千早「初めてよね、私の家に来るのは」 (21)
玄関の扉が締まる無機質な音に合わせるように
後ろに続く来客に言葉を向ける
「そうね……」
「……………」
彼女はそのことを喜ぶ素振りもなく
素っ気なく答える
いつもとは少し違う彼女の空気
でも思えば
彼女は裕福な家の子
人の家で礼儀を欠くことはないのかもしれない
「いつもの調子で居て欲しいわ」
「別にあんたに言われるまでもないわよ……ただ、ちょっと空気に馴染めないだけ」
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彼女は少し顔を顰めて
備えつけの下駄箱を見つめる
「あんた、靴は買わないの?」
「別に沢山はいらないでしょう? 普段履く靴とその予備。あとは一応ビジネスシューズくらいで良いと思うのだけど」
「……千早、あんた一応アイドルなんでしょ?」
呆れた溜息とともに
彼女は自分が履いていた靴を
下駄箱の中の私の靴の隣に並べる
それでもやっぱり
空気が9割近くを占めていた
「寂しい下駄箱ね」
「……私しかいないから」
思わず呟いたその一言
それに対する言葉を
彼女は少し躊躇う
馬鹿言ってんじゃないわよ。なんて
いつもの彼女なら言うはずなのに
「……悪かったわ」
「どうして謝るの?」
「あんたのことを知ってるからよ」
「…………………」
弟が他界していて
両親は離婚していて
その両方とも殆ど絶縁しているような状態
そんな私が一人暮らしなのは当たり前と言えば当たり前で
その家が寂しいものなのもまた
当たり前と言えば当たり前だったのだ
「………………」
「………………」
玄関での気不味い沈黙
このままでは帰ると言い出してもおかしくない
でも
彼女は私の横を通って
リビングへと向かって行く
「何してるのよ」
呆然と見ていた私に向かって
彼女は不思議そうに呟く
「……意外と強引よね。水瀬さん」
「そんなの解りきってる事じゃないの?」
「それもそうね」
彼女の笑みに向かって微笑みを返し
私もリビングへと向かった
下駄箱よりも遥かに広いリビング兼私の部屋
必要最低限しかないその場所は
下駄箱以上に物寂しい場所だった
「……音楽機器とかあまり買わないの?」
「そうね……買わないわ」
機械はあまり得意ではないし
たとえ扱えたとしても
それを家に置いたところで意味はない
「調理器具も最低限なのね」
「あなたにもそういうこと判るのね」
「……私だって調理器具の種類くらい解るわよ」
彼女は少しだけ私を睨む
けれど
その知識は高槻さんからのものであって
彼女が初めから持っていたものではない……とは
言わないでおいた
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