千枝「平行世界のダイアローグ」(413)
P「……は?」
社長「これは決定事項だ」
P「ちょっと待って下さい! 確かに結果は出ていません……出ていませんが!」
社長「もう待てないのだよ、アイドル達にも賞味期限というものがある。これ以上の時間は、無駄だ」
P「後、後少しなんです! もう少しで!」
社長「その少しを待つ時間は我々にはない」
P「では……私は」
社長「言った通り、解雇だ」
P「そんな、この先……どうしたら」
社長「まだ若い、いくらでも道はある。今までご苦労だった」
P「はは……あはははは……」
社長「私は失礼するよ、新しいプロデューサーを迎えに行かなくてはね」
P「アイドルに……アイドル達にもう一度」
社長「君はもう、社員ではない」
P「……たった1年、それだけだったか。始まりは新しい事務所で、終わりは古びた喫茶店。俺にふさわしいな、ったく」
ちひろ「終わっちゃいましたか?」
P「聞かれてましたか? お察しの通り、クビになってしまったんですよ。情けない」
ちひろ「それはそれは、可哀想に」
P「こんなのと話してると運がなくなりますよ、綺麗なお姉さん」
ちひろ「お姉さんなんて、年はそう変わりませんよ。プロデューサーさん」
P「もうプロデューサーじゃありませんって、それでは。仕事を探さないと」
ちひろ「その必要はありません」
P「まさか、俺を雇おうって?」
ちひろ「雇われるかどうか、決めるのは貴方です。私にできるのは、可能性を提示することだけ」
P「どこかのアイドル事務所の人ですか? それにしては」
ちひろ「見たことない、ですか?」
P「ええ、失礼ですがあまり大きくない事務所では?」
ちひろ「ありませんから」
P「ない?」
ちひろ「少なくとも、ここには」
P「ここにはって、それなら雇う以前の問題でしょう」
ちひろ「貴方にとって悪い選択ではないはずです」
P「そんな得体の知れない人についていくと思いますか?」
ちひろ「会いたくありませんか? 彼女達に」
P「……同じ業界にいれば、いつか会えると?」
ちひろ「先ほども言いました、私にできるのは可能性を提示することだけだと」
P「見るだけです」
ちひろ「そう言ってくれると思ってました、どうぞ」
P「徒歩……近いんですか?」
ちひろ「すぐです、ほら」
P「なるほど、小さなビルだ」
ちひろ「確かにそうですね、急に用意するにはこれが精一杯でしたから」
P「アイドルはいないんでしょうね」
ちひろ「います」
P「人がいそうな気配はありませんが」
ちひろ「ええ、いません。借りたばかりなので本当に何もありませんが、入ってください」
P「本当に何もない、本当に事務所ですか?」
ちひろ「いえ、ただの空き室です」
P「何のつもりです? 俺を攫ったってメリットなんてありませんよ」
ちひろ「そんな周囲に目を配っても何もありませんし、する気もありません」
P「可能性を提示するだけ」
ちひろ「その通りです、だからと言って何もしない訳ではありません」
P「スマホ?」
ちひろ「シンデレラガールズというゲームを知っていますか?」
P「ゲーム? いえ、初耳ですね」
ちひろ「アイドルをプロデュースして、なんてものではなくて。カードの強さを競い合うよくあるゲームの一つです」
P「そんなゲームあれば耳に入ってくるはず」
ちひろ「無理もありません、この世界にはありませんから」
P「一体、何を言っているんです?」
ちひろ「プロデューサーとして道を歩みたいなら、そのスマートフォンをどうぞ手に取ってください」
P「何が起きるんです?」
ちひろ「ちょっとした、変化です。ちょっとした」
P「いいでしょう、何をさせたいか知りませんがこれくらい――」
ちひろ「ようこそ、私達の世界へ」
春香「プロデューサーさん!?」
ちひろ「あと一歩、遅かったですね。天海春香さん、お別れくらいさせてあげてもよかったんですが」
春香「こっちにプロデューサーさんがいるって聞いて……あの、何か知ってますか!?」
ちひろ「きっと、また会えますよ。そう、貴方が願い続ける限り」
春香「待って! ……消え……た? えっとこれ? スマホ?」
――ようこそ、シンデレラガールズの世界へ――
P「う……うん? えっと、何だ? 俺は……」
千枝「あのー?」
P「うぉい!?」
千枝「ひゃい!?」
P「どこだここ……俺の部屋、だよな?」
千枝「そうなんですか?」
P「そうなんですかって、じゃあ君は何でここにいるんだよ」
千枝「ここに来るようにってちひろさんから言われて」
P「ちひろさん? って誰?」
千枝「行けば分かるって言ってましたけど、聞いてませんか?」
P「行けば分かるって、俺が全く分かってない。名前は?」
千枝「佐々木千枝、11歳です」
P「年まで聞いてないけど、子供か。相手したことないな」
千枝「私も大人の男の人は初めてです」
P「にしてはよく堂々と入ってきたな」
千枝「鍵、開いてました」
P「どうなってんだよ……君、アイドル?」
千枝「デビュー前ですけど」
P「なるほど、候補生はいるのか。じゃなかったら採用してないよな」
千枝「プロデューサーさんなんですか?」
P「それくらいは聞いてたか、らしい。ただ俺もよく分かってない。ちょっと待ってくれ、時間は……朝9時か、出勤しようにも場所が分からないな」
千枝「それなら千枝が案内できます!」
P「頼もしいな、なら――」
千枝「あうぅ」
P「朝飯、食うか?」
千枝「食べていいんですか?」
P「トーストとサラダで喜んでくれるなら何よりだ」
千枝「いただきます」
P「朝起きたら部屋に女の子ね、どこかのラノベの主人公みたいだな」
千枝「ラノベ?」
P「君みたいな子には無縁の話だ、さて俺は何者か。他に情報あるか?」
千枝「名前も知りません」
P「秘密が好きだなあの人は……テレビ、見ないのか?」
千枝「付けていいですか?」
P「嫌なら言わないって」
千枝「あ、やってる!」
P「ぶほっ!!」
千枝「プロデューサーさん!?」
P「……は?」
千枝「どうしました?」
P「いや、何でもない。悪い、汚いな」
千枝「えっと、何か持ってきます」
P「雑巾なら流しの横!」
千枝「ありました!」
P「ちひろとか言ったな、魔法使いか何かか? 一体どうして」
千枝「どうして?」
P「あいつらがアニメになってる?」
千枝「千枝も好きですよ、アイドルマスター」
P「このリボンを付けた女の子の名前は分かるか?」
千枝「天海春香ちゃんです、可愛いですよね」
P「実在、するよな?」
千枝「アニメのキャラクターですよ? 何を言ってるんですか」
P「……だよな、って嘘だろ? どうなってんだ?」
千枝「あの、まだ見ます?」
P「この話だけでもいいか? これ何話だ?」
千枝「1話です、再放送ですけど」
P「ってことは完結してるのか」
千枝「すっごく感動しました」
P「後でチェックだな……真にあずささんまでいるとなるとこれは」
千枝「知ってるんですか?」
P「知ってるが、全ては話を聞いてからだな。現実味がなさ過ぎて俺もよく分かってない」
千枝「千枝もまだ現実味がありません」
P「知らないおっさんと朝ごはん食べてるんだ、その感覚は正常だよ」
千枝「行きますか?」
P「案内してくれるんだろ?」
千枝「はい!」
P「外も普段通り……いや、違う。君はこの辺りに住んでるの?」
千枝「千枝は寮に住んでるんです、ここです」
P「寮? また立派な」
千枝「入ります?」
P「いい、まだ正式に採用になった訳じゃないから。知りたいこともあるし」
千枝「きっと気に入ってくれると思います」
P「俺に気に入られても売れなかったら何の意味もないがな」
千枝「そんなことありません」
P「そんなことある世界なんだよ、行こう」
千枝「は、はい!」
P「……思ったままの感想でいいか?」
千枝「小さい……ですか?」
P「外れ、まあ当てようがないんだけどな」
千枝「はあ?」
P「ちょっと歩いていいか、ほんの少しだ」
千枝「何か用ですか?」
P「そうでもないけど……ないのかよ」
千枝「顔色が悪いですけど、お休みしますか?」
P「いーや、ちょっと現実味を帯びてきたってだけだ」
千枝「ここは住宅地ですよ? 家しかありません」
P「喫茶店があったって話は?」
千枝「えーっと、聞いたことないです」
P「了解、事務所に行こうか……疑問点しかない」
千枝「千枝の頭もクエスチョンマークで溢れてます」
P「さっきの回答を言うけど」
千枝「感想ですか?」
P「正解は、昨日見たのと同じだな。だ」
千枝「千枝も昨日はいましたけど、時間が合わなかったんですね」
P「いや、多分その事務所とは違う」
千枝「違う?」
P「現実味のない今のうちに説明を聞いておきたいな、とんでもない事を言われそうだ」
千枝「今なら誰かいると思いますよ」
P「とりあえずちひろってのに会えればそれでいい」
千枝「いると思いますよ、おはようございます」
ちひろ「おはよう千枝ちゃん、連れてきてくれたんですね」
P「さて、俺の要件は分かってると思うが?」
ちひろ「喫茶店の方を見に行ってましたね、テレビは見ました?」
P「見てたのか?」
ちひろ「その顔を見ての推測です、当たりましたね」
P「満点だ、だから聞こう。ここどこだ?」
ちひろ「私達の世界です」
P「異世界とでも?」
ちひろ「少し違いますね、この世界と貴方の世界に大して違いはありませんから」
千枝「世界?」
ちひろ「千枝ちゃんはあっちで待っていてくれる? すぐに終わるから」
P「すぐに終わる話なのか?」
ちひろ「プロデューサーさん次第です」
P「説明次第だ」
ちひろ「別に命を取ったりなんて話ではありません、どうぞ」
P「コーヒーはあまり好きじゃない」
ちひろ「紅茶もありますよ?」
P「自分で入れますよ」
ちひろ「今から肩ひじ張ってると疲れちゃいますよ?」
P「既に疲れてますからお気遣いなく」
ちひろ「ちなみに、察している通りだと思いますよ」
P「一つ言っておきます」
ちひろ「察しのいい女性はお嫌いですか?」
P「その通りです」
ちひろ「ふふっ、当ててしまいました」
P「ここはゲームの世界」
ちひろ「理解の早い方は好きですよ、私に好かれて嬉しいかどうかは知りませんが」
P「嫌われるよりはマシ、とだけ」
ちひろ「正確には少し違いますけど、それで正解です」
P「その少し、の説明が欲しいんですが」
ちひろ「この世界に住んでいる人々にそんな自覚はありません、この世界が本物だと信じて暮らしています」
P「あの子も?」
ちひろ「あの子に限らず、全ての人が」
P「ならどうして貴方はそれを分かってるんですか?」
ちひろ「ちひろで構いませんよ」
P「では、ちひろさんはどうしてそれを自覚してるんですか?」
ちひろ「アイドルマスターシンデレラガールズ、このゲームはこの世界のとある人物が作りました。貴方の世界とこの世界を繋ぐゲートの役目を果たすものです」
P「アイドルマスター?」
ちひろ「そこに反応してくれるのは嬉しいですね」
P「アニメは見ました、天海春香がいる俺の知らない世界」
ちひろ「あれは、また違う世界の可能性です」
P「つまり」
ちひろ「あなたのいた世界とは似て非なるものです、赤羽根という人でしたか。彼も有能ですね」
P「ただの創作物じゃないのか?」
ちひろ「一見、ただの創作物だと思ってしまう世界もどこかに存在する世界です。それがどんなに突拍子のない世界であっても」
P「天海春香はアイドルマスターという作品の登場人物だと?」
ちひろ「それを言うなら世界中の人達が何らかの作品の登場人物です、自覚がないだけで」
P「だとすると俺はモブでしょうね、何の役割もない」
ちひろ「貴方の登場するアイドルマスターはあの瞬間、終わりを告げました。先はなく、収束するのみ」
P「だとするとお礼を言うべきですか?」
ちひろ「いえ、終わったところで終わったということすら分からず消えますし、救ってもらったとお考えならそれは違いますよ」
P「ふう……つまり、俺のいた世界はもうないと」
ちひろ「いえ、まだあります」
P「さっき、終わりを告げたと」
ちひろ「普通、他の世界にいる人物は他の世界に干渉なんてできません」
P「いや、でも」
ちひろ「できました、これが何を意味すると思います?」
P「ちひろさんには特別な力がある」
ちひろ「それはそれで面白いですね、魔法少女ちひろ!」
P「少女?」
ちひろ「そんな冷静に言わないでください! ジョークです!」
P「ないのであれば干渉はできない、自分で言いましたよね?」
ちひろ「近いんです」
P「近い?」
ちひろ「この世界と貴方の世界は密接な関係にあります、それこそ表と裏と言ってもいい」
P「……ちょっと待って下さい、そこまで近いなら」
ちひろ「ええ、この世界も終わりを迎えようとしています。表が終われば裏も運命を共にしますから」
P「待った、ならどの道ここも」
ちひろ「だから貴方をここへ連れてきたんです」
P「近かったら行けるようなものなんですか?」
ちひろ「その辺りの説明は後で詳しく聞けると思いますよ、私は使わせてもらっただけですから」
P「製作者が他にいるのか? あ、いるんですか?」
ちひろ「砕けた方が私も説明しやすいので、いるのか? でいいいですよ」
P「調子が狂うな、で? いるんだな?」
ちひろ「ええ、事務所の誇る天才が2人」
P「アイドルじゃないのか?」
ちひろ「アイドルが天才で何か問題が?」
P「ない、話の骨を折って悪かった。続けてくれ」
ちひろ「簡単に言うと貴方の世界が完全に終わるとこっちも終わってしまうので、何とかして貴方に頑張って欲しいんです」
P「頑張るって言ってもな」
ちひろ「貴方の世界は終わる寸前で止まっている状態です」
P「止まってんのか?」
ちひろ「その理解で構いません」
P「で、俺はどうすればいい?」
ちひろ「世界が収束しかけた原因は分かっています、貴方です」
P「俺?」
ちひろ「ええ、力がないからクビになったんでしょう?」
P「耳が痛い事実を平然と」
ちひろ「実は収束自体は少し前からこちらの世界では観測されていました、ただ実際に収束が始まるまでは手の出しようがなくて」
P「その収束が始まらないようにすることはできなかったのか?」
ちひろ「いきなりプロデュースを上手にできるように、なんて私では無理です。経験もありませんから」
P「まさか俺がするべきことって」
ちひろ「そのまさかです、ここでアイドル達をプロデュースして下さい。ここでもう一度やり直して、力をつけて欲しいんです」
P「春香達をトップアイドルにできるくらいに、ですか?」
ちひろ「ええ、でなければ互いにおしまいです」
P「時間は?」
ちひろ「1年、これが精一杯です。それまでに力をつけてもらい、元の世界に帰る」
P「何とかして事務所に戻って結果を出せ、か」
ちひろ「厳しいですが、何とかしなければ世界が終わります」
P「選択の余地はないか」
ちひろ「ありません、我々も貴方に賭けるしか手がありませんから。場所も資金も用意します、死ぬ気で頑張ってください、でなければ死にます」
P「……信じるしかなさそうだ」
ちひろ「ええ、残念ながら全て真実ですから」
P「密接してるから、春香達の要素がここまで強いのか。へえ、グッズもいくつも出てる」
千枝「お話は終わりましたか?」
P「終わったよ、ゲームまであるのか」
千枝「本当に知らないんですか?」
P「おじさんは世間知らずなんだよ」
千枝「おじさんには見えませんよ」
P「言葉だけ受け取っておく、今日からプロデューサーとしてここで働くことになった。改めてよろしく」
千枝「はい、こちらこそよろしくお願いします」
P「早速だが、軽く案内してもらえるか? 佐々木さん」
千枝「千枝でいいですよ」
P「この世界のアイドルはあいつらに負けず劣らずフレンドリーだな」
千枝「あいつら?」
P「こっちの話、しかし見回したらそれで終わるな。狭い」
P「こっちの話、しかし見回したらそれで終わるな。狭い」
千枝「始まったばかりですから、でもすぐに大きくなります!」
P「死にもの狂いだな、そうだ天才って呼ばてるのが二人いるって聞いたけど」
泉「私の事でしょうね」
P「天才美少女か」
泉「美……?」
P「アイドルなんだろ? 言われなれてないか?」
泉「ちひろさんから説明は?」
P「流したか、聞いたよ。あれを作ったのか?」
泉「それはもう一人、私はプログラムを組んだだけ」
P「だけときたか」
千枝「泉さんを知ってるんですか?」
泉「連れてきた方がいい?」
P「頼む、ここで待ってるから」
泉「五分もあれば戻れると思う」
P「了解、それまで千枝と遊んでるよ」
千枝「しっかり案内します!」
泉「お願いね」
P「アイドルは全部で何人いるんだ?」
千枝「3人です」
P「って、千枝とさっきの泉って子と今から来る子だけ?」
千枝「晶葉さんです」
P「あきはね、覚えた。少なくないか?」
千枝「千枝が3人目みたいです」
P「スカウトされたのか?」
千枝「はい、プロデューサーさんと相性がいいみたいだってちひろさんが」
P「調査済みかよ」
千枝「あ、でも千枝もそう思います」
P「どうも、しかしここは机二つに応接室に給湯室に……こんなもんか」
千枝「レッスン場とかは別にありますよ」
P「なるほどね、あくまで事務所として最低限の機能しか持ってないのか」
千枝「千枝達のスペースもありますよ!」
P「こんだけか、765より狭いな」
千枝「じゃあ、大きくなるのが楽しみですね」
P「なればな」
千枝「なりますよ!」
P「この世界にも他にアイドルはいるんだよな?」
千枝「芸能界がなかったら千枝達デビューできませんから」
P「だよな、その辺りは近いようで安心。ミリオンライブ? ふーん、こんなのもあるのか」
千枝「有名ですよ」
P「へー、それよりまだか? 5分は経ったぞ」
泉「その、申し訳ないんですが」
P「一人?」
泉「来てくれと」
P「いいさ、こっちが新参者だ。で、その子はどこにいるんだ?」
千枝「上です」
P「上?」
千枝「はい、この上が晶葉さんのラボです」
P「まだ大げさな」
千枝「すっごいんですよ」
P「凄いか、あの泉って子と双璧ならそうなんだろうな」
千枝「えへへ」
P「何で千枝が嬉しそうなんだよ」
千枝「プロデューサーさんが嬉しそうです」
P「……訳が分からん」
千枝「では、心の準備は――」
P「できてる」
晶葉「女性の部屋をノックもなしにとは、なかなか度胸があるようだな」
P「えー」
晶葉「何だその反応は!?」
P「泉って子がクールビューティーだったからこっちはどんなのかと思ってきてみたら」
晶葉「感動したか?」
P「ちんちくりん」
晶葉「ち、ちんちく!」
千枝「りん!」
P「千枝は可愛いな」
千枝「わーい、褒めてもらえました!」
晶葉「いや、ちょっと待て。全く論理的ではない」
P「そもそもこんなガラクタ部屋の女らしさがどこにあるんだ?」
晶葉「それを探すのが君の役目だ、プロデューサー」
P「栄えある役目だな、小さな発明家さん」
晶葉「違うな、強いて言うなら私は観測者だ」
P「観測者?」
晶葉「ちひろからあまり詳しく聞いていないのか?」
P「いや……」
晶葉「千枝なら気にするな、説明は一通りしてある」
P「なら何でさっきちひろさん」
千枝「千枝がいたら、お邪魔かと思いまして」
P「11歳にしては理解が良すぎないか?」
晶葉「それを言うなら私も14だ、この状況においては年齢などささいな問題だ」
P「年の割に俺が無知ってことは分かってる。で、観測者ってどういう意味だ?」
晶葉「その名の通り、私はまあ専門はロボットだが」
P「これがロボットね」
晶葉「これはまだ試作品だ! いつか、必ずやいつか」
P「それは言いから説明を頼む」
晶葉「ある日、とは言ってももう二年前だが、私の研究室にちひろが来た」
P「二年前って12歳だろ? それで研究室?」
晶葉「天才を舐めるなよ、と言いたいが子供らしい粗末なものだ。こことは比べ物にならない程の」
P「そんな所に――」
晶葉「千川ちひろは来た、きっと君の前に現れた時と同じような表情で」
P「あの笑顔か」
晶葉「第一声は今でも忘れない、きっとこれからも」
P「小学校5年生までおねしょしてましたね?」
晶葉「何故、何故それを」
P「え、マジ?」
千枝「千枝、5年生です」
晶葉「ああこの……私としたことが」
P「ちょろいんだが」
晶葉「うるさい! 話を戻そう、それでちひろだが」
P「何を言われた?」
晶葉「平行世界って知ってますか?」
P「頭のおかしいおばさんだな」
晶葉「私もそう思った。言葉として私の頭の中にはあったが、それが実在する可能性など考えすらいなかった」
P「誰だってそうだ」
千枝「千枝はいいなって思います」
P「夢があるな」
千枝「プロデューサーさんに会えましたから」
P「しかし、何だか裏がありそうだな」
晶葉「まあ、私もそう思った。千川ちひろには何かあるとな」
P「まさかそれだけでついていったのか?」
晶葉「いや、だがそれから話を何度かする内にある設計図を見せられた」
P「それが」
晶葉「ゲートだよ」
P「じゃあ作ったの君じゃないのか」
晶葉「言っただろう、私は観測者。発明家ではない」
P「設計図を見せられただけで作ったのなら胸を張っていいと思うが」
晶葉「そうか!?」
P「張る胸があればな」
晶葉「貴様……14の少女に向かって」
P「この状況において年齢など大した問題じゃない」
晶葉「それは私が言うからこそ意味のある台詞だ!」
P「となると泉って子も一から作った訳じゃなさそうだな」
晶葉「彼女はプログラムだ、私が箱を作り彼女が命を吹き込んだ」
P「そう聞くと凄いのは泉って子の方なのか?」
晶葉「専門性の違いだよ、言ったはずだ。私の専門はロボットだと」
P「ロボット……」
晶葉「だからそれは試作品だ!」
P「いつか完成させるってことは、まだ成功作は一体もないんだろ?」
晶葉「私が一から設計したものは、ならな」
P「持ってきた設計図は一枚じゃなかったんだな?」
晶葉「察しがいいな、もし一枚なら私は興味を示さなかった」
P「で、それはどこにあるんだ?」
晶葉「何を言ってる、もう見ているだろう?」
P「見てるって……」
千枝「この事務所、そのものが観測機なんですよ!」
P「ふーん」
晶葉「もう少し反応の取り方というものがあるだろう!」
P「わーすごーい」
晶葉「信じていないな?」
P「信じてはいる、平行世界に行ける技術力があるならそんな家が一般的であってもおかしくない」
晶葉「一般的ではないぞ? 世界に一つだけだ」
P「この世界には、だろ?」
晶葉「そうだが、簡単に行き来する術がない以上これはオンリーワンだ」
P「この世界の技術水準は俺のいたところと対して違いはないと思ってたんだが」
晶葉「実際、ないはずだ。車や飛行機を見ても何とも思わないのだろう?」
P「まあな」
晶葉「我々の世界で放映されているアイドルマスターの技術水準と同等なら、この世界でも大した違いはないだろう。タイムマシンや軌道エレベーターなんて代物はない」
P「ゲートがあるのに?」
晶葉「あるのに、だ」
P「なるほど、イレギュラーなのはちひろか」
晶葉「だろうな、こっちに来い」
P「このグラフは?」
晶葉「プロデューサーのいた世界だ」
P「直線なんだが」
晶葉「ほとんど停止状態、収束が近いからな」
P「そのすぐ横にある線は?」
晶葉「ここだ、波打ってるのは活動状態を示す」
P「小さいのか?」
晶葉「一年前はこうだった」
P「なるほど、一目瞭然だな」
晶葉「この波がなくなれば、世界は動きを停止する」
P「死ぬってことか?」
晶葉「生物的な死ではなく、根源的な意味での死だ」
P「あったことすらなくなる、か」
晶葉「そうだな、誰の意識も消失し誰の記憶にも残らない」
P「それが俺のせいか」
晶葉「個人の問題が世界の問題になどならん、あくまでプロデューサーは最後のとどめというだけだ」
P「それはそれでショックなんだが」
晶葉「ただそのとどめは最高のタイミングだった」
P「最高? ああ、そうか」
晶葉「分かるか?」
P「互いに波打ってるなら離れてる時に止まったらゲートも通らなかった、って言いたいんだろ?」
晶葉「理解が早くて助かるよ、その通りだ。接触している時が理想的だが、そこまで世界というものは近づけないらしくてな、最も近いポイントがここだった」
P「となると俺は救世主なのか?」
晶葉「もっと言うならクビを告げた社長だな」
P「……どうしてそれを」
晶葉「君の物語の終わりから始まったんだ、ならそれくらい想像もつく。私は天才だからな」
P「この……」
晶葉「せいぜい足掻いてくれプロデューサー。せめて私のロボットが完成するまでは」
P「の前に」
晶葉「む?」
P「観測者なんて言ってかっこつけてるが、そもそもアイドルなんだろう?」
晶葉「数合わせだ、気にするな」
P「気にするに決まってんだろ、ちょっと来い」
晶葉「待て、私はまだ」
P「どうせここにいたって閃きなんてこねーよ」
晶葉「だからって引きずるな!」
千枝「わっしょいわっしょい!」
晶葉「担ぎ上げるな!」
泉「素直に来ないから」
晶葉「あまりこっちには来ないというのに」
ちひろ「これで全員が揃いましたね」
P「色々と聞きたいことは増えたが、まだ全て話す気はないんだな?」
ちひろ「時期が来れば、必ず」
P「とりあえず各自、名前を教えてくれ」
ちひろ「千川ちひろ、この事務所の……お世話さんとでも」
晶葉「池袋晶葉だ」
P「何かこう他にないのか」
晶葉「これからおいおい、話していくだろうからな」
泉「大石泉、晶葉から話は?」
P「天才だとな、後で少しいいか?」
泉「私もまだ話したいことがあるから」
千枝「はい! 千枝は――」
P「知ってるからいい」
千枝「好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか」
P「いらん、一緒に暮らすでもないんだから」
ちひろ「聞いてませんでした?」
P「聞いてって、何を?」
ちひろ「当面の間は一緒に住んでもらおうと、決めました」
P「誰が?」
千枝「千枝とちひろさんで!」
P「肝心の俺の意志はどこにあるんだよ!」
晶葉「従っておけ、まだ来て初日だろう? プロデューサーの通帳はここの銀行では使えない」
P「だからって千枝って」
晶葉「食料は持つのか? 料理はできるのか? まさか毎食、外食する気ではないだろうな」
P「ぐっ……」
泉「心配しないで下さい、仕事が入れば解決する問題です」
P「なるほど、分かったよ」
千枝「千枝に任せてください!」
泉「まずはこの世界がどういったものか、見てきて下さい。夜になったら家にお邪魔してもいいですか?」
P「寧ろ助かる、一日中ずっと二人は疲れそうだ」
千枝「早く行きましょう! 案内しますから!」
P「分かったよ! 本格的にはいつからスタートすればいいんだ?」
ちひろ「明日、改めて今後について話をしましょう。それまでに色々としておきますから」
P「実印とかいるか?」
ちひろ「こちらで何とかします、名前や住所も同じでしたでしょう?」
P「まさかわざわざ用意したのか?」
晶葉「限りなく似ているが、同じではないからな。どこかは違う」
P「今夜は間違い探しにでも勤しむよ」
晶葉「では、また明日だ」
このお話はアイドルマスターシンデレラガールズの世界観を基としたお話です。
長編になりますがお暇な方はお付き合い頂ければと思います。
それでは、今日はここで失礼します。
千枝「どこか行きたいところとかありますか?」
P「とりあえず、ご飯。食えるよな?」
千枝「千枝はお腹すいてます!」
P「そうじゃなくて、あれだ。俺が食べて問題ないかってこと」
千枝「お米は知ってます?」
P「知ってる、そういえばアメリカってあるか?」
千枝「アメリカ? 小さな島国の?」
P「なるほど、そっからか」
千枝「歴史のお勉強からですね!」
P「あー、頭が痛い」
千枝「病院ですか?」
P「……薬飲むのも怖いな」
千枝「ふぁべらへへほははへふね」
P「食いながら喋るな、ほらこぼれてる」
千枝「ん、食べられてよかったですね」
P「食文化がある程度、共通しててよかったよ。さすが世界が近かっただけのことはある」
千枝「お米もパンもあるのに違うところは違うんですね」
P「スマホさえ形は似通ってるのに……この世界地図は受け入れがたい」
千枝「あめりかがない! って驚いてましたね」
P「どうしてイギリスがこんなにでかいんだよ、いやそれを言うならドイツもだけど。フランスとイタリアが可哀想なことになってる」
千枝「大陸の形とかは大丈夫ですか?」
P「この縮尺で見る限りは、住んでる人が違えば歴史も変わるか。そうだよな、この世界に765ないんだし」
千枝「プロデューサーさんの世界のアメリカは大きいんですね」
P「ドイツくらい、いやその比較が自分で言ってて笑えるけど」
千枝「ほわぁ」
P「マックとか……ないんだろうな」
千枝「まっく?」
P「一日でどこまで分かるか、図書館とかあるか? 書店でもいいけど、金がなあ」
千枝「通帳ならここに」
P「単位は、円だ。よかった」
千枝「大体は同じだと思いますよ、アイドルマスターのアニメの世界観が受け入れられているんだから安心していいって晶葉さんも言ってましたし」
P「そうか、それも見ないとな」
千枝「ゲームもありますよ」
P「テレビゲーム、何年振りだろう」
千枝「遊んでたら終わっちゃいますね」
P「動くか、えっと支払いは」
千枝「千枝に任せてください」
P「11歳に支払いを頼る、23歳」
千枝「気にしなくていいんです」
P「言葉がわかるって素晴らしいな、英語の知識も無駄にならない」
千枝「でもドイツのことはさっぱりなんですね」
P「俺の世界のドイツは車とソーセージってイメージなんでね」
千枝「千枝のイメージもそうですよ」
P「規模が違う、大戦で負けなかったのか? いや負けてるな、うーん……」
千枝「大切なのはアイドルです!」
P「千枝、声」
千枝「あっ」
P「ただでさえ奇妙な組み合わせだ、あんまり公共施設で目立ちたくない」
千枝「これがアイドル雑誌です」
P「とりあえずミリオンライブってのが凄いのは分かった」
千枝「矢吹未来ちゃんに箱崎星梨花ちゃんです」
P「大したもんだな、春香が食われそう」
千枝「人は食べませんよ?」
P「そうじゃないって、結構いるな。なるほどね……アイドルがきちんと認知されてるのはありがたい」
千枝「他にもいますけど、借ります?」
P「できれば、貸出カードはあるか?」
千枝「こっちに来た時に作りましたから」
P「もともと……そうか寮に住んでるんだよな? 出身は?」
千枝「富山です」
P「また遠い……いや、そういえばここどこだ?」
千枝「ここですか? 岡山です」
P「お、おかやま?」
千枝「はい、広島と兵庫の間です。って言えば通じますか?」
P「通じる、いや岡山は行ったことあるけど」
千枝「日本の首都ですよ」
P「……大都会岡山」
千枝「はい、人も物も色んなものがここに集まります」
P「東京は?」
千枝「ありますけど……あんまり大きくありません」
P「大阪は?」
千枝「大阪? 山がいっぱいあるところですね」
P「眩暈がしてきた」
千枝「そんなに違うんですか?」
P「プロデュースの前に一般常識を覚えないと営業もできないな……」
千枝「千枝が教えますから!」
P「我が家、でもないんだよな」
千枝「プロデューサーさんと千枝のお家です」
P「わざわざ似せなくてもいいのに、荷物はどうするんだ?」
千枝「送ってもらえるようにちひろさんに頼みました、夜には来ると思います」
P「しかしよくその年で出てくるのを親も許可したもんだな。必要最低限は揃ってるか、買い物は食糧中心だな」
千枝「ちひろさんも説得してくれましたから、スーパーなら近いところが二つあります」
P「そこまでしてアイドルになりたかったのか?」
千枝「……はい」
P「まあ憧れの世界だよな、現実は辛いが」
千枝「買い物、行きます?」
P「大石さんも来るしな、料理できるのか?」
千枝「プロデューサーさんよりは上手です」
P「言ったな?」
千枝「できるんですか?」
P「一人暮らしを舐めるな、と言いたいが女の子が好むものはさっぱりだ」
千枝「今日はオムライスにしましょう」
P「任せる、洋食なんてカレー以外無理」
千枝「はりきっちゃいます!」
P「消費税が、ない?」
千枝「しょうひぜい?」
P「いいなあ、俺もうこっちに住もうかな」
千枝「家族とかいないんですか?」
P「いる、冗談だ。戻ってどうにかしないとこっちも終わるんだ、それじゃ本末転倒だしな」
千枝「卵は……あっちですね」
P「あんまり買いすぎるなよ」
千枝「任せてください」
P「で、任せた結果」
千枝「多いですか?」
P「一週間は何も買わなくても生きていける、いやいいんだけどさ。日持ちするし、仕事がどうなるかもわからないから」
千枝「やったあ」
P「喜ぶのはいいが、誰が持つんだこれ」
千枝「……」
P「……」
千枝「プロデューサーさんを信じてます!」
P「だと思ったよ!」
千枝「あと、あと少しです」
P「分かって……る……って」
千枝「すっごい力持ちですね」
P「とある双子を追い掛け回すうちについたんだよ」
千枝「真美ちゃんと亜美ちゃんですか? かわいいですよね」
P「アニメの中だけだな、実物はそれはもう恐ろしい」
千枝「あ、泉さん!」
泉「買い物?」
千枝「はい、泉さんのもあります」
泉「手伝えばよかった」
千枝「プロデューサーさん力持ちですから」
P「それとこれとは話が別だ、オムライスだそうだが大丈夫か?」
泉「ええ、ですが誰が?」
P「俺は無理」
千枝「頑張ります!」
泉「手伝う」
P「……雑誌でも見てるか」
千枝「ごはんとー、けちゃっぷとー」
P「何の歌だ?」
千枝「この世界にオムライスが生まれた奇跡」
P「かっこいいなー」
泉「ジョーク、よね」
千枝「異世界ジョークです!」
P「分かってるって」
泉「オムライスじゃなくておにぎりなの」
P「あるにはあるの!?」
千枝「いただきます」
P「最初の夕飯がオムライスとはね」
千枝「美味しいですよ?」
P「自分で言うのか」
泉「うん、美味しい」
千枝「泉さんが言うんですから間違いありません」
P「そうだな」
泉「味は、プロデューサーの世界と同じ?」
P「どうだろう、俺は変わりないように思う。材料も似たようなもんだ」
泉「不思議ね、全く違う場所にいたのに」
P「時代も似てる、キリストだっていたんだ。そう不思議じゃない」
泉「……落ち着いてるのね」
P「現実味がないだけだ、だから冷静でいられる内にできるだけ情報は仕入れておきたい」
泉「そう考えられるだけ、立派だと思う」
P「賞賛なら受け取っておく」
泉「皮肉なら?」
P「ウイルスつけて送り返す」
泉「跳ね返す」
P「そら怖いな、洗うか」
千枝「千枝がします」
P「作らせて洗わせてになるだろ? 家政婦させる為に一緒にいるんじゃない」
千枝「お話があるでしょうから、先にお風呂は入っちゃいますね」
P「……分かった、また明日」
千枝「はい、一緒に行きましょう」
P「……」
泉「落ち着きすぎてる?」
P「この世界の11歳はあんな感じなのか?」
泉「いえ、ただ気は張ってる。プロデューサーがここに来る前から」
P「俺と相性がいいっていうのは?」
泉「ちひろがそう?」
P「まあ」
泉「正直、私にはよく分からない。でも、ちひろがそう言ったのならそうなんだと思う」
P「信頼してるんだな」
泉「実際、ここまで彼女の言うとおりになったから」
P「相性ね、俺がとんでもない屑だったらどうする気だったんだが」
泉「物語の主人公になれる様な人に、とんでもない屑はいない」
P「いるだろ」
泉「そんな話に出る気はないから」
P「終わったお話の主人公の話に出たって盛り上がりはないかもしれないぞ」
泉「まだ終わってない」
P「ちひろから何を見せられて乗る気になったんだ?」
泉「晶葉から?」
P「あいつは設計図だと言っていた」
泉「なら、私が何を見せられたか想像つくはず」
P「ソースコードか」
泉「まあ、正解」
P「その辺りは専門外にも程があるんでね」
泉「その通りに組んだら動いた、とまではいかないけど確かに繋がった」
P「どうして繋げようと思った?」
泉「終わりたくないから」
P「意識もなく終わるんだ、言ってみれば世界全員が安楽死。それもそれでありじゃないか?」
泉「そうなって欲しくない」
P「理由は?」
泉「オムライス、美味しかった。また来てもいい?」
P「……いつでも、どうせ明日も会うんだ」
泉「楽しみにしてる」
P「ああ、家は寮か?」
泉「ええ、私しかいないけど」
P「何であんなに大きいんだ?」
泉「プロデューサーに必要だろうってちひろが」
P「買い被りすぎだ」
泉「そうでもないと思う、少なくとも私はそう信じてる」
P「期待しすぎると痛い目を見るぞ」
泉「もう見たから、今日はこれで。ごちそうさまでした」
P「どいつもこいつも腹に一物ありそうだ」
千枝「お腹いっぱいですから」
P「聞いてたな?」
千枝「窓から泉さんが見えましたから出てきただけですよ?」
P「俺が来るまでは千枝は大石さんと一緒に住んでたんだよな?」
千枝「部屋は別ですし、大石さん忙しそうにしてましたから」
P「寂しいとかなかったのか?」
千枝「ずっと、プロデューサーさんが来てくれる日を待ってました」
P「オムライス、またいいか?」
千枝「はい! もっと美味しいの作りますね!」
P「楽しみにしてる、おやすみ」
千枝「はい、また明日です」
P「えーっと」
千枝「どうしました?」
P「エプロン着た11歳の女の子に起こされるって本当に現実かって考えてた」
千枝「現実ですよ」
P「嘘みたいな現実だな、何時だ?」
千枝「朝の7時です」
P「思ったんだが、学校は?」
千枝「明日まではお休みです」
P「あの二人も学生だよな」
千枝「二人とも中学生です」
P「学校か」
千枝「ちゃんとアイドルを優先しますから」
P「いや、普通に行ってくれ」
千枝「いいんですか?」
P「そんな事に気を使うな、未来に向けて選択肢は多い方がいい」
千枝「アイドルにも勉強が必要なんですか?」
P「続けるにしろ続けないにしろ、できることは一つでも多く身に着けておくもんだ」
千枝「今日はお仕事ですか?」
P「無理に決まってんだろ、レッスンの日程すら決まるかどうか。どんなアイドルがいるかは分かったけど、どんな番組があってどんな制作会社がいてとか分からないんだから」
千枝「レッスンならしてます」
P「講師がいるのか?」
千枝「はい、凄く優しい人ですよ」
P「その辺りはしっかりしてんのか」
千枝「トーストにはマヨネーズとジャムとどっちがいいですか?」
P「……ジャムで」
千枝「何だか不思議な気分です」
P「おっさんと事務所に通勤なんだからそれはそうだろ」
千枝「いえ、いつも通る道が一人じゃないって嬉しくて」
P「今の学校にはいつから通ってるんだ?」
千枝「半年前からです」
P「転校、か。俺も経験あるけど、寂しくないか?」
千枝「友達もたくさんできましたから」
P「その性格なら向こうから寄ってくるだろうな」
千枝「プロデューサーさんももっと寄ってきてくれてもいいんですよ?」
P「女子寮か、大石さんいるかな?」
千枝「……むー」
P「入れるのか?」
千枝「鍵、持ってます」
P「今や唯一の住民の許可なく入ろうとは思わない」
千枝「鳴らしてみます?」
P「んー、まあ一応」
千枝「……いませんね」
P「いないな」
千枝「きっともう出てしまったんですよ」
P「俺たちだって早めに出てるのに」
千枝「泉さんは真面目なんです」
P「まるで俺が真面目じゃないみたいな言い方……いや、そうだな」
千枝「そういう風に受け止められちゃうと千枝が傷つきます」
P「行くか」
千枝「はい!」
泉「おはようございます」
P「おはよ、やっぱり早かったか」
千枝「ついにスタートですね!」
泉「そうね」
P「スタートか」
千枝「アイドルマスターにもありますね」
P「まあな、ちひろは?」
泉「もうすぐだと思う」
P「ならコーヒーでも」
泉「入れる、砂糖は?」
P「一杯」
千枝「晶葉さんは?」
泉「上にいるんじゃないかな、寝てるかもしれないけど」
P「寝泊まりしてんのか?」
泉「普段はずっと、寮に部屋もあるんだけど」
P「アイドルのそんな堕落した生活、見過ごせるか」
千枝「起こしちゃいましょう」
P「言われるまでもない」
泉「ふふっ」
ちひろ「楽しそうね」
泉「いるなら入ってこればいいのに」
ちひろ「お邪魔するのも悪いから」
泉「ようやく、ね」
ちひろ「今日からやっと、事務所として始動できる」
P「晶葉!」
晶葉「だからノックをしろと!」
P「お前はどうしてここで寝てんだよ! 風呂は! 飯は!」
晶葉「何とでもなる」
P「だからちんちくりんなんだ」
晶葉「ちんちくりんではない!」
P「その姿をファンの前に曝せるとでも?」
晶葉「私はステージの上に立つ気はない、それはあくまで――」
P「なら俺がスカウトしてやる、光栄に思え!」
晶葉「私には他に重要な仕事がだな!」
P「ほーら行くぞ! とりあえず風呂に入れ! 臭いんだよ!」
晶葉「14の乙女に何てことを!」
P「臭いものは臭いんだ!」
晶葉「うう……まさか朝から風呂とは」
泉「目が覚めて丁度よかったんじゃない?」
ちひろ「登録は三人でいいですか?」
P「OKです」
晶葉「まだ私は――」
泉「三人で頑張ろう」
千枝「おー!」
P「この千枝の純粋な瞳を裏切ると?」
千枝「じー」
晶葉「……」
千枝「じー」
晶葉「ああもう! やればいいんだろう! どうなっても知らないからな!」
P「駄目なら世界が滅んで観測とやらもできなくなるだけだ」
ちひろ「さて、では今日から始まりです」
P「始まりはいいがどうするんだ? 一から俺が営業すればいいのか? 講師はいるって聞いたけど」
ちひろ「はい、レッスン場は近くに確保しました。狭いですけど」
P「三人だけだ、歌って踊れればそれで十分」
ちひろ「それから、ここを」
P「初日から言って仕事が取れるなんて思ってないが、ここは何か繋がりがあるのか?」
ちひろ「私の名前を出せば、話は聞いてくれると思います」
P「ありがたい、ならレッスンの方は任せていいか? とりあえず顔を出しておかないと」
千枝「晶葉さん、行きましょう」
泉「私達は前から受けてるけど、晶葉は時々だったからきついでしょうね」
晶葉「わ、分かっている」
ちひろ「こちらは気にせず、頑張ってきてくださいね」
P「了解」
千枝「終わったらここで待ってますから!」
P「なら、レッスン場の場所だけ後でメール下さい……あ、ないんだった」
ちひろ「ちゃんと用意してます、古いタイプですが」
P「十分だ、千枝の番号も入ってるんだな」
泉「最低限は入れておいたから」
P「ありがとう、じゃあ行ってくる」
ちひろ「頑張ってくださいね」
P「と、出てきたはいいけどここ岡山だった……どこだよこの住所。聞いてみた方が早いか、えっと……すみません!」
肇「はい?」
P「あ、えっとここってどこか分かりますか?」
肇「そこでしたら、ここをまっすぐ行って二つ目の信号を右に行けば見えると思いますよ」
P「ありがと、助かった」
肇「いえ」
P「つい女の子に……スカウトすればよかったか? いや仕事も何もないところに入れたってなあ」
受付「いらっしゃいませ」
P「すみません、千川ちひろから何か聞いてませんか?」
受付「シンデレラガールズのP様でしょうか?」
P「そうです」
受付「どうぞ、あちらのELVで7階になります」
P「どうも……でかいし豪華だし、961かよ。こんな所に話が通ってるって、何者なんだ」
社長「君が異世界からのお客さん?」
P「……えっと」
社長「ああ気にしないでいいよ、君がそうだろうとそうでなかろうと支援はする。そういう約束だ」
P「それは、うちの千川から?」
社長「まあね、とは言っても私は半信半疑で聞いているが」
P「ここ……何の会社なんです?」
社長「何の……か、一言で言うなら総合商社かな」
P「総合……財閥?」
社長「本来、君とこうして会って話をする時間もないんだが。今日は特別だ」
P「それは、終わらせないために?」
社長「疑った結果終わりましたでは洒落にならない。それに、私もあまり関わってこなかった分野だ、乗ってみることにしたまで」
P「少し、突っ込んだ話をしても?」
社長「その為に来たんだ、こちらから話を進めよう」
P「お願いします」
社長「現在、主なTV局は4つ。573、テレビ岡山、BBS、ミリオンTV」
P「BBS?」
社長「アイドルマスターの世界にも同様のTV局があるんだろう? 知っているよ」
P「ええ、それとは別物でしょうが」
社長「まあね、とはいってもアイドル番組も豊富だ。まずはここを目指してもらう」
P「最後に出てきたミリオンTVというのは、やはり」
社長「ミリオンライブは知っているかい?」
P「見ました、アイドル事務所としてはこの世界でトップだと」
社長「非常に総合力の高い事務所だ、君たちでは足元にも及ばない程の」
P「やはりそこですか」
社長「すぐにどうこうという話ではないよ、いつかの話だ」
P「いつかは当たる壁です」
社長「とはいえ始まりはいつだって小さなもの、ここにちょっと用意してみたんだが」
P「オーディション……」
社長「残念ながらすぐいに仕事を用意できるだけの力は私にはなくてね、今はこれが精いっぱいだ」
P「いえ、助かります」
社長「もし世界があるなら、そちらでも商売してみたいものだ」
P「端役だろうと何だろうと名前を売らないことには始まらない、えっとレッスン場は」
ちひろ「お疲れ様です」
P「どこからいた?」
ちひろ「今ここで、そんな力はありません」
P「心を読まれても驚かない」
ちひろ「読めませんってば」
P「……」
ちひろ「プロデューサーさん?」
P「どうやら本当のようだ」
ちひろ「何を考えたんですか!?」
P「さあ、何でしょう?」
ちひろ「いいです、晶葉ちゃんに作ってもらいますから」
P「ロボットの一体も作れないのに?」
ちひろ「世界が続けば作れます」
P「俺がいるまでにできたら、それも可能でしょうけど」
トレ「晶葉ちゃん大丈夫?」
晶葉「心配……するな……」
千枝「ちゃんとこなしましたね」
泉「メニューは軽めだったけど、上々だと思う」
晶葉「お褒めの言葉はありがたいが……水を」
千枝「取ってきます」
トレ「ついに来たんだってね」
泉「昨日から、トレーナーさんにも紹介します」
トレ「いい人そう?」
千枝「はい、千枝にとっては凄くいい人です」
晶葉「私からすれば悪魔だ」
泉「引きずり出してくれただけ、私にとってもいい人かな」
トレ「なら、いい人なんでしょうね。よかった」
晶葉「人の評価だけで決めつけるのは早計だと思うが」
トレ「誰より泉ちゃんと千枝ちゃんの評価だもの」
晶葉「私が最も的確な評価だ!」
ちひろ「お疲れ様、終わったところ?」
泉「丁度いいタイミング」
千枝「今日も頑張りました」
ちひろ「こっちは疲労困憊ね」
晶葉「すぐに回復する」
トレ「大分よくなってきたから、今すぐオーディションに出してもいいくらい」
P「それは何よりです」
トレ「あなたが噂の?」
P「色々と知っていそうですね」
トレ「ええ、まあ色々と」
P「Pです、講師の方ですか?」
トレ「はい、専属でついています」
P「何でわざわざこんな始まってもない事務所の講師を?」
トレ「ちひろさんの頼みだから、それに有望な子がいたら放ってはおけなくて」
P「有望……?」
晶葉「何故こっちを見る!」
P「にしても」
ちひろ「別に特別な力を使ったとかではありませんからね」
P「そういうことにしておきます」
千枝「今日はここから一緒に帰れるんですか?」
P「ああ、帰るには帰るんだが」
晶葉「おい、私の腕を――」
P「今日は来てもらおうか」
晶葉「な、何で私が」
P「普段からどういう生活を送ってんのか心配なんでな、仕事の当てはとりあえずできたから。今度はこっちを何とかすることにした」
晶葉「無用な心配だ、必要な栄養素はきちんと――」
P「ならそれを示せ」
晶葉「いいだろう! ぐうの音も言わせない!」
P「……」
千枝「……」
晶葉「ぐう」
P「栄養補助食品にサプリメント……千早かよ。道理でぺったんな訳だ」
晶葉「胸の大きさは先天的な要素で決まる、そこは関係ない」
P「成長期がそんな生活でいいわけないだろ、必要最低限のエネルギーじゃ早々にばてる。どれだけ動くと思ってんだ」
千枝「今日は何を作りましょうか?」
P「肉だな」
晶葉「また栄養過多な」
P「無駄なことから意味を見出すのも観測者として必要な姿勢だと思うが?」
晶葉「それは経験則か?」
P「そうだな」
晶葉「……ほう」
千枝「鶏肉とー豚肉とー牛肉とー」
P「よかった、変な肉はないか」
千枝「いのししー!」
P「猪!?」
晶葉「その不思議そうな顔はなんだ」
P「猪ってポピュラーなのか?」
晶葉「売り場を見ただろう?」
P「いや、当たり前の様に並んでたのは見たけど」
晶葉「昨日はオムライスと聞いたが、肉は入れなかったのか?」
P「手分けして買ったから、そっちは見なかったんだよ」
千枝「明日は魚にしましょう」
P「食べるのにとんでもない勇気がいるな……」
晶葉「ファミレスにメニューはなかったのか?」
P「食材まで見なかったな……」
晶葉「そういうところが甘い」
P「無意識に避けたくなるんだよ」
千枝「昨日とは違うお店に行きましょう」
P「荷物持ちロボットとか作れないのか?」
晶葉「喋る機能までついてるのが私の隣を歩いているが」
P「この野郎」
晶葉「私は野郎ではない。すまない、元の世界ではそうなのか?」
P「そんな訳あるか!」
千枝「着きましたー!」
P「昨日のと違いが分からん」
晶葉「安心しろ、私もだ」
千枝「こっちは今日、特売日なんです」
P「特売ね」
晶葉「どうした?」
P「いや、何でもない」
千枝「どれにしましょう?」
P「予算は?」
千枝「えっと、聞いてません」
晶葉「ちひろがカードを持たせている、気にするな」
P「残額は?」
晶葉「スポンサーのところに行ってきたんだろう?」
P「……ついていけない」
千枝「今日は牛にしましょう」
P「助かる」
晶葉「怖いか?」
P「ああいいさ! いのししだろうがなんだろうが食べてやるよ!」
千枝「美味しいですね!」
P「うん、びっくりした」
晶葉「悪くはない」
P「手伝いもしないのが何を上から目線で」
晶葉「焼いただけだろう!?」
P「焼いただけ褒めろ!」
千枝「……食事中は喧嘩したらいけません!」
晶葉「どうして私が」
P「こっちの台詞だ」
千枝「お仕事、取れそうなんですか?」
P「というか、取るのは千枝達。俺はその機会の提供。こっちの世界のマナーも知らないまま突っ走っても酷い目に会いそうだから、
ちょっとマナー研修受けてくる」
晶葉「私たちは何をしていればいい?」
P「レッスン、今の力量も見たい。それで受けるオーディションも決める」
千枝「オーディション……」
P「最初は大した仕事じゃない、端役も端役。エキストラに近いかも」
晶葉「実際、765ではどの程度までいけたんだ?」
P「最高で……ウィークリーランキングで17位だった」
千枝「17位?」
晶葉「売り上げとしては?」
P「3万9000枚、こっちではどれくらいのレベルだ?」
晶葉「似たようなものだな、1位は100万を超える。それは同じか?」
P「変わらない、ただこれだけだ。他は全て100位を下回ったから」
晶葉「どうしてそれだけ突出したんだ?」
P「俺が最後に手がけた曲で、これを機にと思ったんだが」
晶葉「残酷な世界だな」
P「分かってたことさ、ごちそうさま。洗うよ」
千枝「千枝がやります」
P「二日連続でやらせるか、レッスンで疲れてるのに作ってもらったんだ。やるぞ」
晶葉「誰に言っている?」
P「他にいないだろ」
晶葉「私とてレッスンで――」
P「はいはい」
晶葉「むう」
P「皿洗いもしたことないのか?」
晶葉「父と母は優秀だからな」
P「食洗機?」
晶葉「の、様なものだ」
P「食事とかも?」
晶葉「何が作ろうが味は一緒だ」
P「千枝の料理も同じだったか?」
晶葉「私には違いは分からない」
P「俺は暖かいと思ったけどな」
晶葉「プロデューサーにとってはそうなんだろう」
P「実際、起きて一人だったら俺自身どうなってただろうとは思う」
晶葉「心細いか?」
P「現実味がないから、まだ現実逃避してるような感覚だ。これが続くならそれでいいと思う」
晶葉「ふっ、なかなか弱気だな」
P「愚痴ならいくらでも言うさ、言いたくなったら聞くぞ」
晶葉「天才に愚痴などない」
P「それ、お湯で洗わないと落ちない」
晶葉「むう」
千枝「泊まっていくんですか?」
晶葉「この男が私に、今日は帰れると思うなよ。と」
P「そんなハードボイルドな台詞は吐いてない」
千枝「ベッド、どうしましょう?」
P「言い出したの俺だし、ソファでいい」
千枝「プロデューサーさんが犠牲になるのは駄目です」
P「そんな大げさな」
千枝「千枝が一緒に寝ればいいんです」
P「ああ、それでいいなら頼む」
千枝「任せてください!」
P「で」
千枝「やっぱり、少し狭いですね」
P「どうして俺と一緒に寝ようとしてるのかな!」
千枝「お父さん」
P「いや、違うから」
晶葉「ほう」
P「そんな目で俺を見るな! ほら晶葉と一緒に……」
千枝「駄目ですか?」
P「……」
千枝「……」
P「……はぁ」
千枝「やった」
P「出会って二日目でよくそこまで心を開けるもんだな」
千枝「心を開かないと、開いてくれませんから」
P「俺の心を開いたって、何もないぞ」
千枝「ありますよ、千枝の想像もできないたくさんのものが」
P「家を出て、どれくらい経った?」
千枝「10月くらいでしたから……」
P「半年くらいか、よく先の見えない中……」
千枝「……すぅ」
P「ったく、よく眠れるもんだな」
千枝「ん……む……」
P「駄目だ、寝れるか……水でも」
晶葉「こんな時間まで起きているとは」
P「人のことを言えた立場か」
晶葉「私はいいんだ」
P「いいって……それ」
晶葉「夢の欠片、とでも言おうか」
P「ロボットの部品か?」
晶葉「かもな」
P「かも?」
晶葉「私はもう寝ることにする」
P「ああ、お休み」
晶葉「……」
P「何だよ、不思議な顔をして」
晶葉「そうか、寝る時はそう言うのが当たり前なんだったな」
P「この世界では違うとか言うなよ?」
晶葉「合っている、おやすみだ」
千枝「プロデューサーさん!」
P「んお!?」
千枝「どうしてソファで寝てるんですか!?」
P「ソファ? あ、そのまま寝ちゃったのか」
千枝「千枝がいたからですか!」
P「まあ」
千枝「う……、千枝のせいですか?」
晶葉「なるほど、11歳も対象という訳か」
P「……あのなあ」
千枝「今日は駄目ですか?」
P「晶葉は戻るだろ」
晶葉「別にいてやってもいいが?」
P「女子寮に戻れ、そもそも2LDKに三人は手狭だ」
晶葉「だそうだ」
千枝「今日は潜り込んじゃいますから」
P「頑張りどころを間違えてるぞ」
晶葉「昨日はマナー研修とか言っていたが?」
P「出る、学ぶより実践だろうし。異世界出身プロデューサーとか営業にならん」
晶葉「寧ろそれで売り出せば売れるんじゃないか?」
P「芸人かよ」
千枝「異世界ジョーク!」
P「そんなのが売れたら悪夢だ」
晶葉「午前はラボにいる、レッスンは午後からでいいんだろう?」
P「出れるのか?」
晶葉「昨日の食事の分くらいはな」
P「3分くらいか」
晶葉「人の消費効率を何だと思っている」
千枝「プロデューサーさんは今日は来てくれますか?」
P「時間が空けば、三日目だし本格的に動く。会社も回るし、他の事務所のライブも見たい。実際、どういう盛り上がりなのかは映像じゃ分からない」
千枝「一万人とかですか?」
P「軽く調べた限りだと大して動員数は変わらない、多くて10万か。人口も大して違わないし当然といえば当然なんだけど」
晶葉「そんな急にチケットが手に入るのか?」
P「スポンサーを頼るさ」
今日はここまで
講師「それでは皆さん、用意はいいですか?」
P(岡山ってこと、完全に忘れてた)
講師「何より、陶芸に対する姿勢が最も大切です」
P(だからってどうして一時間目から陶芸教室なんだよ!? 野球やサッカーの代わりに陶芸の話でも営業でしろってか!?)
「遅れてすみません!」
講師「いいえ、始まったばかりですから」
P(何だこの歓声? 大物がこんな所に?)
肇「皆さん、遅れてしまい申し訳ありません」
P「あ!」
肇「はい? ああ、昨日の」
講師「お知合いですか?」
肇「知り合いと言いますか」
講師「よければ、前へ」
P「いえ、知り合いと言っても」
講師「ちょっとした一例になって頂くだけですから」
肇「せっかくですし、サポートします」
P「君、凄いの?」
講師「肇さんをご存知ない?」
P「すみません、本当に不勉強で」
肇「そこまで有名でもありませんから、藤原肇です」
P「色んな意味で緊張するな」
肇「力を抜いてください、では粘土を練るところから――」
P「陶芸って皆がやり方くらいは知っているものなの?」
肇「小学校で授業になっていませんでしたか?」
P「あ、そんなレベルなのか」
肇「今日、形作ったものは来週にまた続きを。また削り仕上げの工程が残っていますから」
P「分かった、その日も藤原さんはいるの?」
肇「はい、特に予定が入らなければ」
P「少しでも知った顔がいると安心する、名前を調べれば作品が出てきたりするのかな?」
肇「藤原窯、と調べて頂ければすぐに分かると思います」
P「次に来るまでにはもう少し予習しておく、おっと二時間目だ。また来週」
肇「お待ちしています」
P(よかった、二時間目はまともだ。だけど……違いはないな。これなら午後からは予定通り)
受付「社長、ですか?」
P「ええ、もしいなければそれはそれで構わないんですが」
受付「申し訳ありません、不在の様でして」
P「突然お邪魔したこっちが悪いですから……と電話か、この着信音も慣れないな」
ちひろ「プロデューサーさんですか?」
P「そうですが、どうしました?」
ちひろ「晶葉ちゃんから聞きました、そちらの方は私でなんとかします」
P「チケットですか?」
ちひろ「今日いきなり、は難しいですけど明日であれば」
P「それなりに人気のあるのを抑えてくれるなら、助かる」
ちひろ「お任せを」
P「本当に、何者なんだこの人。いや、そうと決まれば」
主催「次のオーディションに?」
P「ええ、三名。お願いできますか?」
主催「しかし、シンデレラガールズなんて聞いたことないけど?」
P「新設の事務所でして、もしよろしければこれから仲良くさせて頂ければと」
主催「うーん、申込み自体は別に構わないけど。そういう事であればここはお勧めしない」
P「何かうちに問題が?」
主催「違う違う、これ出来レースなの」
P「ああ、そういうことですか」
主催「いいのかい?」
P「場馴れさせたいので、それは別に。出来レースということは内定が出てるアイドルはそれ相応の大物なんでしょう?」
主催「ミリオンライブだよ」
P「ああ、あの」
主催「まあ、あの事務所自体はそういうのはやらないけどね。うちの方の偉いさんが勝手に気を遣ったらしい」
P「よくあることです、なら規模もそれなりに大きいんでしょう?」
主催「その子たちオーディションも初めてなんでしょ? 折角だしもう少し違うの受けた方がいいんじゃない?」
P「何か紹介して頂けるのであれば、その出来レース。少しは協力できるかもしれません」
主催「協力?」
P「勝者にも、勝ち方というものがあるでしょう」
千枝「お帰りなさい」
P「まだいたのか?」
ちひろ「随分と遅くまで頑張っていたんですね、届きましたよ。オーディションの案内」
P「とりあえず二つ、まあ挨拶代りみたいなものです」
泉「……早い」
P「こういうのはスピードが命だ」
晶葉「だが、結果は目に見えていないか?」
P「いいんだよ、最初から取れるなんて思ってない。恵まれたスタートじゃないが、贅沢も言ってられない」
千枝「どんなお仕事ですか?」
P「また明日、説明する。明日は学校だろう? 今日は休め、別に対策が必要でもない」
泉「場馴れさせようってこと?」
P「察しがいい女は嫌いだが、純粋に賢い子は好きだな」
ちひろ「私と何が違うんでしょうか?」
P「……雰囲気」
ちひろ「抽象的すぎて対策の仕様がありませんってば」
千枝「馬鹿になっちゃえばプロデューサーさんに好かれますか?」
晶葉「つまり私とプロデューサーは相容れないという事か」
P「一番合いそうで嫌だ」
晶葉「どういう意味だ?」
千枝「天才千枝ちゃんです!」
P「その方向性はどうにかしような、千枝」
千枝「本当にいいんですか?」
P「レッスンした後で余計な負担は掛けない、まあそんな生活もそろそろ終わりだけど」
千枝「うう……何だか悪いです」
P「いいって、簡単なものしか作れないが。男の一人暮らし 料理、おお何だ大体は共通してるじゃん!」
千枝「今日の夕飯は何ですか?」
P「チャーハンにするか」
千枝「プロデューサーさんの料理、初めてです」
P「トーストとサラダと同じくこれも料理と呼べるかは微妙だぞ」
千枝「立派な料理です」
P「期待せずに待ってろ」
千枝「あ! やってますよ!」
P「竜宮小町、か」
千枝「この歌は知ってますか? 知らぬが 仏ほっとけないくちびるポーカーフェイス」
P「よく知ってる、誰よりも」
千枝「綺麗ですね」
P「実際はもっとな、本当……俺には輝いて見えた」
千枝「千枝も、こんな風になれますか?」
P「どうだろうな、俺はこいつらをこんな風にはできなかった」
千枝「見ないんですか?」
P「怖くてな」
千枝「プロデューサーさん?」
P「俺には連れていけなかった世界だ、明日も早い。学校なんだろ?」
千枝「明日から5年生です」
P「11歳って、数え年で言ったのか? いやそれでもずれるような」
千枝「おかしいですか?」
P「いや、いい。寝よう」
千枝「はい」
P「……どうしてついてくる?」
千枝「今日こそ一緒の――」
P「自分のベッドで寝ろ!」
千枝「学校が終わったらまっすぐ事務所に行きますから」
P「頼む、トレーナーさんとちひろさんにはオーディションについて伝えておくから」
千枝「分かりました、どうしました?」
P「いや、ランドセルなんだなって」
千枝「水色なんですよ」
P「似合ってる、ほら遅刻するぞ」
千枝「行ってきます」
P「ああ、行って来い。さあて、俺も行くかな」
ちひろ「おはようございます、用意しておきましたよ」
P「バクダンガールズ?」
ちひろ「前3枚のシングルの平均順位は12.7位、見てみるには手頃では?」
P「完全に格上、ありがたい。よく取れましたね」
ちひろ「オークションで落としてしまいました、少しお金は掛かりましたがいい席ですよ」
P「金はどんな世界でも偉大だ」
ちひろ「その通りです」
トレ「おはようございます」
P「ああすみません、朝早くから呼び出してしまって」
トレ「いえ、大事なお話ということですから」
P「早い話が、オーディション対策です。どうぞ、資料です」
トレ「これ……」
ちひろ「一つはともかく、こちらは」
P「曲がないんでボーカルでは売れない、なら演技かモデルか。とにかく露出がない事には、営業したくてもできませんから、早急に宣材も取ります」
ちひろ「それなら用意していたものが」
P「実は紹介してもらったところがあるんです、それに……どうせなら少し目立った方がいい」
トレ「ですが、あまりに……それにこれ確か」
P「合格者が決まってる、でしょう? 親切な人が教えてくれました。だからちょっとお願いをしたんです」
ちひろ「お願い?」
P「ええ、ですからその為にちょっとした準備をして欲しいんです」
トレ「できることであれば」
P「簡単です、一日で出来る事です」
ちひろ「何が狙いです?」
P「何って、覚えてもらおうと思ったまでですよ。そのミリオンライブとやらにね」
トレ「あの、ちひろさん?」
ちひろ「驚いてますね。人のこと言えませんけど」
トレ「本当に新人さんなんですか?」
ちひろ「今は夢中になって考えないようにしてるのか、それとも……」
トレ「考えないようにって?」
ちひろ「いえ……今はできることを、その為のシンデレラガールズなんですから」
P「えーっと、ライブ会場は……そもそもどうして開場時間が朝なんだ。どんなグループ……って」
亜利沙「ムフフ……ついに、ついにこの日が!」
P「何か近づきたくないのがいる」
亜利沙「今日はこの日の為に、始発でここまで物販に駈けつけましたぁ♪」
P「あんなファンが付くんだからさぞかし凄いグループなんだろうが……」
亜利沙「すみませーん! コンサートライトとポスターと!」
P「俺も何か買っとくか」
朝の部! バクダンガールズ
P「朝? おいおいちひろさんそんなこと一言も。ってか、席がステージから近いんだが」
亜利沙「この席なんて貴方、なかなかやりますね!」
P「は?」
亜利沙「ここ、ありさも何度も挑戦してようやく取れた席なんです!」
P「そ、そうなんですか……」
亜利沙「にしては、服装が」
P「えーっと、それ着た方がいいのかな」
亜利沙「ぜひ!」
P「か、買ってきます!」
店員「ありがとうございましたー」
P「出費を気にしなくてもいいとはいえ、ちょっと整理しよう。昼の部、スパーク☆めいでん。夜の部、松田亜利沙。三組もいるのかよ」
亜利沙「買いました?」
P「こ、これでいいかな?」
亜利沙「もしかして、初心者の方ですか?」
P「か、観客席からライブを見るのは初めてで」
亜利沙「ならありさがここで教えてあげます! ついてきてください!」
P「え、いや、別に――」
亜利沙「さあさあ遠慮なく!」
P「何で23にして俺はこんな服着て」
亜利沙「BAKUDAN☆BAKUDAN」
P「こんな集団に囲まれてるんだ……」
うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
P「どこの世界でも熱意は同じか、それが分かったのはいいんだが」
亜利沙「さあ! 折角のライブですから!」
P「この席だけはどうにかならないものか」
昼の部 スパーク☆めいでん
亜利沙「スパークきゅんきゅん! びりびり! めいでん!」
P「名前でこんなんだろうなって分かってたよ!」
亜利沙「さあ次は有名曲ですよぉ!」
P「えっ、今ネットで発表したばかりの新曲だって」
亜利沙「そんなの関係ありません! さあ合わせて!」
P「んな無茶な!」
亜利沙「はぁー! あっという間でしたね!」
P「ええ、そうですね」
亜利沙「次も、ちゃんと見て下さいね」
P「夜の部、松田亜利沙。まだ続くんだよな」
亜利沙「はい、今まで貰ったエネルギーちゃんとお返ししないと☆」
P「は?」
ミリP「亜利沙! リハやるぞ!」
亜利沙「ではまた後でお会いしましょー!」
P「えっと、画像検索……う、嘘だろ!?」
ミリP「途中からでしたが見てました、付き合わされてましたね」
P「ミリオン、ライブ……?」
ミリP「ええ、どうぞうちの亜利沙をよろしくお願いします。あれで見所のある子ですから」
P「見させていただきます」
ミリP「いい子ですし、実力は今まで出てきたアイドルの誰よりも上ですから」
P「……凄かったな、おっと」
ちひろ「終わりました?」
P「夜までやるとは思ってませんでしたよ」
ちひろ「ですが、いい経験になったのでは?」
P「ええ、目標がはっきりしましたから。彼女たちを超えないことには先がない、そうですね?」
ちひろ「超えるべきかどうか、それもプロデューサーさんが決めることです」
P「面白い、確かに凄かった」
ちひろ「私達も負けていられません」
P「まずは、来週です」
千枝「お帰りなさい」
P「娘を持った父の気分だ」
千枝「お父さん!」
P「そういうのは簡単に言うもんじゃないぞ」
千枝「二番目のお父さん?」
P「ちょっと意味がずれてくるからやめて」
千枝「プロデューサーさん今日はライブに行ってきたんですよね?」
P「行った。で、これが」
千枝「グッズが一杯です」
P「調査のつもりでいくつか買ったんだが、席が悪かった」
千枝「遠かったんですか?」
P「近すぎて、熱狂的なファンに会っちまった」
千枝「のせられちゃったんですか」
P「まあな、でも丁度良かった面もある。この子だった」
千枝「あ、知ってます!」
P「帰りに調べたよ、アイドル研究家のアイドル。松田亜利沙、ミリオンライブの一人」
千枝「話したんですか?」
P「話したというか、隣でわーわー騒いでただけだ。加えて実はもう一人、有名人に会った」
千枝「アイドルですか?」
P「陶芸界のアイドル、って意味ならそうなんだろうな」
千枝「ふじわら……えっと」
P「はじめだな、祖父は人間国宝。父親は陶芸界の重鎮、とんでもないサラブレッド」
千枝「藤原哲さんですか?」
P「何だ、知ってるのか」
千枝「学校にその人の作品が飾ってあります」
P「影響力は絶大だな、ある意味ラッキーだったかも」
千枝「陶芸好きなんですか?」
P「いや、だけどその土地の有力者と繋がりが持てるかもしれない。まあこっちは上手くいってもいかなくてもいい」
千枝「ご飯、もうできてますよ」
P「……魚?」
千枝「泉さんと二人で相談して、食べやすそうなのを選んできました」
P「おお、鯖じゃないか! 」
千枝「これは大丈夫ですか?」
P「一般的だよ、色々と覚悟してたけど美味しい」
千枝「料理が楽しくなってきました」
P「俺が増えて迷惑だろ?」
千枝「誰かの為に作るって楽しいんです、食べたらどんな顔をしてくれるんだろう。何を言ってくれるかな?
そんなことを考えてたらあっという間にできちゃうんです」
P「学校、楽しいか?」
千枝「いい人ばかりです、プロデューサーさんもいつか来てください」
P「授業参観とか、か。両親とか来ないのか?」
千枝「遠いですから」
P「そっか、忙しいんだろうな。分かった、なるべく都合つける」
千枝「千枝もオーディション頑張ります」
P「あんまり気張り過ぎるなよ」
千枝「そういえば今日、トレーナーさんからも言われました。明日からちょっと変わったレッスンをするからって」
P「ああ、ちゃんと上に着ていくように。まだ冷えるから」
千枝「レッスンは部屋の中ですよ?」
P「明日からは、ちょっと違う。始まるまでは勉強に集中」
千枝「は、はい」
ちひろ「おはようございます、すっかり板についてきましたね」
P「まだまだ手さぐり、では打ち合わせ通り探しにいきますよ」
ちひろ「今日は確保済みですよね?」
P「今日はその先を、規模は何でも。最初の一歩、どんな結果でもいい」
ちひろ「レッスンは見にきます?」
P「ええ、必ず」
ちひろ「私は事務所にいますから、何かあれば連絡を」
P「ありがとう」
ちひろ「……」
P「お礼を言われたらどういたしましてとかって文化はこっちにはあります?」
ちひろ「はい、どういたしまして」
泉「外で?」
晶葉「効率的ではないように思うが」
千枝「どこか場所があるんですか?」
ちひろ「今まで、中でばっかりだったから気分転換にってプロデューサーさんが」
泉「だから服の指定まで」
トレ「場所はここ」
泉「ここ……そういうこと」
千枝「どういうことですか?」
泉「ストリートライブ」
晶葉「人前で踊れと言うのか!?」
トレ「いつかすること、それにこれはライブじゃなくてレッスン」
ちひろ「言うなればストリートレッスン、でしょうか」
泉「そうね、オーディションするんだから。人の視線に慣れておかないと」
千枝「いろんな人に見られちゃいますね」
ちひろ「今日はそこまで人通りが多いところじゃないから大丈夫、明日からは分からないけれど」
晶葉「プロデューサーのアイデアか?」
トレ「そうね」
千枝「でも、千枝達の歌とかありませんよ?」
トレ「今まで練習してきた曲があるでしょう? それにライブじゃなくてレッスンだから、曲の使用許可が必要な訳でもない」
泉「考えたわね、思いつかなった」
晶葉「さすが本業か」
トレ「そういう訳で、今日は頑張りましょう」
千枝「ふぅ」
トレ「はい、三曲も通すと疲れるでしょう?」
晶葉「し、死ぬ」
泉「これくらいで?」
晶葉「鬼だな」
泉「さあ?」
千枝「いつの間にか、人が」
トレ「10人くらいかな、気になる?」
千枝「少しですけど」
晶葉「こんなのを見て何が楽しいのだろうか」
泉「楽しんでもらえるようにするの」
千枝「楽しんでもらえるように……」
トレ「そう、ただ合わせればいいというものでもない。人が見た時に楽しいなって思うのは、綺麗なダンスだけじゃないから」
泉「気づいてる?」
晶葉「何に?」
泉「この中で誰が一番、視線を集めてたか」
晶葉「泉じゃないのか?」
泉「違う、というかはっきり分かった。私はダンスはまだまだ」
晶葉「なら」
泉「そう、千枝」
晶葉「やる気に満ち溢れてるからか」
泉「それだけじゃない、よく分からないけど」
晶葉「少し周りに目を向けてみるか」
泉「自分の事で手一杯でなければね」
晶葉「その言葉、そのままそっくり返そう」
P「聞こえてきた、やってるな」
肇「……」
P「あれ、もしかして」
肇「あ……」
P「藤原さん? もしかして――」
肇「失礼します!」
P「逃げ、られた……?」
トレ「あ、プロデューサーさん、お疲れ様です」
晶葉「ようやく来たか」
千枝「千枝、頑張ってます!」
P「そうか、はは……」
泉「何か暗いけれど」
トレ「何かありました?」
P「うーん、と」
千枝「藤原肇さんが?」
P「大石さんや池袋はここに住んで長いか?」
晶葉「それより私にさんを付けない理由を聞きたいが」
泉「長くはないけれど、名前は知ってる。有名だから、藤原哲の孫娘」
トレ「ええ、作品は藤原窯といえばこの国でトップの工房ですから」
千枝「そんな人が見てたんだ……」
晶葉「私の話は」
泉「迷惑だったのかも」
P「ここの管理者から許可は貰ったけど、近かったのかな」
晶葉「目と鼻の先だ」
P「帰り道か何かだったのかな」
千枝「声とか掛けたんですか?」
P「逃げられた」
晶葉「賢明な判断だ」
P「明日、特別コース」
晶葉「な!」
千枝「頑張りましょう」
泉「もし、協力関係になれたらかなり有利だと思う」
P「深追いはしない、嫌われたら終わりだろうから」
トレ「さて、もうひと踏ん張りといきましょう」
P「そろそろ会社帰りとかが通りがかるだろ、5人ほど足止めできれば上出来だ」
晶葉「まだやるのか……」
泉「課題は見えてきたから、その確認を」
トレ「また最初から始めましょうか」
P「どうですか? あの三人は」
トレ「それは私から聞きたいくらいです、どうでした?」
P「デビュー前、にしては上々。一名を除いて」
トレ「これからですけど、そういう評価を頂けるとほっとします」
P「評価するのは俺ではなく、もっと目の肥えた連中でしょうが」
トレ「今までも何人か持ってきましたけど、私ではなかなか伸ばしてあげられなくて」
P「どこかの事務所と専属で契約を結んでいるとか?」
トレ「今はフリーですし、幸いにもここに仕事を頂きましたから専念するつもりです」
P「ありがたい、俺より話しやすいでしょうから」
ちひろ「お疲れ様です」
P「千枝は先に帰しました、一緒に帰るって聞かなかったんですけど」
ちひろ「もう遅いですから、どうでした?」
P「まずまずです、あれなら恥をかくことはないでしょう。それで、明日からですが」
ちひろ「一気に人の目の数が跳ね上がりますね」
P「とんでもない数の目に合うことになりますから、それが終われば営業にも連れて行きますし」
ちひろ「回っているそうですね」
P「ほんの少し、これから参加するかもしれませんって挨拶を。だから明日はレッスンにそこまで時間を取りません」
ちひろ「宣材ですね」
P「彼女達らしさを出せれば、それに越したことはないんですが」
肇「ただいま」
祖父「遅かったな」
肇「少し生徒さん達とお話してたから」
祖父「あれはあくまでお遊びだ、これから本格的な修行を積んで後を継いでもらう」
肇「分かってます」
祖父「ならいい」
肇「……」
祖父「お前はあれの様にはなるな」
肇「分かって、ます」
千枝「ふぁ……」
P「眠いか?」
千枝「少しだけです」
P「今日は短めにするし、明日は休みにするから」
千枝「できますよ?」
P「出来ることと、しなければならないことは違う。朝飯は作るから顔を洗ってこい」
ちひろ「おはようございます」
P「おはようございます、いい天気ですね」
ちひろ「ふふっ」
P「あれ、何か変なこといいました?」
ちひろ「砕けた口調が元通りですね」
P「……あ」
ちひろ「いえ、その方が楽であれば」
P「同じような人がいたんですよ」
ちひろ「音無小鳥さんですか?」
P「アニメにも出てるんでしょうね」
ちひろ「見てないんですか?」
P「ちょっと忙しくて」
ちひろ「楽しそうですよ」
P「ええ、そうでしょうね。俺がいない世界ですから」
ちひろ「今、私は楽しいですよ」
P「俺もです、では行ってきます」
ちひろ「楽しい、か」
千枝「これ、千枝達が着るんですか!?」
P「その為に借りてきた、借り物だからあんまり汚せないけど」
晶葉「似合うのか?」
P「着てみないことには何とも、別にこれでずっと仕事していくわけじゃないんだ」
千枝「こんなの初めて着ます」
泉「これに意味はあるの?」
P「あるさ、ないならアイドルの誰もこんな衣装は着ない。ああそれから今日は宣材取るからな」
千枝「洗剤?」
P「違う、宣材。営業の時に使う千枝達の写真だ」
泉「前に撮ったけれど」
P「あの証明写真か」
晶葉「言い得て妙だな」
泉「証明……固い?」
P「地蔵かと思った」
晶葉「地蔵かなるほどあはははははは!」
泉「地蔵……笑顔って大切?」
P「千枝を見てみろ」
千枝「はい?」
P「ほら鏡」
泉「……なるほど」
P「しっかし言葉も丁寧語から変わったと思ったら、それはそれでどことなく固いな」
泉「そう?」
P「いや、それでもいいと思う。それはそれで俺は好きだから」
泉「あまり軽々しく言う言葉ではないと思う」
P「嘘をつくよりマシ」
晶葉「それで今日はどこへ行くんだ?」
P「ちょっと見繕ってきたから」
泉「トレーナーは?」
P「そう、思いついたはいいが俺にはできないことが一つ増えててさ」
千枝「プロデューサーさんでもできないことですか?」
P「ああ、ちょっと遠出だから車を使おうと思ったんだが」
晶葉「車なんて借りればいいと思うけど
P「この世界の免許、持ってないことに今になって気づいた」
千枝「ドライブです!」
P「すみません、わざわざ」
トレ「いえ、プライベートでも運転はしてますから」
P「よかった、誰も持ってなかったらアウトだった」
晶葉「免許もちのアイドルでも探した方が早そうだ」
P「年上か」
泉「765の最年長って」
P「あずささんの21」
晶葉「さん?」
P「なんか呼び捨てはちょっと失礼かなって思ったらいつの間にか」
トレ「可哀そうな気もしますね」
P「と、言われても」
晶葉「弱いな」
P「ただ、これはできそうな気がするんですよね」
トレ「運転ですか?」
P「アクセルもブレーキもハンドルも大して違いはありませんから」
千枝「やってみますか?」
P「それで無免許で捕まったらプロデューサーとして終わっちまう」
泉「全自動運転ロボットでも作ってあげたら?」
晶葉「そんなものを作ったところで私にメリットがない」
千枝「移動が楽ですよ?」
トレ「プロデューサーさんの運転する車に乗りたいとか?」
晶葉「私に自殺願望はない」
P「そこまで下手じゃねえよ!」
千枝「駅前ですか」
P「衣装合わせいくぞ、メイクも」
晶葉「変な意味で注目を集めそうだ」
P「それも一つの経験だ」
トレ「すみません。こういうの、私は苦手で……本来、私が教えてあげるべきことですよね」
P「得手不得手なんて誰にでもあります、俺に歌やダンスは教えられない。その代わり、これくらいは」
トレ「そう言ってもらえると、助かります」
P「いずれ俺も助けてもらいますから、そろそろいいかー?」
晶葉「ばっ、待て!」
千枝「ぱんぱかぱーん」
晶葉「なっ、あ……何とでも言え」
P「うん、素材はいいんだよな」
晶葉「そんなお世辞はいらん」
P「こんなところでお世辞を言って俺に何の得がある」
千枝「千枝はどうですか?」
P「誰が見ても可愛いって言うだろうな」
千枝「やった!」
泉「……」
P「不思議そうだな」
泉「私が着てもいいの?」
P「その為の衣装だ、アイドルとしてはまだ地味な部類だぞ。ステージ衣装はもっと派手だ、今回はあくまでレッスンの延長上」
泉「動いてこそ、ということ?」
P「そういうこと、本当に慣れてないんだな」
泉「経験あるこの方が希少」
P「半信半疑だろ? 自分の目で見て感じて、それからでも判断は遅くないはずだ」
トレ「メイクさんが呼んでるけど、準備いい?」
P「アイドルの時間だ」
星梨花「えっとお買い物はあれと……」
静香「あまり時間がないし、後は今度に」
星梨花「そうですね、プロデューサーさんも待ってるでしょうから!」
静香「そういえば亜利沙、また行ったみたい」
星梨花「好きですもんね」
静香「参考にならないとは思わないけど、あんまりやり過ぎないように言っておかないと」
星梨花「あ、あそこでも何かしてますよ」
静香「この時間に珍しい」
星梨花「ちょっとだけ行っちゃいます? 人もそれなりにいますから目立ちませんよ」
静香「うん、5分くらいなら」
星梨花「すみません、ちょっといいですか」
静香「集中してみてる、そんなに?」
星梨花「これミリオンライブの!」
静香「誰が一体……」
星梨花「……わあ」
静香「ライブじゃない、レッスン。でもこんな所で」
星梨花「歌も踊りも凄いです!」
静香「趣味でするようなレベルじゃない、けど……誰?」
星梨花「どこかのアイドルでしょうか?」
静香「でも、こんなグループ見たことない。粗削りだけど、力は感じる」
ミリP「もしもし、静香か? 今どこだ?」
静香「すみません、もう戻りますので」
星梨花「プロデューサーさんですか?」
静香「少し、名残惜しいかな」
星梨花「また会えます、どこかで」
静香「……そうね」
P「ご感想は?」
泉「私が聞きたい、どうだった?」
P「よかったと思う、少なくとも俺はそう思った」
泉「不思議な感覚、かな。誰かの視線をこんなに受けたことなかったから」
P「これからいくらでも味わえる感覚だ」
泉「プロデューサー」
P「なんだ?」
泉「私はアイドルに向いてると思う?」
P「俺はそう思う、けどやっぱりそこは君次第だよ」
千枝「何だか、不思議な感じです」
P「ライブの後はもっと不思議な感じなんだよな。ま、俺が立った訳じゃないけど」
千枝「千枝もいつか立てますか?」
P「立てる、立たせてみせる」
千枝「どんな気分なんでしょう」
P「同じことを言ってたよ」
千枝「同じ?」
P「不思議な気分だって」
千枝「感じてみたいです、きっと今と違うと思いますから」
トレ「今日はこれで?」
P「衣装を返して、終わりで構いません。このまま宣材なんて体力は残ってないでしょうから。な?」
晶葉「……客観的に見て、私の状態をどう評価する?」
P「疲労困憊」
晶葉「分かっているなら――」
P「ほら、立てるか?」
晶葉「それくらい……ふぅ」
P「やれやれ、トレーナーさん車で待っていてもらえますか? 連れて行きますから」
トレ「分かりました」
P「ほら、背中に乗れ」
晶葉「余計な気遣いはいらん」
P「つまらない意地は捨てろ、ほら」
晶葉「……重くないか?」
P「ちんちくりんは軽い」
晶葉「もう少し言い方があるだろう」
P「お姫様とでも呼べばいいのか?」
千枝「お姫様だっこですか?」
晶葉「絶対にするなよ」
P「誰がするか、それだけ騒げるなら十分だな」
千枝「千枝もおんぶがいいです」
P「生憎、俺の背中は二人を背負えるほど広くないんだよ」
千枝「抱っこも?」
P「抱っこも」
千枝「晶葉さんいいな」
晶葉「別にいいものではない」
泉「照れてる」
晶葉「ほら着いたぞさっさと降ろすんだ!」
ちひろ「お帰りなさい、疲れてますね」
泉「この二人を見れば分かるわよね」
P「結局、二人も抱える羽目になるとは」
トレ「両手に華ですね」
P「片方に疑問符は付けたいですが」
トレ「このまま終わりでよければ、家まで送りましょうか?」
P「凄く助かります」
ちひろ「ではここで渡しておきますね」
P「おお、住民票」
ちひろ「何かと不便でしたでしょうけど、これで行政の力も頼れます」
P「身分がないと何もできなくて」
ちひろ「口座等もこちらで用意しますから、また必要なものがあれば何なりと」
P「またおいおい、今日はこの子達を連れて帰ります」
泉「プロデューサー」
P「何だ?」
泉「今日みたいなこと、またできる?」
P「それを君が望めば、叶えるのが俺の仕事だ」
泉「なら、私は何ができる?」
P「少しかっこつけて言うなら、夢を見せること。それじゃ明日はゆっくり休んでくれ」
「ぉぃ」
晶葉「……ん」
「おーい」
晶葉「何だ……?」
P「ちんちくりん起きろー!」
晶葉「誰がちんちく――」
P「やっと起きたか」
千枝「おはようございます」
P「アイドルの挨拶としては正しいが、今は夜8時だ」
千枝「お、おそようございます?」
晶葉「そうか、寝てしまったか」
P「あれだけ動いたのも久しぶりなんだろ? 無理もないって」
晶葉「すまない、迷惑をかけた」
P「シャワー浴びてこい」
晶葉「そこまでの気遣いは……」
P「あー、そのだな」
晶葉「はっきり言ってくれていいが」
P「汗臭い」
晶葉「早く言え!」
千枝「でも、夕飯はどうしましょう?」
P「そのことなんだが」
千枝「お客さん?」
P「俺が出る、誰かは分かってるから」
千枝「誰かと約束したんですか?」
P「ああ、さっきな」
トレ「すみません、出過ぎた真似かと思ったんですが」
P「大助かりですよ」
千枝「トレーナーさん家、近いんですか?」
トレ「車で20分くらい、着替えて買物して来ただけだから」
P「家は大丈夫ですか? その……家族とか」
トレ「今日は大丈夫です、キッチンお借りしても?」
千枝「千枝も手伝います」
トレ「今日は大丈夫、ゆっくり休んで」
P「池袋の着替え、用意してやってくれ。俺のまだ着てないのが何着かあるはずだ」
千枝「取ってきます」
トレ「人の使い方が上手いですね」
P「使われっぱなしの身ですよ、さて始めましょうか」
トレ「本当に私一人で大丈夫ですよ?」
P「千枝、あまり俺に手伝わせてくれないんです」
トレ「千枝ちゃん、しっかりしてるから」
P「裏を返せば自分一人で背負いこみがち、ってことなんですけどね」
トレ「それだけプロデューサーさんに対して気遣ってるんですね」
P「だから少しでもお返しができれば、と。なので料理レッスンお願いしてもいいですか?」
トレ「私にできる範囲、ですよ」
P「慣れてますね」
トレ「毎日、何かは作ってますから」
P「いえ、そうではなくて。四人分作ることに迷いがないなあと」
トレ「……流石ですね」
P「俺の観察眼が凄いとかって話じゃないです、何となくやよいを思い出したってだけですから」
トレ「あのアニメの?」
P「……あ、そ、そうです」
トレ「すみません! そうですよね……私……」
P「いえ、いきなり言われてそう連想するのは当たり前です。こちらこそすみません、こんな空気にしてしまって」
トレ「……すみません」
P「それより、この調味料は何に使うんです? 見たことなくて」
トレ「それは――」
晶葉「悪くない」
P「作ってもらっておいてそれか」
トレ「でもよかったです」
千枝「とっても美味しいです! 口から目玉が飛び出ちゃいそうです」
トレ「言い過ぎだよ」
P「……どういう状況から生まれた言葉なんだよ」
トレ「お口に合いました?」
P「ええ、もちろん。家庭料理は男の夢ですから」
千枝「頑張ってこういうの作ります!」
P「とりあえず頑張るのはアイドルだからな」
千枝「もう帰っちゃうんですか?」
P「無理してもらってるんだ、それに千枝」
千枝「はい?」
P「宿題は?」
千枝「……てへ」
P「よし、やろう」
晶葉「次は明後日でいいんだな?」
トレ「それで構いませんよね?」
P「ええ、お願いします。映像で今日のは残してます?」
トレ「編集しておきますね、問題点も洗い出しておきますので」
P「頼みます」
トレ「行きましょうか」
晶葉「世話になった、これは洗って返す」
P「そのままでいいって、どうせ着るの俺だから。では、お疲れ様でした」
トレ「本当によかったの?」
晶葉「何のことだ?」
トレ「分かって言ってるでしょう?」
晶葉「……あまり深く関わる気はない」
トレ「晶葉ちゃんはぷろでゅーさーさんのこと嫌い?」
晶葉「結果がどうなろうと、近い内に必ず別れが来る」
トレ「それは、確かにそうだけど」
晶葉「文字通り、あの男とは住む世界が違うからな」
トレ「世界?」
晶葉「こちらの話だ」
トレ「ふぅ」
ルキ「お姉ちゃんお帰り」
トレ「起きてたの?」
ルキ「うん、これでも心配してるんだよ?」
トレ「大丈夫、いい人ばかりだから」
ルキ「今日、話したんだ」
トレ「誰と?」
ルキ「未来ちゃん」
トレ「……そう」
ルキ「戻って来てとは言わない、けど……あの子は待ってる!」
ベテ「慶」
ルキ「あ……」
ベテ「放っておけ、来る気はないんだろう?」
トレ「忙しいから」
ベテ「デビュー前のアイドルに忙しいも何もないだろう」
トレ「もう遅いから、おやすみなさい」
ルキ「お姉ちゃん……」
今日はここまで次回は10日以内にとは思ってます
そしてお察しの通りありすの人です、ばれるものなんですね……。
ちひろ「オーディションを?」
P「ええ、前に申し込んだところに見学希望を出したらOKが出まして」
ちひろ「あの出来レースの?」
P「今回のは違うみたいですが、ミリオンライブの子もいるので丁度いいかなと」
ちひろ「仲良くなれるといいですね」
P「互いに切磋琢磨できればそれに越したことはありません、では行ってきます」
主催「本当に来たんですね」
P「来ないと思われていたなら心外ですよ、見てるだけですけどね」
主催「このバッジを、見学なんてあまり受け付けてませんから警備用のものです。まあ、とは言っても見ているだけでいいですから」
P「暴漢が来たら押さえつけるくらいはしますよ」
主催「無理なさらず、帰る時は私に返して貰えばれそれで。大抵はこの辺りにいますから」
P「助かります」
主催「何もないとは思いますが、お気をつけて」
P「そう願ってますよ」
泰葉「受付、お願いできますか?」
主催「どうぞ、お名前と番号を」
泰葉「岡崎泰葉、23番です」
主催「はいどうぞ、頑張ってね」
泰葉「ありがとうございます」
P「一人?」
主催「そういう子もいますよ、人手が足りなかったり。後は……」
P「合格する見込みがない」
主催「よくご存知ですね」
P「決まってないとは言っても、ミリオンライブの力は強いんでしょう?」
主催「それはもう、勝率としては6割程度」
P「一つの事務所でそれだけの?」
主催「そう、アイドル戦国時代は彼女たちの登場で終わったんですから」
P「ではその力、拝見させてもらいます」
泰葉「あの」
P「ああさっきの、道にでも迷った?」
泰葉「いえ、ここは慣れてますから。そうではなくて」
P「変な人でもいた?」
泰葉「強いて言うなら、貴方が変な人です」
P「……許可はある」
泰葉「業界の方ですか?」
P「気づかれたか……この世界は長いの?」
泰葉「10年ちょっとですから、長いんでしょうね」
P「大先輩だな、そんな子が俺に何の用だ?」
泰葉「お一人ですか?」
P「見ての通り。ここで聞いたことを口外する気もないし、ICレコーダーも持ち歩いてない。
何ならここで身体検査してもらってもいい」
泰葉「いえ、こちらがお願いする立場ですから」
P「何かして欲しいのか?」
泰葉「唐突なお願いなんですが」
P「できることなら、時間もあるし」
泰葉「私のマネージャーの振りをして頂けませんか?」
P「ここは一人だと受けられない決まりでもあるの?」
泰葉「……」
P「所属してる事務所は? 俺に頼むくらいなら誰か適当な人でもいいんじゃないか?」
泰葉「それは……駄目なんです」
P「10年やってきたなら、そのお願いがどれだけ非常識か分かっているはずだ」
泰葉「分かっています、誰よりも」
P「それを俺が受けても、ばれた時に問題になる。身分詐称だ」
泰葉「それはもうしていると思いますが」
P「俺のこれか? このまま黙ってればそれで終わる話だ、君のとは違う」
泰葉「では受けてもらえなければそれを言います」
P「俺は主催している人から許可を受けてる、そんなことをしても君の心象が悪くなるだけだ」
泰葉「……」
P「事情次第では受けないこともない、例えば急に用事が出来たとか病気で来れないとか。
そんな事情があるなら俺が君の事務所に連絡して代理ってことで立ち会ってもいい」
泰葉「岡崎泰葉、この名前を貴方は知っていますか?」
P「悪いがアイドルには疎くてね、ミリオンライブの子だって俺は会っても分からない」
泰葉「そんな方が、どうしてここに?」
P「逆に聞くが、如月千早って知ってるか?」
泰葉「……アニメ?」
P「知っててもらえて嬉しいよ」
泰葉「アニメの為の取材ですか?」
P「50点」
泰葉「この世界は、あんな華やかで楽しいものじゃない」
P「君が知ってる世界と俺が知ってる世界も違う、とはいえ切羽詰ってるんだろう?
俺に喧嘩を売っても得はないだろう、全てを話せとは言わないが華やかではないからこそ警戒もする」
泰葉「正論です」
P「守らなくちゃいけない子もいるんでね、今ここで面倒事に巻き込まれるわけにはいかない」
泰葉「聡明なようですね、よかった」
P「……試したな?」
泰葉「何か見返りを要求するでもない、かと言って突っぱねるでもない」
P「試験は合格か?」
泰葉「はい、失礼なことをして申し訳ありませんでした」
P「で、回答は貰えるのか?」
泰葉「ないんです」
P「は?」
泰葉「ですから、私には事務所がないんです」
P「ないってどういう意味? フリーでやってるのか?」
泰葉「そうですね、ですからばれたところで迷惑は掛からないかと」
P「今まで所属していた事務所はあるんだろう?」
泰葉「子役時代は」
P「独立……ってことか?」
泰葉「籍だけはあります、ですが事実上はそうなりますね」
P「移籍とか考えなかったのか? 繋がりも何もなかったら仕事もないだろう?」
泰葉「離れられませんから」
P「見捨てられないのか、あるいは縋っているのかどっちだ?」
泰葉「きっとどっちもです。もう子役としては期限が切れてしまいましたから。
それを認められないまま、事務所も私もここまできてしまった。そういうことなんです」
P「アイドルになったからと言ってうまくいく保証もない、要するに事務所に黙って来たんだろう?」
泰葉「マネージャーもいませんから」
P「子役を経てアイドルとしてデビュー、言葉だけなら簡単だ。けど」
泰葉「それでも、やってみたいんです」
P「俺がアドバイスしたとして、それがこの世界に通用するかは分からない」
泰葉「それで構いません、元々こちらの我儘ですから」
P「つくだけだからな、悪いがこちらの身分を明かす気もない」
泰葉「それはいずれ分かるでしょうから」
P「分かった契約成立だ。よろしく、岡崎さん」
審査員「このドラマ、10年前のリメイクっていうのは知ってる?」
泰葉「はい、その時もお世話になりました」
審査員「出てたの?」
泰葉「はい、当時はまだ6歳だったんですが。ADさんでしたよね?」
審査員「あ、そうそう! そっかいたんだ!」
泰葉「また一緒にお仕事できればと思いまして」
P(受け答えも上々、知識もあるし引き出しも多い。演技も見惚れるレベル、講師としてうちに来て欲しいくらいだが)
泰葉「はい、今日はありがとうございました。失礼します」
P「何回目だ?」
泰葉「オーディションですか? 数までは覚えてませんが」
P「アイドルとしては未経験だなって感想なんだが」
泰葉「あの、回答に何か問題が?」
P「子役としては100点、女優としても恐らく合格点だろう。けどアイドルの観点で見るなら話は違ってくる」
泰葉「アイドルとして」
P「見てみろ。君より姿勢も悪い、言葉遣いも荒削り、引き出しもそう多くない、けれど彼女達には仕事がある」
泰葉「そういう需要があるからです」
P「需要、確かにその通り。けど、どんなものが受けるかなんて出してみないと分からないだろ?
ある程度の予測はできても、それが当たる可能性なんて低い。現に俺は外れてばっかりだったし」
泰葉「世間にもっと合わせるような言動をしろということですか?」
P「違う、もっと自分を出せと言ってる」
泰葉「自分、出せるものは出したつもりですが」
P「それはオーディション用の岡崎泰葉であってアイドル岡崎泰葉じゃない。上手く言えないが、俺は今の面接を見て
君がどんな子かまだ分かってない」
泰葉「それはまだ時間も――」
P「それは当然、ただ何も見えないんだよ。この子はこういう性格なのかなとか、こういう系統の小物が好きなんだなとか。
事務所が上手く隠しても、そういうのって若い世代からは見えてくる。それが君からは見えない」
泰葉「だから合格できないと?」
P「言ったろ、女優なら合格だって。その顔からして俺の答えを分かってた感じだ。自覚があるならなおさら不思議、
どうしてそっちの道に進もうとしない?」
泰葉「それは――」
桃子「ちょっと、おじさん邪魔」
P「おじ、さん?」
桃子「他にいないでしょ、どいて」
P「この……」
ミリP「すみません、桃子! 一人で動くな」
桃子「だってこいつが」
ミリP「こいつって、すみません」
P「えーっと、この前の」
ミリP「ああ、シンデレラガ――」
P「すみません、それここでは」
ミリP「警備? ああ、何か事情が?」
P「ははは、まあ」
ミリP「聞きましたよ、公園でレッスンしてたって」
P「え」
ミリP「うちのアイドルが見たって言うのでちょっと調べたら当たりました」
P「さすがの情報網ですね」
ミリP「今回のオーディションには?」
P「いえ、まだ参加できるレベルではありませんから」
ミリP「ご謙遜を」
桃子「お兄ちゃんまだ?」
ミリP「分かってる、ああどうせなら見ます?」
P「いいんですか?」
ミリP「亜利沙に付き合ってもらった礼です、見学でしょう? よくも悪くもあの子は注目を集めますから」
P「ありがたいです」
ミリP「ええ、ではまた後で」
泰葉「周防桃子」
P「知ってるのか?」
泰葉「知らないんですか? 子役のスターだった子です」
P「……あれが?」
泰葉「人を見かけで判断すると痛い目を見ますよ」
P「共演したことは?」
泰葉「何度か、恐らく覚えられてはいないでしょうけれど」
P「ふーん、ミリオンライブは精鋭ぞろいだな」
泰葉「彼女が真ん中より下に収まるレベルですから」
P「……勝てるのかよ」
泰葉「はい?」
P「いや、折角の申し出だ。見させてもらおう」
桃子「何でこんな仕事なの」
ミリP「桃子、ここで言っていい言葉じゃない」
桃子「育はゴールデンだって、それなのに」
ミリP「一歩一歩、そう言ったはずだ」
桃子「こんなの……誰も」
ミリP「ほら、順番だ」
P「もうすぐか」
泰葉「人も集まってきましたね」
P「ふーん、こんなオープンな環境でやるんだな」
泰葉「オーディションに来るの、初めてですか?」
P「まあ、そうだな」
泰葉「あのアニメ、全て想像で作ったんですか」
P「いや……そうじゃなくて」
桃子「39番、周防桃子です」
審査員「君が受けてくれるなんて、偉くなった気分になるよ」
桃子「え?」
審査員「以前はこちらがオファーを出す立場だったからね、それがこうして来てくれるんだから」
桃子「は、はい! よろしくお願いします」
ミリP「よくやった」
桃子「当然でしょ」
泰葉「自分を出すって、ああいうことですか?」
P「いや、どうなんだろうな」
泰葉「彼女が合格でしたよ?」
P「それはそうなんだけど……」
泰葉「不満でした?」
P「ちょっと過去作を見たくなった、そうだ。北沢志保って知ってる?」
泰葉「この国の総理大臣を知っていますか?」
P「……」
泰葉「国会の定員は? 都道府県の数は?」
P「……よ、480」
泰葉「えっと、もしかして」
P「いや、あの」
泰葉「馬鹿なんですか?」
ちひろ「社会の教科書ですか?」
P「買っていただければありがたく思います」
ちひろ「でしたら、学校に行ってみます?」
P「学校で買えるんですか?」
ちひろ「いえ、そういう制度があるんです。小学校で授業を大人が受ける、対象はもう少し年配の方向けなんですが」
P「あー、なるほど」
ちひろ「よろしければ、申し込んでおきましょうか? 時間のある時にでも」
P「自分の常識が小学生にも敵わないって、どうしようもなくて」
ちひろ「ゆっくりでいいんですよ、今日はどうでした?」
P「え、ああ。まあ勉強になりました」
ちひろ「その袋は?」
P「周防桃子って子に会いまして、ちょっと興味が湧いたんです」
ちひろ「可愛いですよね」
P「ええ、可愛いです。ただ」
ちひろ「ただ?」
P「少し問題がありそうで、崩すならまずここかなと」
ちひろ「崩すって」
P「千枝と同い年、仕事を取るならこの子に勝たないと話にならない。だから弱点探しです、恐らくあの事務所の中では勝ちやすいはず」
ちひろ「プロデューサーさん……」
P「崩せるところから、確実に崩します」
千枝「周防桃子ちゃんですか?」
P「何か知ってるか? 同世代なら学校で話題に出たりとかするだろうし」
千枝「うーん、あまり……」
P「あれ、反応が薄いな」
千枝「中谷育ちゃんってこの方がよく見ますし、クラスの子も話題にしてます」
P「なかたにいく? 子供か?」
千枝「10歳です、よくバラエティとかドラマに出てますよ」
P「ほー、10歳か」
千枝「えっと、今日の夜7時からも」
P「動物バラエティ、見てみるか」
千枝「それまでに買物とか済ませちゃいましょう」
P「仕事から帰って二人で買物してテレビか」
千枝「お父さんお酒は一本までだよ!」
P「だからそれはいいって」
千枝「これは知ってます?」
P「……何だよそれ」
千枝「オクトカルバスって名前の魚です」
P「口が大きい、目が大きい、鱗も大きい、背びれも大きい」
千枝「色んな所が大きいんですよ」
P「この世界の海はこんなのが泳いでんのかよ」
千枝「淡水魚です」
P「川には絶対に近づかない」
千枝「可愛いのに」
P「どういう食べ方をするんだ?」
千枝「生でも焼いても煮ても美味しいですよ」
P「焼こう」
千枝「焼き魚が好きなんですね」
P「いや、何となく焼いておきたいってだけだ」
千枝「殺菌ですか?」
P「……まあ」
千枝「どうぞ!」
P「丸……焼き……」
千枝「面白いですよね」
P「何だろう、うん」
千枝「美味しくないですか?」
P「味……なんか、うん。そのだな」
千枝「はい」
P「パサパサした鶏肉みたいな感じ」
千枝「プロデューサーさんの世界の鶏肉ってこんなのなんですか!?」
P「待て、この世界の鶏肉ってどんな味なんだ。しかもこんなのって自分で言ったな!?」
千枝「楽しみですねー」
P「絶対に楽しんでるだろ!」
千枝「あ、始まりますよ」
P「ああ、これが――」
オクトくん「みんなー! 動物バラエティ! ミリオン動物園の始まりだよー!」
P「」
千枝「番組のイメージキャラクターのオクトくんです」
P「もうちょっとデフォルメしろよ! 魚のまんまじゃねえか!」
千枝「人気あるんですよ、ぬいぐるみとか売れてます」
P「この世界でやっていける気がしない……」
千枝「新しい流行を作ればいいんです!」
育「みんなこんにちはー! 今日も一緒にオクトくんと赤ちゃんを探しに出発しまーす」
千枝「とってもかわいい子がたくさん出てくるんですよ」
P「俺は違う意味でドキドキしてるよ」
千枝「ほら、かわいいー」
P「」
千枝「あ、この子は二回目なんですよ!」
P「」
千枝「わあー、すっごい綺麗な模様ですね!」
P「これ、人気なのか?」
千枝「はい、クラスの半分は見てます」
P「この世界の動物園には絶対に行かない」
千枝「楽しいですよ?」
P「まあ番組の進行は上手いし、幅広い層には受けてそうだな」
千枝「理想の娘、って言われてます」
P「千枝の狙うポジションはここかな」
千枝「育ちゃんとお仕事できたらクラスの皆に自慢できます」
P「終わったか、コーナー変わるごとに妙な緊張感が生まれたよ」
千枝「ドラマとかは普通だと思いますよ? 動物あんまり出てきません」
P「それも確認しようと思って」
千枝「DVD?」
P「例の周防桃子が出てるのを借りてきた」
千枝「千枝、見たことないです」
P「だろうな。この子、出てる作品の対象年齢が高い。大人向けばかりで子供が見るようなドラマも映画もない」
千枝「だからあんまり話題に出ないんですね」
P「だからアイドルで苦戦してるのかもな」
千枝「有利じゃないんですか?」
P「染み付いたイメージはなかなか取れない。今まで違う世界で活躍してた子がそのまま違う世界でも通用するとは限らない」
千枝「厳しいんですね」
P「仕事自体は取れるさ、それまでの実績があるから。だがそこから積み重ねられないと、先は見えてる」
千枝「勉強になります」
P「そのまま終わっていった子も知ってる、今日の子もどうなることやら」
千枝「始まりました」
P「さて、どんな演技だろうな」
千枝「……すぅ」
P「眠かったら寝ればいいのに、無理に付き合うから」
千枝「プロデュー……サー……?」
P「起きたか、寝てていい。ベッドまで運んどくから」
千枝「だい、じょうぶです」
P「もう終わってるし、俺も寝るかな」
千枝「どうでした?」
P「金を払う価値のある演技だったよ、よかった」
千枝「千枝も次は起きてます」
P「千枝には少し難しいお話だ、だからこそ子供が演じるのは難しいはずなんだが」
千枝「じゃあ、やっぱり凄いんですね」
P「ああ、凄い。凄いからこそ」
千枝「こそ?」
P「あの頃の自分を諦めきれないのかもな」
育「桃子ちゃん、お帰りなさい」
桃子「育」
育「合格だって聞いたよ!」
桃子「と、当然でしょ。桃子には簡単だったから」
育「また一緒にお仕事できるといいね」
ミリP「育、そろそろ」
育「あ、はーい」
桃子「育、昨日も撮影だったんでしょ?」
ミリP「ああ」
桃子「もっと取ってきて、もっと凄い仕事」
ミリP「焦っても」
桃子「じゃないと桃子は!」
ミリP「落ち着け、今は決まった仕事の事だけ考えていればいい」
ベテ「その通りだ」
ミリP「聞かれてましたか」
桃子「今日はもういいでしょ」
ミリP「ああ、お疲れ」
ベテ「困ったのが多くて大変だな」
ミリP「トレーナーさんは?」
ベテ「駄目だな、まだ時間がいる」
ミリP「どこにいるかは知ってるんですよね?」
ベテ「まあ、ただ無理に引き戻すつもりもない。今ここに戻ってきたところで邪魔なだけだ」
ミリP「うまくいきませんね、色々と」
ベテ「全くだ」
今日はここまで
明日も投下する予定です
トレ「自分の動きだけど、こうして見てみてどう?」
泉「率直に言って恥ずかしい」
晶葉「ロボットだな」
千枝「キラキラしてます」
トレ「そうね、笑顔だけで綺麗に見える。分かった?」
泉「善処……する」
晶葉「私の笑顔など気味が悪そうだ」
P「別に千枝みたいに笑えなんて言ってない、人それぞれの魅せ方がある」
泉「私にも?」
P「そう、どんな自分が魅力的に映るか分からないとライブでも困るから。まずはそこを知ってもらう、基本中の基本だ」
泉「どんな自分なら……」
ちひろ「ということで、スタジオを抑えてますから」
晶葉「待った、聞いてない」
P「だってこの前は誰かさんが疲労困憊で宣材どころじゃなかったから」
晶葉「宣材とはあれだな! お皿とかを洗う――」
P「時間稼ぎはいいから行くぞ」
千枝「本当にアイドルみたいです」
P「本当にアイドルだから」
泉「笑えばいいの?」
P「ただ笑ってもな、大石さんの場合はもっとクールさを押した方がいいかも」
泉「クール……」
P「カメラマンさんとも相談して決めるさ、とっとと観念しろ」
晶葉「着飾る必要がどこにあるんだ」
P「まずはその抵抗をなくすところだな」
晶葉「……」
カメラマン「えーっと」
トレ「か、固まらないで!」
P「頭痛い」
泉「私もああなりそう」
千枝「楽しいことを思い浮かべましょう!」
晶葉「た、楽しいこと」
P「マッドサイエンティストかよ!」
千枝「フランケンシュタインとか作れそうです」
泉「もうその方面に特化するとか」
トレ「もっと自信もって」
P「千枝からいくか」
千枝「こうですか?」
カメラマン「はい、ちょっと飛び跳ねるみたいに」
トレ「完璧、他の子も今まで見てきたけれどここまでは」
P「まさか俺の出る幕がないとは思わなかった、というか」
トレ「プロデューサーさん?」
P「前から思ってたんですけど、やけに人前に立つことに慣れてる」
泉「昔からそんな環境に身を置いていたとか?」
P「人に対する敷居が低いのかな、俺に対しても抵抗がないし。大石さんや池袋に対しても堂々としてる」
カメラマン「笑顔くれる?」
千枝「はい!」
泉「あれなら、宣材として通用する?」
P「申し分ない、あれで仕事が取れなければ俺が悪いってレベル」
千枝「それは嫌ですよ」
P「早かったな」
千枝「プロデューサーさんとアイドルする為にここに来たんですから」
泉「千枝は何を考えてあそこに立った?」
千枝「皆が楽しくなるように」
泉「それだけで?」
千枝「はい、それだけです」
トレ「どうする? もし時間が必要なら」
泉「やります」
P「できるか? そういうレッスン積んでこなかったんだろ? そこから始めてもいいんだぞ?」
泉「やらなければ進めない」
P「一つアドバイス、無理に笑おうとしなくていい」
泉「それができるのがアイドルだと思うけれど」
P「無理してる人を見てもこっちが辛くなるだけだ、今できることは何だ?」
泉「お願いします」
カメラマン「ふむ……」
P「こっちは任せます」
晶葉「ふう……」
P「ようマッドサイエンティスト」
晶葉「笑いたければ笑え」
P「もう少し気楽にやれ、別にここで駄目でもいい。明日もあるし」
晶葉「私には千枝の様に自分を出せない」
P「千枝は自分を出してなんかないよ」
晶葉「そうか?」
P「というか、この事務所にいる誰一人として自分を出してる人はいないだろう」
晶葉「プロデューサーもか?」
P「俺は一度、クビになった男だ。本来、池袋達にアドバイスする資格もない」
晶葉「そうは見えないが」
P「765にいた13人は、俺にとって初めてのアイドルだった」
晶葉「だろうな」
P「勝手が分からなくて苦労を掛けて、結局あんな終わり方になった」
晶葉「後悔しているのか?」
P「誰にだってあるだろ、やろうと思ってもその時は二の足を踏んだとか。反対に突っ走った結果、思いもしないことになったり」
晶葉「確かによくあることだ」
P「今ここにいる三人があいつらと比べてどうかは分からない、未だに俺はこの世界のアイドルマスターを見ていないから」
晶葉「まだ見ていなかったのか?」
P「見れないんだ」
晶葉「機器の問題なら用意するが?」
P「俺のいない所で笑ってるあいつらを見る勇気がない」
晶葉「……振られてもまだ縋っているみたいだな」
P「情けないことこの上ないだろ」
晶葉「この状況においては、私とて変わらない」
P「きっと俺はまだこの状況が現実でなければいいと思ってる。だからある意味、割り切れてるんだ」
晶葉「所詮、夢か」
P「そうだな、起きたら春香がいて千早がいて律子や小鳥さんがいて。事務所に来るたびに俺は彼女たちを探してる」
晶葉「皆、一人だな」
P「一人が寄り添っても一人、今まさにここがそうだ」
晶葉「意味がないな」
P「けれど、本当の一人とは違う。今ここにいて、こうして言葉を交わしあえるならそこに意味を俺は求めたい」
晶葉「可能性か」
P「そう、やっぱり苦戦してるな」
カメラマン「最初だから気にしないで、また今度」
泉「……すみません」
トレ「気にしないで、最初は緊張するものだから」
P「戻ろう、今日はここまででいい」
泉「ごめんなさい、足を引っ張ってる」
P「大石さんが足なら池袋は体ごと引っ張ってるから」
トレ「事務所でいいですか?」
P「俺はそれで」
晶葉「明日は学校はないが、特訓でもするのか?」
P「特訓、いや休みにする」
泉「休み?」
千枝「お休みですか?」
トレ「ではレッスンも?」
P「そんな矢継ぎ早に聞かれても、営業ならとりあえず千枝を先行させます。オーディション近いですし、合格できる自信もあります」
千枝「千枝はそれでいいですけど、泉さんと晶葉さんは」
P「そこなんだが晶葉、明日は空いてるか?」
晶葉「私は観測だ」
P「空いてるってことだな、分かった。ちょっと付き合え」
晶葉「だから観測だと――」
P「はいはい、明日の10時に行くからな」
晶葉「人の話を聞け!」
ちひろ「よく撮れてますね」
千枝「ありがとうございます」
晶葉「千枝のみ、だが」
泉「完全に先行されてるわね」
千枝「二人がいたからプロデューサーさんが来てくれたんです、今は千枝が頑張る時ですよ」
ちひろ「焦らないで、一歩ずつ着実に」
千枝「今日はどうしますか?」
P「そのことなんだが、やっぱり見ておきたい」
ちひろ「何か予定が?」
P「大石さん」
泉「はい」
P「女子寮、案内してくれないか?」
千枝「ここです!」
P「それは知ってるって、ついてこなくてもよかったのに」
千枝「千枝の部屋もありますから」
P「池袋って帰ってきてるのか?」
泉「時々は、私も強引に連れて帰るときがあるから」
P「ラボも夜に寄っておくか」
千枝「ここがキッチンと食堂です」
P「思ったより広い、いつもここで一人で食べてるの?」
泉「部屋で、ここで食べるのはちょっと」
P「だよな」
千枝「千枝がいた時は二人で食べてましたよ」
P「池袋を呼べばいいのに」
泉「呼んで来る子でもないし、話す事もあまりないから」
P「無理に仲良くしろとも言わないけど」
千枝「やっぱりプロデューサーさんの家に来ます?」
泉「ここでしたいこともあるから」
千枝「千枝のベッド泉さんのでいいのに」
P「今日、ここで食べようかな」
千枝「千枝の部屋に泊まるんですか?」
P「期待に満ちた目で俺を見ても駄目だ」
千枝「今日、千枝は頑張りました」
P「それで?」
千枝「宣材も100点です」
P「ふむ」
千枝「つまり今日、千枝はプロデューサーさんの胸に飛び込める資格が」
P「ないな」
千枝「泉さんプロデューサーさんが苛めます」
泉「ごめん、どっちの味方にもなれないかな」
P「そこは俺の側について欲しいんだけど」
千枝「三人分ですね、任せてください」
P「三人で作ればいいさ、な?」
泉「できることなら」
P「じゃあ千枝はお留守番、二人で買い物してくる」
泉「私と?」
P「千枝と行くとあっという間に終わるから、色々と探すのも悪くないかなって」
千枝「早く帰ってきてくださいね」
P「分かってる、いいか? こんなおじさんとだが」
泉「いえ、こちらこそ私でいいのなら」
P「日が沈みそうだな」
泉「スーパーはこっちでは――」
P「地図を見たら商店街があるみたいだから」
泉「わざわざそっちに?」
P「合理性はないな、けどそれだけでってのもつまらないから」
泉「色々と、戸惑いばかり」
P「俺よりはいいだろ? こっちはオクトカルバス一匹に腰を抜かしたんだ」
泉「あれに?」
P「へいへい、どうせ駄目男だよ」
泉「ごめんなさい」
P「本気で拗ねてないって、いちいち真に受けなくていい」
泉「そういうの、苦手で」
P「友達から堅物って言われてないか?」
泉「友達……」
P「あ、今のは忘れてくれ。軽率だった」
泉「いえ、大丈夫。いるから」
P「世界が変わってもこういうのは変わらないんだな」
泉「こういうのって?」
P「人との触れ合いとか、本当にとんでもない世界に飛ばされてたらって思って」
泉「どんな世界でも、一緒なのかもね」
P「さて、肉か野菜か」
泉「魚は選択肢に含まないの?」
P「……普通のいるか?」
泉「見てみればいい、何事も実践」
P「おお! これはかわいい!」
泉「かわいいかどうかを基準にして材料を決めるの?」
P「昨日のは食べるのに勇気が必要だったんだよ」
泉「ふふっ、変なの」
P「笑いやがったな!」
泉「笑われることをするから」
P「なら大石さんはどれがいいんだ?」
泉「私? そうね……えっと」
「お姉ちゃん僕これがいい!」
泉「……!」
P「どうした? いきなり顔を上げて」
泉「い、いえ」
P「姉弟だろうな、仲良さそうで何よりだ」
泉「これにしてもいい?」
P「ああ、いいが……それより」
泉「お金なら――」
P「いい、どうせ事務所の金だ」
泉「もう戻りましょう、遅くなるから」
P「疲れてたか?」
泉「ちょっと、無理したかな」
P「如月千早って知ってるか?」
泉「ええ、プロデューサーのいた事務所のアイドル」
P「どんな子か知ってるか?」
泉「歌がうまい、くらいしか。あんまり詳しくないから」
P「さっきの表情、千早かと思った」
泉「私が?」
P「俺はまだ見れないが、もし俺の言葉が気になるなら見てみるといい」
泉「……分かった」
P「違ったら俺の勘違いだ、それじゃ行こうか。千枝が待ってる」
千枝「二日連続で魚ですね、今日は煮魚にしましょう」
P「ちなみにこれ名前は?」
千枝「マグロです」
P「まぐろ……お前こんなに小さくなって」
千枝「ちゃんと育ってますよ」
P「こんなに白くなりやがって、あんなに赤い血を持ってたお前はどこにいったんだよ……」
千枝「まぐろが好きなんですか?」
P「うん」
千枝「よしよし」
泉「その寸劇はまだ続く?」
P「いいよ! どーせ俺が変わってるだけだ」
千枝「まぐろの煮つけです!」
P「耳を疑うけど美味しいんだよなあ」
泉「ポピュラーな料理だけど、知らないのも無理ない」
P「俺の世界にもあるんだけどこんなのじゃない」
泉「どんな味?」
P「どんな……どんなって言われても魚の味がするとしか」
千枝「これも魚ですよ?」
P「こんなに歯ごたえないんだよなあ」
泉「歯ごたえね」
千枝「もっと柔らかくすればよかったですか?」
P「いや、これはこれで美味しい。多分、何回か食べれば慣れる」
泉「でもそこまで違っても調理法が同じなんて」
千枝「火は偉大です」
P「刺身はもうちょっと待ってくれ、色々と躊躇いがある」
千枝「そういえばプロデューサーさんお酒は?」
P「未成年がいるところで飲まない……お酒って何歳から?」
泉「25歳、プロデューサー23歳でしょ?」
P「うっわ……マジか」
千枝「飲んでたんですか?」
P「俺の世界、酒は20からなんだよ」
泉「タバコは?」
P「同じく20」
泉「こっちは25、残念でした」
P「そっちはまあいいとして、なるほどちょっと規制が強いな。成人も25か?」
千枝「未成年でも働けますから」
P「俺、この世界だと最年少のプロデューサーかも」
泉「調べれば、どんどんそういうのが出てくるでしょうね」
P「こんな基本的な事すら知らなかったんだ、法律とか調べとかないと思わぬことで捕まるな」
泉「改めて思うけど、私がそっちにいったら苦労しそう」
P「多分、パソコン関係も根本から違うだろうな」
泉「私はこっちでいい」
千枝「千枝は行ってみたいです、プロデューサーさんの世界」
P「千枝が来たら……亜美真美が喜ぶかな、年下だーって」
泉「プロデューサーはどうする? 千枝は部屋があるから泊まれるけど」
千枝「プロデューサーさんどうします?」
P「女子寮に泊まろうとは思わない、千枝も今日はこっち、学校もないだろ?」
千枝「一人で何するんですか?」
P「何って」
泉「……」
P「そんな目で見るな! 何もしねえよ!」
泉「男性だから、仕方ない」
P「勝手に決めつけるなっての!」
千枝「置いて行かれてしまいました」
泉「数日ぶりに2人ね」
千枝「何しましょう?」
泉「プロデューサーからの宿題を消化しようかな」
千枝「宿題?」
泉「アイドルマスター、正直あまり興味はなかったけど」
千枝「千枝は見ましたよ」
泉「なら聞いておこうかな、如月千早って私に似てる?」
千枝「……それは泉さんが自分で決めることだと思います」
泉「千枝?」
千枝「今日は疲れちゃいましたから、千早さんのお話なら19話から21話です」
泉「ありがとう、見てみるね」
千枝「明日、感想を教えてください」
泉「ダウンロードして、3話なら大して時間は掛からないから……始まった」
19話 雲間に隠れる月の如く
泉「彼女が……如月千早」
貴音「千早にもあるのではないのですか」
お姉ちゃん
泉「今の!」
貴音「どうかしましたか?」
泉「違う……今のは」
貴音「千早、いつか話せるようになるといいですね」
泉「墓参りって、まさか……弟を、見殺し?」
P「恐らく大石さんは見てる、なら俺も見ておかないとな。あらすじを読む限り、19話からか」
泉「私が……似てる……如月、千早と?」
P「なるほど、俺の世界とは違うな。確かにアニメだ、それは確か」
泉「違う、私は」
P「千早、お前も仲間を信じていれば、何より俺がお前を信じていれば……お前はまだこんな風に歌えていたんだろうか」
晶葉「何だこんな時間に」
P「やっぱりまだここにいたのか」
晶葉「どうせ朝ここに来るんだろう? なら同じことだ」
P「もう少し服とか何とかならないのか」
晶葉「変える必要はない」
P「俺にはあるんだよ」
晶葉「この時間にどうやって……」
P「タクシーは同じで助かったよ」
晶葉「寮か」
P「大石さんが嫌いとかじゃないだろ?」
晶葉「気づいているはずだ」
P「……何に?」
晶葉「大石泉が私や千枝とどの様に接しているか、泉は私とは違う」
P「そうだな、違う」
晶葉「私に構う暇があれば、泉に目を向けた方がいい」
P「俺は誰からも目を逸らす気はないよ、繰り返すだけならこの世界に来た意味がない」
晶葉「誰もいないな」
P「部屋にいるんだろう」
千枝「お帰りなさい」
P「千枝、起きてたのか」
千枝「少し目が覚めちゃいまして」
晶葉「夜更かしは成長を阻害するぞ」
P「お前が言うのか」
晶葉「寝ようとしていたら来たんだろう」
P「本当か?」
晶葉「……真実は一つとは限らない」
千枝「泉さん、おはようございます」
泉「おはよ」
千枝「お水、どうぞ」
泉「もしかして、ちひろから何か聞いてた?」
千枝「こんなに一緒にいて、何も分からなかったら千枝は駄目な子です」
泉「駄目なのは私の方、一発で彼に見抜かれた」
千枝「プロデューサーさんは13人のアイドルを見てきたんですから」
泉「彼には私の見えてない千枝が見えてるの?」
千枝「どうなんでしょう、どうぞ」
泉「朝ごはん?」
千枝「泉さんのもあります、晶葉さんはきっとプロデューサーさんが何か考えてるでしょうから」
泉「ありがと、でも私は駄目な子ね」
千枝「どうしてですか?」
泉「千枝の事が分からなくなってきた」
千枝「いいんです、千枝は平気ですから」
晶葉「おはよう」
千枝「おはようございます」
泉「早い、まだ寝てるかと思った」
晶葉「起こされるのはごめんだ」
泉「そうね、ずかずかと入り込んできそう」
晶葉「あまりここにいる気はないんだが」
泉「ラボにいても最近は進展もないんでしょ?」
晶葉「閃きはいつ降りてくるか分からない」
千枝「ごはんどうしましょう?」
晶葉「別にいい、どうせあの男は」
泉「来たみたいね」
P「何だ起きてたのか」
晶葉「残念そうだな」
P「叩き起こしてやるのを楽しみにしてたんだが」
晶葉「天才を思い通りにできると思うなよ」
泉「これはこれで思い通りにされてるんじゃない?」
晶葉「……そんなことはない」
P「着替えてこい、待ってる」
晶葉「着替えるとはいってもそう洒落た服は持ってない」
P「普通でいい、俺だって見ての通りの格好だ」
泉「見た」
P「そうか、俺も見た」
泉「一応、言っておく。私は千早じゃない」
P「知ってるさ、俺の知ってる千早とも違った」
泉「けど、全てが見当はずれでもない」
P「そうか」
泉「知りたい?」
P「俺は知りたかった」
千枝「それは、千早さんの時に?」
P「踏み込んだ、でも間違ってた。春香も俺も間違えたんだ、きっと律子も小鳥さんも」
泉「プロデューサーの世界の如月千早はどうなったの?」
P「知りたいか?」
泉「話してくれるのなら」
晶葉「待たせたな」
P「また明日でいいか?」
泉「電話はいつでもいいから」
P「了解、よし行くぞ」
千枝「家には帰ってきますか?」
P「夜には戻る」
千枝「では作って待ってます」
P「何時になるか分からないぞ?」
千枝「待つのは好きですから」
P「遅くなるようだったら連絡する」
晶葉「夫婦だな」
P「いや、駄目親父を世話する娘の図だ」
晶葉「で、どこへ行く?」
P「一般的な娯楽を知りたい」
晶葉「娯楽……千枝の方が適任だろう?」
P「あの年を連れて回ってるとどうしても罪悪感がな」
晶葉「私もそう変わらないが」
P「まだ楽なんだよ」
晶葉「楽、か」
P「さて何にするかな、映画とかゲーセンとかあるのか?」
晶葉「あるにはあるが、想像しているものと合っているかは知らん」
P「の前に」
晶葉「どこか行きたいところでもあるのか?」
P「ああ、ある」
晶葉「悪寒が走ったんだが」
P「ふーん、流行はこれ? こっちは? このブランドはどれくらいの――」
晶葉「こういう店で女を待たせるか」
P「普通は男が待つ、か? そういうのも変わらないのか、でもデザインが新鮮で面白い。聞けば聞くほどなるほどと思わせる」
晶葉「私にはどれも同じに見える」
P「よし、ちょっとこれ着てくれるか?」
晶葉「モデル役をしろと?」
P「どれも同じに見えるんだろ、なら何を着てもいいはずだ」
晶葉「着るだけだからな」
P「ほうほう、これって似合ってます?」
晶葉「店員に聞いたところで本音は返ってこないぞ」
P「俺の感覚だけで決めて外に出て笑われるのも可哀そうだ、よし大石さんと千枝に送ろう」
晶葉「は!?」
P「送信、と。これ速度の単位どうなってんだ? キロバイトじゃないぞ」
晶葉「ほ、本当に送ったのか?」
P「返ってきた、似合ってるって大石さんが」
晶葉「信用するのか」
P「千枝も来た、次は千枝も連れて行って下さいだって」
晶葉「私への感想はスルーか」
P「最後に大丈夫ですって」
晶葉「至極どうでもよさそうな……」
P「すいませんこれ下さい」
晶葉「買うのか?」
P「そこまで高くないし、それ着て今日は行動するように」
晶葉「どんな権限があって私にそんな命令を」
P「プロデューサーだから」
晶葉「今日は休みではなかったのか」
P「特別レッスンだ」
晶葉「なら私からも一つ言わせてもらう」
P「反撃か?」
晶葉「ああ、そのままそっくり返させてもらう」
P「男物ね、どんなの着ればいいんだ?」
晶葉「男の趣味など私には分からん」
P「いいんだよ、俺の好きにしたんだから池袋の好きにすればいい。ワンピースなんて普段は着ないんだろ?」
晶葉「何故それを」
P「さっきから動きが不自然」
晶葉「……いいだろう、なら私がコーディネートしてやろう!」
店員「ありがとうございましたー」
P「こういうのが好きなのか?」
晶葉「ど、どうだろうな」
P「うーん、この世界の流行か。ファッション雑誌とか買っておこうかな」
晶葉「……別にいいと思うが」
P「いや、そこは知っておかないと」
晶葉「着替えたところでどうするんだ?」
P「時間が半端だし、飯を済ませよう。ファミレスは行ったし、せっかくこういう洒落た服を着てるんだ。ホテルのランチバイキングとか」
晶葉「ばいきんぐ?」
P「ないの?」
晶葉「何だそれは」
P「そうか語源がないのかな……海賊って知ってるか?」
晶葉「それは知っているし、バイキングは海賊という意味だがそれと昼食との繋がりがわからない」
P「食べ放題っていみなんだが」
晶葉「食べ放題?」
P「指定の料金を払えば用意されている料理をいくら食べても追加料金が発生しない形式、時間制限はついてるけど」
晶葉「……赤字にならないのか?」
P「いや、料金設定は高めだから」
晶葉「知らんな、聞いたこともない。そっちの世界では一般的なのか」
P「日常だよ、歴史は浅いけど知らない人はいないってくらい溶け込んでる」
晶葉「面白いな、他にはあるか?」
P「他? 行ってみて比較した方がいいな、ホテルにレストランはあるだろ?」
晶葉「それは問題ない」
P「知的探究心が出てきたか?」
晶葉「よく考えてみれば格好のサンプルが隣にいることに気付いたよ」
P「俺からすれば世界全体がそれだな」
晶葉「学ぶより実践、か」
P「身につくのは早いよな、ホテルは……」
晶葉「通り過ぎるな、これだ」
P「嘘だろ?」
晶葉「正真正銘、これがホテルだ」
P「こうさ、何十階建てでってのを想像したんだが」
晶葉「そんな想像が通用すると思ったか?」
P「半分くらいは通用するんだよ!」
晶葉「残念だったな、これがホテルだ」
P「どうして言葉が普通に通じるのにこういう違いは頻発するんだよ……」
晶葉「二次世界としてプロデューサーの世界が認知されている以上、言葉が共通しているのはおかしいことではあるまい」
P「あれか、ファンタジー小説で登場人物が日本語を話しててもおかしくないみたいな感じか」
晶葉「それに近いのだろうな、では入るか」
P「やっぱり小さい、ペンションみたいだ」
晶葉「これより大きい宿泊施設はあまりないぞ」
P「海外旅行とかどうするんだ?」
晶葉「海外旅行? 国外に旅行に行くのか?」
P「外交関係最悪とか?」
晶葉「ふむ……そこから説明か。料理が来るまでのいい暇つぶしだな」
P「複雑なのか? いや、こっちも全てが順風満帆って訳じゃないけどさ」
晶葉「街を歩いていて日本人以外を見かけたか?」
P「いや、ないな。まあ見たところで分からないが」
晶葉「いや、特徴としては変わらない。髪の色や瞳の色で違いは分かる、アイドルマスターにも金髪はいただろう?」
P「美希か? あれは染めてるだけだけど、まあそういう特徴というのは分かった」
晶葉「ではどうして見当たらないのかだが」
P「戦争だったら腰を抜かすが」
晶葉「この世界は非常に均一化されている」
P「どこも文化が同じってことか?」
晶葉「多少の違いはあれど、恐らくプロデューサーからはそう見えるだろう」
P「言語は? 政治は? 経済は?」
晶葉「もちろん人口、気候に応じて違いはある。だがプロデューサーの世界ほどの多様性はここにはない」
P「待った、色々と聞きたいことはあるがまず――」
晶葉「どうしてプロデューサーの世界の情報が私にあるか、か?」
P「そうだ」
晶葉「簡単なこと、ちひろからの資料だ」
P「資料?」
晶葉「あのゲートが開いた時、ちひろから一冊だけ持ち帰ってきてくれた。制限があるからそれだけだったが」
P「物資のやりとりが可能なのか」
晶葉「それができないのならプロデューサーは裸でこちらに来ていたことになるな」
P「なるほど、何を持ち込んだ?」
晶葉「歴史の教科書だ、これが理解に一番手軽だ」
P「それでこちらの情報を仕入れたのか」
晶葉「その日から読み進めてはいたが、驚いた」
P「俺からすればそれが当たり前で育ったからな」
晶葉「まず内戦や紛争といったものがこの世界にはないと考えてくれ」
P「大戦に相当するものもないのか?」
晶葉「あるにはある、だが第二次世界大戦の様な規模ではない。死者と経済的な損失額をざっと計算するに……
日中戦争くらいが最大だと考えてくれ」
P「そんなもんなのか?」
晶葉「それでもこの世界では一大事件だ、だから産業的な発展はこちらの世界の方がやや遅い」
P「戦争が少ないのに?」
晶葉「戦争は発明に対する最大の手段だ、競争がなければ文明は停滞する。鎖国時代に日本も目に見えて変化した訳ではないとあるが」
P「進歩はあった」
晶葉「だが列強に飲み込まれた。まあここでそんな歴史談義をしても仕方ない、つまり何が言いたいかというと」
P「海外との人的交流は薄いんだな?」
晶葉「その通りだ」
P「そうだよな、見る物なければわざわざ行く必要ないよな」
晶葉「無論、政治や経済的なやり取りはある。だが想像しているようなホテルというものはない」
P「……アイドルに外人はいないのか?」
晶葉「いる、物珍しさとしてはこの世界の方が上だろう。ただ図抜けた人気というわけでもない」
P「なんか本当に違うんだな」
晶葉「現実味が出てきたか?」
P「げんなりしてきた」
晶葉「そういう時の為の娯楽だ、楽しむ時は楽しむべきだ」
P「ま、とりあえず食べるか」
オクトカルバスの白焼き
P「」
晶葉「どうした固まって」
P「……千枝の料理が恋しい」
晶葉「弁当でも作ってもらえばよかったな」
P「映画はスクリーンか?」
晶葉「恐らく」
P「恐らく?」
晶葉「実は、行ったことがない」
P「どういう生活を送ってんだよ」
晶葉「家にホームシアターがあったからな、それで済ませていた」
P「池袋もなかなか変わった生活送ってるよ」
晶葉「天才だからな」
P「上映スケジュールと、まあ予想はついてた」
晶葉「外人が少ないか?」
P「ああ、邦画と洋画って別れてるんだけど。分からないだろ?」
晶葉「さっぱりだが、何となく意味はつかんだ。国内か海外かだろう?」
P「その理解でいいよ、でもあるにはあるんだな」
晶葉「少ないとは言ったがないとは言っていない」
P「嘘つかれたなんて思ってない、じゃあこれ見てみるか。数少ない海外産。ってかドイツ」
晶葉「風景もここと変わらないだろう?」
P「日本……というか何というか、これをドイツとは信じきれない俺がいる」
晶葉「見てみれば、嫌でも信じることになる」
P「さっき食べたばかりだし、ポップコーンはいいか」
晶葉「ポップコーン? そんなのを食べるのか?」
P「あるにはあるのか? 何か意味が違いそうだけど」
晶葉「あれは豚の餌だが」
P「……へえ」
晶葉「食べるのか?」
P「……がらがら?」
晶葉「どうして少ないか考えてみろ」
P「作ってる内容に大差ないのか?」
晶葉「文化的な違いは薄いとさっきから言っている」
P「スクリーンは似たようなものだけど、言葉くらいなのか」
晶葉「似たような内容を字幕や吹き替えで見るくらいなら、分かる言葉で話している映画を見るのが普通だ」
P「理解はした、となると海外向けの作品なんてないんだろうな」
晶葉「ないな、ただ翻訳して上映する風変わりな会社もあるが」
P「陶芸も一般的なんだな?」
晶葉「珍しくはない」
P「何でこんなに日本的な要素が世界に広まってるんだ……」
晶葉「その日本的な要素はぴんと来ないな、別に日本発祥の物はそう多くない」
P「始まったが、喋ってても問題ないな」
晶葉「二人しかいないからな」
P「日本的な要素って和食とかは日本だろ?」
晶葉「食の形式か? 丁度いい、食事のシーンだ」
P「金髪が箸もって刺身食ってる……」
晶葉「これを異質だと思うなら食に関する常識は全て捨てた方がいいだろうな」
P「ありえない風景じゃないが……」
晶葉「一般的なシーンだ、これをおかしいと思うのはここではプロデューサーだけだ」
P「どうなってんだ」
晶葉「なかなか面白かったな、主に隣にいる男のお蔭だが」
P「恋愛表現も日本的、落ち着いた話の展開も邦画に近い……アイドル映画もあるか?」
晶葉「ミリオンライブは独自に上映施設を持っている、見たければ行くといい」
P「ゲーセン行ってもいいか、男らしい発想で申し訳ないけど」
晶葉「ほう、また発見だ」
P「どういうことだ?」
晶葉「いや、行こうか。まだ呆けた顔が見れそうだ」
P「女しかいねえ……」
晶葉「お好みのゲームはあるか?」
P「いや、ないな。リズムゲーやプリクラか……レースやシューティングの影もないし」
晶葉「そういうものなら、違う場所だ」
P「ここじゃないのか?」
晶葉「その辺りは、こちらの世界の方が進んでいるんだろうな」
P「なるほど、体感的な感じか」
晶葉「空いているな、入るか?」
P「ロボットのコクピットみたいだ」
晶葉「確かに、尤も私はこんなロボットに興味はないが」
P「全方位モニターね、ここはなんて名前の施設だ?」
晶葉「体感ミュージアム、男向けだな」
P「にしてはやる気じゃないか」
晶葉「負けるのは嫌いだ」
P「対戦形式なのか?」
晶葉「隣にいるのが相手だ」
P「ってことは」
晶葉「先手必勝だ」
P「せめて説明くらい読ませろ!」
晶葉「あっけない」
P「大人げなさすぎる」
晶葉「所詮、私はちんちくりんだ」
P「根に持ちやがって……」
晶葉「天才に勝とうなど100年早い」
P「いや、俺の勝ちだ」
晶葉「負け惜しみか?」
P「自然な笑顔が見れたよ、笑えないかと思って心配してた」
晶葉「私をロボットか何かと思っていたのか?」
P「あ、ここにあの時の写真が」
晶葉「焼却しろ今すぐにだ!」
P「さあて、じゃあ連れて行ってくれないか?」
晶葉「どこに?」
P「ミリオンライブの上映施設とやらに」
晶葉「日を改めた方がいい」
P「営業時間終わってるとか?」
晶葉「完全予約制な上に、今からでは遅すぎる。一週間前でギリギリだ」
P「……そんな施設、うちにはない」
晶葉「ここにはある、それだけのこと。優秀なスポンサーがいるんだろう? 頼んだ方が絶対に早い、まともな手段で手に入れようと
したところで、徒労に終わるだけだ」
P「心して掛かった方がいいのか、夢の国みたいだな」
晶葉「ほう、既に異名は知っているのか」
P「……偶然の一致だ」
晶葉「ところで私達はどこへ向かっているんだ? もう時間的に終わりだろう?」
P「どうせなら、この勢いを活かしたいからさ」
晶葉「まだ何かするのか?」
P「リベンジをと思ってね」
晶葉「つまりそれは――」
P「どーぞこちらへ」
晶葉「」
P「ああ、服はそれでいい」
晶葉「いいのか?」
P「写真集じゃないんだから、それに俺と池袋の二人だけだ」
晶葉「急ぎで必要なのか……すまない」
P「こっちが無理にスカウトしたのに何で謝るんだよ」
晶葉「連れてきたのはこっちだ」
P「そういう気遣いはいらないって」
晶葉「……教えてくれ」
P「教える?」
晶葉「どうすればいい?」
P「自分のしたいようにすればいいって」
晶葉「まずはプロデューサーの理想を目指そうかとな」
P「俺の?」
晶葉「ああ、それが私の責務だ」
P「その顔でいい」
晶葉「ラボに戻るが」
P「ちゃんと夜には寮に戻れよ」
晶葉「努力はする」
P「何かあれば連絡くれ、また明後日」
晶葉「明日は泉か?」
P「多分、そんなに時間はかからないと思う」
晶葉「ありがとう、色々と参考になった」
P「こっちこそ、じゃあな」
ちひろ「二人でお出かけだったんですか?」
P「ちひろさん」
晶葉「休日出勤か?」
ちひろ「いえ、家が近いだけですよ」
P「凄い罪悪感でしたよ、こんな日も仕事させてたのかと」
ちひろ「いえ、この世界を知ってもらうのも大事な仕事ですよ」
P「楽しんでただけです、それでは」
ちひろ「はい、お疲れ様です」
晶葉「初耳だが」
ちひろ「それはそれということで」
晶葉「聞こうとは思わない、そういう約束だ」
ちひろ「助かります、今日もラボへ?」
晶葉「……ほどほどにしておくつもりだ」
今日はここまで
千枝「お帰りなさい」
P「ただいま、さすがに疲れたな」
千枝「ご飯にしますか?」
P「あるのか?」
千枝「頑張って作りました」
P「食べないと罰が当たるな」
千枝「昨日、見たんですか?」
P「何のことだ?」
千枝「プレーヤーに入ってました」
P「出し忘れ……いや、出したはずだ」
千枝「引っ掛けちゃいました」
P「なるほど、どうして見たと思った?」
千枝「プロデューサーさんは自分だけが逃げるような人じゃないです」
P「どうだかな」
千枝「でも見たんですよね?」
P「見たよ、三話だけ」
千枝「約束、千枝は好きです」
P「俺の知らない千早の歌だったんだよな、それ」
千枝「眠り姫もですか?」
P「そうだな、出せた曲は少なかった。あんな歌が歌えるのに、歌わせてやれなかった」
千枝「千枝はプロデューサーさんが羨ましいです」
P「どこがだ?」
千枝「帰ったら千早さんの歌を目の前で聞けるんですから」
P「俺が帰っても……どうなんだろうな」
千枝「千枝の歌はプロデューサーさんにどう響くんでしょうか」
P「きっと、聞いてて心地いい歌なんだろうな」
千枝「千早さんみたいに歌いたいな、皆の心に届いたらきっと凄く楽しいですよね」
P「千枝なら歌えるさ」
泉「お姉ちゃん……か。はい、もしもし」
P「夜に悪い、今いいか?」
泉「ええ、朝にした話の続き?」
P「電話だと長くなる。明日、寮に行ってもいいか?」
泉「構わない、時間は?」
P「早めに行こうとは思ってる、知りたいんだろ?」
泉「どうだろう、分からなくなってきた」
P「無理に聞かせようとも思わない、知り合って間もないんだ。もっとゆっくりでもいい」
泉「晶葉とはどうだった?」
P「楽しかったし、勉強になった。色々と驚くことも多かった」
泉「そう、よかった」
P「一つ、確認しておいていいか?」
泉「何?」
P「アイドルをすることに抵抗はないんだな?」
泉「聞かれると思った」
P「無理させるのもな、もちろんしてくれるなら俺は嬉しいんだけど」
泉「大丈夫、心配しないで」
P「そう言われると、な」
泉「また明日」
P「ああ、明日」
千早『これでいいんですよね、プロデューサー』
P「いいわけなかったんだよな……千早」
千枝「今日は寮に?」
P「あまり面白くない話をしに、本当に好きにしてていいからな」
千枝「してますよ?」
P「家事なんて俺だってできるんだ、外で遊んでたっていい」
千枝「遊んでくれるんですか?」
P「俺と?」
千枝「はい」
P「なるべく早く帰ってくる」
千枝「やった! どこ行くか考えてますね」
P「あんなに喜ぶことかな……さあて、今は大石さんだ」
現在、電話に出ることができません。要件のある方は――
P「留守の時の音声は同じなのか、急用かな。寮にもいないみたいだし、音声だけでも――」
泉「プロデューサー?」
P「急用か?」
泉「ごめん、今はちょっと」
P「いい、また落ち着いたら電話くれ」
千枝「もう終わったんですか?」
P「空振りだった、用があるんだってさ」
千枝「用ですか」
P「あの年頃の女の子なら色々あるだろ?」
千枝「じゃあ今日は千枝と一日ずっと遊んでくれるんですか?」
P「遊ばれるのは俺の方かも、どこ行きたいんだ?」
千枝「プロデューサーさんの苦手克服特訓です!」
P「何それ怖い」
千枝「ゆらゆらしてますね」
P「タコの足が12本……イカの足が18本……」
千枝「もう少し近づかないとよく見えませんよ?」
P「全長2メートルの鯵ってなんだよ重力とかどうなってんだ」
千枝「不思議ですか?」
P「生命の神秘と言えばそうなんだろうけどさ」
千枝「あ、こっちではショーがやってるんですよ」
P「どこの世界でも魚や動物を見せ物にするのは同じなんだな」
千枝「人も見せ物になってますよ」
P「……確かに」
千枝「イルカさんです!」
P「なんだ……イルカなら……い…っしょ……」
千枝「可愛いですよね!」
P「この世界の可愛さの基準が俺には全く分からねえよ!」
千枝「可愛くないですか?」
P「何でこの世界の魚はパーツが何もかも大きいんだよ! 目とかヒレとかさ!」
千枝「くりくりしてます」
P「ぎょろぎょろしてるって表現にして欲しい」
千枝「ほら跳びました!」
P「跳ぶっていうか、飛んでるよな」
千枝「ヒレで滑空とかしません?」
P「……道理でプールが馬鹿でかいと思った」
千枝「あ、こっちに来ます」
P「ひぃ!」
千枝「柵がありますから大丈夫です」
P「そう分かってても恐怖なんだよ、太陽の光が海の中にあんまり届いてないとか?」
千枝「プロデューサーさんの世界のお魚は小さいんですか?」
P「小さい、でもそこまで環境に変化があるなら俺にも何らかの異常が起きててもおかしくないんだけど」
千枝「もしかして、千枝の知らない内に何かの病気になってるんじゃ」
P「どうかな……でも変だ。ここまで生物の進化に違いが起きてるなら、人がそのままってのがおかしくないか?」
千枝「特に違いはないんですよね?」
P「普通に見える、もちろん周りの人達も」
千枝「晶葉さんに聞いてみます?」
P「ちひろさんに聞いた方が早いだろうな、教えてくれるかどうかはともかくとして……行くだけ行ってみるか」
千枝「どこにですか?」
P「病院」
千枝「ここです!」
P「別に今日じゃなくてもよかったんだぞ? 遊んでる途中だったのに」
千枝「それで何かあったら千枝は一生後悔しちゃいますよ」
P「軽い健康診断、そう深く受け止めるな」
千枝「血はちゃんと青いですか?」
P「青!?」
千枝「異世界ジョーク!」
P「笑えねえよ!」
受付「健康診断ですね、ではここに必要事項の記載を」
P「必要事項……えっと住民票はと」
千枝「生年月日も違うんですか?」
P「当然ながら年号が違うし、年代も違う。2024年3月7日生まれと」
千枝「性別は?」
P「それは男」
千枝「男なんですか……」
P「何だったらいいんだよ」
受付「はい、では血圧から測りますね」
千枝「どうして腕まくりを?」
P「あ、そっか癖で。どうすればいいですか?」
看護婦「そのまま座っていてください」
P「はあ」
看護婦「はい、いいですよ」
P「今の、何をしたんですか? 座っただけですけど」
看護婦「何って血圧を測ったんですよ? 異常ありませんね」
P「異常なし……ですか」
千枝「その椅子が測定器なんです」
P「へえ、進んでる」
千枝「待合室で待ってますね」
P「帰っててもいいのに」
千枝「待つのは好きなんです」
医師「23歳ね、煙草や酒は?」
P「えーっと」
医師「ほどほどに、最近の子はそういうのに手を出すから」
P「……すみません」
医師「社会人なんでしょ? しっかりしないと」
P「これからは控えますから」
医師「職業は?」
P「プロデューサーです」
医師「ぷろでゅーさー?」
P「あの、アイドル事務所に勤めてまして」
医師「あーそう、頑張ってね」
P「絶対に本気にされてねえ」
千枝「大丈夫でした?」
P「結果は後日、しかし収入がないと全てこのカード頼りだな」
千枝「そういう時の為のカードです」
P「思ったより早かったけど、もうこんな時間か。悪かったこんなに待たせて」
千枝「待つのは好きって、何度も言ってます」
P「そうだったな、何か理由でもあるのか?」
千枝「プロデューサーさんだからですよ」
P「もっとロマンチックな場所なら説得力も出るけどなあ……着信?」
千枝「泉さんですか?」
P「病院から……出た方がいいんだよな? いや、いる意味もないからどっちみち出るのか」
千枝「少し遅いですがお昼ごはんにしちゃいましょう」
P「大石さんも誘ってみるか、もしもし」
泉「プロデューサー、ごめん。急にこんなことになって」
P「だからそれはいいって、落ち着いたか?」
泉「うん、私は心配しないで。今どこ?」
P「病院の前」
泉「病院?」
P「何となくな、ちょっとした健康診断だよ」
千枝「泉さん!」
P「え?」
泉「何だ、同じ所にいたんだ」
千枝「泉さん病気なんですか?」
P「無理して連絡してこなくてもよかったのに」
泉「私は健康」
P「……そうか、どうする? まだここにいるなら――」
泉「用は終わったから、時間あるけどどうする?」
千枝「ご飯です!」
P「うどん、いや違うな。そうめん……にしては太い」
泉「中途半端ってこと?」
P「俺からすれば、そして極め付けは名前がそばっていう」
千枝「手軽で美味しいんですよ」
P「何なんだろうなあ、この世界」
泉「私がそっちに行っても同じ感想を抱くんでしょうね」
P「でもねぎはあるしトッピングに差異はそこまでない、人の文化は別にそこまでの驚きはないんだよなあ」
泉「でもその生物学的なアプローチは面白いと思う」
P「ただの妄想だぞ?」
泉「酸素濃度も太陽との距離も同じ。必要とされる能力は変わらないにも関わらず、魚の形態にここまで差が出てるのは私も変だと思う」
P「気づかないところで何かが違うのかもしれないけどな、俺の知識もうろ覚えだし」
千枝「でも考えてもみませんでした、こういう形が当たり前だって思ってましたから」
P「後は動物か」
千枝「魚が大きいって思うなら、動物も変わらないと思います」
P「でかいのか?」
泉「一般的に、犬って言われたらどれくらいの大きさを思い浮かべる?」
P「大きくて1メートルくらい」
泉「そうね、それよりは大きい」
千枝「小さいとそれくらいです」
P「これで世界が近いって言うなら、ここより離れた世界なんてエイリアンとかうじゃうじゃいそう」
千枝「夕ご飯、少し遅めにしますか?」
P「そうだな、軽めは軽めだったけど間は空けた方がいいだろ」
千枝「じゃあ千枝、お買いものして帰ってますね」
P「もう帰るのか?」
千枝「約束、守ってあげて下さい。もう十分に遊んでもらいましたから」
P「……いい子過ぎるってのも、考え物なんだけどな」
泉「色々と察してるんでしょうね」
P「これだけキーワードが出てくればな、場所を変えようか」
泉「なら、私が選んでいい?」
P「もちろん、俺が先導しても行き当たりばったりになるだけだ」
泉「ここでいい?」
P「公園、って呼び方でいいんだよな? 何から何まで確認でめんどくさいな、もうちょっと勉強する」
泉「いい、その為の私達だから。合ってる、よかったどこにでもあるんだ」
P「朝のさわやかな時もいいけど、俺はこういう時間も好きだ。家族連れとか見てると平和だなって思えるから」
泉「そんな平和な時間には似つかわしくない話題だけど」
P「分かってる、俺の知っている如月千早を話せばいいんだな?」
泉「ええ、それがきっと私の覚悟に繋がるかもしれないから」
P「ざっと話すにしても、長くなるな。そうだな……あれは雑誌に記事が載ったのは分かるよな?」
泉「弟を見殺しにっていう?」
P「ああ、そこまでは同じだった。大体は俺の知っている世界なんだろうとは思う、アイドル同士の接し方に違和感はなかったから。きっと1話から見ても感想は変わらないだろう」
泉「でも、そこからは違った」
P「ざっとだが、話すよ」
――
―
真「千早! 今ここで出なくても!」
千早「これ以上、事務所に迷惑を掛けられないから」
響「だからって……」
小鳥「千早ちゃん落ち着いて、今プロデューサーさんが何とか――」
春香「千早ちゃん!? どうして……」
千早「私が引っ込んだら、話だけが大きくなる」
真「けど!」
千早「会見を開きます、そんな心配そうにしないで。私は大丈夫だから」
春香「……駄目だよ」
千早「春香?」
春香「そんな痛い……辛そうな顔で、そんなこと言わないで」
千早「律子、場所の手配をお願いできる?」
律子「本気なの?」
千早「ええ、それが一番いい方法だと思う」
伊織「私が何とかする」
律子「伊織?」
伊織「場所くらい抑えてあげるわよ、下手に人数を入れずに短時間。それでいいわね?」
小鳥「プロデューサーさんに連絡を取って、社長にも」
千早「ね? 皆がいるから」
春香「……辛かったら、ちゃんと言ってね」
千早「ええ、約束」
P「会見……か」
律子「もし無理なようであれば即刻中止、騒ぎにはなるでしょうけど」
P「休ませるのも仕方ないと思ってたんだけどな」
律子「本人が出ると言う以上、私には何とも」
P「だよな、記事の出どころは?」
律子「調査中ですけど、恐らくは」
P「黒井か」
律子「本当にやることがいつもこう」
春香「プロデューサーさん」
P「春香」
春香「今、いいですか?」
律子「ここは大丈夫ですから」
P「分かった、屋上でいいか?」
伊織「いいの? 場所は抑えたけど」
律子「聞いてたなら話に入ってくればいいのに」
伊織「そういう事を言ってるんじゃないわ」
律子「……任せるしかないでしょ、今は私達のできることをするしかない」
伊織「本当に、不器用ね」
春香「止めてあげてくれませんか?」
P「止めるって、何を?」
春香「千早ちゃんを、です」
P「千早?」
春香「会見、したらいけない気がするんです。ううん、もっと何か……違う気がするんです」
P「違うって、何か知ってるのか?」
春香「分からない……分かりません。けど、このまま進んだら駄目な様なそんな気がして」
P「駄目? 千早がか? それとも俺達が?」
春香「何だか不安なんです、このまま千早ちゃんを行かせてしまったら戻れなくなっちゃう様な」
P「……もう一度、千早と話そう。俺も立ち会う、な?」
貴音「会見は?」
雪歩「明日、10時からって伊織ちゃんが」
貴音「そうですか、本当に色々と」
真「起こるよね、まあでも大丈夫さ! きっとすぐに元通り」
貴音「ええ、千早なら」
真「でもさっきから春香とプロデューサーの姿が見えないけど」
小鳥「行ったわ」
真「行ったって?」
美希「千早さんのところ」
真「打ち合わせ? それなら事務所ですればいいのに」
貴音「まだ、遠慮があるのでしょうか」
真「水臭いなあ」
美希「なら、いいんだけど」
真「美希?」
美希「今日は帰るね」
雪歩「美希ちゃんも、落ち着かないのかな」
真「落ち着かないっていうか」
貴音「何でしょう、焦り……でしょうか」
小鳥「仕方ないわよ、お仕事もいつもと雰囲気とか違うでしょう?」
真「平気ですよ、何を聞かれたって知らんぷりですから!」
P「春香、落ち着け。さっきからどうした?」
春香「行かないと、行かないと駄目なんです。早く」
P「……春香」
春香「先に行ってます!」
P「待て! 運転手さんこれ! 釣りはいいですから!」
千早「春香?」
春香「ごめん、こんな急に来ちゃって」
千早「それは構わないけれど……」
P「春香がどうしてもって聞かなくてな」
千早「それでこんな急に?」
P「明日に向けて準備もあるのに、悪いな」
千早「いえ、立ち話もなんですから」
P「荷解き、まだしてないんだな」
春香「千早ちゃん、本当にするの?」
千早「定例ライブもあるし、こんな騒ぎを長引かせて仕事に影響を与えたくない」
P「ほら、千早もそう言ってる」
春香「……絶対、無理しないでね」
――
―
泉「アニメより如月千早の状態は良好だと思うけれど」
P「俺だってそう思ったさ、けど違った。寧ろ悪化してたんだ、あの千早より」
泉「会見して、場を収めて仕事に戻ったんでしょう? なら別に」
P「そうなっていたのなら、俺はクビになってない」
泉「うまくいかなかったの?」
P「会見して、結果的に騒ぎは沈静化した。それで俺はもうこの問題は解決したと思い込んだ、これで大丈夫だ。
これでまた元通りだって」
泉「そういう過程を経たのならそう判断するのも間違ってない」
P「俺にとってあの約束は言わば繋ぎ止めるための絆に見えた、765が一つになるための。
それが生まれなかった結果、千早は今まで通り一人で全てを背負い込みながら歌い続けた。誰にも気取られぬよう、必死で」
泉「背負い込んだ結果……何かが起こったのね」
P「俺がクビになった理由は3つ、これは俺が今になって振り返ってみて考えていることだけど。
その内の一つが千早の問題を軽視したことだと思う、当時の俺は何も分かっていなかった……だから」
泉「だから?」
P「千早の歌は誰の心にも響かなくなった。俺はもちろん春香達にも、自分の心にも」
泉「感情を失ったってこと?」
P「弟の為には歌えない、けれど今の状況を自分のせいで壊す訳にもいかない。
ただそんな義務感だけで歌う歌からは何も生まれない。最初の頃は騒ぎのおかげで仕事も来た、ただそれも段々と少なくなって」
泉「義務感」
P「ああ、けどあの頃の俺は気づけなかった。プロデュースに問題があるんじゃないか、そうやって走り回って徒労に終わって」
泉「その声は意味を失った」
P「その通りだ。約束を聞いて、眠り姫を聞いて愕然としたよ。俺はあんな表情で歌う千早を知らない。
春香の声にもっと耳を傾けていれば、千早ともっときちんと向き合っていれば、あんな事にはならなかったんじゃないかって」
泉「……」
P「あのプロデューサーに俺は遠く及ばない、それだけははっきりしたちゃったよ」
泉「私、弟がいる。もう分かっていると思うけど」
P「だろうな、それで病院だ。さすがに俺でも思うさ、病気の弟がいるんじゃないかって」
泉「正解、今日はちょっと具合が悪そうだって連絡がきたから様子を見に行ってた」
P「これからもそういうことがあるなら遠慮なく言ってくれ、調整はするから」
泉「そういう訳にもいかない」
P「心配なんだろ? アイドルだけが全てじゃない、そういう意味でもこの話を大石さんにしたんだ」
泉「弟の入院は長い、長ければ当然それ相応のお金がいる」
P「……あの人、そんなところにまで出資してたのか」
泉「早い内に結果を出さないと、いつ打ち切られるか分からない」
P「それがアイドルに拘る理由か」
泉「お金が必要なのはお互い様、もし上手くいかなかったら……」
P「今、その状態でやれるか?」
泉「どうだろう、でも無理でも何でもやるしかない。それしか私に進める道がないから」
P「ちなみに何て名前の病気なんだ?」
泉「聞いてどうするの?」
P「俺の世界では治療法が確立されてるものかもしれない、もしそうなら大石さんのモチベーションに繋がる。だろ?」
泉「……それは、考えなかった訳じゃない」
P「必要なのは歴史の教科書じゃなく、医学書だったな」
泉「ううん。きっと持ち込めるサイズじゃないし、知識だけあってもこの世界にその薬を生成できるか分からないから」
P「だが突破口にはなる、治療への希望も出てくる」
泉「なおさら、言えなくなった」
P「どうしてだ?」
泉「それで分からないって言われたら、それだけできっと私は希望を失っちゃうから。ごめん、本当は凄く縋りたい。
でも今、答えを聞きたくない。酷いよね、苦しんでるのは弟の方なのに」」
P「……深入りしようとは思わない、けど放っておく気もないからな。俺も気持ちが分からない訳じゃない」
泉「プロデューサー?」
P「俺の場合、自分の事だけどな」
泉「……まさか」
P「今は聞くな、頼る時は頼るから。だから大石さんも困ったら頼ってくれ、お互い様だ」
泉「ありがとう、その気持ちだけでも嬉しい」
P「いい、本当にこれからだ。俺も大石さんも、彼も」
千枝「難しいお話でしたか?」
P「そんな顔してたか?」
千枝「顔がむーってなってます」
P「大石さんはスタートを遅らせた方がいいかもしれない」
千枝「駄目ですか?」
P「駄目って訳じゃないけど、こういうのは気持ちだから」
千枝「宣材はまだですよね?」
P「前に撮影したのを使ってもいい、というか当面はそれを使う。オーディションも受けてもらうけど、積極的に仕事を取りに行く段階じゃない」
千枝「でも、少しずつは進めるんですよね?」
P「進む。焦っても仕方ないけど、足を止めるには時間がない。それに彼女も納得しないだろう」
千枝「もう今週末なんだあ」
P「オーディション一回目だ、気楽にいけ」
千枝「どんなお仕事なんですか?」
P「ドラマの端役、一話だけだな。主演は決まってるけど脚本も途中らしい」
千枝「出る人が決まってるのにお話が決まってないんですか?」
P「そんなもんだ、この世界でも色々とあるんだろ」
千枝「主役の人は凄い人なんでしょうね」
P「ミリオンライブの一人、千枝のライバルになるかもしれない人物だ」
千枝「ライバル?」
P「中谷育。当然、知ってるよな?」
育「これが次のドラマの脚本?」
ミリP「はは、ちょっと難しいよな」
育「ちゃんと読めるもん、えっと……」
ミリP「轆轤だな」
育「ろくろ?」
ミリP「そう、陶芸のドラマだからこういう言葉がたくさん出てくるぞ」
育「プロデューサーさんどうして読めるの?」
ミリP「え? あ、ああまあ大人だからな」
育「そうやってすぐ子ども扱いする!」
ミリP「撮影は教えてくれる人もいる、若い女性だっているから育とも仲良くできるかも」
育「子供扱いしないでって言っておいてね」
ミリP「……善処はする。それから、当日は俺は行けないから」
育「来ないの?」
ミリP「他に仕事があってな」
育「1人でもできるから、わたしがいないからってさぼったら駄目だからね!」
ミリP「はいはい」
育「真剣に聞いて!」
P「削り仕上げ?」
肇「はい、形作りです」
P「あのさ、手伝ってもらっておいてこんなことを言うのはなんだけど」
肇「はい?」
P「俺にばっかりくっついてていいの?」
肇「お邪魔でしょうか」
P「それは断じてないけど、いいのかなって」
肇「いえ、きちんと下心があってのことですから」
P「下心ってのは、きちんと持つものじゃないと思うけどな」
肇「手、止まってます」
P「あ、ごめん」
肇「水平に……上から見た時と伏せておいた場合で見え方が違ってきますから」
P「同じ物でも、か」
肇「ただ同じ方向からだけでは、その物の本質は見えてきません」
P「なるほど、勉強になる」
肇「飲み込みが早くてこちらこそ助かります」
P「それで、下心っていうのは?」
肇「先日、拝見させていただきました」
P「公園でのあれ?」
肇「はい、その時は失礼をしまして申し訳ありませんでした」
P「いい、見ててくれていたのならこっちがお礼を言わなくちゃいけない」
肇「お願いがあるんです」
P「今ここで?」
肇「あまり自由に外に出られない立場ですので」
P「さすが名家ってところか、窮屈だな」
肇「アイドル業界に関わりはお持ちでしょうか」
P「あるといえばあるし、ないといえばない。すまない意地悪な答えだな、デビュー前のアイドルしか抱えてないんだ。
つまり開店休業中」
肇「好都合です」
P「好都合ときたか、ちょっと傷ついた」
肇「あ、あのそんなつもりは」
P「別に本気で言ってないって、それで? お願いっていうのは?」
肇「私の父がその世界にいるかもしれないんです」
P「は?」
肇「父、です」
P「お父さんって、陶芸一家じゃないの?」
肇「噂でもご存知ありませんか?」
P「あんまりそういうの得意じゃなくってさ、あはは……」
肇「私の父は家を継ぐことなく、姿を消しました」
P「消したのに、芸能界にいることは分かるの?」
肇「来月、ドラマの撮影があるんです」
P「ということは、陶芸が題材?」
肇「はい、それでその撮影場所に私の家を使わせてくれないかと依頼がありまして」
P「藤原家ってことか、それで?」
肇「祖父が許可したんです」
P「えっと、それは凄いことなの?」
肇「……」
P「ごめん、本当に俺って何も知らないバカであほで間抜けで」
肇「あの、私さっきから失礼なことを言ってしまっているでしょうか?」
P「別に藤原さんが嫌いだからとぼけてるんじゃない、呆れられるかもしれないけどその辺りも説明してくれる?」
肇「手短にですが、嫌いなんです」
P「芸能界が?」
肇「はい。それで今まで全て断ってきたはずなのに……何故だろうかと家でも噂になっていまして」
P「許可を求めてきたのは息子かもってこと?」
肇「お察しの通りです」
P「何とも勝率の低そうな」
肇「それは承知の上です」
P「つまり理由が分かればいいんだな? もう一ついいか?」
肇「ええ」
P「どうしてそれを俺に頼む? 使える人間は多いはずだ」
肇「私によくして下さる方は、私にではなく祖父の為に動きます」
P「俺が君のお祖父さんの息が掛かっていないなんて証拠はないが」
肇「ないと思います、本当に何も知らなさそうですから。私とこんな自然に話してくれる方、いないんですよ?」
P「……つまりいざという時、捨ててもよさそうだと」
肇「そんなことしません、もしばれたら私からきちんと言いますから」
P「その撮影に潜り込めと?」
肇「はい、主演の方は有名ですから。貴方にとってもメリットはあるかと思います」
P「その主演って誰?」
肇「中谷育、とい子です。今度、会うことになっているんです。同席されますか?」
P「という訳で、オーディションなしに仕事が三人に入った」
泉「まさかこんな形で仕事が入るなんて」
晶葉「奇跡だな」
千枝「プロデューサーさん凄いです」
P「凄いの俺じゃなくてその藤原肇って子、一人かと思ったら三人分の役を確保してきた。それも台詞のおまけ付きで」
泉「私と晶葉は一言だけど、千枝」
ちひろ「主役の子と絡みがあるのね」
P「同世代だからだろう、仲良くしとけ。絶対に損はない」
泉「ただ妙な役目ね、父親を探せなんて」
P「すまない、この辺りの事情に知識がないんだ。分かる範囲で教えてほしい」
ちひろ「確かに父親の存在は噂にはなっています。一切表には出てこないと」
晶葉「あくまで噂だが、既に死んでいるのではとまで言われていたな」
P「母親は?」
泉「そちらも不明なのは同じだけど問題になってない、血が違うから」
P「ああ、父親の方が本家なのか」
晶葉「そんな事情があるから、藤原肇は期待されてるんだ。本家の後継ぎとな」
P「しかしそこまで大きい家なら誰かが暴きそうなもんだけどな」
泉「そこまで大きいから、誰も暴こうとしないのよ」
ちひろ「敵に回さない方がいいですよ、私たちなんてあっという間に潰されてしまいますから」
P「俺、もしかして乗る船を間違えた?」
晶葉「乗り方さえ間違えなければ問題ない、私達もその日は大人しくしているさ」
泉「下手に動かない方が無難でしょうね、こちらは仕事さえ貰えれば文句はないんだから」
千枝「クールです……」
P「演技は本気でな、一瞬でもテレビに映れば嫌でも目に付く。それも全くの無名なら効果は驚くほどに」
千枝「外に出たらきゃー千枝ちゃんかぁわぁいいぃー! って言われます?」
P「どうだろう」
晶葉「今の白々しい演技を見ると疑問だな」
泉「本当に11歳?」
千枝「千枝は11歳です!」
ちひろ「演技指導も取り入れないといけませんね」
P「ええ、千枝は特に」
千枝「うう……」
晶葉「プロデューサーのことだ、どうせ探りを入れるんだろう?」
P「いつでも戻れる場所からな、誰も俺のことを知らないっていうのはいい武器だ。誰が探っても過去が見えないなら、
相手も勝手に俺を過大評価してくれるかもしれない」
泉「警戒されない?」
P「して欲しい、理想を言えば手の中に収めておきたいと思ってくれたらいいかな。楯突く気はさらさらないから」
ちひろ「確かに味方に付けば心強い方ですが」
P「協力する姿勢は見せる、そろそろレッスンだろ? 行ってこい」
千枝「プロデューサーさんは?」
P「断りの挨拶に行ってくる」
主催「知ってますよ、まさかそっちから攻めるとは」
P「偶然ですよ、運が良かっただけです」
主催「本当に運だけですか?」
P「そうですって、撮影でもよろしくお願いします」
主催「担当する部署が違いますから私はいませんが、話だけは通しておきますよ。有力者がバックにいるから気をつけろと」
P「有力なバックがいるのはそちらの方でしょう?」
主催「うち? こんなしがない会社にそんなのありませんって」
P「でも藤原家への申請は通ったんでしょう?」
主催「あれはうちじゃなくて……」
P「なくて?」
主催「……どこで知りました?」
P「あなたの言う、そっちからです」
主催「なるほど後継ぎの……そこまで知ってるってことは相当の……」
P「ああ、私を敵に回さない方がいいと思いますよ。実はこんなのも持ってたり……」
主催「ホワイトカード……」
P「まあここだけ話ということで」
主催「そこまでの力があるのにどうしてこんな地道に営業してるんですか?」
P「それは、まあ企業秘密ということで」
主催「我々も全てを知らされてる訳じゃないんですが、どうも制作側からの話じゃなさそうなんですよ」
P「ということは、出演者の側から?」
主催「だろうという話です。元々、陶芸ものじゃなかったみたいですから」
P「わざわざ題材を変えたってことですか?」
主催「そこさら先は何とも、まあ聞いたところで教えてくれる人もいないでしょうが」
P「……難しいな」
主催「あまり関わらない方が身の為です、その分だともう関わってしまっているんでしょうが」
P「まあ、ほどほどにしておきます」
千枝「この湯呑、大事にするね」
P「台詞の練習か?」
千枝「お帰りなさい、まだ始めたばかりですけど」
P「熱心だな」
千枝「でも、こんなに台詞があって大丈夫でしょうか?」
P「台詞がある方が楽だな」
千枝「そうですか?」
P「何もなしに演技を求められる時もある、要は表情や仕草だけでその人物の思いを見ている人に伝えなくちゃいけないってこと」
千枝「仕草だけ……」
P「最初のドラマ出演か、思い出すな。確かに苦労した」
千枝「春香さん達ですか?」
P「春香はなんとかなったけど、苦労したのは雪歩だな。相手役の前に立つだけで固まって、もう何度も何度も練習した」
千枝「雪歩さんでもそうだったんですか」
P「あんまり変わらないさ、誰だって一人の人間だ。平気なんてことはない」
千枝「育ちゃんって年下なんですよね」
P「多分、10歳には見えない落着きだろうな」
千枝「そんな子と演技かあ」
P「もう遅い、ほどほどにしておかないと遅刻するぞ」
千枝「え? あ、もうこんな時間!?」
P「ほら台本も片づけて」
千枝「ご飯は机の上に置いてますから!」
P「はいはい、おやすみ」
千枝「わあああああああ!」
P「パニックになるな、走れば間に合うから」
千枝「教科書と筆箱と帽子と布団と」
P「布団はいらないだろ」
千枝「行ってきます!」
P「気を付けてなー、今日は朝はゆっくりするか。幸い、まだ急な案件もないしできないし」
千枝「おはよう!」
クラスメイト「おはよー、珍しいね千枝ちゃんギリギリ」
千枝「ちょっと遅れちゃって」
クラスメイト「今日は午後から算数のテストだって」
千枝「うん、だから教科書……」
クラスメイト「それ、教科書?」
千枝「ごめんなさい!」
P「午後までに教科書を学校に持って行けばいいんだな? 了解、暇だし大丈夫。そんなに謝るな」
千枝「昇降口まで出てますから」
P「昼休みはいつから?」
千枝「11時50分からです」
P「じゃあその時に、丁度いい用ができたな」
未来「すみません、送ってもらってしまって」
ミリP「時間は大丈夫か?」
未来「午後からですから、心配ありません」
ミリP「ならいいんだが、急に仕事を入れてしまってすまない」
未来「両立するって決めたんですから、行ってきます!」
ミリP「ああ、また後で」
未来「お弁当は友達と一緒に食べれそう」
P「えーっと、玄関はっと」
未来「何だろ? スーツ姿の人が……もしかして……不審者?」
P「小学校はどっちだ? ここ中学? あれ、こっちのはずだったんだけど」
未来「あの」
P「はい!」
未来「ここに何か用ですか?」
P「用? いや、中学校じゃなくて小学校に用があるんだけど」
未来「何の用ですか?」
P「何って、忘れ物を届けに」
未来「忘れ物? 娘さんとかでしょうか?」
P「えーっと娘ではないんだけどかといって他人でもなく……」
未来「怪しいです」
P「ぐ……」
未来「そこまで言うのなら職員室で――」
泰葉「いえ、その必要はありません」
P「岡崎さん!?」
泰葉「先日はお世話になりました」
P「制服ってことは」
泰葉「この学校の生徒です」
P「ああそう。いや、何でこんな時間に……仕事か?」
泰葉「他にありますか?」
P「だよな」
泰葉「それで、どうしてここに?」
P「だから忘れ物を届けにだな」
未来「泰葉さん、知り合いですか?」
P「何だ、友達か?」
泰葉「友達というか、仕事仲間です」
P「仕事仲間?」
未来「私のこと知りませんか?」
P「……正体は読めた、けど」
泰葉「どこまで世間知らずなんですか?」
P「悪かったな」
未来「やっぱりまだまだなんですね、私」
P「もしかしてだけど、ミリオンライブ?」
未来「はい大当たりです!」
P「さっきまでの不審者扱いはどこにいったんだ?」
未来「泰葉ちゃんと知り合いなら大丈夫かと思いまして、失礼しました!」
泰葉「ここはそういう子も通ってますから、注意してくださいね。それでは」
P「あっ、ちょっと待って!」
未来「はい?」
P「小学校はどこ?」
――
―
千枝「本当にすみません」
P「これだけで大丈夫か?」
千枝「はい、もう大丈夫です」
P「そっか、じゃあ勉強頑張ってな」
未来「妹ではないんですか?」
泰葉「所属事務所のアイドルかも」
未来「え、じゃああの人って芸能事務所の人?」
泰葉「だと思う、確証はないけど」
未来「あの人……が?」
P「ついてきてもらって悪かった、もう大丈夫だから怪しいのは退散するよ」
泰葉「待って下さい」
P「何だ?」
泰葉「これからお仕事ですか?」
P「そのつもりだけど」
泰葉「この前の礼です、お昼くらいでしたらご馳走します」
未来「泰葉さん?」
P「中学の?」
未来「あの、泰葉さん高校生です」
P「……すまない、高校の?」
泰葉「小学校から高校まで一貫教育です、一体どこで育ったんですか?」
P「本当にどこなんだろうな」
未来「小学校から高校までわざわざ変えていたんですか?」
P「ま、まあ」
泰葉「少し聞きたいこともありますから、よろしいですか?」
未来「変わってますね」
P「悪かったな、どうせ俺は変人だよ」
泰葉「大して時間は取らせませんから」
P「弁当あるのに何でついてくるんだ?」
未来「もしかしたら泰葉さんに何かするかもしれません」
P「誰がするか」
泰葉「アイドル二人を連れて学食なんて貴方くらいですよ」
P「事務所に行けばもっと可愛いアイドルがいるから」
未来「デビュー前なんでしょう?」
P「もうすぐデビューする、正確には」
泰葉「来月にも撮影が開始されるドラマですよね」
P「情報が早いな」
泰葉「隠す気もないようですよ、藤原肇は」
P「知ってて誘ったところを見るに、用件はそれか」
泰葉「まずは注文しましょうか、今日の日替わり定食を」
P「このハンバーグ、中はなんだ?」
未来「ハンバーグのお肉なんて豚か牛の二択ですよ?」
P「よかった」
未来「よかった?」
泰葉「この人、世間知らずだから」
未来「なるほど」
P「……子供のくせに」
泰葉「ではこの学校の名前は?」
P「さっき校門で見たぞ、えっと……えっと」
泰葉「その知識で何か反論が?」
P「ないです」
未来「ミリオンライブのアイドルは何人言えますか?」
P「中谷育と周防桃子」
未来「他には?」
P「北沢志保」
未来「まだ30人以上いますけど」
P「い、いや覚えようとは思ってるんだ。だけど時間がさ」
泰葉「業界最大手のアイドル事務所も満足に把握できていない人が、どうしてそんな繋がりを持てているのか」
未来「もしかして小さい子が好きなんですか?」
泰葉「そういえばさっきの子も小学生……」
P「違うから、本当にそれは成り行きだから」
泰葉「成り行きでそうなるんですか?」
P「信じてくれとは言わない、けど別にやましい事はしてない」
未来「もしかしてその仕事も」
泰葉「変な方法で」
P「藤原肇はそういうやり方をして仕事をくれるような子なのか?」
泰葉「……いえ」
未来「脅したとか?」
P「あの家を敵に回して俺に何かメリットあるのか」
泰葉「ではどうして」
P「不思議か?」
泰葉「デビュー前のアイドルがオーディションにも出ず仕事をもらっているんですから」
P「なら本番で実力を見てみればいい」
未来「もしかしてそのドラマって、育ちゃんの?」
P「そう、さすがに気づいたか」
泰葉「ミリオンライブと何か繋がりが?」
P「ない、三人しか知らないんだぞ」
未来「春日未来です」
P「三人しか知らないってのに」
未来「か、す、が、み、ら、い、です」
P「本当にアイドルなのか?」
未来「」
泰葉「世間知らずの鬼畜プロデューサーと噂を広めておきます」
P「覚えた! 覚えたから!」
未来「どこかで会ったらこき使ってあげますから」
P「本当に会えばな」
未来「むー!」
泰葉「時間ですね。貴方に力があるのかどうかは、これから先ではっきりするでしょうから」
P「仕事、取れてるか?」
泰葉「余計なお世話です」
P「何かあったら言えよ」
泰葉「何とかできるんですか?」
P「何とかしようとはできる」
泰葉「……そんな意欲だけで生き残れる世界ではありません」
P「美味しかったよ、ごちそう様」
未来「本当にもう帰るだけなんですね」
P「何でついてくるんだ、もういいだろ」
未来「敷地から出るまではついていきます」
P「授業に遅れないようにしろよ」
未来「分かってます」
P「やれやれ、ほら出たぞ」
未来「泰葉さんのこと、知ってますか?」
P「一通りは」
未来「凄い人なんです、私も子供の頃から知ってるくらいの人で」
P「ただ、過去は過去だ」
未来「そうですけど」
P「そうやって人の心配してばかりいると――」
トレ「プロデューサーさん?」
P「ああ、トレーナーさん。どうも」
トレ「学校に何か?」
P「千枝に宿題を――」
未来「明さ……ん……?」
トレ「未来ちゃん? どうして……」
未来「明さん!? 明さんですよね!?」
P「めいさん?」
トレ「未来ちゃんあまり大声――」
未来「私のせいですよね? 私があの日、駄目だったから――」
トレ「未来ちゃん!」
未来「あ……ごめんなさい」
トレ「学校よね、ほらチャイム」
未来「やっぱり、会いたくなんかないですよね」
P「聞かれたくない話、でしたよね」
トレ「すみません、取り乱してしまって」
P「俺は事務所に行きますけど」
トレ「分かりました、レッスンには時間通り行きますので」
P「と、いうことがありまして」
ちひろ「また、凄いところに出くわしちゃいましたね」
P「ミリオンライブの子と関わりがありそうなんです」
ちひろ「ありそうと言いますか……」
P「ある、ですか」
ちひろ「私からの情報ということは内緒ですよ」
P「勝手に俺が気づいたってことにします、こっちも」
ちひろ「あまり自分の話をしない方なんですよ、募集をかけたら来てくれたこの事務所の救世主です」
P「俺が言うのもおかしいですけど、半年デビューの予定もないアイドルによくレッスンしてくれましたね」
ちひろ「本当ですよ」
P「色々と知ってはいるんでしょうけど、俺の正体は?」
ちひろ「そこまではまだ、違和感はあるかもしれませんが」
P「……ミリオンライブにいたのなら他の事務所でもやっていけるでしょうに、どうしてわざわざ」
ちひろ「私以上に謎ですね」
P「それはないです」
ちひろ「またまた」
P「今週末のオーディションを終えたら、ちょっとレッスンとオーディションを組みなおします。営業も」
ちひろ「ドラマ絡みのですか?」
P「そういうことです、エキストラでもいい」
ちひろ「カメラの前にいる事に慣れてもらう狙いですか」
P「仕事をしてお金を貰えれば達成感も出るでしょう」
ちひろ「トレーナーさんはどうします?」
P「ドラマの仕事を貰えた理由、千枝達に聞いちゃいますよね」
ちひろ「結局、お父さんはいそうなんですか?」
P「例の撮影申請、制作側ではなく出演者側の方から出た話みたいなんですよ」
ちひろ「つまり、ミリオンライブ?」
P「主演ですから力はあるでしょう、ただそうと決めつけるには手がかりが少なくて」
ちひろ「他の出演者はどんな方なんです?」
P「名前を見ても何が何だか、一人ずつ名前を調べてる段階です」
ちひろ「主演でもないのに話を動かせるかは疑問ですよ」
P「聞くしかないんですかね、トレーナーさんあんまり触れられたくなさそうでしたけど」
ちひろ「放っておいてもいいんですよ? それで何かあってもプロデューサーさんの責任ではありません」
P「何というか、問題を抱えたままいてもらっても悪いといいますか」
ちひろ「ミリオンライブに未練があるかもしれないと?」
P「多分、中途半端になります。これからミリオンライブと仕事の取り合いになるかもしれない。その時の相手が春日未来だった時、
彼女は大丈夫なのかなって思ってしまって」
ちひろ「世界が掛かってるのに、プロデューサーさんはそういう人なんですね」
P「甘いですか」
ちひろ「ええ、でも私はその方が好きです」
P「ちひろさんに好かれてもなー」
ちひろ「もう少し素直に喜んでくださいよ」
トレ「おはようございます」
P「おはようございます、先ほどは失礼しました」
トレ「いえ、気にしないで下さい。悪いのは私ですから」
P「一ついいニュースがあるんです、ドラマの仕事が入りました」
トレ「え? オーディションはまだ……」
P「主演は中谷育という子です、知ってますよね?」
トレ「ええ、有名な子ですから」
P「もう正直に言っておきますが実はこの仕事、正規の手段で手に入れたものではありません」
トレ「そう……なんですか」
P「藤原肇からの依頼です」
トレ「依頼って、どの様な?」
P「ミリオンライブに父がいるかもしれない、とのお話です」
ちひろ「いきなり本題に入るんですね」
P「例えここでその回答を貴方が隠しても、俺から貴方への信頼が揺らぐことはありません」
トレ「隠しても、ですか?」
P「隠してもです」
トレ「それは――」
P「うちのアイドルの力は本物だと思ってます、少なくとも講師選びは間違ってなかった」
トレ「それはまだ分かりませんよ」
P「いいんです、俺の期待に応えてくれた事実があればそれでいいです。俺はまだ貴方の期待に応えられていませんし」
トレ「そんなことは」
P「だから俺が貴方の期待に応えられるまで、何を隠してもらっても構いません。それで不利益になろうと俺の責任です」
ちひろ「何と言いますか……」
P「俺は北沢志保に勝つ気でいます、あいつらには絶対に言いませんけど。その為のレッスンをお願いしたい」
トレ「志保ちゃんは強い子ですよ」
P「あの年で今の地位を確立してる、無謀なことも分かってます。でも勝ちたいんです」
トレ「どうしてそこまで……」
P「俺はアイドルが悲しむところを見るためにプロデューサーになった訳ではありません。だからその為のレッスンができないというのであれば――」
千枝「おはようございます」
P「おはよ、教科書は持ってきたか?」
千枝「わ、忘れてません!」
P「テスト見せてみろ」
千枝「じゃじゃーん!」
P「お、いい点だな。撫でてやろう」
千枝「はーい」
泉「おはよう」
P「よう」
晶葉「何だ、二人とも早いな」
P「眠そうだな」
晶葉「昨日も観測だ」
P「ほどほどにしておけよ」
ちひろ「どうして彼が主役となりえたのか、ちょっと分かった気がします」
トレ「主役?」
ちひろ「いえ、何でもありません。頑張りましょうか」
P「今週末にオーディションを控えてる、とりあえず目標はそこ。エキストラのバイトも入れる予定、こっちは微々たるものだけど」
晶葉「北沢志保か?」
P「そう、勝てるなんて思ってない。当たって砕けて帰ってこい」
千枝「砕けちゃうんですか」
P「大丈夫、俺がしっかり組みなおしてやるから」
晶葉「ロボットか」
泉「晶葉は一度、組み直してもらった方がよさそうね」
晶葉「そうだな、泉もその仏頂面がマシになるかもしれないな」
泉「オーディションで恥をかいても知らんぷりするから」
晶葉「やじでも飛ばした方がいいか?」
P「おいそこの、内部崩壊起こせとは言ってないぞ」
千枝「でも何をすればいいんですか?」
P「まずこのオーディションに合格すればどうなるか、だが」
泉「そういえば聞いてなかったわね」
晶葉「考えてみれば恐ろしいことをしようとしていたな」
千枝「合格なんて考えてませんでしたね」
P「CDデビューだ」
晶葉「そうか」
P「一気に興味をなくしたな」
晶葉「何というか、現実味がなさすぎる」
P「映画の主題歌だぞ? もっと喜べ」
千枝「大きな仕事なんですね」
P「そう、だから千枝達にはこれからある歌を練習してもらう」
泉「ある歌?」
P「そう、とっておきの歌だよ。一週間では絶対に歌いこなせない、けどやってもらう」
晶葉「どういう意味だ?」
P「こっちの勉強もしていてよかったよ、千早に言われて勉強しててよかった」
千枝「歌いこなせないのに歌うんですか?」
P「インパクト勝負だよ」
千枝「いんぱくと?」
トレ「あの、作曲までできるんですね」
P「そう、ちょっと流してみるから聞いてみてくれ。今日だけでもイメージできると思うから」
ちひろ「……」
泉「……」
晶葉「……」
千枝「三人ともどうしたんですか?」
ちひろ「トレーナーさん、先にレッスン場に行ってもらえませんか?」
トレ「は、はあ」
泉「すぐに行くから」
晶葉「私たちはこの男と話がある」
P「どうしたお前たち」
泉「どうしたもこうしたもない!」
晶葉「こんな曲が書けるなら最初から出せ!」
ちひろ「本当ですよ……こんな才能があるなんて」
P「いや、それ俺が作った曲じゃない」
晶葉「は?」
P「俺の世界のとあるアイドルが歌った曲」
ちひろ「それ、流用ってことでは」
泉「パクリね」
晶葉「人の楽曲を自分の利益にしようとはな」
P「有効活用と言え」
千枝「凄い曲なんですか?」
P「日高舞って知ってるか?」
晶葉「いや、知らないな」
P「だよな、調べても出てこなかったから。出したCDが全て100万枚以上売れた伝説のアイドル」
泉「このALIVEっていうのは?」
P「代表曲だよ」
泉「そんな曲を……」
P「千早でも歌いこなせない曲だ、だが10%の完成度でもいい」
晶葉「10%でいいのか?」
P「絶対に外では歌うな、漏えいすれば誰かに使われる。あくまで歌うのはレッスンのみだ」
泉「プロデューサーの世界で売れたとはいえ、この世界で通用するかどうは私たち次第」
P「そうだ、曲はある。この曲を生かすも殺すも三人に掛かってる」
晶葉「また最初から重いものを背負わせるじゃないか」
P「天才なんだろ?」
泉「うん、面白い」
千枝「一生懸命やれば、届きますよ!」
泉「いいデビュー戦になりそうね」
P「そうと決まればレッスンだ、トレーナーさんには秘密な」
千枝「どうしてですか?」
P「俺が異世界出身って知らないから、言っても混乱させるだけだ」
泉「天才扱いされてもいいの?」
P「あんな綺麗な人に褒められるなら嘘の一つや二つ」
千枝「今日のご飯はオクトカルバスの丸焼きにします!」
P「待った千枝、ちょっと話をしよう。な?」
千枝「ぷんぷかぷんぷんです!」
P「何だそのよく分からん言葉は」
千枝「いいです千枝はレッスンに行きますから」
泉「私達も行きましょうか」
晶葉「やれやれだな」
P「初日としてはこんなもんか」
千枝「これ、凄く難しいです」
泉「バランスが取りにくくて」
晶葉「歌ってるだけで疲れる」
トレ「でも凄い曲……確かに練習期間は短いけど」
P「まあ次のオーディションでは初披露くらいの意味合いしかありません、使いどころは他にもあるでしょう」
トレ「いえ、これなら志保ちゃんにも」
P「そこから先は、まだ」
トレ「そうでしたね」
P「明日からもよろしくお願いします」
ルキ「お姉ちゃんお帰り」
トレ「ただいま、ご飯?」
ルキ「食べるよね?」
トレ「ありがと、着替えてくるから」
ベテ「未来に会ったそうだな」
トレ「……ええ」
ベテ「無名事務所の専属講師など、何の意味もない」
トレ「そんなことない」
ベテ「志保のオーディションに出てくるそうだな」
トレ「志保ちゃんに伝えておいて」
ベテ「頑張れとでも?」
トレ「ごめんねって」
ベテ「何だ? 裏切りの謝罪か?」
トレ「違う、けどきっとショックを受けちゃうから」
ルキ「そこまで自信があるのか?」
トレ「もしかしたら、もしかするかもしれない」
志保「……」
未来「あ」
志保「未来、明さんに会ったんでしょ?」
未来「うん、もう聞いちゃってたんだ」
志保「未来は分かりやすいから」
未来「はは、だからかな」
志保「週末、オーディションがある」
未来「あの、映画の歌の?」
志保「決まってる仕事のオーディションなんてやる気なかったけど、事情が変わった」
未来「出てくるよね、明さんが見てるアイドル」
志保「そこで見せつけるから、今の私の力」
未来「志保ちゃん」
志保「そんな子達を見ていても仕方ない、貴方のいるべき場所はここだって示してくるから」
未来「私も頑張る、もっと見てくれるようにって」
志保「頑張りすぎないでいい、私がやる」
ミリP「頑張りすぎなのは志保もだからな」
志保「気になくていいです、全力でやります」
ミリP「普通にやれば合格だ、きっと明さんも帰ってくるよ」
ベテ「どうだかな」
志保「聖さん」
ベテ「うちの妹が言うには、志保」
志保「何でしょうか」
ベテ「どうなるかは分からないそうだ」
志保「私が?」
ベテ「何を思っての発言かは分からないが、警戒はしておけ」
ミリP「身内贔屓の発言……いやそんな事を言う人じゃない」
未来「本気で思ってるんですね、志保ちゃんが負けるかもしれないって」
志保「面白い……なら見せてあげる。半年前の私とは違うこと」
千枝「新しい歌って楽しいですね」
P「千枝にとっては初めての曲だもんな」
千枝「プロデューサーさんにとっては違うんですよね?」
P「違う、もう何度も聞いたし楽譜も見た。だからこうしてここでも形にできてる訳で」
千枝「それは千早さんに教わったんですか?」
P「ああ、プロデューサーならそれくらいできるようになって下さいって。死に物狂いでやったよ」
千枝「じゃあ千枝の知らない凄い曲をプロデューサーさんはいっぱい知ってるんですね」
P「それは千枝にも同じことが言える、俺の知らない凄い曲を知ってるんだろ」
千枝「もっともっと知りたいです」
P「組み合わせたらもっと凄い曲ができたりしてな」
千枝「千枝ちゃんソング!」
P「あざとい11歳」
千枝「あざとくないもん」
P「あざといって俺の世界ではとっても可愛いって意味なんだけどな」
千枝「本当ですか?」
P「嘘だ」
千枝「丸焼き」
P「すいませんでした」
千枝「嘘です、本当にプロデューサーさんでよかったです。こんなに毎日が楽しくなるなんて思ってませんでした」
P「もっと楽しくなる、想像もできないくらいもっと」
千枝「今から楽しみです」
――
―
真「お、おおおおおおオーディションですよプロデューサー!」
P「おお、何か色々と頭についてるけどとりあえず落ち着け」
伊織「たかだかオーディションでそこまで緊張するなんて馬鹿みたい」
やよい「伊織ちゃん手に汗いっぱい」
真「伊織も人のこと言えないね!」
伊織「あんたに言われたくないわ!」
P「現地に行った、家と事務所の間だから来させるのも悪いだろ」
伊織「その方が緊張しなくてよさそうね」
真「僕らも行きましょうか」
春香「おはようございまーす」
P「」
真「」
伊織「」
春香「あれ?」
やよい「春香さん、直接オーディション会場に行くってプロデューサーが言ってましたけど」
伊織「それも10秒前にね」
春香「……あ!」
P「いいさ、どうせ車で送っていくんだから」
伊織「緊張しすぎて頭がおかしくなってるんじゃないの?」
春香「えっと、分かってたんだよ?」
伊織「はいはい」
真「そういうことにしておくよ」
春香「えっと、そのつもりで電車に乗って……でも」
やよい「事務所に忘れ物ですか?」
春香「やっぱり皆の顔を最初に見たいなって思って」
真「はぁー」
伊織「馬鹿ね」
春香「馬鹿は言いすぎじゃない!?」
やよい「私も分かります! ほっとしますよね?」
春香「やよいは分かってくれるんだ!」
P「ほら行くぞ、自分の力を出し切れば大丈夫だ」
――
―
千枝「おはようござ……」
P「どうした?」
千枝「いい夢を見たんですね」
P「分かるか?」
千枝「はい、とってもいい顔をしてますから」
P「ああ、いい夢だった」
千枝「今日ですね」
P「行こう、自分の力を出し切れば大丈夫だ」
千枝「はい!」
P「よし、揃ったな」
千枝「歩いていくんですか?」
晶葉「非効率な」
P「電車使うってだけ、駅まで近いんだろ?」
泉「電車は知ってるのね」
晶葉「実用化はこの世界より早いくらいだ」
泉「こっちではまだあまり一般的じゃないから」
P「車社会だよな」
晶葉「トレーナーを連れて行かないのは何故だ?」
P「運転役させるためにここに来てもらってるんじゃないよ」
晶葉「なるほど、この四人だけでしたい話があると」
P「……ちょっと整理しておこうかと思ってな」
泉「何の話?」
P「藤原肇の父親の正体について」
泉「出演者側にいるってことくらいしか手がかりがないんでしょ?」
晶葉「会いたいのであれば現場に来るだろう、どうしても突き止めるというならその時に当たればいい」
P「だがそれだとおかしくないか?」
千枝「変ですか?」
P「消えたというには近すぎるんだよ」
泉「最近になって戻ってきた可能性は?」
P「話の内容を思い通りにできるなんてかなり上の立場にいないとまずできない」
晶葉「戻ってすぐというのは無理か」
P「で、そこまで有名な家の跡継ぎ候補がそんなところにいて誰も気づかないってのは無理な話だ」
泉「藤原肇が嘘をついている?」
P「可能性の一つ、まあ俺はそれを採用しないけど」
千枝「信じてるんですね」
P「信じる信じないの話じゃない、そうすると色々と不自然なんだ」
晶葉「協力を求めてくる意味がないな」
P「身内のスキャンダルだからな、この情報だって真実なら高く売れる」
泉「ということは、やっぱり知らない?」
P「だろうとは思ってる、そして俺達が探りに入る事はそのお爺さんとやらも察知してるはずだ」
晶葉「土壇場で仕事がなくならないか?」
P「もしそうならもうとっくの昔になくなってるよ、つまり」
千枝「そのお爺さんにとっても千枝達に来て欲しいんですね」
P「そういうこと、おっとスイカは……ないんだった」
泉「スイカ?」
晶葉「夏には早いが」
千枝「でも食べたくなっちゃいました」
P「すまん、独り言だから」
泉「来るの、6分後だって」
晶葉「推理ごっこの続きか?」
P「これは本当に仮説なんだが、急に消えた人間がこの世界でプロデューサーをやってるのが最近になって分かった。これがその人の状況だよな?」
晶葉「ああ、それがどうした?」
P「俺に似てないか?」
泉「……いえ、それは」
晶葉「偶然だ、そんな技術があるなら――」
P「千川ちひろが藤原家に介入していない証拠なんてない」
泉「彼女を疑ってるの?」
P「可能性は全て考えるべきだよ」
千枝「あ、電車です!」
P「ま、そんな話はここまでにしておこう」
泉「初戦ね」
P「ああ、シンデレラガールズのスタートだ」
泰葉「おはようございます」
P「岡崎さん?」
泰葉「よく会いますね」
P「まあ、狭い業界だしな」
泰葉「にしても……」
P「何だよ?」
泰葉「本当にプロデューサーだったとは」
P「まだ信じてもらえてなかったのか……」
泰葉「このオーディションは北沢志保が有力視されていますが? それでも出てきたんですね」
P「そっくりそのまま返す」
泰葉「出てきてはいけませんか?」
P「いや、いいと思う。頑張ってな」
泰葉「言われるまでもありません」
P「今日はマネージャー役はいいのか?」
泰葉「人がいますので」
P「そうか、じゃあまた」
千枝「お知合いですか?」
P「はは、ちょっとな」
泉「知らない内に広げているんだ?」
P「そう――」
志保「シンデレラガールズというのは、貴方達ですか?」
晶葉「まさか来るとは」
泉「北沢志保……」
志保「プロデューサーというのは、貴方?」
P「そうだ、今日はよろしく。胸を借りるつもりだ」
志保「貸す胸なんてない」
泉「初対面よね?」
晶葉「ここまで嫌われる理由が思いつかないが」
千枝「嫌われる理由……」
P「ん?」
泉「そういうことなら」
晶葉「仕方ない」
千枝「プロデューサーさん何したんですか?」
P「何でそういう話になるかな!」
志保「明さんはミリオンライブの人間です」
千枝「めいさん?」
泉「誰?」
P「トレーナーさんの名前だよ」
千枝「もう名前で呼び合う仲に!?」
泉「手早い……」
P「だから違うって!」
志保「こんな人達に……あの人が」
ミリP「志保! 見ないと思ったら」
泉「あれ」
晶葉「ミリオンライブのプロデューサーか?」
千枝「……お父さん?」
P「確証はなんてないよ、何か知ってるかもしれないけど」
泉「あの」
ミリP「すみません、志保が失礼なことを」
泉「いえ、埃がついてますよ」
ミリP「ああすみません」
志保「負ける気はないから」
泉「こちらこそ」
ミリP「ほら行くぞ」
P「また親切だな」
泉「髪の毛、これで分かるでしょ?」
P「あ、親子鑑定……」
晶葉「やるな」
泉「考えるより実行した方が早い、藤原肇のを手に入れたらそれで終わり」
千枝「候補を一人ずつ確かめていくんですか」
泉「違うなら違うで聞いてみればいいだけ、その方が楽」
P「匿名でちょちょいとやっちまうか」
晶葉「ばれたら潰れるな」
泉「その時はその時、連絡は取れそう?」
P「今度、検査結果を受け取りに行くからその時にかな。この世界の病院は万能で助かる」
千枝「大切に保管しておきましょう」
P「いいか?」
千枝「はい、千枝に任せて下さい」
晶葉「さて、そろそろ出番か」
千枝「やっちゃうんですね」
P「順番が連続だからな、異例だけどまあいいさ」
審査員A「次の子達は……ユニット?」
審査員B「シンデレラガールズ、聞いたことないな」
審査員C「聞いてみれば分かるでしょ、三人ね。まあ何でもありさ、どうせ合格者は決まってるんだから」
審査員A「時間の無駄だよな、レベルも低いし。オリジナル曲ね、奇抜な事だけじゃ生きていけないのに」
審査員C「ま、お手並み拝見だ」
ミリP「お疲れ」
志保「今日は何も、お決まりのことを決まった通りにしただけ」
ミリP「積み重ねてきたから今があるんだ」
志保「来た」
千枝「シンデレラガールズの佐々木千枝です」
泉「大石泉です」
晶葉「い、池袋晶葉だ」
審査員A「今までどんなの受けてきたの?」
千枝「初めてです」
審査員B「初めて?」
審査員C「年齢は?」
千枝「11歳です」
志保「初めて?」
ミリP「落ち着いてるな」
審査員B「ふうん、曲があるってことだけど」
泉「よろしいですか?」
審査員C「いいよ。君たちが最後だし、どうせ決まった時間まで帰れないんだ。思うようにやってみればいい」
千枝「では、よろしくお願いします!」
ミリP「この曲……使ってきたか」
志保「なっ……」
審査員A「ちょ、ちょっと待って!」
審査員B「これ、作曲したのは?」
千枝「プロデューサーさんです」
晶葉「パクリだがな」
泉「静かに」
審査員C「ほー、無駄じゃなかったね」
審査員A「歌い始めてどれくらい?」
泉「レッスンを受けてからは半年ですが、この曲は一週間程度です」
審査員B「一週間の曲をよくぶつける気になったね」
千枝「どうしても皆さんにお聞かせしたくて、無理しちゃいました」
審査員C「今回のは難しいけど、ちょっと考えさせてもらえるかな」
審査員B「そのプロデューサーって呼んでもらえる?」
P「私です」
審査員A「この曲は貴方が?」
P「その通りです」
審査員B「いいね、気に入った。ぜひ私の作品で使わせて頂きたい」
審査員A「本気か? この曲だけは確かに凄いが」
審査員B「そうだね、未知数だ。だが面白い」
P「ありがとうございます」
審査員B「おって連絡させてもらうよ、いい曲を聞かせてもらった。次は、いい歌を聞かせて欲しいね」
P「ふぅ……第一関門突破」
泉「本当に仕事が貰えるんでしょうか」
晶葉「もう何も覚えてないな」
千枝「でも本当に凄い曲ですね、千枝達の歌でもこんなに評価されるんですから」
P「北沢志保の今日の出来を歌80点曲70点とするなら、俺たちは曲だけで150点稼いで歌は10点って感じだったな」
晶葉「曲だけで勝ったな」
泉「けどまだ歌いこなせない」
P「池袋ががちがちだったからな」
晶葉「誰だってあそこに立てばだな……」
P「大石さんは頑張ってたぞ」
泉「私は千枝に引っ張って貰っただけ」
P「本当に度胸があるというか、腹が据わってる」
千枝「お腹が座る?」
P「俺が思うよりもずっと、逸材なのかもな」
泰葉「お見事でした」
P「聞いてたか?」
泰葉「あれだけの曲を、どうしてそう惜しみなくあそこで使えたんですか?」
晶葉「だからパク」
泉「はい黙って」
P「惜しむような曲じゃないから」
ミリP「天才作曲家、ですか?」
P「そんなことありません、たまたまです」
ミリP「ほら、凄かったろ?」
志保「認めたわけじゃない」
P「一つ、お聞きしても?」
ミリP「どうぞ」
P「この曲に聞き覚えはありましたか?」
ミリP「いえ、どこかで披露したことが?」
P「いえ、ないならいいんです。志保さんの歌も見事でした、またどこかでお聞かせいただければ」
泉「単純にアイドル活動していればいいだけじゃないのね」
ちひろ「でもお仕事ももらえるんだから」
晶葉「人前に立って歌を歌うことがあれだけ難しいとは……」
P「慣れだよ慣れ、次は今日よりはマシだろうさ」
泉「そうね、これからどんどん現場に出て行って」
P「経験を積んでもらう、選り好みできないが進んでいくしかないから」
千枝「レッツゴーです!」
P「トレーナーさんに今日の結果は?」
ちひろ「おめでとうございますと」
P「そうですか」
泉「帰りに聞いたけど、本当にミリオンライブの人だったの?」
ちひろ「ええ、どうしてそこから離れてしまったのかは私も」
晶葉「円満退職という訳ではなさそうだったが」
P「その辺りも上手くいくといいんだがな」
未来「志保ちゃんお帰り」
志保「ごめん」
未来「志保ちゃん?」
志保「勝てなかった」
未来「え?」
ミリP「仕事は予定通り志保になった、負けた訳じゃない」
未来「そんなに凄かったんですか?」
ミリP「凄かった、と言えばそうなんだけどな」
未来「プロデューサーさん?」
ミリP「歌に振り回されてた、それだけ曲が見事だったんだけど。うちのアイドルでも多分、歌いこなせない」
ベテ「らしいな、ちょっとした騒ぎだ」
ミリP「ああ、もう広まっちゃいましたか」
ベテ「ちょっと来い」
ミリP「何でしょう?」
ベテ「接触したな?」
ミリP「しました、ご丁寧に僕の貴重な髪の毛まで持っていかれちゃいまして」
ベテ「もういいんだな?」
ミリP「はい、そろそろ始めないと」
ベテ「……お前も難儀な奴だな」
ミリP「ただ一つ言えるのは」
ベテ「始めるのか?」
ミリP「終わらせるんですよ。どんな素晴らしい夢であろうと、いつか終わらせなくてはいけない」
ベテ「そうか、なら私も動くとしよう」
ミリP「動いたところで、あまり意味はありませんよ」
ベテ「それをお前が言うのか?」
ミリP「……全くですね」
短いですがここまで
P「おはようございます」
ちひろ「おはようございます、プロデューサーさんに電話ですよ」
P「電話? 初めてですね」
ちひろ「仕事の依頼だそうです」
P「そういえば昨日の人が連絡するとか言ってましだけど、早いな」
ちひろ「連絡先はこちらです」
P「あれ、名前が違う」
ちひろ「きっと噂を聞きつけた方でしょうね」
P「どうですかね……もしもし、ご連絡頂きましてありがとうございます」
「もしもし、シンデレラガールズのプロデューサーさんでしょうか?」
P「そうですが、失礼ですがお名前をお聞かせ願えますでしょうか」
「ああ失礼、岡崎と申します。宜しければ一度お会いできませんか?」
P「岡崎? あのもしかして」
「岡崎泰葉の父です」
P「分かりました、時間はいつにしましょうか?」
「今からでも、今日は空いてますので。時間を指定して頂けるなら合わせます」
P「では、今から一時間後くらいに。場所はどこにしましょうか?」
「伺っても宜しいですか?」
P「事務所にですか?」
「ええ」
P「分かりました、お待ちしています」
ちひろ「お客様ですか?」
P「岡崎泰葉のお父さんだそうで」
ちひろ「お父さん?」
P「何だろう、何かしたかな」
ちひろ「岡崎泰葉ちゃんとお知り合いなんですか?」
P「昨日も会いましたし、その前にもちょっと」
ちひろ「丁重にお迎えしましょうか、初めてのお客様ですし」
P「用件が気になるんですけどね」
ちひろ「一時間後ですよね? お菓子とお茶は……」
P「心して掛からないと」
泰葉父「突然すみません、お忙しいでしょうに」
P「いえ、開店休業中ですから。どうぞ」
泰葉父「失礼します」
P「ここの事は、泰葉さんから?」
泰葉父「大変お世話になったそうでして、ありがとうございました」
P「成り行きですから、お気にになさらず」
泰葉「昨日も、素晴らしい歌だったと娘から聞きまして」
P「はは、たまたまそういった評価を頂けただけのことですから」
泰葉「こんなお願いをするのは本当にその……」
P「何か私に?」
泰葉「娘を、見てやってはくれないでしょうか」
P「娘をって、泰葉さんを?」
泰葉父「その通りです」
ちひろ「ぎゃ、逆スカウト?」
P「このお話、泰葉さんは?」
泰葉父「何も、今日も内緒でここに」
P「あの、この業界で長いとお聞きしています。それでしたらここでなくとも」
泰葉父「ここでなければ意味がない。というより失礼ながら、この場所を除いて他には既に断られている身ですので」
ちひろ「だからここに……」
P「他所が必要としない子を、うちが必要にすると?」
ちひろ「プロデューサーさん」
泰葉「そう取られるのも承知の上でのお願いです」
P「……どこの世界も、親ってのは変わらないか」
泰葉父「私にできることなら何でも、ですがあの子は」
P「子役として多くの作品に出ている、それは私も存じております。他にもそういう子を知らない訳ではありません。
ですが、どうしてアイドルなんです? 進む道は他にもあるはずでしょう」
泰葉父「子役、とは言いますが所詮は子役。飲み込まれるのもまた早い」
P「年齢、でしょうか」
泰葉父「それもありますが、何より――」
P「今日はそこまでにしておきましょう」
泰葉父「いえまだ」
P「ちひろさん、お茶をお願いできますか?」
ちひろ「はい?」
P「そこで立ってないで座ったらどうだ?」
ちひろ「……あ」
泰葉父「泰葉」
泰葉「いないと思って、もしかしてと思った」
P「誰が誰を責めても意味がない」
泰葉「私が、いつ頼んだ? こんなことしてくれって」
泰葉父「すまない……だが」
泰葉「夢は、終わっちゃったんだよ」
ちひろ「帰してしまってよかったんですか?」
P「ちひろさん、この世界の子役ってそんなに肩身が狭いんですか?」
ちひろ「それは、どうなんでしょうか」
P「周防桃子といい岡崎泰葉といい、アイドルへの転換をせずには生き残れないという判断なのか。
それともアイドルはこの世界でそれだけ魅力あるものなのか」
ちひろ「アイドル流行を始めているのは確かです」
P「いつからですか?」
ちひろ「ミリオンライブが出てきてから、でしょうか」
P「俺の世界と近いなら、アイドルが世界に影響力を及ぼすことも理解はできるんです。
俺の物語の終わりが世界とリンクするくらいですから」
ちひろ「ここもそうかもしれない、と?」
P「この世界の主役となる人物もどこかにいるはずなんです、それが誰なのかはまるで分かりませんけど」
ちひろ「アイドル関係者?」
P「かもしれないなってレベルです、今は仕事に集中しましょうか。えっと……」
泉「高校生役?」
P「馴染みあるし、やりやすいだろ? 台詞もない、完全に背景だ」
泉「でも作品の一部であることに違いはない」
P「最初だし俺も行く、いいな?」
泉「ううん、こっちが頼みたいくらい。まだ慣れてないから」
千枝「千枝はまだですか?」
P「千枝は週末に重ねる、体力的な問題もある」
晶葉「私は?」
P「ほれ、この中のどれかだ」
晶葉「色々とあるんだな」
P「こういうのが盛況で助かったよ、アイドル時代と言われるだけはある」
晶葉「患者役か」
P「寧ろマッドサイエン――」
晶葉「そのイメージはさっさと外してくれ」
泉「行ってくる」
千枝「頑張ってくださいね」
P「すぐ終わるはず、移動手段は電車で申し訳ないが」
泉「現場は?」
P「美濱中学校だそうだ」
泉「海沿い?」
P「そういう物語なんだとさ、俺が個人的に興味があるから受けただけだ」
泉「海がテーマなんだ」
P「そう、海と陸の繋がりがテーマ。ま、生徒役だから気にせず授業受けてる振りすればいいって」
泉「プロデューサーの世界の海は青い?」
P「この世界も青か、光がどうこうだからだよな?」
泉「青い光は水に吸収されないから」
P「物知りだな」
泉「常識」
P「そうか、常識か」
泉「今日、誰か来てたの?」
P「何で?」
泉「茶葉の量がいつもより減ってた」
P「探偵役でもするか?」
泉「聞かない方がよかった?」
P「岡崎泰葉のお父さん」
泉「何の用?」
P「娘を事務所に入れてくれないか、だとさ」
泉「そう、昨日のあれで」
P「どうやら俺が思ってるより、子役を取り巻く状況は厳しいらしい」
泉「それはそうだと思う」
P「ミリオンライブ?」
泉「それもあるけど、全体的に増えたから」
P「やっぱり綺麗だな」
泉「え? ああ海ね」
P「ところどころ一緒で助かってる、泳げるかな?」
泉「夏になれば」
P「楽しみだな、撮影終わったら寄ってもいいか?」
泉「私も見たいから」
泰葉「どこでもお会いしますね」
P「意図してない、こっちだって顔を合わせずらいのは同じだし」
泰葉「分かってます、気まずくさせてるのは私の方ですから」
泉「口を挟まない方がいい?」
P「できれば」
泉「分かった、着替えてくる」
P「他の場所とか見ておくか、学校入れる機会なんてなかなかない」
泉「席、隣なんだ」
泰葉「よろしくお願いします」
泉「よろしく」
泰葉「あれだけの力があるのに、こんな仕事もするんだ」
泉「あれは曲の力であって私の力じゃない」
泰葉「……謙遜?」
泉「事実」
泰葉「そういう巡り合わせも、実力の内」
泉「巡り合わせというならそれは曲とじゃない」
泰葉「なら何?」
泉「……プロデューサーと、かな」
泰葉「いい人なんだね」
泉「出会ってよかっとは、思ってる」
P「思えば制服姿なんて初めて見た」
泉「そう?」
P「いつもきっちりしてるけど、着崩してるんだな。イメージ変わった」
泉「こ、これはちょっと暑いから!」
P「暑い? ごめん……車で移動すればこんな事には」
泉「別に責めてない!」
泰葉「お疲れ様でした」
P「お疲れ。多分、またどこかで会うと思う」
泰葉「貴方ほどの力があるなら、こんな下積みがなくても彼女たちを上へと導けるはず」
P「力って? あの曲の事か?」
泰葉「他にありません」
P「確かに、そうかもしれないな」
泰葉「なら、それが貴方の役目では?」
P「そうかもしれないけど、でも違うと思うから」
泰葉「他にも曲はあるんでしょう?」
P「あるけど、必要か?」
泉「プロデューサーが必要だと思った時に出してくれればいい」
P「だそうだ」
泰葉「それでこの世界を生き残っていると思うとでも?」
P「生き残ってる必要はないから」
泰葉「なら何の為に」
P「世界を守るため」
泰葉「世界?」
P「じゃあまた、行こうか」
泉「なら着替えて――」
P「いいんじゃないか? 少しくらいさ」
泉「岡崎さんぽかんとしてた」
P「するだろうな、俺だって馬鹿にされてるんじゃないかって思うだろうさ」
泉「今日のお話も、世界が危なくなるかもしれないってお話だった」
P「おとぎ話の主人公なら救えるんだろうな」
泉「昨日まで、半信半疑だった」
P「俺の事か? 半分も信じてくれてたのか」
泉「ゲートがあるとか、異世界の存在とか理論で分かってはいてもどこか現実離れしてて」
P「俺は未だに現実離れしてるよ」
泉「でもあの曲は本物で、凄かった」
P「パクリだけどな」
泉「本当にパクリなの?」
P「俺にそんな才能はないって、神に誓ってパクリだ!」
泉「神も苦笑する誓いね」
P「天罰が下るな、どの世界の神様か知らないが」
泉「いい、私にとっては本物だから」
P「いや信じてもらっても困るんだが」
泉「最初が偽物でも、私が本物にすればいい」
P「本物に?」
泉「プロデューサーの世界に、ALIVEの本物があるんでしょう?」
P「ある、伝説のアイドルと言われている人だ」
泉「ならこの世界の本物に、私たちがなる」
P「一年で越えられるような人じゃない」
泉「でも、10点を50点にはできる」
P「そうだな、それはできるかもしれない」
泉「まずはそこから目指す、プロデューサーといれば世界が広がるって分かったから」
P「俺だって同じだ、大石さんといるから世界が広がっていく」
泉「今日からちゃんと信じるから、もっと私の世界を広げてほしい」
P「それが俺の仕事だよ」
泉「仕事、か」
P「どうした?」
泉「ううん、目標が増えたかな」
千枝「千枝も行きたかったです」
P「海に?」
千枝「次は千枝も海の仕事がいいです」
P「海って、千枝はあんまりエキストラの仕事入れるつもりないんだけど」
千枝「週末もですか?」
P「入れるけど、大石さんや池袋よりは少なめにする。来月のドラマでそれなりに出番が与えられてるから、そこで新星扱いしてもらった方がいいいかなと」
千枝「秘密兵器?」
P「秘密というか、誰にも興味を持ってもらってない試作品だ」
千枝「びっくり箱みたいです」
P「驚いてくれるかどうかだ」
晶葉「な……なんだ……これは……?」
千枝「目が真ん丸です」
P「何って、今日の衣装」
晶葉「ナース服とは聞いていない!」
ちひろ「患者さんってお話でしたけど?」
P「だったんだけど、急に人が足りなくなったって」
泉「それはいいけど、私たちで大丈夫? 年齢が若すぎない?」
P「後姿だけだからそこは問題ない」
泉「あ、そうなんだ」
晶葉「軽い反応だが……まさか」
泉「着る以外にどうするの?」
晶葉「どうするって、私が着て何になる?」
泉「撮影が円滑に進む、これもプロデューサーが取ってきてくれた立派な仕事だから」
晶葉「あの一曲でほだされたか」
泉「与えられたものに対して、それだけのものを返す。当たり前のこと」
千枝「ち、千枝も着ます!」
P「千枝のナース?」
ちひろ「なかなか危ないお仕事に聞こえますね」
千枝「ちゃんとできますよ、プロデューサーさんお口あけてくださーい」
P「何の真似だ?」
千枝「病院食を食べさせてあげるナースさんです」
泉「時間だから」
晶葉「泉、少し怖いんだが」
泉「時間」
晶葉「……分かった」
P「昨日の制服でも思ったが、スタイルいいな」
泉「本当? よかったプロデューサーから合格点」
晶葉「こんなのを着てどうしろと」
P「今日は……いないな」
泉「さすがに出てこないと思う、服装が服装だし」
P「確かに色物だな、埋め合わせはするから」
泉「なら、終わったらちょっといい?」
晶葉「変じゃなかったか? 私は大丈夫だったか?」
P「言われた通りにきちんと動けてたよ」
泉「私は?」
P「ケチのつけどころもない」
泉「よかった」
晶葉「泉に何をした?」
P「早い話、あの曲が気に入ったらしい」
晶葉「他人事ながら、泉の将来が心配になってきたよ」
P「奇遇だな、俺もだ」
泉「ここ」
P「CDショップか」
泉「この世界の楽曲はまだまだのはずだと思って」
晶葉「知らずに出して本当にパクリでは笑い話にもならんな」
泉「暇なの?」
晶葉「露骨に邪魔そうにされると流石の私も傷つくんだが」
泉「嘘、何か買ってあげようか?」
P「とは言っても何も知らなくてだな」
泉「視聴コーナーもあるから」
晶葉「……本当に変わったな」
P「凄いな」
晶葉「何度も説明したはずだ、ミリオンライブは今のアイドル界のトップだ」
泉「ベストアルバムでも聞いてみる?」
P「そうだな、一枚買っておくか」
星梨花「お買い上げありがとうございます」
泉「」
晶葉「」
星梨花「えっと、お邪魔でした?」
P「誰?」
星梨花「持ってるCDを見れば分かります!」
P「多すぎてわからん」
晶葉「箱崎星梨花だ」
泉「ミリオンライブでもトップクラスって言われてる」
P「千枝とあんまり変わらないだろうに」
星梨花「ちえって今いない黒髪の女の子ですか?」
P「そうだけど、知ってるのか?」
星梨花「ちょっと前に見たんです、静香さんと一緒に」
晶葉「最上静香か」
泉「まあ、見られていてもおかしくない状況だったから」
P「小学生にしてはしっかりしてるな」
星梨花「あの、13歳ですけど」
P「この世界の女の子って発育遅いの?」
晶葉「私に喧嘩を売っているのか」
星梨花「ちえちゃんって何歳なんですか?」
P「11」
星梨花「じゅう……いち」
晶葉「気にするな、千枝がおかしいだけだ」
泉「発育の良さなら私だって」
P「自分で振っておいてなんだけど話を進めよう。それで興味持って声かけてきたのか?」
星梨花「志保さんが負けたって聞きまして、本当かなって」
P「負けた?」
晶葉「北沢志保がそう言ったのか?」
星梨花「はい、ですから丁度よかったって思って」
P「少し場所を移さないか? あまり聞かれたくない話だろう?」
星梨花「ならいい場所を知ってます、いいですか?」
P「分かった、変な話になってきたけどいいか?」
泉「ついてく」
晶葉「仕方あるまい」
星梨花「あ、どうぞ。自分で渡すのもなんですけど」
P「どうも、ありがとう」
星梨花「私の歌も入ってますから聞いてみて下さい」
泉「買う手間が省けたわね」
P「それで場所は?」
星梨花「ミリオンライブシアターです」
ここまで
次回はもう少し長めに投下します
P「平日の夕方でこれかよ」
泉「この町で最大の娯楽施設だから」
晶葉「まさかこんな形で入れるとはな」
星梨花「今日はエミリーさんのライブがありますから」
P「誰かは必ずやるのか、これだけの人数がいるから組めるシステムってことか」
晶葉「一日の入場者数は平均して5万を超える、年間の入場者数は2800万人」
P「夢の国ってのは的外れでもない……いやそれ以上だな」
星梨花「表から入ると騒ぎになっちゃいますから」
泉「こんな大きな……」
星梨花「たくさんの人が働いてますから」
P「あそこら辺にいるのもそうか?」
星梨花「千鶴さんと琴葉さんです、呼びましょうか?」
P「いやいい、仕事の邪魔をしに来たわけじゃないから」
星梨花「せっかくですから、ライブを見ながらお話しませんか? いい席があるんですよ」
晶葉「関係者席か」
星梨花「私達の為の控室なんですけど、今日はエミリーさんしかライブをしませんから」
泉「誰も入ってはこないのね」
P「確かに落ち着いて話はできそうだ」
星梨花「プロデューサーさんもいませんから、大丈夫ですよ?」
P「凄い人だな、収容人数は?」
星梨花「2万人程、ライブは一日に三回。一時間くらいのミニライブです」
P「説明も手馴れてるな」
星梨花「ファンの方に私たちが案内することもありますから」
泉「凄い盛り上がり」
P「この曲は?」
星梨花「Thank youです、聞いたことありませんか?」
P「言われてみればあるような、ないような」
晶葉「いつまでも世間話という訳にもいかないだろう」
泉「それで本題は?」
星梨花「多分、もう分かっちゃってると思うんですけど」
P「トレーナーさんか、未来って子はめいさんって呼んでたけど」
星梨花「明るいって書いて明さんです、青木明さん」
P「ここにいたっていう話は聞いた」
星梨花「明さんからですか?」
P「いや、履歴書見たってだけだ」
星梨花「志保さんや未来さんから言われても意味が分からないでしょうから」
泉「説明してくれるの?」
星梨花「はい、私の知っている限りでよければ」
P「理由は?」
星梨花「理由?」
P「どうしてそんな話を君が俺達にする気になったのかってこと、場所まで抑えてたんだ。最初から決めてたんだろ?」
星梨花「帰ってきてほしいからです」
晶葉「円満退職ではなかったようだな」
星梨花「退職したなんて誰も思ってません」
P「とあえず一から聞いた方が良さそうだな」
星梨花「はい、まず――」
ベテ「あまりべらべらと身内の恥を曝すものではないな」
星梨花「聖さん!」
P「せい?」
晶葉「身内と言ったな?」
ベテ「その通りだ」
P「確かに何となく似てる様な」
ベテ「誰の許可を得てここに入れた?」
星梨花「でも」
ベテ「でもだってもここでは通用しない」
泉「邪魔だと言うなら出ますが」
P「邪魔だと思う理由を説明してもらってから、ですが」
ベテ「部外者、それもライバル会社をこんな所に招待する理由はあるまい」
晶葉「ライバル……?」
泉「心底不思議そうな顔しないで、私たちの事」
晶葉「簡単に蹴散らされる図しか思い浮かばないが」
ベテ「知らないとでも思ったか?」
P「身内だと言うなら一つ尋ねますが」
ベテ「聞くのは勝手だが、答えるかどうかも勝手だ」
P「貴方はトレーナーさんに戻ってきて欲しいんですか?」
ベテ「聞いてどうする?」
P「協力します」
星梨花「本当ですか!?」
P「それが彼女の望みであるなら、縛り付けておく意味はありません」
ベテ「本心か?」
P「心のない指導に何の意味があるんですか」
ベテ「なら今すぐ連れて来いと言えば連れてくるのか?」
P「一緒に住んでいるんでしょう? 取り戻すのは簡単だ」
ベテ「生憎、体だけここに置いておいても意味がないのでな。お前が言ったのだ、心のない指導に意味はないと」
P「ええ、そしてこの半年間の彼女の指導に意味がなかったとは思いません」
ベテ「その三人に対してか?」
P「彼女たちは俺の知らない間も力をつけていた、それは紛れもなく彼女のお蔭です」
ベテ「だから引き渡すつもりはないと?」
P「はいそうですかと引き下がるつもりはないだけです」
晶葉「胃が痛い……」
泉「さっき病院にいたでしょ」
ベテ「ここの力は思い知ったはずだ、敵に回しても得はない。藤原肇を後ろ盾にしようとな」
晶葉「ほら見ろ分が悪すぎる、撤退を進言する」
泉「もう黙ってて」
晶葉「……全滅するぞ」
泉「悔いはないから」
P「……バックに付いたと断言できる理由でもあるんですか?」
ベテ「役をわざわざ回したんだ、そう思うのが妥当だろう」
P「妥当というならALIVEを彼女に聞かせたと解釈するのが妥当では?」
ベテ「……何が言いたい?」
P「わざわざここで藤原肇が我々のバックに付いたと、そう明言せざるを得ない事情でもあるのかと思いまして」
ベテ「勘ぐりすぎだ迷探偵」
P「一つ言っておきます、我々と藤原肇の間には何も利害関係はありません」
ベテ「ではその実力のみで掴み取ったと?」
P「ええもちろん。だから北沢志保にも対抗できた、誰が指導していると思ってるんです?」
ベテ「大口を叩いたことを後悔するぞ」
P「このままいても機嫌を損ねるだけのようですので、今日はこれくらいに。失礼しました」
晶葉「私を殺す気か」
泉「何が狙いだったの? あんな挑発に乗るなんて」
P「乗って来いって言われたから乗っただけ、めんどくさいのが増えたって印象しかない」
泉「乗って来いって?」
P「あそこで藤原肇の名前を出すこと自体、あの場では不自然だよ。トレーナーさんの話題と何ら関わりがないんだから」
晶葉「まさか私達を唆したのか?」
P「だと思ってる。ほら怪しいぞ、気になるだろう? もっと調べろ、ってな」
泉「やっぱりミリオンライブにいると考えた方がいい?」
P「さっぱりだ、あの事務所はよく分からん」
晶葉「トレーナーには話すのか?」
P「保留、隠したって一緒に住んでるならいずればれるだろうけど」
泉「さっきも言ってたけど、トレーナーから聞いたの?」
P「一緒に住んでる人がいるって言ってたから、恐らく。彼氏とかなら俺の家に料理作りには来ないだろう」
泉「変ね、会社は違うのに同居は継続なんて」
P「家族の形なんて色々だよ」
晶葉「関わればかかわるほどめんどくさいな」
P「明日、藤原肇と会う予定があるから、その足で鑑定を依頼する」
晶葉「毛髪では精度に期待できないがな」
P「口の中に綿棒でも突っ込む方が無理だろ、あっちのアイドルに頼むのか?」
泉「嘘をつかれたらおしまいね」
P「藤原肇の物に関してはきちんとしたものを用意する、とりあえずそれで運試しだ」
千枝「髪の毛じゃ駄目なんですか……」
P「髪の毛自体はたんぱく質だからDNAがない、あるとすればその根っこか中か。そこまで人体について違いがあるとも思えないし」
千枝「難しいんですね」
P「疑わしいってだけじゃ強硬な手段は取れない、毛髪だってギリギリだ」
千枝「肇さんには口の中に突っ込むんですか?」
P「……言い方があれだぞ、千枝」
千枝「肇さんには突っ込んじゃうんですか!」
P「だから言い方をだな!」
千枝「千枝にも突っ込んでください!」
P「俺は寝る!」
千枝「はい!」
P「ついて来るな!」
肇「お待ちしていました、どうぞ」
P「わざわざ部屋をセンター内に部屋を取ったのか?」
肇「お話できませんか?」
P「いやこっちも話がある、そっちからそう言ってもらえると助かるよ。どう切り出そうか考えてたから」
肇「お話?」
P「君のDNAが欲しい」
肇「……えっと」
P「親子鑑定のため、って言ったほうがいいか」
肇「誰かのを手に入れたんですか?」
P「一応、精度は低いから期待されても困るけど」
肇「構いませんが、どうやって?」
P「……ちょっと恥ずかしいぞ」
肇「た、確かに恥ずかしかったです」
P「あまり人前でしない事だからな、助かった。これから何度か頼むかもしれないけど」
肇「気にしないで下さい、私が頼んだことですから」
P「何度かミリオンライブの人間とは接触してる、プロデューサーとかトレーナーとかアイドルとか」
肇「お仕事は順調ですか?」
P「君のお蔭でね、それなりに名前が売れてきたらしい」
肇「私のせいで変な噂がついてしまっては申し訳ないですから」
P「気にしなくていい、受けたのは俺だ。それで話っていうのは?」
肇「その受けて頂いたお礼をと思いまして」
P「これは?」
肇「私の作った物です、大した物ではありませんが」
P「湯呑……家宝にする」
肇「大げさですよ、ほんのお礼の気持ちです」
P「分かった貰っておくよ、ありがとう」
千枝「湯呑ですか」
P「陶芸が盛んだからか、俺の世界より普及してるよ」
晶葉「今日は何もないんだな?」
P「普通にレッスン、そんな毎日は入れないよ」
晶葉「そうか……」
P「トレーナーさんに勘付かれるなよ」
晶葉「それは任せておけ」
千枝「泉さんは?」
P「レッスン場に行った、自主練だそうだ」
晶葉「あの歌か、もっと簡単なのはないのか?」
P「簡単……765の曲でもやるか? アニメでやってない曲だけでもかなりあるし、他のアイドルの曲なら無尽蔵だ」
千枝「春香さんとか美希さんとかですか?」
P「その二人と千早はそれなりにやってるみたいなんだよなあ……そうだな、あれにしよう」
晶葉「簡単なので頼む」
P「春香でも歌える」
千枝「春香さん歌とっても上手ですよ」
P「本人の目の前で言ってやれ、泣くから」
泉「おもいでのはじまり?」
千枝「かえりぎわーみあげたー、きれいなーそらー」
P「オーバーマスターとか歌わせたらこの三人だとギャグになりそうだし、合うのはこっち方面かなと」
晶葉「ちなみにどんな歌なんだ?」
P「Thrillのない愛なんて 興味あるわけないじゃない わかんないかなー!」
トレ「お上手ですね」
晶葉「無駄に上手いな」
P「美希と響と貴音の歌、あの三人が歌うともっと凄い」
晶葉「その三人よりプロデューサーの方が上手かったら問題だろう」
泉「でもいいかも、おもいでのはじまり。タイトルが今の私たちみたい」
千枝「デビュー曲にしちゃいましょう」
P「ALIVEになるんじゃないか? カップリングで付けてもいいが」
千枝「これも練習ですね!」
泉「これからどうするのなんて急に言うから答えられない、か」
晶葉「とりあえずハードルが低そうでほっとした」
P「これはそこまで知名度のある曲じゃないから、それにいつまでも俺の世界の曲を頼ってはいられない」
泉「元から私たちの為の曲じゃないものね」
トレ「あの……」
P「え? あ! いや俺の世界の曲っていうのはあくまでもその!」
千枝「プロデューサーさんワールドです!」
晶葉「絶対に行きたくない世界だ」
P「あっても呼ばないから」
トレ「以前も誰かのプロデュースを?」
P「ええ、まあちょっと」
トレ「重ねたりしませんか?」
P「重ねるって、今と過去とですか? あまりに違いすぎて重なるところがありませんよ」
トレ「そう……ですか」
千枝「トレーナーさん?」
トレ「メロディラインだけじゃなく、きちんと伴奏できるように練習しておきますね」
P「ええ、お願いします」
晶葉「私たちと春日未来を重ねているのだろうか」
P「だろうな、無理もない」
泉「そういえばプロデューサー、鑑定の依頼は?」
P「行った、レッスン場でする話でもないな。ラボいいか?」
晶葉「構わん、どうせ行こうと思っていた」
P「ならそっちで」
千枝「ロボットが減ってます」
晶葉「あれは失敗作だからな、処分した。また一からだ」
泉「プロデューサー何とかできない?」
P「その分野は素人だからなあ、確かにそういう技術は俺の世界にもあったんだけど」
晶葉「あると分かれば充分だ、どの世界でも投資するだけの価値があるということだからな」
P「で、鑑定だが」
泉「依頼したの?」
P「した、業者に依頼してもらう形でな」
晶葉「依頼の事実がばれると不味いからか」
P「怪訝な顔をされたけど、そこは芸能関係なんでって押し切った」
泉「もう一つ……その、気になるんだけど」
P「遠慮せずに聞けって、四人しかいないんだ」
泉「健康診断、どうだった?」
P「異常なし、念のために受けただけだ。酒は控えろと説教は食らったが」
晶葉「残念だな」
P「千枝の前で飲む気も吸う気もなかったら、別にいいさ」
千枝「千枝はいいのに……」
P「俺が気にする。CDも出せそうだし、ドラマもあるし、それが終わるまでは地味だけど今の状態を継続」
晶葉「問題ない」
泉「プロデューサーに任せる」
千枝「まずは結果を待ちましょう」
P「週末にここに集まろう、結果についても話し合う必要がるだろうから」
――
―
泉「人口繊維!?」
P「やられたよ」
晶葉「相手が一枚上だったか」
千枝「じんこうせんい?」
晶葉「かつらだ」
千枝「禿げてるんでしょうか?」
P「普段からつけてるのか、あるいは俺達に接触してる時だけなのか」
晶葉「警戒されてるのは事実だな」
P「だが自分の情報をここまでひた隠しにするとなると」
泉「容疑者の第一候補ね」
P「そう見たくなる、ここまで隠したいのにこんな近くにいる理由がますます分からなくなってきたが」
千枝「取っちゃいますか?」
P「無理だろう、そんな隙を見せてくれるとは思えない。現場でも何も残してはくれないだろう」
晶葉「難しいな、娘のだけではどうしようもないぞ」
P「分かってる、やっぱりこの路線は無理だ」
泉「状況証拠を重ねていくしかないってことね」
P「父親についての情報をもっと仕入れるか」
晶葉「どうするんだ?」
P「三人とも、陶芸の経験は?」
千枝「ないです」
泉「中学の社会体験で少し」
晶葉「似たようなものだな」
P「なら、ちょっと本番に向けて練習しておこう」
晶葉「プロデューサーの思い付きは時にあれだな」
泉「あれって?」
晶葉「荒唐無稽だ」
泉「藤原家に次ぐ工房に取材は悪い手じゃない」
晶葉「いきなり言って教えてくれると思うか?」
泉「藤原肇が手を回したことはそれなりに広まってる、ならここも知っててもおかしくない」
晶葉「おかしくはないが、教えてくれるかどうかは別問題だ」
泉「教えてくれないのなら、そういう態度だと分かるだけでも収穫」
晶葉「それでこの服装か」
千枝「作業着です、似合いますか?」
P「似合う似合う」
千枝「やった!」
P「備前窯か、ここにも人間国宝がいるんだってな」
泉「取材で申し込んだの?」
P「申し込んだんだけど、藤原のことか? って聞かれたから、そうですって言っておいた」
晶葉「よくそれで受けてくれたものだな」
泉「取材なら普通に行けばいいんじゃ」
P「そこはもう、ノリ。たのもー」
晶葉「その奇怪な挨拶はなんだ……」
弟子「お約束のP様でございますか?」
P「そうです、入っても?」
弟子「どうぞ」
泉「凄い匂い……」
晶葉「私のラボとは対極だな」
P「ラボもある意味、匂うぞ」
晶葉「む……」
弟子「こちらです」
P「普通の部屋だな」
泉「本当に話してくれるの?」
P「そう信じたい」
晶葉「こんな場所に監禁などされたらたまったものではない」
千枝「誰か一人は外にいた方がよかったでしょうか?」
P「戻らなかったらちひろさんが何とかしてくれる、それに藤原の名を出したんだ。そんな扱いは受けないよ」
師匠「お待たせしてすまない」
P「いえ、こちらこそ大変お忙しいところを」
師匠「構わん、こちらも興味がある」
P「藤原家に?」
師匠「そんな事に首を突っ込もうとするお主にだ」
晶葉「百理ある」
P「お前は俺の味方なのか敵なのかどっちだ」
晶葉「味方だからこそ何かあっては困るんだ」
泉「ただの無鉄砲で優秀な方ですから、ご心配なく」
晶葉「フォローなのかけなしているのか」
P「……俺の話はいいって」
千枝「藤原肇さんのお父さんって誰なんですか?」
P「」
泉「」
晶葉「帰っていいか?」
師匠「ほう」
P「単刀直入すぎる……」
晶葉「一歩間違えずとも訴えられるな」
師匠「そこまで知ってここに来たか」
P「ええ、まあ。それで何かご存知でしたらと」
師匠「会ったことがある」
P「本当ですか!?」
師匠「とはいえ、もう20年も前だ。まだ修行しておった頃のこと」
泉「修行というのは」
師匠「言うまでもあるまい」
P「それから姿を消したんですか?」
師匠「ちょっとした騒ぎだったからな、こちらにも連絡がきた」
晶葉「それから10年も行方不明のままなら、どうして今頃になってそんな噂が?」
師匠「誰かが藤原肇に流したのだろう、その誰かは私は知らんが」
P「藤原肇のお爺さんは、そのことは」
師匠「知っているだろう、だから許可した」
泉「藤原家は本当に何も知らないってこと?」
師匠「さあな、家ぐるみで嘘をついている可能性もある」
P「すみません、一つ気になっていることがありまして」
師匠「母親か?」
P「……その通りです、ここまで影も形も見えないのはおかしい」
晶葉「考えてみれば、居場所を知っていそうな最たる人物だな」
師匠「もちろんその線も我々は当たった、だが見つからんのだ」
泉「同じように行方不明だと?」
師匠「違う、最初から正体が不明なのだ」
P「正体が不明って」
師匠「言葉の通りだ、藤原肇の母親は誰も知らん。無論、藤原家の誰かは知っているかもしれんが」
P「不明って、写真の一枚も残ってないんですか?」
師匠「それはある、見たいか?」
P「ぜひ」
師匠「少し待て」
泉「正体が不明って」
晶葉「ありえるのか? 名家相手に隠し通せるとも思えん」
千枝「千枝、もう分からなくなってきました……」
P「正体が不明って言い切るくらいだ、本当に分からないんだろうさ」
師匠「待たせたな、こちらは私は面識がない。藤原家にいたのも一年にも満たない期間であったそうだ」
P「子供を産んですぐか」
師匠「かもしれんな、この人物だ」
泉「この人が……」
晶葉「特徴的でもなんでもないな、普通の美人だ」
千枝「でも、とっても幸せそうです」
師匠「手がかりと言って渡してきた。だが生憎、私に面識はない」
泉「難しいわね」
晶葉「これを取っ掛かりにできるか? プロデューサー、プロデューサー?」
P「……」
泉「どうしたの? 顔色が悪いけど」
P「いや……そんな……違う……けどこれは」
千枝「プロデューサーさん?」
師匠「心当たりがあるのか?」
P「いえ、心当たりはありません」
師匠「……そうか、そういうことなら仕方ないな」
P「この写真、コピーを取らせていただいても構いませんか?」
師匠「持って行け」
P「いいんですか?」
師匠「私が持っていても仕方がない」
P「どうして、私にそこまで」
師匠「決まっている、私とて肇は小さい頃から見てきた」
千枝「……」
師匠「見つけられるなら見つけてやってくれ、あの子の母と父を」
晶葉「さてその心当たりとやらを聞こうか」
P「……」
泉「知ってるんでしょ?」
千枝「プロデューサーさん、さっきから様子が変です」
P「あの人、俺を見ても何も聞かなかったな」
晶葉「気を遣われたか、あるいは泳がされたか」
P「でも、あの人が知っているはずない」
泉「どういうことか、私たちには教えてくれるの?」
P「心当たり自体はあるんだ、俺はその人をよく知ってるから」
千枝「本当ですか!?」
泉「重要な手掛かりになる」
晶葉「いや、ならんな。確かに有力な情報ではあるが、それが本当なら最悪の展開だ」
P「分かるか」
晶葉「私を誰だと思っている」
千枝「どうして最悪なんですか?」
晶葉「プロデューサーがよく知っているという意味をよく考えればいい」
泉「……そういうこと」
千枝「もう! 千枝だけ分からないのは嫌です!」
晶葉「答え合わせだ」
P「名前だが、音無小鳥さんって人だ」
千枝「おとなしことり? あれ? その人って」
泉「765プロの事務員、としてしか私は知らない」
千枝「それじゃあ……」
晶葉「だから最悪なんだ」
P「音無小鳥が藤原肇が生んでいるのなら、俺が知っている音無小鳥は誰だ?」
晶葉「どうやら世界を渡る術を持っているのは私達だけじゃないようだな」
P「だが時間の問題がある、小鳥さんって20代なんだぞ?」
泉「世界を渡る際にずれたとか」
P「なら俺もずれてるってことか?」
晶葉「音無小鳥の例を見るに、恐らくプロデューサーの世界の方が進みが遅いのだろう」
泉「こっちで16年経っていても、プロデューサーの世界では数年程度?」
P「ちひろさんに聞いてみよう」
ちひろ「音無小鳥さん?」
P「ええ、間違えるはずがありません。確かに小鳥さんです」
ちひろ「アニメの絵しか分かりませんから何とも言えませんけど、プロデューサーさんが言うのであれば」
晶葉「そこで疑問なんだが」
ちひろ「私以外に世界を渡れるかどうかですか?」
晶葉「可能か不可能かでいい」
ちひろ「私の技術では不可能です」
P「その理由は?」
ちひろ「プロデューサーさんの世界の収束が、16年前は始まってすらいませんでしたから」
泉「確かに」
晶葉「収束は必要条件だったな」
ちひろ「常に波として動く世界を移動しようとするなら、どちらかの世界が停止していないと不可能です。
16年前ならこの世界も活発に動いてましたから、移動しようとしても……」
P「つまり俺の世界は関係ない、か」
ちひろ「ただ可能性はあります」
晶葉「私達の知らないどこかの世界が16年前に収束し、その間にこの音無小鳥はこちら側に入り込んできた」
ちひろ「晶葉ちゃんは本当に天才ね」
晶葉「この程度で褒められても嬉しくないな、しかも」
泉「事態が複雑化してる」
P「でもその小鳥さんってまた移動してるんだよな、それも今度は二人で」
泉「娘を置いて移動しなければいけない事情があったとか?」
晶葉「どんな事情があろうと最低だな」
泉「晶葉……」
ちひろ「私とは別系統の技術であることは間違いないと思います、生まれた世界が違うなら猶更」
P「ちひろさんの技術はこの世界由来のものとみて間違いないんですね」
ちひろ「一つ言ってしまうと、違います」
P「え」
晶葉「ここにも異世界出身者がいたか」
ちひろ「いえ、私自体はこの世界で生まれましたよ」
P「そして意味深な言い方を」
ちひろ「私と私は違いますから」
泉「ぶっ飛ばしていい?」
ちひろ「」
P「こらこら」
晶葉「泉はもう敵だと思った方がいい」
ちひろ「別に不利益になるようなことはしてませんから! でもそんな16年前のことなんて私にはさっぱりです!」
泉「本当でしょうね?」
ちひろ「本当です!」
P「まあ関係あるなら隠さないでしょうし、となるとやっぱりミリオンライブのプロデューサーかな」
晶葉「父親候補か?」
P「なーんで一人だけ戻ってきたのか、そして小鳥さんは何で765プロで事務員やってるのか」
晶葉「戻ってくるなら二人とも戻ってくればいいものを」
P「それができないから一人で戻ってきたのかもしれない、まあまたどっかの別世界からかもしれないが」
ちひろ「その可能性は低いと思います」
P「ちひろさんだって俺とは違う世界なんでしょう? なら可能性はある」
ちひろ「私は、ちょっと特殊なので」
泉「ここから飛び降りるのとプロデューサーの言うこと聞くのとどっちがいい?」
ちひろ「ひぃ!」
晶葉「やめておけ」
P「となると俺と肇のお父さん、同じ時期に同じ世界にいたって事か」
晶葉「見覚えはないのだろう?」
P「ない、小鳥さんには聞けないし。写真にお父さんは写ってないし」
晶葉「世界の残滓でも残っていればいいんだが」
P「でかい収穫はあったんだけどな」
千枝「大きすぎて扱いきれません」
泉「とにかくミリオンライブのプロデューサーにいかにぼろを出させるかね」
――
―
P「小鳥さんって、どうしてここで事務員しようなんて思ったんです?」
小鳥「え?」
P「いえ、何かもったいないなって」
小鳥「もったいないないだなんて、からかってます?」
P「からかってませんよ。俺のフォローもしてくれますし、アイドルへの気遣いもばっちり」
小鳥「娘みたいなものですから」
P「娘って、妹でもいいんですよ?」
小鳥「皆が少しずつ大きくなっていくのを見ていくのが楽しいんです、今の私はそれで充分なんです」
――
―
P「……小鳥さん、貴方がアイドル達を通して見ていたのは」
千枝「千枝の初仕事ですね」
P「ああ、週末に取れたのは一つだけだったけど」
千枝「どんな服が着られるのかなー」
P「普通のステージ衣装」
千枝「ステージに立つんですか?」
P「ただ立っているだけじゃない、簡単だけど振付がある。今日はその練習、本番は明日」
千枝「どんなステージなんだろう」
P「遊園地だってさ」
千枝「遊園地!?」
P「子供にとっては憧れなんだな」
千枝「どの遊園地ですか?」
P「マジカルランドってところ」
千枝「まじかるなんど?」
P「噂とか聞いてなかったか? オープン前だからそうでもないのかな」
千枝「オープン記念ですか?」
P「そういうこと、メンバーは現地で分かるから」
千枝「育ちゃんに会えるでしょうか?」
P「運がよければ会えるんじゃないか」
千枝「わー観覧車!」
P「外観はあんまり変わらないな」
千枝「千枝、来るの初めてです!」
P「富山って遊園地ないの?」
千枝「あるんですけど……」
P「連れて行ってもらえなかったとか?」
千枝「こんなに大きなのないんです」
P「ないのか……富山はこの世界でも富山なんだな」
千枝「でも、今日は来れましたから!」
P「バスで20分でこんなのがあるのか、本当に都会なんだなって改めて認識させられる」
千枝「レッスンは夕方までですよね?」
P「それからなら遊べるけど、どうする?」
千枝「いいんですか?」
P「次の日に差し支えない程度にな」
今日はここまで
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