ただいま合宿中 (11)



『ただいま合宿中』



作:黒猫




1 1日目 朝



いつもの時間。

いつもの電車。

この電車に乗れば、ギリギリ学校に遅刻しないですむ。

同じような考えの輩がいるもので、

峰城大学附属高校の生徒が割と多く乗車している。

ぎりぎりまで寝ていたのか、それとも、学園祭の準備で遅くまで

駆け回っていたのかもしれない。

学園祭の出し物の打ち合わせをしている者。

学園祭の為の荷物を重そうに持っている者。

いまだ寝ぼけてドアに寄りかかっている者。

色々な学園祭前の高校生らしい姿のもので溢れてはいたが、

ただ、眠そうな顔をしていることだけは、共通だった。

彼、及び、彼女が乗車してくるまでは・・・・・。



冬馬かずさ。

ピアノの天才にして、学園の有名人。

小木曽雪菜とは違った目立ち方をしているが、彼女の容姿を注目しない者はいない。

たとえ、近づくことができなくとも、いつも同じ電車に乗り合わせている者たち

にとっては、あこがれの存在であることには違いなかった。

彼女自身は、そういった視線を無視してはいたが。



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かずさ「ほら、びしっとしろ!

    いつまで寝ぼけているんだ。電車に乗るぞ。」

春希「起きてるって! ほら、降りる人もいるんだから、冬馬も端によらないと。」



春希が腕でぐっとかずさを引き寄せると、かずさは一瞬春希をにらもうとしたが、

何も言わず、下を向いたまま降りる客がいなくなるまで静かにしていた。



春希「乗らないのか?」



かずさが下を向いたまま動かないでいるのを不審に思って聞いてくる。



かずさ「・・・・・・・・。」

かずさは、春希に顔を合わせず、下を向いたまま電車に乗り込んでいってしまった。

春希「なんだったんだ?」



当然のようにかずさの隣の吊皮に陣取り、かずさに話しかける春希は

ある意味冬馬かずさよりも目立つ存在になっていた。

そういった視線を普段から無視していたかずさは気にもしていなかったが、

そういう視線に慣れていない春希は、まったく気が付きもしないでいた。



春希「なあ、こんな時間なのに、峰城生多いんだな。」

かずさ「そうか? みんな北原みたいに、なんでもかんでも余裕を持って

    行動しているわけじゃないからな。」

春希「ある程度時間にゆとりがあれば、ミスも少なくなるし、結果として

   満足する結果も出すことができるから、重要なことだぞ。」



朝から説教事が始まったことにうんざいりするかずさであったが、

ちょっと嫌味っぽい顔つきをすると、春希に言い返した。



かずさ「そうだな。時間は大切だよな。

    誰かさんがもう少し時間にゆとりを持ってギターの練習を始めていれば

    もっとクオリティーが高い演奏もできたんだろうな。」

春希「・・・・・・・・・・!」

かずさ「何か言ったか?」

春希「何も申し上げることはありません。」



ぐったりとうなだれる春希を見て満足したのか、

そんな春希の横顔を見てニコニコしているかずさであった。



高校に近づくにつれ峰城生は増えてきたが、

彼、及び、彼女が作り出す雰囲気によるものか、彼らのそばだけは

人が若干少ない気もする。

いつもの彼女の近寄りがたい雰囲気とは違うことに戸惑いながらも

彼氏に甘えるような彼女の雰囲気も遠くから見ていたいという

複雑な表情なギャラリーであったが、当の本人たちは気にもしていなかった。



下を向きながらも、かずさのことが気になるのか、ちらちらとかずさに

視線を向ける春希であったが、



春希「ほら冬馬。しっかりネクタイ閉めろよ。

   いくら朝バタバタしてたからって、服装の乱れは気持ちの乱れにつながるぞ。」

と、かずさの返事を聞く前に、かずさのネクタイを勝手に直しに入る。

かずさ「・・・・なっ。」

春希「ほら直ったぞ。・・・・・どうした? そんな怖い顔して?」

かずさ「・・・・・・・・・きたはらぁぁぁぁぁぁ!!!!」



いつもの時間。

いつもの電車。

そんな気持ちがいい朝に、

敵をたくさん作っているなど全く気が付きもしないで

あこがれの彼女と登校しいる春希であった。


2 1日目 昼



いつもの時間。

いつもの学食。

学園祭前だからというわけではないが、今日の学食も生徒で溢れている。

若干いつも以上にうるさいのは、学園祭前独特の活気に満ちた雰囲気に

よるものかもしれない。



親志「春希、今日はちょっと多くないか?」

依緒「たしかに、いつもの春希からしては、このご飯の量は多すぎやしない?」

武也「それだけ、ギターの練習を頑張ってるってことさ。

   俺の分もあるからな。」

春希「いや、朝食べる時間なかったから、ちょっとな。

   それと武也。なんか嫌み混じってるから。」



そんな騒音で満たされている学食であっても、この一団は注目を集めていた。

声が大きいから注目されているわけではない。

ただ一人、学園のアイドルである小木曽雪菜がその集団の中に混じっていたからに

他ならなかった。



雪菜「北原君。頑張ってるもんね。でも、食事はしっかりとらないと元気でないよ。」

春希「ごめん、小木曽。今朝は起きたらとんでもない時間で、食べる時間も

   なかったんだよ。明日からは、しっかり食事とるよ。」

雪菜「ギターの練習もわかるけど、体調だけは気をつけてね。」

親志「そんなこといっても春希のことだから、食事といっても時間がもったいない

   とかいってコンビニ弁当で済ませるからなぁ。」

雪菜「ほんとなの北原君? お弁当ばっかりだと野菜不足になって栄養バランス

   が良くないよ。」

依緒「あんたねぇ。」

武也「余計な心配ごとをこれ以上増やすような発言するなよ。」



春希がコンビニ弁当の比率が高いことを知っている親志にとっては、

とくに気にもしない発言ではあったが、それを非常に気にしてしまう相手が

いる場面で発言するなという非難の視線が親志を射抜く。



親志「え・・・えっ?」

春希「昨日はコンビニ弁当じゃなかったはず。・・・・そう昨日の夕食は

   もっとあたたかい・・・・。」



無言のプレッシャーで春希を見つめる雪菜の追及に、視線をそらす春希であったが

そんなことで追及をやめる雪菜ではない。



雪菜「あたたかい、・・・なに?」

春希「えっと・・・・。」

春希(武也助けて。)
  
武也(すまん、春希。)

春希(依緒!)

依緒(骨は拾ってあげるから。)

春希(親志どうにかしろ。)

親志(ごめん、春希!)

雪菜「なにを目で会話しているのかな?

   今大事な話を、北原君としているんだけど。」

武也・依緒・親志「なんでもございません。ごゆっくりどうぞ。」

笑顔の雪菜に、なにも言い返せないでいる一同であった。

春希(薄情者~。)

雪菜「それで、何を食べたのかな、北原君?」


春希「あたたかい・・・・・、あたたかいデリバリーピザ?」

雪菜「ふぅーん。カロリー高いだけで、ある意味栄養バランスも最高だね。」

春希「小木曽。ちょっとこわぃ・・・・。」

雪菜「なぁに?」

春希(その笑顔こわいって。

   でも、周りの連中は、そんな風には見てないんだろうな。

   なんか、すっごく注目されてないか?)

雪菜「よそ見しない。」

春希「ごめんなさい。昨夜も時間なくて、コンビニ行く時間もなかったし。」

雪菜「別に北原君を責めてるわけじゃないんだよ。

   ただ、北原君が頑張ってるの知ってるけど、食事もしっかりして

   ほしいって思ってるだけなんだから。

   そんなんだと、なんだか心配になっちゃうじゃない。」

春希「わかったよ小木曽。これ以上小木曽を心配掛けるようなことはしないから。」

雪菜「北原君。」

武也・依緒・親志(ここにいるの辛いわ。)



いつもの時間。

いつもの学食。

特別なことがあるわけでない学食の日常場面。

そんな平和なひと時であったが、春希は確実に敵を増やしてしまったことを

実感せずにはいられなかった。



3 2日目 朝



いつもの時間。

いつもの住宅街。

閑静な高級住宅街ということもあって、通勤通学時間だからといっても

人はそれほど多くはない。

駅の近くともなれば、人も増えてくるが、今はひと組の男女しかいなかった。



かずさ「ほら、しゃきっとしろ。」

春希「そんな引っ張らなくても、しっかり歩けるから。」



知らないものが見たら、できの悪い弟を引っ張る姉にしか見えないかもしれない。

ただ、よく見れば、その姉の顔が少し赤くなってるを気がついたかもしれないが、

今は誰もいないし、ただでさえ目立つ顔立ちの冬馬かずさの顔をじっと

見つめる勇気がある者なんていない。



かずさ「今日は昨日より早く起きられたのに、なんでそんなにもぐずぐずしている。」

春希「そんなぐずぐずなんてしてないって。

   朝方まで練習していて、睡眠不足もあるし、今日も朝食食べてないから

   エンジンかかるまで少し時間かかっただけ。」

かずさ「そういいながらも、少しふらついてるぞ。」

春希「そんなことないって。」



実際、春希は疲れた顔をしてはいるが、ふらついてはいない。

かずさは、まわりに人がいないことを確認すると、

春希の腕に自分の腕をからませ春希を引っ張って歩き出す。



春希「ちょっと、冬馬?」

かずさ「なんだ? お前がふらついてるから、駅まで引っ張っていってやる。」

春希「・・・・・・・・。」

きっと睨みつけるかずさに、反論などできやしない。


かずさ「それに、今日は弁当を持たせただろう?

    学校に着いたら、ゆっくり食べるといい。」



朝、春希がキッチンに水を飲みに行くと、かずさはなにやら料理をしていた。

といっても、食パンにジャムをたっぷり塗ったものをラップにそのまま包んで

いるだけであったが。

本人はもう食事はすんだと告げられ、登校前に玄関で渡された包み紙は

春希の鞄の中におさまっている。小さな水筒も渡されたが、おそらく

あまーいミルクコーヒーのようだが、しっかり全部飲む予定だ。

糖分が不足している今なら調度いいし、、弟子思いの師匠が

用意してくれた食事は残さず食べてしまいたい。

それに、あこがれの彼女が用意してくれた「手作り弁当」ならば、なおさらだ。



かずさ「ほら、行くぞ。」



いつもの時間。

いつもの住宅街。

誰も、彼、彼女を見てはいない。

ただそこには、幸福な空間があったことだけは確かであった。




4 2日目 昼



いつもの時間。

いつもの学食。

昨日と同じテーブルに、同じメンツ。

ただ違うことがあるとしたら、

昨日以上に誰もがその場にいたくないと思うのは共通認識であった。



雪菜「北原君。今日はお弁当作ってきたの。栄養も考えて作ってみたんだ。

   少しは北原君の手助けになりたいなって。」

春希「ありがとう。でも、小木曽も歌頑張ってるし、俺だけが頑張ってるわけ

   じゃない。なによりも、俺の進捗具合が悪いのが原因なんだからさ。」

雪菜「ううん。北原くんが人一倍頑張ってるの知ってるから。」

春希「それは、俺に才能がないから、人より頑張らないといけないだけで。」

雪菜「それでも、そこまで頑張れる人なんていないよ。

   はい、お箸はこれつかって。」

春希「ありがとう。・・・・・・・・・イタッ!」



左手で受け取ろうとしたが、ギターの練習でつぶれた豆の痛みで

つい落としてしまう。



雪菜「大丈夫?」

春希「大丈夫。昨日つぶれた豆が少しいたかっただけだから。

   ごめん、箸落として。洗ってくるから。」

席を立とうとする春希のブレザーの裾をつかみ、呼びとめる。

春希「小木曽?」

雪菜「お箸洗いに行かなくても、こうすれば大丈夫だよ。」

春希「え?」

雪菜「はい。あ~ん。」

春希「え?」

雪菜「だから、あ~ん。」




雪菜の箸で、春希の為に用意したお弁当のおかずをつかみ、

春希に食べさせようとする。



春希「小木曽?」

雪菜「指いたいんでしょ? だから、食べさせてあげる。」

春希「いや、豆つぶれたの左手だから・・・・・。」

雪菜「はい。あ~ん。」

春希(武也助けて。)
  
武也(すまん、春希。)

春希(依緒!)

依緒(骨は拾ってあげるから。)

春希(親志どうにかしろ。)

親志(ごめん、春希!)

雪菜「なにを目で会話しているのかな?

   食事はしっかりとらないとダメだよ。」

武也・依緒・親志「なんでもございません。ごゆっくりどうぞ。」

春希(裏切り者~。)

雪菜「あ~ん。」





いつもの時間。

いつもの学食。

観念して雪菜に食べさせてもらう春希であった。

せめて少しでも早く食べ終わろうと画策してみたものの

しっかり噛まないといけないと雪菜に注意され、昼休みが終わるぎりぎりまで

学食に居座ることになる。



一つ分かったことがある。

それは、もうこれ以上敵を作ることはないってことだ。

なにせ学園には敵しかいないと思うから。







あとがき



ピクチャードラマって、どんなものなのでしょうかね?

ふと、いろいろ考えてみたら、自分でも書いてみようと思いました。

かずさ好きですが、雪菜が嫌いというわけではないです。

雪菜派の皆さまも満足する内容に仕上げようとしました。

執筆時間2時間ほどの短編ですが、楽しんで読んでくだされば幸いです。



黒猫 with かずさ派

   

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