【モバマス】一目惚れしたおねえさんがアイドルになった (18)


少し大きめのショルダーバッグを肩にかけ、僕は近所の川に来ていた。

河川敷の斜面一面の若葉色に腰をを下ろし、ショルダーバッグからスケッチブックとペンケースを取り出す。

僕は勉強に行き詰まってどうしようもなくなるとここに来て、無心に風景をスケッチするのが習慣だった。

そう、過去形だ。ここ最近は毎日ここに来ているのにスケッチブックに風景画が増えたことは一度もない。

じゃあなんで僕がこんな所に座ってスケッチブックを開いているか。その理由は僕の視線の先にある。


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僕の居る位置から少し斜め下側に座っている緑色のジャージを着たおねえさん、彼女が僕がここに来る理由だ。

ウェーブのかかった淡いブラウンの髪のおねえさんは、スケッチブックに向かって鉛筆を動かしている。少し見える可愛らしい横顔からは、真剣な表情が垣間見える。

ここまで読んで気付いた人も居るかもしれないが、僕はおねえさんの事が好きだ。

僕がおねえさんと出会ったのは一ヶ月ほど前、新しいスケッチブックを買いに文房具屋へ行った時の事だった。

インクや紙の束を抱えてレジに向かうおねえさんと僕はすれ違った。それだけ。たったそれだけの出会いとも言えないようなものだけで、僕はおねえさんに一目惚れをしてしまった。


次におねえさんと出会ったのはここ。ちょうど二週間前、スケッチブックの最後のページいっぱいに風景を書き写した僕は見覚えのある姿を目にした。

そう、彼女だ。もちろん偶然なんだってのは分かってるけど、その時の僕は完全に「これは運命だ」なんて舞い上がっていた。

声をかければよかったんだろうけど、僕にそんな勇気は無かった。もし声をかける事が出来たとしても、すぐに話題が尽きてしまっていただろう。

それからというものの、僕は毎日ここに来ている。どこからどう見てもストーカーだろう。ちなみにこの二週間で三回会えた。声はかけてないけど。

そして今日。これが四回目。スケッチブックの四ページ目に鉛筆を走らせる。おねえさんの後ろ姿が白紙の上に形作られていく。


一時間ほど経った後。ずっと同じ体勢でいたせいで固まってしまった体を伸ばす。

「あっ」

転がっていく消しゴムを拾うために立ち上がる。痺れていた足が言うことを聞かず、もつれてしまう。

「うおおっ!?」

ゴロゴロと斜面を転がり落ちる。痛い。服に付いた土と草を払いながら立ち上がろうとする。

「あのー…… 大丈夫っスか?」

聞き慣れない女性の声。思わず顔を上げる。

おねえさんがそこに居た。眼鏡越しの瞳が心配そうに僕を見つめている。


「ああ、はい、大丈夫、です」

しどろもどろになりながら立ち上がる。変に思われなかっただろうか。

「葉っぱ。付いてまスよ」

くすくすと笑いながらおねえさんは僕の頭に付いた草をつまみ上げてくれた。

「えっと、ありがとうございます。……あの」

「何スか?」

僕はおねえさんが小脇に抱えているスケッチブックを指差して言う。

「あなたも絵、描くんですか?」


「へ? あぁ、まあ…… 息抜き程度に、っスけど」

おねえさんは照れたように頭を掻いた。可愛い。

「それじゃあ僕と同じですね。僕は勉強に行き詰まったらここに来て絵を描いてるんですよ」

あなたに会うためにここに来ているんです、なんて台詞は口が裂けても言える訳がない。

「そうなんスか? アタシもネーム…… じゃなくて、作業が上手くいかない時の気晴らしに、っスね」

ネーム。漫画を描いてるんだろうか。読んでみたいけど、いきなり読ませてくれってのは失礼かな。

「最近はあんまり勉強に身が入らなくって毎日来てるんですよね。そろそろテストなのに」

これは本当。毎日おねえさんに会えるかどうかが気になって勉強どころじゃなかった。


「奇遇っスね。アタシもそんな感じっス」

やれやれ、といった感じでおねえさんは首を横に振る。ウェーブのかかった髪がふわふわとそれに合わせて揺れる。

「何か悩んでる事があるなら聞きますよ」

話を途切れさせたくなかったから、思わずそんな言葉を口にしてしまう。

おねえさんは口元に片手を当て、難しそうな顔をする。いきなり見ず知らずの他人にそんな事を言われても、困るよなぁ。

「うーん…… いや、でも……」

数秒考え込んでからおねえさんは、勢いよく思い切ったような顔を僕に向ける。

「じゃあ…… ちょっとだけ、聞いてほしいっス」


「今、なんというか…… スカウト、って言うんスかね? この前されたんスよ。それで……」

やっぱり趣味の領域から漫画家という仕事の領域に変わるのは不安な物なんだろうか。

「僕は応援しますよ。もしデビューしたら、ずっとずっと応援し続けます!」

「へ!? あ、いや、あの……」

「あっ!? す、すみません!」

思わず握りしめていたおねえさんの手を離す。

「…………ありがとうございます。ちょっと、チャレンジしてみまス」

伏し目がちに僕を見つめながら、おねえさんはそう言った。

「えっと、なんというか…… 僕は、あなたのファンですから!」

スケッチブックと筆記用具を拾い上げて、逃げるように僕はその場を後にした。

家に帰ってから名前を聞くのを忘れていた事に気付いた。まあ、今度会った時に聞けばいいや。


数ヶ月後。結論から言うと、それ以来おねえさんと会う事は無かった。

毎日あの川には行ってみてはいたけど、ここ最近はもうおねえさんはここに来ないんだろうな、と思うようになってきている。

もしかしたら今日は。そんな想いに縋って今日も僕は川に行っていた。

空が暗くなってきたのを確認して、僕は家に向かう。

『今日のゲストは先日デビューしたアイドルグループ、ブルーナポレオンの皆さんです!』

家電量販店のテレビがバラエティ番組を放送している。

『はじめまして。ブルーナポレオンの――』


聞き覚えのある声に顔を上げ、画面に見入る。

自己紹介を終えたアイドルたちは「アイドルになったきっかけは?」という質問に一人一人答えている。

『スカウトされた時、最初はちょっと悩んでて。でもそんな時に応援してくれる、って言ってくれた人がいて』

眼鏡を外しているけど間違いない。たった数回会っただけだけど見間違えるなんてことは絶対にない。

『その人がアタシ…… いや、私の初めてのファンなんでス』

その日。初めて好きなアイドルができた。

これにて終了です。比奈ちゃんお誕生日おめでとう!

画像ありがとうございますー

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