木村夏樹「連なって」 (26)
プロローグ
事務所
モバP「おーっす」
夏樹「ん?お、プロデューサー、お疲れ」スッ
P「夏樹だけか?」
夏樹「そ。留守番任されたけど、今の所何も起こってねえよ」
P「それは何より。そういえば親父さんからメール着てたぞ。
夏樹は元気かー、ファンはいるのかー、真面目にやってるのかーって」
夏樹「ったく、直接メールすりゃいいのに」
P「恥ずかしいんだろ。ちゃんと元気でやってるって送っといたぞ」
夏樹「ありがと。次帰ってきたら事務所に案内でもしてやるか」
P「それはいいな。そういや何聴いてたんだ?」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1396191584
夏樹「んー、昔バンド組んで学際出てた時の録音。へったくそだけど、時々聴きたくなるんだよ」
P「へー。ちょっと聴かせろよ」
夏樹「別にいいけど、アタシギターだけだし、歌ってるのは別の奴だけどいいか?」
P「気にしないさ。そういう青春の一ページってのは、年取ってくると人一倍手に取ってみたいと思うようになる物さ」
夏樹「言っとくけどほんと下手くそだからな。笑うなよ」
P「善処しよう」
夏樹「はいよ。アタシが高二の時だから一年ちょっと前か」
P「いいねえ。青春万歳!」
夏樹「はいはい」
スッ
P「ふんふん…」
夏樹「…なんか恥ずかしいな」
スッ
P「うーん、なかなかいいじゃん。ベースとドラムがギターに負けちゃってるのが残念だが」
夏樹「そいつら軽音楽部だったんだけど、二人しかいなくて全然練習できなかったんだってさ」
P「夏樹は軽音楽部じゃなかったのか?」
夏樹「アタシとボーカルの奴は助っ人。助けるつもりは無かったんだけどさ、
ボーカルの奴がしつこいから、根負けして手伝ったよ」
P「夏樹は優しいからなあ」
夏樹「はいはい」
P「しかしこのボーカルの子結構いいな。特に最後の曲。歌詞も素敵だな。オリジナルか?」
夏樹「そ、オリジナル。しかもアタシ作曲。作詞はボーカルの奴。
最後の曲の歌詞、ほんとはもっと違う感じだったんだけど、最後の最後でそいつが全部変えやがってさ」
P「なかなかロックな奴だな。どうだ、またこんな風にバンド組んでやってみたいと思うか?」
夏樹「んー、どうだろ。一緒に組みたいと思うようなロックな奴がいればそう思うかな」
P「そうか。じゃあそんな夏樹にピッタリのロックな魂を引き継いだ女を紹介しよう!」
夏樹「ロックな魂?そんなアイドルこの事務所に居たっけ?」
P「それでは紹介しよう!みく・ジャガー!!」
ガチャ!!
夏樹「あ、みくにゃんはいいです。生き方はロックだけど、アタシとじゃ上手く合わないだろ」
P「そうか…。みく、今日はもう帰っていいぞ」
みく「え…ひどくない?」
P「冗談だ。あとで寿司食いに行こう」
みく「ふーっ!!」
P「冗談だ。仕事の打ち合わせがあるから奥で待っててくれ」
みく「はーいにゃ」
夏樹「ま、当分そんな風に組んで出来るとは思ってないよ」
次会う時は絶対笑顔になってるから!
ライブ会場か握手会か、きっとそんな時にしか会えないと思うけど、絶対会いに行くから!
そんな小さな夢を叶える為にアタシは頑張ってる。
でも、あいつと会う時アタシはどんな顔をするのだろう。
あの時みたいに、呆れたように笑えるだろうか。
1
アタシはこいつが大嫌いだ。何から何まで全然違う。性格も、考え方も、生き方も。
こいつは全然ロックじゃない。いつもセンコーにはヘコヘコ謝って、アタシにもっと真面目に生きろと説教する。
夏樹父「申し訳ありません!」
そういってオヤジはセンコーに頭を下げる。
馬鹿らしい。生きたいように生きて何が悪いんだ。
授業サボって屋上でギター弾いてたっていいじゃん。
学校の勉強なんてロックに生きていくのに不要だろ。
その後もセンコーはグダグダと説教。オヤジはひたすら申し訳ないと平謝り。軽い頭だな。
一時間半もお説教。よくそんだけ喋れるもんだ。流石先生様だ。
先生様が出て行った教室で、堅物頭のオヤジからお説教。めんどくせ。
夏樹父「お前は何回言えば分ってくれるんだ?」
夏樹「何回言われても直んねーもんは直んねーんだよ。馬鹿だから」
夏樹父「はぁ…」
夏樹「クソ真面目に生きたってつまんねーんだよ。アタシは自由にロックに生きたいだけ」
夏樹父「何度も言ってるがな、お前には誠実で健全で、真っ当な人生を送ってもらう。それが一番幸せだ」
夏樹「うっせ。そんな人生興味ねえんだよ!」
夏樹父「親の言うことは聞くものだぞ!」
夏樹「情けねえ人生送ってる親のあとなんか追いたくねえんだよ!」
夏樹父「お前!」
夏樹「んじゃ、そゆことでー」
そう言って教室を抜け出す。
オヤジはアタシを真っ当な道を歩ませたいようで。
真面目に勉強して、いい大学に行って、それなりの企業に入って、
いい相手を見つけて結婚して、そんな一般的な人生を歩ませたいみたいだ。
そんな人生まっぴらだ。何もワクワクしないし、生きてる気がしない。
アタシは自由に、ロックに生きたい。それで笑って死ねればそれでいい。
3
ギターはオヤジに没収されたから、軽音楽部のギターとアンプを拝借して、テキトーに音を響かせる。
うっぷんの溜まった日は、こうしてギターをかき鳴らす。
誰かに合わせて生きるのは向いてない。一人で自由に生きていく方が楽でいい。
…もし世界中で誰か一人でもアタシのことを認めてくれる奴がいるなら、
世界は少しだけ明るくなるのかもしれないけれど。
こうしてデカい音を鳴らして、目を瞑りながら即興で歌っていると、
面倒なことや大人たちの上手く生きるための正論全部が消えてなくなる。
こうして誰にも囚われず、自由に、ロックに生きることが出来たらサイコーなんだけど、
世界はそう上手くはいかないようで。
それを忘れるようにギターをかき鳴らす。激しく、熱く、まき散らすように。
5
いつの間にか部室の扉があいていた。扉の前には頭の悪そうな奴がいて、何かを叫んでいた。
軽音部の奴か?まあいい。
アンプのボリュームを落としてスイッチを切る。
夏樹「わりーな、邪魔してるぜー」
「うひょー!女の子が弾いてたんだ!カッコいいですね!!」
頭の悪そうな奴は目をキラキラさせながら話しかけてきた。
夏樹「軽音部の奴じゃねえの?」
「へ?いやー、なんかカッコいいなーって思って気になったから来たんだー」
夏樹「あっそ」
本格的に頭が悪そうな奴だ。関わってもろくなことがなさそうだし、気持ちも少し晴れたことだし帰るとしよう。
「さっきの曲ってなんて曲なんですか!?ちょーカッコよくて、胸がドキドキしました!」
夏樹「あー、曲でもなんでもねーよ。ただテキトーに弾いて、テキトーに歌ってただけ」
「へー!なんか凄いですね!!」
何が凄いのかわからないけど、アタシの奏でた音を聴いてカッコいいって言ってくれるのは嬉しいな。
夏樹「…まあ強いて言うなら、『ロック』かな」
「ロック!」
夏樹「そう、ロック。誰にも縛られたくなくて、自由でありたいと思う、そんな感じ」
何を言っているんだか。でも、アタシにとってはそれがロックだ。
「うひょー!ロック!!ちょーカッコいいね!!!」
夏樹(…めんどくせえ奴に絡まれた)
それがアタシとこいつの出会い。
外は夕暮れ、徐々に暗くなり始めて、星も輝き始めた、そんな何でもない秋の夕方。
7
それからこいつに見つかる度に話しかけられた。正直うざい。
一人でいる方が楽だし、そっちの方が慣れている。
周りはアタシのことをいいように思う奴は一人もいないし、アタシもそれでいいと思っている。
ただ、こいつはそんなこと気にせずに絡んでくる。面倒だ。
テキトーにあしらってもすぐに他のところに喰いついてきて離れない。
あまりいつも人と一緒にいないから慣れていないだけなのかもしれないが、それにしても、うざい。
本当に騒がしい奴だ。シカトしても構わず話してくるから、
しばらく話し相手になってやって、早々に飽きてもらうしかない。
お前が絡んでもなんも面白くない人間だと早いとこわかってくれ。
9
アタシはこいつのことを何も知らない。
優等生ということは知っている。数学が出来る方で、授業中少し寝て、
ギターの音をカッコいいと言う奴、それぐらいのどうでもいい情報しかない。
アタシはこいつとの距離を測りかねている。こいつはずかずかアタシの中に入り込もうとしている。
でもアタシはこいつを知らないし、こいつもアタシを知らない。
人付き合いは面倒だから、極力避けるようにしているのに、
こいつはお構いなしに踏み込んでくるし、あしらってもどこ吹く風。
こいつはアタシと仲良くなろうとしている。そのために何か無いかといつも会話の中で探っているみたいだ。
でもアタシと一緒にいてもいいことなんてなんにもない。
それでもこいつはアタシに踏み込んでくる。アタシにはそれを受け入れるだけの何かがあるわけじゃない。
ギターがこいつより弾けるってだけで、何もない。自由に生きていたいだけ。
なのに、人は干渉したがるもので、またその干渉の渦にのまれている。
生徒A「木村さん!折り入ってお願いがあります!」
夏樹「は?」
生徒B「今年の学園祭に一緒にバンド組んで出てくれませんか!?」
「バンド!!」
夏樹「うるさい」
「なちきち!!バンドだってバンド!!」
夏樹「聞こえてるって」
生徒A「この前部室でギター弾いてたと思うんだけど、その腕をお借りできませんか?」
生徒B「三年最後の学園祭で思い出を作りたいんです!!」
夏樹「そんなもん部員同士でやればいいじゃねえか」
生徒A「それが…」
生徒B「この前新入生が辞めちゃって、私たち三年生二人だけになっちゃったんです…」
夏樹「ほか当たってくれ。ギターやってるやつなんで他にも沢山いんだろ」
少しだけ憧れはあった。でもそれを実行する勇気は無い。アタシは楽しく生きていければいい。
誰かの為にとか、夢のためにとか、そんなもの関係ない。自由でいられればそれでいい。
でも、こうして音楽をしたいと思う奴らを突っぱねることがロックなんだろうか。
きっといろんな奴らに話しかけて、やっと行き着いたのがアタシだったのかもしれない。
だったら、その思いを無碍にするのはきっと…ロックじゃないんだろうな。
夏樹「…断ったら今以上にこいつが五月蠅くまとわりついてきそうだし、分かった。やってやるよ」
11
とりあえず部室で作戦会議となったが、どう考えても一人戦力にならない奴がいる。
そんな視線を送ってしまった。
「?」
生徒A「えーっと、私が部長でベースで」
生徒B「私がドラムです!」
生徒A「えーっと、木村さんにギターをお願いするとして…」
生徒B「えーっと…」
夏樹「お前なんか楽器とか出来んの?」
「出来ません!!」
夏樹「…だよな。という訳で、こいつにやらせられるとしたら…」
生徒B「…マ、マラカス、とか簡単な打楽器かなぁ」
夏樹「まあそうなるよな」
「えー!?私マラカス?!」
夏樹「いいか、マラカスは実はかなりロックなんだぜ」
生徒A「タ、タンバリンとかもいいかもね!」
夏樹「ああ、タンバリンもかなりロックだ」
「そ、そっかー。ロックなのか…」ムムム
何を悩んでんだこいつ。というか…
夏樹「ボーカルはどっちなんだ?流石にドラムがボーカルってのはきついだろうから、ベースのあんたがボーカル?」
生徒A「いやー、私歌うのへったくそでさー!」
生徒B「私の方が歌はうまいんだけど、ドラムやりながらはきつくて…」
夏樹「もしかして…助っ人にボーカルまで頼む予定だったのか?」
生徒A「お、お願いします!!」
生徒B「こいつほんとに歌へたくそなんです!!」
夏樹「いや、そんな力説しなくてもいいけどさあ。それでいいのか?」
生徒A「この際仕方ないかなーって…。皆やりたがらなくってさ」
生徒B「受験勉強やらなんやら忙しくてそれどころじゃないって…でも、思い出は残したいじゃん?」
生徒A「一回きりしかない高校三年生の文化祭だよ!?なんでも全力でやり切らなきゃ!」
夏樹「じゃあアタシがギター兼ボーカルか…」
「ね、なつきち?」
夏樹「んだよ」
「ボーカルって私じゃ出来ないかな!?」
ゆっくり更新予定です。おやすみなさい。
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