奉太郎「古典部の日常」(1000)

vipから

ついでなので第一話からまた投下します。

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季節は春、具体的に言うと四月。

古今東西どこへ行っても、入学式や卒業式、俗に言う出会いと別れの季節である。

しかし、進級しただけの俺、折木奉太郎には特に関係が無い事であった。

つまり、高校二年生になった俺には。

そんな事を思いながら、部室に行く。

俺が属する部活は古典部、部員は四人ほどいる。

【省エネ】をモットーとする俺が何故、古典部にいるかと言うと……それすら説明するのが億劫になってしまう。

まあ、何はともあれ、俺の日常はこんな感じだ。

そんな誰に話しかけているのかも分からない内容を頭の中で回転させ、扉を開ける。

奉太郎「なんだ、千反田、もう居たのか」

える「はい! こんにちは、折木さん」

こいつは千反田える。

里志に言わせれば、結構な有名人らしい。

ああ、里志というのは……

里志「お、今日はホータローも来てたんだね」

こいつの事だ。

名前は福部里志。

これでも俺とは結構な付き合いで、世間一般で言う友人、という物だろう。

奉太郎「ああ、少し気が向いてな」

里志が来たという事は、恐らくあいつも来るであろう。

摩耶花「ふくちゃん、ちーちゃん、お疲れ様ー」

摩耶花「あ、なんだ、折木も居たんだ」

俺の事をおまけみたいな扱いをしてくるこいつは、伊原摩耶花。

小学校からの付き合いで、腐れ縁という奴だろう。

奉太郎「居て悪かったな」

ふう、とにもかくにも、これで古典部は勢ぞろい、という訳で。

える「皆さん揃いましたね」

奉太郎「揃ったとしても、やることなんてないだろう」

我ながらその通り、何しろ目的不明の部活である。

摩耶花「やる事があっても、どうせ折木はやらないじゃん」

奉太郎(間違ってはいない)

里志「それがね、やる事があるんだよ、実は」

里志がこういう顔をする時は、大体よくない事が起こる、主に、俺にとって。

奉太郎「はあ」

それを短い溜息として表す。

える「福部さん、やる事とはなんでしょうか?」

摩耶花「あー、もしかして……あれ?」

伊原はどうやら、既に話を聞いてるらしい。

里志「そ、さすが摩耶花は勘がいいね!」

える「なんでしょう、なんでしょう、気になります!」

奉太郎(気になりません)

千反田の気になりますにも、大分早く突っ込みをできるようになってきた気がする。

里志「これだよ、遊園地のチケット!」

里志「親がくじ引きで当てたんだけど、忙しくて行けないから友達と行ってこいって、渡してくれたんだよね」

える「遊園地ですか! 行ったことなかったんですよ」

まあ、そうだろう、千反田が行った事が無くても不思議では無い。

奉太郎(しかし、俺もあんま記憶に無いな……最後に行ったのは幼稚園の時だったか)

摩耶花「え? ちーちゃん、遊園地に行ったことないの?」

える「はい! 一度行ってみたかったんです!」

あー、まずいな、と思う。

これは断るのが難しい……かもしれない。

里志「それなら良かった、行くのは今度の日曜日でいいかな?」

える「日曜日でしたら大丈夫です、行きましょう!」

摩耶花「うん、私も日曜日は空いてる」

奉太郎「残念だ、日曜日はとても忙しい」

主に、家でごろごろするのに。

える「そうなんですか? 折木さん」

える「日曜日は忙しいんですか?」

千反田が顔を近づけ、聞いてくる。

奉太郎(こいつ、俺の予定は常に空いてるのを知ってて言ってるんじゃ……)

すると横から伊原が口を挟む、いつもの光景だ。

摩耶花「ちーちゃん、折木に予定が入ってる日なんてある訳無いでしょ」

里志「まあホータローにも色々事情があるんじゃない? 行けないなら行けないで仕方ないよ」

奉太郎(なんだ、珍しく里志が引いてるな)

そう、いつもなら何かと理由を付け、結局は俺も参加……という流れなのだが、今日は少し違った。

える「そうですか……残念ですが、仕方ないですね」

里志「今度機会があったらって事で、残念だけどね」

摩耶花「いいよいいよ、三人でも楽しいでしょ」

何か気になるが、いいだろう。

奉太郎(行かなくていいならなによりだ)

結果に少々満足し、本に目を移す。

里志「あー、それはそうとさ、ホータロー」

それを狙ったかの様に、里志が話しかけてきた。

奉太郎「なんだ」

里志「今日さ、僕たちは別々に来ただろ? 学校に」

奉太郎「そうだな、お前が朝、委員会の仕事があるとかなんとか」

里志「うんうん、それでね、朝会ったんだよ」

奉太郎「会ったって、誰に」

里志「……ホータローの、お姉さん」

奉太郎「姉貴が帰って来ているのか!?」

奉太郎(まずいことになった、さては里志の奴……)

なるほど、里志は最初からこれを知ってた訳だ、それを踏まえて俺に言ってきた、という事か。

嫌な奴。

里志「それでね、遊園地の事を話したんだけど」

里志「そうしたら、さ」

里志「「あいつはどうせ暇だから、居ても家でごろごろしてるだけだから、連れていってあげてー」ってね」

里志「だけど、そんなホータローに予定が入っていたなんて残念だよ」

里志「後でお姉さんにも報告をしておかないとね」

奉太郎「待て」

奉太郎「今思い出したが、予定なんて入ってなかった」

奉太郎(そんな事が姉貴の耳に入ったら、何をさせられるか分かったもんじゃない)

里志「え? そうなの? 無理をしなくていいんだよ?」

わざとらしい里志。

摩耶花「そうそう、折木の「用事」の方が大事でしょ」

ニヤニヤしながら言うな、こいつめ。

える「そうですね……無理をなさらないでください、折木さん」

何か最近、千反田もこういう流れが分かってきているような気がする。

勿論、思い過ごしだと思いたいが。

奉太郎「いやー、日付を一週間勘違いしていた。 次の日曜日は暇でしょうがない」

いつの日曜日も暇だが、それに突っ込みを入れる奴もいないだろう。

里志「そうかい、じゃあホータローも参加、という事で」

里志はとても満足そうな顔をして言った。

える「それは良かったです! 楽しみですね、折木さん!」

摩耶花「……強がり」

伊原が何か最後に言っていた気がするが、気にしないでおく。

里志「これで全員参加だね。 よかったよかった」

奉太郎(全く良くは無い)

里志「それで、ね」

里志「今日は、その日の準備や計画をしようと思ってるんだ」

奉太郎「たかが、遊園地だろ」

奉太郎「適当でいいんじゃないか?」

そう、たかが遊園地、予定なんて。特にいらないと思う。

摩耶花「はぁ、折木なんも分かってないね」

摩耶花「行くとしたら、バスか電車でしょ? それの時刻も調べなきゃだし」

摩耶花「遊園地が開く時間とか、閉まる時間も調べないといけないでしょ」

奉太郎(さいで)

える「でも、確かに何時からやっているんでしょう」

える「思いっきり楽しむ為にも、朝は早くなりそうですね!」

すると里志が、巾着から携帯を取り出す。

里志「ちょっと待っててね、今調べちゃうから」

奉太郎「ん、携帯でそこまで調べられるのか」

里志「これは携帯じゃなくてスマホだよ、ホータロー」

奉太郎「似たようなもんだろ」

里志「分かってないなぁ、ホータローは。 ……えっと、朝の10時からやってるみたいだね」

持ってない奴からしたら同じだろう、しかし、持って無い奴の方が珍しいかも知れない。

える「営業時間は何時までやっているんでしょうか?」

里志「うん、えーっと」

里志「夜の10時って書いてあるかな」

摩耶花「12時間かぁ、大分楽しめそうだね」

奉太郎(正気か!? 12時間いるつもりか!?)

える「今からとても楽しみです! そこの場所でしたら、バスで1時間程でしょうか?」

里志「そうだね、丁度、僕たちの最寄駅から直行のバスが出てるみたい」

摩耶花「それなら朝は8時30分くらいに学校の前! でいいかな?」

と、ここで水を差す。

奉太郎「各自、別々に行って、遊園地前で集合でいいんじゃないか」

摩耶花「そんな事したら、あんた何時に来るか分かったもんじゃないでしょ」

奉太郎(確かに、ごもっとも)

里志「はは、じゃあ集合時間は8時30分! 場所は学校の前って事で!」

える「了解です! 後は、他に決めることはありますか?」

里志「そうだねぇ」

すると里志は、何か含んだ言い方で続けた。

里志「……そういえばさ」

里志「次の月曜日って休みじゃない?」

える「次の月曜日……そうですね、祝日ですので」

里志「じゃあ泊まりで行こうか!」

おい、ふざけるな。

ただでさえ三日しかない休みの内、二日も動いて過ごせと?

冗談じゃない。

とは言えず、もっともらしい意見を述べてみる。

奉太郎「おいおい、泊まるにしてもホテルとかどうするんだ」

里志「その辺は抜かり無し! 」

里志「どうやら、このチケットにはホテルも付いているんだよ」

里志「日帰りでもいいらしいけど、皆はどっちがいいかな?」

なんと言うことだ、全く。

摩耶花「じゃあ、泊まりで行きたい人!」

える「はい!」

里志「はーい」

奉太郎「……」

伊原の何か悲しい物を見る眼で見られると、さすがの俺も、ちと悲しい。

摩耶花「……日帰りで行きたい人」

奉太郎「はい」

即答、だがそれに返す伊原も即答。

摩耶花「じゃあ、泊まりでいこうか」

奉太郎(はあ……)

里志「これで、大体の予定は決まったね。 時間もできたし、大分ゆっくりできそうだ」

える「そうですね! 今日の夜、寝れるか心配です」

奉太郎(まだ木曜日だぞ!? 行く頃には千反田、倒れているのではないだろうか)

里志「じゃ、準備とかは各自で済ませておくとして……今日は解散しようか?」

える「分かりました、もう大分日も暮れてきてますしね」

千反田の言葉を聞き、腕時計に目をやる。

奉太郎(いつの間にか、もう17時か)

奉太郎「よし、帰ろう」

摩耶花「あんた、今の一瞬だけやる気出てたわね……」

奉太郎「気のせいだ」

確かにそれは気のせいだ、日帰りがいい人の挙手の時だってやる気はあった。

里志「あはは。 じゃあ僕は摩耶花とこの後、買い物に行かないといけないんだ」

里志「という訳で、お先に帰らせてもらうね」

と言いながら、既にドアに手を掛けている。

奉太郎「じゃあなー」

止める必要も特にないし、友人を見送る。

摩耶花「折木、あんた日曜日ちゃんと来なさいよ、遅刻しないでね」

おまけで、伊原も。

奉太郎(親にしつけられる小学生の気分が少し分かった気がする)

える「はい、では、また明日!」

残された部室には、俺と千反田。

奉太郎(千反田と二人っきりになってしまった)

奉太郎(と言っても、もう生徒はほとんど帰っている)

奉太郎(今から、例の気になりますが出たとしても、明日には持ち越せそうだな)

奉太郎「じゃあ、俺たちも帰るか」

える「はい!」

える「……あ」

千反田が口に手を当て、何かを思い出した仕草を取る。

奉太郎「ん? どうした」

える「鞄を教室に置いたままでした」

こいつはしっかりしているが、どこか抜けている所もある、そんな奴だ。

える「取ってくるので、折木さんはお先に帰っていてください。 すいません」

奉太郎「いや、昇降口で待ってるよ」

奉太郎(待ってる分には無駄なエネルギーを抑えられるしな)

える「そうですか、では私は一旦教室まで行くので、また後で」

奉太郎「ああ」


~階段~

奉太郎「今日は疲れたな」

奉太郎「座っているだけだったが……」

「……でさー」

奉太郎(あれは、漫研の部員達か?)

奉太郎(男子トイレから出てきた? 何をやってたんだか)

奉太郎(まあ、どうでもいいか)

千反田が居たら、ほぼ、気になりますと言っていたであろう。

だが幸い、今は千反田が居ない。

今日はつくづく運が悪いと思っていたが、そうでもないかもしれない。

~昇降口~

奉太郎(遅いな、あいつ)

える「折木さーん!」

奉太郎(優等生が廊下を走っている、中々に面白い)

える「すいません、教室に鍵が掛かっていまして、職員室まで取りに行っていたら遅れてしまいました」

奉太郎「いや、気にするな」

奉太郎「待ってる分には、疲れないしな」

と伝えると、千反田は幾分か嬉しそうな顔をした。

える「……はい!」

える「では、帰りましょうか」



~帰り道~

える「……折木さんは」

若干言いづらそうに、俺の方に顔を向けてきた。

奉太郎「ん?」

える「折木さんは、遊園地は楽しみではないのですか?」

そういう事か、まあ内心、ほんの少しでは楽しみでは……あるかもしれない。

奉太郎「……疲れる事はしたくないからな」

える「そう、ですか……」

千反田は悲しそうにそう言うと、黙りこくってしまう。

奉太郎「でも、まあ」

える「?」

奉太郎「たまには、悪くないかもしれない」

える「それなら、良かったです!」

奉太郎「良くはないが……」

ああ、全くもって良くはない。

良くも悪くも無い、つまり普通。

える「……ふふ」

お嬢様らしく、上品に笑うと、千反田は嬉しそうに前を向いた。

奉太郎(……ま、別にいいか)

える「あ、折木さんの家はあちらでしたよね」

いつの間にか、家の近くまで来ていた様だ。

奉太郎「ああ、そうだな」

える「では、ここで失礼します」

える「また明日、学校で」

奉太郎「ん、気をつけてな」

える「……はい!」

奉太郎(一々、ニコニコしながらこっちを見るな……全く)

.............

時が経つのは早いとは言うが、あっという間に金曜日が終わり、既に土曜日の夜になっていた。

楽しい時間はすぐに過ぎるとはよく言ったものだ。

俺は、楽しい等と思ってはいないと思うが……

とにもかくにも、現在は土曜日の夜7時。

準備が丁度終わり、リビングでゆっくりと無為な時間を過ごしている所だ。

見ていた時代劇も終わり、CMに入ったところで電源を切る。

奉太郎(コーヒーでも飲むか)

と思い、台所へ足を向ける。

すると突然、電話が鳴り響いた。

周りを見渡すが、他に出てくれる人など居ない。

奉太郎(姉貴は部屋にでもいるのか、くそ)

奉太郎(にしても、誰だ、こんな時間に)

傍から見たら、面倒くさそうに受話器を取る。

奉太郎「折木ですが」

向こうから聞こえてきた声は、俺の見知った人物の物であった。

える「折木さんですか? こんばんは」

奉太郎「あ、こんばんは」

急に挨拶をされ、思わず挨拶を返してしまう。

奉太郎「千反田か、何か用か?」

える「えっと、今からお会いできますか?」

奉太郎(今から? 外に出るのは御免こうむりたい……)

奉太郎「えーっと、用件が全く飲み込めないんだが」

える「あ、すいません! お渡ししたい物があるんです」

奉太郎「明日どうせ会うだろう、その時でいいんじゃないか?」

える「いえ、今でないとダメなんです!」

こうなってしまうと、断るのにも中々エネルギー消費が著しい。

仕方ない……が、家から出るのは如何せん回避したい。

奉太郎「……分かった、だが家から出るのが非常に面倒くさい」

える「それなら丁度よかったです、今から折木さんの家に行くつもりでしたので」

さいで。

奉太郎「そうか、じゃあ待ってる」

える「はい!」

そう言うと千反田は電話を切った。

自転車で来れば、結構すぐに着くだろう。

と言っても20分、30分程は掛かるだろうが。

そして俺は元々の目的のコーヒーを淹れ、再びテレビを付ける。

テレビでは「移り変わる景色」等といって、世界の情景等を流していた。

それを見ながらコーヒーを啜る。

そうして又も無為な時間を過ごす。

奉太郎(幸せだ)

最後の景色が映し終わり、番組は終了した。

ふと、時計に目をやると、時刻は20時30分。

奉太郎(電話したのが、確か19時くらいだったか……?)

奉太郎(ってことは、1時間30分経っているのか?)

奉太郎(何をしているんだ、あいつは)

と思った所で、狙い済まされたかの様にインターホンが鳴る。

俺は若干固まった体を動かし、玄関のドアからのそのそと顔を出す。

そこには、予想通りの人物が顔を覗かせていた。

える「あ、折木さん! こんばんは」

奉太郎「随分と遅かったな、何かあったのか?」

える「何か……という程の事ではないのですが、自転車がパンクしてしまいまして」

自転車がパンク? それは不幸な事で……というか。

奉太郎「お前、歩いてきたのか?」

える「ええ、体力には自信があるんです!」

いやいや、体力に自信があっても、結構な距離、ましてや夜だ。

奉太郎「はあ、まあいい」

奉太郎「用件ってのは、なんだったんだ」

える「そうでした、えっと」

おもむろに、バッグに手を入れ、物を取り出した。

える「これです!」

これは……

奉太郎「お守り?」

える「はい!」

奉太郎「これを届けに、わざわざきたのか」

える「ええ、今日の内に渡したかったんです」

える「遠くに出かけるので、是非!」

遠くと言うほどの遠くではないだろう。

いや、こいつにとっては遠くなのかもしれないか。

というか、だ。

これなら別に明日でも構わなかったんじゃないだろうか。

その疑問を、言葉にする。

奉太郎「明日でも良かったんじゃないか? これなら」

える「いえ、その」

える「福部さんと摩耶花さんには、秘密で……内緒で渡したかったんです」

千反田は少し恥ずかしそうにそう告げると、口を閉じた。

ああ、こいつはそんな事の為にわざわざ家まで来たというのか、歩いて、一時間半も。

顔が少し熱くなるのを俺は感じた。

奉太郎「……そうか、ありがとうな」

える「いえ、本当は金曜日に渡せればよかったんですが」

える「ご利益があるお守りも、手に入れるのは難しいんですよ」

奉太郎「すまないな、わざわざ」

える「気にしないでください、私が急に押しかけた様な物ですから」

全く、なんだと思えばお守り一個とは。

まあ、嬉しくないと言えば嘘になる。

える「では、私はこれで帰りますね、また明日、お会いしましょう」

と言い、千反田は再び歩き出そうとする。

奉太郎(これは俺のモットーには反しない……やらなくてはいけない事、だ)

奉太郎「千反田」

後ろ姿に声を掛けると、すぐに千反田は振り返った。

奉太郎「その、送って行く、家まで」

千反田から見たら、俺は随分と変な顔になっていただろう、多分。

える「え、悪いですよ、そんな」

奉太郎「今から歩いて帰ったら大分遅い時間になるだろ、危ないしな」

頭をボリボリと掻きながら、そう告げる。

千反田は少し考えると、笑顔になり、答えた。

える「……では、お願いします」

奉太郎「……ああ」

さすがに、歩いて行くのは遠すぎる。

そう思い、自転車を出し、千反田に後ろに乗るように促した。

える「二人乗りですね! 少し、やってみたかったんです」

奉太郎(なんにでも好奇心があるのか、こいつは)

千反田を後ろに乗せ、家に向かう。

道中は特にこれと言って、会話という会話は無かった気がする。

気がする、というのも変な言い方だが、俺もどうやら緊張していた様だ。

覚えていないのは、仕方ない。

楽しい時間はすぐに過ぎる……等言ったが、あの言葉は概ね正しいのかもしれない。

千反田の家には、思いのほか早く着いた。

える「折木さん、ありがとうございました」

奉太郎「いや、こっちこそ、お守りありがとな」

千反田は優しそうに笑うと「では、また明日」と言い、家の中に入っていった。

俺はそのまま、まっすぐ家に帰るつもり……だったのだが、どうにも気分が乗らず公園に寄る。

この公園というのも、神山市では随分と高い位置に設置されており、景色は結構な物だ。

滑り台に座り溜息を付くと、神山市の夜景を眺めた。

先ほど家で見た「移り変わる景色」程では無いが、中々に美しかった。

俺は、何故か心に少し残るモヤモヤを洗い流せないかとここに来たのだが……どうやら数十分経っても、消えそうには無かった。

第一話
おわり

第一話終わりです。

続いて第二話、投下します。

第二話

どうにも寝心地が悪く、目が覚めた。

時計に目をやると、時刻は5時。

奉太郎「なんだ、まだ5時か……」

今日は8時30分に、学校の前で集合の予定となっている。

それもそう、遊園地に古典部で遊びに行く、という里志の粋な計らいによって、だ。

奉太郎(二度寝したら、寝過ごしそうだな)

そう思い、ベッドからのそのそと這い出る。

奉太郎(少し早い気もするが、仕度するか)

洗面所に行き、寝癖を流し、歯を磨き、顔を洗う。

朝飯にパンを一枚食べ、コーヒーを飲む。

大分時間を使ったと思ったが、時刻はまだ5時30分であった。

奉太郎(後3時間もあるな……どうしたものか)

着替えを済ませると、外に出た。

柄にも無く、少し散歩でもしようと思い至ったからである。

奉太郎(さすがに、まだ朝は寒い)

まだ薄っすらと暗い空の下、目的地も無く歩いた。

20分ほどだろうか、神社が視界に入ってくる。

奉太郎(特に頼む事など無いが、寄ってみるか)

長い階段を半ば程まで上ったところで、若干後悔したが。

一番上まで到達し、息が少し上がる。

ふと、人が居るのに気付いた。

奉太郎(あれは……)

すると、そいつがこちらに振り向く。

奉太郎「千反田か」

千反田はどうやら、少し驚いた様子。

無論、俺も多少驚いた。

一呼吸程の間を置くと、こちらに向かってきた。

える「折木さん、おはようございます。 どうしたんですか?」

奉太郎「少し早く起きすぎてしまってな、ちょっと、散歩を」

える「ふふ、珍しいですね」

奉太郎「里志風に言うと、世にも珍しい散歩する奉太郎って所か」

える「い、いえ! 折木さんも、お参りとかするんだな、と思っただけです」

奉太郎「いや、たまたま寄っただけだ」

奉太郎「お参りって程でも無い」

える「そうですか、では少し、お話しませんか?」

特にこれといってする事が無かったので、丁度いい。

奉太郎「ああ、じゃあ公園にでも行くか」

える「はい!」


~公園~

公園に入ったところで、千反田が口を開いた。

える「ここの公園、私……好きなんですよ」

奉太郎「そうなのか、俺も別に嫌いではないな」

そう言いながら、自販機に小銭を入れる。

温かいコーヒーを買い、続いて紅茶を買う。

奉太郎「お礼といっちゃなんだが、おごりだ」

と言って千反田に紅茶を渡すと、千反田は熱そうにそれを両手で往復させていた。

える「ええっと、お礼……というのは?」

奉太郎「昨日のお守り、飲み物一本で釣り合うとは思えんがな」

奉太郎「また今度、何か渡すよ」

そう言うと千反田はベンチに座りながら、答えた。

える「いえ、大丈夫ですよ。 お気持ちだけで」

俺は「そうか」と言い、千反田の横に座る。

公園の時計によると、現在は6時を少しまわった所だ。

ところで、この公園というのも随分と辺境な場所にあり、知っているのは好奇心旺盛な小学生くらいだろう。

……無論、俺が知っているのは里志に教えてもらったからだが。

神山市を朝日が照らす。

千反田がこちらを向き、嬉しそうに言う。

える「私、この景色が好きなんです」

える「朝早く起きたときは、いつもここに来ているんですよ」

そう言う千反田の瞳は、太陽の光が反射し、眩しかった。

奉太郎「そうか、俺は夜景が好きだな」

もっとも、朝日を見るのにここまでわざわざ来ることが無いというのが1番の理由だ。

奉太郎「でも、綺麗だなぁ」

える「はい、今度、夜景も見に来てみますね」

その後は少しだけ雑談をして、千反田は仕度があるので、と言って帰っていった。

まあ、女子ならば色々と準備に時間がかかるのだろう、良くは分からん。

俺もそのまま家に戻り、後は時間が来るまで、ぼーっとしていた。

ぼーっとしすぎて、集合時間に遅れそうになったのは笑えなかったが。

~バス~

そんなこんなで、今はバスに揺られている。

横で里志が、外に見える景色について様々な雑学を披露しているのを聞き、目を瞑る。

そうやって何も考えずにしているだけで俺は充分に幸せなのだが、里志が唐突に声を掛けてきた。

里志「そういえば、ホータロー」

奉太郎「……ん」

里志「ホータローってさ、遊園地の乗り物、楽しめるのかなって思ったんだけど」

里志「どうなのかな?」

奉太郎「まあ、それなりには楽しめるんじゃないか」

奉太郎(俺も人並みには楽しめるだろう、恐らく)

すると伊原が、後ろから突然話しかけてくる。

摩耶花「折木って、アトラクションを楽しめそうにないよね」

失礼な奴だ、全く。

それを口に出して反論しようとしたが……

える「折木さん!」

今にも食ってかからん、といった距離まで千反田が顔を近づけてきた。

奉太郎「な、なんだ」

俺が若干引くも、千反田は更に距離を詰め、パンフレットを指差しながら言う。

える「私、このジェットコースターという乗り物が……」

える「気になります!」

さいで。

奉太郎「気になるなら乗ればいいだろう」

里志「はは、確かにそうだね、じゃあ最初に行こうか?」

摩耶花「私はちょっと怖いけど……いいよ、賛成」

える「ありがとうございます。 折木さんも行きますよね?」

ああ、参ったな。

俺は乗らないつもりだったんだが、どうやらこの流れだと全員で乗ることになりそうだ。

別に俺は、絶叫系という奴が苦手という訳ではない。

だけど、ジェットコースターは如何せん……


~遊園地~

里志「うわあ、さすが、すごかったね」

える「わ、わたし、ちょっと怖かったです」

摩耶花「私も怖かった……でも、すごかったね」

里志「あれ、ホータローは?」

奉太郎「すまん、ちょっと気持ちが悪い」

如何せん俺は、酔うのだ。

摩耶花「ええ、あんたジェットコースターでも酔うの?」

奉太郎「わ、悪かったな」

里志「ホータロー……」

哀れみの目で俺を見るな。

奉太郎「……すまん、少し休ませてくれ」

える「折木さん、大丈夫ですか?」

摩耶花「もー、しょうがないわね」

なんとも情けない。

俺が既に帰りたくなっていると、遠くからパレードらしき音が聞こえて来る。

里志「おわっ! なんだあれ? ちょっと行ってくる!」

里志はどうやら、そっちに更なる興味を惹かれ、パレードへ向かって走っていった。

摩耶花「ちょ、ちょっとふくちゃん!」

伊原もそれを呼び止めようとし、無理だと悟ると追いかけようとするが、俺と千反田を見て一瞬躊躇う。

その一部始終を見ていた千反田は言った。

える「大丈夫ですよ、摩耶花さん、折木さんは私が見ていますので」

摩耶花「う、うん……ごめんね、ちーちゃん、折木」

奉太郎「……いいから早く行って来い、里志が迷子になる前に」

それを聞くと、伊原は申し訳なさそうな顔を再度こちらに向け、里志の後を追って行った。

奉太郎「すまんな、千反田」

える「いえ、私の方こそ、無理やり乗せてしまったみたいで……」

こいつは、人を責めると言う事をしない。

だからたまにそれが、辛く感じてしまう。

しかし、それもこいつのいい所ではあるのだろう。

それからはしばらく木陰で休み、千反田が飲み物やらを用意してくれたお陰で、すっかりと体調はよくなった。

俺が「もう大丈夫だ」と千反田に言うと、何故か千反田は幸せそうに笑った。

起き上がり、礼を言う。

える「いえいえ、とんでもないです」

える「それより、福部さんと摩耶花さんと、合流しましょう」

ふむ、そうだな、合流しよう。

どうやって?

奉太郎「そうだな、じゃあどうやって合流しようか」

千反田もようやく合流する方法がない事に気付いたのか、若干気まずそうに言う。

える「ええっと……探しましょう!」

という訳で、俺と千反田は里志と伊原を探すことになった訳だが……

える「折木さん! あの乗り物に乗ってみたいです! 私、気になります!」

える「折木さん! あのぐるぐる回っている物はなんでしょうか? 私、気になります!」

える「折木さん! あそこは何を売っているのでしょうか? 私、気になります!」

える「折木さん!」

こんな具合で、目的はすっかりと入れ替ってしまっていた。

だが、千反田もいざ乗る前となると「折木さん、大丈夫ですか?」と聞いてくるので、かなり断り辛い。

まあ、酔うのはジェットコースターくらいで、問題はないのだが。

奉太郎(しかし)

奉太郎(これはもしかして、デートという奴になるのか)

それを意識しだすと、なんだか妙に恥ずかしい。

千反田は全く気付いていない様子だ。

える「折木さん、次はあそこに行きましょう!」

ま、別にいいか。

ただ、二人でコーヒーカップに乗ったときは、かなり恥ずかしかった。

奉太郎「それにしても」

奉太郎「本当に初めてだったんだな、遊園地」

える「ええ、見るもの全てが気になってしまいます!」

奉太郎(それは、良かったです)

散々動いたせいか、少し腹が減ってきた。

気付けば太陽は頂上を通り越している。

なるほど、腹が減る訳だ。

奉太郎「千反田、どこかで飯を食べないか?」

える「そう、ですね。 私もお腹が減ってきてしまいました」

奉太郎「決定だな、どこか近くの店に入ろう」

える「はい!」

俺は辺りを見回し、ファミレスらしき建物を見つけた。

奉太郎「あそこにするか」

ファミレスに入ると、店内は結構な賑わいをかもしだしている。

席に案内され、千反田と一緒に腰を掛ける。

奉太郎(何を食べようか)

メニューを見ながらどれにするか悩む。

千反田はというと、とても真剣にメニューを見ていた。

奉太郎(そこまで必死に見なくても、メニューは逃げないぞ)

奉太郎(に、しても)

「それでさ、あれはそう言う訳であそこにあるんだよ! 分かった?」

「へえ、そうなんだ。 じゃあ、あれは?」

奉太郎(後ろがやけに騒がしいな)

と思いつつ後ろに視線を向けると、何やら見慣れた後頭部。

そしてその、後頭部を持った人物の向かいに座っている奴が声をあげた。

摩耶花「あれ? 折木?」

後頭部も気付いたのか、こちらを振り向く。

里志「ホータローじゃないか! こんな所で何をしているんだい」

あのなぁ。

える「あれ? 福部さんに、摩耶花さん!」

摩耶花「ちーちゃんも! 変な事されなかった?」

最初に聞くのがそれなのか、納得できん。

里志「あはは、ごめんね。 ついつい見たいものがありすぎて」

奉太郎「千反田が乗り移りでもしたか」

奉太郎「ま、別にいいさ、俺のせいで回れないって方が嫌だからな」

摩耶花「ちーちゃんは折木のせいで回れなかったんじゃないー?」

失礼な、しっかり回った……もとい、振り回された。

える「そんな事ないですよ! 色々な乗り物に乗ってきました!」

と、ここで里志は余計なひと言。

里志「色々、ね。 デートみたいに楽しめた訳だ」

一瞬の沈黙。

千反田はそれを聞くと、顔を真っ赤にして必死の言い訳を始める。

える「そ、そんなんじゃないです! ただ、折木さんと一緒に観覧車やコーヒーカップに乗っただけで……」

ああ、そこまで詳細に言う必要は無いだろう。

里志「千反田さん! 世間一般ではね、それをデートっていうんだよ」

こいつはまた、余計な事を。

える「そ、そうなんですか。 知らなかったです」

そう言うと、千反田は顔を伏せてしまった。

奉太郎「はあ」

摩耶花「やっぱりしてたんじゃない、ヘンな事」

おい、それだけで変な事扱いとは、世の中の男はどうなる。

奉太郎「大体だな、本当にただ一緒に回っていただけだぞ」

奉太郎「お前らだって、気になる物があったら見て回るだろ、里志もさっきそうだったように」

そこまで言って、これは俺のモットーに反する事ではないか、と思い始めた。

しなくてもいい事。だったのでは、と。

里志「はは、ジョークだよ。 ごめんね、千反田さん、ホータローも」

奉太郎「俺は、別にいい」

える「い、いえ、大丈夫です。 気にしないでください」

そう言うと、千反田はようやく顔をあげた。

それからは、席を4人の所に移してもらい、談笑しながら飯を食べる。

一通り食べ終わり、会計を済ませ、店を出ようとした所で、千反田がなにやら言いたそうにこちらを見ていた。

奉太郎「千反田、どうかしたのか」

千反田は、伊原と里志に聞こえてないのを確認し、こう言った。

える「あの、折木さん、さっきはありがとうございました」

なんだ、そんな事か。

軽く返事をし、行こうとすると。

える「でも、勘違いされたままでも、私は気にしませんよ」

言われたこっちが恥ずかしくなる。

別に俺も、そのままでも良かったんだが……疲れるしな。

しかし「俺もそのままでも良かった」とは、いくら言おうとしても、何故か言葉にできなかった。

出てきたのは「ああ、そうか」という無愛想な返事。

その後、外で待っていた里志、伊原と合流し、遊園地を再び見て回る。

……お化け屋敷に行ったときの伊原の怖がりっぷりは、是非とも永久保存しておきたかった。

……夜のパレードを見て、千反田は目をキラキラと輝かせていた。

……里志はと言うと、相変わらずすぐにどこかえ消え、気付いたら戻ってきてる、と言った感じだ。

やはり、楽しい時間はすぐに過ぎるのだろうか。

俺も別段、人が楽しめる事を楽しめない……と言った訳でもない。

人並みには、楽しめる。

間もなく閉園時間となり、朝の内にチェックインしてあったホテルへと帰って行く。

俺はすぐにでも寝たかったのだが、里志のくだらない与太話を聞かされ、寝たのは大分遅い時間になってしまった。

翌朝、目を覚まし、里志と共に伊原、千反田と合流する。

すると何やら千反田は申し訳なさそうに、頭を下げてきた。

える「すいません、実は家の事情で……」

要約すると、どうやら千反田は家の事情で一足先に帰らなくてはいけなくなったらしい。

携帯を持っていない千反田にどうやって連絡を取ったのかは謎だが……恐らくホテルへ電話が入ったのだろう。

里志と伊原は残念そうにしていたし、俺も少ないよりは多いほうがいい、程には思うので多少は残念だったと思う。

そして千反田を見送り、3人でどうするか話を始める、つまりこれが現在。

里志「さて、と。 どうしようか」

奉太郎「と言われてもな」

摩耶花「うーん、ここにずっと居てもあれだし……とりあえず遊園地に行かない?」

里志「そうだね、折角きたんだし、楽しまなくちゃ!」

奉太郎「……」

俺はどっちかというと、ホテルで寝ていたかった。

里志がまず「ホータローも来るよね?」といい、伊原までもが「折木も来なさいよ?」等というので、仕方なく、参加する。

二人とも、千反田が帰ったことによって多少は寂しかったのかもしれない。

だがやはり、3人で回った所で何か物足りない気分となってしまう。

それは俺以外の二人も感じていた事の様で、昼過ぎ頃には「帰ろうか」という雰囲気になっていた。

荷物を持ち、バスの停留所まで歩く。

伊原と里志がバスに乗り込んだ後で、あることを思い出した。

里志「ホータロー、もう出発しちゃうよ」

里志が未だバスに乗らない俺に向けて言う。

摩耶花「これ逃したら次は1時間後よ? もしかして遊園地が恋しくなった?」

と続けて伊原も言ってくる。

奉太郎「……すまん、ちとホテルに忘れ物をした」

二人とも、呆れた様な顔をし、続ける。

里志「うーん、ま、仕方ないよ、降りよう摩耶花」

里志「それにしても、省エネの奉太郎が忘れ物をするなんて、入学して間もなくを思い出すよ」

摩耶花「もう、しっかりしてよね、折木」

そう言ってくれたが、二人を連れて行くわけには……ダメだ、連れて行くわけにはいかない。

奉太郎「いや、俺だけ次のバスで帰る。 すまないが先に帰っていてくれ」

二人もそれなら……と言った感じで、納得した様子ではあった。

バスを見送り、遊園地に向かう。

ホテルへ忘れ物をした、というのは嘘。

だからといって、一人で遊園地を楽しむぞ! という訳でもない。

一つ、目的があった。

~バス~

今日の出来事を振り返り、俺は少し眠くなってきた。

奉太郎(もう夕方か)

奉太郎(少し、寝るか)

夢は、特に見なかった。

次に起きた時には、最寄の駅の停留所に居て、バスの乗務員によって起こされた。

奉太郎(体が重い)

奉太郎(帰るか)

辺りは既に暗くなっていて、仕事帰りのサラリーマンが群れをなしている。

奉太郎(祝日まで働いて、大変だなぁ)

それを見て「この二日は、意外と面白かったかもしれない」等、柄にも無いことを考えてしまう。

奉太郎(一週間分くらいは動いたな、この二日で)

奉太郎(いや、二週間か?)

そこまで考え、ああ、これは無駄な事だと思い、放棄する。

俺の視界に我が家が見えてくる、長い二日間も、ようやく終わり。

思えば、省エネとはかけ離れた二日になってしまった。

そんな事を考えながら、重い荷物を背負い、家の扉を開けた。

第二話
おわり

以上で第二話、終わりです。

サクサク投下できていいですね。ココ

続いて2,5話、投下します。

昨日は、申し訳ないことをしてしまいました。

折角皆さんと、遊園地に遊びに行っていたのに、途中で用事が入るなんて……

今日皆さんに会ったら、謝りましょう。

私は、いつもより少し早く目が覚めました。

時刻はまだ、朝の5時。

少しどうするか悩みましたが……決めました!

える(いつもの公園に行きましょう)

そう思い、公園に向かいます。

まだ外は少し暗く、日が昇るのにはちょっとだけ時間がありそうです。

公園の入り口に着き、いつものベンチに座ろうとしたところで、人影があるのに気付きました。

える(あれは……折木さんでしょうか?)

近づいて見たら、すぐに分かりました、やはり折木さんです。

える「おはようございます、折木さん」

える「昨日はその……すいませんでした」

奉太郎「千反田か」

奉太郎「別に気にするほどの事でもないだろう」

える「そうですか、ありがとうございます」

える「今日もお散歩ですか?」

奉太郎「いや、今日はちょっと、用があった」

奉太郎「ここで待ってれば、千反田が来ると思ってな」

はて、私に用事とはなんでしょうか……気になります。

える「私に用事……ですか?」

奉太郎「ああ」

すると折木さんは、持っていた袋を私に渡してきました。

可愛らしくラッピングされたそれは、何かのプレゼントの様な……

える「これは、プレゼントでしょうか?」

奉太郎「まあ、そうだ」

どうしてでしょう……何か、今日は記念日なのか……気になります!

える(もしかして、私の誕生日だと思って……?)

える「すいません、私の誕生日はまだ先なんですが」

奉太郎「いや、違う」

奉太郎「それに俺はお前の誕生日を知らん」

える「そ、そうですか。 では、これは?」

奉太郎「この前のお礼だよ、お守りの」

える「あ! そうでしたか。 わざわざありがとうございます」

折木さんがしっかりと覚えていてくれたのは、意外でした。

でも、嬉しかったです。

すると、折木さんはまだ薄っすらと暗い街並みを見ながら答えました。

奉太郎「その、なんだ。 伊原と里志には言わないでくれよ」

える「えっと、でも一緒に買ったのではないんですか?」

奉太郎「いや……あいつらには先に帰ってもらって、後から買って帰ったんだよ」

正直、折木さんがそこまでしてプレゼントを買ってきてくれたと聞いたときは、ちょっと泣きそうになってしまいましたが……

我が子の成長を見守る母親……とはちょっと違います、なんでしょうか。

でも、いきなり泣いたりなんかしたら、折木さんも迷惑することでしょう。

える「あ、そ、その、ありがとうございます。 とても嬉しいです」

少し、顔が熱いです。

折木さんは「袋は帰ってから開けてくれ」と言うと、帰ってしまわれました。

嬉しくて、上手くお礼を言えなかったのが残念ですが。

私はプレゼントを抱くと、今日が昇ってきた朝日に向かい、頭を下げ、言いました。

える「折木さん、ありがとうございます」


~部室~

里志「いやあ、二日間、お疲れ様」

摩耶花「ちーちゃんも残念だったね、今度また行こうね」

える「いえ、初日で充分に楽しめたので」

える「でも、また機会があったら行きたいです」

える「二日目は急用が入ってしまい、すいませんでした」

里志「千反田さんが謝る事でもないよ。 家の事情なら仕方ないしね」

摩耶花「そうそう、ちーちゃんは忙しいんだから、一々謝らなくてもいいのに」

奉太郎「……そうだな、人間誰しも急な用事はあるものだ」

摩耶花「折木がそれを言うの? あんたに急用入ってる所なんて見たことないんだけど?」

奉太郎「うぐ……」

そう言われ、折木さんは苦笑いをしていました。

このお二人も、最初は仲が悪いのかとも思いましたが、どうやら違うようです。

摩耶花さんも心の底から言っている言葉ではないみたいですし。

これはこれで、いいコンビなのかもしれません。

摩耶花「あ、そうだちーちゃん」

える「はい?」

摩耶花「昨日の帰りの事なんだけどさ」

摩耶花「ふくちゃん、話してあげて」

昨日の帰りの事……なんでしょうか?

……気になります。

里志「じゃあ聞いてもらおうかな」

里志「ホータローの忘れ物事件、をね!」

それを聞いた折木さんは、少し顔を歪めていました。

里志「前に話した【愛無き愛読書】は覚えているかな?」

里志「あれで分かったこと、事件の内容は勿論だけど……もう一つ」

里志「ホータローは意外と抜けているって事が分かったよね」

里志「それでね、昨日の帰りなんだけど……」

そう言うと、福部さんは昨日の帰り、バスに乗る時にあったことを話してくれました。

それを聞いた私は、ちょっといたずら心を突付かれてしまいます。

える「そんな事が……」

える「折木さん!」

奉太郎「な、なんだ」

える「折木さんが何故、忘れ物をしたのか」

える「何を忘れたのか」

える「そして、それを見つける事が出来たのか」

える「私、気になります!」

そう言い、いつもの様に折木さんにお願いをしました。

折木さんはというと。

奉太郎「い、いや……それは」

と口篭ってしまいました。

少々やりすぎてしまったかもしれません。

その光景を見ていた福部さん、摩耶花さんの方を向き、私は言いました。

える「でも、やっぱり気にならないかもしれません……」

福部さんと摩耶花さんは少し……かなり残念そうな顔をした後に、興味がなくなったのか二人で話し始めました。

える「折木さん」

える「……冗談、ですよ」

える「折木さんがその時に何をしていたか、私、知っていますから」

奉太郎「み、妙な冗談を急に言うな……」

折木さんはそう言うと、手に持っていた小説に再び目を落とします。

なんだか、不思議と気分がよくなります。

部室に集まり、なんでもない会話をする。

これが、私たちの「古典部」です。


2.5話
おわり

以上で2,5話、終わりです。

新しいお話が無いのもあれなので、第三話、投下致します。

里志「ホータロー!」

後ろから、里志が声を掛けてくる。

奉太郎「里志か」

今は帰り道、時刻は恐らく17時くらいだろう。

里志「いやあ、お見事だったよ」

奉太郎「そんな事は無い。 ただ、集まった物を繋げただけだ」

里志「そうは言ってもね、あれだけの物から結論を導き出すって事は中々容易じゃないと思うなー」

すると里志は、暗い声に反して空を見上げながら言った。

里志「……ホータローも、随分と変わったよね」

俺が? 変わった?

奉太郎「何を見て、お前が変わったと言うのかわからんが」

奉太郎「俺は変わってない」

里志「ふうん」

簡単に説明すると、今日もまた、あいつ……千反田の気になりますをなんとか終わらせた所である。

里志が言っているのは、恐らくその事だろう。

里志「断る事だって、できただろう?」

里志「今日の件もそうだけど、今までの事件もね」

奉太郎「それはだな、あいつの事を拒否したらもっと厄介な事になるだろ」

里志「あはは、確かに、間違いない」

里志「でもね、ホータロー」

里志「その厄介な事も、拒否することはできるんじゃないかな?」

奉太郎「お前は何を見て言っているんだ……」

里志「全部、だよ」

里志「僕から見たらね、千反田さんのそれも、今までホータローが拒否してきた人達も、同じに見えるんだよ」

里志「ホータロー、君は自分では気付いていないのかもしれないね」

里志はそう言うと、何か含みのある笑い方をした。

奉太郎「自分の事は、よく分かってるつもりだがな」

里志「……そうかい」

里志「じゃあ、話はここで終わりだね」

ああ、もうこんな所まで歩いていたのか。

里志の話は半分程度しか聞いていなかった気がするが、どうやら案外耳に入っていたらしい。

里志「じゃあね、ホータロー。 また明日」

奉太郎「……じゃあな」


~奉太郎家~

俺は湯船に入り、気持ちを整理した。

里志に今日言われた事について、何故か心が落ち着かない。

奉太郎(俺が変わった、ね)

奉太郎(何を見てるんだか……)

確かに、確かにだ。

高校に入ってから、動く事は多くなったのかもしれない。

それくらいは俺にだって分かる。

いや、高校に入ってからではない。

千反田と、出会ってからだ。

あいつの「気になります」は、何故か有無を言わせず俺を動かす。

それは、今まであいつのようなタイプが居なかっただけで、俺はそのせいで動かされているのだろう。

仮に、里志や伊原の頼み等が来たら……俺はどうするのだろうか。

俺にも人情という物はある。

だがひと言断れば、あいつらは引いていく。

里志は恐らく「そうかい、じゃあ他の人に聞いてみるよ」と。

伊原は恐らく「折木に頼んだのが間違いだった」と。

それが千反田なら?

あいつの「気になります」も、人の秘密やプライベートの事になると、さすがに聞いてはこない。

しかし、最終的に俺は頼みごとを引き受けるだろう。

その原因は、あいつがひと言断っても引かないから。 である。

奉太郎(やはり俺は、変わっていない)

結論は出た、風呂場を出よう。

リビングへ行き、テレビを付ける。

目ぼしい番組がやっておらず、若干テンションが下がる。

あ、テンションは元々低かった。

する事もないので、自室に向かった。

本でも読もうかと思ったが、ベッドに入りぼーっとしていたら、眠気が襲ってくる。

奉太郎(今日は、寝るか)

明日は土曜日、ゆっくりと本を読もう。

こうしてまた、高校生活の一日は消えてゆく。

供恵「奉太郎、そろそろ起きなさいよー」

姉貴によって、起こされた。

奉太郎(今は……10時か、大分寝ていたな)

俺はまだ目覚めていない体を引き起こし、リビングへ向かう。

寝癖が大分酷いが、今日は外には出ない、何があっても。

それにしても騒がしい、テレビでも付いているのだろうか。

リビングと廊下を遮るドアに手を掛け、開ける。

里志「おはよう、ホータロー」

える「おはようございます。 折木さん」

摩耶花「あんたいつまで寝てるのよ」

大分寝ぼけているようだ。

俺はその幻影達に、少し頭を下げると台所へ向かった。

すると、玄関の方から声があがる。

供恵「あー、言い忘れてたけど、友達きてるから」

そうかそうか。

言葉の意味を飲み込み、状況を理解した。

後ろを振り向き、確認する。

変わらずそこには、里志・伊原・千反田。

奉太郎「さ、最初に言え! バカ姉貴!!」

それと同時に、玄関から出る音がした。

摩耶花「朝から大変ねえ、あんたも」

誰のせいだ、誰の。

里志「それより、ホータロー」

里志「寝癖、直した方がいいんじゃないかな」

ああ、確かにそうだな、ごもっとも。

そして、気のせいかもしれないが、千反田が少しソワソワしながら言った。

える「折木さんの寝癖……少し、気になるかもしれません」

勘弁してくれ。

むすっとした顔を3人に向けると、洗面所へ向かった。

寝癖をしっかりと直し、3人に問う。

奉太郎「それで、なんで俺の家にいるんだ」

里志「えっと、ホータロー、覚えてないの?」

覚えてない、という事は……何か約束していたのだろうか。

摩耶花「3日前に4人で決めたでしょ、ほんとに覚えてないの? アンタ」

3日前……3日前。

4人で話したってことは、放課後だろう。

場所は古典部部室で間違いは無さそうだ。

なんか、思い出してきたぞ……

~3日前~

俺はその日、なんとなくで古典部へと向かった。

部室に入ると、既に俺以外は集まっていた。

何やら3人で盛り上がっているが……ま、いつもの事か。

奉太郎(よいしょ)

いつもの席に着き、小説を開く。

所々で俺に話しかけている気がするが、適当に相槌を打って流していた。

あ、ダメだ。

ここまでしか覚えていない。


~折木家~

奉太郎「なんだっけ?」

溜息が二つ。

里志「覚えてないのかい……」

摩耶花「やっぱり、折木は折木ね」

里志「仕方ない、千反田さん、奉太郎に教えてやってくれないかな」

なんで千反田が。

里志「一字一句、千反田さんなら覚えているでしょ?」

そこまでする必要もないだろう。

える「はい! 分かりました」

える「では、少し演技も入りますが……やらせて頂きます」

そう言うと、一つ咳払いをすると千反田は口を開いた。

える「やはり、何か目的が欲しいですね」

里志(える)「うーん、確かにそうだね」

里志(える)「千反田さんの言葉を借りると、目的無き日々は生産的じゃないよ」

摩耶花(える)「まあ、確かにそうだけど……」

える「何かしましょう!」

おお、これは中々に演技力があるぞ。

里志(える)「何か……と言っても、何をしようか」

摩耶花(える)「話し合う必要がありそうね、こいつも入れて」

こいつ……というのは恐らく俺の事だろう。

える「折木さん! 何かしましょう!」

奉太郎(える)「……そうだな」

ああ、空返事していたのか、俺は。

える「折木さんもオッケーらしいです、では一度、どこかに集まって話し合いをしませんか?」

摩耶花(える)「どこに集まろうか?」

里志(える)「ホータローの家でいいんじゃない?」

こいつ、俺が空返事しているのを分かってて言いやがったな。

える「折木さん! 折木さんの家で話し合いをしたいのですが……いいですか?」

奉太郎(える)「……そうだな」

える「大丈夫らしいです!」

奉太郎「ちょっと待て」

摩耶花「なによ」

奉太郎「俺はここまで無愛想じゃないだろう」

里志「ちょっとホータローが何を言ってるのかわからないよ」

摩耶花「いつもあんたこんな感じだけど……」

大分酷い言われようだな。

奉太郎「千反田、もっと俺は愛想がいいだろ」

える「えっと……いつも折木さんはこうですよ」

そうなのか、少しは愛想良くするか。

える「では、続けますね」

里志(える)「そうか、それは良かった!」

里志(える)「じゃあ今度の土曜日、でいいかな?」

える「折木さん、今度の土曜日でいいですか?」

奉太郎(える)「……そうだな」

える「決まりです!」

後半はどうやら、千反田も分かっててやってはいないか?

える「といった感じでした、思い出しましたか?」

奉太郎「いや全く」

里志は苦笑いをし、言った。

里志「まあ、ホータローがちゃんと聞いていなかったのがいけないかな」

里志「流れは分かっただろう? じゃあ何をするか決めようか」

流れは分かったが……納得できん。

しかし、異論を唱えた所で聞いてはもらえないのは明白だった。

える「そうですね、まずは意見交換から始めましょうか」

奉太郎「今のままでいいと思います」

摩耶花「折木、少し黙っててくれない?」

視線が痛い、仮にもここは俺の家だぞ。

里志「千反田さんは、何か意見あるのかな?」

える「そうですね……やはり古典部らしく」

そこで一呼吸置くと、千反田はもっともな意見を述べる。

える「図書館に行きましょう!」

里志「いい意見だね、確かに古典部らしい」

摩耶花「うん、私もいいと思う」

ダメだ、これだけはなんとか回避せねば。

奉太郎「ちょっといいか」

伊原からの視線が痛い、まだ意見も言っていないのに。

奉太郎「千反田が言っているのは、当面の目的という事だろう」

える「はい、そうですね」

奉太郎「これから毎日図書館に行くのか? そこで本を読むだけか?」

える「そう言われますと……確かに少し、違いますね」

おし、通った。

伊原は尚も何か言いたそうに見てくるが、反論する言葉が出てこないのだろう、口を噤んでいた。

里志「ホータローの言う事にも一理あるね、確かにそれじゃあただの読書好きの集まりだ」

そのあとの「読書研究会って名前に変えないかい?」というのは無視する。

摩耶花「じゃあ、折木は他に目的あるの?」

これには困った。

奉太郎「と言われてもな……ううむ」

里志「あ、こういうのはどうかな」

里志「一人一つの古典にまつわる事を考え、まとめ、月1で発表するっていうのは」

中々にいい意見だ。

だが、月1? 冗談じゃない、頻度が多すぎる。

奉太郎「ちょっといいか」

……伊原の視線がやはり痛い。

奉太郎「最初の内はいいかもしれない、だがその内、発表の内容が同じ内容になってくるぞ」

奉太郎「同じ奴が考える事だしな」

伊原は又しても何か言いたそうだが、反論は出てこない、なんかデジャヴ。

里志「そう言われると、困ったね」

里志「僕じゃあ結論を出せそうにないや、それに」

里志「データベースは 摩耶花「ちょっといいかな?」

あ、里志がちょっとムスッとしている。

摩耶花「こういうのはどうかな、月1でも月2でもいいんだけど」

摩耶花「文集を1冊作るっていうのは」

なるほど、4人で一つを作れば内容は変化していく、確かにこれなら同じような内容にはならないかもしれない。

だけど、やはり却下。

奉太郎「確かに、それなら問題ないな」

摩耶花「じゃあ!」

奉太郎「だが、文集にするほどネタがあるか? 第一に、誰が読むんだ? それ」

摩耶花「……確かに、そうだけど」

おし、やったぞ、全部却下できた。

摩耶花「じゃあさ、折木は何か意見あるの? さっきから反論してばっかじゃない」

里志「それは僕にも気になるとこだね」

える「私も少し、折木さんの意見に興味があります」

ここまでは、予想通り。

問題はこれから。

奉太郎「こういうのはどうだろう」

奉太郎「今までのままで行く」

伊原が今にも殴りかかってきそうな顔をする。

奉太郎「だが」

奉太郎「何か古典に関係しそうな事……それがあったら、皆で話し合う」

奉太郎「そうすればネタも尽きる事はないし、同じ内容になることもないだろ」

通るか? 通るか?

俺の今年一番の強い願いはこれになりそうだ。

そんな願いが通ったのか、3人が口を開いた。

里志「ホータローが言うと、説得力に欠けるけど……言ってる事は正しいね」

える「私は、それでいいと思います。 いい意見です」

摩耶花「なんか納得できないけど……言い返す言葉も出てこないし、それでいい、かな」

ガッツポーズ、心の中で。

奉太郎「おし、それじゃあ今日は解散しようか」

これで、俺の休日は守られる。

里志「いや、そうはいかないんだよ」

まだのようだ。

里志「千反田さんが、何か気になる事があるみたいなんだよね」

千反田がソワソワしていたのは、それが原因か。

える「そうなんです! 私、気になる事があるんです!」

さいで。

える「折木さんにお話しようかと思っていて、聞いてくれますか?」

俺が断る前に、千反田は続けた。

える「私、いつも22時頃には寝ているのですが」

奉太郎(早いな)

える「起きるのはいつも、6時頃なんです」

える「今日は8時に学校の前に集合でした、折木さんのお家に皆で行くことになっていたので」

える「ですが私、少し寝坊してしまったんです、お恥ずかしながら」

える「何故、寝坊したのか……気になります!」

奉太郎(知りません)

奉太郎「と言われてもだな、誰しも寝坊くらいはするだろう」

里志「ホータロー、寝坊したのは千反田さんだよ?」

里志「僕やホータローが寝坊するのならまだ分かるけど……千反田さんが予定のある日に寝坊するって事は」

里志「少し、考えづらいかな」

確かに、あの千反田が寝坊というのはちょっと引っかかる。

奉太郎「だが情報が少なすぎる、考える事もできんぞ、これは」

今ある情報といえば
・千反田が寝坊した
・普段は22時に寝て、6時に起きている
・予定がある日に寝坊するのは、千反田なら普通あり得ない

この3つだけ。

奉太郎「何か他にないのか?」

える「他に、ですか……」

える「そういえば、お休みの日はいつも目覚まし時計で起きているんです、今日も勿論そうです」

える「確かに目覚ましで起きたはずなんです、ですが、居間の時計を見たら既に約束の時間が近かったんです」

奉太郎(目覚ましで起きている、か)

奉太郎「その目覚ましが狂っていたんじゃないか?」

える「それはありえません。 いつも21時のテレビ番組に合わせて直しているんです」

テレビに合わせている、となればまず狂っていないだろう。

奉太郎「その時計が壊れていた、というのは?」

える「それもあり得ません、先月に買ったばかりなんです」

思ったより、厄介な事になってきた。

奉太郎「目覚ましで起きたのは確かなんだな?」

える「ええ、それは間違いありません」

奉太郎「という事は、やはり目覚ましがずれていたのは間違いなさそうだな」

える「えっ、なんでそうなるんですか」

奉太郎「千反田は寝坊したんだろう? それで遅刻したと」

える「私、遅刻していませんよ?」

ん? なんだか話が噛み合っていない。

奉太郎「お前は寝坊して、遅刻したんじゃないのか?」

える「ええ、確かに寝坊はしました、ですが集合時間には間に合いました」

さいですか。

俺は少し頭が痛くなるのを感じ、続けた。

奉太郎「じゃあ、寝坊して遅刻しそうになった。 これでいいか」

える「はい、そうですね」

奉太郎「……続けるぞ、少し考えれば分かる」

奉太郎「遅刻しそうになったってことは、正しかったのは居間の時計だ」

奉太郎「目覚ましが正しかったら、遅刻しそうにはならないだろう」

える「あ、なるほどです!」

こいつは、頭がいいのか悪いのか、時々分からなくなる。

一般的にはいい方だろうけど。

奉太郎(少し、考えるか)

……21時に合わせている時計
……22時に寝て、6時に起きる千反田
……ずれていた目覚ましと、居間の時計

なるほど、簡単な事だ。

里志「ホータロー、何か分かったね」

奉太郎「まあな」

える「なんですか? 教えてください!」

摩耶花「全然わからないんだけど……なんで?」

一呼吸置き、まとめた考えに間違いは無いか確認し、口を開く。

奉太郎(これで、大丈夫だ)

奉太郎「まず」

奉太郎「千反田はいつも目覚ましを21時に合わせて寝ている」

奉太郎「次に、その目覚ましで起きている」

奉太郎「そして何故、今日は遅刻したか」

える「私、遅刻していませんよ」

……どっちでもいい。

奉太郎「遅刻しそうになったか」

と言い直すと、千反田は少し満足気だ。

奉太郎「考えられるのは目覚ましの故障、または時間を間違えて設定した。 これのどちらかだ」

奉太郎「故障は考えから外そう、これを考えたらキリが無い」

摩耶花「でも、時間を間違えて設定したってありえるの?」

摩耶花「テレビが間違えているとは思えないんだけど」

奉太郎「確かにその通り、テレビはまず、正確に放送をしている」

摩耶花「だったら……」

奉太郎「だが、例外もある」

える「例外……ですか?」

奉太郎「里志、この時期にテレビ番組をずらす例外といったらなんだ?」

里志「ううん……ああ、そうか!」

里志「プロ野球、だね」

奉太郎「そう、俺は野球に詳しくないからしらんが、何回か影響でテレビ放送を繰り下げているのは見ている」

奉太郎「つまりこういう事だ」

える(奉太郎)「あー今日も動いたなぁ、寝よう寝よう」

える(奉太郎)「あ、目覚まし時計を設定しないと、めんどうだな」

える(奉太郎)「テレビ、テレビっと」

える(奉太郎)「丁度21時の番組がやっている。 よし、ぴったし」

える(奉太郎)「さてと、今日は寝よう、おやすみなさい」

奉太郎「で翌朝起きたら寝坊していた、ってとこだろう」

何か、空気が冷たい。

里志「ホータローは、演劇とかをやらない方がいいかもね」

摩耶花「……同意」

える「……私って、そんな無愛想ですか?」

奉太郎「……」

少し、恥ずかしいじゃないか。

える「で、でも」

える「なるほどです!」

える「今度から違う番組も、チェックしないとダメですね……」

むしろ居間の時計に合わせればいいと思うのだが、習慣というものがあるのだろう。

奉太郎「でも、なんでいつもは起きている時間に自然に起きなかったってのが分からないけどな」

奉太郎「体内時計というのもあるだろう」

える「実は、昨日は少し寝るのが遅くなってしまったんです」

夜更かしか、そういうタイプには見えなかったが。

里志「なるほどね、それで自然に起きる時間も来なかったっていう訳だ」

奉太郎「それなら納得だな、なんか気になる物でも見つけたのか?」

える「気になる、と言えばそうかもしれないですけど」

折角終わりそうになったのに、また始まるのか?

今日はもう疲れたぞ、一日一回という制限でも付けておこうか。

える「少し、折木さんの家に行くのが楽しみで……寝れなかったんです」

さいで。

第三話
おわり

以上で三話終わりです。

また明日、第四話投下致します。

支援ありがとうございました。

乙、ありがとうございます。

一週間に1回程、1回で2話+の間隔で投下予定です。

今年中には完結できるかと思います。

本日は第四話+4.5話を投下します
時刻は20時頃の予定です

こんばんは。
第四話、4.5話、投下させて頂きます。

日曜日の夜は、どうにも憂鬱になる。

奉太郎(折角の休みがあいつらのせいで一日潰れてしまった)

奉太郎(そしてもう日曜日も終わり……か)

明日からまた1週間、学校に行き、古典部の仲間と会う。

最近では、意外と馴染んでいると思う。

薔薇色に俺もなっているのだろうか。

だけど、だ。

省エネは維持しているし、頼みなんて物は滅多に聞かない(あくまで千反田を除いて、あいつのは断ると余計に面倒なことになる)

ああ、少し安心する。

俺は……まだ灰色だ。

少しの安心感が得られた。

何故? 慣れた環境の方がいいだろう、誰だって。

そんな事を考えている間にも、時はどんどんと進む。

そして気付けば月曜日、1週間が始まった。

今日も、【灰色】の高校生活は浪費されていく。

~学校~

今日は登校中里志に会わなかった、委員会か何かがあるのだろう。

奉太郎(ご苦労なこった)

昇降口に入り、下駄箱で靴を履き替える。

階段を上り、教室まで向かった。

途中、何やら話し声が聞こえてきた。

一つは見知った者の声、もう一つは……分からない。

恐らく女子だろう。

恐らくというのも、女声の男子も少なからず居るからである。

える「そう……すね、今……、って……ます!」

途切れ途切れで千反田の声が聞こえた。

盗み聞きをする趣味もないので、そのまま教室へと向かう。

千反田が話している相手は、どうやら漫研の部員であった。

奉太郎(そういえば、伊原は漫研をやめていたんだったな)

奉太郎(何か、嫌な事でもあったのだろうか)

奉太郎(まあ、どうでもいいか)

一瞬見た顔は、どうにも俺とは相性が悪そうだ。

俗に言う派手な女子、といった所だろう。

髪を金髪に染めていて、スカートはやけに短い。

そいつと千反田が話していたのは少々意外ではあった。

しかし、俺も人の交友関係にまで口を出すつもりなんてない。

千反田が誰と話そうとあいつの勝手だし、何よりめんどうだ。

少々気にはなったが、そのまま通り過ぎた。

教室に入り、いつもの席に着く。

いつも通り、いつもの風景。

やがて担任が入ってき、退屈な授業が始まる。

数学、英語、歴史。

俺は、これといって成績が優秀って訳でもない。

なので授業は一応必死に聞いている。

人間必死になっていれば、時間はすぐに終わる物だ。

あっという間に昼になり、弁当を広げた。

姉貴が作ってくれる弁当は、いつも購買で済ませている俺にとってはありがたい。

突然、教室の後ろのドアが勢いよく開き、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

里志「ホータロー! ちょっといいかい」

俺は無言で弁当を指す。

これを食ってからにしろ、と。

苦笑いしつつ、里志はそのまま教室に入ってくると俺の目の前の席に腰掛けた。

里志「つれないねぇ、ホータロー」

奉太郎「やらなくてもいいことはやらない」

里志「はは、久しぶりに聞いた気がするよ」

奉太郎「それで、用件はなんだ?」

里志「今日、帰りにゲームセンターでも行こうかなって思っててね」

里志「ホータローも一緒にどうだい?」

ゲーセンか、悪くはないな。

奉太郎「別にいいが、委員会の仕事とかはないのか?」

里志「総務委員会は無いんだけど、図書委員会の方をちょっと手伝わないといけなくてね」

図書委員? なんでまた。

伊原の関係か、それくらいしか思いつかない。

奉太郎「伊原になんか言われたのか、ご苦労様」

里志「ご名答! さすがだよ」

さすがという程の事でもないだろうに……

里志「摩耶花は少し描きたい物があるみたいでね、僕はそれで利用されてる訳だ」

奉太郎「なるほどな、って」

奉太郎「あいつは漫研やめたんじゃなかったか?」

里志「ホータローでもそれくらいは知ってるか、なんでも個人的に描きたい物があるみたいだよ」

奉太郎「個人的、ねえ」

どうせ、同人誌かなんかの物だろう。

奉太郎「それで、図書委員の仕事はすぐに終わるのか?」

里志「うん、まあね」

奉太郎「そうか、なら俺は部室で待ってる」

里志「了解、多分摩耶花も居ると思うから、気をつけてね」

気をつける、か。

伊原が聞いたら、ただでは済みそうにない台詞だな。

奉太郎「ああ、用心しておく。 じゃあ放課後にまた」

里志「いやいや、僕が言ってるのはね、ホータロー」

里志「君が摩耶花に手を出さないでねって事なんだよ」

こいつはまた、くだらん事を。

奉太郎「本気で俺が伊原に手を出すと思っているのか?」

里志「まさか、ジョークだよ」

里志「灰色のホータローが、そんな事をする訳ないじゃないか」

里志「それに、摩耶花の可愛さはホータローには絶対分からないしね」

さいで。

里志「じゃ、また後で」

そう言うと、里志は自分の教室へと戻っていった。

俺は小説を開くと、ゆっくりと文字を頭に入れる。

物語がいい所に差し掛かった時、チャイムが鳴り響いた。

やがて教師が入って来て、授業が始まる。

途中で何回か、夢の世界に旅立ちそうになったが、なんとか乗り切る。

そして気付けば既に放課後。

終わってみればなんて事は無い、短い時間だった。

奉太郎(部室に行くか)

ぼーっとする頭をなんとか働かせ、部室に向かう。

奉太郎(着いたら、少し寝よう)

土曜日のアレが、まだ響いてるのだろうか?

等、本気で思う自分に少し情けなくなる。

扉を開けると、千反田、伊原が居た。

奉太郎(里志の予想通りって所か、まあ寝てる分には問題ないだろ)

そう思い、席に着くと腕を枕にし目を瞑る。

千反田は何故かソワソワしていたが、気になりますとは少し違った様子だ。

伊原はと言うと、絵を描くのに夢中で俺には興味も示さなかった。

あ、気づいていないだけか……気づいていても無視されるだろうけど。

これならば問題あるまい。

そう思い、夢の世界へと旅立つ。

十分、二十分だろうか、腕の痺れに目を覚ます。

すると伊原が立ち上がっていて、千反田の方を見つめていた。

少し、嫌な空気……? 何かピリピリとした感じだ。

摩耶花「えっと、ちーちゃん……今なんて?」

千反田はニコニコしながら、言った。

える「ですから、摩耶花さんは少しうざい所があると……」

眠気は一瞬で吹き飛んだ。

違う世界に迷い込んだんじゃないかと錯覚するほどの衝撃を受ける。

あの千反田が「うざい」なんて言葉を使うのかと。

その衝撃も引く前に、伊原は部室を飛び出て行った。

残されたのは、俺と千反田。

それと描きかけの絵。

俺は千反田に向けて言った。

奉太郎「……お前、何いってるんだ」

千反田がそんな事を言う筈は無いと思っていたし、俺の聞き間違えかもしれない。

える「ええっと、摩耶花さんはうざいと言ったのですが……」

不思議そうに、そう言うこいつには悪気は無さそうに見えた。

あり得ない、俺が知っている千反田ではないのだろうか?

いつの間にか、千反田が誰かと入れ替わって……ないだろう。

奉太郎「千反田、その言葉の意味は、知っているか」

千反田は首を傾げると「今日教えてもらったんです」と言い、続けた。

千反田から説明される内容は、まるで褒め言葉のような意味を持った言葉である。

俺は、この時はまだ落ち着いていた。

未だにニコニコしている千反田に本当の意味を教える。

次に起こった事は、俺の予想外であったが。

える「わたし、そんな事を……」

千反田はそう言いながら、伊原が去って行ったドアを見つめる。

える「わたし……」

俺は見た、千反田の目から、涙が落ちるのを。

どんどん涙は溢れていたが、千反田は拭おうとしなかった。

自分でも気づいていないのかもしれない。

奉太郎「千反田……」

える「すいません、私、謝らなければ」

小さく、本当に小さく、千反田が言った。

この感情は、なんと言うのだろうか?

腸が煮えくり返る?

いや、ちょっと違うな。

それを通り越したのは、なんと呼べばいいのだろうか。

俺は、ああ、怒っているのか。

こんだけ腹が立ったのは、いつぐらいだろう。

もしかしたら、初めてかもしれない。

勿論、千反田に対してじゃない。

その意味を教えたクソ野郎に、俺は怒っているのだ。

どうにも、冷静な判断はできそうにない。

今からそいつを探し出して、殴ろうか。

そうしよう。

そのまま部室を出ようとすると、千反田が声を掛けてきた。

える「折木さん、わたし……」

千反田は、まだ泣いていた。

奉太郎「ちょっと用事が出来た、すぐに戻る」

奉太郎「お前は悪くない、気にするな」

すると千反田は、泣き笑いというのだろうか。 「はい」と言い、顔を俺に向けていた。


どうにも、どうにもだ。

この怒りは収まりそうに無い。

俺は、千反田の事はよく知っているとは思う。

あいつは何事にも純粋だし、人を疑うという事をあまりしない。

そんなあいつを騙した人間には、なんとなく、当てはあった。

まずは、里志に会おう。

~図書室~

摩耶花に仕事を押し付けられて、僕はここに居る訳だけど。

里志「なんともやりがいが無い仕事だなぁ」

そんな事をぼやきながら、本を片付ける。

突然、ドアが思いっきり開かれた。

誰だい全く、図書室ではお静かにって相場が決まっているのに。

そっちに顔を向けたら、これはびっくり、ホータローじゃないか。

にしても随分と、あれは怒っているのか? ホータローが?

僕はそそくさと近づき、声を掛けた。

里志「ホータロー、どうしたんだい?」

聞きながらも、ちょっと焦る。

里志(僕、なんかしたかなぁ)

里志(というか、これほどまでに怒ってる? ホータローを見るのは初めてかも)

奉太郎「里志か」

奉太郎「少し、聞きたい事がある」

里志「なんだい? というか、何かあったの?」

奉太郎「俺たちと同級生で、漫研にいる、金髪の女子って誰だ」

人探し? それにしてはやけに怒っているみたいだけど……というか僕の質問、片方無視された?もしかして。

ちょっと、茶化してみようか。

里志「うん、分かるよ」

里志「でも、何が起きたのか教えてくれないかい?」

里志「ホータローをそこまで怒らせる事、少し興味があるよ」

奉太郎「いいから、誰だ」

おや、こいつは随分とご立腹だなぁ。

ううん、ま、いいか。

里志「それはC組みの人だよ。 名前は……」

そう言って名前を教えると、ホータローはすぐに図書室を出て行こうとした。

里志「ちょっと待ってホータロー」

どうやらホータローは、状況判断ができない程、怒っているらしい。

クラスに居るなんて保証は無いのに。

里志「とりあえず落ち着こうよ、らしくないよ」

奉太郎「落ち着いてる、いつも通りだ」

里志「そんな、今にも殴りそうな顔をしているのに?」

里志「ホータローが怒る程の事だ、よっぽどの事だとは思うよ。 でもさ」

里志「事情くらいは話してくれてもいいんじゃない?」


そう言うと、ホータローは一つ溜息を付いて、話してくれた。

朝、そいつと千反田さんが話していた事。

部室であった事。

僕も勿論、腹が立ったさ。

でもこういう時、落ち着かせるのはホータローの筈なんだけどなぁ。

さあて、どうしたものか。

~伊原家~

信じられなかった。

最初聞いた時もそうだけど、2回目を聞いた時。

私はその場に居るのも、辛かった。

ちーちゃんの事は、そんなに知っているつもりはない。

だけど、あんな言葉を使うなんて、とても信じられなかった。

でもそれは、私の勝手な想像かもしれない。

もしかしたら、そういう事を言う人だったのかもしれない。

そう思ってしまう私にも、嫌気がさしてきた。

摩耶花(明日から、どうしようかな)

古典部になんて、顔を出せる訳もない。

私が泣いていたの、折木に見られたかなぁ、悔しい。

ふくちゃんに会いに行こうと思ったけど、そんな気分にもなれなかった。

なんか、裏切られた気分。

ずっと、友達だと思っていたのに。

ちーちゃんは「うざい」って、ずっと思っていたのかもしれない。

なんで今日言葉にしたのか分からないけど……部室で自分の絵を描いていたからかな。

確かに、あそこは古典部の部室だし。

居やすい場所だと、思ってたけど。

摩耶花(それは、私の気持ち)

摩耶花(ちーちゃんやふくちゃん、折木がどう思っていたなんて、考えた事もなかった)

摩耶花(やっぱり私、馬鹿だ)

胸がぎゅっと、締め付けられる気がした。

摩耶花(今日は、ご飯食べられそうにないや)

~部室~

私は、なんて事をしてしまったのでしょうか。

摩耶花さんには会わせる顔がありません。

しばらく、部室でぼーっとしてしまいました。

茫然自失とは、こういう事を言うのでしょうか。

折木さんも、部室を出て行ってしまいました。

恐らく、怒っているのでしょう。

最後に「気にするな」と言ってくれましたが、顔からは怒っているのがすぐに見て取れました。

勿論、私に怒っているのでしょう。

福部さんも、聞いたら恐らく私に怒りを感じると思います。

なんだか、胸が苦しいです。

帰る気分には、今はなれません。

足に力が入らない、というもありますが。

折木さんは、私に言葉の意味を教えてくれました。

もしかすると……折木さんとは、少し話ができるかもしれません。

摩耶花さんとも勿論、話さなくてはいけないのは分かっています。

ただ少し、時間が必要です。

私はそこまで、強くないんです。

ですが、どんな言葉で罵倒されても仕方ないです。

私が……愚かだったんです。

~図書室~

俺は、里志に話をして、少し気持ちが落ち着いたのだろうか。

自分では部室を出た後は落ち着いているつもりだったのだが、里志には違うように見えていたらしい。

里志は「どうするつもりだい?」と言って来たのに対し「そいつを殴る」と言っただけなのだが。

里志は苦笑いをしながら「それはホータロー、落ち着いてないよ」と言って来た。

まあ、そうかもしれない。

里志には全てを話した訳ではなかった。

千反田が涙を流していたのを話しては駄目な気がしたからだ。

里志も勿論怒っているだろう、そいつに対して。

しかしどうやら、俺を落ち着かせる為に堪えているらしい。

ああ、やっぱり俺は落ち着いてなんかいなかったか。

一度、深呼吸をする。

奉太郎「里志、すまんな」

里志「別に、気にしなくていいよ」

里志「まあ、怒ってるホータローも珍しいから悪くはないけどね」

奉太郎「それはよかったな」

里志はいつも通りの顔を俺に向けていた。

さてと、だ。

まずは状況整理。

千反田に嘘を吹き込んだのはC組みの奴らしい。

朝見かけた奴だろう、千反田と話していたし。

少し、考えようか。

5分ほど、頭を働かせてみた。

漫画研究会、千反田に嘘を吹き込んだ、そして……あの時。

ああ、そうか。

ならば話は早い、意外と簡単に終わるかもしれない。

後は、揃えるだけで大丈夫だ。

~帰り道~

ホータローも大分落ち着いたようで、安心だ。

それにしても今回は僕も全面協力させてもらったよ、ホータロー。

後はホータローが終わらせる、明日には終わるかな。

摩耶花と千反田さんは一度、話し合う必要があると思うけどね。

摩耶花はああ見えて、随分と自分を責めるからなぁ。

今夜、電話してみよう。

~千反田家~

える「私は、どうすればいいのでしょうか……」

つい、独り言が出てしまいます。

折木さんに貰ったプレゼント、どこか折木さんに似ているようなぬいぐるみを抱きしめます。

える「折木さんに、電話してみましょうか……」

そう思い、電話機の前まで来ましたが……どうにも電話が取れません。

折木さんになんと言えばいいのでしょうか。

私は騙されていたんです?

言い訳です。

皆さんには申し訳ない事をしました?

謝って済む問題でしょうか、これは。

折木さんに相談すれば、なんとかなるでしょうか。

予想外の回答で、私を驚かせてくれるのでしょうか。

そこで私は気付きました。

また、折木さんに頼ろうとしてしまっています。

これは甘えです、甘えてはいけません。

それに折木さんは、今回の件は無関係です。

巻き込むような事は、できません。

もう、大分遅い時間になってきました。

夜の21時。

少し思い出します、折木さんの家で、私はまたしても気になる事を解決してもらいました。

折木さんの寝癖を見て、少し気になったのも思い出しました。

思わず笑みが零れます。

やはり、皆さんとまた、一緒に仲良くしたいです。

これは、我侭なのでしょうか?

その時、突然電話が鳴り響いて、思わず受話器を取ってしまいました。

える「は、はい! 千反田です」

~折木家~

大体の構図は出来た。

後は俺がこれをどうするか、だけか。

まあ、どうにかなるだろう。

だけどまあ、少しは許してくれよ、里志。

……そういえば。

奉太郎(千反田にすぐ戻るとか言って、すっかり忘れてたな)

千反田は結構ショックを受けていたみたいだし、聞こえていなかったかもしれない。

だけど、まあ……

ああ、仕方ない。

やはり千反田が関係することだと、どうにもうまく省エネができない。

自室から出て、リビングへ向かう。

奉太郎「姉貴、携帯借りていいか」

俺はソファーに座る姉貴に話しかけた。

供恵「はあ? あんたが携帯!?」

供恵「……なんかあったんでしょ」

やはり鋭い、ニヤニヤしながらこっちを見るな。

奉太郎「少し、な」

奉太郎「ダメならダメで、いいんだが」

供恵「いいわよ、貸したげる」

意外にも姉貴は快く貸してくれた。

供恵「変わりに洗い物やっておいてね」

指差す先には大量の食器。

前言撤回、快くは間違いだ。

正しくは、エサにかかった獲物をなめまわすような視線を向けながら。 としておこう。

奉太郎「……分かったよ」

奉太郎「ありがとうな、姉貴」

供恵「あんたにしては随分と素直ね、どこか出かけるの?」

奉太郎「俺はいつも素直だ。 少しな、すぐに戻ると思う」

供恵「ふうん、気をつけて行ってきなさいよ」

姉貴が珍しく真面目な顔をしていた、あいつはどうにも勘が良すぎる。

服を着替え、外に出る。

少し前まで寒かったが、今は夜も涼しいくらいになってきた。

自転車に跨り、千反田の家に向かう。

以前はそこまで長くない距離だと思ったが、今は自然と長く感じた。

やがて見えてくる、大きな家。

門の前に自転車を止めると、携帯を取り出した。

千反田の家の番号を押し、コールボタンを押す。

近くにでも居たのだろうか、1回目のコールで繋がった。

える「は、はい! 千反田です」

奉太郎「千反田か、遅くにすまない」

える「え、えっと、折木さんですか……?」

奉太郎「ああ、今千反田の家の前にいるんだが……少し話せるか?」

える「……はい、分かりました」

千反田は、いつもより少しだけ暗かった気がする。

だがその中にも少しだけ嬉しそうな感情、そんな感じの声に聞こえた。

5分ほど待ち、千反田が出てきた。

える「こんばんは、折木さん」

奉太郎「夜遅くに悪いな、どこか話せる場所に」

そこまで言った所で、千反田が俺の声に被せてくる。

える「あの公園に、行きましょうか」

奉太郎「……そうだな」

公園に向かう途中は、お互いに無言だった。

千反田の様子は、やはり暗く、ショックが大きいのが見て取れる。

そんな千反田を見ていると、また怒りが湧いてきそうで、俺は敢えて千反田の方を見ずに、歩いた。

やがて、公園が見えてくる。

自販機に向かい、コーヒーと紅茶を買った。

千反田に紅茶を渡し、ベンチに腰掛ける。

それを見て千反田は俺の横に座った。

奉太郎(さて、何から話そうか)

しかし、考えをまとめる前に、千反田が口を開いた。

える「折木さん、すいませんでした」

える「私があんなことを言ったせいで、古典部に影響を与えてしまって……」

える「折木さんが怒るのも……仕方がない事です」

える「私が馬鹿でした、許してもらえるとは思っていません」

える「でもやっぱり、また皆さんで仲良くしたいんです」

える「……すいません、折木さんに相談する話では、ないですよね」

千反田は泣きそうな声で最後の言葉を告げると、俯いてしまった。

俺は、一瞬何を言っているのか分からなかった。

何故、千反田が謝る?

俺が千反田に怒っている?

また仲良くしたい?

許してもらえない?

それらを並べると、俺は理解した。

こいつは、千反田えるは、真っ直ぐな奴なんだ。

今回の事も、人のせいにしないで、全て自分で背負っているんだ。

怒りが湧いてくると思ったが、俺の心に湧いたのは、落ち着いた物だった。

奉太郎「千反田」

奉太郎「お前は、そういう奴なんだよな。 やっぱり」

奉太郎「俺はお前には怒っていない」

奉太郎「千反田を騙した奴に、俺は怒っているんだ」

奉太郎「伊原も、ああいう性格だが捻くれた奴ではない」

奉太郎「少し話せば、すぐに終わる」

奉太郎「皆は許してくれない? それはちょっと不服だな」

奉太郎「少なくとも俺は、お前の味方だぞ」

奉太郎「第一に、俺は省エネ主義者だ」

奉太郎「それがわざわざ千反田の家に来ているんだ」

奉太郎「それだけで、俺がお前の味方ってのは、分かるだろ」

奉太郎(なんか、俺らしくないな)

奉太郎(まあ、いいか)

そこまで言うと、千反田は小さく声を漏らした。

える「……折木さん、私」

える「ずっと、ずっと、どうしようかと思っていました」

える「……でも、でもですね」

千反田は今にも泣きそうに、続けた。

える「折木さんが……いえにきたとき……わたし、うれしかったんです……っ」

否、千反田は泣いていた。

える「ずっと……ずっと相談じようどおもっでいて……っ…」

涙を拭い、千反田は自分の胸に手を置いた。

小さく「すいません」と言い、一呼吸置き、再び話し始める。

える「でも、折木さんの、今の言葉を聞いて、私、安心できました」

次に出てきた言葉は、いつもの千反田らしく、しっかりとした物だった。

奉太郎「……そうか、ならよかったんだが」

える「……少しだけ、すいません」

そう言うと、千反田は俺の肩に頭を預けてきた。

奉太郎(暖かいな)

俺はこの時、強く確信した。

奉太郎(なんだ、随分と悩まされていたが)

今まで何回か、友人が言っていた言葉。

奉太郎(分かってみれば、大した事はなかったか)

千反田が来て変わったと、里志は言った。

俺はずっと、そんなことは無いと、思っていた。

だが今、確信した。

千反田の頼みを断れないのも。

千反田が関係することだと省エネできないのも。

千反田に振り回され、満更ではなかったのも。

千反田が泣いたとき、俺は酷く怒ったのも。

全ての疑問に、答えを見つけた。

奉太郎(俺は、千反田の事が好きなのか)

言おうとした、好きだと。

だが……だが。

どうにもうまく言葉にできない。

前にも、似たような経験はあった。

前の時も、言おうとしたが、少しめんどうくさいというのがあったと思う。

だが、今回ばかりは。

いくら言おうとしても、できなかった。

そのまま、5分ほどが立った。

奉太郎「寝る時間、過ぎてるな」

時刻は23時近く、千反田が寝る時間は過ぎている。

える「そうですね」

える「でも今日は、ちょっと夜更かししたい気分です」

奉太郎「そうか」

奉太郎「夜景が、綺麗だな」

そう言うと、千反田は

える「……はい、折木さんと一緒に見れて、良かったです」

俺は……笑っていた、と思う。


第四話
おわり

以上で第四話終わりです。

続けて4.5話、投下致します。

私は、少し体が熱くなるのを感じながら、家に帰りました。

折木さんと一緒に夜景を見ていた時間は、とても短く感じました。

気持ちも、軽くなっています。

やはり、折木さんに相談したのは間違いではありませんでした。

……これは、甘えではないですよね。

明日は、しっかりと摩耶花さんとお話をするつもりです。

私が言った、許してくれないと言う言葉。

それは反対の意味にすると、私は古典部の皆さんを信じていないという事になります。

そんなのでは、ダメです。

私は皆さんを信じています。

摩耶花さんもきっと、分かってくれる筈です。

もし、万が一にでも、想像したくはないですが。

福部さんも、摩耶花さんも許してくれなかったら……

多分、私はもう学校に通えないと思います。

そうしたら、味方だと言ってくれた折木さんと、どこか遠くへ行きましょう。

折木さんならきっと、私の思いもよらない場所へ連れて行ってくれる……そんな気がします。

そんな事を考えながら、折木さんが以前くれたぬいぐるみを抱きしめます。

でも、まずは摩耶花さんと話さなければ。

える(明日、明日です)

える(うまく、話せるでしょうか……)

後ろ向きになってはダメです。

ちゃんと、伝えましょう。

折木さんがわざわざ家まで来てくれたんです。

折木さんを裏切らない為にも、また皆で仲良くする為にも。

……また、一緒にあの公園で夜景を見る為にも。

なんだか、折木さんの事ばかり考えてしまいます。

何故でしょうか?

私にはまだ、分かりません。

折木さんに聞けば答えてくれるでしょうか?

しかし、何故か聞いてはいけない気がします。

これは、自分で答えを出さないといけない問題……

える(折木さんが家に来てくれて、本当に良かったです)

える(もし来なかったら……考えたくもありません)

える(……今夜は、いい夢が見れそうですね)

~折木家~

奉太郎(はあ)

何度、溜息をついただろうか。

どうにも気持ちが落ち着かない。

千反田は別れる時には、いつも通りの顔だったと思う。

しかし、俺はどうだっただろう。

なんとも言えない気分である。

奉太郎(今まで避けてきたが……)

奉太郎(確かに、これはエネルギー消費が激しそうだ)

まあ、いい。

問題は明日だ。

準備は問題無いはず、後は俺次第。

千反田には、話せる内容ではない……か。

落ち着け、落ち着け。

これが終わったら、千反田とゆっくり話でもしようか。

とりあえずは、目の前のを片付けなければいけない。

奉太郎(今日は、もう寝るか)

自室へ向かった俺に、後ろから声が掛かる。

供恵「ちょっと、携帯返してよね」

ああ、すっかり忘れていた。

奉太郎「ありがとな」

再び、自室へ向かう。

しかし再度声が掛かる。

供恵「ちょっと、アンタ寝ぼけてるの?」

奉太郎「……なにが?」

姉貴はニヤリと嫌な笑顔を浮かべる。

供恵「あれ、約束でしょ」

指差す先には食器の山。

奉太郎(どうやら)

奉太郎(もっと先に片付けなければいけない問題があったな)

数えるのも嫌になる程の溜息をもう一つつき、俺は食器の山へと向かうのであった。

4.5話
おわり

以上で四話、4.5話、終わりとなります。

次は早ければ日曜日辺り、遅くても一週間以内に投下します。

それでは、失礼します。

こんばんは、投下内容の練り直しと時間ができましたので明日には投下できそうです。

昼頃に投下予定です。

こんにちは、第五話を投下致します。

今日はあまり眠れなかった。

寝付こうとしても、中々寝付けず、睡眠時間は3時間程だろうか。

奉太郎(学校に着く前にぶっ倒れるかもしれんな、これは)

しかしそうは言ってもられない。

今日は、やるべき事があるからだ。

時刻は7時、準備をしなければ。

寝癖がほとんどついていない、それもそうか……まともに寝ていないのだから。

朝食を済ませ、コーヒーを一杯飲む。

奉太郎(今日で……終わらせる)

奉太郎(少し早いが、行くか)

カバンを背負い、玄関のドアに手を掛けた。

供恵「ちょっとアンタ」

奉太郎「ん、なんだ」

供恵「……寝間着で学校に行くの?」

ああくそ、俺はどうやら……すっかり頭の回転が落ちている。

姉貴の横を無言で通り過ぎ、制服に着替える。

供恵「それもそれでありだとは思うわよー面白いし」

後ろから何やら声がかかるが、無視。

しかし、こんな状態で本当に大丈夫だろうか。

いや、駄目だ、これは絶対に……解決せねば。

洗面所で服装の確認をし、再び玄関に手を掛ける。

供恵「ちょっとアンタ」

奉太郎「……今度はなんだ」

供恵「別に、ただ言ってみただけ」

奉太郎「行くぞ、構ってられん」

やはりどうにも、姉貴は苦手だ。

供恵「頑張りなさいよ」

考えを見透かされてる様で、苦手だ。

姉貴に返事代わりに手を挙げ、玄関のドアを開いた。

供恵「ま、私の弟だし余裕だとは思うけどねー!」

供恵「そ、れ、と! あんま無理はしないようにね」

朝から元気なこった、だが少し、元気は出たか。

家を出ると、意外な顔が見える。

摩耶花「……おはよ」

こいつが俺の家に来るなんて、今日は雪だろうか?

奉太郎「珍しいな、今日は良くない事が起きそうだ」

摩耶花「……そうかもね」

摩耶花「折木、ちょっといいかな」

伊原の威勢がいい反論も聞けない、無理もないか。

奉太郎「ああ、少し頭を回さないといけないしな」

摩耶花「?」

摩耶花「まあいいわ」

伊原は少し疑問に思ったみたいだが、そこまでは気にしていない様子だった。

並んで学校へ向かう。

奉太郎(一生に一度あるかないかの、奇跡的な絵になりそうだな)

摩耶花「まさか、折木と学校へ一緒に行くことがあるなんて夢にも思わなかったわ」

全くの同意見。

摩耶花「昨日の、事なんだけどね」

伊原はそう、前置きをした。

やはりそうか、むしろそれ以外だったら俺はどんな顔をしていただろう。

奉太郎「あれか」

摩耶花「……うん」

摩耶花「私、少し邪魔だったかな。 やっぱり」

摩耶花「ふくちゃんから昨日、電話がきてね」

摩耶花「私は悪くない、安心してって」

摩耶花「でもやっぱり……迷惑だったのかな」

なんでだろう……千反田といい、伊原といい、どうして自分を責めるのだろうか?

奉太郎「なんで俺にそんな話をするんだ、里志に相談すればいいだろう」

摩耶花「……ふくちゃんにこんな話、できる訳ないじゃない」

摩耶花「ちーちゃんは、あんな事言わないと思っていたのに」

摩耶花「……それだけ」

奉太郎「ま、余り深く考えるな」

奉太郎「千反田は今日、話があるみたいだぞ」

俺が事情を説明してもいいのだが、本人同士で話すのが一番いいだろう。

摩耶花「そう、ちーちゃんが」

摩耶花「……分かった、少し腹を割って、話そうかな」

奉太郎「ああ、それがいい」

奉太郎「だけど、そんなに気を病むなよ」

奉太郎「言い返してこないお前と話していても、つまらん」

摩耶花「……折木のくせに」

摩耶花「でも、ありがとね」

摩耶花「けど……やっぱり折木に励まされるのって、なんかムカツク」

おいおい、随分と酷いなこいつは。

今の一瞬で、俺の株は下がって上がって下がったのだろうか。

摩耶花「ちょっと元気出たし、私先に行くね」

そう言うと伊原は走り、学校へ向かっていった。

奉太郎(元気が出たらなによりだ)

奉太郎(けど、今のままの伊原の方が……大人しくていいかもしれない)

伊原に聞かれたら、それこそ俺は生きて帰れる気がしない。

まあ、少しは頭の回転になったか。

あくびをしながら、学校へと向かう。

奉太郎(それにしてもだるいな、体が重い)

1……2……3……4……あ、学校が見えた。

あくびを4回したところで、ようやく学校が見えてきた。

校門の前で一度止まり、深呼吸。

奉太郎(今日は少し、気合いを入れんとな)

柄にも無く「おし、行くぞ!」と意気込んでいたところで、背中に衝撃が走った。

里志「おっはよー! ホータロー!」

奉太郎「……いって!」

奉太郎「朝から元気だな、お前」

少々目つきを悪くして、里志を睨む。

里志「そういうホータローは随分とだるそうだね、はは」

奉太郎「昨日は少ししか眠れなかったんだ、寝つきが悪くてな」

里志「そんな日もあるさ! でもね、今日は期待してるよ? ホータロー」

奉太郎「……今日はちょっと、気合い……いれていくか」

里志「あんまり無理はしないようにね、大丈夫だとは思うけど」

奉太郎「分かってる、大丈夫だ」

里志「そうかい、じゃあ僕は総務委員の仕事があるから、これで」

そう言うと、里志は俺に手を振りながら昇降口へと走っていった。

下駄箱で靴を履き替える。

階段を上がろうとしたところで、後ろから声が掛かった。

伊原、里志ときたら……あいつだろう。

える「おはようございます、折木さん」

奉太郎「やはり千反田か、おはよう」

える「やはり? ちょっと気になりますが……今はやめましょう」

俺の第六感まで気になられては、対処のしようが無い。

える「あのですね、今日の放課後なんですが」

える「部室でお話をしようと思っていて、申し訳ないんですが」

用は、放課後は部室を空けてくれないか、ということだろう。

丁度いい、今日はどうも部活に出れそうになかった。

奉太郎「ああ、空けて置く、今日は部活は休ませて貰う事にする」

える「そうですか、ありがとうございます」

える「それと、ですね」

まだ何かあるのだろうか?

える「少し顔色が優れないようですが……大丈夫ですか?」

そう言うと、千反田は俺のおでこに手を当ててきた。

奉太郎「だ、大丈夫だ。 気にするな」

周りの人間がこっちを見ている、何もこんな人が多いところでやることはないだろうが!

える「ならいいのですが、それでは!」

そう言うと、千反田は自分の教室へと向かって行った。

奉太郎(いつも通りの、千反田だっただろうか)

奉太郎(少しは元気が出たみたいだな、あいつも)

そのまま教室へ向かい、自分の席に着く。

奉太郎(にしても、眠いな)

少し寝よう、少しだけ。

俺はそう考えると同時に、眠った。

腰が痛い、腕も少しだけ痛い。

奉太郎「ん……」

目が覚めた、クラスは賑やかな様子だ。

「おう、折木」

突然、名前もまともに覚えていないクラスメイトに声を掛けられた。

「お前、中々やるじゃねーか」

奉太郎「ん、なにが」

「昼までずっと寝てるなんて、そうそうできないぞ?」

昼まで……?

時計に視線を移す。

時刻は12時を少し回った所。

奉太郎「ああ、寝すぎた」

「先生達、震えてたぞ。 見てる分には面白かった」

それだけ言うとそいつは満足したのか、いつもつるんでいるらしき奴等の元へ向かって行った。

奉太郎(後で呼び出されそうだな、めんどうくさい)

奉太郎(しかし、少しは頭が冴えたか……まだ少しだるいが)

昼休みか、教室は少し気まずい。

朝から昼まで寝ていた奴をちらちらと見る連中がいるからだ。

奉太郎(部室で飯を食うか)

省エネでは無いが、俺にも一応気まずさを避けたいって気持ちはある。

弁当を持ち、部室へ向かった。

~古典部部室~

あくびを一つつきながら、扉を開ける。

誰も居ないと思ったが……どうやら先客が居た様だ。

える「あ、折木さん、こんにちは」

奉太郎「なんだ、誰も居ないと思ったのだが」

える「たまに、ここで食べているんです」

える「陽が暖かくて、気持ちいいので」

奉太郎「そうか、邪魔してもいいか?」

える「ええ、勿論です」

千反田の前の席に腰を掛け、弁当を開く。

える「おいしそうなお弁当ですね、自分で?」

奉太郎「いや、姉貴が作ってくれている」

える「そうですか、お姉さん優しいんですね」

奉太郎「……本気か?」

える「え? はい、そうですけど……」

奉太郎「何も知らないからそんな事が言えるんだ……」

える「でも、これだけの物って中々作れる物ではないですよ」

そうなのだろうか?

姉貴が家に居るときはほとんど作ってくれるし、そんな事は思った事がなかった。

奉太郎「そうなのか? 普通の弁当だと思うが」

える「いえいえ、折木さんの事を想っている、いいお姉さんだと分かるお弁当です!」

ふうむ……少しは姉貴にも感謝しておくか。

奉太郎(姉貴よ、ありがとう)

こんなもんでいいだろう。

奉太郎「少し感謝しておいた、心の中で」

える「ちゃんと直接言った方がいいと思いますが……」

奉太郎「気持ちが一番大事なんだ」

える「そ、そうですか」

千反田の苦笑いが、少し辛い。

奉太郎「それはそうと、千反田の弁当も中々すごいな」

える「そ、そうでしょうか? 私のこそ普通、ですよ」

奉太郎「そんなことはないだろう、とても旨そうだぞ」

える「……少し、食べます?」

奉太郎「いいのか? じゃあ一つ」

そう言うと、千反田はおかずを一つ、俺の弁当に移す。

奉太郎(貰ったままでも、なんか悪いな)

奉太郎「俺のも一つやろう」

える「はい! ありがとうございます」

千反田の弁当に、おかずを一つ移した。

そこでふと、本当にどうでもいい考えが浮かんできた。

奉太郎(今千反田に貰ったおかずを、そのまま返していたらどんな反応をするのだろうか)

奉太郎(……なんて無駄な事を考えているんだ、俺は)

勿論そんな事はしない。

そして、千反田に貰ったおかずを口に運ぶ。

奉太郎(う、うまい)

奉太郎「これは……うまいな、こんな料理を作れるなんて、なんでもできるんじゃないか? 作った人」

える「ええっと……」

える「これ、作ったの私なんです」

千反田は恥ずかしそうに笑いながら、そう言った。

奉太郎「そ、そうか」

何故か、嵌められた気分に俺はなる。

そんな風に若干気まずい空気が流れた時、ドアが勢い良く開く。

前にも、似たような光景があったような……

里志「おっじゃまー!」

里志「あれ、ホータローに千反田さん?」

里志「ご、ごめん! 邪魔しちゃったみたいだね!」

待て、里志よ。

奉太郎「おい、里志」

里志「え、なんだい?」

奉太郎「お前、いつから居た?」

里志「えっと……最初から、かな」

くそ、全然気づかなかった。

そう言うと里志は手短な席に腰を掛ける。

里志「ごめんごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだよ」

里志「でも二人がカップルみたいにしてるのをみたら、ついね」

える「カ、カップルだなんてそんな」

える「たまたま、会っただけですよ! 本当に!」

える「折木さんと私は、その……仲はいいですけど、まだそんな仲では無いというか……」

千反田の焦っている所を見るのは、少し楽しいかもしれない。

奉太郎「里志、その辺にしておけ」

だが、こいつは一言言わないといつまでも続けるだろう。

里志「あはは、ジョークだよ、千反田さん」

える「じょ、じょーく……ですか」

千反田は胸を撫で下ろし、ハッとする。

える「あ、あの」

える「福部さん」

里志「あー、例の事かい?」

里志はこう見えても、勘は冴えるほうだと思う。

千反田の微妙におどおどした様子を見て、なんの話か分かったのだろう。

える「知ってたんですか、この度は……」

つまり、例の事件の事だ。

だが千反田が最後まで言う前に、里志は口を開いた。

里志「これでも僕は、人間観察をしている方だと思うんだ」

里志「それでね、人を見る目も結構あると思っている」

里志「だから、千反田さんの事は信じているよ」

里志「ホータローの事は、どうかな?」

奉太郎「おい」

里志「うそうそ、信じてるよ。 ホータロー」

そう言うと、里志は俺に抱きつこうとしてくる。

やめろ、気持ち悪い。

える「ふふ、ありがとうございます」

える「やはり、折木さんの言うとおりでした」

里志「ん? ホータローが何か言ったのかい?」

奉太郎「……なんでもない、気にするな」

える「なんでもない、です」

里志「うーん、気になるなぁ」

俺が最近、非省エネ的な行動をしているのを里志に知られたら……どんな風にいじられるか分かった物じゃない。

どうはぐらかそうか考えていたとき、里志は何かを思い出した様に拳と手の平を合わせた。

里志「あ! 委員会の仕事の途中だったよ、すっかり忘れてた」

奉太郎(この動作を本当にやってる奴は始めてみたぞ……)

しかし、こいつも色々と大変だな。

里志「じゃ、そういう訳で! またね~」

一体、あいつは何をしに来たのだろうか……暇なのか。

奉太郎「そういう訳だ、伊原も必ず話せば分かってくれる」

える「はい……そうですよね!」

さて、と。

そろそろ昼休みも終わりか。

奉太郎「じゃあ俺は教室に戻るとする」

える「はい、私はもうちょっとここでゆっくりしてから戻ります」

奉太郎「そうか、じゃあまた」

える「はい」

俺が部室から出ようとした所で、思い出したように千反田が言った。

える「あ、そういえば」

える「午後の授業は、寝ないで頑張ってくださいね」

……どこまで噂が広まっているんだ、全く。

軽く手を挙げ、千反田に挨拶をすると俺は教室に戻って行った。

~教室~

教室に入り、10分ほど経っただろうか。

授業開始のチャイムが鳴り響いた。

奉太郎(状況の整理を……するか)

まず一つ目。

・千反田を騙した奴は誰か?

C組の女子、名前は里志から聞いている。

二つ目。

・そして、そいつは何をしたか?

千反田に嘘を吹き込み、使わせた。

恐らく、千反田と伊原が仲が良いのを知っていて嘘を吹き込んだのだろう。

目的は漫研絡みと考えるのが妥当。

三つ目。

・そいつの目的はなんだったのか?

千反田と伊原の仲違い。

多分だが、千反田は伊原を傷つける為に利用されたという考えが有力。

つまる所、伊原を追い込むのが目的という事か。


最後に、四つ目。

・そいつに何を話すか?

これには少し考えがある。

正面から言って、千反田と伊原に土下座でもするのなら苦労はしないが……

それをすぐにする奴なら、初めからこんな事はしないだろう。

里志にも協力をしてもらい、手は打ってある。

しかし、里志に話していない事もある。

少し懲らしめないと、駄目だろう。

そこまで考え、俺は息をゆっくりと吐き出した。

話をする場も、既に打ってある。

里志からそいつに「今日の放課後、話があるから屋上でいいかな?」と言って貰った。

俺が言ってもいいのだが……直接会ってしまったら何をするか自分でも分からない。

どうせなら人目に付かない所の方が、勿論いいだろう。

奉太郎(ここまで動き、頭を使ったのは随分と久しぶりだな)

奉太郎(たまにはいいか、熱くなるのも)

そして、放課後はやってきた。


第五話
おわり

以上で第五話、終わりとなります。

第六話は少し時間を置いて、今日の夜に投下予定です。

それではまた後で、失礼します。

乙、ありがとうございます。

何か質問などあれば宜しくお願いします。

こんばんは。
第六話+6.5話を投下致します。

俺は、自分を抑えられるだろうか?

大丈夫だ、意外にも冷静になっている。

今は16時、1時間もあれば……終わるだろう。

奉太郎(行くか)

そう思い、教室を出る。

向かう先は、屋上。

~屋上~

屋上に繋がる扉を躊躇せず開く。

空は曇っていた、風は無い。

視線を流すと、そいつが目に入ってきた。

「あれ、福部君に呼ばれて来たんだけど」

「アンタ誰?」

初対面の人間にこの対応とは、なるほど納得だ。

奉太郎「A組の折木奉太郎だ」

「折木? 聞いたことないなー」

「それで、アタシに何か用?」

「まさか、告白とかするつもり? ムリムリ」

そいつは笑っていた、俺にはどうも……汚らしく見えて仕方ない。

奉太郎「千反田える、この名前は知っているだろう」

「ちたんだ……ちたんだ、ああ、アイツね」

「知ってるけど、それがどうしたの?」

奉太郎「それと伊原摩耶花、勿論知っているだろう」

「あー、あのウザイ奴ね。 勿論知ってる」

やはり、駄目だ。

なんとか抑えようと思ったが、里志には穏便に済ませようと言われたが……

俺はどうやら、そこまで人間が出来ていない様だ。

奉太郎「……自分のした事は、分かっているんだろ」

奉太郎「千反田に嘘を吹き込み、伊原に向かって言わせた」

奉太郎「覚えて無いなんて、言わせないぞ」

「あの馬鹿正直な奴でしょ、今時あんなの信じる奴がいるなんてね」

「思い出したらおかしくなってきちゃう」

良かった。

正直な話、これを否定されたら俺には手は無かった。

千反田は誰に言われた等……あいつの性格だ、言わないだろう。

それをコイツは自分で認めてくれた、良かった。

奉太郎「お前は、なんとも思っていないのか」

奉太郎「千反田を傷付け、伊原も傷付け、なんとも思わないのか」

「別に? 騙される方が悪いんじゃない?」

奉太郎「……あいつは、千反田はお前の事を信じて……伊原に言ったんだぞ!」

奉太郎「それを、お前はなんとも思わないのか!」

奉太郎「千反田は人を疑わないし、嘘なんて付かない」

奉太郎「どこまでも……正直な奴なんだぞ」

「ふーん、あっそ」

「アタシも知ってるよ、あいつが馬鹿正直な所」

「それで教えてあげたんだもん」

「こいつなら絶対に騙されるなーって思ってね」

奉太郎「……お前に千反田の何が分かる!!」

自分でも、驚くほどに大きな声で叫んでいた。

言われたそいつは、少し身を引きながら再び口を開く。

「な、なに熱くなってんの? ほっときゃいいじゃん」

奉太郎「あいつはな、千反田は伊原にその言葉を言った後……!」

思いとどまる、こいつに……千反田の泣いていた所なんて、教えたくない。

奉太郎「お前に千反田と話す権利なんて無い!」

「それは残念だなぁ、もうちょっと使おうと思ってたのに」

「ていうかさ、たかが友達の事で本気になってて恥ずかしくないの?」

たかが友達、か。

確かに、俺も昔は少しそうだったのかもしれない。

氷菓事件の時、千反田の家で話し合いをした時。

俺は流そうとした、それが俺らしいと思い。

たかが一人の女子生徒の悩み。

たかが高校の部活動。

だけど、俺とこいつは……絶対に同類なんかじゃない。

不思議と、今の言葉で俺は落ち着けた。

奉太郎「……もういい」

「あっそ、じゃあ帰っていいかな」

奉太郎「違う、お前に普通の話し合いなんて、通じないからもういい」

「言ってる意味が分からないんだけど?」

奉太郎「お前は、漫研で活動してるな」

「……それが何?」

奉太郎「その部室から少し離れた場所」

奉太郎「女子トイレが無く、男子トイレしかない場所があるのも知ってるな」

「それが……なんだよ」

奉太郎「以前俺は、お前がトイレから出てくるのを見かけている」

奉太郎「男子トイレ、からな」

「アンタ、ストーカー?」

もう、くだらない挑発は無視をする。

奉太郎「昨日、その男子トイレを少し調べた」

奉太郎「見つかったのはこれだ」

俺の手にあるのは、ビニール袋に入った【煙草】

奉太郎「これは、お前の物だろ?」

「っ! んな訳ないでしょ!」

やはり、認めないか。

奉太郎「そうか、余りこういう事はしたくないんだが」

そう言い、俺はポケットから一つの写真を取り出した。

そこには、金髪の女子が男子トイレで煙草を吸っている光景が写し出されている。

奉太郎「こいつは、俺の友達が撮ってくれた写真だ」

奉太郎「知ってるか? 図書室のとある場所から丸見えなんだぞ」

「……アタシを脅してるつもり?」

奉太郎「そうなるな」

奉太郎「これを学校側に提出されたくなかったら、今後一切」

奉太郎「千反田と伊原に関わるな」

「……そんな物、出されたら……」

小さいが、俺には確かに聞こえていた。

しかし、すぐに元の調子に戻る。

「おもしろいね、アンタ」

「じゃあ、こういうのはどうかな?」

「アタシが捏造写真で盾にされてる、捏造写真を仕組んだのは伊原摩耶花」

「面白そうじゃない?」

奉太郎「そんなので、先生達が信じる訳ないだろう」

「確かにね、でも」

「お互いの言い分を尊重し、退学は無し」

「両名にしばらくの停学を言い渡す」

「こうなると思うんだけど?」

「それで停学が明けたら、無事にアタシはまた千反田ちゃんと伊原ちゃんと仲良しこよし」

「いいと思わない?」

奉太郎「……本気でそう思っているのか」

「もっちろん」

奉太郎(これは本当に、使いたく無かったが)

奉太郎(仕方ないか)

奉太郎「俺が、どんな友達を持っているかお前は知らないのか」

「はあ? アンタの友達になんて興味ないし」

奉太郎「そうか」

奉太郎「お前を呼び出した奴、覚えているか」

「福部の事?」

奉太郎「そうだ、あいつがどこに所属しているか知っているか」

「言ってる意味がわからないんだけど、何を言いたいのよアンタは!」

奉太郎「あいつは総務委員会に所属しているんだ」

奉太郎「副委員長としてな」

「総務……委員会?」

奉太郎「俺が持っているこの写真、あいつも既に持っている」

奉太郎「そして、少なからず学校の上層部に影響力のある立場だ」

奉太郎「そんな奴がこの写真を提出したら、どうなるかお前でも分かるだろ」

「や、やめてよ」

急に弱気、か。

「そんな事されたら、アタシは」

奉太郎「お前の意見なんか聞いていない!!」

「ひっ……」

奉太郎「俺が譲歩してやっているんだ、お前が……」

奉太郎「今後、千反田や伊原、里志……福部とも」

奉太郎「それに俺と、一切関わらないならこいつは提出しない」

奉太郎「だがこいつは保管させてもらう、いつでも提出出来る様にな」

奉太郎「お前がもし、俺たちに関わってきたらすぐに退学にしてやる」

奉太郎「分かったか?」

「……」

奉太郎(仕上げだな)

奉太郎「お前も退学になったら困るだろう? 親がどこかしらの学校のお偉いさん、だからな」

「っ! ……わ、分かった」


その情報は、誰に聞いた物でもなかった。

今の会話から、こいつの言葉が小さくなる部分、表情の変化。

それらを繋げて、得た情報であった。

奉太郎「俺もそこまで鬼じゃない、お前が変な事をしなければ何もしない」

「ご、ごめんなさい」

奉太郎「別に謝らなくていい、俺にも、千反田にも伊原にも、里志にも」

奉太郎「お前の謝罪なんて、何も響かない」

奉太郎「……もし今度何かあったら、話し合いだけでは済むとは思うなよ」

それ以降、そいつはうなだれて口を開こうとしなかった。

俺は、屋上から降りる。

階段を降り、一度自分の教室へ向かった。

椅子に座り、大きく深呼吸をする。

奉太郎(5回、くらいか?)

思考を放棄して、殴りかかりそうになった回数。

だが、もし殴ったとしてだ。

千反田はそれで喜ぶだろうか?

伊原は? 里志は?

間違いなく、喜びはしない。

それがなんとか俺を留まらせた。

奉太郎(全く、今日は本当に疲れた)

時刻は……17時30分、か。

少し、長引いてしまったな。

さて、と。

千反田と伊原の方は、無事に終わっただろうか?

私は、昼休みに折木さんと別れた後、摩耶花さんの教室を訪ねました。

摩耶花さんは少し、私を怖がっていた様で胸が痛みます。

しかし、伝えなくてはいけません。

える「あの、摩耶花さん」

摩耶花「ちーちゃんか……何か、用事?」

える「……はい、今日の放課後に少し話せますか?」

摩耶花「……うん、いいよ」

一瞬だけ、摩耶花さんが嫌そうな表情をしました。

それだけで、私はもう……

摩耶花「でも委員会の仕事があるから、終わってからでいいかな」

そして、摩耶花さんは私の顔を見てくれませんでした。

える「はい、では部室で待っていますね」

そう伝えると摩耶花さんは軽く頷き、それ以降は喋ろうとはしません。

私は教室を出ると、自分の教室に向かいます。

また少し、泣きそうになってしまいます。

える(涙脆くなったのでしょうか、私は)

教室に戻るとすぐに午後の授業が始まりました。

あっという間に授業は終わり、放課後となります。

摩耶花さんの委員会は大体17時頃に終わる予定となっていました。

それまで少し、時間が余っています。

一度部室に行き、座って外を眺めていましたが……校内でもお散歩しましょう。

そう思い、人が少なくなった校内を歩きました。

気付けば自然と、折木さんのクラスへ。

教室を覗くと、まばらには人が居ましたが折木さんの姿は見当たりません。

える(そうでした、折木さんはもう帰っているのでしょう)

朝の事を思い出し、教室を去ろうとした所で不自然な物を見つけます。

える(あれは、折木さんのカバン?)

える(忘れていったのでしょうか……でも、おかしいです)

折木さんは意外と言ったら失礼ですが……忘れ物は滅多にしません。

そんな折木さんが忘れ物? それかまだ学校にいるのでしょうか?

5分ほどそこで待ちましたが、戻ってくる気配はありません。

える(仕方がないです、また散歩でもしましょう)

そして階段まで差し掛かったとき、何やら声が聞こえてきます。

あれは……屋上から?

声の抑揚が、折木さんの物と一緒です。

間違いありません……折木さんです。

える(誰かと話しているのでしょうか? 少しだけ……行ってみましょう)

私は、屋上の扉まで辿り着きました。

これでも意外と耳はいい方だとは思っています。

内容はしっかりと聞こえました。

その内容は、どうやら私の事の様で。

昨日の事のようです。

える(もしや折木さんは、昨日私と話していた方とお話を?)

折木さんの方は、とても真剣に。

もう片方の方は、どこかふざけている感じ……でしょうか。

突然、折木さんが大声をあげます。

える(折木さんが、あんなに大きな声で……)

少なくとも、一年間一緒に居ましたが……ここまで大声を出しているのは聞いたことがありません。

自分で言うのもあれですが、その内容は……私の事を大切に思ってくださっている物です。

ここまで……ここまで折木さんは、していてくれたのですか。

私は本当に、折木さんに頼りっぱなしです。

扉越しに、折木さんに頭を下げその場を去ります。

あまり、聞いてはいけない内容でしょう。

折木さんがその話をしてくれなかったのも、私に知られたくなかったからでしょう。

ならば、聞いては駄目です。

私はゆっくりと部室に戻り、決意を固めます。

える(私は、摩耶花さんにしっかりと気持ちを伝えます)

える(友達を失うのは……耐えられません)

える(絶対に、仲直りします!)

その時、扉が開きました。

摩耶花さんが来たようです。

~古典部部室~

やっぱり、帰ろうかな。

ちーちゃんには悪いけど……

いや、駄目だ。

朝、折木にも相談に乗ってもらったし、ここで逃げちゃ駄目だ。

でも扉は、とても重い。

なんて言われようとも、私はちーちゃんと話さなきゃいけない。

そうしないと、いつまでも弱いままだ。

胸に手を置き、息を整える。

摩耶花(よし!)

扉を、開けた。

そこには、いつも通りのちーちゃんが居た。

摩耶花「……来たよ」

なんて、暗い声なんだろう。

える「摩耶花さん、わざわざすいません」

摩耶花「話って、何かな」

分かってるだろう、自分でも。

性格悪いのかな、私。

える「昨日の、事です」

摩耶花「……そう」

ちーちゃんは、ゆっくりと語り始めた。

その内容を頭に入れる。

そして5分ほどで、話は終わった。

える「言い訳みたいに、なってしまいましたが」

える「摩耶花さん、本当に申し訳ありません」

える「合わせる顔も無いと思いましたが、話さずにはいられませんでした」

える「すいませんでした」

そう話を締めると、ちーちゃんは頭を下げた。

ほんっとに。

ほんとーに! 私って、馬鹿だ。

ちーちゃんが、そんな事……昨日言った事を本気でする訳ないじゃんか。

私は昨日まで、ちーちゃんの事を疑っていたのをすごく後悔した。

ああもう! 最低じゃないか私。

謝るのは、こっちの方だ。

そして、尚も頭を下げ続けるちーちゃんに向け、言った。

摩耶花「……ちーちゃん」

摩耶花「謝るのは、私の方だよ」

摩耶花「ちーちゃん! ごめん!」

するとちーちゃんはキョトンとした顔をこっちに向け、少し困惑していた。

摩耶花「私、ちーちゃんの事疑ってた」

摩耶花「もしかしたら、そういう事を言う人なんじゃないかって」

摩耶花「でも、普通に考えたらありえないよね」

摩耶花「ごめんね、ちーちゃん」

える「あ、あの」

える「……許して、くれるんですか」

何を言ってるんだこの子は!

摩耶花「当たり前じゃない! だって私たち」

摩耶花「友達、でしょ」

今年一番の、いい笑顔だったと思う。

良かった、本当に。

胸の痛みは、とても自然に……心地よく消えていた。

える「……はい! 友達、ですよね」

ちーちゃんの笑顔も、今年で一番可愛らしかった。

える「良かったです、本当に……良かったです」

ちーちゃんの瞳から、綺麗な涙が落ちるのを見た。

摩耶花「良かったよ、私もほんっとに」

摩耶花「……良かったよ」

その後は、時間が許すまでお話をした。

今回の事で、お互いが思っていた事。

その間何回か泣き、笑った。

やっぱり、ちーちゃんはちーちゃんだ。

私の大切な、友達。

そうだ、あれをあげよう。

元からあげる予定だったんだけど、ね。

摩耶花「そだ、ちーちゃん……」

える「はい? なんでしょうか」

摩耶花「これ、あげる」

える「……これは、すごく綺麗ですね」

摩耶花「なら良かった、喜んで貰えるなら私もうれしい」

える「私のお部屋に飾りたいですが……この部屋に飾ってもいいですか?」

摩耶花「ちょっと恥ずかしいけど……うん、いいよ」

摩耶花「ちーちゃんのお部屋用のも、今度あげるね」

える「はい! ありがとうございます、摩耶花さん」

~教室~

少し休んでいたつもりだったが、もう18時か……

ふと窓から外を眺めると、千反田と伊原の姿が目に入ってきた。

お互いに笑顔で、とても仲が良さそうに見える。

奉太郎(向こうも、うまくいったようだな)

奉太郎(俺も帰るか、体が重すぎるぞ……)

教室を出た所で、少しだけ黄昏れたい気分になった。

奉太郎(部室に寄って行くか)

そう思い、普段より重く感じる体を引き摺りながら目的地へ向かう。

古典部の前に着き、ゆっくりと扉を開けた。

夕日が差し込み、中々に趣がある光景となっている。

近くの席に腰掛け、溜息を一つついた。

奉太郎(最近は本当に、体を動かしっぱなしだな)

奉太郎(俺は、今薔薇色なのだろうか?)

奉太郎(わからん……)

奉太郎(まあ、どっちでもいいか)

奉太郎(しかし……何も灰色に、拘る必要もないかもしれない)

最終下校を知らせるチャイムが鳴り響いた。

奉太郎(もう少し居たかったが……仕方ない、帰るか)

部室を出ようとしたところで、見慣れない物が視界に入ってきた。

奉太郎(……全く、周りから見たら薔薇色の一員か、俺も)

そして俺は、家へと帰る。

部室には--------

俺、里志、伊原、千反田。

全員が笑顔の、綺麗な色使いの絵が飾ってあった。

今日もまた、高校生活は浪費されていく。

それは灰色か、薔薇色か。

こいつはどうやら、自分で決める事ではないらしい。

今日もまた灰色の……いや、どちらかは分からない高校生活は浪費されていく。

第六話
おわり

以上で第六話は終わりです。

続けて6.5話を投下します。

やっと、家に着いた。

今日はとても長く感じる。

色々あったが……無事に終わった。

ま、終わりよければ全て良しと言った所か。

家に入り、自室へ向かう。

姉貴がリビングに居るが、疲れていて姉貴の話に付き合う体力は無い。

奉太郎(やはり少し、体が重いな)

朝からだったが、今がピークだろうか……どうにもふらふらする。

ああ、もう少しで、部屋に着く。

奉太郎(なんか、視界が揺れているぞ)

奉太郎(ま、ずいな)

そこで、俺の意識は途絶えた。

摩耶花から連絡が来て、千反田さんと仲直りした事を聞いた。

里志(ホータローの方もうまくいってるだろうし、これで一件落着って所かな)

けど、ホータローには随分と任せっぱなしにしてしまったなぁ。

僕の立場を使うってのは良いと思ったけどね。

とりあえず明日、部室でゆっくり皆で話そう。

里志(にしても、疲れたなぁ)

突然、部屋の電話が鳴り響いた。

里志(誰だろう? 摩耶花なら携帯に掛けて来る筈だし……ホータローかな?)

電話機の前まで行き、映し出されている番号はホータローの家の物だった。

里志(やっぱりか、今日の結果報告と言った所かな?)

そう思い、電話を取る。

里志「もしもし、ホータローかい?」

供恵「ごめんねー。 奉太郎じゃなくて」

里志「あれ、ホータローのお姉さんですか?」

供恵「そっそ、里志君お久しぶり」

里志「どうも! それで、何か用でしょうか?」

供恵「うん、実はね」

私は家のベッドに転がると、今日の事を思い出す。

摩耶花(本当によかった、仲直りできて)

一応、敵を作りやすい性格だとは自分でも分かっている。

でも、ちーちゃんに嫌われたと思ったときは本当に辛かった。

しかしそれも思い過ごしで……なんだか思い出したら泣けてきちゃう。

摩耶花(やっぱりちーちゃんとは、友達続けていたいな)

明日は、またいっぱい話をしよう。

今度、どこかへ遊びに行こうかな。

ちーちゃんは遊ぶ場所知らなさそうだし、私が案内しなくちゃ。

そうだ、どうせならふくちゃんも、折木も呼んでどこかへ行こう。

そう思い携帯を手に取る。

電話番号を押そうとした所で、着信。

摩耶花(ふくちゃんから? 何か用なのかな)

摩耶花「もしもし、ふくちゃん?」

里志「摩耶花! ちょっと今から出れる!?」

焦っている感じ……何かあったのかな?

摩耶花「う、うん」

摩耶花「……一体どうしたの?」

縁側に座り、夕日色に染まる空を眺めました。

私は……とても友達に恵まれています。

折木さんも、福部さんも、それに摩耶花さんも。

皆さん、とてもいい方達です。

私には少し勿体無いくらいの、そんな人たちです。

でもやはり、最後にはまた……折木さんに助けられました。

いつか、私が折木さんを助ける事はできるのでしょうか?

える(何か、恩返しはできないでしょうか……)

える(折木さんにも、福部さんにも、摩耶花さんにも)

最初に古典部に入った目的は、氷菓の件です。

しかし私しか部員がおらず、どうしようかと思っていたときに現れたのは折木さんでした。

そして私が長い間、考えていた問題も解決してくれました。

他にも色々と、今回の事だってそうです。

える(とても返しきれそうな恩では……ないですね)

気温も大分、気持ちいいくらいになってきます。

もうすぐ夏も、やってきます。

える(時が経つのは早いですね、これからどのくらいの間、一緒に居られるのでしょうか)

える(後、2年も……ないですね)

考えると寂しい気持ちになってしまうので、気持ちを切り替える為に冷たい水でも飲みましょう。

そう思い、台所へと向かいました。

丁度台所に入ろうとしたとき、家のインターホンがなります。

える(お客さんでしょうか?)

える(こんな時間に、珍しいですね)

私は台所へ向かっていた足を玄関に向けると、扉を開きました。

摩耶花「ちーちゃん!」

える「ま、摩耶花さん?」

摩耶花さんから私の家までは大分距離があるのに……どうしたのでしょう?

える「どうしたんですか? 随分と慌てている様ですが……」

摩耶花「折木が、折木が倒れた!」


6.5話
おわり

以上で6.5話、終わりです。

次回の投下は今のところ未定となっています、一週間以内には投下できると思いますが……

予定日と時間が決まりましたら、またここでご連絡します。

乙、ありがとうございました。

何か質問等ありましたら、書いておいて貰えれば見たときに答えます。

それでは、失礼します。

何話までの予定?

個人的にアニメ2期が始まるまで続けて欲しい

乙です

質問って言うか気になるのは
4.5話でほうたるは発信履歴をちゃんと消したのか
あ・た・し♪は発信履歴を確認したのか
まぁ残ってても、この姉ならしょうもない悪戯はしないだろうけど…

こんばんは。

>>182
一応、30話前後を予想しています。
ですが書いている途中で構想が変わる場合もあるので増減する可能性もあります。
現在は10話まで執筆済みです。

>>185
奉太郎は携帯を持っておらず、使い方もよく分かっていないので消していません。
あ・た・し♪さんは発信履歴の確認済みです。

今回の話でも、少しその部分には触れています。




という訳で第七話、7.5話投下致します。
予定は前倒しになる物です。

える「折木さんが!?」

今考えると、朝からどこか……具合の悪そうな顔をしていました。

思い出されるのは、今日の屋上で聞いた話。

える(……私のせいです)

私がもっとしっかりしていれば、折木さんに頼らずに済んでいたのに。

なのに折木さんに無理をしてもらって……

える(考えていても、仕方ありません)

える「折木さんはどこに?」

摩耶花「私もふくちゃんから聞いただけなんだけど……今は家に居るみたい」

える「では、行きましょう!」

そう言うと、私は制服のまま自転車を取り出します。

摩耶花さんも自転車で来ていた様です。

精一杯漕いで……15分ほどでしょうか。

それらを計算する時間も勿体無く、私は摩耶花さんと一緒に折木さんの家に向かいました。

折木さんの家には何度かお邪魔した事があったので、道順は大丈夫です。

少しだけ見慣れた光景なのに……とても長く感じました。

える(早く……まだでしょうか)

たった15分の道のりが、30分にも1時間にも感じます。

摩耶花「ちーちゃん! 道はあってるの?」

える「はい! 何度か行った事があるので大丈夫です!」

自転車を漕ぎながらも、必死で会話をします。

摩耶花「え? ちーちゃん折木の家に行った事あるの!?」

ああ、失念していました。

別段、秘密にしようとは思っていなかったのですが……

なんとなく、隠していたんです。

でも、今は答えている余裕はありません。

える「もう少しで着きます!」

やっと……やっと見えてきました。

折木さんの家の前では……福部さんが待っていました。

える「福部さん! 折木さんは!?」

里志「ち、千反田さん。 落ち着いて」

里志「ホータローなら家に居るよ、お姉さんもね」

福部さんは、どうしてここまで落ち着いているのでしょう?

摩耶花「ふくちゃん! 早く折木の所へ行こう!」

そうです、折木さんは大丈夫なのでしょうか……

里志「うん、じゃあ行こうか」

福部さんの後ろについて行く形で、折木さんの家に入ります。

玄関を開けると、折木さんのお姉さんが居ました。

供恵「お、来たね」

供恵「にしてもあいつ、意外と友達に恵まれてるなー」

この方……もしかして。

摩耶花「こんにちは、伊原摩耶花といいます」

える「千反田えると申します」

摩耶花さんに続き、軽い挨拶をしました。

そこでふと、少し気になっていた疑問をぶつけてみます。

える「あの、すいません……以前お会いしましたよね?」

供恵「前に? うーん」

供恵「覚えてないなぁ……どこで会ったの?」

確かに、会った筈です。

える「神山高校の文化祭の時にお会いしたかと……」

供恵「え? なんか話したっけ、私と」

える「いえ、一目見ただけです。 その時はなんとなく、以前どこかでお会いした気がしていたんですが……」

える「折木さんのお姉さんだったんですね!」

供恵「すごい記憶力ねぇ」

供恵「ま、それにしても」

供恵「私とあいつが似てるー? 勘弁してよ!」

里志「あはは、ホータローもそれは違うって言ってたね」

供恵「あいつがねぇ……」

供恵「と言うか、千反田さん?だっけ」

える「は、はい」

供恵「なるほどねぇ、可能性の一つって所かしら」

える「え、えっと?」

供恵「ううん、なんでもない」

少し、気になりますが……

いけません!

今はもっと、しなければいけない事があるんでした!

える「それより!」

供恵「な、なに?」

里志「ち、千反田さん落ち着いて。 お姉さんびっくりしてるよ」

いけません、また近づきすぎてしまいました……

える「す、すいません。 で、でもですね」

える「折木さんはどこでしょうか!? 無事なのでしょうか!?」

供恵「あいつも大切にしてもらってるのねぇ、勿体無い!」

供恵「あ、奉太郎ね」

供恵「今は自分の部屋で寝ているよ、顔だけでも出してあげて」

える「ありがとうございます」

える「行きましょう。 福部さん、摩耶花さん」

摩耶花「うん、そうだね」

里志「りょーかい」

私たちは、3人で折木さんのお部屋に向かいました。

ドアはすんなりと開きます。

目に入ってきたのは、ベッドに横になっている折木さんでした。

える(私が、私のせいで……)

える「折木さん!」

折木さんの所へ行くと、手を握ります。

摩耶花「折木! 大丈夫?」

あれ? 福部さんも一緒に来たと思ったのですが……

お手洗いにでも行っているのでしょうか? 見当たりません。

で、でも今はそれよりも!

える「折木さん! 折木さん!」

何度か呼びかけると、折木さんは返事をしました。

奉太郎「……おい」

そう言うと、折木さんはゆっくりと体を起こします。

奉太郎「里志だな……こんな大事にしたのは」

大事……とはどういう意味でしょうか?

里志「い、いやあ……僕もここまで大事になるとは思わなかったんだよ」

える(福部さん、いつの間に戻ったのでしょうか……)

奉太郎「全く、いい迷惑だ」

える「え、ええっと?」

摩耶花「……ふくちゃん、説明してね」

つまりは、どういう事でしょう?

摩耶花さんは何か分かった様な顔をしていますが……

里志「えっとね、ホータローはただの風邪なんだ」

里志「最初に聞いたのは僕なんだけど……ホータローのお姉さんからね」

里志「それを拡大解釈して、摩耶花に連絡をしたんだよ」

里志「ホータローが倒れた! ってね」

里志「そうしたら摩耶花は千反田さんに連絡を入れて……今に至るって所かな」

そ、そうでしたか……

でも、危ない状態ではなくて良かったです。

いえ、一度倒れているんです……良かった事はないでしょう。

える「……そうですか、少しだけ安心しました」

そう言うと、私は床に座り込んでしまいます。

全身から、一気に力が抜けたのでしょうか。

摩耶花「……ふくちゃんのバカ」

摩耶花「あんな慌てて連絡してくるから、一大事だと思ったじゃない!」

里志「い、いやあ……まあ皆集まってホータローも嬉しいんじゃない?」

里志「結果オーライって奴かな?」

摩耶花「ふーくーちゃーんー?」

二人は、口喧嘩を始めてしまいます。

と言っても、摩耶花さんが一方的に責めているだけですが……

える(こ、ここで喧嘩はダメですよ! 二人とも!)

そんな動作を身振り手振りで伝えていたら、折木さんから声が掛かります。

奉太郎「いいんだ、千反田」

奉太郎「今となっちゃ、こっちの方がいつも通りだからな」

える「そう、ですか」

える「あの、折木さん」

奉太郎「ん?」

える「すいませんでした……折木さんがこんな状態なんて知らずに、私」

奉太郎「別に、俺が好きでやったことだ」

奉太郎「お前が気に病むことなんてないだろ、ただの風邪だしな」

える「そう言って頂けると、ありがたいです……」

本当に、折木さんは心優しい方です。

折木さんが好きでやったことでは無い事なんて……私でも分かります。

もう少し、もう少しだけ……私も強くならないと。

いつまでも頼ってばかりでは、ダメです。

える「折木さん、ありがとうございます」

そう笑顔を向けると、折木さんも少しだけ……笑った気がしました。

すると突然、ドアが開きます。

供恵「盛り上がってる所ごめんねー」

福部さんと摩耶花さんはそれを期に、口喧嘩を止めました。

供恵「ご飯作っちゃったけど、食べてく?」

里志「おお! ホータローのお姉さんの手作り! 是非!!」

摩耶花「私も、いただこうかな……」

摩耶花さんが、少しだけムッとした顔を福部さんに向けています。

える「では、私も……」

供恵「そっ、下に置いてあるから勝手に食べちゃってねー」

里志「あれ、お姉さんは一緒に食べないんですか?」

摩耶花さんが、さっきより更に鋭い視線を福部さんに向けています。

少し、怖いです。

供恵「あー、私はね」

供恵「今夜から旅行!」

確か前に、折木さんが「姉貴は世界が好きなんだ」って言っていましたが……

なるほど、と思いました。

里志「そうなんですか、気をつけて!」

供恵「うんうん、何かお土産皆に買ってくるね」

供恵「それじゃあまたねー」

そう言うと、さっそく折木さんのお姉さんは家を出て行きました。

行動が……早い人です。

里志「もう行っちゃったね」

里志「ご飯、食べようか」

福部さんの言葉を皮切りに、私たちはリビングへと向かいます。

それにしても何か忘れている様な……

そんな考えも、おいしいご飯を食べている時は忘れてしまいます。

30分ほど3人でご飯を食べ、また少しお話をします。

里志「あっははは、それはまた、ははは。 面白いね」

摩耶花「でしょ? 私はいい迷惑だったけどね!」

える「そうですね……あ、もうこんな時間ですか」

時計を見ると、時刻は20時となっています。

随分と、長居をしてしまいました……

長居?

里志「そうだね、そろそろ帰ろうか」

あ、思い出しました……!

摩耶花「うん、明日も学校だしね」

える「あ、あの」

える「少し、言い辛いんですが……」

摩耶花「どしたの? ちーちゃん」

える「折木さんは……?」

私がそう言うと、二人も思い出したのか焦りが顔に出ています。

里志「す、すっかり忘れてた」

摩耶花「物凄くリラックスしてたね、私たち……」

える「ちょ、ちょっと折木さんの部屋に行きましょう」

里志「そ、そうだね、そうしよう」

少々皆さんの顔が引き攣っていますが……戸惑ってはダメです!

ドアを開けると、折木さんがベッドの上に座り、手を組んでいました。

奉太郎「楽しかったか?」

里志「ま、まあ……」

奉太郎「……随分と、盛り上がっていたなぁ?」

摩耶花「う、うん……」

奉太郎「飯はうまかったか?」

える「折木さんごめんなさい!!」

急いで、頭を下げます。

折木さんは、一つ溜息をつくと、ゆっくりと口を開きました。

奉太郎「ま、いいさ」

奉太郎「それより悪いんだが、俺の飯を運んできてくれないか?」

える「は、はい!」

折木さんのご飯……ご飯。

あれ?

里志「ほ、ホータロー」

奉太郎「……ん」

里志「とても言い辛いんだけど、ホータローの分、皆で分けちゃったんだ」

奉太郎「……」

奉太郎「お前ら、一応ここ俺の家だからな?」

摩耶花「ご、ごめん折木……」

どうしましょう、どうしましょう……

すると突然、誰かの携帯が鳴りました。

摩耶花「私のだ、誰だろ」

摩耶花さんは廊下に出ると、電話でどなたかとお話をしています。

続いてまた、携帯が鳴ります。

今度は……福部さんでしょう。

部屋に二人っきりになりました。

える「あの、折木さん」

える「すいません、本当に……」

奉太郎「……はあ」

奉太郎「いいんだ、別に」

奉太郎「そこまで腹が減ってた訳じゃないしな、構わないさ」

える「い、いえ! でも……」

そうは言っても、折木さんのとても悲しそうな顔ときたら……

やはり、申し訳ないです。

するとどうやら、話し終わった福部さんと摩耶花さんが部屋に戻ってきます。

摩耶花「お母さんからだった、何してんのーって」

里志「はは、僕も一緒だ」

お二人はどうやら、そろそろ帰らないとまずいようです。

える「そうなんですか、折木さんのご飯……どうしましょう」

奉太郎「気にするな、明日も学校だろ。 お前ら」

ですが、ですが。

福部さんも、摩耶花さんも、やはり少し後ろめたさがあるようです。

私、決めました!

える「私が何か作ります!」

奉太郎「た、確かにそれは有難いが……時間、大丈夫なのか?」

える「はい、今日は大丈夫です」

える「両親は今日、挨拶でとなりの県まで行っているので」

える「戻ってくるのは明日のお昼の予定です、問題はありません」

里志「うーん、じゃあちょっと悪いんだけど……千反田さんに任せようかな」

摩耶花「そだね……ごめんね? ちーちゃん」

える「いえいえ、構いませんよ」

そう言い、二人は帰り仕度を始めます。

奉太郎「ありがとな、里志も伊原も……千反田も」

里志「気にしない気にしない、どうせ暇だったしね」

摩耶花「別にあんたの為に来た訳じゃないし……ふくちゃんが行くって言うから……」

摩耶花「でも、早く元気になってよ。 病気のあんたと話しててもつまらないし」

奉太郎「……ま、すぐに治るだろう」

そして、摩耶花さんと福部さんは自分の家へと帰って行きました。

さて、どうしましょう……

える「とりあえず、ご飯作りますね!」

奉太郎「ああ、悪いな千反田」

える「いえいえ、折木さんは寝ていてください」

そう言い残し、私は台所へと向かいました。

える(何を作りましょうか……)

える(お米は、御粥にしましょう)

える(生姜粥がいいですね)

える(後は……ネギを炒めましょう)

える(少ないですけど……風邪ですからね、仕方ないです)

私はお粥を作り、ネギを醤油で炒め、折木さんの部屋へと持って行きました。

える「折木さん、できましたよ」

える「ちょっと見た目も良いとは言えませんし、量も少ないですが……風邪に良いと思いまして」

奉太郎「おお、うまそうだ」

える「そう言って頂けると、うれしいです」

折木さんは食べ始めると、ひと言も喋らず食べ続けます。

そんな様子を見ていたら、なんだか顔が綻んでしまいます。

奉太郎「あ、あんまジロジロ見ないでくれ」

える「あ、す、すいません」

慌てて視線を泳がせますが……やはり気になってちらちらと見てしまいます。

える(どうでしょうか……)

奉太郎「……ふう」

折木さんは食べ終わると、箸を置き、息を吐きました。

奉太郎「……うまかった、ご馳走様」

ああ、良かったです。

える「そうですか、お粗末様です」

奉太郎「悪いな、色々と」

える「い、いえ……元を辿れば私のせいですので」

やはり、申し訳ない事をしてしまいました。

私がもっとちゃんとしていれば。

そこで気付くと、折木さんが私の顔の前に手を持ってきていて……

える「いっ…」

デコピン、してきました。

奉太郎「何回言ったら分かるんだ、お前のせいじゃない」

奉太郎「もう自分を責めるのはやめろ」

える「は、はい。 でも……」

奉太郎「ん?」

える「デコピンは、ちょっと酷いです……」

そう言い、私が俯き悲しそうな顔をしていると折木さんが口を開きます。

奉太郎「わ、悪い」

折木さんは、顔を私から逸らします。

今です!

奉太郎「悪かったよ、千反田……いてっ」

やり返しちゃいました。

える「ふふ、お返しです、折木さん」

奉太郎「……全く、俺はもう寝るぞ」

える「そうですか」

奉太郎「それより、お前は帰らなくてもいいのか」

……すっかり忘れていました。

える「あ、もう22時ですね」

える「……通りで眠いと思う訳です」

もう外は、真っ暗です。

でも余り折木さんの家に長く居ても迷惑ですし……そろそろ帰らなければ。

える「では、私はそろそろ……」

奉太郎「なあ……」

える「はい? なんでしょうか?」

奉太郎「今日、泊まっていかないか」

と、泊まり!?

お、折木さんの家に!?

そ、それはつまり……どういう事でしょう?

える「え、えっと、そ、そのですね」

奉太郎「べ、別に嫌ならいいんだ」

奉太郎「その、なんだ」

奉太郎「今から一人で帰すってのも、ちょっとあれだしな」

奉太郎「夜遅くに、女子を一人で帰すのは……ちょっと気が引けるってだけだ」

える「え、あ、ありがとうございます……」

奉太郎「……千反田が嫌ならいいんだがな、無理にとは言わん」

ど、どど、どうしましょう。

嫌って訳ではないんです、ないんですが……

なんで、私はここまで緊張しているのでしょうか……?

折木さんが言っているのは、帰っても帰らなくてもって事ですよね。

……どうしましょう?

える「お、折木さん、あの」

える「……泊まらせて、もらいます」

自然と、口から出てしまっていました。

折木「……そうか」

折木「……風呂も一応沸いてるから、使っていいぞ」

える「は、はい」

える「では、頂きますね」

そう言い、ちょっと恥ずかしいのもあり、私は一度リビングへと行きました。

リビングに着き、ソファーに座ります。

える(びっくりしました)

える(まさか、泊まる事になるなんて……)

ふと、思い出します。

える(着替え……どうしましょう)

そんな事を思いつつ、ソファーの隅に一枚の紙切れが落ちているのに気付きます。

その紙には【これ私の服ね、使っていいわよ、千反田さん。 折木 供恵】と書いてありました。

える(全部、全部予想されていたって事ですか……)

折木さんのお姉さんは、随分と勘が鋭い方だとは聞いていましたが……ここまでとは。

でも、助かりました。

そう思い、その紙と一緒に置いてあったパジャマを手に取り、私はお風呂場へと足を向けます。

第七話
おわり

以上で第七話、終わりです。

えるたそ視点は難しいですね、続いて7.5話、投下します。

僕は、皆より一足先にホータローの家に着いていた。

そこで、盛大な勘違いをしたことを知ったんだけど……

お姉さん曰く、ただの風邪らしい。

それでも無理に動いていたから、倒れたとの事だ。

まあ、普段から体を動かしてないからってのもあると思うけどね。

とにかく、摩耶花と千反田さんになんて言い訳しようかな。

里志(うーん、参ったなぁ)

里志(あれ? もう来てるし!)

予想以上に千反田さんと摩耶花が来るのは早かった。

二人に軽く挨拶をして、ホータローの家に入る。

ここまできたら、どうにでもなれ!

お姉さんと千反田さんの会話を少し聞いたけど、千反田さんの記憶力はやはりすごい。

里志(これほどまでとは、ね)

そんなこんなで、ホータローに会おうという流れになってしまう。

うう、参ったなぁ。

お姉さんの横を通り過ぎようとした所で、呼び止められた。

供恵「里志くん、ちょっといいかな」

なんだろうか? まあこのまま行っても気まずいし、少し道草をしよう。

里志「なんですか?」

供恵「奉太郎の事なんだけど、さ」

供恵「最近学校で何かあったの?」

里志「うーん、確かにあるっちゃありましたね」

供恵「内容までは言えないって事ね」

里志「ま、そんな所です」

里志「すいません、いくらお姉さんでも言う訳には行かないんです」

供恵「……それってあの千反田さんに関係してるのね」

里志「……違うといえば、嘘になります」

うひぃ、やっぱり鋭いなぁ。

ホータローが苦手になるのも、少し分かる気がする。

供恵「そう、それだけ分かれば充分だわ」

供恵「にしても、あのホータローがねぇ」

里志「ええっと、どういう意味ですか?」

供恵「その内分かるわよ」

なんだろうか……

やはりこの人は、何か知っているのか?

ううん、僕には思いつきそうにないや。

そして、そう言うとお姉さんはリビングへと戻っていった。

供恵「里志くん、ごめんね呼び止めちゃって」

供恵「奉太郎に会いにいってあげて」

そう言い残し、扉を閉めようとする。

そして、これは僕が聞いていなかった言葉、聞けなかった言葉。

供恵「あの奉太郎が飛び出して行ったと思ったら、なるほどね」

供恵「中々青春してるじゃない、あいつも」

第7.5話
おわり

以上で7.5話、終わりです。

乙ありがとうございます。

次回は奉太郎視点へと戻ります、投下は今週中の予定。

それでは、失礼します。

あ、そういえばアニメ21話とても良かったですね。

今すぐにでもほうたるとえるたそが付き合いそうな雰囲気……

続きが楽しみです

>>186
30話! すごいなぁ…

こんばんは。

9/12(水)の20時前後で第8話投下致します。

区切りが良い(話の内容的に)と言う事もあり一話のみの投下となります。

今週中にはもう一話+0.5話の方を投下できると思うので、宜しくお願いします。

乙ありがとうございます。


>>223
作業中で無愛想なレスしかできず、すいません。
SSとても面白かったです、えるたそをあそこまで可愛く書きたい……

次の作品楽しみにしてます!

こんばんは? こんにちは?

少し予定より早くなってしまいましたが、8話を投下致します。

俺は、俺はどうすればいいのだろうか。

勢いで千反田に泊まっていけ等と言った物の、どうにも落ち着かない。

奉太郎(何をやってるんだか……)

第一に、風邪を移してしまう可能性もあるだろう。

そんな事をしてしまったら本末転倒ではないか。

あいつは、あいつの性格からしたら……

これでも1年と少しの間、千反田と過ごしている。

一緒に居た時間もそれなりにはある。

そこから予想できる、次の千反田の行動は。

恐らく、風呂を出た後はこの部屋に一度やってくるだろう。

その時、俺はどんな顔をすればいいのだろうか。

全くもって、面倒な事になってしまった。

普段の俺なら、絶対に泊まっていけ等と言う筈が無いのに。

どうやら大分、風邪のせいで思考は弱くなっているらしい。

しかし今考えなければいけないのは、次に千反田が部屋に来た時どうするか? だ。

奉太郎(寝た振りでもしてしまおうか)

生憎だが、眠気は吹っ飛んでしまっている。

振りならば可能と言えば可能だが、そこまでする必要はあるのか……?

奉太郎(普通に接するか)

普通に接する……?

普通とは、どんな感じだったっけか。

ううん……

奉太郎(千反田、お風呂出たんだ。 じゃあ次は僕が入ろうかな?)

あれ、俺ってこんなキャラだっけ?

違う違う。

奉太郎(ちーちゃん、お風呂気持ちよかった? 私も入って来ようかな)

これは伊原だろう!

奉太郎(千反田さん、お風呂あがったんだね。 そう言えば、人間の体を温めた時に起きる作用なんだけど)

これは里志。

半ば半分ふざけて思考遊びをしていた時に、来てしまった……奴が。

える「あれ、起きていたんですね」

える「お風呂、ありがとうございます」

奉太郎「あ、ああ」

そう言いながら、千反田に目を向け、ぎょっとする。

この服は、姉貴のだろうか。

姉貴は意外にも身長があるし、体格も女の割りには結構がっちりとしている。

かと言ってスタイルが悪いと言う訳でもない。

そんな姉貴の服を千反田が着ると、どうなるかというと……

ぶかぶかだ。

それだけなら、まだいい。

余りこういうのは言いたくは無いのだが……

つまり、胸元が、見える。

える「折木さん、大丈夫ですか?」

える「顔が真っ赤ですけど……また熱でも上がったのでしょうか……」

奉太郎(ち、近い)

それをこいつは自覚しないから始末に終えない。

本当に、言いたくないが……このままでは風邪どころか神経を使いすぎて倒れかねない。

奉太郎「ち、千反田」

える「はい、どうかしましたか?」

奉太郎「その、その服だと、目のやり場に困るから、何か下に一枚着てくれると助かる」

える「え、あ! す、すいません!!」

がばっ!と胸元を隠す。

この際なら、なんでもいいだろう。

部屋にある引き出しから、手頃なシャツを一枚千反田に渡す。

奉太郎「これは俺のだが、着てくれると助かる」

える「は、はい! ありがとうございます!」

千反田もようやく気付いた様で、慌てっぷりは中々の見物だ。

そしてそのまま姉貴の服に手を掛けると……

奉太郎「お、おい! 外で着替えろ馬鹿!」

全く、全く全く。

千反田は顔を真っ赤にして、部屋から出て行った。

奉太郎(疲れる……本当に疲れるぞ、これ)

どうにも千反田は、天然と言えばいいのだろうか?

所々抜けており、言われるまで分かっていない節がある。

それを一個一個指摘するのは、大変な労力なのだ。

ほんの2、3分だろうか、千反田が再び部屋に戻ってきた。

える「あ、折木さん、本当にす、すいません」

奉太郎「……もういい」

話を変えよう、気まず過ぎて窓から飛び出したい気分になってしまう。

奉太郎「それより、布団を出しに行こう」

奉太郎「さすがにソファーで寝ろとは言えんからな」

そして、再びこのお嬢様は俺に疲れをもたらせる。

える「あれ、一緒のベッドで寝ないんですか?」

奉太郎「寝る訳あるか!」

俺は……俺の言葉を恨む。

泊まっていけなど、口が裂けても言うべきでは無かった。

奉太郎「……大体、俺は風邪を引いてるんだぞ」

奉太郎「移ったらどうするんだ」

える「私は大丈夫ですよ! うがいと手洗いには気を使って居ますので」

奉太郎(そういう問題では無いだろ)

しかし、飛びっきりの笑顔で言われては俺も参ってしまう。

奉太郎「そうか、でもとりあえずは別々で寝よう」

手段は、強行突破。

える「……そうですか、少し残念ですが、分かりました」

奉太郎(はぁぁ)

どうにも熱が上がってしまいそうで、本当に千反田はお見舞いに来たのだろうか? 等と思ってしまう。

だが納得してくれたのなら引っ張る必要も無いだろう。

そのまま別の部屋に移り、布団を引っ張り出す。

一応は客室となっている為、そこに布団を敷こうとしたが……

える「あの、折木さんの部屋に敷かないのですか?」

こいつはそろそろわざとやっているんじゃないか? と疑ってしまう。

仕方ない、はっきりと言おう。

奉太郎「あのな、千反田」

える「はい、なんでしょう」

奉太郎「俺は男で、お前は女だ」

える「ええ、そうですね」

奉太郎「男と女が一緒の部屋で寝るのは……その、余り良くないだろう」

える「確かに、分かります」

ん? 分かるのか。

奉太郎「だったら」

える「でも私、折木さんの事を信用していますから」

ああ、そう言う事か。

こいつは俺の事を信じているから、一緒のベッドで寝てもいいし、一緒の部屋で寝てもいい、というのか。

今までのこいつの態度の原因が、少しだけ分かった気がした。

信じていなかったのは、俺の方なのだろうか。

ここまで言われては、無下にするのも気が引けてしまう。

奉太郎「……分かった」

奉太郎「俺の部屋に布団は敷く、だけど風邪が移っても知らんぞ」

える「はい! ありがとうございます、折木さん」

やっぱり、泊めるべきでは無かった。

どうやら今年一番の失敗は、これになりそうだな。

渋々布団を抱え、自室に戻る。

床に落ちている物を適当に足でどけると、そこに布団を敷いた。

すると千反田はとても満足そうな顔をしていた。

俺は、とても不満足な顔をした。

える「ふふ、折木さんと、お話したかったんです」

奉太郎(一応病人だぞ、俺)

でも、千反田と話していると何故か元気が出てくるのは自分でも分かっていた。

奉太郎(ま、少しくらい付き合ってやるか)

える「今日の事で、お話しようと思っていて」

今までの少し楽しんでいた千反田とは違い、一転空気が引き締まるのを感じた。

今日の事か、どうせ後で話すことになるんだ、今でもいいだろう。

奉太郎「俺も、その事は話さないといけないと思っていた」

える「そうでしたか、ではお話しますね」

千反田は一呼吸置くと、続けた。

える「本当に、折木さんには感謝しています」

える「私一人では多分、摩耶花さんと話し合いをしていたのかも分かりません」

える「福部さんとも、お話はとても出来ると思っていませんでした」

える「正直に、言いますね」

また一段と、空気が重くなる。

える「最初、摩耶花さんが帰った後」

える「一番怖かったのは、折木さんに嫌われるという事でした」

える「今まで少し、頼り過ぎていたのでしょう」

える「折木さんがすぐに戻ると言ってくれた時、ちょっとだけ安心できたのも覚えています」

覚えていたのか、俺は……くそ。

える「それから1時間程は、足に力も入らず、ただ呆然としていました」

える「外が暗くなってきて、ようやく立てる様になったんです」

える「今までで一番、体が重く感じました」

える「家に帰る道も、とても長く感じました」

俺がもし覚えていたら、千反田はこんな思いをしないで済んだのでは?

一緒に帰っていれば、そんな思いをさせずに済んだかもしれない。

える「それでようやく家に着いて、これからどうしようか考えていたんです」

える「気付くと電話機の前に居て、掛けようとした先は……折木さんの所です」

える「ですが、電話を取れませんでした」

える「……また、折木さんに甘えていると思ったからです」

それでか、それで千反田はすぐに電話に出たのか。

たまたま前に居たんじゃない、俺に電話を掛けようとしていて……電話機の前に居たんだ。

える「しかし、そんな時に電話が鳴ったんです」

える「お相手は、折木さんでした」

える「私は、その時とても嬉しくて、嬉しくて」

える「そこからは、折木さんの知っている通りです」

える「これは私の気持ちですが、知って貰いたかったんです」

さっき、俺はこう言った。

どうやら今年一番の失敗は、これになりそうだな。と。

そんな事は無い。

さっきまでの俺は……とんだ馬鹿野郎だ。

奉太郎「千反田……」

奉太郎「俺の話を、聞いてくれるか」

千反田の方に顔を向けると、返事代わりに笑顔を一つ、俺の方へ向けた。

奉太郎「俺は、最初の一瞬……お前が言ったのかと思った」

奉太郎「けど、すぐにそれは違う事が分かった」

奉太郎「まずは謝る、ごめん」

千反田は何か言うかと思ったが、どうやら俺の話が終わるまでは話す気はないらしい。

奉太郎「自分で言うのもなんだが」

奉太郎「俺は怒るって事や、他の事もだが……あまりしない」

奉太郎「疲れるし、な」

少し、少しだけ千反田が笑った気がする。

奉太郎「だが千反田に経緯を教えてもらったとき」

奉太郎「俺は多分、怒っていた」

奉太郎「多分って言うのも変だがな、あんな感情は初めてだった」

奉太郎「怒りを通り越していたのかも知れない」

奉太郎「勿論、千反田に対してじゃない」

奉太郎「千反田に嘘……その言葉の意味を教えた奴に、だ」

奉太郎「千反田……」

奉太郎「俺の話を、聞いてくれるか」

千反田の方に顔を向けると、返事代わりに笑顔を一つ、俺の方へ向けた。

奉太郎「俺は、最初の一瞬……お前が言ったのかと思った」

奉太郎「けど、すぐにそれは違う事が分かった」

奉太郎「まずは謝る、ごめん」

千反田は何か言うかと思ったが、どうやら俺の話が終わるまでは話す気はないらしい。

奉太郎「自分で言うのもなんだが」

奉太郎「俺は怒るって事や、他の事もだが……あまりしない」

奉太郎「疲れるし、な」

少し、少しだけ千反田が笑った気がする。

奉太郎「だが千反田に経緯を教えてもらったとき」

奉太郎「俺は多分、怒っていた」

奉太郎「多分って言うのも変だがな、あんな感情は初めてだった」

奉太郎「怒りを通り越していたのかも知れない」

奉太郎「勿論、千反田に対してじゃない」

奉太郎「千反田に嘘……その言葉の意味を教えた奴に、だ」

奉太郎「それから図書室に行って、里志と話をした」

奉太郎「里志に少し、事情を話して……大分落ち着いたのを覚えている」

奉太郎「そして次に、俺は」

言っていいのか? 俺のした事を。

本当に、言っていいのだろうか?

それは千反田には、言ってはいけない内容だ。

けど、俺は……千反田の気持ちを全然理解していなかった。

もしかすると、自分の為に動いていたのかもしれない。

正体不明の感情を、消す為に。

奉太郎「……俺は!」

える「折木さん」

会話を、千反田が止めた。

える「もう、いいですよ」

える「折木さんの気持ちは、私に伝わりました」

奉太郎「そう、か」

える「先ほど、こう言いましたよね」

える「自分を責めるのはやめろ、と」

える「それは、折木さんにも言える事ですよ」

そう、だろうか?

俺は……自分を責めているのだろうか?

……そうかもしれない。

える「私は、何回も救われています」

える「氷菓の時も、入須先輩の時も、文化祭の時も、生き雛祭りの時も、今回の事も」

える「だから、たまには……折木さんの事を、助けたいんです」

える「でもやっぱり、私じゃとても役不足みたいです、ね」

える「今日も、迷惑を掛けてしまいましたし……」

そうか、こいつはそれでわざわざ飯を作るだのしていたのか。

少しでも俺の、手助けになれるようにと。

俺は天井を見つめながら、言った。

奉太郎「今日は、随分と楽をできたな」

奉太郎「具合が悪い所に友達がお見舞いに来てくれたし」

奉太郎「うまい飯も食えた」

奉太郎「お陰で大分、楽になってきたな」

自分でも、演技っぽいのは分かっていた。

だが、言わずにはいられなかった。

奉太郎「そういう訳だ、千反田、ありがとう」

える「で、ですが」

奉太郎「ありがとう、千反田」

強引だっただろうか?

しかし俺には、これしか思いつかなかった。

える「……はい」

える「どういたしまして、折木さん」

ま、少しは分かってくれたか。

奉太郎「もう0時近いな、そろそろ寝るか?」

える「そうですね、電気消しますね」

そう言い、千反田が電気を消した。

える「おやすみなさい」

小さいが、俺の耳には確かに聞こえていた。

奉太郎「ああ、おやすみ」

今日は多分、長い夢を見る事になりそうだ。

~翌朝~

雀だろうか、鳴き声が騒がしい。

風邪は大分良くなったようだ。

千反田のおかげ、と言うのも勿論あるだろう。

奉太郎(喉が渇いたな)

部屋ではまだ千反田が寝息を立てている。

どうやらこいつも、昨日は随分と疲れた様子だ。

起こさない様に、そっと部屋を出た。

部屋を出たところで、一度立ち止まる。

部屋の中には千反田、ドアは開いているが不思議と少しの距離感を感じた。

奉太郎「……お疲れ様、ゆっくり休め」

聞こえては、いないだろう。

俺はゆっくりとドアを閉めた。

そのままリビングに行き、水を飲む。

朝飯は……いいか、面倒だし。

奉太郎(コーヒーでも飲むか)

コーヒーを一杯淹れ、ソファーに座る。

テレビをつけると、丁度昼前のバラエティ番組がやっていた。

頭に入れることは無く、ただ画面を見つめる。

奉太郎(この分なら学校に行けたかもな)

嘘ではない。

昨日までのダルさは無く、ほとんどいつもの調子だ。

奉太郎(ん?)

奉太郎(テレビ……)

神山高校は、普通の学校である。

普通と言うのはつまり、平日は普通に授業を行っている。

俺は今日休みだが、昨日の内に連絡は入れてあった。

しかし、部屋にはあいつがいるではないか。

奉太郎(あいつ学校は!?)

そう思い、自室へと急いで戻った。

ドアを開けると、そこには相変わらず熟睡している千反田の姿がある。

える「……すぅ……すぅ」

呑気に寝息を立てている千反田を見て、ちょっと起こす気が引けるが仕方ない。

奉太郎「おい、千反田」

奉太郎「起きろ」

そこまで声は出していないつもりだったが、千反田はすぐに起きた。

える「……折木さんですか? おはようございます」

目を擦りながら、朝の挨拶をしている。

奉太郎「ああ、おはよう」

奉太郎「今何時だと思う?」

える「……えっと、今? でしょうか」

える「時計が無いので、わからないです」

奉太郎「12時前だ、学校大丈夫なのか?」

大丈夫な訳は、無いだろう。

える「あ、学校?」

える「ええっと、折木さん」

える「今は、何時でしょうか?」

俺は大きく溜息を吐きながら、もう一度時間を教えた。

奉太郎「正確に言うと、11時ちょっとだ、昼のな」

える「ち、遅刻です!!」

もはや遅刻という問題では無い気がするが……

がばっと起きるというのは、こういう事を言うのだろう。

千反田はがばっと起きると、何からしたらいいのか分からないのか、部屋の中をぐるぐると回っている。

奉太郎「とりあえず、学校に連絡だ」

やらなければいけない事なら、手短に。

既に持っていた子機を、千反田に渡す。

携帯は俺も千反田も持っていないのだ、仕方あるまい。

える「あ、ありがとうございます!」

そう言うと千反田は暗記しているのか、迷い無くボタンを押し、電話を掛けた。

える「もしもし、2年H組の千反田えるです」

える「連絡が遅くなり申し訳ありません」

える「ええ、少し……」

俺はこいつの事は真面目な奴だとは思っていた。

少なくとも、この時までは。

える「体調が悪くて……休ませて頂いてもよろしいですか?」

奉太郎「お、おい!」

そう声を発したか発する前か、千反田は空いている手で俺の口を塞いできた。

える「はい、ありがとうございます」

える「ええ、それでは」

ようやく、俺の口から手が離される。

奉太郎「どういうつもりだ」

える「えへへ、ずる休みしちゃいました」

とんだ優等生が居た物だ、本当に。

える「そんな事よりですね」

奉太郎(そんな事で終わらせていいのか?)

える「折木さん、具合は大丈夫ですか?」

奉太郎「まあ、かなり良くなったな」

える「そうですか、それならよかったです」

える「本当に、無理はしていませんよね?」

なんだろう、くどいな。

奉太郎「少し体を動かしたいくらい元気だが……」

える「そうですか!」

える「それなら、ですね!」

奉太郎「な、なんだ」

千反田がこういう雰囲気になる時は、何か嫌な予感しかしない。

役不足とは、人物の力量に対して役割の内容が足りず勿体無いないことを表す。
よって、人物側の力量が役目を担うに値しない場合は、単に力不足、或は力が及ばないと表現する。

える「お出かけしましょう!」

奉太郎「どこに? と言うかだな」

奉太郎「学校、休んで行くのか」

える「見つからなければ大丈夫です!」

いつもの千反田とは、ちょっと違うか?

ま、いいか。

どうせする事も無い。

奉太郎「分かった、見つからない様にな」

奉太郎「それで、どこに行くんだ?」

える「水族館です!!」

~水族館~

何故、平日の昼過ぎに俺は水族館に居るのだろうか?

勿論客はまばらにしかいない、平日だから。

受付の人は少しばかり不審がっていた、平日だから。

俺たちと同年代の人は周りにほとんどいない、無論……平日だから。

奉太郎「それで、なんで水族館なんだ」

える「神山市の水族館は日本でもかなりの大きさと聞いていたので」

える「来てみたかったんですよ……わぁ、かわいいですね」

小さな魚を見て、千反田が言った。

いや、むしろだな。

奉太郎(なんでこいつは制服で来ているんだ)

それがより一層、不審人物を見るような目を集めていることは言うまでもない。

える「あ、折木さん」

奉太郎「ん、なんだ」

える「イルカのショーがあるみたいですよ、気になります!」

奉太郎「……そうか、じゃあ行くか」

千反田の気になりますも、随分と久しぶりに聞いた気がした。

最近は何かと忙しかったからな、仕方無いだろう。

そして、イルカのショーを見に来た訳だが……

隣同士で座っているのに、イルカはどうやら俺の方に恨みでもあるらしい。

さっきから俺だけ何度も水を掛けられている。

奉太郎(冷たい……)

入り口で雨具を貸し出していたので、服は濡れなくて済むのだが。

える「わ、わ、可愛いですねぇ」

どうやら千反田はかなりの上機嫌の様だった。

しかし何故、俺だけこうも水を掛けられるのだろうか?

数えているだけで5回。

あ、丁度6回目。

える「ふふ、折木さん気に入られてるんですね、羨ましいです!」

さいで。

回数が10回を越えた辺りで、ようやくショーは終わった。

千反田はと言うと、イルカを触りに行っている。

える「おーれーきーさーんー!」

こっちに手を振っている、周りの視線が痛い。

える「かわいいですよー!」

分かった、分かったからやめてくれ。

える「おーれーきーさーんー!」

イルカは恐ろしいと思った、狙って俺に水を掛けてくるから。

だが千反田も狙って俺に手を振ってくる。

奉太郎(恐ろしい所だ、水族館)

その後はほとんど千反田に引っぱられ、水族館を見て回った。

エスカレーターに乗ったとき、全面ガラスで魚が泳いでいたのには驚いたが……

千反田はその光景に、言葉を失っていた。

目がいつもより一段と大きくなっていたので、すぐに分かる。

そして今は水族館内で、昼飯と言った所だ。

える「すごいですねぇ、来て良かったです」

奉太郎「ま、そうだな……イルカは納得できんが」

える「折木さん、随分気に入られていたみたいでしたね」

奉太郎「イルカに気に入られてもなんも嬉しくは無い」

える「そうですか……少し、羨ましかったです」

奉太郎「俺は千反田が羨ましかったけどな」

える「ふふ、あ、今度は小さいお魚が居る所に行きませんか?」

しかし、元気だなぁ。

奉太郎「そうだな、行くか」

奉太郎「にしても、千反田は水族館、初めてか?」

える「はい! テレビ等で見て行きたいと思っていたんです」

やっぱりか、通りで見るもの全てに目を輝かせている訳だ。

そろそろ帰ろうか、と切り出そうとしていたが……もう少し居てもバチは当たらないだろう。

奉太郎「じゃ、あっち側だな、小さい魚は」

える「はい、次はどんなお魚が居るんでしょうか……気になります!」

える「わぁ……ヒトデですね、触れるみたいですよ」

通路の脇に設置されている水槽には、ヒトデが何匹も入っていた。

える「可愛いですねぇ……」

奉太郎(可愛い? これがか……?)

える「あ! あっちにはクラゲも居るみたいですよ」

クラゲの水槽までとことこと小走りで行くと、千反田はクラゲを見つめながら言った。

える「知っていますか、折木さん」

奉太郎「ん?」

える「酢の物にすると、おつまみにいいんですよ」

奉太郎(今その話をするのか……クラゲの目の前で)

奉太郎(哀れ、クラゲ達)

える「どうしたんですか? そんな悲しそうな目をして」

奉太郎「いや、なんでもない」

それからは本当に隅々まで回った。

千反田はと言うと、相変わらず見る度に感動している。

える「タコもいるんですね! すごいです!」

……やはり俺と千反田では、受け取り方が違う。

確かに面白いが……ここまでの感動は俺には無い。

千反田は何にでも興味を示す、それは恐らく……家の事が関係しているのであろう。

外の世界を知識として蓄えたい、そう言った物が千反田にはあるのかもしれない。

水族館を出た頃には、すっかり夕方となっていた。

帰り道、千反田と会話をしながら自転車を漕ぐ。

える「折木さん、今日はありがとうございました」

奉太郎「家に居ても暇だったしな、これくらいならいつでもいいぞ」

える「はい……ありがとうございます」

える「今度は皆さんで、どこかに行きたいですね」

える「行きたい場所が、沢山あります……」

ふいに、千反田が自転車を止めた。

奉太郎「どうした?」

える「あの、折木さん」

千反田の顔はいつに無く真剣で、真っ直ぐに俺を見ていた。

える「私、今日はとても嬉しかったです」

える「やっぱり、折木さんといると楽しいです」

える「すいません急に、行きましょうか」

ふむ、千反田も色々と思うところがあるのだろうか?

える「……時間も、無いので」

その最後の言葉は、急に強くなった風に消され、俺には届いていなかった。


第8話
おわり

以上で第8話、終わりです。


>>250
補足ありがとうございます。
脳内補完でお願いします(囁き声)


次回は9話、9,5話の投下となります。
日程が決まり次第ご連絡します。

丁度そこで一章は終わりとなるので、なるべく早めに投下できるようにします。


それでは、失礼します。

こんばんは。
明日中には投下できそうなので(明日というか今日)昼か夜かは分かりませんが、第9話、9.5話を投下します。

乙ありがとうございます。
クラゲポン酢おいしいですよね。

クラゲゼリーって何だろうと思ってぐぐったら、クラゲジュースやらクラゲアイスクリームやら出てきた……

以下クラゲスレとなります。

おはようございます。
昼×
夜×
朝○

第9話、9,5話、投下致します。

千反田とは、一度俺の家に行くことになっていた。

それで水族館から1時間程自転車を漕いで帰ったのだが……

里志「おかえり、ホータロー」

なんで、家の前にこいつが居るのだろうか。

いや、里志だけではない。

摩耶花「どこに行ってたのよ」

伊原もだ。

える「え、ええっと」

奉太郎「なんでお前らが俺の家の前に居るんだ」

すると伊原が盛大な溜息をつき、ひと言。

摩耶花「ちーちゃんが休みって聞いたから、折木の風邪が移ったと思って来たんじゃない!」

摩耶花「ちーちゃんの家に行っても居ないし……」

摩耶花「折木の家に来ても誰も居ないし!」

摩耶花「一体どこに行ってたのよ」

あ、ひと言ではなかった。

というか、なるほど。

千反田が心配でまずは千反田の家に行ったが誰もおらず。

その後、俺の家に里志と伊原で来たが……そこにも誰も居なかった。

どうしようかと呆然としているところに俺と千反田が戻ってきたと言う訳だ。

解決解決。

える「あ、あのですね。 摩耶花さん」

える「今度、動物園に行きましょう!」

いや、解決する訳がなかった。

摩耶花「え? 動物園?」

摩耶花「ごめん、ちょっと意味が……」

ま、そうだろうな。

そして里志が少し考える素振りをしてから、口を開く。

里志「大体分かったかな」

里志「つまりホータローと千反田さんは遊びに行ってたって訳だ」

里志「二人とも学校を休んでね」

こいつも随分と勘が冴えるようになってきたな……

悔しいが、当たっている。

奉太郎「まあ……そうなるな」

摩耶花「折木が無理やり連れ出したんじゃないの?」

こいつは、よくもこう失礼な事を言える物だ。

える「ち、ちがいます! 私が水族館に行きたいと言ってですね……」

摩耶花「水族館ー!?」

里志「あのホータローがよく一緒に行ってくれたね」

里志「僕はどっちかというと、そっちの方が驚きかな」

奉太郎「ずっと寝てたからな、体を動かしたくなったんだ」

摩耶花「折木、やっぱりまだ熱あるでしょ……あんたが自分で動きたいなんておかしいよ」

……そこまで俺は動かない奴だっただろうか?

里志「まあまあ」

里志「確かにそれは気になるけどね……でも千反田さんも風邪じゃ無かったし」

里志「ホータローも元気になったってことでよかったんじゃないかな?」

そう言うと、里志は俺の方を向き、いたずらに笑った。

……里志、少し感謝しておくぞ。

とりあえずこれで一安心といった所か。

摩耶花「まあ……ちーちゃんが無事ならいっか」

える「動物園に行きましょう!」

いや、まだだ。

こいつが居た。

摩耶花「ちーちゃん、どういうこと?」

える「今日、水族館に行ってですね」

える「是非、動物園にも行ってみたいと思ったんです!」

さいで。

里志「ははは、いいんじゃないかな?」

える「そう思いますか、福部さん! 」

摩耶花「そうね、私もちょっと行ってみたいかな」

える「摩耶花さん!」

里志と伊原は承諾してしまった。

……俺の方を見ないで欲しい。

奉太郎「……分かった、今度行こう」

結局は、こうなってしまう。

最近ではほとんど諦めに近い感じとなってきているが……ま、いいか。

える「良かったです、楽しみにしていますね」

最悪の展開は避けられたし、良しとしよう。

つまり、俺が言う最悪の展開とは、千反田が俺の家に泊まったという事が伊原と里志にばれると言う事だ。

そんな事がばれてしまったら、俺はこれからずっと風邪で学校を休むことになりそうである。

奉太郎「よし、じゃあ今日は帰るか」

里志「そうだね、そろそろ日が落ちて来ているし」

摩耶花「うん、じゃあ予定とかは明日の放課後に決めようか?」

える「はい! では明日の放課後に部室に集合で」

奉太郎「ああ、それじゃあまたな」

油断していた。

釘を……刺しておくべきだった。

ドアに手を掛ける、後ろにはまだ千反田、伊原、里志が居る。

俺は振り返り、手を挙げ別れの挨拶をした。

千反田の口が動いているのが分かった、何を言おうとしている?

さようなら? とは違う。

口が「お」の形になる。

お……お……

これは、風邪を引くことになりそうだ。

える「折木さん! また泊まりに行きますね!」

伊原と里志が千反田の方を向く、ついで伊原の叫び声。

摩耶花「お!れ!きー!」

ドアを閉めよう、俺は知らん。

鍵を掛け、チェーンを掛けると俺は外から聞こえる叫び声に震えながら、静かにコーヒーを淹れるのであった。

そして、ようやく外が静かになった頃、家の電話が鳴り響いた。

この番号は……里志か。

奉太郎「里志か、どうした」

里志「いきなりそれかい? ホータロー」

里志「僕が摩耶花をなだめるのに使った労力をなんだと思っているんだ」

奉太郎「おー、それはすまなかったな」

里志「……ま、いいさ」

里志「それより少しは説明してくれると思って電話したんだけど」

里志「どうかな?」

奉太郎「今、近くにあいつらは?」

里志「んや、いないよ」

里志「家の方向が違うからね、なだめた後は別れた」

奉太郎「そうか」

里志「それで、話してくれるのかい?」

奉太郎「……少しだけな」

こうなってしまっては仕方ない、別にやましい事をした訳でもあるまいし。

奉太郎「俺は別に、無理やり泊まらせた訳ではない」

里志「だろうね、ホータローがそんな事をするとは思えない」

里志「何か、理由があったのかい?」

奉太郎「理由、か」

奉太郎「あるにはあった」

里志「へえ、どんな?」

奉太郎「色々世話になってな、夜遅くになってしまっていたんだ」

奉太郎「そんな中、帰す訳にはいかなかった」

奉太郎「かと言って、無理に泊まれって言った訳じゃないからな」

里志「ふうん、それは意外だなぁ」

奉太郎「意外? 無理に泊まらせなかったのがか?」

里志「いや、違うよ」

里志「あのホータローがそれだけの理由で泊まらせたってのが意外だと思ったんだ」

奉太郎「……何が言いたい」

里志「やっぱり変わったよ、ホータローは」

奉太郎「それは……少し自分でも分かっている」

里志「自覚があったのか、前のホータローなら」

奉太郎「絶対に千反田を泊めていなかった、だろうな」

里志「そう、その通りだよ」

奉太郎「それで、結局お前は何が言いたいんだ」

奉太郎「前の俺の方が良かった、か?」

里志「いや? 今のホータローも充分良いと思うよ」

里志「ただ、ね」

里志「今のホータローは、ちょっと見ていて辛いんだ」

奉太郎「は? 意味が分からんぞ」

里志「……いや、なんでもない」

里志「まあ、事情が聞けて安心したよ! それじゃあ僕はこれで」

奉太郎「お、おい!」

……切られた。

なんなんだあいつは、俺を見ていて辛いだのなんだの。

客観的に見ても、昔の俺よりは幾分かマシだろう。

そのマシの判断基準になる物はなんなのかは分からないが、一般的に見て、という事にしておく。

あいつの言っている事は、時々意味が無いこともあるし、大して相手にしないのだが……少し気になるな。

気になる、か。

俺にも千反田が乗り移り始めているのかも知れない。

あまり頭を使うと、熱がぶり返して来そうだ。

明日は……行くしかないだろうなぁ。

里志がなだめたと言っていたので、多少は安心できるが……

ううむ、今から寒気がするぞ。

いや、決めた。

男には腹を括らねばならない時がある物だ。

それが今なのか? という疑問は置いといて、とりあえず頑張ろう。

さて、明日はなんて言い訳をしようか、と思いながら残りの時間は消費されていった。

~翌朝~

今日の作戦はこうだ。

まず、朝は伊原をなんとか回避する。

できれば千反田も回避した方がいいだろう。

なんせ、セットでいる可能性が高い。

そして放課後は、里志と一緒に部室に行く。

以上、作戦終わり。

奉太郎(はあ……行くか)

朝から気分が悪いな、全く。

放課後までは生きていたい、俺にも生存本能はある。

いつもの場所で、里志を見つけた。

奉太郎「おはよう」

里志「おはよ、ホータロー」

奉太郎「昨日はすまんな、伊原の事」

里志「なんだい、そんな事か」

里志「構わないさ、摩耶花をなだめるのも慣れてきたしね」

奉太郎「そうか、じゃあ一つ頼みがあるんだが」

里志「ホータローが? 珍しいね」

奉太郎「今日一緒に部室に行ってくれないか?」

里志「うーん、生憎そういう趣味はないんだけどね」

奉太郎「……里志」

里志「ジョークだよ、でも一緒にはいけないかなぁ」

里志「今日は委員会があるからちょっと遅れそうなんだ」

早くも、作戦は失敗に終わってしまった。

奉太郎(仕方ない、千反田と行くしかないか)

奉太郎(伊原と二人っきりだけは、避けたいしな)

~放課後~

まずは、千反田と合流しよう。

ちなみに、俺はA組で千反田はH組である。

奉太郎(遠いな……)

しかし、ここで省エネしていては後が怖い、なんとかH組まで到達し、扉を開ける。

人は結構居たが、千反田が見当たらない。

奉太郎(もう部室に行ったのだろうか?)

ならば仕方ない、部室の様子をちょっと覗いて、居なかったら帰ろう。

~古典部前~

ドアを、そっと開ける。

奉太郎(静かに開けよ……)

少しだけ開いた隙間から、中を覗いた。

見えるのは……伊原。

千反田は見当たらない。

奉太郎(さて、帰るか)

誰も俺を責める事はできない。

考えてみろ、わざわざ牙を向いて待っているライオンに飛び込んで行く餌などは居るはずがない。

という訳で、俺の行動も別段普通の事である。

教室のドアを閉めて変な音が出ても困る、そのままにして帰る事にした。

足音を立てないように、そっと階段まで戻る。

ここまで来れば、もう安全だろう。

5秒前の俺は、そう思っていた。

摩耶花「あれ、折木じゃん」

摩耶花「どこに行くの?」

奉太郎「い、いや……ちょっと散歩を」

摩耶花「あんたが散歩? 珍しいわね」

摩耶花「でも疲れたでしょ、部室で休んでいきなさいよ」

奉太郎「あ、ああ。 そうしようかな」

会話だけ見れば、普通の会話だろう。

だが、伊原の手は俺の肩を掴み、骨でも砕く勢いで力を入れている。

渋々、伊原の後に付いて行く。

付いて行くという表現は正しくないだろう。

正しくは、連れて行かれてる。

~古典部~

摩耶花「よいしょ」

そう言うと、伊原は席に着く。

ここで小さくなっていてもどうしようもない。

いつも通りにしておこう。

そう思い、席に着き本を開く。

やはりというか、部室には俺と伊原だけだった。

3分ほどだろうか? 突然伊原が机を叩く。

奉太郎(言ってから叩いてくれよ……)

寿命が縮まることこの上ない。

奉太郎「ど、どうした」

摩耶花「昨日の事、話してくれるんでしょうね」

奉太郎「……やはりそれか」

摩耶花「まあね、ちーちゃんに聞いても答えてくれないし……あんたに聞くしかないじゃん」

奉太郎「ちょ、ちょっと待て」

奉太郎「伊原は関係無いだろう、今回の事は」

摩耶花「私の友達に何をしたか聞いてるのよ!!」

奉太郎(千反田とは違う形で後ずさるな、これは)

奉太郎「わ、わかった」

奉太郎「まず、これは最初に言っておくが、変な事は一切してないからな」

摩耶花「ま、そうだとは思ったわ」

摩耶花「折木に何かする度胸なんてあるわけないしね」

奉太郎(……ひと言余計だ、こいつは)

奉太郎「それで、千反田が飯を作ってくれたのは知ってるだろ」

奉太郎「それを食べて少し話をしていたら、すっかり辺りが暗くなっていて」

奉太郎「そのまま帰す訳にもいかないから、泊まるか? と聞いたんだ」

摩耶花「ふうん」

奉太郎「別に強制した訳じゃないぞ」

摩耶花「そうなんだ、分かったわ」

なんだ、意外と素直だな……

摩耶花「ま、今日はそれが本題じゃないんだけどね」

奉太郎「……まだ何かあるのか」

摩耶花「前からすこーしだけね、気になってたんだけど」

摩耶花「折木って、ちーちゃんの事好きなの?」

奉太郎「は、はあ!?」

やられた、こいつの目的はこれか。

摩耶花「別に嫌なら言わなくてもいいよ、少し気になっただけだし」

奉太郎「……前から、って言ったな」

奉太郎「いつぐらいからそう思っていたんだ」

摩耶花「もう大分前、去年の文化祭の時くらいだったかな?」

そ、そんな前から?

奉太郎「……そうか」

摩耶花「で、どうなの?」

伊原には、話しておくべきなのだろうか?

いや、むしろこれは隠すことなのか?

伊原がそう思っていると知った以上、隠すのにも労力が必要になるだろう。

ならば、話は早い。

奉太郎「……そうだ、俺は千反田の事が好きだ」

否定する必要も、無い。

俺がつい最近気付いた事を、伊原は去年から知っていたと言うのだ。

それを聞いた俺が無理に隠しても、どうせいずればれてしまう。

摩耶花「へええ、あの折木がねぇ……」

奉太郎「……悪かったか」

摩耶花「ううん、折木も一緒なんだなって思ってね」

奉太郎「一緒?」

摩耶花「私たちとって事」

摩耶花「あんた、何事にもやる気出さなかったじゃない」

奉太郎「まあ、否定はしない」

摩耶花「そんな折木でも恋とかするんだなぁって思っただけ」

奉太郎「……俺も確信したのは最近だったがな」

摩耶花「そうだろうね、あんたって自分の変化には疎そうだし」

奉太郎「……悪かったな」

まさか、最初に伊原に知られる事となるとは思いもしなかった。

しかし周りから見たらそれほどまでに分かりやすかったのだろうか……

まあ、もう10年近い付き合いになる、気付かない方がおかしいのかもしれない。

摩耶花「ところでさ、あんたは私に聞かないの?」

奉太郎「……何を?」

摩耶花「ちーちゃんが折木の事をどう思っているか」

摩耶花「私がちーちゃんに聞けば、答えてくれると思うよ」

奉太郎「それはいい」

摩耶花「即答、ね」

奉太郎「知りたくないと言えば嘘になるが、それは千反田の口から直接聞くべきだろ」

奉太郎「面倒くさいのは嫌いなんだ」

摩耶花「やっぱり、折木は折木ね」

奉太郎「それはどうも、話は終わりでいいか?」

摩耶花「うん、ごめんね引き止めちゃって」

奉太郎「別に、いいさ」

摩耶花「ちーちゃんは今日部活に来れないってさ、さっき廊下で会った時に言ってた」

奉太郎「じゃあ、話し合いは明日だな。 俺は帰る」

摩耶花「うん、また明日」

奉太郎「ああ、じゃあな」

全く、なんという余計な行動だったのだろうか。

だが、別に話したからと言って何も変わる事ではないだろう。

気楽に、考えるか。

それにしても伊原とあんな感じで話したのは初めてじゃないか?

根はいい奴と言うのも、間違いではないな。

今日は帰ろう、風呂に入りたい気分だ。

第9話
おわり

以上で第9話、終わりとなります。

続いて9.5話、投下します。

「……そうだ、俺は千反田の事が好きだ」

私は、聞いてしまいました。

聞いてはいけない事だったでしょう。

ですが、私に聞きたいという感情さえ無ければ……聞かずに済んでいました。

つまり私は、折木さんの気持ちを一方的に知ってしまったという事です。

何故こんな事になったかというと、少しだけ時間を遡らないといけません。

~古典部前~

私はいつも通り、部室に入ろうとしました。

そこで、丁度階段を上ってきた摩耶花さんと鉢合わせとなります。

える「摩耶花さん、こんにちは」

える「他の方は、まだみたいですね」

摩耶花「あ、ちーちゃん」

摩耶花「後で皆も来ると思うよ」

える「えっと、それなんですが……」

える「すいません、今日はちょっと用事が入ってしまいまして」

折角の話し合いだったのに、少し残念です。

ですが、家の用事は絶対に外せないので仕方がありません。

摩耶花「あー、そうだったんだ」

摩耶花「じゃあ私が皆に伝えておくよ」

える「そうですか、では宜しくお願いします」

私は頭を下げると、摩耶花さんが部室に入るのを見てから、ドアを閉めました。

える(明日は一度、皆さんに謝りましょう)

そう思いながら階段に差し掛かった時です、聞き覚えのある足音がしました。

える(これは、折木さんのでしょうか?)

今でも、何故こんな行動を取ったのか分かりません。

私は咄嗟に部室の前まで戻り、更に奥の物陰に隠れました。

と言っても、大して隠れられていません。

恐らく、見つかるでしょう。

ですが、折木さんは何かに怯えている様な顔をし、視線が泳いでいます。

そして私に気付かないまま、部室の扉を少し開けると、中を覗いていました。

える(何をしているのでしょうか?)

そして覗いた後にすぐ、部室から去ろうとします。

折木さんが去ってからほんの数秒後に、ドアを開けて摩耶花さんが出てきました。

少しだけ開いたドアに、違和感を覚えたのでしょう。

摩耶花さんは階段の方まで走って行くと、折木さんと会った様です、話し声が聞こえてきました。

える(折木さんは、どこか落ち着きがなかったのでばれなかったみたいですが……)

える(摩耶花さんが来たら、ばれてしまうかもしれません)

そう考えた私は、一度部室の中へと入ります。

こんな事さえしなければ……

そして、やはり摩耶花さんと折木さんは部室に向かってきました。

える(どこかに、隠れないと……)

私が隠れた場所は、部屋の隅にあるロッカーの中でした。

える(……私は一体何をしているのでしょうか)

次いで、摩耶花さんと折木さんが部屋に入ってきます。

そして、少し時間を置いて会話が始まります。

どうやら昨日の事の様です。

何度か迷いました、ここから出て行こうかと。

ですがタイミングを失ってしまい、次に始まった会話で更に失ってしまいます。

「折木って、ちーちゃんの事好きなの?」

摩耶花さんが言う、ちーちゃんとは私の事です。

つまり私の事を好きなのか? と折木さんに聞いている事になります。

私はこの先を聞いてもいいのでしょうか?

ダメです、聞いてはダメな内容です。

しかし、そんな私の気持ちを知らずに、折木さんと摩耶花さんは会話を続けます。

そして、聞いてしまいました。

「……そうだ、俺は千反田の事が好きだ」

その言葉を、聞いてしまいました。

私は、どんな顔をしていたのでしょうか。

嬉しいという感情が溢れていたのは分かります。

ですが、何故……私の目からは涙が落ちているのでしょうか?

折木さんの気持ちに、私は答えていいのでしょうか?

その資格が、私にあるのでしょうか?

考えれば考えるほど、涙が溢れてきます。

そして、ある事に気付きます。

える(これが、私が自分で答えを出さないといけない問題なのでしょう)

える(折木さんの事ばかり考えてしまうのは、そういう事だったんですね)

える(私は……折木さんに)

える(答えていいのでしょうか)

える(好きです、と……答えていいのでしょうか)

そう考えながら、やがて誰も居なくなった部室に出ると、静かに外に出ます。

今回は、少し卑怯でした。

私は自分の行動を後悔しながら、帰路につきました。

第9.5話
一章
おわり

以上で9.5話、一章終わりとなります。

……量が少ないのは許してください。

第10話から二章となります。

投下日は土曜日か日曜日辺りを予定しています。
時間等決まりましたら、再度連絡します。

それでは、失礼します。


以下クラゲスレ

部室の鍵の開け閉めをしたのはきっと
一番最初にきて、最後に出た摩耶花さんでしょうし
私がどうやって鍵のかかった部室から出ることができたのか…
私、気になります!

>>299
鍵を持っていたのは千反田です。
最初に部屋の鍵を開けたのも千反田でした。

摩耶花は「ちーちゃん、鍵持ったまま帰っちゃった……めずらしいなぁ」
と思っていました。

これを後付と言います。


投稿予定どんどん前倒してるけど大丈夫なのかwwww
読む側は大満足だが

>>302
来週からあまり時間が取れなくなってしまうので、今の内にできるだけ投下しておきたいんです。
書き貯めはまだありますので、多分大丈夫……

こんばんは。
次回投下の目処が立ちましたのでご報告です。

9/15(土)の午後2時頃に第10話、第11話を投下致します。

今回は多分前後しません、多分……

乙ありがとうございます。

ちょっとだけ……ちょっとだけ……

第10話、投下します。

俺は今、ウサギに囲まれている。

里志「ホータロー、どうしたんだい?」

そして、何故か里志と二人っきりだ。

奉太郎「この状況をうまく言葉にできないものか考えていた」

里志「それはまた、難しい事を考えているね」

里志「だって僕でさえ、この状況は理解に苦しむよ」

そう言う里志の顔はいつも通りの笑顔。

俺は小さく息を吐くと、一度整理することにした。

俺たち4人は、動物園に来ていた。

と言うのも千反田がどうしても行きたいらしく、特にすることが無い暇な高校生の俺たちは行くことになったのだが。

最初は4人で行動していた筈だ、だったら何故里志と居るのか?

確か、伊原と千反田が一回別行動をしようと言って……どこかに行ってしまったから。

確かというのは、俺が単純に話をちゃんと聞いていなかったからである。

それで里志にどこに集合か聞いているか? と聞いたのだった。

すると里志は……

里志「え? てっきりホータローが聞いていると思ったんだけど」

と答えた。

俺と里志は数秒間、顔を見合わせるとお互いに溜息を吐く。

里志「うーん、じゃあ動物でも見ながら探そうか」

と里志は意見を述べた。

無闇に探すよりは、確かに効率がいいかもしれない。

そう思った俺は渋々承諾したのだが……

園内をほとんど見終わっても、伊原と千反田は見つからなかった。

そして成り行きでウサギ小屋で休憩を取っている所である。

ウサギ小屋で二人っきりというのは、実際にその状況になるとかなり辛い。

なんといっても男二人だ。

奉太郎「それで、大体見回ったと思うが」

奉太郎「どうするんだ、これから」

里志「僕は別にホータローと二人でも構わないんだけどね」

里志「一生に一度、あるかないかだよ」

里志「ホータローと二人で見る動物園、なんてさ」

……こいつはどうにも前向きすぎる。

奉太郎「俺が嫌なんだよ、何が楽しくてお前と二人で周らないといけないんだ」

里志「はは、そう言われると困るね」

しかし、本当に困ったな。

動物園はそこまで広くはないが、迷路みたいに入り組んでいる。

全部周ったとしても、すれ違いになる可能性が高い。

ん? 待てよ。

連絡を取る方法……あるじゃないか。

奉太郎「おい里志、お前携帯は?」

里志「前にも言ったけどね、携帯じゃなくてスマホだよ」

さいで。

奉太郎「んで、そのスマホで伊原に連絡は取れないのか?」

里志「さすがホータローだよ! その考えは無かった!」

どこか演技っぽく言うと、里志は続けた。

里志「ってなると思うかい? 今日は忘れてきたんだ」

肝心な時に……

奉太郎「……帰って明日謝るか」

里志「それはダメだよホータロー」

里志「だって、来る時は摩耶花と千反田さんに道を任せていただろう?」

里志「僕たちだけじゃ、家に帰り着く事は不可能だね」

奉太郎(よくそんな情けない事を自信満々に言えるな)

なんで、こんな事になってしまったのだろう。

奉太郎「……そういえばそうだったな」

奉太郎「それじゃあ、どうするか……このままここに住むか?」

里志「悪い案では無いね、でもそれだと学校に行けなくなってしまう」

里志「動物に囲まれて朝を過ごす、一度はやってみたいけどね」

里志「でもやっぱり……もう一回、周ってみるのが最善かな?」

奉太郎「……分かった、もう一度周ろう」

そう言い、ウサギ小屋から出ようとした時に、視線を感じた。

なんかこう……獰猛な動物に睨まれるような。

摩耶花「あんた達、何やってんの?」

里志「タイミング、完璧じゃないか!」

里志「摩耶花! 助かったよ」

檻に入っているのは俺、里志、そしてウサギ達。

それを外から不審者を見る目で見ているのが伊原。

奉太郎(ウサギ達の気持ちが、少し分かった)

摩耶花「時間も場所も言ったはずよね、なんでこんな所にいるのよ」

里志「ご、ごめんごめん。 ホータローと周っていたらついつい忘れちゃって」

摩耶花「ふーん、折木と回った方が楽しいんだ。 ふくちゃんは」

里志「そ、そんな事は無いよ、摩耶花と周った方が100倍楽しい!」

奉太郎(1/100で悪かったな)

摩耶花「ま、いいわ」

摩耶花「鍵閉めておくから、またね」

摩耶花「ちーちゃん、行こ?」

これからの人生、ウサギと共に過ごすことになるのだろうか。

える「え、ええっと……私は……」

里志「千反田さん! 開けて!」

摩耶花「ちーちゃんに頼るんだ? へえ」

奉太郎「……はぁ」

いつまでも続くその光景を、俺はウサギ達と一緒に眺めていた。

奉太郎「そろそろ行くぞ、時間が勿体無い」

そう言うと伊原もようやくふざけるのを止め、俺たちが檻から出るのを待つ。

奉太郎「それで、お前たちは何をしていたんだ」

摩耶花「ちょっと、買い物をね」

買い物? 何かお土産でも買っていたのか?

える「これです!」

そう言いながら千反田が取り出したのは、ウサギの置物?

奉太郎「これを? 部屋にでも置くのか?」

える「部屋と言えばそうです、部室に置こうと思って……」

なるほど。

確かにあの部室は簡素すぎる。

伊原が描いた絵は映えているが、どうにも寂しい。

奉太郎「まあ少し寂しかったからな、けど別行動してまで買う物か? これ」

摩耶花「そ、それは」

伊原の態度を見て、察した。

大方、何か里志に買ったのだろう。

奉太郎「ま、いいさ」

奉太郎「それより一度、飯にしよう」

里志「うん、ウサギと遊んでいたらお腹が減っちゃったよ」

その言い方だと、俺もウサギと遊んでいたみたいに聞こえるのでやめてほしい。

える「ウサギさんと遊ぶ折木さん……ちょっと気になります」

ほら、こうなるだろ。

奉太郎「俺は遊んでないぞ、見ていただけだ」

里志「そうそう、ホータローがウサギと遊ぶところはちょっと見たくないかな」

える「……そうですか、残念です」

何がどう残念なのかは置いといて、レストランに入る。

動物を見てから肉を食べる気は、あまりしなかった。

伊原と千反田も同じ考えのようで、麺類を頼んでいる。

だが、里志は肉を食べていた。

人それぞれなのだろうか、あまり気にする様な奴には見えないし。

摩耶花「ふくちゃん、よくお肉食べられるね」

里志「それはそれ、これはこれだよ」

里志「一々気にしていられないさ」

ふむ、こういう考えもありなのかもしれない。

等と、少し哲学的な事を考えながら昼飯を済ませる。

食後のゆっくりとしている時に伊原が席を立ち、里志を連れ出していった。

どうやらプレゼントでも渡すつもりなのだろう。

それに着いて行く様な真似はさすがの俺でもできない。

える「あ、あの。 折木さん」

対面に座る千反田が話しかけてきた。

える「これ、プレゼントです」

これは意外。

俺にもプレゼントをくれる人が居たとは……

奉太郎「おお、ありがとう」

千反田がくれたのは、ペンダントだった。

中に写真が入っており、その写真には綺麗な鳥が写っていた。

しばらくペンダントに見とれていた。

気付くと、千反田が俺の方をじーっと見つめている。

奉太郎「……今は付けないからな」

える「え、はい……そうですか」

奉太郎「……恥ずかしいだろ」

える「そ、そうですよね。 分かりました」

……次に学校に行くときにでも、付けて行くか。

そんな会話をしている内に、伊原と里志が戻ってきた。

慌ててペンダントを隠す、なんとなく。

奉太郎「さて、これからどうする?」

里志「僕とホータローは大体見て周っちゃったからなぁ」

里志「二人で周ってきたらどうだい? 僕達はここで待ってるよ」

える「いいんですか? じゃあ摩耶花さん、行きましょう」

摩耶花「今度はフラフラしないでここに居てね、二人とも」

はいはい、分かりました。

女二人で話したい事もあるだろうし、これでいいか。

何より座っている方が楽だ。

と言っても里志と二人で話す事も無いのだがな……

里志「ホータロー」

それは俺だけの話であって、こいつはあるみたいだ。

奉太郎「なんだ」

里志「僕が摩耶花に貰ったもの、分かるかい?」

奉太郎「さあな、見当もつかん」

里志「これだよ」

そう言って、里志はテーブルの上にそれを置いた。

ゴトン、という大きな音をたてて。

置かれたのはかなり重そうな招き猫だった。

奉太郎「これは……」

里志「正直な話、最初はまだ怒っているのかと思ったよ」

里志「でもそんな感じじゃなかったんだ、それで仕方なく受け取った」

奉太郎「気持ちが大切って奴じゃないのか」

里志「ホータローにしては良い事を言うね」

里志「でもこの気持ちはちょっと重すぎる」

奉太郎「確かにな、随分重そうだ」

里志「かなり、ね」

里志「僕の巾着袋が破けないかが、今一番心配な事だよ」

にしても。

奉太郎(でかいな……)

テーブルの上に置かれた招き猫は、とても大きな威圧感を放っていた。

里志「それより、だ」

里志「ホータローは何を貰ったんだい?」

見られていたか? いや、そんな筈は無い。

奉太郎「何も貰ってないぞ」

里志「嘘はよくないなぁ、友達じゃないか僕達」

奉太郎「……」

最近になって、里志はやたら勘が鋭くなってきている。

俺にとっては迷惑な事この上ない。

奉太郎「なんで、分かった」

里志「何年友達やってると思っているんだい? 顔を見ればすぐに分かるさ」

奉太郎「なるほど、まあいい、確かに貰った」

里志「何を?」

奉太郎「それは言わない」

里志「残念だなぁ」

奉太郎「一つだけ言えるのは、その招き猫より小さいって事くらいだな」

里志「はは、いい例えだ」

そう言うと、里志は窓から外を眺めた。

里志「今日は、中々に楽しかったよ」

奉太郎「そうか? いつも通りだろ」

里志「いいや、違うね」

里志「ホータローとこういうちょっと離れた場所に来るっていうのは、新鮮だよ」

里志「最近はホータローも活発的とは程遠いけど、動くようにはなってきたしね」

里志「そんな毎日が、少し新しくて楽しいのかもしれない」

奉太郎「ふうん、そんなもんか」

里志が楽しいと自分で言うのも、結構珍しいな。

里志「それと、こういう突発的な災難ってのもね」

そう言い、外を指差す。

なるほど、これは確かに災難だな。

空は、どんよりとした色をしていた。

そんな会話を聞いていたのか、やがて雨は降り出した。

里志「こりゃ、二人とも雨に降られたね」

奉太郎「だろうな、一緒に行ってなくて良かった」

本来なら、傘を持って探しに行くのが優しさだろう。

だが俺達は二人とも傘なんぞ持っていない。

ならば諦めて降り注ぐ雨を眺めているのが効率的と呼べる。

それに伊原にはフラフラするなと言われている、これならば仕方ない。

奉太郎「いつまで降るんだろうな」

里志「うーん、すぐに上がりそうだけど、どうだろうね」

里志も俺と同じ考えなのか、探しに行こうとは言わなかった。

奉太郎「いよいよする事が無くなったな」

里志「そうだね、こうしてみると男二人ってのは寂しいもんだ」

奉太郎(さっきまで、ウサギ小屋ではしゃいでたのはどこのどいつだ)

俺は未だに上がりそうに無い雨を見ながら、コーヒーを一杯頼む。

ほんの5分ほどで運ばれてきたコーヒーに口を付ける。

里志「それにしても、後2年かぁ」

奉太郎「2年? 何が」

里志「僕達が高校を卒業するまでだよ」

奉太郎(卒業か、考えたことも無かったな)

奉太郎「まだ2年もある」

里志「ホータローにとってはそうかもしれないけど、僕にとっちゃ後2年なんだよ」

それもまた、感じ方の違いと言うものだろう。

奉太郎「楽しい時間はすぐに過ぎる、か」

里志「……ホータローがそれを言うとは思わなかったかな」

奉太郎「俺にもそれを感じる事くらいはあるさ」

里志「ふうん、ホータローがねぇ」

奉太郎「……里志は毎日が楽しそうだな」

里志「まあね、楽しもうとして楽しんでいるからそうでなくちゃ困る」

奉太郎「それもそうだな」

里志「でも、たまには楽しくない日も欲しいとは思うけどね」

奉太郎「……なんで、そう思う?」

里志「さっきホータローが言ったじゃないか、楽しい時間はすぐに過ぎるって」

里志「つまり楽しくない時間なら、長く感じるって事さ」

里志「そうやって、一日を大切にしたいって思うこともある」

里志「それだけの話だよ」

奉太郎「そうか、じゃあ俺は随分と長い高校生活を送れそうだ」

里志「それはどうかな? 終わってみると案外早い物だよ」

現に既に高校生活の1年は過ぎている……少し納得できるかもしれない。

里志「それとね、終わってから気付くこともあるんだ」

奉太郎「終わってから?」

里志「うん、その時はつまらないって思ってた日々も、終わってから振り返ると楽しかった日々に思える」

里志「つまり結局は、時間が過ぎるのは早いんだよ」

里志「楽しくない日が欲しいって言うのは、無理な話かもね」

奉太郎「ふむ、まあ俺には無縁だと思うがな」

奉太郎「現に今も退屈で仕方ない」

里志「ははは、それには同意するよ」

そう里志が言うと、少しの沈黙が訪れた。

ふと窓の外に視線を流すと、どうやら雨が上がったようで、雲の隙間から陽が差し込んでいる。

里志「ホータロー」

里志に呼ばれ、顔を向けると店内の入り口を指差していた。

そのままそっちに顔を向けると、雨に降られた千反田と伊原の姿見える。

千反田は俺たちを見つけると、どこか嬉しそうに笑顔になっていた。

伊原は俺たちを見つけると、どこか不服そうに、睨んでいた。

奉太郎「千反田はともかく、伊原になんと言われるかって所か」

里志「そうそう、よく分かってるよホータローは」

奉太郎「フラフラするなと言ったのは、伊原だったと思うがな……」

里志「それを摩耶花の前で言ってごらん、摩耶花は絶対にこう言うね」

里志「折木は臨機応変って言葉の意味、知ってる?」

里志「ってね」

奉太郎「里志がそこまで断言するなら、言わない事にしよう」

里志「懸命な判断だよ、ホータロー」

そう言い笑う親友と共に、腕を組み、待ち構えるライオンの元へと食われに行くのであった。

第10話
おわり

以上で第10話、終わりとなります。

区切りの問題なので仕方ないんです……仕方ない、仕方ない。

明日は【予定通り】14時前後に第11話+第12話+第13話を投下します。

ここまで予定通りです。

こんにちは。

第11話+第12話+第13話、投下致します。

~折木家~

里志とはあんな事を話していたが、時が経つのはやはり早い。

少し前まで、やっと高校生かー等と思っていた物だ。

気付けば進級していて、そして気付けばすぐ目の前に夏がやってきている。

初夏と言うのだろうか、セミが鳴いていてもなんもおかしくない暑さ。

そんな暑さに叩き起こされ、俺は不快な朝を迎えた。

奉太郎(暑いな……)

唯一幸いな事は……今日は日曜日、学生身分の俺は休みである。

しかしとりあえずは水を飲もう、このままでは家の中で死んでしまう。

寝癖も中々に鬱陶しいが、まずは喉を潤さなければ。

そんな事を思い、リビングに赴く。

リビングに着くと、いつ帰ったのだろうか……姉貴が居た。

供恵「おはよ、奉太郎」

奉太郎「帰ってたのか、おはよう」

確かこの前海外へ行ったのが2ヶ月くらい前か?

いや、1ヶ月前くらいか。

奉太郎「今回は随分と早かったな」

供恵「そう? 外国に行ってると感覚が狂うのよねー」

そんなもんか。

供恵「あ、そだそだ」

そう言いながら、姉貴はバッグから物を探す素振りをする。

俺は姉貴に視線を向け、水を飲みながら姉貴の話に耳を傾けた。

供恵「お土産、買ってきたわよ」

供恵「買ってきたってのは変ね、貰ってきたが正しいかしら」

そう言い、手渡されたのは4枚のチケットだった。

奉太郎「沖縄旅行、3泊4日?」

供恵「そそ」

供恵「この前の友達らと行って来なさい」

沖縄か、確かにありがたいが……

しかし、そんな時間は無いだろう。

奉太郎「あのなぁ、俺たちは高校生だぞ」

奉太郎「1週間近くも離れるなんてできない、学校があるしな」

供恵「ふうん、そっか」

姉貴は素っ気無く言うと、それ以降は口を開こうとしなかった。

話はどうやら終わったらしい。

奉太郎(里志は確か妹がいたな、あいつにあげるか)

チケットを渡すついでに里志と遊ぼうかと思ったが、外の暑そうな空気にその気は無くなる。

奉太郎(学校がある時にしよう、今外に出たら干乾びてしまう)

奉太郎「一応礼は言っておく、ありがとう」

供恵「可愛い弟の為だからねー」

奉太郎「それと、一ついいか?」

供恵「ん? なに?」

奉太郎「このチケットって、海外のお土産では無いだろ……」

供恵「そりゃーそうよ、商店街の人に貰ったんだもん」

さいで。

ま、とにかくこのチケットは次に会った時にでも渡すとして……

今日は何をしようか?

奉太郎(あれ、俺ってこんな行動的だったか?)

いや、違う。

別にする事なんて求めていない。

ただ、ごろごろとしていればいいだけだ。

そう思うと、寝癖を直すのもなんだか面倒になってきた。

その結論に至ってから、俺の行動はとても単純な物になる。

30分……1時間……クーラーが効いたリビングで過ごす。

やはり、こうしているのが俺らしいという事だ。

奉太郎(二度寝でもしようか……)

そんな事を考え、しかし部屋まで戻るのも面倒だな、など考えているときにインターホンが鳴った。

……リビングには姉貴もいる、任せよう。

供恵「はーい」

供恵「あ、久しぶりね」

供恵「ちょっと待っててねー」

姉貴が転がる俺の頭を足で小突く。

もっと呼び方という物があるだろう……全く。

奉太郎「……なんだ」

供恵「と・も・だ・ち」

供恵「来てるわよ」

その時の姉貴の嬉しそうな顔と言ったら……省エネモードに入った俺には起き上がるのも辛い。

しかし、尚も頭を蹴り続ける姉貴に負け、今日一番嫌そうな顔をしながら起き上がる事にした。

無視し続けては後が怖い、これが本音というのが悲しい。

奉太郎(寝癖直すのも面倒だな……このままでいいか、とりあえずは)

姉貴は友達と言っていたが……里志だと助かる。

伊原や千反田まで居たら、とても面倒な事になって仕方ない。

しかし、悪い予感というのは良く当たる物で、玄関のドアを開けると見事に全員が揃っていた。

奉太郎(暑いな……)

顔だけを出し、問う。

奉太郎「日曜日にわざわざ何をしに来た」

里志「古典部としての活動だよ」

休日に? 馬鹿じゃないのかこいつらは。

奉太郎「明日でいいだろ……」

摩耶花「あんた今何時だと思ってんの? 寝癖も直さないで……」

奉太郎「今日は家でごろごろすると決めたんだ、帰ってくれ」

える「今日でないとダメなんです!」

迫る千反田に咄嗟に後ろに引くと、頭だけを出していた俺は当然の様に挟まる。

幸い、その失敗に気付いた者は居なかった。

奉太郎(こいつは毎回毎回……しかもこの暑さでよくこんな元気があるな)

里志「千反田さんもこう言ってるし、折角来たんだからさ、いいじゃないか」

奉太郎「……今日は暑すぎる、今度にしないか」

暑い、休日、面倒くさいの三拍子、断る理由としては結構な物だろう……多分。

里志「だってさ、どう思う? 二人とも」

里志はそう言うと、二人の方に振り返り答えを促した。

摩耶花「いいから来なさいよ、暑いのは皆一緒でしょ」

える「アイスあげますから、はい!」

奉太郎(アイス……? 物凄く子供扱いされているな、俺)

当然、他二名は来い、と言うだろう……だがここで引くほど俺も甘くは無い。

奉太郎「とにかく! 今日はダメだ」

里志「はあ、仕方ないなぁ」

少しだけ残念そうな顔を里志がしたせいで、やっと帰ってくれるのかと思ったが……里志が無理やりドアを開いてきた事で若干だが焦った。

奉太郎「お、おい」

里志は大きく息を吸うと、ひと言。

里志「おねえさーん!」

この馬鹿野郎。

それを予想していたかの様に、直後に姉貴が現れる。

供恵「里志くん、お久しぶり」

供恵「どしたの?」

くそ、最近は里志も俺の使い方を分かってきたのか……やり辛い。

姉貴に苦笑いを向けながら、俺は言う。

奉太郎「いや、なんでもない」

奉太郎「今から、皆で遊びに行くところだ。 ははは」

供恵「ふ~ん、行ってらっしゃい」

姉貴は物凄く嬉しそうに笑うと、リビングに戻っていった。

それを見届けた後、満足気に笑う里志に向け、ひと言伝える。

奉太郎「……覚えとけよ、里志」

里志「はは、夜道には気をつけておくよ」

~古典部~

こんな感じで、俺は折角の休みだと言うのに古典部の部室まで足を運ぶはめになった。

全員が席に着き、話を始める。

摩耶花「そうそう、この前ふくちゃんと遊んだときなんだけどね」

摩耶花「30分も遅れてきて、笑いながら謝ってきたの」

摩耶花「少し遅れちゃったね、ごめんねーって」

摩耶花「酷いと思わない!?」

える「そうですね……福部さん、それは少し酷いと思いますよ」

里志「千反田さんに言われちゃうと、参っちゃうなぁ」

これが古典部としての活動か、なるほど納得! ……帰ってもいいだろうか。

頬杖を突きながら俺は異論を唱える、当然だ。

奉太郎「そ、れ、で」

奉太郎「古典部の活動ってのはこの事か?」

3人の視線が俺に集まる。

数秒の間の後、千反田が思い出したように手を口に当てた。

える「……そうでした! 今日は目的があって集まったんでした!」

奉太郎(おいおい……)

溜息を吐きながら、新しく設置されたウサギの物置に目をやった。

窓際に置かれたそれは日光に当てられ見るからに暑そうだ、可愛そうに。

える「それでですね、今日集まったのは……」

える「今年の氷菓の事についてです!」

里志「ああ、文化祭に出す奴だね」

摩耶花「でも今年って文集にするような事……ある?」

奉太郎「あれって毎年出すのか?」

摩耶花「当たり前でしょ、3年に1回とかどんだけする事のない部活なのよ」

奉太郎「……ごもっとも」

里志「ホータローにとっては3年に1回でも随分な労力に違いないけどね」

俺は里志を一睨みすると、少し気になった事を千反田に訪ねる事にした。

奉太郎「ちょっといいか」

える「はい、どうぞ」

千反田はそう言うと手を俺に向けた、司会はどうやら千反田努めてくれるらしい。

奉太郎「それが、今日じゃないとダメな事か?」

千反田は人差し指を口に当てながら、答える。

える「いえ、今日じゃないとダメという事は無いですね」

つい、頬杖で支えていた頭が少しずれる。

奉太郎「……さっき言っていたのはなんだったんだ」

奉太郎「俺の家の前で、今日じゃないとダメとかなんとか」

える「ああ、あれですか」

える「えへへ、そう言わないと、折木さんが来ないと思いまして」

奉太郎「……」

千反田は、こういう奴だっただろうか……?

どうにも最近は、里志やら千反田やら、俺を使うのに慣れてきているのだろうか。

そうだとしたら……俺の想像以上に面倒な事になってしまう。

奉太郎「……帰っていいか」

える「それはダメです! 氷菓の内容を決めないといけないです!」

一応持ってきていた鞄を掴む俺の手を、千反田が掴む。

あーこれは、断れないパターンか。

奉太郎「……分かったよ、手短に終わらせよう」

渋々承諾するも、一刻も早く家に帰り休日を満喫したい。

里志「と言っても、内容が無いよね」

摩耶花「そうね、去年は色々とあったから良かったけど……」

里志「今年は内容がないよね」

える「困りましたね……」

里志「内容がないと困るね……」

奉太郎「別に何でもいいだろ、今日の朝は何食べたとかで」

里志「内容がないよう!」

里志が席を立ち、一際声を大きくし、嬉しそうな顔で言う。

どっちかというと……叫んでいた。

摩耶花「ふくちゃん、少しうるさいよ」

奉太郎「黙っててくれるとありがたいな」

える「福部さん、お静かに」

俺達3人の意見がぴったりと合うのは中々に珍しい、まあそれほど里志がうるさかったと言う事なのだが。

流石に3人に言われると、里志はようやく静かになった。

まさか千反田までもが言うとは思っていなかったが……

一旦静まった部屋の空気を変えるように、千反田が口を開く。

える「ではこういうのはどうでしょう? これから文化祭までに何かネタを見つける、というのは」

摩耶花「……それしか無さそうね」

悪い案ではない、が。

奉太郎「見つからなかったらどうするんだ? 今年は何か芸でもやるか?」

える「私、何もできそうな事が無いです……すいません」

摩耶花「ちーちゃん、本気にしないで」

える「あ、冗談でしたか」

こいつは本気で何か芸でもするつもりだったのだろうか。

少しだけ見たい気はするが……

奉太郎「で、今は6月か」

俺は机を指でトントンと叩きながら言う。

奉太郎「後4ヶ月で何か見つけろというのは……難しいと思うぞ」

里志「あ、いい事思い出したよ」

またどうでもいい事を言うんじゃないだろうな、こいつは。

摩耶花「くだらない事言わないでね」

伊原もどうやら同じ意見の様だ。

しかし……伊原の視線が恐ろしいな、俺に向けられてないのが幸いだが。

里志「千反田さん、一つ気になることあったんじゃなかったっけ?」

奉太郎「ばっ……!」

える「あ、そうでした!!」

くそ、やられた。

今日は里志が口を開くとろくな事が無い。

える「折木さんに是非相談しようと思っていたんです!」

俺の返答を聞く前に、千反田は続ける。

える「実はですね、DVDの内容が気になるんです!」

奉太郎「俺はお前の説明を飛ばす癖が気になるな」

える「す、すいません」

える「お話しても、いいでしょうか?」

奉太郎「……それと文集とどう関係があるんだ、里志」

里志「特にはないね、でも新しい発見ってのは重要な物だよ。 ホータロー」

奉太郎「……はぁ、分かった」

奉太郎「千反田、話してみてくれ」

える「ありがとうございます」

える「それでは最初から、お話しますね」

コホン、と小さく咳払いをすると話が始まった。

える「昨日のお話なんですが、摩耶花さんとDVDを貸し借りして見ていたんです」

える「私は摩耶花さんが見終わった後に、お借りしました」

える「一つはコメディ物のお話で、もう一つはホラー物でした」

奉太郎(ホラーとコメディが同じDVDに入っているのか……少し見て見たいな)

摩耶花「それよ!」

伊原が机を叩き、声を挙げる。

こいつは俺の寿命を縮める為にやっているのではないだろうか? 等疑ってしまうのは仕方ない。

それと……急に大声を出すのは、本当にやめてほしい。

奉太郎「それって、何が?」

摩耶花「私が見たのは、片方がコメディ……ここまではちーちゃんと一緒なんだけど」

摩耶花「……もう片方は感動系だった!」

つまり二人が見ていた話の系統が違う……と言う事か?

える「そうなんです! 変ではないですか?」

一つ案が浮かんだ、成功すれば見事に手短に終わらせられるいい方法。

奉太郎「普通だろう、伊原がホラーを感動して見ていただけの話だ」

摩耶花「おーれーきー!」

おお、怖い。

仕方ない、逆転させよう。

奉太郎「じゃあこうだ、千反田が感動物を怯えながら見ていた、これで終わり」

える「お・れ・き・さ・ん! 真面目に考えてください」

……どっちに転んでも怖い思いをするのは俺の様だ。

奉太郎「……分かった、少し考えるか」

なんで休日にこうも頭を使わなければいけないんだ……

全ての元凶の里志を見ると、それはもう楽しそうに笑っていた、あの野郎。

奉太郎「まず、DVDを見た日は同じ日か?」

える「はい、そうです」

奉太郎「ふむ」

可能性としては、あるにはあるな。

順番としては……

コメディをA、ホラーor感動物をBとして考えよう。

恐らく順番はA→Bに間違いは無い。

問題はそのBがホラーか感動物か、ということだ。

もう少し、情報が必要だな……

奉太郎「そのDVDはどこで見たんだ?」

える「場所……ですか?」

える「神山高校の、視聴覚室です」

奉太郎「視聴覚室? 学校まで来たのか?」

える「ええ、昨日は摩耶花さんと遊んでいまして……DVDを見ようって事になったんです」

える「それで、私の家には機材がありませんし……摩耶花さんの家は用事があり、お邪魔する事ができなかったので」

える「私たちは、学校で見ることにしたんです」

奉太郎(……学校の物を私物化する奴は初めて見たな)

える「私は一回部室まで来て、その間に摩耶花さんが見ていました」

ん? それはおかしくないか。

奉太郎「なんで一緒に見なかったんだ?」

える「見終わった後に、感想をお互いで交換しようと思っていたからです」

奉太郎(随分と暇な奴らだな……)

まあそれならば一緒に見なかったのは納得がいってしまう。

える「摩耶花さんが見終わった後は、今度は私が見させて頂きました」

える「私が終わった後、感想を交換しているときにお互いの意見が違う事に気付いたんです」

奉太郎「なるほど、な」

それならば話は早い、条件は揃っている。

深く考える必要も無かったな。

里志「……さすが、ホータロー」

里志「何か分かったみたいだね」

摩耶花「え? もう分かったの?」

奉太郎「まあな、でも一つ確認したい事がある」

える「確認、ですか?」

奉太郎「ああ」

奉太郎「俺が聞きたいのは、何故もう一度二人で見ようとしなかったのか、だ」

奉太郎「意見が違った時点でそうするのが手っ取り早いだろ」

える「あ、そ、それでしたら……」

何故か千反田が言い淀む。

摩耶花「先生にね、ばれそうになっちゃって」

何をしているんだか、こいつらは。

奉太郎「……許可くらい取っておけ、次から」

奉太郎「だがそれのせいで、お前らも気付かなかったんだろうな」

える「は、早く教えてください! 気になって仕方がありません!」

奉太郎「わ、分かったから落ち着け、それと少し離れろ」

千反田が少し距離を取るのを見て、俺が話を始める。

奉太郎「結論から言うぞ」

奉太郎「そのDVDには、話が3本入っていたんだ」

える「3本……ですか?」

奉太郎「そうだ、だから千反田達が見た内容が違っていた」

える「でも、でもですよ」

える「3本話があったとしますね」

える「わかり辛いのでA,B,Cとしますと」

奉太郎「千反田が言いたいのはこういう事だな」

千反田 A→B→?

伊原 A→B→?

える「そうです!」

える「でもこれですと、私と摩耶花さんが見ているお話が違うのはおかしくないですか?」

奉太郎「ああ、そうだな」

摩耶花「……そうだなって、まさかまた私とちーちゃんが見たものは受け取り方が違ったとか言うんじゃないでしょうね」

奉太郎「それを言うと後が怖い、だからさっき確認しただろ」

奉太郎「DVDを見た場所について、だ」

奉太郎「つまりはこういう事だ」

千反田 C→A→?

摩耶花 A→B→?

える「この場合なら、見た内容が違うと言うのも分かります……ですが」

える「どうして話の始まる場所が違っていたんですか?」

奉太郎「同じ場所で見た、というのが原因だ」

奉太郎「一度DVDを抜いていれば、こんな事は起こり得ない」

奉太郎「伊原がA→Bと見た後に巻戻しが行われないまま、千反田がC→Aと見たんだ」

奉太郎「伊原は元から2本しか入っていないと思っていたんだろう? なら巻戻しをしなかったのは説明が付く」

摩耶花「……なるほど!」

える「確かにそれなら……納得です」

奉太郎「話が3本入っているという結論に至ってからは、千反田の言い方に少し引っ掛けられたがな。 分かれば簡単な事だ」

える「私の、言い方ですか?」

奉太郎「さっきこう言っただろう」

奉太郎「一つはコメディ物のお話で、もう一つはホラー物でしたってな」

奉太郎「一瞬、千反田が最初に見たのがコメディ……つまりAだと思った」

奉太郎「だがそうすると伊原と合わなくなるからな」

奉太郎「最初に見たCがコメディとは考え辛い」

える「なるほど、つまり……」

私 ?→?→?(コメディとホラーは見ている)

摩耶花さん A→B→?(コメディと感動物を見ている)

える「この時点で、Aはコメディだという事が分かるんですね」

奉太郎「そうだ、Bがコメディだと言う事もありえない」

奉太郎「そこから考えられるのは一つしかない」

奉太郎「伊原がまず最初の二つを見て、その後千反田が最後の話と最初の話を見た」

奉太郎「そのせいで、意見に違いが出たんだろう」

える「さすがです! 折木さん!」

奉太郎「考えれば分かるだろ……DVDのパッケージでも見れば書いてあるだろうしな」

摩耶花「あー、これ……もらい物なんだよね。 中身だけの」

奉太郎(DVDをあげた奴に俺が被害を受けているのを伝えたい)

える「そういう事でしたか、すっきりしました」

える「では、今度は全部見て感想を交換しましょう! 摩耶花さん」

摩耶花「うん、また持ってくるね」

奉太郎「暇な奴らだな、全く」

摩耶花「折木にだけは、それ言われたくない」

奉太郎(その通り、としか言えんな)

すると、ずっとニヤニヤしていた里志が口を開いた。

里志「確かに、分かってみれば簡単な事だったかもね」

里志「それに良かったじゃないか、文集のネタが一つ増えた」

……こんな事を文集にするのか、勘弁して頂きたい。

奉太郎「こんなつまらん事を文集にしても誰も買わんだろ」

里志「そうかな? 僕は結構楽しめたけど」

える「私も良いと思いました、ありがとうございます」

そんな改まって頭を下げることでも無いだろうに……少し、照れる。

奉太郎(それはそうと)

奉太郎(16時……俺の休みが……)

明日からは、また学校が始まってしまう。

何が楽しくて休日の学校に来なければいけなかったのか……くそ。

それからまた関係の無い話を始める3人を眺め、やはりこれは放課後に済ませられた会話だったと俺は思った。

……やはり、納得がいかんぞ。

第11話
おわり

以上で第11話、終わりとなります。

続いて第12話を投下致します。

帰り道、里志が巾着袋をくるくると回しながら話しかけてきた。

里志「いやあ流石だね、ホータロー」

里志「DVDの謎は無事に解決! お見事だったよ」

奉太郎「何がだ、あんなのは誰にでも思い付くだろ」

奉太郎「あれを謎と言ったら、全国のミステリー好きに失礼って物だ」

里志「いやいや、僕なんかじゃとても思いつかないよ」

あ、この感じ……次に恐らく。

里志「データーベースは結論を出せないんだ」

ほら言った。 へえ、そうなんだ。

そんな里志を軽く流すと、朝に姉貴から貰った物を思い出す。

奉太郎「ああ、そういえば」

奉太郎「これ、やるよ」

里志「ん? これは……沖縄旅行?」

奉太郎「姉貴に貰った奴だが、使ってる時間なんて無いだろ、家族とでも行ってくればいい」

里志「気が効くねぇ、ありがたく貰っておくよ」

千反田か伊原にあげてもよかったんだが、高校を一週間近く休むのは結構でかい物があるだろう。

その点、里志は大して気にしなさそうだし、まあ……いいんじゃないだろうか。

里志は巾着袋にチケットを仕舞うと、そのまま缶コーヒーを取り出す。

奉太郎「よくそんな物を持ち歩いているな」

里志「さっき買ったんだけどね、せめてものお礼だよ」

そう言うと、里志は缶コーヒーを投げ渡してくる。

銘柄を見ると、微糖の文字が見えた。

奉太郎(甘いのは好きじゃないんだがな……)

フタを開け、口に含んだ。

やはり甘い。

奉太郎(不味くは無いし、まあいいか)

そしていつもの交差点に差し掛かった。

ここで里志とは別々の道となる。

そのまま今日は別れると思ったが、里志は立ち止まると俺に顔を向け話しかけてきた。

里志「ホータロー、今日はどうだった?」

奉太郎「どうって、何が」

里志「前に話した事だよ、楽しい日だったかっていう奴さ」

ああ、あの時の話か。

奉太郎「全く楽しくは無かった、気付けば休日が終わってしまったからな……勿体無いという感情はあるぞ」

里志「あはは、気付けば終わったって事は楽しかったんじゃないのかな?」

奉太郎「俺はとても、そうとは思えん……」

里志「ホータローにもいつか分かる時が来るさ、それじゃあまた明日」

奉太郎「ああ、また明日」

奉太郎(俺にも分かる時が来る、か)

奉太郎(楽しいと思う日もあるにはあるが)

奉太郎(今日は確実に無駄な日だったな……)

そんな事を考え、コーヒーを飲みながらゆっくりと歩いていると、前から見覚えがある人影が自転車に乗ってきた。

そいつは目の前で止まり、自転車を降りる。

奉太郎「……まだ何か用か、千反田」

える「用事、という程の事ではありません」

える「今日の、お礼を言いに来たんです」

奉太郎(お礼? DVDの事か?)

える「ありがとうございました、折木さん」

奉太郎「なんだ改まって、言いにきたのはそれだけか?」

える「もう一つあります」

える「ペンダント、着けて来てくれたんですね」

奉太郎「ああ、まあな。 折角貰った物だから」

少し恥ずかしくなり、顔を千反田から逸らす。

える「嬉しいです、ありがとうございます」

奉太郎(それだけを言いに来たのか? でも何か、言われるのを待っている?)

これでも一応1年間、千反田えるという人物と過ごしている。

そんな経験が、俺に違和感を与えていた。

何か、何かあったのか? と聞こうとする。

だがそれを聞いたら、今の仲が良い友達という関係が壊れてしまうような、そんな気も同時にする。

千反田は礼儀正しいが、わざわざ俺の帰り道にまで来て再度礼を言う事など……しない。

それを今やっているという事は、つまりは普通では無いのだ。

千反田はもう言う事が無い筈なのに、俺の方を見つめていた。

奉太郎「……千反田」

俺は、聞いてもいいのだろうか?

しかし、やはり嫌な予感がする。

える「はい」

言わなければ、何があったんだ? と。

だが……

奉太郎「……また明日、学校で」

俺は、口にできなかった。

える「はい、また明日、ですね」

千反田の顔は一瞬悲しそうな表情になったが、すぐにいつも通りに戻っていた。

奉太郎(俺は、間違えたのだろうか? 聞くべきだったんじゃないのか……?)

~折木家~

リビングには、俺と姉貴が居る。

姉貴なら、分かるかもしれない。

奉太郎「なあ、姉貴」

供恵「んー?」

煎餅をぼりぼりと食べながら、反応があった。

奉太郎「千反田……友達の女子なんだが」

奉太郎「今日帰り道であってな、何か言って欲しそうな雰囲気だったんだ」

奉太郎「なんだと思う?」

供恵「そりゃー、告白じゃないの?」

奉太郎「……真面目に考えてくれ」

供恵「うーん、ふざけているつもりは無かったんだけど」

供恵「それじゃないとなると……何か悩みでもあったんじゃないかな」

あの千反田に悩み?

とてもそうは見えなかったが……

奉太郎「悩み、か」

供恵「そうそう、人間誰しも悩みの一つや二つ、あるもんよ」

奉太郎「そんな物か、そういう姉貴にはあるのか?」

供恵「ないね」

奉太郎(一つや二つあるんじゃなかったのかよ……)

奉太郎「俺は、そいつにそれを聞いてやれなかったんだ」

奉太郎「聞いたとして、今の関係が壊れそうな気がして……」

供恵「あんま思い悩む事もないでしょ」

奉太郎「……友達、だぞ」

供恵「ほんっと、あんたは無愛想な癖に愛想がいいんだから」

供恵「悩みっていうのはね」

供恵「自分からどうにかしようとしないと、どうにもならないのよ」

供恵「これあたしの経験談ね」

供恵「それで、今あんたが言ってたその子は」

供恵「心のどこかで、自分の抱えている悩みをあんたに聞いて欲しいと思ってたんだと思う」

供恵「でも向こうから言って来なかったって事は、まだ自分から解決しようとしてないのかもね」

奉太郎「いや、ちょっと待て。 言って来なかったってのは自分で解決しようとしているからじゃないのか?」

奉太郎「だからこそ、言わなかったんじゃないのか」

供恵「その場合もあるわ、だけど今日……その子はあんたに聞いて欲しそうにしてたんでしょ?」

奉太郎「まあ、そうだな」

供恵「だったら簡単じゃない、あんたに頼ろうとしてたのよ」

供恵「奉太郎だったら解決してくれるかもしれない、とか思ってね」

奉太郎「それなら尚更……」

奉太郎「手を差し伸べるべきじゃなかったのか?」

供恵「それは違うね、ちょっと悪い言い方になっちゃうけど」

見事に即答、だな。

供恵「その子は、奉太郎に甘えようとしてたんじゃないかな」

甘えようと?

確か前に、千反田はその様なことを言っていた気がする。

……そういう事か。

奉太郎「それでも、いいんじゃないのか」

供恵「それはダメ」

供恵「それはその子にとっても、奉太郎にとっても決していい方には転ばない」

供恵「あんた、意外と優しいからね」

供恵「でも向こうが相談してくるまで待つって言うのも大事よ」

奉太郎「……そんなもんか」

供恵「深くは考えないで、ゆっくり待っていればいいのよ」

そう、か。

そうだな、そうするか。

奉太郎「……分かった、助かったよ」

供恵「じゃあ、はい」

奉太郎「ん? なんだその手は」

供恵「コーヒー淹れて来て。 相談料」

やはり姉貴は、苦手だ。

~翌朝~

今日はいつもより少しだけ、快適な朝を迎えられた。

昨日の千反田の顔を思い出すと、少し引っかかる物があるが……

ま、爽やかな朝だろう。

姉貴はどうやらまだ寝ている様で、姿が見えない。

一人準備を済ませ、家を出ようとした所で一度振り返る。

奉太郎(ありがとうな、姉貴)

姉貴の部屋に向け、一度頭を下げた。

見られていないから、できる事だ。

奉太郎(さて、行くか)

俺は、この時……また何も変わらない一日が始まると思っていた。

~学校~

退屈な授業が一つ、また一つと過ぎて行く。

奉太郎(今日は確か、文集の事で集まる予定だったな)

奉太郎(昨日で全部終わったと思っていたが……流石にそんな事はないか)

そんな事を思いながら、午前の授業は終わった。

昼休みになり、他の生徒が思い思いに弁当を広げている時に、意外な奴が教室にやってきた。

摩耶花「折木、ちょっといいかな」

伊原か、一体なんだというのだ。

奉太郎「珍しいな、何か用事か?」

摩耶花「今日の放課後、ちょっと委員会の仕事が入っちゃってね」

なるほど、つまり。

奉太郎「遅れるって事か、俺に言わんでもいいだろう」

摩耶花「ふくちゃんもちーちゃんも見当たらないから、仕方なくあんたの所に来てるのよ」

摩耶花「それくらい察してよね」

奉太郎「そうかそうか、まあ分かった」

という事は、今日の放課後は俺も少し遅れてもいいか。

摩耶花「あんたは遅れないで行きなさいよ、いつも適当なんだから」

と、うまく物事は進まない様だ。

心を見透かされているようで気分が悪いな。

奉太郎「……分かってる、始めからそのつもりだ」

摩耶花「なんか怪しいなぁ、まあそれならいいわ」

摩耶花「しっかりと伝えておいてね」

そう言い残すと、別れの挨拶も満足にしないまま伊原は自分の教室へ帰っていった。

釘を刺されてしまっては仕方ない、放課後は素直に部室に行くことにしよう。

最初は、俺と里志と千反田で話し合うことになりそうだな。

ま、適当にネタを出しておけば問題ないだろう。

さて……そろそろ午後の授業が始まるか。

~放課後~

ようやく授業が終わった。

この後にもやらなければいけない事があると思うと……憂鬱だ。

だが、遅刻したら後で伊原になんと言われるか……分かった物じゃない。

俺はゆっくりと、部室に向かった。

ゆっくりゆっくりと古典部へ向かっていたら、途中で一度伊原に会い早く歩けと言われてしまう。

全く、今後の学校生活は是非とも伊原を避ける事に力を入れて行きたい物だ。

そんな事を思いながら古典部に着き、部室に入る。

どうやらまだ里志は来ていない様だった。

奉太郎「千反田だけか」

える「こんにちは、折木さん」

える「摩耶花さんも福部さんもまだ来ていませんね」

奉太郎「ああ、伊原は委員会で少し遅れるとさ」

える「そうですか、では福部さんが来たら文集について始めましょう」

奉太郎「そうだな」

そう言うと会話は終わり、俺は千反田の正面に座ると本を開き目を通す。

10分……20分……30分と時間が過ぎていった。

奉太郎「……遅いな」

える「そうですね……私、探してきましょうか?」

奉太郎「いや、もうちょっと待とう」

しかし、あいつは何をやっているんだか……

える「分かりました、もう少し待ちましょう」

再び俺は本に視線を戻す、だが千反田が何故か俺の方をちらちらと見てきて集中ができない。

奉太郎「……何か言いたい事でもあるのか?」

える「え……あ、まあ……はい、そうです」

える「少し、お話しませんか?」

奉太郎「……なんの話だ」

える「文集の事です!」

奉太郎「却下だ、里志を待つ」

える「いいじゃないですか、二人でも話は進められます!」

奉太郎「二人より三人の方が効率がいい」

える「……」

静かになったか、やっと。

ちらっと、千反田の方を見た。

奉太郎「うわっ!」

びっくりした。

机から身を乗り出し、俺のすぐ目の前にまで千反田の顔がきていた。

える「真面目にやりましょう、折木さん!」

奉太郎「わ、わかった、そうだな、話し合いをしよう」

える「はい!」

満足したのか、笑顔の千反田が居る。

やはりこいつと二人は疲れてしまうな。

奉太郎「それで、文集についてだったか?」

える「ええ、そうです」

える「確かに去年より文集にする様な事が無いのは確かです……」

える「ですがそれでも! 書くことはあると思うんです!」

奉太郎「ほう、じゃあその書くことを教えてもらおうか」

える「ええ、昨日の夜考えていたんですが」

える「私達一人一人の視点で、古典部について書くというのはどうでしょう?」

ふむ、少し面白そうではあるな。

一人一人、つまり4人の視点からの古典部という事か。

合間合間に、物凄く不服だが……前のDVDの件等を挟めば読む方も退屈しないかもしれない。

奉太郎「いい、かもしれない」

奉太郎「ページ数も稼げそうだな」

える「本当ですか、良かったです」

える「……真面目に書いてくださいね、折木さん」

奉太郎「……分かってる、真面目にやるさ」

奉太郎「後は里志と伊原にも話して、最終決定って言った所だな」

える「分かりました、他にもいくつか考えないといけませんが……」

える「それはお二人が来てから、決めましょう」

奉太郎「そうだな」

意外にも話はすぐに終わった。

少し拍子抜けしたが……千反田が出した案が良かったのだから仕方無い。

奉太郎「ちょっと手洗いに行って来る」

える「はい、分かりました」

俺は首に掛けていたペンダントを机の上に置くと、部屋を出た。

部室から男子トイレは意外と遠く、急げば10分ほどで往復できるが……

俺は生憎急いでいない、15分ほど掛かるだろう。

トイレを済ませ、手を洗っていると何やら遠くから物音が聞こえてきた。

奉太郎(何の音だろうか、何か倒れた音か?)

奉太郎(まあいいか)

手をハンカチで拭きながら、部室へと戻る。

~古典部~

変わり果てた姿だった。

部屋中の物が散乱している。

奉太郎(さっきの音は……これか?)

椅子は倒れているし、机の周りは足の踏み場もない程だ。

奉太郎(それより、千反田は!?)

部屋の中を見回すが、いない。

襲われて、逃げたのか?

それともどこかに連れて行かれた?

奉太郎(くそっ!)

現在いる場所は特別棟の4F。

このフロアには階段が2つある。

俺はトイレに行っている間、一人も会わなかった。

犯人が使った階段は……恐らく古典部側だろう。

部屋から去り、階段を駆け下りる。

奉太郎(どこだ……!)

1階降りる度に、廊下に出て辺りを見回す。

そんな事を3回繰り返し、見つけた。

特別棟の1Fに、千反田が居た。

奉太郎「千反田!」

える「あれ? 折木さん、どうしたんですか?」

横には里志も居て、状況がうまく飲み込めない。

里志「ホータロー? どうしたんだいそんな慌てて」

奉太郎「……なんで、ここに、いるんだ……千反田」

途切れ途切れに、聞いた。

える「ええっとですね、福部さんが委員会の仕事で各部長達に用事があったみたいなんです」

える「折木さんが部室から出て行った後に、すぐ福部さんが来られまして」

里志「それでホータローがトイレに行っている間に千反田さんを連れて行ったって訳だね」

奉太郎「……無事なら……いいんだ、良かった」

俺は一度息を整えると、部室で見た光景を告げた。

奉太郎「……部室が、滅茶苦茶な事になっている」

える「滅茶苦茶とは……?」

奉太郎「見れば分かる、千反田は何か違和感……変な奴をみたりとか、なかったか?」

える「いえ、特には……」

里志「とりあえず、さ」

里志「その滅茶苦茶にされた部室に行ってみよう、じゃないと何が何だか分からないよ」

そう里志の言葉を聞くと、俺を先頭に3人で部室へと向かった。

第12話
おわり

以上で第12話、終わりです。

続いて最後に第13話、投下致します。

~古典部~

改めて見ると、部室は酷い有様だ。

里志「これは……酷いね」

える「そんな、こんな事をするなんて……」

二人とも、結構なショックを受けている様だった。

それもそうだ、いつも4人で使っている部屋なのだから……俺が受けたショックも結構な物である。

奉太郎(一体誰がこんな事を……)

しかし、いつまでも呆然とはしていられない。

奉太郎「とりあえず、元に戻そう」

奉太郎「これはあまり見ていたくない」

二人も納得したのか、俺の意見に賛同する。

里志「そうだね、片付けよう」

える「……はい、分かりました」

そして、俺たちは散らばった物を片付け始めた。

この前買ったばかりのウサギの置物は耳の辺りが折れていて、見ていて辛い。

える「……」

やはり一番ショックを受けているのは千反田で、無言でそれらを片付けていた。

しかし、不幸中の幸い、とでも言えばいいのだろうか?

1冊だけ飾ってあった【氷菓】は無事だった。

他にはガラス等は割られていなく、壊して周った……と言うよりは散らかした、と言った感じだろう。

それでも、見つけ出してやる。

古典部の部室をこんな事にした、犯人を。

ある程度片付けが終わり、全員が席についた。

千反田はさっきまで座っていた席に着き、俺はその正面に座る。

里志は俺の横に座り、顔から笑顔は消えていた。

部室が滅茶苦茶だ、と俺が伝えた時から……里志には元気が無かった。

俺は千反田と里志に目をやると、ゆっくりと話始める。

奉太郎「誰か、怪しい奴を見たのはいないのか?」

空気は辛いものがあるが……なんとか見つけなくてはいけない。

……古典部の為にも。

それを分かってくれたのか、千反田がゆっくりと口を開いた。

える「……いえ、福部さんと一緒になってから1Fまで歩きましたが……その様な人は居ませんでした」

里志「僕も、この部屋に来るまでに誰にも会ってはいないね」

里志「降りるときは勿論、千反田さんが気付かないで僕が気付くってのは考え辛いよ」

奉太郎「そうか……」

ふと、ある事に気付く。

気付くと言うよりは、思い出した。

……俺のペンダントは、どこにいった?

辺りを見回すが、見当たらない。

椅子の下、ポケットの中、机の中……

あった。

それは机の中に、置いてあった。

それを取り出し、胸の前でペンダントを開く。

少しの希望を持っていたが……

中身は無惨にも、割られていた。

奉太郎「……くそ」

思わず口から言葉が漏れる。

里志「……ホータロー」

える「人の物をここまでするなんて……酷すぎます」

しかし前ほど、俺は怒ってはいなかった。

何故かは分からないが……前の時は恐らく、千反田が傷付けられた事に怒っていたのだろう。

だが間接的に千反田も、傷付いているかもしれないが。

奉太郎(……ペンダントが少し濡れているな、中に何か液体でも入っていたのだろうか)

未だにペンダントを見つめる俺に向け、千反田が言った。

える「折木さん、見つけましょう」

える「ペンダントを割った犯人を……部室をこんな事にした犯人を!」

怒って、いるのだろうか?

少し違う……

悲しんでいる?

俺には複雑な感情は分からないが……千反田の意見には同意だ。

こいつがここまで言うのも珍しい。

奉太郎「ああ、そうだな」

奉太郎「何故こんな事をしたのか……理由を聞かなきゃ、気が済まん」

里志「うん……そうだね」

里志「僕も、気になるかな」

3人でそれぞれ顔を見合わせ、決意を固めた。

だが、どこから手をつけていいのか……分からない。

部屋を沈黙が包んでから10分程だろうか? 伊原が部室にやってきて俺達のいつもと違う空気を察する。

片付けをした、と言っても壊れた物は戻りはしない。

それは伊原も気付いたのか、口を開く。

摩耶花「皆、どうしたの? 何かあったの?」

奉太郎「……ああ、説明する」

事情を説明すると、伊原は怒って犯人を捜しに行くかと思ったが……落ち着いていた。

摩耶花「そう、そんな事が……」

摩耶花「でも、良かったよ……ちーちゃんが無事で」

摩耶花「それと氷菓も、無事だったみたいだね」

本当に、全くその通り。

犯人にとっては恐らく、たかが文集程度の認識だったのだろう。

える「摩耶花さんがくれた絵も……無事です」

それは気付かなかったな、と思い絵の方に顔を向ける。

あれは、まあそこそこ高い位置に飾られている。

犯人もわざわざ何かしようとは思わなかったのだろう。

それでも、破かれなかったのは良かったが。

奉太郎「不幸中の幸い、って所か」

里志「この状態で一つや二つ無事な物があってもね……」

奉太郎「それでも、全部壊されるよりはマシだ」

伊原も千反田も何か言いたそうにしていたが、俺は少し声を大きくし、言った。

奉太郎「一度、状況を整理しよう」

奉太郎「伊原もまだ理解していない部分もあるだろうしな」

続けて俺は、話をまとめる。

奉太郎「まず、最初に部室に居たのは千反田と俺だ」

奉太郎「里志と伊原は委員会の仕事で遅れていた」

奉太郎「そして、文集について俺と千反田は少し話をしていたんだ」

奉太郎「区切りが良い所になった時、俺はトイレに行った」

奉太郎「急げば10分ほどで戻れたが……暇だったからな、ゆっくり歩いて15分ほどは掛かったと思う」

摩耶花「あんたゆっくり歩くの好きね……」

奉太郎「好きって訳じゃない、ゆっくり歩いた方が楽だからだ」

伊原の突っ込みに、少しだけ空気が和らいだのを感じた。 感謝しておこう……

こういう時の伊原の存在は意外と侮れない。 空気を変えてくれるのはとてもありがたいものだ。

奉太郎「俺が知ってるのはここまでだ。 千反田、説明頼めるか?」

そこまでしか俺は知らない、千反田に補足を促すとすぐに説明を始めた。

える「ええ、分かりました」

える「福部さんが部室に来たのは、折木さんが御手洗いに行ってからすぐでした」

える「恐らく4分か5分程……だったと思います」

奉太郎「多く見ておこう、そっちの方がやりやすい」

奉太郎「俺が部屋を出てから里志が来たのは……5分としておく」

奉太郎「すると犯人は、10分の間に犯行を行ったって事か」

10分……意外にも長い。

部屋を荒らし、その場から去る時間を入れても……大丈夫だろう。

える「分かりました。 そしてその後は、福部さんと必要な書類を取りに行く為に特別棟の1Fまで降りて行きました」

摩耶花「その間に変な人は見なかったの?」

それは一度俺が聞いたことだが……一から見直すのもあるし、まあいいだろう。

える「……見かけませんでした、見逃していると考えると……すいません」

奉太郎「お前が謝ることではない。 里志、続き頼めるか?」

そう言うと、里志もすぐに口を開いた。

里志「僕が千反田さんを呼びに来たのは、委員会で必要な書類があったからだね」

里志「その書類を持ってくれば良かったんだけど……委員室に忘れちゃったんだ」

里志「ちゃんとしていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない」

里志「ごめんね、皆」

そう言う里志の顔は、笑顔だったが……とても辛そうに見えた。

こいつは、自分を責めているのだろう。

奉太郎「お前も謝るな。 悪いのは部室を荒らした犯人だろ」

里志「……うん、そうだね」

里志はそう言い、俯く。

その後、流れを分かったのか伊原が自分の行動を口にした。

摩耶花「私はずっと図書室にいたわ」

摩耶花「来る途中にも、怪しい人は居なかった……と思う」

摩耶花「……ちょっと、難しいかもね」

伊原は笑っていたが、里志同様、悲しそうに笑っていた。

奉太郎「……かもな、高校の生徒全員が容疑者となってはな」

何か新しい情報でもあれば、ある程度絞り込めるかもしれないが……

そして再び、伊原が口を開く。

摩耶花「今日は、文集の事で話し合うなんて雰囲気じゃないよね……さすがに」

摩耶花「一回帰ってさ、また明日仕切りなおさない?」

その言葉に、里志が同意を示す。

里志「僕もそれが良いと思うな」

里志「……ホータローにも期待してるしね」

これは、やらなくてはいけない事だ。

それも……手短に等とは言っていられない程の。

……少し、引っかかることもあるしな。

奉太郎「ああ、何か……思いつきそうなんだ」

嘘ではない、だがすぐに答えがでそうではなかった。

える「分かりました、では今日は解散しましょうか」

それを聞き、里志と伊原が帰り支度を始める。

俺も鞄を持ち、教室を出ようとした所で千反田がまだ座っているのに気付いた。

奉太郎「千反田、帰るぞ」

える「……ええ、分かってます」

える「……すいません、もうちょっとだけ……残ることにします」

千反田は俺の方を見ず、教室全体を見ているよな眼差しでそう言った。

それもそうか、千反田も何か……思う所があるのだろう。

奉太郎「そうか、気をつけてな」

無理やり引っぱって行く事もできたが……そんな気にはなれなかった。

俺にはそんな権利は、ありはしない。

~帰り道~

里志「にしても、一体誰がやったんだか……」

摩耶花「そんなに酷い状態だったの?」

里志「そりゃ、ね」

里志「滅茶苦茶にされてたよ、氷菓と摩耶花の絵が無事だったのが不思議なくらいだ」

里志と伊原が会話をしている、だが少し……考えるのには邪魔だった。

悪いと思いつつ、俺は里志と伊原に向け静かにして貰えるよう頼む。

奉太郎「すまん、ちょっと静かにしてもらってもいいか」

奉太郎「少し、考えたいんだ」

それを聞いた里志と伊原は、文句をひと言も言わず口を閉じた。

こいつらのこういう所は、嫌いにはなれない。

奉太郎(さて、と)

奉太郎(荒らされた部室、割られたペンダント)

奉太郎(10分の時間、部屋に散乱していた物)

奉太郎(千反田の証言、里志の証言)

ダメだ、情報が繋がらない。

奉太郎(くそ、何か足りないのか?)

奉太郎(集められる物は集めた筈だ……何かがおかしい?)

考え方が違うのだろうか。

少し、視点をずらそう。

奉太郎(動機は一体何だったんだ……恨みがある人物?)

奉太郎(そんな奴、居るのだろうか……)

古典部に、恨みがある人物。

つまるところ、俺と千反田と里志と伊原に恨みがある奴……

居た。

居るじゃないか、一人。

かつて、千反田を騙した奴だ。

奉太郎(そういう、事なのだろうか)

奉太郎「なあ」

里志「ん? 何か思いついたかい?」

奉太郎「今回の、動機はなんだと思う? 犯人の」

里志「動機、ねえ」

摩耶花「決まってるでしょ、何か恨みでもあったんじゃないの?」

やはり、そうか。

里志「うーん、それにしてはぬるかった様な気がするんだけどなぁ」

ぬるかった……氷菓や絵の事を言っているのだろう。

奉太郎「時間がなかったんだ、それは仕方ないだろう」

里志「ま、そうだね」

恨み……か。

奉太郎(最初から、一連の流れに沿ってみるか)

奉太郎(まずは最初、俺がトイレに行った)

奉太郎(所要時間は10~15分、まあゆっくり行ったから15分掛かったが)

奉太郎(俺が出て5分後に里志が部室を訪ねてきた)

奉太郎(そしてそこから千反田を連れ出す)

奉太郎(この時点で残り時間は10分)

奉太郎(その間に犯行を行ったって事だが……)

奉太郎(犯人はどうやって俺達を監視していたのだろう?)

奉太郎(どこか階段から見ていた……いや、千反田は怪しい人物は見ていないと言っていたな)

奉太郎(廊下の物陰……? これは無いだろう、隠れられる場所が無い)

奉太郎(後は……部室の、中?)

俺が一度出した答えは、恐ろしいものだった。

奉太郎(部室を思い出せ……)

奉太郎(あそこには、何があった……?)

奉太郎(まさか)

そこには……部室には、人が一人隠れられそうなロッカーがある。

奉太郎(俺と千反田が部屋から出て行った後に、犯人は部屋に入ってきた)

奉太郎(そして次に、部屋を荒らした後……ロッカーに隠れた)

これが、答えなのか?

そして、思い出す。 千反田の居場所を。

そいつが部室にまだいる可能性は? ありえなくは、無い。

奉太郎(待てよ、千反田はまだ部室にいる筈だ)

奉太郎(だとすると------)

奉太郎「里志! 伊原! 忘れ物をした!」

奉太郎「先に帰っててくれ!」

里志「……ホータロー、何かに気付いたみたいだね」

摩耶花「私達も行った方がいいんじゃない? 本当にそうだとしたら危ないわよ」

奉太郎「いや、大丈夫だ」

奉太郎「後で連絡はする、頼むから帰ってくれ」

里志「……分かった、後で連絡待ってるよ」

奉太郎「ああ、すまんな」

そう告げると、俺は学校へと戻る。

大分歩いてきてしまった……学校までは、20分程か?

奉太郎(20分……もう一度、整理しよう)

奉太郎(犯人はC組の奴なのか……?)

俺は走りながら、必死に頭を働かせる。

全ての視点から物事を見直す。

おかしな所は無いか?

全て、筋が通っているか?

走りながら、必死に考える。

……学校が見えてきた。

俺は、学校に着くのとほぼ同時に……

一つの結論に辿り着いた。

~古典部前~

奉太郎「……はぁ……はぁ」

こんなに全力で走ったのはいつくらいだろうか。

マラソンの時は大分手を抜いて走っていたからな……生まれて初めてかもしれない。

奉太郎(間に合った……だろうか?)

ドアをゆっくりと開ける。

……間違いない、大丈夫だ。

奉太郎「……今回の事を全ての視点から見つめなおした」

奉太郎「そして、全ての証拠に繋がる奴が一人、居る」

奉太郎「今回の部室荒らし、それはお前にしかできなかったんだよ」

奉太郎「いや……お前で無ければ矛盾が出るんだ」

奉太郎「お前以外には、ありえない」












                       「そうだな? 千反田」











第13話
おわり

以上で第13話、終わりとなります。

乙ありがとうございました。

次回投下は今の所、未定となっております。

来週から仕事が忙しくなってしまうので、投下ペースも落ちてしまいますが……完結は必ずさせます。

それでは、失礼します。

何か質問等ありましたら、宜しくお願いします。

えるたそが犯人として、部室まで迎えにきた里志は共犯ってことになるのかな?

乙ありがとうございます。

>>411
次回をお楽しみに!

乙乙

最後の台詞で鳥肌たった
前の殺人事件のSSもそうだったけどシリアス系がすごくうまい

続きは明日ですか?

乙ありがとうございます。

>>415
はい、今日です。

という訳で第14話、投下致します。

違うと言って欲しかった。

折木さんの推理は間違っていますよ、と。

しかし。

える「さすがです、折木さん」

千反田が発した言葉は、自分のした事……千反田がした事を認める物だった。

奉太郎「……どうして、こんな事をしたんだ」

える「動機、ですか」

える「それを言う前に、ちょっと気になる事があるんです」

える「どうして折木さんは、私が犯人だと思ったんですか?」

奉太郎「どうでもいいだろ……そんな事」

これ以上、言いたく無かった。

理由は確かにある。

だがそれを言えば千反田が犯人だと言うような物で……言えなかった。

える「ダメです、折木さん」

える「私、気になるんです」

いつもより弱々しく、千反田はそう言った。

える「正直に言います、ここまで早く見抜かれるとは思っていませんでした」

える「理由を、教えてください」

言うしか、ないのだろうか。

奉太郎「……分かった、だが」

奉太郎「説明が終わったら動機を話してもらうぞ」

える「ええ、分かりました」

……仕方ない、やるか。

奉太郎「まず、時間の問題だ」

える「時間? 10分のですか?」

奉太郎「ああ、まずはそこが間違いだった」

奉太郎「古典部の部室から男子トイレまで行くのに掛かる時間は、古典部の部員ならまず知っている」

奉太郎「ゆっくり行けば15分……【急いでいけば10分】ってな」

える「ええ、そうですね」

奉太郎「犯人側の視点に立ってみろ、わざわざ時間を多く見積もって犯行をする奴がいるか?」

奉太郎「そんな事をするのは余程呑気な奴くらいだろう」

奉太郎「つまり、犯人が実際に犯行を行えた時間は【5分】だ」

える「……5分、ですか」

奉太郎「とても短すぎる、見つかるリスクも高すぎるんだ」

奉太郎「そんな中、犯行を行う奴は居ない」

奉太郎「時間が5分、余分にあったお前以外にはな」

える「……なるほど、確かにそうですね」

える「でも私は福部さんの証言によってアリバイがあるんです」

える「それはどうお考えで?」

奉太郎「里志の事か、あれはお前にとって予想外だったんじゃないか?」

奉太郎「10分の時間があったお前にも、里志が来るという予期せぬ事態によって犯行時間は5分となってしまった」

奉太郎「そして、里志は見てしまったんだよ。 お前が部室を荒らす姿を」

える「……」

奉太郎「これはお前にとって不運な出来事だった、しかし同時にアリバイを作る事ができるチャンスでもあった」

奉太郎「里志を共犯にする事によって、な」

える「……福部さんはそれを認めないと思いますよ、証拠がありません」

奉太郎「俺は記憶力がいい方ではないが、不自然な言葉ははっきりと覚えている」

奉太郎「あいつはこう言った」

【それでホータローがトイレに行っている間に千反田さんを連れて行ったって訳だね】

奉太郎「ってな、俺が特別棟の1Fに行ってお前らに状況を知らせた時だ」

奉太郎「何故、里志は俺がトイレに行っていた事を知っていたんだ?」

奉太郎「ただ部室から千反田を連れて行っただけなのに、お前はわざわざそんな会話をしたのか?」

える「……」

奉太郎「恐らく、こんな会話があったんだろう」

~~~
える「ふく……べさん……?」

里志「ち、千反田さん? 何をしているんだい!? ……何か、あったの?」

える「……すいません、理由は言えないんです」

える「本当に申し訳ありません、少し……協力して頂けませんか」

える「折木さんは今お手洗いに行っています、今ならまだ、大丈夫です」

~~~

奉太郎「まあ、こんな感じだろう」

奉太郎「大雑把にだが、この様な会話があったと俺は推測している」

奉太郎「……何故、里志が協力したのかは分からないがな」

える「……分かりました、それは認めます」

当らない方が、よかった。

える「でも、ですよ」

える「それだけで私が犯人、というのは少し難しいと思うんです」

える「今のは全て折木さんの推測、あくまでも確実な証拠とは言えません」

える「他に、理由はあったんですか?」

まだ、まだやるのか。

これ以上、お前が犯人だなんて真似……くそ。

奉太郎「……分かった、話を続ける」

奉太郎「次に不審な点は、部室を片付け終わった後だ」

奉太郎「具体的には、お前から貰ったペンダントを俺が見つけた時だな」

える「あの時、ですか」

奉太郎「千反田は記憶力が良かったな、会話を思い出してみろ」

える「……」

千反田は首を傾げ、回想をしている様子に見えた。

える「特に変な所は無いと思いますが……」

奉太郎「あるんだよ、少し待ってろ」

そう言うと、俺は覚えている限りの会話をメモに取り、机の上に置いた。

~~~
奉太郎「……くそ」

里志「……ホータロー」

える「人の物をここまでするなんて……酷すぎます」

える「折木さん、見つけましょう」

える「ペンダントを割った犯人を……部室をこんな事にした犯人を!」

~~~

える「普通、ではないですか?」

奉太郎「ああ、そうかもしれない」

える「……真面目にやってます?」

奉太郎「ふざけてこんな真似……俺はしない」

える「……そうですか、ではどの様な不審な点が?」

奉太郎「確かに会話だけでは不審ではない」

える「会話だけでは? どういう意味でしょうか」

奉太郎「状況によって、変わるんだよ」

える「状況……ですか」

奉太郎「つまり、俺とお前の位置関係だ」

奉太郎「あの時俺は【千反田の正面に座っていた】そして【ペンダントは胸の辺りで開いた】んだ」

奉太郎「千反田の視点からでは、見える訳が無いんだよ」

奉太郎「ペンダントがどういう状態になっていた、なんてな」

える「……!」

奉太郎「それが分かるのは、お前がペンダントを割ったからだ」

奉太郎「……間違いないな?」

える「……やっぱり、凄いですよ、折木さんは」

える「ですが、ですがですね」

える「……ペンダントに被害を受けたんですよね?」

える「それがどのような状態かは、ある程度予想はできる筈です」

える「その証拠も、決定的とは言えませんよ」

奉太郎「……もう、やめにしないか」

なんで……

俺は友達を。

好きな奴を犯人にしなければいけないのか。

……

える「まだ、ダメです」

える「納得させてください、折木さん」

える「気になるんです、私」

奉太郎「……」

奉太郎「……これが最後だ」

奉太郎「推理に、感情は入れてはいけない」

奉太郎「けど、俺にはどうしても引っ掛かる事があったんだ」

奉太郎「……無事だった氷菓と、伊原の絵だ」

える「……氷菓と、絵」

奉太郎「氷菓は窓際に飾ってある、とても大切な物のようにな」

奉太郎「ただ荒らすのが目的の犯人だったとしたら、氷菓が無事というのはあり得ない事なんだ」

奉太郎「仮に俺が【自分とは全く無関係の場所】で部屋を荒らすとしよう」

奉太郎「そこにはとても大切そうに飾ってある文集が置いてあった」

奉太郎「……当然、その文集は破り捨てるなり……する筈だ」

奉太郎「犯人には手を出せない理由があった、それは自分にとっても大切な物だったからなんだ」

奉太郎「伊原の絵も同様、大切な物だったんだよ」

奉太郎「……お前にとってな、千反田」

える「……そう、でしたか」

奉太郎「俺は、それに気付いたとき少しだけ安心した」

奉太郎「千反田はやっぱり、千反田なんだなってな」

奉太郎「お前自信の優しさは、隠せなかった」

える「……お見事です、折木さん」

える「もう一度、認めます」

える「今回の部室荒らし、犯人は私です」

える「大正解……ですね」

なんで、こんな事になってしまったんだ。

どうして千反田を責めなければ、いけないんだ。

奉太郎「答えてくれるんだろうな、部室を荒らした理由」

える「ええ、約束ですからね」

える「……お話します、理由は一つです」





える「私は、折木さんに嫌われたかったんです」




奉太郎「……俺に、嫌われたかった?」

える「ええ、折木さんならきっと……私が犯人だと気付いてくれると思っていました」

える「福部さんを巻き込んでしまったのは申し訳ありません、福部さんは責めないでください」

つまり、ここまで千反田の予想通り……という訳なのか。

奉太郎「……俺に嫌われたかった理由は、なんだ」

える「……それは、お答えできません」

える「でもいつか、話せる時が来るかもしれないです」

なあ、千反田。

お前の言葉を聞いて、俺は確信した。

お前は俺に嫌われたくなんて、無かったんだなって。

だって、そうじゃなければ【いつか話せる時が】なんて言う訳ないじゃないか。

俺に嫌われてしまえば、その機会さえ無くなるのだから。

奉太郎「……そうか、一つ聞きたい事がある」

える「はい? なんでしょうか」

奉太郎「お前は本当に、心の底から俺に嫌われたいと思っていたのか?」

える「っ!……」

明らかに、千反田がうろたえた。

それは既に、俺の質問に対する答えであったのだろう。

奉太郎「……俺がお前の事を嫌うなんて事は、絶対に無い」

奉太郎「例えその嫌われたくなった理由を教えてもらってもな」

える「それは、残念です」

える「……私の作戦は最初から失敗だったって事ですね」

千反田は笑いながら、俺に言ってきた。

奉太郎「そうなるな」

える「……折木さん」

える「まだ、ありますね……何か」

……こいつは、どこまで鋭いんだ?

奉太郎「お前は、やっぱり千反田なんだな」

こいつの観察力は、俺もよく知っている。

それが……千反田えるという奴だ。

奉太郎「……もう一つだけ、理由がある」

える「教えてください、全部」

奉太郎「これが本当に最後だ、お前が俺に嫌われたいと思っていなかった理由、だな」

奉太郎「俺の割られたペンダント、濡れていたんだよ」

える「……濡れていた?」

奉太郎「ああ、最初は割られた拍子に水か何かが出たのかと思っていた」

える「違うんですか?」

奉太郎「違う、一度拭いたらもう濡れたりはしなかった」

奉太郎「俺は、人の変化に気付きづらい」

奉太郎「だから特別棟の1Fでお前に会ったときも、気付かなかった」

奉太郎「こうして正面から話し合って、ようやく気付いたよ」

奉太郎「……お前の眼が、赤くなってることにな」

奉太郎「ペンダントが濡れた原因は、千反田が泣いていたからだ」

える「ふふ、そこまで分かっちゃうんですね」

える「……やっぱり、私には完全犯罪は無理みたいです」

える「折木さんに探られては、どうしてもばれてしまいます」

える「……すごいですよ、本当に」

える「なんでも分かっちゃうんですね、折木さんには」

奉太郎「今回は、今回ばかりは」

奉太郎「知りたくなかった、けどな」

える「そうです……か。 本当に、私の心の中まで推理されるとは思っていませんでしたよ」

奉太郎「……一年も一緒に居たんだ、そのくらい分かって当然だ」

千反田の顔に、変化があった。

下唇を噛み、何かを堪えていた。

える「わたし……やっぱり、だめですね」

える「決めたのに、自分で決めたのに」

える「やっぱり……おれきさんには……」

える「さっきまで、おれきさんと……話す前まで、決めていたのに……」

える「おれきさんと、話していたら、……揺らいでしまいます」

える「……わたし、きらわれたく、ない……です」

3度目、くらいだろうか。

千反田の泣き顔を見たのは。

俺は、千反田に近づき、肩を掴み。

奉太郎「前にも言っただろ、俺はお前の味方だ……嫌いになんて、ならない」

千反田を、抱きしめた。

える「すいません……ひっぐ……私、とんでもない事を……うっ…」

える「おれきさんに……ううっ……嫌われたほうが……よかったかもしれません……っ」

える「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

奉太郎「すまんな、お前の気持ちに気付けなくて」

奉太郎「今回の事は伊原には黙っておく、それがあいつの為にもいいだろ」

奉太郎「もし、さっき言ってた理由を俺に話せるときが来たら、絶対に話してくれ」

奉太郎「俺は、千反田の味方だから」

小さく、千反田が頷いた。

これで、千反田の方は無事に終わった。

……里志の方にも、聞きたい事がある。

奉太郎(まあ、とりあえずは後回しだ)

どうなるかと思ったが……千反田の優しさが行動に出ていた事もあり、俺はそこまで危惧していなかったのかもしれない。

、、、それから1時間程、千反田を抱きしめていたのだが……

える「あの、折木さん……ちょっと恥ずかしいです」

奉太郎「う……あ、す、すまん」

急いで千反田から俺は離れた。

える「ふふ……冗談です、ありがとうございます」

奉太郎「あ、ああ」

千反田は元気が戻った様だ。

える「帰りましょうか、もう暗くなっちゃってます」

奉太郎「……そうだな、家まで送って行く」

える「い、いえ。 大丈夫ですよ」

奉太郎「いや、送って行くよ……心配だからな」

える「……では、お願いします」

本音を言うと、もう少し……千反田と一緒に居たかった。

勿論口には出せないが。

~帰り道~

える「……やはり、今回の事は私が馬鹿でした」

える「もっと他に、方法があったと思います……」

奉太郎「その話はもう終わりだ。 それとな」

奉太郎「他の方法は絶対にやめてくれ、疲れる」

える「……そうですね、ふふ」

える「折木さんの頼みなら、もうしません」

える「折木さんには、どう頑張っても嫌われないと……分かっちゃいましたから」

奉太郎「……ああ」

える「あ、後ですね」

える「その……一つだけ、いいでしょうか?」

奉太郎「ん、どうした」

える「折木さんは……私の事、どう思っていますか?」

どう、思っているって。

それはつまり、そういう事なのか。

なんて答えればいい? というか答えていいのか、これ。

というか急だな、どうすればいいんだ。

まずいな、焦ってるぞ俺。

奉太郎「ち、千反田の、事か」

落ち着けよ、落ち着け。

奉太郎「凄く、真面目な奴だと思う」

別に変な事を言う訳じゃない。

奉太郎「優しい奴だし、純粋でもある」

ただ思っている事を、言えばいいだけ。

奉太郎「それに、その……可愛い」

奉太郎「じゃなくて、綺麗」

奉太郎「……いや、すまん」

ああ、馬鹿か俺。

これが、穴でもあったら入りたいという状況か。

……あまり嬉しくは無い、学習の仕方だったな。

える「え、え、あの……それって、折木さん……」

奉太郎「いや、いやなんでもない。 忘れてくれると……助かる」

俺がそう伝えると千反田はニコッと笑い、答えた。

える「だ、だめです。 忘れられません」

える「私も、折木さんの事は……その」

える「……すいません、まだ、ダメみたいです」

奉太郎「べ、別に……いいさ」

内心ちょっと、悲しかったが……まあ、仕方ないのか。 でもなぁ……。

える「あの、今度……今度はちゃんと、言ってくれると嬉しい……かもです」

える「今は、まだダメなんです。 でもいつか、お願いします」

奉太郎「……却下だな」

える「え、そんな……」

奉太郎「……冗談だ」

える「酷いです! 折木さん!」

千反田が膨れ顔で数歩先に進んで行く。

奉太郎「すまんすまん、分かった。 その時まで……待ってる」

その時というのは、千反田が俺に嫌われたかった理由を話してくれる時、だろう。

える「……はい、お願いします」

振り返り、そう言う千反田の笑顔は……とても綺麗だった。

そしてまた、千反田の家に向かい歩き出す。

奉太郎(しかし、意識し出すと妙に恥ずかしいな……それは千反田も一緒か)

える「お、折木さん。 何か喋ってくださいよ」

奉太郎「……喋ることが特に無い、無駄な事はしたくないんだ」

える「……じゃあ今日、私の所に来てくれたのは無駄な事ではなかったんですね」

える「それと、私を家まで送ってくれたのも、ですね」

奉太郎「そ、それは」

やはり、駄目だ。

千反田と居るとどうにも調子が狂ってしまう。

奉太郎「まあ……そうなるな」

える「ふふ、ありがとうございます」

奉太郎「千反田と居ると、省エネが捗らん……」

える「もう、折木さんそればっかりじゃないですか」

える「頭を動かすのも、体も動かすのも、悪くないですよ」

奉太郎「ううむ……たまには、そう思う事もある」

える「なら良かったです」

える「ではまた、気になる事があったら折木さんに相談させてもらいますね!」

奉太郎「……ああ、引き受けてやる」

える「え、あ、ありがとうございます」

俺が素直に言ったのが、そんなに意外だったのだろうか……

奉太郎(ま、いいか。 やらなければいけないことなら手短に、だ)

奉太郎(今日はもう一つ、やらなくてはいけないことがあるけどな……面倒だ)


第14話
おわり

以上で第14話、終わりとなります。

質問等ありましたら宜しくお願いします。

そして今回で書き溜めストックが底を尽きました。

なるべく早く投下出来る様にしますが、以前より間隔は落ちると思います。

最終回よかったぁ……
概算映画でやってくれない物ですかね。


最終回記念で短編1個投下致します。

30分ほどで書いたので内容薄いですけどご容赦を。


*今から投下する話は 奉太郎「古典部の日常」とは一切関係ありません。

~月曜日~

える「折木さん、昨日の推理もお見事でしたね!」

奉太郎「ふ、普通だろ。 あのくらいなら」

える「そんな事ありません! 折木さんだからこそ出来た事だと思います!」

奉太郎「わ、分かったからちょっと離れてくれ!」

える「あ、す、すいません!」

える(童貞はちょろいですね……)

奉太郎「全く、その顔を近くにするのはなんとかならんのか……」

える「ごめんなさい、悪い癖だとは思うのですが……」

奉太郎「ま、まあいいさ。 ……悪い気はせんしな」

える「え? すいません、最後の方が聞こえなかったのですが……」

奉太郎「い、いや! なんでもない、気にするな」

える「そうですか……気になります」

える(聞こえた聞こえた、もう少しで落とせそうですね)

奉太郎「か、簡便してくれ」

~火曜日~

える「今日は少し、暑いですね……」

奉太郎「ああ、そうだな……」

える「汗でべたべたしてしまいます……」

奉太郎「そ、そうか。 それは……大変だなぁ」

える「折木さん、どうしたんですか? 顔が赤いですよ?」

奉太郎「な、なんでもない! 気にするな!」

える「いえ、汗もかいてますし……大丈夫ですか?」ピトッ

奉太郎「ば! 額と額をくっつけるな!!」

える「え、ご、ごめんなさい……折木さんの顔色が悪かった物ですから……」

える(目が泳いでますね……あと一押しでしょうか?)

える「では、手で……失礼します」

奉太郎「さ、触るんだったらおでこを触れ! 体中を触るな!」

える「あ、ごめんなさい……迷惑でした……よね」

奉太郎「い、いや……そういう訳じゃ……」

える「では! 触ってもいいでしょうか?」

奉太郎「あ、う……だ、だめだ!」

奉太郎「きょ、今日はもう帰る」

える(意外としぶといですね……)

~水曜日~

える「今日は何をしましょうか! 折木さん!」

奉太郎「別に何もしなくていいだろう、特にする事がある訳でも無いし」

える「いいえ! それはいけません!」

える「折木さん、ちょっと後ろを向いてください」

奉太郎「後ろを? まあいいが……」

える「……私は誰でしょうか?」ピタッ

える(耳元で……そっと囁く……これでいけるはずです)

奉太郎「……ち、千反田」

える「正解です! さすがは折木さんですね!」

える(耳元に息をふーっと、どうでしょうか)

奉太郎「ひゃ! な、何をするんだ!」

える「折木さん、変な声が出てますよ……どうかしましたか?」

奉太郎「お、お前がそんな事をするからだろうが!」

える「そんな事……ちょっと分からないです」

える「私、何かしましたか?」

奉太郎「な、なんでもない。 忘れてくれ」

える「変な折木さんですね……」

奉太郎「あ、ああ。 今日はちょっと体調が悪いから……帰る事にする」

える(ガードが固いですね、明日はもうちょっと大胆に攻めてみましょう)

~木曜日~

奉太郎「……」

える(小説に集中して私には気付いていないみたいですね……チャンスです)

える「おーれっきさん!」

奉太郎「わっ! な、なんだ千反田、いきなり抱きつくな!」

える「えへへ……折木さん暖かいです」

奉太郎「は……離れろ馬鹿! 誰かに見られたらどうするんだ!」

える「……見られても、いいですよ」

奉太郎「ち、千反田? それってつまり……」

える「折木さんに抱きついてる所を、見られても……私は構わないと言ったんです」

奉太郎「……」ゴクリ

える「……折木さんは……嫌なんですか?」

奉太郎「お、俺は……」

里志「やー! 今日もいい天気だねー! って……ホータロー!?」

える(ちっ)

える「……冗談です、折木さん」

奉太郎「そ、そうか……」

里志「え? 何をしてたの!? 今、千反田さんがホータローに抱き付いていた様な……」

える「気のせいです」

里志「で、でも確かに」

える「福部さん、私は気のせいですと言いました」

える「そうですよね?」

里志「あ、あはは……そうだね、気のせいだ」

える(少しくらい、空気を読めるようにならないんですかね……)

える(明日で今週は最終日……もうこうなってしまっては仕方が無いです。 最後の手を使いましょう)

~金曜日~

奉太郎「……それで、話ってなんだ? 千反田」

える「あ、あのですね……」

える「実は、私」

奉太郎「ま、待て。 お前が言うのはもしかして……」

える「や、やめてください! 恥ずかしいんですから……」

える「……折木さんの、予想通りだと……思います」

奉太郎「そ、そうか。 こういうのって俺の方から言うべきではないのか……?」

える「ム、ムードが大事なんですよ! 私が言いたいので、言わせてください……」

奉太郎「……すまん、こういうのは慣れていなくて……」

える「大丈夫ですよ、そういう所も……好きなんです」

奉太郎「……」

える「私! 好きです! 折木さんの事が!」

える「いつも変な事をしてすいません……そのくらい、大好きだったんです」

奉太郎「……俺も」

奉太郎「俺も好きだ、千反田」

える「は、はい!」

奉太郎「千反田……」チュ

奉太郎(処女はちょろいな……)


おわり

明日から執筆頑張るので殴らないでください

折木さんの筆おろしのお相手が誰なのか
私、気になります

>>460
える(処女:落とし方は入須先輩直伝)
奉太郎(童貞:落とし方は入須先輩直伝)

結論
入須先輩はビッチ

一応15話、半分程度終わりました。

今週の終わり頃には投下できるかと思います。

予想以上にキーボードを打つ手が進んだので第15話を投下します。

本当に、今回だけですよ?

数回のコール音の後、電話は繋がった。

里志「……もしもし、ホータローかい?」

奉太郎「ああ、用事は……言わなくても分かるか」

里志「うん、今日の部室荒らしの事だよね」

奉太郎「そうだ、単刀直入に聞くぞ」

奉太郎「何故、千反田に協力した?」

そう、里志は千反田の部室荒らしに協力をしていた。

里志とは長い間付き合いがあるが……今回、何故千反田に協力をしたのか? それは俺にも分からなかった。

こいつは適当にやっている様に見えて、根は真面目でもある。

そんな里志が部室の物を散乱させている千反田を見て、何を言ったのか? 何を思ったのか? それを聞かずには今回の事を終わらせたく無かった。

里志「今日、僕がどんな風に動いたか……初めから説明した方がよさそうだね」

里志「言いたい事はあると思うけど、最後まで聞いてくれると助かるよ」

里志「僕は……委員会の事で千反田さんに用があったんだ。 そこはホータローも知っているね」

里志「今日、僕は……」

~~~

さて、厄介な事になってしまったよ……なんでわざわざ部長達に呼びかけをしにいかなければならないのか。

初めから書類を回しておけばこんな事にはならなかったのに、まあ……他の人を責める訳にもいかないかな。 この件は他人任せにしていた僕の責任でもあるしね。

里志「と言っても、部活の数が半端じゃないからなぁ……」

里志「とりあえずは、古典部から行こうかな」

今日は確か、文集の事で集まる予定になっていた。

昼休みに委員会の仕事があった事をホータロー達に伝えておきたかったんだけど……急な事だったせいで伝える暇が無かった。

過ぎたことは仕方ない、部室に行けば二人は居るだろうし……その時にでも説明しよう。

特別棟に入り、僕は古典部の部室へと向かった。

丁度、4Fの廊下に着いたところで何やら危なげな音が聞こえてくる。

里志「古典部の方から聞こえてくる? 何の音だろう?」

古典部の前に着き、音がやはりこの中から聞こえてきているのをしっかりと確認した。

ドアをゆっくりと開ける、何をしているんだろう?

僕がその時見たのは、確かホータローがいつの間にか着ける様になっていたペンダントを……

床に叩き付けている、千反田さんの姿だった。

里志「千反田さん!? 何をしているんだ!?」

える「ふ、福部さん? どうしてここに……」

どうして、という事は……千反田さんは今日、僕が委員会で遅れるのを知っていたのだろう。

つまり、千反田さんにとってこれは見られてはいけない事だ。

里志「なんでそんな事をしているんだ! 何か……ホータローとあったのかい?」

える「……いえ、そういう訳では無いです」

里志「じゃあ、なんで……」

える「……折木さんに、嫌われなければ……ならないんです」

里志「……全く言ってる意味が分からないよ、千反田さん」

える「すいません、でも……どうしてもなんです」

ホータローに嫌われたかった……?

僕から見たら、千反田さんとホータローはとても仲が良い様に見えていた。

ひょっとしたら付き合ってるんじゃないか? とも思った程に。

そんな千反田さんが、どうして? 分からない、僕はホータローほど頭の回転は良くは無い。

それでも……ホータローが何かした。 という事では無いらしい。 千反田さんの言葉からそれは分かった。

える「……福部さん、これを皆さんに言うのは……福部さんの自由です」

える「でも私は、私にはこの方法しかなかったんです」

える「これが……一番良い方法だったんです」

里志「さっぱり分からないね、これが良い方法だなんて……とても思えないよ」

える「そう……ですよね。 すいません」

いつもの千反田さんと、雰囲気が違った。

とても悲しそうに見えた、千反田さんは自分でも……こんな方法は取りたく無かったのかもしれない。

これでは駄目だ、なんとか……うまく終わらせたい。

千反田さんは何か考えがあり、こんな事をしたのだろう。 つまり……今のままホータローにばれるよりかはマシかもしれない。

それに僕はホータローを信じている、きっと千反田さんを助けてくれる。 僕には考え付かないけど……ホータローならもしかすると。

里志「……分かったよ、千反田さん」

里志「委員会の仕事でね、各部長達に用事があって来たんだ」

里志「悪いけど、付いて来て貰えるかな? 総務委員会の仕事なんだ」

える「……すいません、福部さん。 ありがとうございます」

僕が協力するのを、千反田さんは理解したのだろう。 礼儀正しく頭を下げると真っ直ぐと僕の方を見ていた。

やっぱり、とても普通の理由ではこんな事をする人ではない。 何か……あったのかな。

える「行きましょう、福部さん」

える「あまり、時間もありません」

~~~

里志「と、言う事だよ」

要するに……里志は今、この状況を分かっていたのか。

俺が千反田をなんとかして、里志に連絡を取るまでの事を。

千反田といい、里志といい、予測されるのはあまり良い気分では無いぞ……

奉太郎「……そうか」

里志「何か言いたい事があったら、好きなだけ言ってくれると助かるよ」

里志「言うだけで満足できないなら、好きなだけ殴るといい」

奉太郎「……いや、やめておく」

奉太郎「面倒なのは嫌いだ、特に言う事はない」

里志「……そうかい、悪かったね。 ホータロー」

奉太郎「終わり良ければ全て良しって事だ。 まだ終わりが良かったのかは分からんがな……」

里志「うん、そうだね。 ああ、それとホータロー」

里志「一つ千反田さんは、嘘を付いていたよ」

奉太郎「……嘘? 内容を教えてくれるか」

里志「千反田さんは、僕が来たのをホータローがトイレに行ってから5分と言っていたよね」

里志「それが嘘なんだよ、本当に僕が来た時間は」

里志「ホータローがトイレに行ってから【1分後】だったんだ」

奉太郎「1分後? その嘘に意味があるようには思えないんだが……」

里志「僕もそう思ったさ、まあ自分の感情を必死に抑えて部室を荒らしていたのだろうし……時間感覚が狂っていたのかもね」

そう、だろうか? あの千反田がそんなミスをするとは思えない。

千反田が部室を荒らしている最中に俺が戻ってきてしまったら全て終わってしまうのだから、時間を気にしていなかった筈が無い。

千反田の目的は……今日の放課後、俺と二人で話す事だった筈だ。 もっとも最初の予定では俺がどこかに呼び出すというのを予想していただろう。

それは千反田の「ここまで早く気付かれるとは思わなかった」という言葉に繋がる。

つまり……どういう事だ。 どうも引っかかる、何故そこで嘘を付く必要があった?

里志と千反田の会話を思い出せ、そこに何かある筈だ……

不自然な点が……

あった。

そういう事か、だとすると……あの言葉の真意は何だったのか。

それはつまり……俺に嫌われたかった理由と直結する物だろう。 という事はだな、もしかすると。

……可能性の一つではあるな。

里志「ホータロー? どうかしたのかい?」

里志の呼び掛けによって、我に帰る。 少し、考え込みすぎていた。

奉太郎「ああ、いや。 なんでもない」

奉太郎「すまなかったな、長々と」

里志「気にしないでくれよ、僕が面倒な事にしたのは間違いないんだからさ」

奉太郎「……まあ、そうだな。 今度何か奢って貰う事にする」

里志「はは、お安い御用さ。 じゃあ、そろそろいいかな?」

奉太郎「ああ。 また明日」

里志との会話は、俺にとって得るものがあった。

一つの可能性が……できれば外れて欲しい物ではあるが。

悩んでいても仕方ない、俺にこれは……解決できるのだろうか? 答えは、出そうに無かった。

しかしだ、可能性がゼロでは無い限り……やってみる価値はあるかもしれない。

それは省エネとは程遠い、成功する訳でも無いし、俺の予想が当たっているとも言えない。 だけどこれは、やらなくてはいけないことの様な気がした。

季節は夏、時刻は19時、場所は家のリビング……俺は、折木奉太郎は、決意を固めた。

~古典部~

ドアをいつも通り開けると、全員が揃っていた。

里志「相変わらず来るのが遅いね、ホータローは」

える「こんにちは、折木さん」

ここまでは普通、悪く言えば予想通り。 しかし一つ誤算があった。

摩耶花「……話してよね、昨日の事」

しまった、伊原の事を忘れていた。 非常にまずいぞ……

どうする? 諦めて話すか?

論外だ、他に方法は……

摩耶花「ちょっと、折木聞いてる?」

千反田と里志がいかにも気まずそうな顔をしている、一番気まずいのは俺だというのに。

奉太郎「ああ、どう話そうか悩んでいた」

あまり人に罪を被せるのは好きではないが……仕方ないか。

奉太郎「……犯人は、C組の奴だった」

あれだけの事を少し前にしたんだ、多少は目を瞑ってもらうしかない。

摩耶花「……また、あいつか」

摩耶花「私ちょっと行って来る!!」

える「ま、待ってください! 摩耶花さん」

俺や里志が止めていたら、間違いなく振り切られていただろう。 その点、千反田が声を掛け静止させたのは正解だったかもしれない。

しかし、ここからどう切り返すか。 当の千反田もその後の言葉が続いていない。 伊原が痺れを切らすのも時間の問題だ。

奉太郎「……あいつには、昨日きつく言っておいた」

奉太郎「……千反田がな」

すまん、千反田。 許してくれ。

摩耶花「ちーちゃんが? 確かに昨日ちーちゃんは残っていたけど……本当に?」

伊原が疑うのも無理はない、千反田は人を厳しく罵る等の事を全くしない。 少なくとも俺は一度も見たことが無い。

奉太郎「ああ、とても口には出来ない言葉を使っていた」

える「……」

千反田の視線がちょっと怖い、後で呪われないか少し心配になる。

摩耶花「……そう、ちーちゃんが……」

奉太郎「そうだ、C組の奴もかなりショックを受けていた。 もう関わっては来ないだろう」

奉太郎「俺ももし言われたとしたら、立ち直れそうに無い……そのくらい酷かった」

える「……」

やめてくれ、そんな視線を向けないでくれ。 悪いのはそう、伊原だ。 伊原が気にしなければこんな事にはならなかったんだ。 だから俺は悪くない。

と必死で心の中で言い訳をするが、千反田には通じていない様子だった。

奉太郎「ま、まあそういう訳だ。 だからもう大丈夫だ」

摩耶花「……うん、分かった。 でも、ちーちゃんがそこまで言うなんて……想像できないな」

そりゃそうだ、俺も想像できない。

里志「まあ、さ。 皆無事だったし、結果オーライだよ」

里志「って事で文集について話し合おうよ! 当初の目的はそれだった訳だしね」

える「え、ええ。 そうですね」

里志のナイスフォローもあり、この場はどうやら収まった。 しかし千反田から放たれている正体不明の圧力は俺に圧し掛かっていた。

……とりあえず、後で謝ろう。

摩耶花「おっけー、気持ち切り替えていこ!」

伊原もどうやら納得した様子だ。 それならばそれに乗るしかない。

伊原の発言で、文集についての会議が始まる。 あれをこうしたらいいとか、内容の順番はこうしたらいいとか。

俺は合間合間で「ああ」とか「それがいいな」とか適当に口を挟むだけだったが。

そして、珍しくこの会議をいつまでも続けていたいと願っていた。 これが終われば勿論帰る事になるだろう。

伊原と里志は付き合っている、それは周知の事実である。 つまりは一緒に帰るのが普通……いつも通りだ。

となると、残るのは俺と千反田。 俺は今更になって先ほど伊原にした言い訳を後悔し始めている。

……手遅れだが。

~帰り道~

嫌な事を待つ時間という物は、とても早く過ぎ去ってしまう。

以前里志と会話をした時は楽しい事はすぐに終わる……みたいな事を言っていた気がしたが、それに一つ付け加えたい。

回避したい事を待つ時間は、すぐに来る。 という事を。

そんな訳で今は千反田と二人で歩いている。 無言で。

奉太郎(気まずいな……)

何か話そう、とりあえずは。

奉太郎「その、悪かった」

える「……酷いです、折木さん」

奉太郎「すまん、あれしか思いつかなくて」

える「でも、あそこまで言う必要も無かったと思います!」

それは確かに、その通り。 現に俺は少しだけあの状況を楽しんでいたのだから。

千反田もそれに気付いていたのか、こんな事を言った。

える「折木さん、少しだけ楽しんでいましたよね」

奉太郎「い、いや……そんな事はない」

傍目から見たら俺はさぞかし怪しかった事だろう。 苦笑いをしながら顔を千反田とは反対側に動かしていたから更に怪しい。

える「……やっぱり、楽しんでいたんですね」

奉太郎「……少し、少しだけ」

える「折木さん、私はこれでも知り合いが多くいます」

突然何を言っているんだ? と思った。 会話の繋がりが俺には全く分からなかった。

える「……折木さんは人の悪口を言うのが大好きな人です」

える「……折木さんは人使いがとても荒い人です」

える「……折木さんは人の事を貶めるのが楽しくてたまらない人です」

える「私も少し……楽しめるかもしれません」

そういうことか、こいつめ。 つまりは俺の評判はガタ落ちとなり、外に行くだけで指を指され、顔を伏せて歩くことになる。

まさか千反田も本気で言ってる訳ではないだろうが……そうだよな? 本気ではないよな?

でもとりあえずは、なんとかせねば。 俺はゆったりと暮らして行きたい。

奉太郎「……すいませんでした」

える「……嘘ですよ、冗談です」

える「折木さんには感謝しています、そんな事はとても出来ません」

良かった、やはり本気では無かった。

える「ですが、私も恥ずかしいので……あまり、言わないでくださいね」

奉太郎「あ、ああ。 分かった」

こうして普通に話していると、千反田が何に悩んでいるのかなんて全く分からなくなってくる。 とても悩みがありそうには見えない。

少しだけ……聞いてみるか。

奉太郎「千反田」

奉太郎「その、昨日言っていた理由なんだが」

千反田は動じることも無く、俺の話しに耳を傾けていた。

奉太郎「……いつ頃になりそうだ?」

える「話せる時、の事ですね」

える「遅くても……3年生になる前に、早くても今年の終わりくらいには」

予想以上に、時間はある様だ。

奉太郎「……そうか、分かった」

俺は一つ、里志との会話から抱いていた疑問に答えを得た。

千反田はあの時一つ嘘を付いていた。 単純に考えてしまえば別にどうでもない嘘である。

しかし、俺には引っかかる事がある……それは。

里志と千反田の会話、最後に千反田が言った言葉だ。

里志の記憶が正しければ千反田は最後にこう言った。

「あまり、時間もありません」と。 それはどういう事か?

最初は俺が戻るまで時間が無いと言っているのだと思った。 しかしそれは違う。

里志と千反田の会話……大体だが恐らく3分程だった筈だ。

里志が来る時間を入れても4分、この時点で最低でも俺が戻るまで6分の時間があった。

その状況で、あまり時間が無いと言うであろうか? 答えは否。

つまり千反田が言った言葉は、その状況から出た言葉では無い。

それはもっと大きな、いわばタイムリミット……

先ほど千反田が言った話せる時までの時間、それまでの時間があまり無い、と言う事なのだろう。

そしてその話せる時が来る時に、千反田の身に何かが起こる。 それが俺の出した答えだった。

だが、今の俺にはどうしようもない。 千反田の悩みが何かなんて皆目検討も付かない。

けど俺にとって有利な事はある。 予想以上にあった時間だ。

その時までに、俺は答えを見つければいい。 千反田に対する答えを。

今はまだ夏、冬とは程遠い。 セミの鳴き声がやかましい程だ。

しかし、懸念しなければいけない事もある。

時間が流れるのは俺の予想以上に、早いという事だ。


第15話
おわり

以上で第15話、終わりとなります。

折り返し地点に到達しました。

乙ありがとうございます。

こんばんは。

乙ありがとうございます。

感謝の第16話を投下致します。

投下をし終えた時、投下速度は

音を    置き去りにした。

時刻は恐らく23時くらいか。

日にちは7月30日、丁度夏休みに入ってちょっと経ったくらいだ。

そして俺は今、神山市の郊外にある神社に来ている。

月は頭上からは少し外れており、神社の奥からこちらを照らしている。

その神社というのもただの神社では無い、倒産してしまった神社である。

これは里志に聞いた話なのだが、最初は神社が倒産? そんな馬鹿な事がある物か。 と思っていた。

しかしどうやら、神社は倒産する物らしい。 現に俺が今いるこの神社は倒産しているのだから。

勿論入るのには許可が必要だと思う。 だが里志に言わせれば「問題ないよ、ばれなければね」だそうだ。 間違ってはいないかもしれない。

そして何故、ここに俺が居るのか? ちなみに一人では無い、横にはもう一人居る。

正確に言えば、神社の入り口にはもう二人程居る。

この状況を説明するには少し、記憶を掘り返さなければならない。

一週間ほど前だっただろうか? 夏休み前の最終登校日だったのは覚えている。

~~~

~古典部~

普通、一学期の終業式が終わってしまえばそのまま家に帰る者や、友達と遊びに行く者が大多数だろう。

だが、この部活動が活発な神山高校では家に帰れば夏休みだというのに未だに残って部活動に励む者の方が多い。

それに対し俺は「頑張れ」とか「お疲れ様」等とは思わない、なんせ俺もその励む者の中の一人なのである。

そんな事を考えながら小説のページを捲る、やはり頑張れくらいは思った方がいいかもしれない。

奉太郎「……」

周りが静かなら、それは心地よい物なのだろうが……生憎先ほどから3人ばかし、何やら盛り上がっている様子だ。

「静かにしてくれ」と言いたいが、俺もそこまで傲慢ではない。

里志「それでさ、丁度夏休みに入ることだし……行ってみない?」

摩耶花「ええ……ちょっと嫌だな……」

える「でも……ちょっと、気になるかもしれないです」

何やら不吉な言葉が最後に聞こえた。

その言葉のせいで小説に集中するのもできず、顔を里志達の方に向ける。

奉太郎「……何の話だ?」

里志「お、ホータローが食いついてくるとは思わなかったかな」

摩耶花「と言うか……話聞いてなかったの?」

奉太郎「いや、聞いてはいた。 覚えていないだけで」

軽い冗談のつもりだったが、伊原の目つきを悪くさせるには十分だった様だ。

里志「30日辺りにね、やろうと思っているんだ」

奉太郎「何を?」

里志「肝試し」

奉太郎「またくだらん事を……千反田の家で肝試しでもするのか?」

自分で言って、あそこは中々肝試しに向いているかもしれないと思う。 夜は真っ暗になるし、何より広い。

える「酷いですよ折木さん、私の家にはお化けなんて出ません!」

奉太郎「じゃあ伊原の家か」

摩耶花「折木の家でいいんじゃない? 怠け者のお化けとか出そう」

これは失敗、伊原を突くとどうにも手痛いしっぺ返しを食らってしまう。

里志「冗談も程々にさ、うってつけの場所があるんだよ」

里志「随分前に倒産した神社があるんだけど、最近では誰も寄らなくなってるんだ」

里志「そこなら丁度いいと思うんだけど、どうかな」

それはまた……つまりは廃墟、という事か。

しかしそれは千反田が納得するのか? そういうのは厳しそうなイメージがあるのだが。

える「そうですね、本当にお化けが出るのか気になります」

奉太郎「いいのか? 千反田はそういうのはしないと思ったんだが」

える「ええ、倒産してしまった神社なら問題は無いです」

さいで。

里志「それで! 皆で肝試ししないかい?」

摩耶花「み、皆で行くならいいかな……」

える「私も、30日ならば大丈夫です」

奉太郎「……今回は断っていいのか」

里志「いや、駄目だね」

奉太郎(なら何故確認するんだ……)

里志「じゃ、全員参加って事で」

里志「ああ、それと」

里志はそう言うと、巾着袋から割り箸を4本取り出した。

里志「二人一組で一周しよう。 そっちの方が盛り上がる」

その為の割り箸か、準備がいい奴だな。 この状況にならなかった時、里志はどんな顔をして割り箸を取り出すのか少し興味があるが。

いや、もしかすると取り出さずに持ち帰って一人でくじ引きをするかもしれない。 寂しい奴だ。

摩耶花「ふ、二人で行くの?」

える「楽しそうですね、やりましょう!」

伊原はやはり、こういうのが苦手なのかもしれない。

それにしてもくじ引きか……

心の中でしか言えないが、順位をつけるとしたら1位が千反田。 次に里志。 はずれは伊原。 心の中では遠慮は必要無い筈だ。

奉太郎「よし、引くか」

とても口にしたらただでは済まない事を思いながら、俺はくじ引きに挑む。

里志「皆掴んだね。 せーの!」

全員が割り箸を引き抜く、俺の割り箸には……

奉太郎「赤い印が付いているな」

里志「僕のは無印だね、という事はホータローとは一緒に周れない」

今更思うが、男二人で肝試しはちょっと嫌だ。 なのでこれはこれで良かったのかもしれない。

しかし次に千反田が言った言葉によって、男二人の方が良かったのかもしれない、と心が揺らぐ。

える「私は無印です、福部さんと一緒ですね」

つまり?

摩耶花「……」

奉太郎「良かったな、一緒に周れるぞ」

俺がそう言うと、伊原は持っていた割り箸を真っ二つに折った。


~~~

そして俺は、今ここに居る……伊原と共に。

奉太郎「……はぁ」

摩耶花「悪かったわね、私で」

奉太郎「いやこっちこそ、俺で悪かった」

摩耶花「……ふん」

全く、もう1/3程は周っているのに会話は今のが最初だ。

特に何事も無く周る。 そして丁度裏手に周った時、道が無い事に気付いた。 裏には山がそびえ立っており、木で埋め尽くされている。

奉太郎「ん、通れないぞ……これ」

摩耶花「ええ? ふくちゃんはちゃんと下調べはしたって言ってたんだけどな……」

奉太郎「ふむ、ってことは」

奉太郎「この神社の中を通れって事か」

摩耶花「確かに廊下はあるけど……屋根は無いし、大丈夫なのかな」

奉太郎「下調べは済んでいるんだろう? なら大丈夫だろ」

摩耶花「そ、そうね。 行こう」

と言いつつ、伊原は先に行こうとはしない。 目で俺に「行け」と合図はしている。

それに逆らっても良い事なんてのは無い、仕方なく伊原の指示に従うことにした。

奉太郎「……本当に大丈夫か、これ」

床はとても弱そうで、ギシギシと木が軋んでいるのが伝わってくる。

それに加え、所々穴が開いている。 本当に里志は下調べをしたのだろうか?

最初の一歩を踏み出したときは少し穴に足を取られてしまった。 しっかりチェックはしてもらいたい物だ。

摩耶花「ちょ、ちょっと折木」

奉太郎「ん、なんだ」

摩耶花「……手、繋いで」

俺は一瞬自分の耳はついにおかしくなってしまったのかと思った。 それを確認する為に再度聞く。

奉太郎「え? なんて言った今」

摩耶花「……手! 繋いで!」

やはり俺の耳はおかしくなってしまったのか。 お化けが出るより余程怖い。

そんな事を考え、ぼーっとしている俺の手を伊原が掴む。

摩耶花「……歩き、にくいから」

奉太郎「……そうか、まあいいが」

良かった、俺の耳はおかしくなんてなってなかった。

伊原と手を繋ぎ、ゆっくりと廊下を進む。 しかし暗くて下がよく見えない。

足を先に出し、ここは大丈夫か確認しながら進む。

そんな事をしばらくしている間に廊下の終わりが見えてきた。

砂利の地面に足を付けると、伊原はすぐに手を離す。

摩耶花「……行こ、もうすぐでしょ」

奉太郎「ああ、そうだな」

なんとも……何も無い肝試しであった。 強いて言えば伊原と手を繋いだ事くらいか。 確かにこれは貴重な体験である。

そして神社の階段を降り、下で待つ里志と千反田の元に到着した。

里志「お疲れ様、二人とも」

える「どうでした? 何か出ました?」

奉太郎「いや、なんにも出なかったぞ」

奉太郎「それより里志、ここは下調べしたのか?」

里志「勿論さ、裏に廊下があっただろう?」

奉太郎「あるにはあったが、穴は開いているし暗くて床は見えないしで危なかったんだが……」

里志「あれ? おかしいなぁ……穴は開いてなかったと思ったんだけど」

里志「まあ、僕達は灯りを持っていくよ。 念のためにね」

……俺たちにも灯りくらい寄越せ。

里志「じゃ、行って来るね」

える「行ってきます! また後ほど」

そう言い、里志と千反田は出発して行った。

出発してから割りとすぐ、3分ほど経っただろうか? 隣から伊原が声を掛けてくる。

摩耶花「……さっきはありがとね」

奉太郎「ん? 何の事だ」

摩耶花「手、繋いでくれたこと」

奉太郎「ああ、別に構わんさ」

摩耶花「……そっか」

しばらくの沈黙、そして再び伊原が口を開く。

摩耶花「折木ってさ」

摩耶花「ちーちゃんと私に対する態度、違うよね」

奉太郎「……一緒だと思うが」

摩耶花「それ……本気で言ってるの?」

摩耶花「仮にさ、ちーちゃんが手を繋いでくれって言ったらどう思う?」

奉太郎(千反田が手を繋いでと言ったら、か)

奉太郎「いや、まあ……繋ぐ、かな」

摩耶花「……やっぱり違う」

そうなのだろうか? 確かに、千反田に言われたら少し恥ずかしいかもしれない。

ああ、そういう事か。

奉太郎「そう、かもな」

摩耶花「それでさ」

摩耶花「何か進展はあった? ちーちゃんと」

あると言えばある、無いと言えば無い。 どちらにでも当てはまる物だと思う。

奉太郎「さあな、俺にもわからん」

摩耶花「……ふうん」

奉太郎「……どうして急に?」

摩耶花「……最近、折木とちーちゃん前より仲が良さそうに見えたから」

摩耶花「何か進展あったのかな、って思っただけ」

奉太郎「……そうか」

俺としては、前とは何も変わらず千反田との距離はあるつもりだった。

しかし伊原が言うからには、そうなっているのかもしれない。

摩耶花「私はさ」

摩耶花「応援、してるから」

奉太郎「応援? 何を?」

摩耶花「……折木の事」

奉太郎「てっきり逆かと思っていた」

摩耶花「そんな訳ないでしょ、正直に言うと」

摩耶花「ちーちゃんと折木、お似合いだと思ってるんだ」

奉太郎「……」

第三者から言われると、ちょっと恥ずかしい。

奉太郎「それは、どうも」

奉太郎「……ありがとな」

摩耶花「……くっ……あはは」

何を急に笑っているんだ、こいつは。

奉太郎「悪霊にでも取り憑かれたか」

摩耶花「ご、ごめんごめん」

摩耶花「折木が素直にお礼を言うのが面白くって」

俺はそこまで礼儀を軽んじていただろうか? やはり伊原は何か悪霊に……

摩耶花「……あんた、なんか失礼な事考えてない?」

いや、取り憑かれていなかった。 いつもの伊原だ。

奉太郎「い、いや」

これから伊原になんと言われるか、どうしようかと思っていた所に里志達が戻ってくる。

里志「たっだいまー」

える「戻りました……」

意外と早かったな、月は丁度頭上まで動いてきている。 そこまで時間は経っていないだろう。

そして千反田が何故か元気が無い、何かあったのだろうか?

奉太郎「元気が無いな、何かあったのか?」

える「いえ、何もありませんでした……」

それで元気が無かったのか、分かり辛い。

里志「それより、さ。 ホータロー」

奉太郎「ん? どうした」

里志「嘘は良くないな、ジョークならまだしも嘘は良くない」

奉太郎「……言っている意味がわからんのだが」

える「確かに廊下はあったんですが、穴なんて開いてなかったですよ?」

摩耶花「え? 嘘だ、開いてたよ?」

奉太郎「俺も確かに見たぞ、だから慎重に進んだんだ」

里志「……それは妙だね、違うルートでも通ったのかな?」

奉太郎「ま、そうだろうな」

える「……確認しに行きましょう!」

摩耶花「うん、気になる」

おいおい、またこの階段を上れと言うのか。 冗談じゃないぞ。

里志「……そうだね、確認すれば終わる事だよ」

奉太郎「……分かった、行くか」

毎度毎度このパターンだ。 結局は強制されてしまう、断るのもできるが省エネにはならないだろう。 千反田がいる限り。

そして俺達4人は再び階段を上る。

里志の灯りのおかげもあり、すんなりとその現場には到達できた。

里志「僕達が通ったのはこの廊下だけど……ホータロー達は?」

奉太郎「俺達が通ったのもこの廊下だ、なあ伊原?」

摩耶花「うん、この廊下だよ」

里志がその廊下を灯りで照らす。

える「ほら、穴なんてありませんよ?」

千反田がそう言い、俺と伊原で廊下を覗き込む。 そこには確かに穴は……開いていなかった。

摩耶花「……うそ、なんで……?」

奉太郎「……本当だ、確かに穴なんて開いていないな」

里志「ってことは……考えられるのは一つだね」

える「な、なんでしょうか!? 気になります!!」

いつになく千反田のテンションが高い。 夜中と言うものは人のテンションを上げるらしい。

里志「つまり……ホータロー達はどこか異次元に行っていたんだよ!!」

摩耶花「い、いやあああああああ!!」

伊原はそう叫ぶと、しゃがみ込んでしまう。 俺には異次元へ行った事よりその叫び声が怖かった。

奉太郎「……里志、本気か?」

里志「あはは、ジョークだよ」

里志「でもさ、可能性も無くはないよね?」

奉太郎「まあ、少し妙ではあるな」

える「折木さん、私……気になります!」

まあ、ここまで来たんだ。 別にいいか。

奉太郎「……分かったよ、考えよう」

と言う訳で考える事となったのだが、大体の見当は既に付いている。

奉太郎「里志、一度灯りを消してくれないか」

里志「灯りを? 分かった」

里志が灯りを消すと、辺りは真っ暗となる。

かろうじで……月の光によって俺達の影は見える。

俺はその影を指差しながら、言う。

奉太郎「原因はこれだな。 温泉に行ったときに見た首吊りと似たような物だ」

える「でも、ですね」

える「この廊下には天井なんてありません。 一体どんな影が穴を見せたのですか?」

千反田の言葉を聞き、俺は近くに落ちている葉っぱを一枚拾った。

それを廊下の方に手を伸ばし、かざす。

奉太郎「これだ、この神社の裏は山となっている」

奉太郎「俺と伊原が通ったときは丁度山から月が見えていた」

奉太郎「そして、その木の葉っぱが穴を見せていたって所だな」

える「……なるほど、それで私達が行ったときは穴が無かったんですね」

里志「僕達の時は光源もあったしね、それが余計に影を消したのかも」

奉太郎「ま、実際はこんなもんさ……異次元とか馬鹿な事を行ってないでそろそろ帰るぞ」


里志「ま、摩耶花ー。 帰るよ?」

摩耶花「……ふくちゃんの、ばか」

これはどうやら、里志は埋め合わせをしなくてはいけなくなりそうだ。 穴だけに。

そんなつまらない事を考えながら、前を行く里志と伊原の後に続く。

える「やはり、なんでも分かっちゃうんですね。 折木さんには」

奉太郎「何でもって訳でもないさ、分からない事だってある」

える「……そうですか。 あの」

える「手、繋ぎましょうか」

奉太郎「あ、ああ。 ほら」

俺と千反田は、里志達には見えないように……そっと手を繋いだ。

奉太郎(確かに、伊原とだった場合……接し方は変わるな)

奉太郎(どうにもこれは……心臓に悪い)

そして俺は一つの事を思い出す。

廊下を歩いたときに、最初は確かに穴につまづいた。

あれは……何だったのだろうか?

第16話
おわり

以上で第16話、終わりとなります。

奉太郎がつまづいた穴は一体何だったのか……里志達が単純に見逃していたのか、それとも……

ドンドン、ドンドン

私「え?なんすか」

私「なに? 投下の時間?」

私「でも、あれは日課じゃなくて」

私「投下しないと肩パン?」

私「ええ……でも」

私「じゃあ顔パン? って、ええ」

私「すればいいんだろ!!」


第17話、投下します。

供恵「あんた、一体どこで寝てるのよ」

姉貴に顔をぺちぺちと叩かれ、目が覚める。

奉太郎「……どこ、って……」

頭の回転はまだ良くない、姉貴の言葉をゆっくりと飲み込む。

昨日は確か、里志の発案で肝試しに行った。

その後に千反田を家まで送って行った、歩きながら寝そうなくらい眠そうな千反田を。

そして俺が家に着いたときには1時を回っていた気がする。

そのまま俺はソファーに横になって……そうか。

奉太郎「……あのまま寝ていたか」

供恵「昨日は夜遅かったみたいね、何をしていたの?」

奉太郎「別に、里志と遊んでいただけだ」

供恵「奉太郎が不良になっちゃうなんて……お姉さん悲しいなー」

供恵「もうあんたに構ってあげられないなんて……」

奉太郎「そうか、じゃあそろそろ俺の顔を叩くのをやめてくれないか」

供恵「あら、ごめんなさい」

そう言うとようやく姉貴は俺の顔を叩く手の動きを止めた。

奉太郎「……ふぁぁ」

でかいあくびをしながら起き上がる、ソファーにしてはよく寝れた方だろう。

供恵「そんなあんたに朗報ー」

奉太郎「なんだ」

姉貴がこう言う時は、大していい事でもない……むしろその逆の方が多いと思う。

供恵「これ、映画のチケットなんだけどね」

供恵「2枚あるからあげる」

そう言い、チケットを渡される。

奉太郎「ほう、中々気が利くな」

供恵「照れるなぁ。 有効期限明日までだけどね」

奉太郎「おい」

そんな漫才を朝からしたせいで、なんだか今日は既に疲れてしまった。

それに加え、生憎外は雨模様。 今日は外に出る気がしない。 ……いや、いつもか。

奉太郎(里志でも誘って明日、行くか)

そう思い、電話機を取る。 俺のモットーは思い立ったらすぐ行動なのだ。 嘘だが。

たまたま近くにあった電話機に感謝をしつつ、里志の携帯の番号を押す。

家でも良かったが、外出している可能性も考えると携帯に掛けた方が手短に済むという物だ。

珍しく30秒ほどかかっても里志には繋がらず、諦めかけた所で電話は繋がった。

里志「あ、ホータロー?」

奉太郎「ああ、忙しかったか?」

里志「いや、そういう訳じゃないんだけど」

摩耶花「……、………」

電話の奥から伊原の声が聞こえた、恐らく「折木って本当に空気が読めない」とか「タイミングが悪い奴」とか言ってるのだろう。

いや……決め付けは良くないな。

里志「ご、ごめんね。 摩耶花がホータローに怒ってる」

そうでもないか。

奉太郎「あー、そうか。 明日は空いているか?」

里志「明日もちょっと……ごめん」

奉太郎「分かった、それなら仕方ない」

奉太郎「頑張れよ」

里志「まあ、うん。 そうだね」

奉太郎「じゃ、また今度」

と言い、電話を切る。

奉太郎(さて、どうするか)

その様子を見ていた姉貴が口を出してくる。

供恵「かわいそーに、お姉さんと一緒に行く?」

奉太郎「遠慮しておく」

供恵「それは残念、でもあんたの友達は里志君だけじゃないでしょ」

供恵「前に家に来た子、あの子でも誘ってみたら?」

奉太郎「……千反田か、ううむ」

別に気が進まないって訳ではない。 だが……あいつはどうにも休みの日は忙しそうだ。

奉太郎「ま、するだけしてみるか」

姉貴が後ろで嫌な笑い方をしているのが分かった。 何だというのだ、全く。

再び電話機を取り、千反田の家の番号を押す。 できれば携帯に掛けた方が無駄が無くていいのだが……あいつは携帯を持っていない。

2回ほどコール音が鳴ったところで、電話は繋がった。

える「もしもし、千反田です」

奉太郎「千反田か、折木だ」

える「あ、折木さんですか。 どうされました?」

奉太郎「姉貴から映画のチケットを貰ったんだが、明日どうだ?」

それをどこで入手したか。 そして目的は何か。 それをする日はいつか。 これを完璧に一文で伝えた、省エネとはこういうことだ。

える「え、あ……明日、ですか」

奉太郎「あー、何か予定があるならいい。 すまなかったな」

える「い、いえ。 そういう訳ではないんです」

奉太郎「ん、じゃあどういう訳で?」

える「……折木さんから遊びの誘いがある事が、とても意外だったもので」

さいで。

奉太郎「……まあ、じゃあ明日行くか」

える「分かりました! 朝からにします?」

奉太郎「そうだな、夕方からは雨らしいからそうしよう」

える「では、明日の朝……一度、折木さんの家に伺いますね」

奉太郎「分かった、じゃあまた明日」

……電話が切れない。

奉太郎「……なんだ、どうした」

える「え? 何もないですが……」

奉太郎「……そうか」

える「はい、ではまた明日」

……またしても。

奉太郎「何か用でもあるのか」

える「そういう訳では無いですが、折木さんが電話を切ると思ったので」

奉太郎「……俺はそっちから切ると思っていた」

える「……すいません、では切りますね」

奉太郎「ああ、またな」

奉太郎「あ、そうだ」

切れた。

何時に来るのか聞くのを忘れていた。 わざとでは無いが長引いて、結局は聞けなかったとはなんとも情けない話である。

奉太郎「まあ、いいか」

後ろを振り向くと、姉貴は未だに嫌な笑いを俺に向けている。 余程、暇なのだろう。

とにかく、明日の予定は決まった。 それにしても俺から遊びに誘うのが意外だと言っていたが、そうだろうか?

里志はたまに遊びに誘う事もあるし、俺が今日は何処に行こう。 と決める事だって無かった訳では無い。

だが言われてみれば……千反田を誘った事は無かったかもしれない。 当たり前と言えば当たり前だが……

千反田がそう思ったのも、仕方ない事だ。

奉太郎「……さて、今日はゆっくりするか」

ま、特にする事も無い。 ましてや里志や伊原、千反田によって俺の休日の一日が消費される事も無い。

供恵「あー私ちょっと出るから、留守番よろしくね」

奉太郎「そうか、気をつけてな」

そう言いながらも姉貴は、既に家から出ていた。 その行動の早さだけは俺には真似できそうにない。

奉太郎「……ニュースでもチェックしよう」

特に他にする事もない。 小説を読む気分でも無かった俺は、情報収集という画期的な事を思いつく。

ゆっくりとパソコンの前まで移動し、電源を付けた。

起動までには少し掛かることを俺は知っている、その間にコーヒーでも淹れよう。

台所へ行き、コーヒーを淹れる。

パソコンの前に戻ると、既にデスクトップが映し出されていた。

奉太郎「……」

しばらくの間、ニュースに目を通す。

やがてそれにも飽き、パソコンを落とそうとするが……落としたとして、何をしようか。

奉太郎「……そういえば、前に千反田がチャットをやっているとか言っていたな」

俺もそれは一度使ったことがある。 あの時はただ単に、千反田に事情を説明する為だった。

……少し、暇つぶしでもしよう。

チャットルームまで行くのにそこまで苦労はしない。 なんと言っても指を動かすだけだから。

やがてチャットルームの入り口が目に入る。

そのままチャットルームのロビーに入ると、何個か部屋があり、少し目を引く名前の部屋があった。

2013/7/31 11:04【気になります】

おい、なんだこれは。 千反田が作ったのだろうか? それにしても……もっとこう、入る人が目的は何なのか分かるように立てろ。

この部屋の名前が俺には気になって仕方ない。 しかし閲覧者として入るのも……気が引ける。

奉太郎「……入室してみるか」

名前を打つ。 前回は打ち間違えた結果、ハンドルネームが「ほうたる」となってしまった。 俺は同じ過ちを二度は繰り返さない。

丁寧に「ほうたろう」と打ち、それを変換。

「法田労」

どこかのお坊さんみたいな名前になってしまった。 しかし確定してしまったのを消すのは面倒だ。 同じ過ちでは無いし別にいいか。

そして入室をクリックする。

《法田労さんが入室しました》

L:こんにちは

L:代わったお名前ですね

L:変わった、です

法田労:千反田か?

L:え?なんで解ったんですか?

L:分かった、です

法田労:いつも見ているからな、お前の事は


奉太郎(少し、暇つぶしにからかってみるか)

L:えっと、いつも見ていたと言うのは、どういうことですか?

法田労:言葉通りだ。 たまに朝、昼はあまり見ていないが……放課後なんかはほとんど毎日見ている。

法田労:休みの日なんかも、たまに見ている

L:あの、すいません

L:まちがっていたら、ごめんなさい

L:ストーカーさんですか?

法田労:千反田がそう思えば、そうかもな

L:ふしぎな人ですね、それよりわたしの話、きいてくれますか?

法田労:構わないが、この部屋名だと人は余り寄ってこないと思う

L:それはすこし、思っていました

L:法田労さんが、初めてでしたから

法田労:まあ、そうだろうな

法田労:それで、気になるってのは何だ?

L:あ、そうでした

L:気になると言っても、ちょっとちがうかもしれません

L:じつは、ですね

L:明日、その

L:友達と映画にいくのですが、時間を決めるのを忘れてしまったんです

法田労:それで?

L:どうすればいいのか、おしえてください


奉太郎「……単純に電話をすればいいだけだろう」

奉太郎「しかしなんか、悪いことをしている気分だな」

奉太郎「言い出すタイミングも……失ってしまった」

奉太郎「……ま、いいか」

法田労:そんなの、その友達に電話すればいいだけだろう

L:ええっとですね、そのお友達は、とても面倒くさがりな人でして

悪かったな……

L:いちど終わった話をまたしても、迷惑かとおもうんです

法田労:なるほど、面倒な友達だな、それは

L:ええ、そうなんです

こいつ、俺が聞いていないのを良い事に。

法田労:大体の時間も決めていないのか?

L:あ、それはきめています

L:朝に、そのお友達の家にうかがうことになっているんです

法田労:そうか、なら適当な時間に行けばいいんじゃないか?

法田労:あくまでも、迷惑ではない時間に

法田労:大体、そうだな……10時くらいなら迷惑ではないと思う

L:そうですか、ではそのくらいの時間にいくことにします

L:ありがとうございます、たすかりました

法田労:いいさ、暇だったしな

L:変わったストーカーさんですね、ふしぎなひとです

法田労:まあ、そうだな

L:あ、そうです

L:もうひとつ、聞いてもいいですか?

法田労:ああ、いいぞ

L:えっと、ですね

L:あした、お洒落して行こうとおもっているんです

L:あまり派手なのも、どうかとおもうんです

L:どのくらいが、いいんでしょうか?

法田労:お洒落か、別に

チャットを打つ手が止まる、続ける言葉が思いつかない。

「別にしてこなくていいさ」と打ちそうになり、ある程度消した所で誤ってエンターを押してしまった。

L:別に、なんですか?

L:あれ、います?

法田労:ああ、すまない

法田労:別に、普通でいいんじゃないか?

法田労:いつも通りで、いいと思う

L:そうですか、ではそうする事にします

法田労:ああ、それがいい

L:やはり、ふしぎな人ですね

L:わたしは、法田労さんの正体が、少し気になります

法田労:さあな、分からない方がいい事も世の中にはあるんだ

L:そうなんですか、それなら仕方ないですね

法田労:ああ

そこで一度、チャットが止まる。

千反田もこれ以上聞きたい事は無いだろう。

とうとう最後まで言い出すことができなかったが……まあ、いいか。

法田労:それじゃ、俺は出る

L:はい、ありがとうございました

L:明日、楽しみにしていますね、おれきさん

L:あ

《Lさんが退室しました》

奉太郎「……やられた」

奉太郎(あいつ、分かっていたのか……)

まあ、良くは無いが……明日の時間を決められたのは悪く無い事だ。

しかし、千反田にまんまと騙された。 俺が騙していたと思ったが、騙されていたのは俺の方だった。

電話をしてやろうかと思ったが、そこまでしなくていいだろう。 どうせ明日会う事になる。

パソコンの前からソファーに移動する。

俺は倒れこむように、ソファーに横になった。

奉太郎「……あいつは将来、入須みたいになるのではないだろうか」

奉太郎「……やっぱり、納得いかん」

もっと早く、気付くべきだった。

そうすれば俺は今日失敗をせずに済んだだろう。

例えば……最初の方のあれだ。

俺が確か「面倒な友達だな」 と言った時。

あいつは「ええ、そうなんです」 と言った。

俺の正体に気付いていないからあんな事を言ったのかと思ったが、その逆だろう。

千反田は俺に気付いていたから、敢えてそう言ったのだ。

いつもの千反田なら、あそこで同意は絶対にしない。 そう……絶対に。

違和感は今思い出すと他にもあった。

千反田は人を疑うことはあまりしない。 だがそれにも限度と言うものはあるだろう。

例えば見ず知らずの人間に「今日は学校、お昼からだよ」と言われても、確認くらいはするだろう。

それを今日の千反田はしなかった。 俺という見ず知らずの人間に言われているのにも関わらず。

俺の意見を全て受け、その通りにすると言っている。

今日初めて会った人間をそこまで信用するのも、千反田は絶対にしないだろう。

その点C組の奴は案外うまい事、千反田をはめる事ができたのかもしれない。

それらを思い出すと、やはり気付ける要素はあったのだ。 俺が千反田は気付いていないと思い込みさえしなければ。

まあそんな失敗に頭を悩ませても仕方がない。

明日は映画を見に行く事になっている、昼寝でもして体力を温存しておかなければ。

そう理由をこじ付け、俺はソファーに横になりながら瞼を閉じる。

外から聞こえてくる雨音は、俺に眠りをもたらすには十分だった。


第17話
おわり

以上で第17話終わりとなります。

乙ありがとうございます。

映画デートは今日ですか?

正解は……>>542さんでした!

次で最終問題、最後はなんと100ポイント!

一旦ここでCMです。

という訳で第18話投下します。

奉太郎「……ん」

窓から差し込んできた日差しによって、目が覚める。

時計に目をやると、今は9時を少し回った所だった。

奉太郎(……なんだか、目覚めがいいな)

多分、昨日は早く寝ていた事もあり俺にしては随分とすっきりした気分で起きれたのかもしれない。

俺は今日、映画を見に行くことになっていた。 千反田が家に来るのは確か11時……それまである程度は時間がある様だ。

そのまま起き上がると、俺はリビングへ向かう。

姉貴はまだ……起きていない様だった。

早々に、着替えを済ませてしまおう。 その後にゆっくりしていればいい。

一度リビングから離れ、身支度を済ませる。

再びリビングに戻り、パンを一枚食べた後にコーヒーを淹れる。

そのまま新聞を手に取り、内容を頭に適当に流し込む。

奉太郎(こうして俺は年を取って行くのか)

等と、少々悲しい現実を思いながら約束の時間まで過ごした。

時計に目をやると10時50分を指している。 そろそろ来る頃だろう。

そう思ったのを狙ったかの様に、インターホンが鳴った。

奉太郎(10分前行動とは、俺も見習いたい物だ)

インターホンに出る必要は……ないか。 千反田以外に、この時間来客は無い。

そのまま玄関に行き、靴を履く。

ゆっくりとドアを開けると、やはりそこには千反田が居た。

奉太郎「……おはよう」

える「折木さん、おはようございます」

千反田は……白のワンピースを着ていた。 手にはカバン……確か、トートバッグだとかそんな感じの名称だったと思う。

夏の日差しが丁度良く千反田を照らしていて、ワンピースがとても似合っている。

俺に笑顔を向ける千反田に……少し、見とれてしまった。

える「あの、折木さん?」

気付くと千反田は俺のすぐ目の前まで来ていて、いつもの顔の近さにハッとする。

奉太郎「あ、ああ」

奉太郎「……すまん、まだ寝ぼけているかもしれない」

そう言い訳をすると、千反田は俺の顔を覗き込みながら言った。

える「もう、駄目ですよ。 昨日決めたじゃないですか」

……ああ、チャットの事か。

奉太郎「……そうだったな」

奉太郎「悪いな、面倒くさい奴で」

える「ふふ、折木さんが自分の事を話さないので、ちょっと嘘ついちゃいました」

その事をすぐに嘘という辺り、やはり千反田はそんな事を本気で思っている訳ではないだろう。

奉太郎「じゃ、行くか」

える「はい、歩いて行きますよね?」

奉太郎「ああ、そんな遠くないしな」

そして俺と千反田は映画館に向かい、歩き始める。

奉太郎「そういえば」

える「なんでしょう?」

奉太郎「……服、似合ってるな」

える「あ、は、はい。 ……ありがとうございます」

千反田は顔を少しだけ赤くし、そう言った。

俺も少し、顔が熱いのに気付いていたが。

~映画館~


そこまで混雑はしていない様子だった。 むしろ映画館にしては人が少ない方だと思う。

受付に行く前に、俺は持ってきていたチケットを2枚取り出す。

奉太郎「千反田、チケットだ」

える「はい、ありがとうございます」

チケットを渡し、受付を済ませようとする俺の肩を千反田に掴まれる。

奉太郎「ん? どうした」

える「あ、あの……折木さん」

える「このチケットって、その、しっかり読みました?」

しっかり読んだ? 軽く目を流して読んだには読んだが、しっかりとは呼べないか。

奉太郎「軽く目を通しただけだが……何かあったか」

える「い、いえ。 あの、ちょっと……ですね」

える「……チケット、読んでみてください」

そう言うと、千反田は顔を俺から逸らしてしまう。 なんだと言うんだ。

仕方ない、見れば何か分かるか。

そして俺は、チケットに目を落とす。

【カップル様限定、映画ご招待】

やはり、やはりやはりやはり。 姉貴が持ってきたものにはろくな物が無い。 くそ姉貴め!

しかしいくら悪態をついてもこの状況は変わらない。 ……もう映画館に来てしまっているのだから。

未だに顔を背けている千反田に向け、言う。

奉太郎「……俺のミスだ、謝る」

える「あ、い、いえ」

千反田は俺の方に向き直り、右手で左腕を掴みながら続ける。

える「……別に、カップルだと思われるのは嫌では無い、です」

える「その、でも……ちょっと恥ずかしくて」

奉太郎「あ、ああ。 そうか」

そんな事を言われてしまい、なんだか逆に恥ずかしくなってきてしまった。

奉太郎「……ま、まあ。 行くか」

える「は、はい。 そうですね、行きましょう」

ぎこちない会話をしながら受付へと向かう。

受付に居た人にチケットを2枚渡し、代わりに入場券を貰った。

受付の人が俺たちに向けニコッと笑いを向けたが、悪いのはこの人じゃない、姉貴だ。 恨むのなら姉貴を恨むべき。 そんな事を思いつつ、一応は愛想笑いを返す。

その後は上映まで少し時間があったので、近くにあった椅子に千反田と共に腰を掛けた。

える「そういえば、ちょっと気になったんですが」

奉太郎「ん、なんだ」

える「どうして折木さんは映画に行こうと思ったんですか?」

奉太郎「どうしてって言われてもな……他にする事も無かったから」

える「ふふ、そうですか」

奉太郎「……その笑いが若干気になるな」

える「なんでもないですよ、気にしないでください」

奉太郎「いつも自分だけ気になると言って置いて、俺には気にするなと言うのか」

える「じゃあ、聞いてもいいですよ。 気になりますって」

奉太郎「……言わないからな」

える「……そうですか、少し残念です」

奉太郎「……はあ」

奉太郎「分かったよ、言えばいいんだろ」

える「ほんとですか。 是非お願いします!」

奉太郎「……私、気になります」

自分で言うのもなんだが、かなりやる気の無い気になりますだったと思う。 それに加え棒読み。

える「なんか納得できないですが……分かりました」

千反田はそう言うと、右手で前髪を触る。

奉太郎「……何をしている?」

える「……折木さんの真似です」

える「折木さんが考えるときって、いつもこうしているので」

そうなのだろうか? 自分では記憶にはあまり無い。

奉太郎「そうなのか、知らなかった」

える「いつもやっていますよ? ですので私も」

奉太郎「……それで、何か分かったか」

える「ええ、分かりました!」

奉太郎「その心は」

える「なんだかこうしていたら、面倒くさくなってきてしまいました」

奉太郎「そうか、それならこの話はやめよう」

える「え、だめですよ。 ちゃんと気になってください」

奉太郎「……なんでそこまで気にしなければいけないんだ」

える「今は私が折木さんの真似をしているので、折木さんは私の真似をしなきゃだめなんです」

奉太郎「千反田の真似……か」

奉太郎「ええっと、そうだな」

奉太郎「ちたんださん、かんがえてください、いっしょにかんがえましょう」

える「あの、私はもっと元気が良いと思いますけど……」

奉太郎「そうか? 周りから見たらこんな感じだぞ」

える「え? そうなんですか?」

奉太郎「ああ」

える「……もうちょっと、愛想を良くしないといけませんね」

奉太郎「……」

える「……」

奉太郎「……冗談だけどな」

える「え、じゃあ私は元気良いですか?」

奉太郎「ああ、さっきの10倍程には」

える「それは良かったです……どうしようかと思いました」

奉太郎「それも冗談だと言ったら?」

える「おーれーきーさーん! もう冗談はやめてください!」

奉太郎「分かったよ、それで話の続きをしよう」

奉太郎「ええっと、なんだっけか」

える「私が笑った事についてですね」

奉太郎「そうだった……ってまだ俺の真似をするのか」

える「はい、こうして折木さんが考える時の真似をしていると何か浮かんで来そうなんです」

奉太郎「ふむ、そうか」

奉太郎「でも笑ったのは千反田本人だろ? なら別に考えなくてもいいんじゃないか」

える「あ、そういえばそうでしたね」

える「では、お話しましょう」

える「つまりですね、私が笑ったのは」

える「折木さんが自主的に動くと言うのが、面白かったんです」

……さいで。

奉太郎「……言っとくがな、そこまで俺は動かない訳ではないぞ」

える「……そうなんですか?」

奉太郎「そうだ。 俺だって動くときはある」

える「例えば、どんな時でしょうか」

奉太郎「……そうだな、例えば」

10秒……30秒……1分。

奉太郎「今この時だ。 俺が自主的に映画館に行こうと言った」

える「無かったんじゃないですか」

える「私の、勝ちですね」

何を持って勝ちとするのかは不明だが、そういう事にしておこう。

奉太郎「ああ、千反田の勝ちだ。 すまなかった」

える「えへへ」

俺に勝ったのがそんな嬉しいのかと思うほど、千反田は気分が良さそうにしている。

奉太郎「そこまで嬉しいのか、俺に勝てて」

える「勿論です! いつも折木さん頼みでしたので」

奉太郎「ま、千反田がそれでいいならいいか」

える「その言い方ですと、折木さんに勝ちを譲ってもらったみたいで納得できません」

奉太郎「……どういう言い方ならいいんだ」

える「そうですね……例えば」

える「さすがは折木さんです! ありがとうございます」

える「こんな感じでお願いします」

奉太郎「そうか」

える「では、どうぞ」

奉太郎「……ん、それ言わないと駄目なのか?」

える「駄目ですよ」

奉太郎「……さすがはちたんださんです、ありがとうございます」

える「やっぱり折木さんの言い方だと納得できません……」

奉太郎「じゃあやらせるな、それより」

奉太郎「そろそろ時間じゃないか?」

える「あ、そうですね。 行きましょうか」

そして、俺達は向かう。 何が上映するのか未だに知らない映画を見に。

そう、知らなかったのだ。 映画の内容が何かを。

ドラマ等なら、ラブストーリーを見た二人はその後良い展開になるだろう。

しかし……姉貴がそんなロマンチックな物を用意している訳が無かった。

映画のタイトルは

「農家よ、今こそ立ち上がれ」

千反田はそのタイトルを見ると、とても嬉しそうにしていた。

何かの参考になるのだろう。 なんの参考になるのか知らないが。

俺は映画が始まってから5分ほどで、眠くなってきた。

……それにしてもこの映画、観客が驚くほど少ない。

俺と千反田は真ん中くらいに座っていたのだが、その列には他に客は居なかった。

少し顔を上げると前の方に人影が見えることから、数人は客が居るのだろう。

恐らく多分……居ても10人ほど。 勿論俺達を含めて。

映画の内容は田を耕す人々や、現在の農家の在り方。 誰が楽しくて見るのだろうか?

える「……折木さん、すごいですね」

ああ、一人居た。

少なくとも一人は居た。 良かったな監督。

俺は非常に寝たかった、しかしそれを隣に座っているこいつは許してくれない。

見る人が見れば盛り上がるのかもしれない場面で、小声で俺に話しかけてくるからだ。

俺はそれに「ああ」とか「うん」とか「ほう」とか適当に返しているのだが、当の千反田は全く気にしていない。

そして2時間程その苦行をこなし、ようやく映画が終わる。

千反田は終始楽しんでいた様子で、良かった良かった……

える「面白かったですね、折木さん」

奉太郎「ん、ああ……そうだな」

える「……本当ですか? とても眠そうにしていましたが」

気付いていたのか、ならなぜ話しかけた。

奉太郎「正直な、眠かった」

奉太郎「……気付いていたなら寝かせてくれ」

える「確かに、何も知らない人が見たら退屈な映画だったかもしれませんね」

える「でも少し……折木さんにも興味を持って欲しかったです」

興味、ねえ。 まあ人生何があるか分からないしな。 万が一にでも興味が向いてしまう可能性が無きにしも非ず。

奉太郎「……興味が向けば楽しくはなるのかもしれないな」

える「ええ、そうですね」

~映画館外~

奉太郎「丁度昼くらいか」

える「丁度お昼くらいですね」

千反田と同時に言い、つい顔を見合わせる。

奉太郎「……何か飯でも食っていくか」

える「あ、それなんですけど」

える「私のと折木さんのお弁当、作ってきちゃいました」

奉太郎「おお、本当か」

千反田の料理の腕は前に食べたことがあったので知っている。 これはとても嬉しい。

える「はい、どこか公園で食べましょう」

奉太郎「分かった」

タイミング良く、近くにあった公園に俺と千反田は入る。

ベンチに腰掛けると、千反田はカバンから弁当箱を二つ取り出した。

える「これ、折木さんの分です」

奉太郎「そうか、ありがとう」

そう言い、千反田が両手に持っている弁当箱を右手と左手に分けて掴んだ。

える「……あの」

奉太郎「……冗談だ」

千反田から右手に持っていた弁当箱を貰う。

える「少し、驚きました」

奉太郎「俺が大食いだったことか?」

える「……折木さんがそんな冗談をした事に、です」

奉太郎「ああ、俺には人を笑わせる事は向いていないかもな」

える「あ、そんな事はないですよ。 とても面白かったです」

やめてくれ、そんな目だけ笑っていない笑顔を向けられては惨めな気分になってしまう。

奉太郎「あ、ああ……そうか」

そんな惨めな気持ちを振り払うために、弁当を開く。

俺にはとても名前が分からない食べ物が、野菜を中心に入っていた。

奉太郎「うまそうだな」

える「ふふ、そう言って貰えると嬉しいです」

える「新鮮な野菜等を使っているので、とてもおいしいと思いますよ」

える「お肉とかも入れたかったのですが、時間があまりなくて……すいません」

奉太郎「いやいや、作ってきてくれただけでありがたい。 文句なんて一つもない」

奉太郎「……では、千反田先生の料理解説を聞きながら食べるとするか」

える「あ、任せてください!」

まずは一つ目……これは何かの野菜、だろうか。

える「それは菜の花のお浸しです、結構有名ですよ」

奉太郎「確かに結構見ている気がするが……これって菜の花だったのか」

える「ええ、香りもいいので私はよく食べています」

ふむ、確かに。 春の香りがする。 夏だが。

奉太郎「おいしい、なんかもっと気の利いた事が言えればいいのだが……おいしいな」

える「ふふふ、それだけで十分ですよ。 ありがとうございます」

それはそうと、この隅のほうに可愛く飾られているのは何だろうか。

える「あ、それはペチュニアです。 一応食べられますね」

奉太郎「そうなのか? 生のままに見えるが」

える「あくまでも飾りだったので、そのまま置いといてもいいですよ」

ふむ、最後にちょっと食べてみるか。

奉太郎「こっちは、普通の卵焼きか?」

える「それはですね、中に桜えびが入っています」

奉太郎「ほう、どれどれ」

うまい、これは何個でもいけそうだ。

える「どうですか?」

奉太郎「これは是非、また作って欲しい」

える「えへへ」

える「折木さんさえよければ、いつでも!」

それからいくつかの解説をしてもらい、弁当を食べ終わる。

千反田も食べ終わったところで、千反田がカバンからタッパーを取り出した。

える「これ、デザートにどうぞ」

奉太郎「イチゴか、ありがとうな」

千反田が持ってきたイチゴはとても甘く、疲れた体に染み渡った。

それもすぐに食べ終わり、さてどうしようかと話していた時だった。

ふと顔に水滴が当たり、顔を上に上げる。

奉太郎「予報より、早かったみたいだな」

まだ弱いが、雨が降ってきた。 ここまで早く降るとは思っていなかったので傘は持ってきていない。

える「強くなりそうですね、その前に帰りましょうか」

奉太郎「ああ、そうだな」

そして俺と千反田は公園から出る、雨はまだ……降ったり止んだりでそこまで気にする必要はないだろう。

ここから家までは歩いて20分程くらいかかる、それまで持ち堪えてくれればいいのだが。

える「あの、今日はありがとうございました」

奉太郎「俺は暇だったからな、別にいいさ」

える「また今度、遊びましょうね」

奉太郎「……ああ、そうだな」

それから5分程歩いたところで、千反田がふと何かに気づいた様子で立ち止まった。

奉太郎「……どうした?」

える「これ、スイートピーですね」

そう言い、千反田が指を指したのは人の家に飾ってあった花だった。

奉太郎「ん? ああ、花か」

える「夏咲きのスイートピー、素敵です」

奉太郎「人の物だからな、持って帰るなよ?」

える「……私がそんな事をすると思います?」

奉太郎「さあな、もしかしたらするかもしれない」

える「酷いですよ。 ただ……好きなんです、このお花」

奉太郎「……そうか」

える「ごめんなさい、行きましょう」

花、か。 俺には全く持って分からない感情だ。

える「あ、折木さん」

える「今度は私が誘いますね?」

千反田が少しだけ俺の前に出て、振り返りながらそう言った。

奉太郎「……楽しみにしておく」

奉太郎「それより、前を見ないと危ないぞ」

その言葉を最後まで言ったか言わないかくらいの時だった。

える「きゃあ!」

予想通りと言ったらあれだが……千反田が転んだ。

奉太郎「……言わんこっちゃない」

奉太郎「大丈夫か?」

える「ご、ごめんなさい。 大丈夫です」

奉太郎「とてもそうは見えないんだが」

える「このくらいなら、大丈夫ですよ」

しかし膝の辺りを擦りむいており、転んだにしては結構な血が出ていた。

……仕方ない、とりあえずは血を止めよう。

奉太郎「少し、待ってろ」

俺はそう言い、近くにあったコンビニで水を買ってくる。

奉太郎「これで洗い流せ、見てるだけでも痛々しいぞ」

える「わざわざすいません、ありがとうございます」

そして千反田の傷口を綺麗にし、ついでに買っておいた絆創膏を貼り付ける。

奉太郎「大丈夫か?」

える「は、はい。 大丈夫です」

える「あの……折木さんって、意外と優しいんですね」

意外は余計だろ、気にしないが。

奉太郎「意外にな、そんな事より」

奉太郎「雨が少し強くなってきたな」

空を見上げると、大分薄暗い雲が敷き詰めていた。

える「みたいですね、段々と」

気付けばポツポツからサーと言った感じになっている。 ……分かりづらいか。

える「コンビニで雨宿りしていきますか?」

奉太郎「ああ、いや。 今から段々強くなってくるだろうし。 帰った方がよさそうだ」

える「あ、は、はい」

そして俺と千反田は再び歩き出したのだが、どうにも千反田は足を痛めてるらしい。

足を庇う歩き方をして、無理をして俺に付いて来ている様子だった。

奉太郎「……足が痛かったなら、そう言ってくれ」

奉太郎「さっきのコンビニで休んでもいけただろ」

える「ご、ごめんなさい。 あまり迷惑を掛けたくなかったので……」

全く、今まで1年と半年程も俺に迷惑を掛け続けよく言えた物だ。

奉太郎「今更一個増えた所で何も思わない」

える「……はい」

奉太郎「……はぁ」


俺は千反田の前に行くと、しゃがみ込む。

奉太郎「乗れ」

える「え、え、でも」

奉太郎「いいから、そっちの方が手短に済む」

える「……迷惑ですし」

奉太郎「今更一個増えても何も思わないってさっき言っただろ、逆にそっちの方が俺は助かる」

える「で、では……失礼します」

人に負ぶさるのに、その挨拶はどうかと思うが……別にいいか。

奉太郎「じゃ、いくか」

える「は、はい……ありがとうございます」

千反田はそう言い、どこか恥ずかしそうにしていた。 確かに俺も少し、恥ずかしい。

会話は自然と無くなり、道をゆっくりと進む。

奉太郎「足はまだ痛むか」

える「……」

返答が無かった。 俺はそのまま頭だけを後ろに向ける。

奉太郎(こいつ、寝やがった)

千反田は小さく寝息を立てながら、俺の背中で寝ていた。

別段、会話をしたい訳ではなかったし、構わないのだが……少し重い。

だが重いから起きてくれとは俺でも口にはできない、仕方あるまいと無言で歩くことにした。

30分程だろうか、ようやく千反田の家が視界に入ってくる。

奉太郎「……おい、起きろ」

える「……あ」

える「……お、おれきさん」

える「……すいません、寝てしまってました」

奉太郎「いいさ、それよりそろそろ着くぞ」

える「……ありがとうございます」

千反田はそう言い、俺の背中から降りる。

奉太郎「足は大丈夫か」

える「ええ、おかげさまで……もう大丈夫です」

その言葉は嘘ではなかったらしく、見た限り普通に歩いている。

える「今日は本当にありがとうございました」

奉太郎「……えらくエネルギー消費が激しかった一日だ」

える「次は、私が負ぶりますね」

いや、それはなんか違うだろう。

奉太郎「遠慮しておく、ここら辺でいいか?」

える「あ、はい! また遊びましょうね」

奉太郎「……そうだな」

俺は千反田に軽く手を挙げると、振り返り自分の家へと向かう。

える「……折木さん!」

一度千反田の方に振り向く、声を掛けずとも千反田は口を開き言葉を続けた。

える「あの、花言葉ってご存知ですか?」

奉太郎「花言葉? 知らないが」

単語自体は聞いた事がある、しかし内容まで知っている訳ではない。

える「そうですか、それではまた」

何だったのだろう? 深い意味があったのだろうか。

……考えるのはちょっと面倒だな。 いくら普段エネルギーを使っていないからといっても今日は疲れた。

奉太郎「ああ、またな」

雨は既に上がっていた、神山連峰から差し込む夕日に夏の一日を感じながら、俺は帰路につく事にした。



第18話
おわり

以上で第18話終わりとなります。

乙ありがとうございました。

おつー

家に来るのって10時じゃなかったっけ?

>>576
多分、ホータローが寝ぼけていて時間を読み間違えたんでしょう。
とんだボケ野郎ですねほんと

乙ありがとうございます

こんばんは、今日はすいません。 ちょっと投下ができそうにないです。

明日か明後日に、19話/20話を投下致します。

こんばんは。

第19話/第20話を投下致します。

今回の投下で第二章は終わりとなります。

8月のある日。

外で喚いてるセミ達も、この暑さでは焼かれるのでは無いだろうかと俺が心配するほど……今日は暑い。

しかし俺は出かけなければいけない。 昨日の夜、悪魔の電話があったせいで。

あれは確か、俺が風呂を出た後だった。 姉貴が「千反田さんから電話きてたわよ」と言うので渋々掛けたまでは良かった。

……あいつはこんな事を言っていた。

「明日古典部で集まる事になりました」

「折木さんも勿論来ますよね」

「福部さんが何やら話したい事があるらしいです」

との事らしい。

姉貴から電話が来たと聞いたときは、またどうせくだらない事だろうとは思ったが……里志が俺たちを集めるとは少し珍しい。

それに興味もあったせいか、俺は特に考えもせず行く旨を伝えてしまった。

……今日のこの気温を知っていれば、快諾は絶対にしなかっただろう。

だが、快諾をしなかったと行っても結局は行くことになっていたのかもしれない。

しかしそれでも、やはりこの暑さでは外に出る気は失せると言う物だ。

ああ……この思考をする時間……それこそ無駄かもしれない。 それに行かなければあいつは……千反田えるは家まで迎えに来てしまう可能性もある。

奉太郎「……面倒だ」

夏の気温と言う物に少しの悪態を着きながら俺は外へと繋がる扉を開けた。

ようこそ夏へ! と言わんばかりの湿気と温度。 学校へ着く前に行き倒れしてしまうかもしれない。

倒れればそのまま病院へと運ばれるだろう。 そして涼しい病室で俺は夏を過ごす。 案外良い物かもしれない。

奉太郎「……暑い」

だが意外と人間は丈夫にできている、案外倒れない物だ。

自転車で来ればある程度は快適に学校まで行けたかもしれないが、自転車は姉貴が使用中なのでそれも叶わなかった。

今決めた、里志に何かアイスでも奢って貰おう。 そのくらいの権利は俺にあるだろう。

~古典部~

奉太郎「……暑いな」

摩耶花「分かってるわよ、一々言わないで」

奉太郎「……寒いな」

摩耶花「気休めにもならないから、やめてくれない?」

奉太郎「……」

摩耶花「気まずいから何か喋ってよ」

理不尽だろ、これは。

奉太郎「……それで、後の二人はどうした」

摩耶花「さあ、まだ時間まで少しあるし……そろそろ来るんじゃない?」

千反田は百歩譲って許すとして、里志は集めた側……俺に言わせれば加害者だ。 何故あいつが居ない。

奉太郎「帰ってもいいか」

摩耶花「良いわけないでしょ」

奉太郎「……はぁ」

約束の時間まではもう少しある、もし5分過ぎても来なかったら帰ろう。 家でアイスでも食べたい。

奉太郎「……」

摩耶花「……」

奉太郎「来ないな」

摩耶花「見れば分かるわよ」

奉太郎「じゃ、またな」

摩耶花「ちょっと、あんた本当に帰るの?」

奉太郎「俺はそこまで気が長くないからな、時間は無駄にしたくない」

摩耶花「よく言うわ……ほんと」

伊原を無視し、ドアに手を掛け開く。

える「おはようござい-----ひゃ!」

奉太郎「うわっ!」

丁度ドアを開けたところで、千反田が飛び込んできて俺とぶつかる。 千反田は見事に後ろへと倒れていた。

奉太郎「……大丈夫か」

える「あ、はい。 なんとか」

そのまま千反田に挨拶をして帰るわけにもいかず、仕方なく俺は再び席に着いた。

摩耶花「帰るんじゃなかったの?」

伊原は少し声を大きくし、俺に向け言ってくる。

える「え、駄目ですよ。 福部さんが来るまで待ちましょう」

狙って言ったな、伊原め。

奉太郎「……分かったよ、だがあまりにも来なかったら帰るからな」

すると伊原が俺の耳に顔を近づけ、小さく言葉を発した。

摩耶花「……ちーちゃんには甘いんだね」

奉太郎「……俺は酷く後悔している」

摩耶花「……何を?」

奉太郎「……お前に話したことを」

摩耶花「……誰にも話さないわよ」

奉太郎「……そうか、あまり期待はしないでおく」

える「あれ? 何を話しているんですか?」

摩耶花「え、ああっと……」

奉太郎「な、何でもない」

える「なんでしょう……気になります」

さあて、どう回避しようか。 伊原のせいで全く持って面倒な事になってきたぞ。

里志「みんなー遅れてごめーん!」

える「あ、福部さん。 お待ちしてました」

たまにはタイミングがいい事もあるな、里志は。 アイスを奢って貰うのは簡便してあげよう。

奉太郎「遅いぞ、何をしていた」

里志「色々あってね、僕も大変なんだよ」

摩耶花「何かあったの?」

里志「いや……ちょっと、ね」

える「なんでしょう……もし私達に相談できることでしたら……」

奉太郎「どうせくだらない事だろ」

える「酷いです! 折木さん!」

える「もし、福部さんが思い悩んでいたら助けてあげるのが仲間という物ですよ!」

これが友情と言う物なのか、なるほど。

摩耶花「それで、ふくちゃんどうしたの?」

里志「え? 寝坊した」

この時の千反田の顔は中々に面白かった。 今まで見たことの無いようなじっとりとした目で里志を見ていたのだから。

奉太郎「……里志、今日俺たちを集めた用事はなんだったんだ」

里志「あ、そうそう。 実はね」

里志「皆で旅行にいかないかな?」

奉太郎「行かない」

里志「……千反田さんはどうかな?」

える「旅行、ですか?」

里志「そそ、折角の夏休みだしね」

摩耶花「いいとは思うけど、どこに行くの?」

里志「夏と言ったら海! 沖縄に行こう!」

える「沖縄ですね! 行ってみたいです!」

摩耶花「沖縄って言っても……そんなお金無いわよ」

奉太郎「そうだそうだ、お金なんて無いぞ」

やはり、里志にはあげるべきではなかった。 回りまわって結局は俺が被害を受けることになるとは想像もできなかった。

里志「ホータローは知ってるでしょ。 沖縄に行く方法」

える「え、そうなんですか?」

奉太郎「さあな、検討もつかん」

里志「おっかしいなぁ、ホータローが居なければ行けなかった筈なんだけど……」

摩耶花「ちょっとふくちゃん、早く説明してよ」

里志「チケットさ」

里志「もう大分前だけどね、ホータローに貰ったんだ」

里志「それもぴったし4枚! 僕はこれをメッセージだと思ったよ」

奉太郎「……どんなメッセージだと思ったんだ」

里志「皆で旅行に行きたいっていう、ホータローのメッセージさ」

奉太郎「やっぱりそれ返せ」

里志「人に一度あげたものを返せって言うのはどうかと思うよ? ホータロー」

摩耶花「折木もたまにはいい所あるじゃん。 行こう、皆で」

奉太郎「俺はこの為に渡した訳では無い、返せ」

える「福部さんの言うとおりです! 一度あげた物を返せというのはあまり良くないと思いますよ。 折木さん」

奉太郎「……沖縄に行きたいだけだろ、千反田」

える「そ、そんな事はないですよ!」

える「別に沖縄に行きたいとは……思っていないです」

奉太郎「そうか、残念だったな」

奉太郎「里志、千反田は沖縄に行きたくないそうだ」

奉太郎「とても心苦しいが、3人で行こう」

俺がそう言い、里志の方に顔を向けると里志は何故か全てを悟った様な顔を俺に向ける。

里志「そうなの? 千反田さん」

える「い、いえ! 私は……」

える「……行きたいです」

里志「らしいよ、ホータロー」

里志「……良かった、これで全員参加だね」

ああ、俺は嵌められたのか。

この古典部には俺の味方など最初から居なかったのだ。

奉太郎「やはり、奢ってもらう事にした」

里志「え? なんの話しだい?」

奉太郎「気にするな、その内分かるから」

里志「なんか、嫌な感じだね。 とても嫌な感じがする」

摩耶花「そ、れ、で!」

摩耶花「いつ行くの?」

里志「うん、それも決めないとね」

里志「三泊四日あるから、満喫できそうだよ」

里志「じゃあ、予定を決めていこうか」

~沖縄~

結局は、こうなる。

里志「着いたね! 沖縄!」

奉太郎「まずは旅館に行こう、荷物を置きたい」

沖縄までは飛行機で来たのだが、あの乗り物は俺を苦しめる為に存在しているのかもしれない。

あれに年がら年中乗っている姉貴を少し、尊敬する。

摩耶花「それにしても、旅館もちゃんと付いてるチケットなんてすごいね」

摩耶花「ほんのちょっとだけ、折木に感謝しておくわね」

奉太郎「形のある物をくれ」

里志「まあまあ、とりあえずは旅館に行こうか」

里志「それから観光でもゆっくりすればいいしさ」

奉太郎「ああ、そうだな……それより」

奉太郎「あいつは何をしているんだ」

俺はそう言い、首で千反田を指す。

里志「千反田さんは、多分……興味を惹かれる物があるのかもね」

確かに、さっきから静かに周りをくるくると見回している。 目を輝かせながら。

奉太郎「おい、千反田」

える「え? あ、はい」

奉太郎「行くぞ、観光なら後でゆっくりすればいい」

える「あ、そうですね。 分かりました」

~旅館~


俺達が泊まる事となっている旅館は、高校生が旅行で泊まるにはとても豪華すぎる程だった。

える「わあ、素敵な旅館ですね」

千反田がそう言い、俺に笑顔を向けてくる。

奉太郎「そ、そうだな」

不意打ちの笑顔に、少し動揺してしまった。

里志「僕達の部屋は……ここだね」

里志「二部屋あるから、僕とホータローは左の部屋で、千反田さんと摩耶花は右の部屋でいいかな?」

摩耶花「うん、じゃあ一回荷物置いてくるね」

える「また後で」

伊原と千反田はそう言うと、自分達の部屋へと入って行った。

俺と里志はそれを見て、同じく自分達の部屋へと入る。

里志「それにしても、随分と立派な所だね」

奉太郎「そうだな、一応姉貴にも何かお土産買って行ってやるか」

里志「うん、それがいい」

俺と里志は荷物を置くと、その場に座り込む。

里志「もう、夏も終わりが近いね」

里志が思い出したかの様に、口を開いた。

里志「この旅行が終われば、すぐに秋が来そうな気がするよ」

奉太郎「そうか? まだ結構時間があるだろ」

里志「あっという間さ、ついこないだまで中学生だったんだ」

里志「それが今は高校生、この分だと大人になるのもすぐかもね」

奉太郎「……そう、かもな」

少しの沈黙、窓から吹き込んでくる風が俺の髪を揺らしている。

里志「そうそう、それよりさ」

里志「ホータロー、千反田さんと何かあった?」

奉太郎「……お前もか」

里志「お前も? って事は摩耶花に何か言われたね」

奉太郎「ああ、最近仲が良くなった様に見えるとかなんとか」

里志「はは、それじゃあ僕と摩耶花は一緒の意見だ」

奉太郎「……時間が経てば、自然とそうなるだろ」

奉太郎「俺とお前だって最初から仲が良かった訳ではないしな」

里志「まあ、そうだね。 それは確かにそうだよ」

里志「でも、ちょっと違うと言うか……うーん、なんて言えばいいのかな」

そして、次に里志が口を開こうとした時に扉越しから声が掛かる。

摩耶花「ちょっと、いつまで休んでいるのよ」

摩耶花「まだ夜まで時間あるしどっか行かない?」

里志「……この話は、また今度にしようか」

奉太郎「……分かった」

里志「ごめんごめん! 一回中に入って計画立てようか?」

里志はそう言うと、扉を開け中に伊原と千反田を入れる。

二人が中に入り座ると、そこを中心として里志が持ってきた地図を開いた。

里志「やっぱりさ、沖縄と言ったら首里城じゃない?」

摩耶花「あ、ちょっと行って見たいかも」

える「私は水族館に行ってみたいです! 色々と周る所が多そうですね」

三人がそんな事を話しながら、盛り上がっていた。

ああ、駄目だ。 やはり俺は……こういうのは合っていない。

こんな感じは前にもあった、いつだったっけか。

……図書室で話した時か、あの時は確か……本の謎で盛り上がる三人を眺めていたんだった。

俺がこいつらの様に他愛の無い事で楽しめる様には多分、ならないだろう。

特に行きたい場所等があった訳でも無く、今回の旅行もただの成り行きだったのだ。

少しだけ自分は薔薇色なのだろうか? と前に思った事があった。

けどやはり、本質的な部分は変わらない。

俺には、灰色の方が似合っているという物だ。

摩耶花「ちょっと、折木?」

奉太郎「……ん、すまない」

その思考を、伊原によって遮られた。

摩耶花「またあんた、くだらない事考えてたんじゃないの?」

奉太郎「……ああ、そうだな」

摩耶花「……? ま、いいわ」

摩耶花「とりあえず行く場所は決まったから、準備したら外でいいかな?」

里志「うん、了解」

える「分かりました、では一度戻りますね」

奉太郎「ああ、また後でな」

……そんな事を考えていても仕方ないか。

折角の旅行だ。 少しは楽しもう。

それからは、良く分からない城や沖縄の街中を四人でぶらぶらと歩いた。

夏の日差しは神山よりも随分と乾いていて、大分爽やかだったと思う。

沖縄特産の物を食べたり、所々にある観光名所を回っていたらあっという間に辺りは暗くなっていた。

里志「早いなぁ、もう暗くなってるよ」

摩耶花「明日もあるんだし、まだ時間はたっぷりあるでしょ」

える「そうですね。 明日は是非、水族館へ行きたいです」

奉太郎「よっぽど気に入ったのか、水族館が」

える「はい!」

里志「はは、じゃあ明日は水族館でいいかな?」

摩耶花「うん、異論無し!」

そんなこんなで早くも明日の予定は決まった様だ。

奉太郎「分かった、じゃあそろそろ戻るか」

俺の言葉を聞き、三人は旅館に向かって歩き始める。

前を歩く三人はどうやら、今日の事で話をしている様だった。

奉太郎(……疲れたな)

少し、歩きすぎた。 旅館に着いたらすぐにでも寝たい気分だ。

夜の気温は心地が良いものだ、海が近いせいもあるのだろうか? 吹いてくる風が気持ちいい。

そんな風が一際強く吹いたとき、俺の少し前を歩く千反田が振り返る。

にこりと笑い、歩みを止め、俺の横に並んで歩き始めた。

奉太郎「……どうした」

える「いえ、折木さんが少し疲れている様子だったので」

奉太郎「そうか? いつも通りだが」

える「それならいいんですが」

える「どうですか? 沖縄は」

奉太郎「……いい所だとは、思うかな」

える「何か意味がありそうな言い方ですね」

奉太郎「まあな」

える「それはどういう意味でしょうか?」

奉太郎「敢えて言うなら、地元の人が何を言っているのか分からないって事だ」

える「……ふふ、確かにそうですね」

える「暮らすのは少し、苦労しそうです」

奉太郎「千反田は沖縄に住みたいのか?」

える「い、いえ。 私には家があるので……」

ああ、そうだった。 これは、しまったな。

奉太郎「……すまん」

える「何故、謝るんですか?」

える「前にも言いましたが、私は自分の場所をつまらない所だとは思っていませんよ」

える「楽しい場所、という訳でもないですが……」

だったら、だったらなんで。

何でそんな悲しそうに言うんだ。 お前は外を見たいんじゃないのか? と言おうとする。

だがそれは、言葉には出せなかった。

俺はとても、千反田の人生に口を出せるほどの人間ではない。

人から尊敬される程の人間でもない。 だから言葉に出せなかった。

奉太郎「……旅館、見えてきたぞ」

える「あ、ほんとですね。 明日は水族館、楽しみです!」

~旅館~


伊原と千反田と別れ、俺と里志は自分達の部屋へと戻ってきた。

奉太郎「……ふう」

里志「よっぽど疲れたみたいだね、まあ……それもそうか」

俺は窓際に置かれていた椅子に腰を掛ける。

吹き込んでくる夜風が俺の心を安らがせる。

里志「それで」

もう片方の椅子に里志が座り、話しかけてきた。

里志「ホータローはさ」

里志「自分が優しいと思った事はあるかい?」

さっきの話の続きではないらしい、また別の話だろう。

それより……俺が、優しいと思った事?

奉太郎「無いな」

里志「確かにそうだね、ホータローは優しくない」

無いと言ったが、改めてはっきり言われると少しムッとするな……

奉太郎「そう言うお前は自分が優しいと思うのか?」

里志「勿論! 甘すぎるくらいに優しいさ」

里志の顔は、いつもの笑顔が消えていて……真剣その物だった。

言葉からしてふざけている物と思っていたが、里志の真剣な顔を見て少し驚かされた。

奉太郎「随分と自信があるな、今度伊原に聞いてみよう」

里志「はは、摩耶花に聞いたら絶対に優しくないって返って来ると思うよ」

奉太郎「……それなら優しくはないんじゃないか」

里志「うーん、どうだろうね」

奉太郎「今日のお前は、話していると疲れるな……」

里志「それは悪いことをしてしまった、じゃあ僕はお風呂に入ってくるよ」

奉太郎「ああ、俺は後で入ることにする」

里志が居なくなった後、窓から外を眺めた。

海の匂いが少しだけして、新鮮な気分になる。

奉太郎「俺が優しいか……」

奉太郎「やはり、ないな」

まだまだ先は長い、明日は水族館か。

朝が、早そうだな……


第19話
おわり

以上で第19話、終わりとなります。

続いて第20話、投下致します。

顔を何者かに蹴られ、目が覚めた。

頭を掻きながら起き上がる。

奉太郎(こいつは……寝相が悪すぎるな)

蹴った犯人はすぐに分かる、この部屋には俺と里志しか居ないのだから。

奉太郎(まだ4時か、少し距離を置いて寝よう)

里志と距離を置き、再び寝ようとしたのだが……

寝言がどうにもうるさい。 どんな夢を見ているのだろうか。

奉太郎(……少し、外の空気でも吸ってくるか)

眠いが、仕方ない。

戻ってもまだ里志がうるさいようだったら押入れに突っ込んでおこう。

そう思いながら扉を開け、廊下に出る。

ふと左から物音がし、そちらに視線を向けた

える「あ、おはようございます」

奉太郎「おはよう、伊原の寝相は悪いのか」

える「え?」

奉太郎「……いや、なんでもない」

お互いどこに行くかを言う訳でも無く、外に出た。

旅館の裏手に回ると、海が見渡せるベンチが何台か設置されており、そこに俺と千反田は腰を掛けた。

える「折木さんって、意外と朝が早いんですね」

奉太郎「本当にそう思うか?」

える「……違うんですか?」

奉太郎「俺が起きたのは、顔を蹴られたからだ」

える「顔を? ええっと……」

奉太郎「……里志は寝相が悪すぎる」

える「あ、そういう事でしたか」

える「少し、想像できますね」

奉太郎「俺はてっきりお前も同じ様に起きたと思ったんだが」

える「私はいつも朝が早いので、自然と目が覚めました」

奉太郎「ふむ、伊原も随分と寝相が悪そうだけどな」

える「そんな事はないですよ! 摩耶花さんはとても」

える「その……可愛く寝ていました」

俺は寝相が悪そうだな、と言った。

対する千反田は可愛く寝ていたと言った。

千反田はうまく否定する言葉が出なかったのだろう。 千反田も中々に苦労している様だな。

奉太郎「……少し、つまらない話をしてもいいか」

える「はい、いいですよ」

奉太郎「あの話は、まだ話せそうに無いか」

これは確認だった。 後どのくらいの時間があるのか、と。

だが、話の内容を聞きたいという気持ちも少しあったのかもしれない。

える「……すいません、まだ……できません」

える「もう少し、もう少しなんです」

千反田はそう言いながら、俺の顔を見ながら話している。

える「私の気持ちに整理が付いたら、必ずお話します」

そう言う千反田の顔は、とても申し訳無さそうにしていた。

そして最後の言葉を言うときには、俺から顔を逸らしていた。

そこまで申し訳無さそうにされてしまうと、なんだか悪いことをした気分になってしまう。

奉太郎「……変な事を聞いてすまなかった」

える「い、いえ」

奉太郎「少し眠いな、俺はもうちょっと寝る事にする」

える「そうですか、私もそろそろ戻ります」

それから会話は無かった。

終始申し訳無さそうにしている千反田を見ていると、やはりこの会話はするべきでは無かったのかもしれない。

える「では、また後で」

奉太郎「ああ」

最後に挨拶を軽くすると、俺は再び部屋へと入る。

奉太郎(……押入れに押し込むか、こいつ)

俺の布団を巻き込み、とても幸せそうに里志は寝ていた。

……その後、何度か里志を押入れに入れようとするが中々うまく行かない。

仕方がないので俺が押入れで寝る事にした。

気分はどこかの青い狸である。

意外にも寝心地が良く、すぐに夢の中へと俺は入って行った。

~水族館~


朝は少し面倒くさい事になってしまった。

起きたら押入れの扉は開いていて、里志と伊原が俺の事を携帯のカメラで撮っているのが最初に見た光景だ。

……携帯ではなく、スマホか。

まあそんな事はどうでもいい。 その写真を消すのに大変な労力を使ってしまったのだ。

しかし……中途半端に寝て起きたせいで、若干頭が痛い。

だが折角来ているんだ、少しくらいは我慢しよう。

あまりこいつらに、迷惑は掛けたくはない。

そして今は水族館へと来ている。

里志「この水族館は結構有名だね」

里志「大きく分けて、3つのエリアがあるみたいだよ」

摩耶花「へぇー。 どんなのがあるの?」

里志「まずは一つ目、サンゴ礁」

奉太郎「サンゴ礁? それって見ていて楽しいのか」

里志「ただサンゴを見るだけじゃないさ、そこに住んでいる魚達も一緒に見れるみたいだね」

える「は、早く行きましょう!」

里志「あはは、落ち着いて千反田さん」

里志「次に二つ目、黒潮」

里志「ここが多分、一番迫力があるんじゃないかな?」

摩耶花「黒潮って言うと……サメとかかな?」

里志「そう、その通り!」

奉太郎「ほお、それはちょっと見てみたいな」

える「そうですよね! あの、早く行きましょう」

奉太郎「少しは里志の説明に耳を傾けろ……時間はあるんだし」

える「あ、す、すいません……」

里志「じゃあそんな千反田さんの為に、手っ取り早く説明を終わらせちゃうね」

里志「もう一つは深海」

える「深海……ですか」

里志「そう、沖縄の周辺に住んでいる深海魚が見れるみたいだね」

里志「深海は面白いよ、普段見れない魚がいっぱいいる」

奉太郎「ま、暇はしそうにないな」

摩耶花「そうね、じゃあ行こうか?」

摩耶花「ちーちゃんも早く行きたそうだし」

える「ご、ごめんなさい。 私、楽しみで」

里志「良い事さ、ホータローにもこのくらい興味を持って欲しい物だね」

奉太郎「ふん、いいから行くぞ」

~館内~

奉太郎「まずはどこから周るんだ?」

里志「そうだね……どうしようか?」

摩耶花「あ、じゃあサンゴから見たいかな」

える「はい! 行きましょう」

奉太郎「特に決まっていないなら、そこから周るか」

それにしても、随分と広いな。

前に千反田と行った所よりも2、3回り大きいのではないだろうか?

俺は少し、楽しんでいるのかもしれない。

水族館に行きたいと言った千反田には感謝しておこう。

奉太郎(千反田よ、ありがとう)

摩耶花「折木何やってるの? 置いて行くわよ」

奉太郎「ちょっとくだらない事を考えていた、行くか」

~サンゴ~

摩耶花「ここは、ヒトデとかが居るのかな?」

里志「うん、そうみたいだね」

える「あ、あの。 これって触ってもいいんでしょうか?」

奉太郎「いいんじゃないか? 他の人も触っているし」

える「で、ではちょっと失礼して……」

そう言い、千反田は水槽の中に手を入れた。

える「か、可愛いですね。 」

てっきりヒトデを触るのかと思ったが、千反田はナマコを触りながらそう言っていた。

奉太郎「それが……可愛いのか?」

える「え? 可愛いと思いますが……」

里志「僕はこっちの方が好みかな」

そう言う里志が手に持つのはウニ。

奉太郎「……なあ、伊原」

摩耶花「な、なに」

奉太郎「お前はあいつらが持っている物が可愛いと思うか?」

摩耶花「なんか嫌だけど、折木と思っている事は一緒だと思う」

奉太郎「そうか、少し安心した」

しかし放って置いたらいつまでも里志と千反田は夢中になって、他の所に回れなくなってしまう。

奉太郎「おい、そろそろ行くぞ」

二名とも、渋々と言った感じで水槽から離れて行った。

でも確かに、あのウニやナマコの水の中で優雅に暮らしている生き方は学べる所が大いにあるだろう。

省エネに終わりはないのだ。

里志「ええっと、ここは熱帯魚かな?」

奉太郎「みたいだな」

少し大きめの水槽には、色々な種類の熱帯魚達が居た。

摩耶花「……かわいいなぁ」

そう呟く伊原の顔は、とても子供っぽく見えた。

伊原は元々童顔であるが……この時は本当に中学生……ひょっとしたら小学生にも見えた。

える「本当ですね、可愛いです」

える「で、でも。 この大きなお魚は小さなお魚を食べてしまわないのでしょうか?」

奉太郎「……」

想像してみた。

客がたくさん見ている中で、食べられていく小さな魚達。

奉太郎「いや、ないだろ」

える「そうなんですか、なら良かったです」

摩耶花「わぁ……」

……今度は伊原か。

奉太郎「いつまで見ている、次に行くぞ」

俺がそう言うと、伊原は俺の方を睨み付ける。

なんというか、この態度こそが里志と千反田とは違うのだろう。

そして俺はふと思う。

何故、憎まれ役が俺なのだろうか。

里志「まだ他にも小さなエリアがあるみたいだけど、違う所に移ろうか?」

える「ええ、そうですね。 他のエリアも気になります!」

摩耶花「うん、どうせ来たならざっとでも全部見たいもんね」

奉太郎「んじゃ、最初の場所に一回戻るか」

~館内~

摩耶花「次はどこに行こうか?」

奉太郎「旅館に行こう」

摩耶花「……ちょっと黙っててね」

奉太郎「……ああ」

これが多分、気のいい奴だったら「そうだ! 旅館に行こう!」となるのだろうが、伊原相手では絶対にならない。

里志「あ、じゃあ次は黒潮の所に行かない?」

える「大きなお魚がいる所ですね! 行きましょう!」

ま、否定する理由も無い。 流れに乗って行くか。

摩耶花「おっけー!」

~黒潮~

奉太郎「……すごいな」

とても巨大な水槽の中に、サメやマンタが居る。

迫力は物凄い物がある、これは……

える「……すごいですね」

千反田も思わず声を漏らしていた。

摩耶花「うう……ちょっと怖いね」

える「……可愛いです」

え? これも可愛いに入るのか?

里志「やっぱりこうでなくちゃね! 水族館に来たからには!」

里志「このでっかい水槽を見ていると、自分達が水槽の中にいるんじゃないかって錯覚しちゃうよ」

える「……来て良かったです、本当に」

奉太郎「そうだな、これは来て良かったと思う」

摩耶花「折木がそんな事言うのって、珍しいね」

奉太郎「……俺も普通に感動とかするからな、言っておくが」

里志「え、そうだったの?」

こいつは。

奉太郎「それは冗談なのか? 本気で言っているのか?」

里志「いや……割と本気だったけど……」

さいで。

える「このガラスが割れたら……すごい事になりそうですね」

突然割れるガラス、逃げ惑う人々。

そしてサメは人々を食らい尽くすのだ。

いや、確かこのサメは人にあまり危害を加えないとか言っていた気がする。

奉太郎「まあ、割れないだろ」

える「……そうですか、それなら良かったです」

摩耶花「ちーちゃん、折木ー! 次行くわよ」

俺は渋々、巨大な水槽から離れる。

あ、伊原や千反田や里志はこういう気持ちだったのか。

さっきは悪いことをしてしまったな……

~館内~

奉太郎「次はどうする?」

里志「うーん、僕と摩耶花は行きたい所に行っちゃったしね」

摩耶花「ちーちゃんに決めてもらおうか? 折木に聞いてもろくな事無いし」

悪かったな、ろくな事しか言えないで。

奉太郎「でも行ってない所はあと一つだろ? なら別に決めなくてもいいんじゃないか」

里志「あ、確かにそうだね。 じゃあ行こうか?」

える「あ、あの」

千反田が何かを言いたそうに、既に次に向かい歩いている俺達に声を掛ける。

摩耶花「どうしたの? ちーちゃん」

える「……すいません、少しはしゃぎすぎたみたいで……疲れてしまいました」

える「旅館に、戻りませんか?」

里志「意外だな、千反田さんがそんな事を言うなんて」

摩耶花「でも確かにちーちゃん、すごく楽しんでたもんね」

奉太郎「……」

里志「ま、じゃあ戻ろうか?」

摩耶花「うん、大分時間も経っていたみたいだしね」

……何かおかしいだろ、これは。

俺が言った時と変わった事は……無い。

ここまで来ると自分自身が少し、かわいそうに思えて仕方ない。

だが、旅館に戻れるならまあ……いいか。

そして俺たちは、旅館へと戻って行った。

~旅館~

伊原と里志は少し買い物をすると言って、二人で出て行った。

一度は俺と里志の部屋に集まった四人だったが、今は俺と千反田しか居ない。

奉太郎「それにしても、珍しいな」

える「何がです?」

奉太郎「お前が疲れたって言った事だ」

える「あ」

える「あれはですね、少しだけ……嘘だったんです」

奉太郎「ん? どういう意味か教えてくれ」

える「疲れたというのは本当です。 ほんの少しだけでしたけど」

える「本当はですね、少し、その」

える「折木さんが辛そうに見えた物で」

奉太郎「……そうか」

える「どこか、具合が悪かったんですか?」

奉太郎「いや……少し頭が痛かっただけだ」

奉太郎「別にそこまでしてくれなくても……良かったんだがな」

素直にお礼を言えない自分に少し、腹が立ってしまった。

える「そうでしたか、では余計なお世話でしたね……すいません」

奉太郎「なんでだ」

える「え?」

奉太郎「悪いのは俺だ、何で俺を責めない?」

える「何故、ですか……自分でもちょっと、分かりません」

える「でも、折木さんは悪くないですよ」

奉太郎「……そうか、すまなかったな」

奉太郎「少し、一人にしてくれるか」

俺が変な事を言ってしまうのは、頭が痛むからだろう。

そう思わないと、どうしようもなかった。

える「はい、分かりました」

える「それでは折木さん、お大事に」

千反田はそう言うと、俺の部屋の扉を閉めようとする。

奉太郎「……千反田」

聞こえるか聞こえないかくらいの声だったが、しっかりと聞こえていた様だった。

える「はい? どうかされましたか?」

奉太郎「その、ありがとな」

える「……はい!」

俺は千反田のその声を聞くと、ゆっくりと瞼を下ろす。

ああ、やはり頭が痛む。

旅館まで戻ってきたのは、正解だった。

少し、寝よう……

寝たのは確か夕方だったが、俺はそのまま朝まで眠っていた。

その日が確か二日目だったから、今日が終わればもう帰らなければならない。

飛行機は朝の予約となっている、実質的には今日が最終日か。

今日は朝から沖縄市内を全員で周り、お土産やら特産品等を食べ歩いたりした。

そして夕方になって日が傾き始めたところで里志が思い出した様に言った。

里志「そういえば……海に行って無くない?」

俺達はその言葉でようやく、気付けたというのがあれだが……

だがもう夜になる、諦めるしかないだろうと俺が言ったのだが千反田が納得しなかった。

える「では、海辺で花火はどうでしょうか?」

との提案を出してきたのだ。

勿論これには里志と伊原は大賛成。

俺も否定する必要も無いので賛成し、今は海へと来ている。

~海~

買いすぎた。

何を買いすぎたかと言うと……無論、花火をだ。

これがいい、これもいい、とやっている内に、とても四人で使うには多すぎる量の花火となっていた。

かれこれ一時間もやっているのに終わりがまだ見えない。

俺はそれに飽き、少し離れた所で座り込む。

10分ほどそうやって眺めていたら、里志も花火に飽きたのかこちらにやってきた。

里志「隣、いいかい?」

奉太郎「ああ」

そう返事をすると、里志は俺の隣に腰を掛ける。

里志「この前の話の続きでもしようか」

この前の話……ああ。

奉太郎「俺と千反田が仲良くなったとか、そんな話だったか」

里志「うん、その話さ」

里志「それで、どうなんだい?」

奉太郎「どう、と言われてもな」

奉太郎「まあ、お前達から見ればそう見えるのかもな」

里志「ホータロー自身はそれを感じているんだろ?」

奉太郎「どうだろうな、自分の変化は良く分からんからな」

里志「……僕は回りくどいのは嫌いだからね、単刀直入に聞くよ」

里志「ホータローは、千反田さんの事をどう思っているんだい?」

伊原はどうやら、本当に誰にも言っていない様だった。

里志が知らないという事はそうなのだろう。

奉太郎「前に、伊原にも同じ様な事を聞かれたな」

里志「はは、摩耶花は結構勘が鋭いからね。 僕は常日頃から用心しているよ」

里志「……それで、ホータローは摩耶花の質問になんて答えたのかな?」

奉太郎「……言ったさ」

奉太郎「千反田の事が、好きだと」

里志「……やっぱりそうか」

里志「僕はさ、意外性がある人間が好きなんだ」

奉太郎「つまり、普通に人を好きになった俺は好きになれないって事か」

里志「……まさか、逆だよ」

奉太郎「……逆?」

里志「僕にとってはね、何事にも興味を示さないホータローこそが普通なんだ」

里志「だからそんなホータローが、人を好きになったって事が意外な事なんだよ」

里志「違うかい?」

奉太郎「灰色の俺が普通だって言うなら、そうかもな」

里志「それは冗談なのかな?」

奉太郎「そんなつもりは無いが」

里志「……いや、そうだね」

里志「確かに今のホータローは灰色だよ、間違い無い」

奉太郎「なら、少し安心した」

里志「少なくとも今は、だけどね」

里志「それを決めるのはホータロー自身さ、周りから見たらどうこうって話じゃない」

奉太郎「なら俺が自分は薔薇色だと思えば、そうなるのか?」

里志「それも少し違うね、その内分かると思うよ」

奉太郎「今のままで十分だ、変化なんて……いらない」

里志「……それは、千反田さんに関しても?」

奉太郎「分からん、まだ答えが出ていないんだ」

里志「そうか……まあゆっくりと決めなよ、時間は沢山あるんだからさ」

そうだろうか。

奉太郎「いや……あまり、無いかもしれない」

里志「どういう事だい?」

奉太郎「時が経つのは早いって事さ」

里志「前にした話だね、それは」

里志「確かにそれなら、少し焦らないといけないかもしれない」

奉太郎「ああ、そうだな」

奉太郎「……少なくとも、今年が終わる前に……答えを出さないといけない気がするんだ」

里志「はは、応援しているよ。 ホータロー」

奉太郎「ああ、そうだ。 一つ聞きたい事があるんだった」

その時、波が強く打ち付けられた。

奉太郎「-------、-------、---?」

里志「-------、---、----------」

俺と里志の声は、波の音に掻き消された。

だが里志の返答はしっかりと聞こえていた、少し、少しだけだが。

……夜も遅い時間になってきたな、風は大分冷たい。

そうか、もう……夏も終わりか。

若干の肌寒さを覚え、一つの夏が終わるのを俺は感じていた。


第20話
二章
おわり

以上で第20話、二章の終わりとなります。

乙ありがとうございます。

次 回 予 告 ! !

ついに恋合城へとたどり着いた古典部員達……

しかし、そこには彼等を待ち受ける4人の刺客が!!

遠垣内「俺が司るのは統率……この部屋に来たのが運の尽きだったな」

目的の文集を無事、奪えるか!?

沢木口「ちゃお! それじゃあ早速、死んでもらうね」

無事に姉の供恵を救うことができるのか!?

羽場「ここまで来たのは認めてやろう、だがここを簡単に突破できると思うなよ?」

彼等は、えるが掛けられてしまった呪いを解くことができるのか!?

中城「わはは、久しぶりだな! お前らとは一度戦って見たかった!!」

そして最後に待ち受ける人物とは!?

入須「ご苦労、よくここまできたな」

入須「早速ですまないが……」

入須「入須の名の元に命ずる」

入須「------------地に這え!!」

える「っ! ……この、能力は!?

里志「まさか、重力を!?」

入須「違うな、私の能力は……」

入須「絶対命令--------それが私の力だ」

奉太郎「そ、そんな無茶苦茶な……!」

入須「くくく……私は女帝だぞ? 貴様らに勝ち目等無い」

その先に……ある物とは!?

間違えました

古典部の日常/第三章

夏が終わり、季節は秋へと移り変わる。

奉太郎は、答えを出すことができるのだろうか?

入須「君に、それを言う権利があるのかな?」

日常は日々消費されて行く。

摩耶花「ちーちゃんは……私の友達だ!!」

行き着く先には、何があるのか。

里志「それは違う、僕が言いたかったのはね」

それは幸せか、或いは……

奉太郎「考えろ、思い出せ……一字一句、繋がる筈だ」

時間は無い、結末は……

える「……さようなら、折木さん」

古典部の物語は、最終章へと……

すいませんわざとです

a

>>639は純粋な予告です。

分かり辛くてすいませんほんと……

さて、最終章は今日からですか?

>>653
エスパー

第21話、投下致します。

鬱陶しい暑さも最近は無くなり、少しばかり涼しい日が多い。

しかし、夏の名残と言えばいいのか、置き土産と言えばいいのか。 俺の体はちくちくと蚊によって攻撃されている。

山が近いせいで、生き残りが多いのかもしれない。

そんなある日、珍しく一人だけの古典部で俺は小説を読むことで時を過ごしていた。

一ページ、また一ページ捲っていき、やがて章の終わりが見える。

そこで一度本から視線を外し、外の景色を眺めた。

グラウンドでは運動系の部活が精を出し、校舎には音楽系の部活らしき音が響いている。

奉太郎(里志は今日も委員会か)

奉太郎(最近忙しそうだな)

原因はまあ、文化祭だろう。

伊原は漫研をやめたので時間は増えた筈だが……この時間まで来ないとなれば、今日は来ないかもしれない。

千反田は恐らく来ると思うが、来たとしても文集の話をされると思う。

俺としては内容には拘りなんて無いし、任せっきりにしたいのだが……一応は古典部に所属しているのである程度はやらなければならない。

確かもう大体の内容は決まっているとか、前に集まったとき言っていた気がする。

それも千反田が来たら聞けばいい事だ。 とりあえずはもう一度小説にでも目を落とすか。

そうして外の景色を眺めるのを止め、小説に再び目を戻す。

しかし、タイミングを狙ったかの様に部室の扉が開いた。

える「お、折木さん!!」

いつもと少し様子が違う、何か厄介な事でも起きたのだろうか。

奉太郎「なんだ、何かあったのか?」

える「あ、あのですね……大変なんです!」

奉太郎「それだけ言われても、何がどう大変なのか分からない」

える「ご、ごめんなさい。 最初から説明しますね」

える「今日の事なんですが……放課後、今から少し前です……」

今日、私は授業が終わると一度、購買へと行ったんです。

な、何をしに行ったかですか? ……あの、お恥ずかしながら少し、お腹が空いてしまって……

あ、あの! それよりですね。

そこで食べ物を買って、部室に行こうとしたんです。

……この私が持っているパンですか? これ、とてもおいしいんですよ。

……お話、続けてもいいですか?

それでですね、部室へ向かっている途中で見てしまったんです。

その……喧嘩している福部さんと、摩耶花さんを。

遠くだったので会話はしっかりとは聞こえなかったんですが、最初は普通にお話をしている物だと思いました。

それが突然……摩耶花さんが、福部さんの顔を……パチン、と。

私は急いで部室へ来ました、見てはいけない物を見てしまった気がして……

福部さんですか? とても、びっくりした様な顔をしていました。

……あ、そういえばですね。 最後の一言だけ、聞こえたんです。

摩耶花さんが「ごめん」と言っていました。

……折木さん、どう思います?

奉太郎「……ふむ」

奉太郎「そのパンを今度買ってみようと思った」

える「……」

奉太郎「……」

える「おれきさん、真面目にやってください」

奉太郎「う……分かったよ」

と言ったはいいが……ただの喧嘩をどう思う、と言われてもな……

奉太郎「ただの喧嘩じゃあないのか?」

える「私も、そう思いました」

える「でも摩耶花さんは、簡単に人を叩く人では無いと思うんです」

える「感情的にも、人を叩く人では無い筈です」

……確かに、一理あるな。

伊原は刺々しい所があるが、直接的に人を傷つけたりはしない。

そんな伊原が里志を叩いた……よっぽどの事情があったのだろうか?

奉太郎「里志が何か伊原の勘に触る事をしたって言うのはどうだ」

える「それも……少し、考えづらいんです」

える「福部さんは摩耶花さんの事をよく知っていると思います」

える「そんな福部さんが、それをするでしょうか?」

……しそうだが、千反田はそれでは納得しないだろう。

何かこう、もっともらしい理由を付けなければならない。

奉太郎「……これだったらどうだ」

奉太郎「伊原が少し腕を振りたい気分になっていて、腕を振った」

奉太郎「そうしたら偶然にも里志が居て、里志の顔に当たった」

奉太郎「叩く気は無かったのに、叩いてしまって謝った」

奉太郎「……どうだ」

える「摩耶花さんが腕を振りたい気分になったのは何故ですか?」

奉太郎「伊原が腕を振りたくなった理由か……」

奉太郎「……そういう気分だったから」

える「……本当にそう思います?」

ううむ、なんだか予想より面倒くさくなってきてしまったな。

える「第一に、ですね」

える「私が見たとき、福部さんと摩耶花さんは既にお話をしていたんです」

える「と言う事は……偶然当たったっていうのは少し、難しいと思います」

……そういえばそうだったか。

奉太郎「視点を変えるか」

奉太郎「伊原は何故、里志を叩かなくてはならなかったのか」

える「同じ視点じゃないですか? それだと」

奉太郎「いや、違う」

奉太郎「里志を叩かなければいけない理由があったと考えるんだ」

奉太郎「そして、伊原には叩いたことへの罪悪感があったんだ」

える「……罪悪感、ですか」

奉太郎「伊原は謝っていたんだろ? 叩いた後に」

える「ええ、そうです」

奉太郎「それなら罪悪感があったと思うのが普通だ」

える「でも、ついカッとなってしまってという可能性もあると思います」

える「それで、その後に謝った……って事ではないんですか?」

奉太郎「さっき自分が言った言葉を忘れたのか」

奉太郎「感情的に叩く事なんて無い、と」

える「あ、そういえば……そうでしたね」

える「では何故、叩いたのでしょうか?」

奉太郎「恐らく……さっきも言ったが、叩かなくてはいけない理由があった」

える「叩かなくてはいけない理由ですか……気になりますね」

叩かなければならなかった理由。

伊原は何故謝ったのか。

そしてそれが起こる前まで、普通に話していた。

奉太郎「一つ、推測ができた」

える「え? なんでしょうか」

奉太郎「それだ」

俺はそう言い、千反田を指差す。

える「え、私ですか」

える「私……何かしたのでしょうか」

奉太郎「……違う、お前の腕に居るそいつだ」

える「腕……あ!」

える「……蚊、ですね」

千反田はそう言い、腕に止まっていた蚊を手で払う。

奉太郎「つまりはこういう事だ」

奉太郎「伊原と里志は放課後、二人で話していた」

奉太郎「そう、なんとも無い普通の会話だ」

奉太郎「そこで伊原はある物に気付く」

奉太郎「それは……里志の頬に止まっている、蚊」

奉太郎「ついつい伊原はその蚊を叩く」

奉太郎「里志の頬に止まっている蚊をな」

奉太郎「そして丁度、その場面をお前が見ていたんだ」

奉太郎「それを見たお前は俺にこう言った」

奉太郎「里志と伊原が喧嘩をしていた、と」

奉太郎「……どうだ?」

える「……なるほど、です」

える「確かにそれなら、納得がいきます」

える「摩耶花さんが謝っていた理由にも、繋がりますしね」

奉太郎「ま、あくまで推測だがな」

える「私、ちょっと確認してきますね!」

そう言い、千反田は部室を出ようとする。

奉太郎「お、おい! ちょっと待て」

える「はい? どうかしましたか?」

奉太郎「あくまで推測だと言っただろ、外れていたらどうするんだ」

える「大丈夫ですよ、折木さんの推理は外れません」

どこからそんな自信が出てくるのだろうか……

丁度、その時だった。

摩耶花「あれ、ちーちゃん帰る所だった?」

伊原が、部室へとやってきた。

える「摩耶花さん! 丁度いい所でした!」

千反田はそのまま伊原を席まで引っ張っていくと、隣同士で腰を掛ける。

摩耶花「え? え?」

奉太郎「……おい、違っても俺は知らんぞ」

える「摩耶花さんに、聞きたい事があったんです!」

俺の声は既に千反田には届いていない様子だった。

える「あの、実はですね……」

俺は千反田の説明を聞きながら、外に視線を移す。

少し、日が傾いてきただろうか?

まだ17時にもなっていないが……日が短くなっているのだろう。

所々、帰る生徒達が見える。

この一件が終わったら、俺も帰る事にしよう。

摩耶花「……なるほど、ね」

……どうやら、千反田の説明が終わったらしい。

える「それで、どうですか?」

摩耶花「……全くその通り、よ」

摩耶花「折木あんた、どっかから見てたんじゃないの?」

奉太郎「……俺にそんなストーカー的な趣味は無い」

える「……本当ですか?」

千反田が小さく、伊原には聞こえないように俺に言ってきた。

チャットルームでの事を、まだ根に持たれているのかもしれない。

それに俺が反論をする前に、千反田は再び口を開く。

える「ふふ、やはり当たりましたね」

千反田がそう言い、俺の方を向く。

なんだかそんな視線が恥ずかしく、俺は視線を逸らした。

奉太郎「……そろそろ帰るか」

摩耶花「ええ、来たばっかりなのに」

える「あ、じゃあ少しお話しましょう。 摩耶花さん」

どうやら伊原と千反田は残って話でもするらしい。 俺はお先に失礼させてもらおう。

奉太郎「そうか、じゃあまた明日」

える「はい、また明日です」

摩耶花「うん、じゃあね」

~帰り道~

しかし、あの推測が外れていたら千反田はどうしたのだろうか。

本当に喧嘩だった可能性も、あっただろうに。

だがその可能性より、俺の推測を信じてくれた事は少し嬉しかった。

別に、だからどうとか言う訳でもないが。

ただちょっと、嬉しかっただけの話。

辺りは少しだけ、薄暗くなっている。

もうすぐで文化祭が始まる、とりあえずはそちらに力を入れなければ。

後……二週間くらいだったか。

ああ、そういえば文集がどうなっているのか聞くのをすっかり忘れていたな。

ま、家に帰ったら里志にでも電話して聞いてみるか。

本を刷るのは伊原に任せる事になるだろう、去年は大変な思いをしてしまったが……

だが伊原も同じ失敗を二度繰り返すような奴では無い、今年は安心できると思う。

まあ、結局は俺が店番をする事になるのだろうが。

暇を潰すためにも、何か新しい小説でも今度買おう。 あれがあれば店番はとても楽だ。

そんな今後の予定を頭の中で組み立てていると、やがて家が見えてきた。

~折木家~

奉太郎「ただいま」

供恵「おかえりー」

奉太郎「最近家に居ることが多いな」

供恵「なによ、いちゃ悪いの?」

奉太郎「……別に、そういう訳じゃない」

奉太郎「風呂に入ってくる」

供恵「あー、まだダメかな」

奉太郎「ん? どういう意味だ」

供恵「お客さん、来てるの」

この家に客とは珍しい。

また姉貴の知り合いだろうか?

奉太郎「姉貴の客か?」

供恵「あんたの客よ」

奉太郎「……俺に?」

一体誰が、里志か?

いや、でも里志ならば姉貴は里志が来ていると言うだろう。

他に思い当たる奴なんて……居ないな。

奉太郎「どこに居るんだ」

供恵「え? あんたの部屋よ」

……客を勝手に俺の部屋に通すな、バカ姉貴が。

奉太郎「……はぁ」

小さく溜息をつき、自室へと向かう。

全く、誰だこんな時間に。

そして、自室の扉を開いた。

そこには俺の予想外の人物が居て、俺の顔は多分、だいぶおかしなことになっていただろう。

奉太郎「何か、俺に用ですか」

奉太郎「入須先輩」

入須「ふふ、そう露骨に嫌そうな顔をするな」

入須「今日はちょっと話があって来たんだ、折木君」

第21話
おわり

以上で第12話、終わりとなります。

乙ありがとうございました。

12話じゃない21話でした。

一話だけかと思った? 残念! 二話投下予定でした!

その日は、摩耶花さんと福部さんが喧嘩していなかった事が分かり、とても安心できました。

折木さんはいつも、自分の推理に自信を持っていない様に見えますが……もっと自信を持ってもいいと私は思います。

でも、そんな折木さんも……その、少し格好いいと思う自分もいます。

える「あ、もうこんな時間ですね」

摩耶花「ほんとだ! そろそろ帰らなきゃ」

える「そうですね、また明日お話しましょう」

える「では、帰りましょうか」

摩耶花さんとのお話を止め、帰り支度をしていきます。

そこでふと、ある物に気付きました。

える「あれ? これは……」

摩耶花「あー、あいつ忘れていったのかな」

折木さんの小説でしょうか? 机の上に一つだけ、置いてありました。

摩耶花「ま、そのまま置いておけばいいんじゃないかな? 明日取りに来るだろうし」

える「そうですか……」

える「いえ……やはり私、家に届けてきます」

私がそう言うと、摩耶花さんはにっこりと笑い

摩耶花「そか、うん。 分かった」

と言いました。

その後は学校を出て、摩耶花さんとは別々に帰ります。

折木さんの家は学校からそれほど離れていません、歩いていっても意外とすぐに着きます。

先ほどまではまだ、そこまで暗くないと思ったのですが……気付けば辺りは大分、暗くなっていました。

本当は、明日にでも渡せば良かったのです。 摩耶花さんが言った様に。

でも、折木さんの顔が見たかったんです。

さっきまで二人でお話をしていたのに、変ですよね。

少しでも多くの時間を一緒に過ごしたかったのかもしれません。 ちょっと恥ずかしいですが。

ですがまた、もう一度折木さんに会えると思ったら……足取りが軽くなりました。

折木さんの家には何度も行った事があったので、道はしっかりと覚えています。

もう学校から大分歩いた様で、そろそろ折木さんの家が見えてくる筈です。

この角を曲がれば……

あ、見えてきました。

そのまま向かっている途中で、違和感を感じます。

える(ドアが開いている? 誰か居るのでしょうか)

そしてそーっと、覗き込みます。

折木さんの家のドアには、入須さん?

……どういう事でしょう?

あくまでも私が感じた事ですが……折木さんと入須さんは、そこまで仲が良かった様に思えません。

盗み見るのは良い事とは言えませんが……少し、気になります。

奉太郎「ありがとうございます、入須先輩」

入須「構わないさ、それより明日、いいか?」

奉太郎「ええ、分かってます」

そしてそのまま、入須さんは私が居る方に向かってきます。

咄嗟に、隠れてしまいました。

外壁の角に隠れていた私の前を入須さんが通っていきます。

今こちら側を向かれたら見つかってしまいますが……偶然と言う事にすれば大丈夫でしょう。

でも、私は見てしまったんです。

入須さんが、とても幸せそうな顔をしていたのを。

~古典部~

昨日は結局、そのまま帰ってしまいました。

何故か、会う気分にはならなくなってしまって……結局本は渡せませんでした。

奉太郎「千反田だけか」

折木さんがそう言い、部室へと入ってきます。

える「こんにちは、折木さん」

える「あの、これ……」

私はそう言い、鞄から折木さんの小説を取り出します。

える「昨日、忘れていましたよ」

奉太郎「おお、ありがとう」

奉太郎「……でも、なんで千反田がこれを持っていたんだ?」

あ、これはうっかりしていました……

える「あ、そ、それはですね」

える「……今日、折木さんが来なかったら届けようかと思っていたので」

つい、口から嘘が出てしまいます。

折木さんはいつも、私を真面目な人だと言ってくれますが、そんな事は無いです。

……私は結構、卑怯なのかもしれません。

奉太郎「そうだったのか、わざわざそこまでしてくれなくてもいいのに」

える「……ふふ、そうですか」

昨日何があったのかと聞きたかったです、ですが……

それは折木さんのプライベートな事になるかもしれないです、ですので私は聞けませんでした。

奉太郎「ああ、そうだ」

折木さんが思い出したかの様に、口を開きます。

える「はい、なんでしょう」

奉太郎「明日からその、バイトをする事になった」

折木さんがバイト?

……昨日の事と、何か関係がありそうです。

でも、入須さんに頼まれたからといって……折木さんがバイトをするとは思えません。

何でしょうか……こんな時、折木さんに相談すればすぐに解決するのですが……

その気になる事が折木さん自身の事ですので、さすがに相談できません。

奉太郎「……おい、聞いてるか?」

える「え、は、はい」

つい、私は考え込んでしまってました。

える「……頑張ってください」

としか、私には言えませんでした。

奉太郎「まあ、そんな訳でちょっと部活に出れる時間が少なくなる」

える「……そうですよね、分かりました」

それっきり、会話はありませんでした。

5分ほど経ったころ、折木さんが口を開きます。

奉太郎「今日もちょっと用事があるから……悪いな」

える「いえ、構いませんよ」

える「頑張ってくださいね、折木さん」

昨日聞こえた会話からすると、また入須さんと会うのでしょうか。

私に何か言えた事では無いですが……何でしょうか、この気持ちは。

奉太郎「ああ、またな」

最後にそう言うと、折木さんは帰っていきました。

やっぱり、ちょっと寂しいです。

私はその後、一人で本を読んでいました。

今日は多分、福部さんも摩耶花さんも部室に来ると思います。

折木さんがあまり来れなくなると言う事も伝えなくてはなりません。

そんな思いが通じたのか、福部さんと摩耶花さんは一緒に部室へと来ました。

摩耶花「あれ、ちーちゃんだけ?」

里志「こんにちは、千反田さん」

える「お二人とも、こんにちは」

挨拶をしながら福部さんと摩耶花さんは席に着きます。

える「折木さんは今日用事があるみたいで、帰りました」

摩耶花「……折木に用事って、そんな事あるんだ」

里志「珍しい事もあるね、まあ文集の内容はほとんど決まってるし、別にいいんじゃないかな」

える「それとですね」

える「折木さん、バイトを始めたみたいです」

私がそう言うと、福部さんと摩耶花さんは口をぽかんと開いて、次に驚きの声をあげました。

摩耶花「え、ち、ちーちゃん……今、なんて?」

里志「……ホータローがバイトを始めたとか、そんな風に聞こえたんだけど」

える「え、ええ。 バイトを始めたと言っていましたよ」

摩耶花「そ、そんな訳無い!」

里志「そうだよ千反田さん! 何かの聞き間違いだよ!!」

二人とも物凄い剣幕で私に迫ってきます。 少し、怖いです……

える「あ、あの! 本当ですよ!」

摩耶花「お、折木がバイトをするなんて……」

える「お二人とも、折木さんに失礼ですよ……」

里志「……あはは、あまりにもびっくりしちゃって」

私は小さく咳払いをして、口を開きます。

える「それで少しの間部活に来る時間が少なくなると、言っていました」

摩耶花「なるほどねぇ……何か、ありそうね」

何か、とは何でしょうか……

里志「うん、僕もそう思うな」

どうやら摩耶花さんも福部さんも、何か訳があってバイトを始めたと思っているみたいです。

える「……実は、私もそう思っています」

斯く言う私も、ですが。

里志「じゃあ皆、一緒の意見って言う訳だね」

摩耶花「気になるわね……少し」

里志「探りでも入れてみようか」

里志「今日の夜、ホータローに電話をしてみるよ」

摩耶花「それで、折木が理由を言うと思うの?」

里志「いいや? でもバイトの予定くらいは聞くことができると思うよ」

える「……ごめんなさい、話が見えないのですが……」

里志「つまり……ホータローを尾行するんだよ!」

そ、それは……褒められた事では無いですよ、福部さん。

摩耶花「ちょっと面白そうね、やってみたい」

える「わ、私は……」

どうしましょう……私がダメと言えば、恐らくお二人もやめると思います。

ですが……気になるのも事実です。

……こうして悩んでいる時点で、答えは出ていたのかもしれません。

える「……気になります」

里志「決まりだね! じゃあ予定が分かったら連絡するよ」

摩耶花「うん、よろしくね」

える「は、はい」

そうして決まったのはいいですが……本当に、これで良かったのでしょうか?

~千反田家~

える「もしもし、千反田です」

里志「あ、千反田さん? 予定が分かったよ」

える「福部さんですか、例の事ですね」

里志「そうそう、次の土曜日に入ってるらしい」

える「土曜日ですか……分かりました」

里志「13時からって言ってたから、昼前には一回集まろうか」

える「はい、場所は学校の前がいいですか?」

里志「うん、そうだね」

里志「じゃあ11時くらいに一度学校で集まろう。 摩耶花にも連絡しておくね」

える「分かりました、宜しくお願いします」

こうして、日程と時間も決まりました。

土曜日に、全部分かるのでしょうか……

入須さんはあの日、何をしていたのかという事も。

折木さんがバイトを何故、始めたのかという事も分かるのでしょうか。

なんだか慣れない事をしたせいで、少し今日は眠いです。

土曜日までまだ三日あります。 今日はゆっくりと休みましょう。

ベッドに横になり、目を閉じながらふと思います。

……もしかしたら、この選択は間違いだったのかもしれない、と。

~土曜~

あっという間に三日が過ぎ、今日は折木さんを尾行する日となっています。

……緊張します。

ですが、今日全部分かると思うと……少しだけ、楽しみなのかもしれません。

結局あれから、折木さんは部活には来ませんでした。

もう文集は完成していると言っても、やはり文化祭前は部活に顔を出して欲しかったです。

文化祭まで後一週間と少し……それまでにすっきりした気持ちになりたいという思いが、私の中にはありました。

この良く分からない気持ちを、何とかしたいと。

ふと時計を見ると、約束の時間が迫ってきています。

そろそろ、行きましょう。

~学校前~

里志「皆、おはよう」

摩耶花「おはよ、ふくちゃん」

える「おはようございます」

私と摩耶花さんが校門の前でお話をしていたら、最後に福部さんがやってきました。

皆さんには言っていませんが……実は、昨日の夜に折木さんと電話をしていました。

私は土曜日にバイトが入っているのを知っていて、明日遊べませんかと聞きました。

ですがやはり、13時からバイトが入っていると言われ、安心できたのを覚えています。

福部さんには冗談で嘘を付く可能性があったと思ったから聞いたのですが、どうやら私の思い違いの様でした。

……悪いことをしたとは、思っています。

里志「千反田さん? いくよ?」

える「あ、ごめんなさい。 行きましょうか」

歩きながら、今日の計画について話し合いをします。

摩耶花「まずは折木の家の前で出てくるのを待つのよね」

里志「その後はホータローがどこに行くのかを尾行しながら確認する」

える「あの、これってストーカーと言う物では……」

摩耶花「……違うと思いたい」

里志「まあ、大丈夫だよ」

福部さんが何に対して大丈夫と言ったのか分かりませんが……大丈夫なのでしょう。

里志「とりあえずはばれない様にしないとね、ばれたら全部終わりさ」

摩耶花「そうね。 でも折木が気付くとも思えないけどね」

里志「はは、確かに言えてるかもしれない。 多分横に並んでも気付かないんじゃないかな」

摩耶花「そう、かも。 もしかしたら目の前に出ても気付かないかもね」

里志「叩いてようやく気付く、みたいなね」

える「……お二人とも、言いすぎです」

里志「ご、ごめんごめん」

摩耶花「ち、ちーちゃん怒ってる?」

あれ、私は……怒っているのでしょうか。

折木さんを悪く言われて? 分かりません。

える「かもしれないです」

摩耶花「そ、そんなつもりじゃなかったの。 ごめんねちーちゃん」

える「ふふ、大丈夫ですよ」

里志「あ、あそこだね。 ホータローの家は」

気付けば折木さんの家の前でした。

える「今は何時でしょう?」

里志「ええっと……12時だね」

摩耶花「え、それって……まずくない?」

える「え? 何故ですか?」

摩耶花「だって、バイトに行くまでの時間もあるでしょ」

摩耶花「そろそろ出てくるんじゃないかなって」

あ! ドアが開きました!

里志「か、隠れて!」

福部さんのその声に体を動かされ、物陰へと身を潜めます。

摩耶花「……本当に行くみたいね、折木」

里志「……みたいだね」

折木さんは幸い、歩いて向かう様でした。 自転車を使われてしまったら……その時点で尾行は終わりです。

える「……駅の方に向かっていますね、バイトがそっちなんでしょうか?」

里志「……だと思うよ。 あっちにはお店がいっぱいあるし」

摩耶花「……そろそろ動こう、見失う前に」

える「……ええ、そうですね」

私達は顔を見合わせると、ゆっくりと歩く折木さんと結構な距離を置き、付いて行きます。

そして10分程歩いたところで、折木さんは一度立ち止まりました。

喫茶店の前で腕を組み、空を見上げています。

喫茶店の名前は、一二三。

里志「……何をしているんだろう」

摩耶花「……誰か、人を待っているとか?」

える「……同じバイトのお友達、とかでしょうか?」

里志「……うーん、どうだろう」

それから更に10分程時間を置いて、人が一人やってきました。

里志「……あれは、はは」

摩耶花「……うっそ、なんで?」

える「……入須さん……」

折木さんが待っていた人は、入須さんでした。

何か、私の心の中でぐるぐると回る嫌な感じを必死に抑え、口を開きます。

える「……あの、どういう事なんでしょうか」

里志「……さあ、ちょっと分からない」

摩耶花「……あいつ、私達に嘘付いてたの?」

える「……ま、まだそうと決まった訳じゃないです」

える「……移動しますよ、付いて行きましょう」

摩耶花「……うん、そだね」

それからしばらくの間付いて行き、様子を見ていました。

最初に服屋へ入り、次にアクセサリーショップに入り、それはまるで。

デートの様に私には見えました。

里志「……もう、いいんじゃないかな」

里志「……ホータローは僕達に嘘を付いていた、入須先輩と遊ぶために」

里志「……それが事実だと思うよ」

摩耶花「……でも、なんで」

摩耶花「……だって、あいつは」

里志「……摩耶花、その先は」

摩耶花「……ご、ごめん」

える「……まだ、です」

私も、分かっていました。

入須さんと遊ぶために、折木さんが私達に嘘を付いていた事を。

でも、それでも。

える「……まだ、13時まで10分あります」

摩耶花「……ちーちゃん……」

里志「……分かったよ、続けよう」

それからまた少し、後を付けます。

1分、また1分と時間が経って行き……やがて。

里志「……13時になったね」

える「……」

摩耶花「……もう、やめよう」

里志「……もういいかな、千反田さん」

える「……はい」

本当は、分かっていたんです。

入須さんと会ったときから、分かっていたんです。

尾行を終え、歩いていく二人を私は見ていました。

折木さんと入須さんはやがて、遠くの人ごみへと消えていきます。

える「すいません、私……分かっていたんです」

里志「……分かっていた? どういう事かな」

える「昨日、折木さんの所へ電話したんです」

える「明日、遊べないかと」

摩耶花「それって、ちーちゃん……」

える「でも、バイトがあると言われて……」

里志「……そうかい」

える「入須さんと会った時から、分かっていたんです」

える「折木さんが私に、嘘を付いたんだって」

摩耶花「あいつ! なんでそんな事……」

える「……ごめんなさい、私、帰りますね」

そう言い残し、私は小走りで家へと帰ります。

摩耶花「待って! ちーちゃん!」

後ろから摩耶花さんの声が聞こえましたが、振り返る事は出来ませんでした。

里志「摩耶花、放って置いてあげよう」

摩耶花「で、でも!」

里志「……いいから」

お二人の会話が後ろから聞こえて、少し福部さんに感謝します。

……泣いている顔は、あまり人に見られたくありません。


第22話
おわり

以上で第22話、終わりとなります。

そしてしばらくの間、えるたそ視点へとなります。

皆で氷菓のSSを作る仕事をしましょう。

第23話投下致します。

今日はもう、何もする気が起きません。

どうして、何故、と言った感情が私の心を埋め尽くしていました。

でも、私は聞いて居たから。

折木さんが前に、私の事が好きだと言っていたのを、聞いてしまったから。

あれは……私の勘違いだったのでしょうか。

それとも、折木さんは自分では気付いていませんが……意外と鋭い人です。

あの時、私が居るのを知っていてそう言ったのでしょうか。

そして、あの言葉も嘘だったのでしょうか。

私は見事に、今までずっと……騙されていたのでしょうか。

そんな事を思ってしまう自分は、最低なのかもしれません。

でも、私は……

私は、もっと折木さんと一緒に居たかった。

残りの時間を少しでも、一緒に過ごしたかった。

それすらも、叶わぬ望みと言うのでしょうか。

今頃、お二人は何をしているのでしょう。

一緒に笑っているのでしょうか。

それとも、どこかのお店でお茶をしているのでしょうか。

気になります、気になりますが。

……私にはもう、解決してくれる人はいないのかもしれないです。

布団の中でうずくまっていると、全てを忘れられそうで……ちょっぴり、本当にちょっぴりですけど、心が安らぎました。

える「……うっ……ううっ」

いつまでも泣いていてはいけません。

文化祭も……あるんです。

私は部長なんです、少しでもしっかりとしないと。

この気持ちを引き摺っていては……ダメです。

でも今日は、今日だけは……

少しだけ、泣かさせてください。

える「うっ……おれ……き、さぁん!……」

今まで、感じていた事が無いと言えば嘘になります。

私は、好きでした。 折木さんの事が。

でも……入須さんと仲良くしている折木さんを見て、ここまで胸が苦しくなるとは思いもしませんでした。

私の中で、折木さんという方がどれほどの存在だったのか、今になって良く分かります。

一緒に遊園地に行きました。

摩耶花さんを傷つけた私を、助けてくれました。

時間が遅くなると、家まで私を送ってくれました。

風邪が治った次の日に、我侭を言う私に付き合って水族館へ連れて行ってくれました。

お弁当を一緒に食べたりも、しました。

動物園にも行きました。

私が部室を荒らした時も、私を信じて私の計画を台無しにしてくれました。

映画を見に行きました。

沖縄にも、旅行に行きました。

そして私の持ってくる気になる事を、見事に全て解決してくれました。

他にも、いっぱい……思い出があります。

あれも、それも、全て。

……全て、私が勝手に思っていた事なのでしょうか。

入須さんは、いい人です。

私にも、返せない程の恩があります。

でも……入須さんさえ、居なければ。

ふとそんな考えが浮かんできて、すぐに頭から振り払います。

……私って、最低です。

折木さんが入須さんと仲良くするのも、少し納得しました。

多分、嫌気が差したのかもしれません。

……なんだか泣き疲れてしまいました。

……少し、少しだけ……寝ましょう。

起きたらきっと……いつも通りに戻っている事を願って。

~文化祭三日前~

気付けばもう、金曜日……新たな一週間が終わりそうになっていました。

あの日から毎日、夢であればと思いましたが……そんな事はありませんでした。

折木さんとは一度も会っていません。

会えばまた……少しだけ落ち着いた気持ちが崩れてしまいそうで、会えませんでした。

それはつまり……

校門から出ようとした所で、私に声が掛かります。

里志「今日も部活に来ないのかい、千反田さん」

私が、あれから一度も部室に足を運んでいない事となります。

自分では、決めたつもりでした。

私がしっかりしないと、と。

ですが、私の決心という物は随分と脆い様で、部室に足が向かうことはありませんでした。

える「すいません、家の用事で」

分かりやす過ぎる嘘だと、自分でも思います。

里志「……そうかい、なら仕方がないかな」

里志「でもね、千反田さん」

里志「待ってるよ、皆」

里志「勿論、ホータローもね」

える「……やめてください」

里志「今日が文化祭前、最後の部活だよ」

里志「それは千反田さんも分かっているだろう?」

里志「来るつもりはないのかい?」

里志「後、文化祭にも来ないつもりかな……千反田さんは」

える「やめてくださいと言っています!」

里志「……分かったよ、それなら僕からはもう何も言わない」

里志「けどね……まあ、これは言わなくていいかな」

つい、声を荒げてしまいました。

福部さんには謝らなければなりません、ですが……私がそう思った頃には既に、福部さんの姿はありませんでした。

私はやはり、ダメな人なのでしょう。

心配してきてくれた人を退け、私の感情だけで怒鳴ってしまいました。

今日もやはり、部室へと足は向いてくれそうにありません。

~文化祭二日前~

今日は何も予定がありません、家から出る必要も……ないです。

パソコンを立ち上げ、神山高校のホームページを開きました。

そこには文化祭を目前にして、色々な工夫がこなされているのが良く分かるページとなっていました。

その華やかなホームページと違い、私の心は酷く沈んでいます。

以前、折木さんに文化祭の前には顔を出して欲しいなんて思いましたが、そんな言葉は見事に自分へと戻ってきています。

私は、どうすればいいのでしょうか。

そんな事を思っていた時、家の電話が鳴り響きました。

今日は家に私一人しかおらず、他に取る人は居ません。

私は電話機の前に立ち、電話を取ります。

える「はい、千反田です」

摩耶花「あ、ちーちゃん?」

える「摩耶花さん、ですか?」

摩耶花「うん、そうそう」

このタイミングで掛けて来ると言う事は、恐らく部活の事でしょう。

摩耶花「昨日のさ、テレビ見た?」

える「え? 昨日の、テレビですか?」

摩耶花「うん、20時くらいにやってた奴かな?」

える「……いえ、見ていませんが」

摩耶花「ええ! そりゃあちょっと勿体無い事をしたね」

摩耶花「ちーちゃんが好きそうな内容だったんだけどなぁ」

える「……少し、気になります」

摩耶花「そう来ると思った! あはは」

える「ふふ、教えてくれます?」

摩耶花「勿論!」

それから30分程、他愛の無い会話を摩耶花さんとしていました。

私が思っていた事を摩耶花さんが切り出す事はとうとう無く、私は受話器を静かに置きました。

摩耶花さんは恐らく、私を気遣ってくれたのでしょう。

敢えて、私が部活に行っていない事を話さなかったのでしょう。

……私は本当に、いい友達を持ちました。

私には少し、勿体無いかもしれません。

~文化祭一日前~

福部さんや、摩耶花さんに言われた事によって、気分はかなり落ち着いていました。

……やはり、文化祭には行きましょう。

大丈夫、私は大丈夫です。

最近はほとんど家に篭っていたので、外の空気もたまには吸いたい気分です。

ちょっとだけ、お散歩でもしましょうか。

そう思い、身支度を済ませると家から外に出ます。

場所は……どこにしましょうか。

前の駅前には……ちょっと、行ける気分では無いです。

少し町外れでも、お散歩しましょう。

そう決めた私は、駅とは反対側に足を向けます。

所々で見える紅葉がとても綺麗で、思わず目を奪われてしまいました。

空気は新鮮で、気持ちがいいです。

そうやって30分程歩き回った所で、少し足が痛んでいる事に気付きました。

最近ほとんど家に篭っていた事が、悪い様に回って来たのかもしれません。

……少し、休憩しましょう。

私は辺りを見回し、偶然にも近くにあった喫茶店へと向かいます。

看板には歩恋兎と書いてあり、私は春に入部してくれそうになった一人の子を思い出しました。

える「ここは……懐かしいですね」

意外と、家から近いところにあった様で……今度からちょっと通ってみようと思いました。

そして店の正面に着いたとき、窓際に座る二人の男女が見えました。

……私は本当に、つくづく運が悪いのかもしれません。

神様という者が居たら、私はさぞかし恨まれているのでしょう。

ああ、もう……嫌になってしまいます。

何もかも。

この一週間、必死で頭から消し去ろうとしました。

摩耶花さんと福部さんが、声を掛けてくれました。

そんな全ての事を無駄にする物が、私の目に入ってしまいました。

私が見たのは、

楽しそうに笑う入須さんと。

いつも通りの顔をしている、折木さんの姿でした。

える「……もう」

える「……いや、です」

必死にそこから逃げました。

何回か転び、足はどんどん痛みます。

気付けば、雨が降ってきていました。

摩耶花さんも福部さんも、ごめんなさい。

える「……こんなの、もういやです」

私は再び転び、そこから立ち上がる気力も、無くなってしまいました。

える「……こんな世界、もういやです」

今までの全ての記憶を、消して欲しいと願いました。

高校で過ごした記憶を全て。

しかし神様に恨まれているだろう私には、そんな願いが叶うはずもありませんでした。

降り注ぐ雨が私を打ちつけ、雨音は私をあざ笑っている様に聞こえます。

える「……皆さん、ごめんなさい」

える「……私はそこまで、強くないんです」

本当に、何故こんな事になったのでしょうか。

私がもっとしっかりしていれば、折木さんは私のそばに居てくれたのでしょうか。

分かりません。

ああ……私はどうやら、随分と折木さんに依存していたのでしょう。

あの日、一番最初の日。

折木さんと会わなければ、こんな事にはならなかったんです。

でも、でも。

時期が少し、早まっただけだと思えば……

……ダメです。 それでも、無理な様です。

胸が張り裂けそうになるというのは、こういう事でしょうか。

……入須さんさえ、現れなければ。

これが、嫉妬という物でしょうか。

今日は少し……良い勉強になった日だったのかもしれません。

授業料は、ちょっと高すぎる気がしますが。

える「ごめんなさい、皆さん」

える「私は、行けそうに無いです」

そんな思いを、聞いてはいないだろう空に向けて放ちました。

……帰りましょう。

服はびしょびしょになり、足には擦り傷が沢山付いてしまいました。

走ったせいで、足はズキズキと痛みます。

ですが、家まで着けば……しばらくは、お休みです。

そう思うと、足取りは軽くなると思ったんです。

しかし、逆に何故か……私の足は鉛の様に重くなっていきます。

家に着く頃には流す涙も流しつくし、気分は不思議と落ち着いていました。

……格好は酷いですが。

そのままお風呂を浴び、縁側に座ります。

雨は止んだようで、雲から差し込む日差しがとても綺麗でした。

える「……私は本当に、弱いですね」

もっと、強くならなければ。

じゃないと……この先、どうすればいいのか分からなくなってしまいます。

える「もう、泣くのはやめましょう」

える「笑って、過ごすんです」

える「……ですがもうちょっとだけ、休ませてください」

私は最後に涙を一筋流し、泣くのを止めました。

いつまでも……泣いていられません。

文化祭には行けそうにないですが……それが終われば、後は心配事は無い筈です。

……折木さんには、あのお話をできそうには無いですね。

折木さんも望んではいないのかもしれないです。

……いけません、また泣きそうになってしまいました。

最近の私は、随分と涙脆くなった様で困ったものです。

……次に皆さんと会うときは、笑顔で会いましょう。

きっと、できる筈です。

そして、一つ……決めました。

これだけは、絶対にやらないと気が済まない事を。

あの人と……入須さんと一度、正面からお話をする事にしました。

そうすれば多分、私も踏ん切りが付けられるかもしれないです。

私も仏ではありません、なので思いっきりこの気持ちをぶつけないと、どうにもなりません。

私の勝手な我侭だという事は分かっています。

ですがそれでも、入須さんには悪いですが……付き合ってもらう事にします。

入須さん、ごめんなさい。

私はこれでも、言う時は言うんです。

ですのでどうか、宜しくお願いします。

文化祭が終わった後、お話をしましょう。

……どうぞお手柔らかに、お願いします。


第24話
おわり

以上で第24話終わりとなります。

乙ありがとうございました。

入須先輩との対決か…!

ところで>>729で終わったのって第23話ではないですか?

>>738
23話は投下した筈なんですけどね……見えない一話が、あるのかもしれません。

という訳で、第24話投下致します!!!!!!1!!11!!

結局私は、文化祭を昨日と今日……二日休みました。

もう空は暗くなっていて、縁側に座る私には夜風が少し冷たく感じられます。

庭からは鈴虫の声が聞こえて、月がとても綺麗な夜でした。

福部さんと摩耶花さん……それに折木さんからも、連絡はありませんでした。

それも、そうかもしれません。

私は差し伸べられていた手を振り払い、自分の気持ちを優先したのですから。

える「……今年の文集は、どうなっているのでしょうか」

それを古典部の方達に聞く権利は、私には無いでしょう。

そして、私はもう……古典部に顔を出すつもりも、ありませんでした。

行けばきっと、あの人に会ってしまうから。

会えばきっと、私は泣いてしまうから。

泣けばきっと、またあの人は優しい言葉を掛けてくれるから。

しかし、それは……私が学校にも行けなくなってしまいそうで。

……怖かったです。

これからは多分、つまらない人生になるでしょう。

……ふふ、前の雛祭りの時に自分でここはつまらなくは無いと言って置きながら、こう思ってしまうので可笑しな物です。

これが、私の本心でしょうか。

駄目です……前向きに考えましょう。

この約二年間、本当に楽しかったです。

……出来れば忘れてしまいたいけど、楽しかった物は楽しかったんです。

氷菓の時もそうです。

あれは折木さんが居なければ、解決は出来なかったでしょう。

たったあれだけの事から、見事な推理を組み立ててくれたのは本当に心の底からすごいと思います。

2年F組の映画の時も、折木さんが作ったお話は……本郷さんの意思ではありませんでした。

ですが、最後には本郷さんの意思に気付き、私にチャットで教えてくれました。

……あの時確か、私は本当の事を知っていたのでは無いかと言われました。

勿論、私は知りませんでしたが……人が死ぬお話は好きでは無いと言ったときに、お前らしいと言ってくれました。

去年の文化祭の時は、私は結局……十文字事件の真相を知る事は出来ませんでした。

ですが、折木さんの意外な一面を見れた気もします。

お料理対決の時に、私のミスを助け、摩耶花さんを助ける為に大声を出していたのは今でも心に残っています。

そして、生き雛祭り。

私はてっきり、断られるかと思っていました。

しかし、折木さんはすぐに、手伝うと言ってくれて……とても嬉しかったのは記憶に新しいです。

……あれ、折木さんの事ばかりではないですか。

私の学校生活は、大分折木さんとの思い出しか無いみたいです。

……私が、忘れたいと思うのも無理はないかもしれませんね。

その時でした。

家のチャイムが鳴り、私は縁側からお客が誰か確かめます。

時刻は22時近く、普通のお客とは思えません。

こんな時間に来るなんて、誰でしょうか。

サンダルを履き、縁側から少し離れ、玄関の方を覗き込みます。

……そこに居たのは、私が一番、会いたく無かった人でした。

える「……折木、さん」

折木さんはこちらに気付いていない様で、私も敢えて気付かれる様な事はしません。

今は、話したくないからです。

……家に、戻りましょう。

折木さんが来たのには少し驚きましたが……こうして遠くから見ているだけでも、胸がチクチクと何かに突かれるような感じがします。

縁側に戻り、家の中に入ります。

折角来ていただいたのに、申し訳ありませんが……

縁側から部屋へと入り、障子に手を掛けます。

……? 何か、遠くから聞こえてきました。

外、でしょうか。

私は、半分ほど閉めた障子を再び開きます。

奉太郎「千……田……おい!」

音の原因は、折木さん……?

それからは体が勝手に、縁側から外へと動いていました。

奉太郎「千反田! 居るんだろ!」

……こんな、夜遅くに、非常識です!

迷惑です、近所迷惑です!

もう少し、マナーという物を弁えた方が良いと私は思います!

でも、でもでもでも。

える「……夜遅くに、人の家の前で叫ばないでください」

私の気持ちが、こんなに高ぶっているのは何故でしょうか。

奉太郎「……インターホンという物がお前の家では機能していなかったみたいだからな」

そんな事、ある訳無いじゃないですか、折木さん。

える「……何か、私に用でしょうか」

私が自分の気持ちを抑え、そう聞くと……折木さんは小さく答えました。

奉太郎「明日、最終日だぞ」

奉太郎「お前が何故来なくなったのかは……俺には分からないが」

胸からズキリと、音が聞こえた気がします。

奉太郎「俺はお前程……繊細じゃないしな」

奉太郎「でも、やっぱりお前が居ないと……その」

奉太郎「退屈なんだよ、面倒な事が無くて」

える「……そうですか」

える「でも、それで折木さんは良かったのでは無いですか」

える「私が居なければ、折木さんは自分のモットーを貫けるのでは無いですか」

える「ふふ、違いますか?」

そうです、そうでなければ……何故あなたは入須さんと、あそこまで仲良くしているのですか。

奉太郎「……本当に、俺が良かったと思っていると……お前は感じているのか」

える「……はい」

奉太郎「……そんな事、ある訳ないだろ」

える「……そうでしょうか?」

奉太郎「俺が、信じられないのか」

える「……」

折木さんのその言葉に、私は返事が出来ませんでした。

奉太郎「……分かった、俺はもう帰る」

奉太郎「だが」

奉太郎「明日は、来いよ」

奉太郎「来なかったら俺は、お前を許せなくなる」

奉太郎「今年は予定に変更があって午前で文化祭は終わり、午後からは通常授業だ」

奉太郎「だから、朝から必ず来い」

える「……はい、とは言えません」

奉太郎「いいさ、それはお前が決める事だ」

奉太郎「だが、さっきも言ったが」

奉太郎「俺はお前を許さない、古典部の部長を」

奉太郎「……そんな事には、なりたくないんだ」

……折木さんのせいで、行けないのに。

でも、折木さんに許されなくなってしまうのは、少し……

奉太郎「時間取らせて悪かったな、じゃあまた明日」

える「……わざわざすいませんでした、また明日」

折木さんはそう言うと、ご自宅へと帰っていきました。

一番会いたくなかったのに、話してみると意外と普通だった自分が居たかもしれません。

でも、折木さんと少しお話をしたら……今まで必死に落ち着かせようとしていた気持ちが、不思議と落ち着いていました。

……私には、やっぱり。

ですが、また前みたいな光景を見てしまったら?

また、私は苦しくなってしまうのかもしれません。

一度落ち着いた気持ちを、また崩されると言うのは……とても、辛いです。

それはもう、あの喫茶店で経験していた事でした。

でも!

……少しだけ、希望を持っても、いいのでしょうか。

また私の気持ちを崩されても、一度経験した事です……人間いつかは慣れるのではないでしょうか?

それが無理でも、あと……

あと、1回だけ。

これが最後です、これが駄目だったら……私は、もう。

……明日は、学校に行きましょう。

だって、つい私は言ってしまったのですから。

折木さんに、また明日と。


私は、翌日文化祭へと行きました。

久しぶりの部室はどこか懐かしい感じがして……つい、顔が綻んでしまいました。

迎えてくれたのは、福部さんに摩耶花さん……そして、折木さん。

三人とも、いつも通りに接してくれて、まるでこの一週間の事は無かったかの様でした。

文集の売れ行きも、去年の成果があったからでしょう。 今年も好調でした。

福部さんは委員会のお仕事で忙しそうに走り回り、摩耶花さんは折木さんと店番をしていました。

午前だけとの事は本当だった様で、ほんの二時間ほどの私の文化祭はすぐに終わってしまいます。

そして……

~3年教室~

私は扉の前に立ち、深呼吸をします。

大丈夫、大丈夫です。

ゆっくりと扉を開きました。

丁度教室から出ようとしていたのか、目的の人物は目の前に居ました。

える「……こんにちは、入須さん」

入須「千反田か、どうした急に」

える「お話があります。 お時間は大丈夫でしょうか」

入須「構わんが、ここでは出来ないのか?」

える「……ええ、付いて来てください」

私はそう告げ、古典部の部室へと向かいました。

文化祭が終わり、午後の授業に移り変わる前の休憩時間……あそこなら、既に誰も居ません。

~古典部前~

私は古典部の教室前の廊下で立ち止まり、後ろから付いて来ていた入須さんの方へと振り返りました。

入須「ここまで来なければいけなかったのか、話とは何だ?」

入須さんは私が振り向くと、目的の場所に着いたと理解したのか、話の内容を聞いてきます。

える「……折木さんの事です」

私の話の主旨を聞き、入須さんは口に指を当てると……口を開きました。

入須「彼の事か、悪いな……特にこれと言って話せる事は無い」

える「……そんな訳、無いじゃないですか」

入須「……ふむ、と言うと?」

える「私は、見ていたんです」

える「入須さんと、折木さんが一緒に遊んでいるのを」

入須「……それで?」

える「……何故、何故ですか」

える「何故、折木さんなんですか」

入須「何故……と言われてもな」

入須「……それは返答に困る」

そんな訳、無いじゃないですか。 だって……あんな楽しそうに、笑っていたじゃないですか。

える「そう、ですか」

える「では、質問を変えます」

える「……急に折木さんと仲良くした理由はなんですか」

入須「君は、面白いことを言うね」

入須「私が一人の人と仲良くするのに、理由がいるのか?」

える「あまり、仲が良い様には今まで見えなかったからです」

入須「……なるほどな」

入須「確かに、その通りだ」

える「なら、理由はなんですか」

入須「……ふむ」

入須「それに答える義務が、私にあると思うか?」

ある程度、予想は元からできていました。

私なんかではとても、入須さんと口論になったとして勝てる見込みなんて無い事を。

ですが、これだけは……この事だけは。

える「……私は」

える「……私は!」

える「折木さんの事が、好きなんです!」

私がそう言ったとき、入須さんは何故か笑った様に見えました。

私にはそれが嘲笑っているかの様に見えて……

える「もう、折木さんと一緒に居るのを……やめてください」

辛くて、ここに居るのが、辛くて。

える「……お願いです」

自分でも、とても変なお願いをしているのは分かっていました。

入須さんが、折木さんの事をもし好きだったら、私は入須さんの気持ちを踏み躙っている事となります。

それでも、私は。

入須「……今までの話を聞いて、一つ質問をしよう」

入須「君は、折木君と恋仲なのか?」

その質問に、私は……答えられません。

える「……」

入須「違うようだな」

入須「だから私はこう返す」

入須「君に、それを言う権利があるのかな?」

入須さんは私にそう告げると、私の返事を待っている様でした。

私にその質問はあまりにも重く、この場に……足で立っているのも、無理なくらいに。

最後の悪あがきに、入須さんの事を睨み、私は走って自分の教室へと向かいました。

~階段~

あまり、人が居るところには行きたくない気分でした。

人気が無い階段で、壁に寄りかかります。

える「……私では、無理でした」

入須さんは、私から話があると聞いた時点で……どんな内容か分かっていたのかもしれません。

とうとう入須さんは最後まで涼しげな表情を崩さず、私の前に立っていました。

対する私は……今にも泣き出しそうな顔をしていたのかもしれません。

なんて、惨めなんでしょうか。

それでも入須さんには言いたい事を伝えました。

そして、入須さんの言葉は……折木さんとの関係を認める物でした。

もしかしたら、折木さんは入須さんと付き合っているのかもしれません。

それを私に伝えなかったのは、入須さんの最後の情けでしょうか。

ああ……やっぱり、私は惨めです。

だって、もう泣かないと決めたのに。

何回も、何回も何回も!

気付けば、目からは涙が溢れ、顔を濡らします。

泣くつもりなんて、無かったんですよ。

本当です。

……少しの希望なんて持って、学校に来るべきでは無かったです。

そんな事を思い、涙を拭いながら階段の途中にあった窓から外を眺めました。

丁度、窓の外には一輪の花が咲いており、確か名前は……ガーベラ。

その花言葉は、辛抱強さ。

……なんて、皮肉なんでしょう。

私がどれだけ、辛抱して居たと思っているのでしょうか。 この花は。

あの花は私を貶める為に、咲いていたのかもしれませんね。

ついに私は、花にすら……嫉妬していたのでしょうか。

もう、どうでもいいです。


そんな自分が……なんだかちょっと、おかしくて。

える「ふふ」

える「……ふふ」

える「……う、うう…」

える「……うっ…ううう……!」

可笑しくて、涙が、出てきてしまいました。

一回止まったのに、可笑しなものです。

……色々と、吹っ切れました。

とりあえずは午後の授業に出ましょう。

後の事は、それから考えれば良い事です。

……そうです、そうしましょう。

それが、今私の選べる最善の選択だと……思います。

第24話
おわり

以上で第24話、終わりとなります。

乙ありがとうございました。

1000行く前に終わるのか……私、気になります!

遅刻してもうた……

第25話、投下致します。

今回から奉太郎視点へと戻ります。

~古典部~

俺は、古典部の部室で一つの事を考えていた。

ここへ来た理由はなんとも情けなく、三年の先輩による使いっぱしりである。

なんでも……シャーペンを忘れたらしい。

断ろうかと思ったが、古典部の部員である俺はその先輩よりは確かに部室には入りやすい。

その先輩とは面識が無かったとは言え……仮にも先輩だ。 断るのも若干気が引けてしまったのだ。

そうして部室に来たのはいいが、半ば強制的に俺は思考する事となってしまった。

……まあ、いいが。

そして、その俺が考えている事に結論を出すには……少し、俺の記憶を巻き戻さなければならない。

あれは……確か、千反田と部室で話した後の事だった。

話の内容は、なんだっけか。 伊原と里志が揉めていたとか、そんな感じだった気がする。

だが今大事なのはそれではない、その後、俺が家に帰った後に起こった事だ。

~折木家~

奉太郎「……そりゃ、そういう顔にもなりますよ」

奉太郎「先輩が何故ここに来たのか、俺には検討も付きませんからね」

入須「ふふ、それも無理はないだろう」

入須「今日はね、一つ君に協力をしてあげようと思って来たんだよ」

怪しいな、これは……露骨に怪しい。

奉太郎「協力? また俺に探偵役でもやらせるつもりですか?」

入須「……君は随分と根に持つタイプの様だな」

そりゃ、どうも。

入須「少し、噂話を聞いてな」

入須「君の相談に乗ろうと、わざわざ足を運んだんだよ」

奉太郎「相談、ですか」

入須「ああ」

苦手な先輩が来て、非常に迷惑しています。 とでも相談してみようか。

……いや、やめておこう。

奉太郎「俺は特に、相談する様な悩みもありませんよ」

入須「そうか、なら私の勘違いだったかな」

入須「……千反田」

入須「千反田えるの事なのだが」

……こいつは、どこまで知っているんだ?

一つ、鎌でもかけてみるか。

奉太郎「ああ、あいつの事ですか」

奉太郎「確かに、それなら相談する事がありますね」

入須「……ほう、言ってみてくれ」

奉太郎「……あいつの好奇心を、どうにかする方法を教えてください」

入須「……く、あっはっは」

こうまで笑われると、俺の発言が馬鹿みたいで少し居づらいではないか。

入須「す、すまんすまん」

入須「そんな事では無いだろう、君の相談は」

奉太郎「……言って貰ってもいいですか、俺はこれでも自分の事には疎いもので」

入須「……まあ、いいか」

入須「君は、千反田の事が好きなんだろう?」

……誰から、聞いたんだ。 一体こいつはどこまで知っているんだ。

入須「誰から聞いた、と言いたそうな顔だな」

入須「だが私は口を割る気は無い」

入須「まあ、少しだけヒントをやるか……君の家に押し掛けた様な物だしな」

入須「私にそれを教えてくれたのは、総務委員会の奴だ」

入須「ま、最初そいつに問いただしたのは私だがね。 傍目から見て、もしかしたらと思ったら案の定って訳だ」

入須「ああそれと、これはヒントにならないかもしれないが」

入須「そいつはいつも、巾着袋を持っていたな」

……口が軽いにも、程があるのではないか。

よりにもよって俺が苦手な入須に、その事を言うとは。

今度、喫茶店でコーヒーを俺が飽きるまで奢ってもらおう。

奉太郎「あなたがどこから情報を得たかは分かりました」

奉太郎「それで、何を協力するって言うんですか」

入須「ほお、たったあれだけの情報で分かったのか」

奉太郎「……茶化すのはやめてもらえますか」

やはりこいつは、苦手だな。

入須「そうだな、本題に入るとするか」

入須「私は、女だ」

奉太郎「……見れば分かりますが」

俺がそう言うと、入須は少し困ったような顔をした。

入須「千反田と同じ女だ」

奉太郎「だから、見れば分かりますよ」

入須「……君には回りくどく言っても、無駄か」

入須「女の私が、君と一緒に出かけてやろう」

……頭をどこかに、ぶつけてきたのだろうか。

奉太郎「言っている意味がよく分かりませんが……俺とデートでもするつもりですか」

入須「……デートか、それとは少し違うな」

奉太郎「もっと、分かりやすく話してください」

入須「そうだな……女という物は、サプライズに弱いんだよ」

なんだなんだ、何故俺は入須とこんな話をしなければいけなくなったのだろうか。

奉太郎「そうですか、それで?」

入須「君が千反田に何かサプライズをすれば、彼女は大いに喜ぶとは思わないか」

ああ……そういう事か。

奉太郎「話の内容が見えてきました」

奉太郎「つまり、あなたはこう言いたいんですね」

奉太郎「千反田に何かプレゼントをあげ、千反田を喜ばせろ」

奉太郎「そして、そのプレゼントを女である私が選ぶのを手伝ってやる」

奉太郎「そういう事でしょうか?」

入須「……ある程度の情報が出れば、飲み込みが良くて助かるよ」

入須「そう、つまりはそういう事だ」

だが、何故急に……?

奉太郎「それをしようと思った理由は、何ですか」

入須「……これは、あまり言いふらさないでくれると助かる」

奉太郎「俺にはどこかの総務委員見たいな趣味は持ち合わせていません」

入須「ふふ、そうか」

入須「……君と、千反田には恩があるんだよ」

奉太郎「恩、ですか?」

入須「……ああ、去年の映画の事は、覚えているだろう?」

奉太郎「ええ、勿論」

入須「……私には、ああするしかなかったんだ」

入須「と言っても、信じてくれるとは思っていない」

入須「その事への、せめてもの恩返しだと思ってくれればいい」

何か少し引っかかるな……

いや、俺は入須という人物を……少し大きく見すぎていたのだろうか?

入須「これが恩になるとは、思えないがな」

そして俺は、女帝の……入須の笑顔を見てしまった。

それはいつもの入須からはとても想像ができない表情で、そんな入須をきっぱりと拒否するのも、なんだかあれだ。

最終的に千反田が喜ぶなら、まあ……いいか。

奉太郎「……分かりました」

奉太郎「入須先輩の恩返し、受け取る事にします」

入須「そうか、なら早速……明日、一度喫茶店で打ち合わせをしよう」

奉太郎「……はい」

入須「長居してすまなかったな、私はこれで帰るよ」

奉太郎「玄関くらいまでなら、送っていきますよ」

~古典部~

そうだ、あの日俺は……入須に協力して貰う事にしたんだった。

そして次の日には喫茶店で打ち合わせをして……土曜日に駅前で何が良いか話しながら店を巡っていた。

……千反田達には、バイトを始めたと嘘を言ったんだっけか。

あの入須と二人で出かけるなんて……絶対に言える訳が無い。

ましてや里志の奴、簡単に口を割りやがって。

勿論、千反田本人には当然言えなかった。

あいつの事だ、変に気になりますを出されたらアウトだからな。

次に思い出すべき事は……なんだ。

時間が無いな、急がねば。

ああ、あれだ。 その土曜日だ。

あの日は確か……喫茶店の前で、待ち合わせをしていた。

~喫茶店~

遅いな、遅いと言ってもまだ時間まで少しあるが。

それにしても……指定してきた場所が一二三とは、嫌な奴だ。

……いつまで待たせるつもりだ、そろそろ帰ろうか。

そんな事を考えながら、空を見上げた時だった。

入須「やあ、ちゃんと来たんだな」

突然、後ろから声が掛かる。

奉太郎「そりゃ、先輩にお呼ばれしたのに断る事なんて出来ませんよ」

入須「どうだかな、さて行くか」

俺はそのまま入須に付いて行き、駅前へと向かった。

道中は特にこれと言って会話は無かった、話す内容もある訳ではないのでそっちの方が俺には心地がいい。

意外と駅前から近かった様で、すぐに目的地へと到着する。

~駅前~

奉太郎「今日は、プレゼント選びでしたね」

入須「そうだ、まずはあそこへ行こうか」

そう言い、入須が指を指したのは服屋だった。

俺は特に意見も無かったので、黙ってそれに付いて行く。

入須「早速だが、君はどれが良いと思う?」

奉太郎「……と言われましても」

入須「ふふ、そうだな」

入須「これなんか、どうだろうか」

入須が手に取ったのはボーイッシュな服だった、ジーパンとシャツとパーカージャケット。

悪くは無いが……千反田のイメージでは無いだろう。

奉太郎「ちょっと、違いますかね」

入須「……そうか? 私は良いと思うんだが」

奉太郎「あの、自分の服を選んでいる訳じゃないですよね」

入須「ああ、そうか。 今日は千反田の服だったな」

……大丈夫か、こいつに任せて。

入須「それならやはり、こっちだろうな」

次に入須が手に取ったのはワンピース。

ううむ、やはり千反田にはこっちの方が似合いそうである。

奉太郎「……やはり、そっちですよね」

入須「イメージ的にな、良く似合うと思う」

だが、待てよ。

奉太郎「今更なんですが、ちょっといいですか」

入須「ん? どうした」

奉太郎「……俺、あいつの服のサイズとか知りませんよ」

俺がそう告げると、入須はこれでもかと言うほど呆れた顔をし、口を開く。

入須「君は、時々どこか抜けている所がある様だな」

入須「……場所を変えよう、頼むからしっかりしてくれ」

へいへい、すいませんでした。

心の中でしっかりと入須に謝り、俺は再びその後を付いて行く。

入須「次は、アクセサリーでも見てみるか」

そう言うや入須は既に、店の中へと入っている。

少し小走りになりながら、俺はそれに付いて行った。

入須「ふむ、色々とある様だな」

奉太郎「そうですね、どういうのがいいんですかね」

入須「基本的にはどれも嬉しい物だが……あまり重過ぎる物は駄目だな」

奉太郎「気持ち的にって事ですか」

入須「ああ、そうだ」

入須「例えば……この指輪とか」

確かにそれをプレゼントしたら、重いな。

奉太郎「……招き猫とか、どうでしょう」

入須「そんな物をプレゼントして、相手が喜ぶと君は思っているのか」

奉太郎「……いえ」

入須「なら口に出すな」

伊原よ、招き猫はプレゼントには向いてないらしいぞ。

入須「まあ、ここにある物ならどれでも嬉しいかな……私としてはだが」

入須「しかし、何より大切なのは気持ちだよ。 折木君」

奉太郎「……あなたからそんな言葉が聞けるとは思いませんでした」

入須「君は随分と私の事を勘違いしてないだろうか」

奉太郎「無いと思いますが」

入須「……まあいい」

入須「ここは候補としては、中々良さそうだな」

奉太郎「ええ、そうですね」

入須「さて、次はどこに行こうかな」

入須「適当に、周ってみる事にしよう」

その後、俺は結局夕方まで一緒に店巡りをした。

なんだかんだでプレゼントはその日、決まらなかった。

~古典部~

そう、土曜日は千反田のプレゼントを探しに行ってたんだ。

入須の意見は中々俺の参考になった。 なんと言っても俺は人の気持ちを考えない事が多々ある気がするから。

そんな俺にとって、入須の手助けは結構有難かった気がする。

……さて、まだ思い出さなければならない事はある。

あまり、思い出したく無いが……あれは。

水曜日、くらいだっただろうか。

記憶としてはこちらの方が新しいし、思い出すのに苦労はしないかもしれない。

あの日は確か……千反田が部活に来なくなって、三日目の事だったか。

……そう、あの日も千反田は部活に来なかったんだ。

~古典部(水曜日)~

にしても、なんだか今週に入ってからあいつらの様子がおかしい。

あいつらというのは勿論、古典部の部員達。

里志に関してはいつも通りに見えたが……どこか余所余所しい感じがしていた。

伊原は一向に俺と口を聞こうとしない。 全く、意味が分からない。

そして千反田……あいつが一番異常だ。

ほとんど毎日部活に出ていたのに、今週は一回たりとも来ていない。

何があったのかは分からないが、廊下等で時々……後姿は見ていた。

学校まで休んでいないと言う事は、何か忙しいのだろう。

それに口を出して問いただすことは、俺にはできない。

……家の事となってしまっては、俺にはどうしようもないからだ。

結局俺は一人で、古典部の部室で本を読むことになる。

先週は随分と入須に呼び出され、中々部活に来れなかったが……来てみればこれだ。

まあ、文集は完成した様だし、文化祭の打ち合わせにはまだ時間がある。

奉太郎「それにしても、誰も来ないとはな……」

思わず独り言が漏れてしまう。

今はまだ16時、今日は入須と予定が入っていた。

土曜日振りだったが、なんだか段々と面倒になってきてしまった。

もう俺一人でも決められる様な気がするが……折角手伝ってくれた人に対して、もういいですとは中々言えない物だ。

……最初から、自分でやればよかったか。

それにしても、する事が本当に無い。

千反田が来さえすれば、またあいつの話に付き合って時間を潰せたと言うのに。

……少し早いが、行くか。 ああ、面倒だな。

~喫茶店:歩恋兎~

入須に場所はどこにするか聞かれ、俺が指定したのはここだった。

ここの喫茶店には少し、思い入れがある。

……あいつとは色々あったが……今考える事でもないか。

それより今は、入須との話し合いをどうするか、だ。

俺は手短なテーブル席に着き、入須を待つ。

約束の時間まではまだ時間があったが、俺が席に着いて少し経った頃、入須がやってきた。

奉太郎「どうも」

入須「待たせてしまったかな」

奉太郎「いえ、俺も丁度来たところです」

入須「そうか、なら良かった」

入須「にしても、いい店だな」

入須「次の日曜日は、ここで会おう」

まだ何かの打ち合わせをする気なのか、まあ仕方ない……この計画に乗ったのは俺な訳だし


奉太郎「それで、今日はなんのお話ですか」

入須「特にこれと言って、内容は考えていない」

奉太郎「……帰ってもいいでしょうか」

入須「まあそう言うな、たまには少し他愛の無い会話をしたい物だ」

奉太郎「友達とでは駄目なんですか」

入須「私の心の内を話すのには、友達では少し嫌なんでな」

奉太郎「そう、ですか」

俺はそう言い、頼んでおいたブレンドに口を付ける。

結構久しぶりに飲んだが、やはりうまい。

入須「……私はね」

入須「あまり、人の心を覗くのが好きではない」

奉太郎「……それはちょっと、意外ですね」

奉太郎「試写会の時だって、俺の事を良い様に使ったじゃないですか」

入須「前にも言っただろう、あれは仕方なかったんだ」

入須「私は自分の意思で動いたのかもしれないが」

入須「同時に周りの意思でもあったのだよ」

入須「好き好んで人の心を……見たくはないさ」

その時の入須の表情は初めて見る物で、とても嘘を付いている様には見えなかった。

奉太郎「……すいません、俺は少し」

奉太郎「入須先輩の事を、勘違いしていたのかもしれません」

入須「気にするな、そう思われるのは慣れている」

奉太郎「……そうですか」

そして入須も、店に入ったときに頼んだのだろうブレンドに口を付けていた。

入須「これは、美味しいな」

奉太郎「ええ、ここのブレンドは美味しいですよ」

入須「中々に気に入ったよ」

俺からは特に話す事も無く、少しの間の沈黙。

そんな沈黙が居づらく、俺は適当に言葉を繋ぐ。

奉太郎「俺が今思っている事は、分かりますか」

入須「……そうだな、恐らく」

入須「なんでこんな面倒な事をしなければいけないのか」

入須「と言った所か?」

奉太郎「……やはり、心の内を見るのが好きな様で」

入須「……あくまで推論さ」

入須「君の今までの言動や行動から、導き出しただけの事」

入須「さっきの私の言葉は、本心だ」

奉太郎「……では、俺の本心が分かった所でどうします?」

入須「ふむ、そうだな」

入須「あまり長居する必要も無い、帰ろうか」

奉太郎「……それは、非常にいい案だと思いますよ。 先輩」

入須「つれない奴だ、全く」

~古典部~

あの時、話した喫茶店はあそこだったか。

この今考えている事が終わったら、あの喫茶店に行こう。

だがまずは、このやらなければいけないことを片付けなければ。

俺は今、この大量の記憶をひっくり返して見直す事を面倒だとは思っていなかった。

理由は……なんだろうか。

いや、それよりもまだ思い出さなければいけない事はある。

時間があまり無くなって来た様だ、次に思い出すべき事……それは。

文化祭の二日目、か。

これを思い出さない限り、俺は結論へと辿り着けないだろう。

よし、やるか。

~文化祭二日目~

昨日は結局、千反田は来なかった。

予想が出来ていなかったと言えば嘘になるが……

もう既に時刻は昼、今日もあいつは来ないだろう。

本当に、家の用事なのだろうか?

あいつはとても文化祭を楽しみにしていたし、文集にも一番力を入れていた。

そんなあいつが参加を諦めるほどの事、そんな事があったのだろうか?

一度、会う必要があるかもしれない。

まあそれは後回しにするとして、今はこの状況が気まずくて仕方が無い。

部室で一人店番、と言う訳に今年はいかず……横には伊原が居た。

奉太郎「……何か俺がしたか」

摩耶花「……」

奉太郎「……はあ」

この通り、折角俺が話しかけていると言うのに一度も返事すらしない。

入須よりこいつの方がよっぽど面倒かもしれないな……

奉太郎「ま、いいさ」

奉太郎「どうせ話してもろくな事にはならないからな」

つい、毒づいてしまった。

それにようやく伊原が反応を示したのは……少し良い事だったかもしれない。

摩耶花「……折木は」

摩耶花「折木は、何を考えているの」

俺が、何を考えているか?

奉太郎「質問の意図が分からないんだが」

摩耶花「……そう、ならいいわ」

摩耶花「もうあんたと話す事は無い」

なんなんだこいつは、意味が分からない。

だが話す事は無いと言われてしまった以上、俺も話しかける気にはならなかった。

~折木家~

今日も最後まで、千反田は来なかった。

俺は今ベッドに横たわっているが……もう少しすれば、動かなければならないだろう。

千反田の家に行き、状況を知らなければ。

……一度リビングに行き、水を飲もう。

俺はそう思い、リビングに行くと姉貴と鉢合わせになった。

供恵「あら、あんたまだ制服のままだったの?」

奉太郎「ちょっと出かけるからな」

供恵「そ」

供恵「それより、最近元気がないねー」

奉太郎「別に、普通だ」

供恵「そうかしら?」

奉太郎「……何が言いたい」

供恵「別に? 部活の子が来ないからってそこまで気を落とさなくてもいいと思ってね」

奉太郎「全く、どっから聞いたんだ……そんな話」

供恵「私にはお友達がいっぱい居るのよ、沢山」

また里志か、そういえばあいつには入須に口を割ったことを問い詰めていなかったな。

まあ、文化祭が終わってからでいいか。 何かと忙しそうだしな。

奉太郎「付き合ってる暇は無い、ちょっと出かけてくる」

供恵「はいはい、気をつけてねー」

そして俺は、千反田の家へと向かった。

着いてからインターホンをいくら鳴らしても千反田が出てこず、姉貴のせいで若干イライラしていた俺はつい大声を上げて呼び出してしまった。

結果的に、あいつが出てきたから良かったが……

しかし、どうにも様子がいつもと違っていた。

何か、あったのかもしれないが……

家から出てきたと言う事は、出れなかった訳では無い。

つまり、あいつは自分の意思で出てこなかったのだろう。

そんな事実にまた、イラついてしまい……千反田にきつい言葉を浴びせてしまった。

帰り道は酷く後悔していたのを覚えている。

~古典部~

繋がった、な。

そして今も刻まれているこの記憶、これを合わせれば答えは出る。

しかし……俺は随分と馬鹿をしてしまったみたいだ。

ああ、くそ。

悩んでいても仕方が無い。 決着をつけなければ。

外の会話も、どうやら終わったらしい。

一人の廊下を走る足音が、俺の耳へと入ってくる。

それを聞いた俺は扉に手を掛けた。

その扉を開けようとした所で、向こう側から扉が開かれる。

入須「……盗み聞きとは、関心しないな」

奉太郎「……それはどうも」

奉太郎「入須先輩、少し時間を貰います」

奉太郎「終わりにしましょう、話があります」

入須「ああ、予想は出来ていた」

入須「場所を、変えようか」


第25話
おわり

以上で第25話、終わりとなります。

乙ありがとうございました。

>>1よ。このSSは奉えるHAPPY ENDで終わるんだよな?(釘バット握りしめながら・・・)

アンハッピーなほろ苦エンドでも私は一向に…

>>813
お楽しみに!!

>>814
お楽しみに!!

第26話、投下致します。

入須に付いて行き、俺が連れて来られた場所は屋上だった。

ここはどうも、一対一の場面に恵まれている様だ。

ドアの左右には植木鉢が設置されており、前までこんな物は無かった気がしたが……文化祭の関係かもしれない。

そして、入須はゆっくりと俺の方に振り返る。

そんな入須の動作と一緒に、学校のチャイムが鳴った。

入須「授業が始まってしまったか」

入須「先輩にサボりを付き合わせるとは、褒められた事ではないな」

奉太郎「……すいません」

奉太郎「でも、あなたとは話をしなくてはならないんです」

奉太郎「……それは、あなたも分かっているでしょう。 入須先輩」

入須「……さあな」

まずは、どこから切り出そうか。

……そうだな、始まりの時から、話をしよう。

奉太郎「最初から、振り返りましょうか」

奉太郎「……あなたは、何故こんな事をしたんですか」

入須「千反田にサプライズをしよう、と言った事か」

奉太郎「ええ、そうです」

入須「それは始めに言っただろう、君と千反田には恩があったと」

奉太郎「無いですね、もしあなたが千反田に恩を感じていたなら」

奉太郎「さっきの部室前での態度、あれは明らかにおかしい」

入須「あれの事か、君には言いふらす趣味は無かった様だが……盗み聞きする趣味はあったのは迂闊だった」

奉太郎「……気付いていたんでしょう、あなたは」

奉太郎「それに」

奉太郎「……果たして、そうでしょうかね」

奉太郎「だけど、今はその事についてはいいです」

奉太郎「何故、あんな態度を取ったんですか。 入須先輩」

入須「……確かに、あれは千反田に恩を感じている人の態度ではないかもしれない」

奉太郎「なら……」

入須「だが」

入須「それも状況によって、だ」

入須「私があそこで引いていたとしよう」

入須「そうしたらその後どうなる? 間違いなく彼女は君に、何故入須と居たのか聞きに来るぞ?」

入須「……君はそれを、千反田のその好奇心を拒絶する事ができるのか?」

入須「計画がばれてしまっては、元も子も無いんだぞ」

……やはり、一筋縄では行きそうにない。

奉太郎「さすがは、女帝さんだ」

奉太郎「……そうですね、それは反論としてはもっともだ」

奉太郎「この事に関しては、俺が引きましょう」

入須「……何を考えている」

奉太郎「話を変える、と言う事です」

奉太郎「あなたは一つ、不自然な事を言っていたんですよ」

入須「……聞こうか」

奉太郎「喫茶店に行った時、あなたはこう言った」

奉太郎「私は人の心を覗きたくない、とね」

入須「人の心を覗くのは好きではない、と言ったんだ」

奉太郎「……一緒でしょう」

奉太郎「それより、これは本当にあなたの本心ですか? 入須先輩」

入須「……ああ、紛れも無く、私の本心だ」

そうか、やはり……

奉太郎「……なら、随分とおかしな話になるんですよ」

入須「どういう事か教えてもらおう」

奉太郎「あなたは最初、この計画を始めるときにこう言った」

奉太郎「俺が千反田の事を好きという事を、誰から聞いたのか教えてくれた時です」

奉太郎「私にそれを教えてくれたのは、総務委員会の奴だ」

奉太郎「ま、最初そいつに問いただしたのは私だがね。 傍目から見て、もしかしたらと思ったら案の定って訳だ」

入須「……そんな事を、言ったかな」

奉太郎「惚けないでくださいよ、確かに言いました」

奉太郎「……もう、分かるでしょう? あなた程の人なら」

奉太郎「人の心を覗く様な真似が好きじゃない人が、どうして人の恋路を第三者に聞きだしたんですか?」

入須「……」

初めて、入須が押し黙った。

奉太郎「だがそれは違う、あなたはさっきそれが本心だと言った」

奉太郎「俺はその言葉を信じましょう」

奉太郎「だからこう考えます……あなたにそれを教えてくれたのは里志では無かった、と」

入須「……面白い意見だな、非常に」

入須「だが……事実でもある」

入須「認めるよ、私は彼に聞いたのでは無い」

奉太郎「意外とあっさりと認めるんですね」

入須「くどいのは嫌いだからな」

少しずつ、少しずつだが……入須に詰め寄っている気がする。

大丈夫だ、これで大丈夫な筈。

奉太郎「……次の話にしましょう」

入須「話をコロコロ変えるのは、嫌われてしまうよ」

その言葉に返す気は、無かった。

奉太郎「俺が次にする話、それは」

奉太郎「今回の事、全てについてです」

入須「……随分と飛躍した物だ」

奉太郎「そうでもないですよ、これが核心でもあるんですから」

奉太郎「俺は、こう考えています」

奉太郎「……今回の計画、入須先輩にとっては」

奉太郎「千反田にばれてでも押し通す必要があった。 とね」

入須「そんな訳、ある筈が無いだろう」

奉太郎「言い方が悪かったですね」

奉太郎「正確に言うと、俺と入須先輩が遊んでいる……具体的には違いますが」

奉太郎「それを見られ、仲良くする二人の事がばれても押し通す必要があった」

入須「……ふむ」

入須「つまり、こう言いたい訳か」

入須「私が最初から、千反田にデート現場を見られる事を予測していた、と」

奉太郎「端的に言えば、その通りですね」

奉太郎「違いますか?」

入須「違うな、それは完全に計画外だった」

奉太郎「……そうですか」

奉太郎「それなら俺のこの推測は、外れてしまいました」

入須「どういうつもりだ」

入須「さっきから君は、何を考えている?」

奉太郎「本当に、安心しましたよ」

奉太郎「俺が思っている様な人では、あなたは無かった」

入須「くどいのは嫌いだとさっきも言った、単刀直入に言ってくれ」

なら……終わらせよう。

全部、繋がっている。

奉太郎「あなたは、千反田に幸せになってもらう為に、敢えて千反田に嫌われる様な言動をした」

入須「……何故、そう思った」

奉太郎「最初に言ってたではないですか、計画がばれてしまったら元も子も無い……とね」

奉太郎「だからあなたは千反田を拒絶した、この計画を成功させる為に」

入須「意味が分からないな」

入須「私が本当に、千反田に幸せになって欲しいと思っていたとしたら、だ」

入須「幸せになってもらう前に、辛い思いをさせてしまったら……それこそ本末転倒だろう?」

入須「そして現に、千反田は今……辛い思いをしている」

入須「と言う事は、君の推理は外れているよ」

奉太郎「……あなたには、この計画を成功させなければならない理由があった」

奉太郎「そう考えると、どうでしょうか」

奉太郎「それなら自分が憎まれる役を演じるのが最善、そうなりませんか?」

入須「……」

奉太郎「そして……次に俺が言う事、それを俺は真実だと思っています」

奉太郎「あなたは、入須先輩は」

奉太郎「俺の姉貴と、面識がありますね?」

入須「……どこで、それを知った」

初めて、入須の顔から余裕が消えた様な気がした。

俺はそのまま……言葉を続ける。

奉太郎「知った、というのとは少し違います」

奉太郎「あなたが与えてくれた情報から考えただけです」

奉太郎「それと、姉貴の言葉からも推測を組み立てられました」

奉太郎「そして、この事実はこうも言えます」

奉太郎「俺が千反田を好きだという事を、あなたは俺の姉貴から聞いた」

奉太郎「そして、姉貴は恐らくあなたにこう言ったでしょう」

奉太郎「あいつはどうにも自分の事が分かって無さ過ぎる、少し……協力して貰えないか」

奉太郎「大体はこんな感じだと思っています」

入須「……なるほど」

入須「つまり私の裏には、君の姉貴が居るという事だな?」

奉太郎「ええ、そう考えています」

入須「……驚いたな、そこまで推理するとは」

入須「君を少し、甘く見ていた」

奉太郎「事実、なんですね」

入須「……私は、あの人にも恩があった」

入須「とても、君と千反田とは比べ物にならないほどの、な」

入須「計画は私に任されたよ」

入須「全部……話そうか」

入須はそう言うと、屋上の手すりに寄りかかる。

空を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。

入須「始めは本当に、君と千反田を幸せにしたかった」

入須「いや、それは今もだな。 結果は最悪になってしまったが」

入須「……プレゼントを決める為に、駅前に行った日」

入須「見られていたんだよ、千反田に」

入須「君は気付いていなかった様だがね」

奉太郎「……確かに、全く知りませんでした」

入須「そして、そこからどう持ち直すか必死に考えたさ」

入須「これから千反田はどう動く? 私はどう動けばいい? とね」

入須「私が出した結論は……」

奉太郎「自己犠牲、ですか」

俺の言葉を聞き、入須は柔らかく笑うと頷いた。

入須「そうだ、それが最善だった」

入須「私が憎まれ役になり、君と千反田は更に距離を縮める」

入須「君と千反田にとってはいい迷惑だっただろうな、悪いことをしてしまった」

入須「配慮が足らない先輩で、すまなかった」

入須はそう言うと……俺に頭を下げた。

その姿は、どうにも女帝という肩書きは似合いそうには無い。

奉太郎「そんな事はありません」

奉太郎「確かに千反田を傷つけたのは……俺としては許せません」

奉太郎「ですが、あなたも……傷付いてしまった筈だ」

入須「私が? 面白いことを言うね、君は」

入須「本当にそう思うのかい? 私が望んでした事だと言うのに」

入須「君に見破られさえしなければ、君と千反田は私を憎んで丸く収まった」

入須「そして私はそれを気にしない、全てがハッピーエンドさ」

そんな、悲しそうな顔で言われても説得力と言う物に掛けるだろ、この先輩は。

奉太郎「まだ、おかしな点があるんですよ」

奉太郎「ですが、あたなはくどいのが嫌いと言っていましたね」

奉太郎「なので、一つだけ言わせて貰います」

奉太郎「あなたの言葉を借りましょう、入須先輩」

奉太郎「だから俺はこう返す」

奉太郎「あなたは俺に全てを見破られる事さえ、予想していたのではないですか?」

入須「……ふ」

入須「ふふ、ふふふ」

入須「ふふ……君は本当に、あの人の弟なんだな」

入須「……そうだ」

入須「この状況も、私は計算していた」

入須「しかし、その計算していた事さえ見破られるのは……予想外だった」

奉太郎「……あなたも、傷付いているではないですか」

奉太郎「あなたは俺に気付いて欲しかった、自分を守る為に」

奉太郎「俺はそんな優しすぎる人を、責める事は出来ませんよ」

入須「……そう言ってもらえると、少しばかり気が楽になるよ」

入須「千反田にはどうしても、幸せになってもらいたかったんだ」

入須「理由は……私からは言わない方が良い」

それは、千反田が話そうとして……未だに決心が付いていない、あれの事だろう。

奉太郎「……あなたは、知っていたんですね」

入須「……家の関係上な、知りたくなくても耳に入ってきてしまうのだよ」

それは……その入須の心までは、俺には分からなかった。

何故こいつは……ここまで自分を責めているのだろうか。

入須「……ここは中々良い場所だな、風が気持ち良い」

奉太郎「……俺も、嫌いな場所では無いですね」

入須「ここに来た時ね、少しだけ私にも希望があったんだよ」

入須「君はもしかしたら……と言う、小さな希望さ」

入須「それを見事に君は成就させてくれた、感謝している」

奉太郎「つまり、ここまで全てあなたの計画の内と言える訳ですか?」

入須「いいや……」

入須「そんな事は無い」

入須「あそこの植木鉢にある花、名前は知っているか」

あれは……なんだったかな。

俺は元より花の種類についてはあまり詳しく無い。

奉太郎「……すいません、あまり詳しく無い物で」

入須「あれはね、ガーベラと言う花なんだ」

入須「花言葉は、辛抱強さ」

入須「そしてもう一つは」

入須「希望」

入須「私が小さな希望を持ったのも、ここにこれが咲いていたから」

奉太郎「……そうでしたか」

奉太郎「俺はどうやら、この先あなたを恨めそうには無いです」

入須「……ありがとう」

入須「一応言っておくが、君のお姉さんを恨むなよ」

入須「この計画を考えたのは私だ、あの人は私にアイデアをくれたに過ぎない」

奉太郎「……分かっていますよ、あれでも姉貴は随分と優しい奴なんですから」

奉太郎「だから、多分後悔していると思います」

入須「……後悔? 何故だ」

奉太郎「あなたを傷付けてしまった事を、です」

入須「……それはどうかな」

奉太郎「一つ、言っておきます」

奉太郎「俺はあなたより、姉貴の事を知っている」

奉太郎「なので断言できます」

奉太郎「姉貴に取って、あなたは大切な友達なんですよ」

入須「……そうか」

入須はそう呟くと、一度空を見上げた。

俺にはそれが、涙を零さない様に……している様に見えた。

入須「さて、それより」

次にそう言い、俺の方を向いたときには、先ほどまでの悲しげな表情は消えていた。

入須「君にはまだやる事があるだろう? 私と話すより大事な事が」

奉太郎「……そうですね、時間を取らせてすいませんでした」

入須「ふふ、いいさ」

入須「私はもう少し、ここで風を浴びているよ」

入須「行ってこい、まだ授業中だが……関係無いだろう?」

奉太郎「……あなたも随分と、後輩に無理をさせる人だ」

俺が最後にそう言うと、入須は小さく笑い……屋上の柵から景色を眺める。

奉太郎「入須先輩」

入須「まだ、何かあるのか?」

奉太郎「これ、お返ししますよ」

奉太郎「あなたの知り合いの、物でしょう」

俺はそう言い、先ほど古典部に落ちていたシャーペンを入須へと手渡す。

入須「……受け取っておくよ、確かに」

奉太郎「それでは、失礼します」

入須「……ああ」

~廊下~

授業中なだけあって、校舎の中は大分静かだった。

俺はそれをお構いなしに走る、屋上から廊下に降り、目的地は一番端っこだ。

走っている時は、とても長い時間だった気がする。

……もっと、早く。

そんな俺の願いが通じたのか、二年H組の札が見えてきた。

確か、千反田は一番後ろの席の筈だ。

後ろの扉から、入ろう。

俺はそう決めると、教室の後部に設置された扉の前で一度息を整える。

奉太郎(本当に、すまなかった)

奉太郎(一つも俺は、気付いていなかった)

奉太郎(他の事に関しては気付けたが、お前の事になると少し感覚が鈍ってしまう)

奉太郎(お前は多分、俺が謝れば許してくれるだろう)

奉太郎(……そういう、奴だから)

奉太郎(俺は千反田に許してもらえないほうが、幸せなのかもしれないな)

奉太郎(……行くか)

心の中で、決意を固める。

扉に手を掛け……開いた。

奉太郎「千反田!」


教室中の視線が俺に集まる。

無理も無い、授業中なのだから。

千反田は教室の隅で、真面目に授業を聞いていた様だった。

俺に気付き、少しの間……目を丸くしていた。

そして俺はそのまま千反田の席まで駆け寄る。

奉太郎「……とにかく、来てくれ」

える「え、お、折木さん?」

奉太郎「早く!」

俺はそう言うと、千反田の手を取り、走り出す。

廊下に出た所で教室の中から教師の怒号が響いてきた。

……だが、関係ない。

奉太郎「走るぞ!」

える「え、は、はい!」

未だに千反田は状況を飲み込めていない様だったが……後でゆっくりと話せばいい。

とりあえず今は、ここから離れなくては。

久しぶりに握った千反田の手は、柔らかくて、しかし冷たくて。

どこか、暖かい気がした。


第26話
おわり

以上で第26話、終わりとなります。

残りも後四話……寂しいものです。

乙ありがとうございました。

こんばんは
第27話、投下致します。

必死に走る、追ってくる奴は居なかったが……それでも、必死に走る。

昇降口から出て、校門へ。

ふと、屋上に目を移した。

入須「……」

そこにはまだ入須が居て、遠くからだったのでよく分からなかったが……笑っていた気がした。

える「……あ、あの……! おれ……き、さん!」

途切れ途切れに、千反田が口を動かしていた。

その言葉で俺は前に向き直り、千反田に言葉を返す。

奉太郎「あとで……話す!」

奉太郎「今は……とりあえず……付いてきてくれ!」

千反田は返事をしなかったが、少しだけ強く握られた手に意思を感じる。

俺が向かった場所は、自分でも良く分かっていなかった。

目的地を決めていた訳では無かったので、当たり前と言えば当たり前かもしれない。

……どこか、静かに話せる場所がいい。

なら、あそこか。

~川沿い~

奉太郎「……はあ……はあ……」

える「だ、大丈夫ですか?」

千反田は確か前に、長距離が得意とか言っていた。

なるほど、息が余り切れていないのはそういう事だろう。

奉太郎「……すまない、ちょっと……休ませてくれ」

える「……私は、もっと走れますが」

奉太郎「……簡便してくれ」

俺はそう言い、座り込む。

える「では、ここでお話……しましょうか」

千反田は俺の右隣に腰を掛けた。

える「……授業中だったのですが、用件はなんでしょうか?」

奉太郎「……今回の事だ」

える「……」

奉太郎「全部、話す」

奉太郎「それからどうするか、決めてくれ」

える「……分かりました、聞きます」

それから何分も掛けて、俺がした事……入須がした事を話す。

計画は台無しになってしまったが、そんな事は言っていられないだろう。

……結局、一番傷付いてしまったのは……千反田だったか。

俺が話をしている時、千反田はずっと俺の目を見つめていた。

俺にはそれが辛く、だが目を逸らす事もしない。

そうしなければ、全てが本当に……終わってしまう気さえしていた。

話している最中でも、千反田の表情には何も変化が無かった。

……いつもの千反田では、無いか。

俺はここまで、こいつを傷付けていたのか。

奉太郎「……という訳だ」

奉太郎「本当に、すまなかった」

俺は語彙が少ないとは自分でも思っていない、しかし。

そう言うしか、無かった。

える「……顔を上げてください」

千反田の言葉を受け、俺はゆっくりと下げた顔を上げる。

パチン、と乾いた音が響く。

ああ、俺は。

叩かれたのか、千反田に。

える「……終わりです」

それも、そうか。

千反田が手をあげる等、ほとんどありえない。

いや、ほとんどと言うか……今、初めて人の事を叩く千反田を見た。

当然だ、このくらい……当然だろう、俺。

……だがやはり、苦しいな。

たった一つの言葉が、ここまで人を苦しくできるとは知らなかった。

だが、千反田は……もっと苦しかったのだろうか。

部活にも、文化祭にも来れない程に……苦しかったのだろうか。

……出来ることなら時間を巻き戻したい。

でもそれは、都合が良いにも程があるって物だ。

俺は、罰を受けなければならない。

それもまた、仕方の無い事だろう。

……だがやはり、辛いな、本当に……苦しいな。

ふと、頬に水が垂れてきた。

雨、か?

いや……空は晴れている。

と言う事は、俺は。

える「……泣いて、いるんですか」

そういう事か。

奉太郎「……」

千反田の方を、向けなかった。

今あいつの顔を見たら、俺は自分が情けなさ過ぎて……どうしようも無くなってしまう。

千反田の顔を見たら、俺は多分、もっと泣いてしまうから。

える「……あの」

奉太郎「……」

言葉は返せなかった。

える「あの、勘違いしていませんか?」

える「私は、今回の事は終わりと言ったのですが……」

今回の、事?

それはつまり、どういう意味だ。

……くそ、頭が上手く回らない。

える「あの……折木さん?」

俺はようやく、千反田の方に顔を向ける事ができた。

奉太郎「……うっ」

だがやはり、俺の予想以上に千反田の顔が近く、思わず後ずさりしてしまう。

える「……すいません、私の言い方が悪かった様です」

える「それと、頬……大丈夫ですか?」

える「勢いで、思わず……」

える「……このくらいは、許してくれますよね」

奉太郎「あ、ああ」

それはつまり、終わりという事だろうか、今回の事については。

……良かった、良かった。

奉太郎「……ふううう」

思わず、体から力が抜ける。

える「……私、本当に辛かったです」

える「折木さんの顔を見たら、おかしくなってしまいそうで」

える「あの様な気持ちは、初めてでした」

える「だから、部活にも……文化祭にも、行けませんでした」

える「……でも」

える「最後には、こうなりました」

千反田はそう言うと、優しく笑った。

奉太郎「本当に、悪かった」

奉太郎「お前の気持ちに気付けなくて、俺は」

える「もう、いいですよ」

える「最後にはちゃんと、こうなりましたから」

える「そ、それとですね。 一つ質問です」

える「さっきの話を聞いた限りだと……その」

える「私が入須さんとお話していたのも……聞いていたんですよね?」

奉太郎「まあ……そうだが」

える「なら、その……私が、折木さんの事を」

える「あの、ああ言ったのも、聞いていたんですか」

奉太郎「……そうなる」

える「……そうでしたか」

える「一緒、ですね」

その千反田の言葉の意味が、俺には分からなかったが……言う、しかないだろうなぁ。

奉太郎「千反田」

える「……はい」

千反田も俺の言おうとしている事に気付いたのか、俺の顔を正面から見つめる。

奉太郎「俺は、大好きな人に……酷い事をしてしまった」

奉太郎「だが、それでも伝えずにはいられない」

奉太郎「……それを言うのは、俺には許される事では無いかもしれないが」

奉太郎「けど、俺は言う」

奉太郎「その大好きな人は、お前だ……千反田」

奉太郎「俺は、千反田えるの事が」

奉太郎「好きだ」

内心は、もうこれ以上ないくらいに緊張していた。

……これは本当に、省エネでは無い。

たったこれだけの言葉を言うのにも、俺の想定を遥かに上回る量のエネルギーが必要だった。

……だが、気分は良かった。

気持ちを伝えるのは、気分がいい物だった。

える「……気持ちは、私の心にしっかりと届きました」

える「ありがとうございます、折木さん」

える「でも私には、まだ答えを出せ無いんです」

える「……もう少し、もう少しだけ」

える「待って貰えますか?」

奉太郎「……ああ」

える「ありがとうございます」

そう言った千反田の顔は、今まで見た千反田の顔のどれよりも。

綺麗で。

可愛くて。

愛おしくて。

俺は心底、こいつの事が好きなんだなと、実感した。

それから少しの間、千反田と一緒に話をしていた。

他愛の無い会話でも、嬉しかった。

千反田の一挙一動全てが、好きになれそうで。

俺は自然に笑い、千反田も笑い。

幸せとは、こういう事を言うのだろうか。

える「あ、折木さん」

奉太郎「ん?」

える「喫茶店に、行きませんか?」

える「少し……喉が渇いてしまって」

奉太郎「ああ、そうだな」

奉太郎「じゃあ、行こうか」

える「はい! 今日は折木さんの奢りですね」

奉太郎「そうだな……好きなだけ頼めばいい」

える「ふふ、お言葉に甘えさせてもらいますね」

~喫茶店:歩恋兎~

喫茶店に入ると、いつもの店主が軽く会釈をしてきた。

俺と千反田はそれに軽く返すと、カウンター席に着く。

俺はブレンドを頼み、千反田はココアを頼んでいた。

いや、ココアとスコーンと、サンドウィッチ……それに

奉太郎「おい」

える「え? 何でしょうか」

奉太郎「いくら俺の奢りとは言っても……持ち合わせが足りなかったらどうするんだ」

える「ここで、お皿を洗えば……」

奉太郎「……」

える「冗談ですよ、その時は私も出します」

える「でも、折木さんのお金が無くなるまでは、私は出しません!」

奉太郎「……いい案だな、それは」

える「ふふ、私もそう思います」

ま、いいか。

今日くらいは、いい。

奉太郎「……そうだ、これ」

奉太郎「千反田にあげる予定だった、プレゼント」

奉太郎「受け取ってくれ」

える「これは、ネックレスですか」

える「ふふ、嬉しいです」

える「折木さんから貰ったのは、ぬいぐるみ以来かもしれません」

奉太郎「……そういえばそんな事もあったな」

える「今でもちゃんと、私の部屋にありますよ」

える「今度、来ますか?」

奉太郎「い、いや! いい!」

奉太郎「それはいい、やめておく」

える「そうですか……」

える「あのぬいぐるみ、どこか折木さんに似ている様な気がして、可愛いんですよ」

える「どこと無くやる気無さそうな感じが、とても」

さいで。

奉太郎「……にしても、さっきの授業だが」

奉太郎「何の授業だった?」

奉太郎「あの怒号、余り良い予想ができないんだが」

える「ふふ、数学ですよ」

える「尾道先生の授業でした」

奉太郎「……明日は、大変だな」

える「……一緒に、怒られましょう」

奉太郎「……だな」

える「そういえば……福部さんや摩耶花さんにも、お話しないといけませんね」

奉太郎「……ああ、そうだな」

える「私は勘違いして……お二人に、謝らなければなりませんね」

奉太郎「違う、悪いのはお前じゃない」

奉太郎「全部、俺が悪いから」

える「終わりだと、さっき言った筈ですよ。 折木さん」

える「一緒に、謝りましょう」

える「半分こ、です」

奉太郎「……分かった、そうしよう」

奉太郎「今年は、文化祭……楽しめなかったな」

える「ええ、でも……それより嬉しいことが、ありましたから」

奉太郎「そ、そうか。 来年は楽しめるといいな」

える「……そうですね……来年も……」

気のせい、か?

一瞬悲しい顔をした気がしたが、違う……気がしたんじゃない、確かにした。

もしかすると……いや、今はやめておこう。

奉太郎「外も、暗くなってきたな」

える「……もうこんな時間ですか」

える「そろそろ、帰りましょうか」

奉太郎「ああ、家まで送っていくよ」

~帰り道~

える「あの、折木さんは何故……あの時間に来たんですか?」

奉太郎「今日の事か?」

える「ええ、そうです」

奉太郎「居ても立ってもいられなくてって言った感じでな……悪いことをしたよ」

える「……今日の折木さん、謝ってばかりです」

える「私、折木さんが教室に入って来たとき」

える「……本当に嬉しかったんですよ」

える「今までの事が無かった様になる気がして、私……」

える「それで本当に、何も無かったかの様になっちゃいました」

奉太郎「……そうか」

える「何も無かった、とは違いますね」

える「折木さんの言葉が、聞けましたから」

奉太郎「……言わずには、いられなかったんだ」

奉太郎「千反田が話をしてくれる時って約束だったけどな」

える「いいえ、私は幸せですよ」

える「……かっこ良かったです、折木さん」

奉太郎「そ、そうか」

奉太郎「……照れるな、少し」

える「家まで送ってくれる折木さんも、かっこいいです」

奉太郎「……やめよう、恥ずかしい」

える「……そうですか、では」

える「手、繋ぎましょうか」

奉太郎「……ああ」

その日、俺は本当に幸せだったと思う。

千反田は答えてくれなかったが……それでも、俺には勿体無いくらいの幸せな時間だった。

いや……その日だけでは無い。

それから毎日、一週間、一ヶ月。

里志と伊原にはしっかりと頭を下げた。

里志は「やはりホータローは、力だね」等と言っていた。

伊原は「今度何かしたら許さないから!」と言いながら俺の脛を蹴って来た。

……あれは結構、痛い。

まあそれほど伊原も怒っていたのだろう。 それもまた……仕方の無い事だ。

それから毎日、いつも通りで……毎日、千反田と一緒に帰った。

段々と寒くなっていったけど、千反田と居る時は不思議と暖かかった気がする。

そして、十二月のある日。

つい、昨日の事。

冬休みまで後、一週間。

そんなある日、千反田が






学校に、来なくなった。




第27話
おわり

以上で第27話、終わりとなります。

乙ありがとうございました。

こんにちは。

本日はいつもくらいの時間に二話、投下致します。

1000行く前に終わらせたいので、一回一回の文量を少し増やします

多少読みづらくなってしまうかも知れませんが、宜しくお願いします。

それでは、また夜に来ます

こんばんは。
第28話、第29話投下致します。

千反田が、学校を休んだ。

普通に考えれば……一日休んでも、風邪か何かを引いたのだろうと思う所だ。

しかし、どうにも嫌な感じが拭えない。

何か、何かあったのではないだろうか?

それに今日も、どうやら千反田は休んでいる様だった。

前日までの千反田は……特に変わった様子等、無かった気がする。

なんとも無い会話を四人でしていたし、具合が悪そうという事も無かった。

普通の、本当にいつも通りの千反田だった。

それが昨日と今日、学校に来ていない。

とりあえずは帰ったら、電話をしてみよう。

それで千反田に何故休んでいるのか聞けば……体調を崩したというありきたりな返事が聞けるだろう。

……そうだ、そうに違いない。

里志「ホータロー、やけに考え込んでいるね」

奉太郎「ん、ああ……ちょっとな」

そうか、俺は部室に居たんだった。

それで……里志から聞いたんだった。

千反田が学校に来ていないと言う事を。

昨日は部室に行ったが誰もおらず、今日来たら里志が居て……その事実を聞かされたんだった。

里志「まあ、確かに珍しいよね」

里志「でもそこまで考え込む事も無いんじゃないかな?」

奉太郎「……そう、だよな」

里志「……とは言っても、僕にも少しだけ引っ掛かる事があるんだよ」

奉太郎「引っ掛かる事? 言ってくれ」

里志の情報網は意外と侮れない、俺は今……少しでも情報が欲しかった。

里志「うん、内容は勿論千反田さんの事なんだけど」

里志「どうやら、休むという事を学校側に伝えていない様なんだよ」

つまり、無断で休んでいるという事だろうか?

あの千反田が……確かにそれは、何かおかしい。

奉太郎「……そうか」

奉太郎「やはり今日、電話してみる」

里志「そうだね、それが一番手っ取り早い」

その時、部室の扉が開かれた。

俺は一瞬、千反田が来たのかと思い……顔をそっちに向ける。

摩耶花「……やっぱり、ふくちゃんと折木だけかぁ……」

なんだ、伊原か……紛らわしいな。

摩耶花「……折木、その見るからに残念そうな顔、やめてくれない?」

摩耶花「ちーちゃんが来なくて残念なのは分かるけどねぇ」

昨日もこうだった。

当の本人が居ないからといって、伊原はこの様な事を俺に言ってくる。

だが、間違っていないのがなんとも……

奉太郎「あーあ、伊原で残念だなぁ」

摩耶花「……きっぱり言われると少しムカツクわね」

奉太郎「……すまんすまん」

伊原は本当にムッとした顔を俺に向けながら、席に着いた。

里志「まぁまぁ、二人とも仲が良いのは分かるけど……少し落ち着こうよ」

奉太郎「……誰の事を言ってるんだ」

里志「え? それは勿論、ホータローと摩耶花の事さ」

摩耶花「ふくちゃん、冗談でも言って良い事と悪い事があるって教えてもらわなかった?」

……冗談でも駄目だったのか、ちと悲しい。

里志「あはは、悪かったよ摩耶花」

里志「それと、ホータローもね」

奉太郎「別に、お前の冗談には慣れているからな」

里志「そうかい」

さて、三人集まった所でどうしたものか。

いや、三人寄れば文殊の知恵という言葉がある。

何か……良い案が出るかもしれない。

奉太郎「……それで、二人は何か思い当たる事とか無いのか?」

里志「僕は、さっき言った事が引っ掛かるくらいかな」

摩耶花「それって、あれ?」

摩耶花「ちーちゃんが学校に無断で休んでるっていう」

里志「そうそう、情報が早いね」

なるほど……女子と言うのは噂話が好きとは聞いた事があるが……それも少しは役に立つと言う事かもしれない。

摩耶花「……教えてくれたのふくちゃんだけどね」

そうでもないかもしれない、やっぱり。

奉太郎「つまらん冗談はやめてくれ」

奉太郎「伊原は、何か思い当たる事とか……無いか?」

摩耶花「うーん……」

伊原はそう言うと、腕を組み、視線を落とし、しばし考え込む。

やがて、伊原は顔を上げた。

摩耶花「関係あるかは分からないけど……」

摩耶花「昨日は、入須先輩も学校を休んだとは聞いたわね」

入須が? それは関係あるのだろうか? 俺にはどうにも……分からない。

里志「関係あるかどうかは、何とも言えないね」

奉太郎「……ふむ」

摩耶花「でも、入須先輩って学校を休む事は滅多に無いらしいわよ?」

……確か、入須は千反田が抱えている事情を知っていた筈だ。

それはつまり、そういう事なのか?

なら千反田は体調不良などで休んだのでは、無い。

明確な、何かしらの事情があって休んだのだ。

奉太郎「考えても、拉致が明かないな」

里志「やっぱり、直接電話するのが早いかな」

奉太郎「……ああ、今日の夜電話してみる」

俺がそう言うと、伊原が少し言い辛そうに口を開いた。

摩耶花「……実は昨日、私電話したんだ」

奉太郎「千反田にか?」

摩耶花「それ以外誰が居るって言うのよ」

ごもっとも。

里志「それで、千反田さんは何て?」

摩耶花「……駄目だった」

奉太郎「駄目だったとは、どういう意味だ」

摩耶花「繋がらなかったのよ、誰も電話に出なかった」

誰も?

……電話に出れない状態だったのか?

奉太郎「……そうか」

里志「何だろうね、あまりいい予感は出来ないかな」

確かに、それはそうだが……口にはあまり出して欲しくなかった。

奉太郎「やはり、千反田と話すのが一番手っ取り早いな」

奉太郎「伊原は電話したのは昨日だろ? なら今日は俺が掛けてみる」

奉太郎「それでもし繋がれば、全部分かるだろ」

摩耶花「……うん、そだね」

里志「了解、任せたよ……ホータロー」

奉太郎「……ああ」

もし、出なかったらどうしようという考えは俺の中に不思議と無かった。

……その時は、そうなってしまったら……その時に考えればいいだけの事だ。

とりあえずは今日の夜、一度電話してみよう。

それで何とも無い会話をして、明日千反田は学校に来る。

それを俺は望んでいた。

~折木家~

そろそろ、電話を掛けよう。

あまり遅くなってしまっては向こうが迷惑だろうし、今は夕飯時……居る可能性も高い。

受話器を取り、千反田の家の番号を押す。

一回……二回……

コール音が十回程鳴ったところで、俺は受話器を置いた。

駄目だ、やはり伊原の言うとおり……電話は繋がらない。

しかし……これで、諦めていいのだろうか。

明日、里志と伊原と会い、やはり電話は繋がらなかったと……言って終わりでいいのだろうか?

それでは、今までの俺の繰り返しでは無いか。

少し前に千反田を酷く傷付けた俺と、一緒ではないか。

なら……俺が取る行動は、一つしか無い。

奉太郎「……少し、出かけてくる」

供恵「最近夜遊びが多いわね、お姉さん心配よ」

奉太郎「……すぐに戻るから、ごめんな」

供恵「……あんたが素直だと少し気持ち悪いわね」

奉太郎「じゃあ、行って来る」

そう姉貴に言うと、俺は家を出て自転車に跨った。

これなら、千反田の家まではすぐだ。

風呂にはもう入っていたが……必死で漕いだせいか、冬だと言うのに汗が気持ち悪い。

……そうか、もう冬になっていたのか。

冬休みまでは後少し……俺は何故か、今年が終わる前までに……何か大きな事が起きそうだと思っていた。

いや、思っていたというのは訂正しよう。 確信していた。

今までの事を繋げれば……俺には何が起きているのか、分かっていたのだ。

だが、まだだ。

何故、それが今起きているのかが……俺には分からなかった。

千反田が無断で休んだと言う事は、それが始まった事を意味する。

……何故、このタイミングだったのか。

恐らく、多分。

千反田は近い内に俺に例の話をしてくれるだろう。

しかしそれが分からない。

俺の予測が当たっていれば、それは今で無くても良かったのだ。

いや、むしろ……もっと早く、千反田は言うべきだったのだ。

考えろ、千反田の家まではもう少し。

それまでに、答えが出るかは分からないが……思い出すんだ。

やがて、長い下り坂に差し掛かる。

俺は漕ぐのを止め、今までの事を考える方に集中した。

奉太郎「考えろ、思い出せ……一字一句、繋がる筈だ」

気付けば下り坂は終わりを迎え、ゆっくりと視界に千反田の家が見えてくる。

……俺は、答えを出せなかった。

こんな感じは初めてだった。

ヒントは確実に揃っている、しかし……いくら考えても答えが出る気がしなかったのだ。

それはもう……直接、聞くしか無いのかもしれない。

しかし俺はある事に気付いた。

結局、俺は千反田がただの病気では無いと……感じている事に気付いたのだ。

千反田の家が段々とでかくなっていく。

俺はそこで違和感を覚える。

通常なら……この時間、家族で夕飯を食べているか、談笑しているか。

あるいはそれが無い家庭でも、家の明かりはついている。

誰かしらが家には居る筈だ。 そうでは無い家も確かにあるかもしれないが……千反田の家はそういう家の筈。

しかし俺が今見た千反田の家には、それが無かった。

俺はようやく千反田の家の門前に着くと、どこか人気のある場所は無いか探す。

だが、いくら見回してもそれを見つけられない。

奉太郎「……誰も、居ないのか」

そんな、何故誰も居ないんだ。

……俺はあの日、里志にある事を聞いた。

沖縄に行き、三日目の夜。

千反田と伊原が花火をしていた時の事だ。

俺は里志にこう聞いたのだった。

奉太郎「里志、スイートピーの花言葉って分かるか?」

それに対し、里志はこう答えた。

里志「色々あるよ、でも一番有名なのは【別離】かな。 別れの花として有名だね」

そう、里志はそう言ったのだ。

その時だった、俺が嫌な推測を立ててしまったのは。

千反田は時間が無いと言っていた。

そしてスイートピー。

あの日、映画館に二人で行った日……千反田は俺に花言葉は知っているかと聞いてきた。

その二つを繋げると、千反田に待っているのは……別れ。

何故そんな事を千反田が言ったのかは分からない。

だが、それが今だとしたら?

千反田の家がもぬけの殻と言うのも……納得が行ってしまう。

これで終わりなのだろうか。

これで……俺と千反田は、終わってしまうのだろうか。

……いや。

そんな事はありえない。

絶対にありえないんだ。

千反田はこうも言っていた。

必ず、俺にその話をしてくれると。

……俺はその千反田の言葉を信じる。

誰が何と言おうと、例え俺の姉貴に言われても。

里志や伊原に言われても。

あの入須に言われても。

もう、終わりだと告げられても……

俺は、千反田の言葉を信じる事にした。

~三日後~

あれから一度も、千反田は学校に来なかった。

毎日電話をしたが……とうとう繋がることは無かった。

古典部の空気は大分暗く、気安い場所では無くなってしまっている。

だが俺は、毎日古典部へと足を運んでいた。

前触れも無く、千反田が来ると思っていたから。

そして今日も……俺は古典部へと足を向けていた。

すれ違う生徒の声が、ふと耳に入ってくる。

「そういえば、今日来てたらしいよ」

「え? 来てたって誰が?」

「H組のあの子、名前はなんだっけかな」

「あ、もしかしてあの有名な子?」

「そうそう、その子」

……

……

それは、千反田の事だろうか?

俺はそいつらにそれを聞こうと振り返るが、既に姿は無かった。

どこかの教室に入ったのかもしれないし、階段を使ったのかもしれない。

くそ、呆けていたのが失敗だった。

気付くのがもう少し早ければ、聞き出せていたのに。

それより! あいつが来ているのか?

なら、今は放課後……来るとしたら、あそこしかない。

そう思い俺は古典部へと向け、進む速度を上げる。

~古典部~

扉を開けると、里志と伊原が居た。

俺が一番居て欲しかった千反田は……居なかった。

奉太郎「……よう」

里志「ホータローも、噂を聞いたのかい?」

噂……それは、つまりあの事か?

奉太郎「千反田が、来ていたという奴か」

里志「そう、それだよ」

里志「僕と摩耶花もね、それを聞いて急いで来たんだけど……どうやら遅かったみたいだ」

奉太郎「……元々、ただの噂だろ」

奉太郎「最初から来ていない可能性だって、ある」

そうだ、俺は多分……良い様に解釈して、里志や伊原も俺と同じように噂話に流されていたんだ。

摩耶花「……それは無いわ」

……伊原がここまで言い切るのは、少し珍しい。

奉太郎「何故、そう思う」

摩耶花「これよ」

そう言い、伊原が手に取り俺に見せたのは……一枚の手紙だった。

いや、手紙と言うには少し文字の量が少なすぎる。

メモ、と言った所だろう。

奉太郎「……それは、千反田が書いたのか?」

摩耶花「間違いないわ、私……ちーちゃんの字は良く覚えているから」

摩耶花「私とふくちゃんもう読んだ、次は折木の番」

摩耶花「……はい」

奉太郎「……」

俺は黙ってそれを受け取った。

そこに、書いてあった内容は……


第28話
おわり

以上で第28話、終わりとなります。

続いて第29話、投下致します。

俺は伊原からメモを受け取り、目を通した。

そこにはいかにも千反田らしい、達筆な字でこう書いてあった。

『すいません、この様な形での挨拶となってしまいまして。』

『私は、本当に感謝しています』

『何度も私の気になる事を解決してくれて』

『私の事を、助けてくれて』

『今日の夜22時、約束のお話をします』

『あの場所で、待っています』

誰に宛てた物なのか、誰が書いた物なのか書いていないのは……多分、あいつが純粋に忘れていただけだろう。

……そういう奴だ、千反田は。

そして俺は……認めたくなかった。

こんなの、今日で終わりと言っている様で、認めたくなかった。

里志「どうするんだい、ホータロー」

奉太郎「……どうするって、何がだ」

摩耶花「あんたね、これちーちゃんが折木に宛てた物よ」

摩耶花「あの場所ってのは私達には分からないけど、あんたには分かるんでしょ」

奉太郎「……宛名が書いていない以上、決められんだろ」

里志「はは、ホータロー」

里志「いくら君でもね、それは少し……ね」

里志「僕も、さすがに怒るよ。 それは」

そう言われても、俺は……俺は!

摩耶花「……本気で言ってるの、折木」

……くそ。

奉太郎「仮に、それが俺に宛てられた物だとしよう」

摩耶花「あんた……!」

里志「摩耶花、いいよ。 続きを聞こう」

奉太郎「……それは、俺が考える事だろ」

奉太郎「お前らには……関係無い」

本当にそんな事、思っている訳ではなかった。

……それは言い訳か、どこかで少しでも思っていたから……口に出てしまったのだろう。

里志はもう言う事が無いと思ったのか、視線を俺から外し、外を見ていた。

摩耶花「……折木」

摩耶花「これだけは言って置くわ」

摩耶花「……ちーちゃんは」

摩耶花「ちーちゃんは……私の友達だ!」

摩耶花「お前に……! お前に関係無いなんて言われる筋合いは無い!」

奉太郎「……」

こんな、こんな伊原を見るのは初めてだった。

ここまで感情を昂ぶらせ、激昂している伊原を見たのは……

摩耶花「……あんたしか、居ないでしょ」

摩耶花「悔しいけど、あんたしか居ないのよ」

摩耶花「ちーちゃんを幸せにできるのは、折木だけなんだよ」

奉太郎「……まだ、千反田が不幸になるとは決まった訳じゃない!」

摩耶花「……っ!」

里志「ホータロー」

ふいに里志が、視線を変えず俺に声を掛けてきた。

里志「君も分かっているだろう?」

里志「千反田さんが学校を休み」

里志「そして今日、部室にメモを置いて行った」

里志「……何かが、何か良くない事が起きている事くらいは」

里志「僕や摩耶花にも分かる事なんだよ」

奉太郎「……そうか」

里志「今日はもう、帰ってくれないか」

里志「これ以上、今は君の顔を見たく無い」

奉太郎「……すまなかったな」

里志は明らかに怒っていた。

……それも、無理は無いか。

俺は最後にそう言い、部室を去る。

今日の、夜22時か。

……どうするか、だな。

~折木家~

時刻は既に、20時を回っている。

だがどうにも俺は、行く決心が付いていなかった。

……会えば、そこで終わってしまう。

なら会わなければ?

それもまた、終わってしまうだろう。

なら……なら俺はどうするべきなのか。

そして果たして、俺が千反田に会いに行く事で……あいつは幸せになれるのだろうか。

その事が一番、俺を引き止めていた。

俺が最後の約束を破り、千反田に嫌われてしまえば……そっちの方が、あいつにとっては良い事なのかもしれない。

……ああ、そうか。

あの時の千反田は、こういう気持ちだったのか。

あいつは俺に嫌われたかったと言った事があった。

その気持ちは、今の俺には痛いほど良く分かる。

……理解するのが、遅すぎた感は拭えないが。

そんな事を自室のベッドの上で考えていたとき、急に扉が開いた。

供恵「電話よ、里志君から」

奉太郎「……せめてノックしてから開けろ」

供恵「それはそれは、申し訳ございませんでした」

そんな冗談を言っている姉貴から受話器を奪い取り、耳に当てた。

奉太郎「……里志か」

里志「……やっぱりね、まだ家に居ると思ったよ」

里志「ホータロー、少し話をしようか」

奉太郎「……ああ、分かった」

里志「君は、今日行かないつもりなのかい?」

奉太郎「……まだ、分からない」

里志「いつまで決めあぐねているんだい?」

里志「君を待ってくれる程、時間はゆっくり動きやしないよ」

奉太郎「分かってる!」

奉太郎「……俺にもそのくらいは、分かっている。 だが……」

里志「……はあ」

里志「ホータローはさ、こう考えているんじゃないかな」

里志「今行ったとして、それは千反田さんにとって幸せなのか? とね」

奉太郎「……」

里志「沈黙は肯定と受け取るよ」

里志「やっぱりホータローは、優しすぎる」

やっぱり、とはどういう意味だろうか。

前に里志が言っていたの確か。

奉太郎「前と言っている事が違うぞ」

奉太郎「お前は俺を優しく無い、と言っていた気がするが」

里志「ああ、沖縄の時に言った事かな?」

奉太郎「そうだ、お前は確かに俺の事を優しく無いと言っていた」

里志「それは違う、僕が言いたかったのはね」

里志「自分に関して、だよ」

奉太郎「……自分に、関して?」

里志「そうさ、君は自分に対して優しく無さ過ぎる」

里志「それはつまりね、周りの人に対して優しいって事だよ」

奉太郎「……そんな事は」

里志「あるよ」

里志「今ホータローはさ、千反田さんにとって一番幸せになれる事は何か、って考えているね」

里志「そして今ホータローが取ろうとしている行動さえも間違いだけど……」

里志「それはね、ホータロー自身に厳しすぎる選択だよ」

里志「……少しはさ、優しくなった方が良いと思うよ」

奉太郎「……本当に、そう思うか」

里志「ああ、断言できる」

里志「君は今日、会いに行くべきだ」

里志「僕から言えるのはこれだけだね、後はホータロー自身が決める事」

里志「でも今日、もし行かなかったら……」

里志「その先は、やめておこうか」

奉太郎「……そうか」

奉太郎「伊原には、悪いことをしてしまったな……」

奉太郎「今度ちゃんと、謝るよ」

里志「それは今日、ホータローの行動によるね」

里志「君が片方の選択を取れば、謝る必要は無い」

里志「だがもう一つの選択を取れば、しっかり摩耶花には謝って、仲直りして欲しいかな」

奉太郎「……ああ、分かった」

奉太郎「里志」

里志「ん? まだ何かあるのかい」

奉太郎「その、ありがとな」

里志「はは、ホータローから素直にお礼を言われるとは、僕もまだまだ捨てた物では無いかもしれない」

里志「それじゃあ、そろそろ失礼するよ」

奉太郎「……またな」

そう言い、電話を切る。

……俺は、自分に甘えていいのだろうか。

今すぐ、会いたい。

千反田の顔が見たい、手を繋ぎたい。

声が聞きたい、笑顔が見たい。

そんな感情に、甘えていいのだろうか。

俺は一度、リビングへ行きコーヒーを飲む。

そして、ソファーに寝そべる姉貴に向け、一つの質問をした。

奉太郎「なあ」

奉太郎「例えばの話だが」

奉太郎「一人は会いたいと思っていて、もう一人にとっては……会わない方が幸せかもしれない事があったとする」

奉太郎「そんな時の事なんだが、会いたいと思っている人間が姉貴だった場合……どうする?」

供恵「何それ、何かの心理テスト?」

奉太郎「真面目に答えてくれ」

供恵「はいはい、可愛い弟の頼みだからね」

供恵「私だったら、会いに行くよ」

奉太郎「何故? もう片方はそれで不幸になるんだぞ」

供恵「それはさ、片方が勝手に思っている事じゃない?」

勝手に、思っている?

供恵「だったら会うまで分からないじゃない、それが良い方に出るか悪い方に出るかなんて」

供恵「それにね、片方にとっては会わない方が確実に不幸になるんでしょ?」

供恵「そしてその行動は、相手にとって不幸になる事かもしれない」

供恵「ならさ、会うしかないでしょ」

……はは、これはおかしい。

俺は勝手に、千反田が不幸になると思っていたのか。

全部、俺が勝手に思っていた事。

随分と俺は……俺と言う人間を過大評価していたのかもしれない。

……馬鹿なのは、俺だったか。

奉太郎「……参考になった、ありがとう」

供恵「……なら良かった」

供恵「外は寒いからね、暖かくして行きなさい」

奉太郎「……全く、どこまで分かってるんだよ」

供恵「なあにー? 何か言った?」

奉太郎「いいや、なんでもない」

奉太郎「……行って来るよ、俺」

供恵「ふふ……良い選択よ、奉太郎」

時間は……21時。

まだ、間に合う。

約束の時間は22時……大分早いが、行こう。

それは多分、少なくとも俺にとっては幸せな選択だ。

……最後くらい、自分に甘えてもいいよな。

姉貴の言う通りにシャツを何枚か重ねて着る、上からコートを羽織り、俺は外に出た。

……うう、確かにこれは寒い。

雪でも、降るのでは無いだろうか。

時間はまだあるな、歩いて向かおう。

あの場所というのは……まあ、あそこだろうな。

~公園~

俺は千反田との約束の場所に着き、缶コーヒーを一本買う。

そしてベンチに座り、それをゆっくりと口の中に入れた。

冬の空気と言うのは、少し好きだ。

どこか新鮮な感じがして、心が透き通る感じがするからだ。

コーヒーをもう一度口の中に入れ、ゆっくりと飲み込む。

缶コーヒーはあまり好きでは無いが……今日のは少し、美味しかった。

10分……程だろうか。

約束の時間まではまだ結構あったが、足音が一つ近づいてくるのが分かった。

それは俺が一番会いたかった人で、一番会いたくなかった人なのかもしれない。

……これもまた、千反田の気持ちと一緒か。

こんな、最後の最後になってようやくあいつの気持ちが分かるなんて、やはり俺は馬鹿だった。

だがまだ、まだ終わった訳じゃない。

俺の選択が良い方に出るか、悪い方に出るか、それはまだ決まった訳じゃないんだ。

だから、俺は足音の方へと顔を向ける。

……予想通りの人物が、そこに居た。

奉太郎「……久しぶりだな」

える「……そうですね、随分と長い間、会っていなかった気がします」


第29話
おわり

以上で第29話、終わりとなります。

1レスの量が多いのは許してください……ひぃ

乙ありがとうございました。

乙です
えるたそ…、ほうたろ…

次回で最終話ですか?

それにしても◆Oe72InN3/kさんの筆の速さは驚き
誰かにも見習って欲しいものですねえ…

>>917
ち、違うよ!
よねぽのことじゃないよ!

つか冗長

ああ次回で最終回って…あ、アレですね?きっと「第一部」の最終回ですね?
きっと「第二部」が始まるんですよね!!
そうだといってください ◆Oe72InN3/k 先生!!

>>919
小野不由美「なんか言ったかしら?」

>>922
お前なんでこのスレいるの?
重度のアスペっぽいから精神科行って来いよ

>>914
次回で最終話となります。

一応、最終話の後におまけ的な物もあるのですが量は短いです。

投下予定ですが、9/30のお昼頃には投下できると思います。

それではまた、乙ありがとうございます。

このスレで納めたいなら後何レス必要か宣言して欲しい
是非おまけも見たいからな
感想も大事だが、おまけだけでスレ立てるのも何だろう

こんにちは、第30話、第30.5話を投下致します。

>>925
残りのレス数に応じて文の量を調整する予定でした、すいません。

える「隣、いいですか?」

奉太郎「ああ」

千反田はそう言い、俺の隣に腰を掛けた。

奉太郎「……今日は、寒いな」

える「そうですね、今日はこの冬で一番の冷え込みらしいですよ」

奉太郎「なるほどな、それなら納得だ」

える「……あの」

える「もう少し、そちらに行ってもいいですか?」

奉太郎「……ああ」

すると、すぐ横に千反田を感じた。

本当に、すぐ近くに……

える「これで少しは、暖かいです」

奉太郎「……それは良い案だ」

える「……ふふ」

俺と千反田は本当に自然と、どちらからと言う事も無く、手を繋いでいた。

千反田の手はとても、暖かかった。

奉太郎「もうすぐで今年も終わりだな」

える「ええ、早い物です」

える「ついこの間、折木さんに会ったばかりの様な気がします」

奉太郎「……そうだな、俺もそう思う」

辺りは静かだった。

車や人通りはほとんど無く、時折……公園の周りに植えられている木が風に吹かれ、ざわざわと音を立てているだけだった。

える「あの時は本当に、びっくりしました」

奉太郎「……閉じ込められていた奴か?」

える「ええ、そうです」

える「思えばあれが、最初でしたね」

最初、か。

千反田の気になる事を解決した……最初の事件。

……事件と言うには少し大袈裟か。

奉太郎「半ば無理やりだったけどな」

える「そんな、酷いですよ……私、とても気になって仕方なかったんですから」

奉太郎「……まあ、それだけじゃ終わらなかったけどな」

える「ふふ、そうですね」

える「本当に色々ありましたからね、沢山……」

える「全部、折木さんが解決してくれました」

奉太郎「解決って程の事でも、無いだろ」

える「折木さんにとってそうでなくても、私にとってはそうなんですよ」

そういうもんか、解決という言葉の方こそ……大袈裟かもしれない。

える「いっぱい、お話しましたね」

奉太郎「そうだな、本当にいっぱい話した」

奉太郎「……これからも、だろ」

える「……」

俺のその言葉に、千反田は答えない。

える「……私の事、お話しましょうか」

奉太郎「……」

今度は俺が、答えられなかった。

その話を避けようと、俺はベンチを立つ。

奉太郎「何か、飲むか」

える「折木さんの奢りですか? それなら是非」

そう言い、千反田は笑った。

……ああ、こいつの笑顔を見るのは随分と久しぶりな気がする。

奉太郎「奢りだ、寒いしな」

理由になっていない理由を述べると、俺は自販機で紅茶を二本買った。

コーヒーでも良かったが、何故か少し……紅茶を飲みたくなった。

奉太郎「熱いから、気を付けろよ」

える「はい、ありがとうございます」

千反田に紅茶を一本手渡し、再びベンチに腰を掛ける。

俺が座り直すことで、千反田との間に少しの距離が出来ていた。

える「では、頂きますね」

それをこいつは、構う事無く再び埋める。

奉太郎「……ああ」

横から缶を開ける音がして、俺もそれに合わせて缶を開けた。

ゆっくりと、紅茶を口に入れる。

……やはり、俺にはコーヒーの方が向いているかもな……と思わせる味だった。

える「おいしいです、寒いから尚更、ですね」

奉太郎「……俺にはやはり、紅茶は向いていないかもしれない」

える「……私にコーヒーが向いていないのと、同じですね」

奉太郎「ある意味では、そうかもな」

える「……ふふ」

そのままゆっくりと、時間は過ぎて行く。

俺はずっと、永遠にこのまま一緒に居たかった。

……だが、さすがにそうはいかない。

える「それでは、私のお話……聞いてくれますか」

ああ、とか、分かった、とか……肯定をとにかくしたくなかった。

しかし、それでも……聞かなくては、ならないだろう。

……そうだ、聞いてから答えればいい。

答えを、出せばいいだけの話じゃないだろうか?

ならまずは、聞かなければ。

奉太郎「……話してくれ」

俺がそう言うと、千反田はゆっくりと口を開いた。

える「まず、どこからお話すればいいんでしょう……」

それを俺に聞くか、全く本当に、千反田はどこまでも千反田だ。

奉太郎「最初からでいい、時間はあるだろ?」

える「ええ、大丈夫です。 最初からお話します」

そして千反田は一つ咳払いをし、再び口を開く。

える「まず、春の事です」

える「皆で遊園地に行った時……その時の事は覚えていますか?」

奉太郎「ああ、覚えている」

奉太郎「確か……泊まりで行ったな」

える「ええ、そうです」

える「そして私は、途中で帰ったのを覚えていますか」

奉太郎「……ああ」

あの時はそう、千反田が家の事情とやらで……一足先に帰った筈だ。

……そうか、あの時が始まりだったのか。

える「私が家の電話で知らされたのは……父が、倒れたとの事でした」

える「そして私は、家に帰り……病院へと向かいました」

える「お医者さんが言うには……」

える「もう、目を覚ますことが無いかもしれない、との事でした」

……そんな、そんな事があったのか。

奉太郎「あの日の夜、確か俺はお前を呼び出したな」

奉太郎「……すまなかった」

える「いえ、折木さんが来てくれて、嬉しかったですよ」

奉太郎「そう言って貰えると助かる」

奉太郎「……それと最近、学校を休んでいたのは何があったんだ?」

える「……父の容態が急変したんです」

える「それで、病院にずっと居ました」

える「折木さんにはお伝えしようか、悩んでいたんです」

える「でも、やはり言えなくて……すいませんでした」

奉太郎「……そういう事だったのか」

奉太郎「お前が最近学校を休んでいた理由は分かった」

奉太郎「……それで、その後は」

える「……ええ」

える「何ヶ月経っても、父は目を覚ましませんでした」

える「その間、千反田の家には家を纏める者が居なかったのです」

える「そして、やがて親戚同士で話し合いが行われました」

える「……内容は、噛み砕いて説明しますね」

奉太郎「……少し、予想は付くかな」

える「次の千反田家の頭首は、という物でした」

奉太郎「なるほど、それで話し合いの末に決まったのは……」

える「ええ、私です」

える「……当然と言えば、当然だったのかもしれません」

奉太郎「……だが、その話は何故ここまで黙っていた?」

奉太郎「確かにお前の父親が倒れたのは……あまり、言いたくは無かったと思うが」

奉太郎「そこまで黙秘する理由が、あったのか」

千反田は再度、咳払いをした。

繋がっていた手が、少し……強く握られていた気がする。

える「……はい、ありました」

える「折木さんは、回りくどいのは好きでは無かったですよね」

える「ですので、簡単に伝えます」

える「私は、父の後継者として学ぶ事が沢山あるんです」

える「学校では習えない、事です」

奉太郎「……どういう事だ」

千反田は、少し間を置き……口を開く。

える「私は今年いっぱいで、神山高校を辞めます」

何を言っているのかが、理解できなかった。

単語の一つ一つさえ、組み立てられず……文にならない。

ゆっくり、ゆっくりと単語同士を繋ぎ合わせる。

そして、俺は全て理解した。


千反田が時間が無いと言っていたのも、意味深に花言葉の話を出したのも。

スイートピーの花言葉は、別離。

……なんだ、笑えるくらいそのままではないか。

しかしそれを、すぐに受け入れろと言うには……ちょっと今の俺には無理かもしれない。

奉太郎「……お前には、母親も居るだろう」

奉太郎「それでは、駄目なのか」

千反田は首を振り、答えた。

える「駄目なんです」

える「こう言ってはあれですが……母親は純粋な千反田家の者ではありません」

える「余所者に任せる訳には……いかないんです」

はは、やはり……住む世界が違うな。

俺には到底、理解が出来ない世界だろう。

奉太郎「……そういう事だったのか」

奉太郎「だが、何故それを今になって言ったのか……その答えにはなっていないぞ」

える「……それは」

える「私が、高校を辞めると言ったら……自惚れかもしれませんが、皆さんは悲しんでくれると思うんです」

える「そんな顔は、見たくありませんでした」

える「最後まで、最後までいっぱい遊ぼうと思っていました」

える「でも……気付いてしまったんです」

える「私は、折木さんの事を好きなんだな、と」

奉太郎「……」

千反田は、ちょくちょく俺の方を向くと笑顔になっていた。

それがどうしようも無く辛く見え、しかし俺には声を掛ける事さえできなかった。

そんな俺の思いには気づかず、千反田は続ける。

える「そして、思ったんです」

える「……折木さんに嫌われれば、後を濁さずに去れるのでは無いかと」

奉太郎「……それで、あんな事をしたのか」

える「はい、そうです」

える「でもそれは、間違いでした」

える「……私は弱いですから、意志の強さが」

える「折木さんの顔を見たら、嫌われるのが嫌になっちゃったんです」

とても、とても悲しそうに笑っていた。

俺は……俺には。

何も、出来ないのだろうか。

奉太郎「俺は!」

奉太郎「お前の事を嫌いになんて、絶対にならない!」

奉太郎「だから、だから……もっと楽しそうに、笑ってくれ」

える「……ふふ、ありがとうございます」

千反田は一度、紅茶を口に含んだ。

それをゆっくりと飲み込むと、話を続ける。

える「この間の、お返事がまだでしたね」

える「私も、好きです」

える「折木さんの事が、好きです」

える「他の女性の方と遊んでいるのを見るだけで嫉妬しちゃうくらいに、好きです」

える「折木さんと夜に会ったり、電話でお話した次の日も気分が良い位に、好きです」

える「折木さんの全てが、好きなんです」

える「……でも」

える「ごめんなさい」

何もかも、元通りにならないだろうか。

全て、無かった事に。

俺はゆっくりと夜空を仰ぐ。

冬の風が、痛い。

空を見上げると、ゆっくりと……何かが舞い落ちてきた。

……雪、か。

今日は寒かったからな。

それが俺の顔に辺り、溶けて行った。

奉太郎「……雪、降ってきたな」

える「……ええ、そうですね」

奉太郎「……寒いな」

える「……はい」

奉太郎「……千反田と居る時は、暖かかった」

奉太郎「……でも今は、少し寒いな」

える「……泣いているんですか」

……どうやら俺も、大分涙脆くなってしまったのかもしれない。

俺は自分が泣いているなんて事は思わなかった、雪が溶け、そう見えるだけなのだろうと。

……でも、千反田が言うからには……俺は泣いているのだろうな。

える「……折木さん」

千反田の声は、今までに無いほど弱々しかった。

その声は確かに俺の耳に届き、ゆっくりと千反田の方に顔を向ける。

振り向くと、やはり千反田の顔は俺のすぐ傍にあり。

いや、今までよりももっと、近くにあって。

そのまま……千反田は俺の唇に、自分の唇を重ねていた。

実際にはとても短い間だったのかもしれないが、俺にはそれがとても長く感じた。

やがて、千反田は離れていく。

える「……お別れのキスは、少ししょっぱいんですね」

奉太郎「……そうか」

これで本当に、終わりか。

本当に、全部。

……いや、まだだろう。

まだ、まだだろう、俺。

お前には、言うべき事がまだあるだろう。

全部、全部を良い方向に向ける、一言が。

千反田の顔を見て、言えばいいんだ。

後、一年待ってくれるか、と。

千反田の人生に、俺を巻き込んではくれないか、と。

お前の人生を、俺に手伝わせてくれないか、と。

……一緒に、一緒にずっと歩こう、と。

そう言えば、全てが良い方向に行くだろ、俺。

……だが、状況は最悪を極めていた。

何が最悪なのかと言うと……

俺はここ数年、自分でもいつからかは分からないが、モットーを掲げてきていた。

そのモットーとはつまり、やらなくてもいいことなら、やらない。 やらなければいけないことなら手短に。

そんな、そんなモットーが俺に一つの考えをよぎらせてしまった。

それはつまり。



これは、本当にやらなければいけない事なのだろうか?



その考えがもたらすのは、最悪だった。

口を開いて、言葉を言おうにも……口が開かない。

言おうとしても、邪魔されて言えない。

たった……たった一言、一緒に居ようと言うだけで、全部良くなると言うのに。

どうにも、どうにも俺は言えなかった。

そして……

える「……そろそろ、行きますね」

千反田はそう言い、ベンチから腰を上げる。

俺もそれにつられ、腰を上げた。

公園を出て、千反田は再び俺の方に振り向く。

える「本当に、今までありがとうございました」

える「私はとても、幸せでしたよ」

える「大好きです、折木さん」

える「それでは」

える「……さようなら、折木さん」

奉太郎「……ああ」

千反田は、また……とは言わなかった。

明確に、さようならと……別れの言葉を俺に告げた。

段々、段々と千反田の姿が小さくなっていく。

道路の脇に植えられた木の枝に雪が付き、その間を歩く千反田の後姿はとても、綺麗だった。

まるで桜道を歩いているような、そんな錯覚さえも覚えた。

千反田の姿はどんどんと小さくなり、もう少しで見えなくなってしまいそうな時に。

ふと、千反田が振り返った。

……そうか、俺は本当に、どうしようもない馬鹿だ。

なんで、なんでそんな簡単な事も分からなかったのだろう。

俺は今まで、何をしてきたんだ。

自分を思いっきり、殴り倒してしまいたい。

千反田の顔は、はっきりと見えた。

その、今にも泣き出しそうな顔を見て、俺は全てに気付いたのだ。

……千反田は、待っていた。

俺が、さっき言おうとして言えなかった言葉を言ってくれるのを。

ずっと、待っていたんだ。

しかし、もう俺の声は千反田には届かない。

走って行くにしても、どうにも足が動かない。

やがて……千反田は再び歩き出し、俺の視界から……居なくなっていた。

……全部、終わったんだ。

俺はもう一度、先ほどのベンチに腰を掛けた。

泣くなよ、全部終わっただけではないか。

そうだ、これこそが省エネではないか。

俺が、折木奉太郎が望んでいた事ではないか。

……全部、最初に戻っただけだ。

千反田の笑顔も、泣き顔も、悲しんだ顔も、全部。

今まであいつと話した時間も、手を繋いだ時間も、一緒に遊んでいた時間も、全部。

俺があいつに好きだと言った事も、あいつが俺に好きだと言ってくれた事も、全部。

全部……

全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部

無くなった、だけではないか。

そう思い、瞼を一瞬強く下ろした。

再び目を開けた俺に見えたのは、どこまでも灰色で……地球の果てまで行っても灰色しかなさそうな、世界だった。

なんだ、こんな事か。

……なんだよ、たったこれだけの事、今までずっと見ていたじゃないか。

見慣れた、光景ではないか。

……駄目だ。

いくらそう考えようとしても、駄目なんだ。

……俺には、千反田が必要だ。

しかし、それはもう遅すぎる……手遅れだ。

省エネ主義なんてくだらない事さえしていなければ、こんな大きなツケが回って来る事も無かった。

……帰るか。

俺はそう思い、ベンチから腰を上げた。

公園を出て、家に向かう。

……これから一年、いや……死ぬまで。

随分と、長い時間となりそうだな。

しかし、そんな俺にも一つだけ希望があった。

……希望と言うには少し大袈裟かもしれないが、確かに希望があったのだ。

それは、公園の周りに植えられた木や、雑草の中で。

一輪だけ植えられた、ガーベラの花だった。

それはもしかすると、ただの夢だったかもしれない。

俺が物事を前向きに捕らえようとして、勝手に見た妄想だったのかもしれない。

だが、俺はそれでも確かに見たんだ。

しっかりと、綺麗に咲いているガーベラの花を。


第30話
おわり

最終章
おわり

以上で第30話、最終章の終わりとなります。

最後に第30.5話、投下致します。

それからは本当に、灰色の毎日だった。

俺はついに……全てを終わらせてしまったのだ。

冬休みが明け、今日は登校日。

歩く学生達は皆、新年を迎えたという事で爽やかな顔をしていた。

それに俺は何も感じない、ただ、元気な奴らだな……と思うだけだった。

教室に行き、先生の話を聞く。

里志と伊原には既に説明をしてあった。

伊原は泣きじゃくっていたし、里志にしても俺が今までほとんど見たことの無い、泣き顔を見せていた。

始業式が終わり、午前中の内に放課後となった。

……H組には一通り目を通したが、当然、千反田の姿は無かった。

俺は結局、する事も無く古典部へと足を向ける。

そして、古典部の扉に手を掛けると、ゆっくりと開く。

そこには、一人の女子が居た。

黒髪は背中まで伸びていて、体の線は細い。

そいつはゆっくりと振り返る。

イメージに反して、目は大きかった。

それは……そいつは。

奉太郎「……千反田?」


しかし、その言葉を発したのと同時に……全てが泡のように消えた。

窓際になんて誰も居ないし、俺に振り向く人も居ない。

奉太郎「……そうか、そうだよな」

俺はそのまま、ゆっくりといつもの席に着いた。

やがて……伊原と里志も部室に顔を出し、いつもの席に着く。

里志「……なんだか、少し広く感じるね」

奉太郎「……そうかもな」

摩耶花「……それに、なんか静かすぎ」

奉太郎「……そう、だよな」

奉太郎「……席、一つ空いちゃったな」

里志「……うん、そうだね」

摩耶花「……今年の古典部、何すればいいのか分からないよ」

やはり、駄目だ。

……くそ、また俺は泣いてしまいそうになっている。

この涙脆さは、あいつから移ってしまったのだろうか。

……最悪の、プレゼントだな、全く。

そんな事を思っていた時だった。

……ふと、気配を感じる。

それは伊原や里志も一緒の様で、全員が扉に視線を釘付けにしていた。

薄っすらとだが……人影が見える。

俺はこの時、何故かこう思った。

あの時咲いていたガーベラは、俺の妄想ではなく……実際に咲いていたんだ。

力強く、咲いていたんだ。

何故そう思ったのかが分からない程急に浮かんできた考えだった。

そして、古典部の扉はゆっくりと、少しずつ、開かれて行った。


第30.5話
おわり

以上で第30.5話、おわりとなります。

そして本日を持ちまして

奉太郎「古典部の日常」

は完結となります。

最初から見て頂いた方も、途中から追いついてくれた方も、本当にありがとうございました。

皆さんの乙や感想の一言がとても励みになりました。

長いような短い間でしたが、お付き合い頂きありがとうございます。

鉄吾さん(´;ω;`)ブワッ
そしてやっぱりほうたるには言えなかったか……
予想はしていたけど……
やっぱり切ないな

ともあれ◆Oe72InN3/k さん、お疲れ様でした

乙、いやぁ面白かったです。

>>951
>>952
ありがとうございます。


そして残ってしまった50レス……1000まで行けば自動でHTML化されるんですよね?

>>953
そうですね、1000まで行けば少なくとも依頼は出さなくていい筈です

せっかくですから、まったくアナザーな話でいいですから、ほうえるのイチャラブ話を所望したい!
と言ってみる

>>954
了解です、ちょっと軽く書いて見ますね

一応書けたので投下します。

今回投下するお話は古典部の日常とは無関係です。

奉太郎「煙草うまいな……」

奉太郎「誰も居ない古典部」

奉太郎「そして今日は誰も来る予定が無い」

奉太郎「よし」

奉太郎「……」カチッカチッ

奉太郎「ふうう」

奉太郎「煙草うめぇ……」

奉太郎「これは遠垣内の気持ちが少し分かるな」

奉太郎「学校内で吸う罪悪感、それを上回るハラハラ感」

奉太郎「……たまらん」

ガチャガチャ

「あれ、ドアが閉まっていますね……鍵は職員室に無かった筈ですが……」

奉太郎(な、今日は誰も来る予定じゃなかった筈だぞ)

奉太郎(ま、まずい、とりあえずは証拠を隠さなくては)

奉太郎(窓を開けて換気、ライターと煙草はポケットの中へ)

奉太郎(しかしまだ臭いが残っている……)

奉太郎(ん? あれは何だ)

奉太郎(これは! 里志の清涼スプレー!)

奉太郎「……」プシュー

奉太郎(全部使い切ってしまったが、まあいいだろう)

奉太郎(部室に置きっぱなしにしていたあいつが悪いと言う事で)

奉太郎(それより……)

ドンドンドンドンドンドン

奉太郎(俺が慌てふためいている間に帰ってくれるのを所望していたが……そうはいかないか)

奉太郎(仕方ない、これだけ隠蔽工作を済ませておけば問題は無いだろう)

奉太郎「ん? 誰か来ているのか?」

える「あ、やっぱり居たんですね! 開けてください!」

奉太郎「あ、ああ……今開ける」

奉太郎(しかし内側から鍵を掛けられない事を千反田が思い出さない様、祈るだけだな)

奉太郎(つっかえ棒を外して……)

奉太郎「開けたぞー」

える「あ、折木さんこんにちは!」

える「……何をしていたんですか?」

奉太郎「い、いや……ちょっとあれだ」

える「もしかして、あそこの古い建物に気を取られていたんですね!」

奉太郎「そう、その通り」

える「なるほど……納得です」

奉太郎「うむ」

える「そういえば、少し気になったんですが」

える「……少し、臭くないですか?」

奉太郎「え? 昨日風呂にはしっかり入った筈だが」

える「いえ、そういう訳ではなくてですね……お部屋が、と言う事です」

奉太郎「……そうか? 全く分からないが……」

奉太郎(千反田の嗅覚を想定に入れてなかった)

奉太郎(このままいつもの気になるを出されてしまったら、正直詰む)

奉太郎(考えろ……この状況を打破できる手を……!)

奉太郎(……あれしかないな)

奉太郎「千反田、そんな事より今日は話があるんだ」

える「え? 私にですか?」

奉太郎「ああ、そうだ」

奉太郎「俺は、前から……」

奉太郎「お前の事が好きだったんだ」

える「え、い、いきなりそんな事を言われましても!」

える「わ、わわ私は……」

奉太郎「答えてくれればいい! はいでも、いいえでも、それだけで十分だ!」

奉太郎(これからの事を考えると若干気まずくなるが……退学よりはマシだな)

える「……私も、好きです」

奉太郎「え?」

える「え?」

奉太郎「……い、いや。 ありがとう」

える「はい!」

奉太郎(……正直振られると思ったが、どうしよう)

奉太郎(これはこれで、またとてつもなく面倒な事になってしまった)

える「ふふ、好きです折木さん!」

奉太郎「い、いきなり抱きつくな!」

える「いいじゃないですか、私達、付き合ってるんですし」

奉太郎「ま、まあそうだが……」

える「あの、こっち向いてください」

奉太郎「な、なんだ」

える「……」チュー

奉太郎「なっ! お前!」

える「付き合っているんですし、いいですよね!」

える「慌てる折木さん、可愛いです」

奉太郎「そ、そんな事いきなりされたら、そうなるだろう!」

える「ふふ、ずっと一緒ですよ」

奉太郎「……分かったよ、一緒に居よう」

える「あ、それとですね」

える「キスをしたときに煙草臭いのは嫌なので、やめてくださいね」

奉太郎「え?」

おわり

とてもイチャラブとは言えない代物になってしまった……

なんてこった……

はやっ!
乙です

無茶振りに応えていただきありがとうございましたw

即興でこれだけ書けるなら十分だw

乙乙!

本編の話だけど、>>1は最初から最後のオチは考えていたの?

>>970
いえいえ、ありがとうございます。

>>971
最初からオチは考えていました。
ですがほうたるが最後に言うか、言わないかは正直かなり悩みました。
人は一年程度では中々変わる事ができず、結末で選んだのは言わない方でした。

最初はもっとほのぼのした話を書こうと思っていたのですが、何故かどんどんシリアスになっていきました。

多分、超常現象的な何かのせいだと思います。

(´;ω;`)

切ない…けど面白かった…

乙です!
またいつかハッピーエンドの話を
書いてほしいです

>>1 おつかれさま

この落とし方で批判レスとか、続編希望レスがつかないのは凄いですね…
大抵のスレではそういった書き込みがみられるので、読み手に納得させる書き方が出来ることに尊敬します。
次作も期待しています。ありがとうございました。

>>974
ありがとうございます、多分、近いうちにまた何か書くと思います。

>>975
自分で読み返すと、まだまだ表現が足りていなかったり理解し辛かった部分が多いので、次の作品ではそれも修正できるようにして行きたいです。
ここまで読んで頂きありがとうございました。

台風ガガガ

残りがまだ少しだけあるので……少し本編に関係あるお話を投下します。

最後の最後、える視点からの物となります。

本編終わってからの補足話で申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いください。

それでは5分ほど時間置きまして、投下致します。

私は、待っていました。

折木さんの言葉を、優しい言葉を。

左右に植えられている木は、雪が積もり……まるで、桜の様でした。

……これからは、私は一人で歩かなければなりません。

どんなに気になる事があっても、自分でなんとかしなければならないのです。

……

最後に一度だけ、私は振り返りました。

折木さんは未だに、私の事を見ていて……

私もそれに気付き、できるだけ楽しそうに、折木さんに笑顔を向けます。

……そして、前に向き直り、私は一歩一歩進みます。

折木さんは最後まで、私の望んでいた言葉を言ってくれる事はありませんでした。

ですが、それもまた……折木さんらしくて、素敵です。

……ああ、もう、振り返れません。

今日は、泣かないと決めたのに。

最後の別れくらいは、元気な千反田えるで居ようと思っていたのに。

でもそれも、ばれなければ問題ありません。

今振り返ってしまったら、全部、折木さんには分かってしまうでしょう。

なので私は振り返りません。

……やっぱり、しょっぱいですよ。 折木さん。

涙は、いくら歩いても止まることがありませんでした。

……そうでした、私は何故、言葉を待っていたのでしょうか。

自分から、私から言えば、それで良かったのでは……無いでしょうか。

でも、もう遅いです。

私はもう、歩いてしまっているから。

振り返る事も、立ち止まる事も、もうできないかもしれないです。

それでもやっぱり私は、折木さんの事が大好きです。

絶対に、絶対にこの思い出は忘れません。

例え何年経っても、何十年経っても、私の心の中で生き続けます。

……それくらいなら、許されてもいいですよね。

その思い出は、足枷なんかではなく、私を強くしてくれる、立派な力なのですから。

ふと、風が後ろから強く吹いてきました。

私はそれに、自然と振り返ってしまいます。

……ふふ、やっぱり私は、意志が少し弱すぎるかもしれないですね。

そして、私の視界には既に……折木さんの姿はありませんでした。

私は再び前に向き直り、まだ雪が舞い落ちて来ている空を眺めます。

真っ暗な空から、白い雪がチラチラと散っていて、とても幻想的な光景でした。

える「……でも、ちょっと寒いです」

私は独り、そう呟くと足を再び動かします。

ゆっくり、ゆっくりと。

……さあ、これからは忙しくなりそうです。

気持ちを、どうにか切り替えましょう!

……私、頑張りますよ。 折木さん。

なのでどうか、折木さんも頑張ってください。

いつか、いつかもう一度……会えると信じて。

以上で終わりです。

今度こそ、奉太郎「古典部の日常」は完結となります。

本当に、本当にありがとうございました。

強く生きろよ
えるたそ……

本当に、本当に今までありがとうございました。

次回作

える「古典部の日常」

も是非宜しくお願いします。

>>998
>える「古典部の日常」
な、何だって!

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