京太郎「あの人が言っていた」 part2 (831)

※注意事項


・京太郎ssです。

・仮面ライダーカブトの世界観に咲キャラをぶち込んだ内容です。

・カブトのキャラは例外を除いて出てきません。

・原作設定をやりやすいようにいじくる可能性があります。

・安価はあることはありますが、ほぼ非安価です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1396106894

一応の好感度表なんかを


衣……5

桃子……6

玄……5

怜竜……6

久……4

美穂子……3


安価で選ばれれば+1、その話のメインだったらさらに+1
あと一番低い人だったらさらに+1

みたいな感じです




「嘘……」


 放課後、生徒会室の前。

 わずかに開いたドアから見えたその光景に、福路美穂子はそう漏らした。

 信じられない、信じたくない。

 なんでとか、どうしてとか、そういう疑問は浮かんですらこなかった。

 頭の中は真っ白になり、抱いた感情だけがフィルターにかけられたように堆積していく。

 自分に見せたことのない顔をした、友人であり目標でもある人。

 その人に、自分に見せたことのある表情を向ける少年。


「いや……」


 そう呟いて、自分が良くない感情を覚えたことに美穂子は気づいた。

 それは、恋する乙女のような顔をした憧れの人に対してだろうか。

 それとも、赤面しながら相手を受け入れる少年に対してだろうか。

 あるいは、ここで固まって動けない自分に対してか。


「私……」


 なにをすればいいのか、どうしたいのかもわからずにただ立ちつくす。

 胸に穴が空いたかのような感覚。

 頭の中は相変わらず茫洋としている。

 そこに一つの思いが浮き上がる。

 自分はまた、置いてかれたのだと。





 もう九月の中旬。

 月見だとかのイベントを済ませ、薄着が消える悲しい時期だ。

 そんな事とは関係なく、生徒会はあるわけだが。

 もうすっかり板についてしまったお茶くみ係。

 部屋から出ていく役員を尻目に、俺は後片付けだ。


「うーん」


 椅子に座ったまま唸っている会長。

 少し前も様子がおかしかったが、なにか悩みごとがあるのだろうか。

 そっとしておくべきか、首を突っ込むべきか。

 色々痛い目にあってるから二の足を踏んでしまう。

 ま、結局突っ込むけどな。


「今日は何の悪だくみですか?」

「人聞き悪いじゃない」

「じゃあ、ちょっと今までやったこと振り返ってみてください」

「悪いけど、過去は省みない主義よ、私」

「都合の悪い事実から目を背けてますね」

「記憶にございません、とでも言うのかしら」

「汚職した政治家ですか」

「どうでもいいけど、汚職事件とお食事券とかって昔は言ってたわねー」

「本当にどうでもいいな、おい!」

 思いがけずというか、向こうの思惑通りというか、話がそれる。

 このまま逃げる気か……


「それで、どうしたんですか」

「どうしたって、どうもしないけど」

「どうかしてるでしょ」


 会長はなにかあってもあまり表面に出さない。

 自分の苦労だったり、悩みだったり。

 それが、人に見える形で唸り声をあげていた。

 悪だくみの一環か、もしくは取り繕うのを忘れるほど悩んでいるかだ。


「はぁ、ホントこういう時だけ察しがいいんだから……」

「普段からどんだけ会長のこと見てると思ってるんですか」


 そう、一緒にいるときは目が離せないのだ。

 何をされるかわからないという意味合いで。


「――わかってるわ、須賀くんがそういう意図で言ったわけじゃないってことは、よくわかってるの」

「いきなりなんの話ですか」

「……だけど、不意打ちは卑怯すぎでしょ」


 会長は机に突っ伏して、その顔が見えなくなる。

 なにを言いたいのかはわからないが、卑怯の度合いを比べたら会長に軍配が上がると思う。

「……美穂子のことよ」

「福路さんですか? たしかに最近来ませんけど」

「それだけならいいけど、連絡も取れないの」

「忙しいのかなって思ってましたけど」


 うちの生徒会への差し入れは福路さんの好意だし、予定が詰まっているのなら来られなくもなるだろ。

 だが、こっちから連絡が取れないとなると話は全然違う。

 最近はワームもおとなしいし、悪いことがあったとは考えたくないが、とにかく心配だ。


「あの子にもプライバシーがあるし、あんまりしつこいのもどうかと思ってたけど、いい加減潮時ね」

「ってことは……」

「向こうの学校とコンタクトをとるわ」

「じゃあ、その前にちょっと確認を」


 携帯の電話帳の中から福路さんの番号を呼び出す。

 機械音痴が気になるが、電話をかけてくるのだから出ることもできるはずだ。

 思えば、いつも向こうから連絡してくれるから、自分からかけたことはあまりない。


「……出ませんね」

「だから言ったでしょ」

「会長限定の着信拒否かもしれないと思って」

「それ地味に傷つくからやめて……」

「まぁ、福路さんに限ってそれはないとは思いますけど」

「なら言わないの」

「なんかその、すいません」

 会長は椅子の上で膝を抱え、こっちに背中を向けてしまった。

 やっぱり相当気になっているみたいだ。

 なんか悪いことした気分だな。


「なら手っ取り早く済ませますか」

「向こうに知り合いでもいるの?」

「むしろ会長はいないんですか」

「いないというより、連絡先を知らないのよね」


 そういえば、会長は中学は福路さんと一緒だったと聞いた。

 それならば知り合いはいるのだろう。

 連絡先を知らない理由はわからないが。

 少し前まで福路さんとも連絡を絶ってたみたいだし。


「ちなみに池田のことは知ってますよね?」

「池田……誰だっけ?」

「いや、福路さんにちょくちょくついてくるアレですよ」

「あー、あの猫っぽい子ね」


 アレ扱いはどうかとも思ったが、色々やられてるのでそれでいいか。

 そのアレ扱いに今から連絡を取るつもりなのだが。

 あいつだったら福路さんのことに関して、確実になにか知ってるだろうし。

 電話で話したら耳がキンキンしかねないが、それは我慢しよう。

「その池田に今から電話かけます」

「番号知ってたのね」

「色々言ったり言われたりしてる間に、ですね」

「アバウトねー」

「そんなもんでしょ」

「そうだけど、よく聞き出せたわね、あの子から」


 会長は微妙な顔をしている。

 俺にはよく突っかかってくるけど、池田は会長にはあまり関わらないようにしてるようだ。

 福路さんを取られる的な意味合いでは、一番の脅威のはずなんだけど。


「なーんか警戒されてるのよね。近づいたら髪の毛逆立てて威嚇してくるし」

「もはや敵と認定されてるとか」

「正直、ただ敵対してるだけなら楽チンなのよねー」


 その言葉はため息混じりだった。

 池田は会長に対して、いわば消極的な敵意を向けている。

 それに福路さんが絡むと少々おかしな方へ向かうこともあるが。

 例えば、2対2のビーチバレーがいきなり3対1になったりとか。

 ……いや、あれは会長が俺を共通の敵に仕立て上げただけか。

 やばい、思いだしたら悔しくなってきた。

 とりあえずそれは脇に置いておこう。

「どうしたの? そんな渋い顔して」

「まぁ、臥薪嘗胆です」

「なに、復讐でもするわけ?」

「復讐というかなんといいますか」

「あなた、あの子に凄い目の敵にされてるものね」


 原因の半分が自分だとわかっているのか、とぼけているのか。

 この場でそのことについて言っても多分はぐらかされる。

 いつかおいしい料理を食べさせて、その時の驚く顔で手打ちにしよう。

 それより、思いっきり話がそれたが、今は池田だ。

 会長があいつに容赦してるのは福路さんの後輩だからだし、あいつが会長に明確な敵対をしないのも福路さんを思ってのことだろう。

 なんとも微妙な関係だ。

 友達の友達は友達じゃない的な。

 そこら辺の事情は、俺が連絡する分にはほとんど関係ないが。


「今から電話かけますから」

「悪いわね」

「福路さんが心配なのは俺も一緒ですよ」


 暗くなった画面に光が灯る。

 再び電話帳を開くと、画面が勝手に切り替わる。

 着信――相手は、このタイミングでまさかの池田。

 ……嫌な予感がしてきた。


「もしもし――」

『うちの会長どこ行ったか知らないか!?』





 放課後の街を会長と歩く。

 前みたいにデートじゃないし、いつもの買い出しでもない。

 先を行く会長は早足だ。

 顔は見えないが、ここまで余裕がないのは珍しい。

 そう言っている俺も、心中は穏やかじゃない。

 福路さんが行方不明。

 池田から聞いた話では、一週間ほど前から様子がおかしくなり、二日ぐらい前から学校にも来なくなったそうだ。

 家にも帰ってないそうで、両親も心配して警察に届を出そうとしているらしい。

 普通の事件に巻き込まれた可能性もあるが、俺と会長にはもっと別の懸念がある。

 池田が言っていた福路さんの異変。

 そうでない可能性もあるが、そうである可能性もありうる。

 人に化ける怪物。

 ワームだ。


「会長」

「ちょっと黙ってて」


 だからと言って、今の会長は明らかに冷静さを欠いている。

 もうかれこれ数時間ぶっ通しで捜索しているのだ。

 夕食の時間はとっくに過ぎて、空は暗い。

 衣さんのことはハギヨシさんに任せて、ついでに助力も頼んでおいた。

 総力を挙げてまでとはいかずとも、龍門渕が力を貸してくれるのなら会長がこんなに無理をする必要はない。

「……なんてこと、言えないよな」


 辺りを見回す会長の頬には汗が一筋。

 初めて龍門渕に赴き、雨に打たれて帰った日のことを思い出す。

 誰にだって絶対に失いたくないものがある。

 諦めたくないから、無理や無茶の一つや二つを平気でしようとする。

 そしてそれを受け止めるのが俺なのだろう。

 会長が動けなくなっても、代わりに探し続ければいい。

 それが、追従する俺の役割だ。


「会長」

「だから黙っててって――」

「あそこ、見て下さい」


 人気のない深夜の道。

 光の入り込めない建物の隙間の路地。

 そこにうごめく複数の影。


「……ワーム」

「どうします? あの数だったら俺一人で十分ですけど」

「私もやるわ。ちょっと鬱憤も溜まってるし」


 会長の表情は硬い。

 俺たちの中での最悪のケースを思い浮かべたのかもしれない。

「じゃ、早く片付けちゃいますか」

《――変身》

「そうね」

《――変身》


 ゼクターを中心に鎧が構成されていく。

 闇夜に阻まれた視界がクリアになる。

 その向こうにいる、人を襲う怪物の姿もはっきりと見える。


「――――――!」


 こっちを捕捉したのか、ワームたちが動き出す。

 それを合図に、俺と会長は走り出した。


「はっ」


 突出して、三体のワームの中心目掛けて飛び込む。

 着地する際に左正面の一体をアクスで斬り裂き、それから右正面の一体を蹴り飛ばす。

 赤熱した刃を受けたワームは爆散。

 蹴り飛ばされた一体は路地の奥に転がっていった。

 そして背後の一体は――


「はい、そこっ」

「――――――!」

 会長のはなった光弾がワームに突きささる。

 そして振り返りざまのアクスの一撃。

 なす術もなくワームは爆散した。


「須賀くん、来るわよ」


 路地の奥に会長の注意が向く。

 先ほど蹴飛ばしたワーム。

 その変態が終わろうとしていた。

 なら、速攻で片をつけるまでだ……!


《――Cast Off! Change Beetle!》

「行くぞっ」

《――Clockup!》


 こっちも鎧を脱ぎ捨て、加速する。

 遠くから聞こえていた車の音が途絶える。

 どんな成虫になるかは知らないが、なにかする前に終わらせればいいだけだ。


《――1,2,3》


 スイッチに手をかけ、押し込んでいく。

 そして倒されたホーンを元の位置に戻そうとして――


《――Rider Kick!》

 聞きなれない電子音声が、俺の頭上から聞こえた。


「――――――!」

《――Clock Over!》


 ワームの断末魔。

 加速した俺の蹴りが届く前に、既に別の誰かが手を下したのだ。

 一瞬だけ純かとも思ったが、違う。

 降り立ったそいつは、見たことのないライダーだった。

 身にまとうスーツは緑、複眼は赤く、肩や頭部に突起があった。

 腰部にはゼクターを備えたベルト。

 あの形は……バッタだ。


「あれ、誰なのかしら」

「少なくとも俺はあのライダーに見覚えはありません」

「ZECTのまわし者かしらね」


 ライダーは背を向けたまま、こちらの様子をうかがうばかりで動こうとしない。

 普通に考えればワームを倒しに来たと見るべきだが……

 とりあえず、なにか話してみるとするか。


「なぁ、あんた――」

《――Rider Jump!》

 そこまで口に出して、俺は言葉を途切らせざるをえなくなった。

 相手の顔が、間近まで迫っていた。

 恐ろしいほどの瞬発力だ……!


「くっ」


 地面に倒れ込んで、蹴りあげる。

 同時に跳躍したのか、大した手ごたえもなく相手を空中に押し上げる形となった。


「やっぱり敵じゃないっ」

「会長下がって、来ます!」

《――Rider Kick!》

《――1,2,3...Rider Kick!》


 エネルギーの収束した蹴りと蹴りがぶつかり合う。

 落下のエネルギーも加味した分、こっちの方が力負けしている。

 そして、次いで襲ってきた衝撃が勝敗を決定づけた。


「ぐぁっ」

「きゃっ」


 完璧に競り負けて、会長を巻きこんで吹き飛ばされる。

 二人して路地から弾き出され、人のいない道に転がった。


「……」

 相手も無言のまま路地から出て、街灯の下に佇む。

 とどめでも刺そうってのか。


「須賀くん、立てる?」

「なんとか」


 まだ戦えるだけの力は残っている。

 相手がやる気なら、打ち負かしてやるだけだ。

 エンジンに火がついたかのように、闘志がわき上がってくる。

 キックの打ち合いでは負けたが、まだ勝負に負けたわけじゃない。


「……やっぱり、そうだったんですね」


 しかし、そんな俺の頭に水をぶっかけるように、事態は予想外の方向へ動く。

 聞き覚えのある声。

 そしてゼクターに手をかけ、相手は変身を解いた。


「そんな……」

「美穂子……?」

「酷いです、二人とも……私にこんな秘密も隠してたなんて」


 その下から出てきたのは、俺たちが探していた人物……福路さんだった。

 俺も会長も驚きを隠せない。

 変身を解いて、福路さんと向き合う。

 色々聞きたいこともあったはずだが、まっさらになった頭に流れ込んできたのはある疑問だった。

「あんた、その格好どうしたのよ」

「上埜さん……私、悪い子になっちゃったんです」


 俺の代わりに会長が言ってくれたが、今の福路さんの格好はおかしかった。

 とりあえずセーラー服だ。

 ここら辺の学校の制服じゃないから、そういう店で買ったのかも知れない。

 そしてスカートが長い。

 もう足首から計った方が速いくらい長い。

 最後に、なぜか手には木刀を持っていた。

 スケバンという言葉が俺の頭に浮かんだ。

 それにしては言葉も丁寧だったりで違和感があるが。

 なんだろうか、この形から入ってみましたみたいな感じは。


「二人が悪いんです。私を置いていっちゃうから……!」

「福路さん、それなんの話――」

《――変身...Change Kick Hopper!》

「もう今までの美穂子はいません……さよなら」


 福路さんは変身すると飛んでいってしまった。

 これは、どう受け取ればいいのだろうか。

 無事で良かったのはたしかだが、なんか様子がおかしい。

 ぐれてしまったというのか?


「……置いてかれた、ね」

「なんの話かわかります?」

「さぁ、なんの話なのかしらね……」





 あれから数日。

 結局福路さんは家に帰ったらしく、騒ぎがあれ以上大きくなることもなかった。

 それからというもの、ワームと戦っている最中に福路さんが乱入してくるようになった。

 ワームを倒して、たまにこっちに突っかかってきて。

 小競り合いみたいなもので、大した被害もないけど。

 今日も適当にワームを蹴散らして帰っていったし。


「……なぁ、あの人って海で会った時はあんなんじゃなかったよな?」

「まぁ、色々あったんだろ」


 たまたま一緒に戦っていた純も困惑気味だ。

 あのスケバンスタイルを見たら無理もない。

 俺もどうしてああなったのかはよくわからないから、言葉を濁すほかないけど。


「そういえば、ZECTでなんかわかったか?」

「いいや……あのライダーについてはさっぱりだ」

「そうか」

「でも捕まえろ、とかそういう指令は出てないみたいだぜ」


 それを聞いて、ひとまず安心する。

 ちょっと変になってしまっているが、福路さんに危険が迫るのは見逃せない。

 今は本人からワームに戦いを挑んでいるわけだけど。

 それにしても、いつの間に資格者になっていたのだろうか。

 やっぱり、しばらく連絡が取れなかった期間になにかがあったと考えるのが妥当か。

「そっちこそ、龍門渕でなにかわかったのかよ」

「特にめぼしい情報は得られなかったな」

「ZECTがしらばっくれるのはともかく、あのお嬢さんたちが知らないとなると、いよいよ謎だな」


 昨日、龍門渕を訪ねた時のことを思い出す。

 いつものように衣さんと一緒に遊びに行って、そのついでにちょっと聞いただけだけど。

 実は、週に二回ぐらい向こうで夕食を食べてたりする。


「まぁ、別にこっちに被害出てるわけじゃないし、そのうちオマエと同じ扱いになるんじゃないか?」

「被害出てないって、戦いを仕掛けられてないのか?」

「ウチや清水谷さんのとこが喧嘩吹っ掛けられたって話はないぜ」

「そう、か……」


 純の言うことが本当なら、福路さんが突っかかる相手は俺と会長だけってことになる。

 なにか狙われる原因があるのだろうか?

 共通する点は……学校と生徒会、そしてライダーか。

 だが、そこら辺にそれだと思われる理由は見当たらない。

 ライダーなら他の人も狙われるはずだし。

 会長だけだったなら、なんとなくわかるんだけど。

 そこに俺を含めたら、訳がわからなくなる。


「そういや、これから智紀と飯食いに行くけど、オマエはどうする?」

「ん、悪いけど帰って飯作るよ」

「わかっちゃいたけど、料理好きも大概だな」

「褒めるなよ」

「褒めてねーよ」





 夕食後のリビング。

 後片付けを終え、衣さんを膝の上に乗っけてのテレビ鑑賞。

 今の時間はクイズ番組がやっている。


「この英文なんだろ?」

「直訳したら、二つの椅子の間に座ると落ちる、ですかね」

「んー、じゃあ二兎を追う者は一兎をも得ず、だな」

「あーそれっぽい」

「ふふん」


 ここからでは旋毛しか見えないが、きっとドヤ顔していることだろう。

 なんとなく衣さんのわき腹に指を当て、わさわさと動かす。


「わひゃっ、あは、あはははは!!」

「相変わらず弱いですね、ここ」

「あひっ、きょーたろ、やめっ、くるひ……」


 すべすべの感触が名残惜しいが、これ以上やるとへそを曲げてしまうのでここまでだ。

 指を止めると、ぐったりと背中を預けてくる。

 悪いと思いながらも、反応がかわいいからついついやってしまう。


「……もう終わりか」

「足りなかったですか?」

「そうじゃないけど、もっとこう……スキンシップになるかなーって」

 足をパタパタと動かす衣さん。

 その髪の間からのぞく耳は赤かった。

 思わず言葉を失う。

 というより、行動が言葉に先んじた。


「わわっ」


 衣さんのお腹の前で手を組み、立ち上がって持ち上げる。

 あーもうかわいいな!


「旋毛ぐりぐりするなー! 下痢になっちゃうだろ!」

「迷信を信じちゃってるとことかもう!」

「ふわっ」


 頬と頬を擦り合わせる。

 ぷにぷにでもちもちだ。


「――あむっ」

「いてっ」


 腕に噛みつかれる。

 一瞬緩んだ拘束をすり抜け、衣さんは離脱した。


「もう、きょうたろーまであの女みたいな真似して!」

「すいません、かわいすぎてつい……」

「また子供扱いして……ふんだっ」

 そっぽを向かれてしまった。

 清水谷さんの暴走をよく目の当たりにしてきたが、まさか自分もやってしまうとは。

 いやぁ、だって顔を赤くしながらスキンシップとか言ってくるから。

 昔みたいに風呂一緒に入るのもいいかな。


「あのー、衣さん?」

「ふんっ」


 だがそんな話ができそうな雰囲気でもない。

 これは完全に怒ってる、というか拗ねてるな。


「むぅ~」


 そしてそのむくれた姿が、何故か福路さんと重なった。

 そうだと示す根拠があるわけじゃない。

 ただ、なんとなくそう思っただけだ。


「機嫌直して下さいよー。なんでもしますから」

「ん、なんでもするって言った?」

「できる範囲なら、まあ」

「なら……今日は一緒に寝よ?」


 衣さんはわりと現金でしたたかだった。

 今まで下向きだった機嫌が反転して急上昇してる。

 考えたくはないが、演技だった可能性もある。


「……俺の負けです。要求をのみましょう」

「えへへ、今日はきょうたろーと一緒」





 チャイムが鳴り、昼休みの時間。

 弁当の包みを掴んだ瞬間、誰かが席の横に立ちはだかった。


「今日は逃がさないっすよ」

「なんだよ、いきなり」

「最近、あっちこっちにふらふらしすぎっす」

「なんか人聞き悪くないか」

「事実っす」


 東横が言っているのは、昼飯を食べる相手のことだろう。

 最近はここで食べる機会も減ったからな。

 俺の玉子焼きが恋しくなってきたってところか。


「ダメっすよ? 特にあの会長さんは」

「お前もまだ気にしてるのか……」


 海で飲み物をかっさらわれてから、東横は会長を敵視している。

 昼休みにうっかり会長のとこに行くと漏らしたなら、全力で阻止しようと襲いかかってくるし。

 いっそのことみんな一緒に昼飯を食べれば、そこら辺は解決するかもしれないな。

 そのために必要なものは……最高においしい弁当だな。

 よし、腕が鳴る。


「聞いてるんすか!?」

「聞いてるから机を叩くんじゃない」

 バンバンと叩かれて机が揺れる。

 いくらなんでもむきになりすぎだ。

 少し落ち着かせたほうがいいな。


「とりあえず座れよ。昼飯食おうぜ」

「誤魔化されないっすよ!」


 誤魔化すも何もないんだけどな。

 まぁいい、今は昼飯だ。

 果たして、俺の弁当の前にいつまでその威勢を保っていられるかな。

 緩みそうになる頬を引き締めつつ、弁当を開く。


「こ、これは……!」

「どうだ、おとなしく食べる気になったか?」


 驚くのも無理はない。

 なぜなら、今日の玉子焼きは会心の出来だ。

 それこそ先輩の弁当に匹敵すると思えるほどの。

 今日はそれを証明するために二年の教室に赴く予定だったが、それはいい。

 俺の玉子焼きのファンであるこいつだったら、喜んで食べてくれるだろう。

 その顔を見るのも悪くない。


「ごちそうさまっす」

「って、俺の弁当丸ごと!? しかも速っ」

「今日もおいしかったっす」

「お前っ、もっと味わって食えよ!」

 ちょっと目を離した隙に、俺の弁当箱は空になっていた。

 どんだけ腹減ってたんだよ、こいつ。

 なんかもう呆れるしかないが、俺の昼飯はどうしよう。

 このままでは空腹のまま午後の授業に突入してしまう。

 ここは東横から弁当を徴収するのが筋だが。


「みなまで言わずともわかってるっすよ」

「なら話は早い。弁当くれよ」

「了解っす」


 東横は席に着くと、俺の机の上に自分の弁当を取り出して蓋を開ける。

 女の子らしい小さな容器だ。

 足りるかな、これ。


「箸もくれよ」

「ふふふ、かかったっすね?」

「は?」

「箸がなければ食べられない。そして箸を握っているのは私っす!」

「……なにが望みだ?」

「京くんはなにもする必要はないっす。私が全部食べさせてあげるっすから」


 ということは、たまにやるあれをこの食事中、ずっとやるってことか?

 いや、ダメだろ。

「今からでも遅くない、考え直せ!」

「なんと言おうと選択権はこっちにあるっす。おとなしく従った方が賢明っすよ?」

「くっ……」


 箸を弄びながら、勝ち誇った笑みを浮かべる東横。

 まさか素手で食べるわけにもいかないし。

 どうする、どうしたらいい……?

 机の上には東横の弁当箱と、空になった俺の弁当箱。

 箸は全て東横に握られて……ない。

 あるじゃないか。

 空の弁当箱と共に放置された俺の箸が。


「これだっ」

「あっ」


 箸を右手で回収し、左手で東横の弁当を引き寄せる。

 あまりの早業に東横は呆気にとられている。

 これで俺の昼飯は安泰だ。

 勝利の余韻と共に、おかずの唐揚げを噛み締める。


「あ、間接……」

「ん? もう返さないからな」

「ま、結果オーライっすね」

「はぁ?」





 学校からの帰り道。

 今日は生徒会が休みだったため、いつもより時間が早い。

 だからこうやって自転車を乗り回せる。

 少し走ってから買い物に行こうかな。


「さむっ」


 通り過ぎていく風は少し冷たい。

 夏服が終わって間もないが、上着を用意することを考えた方がいいかもしれない。

 それにしても、秋か……サンマがおいしい季節だな。

 シンプルに焼いたものに、大根おろしと醤油。

 うーん、考えただけで腹が減ってきてしまった。


「へい、タクシー」


 聞き覚えのある声に、自転車を止める。

 この気の抜けた感じは、園城寺さんだ。

 まわりに車はないから、タクシーはこの自転車か。


「どっか行く途中ですか?」

「そやで、病院通いの身やからな」


 大きめのトートバッグを肩にかけたその姿には見覚えがある。

 この前は病院からの帰りだったような気がするけど。

「竜華も今日はおらんからなぁ。京ちゃん一緒に行かへん?」

「いいですよ。俺も暇っちゃあ暇ですから」

「京ちゃん大好き!」

「はいはい」


 園城寺さんの冗談を受け流しながら、自転車から降りて横に並ぶ。

 病院だったらそう遠くはない。

 しかし、いざ歩き出そうとしたら、園城寺さんが立ち止まってしまった。


「具合、悪いんですか?」

「ちゃうけど……自転車、乗っけてくれへんの?」

「いや、だって後ろに乗せたらアレやるでしょ」

「アレって、むにゅってやつ?」

「それです」


 普通にしがみつかれるだけならいいが、この人の場合だと押し付けるだけにとどまらない。

 擦り付けてきたり、においを嗅がれたりと様々なオプションが付いてくる。

 からかってやっているのだとは思うが、どうにも心臓に悪い。


「まさか……うちの胸じゃ満足できへん、やと……?」

「そういう問題じゃないんですけど」


 なんか電信柱に手をついて打ちひしがれている。

 そりゃ、東横とかに比べたら小さいけど、十分にあるとは思う。

 どう慰めればいいのかよくわからないが、とりあえず肩に手を置いておこう。

「京ちゃん、うちは同情よりも胸がほしいんや」

「俺じゃちょっと無理です」


 というか誰だって無理だ。

 どうやったら胸を与えられるというのか。


「えー、ハンドパワー的な何かでどうにかならんの?」

「俺をなんだと思ってるんですか」

「守ってくれるって言ったやん。ならこの胸のない悲しみから救ってー」


 守ってあげたいとは言ったような気がするが、これはなんか違うだろ。

 どうやって宥めたらいいのやら。

 からかわれてる可能性もあるんだよな。

 今までの経験から見ても。


「でも俺は豊胸に関してはさっぱりですよ?」

「心配せんでもええよ。うちがナビゲートしたる」

「なら自分でやればいいんじゃ……」

「さー、いってみよか」


 俺の声を遮るように声を張り上げる園城寺さん。

 付き合ってもいいけど、なにをさせられることやら。

 あまり良い予感はしない。

「まず、京ちゃんがこうやって両手を前に出します」

「こうですか?」

「そしてうちがその手をとります」


 細い指が俺の両手首を掴み、胸元へと引き寄せていく。

 そして接触。

 なにと?

 そりゃあ、園城寺さんの胸……


「ちょっと待てっ」

「待てと言われて止まる泥棒はおらんやろ。さ、もみもみしよか」

「泥棒のたとえはなんか違う!」

「えー、実はこの感触を楽しんどるんやろ?」

「あー、もう!」


 手を振りほどく。

 いくらなんでも体を安売りしすぎだ。


「ほら、行きますよ」

「うちの胸でも、ええの?」

「もともとそういう問題じゃない!」

「ほんなら、お邪魔しますー」

「しっかり掴まってくださいよ」

「しっかりマーキングするでー」

「だからそういうのをやめろと何度も……!」


 園城寺さんを病院に送り、買い物を終えると夕日が差し込むような時間になっていた。

 家に帰るか、もう少し寄り道をしていくか。

 さて、どうしようか。

 青みがなくなった空を見上げ、思い浮かんだのは……



 選択安価


※多分このスレ唯一の安価です

 選べるのは二人です

 同じ人を選んでもOKですが、同時にコンマで判定します

 外れたら下にずれるって感じで



・東横桃子(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・松実玄(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・竹井久(コンマ下一桁が1,2,3,4,5,6だったら成功)

・福路美穂子(コンマ下一桁が1,2,3,4,5,6,7だったら成功)

・天江衣(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・清水谷竜華(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)


>>+2
>>+3


安価出して次回に続く

帰宅!

風呂とか入ったら始めます




>>清水谷竜華
>>福路美穂子


 そうして俺の頭に浮かんだのは、やっぱり福路さんのことだった。

 本人は今までの自分はいないと言っていたが。

 いつ資格者になっただとか色々と気になることはあるが、それはこの際どうでもいい。

 どうせまたZECTが絡んでるのはほぼ間違いないし。

 それにしても、龍門渕さんたちがあのバッタのゼクターについて知らないのも気にはなるが、それも含めてとりあえず置いておこう。

 それよりも俺には、もう福路さんのサンドイッチやケーキが食べられなくなることの方が問題だ。

 あの様子じゃ、うちにも来てくれなさそうだし。

 偶然会えたとしてもすぐにいなくなってしまうからな。

 説得とまではいかずとも、話す時間がほしい。


「京太郎ー」


 自転車を押しながら歩いていると、前方から清水谷さんが駆け寄ってきた。

 園城寺さんの口ぶりでは忙しそうな感じだったが、もう大丈夫なのだろうか。

 息を切らせながら俺の前に立ち止まると、女の子特有の良い匂いがそよ風と共に流れてくる。」


「怜のこと送ってくれたんやろ? お礼言っとこうと思てな」

「そのためにわざわざ?」

「まぁ、今日会ったのはたまたまやけど。最近ちょっと立てこんでてな……」


 忙しい理由と言えば思い当たることが一つ。

 もしかしなくても福路さんのことだろう。

 そうだとして、被害はないと聞いたが。

「あんま被害はないんやけど、誰かさんも似たようなことしとらんかった?」

「さぁ、なんの話だかね」


 俺や会長のことを言っているのだろうが、そんなに暴れまわった覚えはない。

 基本的にワームを相手にしてただけだし。

 でもその際に生じた損害は……あったのかもしれない。

 最初の戦いでは車とかを投げつけられたし、次の戦いではパイプとかを壊したし。

 あれ、なんだか否定できないような……


「目、泳いでるで?」

「そ、そんなわけないだろ」

「ま、それはもうええけど」


 それでも人的被害はないはずだ、とでも言い張れればいいんだけど。

 きっとあれこれ考えてしまうのは、俺の欠点でもある。


「ところで、京太郎は今から帰り?」

「そうだけど、正直寄り道するか迷い中」


 買い物もそんなに多くはなかったので、荷物を持ったままでも十分動き回れる。

 まぁ、どこに行くとかも決めてないわけだが。


「なら一緒にちょっと歩かん?」

「デートのお誘い?」

「ちゃ、ちゃうわっ。パトロールやパトロール!」

「パトロールか……」

 福路さんが出歩いているのなら、会える可能性は十分にある。

 だが、会えたとしてもすぐに逃げられては意味がない。

 問答無用で仕掛けてくる可能性だってある。


「わかった、行くよ」

「な、なら早速行こかっ」


 清水谷さんは俺の手を引き、歩きだす。

 暖かく、柔らかい感触。

 しかし俺はその手を引き返し、引きとめる。


「ちょっ、行かへんの!?」

「いや、このままじゃちょっと」


 今は自転車を押している状態だ。

 二人で歩きまわるには少し邪魔になる。

 どこかに置いておきたいところだ。


「あ、自転車」

「そういうこと。とりあえず近くの駐輪スペースに行こうか」


 店に戻ると少し遠いな。

 近くにあるかもわからないから、とりあえず探さなければ。


「……やっぱ自転車置きに行かんでもええよ」

「乗らないなら邪魔になるだろ」

「そのな……やってみたいこと、あるんやけど」




「しっかりつかまらないと危ないって」

「これが限界やっ」


 自転車の二人乗り。

 朝は衣さん、さっきは園城寺さん。

 そして今は清水谷さんだ。

 おもち的に、段々とレベルアップしてることがわかる。

 だからといってどうということはないが。

 いや、本当に。


「ひゃっ、案外揺れるなぁ」


 そりゃあ揺れるでしょうけども、もっとしっかりつかまってくれればそんな不安定じゃないんだよ。

 他の人はなにも考えないで、もしくはなんらかの意図を持ってしがみついてくるのに。

 パトロールと言っていたけど、このぶんじゃ周囲を見る余裕はないだろう。


「はい、曲がりますよー」

「えっ、ひゃあああ!」


 道なりに曲がる。

 肩を掴んでいた手が胸にまわされ、ナイスな感触が背中にダイレクトアタック。

 あくまで道なりであって他意はない。

 いや、本当に。

「あ、危ないやろ!」

「仕方ない仕方ない」


 不可抗力というものはたしかに存在するもんだ。

 そう、抗えないから不可抗力なのだ。

 だからこれは避けようのないことだったんだ、うん。


「もっかい曲がりますよー」

「ちょっ、またぁ!?」


 そしてまた道なりに曲がる。

 さらに強く柔らかい感触が押しつけられる。

 不可抗力、再び。


「わざとやっとるやろ!?」

「痛い痛いっ、運転中だって!」


 胸板に爪が突き立てられる。

 だがハンドルは離さない。

 そこらへんは意地だ。


「大体二人乗りがしたいって言ったのそっちだろ」

「それはそうやけど……こんな恥ずかしいとは思わんかったわ」

「でもこうしてた方が安定するだろ?」

「……せやな」


 今度はお腹のあたりに手がまわされる。

 背中から伝わってくる鼓動につられ、俺の鼓動も速まる。

 もちろん、この後もパトロールが成り立たなかったのは言うまでもない。





「それで、パトロールの首尾は?」

「……言わんでもわかるやろ」

「まぁ、だよな」


 夕日の赤が暗い青に変わりゆく時間。

 ものの見事にパトロールという目的を忘れた俺たちは、駅の前でたそがれていた。

 流石にもう帰らないと晩御飯に差し支えてしまう。


「無駄な時間使わしてもうたな……ごめん」

「いや、なんだかんだで楽しかったよ」


 パトロールのことはすっかり忘れていたけど、デート気分で楽しかったのは事実だ。

 背中で色々良い思いをすることができたし。


「パトロール楽しむとか……気楽やな」

「なに言ってんだ。そっちこそそんなこと忘れて楽しんでたくせに」

「そ、そんなわけないやろ!」


 そんなわけないわけないだろ。

 心拍数的にドキドキしてたのは俺だけじゃないはずだ。

 きっとそうだ。

 というか、そうじゃなきゃ不公平だ。


「ま、それは置いておいて――」

「だから違うって……!」

「――見つけた」

 駅前の通りの人ごみの中、目的の姿を発見。

 そりゃあ木刀を持ち歩いてたら悪目立ちもする。

 スケバンスタイルの福路さん。

 狭い路地の中へ入ろうとしている。


「追うぞ」

「うちも行くっ」


 追いかけて路地の中へ。

 昼間でも暗いが、夜が近づきつつある今はさらに暗い。

 その後ろ姿を見失わないように進んでいく。

 そして曲がり角に差し掛かり、その先へと消えていく。


「ストップ」

「逃がしてまうやろ」

「いや、大丈夫だろ」


 カチッという音とともに、曲がり角の向こうがわずかに明るくなる。

 これは、ライターか?

 だとしたら、もしかして……


「ケホッ、ケホッ! こんなもの吸うなんてやっぱり無理だわ……悪の道は険しいのね」


 予想通りタバコをくわえたと思ったら、むせて地面に取り落とす福路さんの姿がそこにはあった。

 口を押さえてしゃがみ込んでいる。

 正直ほっとした。

「涙目やな」

「……やばい、抱きしめたい」

「はぁ!?」

「しっ、声を抑えて……気づかれるだろ」


 こっちの声を聞き咎めたのか、福路さんが辺りを気にし始める。

 清水谷さんを引っぱり、頭を引っ込めて緊急回避。

 二人揃って口に手を当て、息をひそめる。


「気のせいかしら?」


 しばらくして足音が遠ざかっていく。

 どうやら移動を再開したらしい。


「声、かけへんの?」

「今のままじゃ結局逃げられそうだし、しばらく様子見だな」


 見失わないうちに俺たちも追跡を再開する。

 福路さんがしゃがみこんでいたところに吸殻はなかった。

 きっちり回収していったあたりはらしいが、不良としてはどうなのだろうか。

 そしてまた曲がり角に差し掛かる。

 足音は止まり、猫の鳴き声。

 頭だけ出して状況をうかがう。

「ニャーニャー」

「……」


 野良猫が福路さんの足にすり寄っていた。

 餌を求めているのか、ただ単に懐いているのか。

 自分の足にまとわりつく猫を、福路さんはじっと見つめて動かない。

 俺と清水谷さんは固唾をのんで見守る。


「ニャーニャー」

「……かわいい」


 そう呟くと、福路さんはしゃがみ込んで頭を抱えてしまった。

 具合が悪くなったのかと心配になるが、こらえて様子を見守る。


「ダメ、これは悪い子のすることじゃないわ」


 どうやら具合が悪いのではなく、葛藤しているようだ。

 猫をかわいがりたいけど、そうするわけにはいかない。

 やろうとしていることと、実際にやりたいことが食い違っている。

 俺にはそう見えた。


「あの人……福路さんやったっけ? どうしてしまったんやろな」

「俺が聞きたいよ」

「うちもまともに話したの、海のときだけやからな」

 まぁ、俺の方が付き合いが長いのだからわからなくても無理はない。

 一番仲が良いと思われる会長さえもわからないのだから。


「……そうよ、この前読んだ本にあったわ! 不良は雨の中の子犬に傘を差してあげてもいいって!」

「ニャッ?」

「お腹が空いてるの? 待ってて、今なにか用意するから」


 福路さんはセーラー服の胸元を開くと、その中に手を突っ込む。

 くそっ、暗くてよく見えない……!

 そこにぐれた理由があるのかもしれないので、しっかりと確認する必要がある。

 身を乗り出して詳細を目にしなければ……!


「ストップや」

「ぐえっ」

「てい」

「目がっ、目がっ!」


 襟首つかまれて引き戻され、目つぶしをくらう。

 あくまで軽い一撃だったが、視界を少しの間奪うのには十分。

 そして、見えずとも清水谷さんから冷たい視線が飛んでくるのがわかる。

 ……どうやら俺も少し落ち着く必要がありそうだ。


「どう、おいしい?」

「ニャッ、ウミャッス!」

「ふふ、良かった」

 見えないが、ほのぼのとした光景が繰り広げられてるのだろう。

 少しだけ猫が羨ましい。


「それじゃあ、元気でね」

「サイニャラッス!」


 そして足音が遠ざかっていく。

 にしてもあの猫、やけに人っぽい鳴き方をするもんだ。


「ほら、行くで」

「ちょっ、まだ目がっ……ぐえっ、襟引っぱるな!」


 引きずられながら追跡再開。

 自分で歩けるって!

 なんとか手をほどき、清水谷さんの隣に並ぶ。

 ちょうど目も回復してきた。


「さ、行こうか」

「切り替え早いなぁ。そういうとこは感心するわ」

「数多い長所の一つだ」

「アホ」


 呆れ混じりの罵倒にもめげず、福路さんを追う。

 そしてまたまた曲がり角に差し掛かる。

 てか多いな、曲がり角。

 足音が止まり、今度はカシュッという音。

 曲がり角の向こうをのぞきこむと、福路さんが缶を持って佇んでいた。

「怖がっちゃダメ。飲むのよ美穂子……!」


 なにやら壮絶な覚悟を決めて、手に持った缶と対峙していた。

 さて、次はなんなのか。


「あれ、中身はなんやろか? ジュース?」

「ジュースであんな顔しないだろ」

「じゃあ青汁とか?」

「そういう好き嫌いはなさそうだけど……」


 福路さんは元々良識がある人だ。

 そんな人が飲むのをためらうもの。

 それに不良とタバコというキーワード。

 まさか……酒?


「えいっ……きゅう~」


 俺の予想が的中したのか、福路さんはその場に倒れてしまった。

 駆け寄って抱き起こす。

 寝息……気を失ってるだけか。


「なんやこれ、甘酒やん」

「このままにはしておけないな……とりあえずうちに運び込もう」

「は? なんで京太郎の?」

「いや、ここから近いし」

「二人きりにできるわけないやろ!」

「衣さんもいるんだけど」

「あ……せやな」





 福路美穂子が竹井久と出会ったのは中学二年生の春。

 桜の花びらも届かない校舎裏。

 そこで泣いている美穂子に、久が声をかけたのが二人の関係の始まりだった。


「あなた、どうしたの?」

「誰……?」


 美穂子は良識のある人間だ。

 絵に描いたような良い子ちゃんとでも言えばいいのか。

 当の本人にそんなつもりは全くなかったが、それを快く思わない者も確かにいた。

 平たく言えば、美穂子はそんな心ない者たちにいじめを受けていた。

 友人と呼べる者もいたが、相談をできる性格でもなかった。

 内向的というわけではないが、人に迷惑をかけたくないという思いが強かったのだ。

 そんな美穂子にとって、久は淀んだ空気を吹き散らす風だった。


「私、転入したてで迷っちゃったのよね。良かったら案内してくれない?」

「え……」

「今日からここの二年の竹井久よ。よろしくね」

「……福路美穂子です」


 友達でも知り合いでもなく、この学校ですれ違ったこともない全くの他人。

 無関係の人にさえも気を遣う美穂子だったが、心が弱りそれが緩んでいたのかもしれない。

 一緒に歩くうちに、自分の苦境をポツリポツリと漏らしてしまっていた。

「ふぅん」


 久の反応はそんなものだった。

 それに美穂子は特にショックを受けなかった。

 赤の他人なのだから、その反応も当然だ。

 良く知らない誰かの言うことに大きな痛痒を感じないし、深入りしようとすることもない。

 だからこそ、自分の現状を話したのだから。

 だが、そんな思惑に素直に乗っかる久ではなかった。


「それじゃ、そいつら蹴飛ばしにいきましょ」

「えっ!?」

「だってやられっぱなしなんて悔しいじゃない」


 そう言ってニヤッと笑う久に、美穂子は微かな苛立ちを覚えた。

 この人になにがわかるのか、そう思った。

 それは自分にはない自信を持った久への嫉妬だったのかもしれない。

 顔を上げて、美穂子は初めて久の目を真正面から見つめた。

 いつもは人に向けることのない感情を携え、普段閉じている右目を閉じることも忘れて。


「あら……あなたの右目、きれいね。宝石みたい」

「――見ないでっ」

「……そう。じゃあ最後に一つだけ。ルビーとサファイアって、色は違うけど同じ石らしいわよ」


 久が残した言葉は、今なお美穂子の心に楔のように残っている。

 出会ったその日に、久は色んな意味で美穂子の特別になったのだ。





「う~ん」


 リビングのソファーに横たわる福路さん。

 晩御飯も終わり、衣さんが目をこすり始める時間になっても目覚めない。

 相当深酔いしてしまったのだろうか。

 それもアルコール度数ゼロの甘酒で。


「う……ここは?」

「きょうたろー、美穂子が目を覚ましたぞ」

「はいはーい」


 福路さんが目覚めたという一報を受け、あれこれ用意したものを皿に乗っけてリビングに向かう。

 きっとお腹が空いているだろう。


「衣ちゃん?」

「久しいな、美穂子」

「それと、須賀さん……!」

「ども」


 俺の姿を見るなり、福路さんはソファーから飛びのいて身構えた。

 そうなるかもしれないと思っていたが、実際にされるとちょっとショックだ。

 やっぱり俺に対して敵意を持っているのだろうか。

 それでも、福路さんは福路さんだ。

 今日一日後を追って確信した。

「私の木刀を返して下さいっ」

「家の中で振りまわすと危ないんでダメです」

「そんなっ、人の家でそんなことできるわけありません!」

「そうだぞきょうたろー、美穂子がそんなことするわけない!」

「えぇー」


 まるで俺がおかしなことを言ったかのような反応だ。

 仮にも不良を自称しているのにそれはないだろう。

 たしかに福路さんがそんなことをするとは思わないが。


「とりあえずご飯でもどうですか?」

「そんな施しなんて……」


 そっぽを向いて突っぱねられる。

 続いて腹の虫が鳴く。

 やっぱりお腹が空いていたようだ。


「あ、お腹の音だ。美穂子もきょうたろーのご飯食べよ?」

「これは、その……」

「いいんですか? 空腹のままこの家を出たら、生き倒れてしまうかもしれませんよ?」

「くっ、卑怯です!」


 冗談めかした言葉に素で反応してくれるのも、福路さんの良いところだ

 俺の手から皿を受け取ると、こっちを見て眉を吊り上げる。


「今回だけです。次はありません……いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」





 夜の道。

 月の光の下を福路さんと歩く。


「……」

「……」


 衣さんが寝たのを見届けてから家を出たのだが、どうにも沈黙が続いている。

 そもそも、送るという提案を受け入れてくれたこと自体が意外だったけど。

 まぁ、ダメ元でも言ってみるものだ。


「……借りはこれでなしです」

「借りって、ご飯のですか?」

「それと介抱してくれた分もです……アルコールとは恐ろしいものなのね」


 アルコール云々という呟きは、しっかりと耳に届いた。

 このぶんじゃ、ノンアルコールだってことは教えないほうが良いだろうか。


「でも、次からはこうはいきませんからっ」

「へー、そうですか」


 意気込む福路さんを、ついつい生温かい目で見てしまう。

 なにがあったとかは気になるが、そこらへんは向こうから話してくれるのを待った方が良さそうだ。


「……なにも聞かないんですね」

「聞かれたいんですか?」

「そういうわけじゃ、ないですけど」

 そういうわけじゃないのなら、どういうことだ?

 顔を背ける福路さんに、衣さんの姿がダブる。

 言いたいことがあるのに、言えない。

 もしくは、素直になれずにいる。

 その様子から、普段見せない子供っぽさが垣間見えたような気がした。


「結論から言って、俺はなにかを聞くつもりはありません」

「……」

「だって今の福路さん、俺は嫌いじゃないから」

「嘘……だって私、悪い子なのに」


 悪いことをしているという自覚。

 福路さんの言うそれは、少し世間の認識からずれてると思うが。

 それがあるってことは、他の人より自分の都合を優先してるってことだ。

 あの人も言っていた。


「世界は自分を中心に回ってる。そう思った方が楽しいじゃないですか」

「そんなの、傲慢です」

「ですね。でも、結局は楽しんだ者の勝ちなんですよ。そのために重要なのは、本当にしたいことと向き合えるかだ」


 やりたいようにやって、そして結果が伴うかなんて知りようがない。

 それでも、貫き通せたのなら後悔なんてしないのだろう。

 それが幸福な生き方なのかは別として。

「回り道しても目指すところが変わっても、あなたの本当につながるのなら俺は応援するし、受け止めてもみせますよ」


 偽りのない俺の本心。

 たとえ福路さんの外面や向く先が変わっても、根っこが変わらないのならそれはきっと変わらない。


「もし、取り返しのつかないことをしてしまったら……?」

「そうなる前に俺がなんとかしますよ。それでもダメなら、一緒に地獄にでも堕ちますか」

「――っ」

「ま、それは絶対にありえないですけどね」


 まだ俺の手は近くのものしか掴めない。

 だけど……いや、だからこそ手が届くものは絶対取りこぼしたくない。

 それが叶わないなら、それこそ地獄にだって行ってもいいと思える。


「とにかく、抱え込んだものをたまには誰かにぶつけるのも良いと思いますよ」

「いいん、ですか? 須賀さんや上埜さんにももっと酷いこと、しちゃうかもしれないのに……」

「さっき言った通り、なんでも受け止めますよ。きっと会長だって同じはずだ」


 福路さんにとって会長が特別なように、会長にとって福路さんはまた特別なのだろう。

 そうでなければあんなに取り乱しはしない。


「嘘っ! だってあなたと上埜さんは……!」


 福路さんは木刀を振り上げる。

 今まで見たことのない表情。

 色の違う左右の瞳には、涙の粒。

 今すぐ拭ってあげたいが、こらえて手を広げて待つ。

「どうして、どうして――!」


 涙にぬれた声。

 木刀がカランと地面に落ち音を上げた。

 福路さんは空になった手をそのまま振り上げ……


「どうして私を……!」


 頬に痛みと衝撃。

 顔が横向きになり、福路さんの姿が見えなくなる。

 間違いなく思いのこもった一撃。

 受けたこっちの心まで痛くなりそうだ。

 衝撃で遠くなった耳に届く嗚咽。

 それを止めるために手を伸ばして、今度は胸に痛みの伴わない衝撃が走った。

 むしろ、暖かくて柔らかい。


「福路、さん?」

「お願い、なにも言わないで……」


 縋りつくように抱きしめられる。

 背中にまわされた手が、シャツを掴んで生地が伸ばされる。

 胸のあたりに濡れた感触。

 それをどうにか止めたくて、こっちも相手の背中に手をまわそうとする。

「――ダメっ」

「うおっ」

「それだけは、ダメなんです……!」


 なにかを振り切るように、福路さんが叫ぶ。

 そしてまわそうとした手を払いのけるように俺の胸を押すと、走り去ってしまった。

 追うべきか考えて、やめた。

 きっと更に追い詰めてしまうだけだろう。

 張られた頬と、濡れた胸元に手を当てる。

 まだ熱が残っていた。

 なにを抱えているのかは相変わらず不明だ。

 今ので少しでも発散できたのならいいんだけど。


「会長ー! ……って、須賀じゃん。こんなとこでなにやってるんだ?」

「その言葉、そっくりそのまま返そうか」

「相変わらず失礼なやつだなっ。華菜ちゃんは会長を探してる途中だし」


 タイミングが良いのか悪いのか。

 池田はニアミスしてしまったが、しなかったらしなかったで俺が色々苦労していただろう。

 とにかく、夜に出歩く福路さんが心配で探しているのだろう。


「クンクン……会長の匂いがするし……お前、まさか!」

「匂いって、犬かよ」

「華菜ちゃんは猫派だし!」

「知らねーよ!」





 九月の下旬に差し掛かる今日この頃。

 ワームが出たというので、ライダーとしての活動だ。

 こっちにまで回ってくるってことは、ゼクトルーパーだけじゃ対処しきれないってことだ。

 単純に数が多い、成虫がいる、あるいはそのどちらともだ。

 それとは別に、俺には気になることがあるんだけど。


「どうした、京太郎?」

「……今日は来ると思うか?」

「ああ、バッタさんか」


 福路さんにはこの前逃げられてそれっきりだ。

 ワームの出現は会長にも連絡が行っているはずなので、二人が遭遇する可能性は十分にある。

 あんなことを言った手前、ぶつかり合うのなら積極的に止めようとは思わないが、見届けなければならない。


「さぁな。でも来たぜ、団体さんが」

「純、行くぞ」

《――変身》

「言われなくても」

《――変身》


 ゼクターをベルトに装着し、鎧をまとう。

 ワームは五体で成虫はいない。

 キャストオフせずとも十分対応できる戦力だ。

「サクサク行こうぜ」

「なんの作戦だ、それ?」

「じゃあ、オレに任せろ、なんてのはどうだ?」


 轟音とともに、純の肩の砲門が火を吹いた。

 射線上に一体が声を上げる間もなく消滅する。

 威力高すぎだろ。


「次っ!」

「俺もやるかな」


 爆風に煽られ、体勢を崩した一体に接近する。

 よろけた足を刈るようにキック。

 倒れていく土手っ腹に、アクスを振りおろす。


「――――――!」

「一体目!」

「こっちは二体目だ!」


 純がさらに一体仕留める。

 これで残り二体。

 その片方の姿が変じていく。

 脱皮だ。

「させるかっ」


 純が脱皮途中のワームを狙い撃つ。

 キャストオフしようとした俺の初動より速く、弾丸が放たれる。


「――――――!」


 しかしそれは、仲間をかばうという行動に阻まれた。

 射線上に身を投げ出したワームが消滅する。


「くそっ、間に合わない!」

《――Cast Off! Change Beetle!》

「すんなりとは終わらないってか」

《――Cast Off! Change Stag Beetle!》

「――――――!」


 ほぼ同時に脱皮を終えた俺たちとワームは、距離を挟んでにらみ合う。

 薄い翅を持つ成虫体。

 おそらくは飛行能力がある。

 なら、飛べるやつには飛べるやつ。

 ここは俺が相手をするのが最適だ。


「ちょっと待て……清水谷さんたちの方にバッタが出たみたいだ」

「福路さんが?」

「だと思うぜ」

 別の部隊からの連絡が入ったらしい。

 マスクの耳に当たる部分を押さえて、純が向こうの状況を伝えてくれる。


「それで、会長は」

「今聞く……ああ、トンボさんです。いますか?」


 もし会長が一緒にいるのなら、俺は行かなければならない。

 だがそれには、このワームをなんとかしなければ。


「はい、わかりました……清水谷さんと一緒みたいだぜ」

「そうか」

「……そんなに気になるなら行けよ」

「いいのか?」

「いいんだよ。いいから行け」


 背中を押される。

 ここまで言われてしまったら、行かないわけにはいかない。


「ありがとな」

「気にすんな。お互い様だ」


 純の肩を叩いて背を向ける。

 呼び出しておいたバイクに飛び乗る。

 そしてそのまま、俺はその場から走り去った。





「――――――!」


 致命打を受けたワームが爆散する。

 巻き上がった炎の中に人影。

 バッタのライダー。

 戦闘に割り込んできた親友と対峙して、久はマスクの下で顔を歪めた。


「美穂子……」

「決着、つけましょう」


 炎の中から美穂子が一歩踏み出す。

 しかし、その戦闘の意思を前に、久は銃口を上げることができない。

 迷っていた。

 戦う理由が見当たらない。

 無意識のうちに一歩、後ずさる。


「……逃げるんですか?」

「私たちが戦う理由がないわ」

「あなたにはなくても、私にはあるんです!」


 膨れ上がった感情が破裂する。

 美穂子は一気に距離を詰め、拳を振り上げる。

 放たれたパンチをゼクターの翅で受け止め、久はさらに後退した。


「またそうやって、あなたは私の前からいなくなっちゃうんですね」

「くっ……」

 胴体を狙った回し蹴りを身を低くして避ける。

 そしてそのまま転がって、久は美穂子から距離を取った。


「それに、須賀さんのことだって……!」

「は? 須賀くんになんの関係があるっていうのよ?」

「とぼけないで! 私見ちゃったんです。上埜さんと須賀さんが、生徒会室で……」

「生徒会室? ……なるほどね」


 放課後の生徒会室でのやり取り。

 久が京太郎に初めて手料理を食べさせた時のこと。

 その現場を見られていたのだろう。

 そして、美穂子が自分に突っかかる理由がそこにあるのだとすれば……


「本当、女誑しなんだから」


 ため息をついて、久はグリップを握る手に力を込めた。

 ここ最近もやもやしていた心に、ようやく決着がつきそうだった。

 要するに、美穂子もライバルだったということだ。

 それならば、戦う理由も生まれてくる。


「いいわ、そういうことなら相手してあげる」

「行きます……!」

《――Clockup!》

「来なさい!」

《――Clockup!》





 俺が辿りついた時には、すでに戦いは始まっていた。

 高速状態でぶつかり合う二つの影。

 会長と福路さんだ。


「あれ、止めんでええの?」

「やばそうだったらな」


 ワームを倒し終えたのか、清水谷さんが隣に立つ。

 ここでの俺たちはただの観客だ。

 手を出すことはなく、見守るだけ。


「ま、京太郎がそう言うならかまへんけどな」

「意外だな。すぐに止めに入るかと思ったのに」

「なんかただ喧嘩しとるように見えるしな」


 喧嘩、と言えばそうなるのか。

 今まで福路さんに遭遇しても戦おうとしなかった会長が、今は応戦している。

 そこにはやっぱりそれなりの理由があるのだろう。

 それがなんなのか、いまいちよくわからないが。

 俺にも関係があることなんだろうか。


「なんにしても、仲直りできるとええな」

「だな」





「私に料理教えてって言ったのも……!」

「くっ」


 二人とも変身が解け、丸腰の状態。

 服を掴みあい、頬を張りあう。


「そうよ、それのなにが悪いのよ!」

「あぐっ」


 乾いた音が響く。

 地面に倒れ込んだ美穂子に、久が覆いかぶさる。


「大体、あんた胸大きすぎなのよっ。須賀くんもそればっか見てるし」

「なっ、それは関係ありません!」

「大ありよ!」

「どいて、くださいっ」


 美穂子が久を押しのけ、互いの上下が逆になる。


「ずるいです! 私だってもっと一緒にいたいのに……」

「なら口に出して行動しなさいよ!」

「だって上埜さんと須賀さんは同じ学校で、生徒会で……!」

「あんただってちょくちょく須賀くんの家に行ってるじゃない!」

「お菓子作りを教えてるだけですっ」

「どうなのかしらねっ」

 久が美穂子を蹴りだし、二人の距離が離れる。

 その隙に久は立ち上がり、よろよろと美穂子に近づく。

 美穂子も立ち上がり、久を睨みつける。


「私は、もっと一緒にいたくて!」

「だからそれなら――」

「上埜さんとも、須賀さんとも一緒にいたくて!」

「え……私とも?」


 服を掴もうとした久の手が止まる。

 美穂子の手が、縋りつくように久の肩にまわされた。


「なのに、二人で私を置いて行っちゃうから……」

「美穂子、あなた……」


 置いて行ったという言葉で思い出す。

 中学三年の最後。

 久はやむを得ない事情があり、今の高校へと進学した。

 親の離婚と、それに伴う金銭的な問題。

 そのことを恥じたのか誰にも心配をかけたくなかったのか、結局なにも言わずに去っていったのだ。

 それで美穂子が置いて行かれたと感じているのなら……


「上埜さん……!」

 美穂子が涙にぬれた顔を上げる。

 宝石のような両目に、久の姿が映り込む。

 そして乾いた音が響く。

 もう何度目かわからないビンタ。

 しかし、今の一撃が一番久の心を揺さぶった。


「あうっ」


 勢いに押され、久の体が後ろへ傾く。

 体勢を立て直そうにも、間に合わない。

 重力に引かれて地面に倒れ込んでいく。


「――っ」


 それを美穂子が追いすがるように抱きとめた。

 久の首筋を濡らす涙。

 背中と頭に手をまわし、自分からも抱き寄せる。


「ごめんね、美穂子」


 もっと早く言うべきだった言葉。

 それがなんのつかえもなく口から出ていった。


「上埜さん、私……」

「あと、前の名字で呼ぶのもいい加減にしてよね。私にだってちゃんと名前があるんだから」

「はい……久」





 なんやかんや解決して今日は九月二十四日。

 色々な買い物を済ませ家に帰る途中。

 ぶら下げた荷物の一つに目をやる。

 一応買ったのはいいが、実際に会えるかどうかが問題だ。


「……なんだかな」


 あの一件以来、福路さんはZECTに協力を約束したそうだ。

 そっちが邪魔しない限りこっちも邪魔しないみたいな感じで。

 これは協力と言うよりも不可侵条約じみてないか?

 まぁ、そこらへんはあまり重要じゃない。

 池田の話のよると、向こうの生徒会にちゃんと顔を出すようになったらしい。

 ちょうど引き継ぎの時期で忙しいらしい。

 だから、こっちにも福路さんから音沙汰はない。

 俺が連絡してもノーリアクションだし。

 会長は会長で特に気にした様子もないし。

 あれだけぶつかり合ったのだから、色々とわかりあえたということだろうか?

 そして俺はまだ受け止め足りなかったのだろうか。

 それはともかく、二人の間のわだかまりがなくなったのなら、言うことはない。

 なんにしても、まだ一日二日しか経ってないのだから焦ることはないだろう。


「ただいまーって、あれ?」

 家に入ると、良い匂いが出迎えた。

 そして玄関には衣さんのものではない靴。

 誰かが来て、なにか作っているのか?


「おかえりきょうたろー」

「誰かいるんですか?」

「うん、美穂子が遊びに来てる」

「マジですかっ」


 リビングを抜け台所に行くと、エプロン姿の福路さんがいた。

 格好は相変わらずのスケバンスタイルだが、こうして遊びに来てくれたということは、心境に変化があったのだろう。

 ともかく、これで後で連絡する手間が省けた。


「福路さ――」

「勘違いしないでください」

「はい?」


 俺の言葉を遮るような一声。

 そっぽを向いて不機嫌そうな顔をしている。


「今日は衣ちゃんのためにご飯を作りにきたんです。あなたのためじゃありません」

「はぁ」


 そもそも俺はまだなにも聞いていないんだけど。

 様子がおかしいのも相変わらずのようだ。

 この前のとはちょっと違うとは思うけど。

「美穂子の料理、楽しみだな!」

「ふふ、もうちょっとだけ待っててね?」

「はーい」


 衣さんは元気良く手を上げて、リビングへと向かっていった。

 福路さんの表情はさっきと打って変わって柔らかい。

 だが、衣さんが消えるとまた不機嫌そうな顔に戻る。


「あなたのぶんも作っておきますから、向こう行っててください」

「いや、手伝いますよ。買ってきたもの冷蔵庫に入れないといけないし」


 あれこれ開けてしまっていく。

 今日の夕食の分材料が浮きそうだから、明日の買い物はいらなさそうだ。


「これ、切っておきますね?」

「結構です。私がやります」


 大根を切ろうとすると、横から奪われる。

 すかさず奪い返し、また包丁を握る。


「俺の家の台所だ。ちょっとはやらせてくださいよ」

「私が作ってるんです。邪魔しないで」


 伸びてきた手を避け、大根を頭上に掲げる。

 これなら届かないだろう。

「く、卑怯ですっ」


 福路さんがぴょんぴょんと跳ねる。

 一緒に弾むおもちに、大根じゃなくて俺の目が奪われた。


「――えいっ」

「おわっ」

「きゃっ」


 さらに勢いをつけたせいか、接触事故発生。

 バランスを崩して俺と福路さんは地面に倒れ込んでいった。


「いてて……大丈夫ですか?」

「うぅ、私は平気――ダメっ」


 俺に覆いかぶさっていた福路さんが、弾かれるように離れていく。

 前も同じようなことがあったが、やっぱり恥ずかしいのだろうか。

 俺も恥ずかしくないわけではないけど。


「あなたには久っていう恋人いるのに……ごめんなさい」

「会長と俺が? 勘違いじゃないですか?」

「え、だって……」


 なぜそう思ったのかはわからないが、それが俺を拒絶する理由だろうか。

 だとしたら、誤解はといておく必要がある。

「キスしただとか、そういう決定的な現場を見たわけじゃないんですよね? まぁ、した覚えもないですけど」

「そう、ですけど」

「会長にも聞いてみました?」

「いえ……じゃあ、本当に?」

「いや、俺としてはどうしてそんな誤解されたのかわからないんですけど」


 外から見えることと、実際どうなのかはまた食い違うことがある。

 だからまぁ、福路さんの誤解もそういうことだったのだろう。


「……じゃあ、京太郎さんって呼んで、いいですか?」

「俺は全然かまいません。ウェルカムです」

「ありがとうございます……京太郎さん」


 口に手を当ててはにかむ福路さん。

 こっちも気恥ずかしくなって顔をそらす。

 そういえば、会長のことも名前で呼んでたな。

 俺のことも同じくらい大事に思ってくれているのだろうか。


「そうだ、渡したいものがあるんですけど」


 テーブルの上に置いた紙袋の中身を取り出す。

 今ならきちんと渡せるだろう。


「ちょっと、目をつぶっててくれません?」

「はい」

 福路さんが目を閉じて顔を上げる。

 まるでキスしようとしてるようだ。

 頭を振って余計な考えを追い払い、福路さんの首に手をまわす。

 冷たいものが触れたせいか、その体がビクッと震えた。


「もう開けてもオーケーです」

「……これ、ネックレス?」

「正確にはペンダントですね」


 とはいっても、ごくシンプルなものだ。

 ただ、石だけは本当に綺麗なものを選んだけど。

 小さいけど、深い青のサファイア。

 福路さんの目の色にそっくりだ。


「でも、どうして私に?」

「だって、今日誕生日ですよね。俺の気持ちです」

「――っ」


 いつもお世話になってるから、感謝とか色々込めてあるつもりだ。

 ちょっと値は張ったが、全然惜しくはない。

 福路さんはペンダントトップのサファイアをじっと見つめている。


「え、気持ちって……え、え?」

「福路さん?」

「……きゅう~」

「福路さん!?」





第十一話『女心と秋の空』終了

てなわけで第十一話終了です
ネタ的な意味での地獄兄弟を期待した人はごめんなさい
でも二人揃ってからが本番ですから・・・

したらば!



あと安価キャップはコンマ失敗してるから下のクロチャーじゃない?
もう書いちゃったからどうしようもないけど

>>78

安価のとこの説明が悪かったかもしれませんけど
判定するのは一個目と二個目で同じヒロインが取られた場合のみです
今回はそれぞれ違う人だったんで、無条件で決定です

大体二週間ぶりですこんにちわ
顔洗って歯を磨いたら始めます




 十月の頭。

 薄着が消滅するどころか、コートを着込む人も増えている今日この頃。

 つい先日までの激務から解放され、自由の身の上だ。

 わりと良い気分で階段を下りていると、見知った人と出くわす。

 冬服になったとはいえ、主張をやめないおもちの持ち主は、先輩だ。


「京太郎くん、今日は生徒会ないの?」

「引き継ぎ終わったし、俺のやることはなんも」

「たしか会長補佐だっけ?」

「役職の名前としては立派そうなんですけどね」


 だがその実態は雑用係だ。

 お茶くみとか荷物運びとか買い出しとかやらされるアレだ。

 そんな役目ももう終わりっぽいが。

 なんでかと言うと、ここ最近の激務の内容が生徒会メンバーの一新だったからだ。

 年度のちょうど真ん中ぐらいに位置するこの時期。

 新生徒会の選挙とか色々あったのだ。

 会長――正確には元会長だが――なんかはちゃっかり引き継ぎ用の資料を用意してたらしく、一人だけのんびりしてた。

 俺はその他のメンバーの手伝いしたりお茶くみしたり……つまりはいつも通りだ。

 話が少しそれたが、俺の役職は実は生徒会メンバーの項目には載っていない。

 元々強引に用意されたポストだ。

 俺もしばらくして知ったことだが、対外的には一般生徒が生徒会を手伝っているという形だったらしい。

 だから、会長がその役目を終えたら必然的に俺がいる理由も消え去る。

 つまり俺は色んな意味で自由の身なのだ。

「てか先輩、選挙あったの知ってますよね?」

「知ってるけど、会長補佐って選挙では話題にも上らなかったから続投かなーって」

「続投もなにも、その役職はつい最近消滅しましたよ」

「えぇっ、そうなの!?」


 そんなに驚かれましても。

 それ程意外だったのか?

 まぁ、たしかに生徒会以外の生徒からは一緒くたに見られがちだが。


「そっか……じゃあこれからはその、一緒に帰ったりできるのかな?」

「特に用事がなければ、ですね。先輩は部活とかはやってないんでしたっけ?」

「うん。でもあえて言うなら……おもち部とか!」


 なんだそれは。

 そんな羨ま……いかがわしい部活動があってたまるか。

 いや、もしかしたらお餅を使った料理とかを研究する部なのかもしれない。


「でね! 活動内容はなんと、女の人のおも――」

「大体わかりました!」

「そう? じゃあ京太郎くんも一緒に――」

「遠慮しておきます!」


 もしかしたらと思ったが、全然そんなことはなかった。

 というか、俺がその部活動に精を出したら、もれなく警察のお世話になる。

「はぁ……先輩、もしですよ? もし、男の人に胸揉ませてくださいって言われたらどうします?」

「もちろん断るのです」

「……で、それを俺にやらせる気ですか?」

「あ……」

「まぁ、そういうことです」

「むむむ……男の子って色々難しいんだね」


 頭を抱えているところ悪いが、その感想はどこかおかしい。

 難物なのは明らかに先輩の頭だ。

 女同士だからって揉んでいい理由にはならないだろ。

 本当に自分の欲望に正直な人だ。


「おもちの話題は置いといて、帰りましょうか」

「そうだね」


 昇降口を抜け、玄関から外へ出る。

 帰宅部の不特定多数の生徒に混じって歩く。

 たしかにこうやって誰かと学校から帰るのは珍しい。

 会長とは買い出しに行ったりもしてたが、帰りが一緒ってのはあまりなかったし。


「この後なんか用事とかあります?」

「ないけど……あえて言うなら、おもち探索――」

「あ、それはもういいです」





 買い物の帰り。

 俺と先輩の手には食材が入った袋。

 ちゃっかり買い物デートをしてしまった。

 まぁ、一緒に帰るなら買い物にも付き合ってもらう形になってしまうのは仕方ない。


「買いこんだねー、というか混んだね」

「ちょうどセールの時間だったみたいですね」


 とはいってもそんなほのぼのしている暇はなかった。

 主に商品の取り合いという意味で。

 クロックアップでも使えれば楽勝だったろうに。

 さすがにそれは反則か。


「熾烈な争いだったね」

「怪我とかないですか?」

「大丈夫だよ。おもちの人がクッションになってくれたからね!」

「……セクハラはしてませんよね?」

「あれ、私の心配してくれてたんじゃないの?」

「先輩が警察のお世話にならないか心配ですよ」


 取り合いの最中でも自分の信念は曲げない。

 ある意味立派なのかもしれない。

 やってることは完全にあれだが。

「その点に関しては問題ないよ。ちょっと顔を埋めただけだから」

「問題があるようにしか聞こえないんですが」

「不可抗力の名のもとに、全て許されるのです!」

「それは、まあ……」


 そのドヤ顔にチョップでもいれようかと思ったが、踏みとどまる。

 つい最近のことを思い出して、全く人のことを言えないことに気付いたからだ。

 たしかに不可抗力は仕方ない。


「満員電車で胸を押しつけられるのは?」

「不可抗力なのです!」

「急カーブで勢いがついて触れてしまうのも?」

「それも不可抗力なのです!」

「……先輩!」

「京太郎くん!」


 がっちりと握手を交わす。

 先輩との絆が深まったような気がした。


「俺、誤解してました。先輩が街中で無理矢理女の人の胸を触ってるもんだと」

「うんうん、誰にでも間違いはあるのです。さぁ、一緒におもちハントに……!」

「あ、それは遠慮しときます」

「そんなぁ、京太郎くーん!」





 先輩と別れた後の帰り道。

 まだ日は沈んでないが、少し肌寒い。

 それ程強くはないが、風が出てきていた。

 上着を着てこなかったことに少し後悔する。

 そんな俺の前にコートの後ろ姿。

 こっちと同じく買い物袋をぶら下げているその人は……


「福路さーん!」

「あ、京太郎さん……こんにちわ」


 ちょっと硬い挨拶が返ってくる。

 俺と向かう先がかぶるってことは、うちに来るつもりなのかな。

 そうだとしたら、衣さんも喜ぶだろう。

 そんな視線に気づいたのか、買い物袋を隠すように後ろ手にまわしてしまった。


「か、勘違いしないで。衣ちゃんのためですから」

「それ、前にも言ってませんでした?」

「とにかくですっ」


 なんかツンデレっぽい言い回しだが、俺に対しては最近こんな感じだ。

 誕生日プレゼントが気にいらなかったのだろうか。

 しかし、福路さんの首には俺があげたペンダントがぶら下がっていた。

 身につけているのなら、少なくともそれはないか。

「せっかくだから一緒に行きましょうか」

「あくまで仕方なくです。京太郎さんみたいな人と歩くのも仕方なくなんです」

「一体、福路さんの中で俺はどんな人間になってんですか……」

「女の敵、かしら?」

「女の敵ぃ!?」


 全く予想してなかった言葉が飛び出してきた。

 もちろんそんな自覚はない。

 もう予想外すぎて、寝耳に水どころでなく氷塊でも降ってきたかのような衝撃だ。

 もしかして、俺は嫌われてしまったのか?

 ……メゲルわ。


「もうダメだ……福路さんに嫌われた」

「えっと、嫌いというわけじゃ……」

「無理しなくて、いいんですよ? どうせ俺は女の敵なんだ」

「それは……そうですけど」

「やっぱりぃ!」

「でも! 私は嫌いじゃなくて、あの……むしろ、好きで……」

「女の敵でも?」

「女の敵でもです! そもそも嫌いな人を名前で呼んだりしません!」

「……福路さん!」

「きゃっ」

 歓喜のあまり福路さんの手をとる。

 沈んでいた気分が浮き上がっていく。

 もうその言葉だけであと十年は戦える。


「あの、手……離して下さい」

「あ、すいません。つい」


 いかんいかん、少し正気を失っていたようだ。

 そりゃあ男にいきなり手を握られたら驚きもする。

 とりあえず、福路さんからちょっと離れよう。


「あ……」

「どうかしました?」

「どうもしませんっ」


 顔を背けられてしまった。

 衝動的とはいえ、やっぱり無断で手を握ったのはまずかったか。

 これで、もし嫌われてしまったら……

 落ち着け、福路さんはそんな狭量な人じゃない。


「なんか、すいません」

「……本当に悪いって思ってます?」

「思ってます。海より深く反省するぐらいに」

「それなら、一つだけやってもらいたいことがあります」

 福路さんは咳払いをすると、人差し指を立てる。

 果たしてどんな要求が飛び出てくるのか。

 これが会長やそのあたりだったら酷い目にあわされそうなとこだ。


「実は、新しいお菓子を作ってみるんです。衣ちゃんのために」

「新作ですか」


 最後の一言がいやに強調されていたが、そういうことらしい。

 多分洋菓子だと思うが、今日はどんなものだろうか。


「それを京太郎くんに味見してもらいます」

「喜んで!」

「味が悪くても、全部食べなきゃ許してあげないんですから」


 俺としては望むところだ。

 正直これではご褒美と変わらない。


「ところで、今日はどんなお菓子ですか?」

「それは作ってみてのお楽しみです」

「そんじゃ、早く帰りましょうか」


 美味しい物を食べるのは楽しいが、一番楽しいのはそれを待っている間だ。

 そんな言葉を思い出す。

 隣で歩く福路さんとの距離は、案外近かった。





「ケーキ、ケーキっ」

「それはご飯の後にしましょうか」

「きょうたろーはさっき食べてたのに?」

「あれは味見です。毒身とも言います」


 冷蔵庫の中には、福路さんが作って置いていったフルーツケーキがワンホール。

 俺は味見を名目にあーんしてもらったりしてたが、今は夕飯の直前だ。

 そっちを先に食べると、ご飯が入らなくなる可能性がある。


「きょうたろーだけずるいっ。衣も毒見したかった!」

「福路さんは衣さんのために俺に毒見を頼んだんですよ?」

「う~、でもぉ」

「じゃあ、俺のご飯と福路さんのケーキ、どっちが大事なんですか」


 この言い回しだと、仕事と私云々のくだりを思い出してしまう。

 間違いなく、聞かれても困る類の質問だ。

 でも、きっと俺のご飯を選んでくれるはず。

 なんたってほぼ毎日食べてるんだから。


「どっちも!」

「そんな……きょうたろーのご飯! って昔なら即答だったのに!」

「だって、美穂子のお菓子もおいしいから仕方ない」

「それは十分わかってますけども……!」

 それでも悔しいものは悔しい。

 うちひしがれて床を手で叩く。

 くそ、こうなったらお菓子作りを極めるしかないじゃないか!


「うーん、やっぱりご飯を先に食べる」

「こ、衣さん」

「楽しみにしているものを待ってる時が一番楽しいって、そーじも言ってたし」

「ですよね! ……ってちょっと待て」


 それはつまりあれか?

 俺のご飯はデザートの前座、ボスの前の中ボスだと?

 ……マジか。


「……メゲルわ」

「わっ、きょうたろーがいじけた!」

「いじけてないです。ちょっと心がどどめ色なだけです」

「どどめ色ってどんな色?」

「よくわかりません」


 なんかもう、やる気がしぼんでいく。

 テープを貼って、その上から針を刺して穴をあけた風船のように。

 もう、インスタント食品でもいいんじゃないかな。

「……きょうたろーのご飯がいい」

「俺のことなんて気にしなくても良いんですよ?」

「きょうたろーのご飯が好き!」

「……じゃあ俺のことは?」

「大好き!」

「……っしゃあ!」


 やる気がみなぎる。

 我ながら単純だ。

 でも総司さんだって妹さんに嫌いと言われた時は、世界が終わるかと思ったらしい。

 だからきっとこれでいいんだ。


「待っててください。今最高の豚カツを出しますから」


 冷蔵庫や戸棚を開け、必要なものを取り出していく。

 豚肉、卵、パン粉、小麦粉、油……

 そこで俺はある重大なことに気づく。


「醤油が、ない……?」


 そう、俺は豚カツには醤油をかけて食べるのだ。

 ちなみに衣さんはソース。

 ともかく、このままではまずい。

「衣さん、ちょっと出かけてきます」

「もうすぐご飯なのに?」

「醤油を、買い忘れました」

「あー、きょうたろーは醤油派だったんだっけ」

「これはもはや是非もありません」

「うんわかった。待ってる」

「すみません」


 エプロンを外して自分の部屋へ。

 財布と上着を引っ掴んでまた階段を下りる。

 よし、これで出かける準備は万端だ。


「きょうたろー、出かけるなら十分気をつけるんだぞ」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃちゃっと帰りますから」

「うん……でもこの前いきなり入院したし、それに最近また妙な気配が増えてる」

「妙な気配……」


 衣さんがこんなことを言うのは初めてではない。

 なにか普通でないものを感じているのだろうか。

 それがなんなのかはわからないが。

 そして、ふとある光景が頭をかすめる。

 月の光に照らされた衣さんの背中に、薄く透き通った翅。

 ……あれはただの見間違いだ。

 頭を振って追いだす。


「それじゃ、いってきますね」

「いってらっしゃい」





 日も沈みきって、夜空に星が出ている。

 スーパーまで醤油を買いに行ったら、少し時間がかかってしまった。

 流石に空腹だ。

 そしてそれは待ってる衣さんも同じだろう。

 家を目指して自転車をこいでいると、街灯に照らされた知り合いを見つける。


「なにやってんですか?」

「ひゃっ」


 後ろから声をかけたら飛び上がるほど驚かれた。

 もう暗いし、仕方ないことだ。


「う、うちみたいな美少女襲っても――って、京ちゃん?」

「京ちゃんです」

「もう、驚かさんといてや。心臓止まるかと思ったわ」

「すいません」


 園城寺さんは若干眉を吊り上げている。

 本気で驚いたらしい。


「こんな時間にどうしたんですか?」

「こんな時間て、まだ日ぃ沈んだばっかやん」

「それはそうですけどね」

 この時間帯に出歩いている学生は珍しくはない。

 部活動帰りの生徒だったらそこらへんにもいるし。

 だけど、園城寺さんは違う。

 私服だから学校から帰った後だろう。

 それに、そんな周囲をきょろきょろと見ていたら、普通じゃないってのはすぐわかる。


「なんか探してるんですか?」

「ちゃう、散歩や」

「なるほど……で、実際のところは?」

「……」

「……」


 ノーリアクション。

 園城寺さんは困ったような顔をして黙りこんでしまった。

 何気にこの人が言葉を途切れさせるのは珍しい。


「……言わなあかん?」

「まぁ、そこまで無理に聞きだそうとは思いませんけど、困ってるなら力になりますよ」


 これはきっと、まだ手が届く範囲だ。

 それに、俺は園城寺さんを身内と思う程度には大事に思っている。

 他人の好意をどこか受け入れられずにいた過去が、ずっと昔のように感じられた。

 誰かとの結びつきが強まれば、人は弱くなるという。

 たしかにしがらみが増えれば、その分付け入る隙が生まれる。

 だけど、それは本当の弱さじゃないんだ。

「実は……竜華の後をつけてたんやけど」

「清水谷さんの? なんでまた」

「竜華の隠し事、どうしても気になってな」


 清水谷さんの園城寺さんに対する隠し事。

 それが示しているのは一つしかない。

 ライダーのことだ。


「最近怪我してることも多なったし、今日もいきなり飛び出していってな」

「……こっちに言えばいいのに」

「ん? どうかしたんか?」

「いや、ほんとどうしたんでしょうね、清水谷さん」


 いきなり飛び出していったというのは、恐らくワームが出たからだろう。

 俺に連絡がこなかった理由は、すぐに片付く程度だったとかそんなとこか。

 こっちに少しよこせと言ったはずなのに。


「まぁ、こんな感じに見失ったんやけどな」

「しょうがないですね」

「てなわけで、うちはもうちょい探してみるわ」

「それはダメです」

「えー、ケチー」

「ダメったらダメです」

 付近にワームがいるのなら、このあたりをうろつくのは危険だ。

 ゼクトルーパーの姿が見えないから、すぐ近くにいるというわけではなさそうだが。


「もうちょっとだけやから……な?」

「あのですね? 大切な人が夜に出歩いてるって知って、ほっとけるわけないでしょ」

「……マジかー」

「どうかしました?」

「なんでもない。きっと無自覚やろうし」


 園城寺さんも同じように清水谷さんのことが心配なのだろう。

 それは十分にわかってるつもりだ。

 ワームと戦っているわけだし、危険度は比較にならない。

 それでも、清水谷さんには戦う術がある。

 そこらへんの事実を伝えられたら納得させられるかもしれない。

 だが、それを俺の口から言うわけにはいかない。


「じゃあ、こうしましょう」


 だからこそ、妥協案がいる。


「清水谷さんの後をつけるときは連絡してください」

「京ちゃんに?」

「そうです。毎回というわけにはいきませんけど、俺も同行します」

 一人より二人の方が断然安全だ。

 俺は戦う術を持っているし、いざという時は守ることができる。

 そして俺が一緒なら、清水谷さんへの注意をそらして事の露見を防ぐこともできる。

 園城寺さんには悪いが、清水谷さんが望まない以上、知られるわけにはいかない。


「ただし、俺が行けないときはおとなしくしてること。いいですね?」

「んー、京ちゃんがそこまで言うなら」

「決まりですね。じゃあ帰りますか」

「え? これから一緒にって流れやないの?」

「残念ながらお腹を空かせて待ってる人がいるんで」


 今日は早く帰って豚カツを揚げなければいけない。

 俺一人の問題だったらいくらでも後回しにしてもいいが。


「園城寺さんもうちで食べてきます?」

「それは魅力的やな。けど遠慮しとくわ」

「じゃあ、保護者を召喚しますか」


 清水谷さんにメールを送る。

 ワームの件が片付いているのならすっ飛んで来るだろう。


《――Clock Over!》

「怜ー!」

「あ、竜華」


 まさかクロックアップで近くまでくるとは、さすがの俺も予想してなかった。





「ってなわけで、お願いします」

「どうしようかしらねー」


 放課後の学食。

 その隅の方で向かい合う俺と会長。

 自分で言うのもなんだが、この状況は中々珍しいと思う。

 俺から会長にお願いすることなんて、今まであったかどうか。


「私、一応受験生なのよ?」

「俺がどうしても行けない時だけでいいですから」


 園城寺さんと一緒に清水谷さんを追うってことは、その間戦いに参加できないってことだ。

 ライダー全員が出張らなきゃいけないのなら仕方ないが、一人二人抜けてもいいのなら優先的にそのポジションをもらいたい。

 純はZECT所属だから無理。

 ハギヨシさんは龍門渕さんのそばを長くは離れられない。

 となると、残るは会長と福路さんだ。

 福路さんにはお世話になってるし、会長に借りを作るのは気が引ける。

 それでもどちらかと言われたら、会長に頼む方に天秤が傾いた。


「わかったわ。そのかわり――」

「そこらへんはわかってます。なんでも言ってください」

「――と言いたいけど、無償でやってあげる」

「はい?」

 なんか会長らしからぬ一言が聞こえた。

 無償と言ったのか?

 霧消とか無双じゃなくて?

 あの会長が?


「あのね、あなた私をなんだと思ってるわけ?」

「わりと傍若無人だと」

「やっぱやめようかしら」

「あー、冗談です冗談」


 席を立とうとする会長を引きとめる。

 思えば生徒会への不参加を認めてもらったりとか、色々便宜を図ってもらった覚えがある。

 そもそも一般生徒の手伝いだから参加義務もないんだけどな。


「まぁ、いいわ。どうせ私が断ったら美穂子に頼むだろうし」

「そういうことになっちゃいますね」

「その点、私に先に言ったのはポイント高いわよ?」

「貯めるとなにかと交換してくれるんですか?」

「そうね……私からのあっつ~いキスとか」


 それが魅力的じゃないと言えば嘘になる。

 だけど、これはふざけて言ってるだけだろ。

 ……たまには乗っかるのもいいかもしれない。

「出世払いでお願いします」

「え、それ私にその……してほしいってこと?」

「もちろん!」

「……バカ言ってんじゃないわよ」

「いてっ」


 頬をつねられる。

 おふざけの終着点としてはこんなとこだろうか。


「それにしても須賀くん、あなたちょっと変わったんじゃない?」

「そうですか?」

「前は一人でなきゃいけない……みたいなこと言ってたけど、今は違うみたいね」


 前に会長に話したことがある。

 天に一人立つということは、誰の手も届かない場所へ行くことだと。

 それはつまり、孤高だ。


「私はもちろん好ましい変化だと思っているけどね」

「……」

「ただ、須賀くんが目指す場所が今も変わりないのかな? って思ったわけよ」


 たとえば、上に進むためには体を軽くしなきゃいけないとする。

 だけど、今の俺に身を重くするしがらみを捨てられるかと言えば……それは無理だ。


「じゃあ用も済んだみたいだし、そろそろ帰るわ」

「会長、ありがとうございました」

「それじゃあね」





 学食を出て、駐輪所経由で校門へ向かう。

 頭の中を占めるのは、さっき会長に言われたことだ。

 俺の目指す場所は変わらない。

 でも、本当に近づけているのか?

 むしろ遠ざかってるんじゃないのか?

 そんな疑問、というより不安がひっきりなしに浮かんでくる。

 あれこれと考えても仕方がないことだというのはわかっている。

 それでも、簡単に払拭はできない。

 この不安は今に始まったことじゃないからだ。


「お、京太郎じゃん」

「……純か」


 校門から出てしばらく自転車を引きずって歩いていると、純に声をかけられた。

 同じく学校の帰りなのか、珍しくスカート姿だ。


「どうした? オマエが暗い顔してるんて珍しいな」

「ちょっと悩みごと」

「……熱でもあんのか?」

「失礼な奴だなこの野郎」


 俺が悩んでいるのがそんなに珍しいってか。

 たしかに振り返れば悩みを聞く側だったような気がするが。

「悪い、冗談だよ」

「まぁ、だろうな」

「少し歩こうぜ」


 連れだって歩く。

 自分より背の高い女子と歩くのは中々貴重な機会だ。

 純の跳ねた髪の毛を見ながら、そんなどうでもいいことを考える。


「そういえば、最近ワームの動きってどうなんだ?」

「前ほどじゃないけど、ちょっと増えてきてるみたいだな」

「なるほどな……」


 ということは、清水谷さんもそれなりに忙しくなってきてるのかもしれない。

 園城寺さんが心配するのも無理はない。


「でもまぁ、同時にたくさん出てこないから、そんなに手間はかかってないんだわ」

「だからこっちまでまわす必要はないってか」

「そういうこと。だって基本的にZECTの仕事だからな」


 前みたいにわかりやすくワーム発生の原因があれば、話は早いのに。

 ささっと解決ってのは難しそうだな。


「お二人とも」

「あん?」

「ハギヨシさんじゃないですか」

 すぐ近くに車が止まったかと思えば、窓が開いて執事さんが顔を出した。

 車は白い乗用車。

 いつもの黒塗りのリムジンではない。


「もし良ければ家までお送りしますが、どうしますか?」

「オレはいいんですけど」


 純の視線がこっちに向けられる。

 俺も送ってもらうことに異論はないが、問題がある。

 さすがに自転車は乗らないだろう。


「なるほど、そういう事情でしたら……」


 ハギヨシさんは運転席から降りてトランクを開けると、自転車をすっぽりと収納してしまった。

 トランクはキャビンと一体型でそこまでスペースに余裕はないはずだが、座席を倒してすらいない。

 また執事の恐ろしさを目の当たりにしたような気がする。


「これにて解決ですね」

「龍門渕の執事ってすげーな」

「ハギヨシさんが凄いんだと思う」

「それでは、どうぞ」


 後部座席のドアが開かれる。

 俺と純はちょっと緊張しながら乗り込んだ。

「では、出発します」


 車は静かに走り出す。

 普段だったらあまり気にしないことだが、静かに走るのは結構な技術だと思う。


「これいつものリムジンじゃないですけど、ハギヨシさんの車ですか?」

「そうですね。お嬢様お付きやお客様の送迎がないときはこちらを使っています」


 助手席には買い物袋が置いてある。

 察するに買い物からの帰りだろう。


「オレの家はちょっと遠いけど大丈夫ですか?」

「かまいません。ちょっとしたドライブのつもりで楽しませていただくつもりですから」


 ふと、ハギヨシさんに疑問をぶつけたくなる。

 なにか不安や悩みごとはないのかと。

 こんな人でも抱えるものがあるのなら、それは俺にとっても一つの道しるべになる。


「……ハギヨシさんは、悩み事とかありますか?」

「もちろんありますよ」

「へ?」


 まさかの即答だった。

 あるにしてももっとこう、もったいつけるかと思っていたのに。

「そんなに驚かれるとは……少々予想外でしたね」

「いや、オレも正直驚きました」


 どうやら純も同じようなことを思ったらしい。

 そんな俺たちの反応に苦笑しているハギヨシさんは、いつもより親しみやすさがあった。


「私の場合、自分を制することですね」

「自制、ですか」


 前に剣を交えた時のことを思い出す。

 俺の蹴りを受けた後の様子は、たしかに我を忘れている風ではあったな。

 そのことを指して言っているのかもしれない。


「自制って、萩原さんがそんな羽目外してるとこ、オレは見たことないな」

「そのことは少々恥ずかしいので、伏せさせていただきます」

「なんだよ、気になるなぁ」

「ふふ、執事には秘密もつきものなもので」


 ハギヨシさんからすると、あれはあまり知られたくないものなのかもしれない。

 自分の欠点を好んでさらす人間もそんなにいないとは思うが。

 だったら俺もそのことに関して突っ込むべきではないな。


「お、青信号だ。萩原さんこのまま行こうぜ」

「でもあれ、もうすぐ黄色に変わりそうだな」

「では、赤になる前に突っ切ってしまいましょう」

 加速によって加重がかかる。

 周囲の車より一段階上の速さ。

 そのまま信号を突っ切ろうとして、隣を物凄い勢いでワゴン車が通り過ぎていった。


「うおっ、危ねーな。なんだ今のワゴン車」

「フォルクスワーゲン・タイプ2……」

「ハ、ハギヨシさん?」


 俺は見逃さなかったし、聞き逃さなかった。

 抜かれた瞬間、ハギヨシさんの眉が一瞬つり上がったところを。

 地獄の底から響くような低い声で、相手の車種を呟いたことを。

 え、自制心ってもしかしてこのこと?


「失礼っ」


 さらなる加重によって、体がシートに押しつけられる。

 ミラーに映るハギヨシさんの顔は、少し笑っていた。


「は、萩原さん、一体どうしたんだよ!?」

「とにかく落ち着いて!」

「龍門渕の執事が、走り屋としても一流であることを証明して見せましょう!」


 速度計を見れば、もうじき100km/hオーバー。

 かつてないスピードバトルが始まった。





「……死ぬかと思った」


 なんとか家に帰りついた俺は、自室のベッドに倒れ込んだ。

 あの後、公道最速を記録しそうなカーレースが繰り広げられた。

 もう俺たちを送るという目的はどこかに吹っ飛んで、いつの間にか峠を走ってたし。

 決着は相手の脱落。

 ヘアピンカーブでワゴン車がガードレールに突っ込んでお終いだ。

 なんかワハハーとか聞こえたけど、きっと気のせいだな。

 そんなこんなで正気に戻ったハギヨシさんに謝られながら、ようやく家に帰れたわけだ。


「ん……五時か」


 ベッドの脇の目覚まし時計を確認する。

 炊飯の用意だけしてちょっと仮眠でもとろうか。

 さすがにあれはきつかった。

 急加速やGに耐えられるのは、ライダーに変身してたからだったんだな。

 そりゃそうか。

 バイクだって変身して使うことを前提にしてるからか、最高時速がおかしなことになってるもんな。


「きょうたろー、ただいま!」


 階下から俺を呼ぶ声。

 さて、とりあえず下におりますかね。





 夜も明けて今日は休日。

 そしてなんの予定もない。

 つまりは自由だ。

 言いかえれば暇人ということだが。

 さて、どうしようか。



 選択安価


※多分このスレ唯一の安価です

 選択枠は二人分です

 両方で同じ人を選んだ場合、二個目の方でコンマ判定します

 外れたら下にずれるって感じで



・東横桃子(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・松実玄(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・竹井久(コンマ下一桁が1,2,3,4,5,6だったら成功)

・福路美穂子(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・天江衣(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・清水谷竜華(コンマ下一桁が1,2,3だったら成功)


>>+2
>>+3


続く!


帰宅
飯とか食ったら始めます




>>東横桃子
>>松実玄


 そして今、俺は危機に直面していた。

 昼前のこの時間に、せっかくだからと出た散歩の途中。

 天気も良くて鼻歌まじりで公園を歩いていたのだが、問題が生じた。

 このままでは俺は心身ともにダメージを受け、下手をするとしばらく動けなくなる可能性がある。

 それほどまでに重大な問題だ。


「やべぇ、やべぇよ……」


 まず、前の方から先輩が歩いて来ていた。

 またおもち探索でもしてるのか、きょろきょろとあたりを見回しながら。

 それだけなら全然問題はない。

 普通に挨拶して少し話でもして、良ければ一緒に歩いたりだ。

 実際、俺も手をあげて声をかけようとした。

 だが、次なる登場人物の出現がそれを許さなかった。

 それが誰かというと、東横だ。

 先輩の右の方からこちらに向かって歩いて来ていた。

 もちろん、東横に声をかけることにも何ら問題はない。

 問題は、二人が揃っているこの状況だ。

 あの二人は何故だか仲が悪い。

 この前の学校祭の時は酷い目にあったものだ。

 ともかく、そこに飛び込んでいったらなにが起きるのかわかったもんじゃない。

 上げようとした手をさげ、俺は近くの茂みに身を隠した。

「げっ……」


 東横も先輩に気付いたようで、嫌そうな声を上げると胸を隠すように手を組んで、おもちハンターの視界から逃れようとしている。

 先輩はセンサーが反応したのか、挙動に変化が表れていた。

 このままだと東横が見つかるのは時間の問題だな。

 悪いが俺はその隙に離脱させてもらうとしよう。


「ねーママー、あの人茂みの中でなにしてるの?」

「しっ、見ちゃいけません!」


 そんな母親と子どもの会話が聞こえてくる。

 どうやら近くに怪しいやつがいるらしい。

 こんな午前中からなにをやっているんだか。

 それはともかく、今はどうやって抜けだすかだ。

 東横はもうこちらに背を向けて、そろそろと去ろうとしているから多分問題ない。

 だが、今出て行ったら確実に先輩に見つかる。

 闇雲に飛び出すのは愚策だ。

 機を待たなければ……


「あれ? 近くにいるって思ったんだけどな……」


 そして先輩の目が逃げようとしている東横の方へ向かう。

 ここだっ……!

 茂みから抜け出すために地面を蹴る。

 そこで俺は自分が古典的な失敗を犯したことに気がついた。

「木の枝、だと……!?」


 まるでトラップのように足の下に存在していたそれは、踏みつけられてパキッと音を立てる。

 公園は人気がないわけじゃないし、他の音もけっこうあるはずなのに、その音だけいやに響いた。

 まずい、なんて思っても事態は動き出してしまった。

 もう止まれないし、引き返せない。

 結果、東横を見つけるはずの先輩の目は向かう先を変え、ちょうど茂みから飛び出した俺を捉えるのであった。

 うん、ばっちり目があった。


「あっ、京太郎くーん」


 先輩が小走りでこっちにやってくる。

 天真爛漫な笑顔はいいんですけど、そんな大きな声で呼ばなくても……

 そしてそれに反応してか、東横も振り返る。

 俺の姿を認めると、駆け足で近付いてくる。

 離脱計画は失敗に終わった。


「おはようだね。こんな時間に会うなんて珍し――」

「京くーん!」


 先輩の声を遮るように東横が飛び込んでくる。

 着弾予想地点は、多分俺。


「ぐぬっ」

「こんなとこで会うなんて奇遇っすねー。これはもう、きっとそういう運命なんすよ」

 胸に飛び込んできた東横のおもちが、押し付けられてつぶれる。

 一瞬だけ巴投げでもしてやろうかとも思ったが、そんな考えはすぐに霧散した。

 うん、やっぱり女の子だし、そういうことするのは良くない。


「京くんはこれから暇っすか? だったらデートに行くっすよ」

「東横、とりあえず落ち着――」

「えいっ」


 東横が俺の右腕を取って抱きかかえる。

 上着越しの柔らかい感触に、言葉を途切れさせざるをえない。

 くそ、主導権を握られている!


「さ、せっかく二人きりなんすから、今日は楽しむっすよ」


 ぐいぐいと引っ張られる。

 まるで先輩をいないもののように扱っている。

 たしかにさっきから呆然として黙ってるけど。


「ダメっ!」


 張りあげられた声と共に、今度は逆の腕が引っ張られる。

 誰かなんて言うまでもなく、先輩だ。

 眉を吊り上げて東横に対抗している。

 恐れている事態へと、状況はシフトしつつあるようだ。

 ……あー、今日は本当にいい天気だなー。

「なんすか。これからデートに行くんすから、邪魔しないでほしいっす」


 やけにデートの部分を強調した文言とともに、右腕が引っ張られる。

 体が流れないように踏ん張る。


「私もついていきます!」


 負けじと引っぱられる左腕。

 良い感じに釣り合いが取れて、踏ん張っていた足が楽になった。

 両腕は痛いんですけどね。

 二人の母親に手を引っぱられた子どもも、痛い思いをしたのだろう。


「デートの意味は知ってるっすか? 二人で定員っす」

「でも、ダブルデートっていう言葉もあるから大丈夫だよ」

「それは男女のペアが二組あって成立するものっす。三人だと一人あぶれちゃうっす」

「じゃあ、京太郎くんが二人分こなせば問題ないよね」


 ちょっとよく考えてほしい。

 そうすれば問題しかないことに気づけるはずだ。

 いや、決して東横に賛同するってわけじゃないが。

 とにかく、今の俺は貝なのだ。

 嵐が過ぎ去るのをじっと待っているだけの。

 あー、空はこんなに青いのにな。

「大体、乳揉みさんは何の権利があって私たちの邪魔してるっすか」

「と、東横さんだってただのお友達だよね? なら同じじゃないかな」

「同じ立場かどうかは別として、これは早い者勝ちっす」

「そ、そんなぁ」


 状況が傾く。

 今のところ東横が優勢だ。

 俺からしたらおかしなことしか言ってないけど。

 こっちの意思の確認なんてとろうともしない。

 ていうか、いい加減周囲の目が厳しい。


「これでわかったっすか?」

「……」


 流石にもう潮時か。

 先輩も黙り込んでしまったし。

 このままだと良くないことになりそうだ。

 すでに手遅れな感は否めないけど。


「二人とも、とりあえず……って先輩?」

「うぅ~~」


 まさか泣いているのか?

 でも、顔をうつむけてぷるぷる震えるその様は、むしろ嵐の前の静けさを感じさせた。

 なんだろう、先輩に次の言葉を言わせてはならないような……

「先輩っ、ちょっと待って――」

「だって私ちゅーしたもん!」


 嵐、到来。

 直撃を受けた東横は固まった。

 先輩は自分がなにを言ったかに気付いたのか、しゃがみこんでまた唸り始めてしまった。

 そして周囲の空気が豹変。

 具体的に言うと、ギャラリーの視線が冷たい雨となって俺に降り注いでる。

 当たり前だ。

 客観的に見たら多分、俺は二股をかけた上にどっちかを選べずにいる優柔不断野郎だ。

 そんな事実はどこにもないが。


「京くん、ちょっと、話が、あるんす、けど」

「落ち着こうぜ。お前は誤解してる。後その喋り方怖い」

「誤解ってなんすかなにが誤解なんすかした回数が五回とかそういうことっすか!」

「揺らすな! 落ち着け!」

「ら、乱暴はダメだよっ」


 俺の肩を掴んで揺さぶる東横に、わたわたする先輩。

 激しくシェイクされて頭痛がしてきた。


「二人ともストップ!」


 東横の手から逃れて制止をかける。

 これ以上ここで騒げば、もうただの晒しものでしかない。


「とりあえず場所を変えよう。話はそれからだ」


 もうじき昼飯時だ。

 俺は少し強引に二人の手を取ると、突き刺さる視線から逃れるように目的地へと歩きだした。





「ただいまー、衣さーん?」


 我が家へと帰還する。

 しかし、俺の帰りを待っていたはずの衣さんからの返事はない。

 鍵もかかってたし、出かけてるのか?

 まぁ、昼飯ができる頃には帰ってくるだろう。


「とりあえず、どうぞ」


 家の前で待たせている二人を招き入れる。

 衆目の中で騒いだのを反省したのか、ここまではおとなしくしてくれたのだが、この後が怖い。

 もちろん、それを少しでも回避するための我が家なのだが。

 それにしても二人とも自分の手をじっと見つめて動かない。

 もしかして、手が汗ばんでたかな?


「もしもーし、二人ともー」

「……はっ、なに? 京太郎くん」

「ちょっとぼーっとしてたっす」

「いや、ここで突っ立ててもしょうがないでしょ」


 なにやら考え事でもしてたのだろう。

 声をかけると、二人はようやく反応した。

 さぁ、家に入るとしよう。

「わぁ、お呼ばれするのは初めてだね」

「ふふん、私はあるっすけどね」

「むっ」

「いいから中に入る」


 二人の背中を押して家の中へ。

 こんなところで騒いでいたら近所にあらぬ噂が立つ。

 俺はそこまで気にしないが、衣さんがきっと気にする。


「じゃあ、ここで適当にくつろいでてください」

「京くんの部屋は二階だったっすね」

「やっぱりおもち本が……!?」

「入るなよ、絶対入るなよ!」


 二人に釘を刺してお茶の用意に向かう。

 まったく、さっきまでの険悪な空気はどこにいったんだんだか。

 台所に入って各種茶葉を取りだす。

 日本茶でいいかな。


「まずはお湯を沸かして……ん?」


 テーブルの上に置手紙があった。

 出かける前はなかったから、恐らく衣さんが置いていったものだ。

 携帯に連絡すればいいのにと思ったが、ポケットの中は空だった。

 そういえば部屋に置きっぱなしだったな。

『透華に誘われたから龍門渕に行ってきます』

「……はい?」


 手紙の内容の把握に手間取る。

 これはつまり、どういうことだ?

 頭の中で一つ一つ整理していく。

 衣さんは龍門渕さんに誘われて遊びに行った。

 きっとこんな時間だから昼飯も済ませてくるだろう。

 つまり、しばらく帰って来ない。

 そしてそれは、俺はあの二人とこの家で、誰の邪魔も入ることなく、じっくりと向かい合うってことか?


「……え、やばくね?」


 冷や汗が頬を伝っていく。

 もともと衣さんがいれば、二人も無茶はしないだろうと思って家に呼んだっていうのに。

 これじゃ完璧裏目に出ている。

 やばい、やばい……!

 こんな時は冷静にタイムマシンを探して……じゃなくて!

 敵と己を知れば百戦危うからずだ。

 もしかしたら二人で仲良く談笑してる可能性だってある。

 まだ慌てるような時間じゃない。

 ここは様子をうかがうべきだ。

「い、いない……?」


 そうして覗きこんだリビングはもぬけの殻だった。

 まさか、トイレか?

 いや、それにしたって二人同時ってのはおかしい。

 となると……まさか――!


「まずい……!」


 階段を駆け上がる。

 案の定、俺の部屋のドアが開いていた。

 くそ、あれほど釘を刺したのに……!


「こ、これはなかなか刺激的っすね」

「わぁ……まさにおもちパラダイスだよ!」

「お前らちょっと待てや!」

「うひっ」

「ひゃっ」


 部屋に滑り込むように入り、ブツを二人の手から取りあげる。

 衣さんにすら知られていない秘蔵のコレクションが、隠し場所から出されていた。


「京くん、私というものがありながら!」

「おもちを取り上げるなんて酷いのです!」

「二人とも、ちょっと黙ろうか」


 これは少しお話が必要なようだ。





「も、もう無理……立てないよぉ」

「こ、こんなに激しいのは初めてっす……」


 悶えながら二人が地面に倒れ込む。

 ふぅ、久しぶりに本気を出してしまったぜ。


「これに懲りたらもう人の部屋を勝手に漁らないこと」

「京くんは人でなしっすよ! 一時間も正座させるなんて!」

「あ、足が……でもプルプル震える東横さんのおもち……ゴクリ」

「は、離れるっす!」


 なにやら這いずりながらの追いかけっこが始まっていた。

 まともに立てない二人が俺の周囲をグルグルと回る。


「こっちこないでほしいっす!」

「大丈夫だよ、優しくするからっ」

「ひゃああっ」

「はい、そこまで」


 壁際まで追い詰められた東横に襲いかかろうとする先輩。

 その後ろ襟を掴んで止める。


「二人とも、お腹減らないか?」

「そういえば……」

「たしかに減ってるっすね」

「じゃあ、ここはいっちょうまいもん食わせてやるよ」





 大皿に出来あがったチャーハンを乗っける。

 三人分ともなると、結構な量だ。

 いわゆる男の料理っぽいが、材料がロクになかったのだ。

 買い物もついでにする予定だったのに、すっかり忘れていた。


「はい、どうぞ召し上がれ」


 人数の取り皿とスプーン、チャーハンを取る用のしゃもじを用意する。

 こういう大皿から取って食べる料理を作るのは久しぶりだ。


「見事にパラパラだね。うん、おいしそう」

「おお、卵がすみずみにまで行きわたって黄金色に輝いてるっすよ!」


 二人は思い思いの感想を述べ、手を合わせる。

 俺も食べるとするか。

 しゃもじで皿にチャーハンを取り、スプーンですくう。

 見た目と匂いはともに及第点だ。

 さて、味は……


「……普通だな」


 おいしいと言えばおいしいが、ベストかと言われればそうではない。

 まだまだ改善の余地がありそうだ。


「十分おいしいよ?」

「そうっすね。京くんは舌が肥え気味っすよ」

 二人はおいしそうに食べてくれている。

 なら今はそれだけで十分か。


「ところで、ちゅーしたってどういうことっすか?」

「ふぇ?」

「むぐっ」


 まるで世間話でもするかのように、東横がそんなことを言い出す。

 先輩はハテナマークを浮かべているが、俺は喉にチャーハンを詰まらせた。

 まさかここで話題に出されるとは……

 すっかり忘れたと思って安心してたってのに。


「いや、あれは少し誤解があるって言ったろ」

「でも、したんすよね?」

「それはそうだけど、ほっぺただぞ?」

「……本当っすか?」

「だからそうだって。ほら、先輩もちゃんと説明して」

「んー……あ、そうだよねっ」


 首をかしげていた先輩はやっと何の話か理解したのか、手を打ってうなずいた。


「楽しかったね! 色んなとこ行ったりして。ちょっと苦しかったけど、私初めてが京太郎くんで良かったぁ」

「――待て、色々待て」

 選手の間に割って入るレフェリーのごとく手を上げる。

 東横の顔から表情が消えた。

 嵐の前の静けさは体験したばかりだが、これはおそらく導火線に火がついた爆弾だ。

 ここで、爆発の前になんとかしないと確実に俺がやられる。

 火を消すか、導火線を切るか。

 どっちがどうとかはわからないが、やるしかない……!


「そ、そういえばこの後プリンを作ろうと思うんだけど、良かったら東横が味見してくれないか?」


 好物で目をそらす作戦。

 どうしても機嫌が直らない衣さんにやる手だ。

 先輩のおもちに対する執念ほどではないが、こいつも鶏卵を使ったものに執着する傾向がある。

 そこでプリンの登場だ。

 い、行けるか……?


「……」


 おお、無言だけど頬がひくついてる。

 効果は確実にある。

 このまま押し切れば――


「プリン作りかぁ。ね、私も一緒に作ってもいい?」


 まぁ、でもこの場には先輩もいるわけで。

 こうやってアシスト(邪魔)が入ることもありえるわけだ。

「……」


 東横の緩み始めていた表情が硬くなる。

 ついでにいうと今度は眉がひくついていた。


「あれ、どしたの京太郎くん? 汗、凄いよ?」

「はは、どうしたんでしょうね……」

「ちょっと待っててね。今拭いてあげるから」

「今はそれどころじゃ――」

「ダーメ。冷えて風邪ひいちゃうといけないし、ね?」

「いやほんともう勘弁して下さい。後生ですから!」


 ハンカチを取り出して俺の汗を拭こうとする先輩。

 その手を掴んで必死に押しとどめる。

 ほら、東横の顔がまるで能面だ。

 般若に変わる前にどうにかしないと!


「うぅ~……もう、おとなしく拭かれるのです!」

「自分でできますから!」

「いいから私に任せてよ~」

「先輩におまかせとか不安しかないんですけどねっ」

「京太郎くんひど――きゃっ」


 押し合い引き合い揉み合いの結果、俺と先輩は地面に倒れ込んだ。

 先輩をかばうように抱きしめ、背中を打ち付ける。

 女の子の感触とか匂いとか色々伝わってくるが、楽しめそうにない。


「……京くん?」


 どうやら俺は般若の出現阻止に失敗したようだ。





「ただいまー……って、きょうたろー?」

「……おかえりなさい」

「どうしたんだ?」

「ちょっと鬼と戦ってまして」

「そ、そうか」


 心身ともにダメージを負った俺は、テーブルに突っ伏してダウンしていた。

 衣さんはハギヨシさんに龍門渕から送ってもらったのだろう。


「……大丈夫?」

「大丈夫です」


 ゆるりと手を挙げてサムズアップ。

 そして力を抜いた瞬間、テーブルから垂れ下がった。


「……ちょっと待ってて」


 そう言うと、衣さんは引き返して家の外へ。

 どうかしたのか?

 疑問を頭に浮かべていると、すぐにまたドアが開く。


「きょうたろー、今日は透華のとこでご飯食べよ?」

「龍門渕さんのところでですか?」

「うん。なんだか疲れてるみたいだし」

 確かに疲れているが、しばらく休めばきっと回復する。

 それに今から一時間ぐらいで夕飯の用意を始める時間だし、タイミング的にはちょうどいいとも言える。


「あ……」


 そういえば、冷蔵庫にはほとんど食材がない。

 買いに行くなら休憩時間が消えてしまう。

 ……やっぱり好意に甘えるか。


「わかりました。お邪魔しましょう」

「わかった……ハギヨシー!」


 衣さんはまた玄関に向かうと、龍門渕の執事さんの名前を呼んだ。

 先日の記憶と共に体に震えが走る。

 まぁ、衣さんと一緒ならあんな暴走もないか。


「失礼します。京太郎くん、立てますか?」

「大丈夫です。でも昨日みたいなのは勘弁して下さいよ?」

「衣様をそのような目にあわせれば、私の首が危ないので」


 冗談めかしてハギヨシさんは苦笑した。

 確かになんか言うとしたら龍門渕さんか。


「どうかしたのか?」

「ちょっと、車がいかにスピードを落とさず曲がれるかってのを体験しまして」

 カーブに全く減速しないで突っ込んでいくのは心臓に悪すぎる。

 遠心力が凄いし、まるでジェットコースター乗っているかのようだった。

 事故る可能性が圧倒的に低い分、あっちの方がマシか。

 だってレールの上を走ってるんだからな。


「危ないから衣さんは気にしなくてもいいんですよ~」

「うにゅ、やーめーろー!」


 思いっきり頬ずりをする。

 やっぱり気持ちいいなー。

 疲労が吹っ飛んでいく気がする。

 衣さんは逃れようとじたばたしているが、この程度ならかわいいものだ。


「ハギヨシ、助けてっ」


 困ったときのハギヨシさん。

 しかし、助けを求められた執事さんは微笑んだまま動かない。


「それでは、私は先に車の方へ戻ります。ごゆっくりお楽しみください」

「ハ、ハギヨシー!」

「さぁ、おとなしく俺に頬ずりされてください」

「きょうたろー……いい加減にしろー!」


 この時ついた歯形は、一日たっても消えなかった。





「おっしゃ終わりや。帰ろ帰ろ」

「もう疲れたわー」

「疲れたってなぁ、怜は最後居眠りしてたやろ。あかんで?」


 ホームルームが終わり、放課後。

 早々に道具を鞄にしまいこんだ江口セーラと、机の上でへばる園城寺怜。

 そこに清水谷竜華が加わって、いつもの三人組だ。


「うちは体力ないから、午後はスヤスヤなのも仕方ない」

「お腹一杯だと余計眠くなるしなー」

「ねー」

「いえーい」


 怜とセーラはハイタッチ。

 そんな二人の頭を竜華が軽くはたく。


「その意気投合はいらんから、授業は真面目に受けること」

「暴力はんたーい」

「竜華ノリ悪ぅ」

「なぁなぁセーラ、あれどう思う?」

「きっと空気読めんこと言って場を凍らすタイプやな」

「……二人とも?」

「「ごめんなさい」」

 口もとがひくついた竜華に二人は平身低頭。

 なにかと損な役回りを引き受ける立場だが、怒らせると一番怖いのも竜華だった。


「セーラはこの後なんか用事ある?」

「暇や暇。部活も引退したしな」

「なら、久しぶりに三人で……」


 竜華の言葉を遮るように響くバイブ音。

 ポケットに入れていた携帯が震えていた。


「あー、急用みたいや。また今度な」

「まあ、そういうことならしゃあないな」

「……」

「ごめんな? じゃあ、お先」


 二人に手を合わせると、竜華は教室から急ぎ足で出ていった。

 怜はそれを見送って無言で携帯を取り出す。


「セーラ、うちも急用できたわ」

「怜も? なんや二人とも男でもできたんか?」

「んー、どうやろな?」

「うぇっ……もしかしてマジやった?」

「ほなお先ー」





 学校を出て、放課後の街へ。

 会長が元会長になってからというもの、若干暇を持て余している。

 自由時間が増えたのはいいことだと思うが。

 なにか新しいことでも始めてみようか。

 とは言っても、ぱっとは思いつかない。

 中学時代に色々やったもんな。

 いっそ旅に出るのも悪くはないが、この街から離れるわけにはいかない。

 なんでかは知らないが、ワームはここらを中心に出現してるからだ。

 もっと離れた場所で出たという話も聞かないし、その原因がこの街にあるのだろう。


「やっぱりあれだよな……」


 そう考えたところですぐに思い浮かぶのは、高い壁に囲まれた向こうにある隕石の落下現場だ。

 隕石が連れてきたワームという災害。

 でも、あの壁はZECTが管理しているはずだ。

 その向こうからワームがやってくるとしても、放っておくだろうか?


「なんというか、微妙なとこだな」


 そんなことはないと断じることができないのは、ZECTの得体の知れなさからだ。

 そういえば以前に幹部を名乗る女性と話したけど、あれ以降音沙汰がない。

 近いうちに面通しすると言っていたが、その件はどうなったのだろうか?

 まぁ、もともとそれ程信用していなかったけど。

「ん、あいつは……」


 とぼとぼと歩く後ろ姿。

 こんな元気のないところは珍しいが、知り合いだ。

 なにか困ったことでもあったのだろうか。

 関わると大体面倒なことになるやつだが、あからさまに落ち込まれては放っておけない。

 自転車を止めると、俺はその背中に声をかけた。


「なに落ち込んでるんだよ」

「誰だよ。華菜ちゃんは今……って須賀か」

「残念だったか?」

「残念を通り越して自分の不運を呪うレベルだし……」

「なに言ってんだ。俺ほど会えてラッキーなやつはいない」

「あーはいはい」


 なんか思いっきりため息をつかれた。

 もしくは呆れられたと言うべきか。

 なんにしてもこいつにやられると、どうも馬鹿にされたような気がしてならない。


「で、須賀はなんか用なのか?」

「いや特に用事はないな」

「ならそっとしておいてほしいし」

「わかった」

 それだけ言って再び歩き出す池田。

 俺は自転車から降りて、その少し後ろについて歩く。


「……」

「……」


 沈黙が続く。

 向こうがそっとしてほしいというのだから、こっちから話しかけない方がいいだろう。

 前を行く池田の頭の上に、垂れ下がった猫の耳を幻視する。

 そしてそれが唐突にピンとたったかと思うと、池田は立ち止まって振り返った。


「どうしてついてくるんだよ! そっとしておいてほしいって言ったじゃん!」

「いや、声かけてないからいいかなーって」

「あぁ~もう!」


 まるでつかみかかってきそうな剣幕。

 そして頭を抱えると、池田は地団太を踏んだ。


「そんだけ元気なら大丈夫そうだな」

「相変わらず上から目線だし! はぁ……ちょっと付き合えよ」

「いいぜ、500円な」

「お金取るのか! しかも払えそうな金額だし!」

「はは、ほんのジョークジョーク」

 うるさすぎるのはあれだが、やっぱりこいつは騒がしい方が似合っている。

 落ち込まれると、こっちの調子まで狂うしな。


「で、なに悩んでんだ?」

「うちの会長のことなんだけど、最近妙にぼーっとしてることが多くなったんだ」

「福路さんが?」


 この前会った時はそんな様子はなかったけど。

 なぜか俺に対してちょっとそっけなかったりはするが。

 なんか女の敵とか言われたし、少し誤解があるようだ。


「まぁ、確かにちょっと変わったかもな」

「華菜ちゃんは会長に好きな相手ができたと睨んでるんだし」

「好きな相手? まさか」


 会長への感情が強すぎるから、そんな相手がいるとは思えない。

 でも、ぼーっとしてる時間が増えたってことは、確かにそれっぽいよな。

 福路さんに恋人か……考えたら少し落ち込んでしまいそうだ。


「どうして須賀が落ち込んでるんだし」

「だって、福路さんに恋人だぞ? お前はなんとも思わないのかよ」

「思うに決まってるだろ! 見つけたらただじゃおかないし……!」

「だよな」

 そう言って拳を握りしめる池田に、背中を丸めていた面影はない。

 てか、落ち込んでた理由ってこれなのか?


「はぁ……」

「まだなんかあるのか?」


 そして元気を出したかと思えばまたため息。

 浮き沈みの激しいやつだ。


「今日の夕飯、どうしようかな」

「……」


 待て、悩みってそれなのか?

 ……なんか一気にアホらしくなってきた。

 思わずため息をつく。

 すると、ポケットの中の携帯が震えだした。

 園城寺さんからのメールだ。

 清水谷さんの後を追うのだろう。

 返信をして、自転車にまたがる。


「それじゃあな」

「あ、もう行くのかよ。話聞くって言ってたのに」

「よく思い出してみろ。俺はそんなこと一言も言ってない」

「……と、とにかく! うちのちびどもに食わせるメニュー、一緒に考えてもらうからな!」

「おさらばっ」

「待てー!」





 園城寺さんと合流して清水谷さんの後を追う。

 ついこの前も福路さんに同じことをした覚えがある。

 うーん、俺も東横をどうこう言えなくなってきたような。


「ふむふむ、目標は制服のまま街をうろつき中と」

「いやーなにがあったんでしょうね」

「それがわからんからこうしてるんやろ」


 まぁ、ごもっともだ。

 でも俺は全部知ってるわけだし。

 最終的にどうしたらいいだろうか。

 適当なところで切り上げさせるのが無難か。

 もしくは、あることないこと吹きこんで納得させるか。

 あまりそれはしたくはないが……一応やってみるか。


「もしかして、彼氏ができたんじゃ――」

「それはない」


 即答。

 まさしくバッサリと切り捨てられた。

 それもそうか。

 園城寺さんの方が清水谷さんに関して詳しいのはわかりきっている。

 これは下手なことは言えないな。

「あ……こんにちわ」

「沢村さん、やったっけ? こんにちわ」

「……どうも」


 後方支援の沢村さんと遭遇。

 この付近にワームが出たならいてもおかしくはない。

 おかしいのは、一般人とこんなところで油を売っている俺だ。

 どこか非難するような視線だ。


「じゃあ、私は忙しいから……」


 そう言って沢村さんは行ってしまった。

 相変わらずつれない。


「うちらもさっさと竜華追いかけるで」

「どっち行きましたっけ?」

「向こうや向こう」


 離された距離を縮めるため、早足で追いかける。

 視界の端にゼクトルーパー達が目立ってきた。

 そろそろなんとかしないとな。


「京太郎」

「今度はお前か」

 後ろから声をかけられたと思ったら、純だった。

 走ってたのか、少し息を切らしている。


「井上くんやな。こんにちわ」

「あ、ああ……こんにちわ」


 困惑気味の純。

 もう市民は避難させているのだろう。

 園城寺さんがいるとやりにくいのはわかる。


「それでどうかしたのか?」

「智紀、見かけなかったか?」

「それならさっき会ったで」

「ならまだ近くにいるな」


 沢村さんを探しているらしい。

 すぐに見つかるとは思うが。


「京太郎、ちょっといいか?」


 肩を掴まれ、顔を引き寄せられる。

 察するに、園城寺さんに聞かせたくない話題なのだろう。


「デートの途中悪いが、今日はけっこう数が多い」

「俺も手伝ったほうがいいか?」

「それもそうだけど、先に彼女を避難させるべきだな」

「わかった」

 最後に肩を叩くと、純はまた走っていった。

 さて、俺も動かなきゃな。


「なに内緒話してたん?」

「……園城寺さん、今日は切り上げです」

「え……ちょっ」


 園城寺さんの手を引いて歩きだす。

 清水谷さんが向かう方とは真逆に。

 安全な場所を目指して。


「ちょい、竜華の尾行はどうするん? このままデートも悪うないけど」

「ワームが出たみたいなんで、もうやめときましょう」

「えっ、じゃあ竜華はっ?」

「清水谷さんは俺が絶対無事に連れ戻します」


 そうだ。

 俺がZECTに協力するきっかけを作ったのは、園城寺さんと清水谷さんだ。

 二人が一緒にいられるようにするためにも、まずは無事を確保しないとな。


「だから絶対ここを動かないでください」

「京ちゃんは、大丈夫なん?」

「当たり前でしょ。俺を誰だと思ってるんですか。それじゃ……!」





 二体の成虫体を相手取りながら、竜華は状況を整理する。

 工場にほど近い、ビルが並ぶ街の一角。

 自分の頭上では、エクステンダーを駆る純と一体の成虫体が空中戦を繰り広げている。

 そしてここから離れた場所に出現した数体は、久と美穂子が相手している。

 だがそれは、サナギをカウントしていない。

 成虫体の相手だけでライダーが手一杯である以上、そっちはゼクトルーパー任せになる。


「このっ」


 目の前の二体に向けて針を放つ。

 致命打にはならないが、牽制や相手の動きを封じるのには役立つ。


「――――――!」


 足元に針を撃ち込まれても、かまわず突っ込んでくる一体。

 振るわれた腕を屈んで回避すると、竜華はワームの懐に潜り込んだ。


「はっ」


 腹部に肘打ちを叩きこむ。

 カウンター気味に決まったその一撃は、ワームを後退させた。

 そしてすかさず針の追撃。

 二対一のこの状況。

 タイミングを逃せば劣勢に追い込まれるのは竜華だ。

 動きの止まった一体へ駆け出す。

「――――――!」

「くっ……」


 しかし、仲間をかばうように出てきたもう一体に阻まれる。

 腕を掴まれ、力比べ。

 それに負けた竜華は、思い切り投げ飛ばされた。


「うぁっ」


 視界が回転する。

 ついでやってくる衝撃に備えたが、地面に叩きつけられる前に誰かに受け止められた。


「お待たせ」

「遅いで、京太郎」

「じゃあ、半分もらうぞ!」


 京太郎は竜華を地面に下ろすと、ワームの片方へ向けて突っ込んでいった。

 そして竜華は残った一体と相対する。

 先ほど自分を投げ飛ばしたパワーから、接近戦は避けた方がいい。

 つかず離れずの中距離戦。

 大体の方針を立てると、竜華はワームにハチの針を向ける。


「行くで……!」

「――――――!」

 追いすがるワームに針を撃ち込みながら、バックステップを繰り返す。

 幸い、相手はそこまで足が早くない。

 このまま距離を保ち、隙ができたところで一刺しをお見舞いする。


「――――――!」


 背後に迫ったフェンスを飛び越えると、その隙間から針を撃ち込む。

 怒りに声を上げるワームはそれを打ち倒すと、竜華目掛けて一直線に駆ける。

 その足に針を撃ち込むと、ワームの姿勢がぐらついた。

 そうしてできた隙を、竜華は逃さない。


《――Rider Sting!》


 ハチの針が光を帯びる。

 そして必殺のための一歩を踏み出したとき、ノイズ混じりの通信が届いた。


『――隊長、民間人がそっちに……!』


 それと同時に現れた人影は、竜華に取ってよく見覚えのあるものだった。


「怜っ」

「――――――!」

「しまっ――」


 他のものに気を取られた隙を突いて、ワームの剛腕が迫る。

 その攻撃をまともに受け、竜華の意識は暗転した。





「嘘や……」


 目の前の信じがたい光景に対して、怜はそう呟いた。

 虫を人型にしたような化け物の攻撃を受け、機械の鎧を身にまとったライダーが倒れる。

 そしてその鎧は光に溶けるように消えていき、その下から現れたのは自分の親友の姿だった。


「――――――!」


 獲物を倒したワームが叫ぶ。

 化け物と戦うライダーの正体、自分がこんな場面に出くわしたこと。

 そのどちらもが非現実的なものに感じられた。


「あ、あ……」


 足がすくみ、動けない。

 ワームが竜華に手を伸ばすのを見ていることしかできない。

 ただ立ちつくすことしかできない怜を、ある言葉が後押しした。


『だからこそ欲しいものは声を出して、手を伸ばして掴みとらなきゃいけないんですよ』


 自分にはなんの力もない。

 だから欲しいものは欲しいと言って、手を伸ばさなきゃ手に入らない。

 唇を噛み締め、血の味が広がる。

 痛みが、その味が怜の意識をこの場に強くつなぎとめる。

 そして足元に転がった石を拾うと、ワーム目掛けて投げつけた。

「りゅ、竜華から離れろやこのボケ!」


 ワームの手が止まり、ゆっくりと怜の方へ振り向く。

 心臓が早鐘を打ち、喉がからからに乾いていく。

 それでも目をそらしたりはしない。

 そのはずなのに、ワームの姿が視界から消え去った。


「――――――!」

「ひっ」


 視界から消えていたワームは、一瞬にして怜の目の前に現れた。

 短い悲鳴と共に尻もちをつく。

 近くで見ると醜悪な外見がいやでも目につく。

 自分の肌が粟立つのを感じた。

 ワームの手が迫る。

 その光景が、まるでスローモーションのように流れていく。

 怜は祈るように固く目を閉じた。


《――Clock Over!》

「はい、そこまで」


 はたしてそれは天に届いたのか。

 怜が次に目を開けた時にそこにいたのは、太陽の光を背に受ける赤いカブトムシのライダーだった。


「大丈夫ですか?」

「その声……もしかして京ちゃん?」


 否定もせず肯定もせず、赤いカブトムシのライダーはいつの間にか地面に倒れていたワームに向きなおる。


「待っててください。速攻で片付けますから……!」





 向こうで倒れている清水谷さんを見る。

 見たところ、気を失っているだけのようだ。

 そして傍らで座り込む園城寺さんを見る。

 問答無用に戦意が高まっていくのを感じる。


「――――――!」

「そんなに騒がなくてもきっちり相手してやるよ……!」

《――Clockup!》


 高速状態に移行する。

 空の青が褪せ、世界が静まりかえる。

 クナイを逆手に構え、ワームに飛びかかる。

 振るわれる腕を掻い潜りながら、切りつける。

 火花を散らしながらワームは後退した。


「――――――!」


 だがこちらが追撃を試みる前に、ワームが突撃してくる。

 避けるタイミングを逸して、その攻撃を正面から受け止めた。


「くっ、なんだよこの馬鹿力!」


 上から降って来る一撃に、そのまま押しつぶされそうになる。

 こいつ、パワーだけだったらサソリのワームと同レベルだ……!

「――――――!」


 じりじりと押されていく。

 相手は自分の体重も加えて押し込んでくる。

 片膝をつき、なんとか持ちこたえる。


「な、めんなよ……!」


 膝を地面から離し、踏ん張る。

 そして徐々に後退。

 相手が前の方に力をかけるように誘導する。


「――――――!」


 ワームがさらに力を込めるタイミングを見計らって、力を抜いて背中から倒れ込む。

 肩すかしをくらってつんのめったワームの腕を掴む。


「うおら!」


 そして腹を思いっきり蹴りあげた。

 すかさず起き上がり、飛んでいったワームを追って走り出す。


《1,2,3...Rider Kick!》


 エネルギーが右足に収束していく。

 地面に近づくワーム。

 それ目掛けて飛び上がる。


「はぁっ!」

「――――――!」


 浴びせ蹴り。

 痛打を背中から打ちつけられたワームは爆散した。





「まぁ、そういうことなんです」

「……そか」


 ワームを片付けて清水谷さんを治療班に任せた後、俺は大体の事情を園城寺さんに説明した。

 うつむいてしまうのも無理はない。

 色んな意味でショックだろうから。


「うち、本当にアホや。竜華が裏でこんなことしとることにも気づかんでのうのうと……」

「それで良かったんですよ。誰だって大事な人を危ないことに巻きこみたくはないんだから」

「でも、治療費もなにからなにまで全部竜華が……!」


 園城寺さんの目から涙がこぼれる。

 きっとこんな顔をさせたくないから、清水谷さんはずっと黙ってきたんだろう。

 でもこれを乗り越えたら、二人の結びつきはより強固なものになるんだと思う。


「それは、清水谷さんが自分で選んでやったことですよ」

「だから引け目に感じることないって? 無理やろそんなん」

「でしょうね。でも、してあげなきゃいけないことなんてないんですよ」


 引け目に感じるということが、必ずしも悪いとは言い切れない。

 だが、その思いに駆られてやることよりは、こっちの方が嬉しいんじゃないかと思う。


「なにか、してあげたいこととかないんですか?」

「もう頭こんがらがってようわからんわ……」

「じゃあ、俺から一つ提案しましょう」


 人が良くなると気が上向く。

 そしてそうなると病や怪我を寄せ付けない。

 つまり――


「――病は飯から。食べるという字は人が良くなるって書くんですよ」





 いつもの病院。

 その一室に入院した清水谷さんのもとを訪れる。


「よっ」

「……京太郎か」

「なんか元気ないけど、そんな怪我酷かったのか?」

「怪我は大したもんやないけど、なにもせんでぼーっとしとるのが性に合わんわ」


 たしかに頭に包帯を巻いてるぐらいで、他に悪そうな場所は見当たらない。

 入院ってのは少し大げさだったのかもな。


「にしても、すまなかった。勝手に教えちゃって」

「ええって。いつまでも隠し通せるとは思っとらんかったし」


 清水谷さんは少し寂しげに笑った。

 元気がない理由は明白だった。


「うちと一緒にいたら危ないしな……まぁ、しゃあないんちゃう?」


 先日の戦闘から数日たった今でも、園城寺さんはお見舞いに現れない。

 清水谷さんはそれで少し勘違いをしているようだ。

 親友の身を守るために自分を危険にさらせるような人が、そんなことで離れていくはずがない。

 だからその誤解もじきにとけるだろう。

 ベッドまで歩み寄って、手に持った丸い包みを渡す。

「はい、差し入れ」

「これ……おにぎり? 京太郎が作ったんか?」

「さぁ、食べてみてのお楽しみ」

「なんやそれ……いただきます」


 手に持ったおにぎりにいぶかしげな目を向けつつも、清水谷さんは口をつけた。

 口に含んだときに一瞬眉が上がったものの、その後はよどみなく平らげていく。

 そして食べ終わると、手を合わせて一礼。


「で、どうだった?」

「んー、ちょいしょっぱ目だったなぁ」


 病室のドアがガタリと鳴る。

 それに気付いた様子もなく、感想は続く。


「形もいびつやし、具の位置も片寄ってたわ」

「ふんふん、それで?」

「要練習ってとこやな。けど……」


 清水谷さんは唇を指でなぞる。

 ちょっとだけ色っぽいな。


「なんかあったたかったわ。もっかい食べてもええかなって思えるぐらいな」


 そして柔らかく微笑んだ。

 まぁ、ここまで言わせれば十分かな。

「だそうですよ、園城寺さん」

「えっ、怜……どうして」


 ドアが開いて、包みを持った園城寺さんが入ってくる。

 両手で包みの結び目をいじり、目はあちこち泳いで忙しない。


「どうしてもなにも、こうして目の前にいる。それが事実だろ」

「りゅ、竜華……」


 園城寺さんは立ち止まって動かない。

 俺は後ろに回って、その背中を軽く押した。


「そ、そのな? おかわり……いる?」

「……もちろんや!」


 そんな二人の様子を横目で見つつ、俺は病室の外へ。

 色々話もあるだろうし、邪魔者は退散だ。

 さ、俺も帰って飯の準備をしよう。





第十二話『二人の絆』終了


てなわけで終了です
カブトの超進化まであと五、六話ってとこですかね

そんじゃ、失礼します

帰宅しました
結構間を開けたけど更新します




「お前たちー、今日の晩御飯なにがいい?」

「トンカツ!」

「ステーキ!」

「からあげ!」

「見事に豚、牛、鶏ってわかれたなぁ」


 ちょろちょろと騒ぐ三つ子と、取りまとめ役の姉。

 それが池田家の日常風景だ。

 両親は遅くまで帰って来ないので、家事はもっぱら姉である華菜の役目だった。


「肉ってところだけ同じでもなぁ……よし、じゃんけんで決めよう!」


 三つ子なのに意見が全く一致しない。

 肉という共通点があるから方向性は一致しているのかもしれないが。

 あいこばかり繰り返す三つ子を横目に、華菜はため息をついた。

 妹たちの世話は嫌ではない。

 聞き分けのなさにいらつくこともあるが、なんだかんだで一緒にいるのは楽しい。

 生意気なところも含めてかわいいと思っていた。


「おねーちゃん?」

「ぐあいわるいの?」

「びょーいんいく?」

「ん……ああ、大丈夫だいじょーぶ」


 額に手を当てた姉に三つ子が寄っていく。

 華菜は声をかけられて初めて、自分がそうしていることに気付いた。

 ほぼ無意識の行動だったようだ。

 ちょっと疲れているのかもしれない。

 額から手を外して、華菜は三つ子に向けて人差し指を立てた。


「じゃあハンバーグにしよう。今日は牛豚鶏の合い挽きだし」

「「「えー」」」

「そこは息ぴったりか!」





「寒っ」


 身を震わせる寒風が吹きぬける。

 思わず縮こまってしまう。

 十月の後半にもなると、本格的に気温が下降しだす。

 しかも今日はそれに加えて風も強い。

 つまり降ればどしゃ降り、泣きっ面に蜂だった。

 上着で腕と胴体の防護は十分なものの、下半身と首元は心もとない。

 せめてマフラーでもしてくるべきだったろうか。

 寒い地方ではもう雪が降ったらしいし、こっちでも冬の足音が聞こえてきそうだ。

 手をポケットに突っ込みながら歩いていると、目的の喫茶店が見えてくる。

 寒さからいち早く逃れるために、駆けこむように喫茶店のドアを開いた。


「いらっしゃい。彼女、もう来てるよ」

「いや、だから違いますって」


 からかうような店長の発言にしっかりと反論する。

 何回か通ううちに顔を覚えられたのか、最近はこういうやりとりが増えていた。

 個人経営みたいだし、こんな雰囲気もまぁ悪くない。

 それよりも目的の姿を探す。

 時間帯によらずあまり混雑してない店だ。

 今はアルバイトもいないのか、本当に物寂しい。

 踏み入って軽く見まわしたらあっさりと見つかった。

 店に入ってから少し経っているのか、テーブルの上にはティーカップ。

 ぼんやりと窓の外を眺める福路さんがそこにいた。

「お待たせしました」

「いえ、急な連絡をしたのはこっちですから」


 二人用のテーブルに向かい合って座る。

 今日ここに来た理由は、福路さんに誘われたからだ。

 デートとかそういうのではないことは、もちろんわかってる。

 なぜなら、用件は相談事だからだ。

 主にうちの元会長のこととかで、時々相談を受けているのだ。

 そのたびにまるで恋愛相談を受けているような気分になるのだが、最近はこういう機会も取れなかったもんだから久しぶりだ。

 なんか福路さんの俺に対する態度も微妙だし。

 別に避けられてるわけじゃないけど、目があったらそらされる。

 池田が好きな人がいるかもと言っていたし、仕方ないのかもな。

 あんまり親しそうにして誤解されても困るだろうし。

 それでも自分の言ったことを守ってお菓子作りを教えてくれるんだから、相当に律儀だ。

 それにしても、福路さんに恋人ね……


「……」

「どうかしました?」

「いや、なんでもないです」


 ……あまり考えないようにしよう。

 池田と同じように俺も落ち込んでしまう。

「なにか頼みます?」

「ですね。なにがいいかな」


 メニューを見る。

 何度も通った店だが、大抵は飲み物だけで済ませている。

 よっぽど長引くのなら食べ物も頼むのだが……


「そういえば、今回はなにがあったんですか? けっこう久しぶりですけど」

「それなんですけど、実は華菜のことなんです」

「池田の?」


 福路さんは、自分のカップのあたりに視線をさまよわせる。

 相談というからにはなにかがあったのだろう。

 色が違うはずの左右の眼は、明らかに心配の色を帯びていた。

 池田のことだからきっと大したことない、とは言いだせる雰囲気ではない。

 腹の具合を確認する。

 夕飯どころか、まだオヤツの時間をちょっとすぎたぐらいだ。

 ちょうど小腹が空いている。


「店長、紅茶とサンドイッチ」

「かしこまりました」


 暇そうにカウンター席に座っていた店長が店の奥に消えていく。

 さて、福路さんにはなにかとお世話になっているからな。

 ささやかながらお返しといこう。





 通学路を歩きながら華菜は肩を落とす。

 生徒会の顧問に怒鳴られたり、色々あったのだ。

 前々からよく叱責を受けてはいたが、あの怒鳴り声にはついつい委縮してしまう。

 今までは美穂子がかばってくれていたのだが、もう引退してしまっている。

 ちょくちょく顔を出すものの、頼りっきりというわけにはいかない。


「なんだかなぁ……」


 美穂子の後を継いで会長になったはいいものの、失敗続きでどうも上手くいかない。

 これまでの一年、後ろについて学んだのだが、同じようにやろうとして空回りが続いていた。


「やっぱり向いてないのかな……」


 自然と視線が地面に向かう。

 落ち込んでいるときに励ましてくれる人は隣にいない。

 だからこそ、華菜は自分の頬を叩く。

 こうすると嫌でも気合が入る。

 気合が入れば前を向いていられる。

 こういうポジティブさは、華菜の自覚のない長所だ。


「よし! あれこれ悩んでも仕方ないし、明日から頑張るぞー!」


 大声を出したおかげか、軽くなった足取りで歩きだす。

 今日もチビたちがお腹を空かせて待っている。

 そうして顔を上げて気分を持ちなおした矢先に、やや不快な光景が華菜の目に飛び込んできた。


「あいつ! また会長に絡んで!」


 自分の尊敬する先輩と一緒に歩く金髪の少年に、目が険しくなる。

 なにかと気にいらない少年だった。

 最初っからずっとタメ口だし、絶対舐められている。

 今日という今日は許さない。

 そう意気込んで華菜は先を行く二人を小走りで追った。





「なるほど、つまり池田が落ち込んでいると」

「……はい」


 福路さんの話をざっくりと一言で表すと、そういうことだった。

 たしかに少し前に気を落としていた様子だったけど、根は深かったということだろうか。

 あの時は特に気にせずにいたが、もう少し気にかけるべきだったか。

 まぁ、そんなことを言っても後の祭りでしかないが。

 あいつがしょげた顔をしていてはこっちの気分まで下がっていくかもしれない。

 福路さんのためにもなんとかしたいところだ。


「とりあえず、会ってみないことにはどうしようもないですね」

「私がなにを言っても大丈夫だからって笑って……」


 要するに空元気か。

 笑った顔ばかり見せているあいつは、それ以外の表情を見せまいとしているのだろう。

 その気持ちが少しだけわかるような気がする。


「まずは行動ですね。そろそろ行きましょうか」

「はい」


 少し吐き出してすっきりしたのか、福路さんの顔は少しだけ明るい。

 その手が伝票に伸びていくところを、すんでのところで奪い取る。


「あっ」

「こういう時は男が払うもんですよ」

「そんなの偏見です!」

「今日も仲良いねぇ」

 そんな店長の呟きがストッパーになるわけもなく、福路さんの攻勢は激しさを増す。

 似たようなことが前にもあったような気がする。

 その時は嬉しいような恥ずかしいような事態に見舞われたような……


「店長、パス!」

「投げた!?」

「一九五〇円!」

「二千円! 釣りはいらないぜ!」


 嬉し恥ずかしハプニングが起こる前に事を済ませる。

 たった五十円のチップを渡して、その場を離脱する。

 いつかと同じように福路さんの手を引いて。

 しばらくそのまま歩いて、違和感に気付く。

 いつもならここらへんで福路さんが何かを言いだすところだが、その兆候は見られない。

 手を振り払われたり、唸り声をあげたりとか。

 振り返って様子を確認すると、口もとに手を当てて顔を伏せていた。

 そこで俺はある事に思い至った。

 そうだ、福路さんの恋人疑惑!

 慌てて手を離し、向きなおる。


「すいません! ついいつもの調子で」

「あ……急にじゃなければ、その……」

「? ならいいんですけど」

 どうもはっきりとしない。

 俺に気を使ってくれたのだろうか。

 むしろ俺が気を使うべき側のような気がするが。


「それよりっ、今はお代の件です!」

「やっぱりそこはばっちり覚えてるんですね」

「当たり前です!」


 途中の様子はおかしかったが、結局はこの展開だ。

 男の甲斐性というものをわかってほしいもんだ。

 いつも話しあっても譲ってはくれない。

 かといって騙し打ちみたいなのはやらないと言ってしまったし。

 やったらやったでもっと怒ってしまうのだが。

 だからいつも伝票の奪い合いみたいな形になる。

 他の人に気を使いまくってる分、せめて俺にはそうしないでほしいのに。

 向こうも同じように気を使わせまいとしているのかもしれない。

 どちらも押していては話がまとまらないのも当たり前か。

 とにかく今はどう説得するかだが……


「福路さん? たしかに勝手に払ったのは悪かったですけど、この前は福路さんが払いましたよね?」

「相談に乗ってもらってるのは私ですから、払うのはあたり前です」

「俺が好きで聞いてるんだからそこらへんはイーブンでしょ」

「ダメったらダメです。今日という今日は許しませんから」

 いつかと同じか、それ以上に眉がつり上がっている。

 顔も赤いし、これはやばいかもしれない。

 普段怒らない人がマジギレするとしゃれにならないとはよく言われるが。

 だんだん話を聞いてくれる状態から遠ざかっているような……


「ま、まずは落ち着いて話し合いから……」

「その手には乗りません! またあれこれ理由をつけて言い逃れるに決まってます!」

「えー」


 この会話だけ抜き出すと、まるで俺が不誠実な男のようだ。

 浮気した恋人に許さないと詰め寄る女性。

 必死に弁明を試みる男。

 今まで何度も言いくるめられてきた女性は聞く耳を持たず、男は窮地に立たされる。

 うん、浮気とか恋人の部分をちょっと変えれば、ぴったりと言うほかないな。


「聞いてるんですか!?」

「はいっ」

「大体京太郎さんは……」


 そして始まる説教。

 いつも穏やかな分、ここぞとエネルギーを発散していると思うのは俺だけだろうか。

 早く優しい福路さんに戻ってくれ……

 諦めて若干身を縮めてお叱りを受ける俺にその時、意外な助け舟が渡される。

 それはむしろこっちを攻撃しようとするような船だが、場の空気を壊すという点では俺の味方だ。

「かーくーごー!」


 後ろから襲いかかるのに声をあげてどうしようというのか。

 いつかと同じように耳元をかすめていく風。

 その後に飛んでくる蹴りを、屈んで回避する。


「わっ、とと」


 姿勢を低くした俺の上を飛び越していった池田は、転びそうになりながらもどうにか着地した。

 地面に転がらなかったぶん、以前よりは進歩しているのかもしれない。


「会長から離れるし!」


 そして振り向き、指を突き付けてくる。

 相変わらず失礼な奴め。


「まったくお前は……」

「そうよ、華菜。今の会長はあなたなんだから」

「福路さん、気にするとこそこですか」

「だって華菜は立派な会長なんですから」


 池田が会長になったというのは聞いていたが、こんな落ち着きがなくて大丈夫だろうか。

 俺が知っている生徒会長というものはもっとこう……どうしようもないな。

 うん、やっぱり人それぞれだよな。

「あー……なんというか、頑張れよ?」

「お前に心配される筋合いなんてないし」

「ダメよ? 心配してくれる人にそういう態度をとっては」

「う~」


 唸り声を上げる池田の視線は恨めしげだ。

 俺と福路さんが一緒にいるのを快くは思っていないようだ。

 知り合ってから少し経つが、そこんところは相変わらずか。


「大体、なんで須賀がうちのかいちょ……先輩と一緒にいるんだよ」

「なんでと」

「言われてもな……」


 顔を見合わせる。

 お前のことで相談に乗ってたんだよ、とは口に出しにくい。

 恐らく福路さんがそれを望んでいない。

 だからこう、困った顔をしているのだろう。

 となれば、理由を誤魔化すだけだ。


「いや、休みの日に友達と会ってもおかしなことはないだろ。ね、福路さん?」

「ひゃいっ」


 肩に軽く手を置くと、福路さんの口から変な声が漏れ出た。

 顔は見えないが、また口もとに手を当てている。

 髪の毛の間からのぞく耳は赤い。

 手を握るよりは軽いと思っていたが、どうやらまたやらかしてしまったようだ。

「会長……まさか……」

「……」

「そんな……」


 なにかを察した池田の問いに、福路さんは恥ずかしそうにうつむいた。

 この二人のやり取りにどんな意味があったかはわからない。

 だが池田は目を見開いて愕然としている。

 そしてわなわなと体を震わせていたかと思うと、その場に崩れ落ちた。


「ああ、そんな……会長が須賀に……」

「華菜? あのね……」


 なんかすごい落ち込んでいる。

 その様子に今度は福路さんが慌て始めてしまった

 俺の名前も出てたけど、なんかしたっけ?

 二人にしてきたことを軽く思い出してみる。

 そんな落胆される要素はないはず……だよな。

 少し不安がにじみ出てきたところで、俺と福路さんの携帯が鳴る。

 同時に鳴る理由に、思い当たるものは少ない。

 表示された名前を見て福路さんと再度顔を見合わせる。


「ごめんなさい。私たち急用ができたから、もういくわね?」

「え……このタイミングで揃って急用とかすごく怪しいし」

「じゃあな」


 池田に軽く手を振って、福路さんとその場を後にする。


「あーもう、なんなんだよ! ちくしょー!」





 走り去っていった二人を見送って、華菜はまた肩を落とした。

 色々ショッキングな事実が判明し、追いかける気力もなかった。

 吹きつける風が冷たい。

 人通りが多いわけではないが、邪魔になると考えて華菜はとりあえず歩きだした。


「……なんかもう、なんだかなぁ」


 ため息と落ちる肩。

 せっかく取り戻した元気はどこかに消えてしまっていた。

 河原の芝生に腰を下ろし、水面を見つめる。

 水辺は視覚的にも寒いが、ここだったら少なくとも通行人の邪魔にはならない。

 いるのは虫や野良猫くらいだ。

 体を丸めるように膝を抱え込む。


「全部、あいつのせいだ……」


 ふと、そんな言葉が華菜の口をついて出た。

 特に意図して発したわけではない。

 空っぽにした頭の中に浮かんできた言葉がそれだった。

 無意識の言動は取り繕えない本音だ。

 つまりそれは華菜にとっての真実に他ならない。

 そしてそのあいつとは……


「須賀京太郎……全部、あいつのせいだ!」

 強く言葉にしたことでその思いがより強固になる。

 尊敬する先輩が近頃あまり構ってくれなくなったのも。

 一時期様子がおかしくなって学校に来なくなったのも。

 そして恋する乙女のような眼差しを見せるようになったのも。


「全部、あいつのせいだ……!」


 もやもやとした感情が方向性を与えられて、噴き出すようにあふれ出る。

 なんとなく気にくわないやつが、明確な敵に変わった瞬間だった。


「あいつの手から会長を取り戻す……華菜ちゃんそのためだったら闇に堕ちる覚悟だし!」


 立ち上がって拳を空へと突きだす。

 近くで眠っていた猫が驚いて逃げ出した。


「ふっ……華菜ちゃんは孤独も甘んじて受け入れるんだし」


 去っていく猫に目もくれず、ニヒルに笑う。

 突っ込み不在の今では茶々をいれる人もいない。

 吹きぬける寒風が思いのほかこたえたが、華菜は表情を崩さない。

 その耳に草を踏む音と電子音が届く。


「なんだこれ、バッタ……にしては大きいしメカメカしいし」

《――》





 夕暮れの街にワームの断末魔が響く。

 サナギが五体に成虫が一体。

 残りを数えて福路さんと背中を合わせる。

 こうやって一緒に戦うのは初めてだが、案外手慣れている。

 色々と暴れまわってた経験が生きているのだろうか。

 そんなことを言ったら、また顔を赤くして怒ってしまうかもしれない。

 それとあるいは落ち込んでしまうかだ。


「俺は強そうなのをもらいますね」

「じゃあ私はこっちですね」


 弾けるようにそれぞれの相手目掛けて走り出す。

 短剣を逆手に構え、下から切り上げる。


「――――――!」


 金属音を鳴らして、刃は押しとどめられた。

 ワームの腕から伸びる鎌のような刃。

 カマキリの特性を持っているようだ。


「――――――!」


 お返しとばかりに腕が振るわれる。

 くぐり抜けるようにしてかわすと、ワームの腕の刃がコンクリートの壁を切り裂いた。

「切れ味よすぎ……」


 コンクリートを豆腐のように扱う切れ味。

 接近戦は遠慮しておきたいところだ。

 下手をしたらこっちの獲物まで切り落とされるかもしれない。


「――――――!」

「離れろっ」


 腕を振りかぶったワームの腹にキックを入れて突き離す。

 飛び道具の類は恐らく持っていない。

 距離を保って戦えばいいのだが……


(鞘はあっちか……)


 クナイの刃を収納する鞘には、ガンのグリップやアクスの刃も付いている。

 だが先の戦闘で放り捨ててしまって手元にない。

 つまりこっちも近づかなければ攻撃ができないということだ。


「やるしかないか!」


 腹を決めてかかる。

 先手必勝。

 ワームが動き出す前にこっちから仕掛ける。

「ふっ」

《――1,2,3》


 クナイを投擲し、飛び上がる。

 スイッチを入れ、必殺の一撃の準備をする。

 囮に気を取られている間に蹴りを叩きこむ作戦。


《――Rider Kick!》

「――――――!」

「返された!?」


 ワームがこっちの意図を看破していたのか、弾かれたクナイがまっすぐこちらに飛んでくる。

 しまった、空中ではろくに身動きとれない……!


「くっ」

《――Clockup!》


 すんでのところで加速状態に移行。

 静止したクナイをどうにか掴みとる。


「もういっぺん行ってこい!」

「――――――!」


 再度投擲。

 今度は完璧に対応しきれなかったのか、クナイは弾かれて地面に落ちた。

「終わりっ」

「――――――!」

《――Clock Over!》


 そして弾いて隙ができたところにキックをお見舞いする。

 ワームは爆散した。

 さて、福路さんの方は……


《――Rider Jump!》

「行きますっ」

《――Rider Kick!》


 飛び上がり、ワームからワームへと飛び移るように踏みつけ蹴りを繰り返す。

 五体のサナギは瞬く間に爆散し姿を消した。


「これで終わりですね」

「福路さん、おつかれさま」

「京太郎さんこそ」


 ハイタッチをかわす。

 スポーツの試合終了後のノリだ。

 勝利による高揚感と、共闘による連帯感。

 もしかしたら抱きついても許してくれるかもしれない。

 いや、自重しよう。

 そもそも変身したまま抱きついてもありがたみが半減してしまう。

「あら、誰か来たわ」

「ここらは封鎖されてるはずですけど」


 人の姿があるとしたら、ZECTの関係者かワームの擬態だ。

 一般人という可能性はないとは言い切れないが、ほとんどない。

 一応の警戒をしながら近づく相手の姿を注視する。

 それは意外な人物で、俺と福路さんはそろって声をあげた。


「華菜……?」

「あいつ、どうしてこんなところに」


 なぜここにいるのかという問いはもっともだが、俺にはもう一つ突っ込みたいところがあった。

 池田がマントでやって来る。

 そう表現すればいいだろうか。

 とりあえず制服の上にマントをはおったその姿は、かなりおかしい。

 それと同時に嫌な予感もしてきた。

 言うなれば、福路さんがぐれた時と似たような感じだ。


「えっと……華菜、じゃなくてそこのあなた? この辺りは危険ですので離れて――」

「会長、心配はいらないし」

「え……?」


 あろうことか、池田は福路さんの正体に気付いていた。

 それがイレギュラーな事態だということは今の反応が物語っている。

 これで迷い込んだ一般人という線は消えた。

 ライダーの正体を知っているということは、ZECTの関係者かワームか――

「今すぐそいつをやっつけますから……変身」


 ――同じライダーかだ。


《――Change Punch Hopper!》


 池田がバッタのゼクター、おそらく福路さんのと同じものをベルトにセットすると、電子音と共に姿が変わっていく。

 変身した姿もほぼ同じ。

 体色が茶を基調に目が銀色と、色違いになっているぐらいだ。

 一番の大きな違いは、右腕についたアンカージャッキ。

 蹴りを主体とするキックホッパーと違い、パンチに特化しているということか。


「須賀っ、覚悟!」

「やっぱり俺のことも知ってるわけね」


 腰を落として猛然と向かってくる池田。

 こっちも構え、攻撃に備える。

 動きを見ても素人なのは明らかだが、池田の運動能力はあなどれない。

 だが俺たちの間に割り込む影。

 変身を解いた福路さんが、手を広げて池田の進路を遮るように立ちふさがった。


「華菜っ、ダメ!」

「会長! そこをどいて!」

「どきません!」

 池田なら福路さんを傷つけてまで押しとおることはできないだろう。

 話し合いの余地が生まれるということだ。

 問答無用で襲いかかってくる理由も気になることだし。

 いや、それはいつものことか。


「どうしてそんなやつをかばうんですか!」

「あなたこそどうして京太郎さんを襲うの!?」

「だってそいつは会長を……!」

「大丈夫、私はなにも酷いことはされてないわ。それに会長はあなたなのよ?」

「福路さん、それは置いておきましょう」


 思わず口を挟んでしまった。

 そうせざるをえなかったとも言う。

 だってこのまま黙ってたら話が脱線しそうだし。


「池田、俺にはとりあえずお前の相手をするつもりはない」

「お前の都合なんか知らないし! おとなしくやっつけられろ!」

「華菜! どうしてもやめないのなら、先に私を殴りなさい!」

「こいつは会長をたぶらかす悪いやつなんですよ!?」

「人聞き悪いからやめろ!」

「それでも、無闇矢鱈に暴力を振るうなんて最低なことなのよ?」

「福路さん、否定はしてくれないんですか……」

 膝を抱えてしゃがみ込む。

 俺は女性をたぶらかす男なのか……

 本当にショックです。

 前々からそんなことを言われてたような気がするが。


「そんな、まだかばうだなんて……」

「だから華菜、話を――」

「うわぁぁああんっ、もう華菜ちゃんぐれてやるしぃー!!」

《――Clockup!》


 泣き声を残して池田は逃げ去っていった。

 クロックアップまで使ってる徹底ぶりだ。

 今から追っても追いつけない。


「大丈夫ですか?」

「……はい」


 福路さんは深刻な顔をしている。

 また思いつめてしまわないといいけど。

 俺も落ち込んでいる場合じゃないな。


「どうしましょう、華菜がぐれちゃった……」


 それはちょっと前に俺が福路さんに対して思ったことだが、黙っておいた。





「ふぅん、それで新しいライダーね」


 放課後のファミレス。

 会長がドリンクバーで作った混合ジュースをすする。

 俺の目の前にはとんでもない失敗作が鎮座している。

 自分のだけちゃっかりおいしいのを確保してるあたり、俺に対する仕打ちの酷さがうかがえた。

 いつかのデートを思い出すが、今日は二人きりではなく会長と清水谷さんとで池田のことについての話し合いだ。


「敵と言っていいのかわからないけど、こっちを襲う気は満々だろうな」

「こっちって言うより、京太郎やろ」

「あなたまた人の恨みを買ったのね」


 そうではないと言ってやりたいが、否定の材料はあまりない。

 だが、これだけは言いたかった。


「会長にだけは言われたくなかった……」

「なにか言った?」

「言いましたね」

「ほほう?」

「ほら、脱線しとらんで」


 俺と会長の間で散りそうな火花を、清水谷さんが消し止める。

 たしかにあのまま行ったら間違いなく話し合いどころじゃなくなっていた。

 不完全燃焼気味だが、そっちを優先しよう。

「これで出所のわからないゼクターが二つか」

「福路さんには聞いてないんか?」

「いや、どうせまたZECTの仕業だろうと思って」

「私はあんまりそこら辺に興味ないしね」

「適当やな……」


 この前福路さんに聞けば良かったのだが、色々疲れてそうだからそのまま帰したのだ。

 また後日にでも聞いてみようかとは思うが。


「で、須賀くんは今回はなにをしたの?」

「俺が何かしたの前提ですか」

「でも実際恨みを買ったんやろ?」

「それはそうかもしれないけど、理由がどうにもな」


 つまるところ、俺が福路さんと仲良くしてるのが気にいらないといったところか。

 理由が明確なのはいいが、そのぶんどうしようもない。


「たしか、美穂子の後輩だったかしら」

「先輩もライダーで、その後輩もか。どういうつながりなんやろな?」

「さぁね。ゼクターに聞いた方がいいんじゃないか?」

「しゃべったらしゃべったでびっくりやな」


 あの虫型の機械がしゃべる。

 それはもうマスコットキャラクターかなんかじゃないだろうか。

 料理とかを手伝ってくれる、みたいな。

 まぁ、そんなことはないだろうけど。

「ゼクターを手に入れた経緯は知らないけど、俺はなにかした覚えはないな」

「ほんまに?」

「本当に?」

「そこは信じてほしかった!」


 そしてこの信頼度の低さである。

 いいさ、俺は逆境なんかに負けないから。

 別に悔しくとも悲しくともないから。


「冗談だからそんな顔しないの」

「俺は平気です。これしきなんともありません」

「そうは見えんけどな……あ、良かったら膝枕したるけど、どうやろか?」

「それは……」


 自分のふとももをぽんぽんと叩いて、清水谷さんはそう提案した。

 かなり魅力的な提案だ。

 だがここはファミレス。

 端の方のテーブルを選んでいるとはいえ、人目につかないわけじゃない。

 そして対面に座った会長の目が冷たい。

 いつもなら無駄に煽ってきそうなもんだけど、なぜかこの反応だ。

 冒険はやめておいたほうがいい。

 そんな直感が働いた。

「……またの機会にでも」

「なんやつまらんなぁ……ま、してほしかったらいつでも言ってな。タダとは言わんけど」

「千円ぐらい?」

「現金はいらんけどな。その後の人生でももらおかな」

「代償でかくね!?」


 一回の膝枕が人生と引き換えとは驚きだ。

 悪魔だってこんな条件で契約を持ちかけてきたりはしない。


「そろそろ! 話を戻してもいいかしら?」

「そ、そうですね」


 語気を強めた会長の提言に乗っかる。

 このままだと壮絶に脱線しそうな予感がしたのだ。


「それで、話を戻しますけど、池田はどうも俺が福路さんに関わるのが気にくわないみたいですね」

「それはまた……どうしようもないわね」

「俺がたぶらかしてる、なんてとんでもなく人聞きの悪いことを言われて」

「それはまた……否定できないわね」

「なんでですか、否定して下さいよ」

「だって、ねえ?」

「せやなぁ」

「いや、福路さん好きな人がいるみたいだし」

 俺がそう言うと、二人は互いの顔を一瞥した。

 いわゆるアイコンタクトだろうか。

 残念ながら、俺には声のない会話を読み取ることはできなかった。


「それは美穂子の口から聞いたの?」

「違いますけど、池田もそう言ってたし他の反応も見てそうじゃないかって」

「その池田ちゃんは福路さんによう懐いとるんやったな?」

「この前みたいに、俺に襲いかかってくる程度にはそうだろうな」

「なるほどなるほど」


 清水谷さんは得心が行ったかのようにうなずいた。

 会長は呆れ顔で飲み物に口をつけている。

 二人には俺の知り得ない情報があるのだろうか。

 自分だけ状況の把握ができていないというのは、どうにも歯がゆさがある。


「とにかく、美穂子には好きな人がどうとか関係なく接してあげなさい」

「いつも通りにってことですね」


 会長の言うことはもっともだ。

 いきなり友達が距離を取るような言動をしたら、傷つくだろうしな。

 池田からの逆恨みもある程度は甘んじて受け入れるべきか。

 いや、はっ倒してからお話しした方が手っ取り早いかもな。


「じゃあ、今度は俺から誘いますかね。たまには喫茶店以外をうろつくのも悪くないし」

「は? 喫茶店? そんなの聞いてないんだけど」

「もうちょい話そか。たった今聞きたいこともできたことやし」

「お、お手柔らかに」


 食事の後片付けなどを終え、部屋のベッドにダイブする。

 あの二人の質問というか詰問というか尋問は中々にきつかった。

 ひょっとしたら拷問だったのかもしれない。


「んあ、メール?」


 携帯が震える。

 短かったのでメールだ。

 手を伸ばして携帯を掴み、新着メールの画面を開いた。



 選択安価


※多分このスレ唯一の安価です

 選択枠は二人分です

 両方で同じ人を選んだ場合、二個目の方でコンマ判定します

 外れたら下にずれるって感じで



・東横桃子(コンマ下一桁が1,2,3だったら成功)

・松実玄(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・竹井久(コンマ下一桁が1,2,3,4,5,6だったら成功)

・福路美穂子(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・天江衣(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・清水谷竜華(コンマ下一桁が1,2,3だったら成功)


>>+2
>>+3


次回に続く!

帰宅!
うっかり三週間以上たってますけど、投下します

気を失ってましたが投下します



>>清水谷竜華
>>東横桃子


 新着メールの一番上に表示された名前は、清水谷竜華。

 夕方に俺をこってり絞ったはずなのに、これ以上何をしようっていうんだ。

 いやいや、別件の可能性の方が高いだろ。

 まぁ、メールを開いて見るのが手っ取り早いな。

 題名はシンプルにごめんの一言。


『そのな? なんかさっきは言い過ぎたから謝る』

『お詫びというのもあれやけど、明日一緒に出かけへん?』

『ほら、歩いとったら池田ちゃんも出てくるかもしれんしな』


 要するにパトロールの誘いか。

 そういえば福路さんの時も一緒に探して回ったな。

 あの時はなんやかんやあったけど、最終的には見つかったんだよな。

 そう考えると悪くない提案だ。

 ただ、探す相手が池田となると失踪した猫を探すような心地だ。

 とりあえず受け入れる方向で返信だな。


『おっけー。また一緒に自転車乗るか』


 少し冗談めかしておく。

 こうしておけばお詫びがどうとか気にする気持ちも弱まるだろう。

 その成否は、向こうから返ってきたメールによく表れていた。


『アホ!』

 少し顔を赤くしている清水谷さんの姿が容易に思い浮かぶ。

 こういう話に耐性がないのは相変わらずか。

 それはそれでからかいがいがあるからいいけど。

 ただしあんまりやりすぎると後が怖い。


『冗談は置いておいて、待ち合わせ場所と時間は?』


 これを決めなければ話にならない。

 適当に集合して解散ってのもあるのかもしれないが、今回はやめておいた方がいい。

 というか俺たちの性格を考えてそれは無理だ。


『場所は駅前で、放課後の……四時半でどうやろか?』


 まあ、妥当なところか。

 学校が終わるのは大体四時前。

 移動時間を考えても少し余裕がある。


『了解、それじゃ明日な』


 明日は特に買い物もないし時間には余裕があるだろう。

 それにしても、こういうやりとりだったら電話の方が手っ取り早かったかな。

 そんなことを考えてたら、今度は電話がかかってくる。

 噂をすれば影、とは言うがここまでタイムリーだとは。

 画面の表示は清水谷さんではなく東横。

 ちょくちょくメールはしてくるが、電話は珍しい。

 なにか特別な用事でもあるのだろうか。

「もしもし」

『デートっすよデート!』

「は?」

『だから明日の放課後にデートにいくっすよ!』

「ずいぶんいきなりだな……」


 いきなりなのはこれに限ったことではないが。

 生徒会に入る前は結構な頻度で放課後に連れまわされていたような……

 最近はそれがまた増えてきた。

 今回のもその流れだろう。

 ただ、わざわざ約束を取り付ける以上、大事な用事なのだとは思うが。


『それでどうするんすか!』

「悪いけど無理だ」

『へ?』


 そう、東横にとって大事なのだとは思うが、俺には先約がある。

 先に約束した以上、そっちを優先するべきだ。


『ど、どういうことっすか!? 生徒会もなくなって毎日暇そうにしてるのに!』

「お前は俺をなんだと思ってるんだよ」

『だって京くん友達少ないっすよね?』

「それをお前が言うか……」

 ブーメランは弧を描いて投げたやつのもとへ帰って行った。


『うぐっ……わ、私の友達は少数精鋭っすから……』


 東横もそれに気づいて語気が弱まる。

 声が詰まって震えていた。


「まぁ、そういうわけだから……」

『その先約ってなんすか?』

「いや、別に大したことじゃないけどさ」

『いいから、私にも知る権利があるっす!』


 受話器の向こうで腕を振り上げる東横の姿が浮かんだ。

 たしかに断ったのなら理由も教えるべきなのかもしれない。

 どうせ話せない内容でもないし。


「ちょっとしたパトロールだよ」

『誰とっすか!? 先約と言ったからには相手がいるはずっす!』

「お、おう……清水谷さんだよ」

『あのふとももさんっすか……!』


 海以外では特に接触はないはず。

 よって会長や先輩に向けるほどの対抗心もないはず。

 しかしだからといって安心はできない。

 今回の一件で禍根が生まれないとも限らない。

 そんな心の狭い奴だとは思いたくないが。

『……私もいくっす!』

「はい?」

『だから私もいくって言ってるんすよ』

「いやいや待て待て」

『パトロールだったら数が多くて損はないはずっすよ!』

「ぬぐっ……」


 今度は俺が言葉を詰まらせる。

 言ってることはもっともだ。


『とにかく! ダメって言ってもついていくっすからね!』

「ちょっ、お前勝手に……!」


 反論の材料を探しているうちに時間切れ。

 俺がしゃべっている途中に電話が途切れ、無機質な音が響く。

 強引に押し切られてしまった。

 そもそも反論の必要があったかどうかもわからない。

 頭数が多くて損はしないのはたしかだ。

 池田も俺を除いて人を傷つけるとは思えないし。

 危険があるとすれば、運悪くワームに遭遇するぐらいか。


「まあ、仕方ないか」


 今更説得してどうにかなるとも思えない。

 ここは素直に連れて行った方がいいな。

 そうと決まれば、同行者が増えたことを知らせなきゃな。





「……歩きにくい」

「これは必要なことなんすから、我慢っすよ」

「その必要性を説明してほしいな」

「ずばり威嚇っすよ」

「だから誰に対してだよ……」


 とにかく歩きづらい。

 右側に自転車、左側に東横を抱えているのだから当然か。

 それにしても威嚇とは穏やかじゃない。

 誰に対してかというと、多分清水谷さんだろう。

 前に先輩に同じことをしてたし、大体わかる。

 その理由はいまいちわかりかねるが。

 二人の接点はほとんどないはずなのだ。

 俺を介したつながりと、海の一件ぐらいか。

 なんにしても、下手に口を出したらまたぼろくそ言われそうだ。


「さぁ、駅前に着いたっすよ!」

「とりあえずいい加減離せ」

「逃げたりしないっすか?」

「ここで待ち合わせてるのに逃げてどうするんだよ」

「んー、それもそうっすね」

「わかってくれてなによりだ」

 東横が納得してくれたところで駐輪所に自転車を置きに行く。

 道すがらあちこちを見回すが、清水谷さんの姿はない。

 時計を見ればまだ十五分前。

 時間に余裕があるのに早く来すぎたか。


「よう、お待たせ」

「私も今来たところっすよ」

「お前はなにを言ってるんだ」

「こういうのはお約束っす」


 そんなことを言っても東横と待ち合わせしていたわけではない。

 本当の待ち合わせ相手はまだ来ないし。

 こいつのデートごっこに付き合ってもいいが、運が悪ければ余計な誤解を招きそうでなんとも。

 それで今までどんなにひどい目に遭ってきたことか。

 というわけで、俺がくれてやれるのはデコピンぐらいだ。


「てい」

「あいたっ」

「バカなこと言ってんなよ」

「つれないっすねぇ」

「釣ろうとするな」

「釣った魚にはエサをあげなきゃダメっすよ?」

「なんか話が変わってないか?」

 なにを言いたいのかはさっぱりだ。

 それよりも、やれやれとでも言うように肩をすくめる東横にはもう一発デコピンをするべきか。

 人差し指と親指で輪を作り、構える。

 東横も身構える。

 緊張した空気。


「あのー、お二人さん?」

「邪魔せん方がええんとちゃう? なんかおもしろそうやし」

「そないなこと言うても、喧嘩しとるんなら止めんとあかんやろ」

「あれは喧嘩っちゅーよりじゃれあい言うんやで?」


 空気が緩んでいくのを感じる。

 気が付けば待ち人がそこにいた。

 制服姿の清水谷さん。

 そのおまけに園城寺さんもいた。

 デコピンの構えをといて二人に向き直る。

 防御の構えを見せていた東横も同様に居住まいを正した。


「ようやく来たみたいっすね」

「すまんな、東横さん。ちょっと立て込んでて」

「竜華、気にすることあらへんよ。ぎりやけど間に合ったやん」

「あんなぁ……ぎりぎりになったのは怜が一緒に行くってごねたからやろ」

「ああ、なるほどね」

 ため息をついている清水谷さんに昨夜の俺が重なった。

 多分だけど、園城寺さんも東横と似たようなことを言ってついてきたのだろう。


「ええやんええやん。うちらの間にもう隠し事はなしやで? デートってわけでもないし……」


 園城寺さんがの目が俺に向けられ、そのまま東横へ。

 なんでもお見通しとでも言うように細められている。


「それに、竜華一人で対抗できるとも思えんしな」

「対抗? 怜、それなんの話?」

「自覚なしかいな……いやぁ、危なかったわ。そう思わん、東横さん?」

「……なんのことっすかね?」


 小さく笑う園城寺さんに表情を硬くする東横。

 二人の間で火花が散った、気がした。

 あくまで気がしただけだ。

 なにもない中空で本当に散っていたらそれはもう超常現象の類だろう。


「何の連絡もなしに連れてきてもうたけど、堪忍してな」

「いいよ。前にも似たようなことあったし、一緒にいられる時間が増えるのはいいことだろ」

「……ありがと」


 二人の間に横たわる障害がなくなったのだから、もうあれこれ気にする必要もない。

 秘密ってのは抱え込むだけで一つの壁になるのだから。

 それが悪いことかどうかはまた別問題だが。

「それで、合流したはいいけどどうする?」

「せやな、まずはこの二人を引き離そか」


 俺と清水谷さんの視線の先には笑顔の二人。

 笑顔といえば聞こえがいいが、東横のはひくついてるし、園城寺さんのはどこか作り物めいている。

 世間話という雰囲気ではなかった。

 目を離したすきに何が起こったっていうんだか。


「二人ともなにやってんだよ」

「ちょっとした世間話っすよ」

「そうそう、土地の領有権に関することを話しとったんよ」

「嘘つけ」


 言うに事欠いて土地の領有権とは……

 何を話していたのかはわからないが、それだけは違うと断言できる。


「う、嘘じゃないっすよ……ね?」

「せやせや、とりあえず背中と膝の上はうちのもんってことで」

「私は部屋まで行ったっすよ? あとお宝本の位置とかも」

「むむ、案外やるようやな……で、そのお宝本の内容は?」

「それはっすね……」

「ちょっとちょっと、あんたら一体なんの話してんですかねぇ!」


 なぜこんなところで俺のプライバシーが暴かれそうになっているのか。

 二人の手をつかんで物理的に引きはがす。

 仲が悪いとかそういう意味じゃなく、一緒にしていては色々まずい気がする。

「あんっ! 京ちゃん、いきなり激しくされても……困るわ」

「ご、強引なのも悪くないっすね……」

「やめろ!」

「……京太郎、なにやっとるん?」


 後ろから肩をつかまれる。

 力加減はほんとにただ手を置いてるだけという程度だが……


(お、重い……!)


 何か得体のしれない力が作用しているのか、それとも単に俺の精神にかかるプレッシャーが起こした錯覚か。

 なんにしても、清水谷さんが尋常な状態でないというのことはわかった。


「まず、二人から手ぇ離そか」

「うちはこのままでもかまへんで」

「いやいや、危ないから園城寺さんは逃げるべきっすね」

「いやいや、ここは東横さんが」

「……もう手を離してもいいかな」

「早うせぇや」


 後ろからのプレッシャーに負けたわけじゃないが、言われたとおりにする。

 そうしたら肩に置かれた手は離れ、妙なプレッシャーも消え去った。

 恐る恐る振り返ると、清水谷さんはいつもの調子で首を傾げた。


「さ、立ち話するのもあれやし、まずはどっか店に入ろか」





 ミーティングのために訪れた喫茶店で、俺たちは地味に揉めていた。

 なにについてかというと、これから街を練り歩くにあたって大事なのかもしれないこと。

 パトロールのチーム分けだ。


「効率化を求めて二組にわけることを提言するっす」

「うちもそれに賛成。二人きりなら色々と……おっとこれはオフレコで」


 強く推しているのは東横と園城寺さん。

 言葉の端々から漏れ出るものはともかく、その提案は理屈が通る。

 この人数だったらその方が無駄のない動きができるとも思う。


「みんな固まって動いた方がええと思うけど……」


 そしてそれに消極的に反対するのは清水谷さん。

 言葉尻がなんとも自信なさげだ。


「竜華、効率化やで効率化。わがまま言うたらあかん」

「そうっすよ。これは必要不可欠なことっす」

「でも、それじゃ京太郎と……」


 メンバーの分け方を考える。

 人数的には二人一組だろう。

 なにかあったときのために、戦力が偏るのは避けるとして。

 そうすると、俺と清水谷さんは違う組になるな。

 ということは、相方は東横か園城寺さんか。

 ……少し不安だ。

「ほら、京ちゃんはどうや?」

「私とどっちにするか決めるっすよ」

「話がいくつか飛んだような気がするな……」


 横から詰め寄る東横と、対面から身を乗り出す園城寺さん。 

 もはやチーム分けが決定事項になっている。

 清水谷さんは不安そうな表情でこちらをちらちらとうかがっていた。

 水を一口すする。

 さて、この二人を説得するのは骨が折れそうだ。


「……俺もみんなで一緒に行動した方がいいと思う」

「なんでやねんっ」

「これだけレール敷いといたのにそうくるっすかっ」

「だってみんなで歩いた方が楽しいだろ」


 パトロールと銘打っているが、俺の見立てではまともなものにならない。

 二人が張り切っている様子でなんとなくわかる。

 なら最初から遊ぶ気でいったほうがいい。

 本来の目的はそのついででいいだろう。

 池田が俺を狙っているのなら歩いているだけで効果がある。


「むぅ、納得しかねるっす」

「京ちゃん……逃げたな」

「はいはい決定。たまには俺の言うことを聞いてくれ……ね、清水谷さん」

「う、うん! ……ありがと」







 喫茶店を出て、男一人に女三人で街にくりだす。

 その中の一人、東横桃子は内心で拳を握りしめた。

 彼女には敵が多かった。

 隙あらば自分の胸を狙ってくる学校の先輩。

 悪辣な手段でこちらに敵対する元生徒会長。

 そして、今一緒に歩いている二人の少女。

 彼と関係のないところで出会っていたら、友達になれたかもしれない。

 しかし、その彼を介して徐々に周囲からの認知度を上げている身としては、それはジレンマだ。

 彼がいなければ知り合えず、彼がいるからこそ敵対している。

 中には例外もいるのだが。

 たとえば、いきなり胸をもんでくるおもちハンターとか。

 その時の驚きというか恐怖を思い出して桃子は震えた。


「大丈夫? 具合悪いんやったらどっかで休む?」

「あ、大丈夫っす」


 長い黒髪を持つ、清水谷竜華という少女。

 桃子の見立てではかなりの強敵だ。

 隙の無いプロポーションに、世話好きな性格。

 料理に関しては聞いただけだが、相当できるらしい。

 男性が好みそうな要素を兼ね備えてる。

 そして自分に対してもこの気遣い。

 対抗意識を保つのが難しくなりそうだが、桃子は頭を振ってどうにかこらえる。

 彼を意識しているのはたしかだが、そこまで積極駅に行動していないのが救いか。

「うちは疲れたなー……お、あそこにベンチあるやん。膝枕膝枕」

「こら、さっき店でたばっかやろ」

「うち、病弱やから定期的に膝枕分摂取せんと……」

「どうにもならへんな」

「精神安定剤的な意味合いで……」

「どうにもならへんな」

「……京ちゃん、最近竜華が厳しい。慰めて」


 気の抜けた目をした、園城寺怜という少女。

 桃子の見立てではこれまたかなりの強敵だ。

 おとなしげな外見で、身体的にこれといったアドバンテージがあるわけではない。

 ただ、病弱ということもあってか守ってあげたい雰囲気をかもしだしている……らしい。

 そしてなにより恐ろしいのは、自覚的にかつ積極的にアプローチを重ねていることだった。

 これで同じ学校に通っていたら、大変なことになっていただろう。


「おぶさるのも中々ええな」

「……ちょっとその、重くはないんですけど背中に……」

「当たり前やろ。当てとるんやから」

「怜! はしたないことするんやない!」

「私の目が黒いうちは許さないっすよ!」

「やー、もっとくっつくー」

「あだだっ、どこにこんな力が!?」

 まるでこなきじじいのようにひっついた不届きものを、思い切り引っ張る。

 この時ばかりは桃子も竜華と力を合わせた。

 敵の敵は味方という考えだ。

 そんなことを考えているのは桃子だけだったが。

 引っぺがそうとするとさらに強くしがみつくので、二人は一層力を強めた。

 その攻防に耐え切れなくなった須賀京太郎が動き出す。


「ええいっ、痛いわ!」


 桃子と竜華の手を振りほどき、自分の背中におぶさる怜を丁重におろす。

 どんな時にでも一応の気遣いを忘れないあたりが京太郎らしかった。

 口では色々と偉そうなことを言っているが、なんだかんだで他人を立てようとする。

 それを桃子はわかっていたが、自分以外の女の子にやってるのを見るとやっぱり気にくわない。

 自分以外の二人にどうにかして見せつける必要がある。

 何か手立てはないかと公園内を見回す。


「みんなでクレープ食べるっすよ。ほら、あそこに屋台が」

「それええな。ちょうど小腹がすいてきたし」

「さっき喫茶店でケーキ食ったやろ……太るで」

「別腹別腹。竜華もしっかり食べてここにしっかり栄養溜め込まんと」

「ちょっ、ふともも揉むなぁ!」

「膝枕なしやからこんぐらいはな」

 目の前で起こっている事態に、桃子はおもちハンターの脅威に似たものを感じた。

 思わず身震いするが、これから牽制を放とうというのに気圧されるわけにはいかない。


「京くんこっちっす」

「わかったから引っ張るな……って、まさかあの店」

「竜華、うちらもいくで」

「しゃあないなぁ」


 公園の入り口付近に陣取る屋台に桃子は見覚えがあった。

 以前京太郎と一緒にクレープを買った店。

 たしか、恋人と偽ってサービスを受けたはずだ。

 それを二人に見せつければ……

 思わず桃子の頬が緩んでいく。


「いらっしゃい……って兄ちゃんか」

「よぉ、おっさん久しぶり。またクレープ屋やってんの?」

「海の家はシーズン過ぎちまったからな」

「なになに、二人は知り合いなん?」

「お互いの腕を認め合ったとか、そんな感じです」

「ほほー、ならこのおじさんも相当できるってことやな。竜華、なんか頼も」

「そうやな……じゃあこのイチゴと生クリームのやつで」

「じゃあ、うちはバナナとチョコので」

 京太郎と屋台のおじさんの仲の良さそうな様子に戸惑う。

 海の家の話を桃子は聞いていなかった。

 だが怯んでいる場合ではない。


「おじさん! 私のこと覚えてるっすか?」

「あん? 前に一緒に食いに来た……たしか兄ちゃんの彼女だったか」

「そうっす! それっす!」

「京太郎、ちょいどういうことか説明してもらおか」

「あー……」


 竜華の顔がひくつく。

 京太郎はしまったとでもいう顔で頬をかいていた。

 嘘をついてサービスを受けた手前、この場で本当のことを明かすわけにはいかない。

 桃子は内心でガッツポーズをとった。

 後は事実確認を行う暇を与えなければいいだけ。

 そしてもう一人の様子を確認しようと振り返る。


「……」


 平素な表情でじっと屋台のおじさんと京太郎、そして桃子を見比べていた。

 今日会って確信したもっとも油断ならない相手の一人。

 嫌な予感が桃子の頭の中を駆け巡った。

 しかし、それを止める具体的な方策を見つけられないまま、怜は動き出してしまった。

「なぁなぁおっちゃん、もしかして恋人同士だったらなんかサービスあるとか?」

「まぁな」

「じゃあ、うちらもそれでお願いな」

「うちらって、あんたと、その髪の長い嬢ちゃんかい?」

「ちゃうで。恋人同士なのはうちと京ちゃん、そんで竜華と京ちゃんもや」

「ふぇっ、恋人? うちと京太郎が!?」

「あの、すいません。いくら俺でも分身は無理です」


 まさに常識を彼方へ放り投げた一手。

 予想外にも程がある。

 だが、そんなことを店主が信じるわけがない。

 桃子はどうにか平常心を持ち直した。


「なるほどな。そういうことならサービスしとくぜ」

「なんでっすか!」

「おっさん、いくら俺でも突っ込まざるをえない」

「つっても、会うたびに違う女の子を連れてきてるじゃねぇか。海の時だってよ、ナンパしてたみてぇだし」

「どういうことっすか!?」

「違う! ナンパなんてしてない! お前は事あるごとに俺の首をつかもうとするなっ!」


 自分に迫る腕をつかんで京太郎は叫んだ。

 まるで浮気した男の言い分。

 京太郎に問い詰めた時に高確率で口から出てくるのは、そういうセリフだ。

 それを聞いて桃子はより一層頭に血が上るのだが、京太郎はそれに気づいていない。

「まぁ、凄いやつってのはプライベートが派手になっていくもんだぜ?」

「俺が、凄いやつだってのはそうだけど、おっさんは誤解してるっ」

「はっは、照れんな照れんな! 若いっていいなぁおい」

「楽しそうやなぁ」

「園城寺さん! なんてことを言ってくれたんですか!」

「京ちゃんは浮気性やからなぁ。これはちょっとした罰ってことで」

「くっそ、味方がいない!」


 桃子と京太郎の力比べのような状況は続いている。

 本気を出せば京太郎が勝つのは明らかだが、気迫で押されていた。


「観念するっす!」

「だから勘違いだっていってるだろうが!」

「海の時だって、私のいない時に違う女の人といちゃついてたに違いないっす!」

「松実先輩にばったり会っただけだって!」

「またあの乳揉みさんっすか!」


 京太郎の口から出た名前に桃子はますますヒートアップした。

 取っ組み合いは終わりそうもない。


「お二人さん、注文の品ができたぜ」

「ありがとさん。ほら、竜華も現実に戻ってきぃや」

「はっ、ここは……公園? たしか今まで京太郎と家で……」

「……竜華も大概やなぁ」

「やっぱ兄ちゃんの周りには面白ぇのが多いな」





 七時過ぎ。

 駅前で解散する。

 もう暗いし、いい加減帰ってご飯を作らねばならない。


「京ちゃーん、今度は二人きりでデートしようなー」

「玉子づくしのお弁当、約束っすよー」

「その……京太郎、気をつけてな?」


 手を振って応じる。

 よろよろと上げた手は予想以上に頼りない。

 もう疲れたどころの話じゃない。

 なんとか弁当で懐柔したが、東横と引き合わせてはならない人がまた一人増えてしまった。

 池田に遭遇することもなかったし、今日の収穫はなしか。


「はぁ……帰ろう」


 仕事帰りだか部活帰りの人にまじって自転車を押す。

 雑踏にまぎれて、野良猫の姿が見えた。

 なんとなく目で追うと、建物と建物の隙間に入り込んでいく。


「……そういえば福路さんもあんなとこうろついてたんだよな」


 もしかしたらということもあるかもしれない。

 自転車をまた駐輪所に置いて、俺も狭い路地の中へと身を滑り込ませた。

「福路さん?」

「あ、京太郎さん……こんばんわ」


 狭い道を少し進むと、意外な人物に出くわす。

 ここにいる理由は俺と同じだろうか。


「華菜を見てませんか?」

「ちょうど俺も探してたんですけど……見当たりませんね」

「そうですか……」


 福路さんは顔をうつむけた。

 暗くてよく見えないが、声のトーンから気落ちしていることは間違いない。


「池田は学校には?」

「……」


 無言のまま首は横に振られた。

 まだそんな日数は経っていないが、生徒会長が休んでいるとなれば問題にもなっているのだろう。


「私も、みんなにこんな思いをさせてたんですね……」

「……」


 そんなことはない、とは言えなかった。

 俺も会長も心配したし、池田だってしてた。

「とりあえず、早いとこ池田を見つけましょう」

「そうですね。華菜がぐれてしまったというなら、私が止めなくちゃ!」

「俺も手伝いますよ」


 自分も似たようなことをしてたからか、福路さんは使命感に燃えていた。

 無理をしないといいけど。


「そういえば、福路さんはどうやってゼクターを?」

「ゼクター……この子のことですね」


 福路さんが手を差し出すと、どこからともなくやってきたゼクターがそこに収まった。

 バッタ型のゼクター。

 電子音を発しながら、暗闇の中で小さく光を放っていた。


「私が落ち込んでいるときに、いつの間にか近くにいたんです」

「誰かに渡されたわけじゃなく?」

「はい。機械が苦手だからって触るのをためらってたんですけど、手を差し出したらこんな風に乗っかってきて」


 ペットをなでるかのような手つきで、福路さんはゼクターに触れた。

 そうするとかたかたと震えて、ゼクターは小刻みに電子音を上げた。

 まるで甘えているかのようだ。

 資格者を選ぶというのなら、意思が存在しているのかもしれない。

 それはともかくとして超羨ましい。

「このベルトは知らない男の人にもらったんですけどね」

「福路さんそれ超大事!」

「えっ、そうなんですか?」


 危ない危ない。

 収穫なしと決めつけてスルーするところだった。


「それで、その人はどんな人でした? ZECTの関係者とか言ってました?」

「えっと、ZECTとかそういうことは言ってなかったような……あと、外見に関してはどこにでもいる中年男性としか」

「そうですか……」

「お役に立てなくてごめんなさい……」

「いや、気にしないでください。あくまで池田を探すうえでの参考にでもなればって思っただけですから」


 池田のゼクターは福路さんのものとほぼ同じもののようだし、出所も同じである可能性は十分にあり得る。

 結局は情報なしか。

 まぁ、焦って調べることでもない。


「それで、俺たちのこともその人から?」

「はい、ライダーやワームのことについて一通り」

「なるほど……あ、それと一応ですけど名前とか聞いてません?」

「あ、それならたしか……南浦って名乗ってました」

「それ先に言いましょうよ!」

「きゃっ、ごめんなさい」

 福路さんがうっかりものである可能性が浮上してきた。

 それはいいとして、南浦ね……

 ライダーやワームのことを知っているなら間違いなくZECT関係者か。

 変身デバイスを持ってた時点でそれはほぼ確定的ではあったけど。

 ともかく、名前がわかったのなら後で龍門渕さんに聞いてみよう。


「他にはなにもないですか?」

「は、はい」

「じゃあ、あとは池田を確保してそっちからも話を聞いてみましょう」

「あの、あまり手荒な真似は……」

「説得できるならそうするつもりですけどね」

「ありがとうございます」


 だがおそらくそれは無理だ。

 池田の頭の良さはわからないが、思い込みが激しいタイプではあると思う。

 それが俺を敵として認識している。

 単純に言葉で止まるとは思えなかった。


「ここ、暗いですね」

「携帯のライト、使いましょう」

「お願いします、まだライトの使い方がわからなくて」


 電話やメールは問題なく使えるようになったようだけど、それ以外はまだダメなようだ。

 携帯のライトで道の向こうを照らす。

 そこに何かの影。


「あれは……もしかして!」

「福路さん……! くっ」


 走り出した福路さんの後を追おうとすると、なぜか空から降ってきたゴミ袋に阻まれた。

 そしてそのまま、見失ってしまった。





「華菜、華菜……!」


 暗い道の先に後輩の姿を見た美穂子は、単身狭い路地を進む。

 さっきまで一緒に歩いていた少年のことも今は頭にない。

 外の光が入り込む出口の近く。

 そこに目的の姿があった。


「会長、待ってたし」

「華菜……良かった。心配したのよ?」

「……」

「どうしたの?」


 光を背にしているため、その顔は見えなかった。

 いつもと違う異様な雰囲気に、美穂子は首を傾げた。


「華菜ちゃんにはなにも問題はないし」

「そう? なら、帰りましょう。みんな心配してるわ」

「……それはできないし」

「そんなこと言わないで、ね?」

「もう光には背を向けた……戻れないんだし」


 後輩の言っていることに美穂子は困惑した。

 自分もかつて似たようなことを言っていたことには気が付いていない。


「だから、会長も一緒に行きましょうよ」


 華菜は数枚の写真を差し出す。

 美穂子は恐る恐るそれを受け取り、そこに映っていたものを見て目を見開いた。


「嘘……」





 ビルとビルの隙間を駆けていく。

 建築物が詰められた結果できたこの道は、当然一本道ではない。


「くそ、まるで二重遭難だなっ」


 あるいはミイラ取りがミイラになる。

 池田を探していたつもりが、いつの間にか福路さんを探している。

 心配でたまらなかったのはわかるが、もう少し落ち着いていてほしかった。


「電話もつながらないし……」


 何度か連絡を取ろうとしたものの、一度も出てはもらえなかった。

 気づいていないのか、または持ち歩いていないのか。

 念のため、またかけてみる。

 タイミングってものもあるからな。

 すると、電話の着信音はわりと近くから聞こえてきた。


「福路さん?」

「……」


 無言のまま福路さんが姿を現す。

 なにかあったのか?


「京太郎さん……これ」

「これ?」

 差し出された写真を受け取る。

 暗くてよく見えないので、ライトを当てた。


「……なんでこんな写真が」


 写っているのは主に俺だった。

 その他に東横、清水谷さん、園城寺さん。

 いずれも俺とのツーショットだった。

 今日の写真だろうか。

 誰が撮ったのかも気になるし、なぜ福路さんが持っていたのかも疑問だ。

 それにしても、この写真がどうかしたのか?


「私や久だけならいいと思ってました……」

「会長? この写真となんの関係が」

「でも、こんなたくさんの子たちと……こんなふしだらなことを……!」

「ふしだら……?」


 写真を見直す。

 ふしだらというか、なんというか。

 たしかに腕を組んだり背中に引っ付かれたり、クレープを食べさせあっていたりはするけど。

 なんかいつものことすぎてそういう意識が吹っ飛んでいる。


「もう看過できませんっ、今日という今日は許しませんから!」

「なんかこの前も似たようなことを言われた気がっ」

 福路さんはお怒りモードだった。

 誰が渡したかは知らないが余計なことを……!


「隙ありだし!」

「うおっ」


 声に反応してどうにか避ける。

 誰の仕業かはわかりきっていたが、蹴りの鋭さが段違いだった。

 軽やかに着地した襲撃者は、案の定変身していた。


「池田、写真渡したのはお前か」

「そうだし、会長と分断したのも華菜ちゃんだし!」

「聞いてもいないことまでどーも」


 つまり、この状況を作り出したのは池田の策略ということか。

 いつから頭を使うようになったのやら。


「華菜、邪魔しないで。それに暴力は……」

「会長、あいつとじっくり話したいなら、まずは無理やりにでもおとなしくさせるべきだし」

「でもそれは……」

「でないと、また逃げて他の人のとこにいっちゃうんだし」

「……わかったわ」

≪――Change Kick Hopper!≫

 福路さんは池田にばっちりそそのかされていた。

 冷静な状態じゃないのはたしかだった。

 てか、マジか……


「おとなしくしていれば、痛くないですから」

「福路さん、池田の言葉に惑わされないで!」

「行きます……!」

「くそっ」

≪――変身≫


 ゆったりと歩み寄ってくる福路さんに対して、バックステップで距離をとる。

 そして飛びのきざまにゼクターをベルトへ。

 着地をするころには変身は完了していた。


「京太郎さん、抵抗しないで……」

「はいそうですかとは言えませんねっ」


 つかみかかってくる手をいなす。

 状況はかなり特殊だ。

 池田はともかく、福路さんをはいそうですかと撃退するわけにはいかない。

 どんな揺さぶりをかけられたのか、正気を失っている。


「俺は逃げないから、少し話を……!」

「また丸め込もうとしてるし!」

「うるせぇー!」

≪――Cast Off! Change Beetle!≫

 入れ替わるように飛びついてくる池田を、飛散する鎧で牽制。

 二人はそれを避けるように距離をとった。

 仕切り直しか。

 目標は池田に変更だな。

 あいつがいたら話にならない。


「汚してやるし、太陽なんか!」

「京太郎さん……!」


 上下からの同時攻撃。

 正面から突っ込んでくる池田と、飛び上がってこちらに狙いを定める福路さん。

 しかも地味にタイミングをずらしてきている。

 即席にしては中々のコンビネーションだ。

 防御や回避はかえってまずいかもしれない。

 だから、前に踏み出す。


「くらえっ」

「ふっ」


 突進の勢いもこめたパンチをさばき、池田の肩に手を置いて飛び上がる。

 そして福路さんのベルト、そこに取り付けられたゼクターを――


「せいっ」

 つま先で思いっきり蹴り上げた。


「変身が……!」

「失礼します」

「きゃっ」


 変身が解けた福路さんを抱きかかえて着地。

 か弱い抵抗があったが、その程度では変身していない俺も振りほどけない。

 少し強引だがこのまま離脱もありか?


「会長を離せっ!」

「おっと」

「うわっ」


 後ろからの攻撃を紙一重で避け、足を払う。

 だからいちいち大声をあげてたらバレバレだっての。

 転んだ池田を確認し、腰のボタンに手を伸ばす。


「悪いけど、お前の相手はまた今度だ」

「くっそー!」

「福路さん、しっかりつかまっててください」

「え、はい」

≪――Clockup!≫

「絶対ぶっ倒してやるからなー! 覚えてろよー!」





 どこぞの屋上に降り立つ。

 変身を解いてそこで福路さんと顔を向かい合わせる。

 いや、また顔をそらされてるからそれは嘘だ。


「……福路さん、言いたいことはわかりますか?」

「……はい、ごめんなさい」


 福路さんは池田と離れて正気に戻ったようだった。

 一体なにを言われたのやら。

 あの写真に関連しているとは思うけど。


「その……理由は聞かないでもらえると、ありがたいです」

「まぁ、無理に言えとは言いませんけどね」


 理由は気にはなるが、もう同じ手にはかからないだろう。

 問題なのは、池田がそういうことをしてきたってことだ。

 ちょっと、いやかなり面倒だ。


「私、華菜を説得しなきゃって思ってたのに……」

「それはもういいですよ。もう暗いし、帰りますか」

「あの、もしよければお詫びに夕飯のお手伝いをしたいんですけど」

「衣さんも喜びますし、歓迎しますよ」

「ありがとうございます」





 まだ日が高いうちに竹井久は学校を出る。

 サボりとか自由登校とかではなく、単に半日授業だからだ。

 会長をやっていたころはなんだかんだで昼過ぎまで残っていたのだが。

 生徒会から退いて暇になったのは、どこかのだれかと一緒だった。


「美穂子でも誘って遊びに行こうかしらねー」


 空を見上げながら、親友と出かける算段を立てる。

 久も美穂子も推薦がほぼ決まっているから、遊ぶ余裕は十分にあった。

 近くの河原に腰を落ち着け、携帯を取り出す。

 その後ろから、草を踏む音。

 携帯のディスプレイに一瞬だけ映った姿に、久はどうしたものかと少し思案した。


「私に何か用?」

「……あんたはいいよなぁ……会長から慕われてて、あんなにかまってもらえて」

「なにが言いたいのかは大体わかるけどね、相手してほしいんだったらちゃんと言った方がいいわよ」

「どうせ華菜ちゃんなんか……!」

≪――Change Punch Hopper!≫


 人気のない河原に電子音が響く。

 久はスカートに着いた草を払って立ち上がった。


「わーお、問答無用ってわけね」

≪――変身≫





 池田の襲撃から数日。

 最近では頻度の減った一人の帰り道。

 あの日から池田は俺のみならず、色んなライダーにちょっかいをかけているらしい。

 俺が聞いた範囲では、会長と清水谷さんが喧嘩を吹っ掛けられている。


「よう、京太郎」

「純、今帰りか?」

「いんや、これから龍門渕さんのところにいくんだ」

「なんかあったのか?」

「バイトだよバイト。向こうのお世話になりっぱなしってのもどうもね」


 純が今こうしていられるのも龍門渕さんのおかげとのことだが、詳しい事情は聞いていない。

 それにしてもバイトか。

 俺もなんかやろうかな。


「ZECTにも行ってるのにな……そういえば沢村さんも一緒なのか?」

「ああ、連れ出すのには苦労したけどな」

「だろうな……にしても、あの屋敷でバイトってなにやってんだ?」

「そりゃあ、メイドだよ」

「メイ、ド……?」


 メイド姿を思い浮かべてみた。

 似合わないとは思わないが、ぱっと想像することができなかった。

 ちなみに執事姿も思い浮かべてみたが、こちらは容易に想像できた。

「……なにを考えてるか知らねーけど、殴っていいか?」

「待て、早まるな」

「このやろっ」


 掴みかかってくるところを横にかわす。

 純もふざけているからか、避けるのは簡単だった。

 ただ、その右手にまかれた包帯が目についた。


「お前、それはどうしたんだよ」

「ああ、これはちょっとな……」


 ばつの悪そうな顔で純は言葉を濁した。

 なにかがあったのはたしかだ。


「それより、最近暴れまわってるライダーの話なんだけどよ」

「池田のことだな」

「オレもこの前襲われた」

「まさか、その怪我は……」


 今までは大した被害もなかったから放っておいたが、容赦なく傷つけてくるというのなら話は別だ。

 きつくお灸をすえるべきだ。

 福路さんには悪いが、そうするしかない。

 俺は決意した。

「真剣に考えてるとこ悪いけど、これはバイト中に火傷しただけだ」

「俺の決意を返せ」

「いや、なんのことだかわからない」


 ついさっき固めた意志は一瞬で霧消した。

 てか、無闇に意味深な言い方をするなよ。

 まぎらわしいにも程がある。


「……そんで、これから龍門渕か?」

「まぁね」

「じゃあ俺も一緒に行くよ」

「オマエも? まぁいいけどさ」


 そういえば龍門渕さんには色々聞きたいことがあったんだ。

 福路さんにベルトを渡した人についてとか。

 決して純のメイド姿に興味があるわけじゃない。


「……やっぱダメだ」

「どうしてだよ」

「オマエの目が怪しすぎるからだよっ」


 ずいぶんな理由で却下されてしまった。

 まるで俺がよこしまなことを考えてるみたいじゃないか。

 反論をしようとしたところで、携帯が震えた。


「ZECT……またなんか出たみたいだな」

「……今日のバイトはキャンセルだな」





 連絡を受けて向かった先では大捕物が繰り広げられていた。


「こらぁ、待てぇ!」

「待たないし! 悔しかったら捕まえてみろだし!」

「ぐぬぬ……」


 逃げる池田。

 それを清水谷さんとゼクトルーパーたちが追いかけていた。

 ……なんの鬼ごっこだろうか。


「隊長! 相手の足が速すぎます!」

「変身もしてないのに……班を分けて回り込んでください!」

「了解!」


 相手が生身だからか、清水谷さんも変身してはいなかった。

 ゼクトルーパーも武器の代わりに投げ縄や投網を持っている。

 秘密組織がなにをやっているのだろうか。


「あ、京太郎に井上くん。はよ手伝って!」

「オレ、バイト行ってもいいかな?」

「なに言うとるん!?」

「ああ、いいぜ」

「京太郎!?」

 二人が驚いた目でこっちを見る。

 だがこれは冗談でもなんでもない。


「むしろ、俺一人で十分だ」

「逃げ回ってる相手を捕まえるなら、人数が多い方がええやん」

「いや、追いかける必要すらない」


 大きく息を吸い込む。

 確実に届かせなければいけない。


「池田ァア!! 俺はここだっ!」


 溜め込んだ息を解放して声を張り上げる。

 その場にいる誰もが動きを止め、音の発生源である俺に視線を向けた。

 いや、正確には一人を除いて、だ。

 池田は動きを止めていたが、背中を見せたまま動かない。

 あいつが俺に無条件で突っかかってくるのならば、もうこれで逃げるという選択肢はなくなるはず。


「須賀、京太郎……!」


 池田が振り返る。

 こちらを睨み付けるその姿は、耳と毛とおまけにしっぽまで逆立てた猫を思わせた。


「止まった、今のうちに!」

「ストップだ、清水谷さん。俺だけでやらせてくれ」

 手を横にかざし、池田を捕えるために動き出そうとした清水谷さんを制止する。

 こいつを完全に止めるなら、俺一人で相手するべきだ。


「一人で大丈夫なのか?」

「大丈夫に決まってるだろ。俺を誰だと思ってるんだよ」

「それもそうだな。じゃあオレは下がってるよ」


 純は俺の肩に手を置いて後ろに下がった。

 そして清水谷さんが俺の前に来る。


「逃がしたら、こっちの言うこと一つ聞いてもらうから」

「捕まえたら俺になにかくれんの?」

「わがまま認めたんやから、なんもなし」

「あらら、残念」

「各隊員は後方で待機してください」


 清水谷さんの命令でゼクトルーパーが退いていく。

 当の本人は俺の手を軽く握ると、背中を叩いて歩き去って行った。

 これで池田と一対一。

 刺すような視線にこちらからも視線を合わせる。


「案外律儀だな。問答無用で襲いかかってくるかと思ったのに」

「……やっぱりお前を会長に近づけさせるわけにはいかないし」

「それを決めるのはお前でも俺でもないだろ」

 誰とどう関わるかってのは結局本人が選ぶことだ。

 福路さんが池田にあれだけ言われても俺との関係を絶たないのならば、俺もこいつの言い分をはいそうですかと認めるわけにはいかない。


「来い、今日はまともに相手してやるよ」

「その余裕、今に引きずりおろしてやるし。華菜ちゃんはお前を倒すために地獄を見てきたんだからな」


 怪しげに笑うと、池田はそんなことを言い出した。

 押し殺したような声には底知れぬ響きがあった。


「今日までずっと、お前の名前を念仏のように唱えて憎悪を増幅してきたんだし!」

「怖いわ!」


 色々突っ込みどころがあったが、とりあえず体に悪寒が走った。

 最近したくしゃみはこいつが原因なのかもしれない。


「笑うんなら笑えよ。もう笑えなくなるぐらい痛めつけてやるんだからな!」

≪――Change Punch Hopper!≫

「変身」

≪――変身≫


 二人同時に変身を遂げる。

 だが相手はキャストオフの手間がない分、一手有利だ。

 一対一ならばそこに注意するべきか。

 相手の出方をうかがう。

「……来ないのか?」

「……お前こそ。さっさとかかってくるし」


 どうやら様子見を選んだのは向こうも同じのようだ。

 気が付けば俺たちは円を描くように移動して、いつの間にか立っている位置が入れ替わっていた。

 ……しょうがないな。

 クナイガンをかまえる。


「ほら」

「うわっ、飛び道具とは卑怯な!」


 足元を狙って数発。

 相手は飛び上がるように回避した。


「卑怯って言われてもな」

「うるさい! 男なら近づいて戦えよ!」

「じゃあこれで満足、かよっ」


 アクスモードで突進。

 両手で持って水平に振りぬく。

 しかし、攻撃は空振り。

 相手はぎりぎりで身をそらしていた。


「馬鹿め!」

 それを待っていたと言わんばかりに相手が攻勢に転じる。

 だが、待っていたのは俺も同じ。

 馬鹿はお前だ……池田!


≪――Cast Off!≫

「くっ!」

≪――Change Beetle!≫


 飛散する鎧を受けて相手は吹き飛んだ。

 額に角が立ち上がり、俺の変身も完了する。


「ぶっ倒してやるし!」

≪――Clockup!≫

「お前には無理だ!」

≪――Clockup!≫


 ほぼ同時に加速する。

 色あせた視界の中では相手の姿だけが鮮明だ。

 クナイを構える。


「くらえ!」


 相手の放つ猫パンチみたいな拳打をかいくぐる。

 そしてそのままタックル。

 相手は地面に倒れこむ。

「まだだし!」


 だが直後に来る足払い。

 跳躍して逃れる。

 このまま蹴りつぶしてやろうか。


「華菜ちゃんの必殺技、受けてみるし!」

≪――Rider Jump!≫


 端的に言って、上に飛ぶのは下策だった。

 バイクがなければ俺に翅はない。

 苦し紛れにクナイを投げつける。


「アッパァー!」

≪――Rider Punch!≫


 だがそれはいとも簡単に弾かれる。

 これは、まずい……!

 体を捻って回避を試みる。

 いけるか……?


「無駄だし――」

「あっ」


 アッパーが俺の体に刺さる前に、回転途中にたまたま突き出した足が偶然相手のアゴをかする。

 まったく意図してなかったラッキーストライク。

 脳を揺らされたのか、相手は糸の切れた人形のように重力に引かれて落ちていった。


≪≪――Clock Over!≫≫





 倒れて変身が解けた池田の頬をぺちぺち叩く。

 起きる気配はなかった。

 このままZECTに引き渡すのもあれだし、どうするか。

 清水谷さんたちはまだ待っていてくれるが……


「華菜……!」


 ゼクトルーパーたちをかき分けて福路さんが現れる。

 俺たち同様、池田出現の報を受けてのことだろう。

 よく見れば会長も向こうで清水谷さんと話していた。


「すいません。結局強引におとなしくさせることになってしまって」

「いいんです。この子も話を聞けるような状態じゃありませんでしたし」


 とは言うものの、その目は悲しげだった。

 おそらく一番池田のことを案じていたんじゃないだろうか。


「うっ……かい、ちょう?」

「大丈夫? 怪我はない?」

「大丈夫だし……それより須賀は!?」


 池田は飛び上がるように起き上がった。

 そして俺の姿を見つけると、身構えて唸り声を上げた。

 まぁ、気絶したくらいじゃどうにもならないよな。

「華菜ちゃんは、まだ負けてない……!」


 まだ足元はふらついているが、その目の火は消えていない。

 どうする……負けを認めるまでぶっ飛ばしてもいいが。

 福路さんにそんな光景を見せたくはない。


「お願い、もうやめて……」


 だがその必要はなさそうだ。

 池田をどうにかするのは俺の役目じゃなかったようだ。


「今、あいつをやっつけますから……!」

「違う、違うの……」

「そうすれば会長も目を覚まして……」

「あなたが心配なの!」


 涙交じりの声で福路さんは池田を抱きしめた。

 涙は女の武器ということなのか。

 あれほど聞く耳を持たなかった池田は、目を見開いて黙った。


「お願いだから、自分と周りを傷つける真似はやめて……」

「会長……」

「だからそれはあなたでしょ?」

「いや、福路さんそれは……」

 口を挟まないつもりが、ついつい出してしまった。

 いやにこだわるな。


「あなたが私の後を継いで会長になるって言ったとき、すごく嬉しかったの」


 会長を慕う福路さんと、福路さんを慕う池田。

 思えば似たような関係だ。

 福路さんがおかしくなった理由ははっきりとわからなかったが、それも今の池田と似通っていたのかもしれない。


「あなたが辛くてもくじけそうでも、きっとそばに誰かがいる。保障するから」

「それはかいちょ……先輩も?」

「ええ」

「うぅ……ごめんなさい」


 池田は福路さんの胸に顔をうずめた。

 ようやっと一件落着か。


「ほら、私だけじゃなく京太郎さんたちにも」

「……それは無理だし」

「他の誰に誤ってもかまわない……だけど、須賀にだけは絶対謝らないし!」


 今までの態度はどこへいったのか、俺に向ける顔には申し訳なさの欠片もない。

 そのまま福路さんから離れると、池田は俺に指を突きつけた。


「月のない夜だけだと思うなよ!」

「か、華菜!」

「一件落着とはいかなかったか……」





 買い物の帰り道。

 色々入った袋をぶら下げ、駐輪所へ向かう。

 夕方は人が多いからしばらく押して帰ることになるが。


「さて、今日は魚だな」


 具体的にどう調理するかはまだ決めていない。

 そこらへんは衣さんの反応を見てからにしよう。


「それにしても、お咎めなしだったのか」


 つい最近まで暴れまわっていた池田だが、ZECTは特に措置を取っていないようだ。

 まぁ、ライダーの力もあれから悪用してないし、学校にもちゃんと行くようになったらしいしな。

 どれもこれも一つの例外を除いて、だが。


「待つし!」

「まーたお前か」


 人の流れがまばらになったところで、後ろからかかる声。

 誰かと言えば池田だ。

 まだこりてなかったのか。


「俺はこれから晩飯作んなきゃなんないんだよ。お前に構う暇はない」

「ふふふ、今日の華菜ちゃんは一味違うんだし! 来い、華菜ちゃんの手下たち!」

 池田が指をパチンと鳴らすと、俺の周囲を取り囲むように三つの影が現れた。

 似たような顔が三つ、こちらを見上げていた。


「だし!」

「だし!」

「だし!」


 池田を小型にしたような三人だった。

 髪型は微妙に違うが、三つ子だろうか。

 というか、手下ってこれかよ。


「さぁ、覚悟するし!」

「やくそくのおやつをよーきゅうするし!」

「ドーナツ!」

「ケーキ!」

「お前らそれは後にしろよー!」


 逆に池田が取り囲まれていた。

 たかられて身動きが取れなくなってる。

 ……さて、帰るか。


「そうか、頑張れよ。じゃあな」

「あ、待て!」






第十三話『ザ・ヘルキャット』終了

ね、眠い……

更新遅くなりましたが13話終了です
次は二週間以内にできるといいな

したらば

帰宅しました。
なんやかんややったら始めます




 暖房が行き届いた薄暗い部屋。

 時期的に暖房を使うのはおかしなことではないが、設定温度が異常に高い。

 これではサウナに入っているようなものだ。

 だというのにそこにいる少女は汗ひとつかいていない。

 厚手のロングコートに毛糸のミトン、マフラーを巻いて頭にはニット帽。

 座ったままで松実宥はそっと目を閉じた。


「もう少し、あとちょっと……」


 その暗闇の中に失った日常を思い描く。

 家族と、妹と過ごす日々。

 それを取り戻すためになら宥はどんなことでもすると誓っていた。


「――――――」

「おかえりなさい」


 羽音と着地音。

 世間一般ではワームと呼ばれる異形が暗闇の中に現れる。

 宥はそれに驚くでもなく、当然のことのように迎えた。


「――――――」

「そう、やっとわかったんだ。じゃあ行こうか」


 目を開いて立ち上がる。

 ワームがひときわ大きく羽音を立てると、後には暖房の音だけが残された。





 十一月の初め。

 俺は龍門渕を訪れていた。

 なんだかんだで先延ばしになっていたが、聞きたいことがある。

 福路さんと池田にベルトを渡した人物についてだ。

 池田から直接話を聞いていないが、どちらも同じらしい。

 俺が池田と話すと話にならないから、この情報は福路さん経由のものだ。


「お待たせいたしましたわ」


 後ろにハギヨシさんを伴って龍門渕さんが部屋に入ってくる。

 今日は衣さんもいない。

 そのせいか顔が少し硬い気がする。


「龍門渕さん、早速で悪いけどいくつか聞かせてもらってもいいだろうか」

「まずは落ち着きなさいな。ハギヨシ」

「はっ」


 龍門渕さんが具体的になにかを言ったわけではないのに、ハギヨシさんは返事ひとつでお茶を入れ始めた。

 お互いの意思疎通はたやすいレベルなのだろう。

 まぁ、ハギヨシさんだったらなにも言わなくても用意しそうだけど。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「いえ、これが私の務めですので」

 目の前に置かれるティーカップ。

 その中にはミルクティー。

 一口飲むと、砂糖は入っていない。

 いつの間にか味の好みまで知られていたようだ。

 ハギヨシさんは特に意に介した様子もなく、龍門渕さんのものも用意する。


「ご苦労」

「お嬢様、私は」

「ええ、もう下がりなさい」

「かしこまりました」


 一礼するとハギヨシさんは退室していった。

 ドアが閉まり、龍門渕さんは紅茶に口をつけるとこちらに目を合わせる。

 ようやく本題か。


「それで須賀京太郎、聞きたいことはなんですの?」

「ああ、南浦って名前に聞き覚えはないですか?」

「……南浦」


 龍門渕さんは顎に手を当てた。

 なにかを思い出そうとしてるのか。


「……ごめんなさいな、存じませんわ」

「そうですか、仕方ないですね」


 ZECTと龍門渕が密接につながっているとはいえ、同じ組織ではない。

 だからいくら龍門渕さんでも知らないことがあるのは仕方がない。

 人は天に至れても神にはなれないのだから。

「……」


 目立ちたがり屋で、自信にあふれているというのが俺の龍門渕さんに対する印象だ。

 もちろんそれだけでないというのもわかっている。

 時折見せる冷たい表情や、ZECTに対する代表としての顔。

 だがそれにしたって今の一瞬の顔は硬すぎた。

 まるで一心に、なにかに徹するように。

 俺の考えすぎってこともあるが。


「それじゃあ、あと一つだけ」

「よろしくてよ」

「あのバッタのゼクター、本当になにも知りませんか?」


 別に前回の答えを疑ったわけじゃない。

 ほんの少しだけの確認だったはずだ。


「以前言った通りですわ。こちらでも調査を続けていますが、詳細はまだ」

「……そうですか」


 だけど、俺はそれが嘘か本当かわからなくなった。

 無条件で信じられなくなったと言ってもいい。

 龍門渕さんの立場でも話せないことはあるのかもしれないが。

 カップを傾けて飲み干す。


「今日はありがとうございました。そろそろ帰ります」

「ええ……ごめんなさい」


 それでも、謝ってほしくはなかった。

 まるで俺の疑念を肯定するようだったからだ。





「お嬢様、よろしかったのですか?」

「ええ、彼の強さは信頼に値するものですが、まだ……」

「そうですか……出過ぎたことを言いました。申し訳ございません」

「構いませんわ、私はあなたをイエスマンとして傍に置いているわけではないのですから」


 話していいことと駄目なことをよりわけるのは、上に立つものの傲慢なのかもしれない。

 だが同時に責任とも置き換えられる。

 萩原はこちらに背を向ける龍門渕透華の心情を察して目を閉じた。

 彼女の抱える秘密の中には、他ならぬ自分のことも入っているのだから。


「彼が全てを知ったら、どうするのか……それが少し怖いのですわ」

「衣様のことですね?」

「……」


 透華の返事は無言。

 それが肯定を示すことは言わずともわかっていた。


「それに、あなたのこともですわ」

「お嬢様、私のことは……」

「あなたがあなたであることには変わりませんわ」

「……ありがとうございます」


 萩原は深く頭を下げた。

 そして満月を見上げ、自分の中で猛るものを押さえつけるように胸に手を当てた。





「結局なにもわからずじまいか」


 龍門渕からの帰り道。

 日が落ちるのが早まったからか、もう暗い。

 周辺に交通機関があまりないせいか、人より車の方が多い。

 だがそれも家に近づくと車の姿さえあまり見なくなる。

 いや、ここが住む人もいないような僻地ってわけじゃないけど。


「あ、京太郎くんだ!」


 家に一番近いコンビニ。

 その前を通り過ぎようとしたら、横から声をかけられる。

 思いっきり聞き覚えのある声が俺の名前を呼んでいた。

 自転車を止めて声の主に向き直る。


「先輩、こんな時間にどうしたんですか?」

「京太郎くんこそ、買い物じゃないよね?」

「ちょっと知り合いの家に」

「その知り合いって、お友達?」

「そういうのとはちょっと違いますね」


 俺と龍門渕さんは決してそんな関係ではない。

 まったく親しくないと言えば嘘だが、壁を一つは隔てている。

 衣さんにだったら心を許しているし、ハギヨシさんには全幅の信頼を置いているのだろう。

「じゃあ、恋人とかでも……ないんだよね?」

「そりゃあ、まぁ」

「そうなんだ……」


 胸をなでおろしているところ悪いが、それはまったくの見当外れだ。

 周囲から鈍感鈍感とよく罵られているが、これだけは断言できる。


「俺に恋人は三人ぐらいいるらしいですけど」

「……え?」


 冗談めかして少し笑う。

 先輩もそれに乗っかってくれると思ったのだが、想像以上に深刻な顔をしていた。

 俺の笑顔は固まった。


「きょっきょ、京太郎くん!? それどういうこと!?」

「いやだからそれは……」

「そんな人じゃないと思ってたのにぃ」

「先輩っ、冗談だから冗談!」


 涙ぐむ先輩。

 俺は大いに慌てた。

 自転車を手放し、先輩の肩をがっしりとつかむ。

 誤解をさせたのならそれを解かなければならない。

「この前、東横と清水谷さんと園城寺さんでクレープを食べる機会があったんですけど」

「と、東横さん……」


 特定のワードに反応して先輩の顔が不安そうにゆがむ。

 ……もうここは一気に畳みかけてしまおう。

 時間をかければかけるだけ悪化していく気がしてならない。


「恋人同士だとサービス受けられるんでふざけて三人とも俺の恋人ということにしました以上!」


 ノーブレスで言い切った。

 思った以上に力がこもっていたのか、少し呼吸が荒くなる。

 まくしたてられた先輩は、まだ言葉を租借できていないのかノーリアクション。

 数秒がたち、ようやく動き出す。


「えっと、本当にふざけてただけ?」

「もちろんですよ。俺がそんな人間に見えます?」

「うん、そうだよね」

「……先輩っ」


 ここで肯定してくれるのが先輩だ。

 他の人たちだったらこうはいかない。

 嬉しさのあまり俺は思わず松実先輩を抱きしめた。

 一瞬我を忘れたと言ってもいい。

「――っ」


 声にならない声が漏れる。

 先輩の体の柔らかさを実感して、ようやく俺は正気に戻った。

 抵抗はないが、震えていた。

 まずい、やらかした。


「す、すいません」

「京太郎、くん?」


 体を離して先輩に背を向け、自転車を立て直す。

 ……振り向くのが少し怖い。

 誤魔化すように後頭部を軽くかく。

 すると、先ほどの柔らかい感触が背中に当たった。


「うん、こうすればあったかいよね」

「先輩、その……なにを?」

「最近寒くなってきたからね。京太郎くんも寒かったんだよね?」


 上着越しじゃ温度はいまいち伝わらない。

 それでも先輩の意図は伝わってきた。

 俺を許してくれるってことだ。

 だからわざわざ同じことをしているのだろう。

「ねね、これ食べない?」

「これ、アイスですか」


 先輩が俺の前に回り込む。

 手に持った袋から取り出したのは、この時期に外で食べるには少し微妙な代物だ。

 和菓子の大福を模した二個入りのアイス。


「うん。寒くなってきたらコタツに入って食べるんだよ」

「あー、それいいですね」

「でしょ? よくお姉ちゃんと一緒に食べてたんだ」

「宥さんと……」


 いつも厚着をした、儚げな少女。

 その姿とワームが重なる。

 ……いや、まだそうだと決まったわけじゃない。

 ハギヨシさんの言葉を思い出し、もやもやとした感情を振り払う。


「今なにしてるのかな?」

「先輩や家族のことを考えてますよ、きっと」

「そうだと嬉しいな」


 先輩はそう言って笑った。

 そこにほんのわずかな陰りが見えたのは、夜闇のせいだろうか。

 それを晴らしたいと思うのは、ただの自己満足なのかもしれない。

 ……だからどうしたと言うんだ。

 本当に凄い奴っていうのはそれを貫いた先にいるんだ。

 あらためて心に決める。


「それじゃ、一つもらいますね」

「どうぞどうぞ」

 差し出された容器の中に一緒に入っていたプラスチックのクシをアイスに刺し込む。

 買ったばかりだからか、よく冷えていて結構硬かった。

 あまり力を入れて落とすのは避けたいので、容器に手を添える。


「……っ」

「あ、すいません」

「ううん、いいよ」


 指先が触れ合う。

 ずっと外にいた俺の手が冷たかったのか、先輩は一瞬だけ身を震わせた。

 クシでしっかり刺したアイスを取り出す。

 手を離すと、今度はか細い声が上がった。


「……俺、なんか変なとこ触りました?」

「そ、そんなことないよっ。それより、これでまた貸し一つだよね?」

「あ……」


 すっかり失念してた。

 雪のように白いアイスをじっと見る。

 食うか、食わずに返すか。


「ちなみにクーリングオフは?」

「当店では受け付けていないのです」

 俺のしかめっ面をドヤ顔が下から覗き込んでくる。

 ……超デコピンしたい。


「わかりました。じゃあ今度また一緒に昼飯でも食いますか。借りはその時にでも」

「うん、私もおいしいお弁当持っていくよ。また食べさせてあげるから楽しみにしててね」

「いや、他にも二人くらい連れていくからそれはちょっと……」

「他の人……」


 ここでスッパリと断れないあたり、俺は確実に餌付けされていっている。

 他の二人――東横と会長の顔を思い浮かべる。

 先輩と会長はともかく、東横は二人を確実に敵視している。

 それを少しでも改善するための試みだ。

 おいしい料理の前には敵も味方もなくなるのだから。

 俺たち以外の参加を聞いて、上を向いて考えていた先輩が目をこちらに戻す。


「みんなで食べるのも楽しいよね、うん」

「オッケーですか。俺も最高においしい弁当作ってきますよ」


 二人でアイスを一口頬張る。

 予想以上に冷たい感触が口の中に広がった。


「……やっぱり外では食べない方がいいですね」

「……そうだね」







 朝、家を出る時間。

 カバンと大きな弁当の包みをカゴに放り込む。

 今日も今日とて学校だ。

 自転車を出して衣さんを後ろに乗っける。


「戸締りきちんとしました?」

「バッチリだ!」

「よし、じゃあ出発しますか」


 地面を蹴って勢いをつける。

 腹部に回される手の力が少し強まった。

 それを確認してスピードを上げる。


「おー、快速快速」

「そういえば前々から妙な気配って言ってましたけど、あれなんなんですかね?」

「よくわかんない」

「まぁ、ですよね」


 そもそも曖昧な表現なのだから、詳しいことがわかるわけない。

 あまり重要ではないのかもしれない。

 だが妙に引っかかるのもたしかだ。


「ちなみに今は感じます?」

「うん。学校でも時々」

「学校ね……」

 うちの学校に不審者が度々入り込んでるとかそういうことだろうか。

 警備とか不審者対策はしているはずだけど。


「あと、透華のところに遊びに行った時も」

「龍門渕さんの家?」

「たまにだけど、なんか頭の中で変な音が鳴るし」


 自転車を止める。

 体を捻って振り返ると、手を衣さんの額へ。

 風邪でもひいているのかもしれない。


「とりあえず熱はなし」

「恥ずかしいからやめろっ」

「もし病気だったらどうするんですか」

「大丈夫だから!」

「病人はみんなそう言うんですよ」

「……やっ」


 手を払いのけられる。

 少しだけ心に傷を負う。

 だがそれは二の次だ。

 病気かどうかもわからないが、もし酷いようだったら病院に行くべきかもしれない。

 今のところは痛みとかもないようだけど。

「きょうたろーは心配性だな」

「そりゃあ心配もしますよ――」


 自分の言葉に疑問を抱く。

 俺は一体なにを心配している?

 家族の具合が悪いから?

 もちろんそれもある。

 ……待てよ。

 それ『も』ってなんだよ。

 それ以外のなにがあるっていうんだ。


「きょうたろー?」

「ああ、すいません」


 呼びかけられて考え事から復帰する。

 ここは通学路の途中だ。

 少し他の生徒の注目を集めてしまってた。


「病院は学校の後にしますか」

「大丈夫なのに……」

「じゃ、そういうことで行きますよ」


 前を向いてペダルに足をかける。

 衣さんが俺にしがみつく。

 だけど、そこからこぎだすことはできなかった。

「……衣さん、ちょっと忘れ物したんで先行っててください」

「忘れ物? まったくしょうがないやつだな!」


 衣さんは得意げな顔。

 いつもと立場が逆だから気を良くしているのだろう。

 頬をこねこねしてやりたいが、それはまた今度だ。


「衣もついてこうか?」

「多分遅刻すれすれになると思います」

「うん、なら先に行ってる」


 元気よく手を振って衣さんは他の生徒にまぎれていった。

 俺はそれを見送ると通学路から外れ、バスが出発した後の停留所に向かう。

 他に誰もいないベンチにそいつは座っていた。


「やあ、久しぶり」

「ここでなにやってんですか」

「見てわからないかい? バスを待っているんだよ」


 煙管をもてあそぶこの女の人はたしか、藤田靖子。

 ZECTの幹部を名乗る人物だ。

 前に海で出会った時のことを思い出す。

 俺のファンだと言って接触してきたんだったか。

 あの時は近々顔見せすると言っておきながら、もう数か月は経っている。

 それが今更なにをしに来たというのか。

「そんな身構えないでもらいたいね。私がここにいるのはたまたまだよ」

「それを信じろと?」

「どうも信用されてないね。まあ、それもやむなしか」


 藤田は残念そうな顔を作って肩をすくめた。

 信用するも何も、まだ俺には知らないことが多すぎる。

 ZECTに関しても、彼女個人に関しても。


「君のファンではあるが、ストーカーはやらないよ。だが用がないというわけでもない」

「それで待ち伏せですか」

「だから偶然だと言っているだろ……お姉さんを困らせないでくれ」


 相手の溜息に冷静さを取り戻す。

 ただ疑うだけでは得られるものも限られてくる。

 偶然かそうでないかはさておき、ここで会えたのなら色々聞くこともできる。


「しかし君はもう少し余裕を持った方がいい。あの男を目指すのなら泰然としているべきだ」

「……ご忠告どーも」


 それは俺の神経をピンポイントで逆撫でする言葉だった。

 むっとする顔を内面だけに押しとどめる。

 そしてその挑発じみた言葉で、俺は藤田が別れ際に言ったことを思い出した。


『君がこのまま戦い続けるのなら、きっとまた出会うことになるだろう――たとえば、ずっと追いかけている光とかにね』

 俺が追いかける光。

 いつかたどり着きたい背中。

 それが示すのは一つしかない。


「……総司さんがどこにいるか、知ってるんですか?」

「さて、ね」

「答える気はない、そういうことですか」


 声に苛立ちが混じっていたかもしれない。

 だが向かい合う相手は、そんなもので怯むほどやわじゃなかった。

 そよ風を受けたかのように、表情も態度も変わらない。


「私でも詳しいことはわからないという意味だよ」


 じゃああの意味深な言葉はなんなんだ。

 苛立ちが増した。

 今度は表情にも出たかもしれない。

 それを知ってか知らずか、藤田の口元がわずかに緩む。


「知っているのは、ZECTのトップなら何か知っているということかな」

「ZECTのトップ……会うことは?」

「難しいね。そもそも普段どこにいるのかもわからない」


 幹部でも知らないとなると、龍門渕さんに聞いてもわからないのも仕方ない。

 ……素直に教えてくれる保障だってないが。

「ところで、君が一緒に住んでいる天江衣だが……あれはかわいいな」

「……は?」


 それまでの流れをぶった切って、藤田はそんなことを言った。

 あまりに急激な話題の方向転換に、さしもの俺もついていけなかった。


「私もあんな子供がほしいね。あー、なでなでしたりすりすりしたりしたい」

「お、おう……」


 なんというか、なんというかだった。

 思わず距離をとる。

 だってそうだろ。

 油断ならないと身構えて接していたらいきなりこれだ。

 誰だって困惑するし、認めるのは悔しいが俺だって困惑している。

 ……とりあえず衣さんとは会わせないようにしよう。

 そこに関しては清水谷さん以上に警戒しなければ。


「それで、他に聞きたいことはあるかな?」

「そりゃああるけど……」


 話題があっちに行ってこっちに戻ってきた。

 さながら車が左右にハンドルを切りまくってるみたいだ。

 つまり、相手に振り回されっぱなしってことだ。

「じゃあ、二つぐらい」

「なんでも聞いてくれ。答えられることには答えよう」


 ということは答えられないことには答えないということだ。

 加えて嘘も言わないとも言っていない。

 でも聞けることは聞いておこう。


「バッタのゼクターに関して知っていることは?」

「報告にあったあれか……残念ながら私も聞いた以上のことはわからない」


 藤田は後頭部をおさえながらそう言った。

 ため息混じりの言葉はとりあえず信じてもいいかもしれない。

 そうなると出所がいよいよ謎になってくるわけだが。


「あと、南浦という名前に心当たりは?」

「……驚いたな、その名前を知っているなんてね」

「知ってるんですか?」

「さっき言ったZECTのトップが南浦だ」


 ようやく得られた収穫。

 だが思った以上の驚きはなかった。

 幹部さえ知らないものを知っているのなら、少なくともその上の立場。

 そう踏んでいたからだ。

「……そうだ、さっきはどこにいるかわからないと言ったが、一つ心当たりがある」

「もしかして、その南浦の居場所?」

「その通りだよ。今は封鎖されているが、隕石が落ちた周辺地帯。そこに出入りしているらしい」

「……封鎖区域」


 ワームがひしめいていると言われている一帯。

 そんな場所に危険を冒して出入りする理由はなんだろうか。

 少し考えようとして、やめた。


「色々わかりました。感謝します」

「気にしなくてもいいよ。君にはワームと戦ってもらってるからね」

「そうですか、じゃあ気にしません」

「……もしかして私は嫌われてるのか?」

「あまり信用はしてないですけど、特に嫌ってるってわけじゃないです」

「これまたバッサリ言うね……」


 力なく笑いながら藤田は煙管をくわえた。

 俺は別に気にしないが、ここいらは禁煙区域だ。

 それは承知しているのか、火をつけることはしなかった。


「バスが来たようだ。私は行くよ」

「俺も学校があるんで」

「先延ばしになっていたが、今度は大勢で話すとしよう」


 こちらに向けて軽く手をあげてバスの中に消えていく。

 俺はどうするか少し迷ってから、同じように手をあげて見送った。





「おう、東横。おはよう」

「おはようっす」


 教室に入りとりあえず東横と挨拶をかわす。

 他にも声を掛け合うやつはいたが、いつもより遅い時間に来たため雑談に夢中だった。

 机の上にカバンを置く。

 席に着くと、東横が振り返ってくる。

 こいつは何回か席替えがあっても、なぜかいつも俺の前後左右をキープしている。

 この教室は六列で三十五人。

 俺たちに十全の選択肢が与えられてるとして、確率は一割弱。

 まぁ、ありえない数字ではない。

 ただし、その偶然が一回限りならだ。

 俺の知る限りではこの前三回目の席替えがあったばかりだ。

 最初の隣席は除くとして、確率は千分の一を下回る。

 そして現実的なことを言えば、必ずしも最初にくじが引けるわけじゃないし、隣がすでに埋まっている可能性だってある。

 ……くじに細工でもしてるのか?


「今日は遅かったっすね」

「ちょっと途中で知り合いに会ったからな」

「知り合いっすか」

「ああ、ちょっとZECTの偉い人」

「そ、そうっすか」

 耳に口を寄せて喋ると、東横はくすぐったそうに声を震わせた。

 あまり人に聞かせる内容でもなかったけど、これはちょっと恥ずかしかったかもしれない。


「よう、今日は遅かったじゃん」

「重役出勤かよ」


 横から声がかかる。

 クラスメートたちだ。

 ニヤニヤと笑っている。


「なんだよ、気持ち悪いな」

「隠すな隠すな」

「俺たち見ちゃったんだよ、な?」

「なー」

「ええい、うっとおしい!」


 まとわりつく男たちを振り払う。

 東横は思わぬ闖入者に一歩身を引いてしまっていた。


「見たってなにをだよ。言っとくけど俺にはやましいことなんて――」

「バス停で年上のお姉さんと話してたろ」

「うんうん」


 したり顔でうなずく二人。

 衣さんや先輩のドヤ顔には愛嬌があるが、こいつらのにはそれがない。

 ちょっとだけイラッと来た。

「それがなんだってんだよ」

「照れるな照れるな」

「俺たちちゃんとわかってるからさ」

「もう殴ってもいいかな?」

「「ぼ、暴力反対!」」


 握り拳を掲げたら二人は後退した。

 わりとマジな逃げかただった。

 ほんの冗談のつもりだってのに。


「お前ら大げさだな」

「いーや、お前の目は本気だった」

「やると言ったらやるスゴ味があった」

「やらねーよ」


 まったくなにを言ってるんだこいつらは。

 こんなことで拳を振るうわけがないだろ。

 俺の拳はそんなに安くはない。


「そんで、なにがわかったんだ?」

「それはズバリ、お前の好み!」

「は?」

「当ててやる……年上だろ?」

 何を根拠に言っているかわからないが、一応考慮してみる。

 仲のいいメンツを思い浮かべる。

 ……たしかに年上が多かった。

 年下のような年上はいるが、年下の女の子と接したのはどのくらい前のことだろうか。

 同級生の女子でよく話すのも東横しかいない。

 でもイコール俺の好みじゃないはずだ。

 そもそも、そんなことをじっくり考えたこともない。


「……いや、違うよ?」

「おい、今妙な間があったぞ?」

「図星ってことだ、うん」

「違うって言ってんだろっ」

「諦めろよ、ネタはあがってるんだからさ」

「先輩に元会長、それに加えてさっきのお姉さんだからな」

「お前らいい加減に――」


 そこで言葉は途切れた。

 それは俺の意思ではなく、物理的な力によってだ。

 フェードアウトしたと思っていた東横が、首をつかんでいた。


「ちょっと、話が聞きたいんすけど」

「うお、東横さんいたのか」

「気が付かなかったぜ」

 うつむいて前髪で目が見えないのに、その目が尋常じゃない光が宿っているのが感じられた。

 つか、なんかあるとすぐこれですよ……!


「ちょ、東横、落ち着け」

「私は極めて落ち着いてるっすよ」

「嘘つけっ」

「須賀をここまで追い詰めてる東横さんって、実はすごいのか?」

「普段はおとなしいっつーか影が薄いんだけどな」


 外野の声も耳に入らない。

 今は東横への対処が最優先だ。

 さっきの言葉を借りると、こいつにはやると言ったらやるスゴ味がある……!


「今日の昼、一緒に食べようぜっ」

「……玉子料理は?」

「見ろ、このサイズだ。たくさん、あるに決まってるっ」

「……わかったっす」


 首から手が外れる。

 こうも何回もつかまれてると、そのうち後でも残るんじゃないだろうか。

 とりあえず一息だ。


「じゃあ、話の続きはその時にしてもらうっす」

「……オーケー」

「おい、須賀がやり込められたぞっ」

「ひゅうっ、やるじゃないの東横さん」


 なにやら外野がやかましかった。

 でも、これで東横が認められるならそれもそれで悪くない。

 騒ぎ立てる男二人にチョップしながら俺はそう思った。





「寒い、寒いぞ」


 昼休みの屋上は寒かった。

 季節的にもそれは仕方ないし、他の生徒の姿もない。

 だが、それは気温的な意味にとどまらない。


「……」

「……」

「あ、これもおいしいじゃない」


 重箱を囲むのは、俺を含めて四人。

 先輩は東横の胸元に目を向けながらも、時々俺と会長をちらちらと見て黙りこくっている。

 他に二人連れてくると言ったが、明確に誰をとは言ってなかった気がする。

 東横は明らかに不機嫌そうな顔で俺をにらんでいた。

 こいつには一緒に昼を食べようとしか言っていなかった。

 会長だけは大して気にした様子もなく弁当を突っついていた。

 この人に関しては、逆に変にうろたえてたら違和感が生じるか。

 ……このまま黙ってるわけにもいかないか。

 ここは、軽快なトークとかで緊張を解くべきなのか?


「えー、本日はお集まりいただき……」

「お昼食べるだけなのに随分大層ね」

「いや、場の空気が予想以上に重くて。なんとかなりません?」

「いやよ。だって今日のホストはあなたじゃない」

 はい、そうですよね。

 同じ釜の飯を食えば仲良くなれる。

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 四人中三人はまだ箸を付けていないから少し違うかもしれないが。


「先輩、一口どうですか?」

「え、あ……」


 ここは全体をどうにかするより、まずは一人一人だ。

 そう思って先輩に声をかけたのだが、目に見えてワタワタしていた。

 いきなりだったのがまずかったのかもしれない。


「東横、玉子焼きあるぞ」

「……」


 標的を東横に変えるが、沈黙が返ってくる。

 だがその目はなにより雄弁だった。

 納得のいく説明をよこせコラ。

 そんなとこだろうか。


「この煮物、よく味が染みてるわねー」


 そして言われなくても手を出しまくっている会長。

 なんかもう、色々めんどくさくなってきた。

 両膝を手で打って立ち上がる。

「いいから食え。話はそれからだ」

「私はもう食べてるけどね」

「そういう茶々はいらないですから」


 会長の言葉に気勢を削がれるものの、二人の目を見て言う。

 すると俺の思いが伝わったのか、ようやく箸を持ってくれた。

 それに小さくいただきますが続くと、二人の箸が重箱に伸びる。

 東横は玉子焼き、先輩は煮物。

 それぞれつまんだものが口へと運ばれていく。


「ほんとだ、よく味が染みてる……」

「……おいしいっす」

「そうかそうか」


 いつもより早起きして作ったおかげか、二人からも好評が得られた。

 箸を進める手が早まっているのを見てもそれは明らかだ。

 俺はうんうんとうなずくと、自分も食べるため箸をつかむ。


「そういえば、あなたたち自分のお弁当持ってきたの?」


 会長が箸を止めてそんなことを口にした。

 先輩は普通にお弁当を持ってくると言っていたし、他の二人は今日いきなり誘ったから持ってきていてもおかしくはない。

 俺が作ってきたのを食べて自分のもとなると、かなり厳しいだろう。


「持ってきたっすけど」

「あ、私も。これもみんなで食べます?」

「そうねぇ……ここは須賀君に食べてもらうっていうのはどうかしら?」

 そう提案して会長は自分の弁当箱を取り出した。

 それに従うように出てくる二つの弁当箱。

 東横と先輩が俺に視線を向ける。

 ……三人分の弁当か。

 サイズが女の子向けというのを差し引いても多い。

 自分の腹の容量と相談する。

 気合を入れればいけそうだった。


「俺はそれで構いません」

「須賀君くんはオーケーと。あなたたちは?」

「私もそれでいいっす」

「もともと京太郎くんにも食べてもらうつもりだったしね」


 わりと見慣れた弁当箱が二つ、目の前に置かれる。

 だが提案したはずの本人は自分で持ったままだった。


「会長は自分で食べるんですか?」

「さすがにそれはきついわね」

「じゃあそれこっちに――」

「えいっ」


 喋っている最中、口の中になにかが放り込まれる。

 噛むと広がる芋の食感。

 悪戯が成功した子供のように笑う会長。

 どうやら目にもとまらぬ速さで放り込んだらしい。

「どう、おいしい?」

「おいしいですよ。前に作った時より腕上がりましたね」

「そうでしょ?」


 これは俺もうかうかしてられないな。

 不敵に笑う会長を見てそう思う。

 そしてお弁当を受け取ろうと手を伸ばし、空振った。


「会長?」

「今まで頑張ってくれた須賀くんにご褒美よ。おとなしく口を開けなさい」

「会長!?」


 やっぱり会長は会長だった。

 俺はさっきから黙りこくっている二人に目を向ける。

 一緒に説得してもらいたかった。

 しかし、二人は下を向いて動かない。

 いつのまにか俺の前にあったはずの弁当箱が回収されていた。


「あの、二人とも?」

「私も!」

「やるっす!」

「いいわ、かかってきなさい」


 こうしてなんかよくわからない勝負の火蓋は切って落とされた。

 俺はなんとなくその先の展開を想像して空を見上げる。

 ……今日は屋上に人がいなくてよかった。





「うあ~」


 這う這うの体で教室を出て玄関に到着する。

 外靴に履き替えてゾンビのように声をあげた。

 このまま日に当たったら溶けて消えてしまうかもしれない。


「つ、疲れた」


 ゾンビとかは冗談にしてもこれは本当だ。

 次からは弁当はいらないと言っておくべきだな。

 そうしたらあんな悲劇も起きないだろう。

 他の生徒にまぎれて校舎を出る。

 東横は昼の一件を気にしてか、今日は一緒に帰らないようだ。

 俺はあまり気にしていないが、向こうが気にするならしかたない。

 てか、いつものことのような気もするし。


「ん?」


 駐輪場に向かう途中、携帯が震える。

 画面を見ると知らない番号。

 一瞬だけ考えて通話ボタンを押した。


「もしも――」

『須賀京太郎くんか? 藤田だ』

 その声を聞いて気だるさが少しだけなくなる。

 それは戦闘前の昂揚感に似ていた。


「ZECTはプライバシーお構いなしですか」

『そう言わないでくれ。不必要にそんなことはしないよ』


 つまり、俺との連絡手段の確保は必要性があるということか。

 よくよく考えれば、清水谷さんも同じようなことをしてたな。


「それで、用件は?」

『今朝ぶりだというのに随分つれないね』

「……切っていいですか?」

『待て待て冗談だ』


 追いすがるような相手の声。

 疲れて少々うんざりしているが、切るというのは冗談だ。

 少し焦った声が聞けただけでよしとしよう。


『朝にも言ったが、君たちライダーと話がしたくてね』

「ああ、そういえば」

『今度の休みは暇かい?』


 言われるまでもなく暇だった。

 でも即答するのは悔しいので少し間をあける。


「……予定は空いてます」

『そうか、じゃあ昼頃迎えにいこう。それじゃあ』


 通話が終わる。

 少し握りしめていた手をほどいて、ポケットに携帯をしまった。





 そして休日の朝。

 昼頃迎えにくるとは言っていたが、それまでは暇だ。

 買い物を先に済ませておくのもいいかもしれない。

 さて、どうするか。



 選択安価


※多分このスレ唯一の安価です

 選択枠は二人分です

 両方で同じ人を選んだ場合、二個目の方でコンマ判定します

 外れたら下にずれるって感じで



・東横桃子(コンマ下一桁が1,2だったら成功)

・松実玄(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・竹井久(コンマ下一桁が1,2,3,4,5,6だったら成功)

・福路美穂子(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・天江衣(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・園城寺怜(コンマ下一桁が1,2だったら成功)


>>+2
>>+3


続く!
また二週間以内に更新できるといいな!

↑竜華いないなら怜で

>>291>>292を採用
何気に初の二つ取りです
これで好感度が節目に達したのでなんらかの変化があるかも

それじゃ、多分次の更新は来月です

毎回竜華選ぶと怜がもれなくついて来るが二人はセットなのかね?
まぁ2人のどちらか選べないからお得ではあるが

お久しぶりです
目標は二週間だったはずなのに、うっかりひと月経ってますね
いい加減更新します

>>297
怜竜は一つの枠です
好感度も共有してます

そんじゃ、投下してきます



>>園城寺怜 ダブル


 ソファーに寝転がってテレビを眺める。

 流れるニュースの話題はいつも通り。

 政治、スポーツ、人気アイドルグループ、海外でどうのこうの。

 そして――


「あ、ライダーだ」


 一人がけのソファーに座った衣さんが画面を指さした。

 もう日常の一部と化したワームに関する報道。

 その中で色々と見覚えのある光景が映し出される。

 ライダーとワームの戦い。

 恐らくゼクトルーパーが記録した映像の一部を提供しているのだろう。

 でも大抵の場合、クロックアップのせいでよくわからないうちに決着がついてしまう。

 テレビ局としてはそれでいいのだろうか。

 まぁ、検閲はされてるだろうからこれ以外流しようがないのか。

 それはともかくとして、今日のカブトの映り具合は悪くない。


「やっぱり強いな!」


 興奮気味にテレビに見入る衣さん。

 視聴者としてはあまり面白くない映像だとは思うが。

 その横顔にいままでずっと抱いていた疑問を投げつける。

 衣さんの返答によって俺の今後が大きく変わる可能性だってある。

 それほど重要な問題だ。

「……どのライダーが好きなんですか?」

「んとねー」


 視線をテレビに向けたまま、意識はそちらに傾ける。

 いつの間にか拳を握りこんでいた。

 もしここで会長や清水谷さん、そして純のライダーの名前が出てきたら俺は二日三日包丁を握れなくなるかもしれない。

 ハギヨシさんだったら悔し涙を飲んで祝福して、福路さんだったらものすごい勢いで菓子作りの特訓だ。

 そしてもし万が一池田だった場合、俺は多分憤死する。

 考え込んでいる時間が長く感じられた。

 時計の針の音もいやに遅い。

 引き伸ばされた数秒の後、衣さんが口を開いた。


「やっぱりカブトかな?」

「……っしゃ!」

「どうしてきょうたろーがガッツポーズしてるんだ?」

「俺もカブトのファンなんですよ」

「おー、一緒か」

「一緒ですね」

「「いえぇーい」」


 起き上がってハイタッチ。

 今だったらどんなワームだって倒せる。

 衣さんの声援を受けた俺に怖いものはなかった。

「うわっ、急に持ち上げるな! 放せっ」

「まぁまぁ、スキンシップスキンシップ」

「やーめーろー!」


 年齢からすれば小さな体を持ち上げて、くるくると回る。

 手の中で暴れているがそれぐらいではびくともしない。

 それほどまでにみなぎっていた。

 さぁ、どうしてくれようか。


「きょ、きょうたろー、チャイム!」

「むっ」


 俺たちの仲を引き裂くように、訪問者を知らせる音が鳴った。

 一瞬注意を離した隙に衣さんが離脱する。

 ソファーの背もたれから顔をのぞかせてこちらを威嚇していた。

 くっ、お楽しみタイムは終わりか……!

 しぶしぶと玄関へ向かう。


「はーい、どなたさんですか?」

「オレオレ、オレだよオレ」


 ドアを開けるとどっかの詐欺みたいな文句が飛んできた。

 開いたドアの陰に隠れて相手の姿は見えなかった。

 とは言うが、声だけで大体わかってたりする。

「園城寺さんなにやってんですか」

「やほ」


 コート姿の園城寺さんが姿をあらわす。

 予想外の来客。

 内心で困惑する俺をよそに、いつもと変わらぬ様子でこちらを見上げていた。


「あかんわ、あかん」

「いきなりダメ出しっすか」

「あそこでツッコミなし、乗ってくれるでもなし……もうどうすればいいかわからんわ」

「いや、人の家来て早々おっぱじめるのもどうかと思いますよ」


 関西の人はコントをやらないといけない決まりでもあるのだろうか。

 そう考えてため息を漏らしそうになったところで、下から覗き込む目線と俺の目線が重なる。


「関西人がみんなボケると思とったら大間違いやで?」

「さらっと心読むのやめません?」

「ほんまにそないなこと考えとったんかい」

「うっ」


 半眼視にたじろぐ。

 問うに落ちず語るに落ちるとはこのことだった。

 いやいや待て待て、そもそも園城寺さんが初っ端からボケ始めたのがいけないだろ。

「まぁ、うちがそういうことやるのは雰囲気づくり、みたいな?」

「雰囲気?」

「せや。ネタ振っても京ちゃんが拾ってくれないと悲しい気持ちになります」

「はぁ」

「そしてそれを表情に出すと、京ちゃんがうちのお願いを聞いてくれる雰囲気になります」


 色々とツッコミどころのある論理だった。

 なにか言おうとして開いた口が塞がらなかった。

 もしかしてこれもネタ振りの一環か?

 確かに知り合いが悲しそうにしてたらなんとかしたいとは思うけど。

 ……あれ、もしかして結構当たってる?


「……それを自分で言うのはどうなんですかね」

「てへっ」

「いや、てへじゃなくて……大体うちの住所をどこで手に入れたんですか。まさかまた清水谷さんの携帯を……」

「……てへっ」

「図星かよ!」


 携帯を取り出す。

 えーと、清水谷さんの番号は……

 さながら通報するような心持ちで数字を一つ一つ打ち込んでいく。

 悲しいが、これも園城寺さんのためだ。

「ストップストップ!」

「園城寺さん、罪は償わなくちゃいけないんですよ」

「後生やから! なんでも言うこと聞くから!」


 携帯を持つ手にしがみつかれる。

 この程度ではびくともしないが、揺さぶりをかけられたらキーは打てない。

 まぁ、これだけ慌てさせたら十分か。


「じゃあ、ちょっと出かけますか」

「えー、せっかく家に押しかけにきたのに」

「その目的を聞きたいところですけどね」

「ちょっと京ちゃんの部屋に入ってお宝本の捜索でもと」

「おーし、準備してくるんで少し待っててください」


 とりあえず園城寺さんの意図はわかった。

 それを全力で阻止するためにも家に上げるべきじゃない。

 過去の悲劇を顧みて俺は固く心に誓った。


「あのー、家の中で待ってるっていうのは?」

「なしです。すぐに出てくるんでここで待っててください」

「ぶーぶー」


 文句を背に受けながら家の中に引き返す。

 階段を駆け上がって自分の部屋へ。

 適当な服を引っ掴んで着替える。

 鏡の前でポーズをとると、無作為に選んだわりに決まっていた。

「どっか出かけるのか?」

「友達が来たんでちょっと出かけてきます」

「そっか、じゃあ衣も透華のとこに行ってくる」

「あれ、午後からじゃありませんでしたっけ?」

「そうだけど、ちょっと早く出る」


 もしかしなくてもその理由は俺が今から出かけるからだろう。

 一人で家にいるのはやっぱり寂しいのだろう。

 それは俺もよく知ってるはずのことだ。

 申し訳なさが溢れてくる。


「衣さんっ」

「ひゃっ」


 両手を広げて抱きしめようとしたら逃げられる。

 俺と入れ替わるように衣さんは階段を上がって行った。


「早く行け! 衣は着替える」


 階上でドアが閉まる音。

 うーむ、拒絶されてしまった。

 仕方ない、行こう。


「いってきまーす」


 声はしなかったが、応えるようにドアがガタガタと鳴った。





「それで、うちらどこに向かっとるん?」

「さぁ」


 家を出てしばし歩く。

 出かけるとは言っても目的地を明確に決めていなかった。

 やっぱりこうやってぶらぶら歩いているだけじゃ暇だろうか。


「なんやはっきりせぇへんなぁ」

「退屈ですか?」

「せやなぁ……」


 隣を歩く園城寺さんは俺の顔を見てそれから腕を見た。

 また腕を組むつもりか。

 そう思って目を向けないようにしながら心の中で準備する。

 覚悟さえできていればあの柔らかい感触にも動じないはずだ。

 だけど俺の手に触れたものは予想よりずっとソフトだった。

 それは感触的な意味じゃなく、行為の度合いとしてだ。

 腕を組むことに比べればずっとソフトな接触。

 園城寺さんは俺の手を取って握っただけだった。


「時々休ましてくれるんなら、こうしとるだけで十分」

「あー、はい」

「えへへー」

 園城寺さんがはにかみながら笑う。

 つられて俺も気恥ずかしくなる。

 いつも腕を組んだり胸を押し付けられたりと、これ以上に過激なことをやっているはずなのに。

 どこか計算高い一面を持つ園城寺さんの、それを感じさせない笑顔。

 清水谷さんと二人でいる時に見せるような自然な表情。

 俺はこの女の子がとてつもなく魅力的だということを、あらためて思い知らされた。


「行かんの?」

「……行きますよ」


 園城寺さんの手を引いて歩き出す。

 顔が熱かった。

 今が夕方だったらなんとか誤魔化せたのに。

 見られたら俺はきっとしばらく立ち直れない。

 とにかく、いつまでもこんな状態でいるわけにはいかない。

 頭を強引に切り替えて、歩きながら今日の夕食のことを考える。

 この前作ったチャーシューがあるからラーメンにでもするか。

 それともご飯と一緒に炒めてチャーハンにするか、上に乗っけて丼にするか。

 いや、おかずとして活用するのもいいかもしれない。

 よしよし、だんだん乗ってきたぞ。

 いい感じに頭の中が料理で占められていく。


「むぅ……えいっ」

「おわっ」

 手を引っ張られ、現実に引き戻される。

 つながった手の先で園城寺さんが頬を膨らませていた。

 考えることに夢中で歩くスピードが上がっていたようだ。


「すいません、もうちょっとゆっくり歩きますね」

「ちゃうわ」

「あだっ」


 否定の言葉とともにチョップが飛んでくる。

 避けようかと思ったが、手をつながれたままでは限界がある。

 ほんの軽い一撃が頭に当たった。


「あのな? デート中に女の子のことガン無視で他のこと考えるのはあかんやろ」

「うっ……」


 返す言葉がなかった。

 そもそも出かけることを提案したのは俺だ。

 遊びに誘いに来たのは園城寺さんだけど。

 気恥ずかしさを隠すためとはいえ、一緒に歩いてる人をないがしろにするべきではなかった。


「わかったら、並んで歩こ?」

「うぃっす」

「んで、手はこう」

 指と指が絡まりあうように組まさる。

 俗に言う恋人つなぎというやつだった。

 手の柔らかさと小ささが余計伝わってくる。

 また熱くなった顔を手で覆う。


「どしたん?」

「ちょっとくしゃみが出そうで」


 ちょうど鼻のところも押さえているから、くしゃみを我慢しているようにも見えなくもない。

 よし、あとはこれで熱がひくのを待つしかない。


「もしかして、照れとる?」

「そ、そんなことは」

「うちはちょい恥ずかしいわ」


 目だけ動かしてその顔を見る。

 たしかにちょっと赤いような。


「じゃあ、もうちょっと普通にしません?」

「んーん、こうしてたい」


 俺の手を握る小さな手に少し力が入った。

 これはちょっとやそっとでは外れなさそうだ。

 もちろん無理矢理振り払うなんてことはしないが。

「わかりました、ここは俺が折れましょう」


 肩の力を抜いて繋がれた手に意識を集中する。

 顔が熱くなることを除けば、悪くない。


「そういえば、お昼どうするか決めてる?」

「そっちはちょっと予定が入ってますね」

「なーんだ、残念やな」


 昼頃と言ったからには当然昼食のことも想定しているだろう。

 だからこの時間も昼前までだ。

 大体あと二時間。

 それまでには家に戻らなければならない。

 まぁ、俺としては向こうを多少待たせたとしても構わない。

 昼頃なんて大雑把な言い方をした方が悪い。


「にしても、散歩日和やな」

「ちょっと寒くないですか?」

「上着が薄いんやない?」

「そっちはあったかそうですね」

「もっふもふやで」


 園城寺さんの上着はどう見ても冬用だった。

 雪が降ってないだけで、気温はもうほとんど冬のようなものだからそれでいいのかもしれない。

 それに対して俺のは薄い。

 よくよく見てみれば春に着るようなものだった。

 適当に選んだツケが回ってきていた。

 服装というのは見た目だけで決めるものじゃない。

「でも、こっちはあったかいんとちゃう?」


 つないだ手が揺れる。

 たしかに肌と肌が触れ合う部分には寒さが入り込む余地がない。


「いっそ両手ともつないじゃったり?」

「いや、どうやって歩くんですか」

「なんかこう、踊りながら?」

「そこらのバカップルですらやらないでしょ」

「ならそれを超越して――」

「一体どこに向かってるんですか」


 俺たちもこの会話も。

 バカップルを超越したものってなんだよ。

 一周回って他人に戻ったりしてな。

 それより、園城寺さんの調子がだんだんいつも通りになってきた。

 手をつないでいるこの状況に慣れてきたのだろうか。

 でも、まだ顔に残る赤みが寒さのせいじゃないとすれば……


「恥ずかしいなら無理しなくてもいいんですよ?」

「……無理してない」


 園城寺さんは顔をそむけた。

 どうやらまた図星のようだ。

 いつも俺にやってることが過激すぎて、逆に軽めの接触が恥ずかしいのかもな。

 ともあれ、相手が落ち着きをなくすとそのぶん、こっちが冷静さを取り戻していくわけで。

「手、柔らかくてスベスベしてますね」

「ひぅっ」


 指を動かして手の甲を軽くなぞる。

 いつもされていることへのささやかな仕返しだ。

 効果はあったようで、普段聞けないような声を聞けた。


「ちょっ、京ちゃん?」

「いやー、あんなかわいい声が聞けるとは」

「もう、意地悪っ」


 まるで恋人のようなやり取り。

 恋人というよりバカップルっぽいかもしれない。

 そっぽを向いて歩き出す園城寺さんだが、つないだ手は離れない。

 今度はこっちが引っ張られる形になる。


「どこ行くんですか?」

「あそこの公園。ちょい疲れた」


 理由はいざ知らず、後ろから見える耳は赤かった。

 その指が指し示す公園には見覚えがあった。

 朝のランニングの途中に立ち寄る場所だ。

 前に園城寺さんとそこで会い、膝枕をした覚えもある。

「お、ベンチ空いてるやん。座ろ」


 公園の中を進んでいくと、これまた見覚えのあるベンチ。

 過去の膝枕の現場だった。

 その前まで行くと、園城寺さんは手を離してそこに座った。

 自由になった手に触れた外気は冷たい。


「ん」


 一人で座るには広いベンチ。

 園城寺さんは自分のすぐ隣を手で軽く叩いた。

 俺に座るように促している。

 その要求に応じて腰を掛ける。

 近くもなく遠くもない距離。

 病院のロビーで隣に座った時のことを思い出した。


「膝枕」


 少しむくれたような顔で次の要求。

 さっきからかったことを根に持っているんだろうか。

 まぁ、膝枕程度で済むのならいいか。

 幸い、今はあまり人がいない。


「どうぞ」

 自分の太腿を叩いてどっしりと構える。

 さぁ来い!


「……」


 しかしいつまでも想定した重みは来ない。

 俺に膝枕を要求した当人はこっちをじっと見て動こうとしない。

 どうかしたのか?

 いつもは並んで座ったら何も言わずに頭を乗っけてくるのに。

 目をそらして何か手落ちがあったかと考える。

 しかし特に思い当たることもなく、俺の頭は不意に引っ張られた。


「今日はこっち」


 頭が着陸したのは園城寺さんの膝の上だった。

 俺が膝枕されていた。


「竜華のお株、奪ってもうたな」

「えっと、本日はどういった趣向で?」

「気分?」


 細い指が俺の頬に触れた。

 どういった心境かはわからないが、そういうことらしい。

 せっかくだし楽しむことにしよう。

「気持ちいい?」

「んー、72点ぐらいですかね」

「やっぱ竜華には敵わんなー」


 ちなみに清水谷さんは96点。

 それは園城寺さんの中でも似たような点数なのだろう。

 自分の点数を聞くだけで納得してしまった。


「でも、こうやって顔見上げるのも新鮮でいいですね」

「……っ!」

「むがっ」


 いきなり顔を押さえつけられる。

 目も覆われて視界が真っ暗になった。

 一体なにが起こってるんだ。


「恥ずい、超恥ずい。こっち見んといて」

「みうあといわえてお」


 見るなと言われても、と言いたかったが、口もついでに押さえられてるから出てきたのは意味不明な言語だった。

 恥ずかしいと言っても、こんな公園で事に及んでいるんだから今更のような気がする。

 人はあまりいないだけで全くいないわけじゃない。

 目元を覆う指の隙間からわずかに開けた視界にも、エプロン姿のおじさんが……

「今日も恋人の一人とデートかい? 午前中だってのにお盛んだな」

「あ、クレープ屋のおっちゃん」


 顔を押さえる手の力が緩んだ隙に起き上がる。

 やばい、超恥ずかしい。

 全くの他人ならともかく、知り合いって点がよろしくない。


「照れんな照れんな。そういうことは若ぇうちに色々やっとくもんだ」

「照れてない照れてない」


 笑いながら肩を叩いてくるおっさんの手を払う。

 くそ、三人の恋人なんてまだ信じてるのかよ。

 この気持ちをどこにぶつけたらいいんだ……!


「ここで会ったのもなんかの縁だ。今日も食ってくかい? サービスするぜ?」

「おっちゃんのクレープおいしいからなぁ……」


 さっきまで膝枕で恥ずかしがっていた園城寺さんが食いついた。

 色気より食い気が勝ったようだ。

 いや、俺に膝枕することが色気なのかはわからないけど。


「恋人割引以外にもなんかあるんか?」

「そうさな……じゃあ、常連割りってのはどうだい?」

「わぁ、案外適当やなー。食べるけど」

「兄ちゃんも食うか?」

「俺も……」

 別に断る理由もない。

 だけどなぜか素直にうなずけなかった。

 恥ずかしいところを見られたせいで心が落ち着かない。


「いや、俺は……」


 そして心を落ち着かせるのに一番の方法。

 せっかくの機会だ。

 ここいらでおっさんと白黒つけるのも悪くない。

 やり場のない羞恥心を全部ぶつけてやる……!


「俺も、作る」

「はい? 京ちゃんも?」

「ほう、いいのかい? 普通の料理とはわけが違うんだぜ?」


 おっさんはこっちの意図を正確に読み取ったのか、不敵に笑った。

 普通の料理では互角。

 そしてクレープに関しては向こうに分がある。

 だが俺には福路さんとお菓子作りをした日々がある。


「いいんだよ。まさか負けるのが怖いってわけじゃないんだろ?」

「面白いじゃねえか。受けてたってやるよ!」

「いくぜ!」

「おうよ!」

「……なーんか、置いてけぼりやな」





 そして園城寺怜の前に二つのクレープが鎮座する。

 少し前まで放置されていたことに頬を膨らませていたが、今は出来上がったクレープに頬を緩ませていた。

 どうやら食い気が先行したらしい。


「ふむふむ、どっちもおいしそうやな」


 怜から見て左に京太郎の作ったクレープ。

 イチゴとチョコと生クリームが折りたたまれた生地を膨らませている。

 料理ほどお菓子作りは得意でないと言っていたが、出来栄えを見ると謙遜と受け取られてしまうだろう。

 右手にはクレープ屋の店主が作った一品。

 バナナとキャラメルと生クリームのクレープ。

 本職が作っただけあって、見た目はほぼ完璧だった。

 つまり、どちらも外見からの判断で優劣をつけられない。


「クレープの中身は……」


 怜が次に目を向けたのは、中に入っている具だった。

 個人個人好きな具と組み合わせがある。

 そして怜の場合は先日も頼んだ通り、チョコとバナナだった。

 その好みに照らし合わせてみると、ちょうど分散していた。

 京太郎のクレープにはチョコがトッピングされ、店主のにはバナナが入っている。

 いっそ二つを組み合わせたらいい感じになりそうだ。

 垂れそうになる涎を抑えながら怜はそんなことを考えてみた。

 ともかく、中身による判断でも優劣はつけられそうにない。

「どっちから食ったっていいんだぜ?」

「園城寺さん、正直な感想お願いします」

「は、はぁ」


 泰然とした店主に比べ、京太郎にはやや余裕がない。

 若干迫り気味なところもあいまって、怜はやや引き気味だった。

 相手が追いかけてきたら逃げたくなる心境とでも言えばいいのか。


「うーん……どーちーらーにーしーよーおーかーなー」


 少し迷って、結局は神様の言う通りにすることにした。

 バナナキャラメルのクレープから交互に指さし声を出す。

 そこに神の意志があったかはともかく、指は最初に指さした方に止まった。


「お、俺のからかい?」

「いただきまーす」


 小さな口を大きく開けてかぶりつく。

 バナナと生クリームの甘み、キャラメルの風味とほろ苦さ。

 それらがシンプルでしっかりとした生地に支えられている。

 隙の無いおいしさに怜は思わずうなずいた。


「うんうん……で、こっちは」

「今度は俺の……」

 京太郎が緊張した声をあげる。

 ここまでだと逆に新鮮だった。

 怜は視線をひしひしと感じながら、イチゴチョコのクレープを頬張った。

 イチゴの酸味とチョコの甘みが互いに引き立てあう。

 それらを生クリームの柔らかい味わいが包み込んでいた。


「うん、こっちもおいしい」

「それで、どっちですか?」

「おいおい、ちったぁ落ち着けよ。兄ちゃんには余裕が足りねぇな」

「くっ」


 店主の諫めで京太郎は口をつぐんだ。

 悔しそうにしながらも言葉を受け入れたのは、その腕を認めているからか。

 そんな二人から目を外し、怜は二つのクレープを見比べる。

 どちらが上とは決めがたいが、甲乙をつけるとすれば……


「こっちやな」


 指し示されたのはバナナキャラメルのクレープ。

 つまり店主のものだった。


「……がくっ」

「ああ、そんな声出して倒れんでもっ」

 京太郎は地面に倒れこんだ。

 思わず声をかけてしまうほどの倒れっぷりだった。

 よっぽど負けたくなかったのだろう。

 一瞬嘘でも言うべきかとも思ったが、それをやったらもっと怒ってしまう。

 そのことを怜はなんとなく察していた。


「こっちではまだまだ俺の方が上ってことだな」

「……悔しいがそうみたいだ」

「まぁ、納得ができねぇってなら食ってみな」


 促されるまま京太郎は二つのクレープを頬張る。

 間接キスという言葉が怜の頭の中にちらついた。


「これは……俺の負けだ」

「当ててやろうか? 生地が少しばかり硬ぇんだよ。数秒だけ焼き過ぎたな」

「まだまだ未熟ってことか……」


 詳しいことはよくわからないが、そういうことらしかった。

 本人たちも納得しているし、言われてみればそんな気もしてくる。

 ただ、また自分が放置され始めている。

 怜はそう感じていた。


「今回は完敗だよ」

「なに、兄ちゃんだったらもっと上までいけるさ」


 そんな危惧を裏付けるように、二人は固く握手を交わしていた。





「いや、あの、すいません」

「つーん」


 おっさんと別れて公園を出た後。

 園城寺さんの機嫌が悪化していた。

 考えられる原因は一つ。

 俺とおっさんで盛り上がりすぎた。


「ありえん。デート中に放置とか……それも二回」

「ちょっと熱くなりすぎました」

「ちょっと?」

「……かなりです」


 返す言葉もなかった。

 そもそも勝負を吹っ掛けたのも俺だし。

 これでは怒られるのもしかたない。


「……反省しとる?」

「海より深く」

「なら許す」


 すごくあっさり許されてしまった。

 さっきまでのむくれ顔が嘘のようだった。

「そのかわり! 一個だけお願い聞いてもらおかな」

「聞くだけなら」

「……一個だけお願い叶えてもらおかな」


 言い直された。

 これで言い逃れができなくなった。

 聞くと言っただけだ、みたいな。

 そういえば、清水谷さんにも同じこと言われてるんだよな。

 結局この前池田を見逃す結果になったし。

 まだなにも言われてないけど、どうなるだろうか。


「俺にできることなら、まぁ」

「さぁて、どうしよっかなー」

「大抵のことならできますけどね」

「なら世界征服でも」

「……本当にやりますよ?」


 今までそんなことを考えたことはまったくないが、仮にするとしたらどうすればいいのか。

 武力、財力、権力、政治力。

 どれもいまいちパッとしない。

 あの人だったらなんと言うだろうか。


『全ての人の上に天がある。即ち、天の道を往く者こそが世界を手にする』

 こんな感じかな?

 勝手な想像だが、案外しっくりときた。

 それか、もしかしたら料理で……とか言い出すかもしれない。


「やっぱなしなし、別のにする」

「というと?」

「うーむ……ところで、あのおっちゃんの名前知っとる?」

「なんですか、藪から棒に」

「ええやん、教えてーな」

「これがお願いでいいんですか?」

「なわけないやろ」

「ですよね」


 園城寺さんはなぜかおっさんの名前を知りたがっている。

 本当に脈絡がない。

 とはいえひた隠しにするものでもない。

 ただ一つ問題があるとすれば……


「知らないんですけどね」

「あない仲ええのに?」

「俺らの間ではそういうのはあまり重要じゃないんですよ」

「ふむふむ、つまり親しい間柄だったらなんと呼ぼうと関係ないと」

「まぁ、大体そんな感じですかね」

 本当は今の今まで名前を聞いておくのを忘れてただけだ。

 でもおっさんの名前を知ったところで多分呼び方は変わらない。

 おっさんは俺にとってクレープ屋のおっさんであり海の家のおっさんであり、そして強敵と書いて友と呼ぶ間柄だ。


「じゃあ名前で呼んで」

「だから知らないんですってば」

「ちゃうわ、おっちゃんやなくてうち」

「園城寺さん?」

「せやから、なーまーえ」

「は、はぁ?」


 そして今度は俺に自分の名前を呼ぶことを要求してきた。

 なぜいきなり……

 どうしておっさんの名前の話からこうなったのか。


「とにかく、今度から名前で呼ぶこと。それがうちのお願い」

「そんなことでいいなら」

「はよはよ」

「……」


 まず、頭の中で確認する。

 目の前の女の子のフルネームは園城寺怜。

 名前の読みはときだ。

 怜、怜……呼び捨てはあれだから怜さんか。

「……とっ」

「と?」


 口に出しかけて気づいた。

 なんか恥ずかしい、超恥ずかしい。

 出そうとした二つの音は一つ目で止まった。

 しかしやると言った手前、ここで引き下がるわけにはいかない。

 顔を見られないように上を向く。


「怜、さん……」

「……ほわぁ」


 息が抜ける音。

 吐き出したのは園城寺さんだ。

 上を向いたままそっちに目を向ける。

 背中を向けてうずくまっていた。


「あの、園城寺さ――」


 軽い衝撃。

 うずくまっていた園城寺さんが今度は胸に飛び込んできていた。


「呼び方、戻っとる」

「うぐっ……怜、さん……これでいいっすかね?」

「えへへー、京ちゃん京ちゃーん」

 胸元に顔をぐりぐりと押し付けられる。

 まるで小さな子供みたいだった。

 よくわからないが懐かれたみたいだ。

 衣さんみたいなものだと思えば、いくらか心は落ち着いた。


「もっかいもっかい」

「はいはい、怜さん」


 宥めるように頭に手を置き、またその名前を呼ぶ。

 呼ぶごとに慣れていってる気がする。

 さて、どうしようか。

 抱きつかれてるけど、ここ道のど真ん中なんだよな。

 ほら、あそこの髪の長い女の子だってこっちを見て……


「……ちょっと、声出さないであれ見てください」

「うん?」


 顔を隠しながら、目だけを向ける。

 髪の長い女の子は清水谷さんだった。

 俺がこう、なにか誤解を受けそうなことをしてるときに、知り合いが現れるのは定番なのか?

 そんなことをしてる俺が悪いのかもしれないが。

 いや、でもやましいことはしてないはず。

 じゃあなんで隠れてるんだよ俺。

「おーい、竜華ー」

「ちょっ!?」


 こっちの心配をよそに、園城寺さんは声をかけてしまった。

 訝しげにこちらを見ていた清水谷さんは確信をもって歩いてくる。

 やばい、どうしよう。

 いや、案外大丈夫かもしれないじゃないか。


「……なにしとんの?」

「見てわからん?」

「……なにしとんの?」

「特になにもしてない、はず」


 清水谷さんのジト目が突き刺さる。

 大丈夫じゃない雰囲気。

 頬を一筋の汗が伝った。

 おかしいな、もう十一月なのに。


「もう、京ちゃんのいけず。さっきみたいに名前で呼んで?」

「はいぃ!?」


 ぐいぐいと体を押し付けられる。

 清水谷さんの目の鋭さが増した。

「名前? どういうこと?」

「ふふーん、うちと京ちゃんは名前で呼び合う仲になりましたー」


 名前で呼び合う仲とは一体どの程度なのか。

 すっかり元の調子に戻った園城寺さん。

 口ぶりからただの友達どころではないことはなんとなくわかる。

 ただ、またふざけてるだけという可能性もある。


「……京太郎、またなにかやらかしたやろ」

「まぁ……それでお願いされちゃって」

「やっぱり」


 やれやれといった感じでため息をつかれた。

 視線は緩んだものの、明らかに呆れられている。

 こんなことになったのも俺の暴走が原因だから何も言えない。


「京ちゃんひどい……頼まれでもしないと呼びたくもないとか」

「いや、呼びたくないってわけじゃ」

「じゃあ呼んで」


 くっついたまま園城寺さんは俺の顔をじっと見る。

 そして清水谷さんもじっと見る。

 こんなに注視されるとなおのこと呼びにくかった。

「と、怜さん……」


 くそ、せっかく慣れてきたと思ったのに……!

 人前で呼ぼうとするたびにこれじゃどうしようもない。

 せめて頭の中で練習しておこう。

 怜さん怜さん、怜怜怜……


「恥ずかしいんやったら無理せんでも……」

「ダメー、なんでもお願い聞くって言うたもん」

「怜、親しき仲にも礼儀ありやで? あんまり迷惑かけたらあかん」

「京ちゃんはそないなこと思てないよね?」

「そりゃあ、もちろん」


 恥ずかしいだけで迷惑なわけじゃない。

 名前で呼ぶことも仲良くなれば自然なことだ。

 むしろそこまで親しいと思ってくれていたことが嬉しい。


「むぅ……そういえば、この前池田ちゃん逃がしたやろ」

「清水谷さん、まさか」

「うちも、呼んで」


 清水谷さんの言葉には有無を言わさぬ迫力があった。

 しかしよく見れば顔が少し赤い。

 無理してないか?

「ふむ、そういうことならうちが許可する」

「なぜおんじょ……怜さんが」

「だっておんなじやもん。もっと京ちゃんと仲良うしたいってことやん」

「うぅ……」


 もじもじしている清水谷さんを見ると、そういうことらしかった。

 たしかにそれならどこにも問題はない。

 ただ一つ障害があるとすれば、それは俺の気持ちだ。

 相手にそんな恥ずかしがられるとこっちも恥ずかしい。


「じゅ、準備はいいか?」

「い、いつでもええでっ」

「二人とも力入りすぎ」


 横から入る冷静なツッコミ。

 清水谷さんはそう言われて深呼吸をした。

 胸を反らすことで膨らみが上着を押し上げる。

 俺も落ち着くために目を閉じた。

 名前、名前だ。

 清水谷竜華だから、竜華さんか。

 頭の中で少し練習しておこう。

 竜華さん竜華さん、竜華竜華竜華……

「……竜華」

「……はわぁ」


 あれ、間違えて呼び捨てにしてしまった。

 考えてたことがそのまま出てしまったらしい。

 いくらなんでもいきなりすぎるよな。

 清水谷さんだって唖然としてるし。


「ごめん、いきなり呼び捨てはちょっとな」

「ぜっ、全然問題あらへん!」

「そ、そうか?」

「うんうん!」


 やたら嬉しそうな顔でうなずかれた。

 まぁ、いいというのならそれでいいか。

 もともとため口だったしな。


「ね、もっかい呼んでもろてもええかな?」

「……けっこう恥ずかしいんだけど」

「うちも恥ずかしいからおあいこ」


 恥ずかしいならやらない方がいいんじゃないか?

 そうは思ったが黙っておく。

 なんにせよ、言うことを聞くと言ってしまったんだから。

「わかったよ……りゅう――」

「ずるいっ」


 そしてまた名前を呼ぼうとした俺を園城寺改め怜さんが遮る。

 それにしてもずるいとはなにごとだろうか。

 許可したんじゃないのか?


「竜華だけ呼び捨てなんてずるいっ」

「ちょ、名前呼びに飽き足らず!?」

「なぁなぁええやん、減るもんじゃないし」


 減る減らないの問題ではないような……

 にしても、これは二つ目のお願いというやつでは?

 いや、毒を食らわば皿まで。

 多少の羞恥心は飲み込んで呼んでしまえば……!


「……ん?」


 建物の陰でなにかが一瞬光る。

 単なる反射ではありえない強さ。

 放っておくと後で面倒になる臭いがした。


「ちょっと失礼」

「あ、逃げたっ」

「京太郎?」

 二人の声を背にその場所へと赴く。

 大して離れていないからうまくいけばすぐすむ。

 もちろん、なにもない可能性だってあるんだから。


「ふっふっふ、今日はいい写真が撮れたし。これを見せれば今度こそ幻滅間違いなしだし」


 そこにいたのは池田だった。

 こちらに背を向けてしゃがみこんで、俺がいることにも気づいていない。

 その手にはデジカメ。

 さっきの光はそれによるものだろう。

 とりあえず没収だな。


「どれどれ」

「あっ!」


 取り上げたデジカメのデータを見る。

 主に池田の妹たちと福路さん、それに時々俺の写真。

 どれも女友達と一緒のところだった。

 なに、こいつストーカー?

 なんか怖いから消去だな。


「ほら」

「ああっ、今日撮ったのも消されてるし!」

「肖像権の侵害になるから次から気を付けろよ」

 デジカメを池田に返して来た道を引き返す。

 福路さんの写真もちらっと見れたし、今回は許してやろう。


「待てよ!」

「はい待った」

「全然待ってないし!?」


 立ち止まってすぐに歩き出す。

 ほんの一瞬だけでもその場に留まったのだから、池田の要求は十分満たしたはず。

 てか、こいつに構ってる暇はあまりない。


「くっそー、こうなったらコテンパンにしてやる!」

「やめとけやめとけ、お前じゃ無理だ」

「この前はもうちょっとだったし」

「アホか。同じ手は通用しないからな」

「くっ、運の良さだけで勝ったくせして……!」

「あ?」


 足を止めて振り返る。

 こいつには色々とわからせてやらなきゃいけないようだ。

 運の良し悪しに左右されない実力差ってやつを。


「……いいぜ、来いよ」

「望むところだし!」

 互いの顔しか見えないほどの至近距離。

 拳を握ってベルトを取り出す。

 闘志の高まりに呼応するようにゼクターが現れる。

 そして俺たちはベルトを巻き――


「こら、うちらほっぽってなにしとんねん」

「池田ちゃん? こんなとこで奇遇やな」


 二人は待ちきれなかったのかこっちに来てしまった。

 緊張した空気が緩まる。


「くっ、応援を呼ぶとは卑怯だし!」

「いや、違うから」

「ここは一時撤退するしかないし……覚えてろよ!」

「人の話を――って行っちゃったか」


 いつものことだが、やっぱりこっちの話を聞こうとしない。

 あっという間に見えなくなった背中に、伸ばそうとした手を引っ込める。

 まぁ、結果的に池田と離れて二人と合流できたのだから良かったのかもしれない。

 俺も冷静じゃなかった気がするし。


「で、こんなところで池田ちゃんとなにしてたん?」

「そや、返答次第ではぎったぎったやで」

「また不穏当な……盗撮されてたから注意しただけですよ」

 今回の写真に写っていたのは俺だけじゃない。

 何に使うかもわからないが、二人がとばっちりを受けるのだけは阻止しておきたかった。


「盗撮? 京太郎を?」

「なんや、あの子も京ちゃんに気があるんか?」

「あいつが俺に? いくらなんでもありえないでしょ」

「せやなぁ」


 清水谷さんと顔を見合わせる。

 あれだけ目の敵にされていたら、というより今でもされているけど、とてもそんなことは言えない。

 というか、あの子も、とか言われたら誰かが俺に気があるみたいじゃないか。

 うーむ、よければ紹介してもらいたいもんだ。


「それより、俺に気があるって子のことを……」

「すみませんっ、ちょっとお尋ねしたいことが……!」


 ほんの少しだけ邪な思いに身を任せると、それは新たな登場人物によってしっかりと遮られる。

 聞き覚えのある声とフレーズ。

 息を切らせて片目を閉じたその人は福路さんだった。


「京太郎さん、華菜を、華菜を見ませんでしたか?」

「あっちに走っていきましたけど」

「あ、ありがとうございます!」


 一度深くおじぎすると、池田同様走り去ってしまった。

 ろくに話す時間もなかった。

 また池田がなにかやったのか?

 さっきここで盗撮はしていたけど。

「えらく急いどったけど、なんかあったんかいな?」

「さぁ……悪さをした池田を追ってるとか?」

「うーん、多分違う思うけど」


 俺と園城寺さんの疑問に清水谷さんが口をはさむ。

 なにか知っているような口ぶり。

 俺には思い当たることは……


「ああ、もしかして今日の」

「うちもこの近くで拾う言われたから待機しとったんやけど」


 時計を見ればもう十一時半。

 家を出てから結構時間が経っていた。

 車で次々と拾っていく予定なのだろう。

 だから俺と清水谷さんで約束の時間にずれがある。


「何の話?」

「昼以降のことですね。俺たちこれから人に会う予定で」

「まさか……もう両親に挨拶!? 竜華ずるい!」

「んなわけあるか!」


 園城寺さんのボケに清水谷さんがつっこんだ。

 なぜ人と会う約束が両親への挨拶につながるのかは謎だ。

「いいなぁ、青春」

「うおっ、いつの間に」

「やあ、まさか君も一緒にいるとはね」


 会う予定の人は知らぬ間に横に立っていた。

 じゃれ合う二人をなんとも言い難い眼差しで見守っている。

 これがモラトリアムが終わってしまった大人の悲哀というやつだろうか。


「私の青春も決して灰色ではなかったんだけどね、いや本当に」

「じゃあ何色だったんですか」

「……土気色?」

「それ死んでません?」


 きっと生ける屍のごとく過ごした青春だったんだろう。

 友達も恋人もおらず、家に帰るまで死体のように息をひそめる毎日。

 やばい、涙が出そうだ。


「きっと良いことありますって」

「気にしなくてもいい、今のはほんの冗談だよ」

「結婚適齢期だってまだまだだと思いますよ」

「やめろ、憐れむんじゃないっ。冗談だって言ってるだろ!」


 やたら凄い剣幕でまくし立てられた。

 触れてはいけない部分に触れてしまっただろうか。

 そういえば、女性に年齢の話題はタブーなんだっけ。

「んんっ、そこの二人、ちょっといいかな?」

「……竜華の知り合い?」

「うちも知らんけど、もしかして……」

「そう、私が藤田だ。こんにちわ、かな?」

「は、はじめまして……うち、じゃなくて私はっ」

「別にかしこまらなくていいよ。威張りにきたわけじゃないからね」

「え、でも……」

「そっちの彼を見てみろ。一応敬語は使っているが後はひどいものだ」


 おい、なんで俺を引き合いに出す。

 そもそもZECTに所属してないんだから、そこまでかしこまる必要だってないだろ。

 この人、さっきのこと根に持ってないか?


「……で、どなた?」

「怜、この人は……」


 途中で清水谷さんの口が止まった。

 開いた口をためらうように閉じてこちらに視線を向ける。

 話していいのかどうか迷っているようだ。

 俺もそこは決めかねるところだが……


「君は、園城寺怜さんだね?」

「うちのこと知ってるんですか?」

「まあね。私は藤田靖子だ。清水谷さんの上司と言えばわかるかな?」

 意外にも藤田は自分から正体を明かした。

 今更だが、清水谷さんの反応とかを見ても幹部だということに嘘はなさそうだ。


「君も大体の事情は知っているんだろ?」

「そうですけど……秘密組織って聞きましたよ?」

「いいんだいいんだ。私の存在が知れたところでどうにもならないさ」

「ほな、そういうことなら遠慮なくネットに書き込みますね」

「いや、遠慮はしてくれ」


 なんとも緊張感のないやりとりだが、特に問題はないらしい。

 それよりも、さっきからあわあわしている清水谷さんの方が問題だ。

 気休めにしかならないかもしれないが、肩に手を置いておこう。


「とりあえず園城寺さんは大丈夫だろ」

「ほんまにそうやろか……」

「本人がああ言ってるだろ」


 幹部が良いって言ってるからいいんだろ。

 それよりも気になるのは、園城寺さんが事情を知っていると把握されていることだ。

 清水谷さんが話したのかもしれないが……


「さて、約束の時間にはまだ早いが、君はどうする?」

「そうだな……」

 とは言ってもこれから家に帰って待つだけだからな。

 ここでついていった方がいいだろう。

 そうなると園城寺さんがどうするかだな。


「園城寺さんはどうします?」

「彼女を家に送るぐらいの寄り道だったらしても構わないよ。車だったら早いからね」


 藤田が指した方にワゴン車。

 どうやらあれでここまできたらしい。


「本当、ありがとうございますっ」

「だからかしこまらなくてもいいって。上下関係がどうとか柄じゃないんだ」

「……」

「怜、送ってくれるって」


 園城寺さんは黙りこくる。

 さっきから本人そっちのけで話が進んではいるが。


「どしたん? 具合、悪い?」

「……京ちゃん、うちと竜華のことちょい呼んでみて」

「園城寺さんと、清水谷さん?」

「ダメ、やり直し」

「え、えぇ?」

 なぜかダメ出しをくらう。

 いつも通り呼んだはずなのに。

 どうしたものかと清水谷さんの方を見る。

 少し思案していたが、なにか思い当たったのか責めるような視線が飛んできた。


「うん、やり直しやな」

「はぁ?」

「京ちゃんもう忘れたんか?」

「なんでも言うこと聞くって言うたやろ」

「……あ」


 すっかり忘れていた。

 そういえば名前で呼ぶことになってたんだった。

 ああくそ、しかも藤田の前でか……


「ふぅ……怜さんに、竜華……これでいいっすかね?」

「……君のプロファイルに女癖の悪さを付け加えておくべきかな」

「余計な茶々は入れなくてよろしい!」


 くっ、だからやりたくなかったのに……!

 てか俺のプロファイリングってなんだよ。


「ふふ……竜華って、竜華って!」

「……やっぱずるい! またやり直し!」

「これ以上どうしろと!?」

「やっぱいいなぁ、青春」





 一悶着を乗り越え、俺たちは車の中にいた。

 ひとまずおんじょ……怜さんの家に向かう途中だ。

 八人乗りのワゴン車。

 俺はその助手席に座っていた。


「送っている最中なのに、当の本人が寝てしまうとはね」

「すいません、ちょっと疲れてたみたいで」

「そのまま寝かしておいてもいいよ」


 一つ後ろに座る二人。

 竜華の太腿に頭を預けて怜さんは盛大にスヤッていた

 ハンドルを握ったまま藤田は苦笑。

 体が弱いことも知っているのだろう。


「てか、車持ってるんならなんでバス使ってたんですか」

「これ実はZECTの車なんだ。さすがに普段から持ち出すわけにはいかないからね」

「あ、ほんとだ。よく見ればうちらのとこで使ってるのと同じですね」


 たしかZECTの部隊で使っているのは黒塗りのワゴンだ。

 存在を公表してからはでかでかと組織名を側面に表示している。

 対してこの車はシルバー。

 ZECT所属だと示すものも見当たらない。

 普段乗りなれていない身としては、同じかどうかはよくわからなかった。

「そういえば君たち、昼に食べたいものは?」

「じゃあパスタ」

「即決!? あの、昼までお世話になってもいいんでしょうか?」

「今日は私のわがままだ。ご馳走するぐらいはするさ」

「そういうことなら……うちはなんでもいいです」


 やっぱり少し遠慮がちだ。

 無理もないか。

 今までろくに接触のなかった上司と、こうして一緒の車に乗っている。

 それだけでも萎縮してしまう立派な要因だ。


「これ、この後も全員に聞くんですか? 下手したら相当ばらけますよ」

「そこら辺は考慮済みだ。最悪はくじ引きで済ませる」

「だったらどこ行くとか決めとけよもう……」

「私が決めたらカツ丼になってしまうが、いいのか?」

「……やめときますか」


 そういえばこの人もその類の人だった。

 海でカツ丼の出前をとるとか言い出すほどだからな。

 あの時はたしか――


「車、止めてください!」

「どうした?」

「早く!」


 ワゴンが道の端で停車する。

 止まるとすぐにドアを開け外に飛び出した。


「京太郎!?」

「悪いけど、俺は欠席ってことで!」





 藤田は運転席から飛び出していった少年の背を静かに見送る。

 須賀京太郎が向かう先、そこにいるものを見据えて。

 たなびくマフラーが建物の陰へと消えていった。


「あんなに慌てて……なにかあったんでしょうかね?」

「事情は分からないが、それは確実だろうね」


 その言葉には誤りがあった。

 京太郎が飛び出していった理由を藤田は理解している。

 彼と彼女に面識があることも把握している。

 不明瞭な点は、なるべく人前に姿を現さない彼女がなぜそこにいたかだ。

 二人が消えていった方に目を向け、藤田は黙考する。

 ビルの隙間から見えたのは晴れた空と……


「そうか、そうなのか……」


 自然と唇がゆがむ。

 思いがけず、事態が藤田にとって良い方向へと推移している。

 それは予定より早い進行だったが、この場に居合わせたのは幸運としか言いようがない。


「藤田さん、どうかしたんですか?」

「……悪いが私にも急用ができた。ここからは君が彼女を送ってやってくれ」

「あの、ということは今日の集まりも」

「キャンセルということになる。すまないね」

「……わかりました。ほら、怜」

「ぅん? もう家なん?」

「失礼します」

「ちょっ、引っ張らんといて!」


 ワゴンのドアがスライドして藤田は車内に一人残された。

 懐から煙管を取り出すと、それをくわえる。

 そしてシフトレバーへと手をかけた。





「くそっ、人多いな」


 風に揺れるピンクのマフラーを見逃さないように進んでいく。

 休日の街は昼の前後ということもあってか、それなりに雑多としていた。

 歩いて進むのに支障はないが、走ろうとすると人が障害物になる。

 だから中々目標との距離を縮められずにいる。


「っぶねーな……気を付けろ!」

「悪い!」


 人の間を縫うように走る。

 追いついてまず話がしたい。

 ハギヨシさんが言う通り彼女は人間なのか、それとも……

 段々と人の流れが細くなっていく。

 開けた道を駆け抜ける。

 近づく距離。

 そしてT字の交差点を曲がろうとしたところで――


「うおっと、すいません!」

「こ、こちらこそっ」


 ぶつかりそうになったところを緊急回避。

 追跡に夢中で注意が散漫していた。

 街灯に手をついて倒れそうな相手の体を支える。

 伸ばした右手に柔らかい感触。

「うん?」

「ひゃっ」


 なんとはなしに指を動かすと、変な声が聞こえてきた。

 これってまさか……


「う、うぅ……」

「せ、先輩!?」


 俺は先輩相手にラッキースケベってた。

 右手はどんな奇跡か上着の隙間から中に入ってしまっている。

 こ、こんなことが現実に起こるなんて……!

 意図せぬ事態に俺の心の中がよろこ……じゃなくて動揺で満たされた。

 騒ぎ出しそうな気持ちを抑えて、危険のないよう慎重に先輩を立たせる。

 そして安全を確認してから、驚かれないようにゆっくり手を引き抜いていく。

 ふぅ、無事でよかった……って俺はなにやってんだ。


「えと、京太郎くん? あんまり女の人の胸を触るのは……」

「ごめんなさいっ、正直邪心が混じりました!」


 正直に謝る。

 目先の欲望に支配されたことは言い訳のしようもない。

 でも決して先輩には言われたくないことだった。

 常日頃からおもちをハントしてるこの人は、自分のことを棚に上げている。

「反省してる?」

「はい、天より高くマントルより深く」


 今日誰かに似たようなことを言ったばかりのような気がする。

 でも今回は間違いなくセクハラ、痴漢行為に分類されることだ。

 俺には謝る以外できることがない。


「ちょっと大げさだけど……うん、素直に謝れるなんてお姉さん感心なのです」

「あの、デコピンしていいですか?」

「なんで!?」


 だけどやっぱりこういうことに関して、先輩にどうこう言われるのは納得できなかった。

 俺が悪いことは十分に承知しているが、正直お前が言うなと一発かましたい。

 いや、でも今はそんなことをしてる場合じゃない。

 そうこうしているうちに、目的の背中は小さくなっていく。


「先輩、すいません。ちょっと急いでるんで」

「そうなの? じゃあ気を付けてね」

「それじゃっ」


 まさか誰を追っていると言うわけにもいかず、走り出す。

 今はまだ先輩に知られたくない。

 傷つけたくないし、傷ついてほしくもなかった。

 真実を知ることが幸せというわけではない。

 できればまた姉妹で仲良く笑い合えればいい。

 冬にほど近い秋の冷たい風が、そんな俺の思いを後押しするように背中を押した。

 できればもう少し暖かい声援がほしいね。





「京太郎くん、どうしたのかな?」


 走り去っていった少年の背中を見送った後、松実玄は首を傾げた。

 相当慌てた様子だったのを思い出す。

 なにか大事な用事でもあったのだろうかと。


「それにしても、揉まれちゃった……」


 自分の胸に手を当てて、玄はほんのり頬を赤らめた。

 京太郎は普段自分から人の胸に触れるような真似をしない。

 今回胸に手がいったのは偶然だとしても、指が動いたのは偶然ではない。

 そのことから考えて、もしかしたら彼の好みは自分のような胸なのかもしれない。


「わ、私のなんかでよかったのかな? 全然おもちじゃないのに……」


 玄はしゃがみこんで、今度は頬に手を当てた。

 道の人通りが少ないことが幸いしていた。

 大勢の人の前だったらこんな悠長にしゃがんでいられなかっただろう。

 しばしそのまま身もだえる。


「あれ、この携帯……」


 道端に落ちている携帯。

 その機種に玄は見覚えがあった。

 拾って中を見るかどうか迷い、自分の携帯を取り出す。

 そして空メールを京太郎に宛てて送る

 案の定、落ちていた携帯は光って震えだした。


「やっぱり京太郎くんのだ……どうしよう」


 あの様子だと携帯を落としたことに気づいてなさそうだ。

 家に届けた方が確実かもしれない。

 でも、別れてからまだ少ししか経っていないから、追いつけるかもしれない。


「……手元にあった方がきっと安心だよね」


 自分の携帯と一緒にポケットにしまい、立ち上がる。

 そして少年が消えていった道を、玄も同じように走り抜けていった。





「宥さん!」


 前を歩く背中に呼びかける。

 人のいない道。

 その理由は少し先にある巨大な壁だ。

 ワームの発生源と、人の住みかを分断する囲い。

 そのすぐ近くまでいつの間にか来てしまっていた。


「まだ、そうやって呼んでくれるんだ」


 振り返ったその表情は複雑なものに見えた。

 喜んでいるような悲しんでいるような。

 もちろん、俺の願望がそう見せているのかもしれない。


「久しぶりだね」

「ああ……聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいこと?」


 ちゃんとこっちを向いて話に応じてくれている。

 それだけで俺の心が少しだけ楽になった。

 でも、本番はここからだ。

 少しだけ震える手を握りしめる。

 ここまで来たのだから、あとははっきりさせるだけだ。

「あなたは、ワームなのか?」

「……少し、歩かない?」


 そう言って宥さんはまた歩き始めた。

 向かう先にはあの巨大な壁。

 俺も追従して歩く。


「あなた……京太郎くんって呼んでもいいかな?」

「好きにしていいよ」


 その呼び方は先輩と同じ。

 何でもないことのように思えるが、姉妹同士のつながりを感じさせた。

 思わず頬が緩みそうになる。

 そこで気が付いた。

 ……俺はハギヨシさんの言葉を可能性の一つとしてとらえた。

 でもなにより、俺自身がそうであることを願っている。

 先輩がどうとかを抜きにしても、俺がそう望んでいる。


「京太郎くんは、ワームのことどれだけ知ってるの?」

「隕石に乗ってやってきた地球外生命体。人間の姿形、記憶や経験を真似て社会にとけこみ、時に人を襲う」

「……うん、そうだね」


 こころなし、声のトーンが下がったように感じられた。

 前を歩く宥さんは今どんな表情をしているのだろう。

「ワームは人の全てをコピーしてしまうの……時にはその心さえも」

「……どういうことだよ?」


 その意味を頭では理解しかけている。

 それを少しでも遅らせようと、口が疑問を挟んだ。

 だが結局は決定的な言葉を引き出しただけだった。

 マフラーが翻り、宥さんがこちらを見据える。


「私が、そうなの」

「……」

「それがさっきの答え」


 正直に言うと納得はできなかった。

 だがそう判断する材料もたしかにあった。

 そんなことが本当にあるのならば、色々な点に説明がつけられる。

 二年間失踪していたことや、ワームが一緒にいた理由にも。

 そして、今そんな不安そうな顔をしていることにもだ。

 だけど、結局それは偽物なんじゃないのか?

 たとえ姿と記憶、心さえもコピーしたとして、ならコピーされた本物はどこにいった。

 頭に大事な家族の顔がよぎり、それを振り払う。

 余計なことを考えるべきじゃない。


「あなたの言っていることはわかった……でも、松実先輩が帰りを待っている宥さんは、もういないんだ」

「……そっか、玄ちゃんとも知り合いだったんだ」

 言っている話が本当だとして、俺にとっての宥さんはこの人だ。

 でも、先輩にとっては……

 宥さんはまたこちらに背中を向け、壁を見上げた。


「正直、俺はあなたの言っていることは信じきれない。でも、静かにしているならどうするつもりもない」

「……」

「頼むから、おとなしくしててくれ」


 それだけ言って来た道を引き返す。

 あくまで可能性の話だとわかっていた。

 全部が全部満たされるような結果なんてそうそうない。

 今回のことだって、最悪でも最高でもない中途半端。

 人のままだったら、それは申し分のないことだった。

 もし完全にワームだったなら、倒してしまえばそれでいい。

 でも現実は予想外の方向からやってきた。

 人の心をもコピーしてしまったワーム。

 嘘だと断じてしまえばいいとも思った。

 だけど、俺にはできなかった。

 奇跡的な姉妹の再会は叶わない。

 先輩の笑顔が曇ってしまうことを考えると、知らずのうちに拳に力が入る。


「できない、できないよ……」


 小さな、呟きにも似た声に立ち止まる。

 寒さに震えてすすり泣いているように聞こえた。

「だってこの世界は寒いから……寒くて寒くて凍えてしまいそうなの」


 宥さんは自分の体を抱きしめるように手を回し、うつむいていた。

 駆け寄りそうになるのを我慢する。


「だから、私は帰る……あったかいあの世界に。そのためだったらなんでもするって決めたの」


 その震えが止まる。

 上げた顔には、たしかな決意と覚悟が見て取れた。

 吊り上がった眉に先輩の面影を見たのもつかの間、新たな変化が訪れる。


「――――――!」

「ワーム……」

「だから、邪魔しないで」


 海の時にも一緒にいたワーム。

 そいつが俺と宥さんの間に立ちふさがった。

 もしかすると、こいつも人の心をコピーしてしまったのかもしれない。


「もう一個だけ聞くよ……なにを、するつもりなんだ?」

「この世界を壊して、居場所を取り戻す……それだけ」


 具体的になにをするのかはわからない。

 でも、その言葉には矛盾があるように感じられた。

 壊した後の世界に戻りたいと思った居場所は存在しているのだろうか。

 そしてそれ以前に、俺は俺の世界を壊させるわけにはいかない。

「なら悪いけど、俺は君を止める」


 ベルトを腰に巻く。

 宥さんは目を伏せ、傍に立つワームは臨戦態勢をとった。

 空間を越えてやってきたゼクターをつかむ。


「……変身」

≪――変身≫


 鎧をまとって前へ踏み出す。

 足取りは思った以上に重かった。

 ワームは翅を広げて宙に静止する。

 俺はこれから繰り出されるであろう高速の攻撃に対応するため、ゼクターに手をかけた。


「――――――!」

「――っ、なんだ!?」


 横合いから殴りつけるような衝撃。

 向かい合っていたワームはなにかをしたどころか、俺と同じように攻撃を受けて地面に手をついていた。

 宥さんもその場から動いてはいない。

 だとすると、これは……


「――――――!」

「嗅ぎつけられちゃった……」

「新手かっ、あんたらの仲間……じゃなさそうだな」

 唐突に目の前に現れて咆哮するワーム。

 宥さんたちの反応を見るに、あっちの援軍というわけではない。

 ならば、ここに偶然居合わせただけか?


「貴様ら、なにをしている!?」

「ゼクトルーパーもお出ましか……うぉっ!」


 俺たちがいる場所を薙ぎ払うように放たれる銃弾。

 いつもの兵隊が数人現れたかと思えば、こちらに向けて発砲してきた。

 宥さんは仲間のワームにつかまって空に退避。

 俺も飛び上がるように回避した。


「――――――!」

「うぐっ」


 銃弾を避けるためにジャンプしたところを新手のワームに襲撃される。

 咄嗟にクナイガンを盾にしたのはいいが、地面に叩きつけられてしまった。

 衝撃に肺から空気が抜けていく。

 だがそれで止まっている暇はなかった。

 ゼクトルーパーたちの銃弾が迫る。


「――かはっ、一体どういうことだよこれ」

「私は見ての通りだと思う」

「見ての通り?」

 地面を転がってから立ち上がった俺の背後に、宥さんたちが降り立つ。

 背中合わせの状態。

 俺の正面にはゼクトルーパー。

 宥さんの正面には新手のワーム。

 見ての通りが意味するのは、両者が協力関係にあるということか?

 ふざけたことだとは思うが、先ほどの連携じみた一連の流れを見ると、それが事実だと思えてくる。


「だから私たちもここは……」

「協力か……!」


 弾かれるように走り出す。

 後ろのワームのことはあっちに任せるとして、俺の相手はゼクトルーパーたちだ。

 装備だけ同じでZECTの所属ではないということも考えられるが、今は確認のしようがない。

 放たれる銃弾に対し、ゼクターのホーンを倒す。


≪――Cast Off! Change Beetle!≫


 銃弾を弾きながら飛散するアーマー。

 その一部を受け、ゼクトルーパーの半分が吹き飛ばされた。

 それに怯まず、さらに重なる発砲音。

 クナイをかまえ、腰のボタンを叩く。


≪――Clockup!≫

 自分以外のものが静止した世界。

 置物同然の銃弾の間をすり抜け、ゼクトルーパーたちの元へ。


「たしかに飛び道具ってのはやっかいだよな」


 逆手に構えたクナイで武器を切り落としていく。

 これさえ封じてしまえば、もはや戦力としてカウントすることはできない。


「せい、はぁっ」


 続けて拳と蹴りをお見舞いする。

 特に手加減していないが、アーマーの強度を信じるなら大丈夫だろう。

 ワームの攻撃にも結構耐えるし。


≪――Clock Over!≫


 そして加速状態が解ける。

 無防備のまま攻撃を受けたゼクトルーパーたちは、吹き飛んで地面に倒れた。

 キャストオフの余波でダウンした連中も、すぐに立ち上がれる様子じゃない。

 こっちは大体これで片付いたか。


「――――――!」


 あっちの様子を確認しようとすると、宙で爆炎が巻き起こる。

 宥さんたちもちょうど片づけたところだった。

 これで共通の敵はいなくなった。

 俺たちの共闘も終わる。

「……さあ、始めるか」

「お願い、引き下がって」

「そっちが引き下がらないなら、俺も無理だ」

「そう……」


 どちらも道を譲らないのなら、ぶつかるしかない。

 その悲しそうな顔を見ないようにして、深く腰を落とす。

 ワームが再び立ちふさがる。

 お互いににらみ合う。

 この間の取り方は、たしかに人間みたいだった。


「二人ともっ、あれ!」

「――――――!?」

「……まじか」


 宥さんの指した方に、また新手が来ていた。

 しかもその数は尋常じゃない。

 ゼクトルーパーの数十人規模の大部隊に、その上を成虫のワーム十数体が飛び回っている。

 異様な光景だった。

 俺たちをどうにかするためにこんな数を出してきたっていうのか?


「この数はさすがにやばいな……」

「ダメ……これじゃ向こう側に行けない」

 頭の中に撤退の二文字が浮かび上がる。

 それは宥さんたちも同じだろう。

 ここで止められないのは気がかりだが、背に腹は代えられない。


「俺は行く。あんたらも離脱した方がいい」

「心配してくれるんだね」

「できればそのまま、おとなしくしててくれ」

「ううん、それは無理」


 話は平行線。

 次に会ったらまた戦うことになるだろう。

 女の子を泣かせることは男のやってはいけないことの一つ。

 俺にそれが守り通せるだろうか。

 先輩を、目の前のこの人を、泣かせずにすむだろうか。

 胸によぎる不安。

 それに呼応したかのごとく、事態は悪い方へと傾く。


「こんなところにもネズミがいやがった……!」

「あうっ」


 建物の陰からゼクトルーパーが誰かを引っ張って現れる。

 その誰かとは……


「先輩!?」

「玄ちゃん!」





 建物の陰から玄は二人を見守る。

 携帯を届けるために京太郎を追っていたはずだが、なぜか一緒に姉がいて、いつの間にかこんなところに来てしまっていた。

 立ち入りが制限されているわけではないが、この壁のそばに寄り付くものはいない。

 ワームはここから現れるという噂もあるからだ。

 もっとも、その存在が周知のものになる前から近づこうとする者はいなかったのだが。

 とにかく、そんな場所に来てしまい、玄は少しだけ後悔していた。

 それでも二人のことが気になる。

 姉はこんなところでなにをしているのか。

 京太郎の用事とは姉に会うことだったのか。

 そこに少し嫉妬しながらも、無事な姿を見られたことに喜びを感じている。

 思わず身を隠してしまったが、今すぐにでも飛び込んでいきたかった。


「え、なにあれ……」


 そうこうしているうちに事態は進んでいく。

 玄には二人の会話は聞こえない。

 だから何があったとかもわからないのだが、姉が身を縮めて震えたかと思うと、その場に異形の怪物が出現していた。

 おそらくワームと思われるその怪物は、姉を守るように立っていた。

 理解の及ばない光景が広がっている。

 そして訪れる第二の衝撃。


「京太郎、くん?」

 京太郎の姿が変化する。

 生物的なフォルムのワームとは真逆。

 機械的な鎧を身にまとった姿は、玄もテレビで見たことのあるものだった。

 ワームと戦うために存在するライダーの一人。

 その中身については一切情報の公開はない。

 目の前で起こったことを信じるとすれば、それは自分の後輩だったということになる。


「もう、わけわかんないよ……」


 目を疑うような光景の連続に、玄はその場にへたり込む。

 だが許容を超えた事態はそれだけにとどまらない。

 現れるゼクトルーパーとワーム。

 繰り広げられる本物の戦闘。

 非日常にしばし見入る。

 そして戦闘は瞬く間に終わり、向かい合う京太郎と姉。

 自分の知らない世界を共有している二人に、胸が小さく痛んだ。

 それを誤魔化すように胸を叩くと、玄は立ち上がる。

 ここまで来た理由を果たさなければいけない。

 戦闘が終わったのなら、もう出ていっても大丈夫。

 幾分か麻痺した頭で、壁に手をついた。

 次の瞬間、背中に冷たい感触。


「動くな。ここでなにをしている」

「え、えと……私はあそこにいるお姉ちゃんと京太郎くんを……」

「ちっ、奴らの仲間か」

「えっ――」

「こんなところにもネズミがいやがった……!」





 どうして、先輩がここにいる……?

 どうして、そんな涙ぐんだ目で引っ張られている……?

 どうして、あいつは先輩を泣かせている……!

 頭の中で熱が生まれる。

 それは燃料となって俺の思考を一方向へと収束させる。

 許しておくわけにはいかない……!


「動くな! こいつの頭に穴を空けられたくなかったらな」

「ひっ」


 対して敵の取った手段は単純明快。

 この状況でこの上なく有効な人質をとるという手段。

 腰のボタンに伸ばそうとしていた手が、途中で止まる。

 頭から冷水をぶっかけられた気分だった。

 沸騰したお湯は蒸発するだけ。

 その言葉をかろうじて思い出した。

 だが、この場には俺以上に冷静さを欠いた人がいた。


「とりあえず投降して――」

「玄ちゃんを……放してっ!」


 次の瞬間、空気が爆発した。

 より正確に言うと、そう錯覚させるだけの暴風が吹き荒れた。

 爆心地にほど近かった俺は、空へと舞いあげられる。

 飛んでいたワームたちはすべて自由を失って飛ばされていく。

 地上にいるゼクトルーパーたちもまともに立ち上がることができない始末。

 その中で、先輩と宥さんだけが何かに守られてるかのように平然と立っていた。

「お姉、ちゃん?」

「大丈夫?」

「う、うん……でも、それ」


 宥さんの背中に生えた翅。

 大きく広げられて虹色に輝くそれは、蝶の翅だ。

 きらきらと光る鱗粉をまきながら、ゆっくりと揺れていた。

 着地して、現実離れした美しさに目を奪われる。

 それと同時に確信する。

 宥さんは、確実に人間じゃない。

 今までは向こうの言葉を信じるだけだった。

 でも、もう疑いようもなかった。


「もうちょっとなの……だから、おやすみなさい」

「あぁ……」


 宥さんは先輩に近づくと優しく抱きしめた。

 先輩は眠るように気を失い、その体から力が抜ける。


「京太郎くん、今のうちに玄ちゃんをお願い」

「……わかった」


 先輩を抱きかかえる。

 見える範囲で怪我はなかった。

「もうすぐみんな起き上がってくるから、早く」

「宥さんは?」

「私も、すぐ逃げるから」


 これであとは離脱するだけ。

 ただ一つ気がかりなのは、先輩だ。

 あそこにいたということは、俺たちのやり取りを見ていた可能性がある。

 それがどこからかなのかはわからないが。

 でも、少なくとも一つ決定的なものを見たのはたしかだ。

 目覚めたとき、何を思うだろうか。

 俺はなんと言えばいいのだろうか。


「――――――!」

「来い」


 飛びかかってきたワームを、ちょうど呼んでおいた愛機が突き飛ばした。

 先輩を抱えたまま、キャストオフ状態のそれに飛び乗る。


「またね」


 飛び去ろうとする俺たちに、宥さんが手を振る。

 その背中の翅が、横たわる壁に思えてならなかった。

 それを見ないようにしながら、片手でハンドルを握る。

 そしてその場から離脱。

 空は晴れているというのに、心の中では雨が降りそうだった。





「こうも簡単に忍び込めるとはね」


 とある研究施設を進みながら、藤田はほくそ笑んだ。

 ここは立ち入り禁止とされている壁の内側。

 表で暴れている者たちのおかげで、警備は手薄だった。


「さて、この先になにがあることやら」


 真実を知るというのが藤田の目的だ。

 様々な危険を冒してここにいる手前、収穫なしという事態は避けたかった。

 この時のためにカブトの資格者と接触し、さらに人の心を持つというワームとも手を組んだのだから。

 地下へと続く階段は、薄暗く果てしない。

 まるでなにかを閉じ込めるための場所。

 藤田はそんな感想を抱いた。


「ここは……?」


 長い階段を降りたところで出迎えたのは鉄格子の扉。

 他のところはすべてカードキーで開く仕組みだったために、異様さが浮き彫りとなっている。


「じゃあこれは役立たずだな」


 ここに来るまでに研究員から奪っておいたカードキーを放る。

 鉄格子の扉には鍵穴はなく、錠前のようなものも見当たらなかった。

「うーん、これじゃピッキングのしようもない」


 用意していた道具が一つ無駄になった。

 藤田はため息をつくとつま先で扉を軽く小突いた。

 ちょっとした苛立ちを紛らわせるための行為。

 金属が擦れる音を響かせて、扉が開いていく。

 そもそも鍵などかかっていなかった。


「……まぁいいか」


 自分の不注意から目を背け、さらに先へと進んでいく。

 最低限の光しかない薄暗い通路。

 自分の手の輪郭が見える程度の明るさ。

 通路の向こうに見える光を目指して歩く。


「さて、この部屋にはなにがある?」


 たどり着いた一室に立ち並ぶディスプレイとコンソール。

 机の上に置かれた器具や書類から、ここでなんらかの実験が行われていたようだ。

 無造作に書類を取り上げ、目を通す。


「ハイパーゼクター、ライダーの更なる進化、時空間移動……おいおい、なんだこれは」


 書類を放り捨て、藤田はコンソールを叩く。

 そこに表示された情報の羅列に表情が驚きに染まっていく。

 自分の知らない真実に夢中になっていた。


「なにをしている」

「――っ」


 だから背後に何者かが忍び寄っていることにも気づかなかった。

 藤田は渋面のまま、ゆっくりと振り返る。

 そして、その顔は更なる驚愕に塗りつぶされた。


「貴様は……!」





 適当なビルの屋上に降り立つ。

 周囲を見渡して追手の姿がないかを確認する。

 昼の街並みに異物は見当たらなかった。

 さすがにあの大部隊が街中を闊歩してたらやばいか。

 一息ついて変身を解く。


「うぅん……京太郎くん?」

「そうです、京太郎くんですよ」


 バイクに寄りかかって眠っていた先輩が目を覚ます。

 寝ぼけたように目をこするその姿に、内心でほっとする。


「怪我、ないですか?」

「ないけど、どうかしたの?」

「いや、どうかしたのって……」


 先輩はきょとんとした顔でこっちを見る。

 記憶が混乱しているのだろうか。


「先輩、自分がどこでなにしてたのか覚えてます?」

「なにしてたって……京太郎くんに携帯届けようとして……」

「携帯?」

「うん、これ」

 先輩がポケットから出したのは、たしかに俺の携帯だった。

 自分のポケットを探ってみても手ごたえはない。

 どうやらぶつかりそうになったときに落としていたようだ。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「えへへ、どういたしまして」


 にこにこと笑う先輩。

 もしかして、さっきのことを本当に覚えていない?


「そういえば、お姉ちゃんとなに話してたの?」

「……たまたま会ったから世間話をちょっと」

「嘘だよね? だって京太郎くん、お姉ちゃんを追いかけてたんでしょ?」


 このまま忘れていてほしいと思ったが、そうはいかないようだ。

 こっちを見る先輩の目からいつものぽやぽやとした雰囲気が消えていた。


「もしかしてなにか知ってるの?」

「なにかってなんですか」

「京太郎くん、ワームと戦ってるんだよね? それで、お姉ちゃんもそこにいて……」


 恐らく先輩はすべて覚えている。

 俺がライダーだということも、宥さんのことも。

「教えて、ほしいな」

「……」


 海の時のことを思い出す。

 あの時も先輩に真実を伝えるべきか迷っていた。

 だが今回は先輩自身が尋ねてきている。

 逃げの選択肢がとりづらい。

 あの状況をうまく誤魔化す文句も思いつかない。

 言うしか、ないのか?


「……やっぱいいよ。ごめんね?」


 だけど、逃げたのは俺じゃなかった。

 先輩は困ったように笑う。


「……先輩」

「ね、このバイク京太郎くんの? すごいねっ」


 俺に背を向けて、先輩はバイクに関心を向けた。

 そこにはきっと、見えない壁がある。

 言わぬが花、知らぬが仏。

 自分の心の安寧を求めるのは悪いことじゃない。

 だけど、それが少しだけ悲しい。

 結局、俺はなにも言えなかった。





第十四話『横たわる壁』終了

てなわけで十四話終了です
なんでこんな量が増えたかっていうと、ダブルでとられたせいです

もう眠いんで失礼します

お久しです
眠いけどちょいちょいやります




 窓から灰色の空を見上げる。

 12月を目前に控えて、雪が降ってきていた。

 そこまでつもりはしないだろうが、寒いことには変わらない。

 窓を開けて冷たい空気を吸い込む。

 この世界を寒いと言った人は、今どこを歩いているだろうか。

 机の上に乗った弁当に目を向ける。

 今日の玉子焼きは渾身の出来だ。

 でもこれを食べさせたい人は……


「寒いっす」

「ああ、悪い」


 前からの苦情を受けて窓を閉める。

 椅子の背もたれに手をかけて東横が振り返ってきていた。

 せっかくの暖房を台無しにするのもあれだしな。


「お昼、食べないんすか?」

「食うよ。ばりばり食うよ」

「察するに、今日はお煎餅っすね?」

「さすがに昼飯を煎餅にしてるやつは見たことないな」


 ケーキを主食にするようなものだろうか。

 パンがなければケーキを、米がなければ煎餅を食べればいい。

 ……こんなことを言った日には革命と一揆が起こってしまいそうだ。

「ところで、今日のメニューはなんすか?」

「天ぷらとおひたしと玉子焼きと……」

「がたっ」

「おい、そういうのは口に出さないでいいから」


 東横は派手に音を鳴らして立ち上がった。

 丁寧に自分でも口に出して。

 こちらに身を乗り出してくるので、頭を押さえつけて止める。


「なんというか、お前は相変わらずだな」

「そこはかとなく馬鹿にされてる気がするっす! 許さないっすよ!」

「それは手を引っ込めてから言え!」


 弁当箱に次々と迫る手をはたきおとす。

 く、速い……!

 今はまださばけているが、それも時間の問題。

 片手だけではそのうち押し切られてしまう。

 なんとかしないとっ。


「さぁ、観念するっすよ」

「えぇい、この玉子焼きジャンキーがっ」


 東横の顔に浮かぶ余裕。

 それを消し去るために、俺は頭を押さえる手をどけた。

「あっ――」


 支えになっていた手が取れて東横の体が傾く。

 肩すかしをくらった格好だ。

 バランスを失った体を受け止める。


「よっと、大丈夫か?」

「あうっ」


 東横は俺の胸に顔をうずめ、俺は東横の背中に手を回す。

 しかも弁当箱を奪えないようにがっちりホールド。

 多分、はたから見れば情熱的なことこの上ない。


「これに懲りたら人の弁当を奪おうとはするなよ?」

「……」

「東横? どっか痛かったか?」


 さっきまであんな暴れてたというのに、ノーリアクション。

 とりあえず体を離すべきだな。

 しかし肩に手を置き押すも、離れない。

 今度は東横の手が俺の背中に回っていた。


「ふっふっふ、このままやられっぱなしだと思ったら大間違いっすよ!」

「くっ、しまった!」

 体を揺すっても拘束は解けない。

 むしろ腕の力が強まった。

 腹部にあたる柔らかい感触。

 息を吸って冷静を取り繕う。

 動揺を見せたら思うつぼだ。


「こんなことしても無駄だ。おとなしく離れろ」

「本当にそうっすかね?」

「――うぉ」


 柔らかい感触がぐいぐいと押し付けられる。

 こいつ、気づいてやがる……!


「やめてほしかったらこっちの要求を聞いてもらうっす」

「調子乗りやがってっ」

「なんとでも言うっすよ。さぁ、玉子焼きを渡すっす!」


 腰を引き気味にして耐える。

 でもこれもいつまでもは続けられない。

 反撃の糸口を求めて、東横の脇腹へと手を伸ばす。

 まずはあくまでソフトに、かすめるように触れる。


「わひっ……そ、そんなことをしても無駄っすよ」

「そうか、無駄なら何回やってもいいよな!」

 体をびくんと震わせた東横に追撃。

 わき腹に手を這わせ、うねうねと動かす。


「ひっ、くふ……こ、こんなのなんともないっす……!」


 口ではそう言うが、必死に耐えているのは見え見えだった。

 ピアニストの気分になって指の動きを加速させる。

 それにともなって震えがさらに激しくなった。


「ちょっ、あひっ、もっ、もうやめっ」

「どーしよーかなー?」


 本当はちょっとくすぐるだけだったのに、なかなか手を止めることができない。

 東横の反応はなんというか、くるものがあった。

 いやいやいかんいかん。

 邪な考えを払って逸れた軌道を修正。

 もうほとんど効果がなくなっている拘束を解き、体を離す。


「はぁ……はぁ……」


 息も絶え絶えな様子は、これまたくるものがあった。

 さて、ようやっとおとなしくなったわけだが……

 うつむいてるから顔が見えない。

 もしかして、やりすぎただろうか。

「大丈夫か?」

「どの口で言ってるんすかね!」

「悪い悪い、でもあいこだ。問答無用で襲い掛かってくるお前も悪い」

「ぐぬぬ……!」


 なんとも悔しそうな顔をして東横は押し黙った。

 とは言っても獣の唸り声のような音が口から漏れているから油断はできない。

 周りだってさっきからこんな静かで……って待て。

 昼休みの教室がこんなに静かなのはおかしい。

 弁当を持ってきてるやつは結構いるし、寒くなってきたから外で食べる奴はほとんどいない。

 教室内を見回してみると、みんなが一様にこちらを見ていた。

 原因は明白だ。

 騒いでる俺たちが見世物になってたってことか……!


「須賀、お前と東横さんって仲いいけど……付き合ってんの?」

「はぁ?」

「まぁ、東横さんもよく見ればかわいいしな」

「あちゃー、本命は同級生だったのかよ。年上好きはどうしたんだよー」

「ええい、知るかっ」


 男子たちが詰め寄ってくる。

 それをけん制しながら東横の様子を確認。

「ねぇねぇ、本当に須賀くんと付き合ってるの?」

「ちょーっと性格あれだけど、顔は良いしね」

「あの、えっと……」

「あれ? でも二年の先輩と付き合ってるって聞いたけど。結構お昼一緒に食べてるみたいだし」

「それって元会長じゃなくて? お弁当食べさせてもらってるとこ見たことあるんだけど」

「……」

「……」

「「悪いことは言わないからやめときなさい」」

「え、えぇ?」


 向こうは向こうで女子に詰め寄られていた。

 東横は明らかに困惑している。

 今までろくに話しかけられていなかったのだから、無理もない。

 どうすればいいのかわからないのか、助けを求める視線が飛んできた。

 ここで俺が仲立ちをしてもいいが、これは東横がクラスメートと仲良くなるチャンスかもしれない。

 フォローをしてもそれが邪魔になることだってある。

 女子同士の会話だったらなおさらだ。

 だとしたら、俺ができることも限られてくる。


「今日こそはお前の女性関係について吐いてもらうからな!」

「そうだそうだ!」

「事と次第によっては死刑だ!」

「とか言いながら死刑にする気満々じゃないかよ……」

 目が爛々としている男連中は、物騒な言葉を引っ提げてにじり寄ってくる。

 魔女裁判に近い何かが行われそうな予感。

 この場に留まっていて、果たして俺は無事でいられるのか?

 汗が頬を伝う。

 一度閉めた窓を開ける。

 ひんやりとした風が頭を冷やしてくれた。


「待て……そういえばこの前、須賀が他校の女子と歩いてるの見たぞ」

「胸は、胸はどうだったんだ!?」

「……やばかった。でかい方の意味で」

「ちくしょー! もう我慢ならねー!」


 いきり立つ男子たちを尻目に、窓から下をのぞく。

 ……これなら大丈夫そうだな。


「もう死刑! 死刑でいいよ!」

「賛成、賛成っ!」

「お前ら俺の意見は聞かねぇのか」


 すっかり暴走して聞く耳を持っていない。

 ここらが潮時かな。

 東横の様子を見ようと目を向けると、丁度視線がぶつかった。

 軽く手を振って弁当箱をつかむ。


「それじゃ、おさらばっ」


 そして窓のサッシに手をかけ、外へと飛び出した。





「ちっくしょー! 逃げられた!」

「ここ何階だと思ってんだよ……」


 京太郎が消えた後の教室は騒然としていた。

 というのも、話題の中心人物の一人が窓から逃亡したためである。

 そして残された一人、東横桃子は呆然としていた。

 見捨てられた。

 そんな言葉が桃子の心に浮かび上がる。

 今は窓の外に消えた者に向いてる関心も、いずれはこちらに戻ってくるだろう。

 同じように逃げられればいいのだが、そんな強引さはなかった。


「前々から思ってたけど、須賀くんて成績いいけどバカだよね」

「うんうん、残念なイケメンってやつ?」

「そーれーでー……ズバリっ、東横さんはそんな須賀くんのどこが好きになっちゃったの!?」

「ひぇっ」


 いきなり話を向けられて、桃子は思わず縮こまる。

 いつもなら自分を気にも留めない人たちが、こうして自分を中心に集まっている。

 こんな風に注目される経験がなかったため、どうすればいいのかわからなくなっていた。


「そんな怖がらないでよー」

「あんたがっつきすぎなのよ。ね、彼とはいつ会ったの?」

「えと、四月の中ごろなんすけど、一人でいるとこに声かけてもらって……」

「えー? それナンパ?」

「そ、そういうのとは違うと思うっす」

 身を乗り出してくる女子に対して桃子は若干身を引く。

 京太郎との出会いはよく覚えていた。

 特に誰とも親しくならずに高校の出だしを迎え、それがずっと続くと思われた矢先に声をかけられたのだ。

 席が隣だったから、一言二言自己紹介しただけの仲。

 しかし入学して間もない時期ながら、よく印象に残っていた。

 なぜなら、京太郎はクラス内の自己紹介のさいに、天の道がどうとか言い出したからだ。

 それだけならただの変人。

 インパクトはあるが、そのうち薄れる。

 だが京太郎は一人で昼を食べる桃子に声をかけた。

 その日はちょうど弁当を忘れ、菓子パンと牛乳で昼を済ませようとしていた。

 一人の味気ない食事がさらに味気なくなり、ため息をついた時だった。


『今日は弁当じゃねーの?』

『……ふぇ?』


 菓子パンをかじろうとして口を開けたままだったのを思い出す。

 想定外の事態に固まり、そのまま変な声を上げたことも。

 その後は桃子が逃亡して終了。

 結局交わしたのはたった一言だけ。

 しかも返球もせずに持ち去った格好。

 でもその一言がきっかけだった。

 それがあったからこそ、桃子は京太郎に興味を抱いた。

「よく一緒にお昼食べてるみたいだけど、それも須賀くんから?」

「こ、声かけられて、そのちょっと後に誘われたっす」

「やだ、超手が早いじゃん」

「でも須賀くんの弁当はたしかにおいしそうだよねー」

「こらこら騙されんな。やつは女の敵だぞ?」


 声をかけられてからは遠巻きに見ていることが多くなった。

 登下校や体育の時間。

 それだけにとどまらず授業中もちらちらと見て、目が合ってしまい慌ててそらしたり。

 人と話さないわけじゃないのに、特定の誰かと仲良くするわけでもない。

 友達を作ろうとしない京太郎のことが気になっていた。

 そしてそこまでして気付かれないわけがない。


『……もしかして俺のファン?』

『はい?』

『そうかそうか、ならこれお裾分け。自信作だから食ってみろよ』

『あ、いや……』

『いいから食えって、ほら』


 弁当箱のふたに乗せられた玉子焼き。

 押しに押されて口に放り込んだそれは、桃子にとっての始まり。

 たった一切れの玉子焼きがその心を開いた。

『おいしいっす! こんなにおいしい玉子焼きがあるなんて驚きっす!』

『当たり前だ。俺を誰だと思ってる』

『えっと、変な人っすかね?』

『よしそこに直れ!』


 その後は説教をくらったりなんだったり。

 二人が築いた関係は今も友人として続いている。

 そして京太郎を通じてではあるものの、自分を認識する人が増えていき……

 その輪はごく小さいものの、桃子はおおむね満足していた。


「ねぇ、ぶっちゃけどう思ってるの?」

「な、なんのことっすか?」

「須賀くんの女性関係のこと」

「東横さんさえよければ協力しちゃうよ?」


 しかしその輪が急激に押し広げられようとしている。

 桃子の周囲には五、六人のクラスメート。

 遠巻きに見ている人たちも含めればその倍以上。

 嫌な汗が頬を伝う。

 こんな時に傍にいてほしい人は姿を消してしまった。

 踏ん張るにしても足場がなくては始まらない。


「え、あ……か、考えさせてほしいっす!」


 自分で踏みとどまることのできない桃子は、勢いから逃れるように教室から出ていった。





「よっと」


 教室の窓から飛び出した後。

 壁面の出っ張りやパイプ、ついでにカブトゼクターを利用して着地を果たす。


≪――!≫


 途中で踏みつけたせいか、ゼクターは怒ったような電子音を残して去って行ってしまった。

 本当はちょっとつかまってみるつもりだったのだが、位置が悪かった。

 次に変身するときに拒否されたらどうしようか。


「さて、どうだろうな」


 教室の窓を見上げる。

 東横はうまくやれているだろうか。

 一回ちゃんと話してみれば、面白いやつだってことがみんなにもわかるはずだ。

 問題があるとすれば、逃げ腰になってしまうことか。

 俺がいたら背中に隠れてしまいそうだ。

 まぁ、でもあれだけ向こうから押してくれていればなんとかなるかな。

 海の時だってなんだかんだうまくやってたみたいだし。


「昼飯、どこで食べよう」


 この季節、外で食べるのには辛いものがある。

 それが一人だったらなおさらだ。

 今更教室に戻るわけにはいかないし。

「学食は……ダメだな」


 ただでさえ混んでいるのに、弁当食うために席を占有してたら絶対にらまれる。

 それぐらいだったらあまり気にならないが、今から向かって席を探すのが面倒だ。

 次に考えたのはどこかの共用スペース。

 一階のはちょうどここからのぞける位置にある。


「……無理か」


 設置されたベンチはすべて埋まっていた。

 床に座って食べてるやつもいるぐらいだ。

 外が寒くなってきたせいか、普段より人が多い。

 部活に入っていたら部室を使えただろうに。

 生徒会室は部外者だから入りにくい。

 会長は今日はいないらしいし。

 ……いっそ衣さんのとこにいくか?

 高確率で怒られそうだけど。


「とりあえず学校に入ろう。寒い」


 頭と肩に乗っかった雪を払い、校舎の入り口に向かう。

 上靴のままだから、靴箱で止まる必要はない。

 マットで汚れを落として広間に出る。

 そこからすぐ見える中庭にも雪はうっすらとつもっていた。

 無人かと思いきや、誰かの後ろ姿。

「あんなとこでぼーっとしてるなんて何考えてんですか」

「えへへ、ちょっと頭冷やしたくて」

「頭どころじゃなくて体まで冷えてるってのに……」

「冷やし松実、始めました……なんちゃって」

「季節考えてください。デコピンしますよ」


 おどけるように笑う先輩。

 視線をそらしてしまう。

 こんなに濡れて、一体いつからあそこにいた?

 それなのにいつも通りの笑顔を見せようとする先輩は、見てられなかった。

 ……言ってしまえばいいんじゃないか?

 そうすれば、俺も先輩もある意味楽になる。

 取り繕う必要がなくなるからだ。

 言ってしまえば……


「先輩、この前の――」

「京太郎くんっ」


 俺の言葉を先輩が遮る。

 声はひときわ大きく、震えていた。

 手を覆う冷たい感触。

 先輩が両手で俺の右手を握っていた。

 冷たさに反して力は強い。

「最近さ、マフラーとか手袋してる人増えたよね」

「……雪も降るようになりましたね」

「お姉ちゃんがいなくなってから、マフラーをつい目で追っちゃってたんだけど、もうやめにする」

「……」

「だって、私は待ってるだけで十分。追いかけなくても、それだけでいいの」


 それは若干遠回しな拒絶だった。

 待っていることは行動することより楽なスタンスだ。

 以前、先輩はそんな風なことを言っていた。

 だけど、今やっていることはそのどちらでもない。

 目をつぶっていれば、見たくないものは見えない。

 耳をふさいでいれば、聞きたくないものは聞こえない。

 そしてそうやってうずくまっていれば、いつか事態は上を通り過ぎていく。

 それは目を背けてるってことだ。

 たしかにそうすれば、傷を負うことはないかもしれない。

 でもそれじゃ、自分が望んだものが目の前にあっても気づけない。


「……」


 そんなことを考えたが、口には出せない。

 なぜなら、俺は先輩の望むものが存在しないと知っているからだ。

 それにもう一つ。

 みんながみんな強いわけじゃない。

 だから見えないように、聞こえないように、触れないようにしてしまう。

 真実を全て受け入れられる強さを持った人。

 それはまさに天の道を往き、総てを司るものだ。

「あっ、こんなとこにいた!」


 廊下の向こうから駆け寄ってくる二人。

 たしか先輩とよく一緒にいるクラスメートだ。

 よほど慌てていたのか、息が少し荒い。


「あんた四時間目さぼってなにやってたのよ!?」

「そうだよぉ、こんなに濡れてるし」

「ごめん、ちょっと風に当たりたくて……」

「このバカっ、風どころか雪にも当たりまくりだったんじゃない!」

「あうっ」


 先輩が頭を軽くはたかれて、雪が廊下に落ちる。

 良い友人じゃないか。

 東横にもこんな友達が増えればいいのに。


「須賀くんもありがとねぇ」

「俺もたまたま見つけたってだけですよ」

「とりあえず私はこのバカを保健室に連れてくから、あんたはジャージ持ってきて」

「はいはーい。それじゃあねぇ」


 間延びした声で、一人がこの場から離れていく。

 振られた手に手を振りかえしていると、後ろ襟を引っ張られる。

「須賀くん、クロになにかした? 最近顔見せないし、クロもちょっとおかしいし」

「特にこれといったことは」


 そう、俺は先輩になにもしていない。

 なにも、してあげられていない。


「そう、ならいいけど」


 引っ張られた襟が放される。


「須賀くん、女の子にちょっとだらしないみたいだけど、クロを傷つけたら許さないから」

「……当たり前じゃないですか。そんなこと絶対にありえない」

「じゃあ適当に聞き流しといて」


 釘を刺すような発言。

 内容は見当違いだが、本当に友達思いのいい人だ。

 なぜか俺まで嬉しくなってしまう。


「なんの話?」

「あんたは自分の心配してなさい。行くよ」

「ひ、引っ張らないで……服の中が濡れてちょっと気持ち悪いよ」

「自業自得!」


 引きずり、引きずられるようにして二人は歩いていく。

 先輩はいつもの愛嬌のある困り顔。

 それを見て俺は胸をなでおろす。

 そして先輩の友人に心の中で感謝した。





「ふぅ……」


 桃子は階段に腰を下ろしてため息をつく。

 季節柄、屋上へと続くこの場所に他の人はほとんど来ない。

 一人になるには絶好の場所だった。


「思わず逃げちゃったっすけど……」


 ほんの少し前の出来事。

 教室での一件。

 抜け出せてほっとした反面、少しの後悔。

 大勢の人に囲まれるのは苦手だが、同時に憧れてもいた。

 階段を降りて踊場へ。

 そこから見える、廊下を歩く人たちに手を伸ばす。

 誰も桃子には気づかない。

 一人で歩く人も、誰かと一緒に歩く人も。

 自分が今独りなのだと実感し、手を引っ込めようとして――


「ひっ」


 その向こうが透けて見えた。

 なにかの見間違いだと思い、勢いよく目を閉じる。

 震えた呼吸を落ち着かせ、目を開ける。

 するとそこにはいつも通りの自分の手。

 安堵の息をもらした桃子は、無性に自分の友達に会いたくなった。


「……京くん」





 雲が覆う白い空。

 雪は止んで後は地面に残っているもののみ。

 自転車を押して帰る。

 雪をまき散らしながら走ると周りの迷惑になるからだ。

 そんなどっさりとつもることはないが、たまにつもると自転車は使えなくなる。

 今日の帰り道は一人。

 結局先輩も東横も早退してしまったし。

 先輩は仕方ないとして、東横はなにがあったのか。

 クラスの連中は申し訳なさそうにしていたが。

 やっぱり俺も一緒にいるべきだったのか?


「ふぅ、やめるか」


 そのことについて考えたら後悔ばかりだ。

 ため息とともにリセットする。

 後でお見舞いに行こう。

 まずはそれからだ。


「きょうたろー!」


 元気のいい声に呼び止められる。

 そういえば、もう学校を出たからいいのか。

 たしかに同じ学校の生徒は減ってきていた。

 いつものカチューシャを揺らしながら、衣さんが駆け寄ってくる。

「一緒に帰ります?」

「もちろんだ!」


 雪道を並んで歩く。

 こうやって帰りが一緒になるのは珍しい。

 基本的に学校に行った後は行動を共にすることがない。

 理由は、衣さんが嫌がるからだ。

 兄と妹に見られるのが、というか俺より年下に見られるのが嫌なんだそうだ。

 平均から見て背が高めの俺と低めの衣さんでは、実際と逆転して見えるのも仕方ない。


「今日はなんかあったんですか? 帰りに声かけてくるなんて」

「んー、最近ちょっと辛そうだし」

「辛そうって、誰の話ですか」

「きょうたろー」

「俺?」


 こっちを見る目には濁りがなく、澄んでいた。

 まるで心の中を見通されているようだった。

 この人の前では、そういうのは見せないようにしていたはずなのに。

 俺はあの人から託されていたはずなんだ。

 だから余計な心配をかけるべきじゃない。

 ずっとそう思っていた。

『思い出したんだ』

『そーじに言われたこと』

『きょうたろーのことを頼むって』


 でも、それは一方通行のものではなかった。

 なら頼ってもいいのか?

 全部、話してしまってもいいのか?


「なーに言ってんですか。俺は全然大丈夫ですよ、ほら」

「うわっ」


 脇の下に手を差し込んで衣さんを持ち上げる。

 言えなかった。

 頭によぎる、満月の光に照らされた薄い羽根。

 言ってしまえば、なにかが崩れてしまう。

 守るはずのものを壊してしまう。

 そんな気がした。


「そうか……なら、いい」


 いつもはこんなことをしていたら暴れるはずなのに、衣さんはそう言うだけだった。

 なにかがずれてしまっている。

 それを漠然と感じながらも俺にはなにもできない。

 久しぶりに一緒の帰路は、極めて言葉が少ないものになった。





「純くん、そういえば時間いいの?」

「あ、やべ」


 腕時計を見て井上純は約束の時間が近づいていることに気づいた。

 アルバイトとしてのメイド業の最中。

 掃除に力を入れ過ぎて時間が経つのを忘れていたようだ。


「後の掃除はボクだけでも大丈夫だからさ」

「悪いな国広くん」

「気にしなくてもいいよ……それにしても案外几帳面だね」

「おいおい、案外は余計だろ」


 掃除道具を同僚に渡すと、純は思い切り背中を伸ばした。

 国広一……歳も学年も同じだが、住み込みで働いていてほとんど本職のような扱いだった。

 働いている日数からすればかなりの先輩だが、そんな風を吹かすこともない。

 堅苦しいのが苦手な純としてはやりやすい相手だった。


「それじゃ、オレはそろそろ上がるわ」

「智紀にもよろしくねー」


 挨拶もそこそこに、着替えのために用意された一室に向かう。

 屋敷の広さに対して利用者が少ないからか、客室をまるまる一つ貸し与えられている。

 やりすぎだとは思ったが、この屋敷の主人の性格を考えれば不思議と納得できた。

「しっかし、このメイド服てのもな……」


 スカートの裾をつまんで持ち上げる。

 多少着慣れてしまった感はあるが、鏡の前に立つとやっぱり違和感がある。

 普段マニッシュな格好をしている弊害だろうか。


「……でも制服は平気なんだよなぁ」


 着替え終わってからもう一度鏡の前に立つ。

 学校の制服にはなんの違和感もない。

 もう一年半以上着続けているからかもしれない。


「さて、帰りますか」


 通学用の鞄を持って屋敷の入り口へ。

 早く行かないと約束の時間に遅れてしまう。

 今日は智紀と一緒に夕食を食べる予定だ。

 時間に遅れて機嫌を損ねた相手の顔を思い浮かべ、純は顔をしかめた。

 そんな未来を避けるために、小走りで屋敷を出る。

 空はもう暗くなり始めていた。

 こんな時にバイクでも使えればとも思ったが、雪が降り始めてからの使用は控えている。

 ZECTに入ってから取らされた二輪の免許だが、スクーターを乗り回すのには役立っていた。

 それと、支給された専用のバイクもあるのだが……

「あれを乗り回すわけにもいかないよな……」


 ガタック専用のバイクであるガタックエクステンダー。

 カブトのと同じようにクロックアップに対応した変形機能を備えている。

 純は主に変身した状態で使っているので、素のままで使えば正体を公言しているようなものだ。

 京太郎と同じく、結局は変身した後にしか使えない。

 だから今日は、龍門渕の屋敷から少し歩いたところにあるバス停を利用する。

 来るときは龍門渕透華と一緒に送られたのだが、帰りが問題だった。

 近くに駅がないからまず歩いてバス停にまで向かわなければいけない。

 そして駅で降りてそこから電車だ。

 学校までは電車と徒歩だけで通えるのに、ここまで来るとなると手間だ。

 以前京太郎が自転車で通ったと言っていたが、一体どれだけの時間をかけたのやら。


「あー、やっぱ乗ってこればよかったな」


 バスに揺られること数十分。

 目的の駅で下車する。

 後は周りの人にまぎれて帰るだけ。


「ん、あれ……」


 雑踏の中の隙間。

 目を凝らしてみるとそこには知り合いの姿があった。

 少し考えた後、純は道路を渡って向こう側へ。

「よっ、こんなとこでなにしてんだ?」

「――っ」


 雑踏の中で立ちすくむ少女。

 桃子は呼びかけに体を震わせた。

 その様子を見て純は立ち止まる。

 まるで驚くかのような反応に、顔色の悪さ。

 腕時計に目を向け、時間と相談する。

 ただ挨拶するだけならば、十分間に合う。


「……歩けるか?」

「……」


 桃子は無言でうなずく。

 話を聞くならまずは落ち着ける場所に移動するべきだ。

 純は桃子の肩に手を置いてうながす。

 とりあえず最寄りの喫茶店を目指す。


「大丈夫か?」

「……大丈夫っす」


 そう答える桃子はちっとも大丈夫そうに見えなかった。

 ほとんど力の入っていない体は、うながされるままに歩いていく。

「とりあえずそこの店に――」

「ワ、ワームだっ!」


 突如、場の空気を切り裂くように悲鳴が上がった。

 悲鳴の発生源から人が溢れだすように逃げ出していく。


「――――――!」


 その向こうで咆哮するワーム。

 すでに成虫体だった。

 純は舌打ちをしてベルトを取り出す。


「東横さん、キミも早く逃げて――」

「い、いやっす……!」


 桃子はその場にしゃがみ込んで怯えていた。

 顔色は悪いを通り越して蒼白で、歯の根が合わないでガチガチと鳴っていた。

 尋常ではない様子に純は言葉を失う。


「ち、ちがうっす、私は……!」


 そして桃子はよろよろと立ち上がると、そのままふらふらと歩き去っていく。

 その背中に迫るワームの手。

 それが届く前に純は横から蹴りつけた。

 横合いからの衝撃に、ワームが地面を転がる。


「――――――!」

「悪いけど、オマエの相手はオレだよ」

≪――変身≫

 青と銀の鎧を身にまとう。

 避難誘導をするまでもなく、周囲に人はいない。

 巻き添えの心配がないことを確認すると、純は肩の砲門をワームに差し向ける。


「コイツはどうだっ」

「――――――!」


 轟音が響く。

 放った弾はワームに当たらず、街路樹を消滅させた。


「……やっぱ危ねぇなこれ」

「――――――!」

「うあっ」


 クロックアップで迫るワーム。

 その速度に対応できずに純は弾き飛ばされた。

 地面に片手をつきながら着地をはかる。

 そして空いたもう一方の手でゼクターのハサミを開く。


「――――――!」

≪――Cast Off!≫

「よっと」

≪――Change Stag Beetle!≫

 飛散する鎧でワームを牽制。

 立ち上がったときには既に脱皮は完了していた。

 双剣を構え、純はワームと相対する。

 目立った特徴は、脚。

 バッタのライダーを思わせる強靭さ。

 警戒するのは蹴りか。

 相手のしてきそうなことに当たりを付けたところで、状況が動き出す。


「――――――!」


 ワームの脚がたわむ。

 まるで縮められたバネのように解放の時を待っているように見えた。

 その爆弾が爆発するタイミングを見極め、純は同時に前に出る。


「ドンピシャ、だな」


 突き出された脚をクワガタの大顎が挟み込む。

 双剣を組み合わせたハサミ型の形態。

 刃と刃の間に火花がほとばしる。


≪――Rider Cutting!≫

「――――――!」


 絶叫が響く。

 クワガタの顎がワームの片脚を切断した。

 のたうつ相手に純は追撃。

 ゼクターが電子音を発する。


≪――1,2,3...Rider Kick!≫

「せいっ!」


 踵で踏みつけるように放った蹴りが、ワームの命を絶ち切った。

 巻き起こる爆風。

 それが収まってから純は変身を解いた。


「さて、一応報告はしなきゃな」





 土曜の半日授業。

 いつもならなにをしようかと浮かれるところだが、最近はどうも気が重い。

 原因は……色々か。

 幾人かの知り合いの顔がよぎり、目をつぶる。

 視界が暗くなってもそれは消えはしなかったが。

 前の席は無人。

 東横は今日も休みだった。

 電話やメールを送っても反応ははかばかしくない。

 今日あたり家に押しかけようか。

 その前にお見舞いの品でも買っていくとしよう。



 選択安価


※多分このスレ唯一の安価です

 選択枠は二人分です

 両方で同じ人を選んだ場合、二個目の方でコンマ判定します

 外れたら下にずれるって感じで



・東横桃子(コンマ下一桁が1,2だったら成功)

・松実玄(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・竹井久(コンマ下一桁が1,2,3,4,5,6だったら成功)

・福路美穂子(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・天江衣(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・清水谷竜華(コンマが偶数ゾロ目だったら成功)


>>+2
>>+3


続く!

あんたらそんなに怜竜が好きなのかよぉ!
あんまり上げるといくとこまでいっちゃうんだからな!

それはさておき、好感度しだいで爆死する人も変わったりなんだったり
このままだと変わんないとは思いますが

そんじゃおやすみなさい

約二週間ぶりにこんばんは
もうちょっとしたら始めます




>>清水谷竜華
>>竹井久


 週末のファミリーレストラン。

 昼過ぎの時間帯では、家族連れより学校帰りの生徒の姿の方が多い。

 その中で向き合う二人の女子生徒。

 竹井久は自分と清水谷竜華の前に、冷えた液体の入ったグラスを置いた。


「私の奢りよ。遠慮なく飲んで」

「これドリンクバーやん」

「そういうのは気分よ気分」

「まぁええけど……」


 グラスを手に持つ竜華だが、微妙な表情をしていた。

 自分と相手のを見比べる。

 なんというか、色合いがかなり違った。

 久のは透き通った綺麗な色合い。

 対して竜華のものは濁っていた。

 おかわりを入れてくるという申し出を受け入れたのを後悔していた。

 対面の相手の顔色をうかがうものの、普段通り。

 まったく悪びれた様子はない。

 あまりに堂々としすぎていて、まるでなにも問題がないかのようにも思えてくる。


「飲まないの?」

「……これ、なに入れたん?」

「それは秘密よ。スペシャルドリンクとだけ言っておくわ」

 一体なにがどうスペシャルなのか。

 見事に不安だけあおるフレーズだった。

 表面が濡れたグラスを握って、竜華は視線をさまよわせた。

 黒くもあるし、緑色のような気もする。

 真っ先にコーラとメロンソーダが思い浮かぶ。

 以前京太郎が似たようなものを飲んで渋い顔をしていたのを思い出した。


「大丈夫よ、味は保障するから」

「見た目もどうにかならなかったん?」

「見た目最悪でどれだけおいしいかっていうのに挑戦しているのよ」

「ちなみに味見は?」

「してないけど、そこら辺は実験を重ねてるから大丈夫」


 どこが大丈夫なのかはわからないが、久は胸を張っていた。

 そして実験を重ねているという一言に、竜華は同情を禁じ得なかった。

 味見をしていないということは、自分で飲んでいないということだ。

 つまり実験とは他の誰かの犠牲の上に成り立っていることになる。

 主にその被害を受けていそうな少年の顔が思い浮かんだ。


「ささ、ぐいっといっちゃって」

「交換せぇへん?」

「いやよ、だって怖いじゃない」

「なぁ、それ言って飲むやつがどこにおるんや」

「いるわよ、少なくとも一人」

「あー……」

 竜華には『逃げるのかチキン野郎』と言われて熱くなるところが容易に想像できた。

 相手の意図を知りつつも、それで乗ってしまうのだろう。

 呆れてため息も出なくなる。

 煽られるまま煽られて、挙句の果てにろくな目に遭わない。

 普通はもっとこう、柳のように流して……


「自分で作ったもんが飲めんとか、案外根性ないんやな」

「……それ、喧嘩売ってるってことでいいの?」

「なーんて、じょうだ……へ?」

「そこまで言うならやってやろうじゃない」

「ちょいタンマ、せやから――」


 煽り耐性がないものがここにも一人。

 止める間もなく久はグラスを奪い取って口元に運んだ。

 全くの予想外に竜華も出遅れた。

 伸ばした手はむなしく、得体の知れないドリンクはその量を減らしていく。

 しかし中身の半分を消化したところで久の動きが止まった。

 思わず固まるほどまずかったのだろうか。

 そんな心配の後押しをするように、久はさらに震えだす。

 いよいよやばいと、竜華は動揺してあわあわと周囲を見渡した。


「お――」

「し、しっかり! 傷は浅いで!」

「――おいしいじゃない!」

 その反応はまた予想外だった。

 まずいだろうと思っていたドリンクを飲んで、おいしいと言う。

 しかもそれに驚いているのは他でもない作った本人だ。

 竜華の目が思わず点になった。


「ちょっと、騙されたと思って飲んでみなさいよ!」

「えと、本当に大丈夫なん?」

「いいから!」


 半ば押し付けるように戻されたグラスの表面に水滴が伝う。

 対峙する竜華の頬にも汗が伝った。

 もしかしたら暖房が利きすぎているのかもしれない。

 そうなると冷たい飲み物が必要だ。

 なんとかそう理由付けて竜華はグラスを持ち上げた。


「……んむっ」


 そして意を決して飲み干す。

 後悔の中にほんの少しの期待。

 冷たい液体が喉を通り抜けていく。


「……おい、しい?」

「でしょ? いやー、料理の腕も上がってるから多少はね?」

「自分で味見もしとらんのになー」

「そこは須賀くんのおかげね」

 そんなことを堂々と言える久はやはり只者ではないのかもしれない。

 呆れ半分の感想だが、竜華は同じくらい久のことを認めていた。

 色々あったが、それなりに一緒に戦ってきているのだ。


「それで、なんの話やったっけ?」

「あ、そういえば思いっきり途中だったわね。あなたが中々飲まないから忘れてたわ」

「……怒るで?」

「冗談よ、冗談」


 竜華の眉がぴくぴくと震える。

 久は手をひらひらと振って降参の意を示した。

 怒らせると厄介なことになるのをよく知っていた。


「で、話を戻すけど、須賀くんのことよ」

「せやな、元気ない言うとったけど」

「いつも通りに振舞ってるつもりみたいだけど、なーんかおかしいのよね」


 ここ最近の様子を思い出して久は自分のドリンクをすする。

 見た目通りというか、透き通った液体は少し味が薄かった。

 自分の分の味見も忘れていたようだ。


「この前も窓から飛び降りたって聞いたし」

「え……大丈夫なん!?」

「怪我とかはしなかったらしいけど……」

 二人は深刻な顔をしてテーブルに目を落とした。

 なにか思い悩んだ末に、そのような奇行に走ったのだろうか。

 もしくは、自殺を企てて……

 竜華の顔がさらに青ざめる。

 久も眉根にしわを寄せて考え込んでしまった。

 もちろん真相はそんな深刻なものではないのだが。

 違う学校の竜華はともかく、最近は推薦がどうのこうので忙しかったので、久は事態の把握が遅れていた。


「……とりあえず、この後ちょっと様子見に行くつもりなんだけど」

「うちも付き合うで」

「今日は園城寺さんと一緒にいなくていいの?」

「最近は具合も良さそうやし……そっちは福路さんのことはええの?」

「あのねぇ、あなたたちみたいにベッタリしてるのは特殊なの」

「そうかなぁ?」

「まぁ、美穂子も後輩の世話で忙しそうだしね」


 頬杖をついて久はため息。

 自分の下を作ることは得意だが、目線を合わせられる友人はあまりいない。

 その中でも特に親しいと思えるのが美穂子だ。

 それより少し下に、目の前の竜華がいる。

 京太郎はまたべつカテゴリーだが。

 親友と呼べる相手が忙しくて、ほんの少しだけ寂しいと感じてしまっても仕方がない。

「なんか寂しそうやな」

「……そんなことないわよ」

「またまた、そんな顔しとるで?」

「……」


 鞄から手鏡を出して自分の顔を確認する。

 特に変わったこともない普段通り。

 それ見たことかと、竜華の顔を見やる。

 久は自分の感情については理解していたが、それを表に出したつもりはなかった。

 だが、そうやって鏡で確認することがなによりの証拠だということは見落としていた。

 少なからず気を許せる相手と一緒なせいか、無意識下の警戒レベルが下がっている。

 竜華はそんな様子に笑みを浮かべた。


「今度みんなで料理作ろか」

「やめてそんなほほえましい目で見ないで」

「やっぱみんな仲良くが一番やからなー」

「ああああああっ」


 この一連の流れにおける自分の失敗に気づいて久は頭を抱えた。

 京太郎に犬が弱点と知られた時と同じレベルの大失態。

 竜華が宥めるように久の腕をぽんぽんと叩く。

 それを振り払うように勢いよく立ち上がると、自分のグラスの中身を飲み干した。


「ミーティング終了! さっさといくわよ」

「はいはーい」





 昼過ぎの街をうろつく。

 週末の街中は同年代の姿が多かった。

 友達同士に恋人同士。

 東横の顔が思い浮かぶ。

 なにを持っていけば喜ぶだろうか。

 お見舞いなら花とかか?


「あいつは色気より食い気だな」


 食べ物だったら玉子料理、というか鶏卵を使ったもの。

 それともなにかお菓子でも作っていこうか。

 いや、でも家に帰って作ってじゃ時間かかるしな。

 じゃあ既製品でも買っていくかな。


「じゃあ、どこの店にする?」


 本屋に入って雑誌をパラパラめくる。

 超人気有名店!

 そんな見出しにつられる。

 そして窓の外を見ると、ちょうど写真と同じ景観に長蛇の列。


「ありゃ無理だな」


 超人気有名店は伊達じゃなかった。

 あれでは買い終わって店を出るころには、すっかり日が暮れ始めていそうだ。

 どこもあれと同じくらい混んでいるなら、自分で作った方が早い。

「さて、なにを作るかね」


 本屋を出てスーパーへと向かう。

 同じ建物にあればいいのだが、あいにく移動のために外に出なくてはならない。

 寒風の中、歩道を歩く。

 しかし、考えれば考えるほどなにを作るべきかわからなくなる。

 色々作ってみたいものが多すぎて困ると言うべきか。

 歩道橋の手すりにもたれる。


「オーソドックスにケーキもいいけど、プリンに色々入れてみたいし……」


 下を通り過ぎていく車を見ながら、考え事に没頭する。

 蒸しパンもいいし、カスタードクリームたっぷりのシュークリームも捨てがたい。

 おっさんへのリベンジを考えてクレープの練習をするべきかもしれない。

 ああ、俺はどうしたらいいんだ!

 歩道橋の上で頭を抱える。


「……いや待て、そうじゃないだろ」


 お見舞いの品は当然相手のためのものだ。

 なら、俺がなにを作りたいかじゃなくて、もっと東横のことを考えよう。

 そう思いいたって顔を上げたら、なぜか喧騒は遠のいていた。

 近くで何かあったんだろうか?

 しかし周囲の人たちはそろってこっちを見ていた。

 ……俺?

「須賀くん!」

「京太郎!」


 呼ばれて振り返ればそこには竜華と会長。

 二人とも血相を変えて駆け寄ってくる。

 竜華はともかく、会長のそんな顔は珍しい。

 ワームでも現れたのか?

 いや、それだけならあんなに焦る理由にはならない。

 ならもしかして……福路さん?

 まさか、福路さんになにかあったのか!?

 息を切らして正面に立ち止まった二人の言葉を待つ。

 その間に、歯を噛みしめて覚悟を決める。


「須賀くん、落ち着いて聞いてちょうだい」

「……はい」

「ショックかもしれんけど、早まったらあかん」

「……わかった」


 うなずくと、二人は胸をなでおろした。

 そんなに話を聞いて俺が暴走するのを警戒してたのか。

 たしかに聞いたら落ち着けないのかもしれないし、ショックなのかもしれないが、こんな悠長に構えてていいのか?

 落ち着けと言われたばかりなのに、焦りが心に生じてきた。

「悩み事あるなら相談に乗ってあげてもいいわよ?」

「せや、誰かに話して楽になるってこともあるんやで?」

「……は? 福路さんはどうしたんですか」

「美穂子? なんのことよ?」

「いや、そっちこそなんの話してんですか」

「なにて、京太郎が思いつめた顔で下見とるから……」


 どこか話の食い違いを感じる。

 それに気づいて多少冷静になった頭で状況を整理する。

 なぜか周囲が静まり、こっちを見ている。

 会長と竜華は理由はともかく慌てていた。

 そして俺は、歩道橋の手すりにもたれてうつむきながら下を見ていた。

 加えて、途中で頭を抱えて思い悩んでたな。

 さて、俺がその様子を見たらどう思う?

 ……大体わかった。


「最初に言っておくと、俺は飛び降りようとか思ってないから」

「ほんまに大丈夫?」

「でも須賀くん、この前窓から飛び降りたって聞いたわよ?」

「あれは、ちょっとあそこしか道がなくて」

「なによそれ」

「まぁ、大したことじゃないですよ」

 正直に話すのに抵抗があったので濁しておく。

 これで納得してくれるといいんだけど。

 ……難しいよな。

 窓から飛び降りる大したことのない理由ってなんだよ。

 ここは別の話題でそらそう。


「そういえば、これからお見舞い行くんですけど」

「だれか具合でも悪いんか?」

「東横が最近休みがちで」

「東横さんね……」


 ぽつりと呟くと、会長は考え込んでしまった。

 なにかまた恐ろしい計画でも練っているのだろうか。

 たしか東横と会長は仲が悪かったはずだけど。

 いや、会長の方はからかって楽しんでるって感じだな。


「もうなにか買ったの?」

「いや、実はそれで悩んでたんですよ」

「だから飛び降りそうな顔しとったんかい。大げさやなぁ」

「そんな顔はしてない!」


 心配そうな顔はしてたと思うけど、そこまで酷くはないはずだ。

 そもそも、この二人の方がよっぽどだ。

 どっちも自分の大事な人になにかあったときは、すごい深刻な顔をしてたじゃないか。

「それじゃ、行くわよ」

「行くってどこにですか」

「うだうだ悩んでるみたいだから、手伝ってあげるって言ってるの」


 会長は腕を組んでそう言った。

 ものすごく偉そうだ。

 でもこの申し出は助かる……のか?


「あ、それええな。東横ちゃんの好物とかわかる?」

「鶏卵を使ったものだな」

「じゃあケーキでも買ってったらええやん」

「食べ物持ってくならとびきりおいしいのにしたいんだよ」

「こういうのは味より気持ちだと思うけど……でも、たしかにおいしいに越したことはないわね」

「でしょ? でも人気の店は混んでんですよ。だから自分で作ろうかと思って」

「それで何を作るか悩んでたと」

「その通りです」


 一通りの事情を理解したのか、二人はそろって考え始めた。

 俺一人で決めるより、この二人の意見を取り入れた方がいいのかもしれない。

 正直、女の人がなにもらって喜ぶとかわからないし。

 そこら辺は同じ性別だから俺より理解がありそうだ。


「とりあえず移動しながら考えへん?」

「それもそうね」

「俺も賛成」





 エレベーターの中は狭かった。

 目的の階に到着するまでずっとぎゅうぎゅう詰めだ。

 いくら寒い時期とはいえ暖房は利いてるし、ここまで密着したら熱いものは熱い。

 やっと解放されたときにはすっかり喉が乾いてしまっていた。

 最近は空気も乾燥してるしな。


「ほい、飲み物」

「悪いわね」

「ありがと」


 ベンチで休む二人に自販機で買った飲み物を渡す。

 お菓子の材料を買うはずなのに、俺はなぜか目的地のスーパーから離れたデパートにいた。

 ここにも食品売り場はあるけどさ。


「でもなんでデパートに?」

「言ってなかった?」

「ただいいからって言ってここまで引っ張ってきたんでしょうが」

「そうだっけ?」

「いや、そういうはぐらかしはいいですから」


 アルミ缶に口を付けながらとぼける会長。

 もう人をからかうのが趣味なのかってぐらい、どうでもいいところを隠したがるからな。

 話を進めるためにもちゃちゃっと問いただしてしまおう。

「それなんやけど、せっかくここまで来てお菓子の材料だけっちゅーのも味気ないやん?」

「と、いうと?」

「お菓子以外にもなんかもう一品持っていかへん?」

「……なるほど」


 そのもう一品がなにになるのかはわからないが、たしかにデパートならなんでもそろう。

 会長の意見を聞いてみようとすると、額に手を当ててため息をついていた。

 まるで自分が言おうとしてたことを先に言われた、みたいな。

 竜華はあくまで無邪気な笑顔。

 口止めされてたのにしゃべったとかそういうのではなさそうだ。


「そういうことでいいんですか?」

「……いいんじゃない?」


 アルミ缶をゴミ箱に放って、会長は投げやりに答えた。

 その様子を見て不思議そうな顔をする竜華。

 無意識のうちにダメージを与えるとは……結構やるな。


「会長、元気出しましょうよ」

「あなたに言われると、またムカッとくるわね」

「多分、俺も逆の立場だったら同じですね」

「随分と生意気言うじゃない」


 脚を組んでこっちを見上げる会長。

 視線と視線がぶつかり火花が散った……ような気がした。

「はいはいやめやめ、時間なくなるで」


 手を叩きながら割り込む竜華。

 火花を掻き消す仲裁が入った。

 たしかに時間を無駄にするのは良くない。

 頭を掻いて目を閉じる。

 小競り合いをやってる場合ではないよな。


「はぁ……そろそろ行く?」

「ですね」

「それで、どこから回るか決めとる?」


 食材を買うのは確定だが、もう一品をなににするかは決めていない。

 それに関しては二人の意見を仰ぐつもりだが、とりあえずは……


「食材は後回しにしましょう。もう片方にどれだけ時間かかるかわからないし」

「せやったら少し見て回ろか」


 二人はベンチから立ち上がる。

 休憩時間も終わりだな。

 アルミ缶の残りを一気に飲み干す。

 そして竜華の分の空き缶を受け取ってゴミ箱に放り込んだ。


「さ、出発しようか」





 三人連れだってデパートを闊歩する。

 連れだってという表現は微妙なところか。

 先を行く二人に俺がついていく形。

 俺の用事のはずなのに、今はなぜか二人の方が気合が入っている。

 やっぱり女の人は買い物好きなのだろう。


「あの、ちょっと提案しても……」

「却下」

「ちょっと黙ってなさい」

「……今日は風当たり強いな」


 建物の中のはずなのにね。

 俺の心の中に向かい風が吹き荒れた。

 最初はまだこっちの話も聞いてくれてたのに。

 服を贈ろうと言ってダメ出しされたり、下着を贈ろうと言って叩かれたり。

 そうこうしてるうちにすっかり信用をなくしてしまったのだ。


「うーん、ハンドクリームなんてどう?」

「このストラップもかわええやん」

「でも消耗品の方がいいと思うけど」

「これだけ小さかったら邪魔にならんやろ」


 今いるのは小物売り場だ。

 しかも女の子向けのものばかり。

 服や下着ならいっそ開き直れるのに、これだと何を選べばいいかいまいちわからない。

「シャンプーは……なに使ってるかわからないし」

「ボディソープとか洗顔料も合わんかったらあれやし……」


 俺は二人についていけそうになかった。

 悔しいが戦力外だ。

 まぁ、でも一応目星はつけておこう。

 奇跡的にオッケーがもらえるかもしれない。

 俺を放って夢中になる二人から少し離れる。


「ここはぬいぐるみか」


 ぬいぐるみといえば、何年か前に衣さんに送ったっきりだったな。

 あの時は確か、うさぎだったか。

 衣さんをイメージしたらそうなった。

 あのカチューシャのせいだな、うん。

 東横はどうだろうか?

 あいつといえば……鶏卵?

 たしかにあのたゆんとした胸もどことなく卵を……げふん!


「いかんいかん、余計なことを考えるのはやめよう」


 頭を振って押し付けられた感触がよみがえるのを阻止。

 あいつはそもそも距離が近すぎなんだよな。

 前々から思っていたけど、あれは友達の距離じゃない。

「タマゴタマゴタマゴ……」


 とりあえずそんな感じのを探してみる。

 猫に犬にライオンにカピバラにアヒルに……


「殻付きのヒヨコ?」


 ずんぐりむっくりとしたヒヨコがパンツのように殻から足を出し、さらに頭に乗っけている。

 手の平に乗るくらいの大きさで、値段も手ごろ。

 一つ手に取る。

 俺の直感がこれだと告げていた。


「ちょっと、勝手に離れないでよ」

「何個かうちらで選んだから、最後は京太郎が決めてや」


 選んだ候補を手に、二人が合流する。

 消耗品やキーホルダー、ストラップなど様々だ。

 多分贈り物の定番どころを集めてくれたんだろう。

 だけどあいにく、俺は自分の直感を信じることにした。


「ありがとう、二人とも。決まったよ」

「そう、じゃあどれか選んでちょうだい」

「無難なもんばっかになったけど、どれにするん?」

「俺が選ぶのは……これだ!」

 手に持ったぬいぐるみを掲げる。

 俺はもうこれ以外ないと確信していた。

 さあ、今度はどんなダメ出しが来る?

 だけど絶対にくじけないからな!


「……はぁ、仕方ないわね」

「せやな、自分で選んだもんみたいやし」

「えっ、いいの?」


 嵐に備えて身構えていたのに、まさかの凪だった。

 風当たりが穏やか過ぎて逆に怖い。


「ちょっと本当にいいの!?」

「そう言ってるのよ。だから少し落ち着きなさい」

「ま、ダメ出ししまくった時点でうちらの仕事は十分やったってことやな」

「なんだかんだで須賀くんが考えて選んだって言えば喜ぶと思うわ」

「正直、今までの中で一番マシやん?」

「二人とも……」


 柄にもなく涙腺が緩みそうになる。

 北風と太陽からもわかる通り、人間は寒さより暖かさに弱いのだ。


「じゃあ次は食品ね」

「さくさく行こか」





 買ったぬいぐるみの入った紙袋を鞄に入れてエスカレーターを降りる。

 デパートの地下フロアにある食材売り場。

 大まかにタマゴとお菓子という方向性しか決めていない俺は、とりあえず十個入りのパックを一つ手に持っている。


「いつまでタマゴ見てるのよ……」

「選ぶんだったらいいのを選びたいじゃないですか。……これはダメだな」

「せやな……あ、これ透き通っててええんとちゃう?」

「おお、たしかに」


 残念ながらパックを開けて直に触ることはできないが、見た目の上だったら良さそうだ。

 受け取ってカゴに入れる。


「やっと決まった……で、あとの材料はどうするの?」

「どうしますかね。俺が作りたいのだったら色々ありますけど」

「料理はともかくお菓子はようわからんなぁ……」


 三人そろって首をかしげる。

 こういう時に頼りになりそうなのは福路さんかハギヨシさんだ。

 その二人に電話で聞いてみるのもいいのかもしれない。


「美穂子にそっちも教えてもらっておけば良かったかな」

「怜にお菓子も作ってあげてれば、ちょっとはわかったんやけど……」


 でもそれはこうやって考えてくれてる二人への裏切りのように思えた。

 俺は二人の好意を受け取りたかった。

 あの人が言っていた。

『おいしい料理とは粋なもの、さりげなく気が利いてなければならない』


 それは人の生き方にも当てはまるのだろう。

 合理的で効果的なものばかりが正解ではない。


「そういえば、東横さんのうちにオーブンはあるの?」

「家の前までしか行ったことないんで、ちょっとわかんないですね」

「中までは入ったことないんやな」

「俺の家には時々来るんだけどな」

「じゃあ焼き菓子の類は避けるべきね」


 会長はあたりを見回して勝手に納得してしまっている。

 こっちを置いて話を進めるのはやめてもらいたいが。


「ところで、それだと東横の家で作るってことになりません?」

「その方が時間かからなくていいじゃない」

「たしかにそれだったら作り置きもできる……」

「自分ちで作ってくよりも楽ちんやな」


 人の家の台所に立つのは少し気になるが、早く会いに行ける。

 それで、あとはなにを作るかだが……


「煮るか揚げるか蒸すか冷やすか……フライパンだったら焼くのもありか」

「なんかあまり狭まってないわね」

 だからこそ迷ってるのだが。

 ともかく選択肢が多すぎる。

 ケーキとかクッキーはとりあえず除外されたけど。

 くそ、福路さんに教えてもらったことがあだになるとは……!


「うーん……作り置きしてけるなら、作れるだけ作ればええんやない?」

「それだ!」

「ちょっといきなり大声出さない!」


 そうかそうだよその手があったよ。

 材料買いこんで作りたいもの全部作ればいいんだよ。

 作りたいもの作れて俺は満足だし、卵を使ったお菓子に囲まれて東横も幸せ。

 良いことづくめで申し分ないじゃないか!


「作れるだけね……四つか五つってとこ?」

「あんま時間かけとると晩御飯に影響出てまうで?」

「そう考えるとあんまり量は作れなさそうね。結局は絞らなきゃダメみたい」

「なに言ってんですか。作りたいものは全部作るんですよ」

「えっと、須賀くん正気?」

「当たり前でしょ。楽勝ですよ。俺を誰だと思ってるんですか」


 タマゴをもう数パックカゴに入れる。

 他にも買うものは様々だ。

 時間を無駄にしないためにも、ここはどれだけ移動の無駄を省けるかが重要だ。

 店内の構造と、買うべきものを思い浮かべる。


「東横、待ってろよ……! うおおおおおおお!」

「……前から思ってたけど、須賀くんってやっぱりバカよね」

「……せやな」





 そんなこんなで買い物が終わってデパートを出る。

 両腕には多数の買い物袋がぶら下がっていた。

 ……正直重い。

 作ろうとしているものを全て作ろうとすれば、こんな量になるのは仕方がない。

 だけど、もう少し後先を考えておくべきだったろうか。


「なぁ、ほんまにうちらが持たんでも大丈夫?」

「当然」


 だけどそんなそぶりを見せるわけにはいかない。

 好意はありがたいが、俺にも色々と意地がある。

 あれだけ大見得を切って手伝ってくださいじゃ格好がつかないにも程がある。


「また変な意地張ってるみたいね」

「なに言ってんですか。これぐらいあさめしま――えっと」


 右にふらつきそうになったところを立て直す。

 こんなもので倒れるほどやわな鍛え方はしてないはずだ。

 しかしそれがどう映ったのか、会長はあからさまなため息をついた。


「しょうもないわね……そういえば東横さんには連絡とったの?」

「さっき会計する前にちゃちゃっと」

「そう……いきなり行って鍵かかってたじゃどうしようもないからね」


 さすがに俺もこの荷物で棒立ちは辛いものがある。

 具合が悪いのなら家で寝てるはずだし、メールを送ったから大丈夫だとは思うが。

 ……念のために電話をかけた方がいいかな。

「くっ、くそっ……」


 携帯を取り出そうとポケットに手を伸ばすも、袋が邪魔で取り出せない。

 しかもこっち側にはタマゴが入った袋がある。

 下手に動かしたら大変なことになってしまう……!


「もしかして携帯? うちが取り出したるで」

「いいや大丈夫!」


 ポケットに伸びる手を身をよじって避ける。

 とは言ってもこのままじゃ電話をかけられない。

 大丈夫だと言った手前、どこかに置くのもいやだ。

 ……どうする?


≪――≫

「お前は……」


 頭を抱える――両腕が塞がっているからあくまで気分――俺の前に現れたのはカブトゼクター。

 電子音を発し、滞空している。

 機械に表情なんてないし、言葉だって俺にはわからない。

 でも、なんとなくだけど、言いたいことはわかるような気がした。


≪――≫

「まさか、あんなことをした俺を許してくれるのか?」

≪――!≫

「すまない、恩に着る!」

「……ねえ、なに話してるかわかる?」

「さっぱりや」

 カブトゼクターは許してくれたばかりか、助力を申し出てくれた。

 俺とこいつは最初から共に戦ってきた相棒だ。

 こいつになら、この袋を任せられる!


≪――!≫

「ああ、行こう!」


 電話を取り出して、先行するカブトゼクターを追いかける。

 東横の電話番号は――


「ちょっと待ちなさい」

「ぐえっ」


 後ろ襟を引っ張られ、勢いの全てが喉を圧迫した。

 たまらず開いた手から携帯が零れ落ちる。


「自己解決するのはいいけど、なんか忘れてるでしょ」

「忘れてるって……そんなに俺の作ったお菓子が食べたいなら、一緒にお見舞い行きます?」


 仕方のないことだが、俺の料理のみならずお菓子も人気のようだ。

 それなら引き止める理由も納得がいく。

 まったく、それなら素直に言えばいいものを……


「ちゃうわ。東横ちゃんのとこ行くのはええけど、うちらになにも言うてへんやろ」

「……ですよねー」

 すっかり頭から吹っ飛んでいた。

 むしろ二人の存在をしばし忘れていた。

 カブトゼクターはどうしたのかとでも言うように、旋回しながら待機している。

 こら、あまり揺らすな。

 タマゴが割れちゃうだろ。


「二人とも、今日は本当に助かりました!」

「ま、須賀くんも相変わらずみたいだし、許してあげる」

「またまた、かなり心配しとったくせに」

「ていっ」

「きゃあっ」


 会長が竜華のスカートを軽くめくった。

 肉付きのいいふとももの先にあるものに、俺の目は否応なく引き付けられる。

 だってこれは生理現象だ。

 食べずには生きられないように、そうせざるをえないのだ。

 まぁ、残念ながらすぐ手で押さえられて肝心のものは見えなかったが。


「ごめーん、手が滑っちゃったー」

「んなわけあるか!」

「私の手が軽いのが悪いんだけど、あなたの口も軽いんだからおあいこね」

「そんな理屈が通るとでも!? そもそもあないなかけ声出して……めくる気満々だったやろ!」

「あれー、そうだっけ?」

 誰かが会長に詰め寄ってはぐらかされる。

 思いっきり見覚えのある光景だ。

 それにしてもこの二人、仲いいな。


≪――!≫

「悪い悪い、もう少しだから」


 角に袋を引っかけたままカブトゼクターが催促する。

 そろそろ向かった方がいいかな。

 俺はお菓子を作りまくらなきゃいけないんだ。

 まだ言い争ってる二人に会釈して背を向ける。


「京太郎」


 背中にかかる声。

 俺をこの場でそう呼ぶのは竜華だけだが、声が違った。

 振り向くと、会長が腕を組んで立っていた。

 今のは会長が?


「忘れ物よ」


 放り投げられた携帯をキャッチする。

 そういえば落としたまま拾うのを忘れてた。

 てか、それよりも……

「今、名前で呼びました?」

「いいから、行ってきなさい!」

「うおっ」


 前を向かされて、背中を思い切り叩かれた。

 すごい音と衝撃だったが、それほどの痛みはなかった。

 これは会長なりの激励ってことか?


「言われなくても行きますって……ありがとうございます」

「ま、応援だけはしといてあげる」

「東横ちゃんによろしくなー」


 二人の声援を背に、俺は今度こそ東横の家に向けて出発する。

 隣のカブトゼクターが待ちくたびれたかのように短く音を発した。


「で、なんでいきなり呼び方変えたん?」

「なんとなくよなんとなく。深い意味なんてないわ」

「ほんまかいな……あ、もしかしてさっさと行かせたのって照れ隠し……」

「……なに言ってるんだか」

「また図星っぽい反応やなぁ」

「……今度は思い切りめくるわよ」


 なにやら二人は楽しそうに会話していた。

 渡された携帯の電話帳を開く。

 俺も東横とおしゃべりでもしますか。





『ここ最近、ワームがの活動が――』

「……」


 垂れ流しになっているニュース番組。

 リモコンでテレビの電源を切ると、桃子は膝を抱えたまま布団をかぶった。

 カーテンを閉め切った部屋は薄暗い。


「……またメール」


 ベッドの脇に置いた携帯が光って震えた。

 相手は見なくても大体わかる。

 そもそもアドレスや番号を交換した人が限られている。

 のそのそと手を伸ばし、受信トレイを開く。

 最初のページは同じ名前で埋め尽くされていた。

 一番上の未読メールを選択する。


『これからお前の家に行く。死ぬほどうまいもの食わせてやるから覚悟しとけ』

「京くん……」


 もう何日も顔を合わせていない自分の友達。

 それがお見舞いに訪れると知って、桃子は震えた。

 その震えは喜びではなく、怯えだ。


「いやっす……違うっす……」

 桃子には二つの自覚があった。

 そうであるという自覚と、そうではないという自覚。

 そうであるだけならばなにも問題はない。

 しかし、そうではないという自覚が桃子を苦しめていた。

 透けてしまいそうな自分の手を、カーテンの隙間から漏れる光にかざす。

 きっかけはなんだったのか。

 クラスメートに注目され、消えてしまいたいと思ったとき。

 いや、そのもっと前。

 ワームと言う存在を知ったとき。

 正確に言うと、思い出したとき。

 それ以上考えるのをやめる。

 携帯がまた震えだしていた。

 今度は電話。

 相手は……メールと同じだった。

 出るかどうか迷って、桃子は携帯をベッドの外に放り出した。

 そして自分もベッドから出て身支度を始める。

 会いたくない、今の自分を見られたくない。

 そんな思いで頭の中がいっぱいだった。

 彼ならばもしかしてということもあるかもしれない。

 でも、そうでなければ桃子の居場所はなくなってしまう。


「無理っすよ……京くん……」





 東横の家の前。

 ここまで一部の袋を運搬してくれたカブトゼクターは去り、俺一人。


「……くそ、いないか」


 チャイムを押すのは何度目だろうか。

 ここまでしつこくして出てこないということは、留守にしているのだろう。

 メールも送ったし電話だってしたのに。

 窓から飛び降りてから一回も会えていないが、避けられているのだろうか。

 まさかあの時置いてかれたことを根に持ってるのか?

 それならますます会って話したいところだが……


「この荷物どうしよう」


 ひとまずはそれだ。

 かなりの量だから、家に帰るにしてもけっこうきついぞこれ。

 早く冷蔵庫に放り込みたいものだってあるし。

 もう一回カブトゼクターに頼むか?

 いや、いっそ変身してクロックアップで帰れば……


「京太郎くん」


 呼びかけと車の排気音に振り返ると、白い乗用車。

 窓から顔を出しているのはハギヨシさんだった。

 リムジンに乗っていないということは、私用だろうか。

「買い物の帰りですか?」

「まぁそんなとこですね……ちょっと気合入れすぎましたけど」

「たしかに凄い量だ……もしよかったら送りますよ」

「用事とか大丈夫ですか?」

「これから帰るところなんですよ。そのついでですがどうですか?」


 ありがたい申し出だった。

 ありがたいのだが、わずかに……いや、普通に不安だ。

 この車に乗っているときのハギヨシさんは非常に危険なのだ。

 別に運転技術を疑ってるとかじゃない。

 この人の腕は本物だ。

 だがスイッチが入れば走り屋に早変わり。

 公道最速を目指すスピードレースに付き合わされるはめになる。

 
「……峠に行くのは勘弁してください」

「安心してください。私のドリフトは豆腐を崩しません」

「それ安心させる気あります!?」

「ちょっとした執事ジョークですよ」


 本当に冗談なのかは怪しいが、挑発的な走りをする車さえいなければ問題はない。

 俺は後部座席に買い物袋を放り込むと、助手席に乗り込んだ。


「それじゃ、家までお願いします」

「お安いご用です」

 ハギヨシさんがレバーを操作すると、車は静かに走り出した。

 東横の家が離れていく。

 本当にどこに行ってしまったのか。


「また悩み事ですか?」

「そんな大層なもんじゃないですけど……お見舞いに行ったら盛大に空振っちゃって」

「なるほど、それであの大荷物ですか」

「なるべく今日中に使いたいものもあるんですけどね」


 お見舞いの延期は仕方ないが、材料の一部はどこかで使っておきたい。

 家で作っても俺と衣さんしか食べないし、後で知り合いに配ってまわるか?


「それでしたら屋敷に来てはいかがでしょう?」

「あー、向こうで作ってみんなで食べるみたいな感じですか」

「今の時間でしたら夕食、もしくはその後のおやつでしょうか」


 龍門渕の主人と使用人、そこに俺と衣さんを入れれば十人ちょっと。

 この大量の材料を消費するには十分な人数だ。


「じゃあお言葉に甘えます」

「そうしてください。君の料理のファンもいるんですよ?」

「マジですか!?」

「国広さんや杉乃さんは、京太郎くんが来るたびに密かに喜んでますからね」

「あの二人かー」

 国広さんと杉乃さん。

 二人とも名前と顔が一致する。

 たしか国広さんは龍門渕さんとよく一緒にいる人だ。

 手錠してたり私服があれだったりでよく印象に残っている。

 性格はまともなのにな……

 杉乃さんは……俺とハギヨシさんが一緒にいるときによく顔を見せる人だ。

 でもこっちに近づいてくるわけでもなく、一定の距離を置いてなんか笑ってるんだよな。

 攻めとか受けとか呟いてるのを聞いたことはあるけど。

 ……もしかして喜んでる理由って料理とは別件じゃないか?

 まぁ一対一で話す分には普通の人だ。


「なんにしても嬉しいですね、そういうの」

「君の普段の頑張りを考えればおかしくはありませんよ」

「そうですかね……あ、でも俺に教えてよかったんですか? ファンだとか」

「オフレコでお願いします。バレたら怒られてしまいますので」


 ハギヨシさんは冗談めかすようにそう言った。

 いつも穏やかな顔をした人だが、今はちょっと違う。

 悪戯っぽい笑顔だ。


「……もしかして楽しんでます?」

「仕事外で男性とこうして話す機会があまりないもので」

 つまり、ハギヨシさんは友達が少ないということだろうか。

 仕事内容を考えればある程度仕方がないのかもしれない。

 だってこの人、いつ休んでるのかわからないくらい働いてるから。


「そういえば、ハギヨシさんはなんで執事やってるんですか?」

「はっきりとした理由はないのですが……しいて言うとすれば、これ以外の生き方を知らないんですよ」

「生き方、ですか」

「執事の祖父に育てられたもので……いつの間にか自分も執事をやっていましたよ」


 赤信号で車が止まる。

 ハギヨシさんはダッシュボードを開けると、一冊の本を取り出した。

 古ぼけて使い込まれているように見える。

 愛読書なのかもしれない。


「料理人としても有名だったようで、この本は祖父が20年前に書いたものなんです」

「へぇ、本も出してた……ってこれ、料理の心得?」


 受け取った本をパラパラとめくる。

 よく見れば外見も中身も名前も見覚えがあった。

 うちにもあるやつだ。


「これ、うちにもあります。俺も読みました」

「こんな古い本を……ということは天道総司様の持ち物ですか?」

「肌身離さず持ってたらしいです。尊敬してる人が書いたものだって」

 このサイズの本を懐から取り出した時は驚いたものだ。

 それよりも驚いたのは、あの人が尊敬する人がよく言うおばあちゃん以外にもいたってことだ。

 しかもそれがハギヨシさんのお祖父さんだったなんて。


「そんなすごい人なら、是非とも会ってみたいですね。お祖父さんはまだ執事をやってるんですか?」

「……死にました」

「え……」

「数年前、サソリのワームに襲われて」


 ハギヨシさんの横顔から表情が消えた。

 いつも絶やさない穏やかさが消え、冷たさだけが残っている。

 静かな怒りとも言えるだろうか。

 ステアリングをきつく握る手からそれが感じられた。


「お嬢様に仕えるようになったのもそのすぐ後……かつての私は祖父と共に死んでしまったのかもしれません」

「……」


 かける言葉が見当たらなかった。

 綺麗なだけが人間じゃない。

 それはハギヨシさんも同じだ。

 わかってはいるが、飲み込もうとすると喉元でひっかかった。

 だってそれを認めてしまえば、俺の目指す場所が揺らいでしまいそうで。

 手を固く握る。

「つまらない話をしてしまいましたね」

「……いや、俺の方こそすいませんでした。変なこと聞いちゃって」

「気にしないでください。私の過去など取るに足らないものです」


 そう言って笑うハギヨシさんはもう元通りだった。

 いつも心がけているという自制の効果が表れているのかもしれない。

 なら俺もふらついてるわけにはいかない。


「じゃあ今日はお詫びに凄いもの作っちゃいますよ」

「それは楽しみだ。私も負けてられませんね」

「また勝負でもしちゃいます?」

「悪くないですね」


 口の端を釣り上げて笑うその顔は不敵だった。

 俺も似たような顔をしているかもしれない。

 だがその時、空気の読めない着信音が響く。

 取り出して確認すると、案の定ZECTだった。


「ワームですか?」

「みたいです。なるべく早く片付けるんで、荷物と衣さんをお願いします」


 さて、今日も副業に励むとするか。

 車が止まるのを待つが、その気配はない。


「ハギヨシさん? 降ろしてほしいんですけど……」

「二人なら早く済みそうですね……場所は?」

「近くの廃工場――」


 急加速による加重で体がシートに押し付けられる。

 ハギヨシさんはいつかと同じように小さく笑っていた。

 じ、自制はどうしたんだっ。


「少々荒っぽくなります。振り落とされないように気を付けてください!」

「車から振り落とされるってどういうこと――」





 街の雑踏に、車の往来。

 騒がしい昼過ぎの街中。

 ビルの壁にもたれかかって、藤田靖子は煙を吐き出した。


「いつまでここにいる気だ?」

「久しぶりの外なのに、随分とドライじゃないか」

「世の中というのはそう簡単に変わらない。ましてや数か月程度ではな」


 傍らに立つ男の悟ったような言い回しに、今度はため息を吐き出した。

 外を見たいと言うから連れてきたというのに、もう飽きたらしい。


「行くぞ。ここらで美味い料理を出す店に案内してもらおうか」

「はいはい」


 傍若無人な言動だが、藤田は従った。

 こうして無事でいられるのはこの男のおかげ。

 そして従うだけの価値はある。

 それは確かなことだ。


「美味い料理ね……」


 真っ先に浮かんだのはカツ丼だった。

 これはプライオリティの最上に位置して揺るがない。

 次に浮かんだのはカツカレー。

 だがしかしと藤田は首を振る。

 香辛料に塗れたカツなど認めるわけにはいかない。

 あの丼の和風の味付けこそが至高。

 頭の中で数瞬の葛藤があったものの、結局は答えは一つしかなかった。

「よし、出前を取ろう」

「出前? 店ではないのか?」

「安心してくれ、味は保障する」

「ほう、それは楽しみだ」


 取り出した携帯で馴染みの番号に電話をかける。

 屋外でも届けてくれるのはありがたい。


「待て、ここで食べるつもりか?」

「そうだが、なにか問題でも?」

「大ありだ。せめて座れる場所に移動するぞ」

「ああ、勝手に行くな――場所は駅前のベンチで頼む」


 先をずんずんと歩いていく男を、携帯を耳に当てたまま追いかける。

 しかし追いついたところで男は急に足を止めた。

 ぶつかりそうになるところを、ぎりぎり踏みとどまる。


「急に立ち止まらないでくれ。危ないだろ」

「騒ぐな。面白いものを見つけた」

「面白いもの?」


 男が指さす方を見ても、特に変わったものなどない。

 道路の向こうに雑踏があるのみだ。

「なにかあるのか?」

「よく見ろ。透けてはいるが、ちゃんとそこにいる」


 もう一度指し示された地点に目を向ける。

 雑踏の中の奇妙な空白。

 今にも消えてしまいそうなほど透明な少女の姿。

 藤田はそれをようやく認識した。


「恐らくだが、強すぎる擬態能力が暴走している」

「擬態能力……ということは」

「ああ、その通りだ」


 その少女には見覚えがあった。

 須賀京太郎の周辺にいる人物の一人。

 ライダーにもワームにも関連がないと認識していたが……


「丁度いい。試したいものがある」

「これは?」

「手慰みに作ったものだが、あいつへの揺さぶりには十分だ」


 藤田に渡されたのは一発の砲弾。

 手の上に乗せて見る分にはなんの変哲もない。


「全体的に説明不足だね……それで、あいつとは?」

「決まっているだろう。須賀京太郎だ」





 薄暗い建物の中で、羽音とともに埃が舞う。

 残り最後の成虫体。

 トンボの目と翅を持つワームが縦横無尽に飛び回っている。


「ハギヨシさん、あれに当てられます?」

「近づければ、ですね」


 空を飛ぶトンボに、サソリの針は届かないようだ。

 やっかいな……うちの会長を思い出してしまう。

 あの人は今頃清水谷さんと一緒だろうか。


「京太郎くん、来ますよ」

「――――――!」


 ハギヨシさんは落ち着き払った声だったが、ワームの突撃は苛烈だった。

 ぎりぎり避けるのが精一杯。


「浅かった……」


 剣を振るったままの体勢でハギヨシさんが呟く。

 この人はあの一瞬で攻撃と回避を同時にこなしたようだ。

 空中に静止するワームは腹部を押さえてこちらを睨み付けていた。


「失敗しましたね。これで相手に警戒されてしまった」

 手傷を負ったとはいえ、飛行能力は健在。

 このまま逃走する可能性もある。

 だが、外に出てくれるのならそれはそれでやりようがある。


「――――――!」


 天井に空いた穴からワームが飛び去っていく。

 それなら追いかけるまでだ……!


「乗ってください!」

「なるほど……では失礼します」

「しっかりつかまっててください!」


 飛来したバイクにまたがり、ハギヨシさんを後ろに乗せる。

 変形後は2ケツできるような状態じゃないが、この人だったらきっと大丈夫だ。

 エクステンダーは唸りを上げながら飛び立った。


「いました、あそこです」

「一気に追いつきますよ……!」


 遠くへ逃げようとするワームの後を追う。

 こちらに気づいたのか、相手の動きが複雑化する。

 上下左右前後。

 制限のない空で飛び回る相手に追いすがる。

「くそ、足を止めることもできないかっ」

「操縦に専念を。私が仕留めます」


 射撃も交えるが、当たる気配はない。

 相手の視野が広すぎる……!

 ハギヨシさんは俺の肩をつかんで立ち上がった。


「京太郎くん!」

「くっ――ぉああ!」


 ブレーキをかけて車体のケツを振る。

 発生した遠心力を味方にハギヨシさんが飛び出した。


≪――Rider Slash!≫

「はっ!」

「――――――!」


 紫の光を発する刃。

 サソリの一刺しがワームを貫いた。


「っと、終わりですね」

「それじゃあ下に降りますか」


 ハギヨシさんを回収して地上に向かう。

 たしかに二人でやれば早く終わるな。

「ふぅ……」

「大丈夫ですか?」

「ええ、少し疲れただけですよ。柄にもなく高揚してしまいまして」


 大きく息を吐き出すハギヨシさん。

 胸に手を当てている姿は、何かを押さえつけているようにも見えた。

 あの咆哮が頭の中で蘇る。

 あれは明らかに我を失っていた。

 自制という言葉が意味するのは、それなんだろう。


「さぁ、そろそろ行きましょう」

「ですね」


 車を止めた場所を目指して歩き出す。

 諸々の事後処理はZECTにぶん投げよう。

 戦闘の影響で崩壊した廃工場。

 誰も使わないだろうから大丈夫だろうが。

 何気なく目を向けた瓦礫の向こう。

 そこに見えたものに、俺の目は釘づけになった。


「あ、れは……」

「どうかしましたか?」


 光を放つ昆虫の翅。

 額から伸びる大きな角。

 俺を絶望からすくい上げた光。

 七年前のあの姿そのままで、そこに立っていた。

 しかし、すぐに背を向け去って行ってしまう。


「待って、待ってくれ――」

「京太郎くん、待ちなさい!」

「――総司さん!」





 無我夢中で走り抜ける。

 制止も振り切って、息を切らして。

 そうしてたどり着いた先で待ち受けていたのは、ゼクトルーパーと……


「やあ、そんなに急いでどこに行くんだい?」

「藤田さん……あんたここでなにをやってるんだ?」

「きょ、京くん……」

「なに、やってるかって聞いてるんだよ!」


 藤田靖子と、後ろから銃を突き付けられた東横だった。

 焦燥と怒りで頭がごちゃごちゃになっていく。


「ふむ、ライダーのことは知っていたようだね」

「ふざけるなよ、東横を放せ!」

「まぁ、いいだろう。ほら、行きなさい」


 藤田はあっさりと東横を解放した。

 意外だったが、それで多少頭が冷えた。

 飛び込むように走ってくる東横を受け止める。


「京太郎くん!」

「龍門渕の執事もいたのか……」

「あなたは……藤田靖子様、ですか」

「君の主人には色々とお世話になっているよ」

 おどけるような態度。

 この女の考えていることが見えない。

 なにが目的だ?


「ところで、ワームとは恐ろしいものだな。人間の感情……友情や愛情までも利用する」

「……特に用がないなら俺は行く」

「待て待て、もう少しだけ付き合ってもらうよ。なに、すぐ終わる」


 藤田が手を上げると、傍らのゼクトルーパーが動いた。

 バズーカを構え、空に向ける。

 そして砲弾は放たれた。

 空中で弾け、中のものがばらまかれる。


「くっ……なにをした!?」

「そら、面白いものが見られるぞ」


 降り注いだもの咳き込みながら藤田を睨み付ける。

 だがそれを意に介した様子はない。

 そして変化は訪れた。


「けふっ、けふっ」

「大丈夫か?」

「京くん……」

 咳き込みながら東横が俺から離れていく。

 その体は薄く発光し……


「見ないで……」


 異形の姿へと変貌をとげた。


「とう、よこ……?」

「けふっ、成功か……これは確かに面白い!」


 目の前の状況を理解することができない。

 笑う藤田の声も遠雷のように響く。

 ナナフシのように細長い体を持つワーム。

 ついさっきまで東横だったもの。

 頭が働かない。

 壊れた機械のように、ゆっくりと手を伸ばす。


「――――――」


 静かな鳴き声を残して、ワームの姿は掻き消えた。

 伸ばした手は宙を切る。


「よし、引き上げるぞ」

「……待て、なにをした……?」

「安心しろ、君には害はないよ」

「東横に、なにをした……?」

「アンチミミック弾……ワームの擬態を解除する新兵器さ。そこまで言えばわかるだろう?」

 耳に入った言葉が通り抜けていく。

 まるで頭が受け入れるのを拒んでいるかのように。

 去っていく藤田たちをただ見送る。


「……」


 呆然と立ち尽くす。

 だが、更なる異変は間を置かず襲ってきた。


「ぐ、が……うおあぁああああああ!!」


 背後のハギヨシさんが叫び声をあげた。

 胸を押さえて苦しんでいる。


「ハギヨシ、さん?」

「きょう、たろうくん……逃げなさい。やつが……来てしまう……!」


 変身が解け、苦しみに歪んだ顔があらわになる。

 いつもの余裕は消え失せていた。


「あ、がっ……があぁあああああああ!!」

「そんな、まさか……」


 ひときわ大きく声をあげ、変貌する。

 その姿は、以前戦ったサソリのワームだった。





第十五話『擬態』終了

てなわけで15話終了です
あと二話か三話で行き当たりばったりで考えてきた設定がほとんど出尽くしそうです

それじゃ
ガイムの最終決戦は鎧武VSバロンになりそうだと思いつつさようなら

こんばんは

飯とか食ったら始めます

風呂で寝てたよ

じゃあ始めます




「京太郎さん!?」


 福路美穂子がその場に駆けつけたときには、戦況は一方的な様相を呈していた。

 周囲を破壊しながら暴れるサソリのワームと、地面に倒れこむ赤いライダー。

 変身が解けて傷だらけの少年が仰向けに転がった。


「――――――!」

「こっちに来る……!」

≪――Change Kick Hopper!≫


 ワームは次なる標的を見つけ咆哮。

 それに対抗するために美穂子は変身を果たした。


「こっち……!」


 自分に向かってくるワームに、バックステップで距離を取る。

 そうやって倒れている京太郎から引き離すのが狙い。

 しかしその足をワームの頭から生える触手が絡めとる。

 美穂子は地面に引き落とされた。


「きゃっ」

「――――――!」

「力が、強すぎる……!」


 いかに脚力に特化したライダーでも、地面に足を付けて踏ん張れなければ十全の力は出せない。

 ワームの右手の針が鋭く光る。

「どりゃあああ!」


 両者の間に降り立つ影。

 パンチホッパー、池田華菜がその拳でワームの触手を断ち切った。


「キャップ! 大丈夫ですか!?」

「ええ……でも、そのキャップってなに?」

「もちろんキャプテンのことだし」

「それはわかるけど……なんでキャプテンなの?」

「それはもちろん! このチームのキャプテンだからだし」

「このチームって……」

「華菜ちゃんとキャップのタッグだし!」

「あら、そうなの?」


 そう言い切った華菜に美穂子は手を打って納得した。

 誰かがいたらツッコミが入ったかもしれないが、それをしてくれそうな人は地面で倒れている。

 そして待ちくたびれたかのようにサソリのワームが動き出した。


「――――――!」

「来るなら来いよ!」

「気を付けて、無闇に突っ込んじゃダメ」

「こんなの華菜ちゃん一人でも大丈夫だし! キャップは座って見ててください!」

「待って!」

 制止も聞かずに華菜は走り出した。

 拳を構え、触手をかいくぐる。


「くらえっ」


 右からはたくように繰り出したパンチは、ワームの左腕に受け止められた。

 手から伝わる硬い感触に華菜は顔をしかめた。

 パンチの威力がそのまま返ってきていた。


「いったぁ」

「――――――!」

「うわっ」


 返礼に繰り出される蹴り。

 なんとか両腕を割り込ませたが、華菜は地面に転がった。

 その足に触手が絡みつく。


「――――――!」

「はなせ――」


 ワームは頭を振って絡めとった獲物を振り回す。

 視界が目まぐるしく変転する。

 遠心力による加圧。

 触手を引きはがそうと手を伸ばそうとするも、物凄い勢いにそれすらままならない。

「――あ」


 浮遊感。

 体が自由になったかと思えば、華菜は空中に投げ出されていた。

 倒壊したコンクリートの壁が頭上に迫る。


「華菜っ」


 ぶつかる寸前で美穂子が受け止める。

 強すぎる勢いに諸共打ち付けられそうになるが、足をついて衝撃を殺す。


「大丈夫?」

「うぅ、視界がぐるぐるしてるし……」

「良かった……」


 目を回しているものの、華菜は無事だった。

 美穂子は胸を撫で下ろすと、猛るワームに目を向ける。

 攻撃をかいくぐって京太郎を回収するのは困難。

 あのワームを倒すのもまた、困難。

 だが、二人なら……

 どちらかがワームを引き付けていれば、その隙に京太郎を回収できる。

 二人で挑めば、倒せるかもしれない。

 様々な条件や状況のもと、選択肢を秤にかけて美穂子が選んだのは……

「私があのワームを引き付けるから、京太郎さんをつれて離脱して」

「目が、目が……って、えぇ!?」


 美穂子には自分の後輩を危険にさらす選択肢をとることができなかった。

 これが久や京太郎ならば共闘という選択もあった。

 しかし美穂子の中で華菜は後輩、いわば守るべき対象。

 危険にさらすような真似はできなかった。


「いくらキャップの言うことでもそれは聞けないし!」

「お願い、わかって……!」

「あいつを助けるっていうのも気に食わないし、キャップを残して逃げるなんてできないですよ!」


 だが美穂子のそんな思いとは裏腹に、華菜は前に歩み出た。

 自分の後ろを歩く者が、いつまでも後ろを歩いているわけじゃない。

 他ならぬ自分がそうだったように。

 当たり前のことを思い出して、美穂子は華菜の隣に並び立った。


「わかったわ。それじゃあ二人で隙を作って、クロックアップで京太郎さんを連れて離脱……それでいい?」

「別に倒してしまっても構わないんですよね?」

「……それはダメ、なんかうまくいきそうにないわ」

「ともかく、チームヘルキャットの見せ場だし!」

「ねえ、その……ヘルキャットってなに?」

「華菜ちゃんとキャップのチーム名だし!」

「それはわかるけど……ヘルって地獄?」

「その通り! 共に地獄を潜り抜けていく仲間だし!」

「あら、それは素敵ね」

 美穂子はまた手を打って納得した。

 地獄という言葉はともかく、キャットという響きはかわいらしかった。

 わかってくれたかとでも言うように華菜は満足気にうなずいた。


「あなたたち、コントは後にしなさいな」


 このままツッコミ不在で進行するかと思われたが、今度はツッコんでくれる第三者が現れた。

 美穂子と華菜には見覚えのない人物。

 龍門渕透華が腕を組んでそこに立っていた。


「あの、危ないからここには近づかない方が良いですよ?」

「目の前にワームがいるのにのん気なやつだし」

「のん気なのはあなたたちの方でしょうに……」


 いまいち緊張感に欠ける色違いのライダーたちに、透華はため息をついた。

 そして少し離れた場所でうなりをあげるワームに目を向ける。

 透華が現れてからワームの動きが鈍い。

 そのことを確認して、安堵の息を漏らす。

 どうやら間に合ったようだと。


「須賀京太郎を連れて退きなさい」

「いきなり出てきてなんだよー」

「あなたも逃げた方が……」

「――――――!」

 雄叫びをあげてワームが動き出した。

 美穂子と華菜は即座に臨戦態勢をとる。

 しかしそれを透華が手をかざして制止した。


「おやめなさい」

「あーもう、危ないから引っ込んでろよー」

「お黙りなさい!」


 透華の一喝に二人のみならず、ワームまで動きを止める。

 静まり返った場に透華の足音が響く。

 近づいてくるそれを恐れるようにワームが後ずさった。


「私はZECTの関係者ですわ。ここは任せて早く離脱しなさいな」

「……そういうことなら」

「それならそうと最初に言ってほしいし」


 ワームを警戒しながら美穂子は倒れた京太郎を抱きかかえる。

 ずっしりと重い感触。

 ここまで力なく無防備な姿を見たことがなかった。


「京太郎さん……華菜、行きましょう」

「了解だし」


 二人のホッパーがその場から跳んで去っていく。

 ワームは追うそぶりを見せず、まだ怯えるように唸っていた。

 透華は二人が離脱したのを見届けると、再びワームと相対する。

「全く、私の執事ともあろうものが……」

「――――――!」


 叱りつけるような口調だったが、表情は柔らかい。

 だというのに、ワームは体を震わせて逃れようとする。

 微笑みながら、透華はワームの顔に手を伸ばした。


「戻ってきなさい、ハギヨシ」

「――――――」


 ワームの肩の上下の揺れが収まっていく。

 海が凪いでいくようにゆっくりと。

 透華の手がワームに触れた時には、すっかり静まっていた。

 逃げることもなく、攻撃を加えることもなく、怯える様子もない。

 自分に触れた手に、ただゆっくりと手を伸ばす。


『お嬢、さま……』


 ワームが透華の手に触れると、次の瞬間には人の姿になっていた。

 ハギヨシと呼ばれる龍門渕の執事。


「申し訳ありません、私はまた……」

「それは後にしましょう。今はあなたの無事を喜ばせて」

「……はい」





 目を開けると、蛍光灯の光が目に入った。

 白い天井に、薄い緑のカーテン

 白い掛布団を押しのけて体を起こす。

 部屋の内装には見覚えがあった。

 たしか、ZECTの病院の一室。

 俺は、病院に運ばれたのか……?


「いっつ……!」


 思い出したかのように痛みがやってくる。

 病院服をめくると、その下は包帯だらけだった。

 肋骨のどれかが折れているのか、動くたびに激痛が走る。

 たまらず、ベッドに倒れこむ。


「なん、だよこれ……」


 記憶があやふやでわけがわからない。

 どうして俺はここにいる?

 どうしてこんな怪我をしている?

 思い出そうとして痛む頭に手を当てると、そこにも包帯が巻かれていた。

 目を閉じて、息を整える。


「落ち着け、俺は東横の見舞いに行こうとしていた……そうだろ」

 でも東横は家にはいなくて、帰ろうとしたらハギヨシさんに送ってもらえることになったはずだ。

 そしてその後はワームが現れて、ハギヨシさんと一緒に戦って……


「……嘘、だよな」


 そして、俺が不覚をとって病院に運び込まれた。

 そういうことなんだろう。

 情けない話だが、さっきまで見てた悪夢よりはましだ。

 東横とハギヨシさんがワームだったって悪夢よりは……


「そうだ、東横は大丈夫かな」


 あたりを見回して携帯を探す。

 痛む体を押さえつけて、立ち上がる。

 クローゼットを開けると、そこに制服と鞄が安置されていた。

 ハンガーにかかった制服のポケットに手を突っ込む。

 画面に日付と時刻が表示される。

 どうやらほぼ丸一日眠っていたようだ。

 着信履歴と受信トレイを確認するが、東横の名前はない。

 電話帳から番号を呼び出し、電話をかける。


「……」

『こちら留守番電――』

「ったく、あいつなにやってんだよ」

 通話を切り、携帯を持ったままベッドに転がる。

 心臓がうるさくて胸が痛む。

 落ち着けよ……あれは夢のはずだろ。

 あんなことありえるわけない。

 目の上に手を置いて光を遮る。

 すると暗闇の中に、あの姉妹の姿が浮かんだ。

 悲しげに笑う宥さんと、寂しげに笑う先輩。


「だから、それは今関係ないって……!」


 握った拳を思い切りベッドに叩きつけると、ほんの少しだけ埃が舞った。

 体が痛むからか、息が切れる。

 もういい、寝てしまおう。

 どうせ今日は休みだ。

 明日からはいつも通りに……


「……そういえば、衣さんとご飯食べてないな」


 今から準備すれば間に合うか?

 帰ろう。

 帰って晩御飯の準備をしよう。


「くそっ、痛いな……!」

 制服に着替えようとするだけで辛い。

 だけどそんなことを気にしている場合じゃない。

 無性に衣さんの顔が見たかった。


「きょうたろー!」


 ドアが勢いよく開く。

 血相を変えた衣さんが部屋に飛び込んできた。


「衣さん、どうしたんですか?」

「それはこっちのセリフだ! 帰ってこないって心配してたら入院してるって言うし……」

「いや、すいません。俺は大丈夫ですよ……さ、帰りますか」


 上着に袖を通して鞄を持ち上げる。

 痛みに顔が引きつりそうになるが、それを見せるわけにはいかない。

 そう、あくまでもいつも通りだ。


「……大丈夫?」

「もちろん」


 衣さんの背中を押して病室を出る。

 すると、近くにいた看護士が近づいてきた。


「君、まだ出歩いちゃ……」

「ああ、もう治りましたから」

「そんな馬鹿な!?」

 なんと言われようとも止まるつもりはない。

 俺が退院といったら退院だ。

 慌てる看護士を背に、小さな手を引いてエレベーターへ向かう。


「今日の晩御飯、なににします?」

「なんでもいい……」

「それじゃあ……まぁ、買い物しながら考えますか」


 エレベーターが到着する。

 乗り込んで一回のボタンを押す。

 誰かしら追ってくるかもと思ったが、そんなこともなく扉は閉まった。


「本当に大丈夫?」

「大丈夫ですって、心配し過ぎですよ」

「だってきょうたろー、汗流してる」


 指摘されて初めて、頬を流れる汗に気づいた。

 衣さんの手を握る手にも汗がにじんでいる。

 表情は取り繕えても、体の反応は誤魔化しきれなかったのか。


「いやー、病院の中は熱いですからね」

「……そうか」


 扉が開いて一階に出る。

 顔の汗を軽く拭って玄関を目指す。

 うかない顔をしているが、衣さんは何も言わずついてきてくれた。

「京太郎くん」


 玄関から外に出ようとしたところで、俺たちを出迎えたのはハギヨシさんだった。

 いつも通りの燕尾服で立っていた。


「あの人コスプレ?」

「でもすごく似合ってるよね、イケメンだし」

「嫌いじゃない、嫌いじゃないわ!」


 見事に周囲の人の視線を集めていた。

 本職の人を見たことがある人はあまりいないだろう。

 だけど、そんなことより――


「――っ」

「京太郎?」


 サソリのワームのフラッシュバックと共に、痛みが走る。

 やめろ、あれはただの悪夢だって言ってるだろ……!

 無意識のうちに胸を押さえていた手を引きはがす。


「ハギヨシさん、昨日はありがとうございます」

「……そのことで少し時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「すいません、買い物とかしたいんで……」

「……そうですか」

 ハギヨシさんは残念なような、ほっとしたような顔をしていた。

 衣さんがなにか言いたそうな顔で手を引いてくるが、気づかないふりをする。

 逆に手を引いてハギヨシさんの横を通り過ぎる。

 そうして病院から出ようとすると俺たちの行く先に障害物が現れる。

 地面に倒れこんだハギヨシさんだった。


「……そうですか、じゃありませんわ! なぜそこで諦めていますの!」

「透華!」


 足を突き出したままの格好の龍門渕さん。

 どうやらハギヨシさんは蹴り飛ばされたらしい。

 あんな風に蹴りを入れる龍門渕さんも、黙って蹴られるハギヨシさんもなんだからしくない。


「お、お嬢様」

「須賀京太郎、少し顔を貸しなさい」

「だから買い物が……」

「いいから!」


 龍門渕さんは俺の胸ぐらをつかむと、強引に引っ張る。

 包帯の下が刺激され、痛みが顔に出てしまう。

 それを見咎めたのか、衣さんが眉を吊り上げた。


「透華、乱暴はいけないんだぞ!」

「これは緊急事態というやつですわ。衣、ハギヨシと少し遊んでなさい」

 衣さんは俺たちと地面に倒れたハギヨシさんを見比べる。

 そしてハギヨシさんに手を差し伸べると、小さな体を精一杯使って助け起こした。

 まぁ、倒れてる人がいたら俺もそっちに関心を向けるとは思うが、衣さんは素直すぎやしないか?


「ありがとうございます」

「大丈夫か?」

「鍛えてますので」


 立ち上がったハギヨシさんは、背中に靴の跡をつけてる以外はもういつも通りだった。

 おかしな様子なんてどこにもない。

 夢の中のように、ワームに変貌することもない。


「行きますわよ」

「わかったから離してくれ……ちょっとその、痛いんで」

「やっぱりやせ我慢してましたのね。あまり衣に心配をかけるのはよしなさい」

「……わかってますよ」


 だからこそのやせ我慢だ。

 ハギヨシさんと話す衣さんに目を向ける。

 幸い、今の会話は聞こえてないようだった。


「衣さん、ちょっと待っててください。すぐ戻るんで」

「うん、二人とも仲良くだぞ」

「別に喧嘩しに行くわけじゃありませんのよ?」

「でもさっきの透華、少し乱暴だった」

「……たしかに私らしくない振る舞いをしましたわ」

 龍門渕さんはばつの悪そうな顔をした。

 さっきの蹴りといい、自分らしくないとは思っていたらしい。

 でもそこは問題じゃない。

 問題は、なぜその自分らしくないことに踏み切ったかだ。

 怒りか苛立ちか、使命感か。

 なんにしても楽しい話にはなりそうにない。


「お嬢様、すみません」

「私の方こそ蹴ってしまったことを謝りますわ」

「それは……私が不甲斐ないせいです」

「いいえ、あなたが躊躇うのも無理はない話。むしろ自分で言い出そうとしたことを私は評価しますわ」

「……ありがとうございます」


 ハギヨシさんに微笑む龍門渕さん。

 二人の姿には俺の知らない積み重ねがきっとある。


「では衣様、なにか飲み物でもいかがですか?」

「うーん、じゃあハギヨシが淹れた紅茶」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします。こちらへどうぞ」


 二人は病院の中へ入って行った。

 龍門渕さんはこちらを一瞥すると、外に向けて歩き出す。

 俺はその後を追って病院を出た。





「ふぅ」


 ソーサーに空になったティーカップを置いて衣は一息ついた。

 どこから持ってきたかはわからないが、萩原の用意した椅子に座っている。

 それどころかテーブルにティーセット一式まで揃えられていた。

 だがそれはいつものことなので、特に気にすることではない。

 病院の窓際で優雅にティータイムを楽しむ少女と、かしずく執事。

 はっきりと言ってしまえば、超浮いていた。


「お味はどうでしょうか?」

「ハギヨシが淹れたのはいつ飲んでもおいしい」

「ありがたきお言葉です。おかわりはいかがですか?」

「うん、飲みたい」

「かしこまりました」


 萩原は恭しく一礼すると、ポットからカップに紅茶を注ぐ。

 漂う香りに衣は鼻をひくつかせた。


「でも、なんかいつもと匂いがちょっと違う」

「匂い、ですか」

「うん、はっきりとどこが違うかはわからないけど」


 それはあえてなにかに例えるのなら、衣が時折感じる妙な気配に似たものだった。

 実際に紅茶から漂っているのかもわからない。

「なにかあったのか?」

「……わたしはいつも通りですよ」


 動揺を押し殺しながら、萩原は微笑んだ。

 すると近くにいた女性の看護士が歓声を上げた。

 周囲の人は近づかないが、かなりの注目を集めている。

 だけどそんなことを衣は気にもせず、ティーカップを前にうつむいた。


「ハギヨシも隠し事か……」

「私も、とは?」

「だってきょうたろーも透華もなにか隠してる」

「それは……」


 二の句が継げない。

 それは萩原自身、精神的に少なからず動揺があるからだ。

 僅かな異変をも嗅ぎ分けるその感覚に、一握りだが畏怖を抱いていた。


「珍しいな、ハギヨシが言葉に詰まるなんて。そっか、そんなに話しづらいことなんだ」

「申し訳ありません」


 萩原はあえて否定はしなかった。

 はがれかけている塗装に無理に板を打ち付けても、不自然さが増すだけだ。

 無理に否定して不信感を煽るのは得策ではない。

「いいんだ……きっときょうたろーも透華もハギヨシも、衣のことを考えて隠し事してると思うし」

「……」

「でも、ちょっとだけ寂しいな」


 衣が感じているのは、怒りでも悲しみでもなく、寂しさ。

 京太郎たちにその気がなくとも、疎外感だけはどうしても拭えない。

 行儀が悪いと知りつつも、足をプラプラと振ってしまう。

 それを注意する人はこの場にはいない。


「衣様、真実というのは必ずしも良いものではありません」

「うん」

「それを知って目をそらす、あるいは逃げ出してしまう人もいます」


 萩原の頭に浮かんだのは、京太郎の姿だった。

 知ったはずなのに、知らないふりをしている。

 そしてそれをいいことにやり過ごそうとした自分の姿。


「私の口から言えることはありません。しかし、全てを知ったうえで衣様が決意を固められたのならば、私の全てをもってお仕えいたします」

「ハギヨシ……」

「祖父が言っていました。ノブレスオブリージュ……高貴なる振る舞いを示すものにこそ仕える価値がある、と」

「……そーじと似たようなことを言うんだな」


 長らく会っていない家族の顔を思い浮かべて、衣は頬を緩ませた。

 天を指さしながら自分の祖母の教えを口にする姿は、今のハギヨシとそっくりだった。


「おや、紅茶が冷めてしまいましたね。淹れなおしましょう」

「ハギヨシのは冷めてもおいしいぞ?」

「そこは……私の執事としてのプライドですので」







 龍門渕さんについてやってきた病院の駐車場の端。

 人気がないから、内緒話をするのにぴったりだ。

 もっとも、俺がその話を聞きたいかといえば……


「さて、早速本題に入らせていただきますわ」

「……本題、ですか」

「ええ、他ならぬハギヨシのこと……それと衣のことですわ」


 体が強張る。

 この人はなにか途轍もないことを言おうとしている。

 俺はそれを聞くべきじゃない。

 頭の中で警鐘が鳴る。


「喉乾きません? なんか買ってきますよ」

「……」

「あとついでになんか食べるものでも。ほら、おやつの時間だし」

「……やはり、目をそらしていましたのね」


 口元に手を当てた龍門渕さんの目がすっと細められた。

 いつかと同じような冷たい眼差し。

 それが再び俺に向けられていた。

 鼓動が速まる。

 理由はいくつか思い浮かんだが、まともに考えることができない。

「よくわかるように結論から言いますわ」

「やめろ……」

「ハギヨシと衣は――」

「やめてくれ……」

「ワームですわ」

「やめろって言ってるだろ!」


 ありったけの声量で放った声が周囲に響く。

 荒い息遣いが耳につく。

 それは、他ならぬ俺自身のものだった。


「やめろよ、これ以上俺の日常を壊すな」


 朝起きて、トレーニングしてから朝飯と弁当作って、衣さんとご飯を食べて一緒に家を出て……

 学校についたら東横と挨拶して昼には先輩や会長と一緒に食べて……

 放課後は買い物したり竜華や怜さんと出かけたり、福路さんにお菓子作りを教えてもらったり池田に絡まれたり……

 龍門渕に行ってハギヨシさんと競い合ったり、純とだべったり……

 そして夜は衣さんと一緒にご飯を食べて寝る。

 そんな俺の日常を――


「頼むから、壊さないでくれ」


 声は弱弱しく震えていた。

 今まで必死に強がっていたのが剥がれ落ちた。

 なにかがあっても押さえこみ、ひたすら上塗りを重ねてきた俺の塗装。

 俺は結局なにも変わっちゃいない。

 いつまでも弱いままだ。

「……逃げ出すというのなら、それを咎めることはしませんわ」

「……」

「ただ、衣とそのベルトだけは渡してもらいますわ。戦う意思を失ったあなたには無用のものでしょう?」


 龍門渕さんの口調は厳しい。

 だけど、俺の手はベルトを差し出そうとしていた。

 きっと心の奥で納得してしまっている。


「そう、それでいいのですわ」

「――っ」

「……なにを、していますの?」


 だけど、俺のもう一方の手はベルトを渡そうとする手を必死にとどめていた。

 これは多分、どこかでくすぶった俺の意地。

 竜華が言っていた。


『負けてもええやん。まだ弱くてもええやん』

『世の中には取り返しのつかないことがどのぐらいあるのかわからんけど、須賀くんが諦めんいうならきっと大丈夫』

『直接の手助けは無理でも、こうやってそばにいることは出来るから』


 その言葉を裏切りたくはなかった。

 それに、ベルトを手放したら……


『天道総司。天の道を往き、総てを司る男だ』

 あの人とのつながりが、消えてしまう気がした。


「いいでしょう。渡したくないというのなら、強引に奪っていくまでですわ」


 龍門渕さんの目は、ひたすら冷たい。

 まるで俺には価値がないと告げているように。


「おいでなさい」

≪――Standby≫


 取り出したのは機械仕掛けの剣。

 ハギヨシさんが使っていた、変身デバイス。

 なんで、龍門渕さんが……?


≪――変身≫


 その体は重い鎧で包まれていく。

 サソード……サソリのライダー。


「行きますわよ!」

「――っ!」


 まるでレイピアでも振るうかのように斬りつけてくる。

 すんでのところで地面に転がり、回避する。

 今更ながら、容赦する様子は見られなかった。

「変身なさい。それとも、黙ってベルトを奪われるのがお好みですの?」

「……来い」


 手をかざす。

 空間がゆがみ、ゼクターが姿を現す。


≪――変身≫


 幸いなことに、まだ応えてくれるようだった。

 ベルトに装着すると、俺も重い鎧を身にまとう。


「ふん、まだ見捨てられていないようですわね」


 龍門渕さんが構える。

 今度こそ本気で斬ってくる。

 俺も拳を握る。

 だけど、いつものように力がこもらない。


「はぁっ」


 踏み込んでからの突きの連打。

 次々と襲い来るそれを、横から手の甲を打ち付けてそらす。


「序の口、ですわっ」


 ひときわ大きく剣を突き出したかと思えば、刃先が踊るように翻って横薙ぎの軌道を描く。

 咄嗟にバックステップで回避。

 鎧の表面に薄く一筋の傷がついた。

「腐ってもライダーといったところですわね。ですが……」


 距離が開いて仕切り直し。

 先ほどと同じように構えると、龍門渕さんが息を吐き出す。

 呆れや失望、微妙な震えは苛立ちも含んでいるのかもしれない。


「そちらから仕掛ける気配はない……馬鹿にしていますの?」


 別にそんな意図はない。

 ただ、握った拳に力が入らないのも事実。

 迷いだらけのままでは、変身はできても戦うことはままならなかった。


「……いいでしょう」

≪――Cast Off! Change Scorpion!≫

「それならば、防ぐ間もなく倒して差し上げますわ!」

≪――Clockup!≫


 脱皮を果たしたサソリの姿が掻き消える。

 その直後には、俺は宙を舞っていた。

 縦横無尽に襲い来る衝撃。

 視界が目まぐるしく回る。


「がはっ」

≪――Clock Over!≫

 ようやく止まったかと思えば、視界は青い空。

 地面にしたたかに背中を打ち付けられていた。

 体に激痛が走る。

 どこかの傷が開いたのかもしれない。


「あくまで反撃はしない、と……」

≪――Rider Slash!≫

「もういいですわ……そのまま散りなさい!」


 刃が紫の光を纏う。

 この無防備であれをくらったら、確実にやばい。

 それでも、心の中にはまだ諦めと意地が混在している。

 このまま諦めに身を任せれば楽になれるのかもしれない。

 それでも、意地が右手を動かす。


「俺は、まだ終われない……終わりたくない」

≪――Cast Off!≫

「往生際の悪い……!」

≪――Change Beetle!≫


 鎧が飛散して角が立ち上がる。

 龍門渕さんは剣を振るうのを諦めて後退した。

 そして俺がとるのは――


≪――Clockup!≫

「くっ、お待ちなさい!」


 離脱という選択肢だった。





「逃げられましたわ……」


 すっかり見えなくなった赤い背中を睨み付けながら、透華は変身を解く。

 解放されたゼクターが地面に潜って消えていった。


「お嬢様、お迎えにあがりました」

「ハギヨシ……衣は?」

「車で京太郎くんとお嬢様をお待ちしております……京太郎くんは?」

「彼は逃げ出しましたわ」


 透華の言葉の端から滲む失望の気配に、萩原は目を伏せた。

 逃げだしたことを責めることはできない。

 それでもそこに期待があったぶん、落胆は大きい。


「これを返しておきますわ」

「戦ったのですか?」

「ええ、けれど逃げられましたわ。やはりあなたほど上手くは戦えませんわね」

「いえ、お嬢様の実力は十分です」


 問題があったとすれば、それは京太郎の引き際だ。

 戦う姿勢を見せずにやられるままだと思えば、クロックアップからの離脱。

 加速して逃げる相手には、一瞬の遅れが大きな差になる。

 それまでの無抵抗が逃げのための布石だと思うと、透華は握った拳を解けなかった。

「衣様にはなんと伝えましょうか?」

「まだなにも言えませんわ。須賀京太郎をなんとかするまでは」

「……私が行きましょう」

「いえ、あなたは大人しくしてなさいな。彼が相手では危ないでしょう」


 透華の中に萩原が負けるという考えはない。

 ただ、必要以上に闘争心が昂ぶると、ワームとしての自我が強く出てしまう。

 そうやって戻ってこれなくなることを恐れていた。


「どの道、彼にとれる選択肢は限られている……すぐに決着はつきますわ」


 空を見上げて透華はつぶやいた。

 失うには惜しい戦力だが、それでも引けない理由がある。

 それは他ならない家族のためなのだから。

 京太郎が衣を失うことを恐れたように、透華も萩原と衣を失うのを恐れている。

 あるいは、自分の日常を。


「……結局は私も同じなのかもしれませんわね」

「お嬢様?」

「なんでもありませんわ。行きましょう」


 曇り始めた空から目を離し、踵を返す。


「大丈夫、あなたたちはどんなことをしても私が守って見せますわ」





 雨の中、ビルの壁にもたれる。

 頭の中はごちゃごちゃで、考えが定まらない。

 幸か不幸か、体の感覚が鈍っているおかげで痛みも鈍い。

 どこからか血が流れているが、止める気も起きない。

 そうして行先不明のまま彷徨う。

 俺は何をすればいい?

 俺は何がしたい?

 答えは出ない。


「……ワーム」


 人がいない路地の中にうごめく影。

 擬態を解いたワームが数体。

 ベルトをぶら下げた右手にわずかな熱が灯った。

 そうだ、俺はライダーだからあいつらを倒さないと……

 壁から体をはがし、ふらふらと歩き出す。

 そして、ベルトを腰に巻こうとして――


『だってこの世界は寒いから……寒くて寒くて凍えてしまいそうなの』

『京くん……見ないで……』

『きょう、たろうくん……逃げなさい。やつが……来てしまう……!』


 様々な人の顔が、頭に浮かんだ。

 そして最後に――

『でも、やっぱりきょうたろーと一緒にいたい……!』


 一番大切な家族の顔が、浮かんだ。


「なんだよ……これ」


 ベルトが手から滑り落ちる。

 右手の熱は雨水に奪われて消えた。


「俺、もう戦えないじゃん……」


 そしてそのまま、地面の水たまりに倒れこむ。

 ワームたちの姿はもう消えていた。

 それから俺の意識が消えるまで、そう時間はかからなかった。



 選択安価


※多分このスレ唯一の安価です

 選択枠は二人分です

 両方で同じ人を選んだ場合、二個目の方でコンマ判定します

 外れたら下にずれるって感じで



・東横桃子(コンマ下一桁が1,2だったら成功)

・松実玄(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・竹井久(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・福路美穂子(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・天江衣(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・園城寺怜(コンマが偶数ゾロ目だったら成功)


>>+2
>>+3


続きます


祝・ネット復旧!
引っ越しって色々めんどいね

飯とか風呂とかすんだら始めます




 雨中の街に溶けこんで消えてしまいそうな影。

 すれ違う人たちは誰もその存在に気づかない。

 傘もささず濡れ放題のまま、桃子はただ彷徨う。


「ってーな……あれ、誰もいない?」

「なんだよ、幽霊とでもぶつかったか?」


 二人組の少年は首をかしげるが、何事もなかったかのように再び歩き出す。

 地面にふらふらと倒れこんだ桃子に手を差し伸べるものはない。

 まるでその空間自体が存在しないかのように、自然な動きで避けていく。

 十二月の冷たい雨に打たれながら、桃子は焦点の合わない目のままよろよろと立ち上がる。

 人を避けるように路地に入って、冷えた体を両腕で抱える。

 そして壁にもたれてずるずると座り込み、目を閉じた。


「私、どこに行けばいいんすかね……」


 雨音にかき消されそうな呟き。

 それを聞きとがめるものはいない。

 いつでも自分を見失うことのなかった少年の顔を思い出し、桃子はビルとビルの隙間から見える空を見上げた。

 空を覆う分厚い雲。

 その向こうにあるはずの太陽が無性に見たくなった。


「――っ」

 なにか硬いものが地面に落ちる音と、次いで大きな水音。

 雨音を遮る異音に、桃子は息を詰まらせた。

 道が折れて何があるかは見えない。

 恐る恐る覗き込もうとして、頭を引っ込める。

 複数の足音。

 どこか無機質な表情をした男女数名が、桃子のすぐ横を通り抜けていく。

 すれ違う一人と目が合うが、特に何もない。

 雨に濡れた桃子を不審がるでもなく、そのまま消えていった。

 止まっていた呼吸を再開し、桃子は胸に手を当てる。

 心を侵す様な不安に蓋をして、再度道の向こうをのぞく。


「京くん……?」


 水たまりに倒れこんでいたのは京太郎だった。

 頭には包帯が巻かれ、他にも怪我があるのか周囲の水が少し赤く染まっている。

 それまで抱いていた感情が吹っ飛び、桃子は我を忘れて駆け寄った。


「京くん、京くん!」

「うぅ……」


 うつぶせに倒れた体を仰向けに起こす。

 所々衣服に入った切れ目から、赤く染まった包帯が見えた。

 なにがあったのか桃子にはわからないが、放っておける状態でないことはわかる。

「病院……病院に連絡しなくちゃっ」


 桃子はスカートのポケットを探るが、携帯はない。

 家を出る時に持ってくるのを忘れたようだ。

 どうしようかとうろたえて、桃子は京太郎を見る。

 そして心の中で謝罪を済ませると、今度は京太郎のポケットの中を探る。

 あれこれぺたぺたと触りながらスラックスの右ポケットにそれを見つけた。

 濡れているが、まだ使える。

 待ち受けが表示されたのを確認すると、桃子は自分の体で京太郎の携帯にかかる雨を遮る。

 そして電話の機能を立ち上げて――


「病院は、やめろ……」


 桃子の腕をつかんでそれを止めたのは、気を失っていたはずの京太郎だった。

 目はうつろで手にはいつものような力強さはなく、震えてただただ弱弱しい。

 その手を取ろうとして、桃子は手を引っ込める。

 そうやってつかんだ手を振りはらわれる。

 そんな光景を想像してしまった。


「衣、さん……」


 腕をつかむ手が地面に落ちる。

 うわ言のように呟くと、京太郎は再びその目を閉じた。

「……電源、切れちゃったっすね」


 持ち主の後を追うように、携帯のバッテリーが尽きる。

 光を失った携帯を、ポケットの中に戻す。

 傷だらけの京太郎の顔を抱いて、桃子はまた空を見上げた。

 雨の中に二人きり。

 触れ合っても冷たさを共有するばかり。

 このままここで朽ちるのも悪くはないように思えた。


「……けど、やっぱりダメっすね」


 しかし、と首を振る。

 行き場所のない自分と違い、京太郎には帰る場所があるはず。

 そこには自分がいられなくとも、帰れるのなら帰った方が良い。

 自分勝手なわがままに巻き込むことはできそうになかった。


「でもこのままじゃ……」


 携帯がなければ連絡手段がない。

 加えて、桃子は誰からも認識されない。

 透けている自分の手を見つめる。

 そしてまたしかし、と首を振った。


「京くん、待ってるっすよ……!」


 来た道を引き返し、桃子は人ごみを目指して走り出した。





「ないわー、参ったわー」


 突然降り出した雨から逃れるために避難した軒下で、園城寺怜は恨めしそうに呟いた。

 病院での定期健診を終え、その帰りにこの雨だ。

 予報では晴れると言っていたので傘もない。


「うーん、こんなことで竜華とかセーラ呼ぶのも悪いし……あ、京ちゃんはどうやろか」


 助けを求めるのはともかく、仲良くお話でもできれば雨もいつの間にか止んでいるかもしれない。

 竜華だったら事情を察してすっ飛んでくる可能性が高い。

 セーラはそもそも長電話に耐えられるか怪しい。

 京太郎だったらこっちの意思を組んで、雨が止むまでの暇つぶしのお喋りに付き合ってくれるかもしれない。

 というか、そう言ったら多分渋々付き合ってくれるだろう。

 それならばと、怜は携帯を取り出す。

 そして若干頬を緩ませながら、早速目的の電話番号を呼び出した。


「……ん、繋がらん」


 しかし、電源が切れているのか応答したのは留守番電話サービスだった。

 通話を諦めて携帯をしまう。

 バス停からも遠く、タクシーの姿もない。

 雨に濡れるのを避けるのであれば、このまま雨宿りするしかない。


「こんな日に検診来いとか、病院も案外鬼畜やなー」

 うち、病弱やっちゅーにと付け加え、怜は病院への恨み言を漏らした。

 予報が外れたのだから、病院側だって雨が降るなんて思っていなかっただろう。

 それはわかっているが愚痴らずにはいられなかった。

 休日を消費して、こんなところで雨宿りを強いられている。

 そんな状況で下がり目の気分を少しでも紛らわせるためだ。


「まあ、愚痴ってもしゃあないか」


 短くため息をつくと、怜はあたりを見回す。

 人の姿は疎らで、車の通らない中通り。

 タクシーを呼び止めるのなら、もっと大きい通りに出る必要がある。

 だが、そうなると屋根のない場所に出なければいけない。

 この時期の雨は冷たい。

 そして雪とは違い、雨は容赦なく体を濡らして体温を奪う。

 タクシーを捕まえるためとはいえ、やはり雨には濡れたくない。


「やっぱ雨宿り確定かなぁ」


 今度は長い溜息をつくと、怜は壁に背を預ける。

 ここらはマンションばかりで中まで入ることもできない。

 雨宿りはいいとして、寒さは中々に堪える。


「うぅ、寒っ」

 身に染みる寒さに体を震わせる。

 白い息を吐き出しながら、怜は目を閉じた。

 視界が漠然とした暗闇に覆われ、冷えた眼球がゆっくりと暖められていく。


『――――――!』


 ふと、ノイズのような響きが耳をかすめた。

 それはほんの小さなもので、ともすれば気のせいと断じてしまいそうなほどか細い。

 しかし怜はそれを聞き逃さなかった。

 姿なき声は幻聴で片づけられるが、姿が見えていればそれは幻聴ではない。


「……東横さん?」


 京太郎の友人の東横桃子。

 周囲の景色にとけこむように透けてはいるが、怜にはその姿がかろうじて見えていた。

 雨に濡れ、道行く人に何かを訴えている。

 だが誰もその声に気づかない。

 体をぶつけても、縋り付いても、首をかしげるだけで気づくに至らない。

 雨水が伝う顔は、泣いているようにも見えた。


「なんかあったんかな」


 怜は桃子のことをよく知らない。

 それこそ京太郎を通じた繋がりでしかない。

『誰か……――くんが、きょう――が……!』


 だけど、桃子がそこまで必死になる理由については思い当たることがあった。

 それは他ならない、京太郎のことだ。

 嫌な予感に後押しされて、怜は軒下から出ていく。

 そして道路の向こう側で嘆く桃子のもとへと歩き出した。

 冷たい雨が体を打ち付ける。

 唇を固く結び、車通りのない道路を一気に横切る。


「もしもーし、なんかお困りですかー?」


 桃子の背後から声をかけてみるものの反応はなく、地面に手をついたままだ。

 まさか自分が声をかけられているとは思っていないのか。


「もしもーし」

『――っ』


 怜が肩に手をかけ揺すると、息をのんで桃子が振り返った。

 驚きに見開かれた目に怜の姿が映る。

 だがそれも一瞬のことで、桃子は縋るように怜の手を取ると、やや強引にそれを引っ張った。


「ちょっ、なに!?」

『いいから来てほしいっす! 京くんが、京くんが死んじゃう……』

「――へ?」


 桃子の口から出た言葉は、怜の文句を遮るのに十分すぎた。





「はぁ、うぐぁっ……!」


 傷だらけで地面に横たわる京太郎。

 気を失いながらも、痛みに苦しんでいた。

 引っ張られてたどり着いた場所で怜が目にしたのは、先ほどの嫌な予感を何倍にも増幅させたかのような光景だった。


「京ちゃん……どうしてこんなに」


 手を伸ばして頬に触れる。

 即席の屋根で雨をしのいではいるが、ここに来る前に散々雨に打たれたのだろう。

 京太郎の体は死人のように冷たかった。


「病院、病院や……はよ連れていかんと!」

『それは……京くんが嫌がるっす』

「そないなこと言うとったらほんまに――」

「ダメ、だ……あそこには、戻れない……」

「京ちゃん!」

『京くん!』


 京太郎の目が開く。

 完全に覚醒しているかは怪しいが、その言葉が聞けたことに二人は安堵した。

 まだ生きているのだと。


「家に、帰りたい……ご飯作って衣さんと……」

 宙に手を伸ばしたかと思うと、力なく垂れ下がった。

 京太郎の意識が途切れる。

 怜は落ちてきた手をつかみ、握りしめた。


『京くんはこう言ってるっすけど……』

「やっぱ病院連れてくのがええと思う」


 怜の意見は変わらない。

 だが、京太郎が病院を拒む理由が気になっていた。

 それは全身の傷と関係があるのかもしれない。

 そう考えると、単純に病院に連れていくのもためらわれる。

 携帯を握りしめて服の間からのぞく包帯を見つめる。


「おー、こりゃひでぇな」


 突如響く第三者の声。

 怜と桃子が肩を震わせているあいだに、その人物は京太郎に歩み寄る。


「だが応急処置だけで十分助かりそうだな」

「あんたは……」

『クレープ屋のおじさん!?』

「よう嬢ちゃんたち、久しぶりだな」


 クレープ屋の店主は鷹揚に笑って手を上げた。

 そして二人が呆気にとられている隙に、京太郎の体を肩に担ぐ。


「とりあえず俺の車に運ぶ。嬢ちゃんたち、ちっとだけ手伝ってくれ」





 まず感じたのは息苦しさだった。

 次いであちこちの痛み。

 目を開けると、見慣れたリビングの天井があった。

 体にかかっていた毛布をよけて起き上がろうとすると、腹の上に乗っている物体に阻まれる。


「あれ、怜さん?」

「起きた? でももうちょい寝てなあかんで」

「とりあえずどけてくれません?」

「却下ー」


 毛布越しに顔をぐりぐりと押し付けられる。

 地味に痛くてくすぐったかった。


「あの、俺はどうしてここに……」

「雨の中で傷だらけで倒れてたから京ちゃんの家に運んで応急処置しました、まる。あ、鍵はカバンから拝借しました」

「な、なるほど」


 まくし立てるような早口だったが、実にわかりやすい説明だった。

 それにしても、俺は雨の中で一体なにをしてたのだろうか。

 どうもそこらへんの記憶があいまいだ。

 この全身の傷も――


「――うぐっ」

「京ちゃん大丈夫!?」

「の、ノープロブレムです」

 痛んだのは体の方ではなく、頭だった。

 そしてこれは傷の痛みじゃない。


「もう……うちに感謝するのは当然として、クレープ屋のおっちゃんや東横さんにも感謝せなあかんで?」

「おっさんと、東横も?」

「せや。倒れとる京ちゃん見つけたんは東横さんやし、ここまで運んで応急処置したんはおっちゃんや」


 たしかに怜さんだけで運んだとは考えにくい。

 そういうことなら、二人には今度会ったときに……


「そうだ、お見舞いだ」

「お見舞い?」

「俺、東横のお見舞いに行こうとしてて――」


 瞬間、記憶が溢れ出た。


『っと、終わりですね』

『それじゃあ下に降りますか』


 ハギヨシさんとの共闘。


『待って、待ってくれ――』

『京太郎くん、待ちなさい!』

『――総司さん!』

 あの人の影に手を伸ばしたこと。


『京くん……見ないで……』

『きょう、たろうくん……逃げなさい。やつが……来てしまう……!』


 東横とハギヨシさんの正体。


『よくわかるように結論から言いますわ』

『やめろ……』

『ハギヨシと衣は――』

『やめてくれ……』

『ワームですわ』

『やめろって言ってるだろ!』


 そして、知りたくもなかった真実。

 忘れていたことが波のように一気に押し寄せてきた。

 いや、違う。

 忘れてたんじゃなくて、忘れようとして思い出さないようにしてたんだ。

 そもそも、前々から薄々感づいてはいたんだ。

 だから驚きはない。

 知ってしまった事実がひたすら重くのしかかってくるだけだ。


「うぁ……」

「ほら、無理はあかん。病弱なうちが言うんなら間違いないで」

 額を押さえる俺の胸に、小さく柔らかな手が置かれる。

 怜さんの手。

 気がつけば俺はその手を取っていた。

 抱えたものの重さに耐え切れなくなっていた。


「そんな強く握らんでもどこにも行ったりせぇへんよ」

「全部、全部偽物だったんだ……」

「京ちゃん?」


 それがいつから、なんて疑問はない。

 だってそれはきっと最初からだからだ。

 衣さんは、俺と出会った時から……


『……あそこ、誰かいる』

『ほう、俺より先に見つけるとはな』

『だってなんか光ってるし。それより早く助けた方が…………』

『当然だ』


 俺と同じように瓦礫に埋もれていた女の子。


『ころもは、あまえころも……』

『おれはすがきょうたろう』

『俺は天道総司。天の道を往き、総てを司る男だ。さぁ、自己紹介が終わったところで飯にするか』

 一緒に住み始めて最初の食事。

 はじめは黙々と食べるだけだったのに、いつの間にか夢中で食べていた。

 この時初めて衣さんの笑顔を見たんだ。


『衣ー、一緒に帰ろーぜ』

『呼び捨てにするな! 衣はおねーさんなんだぞ!』

『えー、今までこう呼んでたじゃん』

『ダメったらダメ!』

『わかったよ、衣さん……これでいいんだろ?』

『ため口も禁止! もっとおねーさんを敬え!』

『はいはいわかりましたよ、衣おねーさん』


 中学に入ったら自分の方が年下に見られることを気にしだして、呼び方や話し方を矯正させられたり。


『きょうたろー、おねーさんの髪を梳くことをゆるす』

『いや、そこは自分じゃできないからやってくださいって言いましょうよ』

『そ、そんなことはない!』


 プライドが高くて素直じゃないところもあったり。


『この問題難しいな……』

『どれ、衣が教えてやろう』


 それでも頼りになるところはあった、妹みたいで姉のような人。

「全部全部、最初っから……!」


 本物を知る者は偽物にだまされない。

 だが、本物だと思っていたものが初めから偽物だったらどうなる?

 思えば、兆候はあった。

 不可解な発光、常人には察知できないものを嗅ぎ取る感覚、そして背中から生えた透明の翅。

 本当はもっと早くに気づけた。

 俺が見ないようにして、気のせいだと思い込んで考えないようにして、気づかないふりをしてただけだ。

 やるせなさと自分の情けなさで心が満たされる。


「……それが本物か偽物かなんて本当に重要なん?」

「……どういう意味ですか?」


 自分の声に声に険が混じるのがわかる。

 それでも、怜さんは構わずに先を続けた。


「だって、それしか知らんかったら、京ちゃんにとっては本物と同じやん」

「そんなの詭弁――」


 そして思い出した。


『玄ちゃんを……放してっ!』


 この世界を寒いと言った人のことを。

 人の心をコピーしてしまったという存在。

 それを証明する術を俺は知らないが、あの感情の爆発はきっと本物だ。

 その正体がワームだとしても、俺は本物を知らない。

 俺にとっての宥さんは、ワームである宥さんだ。

「なーんて、ちらっとだけ思いましたー的な?」

「……いや、助かりました」

「そう? 自分でも偉そうなこと言っとるなーって思たけど」

「おかげで少しすっきりしました」


 ごちゃごちゃとした心の中が多少片付いて、息苦しさが緩和された。

 そして目的も定まった。

 龍門渕さんに会いに行こう。


「そういえば、東横は?」

「ちょっと前に出ていったで」

「……そうですか」


 東横にも言いたいことがあった。

 まずはあいつに謝らなければいけない。

 今から追いかけたとして間に合うだろうか?

 いや、間に合わせるんだ。


「それじゃ、ちょっと行ってきます」

「……ダメって言っても行っちゃうんやろな」

「それは、まぁ」


 呆れたような視線を向けられる。

 こんな怪我をしたやつが出歩こうと言うのだから、それも仕方ない。

「ほんまにしゃあないな、京ちゃんは」


 だけど、怜さんはふっと笑った。


「うちのお願い、一個だけ聞いてもらえる?」

「色々世話かけましたから、それぐらいなら」

「じゃあ、絶対東横さんを見つけること」


 今度は何言われるかと身構えていただけに、少し拍子抜けだった。

 だけど怜さんの顔は真剣だ。


「あの子、こんな寒いのに雨に濡れて……それでも京ちゃんのこと助けてって言っとったんやで?」


 本当になんであいつは俺なんかのために……

 いや、俺だからか。


「当たり前ですよ」


 立ち上がってソファにかかった上着に袖を通す。

 体の痛みはもうあまり気にならなかった。


「京ちゃん、これ」

「俺のベルト……回収してくれたんですね」

「これなくなれば危ないことしなくなるかなー、とは思ったんやけどな」

「ありがとうございます。じゃあ出ましょうか」

「えー、いなくなってからじっくり探索する予定が……」

「やっぱりか……鍵も返してもらいますからね」





 家の外に出ると空は暗く、雨は雪に変わっていた。

 肌寒い風が吹くが、雨に濡れるよりはマシか。


「ほな、頑張るんやでー」

「そっちも気を付けて」


 怜さんは手を振って道の向こうに消えていった。

 俺も東横を探すために反対方向に歩き出す。


「つっても、どこから行くかな」


 携帯の充電は不十分。

 なら歩き回って探すことになる。

 ちょっと前に出ていったというのなら、まだそこまで遠くには行ってないはず。

 タクシーやバスを使う可能性もあるが、それはないと怜さんは言っていた。


『うちには透けて見えたけど、他の人からは見えんみたいやな。触っても誰も気づかんかったし』


 誰からも認識されないということ。

 それはいつものことだが、今回は異質だ。

 透けて見えるということは、見逃したとか気づかなかったという次元を超えている。

 そして影が薄いとは言っても、音を出したり触れば気づくはずだ。

 でも、今回は違うらしい。

 その意味するところは……

「擬態、だよな」


 以前戦ったワームのことを思い出す。

 姿を消すほど強い擬態能力。

 東横の今の状態も、その延長線上だと考えれば納得がいく。

 そもそもあの影の薄さもそれのせいなのだろう。

 だけど、俺はあいつを見失ったことは一度もない。


「なら、見つけられるはずだよな」


 ふっと息を吐く。

 白い靄が夜空に消えていった。

 まずは公園へと足を向ける。

 東横と一緒にクレープを食べた場所。

 思い当たる場所の中では一番近い。

 そういえば、クレープ屋のおっさんにも世話になったんだっけ。

 いつ会えるともわからないけど、借りは返さなくちゃな。

 あたりを見回しながら歩くこと数分。

 目的の公園に到着する。


「東横ー、いるかー?」


 呼びかけるも返事はない。

 すれ違う人がこっちを見てくるだけだった。

「まぁ、そう簡単にはいかないか」


 そもそも少し前から避けられ気味なんだ。

 ここにいるという確証はないが、単純に呼んだところで出てくるとは思えない。

 それならばと、息を思いっきり吸い込む。


「おい玉子焼きジャンキーっ!! 隠れてないでとっとと出てこいよこら!!」


 夜の公園に響く声。

 それが収まって静寂が訪れる。

 その中で、俺は周囲に気を尖らせた。


「……そこかっ」

『――っ』


 茂みが揺れる音と共になにかが飛び出す。

 その後ろ姿は確かに透けてはいるが、見覚えのあるものだった。

 離れていくところを追いかける。


「こら、待ちやがれ……」


 傷口をおさえながら走る。

 明らかにスピードが遅い。

 いつもだったら余裕で追いつけるはずなのに、距離が縮まらない。

「くそっ、歩くだけなら問題なかったってのに……!」


 電信柱に手をついて道の向こうを睨み付ける。

 夜の闇にとけていきそうな後ろ姿は、まだ俺の目に見えていた。

 視界を狭めろ。

 見るのはたった一つだけでいい。

 見失わないように一点だけ見据えて――


「――東横っ!」


 その背中目掛けてスピードを上げた。

 夜道に浮かぶ後姿が近づく。

 包帯の下が嫌な感じになっているが、気にしない。

 とにかく、あいつを早いとこ捕まえないと……!


「お前、どうして逃げるんだよ!」

『ほっといて、ほしいっす!』


 聞こえる声はどこか遠く、エコーがかかったような響きだった。

 前から聞こえてくるはずなのに、出所が判然としない。

 でも俺は笑ってしまった。

 こんなに元気な声を聞いたのは久しぶりだったからだ。

 やっぱり東横は東横だ。

「ほっといてほしいなら、ちゃんと挨拶してから消えろよな!」

『そうしたら、もう関わらないで、くれるんすか!?』

「そんなわけないだろ!」

『じゃあ絶対に、止まらないっす!』

「うるさい、観念して止ま――」


 あとちょっと、あと一歩踏み出せば届く。

 そんなところに来て、けたたましい音が俺の意識を周囲に引き戻した。

 ヘッドライトの光。

 鳴り響くクラクション。

 大型トラック――巨大な鉄の塊が、眼前に迫っていた。

 視界も頭も真っ白で、この瞬間が妙に長く感じられた。

 あとほんの数瞬で、俺は勢いよく宙を舞ってることだろう。

 そうしたら即死か、運が良くてまた病院送りか。

 どこか他人事のように状況を俯瞰する。

 俺、ここで終わるのか……?


『京くん!』


 体に衝撃が走る。

 ひかれたのかと思ったが、全然軽い。

 背中を打ち付けられて、俺は上にのしかかる重みを認識した。

「はは、まさか自分からつかまりにくるなんてな」

『……どうとでも言うっす』


 顔をうつむける東横の体を、腕を回してホールドする。

 これだけ近ければ、もう見失わないし逃がさない。


『……苦しいっすよ。放してほしいっす』

「逃げるから駄目だ」

『セクハラっす』

「いつもベタベタくっついてくるくせに、なに言ってんだ」

『……私のこと、嫌いじゃないんすか?』

「嫌いなやつをこんな風に追いかけると思うか?」

『京くんはバカっすね……』

「お前に言われたくはないな」


 顔を上げた東横は、泣きながら笑っていた。

 俺は涙が止まるようにと強く抱きしめる。

 すると、空気をぶち壊すように腹の虫が鳴いた。

 それは俺と東横のどっちともだった。

 そういえば、一日以上なんも食べてない。


「とりあえずうちに来いよ。なんか食おうぜ」

『じゃあ……玉子焼きがいいっす』

「わかったよ……このジャンキーめ」


 俺の日常が一つ戻ってきた。

 東横の笑顔を見てそう思った。





「それで、お前どうするんだ?」

『どうしたらいいっすかね?』


 二人で晩飯を済ませた後、俺と東横はテーブルを挟んで顔を突き合わせていた。

 話題は、東横の今後についてだ。


「だってそれじゃ、まともに暮らせないだろ」

『そうなんすよねぇ』


 俺は普通に話せているからいいが、大多数の人間からは認識されない。

 これまで通りの生活を送るにあたって、それは大きな障害だ。


「それ、自分でどうにかできないのか?」

『恥ずかしながら、どうにもならないっす』

「能力が暴走してるってところか」


 それは、一度擬態が完全にとけたことも関係しているのかもしれない。

 東横の自我が人間のものならば、うまく制御できないのもなんとなくわかる。

 ハギヨシさんがワームの力を抑えられなくなるのと同じように。


『……今更なんすけど、ごくごく自然に私がワームだってことを受け入れてるっすね』

「まぁな。だって東横は東横だからな」

『……でも偽物、なんすよ?』

「お前が偽物だって思ってても、俺にとっての本物はお前一人だ」

 これが俺の答え。

 たとえ人間じゃなくても、一緒に過ごした時間は本物だ。


『本当に、もう……』


 呆れるような声を出した東横は、笑っていた。

 その潤んだ目元を見て、俺は間違っていないことが実感できた。


『少し、私のことを話してもいいっすか?』

「ああ。好きなだけ話せよ」

『じゃあ、まずは――』


 そうして東横は語り始めた。

 ワームである自分と、人間である自分。

 もっとも、ワームの時の記憶はおぼろげで、つい最近までずっと普通の人間だと思っていたらしい。

 それが綻び始めたのが――


『京くんが初めて私の前で変身したとき……あのワームと出会ったときっす』


 あの時のワームは、昔の仲間である東横を狙っていたらしい。

 だから俺と正面切って戦うのを避け、離脱を繰り返していたのか。


『怖かったっす。自分の中に自分じゃない自分がいるみたいで……』


 自分が自分じゃないことを知る恐怖。

 ワームを見た時の異常な怯えようはこれだったのか。

『それで、クラスのみんなに囲まれた時、思っちゃったんす……見えなくなりたいって』


 その時から体が透け始めたということか。

 それでずっと学校を休んでいたのか……


「……悪かったな、置き去りにして」

『気にしなくってもいいっすよ。私がいくじなしだったんす』

「そうは言われてもな……」


 気にしないわけにはいかなかった。

 この能力の暴走の原因の一端は俺にある。

 東横が学校に行けなくなったのも俺のせいだ。

 自分を責めるわけじゃないが、それが事実だ。


『変なとこで後ろ向きっすね。もう過ぎたことっすよ』

「でも、それでお前がこんな状態になったんだぞ?」

『それでも、京くんとまたこうして話せるようになったし、十分っす』

「……そうか」


 そう言って東横は晴れやかに笑った。

 だからそれ以上何も言えなかった。

 だって、こいつはきっと本気でそれでいいと思っている。

 それならずるずると続けても仕方がない。

「にしても、人の心までコピーしてしまったって、どういうことなんだろうな」

『私にはわからないっす……ただ』

「なんか覚えでもあるのか?」

『はっきりとは覚えてないっすけど……私はその時、ひたすら消えたくないって思ってたような気がするっす』


 東横が言うその時とは、ワームに襲われた時だろう。

 それで消えたくないと強く願ったのか……

 今の状態を見れば笑えない冗談だった。

 目にも見えないし、触っても声をかけても気づかれない。

 それじゃあ消えているのと同じだ。

 痛烈な皮肉とすら思えてくる。


『まぁ、こんな状態だから今更感があるんすけど』

「そんなわけないだろ」


 自嘲するように笑う東横の肩をつかむ。

 俺にはこうやって触れるし、見えるし聞こえる。

 こいつはまだ消えてなんかいない。


「俺がいる。それに怜さんだってお前のことが見えてた。あとは純や先輩、会長だってきっと気づく」


 一つだけ気づいたことがある。

 なぜ俺たちにだけ東横が見えるかだ。

 確証はないが、それはきっとつながりの深さだ。

「竜華や衣さん、福路さんや池田……は微妙だけど、ハギヨシさんだって大丈夫」

『……どうっすかね』

「だって、一緒に海に遊びに行ったじゃないか」

『それ、関係あるんすか?』

「うるさい、俺がそうと言ったらそうなんだよ。黙ってうなずけ」

『無茶苦茶っすね……でも、なんだかいつもの京くんらしいっす』


 乱暴な物言いだったのに、東横は口元を緩ませた。

 これで納得したかはわからないが、不安の影が薄れているように思えた。

 そしてダメ押しのために、俺はカバンからあるものを取り出した。


「これ、やるよ」

『ヒヨコのぬいぐるみっすか?』

「もともとお前の見舞いのために買ったものだしな」

『そうっすか……かわいい』


 ぬいぐるみを抱きしめている様子から、気に入ってもらえたようだ。

 あれこれダメ出しされまくった甲斐があるというものだ。


「とりあえず今日は泊まってけよ」

『え、変なことする気満々っすか?』

「安心しろ、きっちり別々の部屋だ」

『なーんだ、つまんないっすねぇ』





 翌日の朝、今日は月曜日だが、学校には行かない。

 それより先にやることがある。


『サボりとは中々に悪っすね』

「いいからお前はおとなしく家で待ってろ」

『はーい』


 見送られ、家を出る。

 東横は今の状態がどうにかなるまで家に置いておくことにした。

 自転車を出す。

 幸い今日は晴れていた。

 向かう先は龍門渕の屋敷。

 いろいろ話を聞くのとともに、東横のことも相談したい。

 ZECTは藤田の件も含め全く信用ならないが、あそこだったらまだとっかかりがある。


「まずは話を聞いてもらえる状態にしないとな」


 昨日のことで、俺は龍門渕さんから敵視されているかもしれない。

 一応ハギヨシさんを通じてアポを取ったが、どうなるかはわからない。

 そもそも、ハギヨシさんが連絡に応じてくれただけでも驚きだったのだが。

 電話をかけた時は少し驚いた風だったが、用件は取り次いでもらえた。

 まだ話し合いの余地があるということだろうか。


「きばらないとな……」

 しかしながら、結果次第では戦うことになる可能性もある。

 傷は全然癒えていないが、そうなったらやるしかない。

 倒して、叩きのめして、それから話をするだけだ。

 息を吐き出して力を抜く。

 今から力んでも仕方がない。

 赤信号で止まる。

 屋敷はまだ遠い。

 信号が多いうちはあまりスピードを出せないから、少しじれったい。

 退屈しのぎに通勤通学の人ごみを眺める。

 その中に所々混じる、黒いアーマーを身に着けた者たち。

 最近ではすっかりおなじみの風景になっているゼクトルーパーだ。


「……本当にZECTの目的はなんなんだ?」


 先日の藤田の行動は不可解だった。

 ワームの擬態を強制的に解くという兵器。

 あれを俺の前で東横に使った意味はなんだ?

 そんなことをして何のメリットがある。

 擬態に慣れたワームは、サーモグラフィでも見破れない。

 あぶりだして殲滅しようってなら話は分かるが。

 東横やハギヨシさんに全く手を出さないで撤退したのが引っかかる。


「もしくは、藤田の独断か?」

 元々なにを考えてるかわからない女だったが、ZECTに恭順してるわけではないのかもしれない。

 ただそうなると、俺への嫌がらせが藤田個人の目的ってことになるが。

 考えてもわかりはしないが、警戒の必要は十分にある。


「っと、携帯か」


 ポケットの中で震えだした携帯。

 赤信号を前に自転車を止めて確認すると、純からの着信だった。

 そういえば誰からの連絡にも返事してなかったな。

 充電が終わって、朝起きてから開いてみたら、着信とメールの嵐だった。

 竜華と福路さんのが多くて、会長は一定時間置きに。

 その他には純のもあったし、怜さんからのもあったし……池田のも一通あったけど、それは読まずに削除した。

 なんか呪いの言葉でもあったら困るし。

 とにかくそんなわけで量が多くてまともに読んですらいない。

 まぁ、病院を抜け出したんだから仕方ないっちゃ仕方ないが。


「もしもし」

『お、やっと出たか』

「こんな朝から何の用だよ」

『いや、オマエこそなにやったんだよ。うちのお嬢さまの機嫌が、昨日からものすごく悪かったんだぞ?』

「あー」


 どうやら龍門渕さんは怒っているらしい。

 これは穏便に済まないパターンかもしれない。

『まぁいいけどさ、病院抜け出したって聞いたときはさすがに心配したんだぜ?』

「悪いな」

『大丈夫そうならいいけど』

「お前に心配されるなんてなんか新鮮だな」

『それだけのことをやらかしたってことじゃねーの?』


 そう言う純の声は呆れ混じりだった。

 実はこうして自転車に乗っているだけでも体が痛い。

 それで傷が悪化したり動けなくなるほどじゃないが、やはり入院は必要だったのだろう。

 呆れられるのもしかたがないな。

 俺だって多分そうする。


「そういえば、衣さんは?」

『ああ、あのちみっこな』

「お前、その呼び方本人の前でしてないよな?」

『たまにしか』

「……ぉう」


 からかわれてギャーギャー騒ぐ衣さんの姿が、ものすごく簡単に浮かんだ。

 こいつの性格だったらいじめるとかはしないと思うが。


「……泣かせるなよ」

『まさか。案外仲良くしてるんだぜ? てかそんなことしたら俺が怒られる』

「ならいいけどな」

 純が衣さんと接触する機会があるのは、龍門渕の屋敷にいるときだろう。

 そんなとこで泣かせようものなら、家主が鬼の形相ですっ飛んでくるに違いない。


『んじゃ、そろそろ学校行くわ』

「電話ありがとな」

『気にすんなって……あと、あんま無理すんなよ』


 電話が切れる。

 無理をするかどうかは向こうしだいだが、どうなるだろうか。

 携帯をポケットの中にしまう。

 長い赤信号がちょうど青に変わった。

 ペダルに足をかけてこぎ出す。

 ここから先は信号が少なく、交通量も減る。

 つまりスピード出し放題ってことだ。


「――っ、痛くない痛くない」


 体中のあちこちから上がる声を、押さえつける。

 傷口さえ開かなければどうとでもなる。

 それよりなにより、一刻も早く行かなければならない。

 きっと衣さんは屋敷にいる。

 放しかけたその手を、握りなおすためにも。

 あの人が言っていた。


「善は急げ、料理は熱いうちに食え。冷めると気持ちがなえる……ってな」





 龍門渕の屋敷。

 廊下に立ち並ぶドアの一つ。

 周囲の部屋のものと比べると、一回り大きい。

 その前で透華は中にいる人が出てくるのを待っていた。


「衣! 早く出ていらっしゃい!」

「いやだ!」


 その呼びかけに部屋の中の衣は応じない。

 またしてもうまくいかないと、透華は顔をしかめた。

 昨日京太郎を取り逃がしたこと、そして今日の衣。

 自分の意に沿わぬ事態に、軽く苛立ちを覚えていた。


「学校に遅れてしまいますわよ!」

「いやだったらいやだ!」


 しかし衣は頑として出てこようとしない。

 隣で控えているメイドが、透華の機嫌の悪化に身をすくませていた。


「なぜですの!」

「だって、衣はきょうたろーと一緒の学校がいい……違うところには行きたくない!」


 須賀京太郎。

 透華の苛立ちの原因の大部分を占める男。

 衣の口からその名前が出てきたことで、透華の眉間のしわが一層深くなった。

「でもあなたは、今日からうちの学校に通うことになっていますのよ?」

「そんなの聞いてない!」

「今言いました!」

「理不尽極まりないぞ!」


 もちろん急な転校は透華が手配したものだ。

 転校先の龍門渕高校は、その名の通り龍門渕グループが経営している。

 その力を使えば、それは容易いことだった。

 しかし当の本人がそれを受け入れないと言っている。

 京太郎がいなくなれば、衣を大きく引き止める力が消失する。

 すでに京太郎を見限った透華にとってはそんなものはないも同然だが、衣にとっては違う。

 何も知らないままここにいるのだ。


「少し、性急だったみたいですわ……」


 透華は自分が焦っていることを自覚した。

 そこには京太郎への無意識の恐れがある。

 だからこそ、衣を自分の目が届く場所に置いておこうとする。

 透華の最大の目的は、衣を守ることなのだから。


「お嬢様、少しよろしいでしょうか」

「今は取り込み中ですわ」

「しかしお客様を待たせております」

 萩原からの来客の報に透華は怪訝な顔をした。

 今朝の予定にそんなものはなかったからだ。


「どこのどなたですの?」

「京太郎くんです。訪問の連絡も私が受けました」

「なぜ知らせませんの!?」

「私は、今一度彼と話し合うべきだと思います」

「ベルトを奪って追い返しなさい」

「お嬢様、ご一考を」

「……」


 深く頭を下げる萩原を前に、透華の頭に上った血が下っていく。

 そして鼻を鳴らすと、ドアから離れて来た道を戻っていく。


「中庭に通しなさい」

「かしこまりました」

「それと、あなたのデバイスも」

「……こちらを」


 萩原から機械仕掛けの剣を受け取ると、透華は目を細めた。

 そして振り返りざまにメイドに言い放つ。


「あなた、衣の世話を任せますわ。くれぐれも部屋から出さないように」

「は、はい!」





 廊下の向こうに足音が消えていくのを確認して、衣はドアから耳を離した。

 今までドアを塞いでベッドにくるまっていた衣が聞き耳を立てていたのには、理由がある。

 透華と萩原の会話の中で、気になる言葉を聞きつけたからだ。


「きょうたろー、来ているのか?」


 京太郎は怪我が悪化して絶対安静の状態。

 衣はそう知らされていた。

 だからこそこうして龍門渕の屋敷に泊まったのだ。

 しかし、その京太郎が屋敷に来ているという。

 容体が心配で衣はいてもたってもいられなくなった。

 病院で面会謝絶とも言い渡されていたからだ。

 慌ててドアを開けて外に出る。


「あ、出ちゃダメですよ!」

「放せっ、衣はきょうたろーに会いに行く!」

「ごめんなさいねー、言ってくれれば何でも持ってきますから」


 持ち上げられて運ばれる。

 人形のような扱いに暴れる衣だったが、そんなものはどこ吹く風だ。

 そのままベッドに安置されて、ドアが閉まった。


「むぅ、失礼な奴め!」

 頬を膨らませながら室内を見回す。

 やや背の低い家具と、カーテンに覆われた窓。

 この部屋は透華が衣のために用意したもので、家具もそのように作られていた。

 しかし、窓だけは他の部屋と同じ高さだ。

 衣は椅子を台にカーテンを開け、窓の外を見た。


「うわ……高い」


 この部屋は屋敷の二階に位置している。

 背の低い衣から見れば、なおさら高く見えた。

 窓から脱出することを諦め、ベッドに座ってドアを睨み付ける。


「邪魔者さえいなければ……!」


 その邪魔者を排除するための方策に頭を巡らせる。

 しばらく考えた後、衣は立ち上がってテーブルに置かれてる花瓶を持ち上げた。


「えいっ」


 逆さにして頭から水をかぶる、

 そして小さな掛け声とともに、花瓶が床に叩きつけられた。


「ど、どうしましたか!?」


 花瓶が割れる音を聞きつけたメイドが、部屋に飛び込んできた。

 水に濡れた衣と、散乱した破片。

「――くしゅん」

「すぐに替えのお召し物を持ってきます!」


 意図せずに出たくしゃみに急かされるように、メイドは小走りで消えていった。

 ドアから顔を出して後ろ姿が消えたのを確認すると、衣は部屋の外に出た。

 向かう先は中庭。

 透華の口から出てきた場所だ。

 そこで京太郎と話すつもりなのだと衣は考えた。

 まずは近くにある階段を下り、一階へ。

 そして玄関のホールに差し掛かったところで、そういえばと足を止めた。

 中庭には外からでも出入りができる。

 そして屋敷の中には人が出歩いているが、庭の方はそれほどでもない。

 透華の意向で最低限の人数しかいないが、見つかって連れ戻されるリスクは最小限に抑えたい。

 衣は針路を変え、玄関の扉を開けた。


「誰もいない……よしっ」


 まるで潜入調査でもしている気分で、茂みに隠れながら庭を進んでいく。

 しかし、いつものウサミミカチューシャが上から飛び出していることに本人は気づいていない。

 もっとも、それを見つける者はいなかったが。

 ただ一人を除いて。


「衣様、部屋にお戻りください」

「ハギヨシっ」

 茂みから出た衣の前に立っていたのは、萩原だった。

 先ほど確認したときは誰もいなかったはずのに、いつの間にかだ。

 いつもの神出鬼没っぷりが今ばかりは恨めしかった。


「お嬢様と京太郎くんは、今大切なお話をしています。それが終わるまで少々お待ちください」

「ダメだっ、透華はきょうたろーを追い返す気に違いない!」

「……」

「そして衣をここに引き止める気だ……そしたらきょうたろーにもう会えなくなる」


 その勘の鋭さに萩原は少しの間言葉を失う。

 衣はおそらく、これから起こることを確信している。

 だがその光景を、もしかしたらその真実を今はまだ伝えるわけにはいかない。


「失礼」


 萩原はあくまで優しく、逃れようのない力で衣を抱え上げた。

 衣は暴れることすらできなかった。

 ただ声を上げることしかできない。


「は、放せっ」

「申し訳ありません。ですが、これが私の務めなのです」

「いやだ……放せっ!!」

「なっ――」


 突如生じた圧力に萩原は弾き飛ばされた。

 その発生源である衣の背中。

 そこには薄く透き通った翅があった。

 衣は不思議そうな顔をしていたが、拘束が消えたことを認識すると、一目散に駆けていく。


「くっ、お待ちください!」

「きょうたろー、今行くぞ!」





 通された中庭で俺と龍門渕さんは向かい合う。

 その片手には剣型の変身デバイス。

 これからなにをしようとしているかは明白だった。


「まどろっこしい話はなしですわ。負けた方が勝った方の望みを聞き入れる……これでよろしくて?」

「話し合いと言うのは?」

「あなたは一度逃げ出した。それならば相応の覚悟を見せてみなさい!」

≪――変身≫


 龍門渕さんがアーマーを纏う。

 こんな展開になるんじゃないかと思っていたが、話が早すぎる。

 顔を合わせた瞬間にこれだ。

 純の言うことは本当だったようだ。


「早く変身なさい。それとも、この前のようにまた逃げますの?」

「まさか……ただ、いいのかなって」


 ベルトを巻く。

 俺の中に太陽がある限り、これだけは手放せない。


「だって、本気だしたら俺が勝っちゃうでしょ」

≪――変身≫

「言いましたわね!」

 こっちが変身するや否や、相手が斬りかかってくる。

 クナイガンでそれを受け止める。


「くっ」

「その傷だらけの体で! 私を倒すと!?」

「いや、いいハンデでしょ」


 確かに体中が痛む。

 気を抜くと力が抜けそうにもなる。

 だけど――


「あんたは、ハギヨシさんに比べたら全然弱い」

「――っ!」

≪――Cast Off! Change Scorpion!≫


 それは声にならない感情の爆発か。

 剣を受け止めた体勢のまま飛散したアーマーをかぶった俺は、生垣に突っ込んだ。


「散りなさいっ!」

≪――Rider Slash!≫

「はああぁぁぁ!!」


 気合のこもった掛け声。

 相手の刃が紫色の光を帯びる。

 剣を後ろに引く構えは、突きだ。

「でも、ダメだね」

「なっ」


 突き出された刃を絡め取り、足で踏みつける。

 そして動きの止まったところを蹴りだす。

 相手はデバイスから手を離して地面に倒れた。


「熱くなるのはいいけど、隙が出来てしまうかも……ハギヨシさんがそう言ってたよ」

「この……!」

「勝負あり、だろ?」


 龍門渕さんがハギヨシさんより弱いのは事実だ。

 剣のスピードも、鋭さも、正確さも及ばない。

 それでも俺と大差はないとは思う。

 だけど、敗因はそんなところとは関係ない。


「……認めましょう。私の負けですわ」


 お互いに変身が解け、ゼクターたちが去っていく。

 俺は手を差し伸べ、龍門渕さんを助け起こした。


「じゃあ、さっそく聞かせてくれ……衣さんがワームってどういうことなのか」

「わかりましたわ。その前に場所を――」

「お嬢様!」


 呼びかけに振り返れば、壁にもたれるハギヨシさんと……


「衣、さん?」


 逃げるように去っていく小さな背中。

 そこには透明な翅が陽光を受けて煌めいていた。





「衣が、ワーム?」


 龍門渕の屋敷で見た光景、聞いてしまったこと。

 それらが頭の中でぐるぐると回る。

 衣にとってはテレビの向こうの存在であるライダー。

 その中身は、自分の親しい人たちだった。

 そして、京太郎の口から出た言葉。

 天江衣は、ワームであるということ。

 それだけなら、一笑に付して飛び込んでいくこともできた。

 だが、見てしまったのだ。

 ガラスに映った、自分の背中から生える翅を。

 それに自分で触れた時、人間ではありえないことはすぐわかった。

 頭がごちゃごちゃになり、気がついたときには屋敷の敷地を飛び出していた。


「京太郎が、ライダー?」


 ライダーとはワームを倒す存在。

 そして京太郎は自分のことをワームだと認識している。

 足元が崩れていくような感覚に、衣はしゃがみこんだ。

 こうしてじっとしていると、やけに耳の中がざわざわする。

 街中から外れたこの周辺は、交通量は少ない。

 それだというのに、衣の耳には姿の見えない人の声や車の音を捉えていた。

 思えば、あの時京太郎たちから距離があったはずなのに言葉がしっかり聞こえたのは、このせいなのかもしれない。

 また一つ、自分が人間でないという実感を得て、衣はその場に座り込んだ。

「あれもこれも……そうだったのか?」


 萩原がいきなり吹き飛んだのも、ここに来るまでに感じた身体能力の高まりも。

 物の試しに、翅を振るう。

 すると、傍にあった街路樹が半ばから切断されて地面に落ちた。


「はは……衣は本当に、人間じゃないのか……」


 泣きそうな顔で空を見上げる。

 衣の感情と同調するように、空が雲に覆われていた。


「あなた、一人なの?」

「……誰だ、お前は」


 衣の背後にいつの間にか女性が立っていた。

 厚手のロングコートに毛糸のミトン、マフラーを巻いて頭にはニット帽。

 見覚えのない人物。


「離れろ。衣と一緒にいると危険だ」

「ううん、大丈夫。だって、私も同じだから」


 虹色の鱗粉が舞う。

 女性の背中から、マフラーの間を縫うように蝶の翅が出現していた。


「お前も、そうなのか?」

「うん……よかったら一緒に来る?」

 差し伸べされた手をじっと見つめる。

 衣は知らない人についていってはいけないと言われて育てられた。

 だが、それは人間の常識だ。

 そしてそれは揺らいで沈んでいく衣の心の支えにはならない。


「そこに衣の居場所があるのか?」


 問いかけに女性は微笑みながらうなずいた。

 衣はその顔と手を見比べ、おずおずと自分の手を伸ばす。

 二人の手が重なった。


「ふふ、こうしてるとあったかいね」

「ふん……」

「それじゃ、行こ?」

「おいおい、せめて自己紹介ぐらいここでしてかないか?」


 二人の前に別の女性が現れる。

 煙管を持って革のジャケットを羽織っている。

 またしても衣の知らない人物だった。


「あまりのんびりしてると彼が……」

「その心配はないよ。サナギを置いてきたし、あいつが足止めに行った」

「あの人……ですか」

「ああ、いかに彼が強くとも、あいつは次元が違う」

 二人がなにを話しているのかが衣にはわからない。

 代名詞で濁されてそのヴィジョンが浮かびづらくなっている。

 ただ、なんとなく自分に関係のあることなのだとは感じていた。

 彼だとか、あいつと言うたびに、マフラーをまいた女性が心配そうにちらちらと見てくるからだ。


「私は藤田靖子。よろしく」

「お前、人間か?」

「ご名答」


 今の衣の感覚は、ワームであるか否かを判別できるまでに高まっていた。

 たとえワームが擬態していても、それを容易く見破るだろう。


「この人は私たちのスポンサーさんなの」

「君たちには色々興味が尽きないからね……ところで、抱っこしてもいいかな?」

「お断りだっ」

「あらら、振られたか」


 煙管を持った女性――藤田は残念そうな顔をした。

 本気かどうかいまいちはかりかねるが、衣は子ども扱いされたことが気に食わなかった。


「私は松実宥っていうの。よろしくね?」

「松実……」


 その名字に衣は引っ掛かりを覚えた。

 どこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。


「どうかしたの?」

「いやなんでもない……衣は、天江衣だ」


 だがそれは、すぐに頭の外へ弾きだされていった。





「くそ、なんだってこんな時に!」

≪――Clockup!≫


 衣さんを追いかける途中で、俺はワームに襲われていた。

 サナギしかいないが、とにかく数が多い。

 そして俺は十全に動ける状態ではない。

 クロックアップを駆使しても辛いものがあった。


≪――Clock Over!≫

「はぁ、はぁ……あと何体だこの野郎……!」


 正直数えたくなかった。

 蟻のように湧いたワームが、肉のカーテンのように行く先を阻んでいる。

 せめてもう一人いればとも思うが、ハギヨシさんはダウンしていて、龍門渕さんはバイクがないので出遅れている。

 目の前のワームの壁を睨み付ける。


≪――Hyper Clockup!≫


 だがそれは――


≪――Hyper Clock Over!≫


 ――文字通り一瞬で姿を消した。


「なんだ、なにが起こった……?」

 目の前で起きたことに目を疑う。

 だって俺は瞬きすらしていない。

 それはつまり、ライダーの目をもってしても見えないほどの速度ということだ。


「あれ、は……」


 白く煙った道の先。

 そこに立つ見覚えのある姿。

 七年前、そして先日も現れたそのライダーは――


「総司さん!」


 助けに来てくれたんだ。

 この人がいればきっと衣さんもすぐ見つかる!


「衣さんが、衣さんがいなくなっちゃって……でも総司さんがいるなら――」


 気づけば俺は地面に倒れていた。

 何が起こったのかわからなかった。

 総司さんは黙って俺を見下ろしている。


「な、にが……」

≪――Hyper Clockup!≫


 その姿が掻き消える。 

 それを認識したときには、俺の腹部を強い衝撃が襲っていた。

≪――Hyper Clock Over!≫

「総司さん、どうして……」


 腹を踏みつける足をつかむ。

 総司さんはこちらの呼びかけに応じず、踏みつける力がさらに強まった。


「ぐがぁっ」


 変身が解ける。

 見上げたその姿に、七年前の輝きは見られなかった。


「須賀京太郎!」


 響く声。

 変身済みの龍門渕さんが駆け付けた。


「あなた、何者ですの?」

「……」


 龍門渕さんの問いにも何も答えない。

 ただその右手で天を指すと……


≪Hyper Clockup!≫


 その姿は忽然と消えていた。





第十六話『遠い背中』終了


てなわけで十六話目終了です

今回ある程度持ち直した京ちゃんのメンタルですが、またあれになります
いつもタイトルは書きあがった後で適当に決めてますが
次はもう決めているので予告しときます

次回『闇が全てを覆うとき』

したらば

あれ? なんかトリップおかしい?

あ、大丈夫っぽい




 もう十数年前の話。

 ある夫婦が遺体で発見された。

 夜の住宅街。

 周辺に散らばるベビー用品。

 街灯の生み出す影に沈み込むように倒れた二人の死体。

 夫は妻に手を伸ばす様に、妻は膨らんだ腹部をかばうように。

 発見者は即座に病院と警察に通報した。

 そして事態は速やかに処理されることになる。

 その処理の甲斐あってか、次の日には死んだはずの二人が平然と歩いていた。

 しかしながら、そのことに疑問を挟む者はいなかった。

 もとよりニュースはおろか、新聞にすら載っていなかったからだ。

 誰も知らなければなかったことと同じ。

 とある組織が死体があったという事実を、発見者諸共闇に葬り去ったのだ。

 その組織――ZECTは、人間の姿形、記憶までも写し取る存在を知っていた。

 知っているうえで、話が広まるのを防ぐため処置を施したのだ。

 そうして死んだはずの夫婦は、組織の援助を受けながら人間社会にとけこんでいく。

 間もなく妻は子供を産み、誰から見ても幸せな家庭が築かれることになる。

 夫婦と娘一人の絵に描いたような円満。

 その薄皮の下にどんな真実があるかも知らず、娘は成長していった。

 夫婦の姓は天江、娘の名前は衣。

 人間に擬態したワームから生まれた子供。

 それが天江衣の正体だ。





「他に、なにか聞きたいことは?」

「……」


 病院の一室で龍門渕さんから知らされた真実。

 それが、俺の背中に重くのしかかってくる。

 衣さんがワーム、それは今更だ。

 でも東横や宥さんとは違う。

 始めから擬態なんてしてないんだ。

 つまり、あの姿は衣さんだけのもの。

 正確に言えば、生まれてくるはずだった人間の天江衣のもの、だが。


「今の話が本当なら、ワームは隕石が落ちてくる前からいたってことになる」

「ええ……私たちが生まれるよりもっと前、35年も前に地球に飛来した隕石……彼らはそれに乗ってやってきた」

「彼ら?」

「ネイティブと呼ばれるワームたちですわ」


 ネイティブ。

 俺が生まれるよりはるか前から存在するワーム。

 この話が本当だとすれば、すんなりと理解が通ることがある。

 ライダーシステムだ。

 あれは俺の目から見たら相当のオーバーテクノロジーだ。

 虫というモチーフにワームの脱皮とキャストオフ、そしてクロックアップ。

 技術の出所がそのネイティブなのだとすれば、様々な共通点にも色々と納得がいく。

「それで、そいつらはZECTとつながってる……そういうことか」

「その通り。彼らはいずれ来る敵から守ってもらうために、人間に技術を提供したのですわ」

「いずれ来る敵……もしかして、七年前の」


 龍門渕さんは静かにうなずいた。

 ライダーシステムはワームと戦うために作られたという。

 そこにより正確な説明を付け加えるとすれば、ワームの前に『七年前にやってきた』という言葉がつくのだろう。

 ということは、いずれあんな風に隕石が落ちてくることだってわかってたはずだ。

 それをみすみす地球に落としたということは、止めようとして止められなかったのかもしれない。

 それでも、そのことがわかっていればもっと被害は減らせたはずだ。

 今更どうしようもないとわかっていても、握った手に力が入ってしまう。

 あの隕石で俺は色々なものを失った。

 あそこであの人に拾われなければ、命さえも失っていただろう。

 どんな事情があるにせよ、俺はそのネイティブに良い感情が抱けそうになかった。


「あなたの気持ちも言いたいこともよくわかりますわ。ですが、自分をいたずらに傷つけるのはおよしなさい」


 握った拳に龍門渕さんの手が触れる。

 気づくと、手から滴る血がベッドのシーツに染みを作っていた。


「……ちょっと熱くなりすぎたな」

「いいえ、あなたの怒りは真っ当なものですわ」

「そういえば、龍門渕はどうして身内が殺されたのを放置してたんだ?」

 天江夫妻を殺して成り変わったワームもネイティブだ。

 いくら人間と協力関係にあったとはいえ、こうも易々と見逃されるものなのか?

 ZECTの援助を行っている龍門渕が知らないはずはないと思うが。


「……それは、天江夫妻がとある重大なプロジェクトに携わっていたからですわ」


 重たそうに口を開く龍門渕さん。

 表情も硬い。


「ライダーシステム……天江夫妻はその開発の責任者。二人がいなくなれば開発も滞る……そういうことですわ」

「そう、だったのか」


 ワームは人間の記憶も写し取る。

 それなら本人じゃなくても、十分役目が果たせる。

 その判断のもと、ZECTと龍門渕は目をつぶったのだろう。

 龍門渕さんはこらえるように胸を押さえつけている。

 きっとそういうことに抵抗があるんだ。

 俺だって納得はできない。

 今更どうしようもないことではあるが。


「でも、衣は正体はどうであれずっと人間として生きてきた。だから……」

「ああ、わかってる。絶対に見つけよう」

「……礼を、言いますわ」

 深々と頭を下げられた。

 もしかすると、俺はレアな場面に遭遇しているのかもしれない。

 そんなことより、アンテナみたいなくせ毛も一緒にお辞儀しているのが気になって仕方なかった。


「手、大丈夫ですの?」

「ちょっと爪が食い込んだだけだから」

「それでも、治療は一応施すべきですわ」


 龍門渕さんは立ち上がるとナースコールのボタンを押した。

 間もなく誰かしらがここにやってくることだろう。


「そうだ、一つ頼みたいことが」

「わかりましたわ」

「……あの、まだ内容も言ってないのに?」

「あなたには色々と借りがありますから、多少のことだったらなんでもかまいませんわ」


 二つ返事でオーケーをもらえた。

 もちろん無茶苦茶なことを言ったら怒られるだろうが、これに関してはきっと大丈夫だ。

 ただちょっと龍門渕に居候が増えるだけの話だ。

 ハギヨシさんをそばに置いているこの人だったら、きっと理解してくれる


「さぁ、それで頼み事とは?」

「俺の友達のことなんですけど……」





 病室のベッドの上で天井を見つめる

 俺は怪我人だ。

 衣さんを探しに行くことは許されずに、こうして数日も病室に放り込まれている。

 もどかしいかぎりだ。

 会って抱きしめて伝えないといけないってのに。

 ため息をついて見た窓の外の空は白い。

 部屋は暖房が利いているが、外は寒そうだ。


「失礼します」


 ノックとともに入ってきたのはハギヨシさんだった。

 いつもの燕尾服の上にコートを着ている。

 その手にはバスケットに入った果物。

 お見舞いの品だろうか。


「傷は、どうですか?」

「まだ痛みますけど、これぐらいだったら楽勝ですね」


 上体を起こして力こぶを作ってみるが、痛みで顔が引きつったかもしれない。

 なんとも不恰好だな。

 ハギヨシさんは困ったように笑った。


「気を使わせてしまいましたね」

「いやいや、本当に平気ですよ」

「それではそういうことにしておきましょう……ありがとう」

 小さく礼を言うと、バスケットを机に置いてハギヨシさんは椅子に座った。

 そしてしばしの沈黙。

 黙ったその様子は、迷っているようにも見えた。

 なにか言い出しにくいことを言おうとしているのか。

 それだったら、俺には一つしか思い当たることがない。


「ハギヨシさんは、ワームなんですか?」

「……」


 あくまでポーカーフェイス。

 だけど俺にはその表情が固まったことがなんとなくわかった。

 しばらくの沈黙の後、ハギヨシさんは観念したかのようにため息をついた。


「参りましたね、ここまで直球で来られるとは……結論から言うと、その通りです」

「それも、あのサソリの」

「……はい」


 サソリのワームと遭遇したのは二回。

 恐ろしい強さだったが、戦っている最中におかしな様子があったのを思い出す。

 思えばあれは、ハギヨシさんの意識があったということだったのかもしれない。


「私自身が私と祖父を殺した張本人……なんとも滑稽な話です」

「それは……」

 以前、車の中で聞いた話を思い出す。

 執事の祖父がサソリのワームに殺された。

 そのことを語るハギヨシさんの冷たい怒り。

 それは今までずっと自分に向けられてきたのだろうか。


「私はあの時確かに死にました。それでも私はここにいる……それはきっと、私がなにもできなかった自分を許せないからなのでしょう」

「……」


 東横が言っていたことを思い出す。

 死ぬ間際に抱いた強い思い。

 消えたくない、あるいは無力な自分への怒り。

 それが人間としての心を繋ぎ止めたのだとしたら……


『だってこの世界は寒いから……寒くて寒くて凍えてしまいそうなの』


 あの人は、なにを思ったのだろうか。

 ふと、先輩の顔が思い浮かんだ。

 自分の居場所への執着。

 もしそうなのだとしたら、気持ちは十二分にわかる。

 誰だって、俺だって失いたくないものだ。


「大体わかりました……それじゃ、これからもお願いします」

「京太郎くん……私は君をあんなに……」

「それは言いっこなしですよ」

 たしかにサソリのワームには酷い目にあわされたが、あれはワームであってハギヨシさんじゃない。

 そして、たとえワームであったとしても俺が知っているハギヨシさんはこの人だけだ。


「それに、ハギヨシさんはワームのままでも俺を助けてくれたじゃないですか」


 初めてサソリのワームと遭遇した時。

 爆発からハギヨシさんが助けてくれたというが、あそこにいたのは俺とサソリのワームだけ。

 ということは、自分の意志でワームを抑えられたってことだ。


「俺が知ってる中でトップクラスに凄い人が、そんな簡単にワームには負けない……そう思いますよ」

「それでも、私は自分が信じられない」

「なら俺が信じます。俺だけじゃない、龍門渕さんだってきっとそうだ」

「……」


 かなり生意気なことを言ったとは思う。

 散々揺れてふらついていた俺が言っても説得力に欠ける。

 でもハギヨシさんは少し黙った後、静かにうなずいた。


「そこまで言われてはやらないわけにはいかないようですね」

「龍門渕の執事として、ですか?」

「それと、あなたの友人としてですね」


 笑って手を差し出すハギヨシさんは、弱さをさらけ出してた姿でも、いつもの完璧な執事の姿でもない。

 もっと素の、ありのままの姿のように思えた。

 差し出された手を握る。

 正体が何であれ、俺の手から伝わる体温は本物だ。

「ちょっと、男同士でなにいちゃついてるのよ」

「京太郎ー、と萩原さん?」

「お邪魔します」


 ドアが開いたかと思うと、ぞろぞろと見知った面子が入ってきた。

 会長と竜華と福路さん。

 ライダーの女性陣だ。

 会長は無遠慮に、竜華はおずおずと、福路さんはお辞儀をしながら。

 なんとなく性格のわかる登場の仕方だ。


「また無茶したって聞いたけど、大丈夫なん?」

「あれは頭の方がダメね。病院から抜け出したんでしょ?」

「あまり無理しちゃダメですよ?」

「そんな大したことは――いぃっ!」


 横合いからわき腹をつつかれる。

 傷口を開かない程度に、絶妙な加減で痛みが走った。

 反射的に身をよじる。

 三人の視線が、それ見たことかとでも言うように突き刺さる。

 その仕掛け人である執事さんは、にっこりと笑っていた。


「さて、私はそろそろお暇させていただきます」

「あの、ハギヨシさん?」

「京太郎くんはこの通り痛みが酷いみたいなので、果物はむいて食べさせてあげてください」

「ハギヨシさん!?」

 最後にとんでもない一言を残してハギヨシさんは病室から去って行った。

 のん気に手を振って見送る三人だが、ドアが閉まった瞬間、空気が変わったのがなんとなくわかった。

 一体何が始まるんだ……?


「ふむ、ここには果物ナイフの他、フォークが一本しかないわね……清水谷さん、ちょっとフォークとってきてくれる?」

「はい?」

「美穂子はそうね……適当にやかんでも……」

「やかんね? わかったわ」


 会長の口から出た胡乱な言葉を受け、福路さんが病室の出口へ向かう。

 どうしてこの場面でやかんが必要になるかさっぱりわからない。

 素直な福路さんは平然と聞き入れてしまっているが、竜華が手を引いて引き止めた。


「ちょい、あれ明らか適当なこと言っとるやろっ」

「久、そうなの?」


 二人の視線が会長に向く。

 じと目の竜華はともかく、福路さんはまるで疑っていない。

 会長は追い詰められた犯人のような態度で肩をすくめた。

 ため息もついてすっげーふてぶてしい。


「冗談よ。よくぞ見破ったわね」

「いや、やかんとか意味不明やからな」

「もうっ、またからかって」

 そう言ってむくれる福路さんはすごい目の保養になった。

 自然と頬も緩まっていく。

 ああ、かわいいなー。


「むっ」

「いって! なにすんだよっ」

「なんか頬がだるんだるんしとるし、ちょっと締めた方がええかなーって」


 今度は竜華がむくれてそっぽを向いてしまった。

 そんなに見苦しかったっていうのか?

 つねられた頬をさすると、かすかに熱を持っていた。


「わかった、こうしましょう。順番に果物を食べさせて、おいしいって言わせた人が勝ちってことで」

「ちょい会長? 誰が食べさせても果物の味は変わらないと思うんですけど……」

「本当にそう思う?」


 会長は嫌な感じの笑顔を浮かべると、オレンジの皮をむいて一房だけ指でつまむ。


「たとえば、こうやって……」


 そしてそれを唇に挟んだ。

 ベッドがギシリと音を立てる。

 オレンジをくわえた会長が、身を乗り出してきていた。


「びひょうじょのくひうつひだっひゃら――ぁぐ」

 近づいてきた顔が急に遠ざかる。

 唇からこぼれたオレンジをキャッチ。

 落としたらもったいない。

 何が起こったかというと、頬をひきつらせた竜華が会長の襟を引っ張っていた。


「けほっ……ちょっとなにするのよ」

「それはこっちのセリフや……はしたない」

「あら、男の顔を自分の股間近くに埋めさせるような真似をしてるあなたには言われたくないわね」

「なぁっ――」


 なんで会長がそんなことを知ってるかはわからないが、膝枕のことだろう。

 表現が間違っているとは言えないが、ひたすら誤解を招きそうなものであることは明らかだ。

 言うまでもなく、わざとだ。

 会長としては軽いジャブなんだろうが、竜華の顔はすごく赤い。

 今目を合わせたら酷い目に遭いそうなので、窓の外を見てオレンジを口に含む。

 美味しかった。

 でもこれは口移しじゃなくて、ハギヨシさんのチョイスのおかげだろう。

 そもそもそんなことをされたら、味なんてわからなくなりそうだ。


「京太郎さん、むけましたよ?」

「これ、うさぎですか?」

「はい、あーんしてください」

 りんごでウサギと聞けば、大抵の人が思い浮かべるのは大体同じだろう。

 でも福路さんのは一味、いや次元が違った。

 言うなれば彫刻。

 りんごでできた、ウサギのミニチュアだ。

 それがフォークに刺さって目の前に差し出されている。

 あまりに精巧すぎて、なんだか食べるのをためらってしまう。

 いや、でも福路さんに食べさせてもらえるなら……


「食べないんですか?」

「いや、これをこのまま食べるのは……」

「あ、ごめんなさい。硬いと食べにくいですよね……今すりおろしてきますっ」


 福路さんはりんごのウサギを持ったまま、病室から足早に出ていってしまった。

 俺の言いたかったことは全く伝わっていない。

 ミニチュアのウサギの末路を思って、俺は心の中で手を合わせた。


「それで――」

「――どっちなん!?」

「……はい?」


 さっきまで言い争いをしていた二人が、いつの間にか詰め寄ってきていた。

 竜華は思いっきり興奮してるし、会長は落ち着いてるように見えて息が荒い。

 流れが全く分からないこっちとしては、いきなり選択を迫られてもただただ困惑するだけだ。

「だから、私のオレンジと――」

「うちのブドウか――」

「「どっち!?」」


 口から炎でも吐くような勢い。

 なにを選ばせたいのはわかったが、どうしてこうなったんだか。

 最初はおいしいと言わせれば、とか言ってなかったか?

 これはもう、好きな果物でも選べということだろうか。


「じゃあ、俺はモモで……」

「なんで東横さんなのよ」

「あんまふざけとると怒るで?」


 二人は真顔だった。

 間違ってももう怒ってるだろ、なんて言えない雰囲気だった。

 大体なんで東横が出てくるのか聞きたいのはこっちだ。

 果物の話じゃなかったのか?

 もうわけがわからなくなってきたな、これ。


「よーっす、華菜ちゃんがしけた面見に来てやったぞ。感謝しろー」

「ありがとうとりあえずお前は帰れ」


 能天気な声がすると思えば、池田が無遠慮にドアを開けて入ってきた。

 それとほぼ同時に、俺は脊髄反射的に帰りを促していた。

「せ、せっかく見舞いに来てやったのに……!」


 池田の肩が震えていた。

 見てみれば、手にはビニール袋をぶら下げている。

 ほとんど無意識のうちにあんなことを言ってしまったが、こうやって来てくれた人を追い返すのもあれか。

 それがたとえ池田でも、だな。


「池田、悪かっ――」

「くっそ、お見舞いに乗じて激辛饅頭を食わせる作戦が頓挫した今っ、実力行使あるのみだし!」

「やっぱお前帰れ!」

「くーらーえー!」


 オーバースローの投球フォームでやたら赤々とした饅頭が放たれる。

 こいつめ、まがりなりにも食べ物を粗末にしやがって……!

 顔のど真ん中めがけて飛んでくる饅頭を、キャッチして投げ返す。

 バカみたいに開いた池田の口を狙ったそれは、吸い込まれるようにすっぽりと着弾した。


「――――――!」


 ワームの断末魔みたいな声を上げて池田は走り去っていった。

 ふぅ、悪は滅びたか……


「……なんだったのかしら、今の」

「さぁ……ようわからへん」

 さっきまでヒートアップしていた二人は、幾分か落ち着いたようだった。

 これに限って言えば池田に感謝だな。


「華菜がすごい勢いで走ってったんですけど、なにかありました?」

「トイレでも我慢してたんじゃないですかね」


 そして福路さんが入れ替わるように帰ってきた。

 どこかから借りてきたのか、手にはスプーンと器を持っている。

 ということは、あのウサギをすりおろしたんだろう。


「どこ行ってたのよ」

「ちょっとりんごをすりおろしに」

「あ、ヨーグルトも入っとる。おいしそうやな」

「この方が体に良さそうでしたから」


 一日一個のりんごが医者を遠ざけるとは言うが、俺は怪我人であって病人じゃない。

 でもまぁ、ここまでしてもらって悪い気がするはずがない。

 すりおろされたウサギは気の毒だが、ありがたくいただこう。


「ありがとうございます。あとは自分で食べれるんで……」

「ダメです! 怪我してるんだからじっとしててください」


 問答無用で差し出されるスプーンに俺は口を開けざるをえなかった。

 そして今は多少クールダウンした二人もそれを見ているわけで……

 その後にもう一悶着あったことは言うまでもない。





「つ、疲れた……てか苦しい」


 三人が申し訳なさそうにカステラやらケーキを置いて帰って、もう昼飯時だった。

 だけど散々果物を突っ込まれたから、お腹いっぱいだ。

 水分の取り過ぎで腹を下したらどうしようか。


「よーっす、お見舞いに来てやったぞ。喜べー」

「ダメだ。それは池田とかぶるからやり直し」

「マジかよ、しょうがねぇな……」


 ビニール袋を提げて入ってきた純にダメ出しすると、すごすごと出ていった

 今度は別のやり方でくるだろう。

 顔を引き締めて身構える。


「バカなことやってないで早く入って」

「なんだよ、ちょっとしたおふざけだろ」

「いいから」


 沢村さんに背中をつつかれながら純が再入室。

 身構えたのは無駄になったようだ。


「てなわけでお見舞いだ。平気か?」

「もう退院したいくらいには」

「やめとけ。今度はベッドに縛り付けられるぞ」

 ありそうな話だった。

 病院はともかく、龍門渕さんだったらやりそうだ。


「純、あれ」

「そうだそうだ、せっかく持ってきたんだからな」


 がさごそとビニールをあさる音。

 多分お見舞いの品だな。

 そうして出てきたのは……パックに入ったイチゴ。

 反射的に目を覆った。


「食べるか?」

「いや、果物はしばらく見たくないな……冷蔵庫入れといてくれ」

「大丈夫、イチゴは分類的に野菜」

「そういう問題じゃないだろ……わかったよ、牛乳も買ってきたから良ければ一緒にどうぞ」

「悪いな」


 分類的には野菜でも、食卓の上では食後のデザートだ。

 さっきまでの悪夢がフラッシュバックして、胃が震えた。

 ……なんか気持ち悪くなってきた。


「顔色悪いぞ? 本当に大丈夫かよ」

「平気へーき……うぷっ」

「……洗面器の用意、しとく?」

 手を振って大丈夫をアピール。

 せりあがってくる酸っぱい液を飲み下す

 様々な果汁が混じったそれはミックスジュースだろうか。

 とりあえずおいしくはなかった。


「なんか涙ぐんでないか?」

「汗もすごい」

「大丈夫ったら大丈夫!」


 親指を立てるが、ちゃんと笑顔を浮かべられてたかどうかは怪しい。

 沢村さんはダメだこりゃとでも言う風に首を横に振り、純にはため息をつかれた。


「あー、わかったからとりあえず顔ふいとけ」

「うわっ」


 投げつけられたタオルが顔に直撃した。

 確かに額に脂汗がにじんでいる。


「……それで、あのおチビちゃんになにかあったのか?」

「……」


 タオルに顔を埋めたまま、押し黙る。

 本当のことを話すわけにはいかないし、誤魔化しきれるとも思えない。

 龍門渕さんとの接触が少ない会長たちだったらともかく、この二人は別だ。

 俺と龍門渕さんの様子がおかしいことに気づけば、衣さんのことに行きつく。

「話したくないならそれでも構わない。けど、あんま抱え込みすぎんなよ……オマエもウチのお嬢さんも」


 その言葉で気づく。

 きっと純は感づいている。

 それでも深くまで詮索してこないのは、俺が自分で言うのを待ってるからだ。


「さて、そろそろ行くか」

「わかった」

「それじゃあな。もう脱走とかすんなよ」


 ひらひらと手を振って純はドアへと向かう。

 そして沢村さんがその後を追う。


「……待ってくれ」


 離れていく二人の背中を、俺は手を伸ばして呼び止めていた。

 二人はドアに手をかけたまま立ち止まり、振り返った。


「今はまだ話せない……けど、衣さんを見かけたら連絡してくれ」

「……オーケー、おチビちゃんは家出中ってか」

「それだけでいいの?」

「まず会って話すのは、俺じゃなきゃダメなんだ」


 衣さんが真実を知ってショックを受けたのならば、まず何より先に家族である俺が受け入れなきゃダメだ。

 帰る家があるっていうのはそれだけで幸せなものだ。

「ま、あんま気ぃ張るなよ。オレたちも手伝うんだから、大船に乗った気でいろよ」

「……これ、私のアドレス。後でメールして」


 渡されたメモ帳の切れ端に書かれた文字列は、多分パソコンのアドレスだ。

 それと沢村さんの顔を交互に見比べる。

 女子にアドレスをもらったというのもそうだが、それが沢村さんだってのも驚きだ。


「家族を何度も失うのはきっとつらいと思う。だから、手助けがしたい」

「沢村さん……ありがとう」


 手を差し出すと、おずおずと握られた。

 指の先だった時を思えば大きな進歩だ。

 純も思うところがあるのか、後ろでしたり顔をしながらうなずいている。


「あのコミュ障のオマエがな……なんか感慨深いよ」

「……うるさい」

「いって! 小指はやめろ小指は!」


 そして足を踏んづけられていた。

 相変わらず仲いいな。

 沢村さんがあんなことするのも純に対してだけだ。

 きっとそれだけ心を許してるんだろう。


「そ、それじゃあ、今度こそ行くわ」

「さよなら」

「ああ、またな」





 京太郎の見舞いの翌日。

 竜華はまた病院を訪れていた。

 今日は怜の付き添いだ。

 週一の定期健診みたいなものだが、最近は特に具合が悪くなる様子も見られない。

 むしろ元気すぎるくらいで、京太郎の家にちょくちょく突撃しているらしい。

 もう病院に行かなくてもいいんじゃないかとは本人の弁だ。

 だけど病院側としては研究の意味も含めて経過観察が必要だし、竜華としてもまたいつ悪化するかという心配はあった。

 診察室の前の長椅子に座り、じっと怜が出てくるのを待つ。

 さすがにこの場所で携帯を使うわけにはいかない。

 なにか本でも持ってきた方が良いかもしれない。

 むしろ、空き時間は参考書でも読んで勉強するべきか。

 ライダーとしての活動であまり時間がとれていないように見えるが、竜華もれっきとした受験生だ。

 それは怜も同じで、体調の回復で進学にも芽が出てきたので、ここ数か月はよく一緒に勉強をしている。

 だというのに京太郎と会う頻度が減らないのはなんというか。

 怜としてはあまり頑張っている姿を見せたくないらしい。

 真面目な雰囲気になると茶化そうとするのは、それと似たようなものなのかもしれない。

 真剣な姿勢を見られるのがどうも恥ずかしいようなのだ。

 竜華はむしろそんな姿を見ると応援したくなる性格だが。


「ここ、いいかな」

「あ、どうぞ」

 少し右にずれると、脱いだジャケットを手に持った男性が隣に座った。

 診察の待合スペースなら、自分がここにいるのは邪魔かもしれない。

 次に人が来たら長椅子から立つことに決め、竜華は腕時計に目を向けた。

 怜が診察室に入ってから五分。

 いつも通りならあと十分はかかる。

 京太郎はまだ病院にいるだろうし、終わったら一緒に顔を見に行こう。

 その時のことを思い浮かべた竜華は、そっと笑みを漏らした。


「ちょっといいかな」

「すいません、今どけますから」


 声をかけられて長椅子から立ち上がる。

 診察を受けるわけでもない自分が、いつまでも座席を占領しているわけにはいかない。

 近くの壁にでももたれようと、竜華は移動を開始した。


「どこに行く。私は君に用があるんだけどね」

「あなたは……藤田さん!?」


 呼び止められた竜華は、意外な人物の登場に驚いた。

 そのせいで少し声が大きくなってしまった。

 藤田は片目を閉じると、人差し指を立てて口元に寄せた。


「こら、病院では静かにするものだよ」

「す、すいません。今日は診察に?」

「いや、君に会いに来たんだ」

「私に?」

「場所を移そう。ここではちょっと話しにくい」





 体を伸ばしつつ病院を出る。

 実に十日近くベッドに縛り付けられていたことになるから、解放感は半端なかった。

 まだ完治したわけじゃないが、ようやく退院の許可がもらえた。

 寒くはあったが、空は晴れ晴れとして、俺の気分とマッチしている。


「さてと」


 それでもまだ激しい動きは控えるようにと釘を刺されていた。

 戦闘行為はするなと言っているのだろう。

 それに加えてなるべくおとなしくしていろとも言われているが、それを守るつもりはなかった。


「もうすぐクリスマスなんだよな」


 もとはキリスト降誕だかの記念日だが、大半が宗教ガン無視な日本では、家族や大切な人と過ごす日だ。

 だから、それまでには衣さんを見つけなきゃいけない。

 俺一人のクリスマスは寂しすぎる。

 だってもう一人の家族は……


「……総司さん、どうしちゃったんだよ」


 俺の前に現れたライダー。

 変身を解いたところを見たわけじゃないが、きっとあれは総司さんだ。

 ゼクターが資格者を選ぶというならば、俺はあの人以上にあの姿が相応しい人を知らない。

 それだけに、先日の一件が心の中でしこりになっていた。

「……とりあえず、衣さんを探そう」


 一つの物事に集中して、他を締め出す。

 そう言えば聞こえはいいが、一種の逃げともとれる。

 そしてたとえその時は逃れられたとしても、いつかは追いつかれる。

 このことも、きっといつか俺の足を絡めとる。

 そしてそれはそう遠くはない。

 漠然とだけど、そんな気がしていた。



 選択安価


※多分このスレ唯一の安価です

 選択枠は二人分です

 両方で同じ人を選んだ場合、一個目は確定で二個目の方はコンマ判定します

 外れたら下にずれるって感じで



・東横桃子(コンマ下一桁が1だったら成功)

・松実玄(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・竹井久(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・福路美穂子(コンマ下一桁が1,2,3,4だったら成功)

・天江衣(コンマ下一桁が1,2,3,4,5だったら成功)

・園城寺怜(コンマが偶数ゾロ目だったら成功)


>>+2
>>+3


続く!


更新しよう、更新しようと思い続けてうっかり三週間弱
飯とか風呂とか諸々済ませたら始めます




>>園城寺怜
>>竹井久


 帰り際のホームルームが終わり、チャイムが鳴る。

 いそいそと帰り支度をしたり、親しいものと話し始めたりする生徒たち。

 もう一月もすれば大事な試験があるのだが、この教室の雰囲気はわりあい穏やかだった。

 怜は机に肘をついて頬を手で支え、少し離れた席の竜華をじっと見る。

 目に見えて浮かれているわけでもないし、消沈しているわけでもない。

 ただ、こんな表情、というか雰囲気をしている親友の姿に見覚えはあった。


「竜華の顔になにかついとるんか?」

「……あれ、どう思う?」

「ふむ……」


 横合いから顔を出した江口セーラに、なんとも捉えどころのない質問を投げかける。

 しかしセーラは怜の指すところを正確に察した。

 付き合いはそれなりだし、竜華の様子が少しおかしいことにも薄々感づいていたからだ。


「前に男ができたーとかほざいとったけど、それと関係は?」

「うーん、多分別件やと思うけど」


 もし仮に、竜華が京太郎に関係の発展を迫ったとしよう。

 それが成功したのなら単純に浮かれるか、もしくは罪悪感で沈み込むか。

 そして失敗したのなら、ひたすら沈み込みそうだ。

 秘密事を抱えていた時もそうだが、竜華はそういうのが結構態度に出てしまう。

 そのことから考えると、今の様子は当時のものに近い。

「直接聞いてみた方が早いやろ。おーい、りゅう――ぐぇっ」


 大きく手を振って呼びかけようとしたセーラが、苦しそうな声を上げた。

 その原因は後ろ襟を引っ張る怜の手だった。

 喉が圧迫されて声も呼吸も滞ったのだ。


「――けほっ、なにすんねん」

「それこっちのセリフやて」

「はぁ?」

「デリケートな悩み事、そないほいほい話せる思う?」


 怜の頭に浮かんだのは、聞かれてあわあわする竜華の姿だ。

 でもそれだけで、申し訳なさそうな顔はするがなんだかんだ話しはしないだろう。

 少なくとも前はそうだった。

 それで結局判明するのは、なにか隠し事か悩み事があるということだけだ。


「まぁ、誰でも悩み事の一つや二つは抱えとるもんやと思うけど」

「そうは言うてもなー」


 遠回しに無闇に深入り方は避けた方が良いというセーラに対して、怜は机に頬を付けて息を吐き出した。

 普段の性格はともかく、セーラは意外に他人の意見を尊重する。

 求められれば応じるが、言いたくないのならそれでもいいというスタンスだ。

 なにかの拍子に軽く尋ねることはあるが、それだけだ。

 相手がダメだと言えばそこでやめる。

「もしかしたら最近便秘しとるとか、そんなんかもしれへんで?」

「セーラ下ネター」

「てなわけで、ここは俺が軽ーく聞いてきたるわ」

「あっ」


 再び襟をつかもうとする怜の手をすり抜けて、セーラは竜華のもとへと向かう。

 他人の意見を尊重するのもそうだが、親友のために動くのもセーラだった。


「竜華ー、なんか悩み事かー?」

「藪から棒になに言うとるの」


 カバンに道具をしまい終えた竜華は、立ち上がりながらため息をついた。

 確かに取り繕った感じはするが、あまり取り乱していない様子。

 そのことからセーラは、自分にはあまり関係のないことなのだろうとあたりを付けた。

 怜の方をちらりと見て話を進める。


「また最近様子おかしいな思ったんやけど、平気そうならそれでええわ」

「そないにうち、おかしく見える?」

「どうやろな。ま、話したいことあったらいつでも話せー」


 それだけ言ってセーラは背中を向けた。

 そのサバサバっぷりに竜華は呆気にとられる。


「……待って」


 しかしそれも数瞬のことで、直後にはセーラを呼び止めていた。

 セーラは立ち止まって振り返る。


「その、二人でちょっと話したいことがあるんやけど……」





 白い息を吐き出しながら、街の中を歩く。

 竜華とセーラは二人きりで話があると言って一緒じゃない。

 思いっきり疎外感を覚えた怜は、唇を尖らせながらぶらぶらとしていた。


「別にー、二人きりでなに話そうがいいですけどー」


 どう見ても不満たらたらだった。

 しかし今はそれを指摘する人もいないので、余計寂しさが募った。

 もういっそこのまま京太郎の家にでも突撃しようか。

 怜はそんなことをちらりと考える。

 京太郎が入院したのは知っている。

 一度見舞いに行っただけだが、案外元気そうで安心したものだ。

 そしてつい先日退院したとのことだ。

 なにもなければ、今頃は買い物を終えて家に帰っているころだろう。

 東横桃子のこととか、気になることが色々あった。

 竜華の件に関してもなにかわかるかもしれない。

 そこまで考え、怜は針路を変更してバス停へ向かう。

 歩いていけない距離ではないが、多少疲れる。

 病状が良くなってきたとはいえ、体力的にはまだ不安があった。

 停留所のベンチに座る。

 一応壁が設けられているが、冬の空気はそれでも冷たい。

 太腿の下に手を置いて暖める。

「やっぱり、園城寺さん」

「はい?」


 停留所の入り口から声をかけてきたのは怜にとって意外な人物だった。

 竹井久。

 竜華のライダーとしての仲間だと聞いていた。

 今更ながら、まともに話したのは海の時以来なのでよくは知らない。


「こんなところで一人なんて珍しいじゃない。清水谷さんは?」

「寝取られました」

「はぁ? ……ああ、他の人と約束があったってことね」


 久は怜の言わんとすることを大体察した。

 冗談が通じるタイプの人間なのだ。

 怜は話しやすそうな印象を覚えた。

 少し考えてから、久は怜の隣に座る。


「よければ少し話さない?」

「ふむふむ」


 少しというのはバスが来るまでという意味だろう。

 怜は久の申し出を反芻する。

 確かによく知らない仲だが、間に竜華を挟むと話は変わってくる。

 知っている交友関係の中で怜とセーラを除けば、久が竜華と一番仲がいい。

 京太郎はベクトルが違うので省くが。

「じゃあ、どこか店入らん? 寒いわ、ここ」

「あら、バス待ってたんじゃないの?」

「それはまた今度やな」

「そう」


 竜華と仲がよく、かつ同じライダーである。

 共通項が多ければそれだけ何か知っているかもしれない。

 京太郎は変に鈍いところがあるから後回しだ。

 それに同性の方が色々気がつくところもあるかもしれない。

 それらを踏まえたうえでの誘いだ。

 釈然としない顔をしながらも、久はうなずいた。


「わかったわ」

「ほな、移動しよか」


 太腿の下から手を抜くと怜は立ち上がった。

 座ったばかりの久もそれに続く。


「それにしても、こうやって女の子に誘われたの久しぶりかもね」

「……それって、いつも誘う側ってことなん? 女の子を」

「そうと言えばそうね」

「あの、ちょっと離れてもらえます? うち、ノンケなんで」

「失礼ね。私だってそうよ」





 竜華に手を引かれてセーラがたどり着いたのは、階段の踊り場だった。

 ここは校舎の端の方で人通りも少ない。

 そんな場所に連れてこられて、セーラはいよいよ事態の深刻さを悟った。

 これは便秘がどうのこうのというレベルではない、ということだ。

 もし仮に今、竜華がお腹の調子が……とか言い出したら張り倒してしまうかもしれない。

 様子を見る限りそんなことはなさそうだが。

 一応どんな状況にでも対応できるように身構えておく。

 竜華から少し離れて腰を落とし、拳を軽く握る。

 そしてやや緊張した面持ちで言葉を待つ。


「あんな? チョコパイと焼き鳥、どちらかが一生食べれなくなるとして、セーラはどっち選ぶ?」

「――なんっでやねん!」

「きゃっ」


 意味不明な質問にとりあえず先に手が出た。

 軽いジャンプと共に放たれたチョップは、バランスを崩した竜華の胸元をギリギリかすめないで空振った。

 尻餅をついた竜華は目を吊り上げてセーラを見上げる。


「なにすんねん!」

「アホ! 人が心配しとったのになんやねん、それ!」

「う……」


 そう言われてさすがに悪いと思った竜華は、ばつの悪そうな顔をした。

 セーラも多少落ち着きを取り戻し、頭をガシガシとかくと竜華に手を差し伸べた。

「まぁ、いきなりどついて悪かったわ」

「うちの方こそ……なんかようわからんこと言ってもうたし」


 チョコパイと焼き鳥。

 どちらも竜華の好物だ。

 具体的なことはなにもわからないが、先ほどの質問はおそらく何かのたとえだろう。

 そうあたりを付けて、セーラは考え込む。

 しかし、数秒後には頭から煙が上っていた。

 セーラは考えることより体を動かす方が得意なタイプだった。

 加えて直感は良く働くが、考え込むとダメになるタイプでもある。


「大丈夫?」

「当然や。俺にまかしとき」


 見かねた竜華が声をかけるも、力こぶを作って大丈夫をアピール。

 残念ながら目を回しながらでは説得力は皆無だった。


「あれや! ケチなこと言わずにいっぺんに食べたらどうやろか!?」

「チョコパイと焼き鳥だったら食い合わせ最悪やな」


 いつの間にか質問がどちらを食べるかに置き換わっていた。

 しかし竜華はそれを指摘しない。

 不明瞭な聞き方をしたのは自分の方だし、これ以上友人を困らせたくなかった。


「でも……そうできたら、ええな……」


 その言葉の端から滲むものを、今のセーラでは汲み取ることができなかった。





「私の奢りよ。遠慮なく飲んで」

「ほな、いただきます」


 ファミリーレストランで向かい合う久と怜。

 いつだったか久が竜華と一緒に入った店だ。

 あの時もこうしてドリンクバーの飲み物を振舞ったものだ。

 久は感慨深げに自分と相手のグラスを見つめた。

 もっとも、怜に渡したのは見た目も味も問題ない代物だ。

 だからか特に躊躇する様子もなく口に含んでいる。


「……普通においしい」

「ご不満?」

「いっそこの見た目で不味ければリアクションのしようがあったんやけどなー」

「なるほどねぇ」


 あまり話したことがないからと手加減していたのだが、そんな配慮はいらなかったらしい。

 その柔軟さは久にとっては中々に好ましかった。

 相手を見習って、自分のグラスに口をつける。

 以前作ったものを再現したものだが、やはり見た目と味のギャップが激しい。

 濁って混沌としているのに、味は絶妙にバランスが取れているという。

 世の中どんな突然変異が起きるかわかったものじゃない。


「……それ、どうなん?」

「飲んでみる?」

 好奇心に目を光らせる怜に、久はグラスを滑らせる。

 テーブルの上をスライドしてきたグラスをキャッチすると、怜はまずじっと見つめた。

 まず見た目は最悪だ。

 濁っているし黒い……のに他の色も混じっているような気がする。

 匂いは酸っぱそうな、コーラのような。

 なんというか判然としなかった。

 そして最後に味だ。

 グラスを持ち上げて口につける。

 それから少し間を置いて傾けた。


「……これや! こういうの待っとったんや!」

「お気に召した?」

「この見た目でこの味……ほんまええわー。見直したで」

「ま、私にかかればこのぐらいはね」

「おみそれいたしました」


 テーブルに手をついて平伏する。

 久は手を組んで、よろしいとうなずいた。


「それで、清水谷さんの話だったっけ?」

「あ、飲み物に夢中ですっかり忘れてたわ」

「相談持ちかけてきたの、そっちでしょ」

「うちに流れる関西人の血が……!」

 胸を押さえる怜に、久は芸人魂ねーなどと感想を漏らした。

 のん気なものだが、話が進まない。

 怜は咳払いをすると、切り出した。


「最近竜華、様子おかしいと思うんやけど」

「様子がおかしい、ねぇ」


 ここ最近の竜華の様子を思い浮かべてみる。

 久が竜華と最後に会ったのは一週間ほど前。

 美穂子と三人で京太郎の見舞いに行った日だ。

 その時はおかしな様子は見られなかったが。

 あるいは、もっと近しい人にしかわからないレベルだったのかもしれない。


「ちなみに、それに気づいたのはいつ頃?」

「四日前、一緒に病院行った日やな。検査終わって顔合わしたら、けったいな顔してたわ」

「じゃあその時に何かあったってことだろうけど……」


 二人して考え込む。

 病院でなにかあったことは間違いなさそうだが、そこで話が止まる。

 結局のところ、どちらも核心に迫る情報を持ち合わせていなかった。


「わからんなー」

「そうね……」

 飲み物が少し温くなる程の時間を経て、二人は椅子の背にもたれた。

 ここでじっと考えていてもどんづまりだ。

 これ以上の進展を求めるならば、外から情報を取り入れなければならない。

 怜はそれを久に期待していたのだが……


「悪いけど、私には確信をもって言えることがないわ」

「やっぱ京ちゃんにも聞いといた方がええかな」

「それもそうだけど……その前に病院の人に聞いてみたら?」

「あ、なるほど」


 病院で何かがあったというなら病院の人が知っているかもしれない。

 周りの人や竜華本人に尋ねても答えが得られないのなら、アプローチする方向を変えるべきだ。

 当たり前のことを見落としていた怜は、手を打って納得した。


「私は清水谷さんと一緒に行動する機会があったら、それとなく様子を見ておくから」

「お願いします」


 かしこまった様子で頭を下げる怜。

 態度の急変に戸惑う久だが、それだけ真剣さは伝わってきた。


「まぁ、私にとっても友達で仲間だし、できることはさせてもらうわ」

「じゃあなんか注文してええかな? ちょっと小腹が空いてて……」

「……これはツッコミ待ちってことでいいのかしら?」

「てへっ」





 そして数日後。

 十二月の中旬の終わり際。

 怜は一人で病院に訪れていた。

 今日は日曜だが、ここは休日にも診療をしている。

 一般の客に混じって入り口から入り、診察室の方へ向かう。

 竜華はこのベンチに座って検査が終わるのを待っていた。

 ここを通りがかる病院関係者ならなにかを知っているかもしれない。

 ひとまず腰を掛け、若干緊張しながら周囲に注意を向ける。

 すると、近くの診察室から顔見知りの看護師が出てきた。

 柔和な印象の中年女性だ。

 怜を見つけると柔らかい笑顔を浮かべて話しかけてくる。


「園城寺さん、検査の日はまだ先だけど今日はどうしたの? 具合でも悪いの?」

「ども……あの、少し聞きたいことがあるんですけど」

「なあに? 私にわかることならなんでも聞いて?」


 言葉に含まれた優しい響き。

 それに後押しされて、怜は話を切り出した。


「この前検査に来た時、うちの友達も一緒だったんですけど」

「清水谷さんのことよね?」

「はい。うちの検査待ってる間、なんかあったりしました?」

「それ、清水谷さんにってこと?」

「……そうですね」

 看護師は笑みを崩さない。

 だが、その声の響きがどこか硬質になったのを怜は聞き逃さなかった。


「ごめんなさい、私にはよくわからないわ」

「……わかりました。時間取らせてすいません」

「いいのよ、それぐらい。じゃあ、体を大事にしてね?」


 手を振って看護師は去って行った。

 言葉は柔らかく、優しい。

 さっきの硬い感触は気のせいだったのだろうか。

 気を取り直して、怜は次の人を探す。

 だが、どれだけ聞いても答えは一緒だった。

 みんな示し合せたかのように、知らないの一点張りだ。

 本当に知らないだけなのかもしれないが、決まって伝わってくる硬質な響きに違和感がぬぐえない。

 ベンチに背を預けて、怜は天井を見つめた。

 これは自分が思っていた以上に大事なのかもしれない。

 一般人が足掻いたところで、どうにもならないことなのだろうか?

 そう諦めが首をもたげてきたとき、助け船は意外なところから渡された。


「園城寺さん、どうかしたのかい?」

「あ、どうも」


 車椅子に乗った老人男性。

 ここに入院している患者で、怜が入院しているときもちょくちょく互いに話し相手になっていた。

「最近は元気そうで良かったよ」

「お爺さんもあと百年は生きそうな顔しとるで」

「そりゃ孫の孫の孫を見るまで死ねないなぁ」

「軽くギネス超えやん」


 あははーと笑いあう。

 重たい気分もどこか軽くなっていく。

 幾分か楽になった心地で、怜はもう尋ね飽きた質問をしてみた。

 結果は期待してない。

 なんとなく、例えれば宝くじを一つだけ買うような心境だ。


「清水谷さん? ああ、たしか……」

「まぁ知らんなら……って、知っとるんかい!」

「この前の話だよね?」

「せや、検査の日やけど……」


 降って湧いた幸運のようなものだが、かえって戸惑ってしまっている。

 それでも食いつかずにはいられなかった。

 予想外の方向から飛んできたとはいえ、求めていた情報なのだから。


「そ、それでっ?」

「たしか、女の人と話していたはずだよ。こう、煙管を持った」

「煙管……」


 煙管を持った女性。

 そして竜華の関係者。

 その二つに当てはまる人物に、怜は覚えがあった。


「お爺さん、ありがと。うちもう行くわ」

「気を付けて帰るんだよ」





 大勢の人が闊歩する街中。

 設置されたベンチに座って一息つく。

 退院してから数日経つが、衣さんの捜索の結果は芳しくない。

 焦ってもどうにもならないことはわかっているが、心配なものは心配だ。

 深く息を吐き出してたまった熱を逃がす。

 日が落ちるのが早くなったから、人口の光が周囲を照らし、空はもう暗い。


「調子はどうだ?」

「良くはないな」


 上から覗き込むように純の顔が現れた。

 額に温かく硬い感触。

 ホットの缶コーヒーが押し付けられていた。


「お、奢り?」

「120円請求してもいいんだぜ?」

「いただきます」


 プルタブを引っ張る。

 体が冷えているのでありがたかった。

 口をつけて傾けると、苦みと甘ったるさが混在した温かい液体が流れ込む。


「龍門渕の方でも捜査が難航してるらしい」

「あそこは警察も動かせるって聞いたけど、それでもか」

「らしいな」

 衣さんが普通の存在ではないとはいえ、国家権力の力をもってしてもわずかな足取りすらつかめないのはおかしい。

 それがなにを意味するのかは、二つぐらい思いつく。

 まず、文字通り影も形もなく消えてしまうことだ。

 いわゆる神隠しみたいなものだが、存在しないのならば探しても見つかるわけがない。

 次に、誰かが意図的に足跡を消していること。

 これができるのは相当に大きな組織だろう。

 例えば、ZECTのような。


「そんなわけ、だよな……」

「どうかしたのか?」

「いや、ちょっとバカなこと考えた」


 第一、そんなことをして何の得がある?

 ZECT側はそもそも衣さんの存在を把握していたわけだし、これまで放っておいて今更なにをしようというのか。

 意図はわからないことが多いが、自分たちの不利益になることはしないはずだ。

 でも、もし利益になるとしたら?

 前にゼクトルーパーとワームが共に戦う光景を見たことがある。

 あれはZECTとネイティブが協力しているということを示していたのかもしれない。

 そしてそれに衣さんを利用するつもりなら……?

 ……確証がないことではあるが、疑うには十分か。


「ところで、ZECTの方ではなんもやってないのか?」

「特に変わりなしだけど、どうかしたのか?」

「ぶっちゃけると、色々怪しすぎるんだよな」

「あー」

 純は否定できないという風に曖昧な声を上げた。

 ネイティブという存在とつながっている以上、敵対するワームを倒すという点に間違いはないだろう。

 だがそれ以外の部分はどう裏返るかわかったものじゃない。

 もしそうなった時、純や竜華はどうするのだろうか。


「まぁ今はいいか」


 ポケットの上から携帯に触れる。

 純や竜華に聞いても情報が得られないのなら、聞く相手は限られてくる。

 気が引けるどころの話じゃないが、番号はまだ履歴に残っていたはずだ。


「よし、俺はそろそろ行く。コーヒーありがとな」

「つけとくぜ」

「奢りじゃないのかよっ」


 近くのゴミ箱に空き缶を放り込む。

 狭い口に吸いこまれるようにジャストイン。

 勢いをつけたわりに、狙いは正確だった。


「冗談だって……そういえば東横さんが会いたがってたぞ」

「元気にしてたか?」

「まぁな。でも後で電話でもいいからかけてやれよ」

「言われなくても……それじゃ」

 軽く手を上げてその場を離れる。

 携帯を取り出して、タマゴ好きの友人の顔を思い浮かべる。

 東横は今、龍門渕の屋敷にいる。

 あの状態では普通に暮らすのは難しいだろうから、治るまでの間だけ龍門渕さんに頼んで預かってもらっている。

 ハギヨシさんのこともあるし、東横の家族への説明も含めて喜んで引き受けてもらえた。

 ともかく、これで電話する予定が二つ。

 どっちから先にかけるべきか。


「……放っておくと後が怖そうだな」


 というわけで、見慣れた番号を呼び出す。

 数回のコールの後、聞き慣れた声が応答した。


『もしもし……』

「おう、元気か――」

『京くん!!』


 耳を貫いていく大音声。

 慌てて携帯を遠ざける。


『酷いっすよ! あんな広い屋敷に放り込んで放置なんて!』

「いや、顔見に行けなかったのは悪いと思ってるよ」

『本当に悪いと思ってるっすか? 言葉に誠意が足りないっす』

 放置していたせいで色々溜まっていたのか、声は刺々しかった。

 これはまたあれか?

 お詫びに色々要求されるパターンじゃないのか?

 たしかに電話で事情を説明してそれっきりってのはいけなかったかもしれない。


「でも、お前携帯持ってるだろ。かけてこれば話し相手ぐらいにはなったのに」

『……はぁ』


 ため息をつかれた。

 こいつなにもわかってねぇ、ダメダメだ。

 そんなフレーズが、言葉はなくとも如実に伝わってきた。


「……言いたいことあるなら言えよ」

『だからっ、こっちからかけたら意味がないんすよ!』

「はぁ? なんだよそれ」

『ずっとずっと待ってたのに……もう我慢ならないっす!』


 語気が強まっていく。

 電話の向こうでは相当ボルテージが高まっているようだ。

 耳元から30センチほど離した携帯からは、キンキンとした声が発せられている。


『京くんはもっと乙女心を勉強するべきっす!』

「だから悪かったって」

『誠意が足りないっす!』

「何回目だよ……」

 似たようなやり取りが堂々巡り。

 今度はことさらに誠意を強調して揺さぶりをかけようってか?

 ……勘弁してくれ。


「よし! 今度クリスマスだし、プレゼント持ってくから楽しみにしとけー」

『まだ話は終わってないっすよ!』

「じゃあなー、愛してるぞー」

『ちょっ――』


 かくして通話終了。

 すぐにかけなおしてこないから、呆れているのかもしれない。

 なんにしても、元気そうな声が聞けて良かった。

 ハギヨシさんと純がいるから大丈夫だとは思っていたが、知らない環境に放り込むのには心配が少なからずあった。

 案外、事前に玉子料理が好きだと伝えておいたのが功を奏したのかもしれない。


「でも、東横が他の人の玉子焼きを食べるっていうのはな……」


 はっきり言って面白くない。

 子どもっぽいかもしれないが、気に食わないものは気に食わないのだから仕方がない。

 俺が毎日作りに行けばいいのかもしれないが、それは難しい。

 俺の心情も含めていかんともしがたい。


「まぁ、クリスマスまでには何とかするさ」

 見舞いの時に買ったプレゼントはまだ俺の手元にある。

 それをクリスマスプレゼントにしよう。


「今年は大勢でやりたいな」


 そして用意するのは東横の分だけじゃない。

 また海の時みたいにみんなで楽しくやりたいもんだ。

 あの時とは状況もいろいろ違ってるけど、そうしたい。

 そのためにも、衣さんを見つけなければいけない。

 携帯の着信履歴をたどる。

 登録はしてないし番号も覚えていないが、日付と時間帯は覚えている。

 ひと月以上前のものだが、ちゃんと残っている。

 ワンアクションですぐに電話がかかる。

 だがしかし、こちらが覚悟を決める前に携帯は震えだした。

 間違って押してしまったかと思ったが、よく考えたらこれは受信だ。

 画面の表示は園城寺怜。

 とりあえず電話に出る。


「もしもし」

『京ちゃん? 今どこにおるん?』

「街中ですけど、なんかありました?」

『ちょい話したいことがあるんやけど、家の方にはおらんかったから』

 家に電話をかけたのか、それとも直接家に行ったのか。

 どっちにしても俺は最近、この時間帯には家を空けていることが多い。

 その理由は言わずもがなだ。


「急ぎの用事ですか? 話だけだったら電話でも十分ですけど」

『せやな……で、竜華のことなんやけど』


 いつものように茶化すことなく、怜さんは話し始めた。

 まずは最近また竜華の様子がおかしいこと。

 最後に会ったのはお見舞いに来てくれた時だが、その時は普通だった。

 そのことを伝えると、怜さんは少し黙ってから、意外な人物の名前を口に出した。


「竜華が藤田と話していた、ですか」

『多分その後から変になったと思うんやけど、京ちゃんはなんか知らん?』

「……」


 心当たりはない。

 それに藤田と竜華は言わば、上司と部下の関係だ。

 二人が接触を持つことは別におかしなことじゃない。

 ただ、俺には藤田に対する不信が少なからずある。

 それに竜華の変調を加えれば、良くないことを想像してしまう。


「はっきり言えば、俺にもよくわかりません」

『そか……まあ、しゃあないわな』

 俺の返答を予想していたのか、その声に大きな落胆はなかった。

 もしかすると、自分のことで心配をかけまいとしているのかもしれない。

 なんにしても俺のやることは変わらない。

 聞くことが一つだけ増えただけだ。


「でも、なんかやばそうだったら俺がどうにかするんで、安心してください」

『ん……京ちゃんがそう言うなら大丈夫そうやな』

「でしょ?」

『うちはなんもできへんから……お願いします』


 この人の口からお願いしますなんて聞いたのは初めてだった。

 それだけ真剣ということなのだろう。

 でも、一つだけ訂正する必要があるな。


「なにもできないってのは違いますね」

『だってうち、京ちゃんたちと違って一緒に戦えんし……』

「こうやって相談をしたのも絶対良い方に運びますよ。なんたって俺に相談したんだから」

『……ぷっ、自信過剰やな』


 軽く噴き出すと、怜さんはいくらか軽い調子でそう言った。

 完全にとはいかないが、声に明るさが戻って良かった。


『うん、京ちゃんがそう言うなら大丈夫な気がしてきた』

「でしょ?」

『今更やけど、少しも謙遜せぇへんのな』

 電話の向こうの声が小さく揺れる。

 笑っているのだろうか。


『ところで、今忙しい?』

「それなりに」

『じゃあデートはまた今度やな』

「デートはともかく、またですね」

『ほななー』


 いつも通りの声音を残して電話が切れた。

 無機質な電子音に残る暖かみ。

 それに後押しされるように、着信履歴を開く。

 そこにある、藤田の携帯のものと思われる番号。

 俺の携帯に残るようにしたということは、かけてもかまわないということだろう。

 かけてもかからないか、こっちから連絡をとれるようにしたのか。

 どっちにしても、かけてみないとわからないか。


「ま、出なけりゃその時はその時だ」


 軽く息を吐き出してその番号に電話をかける。

 ぶつ切りの電子音の後、コール音が鳴り響く。

 少なくともこの番号は死んではいないようだ。

 しかし、出るのが遅い。

 出られないのか、出る気がないのか。

 コール音が二桁に達して、一旦切るべきかという考えがよぎる。

 その不意を突くように、決して聞き慣れたくはない女の声が、スピーカーから発せられた。

『もしもし、須賀京太郎くんか。かけてくるとは思わなかったな』

「かけてもいいように番号残したんだろ」

『まあそうだがね』


 藤田は電話の向こうでおかしそうに喉を鳴らした。

 ものすごく気に食わないが、こらえる。

 先日の一件は悪意に満ちているように思えたが、藤田自身が俺に対して敵対行為をとったわけではない。

 利用できるならするべきだ。


『それで、今日は何の用だ?』

「聞きたいことが二つ」

『聞くだけなら聞こう』


 あっさりと受け入れられたが、言葉の意味するところはわかっている。

 例によって答えるかどうかは、もしくは正直に答えるかは別問題ということだ。

 こっちが面白くなさそうに鼻を鳴らしても、藤田が気にする様子はなかった。


「病院で竜華……清水谷さんと何を話してた? あんたと病院で話してから様子がおかしい」

『気にせずにこの前みたいに名前で呼んだらどうだ?』

「茶化すな」


 口から想像以上に低い声が漏れる。

 やれやれとでも言うように、藤田は息を吐いた。

『ほんのささいな部下と上司のやりとりみたいなものだよ』

「特におかしなことは言ってないって言うのか?」

『私からはね。まぁ、彼女がどう受け取ったのかはわからないが』

「なにを言った」

『プライベートに抵触するからね……それに、二つ目の質問になるがいいのか?』


 答える気はない……そういうことだろう。

 質問の数が重要だとは思わないが、口を閉ざされてはどうしようもない。

 ……聞き出すのは諦めて次に行こう。


『さて、次の質問は……天江衣のことかな?』

「……なにか知ってるって言うのか?」

『そのことでこっちからも君に話があってね』

「話せっ、すぐに話せ!」


 衣さんの名前が出た時はこらえたはずだが、やはり抑えきれなかった。

 あっさりと堰は決壊して、俺は携帯に向けて大声を上げていた。


「はぁっ……はぁ」

『落ち着いたかい?』

「ああ、落ち着いた。だから……」

『悪いがそれは後だ。この件に関しては直接話した方が良い』

「悠長なことを……!」

 携帯がみしりと音を立てる。

 胸中で苛立ちが渦巻く。

 しかし、今更ながら衆目を集めていることに気づく。

 こんな街中で騒げば当たり前だ。

 携帯を握る手の力を緩め、深く息を吸って吐く。


「それで、日時と場所は?」

『場所は……そうだな、埠頭がいいだろう』


 埠頭と聞いて思い出すのは、竜華と戦った日のことだった。

 まだゴールデンウィーク少し前。

 あの日はたしか、ZECTへの協力を約束した日でもある。

 今から思えば随分前のことのように感じられる。


『日時は、私としては今からでもかまわないが……どうする?』

「決まってる――」


 なぜそんな場所を指定したのかはわからない。

 ろくでもないことを企んでいる可能性だってある。

 ただ、行かなければ話は進まない。

 そう、答えはわかりきっている。


「――すぐ行く。ちょっとしたら着くからあんたも遅れるな」





 住宅街の中、二人の少女が距離を隔てて歩いている。

 ただ離れているのならば特に問題にすることはないが、二人は全く同じ場所を目指していた。

 より正確に言えば、前を歩く少女の目的地が、後ろを歩く少女の目的地だ。

 前の少女が目的地を変えれば、後ろの少女も目的地を変えるだろう。

 端的に言えば、尾行だ。

 竜華を久が尾行している。

 怜の相談を受けて、久はとりあえず竜華を呼び出した。

 いつもしているように二人でぶらぶらしていたのだが、その間に久はずっと様子を観察していた。

 そうしてわかったのは、怜の言う通りなにやら様子がおかしい、ということだ。

 上の空、というわけではないが、目を離せばため息と考え込む姿が目につく。

 それでなにかあることを確信した久は、単刀直入に切り込んだ。

 聞いて素直に答えるとは思っていなかったが、聞かないと始まらないとも思っていた。

 もちろん、揺さぶりをかけて反応を見るのも考慮している。

 そうしたら竜華は神妙な顔つきで黙り込み、少し経ってから逆にこう質問したのだ。


『チョコパイと焼き鳥、どっちか捨てるんなら、どっちやろか?』


 当然、久は首を傾げた。

 唐突過ぎる上に、いまいち捉えどころがない。

 竜華から反応を引き出すどころか、逆に返答に困ってしまっていた。

 結局その時はなにもわからずに別れたのだが、落ち着いて考えてみれば、色々気がつくことはある。

 そして、色々推論を立てたうえで、久はこのような行為に及んでいる。

 これ以上の情報を求めるならば、こうするしかない。

「やばっ」


 不意に後ろを振り返った竜華の視界から身を隠すため、久は近くの家の敷地に入った。

 別にばれても立場が悪くなるわけではないが、尾行の難易度は上がるだろう。

 見られないように様子をうかがい、大丈夫そうだと判断してまた尾行に戻る。

 焼き鳥とチョコパイは竜華の好物。

 抽象的な問いはおそらく、例えだ。

 好物……置き換えるなら大事なものか、人。

 そして焼き鳥とチョコパイでは、食べ物としてまったく種類が違う。

 つまり並び立ててるのは、大事だけど種類の違う二つのもの。

 いくつかのパターンに当てはめて考えてみたが、久が最終的に行き着いたのはあまり面白くない推論だった。

 もちろんそれが正解だとは断定できない。

 しかし、他のものに比べてこれはいやにはっきり、しっかりと例えにはまり込んだのだ。

 同じくらい好きで違う味、趣、向き、ベクトル。

 例えば、友情と恋情。


「思い過ごしだといいんだけど……」


 電話に対応する竜華を横目に、久は額に手を当て空を見上げた。

 もうじき日が落ち、夜が来る。

 それは良くないものが忍び寄っているように感じられた。

 ふっと白い息を舞い上げて空から地上に目を戻すと、竜華はZECTマークのワゴン車に乗り込むところだった。

 久が止める間もなく車は発進する。

「まずったわね……おいで」


 小さくなっていく車を見送ると、久は虚空に向かって呼びかけた。

 その場には人もおらず、声は電気の灯った家の中までは届かない。

 しかしそれに応えるものは存在した。


≪――≫

「あの車、追ってくれる?」

≪――!≫


 羽音を立てる機械仕掛けのトンボが、一際強い電子音を上げる。

 力を貸すと言っているのが、久にはなんとなくわかった。

 以前京太郎は言葉を交わしている風だったが、こんな感じだったのかもしれない。

 前に竜華と三人でデパートに行った時のことを思い出す。

 あの時は二人で京太郎にダメ出しをしまくったものだ。


「ふふっ」


 頬が緩んで笑みがこぼれる。

 だがそれは一瞬のことで、久は頬を叩いて引き締めた。

 美穂子の時と同じように、バカなことをしようとしているのなら止めなければいけない。


≪――≫

「おかえりなさい……それで、どこに向かったのかわかった?」

≪――!≫

「そう……埠頭ね」





 埠頭につくと、空はもう真っ暗だった。

 人気もなくなるから色々やるにはうってつけだ。

 目的の人物の姿は、まだない。

 来るまではどうせ暇なので、海を眺める。

 光がほとんどないので、当然暗くて面白味というものがない。

 冷たい潮風が頬を撫でていく。

 その中に、ふっと嗅いだことのある香りが混じった。


「海、綺麗?」

「暗いから何も見えないな」

「せやな」


 背後からかかる声。

 振り返らずとも、だれかはすぐにわかった。

 どうしてこんなところにいるのかはわからない。

 悩んだ末に海に身を沈める、なんて言い出したら止めなければいけないが。

 海に反射するわずかな星の光に目を向けながら、背後に言葉を投げかける。


「そっちは海を見に来たのか?」

「ううん」

「じゃあ、俺に会いに来たのか?」

「うん」

 冗談のつもりで言った言葉は肯定された。

 振り向くと、潮風にたなびく長い黒髪が夜闇に溶けこんでいた。

 竜華が地面に目を落としてそこに立っていた。

 すると、タイミングを見計らったかのように、俺の携帯が鳴る。

 表示された番号は、ついさっき目にしたものだ。

 藤田からの電話だった。

 通話状態にして耳に当てる。


「遅いぞ。早く来い」

『悪いが行けなくなった。だが代理人をよこしたから安心してくれ』

「……竜華のことか?」

『その通りだ。じゃあゆっくり話すといい』


 電話が切れる。

 それを待っていたのか、竜華が顔を上げた。

 わずかな光でを反射するその瞳は、揺れているようにも見えた。

 あの時と同じように、俺たちは夜の埠頭で向かい合っていた。


「竜華――」


 声が途切れる。

 物理的にも、精神的にもそこで止めざるをえなかった。

 胸に抱き付いてきた竜華が、俺の顔を見上げる。

「……ベルト渡して」

「ベルトを?」

「うちに好きなことなにしても、ええから」


 抱きつく力が強くなる。

 体の正面に当たる柔らかい感触も強まった。

 まるで女性としての自分を意識させようとしているようだ。

 好きなことを何でもとは、そういう意味なのか?


「……藤田になにを言われた?」

「お願い……なにも聞かんといて」

「藤田になにを言われた!?」


 肩をつかんで引きはがす。

 思った以上に力が入っていたのか、竜華が顔をゆがめたが、それを気にする余裕はなかった。

 意味不明な状況と、話が進まないことと、藤田と、藤田が竜華にやらせているであろうこと。

 苛立ちと怒りで頭がどうにかなりそうだった。


「言えっ、衣さんは……!」

「い、痛い……」


 震えるその声で頭の熱が収まる。

 目に浮かぶ水滴が俺を現実に引き戻した。

 手の力を抜いて肩から外す。

「悪い……でもこれは渡せない」

「どうしても? 京太郎がしたいこと、なんでもしていいんやで?」

「……それでも、これだけは手放せない」


 このベルトはあの人が俺に渡した唯一のもの。

 もちろん実体のない言葉は俺の中に息づいている。

 だが、形があるからこそ、余計特別に感じられた。


「お願い、京太郎……なんでも、なんでも言うこと聞くから……」

「……無理だ」

「それじゃ……うち、京太郎のことを……」


 胸に縋り付く竜華の言葉が途切れる。

 その涙を止める方法が見つからない。

 しばらくすすり泣く声が響き、胸のぬくもりが離れていく。

 影がかかって表情はわからない。

 その左手に巻いたデバイスが、月の光を受けて鈍く光った。 

 要求から察すると、藤田の目的はこのベルト。

 それが穏便な話し合いで解決できないならどうなる?

 俺の予想を裏付けるように、羽音が響く。

 機械仕掛けのハチが、竜華の周りを旋回していた。


「これが最後や……そのベルト、渡して」

「何度も言うけど、それだけは無理だ」

「なら、力づくでも……!」

 顔を上げた竜華の目の端に涙。

 だが、揺らいではいなかった。

 その声を受けてハチが動き出す。

 ゼクターにもある程度の戦闘能力はある。

 サナギとはいえワームを相手取る程度には。

 それが俺に向かってきている。

 変身をしていない状態では、避けるのがせいぜい。

 だがしかし、俺にも相棒はいる。

 空間のゆがみから現れたカブトムシがハチの進行を阻止した。

 弾かれたハチは竜華の右手へ、カブトムシは俺の右手へ。

 そのまま二つのゼクターは、デバイスへと装着された。

 戦いの始まりを告げる電子音が響く。


≪≪――変身≫≫


 お互いの体が厚い鎧に包まれていく。

 闇に遮られた視界がクリアになると、相手は動き出した。


「ふっ」


 体を前面に押し出してのパンチ。

 左手の甲で外にそらし、足を払う。

 それを予期したのか、相手は軽く跳躍。

 前進の勢いが殺しきれていなかったため、衝突してともに地面に倒れこむ。

「くっ」

「あうっ」


 そうして絡み合ったまま転がり、俺の視界には夜空が広がった。

 一方、相手は俺の上をとることに成功。

 いわゆるマウントポジションだ。


「降参、せぇへん?」

「それは……死んでも嫌だね」

「――バカっ!」


 振り下ろされる拳。

 マスクのど真ん中を打ち据えるはずのそれに、頭を上げてV字のアンテナをぶつける。


「いった――」


 痛みで気が逸れたのか拘束が緩む。

 思いっきり体を起こして相手の体を押しのけ脱出。

 数歩分の距離が開く。

 すかさずガンモードで手足を狙う。

 だが相手は低い姿勢で前進しながらなお、それを避けて見せた。

 即座に詰まる距離。

 相手の拳が跳ね上がる。

「倒れて……!」

「なわけないだろっ」


 腹部に突き刺さらんとする攻撃に、両手を割り込ませる。

 脚力も加えた一撃はこちらの体を浮き上がらせるほどに強烈だ。

 まともにくらっていればやばかったかもしれない。

 受け止めた手が痛い。


「倒れるのは、そっちだ!」


 突き上げる力を利してそのまま宙へ。

 身をひるがえして踵を振り下ろす。


「――あうっ」


 斧刀は相手の右の肩口にヒット。

 右腕が力なく下がる。


「藤田に何を言われたかはわからない……けど、俺はこれ以上戦いたくない」

「……うちだって」

「なら――」

「――でも!」


 言葉が遮られる。

 左手で右肩を押さえながら、相手は震える声で叫んだ。

「引き下がるわけには、いかへん……!」

≪――Cast Off! Change Wasp!≫

「……」

≪――Cast Off! Change Beetle!≫


 互いの鎧が飛散する。

 パーツとパーツがぶつかり合う中で、俺は相手のマスクを、その中にある顔をまっすぐ見つめた。

 きっと泣いている。

 どうして、なぜここまでして戦おうとする?

 単に上からの命令だから、ではないだろう。

 受け入れたくない命令を引き受ける理由。

 それに思い至るのにそう時間はいらなかった。


「うわぁあああっ!」

「――っ」


 考え事のせいか、反応が遅れた。

 相手の体当たりじみたテレフォンパンチをまともに受けて、吹っ飛ばされる。

 近くの倉庫の扉を突き破ってようやく勢いは止まった。


「藤田ぁぁああああ!!」


 地面に転がったまま、俺は激情を吐き出した。

 少しでも吐き出さなければどうにかなりそうだった。

『ほんのささいな部下と上司のやりとりみたいなものだよ』


 そうだ――藤田にとってはほんのささいなことなのだろう。


『私からはね。まぁ、彼女がどう受け取ったのかはわからないが』


 そうだ――どんなことを言おうと、それを気にするかしないかは受け取る側の問題なのかもしれない。


『プライベートに抵触するからね……それに、二つ目の質問になるがいいのか?』


 そうだ――確かに怜さんのことは竜華にとってプライベートなことだろう。

 藤田は嘘は言っていない。

 ただ、本当のことも言っていないだけだ。

 煙管をもてあそぶ姿が目に浮かぶ。

 力任せに地面を叩きつけると、砕けたコンクリートの破片が舞った。

 起き上がると、倉庫の入り口から相手の影が伸びていた。


「京太郎……もう立たんといて」

「……」

≪――Clockup!≫


 加速状態に移行してその場を離脱。

 ベルトを奪われるわけにはいかないし、俺が勝っても良くないことになりそうだ。

 おそらく、怜さんが人質に取られている。

 病状が良くなってきたとはいえ、治療を打ち切られるとどうなるかはわからない。

 人間の汚さというものを垣間見た気がして、はらわたが煮えくり返る。

≪――Clock Over!≫


 埠頭の端に位置する倉庫の上で加速が解ける。

 これで撒ければいいと思ったが、そううまくはいかない。


≪――Clock Over!≫


 相手も同様にクロックアップで追ってきていた。

 こちらにハチの針を向けながら、ゆっくりと歩いてくる。

 まるで俺が降参するのを期待しているかのようだ。

 そんなことありえないってのに。


「事情は察するよ……けど、やっぱり俺にはベルトは手放せない」

「そんなに……そんなにライダーの力が大事なん!?」

「……ああ」


 それに、これは絆だ。

 あの人と俺をつなぐ形ある絆なんだ。


「あんたは俺と怜さんを天秤にかけた……俺も同じようにしただけだ」

「こんの……!」

≪――Rider Sting!≫


 激情を秘めた声と共に、ゼクターが必殺を告げる電子音を発する。

 ハチの針が光を帯びた。

≪――1,2,3...≫

「……ライダーキック」

≪――Rider Kick!≫


 対するこちらも必殺。

 ゼクターからのエネルギーが、ホーンを経由して右足に送り込まれる。


「あぁぁあああ!」


 その叫びは慟哭のように聞こえた。

 噛みしめた唇から血の味が広がる。

 ……余計なことは飲み込め。

 蹴りとパンチではリーチの差がある。

 相手は動きは一直線。

 このまま足を振りぬけばそれで終わる。


『なーなー京ちゃん、うちにもかまってー』


 だけど、その声が頭から張り付くように離れない。

 傾いたはずの天秤が、再び揺れている。

 そしてそれは、俺の足をほんのわずかに遅らせた。


「――ぅぐっ」

「……え?」

 下腹部がまるで毒に侵されたかのように熱い。

 変身が解けて夜の闇が間近に迫る。

 衝撃で飛んでいったベルトが、硬い音を立てて落ちた。

 俺も膝を折って地面に這いつくばる。

 勝敗は明らかだった。


「どうして……?」


 だというのに、竜華は何が起きたのかわからないとでもいうように呟いた。


「どうしてもなにも……こういうことだろ」


 俺が負けて、竜華が勝った。

 あの時点で余計な迷いを抱いた結果がこれだ。

 ベルトと大切な人の命。

 選べるわけがない。

 そもそも天秤の支柱がゆがんでいるのなら、どんなものを乗せたって無駄だ。

 ……俺は何をやっているんだ。

 ベルトは大切だ。

 でも、二人の仲を守ると決めたのも俺だ。

 いや……それ以前に、俺を取り巻く日常を手放したくないんだ。

 だからこうやって決められない。

 だから竜華の針は俺に届いた。

「ベルト、持ってけよ」

「その前に救急車呼ばな――」

「なにをやっている?」


 聞き慣れた声が響いた。

 自分が世界の中心だと言わんばかりに、自信に満ち溢れている。

 ぼやけた視界に映るのは、夜の闇に浮かぶ白い服を着た男の姿。

 その名前を俺は知っている。


「総司、さん?」

「なにをしているのかと聞いている」


 だけど、久しぶりに顔を合わせたはずなのに、俺には目もくれない。

 その目が向かう先にいるのは、竜華だった。


「藤田がお前に命じたのは須賀京太郎の始末のはずだ」


 言葉には驚くほど温度がない。

 まるで俺のことなどどうでもいいと言っているかのようだ。

 思い出とのギャップに心が底冷えしてしまう。

 悪い夢でも見ているかのようだった。


「……あんた、何者や」

「決まっているだろう?」

 その人は、出来の悪い生徒を諭すような口ぶりでそう言うと、夜天に向けてまっすぐ指をさした。


「天道総司。天の道を往き、総てを司る男だ」


 写真を切り取ったかのような光景だった。

 俺は幾度となくそれを見て、目に焼き付けてきた。

 憧れて、追いかけてきた人の姿。


「あんたが……でも、もうベルトも回収するし――」

「藤田は始末しろと言ったはずだ」


 厳しかったけど、優しかった。

 俺の手を引いてくれはしなかったけど、いつだって目の届く場所にいてくれる。

 でも今は、底冷えのする言葉を吐いて、近くにいるのに遠く感じられた。


「まぁいい。お前がやらないのなら俺が引き継ごう」


 空間がゆがむ。

 そこから現れたのは、黒いカブトムシだった。

 俺の相棒の色違い。

 周囲を旋回してから、その手に収まる。


「変身」

≪――変身≫

 その姿が鎧に覆われていく。

 カブトそっくりの外見。

 夜闇に光る目の色は、青ではなく黄色。

 呆然と見るだけの俺の視界を、竜華の背中が遮った。


「そこをどけ」

「京太郎や衣ちゃんの育ての親なんは知っとる。……なんでこないなことができるん!?」

「……話にならないな」

「させへん……!」


 竜華の戦意が高まっていくのがわかる。

 どうにかしなければいけない。

 そう思うが、なにをどうすればいいのかがわからなかった。

 ダメージのせいで体はろくに動かない。

 そしてなにより、あの人に言葉を向けて、どんな言葉が返ってくるか。

 それが怖かった。

 呆然と事態を見守る。


「速攻勝負……!」

≪――Clockup!≫


 竜華の姿が掻き消える。

 ゼクターの音声で加速状態に入ったことはわかった。

 だけど……

「……そこか」


 色違いのカブトが、無造作に蹴りを放つ。

 すると次の瞬間、竜華が地面に倒れていた。


≪――Clock Over!≫

「な、なんでっ」

「天は全てのものの上にある。それが答えだ」

「あぐっ」


 竜華の腹を一度踏みつけると、色違いのカブトがこちらへ向く。

 そして無言のまま、ゆっくりと歩いてくる。

 思ったほど体は震えていない。

 恐怖よりも疑問が勝っていた。


「無様だな、京太郎」


 それはこの場で初めて俺に向けられた言葉だった。

 だけどやっぱり、冷たい。


「一つ、良いことを教えてやろう。お前がライダーになれた理由だ」

「……」

「カブトの資格者は最初から決まっていた。何故だかわかるか?」

「まさか……」

「俺が選んだからだ。でなければ、お前ごときが選ばれるはずがない」

 それは、俺の始まりを否定する言葉だった。

 要するに、あの日つかんだと思った運命は、仕組まれたものだったのだ。

 空虚が、恐怖や疑問を飲み込もうとしていた。


「お前は凡人だ。どうあがいても天にはたどり着けない」

「でも、俺は総司さんみたいになりたくてずっと……」

「なれるわけがない。そもそもお前は自分の現状をどう思っている」

「――っ」


 その言葉は、俺が漠然と抱いていた不安の核心を突くものだった。

 言葉と共に息が詰まる。

 以前会長にも言われた。


『ただ、須賀くんが目指す場所が今も変わりないのかな? って思ったわけよ」』


 あの時少し考えて、それ以上はやめた。

 突き詰めればどういう答えに行きつくかがわかっていたからだ。


「太陽は地上の全てを照らしても、同じ天に並び立つ者はいない」


 孤独にして孤高。

 だれにも頼らないで、一人はるか先を歩く。

 対して、俺はどうだ?

 誰かと助け合うことを肯定してしまっている。

「蝋の翼で羽ばたき、あまつさえ重い荷物まで抱えている……どうなるかは目に見えているな」

「俺、は……」

「もう一度はっきり言ってやる。お前では天の道を往くことは不可能だ」


 空虚が心を覆い尽くす。

 突きつけられた事実は、今までの俺に対する死刑宣告だった。

 だって、俺も納得してしまっていて、それになにより、あの人がそう言っている。


「さて、少し話が長くなったな」


 首が圧迫される。

 片手でつかんで持ち上げられていた。

 手にも足にも力が入らない。

 そもそも抵抗する気力すらない。

 なぜ俺はここまで生きてきたんだろうか。

 苦しさもどこか他人事だった。

 多分、俺はこれから死ぬのだろう。


「――ふんっ」


 胸に強い衝撃。

 口から空気と血が噴き出す。

 みしみしと骨がきしみ、あるいは砕ける音。

 足を突き出したその姿が一気に小さくなる。

 倉庫の屋根から夜の海へ蹴りだされていた。

 だけど、やっぱり他人事。

 心は空虚に飲まれている。

 体も冷たく暗い海へ沈んでいく。

 そして俺の意識は闇に覆われた。





第十七話『闇が全てを覆う時』終了


てなわけで、本編登場のライダーは出そろいました
次の話も題名だけは決まっているので予告しときます

次回『されど太陽は沈まず』

咲ちゃんの誕生日が近いからなにか書こうと思ったけど
よく考えたら番外編のほうでやったので見送ります

したらば

もうどんだけほったらかしなんだよ!って感じですが、いい加減更新します
時間かかった分今回は長いので許してつかぁさい




「この先は危険なので立ち入り禁止です」


 清水谷竜華を追って埠頭にたどり着いた竹井久を出迎えたのは、ゼクトルーパーとキープアウトのテープだった。

 ワームが出現した一帯を封鎖する措置。

 もうすっかり見慣れてしまった光景だ。

 久はいつものように、変身デバイスであるグリップを取り出す。

 これはライダーにとっての身分証明書のようなものだ。

 提示されたデバイスを見ればゼクトルーパーはおとなしく通すはず、だった。


「……誰も通すなと命令されてます」

「それは誰に? 清水谷さん?」

「上の者です」


 答えてるようで答えになっていなかった。

 だが久は黙って頷くと、一旦その場から離れる。

 ゼクトルーパーの持つ銃器が鈍く光ったような気がしたからだ。

 下手に諍いを起こして障害が増えても面倒だ。


「上の者、ね」


 順当に考えれば隊長である竜華だが、それだったら上の者なんて表現を使うだろうか。

 そもそも、今のゼクトルーパーが竜華の隊の者かどうかもわからない。

 久はグリップをじっと見つめ、これを渡した者のことを思い出した。

「あの女、そういえばZECTの幹部って話だったっけ」


 藤田靖子。

 二度だけ話したことがある。

 最初はデバイスを渡された時で、二回目はどうやって番号を調べたかはわからないが、携帯電話越しだ。

 運悪くワームに襲われた久を助けた命の恩人でもある。

 感づいてはいたが、ZECTの関係者だとはっきり知ったのは京太郎から話を聞いた後だったが。

 ゼクトルーパーの口から上の者と言われて思い浮かぶのは、久の中で竜華以外では藤田しかいない。

 京太郎はあまり信用していないようだったが、久は多少なりとも恩義を感じていた。


「……もしそうだとしても、優先順位ってものがあるのよね」

≪――≫


 監視の目が届かないところで佇む久のもとに、トンボ型のゼクターが飛来する。

 こんな時に備えて周囲の偵察を頼んでおいたのだ。


「ふんふん、見張りはゼクトルーパーだけで……」

≪――≫

「清水谷さんと京太郎が、交戦中……?」


 全くの予想外というわけではなかった。

 久はあまり口を挟まなかったが、前々から京太郎とZECTの関係は微妙だ。

 それは互いにというより、京太郎が一方的に隔意というか敵意を抱いているように見えたが。

 もしそれでZECTが京太郎を邪魔だと判断したのなら、同じライダーをけしかけて無力化、あるいは消すということもありえる。

「予想が当たったんだろうけど、あまり嬉しくないわね」


 ZECTに所属するライダーは二人。

 そして、その二人のどちらが動かしやすいかと言えば……


「是非もない、か。さっさと止めないとね」

≪――≫


 久の意思に呼応してか、トンボが電子音を上げた。

 掲げられたグリップに収まると、分厚い鎧を形成していく。

 おとなしく待っているつもりも、指をくわえて見ているつもりもない。

 変身が完了するよ否や、久はゼクターの尾を引っ張った。


≪――Cast Off! Change Dragonfly!≫

「それに、入るなって言われたら余計入りたくなるじゃない」

≪――Clockup!≫


 見張りがゼクトルーパーしかいないということは、クロックアップで突破可能ということだ。

 石像のように固まった隊員たちの横をすり抜け、久はテープの向こうへと侵入を果たす。


≪――Clock Over!≫

「さて、それで二人は……?」


 海に面した一画に戦いの痕跡がある。

 破壊された倉庫の扉。

 しかし、覗いてみてもなにもない。

 コンクリートの地面がこぶし大にえぐられているだけだ。

『あぁぁあああ!』


 ひとまず倉庫の外に出た久の耳に、慟哭のような叫び声が届く。

 その響きは遠雷のようで、おそらくここからは距離がある。

 数秒集中して声がする方角を特定すると、倉庫の屋根の上に昇る。


「そこね」

≪――Clockup!≫


 遠くに何者かが立っているのを確認すると、加速状態に移行。

 屋根の上を飛びながら渡っていくと、そこにいる者の姿が鮮明になっていく。

 倒れたザビーと、キャストオフ前のカブト。

 もう勝敗が決してしまったのだろうか。

 竜華の身を案じた久は、直後に違和感を覚えた。

 カブトの目に当たる部分の色が違う。

 クロックアップ中は視界が色あせるが、完全に白黒ではない。

 そして、二人から少し離れた場所にベルトが転がっている。

 悪い事態を想定し、グリップを握る手に力が入った。


≪――Clock Over!≫

「あなた、誰?」

「……」


 久は色違いのカブトに呼びかけるも、返事はないどころか見向きもしない。

 目の色が違うどころか、ゼクターの色まで違った。

「答えなさい!」


 語気を強めて銃口を向ける。

 相手は肩をすくめるとそのまま背中を向けて去ろうとする。

 久は躊躇せず引き金を引いた。

 放たれた光弾が後を追う。

 しかし、相手は振り返ることもせず、背中越しにクナイガンで全て撃ち落としてしまった。


「なっ――」


 驚く間もなく、マスク部分目掛けて弾が一発飛んでくる。

 回避に気を取られている隙を突き、色違いのカブトは姿を消した。


「きょう、たろぉ……」


 常人離れした射撃のスキルに呆気にとられていた久だったが、すすり泣くような竜華の声に呼び戻される。

 変身は解け、這いずって屋根の端を目指していた。

 その先は海。

 嫌な予感を押さえつけて竜華を引き留める。


「……なにがあったの?」

「ごめん、うちのせいで京太郎が……」

「須賀くん……京太郎がどうしたっていうの!?」


 気がつけば久は、乱暴に竜華の肩をつかんでいた。

 抑えようのない焦燥が滲みだす。


「京太郎が、死んじゃった……」





 須賀京太郎が海に落ちて行方不明。

 その報告を受けた時、龍門渕透華は表面上は眉ひとつ動かさなかった。

 そして部下を下がらせると、崩れ落ちるように椅子に座り、ため息を一つ。


「これは私の責任でしょうね……」


 ZECTの動きを把握しきれず、押さえられなかったこと。

 透華は龍門渕の当主からZECTに対するほぼ全てを任されている。

 こんな年若い娘がそんな責任を負わされている理由は、一言でいえば龍門渕の教育の一環だ。

 そしてそれは次代の当主の選定にもつながる。

 この体たらくでは失敗も同然だ。

 だがそれよりもなによりも、透華は京太郎の不在を憂う理由がある。


「あの子が帰ってきたとして、どんな顔で言えば……」


 その事実は必ず天江衣の心に傷を残す。

 それは確実に修復不能なレベルにまで達するだろう。

 そして透華自身にとっても京太郎は身内のカテゴリーに入りつつある。

 自分が悲しんでいることに気づき、より一層深いため息をついた。


「こちらをどうぞ。気分が落ち着きます」

「ハギヨシ……」


 龍門渕の執事は透華の前にティーカップを置いた。

 いつもと変わらないその振る舞いは、まるで心配してないようでもある。

「あなたは冷静ですのね」

「日々の訓練の賜物……でしょうかね」


 萩原の中のワームは、心の隙を突いて現れる。

 悲しみという感情でも振れ幅が大きければ、同じことになるだろう。

 だけどそれ以上に、萩原には信じたい可能性があった。


「お嬢様、私は彼が帰ってくるように思えます」

「たしかに死体は見つかっていない……でも、あの状況では」

「ですが、私はそう信じたい」

「……好きになさい」


 須賀京太郎は行動不能なダメージを負ったところで謎のライダーの襲撃を受け海に落下。

 その後、現在に至るまで捜索を続けるも行方は知れず。

 負傷の度合いとこの時期の海の温度では生存確率は低い。

 それがその場に居合わせたライダーと、龍門渕が出した捜索部隊の報告を簡単にまとめたものだ。


「ZECTはカブトが敵対行為をとったため応戦、謎のライダーに関しては知らぬ存ぜぬ……」

「そのライダーの存在をはっきりと見たのは、竹井さまと清水谷さま、という話でしたか」

「せめて清水谷竜華の身柄を確保できていれば……」


 龍門渕の手の者がたどり着く前に、ZECTは清水谷竜華を連れて撤収。

 竹井久を通じてある程度の情報は得られたが、確たる証拠がない。

 このままではどれだけ事情を尋ねても無駄だろう。

 透華はもやもやとした感情をため息にまとめ吐き出すと、ティーカップに口を付けた。





「始末は着けてきたぞ」

「ああ、すまないね……それで、ベルトは?」

「心配するな、ちゃんと回収してある」


 手に持ったベルトを無造作に机に放ると、天道はソファーに腰を下ろした。

 藤田は立ち上がって手に取ると、顔をしかめた。


「壊れてるじゃないか」

「壊したのはお前の部下だ」

「参ったね……これじゃカブトが使えなくなる」

「予備のベルトはないのか」

「それを君が使っているんじゃないか。元々試作型を使う予定はなかったんだから」


 壊れたベルトを机に戻すと、藤田はため息をついて再び椅子に座る。

 ZECT本部の地下施設の一画。

 幹部以外は容易に立ち入りを許されない。

 その中でも重要性が高い場所に藤田達は出入りしていた。


「一応、全部のゼクターとデバイスを使える状態で渡せって言われてるんだけどね」

「奴らの言うことなら聞き流しておけ。使えないのなら新しく作ればいいだけだ」

「簡単に言ってくれるね」

「時間と手間がかかるだけだ。惜しんでいては良いものは生まれない」

「また説教か。こんな立場になってまでされるとはね」

「ありがたく思え」

 腕を組んで言い放つ天道に藤田は肩をすくめた。

 こういう発言にはすっかりなれてしまっていた。


「さて、もう用がないなら行かせてもらう」

「また一つ頼みたいことがあるにはあるんだけど……」

「聞いてやろう」

「これを見てくれ」


 藤田が手元のキーボードを操作すると、一人の少女の顔写真とプロフィールがディスプレイに表示された。

 気だるげな眼をした少女だ。


「この娘を連れてきてほしい。多少強引でもかまわない」

「要するに人さらいか……くだらん。手持ちの兵隊どもにやらせればいい」

「クロックアップってこういう時に便利だと思うんだけどね」

「こんなことのために変身させる気か?」

「冗談だよ……本当は他のゼクターを回収してほしいんだ」

「ふん、まぁそれなら退屈しのぎにはなるか」


 鼻を鳴らして天道は去って行った。

 ドアが閉まって背中が見えなくなると、藤田は机に肘をついてディスプレイに目を向ける。

 ハチのライダーの足枷として機能している彼女だが、利用価値はそれだけではない。

 病状が回復してきたのもその兆候だろう。


「失礼します」

「どうぞ」

 先にサプライズがあると言ってサプライズになるのだろうか。

 宥はそう思ったが、衣は気に留めずソファーに近づく。

 その途中で机の上に目を引かれる。


「このベルト……」

「ああ、それかい? 壊れて使えないし、欲しいなら持ってくといい」

「きょうたろーに、なにかあったのか?」

「まずは落ち着いて――」


 羽音が一瞬だけ空気を揺らすと、藤田のすぐ横にあるディスプレイが横に真っ二つになった。

 頬が小さく切れて血が一滴伝い落ちていく。


「……彼は同じライダーと交戦し、敗北して行方不明だ。そのベルトだけが見つかった」

「そんな……」


 衣はその場にへたり込む。

 藤田は頬の血を拭うと立ち上がった。


「なにか飲み物でも持ってこよう。詳しい話はそれからだ」


 部屋のドアが閉まると、重い沈黙が訪れる。

 宥は床に手をつきうつむく衣にそっと寄り添った。


「大丈夫?」

「きょうたろーが、きょうたろーが……」

 うわ言のように呟く衣の頭を優しく抱き寄せる。

 こうも素直に悲しんでいる少女が、宥は少しだけ羨ましかった。


「衣ちゃんは、京太郎くんが死んじゃったって思ってるの?」

「……ううん。でも、また酷い怪我してるに決まってる」

「そうだね……じゃあ、確かめに行こっか」

「でも、ここからは出るなって……」

「内緒でお出かけしちゃお?」


 衣の頬を撫でてからすっと立ち上がる。

 宥の傍らにはいつの間にかワームが控えていた。


「――――――」

「うん、お願い」


 その会話の内容は衣にも理解できた。

 クロックアップで抜け出すと言っている。

 目元をぬぐうと立ち上がってベルトのもとへ。

 掴もうとして触れた瞬間、電流のような鋭い刺激が走った。


「――ひゃっ」

「どうしたの?」

「な、なんでもない」


 恐る恐る触ってみるが、今度は何ともない。

 首を傾げながらもしっかりと手に持つ。

 ベルトの傷が綺麗さっぱり消えていたことには、誰も気がつかなかった。





「京太郎が死んだかもしれない? なにかの冗談だろ?」

「冗談でも何でもありませんわ」

「マジかよ……」


 龍門渕でのバイトを終え、メイド服から制服に着替えた純は、帰り際に投下に呼び止められていた。

 そして移動した部屋の中で知らされた事実。

 また仕事上のあれこれだと思っていた純にとって、それは横から殴りつけるような衝撃だった。


「詳しくはこれを」


 透華が差し出した数枚の報告書。

 受け取って捲っていく。

 カブトとザビーの対決、謎のライダーの襲撃、海に落ち行方不明になった須賀京太郎。

 読み終えてから純は報告書をテーブルの上に放った。


「一体なにがどうなってんだよ……」

「ZECTはカブトの造反、と言っていますわ」


 造反と聞いて、純は京太郎が以前からZECTを怪しんでいたことを思い出す。

 それが敵対行為にまでつながるとなると、よっぽどのことがあったのだろうか。

 そこまで考えて頭を振る。

 ZECTが自分たちに都合のいいようなことを言っている可能性もある。

 純はZECTに絶対の信頼を置いているわけではない。

「それでザビーが応戦したってか」


 竜華が京太郎に対して簡単に針を向けるとは思えない。

 事情がどうであれ差し迫った状況だったのだろう。


「にしても、昨日ワームが出現したなんて聞いてないな」

「それは確かですの?」

「ああ、それに京太郎に連絡がいく前にまずオレに来るでしょ。清水谷さんと一緒に行動してたなら別だけど」


 それにしたって全く連絡が来ないのはおかしい。

 不明瞭な点が多くて全体像がつかめない。

 ただ、尋常ではない事態が起こったことは確かだ。


「二人が一緒に行動していなかったことは確認済みですわ」

「そうなるとますますわかんねぇな」


 顔をしかめて頭を掻く純。

 透華は口元に手を当てると、慎重に口を開いた。


「……これははっきりと確認したわけではありませんが……」

「なにかわかってるのか?」

「恐らくですが、清水谷竜華はなんらかの弱みを握られている可能性がありますわ」


 それを聞いても特に驚きはない。

 むしろ納得の方が勝っていた。

「まぁ、その弱みってのはなにかは大体想像がつくな」


 純の脳裏に浮かんだ気だるげな顔。

 原因不明の病に侵されている少女。

 ZECTが治療を行っているが、それがなくなったらどうなるだろうか。


「龍門渕の医療技術でどうにかならないのかよ」

「未知数ですわ。全ての技術が共有されているわけではありませんのよ?」

「じゃあ園城寺さんを連れてきて治療するってのは」

「少々リスクの高い賭けになるかもしれませんわ」

「参ったね、どうも」


 そもそも龍門渕が確保しようとすれば、ZECTの妨害が入るだろう。

 それを考えると動きが取りづらい。

 あれこれと考える純だが、透華は少し呆れたように口を開いた。


「今更ですけど、あなたはZECTの所属でしょうに……」

「そこはまぁ、色々とね」


 純がZECTにいる理由は、自分たちを拾ってくれた龍門渕への義理立てが大きい。

 だから透華がZECTと対立するようなことがあれば、味方をするつもりでいる。


「とりあえず、ZECTのことは静観するしかないのか」

「相手が派手な動きを見せないと、こちらでも大きな動きはとれませんわ」

 もちろん小手先で済むことだったら常日頃から行っているが、今回ははかばかしくない。

 不自然なほどにガードが固くなっている。

 ここ最近の報告を聞いて透華はそう感じた。

 その矢先に京太郎の一件だ。

 表に出さないだけで、自責と後悔の念は強い。


「お嬢様もあんま思いつめんなよ」

「私が?」

「国広くんやハギヨシさんだっているし、オレや智紀もできるだけ力を貸すつもりでいるからさ」

「……余裕ですのね」


 向けられる心配に口を突いて出たのは、少々皮肉気な一言だった。

 それはあっさりと心の内を見抜かれた動揺を隠すためか。

 あるいは、余裕すら見て取れる純への僅かながらの苛立ちか。


「余裕ってわけじゃないけど、他のみんないるし……そのうちアイツも戻ってくるだろうし」

「まさか須賀京太郎が生きていると?」

「あっさり死ぬ奴じゃないって、そう思うよ」

「……あなたも同じことを言いますのね」


 自分の執事が言っていたことと重ね合わせる。

 透華は吐き出そうとした息を飲み込み、自らの頬を張った。


「……大丈夫か?」

「もちろんですわ」


 頬が少し赤くなったが、顔にかげりはない。

 そのまま立ち上がると、透華は携帯を取り出す。

 純は自分への用が終わったことを悟ると、最後に肩に手を置いて部屋を出ていった。





「クロ、最近おかしいよね」

「いきなりなに? 私、全然普通だよ?」

「嘘おっしゃい、ほらあの人」


 松実玄は友人が指さす方を見る。

 廊下を歩く、自分たちと同じ二年生の女子がいた。

 何の関係があるのかと首をひねる。


「あの人がどうかしたの?」

「どうしたもこうしたも……胸大きいじゃん」

「あ……う、うんっそうだね! 揉ませてもらえないかなー」

「……こりゃ重症ね」


 思い出したかのように騒ぎ始める玄。

 友人は事態の重さに額に手を当て天井を仰いだ。

 おもちハンターがおもちのことを見逃すなんて異常もいいところだ。


「お待たせぇ……二人ともどうしたの?」

「クロが最近おかしいって話してたの」

「あー、たしかにそうだよねぇ」

「でしょ?」

「うぅ……私そんなに変かな?」

「「当たり前でしょ」」

 声をそろえる友人二人に玄は思わず萎縮した。

 詰め寄られ気味だったというのもあるが、なにより表情が真剣だった。


「最近ずっと教室で弁当食べてるし」

「須賀くんのこともあんまり話さなくなったよねぇ」

「そうそう、私たちが話題振っても強引に軌道修正するし」

「目に見えてやばいのは……これかなぁ?」


 眼前に突き付けられた手鏡が顔を映す。

 薄らとクマが浮かんでいる以外はいつも通りの自分の顔。

 なにがやばいのかわからない玄は曖昧に笑った。


「そうそうそれ。あんた最近なにやってもそんな顔してるよ?」

「なにかありますって言ってるようなもんだよねぇ」

「そんなこと、ないけど……」


 否定の言葉は本人が思っている以上に力なかった。

 その歯切れの悪さにため息をつくと、友人二人は玄の腕をつかんだ。


「さ、行くわよ」

「ど、どこに?」

「決まってるでしょ」

「ズバリ、須賀くんの教室」

「え、えっ!?」

 引っ張られながら玄は困惑の声を上げた。

 二人がどういう思考からそこに連れていこうとしているのかがわからない。

 とりあえず踏ん張ってみたが、無駄な抵抗だった。


「もういいから、色々話してすっきりしてきなさい」

「別れ話は不完全燃焼が一番ダメなんだよ?」

「わ、別れないしそもそも付き合ってすら――」

「「いいから行ってきなさい!」」

「はうっ!」


 二人に背中を押された玄は、つんのめりながらも1-2の教室の前に止まった。

 帰り支度を終えて教室から出てくる生徒たちの視線がちらほらと集まる。

 助けを求めるように振り返るが、二人の姿は消えていた。


「あの、出たいんですけど」

「す、すいません」


 ドアがスライドして教室から生徒が出てくる。

 道を開けるときに中が見えたが、京太郎の姿はなかった。

 玄は今しがた教室から出ていった一年生を呼び止める。


「きょうたろ……須賀くんは休みなんですか?」

「須賀なら今日も休みですよ」

「今日も?」

「この前まで入院してたみたいだし、まだ体の調子が悪いんじゃないですかね」

「入院……また?」

 京太郎は夏に一度入院している。

 その時は腕にギプスをつけながらも元気そうにしてたのだが、今回はどうなのだろうか。

 なんとなく自分から顔を合わせるのを避けていたことを玄は後悔した。


(でも……)


 姉の顔と蝶の翅がちらつく。

 あれはただの見間違い。

 玄の中ではあくまでそういうことになっている。

 だけどその光景はなにをしても、たとえば寒い中座ったままじっとしてみたりしても消えることはない。

 そして、もしなにかの間違いでその認識が誤りだと知ってしまったら。

 その思いが玄を京太郎から遠ざけた。

 だけど、それが正しかったのか玄にはわからない。

 京太郎の悲しそうな顔が浮かぶ。

 もっとちゃんと向き合うべきだったのかもしれない。


「待ってるだけじゃダメ、なのかな……?」


 呼び止めた生徒に礼を言うと教室のドアから離れる。

 どこからか見ていたのか、友人二人が心配そうな顔で出てきた。


「で、どうだった?」

「須賀くんいなかったの?」

「うん、今日は休んでるって」

 京太郎の不在を伝えると、二人は落胆した。

 その度合いは傍から見れば当事者である玄以上だ。

 そんな友人たちおかげで、玄の心は少しだけ軽くなった。


「あ、それならもっと効果的なのがあるじゃん」

「うんうん、あれだよねぇ」


 二人は玄から少し離れると、勿体つけるように言いかわす。

 なにを言おうとしているのかはよくわからないが、とりあえず玄には一つだけ決めたことがあった。


「それはぁ」

「なんとっ」

「私、お見舞いに行ってくる」


 会ってなにを話すかはともかくとして、京太郎の顔が見たい。

 玄が思ったのはそんなことだった。

 二人は口を開いたまま固まっている。


「どしたの?」

「いや、ちょっとあんたの成長っぷりに驚いて」

「もう免許皆伝かなぁ?」

「なんのっ?」

「じゃあ気合入れて何か作ってくこと、いい?」

「う、うん」





 ファミレスの隅にあるテーブルに着いて、久は憂鬱そうに窓の外を眺める。

 空は灰色で、良い天気とは言えないが悪い天気でもない。

 そこらの建物を見ればクリスマスムード一色で、道行く人も心なしか浮かれているように見える。

 だが久の心中はそんな光景とは正反対だった。

 昨夜起きたこと、それをこれから話さなければならない。

 自分自身ショックから立ち直れていないが、相手はどう思うだろうか。


「愚問よね」


 心を痛めないはずがない。

 左右で色の違う目を見開いて、泣いてしまうかもしれない。

 だが話さなければならない。

 京太郎がああなった以上、自分たちも同じ目にあわないとは限らないのだから。


「ごめんなさい、ちょっと待たせてしまったみたいで」

「来てやったから感謝するし」

「あなたは呼んだ覚えがないんだけど……まぁいいわ、座って」


 ふてぶてしいおまけが付いてきたが、気にしないことにした。

 どうせあとから美穂子の携帯でメールを送るつもりだったのだから。

 着席を促された美穂子と華菜は、久と向かい合うようにテーブルに付いた。


「今日は急にどうしたの?」

「手短に済ませてほしいし」

「まずは落ち着いてこれ、どうぞ」

 久は二人の前にグラスを差し出した。

 あらかじめドリンクバーを複数人分頼んで用意したものだ。

 今回は見た目も味も成功している。


「あら、おいしい」

「ふ、ふんっこんなものじゃ華菜ちゃんの舌は満足させられないし」


 反応を見れば好評だというのは大体わかる。

 素直じゃない方には後できついのを飲ませよう。

 そう決めて久はテーブルの下で拳を握りしめた。

 気分をまぎらわしたところで、切り出すのには覚悟が必要だった。


「京太郎が死んだわ」


 その瞬間、周囲の音が遠ざかった。

 久はそれだけしか言わなかったし、二人も言葉を失っていた。

 言葉が意味することを理解するのに手間取っているのかもしれない。

 たった一言でシンプルなものだが、受け入れるのには時間がかかるのだ。

 他ならぬ久がそうだったように。


「嘘、でしょ? ほら、いつもみたいにまたからかって……」

「……」

「嘘って言って!」

 涙混じりの悲痛な声。

 だけど何も言うことができない。

 事実だけは変えようがないのだから。


「ほんとう、なの?」

「……ええ」

「そんな……」


 美穂子は顔を手で覆って黙ってしまった。

 かすかにすすり泣くような音が残る。


(予想はしてたけど、きついわね)


 親友のこんな姿を見るのは辛いが、なにより自分も辛い。

 人に事実を突きつけるということは、それ以上に自分にも突きつけられるということだ。

 拳をより一層強く握りしめて、久はなにかがこぼれそうになるのを必死にこらえた。


「……ごめんなさい。あなただって辛いのに」

「気にしないで。戦っていればこういうことにもなる。考えなかったわけじゃないわ」

「……久」


 言うまでもなく強がりだ。

 だけど美穂子はそれを追及することはしなかった。

 むしろ自分も気丈に振舞うべく涙を拭った。

 久は続けて細かい状況の説明を始めた。

「まったく、二人ともなに深刻そうな顔してるんですかね」


 一通りの説明が済むと、今まで黙って飲み物をすすっていた華菜が口を開く。

 二人の視線が向く。


「信じられないのはわかるけど、現状の認識だけはきっちりしてもらうわ」

「重傷のまま海に落ちて行方不明、ばっちりだし」

「華菜、悲しいのはみんな一緒だから……」

「華菜ちゃんが悲しんでるなんて、冗談でもありえないし」


 華菜にとって京太郎はいつか倒さなければならない障害だ。

 だから話を聞いても悲しくなったりなんてしない。

 そしてそれ以前に、強い思いが一つ。

 立ち上がると、華菜は二人を見据える。


「あんなふてぶてしい奴がそんな簡単に死ぬはずないし」


 踏もうとしてもするすると避けるし、踏みつけても雑草のように復活するに違いない。

 そんな憎き敵が自分の知らないところでいなくなっていいはずがない。


「大体、あいつが華菜ちゃん以外にやられるなんて許さないんだし」


 それが華菜の本音だった。

 同時にそうあってほしいという願いでもある。

「根拠も何もないわね……」


 あくまで願望にのっとった言葉にため息が漏れる。

 だがその一方で納得もあった。

 呆れるほどにポジティブだが、自分たちはネガティブになりすぎたのかもしれない。

 最悪を想定するのは必要なことだが、希望を抱くこともまた必要だ。


「でも一理ある、か」


 知らずのうちに弱気になっていた自分を認め、久はグラスに口をつけた。

 ドヤ顔をしてうなずいている華菜のことは見逃すことにした。


「そうね、華菜の言う通り生きてるかもしれないし……いえ、きっと」

「探し出して華菜ちゃんが地獄に送ってやるんだし!」

「はいはい、せいぜい頑張りなさい」

「うわっ、なにすんだよー」


 久は手を振り上げる華菜の頭を押さえつける。

 華菜は身をよじって逃れようとして、最後にデコピンをくらった。


「くっそー、先輩の前でなければぎったんぎったんにしてやるのに……!」

「二人ともすっかり仲良しね」

「仲良く見えるってことに屈辱を感じるわね」

「それはこっちのセリフだし!」


 張り付くような不安は表面上は姿を消した。

 だが久の中には竜華を止められなかった後悔が息を潜めている。

 ふとこぼれそうになるそれを隠すように、グラスを持ってドリンクバーへと向かった。





「繋がんないっすね」


 龍門渕の屋敷の一室。

 普通に生活することが困難になった桃子は、京太郎の取り計らいでここにいる。

 はじめは豪華で上品で広い部屋にどこか馴染めずにいたが、二週間も滞在していれば自室同然だった。

 やたらと広くふかふかなベッドに寝転がって握るのは携帯。

 今しがた電話をかけたところだが、相手は出なかった。


「忙しいんすかね?」


 さすがに戦っている最中に電話には出られないだろう。

 タイミングが悪かったのだろう。

 後で誰かに聞いてみようと桃子は携帯をベッドに放って立ち上がり、鏡の前に向かう。

 そこに映るのは貸してもらった洋服に身を包む自分の姿。

 だけど、まるで幽霊のように透けている。

 これこそが桃子がここにいる理由だ。

 擬態能力の暴走で周囲の人に存在を認識されなくなってしまっている。

 それでも一部の人には程度の差はあれど見えるので、こうして事情を知っていてかつ存在を認識できる者がいる龍門渕の世話になっている。


「どうぞ」

「失礼します」


 ノックのあとに入ってきたのは、龍門渕の執事である萩原だった。

 桃子のことを最もよく認識できる一人でもある。

「もうじき夕食です。本日はこちらで?」

「みんなと一緒に食べたいっす」

「かしこまりました。それでは……」

「あ、待ってほしいっす」


 一礼をして萩原は去ろうとする。

 しかし桃子がそれを引き留めた。

 聞きたいことがあったのだ。


「京くん、忙しいんすかね? 電話がつながらなくて」


 たった一度電話に出なかった程度でそんな心配することはない。

 そうは思うが、虫の知らせというべきか、どうしても気になった。


「……恐らくそうなのでしょう。最近ワームの出現が増えているそうです」

「あー、やっぱりっすか」


 萩原はあくまで穏やかな表情を崩さず答えた。

 京太郎の現状を知れば、精神の均衡を崩した桃子がどうなるかわからない。

 自分の経験も踏まえてそれを危惧していた。


「では、失礼します」


 萩原は退室し、桃子は再び携帯を握る。

 今度はメールを送ってみることにした。

 しかしそれに対する返信はなく、寝る前に電話をかけてみたが、京太郎は出ることはなかった。





「病院にもいないみたい」

「そうか……」


 人気のない河原に立つ宥と衣のもとに、羽音を立ててワームが降り立つ。

 二人とは別行動で京太郎を探していたのだが、結果は芳しくなかった。

 その報告に衣は無表情のままうなずいた。

 大事そうに抱えたベルトがわずかに音を立てる。


「衣ちゃん……」

「いい」


 肩に置かれた手をやんわりと除ける。

 宥が自分のことを心配しているのは承知していた。

 強く跳ね除けられないが、甘えたくはなかった。


「ごめんね、京太郎くん見つからなくて」

「いいんだ。見つからないってことは無事かもしれないってことだから」


 それが強がりだと理解したうえで宥は黙った。

 張りつめた心に刺激を加えたら切れてしまいかねない。


「もう戻る」

「うん、そうだね」


 衣は胸に抱いたベルトに目を落とす。

 京太郎に渡そうと持ってきたのだが、持っていることが重く辛い。


(これがなければ今も衣は……)


 ライダーとしての象徴であるこのベルトが、どうしようもなく邪魔に思えた。

 暗い水面に波紋が立つ。

 その場から立ち去る衣の手には、なにもなかった。





「うまくできたし、大丈夫だよね」


 ぶら下げた紙袋の中をのぞいて玄はうなずいた。

 向かう先は京太郎の自宅。

 お見舞いに行くと友人に宣言したのは昨日のこと。

 準備に時間がかかって遅くなってしまったが、その分母親のお墨付きがもらえるものを作ることができた。


「着いちゃった……」


 目的地に着く。

 なんとか自分を奮い立たせてここまで来たが、いざ面と向かうとなるとさらに勇気がいる。

 インターホンのボタンの前で、人差し指が近づいたり戻ったりを繰り返す。

 不審者に見られかねないような行動だが、幸い人の姿は見えなかった。

 遠くに車の音が聞こえるだけで、物静かだ。

 玄が覚悟を決めるため深く息を吸おうとした時だった。


「ひゃいぃっ」


 タイミングを見計らったかのようにメールの着信音が鳴った。

 思わず飛び上るほど驚いた玄は、その拍子にボタンを押してしまった。

 来客を知らせるチャイムが鳴る。

 少しの間あたふたした後、玄は居住まいを正して誰かが出てくるのを待った。


「……あれ?」

 一分ほど待っても反応がない。

 数回続けてチャイムを鳴らしてもそれは同じだった。

 寝ているか、もしくは不在。

 二つの言葉が頭をちらつく。


「もしかして病院かな?」


 時計を見ると七時過ぎ。

 近くの大きな病院でももう面会時間は終わっているだろうか。

 少し考えて、玄は携帯を取り出した。

 一応メールだけは送っておくべきだ。

 先に新着のメールを確認する。

 友人からの激励だった。


『一の太刀で仕留めなさい。二の太刀はないわよ!』


 なにやら物騒だったが、激励で間違いないはずだ。

 玄は軽く噴き出すと、メール作成画面を呼び出した。

 そして電話帳から京太郎のアドレスを選んで――


「なんや、松実さんかい」

「ひゃ――むぐ」

「はいはい静かになー」

 再び驚き飛び上がりそうになったところを、誰かに口を塞がれる。

 やや気の抜けた声を出すその人は、玄の知り合いだった。

 園城寺怜。

 京太郎を通じて何度か会ったことがある。

 執着する部位こそ違えど、自分の同士であると玄は認識していた。

 玄が落ち着いたことを確認すると、怜は口から手を離した。


「あなたは膝枕の……園城寺さん」

「そういうあなたはおもちの松実さんやな」

「園城寺さんも京太郎くんに用事ですか?」

「うーんまぁ……なんというか」


 頬をかきながら怜は顔をそらした。

 周囲の様子をうかがっている風でもある。

 そして玄に向き直ると、声を潜めながら言った。


「実はうち、MIBに追われてんねん」

「MIB? エイリアンのやつですか?」

「ウィルスミスのもそうやけど、ここはそのまんまの意味や」


 MIBとはメンインブラックの頭文字を取ったものだ。

 そのままに解釈すると、怜は黒服の男たちに追われているということになる。


「え、冗談ですよね?」

「せやったら良かったんやけどな」

 怜は心底困った様子でため息をついた。

 手元がわずかに震えているのは、寒さだけのせいではないのだろう。


「えと、なにか手伝えることは……」

「110番してもあかんかったから、無理やないかな」

「そんな……」


 警察にも頼れないと聞いて玄は顔を青ざめさせる。

 まるで自分のことのような反応に怜は目を丸くした。


「それ京ちゃんに?」

「そう、ですけど」

「そっか」


 短く頷くと、怜はふっと笑った。

 そして大きく伸びると、玄の肩を叩く。


「ま、冗談やからあんま気にせんでええよ」

「それも嘘、ですよね?」

「あははっ、疑り深いなー玄ちゃんは」


 今度は背中をバンバンと叩くと、怜は大げさに笑って見せた。

 玄の目にはそれが空元気にしか映らない。

 いつだったか京太郎が自分に向けたものと同じに。


「京ちゃんまだ帰っとらんみたいやけど、しっかり渡したってな……それじゃ」

「あ……」


 止めようと伸ばした手をすり抜けて、怜は京太郎の家から離れていく。

 玄は遠ざかる背中を追うことができなかった。





「ほら、望みのものだ」

「もう終わったのかい?」


 壊れたパソコンが除けられたデスクの上に、アタッシュケースが無造作に放られる。

 藤田は目を丸くしてソファーに座った天道と交互に見比べた。

 ケースを開くと、カブトとザビー以外のゼクターが確かにそろっていた。


「カブトは?」

「あれはもう資格者がいない。ネイティブ連中になんとかさせろ」

「まぁ、それもそうか……それにしても驚きだね」


 藤田が天道にゼクターの回収を頼んでからまだ一日と経っていない。

 その手際は普段の大口がそれだけではないことを示していた。


「他はともかく、サソードまでか」

「少々手こずったがな、アンチミミック弾を使った。理性を失ったワームならことは容易い」

「簡単に言うがね……」


 サソリのライダーの正体であるサソリのワーム。

 ライダーが数回交戦しているが、いずれも追い詰めるところにすら至っていなかったのだ。


「なんにしても助かったよ」

「気にするな。暇つぶしだと言ったはずだ」

「そうか……なら、私も仕事をしないとね」

「ザビーはどうした?」

「野暮なことを聞かないでくれよ。もう処分したさ」


 大きく伸びると、藤田は椅子から立ち上がった。





「こんなことになっちまうとはな」


 老朽化した小屋の中で横たわる少年の体を前に、南浦は呟いた。

 無表情だが、声には後悔と落胆の響きがある。

 ここは南浦が所有する隠れ家の一つだ。

 もっとも人目に付かない場所ではあるが、静かな分、気分はマイナスに向きやすい。


「まぁ、傍観決め込んでた俺が言えることじゃないけどよ」


 傍らの写真立てを指でなぞる。

 縁の中で微笑むポニーテールの少女は、どこか埃かぶっていた。

 それは南浦が過去に置き去りにしたもの。

 忘れたくても忘れられない、かといって直視するには辛すぎる。

 だから蓋をして触れないようにしてきた。

 その日からどこか無気力に生きてきたツケなのかもしれない。

 自分が目をかけた若者の死に、皮肉気な笑みが浮かんでくる。

 ドアが開き、薄暗い部屋に光が差し込む。

 足場に気をつけながら、藤田が入ってきた。

 この場所を察知されたことには言及せず、南浦は無言で迎え入れる。


「やはりあなただったか」

「何の用だ?」

「少し確認をしに。遺体は見つからなかったものですから」


 藤田は煙管で京太郎の死体を指した。

 ZECTや龍門渕が探して見つからなかったのは、それより先に回収した者がいたからだ。

「それにしても、最後まで見ているだけとは思いませんでしたよ」

「俺もそのことを少し後悔しているところだ」

「まぁなんにしても、もう状況は決した」


 藤田の言う通り、もう終わってしまったことだ。

 結果を覆すためには、もはや原因をなんとかするしかない。

 そして、時の流れとは常に一定方向にしか進まない。

 過ぎ去ったものをつかむのは不可能なのだ。

 だが、もし仮にそれを覆すことができるとすれば……


「お前さんがあそこに侵入して何を知ったのかも、あいつと接触して何をしてるのかも大体わかってる」

「それを知っておきながら見逃していたのはあなただ」

「おまけにネイティブ連中ともつるんでやがるな……ハイパーゼクターはどこだ?」


 時の法則をすり抜ける唯一つの手段。

 南浦の口から出た単語がその鍵だ。


「あれは我々の手で厳重に保管してあります」

「なるほどな。須賀京太郎を急いで始末したのは万が一を防ぐためか」

「そこらへんは想像に任せますよ」


 ハイパーゼクターの力を最も引き出せるライダーはカブトだ。

 そしてもしそれが京太郎の手に渡った時、どうなるか。

 清水谷竜華のように人質で縛るわけにはいかない。

 そもそも時を超える力の前には何もかもが無意味なのだから。

「あなたは今まで通り無気力に過ごしていればいい。いるだけでも組織の頭というポジションは必要ですからね」

「俺はトカゲの尻尾か」

「なに、心配はいりませんよ。もうじき世界は変わってZECTの立場は絶対になる」

「まさか……あのバカげた計画を遂行するってのか!?」


 今までどこかくたびれていて、あくまで静かだった態度が豹変した。

 南浦の脳裏で、過去の声がよみがえる。


『お願い、おじいさま……人間として死にたいの』


 不治の病に侵された孫娘。

 ZECTのトップという立場を利用して必死に助ける方法を探した。

 だがいくら過去に戻ろうと病だけはどうすることもできない。

 散々手を尽くして最後に南浦が縋ろうとした手段も、本人に拒まれた。

 運命だと割り切って見送った後も、胸に空いた穴は塞がらない。

 だけど……いや、だからこそ藤田達のしようとしていることを許すわけにはいかなかった。

 孫が最後に遺した言葉をまだ握りしめているのだから。


「悪いがそれだけは認められねぇな」

「あなたの意見は関係ない。お飾りはおとなしくしていてもらおうか」


 藤田は懐から拳銃を取り出すと、南浦の頭に突きつけた。

 脅しとしての意味合いが強いが、なんかあれば躊躇なく引き金を引くだろう。

 だが南浦は険しい顔のまま進み出た。

「こんなもので引くと思ってるのか?」

「だが今更あなたにはなにもできない」

「やれるものなら撃ってみやがれ」


 南浦の額に銃口が当たる。

 二人は腕一本分の距離を隔ててにらみ合う。


「仕方がない。そんなに孫に会いたいのなら、私が会わせてあげますよ」


 引き金にかけた指に力がこもる。

 弾が放たれる前に、南浦は床を思い切り踏みつけた。


「なっ、床が……!」


 老朽化していた木材が崩れ、藤田はバランスを崩した。

 銃口は上を向き、弾は天井に穴を空けて消えていった。

 南浦は自分も崩落に巻き込まれながらも、藤田を突き飛ばす。


「――がはっ」


 藤田はドアに叩きつけられ、頭を打つ。

 だが、銃を離してはいない。

 追撃が来る前に、狙いを定めず正面に向けて数回発砲した。


「――っ」

 声にならない声が漏れる。

 放たれた弾丸は南浦の胴体に命中した。

 衝撃で後ろに倒れこむ。


「はあ、はあ……胸に二発、腹に一発……致命傷だな」

「うるせぇ……頭に当たってねぇんだ。はずれだ、はずれ」

「瀕死でも口の減らない」


 立ち上がると埃を払う。

 そして藤田は再度、南浦に銃を突きつけた。


「じゃあ当たりはもらっていきますよ」


 もはや南浦には動ける力が残っていない。

 血と共に命が流れ出して、助けを呼ばなければ確実に死ぬ。

 そしてここは普段から人目に付かず、銃声が鳴ったところで気づくものはいない。

 藤田が撃たなくても南浦の命は秒読みだった。


≪――≫


 空間がゆがむ。

 それに気づいた二人はお互いから視線を外し、中空を見やった。

 現れたのは、カブトムシを象った機械。

 あたりの状況など気にせず、京太郎の死体の上で旋回している。

「バカなっ! なぜっ、なぜここにある!」


 藤田の顔が驚愕に染まる。

 なぜなら、そこにあるのは厳重に保管しているはずのハイパーゼクターなのだから。

 対照に、南浦は大声を上げて笑った。


「こいつはおもしれぇ! どこからやってきたのかは知らないが、運命はまだ決まってないみたいだな!」

「うるさいっ!」


 銃声が一回。

 額に穴を空けられた南浦は、笑みで顔をゆがめたまま息絶えた。

 肩をいからせて藤田はハイパーゼクターの方へ。

 この場に出現した理由がなんであれ、早急に回収しなければならない。

 何より死んだはずの須賀京太郎のもとへ現れたという事実が、藤田の中で警鐘を鳴らしている。


「頼むからおとなしくしててくれ……」


 祈るような口調で手を伸ばす。

 まるで虫取りに来た子供のような手つきだったが、ハイパーゼクターは捕まらない。

 藤田の手をすり抜け、かく乱するように周囲を旋回する。


「止まれっ」


 動きを止めようと銃撃するも、壁に穴を空け窓ガラスを割るのみだった。

 そして最後に京太郎の顔の上を旋回すると、ハイパーゼクターは再び空間を歪ませて消えた。

 死体二つと共に取り残された藤田は、銃を床に叩きつけて激昂した。


「くそっ、なにが……一体何が起きるというんだ!?」





 そしてハイパーゼクターは時をさかのぼる。

 須賀京太郎の生命反応が途切れるその前へと。

 即ち――


「蝋の翼で羽ばたき、あまつさえ重い荷物まで抱えている……どうなるかは目に見えているな」

「俺、は……」

「もう一度はっきり言ってやる。お前では天の道を往くことは不可能だ」


 色違いのカブトが――


「さて、少し話が長くなったな」


 須賀京太郎の体に――


「――ふんっ」


 最後の一撃を突き込む直前。


≪――≫


 繰り出される蹴りに割り込む。

 ハイパーゼクターは京太郎諸共、夜の海へ蹴りだされた。


「今のは……」

「京太郎、きょうたろう!!」

 蹴りだした足を戻し、天道は暗い海へと目を向ける。

 感触から、何かの邪魔が入ったことを悟っていた。

 だが海に落ちた京太郎の姿は海面に立つ波のせいで見えない。


「仕方がない、少々手間だが探しに行くか」


 確実な手ごたえがなかった以上、そのまま放置しておくのは天道の主義に反する。

 自分も海面に降り立つべく、落下地点を見据えて脚をたわめる。

 だがそれを阻むものがある。

 ゼクターが装着された左手で足をつかまれていた。


「……二度は言わん。放せ」

「もうこれ以上――あぐっ」


 天道は無言でザビー――清水谷竜華の腹を蹴り上げた。

 竜華はあちこち打ち付けながら屋根の上を転がっていく。


「あくまで邪魔をするというのなら、排除するまでだ」

「く……ぅあっ」


 天道はクナイガンを構えたままゆっくりと間合いを詰める。

 竜華は立ち上がれず、倒れたまま喘ぐ。

 赤熱したアクスの刃が振り上げられる。

 それはまるでギロチンの刃のように竜華の目に映った。

≪――Clock Over!≫

「清水谷さん!」


 だが、刃が振り下ろされる前にドレイク――竹井久が駆け付けた。

 牽制に放たれた光弾を避けて天道は距離を取った。

 久は屈み、竜華の手を取る。


「大丈夫?」

「京太郎が、京太郎が……海に」

「落ちたってこと? ……なんにしても話は後ね」


 立ち上がり、銃口を相手に向ける。

 竜華の一言で久はこのカブトが京太郎ではないことを確信した。


「あなた何者?」

「天の道を往き、総てを司る。それが俺だ」

「まさかあなたが……」


 その言い回しに久は聞き覚えがあった。

 京太郎が時々口にする、育ての親であり憧れの人。

 もし目の前の人物が話通りの男ならば……


≪――Clockup!≫


 久は躊躇せず加速状態に移行。

 相手の周囲を走りながら、銃撃する。

 だがしかし……

(なんで当たらないのよ……!)


 相手はキャストオフ前にもかかわらず、光弾を避けていた。

 動きが速いわけではない。

 まるでどこを狙われているのかが見えているようにかわしているのだ。

 これでは、逆に弾の方が避けているのではと錯覚してしまいそうになる。


「それなら!」

≪――Rider Shooting!≫


 跳躍し、一際大きな光弾を放つ。

 そしてそのまま相手の背後に着地。

 加速していない以上、打撃を完璧に避けるのは不可能のはず。

 格闘戦を仕掛けて必殺の光弾へ放り込む。

 久は無防備に見える背中へと拳を繰り出した。


「うそっ!?」

≪――Clock Over!≫

「まさか近づいてきてくれるとはな」


 拳をがっちりとつかまれ、加速が解ける。

 驚きに身を浸している久は、そのまま光弾へ投げ込まれた。


「――っああ!!」

 爆発が周囲を照らす。

 自分で放った光弾をその身に受けた久は、竜華の横に転がった。

 変身は解けていないが、全身から煙が上がっている。


「た、竹井さん」

「なによあれ、出鱈目じゃない……!」


 膝をついて身を起こし、ゆっくりと歩いてくる色違いのカブトを見つめる。

 少しでも進行を止めようと、なんとか腕を上げて射撃。

 だけどそれはいとも簡単に撃ち落された。


「ほう、まだ刃向う気力が残っているとはな」

≪――Cast Off!≫

「褒美に少しだけ本気になってやろう」

≪――Change Beetle!≫


 相手の鎧が緩み、飛散する。

 夜闇に溶けるような黒いアーマーの上に、赤いラインが走る。

 立ち上がったホーンに分割された目は黄色く光る。

 シルエットは良く知るものと同じなのに、その色となにより雰囲気が違いすぎる。

 闇のカブトという言葉が久と竜華の頭に浮かんだ。


「清水谷さん、退くわよ」

「せやけど、京太郎が……」

「このままだと私たちもやばいのよ……!」

 キャストオフ前のライダーがキャストオフ後のライダーを圧倒するという異常事態。

 その上相手が同じ土俵に乗ってきたのなら、それこそ二対一でも勝ち目はない。

 しかも、自分と竜華は手負いだ。

 久の理性と本能がそろって撤退を命じていた。


「相談は終わったか」

「ええ、バッチリよ」

≪――Rider Shooting!≫


 マスクの下で精一杯不敵に笑って見せる。

 放たれた必殺の光弾のスピードはやや遅い。

 相手からすれば工夫のない苦し紛れに映ったかもしれない。


≪――1,2,3...≫

「ライダーキック……」

≪――Rider Kick!≫


 闇のカブトの右足が光を帯びる。

 弾き返しを狙っているのは明らかだった。

 だが、久にとってそれはとっくのとうに見飽きた芸当だ。

 そしてわざわざ付き合うつもりもない。


「そこっ」

 光弾が突如炸裂した。

 後ろから久が撃ったのだ。

 光と熱と衝撃がまき散らされる。

 間近にいた闇のカブトは目をやかれながらもバックステップで離脱。

 久と竜華は……


「今のうちに行くわよ」

「京太郎は……?」

「いいから!」

≪――Clockup!≫


 その隙を狙って離脱。

 わずかの間とはいえ視界を奪われては、即座に追うことはできない。

 そしてクロックアップはその少ない時間を極限まで引き延ばす。

 今更追っても見つけるのは難しいだろう。

 それならばと天道は海の方に向き直った。


「無駄に時間を取られてしまったな」


 ベルトを拾い上げる。

 バックル部分に大きな亀裂が入っていた。

 これではおそらくもう使えない。


「この寒さではそう長くはもたない……が、念のためだ」


 跳躍して海に飛び込む。

 しかし、しばらく探しても京太郎の姿を見つけることはできなかった。





「気を失ってはいますが、命に別状はありません」

「そうですか……良かった」


 戦闘から離脱した後、気を失った竜華を龍門渕の医療班に預けた久は、報告を聞いて安堵の息を漏らした。

 京太郎は行方不明、謎のライダーの出現。

 悪いことが重なる中での朗報だ。

 久は張りつめていた気を少し緩ませた。

 そのままではいずれ自分も倒れてしまうからだ。


「ただ、心身ともに疲労が激しい。目が覚めるまで多少の時間を要するかもしれません」

「わかりました。ゆっくり休ませてあげてください」

「彼女の身柄は我々がしっかり預かります」

「よろしくお願いします」


 礼をして久はその場を後にする。

 考えることは沢山ある。

 京太郎がZECTに狙われたのなら、自分たちだって安全とは言い難い。

 他のライダーにも注意を促さなければいけない。


「それに、園城寺さんね」


 竜華を縛る人質の存在。

 放っておくわけにはいかない。

 久は携帯を取り出すと電話帳を開いた。





「おかえり」

「……ほら、ベルトは回収してきたぞ」

「にしては浮かない顔だね」

「……仕損じたかもしれん」


 ベルトを机の上に置くと、天道は壁に背を預ける。

 その報告を藤田は確認するように繰り返した。


「仕損じた? 君が?」

「他のライダーの邪魔が入った」

「もしかしてザビーか?」

「いいや、トンボだ」


 トンボのライダー、ドレイク。

 藤田は自分がデバイスを渡した少女の顔を思い浮かべた。

 ゼクトルーパーからはドレイクが現れたという報告は受けていない。


「この場合、ベルトが壊れているのは幸いというべきかな」

「皮肉のつもりか?」

「そう思うんだったらなんとかしてほしいところだけど……」


 そこで言葉を切る。

 たしかに須賀京太郎の生死の確認は大事だが、それよりも優先すべきことがある。

 天道とドレイクが交戦したということ、ザビーが戻らないこと。

 それらを踏まえた上で、藤田が天道に頼んだのは……

「この娘、園城寺怜を確保してほしい」

「いいだろう」

「頼む」


 壁から身を離すと天道は部屋から出ていった。

 相手は当然天道が変身するダークカブトを警戒するだろう。

 そうなると、当初頼むつもりだったゼクター集めに支障が出る可能性がある。

 別の手段を用意する必要がある。

 園城寺怜の確保はその準備の一つだ。


「やれやれ、連中に頭を下げて秘密兵器でも使うかね」


 とにかく、ことは急いで執り行わなければならない。

 そこまで考えて、藤田は自分が焦っていることに気づいた。


「なにを脅威に感じている……龍門渕、いやあの少年か?」


 須賀京太郎が生きているかもしれない。

 そのことが確実に心の片隅で重石になっている。

 馬鹿馬鹿しいと吐き捨ててもそれは変わらない。

 拭えない不安に、藤田は苛立たしげに指で机を叩いた。


「失礼します」

「……どうぞ」

 松実宥と天江衣が入室してくる。

 だが二人の相手をしている暇はない。

 藤田は椅子から立ち上がると、二人の横をすり抜けていく。


「あ、あの……どこに、行くんですか?」

「ちょっと急用だ。悪いが少し待っててくれ」

「待て、このベルトは……?」

「須賀京太郎が海に落ちて行方不明でね、それだけが見つかった」


 それだけ言うと、藤田は足早に部屋を出ていった。

 衣が二の句を紡ぐ暇もなかった。

 聞きたいことも聞けずに取り残されて、机の上のベルトに目を落とす。

 バックル部分に大きな傷が入っていた。

 詳しいことはわからないが、これではもう使えないかもしれない。


「大丈夫?」

「きょうたろー、また酷い怪我してるのかな……」

「心配だよね……」


 衣の頭を撫でながら、宥は妹のことを思い浮かべた。

 同じようなことになって正気でいられる自信はなかった。


「探しに……無事かどうかだけでも確認したい」

「じゃあ、私手伝っちゃおうかな」

「……助かる」


 顔をそらしながら礼を言うと、衣はベルトに手を伸ばした。





「お待たせ」

「ううん、うちも今来たところ」

「とりあえずどこか入りましょうか」

「せやな、寒くてかなわんわ」


 駅前で合流した久と怜は、近くの建物へ入っていく。

 デパートならなんでもあるから、とりあえず入るのに適している。


「それにしても、いきなりデートのお誘いなんてどしたん?」

「デートと言った覚えはないんだけどね」

「まぁ、似たようなもんやろ」


 女同士でデートと言うのかどうかは謎だが、要点はそこではない。

 竜華の身柄を龍門渕が確保してる以上、ZECTが怜を使ってなにかしないとも限らない。

 楔としてまだ機能しうるうちは、こうして護衛をかねて一緒にいるのが得策だ。


「今日は竜華がおらんかったし、誘ってくれてありがたいわ」

「そう? ならよかったけど」


 言葉とは裏腹に、気分は軽くはなかった。

 竜華と京太郎の現状を話すわけにはいかない。

 美穂子たちはライダーだから説明したが、怜はあくまで一般人だ。

 あんな涙はあまり見たいものではない。

「ま、清水谷さんとは一味違うエスコートってやつをしてあげるわ」

「おー楽しみやなぁ。でもなんか浮気しとる気分」

「私、一応恋愛対象は男の子なんだけど」

「せやけど、ストッキングに包まれたふとももも中々……」

「あぁ、浮気ってそっちね」


 自分の特定の部位に視線が向いてるのを察して、少しスカートをたくし上げてみる。

 その瞬間、怜の眼光が鋭くなったような気がした。

 身の危険を感じ、久はスカートから指を離す。


「もうサービスタイム終了かいな」

「これ以上は有料よ」

「何ペリカ?」

「10000くらい?」

「……出せるっ」

「冗談だから財布はしまいなさい」


 怜は壁に手をついて落ち込んだ。

 冗談と分っていたが、ショックだった。

 その膝枕に対する執着に、久はちょっと引いた。


「純情をもてあそばれた……」

「あの視線のどこらへんに純情があったのかしら」

 呆れるのも束の間。

 怜を壁から引き離して、デパートの中を歩く。

 本を見たり衣類を物色したり試食をあさったり。

 色々まわるうちに、久は背中に当たる視線に気がつく。


(これってつけられてるってこと?)


 歩きながら、髪を直すふりをして手鏡を覗き込む。

 デパート内は混んでいるが、一人の男が目についた。

 白い服を着て、足取りは堂々としている。

 尾行ならもっとこそこそとするものだとは思うが、しばらく経っても男は相変わらず後ろにいた。


「園城寺さん、こっちよ」

「トイレで会議でもするん?」

「いいから」

「ちょっ」


 怜の背中を押してトイレに入るふりをして、横の従業員専用の出入り口へ。

 そのまま奥へと進んでいく。


「なんかやばそうな雰囲気やけど、もしかしてつけられてたり?」

「大正解よ。賞品は用意してないけどね」

「え、マジに?」

「向こうはトイレに入ってるって思ってるだろうから、今のうちに外に出ましょう」

 非常階段を降り、近くのドアから外に出る。

 怜が少し苦しそうにしていたが、止まっている暇はない。

 久は携帯を握ったままあたりを見回した。

 デパートの自転車置き場。

 薄暗くて道幅が狭く、人気がない。

 通り抜ければ人の多い通りに出るはずだ。

 だがその先に立ちふさがるものがあった。


「そんなに急いでどこに行く」

「まずったわね……」


 白い服の男。

 どうやって察知したのかはわからないが、先回りされた。

 苦虫をかみつぶしたような顔で、久はこの場から抜け出す手立てを探す。

 外に出る道は塞がれている。

 中に戻ってもいいが、相手が堂々と姿を見せたということは、逃がすつもりがないということだ。

 足止めをしてその隙に怜だけ逃がすという手もあるが、尾行しているのが一人だけとは限らない。

 久は携帯を怜に渡すと相手を睨み付けた。


「ストーカーなんて随分趣味が悪いのね」

「気にするな。俺も好きでやっているわけじゃない」

「あなた何者?」

「同じ質問を二度されるとはな」

 男は鼻で笑う。

 その態度から、久は相手の正体を大体察した。


「まさか、あなたが昨日の」

「言ったはずだ。天の道を往き、総てを司る……天道総司。覚えておけ」

「その名前ならとっくのとうに知ってるわよ!」

≪――変身≫


 久は迷わず変身した。

 昨日の黒いカブトが相手なら、どれだけ用心しても過度にはならない。


「こ、こないなとこで変身するんかい」

「危ないからちょっとさがってて」


 事態の変化に困惑する怜を避難させる。

 そこらへんに突っ立ていて流れ弾が当たってはシャレにならない。


「いいのか? おとなしくその娘を渡せば見逃してやるが」

「生憎とね、そうやって言われたらますますやる気になっちゃうのよ」

「まぁ、好きにしろ」

≪――変身≫


 相手も変身を果たし、距離を隔てて向かい合う。

 まだ離れているうちに、久はトンボの尻尾を引っ張った。

 出し惜しみの余裕はない。

≪――Cast Off! Change Dragonfly!≫

「はあっ」


 光弾をばらまく。

 点でなく面の攻撃。

 狭い場所なら逃げ場はない。

 だがしかし……


「ぬるいな」


 相手は自分に当たるものだけを、正確に撃ち落してしまった。

 外れた光弾は周りのものに当たり、煙と火花が舞う。

 それに覆われて、相手の姿が見えなくなった。


≪――Cast Off! Change Beetle!≫


 電子音と共に鎧と煙が吹き飛ぶ。

 その中から姿を現す闇のカブト。

 黄色い目が光った。


「遊びに付き合ってやってもいいが、今回は仕事を優先させてもらう」

「そうつれないこと言わないでさっ」


 足元を薙ぎ払うように射撃。

 相手はバックステップと同時にクナイガンを構え、撃った。

「――いったぁ」


 放たれたビームは久のグリップを持つ手に直撃。

 デバイスを落としてしまう。


≪――Clockup!≫


 相手が加速状態に入る。

 見えているが、対応できない。

 ダメージで怯む隙を狙って加速したのだ。


「――っ」

「おとなしくしていろ」


 腹部に衝撃。

 変身が解け、久はその場にうずくまる。

 障害を排除した黒いカブトの目は怜の方を向き――


≪――Rider Slash!≫


 背後から電子音。

 紫の刃が飛来し、黒いカブトに迫る。


「新手か」


 しゃがみこんでそれを避け、飛んできた方へ振り向く。

 だが攻撃はそれだけではなかった。

≪――Rider Kick!≫


 空中から足を突き出しながら迫るガタック。

 黒いカブトはゼクターに手をかけた。


≪――1,2,3...Rider Kick!≫


 エネルギーを帯びた蹴り同士がぶつかり合う。

 ガタックは弾かれて後退、黒いカブトは左脚を軸に一回転して止まった。


「こいつが黒いカブトってやつか……!」

「相当の手練れです。全力で当たりましょう」

「執事さんが言うならやばそうだな」


 サソードとガタックが並び立つ。

 見据えた先の黒いカブトは動じずに、クナイガンを構える。


「サソード……龍門渕の飼い犬、いや飼い虫か」

「……そういうあなたはどこのどなたでしょうか」

「自ずとわかる。太陽のことを知らないものがいないようにな」


 排気音が迫る。

 狭い道をこじ開けるようにエクステンダーが飛来した。

 カブトのものと同機種だが、やはり色が違う。

 黒いカブトはそれに飛び乗ると、ライダーたちから距離を取る。

「逃げるのかよ」

「逃げる? 違うな。見逃してやるんだ」


 エクステンダーが飛び去っていく。

 ガタックもエクステンダーを呼んで追おうとするが、サソードがそれを制止した。


「深追いはやめておきましょう。罠がないとも限らない」

「それもそうだけどさ」


 二人は変身を解いた。

 怜は危険が去ったことを確認すると、久に駆け寄った。


「いつつっ、園城寺さんナイスよ」

「助けを呼ぶしかできへんかったけどな」

「それで十分よ」


 久が渡した携帯は既にメール作成画面が開いていた。

 それを引き継いで怜が連絡を送った形になる。


「大丈夫ですか、お二人とも」

「なんとかね」

「うちは走り疲れた……」

「そのぶんじゃ大丈夫っぽいな」

「車で送りましょう。こちらへどうぞ」

 表の通りに出て、萩原の先導で久と怜は白い車に乗り込む。

 純は隣に停めてあるスクーターに跨った。


「オレは帰るけど、またなんかあったら連絡してくれ」

「急に呼び出して悪かったわね」

「ほんま助かったわ、ありがとなー」

「気にすんなって」


 スクーターが遠ざかっていく。

 久が窓を閉めると、車も発進した。


「ふわぁ、ねむ……」

「家に着いたら起こすから、少し寝たら?」

「そうさせてもらうわ」


 よほど疲れていたのか、怜はすぐに寝息をたてる。

 体調が良いとはいってもまだ体力が追いついていないのだろう。

 肩にもたれかかってきた頭を、久はそっと撫でた。


「ちょっと無理させちゃったかな」


 尾行をまくためとはいえ、階段を駆け下りたのが効いたのだろう。

 結局は先回りされてしまったのだが、それも助けを呼んでくれたから打開できた。

 肩を貸すくらいは安いものだ。

「膝枕はちょっと悪い気がするしね」


 眠ったままの友人の顔を思い浮かべる。

 そして本来これはそっちの役目だろうと、一つ息を吐いた。


「お疲れでしたらお休みになっては?」

「気遣いには及ばないわ。それより……さっきのライダー、どう思います?」

「おそらくかなりの実力でしょう」

「ちなみに名前は天道総司」

「――それは」


 萩原の目がわずかに見開かれる。

 そのネームバリューが如何ほどかはその反応からうかがい知れた。

 京太郎が語るすごい人は、本当にすごい人なのだと実感する。

 あの龍門渕の執事が驚くほどだ。


「たしかに天道総司ならば……しかしなぜ今頃になって?」

「私は詳しい事情はわからないけど、園城寺さんを狙ってたみたいですね」

「ということは、もしかしてZECTに協力している?」

「確たる証拠はないですけど」


 久はZECTが怜を狙う可能性を考慮して行動を共にした。

 そこに現れたのなら、無関係とは到底思えない。

「とにかく、彼女の周りには護衛を配置しましょう」

「できるの?」

「お嬢様の知人が襲われた、ということならば可能でしょう」

「うーん、それは心強いけど……」


 確かに護衛が付くのは頼もしい。

 だがそれは常識の範疇にとどまる相手の場合だ。

 ライダー、しかも天道総司が相手ならば力不足どころの話じゃない。

 できてせいぜいわずかな時間稼ぎ、そして助けを呼ぶくらいだろう。


「正直、大丈夫なの?」

「相手に変身されないように立ち回ればあるいは」

「なるほどねぇ」


 常套手段と言えばその通りだ。

 変身できなければあくまで生身の人間なのだ。

 ただ、ゼクターが自立して動く以上、あまり期待できそうではない。

 下手をすれば勝手にデバイスに収まる可能性だってある。

 久は腕を組んで黙考する。


「……萩原さん、あいつとどれくらい戦えます?」

「良くて五分五分といったところでしょうか」

「プラスアルファがあれば勝てるってことよね。わかったわ」





 ビルの屋上で、衣は暮れていく太陽を眺める。

 傍らに立つ宥は、心配そうな顔でそれを見ていた。

 結局京太郎は見つからなかった。

 思い当たる場所を回り、街中を練り歩いても見つからない。

 この時期に海に落ちて行方不明とは、死に直結する。

 これだけ探して見つからないのだから、もう……

 そのことを考えると、宥の心が軋んだ。

 京太郎が死んだことは悲しいし、それで衣が悲しむのも見ていてつらい。


「大丈夫?」

「大丈夫、だといいな」

「衣ちゃんのことだよ?」

「衣は……」


 手をぎゅっと握りしめる。

 受け入れたくない予想が色濃く実態を伴い始めていた。

 しかし、衣はそれを振り払った。


「生きてる、きっと生きてる」

「……そうだね」


 目の端を拭って、衣は自分を奮い立たせた。

 なにより自分が信じなくて、だれが信じるのだと。


「今日はもう帰ろっか」

「うん、また明日だ」





 暗く冷たい世界を漂っている。

 その中で茫洋とした光景が浮かんでは消えた。

 ただただ流れていくそれを靄がかった思考のまま見ていれば、あることに気がつく。


(これ、走馬灯だよな……)


 最初に両親と過ごした数年。

 次に炎と瓦礫に包まれた記憶。

 そして血のつながらない家族との日々。

 最後に、ライダーになってからこれまで。


(そうか、俺……)


 意識が途切れる最後に起きたこと。

 久しぶりに会ったあの人は、俺の全てを否定して海へと蹴り飛ばした。


(だから俺はこんなに……)


 怒りだとか悲しみのような感情の揺れじゃない。

 絶望みたいにまとわりつくようなものとも少し違う。

 ただ、ぽっかり穴が開いたように寒々しい。

 それを埋めるようなものはどこにも見当たらなかった。


(もう、いいかな)


 闇に沈み込んでいく。

 希薄になっていく意識に逆らわず、俺はそれに身を任せた。


『ところがそうは問屋が卸さないんだよな』


 そんな無遠慮な声が響いた。

 暗い世界に一筋の光。

 それが何なのかもわからないまま、俺は目を閉じた。





「うぅ……」


 意識が暗い闇から浮かび上がる。

 重たく張り付くような瞼を開けると、薄暗さの向こうに木の天井板。

 周囲に目を向ければ、経年劣化が酷い木造建築といったところか。

 俺は海に落ちたはずなのに……


≪――≫


 空間がゆがみ、カブトゼクターが姿を現す。

 そいつは旋回しながら俺の視界で飛び回る。

 今だけはそれが我慢ならなかった。

 頭の下にある枕を投げつける。

 当たりはしなかったが、カブトゼクターは姿を消した。

 闇と静寂が身を寄せてくる。

 このままじっとしていれば、このまま溶けこんでしまうのかもしれない。

 でも今はそれも悪くないように思えた。


「おいおい、邪険に扱ってやるなよ。あいつがいなけりゃ、兄ちゃんは今頃冬の海でご臨終だったんだぜ?」

「あんたは……」


 やや聞き慣れた声。

 ドアを開けて入ってきたのは、クレープ屋のおっさんだった。

 気だるい体を起こす。

 胴体には包帯が巻かれていた。

「なんで、助けたんだよ」

「そりゃあ、海で人が漂ってりゃあなぁ」

「俺にはもう、なにもないってのに……」

「ふぅ……あのな? 助けたのは俺の勝手だ。兄ちゃんの意見とかは関係ないんだよ」


 たしかにそうだ。

 ましてや俺は気を失ってたのだから。

 だけど、これからどうすればいいのかがわからない。

 今まで俺の大部分を占めていたものが、ごっそり抜けおちていた。


「……こりゃ重症だな。どうだ、またいっちょ勝負でもするかい?」

「……」

「だんまりか……よし、じゃあいいこと教えてやるよ」

「……」

「あらま、テンション上がんねぇな……ま、俺は南浦ってんだ。よろしくな」

「南浦……?」


 聞き覚えがある名前だった。

 藤田が言っていたZECTのトップの名前。

 話ではたしか、良い年齢だと聞いたが。


「お、反応示したな? 付け加えるなら、ZECTのトップをやってたりもするんだな」

「……随分若いんだな」

「そりゃあ、ネイティブやらなんやらの技術も使ってアンチエイジングしてるからな」

 おっさん……南浦は重大なことをあっさりと、笑いながら言った。

 だけど、その事実も心をわずかに揺らしただけだ。

 風が吹いても穴だらけではただ通り抜けていくしかない。


「やれやれ、結構重大発表のつもりだったんだけどな」


 もう、どうでもいいんだ。

 ZECTがどうなろうが、だれがトップだろうが。

 何もない俺にはどうにもできないし、関係ない。


「沈んでるやつに無理矢理立てだなんて言わねぇよ」

「ならほっといてくれよ……」

「ただな、明けない夜はないし、太陽はまた昇ってくる……兄ちゃんの太陽はどうだ?」

「そんなの……」


 俺の太陽、憧れ、そうありたいと目指した背中。

 もう見えないし、どうしたって俺ではたどり着けやしない。

 夜は明けず、闇は消えない。


「もし見失ってるんだったらよ、もう少し周りを見てみろよ。なにもないってことはないと思うぜ?」


 そう言って南浦のおっさんは俺に肩を貸して立ち上がらせた。

 体、特に胸のあたりが痛む。


「もう少しで客が来そうだから、悪いけど出てってもらうぜ」

「こんなとこに客?」

「おっかねぇ部下だよ。巻き込まれないうちに帰んな」

 おっさんに背中を押されて小屋の外へ。

 林の中は暗かった。

 あてどもなく歩き出す。


「……なんで俺、ここに帰ってきてんだよ」


 どれだけ歩いたかわからない。

 気がつけば朝になっていて、俺は自分の家の前にいた。

 これが帰巣本能というやつなのだろうか。

 もう誰もここには帰ってこないってのに。


「やめよう、なにも考えたくない」


 中に入る。

 誰もいない家は広すぎた。

 ソファーに倒れこんで天井を見つめる。


「腹、減ったな……」


 どれだけ寝ていたのかはわからないが、胃の中は多分からっぽだ。

 だけど、なにかを食べる気力がわかない。

 もうなにをやっても無意味。

 そんな思いだけがわいてくる。


「太陽なんて見えねぇよ……」


 目を手で覆う。

 闇が広がる。

 眠気が意識を塗りつぶしていく。

 眠ったままだったらどんなに楽だろうか。

 そのまま俺は意識を手放した。





「ここか……」


 街から外れた林の中の古びた小屋。

 藤田が調べ上げた南浦が所有する隠れ家の一つだ。

 結局須賀京太郎は見つからなかった。

 生きているにせよ死んでいるにせよ、引き上げた人物がいる。

 それが南浦であると藤田はなかば確信していた。


「よう、こんな辺鄙なところに何の用だ?」

「少し探し物をしていまして。あなたにも協力をお願いしたい」

「ああ、兄ちゃんのことだな。ここにはいないぜ、もうな」

「やはりあなたが……しかも生存していたか……!」


 悪い予想が当たってしまった。

 そのことを悟り、藤田の中の焦燥が増大した。

 それを少しでも逃がそうとして殴りつけた壁が砕ける。


「おいおい、倒壊だけはさせんなよ」

「失礼する。もうここに用はない」

「お茶でもだそうか」

「気遣いは不要です」


 言い捨てると、藤田は来た道を引き返す。

 その背中に南浦の声がかかる。


「ベルトは壊れた。もう変身できない兄ちゃんのなにを恐れる?」

「――っ」


 出てきそうな言葉を噛み潰す。

 自分の中の焦りをぴたりと言い当てられたからだ。

 その答えを藤田は持ち合わせていない。

 激情を噛みしめたまま、藤田はその場を後にした。





「うーむ、なんかなぁ」


 自分の周囲を見回して、怜は首を傾げた。

 龍門渕の護衛が付くことは聞かされている。

 確認できるかぎり、三人ほど。

 不自然にならないように私服を着込んでいるが、やたらガタイが良くてしかも、なんというかオーラがある。

 素人の怜がわかるのだから、見慣れた人が見たら一発ではないのだろうか。


「もっとこう、黒服さんたちに囲まれるもんやないの?」


 想定してたのは、ドラマで見るようなSPだ。

 要人警護される側にちょっと憧れていたりしたのだが、現実はこんなものである。

 もちろん、なるべく日常生活を壊さないようにという配慮もあるのだが。


「まぁ、そう言わないの」

「せやけどな、ちょっと楽しみにしてたんやけど」

「あからさまに目立っても仕方ないでしょ」


 横を一緒に歩く久が宥める。

 役割は同じく護衛だった。

 ずっと張り付いているわけにはいかないが、放課後などはこうしてなるべく一緒にいるようにしている。


「竹井さんはええの?」

「なにが?」

「こないなことしとったら、時間取られるんやないかなーって」

「そこは好きでしてることだからね」

 竜華は相変わらず眠っている。

 そして久は竜華を止められなかったことを少なからず後悔している。

 この役目を引き受ける理由はその負い目が大きい。


「……やっぱ、竜華のこと?」

「それもちょっとだけあるけどね」


 怜が気にしないように控えめに言ったが、本人はそれを薄々察した。

 詳しい事情は聞いていないが、竜華が寝込んでいることは知っている。

 面会もしたのだが、目を覚ますことはなかった。

 いつもとは立場が逆になったなどとその時は言ったが、心中は穏やかではいられない。


「その内起きるから大丈夫よ」

「せやな、そしたら京ちゃんも呼んでお祝いやな」

「……そうね」


 久は歪みそうになる顔を必死に押さえつけた。

 もう戻ってこないかも、などと言えるはずがない。


「もうそろクリスマスやん? 海の時みたいに集まったら――」

「ストップ」


 久が立ち止まる。

 怜も歩くのをやめ、その視線が向かう場所に目を向けた。

 昨日と同じ白い服の男がゆっくりと歩いてくる。

「どうやらおでましみたいね」

「あの人、昨日の……」

「護衛の人たちと一緒に逃げて」


 携帯を操作してポケットにしまう。

 護衛たちは駆け寄ると、怜にこの場からの離脱を促した。

 ここまでは手筈通りだ。


「た、竹井さんは?」

「残って足止め。いや、倒しちゃおうかな?」


 不敵な笑みを浮かべて久はデバイスを取り出した。

 人通りの少ない道を移動するのには、相手をおびき寄せるという意図がある。


「……怪我せぇへんようにな」

「ぷっ、清水谷さんみたいなこと言うのね」

「だって、竹井さんまで倒れたらうち……」

「そんなことないから安心して」


 久は怜の肩を叩くとグリップを掲げた。

 機械仕掛けのトンボがそこに収まる。


≪――変身≫

「お気をつけて」

「あなたたちもしっかりお願いね」

 その場に久と白い服の男――天道総司が取り残された。

 天道はベルトを巻くと、真横に右手をかざす。

 黒いカブトゼクターが現れ、その手に収まった。


「またお前か。しつこい女は嫌われるぞ」

「淡白な男もね」

「さっさと来い。どうせ一瞬で終わる」

「そううまくいくと思う?」


 自分の力量をはるかに超える相手と対峙しながらも、久の態度に焦りはない。

 なぜなら、最初からこうなることを想定していたからだ。

 そしてその対策ももちろん。


「やっと出番か」

「大丈夫、久?」

「チームヘルキャット参上だし!」


 その場に降り立つ影。

 ガタックとキックホッパーにパンチホッパー。

 そして、白い乗用車がドリフトをしながらライダーたちの横に停まった。


「失礼、遅れました」

「いいえ、まるで主役みたいなタイミングよ」

「では……」

≪――変身≫

 サソードが並ぶライダーたちの中に加わる。

 これでカブトとザビーを除いた全てのライダーがこの場に揃ったことになる。

 また怜を狙ってくると見越した久が作り出した状況だ。

 数は力という言葉に従った作戦。

 天道に伍する実力を持つ萩原がいて初めて成り立つ。

 久が単独で戦った感触では、萩原以外が束になったところで敵わない。

 つまり、真正面からぶつかるのはサソードで、それ以外はサポートということになる。

 二人の戦いにおいて自分たちは微力にすぎないが、コードボールを向こうに押し出すには十分だ。


「おとなしくするなら穏便に済ませるつもりだけど」

「その物言いはまるでフィクションの悪役のようだな」

「悪は女の子を誘拐しようとするそっちでしょ」

「違うな。俺自身が正義だ」

「すごい自信ね……でも、多勢に無勢って言葉があるんだけど、どう思う?」

「烏合の衆という言葉もあるな」

「この場合どちらが正しいかは、やってみればわかるわ」


 口ぶりは平静だが、久の頬には汗が一筋。

 出し惜しみの余裕はない。

 ドレイクとサソードとガタックは各々のゼクターに手をかけた。


「遠慮なくいかせてもらうわ」

≪――Cast Off! Change Dragonfly!≫

「アンタが何者とか詳しいことは知らないけどさ、身内に手を出した以上覚悟してもらうぜ」

≪――Cast Off! Change Stag Beetle!≫

「卑怯という言葉は受け入れましょう。ですが、あなたを野放しにはできない……!」

≪――Cast Off! Change Scorpion!≫

 鎧が弾け飛ぶ。

 脱皮を果たしたライダーたちは得物を構えた。


「あなたが京太郎さんを……!」

「華菜ちゃんの獲物を横取りした罪は重いんだし!」


 バッタのライダーが身構える。

 二人とも戦意は十分だった。

 熱くなる五人とは対照に、天道は落ち着き払っている。


「数を揃えただけで勝ったつもりか」

≪――Cast Off! Change Beetle!≫


 黒いカブトの鎧が弾ける。

 だが、変化はそれだけに留まらない。

 空間がゆがみ、新たなゼクターが出現した。

 カブトゼクターとはまた別の形状のカブトムシ型。

 背にはZECTのマーク。

 それは天道の周囲を飛び回ると、その手の中に収まった。


「まさか新しいゼクターだっていうの!?」

「またカブトムシ型かよ。これで何個目だっけか」

「御託はいい。見せてやろう。絶対的な力の差というやつをな」


 現れたゼクターを左腰部に取り付けると、黒いカブトの体が光り出す。

 そしてカブトムシのホーンに当たる部分を、ゆっくりと倒した。

≪――Hyper Cast Off!≫


 光が強まり、黒いカブトの姿が変貌していく。

 体の各部に装甲が追加され、角が肥大化する。


「パワーアップしたってのかよ」

「どうします? なにか嫌な予感がするわ……」

「あんなのこけおどしだし」


 色めきだつ仲間たちと変貌を遂げた黒いカブト。

 予想外の事態に久の頭に撤退の二文字が浮かぶ。

 逡巡の間に萩原が前へ躍り出た。


「早く撤退を」

「萩原さん?」

「早く!」


 その声は焦燥に満ちていた。

 いつも余裕を絶やさない男が、こうも取り乱している。

 事態が最悪な方向に進んでいることにようやく気付いた時にはもう、遅い。

 黒いカブトが左腰部のゼクターに手を添えた。


≪――Hyper Clockup!≫

≪――Hyper Clock Over!≫

 次の瞬間にはライダーたちは全員、地に伏していた。

 誰にも何が起きたのかがわからない。

 変身が解け、ゼクターが姿を消す。

 何が起きたのかはわからないが、敗北という事実だけは疑いようがない。


「なによ、これ」

「今、攻撃されたのかよ……」

「ま、まだ負けてないし……!」

「このままじゃみんな……」

「く、うぉおおおお……はぁ、はぁ」


 その場に一人立つ黒いカブトは、倒れ伏す者たちには目もくれない。

 怜が逃げていった方を向いて舌打ちを一つ。


「あいつ、余計な真似を」


 ゼクターが離れ、変身が解ける。

 天道はそのまま歩き出した。


「行かせないわよ」

「せっかく拾った命だ。大事にしろ」

「待ちなさい!」


 だが立ち上がるのがやっとの状態では、追うことなどできはしない。

 呼び止める声には耳を貸さずに、天道は去って行った。

 久は地面に手を打ち付ける。

「……自分を傷つけるようなことは、やめて」

「わかってるわよ……」

「今護衛の増強とこちらへの迎えを要請しました」

「こんなときにいてくれれば……」


 久の口から漏れる弱音じみた呟き。

 それが誰を指すか、わからない者はいなかった。

 美穂子は顔を伏せ、純は目を閉じ、華菜は唇をかみ、萩原は空を見上げた。

 そして久は拳を握りしめると、電柱に背中を預けた。


「……ごめんなさい、言ってもしかたがないわよね」

「いいえ、私も気持ちはわかるから」

「あんなやつ、いなくても楽勝だし」


 そんな声もどこか弱弱しい。

 圧倒的な力の差と敗北。

 その事実が重くのしかかる。


「くそ、こんなとこで倒れてる場合じゃないってのにな」

「増援と先に合流できていればいいのですが……」

「今は休みましょう。少しでも早く動けるようになるために」


 暮れていく空、沈みゆく太陽。

 闇が迫ってきていた。





「……いた」


 捜索を続けるも空振りが続き、探すあてもなくなってふらりと立ち寄った自宅。

 庭を歩く衣は、窓越しに京太郎の姿を認めた。

 リビングのソファーに寝転がったまま、ピクリとも動かない。

 死んでいるのかと思い一瞬息が詰まるが、今の衣の感覚はそれを否定した。

 小さな寝息、心臓の鼓動。

 それは生きていることの証だ。


「きょうたろー……良かった」

「家に入るなら待ってるよ?」

「……」


 宥の提案にベルトを握りしめて黙り込む。

 もう二度と戻れない場所。

 そこに踏み込むことは躊躇われた。


(それに、これをきょうたろーに渡すってことは……)


 ライダーはワームを倒す存在だ。

 その象徴であるベルトを渡すということは、隔たりを深めるようなことに思えてならない。

 なくならない未練に衣はうつむいた。


「……ん?」

「なにかあったの?」

「ちょっと……」


 言葉を切ってどこかへと歩き出す。

 宥は首を傾げながらそれを追った。





「ちょっ……堪忍してぇな」


 黒服に追われて、怜は息を切らしながら走る。

 龍門渕の護衛とはぐれ、この状態だ。

 体力にまったく自信のない身としては勘弁してほしい事態だった。

 電信柱の陰に隠れ、口を押えて息をひそめる。


「いたか?」

「いや、見失った」

「まだ大して遠くには行ってないはずだ。探せ」


 足音が遠ざかっていく。

 それから少し間を置いてから、怜は電信柱の陰から周囲をうかがう。

 そして誰もいないことを確認すると、一気に息を吐き出した。


「はぁ、はぁ……人気者はつらいわぁ」


 冗談めかしてみるが、足の震えは止まらなかった。

 警察に駆け込もうとも考えたが、それは事前に止められていた。

 言っても無駄どころか、そこで捕まってしまうのだと、そう言われている。


「あー、どっかに都合よく通りがかってくれるヒーロー、おらへんかなぁ」


 思い浮かんだのは一人の少年だ。

 さすがに都合がよすぎるかと、怜はため息をついた。

「いたぞ!」

「やばっ」


 さっきどこかへ行ったはずの黒服たちが帰ってきていた。

 たまらず駆けだす。

 だが、その矢先になにか壁のようなものにぶつかった。


「わぷっ」

「確保しました」


 壁の正体は回り込んだ黒服だった。

 事態の理解も追いつかないまま、怜は取り押さえられてしまった。


「ちょっ、離せっ!」

「それでは連行します」

「いやっ」


 抵抗を試みるが、身動きは全く取れなかった。

 心が恐怖で塗り固められていく。

 怜は祈るような思いで目を閉じた。


「な、なんだ!?」


 その声を皮切りに短い悲鳴が続く。

 気がつけば拘束はなくなっていた。

 恐る恐る目を開ける。

「無事か?」

「えと、天江さん?」


 黒服たちは全員地面に倒れていた。

 その中で仁王立ちする天江衣。

 あまりにも現実離れした光景に、しばし言葉を忘れる。


「ありがとう?」

「礼には及ばない」

「なでなで、いる?」

「い、いらんっ」


 衣は顔を背けると、手に持ったものを突き出した。

 機械仕掛けのベルト。

 怜には見覚えがあった。


「これ、きょうたろーに渡してくれ。今は家にいると思うから」

「……なんか事情がようわからんけども」

「頼む」

「わかったわ。助けてもろたしな」


 ベルトを受け取る。

 衣の手が離れると、突風が吹いた。

 でもそれは一瞬のことで、怜が目を閉じるとすぐにおさまった。

 ただ、目の前にいたはずの小さな少女は影も形もない。


「……なんやったの、これ」





 目を覚ますと、窓から差し込む月の光が目に入った。

 どれだけ眠っていたのかはわからないが、もう暗い。


「……」


 何もする気力がわかず、頭も体も動きが鈍い。

 もう一度眠るため、ソファーの上で丸くなる。

 しかし、携帯の着信音がそれを邪魔した。

 水に浸かっても壊れないほど防水性が高いが、今はうっとおしい。

 電源を切って放り投げた。


「……誰だよ」


 チャイムが鳴る。

 だけど出る気は微塵もない。

 耳をふさいで目を閉じる。

 その後も数回チャイムが鳴ったが、諦めたのか途絶えた。

 ようやく訪れた静寂の中で息を吐き出す。


『おかしいなー、家におるって聞いたんやけど』


 声は窓の外からだ。

 月明かりを遮るように影が伸びてくる。

 さっきからチャイムを鳴らしていたのは怜さんだったようだ。

『あ、やっぱおるやん。おーい京ちゃーん』


 窓ガラスが軽く叩かれる。

 寝たふりでもすればよかったか。

 観念して立ち上がる。

 体はまるで自分のものではないかのように重かった。

 引きずるように窓まで歩き、鍵を開ける。


「はぁ寒かった。お邪魔するで」


 丁寧に靴をそろえると、怜さんは窓から家の中に入ってきた。

 その手に持っているものを見て、俺は言葉を詰まらせた。

 なんで、それがここにある……?


「これ? 天江さんが京ちゃんに渡してって」

「衣さんが……?」


 心がわずかに揺れる。

 静かな水面に落とされた一滴の雫が、波紋を広げていく。

 怜さんはソファーに座って脇にベルトを置いた。


「もう散々な目にあったんやで?」

「……そうですか」

「京ちゃん?」


 ベルトから目をそらす。

 見ているのが苦痛だった。

「もしかして、落ち込み気味だったり?」

「……まあ」

「うーん」


 俺の顔を覗き込むと、怜さんは唸る。

 自分がどんな顔をしているかはわからないが、きっと酷いのだろう。

 ひとしきり唸り終わると、怜さんの手が俺の頬を挟み込んだ。

 目と目が合う。

 その瞳の中に無気力な顔が映り込む。

 ああ、確かにこれは酷い。

 瞳の中の顔が段々大きくなる。


「――んむ」


 柔らかい感触に唇が塞がれた。

 怜さんの顔がこれまでになく近い。

 世間一般で言う接吻。

 ぬくもりが離れていく。

 向かい合う顔は少し赤くなっているようにも見えた。


「……ノーリアクションかいな。重症やな」


 口ぶりからすると、俺の反応を見るのが目的だったらしい。

 まぁ、どうでもいいことだ。

 なにをされたところで、胸の空洞は埋まりそうもなかった。

「一応初めてなんやけど」

「……なんかすいません」

「謝られると余計傷つくわ」

「……すいません」


 なにを言われても謝るしかできない。

 何もない俺には、それしかできない。


「まぁええよ。そんじゃ、京ちゃんの顔も見れたしもう行こうかな」

「……はい」

「じゃあ、愛しとるでー」


 冗談を残して怜さんは入ってきた窓へ戻っていく。

 月明かりに照らされたその姿は、どこかで転んだのか少し汚れているように見えた。

 ……なんにしても俺にはきっとなにもできない。

 ただそれを空虚な目のまま見送る。

 その時、あまりにも場違いな音が鳴った。

 怜さんが自分の腹部を押さえて、恥ずかしそうに笑った。

 それは腹の虫の泣き声だった。


「あー、そういえば晩御飯まだやったなぁ」

「……なにか、食べます?」

「京ちゃんつらそうやし……」


 再び腹の虫の声。

 俺はどうしてかこれだけは無視できなかった。


「作りますよ、俺」







 深めの皿の中に細めの麺とスープ。

 具材はベーコンを主に野菜を数種類、上からバジルを散らしてある。

 今ある食材を組み合わせて作ったスープパスタだ。

 自己評価ではまあまあ。

 こんな状態でも体は淀みなく動いてくれた。

 染み着いた習性のようなものだろうか。


「いただきまーす」


 皿を前に手を合わせると、怜さんはフォークを手に取った。

 俺も椅子に座る。


「京ちゃんは食べへんの?」

「俺はちょっと食欲なくて」

「そう? しっかり食べなあかんで?」


 その心配の仕方はまるで竜華のようだった。

 振り絞るような叫び声が頭の中で蘇る。

 あの後、どうなったのだろうか。

 総司さんは――


「――っ」


 胸の包帯の下で痛みが走る。

 思えば、ライダーの蹴りをあんなにまともに受けたのに、俺はこうして生きている。

 それは奇跡だったのかもしれない。

 だとしたら、なんて無意味な奇跡だったのだろう。

「またその顔」

「俺なら大丈夫ですから」

「そうは見えんて。料理しとったときは少しマシやったのにな」


 怜さんは皿に立てたフォークを回すと、俺に差し出した。

 食べろということだろうか。

 逆らう理由もない。

 汁が落ちる前に口に含む。


「おいしいやろ」

「味見ぐらいしてますよ」

「だれかと一緒っちゅーのが大事なんやで?」


 確かにその通りだ。

 三人で食卓を囲んでいた時のことを思い出す。

 俺と衣さんと、そして総司さんと。

 でもそれを教えてくれた人は、俺のこれまでを完全に否定した。


「うーむ、暗雲晴れずか……根が深いなぁ」

「俺のことは、いいんですよ」

「……京ちゃんは、自分のことどうでもいいとか思っとらん?」


 俺はその問いに答えなかった。

 だけどそれはこの場合、なによりの肯定だ。

「いつまでもお日様が曇っとったら、うちも困るんやけどな」

「……お日様?」

「そ、お日様。京ちゃんのことやで?」

「……俺が?」


 何も見えない真っ暗闇の俺が?

 驚く以前に納得ができなかった。

 こんな空っぽの男に何を見出しているのだろうか。


「自分じゃわからんかもしれんけど、そういうもんやで?」

「……なんで俺なんかを」

「そこらへんはうちにしてきたことをじっくり振り返ればええんやないかな?」


 そう言うと怜さんは椅子から立ち上がる。

 いつの間にか皿の中身は空になっていた。


「ごちそーさん、おいしかったで」


 笑ってそれじゃと手を振ると、そのまま窓から外へ。

 俺は手を伸ばそうとして、引っ込めた。

 かける言葉を探さずにただ見送る。

 去っていく背中はそのまま見えなくなった。

 空の食器に残った温度が、静寂を強調している。

 窓から夜空を見上げる。

 太陽はなくとも、星や月が輝いていた。





「あっかんなー……なにやっとんのやろ、うち」


 歩きながら、怜は弱弱しい声を出した。

 街灯に照らされた道にはほとんど人がおらず、呟きを拾うものはいない。


「あそこで助けてって言ったら、どうにかなったんやろか」


 助けを求めることを考えなかったわけではない。

 だが京太郎は今までになく沈み込んでいて、これ以上の負担を背負わせる真似はできなかった。


「まぁ、とりあえず人通りの多い場所やな」


 ため息で不安を吐き出して、角を曲がる。

 人が多い場所なら強硬手段も取りづらい。

 そうしたら龍門渕に連絡を取らなければならない。

 こうなっては家に帰っても安全だとは限らないから、帰るのはためらわれる。

 一応家の方にもガードをつけてはくれているのだが。


「うわっ」

「ご、ごめんなさい」


 考え事のせいか注意がおろそかになっていたようで、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。

 尻餅をついたところで手を差し伸べられる。

 その手を握って、怜はそれが顔見知りだということに気がついた。

「園城寺さん?」

「そういうあなたは松実さん」


 松実玄。

 京太郎を通じた知り合いであり、執着する部位は違えど、怜はある種のシンパシーを感じていた。

 助け起こされる。

 握った手を離して、玄が大事そうに抱えている紙袋を見た。


「どっか行く途中?」

「はい、京太郎くんの家に」

「ふーむ、なるほどなぁ」


 お見舞いだと当たりをつける。

 京太郎の様子がおかしいので心配していたというところだろう。

 怜がそれに気づいたのは今日会って初めてだが、玄は京太郎と同じ学校だ。


「京ちゃん今えらい落ち込んどるから、しっかり慰めたってや」

「園城寺さんも京太郎くんの家に?」

「せや。まぁ、急ぎの用あるからお暇したんやけど」


 長くとどまっていたら、迷惑をかけてしまうだろう。

 普段の京太郎ならそんなものと吐き捨てるかもしれないが。

 そしてそれは玄に対しても言えることだ。


「うちはもう行くで。この胸、しっかり有効活用せぇよ」

「ひゃっ、どこ触ってるんですかっ」

「あんたがそれ言ったらあかんと思うよ?」

 呆れた声を残して怜は玄と別れる。

 知り合いと話して多少元気が出ていた。

 それでどうにか不安を押しとどめる。

 自分を取り巻く状況の変化は目まぐるしいが、立ち止まっているわけにはいかない。


「裏の世界の有名人……なんかうちもえらくなったもんやな」


 そうは言うものの、怜はその理由をなんとなく察していた。

 竜華の様子がおかしいと相談して回ってたのは自分だが、その原因も自分にあったのかもしれない。

 こうして追われている理由とそれがつながるような気がしていた。


「とりあえず急がなあかんな」


 軽く深呼吸すると、進むスピードを速める。

 歩きから早歩き、そして駆け足へ。

 体力に不安があるが、なりふりかまってはいられない。

 人通りの多い場所に出れば、多少は余裕ができるはずだ。


「ここにいたか。あまり手間をかけさせるな」

「えっ?」


 まさに一瞬のことだった。

 軽い衝撃と共に意識が遠のく。

 薄れゆく視界の中に、白い服を着た男の姿。

 それが誰なのか思い出したところで、怜の意識は途切れた。





「ほら、お望みの品だ」

「案外時間がかかったじゃないか」

「うるさい虫たちに絡まれてな」

「またライダーたちの妨害か」

「少し痛めつけてやったがな」

「使ったのか、あれを」


 藤田は目を覆った。

 天道が独断でハイパーゼクターを使用したのは、これで都合三度目となる。

 一応最高機密なのだからもう少し慎重に使ってほしいものだが、言っても無駄だろう。


「やはりこのゼクターでは時間跳躍はできないようだな」

「となると、カブトゼクターか……」


 ゼクターは意思を持つ。

 自分が最もふさわしいと思う資格者が存在しているのなら、おいそれと他のものに身を預けたりはしないだろう。

 龍門渕の主従という少し特殊な例もあるが


「やはり、生きていたか」

「そうらしいね」

「だが、秘密兵器とやらでどうにかなるのだろう?」

「それはそうだが……」

「不確定要素は排除しておきたい、ということか」

 天道は藤田が須賀京太郎の存在を、必要以上に警戒していることを見通した。

 だが同時に京太郎がもはや戦えないことを知っている。


「ベルトは壊れている。やつはもう変身はできないはずだ」

「それなんだけど、その壊れたベルトを持って外に行ったやつらがいてね」

「たとえそうだとしても直すことはできない。放っておけ」


 そう言って天道は気を失った少女をソファーに寝かせ、自分は椅子に座った。

 藤田はくつろぎ始めた天道を恨めし気に見やった。


「少しこっちの立場になって考えてほしいね」

「中間管理職の苦悩など知ったことではないな」


 聞き入れる様子が欠片も見えない。

 藤田は眉間を揉み解すと、携帯を手に取った。

 なんにせよ目的のものが手に入ったのなら、次に駒を進められる。


「そういえば、ゼクターを回収したりは?」

「それは後の楽しみだ。秘密兵器とやらでなんとかしてみせろ」

「君がやってくれるのが一番手っ取り早かったんだけどね」


 この件を追及しても無駄だろう。

 そもそもゼクター回収の件は頼んでいないのだから。

 失敗したなと呟きながら、藤田はある番号を呼び出した。





「俺が太陽……か」


 星空を見上げたままその言葉を反芻する。

 天高くに存在して全てを照らす。

 俺が目指したもの。

 そしてもう、届かないもの。

 そんなことはよくわかっている。


「勘弁してくれよ……」


 わかっているのに、突きつけられた気がした。

 それが、空洞のはずの心を揺さぶる。

 死体に鞭を打つのはやめてほしい。


「だって俺は……」


 俺は、もう立ち上がれない。

 期待をしないでほしい。

 そんな目で、見ないでほしい。


「本当に、勘弁してくれ……」


 ソファーに座り込む。

 長く眠りすぎたからか、眠れそうにない。

 何も考えずに死人のように眠っていられれば、どれだけ楽なことか。

 そしてそのまま目覚めなければいい。

「……今度は誰だよ」


 チャイムの音。

 誰が来たかは知らないが、出る気は起きなかった。

 居留守を決め込む。

 だがしかし、遠慮がちながらもチャイムは途切れない。

 そこで俺は自分の失敗に気づいた。

 電気が点いていた。

 これでは家の中にいると思われても仕方がない。

 立ち上がって玄関に向かう。

 さっさと帰ってもらおう。

 とにかく一人でいたい。


「あ、京太郎くん……良かったぁ」

「先輩……?」


 玄関のドアの向こうにいたのは、紙袋を抱えた先輩だった。

 どうしてここに……

 呆然と立ち尽くす俺の顔を先輩が覗き込む。

 反射的に顔をそらしてしまった。


「本当に調子悪そう……大丈夫?」

「……どうしてここに?」

「だって、京太郎くん学校休んでいるから……心配で」

 丸一日以上眠っていたのだから、確かに学校は休んでいたことになる。

 だが、俺の疑問はそこにはない。

 俺を避けていたはずの先輩がなぜ今になって?

 紙袋のあたりに視線を這わせるが、そんなところに答えがあるはずもない。

 ただ、先輩の体は少し震えていた。


「とりあえず中、入ってください」

「うん、じゃあお邪魔します」


 先輩を連れてリビングへ向かう。

 料理をしていた時と同じように、お茶でも用意していれば気がまぎれるだろうか。


「今なんか用意するんで、座っててください」

「私がやるから、京太郎くんは座ってていいよ」

「いや、俺の家ですから」

「いいからいいから」


 背中を押されて逆にソファーに座らされる。

 紙袋を持ったまま先輩はキッチンに入っていった。

 すぐに湯を沸かす音と、鼻歌が聞こえてきた。


「あ、このお茶葉うちのと同じだ。このお味噌も」


 なにやら物色されていた。

 特に止める気もないが。

「ちょっと待っててね。今お湯沸くから」


 やかんの音が高くなっていく。

 先輩の言う通り沸騰寸前といったところだ。

 それに並行して硬質な音。

 戸棚から色々用意しているのだろう。


「お待たせ!」


 お盆を持った先輩がリビングに戻ってきた。

 その上に乗っているのは、湯呑二つと何かが乗った皿。


「はい、どうぞ」


 目の前に置かれた湯呑から湯気が立つ。

 同様に置かれた皿の上には、いつか見たような羊羹。

 紙袋の中身はこれだったのだろうか。


「前よりおいしくできたと思うんだけど、食べてみてくれる?」

「……それじゃあ、いただきます」


 断る理由もない。

 添えられたフォークを羊羹に差し込む。

 硬すぎず、柔らかすぎず、沈んでいく。

 そしてそれを口に運び込んだ。

「……おいしいですね」

「そ、そうかな」


 俺の味気のない感想に、先輩ははにかみながら笑顔をこぼした。

 どうしてこんな風に笑えるのだろう。

 今の俺にはその理由がわからない、わけではなかった。

 ごちそうさまと、おいしかったと言って去っていった背中に手を伸ばしたのはなぜだ?

 料理を作っていたとき、なにも考えずにいられたのはなぜだ?

 そこに、料理を食べた人の気持ちが、笑顔があったからじゃないのか?

 口元に手を当てる。

 わずかに端が上向いていた。


「おいしい、おいしい……」


 手と口が勝手に動く。

 涙が頬を伝っていた。

 気がつけば皿はすでに空になっていた。

 最後に湯呑の中身を飲み干す。

 喉を熱い液体が駆け下りて、たまらず押さえる。


「そ、そんなに慌てなくてもっ」


 背中に添えられる柔らかな手。

 俺はそれを取って握りしめた。

「えと、京太郎くん?」

「……ありがとう、ございます」

「……よくわからないけど、元気になった?」

「先輩の、おかげで」


 たったそれだけでよかったんだ。

 それだけで、俺が生きている意味になるんだ。


「良かった……園城寺さんが心配してたから」

「会ったんですか?」

「急いでたみたいで、すぐに行っちゃったけど」


 嫌な予感が頭をかすめた。

 ZECTに追われていた、のかもしれない。

 放っておくことはできそうにない。

 俺は俺の料理をおいしいと言ってくれた彼女に、まだなにも返していない。

 胸の空洞が埋まりつつあるのを感じた。


「京太郎くん、行くの?」

「ごちそうさまでした。おいしかったです」


 ソファーから立ち上がる。

 顔を拭ってから、ベルトを手に取る。

 それに呼応するように、相棒が姿を現した。

「よう、この前は悪かったな」

≪――≫


 気にするな、という響き。

 機械のくせに気遣ってくれているのかもしれない。

 軽く小突くと、向こうも角で突き返してきた。


「先輩、鍵はそこに置いとくんで適当にくつろいでてください」

「え、京太郎くんのお宝本探しても?」

「……一冊までなら許します」


 合鍵を置いて玄関へ向かう。

 足元は多少ふらつくが、歩くのには問題ない。


「京太郎くん! ……お姉ちゃんのこと、お願いします」

「……先輩」

「私、待ってるから。どんな答えでも今度は逃げないから……」

「任せてください」


 振り返らずに親指を立てる。

 噛み合わないものが、きっちりと噛み合った気がした。

 外に出て夜空を見上げる。

 太陽がなくとも、空には星と月。

 目を閉じると闇が広がる。

 闇の中に浮かぶのは、誰かの言葉や笑顔。

 きっとそれが俺にとっての星なのだろう。

 そしてそれは、太陽が昇って見えなくなっても、決して消えることはない。

 何かをつかんだ手応えと共に、俺は目を開けて歩き出した。





「うぅ、ここは……」


 カーテンの隙間から漏れる月明かり。

 病院のベッドの上で竜華は目を覚ました。

 起き上がろうとして、うまく体が動かない。

 それで自分が長い間眠っていたことに気がつく。


「うち、なして……うっ!」


 混濁した記憶の中からいくつか、浮かび上がるものがある。

 迫られた選択、カブトとの戦い、色違いのカブト、そして海に消える京太郎。

 ばらばらだった点が一本の線になる。

 竜華は立ち上がってドアへと向かう。

 どれだけ寝ていたかはわからないが、じっとしていられるわけがなかった。


「あれ、清水谷さん目が覚めたんですね」

「どいてください、うち、行かないと……!」

「ダメです。寝たきりだったんですからおとなしくしててください」


 看護師に押しとどめられ、ベッドへと戻される。

 もちろん抵抗はしたが、長い眠りから覚めたばかりで十分に力が入らない。


「私は連絡してきますから、おとなしくしててくださいね?」


 ドアが閉まる。

 すぐにまただれかやってくるだろう。

 そしてここから出してもらえる、なんてことはないだろう。

 シーツを握りしめる。

 室内に着信音が響いた。

 机の上に置いてあった自分の携帯をとり、竜華は目を見開いた。





「清水谷さんが目覚めた?」

「はい、でもまだ体は本調子じゃ――」


 看護師の言葉を待たずに久は走り出した。

 黒いカブトとの交戦から数時間。

 万全とは言えないが、走れる程度には回復していた。

 エレベーターを待つのに焦れて、病院内に足音が響くのもおかまいなしに、階段を駆け上がる。

 清水谷竜華と書かれた部屋の前で立ち止まる。

 山ほど言ってやりたいことがあった。

 そして、それより前に無事を喜びたかった。

 乱れた息を整え、ドアを開ける。


「随分遅いお目覚めじゃない、清水谷さ……」


 窓が開いていて、吹き込む風がカーテンを大きく広げる。

 部屋はもぬけの殻だった。


「まさか……!」


 久が開いた窓から身を乗り出すと、タクシーを呼び止めている後ろ姿が見えた。

 廊下へ引き返すと、久はすれ違う看護師を引き留めた。


「すぐ出せる車はある?」

「タクシーが病院の前に……」

「さっきまで停まってた一台が行っちゃったのよ!」

「竹井様、どうされました?」

「萩原さん、車だして! 清水谷さんが……!」

「……わかりました。すぐに私の車を回します」





 ゼクターの先導に従って白い乗用車が駆け抜けていく。

 車内には乗車可能人数ギリギリの五人。

 黒いカブトと戦ったライダーたちが乗っている。


「しかし、なんだって清水谷さんは病院を抜け出したんだ?」

「なにか約束でもあったんでしょうか?」

「キャップ、こんな夜中にそれはないと思いますよ」

「それもそうね」

「わからないけど、窓から出ていくなんて普通じゃないでしょ」


 助手席に座る久のすぐ横の窓ガラスを、トンボのゼクターの翅が叩く。

 次は左に曲がれということらしい。


「萩原さん」

「ええ、左ですね」


 だというのに車はスピードを落とさず、加速。

 そのまま萩原はハンドルを切った。


「あいたっ」

「きゃっ」

「んにゃっ」


 久、美穂子、華菜の三人はそろって頭をぶつけた。

 事前にこうなるだろうと予測していた純は、しっかりつかまって身を支えていた。

「ふふ、ようやく温まってきましたね。そろそろ本気を出しましょうか」

「ちょっと、萩原さん?」

「いったいなー、もっと安全に運転してほしいし!」

「少し気分が……」

「お手柔らかに頼むぜー」


 抗議の視線を向ける二人に、口元に手を当てる一人。

 純は諦めを多分に含ませた声で、投げやりに言った。

 その後似たようなやりとりが数回続き、萩原以外がぐったりしたところで、車は止まった。

 同じように停止していたタクシーが、入れ替わりにその場を離れていく。

 五人は車を降りてあたりを見回した。

 町の外れの古い採石場。

 ライトも何もないため、当然暗い。

 竜華の姿も見当たらない。

 萩原以外の四人は顔を見合わせた。

 そして萩原は、眉間にしわを寄せて一点を見据える。


「……どうやら私たちは嵌められたようです」

「それっておびき出されたってこと?」

「運転に夢中で気がつかなかった私の責任です」

「そりゃあ、あんなにはしゃいでたら、なぁ?」

「ともかく、みんな離れないように――」

 言葉が途切れる。

 視界が真っ白に染まる。

 咄嗟に顔をかばった萩原以外は、みんな目をやかれていた。

 萩原は一人崖の上を睨み付けた。

 そこに立つ、一人の女の姿を。


「こんなとこにおそろいでどうしたんだい?」


 からかうような声音。

 藤田靖子が、崖の上からライトアップされたライダーたちを見下ろしていた。

 同じく崖の上には銃を構えたゼクトルーパー。

 いまだ眩む視界の中、久は藤田を見据えた。


「どうしたもなにも、ここに呼んだのはあなたじゃないの? あんな招待状でさ」

「なんのことかわからないね。今は実戦演習中なんだ」

「とぼけないで。清水谷さんはどこ?」

「さて、ね」


 肩をすくめる藤田。

 まともに答える気がないことを悟ると、久はデバイスを構えた。

 ゼクターが空間を越え現れる。


「早速だがお披露目といこう。やれ」

「はっ」

 藤田の背後に築かれた、人の背丈ほどの装置。

 命令に従って、ゼクトルーパーがそれを起動させた。

 耳鳴りのような音があたりに響く。

 すると、デバイスに収まろうとしていたゼクターが、吸い寄せられるように久のもとから離れていった。


「なによ、それ」

「このやろっ」

「いけません!」


 同じようにデバイスを装着し、純はゼクターを呼び出す。

 萩原が制止したが、間に合わなかった。

 クワガタのゼクターも、同じように吸い寄せられてしまった。


「よし、二機確保。逃げないとは思うけど、しっかり捕まえておいてくれよ」


 引き寄せられたゼクターたちは抵抗するそぶりすら見せず、金属のケース内に収納されてしまった。

 ゼクターの制御を奪う装置。

 それがネイティブたちが用意した切り札だった。

 量産に目途が立っておらず、一機しかないものを藤田が借りてきたのだ。


「これで君たちは変身できなくなったわけだが……おっと、サソリも来たのか」

「……改めて聞くわ。何が目的?」

「君たちのデバイスを返してもらおうと思ってね。ZECTがもっと有効活用させてもらう」

「却下、と言いたいところだけど……」

 仲間たちを見回して、久は美穂子の足元で飛び跳ねるゼクターを発見した。

 ちょうど陰に隠れているからか、まだ見つかっていない。

 なぜ装置の影響を受けていないのかはわからないが、使わない手はない。

 美穂子と華菜に目で合図を送ると、最後に萩原に向かって頷く。

 萩原も大体の事情を察して頷き返した。

 懐から丸いものを取り出すと、地面に思い切り叩きつける。

 煙がものすごい勢いで広がり、五人の姿を覆い尽くした。


「煙玉だと!? 撃て!」


 煙目掛けてゼクトルーパーたちが一斉に射撃する。

 煙の中で電子音が響いた。


≪――Change Kick Hopper!≫

≪――Chamge Punch Hopper!≫

「行きましょう!」

「相手の好きにはさせないんだし!」

≪≪――Clockup!≫≫


 全てが遅延した世界の中で、緑と褐色の影が煙の中から飛び出した。


「華菜、みんなをまかせるわ」

「了解だし!」

≪Rider Jump!≫

 キックホッパーが飛び上がる。

 藤田とゼクトルーパーの頭上をはるか越え、狙うのはただ一点。


≪――Rider Kick!≫

「そこっ」


 ゼクターを狂わせる波動を放つ装置。

 それを蹴り貫いた。


≪――Clock Over!≫


 通常の時間の流れへと帰還する。

 崖の下では、パンチホッパーが久たちを銃弾の嵐から避難させていた。

 それを確認すると、装置の爆発を背にキックホッパーは藤田と向き合う。


「まずはそれを返してもらいます」


 目にもとまらぬ速さで放たれた回し蹴り。

 ゼクターが捕らえられた箱だけをピンポイントで破壊した。

 自由になったゼクターたちが資格者へのもとへと帰っていく。


「おかえりなさい」

「やれやれ、ようやっと反撃か」

「失態は我が剣で取り返して見せましょう」

≪≪≪――変身≫≫≫

 三人の変身が完了する。

 藤田は後ずさる。

 開いた距離を埋めるように、キックホッパーがさらに踏み込んだ。


「降参してください。もう勝負は決しました」

「勝負は決した? 何を言っているんだ」


 すると、藤田は心底おかしそうに笑いだす。

 気がおかしくなったと思うものもいたが、藤田には勝算があった。

 ひとしきり笑い終えた後で、おもむろに崖の端を指さした。


「いいかい? 策っていうのはこういう風に二重三重に仕掛けておくものだ」

「おいおい、マジかよ……」

「これは、まずいことになりましたね」

「あなたって人は……!」

「うにゃ~、戦いづらいんだしっ」

「園城寺さん……!」


 ゼクトルーパーに銃を突き付けられた園城寺怜。

 なにかに耐えるように固く目を閉じていた。

 藤田は指をさしながら、声を張り上げる。


「賢明な君たちなら言わなくてもわかると思うが、一応言っておく。攻撃、抵抗、逃走の類は一切なしだ」

「……私たちに対してこの上なく有効な策ってわけね」

「その通り。実に合理的だろう?」

「そうね……合理的過ぎて反吐が出るわ」

 状況は再び逆転。

 つまり元通り。

 しかし、状況の悪化はこれだけにとどまらない。

 口の端を吊り上げると、藤田は指を鳴らす。

 清水谷竜華がその場に姿を現した。


「怜……」

「ザビー、君がやるんだ」

「……」

「聞こえなかったのか? 君が一人一人とどめを――」

「――わかってます」

≪――変身≫


 竜華が変身する。

 ゆっくりと久たちの方へ歩いていく。


「清水谷さん……思いとどまるって選択肢は、ないの?」

「そんな余裕、どこにもあらへんよ。あれ見ればわかるやろ」


 深く沈み込むような声。

 だがその覚悟は不動のものになっていた。


「それに、もう戻れへんよ」

「それは思い違い――」

「だって! だって……京太郎殺したの、うちみたいなもんやん……」

 それで久は何も言えなくなった。

 覚悟だけじゃない、後悔や悲しみ、そしてなにより自分への怒り。

 様々な感情が凝り固まっていることに気づいたからだ。

 竜華の手がゼクターに添えられる。


≪――Cast Off! Change Wasp!≫


 露わになったハチの針。

 向かう先は、共に戦ったライダーたち。

 押し殺した声で、竜華は自分に言い聞かせるように呟く。


「せやからもう、戻れへんのや……!」


 もうこの場にいる誰にもどうにもできない。

 誰もがそう思ったとき、それを否定する声が響いた。


「勝手に殺すなよ」


 ライトアップされた採石場の中心へ進む影。

 声を聞いたときは、聞き間違いだと思った。

 ただ、純と萩原と、それに華菜だけはその存在をはっきりと認めた。


「遅ぇよ、バカ」

「よくぞご無事で……!」

「ふん、さすがゴキブリみたいな生命力だな!」

 その姿がライトに照らされて、久は笑みをこぼし、美穂子は涙を一滴流した。


「おいしいとこ持ってくじゃない」

「本当に、本当に良かった……」


 そしてその腰にベルトが巻かれ――


≪――変身≫


 その身が鎧をまとい――


≪――Cast Off! Change Beetle!≫


 その変態が完了してようやく、竜華は目の前の現実を認識した。

 震える声が口から漏れ出ていく。


「ほんまに、京太郎……?」

「どっからどう見てもそうだろ」

「ほんまに、生きてたん……?」

「だから勝手に殺すなって」


 ふらふらと竜華が歩み寄る。

 縋るように伸ばされた手。

 だが、二人の間に撃ちこまれた弾丸がそれを許さない。


「ザビー、君は状況が何ら変わっていないことを認識した方が良い」

 怜は相変わらず捕らえられたまま。

 京太郎はそれを見て、吐き捨てた。


「相変わらずのやり口だな」

「君も状況は分かっただろう? こういうことだから今度こそちゃんと旅立ってくれ」


 口調は落ち着き払っているものの、藤田の内心には焦りがあった。

 だからこそ一刻も早く京太郎を消し去りたい。

 ついで命令を下そうとして、静かな声がそれをとどめた。


「待て」


 採石場の入り口に立つ、白い服の男。

 そこにいるだけで全ての視線を引き付ける存在感。

 天道はゆっくりと歩き出した。


「そいつは俺がやる。邪魔はするな」

≪――変身≫


 京太郎は静かに振り返る。

 そのたたずまいを見て、天道は瞠目した。

 海へ蹴り飛ばした時は抜け殻同然だったのに、今やもう違う。

 今度はそう簡単に折れたりしないだろう。


「いいだろう、だが場所を移すぞ。邪魔が入らないとも限らないからな」





 夜の採石場の外れで、憧れの人と向かい合う。

 俺のと酷似したアーマー。

 まだキャストオフ前だが、決して油断はできない。

 クナイを逆手に飛びかかる。


「せいっ」


 初撃はなんなくかわされる。

 その後腹部を突き上げるように放たれた蹴りに、どうにか手を割り込ませた。

 押し上げられる力を利用して、再び距離をとる。

 俺が見てきたこの人の戦い方は、相手の力を利用したカウンターが多い。

 つまり、無闇に突っ込むのは危険だ。

 かといって離れていれば……


「――っ」


 正確無比な射撃が飛礫のように襲い来る。

 なんとか地面に転がってやりすごす。


「どうした、そんなものか?」


 多分、普通に戦ってもかなわない。

 俺の戦闘におけるノウハウは全部この人から教わったんだから。

 可能性があるとしたら、俺が自分で考えたやり方。

 たとえば、これみたいな。

≪――1,2,3...Rider Kick!≫


 駆け出す。

 相手は動かない。

 カウンターを決める腹積もりなのだろう。

 彼我の距離が縮まっていく。

 七歩分、六歩分、五歩分。

 俺はそこで思い切り地面を蹴りだした。


「――やるっ」


 蹴りの威力を増強できるのならば、それはそのまま踏み込むときの力に流用できる。

 これはハギヨシさんに使った戦い方だ。

 そのままタックルをかます。

 このタイミングなら……!


「だが、甘いな」


 次の瞬間、俺はものすごい勢いで宙に投げ飛ばされていた。

 地面に寝転がって足を突き出したその体勢は、巴投げ。

 つまり、タックルの勢いをそのまま利用されたのだ。

 迫る壁面。

 姿勢を直してどうにか両足で勢いを殺す。

 相手はその隙にゼクターのホーンを倒した。

≪――Cast Off! Change Beetle!≫

「お前はなぜ戦う? 言ったはずだ。お前では天の道を往くことは不可能だと」


 歩きながらの問い。

 地面に足をついて、俺は答える。


「たしかに、俺はあんたみたいになれない。一人で生きていけるような強さもない」


 天の道とは孤独にして孤高。

 誰も触れ得ない高みにあるもの。

 ずっとそうだと思ってた。


「でも重い荷物なんかじゃない。だって、俺はそれに支えられて生きてきたんだから」


 目を閉じれば闇。

 そこに浮かぶのは、無数の星。

 それは誰かが俺に向けた笑顔や言葉。

 そして、明るくなって見えなくなっても決して消えやしない。

 そう――


「太陽の周りには見えなくたって、無数の星がある」


 星空へ手を伸ばす。

 そしてそこにある何かをつかみ取るように、拳を握りしめる。


「だから、太陽は孤独なんかじゃない」

 そしてそれを、真っ直ぐ相手に向けた。

 これが俺がつかんだ答え。

 そう、見せつけるように。


「……ならば、お前の言う太陽とはなんだ?」

「そんなの決まってる」


 俺はどう頑張っても総司さんにはなれない。

 だって俺は俺なのだから。

 だから俺は俺でいい。

 俺のままで昇っていけばいい。


「俺の太陽は、俺自身だ」


 何より自分に言い聞かせる。

 これは誰かの受け売りじゃない、俺自身の言葉。


「明けない夜はないし、昇らない太陽はない。そして俺の太陽は例え闇に覆われても、決して沈んだりしない……!」


 全て言い切った。

 迷いはもういらない。

 俺は自分が進む道を決めたんだから。

 心は今までになく澄んでいた。


≪――≫

 聞き慣れない電子音がしたかと思うと、空間のゆがみからゼクターが出現した。

 俺の相棒とは違う、カブトムシ型。

 どこか見覚えのあるそれは、俺の頭上で旋回している。


「バカな、ハイパーゼクターだと……!?」

「ハイパーゼクター?」

「来い……!」


 黒いカブトが手をかざすと、もう一機同じゼクターが出現した。

 色違いではなく、全くの同一。

 俺は何が起こっているかいまいちわからなかったが、向こうはそうでもないようだ。


「二つ目、だと? まさかお前が引き寄せたとでもいうのか?」

「俺には分からないよ、けど……こいつはきっと未来だ」

「だがお前がそれをつかむことはできない」

≪――Hyper Cast Off!≫


 黒いカブトの体が光を放つ。

 俺はこの光を知っている。

 七年前、炎と瓦礫の海の中。

 そうか、あのゼクターはこのためのものだったのか。


≪――Change Hyper Beetle!≫

 光が収まると、黒いカブトは見覚えのある姿に変じていた。

 肥大化した角と、より強固になったアーマー。

 あのゼクターは、ライダーを次の段階へ進化させるもの。

 そしてそれはこの場にもう一つある。


「回収……いや、破壊させてもらうぞ」

≪――Hyper Clockup!≫


 黒いカブトとゼクターの姿が掻き消える。

 ライダーの目でも追えないほどの超スピードで動いているのだろう。


≪――Hyper Clock Over!≫


 両者は崖の上に移動していた。

 それを追って同じように崖の上へ。

 勝てる可能性があるとしたら、俺があれを手にすることだけだ。


「ほう、速さで俺に挑むつもりか?」

「俺はあれをつかんでみせる」


 それは今より少し後の現実だ。

 なぜなら、俺がそう願っているのだから。

 心の中で確信が渦巻く。


「やってみせろ。できるならな……!」

 同時に逃げるゼクターを追って走り出す。

 スタート時点での距離はほぼ同じ。

 しかし……


(やっぱ速いな……!)


 走力も相手の方が上だった。

 やはり単純なスペックで劣っている。

 いつの間にか相手の背中を追っていた。


「ふん、まぁこんなものか……遊びは終わりだ」


 相手の手が、左腰部のゼクターにかかる。

 一気に勝負をつける気だ。

 確かにあれを使われたら、俺は介入する術を失う。

 だからといって諦めるのはこりごりだった。

 ライダーになる運命が仕組まれたものだったとするならば、これからの未来は自分の手でつかみたい。

 走りながら、右手を前に伸ばす。


『まったく、いつまでも世話のかかるやつだ』


 そんな、懐かしい声が聞こえた気がした。

 前方の空間がゆがむ。

 そこからなにかが飛び出した。

「――なにっ」


 それは黒いカブトをかすめて地面に突き刺さった。

 機械仕掛けの大剣。

 気にはなるが、それよりも優先することがある。

 俺は相手を追い越して前を飛ぶゼクターへと猛進する。


「パーフェクトゼクターがなぜここに……!」

「うおおおおおっ!」


 ゼクターは崖の向こうへ。

 普通にジャンプしたとして、届かない位置。


≪――1,2,3...Rider Kick!≫


 崖のふちを蹴って空中へと飛び出す。

 心の時計を走らせ、明日のその先へ、未来へ……!

 そして俺は、つかんだ。

 未来を、つかんだ。


『怜ぃいいいいいい!!』


 誰かの慟哭が聞こえてくる。

 俺の大切な人たちが泣く未来を、俺は認めない。

 左腰部にゼクターを取り付け、ホーンを倒す。


≪――Hyper Cast Off!≫


 肥大化した角と、より強固な鎧。

 キャストオフと言っているのに逆に着込むのはおかしな話だ。

 そして俺は、ゼクターのスイッチを叩いた。


≪――Hyper Clockup!≫





 崖の上から、怜は悲惨な状況を俯瞰する。

 竜華が、今まで仲間として戦ってきた者たちに針を向けていた。

 京太郎が現れても状況は変わらない。

 どうしてこんなことになったのかは、よくわかっている。


(うちのせいや……)


 竜華がそんなことをしているのも、他のライダーが抵抗しないのも、怜が人質にされているからだ。

 手は拘束されてびくともしない。

 怜は何もできない自分を呪うほかなかった。


(ああ、でも……)


 一つの方策が頭に浮かぶ。

 人質という問題を解消する方法。

 それを実行するのには覚悟が必要だが、この状況をただ見ていることの方がつらい。


(いつまでも、足引っ張るのはあかんよね)


 体の力を抜く。

 自分を拘束するゼクトルーパーに全体重を支えさせる。

 急激な負荷で、拘束がわずかに緩んだ。


「えいっ」


 今度は逆に、思いっきり伸びる。

 ヘルメットに頭を打ち付けて痛みが走るが、衝撃は相手にも伝わった。

 拘束がはがれる。

 だがゼクトルーパーもすぐに体勢を立て直した。

 再び拘束するために伸びる手。

 それが自分を捉える前に、怜は崖から身を投げ出した。


(ま、ファーストキスあげれたし、ええかな)


 空を切る音に、迫る地面。

 目を閉じて、怜の意識はそこで永遠に途切れた。





「え、なんで……」


 そのことに気づくのに、誰もが遅れた。

 崖の下で戦うライダーたちも、崖の上にいる藤田と銃を突き付けられた美穂子も。

 何かが地面にぶつかる鈍い音がして、ようやく気付いた。


「怜ぃいいいいいい!!」


 慟哭が響く。

 誰もが呆然とする中で、いち早く行動を起こしたのは藤田だった。


「やれ」


 銃弾が泣き叫ぶ竜華と、立ち尽くした美穂子を襲う。

 爆発が巻き起こり、二人は動かなくなった。

 ここにきてようやく萩原が動き出す。

 だが、それを想定してたかのように、一つの砲弾が放たれた。


「これは……くっ、あ、がっ……があぁあああああああ!!」


 なんなく切り捨てた萩原だが、それは罠だった。

 アンチミミック弾によって抑えつけていたワームが姿を現す。

 そしてそれは呆然と立ち尽くした三人のライダーを襲った。


「ー―――――!」


 純と久と華菜は回避もままならないままサソリの針に貫かれ、爆散した。

 そしてその直後、銃弾の雨が降り注ぐ。


「――――――!」


 獲物を仕留めた隙を狙われては避けようがなかった。

 サソリのワームはあっけなく息絶えた。


「ふぅ、これで処理完了か。あっちはうまくやってるかな?」


 藤田が手を上げると、ゼクトルーパーたちはゼクターとデバイスの回収にかかる。

 もはやどこにも希望は残っていない。

 だが、須賀京太郎はそんな未来を認めない。





 怜が崖から飛び降りたのと、京太郎が崖から飛び出したのはほぼ同時。

 そして、崖の下についたタイミングもほぼ同時。

 それからなにをしようとも、後の祭りでしかない。

 だが、それを捻じ曲げるたった一つの方法が存在する。

 そしてそれは今、須賀京太郎の手の中にある。

 太陽の神と呼ばれたライダーと、時を超える力。

 その二つが揃ったとき、最強のライダーが誕生する。





≪――Hyper Clockup!≫


 奇妙な感覚だった。

 いつものクロックアップとは明らかに違う。

 その声のもとへ駆けつけた俺の前に広がる、悲劇としか言いようのない状況。

 しかしそれは、俺が一歩進むたびに巻き戻っていく。

 これが、ハイパーゼクターの力なのか……

 確信とともに、その人のもとへ向かう。

 目をつぶったまま地面にぶつかろうとしている怜さん。

 その体を、そっと抱きかかえた。


≪――Hyper Clock Over!≫


 時間の流れが正常に戻る。

 俺は硬く目を閉じたその頬を、そっと撫でた。


「あれ、うち、どうして……」

「勝手に人のファーストキス奪っといていなくなる気ですか?」

「京、ちゃん……?」

「待っててください」


≪――Hyper Clockup!≫


 超加速状態に入る。

 意識して使ってみれば、時間を遡ることはなかった。

 凍り付いた世界の中で崖の上に飛び上がる。

「はぁっ」


 すれ違いざまにゼクトルーパーたちを無力化していく。

 そして福路さんを回収し、俺は怜さんのところへ戻った。


≪――Hyper Clock Over!≫

「あれ、私いつの間にこんなところに……?」

「大丈夫ですか?」

「もしかして、京太郎さんなの?」


 黙って頷く。

 そして俺は、目下最大の問題に目を向けた。


「京ちゃん、竜華を」

「わかってます」


 仲間に針を向ける竜華のもとへ。

 きっと泣いている。

 俺はそれを止めたい。


「竜華、もう大丈夫だから」

「きょう、たろう」

「もう、みんな大丈夫だから」

「京太郎……京太郎!」

 胸に縋り付く竜華の肩に手を置く。

 ライダーの格好ではいまいち色気がないが、まぁいい。


「その姿……オマエ京太郎なのか?」

「パワーアップなんて卑怯だし!」

「また助けられてしまいましたね」


 仲間が集まる。

 俺の空で輝く星たち。

 純の肩を叩き、池田の頭を小突き、ハギヨシさんの手を握る。


「今までサボってたぶん、きっちり働いてもらうわよ」


 そして会長の肘打ち。

 地味に痛いが、甘んじて受け入れよう。

 そして俺は崖の上を見上げた。


「やってくれたな……」

「もう打つ手はないって感じだな、藤田」

「……退くぞ」


 煙管を固く握りしめると、藤田はゼクトルーパーたちに撤退を命令した。

 もちろん黙って見送るつもりはない。

 色々と発散したい感情があるし、聞きたいこともある。

 ハイパーゼクターに手を添える。

「逃がすわけないだろ!」

「それはこっちのセリフだ」

「――っ」


 唸るような低い声。

 先ほどの大剣を手に、黒いカブトが姿を現した。

 背中を見せればやられる。

 他のみんなは口には出さないものの、緊張が伝わってきた。

 こちらが動けないのをいいことに、藤田は姿を消した。


「まだ、やるってのか?」

「当たり前だ。お前は放っておくには少々危険すぎる」

「なら……!」


 手をかざす。

 あの時聞こえた声を信じるなら、あの大剣は俺のために送られたものだ。

 それを裏付けるかのように、大剣は俺の手の中へ移動した。


「パーフェクトゼクターもお前を選ぶというのか……!」


 刀身をなぞる。

 使い方がわかるような気がした。


「竜華、ゼクター借りるぞ」

「うん、ええよ」

 ハチのゼクターが竜華から離れ、大剣の先端に取り付く。

 この武器は他のゼクターの力を利用できる、そういうことか。

 鍔の部分にある黄色のボタンを押す。


≪――THEBEE Power!≫


 エネルギーが刀身の周りに渦巻く。

 俺は腰を落として大剣を相手に向けたまま大きく引く。


≪――Hyper Sting!≫


 そしてそれを突き出した。

 渦巻いたエネルギーが、ドリルとなって直進する。


「く、うぉおおおおおっ!!」


 それを正面から受け止めた相手は、彼方へと消え去った。


「……やったか?」

「それ、やってないときのセリフだし」

「うるせぇぞ、池田」


 ゼクターが離れて変身が解ける。

 色々限界で、その場に倒れこんだ。


「京ちゃん!」

「京太郎!」


 竜華と怜さんを皮切りに、みんなが心配そうな顔で覗き込んでくる。

 大丈夫だと笑って、空を指さす。


「みんな、見ろよ。空がこんなにもきれいだ」


 青、紫、赤のグラデーション。

 太陽の光と、星と月が混在する夜明け。

 あと少しで星は見えなくなっても、ずっとそこにある。

 俺を囲むみんなのように。





第十八話『されど太陽は沈まず』終了


やっと終わった・・・眠い

ともあれ、ようやっとハイパーカブトが正式に登場です
前の話からちょいちょい出てたのはハイパー化したダブトです
どうでもいいけどハイパー化とか言ったらオーラバトラーですね
昆虫モチーフだし

次回からは終盤に入ると思います
燃え尽き症候群にならないように気を付けて頑張ります

したらば

積みゲー消化してたらもう年末です
もう少しの間本編が進まないので代わりのものを置いときます

 人生の転機とは大なり小なり誰にでも訪れるものだ

 京太郎の場合、それは中学二年の冬だった


京太郎「嘘、だろ……?」


 車との接触事故

 担ぎ込まれた病院で京太郎に告げられたのは、残酷な事実だった


「残念ながら……日常生活には支障はないでしょうが、ハンドボールを続けるのは無理でしょう」


 生きがいだったかと言えば、それは少し違う

 それでも、今まで積み上げてきたものがあった

 入学後まもなく勧誘されて、物珍しさから入った部活

 才能があったのか、元々体を動かすのが好きだったのもあいまって、京太郎はめきめきと頭角を現していった

 最初の年は目立った成績を残すことは叶わなかった

 中学二年の夏には、全国にまでこぎつけた

 そして来年度こそは優勝をと誓った矢先、この事故だ

 京太郎はしばらくふさぎ込み、チームメイトや両親、長い付き合いの友人ですら完全に立ち直らせることはできなかった

 春が終わるころには笑顔を取り戻していたが、心には空虚が残った


京太郎「麻雀か……」


 スポーツ推薦を諦め、進学のために一足遅い受験勉強を始めた京太郎の興味を引いたのは、世界的に有名な競技だった

 やったことがなかったわけじゃないが、体を動かすことを好む京太郎にとって、テーブルゲームの類は遊びに過ぎなかった

 だが打ち込んでいたものがなくなって、心に余裕、というか隙間ができて、周囲で麻雀をやっている人の姿が目に映ったのだ

 正直理解はできなかった

 京太郎にとって麻雀はほとんど運に左右されるゲームという印象だったからだ

 それでも、必死に打ち込んでいる人の姿にかつての自分の姿を重ねた

 肩の負傷を抱えた自分でもできるのなら、心に空いた穴を埋めてくれるのなら

 半ば縋るように、京太郎は麻雀を学び始めた

 進学先も地元から離れた強豪校へと変更

 卒業までの時間を麻雀と受験勉強に費やした




京太郎「……広いな」


 京太郎は東京の高校に進学した

 かつて臨海女子と呼ばれた強豪校

 女子留学生の姿が目立つこの学校は、男子の留学生も取り入れるために、今年度から実験的に少数の男子を受け入れている

 当然狭き門だったのだが、それが逆に京太郎のモチベーションになった

 そして学力という関門をすり抜けて、今ここにいる

 入学式が終わり、部活動紹介など諸々を経てようやく自由の身になると、真っ先に麻雀部を目指す

 道行く途中、様々な視線が突き刺さる

 ごく少数の男子生徒が物珍しいようだった

 それはもう仕方ないと割り切り、京太郎は逆にそこらを歩いている留学生に目を向けた

 なぜかカップ麺を持ち歩いている人や、なぜか室内にもかかわらず傘を差しながら歌っている人

 さすが国際色豊かな学校だと、どこかずれた感想を抱く


京太郎「そういや喉乾いたな」


 丁度近くには自販機があった

 ここにきて緊張していたのかもしれない

 リフレッシュも兼ねて、京太郎は少し休憩することにした

 早速自販機の前に陣取り、透明な壁越しの見本に上下左右目を滑らせる


京太郎「お茶は喉乾くし……アクエリアスでいいかな」

 選んだのはスポーツドリンク

 ハンドボールをやめてからは飲む機会が減っていた

 幾分か懐かしさを感じながら、硬貨を取り出して自販機に投入する


京太郎「あ、やべっ」


 最後に百円玉を入れようとして、手からこぼれ落ちる

 百円玉は床に当たって硬い音を立てた後、自販機の下へ転がり込んでしまった

 慌てて覗き込むが、結構奥まで行ってしまっている

 これが十円玉だったら放っておいたかもしれないが、百円玉だったら話は別だ

 手を伸ばしても、京太郎の腕の太さでは途中でつっかえて届かない

 細長い棒でも調達しようかと顔を上げて、目と目が合う


「ねえ、取ってあげようか?」


 高校生には見えない小柄な体に、どこぞの民族衣装のような服

 すぐそばで少女がしゃがみこんで、興味深げに京太郎を見ていた

 その細い腕だったら届くかもしれない


京太郎「……頼めるか?」

「うんいいよ。千円ね」

京太郎「高すぎるだろ! 百円の対価がその十倍ってどういうことだよ!?」

「えー、日本人意外とガード固いじゃん」

京太郎「それ以前の問題だろうが!」

 荒い息を吐きながら立ち上がる

 思わぬ足止めを食ったが、細長い棒を探さなくてはいけない

 少女の視線を無視して、京太郎は来た道を引き返す

 その背中を少女の声が引き止めた


「ねえ、これもらってもいいの?」

京太郎「いいわけねえだろ……ってお前!」

「ふっふーん、もう取っちゃったもんね。どうする? 千円払う?」

京太郎「……はぁ、ジュース一本でいいか?」

「ま、そんなとこだよね」


 ため息をつく京太郎とは対照的に、少女は快活に笑う

 百円を盾にとんでもない要求をされたものだが、京太郎は妥協した

 麻雀部の門を叩く前に余計な消耗は避けたかったというのもある


京太郎「で、なににする?」

「ミルクティー」

京太郎「はいはい、じゃあ百円返せよ」

「仕方ないなぁ」


 少女が渋々差し出した百円玉を受け取ると、自販機に投入してミルクティーのボタンを押す

 出てきたペットボトルを投げて渡すと、少女は意外そうな顔をした


京太郎「ミルクティーで良かったんだよな?」

「そうだけど……キミ、バカなの? せっかくお金返したのに」

京太郎「……ていっ」

「ふぎゃっ」


 京太郎のチョップが少女の頭に振り落された

 怒鳴ったりはしないが、さすがに我慢にも限度があった

 頭を押さえる少女の抗議の視線を無視して、アクエリアスのボタンを押す

 そして三分の一ほど空にすると、今度こそその場から歩き去る

 そして少女の姿が見えなくなる前に一言


京太郎「これに懲りたらもう人様困らせんじゃねーぞ」

「~~っ」


 後ろから聞き慣れない言語が飛んでくる

 語気の強さから、多分罵倒の類だろう

 でも結局何を言っているかはわからなかったので、京太郎はそのまま立ち去った

京太郎「麻雀部、麻雀部っと」


 空のぺったボトルを始末してから京太郎は再び麻雀部へと向かう

 目立った案内などはないが、校内の見取り図には堂々と書いてある

 留学生への配慮のためか、きっちり複数の言語を使っているようだ

 さすが強豪校などと呟きながら曲がり角を曲がる


京太郎「おっと、大丈夫か?」


 慌てて飛び出してきた人とぶつかりそうになり、寸前で避ける

 肩が上がらずとも、培ってきた全てが消え去ったわけではない

 京太郎は危なげない身のこなしで転びそうになった相手を片手で軽く支える


「失礼」


 短くそう言うと、相手は京太郎から体を離した

 後ろでまとめたお団子頭に、チャイナドレスの少女

 急いでいたのか、わずかに肩が上下している

 顔だけ見れば日本人と見分けがつかないが、中国の留学生なのかもしれない

 歳は同じくらいと当たりをつける


京太郎「怪我がないならよかった。それじゃ」

「あの、少したずねたいことが……」


 去ろうとする京太郎を、チャイナドレスの少女が少しためらいながら引き止めた


「道がわからなくて……麻雀部はどこでしょうか?」


 どうやら迷子になっていたようだ

 京太郎は長野にいる幼馴染のことを思い出して軽く噴き出した


「なにがおかしいのですか」

京太郎「いや、悪い。麻雀部だよな。俺も今から向かうとこだから案内するよ」

「……謝謝」


 やや不満げな顔をしながらも少女は頭を下げた




京太郎(起家で開幕二向聴……うまくいけば初っ端から水をあけられるな)


 麻雀部を訪れた京太郎は、早速四人で卓を囲んでいた

 上家に新入生の男子、下家に同じく新入生の女子、そして対面には三年生

 強豪校ともなれば入部希望者が多く、まずは実力を見ると言って新入生は上級生のいる各卓に振り分けられる形になった

 ただ留学生は別らしく、そこらの卓を見ても一年生の中に外国人はいない

 一緒に部室に来た中国人の少女は、着くなり外人の女性に連れられて行ってしまった


京太郎(よし、良いのが来たっ)


 三巡目にして一向聴

 有効牌もそれなりに多い

 二枚切れている北を捨て、京太郎は次に引く牌に胸を膨らませる

 だが欲しい牌は来ずに、そのまま山が半分以上消費される

 中盤に差し掛かれば当然危険牌も増えるし、聴牌に至っている者もいるだろう

 京太郎は手を崩して守備に回らざるをえなかった

 聴牌からは遠のく


京太郎(せめて聴牌までは……いや、まだ親番はもう一回あるから無理しなくても……)


 崩れた自分の手を見て、退くか進むか考える

 京太郎の気質は進めと言っているが、短い麻雀の経験は退けと言っていた

 だがそんな迷いを他所に事態は進む


「よっしゃ、ツモ! 500・1000」


 次の牌を引く前に、京太郎の親番は終わりを告げた




 東二局

 自動雀卓からせり出した山から牌をとる

 先のツモ和了りで親である京太郎の点数は僅かに沈んだ


京太郎「……ふぅ」


 配牌を見てため息ひとつ

 聴牌からは遠い

 上家の男子が和了れたのは運だ

 欲しい牌を引き当てる幸運

 一局の半ばを過ぎて安牌が少なくなってきた状況

 頭を抱えながらどうにか切り抜けていた京太郎だが、相手のツモは防ぎようがない


京太郎(結局、ついてるやつが勝つだけか……)


 一年ほど麻雀を学んだ京太郎が実感したのは、やはり運の要素が大きいということだった

 どう頑張っても和了れない時もあれば、牌が転がり込んできてあっさり和了ってしまう場合もある

 今でも麻雀というゲームに対する印象は、あの時から変わっていない

 それでもと内心で繰り返しながら、ここまでやってきたのだ

 だが、気づいてしまったのだ


京太郎(俺、羨ましかっただけだったんだ)


 京太郎が興味を抱いたのは麻雀ではなく、それに打ち込む人の姿なのだと

 未練から運動部を避けていた京太郎が一番目にしていたのは、室内競技で最もポピュラーな麻雀だ

 これが将棋だったらそっちを始めたかもしれない

 要するに、心の隙間が埋まれば何でも良かったのだ

 ふっと熱が冷めていくのを感じた

 これ以上やっても、自分は他の人たちみたいになれない

 そう思ってしまったからだ

 落胆と失望でさらにため息が漏れる

 もうこうして対局している意味も見いだせない

 もっと早くに見切りをつけるべきだった

 ――適当に流して、終わったらここを出よう

 そう考えた時だった

「……」

京太郎「――っ」


 対面の女子生徒と目があった

 眼鏡をかけて、髪を後ろでくくっておさげにしている

 レンズの向こうの目は鋭かった

 刃のような視線に息が詰まる

 だがその局中はなにも起きず流局

 京太郎は罰符として点棒を手放し、次の局へ進む

 配牌は可もなく不可もなく

 この局も和了せず振り込まずを方針にする

 そして最初の牌を捨てて二巡後

 そこで対局は終了した


「――ロン。24000」


 静かな声が響いた

 直撃をくらった京太郎はもちろんのこと、他の二人も言葉を失う

 それは予告のない自然災害のようなものだった

 あるいは、あの時京太郎を射抜いたその視線こそが予兆だったのかもしれない

 ともかく、この練習試合は東三局の三巡目にして終局

 京太郎は後で知ったことだが、その女子生徒の名前は辻垣内智葉

 去年のインターハイ個人戦にて三位の成績を収めた、この臨海のエースと目される三年生である

てなかんじの臨海プロローグです
もうライダーとかは影も形も出てきませんが

普通に育成物とかもやってみたいけど問題が一つ
闘牌描写が無理くさい

したらば、風呂入ってだらだらします

ひっそり生存報告

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