【艦これ】鎮守府麻雀列伝 (11)

「リーチ」

天龍が一萬を横にして捨て、リーチ棒を供託に置いた。

「また天龍のリーチだクマ、いい加減イカサマを疑うレベルだクマ」

「人聞きの悪いことを言ってるんじゃねえよ、球磨、それよりもとっとと捨てろ」

天龍に促され、球磨は渋い顔をしながら牌を捨てた。

「一萬か……なんだ、逃げるのか?」

「いらない牌を捨てただけだクマ」

「どうだかな……木曾、お前の番だぜ」

天龍は向かいに座っている木曾に声をかける。

「……」

木曾は無言で山から牌を引いた。


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最近、鎮守府では麻雀がブームである。

発端は天龍が倉庫に眠っていた雀卓を見つけて引っ張りだしたことで、適当に食堂に置いていたら他の娘達が物珍しさから積極的に遊び始めたのだ。

今では駆逐艦から重巡洋艦まで、利用する娘達は違えど、雀卓の周りは常に賑わっていた。

木曾は理牌しながら次の一手を熟慮する。

(天龍の捨て牌は幺九牌が並んでいる……色に寄せた様子もないし、タンピン三色あたりが本命か)

木曾は発の暗刻に手をかけた。

(ここで逃げることは間違いじゃない、俺はドラ含みメンホンの良手だがリャンシャンテン……むしろ降りることが正解かもしれない)

自分の点数を確認する。五千点2本と千点棒が1本、そして数本の百点棒しか残っていない。振り込んだわけではないが、焼き鳥な上に、全て天龍のツモ上がりに吸われたのだ。

(……だが、ここで流れを断たないと完全に持って行かれる……上家(アネキ)はともかく、下家(たつた)は一位なんか狙っていない完全な対面(てんりゅう)の『お引き』……突っ張ることはないし、むしろ天龍に対して差し込むことさえあり得る)

現在は南場だが、東場の時は露骨にならない程度に天龍をサポートしていたことを木曾は見抜いていた。しかも天龍と違いポーカーフェイスを崩さないため聴牌の気配がつかめない。サポートに徹するのをやめて本気を出せば、むしろ天龍よりも手ごわいかもしれない。

木曾は右に座る軽巡艦を鋭く見つめた。しかし、当の龍田は睨まれていることすら気づいていないようで、いつも通りのニコニコ顔で理牌している。

(……行くのなら今……もう南二局のこの場面でこれ以上の良手が俺に入るとは限らない!) 

腹を決めればもう迷わない。木曾は余剰牌である六萬を強打した。上手く上がれば跳満以上が確定するメンホンだが、天龍とは5万点以上の点差。直撃させてもひっくり返せない。しかし、これはあくまで反撃の狼煙である。すなわち、まだ勝負を諦めていないことを示す一手なのだ。

「……へ、そうこなくっちゃな」

当然のごとく、天龍は木曾の意図を理解した。

彼女もまた、圧勝ムードのこの展開にしっくりきていなかった。海上にせよ卓上にせよ、天龍にとって戦いとは技術でもなく力でもなく、闘志のぶつかり合いなのだ。

「……あら~、それじゃあ私も安牌を捨てようかしら~」

木曾の六萬が通ったのを確認して、龍田はのんびりとした声で六萬が捨てる。

一巡周り、再度天龍の番となった。彼女は山から牌を引くと、見ずとも指の腹で牌の凹凸を確認し、ニヤリと笑った。

「……決まりだな、ツモ!」

ツモ牌を卓に叩きつけ、手牌を倒した。

「面タンピン一発ツモ三色! ……ちっ、裏無しか、一本足りねえ、6000・3000だ」

天龍はつまらなそうに口を尖らせた。

(ここで跳満一発ツモ……やはり流れは完全に天龍にある……俺では、勝てないのか?)

この局面での跳満上がりは勝負を決定づけるものと考えてよい。事実、木曾は自身の闘志に揺らぎを感じた。しかし、

「……おい、こんな所で終わらねえよな?」

「……当たり前だ!」

天龍の挑発とも激励とも取れる言葉に、木曾はもう一度奮い立った。

勝負は残り二局、点差は6万点を超え、もはや勝敗は誰の目にも明らかである。だが、木曾は今一度、諦める事を止めた。好敵手と認める相手に対し、不甲斐ない姿を見せたくないのだ。

木曾の思いが通じたのか、次局の南三局、木曾はいきなり初手で清一色が見える好配牌を配られた。それから手なりで進めた結果、わずか4順でタテチンを聴牌、そして……

「……ロン、清一色ドラ2、16000」

「な、何!?」

あっさりと天龍に直撃を食らわせることに成功した。

天龍の方も油断はあった。染め手の気配は察していたが、まさか4順で聴牌するとは夢に思っていなかったのだ。

「ふふふ、どうした、さっきまでの余裕が嘘みたいだぞ?」

「……へっ、何言ってやがる、やっと歯ごたえのある勝負になってきたじゃねえか」

「次で決める」

「やってみろよ」

欠片の油断さえも許さぬ真剣勝負。天龍にとって、圧倒的な勝利など欲しくはない。彼女が求めるものは脳がひり付くまで競い合う接戦。そして、その思いを満たすことができる相手は目の前にいる少女、軽巡木曾しかいない事を理解していた。

すなわち天龍もまた木曾の事を好敵手として認めていたのである。

「2人ともくっちゃべってないで牌を混ぜるクマ、それにオーラスは球磨の親番だクマ、必ず逆転するクマ!」

「あらあら、球磨ちゃん、頑張ってね~」

まったく空気を読まない球磨とニコニコ顔で天龍を見つめる龍田を差し置いて、木曾と天龍は視線の火花を散らしていた。


運命のオーラス、配牌を終えて理牌をした時、木曾と天龍は同時に勝利確信した。

(……ここで11種12牌……)

(……国士イーシャンテン……)

(……この勝負の最後にふさわしい手だ……)

(……必ず決めてやるぜ……)

奇しくも、互いに配牌時、幺九牌が12牌もあった。天龍の方は次のツモの際に九種九牌を宣言すれば流局により勝利が確定するが、当然、彼女にはそんな勝ち逃げの選択肢など微塵も残っていない。

木曾と天龍は顔を見合わせ、そして言葉を交えずとも理解した。互いに最高の手が入っていることに。

「じゃあ、捨てるクマ……ふふーん、驚くなクマ、何と球磨はダブルリーチをかけちゃうんだクマ!」

「あら、すごいわねえ」

やっぱり蚊帳の外になっているのだが、球磨はそんなこともお構いなしにダブルリーチを宣言して牌を横に置いた。

「……俺の番だな」

木曾が山から牌を引く。引いた牌はまさしく木曾が望むものであった。

(国士聴牌、一萬待ち……勝負だ、天龍)

木曾が余剰牌を卓に叩きつけた。

「そんなビシビシ叩いたらダメだクマ、まったく物を大切にしないなんて姉ちゃんはそんなふうに木曾を育てた覚えはないクマ」

「……悪いが姉さん、少し黙っててくれ」

絶妙なタイミングで水を差してくる姉に軽く辟易としたが、気を取り直して勝負に集中した。

(おそらく、この流れなら次の俺のツモまで勝敗は決する……やつが上がるのが先か、それとも俺が上がるのが先か……)


球磨が木曾の捨て牌に反応しないのを確認して龍田も牌を引いた。

「そうねえ~、ここで面白そうなのは……とりあえずカンかしら」

天龍の顔をチラリと見て、一瞬、迷うような素振りを見せながらも、龍田はよどみなく牌を4つ倒す。

「あれ、いいのかクマ?」

「球磨ちゃんの一発消しよ~」

リーチしている相手の一発を消すために暗カンするなど普通ありえないが、龍田は特に気にした様子もなく王牌をめくった。

「お!? お~!」

めくられた新ドラを見て、球磨は奇声を発した。

「あら、新ドラが入っているのかしら?」

「……むふふ、秘密だクマ」

全く秘密になっていないが、龍田はやはり気にせずに嶺上牌をツモ切りした。

「はい、天龍ちゃんの番よ~」

「おう」

木曾と同じく、天龍もまた木曾だけを見ている。この勝負において相棒の龍田も騒々しい球磨も単なる置物と同じなのだ。

天龍が牌を引き、確認する。

(……来たか、これで九萬待ちだな)

空いていた一萬を引き入れ、天龍も国士を聴牌した。

これで天龍も木曾と同じ土俵に立った。麻雀の神様がいるのならば、最高お膳立てをしてくれたようだ。

「捨てないのか? それとも上がりか?」

「いや、捨てるぜ」

木曾に促され、天龍も余剰牌を捨てる。天龍は推察する。おそらく、勝負は次の木曾のツモ、そこで全てが決まる……

「あ、それロンだクマ」

……と思ったが、それは彼女の大いなる勘違いであった。

「……あん?」

「……は?」

「あら~」

天龍と木曾はすぐさま事態が飲み込めずに呆け、龍田はいつもの笑顔を崩さない。唯一球磨だけが興奮気味にまくしたてた。

「役はダブルリーチだけクマ! 龍田が鳴いちゃったから一発が消えちゃったクマ!」

「……おい待て、このクマ野郎……」

「でも、龍田のおかげでドラ四だクマ! むふふ!」

嬉しそうに倒した手牌を指差した。確かに新ドラが4枚使われている。

「違うわよ~、球磨ちゃん」

龍田が王牌を裏返して球磨に見せた。

「ほら、新ドラと同じドラ表示が裏に2つも……つまりドラ十二ね」

「クマ! ダブルリーチドラ十二なら数え役満だクマ! 上がり止めで球磨の逆転勝利だクマ!」

「……はあ?」

「……なん、だと?」

あまりにも劇的すぎるあっけない幕切れ。

やったクマ! と小躍りする球磨に、木曾も天龍も口をあんぐりと開けるしかなく、そんな天龍の様子を、龍田は心底の嬉しそうに眺めるのであった。

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