「律子のグルメ」 (21)


「ふ~、今日も疲れたわね~。事務員が小鳥さん一人なのも問題だけど

 プロデューサーが一人なのも考えものよね」

オフィスチェアの背もたれに体を預け大きく伸びをする。
年季の入った椅子が軋んだ音を立てた。

時刻は夜の8時。
昼食を食べて以降コーヒー以外口にしていないので流石に胃が空腹を訴えている。


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「お腹も空いたし、今日はこの辺にしときましょう」

仕事に区切りをつけて帰り支度を整え、誰もいなくなった事務所に鍵をかける。
ドアノブを捻り、ちゃんと鍵がかかった事を確認するとその場を後にした。
階段を下る、外に出ると一階のたるき亭は赤提灯が灯っていた

「……何か入れていきますか」

空腹に抗えず暖簾をくぐり引き戸を開ける。
軽快な音を立てて扉が開く。


「いらっしゃ~い」

「こんばんわ」

長い事765プロに居るとたるき亭には何度も足を運ぶ。
社長も小鳥さんも、もちろん私も。
従業員の小川さんとはもはや顔なじみだ。

席に着いてメニューに目を走らせる、大体食べた事のあるメニューなので味の想像をしながら考える。
私は今何腹なんだろうか?
自分のお腹と相談する。


昼は定食屋なのだが、夜になるとお酒も出るお店なのでメニューには酒の肴が多い。
とはいえ普通の食事もある。

「すいませ~ん」

「は~い」

平日の夜なのに客足は良く、店内は賑わっていて小川さんは忙しなく動いていたが呼びかけにすぐに応える辺りは流石と言うべきか。

「何にしましょう?」

「肉野菜炒め定食一つと揚げ出し豆腐ください」

「肉野菜と揚げ出しですね~。ありがとうございます」


オーダーを受けると足早に厨房へ消えていく小川さんを見送る。
店内にたちこめる様々な食事の匂いが、空腹感をより一層煽ってきて早く食事にありつきたくて逸る心を鎮める。
焦らない焦らない、私はお腹が空いているだけなの。

そんな私の心を知ってか知らずか、まずお通しが運ばれてきた。
大根サラダね。

「いただきます」


細く切った大根とマヨネーズを和え、上には鰹節が乗っている。
醤油をかけて食べようと思ったが、ふと目に止まったポン酢を試してみることに。
容器から適度にポン酢を垂らし、軽く混ぜてから口に運ぶ。
シャキシャキとした大根の歯ごたえにマヨネーズの濃い旨みとポン酢のすっきりとした酸味が混じり
なおかつ鰹節の風味が口の中で調和して、えも言われぬ味わいを生み出している。

「あ、これ美味しい……」

最初の一口で箸が止まり思わず感想が口から漏れ出てしまった。
止まった箸を再び動かして大根を口に運んでいく。


シンプルな食材のシンプルな味わいに舌鼓を打っていると本日のメイン、肉野菜炒めが運ばれてきた。

「お待たせしました~」

「ありがとうございます」

お盆に乗せられた定食は、ご飯と野菜炒め、味噌汁におしんこまでついている。
ご飯はおかわりできるので若い男性客にはありがたいのではないだろうか。


それまで私の心を捉えていた大根から一気に興味の対象が定食に移る。
ほかほかの白いご飯のよそわれた茶碗を持ち上げて、キャベツ、人参、玉ねぎ、お肉がたっぷり盛られた野菜炒めに箸を付ける。

「はふっ…はふっ……んっく……ほぁ~、美味しい」

野菜にはしっかりと歯ごたえがあり、お肉は柔らかい。
中華風に味付けされた野菜炒めがご飯によく合う。


一心不乱にご飯と野菜炒めの間を箸が往復する。
合間合間に味噌汁やおしんこで口の中をさっぱりリセットさせてからまた頬張る。
あっという間に白いご飯が無くなってしまった。
お代わりしようか迷っていると揚げ出し豆腐が運ばれてきた。

そういえば頼んでいたっけ……。

おかわりを諦めて揚げ出し豆腐をいただく。
黄金色の衣をつけた豆腐には弾力があった。
箸で割ると中から湯気が立ち上り、メガネのレンズを曇らせた。


少しとろみのある出汁を絡めて、付け合せの大根おろしと一緒に口に運ぶ。

「そういえばお通しと大根おろしとおしんこで大根が被っちゃったわね……」

弾力のある豆腐を噛むと、衣が吸った出汁がじゅわっと口の中に広がった。

「あむっ……うんうん……美味しい」

家庭的で優しい、そんな印象である。
野菜炒めの箸休めにちょうど良い味わいだった。


再び野菜炒めに箸をつけ、また合間にお通しの大根やおしんこで口をリセットしながら食べ進む。
あっという間に完食してしまった。

「はぁ~、美味しかった」

最後にお茶で口の中の油を流して食後の余韻に浸る。
手元の時計を見るとすでに9時を回っていた。
あまりのんびりしていても店に迷惑なので早々に立ち去ることにしよう。
伝票を掴みレジへ。

「お会計876円になります」


この安さ、このコストパフォーマンスの良さがたるき亭の売りだ。

「ごちそうさまでした」

「ありがとうございました~。またお願いしま~す」

手早く会計を済ませ店の外に出た。
春とは言え、まだ夜は少しだけ肌寒い。

さて、早く帰りましょう。
明日もまた、一日頑張らないとね。


おわり

終わりです。
お腹がすきました。

早朝に何を書いてるんですかね。
特に理由もなくただ何となく思いついたものを深く考えずに書き連ねてみました。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

それではお目汚し失礼しました。

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