P「765プロに潜入、ですか?」(512)

黒井「ウィ。それが貴様の次の仕事だ」

日増しに暖かさを増してきたとはいえ、まだ上着無しでは肌寒さを感じる3月のとある早朝。
俺は961プロダクション社長、黒井崇男に呼び出され、端的にそう言い渡された。




― attention ―
※イーモバ規制のため泣く泣く携帯から投稿します
※書き溜め分が終わったらスローペースになると思いますがご了承ください

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黒井「貴様も765プロの名前くらいは知っているのだろう?」

P「まあ、黒井社長の口から何度かお聞きしたことがありますし、業界関係の情報収集は怠らないようにしていますから」

黒井「フハハハ、流石この私が見込んだだけのことはあるな」

P「…」

黒井社長の人を小馬鹿にしたような高笑いは何度聞いても不快だ。
…この男からすれば自分以外の人間は全て下に見えるのだから、ある意味分かりやすい人物と言えるのかもしれないが。

黒井「でだ、お前は765プロをどう評価している?」

P「…取るに足らない弱小プロダクションだと認識しておりますが」

黒井「その通りだ。やはり貴様は話が分かるな」

そう言って黒井社長は満足そうに頷く。
話が分かるのは結構だが、俺には黒井社長の話が見えない。

P「その765プロに何故リスクを侵してまで潜入する必要が?放っておいても数年後には自然消滅していると思いますが」

黒井「フン、細かいところまで貴様にいちいち説明する必要は無い。互いの利が合えばそれでよかろう?」

P「(互いの利か…)」

そもそも俺は961プロの正式な社員ではない。
元々はそこそこ名の知れた芸能事務所で働いていたのだが、数年前に黒井社長の策略により乗っ取られる形で強制的に961プロと合併させられた。
人気のあったアイドルはそのまま961プロの所属となり、その他プロデューサーや事務員、そして日の目を見ることの無かったアイドル達は一部を除いてそのほとんどが退社を余儀なくされた…が、何故かその一部に当時事務員だった俺も含まれていた。

P『…何故俺を残したんですか?』

黒井『貴様はあの微温湯の中でただ一人、確固たる野心を持って動いていたようだからな。いい駒になりそうだと思ったまでだ』

平然と他人を駒と言い放つ不遜な言動もさることながら、何より俺は自分の心の内を見抜かれたことに驚きを隠せなかった。

俺の宿望は自身の手で芸能プロダクションを立ち上げることであり、最初の事務所で働いていたのもあくまで人脈とコネを広げるための一過程に過ぎない。
事務所設立のためにある程度まとまった資金が必要だったこともあり、俺は莫大な報酬と引き換えに、表向きはフリーのプロデューサーとして黒井社長の駒となった。

P「…分かりました。それで潜入の目的ですが、所属タレントの引き抜き、あるいは社外秘情報の入手あたりですか?」

黒井「ノンノンノン、もっと単純明快な仕事だ」

P「?」

黒井「貴様には本来の仕事をしてもらうだけだ。プロデューサーとしてアイドルを育てる、というな」

P「は…?」

全く単純明快ではない。
確かに俺はフリーのプロデューサーという肩書きで動いているが、それはあくまで謀略を仕組んだ961プロの存在をカモフラージュするために過ぎない。
仮に工作が失敗してもトカゲの尻尾のように俺だけが切られ、961プロは白のままというわけだ。
故にプロデューサーの名など俺にとっては単なる傀儡に過ぎず、まともな形でアイドルをプロデュースしたことなど一度も無い。

…そもそも今まで数え切れないほど裏工作を命じてきた黒井社長の口から"本来の仕事"と言われるのも滑稽な話だ。

黒井「フン、意味が分からないとでも言いたそうな顔だな」

P「ええまあ、ですが理由を聞いても教えてはくれないんでしょう?」

黒井「ウィ。私は無駄な時間は使わない主義だからな。だが勘のいい貴様のことだ、概ね予想はできてるのだろう?」

P「…まあ、大体想像はつきます」

酒の席でつらつらと思い出話を語れるほど長い関係ではないが、この数年で俺にもこの男の底知れぬ腹黒さくらいは理解できている。

魚を稚魚のまま食べることはない。
餌をやり、成長させて、脂が乗ったところを食らう。

俺はこの男のそういう手口を数え切れないほど見てきた。

…共犯者の俺が言えた話ではないのだろうが。

P「東京都大田区矢口2丁目1番765号…さて、と」

黒井社長の命を受けてから早一月、俺は765プロダクションの事務所前に来ていた。

この765プロは長いこと新規のプロデューサーを募集していたようで、俺の採用は履歴書の送付と簡単な面接で驚くほどあっさり決まった。
本来こういった任務を遂行する際、単なるフリープロデューサーでは採用されることはまず無いので、961プロの根回しにより(表向きは)関係の無い第三者からの推薦という形で潜入することになる。

しかし今回は何故かそういった根回しが一切無く、その結果履歴書の経歴欄も『最初にいた事務所を退社後は無職』という内容にせざるを得なかった。

採用されるのか正直怪しいものだったが、とんとん拍子で決まったところを見るに、思っていた以上に切羽詰っていたようである。

P「(しかし何度見ても小さな事務所だ…)」

今日からプロデューサーとしてこの事務所で働くことになるわけだが、何と言うか事務所の佇まいから既に弱小なオーラを醸し出している雰囲気がある。
これを黒井社長曰く"中堅クラス"と呼べる程度まで成長させなければならないのだから頭の痛い話だ。
だが、この仕事の報酬さえ入れば事務所設立の目標資金にかなり近づくこともまた事実。
意を決して、俺は765プロの扉を開いた。

P「おはようございます」

小鳥「あ、おはようございますプロデューサーさん。今日からよろしくお願いしますね」

彼女の名前は音無小鳥。
765プロで事務員をしており、役職は違うが俺の同僚となる。
面接の際に顔を見ていたので、ここの社長を除けば唯一765プロで事前に話したことのある人物だ。
特に大した話はしていないのだが、面接後に「絶対受かってくださいね」と言っていたのが記憶に残っている…が、正直あの時点で俺にそんなことを言われても困る。
ま、お陰さまで無事に一緒に働けることになったわけだが。

P「今日は自分の顔見せが主になると思いますが、一先ず今月のスケジュールだけ確認させてもらってもいいですか?」

小鳥「え、あ、はい。えーと…あのホワイトボードに」

P「…」

ホワイトボードはその名の通り真っ白だった。
どうやら俺が思っていた以上に765プロは重症なようである。

黒井社長がこの現状を知っていたのかは定かではないが、今回の仕事は予想以上に一筋縄ではいかないようだ。
むしろこの事務所が何で今まで生き残ってこれたのか不思議で他ならない。

律子「おはようございまーす」

P「おはようございます」

ホワイトボードの白さとは対照的な先行きの真っ暗さに頭を抱えていると、スーツ姿の眼鏡の女性が挨拶をしてきた。

律子「ん?ああ、あなたが新しいプロデューサーですね。同じくプロデューサーの秋月律子です。よろしくお願いします」

外見年齢は二十代前半程度…下手すると十代にも見えるのだが、この事務所はこんな若い女の子にアイドルのプロデュースを任せていたのか?
人員不足にもほどがあるだろう。
最早呆れてものが言えない。

P「Pです、こちらこそよろしくお願いします。ところでそろそろ始業の時間ですが他の社員の方は?マネージャーとか…」

小鳥「これで全員ですよ?」

さらに頭が痛くなったのは言うまでもない。

無いに等しいスケジュールの調整に事務所の備品や機器類の確認、その他これからの勤務に必要なことを音無さんから教えてもらい、自分のデスクを整理し終える頃にはもう昼前になっていた。
今日は("今日も"と言った方が正しいかもしれない)所属アイドル達に仕事は入っていないのだが、俺の顔見せと今後の活動の打ち合わせで午後から集まってもらうことになっているらしい。

高木「どうだね調子は?」

昼休み、765プロの社長に誘われて下の階にある居酒屋で昼食をとることになった。

P「気を遣っていただいてありがとうございます。とりあえず不自由はありませんので問題無いです」

765プロ社長、高木順二朗。
俺の主観になるが、黒井社長とは全くタイプの異なる人物と言える。
社員や所属アイドル達のことをかなり信頼しているようだが、765プロの現状を見るに、経営者としてはあまり優秀な人物とは言えないようだ。

高木「君には苦労をかけると思うがよろしく頼むよ」

P「…早急に結果が出せるよう手を尽くすまでです」

高木「頼もしいねえ。君を見てティンときたのはやはり間違いでは無かったようだ」

だがこういうタイプの方が扱いやすいのも事実。
アイドルの育成方針も任せてくれるようだし、余計な口を挟んでくるような奴よりは余程マシだ。

昼食を終えて社長と事務所に戻ってくると、なにやら中が騒々しくなっていた。
どうやら所属しているアイドル達が既に集まっているようだ。

高木「おお、もう集まっていたのかね。それじゃ少し早いが期待の新プロデューサーを紹介しよう。君、入ってきてくれたまえ」

高木社長に促されるまま事務所の中に入り、集まっている少女達を見渡す。
下は13から上は21の全部で12人、この子達が俺がこれから育てなければならないアイドル達だ。

P「Pといいます。これから全力で皆さんのプロデュースをさせていただきますので、よろしくお願いします」

…これは紛れも無く俺の本心だ。
俺がプロデューサーとして存在している間は、全力を持ってこの子達を育て上げ、業界での765プロの名を上げてみせる。

だが、その先は…俺が関与する話ではない。

P「…というわけで、とりあえず今週は概ねスケジュール通りになるが、来週からはかなり予定を変更することになると思う」

簡単な自己紹介を終えた後、早速彼女達の今後の仕事について話を進める。
黒井社長の指示により彼女達のプロデュースに961プロの力は使えないことになっているが、いずれ独立するときのために俺個人で業界内にはある程度のコネを作っておいてある。
長期間途切れない程度に仕事を回してもらい、徐々に彼女達の力で仕事を増やせるようにするのが一番効率的だろう。

亜美「ねえねえ」

P「何だ双海妹?」

亜美「ぶ~…亜美って呼んでよ」

P「駄目だ。さっき言った通り俺は皆のことを苗字で呼ぶし、お前達の区別は姉と妹でつける」

真美「かったいなーお兄さん」

P「…プロデューサーと呼びなさい」

不要な馴れ合いは組織全体を腐らせることにつながる。
打ち合わせが始まってまだ三十分も経っていないが、どうやらこの事務所は空気が緩過ぎるようだ。
高木社長が散々甘やかした結果なのだろうが、まず彼女達にはアイドル…延いてはプロとしての自覚を持ってもらう必要がある。
最年少のこの双子姉妹も当然例外ではない。

P「…というわけで今日のところはこれで終わりだ。何か今後の活動に関して要望とかがあれば個人的に言ってくれ」

一時間程度の打ち合わせが終わり、ようやく一息つける。
あの双子はまだ呼び方に不満があるようだったが、しばらくすれば慣れていくだろう。

春香「あの、プロデューサーさん…」

デスクに戻ってコーヒーを飲んでいると、頭にリボンをつけた少女が話しかけてきた。

P「天海か、どうかしたのか?」

春香「いえ、これから私たちのことよろしくお願いします!」

そういっていきなり深々とお辞儀をしてくるものだから、思わず面食らってしまう。

P「あ、ああ、よろしく」

春香「それでは失礼します!」

それだけ言うと彼女は走って立ち去って…

ドンガラガッシャーン!!

…何も無いところで転んだ。
そういう路線のキャラなのか?

P「はい、はい、ありがとうございます!」

765プロに入社…もとい潜入して早三週間が経過しようとしていた。
予告どおり最初の一週間はほとんど白紙のスケジュールだったが、今はマイナー誌のモデルや地方イベントへの参加など、小さな仕事が少しずつ入ってきたところである。
今も新しい仕事がまた一本増えたところだ。

小鳥「プロデューサーさん、絶好調みたいですね」

P「…まあまあですね。少しはマシになりましたがスケジュールにはまだ空きが多いですから」

小鳥「ふふふ、私も頑張らなくちゃ」

音無さんと秋月プロデューサーは思っていた以上に優秀だった。
事務仕事のほとんどは音無さんが処理してくれているし、秋月もまだ未熟とはいえそれなりのサポートはしてくれる。
おかげで俺は営業の方に集中でき、アイドルの売り出しも順調だ。

プルルルルルルルル

P「(ん、秋月からか?)もしもし」

律子『プロデューサーですか?お疲れ様です』

P「お疲れ、どうかしたのか?」

律子『今日のダンスレッスンは真と美希と響の予定でしたよね?13時からだったんですがまだ響がスタジオに来てなくて…』

時計を見ると既に13時半。
各々家から直接行くことになってるはずだが…まさか遅刻か?

P「電話は繋がらないのか?」

律子『さっきからかけてるんですが…』

P「分かった、家に確認してくるからお前たちは先に始めててくれ」

我那覇響の家まで車を飛ばしてきてみたが、鍵もかかってるしインターホンを押しても反応が無い。
仕方が無いのでスタジオまでの経路を辿ってみたところ、道中の公園で見覚えのある黒髪ポニーテールを見つけた。

P「お前は何をやってるんだ?」

響「ブロデューザー…グスッ」

呼びかけに振り向いた我那覇の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
お前は本当にアイドルなのか。

P「いろいろ突っ込みたいところだが、何があった?」

響「ハム蔵が…」

P「ハム蔵?」

ああ、あのいつも頭に乗っけてるハムスターか。

響「ハム蔵がいなくなっちゃったんだぞ~!」

P「…は?」

一向に泣き止まない我那覇を無理やり車に乗せ、とりあえず事務所まで連行する。
あの状況では一歩間違えたら通報され兼ねん勢いだからな。
事務所に戻るとスケジュールの確認に来ていた高槻やよい、水瀬伊織の姿もあった。

小鳥「ほら響ちゃん、顔を拭いて」

響「うぅ~…」

やよい「響さん元気出してください…」

伊織「全く、見てらんないわね」

P「…」

泣きながらだったので非常に分かりにくい説明だったが、とりあえず大体の事情は把握できた。
今日の午前中、我那覇はあの公園でペットのハムスターと日向ぼっこをしていたそうなのだが、春の暖かな陽気で少し眠ってしまったらしい。
で、目が覚めたら横にいたはずのハムスターが行方不明になってしまっていた…という話だそうだ。

ちなみに目が覚めたのは12時半頃らしいので、その時間ならレッスンにも十分間に合うし、最低限事務所に連絡を入れることもできたはずだ。
何と言うか、深い溜息しか出てこない。

P「はあ…。我那覇、お前はどれだけ人に迷惑をかけたのか分かっているのか?」

響「…!」

小鳥「プロデューサーさん、今は…」

P「音無さんは黙っててください。いいか、お前からの連絡が無かったせいで皆が心配したんだ。それに今回はレッスンだったからまだ良かったが、これが仕事だったらどうなっていたと思う?」

響「…」

P「たかがペット一匹いなくなっただけで連絡もできないほど動揺する…そんな調子で仕事が成り立つと本気で思ってるのか?」

響「ぅ…」

やよい「あのっ、プロデューサー…」

伊織「ちょっとあんた流石に言いすぎじゃ…」

響「…ットじゃないぞ」

P「ん?」

響「ハム蔵はペットじゃない!!自分の、大事な、家族なんだ!!」

P「!?」

響「プロデューサーのフラー!!ポッテカスー!!!!」

そう思い切り叫んだかと思うと、我那覇は勢いよく外へ飛び出していった。

やよい「響さーん、待ってくださーい!」

一瞬の沈黙の後、我那覇の後を追うように高槻も外へ走っていった。

伊織「あんたのこと少しは評価してたんだけど…誤解だったみたいね」

そう言い残して水瀬も二人の後を追っていき、事務所には俺と音無さんだけが残された。
沈黙の中、音無さんはじっとこちらを見つめてくる。

P「…何か言いたそうですね」

小鳥「いえ、プロデューサーさんが言ったことは確かに正論ですから」

P「ええ」

少なくとも俺は間違ったことを言ったつもりはない。
我那覇はあのままではプロとして通用しない、それだけだ。

小鳥「でも、正論をそのままぶつけることが正解じゃないこともあると思います。特に年頃の女の子達の場合は色々複雑ですから」

P「どういう意味ですか?」

小鳥「それは自分で考えないとダメです。彼女達と信頼関係を築くことがプロデューサーの一番の仕事ですから」

P「(信頼関係…?)」

プロデューサーはアイドルに仕事を持ってきて、アイドルはその仕事を100%の力で行う…それができていれば十分ではないか。
俺達の関係にそれ以上も以下も無い。

P「…とりあえず我那覇の明日のレッスンはキャンセルしといてください。あの様子ではどうせ身が入らないでしょうし」

すっかり日も暮れた帰り道。
俺は音無さんの言葉の意味を考えていた。

P「(確かに言い方がきつくなったのは認めるが…)」

我那覇との関係が悪くなっても他にまだアイドルは何人もいる。
こんなくだらないことで一々頭を悩ます必要は無いはずだ。

(響『プロデューサーのフラー!!ポッテカスー!!!!』)

だが何故か…あの時の彼女の怒ってるような悲しんでいるような複雑な表情が頭から離れない。

P「…む」

考え事をしながら歩いていたせいか、気付いたらいつもと違う道を歩いてきてしまっていた。
この道は…昼に我那覇を探した時に通った道だな。

P「…とっとと帰るか」

そう思って来た道を戻ろうと振り返ったとき、不意に後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

響「やよい、伊織、今日はありがとう。でももういいんだ。早く帰らないと家の人が心配するぞ」

やよい「う~、でもまだハム蔵が見つかってないですし…」

伊織「そうよ、あんたにとって家族みたいに大事な存在なんでしょ?」

響「うん。でもここから先は自分一人でもなんくるないさー。…プロデューサーの言うとおり、周りの人に心配かけるのはダメなんだぞ」

伊織「…分かったわ。今は一度帰るけど、もし明日になってもまだ見つかってなかったら、また探すの手伝うからね?」

やよい「もちろん私も手伝います!」

響「二人とも…自分のために…うぅ…ありがとう」

やよい「あわわ、響さん泣かないでください~」

伊織「ほら、ハンカチ貸してあげるから顔拭きなさい」

響「うぅ…ハム蔵…どこにいるんだ」

P「…」

P「(あいつら、あんなに泥だらけになって…)」

765プロへの入社が決まって一番最初の仕事は、彼女達のプロフィールを確認することだった。
それぞれの特技、セールスポイントの他、出身地や家族構成にいたるまで、さしあたり営業で必要になりそうな情報は全て頭に入れてある。

P「…」

故に、我那覇が家族と離れて単身で沖縄から上京してきていることも知っている。
…俺はその情報から我那覇のメンタルは強いものなのだと勝手に思い込んでいた。

だが実際のところ彼女は普通の16歳だったのだ。
家族と離れて寂しい、だから一緒に住んでるペットを家族のように深い愛情で可愛がる。
俺はその彼女の"家族"を"たかがペット"と言い放った。
振り返って考えてみれば明らかに軽率な発言であり、彼女を傷つけるには十分過ぎた。

P「…」

だが、それが分かったから何だと言うのだ。
明日になったら「昨日は言い過ぎた、すまない」と簡単に謝ればそれで済む話だ。
それ以上彼女に深入りする必要は無い。
俺がすべき仕事は彼女達をプロデュースすることだけなのだから…。

翌日の昼休み、俺は外で食事をした後そのまま営業に行くと音無さんに伝え、一人事務所を後にした。

P「はい、そうですか…いえ、ありがとうございました」

昼休憩のサラリーマンが愛妻弁当を広げたり、ベンチに横になって惰眠を貪っている都会の公園。
手に持ったリストの中のたった今電話をかけた番号に線を引き、続けてその下に記載されている別の番号に電話をかける。

P「…もしもし○×動物病院ですか?すみませんが少し確認したいことがあるのですが…」

…我ながら無駄なことをしているとは思っている。
家の中ならまだしも屋外で消えたハムスターを見つけ出すなど、誰がどう考えても無謀な話だ。
だが、自分でも良く分からないがどうしても行動しないと気が済まなかった。

P「はい、いえ、ありがとうございました…」

周辺の動物病院全てに電話で確認してみたが、当然そう簡単に見つかるはずもない。
動物病院の人は何か情報が入ったら連絡すると言ってくれたが、正直期待はできないだろう。
ハム蔵が行方不明になった公園の周囲も一通り探してみたが、結局何の収穫も得られなかった。
他に残された手段と言えば…。

子供「ハムスター?う~ん、知らないです」

P「そうか…ごめんな、ありがとう」

…聞き込みくらいしかない。
平日の昼下がりに我ながら一体何をしているんだろうな。

伊織「あんた…こんなところで何してるのよ?」

P「!」

突然、背後から自問と同じ質問を投げかけられた。
捜索範囲が限られている以上、鉢合わせしないように警戒はしていたが…まあ、これも想定の範囲内だ。

P「…営業の帰りに軽く様子を見に来ただけだ。他意は無い」

伊織「あらそう。茂みに頭を突っ込んだり、道行く下校中の子供に話しかけてたから、てっきりあんたもハム蔵を探しに来たのかと思ったんだけど?」

P「見てたんならわざわざ聞く必要ないだろう」

捻くれた性格だな。
俺が言ったら失礼かもしれないが。

伊織「でも来るとは思ってなかったから正直驚いてるわ」

P「…我那覇のダンスは765プロでもトップクラスだからな。モチベーションの低下は今後の活動に少なからず影響があると判断しただけだ」

伊織「はいはい、面倒くさい性格ね」

ばっさり切られたが、こいつにだけは言われたくない気がするのは気のせいだろうか。
まあ、我那覇本人と鉢合わせしなかっただけ良かったと言えば良かったのかもしれないが。

伊織「響とやよいはこっちとは反対の方を探しに行ってるわ。で、何か収穫はあったの?」

P「無い」

伊織「でしょうね…。と言うか何であんた子供達に聞き込みなんてしてたの?傍から見たら完全に不審者よ?」

P「あのハムスターはハムスターとは思えないほど我那覇に懐いていたからな。一匹でどこかに行く…少なくとも我那覇の側から勝手に離れることはそう無いんだろ?」

伊織「まあね、別に喧嘩とかもしてなかったわけだし」

P「となれば、何らかの外的要因があって姿を消したと考えるのが妥当だ」

伊織「例えば?」

P「他の動物に襲われて逃げ出したか、誰かに連れてかれたか…」

伊織「襲われたって…」

P「とは言えこの公園にいる他の動物といえばリードを付けた犬くらいだからな。俺はとりあえず後者だと仮定して探している。そうなれば大人と子供どっちに聞くのが早いかって話だ」

伊織「成程ね…確かに大の大人がハム蔵を連れて行くとは考えにくいわ」

と、穴だらけのテキトーな推理を並べてみたが、どうやら水瀬は納得したようだ。
昨日の今日でまだ見つからないことを考えれば、あのハムスターが戻ってくる可能性はゼロに等しいと言ってもいいだろう。
恐らくもう…ま、少なくとも彼女達の前で口に出すことではない。
誰かに拾われたのだと思わせておけば、まだ我那覇のメンタルへの影響は少なくて済むはずだ。

P「とは言え聞き込みをしても収穫は無し…となれば、後は貼り紙でも作って連絡を待てば…」

無難な提案をしてこの件に一先ずの決着をつけようとしたところ、不意に誰かにズボンを引っ張られた。

男の子A「なあなあ、ハムスターマニアの変なおっちゃんってお前?」

P「…」

伊織「ぷっ…」

訂正すべき点が三つある。
俺はハムスターマニアではないし、変人でもない。
あと、おっちゃんと呼ばれる年でもない。

まあ、子供相手に怒るほど短気でもないが。

P「何かハムスターについて知ってるのか?」

男の子A「知ってるんだけど…何だか喉が渇いちゃったなあ」

これがゆとり…いや、交換条件を提示するとは中々将来有望だ。
この程度で怒るほど短気じゃないさ。

P「わかった、そこの自販機でいいか?」

男の子A「お、話が早いね~。おーい!みんなー!このおっちゃんがジュース奢ってくれるってさー!!」

P「!?」

伊織「あんたも災難ね」ゴクゴク

P「何でお前も飲んでるんだ?」

伊織「余ってたんだからいいじゃない。運ぶの手伝ってあげたんだし」

結局、公園で遊んでいたあの少年の友人達(計10名)の分もジュースを奢ることになってしまった。
人数は伊織に数えてもらったのだが…水増しされたようだな。

伊織「後二本残ってるからやよいと響にあげようかしら」

…どう見ても故意犯だが突っ込むべきなのか。
俺の分は勘定に入ってないし…まあいい。

P「で、肝心のハムスターについて聞かせてくれるか?」

男の子A「ああ、えーと…あ、いたいた。あいつだ」

そう言って少年は下校中の一人の女の子を指差した。

P「(ん?あの子は…)」

男の子A「昨日駅前のペットショップで見かけてさ。確かハムスターの餌見てたな」

男の子B「あ、俺も昨日空き地の近くで慌てて走ってるの見たぜ。何だろうと思ったら小さい箱抱えててさー」

男の子C「お前ら良く見てるなー。あ、もしかしてあいつに気があるんじゃ…」

男の子A「なっ、ふざけんなよ!」

男の子B「つーか、あいつまだ転校してきたばっかでぼっちじゃん」

ヤイノヤイノ、ガヤガヤ

伊織「それは確かに怪しいわね…早く話を聞きに行きましょ」

P「待て」

件の女の子に向かって走り出そうとする水瀬の腕を掴む。
全く、もう少し落ち着いて行動できないものか。

伊織「ちょっと何よ、あんたさっきの話聞いてなかったの?とにかくあの女の子に話を…」

P「…あの子にはさっき別の場所でもう話を聞いてるんだ。そしたら『知らない』って言われた」

伊織「そんなの嘘かもしれないじゃない!」

P「仮にそうだとしても俺達からは証明しようがない。無理やり聞いても防犯ブザーを鳴らされて終わりだな」

伊織「…っ」

P「まだ無名とは言え自分がアイドルだということを忘れるな。余計なトラブルを作ってどうする?」

伊織「でも…それじゃ響が…」

そう言って歯を食いしばる水瀬の目には小さな涙が浮かんでいた。
こいつといい我那覇といい…自分以外のことでよく簡単に泣けるものだ。
これが音無さんの言っていた"年頃の女の子"というやつなのだろうか。

伊織「…」

P「…誰も諦めるとは言ってない。その代わりお前にも少し協力してもらうぞ」

公園から少し離れた住宅街。
下校中の小学生に混じりながら、俺と水瀬は件の女の子のすぐ近くを歩いていた。

女の子「…」

伊織「(…そろそろいいかしら)…で、あんたのハムスターは見つかったの?」

P「いや、それがまだなんだ。一体どこに行ったのやら…」

女の子「…!?」

P「(…聞こえてるみたいだな)はあ…」

伊織「大事に育ててたものねえ、あんたも寂しいでしょうに」

P「寂しいのもそうだけど、何より心配なんだよ。本当は昨日病院に連れて行く予定だったからさ…」

伊織「病院?何か病気にでもなったの?」

P「ああ、先週突然血を吐いて慌てて病院に連れていったんだ。大事には至らなかったけど、念のため昨日もう一度診てもらうことになってたわけで…」

伊織「それは心配ね…」

P「餌も制限されててさ…向日葵の種とか好物だったんだけど食べさせちゃだめって言われて…」

女の子「!?」ダッ

伊織「…」

P「…」

伊織「うまくいった…のかしら?」

P「後はもう待つしかないな。あの子の良心に賭けてみるさ」

伊織「でもあんたも策士よね…普通こんなこと思いつかないわよ。ま、伊織ちゃんの類稀なる演技力があったからこそ可能だったわけだけど」

P「…慣れてるからな」ボソッ

人を騙すことは。

伊織「何か言った?」

P「いや、確かにお前は大した奴だよ」

伊織「にひひっ、もっと誉めてもいいのよ」

P「で、さっきも言ったが事が終わるまで我那覇には…」

伊織「分かってるわよ。ぬか喜びさせるわけにもいかないし…とりあえず一度休むようにだけ言っとくわ」

水瀬は素の性格に似合わず、意外と仲間思いなところがあるようだ。
俺が昔いた事務所や961プロのアイドル達はもっとギスギスした関係だったが…ま、765プロはまだ小さい事務所だからな。
人気を競って争うことも無いんだろう。

その後、俺は水瀬と分かれて一人で事務所に戻った。

P「戻りました」

小鳥「お疲れ様です。営業はどうでした?」

そういえば営業に行ったことになってたんだったな。
仕事もしないで、我ながら本当に何をしていたんだろうか。

P「あー…ぼちぼちですね」

小鳥「ハム蔵は見つかりました?」

P「いや、そう簡単に…!?」

小鳥「そうですか♪」

P「いえ、水瀬と会って話してまだ見つかってないって聞いて、別に俺が探してたわけでは…」

小鳥「ふふっ、とにかくお疲れ様です」

…見かけによらず鋭いところがある人だ。
カマをかけられただけかもしれないが、油断できないな。

P「(この人はなるべく敵に回さないようにしよう…)」

そう心の中で思いつつ事務所で音無さんと事務処理をこなしていると、不意に胸ポケットに入れていた携帯が着信を知らせてきた。
…どうやら餌に魚がかかったようだ。

獣医『今女の子が慌てながら「もしかしたら病気になっちゃったかもしれない」って言ってハムスターを一匹連れてきたんですよ。元から飼ってたと本人は言い張ってますが、じゃあ治療するから親御さんの連絡先を教えてって言ったらそのまま黙ってしまいまして…』

そう連絡を受け、急いで病院に向かう。
音無さんが何やら機嫌良さそうに微笑んでいた気もするが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

P「ハム蔵は?」

獣医「こちらです」

案内された先には透明なケージがあり、その中で一匹のハムスターが静かに眠っていた。
その姿は事務所から持ち出した我那覇の宣材写真に(何故か)写っていたハム蔵と同じだった。
違うところといえば足に包帯を巻いているところくらいか。

P「足、どうかしたんですか?」

獣医「大した怪我じゃないので大丈夫ですよ。それより…」

女の子「…」

P「やっぱり君か…」

予想通りと言うべきか。
女の子は俯いたまましばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

女の子「お兄さん、ハムスターが病気だって…」

P「…それは嘘だよ。ハム蔵を見つけるためのね」

女の子「私、心配になって慌てて連れてきたのに…ひどいよ」

P「ああ、俺は酷い奴だ。だけど君も俺に『知らない』と嘘を吐いた。だからおあいこだよ」

女の子「う…」

P「聞かせてくれないか?ハム蔵をどこで見つけたのか」

女の子「…」

女の子は言い出しづらそうに口ごもっていたが、やがてポツリポツリと小さな声で話し始めた。

この子がハム蔵を見つけたのは昨日の下校途中らしい。
公園から少し離れた空き地の茂みで、足から血を流しているハム蔵を見つけて慌てて保護したそうだ。
近くに黒い羽が落ちていたようなので、恐らくカラスあたりにでも追いかけられたのだろう。
動物に教われたか、人に連れてかれたか…どちらかとは思っていたが、まさか両方だったとはな。

P「そうだったのか…ありがとな、ハム蔵を助けてくれて」

女の子「…」

さて、何はともあれ無事に見つかったのだからこれ以上ここにいる必要は無い。
仕事も残ってるわけだし、さっさと治療費だけ払って事務所に戻るとしよう。
しかし所属アイドルのペットの治療費って経費で落ちるのだろうか…?
ま、とりあえずこれで全て元通り…。

女の子「お兄さん、ハム…ハム蔵連れて行っちゃうの?」

P「ああ、こいつの本当の飼い主が今も必死に探してるだろうからね。早く連れて帰らないと…?」

女の子「そう、だよね…ごめん、なさい…わたし…こっちに来てから…いつも一人で…せっかく…友達ができたと思ったのにっ…」

女の子「う、ううっ…ひっく…う」

(響「うぅ…」)

P「!」

ふと、この子の泣き顔と我那覇の泣き顔が重なって見えた。

P「(そうか、この子も…)」

この子も我那覇と同じで、一人ぼっちの寂しがり屋なんだ。
…俺がすべきことは、そんな子から友達を奪うことなのか?

P「(…らしくないな)」

全く持ってらしくない。
今までならそんな余計なことを考える間もなく、ただ淡々と命令を実行するだけだったのに。
黒井社長から離れて少し考えが甘くなってしまったのだろうか。

P「(まあいい、悩むだけ時間の無駄だ)」

携帯を取り出し我那覇にメールを送る。
あいつのことだ、恐らくすぐに飛んでくるだろう。

今の我那覇には一緒にいる動物だけじゃなく、困ったときに助けてくれる水瀬や高槻みたいな友人がいる。
だからこの子にも…。

P「…ちょっと待ってて、今ハム蔵の家族を呼んだから」

響「ハム蔵~!会いたかったさーーーー!!」

P「(メールしてから五分も経ってないが…)」

予想より遥かに早い到着だが、一体どこにいたんだこいつらは。

伊織「私が一緒だったんだもの。この程度の距離ならあっという間よ」

P「意味が分からん」

やよい「うっうー!響さん良かったですー!」

P「全く…再会を喜ぶのはいいが、まず見つけてくれたこの子にお礼を…」

響「にふぇーでーびる!…じゃなくて、ありがとう!感謝してもしきれないぞ!!」

女の子「う、うん…」

感謝してるのは痛いほど伝わるが、あまりの興奮ぶりに明らかに女の子が怯えてしまっている。
…まあ、このテンションの高さならこれからする提案も特に問題は無いだろう。

P「さて…今回は何とか事無きを得たが、今後また動物がらみでトラブルが起きないとも限らないな」

響「うっ…」

P「現状でこんな有様だからな…今後仕事が増えて多忙になったら一体どうするつもりだ?」

響「それは、その…」

P「大体、あれだけの動物を一人で世話してるのがそもそも間違いなんだ」

響「いやでも…」

P「そうだな、例えば我那覇と一緒に…有事の際には我那覇の代わりに動物達と遊んでやれる人でもいれば、少しはマシになるかもしれないが…」

やよい「それなら私がっ(モガモガ」

伊織「しっ」

P「我那覇と同じくらい動物が好きな子がいれば最適なんだが…。中々見つかるもんじゃないからな…」

響「…?」

P「うーん、それで悪いんだけど、君にその役目をお願いしてもいいかな?」

女の子「えっ?」

P「もっと簡単に言えば、我那覇の友達になってくれないか?ついでにこの二人とも」

響「…で、昨日は一緒に公園でシマ男と遊んだんだぞ!」

亜美「それって前言ってた女の子のこと?」

真美「動物好きなんだっけ?第二のひびきんだね~」

あの騒動から数日が経ち、ハム蔵が無事に退院したことでようやく全てが丸く収まった。
今思えば我ながら無茶な振りだったが、何だかんだであの女の子と我那覇は友達となり、今では暇な時はほとんど一緒に遊んでるくらい仲良しになっている。

小鳥「響ちゃんとっても楽しそうですね。これも全部プロデューサーのおかげです」

P「別に…一番効率良く解決できそうな方法を取ったまでですよ。そもそもハム蔵を見つけたのはあの子ですし」

小鳥「そうですか、ふふふ♪」

結果的に深入りする形になってしまったが、我那覇のモチベーションを下げずに済んだだけ良しとしよう。
前述の通りダンスの実力はこの事務所でもトップクラスだし、遅れた分を早く取り戻さなくてはならない。
それに…思わぬ副産物もあったことだしな。

P「我那覇、そろそろ出るぞ」

響「はいさーい!」

響「でも動物病院のイメージガールになるとは自分思ってなかったぞ」

P「怪我の功名というやつか」

あの動物病院の獣医さんが我那覇とハム蔵の再会にいたく感動して、まさか広報に掛け合ってくれるとはな。
運がいいというか、出来すぎた話というか…。

響「これも全部プロデューサーのおかげだぞ。で、その、自分ちょっと前にプロデューサーに酷いこと言っちゃったけど…」

P「『フラー』とか『ポッテカスー』とかか?」

響「しっかり覚えてるさー!?」

P「分からないことはすぐに調べる主義だからな。もちろん意味も把握している」

響「あれは、その、勢いで…うぅ、ごめんなさい」

P「別に一々気にしてないさ。…酷いこと言ったのは俺も同じだしな」ボソッ

響「?」

P「何でもない。とにかく今は目の前の仕事に集中しておけ。せっかくその、なんだ…"家族"と一緒の仕事なんだからな」

響「プロデューサー…なんくるないさー!自分完璧だからなっ!!」



続く。

ググったら同じ酉が結構いるみたいなんで訂正。

度々失礼、それでは。

モバゲに招待されたのがきっかけで、
アニメではまってゲームもプレイしましたが、
まさか同じテーマのコミカライズがあるとは…。
気になるので今度買って読んでみることにします。
…ネタが被ってなければいいですが。

それはともかく、読んでくれてる人がいると思うと筆の進みも早くなりますね。
順調にいけば今夜中にもう一本いけそうな気がします。

それでは。

P「今日もいい天気だな…」

五月晴れの空は清々しいほどに青く広がっている。
辺りの木々もすっかり鮮やかな緑色となり、爽やかな風が事務所を通り抜けていった。

765プロに来て早一月。
自分で言うのもなんだが、仕事に関してはかなり順調と言っていい状態だ。

小鳥「今日はプロデューサーさんは春香ちゃんの付き添いでしたっけ?」

P「ええ、留守をお願いします」

アイドル達に関しても、最初こそ個性がバラバラで采配に困ることが多々あったが、今では大体の適材適所が分かるようになってきている。
この調子なら早ければ一年もしないうちにそこそこのレベルには達するはずだ。

春香「プロデューサーさん!おはようございます!」

P「おはよう。今日の午前はショッピングモールのイベントだからな。準備が出来たらすぐに出るぞ」

春香「はい!」

そう元気よく返事をして更衣室に向かったと思ったら…

ドンガラガッシャーン!!

…また何も無いところで転んだ。
そういう路線のキャラでいいのか?

春香「あいたたたたた…」

貴音「春香、大丈夫ですか?」

そう言いながら銀髪の少女が天海に手を貸す。
彼女の名は四条貴音、765プロのアイドルの一人なのだが…。

P「(正直、一番扱いに困ってるんだよな…)」

ミステリアス…と言えば聞こえはいいかもしれないが、言い方を変えれば謎が多く掴みどころが無いとも言える。
スタイルの良さはこの事務所でも上位クラスなので、主にグラビアやモデルの仕事を回しているが…。

P「(ま、現状特に問題がある訳でもない。気にしても仕方無いか)」

貴音「…プロデューサー」

P「どうした四条?お前は確か九時からスタジオ入りだろ」

貴音「もし宜しければ本日の昼餐をご一緒させていただきたいのですが」

P「は?」

正直、意外な言葉だった。
スケジュールの都合で所属アイドルと昼食を共にすることは何度かあったが、それ以外で誘われたのはこれが初めてだ。
さらにその相手が四条ともなれば驚きも一入である。

…まあ、誘うからには誘うだけの何らかの事情があるのだろう。
スケジュール的にも昼間は空いているし、無下に断る理由も無い。

P「分かった。天海の仕事が終わったら事務所に戻るから、お前も撮影が終わったら事務所で待っててくれ」

貴音「ありがとうございます。それでは失礼致します」

そう言って深々とお辞儀をして、四条は悠然と事務所から出て行った。

P「(ま、大方仕事の相談だろう…)」

小鳥「モテモテですね、プロデューサーさん♪」

P「たかだか昼食で大げさですね」

小鳥「いやいや、女の子からしてみれば男の人を食事に誘うのって結構勇気がいるものなんですよ?ところで今度私とも一緒に…」

P「すみませんが、この書類を夕方までに処理しておいてください」ドサッ

小鳥「…ぴよ」

天海の仕事を終えて事務所に戻ると、すでに四条がソファに座って待っていた。
しかし何と言うべきか、ただ座っているだけなのに無駄に壮麗な風格を漂わせている気がする。
双子が四条のことを"お姫ちん"と呼んでいるのも何となく頷ける話だ。

P「待たせたな。で、何か食べたいものでもあるのか?流石に懐石料理とかフレンチは難しいが」

貴音「でしたら…らぁめんを」

P「ラーメン?」

貴音「ええ、らぁめんです」

P「…変わった奴だな」

四条がラーメンを食べる姿など想像がつかないが、もしかして俺に気を遣ってるのだろうか。
まあどこぞの高級料亭と言われるよりは遥かにマシだが。

貴音「?」

P「まあいい、この近くでラーメン屋となると…」

貴音「これは…歴史を感じさせる佇まいですね。趣があります」

どう見てもただボロいだけの寂れた店なのだが物は言い様だな。

P「人通りの少ない路地裏にあるからな。だが味は悪くないし他人の目を気にしないで済むのも大きい」

貴音「成程、"隠れた名店"…ということでしょうか?」

アイドルと二人きりで食事ともなると、まず店選びから気を遣う必要がある。
今の765プロの知名度で考えればそれほど気にすることでもないのだろうが、後々面倒なことにならないとも限らないからな。
まして今の俺の複雑な立場を考えれば尚更だ。

店主「らっしゃい!」

P「俺は塩ラーメンにするか。四条はどうする?」

貴音「でしたら私はこの"すぺしゃる海鮮らぁめん昇天ぺがさすMIX盛り"を」

P「(…突っ込むべきなのだろうか)」

P「で、そろそろ俺を食事に誘った目的を聞いていいか?」

貴音「ええ、まずはプロデューサーに一言お礼をと思いまして」

P「礼?」

貴音「はい。遅ればせながら、響を助けていただき真にありがとうございます」

そう言って四条は席に座ったまま深々と頭を下げた。

P「いや、俺は別に助けたつもりは…と言うか何で四条が俺に礼を?」

貴音「私は響の太陽のような明るさからいつも活力を貰っております。ですから響の笑顔を取り戻してくれたプロデューサーは私にとっても恩人と言えましょう」

P「…変わった奴だな。俺は別に大したことはしてないぞ」

しかし、こいつといい水瀬といい、よくもまあ他人のことをそんなに強く思えるものだ。
人気商売である以上、同じ事務所内でもいつかは敵になるかもしれないというのに。
…少なくとも俺が961プロで関わった事務所はみんなギスギスした関係だったからな。

貴音「謙遜なさらずとも、プロデューサーの才腕については響だけでなく伊織からも伺っております」

P「…買い被り過ぎだ」

貴音「ふふ、慎み深い方なのですね」

P「で、話はそれだけか?」

貴音「はい、それと実は…」

店主「へいっ!ラーメン二丁お待ちしやしたあっ!」

話を遮るように店主が注文したラーメンを持ってきた。
一つは普通のラーメン、もう一つは…バベルの塔と表現すれば的確だろうか。

P「(並の人間の許容値を遥かに超えてるぞこれは…)」

貴音「…」

P「で、話の続きだが他に何かあるのか?」

貴音「…いえ、何でもありません。店主が腕を振るって作ってくださったらぁめん、折角ですので麺が伸びぬ内に頂きましょう。ところでプロデューサー」

P「ん?」

貴音「このらぁめんはどこから食せばよいのでしょうか?」

P「知らん」

貴音「真、美味しゅうございました。良き店を教えていただき感謝いたします」

P「そんな畏まって礼を言われるほどのことじゃない。美味かったのならまた来てやれば店主が喜ぶさ」

しかしまさか貴音の方が先に食べ終わるとは…男として少しプライドが傷付くな。

貴音「殿方と二人きりでの食事は初めてでしたが、とても有意義な時間を過ごすことができました。もし宜しければまた御一緒しても宜しいでしょうか?」

P「…何か相談事があるなら別だが、それ以外でプライベートまで付き合うことは出来ない。俺はプロデューサーでお前はアイドルだ。それを忘れるな」

別に四条との食事が不快だったと言うわけではないが、今一度お互いの関係について明確に線引きしておく必要がある。
深入りしても後々のことを考えればプラスになることはない。

貴音「…そうですね。申し訳ございません」

P「分かればいいさ」

ま、四条のことが少し分かっただけでも今回の食事は無駄ではなかったのかもしれないが。

四条と食事を共にしてから一週間。
スケジュールの都合であれから四条の仕事に付き添ってはいないが、事務所で何度か顔を合わせても特に変わった様子はないようだ。
相変わらず無駄に壮麗でミステリアスで…扱い辛い存在だった。

真美「にっしっし、聞いたよにい…プロデューサー」

自分の席で来週のスケジュールを調整していると、突然双海姉に肩を掴まれた。
プロデューサーと呼ぶようになったのはいいが、この馴れ馴れしさも早いとこ矯正する必要があるな。

P「何だ双海姉?」

真美「お姫ちんと二人で食事行ったんでしょ。ねえねえ、私も連れてってよー!」

P「誰から聞いた?」

真美「ピヨちゃん」

小鳥「ピヨッ!?」

音無さんの方を向くと、わざとらしく視線を逸らされた。
全く、口の軽い人だ。

P「…まあ、何か相談事でもあれば考えるさ」

真美「お姫ちん何か悩み事でもあったの?あ、そう言えば昨日…」

P「四条が男と二人で食事してた?」

真美「うん、ダンスレッスンの帰りに見かけたんだけど。ね~まこちん」

P「菊地、本当か?」

真「え、ええ。遠目だったのではっきり見たわけじゃないですけど、親子くらい年が離れてたような」

真美「まさか、お姫ちんの父親…つまりお殿ちんってことになるのかい?」

真「そんな雰囲気には見えなかったけど…ボクたちなんかじゃ入れないような高級な店に入っていきましたよ」

四条のスケジュール…昨日は確か深夜番組のアシスタントでTV局に行っていたはずだ。
一番最初の収録は俺も同行したが、その次からは四条一人で行っていたはずだが…。

言われてみれば確かに前より帰りが遅かったな。
収録が長引いたものだと思ってたんだが…。

P「…分かった。二人ともこのことは他言無用にしておいてくれ」

真「わ、分かりました」

…まさかとは思うが、念のため話を聞いておいた方が良さそうだ。

春香「お疲れ様でした!」

千早「明日もお願いします」

夕方、レッスン後に荷物を取りに来た春香と千早が帰って行き、事務所には俺と音無さん…そして四条だけが残っていた。
四条には前もって話があるから残るようにと伝えてある。

貴音「プロデューサー、お話と言うのは?」

P「ああ、単刀直入に言うが昨日お前が男と二人で食事していたのを見た奴がいるんだ」

貴音「!?」

P「今のお前の知名度なら問題になることはまず無いだろうが、所属事務所としてお前の交友関係をしっかり把握しておく必要がある」

貴音「…」

P「誰と食事していた?」

貴音「…申し上げることはできません」

言えない相手…家族や親戚の類ではないのだろう。
ならば尚更把握しておかねばならない。

P「俺はお前のプロデューサーで、お前を一人前のアイドルとして育てるのが仕事だ。そして何かあった時にお前を守る立場でもある。それを踏まえた上でもう一度聞く、誰と食事していた?」

貴音「…」

沈黙。
どうやらこれ以上の追求は時間の無駄なようだ。

P「…そうか、ならもう帰っていい」

貴音「失礼致します…」

最初に驚いた以外は終始表情を崩さず、貴音は静かに事務所から出て行った。
あの様子ではこちらがいくら追求しても口を割らないだろう。

P「どうやら俺は信頼されていないようですね」

黙って経緯を見守っていた音無さんに自虐的に話しかける。
以前音無さんにアイドルとの信頼関係がどうとか言われたが、結局これが現実と言うわけだ。

小鳥「いえ、貴音ちゃんは響ちゃんの一件以来プロデューサーさんのことは強く信頼していると思いますよ?」

P「そんな馬鹿な。だったら何で相手を教えないんですか?」

小鳥「詳しくは分かりませんが…"言わない"のと"言えない"のは違うということじゃないでしょうか」

小鳥「もし単純に教えたくないだけだったとしたら、嘘を吐けばいいだけじゃないですか。親戚って言われても私達には分かりませんし」

P「それはまあ…確かに」

小鳥「でも貴音ちゃんは嘘を吐かなかった。少なくとも嘘を吐きたくないくらいには信頼されてるってことですよ」

P「つまり何か"言えない"理由があると?」

小鳥「そこまでは分かりませんが、ここから先はプロデューサーさん次第です。貴音ちゃんのことしっかり見ててあげてくださいね」

『しっかり見てて』…そう音無さんに言われたものの、特に何の進展もトラブルも無いまま時間だけが無為に過ぎていった。
変わったところと言えば四条との会話が減ったことくらいだが、元々口数の多い奴じゃなかったから大して気になる問題でもない。

P「(今日のスケジュール…四条はTV局で収録。あの日と同じ深夜番組…か)」

正直なところ、四条の食事の相手と"言えない"理由については大体の目星が付いていた。
芸能界とて必ずしも華やかな世界ではなく、見えないところでは様々な裏取引が行われている。
今回のことも恐らく…。

P「四条、そろそろ出るぞ」

貴音「はい…」

もし仮に予想が当たっていたとしても、何も知らない俺には何もできない。

…それに、仮に四条の行動が何らかのトラブルを招いたとしても、俺に彼女を責める権利は無い。
周りに隠し事をしているのは四条だけでなく俺もなのだから。

P「(…終わったか)」

TV局での営業回りを終えてスタジオに戻ると、丁度四条の出番も終わったところだった。
収録自体はまだ続いているが、四条の仕事は一部のコーナーでフリップボードを持つだけだったので、これで今日の仕事は終わりだ。
しかし…いかにも深夜番組らしい無駄に露出の多い煽情的な衣装だな。
あまり四条に似合ってるとは思えないが…。

P「(…四条を迎えに行ってさっさと帰るか)」

そう思い先に出演者の控え室へと向かう。
しばし扉の前で待っていると四条と同じく役目を終えたアシスタント達が数人やってきたが…。

P「…?」

そこに四条の姿は無かった。

P「…ここにもいないか」

スタジオの周囲を探してみるが一向に見つからない。
流石に迷ってるなんてことはないだろうが、それならば一体どこに行ったんだ?

P「(勝手に帰った…わけはないよな、流石に)」

そうこうしている内に番組の収録が終わったのか、出演者やスタッフがスタジオから続々と出てきた。
仕方無い、とりあえず何か知らないかスタッフに尋ねてみるか。

P「あの、すいま…」

スタッフ「いやー今日の収録も大変だったなー」

AD「まあな…ってかまたディレクター途中でいなくなってたし」

スタッフ「ああ、そう言えば今日もアシスタントの女の子を口説いてたな」

AD「はっ!どうせあのエロオヤジのことだ。仕事サボって応接室あたりでよろしくやってるんだろうよ」

スタッフ「でもあの銀髪の娘、確かに可愛かったからなあ」

AD「おいおいお前もかよ、まあ美人だったのは同意せざるを得ないけど」

P「…」

P「…ここか」

スタッフ達の話に出てきた応接室。
場所を聞き出すのに手間取ったが、どうやらここで間違いないようだ。

カチャ

P「(鍵は開いてるか…)」

一先ず、ばれない程度にドアを開けて中の様子を伺う。

?「…」

?「…」

…ドアの向こうから言い争う男女の声が聞こえてきた。

貴音「…ですから、あの時は一度食事を共にするだけだと仰っていたではありませんか」

ディレクター「つれないねえ。そんなこと言わずにさあ、ね?」

聞こえてきたのは貴音の声と粘りつくような中年男性の声。

P「(まさかこいつが相手だったとはな…)」

黒井社長の下にいたときに何度か関わったが、俺としては公私共に二度と顔を合わせたくない男だった。
ディレクターの立場を利用してアイドル達を弄び、飽きたら躊躇いも無く捨てる。
芸能界の暗部の象徴とも言える男だが、まさかこんな形で再会することになるとはな。

ディレクター「私の言うとおりにすれば君はすぐにでもトップアイドルになれるんだがねえ」

貴音「誇りなき地位に価値などありません!離しなさい!」

ディレクター「強情な娘だ。まあ、別に君じゃなくてもいいんだけどねえ。前に君と一緒にいた…響ちゃんと雪歩ちゃんだっけ?彼女達も魅力的だったしねえ」

貴音「なっ!?」

ディレクター「それとも君たちを出入り禁止にするのも悪くないかなあ。765プロなんて弱小プロダクション、ちょっと不祥事をでっち上げればそれくらい簡単に出来ちゃうからねえ」

P「…」

相変わらずの下劣な物言いに虫唾が走る。
この男の立場でそんなことが出来るはずもないだろうに。

考えるまでも無くさっさと止めるべきだが、ここで俺が出ていっても765プロが逆恨みされるだけだ。
俺のことがばれても厄介だし、回りくどいが関係無い第三者を呼んできて…。

ディレクター「…そう言えば最近やっと君たちの事務所にプロデューサーが入ったそうじゃないか」

貴音「!?」

P「!?」

ディレクター「今日も必死に局内で営業してたみたいだが、肝心のアイドルがこう強情じゃあねえ。彼のことも何とかしなくちゃなあ」

貴音「…」

ディレクター「ま、そういう態度なら仕方ないねえ。私も心が痛いが…」

貴音「…なさい」

ディレクター「ん?」

貴音「誓いなさい!響や雪歩…それにプロデューサーには手を出さぬと!」

P「!?」

P「(我那覇や萩原だけじゃなく俺も…?)」

…嫌なら断ればいいだけじゃないか。
他人なんて気にせず、全て自分の意志で決めればいい。
少なくとも普段のお前ならこんな愚劣な行為を是としないはずだ。

なのにあいつは俺達を守るために自分を犠牲にするのか?
自分が売れるためではなく、ただ他人を守るために?

ディレクター「それはつまりOKだと受け取っていいのかなあ?」

貴音「ひっ…」

四条の小さな悲鳴を聞いたとき、俺の体は考えるより先に動きだしていた。

部屋に入ったと同時に、四条の胸元に伸びた男の腕を掴んで止める。
いつも凛としている貴音の顔は今まで見たことが無い怯えた表情をしていた。
その顔を見て沸々と怒りがこみ上げてくる。

P「…うちの四条の相手をしてもらっていたようで、ありがとうございます」

貴音「プロデューサー…?」

ディレクター「あん?何だ貴様は…」

P「お話に出てきた彼女のプロデューサーですよ。仕事の話でしたら私が代わりに承りますので…こちらに」

掴んだ腕により力を込める。
今のうちに貴音を安全なところに…。

ディレクター「ええい離せ!無礼者!!」

そう言って男は掴まれた腕を思い切り振り回した。

バシッ

P「…っ」

腕を離しこそしなかったが、振り回された手の甲が顔面に当たり、かけていた眼鏡が飛ばされた。

ディレクター「ん…?き、貴様は!?」

P「…四条、お前は先に控え室に戻れ」

貴音「で、ですがプロデューサーは」

P「いいから!」

貴音「は、はいっ!」

貴音が部屋から出て行ったのを見届け、床に落ちた眼鏡を拾う。

ディレクター「な、何故貴様がここに…」

P「…そう言えば以前お会いしたときは眼鏡をかけていませんでしたっけ」

前に黒井社長に指摘されたことだが、どうも俺はコンタクトだと目つきが悪くなるらしい。
故に簡単な変装も兼ねて、765プロに潜入してる間は眼鏡をかけることにしていた。

信頼は別に必要無いが、無駄に警戒までされては仕事もやりづらくなるからな。
おかげでこの男も今の今まで気付かなかったみたいだが。

P「何はともあれ思い出していただいて光栄です…が、貴方も懲りない人だ。淫行をネタに散々黒井社長に脅されて利用されたというのに」

ディレクター「黒井の犬に言われたくはないわ!」

犬…ね。
否定はしないが、言われて気分がいい言葉ではないな。

P「…今のご自身の立場を理解しているんですか?まあ、また昔の様に戻りたいと言うなら話は別ですが。今回のことを報告すれば黒井社長もさぞ喜ぶでしょうし」

ディレクター「ちっ…」

P「…ま、今の俺は故あって765プロでプロデューサーをしているので、正直厄介事は御免なんですよね。ですからここは相互不干渉といきましょう」

ディレクター「何?」

P「今回の件を黙っている代わりに仕事を斡旋しろ…なんてことは言いません。ですから貴方も765プロに手出し無用でお願いします。もし彼女達に手を出したら…その時は俺も容赦しませんので」

ディレクター「…」

偉そうに啖呵を切ったところで、俺には本来この男を裁く権利など無い。
やり方は異なると言っても、黒井社長の共犯者として数多のアイドルを陥れてきたのは俺も同じだ。

…そして今も現在進行形で765プロに対して大きな嘘を吐いている。
この嘘を吐いている限り、俺と四条たちの間には本当の信頼関係なんて生まれないだろう。

だがそれでも今は…一人のプロデューサーとして彼女達を守りたかった。

ディレクターとの話を終えて控え室に戻ると、着替え終わった四条が一人で椅子に座って待っていた。
口調や容姿から年齢以上に大人びた奴だと思っていたが、こうして萎縮してるところを見ると、四条もまた一介の少女に過ぎないことを実感させられる。

貴音「プロデューサー…」

P「全く…そんなあからさまに不安そうな顔をするな。お前はアイドルなんだぞ」

戻る途中で買ってきたカップのココアを手渡し、四条の正面に座る。

貴音「あ、ありがとうございます。それで、その…」

P「安心しろ、お前が心配してるようなことにはならないさ」

懲りない男だが、あれだけ脅せば少なくとも765プロに手を出してくることは無いだろう。

どちらかと言えば961プロの人間が765プロでプロデューサーをしていると知られてしまったことの方が問題だが…。
そちらも誰にも言わないよう念を押しておいたので大丈夫だとは思うが。

貴音「私、あなた様に何とお礼を申せばよいのか…」

P「気にするな。俺も虎の威を借りただけだ」

貴音「?」

それにしても我ながら一時の感情で動いてしまうとは…やはり、らしくないな。
不思議とあまり後悔はしていないが。

P「悪かったな、俺がもっと早く気付いてやれればお前にこんな不快な思いをさせることは無かった」

一緒にラーメンを食べに行ったあの日、本当は四条はこのことを相談したかったんじゃないだろうか。
『無理やり誘われて困っている』…たったそれだけのことを言い出せなかったのは、四条なりに俺や事務所の仲間に迷惑をかけたくなかったからだろう。

…担当アイドルに気を遣われるとは、プロデューサー失格だな。

P「…だが同じ失態は繰り返さない。お前達のプロデューサーである以上、何があっても俺が必ず守ってみせる。だからお前も困ったことがあったら何でもすぐに話してくれ」

貴音「あなた様…グスッ…ヒック」

P「な、何でこのタイミングで泣くんだ!?」

貴音「ふふっ…涙は嬉しくても出るものなのですよ」

P「…」ドキッ

どこかの詩人が"美人の涙は彼女の微笑みより愛しい"と言っていたが、その気持ちが少し分かった気がする…。
って、何を考えてるんだ俺は…こんな感情はプロデューサーとして持つべきじゃない。

P「…まあいい。ところで四条、このあたりの地理は詳しいか?」

貴音「こちらには仕事以外でも何度か訪れたことはありますが、それが何か…?」

P「そんな泣き顔で事務所に帰ったら音無さんに何言われるか分からないからな…」

貴音「?」

P「…丁度いい時間だし昼飯を食べてから帰るとしよう。前は俺が連れてったからな、今日はお前のオススメのラーメン屋を教えてくれ」

貴音「!…ふふ、そういうことでしたら私のらぁめんへの情熱に賭けて、至高の味を堪能させてさしあげます。それでは共に参りましょう、あなた様」



続く。



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    ̄ ̄ ̄二二ニ=-
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     | | /|/ i人|\∧  | |  И ∧/ |ノ\|\ ヽ ヽ| |:||:::||::::::||::::::||::::::|::|:::|
      ヽi ┃   ┃ヽ| | |   ヽハ ┃   ┃ヽ|\L .~ハ ┃   ┃ヽ|八:〉
      八   ヮ   ,6)/ | (( _ノ{'''  ゚~( ''' ,6) く  八   ヮ    6)::::〈
       |.ヽ-r   f´  ∧|    `Z`ー/)   f´ ヽ _ゝ 〉ノ:>__ <´:|:::::〉
       |八0□と_)  /´      ム (   ∪   く   ヽ:¢\_ と_)∧/
         し─、_|V´         Vし─、_|V´ ̄`     し─、_|'"
        琉球アニ丸       ねるねる寝るね     月麺着陸


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┗┛  ┗━┛┗━┛┗━━┛  ┗┛┗┛    ┗┛  ┗━━┛  ┗┛  ┗━┛

P「…はっ」

過ぎ去ったある日の夢を見た。
思い出したくない、でも忘れてはいけない過去の記憶。

P「…」

爽やかな青空は厚い雲に覆われ始め、陰鬱な梅雨の足音が聞こえてくる六月。
俺が765プロに来てから二ヶ月が経とうとしていた。

真「伊織~!また騙したなっ!!」

伊織「騙される真が悪いのよっ!」

やよい「う~、ケンカはやめてください~」

雪歩「そうだよ二人とも、落ち着いて…」

亜美「いつもの日常ですな~」

真美「平和ですな~」

律子「あんたたちは…いい加減にしなさーい!!」

騒がしい事務所、騒がしいアイドル。
毎日毎日良く飽きないものだ。

…それをいつもの日常と捉えられるようになってしまった俺も大概だが。

小鳥「プロデューサーさんが来てからみんな今まで以上に明るくなった気がします♪」

P「仕事がある程度増えて不安が消えたからでしょう。それより音無さん、糊貸してください」

小鳥「…プロデューサーさんもぶれないですね」

響「みんなー!貴音の番組が始まるぞー!」

真美「うわっ、もうそんな時間!?」

あずさ「うふふ、真ちゃんも伊織ちゃんもケンカは一時中断して一緒に見ましょう?」

伊織「仕方ないわね…後で覚えてらっしゃい!」

真「それはこっちの台詞だよ!」

やよい「早くしないと始まりますよ~」

ケーブルテレビとは言えまさか765プロで一番最初のレギュラー番組を四条が持つことになるとは誰が予想しただろうか。

貴音『このらぁめんはまさに奇跡の一品!私、感服いたしました』

隠れ絶品ラーメンを紹介する良くあるグルメ番組だが、四条の見た目とラーメンに対する情熱のギャップ、そして独特な言動のおかげでそこそこ人気番組となっているらしい。
俺も何度か収録に同行しているが、一度の撮影で平均三杯は食べているのだから恐ろしい話だ。

かく言う四条は今日はオフで不在なのだが、きっと今頃新たなラーメン屋でも開拓しているのだろう。

小鳥「プロデューサーさんは見ないんですか?」

P「雑務がまだ残っているので。…まあ、後で確認くらいはしておきますよ」

小鳥「ふふ、しっかり録画してあるので安心してくださいね」

春香「お疲れ様でーす!」

事務所の扉が勢いよく開かれたかと思うと、無駄に元気な挨拶と共に天海が入ってきた。

亜美「はるるんお疲れー!お姫ちんの番組始まってるよ~」

春香「ええ~!?」

あずさ「あらあら、美味しそうねえ」

春香「ま、待って~」

そう言ってこっちに走ってくる。
急いで見たい気持ちは分かるがそんなに慌てると…。

ドンガラガッシャーン!!

…またまた何も無いところで転んだ。
もうそういう路線のキャラで売るからな?

P「テレビ見終わったらそれぞれ仕事とレッスンだからな。スケジュールを確認しとけ」

律子「プロデューサー、美希がまだ来てません…」

P「またか…」

星井美希。
ボーカル、ダンス、ビジュアルどれをとっても人並み以上の優れた資質を有し、さらに群集を惹きつける一種のカリスマ性をも持ち合わせている有望株。
アイドルになるために生まれてきたと言っても過言ではなく、まさに"天才"と呼ぶに相応しいだけの能力があるのだが…。

P「(当人の性格があれではな…)」

天才と言うのは得てしてマイペースであり、ご多分にもれず星井に関してもそれは同じことが言えた。
遅刻、居眠りの常習犯であり、自身が興味を示したこと以外に関しては見事なまでの無気力。
面倒くさがりで自分の意にそぐわない事があれば、"や"の一言で即終了。
Going My Wayの代名詞とも言える。

P「(やる気さえ出してくれれば、アイドルとして一流になることも簡単だろうに)」

そうなってくれれば765プロを育てるという俺の仕事も随分楽になるのだが、まあそれはこっちの話だ。

ガチャ

美希「…」

噂をすればなんとやら、問題の星井が事務所へとやってきた。

専ら星井を叱るのは最近は秋月がやってくれているので、ここで俺から言うことは特に無い。
最初は俺も遅刻について厳しく注意していたのだが、こいつときたら一向に反省する気配が無いからな。
悪びれた様子もなく、結局は糠に釘状態なのでもう諦めたと言うのが正直なところだ。

律子「美~希~、今日という今日は許さないわよ」

いつもどおりのパターンならばこの後、

星井が正直に理由を話す(悪気ナシ)

秋月の眉間の皺が増える

星井がお茶を濁す(悪気ナシ)

何故か双子が話に混ざる(悪気若干アリ)

秋月がぶちギレる

星井が謝る(表面上)

となり、事態は一応の収束を向かえるはず…が、今日は何だかいつもと様子が違っていた。

美希「律子…さん、プロデューサー、ごめんなさいなの」

律子「へ?」

P「は?」

開口一番、星井はすぐに謝ってきた。
いつもなら『すっごくイケてる服が出てたから試着してきたの!』とか言いながら写メを見せてきたり、『カモ先生が子供を連れてたの!可愛かったの!』とか電波なことを言ってきたり、『ミキが遅いんじゃなくて皆が早過ぎるんじゃないかな?』とかトンデモ理論を展開したりと、清々しいほど無茶苦茶な理由を並べるはずなのだが…。

律子「え、うん、まあ反省してるなら良いんだけど」

いや、良くはないだろ。
いつもの星井の態度とは明らかに違うせいか、注意した秋月も面食らってしまっているようだ。

P「何かあったのか?」

星井の顔を見てみると目の下にうっすらと隈ができていた。
所構わず寝ることの出来る星井にとって睡眠不足は無縁のはずだが…これはもしかすると大事なのかもしれない。

美希「…あのね、ミキ最近誰かにつけられてるの」

星井曰く、一週間ほど前から誰かの視線を強く感じるようになっていたそうだ。
元々注目されるタイプなので最初は気のせいだと思ったみたいだが、明らかに人通りが無いところでも誰かの視線を感じるのだと言う。
時間帯は夕方~夜…つまり事務所から家に帰るまでの間ということだ。

そして昨日の夜、視線だけでなく自分の後をつけてくる足音を確かに聞いたらしい。

春香「…って、それってストーカーじゃないですか!?」

亜美「ミキミキモテますからな~」

真美「あやかりたいものですな~」

雪歩「うぅ…考えるだけで怖いですぅ」

律子「こーら!あんた達はさっさと仕事に行きなさい!」

亜美「律っちゃんが怒ったー!」

真美「逃げろー!」

騒がしい外野には退場してもらい、事務所には俺と秋月と音無さん、そして星井が残った。
星井の今日のレッスンは状況が状況なのでキャンセルするとして…さて、どうしたものか。

律子「とりあえず警察に相談しましょう」

P「まあそれが無難だろうな。と言っても巡回を増やしてもらうのが関の山だろうが」

小鳥「何かあってからじゃないと動いてもらえないんでしたっけ…。美希ちゃんはどうすれば安心できる?」

美希「…一人で帰るのは怖いの」

まあ、そりゃそうだろうな。
とは言ってみても現実問題765プロにはボディーガードを雇うような余裕は無い。
…大手事務所みたいにそれぞれ専属のマネージャーがいればこんな苦労もしなくていいんだが。

小鳥「うーん、それならプロデューサーさんが美希ちゃんを送ってあげればいいんじゃないですか?」

P「は?」

律子「そうですね、それしかないでしょう」

P「ちょっと待て。それは流石に無茶だろ」

仕事量的な意味で。
ただでさえ人手不足で手が回らないところがあるというのに。

小鳥「大丈夫ですよ。プロデューサーさんが抜けてる間は私と律子さんできっちりフォローしますから」

P「いや、フォローとかの問題じゃなくて…」

律子「反対意見は代案が無いと認められないですよ」

P「う…」

正直、嫌な予感はしていた。
この事務所の男手が俺と社長しかいない以上、こういう役目が俺に回ってくるのは火を見るよりも明らかと言える。
悔しいが代案が無いのもまた事実である。

美希「…」キラキラ

…星井も星井でそんな澄んだ瞳で俺を見るな。

小鳥「そういうわけでお任せしますよ、プロデューサーさん♪」

P「いや、しかし…」

小鳥「…『何があっても俺が必ず守ってみせる(キリッ』」ボソッ

P「!?」

P「(な、何故音無さんがそのことを!?)」

貴音を助けた後、勢いのままに口から出てきてしまった台詞だが、第三者から聞かされると恥ずかしいというレベルじゃないぞ…。

律子「何か言いました?」

小鳥「ああ律子さん、実は前にプロデューサーさんが…」

P「引き受けました」

小鳥「そう言っていただけると思ってました」ニコッ

P「…」

この人だけは敵に回しちゃいけない…。
765プロ二ヶ月目にして改めてそう実感した。

美希「プロデューサー、よろしくお願いしますなの!」

P「…」

引き受けた以上はやるしかあるまい。
と言うわけで早速今日から送ることになったわけだが…。

美希「プロデューサー?」

星井の帰宅手段はもっぱらバスと徒歩なので、車で直接家まで送ってやれば一先ず安全だが、それでは根本的な解決にはならない。
すんなり諦めてくれるような相手ならいいが、素性が分からない以上どんなことをしてくるか分からないしな。

P「(下手すると既に星井の自宅を知っている可能性もあるし…)」

美希「プーローデューサー」

面倒だが星井にはいつも通り帰宅してもらい、まずはそれに同行することで少しでも情報を収集する必要があるか。
後は…今日は用意できなかったが護身用にスタンガンくらいは持たせた方がいいな。

P「(それくらいなら流石に経費で落ちるだろうし…)」

美希「プロデューサー!!」

P「って、何だいきなり」

美希「いきなりじゃないの!プロデューサーずっとミキのこと無視してたんだよ?」

P「これからについて考えてたんだ。それよりお前も少しは緊張感を持て」

美希「でも事務所の近くはいつも問題無かったし…」

確かに事務所を出る前にざっと辺りを確認してみたが、特にこれと言って不審な人物は見当たらなかった。
まあ、この辺りはまだ人気もある方だからな。

P「(人が少なくなってからが本番ってことか)」

美希「…ねえプロデューサー、やっぱり怒ってる?」

P「え?」

美希「ミキ、いつも遅刻や居眠りして迷惑かけてるのに、こういうときだけ頼って…」

自覚していたのか。
正直意外だ…と言ったら流石に失礼だな。

P「(…やれやれ)」

不安を解消するために送ってるのに、別のことで不安にさせてどうするって話だ。
これじゃ音無さんに何言われるか分からないな、全く。

P「…まあ怒ってると言えば怒ってるな」

美希「ごめんなさい…なの」

P「だがそれはお前に対してじゃない。陰湿なストーカーに対してだ」

P「今はまだストーカーの目的は分からない。歪んだ恋慕からなのか悪質な嫌がらせなのか…もしかしたら女の嫉妬の可能性もある」

美希「嫉妬?」

P「お前には男を惹きつけてしまう魅力があるからな。それを良く思わない女がいてもおかしくない」

美希「そんなのってないの。ミキ何も悪いことしてないのに…」

P「でもそれがアイドルの宿命でもある。人気の分だけ妬みもあるってことさ」

美希「…何だか大変なの」

他人事みたいに言ってるが、見た目と性格から考えれば自分が一番狙われやすいことを自覚して欲しいものだ。
この齢にして既に魔性の女の片鱗を見せ始めているんだからな。

P「だがどんな理由でもストーカーしていい理由にはならない。ましてお前はまだ15だからな。いくら俺だって放っておけないさ」

そう言って星井の頭をポンと叩く。
見た目は大人びていても、こいつも中身はまだまだ子供だ。
今回のことはプロデューサーがやるような仕事ではないと思うが、大人として守ってやる必要があるってことで妥協しておくか。

美希「…」ポケー

P「ん?どうかしたか」

美希「な、なんでもないの!」

P「?」

美希「…!」ビクッ

P「どうかしたのか?」

美希「い、今誰かの視線を感じたの」

P「(ここは…)」

閑散とした住宅街…人通りは少なく、死角も多い。
街灯の間隔もまちまちで、人をつけるには最適な空間だな。

P「ちょっとここで待ってろ」

美希「え?」

先ほど通り過ぎた曲がり道まで戻って辺りを見渡す。
しかし特に怪しい人影は見つけられなかった。

P「(…いないか)」

美希「もーっ!プロデューサー酷いの!!」

P「待ってろって言っただろ…まあ、何も無かったからいいが」

美希「一人にするプロデューサーが悪いの!」

誰のためにやってると思ってるんだ!…と思わず怒りたいところだったが、それではあまりにも大人気ない。
星井も少しは元の調子を取り戻してきたようだから、ここは俺が一歩引いておこう。

P「悪かったよ。で、いつもこの辺りから視線を感じ始めるのか?」

美希「へ?う~ん、そう言われてみればそうかも」

P「そうか。とりあえず今日はこのまま帰ろう。また変な視線を感じたら教えてくれ」

結局、その後は特に不審な視線を感じることもなく、星井は無事家に帰っていった。

P「…というわけです」

小鳥「うーん、まあ今後に期待して70点ってところですかねー・・・」

P「は?」

翌朝、昨日の帰路の様子を出来るだけ詳しく教えてほしいと言われたので、わざわざ時間を割いて事細かく説明したところ、音無さんから返ってきたのは良く分からない点数だった。

小鳥「ぴよっ!?あ、いえ、今のは気にしないでください。それより今日もお願いしますね♪」

P「?とりあえず一週間程度は様子を見てみますよ。それより護身用のスタンガンですが…」

貴音「…はて、すたんがんとは如何なる物なのでしょうか?」


P「四条、来てたのか」

貴音「これは失礼いたしました。あなた様、小鳥嬢、お早う御座います。今朝は久方ぶりに良き天気ですね」

相変わらず古風と言うか良く分からない喋り方だが、これが四条の醸し出す雰囲気に妙にマッチしてるんだよな。
何だかんだで今では四条の個性を表現する強い武器になってるわけだし。

貴音「ところで、お二人で何を話されていたのですか?」

P「そう言えばお前は昨日休みだったな」

小鳥「それがね…」

貴音「何と…あなた様、今の話は真なのですか?」

P「ああ、おかげで俺は不本意ながら星井を家まで送ることになったわけだ。本来ならアイドル一人を特別扱いしたくないんだが、状況が状況だから納得してくれ」

貴音「その様な事情では致し方無き事です」

P「理解が早くて助かる」

説明した時あの双子は『私達も送ってよ~』と最後まで駄々を捏ねていたからな。
まあ、あいつらのことだからあれもいつものノリの一部なんだろうが。

貴音「しかし美希のことは心配ですが、正直に申せば不謹慎ながら羨ましくもあります。この胸の痛み…私もまだまだ精進が足りませんね」ボソッ

小鳥「あらあら貴音ちゃんったら♪」

P「羨ましいって、ストーカーされてることがか?相変わらずお前は変わった奴だな」

貴音「…」

小鳥「…」

P「まあ良くも悪くも注目されてるわけだから、アイドルとしてはあながちその考えは間違っていない…って、何ですかその目は?」

小鳥「…0点ですね」

貴音「あなた様はいけずです…」

美希「それじゃプロデューサー、今日もお願いしますなの!」

P「…はいはい」

一日の仕事も終わり、今日もまた星井を家まで送る。
昨日に比べて美希も大分いつものマイペースさを取り戻してきたようだ。

美希「…そんなわけで、ミキ的にはおにぎりが一番だと思うの」

P「そうか」

美希「でね、その時でこちゃんが事務所に来て…」

P「へー」

美希「一日に三十人に…」

P「なるほどね」

美希「もーっ!ミキの話ちゃんと聞いてるの!?」

P「聞いてるよ。おにぎりを食べたでこちゃん(?)が一日に三十人出てきたんだろ?」

美希「全然聞いてないのっ!」

P「それより少し警戒心を持て。そろそろ昨日視線を感じた場所に近づいてるからな…」

美希「そう言えば…!」ピクッ

P「また、か?」

美希「う~ん、良く分からないの。見られてる気がするような、気のせいのような」

P「(ま、どこぞの殺し屋でもない限り、誰かの視線なんてそんな詳しく感じられる訳ないか。俺には全然分からないし)」

美希「プロデューサー、早く行くの!」

P「…そうだな、長居は無用だ」

情報が掴めないのは癪だが、慌てたところでどうしようもない。
今日のところはさっさと帰ろう。

美希「今度はちゃんとミキの話を聞いてよね」

P「はいはい、それと先に一つ言っておくことがあるが…」

美希「?」

P「俺はおにぎりよりサンドイッチ派だ」

P「(…三日目)」

美希「プロデューサーは少し真面目過ぎるって思うな。そんなだからおにぎりの良さが分からないの」

P「褒め言葉として受け取っておく…っておにぎりは関係無いだろ」

美希「ミキ的にはもう少しくだけた感じがいいんだけど…あはっ、それはそれで想像付かないの」

P「…どうしろってんだ」

P「(…四日目)」

美希「…あふぅ」

P「眠そうだな」

美希「う~ん、今日はちょっとレッスン疲れたの…zzz」コックリ

P「まあ今日の講師は少し厳しい人だったからな」

美希「zzz」

P「っておい!」

美希「ん~?」

P「(今歩きながら寝てなかったか…?)」

P「(…五日目)」

美希「…というわけでカモ先生からまた教わっちゃったの」

P「へー」

カモ先生…未だに正体が不明だが、話の流れから考えるに恐らく星井が通う学校の先生のことだろう。
前は確か子供を連れてたとか言っていたような気がする。

美希「でね、その後が大変だったの。流れが強くてカモ先生がどんどん川下に流されちゃって…」

P「へー…え?」

美希「でも気付いたら岸に上がっていつもみたいにお尻をフリフリしてたの」

P「そ、そうか…(…変質者か?)」

P「(…六日目)」

美希「ねえねえプロデューサー、今日はコンビニ寄ってもいい?」

P「別にいいが、何か買いたい物でもあるのか?」

美希「それは着いてからのお楽しみなの♪」

P「?」

店員「いらっしゃいませー」

美希「プロデューサーこっちこっち、ミキの一押しおにぎり教えてあげるね!」

P「お、新作のサンドイッチが出てるな。買って帰るか」

美希「…」ズーン

P「…で、どれがお前のオススメだって?」

美希「これなのっ!」パアッ

P「(分かりやすい奴だ…)って、いちごババロアおにぎり…だと…」

美希「プロデューサーも食べてみるといいの!」キラキラ

P「(え、もしかして買わなきゃいけない流れなのか?)」

P「(…七日目)」

美希「小鳥が興奮しながら独り言言ってたの。『やっぱりプロデューサーさんはツンデレです!』って」

P「意味が分からん」

美希「う~ん、ミキも良く分からないの。でも小鳥は前にでこちゃんのこともツンデレって言ってたような…」

P「前から聞こうと思ってたんだが、"でこちゃん"ってまさか水瀬のことか?」

美希「それ以外にいないでしょ?」

P「(他の奴の事は名前で呼ぶのに…水瀬とは仲が悪いのか?)」

美希「ねえ、ところでプロデューサーはミキのことどう思ってるの?」

P「…また唐突だな」

美希「これからアイドルとしてやっていけるのかなーって、たまに思うんだ」

P「ああ、そういうことか」

能天気でマイペースだとばかり思ってたが、意外と深い悩みも持ってるのか。
我那覇や四条にも言えたことだが、話してみないと分からないことは確かにあるのかもしれないな。

P「…お前の名前の"星井"と"美希"は、どっちもアイドルの名前としては最高と言ってもいいな」

美希「え?」

P「後は"名は体を表す"とだけ言っておこう」

美希「つまり…どういうこと?」

P「意味くらい自分で考えろ。まあ真面目に仕事やレッスンに取り組めばの話だけどな」

美希「ふ~ん…あ、そう言えばプロデューサー、昨日のおにぎりどうだった?」

P「…聞くな」

美希「ほっ…やっぱり買わなくて正解だったの」

P「おい」

P「(…で、気付けば一週間経ったわけだが)」

結論から言えば状況的にはこれといって何も進展していない。
あまり有益な情報も得られていないが、曖昧ながら星井が視線を感じ始めるのはいつも同じ辺りだということは分かった。

P「(となると、そろそろ潮時か…)」

小鳥「うう、仕事が終わらない…」

ちなみに今日は秋月がスケジュール的に忙しかったらしく、基本的に事務処理は全て音無さん任せとなっていた。
そういう日に限って処理しなくてはならない仕事が山積しているようで、哀れ音無さんは書類の山で遭難しかかっているわけだ。

P「(あのプロジェクトが本格的に動き出したら秋月も更に忙しくなるだろうし…下手すれば音無さんは修羅の道を歩むことになるな)」

ガチャ

美希「やっとレッスン終わったの…あふぅ」

小鳥「美希ちゃんお疲れ様…」

美希「小鳥の方がお疲れそうなの。それじゃプロデューサー、今日もよろ…」

P「…今日は無理だ。これからテレビ局のディレクターと打ち合わせすることになってるからな」

小鳥「え?」

美希「え…じゃあミキはどうすればいいの?」

P「あれから一週間お前に付き合ったが、特に問題は無かったからな。秋月は迷子になった三浦を迎えに行ってるし、音無さんは書類の山で死にそうだし…今日はとりあえず一人でも問題ないだろ」

美希「そんなのってないの!」

P「わがまま言うな」

美希「プロデューサーはミキより仕事の方が大事なのっ!?」

P「お前達のための仕事なんだがな。それにストーカーの件もお前の勘違いって可能性もまだゼロじゃないわけだし…」

美希「もういいのっ!」

小鳥「あ、美希ちゃん!」

バタン!

小鳥「はぁ…プロデューサーさんはいつも言葉が足りないと思います」

勢いよく飛び出して言った星井の背中を見送りながら、音無さんが溜め息混じりにそう言ってくる。

小鳥「大体さっき言ってたディレクターさんとの話だって、ちゃんと明日の昼に変更してもらってたじゃないですか」

P「何だ、知ってたんですか」

その割には口を挟んでこなかったのが不思議だが。
…いや、この人のことだから俺のやろうとしていることはある程度予想しているのかも知れないな。

小鳥「プロデューサーさんのことは信頼してますから。…いささか不器用だとは思いますけど」

P「こういうやり方の方が性に合ってるんですよ。それじゃ行ってきます」

小鳥「美希ちゃんのことよろしくお願いしますね。それと…できれば早く帰ってきて仕事を手伝ってくれたら嬉しいかなー、なんて…」

P「交換条件付きでよければ喜んで」

…丁度いい機会なので、あの恥ずかしい台詞は今日限りで忘れてもらうとしよう。

美希「(…プロデューサーなんてもう知らないの!)」

最初は真面目過ぎでミキとは全然合わないと思ってたけど、この一週間いっぱい話して少しは仲良くなったと思ってたのに…。
結局プロデューサーは冷血仕事人間だったの。
…ミキ達のこと仕事の道具としか思ってないのかな。

美希「あ…」

怒りながら早歩きしてたら、いつの間にか周りに誰もいないの…。

美希「(怖いの…でも確かにこの一週間は大丈夫だったし)」

ガタッ

美希「!?」

美希「誰か…」

スタスタスタスタスタスタ
…スタスタスタスタスタスタ

美希「ひっ…」

タッタッタッタッタッタッタッタ
…タッタッタッタッタッタッタッタ

美希「怖いの…ついてこないで」

タタタタタタタタタタタタ!
…タタタタタタ…ウワー!ドンガラガッシャーン!!

美希「!!」

美希「凄い音がしたの…」

今の音は春香が転ぶ音に匹敵してたかも。
…ってアレ?

美希「足音がしなくなった…?」

P「いてて…」

?「いたた…」

確かにこの一週間でストーカーについて特に分かったことは無かったが、言い方を変えれば俺が一緒に帰っていた間はストーカーはほとんど何もしてこなかったということでもある。
それではいつまで経っても事態に進展が無いし、ずっと送り続けると言うのも流石に無理な話だ。

星井には悪いが、囮になってもらうことで何か情報が掴めればと思っていたのだが…まさかいきなり本命が釣れるとはな。
捕まえた…と思ったら勢い余って天海ばりの大転倒をしてしまったわけだが。

P「(見たところ星井と同年代…中高生ってとこか)ほら、立てるか?」

少年「!?」ガバッ

P「あー、面倒だから逃げるな。逃げたら警察呼ぶぞ」

慌てて起き上がろうとする少年の肩を抑える。
いざと言うときのために警察には時間帯と場所を指定して巡回してもらってるからな。
ちょっと騒げばすぐに駆けつけてくるだろう。

少年「あなた、確か星井さんと一緒にいた…」

P「さてと、話を聞かせてもらおうか。あ、その前に身分を明かしてもらうところからだな」

少年「家の窓から何度か帰るのを見かけて、前から可愛い子だなと思ってたんです。最近になって雑誌のモデルとかをやってるのを知って…」

P「気付いたら好きになってたと」

少年「この前暗い道を一人で歩いてるの見て心配になって…」

P「思わずつけてしまっていたと。となると、ここ一週間姿を見せなかったのは…」

少年「あなたが…一緒だったから」

P「…」

教科書通りのストーカー…というより青春の一つの形と言うべきか。
とりあえずドロドロとした歪んだ動機じゃないだけ安心したが。

少年「あの、あなたは星井さんの彼氏なんですか?」

P「違う。俺は彼女のプロデューサー…どっちかと言うと保護者だな」

P「君の気持ちは分からないでもない。確かに彼女は魅力的だ」

少年「…」

P「だが君がやったことは彼女を怖がらせていただけだ。君の意思に反して、な」

少年「…はい」

さて、どうしたものか。
当人は反省してるみたいだし警察を呼ぶほどのことではないのかもしれないが…。

美希「…許してあげて欲しいの」

P「まあ、お前がそう言うなら俺から言うことは…って、いつの間に」

少年「ほ、星井さん…?」

先に行ったものだと思ってたのに、いつの間にか戻ってきてたのか。
まあ、あれだけ大きい音を立てたんだから気付かれない方がおかしな話かもしれないが。

美希「あのね、ミキは君からの気持ち嬉しいって思うよ」

少年「…」

美希「でも…君と付き合うことはできないの」

P「(…ばっさりだな。星井らしいが)」

美希「ミキね、今の仕事がすっごい楽しいの。うまく言えないんだけど、まだまだ知らない世界が待ってる感じで…。頑張ればこれからもっとワクワクドキドキできる…そんな気がするの。ね、プロデューサー!」

P「え?ああ、そうかもな…」

突然話を振られても困る…が、"ワクワクドキドキ"か。
曖昧過ぎる表現だが、これも星井らしいな。

美希「だから、ゴメンね」ダッ

タタタッ

P「え…っておい!」

言いたいことだけ言って星井は走り去ってしまった。

P「…」

少年「…」

ご丁寧に俺と少年をこの場に残して。

P「あー、その何て言うか…」

少年「…ありがとうございます」

P「え?」

少年「辛くないと言えば嘘になりますけど…直接彼女と話せたおかげで吹っ切れました。今度はその、一ファンとして彼女のことを応援してもいいですか?」

何とも素直で物分りのいい少年だ。
…もしかしたら、案外こういうタイプのほうがストーカーになりやすいのかもしれないな。
彼はもう過ちを犯すことは無いと思うが。

P「ああ、もちろん。だけど…次は無いからね」

少年「はい、本当にすみませんでした。俺が言えることじゃないですが…彼女のことよろしくお願いします」

P「…ああ」

店員「いらっしゃいませー」

少年と別れた後、帰る前にコンビニに立ち寄ることにした。

美希「あ、プロデューサー」

P「…やっぱりいたか」

別に星井に会いに来たわけじゃないがな。
前買ったサンドイッチが個人的に当たりだったからまた来てみただけだ。

美希「…プロデューサー、ありがとうなの。ちゃんとミキのこと守ってくれてたんだね」

P「まあな。引き受けることにした以上、最後まで責任は持つさ」

美希「でも嘘吐いてミキを囮にしたのは酷いの!」

P「それは、まあ許せ」

長引けば互いの負担が大きくなるだけだからな。
早期解決できたのだからそれくらい大目に見て欲しいところだ。

美希「…あのねプロデューサー、前にミキのことどう思ってるか聞いたよね?」

P「ああ、そんなこともあったな」

美希「あの時言われた言葉の意味、ミキなりに考えてみたんだ。あれってミキがもっともっと頑張れば、星みたいにキラキラ輝けるってこと?」

P「そんなところだ」

…ついでに言わせてもらえば"美希"の"希"は"希望"の"希"でもある。
星のように輝いて人々に希望を与える…全く、アイドルとして出来すぎた名前だ。

美希「キラキラ輝けばもっとワクワクドキドキできるかな?」

P「ああ、お前が本気になればできるだろうな」

美希「それならミキもっともっと頑張るの!だからプロデューサー、これからもミキのこと守ってくれる?」

P「…遅刻や居眠りがもう少しマシになったらな」

美希「え~と、それはちょっと自信無いかも…なの」

P「(『彼女のことよろしくお願いします』…か)」

星井を家まで送った後、少年に言われた言葉が頭を過ぎる。
今の俺は確かにプロデューサーで、担当するアイドルを守るのは仕事の一つだ。

だがそのプロデューサーと言う肩書きも、結局は黒井社長に命じられた偽りのものでしかない。
全ては叶えるべき夢のためであり、俺にとっては765プロも単なる通過点でしかない。

P「(その"お願い"を聞いてやれるのは、一体いつまでになるんだろうな…)」

情に流されて深入りすれば、最終的には自分を見失うことになる。
…ずっと自分に言い聞かせてきたことだ。

P「(…今更な話か)」

どの道俺が進む道は一つしか無い。
今までもこれからも、俺の夢は俺だけのものではないのだから。

ストーカー事件から数日が経ち、765プロもすっかり元の様子に戻っていた。
変わったことと言えば、意外にも星井が遅刻しなくなった(居眠りはまだ怪しい)ことなのだが…。

P「星井、そろそろ仕事に…」

美希「まだ大丈夫なの!」

何故か今度は事務所から中々出発しなくなってしまった…と言うか、俺が送らないと全く動こうとしないのだ。
遅刻されて困るのは俺も同じなので一度渋々送ってやったのだが、それが全ての間違いだった。

(響「美希ばっかりずるいぞ!」)

(貴音「あなた様、これは流石に不平等かと」)

(真美「そうだそうだー!」)

(あずさ「あらあら、プロデューサーさんを困らせちゃ駄目よ~」)

(律子「いや、あずささんはむしろ送ってもらってください。危険ですから」)

結局、他のアイドル達もスタジオや仕事場まで送る破目になり、俺はプロデューサー兼運転手として無駄に仕事が増える結果となってしまった。

美希「そんなことよりプロデューサー、いい加減ミキのこと名前で呼んでほしいって思うな」

P「皆のことは苗字で呼ぶ…そう決めた以上お前だけ特別扱いすることはできない。分かったら仕事の邪魔はするな。以上」

美希「あんまりなの」

星井の一件と仕事の送り迎え、さらにアイドルの無駄なちょっかい(主に双子による)のおかげで溜まりに溜まった仕事を早急に片付けなくてはならない。
加えて音無さんの手伝いもあるわけだし…と言うか交換条件の内容はもう少し考えておくべきだったな。

小鳥「しごと、が…おわら…ない。ぴよ、ぴよ…」

…まさかここまで忙しかったとは。

美希「う~ん…じゃあ、みんなのことも名前で呼べばいいの!そうすれば特別扱いにはならないでしょ?」

P「…は?」

美希「みんなもいいよね?」

亜美「いいもなにも、ねえ?」

真美「最初から名前で呼んでって言ってるじゃん!」

響「自分は全然オッケーだぞ!」

貴音「私も構いません。むしろ名前で呼んでいただける日を心待ちにしておりました」

雪歩「わ、私も別に…」

真「もちろん問題無いですよ!」

あずさ「ふふ、やっと名前で呼んでもらえるんですね」

P「え」

律子「私も美希に賛成です。正直苗字で呼ばれるのずっとくすぐったかったんですよ」

伊織「律子と美希の意見が合うなんて珍しいわね。ま、私はどっちでもいいんだけど」

やよい「私も名前で呼んでほしいかなーって前から思ってました!」

千早「…別に苗字でも名前でも問題ありません」

春香「苗字で呼ばれるの何となく違和感があったんですよねー」

小鳥「賛成多数みたいですよ、プロデューサーさん♪」

こんなことで無駄に一致団結して…気付いたら音無さんも正気を取り戻してるし。

だが、どうせここで拒否したところで今後もしつこく催促されるのは目に見えてる。
呼び方に拘ってもこの事務所の場合あまり意味が無い様だし…今は仕事の効率を最優先に考えるとするか。

P「…仕方無い。美希、早く仕事に…」

美希「やったの!ハニーがやっとミキのこと名前で呼んでくれたの!!」

P「ハニー!?」

美希「ハニーが呼び方変えたからミキも変えてみたの。お互い様でしょ?」

P「あのな、俺はプロデューサーだ。こればっかりは皆もそう呼んでるだろ?」

美希「えー、でも貴音は前からハニーのこと"あなた様"って呼んでたよ?」

P「え…?」

P「そうなのか?しじょ…貴音」

貴音「気づいていらっしゃらなかったのですか?何とも複雑な気持ちです…」

P「(今まで全く違和感を感じなかった…だと…)」

真美「なんだー、それなら私達が呼び方変えても問題無いよね♪」

亜美「うんうんその通り。そういうわけで改めてよろしくね、兄ちゃん♪」

P「勝手に話を進めるな…ってかそもそも何だハニーって」

美希「ミキね、好きな人が出来たらその人のことをハニーって呼ぶことにしてたの」

貴音「!」

響「!」

P「…!?」

美希「それにハニーもミキのことが好きだって分かったし…」

P「…意味が分からん」

美希「だってハニー、ミキのこと"魅力的"だって言ってくれてたでしょ?つまりは両思いなの!」

P「聞いてたのか…」

でもそれは…そういうことになる、のか?
…いやいやいや、やっぱり違うだろ。

貴音「あなた様、それは真ですか…?」

小鳥「ふふふ♪」

P「(貴音は何故か不機嫌だし、音無さんは意味深に笑ってるし…)」

美希「今日も一日ガンバるの♪だからミキのこと、ちゃんとしっかり見ててよね!」



続く。

やはりパソコンからだと書き込む前に簡単に推敲できるのでスムーズに終わりますね。
イーモバの規制も早いとこ何とかしてもらいたいところです。

とりあえず貴音さんごめんなさい。

じめじめと鬱陶しい梅雨が明け、道行くサラリーマンの服装がクールビズへと移行し終わった七月。
茹だるような暑さの中、俺は765プロに潜入してから初めて黒井社長に呼び出された。

黒井「どうやら順調にプロデュースを進めているようだな。早々に根を上げるかとも思ったが」

この言い様から考えるに、どうやら黒井社長は765プロの経営状況をしっかり把握していたようだ。

…相変わらずの腹黒さで、こちらとしてはむしろ逆に安心するがな。
この男の場合、悪い意味で"名は体を表す"ということか。

P「評価していただき光栄です…が、まずは私を呼び出した理由を教えていただきたいのですが」

黒井「フン、せっかちな奴だな。貴様に直接確認したいことがあっただけだ」

そう言って黒井社長は自身のデスクの上にステープラーでまとめられた書類を並べた。

P「…!?」

…俺はこの書類を知っている。
いや、正確に言えば知っているどころの話ではない。

765プロのロゴが印刷されたそれは、紛れも無く俺と律子が製作した二つのプロジェクトの企画書だった。

黒井「何故私がこの企画書を持っているのか不思議そうだな。どうだ?情報を盗まれる側に回った気分は」

P「…」

黒井「確認したかったのはこれが本物かどうかだが…どうやら実際に進行中の企画で間違いないようだな」

P「…ええ、その通りです」

まだ正式に決定していないが、どちらも早ければ今夏からスタートさせる予定のプロジェクトだ。

確かに営業の材料として音楽番組のディレクターや作曲家など極一部に資料を回してあるが…この男の情報網は一体どこまで広がっているのだろうか?

黒井「弱小プロの企画にしては中々興味深かったぞ。で、これはお前が立案したものか?」

P「…一つはそうです。それでこの企画をどうするおつもりですか?命令であれば無かったことにもしますが」

黒井「ノンノンノン、私がお前にした命令は一つだけだ」

P「『765プロを育てろ』…ですか?」

黒井「ウィ。この企画もその延長線上なのだから潰す必要は無いだろう?精々手腕を発揮するがいい」

P「(どういうつもりだ…?)」

黒井「用はこれだけだ。もう帰って構わんぞ」

P「…」

961プロからの帰り道。
765プロの事務所へ歩きながら思考を巡らしてみるが、どうにも黒井社長の思惑が読めない。
最終的に765プロを取り込むにしても、いささか手が込みすぎているように思える。
黒井社長の本心は一体どこにあるのだろうか。

P「(まさか単純に765プロを育てたいだけなのか?…いや、流石にそれはありえない)」

例え相手に恩があったとしても、自分の利益にならなければ平気で切り捨てる…黒井社長はそういう人物だ。
あの男の辞書に"信頼"と言う言葉はそもそも存在すらしていないのだろう。
そんな人物が利も無く他者のために動くとは考え難い。

P「(だが、だとすれば一体…)」

…いや、深読みしても仕方が無いか。

今はとにかく命令に従って765プロを成長させることに力を尽くすだけだ。
後のことは後になってから考えればいい。

P「(それにしても今日はまた一段と暑いな…。事務所に戻る前にアイスでも買っていくか)」

伊織「暑いわね…」

響「暑いぞ…」

真美「このままじゃ干物になっちゃうよ~」

亜美「ドロドロ~…」グデー

律子「あんた達少しは静かにしなさい。心頭滅却すれば火もまた涼しって言うでしょ?暑い暑いって言ってると余計暑くなるわよ」

小鳥「…」

律子「ほら小鳥さんを見習って…」

小鳥「…」シーン

春香「いや、小鳥さんは既にダウンしてるだけなんじゃ…」

律子「…みたいね」

響「飲み物取ってくるぞ…」

伊織「それなら私の分もお願いするわ。ちゃんと氷も入れてきてね」

真美「それもこれもあのポンコツクーラーのせいだ!」

律子「壊れちゃったものは仕方無いじゃない。修理が終わるまで大人しく待ちなさい」

亜美「待てないよ~!ってかなんで律っちゃんは平気そうなのさー!」

律子「へ?ま、まあ私は我慢できる大人ですからねっ」

真美「あやしい…」ジトジト

響「伊織~、さっき買ってきた100%オレンジでいいか?」

伊織「いいわよ」

真美「あーーーーっ!律っちゃんの足下見てよ亜美っ!!」

亜美「何々…こ、これはっ!!」

亜美真美「「バケツに氷水入れてんじゃん!!」」

響「あれ、冷凍庫から氷が無くなってるぞ?」

律子「…」

亜美「律っちゃんだけずるいYO!」

真美「我々は断固抗議するのであります!」

律子「こういうのは気付いた者勝ちでしょうが」

伊織「…ぬるい」

響「文句は律子に言ってほしいぞ」

ヤイノヤイノ、ガヤガヤ

P「…」

事務所の扉の前にいても中の喧騒が無駄に良く聞こえてくる。
この暑さの中でよくこれだけ騒ぐ元気があるものだな。

…おかげさまで、あまり中に入りたくない気持ちになってきた。

ガチャ

P「戻ったぞ」

律子「…あ、営業お疲れ様ですプロデューサー」イソイソ

亜美「待て待て~!」

真美「私たちから逃げられると思うてかっ!」

P「…騒がしい奴等だな。ほら、これをやるから少しは大人しくしてろ」

亜美「ん?おお、これはまさに我々が求めていた…」

真美「灼熱地獄の必需品、ずばり…」

亜美真美「「アイスだーーーー!!」」

最近分かったことだが、このお転婆双子姉妹を大人しくさせるには物で釣るのが一番効果的なようだ。
その点はやはりまだまだ子供と言うことなのだろう。

伊織「え?」

響「アイスだって!?」

春香「ホントですかっ!?」

…前言撤回、双子だけでなく他の奴らも同じかもしれない。

亜美「くぅー…小僧がホップに染み渡るねえ」ガリガリ

律子「それを言うなら"五臓六腑"でしょ。いやでも、本当にありがとうございました」ボソッ

P「気にするな」

律子を助ける目的で買ってきたわけではないが、結果としてそういう形になったのなら幸いだ。
例のプロジェクトを進める上で律子の存在は必要不可欠だからな。
この程度の助け舟ならいくらでも出すさ。

春香「あれ?プロデューサーさんの分が無いですよ?」

P「ああ、俺は別に無くても構わん」

一応多めに買ってきたつもりだったが、事務所にはそれ以上に人がいたようだ。
買った本人である俺の分が無いのは少し癪だが、取り合いになってまた騒がしくなるよりは百倍マシだからな。

春香「それなら…はい、プロデューサーさん♪」

そう言うと春香は自分の分のモナカアイスを半分に割って、片方を俺に差し出してきた。

P「…いいのか?」

春香「えへへ、やっぱり皆で食べた方が美味しいですから」

亜美「あーーつーーいーー!!」

真美「太陽のバカヤロー!!」

P「…仕事に集中できないから少しは静かにしてろ」

…どうやらアイス一本程度では三十分も持たなかったようだ。
暑いのは認めるが叫んだところで現状は何も変わらないというのに。

P「大体仕事も無いのにわざわざ事務所に来てるのが間違いなんだ。夏休みに入ったんだからどこかに遊びに行けばいいだろ?」

図書館とかゲーセンとかショッピングモールとか。
節電が呼びかけられてるとは言え、冷房が効いている以上ここよりは遥かにマシのはずだ。

亜美「分かってないなー兄ちゃん。亜美達はプロのアイドルなんだよ」

真美「何かあったらすぐ動けるように事務所で待機する…まさにプロの鑑っしょ!」

P「…建前は分かった。で、本音は?」

亜美真美「「兄ちゃん達で遊ぶため!」」

P「…説教だな」

伊織「でも…こう暑いと避暑地にバカンスくらいは行きたいわね」

春香「折角の夏休みだし確かに海には行きたいよね~」

響「美ら海が恋しいぞ…」

伊織「…!」

春香「…!」

響「…!」

伊織「何だ、簡単なことじゃない」

春香「行きたいなら…」

響「皆で行けばいいんだぞ!!」

響「プロデューサー!海に行くぞ!!」

春香「慰安旅行ですよ、慰安旅行!!」

P「…は?」

双子だけでなくこいつらも暑さで頭がやられたのか。
クーラーは早いとこ直してもらう必要がありそうだな。

伊織「失礼ね、私達はいたって平常よ」

P「…あのな、そう簡単に旅行なんて行けるわけ無いだろ?」

スケジュール…はあまり問題無いみたいだが、旅行するにもまずは先立つものが必要になる。
だがしかし、この事務所にそんな余裕があるとは到底思えない。

小鳥「大丈夫ですよプロデューサーさん」

P「あ、ようやく復活しましたか。それじゃあ早いとこ書類を片付けてください」

小鳥「ぴよ…じゃなくて、お金のことなら心配いらないです。こういう時のためにちゃんと積み立ててる分がありますから」

P「…」

やはり音無さんは優秀な人物のようだ…が、今回の件に関してだけ言えば、その優秀さが少し恨めしく思える。

伊織「ほら、何も問題無いじゃない」

P「…分かった。一応社長に提案はしておく」

条件がクリアされてしまった以上、これ以上の反論は出来まい。
…我ながら諦めが早くなったな。

高木「慰安旅行か…いいじゃないか、行ってきたまえ」

高木社長の性格を考えれば答えは聞くまでも無いと思っていたが、まさにその通りだった。
もしこれが黒井社長相手だったら…特大の雷が落ちているところだな。

P「…分かりました。もちろん社長もご一緒されますよね?」

高木「いや、私は今回は遠慮しておこう。例のプロジェクトで色々動かなければならないことがあるのでね」

P「でしたら私も」

高木「おいおい、君は彼女達と一緒に行かないとダメだろう。折角の慰安旅行なんだから羽を伸ばしてくるといい」

P「ですが…」

社長にだけ仕事をさせるのは流石に気が引けるというものだ。
…それに正直な話、一緒に行かないほうが羽を伸ばせるような気もするし。

高木「ウォッホン、ならばこれは社長命令だ。律子君だけでは手が回らないだろうからね」

P「…はい」

確かに律子や音無さんにあいつらの面倒を任せるのはいささか無責任と言えるか。
どうやらこれも仕事の一環として諦めるしかなさそうだな。

P「…と言うわけで律子は日程の調整と出欠の確認、音無さんは交通手段と宿の手配、それと会計の処理をお願いします」

小鳥「分かりました♪」

俺は…とりあえず律子と音無さんの分も含めて、溜まってる仕事を全て処理しなければならないか。
…今日は残業決定だな。

それと、事務所の電話は携帯に転送されるように設定しておいて…。

ガチャ

雪歩「おはようございますぅ…」

真美「おー!ゆきぴょんおはよう~!」

旅行の準備を進めていると、また一人暇人が事務所に来たようだ。

彼女の名は萩原雪歩。
性格は大人しく物静かであり、清楚なイメージも相俟っていわゆる"守ってあげたい系"アイドルと言える。
自分に自信が無く落ち込みやすいところもあるが、それだけならばさして問題では無いのだが…。

雪歩「あ、あの、プロデューサー、ら、来週のオーディションで少し確認したいことがありまひて…」

真美「(あ、噛んだ)」

小鳥「(噛みましたね)」

P「(…噛んだな)」

…どうやら今日は真とは一緒じゃないみたいだな。
となると少々厄介なパターンだ。

P「何だ?」

雪歩「だ、台本のこの部分なんですが…」

P「ん?どれだ…」

確認のために差し出された台本を受け取ろうと、雪歩の方へ身を乗り出した瞬間…。

雪歩「ひっ…ひゃああああ!?」

P「(…しまった)」

か細い悲鳴を上げたかと思うと、雪歩は物凄い勢いで壁際まで後ずさった。

P「…律子頼む」

律子「あ、はい」

萩原雪歩の最大の弱点…それは男性に対して極端に苦手意識があることである。

今のこの状態でも大概だが、これでも四月ごろに比べればまだマシになった方だ。
何しろ初めて声をかけたときは事務所の外まで逃げ出したくらいだからな。

百歩譲って俺から逃げ出すくらいならまだいいのだが、下手すればレッスンやオーディションにも支障が出てくるので洒落にならない話だ。
頭ごなしに注意するだけでは、さらに苦手意識を強くしてしまうだろうし…。

今のところ適度にフォローの出来る真や春香と一緒に行動させることで、何とか被害を最小限に留めようとしているのだが…。

P「(…それでは根本的な解決にはならないか)」

雪歩「うぅ…ごめんなさい…」

春香「大丈夫、ほら涙拭いて」

雪歩「こんな…こんな私なんて…穴掘って埋まってますぅーーーー!」

律子「こ、こら事務所に穴を掘らない!!」

…ついでにこの謎の穴掘り癖も何とかしなくてはならないな。

そんなわけで気付けば慰安旅行当日の朝になった。
揺れる列車の中で流れ行く外の景色を眺めながら、悠々とコーヒーを啜る…何てことがこいつらと一緒で出来るはずも無いわけで…。

やよい「うっうー!楽しみですー!!」

あずさ「うふふ、皆で旅行なんてワクワクするわねぇ」

美希「…zzz」

亜美「あーっ、ヤキニクマンの録画するの忘れてた!!」

真美「今日キムチちゃんの出番っしょ!?うぅ…なんてこったい」

小鳥「大丈夫!こんなこともあろうかと事務所のレコーダーで予約してあるから安心して♪」

亜美真美「「おおっ!流石ピヨちゃん!!」」

律子「あんた達少しは静かにしなさい!」

P「…まさか全員参加とはな」

気分は修学旅行の引率教師だ。

小鳥「まあまあ、プロデューサーさん。折角の慰安旅行なんですから全員参加はむしろ喜ぶべきですよ」

P「まあ、それはそうですが…」

全く、揃いも揃って暇人の集まりだな。

…とは言え、仕事のスケジュールで余裕があるのはプロデューサーである俺の力量不足のせいでもある。
ホワイトボードが真っ白…と言うわけではないが、仕事の増加量が伸び悩んでいるのも事実なわけで…。

P「はあ…俺もまだまだだな」

律子「あれだけ働いてまだまだって…プロデューサーは少し真面目過ぎですよ」

小鳥「そうですよ。だから今回の旅行でしっかり羽を伸ばしましょうね♪」

P「…ですね」

…確かに音無さんの言う通りではある。
早ければ来月にはプロジェクトが本格的に始動し始めることになるからな。

P「(プロジェクトの中心メンバー四人はもちろん、他のアイドル達も少なからず忙しくなる…。当然裏方である律子や音無さんの仕事量も増えるわけだし…)」

余裕がある今の内に各々をリフレッシュさせておくのは、非常に理に適っていると言える。
どんな職業でも言えることだが、ストレスは仕事の効率を著しく低下させる要因になるしな。

P「…律子もしっかり休んでおけ。旅行中はあまり仕事のことは考えなくていいぞ」

年齢以上にしっかりしているので忘れがちになるが、こいつはまだ未成年だからな。
プロデューサーという肩書きを背負っているだけでも重圧だろうに、今回のプロジェクトでは重要な役割を担っているわけだし。

律子「お気遣いありがとうございます。でも私はこう見えてタフですから、大丈夫ですよ」

小鳥「ふふっ、プロデューサーさん優しいですね」

P「…音無さんは心配無用みたいですね。帰ったら旅行中に溜まった仕事の処理を全てお任せします」

小鳥「ぴよっ!?」

律子「あはは…でも、プロデューサーこそ休めるときに休んだほうがいいですよ」

P「俺も心配は無用だ」

流石に自分の仕事のペースくらいは自分で管理できる。

…仮にも黒井社長の下で散々扱き使われてきたわけだしな。
その頃に比べれば今の境遇は遥かにマシと言える。

小鳥「ならプロデューサーさんには、この旅行でしかできないことをしてもらいましょうか」

P「…?」

この旅行でしかできないこと…?
まさか海で営業活動しろとでも言うのだろうか。

小鳥「ずばり、アイドル達とのコミュニケーションですよ!」

コミニュケーション(Communication)…すなわち思考の伝達。
言語・文字・身振りなどを媒介にして行うものだ。

P「…それならいつも仕事でしてるじゃないですか」

小鳥「そういうのじゃなくて、お互いを知るためのもっと気楽なお喋りですよ」

律子「ああ、確かに。プロデューサーはあんまり仕事以外でアイドルと話をしませんからね」

P「と言われてもな…」

音無さんが言いたいことは分かったし、直にアイドルと話すことの意味もここ最近になって理解し始めてはいるが…。
仕事以外で話す…あまりピンとこないのが正直なところだ。

小鳥「美希ちゃんを家まで送ってたときは結構お喋りしてたって聞きましたけど」

P「あれは美希が一方的に話してただけですよ」

実際、俺は聞かれたことに答えるか、相槌くらいしか打ってなかったからな。
ああいう感じでどんどん話題を振ってくれる奴ならまだ会話は成立するが、それ以外の奴に話せと言われても…話のネタが思い浮かばない。

律子「プロデューサーは深く考えすぎなんですよ。お喋りなんてもっと気楽でいいんですから」

小鳥「そうですねぇ、単純に趣味や好物の質問から始めてもいいですし…。あ、女の子は些細なことでも褒めてあげると喜びますよ」

P「褒める?」

仕事で結果を出した時とかなら分かりやすいが、日常会話で褒めるとなると…。
いまいちピンとこないが、やはりアイドルであることを考えれば、とりあえず容姿を褒めればいいのだろうか。

P「(ふむ…)」

小鳥「あれ、私何か変なこと言いました?」

P「いえ…ところで音無さん、今日は何だかいつも以上に素敵ですね」

小鳥「ぴよっ!?」

P「いつもの事務服も悪くないですが…そういったカジュアルな服装も新鮮でいいですね。可愛らしくてよくお似合いです」

小鳥「ぴ…」

P「前から思ってたんですが、あいつらに混じってアイドル活動していても何の違和感も無さそうですね」

小鳥「…」

P「これで仕事も出来るんだから、才色兼備とはまさに音無さんのことで…」

律子「ストップ!ストーーップ!!」

小鳥「…」ピヨピヨピヨピヨ

律子「やはり小鳥さんには刺激が強すぎましたか…。もうプロデューサー、一体突然どうしたんですか?」

P「褒めるのを試してみただけだが…やはり付け焼刃ではうまくいかないか」

結局俺が一方的に話してただけで、全く会話が成立してないからな。
お世辞で褒めるのは好きではないので、一応思ってることは素直に言ったつもりなのだが。

律子「もしかしてプロデューサー…天然ですか?」

P「…何のことだ?」

律子「やれやれ…。でもそうですね、たまには思いに任せた言葉を言ってみるってのも悪くないかもしれません」

そうこうしているうちに目的地である海水浴場まで辿り着いた。
しかしまあ、ピーク前だと言うのに随分と人で賑わっているな。

亜美「海だー!」

真「よ~し、今日はいっぱい泳ぐぞ~!!」

律子「ちゃんと日焼け止め塗ってからにしなさいよー」

響と真に関しては、多少日焼けしてもプラスポイントになりそうな気はするが。
それにしても、まだパラソルも立ててないのに気が早い奴等だ。

春香「プロデューサーさん!海ですよ、海!」

P「見れば分かる」

真美「はるるん置いてくよ~!」

春香「あはは、みんな待ってー!」

P「…おい春香、そんなに慌てるとまた」

ドンガラガッシャーン!!

…やはり転んだ。
と言うか砂場でその擬音はおかしくないか?

P「さてと…ん?」

千早「…」

小鳥「千早ちゃんは皆のところに行かないの?」

千早「私はあまり…泳ぎが得意ではないですから」

…で、海に来てるのに一人で読書をしてるわけか。
それも中々悪くないな、俺も真似させてもらおうか…。

春香「ち~は~や~ちゃんっ♪せっかくの海だよ!一緒に遊ぼうよ~」

…何て思ってたら、呼んでもないのに春香が千早を誘いにやって来た。

千早「あ、ちょっと待って…分かったから」

春香「ほらほら、早く♪」

P「…春香と千早は仲がいいんだな」

アイドル同士仲が良いのは別に悪いことでは無いのだろうが…やはり何となく違和感を感じる。
まあ、単純に俺が捻くれているだけなのだろうが。

小鳥「ふふ、プロデューサーさんもこんなところでボーっとしてないで、早く皆のところへ行かないと」

P「…別にいいですよ、荷物番もありますし」

小鳥「荷物なら私が見てますから」

P「はぁ…分かりましたよ」

春香といい音無さんといい、揃いも揃って他人の世話を焼いて楽しいのだろうか。

…仕方無い、気分転換に散歩でもするとしよう。

ワーワー!
スゲー!

海岸沿いをブラブラ歩いていると、賑やかな歓声が耳に入ってきた。

P「…ん?」

立ち並ぶ海の家の中で、一軒だけ妙に人だかりができているところがある。
何々…『求む完食者!ジャンボラーメン三杯!!』…何かの企画だろうか?

P「(よくある"食べきればタダ"ってやつか)」

他所と違う個性を出さなければ客の足を止めることはできない…どこの世界も似たようなものだな。

客「おお、ついに完食者が現れたぞ!」

一際大きな歓声が上がったと思ったら、どうやら達成した猛者が現れたようだ。
はてさて、どんな屈強な男だろうか…。

?「中々に美味でした。ところでお代わりを所望したいのですが…」

P「…」

…聞き覚えのある声だった気がするが、気のせいだろう。
うん。

やよい「あー!プロデューサーも潮干狩りですかぁ?」

P「…」

波打ち際で楽しそうに砂をかいてるツインテールに見覚えがあったので来てみたが…潮干狩りのシーズンはもう過ぎてるんじゃないだろうか。
教えてあげるのが優しさなのかもしれないが…あまりに純真すぎて言い辛いな。

伊織「あら丁度いいところに来たわね、喉が…」

P「却下だ」

伊織「むきー!まだ全部言ってないじゃない!!」

言わずとも分かるようになったのが何となく嫌だが…これも慣れと言うやつか。

P「それにしてもお前達二人は仲がいいな。…と言うより、やよいもよく伊織と付き合えるな」ボソッ

伊織「聞こえてるわよ…」ピキピキ

やよい「でもでも、伊織ちゃんはとっても優しいんですよー?」

P「ああ、確かにそうだな」

伊織「!?」

やよい「優しいし可愛いし…まさにスーパーアイドルです!!」

伊織「ちょっとやよい…恥ずかしいわよ」

P「スーパーアイドルかどうかはまだ分からんが…俺も概ねその通りだと思う」

ハム蔵の件もあるし、口は悪いが何だかんだで面倒見はいいしな。
だからこそ律子も…。

いや、これはまだオフレコだったか。

伊織「ってか、あんたまで何言ってるのよ!?」カアアッ

P「ま、優しくて可愛いのはやよいも同じだ。そういう意味ではお前らは似たもの同士かもしれないな」

やよい「うっうー!プロデューサーありがとうございますー!」

成程、音無さんの反応がアレだったから半信半疑だったが、褒めるのも確かに悪くないかもしれないな。
伊織も照れてるようだが悪い気はしてないみたいだし。

P「(ん…待てよ)」

これを上手く応用すれば、自分に自信が持てない雪歩の性格も改善されるかもしれないな…。

P「(…やってみる価値はあるか)」

真美「あ、兄ちゃん!」

亜美「一緒に遊ぼうよ~」

P「…(雪歩相手にはまず何て声をかけるべきか…)」

真美「おーい!…ふむ、どうやら気付いてないみたいだねぇ」

亜美「…ニヤリ」

真美「やりますか?」ガチャッ

亜美「当然っしょ!」ガチャッ

P「…」

真美「いち…」

亜美「にの…」

亜美真美「「さんっ!食らえ~!!」」ブシャー!

P「…!?」ビチャッ!

真美「…ごめんね兄ちゃん」

亜美「う~…無視した兄ちゃんが悪いのに~」

P「…百歩譲って水鉄砲で顔面に海水をぶっかけてきたのは許そう。だがな…流石の俺でも看過できないことはある」ビショビショ

例えば、追い討ちをかけるように俺の顔面にヒトデを叩きつけてきたり…。

怯んだところで私服のまま海に押し倒したり…。

P「財布と携帯を置いてきてたからまだ良かったものの…」

亜美「でも何でボーっとしてたのさ?」

P「…」

こいつの全く悪びれない様子を見ていると、何故か怒っている俺の方が馬鹿らしくなってくる。
全く、得な性格の奴だ。

P「…少し考え事をしてただけだ」

亜美「なるほどねぇ…確かにゆきぴょんの臆病な性格はいい加減何とかせねばなりませんな、真美殿」

真美「そうですな~、亜美殿」

P「(まーた小芝居が始まった…)」

参考意見を聞ければと思ったが、我ながら聞く相手を完全に間違った気がする。
同性で俺よりまだ雪歩に年が近いとは言え、こいつらの思考は完全に斜め上だからな。

亜美「何かいい案は無いものかねぇ…」

真美「はいはい!」

亜美「おお、真美殿!」

真美「ここに丁度いいお相手がいるであります!それで…」ゴニョゴニョ

亜美「…それは妙案ですな!」

P「前置きはいいから早く言え」

真美「ずばりっ、兄ちゃんにはゆきぴょんの男性恐怖症を克服するための生贄になってもらいたいんだよ!」

P「物騒な単語が聞こえてきたが…まあ、具体的な案があるなら聞こう」

正直、全く期待はしてないがな。
ダメで元々、下手な鉄砲何とやらだ。

亜美「良くぞ聞いてくれました!」

真美「夏の海で男女がすることと言えば…」

亜美「一つしか無いっしょ!」

P「…」

亜美真美「名付けて!『波打ち際でキャッキャウフフ、私を捕まえてごらん作戦』!!」

P「分かった。お前達に聞いた俺が馬鹿だったな」

亜美「ジョークだよ~兄ちゃ~ん」

こいつらの場合、ジョークと本気の境界が非常に曖昧だから困る。
って言うか、今のは割りと本気に見えたんだが…。

亜美「まあ、まだ作戦名しか言ってないからね。肝心の内容だけど…」

真美「とりあえずいっぱいお喋りすればいいってことだよ!」

P「経験を積ませるってことか…名前と全く関係無いが、お前達らしからぬまともな意見だな」

亜美「なっ!?」

真美「失礼だなー、兄ちゃんは」

用済みの双子はスルーするとして…。
何だかんだで結局そこに集約するわけか。

P「問題は話のきっかけだが…仕事関係の話じゃダメなのか?」

亜美「それじゃダメっしょ~」

真美「せっかくの休みに仕事の話はNGだよ~」

P「となると…やはり音無さん曰く『褒めれば喜ぶ』が妥当か」

真美「いいじゃん、それだよ兄ちゃん!」

亜美「うんうん、これならいける気がするよ!」

亜美真美「名付けて『褒め殺し作戦』!」

P「(…何なんだこの無駄なテンションは)」

じじくさいことを言う気は無いが、最近の若い奴のテンションには付いていけないな…。

響「おーい!プロデューサー!!」

双子との話が一段落付いた頃、真っ先に海に飛び込んでいった響が、手を振りながらこちらに走ってくるのが見えた。

亜美「お、丁度いいところにサンプル発見。それじゃあ実地訓練といきますか!」

真美「兄ちゃんもまずは褒め慣れないとだしね」

P「…」

まあ、確かに慣れておくに越したことは無いんだろうが…。
…いい様に遊ばれている気がするのは俺の気のせいだろうか。

響「はあっはあっ…見てみてプロデューサー!獲ったど~!!あはは、なんちゃって!」

そう言って響は嬉しそうに獲れたてピチピチの魚を見せ付けてきた。
お前はどこの無人島生活者だ…と、突っ込みたいところだが今は我慢しておこう。

P「(褒める…)おお、すごいな。お前にその気があるならアウトドア系の番組に出…」

亜美「(兄ちゃんストップストップ!)」

真美「(仕事の話になってるよ!)」

P「(む…)」

褒めてたつもりが無意識に仕事の話を繋げてしまったようだ。
もう少し意識する必要があるか…。

P「(褒める褒める…)ところで響」

響「ん~?どうしたんだ、プロデューサー」

P「お前は可愛いな」

亜美真美「「…ぶっ!」」

響「へ?え?」

P「まずその笑顔。とある奴からの受け売りになるが、お前の笑顔には周りを明るくする力がある」

響「え…う、あ…」

P「次にスタイル。背は低いがダンスで鍛えられてるから体は適度に引き締まってるし、今着ている水着も凄くよく似合っているな」

響「!」ボンッ!

P「ほんのり小麦色に焼けた肌もお前の健康的な魅力を引き出すのに一役買ってるし、765プロ一海が似合うと言っても過言では…って、顔が赤いが大丈夫か?」

響「…」シュ-

P「熱中症か?全く、ちゃんと水分を取って疲れたら休むようにしておけよ。お前に何かあったら…俺が困る」

…仕事のスケジュール的な意味で。
慰安旅行明けにそこそこ大きな舞台でバックダンサーをしてもらう予定があるからな。

響「…」

響「…う」

響「うがーーーー!!くぁwせdrfgtyふじこlp!!」

バッシャーン!!

突然奇声を上げて海に飛び込んだかと思うと、響は水平線の彼方へと消えていった。
よく見ると真も近くにいるようだが、二人とも随分と泳ぎが上手いんだな。

亜美「に、兄ちゃん…」

真美「天然にもほどがあるっしょ…」

P「…?」

それにしても『褒めれば喜ぶ』というのもやはり相手を選ぶみたいだ。

P「雪歩にはどうするかな…」

亜美「いや、とりあえずゆきぴょんには『褒め殺し作戦』は無しの方向で一つ…」

真美「下手すりゃ本当にゆきぴょんが死んじゃうよ…」

何故か双子にまで呆れられたことに不満を覚えつつ、再び散歩に戻る。

P「(待てよ…)」

そう言えば真は響と一緒だったみたいだが、それなら雪歩はどこに行ったんだ?
春香や美希たちのところにもいなかったし…。

P「(ん…?)」

視線の先に明らかに人為的に作られた砂山を見つけた。
そしてそれを取り囲むように近くには若い男が数人いて…。

P「…」

…こういう時の嫌な予感というのは、何故か当たってしまうものなんだよな。

チャラ男A「ねえねえ彼女、そんなところで埋まってないで一緒に遊ぼうぜぇ~」

チャラ男B「そうそう、きっと楽しいって」

雪歩「うぅ…」

チャラ男C「オイオイ、キミカワウィーネー」

P「…」

見つけたのはいいが、展開が予想通り過ぎていっそ清々しいな。
雪歩も雪歩で自分が掘った穴に埋まってるせいで逃げ場が無くなってるし…。

…とにかく早く何とかしなくては。

P「もしもし」トントン

とりあえず一番手近にいる男の肩を叩く。

チャラ男A「あ~ん?誰だあんた」

P「…悪いね、この子俺の連れでさ。人見知りな子だからそのくらいで勘弁してもらえないかな?」

チャラ男B「ちぇっ、行こうぜ」

チャラ男C「ウィー」

見た目はアレだが物分りのいい奴らで助かった。
ちゃんと引き際を心得ているあたり、健全なナンパと言えるな。

雪歩「あ、あの…プロデューサー…」

P「ああ、無理して出てこなくていい。怖かっただろ?」

苦手な男…それも複数に逃げ場の無い状態で囲まれたんだ。
落ち着くまでは自作の穴の中でゆっくりしてればいいさ。

雪歩「うぅ…ひっく」グスッ

P「…」

…今思えば雪歩の面倒は真や春香に任せきりだったからな。
結局俺は雪歩の男性恐怖症を言い訳にして、面倒事を放り投げてただけだったのかもしれない。

褒めるだの何だの言っても、結局それも上っ面だけの話だ。
弱点を克服する結果だけを求めて、本当に雪歩に必要なものが何なのかすら考えていなかった。

P「…真がいない今くらいは俺が見守っててやるさ。この旅行はお前達のためのものなんだからな」

今の俺に出来ることはこれくらいしかない。
それが無性に情けなく思えた。

雪歩が落ち着いた頃には海辺の日も暮れ始め、そろそろ夕食の支度に取り掛からなければならない時間になっていた。
ちなみにアイドル達のリクエストにより今日の夕食は砂浜でバーベキューとなっているのだが…。

P「材料と飲み物が足りない?」

器具一式は海の家でレンタルできるが、流石に食材と飲み物は自前で用意しなければならない。
人数が人数だし、十分過ぎるほど用意したはずなのだが…。

小鳥「それがその…荷物の一部を事務所に置いてきちゃったみたいで♪」テヘペロッ

P「…」

朝に言った俺の言葉を返して欲しい。
流石に可愛いだけじゃ誤魔化せないこともあるんですよ、音無さん。

P「仕方無い、歩いていける距離にスーパーがあったから買ってくるか…」

律子「え、プロデューサーさん一人で行くんですか?」

P「別に問題無いだろ」

律子「結構な荷物になりますし、何なら私も一緒に…」

P「お前まで一緒に来たら誰がこいつらの面倒を見るんだ」

音無さん一人じゃ心許ないし、まとめ役がいなけりゃ準備も進まないだろうしな。
流石にまだ遊んでるアイドルを連れて行くのは気が引けるし…。

P「そういうわけだから行ってくる…」

雪歩「あ、あの!」

P「ん?」

雪歩から自己主張とは珍しいな。
何か買ってきて欲しいものでもあるのだろうか。

雪歩「ええと、その…私が一緒に行ってもいいですか?」

雪歩「…」

P「(…どうしてこうなった)」

雪歩の発言はあの場に居合わせた俺と律子と音無さんを驚嘆させるのに十分過ぎる破壊力を持っていた。

…そりゃそうだろう。
何しろあの雪歩が、『自分から』『男である俺と』『一緒に行動する』という意思表示をしたのだからな。

呆気に取られていたところ、気付いたら音無さんに促されるまま一緒に行くことになっていたわけだが…。

P「(…気まずい)」

既に歩き始めて十数分経つというのに、お互いに口を開かないのでずっと沈黙が続いている。
とは言え不用意な発言をすればどんな地雷を踏むか分かったもんじゃないからな…。

P「(どうすべきか…)」

雪歩「…あの、プロデューサー」

俺の後ろを歩きながら雪歩が静かに口を開いた。

P「何だ?」

俺もあえて歩みを止めずに、一定の距離を保ったまま返答する。

雪歩「さっきは、その、ありがとうございました…」

P「ん?…ああ、気にするな。大したことはしてない」

結局、穴の近くで見守ってただけだからな。
いくら考えても気の利いた言葉は思い浮かばず、慰めてやることも励ましてやることも俺には出来なかった。

雪歩「それでも、嬉しかったです。プロデューサーが助けに来てくれて…」

P「…」

雪歩「私、ダメダメなんです。いつも真ちゃん達に頼ってばっかりで…」

P「…」

雪歩「プロデューサーとはやっとお話しできるようになってきましたけど、それでもまだ少し怖いですし…」

P「…」

雪歩「いつまで経っても臆病で、弱虫で…」

P「…」

雪歩「私、そんな自分を変えたくてアイドルになったんです。でも中々変われなくて…」

P「…」

雪歩「それで皆にいつも迷惑を、かけて…こ、こんな、私、なんて…」ヒック

P「…別にいいんじゃないか?」

雪歩「え…?」グスッ

P「…自分を追い詰めてまで無理に変わろうとしなくていいんじゃないか?」

雪歩「でも…」

P「…心配性なのも臆病なのも男が苦手なのも、全部ひっくるめてお前の"個性"なんだからな」

雪歩「…個性、ですか?」

P「誰にだって良いところもあれば悪いところもある。それで他人に迷惑をかけるのも時には仕方無い話さ」

雪歩「…」

P「結局は考え方次第だったりもするしな。心配性なのは慎重ってことでもあるし、自分に自信が持てないってのも、裏を返せば他人に迷惑をかけたくないって気持ちからきてるのかもしれない」

P「苦手なものに関してはそれこそ誰にでもあるさ」

雪歩「…プロデューサーにもあるんですか?」

P「くr…音無さんだな」

雪歩「ふふっ…音無さんが聞いたら落ち込んじゃいますよ?」

危うく黒井社長の名前を出すところだったが、最近はどちらかというと音無さんの方が苦手になってきてるからな。
もちろん本人の前では断じて言えないが。

P「まあとにかく、俺だってお前の長所くらいは把握してるつもりだ。こういう内緒の話でもお前相手なら安心して言えるし、何だかんだで意外と根性があるし…お前が事務所で入れくれるお茶も…その、旨いと思ってるしな」

雪歩「あ、ありがとうございますぅ…」

…何故だろう。
さっきまでは平気だったが、急に他人を褒めるのが気恥ずかしくなってきた気がする。
思い返すと俺はとんでもないことを言ってきたんじゃないだろうか…。

P「まあ、何だ…慌てていきなり変わろうとしなくても、ゆっくり自分のペースで進めばいいってことだ」

雪歩「ゆっくり、自分のペースで…」

P「その間のフォローはプロデューサーである俺の役目だからな。ちゃんと見守っててやるさ」

雪歩「プロデューサー…」

安閑とし過ぎてる気もするが…今のところはそれでいいか。

雪歩が今の自分の心情を素直に言葉にしてくれたから、俺も答えることができたんだからな。
結局、深く考えるだけ時間の無駄だったというわけだ。

…律子の言うとおり、たまには思いに任せて話すのも悪くない、か。

買出しから帰ってくるとすっかりバーベキューの用意が出来ていて、後はもう食材を焼くだけとなっていた。

小鳥「お疲れ様ですプロデューサーさん♪」

…この人はまるで全てお見通しと言わんばかりにご機嫌だ。
こういうところも含めて、やはり俺は音無さんが苦手なようである。

美希「も~、ハニー酷いの!ミキを置いてくなんて!」プンプン

P「…とりあえずおにぎり買ってきたからこれで我慢してろ」

美希「流石ミキのハニーなのっ!」

…こいつはこいつで相変わらず分かりやすい性格だな。

律子「それじゃ始めましょうか」

やよい「うっうー!お肉が一杯ですー!」

真「もうお腹ペコペコだよ」

真美「早く焼こーよー」

亜美「兄ちゃん肉とってー」

P「はいはい…」

焼けども焼けども追いつかず。
全く、成長期とは言えよく食べるな。

野菜もバランスよく食べろ…なんて母親みたいなことを言う気はないが、体型の維持はアイドルとして最低限やっておいてほしいものだ。

春香「プロデューサーさん、代わりましょうか?」

P「大丈夫だ。気にするな」

春香は春香で相変わらず他人の世話を焼きたがるようだ。
…だがこれもこいつの"個性"ってことなんだよな。

春香「でもプロデューサーさん全然食べてないですし…」

春香「ええと、はいどうぞ♪」

P「…」

そう言って箸で掴んだ肉を俺の口元まで持ってくる。

…やりたいことは分かるが、流石にそれは無理だ。
俺だって人並みの羞恥心くらいは持ち合わせているからな。

美希「あ~ん」パクッ

春香「あっ!?」

美希「モグモグ。春香、それはミキの役目なの。はいハニー、あ~ん」

…一瞬美希GJと思った俺の気持ちを返してくれ。
全く、揃いも揃って恥知らずな奴等だ。

雪歩「プ、プロデューサー!」

P「ん?雪歩も何か取って欲しいものが…」

雪歩「あ、あーん!」

P「あ…むぐっ!!」

声に呼ばれて振り返ったら、いきなり口に焼きたての肉を突っ込まれた。

P「あっちぃ!」ハフハフ

亜美「あのゆきぴょんが…!?」

美希「これはとんだ伏兵なの」

雪歩「ああ!?ごめんなさいごめんなさい!!こんな私なんて…」

P「ひょっと待て!」

スコップを取り出して穴掘りの準備を始める雪歩を慌てて静止する。
どうでもいいが、こいつはいつもどこからスコップを取り出してるんだ?

雪歩「穴掘って…?」

P「…ふー」

口の中の肉を飲み込み、水を一口。
まったく、下手すれば火傷するところだが…。

P「…美味かったぞ、ありがとな」

雪歩「…!」カアアッ

ここは素直に礼を言っておこう。
双子ならまだしも雪歩は純粋な気遣いからの行動だろうしな。

…かなり突拍子も無いが。

美希「もおっ!浮気は許さないの!」

P「お前は浮気の意味をしっかり辞書で調べて来い」

美希「雪歩も、ハニーを取っちゃヤなの!」

雪歩「ご、ごめんなさいぃ…(…でも)」

雪歩「(…プロデューサーの言うとおり、私も一歩ずつ自分のペースで変わっていけるように頑張ります。今みたいに失敗しちゃうかもしれないですけど…これからも、私のこと見守っててくださいね)」



続く。

ドーン!

美希「キラキラなの~」

貴音「花火の音は耳だけでなく心にも響きますね」

雪歩「あぁ…消えちゃった」ポトッ

春香「線香花火って何だかちょっと切ないよね」

やよい「ごうほうはなふきゆき…?」

伊織「"号砲花吹雪"よ」

あずさ「何だかとっても凄そうな名前ね~」

P「全く…」

食べるだけ食べたと思ったら今度は花火大会が始まった。
若い奴らは切り替えが早いと言うか何と言うか。

まあ、旅行を満喫しているようで何よりではあるが。

小鳥「~♪」

P「随分とご機嫌ですね」

小鳥「ええ、今日は色々素敵なものを見させていただきましたから」

P「そうですか。俺は酒でも飲んで色々忘れたい気分ですけどね」

小鳥「!良かったら今夜一緒に…」

プルルルルルル

P「失礼、電話です」

小鳥「…ぴよ」

P「(…高木社長か)…はい、Pです」

高木『おお、P君。そっちの様子はどうかね?』

P「お疲れ様です。お蔭様でアイドル達は楽しんでいるようですよ」

高木『そうかそうか、それは何よりだ。どうだ、君も少しは羽を伸ばせたかね?』

P「…ええまあ、それなりには」

結局仕事の延長線上だった気はするが…野暮なことは言うまい。
気分転換という意味では多少は効果があった気がするしな。

高木『うむ。それにしても折角の機会だから私も行きたかったんだがねぇ。こう見えて昔は海の…』

P「それで高木社長、このタイミングでお電話を頂けたということは例の話はうまく進んだということですね」

高木『ああ、そうだったそうだった。大事な話を忘れるところだった』

全く、相変わらず間の抜けた人だ。
一応ちゃんと仕事をこなす辺り、単なる御恍け社長というわけではないようだが。

高木『ゴホン、君達のプロジェクトの要となる『アミューズメントミュージック』と『THE DEBUT』への出演が正式に決定した』

P「…ありがとうございます。これでようやく、ですね」

高木『うむ、君達には期待しているよ。それじゃあ律子君にも伝えておいてくれたまえ』

P「…というわけだ」

何故か項垂れている音無さんを放置しつつ、律子に高木社長の話を伝える。

律子「そうですか…ついに動き始めるんですね」

P「ああ。良くも悪くもこのプロジェクトで765プロの今後が決まることになる」

律子「…私に務まるでしょうか?」

P「それは俺が判断することじゃない。結果は最後に付いてくるものだからな」

律子「…ですね」

…まあ、個人的な意見を言わせてもらえば、俺は律子なら十分やり通せると思っている。
こいつのプロデューサーとしての素質は今までの仕事振りから既に把握しているしな。

どちらかと言えば、"やってもらわねば困る"という方が正しいのかもしれないが。

P「正式な発表は帰ってからになるだろうが、必要ならメンバーには前もって伝えておいてもいい。その辺の判断はお前の好きにしろ」

とは言え、律子が担当する三人の内の一人にはあまり安易に伝えてはならない気もするが。
喜ばせるのはいいが、また無駄にテンションを上げられても困るからな。

律子「私は帰ってからにしておきます。プロデューサーはどうされますか?」

P「そうだな…」

俺が担当する"あいつ"なら…。
前もって伝えるのも悪くないかもしれない。

花火を終えた後、俺達は今夜泊まる宿へと向かった。
"あづま宿"…貴音の言葉を借りれば"奥ゆかしく歴史を感じさせる佇まい"とでも言うべきだろうか。

伊織「ま、期待はしてなかったけどね」

開口一番に言う台詞がそれか。

確かに予算の都合もあるが、急な話にも関わらず無事に人数分の予約が取れただけでも是として欲しいものだ。
その点は音無さんの功績と言えるが。

やよい「みんなでお泊りなんて合宿みたいですぅー!」

P「何の鍛錬もしてないけどな」

亜美「兄ちゃんはしてたんじゃないの?」ニヤニヤ

P「…」

…こいつにしては随分とまた痛いところを突いてくるな。
否定できないのが何とも歯がゆいところだが。

今日は無駄に一日が長く感じたが、宿に入ってしまえばこちらのものだ。
男が俺一人である以上、部屋は必ず[俺:その他]で分かれることになるからな。
これでようやく静かに…。

ガラッ

亜美「兄ちゃんいいなー!一人部屋じゃん!」

真美「でもでも~、何だか狭くて寂しそうですな~」

P「あのな…」

こいつらは少しでも静かにしてると死んでしまう病気なのだろうか。
朝から晩までこののテンションに付き合ってたら流石にこちらの身が持たない。

P「俺はこれから風呂だ。悪いが暇つぶしなら他を当たってくれ」

亜美「ふふーん、お風呂の前にちょっとだけでいいからー」

真美「お願いしますよ旦那ぁ!」

P「ダメだ」

P「…」

結局押し切られてしまった…。
どうやら俺の苦手なものリストにこの双子の名も追加しなくてはならないらしい。

亜美「いやー実は温泉の前に軽く汗を流そうと思いまして…」

真美「じゃんじゃかじゃーん!765プロ卓球大会を開催します!!」

真「よーっし!気合入れるぞー!」

響「自分も負けないぞー!」

汗なら既に海で大量に流してきただろうに、揃いも揃って無駄に元気が溢れているようだな。
…帰ったらダンスレッスンの時間を増やしてやろうか。

小鳥「あら、プロデューサーさんも来てくれたんですね」

P「本意では無いですがね…。で、これから何が始まるんですか?」

春香「卓球ですよ、卓球!」

それは見れば分かる。

P「へー、亜美・真美ペアvs真・響ペアのダブルスか」

やよい「はいっ!」

P「精々怪我しないようにな。それじゃあ…」

美希「ええー!?」

春香「そんなごく自然に消えようとしなくても…」

どう考えても、俺がここにいなきゃいけない理由が見受けられないからな。
別に止めはしないからお前達で好きに楽しんでいればいいさ。

小鳥「まあまあプロデューサーさん、折角なんで見ていきましょうよ。それとも…どちらが勝つか賭けでもします?」

P「賭け?」

小鳥「プロデューサーさんが勝ったら、これからの時間はプロデューサーさんの自由意思で過ごせるよう皆に言い聞かせますよ」

P「…音無さんが勝ったら?」

小鳥「そうですねぇ、今夜お酒に付き合ってもらう…というのはどうでしょう?」

P「(…ふむ)」

折角の旅行だからな…確かに夜くらいは静かに過ごしたいところだ。
負けても音無さんと酒を飲むだけだし、賭けの内容だけ聞けばリスクは少なそうだが…。

P「双子特有のコンビネーションがあるとは言え、765プロの中でも身体能力の高い真と響相手では、流石に亜美と真美が不利なのでは?」

対戦のカードが五分でなければそもそも勝負が成り立たないからな。
これでは先に選んだほうが明らかに有利だ。

小鳥「ふふふ、ならプロデューサーさんから先に決めてもらってもいいですよ」

P「随分と余裕ですね…。まあいいでしょう、それなら遠慮なく真・響ペアにしますよ」

小鳥「じゃあ賭けは成立と言うことで。…楽しくなってきましたね♪」

単純な運動能力の高さもあるが、ダンスのレベルが近いこともあって真と響は一緒に仕事をする機会が結構ある。
故にお互いの相性はそんなに悪くない…いや、むしろどちらかと言えば良いはずだ。

そう考えれば尚更勝負は見えているように思えるが…。

P「(音無さんの思惑が読めないな…妙に余裕そうだが)」

小鳥「~♪」

春香「じゃあ始めるよ~」

美希「真クン、頑張るの!」

真「もっちろん!全力でいくよ!」

貴音「響、全力で戦うのです」

響「ふふん、余裕だぞ」

伊織「あんた達も精々頑張りなさいよ」

亜美「いおりんの応援があれば百人力ですな!」

真美「よ~っし、いっちょやりますか!」

亜美「ハイパーアルティメットォ…サーーーーブッ!!」ポコッ

大層な名前を付けているが、ただの天井サーブである。

真「甘いよっ!」ビシッ!

真美「うわわっ!」

あっさりサーブを返され、鮮やかに真・響ペアが得点を決めた。
どうやら予想通りの結果になりそうだな。

小鳥「…ふふふ」

P「…?」

それでも音無さんは不敵な笑みを崩さない。
一体何を考えているんだ…?

響「よーっし、今度はこっちがサーブだぞ」ポーン

小鳥「響ちゃん頑張って!プロデューサーさんも応援してるからね!」

響「へあっ!?」スカッ

P「!?」

真「何やってんのさ響!」

響「うぅ…ゴメンだぞ」

P「(まさか音無さんの狙いは…)」

小鳥「プロデューサーさんが響ちゃんのこと見てるわ!」

響「うぅ…恥ずかしくて」スカッ

小鳥「響、お前は可愛いな(キリッ」

響「全然集中できないぞ…」スカッ

P「(最初からこの言葉攻めにあったと言うのか…?)」

美希「むーっ、ハニーがそんなこと言うなんて」プンスカ

やよい「何だか私も恥ずかしくなってきましたぁ」

伊織「…そうね」

亜美「いっえーい!」パシッ

真美「やったね!」パシッ

戦力外となった響の分も真が奮闘していたが…結局力及ばず。
勝利したのは双子ペアだった。

響「…」

P「…」

小鳥「私の勝ちですね、プロデューサーさん♪」

敗者に語る資格無し。
これに関しては音無さんと双子の作戦勝ちを認めざるを得まい。

P「…約束は守りますよ」

小鳥「うふふ、プロデューサーさんと夜に二人きり…ああ、いけないわ小鳥。だって私達は…」

P「…折角だからあずさも一緒に飲まないか?」

あずさ「あら、いいんですか?」

P「もちろんいいですよね、音無さん?」

小鳥「…ぴよ」

あずさ「それじゃあ…」

小鳥「かんぱ~い!」

P「何度目だ…」

軽く一杯付き合うつもりだったが、何だこのザル二人組は。
机の上には缶チューハイの空き缶が山になっていると言うのに。

あずさ「プロデューサーさん、ちゃんと飲んでますか~?」

P「飲んでるから気にするな」

あずさ「うふふ、女の子相手にそういう態度はダメですよ~」

小鳥「そうですよ~、プロデューサーさんは堅過ぎると思います!」

P「はいはい」

小鳥「大体ですよ!こんな美人二人を侍らしてるんですから、もう少し締まりのない顔をしたらどうでふか!」

呂律も回ってないようだ。
全く、見事なまでの絡み酒だな。

あずさ「ところでぇ…プロデューサーさんは運命の人とか信じてますかぁ?」

P「運命の人?」

そう言えばあずさは運命の人を探すためにアイドルをやっていると、前に高木社長から聞いた覚えがある。
随分と変わった理由だが、それでモチベーションを維持できるというのなら何も言うことは無い。

あずさ「うふふ、私はまだ見つかってないんですけどね」

P「俺は…信じるも信じないも無いな」

何を持って"運命の人"と定義するのか俺には分からないし、そもそも"運命"というのも結果に対するただの後付けでしかない。

あずさが言ってるのは恐らく将来を共に歩む相手のことなのだろうが…それなら尚更今の俺には関係ない話だ。

小鳥「ああ、私の運命の人は一体何処に…。早く迎えに来てくれないと溶けちゃいますよぉ…」

P「…」

音無さんは完全に思考回路が麻痺しているようだ。
一応年齢は俺より上のはずなのだが、全くそうは見えない。

酒を飲んで前後不覚に陥る様ではまだまだだな。

あずさ「にゃんにゃんにゃあん、うふふ♪」

P「…」

あずさ「はいっ!プロデューサーさんもご一緒に!にゃんにゃんにゃあん♪」

P「お前もか…」

P「全く…」

自分の部屋は酔っ払い二人に占拠されてしまったし、宿の中をうろつけばまた双子に捕まる危険性がある。
仕方が無いので酔いを醒ますついでに、外の風に当たりに来たのだが…どうやら此方にも先客がいたようだな。

貴音「あなた様、奇遇ですね」

P「ああ、そうだな。お前も風に当たりに来たのか?」

貴音「いえ私は…」

そう言って自分の手を空に向け、闇夜に浮かぶ月を指差す。

貴音「月がとても綺麗でしたので。都会ではあまり見られませんし」

P「そうか…」

空に浮かんだ月はまるで真珠のように丸く、優しく光り輝いていた。
これだけの月となると、確かに街中にいては中々見る機会が無いかもしれない。

貴音「月を見ていると心が安らぎますね。見守ってもらえるような心地良さです」

そう言って月光の下で微笑む貴音の横顔は、言葉とは裏腹にどこか物憂げで若干の儚さを感じさせた。

P「…」

P「…以前お前は響の笑顔を太陽みたいだと言ったが、お前の微笑は例えるなら月ってところか」

貴音「…?」

P「太陽から元気を貰えるなら、月からは癒しを貰える…我ながらピッタリだと思うが」

貴音「相も変わらず、あなた様はいけずなのですね。その様な言の葉で私達の心を乱して…」

P「心外だな」

…そういう売り文句でユニットを組むのも悪くないと思っただけだ。
これに美希を加えれば太陽と月と星でイメージのバランスも良くなるしな。

だが、残念ながら新ユニットの企画に関しては俺が担当する話ではない。
それは律子の領分だ。

貴音「心外、ですか。…そうかもしれませんね。私にはあなた様の胸中が見えません」

P「当然だ」

他人の心がそう簡単に読めるなら誰も苦労はしない。
こいつなら読心術を心得ていてもさして違和感は無いがな。

…どの道、俺の心の内を読まれるわけにはいかないが。

貴音「…私達と話しているときでも、時折あなた様の瞳は何処か別のものを見ている時があります」

P「…また唐突な話だな」

他人の顔を観察しても楽しいことなどないだろうに。
こいつの考えていることは未だによく分からん。

貴音「もしや…あなた様の胸の内には何か重大な秘め事があるのではないのですか?」

P「…!?」

何だこいつは…。
本当に読心術でも使えるのか?

貴音「私はまだあなた様の笑った顔を見たことがありません。あなた様の瞳は常に険しく…まるで何かに囚われているような深く暗い瞳です」

P「…」

随分と鋭いところを突いてくる。
ただの惚けたお姫様と思っていたが…中々どうして侮れないようだ。

…だが、こいつに俺の何が分かると言う。

P「…くだらないな」

貴音「…?」

P「俺がもしお前達に隠し事をしているとして…それがどうした?」

貴音「私は…いえ、私達はあなた様を信頼しております。ですから…」

そう言って貴音は凛とした曇りの無い瞳で俺を見つめてくる。
"目で物を言う"とはこういうことなのか。

P「…」

貴音「…」

P「…あくまで仮の話だ。本気にするな」

その瞳はあまりに真っ直ぐ過ぎて、俺にはこれ以上直視することはできない。
視線を逸らして、適当な言葉でお茶を濁すしかなかった。

貴音「あなた様…」

P「…夜風に当たり過ぎると体調を崩す。お前もほどほどにしておけ」

逃げ出すように貴音の前を去り、俺はまた一人になった。

P「(囚われている…そんなことくらい百も承知だ)」

貴音の言葉はまさに正鵠を射ていた。

確かに俺は囚われているのだ…他でもない自分自身の"夢"に。

P「(だがそれがあいつとの約束だからな…)」

芸能プロダクションを設立する…そんな大層な"夢"は元々俺が考えたものではなく、俺の友人が考えたものだった。

二人で馬鹿みたいに"夢"を語って、馬鹿みたいに目標を立てて、馬鹿みたいに競い合って…。
そうしていつか"夢"は叶うと馬鹿みたいに信じていた。

だが今、あいつはもう何処にもいない。

だから俺はあいつの代わりに"夢"を叶えなければならないのだ。
そのためには手段は選ばないとあれだけ自分に言い聞かせてきた。

今更後戻りなど…出来るはずもないし、するつもりもない。
もう先に進むしか道が無いのだから。

P「ここにいたか」

この事務所の空気に流されていては、いずれ自分を見失ってしまう可能性がある。
そうならないためにも、今は全力で目の前の仕事をこなすしかない。

そのためにまずやるべきこととして…俺は如月千早のもとを訪ねた。

千早「プロデューサー、何か御用ですか?」

P「少し話すことがあってな」

千早「はあ」

P「…いや、その前に少し聞きたいことがある」

千早「何でしょうか?」

P「お前は春香達と同じで皆でワイワイ騒ぐのは好きか?」

千早「…?仰ってる意味がよく分かりません」

P「そのままの意味だ。他人と仲良く遊ぶのは好きかと聞いているんだ」

千早「…嫌いではありませんが少し苦手です。それに今は…遊ぶよりレッスンを積む方が大切だと思ってますから」

予想通り…いや、期待通りの回答といった方がいいか。
他のアイドル達からはこんな答えは返ってこなかっただろうからな。

P「そうか。なら次の質問だ」

千早「はあ…」

P「…お前は今まで疑問に思ったことはないのか?」

千早「何がですか?」

P「他の奴らに比べてお前の仕事量が極端に少ないことに対してだ」

千早「…!」

俺が765プロに来てからの三ヶ月間、千早に対しては殆ど仕事を入れず、ほぼレッスンのみでスケジュールを組んでいた。
もちろん意味あっての行動だが、並のアイドルなら文句か意見の一つくらい出てもおかしくは無いはずだ。

…だが千早は違った。
今の今まで文句を言われたことは無く、レッスンの手を抜いている様子も全く無い。

千早「…それは、私の実力が不足しているせいですから」

そしてこの返答である。

そう、こいつには他のアイドルに無いストイックさがあるのだ。
それに加えて、決して自身の才能に甘んじない向上心も併せ持っている。

才能がありながら努力も出来る…そして自らを律することも出来る。
俺が求めていたのはそういう人材だ。

P「お前ならそう言うと思っていた。だが仕事を入れなかったのは別に他のアイドルに比べてお前が劣っていたからというわけではない。どちらかと言えばむしろ逆だ」

千早「…逆、ですか」

P「プロジェクトが本格的に動き出す前に、お前のイメージを先行させたくなかったからな」

千早「プロジェクト…?」

P「ああ。この旅行が終わればすぐにでも全員が知ることになるが、お前には先に話しておく必要がある」

P「765プロはこれから、俺と律子それぞれが担当する二つのプロジェクトを進めていくことになる」

千早「…」

P「一つは"プロジェクト竜宮小町"。トリオユニット"竜宮小町"を結成し、765プロの看板アイドルとして育てる計画だ」

千早「トリオ…三人組のユニットですか?」

P「ああ。とは言え、こちらの担当は律子だからあまりお前に関係は無い。重要なのはもう一つの方だな」

千早「…はい」

P「…三人の個性を掛け合わせ、より大きな相乗効果を生み出すのが"プロジェクト竜宮小町"の目的だとすれば、もう一つのプロジェクトの目的は全く対照的と言える」

千早「…」

P「一人の個性を最大限まで引き出し、一点特化型のアイドルとして昇華させる…それが俺の企画、"プロジェクト歌姫"だ」

千早「!」

P「"プロジェクト歌姫"はその名の通り、765プロから本格的な歌手を生み出す計画だ」

個人的な意見となるが、俺はアイドルの存在感を構成する一番のファクターとなるのは"歌"であると考えている。
そして、765プロに来て千早の歌を初めて聞いたとき、その考えは確信に変わった。

…圧倒的な歌唱力は、圧倒的な存在感へと昇華させることができるのだと。

ならばそれを765プロの知名度向上に使わない手は無い。
故に俺はこのプロジェクトを企画したのだ。

P「そのために必要な舞台を整えるのが俺の仕事で、お前の仕事はその舞台の上で全力で歌うことだ」

千早「…」

P「とは言え実際はそう簡単な話ではないがな。デビューに向けてやらなければならないことが山積しているし、当然レッスンの量も今までの比ではない」

千早「…」

P「故に…やるかやらないかの最終判断はお前に任せようと思う。お前はどうしたい?」

千早「答えは決まっています。やらせてください」

P「…即決だな。こちらとしては都合が良いが」

千早「当然です。千載一遇のチャンスを逃がすつもりはありません」

P「尤もな意見だ」

こういう理に適った判断が出来るのも千早の長所の一つと言える。
もとより、断られるとは微塵も思っていないがな。

P「お前と竜宮小町の三人には先駆者として765プロを牽引してもらう必要がある。故に765プロの将来はお前達にかかっていると言っても過言ではないが…その荷を背負う覚悟はあるのか?」

千早「…私には歌しかありませんから。歌い続けるためならどんなことであろうと…」

千早の歌に対するこの執念も、プロジェクトを遂行するために必要な要素の一つだ。
俺が"夢"に囚われているとしたら、こいつは"歌"に囚われているようだからな。

…だからこそ俺は千早をプロジェクトの柱石として使うことを決めたのだ。
黒井社長にとっての俺がそうであるように、こういうタイプの人間は御し易いことこの上ない。

P「なら話は成立だ。よろしく頼む」

千早「はい、こちらこそよろしくお願いします」

…これでようやく全てが始まる。
今はただ千早と共にこのプロジェクトに全力を尽くすだけだ。

…全ては"夢"のために。



続く。

高木「…以上が今後の765プロの方針だ」

旅行から帰った765プロの面々に、高木社長の口から正式にプロジェクトの内容が伝えられた。
喜ぶ者、驚く者、戸惑う者…各々の反応は千差万別だが、共通して言えるのは…。

春香「千早ちゃん、やったね!」

千早「ええ、選ばれた以上は全力を尽くすわ」

真美「亜美ばっかりずる~い!」

亜美「へへっ、真美の分もやっちゃうよ~!」

貴音「あずさ、誠に目出度きことです」

あずさ「私に務まるか不安だけど…頑張るわね」

やよい「うっうー、さすが伊織ちゃんですぅー!」

伊織「ま、スーパーアイドル伊織ちゃんなら当然よっ!」

…羨む奴はいても、選ばれた者を本気で妬む奴は誰もいないということだ。
何故こいつらはここまで純粋に他人の幸せを祝福することが出来るのだろうか。

俺には理解できなかった。
…いや、理解する必要なんて無い、か。

プロジェクトに自分が選ばれなかったことに関してどう思っているのか。
仕事の送り途中、何気無く美希に話を聞いてみた。

美希「うーんとね、確かにハニーがミキを選んでくれなかったのはショックだけど…」

P「…」

美希「でも、千早さんなら仕方無いって思うの。だって千早さん、誰よりも歌に真剣だったし」

P「…そうだな」

だからこそ俺も千早を選んだのだ。
つまりは、そのことを他のアイドル達も理解していると言うことなのだろうか。

…だとすれば随分と殊勝な心掛けと言えるが。

美希「でも、ミキのこともちゃんとキラキラさせてよね!」

P「分かってる」

プロジェクトが動き始めた以上、不要な考えは捨てて前に進むしかない。
この疑問もこれ以上悩むほど重要な問題ではない、か…。

"プロジェクト歌姫"の最初の肝は、三週間後に控えた『THE DEBUT』への出演にある。
この番組はいわゆる"アイドル発掘"を主なテーマとしており、まさしくデビュー前の新人にとっては登竜門と言える存在だ。

他の類似番組との相違点として"生放送"と言う形態を取っている点が上げられるが、これは実力の無い事務所にとっては大きな利点と言える。
TV局側の都合で内容を編集されることが無く、アイドルのありのままの姿を視聴者に見せることが出来るからな。
もちろん、言い方を変えれば一切の誤魔化しが効かないと言うことでもあるのだが…。

P「(当然、失敗は許されない)」

この番組でいかに"歌手"如月千早の存在を世間に知らしめることが出来るか…それが今後の展開に大きく関わってくるのは間違い無い。
だからこそ残りの三週間で、出来ることは全てやっておく必要がある。

P「千早、行くぞ」

千早「はい!」

食事の時間すらままならないほど、スケジュールには予定をぎっしり詰めてある。
弱音を吐く暇すら与えない…それくらいの気概でなければ結果は残せないからな。

まずは『THE DEBUT』にて披露する千早の新曲を完成させなくてはならない。
プロジェクト始動前から既に曲の製作は進んでおり、今日はスタジオにてオケ録りが行われることになっていた。

アレンジャー「やあ、君が如月千早さんだね。今日はよろしく」

千早「よろしくお願いします」

歌ダビはまだ先の予定だが、一先ずアレンジャーには千早のイメージを知っておいてもらう必要がある。
でなければ完成度の高い作品は生まれないからな。

アレンジャー「できれば今ここで何曲か歌ってもらいたいんだけど」

P「そうですね。千早、いけるか?」

千早「はい、大丈夫です」

P「…」

千早「…~♪」

アレンジャー「…!」

こういう場で歌うのは慣れていないはずだが、千早は全く臆することなく、その見事な歌声をアレンジャーに披露した。

…予想通り、人並み以上の度胸も備わっているようだな。
伊達に『自分には歌しかない』と豪語するだけのことはあるか。

アレンジャー「…いやはや、それにしても大した逸材だね彼女は」

オケ録りも無事に終了し、今後の日程について打ち合わせている最中の一言である。
唐突な話だが、どうやらお世辞というわけではないようだ。

P「光栄です…が、まだまだこれからですよ」

アレンジャー「いやいや、今まで何人もの歌手の編曲を担当してきたけど、これだけ衝撃を受けたのは初めてだ。こちらこそ彼女の担当が出来て光栄だよ」

過剰なほど賞賛されている気もするが、やはりプロの耳でも千早の歌声に感じるものがあるのは間違い無い様だ。
まあ、そうでなければこのプロジェクトを立ち上げた意味が無いわけだが…。

…ともかく、オケ録りが完了した以上、後は本番までの間はひたすらレッスン漬けの日々になる。
問題は千早が根を上げずに付いてこれるかどうかだが…。

千早「はぁ…」

P「どうした?溜め息なんか吐いて」

千早「"目が逢う瞬間"…とても素晴らしい曲なんですが、私の歌ではまだこの曲を完全に表現することが出来ません。だからもっと精進しないと…」

P「…」

…心配するだけ無駄なようだな。
だが、それでこそ選んだ価値があるというものだ。

千早「~♪~♪…やっぱりダメ…」ボソッ

トレーナー「どうしたの?」

千早「…すみません、もう一度今のフレーズをお願いします」

レッスンスタジオに来ても、千早の姿勢は全く変わることが無かった。
俺の耳からすれば十分に満足できる歌声でも、どうやら千早にとってはまだまだ納得とは言えないらしい。

いい意味で俺の予想を裏切ってくれているが…千早をここまで突き動かすものは一体何なのだろうか?

P「(…まあ、それがプラスに働いてるのであれば、さして気にする必要も無いか)」

千早「プロデューサー」

P「何だ?」

千早「すみません、近くのコンビニまで飲み物を買いに行ってもいいですか?」

P「ああ、気が付かなくて悪かったな。それくらいなら一々許可を取らなくてもいいぞ」

千早「はい」

ガチャ

歌手にとっては喉を労わるのも仕事の内だからな。
レッスンに力を入れるのもいいが、それで喉を潰しては元も子もない。

トレーナー「…あの、少しよろしいですか?」

P「?」

トレーナー「彼女の歌唱力は既にかなりのレベルに達しています。それこそ私に教えられることはもう無いくらいですね」

P「…そこまでですか」

トレーナー「三ヶ月間地道に基礎トレーニングを繰り返してきた結果でもありますが…やはり彼女自身の才能が大きいです」

アレンジャーの話といい、まさに"逸材"と言うわけか。
弱小プロダクションにこれほどの金の卵が眠っていたとは、流石の黒井社長と言えど予想が付かなかっただろうな。

P「でしたら、後は少しでも完成度を高めてもらうだけです。歌唱力が高過ぎて困ることはありませんから」

トレーナー「そうなんですが…今の段階でもう95%と言っていい完成度ですからね。ここから更に伸ばすと言うのは簡単ではないと思います」

P「後5%か…」

成果としては十分と言えるが、突き詰められるのならそれに越したことは無い。
だが、千早に足りない残り5%が何なのか…それが重要だ。

トレーナー「…あえて言うなら感情移入でしょうか」

P「感情移入?」

トレーナー「ええ、今回の楽曲"目が逢う瞬間"の歌詞は恋愛をテーマにしてますから。そういった気持ちを理解出来ていなければ、この歌を完全に表現するのは難しいかもしれないですね」

P「…」

小鳥「難しい顔して何か悩み事ですか?」

レッスンスタジオに千早を残し、一人で先に事務所に戻った俺に音無さんが話しかけてきた。

俺と律子がそれぞれのプロジェクトに掛かりきりになったことで、音無さんが処理しなくてはならない仕事も増えたわけだが…。
他人を心配できるだけの余裕はまだあるみたいだな。

P「ええまあ、千早の歌のことで少し」

小鳥「千早ちゃんの歌ですか?悩むようなことは無いと思いますけど」

P「技術的には文句無いんですが、感情表現が足りてないと言うか…」

小鳥「…なるほど」

とは言え、こんなこと俺が悩んでも仕方が無い話ではあるが。
そもそも恋愛感情なんて本来ならアイドルには御法度な話と言えるしな。

P「千早はその手の話には興味が無いみたいなんですよね」

…正直な話、千早には浮いた話が全くイメージできない。
それは決して悪いことでないし、プロデューサーとしてはむしろ安心できるのだが。

小鳥「それはプロデューサーさんにも言えるんじゃ…」ボソッ

P「何か言いましたか?」

小鳥「いえ何も」

P「何かいい方法でもあればいいんですが」

小鳥「そうですねえ…♪」

P「…」

音無さんがこうやって含み笑いをするのは、大抵の場合妙ちきりんな事を考え付いた時だ。
この様子だとまた何か変なことを思いついたようだな。

小鳥「それならプロデューサーさんが千早ちゃんとデート…」

P「…冗談を言う余裕もあるみたいですね。もう少し仕事を増やしても大丈夫ということでしょうか」

小鳥「ぴよっ!?」

P「常識で考えてください」

プロデューサーとアイドルの関係は、誰がどう考えてもシビアでなくてはならないものだ。
音無さんの言うデートが単なる"振り"だったとしても、傍から見ればどう思われるか分かったものではないからな。
デビュー前に厄介事を増やすほど俺も愚かではない。

小鳥「まあ、それはそうですけど…」

P「ほかに何かいい考えは無いんですか?」

小鳥「うーん…映画とか漫画で学ぶというのはどうでしょう?」

小鳥「ちょうど事務所の皆にオススメしたい漫画がありまして…」

映画…か。
大した効果は無さそうだが、少しでも恋する少女の気持ちとやらを知ることが出来れば儲けものか。

小鳥「…愛し合う二人はやがて引き裂かれ、お互いを信じられなくなっていく…ああ、運命はなんて…」

P「音無さん?」

小鳥「ぴよっ!?何でしょうか?」

P「映画、悪くないですね。早速明日にでも行かせてみることにします」

小鳥「え?プロデューサーさんは行かないんですか?」

P「俺が見に行ってどうするんですか」

コテコテの恋愛映画を見ても胸焼けするだけだからな。
映画を見るだけならわざわざ俺が同行する必要は無い…と言うか下手すればあらぬ誤解を招くことになりかねない。

小鳥「なら私と今度一…」

P「気付いたらもうこんな時間か…。そろそろ千早を迎えに行ってきますね」

小鳥「…」

まあ、確かに千早一人で行かせるのも心配だし…春香辺りにでも声をかけておくか。

P「…と言うわけで、今日は二人で映画を見に行ってきてくれ」

千早「はあ」

春香「私もいいんですか?」

P「これもレッスンの一環だからな。チケット代と交通費は事務所持ちだから気にしなくていい」

千早一人で行かせたところで効果が薄い可能性がある。
その点、春香はいかにもな"年頃の少女"だからな。
一緒にいれば少しは感覚の共有が出来るだろう。

春香「今やってる映画で恋愛ものとなると…千早ちゃん、これなんてどうかな?」

千早「私は良く分からないから春香に任せるわ」

P「(さて、俺はどうするか…)」

千早は春香に任せるとして…俺は適当に営業と情報収集でもしてくるか。

…で、最寄のTV局まで来たわけだが。

P「…ん?」

?「あんたは…?」

廊下を歩いていると、正面から見知った顔が近づいてきた。

異性だけでなく同性をも惹き付けそうな整った顔立ち。
漆黒の衣装に身を包み、頭の上にはアンテナのようなアホ毛。

P「鬼ヶ島羅刹か…久しいな」

冬馬「"ヶ"しか合ってねぇじゃねぇか!俺は"天ヶ瀬冬馬"だ!」

P「冗談だ。相変わらずからかい甲斐のある奴だな」

冬馬「あんたも相変わらず嫌な奴だな…」

天ヶ瀬冬馬…黒井社長が直々にプロデュースしたアイドルで、デビューと同時に大ブレイクした新進気鋭の存在と言える。

俺がまだ黒井社長のすぐ下で働いていた頃、当時まだ研修生だった冬馬と知り合った。
黒井社長プロデュースと言えど、スケジュール管理等の細かい雑務は俺が担当させられていたので、一時的にこいつのマネージャー代わりをしていた形になる。
正式に担当が決まった後は、961プロの社屋で何回か顔を合わす程度の間柄になったわけだが。

冬馬「…ったく、何であんたがこんなとこにいるんだよ」

高圧的な俺様系の態度が少し気になったが、常に高みを目指す姿勢の持ち主でもあり、俺から見ても冬馬は育て甲斐のある人材と言えた。
それと同時に純粋で熱くなりやすい性格の持ち主でもあり、961プロ所属アイドルの中でも非常にいじられやすいキャラだったわけだが…。

P「…お前も今では押しも押されぬ人気ユニット"ジュピター"のリーダーだからな。大したものだ」

冬馬「あんたに言われると素直に褒められてる気がしねぇ…」

P「少し意外に思ってるだけだ。仲間同士の馴れ合いを嫌ってたお前がユニットを組んだことがな」

冬馬「まあ最初は黒井のおっさんの命令で無理やりユニット組まされて嫌々だったけどよ…。確かにあいつらと一緒ならもっと上にいける気が…って、別にあんたには関係無いだろっ!」

P「(心境の変化…と言う奴か。仲間を持てば誰でもそうなるのか?)」

冬馬「そう言うあんたは今何やってんだ?最近事務所でも顔を見てなかったが」

P「俺は…今は765プロにいる」

冬馬「へー…って、ええっ!?」

冬馬「765プロってたまにおっさんの話に出てくるあの…」

P「弱小プロのことだな」

冬馬「だよな…。なんでまたそんな事務所に…!」ピーン

P「…?」

冬馬「…なるほどな。大方、おっさんのパシリに耐えられなくなったってとこだろ?」

P「…そんなところだ」

どうやら冬馬は俺が黒井社長に見切りをつけて961プロを辞めたと思っているらしい。
まあ、そう思ってもらった方が下手な誤解が無い分ややこしくなくて済む。

…普段の黒井社長のやり口を知るには、こいつはいささか純真過ぎるからな。
本当のことを伝える必要は無い。

P「そういうわけだから、今後お前とは敵同士になるわけだ」

冬馬「おっさんに対抗して765プロ…ってわけか。なんだ、あんたも意外と骨があるじゃねえか!」

P「…」

冬馬「あんたがどんなアイドルを育ててるのか分かんねぇけどよ、やるとなったら正々堂々と相手してやるぜ!」

P「ああ、精々よろしくな」

冬馬「…おっと、これから打ち合わせがあるんだった。じゃあな!」

最初から最後まで清々しいほどに真っ直ぐな奴だ。
黒井社長の下にいてよく性格が捻じ曲がらないものだな…と言うより黒井社長が冬馬には裏の顔を見せていないだけか。

何も知らない今のままの性格の方が利用しやすいだろうからな。
結局あいつも…あの男にとっては使いやすい駒に過ぎないわけだ。

P「…そろそろ二人を迎えに行くか」

映画館まで車で迎えに行くと、既に映画を見終わった二人が入り口前で待っていた。

P「…で、何か得るものはあったか?」

千早「ええまあ、中々見応えがありましたし、少しは心情を理解することも出来ました」

P「それならいい、ところで…」

春香「ううっ…えぐっ…二人が結ばれて良かったよぉ…」ポロポロ

P「…どうしてこうなった」

千早「感動的な映画でしたから…」

…感受性が豊か過ぎるのも問題かも知れない。
やはり千早は今のままくらいで丁度いいようだな。

そして瞬く間に日は流れて行き、ついに『THE DEBUT』収録当日を迎えた。

P「(出来る限りの準備は整えた…後は結果を出すだけか)」

律子「いよいよですね、プロデューサー」

P「ああ」

竜宮小町が出演する『アミューズメントミュージック』の方は既に収録が終わっているが、律子曰く上々の結果が残せたらしい。
あの三人も律子指導の下、かなり厳しいレッスンを積んできたみたいだからな。

…ならば後は俺達もそれに続くだけだ。

P「(だがこちらは生番組である以上、録り直しもきかない一発勝負になる…)」

すなわち、全ては千早の歌にかかっているわけだ。
…まあ、その点では特に心配はしていないんだがな。

春香「凄く似合ってるよ!」

やよい「とってもきれいですぅー」

千早「そ、そうかしら…」

美希「羨ましいの!」

事務所の方では千早が春香にせがまれて衣装のお披露目をしていた。

今回のために特別に用意したスレンダーラインの藍色のドレス。
年齢を考えれば少し大人びすぎている気もするが、音無さん曰くこれくらいの方が"歌姫"には丁度いいらしい。

P「(確かに千早のイメージには合ってるな…)」

小鳥「うふふ、プロデューサーさんも見蕩れちゃいましたか?」

P「そうですね…今回ばかりは素直に認めますよ」

もしかしたら音無さんにはスタイリストとしての才能もあるかも知れないな。
…いや、それだけアイドル達のことを良く見ているということか。

小鳥「…千早ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」

P「ええ…」

珍しく真剣な面持ちの音無さんだが、それは言われるまでもないことだ。
全ては今日のために用意してきたんだからな。

…さて、そろそろ時間だ。

P「千早、準備はいいか?」

千早「…はい!」

春香「千早ちゃん、頑張ってね!」

春香達の声援を背に、俺と千早は『THE DEBUT』の会場へ向かった。

千早「…会場に着きましたが、まず何をすればいいんでしょうか?」

P「打ち合わせとリハまでまだ時間がある。最初は挨拶回りだ」

千早「挨拶回り、ですか」

P「ああ」

新人アイドルが集まると言っても、事務所の実力的に言えば俺達の立場は一番下だ。
目上の共演者にはしっかり挨拶をしておかねば、心象を悪くして今後の活動に影響が出る可能性もある。

それに『THE DEBUT』には新人だけでなく、毎回ゲストとして今話題のアイドルが登場することになっているからな。
肝心の今回のゲストは…"こだまプロ"の"新幹少女"だ。

P「(最低限、そこには顔を出しとく必要があるか…)」

…戦略的に大きく関係してくる相手でもあるわけだからな。
内情を探る意味でも行かねばなるまい。

コンコン

ガチャ

こだまP「はい?」

P「あ、どうもお忙しいところすみません。765プロでプロデューサーをしております、Pと申します」

こだまP「ああ、確か今日一緒に出ることになってる…」

P「ええ。尊敬しておりますこだまプロのプロデューサー殿と新幹少女の方々には、何より先に挨拶せねばと思いまして」

千早「如月千早です。今日はよろしくお願いします」

こだまP「へぇ~、君は中々分かってるみたいだねぇ。ま、今日はうちの新幹少女が主役で、君達は引き立て役に過ぎないわけだけど、精一杯アピールして目立つように頑張ってね。何しろうちの新幹少女はこの前のライブでも…」

P「…」

…聞きもしないことをベラベラと良く喋る男だ。
余程自分の育てているアイドルに自信があるのだろうが…。

P「…はい。今日は胸をお借りするつもりで共演させてもらいますね」

過ぎた自信は過信となり、過信はいずれ自身の足を掬われる要因となる。

…精々胸をお借りさせていただきますよ、こだまプロの皆様方。
今日の本当の主役が誰なのか、本番の舞台で決することにしましょう。

P「…意外そうな顔だな?」

千早「すみません、いつものプロデューサーとは全然雰囲気が違ったので…」

P「俺も相手によっては口調くらい変えるさ」

そうでなければ普段の営業も成り立たないからな。
とは言え、こいつらからすれば違和感があっても仕方無いかも知れないが。

P「…まあ、それも今だけだろうがな」ボソッ

千早「…?」

今日のタイムスケジュールでは千早の出番は新幹少女のすぐ後になっている。
本来なら誰もが嫌がる最悪な順番だが、俺はあえてその位置に入れさせてもらった。

新幹少女は確かに今売れているアイドルユニットではあるが、その人気のほとんどはビジュアル面に集中している。
ことダンスと歌に関しては特に飛びぬけて優れているわけではないので、舞台の上でのパフォーマンスと言う意味ではこちらに分があると言えよう。

これが竜宮小町なら三人組ユニット同士と言うことで否が応でも比べられることになるが、千早ならその心配も無い。

P「(…千早の歌なら絶対に新幹少女に負けることは無い)」

厳しいレッスンの中でも決して弱音を吐かず、こいつはただひた向きに自身の歌を磨いてきた。
だからこれは自信でも過信でもない…今までの過程から言える確信だ。

今夜、恐らく"如月千早"の名は新たなスターとして日本全国に轟くことになるだろう。

千早「…」ブルッ

P「何だ、緊張してるのか」

挨拶回り、打ち合わせ、リハーサルを終え、ついに『THE DEBUT』本番が始まった。
既に番組も折り返し地点を向かえ、もうすぐ新幹少女の出番が終わり千早の番が回ってくるところだ。

千早「いえ、ただの武者震いです」

P「…随分頼もしいな」

ちなみにリハーサルではあえて千早には本気を出させていない。
無駄に周りに警戒されては折角のお膳立てが台無しになるからな。

つまり視聴者のみならず、共演者もスタッフも千早の真の実力をまだ知らないということになる。

P「(インパクトは大きければ大きいほど効果があるからな…)」

千早「プロデューサー…」

P「何だ?」

千早「…ありがとうございます。私のためにこんな大きな舞台を用意してもらって」

P「お前も唐突な奴だな…今は自分のことだけ考えてればいい」

厳密には千早のためと言うわけではなく、結局は俺自身のためなんだからな。

…とは言え俺もこいつの歌に魅力された一人だ。
損得勘定無しで千早の歌をより多くの人に聞かせたい…そういう気持ちが少なからずあるのは否定できない。

P「お前はお前の歌を歌え。そうすれば必ず結果は付いて来る」

司会『…新幹少女の三人でしたー!それでは次のアイドル…765プロの如月千早さんです!』

P「…行ってこい」

そう言って千早の背中を押す。
今の俺にはこれくらいしか出来ないが、誰よりもお前の歌への執念を知っているつもりだ。

だから…。

千早「はいっ!!」

…今はただ全力で、お前の"夢"を叶えてみせろ。

……………

………



結果から言えば『THE DEBUT』での千早の歌は俺の想像を遥かに超えるものだった。
役者の中には、本番の舞台に立つことで練習以上の演技力を発揮する者がいるが、そういう意味では千早も同様の人種と言えよう。

視聴者も共演者もスタッフも…他ならぬ俺自身も、千早の歌の前ではただただ呆然とするしかなかった。
…皆等しく千早の圧倒的な歌唱力に魅了されたのだ。

歌い終わった千早が一礼すると、一瞬の沈黙の後、会場には割れんばかりの拍手が巻き起こった。

最早、新幹少女を飲むどころの話ではない…。

それは紛れも無く、真の"歌姫"が誕生した瞬間だった。

プルルルルルルルル、ガチャ

小鳥「お電話ありがとうございます、765プロです。はい、はい、インタビューの依頼ですか?すみません今はお受けすることが…」

『THE DEBUT』放送から三日経ったが、事務所には千早に関する電話が頻繁にかかってきていた。
それに加えて竜宮小町出演の『アミューズメントミュージック』も放送され、今ではそちらに関する問い合わせも増えているところだ。

お蔭様で音無さんはもっぱら電話の対応でてんてこ舞いみたいだな。

律子「うわー、またHP落ちちゃってますね…」

千早と竜宮小町のデビューに先んじて、765プロの公式HPを立ち上げておいたのだが、どうやらそちらもパンク状態になってしまったようだ。
…早急にサーバーの増強をしておく必要があるな。

P「(…これも嬉しい悲鳴と言うことか)」

プルルルルルルルル

小鳥「ひーん、仕事が進まない~」ピヨピヨ

結果としては予想を超えることになったが、双方のプロジェクトの展開としては全く問題無い。
後はCDの売上げを少しでも伸ばせるよう、用意した仕掛けを発動していくだけだが…。

P「…」

…一つだけ解せないことがある。

それは今俺の目の前に置いてあるこの三冊の週刊誌だ。

この内の一冊は、俺が前もって仕掛けておいたものだ。

高木社長と旧知の仲である善澤記者に頼んで、千早と竜宮小町の独占インタビューを載せてもらってある。
それぞれの番組の尺の都合で、アピールしきれなかった分を補完する目的で用意していた。

…問題は残りの二冊。
どちらも今朝発売されたばかりのものなのだが…。

P「(『765プロ期待の新星"竜宮小町"と"如月千早"!』、『新時代アイドル"竜宮小町"&"如月千早"特集!』…か)」

記事の内容としてはどちらも見開き二ページ程度で、あまり大したことは書かれていない。
765プロの簡単な来歴、メンバー構成、それぞれのプロフィール…そして今後の活動の予想。

否定的な意見は全く書かれておらず、むしろ俺が仕掛けた週刊誌より部数が多い雑誌なので、宣伝と言う意味では大きなプラスになる。
そういう意味では本来ならば喜ぶべきなのだろう。
だが…。

P「(いくらなんでも早過ぎる…)」

千早は三日前、竜宮小町に関しては一昨日にデビューしたばかりだ。

番組終了後にすぐさま記事を用意したとしても、到底間に合うはずが無い。
まるで、前もって千早と竜宮小町のデビューを知っていたとしか思えない手際の良さだ。

出版社に確認しても、適当にお茶を濁されるのは目に見えているが…何者かが意図的に介入しているのは火を見るよりも明らかと言える。

P「…」

千早と竜宮小町のデビューを前もって知っており、かつ大手出版社にも容易に圧力をかけることが出来る人物…。
…そんな人物と言えば、俺には一人しか思いつかない。

P「(…分からない)」

…あの男がここまでする理由は何だ?
765プロを持ち上げて、あの男に何の利点があるんだ?

俺にはあの男の考えが全く読めない…。
俺はもしかして…とんでもない思い違いをしているのではないのか…。



…結局、俺も765プロもあの男の手の中で踊らされているだけなのかもしれない…。



続く。

P『…芸能事務所?』

P友『おう』

P『お前のアイドル好きは百も承知だが、はぁ…』

P友『何だよ、俺は割と真剣だぞ』

P『…念のために言っておくが、事務所の社長になってもハーレムは作れないからな』

P友『んなっ!?失礼な奴だな。そんな不純な目的じゃねーよ』

P『じゃあ言ってみろ』

P友『ああ…』

……………

………

P「…っ」

?「…あわわっ」

ここは…事務所の机か。
確か営業用の資料を纏めていたはずだが…俺としたことがどうやら転寝をしてしまっていたらしい。

真美「え、えへへ…おはよっ!兄ちゃん♪」アセアセ

P「…おはよう」

懐かしい夢を見るくらいだからな…自分が思ってる以上に疲れが溜まっているのかもしれない。
…そうは言っても、現状を考えれば休んでいる暇も無いのだが。

P「…ところで真美、その手のペンは何に使うつもりだったんだ?」

真美「へ!?えーと、これは…。シングルアクセルシザースピンの練習をしようかと…」クルクル

そう言って真美は指を使って巧みにペンを回して見せた。

P「何だ、そうだったのか」

真美「うんうん!」

P「てっきりベタないたずらを仕掛けてくるのかと思ったが…何ならペン回し系アイドルとして売り出してやろうか?」

真美「うぇっ!?いや~それは流石に遠慮しとこうかなー、なんて…」

P「全く…」

相変わらず、こいつはまだまだ子供のようだな。
まあ寝ていた俺にも落ち度はあるし、未遂で終わった以上一々怒ることもないが。

例の週刊誌の件に関して一応出版社側にも確認を取ってみたが、返ってきたのは『あくまでも偶然』と言う返答だった。
たまたま弱小プロを盛り上げようと記事を書いたら、たまたま新ユニットとアイドルがデビューする丁度いいタイミングだったそうだ。

二社ともにこれだから、偶然も随分と安売りされているようだな。
全く、ふざけた話だ。

真美「え~いっ、とりゃっ!やあっ!」

P「…」

黒井社長に確認を取ってみても、『貴様が知る必要は無い』の一言で済まされた。
直接認めてるわけではないが、どう考えても黒井社長が手を回したのは目に見えている。

真美「うわっ!それは反則だよ~」

P「…」

計画が順調なことを考えれば、本来ならば何も気にせず淡々と目的を果たすべきなのだろう。

…だが、黒井社長の意図が読めないままというのは何とも気持ちが悪い。
プロジェクトを進めつつ、何とか動向を探れないものか…。

真美「そいやっ!あぁ…やられた~」

P「…」

P「…お前はさっきから何をやってるんだ?」

真美「え?ああ、これ今すっごい人気のゲームなんだよ。もしかして兄ちゃん知らないの~?」

P「子供の玩具に興味は無いからな」

真美「だめだよ兄ちゃん、何でも見てくれで判断してちゃ」

P「それは悪かったな」

ゲームで遊ぶならせめて静かに出来ないものか。
今は珍しく音無さんも事務所にいないし…って言うか俺以外誰もいないんだから、ゲームくらい家でやってりゃいいだろうに。

P「(まあ、遊び相手の亜美は竜宮小町で忙しいわけだし、多少は大目に見てやるべきなんだろうが…)」

…"歌姫"と"竜宮小町"。
それぞれのプロジェクトはデビュー番組の成功を以て、既に第二段階へと移行している。

"歌姫"千早の方は、『THE DEBUT』出演後は極力メディアへの露出を控え、より秘匿性を高めるように仕組んである。
宣伝もあえて大々的なものは行わず、『THE DEBUT』を見た者達の口コミだけで広めていこうという考えだ。

P「(それだけ千早の歌にはインパクトがあったからな…)」

また、大手動画サイトに"目が逢う瞬間"のPVを投稿してあるが、こちらも編集により一部をカットした不完全なものを流してある。
そうすることで相対的にCDの価値を高め、純粋な売上げを伸ばしていく戦略だ。

一方、竜宮小町は千早とは完全に対照的で、正統派アイドルユニットとして積極的に宣伝活動を行っている。
雑誌の取材やバラエティ番組への出演、大小問わず地方のイベントにも精力的に参加し、確実に知名度を上げていく方法を取っている。

今日も今日とて地方でのライブイベントに参加しているはずだ。
中々ハードなスケジュールを組んでいるみたいだが、無理なく事が進んでいるのは偏に律子の手腕と言えよう。

P「(文句を言いながらもメンバーはしっかり律子に従っている。これが信頼関係と言うやつなのか…)」

真美「…ねぇ兄ちゃん」

P「何だ?」

真美「どうして…亜美が選ばれたのかな?」

P「…竜宮小町のことか」

真美「うん。あ、でも別にそれで嫌な思いをしてるわけじゃなくて…そう、"打撲な疑問"ってやつだよ!」

P「随分痛そうな疑問だな…。正しくは"素朴な疑問"だ」

しかし急に声のトーンが下がったと思ったら、やはり多少は気にしていたのか。
まあ、確かにこいつの立場を考えれば疑問に思うのも至極当然な話だがな。

双子である以上、真美と亜美は容姿…すなわちビジュアル面で優劣をつけることはほぼ不可能だ。
それに加えて、ダンスと歌も律子がメンバーを決めた時点では特にどちらが優れていたと言うわけでもない。

では何故亜美が選ばれたのか。
もちろん、ちゃんとした理由はあるのだが…。

P「竜宮小町は律子の担当だからな。疑問ならそっちに聞いてくれ」

真美「えぇ~…兄ちゃんのケチ~」

P「ケチで結構」

教えたところでどうにかなるとも思えないが、俺の口からわざわざ話す内容でもない。
…少々気恥ずかしいところもあるしな。

真美「ぶー…じゃあさ、一緒にゲームしようよ!」

P「話の繋がりが全く見えないんだが」

真美「一人でやるのも飽きちゃったんだよ~。ねぇ兄ちゃんお願い~」

P「…」

普段の俺なら迷うことなくNOと言うだろう。
だが今日に限っては少しばかり状況が違っていた。

一、亜美(竜宮小町)の担当は律子。真美の担当は俺。

二、真美が暇なのは仕事が無いため≒俺が原因。

三、亜美が竜宮小町のメンバーになったことに対して、念のため真美のフォローをしておく必要がある(音無さん曰く)。

四、事務所には俺達以外誰もいない。

…以上四点を考慮すると、少しくらいなら相手をしてやるのも仕方が無い気がしてくるから困る。
ついでに言えば、先程の質問に答えてやらなかった負い目もあるしな…。

P「…一回だけ相手をしてやる。それで満足したら大人しくしてろよ」

真美「へっ!?ホントっ!?やったー!!」

…そんなに喜ぶほどのことなのだろうか。

まあいい、相手は子供だ。
適当にあしらってとっとと終わらせることにしよう。

真美から渡されたのは画面が二つに分かれた携帯ゲーム機と、何やらデフォルメ化されたレースゲームだった。
簡単に操作方法だけ教わり、大人と子供の違いを教えてやろうと思ったのだが…。

P「…え」ピコ

真美「兄ちゃん弱すぎるよー」ピコピコ

気付いたらいつの間にか周回遅れにされており、圧倒的なタイム差で完敗していた。

P「(何故だ…)」ピコピコ

…いや待て、所詮これは子供の玩具に過ぎない。
よくよく考えれば使い慣れている真美に分があるのも当然だ。

真美「んっふっふ~…何ならもう一回やってもいいんだよ~?」ピコピコ

P「…」

別に悔しい思いなど皆無だが…もう少しくらい付き合ってやるのも悪くないか。
そう、これはあくまで真美に対するフォローなんだからな。

P「…仕方無い、もう一回だけ付き合ってやる」…ピコ

真美「そうこなくっちゃ!」ピコピコ

ガチャ

小鳥「遅くなりました~。すみません、ちょっと遠回りしてて…」

P「…はっ」ピコ…

真美「あ、ピヨちゃんおかえり~」ピコピコ

小鳥「これはこれは…お邪魔だったかしら♪」

P「…と言うわけでして、別に遊んでいたわけでは…いやまあ遊んではいましたけど」

小鳥「分かってますって」ニコニコ

P「…」

…だったらその満面の笑顔を今すぐ止めていただきたい。
よりにも依って、一番見られたくない人に見られてしまうとはな…。

真美「まあまあ、兄ちゃんも悪気があったわけじゃないしね」

P「おい」

小鳥「うふふ、いつの間にこんなに仲良くなったのかしら♪」

いやいや、その発想はおかしいです。
俺の知ってる"仲良し"と音無さんの知ってる"仲良し"はどうやら意味が異なっているようだ。

P「…それより店の様子はどうだったんですか?」

真美「みせ?」

小鳥「ああ、うっかりしてました。それがもう凄かったんですよ!」

事務用品の買い出しついでに、音無さんには近場のCDショップの様子を見に行ってもらっていた。
目的は店舗での取り扱い状況と売れ行きの確認…所謂"市場調査"の一貫と言うやつか。

真美「…あーっ!そう言えば今日だったっけ!」

P「忘れてたのか…」

そう、今日は千早と竜宮小町それぞれのデビューシングルの発売日だ。
…と言うか、片方はお前の妹が大いに関わってるんだから発売日くらいちゃんと覚えておけ。

小鳥「一つ目のお店ではもう品切れちゃってたみたいです。店長さんにも確認したので間違いないですよ!」

真美「おお~!」

小鳥「次にそこそこ大きいお店にも行ってみたんですけど、そこではCDが平積みで並べてありました。見たところ大分数が減ってましたね」

P「成程…出だしは上々と言ったところですか」

企画段階での売上げ目標はどちらも一万枚だったが、プロジェクトが順調に進んでいることもあり、現在では一万五千枚に上方修正してある。
ウィークリーチャートで言えば、十五位以内に入ってくれれば御の字と言ったところか。

…この様子ならどうやら不可能な数字というわけでもなさそうだな。
コストぎりぎりまでCDの単価を下げたのが功を奏したのかもしれない。

小鳥「私も一枚ずつ買ってきちゃいました♪」

P「…流石です」

ガチャ

千早「おはようございます」

真美「千早お姉ちゃんおはよー!噂をすれば何とやらだね!」

千早「?」

小鳥「おはよう千早ちゃん。早速買ってきちゃった♪」

そう言って音無さんは買ったばかりのCDを嬉しそうに千早に見せた。
この人もこういうところは子供っぽい性格と言えるな。

千早「あ、ありがとうございます…何だか少し恥ずかしいですね」

小鳥「ジャケットの写真もよく撮れてるし、これならチャートで十位以内に入るのも夢じゃないわ!」グッ

千早「そんな…」

音無さんの言葉を受けて、珍しく千早は照れているようだった。
案外可愛いげなところもあるんだな…何て言ったら失礼だろうか。

P「まあ確かに競合相手によっては必ずしも不可能では無いな」

真美「兄ちゃんが言うとリアルに聞こえるよ~」

ま、あくまで楽観的な憶測に過ぎないのだが。
現実はそうそう都合良くはいくまい。

P「さてと…俺と千早は次の曲の打ち合わせがあるので、夕方まで外に出てますね」

小鳥「分かりました」

真美「え~!そんじゃゲームの続きはどうすんのさ?」

P「…ゲームと仕事、どっちが大事かは比べるまでもないだろ。悪いがまた今度にしてくれ」

真美「…つまんないの」

真美はまだ不服そうな顔をしていたが、流石にこれくらいの我慢はしてもらわなくては困る。
後のことは音無さんに任せ、俺と千早は打ち合わせ先のスタジオに向かった。

P「無事にCDも発売されて、これでお前も一端の歌手になったわけだが…今はどんな気持ちだ?」

スタジオまでの移動途中、現在の心境を千早に聞いてみた。
これと言って特に深い意味も無く、単なる興味からの質問だ。

千早「まだ少し実感が湧きませんが…ようやくスタート地点に立てたというところでしょうか」

P「…成程な」

やはり千早は優秀だ。
客観的に自分の現状を分析でき、その上で常に一歩先の世界を見据えている。

…正直、千早と一緒にいる時が一番落ち着いて仕事ができる気がする。

P「次の曲は作詞、作曲の段階からお前に関わってもらうことになってるからな。今日の打ち合わせでも何か希望かあれば好きに言ってくれて構わない」

千早「はい!」

鉄は熱いうちに打て…とまでは言わないが、二曲目は必ず一曲目と比べられることになる。
一発屋で終わらせないためにも、準備に準備を重ねて困ると言うことはあるまい。

…そんなこんなで、事務所に戻る頃にはすっかり日も落ちてしまっていた。
予定より大分打ち合わせが長引いてしまったが、それも全て千早の歌に対する並々ならぬこだわり故だ。

P「(あの千早があそこまで自己主張するとはな…)」

だが、そのおかげで次の曲はかなりの出来に仕上がりそうだ。
少なくともファンの期待を裏切るようなことはありえない。

P「(書類だけ片付けて今日はもう帰るか…)」

ガチャ

真美「おー!兄ちゃんおっかえりー!おつかれさまさま~!」

P「…」

事務所の明かりが点いていたので、まだ音無さんか社長が残ってるかと思ったが…流石にこれは予想外だ。

P「…何でお前がまだここにいるんだ?」

真美「んーとね、最初は亜美のこと待ってたんだけど…どうも仕事が長引いちゃったらしいんだよねぇ」

P「そう言えばそんなメールが律子から送られてきてたな…終わったら直接帰るとか何とか」

真美「そうそう、そんなわけで仕方無いから兄ちゃんを待ってたんだよ!」

P「どんな訳だよ…」

真美「こんなわけ」

そう言って昼と同じゲーム機を手渡してきた。
…正直、子供の考えていることは俺には理解できない。

しかし、やらなきゃやらないで明日以降また催促されることになるんだろうな…。

P「…分かったよ。一回だけだからな」

真美「そうこなくっちゃ!」

P「…」…ピコ

そしてやっぱり負けたのだった。
まあ、周回遅れしなくなっただけマシと言えよう。

真美「うむうむ、精進するがよい」ピコピコ

P「…ところで音無さんと社長はどうした?」ピコピコ

真美「社長は良く分かんないけど、ピヨちゃんは何か見たいテレビがどうとか言ってたよ?」ピコピコ

P「そうか…で、お前に鍵を預けて帰ったのか」ピコピコ

真美「うん。兄ちゃんによろしくって言ってた」ピコピコ

何やら管理がテキトー過ぎる気もするが、俺としては仕事さえしっかりしてくれていれば特に文句は無い。
この事務所の緩い空気に関しては、もう半ば諦めているところがあるからな。

P「…じゃあそろそろ帰るか」…プチッ

真美「えぇ~、もうちょっと遊ぼうよ~」

P「ダメだ。文句言うなら送ってやらないぞ」

真美「え、兄ちゃん送ってくれるの?」

P「時間が時間だからな。他の奴等…特に美希には内緒だが」

仕事で遅くなったのならまだしも、ただ事務所で遊んでただけだからな。
美希あたりに事が知れたら、『真美ばっかりずるいの!』の一言でまた送らされる破目になりかねない。

真美「ゴーゴー!…ねえねえ兄ちゃん、もっと速く走れないの?」

P「無茶言うな」

既に法定速度ギリギリ…と言うか少しオーバーしてるくらいだ。
流石にこんなくだらないことで点数を引かれるわけにはいくまい。

P「…そう言えば、ちゃんと親には連絡してあるんだろうな?」

真美「あ~…昨日からパパもママもうちにいないんだよね。パパは病院で宿直当番だし、ママは親戚の用事で出かけてるし」

P「…そうだったのか」

つまり昨日から家には真美と亜美しか居なかったと言うことか。
その亜美も仕事で忙しいとなれば…真美が暇を持て余してるのも仕方無い話だ。

真美「でも、今日は兄ちゃんが遊んでくれたから退屈しなかったけどね~」

そう言って屈託の無い笑顔で真美は笑った。
俺に気を遣ってるわけでも、嘘を吐いているわけでもないみたいだが…。

P「…前から思ってたんだが、お前は俺相手でも何でそんな楽しげに振舞えるんだ?」

真美「へ?何で?」

P「自分で言うのもなんだが、俺はあまり他人から好かれるような人間ではないからな」

…って、俺は一回りも年が離れた子供に何を聞いてるんだ。
他人からの印象なんて今まで気にしたことも無かったというのに。

P「…悪い、今のは聞かなかったことにしてくれ」

真美「そんなこと無いと思うけどな~。確かに最初はすごくピリピリしてて近寄りがたかったけど…」

P「…」

真美「でもでも、今では大分丸くなってるし、みんなのために一生懸命なのも分かるし…」

…こいつにそんな風に言われると妙に気恥ずかしくなってくる。
やはり聞くべきではなかったな…。

だがこいつもこいつなりに俺のことを認めてくれていたのか…。

真美「それに何より弄りがいがあるしね~♪」

P「…おい」

真美「テヘッ♪」

…最後の一言が無ければ、素直に礼が言えそうな気分だったんだがな。
だがこれもまた真美らしいと言うことか。

P「…っと。着いたぞ」

他愛も無い会話をしてる内に、気付いたら真美の家まで辿り着いていた。
明かりは点いていないので、まだ亜美は帰っていないみたいだな。

真美「…ねえ兄ちゃん、明日もレッスンが終わったらまた遊んでくれる?」

P「…暇な時間があればな」

真美「ありがとっ!そんじゃおやすみ~」

夜だと言うのにテンションの高さは変わらずか…。

しかし、フォローが必要とは言え真美のことを甘やかし過ぎているかもしれない…。
少なくとも数ヶ月前の俺なら絶対に考えられないことだ。

P「(…まあいい、竜宮小町が安定すればまた元に戻るだろう)」

…なんて、我ながら思考が楽観的になってきているのも少しは警戒した方がいいのかもしれないな。

そして翌日の昼、レッスンを終えた真美は寄り道もせずに真っ直ぐ事務所に帰ってきた。

真美「兄ちゃん!見て見てすごいっしょ!!」

P「…あー、はいはい。後でな」

確かに暇なら相手してやるとは言ったが、今は誰がどう見ても仕事中なんだがな…。
流石の真美もそれが分からないわけではないだろうに。

真美「も~、仕方無いな~。じゃあさ、宿題手伝ってよ!」

P「…宿題は自分でやるものだろ」

真美「兄ちゃん、仕事も勉強も効率良くだよ!」

P「知った風な口を利くな。いい加減にしないと流石に怒るぞ?」

真美「え、あ…ごめん兄ちゃん」

P「…?」

さっきまでのテンションはどこへやら。
軽く注意しただけで、真美は急に静かになってしまった。

P「…もうちょっとだけ待ってろ。そしたら手伝ってやるから」

真美「…うんっ!」

落ち込んだと思ったら今度は満面の笑顔…。
おかしい…何か違和感がある。

小鳥「…」

真美はその後もしばらく事務所に居座っていたが、今日は流石に日が暮れる前に家に帰した。
本人は渋々だったみたいだが、二日連続で送るのは勘弁してもらいたい。

小鳥「今日一日真美ちゃんプロデューサーさんにべったりでしたね♪」

P「…俺はぐったりですけどね」

お蔭様で仕事の効率は大幅ダウンだ。
…その代わり真美の宿題は全て片付いたがな。

小鳥「…でも今日の真美ちゃん、いつもとは違った感じがしませんでした?」

P「音無さんもですか…」

どうやら違和感を感じていたのは俺だけではなかったようだ。

P「最初はただ亜美がいなくて寂しがってるだけかと思いましたが…それにしては少々度が過ぎてるんですよね」

小鳥「そうですね…。寂しがってると言うよりは、私には何かに怯えているように見えました」

P「怯えてるって…あの真美がですか?」

怖いもの知らずの代名詞とも言える真美が何かに怯えている…?
流石にそれは考えにくい…が、今までの傾向から考えると、こういうときの音無さんの勘は意外と鋭いところを突いてるんだよな。
本人曰く全ては"乙女の直感"らしいのだが…まあ、それは今は置いておこう。

P「…もしかして、俺に対してですかね?」

小鳥「それは無いと思うので安心してください♪」

別に一々安心することではないが…いまいち分かるようで分からない。
音無さんの勘が正しければ、あいつは何に怯えてるんだ…?

結局その答えが見つかることはなく、また無為に時間だけが過ぎていった。
日が経つにつれて真美の態度も多少は落ち着きを見せてきていたが、それでもやはり以前と比べてどこかしら違和感がある気がする。

P「(後少しで分かりそうな気もするんだがな…)」

ガチャ

律子「おはようございまーす。いやー、今日は雨が強いですね」

小鳥「びしょ濡れですね。風邪引かないでくださいよ?」

P「…」

律子「…プロデューサー?」

P「…ああ律子か、おはよう」

そう言えば律子を事務所で見るのも最近は少なくなったな。
…それだけ竜宮小町が忙しいと言うことなんだろうが。

律子「難しい顔してどうしたんですか?」

P「少し考え事をしてただけだ。気にしないでくれ」

…流石に律子に余計な心配をかけるわけにはいかない。
今は自分達のことで手一杯だろうからな。

P「それより竜宮小町の活躍は俺も聞いている。大したものじゃないか」

デビューしてから今までの短期間で、竜宮小町の知名度はかなりの勢いで上がってきている。
全ては地道な営業活動の賜物であり、すなわち律子のプロデューサーとしての素質は本物だったと言うわけだ。

律子「プロデューサーにそう言われると照れちゃいますね…。それに私の力と言うよりメンバーの皆が頑張ってくれてるのが大きいですよ。今日も先にスタジオ入りして準備してくれてますし」

P「謙遜する必要は無い。そのメンバーを決めたのも他ならぬお前自身なんだからな」

メンバーの伊織とあずさと亜美。
性格も見た目もバラバラで、一見バランスの悪そうな組み合わせに見えるが、その実かなり絶妙に調和が取れている。
俺がユニットを組んでいたとすれば、もっと無難な…悪い言い方をすれば在り来たりな組み合わせになっていただろうからな。

律子「でも私が亜美と真美のどっちを入れるか迷ってた時、亜美を推薦してくれたのはプロデューサーじゃないですか」

小鳥「え、そうだったんですか?」

P「…まあ、俺も亜美の方がいいと思いましたから」

正確には俺の立場からすれば"竜宮小町には亜美が入る方が都合が良かった"と言うべきなのだが、仮に言って理由を追求されても返答に困るだけだからな。
…特に音無さんはそれをネタに絡んでくるのが目に見えているし。

P「そう言えば音無さん、今日俺宛に何か郵便って届いてましたか?」

小鳥「あ」

律子「どうしたんですか?」

小鳥「すみません、郵便受け確認するの忘れてました。ちょっと見てきますね…」

ガチャ

そう言って音無さんが扉を開けると…。

真美「…」

…真美が俯いたまま肩を震わせて立っていた。

P「真美…?」

律子「どうしたの真美?」

小鳥「真美ちゃん…?」

前髪で隠れて表情が見えないが、明らかに様子がおかしい。

真美「…うぅ」

P「お前…もしかして泣いてるのか?」

真美「うぇ…やっぱり…に…ゃんも…」

P「…?」

真美「や…やっぱり兄ちゃんも亜美の方がいいんだ!!」

P「!?」

泣きながらそう叫んだかと思うと、そのまま真美は激しい雨の中へ飛び出していった。

律子「真美!?」

小鳥「真美ちゃん!?」

…そして真美の放った言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で引っかかっていた疑問が全て解消された。

P「(そういう…ことか…)」

小鳥「プロデューサーさん!」

P「分かってます!とりあえず音無さんは事務所に居てください!律子も気にせず仕事に行ってこい!」

律子「えぇっ!?私には何が何だか分かんないんですけど!」

二人を事務所に残して、慌てて真美の後を追いかける。
時間的に考えればあまり差は無いと思ったが…。

P「(ちっ…もうあんな遠くに…)」

全力疾走なんて学生時代以来だが…全く、我ながら体力が落ちたものだ。

P「(はぁ…はぁ…あのバカ…無駄に足が速いな…)」

いや…バカ野郎は俺の方か。
フォローをするどころか、あいつの一番の悩みすら理解できていなかったんだからな。

P「(真美が怯えていたのは…自分がいらない存在になることだったんだ…)」

今まで一心同体だった亜美がどんどん先に進んでいって、あいつは徐々に不安になっていたんだ。
そしていつしか思い込むようになった…"亜美がいれば、私はいらないんじゃないか"、と。

…だからあの時、真美は俺に聞いてきたんだ。

―『どうして…亜美が選ばれたのかな?』

あの質問は亜美が選ばれた理由を聞きたかったんじゃない。
本当は、自分がいてもいい理由を聞きたかったんだ。

なのに俺は…自分勝手な理由でそれに答えてやらなかった。

だから真美は今度は自分の居場所を作ろうと必死になっていたんだ。
プロデューサーである俺を頼るしかあいつには出来なかったから…なのに…。


―『亜美を推薦してくれたのはプロデューサーじゃないですか』


―『…俺も亜美の方がいいと思いましたから』


もしも真美があの言葉を聞いていたとすれば、俺の手であいつの思い込みに止めを刺してしまったことになる。
だからこそ俺自身の言葉であいつの誤解を解かなければならないと言うのに…。

P「(見失ったか…くそっ)」

…八方塞がりとはこのことか。
あいつの行きそうな場所の検討すらつかないとは…。
我ながら本当に何も知らない…いや、何も知ろうとしてなかったってことか。

プルルルルルルルル

P「(電話…?)はいPです…ってお前は…」

真美「うぅ…ひっく…ぐすっ」

事務所と真美の家のちょうど中間辺りに位置する公園。
その真ん中にあるドーム型の遊具の中で泣いている真美を見つけた。

P「…いい場所だな。俺も雨宿りさせてもらっていいか?」

真美「ひっく…え、兄ちゃん…何でここに…」

P「よっと…意外と中は広いんだな」

返事を聞く前に勝手にお邪魔させてもらう。
俺も雨ざらしは流石に勘弁願いたいからな。

真美「入って…ぐすっ…こないでよぉ」

P「公園の遊具は公共物だからな。お前が占有していいものじゃない」

真美「兄ちゃんのバカ…」

P「…今回ばかりは否定はできないな、悪かった」

真美「…え?」

P「だが話を立ち聞きしたあげく勝手に勘違いだけして逃げ出したお前も悪いと言えば悪い。だからここは両成敗にしてくれ」

真美「勘違いなんて、してないもん…。だって…兄ちゃんも私より亜美の方がいいんでしょ!?」

P「…いいからまず俺の話を聞け、ちゃんと一から説明するから」

全く…物事には順序と言うものがあるのをこれを機会に理解してもらう必要があるな。
それに、たまには大人しく聞き手に回ってもらわなければ意思疎通すらままならないし。

P「そもそも単純にお前たちを売り出すことだけを考えれば、今みたいにお前らを別れさせないで双子ユニットとしてやっていくのが一番手っ取り早いんだ。双子ってのはそれだけ希少価値があるものだからな」

真美「…」

P「だが高木社長と律子、そして俺はそれを良しとはしなかった。何故だか分かるか?」

真美「…そんなの、分かんないよ」

P「双子と言う枠に囚われ過ぎて、お前たちの個性を潰すようなことをしたくなかったんだよ」

真美「個性…?」

P「お前たちは確かにそっくりだが、細かいところで色々違うところもある。それこそ数ヶ月一緒に仕事をしただけの俺にも分かる程度にはな」

真美「…そうなの?」

P「ああ。そして最終的にはそれぞれの個性に合わせた活動をさせようって話になった。その片方が竜宮小町だったというわけだ」

真美「…!」

P「亜美は天真爛漫で誰に対しても物怖じしない性格の持ち主だからな。こういう奴は誰かと組ませたほうが面白くなるだろうと律子は考えたわけだ」

真美「…確かに亜美はそんな感じだけど…」

P「まあ、正直なところは誰かと組ませておかないと危険と判断したからかもしれないがな」

真美「…それはさすがに亜美に失礼だよ兄ちゃん」

P「…だな。話を戻すが、それに対してお前は天真爛漫なところは亜美と同じだが、亜美より一歩引いた位置で…言い方を変えれば亜美より少し大人の視線で周りを見ることが出来てる。だからソロでも十分やっていけると判断したんだ」

真美「そ、そうかな…」

そう言って真美は微かに頬を赤らめた。
意外とこいつも誉められることには弱いのかもしれないな。

真美「…ってそんなことで騙されないもん!だって竜宮小町って765プロにとって大事なプ…プロ…プロトコ…」

P「"プロジェクト"な」

真美「あぅ…プロジェクトなんでしょ?それに亜美を推薦したってことは兄ちゃんも亜美の方がいいって思ったから…」

P「そこがお前が一番誤解してるところだ。俺は少なくともお前たちを優劣で区別したつもりは無い」

真美「口では何とでも言えるじゃんか!」

P「なら良く考えてみろ。竜宮小町の三人の担当は律子なら、俺の担当は必然的にその他になるよな?」

真美「そうだけど、それが何なのさ?」

P「言い方を変えれば、俺が竜宮小町に推薦した方は俺が育てられないわけだから…つまりはそういうことだ」

真美「…全然分かんないよ」

全く、察しが悪い奴だな…。
言いづらいこっちの気持ちも少しは考えてもらいたい。

…ああ、もう面倒だ。

P「…お前をソロでプロデュースしてみたいって思ったから、竜宮小町には亜美を推薦したんだよ。言わせんな恥ずかしい」

真美「!?」

真美「…ってそんなことで騙されないもん!だって竜宮小町って765プロにとって大事なプ…プロ…プロトコ…」

P「"プロジェクト"な」

真美「あぅ…プロジェクトなんでしょ?それに亜美を推薦したってことは兄ちゃんも亜美の方がいいって思ったから…」

P「そこがお前が一番誤解してるところだ。俺は少なくともお前たちを優劣で区別したつもりは無い」

真美「口では何とでも言えるじゃんか!」

P「なら良く考えてみろ。竜宮小町の三人の担当は律子なら、俺の担当は必然的にその他になるよな?」

真美「そうだけど、それが何なのさ?」

P「言い方を変えれば、俺が竜宮小町に推薦した方は俺が育てられないわけだから…つまりはそういうことだ」

真美「…全然分かんないよ」

全く、察しが悪い奴だな…。
言いづらいこっちの気持ちも少しは考えてもらいたい。

…ああ、もう面倒だ。

P「…お前をソロでプロデュースしてみたいって思ったから、竜宮小町には亜美を推薦したんだよ。言わせんな恥ずかしい」

真美「!?」

真美「…ってそんなことで騙されないもん!だって竜宮小町って765プロにとって大事なプ…プロ…プロトコ…」

P「"プロジェクト"な」

真美「あぅ…プロジェクトなんでしょ?それに亜美を推薦したってことは兄ちゃんも亜美の方がいいって思ったから…」

P「そこがお前が一番誤解してるところだ。俺は少なくともお前たちを優劣で区別したつもりは無い」

真美「口では何とでも言えるじゃんか!」

P「なら良く考えてみろ。竜宮小町の三人の担当は律子なら、俺の担当は必然的にその他になるよな?」

真美「そうだけど、それが何なのさ?」

P「言い方を変えれば、俺が竜宮小町に推薦した方は俺が育てられないわけだから…つまりはそういうことだ」

真美「…全然分かんないよ」

全く、察しが悪い奴だな…。
言いづらいこっちの気持ちも少しは考えてもらいたい。

…ああ、もう面倒だ。

P「…お前をソロでプロデュースしてみたいって思ったから、竜宮小町には亜美を推薦したんだよ。言わせんな恥ずかしい」

真美「!?」

真美「え、あぅ…」

真美の顔が見る見る赤くなっていく。
茹でダコかお前は。

…かく言う俺も気恥ずかしさで今にも逃げ出したい気分だ。
だから言いたくなかったんだがな…。

P「…」

真美「…ホント?」

P「…自分で言うのもアレだが、嘘を吐くならもう少しマシな嘘を吐くだろうよ」

真美「あ、あはは…何か力が抜けちゃった」

P「とは言え、もし俺が竜宮小町の担当だったら、亜美の方を育てたいと思ってるかもしれないからな…。だからさっきも言った通り、俺の中ではどっちが上とかそんなのは無いんだよ」

結局はその時の気分や立ち位置で変わってくるものだからな。
そういう意味では俺もテキトーなのかもしれないが。

真美「あの…ごめんね兄ちゃん。…真美のこと許してくれる?」

P「最初に両成敗って言っただろ。でも本気で悪いって思ってるんだったら、もう二度と自分がいらない存在だなんて思うな。お前がそう思ってることを知ったら、悲しんだりする奴は結構いるんだからな」

真美「…うん」

P「分かったならそれでいい。じゃあ事務所に帰るとするが…音無さんにはさっきのことは絶対に言うなよ。むしろ出来れば忘れてくれ」

下手すれば前みたいな脅されたり、言い触らされたりされかねないからな。
何も無かったことにするのが一番穏便だ。

真美「え~、どうしよっかな~」

P「…やっぱり亜美の方をプロデュースしたくなってきた」

真美「じょ、ジョークだよ兄ちゃん!」

P「お前のジョークはジョークに聞こえないから困るんだよ。まあ、俺のも冗談だが」

真美「むむ、兄ちゃんに一杯食わされるとは…。ところで兄ちゃん」

P「何だ」

真美「傘、持ってきてる?」

P「持ってない」

事務所を出たときは、とにかく真美のことを追いかけるのに必死だったからな。
そこまで考えは回らなかったわけだ。

真美「ええっ!?じゃあどうすんのさ~。雨ザーザーだよザーザー!」

P「…心配しなくてももうすぐ迎えが来るさ。俺にこの場所を教えてくれた…お前のことを誰よりもよく知ってる奴がな」

亜美「も~、心配させないでよ!ほら頭拭いて」

真美「ごめんね、亜美」ゴシゴシ

公園に来た時点でかなり怒っていたが、事務所に帰ってきてもまだ亜美の怒りは収まらないようだった。
まあ、スタジオを抜け出すのに相当苦労したみたいだから無理も無いがな。

P「律子も悪かったな。結局お前に世話を焼いてもらう形になってしまった」

音無さんから事情を聞いた律子はすぐに亜美に連絡を取り、真美が行きそうな場所を俺に教えるように指示していてくれたのだ。
あの短時間でそこまで考えが回るとは…本当に大した奴だな。

ちなみにあの公園は真美と亜美が小さい頃、親に怒られた時などによく逃げ込んだ場所らしい。
こちらもこちらで流石は双子と言わざるを得ないな。

律子「これくらいお安い御用ですよ。むしろもっと早く相談してくれれば良かったのに…」

P「そうだな、次からはそうさせてもらう」

小鳥「何はともあれ無事に収まってよかったですね」

全くだ。
これでやっと落ち着いて仕事が始められる…。

真美「あ、兄ちゃん兄ちゃん!次は何で勝負する?格ゲー?」

P「…」

…まあ、この展開も読めてはいたけどな。
すっかり本調子を取り戻したと言うべきか、空気が読めてないと言うべきか。

P「今は仕事の時間だ。遊びの時間じゃ無い」

真美「え~、せっかく兄ちゃんでもできそうなの持ってきたのになぁ…」

P「…せめて昼休みまで待て。そしたら少しは相手をしてやるから」

真美「さっすが兄ちゃん、話が分かるね!」

…我ながらやはり甘やかし過ぎだな。
何故か最近はそれもあまり悪くないと思えるようになってきてしまったが…どうもこいつらに感化され過ぎてしまっているようだ。

…あと音無さん、ニヤニヤするのはやめてください。

亜美「えー、真美ばっかりずるいよ!亜美ともやろーよ!」

真美「ダメダメ、いくら亜美でも譲れないよ!だって兄ちゃんは真美のプロデューサーなんだからね!」



続く。

―― とある事務員の不定点観測 ――

6:30 a.m. 音無宅

ピピピピピピピピ

小鳥「ん……ふわあっ……」

小鳥「……」

小鳥「はぁ……(やっぱり夢だったのね……)」

小鳥「(海辺の教会で純白のドレスを身に纏った私が、祭壇で待つタキシード姿の運命の人の元へ歩いていって……そして祝福の鐘が高らかに鳴り響く中、二人は永遠の愛を誓い合う……ああ、夢じゃなければ良かったのになぁ。"現実は非常である"って言うのはこのことなのかしら。……ううん、ダメよ小鳥。何事も諦めたらそこで試合終了って言うじゃない。私だってまだまだこれから……)」

小鳥「……起きよっと」

8:15 a.m. 765プロダクション事務所

小鳥「あら?もう鍵が開いてる……プロデューサーさんかしら」

ガチャ

小鳥「おはようございます!」

P「……おはようございます」

小鳥「プロデューサーさん、お早いですね」

P「ええまあ、この時間なら仕事の邪魔をされることも無いですから。……誰にとは言いませんが」

小鳥「(真面目だなあ)……くれぐれも無理だけはしないでくださいね」

P「肝に命じておきますよ」

8:30 a.m.

ガチャ

律子「おはようございまーす」

P「おはよう」

小鳥「おはようございます律子さん」

律子「二人とも早いですねぇ。社長はまだですか?」

P「今日は事務所に寄らずに直接営業に行くと聞いてるが」

律子「それって……例の件についてですか?」

P「恐らくな」

律子「いよいよなんですね……」

P「ああ」

小鳥「(あれ……もしかして私は蚊帳の外?)」ショボーン

8:45 a.m.

小鳥「プロデューサーさん、律子さん、はいどうぞ」

P「ん?ああ、お茶ですか。ありがとうございます」

小鳥「中々雪歩ちゃんみたいには淹れられないんですよねぇ」

P「……むしろ何であいつはあんなにお茶汲みが上手いんですかね?」

律子「雪歩は日本茶が好きですから。"好きこそ物の上手なれ"ってことじゃないですか?」

P「そういうもんかね」

小鳥「プロデューサーさんにはそういうの何か無いんですか?」

P「……思いつかないですね。あ、でも……」

小鳥「何ですか?」

P「……いえ、何でもないです」

小鳥「(何か言いかけてたみたいだけど……気になるなぁ。でも深追いしたらしつこい女って思われちゃうかしら。うーん、でも気になるのよね……)」

小鳥「ところでプロデューサーさんはどんなお茶が好きなんですか?」

P「え?……そうですね、梅昆布茶でしょうか」

律子「何だか意外ですね。もっと渋いものが好みかと思ってました」

小鳥「うふふ、何なら雪歩ちゃんに頼んでみたらどうですか?」

P「別にいいですよ。雪歩にも迷惑でしょうし」

小鳥「そんなことないと思いますけど」

律子「むしろ喜びそうな気もしますしね」

P「喜ぶ……そうか、いっそお茶絡みで何か仕事を探してみるのも悪くないな。雪歩の清楚なイメージには丁度いいかもしれないし……待てよ、それなら貴音辺りと組ませるのも……」ブツブツ

小鳥「(たかゆき!そういうのもあるのね……じゃなくて、プロデューサーさんはやっぱり真面目だなぁ)」

律子「あはは、すっかり仕事モードに入っちゃいましたね。プロデューサーらしいと言うかなんと言うか」

小鳥「(だが、それがいい!!)」

9:15 a.m.

タッタッタッタッタッタ

P「……誰か来たみたいですね」

小鳥「この足音は……ずばり春香ちゃんね!」

律子「分かるんですか!?」

小鳥「うふふ、伊達に事務員やってませんから」キリッ

P「意味が分かりません」

タッタッタッガッ……ドンガラガッシャーン

P「……春香だな」

律子「春香ですね」

ガチャ

春香「お、おはようございます……あいたた」

小鳥「春香ちゃん大丈夫?」

春香「最後の一段で躓いちゃいまして……」

小鳥「肘から少し血が出てるわね……えーと、絆創膏は」

P「……どうぞ」

小鳥「これプロデューサーさんのですか?」

春香「あ、ありがとうございます」

P「今日の仕事は露出の少ない衣装だったから良かったが、これからはちゃんと気をつけろよ。怪我されたらこっちが迷惑だからな」

小鳥「(言い方は無愛想だけど……ふふっ、やっぱりプロデューサーさんは優しいのよね。いいツンデレだわぁ)」ホッコリ

P「……?」

小鳥「(でもツンデレは得てして誤解されやすいもの……そうならないように私がしっかりフォローしないといけないわ!)」

9:45 a.m.

ガチャ

美希「おはようなのー!」

小鳥「美希ちゃん、おはよう」

P「……時間ギリギリだぞ」

美希「もー、ハニーは時間に厳しすぎるの!まずは遅刻しなかったことを褒めて欲しいな」

P「遅刻しないのは当たり前だろ」

小鳥「まあまあ、二人とも落ち着いて……」

美希「小鳥は黙ってて!」

P「音無さんは口を挟まないでください」

小鳥「……くすん」

10:00 a.m.

小鳥「(プロデューサーさんは春香ちゃんと美希ちゃんを連れてイベントのお仕事、律子さんも伊織ちゃん達のレッスンを確認しに行っちゃったし……)」

小鳥「(一人事務所に残された私は何とも言えない寂しさを感じるのでした……なんちゃって)」

小鳥「(そう言えば、プロデューサーさんはちゃんとアイドルの子達とコミュニケーションとれてるのかしら。ちょっとだけ心配……こうなったら直接聞いてみよっと)」

ガチャ

雪歩「おはようございますぅ」

小鳥「あら雪歩ちゃん、おはよう」

雪歩「今は小鳥さんだけですか?」キョロキョロ

小鳥「そうだけど、もしかしてプロデューサーさんに何か用事だった?」

雪歩「はい、少し仕事で相談したいことが……」

小鳥「昼前には一度帰ってくるみたいだけど、急ぎなら直接電話してみる?」

雪歩「!いや、そこまでしなくても……プロデューサーに迷惑かけちゃいますし……。このまま待たせてもらってもいいですか?」

小鳥「雪歩ちゃんがそれでいいなら構わないけど……」

10:15 a.m.

小鳥「ねえ雪歩ちゃん、プロデューサーさんにはもう慣れた?」

雪歩「え?あの、そのまだほんの少しだけ……。でも他の男の人よりは安心できると言うか、頼りになると言うか……」オズオズ

小鳥「(……可愛いなあ。私が男なら雪歩ちゃんみたいな女の子絶対放っておかないのに。……今思えば海に行ったときプロデューサーさんと雪歩ちゃんって一緒に買い物に行ってたのよね。具体的には分からないけど、何かあったの間違いないはず……。例えば怯える雪歩ちゃんの肩をそっと優しく抱いて、プロデューサーさんが甘い言葉を……)」

雪歩「あの、それが何か……?」

小鳥「へ!?ああ、特に深い意味はないのよ。単なる好奇心で聞いただけだから」

雪歩「はあ」

小鳥「それより今日プロデューサーさんが雪歩ちゃんのこと誉めてたわよ」

雪歩「え!?」

小鳥「確か『清楚な雪歩とお茶はイメージ的にピッタリだ』みたいなことを言っていたような……」

雪歩「プロデューサーが私のことを……あの小鳥さん、ちょっと聞いてもいいですか?」

小鳥「なに?」

雪歩「プロデューサーがどんなお茶が好きかとかって分かりますか?」

10:45 a.m.

小鳥「(雪歩ちゃんが買い物に行っちゃってまた私一人……まあ、ある意味狙ってやったことなんだけど)」

小鳥「(……帰ってきたらプロデューサーさん驚くかしら?)」

ガチャ

響「はいさーい!!」

真「おはようございまーす!!」

小鳥「あら真ちゃんに響ちゃん、おはよう。今日も元気一杯ね」

響「ぴよ子も元気そうで何よりだぞ」

真「ところでプロデューサーは?」

小鳥「かくかくしかじか」

響「全然分かんないぞ」

真「それが通じるのは漫画の世界だけですって」

小鳥「……というわけで今はいないわ」

真「そうですか、残念ですね」

響「明日のダンスオーディションについてアドバイスもらおうと思ってたのになぁ」

小鳥「大丈夫!あと一時間もすれば帰ってくるから。ところで……二人はプロデューサーさんのことをどう思ってるの?」

響「ええっ!?何でいきなりそんなこと聞くんだ?」

真「もしかして小鳥さんプロデューサーのこと……」

小鳥「あ、いや違うのよ。単なる知的好奇心ってやつね。あと、事務員としてプロデューサーさんがアイドルとちゃんとコミュニケーションとれてるか把握しとかないとだし(ストレートに聞きすぎたかしら……)」アセアセ

響「ああ、そういうことだったのか。びっくりしたぞ」

真「プロデューサーは少し厳しいところがありますけど、その分仕事では凄く頼りになりますね」

響「うんうん、それに何だかんだで色々助けてくれるしな!」

小鳥「(この様子なら問題無いみたいね)」

11:15 a.m.

雪歩「戻りました……」

真「ああ雪歩、おはよう」

響「おはようだぞ~」

雪歩「おはよう真ちゃん、響ちゃん。……あの小鳥さん、プロデューサーは?」

小鳥「大丈夫、まだ戻ってきてないわ」

雪歩「良かったぁ」

響「ん?何か買ってきたのか?」

真「なになに?お茶?」

雪歩「あぅ……梅昆布茶なんだけど」

小鳥「プロデューサーさんが好きなのよね」ニコニコ

真「へ~、そうなんですか」

響「いいなぁ。雪歩には今度さんぴん茶を淹れて欲しいぞ」

11:45 a.m.

ガチャ

P「戻りました」

小鳥「お疲れ様です。イベントはどうでした?」

美希「それはもうバッチリなの!!」

春香「大成功でした!!」

P「全く、あれくらいの仕事なら出来て当たり前だろうに」

小鳥「うふふ、でもプロデューサーさんも嬉しそうですよ♪」

P「はいはい、もうそれでいいです」

雪歩「あ、あの、プロデューサー……」

P「何だ雪歩、来てたのか」

雪歩「は、はい。えと、その……」

小鳥「(雪歩ちゃんファイト!)」グッ

雪歩「あの、その、よよ、良かったらお茶どうぞ!」

P「あ、ああ……ん?」

小鳥「(ドキドキ)」

P「……」ゴクッ

雪歩「……」

P「ふぅ……美味いな。流石雪歩だ」

雪歩「ありがとうございますぅ!」

小鳥「(プロデューサーさんのドライブシュートが決まったー!!見事な追加点です!いやぁ~今のは珍しくストレートでしたねぇ、解説の音無さん。ええ、まさにデレの極みと言っていいでしょう。普段の冷淡さから見せるギャップが効いてますね。さあ、これからプロデューサーさんはどんな動きを見せてくれるのか……後半に期待がかかりますねぇ。これは片時も目が離せません。実況は私、小鳥が担当させていただいております。提供は……)」

P「……ところで雪歩、俺が梅昆布茶が好きだって誰から聞いたんだ?」

雪歩「え?小鳥さんですけど……」

P「そうか。で、その時他に何か余計なことは言ってなかったか?」

雪歩「え、それはその……あぅ」カアアッ

P「……」

12:00 p.m.

真「……で、ボクはここでアピールすべきだと思うんですよ!」

響「そんなんじゃ全然ダメだぞ!ここはもう少し盛り上げてから……」

真「それじゃ遅すぎだよ!ですよねプロデューサー!」

響「プロデューサーは自分の味方だよな!」

P「……」

小鳥「(珍しくプロデューサーさんが困ってるみたい……ここは助け舟を出すべきね!)」

P「……あのn」

小鳥「まあまあ、二人とも落ち着いて。もうお昼だし、話し合いはプロデューサーさんとご飯を食べながらすればいいんじゃない?」

P「は?」

真「それいい考えですね!」

響「自分、前に貴音の番組でやってたラーメン屋に行きたいぞ!」

P「おい、誰も行くとh」

ガチャ

貴音「四条貴音、ラーメンと聞いて馳せ参じました」

響「おお貴音!ナイスタイミングだぞ!」

美希「もちろんミキも一緒に行くの!ね、ハニー」

春香「私も是非!」

雪歩「あの、私も……」

P「……」

小鳥「それならわたs」

P「……そうだな。留守番は音無さんに任せれば大丈夫か。……いいですよね?」

小鳥「ぴよ……」

12:45 p.m.

小鳥「(うーん、私何かプロデューサーさんを怒らせるようなことしちゃったのかしら?でも事務員たるもの、誰もいない事務所の留守を守るのも大事な使命の一つ……。ああ、私は常に孤独との戦いを強いられているのね……よよよのよ……)」

ガチャ

真美「お昼だけどおっはよーん!」

小鳥「あら、おはよう真美ちゃん。今日はどうしたの?」

真美「兄ちゃんが仕事の話があるから来いってさ~。でもピヨちゃんしかいないね!何で?」

小鳥「うっ……みんな今丁度出かけちゃっててね。ところで、どんなお仕事かは聞いてるの?」

真美「脇役だけどドラマに出てみないかって。んっふっふ~、どうやら兄ちゃんも真美の演技力には"いちじく"置いてるみたいなんだよね」

小鳥「("いちもく"かしら?でも真美ちゃんもプロデューサーさんとはバッチリみたいね!)」

真美「この調子で早く亜美に追いつかなきゃ!」

小鳥「うふふ、頼もしいわ。でも無理はしちゃダメよ?」

真美「だいじょーぶ!頑張るのは兄ちゃんだから!」

小鳥「(……あら?)」

1:30 p.m.

P「……というわけだから、くれぐれも真面目にな」

真美「分かってるって!兄ちゃんも心配性だなー」

小鳥「(帰ってきたらすぐに仕事の話……プロデューサーってやっぱり大変な仕事よね。だからこそ私もしっかりしなくちゃ!)」

P「で、次に貴音の方だが……」

貴音「はい」

P「とある村の観光協会からお前をイメージガールにしたいという依頼があった」

貴音「何と!真、名誉なことです」

P「一応軽く調べてみたが、雰囲気的にお前のイメージを崩すことは無さそうだったからな。お前さえ良ければ話を進めておくが……」

貴音「構いません。謹んでお受けさせていただきます」

P「そうか。お前なら安心して任せられる」

小鳥「(プロデューサーさんと貴音ちゃんの間には、何か他の子達とは違う空気を感じるのよね……気のせいかしら)」

2:30 p.m.

P「やっと静かになったか……」

小鳥「うふふ、お疲れ様です」

小鳥「(……あら?もしかしなくても今事務所には私達二人きり?朝はすぐに律子さんが来たし……これはひょっとしてチャンスなのかしら。ううん、ダメよ小鳥。いくらあんな夢を見たからといって、無駄にガツガツしてたらプロデューサーさんも引いちゃうわ。ここは年上としての余裕を見せつつ、確実に攻めていかなくちゃ。そう、これは巧妙な駆け引きが勝負を分ける……)」

小鳥「……プロデューサーさん」キリッ

P「何ですか?」

小鳥「あのd」

ガチャ

亜美「おいーっす!兄ちゃんもピヨちゃんも元気~?」

伊織「何言ってんのよ。一番元気なのはあんたじゃない」

あずさ「あら、元気なのはとってもいいことよ?」

小鳥「(……あゝ無情)」

P「誰かと思えばお前達か。律子から話を聞いているが、大分活躍してるみたいだな」

伊織「当然でしょ。何たってこの伊織ちゃんがリーダーなんだから♪」

亜美「真美に負けるわけにはいかないしね~」

あずさ「もっと頑張れば運命の人もきっと……」

P「……見事に三者三様だな」

小鳥「でもそれがバランスの良さに繋がっているのかもしれませんね」

P「そんなもんですかね。ところで律子はどうした?」

亜美「まだお仕事だってさ~」

あずさ「私達だけ先に帰ってきちゃいました♪」

P「成程な。たまにはゆっくり休めってことだろう」

伊織「律子もお節介よね……自分も忙しいのに」

亜美「そんじゃ久々に真美と遊んじゃおうかなっ!」

あずさ「私も買い物に行こうかしら。それじゃあ伊織ちゃん、プロデューサーさん、音無さん、お先に失礼しますね」

ガチャ

P「これで少しは……」

ガチャ

やよい「うっうー!おつかれさまですー!」

伊織「あらやよいじゃない。お疲れ様」

P「忘れてた……」

3:00 p.m.

P「じゃあ俺はやよいを連れてスタジオに行ってくるので、後をお願いします」

小鳥「お任せください!」

伊織「ねぇ、私も一緒に行っていいかしら?」

P「あのな、遊びに行くんじゃないんだぞ」

伊織「そんなの分かってるわよ。別に減るもんじゃないしいいじゃない」

やよい「伊織ちゃんが一緒なら心強いですー!」

P「……はぁ、好きにしろ」

小鳥「(ふむふむ、プロデューサーさんもやよいちゃんの無垢な瞳には弱いみたいね。メモメモっと)」

3:45 p.m.

小鳥「(……だって子供は~、夢のひよこを~、飼ってるもん♪……ぴよぴよぴぴぴ、ひよこが……)」

ガチャ

千早「お疲れ様です」

小鳥「ぴょん!……じゃなくて千早ちゃん、どうかしたの?」

千早「レッスンが終わったので寄っただけですが……お邪魔でした?」

小鳥「ううん、そんなことは全然ないわよ。ただ、今プロデューサーさん外に出ちゃってるのよねぇ」

千早「そうですか……」

小鳥「(あら?心なしか残念そうね。千早ちゃんもプロデューサーさんと仲良くやってるってことかしら?)」

4:30 p.m.

ガチャ

P「戻りました」

千早「お疲れ様です、プロデューサー」

P「千早?今日は直帰でいいと言ったはずだが……」

小鳥「まあまあ、いいじゃないですかプロデューサーさん。せっかく事務所に寄ってくれたんですから」

P「別に文句は無いですよ。ただ、休めるときに休まないと後が辛くなりますし」

千早「大丈夫です。体調管理は徹底してますから」

P「……ならいいが。それより明日はチャートの発表があるからな。目標を下回ることはないだろうが、心の準備くらいはしておけよ」

千早「そうですね。プロデューサーのおかげであまり心配はしてないですけど」

小鳥「(……何となく千早ちゃんとプロデューサーさんって似た雰囲気なのよねぇ。淡々としてるところとか、微妙に影があるところとか……。相性はいいみたいだから大丈夫だとは思うけど……何か嫌な予感がするような……ううん、気のせいよね)」

5:00 p.m.

小鳥「(千早ちゃんも帰っちゃって今度こそ二人きり……でも気付けばもうこんな時間。早く何かアクションを起こさないと……)」

小鳥「あのプロd」

P「音無さん、そろそろお喋りは自重して早く仕事を終わらせましょう」

小鳥「はい……」

P「……」

小鳥「……(無言なのにプロデューサーさんから仕事しろという強いプレッシャーを感じる……)」

P「……」

小鳥「……(空気が重いってレベルじゃないわ……)」

まさかのリアルタイム遭遇キタコレ

>>426の小鳥さんが歌ってる歌懐かしすぎワロタ

6:30 p.m.

P「……さて、俺はこのくらいにしておきます」

小鳥「え、今日は随分お早いですね?(いつもはもっと遅くまで事務所にいるのに……ああ、また私だけ取り残されてしまうのね)」

P「音無さんはまだかかりそうですか?」

小鳥「ええ、まだこんなに……」

P「なら少し手伝いますよ。もし都合が合えばこの後食事に誘おうと思ってましたから」

小鳥「……ぴよ?」

P「?」

小鳥「……(え!?なに?ホワッツ?プロデューサーさんと食事!?しかもプロデューサーさんからのお誘いで!?何がどうなってるの?え、ドッキリ?ドッキリなの?どこかにカメラが仕掛けてあって隣の部屋には看板を持ったスタッフが隠れてるの?タイミングを見計らって『はいドッキリでしたー!』って言いながら突入してきて、私はカメラの前では『騙されちゃいました~。テヘッ』って笑いながら答えて、内心歯を食いしばって家に帰って枕を濡らせばいいの?それとも実は今日は旧暦のエイプリルフールだったり?もしかして宇宙人の陰謀?未知との遭遇!?ロース大帝の逆襲!?……いやいやいや、落ち着いて、落ち着くのよ小鳥。落ち着いて素数を数えるのよ。1、3、5、7、9、11、13、15……ってこれただの奇数やないかーい!なんて突っ込んでる状況じゃないわ!これはあれよね、平たく言えばデートのお誘いってことよね!ああもう、そうと分かればもう少し気合入れた服を選んできたのに……)」

P「いや、無理強いはしませんけど」

小鳥「行きます!死んでも生きます!!」

P「怖いです」

P「念のために言っておきますけど、特に深い意味は無いですから」

小鳥「……」カタカタカタカタ

P「音無さんには今までに何度か相談に乗ってもらいましたし、昼間も一人で留守番してもらいましたし」

小鳥「……」カタカタカタカタ

P「正直、人に借りを作ったままというのが個人的に嫌なので……って聞いてます?」

小鳥「……へ?何か言いましたか?」カタカタカタカタ……ッターン!

P「ですから……」

小鳥「あ、仕事なら終わったんで今すぐでも大丈夫ですよ!」グッ

P「……手伝う必要無かったじゃないですか」

7:00 p.m. 居酒屋

P「……こんな店で良かったんですか?もしかして俺に遠慮してるとか……」

小鳥「そんなことないです!私としてはこういう店のほうが安心できますし(……と言うより、緊張しないと言ったほうが正しいのだけれど。プロデューサーさん曰くデートじゃないみたいだし……ううん、でも誘ってもらっただけでも大きな進歩と言ってもいいわよね!)」

P「まあ、何でもいいですけど」

小鳥「ふふっ」

P「どうかしましたか?」

小鳥「いえ、今の言い回しが千早ちゃんにそっくりだったので」

P「言われて見ればそうですね。何だかんだで最近付きっ切りでしたから、そのせいかもしれません」

小鳥「気付かぬうちにうつっちゃったんですね。何だか面白いです」

P「……俺としてはあまり面白くないですが」

小鳥「いえいえ、これもプロデューサーさんが765プロに馴染んできた証拠ってことですよ!」

P「……そうかもしれませんね」

小鳥「……?」

8:00 p.m.

小鳥「……と言うわけで、千早ちゃんの魅力は歌声だけじゃなく、あのスレンダーな体つきにもあると思うんです!」

P「そうかもしれませんね……」

小鳥「貴音ちゃんは大和撫子の風格を持ちながら、あのダイナマイトボディーの持ち主ですからねぇ……まさにギャップ萌えってやつですよ!」

P「はあ……」

小鳥「そしてやよいちゃん!まさに純真無垢で驚きの白さです!願わくば彼女にはこのまま穢れを知らずに育ってもらいたいところです……」

P「……段々発言が過激になってきてるんですが。と言うか明日も仕事ですし今日はそろそろ帰r」

小鳥「ダメです!プロデューサーさんにはしっかりみんなの魅力を知っててもらわないとですから!そのためにはこの音無小鳥、悦んで修羅となりましょう!」

P「いや、自重してください」

9:00 p.m.

小鳥「…・・・プロデューサーさん!ちゃんと飲んでますかぁ!」ヒック

P「飲んでますよ……」

小鳥「ダメですよぉ、しっかり飲まなきゃ!さっきから私が飲んでばっかりじゃないですか!」

P「……はいはい」

小鳥「ところでぇ、プロデューサーさんは彼女とかいないんですかぁ?」

P「何ですか藪から棒に」

小鳥「いいじゃないですかぁ!減るもんじゃないですし教えてくださいよぉ!」

P「……いませんよ。それに作る気もありません。今は仕事のことしか考えられませんから」

小鳥「プロデューサーさんは真面目過ぎると思います!勿体無いですよ、まだ若いんですからっ!」

P「そう言う音無さんはどうなんですか?」

小鳥「うっ!」グサッ

P「……どうやら人のことをとやかく言えないみたいですね」

小鳥「ううぅ……私だって……私だっでぇ」ポロポロ

P「!?こんなところで泣かないでください!周りの視線が……」

小鳥「うぇ~ん!!」

小鳥「ごべんなざい……取り乱しぢゃっで……グスッ」

P「はぁ……でも音無さんなら少し本気を出せば相手くらいすぐに見つかると思いますけどね」

小鳥「うぅ……ズビッ……そんなこと無いですよぉ」

P「自分の主観になりますが、音無さんは人一倍気が利く方ですし、前に言ったように見た目に関してもアイドルに劣らないくらいですし」

小鳥「ヒック……そうでしょうか……?」

P「嘘は吐いてませんよ。ま、俺の言葉ではあまり意味は無いかもしれませんが」

小鳥「……ううん、嬉しいです。でもそう言ってくれるなら……私のこともこれからは名前で呼んでくれませんか?」

P「え?」

小鳥「……アイドルの子達や律子さんは普通に名前で呼んでるのに、私だけはずっと苗字のまま……これでもずっと気にしてたんですよ!」

P「そうは言っても年上の方を名前で呼ぶのは抵抗が……」

小鳥「本人がいいって言ってるんだからいいじゃないですかー!」バンッ!

P「……!」

小鳥「……」

P「……?」

小鳥「ぴよ……」バタン

P「潰れた……のか?」

P「……もしもし、タクシーを一台お願いしたいのですが。はい、ではそれで……」

小鳥「……すぴー」

P「ほら音無さん。タクシー呼んだから帰りますよ」

小鳥「うぅん……」

P「全く、面倒な人だな……」

小鳥「……みんなと、仲良くしてても……私だけ仲間外れなのは……寂しいですよぅ……」

P「……」

………………………

………………

………



6:30 a.m. 音無宅

ピピピピピピピピ

小鳥「ん……ふわあっ……って、頭いたっ!」

小鳥「あぅ……これは完全な二日酔いね……」ズキズキ

小鳥「服も昨日のままで着替えてないし……」

小鳥「(……昨日は確かプロデューサーさんと食事に行ってしこたま飲んで……あら?その後の記憶が曖昧だわ。何か変なこと言ってなければいいんだけど……)」

小鳥「……」ズキズキ

小鳥「……起きよっと」

8:15 a.m. 765プロダクション事務所

小鳥「今日も鍵が開いてる……プロデューサーさんよね?」

ガチャ

小鳥「おはようございます!……っ(あいたた……頭に響くわ)」

P「……おはようございます」

小鳥「プロデューサーさん、今日もお早いですね(ほっ……見たところいつも通りみたい。良かったわ)」

P「気分はあまり良くないですけどね」

小鳥「あ、あはは……実は私も朝から頭痛が酷くて」

P「あれだけ飲めば誰だってそうなりますよ。ベロベロに酔っ払ってましたけど無事に帰れましたか?」

小鳥「ええ、多分……」

P「多分?」

小鳥「実はその辺りの記憶が曖昧でして……」

P「……まあ、そうだろうとは思いましたけど。機嫌が良くなったと思ったら突然奇声を上げたり、アイドル達に関してセクハラ紛いの発言を連発したり、挙げ句の果てには子供みたいに泣き出す始末……。昨日の小鳥さんは完全に酒に飲まれてましたからね。お陰であの店のブラックリストに名を連ねるところでしたよ」

小鳥「うぅ、面目ないです…って、え?プロデューサーさん今何て仰いました?」

P「だから酒の勢いで笑ったり泣いたり……」

小鳥「そのちょっと後です!私のことを何て呼びました?」

P「……さて?」

小鳥「あの……もしかしなくても名前で呼んでくれたりしませんでしたか?」

P「どうでしたかね」

小鳥「プロデューサーさん、意地悪です……」

P「俺は元々こういう性格ですよ」

小鳥「……」ジーッ

P「……」

小鳥「……」ジーッ

P「……」

P「はぁ……酒の席で"小鳥さん"とお呼びしたほうがいいと聞きましたからね。俺としては別に差別していたつもりは無かったんですが……ま、どっちでもいいです」

小鳥「ええと、何て言うか……ごちそうさまです。……じゃなくて!ありがとうございます、プロデューサーさん!(ついに私にもデレが!これで勝つる!)」

P「礼を言われるようなことではないですよ。ただ、今までは年上と言うことである程度の遠慮を持って接してきたんですが……」

小鳥「は、はい(これはもしかして……告白フラグ!?)」ドキドキ

P「……名前で呼ぶ以上、これからは対等な関係にさせてもらいますね」

小鳥「はい、私でよければ……(キターーーーーー!!)」

P「あ、もちろん仕事的な意味でですが」

小鳥「……へ?」

P「それでは早速ですが千早の新規PVにかかる費用の見積もりと、真美のドラマ出演に関するTV局との契約手続き……」

小鳥「プロデューサーさん……?」

P「後はアイドル全員分のプロフィール更新と、宣材資料の更正、各種税務処理と入出金の管理も追加分がありますし……まあ、とりあえず最初はこれくらいにしておきましょうか」

小鳥「ぴよっ!?(え?何か私だけ他の子と比べて展開が違う気が……)」

P「それではよろしくお願いしますね、小鳥さん」



―― とある事務員の不定点観測 ――

俺は音無さんが好きです。
Pは照れ隠しが少々強引です。
つまりはそういうことです。

寝ます。

誤字見つけました。

>>430
小鳥「行きます!死んでも生きます!!」

小鳥「行きます!死んでも行きます!!」

でも何故か雰囲気的には問題無い感じです。
不思議!

>>429
小鳥さんにカバーしてもらいたい曲です。

>>441-445
ありがとうございます。
今回は番外編みたいな感じだったので書き方を変えてみました。
違和感無ければ幸いですが。

仕事に忙殺させられてたのと話の方向性を決めかねていたことが重なって、
長いこと更新をサボってしまいました。
待っていただいてる方には非常に申し訳無いです……。

ようやく話の方向が決まってきたので、生存報告も兼ねて出だしの数レス分だけ更新します。
続きは近いうちに何とか……。

生存報告さえしてくれればおkだよ

ガチャ!

律子「た、大変です!!」

二日酔いによる気だるさを感じつつ、事務所で今日のスケジュールを確認していると、律子が慌てた様子で飛び込んできた。
いつもに比べて声量も大きく、明らかに動揺しているのが見て取れる。

小鳥「あぅ、頭が……って、それより律子さん、どうしたんですか?」

律子「とにかくまずこれを見てください!!」

そう言って律子は一枚の用紙を手渡してきた。
A4サイズのごく普通のコピー紙には、何やら細かい文字と表が印刷されてある。

P「CDシングル週間ランキング……ああ、速報が出たのか」

そう、今日は千早と竜宮小町がリリースしたCDの週間売上げが出る日だ。
目標では一万五千枚売れれば御の字と言うところだったが……。

P「(順位的には十五位前後あたりか……)」

小鳥「どれどれ」

P「……!?」

― CDシングル週間ランキング ―

………
………
………

NEW! 4位 如月千早 "目が逢う瞬間"??? 30,572枚

?↓? 5位 JUPITER? "Alice or Guilty" 28,356枚

NEW! 6位 竜宮小町 "SMOKY THRILL"   28,185枚

………
………
………

P「(なっ……!?)」

小鳥「すごいじゃないですか!デビューシングルが初登場で4位と6位ですよ!!」

律子「ええ!プロデューサーと千早には一歩及ばずでしたが、竜宮小町も十分予想以上の売上げです!」

そう言って小鳥さんと律子は手を組んで無邪気に喜び合っている。
俺も嬉しい気持ちが無いと言えば嘘になるし、早くこの結果を千早に伝えてやりたいと思っているのも事実だが……。

P「……」

……だがそれ以上に、何とも言えない違和感を胸の奥に感じていた。

アイドルの人気は水物であり、何がきっかけで火が点くかも分からない。
そして一度ブレイクしてしまえば、こちらが立てた予測など殆ど意味を成さなくなる。

そういう意味では今回の数字も決して不可解なものではなく、所謂"嬉しい誤算"の範疇なのだろうが……。

P「(気にし過ぎ……か)」

……あまりに順調過ぎる現状に、少し疑心暗鬼になっているのかもしれないな。

CDの売上げが目標の数値を超えた以上、万全を期してプロジェクトも次の段階……否、最終段階へと進めることができる。
今日は高木社長直々にその内容を伝えてもらうため、午後から765プロの全員が事務所に集まるよう手配しておいた。

高木「ウォッホン!それでは全員集まったようなので発表しよう。実は今日は嬉しいニュースが二つもあるのだよ」

亜美「えー!なになに~!もしかしてお給料UPとか!?」

律子「こら亜美!ちゃんと静かに聞いてなさい」

千早「……」

伊織「……」

P「(千早と伊織は予想が付いてるみたいだな。まあ、数字が出ることは前もって伝えてあるし、当然と言えば当然か)」

高木「まず先日発売した如月君と竜宮小町のCDについてだが……週間ランキングで初登場4位と6位の快挙を達成したよ。おめでとう!」

千早「!?」

伊織「えっ!?」

春香「千早ちゃん、おめでとう!!」

美希「千早さんすごいの!でこちゃん達も頑張ったの!」

ヤイノヤイノ!
ワー!ワー!

千早「あ、ありがとうございます」

伊織「ふ、ふん!千早に負けたのは悔しいけど、まあまあの結果よね!」

どうやら千早と伊織にとっても予想外の結果だったようだ。
千早はやや顔が高揚しているし、伊織も不遜な物言いは変わらずだが、表情を見る限り照れが隠しきれていない。
亜美は飛び跳ねて喜んでるし、あずさも落ち着いて微笑んでいるが、いつもより口角が上がっているような気がする。

真「でも本当にすごいよ!よーっし、ボクも頑張るぞ!」

響「うんうん!負けてられないぞ!」

そして相も変わらずこいつらは……他人のことをまるで自分のことのように喜べるんだな。
それを糧に自分を高めようとすることもできるし……本当に大した奴らだ、全く。

……最近では、その気持ちもほんの少しだけ分かるようになってきたが。

P「おい、喜ぶのはいいがまだ話は終わってないぞ」

律子「そうそう、ビッグニュースはまだまだこれからなんだから」

高木「プロジェクトを経て如月君と竜宮小町には765プロの看板として先駆けてもらったわけだが、私はここにいる皆にも同じく輝ける才能を発揮してもらいたいと思っている。そしてこの度、ようやくそのための舞台を用意することが出来た……」

貴音「舞台、ですか」

高木「うむ、単刀直入に言おう。来月、765プロオールスターによる単独ライブの開催が決定したのだよ!!」

春香「!!」

……そう、これこそがプロジェクトの最終段階。

歌姫と竜宮小町……まずは765プロの看板となるアイドルを育てることから始まり、一先ずその知名度を上げることに注力する。
そしてCDの売上げという明確な結果を残した後に、その知名度を利用して765プロ全員参加のライブを開催し、他のアイドルの底上げを行う……。
つまりはこのライブの成功をもって、765プロの名を一気に業界に轟かせようと言うわけだ。

P「(そしてこのライブが終われば……黒井社長から課せられた俺の役目も恐らく終わりに近づくはずだ)」

あの男の思惑は未だに読めないが、今はただ組み立てた計画を確実に進めていくしかない。

全てが終わればこいつらと一緒にいることも出来なくなるだろうが……これも最初から分かっていたことだ。
今更悩むことなど無い。

>>482
とりあえず、予告的なのを書いておけば自分のケツを叩くことになるかな~と。

しかしまさかandroidのブラウザから書き込めなくなってる(?)とは思いませんでした。
でも使いやすいアプリがあったので結果オーライ。

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