キリ「あんたがこの手を取ったらオレはもう…」
キリ「絶対その手は離さないッ!」ビリビリィッ!
エルー(筋肉もそうだけど、なんだろうこの凄い感覚)
キリ「何が何でも生き延びて」
エルー「あっはい」
エルー(安心感と恐怖がない交ぜになったような感覚)
これは、ある一人の筋肉の物語
事の始まり
エルー(トロイの発作…!? こんなに、早く来るなんて…)
エルー(まだ、やりたいこととかあったのに)
エルー(や…だ……誰かっ……)
ズドンッ!
エルー「はえ?」
キリ「おいあんたッ、大丈夫かッ!?」
エルー(な、なに)
エルー(いや、私に触れたら駄目だとかそれもそうだけど)
エルー(この人、突然、目の前に現れて)
エルー(何だろこのおっきさ。身長2メートルぐらいあるような)
キリ「しっかりしろ!」バチンバチン
エルー「痛い、痛いです! 気付のつもりがビンタになってます!」
キリ「人死になんて勘弁だぜェ?」ユサユサユサユサ
エルー「ゆゆゆらさないで、吐く、吐いちゃいます!」
キリ「あ、ごめん」パッ
エルー(ようやく離してもらえた)
エルー(って)ドクンッ
エルー(ま、また発作が…これって一体…)
キリ「――い、おいってば!!」ギュゥッ メキャッ
エルー「いだいいぃぃ! 発作止まったけど滅茶苦茶痛いです! 手の骨折れます! ってか砕ける!」
エルー(この人は、一体)
エルー(私に触れているのにトロイに感染してない、そして)
キリ「な、なんだよ?」ムキムキ
エルー(思わず見とれそうになる筋肉…)
エルー「ってこんなことしてる場合じゃない!」
キリ「あ、あいっ?」
エルー「私と一緒に来てください! あなたはもしかしたら、私達が何百年も待ち望んでいた人かもしれない!」
キリ「はぁ!?」メキュッ
エルー「り、力まないでぇ! ほ、骨が関節が」ジタバタ
役所にて。電話後
エルー(少なくとも私の目には、彼はトロイに感染しない体を持っている事以外は普通の少年に見える)
エルー(そう、筋肉が少しばかり常人より多いだけの…)
キリ「?」ムキーン
エルー(ごめんなさい、やっぱり無理です)
マーサ〈あ、言い忘れてたんだけど〉
キリ「うおおッ!? まだつながってたんかいッ」ビクンッ
エルー「ちょっ、迂闊に動かないで、肩が、肩が外れる」
マーサ〈ガゼル達には気をつけてね…〉
キリ「ガゼル?」
マーサ〈そう、ガゼルの暗殺者たち〉
ヴィグ(やたらデカいガキが一緒だが、所詮はただのガキ!)
ヴィグ(後ろからいっぺんに襲えば)ユラッ
キリ「ハァッ!!!」
バ ゴ ン ッ
エルー「えっ」
ガ ゴ ォ ン ッ ッ
エルー「……えっ、アレ、状況的に見て、暗殺者ですよね」
キリ「なんなんだよあいつは! お友達じゃないのは分かるけどさぁ」
エルー(そんな人をワンパンで吹っ飛ばしたのあなたなんですが…人間が鳴っちゃいけない音鳴りましたよね? 壁にめりこんでますけど、相手)
ヴィグ「て、て…テメーら……ただじゃ、おかねぇ」ガチガチ
エルー「……今はとにかく逃げて下さい」
エルー(誰に対しての『身の安全の心配』なんだろ、これは)
キリ「分かった、できるだけ急いで走るぞ」グッ
エルー「あっ待ってください手繋いだまま走ったりしたら私の腕」
キリ「ふんッ!」
ギ ュ オ ン ン
古味直志先生の短編集は無事発売中です
おめでとうございます(ステマ)
倉庫の中
キリ「ひとまずここなら見つかんないと思う」
エルー「う、腕、骨が、外れて、痛いっていうか震える」ガタガタ
キリ「まあとにかくあれこれ質問する前に、そのケガ手当てしないとな」
エルー(あれっ、もしかしてこう見えて医療系の知識が?)
エルー「意外と落ち着いてますね…」
エルー(あーでも、アンディも
アンディ『鍛えるなら、それと同じくらい自分を治せないと』
みたいな言ってたし、鍛えてる人は皆そんな感じ?)
キリ「『大したことない』みたいだから、とりあえずハメておくよ」
エルー「あれぇ?」
ゴキンッ
エルー(今何か音しなかったって痛すぎ泣きそう泣く泣くに泣けない)
キリ「念のため、少し固定しとくよー」クルクル
エルー(あっ、包帯巻くの上手いや)
質問&回答中…
エルー「――全速力で逃げろと」
エルー「それだけの力の差がある。でも彼らは狙った獲物は逃がさない、執拗に追いかけてくるそうです」
キリ「…それじゃあどうすっかなぁ」ハァ
エルー「そうですね」
エルー(貴方は強いですけど、巻き込めません)
エルー「私もそれを考えてました」
エルー(その強さは、こんなところで散らせちゃいけない)
エルー「でも、やっと答えが出ましたよ」
エルー「私があいつを引きつけます」ザッ
キリ「おいおい…バカな事言うなよ! 一人で何ができ」
エルー「二人でも! …何も出来はしませんよ」
エルー(あいつらだって、プロ。さっきのように上手くは…)
ドクンッ
エルー「うっ…!」
キリ「おい、あんた」
エルー「触らないで下さい!!」
エルー「『今は』狙われているのは私だけなんです」
エルー「これは予測の域を出ない話ですが、ガゼルがシスターを狙う理由は『トロイを治療できるから』です」ハッ…
エルー「シスターが特別な所ってそこしかないですし…」ハァッ…
エルー「なら! トロイの完全な治療法を見つけられる可能性のあるキリさんは!?」
エルー(なおのこと報復受けそうですしあなた!)
エルー「きっともっと狙われる! 今がチャンスなんです! 一人一人バラバラならまだしも、二人でいたら生存率は限りなく…」
キリ「……?」
エルー「…少なくとも0です! 0に近いです!」
キリ(なんで言い直した…って!)
キリ「おい何だ!? あんた、体が透けて…!」
キリ「……なん…………」
エルー(ああ、改めて見ると、本当におっきいなあ。見上げなきゃ、いけない)
エルー「こんなの初めて見ましたか? 知ってます? トロイの正式な病名は『透化病』」
エルー「トロイは末期になると発作を起こし、徐々に体がガラスのように透けて」
エルー「……最後には、衣服だけを残して消えてしまう」
キリ「……」
エルー「私はそうやって、消えていく人を何人も見ました。トロイで苦しむ人達と関わってきた」
エルー「だから」
エルー「私の夢は、この世からトロイが無くなることなんです」
『誰か、誰か生き残ってる人は――』
『――町一つ、トロイに――』
『シスター! シスター・マーサ! この子が――』
『もしかしたら、この子には――』
エルー「ずっとずっと…シスターになる前から…私の望みは、ただそれだけ…」
エルー「だから私、キリさんには、生きていて欲しい。逃げてほしい……」
エルー「逃げて、トロイの無い世界を作ってほしいんです…お願いします」ペコリ
キリ「…………ハアアァ~……」
エルー(ため息も大きいですね)
グイッ
エルー「いたっ…あ?」
キリ「絶対やだッッ!!」ズンッ
エルー「な……な!?」
キリ「なんでオレがあんたの言う事聞かなきゃならないんだッ勝手な事ばっか言ってんじゃねェよッッ!!」
エルー「勝手なって…私は(別にしなくても大丈夫かもしれないけど)あなたの命を心配して」
キリ「そのために自分が犠牲になりますってか? そんなの死ぬほど気分悪いだろ! 大迷惑だッ!」ギシャー!
ドクンッ
エルー「くっ…(離れたら、また発作が……)」
キリ「だいたい、気に入らねェんだよ」
キリ「トロイの無くなった世界。一番見たいのはあんたのハズだろ」
キリ「あんたには、オレと生き残る選択肢だってあるだろ。その可能性も捨てて、犠牲になって、あんたはそれで満足」
エルー「叶うなら!!」
エルー「見たいですよ! トロイの無くなった世界を…それまで生きていたいですよ! だけど…!」グッ
キリ「1%でも可能性がある内から諦めんなッ! 何が何でも生き延びてやるって…ッ」
キリ「そういう覚悟を、今極めろッッ!!」ドォンッ!
エルー(えっ、今、何が、触れてもない側の壁が砕けましたけど)
エルー(というか、またおっきくなってませんか? 筋肉)
キリ「俺は決めたぞッ!!」
キリ「あんたがこの手を取ったらオレはもう、絶対その手は離さないッ!」ビリビリィッ!
エルー(筋肉もそうだけど、なんだろうこの凄い感覚)
キリ「何が何でも生き延びて」
エルー(安心感と恐怖がない交ぜになったような感覚)
キリ「何が何でも生き延びて、教会本部とやらに行ってやる。もちろん二人一緒にだ」
エルー(味わったことないですよ、こんなの)
キリ「生きて望みに賭けるのか、死んで望みを託すのか…オレが口挟むことじゃないのかもしれないけどさ」
キリ「あんた、泣く程叶えたい事だったんだろ?」
エルー「…はい」
キリ「来いよ、オレと来るならオレが絶対なんとかしてやる…ッ!」
エルー(ずるいですよ、こんなの)
キリ「手ェ貸してやるよ、あんたの夢に」
エルー(手、取るしかないじゃないですかッ!)
数分後
ヴィグ「あ、ああ…? おいおいなんだぁ? 仲良く手ェつないでご登場かよ」
ヴィグ「どうした? 死ぬ覚悟でもできたのか?」ブルブル
ヴィグ(落ち着け…やることは派手だが、奴らは素人だ、どうとでもやれる! ビビるな! 震えるな!)
エルー「……」キッ
キリ『いいか? 作戦があるんだ』
キリ『先に言っておくけど、これは逃げるための作戦じゃない』
エルー『えっ(徹底的にぶちのめす、とか?)』
エルー『(って違う!)どうするっていうんですか! まともに戦って勝てる相手じゃないし、その上私達こんな状態で戦わなきゃいけないんですよ!?』
※身長差激大
キリ『ちょ…まずは話を聞こう!』
『
キリ「よく考えてみろよ、相手は戦いのプロ! この場を上手く逃れられたとして、あいつ諦めると思うか?」
キリ「後で慎重に殺しに来られでもしたら、それこそ絶望的だろ」
エルー「う…(確かに、今でさえ報復考えられてそうなわけだし)」
キリ「あんな目立つ襲い方をしたのは、明らかにオレ達をナメてるからだ。だったら、奴を倒すなら…」
グ ウ ッ
キリ「油断してる今しかないッ!」
エルー(あれ、また今筋肉大きくなりませんでした?)
キリ「そこで、作戦を考えてみた」
エルー(正面突破でもいけそうな気がするのは気のせいですかね…)
』
ヴィグ「オラアアアァァッ!」ガォンッ!
ヴィグ「ウアアアアアアアッ! アアアアアァァァッ!!」ブンッ! ブンッ!
ヴィグ(くっ、落ち着け、落ち着け! 避けられるからって焦るな…ッ!)
キリ「……」ゴゴゴゴゴゴゴ…
ヴィグ(クソ! 手を繋いだまま動き回ってることなんざ、この際どうでもいい!!)
ヴィグ(なんなんだ、この金髪のガキの筋肉はよ! 『実物以上』にデカく見えやがる!)
ヴィグ(……恐怖? オレが、恐怖を覚えてるってのかッ!?)
キリ「手ェ気をつけろ! 狙われてるぞッ!」
ヴィグ(…そうだ、こいつら、つないだ手をなぜか気遣いながら動いてやがる)
エルー「痛い、痛いです!」
キリ「少し我慢してくれ! 離すわけにはいかねェんだよ!」
ヴィグ(何故……)
ヴィグ( 弱 点 ? )
ヴィグ(分からない、何故。だが、突けるところはそこしかないッ!)
ヴィグ「ガキどもが…ッ!!」
ヴィグ(これで、終わりだッッ!!)ゴォッ!
――『冷静であれ』『落ち着け』『焦るな』
そんな言葉をいつまでも続けていたヴィグは結局、焦っていたのだ
目の前の少年が怖くて、恐くて、強くて
そして『たかがガキごときに、自分は恐れている』という、その事実を認めたくなくて
だから、ようやく見つかった『弱点』に、躊躇わず食いついたのだ
それこそ、彼らの作戦とは知らずに
ヒョイッ
ヴィグ(あれ、あのシスターどこへ消えた)
ヴィグ(姿が、見えない)
ヴィグ(あれ、なんで時間がゆっくり流れて)
ヴィグ(これって、走馬灯ってやつじゃあ)
『
キリ「戦いに慣れてる人間がオレ達を見たら、一発でそこ<繋ぎ>が弱点だってバレると思うんだよな」
キリ「だったらいっそバラしちまって、わざと弱点チラつかせて、大振りの攻撃を誘う」
キリ「その瞬間、あんたはオレの背中に抱きつけ。首に手を回して、絶対に離すな」
』
『
キリ「思いっきり体制崩れて、混乱してるところに思いっきりブチかませば」
キリ「ちったぁ効くだろ?」
エルー(ちょっとどころじゃ済まないような)
』
ヴィグ(罠、オレをハメやがったのか――)
ヴィグ(ああ、あのでけえ拳が迫る――)
ヴィグ(ほんとでけぇ――)
ヴィグ(そういやレンケの奴は――)
ヴィグ(死)
ド ガ ア ァ ッ
エルー「ホントに作戦通りに…ここまで上手くいくなんて」
エルー(上手くいきすぎて顔が大変なことになってるけど、見なかったことにしとこ)
キリ「ああ、まさか本当に上手くいくなんて…」
エルー「えっ…自信あってこの作戦だったんじゃ…」
キリ「いやまあ…自信はあったけど、だいたいノリっていうか」
エルー「ノリでここまでやらないでくださいよぉ……」
これは、ある少年の筋肉の物語
この時の私はまだ知らない。私達を待ち続ける戦いの日々も、彼の不思議な筋肉についても
それでもこの日、私達は出会い
エルー「これからどうしましょうか?」
それぞれの運命を変え、物語は動き出す
キリ「ン~、そうだな…それじゃ、まず自己紹介からしとかないか? もっとほら、ちゃんとしたやつ」
物語はこの日、この時、この場所で始まった
キリ「キリ・ルチルだ、キリでいいよ」
エルー「…シスターのエルレイン・フィガレットです。親しい人はエルーと呼びます」
「よろしく!」
エルー「だから迂闊に力入れないでくださいって! 手、手が!」ギリギリ
キリ「あ、ごめん」
第1話 筋肉の人
終
短編 第2話
エルー「キリさんって絶対お父様から遺伝してますよね」
※就寝時故、カーテン越し
キリ「なによ?」
エルー「いえ、体が…」
キリ「あーそういうこと? オレも三年前まではもっと小さかったぜ?」
エルー(信じられないなぁ…)ゴロ
エルー(……あれ? この状況って……)
エルー「キリさん、キリさんって寝相悪いですか?」
キリ「な、なんだよいきなり。そんな普通だよ」
エルー「心配です…」
キリ「何が?」
エルー「仮にこっちへ転がってきたら、私押し潰されて死ぬんじゃ」ブルブルガチガチ
キリ「んなわけないだろ! 失礼だなあんた!」
終
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません