うちのめぐりをよろしくな。八幡くん」
目の前にいるめぐり先輩のお父さん。めぐりパパがそう言った。
めぐり先輩とは対照的に、ルールに厳格でしっかり者という印象を受ける。
なんでも中学の先生をしているらしい。俺の中学にもこんな感じの体育教師がいたなあ~
そしてやたら二人組つくらせようとしてたなあ~(遠い目) 俺はいつも余ってたなあ~(遠い目)
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「まあ、結婚は二人が大学を卒業してからだけど、この同棲も練習だと思って」
めぐり先輩のお母さん。めぐりママが言った。こちらはめぐり先輩同様、ほんわかふわふ
わした感じがする。お母さん似だったんですね先輩。
俺は日本の慣習である年功序列には反対だが、こんなふうに年上に下手に出られたら
それはそれで居心地が悪い。これは幼少期からの刷り込みのせいだろう。
責任者は誰だ。メディアが悪い。社会が悪い。そうだ、アメリカへ行こう!
「いえそんな。こちらこそお願いします」
一応マナーとしてそう言ったら、隣からプッ~クスクスてな感じの笑いが聞こえた。
めぐり先輩~? 何がおかしいんですか~?
俺と目が合うと、彼女は恥ずかしそうにぶんぶんと首を振る。
か、かわいい……今の写メ撮りたかった。そしてプライベートフォルダに保存したかった(こ
こ重要)。なんで世のバカップルはツーショットを待ち受けにするんだろうね。
それこそプ~クスクスもんだろ。
そんなことがあったのが約一カ月前。
「八幡くん、サボっちゃだめだよ」
俺はほんわかした声で回想から引き戻された。
声の主、めぐり先輩は自分の荷物を部屋にえっちらおっちらと運んでいる。
俺たちは今、新居のアパートに荷物を運びこんでいるのだ。
「いや、ちょっと疲れちゃって」
「ふーん、じゃあ休憩しよっか」
片付け始めてまだ10分もたってないんだが……なんでこの人は真に受けちゃうのかな…
騙し合いのゲーム負けちゃうよ? 莫大な借金背負わされちゃうよ?
まだ家具一つ置いてないフローリングに二人して座り込む。来る前に買っておいたペット
ボトルのジュースを飲んだ。プハっ キンキンに冷えてやがる。
「意外と綺麗だねーこれで家賃3万は掘り出し物だね」
「そうですね。 こうなるとワケあり物件なんじゃないかと疑ってしまいます」
「も~怖いこと言わないでよ~」
めぐり先輩が俺の肩をぺちぺちと叩く。
そんな風にいちゃいちゃを楽しんでいると、ピンポーンとインターホンが鳴った。
ちっ!邪魔しやがって。
立ち上がろうとする俺を制し、「あ、あたし出るよ」とめぐりが立ち上がった。
「こんにちは~ 今日入ってきた城廻さん?」
「はいそうです~」
どうやら大家さんらしい。ゴミだしの日やら家賃についてやらの説明を受けている。
律儀な大家さんである。以下めぐり先輩と大家さんの会話
「学生さん? 一人暮らし?」
「いえいえ二人です」
「ふ~ん彼氏?」
「ええまあ」
「同棲かー いいねー」
どこまで聞いてくるんだこの人は。と思っていたら
「じゃあ、そういうことだから」
といつの間にか会話が終了していた。
ぼっちは人の会話を聞くのも苦手だ。だから人数が増えると話に入っていけなくなる。
5人くらいになると、え?なにおまえいたの?って言われるレベル。 これ始めて言われ
た時きつかったわー。友達だと思ってたのになあ……
「家具は今日の夜当たりに届くのかな」
「マジですか…早く終わりたいのに…」
「こればかりは、ちかたないね」
MEGURI
一通り片付けを済ませると、そのほか足りないものを買いに行くために、私と八幡くんはスーパーへと出かけた。
このアパートはスーパーもコンビニも近いので買い物も便利だ。
あと本屋も近い。暇つぶしには困らないかな。1,2、3年の頃と違って
今は八幡くんもいる。本屋さんに行く時は彼も誘ってみよう。いまから楽しみだな~
春休み中とはいえ、平日昼間のスーパーは客足もまばらだ。
おかげで買い物もスイスイ。夕方に来てたらこうはいかない。
昔行ったことがあるが、仕事帰りのお母さんたちでごった返す。買い物はなかなか進まないし、レジでも30分く
らい並ぶ。家に帰ったときはヘトヘトになっていた。あれは本当に疲れた
あらかたの食材や飲み物を買い、家庭用グッズコーナーの近くまで来た。
「せっかくだし防災グッズも買っとこっか」
私は懐中電灯一つとペンライト二つを取る。
「ペンライトあるなら懐中電灯はいらないんじゃないですか?」
ぶーたれる八幡くん。うーん、意見が分かれてしまったか。でも負けないぞ。
「携帯用と非携帯用ってことで。備えあれば憂いなし、ってね」
「はあ」
しぶしぶであるが、賛成してくれたようだった。
多すぎて困るものでじゃないから大丈夫だよ。と付け足す。八幡は頷いた。
スーパーを出て家に帰る途中、私は言った
「帰ったら引っ越しパーティーの準備だね」
「えー明後日ですよね? 準備は明日でいいんじゃ」
「今日やったら明日はお休みだよ。 わたしはそっちのほうがいいな」
「お、そうですね……」
八幡の、思索をめぐらせる顔に、私は見とれてしまった。高校時代は弟、というか子ども
としか見えなかったけど。大学で久しぶりに出会って、やたら男の子っぽくなっていた。
こうして私が四年生になると、両親公認の中になったけどまだ彼にはやり残していること
がある。引っ越しパーティーはそれをやりとげるためでもある。
彼女としてはちょっと複雑だけど。
おっと、八幡にも伝えとかなきゃね。
黙っておくのはフェアじゃないや。怒ったり…しないよね…?
「ねえ八幡、明後日来るのは」
「ああ小町? 大丈夫らしいですよ。あいつ自宅通学ですし」
「ううん、そうじゃなくてね。 雪ノ下さんと由比ヶ浜さんも来ることになったんだけど、いいかな?」
八幡の表情が一瞬だけひきつったのを私は見逃さなかった。でもすぐにいつもの表情に戻
る。クールな子だなあ
「ええ、構いませんよ。俺は」
彼は、私が事情を知らないと思っているはず。だから反対できないのだろう。
すれば不自然に映るから。私は八幡を騙していることになる。ごめんね。
でも同じ女の子としては、彼女たちのことも考えてほしいかな。
「あは、よかった」
「あと、もうひとつお願い。そろそろめぐり、って呼んでくれない?」
先輩付けてると雪ノ下さん達が、まだ自分たちにもチャンスがあるかもって受け取っちゃうかも。
「そうですね。じゃあめぐりさんで」
八幡は笑った。
信号を渡ると、私たちのアパートが見えてきた。
HACHIMAN
「では乾杯―」
めぐりさんの声を合図にして、コップのぶつかり合う音がする。リア充じゃん。
俺リア充じゃんもう。ところがどっこい、由比ヶ浜と雪ノ下の二人とは上手く視線
を合わせられない。こいつらとは卒業間際に…ってどうでもいいよね。うんうん。飲みの
席でこんな話はするべきでない。うん。
「めぐり先輩とヒッキーはいつから付き合ってるんですか?」
ガハマさーーん! そんなド直球の質問しちゃう?
「そ、それ小町も知りたいです」
おまえ知らなかったのかよ。てっきり聞いたもんだと思ってたが。
「えー、 は、はずかしーなー」
めぐりさんは頬を若干赤らめながら、言った。これはあれだ。
べっ、別に言いたくないってわけじゃないんだからねっ! という表現だ。
めぐりさんツンデレだったのか。
めぐりさんとは俺大学二年、めぐり先輩三年の頃から付き合っている。
同じ大学で、自宅も近いということ、
さらにお互い昼寝や読書が趣味ということで気があったのだ。趣味の一致、自宅が近い。
心理学的にも二人が恋人同士になるのは理にかなっている。
めぐりさんが答えた後も、デートの場所とか、由比ヶ浜が矢継ぎ早に質問を浴びせ
ている。まあ今回は俺たちの引っ越しパーティーだし、話題が俺たちの話になるのは自然
の摂理だろう。
しかし複数人いると弾かれるのは全く変わってないな俺。だんだんとガールズトーク
みたいになってきたぞこれ。女子の飲み会ってこんな感じなのか……と俺はまた一つ賢く
なってしまった。
そんな感じで思考の海に潜っていると
「あ、わたしおつまみ買ってくる」
めぐりさんがゆっくりと立ち上がった。
「あ、じゃあ俺も行きます」と俺が立ち上がると小町が俺の腕をがしっと掴んでくる。
いてえ…
「なんだよ?」
「小町が行くよ。 家主が一人もいないとまずいでしょ」
「八幡くんは残ってて。 また大家さんくるかもしれないし」
「わかりましたよ」
とは言ったもののこの場を俺につなげと? 無理無理。ここは由比ヶ浜に任せよう。
…
…
…
…
俺の期待とは裏腹に場には沈黙が起きる。いつぞやの奉仕部部室のように。
ちがうのは由比ヶ浜の振る舞い。視線をきょろつかせ、必死で話題を探していたあの頃と
は違う。俯いて何か言いたげな様子だった。
「ねえ比企谷くん」
口を開いたのは雪ノ下だった。
「なんだ?」
鋭い目。しかし出会った頃のような憎悪に満ちた目ではなかった。
何を言われるのかはうすうす感づいている。
「どうして…私を…いえ、私たちをふったの?」
言葉が上手く見つからず俺は黙り込んでいた。
「いえ、別にあなたと城廻先輩の関係を壊そうとしているわけではないの。 私たちは応援しているわ。あなた達のこと」
「ただ…交際を断った理由を知りたいだけ…わたしたち聞いてないのよ」
「それを知ってどうすんだ…?」
やんわりと聞くつもりだったが、語調が荒っぽくなってしまう。
雪ノ下と由比ヶ浜には、卒業間際に告白された。日はそれぞれ別だったが恐らく二人
で示し合わせていたんだろう。確か、
ごめん。おまえとは付き合えない
そう言って俺はすぐに立ち去ったんだっけか。否。正確にいえば逃げた。
顔を見るのが恐ろしかったんだ。
「ヒッキー、理由教えてくれない…かな…あっどうしてもイヤっていうなら…いい…けど」
由比ヶ浜が苦笑いしながら言う。一瞬その提案に乗ろうかという思いが頭をよぎった。
だめだ。おそらくこれはめぐり先輩も小町先輩も協力者だ。二人のためにこうやって場を
セッティングしたんだろう。ここで黙秘するのは卑怯だ。
「まあ…俺はあのままの関係が好きだったんだよ…お前らとは」
「雪ノ下とは罵倒し合って、由比ヶ浜はたまにイジったりして」
「最初は腹たったけどな、いつのまにか楽しくなってたんだよ、それが」
「だったら」
「付き合ったらそれはもう出来なくなる」
「あ…」由比ヶ浜の掠れた声がする。
「理由は以上だ」
「呆れたわ…・ほんとに」
雪ノ下の声は鋭い。恨まれるのは覚悟の上だ。
「比企谷くん」
さて、どんな罵倒が来るのやら。
「あなたらしく、屁理屈をごちゃごちゃ並べてくれて安心したわ」
…
…
…
…
「は?」
「は? 何? 日本語も理解できないの? 小学校からやり直した方がいいのでは?」
「おい」
いきなり暴言スキルパワーアップですか。やっぱ可愛くねええ…
「うんうん。これで恋に理屈なんてないだろ、とか言ってたら殴ってたかもね」
「おい、理不尽すぎんだろ。腐るほどいるぞそんなこと言う男」
「ヒッキーが言うとなんか、ね…」
雪ノ下と顔を見合わせてうえへ、という顔をした。
か、可愛くねええ…
「ちなみに城廻先輩とはなんで付き合ったの?」
「別に特に理由はねえよ。恋に理屈なんていらねえだろ」
空になった缶チューハイが俺の目の前にとんできた。
MEGURI
「んー」
「んー」
私につられたのか、隣にいる小町ちゃんも伸びをする。
「大丈夫ですかね、お兄ちゃん」
「大丈夫だって。八幡くんなら」
私はそっと小町ちゃんの頭をなでる。彼女は私を見て微笑んだ。
しばらくの沈黙……
おつまみを買った後、こうして公園のベンチに座り話しこんでいた。
主に八幡くんのことについてだったけど。
彼ならたぶん気が付いているだろう。
私たちが示し合わせてこんな状況を造り上げたことを。
ふいに小町ちゃんの携帯が鳴った。
「ん? そうですか? じゃあ戻ります」
どうやら終わったらしい。
「結衣さんからでした。さっ、戻りましょう」
私は頷いた。戻ったら彼に謝ろう。
HACHIMAN
めぐりさんと小町が戻ってきた。
つまみ買うのにどんだけ時間かかってんだおい。
まあ何をしていたかは薄々感付いているが。俺の不手際で手間かけさせたこと、
めぐりさんと小町にも謝らなきゃな。でも今は恥ずいんでこいつらが帰ってからにしよ。
と、思ったのだが、思いつめていたことがいきなり爆発したのか、
ベロンベロンになるまで飲み続けた。今現在、雪ノ下、由比ヶ浜、小町
めぐりさんも、夢の中だ。
平塚先生に付き合わされたせいで俺は酒にはつよくなったのだ。これくらい
なんてことはまるでない。
俺は電気を消して、四人の女の子に囲まれて眠った。
…
…
…
ピカッっと光が目をさす。
誰だバカ野郎。
「えへへへ、やっぱまだ起きてた?」
めぐり先輩がペンライトを持ち、悪戯っぽく笑っている。
「そっちこそ」
「ふふふ、わたしはお酒にはぜったい飲まれないんだよー」
「意外ですね」
「あ、そうだ八幡くんもはい」
ペンライトを渡される。付けるとめぐりさんの顔が良く見えた。
…
…
…
…
謎の沈黙。きょうは多いな、謎の沈黙。
めぐりさんは微笑んでいる。
俺は少しずつ顔を近づけていく。あと少し。あと少し。
めぐり先輩は笑顔を絶やさない。俺はペンライトの明かりを消した。
俺は彼女の唇に自分のそれを近づけた。
お わ り
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