千早「雨でも歌おう」 (26)
しとしと。頭上には陰鬱な雲が広がって、私の気分もめいってしまう。
関東はつい先日まで暑かったのに、もう梅雨入りだそうだ。
嫌な季節になったものだ、とため息を吐きながら階段を上り、事務所に戻ってきた。
事務所の中には音無さんだけが居て、私が挨拶をすると、ランチに行くと言い残してそそくさと出て行った。
……私は留守番って事ね。まぁ、なんでも、いいですけれど。
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元々事務所に戻ってきたのは昼食を食べる為だから、そのついでにタスクが増えようが関係無いのである。
ソファーに腰掛けてカバンを開き、持参したお弁当を開ける。
今日は張り切って冷凍食品を使わずに作ったのだけど、今の事務所には見せる相手が居ないので、残念で仕方がない。
ゆっくり苦労を噛みしめながら食べるとしよう。
まずは野菜炒めを一口……、と言う所で、事務所の扉が開いた。
目をやると、妙にニコニコ笑っている真美と目があった。
「千早お姉ちゃんもお昼?」
「ええ、そうよ」
私は、真美に自信作のお弁当を見せびらかしつつ、口に運ぶ。
「あれ、あの黄色いのじゃないんだ?」
「失礼ね、もう卒業したわよ」
見栄えのいい食事は人間らしさの象徴、と捉えてから、
栄養補助食品は本当に忙しくて食べる暇も惜しい時にしか食べないように心がけている。
真美は対面に座ると、私のお弁当を覗き込んでくる。ふふ、そんなに食べたくなるのかしら。
「……食べる?」
「えっ、いいの!?やったー!千早お姉ちゃんやっさしー!」
さも『仕方ないわね』という雰囲気を醸し出しながら玉子焼きを一切れ食べさせてあげる。
「甘くてチョー美味しい!」
「ふふ、私の自信作よ」
真美は目を丸くして、料理が出来ないと思ってた、なんて言ってきた。
失礼ね。これでも高槻さんから習ったのよ。このきんぴらごぼうだって高槻さんの教えのたまものよ。
……と、そうだ。今日は、真美と高槻さんは同じ現場だった筈。
その高槻さんの姿が見あたらないのは、どういう事だろうか。
「あの、真美?高槻さんはどうしたの?」
「ん?あー、やよいっちなら雨の日セールが始まってるって言うからスーパー行っちゃったよ」
なるほど、と答えを聞いて納得する。高槻さんなら雨の日でも元気いっぱいにセールに向かうわよね。
……私とは大違いだ。雨の日になるとすぐに憂鬱な気持ちになってしまう。
「ねえ、真美」
「どったの?」
私は、少しだけ憂鬱な気分に戻った所で真美も自分と同じ、雨だと憂鬱になるのか聞いてみた。
すると、真美はニコニコと笑いながら、雨は好き、と返した。
どうして、真美も、高槻さんも、雨の日でも元気なんだろう。
「……どうして?」
「匂いが、変わるんだよ!」
「匂い?」
「うんうん!雨の日って、太陽のように爽やかな感じじゃないけど、面白い匂いがするんだ!」
……どういう意味だろうか。雨の日の匂いなんて、アスファルトに染みついた油の匂いが強くなるだけなのに。
「それが面白いのもあんだけど、やっぱり、見える景色が違うって、なんかいいって思うんだよね」
「よく分からないわ」
「んー、真美も良く分かんないけど、でもね。よーは自分次第なんだよ!」
えへん、と胸を張った真美をじっと見つめながら、考え込む。
「自分次第、ね」
「うん!あ、お弁当食べないの?」
……忘れていた。私は、手元のお弁当を食べ進める。
お弁当を食べる時というのは、なんというか、この為に生きている、ような錯覚を与えるようで。
食べ終えた後も、暫く余韻に浸っていると、ふと気が付いた。
……嫌な気持ちで食べる時はどんなご飯も味を感じなくて、何か達成感や幸せな気持ちであれば美味しく感じる。
要するに、雨で憂鬱になるのも嬉しくなるのも、気の持ちよう……って事ね?
「なるほど、真美は……雨の良い所を見ているのね」
「ん?あー……そーとも言うね!」
「良い所を見る……そうね、私もそうしてみましょう」
私はお弁当を片付けて、窓際に寄ると、下を眺めてみる。
横断歩道の向こう側には、見覚えのある傘が楽しそうにしている。
一本の傘に、二人の男女。……なるほど、まさに、雨のお陰ね。
「ふふ、雨の良い所、見つけたわ」
「早いねー」
雨は、二人の距離を縮めてくれる。
おわり
ほのぼのした話が書きたくなったので、降っている雨を題材に。
憂鬱な気分になりそうな時は紫陽花を愛でてみるのは如何でしょうか
見てくれてありがとう
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