一「透華、何を見てるの?」
国広一は紅茶を入れる手を止めて、現在の雇い主である少女に声をかけた。
彼女がこの屋敷に来てから数ヶ月、ようやく細々とした決まりごとも覚えてきたところだ。
声をかけられた先、金髪のお嬢様龍門渕透華は難しい顔でパソコンのモニターを眺めていた。
透華「優秀な打ち手が必要ですわ」
それは、ここしばらく何度か二人の間で話題に上がっていたことだ。
透華「いくら私(わたくし)が天才美少女雀士といえど、一試合でニ人分打つことは不可能。
高等部に上がって団体戦に出るにはあとニ人、普段から四人打ちでやる為に少なくともあと一人は
骨のある人材を早急に見つけたいところです。…いい加減三麻だけでは衣も飽きるでしょうしね」ボソッ
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1368442336
一(結局はそれだよねー。相変わらず衣に甘いなあ、まあ気持ちはわかるけど・・・)
透華「そこで!この掲示板ですわ!!」
ディスプレイに写し出されていたのはアルファベットの羅列、どうやら外国の掲示板のようだ。
一「英語…じゃないね。どこの国の言葉?」
透華「ドイツ、ハイヘルハイムの校内掲示板ですわ」
ハイヘルハイム・ギムナジウム。龍門渕の世界中にある全寮制姉妹校の一つ。
ドイツはヨーロッパ有数の麻雀先進国であり、中等教育の場でも日本以上に麻雀の学習・交流は盛んだ。
透華「どうやら近隣の学校と行った女子麻雀対抗戦の話をしているようです。でも、こちらを見てくださいな」 パチンッ
透華「ハギヨシっ!もう一度先ほどのページを」
ハギヨシ「はっ、透華お嬢様」シュタッ
どこからともなく現れた執事がポンとEnterキーを押すと、翻訳ツール
(龍門渕グループが開発した最新の翻訳エンジンにハギヨシが手を加えたもの)
に沿ってテキストが日本語に変換されていく。
一(本当、ここは何でもあるなあ…。)
内心肩をすくめながら、一はモニターを覗きこんだ
『対抗戦お疲れ様! 2位なら上々の結果じゃないでしょうか!
『でも、Junが出ていれば絶対勝ってたよね。
『彼、日本に帰ってたわけでもないんでしょ?
『ダメダメ、Junは「学校の名誉を賭けて〜」みたいなの面倒くさいみたい
『今ごろまたどこかで自称玄人をコテンパンにしてるんじゃないの(笑)
一「Jun・・・この人が透華の言っていた骨のある打ち手ってこと?でも彼って・・・」
ハギヨシ「なぜかこの掲示板では”彼”について一貫して男性代名詞が使われているのです。
しかし、ハイヘルハイムの生徒名簿を調べましたところ、確かにお嬢様たちと同学年、15歳の女生徒である、と。
本名はJun Inoueとなっております」
すいません、改行します
透華「それで?そのJunの実力の程はどうなっていますの!?」
ハギヨシ「公式戦への参加歴がなく、牌譜の類(たぐい)は見つけられませんでしたが、別の記録はありました。
これは先月ギーセン行政管区にて非公式で行われた室内ギャンブル競技大会の各種結果です。
当然大人も交えて、と申しますか参加者はほぼ全員大人の大会で、
高名な大学教授やプロのギャンブラーなども何名か参加していたようです」
それを受け取りしばし目を落としていた透華の身体が小刻みに震えている。頬もうっすらと赤くなっているようだ。
Poker:first prize-Jun Inoue
Darts:first prize-Jun Inoue
Billiards:first prize-Jun Inoue
Mahjong:first prize-Jun Inoue
そしてその顔に浮かぶのは・・・笑み!
透華「はじめ!行きますわよ!」
一「行く?行くってまさか・・・」
透華「ロンオブモチ!ドイツですわ!!」
〜一週間後〜
透華「着きましたわ!」
ギーセン・・・ドイツ中西部ヘッセン州に属する交通の要所。
近隣にドイツ経済・金融の中心フランクフルトを抱え、国内でも学生比率の特に多い大学都市である。
透華たちは、ホテルに着くやいなや街の中心部、マルクト広場にやってきていた。
一「うん、そうだね。まずはどこへ…って、ええー!?」
透華「Sie dort! Es gibt etwas, fur einen Moment nur zu horen?」
訳:『そこのあなた!少しばかり質問に答えていただけますかしら?』
一が視線を向けたときには、既に透華は道行く人へ流暢なドイツ語で手当たり次第に話しかけている。
驚いたことに透華は一がパスポートの発行手続きを終えるまでの1週間で
ドイツ語を日常会話レベルでは完全にマスターしてしまっていた。
それも朝から晩まで、寝る間さえ削っての猛レッスンで。
何もそこまでしなくても、一はハギヨシと呼ばれているあの万能執事さん
(今回も荷物持ち兼ボディーガードとして帯同している)に任せればいいんじゃないかと思うのだが・・・。
透華「相手が誰であろうと、その器を測るには目で見て直接話をするのが一番ですわ!
それが高貴なる者に課せられた義務というもの!わたくしと話せば、それはもう、
どんな情報でもペラペラペ〜ラのペラペーラでしてよ!!」
側に仕えるようになって分かったことだが、彼女は天才ではない。
いや、確かに才能はあるが、それだけではなかった。
彼女はそれ以上に努力の人なのだ。
その気になれば何でもしてもらえる環境にありながら、人に任せるのを良しとせず、
自分はおろか他人の面倒まで見ずにはいられない究極のオカン気質。
常人の数倍の理解力と記憶力、数十倍の集中力と根気、
そして何より数百倍の見栄っ張りさが彼女の原動力となっているのだ。
一(まあボクもあの強引さに救われたようなものだけどね…)
一「透華ー、ボクも手伝うよー!まずは学校に行ってみないー?」
____
——8時間後
ギムナジウムを訪ね、寮で空振りし、市庁舎に乗り込み、
もう一度戻った広場では騒ぎを大きくしすぎて危うく警察沙汰になるところだった。
一は大人しく寮で待ってみればという意見も出してみたが、
生来気が短い透華には、その場で状況が動くのをただ待つという発想はないらしい。
向かった学園の生徒・教師陣、街のVIPから、どう見てもただの観光客まで手当たり次第に
声をかけた結果、すっかり日も暮れようという頃、夜によく顔を出すという噂を頼りに辿り着いたのは
街区の奥まった場所に佇む古いバーだった。
透華「ぜい、ぜい・・・。ここにっ、Junがおりますのね!」
一「いや、まだそうと決まったわけじゃ・・・」
透華「いーえ!ここまで来たのです、絶対いるに決まっちゃってますわ!」
バターン!
カランカラン
樫製の扉を開けると、雑多な喧騒が二人を包む。
いかにも地方の居酒屋といった風だが、ざっと見たところ日本人の姿はない。
ひとまず、マスターにでも話を聞いてみようかと考えた矢先、にこやかに近づいてくる茶髪と黒髪の二人組がいた。
茶髪『あんたらジュンに何か用かい?』
透華『ええ、そうですわ。あなた方、どうしてそのことを?』
茶髪『いや、表でジュンの名前を口にしているのが聞こえたものでね』
黒髪『俺たちは、あいつの博打仲間でね。ちょいとカードに付き合ってくれたら、色々教えてあげてもいい。どうだい?』
そういって胸元のポケットから真新しいトランプデッキを取り出す。
一(・・・。この人たちの指は・・・)
透華『いいでしょう!七並べの女王と呼ばれたわたくしの力、見せて差し上げますわ!』
張り切る透華の前にスっと一が立った
一「えっと、透華、この勝負ボクがやってもいいかな?」
透華「あら、大丈夫ですかしら。この方たち、なかなか手慣れてそうですわよ。危ないと思ったら、すぐさまわたくしを御呼びなさいな」
一「うん、ありがとう。頑張るよ」
--------------------------------------------------------------------------------
-----------------------------------20分後
一「チェック。わー、これで5連続のファイブカインドだよ。今日はついてるなー」
チップを吐き出し、先刻の余裕はどこへやら。自分たちの仕掛けが不発に次ぐ不発で、
すっかり混乱した様子の男たちの顔にはおびえさえ浮いている
一(ボトム・ディールかあ、お父さんに教わって出来るようになったのは
確か6歳くらいだったっけ。・・・ちょっと懐かしいな。まあ鎖がある状態でのこんな
単純なパームも見破れないようじゃ、まだまだだけどね)
透華「オーッホッホッホッ!はじめはやればデキる子、やればデキる子ですわ!」
一「ボクの前で”手品”を披露するのは10年遅かったですね。じゃあJunについて
知っていることを洗いざらい教えていただけますか?」
茶髪&黒髪「「○▲□●・・・!」」
一には聞き取れない捨て台詞を残した二人組はその場を後ずさり
ぱっと振り向きざま、出口に向かって猛スピードで・・・コケた。
???『なんだよお前ら、また来てたのか?・・・懲りねえ奴らだなあ』
長い脚を伸ばして二人を転ばせた人物は、二人を引きずりながらそのままこちらへ歩いてくる。
スラリとした長身に、ツンツンに立てた髪と、涼しげな印象を抱かせる端正な顔立ち、
右手と口一杯にドイツ名物のカレーヴルストを確保しているのは気になるが、かなりの美男子だった。
???『迷惑かけたなアンタら。こいつらこの辺りの店で一見の客を見つけてはケチなイカサマで
金を巻き上げようとするチンピラだ。先月シメたと思ったんだが・・・もう戻ってきてやがったか。
今度はちょっとやそっとじゃ忘れないよう、深い思い出作ってやんなきゃな』
オッサンA『ジュン、手加減してやれよ 。可愛らしいお嬢ちゃんたちにゃあ、ちょっとばかりきつい光景だろうしよ』
???『おいおい、だからオレも女だっての』
オッサンB『ちげえねえ、ただし”可愛い”の代わりに”凛々しい” がつくけどな。ハッハッハッ!』
(ジュン?今ジュンって言ったの!?)
???『ん?お前ら日本人か?』クルッ
改めてこちらを向いたその胸部には、意外にもしっかりとした膨らみが・・・
一「キミ、ひょっとしてキミの名前は・・・?」
一が思わず日本語で尋ねると、同じく滑らかな日本語が返ってきた。
「純、井上純」
オレが望んでいたのは変化だった。
そこそこ経済的に余裕のある家庭に生まれ、周りの親戚はいわゆる難関大学の受験から
大手企業への就職と皆進んでいく。オレもそんな風に育てられたし、特に疑問に思うでもなかった。
商社勤めの親父の都合でドイツに来てからも、それは変わらなかった。
地元では有名な全寮制のギムナジウムに入り、気のいい学友たちと勉学に励む。
別に不満があったわけじゃない、むしろ自分は恵まれているんだろうなとも思う。
だが平穏で、どこか単調な日々に刺激を求めて大人たちの溜まり場に顔を出すようになった。
知り合いは色々と増えたが、おかげで最近は親との仲が疎遠になるばかりだ。
3日前、久しぶりに実家に帰省したときもそうだった。
------------------------------------------------------
純ママ「純、また連盟から招待状が来ていたわよ。今度の州選抜に是非って」
純「あー、適当に無視しといてよ。学生同士の堅苦しいノリは苦手だ」
純パパ「まだ怪しげな盛り場に出入りしているのか?」
新聞をしかめっ面で読んでいた親父が口を挟んでくる。
純「別に非合法な場所に顔を出してるわけじゃないさ。それに学校の課題もちゃんとこなしてる」
純パパ「余計なことに割く労力を学業に費やせば、もっと効率的に己を高められると言っているんだ」
純「やれやれ、親父は何かといっちゃそれだ。そんなに出世の上手い奴が偉いのかねえ」
純パパ「自らの努力の結果、周囲から認められ金銭を得て生活に潤いをもたらすのは良いことだ。
それとも死んだジイさんみたいな人生を送るつもりか?」
純「ああ、確かに毎日上司のご機嫌を気にして、
昨日のフースバルの試合がどうとかって人生よりは楽しそうだよな」
純ママ「純っ!」
純「・・・怪しげな盛り場で、人相の悪い奴らと遊んでくるわ。
せいぜい親の会社に迷惑かけないように気をつけるよ」
-------------------------------------------------------
純「・・・ちっ、しくった・・・。」
つい売り言葉に買い言葉で言い返してしまったが、父親の言い分の正しさも理解はしている。
ただ自分には、そんな生き方は難しいだろうなと思うだけだ。3日前の口論を思い出し、
いまいち出口の見えないモヤモヤした気持ちを抱えながら、バーにやって来ていた。
以前は日本人の小娘がこんなところにいるのを珍しがり勝負を吹っ掛けてくる奴もいたが、
ポーカー・ダーツ・ビリヤード・それに麻雀、どれもそのうち負けなくなった。
それは純の持つ”少し特別な力“もあるが、それ以前にここには自分と全てを
賭けて勝負をするような気迫の奴がいなかったからだ。
そう、これまでは・・・
透華「龍門渕透華といいます!あなたを勧誘しにきましたわ!!」
ドイツでもここまでは珍しい輝くような金髪を揺らし、満面の笑みで仁王立ちするこの女。
まるでそれ自体が発光体かのように、エネルギーに満ちている。
純「・・・二度も言わなくても聞こえてるよ。
勧誘とか言ってたが・・・で?オレにどうして欲しいって?」
透華「あなたには日本に来て我が龍門渕の中等部に転入し、
そこでわたくしたちと麻雀を打ってもらいます!」
いきなり何を言い出すんだ、この女は。全く意味がわからない。
純「初対面の相手にそんなことを言われて、ハイそーですかと答える奴がいたら会ってみたいね」
透華「賭けをしましょう。麻雀勝負でわたくしが勝ったら、あなたには明日の今ごろ機上の人になっていただきます」
純「で、もしオレが勝ったなら?」
透華「あなたの言うことを何でも聞いて差し上げますわ」
純「何でもってのは、具体的に何をしてくれるんだ?」
透華「龍門渕グループと、わたくし自身にできる事の全て」
純「・・・・・」
透華「カバン持ちでも裁縫でも迷子探しでもなんでもござれですわ。
校門の前にあなたの銅像を建ててさし上げてもよろしくってよ!」
純(本気か?さっきの話、それで一体この女になんのメリットがある?)
しかし数々の勝負で培った観察眼を持ってしても、冗談や駆け引きで言っているようには見えない。
その顔に有るのは負けることなど微塵も考えていない純度100%の自信と、
自分以外の誰かのために全力を尽くすという真摯さだけだった。
純「あー…っと、一応オレもギムナジウムの生徒でさ。規則が厳しいことで有名な学校なんだが・・・」
透華「それなら心配ナッシング!先ほど学舎と市庁舎に寄ったついでに話は通して来ましたわ!
既に編入手続きの書類は揃えてあります。あとはご両親の承諾とあなたのサインがあれば、
それでチョチョイのパッパと完全完了ですわ!」
バン!とテーブルにいくつかにまとめられた書類の束を放り出す。
そこには理事長やら校長やら寮長やら市議会長やら、お偉いさんの名前が1ダースほど揃っていた。
純(・・・この女、マジでヤバい・・・)
こんな冷や汗をかくのはいつ以来だろうか。
しかしこの緊張感も久しく感じていなかったものだった。
純「あー、分かったよ。どうも承諾しねーと帰って寝ることも出来なそうだ。
で?アンタと俺の差しウマ勝負でいいんだな?」
透華「ええ、ちょうどあちらのテーブルが卓割れして似たようなモブ顔が二人残っています。
シンプルに半荘勝負で得点の多かった方の勝ち、でどうですかしら?」
純「ああ、それでいい。悪いな、アンタらオレ達と一勝負付き合ってくれ」
座っていた二人に事情を掻い摘んで説明し、全自動卓の賽を回しながら聞いてみる。
純「なあ、日本にはお前みたいな奴が多いのか?」
透華「何を言っちゃってますの!わたくしはオンリー・ワンにしてスペシャル・ワン!龍門渕透華ですわ!!」
純「はっ、だろうな」思わず苦笑する。
純(オレが望んでいた変化。
それを持ってきたのが、まさか日本から来た妙な金持ちのお嬢ちゃんとはねえ・・・)
純「じゃあ、やろうか」
東:モブA(25000) 南:透華(25000) 西:純(25000) 北:モブB(25000)
ルール:東南戦 アリアリ・赤3・ウマオカ無・ダブロン,トリロン無
東1局 15巡目
透華「ツモ!タンヤオ・ドラ1・赤1 700・1300!」パラララ
純(フーン・・・)
東2局 親:透華
モブA:23700 透華:27700 純:24300 モブB:24300
モブA「テンパイ」透華「テンパイですわ」モブB「ノーテンです」純「・・ノーテンだ」
東2局1本場
モブA:25200 透華:29200 純:22800 モブB:22800
純「おまえ、麻雀はじめたのはいつ頃だ?」
透華「・・・? 今年の春からですが、それがどうかしまして?」
純(なるほどな。東1では手の進みが遅いと見るや平和三色から喰いタンに移行・・・
東2じゃ、上家のテンパイ気配を感じてニ副露からの回し打ち。教科書通りの綺麗な打ち方だ)
純(親番維持の期待値と、他家への振込の危険性もきっちり考慮に入れてある。
まだ甘いところもあるみたいだが、実際に卓をかこんで場数をこなせば
近い将来相当な打ち手になるだろう。けどな!)
伸ばしていた脚を交差させ、甲を腿の上に置く。
_仏教における座法の一つ「結跏趺坐」
純は集中するとき、自然とこの形になる。
純「ポン!」タンッ
純(荒れ場の経験が浅いデジタルなんて、オレにとっちゃ絶好の的だぜ!)
タンッ
純「それだ、お嬢ちゃん。ロン。一通・ドラ1・赤1 2600は2900」パラララ
一(オタ風の西ポンのあと手出しの西切り?メンホンも見えた手で、この人は何をやっているの?)
純(いつも以上に流れがよく見える。ジイちゃん、今日のオレは絶好調みたいだぜ・・・)
------------------------------------------------------------------
祖父は僧侶だった。
元は国交省の官僚だったのが、出向先で寺院の住職と意気投合、土地に住み着き
最終的にその寺を継いでしまった。5年前に他界した大酒飲みでギャンブル狂いの生臭坊主。
井上家の変わり者としてお堅い職揃いの親戚一同からは奇異の目で見られていたが、
純はこの破天荒な祖父が好きだった。よく寺に遊びに行っては花札や麻雀を教わったものだ。
純ジイ「純、勝負ごとには流れってえもんがあるんだ。流れを見極められるようになれ、
おめえにはその才がある。 もし流れが悪いなら、相手に押し付けろ。
反対に相手の流れが良さそうなら無理やりこっちに引き寄せちまえばいいんだ。
それが出来るようになったら・・・」
ショタ純「出来るようになったら・・・?」
純ジイ「どんな勝負であれ、おめえに勝てる奴はそうそういねえだろうよ」
---------------------------------------------------------------
東3局 親:純
モブA:25200 透華:26300 純:25700 モブB:22800
純「チー!」タンッ
一(今度は平和も一盃口も捨てての両面鳴き!意図的に荒れ場を作り出してるの!?)
純「ツモだ。タンヤオ・ドラ3。3900オール」パラ
一(まただ、本来透華のツモだったドラ牌を連続して引き入れての和了。
凄い・・・。昔ボクが自ら閉ざしてしまった世界。
あれから先の世界にはこんな人達がいるんだ。僕もこの人達と本気で麻雀を打てたら…)
シャラッ
彼女たちの打牌に反応して動いた腕が鳴らした
鎖の音に、一自身は気づいていない・・・。
東3局1本場 ロン 6100 和了:純 放銃:モブB
東3局2本場 ツモ 1600・2900 和了:モブB
東4局 ロン 5200 和了:純 放銃:透華
南1局 親:モブA
モブA:19700 透華:15600 純:45800 モブB:18900
透華(きいーっ!ちーっっともあがれませんわ!
井・上・純〜〜!妙な鳴きばかりしくさりますわね!
こんなことでは、こんなことでは衣を抱えられませんわ!!)
透華が麻雀を始めた理由、それはとりもなおさず自分がまず衣の遊び相手になることだった。
——
____
透華「・・・わたくし、透華といいます。あなたの従姉妹ですわ」
初めて衣と会った時のことを思い出す。
世の中の全てに興味をなくした目、保護された先からも怖れられ
半ば軟禁されるように与えられた一室が、その頃の彼女の世界の全てだった。
あのとき自分は決めたのだ、この子の支えになると。
自分は、衣がいる場所へ行かねばならない。今のままではまだ遠い
強くならなければ、その為にここで負けていては・・・
・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・
・・・・ ・・・・
・・・・ ・・・・
・・・・ ・・・・
・・・・
・・・・
・・
純「ツモ。1600・3200だ」
南2局 親:透華
モブA:16500 透華:14000 純:52200 モブB:17300
透華「・・・」
純(まあ、こんなとこか。すっかり大人しくなっちまったな)
透華「・・・」
純(しっかし極端な奴だな。いくら凹まされたとはいえ、あれだけ喧しかったのが
さっきから余計な戯言どころか、ポンやリーチの発声さえも・・・。)
純(・・・?いや、ちょっと待て。そういえば、他家もオレもいつから発声していない?
鳴く必要が無かったからと言えばそれまでだが、よくよく思い出してみれば、
ここ数局鳴ける機会自体が無かった。他の奴ならいざ知らず、オレがいる卓で
ここまで場が静かだったことが今までに一度でもあったか・・・?)
ゾワッ
純(何かとんでもないものが出てきたような悪寒!なんだ?何が起こっている!?)タン
透華「・・・ロン。・・・ピンフ・ドラ1・・・2000・・・・」
純「・・・っ!・・・はいよ・・・・」チャラッ
南2局1本場
モブA:16500 透華:16000 純:50200 モブB:17300
透華「・・・ツモ。・・・タンヤオ・赤1・・・1400オール」
純(・・・駄目だっ、何も出来ねえ。流れが消えた?
いや、消えたんじゃない。 まるで河の堰に押し留められたかのように
穏やかに揺蕩う、そんな静謐な感覚。 ・・・こんなのは初めてだ)
南2局2本場
モブA:15100 透華:20200 純:48800 モブB:15900
透華「・・・ロン。・・・チャンタ・・・3500・・・」
一もまた戦慄していた。いつもの透華とはまるで違う、
ドライアイスのような冷たさ。周囲が身動きすることすら拒むような
この感覚はまるで、まるであの月夜のような・・・
一「透華、キミは一体…」
南2局3本場
モブA:15100 透華:23700 純:45300 モブB:15900
12巡目
純(・・・和了れる気もズラせる気も、まるでしねえ。一体どうなってんだ・・・)
タンッ
純(・・・!しまっ…!)
不用意に切った牌に対して透華が、またも手牌を倒そうとする
透華「ロ…
モブA 『ロン。発のみ。1000は1900。頭ハネです』パラ
純(あ、危なかったぜ…。けど何はともあれ、これでひとまず親の連荘は終わり。
残り2局、逃げ切らせてもらう!)
南3局 親:純
モブA:17000 透華:23700 純:43400 モブB:15900
透華はハッと気がついて卓上を見ていた。なんだか随分と局が進んでいる。
点棒も増えているようだ。
透華(寝落ち?寝落ちですの!?冗談じゃありませんわ、徹夜の3日や4日や5日で意識が飛ぶとは、
わたくしもまだまだですわね。真正面から相手の器を測り、その器ごと受け入れるのが高貴なるアイドルの務め!
それが「よく覚えていませんでした」では、それこそ衣の家族は務まりません!)
そうだ、この程度でつまづいていては、とてもあの子の闇は抱えられない。
透華(あるいは今打っているこの相手が、共に闇を水面(みなも)から掬い取る
漠逆の友となるか、ですわね・・・。井上純!あなたの器見せていただきますわよ!)
透華「リーチですわ!」ピシィッ
純「っ‥ポンだ!」タン
純(ようやく一つ鳴けた。・・・だが、これは‥)
透華(一発を消されたくらいHEAD-CHA-LAですわ!わたくし実は、とっても執念深いんですのよ!)
純(ズラしても、後から後から吹き出てくる怒涛のような流れ。・・・なんなんだ、こいつは!)
2巡後
透華(いらっしゃいまし!)カッ
透華「リーチ・ツモ・混一色・・・裏2!3000・6000いただきですわ!」パラララッ
透華「さあ!オーラスでしてよ!」
オーラス 親:モブB
モブA:14000 透華:35700 純:37400 モブB:12900
純(ジイちゃん、こいつはビックリだぜ。オレの鳴きがまるで通じねーよ・・・)
____
——
純ジイ「そりゃあ!コイコイ!」パシ-ッ
ショタ純「あめしこう!」ペイッ
純ジイ「チキショー、またジジイの負けだ。ホレ、檀家からの高級饅頭食えっ!」
ショタ純「エヘヘ。ジイちゃんは弱いなー。今度オレが教えてあげるよっ」
純ジイ「・・・純、・・・純。おめえには流れを読む才がある。そいつはおめえの宝モンだ。
でもな、これだけは覚えとけ。世の中にはどうにも変えられないような、
とんでもねえ流れを作り出す奴が稀にいるのよ」
ショタ純「えーっ、それじゃ負けちゃうよ!そんなときは、どうすればいいの?」
純ジイ「そうさなあ・・・そんなときはいっそのこと、
その流れに乗せられちまうのも手かもしれねえな・・・」
——
____
純(そうだな、こんなときは・・・)
純(そいつの作った流れに乗ってみようかっ!)
純「ポン!」タンッ
透華「ポン!」タンッ
鳴きを入れても奴は止まらず、むしろ勢いはますます加速していく。
だが俺の流れも止まらない。
純「チー!」タンッ
透華「ポンですわ!」タンッ
牌を晒すたびに、どんどん自分が軽くなっていく感覚。
自分の中にあったゴミみたいなこだわりが、消し飛んでいく。
気づけばオレも奴も手元にあるのは一牌だけになっていた。
裸単騎。オレの待ちは、東。そして恐らく奴の待ちも・・・
…パタ…
3巡後、卓上に現れた東と同時に静かに奴の牌が倒された。
透華「…ツモ。中・トイトイ・三色同刻 2000・4000!ですわ!」
モブC『お疲れさん、噂の彼はどうだったよ?』
モブA『あー、もうっ!ほんっと、疲れた!!
和了りも振込みもゼロの半荘干渉せずってなら楽勝だけどさ、
サシ勝負に影響しないような適度な打ち回しって結構神経使うんだから!』
モブB『それも意図的に場を荒らす人がいるんだから大変だよー。今度はニーマンが打つ役やってよねー』
モブC/ニーマン『だって、アタシ日本語わからねーし。お前らの方が適任だって』
モブA/ブルーメンタール姉『あいつはずっとドイツに住んでるってーの!』
モブB/ブルーメンタール妹『でも噂通りなかなか面白い打ち方の人だったねー』
ブル姉『まあね。スタイルもそうだけど、あのタフさはちょっとばかり面倒そうだったわ。
選抜戦でうちの州とやるなら、マークすべき相手だったと思うけどさ。あいつ、この国出ちゃうみたいよ』
ブル妹『本番でお手合わせしてみたかったけどねー。それに気になる人がもう一人いたしー・・・』
ブル姉『あの金髪ジャパニーズ、よく分かんなかったわね。妙に素人くさいと
思ったら急に隙なくなったり、バカみたいにツキまくったりさ』
ブル妹『でもお姉ちゃん、途中でちょっと本気になったでしょー。
あの頭ハネ、ホントは直撃したかったんじゃないー?』
ブル姉『るっさい!どの程度やれるのか、ちょっと見てみただけよっ!まあまあだったわねっ』プイツ
ニーマン『まあ麻雀やって勝ち続ければそのうち当たることもあるだろうよ』
ブル姉『・・・そうね、そのときは改めて叩きのめしてあげるわよ。
どちらにしろ、誰が相手だろうと、私たちブルーメンタール姉妹に・・・敵はないわっ!』
ブル妹『ないわー』
-翌日-フランクフルト空港
透華「オーッホッホッホ!待っていなさい衣!あなたの遊び相手、もうすぐ連れていきますわよ!」
純「だから誰だよ、衣って… 」
スーツケースの山の前で高笑いする透華を遠目に純はボヤいた。
純「あいつ、たった数日の滞在にあれだけの荷物を持ってきてたのか・・・」
まったくもってワケの分からないお嬢様だ。
対する自分は、足元に置いてある小さな手さげバッグ1つ。
これから住む国を変えようとする人間の荷物とは別の意味で思えない。
純(まあ、これでいいさ。 )
純「まさか、こんな形で日本に戻るとはなあ」
勝負が決まるやいなや、出国・転出・転入と、透華はあっという間に手続きを済ませていた。
実家に戻った純が荷造りがてら母親に「日本に行くことになった」と
簡素極まる報告をしたのが今朝の話だ。
母さんは半ば呆れて声も出ない感じだったが、今夜辺り出張から帰ってきた親父と
馬鹿娘の処遇について話し合うのかもしれない。
だがもう純は考えを変えるつもりは無かった。
久方ぶりの母国へ、まだ見ぬ世界へ、そこで自分は何を見つけるのだろうか・・・。
一「寂しい?」
物思いに耽っていると声をかけられ、近づいてくる人影に顔を上げる。
純「いいや、別にそんなことはねーぜ。学園裏のブルストが食えなくなるのは、ちっと惜しいけどな」
一「ハハ、まあ日本にも美味しい食べ物はあるし、退屈はしないと思うよ。色々な意味で・・・」
一「でも楽しいんじゃないかな。ううん、きっとそうなるよ。
改めてよろしくね、井上純くん。ボクたちは家族になるんだ」
純(家族‥血や家柄とは違う絆でつながった、もう一つの家族、か・・・。)
純「ああ、これからよろしくな。国広くん」
握手を返し、バッグを肩に担いで入場ゲートに歩いて行く。
純(これでしばらくはこの国も見納めか)
搭乗ゲートの前、何となく振り向いた視線の先、だがそこに立っていたのは・・・
純「親父・・・」
どうも出国時間のアタリをつけて待っていたらしい、父の姿がそこにあった。
純パパ「帰りの便がちょうど近かったのでな」
妙に言い訳がましく一度咳払いをしてから父は続ける
純パパ「純、お前が決めたお前の人生だ、好きにするがいい。私はここで私の務めを果たすだけだ、
そこにはお前の父という務めも入っているがな。お母さんにも言っておく。
気丈に振舞っていてもあれは心配症だから、たまには顔を見せに帰ってきてやれ」
純パパ「・・・それと、日本に行ったら爺さんの墓参りを忘れるなよ。
お前に似て大食らいだったから、お供えの饅頭は多めに持っていけ」
純「・・・ああ、世界チャンピオンになって帰ってくるわ」
ニッと笑い片手を上げながら幾分軽くなったように思えるバッグを担いでゲートをくぐる。
今度は振り返らなかった。
頃はクリスマス、新生龍門渕高校麻雀部が長野県予選において
衝撃的なデビューを果たすのは、これから半年後のことである。
おわり
SS書くの初めてだったので、形式が変だったところ有るかもしれず。
何かありましたらご指摘ください。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。m(_ _)m
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