三題 (17)
下三つで書きます
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「すみません、相席良いですか?」
ある休日、カフェでコーヒーを飲んでいると、そう声をかけられた。
高校生だろうか。
スポーツウェアを着て、大きなバッグを肩から下げている。
片手にはお盆に乗ったアイスコーヒー。
周囲を見ると、入ったときにはがらがらだったのに、いつの間にか満席で、途端に四人がけのテーブルに一人で座っているのが恥ずかしくなった僕は、「もちろん。どうぞ」と了承した。
「ありがとうございます」と腰をおろした彼は、最近の若者らしく華奢で、からりと音をさせながらコーヒーを持つ様は、どことなく女性らしい振る舞いであった。
「サッカー、お好きなんですか?」
僕が読んでいる雑誌が目に留まったのであろう、訪ねてくる彼に、「うん、そうね」と返し、「君もサッカーは好きなのかな?」と聞き返す。
「はい、好きですよ。部活もやってます」
「それはいいね。ポジションはどこ?」
「FWです」
「FW? 本当に?」
「ええ……。なにか?」
怪訝そうな彼に、首を振りながら答える。
「君はFWにしては華奢すぎるよ。もっと筋肉をつけなきゃ駄目なのね」
その言葉にやや沈んだ顔になった彼は「そうですよね」と呟き、黙ってしまった。
初対面なのに辛口過ぎたと些か自戒をしていると、彼は「どこかでお会いしたことありませんか?」と尋ねてきた。
「いえ、初対面と思いますよ」
目深に被った帽子をいじりながら答えると、「すみません。なんか下手なナンパみたいな言い方でしたね」と照れたように笑った。
それからしばらく無言の時間が続いた。
僕がコーヒーをすする音、彼のコーヒーの氷がたてる音。
その間もちらりとこちらを窺っていた彼は、意を決したように、それでも遠慮がちに、「あのう……」と声をかけてきた。
「なんでしょう?」
「あの、もし良かったら僕の話を聞いてもらえませんか。少し悩んでることがあって……。時間があったらで良いんです」
「……良いですよ」
「ありがとうございます!」
初対面の相手に悩み相談なんて、いやむしろ初対面の相手だから話せる悩みというのもあるのだろうか。
どちらにしろ、悩みなんて――。
「実は今、人間関係で悩んでいて。人間関係っていうのは、その……」
「恋人関係かな」
「……はい、そうなんです」
少し驚いたような彼。
まあ、この年代の人間関係の悩みなんてそう多くはない。
当てずっぽうに言ったら当たっていただけだ。
「その、もう僕との関係を終わりにしたいって……。初めから無理だったんだって……」
「彼女との関係はどちらから?」
「僕からです。絶対に運命の人だって。そう思って、僕から告白しました」
「あのね、君ね。まだ十数年しか生きてないでしょう? それなのに運命の相手だなんて、それはちょっと性急すぎるんじゃないの?」
「はたから見たらそうかもしれません。でも、あなたもサッカーに出会って何十年も経ってから、サッカーが自分にとって運命の相手なんだって思ったわけではないでしょう? 出会ったときはがむしゃらだったはずです」
それを言われると返す言葉もない。
「それは、そうかもね」とだけ答えて先を促す。
「彼女はもう別れたいって。僕もどうしても彼女が無理だと言うのならそれも仕方ないって思うんです。……でも」
彼がもつグラスの中でからりと氷が音をたてた。
「でも、もっと暗い気持ちも沸き起こってくるんです。彼女と離れたくないって。何処かに閉じ込めてしまおうかなんて」
彼は暗く笑う。
「いっそのこと僕がブラックホールにでもなってしまえば、抱き締めた彼女が離れることなんてなくなるのに、なんて」
冗談めかして、それでも思い詰めた様子で、彼は笑った。
「それで、君はどうしたいの?」
僕の問いかけに、彼は静かに首を振った。
「わからないんです。どうしたら良いのか、僕にも……」
あのね、と伏し目がちな彼に声をかける。
「ブラックホールになるには、シュバルツシルト半径をこえなきゃ駄目なのね」
「シュバルツ……?」
「ブラックホールになるにはね、太陽なんかよりもずっと大きい星が、小さく小さく丸まって、ぎゅっと小さくなってシュバルツシルト半径をこえなきゃ駄目なの」
よくわからないにも彼はこくりと頷いた。
「小さくなっていく星はね、ブラックホールになるにはどうしたらいいのかしら、なんて悩まないんです。ただひたすらに、ブラックホールというゴールを目指して、ひたすらにやっていくだけなんです。僕の言いたいことがわかりますか?」
彼はまた、こくりと頷いた。
「別れたい? 結構じゃないですか。別れておやりなさい。そこから、ひたすら自分を高めて高めて、そうしてもう一度振り向かせてやればいいじゃないですか」
すっかり温くなったコーヒーを見つめながら続ける。
「良いですか? 悩んでいる、なんて言ってられるのは困ってない人ね。人はね――」
「「何でも自分で考えないと。自分の人生は自分で切り開いていくしかないんだから」」
このときの僕は、すっかり間抜けな顔をしていたに違いない。
僕の言葉と、彼の言葉が寸分たがわず重なっていた。
「それが生きてるってことなの、でしょう?」
微笑む彼に、間抜けな顔のまま、こくりと頷いてやった。
「そうですよね、僕もそう思っているのです。でも、踏ん切りがつかなくて……」
グラスを置いた彼はじっと自分の手のひらを見つめている。
「そんなときにあなたにお会いできて。きっと、その言葉をお聞きしたかったんです」
「すみません、お時間をとらせてしまって」と立ち上がった彼は深々とお辞儀をした。
去り際に、彼は遠慮がちに尋ねてきた。
「最後に二つだけ良いですか?」
「ええ、良いですよ」
「あなたは僕に、FWにしては華奢すぎるとおっしゃいましたが、それは例えば女子サッカーだったとしてもそうなのでしょうか」
そう言って彼はスポーツバッグを腰の辺りまで両手で持ち上げた。
ちらりと彼が、いや、彼女が持ち上げたスポーツバッグを見ると、近くの女子校の名前が目に飛び込んできた。
「いえ、立派な体格だと思いますよ」
僕の言葉に「ありがとうございます」と元気に笑った。
「それで、もう一つは?」
「もう一つはですね、室内では帽子は脱いだ方が良いですよ。セルジオさん」
そう言って、彼女は「では、失礼します」と店を出ていった。
一人残された僕は、しばしぼうっと呆けていたが、やがて苦笑しながら帽子を脱ぎ捨てた。
彼女が残していったグラスの中で、氷がからりと朗らかに鳴った。
終わり
>>13修正
去り際に、彼女は遠慮がちに尋ねてきた。
「最後に二つだけ良いですか?」
「ええ、良いですよ」
「あなたは僕に、FWにしては華奢すぎるとおっしゃいましたが、それは例えば女子サッカーだったとしてもそうなのでしょうか」
そう言って彼はスポーツバッグを腰の辺りまで両手で持ち上げた。
ちらりと彼が、いや、彼女が持ち上げたスポーツバッグを見ると、近くの女子校の名前が目に飛び込んできた。
「いえ、立派な体格だと思いますよ」
僕の言葉に「ありがとうございます」と元気に笑った。
「それで、もう一つは?」
「もう一つはですね、室内では帽子は脱いだ方が良いですよ。セルジオさん」
そう言って、彼女は「では、失礼します」と店を出ていった。
一人残された僕は、しばしぼうっと呆けていたが、やがて苦笑しながら帽子を脱ぎ捨てた。
彼女が残していったグラスの中で、氷がからりと朗らかに鳴った。
終わり
間違えた
修正はいらなかった
14は無しで
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