P「白いアイドル?」(636)

書きながら投下。のんびりやります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1334321767(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)

 アイドル戦国時代―――――いつの時代でも、若い少女達はアイドルを目指して活躍し、人々はそんなアイドル達に夢中
になる。人類が誕生してから、アイドル達の激しい人気争いは幾度も繰り返されてきた。近年は若者の趣味の多様化や
楽曲の不振、マルチタレントの進出により『正統派アイドル』の存在は消えつつあるが、それ故に久々に到来した
アイドル戦国時代に人々は熱狂した。

 そんな中、この争いの中で台頭しているのは『765プロ』。総勢9名を抱える大所帯の事務所である。事務所の規模は
小さく、所属しているアイドルも第一線で活躍しているのはごく一部で他は小粒揃いであるが、『近寄り難いトップスター』
というよりは『お茶の間人気者』のようなポジションでファンの心をつかんだ。そして何より彼女達はライブでその実力を
発揮した。765プロのアイドルは活躍の程度に関係なく皆仲が良く、全体ライブでの一体感と、その高いライブパフォーマンスは
他の追随を許さなかった。『ライブに行くと必ず好きになる』というのがアイドルファンの間では定説となっており、
チケットは即日完売となる盛況ぶりだった。

 しかしそんなアイドルのパワーバランスを脅かす存在が現れた。それが黒井社長率いる新興アイドル事務所『961プロ』
である。元々男性アイドル『ジュピター』を中心に売り出しており、女性アイドルを売り出していた765プロとはファンの
棲み分けが出来ていたので直接争うことは無かったのだが、その961プロが女性アイドル界に殴り込みをかけたのだ。



 961プロが打ち出した戦略は『プロジェクト・フェアリー』。3名の女性アイドルを順にデビューさせ、全員が出揃った
所で彼女達をグループとして売り出す戦略だった。個別に売り出した彼女達3人がそれぞれ人気が出なければ、グループ
で売り出した時の成功はありえない。アイドル達が飽和している現在において、961プロのこのプロジェクトはあまりにも
リスキーではないかとファンの間で囁かれた。しかし961プロの黒井社長には、このプロジェクトを成功させる
絶対の自信があった。




 『プロジェクト・フェアリー』第一弾のアイドルは『南国から来たワイルドガール』我那覇響。小麦色に焼けた肌と
八重歯が特徴的な16歳の少女だった。童顔で動物が好きな彼女は、まだ幼い印象を残しているもののその実力は本物で、
歌って良し、踊って良しの万能アイドルだった。さらに小柄ながらも出る所は出ているトランジスタ・グラマーであり、
その魅力のギャップに多くのアイドルファンが虜になった。南国育ちの彼女の朗らかな性格も、彼女の人気の獲得に
つながり、我那覇響はあっという間にトップアイドルの仲間入りを果たした。




 961プロの攻勢は止まらない。我那覇響の投入から間を開けず、次なるアイドルをデビューさせる。
『プロジェクト・フェアリー』第二弾アイドル、『銀色の王女』四条貴音の登場である。その経歴やプロフィールが一切謎に
包まれているというミステリアスさもさることながら、彼女は自身の持つ圧倒的な存在感と、女優顔負けの思わず息を呑む
美貌で、たちまち人気を博した。性質上あまり激しいダンスは得意としなかったが、透き通る美しい歌声と豊かな歌唱力で、
我那覇響に続いて彼女もまたトップアイドルになった。




 『動』の我那覇響と『静』の四条貴音。この2名のアイドルだけで、961プロはそれまでずっとピラミッドの頂点にいた
765プロの存在を脅かす存在となった。765プロの9名のアイドルを相手に、たった2名で互角以上に渡り合ったのだ。
765プロが決して劣っているわけではない。961プロのアイドル戦略は765プロとは真逆の『近寄り難いトップスター』で
あり、アイドル個人の力量は961プロの方が高かったのである。しかし765プロも負けてばかりではない。
『お茶の間の人気者』というスタンスは崩さずに、稼ぎ頭である『孤高の歌姫』如月千早や、人気グループ『竜宮小町』を
前面に売り出す事で、961プロに対抗する。両事務所の勢力は拮抗しており、一進一退の攻防が続いた。




 しかしそんな両者の争いは長期化することなく、『プロジェクト・フェアリー』第三弾アイドルの登場によって、終止符が
打たれることになる。『完全無欠の黄金アイドル』星井美希の投入によって、961プロは一気にその勢力を強めた。
星井美希はダンス・歌・容姿・キャラクターと全てがパーフェクトであり、現在のアイドル達が目指すその先にいち早く
到達しているとさえ言われた。彼女こそが現代アイドルの最先端であり、完成型だった。入れ替わりの激しいこの業界に
おいて、10年先まで星井美希はトップアイドルとして走り続けているだろうと評された。前述した我那覇響・四条貴音より
遅れたデビューにも関わらず、星井美希の人気はあっという間に2人を追い越し、961プロの看板アイドルとなった。



 星井美希の登場は、アイドル業界に激震を与えた。他の事務所が束になっても、彼女ひとりに敵わない位、その人気に
差が出た。多くのアイドルファンは彼女に夢中になり、961プロは男性アイドル界だけでなく、女性アイドル界でも頂点を
極めた。唯一対抗出来ると言われていた765プロでさえも、星井美希の対抗馬は生み出すことが出来なかった。

とりあえずプロローグ終わり。一応完成までのシナリオは考えているのだが、未完成のまま投下するのって
なかなか勇気がいるな……。完走目指して頑張ります。まだ書き溜めている分はあるが、一旦ここでストップ
しておこう。



「765プロ無くなっちゃうんですかぁ………」

「バカね、そんな訳ないじゃない。あっちとウチじゃそもそも方針が違うんだから、合併なんてありえないわ」

 不安気に訊くやよいに、竜宮小町のリーダーである伊織が毅然と答える。普通に考えると伊織の言う通りである。
ライバルとして意識はしているが、そもそも路線が違いすぎるのだ。




「でも今回のこの事態、作為的なものを感じます。会見が開かれるまでの流れがあまりにもスムーズというか……」

「それも含めて、高木社長は黒井社長に事実確認をしています。どうやら例のトバシ記事も、黒井社長が関与している
 ようなので」

「またいつもの嫌がらせかしら。ホント、どうしてあそこはウチを敵対視するんでしょうねえっ!!あー腹立つ!!」

 あずささんが一連の流れに疑問を持ち、音無さんが事実確認を行う旨を伝える。そして竜宮小町のプロデューサーである
律子が憤慨する。だいたいいつも、こんな感じである。律子の怒りもごもっともだ。961プロは何故か我が765プロを
敵視しており、トレーナーの先生を奪われたり765プロが行う予定だった仕事を横取りしたりと、小さな嫌がらせは頻繁
にあった。その度に俺と律子は、新たな仕事を求めて走り回っていたのでいい迷惑である。



「あ、プロデューサーさん、会見ですよ!会見!」

 テレビを見ていた春香が声を上げて、皆がテレビに注目する。会見場には、真っ黒なスーツに身を包んだ黒井社長と、
見慣れた高木社長の姿があった。2人ならんで何を言うのか、マスコミも一斉にその発言に注目した。

『え~、まずはマスコミの諸君、本日はお集まり戴き感謝する』

 悪役よろしく、黒井社長が挨拶をする。高木社長は黙って聞いている。




『まずは現在、巷で噂になっているウチと765プロが合併するという話だが、事実無根のデマであると言っておこう』

 意外な事に、黒井社長はトバシ記事を否定した。てっきり黒井社長側から仕掛けた罠だと思っていたのだが……

『どうやら件のトバシ記事は、私と高木社長が共同で進めていたあるイベントを誤解したものであるらしい』

 しかし否定だけでは終わらない。黒井社長はむしろこちらが本来の目的であるかのように、不敵な笑みを浮かべると、
力強く宣言した。一斉にマスコミの注目が集まる。961プロとの共同イベント?そんなの聞いてないぞ?律子と音無さん
を見ると、2人も寝耳に水の様だ。




『……え~、一ヶ月後の12月24日、765プロと961プロで合同ライブを開催する。内容は“アイドル三番勝負”。ウチの
 アイドルと961プロのアイドルを3名づつ選抜し、それぞれテーマに沿ったパフォーマンスを行う。そしてその勝敗を
 観客の皆さんに投票してもらおうという企画だ』

 ここで高木社長が重々しい口を開く。表面上は平静を装っているが、乗り気でないのは俺達にはよく分かる。





『女性アイドル業界の大先輩である765プロに、我が961プロが胸を借りる形でお願いしたイベントだ。アイドル業界の
 さらなる発展の為にも、こういったイベントは不可欠であろう。ウチの様な新参者が765プロに勝負を挑むなど
おこがましいが、ウチと765プロの直接対決を望むファンの声も多いしな』

 再び黒井社長の発言。こういうのを慇懃無礼というのだろう。確かにウチの方が先輩ではあるが、どちらが活躍
しているかなど明らかである。





『今回はあくまでファンサービスとしての特別なイベントだ。ファンの方々にも純粋に楽しんで頂くことを目的としている。
 勝敗がその後の両事務所の活動に影響することはない。負けた方が勝った方に吸収されてしまうなどというようなもの
ではなく、アイドル達も楽しくやることを重視していると明言しておく』
 
 ここで高木社長が発言する。表面上はそういう趣旨で行われるのだろうが、しかしこれはガチの全面戦争である。
わざわざ口に出して否定するあたり、まず間違いないだろう。このイベントが直接合併につながることはないかもしれない
が、この勝負でウチが負ければ、間違いなく961プロはウチの事務所を潰しにかかるだろう。竜宮小町や千早を引き抜きに
かかるかもしれない。それに純粋な資金力で、現在の嫌がらせを激化させてウチを干上がらせる事だって出来る。
まさにまな板の上の鯉状態だった。






『マスコミ各位に発表が遅れ、混乱を招いたことは謝罪しよう。それでは本日零時からチケットの予約を開始する。諸君ら
 のクリスマスを一生忘れられない素晴らしいものに出来るよう、私達は精一杯努力しよう。詳しい時間や会場は追って
 連絡する。それでは会見は以上だ。フハハハハハハハハハハッッ………』

 そう言うと、黒井社長はマスコミの質問を一切無視して、高らかな笑い声を上げて会場を後にした。高木社長もやれやれ
と溜息をついて、その後に続く。会見時間は10分に満たない短いものだったが、そのインパクトは凄まじく、テレビの
前の俺達はしばし呆然としていた。





「やられたな……。これを狙っての、あのトバシ記事だったのか。どうやら俺達はハメられたようだ」

「すぐに社長に連絡を取ります。早急に対策を考えなければ……」

「いや、もうアイドル3番勝負の開催は避けられないだろう。ウチも出場する3名を考えなければいけない」

「……あの961プロの3人と対決させるんですか?我那覇響や四条貴音はともかくとして、星井美希に対抗出来るアイドル
 は今のウチにはいませんよ」

 俺と律子は事務所に居るアイドル達を見渡す。現在事務所に居るのはあずささんと伊織、それからやよいと春香だけで
ある。他のアイドル達はレッスンや仕事で居ない。彼女達はまだ事態が上手く飲み込めず、目をぱちくりさせている。




「プロデューサーさん……」

 春香が不安気な顔で訊いてくる。俺は彼女の頭を軽く撫でてやると、出来るだけ優しい声で

「大丈夫だ。高木社長にも何か考えがあるから、今回のイベントに同意したんだろう。お前達は今まで通り活動していれば
 いい」

 しかし言葉とは裏腹に、俺も不安で仕方がなかった。どうやってもこの対決、ウチの方が分が悪い。一体、社長は何を
考えているんだ。ひとまずアイドル達を家に帰し、俺達スタッフは高木社長の帰社を待った。



ここまで。またストック作りに戻ります。
なかなかスリルのある投下だぜ……

>>3
>総勢9名を抱える大所帯の事務所である。事務所の規模は小さく、

いやどっちだよ

さて、続きいくか。

>>27
大所帯=単に人数が多い、ということで。事務所の規模は建物の大きさや資産など、とご理解して下さい。



 翌日、765プロは早朝から全員が集合し、アイドル3番勝負の対策会議が行われた。午前中の仕事はキャンセルさせ、
オフのアイドルも事務所に集まった。

「いや~、家の前からマスコミがスゴかったよ~。雪歩なんてびっくりしちゃって、まだ家から出られないみたいだよ」

 真が参った参ったと言わんばかりの表情で明るく振る舞う。どうやら雪歩は遅れるみたいだ。ちゃんと参加できれば良い
のだが。



「なんか真美達、イッキにトップアイドルになったみたいだね→。これは世界シンシュツもユメじゃないっ!!」

「ゼンベイが泣いちゃうyo!」

 トップスター的扱いにはしゃぐ双海姉妹。どうやら事態をよく理解できていないようで、すっかりご機嫌だ。




「バカねあんた達は。事務所の存続がかかっているんだから、もっと気を引き締めなさい」

 ふたりをぴしゃりと、伊織が諌める。大人びた彼女は既におおよその事情を把握しているようだ。流石は竜宮小町の
リーダーだな。頼もしい。

「でもマスコミのみなさんのおかげで、今日は事務所まで迷わずに来れました~。皆さん親切に教えて下さるんですもの~」

 一番の年長者であるあずささんは、事務所前に大量のマスコミを引き連れてやってきた。外が一気に騒がしくなったのは、貴女のせいでしたか。もっとしっかりして下さい。





「自宅まで押しかけられていい迷惑だわ。無視したら腕を掴まれたから、思い切り足を踏んづけてやりましたけど」

 不機嫌さ全開で千早が愚痴をこぼす。おいおい穏やかじゃないな。でもケガとかさせられたらすぐに報告しろよ。

「ごめんなさいっ!マスコミのみなさんにクッキーあげちゃったから、みんなの分まで無くなっちゃいました……
 明日はもっと沢山作って来ますっ!」

 申し訳なさそうな顔を向ける春香。コイツもイマイチ事情が呑み込めてないみたいだな。千早ほどじゃなくても、
マスコミなんて適当にあしらっとけ。



「みなさんお茶がはいりましたよ~」

 雪歩が居ないので、やよいが全員分のお茶の用意をしてくれた。では時間だし、そろそろはじめようか。事務所の
メンバーが着席してから俺は会議の開催を宣言した。

「え~、みんな、今日はわざわざ集まってくれてありがとう。今回の会議は昨日の961プロとの共同会見についてだ。
 まずは社長から話がある。それでは社長、お願いします」

 俺が促すと、高木社長はやや疲れた様子で席を立った。昨日はあれから、帰社した社長も交えて遅くまで話し合いを
していたのである。律子も音無さんも、若干眠そうだ。



「まずは今回、このような事態になってしまった事を申し訳なく思う。我が765プロを守るためとはいえ、キミ達を
 巻き込む形になってしまったのは、私の力不足だ」

「そんな、社長はちゃんと私達を守ってくれましたよ。アイドル3番勝負がなければ、私達は何も出来ずに961プロに
 吸収されていたんですから」

「そうですよ。この勝負に勝てば、私達はこれからもこの事務所で活動出来るのですから気にしないで下さい。その為の
 会議でしょう?」




 社長の謝罪の言葉に、律子と音無さんがフォローを入れる。今回のアイドル3番勝負を申し出たのは、意外にも高木社長
の方だったようだ。実は高木社長は、俺達のあずかり知らない所でずっと黒井社長から765プロを守り続けていてくれて
いた。しかし今回、黒井社長のトバシ記事から始まる策略により、あわや吸収合併という危機に陥ったらしい。それを防ぐ
為に高木社長がひねり出した苦肉の策が、今回のアイドル3番勝負だった。



 高木社長は黒井社長にこの勝負を持ちかけ、負けた事務所が吸収されるというのはどうかと提案したのだ。自分の事務所
の所属アイドルに絶対の自信を持っている黒井社長は、無駄な悪あがきと嘲笑いつつも、これを快諾した。今をときめく
2大アイドル事務所の直接対決である。世間の注目も大きい。黒井社長は公の場で、765プロを完全に屈服させる
つもりでいるそうだ。


「アイドル3番勝負は、それぞれの対決にテーマが与えられている。アイドル達は、そのテーマに沿って対決してもらい、
 よりそのテーマを深く理解し、強く表現出来た方が観客の投票を多く集めて勝ちとなる」

 何とか対決には持ち込めたものの、ウチの不利は依然変わらない。事務所全体で活躍してきたウチのアイドルが、個人で
活躍する961プロのアイドル達と対決するのだ。勝敗のポイントは、このテーマに関わっている。



「テーマは『song』『appeal』それから『future』だ。『song』は歌を中心とした歌唱力対決、『appeal』は歌に踊りなど
 も加えたライブパフォーマンスの対決になる。そして『future』はアイドルの活動を通して、事務所がどのような
 未来を示すのかを表現する対決になる」

「『song』は千早で決まりですね。961プロの子達は皆歌唱力がありますけど、それでもまだ千早には敵わないでしょう。
 ここは手堅く勝ちに行きたいところです」

 俺のテーマ発表に、律子が続ける。これは昨日スタッフ間で話し合った時に決まっていた。千早はウチの事務所では唯一
単独で活躍しているアイドルだ。その圧倒的な歌唱力はアイドルの枠に止まらず、日本有数の歌手として評価されている。
それに千早は歌手特化型アイドルで、ダンスアピールはイマイチ弱いのだ。



「勝負には興味ありませんが、この事務所で歌を歌えなくなるのは困ります。961プロは完全実力主義で、私でも息が
 詰まりそうでした。皆の支えがあって、私はここまで成長する事が出来たのですから」

 やや照れくさそうに、千早が言った。実は千早は、以前961プロに勧誘を受けていたらしい。歌う事に貪欲な千早は、
実はこっそり961プロの見学にも行ったらしい。しかし設備や環境は整っているものの、自分が目指す道を961プロ
で見出すことが出来なかったらしく、後に丁寧に断った後に俺と社長に謝罪してくれた。





「ええっ!千早さん961プロに行ったんですかぁ―――――っ!!」

「うらぎりもの→」

「お金に目が眩んだなぁ→」

「くっ……、悪かったと思ってるわよ……。でも今度は必ず961プロから765プロを守る為に戦うから、信じて頂戴」

 年少組からの激しいブーイングに千早はたじたじしながらも、弁明した。全く、良くも悪くも正直な奴だ。でも実際に
自分の目で確認して下した決断なら、大丈夫だろう。千早はウソがつけない子だ。皆彼女を信じている。





「で、次の『appeal』なんだけど……」

「ここはこのスーパーアイドル伊織ちゃんの出番でしょうっ!!千早にばっかりいい思いはさせないわっ!!」

 俺が言うより先に、伊織が自信満々に出場を宣言する。順当に考えれば、千早と共に765プロの稼ぎ頭となっている
竜宮小町が出るのが自然だ。しかしここで大きな問題が発生する。



「伊織、今回の勝負は個人戦よ。『竜宮小町』ではなくて『水瀬伊織』個人で戦わなくちゃいけないのよ。バックダンサー
 の使用は認められているけど、アピール勝負で評価されるのはアンタひとりだけなの。ずっとグループ主体でやって
 きたアンタが、いきなりソロ活動なんて出来る?」

 律子がすかさず忠告する。そうなのだ。それが今回ウチが不利な最大の理由だ。『竜宮小町』として出場出来れば、こちら
にもまだ勝機があるが、この『チームワーク殺し』がなかなか厄介なのだ。



「あらあら、私達は歌ってはいけないのですかぁ~?」

「亜美達はどうすればい→の→?」

 竜宮小町の残りのメンバーである、あずささんと亜美が質問する。

「いえ、ルールには特に禁止とは明記されていませんが、評価されるのはあくまでひとりだけなので、グループでアピール
 すると逆にマイナスに評価されかねないのです。ですからパフォーマンスはあくまで伊織ひとりで行って、ふたりには
 伊織を引き立ててもらおうと思っています。いつものチームワークは活かせませんが、3人以上に息の合った
 パフォーマンスを出来るメンバーはいませんから」

 つまり竜宮小町として出場はするが、アピールするのは伊織一人だけ。3人で分担していたパートを伊織一人で背負い
込む形の、変則的なフォーメーションでの参加を予定している。



「しかし世間にアイドルとしてデビューしたのは、あくまで『竜宮小町リーダー』としての水瀬伊織であり、ソロでの活動
 は積極的に行っていない。アイドルでもソロとグループは全然違う。かなり厳しい方針転換になるが、やれるか伊織?」

「ふ…、ふんっ、元々竜宮小町でデビューする前はソロでの活動もやっていたわよ。それにこのスーパーアイドル伊織
 ちゃんがひとりで何も出来ないなんてイメージがついたら、グループ全体の沽券に係わるわっ!!やってやろう
 じゃないのっ!!」

 いつもの威勢を張る伊織。その手に抱えたウサギのぬいぐるみがかすかに震えている。しかしここは伊織に頼るしかない。
それにソロでの活動期間が短いとはいえ、伊織のアイドルとしての実力が低いわけではない。その何でも歌いこなす甘い声
と、小悪魔的で上品な魅力を持つ伊織の可愛らしいキャラクターは強力なアピールポイントとなる。




「961プロ側の戦略だが、おそらく『song』には四条貴音、『appeal』には我那覇響が出て来るだろう。四条君は歌唱力
 というよりは、歌い手としての雰囲気や、曲全体の世界観をフルに使って勝負してくるだろう。彼女は表現力豊かな
 アイドルだ。純粋な歌の対決では如月君には劣るが、彼女の持つ圧倒的な存在感とその表現力を歌の中に入れて来たら、
 厄介な相手になるぞ」

 ここで社長が発言する。正直961プロの3名だと誰が出て来てもおかしくないが、消去法で四条貴音がここに割り当て
られるだろう、との見解だった。これには俺と律子も同意見である。



「『appeal』には我那覇響が出て来ると思われる。彼女は歌唱力もさることながら、ダンスの技術が目を見張るものがある。
 それをアピールポイントに活かさない手は無い。それに見る者全てを笑顔にする、あの明るいキャラクター性もアピール
 するには持って来いだ。おそらくバックダンサーを外部から引き連れてのパフォーマンスになるだろう。こちらが対抗
 出来るとしたら、その急造のチームの穴を突くしかない」

 正直、このアピール対決は五分五分である。派手な見栄えのするダンス対決に持ち込まれたら、どうしても伊織は我那覇
響には敵わない。伊織の魅力をどこまで引き出せるパフォーマンスが出来るか、そして直接的な手助けは出来ないとはいえ、
ずっとチームでやってきた亜美とあずささんが、どこまで伊織を引き立てることが出来るかが勝敗のポイントになる。





「そして、最後の『future』だが……」

「間違いなく、ここに星井美希が出て来るでしょうね……」

 事務所の雰囲気が重くなる。この対決は3番勝負なので、2本取れば勝ちである。こちらは千早の1勝はほぼ確実だが、
星井美希に負ける事も、ほぼ確実なのだ。そうなれば一勝一敗で、伊織と我那覇響の対決が勝敗のポイントになる。それは
961プロの方も十分承知しているだろう。だから向こうも、その対決に全力を注いで来る事は明白だ。現状でこっちは
いっぱいいっぱいなのだが、向こうの実力はまだまだ計り知れない。そうなればこの棄て試合の星井美希との対決も、
簡単に諦めるわけにはいかないのだ。




「美希さんすごいです~。わたしもあんなアイドルになりたいですぅ~」

「くそぅ、ボクがもっと女の子っぽかったら負けないのになぁ~」

 キラキラと憧れの眼差しで語るやよいと、自分とのキャラクター性の違いを悔しがる真。いや、それくらいでは星井美希
には勝てないぞ、真……。



「彼女、これから間違いなく日本を代表するアイドルになるでしょうね。今でもほぼトップアイドルの座にいるのに、
 まだまだ成長性がありますよ。彼女だったら、ワールドワイドな活躍も夢ではないでしょう」

 律子が冷静に評する。これは決して大げさな表現ではない。彼女は日本のアイドルという小さい器には収まらない。
歌唱力では千早に劣るものの、アイドルとしての総合力では間違いなく日本一だ。



「あれでまだ15歳なのが恐ろしいですよね。現状では負ける気はしませんが、将来的には私も敵わないかもしれません」

「美希ちゃんって、頭の回転も結構速いんですよね。タレントとしてトークしても、気持ちの良い受け答えが出来ますし、
 どこに出しても引っ張りだこですよ」

 ウチの中では実力者である千早と春香も、星井美希には称賛の声を送らざるを得ない。やや不真面目な所もあるが、
それすらも魅力に変えてしまう実力が今の彼女にはある。まさに超弩級のアイドルだった。



「確かに彼女こそ、これからのアイドル業界を引っ張る存在になるだろうな。皆が彼女に憧れて、彼女の様になりたいと
 アイドルを目指す。『future』というテーマは、まさに彼女の為にあるようなものだ」

 社長の重く、静かな言葉に再び事務所は静かになる。誰も彼女との対決に立候補しない。いや、そもそも出来ないのだ。
やよいあたりは、星井美希の前に出した時点で気絶してしまいかねない。



 しかし俺と社長にはひとつの考えがあった。これは律子と音無さんにもまだ話していない。昨日寝ずに考えて、今朝一番
に社長に提案したばかりなのだ。完全アイドルの星井美希に勝つには、もはやこの手段しか残されていない。社長がちらりとこちらに目配せする。俺は静かに頷くとすっと席を立ち、静かに発表した。





「今ある時代、それに続く未来で対決したら星井美希には敵わないだろう。ならば未来を変えてやればいい。『こうなって
いたかもしれない』という時代の節目から可能性を探り、今の時代とは別の未来を想像し、そして創造する。ウチは誰も
予想がつかないような未来をこのテーマで表現する」

 女性陣がポカンとした顔で俺を見る。まあ、一度聞いただけでは何を言っているのか分からないよな。



「……タイムマシンでも作るおつもりですか?」

「それとも奇抜で前衛的なファッションでパフォーマンスするとか……?」

「か……、過激なのはちょっと………」

 上から律子・音無さん・あずささんの発言である。ある程度業界に詳しい年長組が、全く見当違いの事を言う。
それも面白そうだが、話はもっと現実的である。



「時代は一方通行ではない。過去があり、現在があり、そして未来につながっていく。現在と未来で勝ち目がないなら、
 俺達は過去から星井美希に対抗できる手段を探すしかない。故きを温ねて新しきを知る、まあそういう事だな」

「つまり過去に活躍した、かつてのアイドルの方々から星井美希に勝つヒントを得るという事ですか?」

 流石律子、理解が早くて助かるよ。未来は誰も知らないし、現在なんて時代の流れから見るとほんの一瞬だ。人間は過去
の経験を糧に生きる動物だ。時間の流れで体験する時間は過去が圧倒的に多い。



「過去に流行したものを、そのまま引っ張って来ても古臭いだけで真新しさは無い。それだけでは勝てないだろう。
 そこはそれなりにアレンジしていく。過去の人気争いに負けたアイドル達だって、彼女達が決して劣っていたわけでは
 ない。現代でも通用するように良い所は活かしつつ、弱い所は補う形で、『もし彼女達の路線が生き残っていたら』と
 いう過程での未来を表現する」

「で、その路線というのは……」

 律子が聞いて来た。やれやれ、ここまでヒントを出したのにまだ分からないか。まあ、この視点は『女では』そう簡単に
気付かないよな。逆に今の彼女達の生き方を否定するものになりかねないしな。



「俺達の事務所が目指す未来と言うのはなあ……」


ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッ!!!!!!


 俺が発表しようとした時、事務所が突然局地的な大地震に見舞われた。慌てて皆が机の下に避難する。しかし揺れの様子
がおかしい。地下からの揺れというよりは、何か地響きのような雰囲気である。咄嗟に俺は窓の外を確認すると、そこには
前の道路の幅いっぱいのサイズの、超巨大なデコトラが停まっていた。事務所の前に居たマスコミ達は、取材車やカメラ
ごと蹴散らされていく。傷だらけになったそのデコトラには、いかつい書体で大きく、




―――――『 萩 原 組 』と書かれていた―――――


「はは……ようやくお出ましか……」

「ゆ……雪歩……?いくら何でもそこまでしなくても……」

 乾いた笑いをこぼす俺と、ドン引きしている真。やがてしばらく見ていると、どう見てもヤ○ザなオッサンに手を
引かれて、真っ白なコートを着た華奢な少女がデコトラから降りてきた。オッサンが辺りにいたマスコミにメンチを切り
倒している間に、同乗していた少女がその隙をついてウサギのような素早さで事務所に続く階段に入って行く。
カンカンカンッと、階段を上ってくる音が近づいて来た。



「お……、遅くなってしまってごめんなさいっ!!お父さんに送ってくれるように頼んだら、一番大きなトラックを用意
 するって言われて準備に手間取ってしまって……」

 息を乱しながら、真っ白な少女が入って来た。白いコートに白い手袋をはめて、ふわふわのやわらかそうな白い帽子を
被った可憐な少女の名は萩原雪歩。765プロのアイドルのひとりである。



「ああいいよ。丁度間に合ったところだ。ナイスタイミングと言っても過言ではない」

 そう言って笑う俺に、律子が驚いた様子で反応する。

「ま……、まさか『future』出場のアイドルって………」

 俺はニヤリと笑うと、雪歩をすっと指差した。



「そうだ。765プロが創り出す未来は『清純派路線』だ。そして星井美希の対抗アイドルとして、ウチは雪歩をぶつける」

「……え?……せいじゅん?………ぶつける?」

 雪歩はイマイチ内容が呑み込めないようで、目をぱちくりしている。そして周囲のどよめきと驚きの声。しかし俺には
勝算があった。未来を突き進むアイドルに対抗出来るのは、過去で一世を風靡したアイドルしかいない。古臭い?男尊女卑?そんなの知った事か。765プロのリーサルウェポン、『過去から来た大和撫子』萩原雪歩の実力をとくと見よっ!!



ここまで。ようやく本題に来れたって感じだわ……
ところどころ改行ミスって申し訳ありません。
さて、書き溜め作業に戻るか。

モバマスよく知らないが、雪歩の新しい絵が来たなっ!!
最高だぜっ!!

というわけでまたちょっと投下。



「アイドルのこれまでの歴史の中で、『清純派』と呼ばれた人達は幾度か登場している。女の子らしく、物静かで控えめで
 儚げな雰囲気を持つ彼女達は、時代の時々に出て来ては、瞬く間に消えて行った。近年は女性の社会進出が活発になり、
 男にも負けない元気な女性がアイドル界でも主流となっているのでその姿を見る事は滅多にないが、一歩退いて男を
 立ててくれるようなお淑やかな清純派の女の子の需要も必ずある」





「何だかそういう風に言われると、私達が女の子っぽくないみたいね」

 唇をとんがらせて伊織が文句を言う。クソッ、全体的に女性陣の目が冷たいぞっ!!負けるな俺!!

「これは雪歩が元々持っている特性に由来するものだ。真が意識しなくてもボーイッシュな女の子でいるように、雪歩は
 何もせずとも大和撫子のような清楚な雰囲気を醸し出している。やや古風な女性らしさというか、奥ゆかしさみたいな
 ものだな。同じような雰囲気を961プロの四条貴音やあずささんも持っているが、雪歩はもっと繊細で儚げだ。男なら
 思わず守ってやりたくなるような、庇護欲に駆られる」

「それってプロデューサーの趣味なんじゃないですか……?どうせボクは可愛くありませんよーだ」

「男はこういうタイプに弱いですからねえ。……守る必要のない女で悪かったですねっ!」

 真と律子の機嫌が悪くなった。ああもう、俺はあくまで一般論を言っているだけなのに、どうしてこんなに非難され
なければいけないんだっ!!



「とにかくだっ!!元気で明るい女性アイドルが主流の現在において、雪歩のような儚げな魅力を持った清純派アイドルは
 注目度間違いなしだっ!!世界を見据えて活躍するなら、星井美希のようなアメリカナイズされたアイドルがウケが良い
 かもしれないが、ここは日本で、勝敗を決めるファンも日本人だっ!!日本人に刻まれたDNAが、雪歩のような大和撫子
 を美しいと思わないはずがないっ!!」




 ええい、一気に言い切ってしまえっ!!このまま非難され続ければ、反対されかねないっ!!そうなれば、もう代案などは
存在しないのだっ!!あずささんを出場させるという手段もあるが、あずささんには伊織のサポートに集中してほしい。
それに力比べとなると、やはり同年代の子の方が「何か失礼な事を考えませんでしたか?プロデューサーさん」「いえ全然」

 いつもの笑みでこちらを牽制(威嚇)するあずささんから視線を逸らしつつ、俺は社長に助けを求める。相変わらず女性陣
の視線が冷たいので、ここは社長だけが頼りだ。





「え~、ウォッホンッ!!……先ほどの彼の提案だが、私も悪くないと思う。萩原君が持つと言う女性らしさや可憐さという
 ものは彼の主観も多分に入っていると思われるが……」

 な……?ここで裏切りに遭うとは予想外だった。社長も同じ男なら分かるでしょう!?どうしてフォローして
くれないんですかっ!!亜美や真美は「兄ちゃんサイテ→」などと陰口を叩いているし………



「しかし我々765プロは、お茶の間の人気者として、親しみやすいアイドルを育成することを目的として設立された。
 ひとりひとりの力は弱くとも、皆で力を合わせれば大きなものを生み出すことが出来る。そんな普通の女の子達が
 頑張った先にあるアイドルをデビューさせることを目的として、キミ達のようなアイドルが誕生したのだ」

 ここで社長がやや真剣なトーンで話を進める。皆が真面目に聞き出した。



「萩原君は弱い自分を変えたいという一心で、765プロの扉を叩いてくれた。最初は男性や犬が苦手で、すぐに逃げ出して
 しまうような子だったが、最近は段々慣れて来て、外部の男性スタッフとも普通に接する事が出来るようになってきた。
 ライブだって初めは隅っこで踊るのが精一杯だったが、今ではセンターとして歌う事も出来るようになった。
 『普通の女の子が頑張ってアイドルになった』というウチのスタンスに一番合致しているのは彼女かもしれない。
 これから765プロが清純派アイドルを目指すかどうかは別として、萩原君のような普通の女の子が、自分に自信を持って
 アイドルになる手伝いが出来るような事務所でありたいと私は思う」



「社長………」

「そうですよね………、それが私達の強みですもんね………」

 律子と音無さんがハンカチで目じりを拭う。他のアイドル達も感動と尊敬の眼差しで社長を見ていた。
………おかしいな、俺も同じような事を言ったと思うのだが、どうしてこんなに反応に差があるのだ?



「雪歩はスタミナにやや難ありだが、本来持っているものは悪くない。ウチの事務所でも3本の指に入るルックスと、
 透き通るようなウィスパードボイスは、独自の世界観を作り出すことが出来る。それにダンスだって悪くはないんだ。
 もっと自分に自信を持ってやってくれたら、きっと誰にも想像出来ないような凄いパフォーマンスが出来るはずだ」



「もっと自信を持ってくれたら………ですね」

「でも今の状態では……」

「厳しいですぅ………」

 春香が水を張った洗面器とおしぼりを持ってきて、千早がそれを受け取る。やよいは事務所の奥から毛布を持ってきた。
彼女達3人が何をしているかというと、


「うぅ~ん、う~ん………」


 ………雪歩の看病をしていた。話題の中心人物は絶賛気絶中だった。



~以下回想~


『雪歩、お前にはアイドル3番勝負に出てもらうっ!!』

『えぇ~っ!?無理ですよぅ~。私なんかが出場したって………』

『お前しかいないんだっ!!お前が出場してくれないと、765プロは無くなってしまうんだっ!!』

『そっ、そんなのイヤですぅ~。せっかくアイドルとして真ちゃん達と頑張って来たのにぃ~………』

『お前の対戦相手は星井美希だっ!!心配するなっ!!相手は最強アイドルだがお前なら勝てるっ!!』

『美希ちゃんと………っ!!………きゅう~………』バタンッ

『雪歩っ!?しっかりしろっ!!雪歩ォォォォォォオオオオッッッ!!!!!!』←真


~回想終わり~




「いくら何でも一気にぶっちゃけすぎでしょうがっ!!只でさえ繊細な子なのに、一気に言われたら心が持ちませんよっ!!」

「ひとつひとつ説明する度に気絶されても話が進まないと思ってな……。しかし逆効果だったか」

「昔の雪歩ならありえたかもしれませんが、今の雪歩はそれくらいじゃ気絶しませんよっ!!今回のは明らかに
 プロデューサーの作戦ミスですっ!!」

 律子と真に怒られながらも、雪歩の様子を見る。青ざめた顔でうんうん唸っている雪歩を見ていると、何だか罪悪感に
駆られる。ごめんな雪歩。俺は彼女の額をそっと撫でてやろうと手を伸ばした。



「………」

「ん?どうしたやよい?」

 その時、俺と雪歩の間にやよいが割って入った。やよいはいつものニコニコした顔で、

「プロデューサーは雪歩さんに近づいちゃいけないと思います~」

 と、さらりと言った。な………、どうして………?



「私も同感です。萩原さんが目覚めた時、またプロデューサーの顔を見たら気を失いかねませんので」

 千早が冷めた声で言う。そして俺を牽制しながら、さりげなく雪歩の盾になる。

「あ……、あはは……。とりあえず雪歩には私達の方から言っておきますので、安心して下さい」

 春香が苦笑いしつつも、俺を雪歩から遠ざけた。何だか事務所のみんなで、俺から雪歩を守っているような……



「とりあえずアイドル3番勝負の具体的な作戦も決まった事ですし、早速スケジュールを詰めていきましょう。竜宮小町と
 千早は今日から特訓よっ!!残りメンバーは雪歩をお願い。それじゃあ解散っ!!」

 律子が会議の終了を告げる。皆がそれぞれの仕事の準備に取り掛かり、俺ひとりがぽつんと取り残された。



「あ……、あの律子?俺はどうすれば……?」

「ああ、プロデューサー殿は雪歩のお父様の説得をお願いします」

 律子がくいっと親指で指した先には、ヤ○ザみたいなオッサンがこちらに背を向けて座っていた。あれ?気のせいかな?
お父様の背中から怒りのオーラが滲み出ているんですけど……



「雪歩のお父さん、雪歩の事がよほど心配なんでしょうね。アイドル活動でさえ元々反対なのに、マスコミに追い
 回されてようやく事務所に着いたら、プロデューサー殿に苛められて気絶させられるし、今すぐ辞めさせると言っても
 おかしくありませんよね………」

「この前水着のモデルのお仕事引き受けたらお怒りの電話がかかってきて、結局真美ちゃんにお願いしました……」

「今回のイベントも、雪歩君の説得もだが親御さんのご理解も必要だろう。頼んだよキミィ……」



 人聞き悪いこと言うんじゃねえよ律子っ!?別に苛める気なんてないってのっ!!それから音無さんも、そういう苦情が
来てたなら言ってくださいよっ!!只でさえ心象悪いのに、余計悪化してるじゃないですかっ!!それから何逃げようと
してるんですか社長っ!!俺一人であのヤ○ザ相手に何が出来るって言うのですかっ!!




「すまないねえ、私はこれからイベントの打ち合わせなんだよ。どうやらアイドル3番勝負は日本武道館の公演になりそう
 なんだ。一緒に説得したいのは山々だが、今は一分一秒でも時間が惜しいのだよ。勝負の作戦はキミの意見で行こうっ!!
 しっかりやりたまえっ!!アイドル諸君も任せたよっ!!ではよろしくっ!!」

 そう言って高木社長はそそくさと事務所から出て行った。俺ががっくりと肩を落とすと、やよいがぽんぽんと腰のあたり
を軽く叩いて来た。なんだよ。



「観念するです~。みなさん忙しいんだから、プロデューサーも仕事してくださ~い」

 ニコニコと笑顔で言うやよい。何かお前さっきから毒舌だな……。俺は溜息をつくと、ヤ○ザもとい雪歩のお父様の
説得に向かうのだった。


今日はここまで。ちょこちょこ感想がもらえて嬉しいぜ。
完走出来るか不安なので、応援していただけるととてもありがたい。
ではまた明日。

美希が765と全く関わり無かった世界線は新しいな、面白い、期待してる

1は本線とすると
SPは基本1路線だが765の活躍に961が危機感を持ち貴音、響を入れ、美希を引き抜いた世界線
2は「もしプロデューサーが1年遅れて来たら」の世界線、この場合961は765に特に危機感を持っていないため、貴音と響が社長のティンで765所属

となると、これは「もしプロデューサーが1年はやく来て千早は成功済み+竜宮結成」の認識でおk?

お、ようやくつながったか。
それじゃあ続き投下行くぜっ!!

>>93
大体そんな認識でおk。ただPはもう少しはやく来ていて、アイドル達の成長を見守っていたという設定で
お願いします。



 翌日のダンススタジオ。本日はアイドル3番勝負に向けた特訓の初日である。俺はこっそりドアののぞき窓から中の様子
を確認する。スタジオ内には雪歩と春香、そして真が3人で準備体操をしていた。ほっ、どうやらちゃんと来てくれた
ようだな。昨日の様子だと今日は休むかもしれないと思っていたが、俺が思っている以上に大丈夫そうだ。雪歩は事務所の
中でも春香と千早と同期のベテランメンバーだ。育成に時間がかかって、ふたりよりアイドルとしての活動がやや遅れて
いるが、765プロを背負うくらいの気概はあるようだ。



「あっ、プロデューサーッ!!」

 そんな雪歩がイチ早く俺に気付いてスタジオのドアを開けてくれた。そういえば昨日気絶してから会話してないな。
お父さんとは暗くなるまでじっくり話し合ったが。



「き、昨日はすみませんでしたっ!私いきなり気絶しちゃって……。お父さんも事務所に来てたし、ご迷惑ばかりおかけ
して申し訳ありませんでしたっ!」

心底申し訳なさそうに、一所懸命謝罪をする雪歩。かわいいなあもう。俺はひらひらと左手をあげると、

「気にするな。昨日はいきなり驚かせて悪かったな。それにお父さんともちゃんと話し合ったよ。小指だってまだ
くっついてるだろ?」

冗談めかして言う俺に、雪歩の表情がぱあっ、と明るくなる。う、眩しい。俺の中の邪悪な心が浄化されそうだ………



「心だけじゃなくて、存在そのものが浄化されるんじゃないですか?プロデューサー」

「あ、あはは……。おはようございます。プロデューサーさん」

 雪歩の後ろから、辛辣な意見を投げかける真と苦笑い気味の春香が顔を出す。お前らもおはようさん。



「美希ちゃんに勝てる自信はありませんけど……、でも私達の事務所を守る為なら負けられませんっ!プロデューサー、
 早速ご指導をお願いしますっ!」

 やや震える声で、雪歩が勢いよく頭を下げた。きっと逃げ出したいのを必死で抑えているんだろう。本当に健気な
イイ子だよ全く。

「ああ任せろっ!!星井美希は確かに手強い相手だが、決して勝てない相手ではないっ!!その為にもお前ら3人には今日から
 特別任務にあたってもらうっ!!真も春香も準備はいいかっ!!」

「「ハイッ!!」」

 3人並んで真剣な顔つきだ。俺もプロデュースの腕が鳴るぜっ!!



「まずは春香っ!!」

「ハイッ!!」

「お前は地獄の営業回りだっ!!日本全国走り回って来いっ!!」

「ハイッ!!………って、ええ~っ!?」

 ちゃんと聞いて、理解してから返事しろよお前。ズッコケる春香を支えてやりながら、俺は続ける。



「春香、お前はウチの事務所の看板娘だ。お前が元気だとウチの事務所は大丈夫だ。世間は961プロが優勢だと噂して
 いるが、そんなつまらんものはお前の明るい営業スマイルで吹っ飛ばして来いっ!!」

「で、でも一ヶ月で日本全国なんて………」

 確かに殺人的なスケジュールだな。しかし今回は心強い味方がいる。

「安心しろっ!!今回は雪歩のお父さんがスポンサーについてくれているっ!!デコトラ一台キャンピングカーに改造して
 営業に同行してくれるらしいから、宿の心配もないぞっ!!」



「そ、そんな急に言われても心の準備が……それにお洋服の準備とかも………」

「心配するなっ!!ちゃんと親御さんに準備してもらっているっ!!それじゃあ萩原組の皆さんよろしくお願いしま~すっ!!」

「「「「「う~~~~~っす!!!!!!」」」」」

「キャ―――――ッッッ!!!!助けて―――――っ!!!!雪歩―――――っ!!真―――――っ!!」

「春香ァァァァァアアアアアアッッッ!!!!!!」←真

 突如乱入してきた萩原組のマッチョなお兄さん達に担ぎ上げられて、春香はあっという間にスタジオから消えた。
しっかりやれよ、春香……



「さて、次はお前らの番だが………」

「ひっ………」

「あ……あんまりだ………、訴えますよっ!!プロデューサーっ!!」

 雪歩はいつも通りとして、真までぶるぶる震えている。随分女の子っぽくなったなお前。



「こんな状況で言われても嬉しくありませんよっ!!春香は大丈夫なんでしょうねっ!?」

「安心しろ。ちゃんと親御さんには許可を貰っている」

「明らかに本人の同意は得てませんでしたよねっ!?」

「ま……、真ちゃん落ち着いて………」

 まあこうしてコントを続けるのも楽しいが、今は時間が惜しい。そろそろ本題に入るか。



「雪歩の特訓内容だが、もうすぐダンスとボイストレーナーのOBさんが来られる。雪歩が予定しているライブ
 パフォーマンスは過去に廃れて失われたものだから、昔のトレーナーさんから話を聞くしかない。資料は残っている
 から再現は難しくないとは思うが、今の主流とは違うものだから覚えるのは大変だぞ。しっかりやれよ」

「は……、はいっ!頑張りましゅうっ!」

 若干噛みながらも、雪歩がしっかり返事をした。雪歩がここまでやる気になっているんだし、ひとまずは大丈夫かな。
実は雪歩の方はあまり心配していない。過去の歌唱法や振り付けなど練習期間は短いものの、雪歩は本来こちらの方が
合っているはずだ。慣れればすぐにモノに出来るだろう。



「あ、あのプロデューサー、ボクは何をすれば……」

 真がおずおずと訊いてくる。むしろ大変なのはこっちだ。場合によっては、地獄の営業巡りを行っている春香の方が
まだ楽かもしれない。



「真は俺達スタッフと一緒に、雪歩のパフォーマンス作りに協力してもらう。特にダンスの再現についでは、真の協力は
 不可欠だろう。それから雪歩のサポートをしっかり頼むぞ。まあこっちについては、俺が何も言わなくても普段から
 やっているが」

 トレーナーさんはOBなので、当時のダンスの手法は聞けても、その再現はこちらでやるしかない。真の運動神経なら
大丈夫だろう。そして何より、雪歩の精神安定剤の役割は真しか任せる事は出来ない。





「ほっ、春香みたいに飛ばされなくて良かった………。ダンスと雪歩のサポートならボクの得意分野ですっ!!
 任せて下さいよっ!!」

 自信満々に真が元気に答える。まあ、普通だったらそう考えるよな。しかし物事はそう単純じゃないんだよ。



「真」

「は、はい?何ですか……?」

 俺の真剣な声に、真がやや怯える。俺はそのまま彼女の両肩に手を置いて、

「お前はあまり気に入ってないかもしれないが、今のお前のキャラクターはアイドルとしての大事な武器だ。だから
 しっかり意識して守ってほしい……」

「え……、この男みたいな王子様キャラの事ですか?出来ればボクも、今回の任務で少しでも女の子らしくなれればと
 考えているんですけど……」



「それは別に構わない。お前は少々がさつな所があるから、今回の事で少しでもお淑やかさを学べばいいと思う。しかし
 これはあくまで『雪歩の為の特訓』で、お前の身体には合わないんだ。だから無理に取り込もうとせず、お前は今まで
 通りの自分を貫け。さもないと……」

「さ、さもないと……?」

 ごくり、と真が息を呑む。




「アイドルとしての『菊地真』はこの世から消滅する。雪歩にそのキャリアを真っ白に塗りつぶされてしまうぞ」

 雪歩が少し離れた所で「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。真も冷や汗をかいている。これが真の任務が大変な理由だ。昔の時代なら天下を獲れたかもしれない雪歩の実力は、現在主流のアイドルの枠に嵌める事でセーブされている。その枠を外す
事で周囲に与える影響は計り知れず、並のアイドルなら消し飛ばされてしまうかもしれない。今の時代のアイドル達が
努力して積み重ねてきたものを一瞬で白紙に戻してしまいかねない恐ろしい人間兵器、それが『白いアイドル』萩原雪歩
なのだ―――――


ギャー、また改行ミスったorz
とりあえず一段落ついたから、ここで一旦ストップする。
反応が良かったら、今日中に昨日投下できなかった分をもう1章投下する。

さて、そんじゃあ今日の分投下行きまーす。
ようやく話の中核部分まで来たかな。みんなのおかげで何とか完走出来そうだぜ。



アイドル3番勝負の特訓3日目。俺は出場する千早・伊織・雪歩の様子を見て回っていた。千早は元々ソロでの活動を
メインでやらせていたので、少しアドバイスをするだけで後はほとんどこちらの手を必要としなかった。むしろ彼女は伊織
や雪歩の事を気にかけていて、自分はいいからふたりの様子を見てやってくれと俺をレッスン場から追い出した。自分
だって事務所の存続がかかっているから不安だろうに、他人の心配が出来るようになったなんてあの子も成長したものだ。
無理だけはしないようにと忠告しておいて、俺は伊織の元へ向かう。



 伊織は律子指導の下、竜宮小町のメンバーと猛練習をしていた。3人でのパフォーマンスには変わりないが、歌も踊りも
伊織は他の2人の2倍3倍頑張らなければならない。しかしそんな状況でもめげずに、伊織はグループのリーダーとして
ではなくひとりのアイドルとして必死になって取り組んでいた。元々根は真面目で、向上心も人一倍持っている。こちら
が正しく導いてやれば、彼女はまだまだ伸びるだろう。



「お疲れ様です、プロデューサー殿」

「おう律子、順調そうだな」

 レッスン場の端で見ていた俺に気付いた律子が声をかけてきた。そもそも竜宮小町の専属プロデューサーは彼女なので、
伊織に関してはほとんど律子に任せてある。



「ええ何とか。初日はあずささんが必要以上に伊織を気遣ったり、亜美が目立とうと前に出てきたりして大変でしたが、
 伊織も喝を入れてくれたので何とか形にはなってきましたよ。疲れても弱音を吐かないので注意深く見てあげないと
 いけませんが」

 律子が苦笑いしながら見ている。その視線の先には、額に玉の汗を浮かべた伊織が肩で息をしながら、それでも
笑顔を崩さずに歌っていた。アイツも見た目より根性あるな。



「あんまり最初から飛ばしすぎるなよ。練習時間は限られているが、それで元々のチームワークまで壊れてしまったら
 元も子もないからな」

「大丈夫ですって。竜宮小町はライブ前はいつもこれくらいレッスンさせてますから。だからプロデューサー殿もしっかり
 お願いしますよっ!!」

 元気いっぱい、自信満々に胸を張って律子がばんばんと俺の背中を叩く。ホントに最近の女は強くなったな。やがて練習
が一区切りついて、竜宮小町のメンバーがこちらに近づいてきた。



「あらプロデューサーさん、様子を見に来てくれたんですか。嬉しいです~♪」

 いつもの調子であずささんが声をかけてくる。この人と会話をすると元気が出てくるな。

「兄ちゃん一昨日ぶりっ!このオニグンソーどっかに連れて行ってYO→。もーシンドすぎるZE!!」

「誰が鬼軍曹ですってーっ!!」

「うひゃあっ!?テッタイ~っ!!」

 そう言ってお調子者の亜美が律子に追いかけ回される。あんだけレッスンした後だってのに、元気だなアイツ。



「……アンタ、こんな所で油売ってていいの?雪歩は大丈夫なんでしょうね・・・・・・」

 スポーツドリンク片手に、疲れた様子の伊織が俺を睨む。そう怖い顔するなよ。お前の事だって心配なんだぜ?

「ふんっ、こっちは問題ないわよ。律子もいるし、亜美は問題だけどあずさだってちゃんとサポートしてくれている
 から……。でも雪歩はアンタが見ててあげないとダメじゃない」

 コイツも何だかんだで、他の子を気にかけているんだな。3番勝負の要を任されていて、自分の事で精一杯のはずなのに、
優しいこった。



「安心しろ。雪歩はあれでもアイドル歴はお前より長いんだ。なかなかその実力を発揮できる場面に恵まれなかったが、
 今回のイベントは良い機会だ。全力全開の雪歩を見せてやるよ」

 ちなみに現在のウチのアイドルは、一番古いメンバーが春香・千早・雪歩で、次に真・伊織・あずささん、そして最後に
に亜美真美とやよい、という順に増えていった。全員揃うまで一年も期間は空いてないが、雪歩は竜宮小町の3人より先輩
にあたる。



「ふ~ん、あの子が全力を出したところで星井美希に勝てるとは思えないけどね。ま、雪歩が負けてもいいように、千早と
 私で2勝すればいい話だけど」

「おうおう、それは頼もしいな。でもお前の相手だって、星井美希とはベクトルが違うが万能アイドルだぞ。そう簡単に
 勝てるとは思うなよ」

「そんな事分かってるわよ。事務所の存続の為にも、もっと練習しないと。もっと……もっと……」

 軽く声をかけたつもりだったが、伊織はぶつぶつと自分の世界に入り込んでしまった。コイツは自信満々に見えて、
実は現実主義者で厳しい考えを持っているんだよな。



「そう思い詰めるな伊織。お前のテーマはappealなんだから、もっと明るい気持ちで自信を持って練習しろ。そんな
 難しい顔してたら、せっかくの美人が台無しだぞ」

 俺がぽんぽんと頭を叩いてやると、伊織は顔を真っ赤にして空になったペットボトルを投げつけ、

「な、ななな何言い出すのよこの変態っ!!セクハラッ!!変態大人っ!!もう特訓のジャマになるからさっさと出て行ってよっ!!」

 と早口でまくし立てて、猛スピードで逃げて行った。何か怒らせるような事をしただろうか。女の子は難しいな。



「伊織ちゃんの事は私と律子さんに任せて下さい。亜美ちゃんだって口ではああ言ってますけど、伊織ちゃんの助けに
 なりたいって頑張っているんですよ。だからプロデューサーさんも、千早ちゃんと雪歩ちゃんのことをお願いします」

 あずささんが柔らかい笑顔で俺にそっと教えてくれた。この人がこうして笑っている限り、竜宮小町は安泰だろう。



「すみません、伊織と亜美もですけど律子の事もお願いしますね。アイツも張り切りすぎて周りが見えなくなることが
 ありますから」

 俺がこっそりと耳打ちする。俺達の視線の先では、律子が亜美にコブラツイストを仕掛けていた。おいおい、あまり
無茶するなよ。



「ふふ、わかってますよ。大丈夫です、お姉さんに全部任せて下さい♪」

「あずさーっ!!いつまでおしゃべりしてるのよっ!!そろそろ練習始めるわよーっ!!」

少し離れた所から伊織があずささんを呼んで、話は打ち切られた。俺は軽くあいさつをすると、レッスン場を
出ていく。こちらも大丈夫そうだな。小さく手を振る伊織に手を振りかえして、俺は雪歩の元へ向かった。



 千早も伊織も特に雪歩の事を気にかけていたが、実は順調だったりする。ふたりは雪歩の様子を見ていないので
分からないだろうが、その心配は杞憂だと言っておこう。今までやってこなかった振り付けにやや苦戦はしているが、
こちらが思っている以上に彼女は過去のアイドルに馴染んでいた。本当に生まれる時代が違えば、天下を獲れていたかも
しれないな。このまま順調に行けば、アイドル3番勝負には何とか間に合うだろう。



 ただ、ここに来てひとつ別の問題が発生している。雪歩がめきめきとその才能を表す一方で、一人のアイドルがその生命
を終えようとしていた。俺は溜息をつきながら、レッスンスタジオのドアを開ける。そこで待っていたのは

「あ、お帰りなさい。ア・ナ・タ☆ まっこまっこりーん☆」



 フリフリのハートのエプロンに身を包み、不自然な内股で小走りに駆け寄ってくる妖しい女の子が飛びついてくる。彼女
はかつて765プロというアイドル事務所で、『菊地真』と呼ばれていたアイドルだった。女の子ながらきりりとした顔立ち
と中性的な魅力から「王子様」と呼ばれ、主に女の子のファンから高い人気を得ていた。

 しかし今の彼女にその面影はない。不自然に白く塗った顔に派手な口紅を引き、さっぱりした短髪には赤い大きなリボンが
ついていた。一応トレーニングというのは憶えているようでジャージは着ているが、しかし上からエプロンを装着している。
アイドルという立場を忘れているどころか、自分自身のキャラクターまで完全に見失っている。



「どうですかプロデューサー!?これぞまさに『カワイイ女の子☆』って感じですよねー♪」

 そんなトチ狂った真の後ろでは、疲れた様子の雪歩が弱々しく頭を下げていた。それが挨拶なのか謝罪なのか俺には
分からない。ただ親友の変わり果ててしまった姿に、彼女はひどく心を痛めているようだ。このままでは特訓に悪影響を
及ぼしかねない。




「雪歩、今日のレッスン内容は先生から聞いてるな?」

「は、はいっ。今日はボイスレッスンを重点的に行うって聞いてます」

 俺は真だった女の子を無視して、雪歩に問いかける。雪歩はやや間が合った後に返事をした。

「そうだ。もうすぐ先生が来られるから、悪いが今日は先生とふたりでトレーニングをやっていてくれ。俺はこのバカと
 話があるから席を外させて貰う」

「え?バカって誰の事ですか?カワイイ女の子ならここにいますけど☆」

 コイツ本気で言ってるのか。この場で一番バカっぽいのが誰なのか、小学生でも一秒で理解出来るぞ。



「はいっ、わかりましたぁ……。プロデューサー、真ちゃんをよろしくお願いしますぅ……ぅう、うっ……」

 雪歩の返事は最後の方は嗚咽交じりになっていて、とても見ていられなかった。可哀想に、雪歩も何とか真を正しい道に
導こうと努力したんだろうな。しかし基本的に気が弱い雪歩には、真の説得は出来なかったようだ。



「ああ、任せておけ。……さて、それじゃあ行くぞバカ野郎。とっとと来い」

「あ、待ってくださいよプロデューサー☆ いっ、痛い痛いっ!そんなに引っ張らないで……っ☆」

 いまだに事態を正しく理解出来ていないバカ(真)の襟を引っ張って、俺はスタジオを後にした。全く、特訓前に言った
にも関わらずに、雪歩の影響をモロに受けてるじゃないか。しかもただ受けてるだけじゃなくて、変に女の子らしさを
勘違いしてやがる。しかしたった三日で真がここまで影響を受けるというのは、見方を変えればそれ程雪歩の真の実力が
凄まじいということだろう。それはそれで喜ばしいことだが、だからと言って真を失うわけにはいかない。コイツもウチ
の大事なアイドルだからな。

今日の分終了。読んでくれている人ありがとうっ!!これからも頑張るぜっ!!

おつおつ
最後の真の実力がどっちか一瞬分からなかったww

>>138
言われてみれば確かにwww
「本当の実力」とでも置き換えておきましょうか。

さて、本日の分いっきまーす。
今日はキリの良い所が無かったのでちょっと長めです。どうかご了承ください。



「すみませんでしたあっ!!」

 事務所に連れ帰って小一時間説教をかまして、ようやく真はいつも通りの王子様キャラに戻った。そして現在、俺の前で
漢らしい土下座を敢行中である。

「分かればいいんだよ。雪歩をサポートしないといけないお前が、逆に雪歩に心配されてどうするんだよ。今度またあんな
 事態になったら春香に同行して全国営業してもらうからな」

「ひっ、ひぃぃ……。それだけは勘弁を………」

 全く、まだ3日しか経ってないと言うのに先行きが不安だな。しかし口ではこう言っているが、雪歩の相方は真しか
務まらないのだ。だからコイツにはもっとしっかりしてもらわないといけない。せっかく雪歩が上手くいってるのに、
ここでアクシデントが発生だ。



「で、でも雪歩のレッスンを見ていると、どうしてもボクも女の子らしくなりたいって気持ちが抑えられなくなっちゃって
 しまうんです…………。雪歩みたいになれば、ボクだって可愛い女の子になれるかなって…………」

 だいぶ言い聞かせたが、まだ再発しそうな可能性があるなコイツ………。元々真は、ウチの事務所の中でも人一倍乙女な
女の子だ。少女漫画を愛読し、白馬の王子様が現れるシチュエーションを本気で夢見ている。今のままでまた特訓に戻した
ら、今度はウェディングドレスを着て来かねない。



「あのなあ真、どんな女の子を可愛いと思うかなんて、男からしてみればそれぞれだぞ。お前のファンの中にも、男だって
 いるだろうが。それに俺は凛々しい真が時折見せる可愛らしさが、ウチのアイドルの中で誰よりも魅力的だと思うぞ」

「え、そ、そんなあ~、照れるじゃないですかプロデューサーッ!!」

 後ろ手で頭を掻きながら、デレデレと真が表情を崩す。本当に単純な奴だな。

「でも、そんな可愛さを出す為には、やっぱりボクはこのまま王子様キャラでいなくちゃいけないんですね………」

 再び落ち込む真王子。う~ん、どうしたものか………。実は説得させる材料が無いわけではないのだが。



「いいじゃないですかプロデューサーさん、教えてあげても」

「お、音無さんっ!?」

 仕事をしながら俺達の話を聞いていた音無さんが、俺達の間に割って入った。

「でもあの話はこの子達の可能性を狭めてしまう恐れがあるから、社長も固く口止めしているし………」

「あら、そうだったんですか?雪歩ちゃんには特訓前に社長が仰ってましたけど……」

 音無さんの衝撃発言に俺はずっこける。何でそんな大事な事を俺に報告してくれないんですか………



「でもおかげで雪歩ちゃんも、自分に自信を持って特訓に取り組んでくれるようになりましたよ。普通のアイドルの子達
 には言わない方が良いと思いますが、雪歩ちゃんや真ちゃんの『色』の子には教えてあげた方が、アイドルを目指すに
 あたって迷いがなくなると思うんですけど」

 確かにそれは一理あるな。今の真はまさに迷走Mind状態だ。このままでは雪歩の特訓にも支障が出るし、ここらへんで
手を打っておく必要があるかもしれないな。

「色?一体何の話ですかプロデューサー?」

 真がキョトンとした顔で俺を見る。思えばコイツも17歳か。アイドルとして確固たる方向性を見出す頃合いだな。



「ちょっと待ってろ、社長に確認するから。それから音無さん、カラーペンとホワイトボードを用意してくれますか?
 真も手伝え」

「はい、わかりました。じゃあ真ちゃんお手伝い出来るかな」

「は、はい了解です……」

 特別講義の準備を始めた彼女達を横目に、俺は携帯電話を取り出して社長に電話をするのだった。




***


「よし、それでは今から特別講義を始める。しかしその前に言っておくことがある、いいか真?」

「はいっ!!」

 社長の許可も降りた所で、現在俺はホワイトボードの前で塾講師よろしく指導スタイルだ。生徒は真ひとりである。

「この講義の内容は他言無用とする。家族友人にはもちろん、ウチのアイドル達にも教えないように。分かったか?」

「え、でも雪歩は知っているんですよね?だったら春香達に教えてもいいんじゃないですか?」

「ダメだ。俺が今から話すことは、雪歩とお前には為になるかもしれないが、春香達にはアイドル活動の妨げに
 なりかねない。何たって、お前達のアイドルとしてのキャラクターに関わる話だからな」




「アイドルとしてのキャラクター?それってつまりボクが王子様キャラである理由に関するものですか?」

「そうだ。なぜお前がそのキャラじゃないといけないのか、今からしっかり説明してやる。しかし話を聞いたからと
 言って、決して自分の可能性を諦めないでほしいんだ。自分のキャラクターを認める事で、はじめて見えてくる可能性
 だってあるんだ。誤解するなよ。今からする話は、お前の将来の可能性を広げる為にするんだからな?」

「はあ………」

 いまいち釈然としない様子で頷く真。まあ口でどうこう言うより、実際に書いて説明した方がいいな。俺はカラーペンを
取り出すと、さらさらとホワイトボードに書きだした。




                           春香








            千早                             真美
                                           亜美




 まずは赤いペンで春香、青いペンで千早、黄色いペンで真美と亜美の名前を書いて三角形を作る。

「真、この図を見て何かピンと来ないか?」

「ウチのアイドルと、イメージカラーですね。でも何でこの3人だけなんだろう?赤と青と黄色、この三色どこかで見た
 事があるんだけどなあ……」

 お、意外と勘が良いじゃないか。イメージカラーまでたどり着けたら上出来だ。



「ほぼ正解だな。ついでにこれは一般的に言う三原色だな。絵具でこの三色があれば、全ての色が作れると言われている」

「ああそうだっ!美術の時間に習ったんだっ!」

 合点のいった様子で手を叩く真。受け答えがハッキリしているから気持ちいいな。

「そしてこれはアイドルの世界にも共通する。赤いアイドルと青いアイドル、それから黄色いアイドルがいれば、全ての
 アイドルが作り出せることが出来るんだ。春香と千早と亜美真美は『原色のアイドル』だな」

「原色のアイドル?春香と千早と亜美真美って、流れている血の色とか違うんですか?」

 千早と亜美真美も血は赤いよ。コイツ間違える時も気持ちいいくらい外してくるな。



「イメージカラーの話だよ。そしてアイドルとしての基本要素でもある。赤は『情熱』、青は『技術』、黄は『才能』
 を示している。春香と千早と亜美真美は、アイドルの基本要素に特化した子達なんだよ」

「基本要素ですか………」

 真が不思議な顔をして聞いている。講義はここからスタートだ。

「まず春香だが、春香の特色はあのポジティブ思考だ。いつだって前向きで明るくて、ハードなスケジュールでもニコニコ
 して取り組んでいる。そして春香は何と言ってもライブに強い。ウチのアイドル達をまとめて盛り上げるだけでなく、
 ファンへのサービスも手抜かりない。最近はその強みを活かして舞台や司会業にもチャレンジさせてるが、どれも評判
 も良い。まさに765プロの看板娘だな」



「そうですね。確かにボク達のリーダーは春香でしょうね。春香が元気だから、ボク達も頑張ろうって思いますもんっ!」

「そうだろう。あの春香のアイドルとしての強みを裏付けているのが赤の特色の『情熱』なんだよ。どんな困難に遭っても、
 めげずに腐らずまっすぐに取り組む。アイドルとして大事な要素だな」

 明るく元気な女の子というスタイルがアイドルなら、春香のような『赤いアイドル』の存在は必要不可欠だろう。赤い
アイドルを前面に押し出すだけで、事務所としてそれなりの体を保てるのだ。




「しかし春香ひとりでウチの事務所の成功があるかと言われれば、決してそうではない。春香はアイドルとしては実力が
 あるが、歌やダンスは普通だからな。そこで『青いアイドル』千早の出番だ」

 俺は指揮棒を用意して、千早を指す。

「『青いアイドル』は知的で冷静沈着、そして技術の向上の為に努力を惜しまない。千早は歌手として、ストイックに歌の
 練習に取り組み続けている。ウチがただのアイドル事務所ではなく、歌も高い評価を受けているのは千早のおかげだな。
 千早がウチの事務所のアイドル活動の実力面を裏付けている」

「そうですね。千早には歌のアドバイスを貰ったりして、ボク達も助けられていますもんね」

 真がうんうんと頷く。千早はその豊富な知識と確かな歌唱力で、他のアイドル達に歌のアドバイスをする事もある。



「春香と千早がウチの事務所の双璧だ。しかしふたりがいるからウチの事務所が安泰かと言われれば、そうでもない。
 ふたりの実力は誰もが認めるところだが、それでも世の中には『才能の壁』というものが厳然として存在するのだ。
 普通の人間だって努力を重ねればそれなりの場所まで到達出来るが、それでも天才達が持つ『天賦の才』はまた別物
 だ。そして世の中は、その天賦の才が高い評価を受けるのもまた事実なんだ」

「天才の持つ輝きですか……。悔しいですけど、それが魅力的なのもまた事実ですよね………」

 真が苦い顔をして答える。凡人がどれだけ努力をしても天才には敵わないと切り捨てたくはないが、天才達が生まれ
つき持っている才能というのは、いつの時代も眩しいくらいの魅力を放っている。



「ウチの事務所の方針としては、才能を前面に押し出すやり方はあまり肯定出来ないのだが、それでもこのアイドル戦国
 時代を勝ち抜くためには、事務所として強みはひとつでも多い方が良いに越したことはない。そこで『黄色いアイドル』
 亜美真美の出番だ」

 俺は亜美真美に指揮棒を当てる。

「このふたりはウチのアイドルの中で最年少だが、アイドルとして必要なものを既に高いレベルで持っている。亜美が
 竜宮小町で活躍しているのを見れば分かるだろう。真美だって個人でそれなりに仕事を持っている。まだまだ成長過程
 でふたりの才能は未知数だが、将来とんでもない大物になるかもしれないぞ」

 あいつらの実力は俺も予測不可能だ。今はまだアイドルとして方向性を探っているところだが、何をやらせてもそれなり
にこなすので使いやすい反面、将来どういうアイドルにするかという課題には律子も社長も頭を悩ませている。しかも
ひとりでも厄介なのに、それがふたりもいるからなあ……。他所から見れば贅沢な悩みだが。



「情熱の春香、技術の千早、そして才能の亜美真美と、アイドルに必要な三大要素を全て兼ね備えているウチの事務所は
 他の事務所より恵まれているだろう。しかし『原色のアイドル』はその強みに特化している反面一本槍で、弱点も多い。
 千早は職人肌で気難しいところがあるし、亜美真美は地道なスケジュールを組むとすぐダレるしな。勿論こいつらが
 それだけしか出来ないという事はないが、あまり自分の特性とは違う事を無理にさせずに、アイドルとして素直に育て
 ようというのが社長の方針だからな。俺も律子もその方針には賛成だ」

「なるほど、特色がはっきりしていても、それでアイドルとして成功するかどうかというのはまた別の話なんですね……」

 真がふむふむと興味深そうに聞いている。ちゃんとついてきているみたいだな。

「だが人間というのはそんなに単純ではない。そしてアイドルもたった3種類に分類されるような事はない。最初から
 ふたつの良い所を持っていたり、成長する過程で両方の特性を持つアイドルもいる。それが『中間色のアイドル』だ」

 俺はホワイトボードに、春香と千早の間に紫であずささん、春香と亜美真美の間にオレンジでやよいの名前を書く。




                           春香



                  あずさ               やよい




            千早                             真美
                                           亜美




「春香の情熱と千早の技術を持っている『情熱・技術型』のあずささん、亜美真美の才能と春香の情熱を持っている
 『才能・情熱型』のやよいがウチの事務所の中間色のアイドルだな」

「おお、何だか強そうですねっ!」

 真のテンションが上がる。男の子はこういう話は好きだが、真も好きなのかな。



「いや、ふたつの特性を持っているからといって、それが決して有利とは限らない。やよいはウチに来た時から才能も
 情熱も持っていたが、アイドルとしてはまだ未熟だからどちらの特性もまだ上手に発揮出来ないでいる。まあこれは
 これからやよいを育てる過程でゆっくり決めていけば良いと思う。理想としては両方備えたオレンジ色のアイドルに
 したいが、俺は赤や黄色に変わってもいいと思っている」

 中間色のアイドルは不安定な部分もある。原色のアイドルと比べて、その方向性を決めるのもまた難しい。



「一方であずささんだが、彼女はアイドルとして成長していく過程で中間色になった人だ。あの人は元々千早と同じで
 技術型の青いアイドルだったそうだが、その活動の中で赤いアイドルの特性も取り入れて、中間色の紫色のアイドルに
 なったんだ」

 あざささんは短大卒業後にアイドルを目指したという珍しい人だが、以前から興味があったようでダンスや歌の勉強は
独学でしていたそうだ。元は歌が得意な技術型ではあったが、生来の穏やかで愛想の良いマイペースな性格が幸いして、
赤いアイドルのサービス精神を手に入れた。



「中間色でそれなりの水準のアイドルを作ろうと思えば、事務所にもアイドル本人にも厳しい条件が求められる。しっかり
 した育成計画に、徹底したキャラクター作り、両方の特性を伸ばすためにレッスン内容も2倍かそれ以上になるだろう。
 若いアイドル達にそんな厳しい特訓を無理に課しても、潰れてしまいかねないから事務所もさじ加減が難しいんだ」

「今のレッスンでも厳しいのに、それ以上を求められるのはちょっと勘弁してほしいですね……」

 真が青い顔でバッテンマークを作る。でも世の中には、それをアイドルに課している事務所もあるんだぜ。俺はホワイト
ボードに、緑色のペンで961プロの我那覇響と星井美希、それから紫色で四条貴音の名前を書き足した。



                           春香

                     (貴音)

                  あずさ               やよい




            千早   (響)             (美希)      真美
                                           亜美




「おいおい、お前らとそう年齢が変わらないけど、961プロのアイドル達はそれを実践しているんだぜ?あの子達は
 あえて不安定な特色をそのままにして、様々な要素を高いレベルで保っている。しかも星井美希がフレッシュグリーン、
 我那覇響があさぎ色、四条貴音がえんじ色だったかな。中間色のさらに中間色みたいな不安定なカラーをアイドルの
 強みにしているんだ。あの子達のアイドルとしての練習量はハンパないと思うぞ」

 アイドルのキャラクター設定にしても、だいぶ事務所から作られたものだろう。四条貴音の謎のプロフィールや、
我那覇響の陽気な南国娘設定、もしかしたら彼女達の名前ですら芸名かもしれない。ちなみに俺は、星井美希の金髪は
ウィッグではないかとにらんでいる。



「ア、アイドルとして活躍するためにそこまでしなくちゃいけないなんて……」

「そう珍しい話ではないさ。むしろ限りなく自然な状態で活動しているウチの方が業界では珍しいくらいだ。それに
 設定を作って、厳しいレッスンを行う事だって悪い事ばかりではない。その証拠に961プロのアイドルは、たった3人
 であんなに大活躍しているだろう?あの子達はアイドルというもうひとりの自分を演じているんだよ。それを本人達が
 納得して、アイドルとして活躍したいという夢を叶えているなら、外野にとやかく言われる筋合いはない」

 ここで俺は指揮棒を直す。真は難しい顔をして聞いていた。生まれ持ったアイドルの特色をどう活かすかは、事務所に
よって色々違うんだよ。俺も961プロは厳しいと思うが。



「まあとりあえず、原色と中間色、ほとんどのアイドルはこの範囲の中に納まっている。様々なカラーを持つアイドルを
 揃えることで強みを活かし、弱みを補い、そして互いに良い影響を与え合って事務所全体で成長していくんだ。どの色が
 どの色より強いというのは無い。それがアイドルとしての力量に関係している事はないという事は強調しておく。ウチは
 亜美真美と千早の間の『才能・技術型』の緑系統のアイドルがいなくて、961プロの我那覇響と星井美希が緑系統
 だから対抗馬がいなくて攻めあぐねているが、しかしそれだけの話だ。変則的な対抗手段はいくらでもある」

 ホントは『緑のアイドル』も最近までいたんだがな。才能も技術も持っていて、徹底した自己管理とスケジュール調整
能力で自分のレベルを高い水準まで引き上げて活躍していたアイドルが……。ただ彼女は現在マネージャーとしてその手腕
を発揮しており、本人もそれを楽しんでいるので、今更アイドルに戻ってくれとは言いにくい。どうしてものピンチに
なったらまた復帰してもらう手もあるが、それはホントのホントに最終手段にしておきたい。



「そうなんですか。ただアイドルとして似合いそうだからその色をつけたのかなって思ってたんですけど、そういう事情
 もあったんですね………」

 真がしみじみと感想を漏らす。一応理解はしてくれたようだ。しかしその瞳には不安の色が揺らめいている。
「ではこの色の中に居ない自分はどうすればいいんですか?」と思っているんだろうな。



「赤・青・黄の組み合わせで作れない色、すなわち真のイメージカラー『黒』、雪歩のイメージカラー『白』、それから
 少し違うのだが、伊織のイメージカラー『ピンク』のアイドルもごくごく少数ではあるがこの世に存在する。
 お前達の特性はこの中に当てはまらない、完全なオリジナルになる。あえて言うなら『ベースのアイドル』とでも
 言おうか。このホワイトボードの中の世界で表すなら、雪歩はホワイトボードそのもの、真は図の輪郭だ」

「ボードと輪郭………」

 イマイチ理解出来ていない様子の真。ならばこう言いかえれば分かるか。



「お前と雪歩がこのアイドル業界の方針を決めて、形作っている。そして場合によっては、お前達はこの業界を作り変える
 ことが出来る特別な力を持っているんだ」

 真が目を見開いて驚いている。無理もない、お前らベースのアイドルの能力は他のカラーのアイドル達とは一線を画す
のだ。そしてその特性を発揮出来れば、一般のアイドルでは対抗出来ないくらいのとてつもない影響を与える事が出来る。



さて、ようやくタイトルの説明につながりそうだぜ。
独自設定により異論反論あると思いますが、俺はこう思ったよ、という事で
温かい目で見ていただけると幸いです。では次回もお楽しみに。

今回も乙

ところで前にカラオケの話書いてなかった?

それぞれにこれからの方針説明していくやつか?

では今日の分投下しまーす。

>>176
>>177
ちょっと前に投下されていた、Pと律子によるカラオケ指南みたいなSSだろ?
あれは俺のじゃないw あんなに専門的な知識はありませんw
このSSはもっとファンタジーです。



「ボクと雪歩がアイドル業界を作り変える………」

 真が信じられないといった顔で俺を見ている。スケールのでかい話だから驚くのも無理はないな。

「あくまでお前らがその実力を発揮出来ればの話だがな。今のキャラクターで迷走しているお前と、自分に自信が無くて
 気弱な雪歩では、そこまでの偉業を成し遂げるのは程遠いが」

「うぐ……っ、では一体どうすれば………」

 痛い所を突かれたという表情を浮かべて真が答える。俺は苦笑しながら、ホワイトボードを真っ白に戻した。



「まずはお前ら、ベースのアイドルの特性から話をしようか。お前らはその特性からサイドに使うのが一般的だ。雪歩は
 この真っ白なホワイトボードだ。そこに春香を書いてやると………こうなるんだ」

 俺はホワイトボードに春香と、赤い文字で書く。白地に赤い文字で書かれた「春香」という文字はとても目立つ。



「雪歩を他のアイドルと組ませると、組ませたアイドルの特色がはっきり見えてくるんだ。ちょうどこのホワイトボードに
 書いた文字みたいにな。これは雪歩がクセが無くて、どんなアイドルと組ませても主張しすぎず、かつ空気にならない
 魅力があるから出来る事だ。誰と合わせても相手を引き立てられるし、自分も組ませたアイドルに負けないという特性は
 貴重なんだぞ」

 本人は全然気付いてないがな。『白いアイドル』というのは、アイドルの中では明確な武器を持っているわけではないので
その扱いや育成が難しい。擁立しているのはウチくらいではないだろうか。





「しかし雪歩のようなベースのアイドルがいなくても、自分の魅力をはっきりしっかりアピール出来るアイドルもいる。
 それがピンクのアイドルの伊織だ。伊織は自分のイメージカラーにベースの白を取り入れている。伊織は自分の中にこの
 ホワイトボードを持っていて、そこに自分の理想のアイドル像を描いて冷静に分析している。アイツは常に自分が世間に
 どう見られているのか意識して活動しているから、ウチのアイドルの中でも高い完成度を誇っているんだ。アイツに
 竜宮小町のリーダーを任せたのも、ある意味必然だな」

 こちらが何も言わなくても高い意識を持ってアイドルをやっている伊織だが、難しいことばかり考えすぎていて身動きが
取れなくなってしまうという欠点がある。そこで経験豊富なあずささんと、理屈では説明できない才能を持った亜美を
加えて竜宮小町は誕生した。伊織をメインに据えて作られたというわけではないが、あのグループは絶妙なバランスで
その能力を発揮しているのだ。





「へぇ~、伊織って思ったよりスゴイんですね……。それに雪歩も、確かに静かにマイペースに踊っているけど、誰と一緒
 にパフォーマンスをさせても衝突したりしませんもんね……」

 真が感心したように頷いている。ベースのアイドルの良さを引き出すのは難しいが、それを上手く活かす事が出来れば
一歩進んだ奥の深いパフォーマンスが出来るのだ。



「そして真の『黒いアイドル』としての特性だが、お前は一緒に組ませたアイドルの輪郭をはっきり切り出すことが出来る。
 特色をはっきり見せる雪歩と似ているが、真の特性はもう少し限定的だ。ちょうど文字の周りの線を濃くする感じだな」

 俺はそう言って、ホワイトボードに書かれた「春香」という文字の周りを黒くなぞってやる。




「こうしてやると、『春香』という文字の存在感がはっきりするだろう?お前と一緒に組ませたアイドルは、その雰囲気が
 引き締まるんだ。可愛いアイドルを恰好良く、漠然とした魅力をはっきりと限定的に切り出す。女の子だらけで、
 ぬるくて気の抜けてしまいがちな雰囲気を一新したい時なんかは、お前みたいな黒いアイドルが重宝される」

「ボクはぬるくてもいいから、可愛くなりたいんですけど………」

 不満を漏らしながらも、悪い気はしていないらしい。真の口元は若干緩んでいる。



「ははは、まあそう言うな。雰囲気を引き締めるにしても、実力がないと出来ない事だぞ。ただ一緒に組ませてその魅力を
 限定的に表すにしても、邪魔になってしまっては台無しだ。真の凛々しい魅力と確かなダンスの技術があって、その
 効果が発揮されるんだ。雪歩や伊織以上に、お前の存在はレアなんだぞ」

 その分、育てるこっちも大変なんだがな。本当は真の希望通りに女の子らしい路線で売り出してやりたいが、その特性上、
今のところ王子様キャラにせざるを得ないのだから。とにかく黒いアイドルは過去にもほとんどいないので、今は真が
ウチに来る前から持っていたボーイッシュな雰囲気を方向性として売り出している。



「さて、サイドメインで活躍させているベースのアイドルのお前と雪歩だが、メインに据えてその特性を最大限活かして
 売り出していくとなると、その事情は変わってくる。今のライブではお前も雪歩もセンターで歌って踊らせる事もあるが、
 あくまでフォーメーションの形式であって、メインのパフォーマンスをさせた事はないしな」

「今もモデルとかタレントで、ボクも雪歩もそれなりに活動していますけど、それ以上の活動をするって事ですか?」

「ああ、分かりやすく言えばお前と雪歩を竜宮小町や千早みたいに、メインの正統派アイドルとして売り出すという事だ」

「ええっ!?ボクを765プロの看板アイドルにするんですかっ!?そんなのムリですよっ!!」

 バタバタと手をふって全力で断る真。全く、コイツも雪歩ほどではないがイマイチ自分に自信を持ててないんだよな。



「ほう。では聞くが、どうしてお前はトップアイドルになれないんだ?何か問題でもあるのか?」

「だ……、だってボクは伊織みたいに可愛げがあるわけでもないし、千早みたいに歌が上手いわけでもないし……」

 ボソボソと尻すぼみに小さくなっていく真。全く、だから女の子の可愛さは一括りに出来ないって言ってるだろう。



「お前が伊織や千早みたいになっても、アイドルとして人気が出るとは限らないぞ。現在トップアイドルに一番近いと
 言われている星井美希みたいになったとしても、二番煎じで終わるだろうが」

「それは……、そうですけど………」

「お前は売れっ子のアイドルになれば女の子らしくて可愛くなると思っているみたいだが、だったら売れてない他の
 アイドルは女の子らしくないのか?まだまだ成長途中のやよいは、お前にとっては可愛くないのか?」

「そんな事はありませんっ!!やよいだって伊織に負けないくらい可愛いですっ!!」

 力強く否定する真。そりゃそうだろ。やよいはウチのアイドルの中で一番可愛いしなっ!!




「分かってるって。でもお前も分かるだろ?やよいがトップアイドルじゃないのは可愛くないからじゃない。女の子
 らくないからでもない。違いがあるとすればアイドルとしてほんの少し伊織の方がキャリアが長いくらいだ。でも
 それも大した差ではない」

 女の子らしさも可愛さも一概には言えない。アイドルのトレンドなんてもっと漠然としたものだ。そんな薄っぺらい物は
女の子の本物の魅力ではない。大事なのは彼女達が自分に自信を持って、自分の魅力を最大限世間に伝える事だ。



「アイドルの長い歴史の中では、お前みたいなボーイッシュなキャラクターがウケた時代もあったんだぞ?皆パンツルック
 でショートヘアーで、美少年みたいなアイドルが流行していた。それでも彼女達は女の子らしかったし、可愛いと
 言われていたんだ。お前も時代が違えば天下を獲れたかもな」

「うう……、ボクもその頃に生まれたかったです………」

 心底悔しそうにうなだれる真。ボーイッシュだからと言って、可愛くない事はないと理解してもらえただろうか。



「お前の王子様キャラというのは、現在主流の女の子らしさとは違うものだが決して魅力がないわけではない。そして
 可愛気だってある。それにウチの事務所で誰よりも乙女なお前が、女の子らしくないはずないだろうが。それは
 男の俺の視線から見て断言出来るぞ」

「う~ん、そうは言われても、今後もこの王子様路線で売ってトップアイドルなるとは思えないんですけど……」

 理解はしたが納得はしていない様子の真。はは、そりゃ確かにすぐには分からないよな。



「そりゃあお前がトップアイドルになっちまったら、現在活躍しているアイドル達は全員廃業に追い込まれてしまうからな。
 黒は何色にも染まらないし、黒く塗りつぶしてしまえばその上から別のカラーを塗り重ねるのはもう不可能だ。
 同系統の色がいないお前はオンリーワンとして、業界トップを走り続ける事が出来るぞ。ただし敵味方関係なく、業界
 全部を相手にして戦う事になるから辛く苦しい戦いになるが、それでもいいなら一緒にやってみるか?」

「とっ、とんでもないっ!!ボクはみんなを蹴落としてまでトップアイドルになりたいなんて思ってないですよっ!!ただ
 今の事務所でみんなで仲良く活動出来れば、それ以上は望みませんっ!!」

 慌てて否定する真。まあ実際業界全部を敵に回すとなると、真だけじゃなくて事務所もタダじゃすまないだろうけどな。
ベースのアイドルは本気になれば、業界を塗りつぶすことが出来るのが最大の強みなのだ。



「いきなり業界を塗り替えてトップになるのはしんどいからな。だからお前は今のまま、自分だけの理想のアイドル像を
 ゆっくり追い求めていけばいいさ。原色のアイドル達みたいに分かりやすい特色を持たないお前らは、育つのに時間が
 かかる大器晩成型だ。でも業界では稀少な特性だから、実力さえ伴えばそう簡単に仕事を失う事もない。ボーイッシュな
 アイドル部門では既にお前はダントツでトップだからな。安心しろ、お前はアイドルとしても、女の子としても十分
 魅力的だよ」

 俺がぽんぽんと頭を軽く撫でてやると、真は真っ赤になって俯いてしまった。こいつのこういうところはたまらなく
女の子っぽくて可愛らしいんだがなあ。



「何だか上手く乗せられたような気もしますけど、自分が目指す方向性は何となく見えて来ました。ボク、もう少しこの
 キャラで頑張りますよっ!そして誰よりも可愛い女の子になってみせますっ!」

 いや、俺や世間は格好良い女の子を目指して欲しいんだけどな……。でも一応王子様キャラに納得してくれたようで、
少しは迷いが消えたようだ。早く真が自分の持っている魅力に気付いて、自信を持ってくれれば良いのだが。



「それでいい。お前はその調子でしっかり自分の実力を身に付けてくれ。雪歩はもちろん俺達も、お前の事は頼りにして
 いるからな」

 ベースのアイドルを擁立した時点で、ウチの事務所も長期の育成計画を覚悟している。無茶はさせないさ。



「しかし今回は緊急事態だ。雪歩にはウチの代表アイドルとして出場してもらわなければならない。今回のアイドル
 3番勝負は事務所の存続がかかっている。そして相手は現アイドルの代表と言っても過言ではない星井美希だ。
 彼女に勝つという事は、今のアイドル業界そのものに勝つ事に等しい。雪歩には申し訳ないが、一時的に業界全部を
 敵に回してもらう。多少無茶しても、今のアイドル業界を雪歩の実力で真っ白に塗りつぶす」

 真は言葉を失った。自分では到底不可能だと言った業界全てを敵に回すという行為を、自分より心優しくて気の弱い
雪歩が行おうとしているのだ。いや、俺がそれを雪歩にやらせようとしている。それがどれだけ酷な事か、雪歩と一番
仲の良い真が分からないはずがない―――――




本日はここまで。もうちょっと引っ張りますw
どうぞ最後までお付き合い下さい。
ではまた次回。

応援してくれる人ありがとうございますっ!!励みになりますっ!!

 
さて、本日の投下行くか。
本日で中編終了、次回からは後編突入です。

ところでこのSSどれくらいの人が見ているのだろうか……
5人くらいは見ててくれると嬉しいのだが。

毎日数分おきに更新チェックしてる俺、参上!



「雪歩に何をさせるつもりですかっ!!」

 刹那の沈黙の後、獣のように真が飛びついて来た。俺の襟首をつかんでくってかかる。

「あんな気の弱い優しい雪歩に業界全部を敵に回す事なんて出来る訳ないじゃないですかっ!!雪歩を傷つけるような
 事したら、たとえプロデューサーでも許しませんよっ!!」

「ぐえ………、落ち着け真………。話を聞け………」

 タップ……ッ!!ロープ……ッ!!タオル……ッ!!とりあえず知ってる限りのギブアップを集めて、何とか解放してもらう。
しかし真の瞳には、まだ怒りの炎が燃え燻っている。




「まずさっきの話のおさらいだが、お前らベースのアイドルをメインに売り出すという事は、業界を塗りつぶすという
 行為に等しい。黒も白も、三原色に干渉されないからな」


「だったらボクが雪歩の代わりに星井美希と勝負しますっ!!たとえアイドル全員敵に回してアイドル辞める事になっても、
 この勝負に勝ってから辞めますよっ!!」

 再びヒートアップする真。自分の身を挺して雪歩を守るなんて、本当にお前は王子様だよ。





「待て待て、同じベースカラーでも、お前と雪歩では塗りつぶした時の業界の影響に大きな違いがあるんだよ。お前を出す
 より雪歩を出した方が、ウチもアイドル達もダメージが小さくて済むんだ」

「……どういう意味ですか?」

 訝しげな様子で訊く真。また概念的な話になるから説得しにくいんだが、納得してくれるかな………



「さっきの話の繰り返しになるが、アイドル業界をこのホワイトボードで表すなら雪歩はボードそのもの、真はアイドルの
 輪郭だと話したな。憶えているか?」

「はい。雪歩はアイドルの魅力を際立たせて、ボクはアイドルの魅力を切りだして雰囲気を引き締めるんですよね?」

 よく憶えているじゃないか。冗談抜きのシリアスモードだな。



「そうだ。そんなお前らが本気でアイドル業界を塗りつぶしたらどうなるかだが、雪歩は業界全体を真っ白に、真は
 アイドル個人を真っ黒に塗りつぶすんだ。つまり雪歩は全体を、真は個人に作用する。この違いが分かるか?」

「………要するに、雪歩はアイドルの子そのものには影響を与えないということですか?」

 冴えてるな。概ねその通りだ。



「真がトップアイドルとして活躍する世界では、アイドル達は真みたいに凛々しくて恰好良くなるだろう。つまり皆
 『黒いアイドル』になる。今活躍している可愛いアイドルも、皆シャープな印象を持つようになるだろうな。それだけ
 お前の力は、アイドル個人の魅力に強烈に影響を及ぼすんだ」

 真は黙って聞いている。黒いアイドル=ボーイッシュというわけではないが、『カワイイ』というよりは『カッコいい』
雰囲気を持っているのが黒いアイドル達の特徴だ。



「一方で、雪歩がトップアイドルとして活躍する世界は今とさほど変わらないだろう。元々白いアイドルというのは他の
 色の子と衝突することは少ないし、たとえ白く塗りつぶされても、もう一度自分のカラーを塗り直す事だって出来る。
 アイドル個人に与える影響も微々たるものだ」

「じゃあどうして雪歩にやらせるんですか?それくらいの影響で星井美希に勝てるんですか?」

 真が頭に疑問符を浮かべて聞いてくる。そうだな。確かにあまり意味は無いかもしれないな。しかしそれがいいんだよ。



「雪歩の怖い所はな、業界そのものを真っ白にリセットしてしまう事なんだよ。現在のアイドル業界は、星井美希の活躍で
 緑系統のアイドルが台頭していてやや優勢だが、雪歩はそんな星井美希が頑張ってフレッシュグリーンに染めた業界を
 またゼロにする事が出来る。雪歩の力はアイドル業界の勢力図そのものに作用するんだ」

 真が青ざめる。自分達が築き上げてきたキャリアが白紙に戻されてしまうのだ。これほど恐ろしいものがあるか。



「雪歩の存在は、世間に『アイドルとはどんな女の子か?』という疑問を投げかけるだろう。トップアイドル=星井美希と
 いう図式が崩れるんだ。白くリセットされたアイドル業界が、その後どうなるかは分からない。また緑系統のアイドルが
 活躍するかもしれないが、もしかしたら春香みたいな赤系統がその勢力を広げていくかもしれない。しかし一度真っ白に
 なった業界では、間違いなく雪歩が最強アイドルになるだろう」

「それが……雪歩の力……」

 真が小さくつぶやく。そう、それがお前の親友の萩原雪歩の真骨頂だ。



「業界を真っ白に塗りつぶすのは、3番勝負のイベントの夜だけで良い。星井美希にさえ勝てれば良いんだから、それ以降
 は雪歩を無理させてトップアイドルとして売り出そうとは考えていない。お前にも言ったが、業界全部を敵に回して戦う
 のはしんどいからな。心優しい雪歩にはまず無理だろう。だから俺達も雪歩を守る為に最大限の努力をする。入場者を
 規制したり、ライブの映像化を禁止したりして雪歩の影響力を可能な限り小さくするつもりだ。イメージとしては、今の
 アイドル業界のカラーがぎりぎり隠れるくらいの雪化粧をする感じだな。その方がお互いダメージも少ないだろう」



「お互い………?まさか961プロのアイドルもですかっ!?」

「おいおい、勝負と言っても殴り合いじゃないんだ。完膚なきまでに叩き潰してどうする。それにそもそもお前達ベースの
 アイドルの特性は、敵味方関係なく作用するものなんだから、下手すれば春香や千早達が築き上げてきたアイドルの
 キャリアまで真っ白にされかねないんだ。ちょうどさっきのトチ狂ったお前みたいにな」

「うぐ……、それはもう忘れて下さい………」

 真が顔を真っ赤にして小さくなる。黒歴史確定だな。



「勝敗の分かれ目は、今まで築いてきた『最強のアイドル』というイメージを白紙に戻された星井美希個人と、真っ白な
 世界にひとり佇む萩原雪歩のどちらが魅力的かという勝負になるだろう。まさに新世界のアイドル対決だ。業界を白く
 塗りつぶす事で雪歩が先行して有利になるが、星井美希もそれくらいで無力化しないだろう。こちらの予想を上回る力を
 出されたら、雪歩でも敵わないかもしれない。雪歩にどこまで本気を出させるか、力の使いどころが難しいんだよな」

「つまり業界とアイドル達にギリギリダメージを与えない程度に星井美希の力を白く塗りつぶして、雪歩のアイドルと
 しての純粋な魅力と実力で勝負するという事ですか?」



「どこまでが『白いアイドル』の力で、どこからか雪歩の実力かを分けて考えるのは難しいんだけどな。そこでお前の
 ボーイッシュ路線と同じように、雪歩には清純派路線を武器にして勝負してもらう。白いアイドルの力を出来るだけ
 使わない為にも、雪歩の本来持っている魅力と実力を最大限活かして勝負する。今やっているのはその為の特訓だ」

「ああ~っ!!全力を出せば業界をひっくり返せる実力があるのに、ボク達を守るためとはいえ敵まで気遣ってギリギリ勝利
 して、しかもその後も大活躍する事無く今まで通りのアイドル活動を続けるなんて、何てはがゆいんだ雪歩ぉ~っ!!」

 真が頭を抱えてゴロゴロ床をのたうち回る。その気持ちはよく分かるよ。悔しいのは俺も同じだ。



「まあそう言うな。他のアイドルを蹴落としてまでトップになりたくないってお前も言ってただろう。雪歩も同じさ。
 皆で仲良くアイドルを続けられたら、雪歩もそれ以上を望んでないだろう」

 俺はそう言いながら、床に転がっている真に手を貸してやる。講義はここで終了だな。



「それに勝負が終わった後も、何も変わらないという事はないさ。少なくとも雪歩は今以上に自信を持って、アイドルと
 しても女の子としても成長する。それだけで十分じゃないか。その為に俺達が何をしなければいけないか分かるよな?」

「そうだっ!!こうしちゃいられないっ!!今すぐ雪歩のサポートに行かないとっ!!プロデューサーッ、ボクすぐにスタジオに
 戻りますっ!!待ってろよ雪歩ォォォォォオオオオオオオッッッ!!!!!!」

 早口でそう言い終えると、真は疾風の様なスピードで事務所から出て行った。全く、本当に単純で一本気なヤツだな。
しかしこれで、真もそう簡単に自分を見失う事もなくなるだろう。俺は一息つくと、ホワイトボードを片付けた。




「元気になったみたいですね、真ちゃん」

 事務作業を終えた音無さんが声をかけて来た。これで本当に良かったんでしょうかねえ。アイドルのカラーは、その
アイドル個人の素質や才能に密接に関係している。もし自分の目指すアイドルのカラーが、自分のカラーに合って
いなければ、俺はプロデューサーとして諦めさせなければならないのだ。



「大丈夫ですよ。女の子は強いんですっ!ちょっと素質がないって言われたくらいで落ち込んだり、簡単に諦めたり
 しませんよ。アイドルっていうのは女の子の夢なんですから」

「だといいんですけどね。でもまあ、この話はあくまでアイドル達を使う事務所側の都合が多く含まれていますから、
 引き続き他の子には秘密で頼みますよ」

「分かってますって。それよりお茶でもいかがです?特別講義でお疲れでしょう」

 そう言われて、俺は事務所のソファーに腰を下ろすことにした。後で俺も雪歩の様子を見に行くが、ちょっと休憩だ。
給湯室からお茶を持ってきてくれた音無さんと2人ならんで、テレビを見る事にする。




「あっ、春香ちゃん今日は福岡なんだ……」

「確か今日はやよいと真美も応援に行っているはずです。CD店前で握手会の後、ミニライブもやる予定です」

 テレビの中では春香とやよいと真美が、3人並んで握手会をしていた。赤・オレンジ・黄色と綺麗なグラデーションで
ある。お客さんの反応も上々だな。



「春香ちゃん大丈夫でしょうか……?予定が合えば他の子達も応援に行かせる予定ですけど、基本ひとりでの全国営業
 ですよね。イベント本番まで元気でいてくれたらいいんですけど………」

「春香なら大丈夫ですよ。アイツの元気は底なしですから。あれでもウチの看板娘なんです。千早に負けない位、アイツ
 もアイドルとしては実力者ですよ」

 アイドルは元気いっぱい笑顔いっぱいというのが一般的なので分かりにくいが、春香は本物だ。あそこまで徹底して
明るくて元気な理想のアイドル像を体現している女の子を俺は知らない。





「そうですね。春香ちゃんも千早ちゃんも、もうすっかり一人前のアイドルですもんね。それから雪歩ちゃんも……」

 音無さんがしみじみと語る。そうだ、雪歩だって春香や千早くらい、もっとスポットライトを浴びる事が出来るんだ。
それくらいの実力と魅力は持っている。





「今度の勝負、雪歩ちゃんも全力でやらせてあげたらどうですか?せっかくのチャンスなんです。それに一度くらい
 真っ白にされても、それで何もかも失ってしまうような弱い子達はウチにはいませんよ」

「そうですね。相手は現アイドル最強ですから、本来は手加減など出来ない相手ですしね。ただ俺も雪歩の力がどれくらい
 のものか予測がつかないので、今はまだ様子見の状況です。特訓を始めてまだ3日目ですからね」

 たった3日であそこまで変わってしまった真を見ると、今はまだとても全力のゴーサインを出せないが。



「勝負も大事ですけど、一度くらい全力全開の雪歩ちゃんを見てみたいと思うんです。雪歩ちゃんって、いつもどこか
 遠慮というかセーブしていますから。やっぱりアイドルになったからには本気で力を出し切って、輝いて欲しいですね」

「それはそうですけどねえ………」




 テレビで全力全開で営業スマイルを振りまいている春香を見ながらつぶやいた。………何か春香リミッター外れて
ないか?いきなり全国営業に放り出されてヤケになっているのかもしれん。あそこまでテンション高いと逆にウザいな。
でも春香は楽しそうだった。エネルギーが空っぽになるまで本気でやってみるのは何とも言えない爽快感と、やり切った
後は達成感がある。雪歩にその経験がないのなら、それはそれで可哀想だな。アイドル3番勝負まであと27日。直前まで
じっくり考えてみるか。



本日分の投下終了。明日からアイドル3番勝負編に突入です。
それでは次回もお楽しみに。

>>202
だいたい投下時刻は19時以降だw いつも見ててくれてありがとうっ!!

さて、本日分いきまーす。
ちょっとしんどくなってきた。近々休んでじっくり考えないといけないかも。



 そしていよいよ12月24日のライブ当日。東京では珍しく大雪が降るホワイトクリスマスとなった。会場は日本武道館。
高い倍率を勝ち取ったアイドルファン一万人の満席となった。外の寒さとは対照的に、会場内は熱気に包まれている。

「千早の様子はどうですか?」

「大丈夫だ。いつも通り落ち着いている。そっちこそ、伊織は大丈夫だろうな?」

「安心して下さい。あの子は本番には強いですから。むしろ亜美やあずささんの方が緊張してますよ」

 ここは765プロ控室。千早は出番が近いので既に舞台裏で待機している。竜宮小町も別室で最終調整に入っている。
俺達プロデューサーは会場内を駆け回り、会場スタッフとの打ち合わせや確認に追われていた。





「しっかし思ったよりデカいイベントになっちまったな。ドームじゃないし、中規模のライブでもっと落ち着けると
 思ったが……」

「まさか876プロが介入してくるとは思いませんでしたね……。それにMBMSスクールのアイドル候補生まで割り
 込んでくるし、これはもうウチと961プロだけのイベントじゃないですよ」

 そうなのだ。今回のライブは最初は『アイドル3番勝負』というイベントだったのだが、企画を進めていくうちに他の
事務所も介入してきて、今をときめくアイドル達が勢揃いした一大イベントへと変貌したのだ。876プロの石川社長曰く、
「日本のアイドルは765と961だけじゃないっ!!」との事だそうだ。更に「シンデレラガールズ」と呼ばれる
ニュージェネレーション世代のお披露目も相まって、クリスマスにふさわしい豪華ライブとなった。



「まあ正直石川社長には助けられたがな。ウチは今回のイベントの準備に追われて3番勝負以外の準備はしてなかったし、
 間を持たせてくれたのはありがたい」

「石川社長も黒井社長のやり方には腹を立てていたみたいですからね。ウチの味方になってくれたというわけではない
 みたいですが、高木社長は『大きな借りが出来てしまったよ』って笑ってましたよ」

 今回のイベントの目玉はあくまでウチと961プロのアイドル勝負だが、876プロとシンデレラガールズには前座と
間のつなぎをお願いしてもらっている。当初はこの前座やライブのつなぎまでウチと961プロが行う予定だったが、
向こうはともかくウチにはそんな体力はない。3番勝負だけに集中出来るのは本当に助かる。それにウチに余裕がないのに
はもうひとつ大きな理由があった。




「春香は今どこまで来ているんだ?」

「ようやく東京に入ったところだそうです。千早の出番に間に合うかどうかは微妙ですね……」

 そうなのだ。全国営業をギリギリまで行っていた上にこの大雪で渋滞に捕まり、ウチの事務所のライブの要である春香が
まだ会場に到着していないのだ。今回春香は裏方ではあるが、春香が居るのと居ないのでは、アイドル全体の士気に大きな
違いが出る。正直大ピンチだった。



「千早も伊織も本番に備えて準備は出来ているみたいですけど、それでも春香の応援があるとないとでは雲泥の差が出ます
 からね。特にライブでは」

「ああそうだな。普通の仕事とライブはまた違うからな。春香以上にウチの事務所でライブを支配できるアイドルはいな
 いしな。特に今回のイベントは絶対に負けられないし………」

 俺は時計を見ながら汗を拭う。最悪雪歩の出番までには間に合えばよいのだが……




「プロデューサー殿こそ雪歩は大丈夫なんでしょうね?まだ雪歩の出番まで時間はありますけど、みんな一番心配
 してますよ……」

 律子が不安気な顔で訊いてくる。無理もない、雪歩は特訓前日を最後に、俺と真以外の人間とは顔を合わせてないのだ。
最近は忙しくて、一ヶ月くらいだと同じ事務所のアイドル同士でも顔を合わせないこともあるが、俺は更に意識して
雪歩を他のアイドルと接触させないように気を遣っていた。


―――――その方が、安全だからな。




「ああ、そっちは心配するな。雪歩には真がついているから。さっき電話があったが、酸素カプセルの中で寝ている
 みたいだぞ」

「酸素カプセルって……、また随分気合いが入ってますね。雪歩のお父様の差し入れですか?」

「ああ、俺も体験させて貰ったが本当に疲れがとれてすっきりするぞ。本番ギリギリまで寝るらしい。雪歩の仕上がりに
 ついては、俺と真が保証するよ」

「本番直前だっていうのに、皆バラバラで大丈夫でしょうか………。いつもの号令も出来そうにないし、ただでさえ分が
 悪い勝負なのに………」

 心配そうな律子の頭をぽんぽんと叩いてやる。俺達が信じてやれないでどうする。



「一緒に居る事だけが重要というわけではないさ。離れていてもあいつらの心は繋がっている。互いの声が届かないと心配
 しているようなら、俺達が間を取り持ってやればいい。その為のプロデューサーだろ?」

「そうですね……。うんっ!そうですねっ!!こんな時だからこそ私達が頑張らないといけませんよねっ!!すみませんでした
 弱気な事を言って。ウチのいとこもあそこで頑張っている事ですし、私も気合い入れ直しますっ!!」

 控室内の会場モニターには、876プロのアイドルがライブを行っていた。皆楽しそうだな。イベントの勝ち負けによる
事務所のゴタゴタは俺達が頑張れば良い。アイドル達は純粋にライブを楽しめば良いのだ。



「それじゃあ私はもう一度、竜宮小町の方を見てきます。プロデューサー殿もよろしくお願いしますね」

「ああ頼んだぞ。俺も千早の所に行くよ」

 そう言って互いに控室を出ようとした時、律子の携帯電話に着信が入った。律子はすぐさま通話ボタンを押す。



「はい律子です。……ああ、あずささん。どうしました?」

 どうやらあずささんからのようだ。何かあったのだろうか?

「ええっ!?本当ですかっ!!それで伊織の方は……、ああそうですか、すぐにそっちに向かいますから、くれぐれも穏便に
 お願いしますね。……はい、はい、亜美は放っておいて結構ですから……。では」

 電話を切った律子が、眉間を軽くもみながら深刻そうな顔で考え込む。



「どうした?何か問題でも起こったのか?」

「ええ、緊急事態です……。私もどう対処したものか……申し訳ありませんが、プロデューサー殿も一緒に来ていただいて
 よろしいでしょうか?」

 律子がこんな事を言うのは珍しい。伊織たちの身に、よほど大変な事があったようだ。



「それが………、竜宮小町の控室に961プロの我那覇響が来ているそうなんですよ………」

 何だそりゃ!?よりによって伊織の対戦相手が来るなんて、挨拶にしても最悪の組み合わせじゃないか………





***


「お、ようやく話の出来そうな大人が来たさー」

 俺達が伊織たちの部屋へ到着すると、そこにはニコニコした我那覇響と、その響に対して敵意をむき出しにしている亜美
と冷めた目で睨んでいる伊織、そしてその間でおろおろしているあずささんが居た。



「ちょっとあなたどういうつもりっ!?さっきはウチの挨拶を無視したくせにいい度胸してるじゃないのっ!!」

 そして竜宮小町以上に怒っている律子。お前がキレてどうすんだよ。まずは落ち着け。

「いや~、さっきは黒井社長は相手にするなって言われたけど、せっかく来てくれたのに悪いことしたと思ったからこっち
 から挨拶に来たさー。自分が勝手に来ただけだから、黒井社長には内緒にしてほしいさー」

 そう言って悪戯っぽく笑う響。どうやら普通に挨拶に来ただけのようだ。若干空気を読めてないが、良い子じゃないか。



「それはわざわざご苦労だったな。お前ひとりか?」

「貴音と美希も誘ったんだけど、貴音は出番が近いから準備が忙しそうだったし、美希は面倒くさいから行かないって
 断られたさー。だから自分がみんなの分も挨拶するぞっ!!」

 そう言っても、ウチも千早はスタンバイしてるし、雪歩も寝てるから居ないんだけどな……



「あちゃー、自分ちょっと遅かったみたいだな。美希の対戦相手のアイドルには挨拶しておきたかったんだけどなー」

 後ろ手で頭をぽりぽり掻いて困った様子の響。発言した本人には他意のないセリフだったのだろうが、ひとりひっかかる
ヤツがいたようだ。



「……ちょっとアンタ、聞き捨てならないわね。このスーパーアイドル伊織ちゃんは眼中にないってこと?」

 静観していた伊織だったが、やはり怒っていたようだ。キーキー喚かない分、いつもより怖い。

「ああ、そういえばおまえ、自分の対戦相手だったか。多分自分が勝つと思うけど、今日はお互い頑張るさー」

 悪意がないのは分かっているが、コイツ本当に空気読めないんだな。伊織のこめかみからブチっと血管の切れる音がした。



「敵とこれ以上交わす言葉はないわ。私の気が変わらないうちにさっさと出て行きなさい。それから星井美希の相手の事
 なんて考えなくても、千早と私でこの勝負終わらせてあげる。アンタも覚悟しときなさい」

 恐ろしく冷めた声で言い放つ伊織。俺もブルっちまいそうだ。



「ええ~、おまえじゃ自分に勝つのは無理だと思うけどなー」

「いいからさっさと出てけっ!!二度と入って来るなーっ!!」

「そうだそうだっ!!961プロはでてけーっ!!」

「ふ、ふたりとも落ち着いて……」

 響に向かってタオルやらボトルやらを投げつける伊織と亜美を、あずささんが必死でなだめる。俺はとりあえず、敵とは
いえ他所の事務所のアイドルにケガを負わせるわけにはいけないので、響をかばいながら控室を出て行った。「何でソイツ
をかばうのよーっ!!」とか「兄ちゃんのうらぎりものーっ!!」などと後ろから聞こえてくるが、後で律子とあずささんが
何とかしてくれるだろう。



「……自分、何か怒らせるようなことしたか?」

 あっけらかんとしている響に溜息をつきながら、俺はやれやれと伊織達が投げつけたボトルやらタオルやらを拾い集めた。

「まあウチの連中には、後で俺の方からもちゃんと言っておくよ。わざわざ来てくれたのに悪かったな」

 俺がそう言うと、響は南国娘キャラの明るい笑顔でにこっと笑ってから、どんと自分の胸を叩いた。

「心配する事ないさーっ!!あれくらい気の強い方が可愛げがあるさっ!!あの子達が961プロに来たら、自分がしっかり
 面倒みてやるぞっ!!」

 961プロが勝つことは響の中では既定事項なんだな……。全く小憎らしいガキだぜ。



「………なあアンタ、美希の対戦相手って、どんな子なんだ?」

 ふと響が訊いて来た。少し声のトーンが違う。若干真剣な雰囲気がする。

「そっちにも情報は入ってると思うが……。萩原雪歩だ。知らないのか?」

「いや、知ってるんだけど、どうして765プロが美希の対戦相手に萩原雪歩をぶつけたのかが、ちょっと気になって
 いるさー。最初は美希との対決を諦めたのかなと思ってたけど、どうもそんな感じでもなさそうだし……」

 どうも釈然としない様子の響。なかなか鋭いじゃないか。さすがワイルドガールだな。



「ライブDVDとか見ても萩原雪歩はサイドで踊っている事が多いし、竜宮小町や如月千早みたいに目立つ活躍をしている
 わけでもないし、実際に会ってみたらちょっとは分かるかなと思ったんだけど……。やっぱり765プロは美希との対決
 を諦めているのか?このままだと、ホントに961プロに吸収されちゃうぞ?」

 何だコイツ?まるで765プロに倒されたがっているような言い分だな。



「自分は別に今回の勝負に興味はないぞ。961プロが負けても、自分も貴音もひとりでやっていけるさー」

 響がぽつりと漏らす。どうやらあまり961プロに愛着は無いみたいだ。

「自分と貴音は、765プロに美希を負かしてほしいさ。美希は今のままアイドル続けていたら、不幸にしかならないさー」

「……どういう意味だ?」

 思わず聞いてしまった。敵方に聞くような話ではないと分かってはいるが、とても聞き流せない。



「美希の才能は自分も認めているさー。デビュー前からずっと一緒にレッスンしてきたけど、あの子の成長速度は異常
 だったさー。美希も素直で良い子だったし、自分と貴音とも仲良くやってきたさー」

 昔を懐かしむような遠い目をして響が語る。まるでもう戻れないとでも言わんばかりの表情だ。



「でもある時から、黒井社長が美希ひとりを特別扱いするようになったさ。美希ひとりだけ自分達とは別に特別メニュー
 を組んで、トップアイドルにするための苛酷なレッスンをやらせるようになったさ……。ただでさえ961プロの
 レッスンは厳しいのに、このままでは美希が壊れてしまうって自分も貴音も社長に掛け合ったけど、社長は聞いてくれ
 なかったさ………」

 薄々予想はしていたが、やはり961プロのレッスンはキツいみたいだな。そしてその中の響が更にキツイと言っている
のだから、相当なものだろう。



「美希は才能がある子だから、今はそんなレッスンにも文句を言わずに付いて行ってるけど、無理しているのは明らかさ。
 でもなまじ特別扱いされて美希も勘違いしちゃってるから、自分達の言葉も聞いてくれないさ……。もう自分と貴音じゃ
 美希を止められないさ……」

 響は寂しそうに笑う。今にも泣きそうだ。



「誰でもいいから、今の破滅に向かって進んでいる美希を止めて欲しいさ。そしたら今度は、自分と貴音が美希をしっかり
 守って、また3人でアイドルを頑張るさ。だから765プロには簡単に負けてもらったら困るさー」

 全く、ただでさえ大変な勝負なのにますます責任重大になっちまったな。961プロも余計なことばかりしやがる。



「安心しろ、ウチだって勝負を諦めたわけじゃない。星井美希にも首を洗って待ってろって伝えとけ。いつまでもお前の
 天下が続くわけじゃないんだってな」

 俺が笑いかけてやると、響は少し安堵したように頬を緩ませた。



「だいたいお前も大丈夫なのか?随分余裕のようだが、お前が負けちまったらこのイベントも興醒めだぞ」

 千早と四条貴音の対決はおそらくウチが勝つだろうが、伊織と響の対決は分からない。美希の事を考えると伊織には
悪いが響が勝利して、一勝一敗で最終決戦に持ち込むのが理想的だ。伊織が勝利してウチが2勝しても一応最終勝負まで
は行われるが、勝敗が決まっていると美希もやる気を無くして、本気で勝負をしてこないだろう。



「それなら心配ないさー。貴音は多分如月千早には敵わないだろうけど、二戦目はウチが絶対にもらうさーっ!!だから
 一勝一敗で、最終決戦まで持ち込んでやるさーっ!!」

 自分は完璧だからなっ!!と胸を張る響。一体その自身はどこから来るんだよ。俺は苦笑しながら、手に持っていた
カロリーメイトを一箱渡してやった。



「まあお前らアイドルは、ファンの為に最高のパフォーマンスをしてくれたらいいさ。お互いに良いイベントになるように
 頑張ろうぜ。ウチが勝ったら、お前らもまとめて765プロで面倒見てやるよ」

「ふふん、それはありえないと思うけど、その時は頼ってやってもいいさー。じゃあ自分はそろそろ戻るから、竜宮小町
 にもよろしく言っておいて欲しいさーっ!!」

 そう言って、響は笑顔で自分の控室へ帰って行った。961プロは腹立つが、アイツとなら上手くやれそうだな。
四条貴音と星井美希もきっと悪い子ではないのだろう。伊織と響の間には妙な確執が出来てしまったかもしれないがな。



「……アイツ、帰ったの?」

 ふと振り返ると、伊織と亜美が控室のドアの隙間から顔を出していた。俺はタオルやらボトルやらをふたりに手渡す。

「向こうは随分余裕みたいだが、お前は大丈夫か?ちゃんと落ち着いてやれよ」

「ふんっ、誰に向かって言ってるのよ。このスーパーアイドル伊織ちゃんがあれくらいのことで動揺するわけないじゃない」

 涼しい顔で答える伊織。心配しなくても大丈夫そうだな。




「あれ~?兄ちゃん、亜美のカロリーメイトがないんだけど、知らない?」

 俺から受け取った荷物を確認して亜美が言う。………しまった、響にあげちまったよ。俺は溜息をついてから、新しい
カロリーメイトを取りに控室へ走った。千早の出番はそろそろである。間に合うかな。




今日はここまで。ようやく三番勝負まで書けたぜ。
ここまで来れたは良いが、正直メチャ難航していますww
ストーリーは出来ているがどういうバトルにしようか、全然思いつかない……
今まで通り更新できなくなるかもしれないけど、ご了承ください。

ではまた次回っ!!


あれ?sageになってる……
一応上げておこう。

遅くなったーっ!!
今日の分投下しますっ!!



「調子はどうだ千早?何か問題はないか?」

「お疲れ様ですプロデューサー。こちらは大丈夫です」

 舞台裏を訪れると、そこには千早がパイプ椅子に腰かけて待機していた。現在ではあまり見かけないCDプレーヤーを
聴いているいつもの千早スタイルだ。



「確か一戦目は向こうが先攻だったな。俺は後攻の方が好きだが、千早は後攻でもいいのか?」

「別にどちらでもいいです。勝てばいいだけの話ですから」

 相変わらず素っ気ない返事の千早。流石は765プロの歌姫、堂々としたものだ。後に続く伊織と雪歩の為にも、自分は
絶対負けられないというプレッシャーがあるにも関わらず、悠然と構えている。





「しかしあちらさん、随分準備に時間がかかっているな。一体どんなパフォーマンスをするつもりなんだ?」

 舞台の様子はこちらからうかがい知ることは出来ない。対戦相手は知らされているが、パフォーマンスの内容は秘密で
ある。その方が盛り上がるからという理由らしいが、当事者同士は教えてくれてもいいじゃないかと不満はある。



「先ほどから色々な楽器の音が聞こえます。おそらくですけど、961プロが何をやろうとしているのか想像は出来ます」

 冷静に答える千早。楽器の音?俺には何かガチャガチャしてる音しか聞こえないが………

『それではお待たせしましたっ!!只今より本日のメインイベント、765プロと961プロによるアイドル三番勝負を開始
 しますっ!!』

 司会の発表により、いよいよアイドル三番勝負が始まった。千早もCDプレーヤーを片付ける。





『第一戦目は『song』対決っ!!アイドルとして歌で勝負してもらいますっ!!先攻は961プロの銀色の王女、四条貴音っ!!
 曲は『風花』!!それではどうぞっ!!』

 司会の紹介で舞台に四条貴音が現れる。露出の少ないえんじ色のフォーマルなドレスを着ていた。本当に10代の少女
なのか?と目を疑うほど大人びた雰囲気だ。そして激しく場違いだ。貴音はゆっくりと舞台に上り、スタンドマイクの前に
スタンバイする。その後ろは厚い緞帳がかかっている。さて、後ろから何が出て来るのか……。やがて貴音が深々とマイク
の前でおじぎをすると、緞帳がゆっくりと開かれた。



「やっぱり……」

「な……、フルオケだと………?」

 四条貴音の後ろから現れたのは、まるでクラッシックのコンサートでも行うのかと勘違いしてしまいそうな程の
フルオーケストラ集団だった。彼らと一緒なら、四条貴音のドレス姿も違和感なく馴染んでいる。



「いくら勝負のためとはいえ、ここまでするか……。さすが961プロは金持ちだな」

「四条さんは世界観と表現力で歌う歌手だとお聞きしました。準備さえ出来れば、これくらいの事はしてくるでしょう」

 やがて曲が始まり、……というよりは演奏が始まり、四条貴音が歌い始めた。





♪いくつもの虹が重なり合うと 風をうけて一人の意味を知った♪

♪砕け散った空に 風花が舞う ふわふわと 頼りなげに消えた♪


「さすが961プロのアイドルだな。フルオケを完全に従えてやがる。いや、そればかりか完全に自分の世界に取り込んで
 いるな。これはもうアイドルのライブじゃないぞ………」

 今回のイベントのはあくまでもアイドルのライブである。アイドル達が歌って踊って、という気軽に楽しむものだと
思い込んでいたが、まさかこんな重厚なオーケストラによるコンサートになるとは思わなかった。

「まるで一流のシンガーのコンサートですね。……こんな対決になるとは思いませんでした」

 千早も冷静にコメントをする。俺達はしばし圧倒された。





♪光の外へ心は向かっていく そこに何があるの?確かめたい♪

♪高く高く目指す景色の果てに 永遠が広がる♪


 静かに高らかに丁寧に、そして何より美しく歌い上げる貴音は会場を完全に支配していた。……何でこの子がアイドル
なんてやってるんだろうな。貴音が持つ独特の世界観と雰囲気、そして何より息を呑むような彼女の美貌は、明らかに
女優か舞台役者寄りだ。こうして聞いてると歌は文句なしに上手いし、場違いなのを感じさせないほど観客も彼女の歌に
聴き入っているのだが、どうも何かしっくり来ない。

―――――自分と貴音が美希をしっかり守って、また3人でアイドルを頑張るさ。

 まさか美希の為なのか?響も随分美希を気にかけていたが、貴音も自分の意志より優先して美希を守ろうとしているの
だろうか。嫌々アイドルをしているわけではないと思うが………






♪追いつめられて言葉無くして思うのは♪

♪心の中に散った風花♪


 やがて貴音のパフォーマンスが終了した。ファンとオーケストラ一団に深々と頭を下げる彼女に、会場は大喝采である。
この後に歌うのかよ……。後攻有利だと思っていたが、正直やり辛過ぎる。





「……彼女、のれてませんでしたね。何故かは分かりませんけど」

 舞台を引き上げる貴音とオーケストラの一団を見ている俺の横で、千早が軽く柔軟運動をしていた。………珍しいな、
踊るわけでもないのに、千早がこんな事をしているなんて………



「………まさか千早、緊張しているのか?」

「あんなパフォーマンスを見せられて、緊張するなという方が無理だと思いますけど………」

 よく見ると若干表情が強張っていて、足もかすかに震えている。すっかり頼り切っていてほとんど気にかけていなかった
が、千早だって普通の女子高生だ。しかもウチのパフォーマンスは、千早が普通にBGMをバックに歌うだけである。
彼女はフルオケを従えて歌った貴音を相手に、自分ひとりで、自分の声だけで勝負しなければならないのだ。『song』対決
ではあるが、どちらの方が観客を惹きつけるパフォーマンスになるのるかは火を見るより明らかだ。





「お、おい千早……、落ち着いて「プロデューサー」

 何とか緊張をほぐそうと声をかけようとしたら、千早がそれを遮った。

「春香はまだ来ていませんか?」

「あ、ああ……。まだもう少しかかるみたいだ……」

「連絡を取る事は出来ませんか……?」

 いつもと同じ調子だが、千早の言葉の端々に焦りが感じ取れる。



「ちょっと待ってろ………、……ああ春香か?ちょっと千早に代わるぞ」

 電話をかけるとすんなり繋がった。バックでプロペラ音のようなものが響いて雑音が酷いが、今アイツどこにいるんだ?
俺はそのまま千早に電話を手渡してやる。

「もしもし春香?今どこなの?……うん、うん、こっちは大丈夫よ。今から私歌うから。……ああ気にしないで、水瀬さん
 の出番までには帰って来なさいよ」

 電話で春香と言葉を交わす千早。幾分落ち着いてきたようだ。



「ねえ春香………、私の相手の四条さんなんだけど、全力でぶつからないと勝てそうにないの。だから………」

 携帯電話を握りしめて硬い声で言う千早。そしてやや間を置いて

「私はこの一曲に自分の全てをぶつけるわ。後は控室で休んでいるから、765プロの事は任せたわよ」

 迷いのない目、澱みの無い声ではっきりと言い切った。そして電話を切ると、俺に返してきた。ずっと間近でこいつらの
事を見ていて、俺は自分の事務所のアイドルの事なら全て把握しているつもりだったが、まだまだ見識が浅かったようだ。



「プロデューサー、プログラムの変更をお願いしたいのですけど」

「なっ!?今からかっ!?流石にもう曲の変更なんかは出来ないぞっ!?」

 突然パフォーマンスの変更を申し出る千早。もう本番まで10分もない。

「いえ、そんなにお手数をおかけしません。ただ少しBGMを変えてくれればいいんです」

「BGM?何かアレンジを加えるのか?」

 俺の言葉に千早は小さく頷くと、はっきりと宣言した。



「曲の1番を丸々、アカペラで歌います。フルオーケストラに対抗するには、ごまかしなしの純粋な歌唱力でアピールする
 しかないでしょう」


「な………、何だと―――――っ!!」

 驚く俺を横目に、千早は腹式呼吸で調整をしていた。もう決心したようで、すっかりその気である。





「……やれるのか?ドームではないとはいえ、武道館もそれなりに広い。いくらお前でも、歌声だけで会場を支配する
 のは簡単ではないぞ」

「後の事は春香に任せましたし、久々に思いっきり歌ってみようと思います。後に続く水瀬さん達の為にも、私はこの勝負
 には絶対に勝たないといけませんから」

 先程の緊張した様子はどこへ行ったのやら、千早は再び落ち着いている。それどころかどこか余裕さえも感じられる。



「それにフルオケ連れて来た程度で、この私に勝てると思われていたのなら心外です。四条さんも本気ではなかったみたい
 ですし、その様な相手に負けるのは私のプライドが許せません」

 千早は誇り高い歌手だ。積極的に自己主張して他人と争うような事はないが、絶対的に他者の介入を許さない自分だけの
強固な領域を心の中に持っている。それが彼女が『孤高の歌姫』と呼ばれている由縁だ。最近はだいぶ丸くなったと思って
いたのだが、久々に珍しく尖った部分を覗かせた。






「大丈夫ですよ。ひとりで全てを背負おうなんて考えていません。背中を任せられる仲間がいるから、こんな無茶だって
 出来るんですよ」

 心配気な俺の顔を見て、千早は楽しそうに笑った。………全く、お前は凄い奴だよ春香。電話ごしにも関わらずに、お前
は千早の心の中にすんなり入れるんだな。



「……分かった。俺達も出来るだけサポートする。ぶっ倒れるくらいのつもりで歌って来いっ!!」

「はいっ!よろしくお願いしますっ!」

 そう言うと、千早は元気に笑顔で会場へ向かって行った。いつものクールな千早とは違い、まるで春香が乗り移った
ようだ。今の彼女なら大丈夫だろう。



『それでは次は765プロが誇る孤高の歌姫、如月千早のパフォーマンスですっ!!曲は『眠り姫』!!どうぞよろしく
 お願いしますっ!!』

 司会の紹介に会場がひときは盛り上がる。既に音響スタッフには連絡を取ってある。会場のスタンドマイクの前で、
ひとり佇む千早。BGMは流れない。全ては千早の歌い出しからスタートだ。




 ♪ずっと眠っていられたら この悲しみを忘れられる♪

 ♪そう願い 眠りについた夜もある♪


 BGMもなくいきなり歌いだした千早に、最初会場はどよめいた。機材のトラブルだと勘違いしたのだろう。しかし
1フレーズを歌い切った頃には、誰もが千早のパフォーマンスがアカペラだと理解した。それほど千早の歌唱力は圧倒的
だった。もしかしたらマイクすら不要なのかもしれない。その歌声はもはや音波であり、楽器であり、衝撃波となって
会場全体をあっという間に支配した。誰も声を出せない。息をするのも忘れてしまう。100人近いフルオーケストラを
たったひとりで相手取り、しかも全く引けを取らない千早の実力に、俺もただただ驚くことしか出来なかった。




 ♪眠り姫 目覚める 私は今 誰の助けも借りず♪

 ♪たった独りでも 明日へ 歩き出すために♪

 ♪朝の光が眩しくて涙溢れても 瞳を上げたままで♪
 

 圧倒されている会場を気に留めず、千早は一番を丸々アカペラで歌い切った。その額には滝のような汗が流れている。
思えばこいつがこんな様子で歌っているのを見たのは初めてだな。これがリミッターを外した千早なのだろうか。確かに
この調子だと、一曲が限界だろうな。




「ちょっとプロデューサーッ!!どうしてアカペラで歌っているんですかっ!!いくら千早でも無茶ですよっ!!」

「千早さん辛そうです~っ!!すぐに中止しないと……」

 律子とやよいが血相を変えて詰め寄って来た。俺は冷静にふたりをなだめると、すぐに指示を出す。



「安心しろ、アカペラは一番だけだ。以降はBGMつけてるから大丈夫だろう。やよい、すぐに酸素ボンベと水を準備して
 くれ。千早は歌い終わったらすぐに休息に入るからな」

「う……っ、う~、わかりましたぁ~っ!!」

 そう言うと、やよいはすぐに酸素ボンベを取りに戻った。



「竜宮小町は大丈夫なのか律子?確か2戦目はウチが先攻だろ?すぐに準備しないといけないだろうが」

「それは………、そうですけど………」

 そうなのだ。千早の次は伊織と我那覇響の『appeal』合戦が控えている。そしてウチが先攻なのだ。



「な~にテンパってんのよ律子。今更ジタバタしたってしょうがないでしょうが」

 すると律子の後ろから、伊織と亜美とあずささんがやって来た。落ち着きのない律子とは対照的である。

「アンタ達プロデューサーがアイドルを信じないでどうすんのよ。よく見なさいよ千早のあの顔を。あんなに楽しそうに
 歌っている千早、私今まで見た事ないわよ」

 伊織は面白そうに会場で熱唱している千早を見て言った。



「私も無茶な事するわと思ったけど、決して無謀なんかじゃないわ。やらされているわけでもなさそうだし、成功する確信
 があったからアンタもゴーサインを出したんでしょ?」

「ああ当然だ。ウチの歌姫サマ直々のお願いだよ。俺なんかが口出し出来る訳がない」

「にししっ、それでいいのよ。アンタは黙ってあたし達の言う事を聞いてなさい」

 伊織も伊織で千早の事を信頼しているんだな。765プロの2大看板歌手で、伊織は千早に対抗意識のようなものを
持っているのだが、その実力は誰よりも認めているのかもしれない。





「だから律子、アンタも腹をくくりなさい。安心して、私は961プロにも千早にも負けるつもりはないから。今日は
 竜宮小町のリーダーとしてではなく、スーパーアイドル水瀬伊織ちゃんとして、誰にも負けないライブをしてあげるわ」

 自信満々に胸を張る伊織。頼もしい限りだよ。横で見ているあずささんと亜美も、笑顔で伊織を見ていた。

「わかったわよ。じゃあさっさと準備しなさい。もうすぐ千早のパフォーマンスが終わるから、アンタもしっかりやるのよ」

「わかってるわよ」「は~い」「お任せ下さい♪」

 竜宮小町は三者三様の返事をして、準備に取り掛かった。



「……アンタもしっかり見ときなさいよ」

 ぼそりと俺の傍で伊織がつぶやく。返事をする前に、伊織はさっと身をひるがえして離れてしまった。何だ一体?

「一応伊織のプロデューサーは私なんですけどねえ………」

 律子が苦笑いをしながら、俺に文句をつける。何の話だ?そうしていると、千早のパフォーマンスが終わった。先程の
四条貴音に負けない位の、いやそれ以上の大喝采を浴びている。投票はまだだが、どうやらこちらの勝利は間違いない
だろう。計画通りだが、俺はひとまず安堵した。


おっと、終了の合図を入れてなかったw
今日はここまでです。さて、明日もちゃんと投下できるかな……

ではまた次回っ!!


本日分投下しまーす。
すっきり行きたいんだけど、つなぎが難しいね。
今日はそんな話。

キタ━━━(゚∀゚)━━━!!
今夜も頼みまっせ!



『以上で第一戦アイドル3番勝負『song』対決を終了しますっ!!それでは投票をお願いしますっ!!』

 千早のパフォーマンスが終了し、会場内のファン一万人による投票が始まった。

「千早お姉ちゃん、しっかりしてーっ!!」

「千早さ~ん、酸素ボンベです~っ!!」

 パフォーマンスを終えた千早は舞台上で倒れた……という事は無く、ややふらつきながらも舞台裏まで歩いて戻って来た。
しかしそこまでが限界だったようで、観客から見えない所まで来ると一気にぶっ倒れた。慌ててやよいと真美がパイプ椅子
まで誘導し、甲斐甲斐しく千早の世話をする。





「(大丈夫よ高槻さん……、それよりお水をもらえるかしら………)」

 小さく掠れた声で千早が応える。あの自己管理が完璧な千早がここまで無茶をするとは……

「(プロデューサー………)」

「どうした?無理に喋らなくていいぞ」

 すると千早は薄く笑みを浮かべて、



「(無理なお願いを聞いて下さってありがとうございました………、楽しかったです………)」

「当然だっ!!俺はお前のプロデューサーだからなっ!!でも今回だけだからな。これ以上は歌手生命に関わる」

 こっちこそ感謝しないとな。最高のパフォーマンスをありがとよ。



『それではお待たせしましたっ!!第一回戦『song』対決の結果発表ですっ!!』

 俺達が千早の看病に追われている間に、舞台上に電子掲示板が2つ用意されていた。いよいよ結果発表だ。

『第一戦の投票結果は………』

 観客も俺達も息を呑む。



『 2728 対 7272 で如月千早の勝利ですっ!!』

 会場の大歓声と喜ぶ俺達。手ごたえはあったが千早の圧勝だった。改めてウチの歌姫の凄さを実感する。四条貴音も
決して悪いわけではなかったのだが、まさか2倍以上差をつけて勝利するとは思わなかった。



「やりましたよ千早さんっ!!765プロの勝利ですっ!!」

「凄いよ千早お姉ちゃんっ!!961プロにあっしょーしてるYO→っ!!」

「(ふふ………、当然でしょ………、何だかひっかかる数字だけど、勝ったのならそれでいいわ………)」

 大喜びする真美とやよいに囲まれて、ご満悦の千早。いつものポーカーフェイスとは違って、表情が緩んでいる。



「よくやった千早、後は俺達に任せてゆっくり休め。控室まで運んでやるから」

 俺は千早の前で背中を向けてかがんだ。しかしいつまで待っても、千早が俺の背中に乗る気配がない。



「千早………?」

「千早お姉ちゃん……?」

「千早さん………?」

 やよいと真美も千早の異変に気が付く。千早はパイプ椅子に座って下を向いたまま動かなかった。

「(優………、お姉ちゃん頑張ったよ………。ちゃんと見ててくれた………?)」

 目を閉じたまま、力なく笑みを浮かべてうわ言を呟く千早。彼女は真っ白に燃え尽きていた。



「千早っ!!しっかりしろ千早っ!!ちはやあああああぁぁぁぁぁあああっっっ!!!!!!」

「千早お姉ちゃ――――――んっ!!」

「ちはやさ―――――んっ!!」

 俺達は必死にぐったりした千早を呼びかける。しかし彼女は俺達の呼びかけに答える事はなかった――――――――



「………何しょうもないコントやってるのよ」

「プロデューサー殿も悪ノリしすぎですよ。伊織は今からなんですからね」

 傍で見ていた伊織と律子が、千早と俺にそれぞれチョップをする。



「(あ痛っ!!)」

「スマンスマン、ついつい悪ふざけが過ぎた」

 目覚める千早と平常心に戻る俺。少しでもお前らの緊張をほぐそうと思ってだな………

「………いい加減アンタの笑いのセンスは微妙だって認めなさいよ千早。冗談にしても笑えないのよ」

 冷めた声で千早をばっさり切り捨てる伊織。千早は今になって恥ずかしくなったようで、顔を真っ赤にしてぷるぷる
震えていた。伊織は小さく溜息をつくと、自分が首に巻いていたタオルで千早の額の汗をふいた。



「まあ気持ちだけは受け取っておくわ。アンタと私でさっさと二勝して、この茶番を終わらせましょう。安心してゆっくり
 寝てなさい」

「(水瀬さん………)」

 しっかり者の姉のように千早に微笑みかけて、伊織は千早に手を差しのべた。そのまま千早を引っ張り起こすと、俺の
背中まで誘導する。俺は千早を背負うと、律子達に見送られながら控室へ向かった。



「余計な気遣いだったようだな。お前のお陰で流れは765プロに来ている。伊織も肩の力を抜いて勝負に挑めるだろう」

「(そうみたいですね。水瀬さんって私達の中では一番大人びていますしね)」

 千早を背負って控室までの道中、俺達は言葉を交わす。伊織も今回のイベントに万全の体制で仕上げて来ているからか、
いつもより更にしっかりしているようだ。




「(ところでプロデューサー、私達はどこへ向かっているのでしょうか?控室は通り過ぎましたけど……)」

 俺の背中から声をかける千早。ただ控室で寝かせるよりも、もっと効果的な回復方法があるんだよ。

「雪歩の控室だよ。そろそろ酸素カプセルから目覚める頃だから、入れ替わりで使わせて貰おうと思ってな。ウソみたいに
 疲れが取れるから、ゆっくり寝てろ」

 せっかくの設備だ。使えるものは何でも使おう。



「(これが本当の『眠り姫』ですね。………くく、ふふふふふ………)」

 何が面白かったのか、俺の背中で声を震わせて笑う千早。伊織の言う通り、確かにこいつの笑いのセンスは微妙かも
しれん。随分元気になったみたいだけどな。



「俺は伊織の所に戻らないといけないから、ちょっと急ぐぞ。しっかりつかまってろよ」

 少し早足になって、俺は雪歩の控室へ向かった。いよいよ765プロの最終兵器が『起動』する。この一ヶ月悩んだ
挙句、俺は最終的に雪歩に全力全開のゴーサインを出す事にした。伊織の事は律子に任せる事にして、俺はこちらの準備も
そろそろ取り掛からなければならない。今は真に任せているが、またおかしくなっていないか不安もある。とにかく
急がないとな――――――





***


プシュー……プシュー…… ←酸素カプセルの音

「雪歩、起きて雪歩。そろそろ時間だよ」

『真ちゃん……?もうそんな時間なの………?』プシュー……プシュー……

「そうだよ、眠り姫は千早の専売特許なんだから、雪歩はちゃんと起きないとダメだよ」

『そうだね。そろそろ起きるね。傍についててくれてありがとう……』プシュー……プシュー……




ジ――――――……… ←酸素カプセルのファスナーが開く音

「いいっていいって、ボクは雪歩の王子様なんだから。だから目覚めてお姫さ………ま?」

「ふぁ~~あ、よく寝たぁ~。………ん、どうしたの真ちゃん?」



「……何でもお申し付けください“雪歩様”。菊地真、この命に代えても貴女をお守りすると誓います」

「え……?えぇ~~~っ!?どっ、どうしちゃったの真ちゃん!何だかおかしいよ~っ!」

「真ちゃんなどと勿体ないお言葉。どうぞ私めの事は真とお呼び下さい」

「やめてよぅ~っ!頭を上げてよぅ~っ!真ちゃ~~~~んっ!」




本日はここまでです。さくさく3番勝負に行きたいところだが、こういうつなぎが放っておけない性質なんだ。
最終的にはラノベ一冊分くらいの文字数になりそうw
それではまた次回っ!!

>>306
いつも応援ありがとうございます。最後まで頑張りますっ!!

追いついた
支援

さて、本日分投下いくか。今日はちょっと長めです。どうぞ最後までお付き合いください。

>>330
営業してきた甲斐があったかなww 長いSSですが、応援してくれると嬉しいです。



「すまん遅くなった!伊織の様子はどうだっ!?」

 千早を雪歩達の控室へ送り届けた後、俺は会場へ慌てて戻った。

「ああ大丈夫ですよプロデューサー殿。ちょうど今始まったばかりですから。しっかり見ててやってください」

 律子が向けた視線の先には、伊織とあずささん、そして亜美がイントロに乗って踊り始めていたところだった。




♪今…Imagine… 世界にある無限の石♪

♪人…ひとつ… 色形違う Aura♪


「『DIAMOND』か………。本当に大丈夫なのか?」

765プロが『appeal』対決に選んだ曲は『DIAMOND』。テンポが速いうえ途中の息継ぎが難しく、ダンスを
しながら歌うのはとても難しい曲である。一度竜宮小町の新曲として出そうとレッスンをしたが、上手くパフォーマンスが
出来ずに保留となった過去があるらしい。



「あずささんと亜美がへばっちゃって竜宮小町としての発売は見送っただけで、元々伊織だけは歌えたんですよこの曲。
 ライブ向けのノリの良い曲ですし、伊織の為にあるような歌詞でしょう?思い切って勝負してみました」

 舞台上では、伊織がいつも以上の可愛らしい笑顔を振りまいてアピールしている。バックダンサーの亜美とあずささんも
しっかりサポートしていた。いつもとは一味違う竜宮小町のパフォーマンスに、会場も大盛り上がりだ。



 ♪DIAMOND Shine 光り輝け光♪

 ♪この心が狙うのは NO.1 全世界のキラメキがほら私の物♪


「……伊織も随分成長したなあ。これも律子の指導のおかげかな」

「よしてくださいよ。あの子は元々上昇志向の強い子ですから、こちらが機会さえ作ってあげたら、後は勝手に
 伸びていきますよ」

「準備期間が短かったのによくここまで仕上げて来たものだ。これならいつソロに転向しても大丈夫そうだな」

 千早も雪歩もだが、一ヶ月丸々今回のイベントの為に特訓出来ていたわけではない。レッスンの合間には通常のアイドル
としての仕事や、全国営業をしている春香の応援にも参加していた。特に竜宮小町は765プロの看板アイドルとして
様々な方面でひっぱりだこなので、伊織は他の二人以上に練習時間が取れなかったはずだ。



「そこはグループですから。あずささんや亜美も、随分伊織の為に頑張ってくれましたよ。あの素直じゃない伊織が何度も
 ふたりにお礼を言ってましたから」

 律子もスケジュールの合間を縫って3人に特訓させるのは大変だっただろう。いつもはシャキッとしてるのに、最近は
どこか疲れた様子だったからな。

「この一ヶ月は確かに大変でしたけど、でも収穫も多かったです。竜宮小町の結束はますます固くなりましたし、
 パフォーマンスの幅も広がりました。今の伊織だったらソロで歌わせても活躍出来そうですけど、もう少しグループの
 可能性を探ってみたいと思います。あの子達もそれを望んでますしね」




 ♪Shine 輝く為に生まれた どんな喜びの原石だって♪

 ♪キラ。 キラ。 キラ。 キラ。♪

 ♪もっと眩しくなれ DIAMOND♪


 やがて伊織のパフォーマンスが終了した。会場は千早の時とは違った雰囲気で、また大喝采が巻き起こる。まさに
「アイドルのライブ」といった感じだった。さすが竜宮小町のリーダー、堂々としたパフォーマンスである。難しい曲で
体力の使うパフォーマンスだっただろうに、伊織は最後まで笑顔を絶やすことなく胸を張って会場を後にした。その後に
あずささんと亜美が続く。765プロに竜宮小町あり!……いや、水瀬伊織あり!といった最高のアピールだった。



「どう?ちゃんと見てた?」

 ミネラルウォーターとお気に入りのウサギのぬいぐるみを手に持って、伊織が自信満々に訊いてくる。

「ああもちろん。流石スーパーアイドルだな。今のウチに、お前以上にアイドルの魅力をアピールできる奴はいないだろう」

「ふふん、当然でしょ♪何だったらこのまま『future』対決にも出てあげてもいいわよ」

 いつも以上に得意気な伊織であった。しかし相当消耗しているだろう。本人はそんな素振りを微塵も見せないが。



「……えいっ!」

「きゃ……っ!?」

 その時、いつの間にか伊織の後ろに回り込んでいた亜美が、伊織に膝カックンを仕掛けた。伊織はあっという間に尻もち
をついてしまう。やはり相当足にきていたようだな。



「んっふっふ~。無理しちゃダメだぜいおりん。亜美にはオミトオシなんだからね→」

「いったいじゃないっ!!何すんのよ―――――っ!!」

「はいはい、ふたりともしっかり休みましょうねぇ~♪」

 あずささんに連れられて、伊織と亜美は舞台の端のパイプ椅子に座らされた。流石同じグループのメンバーだな。亜美も
あずささんも伊織の扱い方を心得ている。



『水瀬伊織さんありがとうございましたーっ!!続いてアイドル三番勝負第二戦『appeal』対決の後攻ですっ!!
 961プロの『南国から来たワイルドガール』我那覇響のパフォーマンスですっ!!曲は『TRIAL DANCE』それでは
 どうぞっ!!』

 俺と律子も介入して伊織をなだめていると、舞台では次のパフォーマンスの紹介が始まっていた。いよいよ我那覇響の
登場である。司会の紹介を受けて、響が笑顔で手を振りながら舞台に登場する。



「さて、フルオケの次はどんな仕掛けを用意してくるか……。全く想像できないな」

「どんなパフォーマンスをしたって伊織をそう簡単に超えられませんよ。流れはウチに来ています。このまま連取する事は
 間違いないでしょう」

 自信満々に答える律子。確かに伊織のパフォーマンスは完璧だった。本人のアピールもさることながら、竜宮小町の
メンバーとの息の合ったコンビネーションもそうそう容易に出来るものではない。俺もあれ以上のパフォーマンスなんて
ちょっと考えられない。



 しかしその一方で、先ほど会った時のあの我那覇響の自信満々な態度がどうもひっかかっている。彼女は自分が絶対に
勝つと確信していた。何だか嫌な予感がする。響は自身のイメージカラーであるあさぎ色の派手なヘソ出しジャケットを
着ている。やはりダンスアピールをするつもりなのだろうか。しかしそれだけでは伊織に勝つことなど出来ないぞ。

「え………?ウソ…………」

 すると律子が舞台の一点を見て固まった。俺はその目線の先を追う。響の後ろには3人のバックダンサーがいた。


――――――そしてこいつらが只者じゃなかった――――――




「な………、『ジュピター』がバックダンサーをやるのか………?」

「彼らも961プロですから別に不自然ではありませんが、まさか男性アイドルのトップグループがバックダンサーを
 務めるなんて………」

 俺も驚きを隠し切れない。響の後ろでスタンバイしていたのは、男性アイドルの頂点の961プロのトップアイドル、
ジュピターの3人組だった。彼らだけで大きなコンサートホールを満員に出来るのに、まさかこんなイベントで
お目にかかるとは………。秘密兵器どころじゃない。事務所の勝利のためとはいえ、彼らもよく響の引き立て役なんて
引き受けたものだ。



 ♪READY TRIAL DANCE READY TRIAL DANCE♪

 ♪WOW WOW WOW WOW♪

 ♪EVERY BOY DO IT EVERY GIRL DO IT♪

 ♪YEAH YEAH YEAH YEAH♪


 ダンサンブルなBGMが流れて響が軽快なステップを踏む。ジュピターのメンバーもそれに合わせて踊る。その振り付け
が段々力強く、激しくなっていく。これはもはや女性アイドルのダンスではない。完全に男性アイドルのライブ
パフォーマンスだった。しかし響はジュピターに遅れる事なく、それどころか笑顔で彼らをリードしている。



「ダンスの得意な子だとは思っていたが、まさかジュピターを従えるくらいの技量を持っているとは……。これは
 想定外だ……」

 律子は言葉が出ない。竜宮小町のメンバーも呆然と響のパフォーマンスを見ている。伊織のパフォーマンスが決して
劣っているわけではない。しかしそれはあくまで女性アイドルのパフォーマンスという枠の中での話だ。男性アイドルの
トップを引っ張り出してきたパフォーマンスとなると次元が違う。



 ♪さあSTEP BY STEP 自分のまま♪

 ♪さあDAY BY DAY 踊ろう♪

 ♪さあGOOD BYE DREAM REALにMETAMORPHOSE♪

 ♪いつだってI CAN GO NOW もっとCRAZY BURNING HEART♪


 パフォーマンスはいよいよクライマックスに入る。舞台上ではジュピターお得意のアクロバティックなパフォーマンス
が繰り広げられていた。もちろん響も一緒に行っている。ジュピターのメンバーと華麗な宙返りを披露し、張りのある
豊かな声量で歌いながら、笑顔で最大限アピールをしている。会場の盛り上がりも最高潮だ。時々男性ファンの悲鳴が
聞こえてくるのは、響がジュピターのメンバーとドキっとするようなセクシーな絡みも行っているからだろう。あまり
やりすぎるとファンが減っちまうぞ。それにジュピターは響のファンに刺されかねない。しかしそんなことお構いなしで
アピールに取り入れるとは、961プロは随分強気だな。



「ふわぁ~~、ドキドキしちゃいますぅ~~……」

「はいはい、やよいにはまだ早いわね。奥に引っ込んでなさい」

 真っ赤になっているやよいを律子が奥に連れて行く。そう歳が変わらないと思うのだが、響は平気なのだろうか。



 ♪READY TRIAL DANCE READY TRIAL DANCE 心強くLIVE♪

 ♪EVERY BOY DO IT EVERY GIRL DO IT DON'T STOP FUTURE♪


 結局最後まで右肩上がりに会場はヒートアップしたまま、響のパフォーマンスは終了した。最後は高く宙を舞った響が
ジュピターの中で一番ガタイの良いメンバーの腕の中にすっぽり収まり、そのままお暇様抱っこをされながら退場した。
激しいダンスパフォーマンスであったにも関わらず、最初から最後まで疲れた素振りを見せる様子もなく満面の笑みを
見せていたのが印象的だった。961プロは星井美希ばかりクローズアップされがちだが、我那覇響も歌って良し踊って
良しのオールラウンダーである。ウチに来ていた流れは、彼女のアピールで一気に引き戻されてしまった。



「完敗ね。私もまだまだだったってことよ」

 765プロ側の重苦しい雰囲気を打ち破ったのは、意外にも伊織だった。俺と律子がどうフォローしようか考えていた
のだが、伊織はそれを良しとしなかった。

「私は今出来る最高のパフォーマンスをやったわ。悔いはないわよ。あずさも亜美も律子もよくやってくれたわ。私の
 力が足りなかっただけ……それだけよ………」

 最後の方は涙声になっていた。伊織は負けた責任を全て自分ひとりで背負おうとしている。この悔しさは誰にも譲る
つもりはないようだ。しかしそういうわけにはいかない。



「そんな寂しいことを言うなよ。お前の負けは俺達全員の負けだ。だから絶対取り返してやる。それにまだ一勝一敗に
 なっただけだ。後は俺と雪歩に任せとけ。絶対に仇は取ってやるから」

 俺は力強く、笑顔で伊織に宣言してやる。心配するな、まだ勝負は終わってない。伊織はぽかんとした顔で俺を見たが、
やがて涙を拭うといつもの偉そうな態度を取り戻した。



「ふんっ、美味しいところを持って行かれちゃったわね。まあ今回は雪歩に譲ってあげるわ。アンタも感謝することね」

「へいへい、お心遣い痛み入ります。後はお任せくださいませ伊織様」

 俺が恭しく頭を下げてやる。伊織は「しっかりやるのよ」と言った。

「ちょっと疲れたわ。先に控室に戻っているから、後はお願いね」

 そう言い残して、伊織は舞台裏から走って出て行った。



「伊織ちゃん……」「いおりん……」

 あずささんと亜美が後を追おうとするが、俺は制止した。リーダーだからこそ、メンバーに見せたくない顔もあるはずだ。

「律子、伊織を頼む。こっちは俺がやっておくから、後の事は任せとけ」

「………はい、それではプロデユーサー殿、あずささんと亜美をよろしくお願いします」

 そう言って律子は伊織を追った。律子もまた、伊織のプロデューサーとして悔しい思いもあるだろう。そして今の伊織の
気持ちを一番理解してやれるのはおそらく律子だ。ふたりでしっかり反省して、また次に向かって頑張れば良いさ。



『それではアイドル3番勝負第二回戦『appeal』対決の結果を発表しますっ!!第二回戦の勝者は……』

 舞台上では司会が投票結果を発表していた。電子版に表示された数字は「 5482 対 4518 」。会場の反応にはもっと
大きな差があると思っていたのだが、僅差での敗北であった。しかし負けは負けである。これで一勝一敗、響の言った通り
の結果となった。そして絶対に負けられなくなった。決戦はいよいよ三回戦『future』へ。泣いても笑っても、この勝負で
全てが決まる―――――


今日はここまで。ちょっと文章おかしいところがあるなorz
なかなかバトル描写が難航しており分かりにくい所もあると思いますが、
どうか最後までお付き合い下さい。
それではまた次回っ!!

 
また下がってたorz 自分であげ。
読者が増えますように……

いつも応援してくれている人達もありがとうございますっ!!



さあ、とうとう雪歩の出番です


何かいつもの倍以上の反応がw クライマックスに向けてこっちも盛り上がるぜっ!!
という事で本日分投下します。「乙」一文字だけでもつけてくれたらありがたいです。

>>364
今執筆中ですのでもう少しお待ちくださいw



【961プロ陣営】

『我那覇響さんのパフォーマンスでしたっ!!ありがとうございましたーっ!!』

 ジュピターの伊集院北斗にお姫様抱っこをされながら、響は舞台裏へ退場した。

「いつまで抱っこしてるさ――――――っ!!さっさと降ろすさ――――――っ!!」

「ちょっ、ちょっと暴れないでよ響ちゃん☆ 痛い痛い………」

 北斗は苦笑いしながら響を降ろす。響は北斗から解放されると、脱兎のごとく逃げ出した。



「うう……、ライブで良かったさ……。テレビの歌番組だったら、沖縄にいるニィニやアンマー達にも見られて死にたく
 なっていたぞ………」

 顔を真っ赤にしてぶるぶる震えている響。ステージでは堂々とパフォーマンスをしていたが、やはり相当恥ずかしかった
ようだ。

「全く……、無理矢理オッサンに呼び出されてバックダンサーを引き受けてやったというのに変質者扱いかよ。こっち
だってお前のファンに逆恨みされそうだってのによ」

 ジュピターのリーダーである天ヶ瀬冬馬が不満を漏らす。どうやら今回のイベントに駆り出された事自体が気に入らない
ようだ。



「自業自得さっ!!必要以上にベタベタ絡んで来て……。リハではあそこまでやらなかったさっ!!変態ジュピターは自分の
 ファンに刺されるといいさっ!!」

「いやあ、可愛い女の子と共演出来るとなるとついつい紳士として血が騒いじゃって☆ でもライブも盛り上がったし
 いいじゃないか☆」

 響に怒られるも全く反省のない北斗。生粋のプレイボーイである彼には、何が悪かったのか分からない。



「あはは、北斗君も確かにやりすぎだよね……。でも響さんも、僕達のファンの女の子に刺されたりしないように
 気を付けてね」

「う……、そうだった………。自分も明日からしばらく背後に気を付けないといけないぞ………」

 ジュピターの最年少メンバーである御手洗翔太の忠告を受けて、響は冷静さを取り戻した。この話はひとまず
ここまで。舞台上では二回戦の投票結果が発表されていた。



「 5482 対 4518 か……。ギリギリ勝利だったね……」

「いいんじゃない?流れが向こうに行ってたから、むしろよくここまで持ち直した方だと思うよ☆」

 やや冷や汗をかいてコメントをする翔太と、楽観的に笑う北斗。



「けっ、俺達が出たら勝つのは当然だろうが。むしろもっと大差をつけて勝たないと俺のプライドが許さねえ」

「まあまあ、勝ったから結果オーライさ。これで一勝一敗、貴音の仇は返したさー。それについては感謝してるぞっ!!」

 結果に不服の冬馬だったが、響になだめられてその場を収めた。翔太と北斗も嬉しそうである。どんな勝負でも、やる
からには勝つ方が良い。



 しかしそんな彼らのお祝いムードに水を差す者がいた。

「みんな甘いの。765プロなんかにギリギリで勝って、しかもそれで満足してるなんて。ミキはそんなのトップアイドル
 じゃないって思うな」

「美希………」

「美希ちゃん。チャオ☆」

「美希さん……」

 奥で控えていた星井美希が、自分の出番が近づいてきたので出て来る。先程までの楽しいムードは一転する。



「分かってるの?961プロのアイドルは絶対的なトップアイドルじゃないといけないんだよ?それなのにあんな
 つまらない内容で勝って喜んでいるなんて、ジュピターも大したことなんだね」

「何だとこの野郎……」

 冷ややかに嘲笑う美希と、怒りを抑えきれない冬馬。まさに一触即発の雰囲気だった。



「や、やめるさ二人ともっ!!冬馬も美希も落ち着くさっ!!自分が悪かったから、自分が甘いだけだったからっ!!これは自分の
 勝負だから、ジュピターは悪くないさーっ!!」

 慌てて仲裁に入る響。北斗と翔太も冬馬を抑えていた。



「響ももっとしっかりしないと、フェアリーのメンバー外されちゃうよ?もうミキと響しかいないんだからね」

「え………?どっ、どういう事さ美希っ!?貴音はどうしたのさっ!?」

 美希の言葉に驚愕する響。響は美希に詰め寄るが、美希は見下したままの表情を崩さない。



「四条貴音はクビにしたよ。961プロに負け犬は必要ないからなあ」

 その時、奥から全身黒づくめの男が現れる。961プロの社長、黒井嵩男だった。彼はそのまま星井美希の横に並び、
美希に詰め寄っていた響を突き飛ばす。響は2、3歩後ろにふらつき、尻餅をついた。



「フルオーケストラまで呼んで歌わせてやったのに、大差をつけられて765プロに敗れおって。如月千早に勝利するのは
 難しいとは思っていたが、あそこまで役立たずだとは思わなかったよ。もはや貴音は961プロにとって害悪にしか
 ならないと判断し、美希と組ませると悪影響になるから追い出したのだ」

 そう言って高笑いする黒井社長。響はその言葉が信じられなくて、呆然としていた。



「お前達も調子に乗るなよ。961プロが求めるのは絶対的な勝利だ。響もジュピターも私から見れば全然ダメだ。お前達
 はまだまだぬるい。貴音のようになりたくなければ、お前達も美希を見習って、常勝軍団である961プロのアイドルが
 どういうものか学ばせてもらうことだな」

 それだけを言い残すと、黒井社長は舞台裏から消えた。後には重苦しい静寂だけが残る。



「わかった?ミキがこれからお手本を見せてあげるから、響もしっかり勉強してね。ミキには敵わないけど、響だって
 それなりに実力あるんだから」

 そう言って得意気に笑う美希。対照的に響の表情は暗い。



「見てたのか……」

「え?何か言った?」

「貴音がクビにされて出て行くのを、美希は黙って見ていたのかっ!?」

「うん、見てたよ」

 激高する響に、淡々と美希が答える。




「美希はそれでいいのかっ!?自分達、ずっと3人で頑張っていたじゃないかっ!!どうして貴音を止めなかったさっ!?」

 殴りかかりそうになる響を、ジュピターのメンバーが羽交い絞めにして抑える。

「だってしょうがないの。いつまでも仲良しこよしじゃトップアイドルにはなれないの。貴音はさっきの対決で手を抜いて
 いたみたいだし、961プロの看板に傷をつけるアイドルは必要ないの」

「美希――――――っ!!」

「待て、とりあえず落ち着け我那覇。星井もその辺にしとけ」

 抑えられてなお激しく暴れる響と美希の間に、冬馬が割って入った。



「星井、俺は別にお前の考えを否定しねえよ。オッサンの言う通り、四条も我那覇も、……それから俺達も甘さがあったと
 思う。確かにこんなものは、961プロが求める勝利じゃねえ。それじゃあこの厳しい業界で生き残れないよな」

「冬馬っ!?」「冬馬君っ!?」

 冬馬の言葉に、北斗と翔太も驚く。



「でもよ星井、そんな厳しい業界で生き残る為にも、俺達は共に戦う仲間くらいは信じないといけないんじゃないのか?
 別に馴れ合えとは言わねえが、仲間に異変があったのなら理由くらいは聞いてやるのがチームじゃねえのか?」

「……何が言いたいの?」

 美希の声のトーンが変わる。思い当たる節があるようだ。



「貴音は今回の勝負、最初から乗り気じゃなかったぞ……。このまま961プロが勝っちゃったら、美希がますます無理
 しそうだって言って……。今でさえ美希はかなり無理しているのに、何もせずに見ているだけで良いのかってずっと
 悩んでいたぞ……」

 響がぽつりぽつりとこぼす。響も貴音から相談を受けていたが、響はライブに来てくれたファンの為にも最高の
パフォーマンスをやる事にしていた。美希の事はもちろん心配だったが、それとこれとは話が別と割り切っていた。



「……余計なお世話なの。それで勝負に負けて追い出されちゃったら意味無いの。結局貴音には961プロのアイドルは
 務まらなかったって、ミキ思うな」

「美希っ!!いい加減にするさっ!!」

「響も勘違いしないで。ミキはひとりでもやれるんだよ?黒井社長の命令でグループになっているけど、響がミキの
 パートナーにふさわしくないと思ったら、いつでも黒井社長にお願いしてソロでやるからね」

「な……、何だと―――――っっっ!!!!!!」

 もはや誰の言葉も美希には届かない。美希は完全に、961プロの歪んだ実力主義の考えに囚われていた。



「ミキに説教したかったら、ミキより結果を出してから言って欲しいな。今の961プロを引っ張っているのはミキ
 なんだよ?この中で一番偉いのはミキなんだからね。響達は黙ってミキの言う事を聞いてればいいの」

 それだけ言い残して、美希はスタンバイに取り掛かる。残された響とジュピターは何も言えなかった。



「……ごめん。ジュピターのみんなは自分に協力してくれたのにイヤな思いさせちゃって……」

「いや、僕達の事は気にしなくていいよ響さん」

「そうだよ。確かに美希ちゃんの言う通り、俺達ももっと頑張らないといけない所もあったしね☆」

 謝る響を慰める翔太と北斗。彼らは普段から響よりもっと厳しいレッスンをこなしているうえ、黒井社長から辛辣な
言葉を投げかけられているのだ。これくらいで落ち込んだりしない。



「でもよお我那覇、星井何とかならねえのか?あんなのが俺達の『future』なんて、961プロもお先真っ暗だぜ」

 冬馬がうんざりした様子で言う。しかし聞いた彼にも、その方法が思いつかない。 

「自分にも、美希本人にももう止められないさ……。勝負に負けるのは嫌だけど、765プロに頼むしかないさ……」

 響が見つめる先では、765プロのスタッフと、サポートに回っているアイドル達が忙しそうに準備に追われていた。
アイドル3番勝負の第三戦『future』対決は961プロが先攻である。後攻の765プロの対戦相手、萩原雪歩の姿は
まだ見えない―――――




***


【765プロ陣営】

「すまなかったなわざわざ……。春香が世話になった」

「いえ、同じあいどるとして放っておくわけにもいきませんでしたので。お役に立てたのなら幸いです」

 ここは765プロの控室外の廊下。俺は961プロの銀色の王女、四条貴音と向き合っていた。何故こんな事になって
いるのか、順を追って説明しよう―――――



 三回戦は最終勝負ということで、会場の方も大がかりな準備をする為に時間がかかるらしい。それまでのつなぎを
MBMSスクールのアイドル候補生に任せて、俺達は雪歩のパフォーマンスの準備に追われていた。………とは言っても、
雪歩は特に大きな機材や設備を使うわけではなく、しかも後攻なので特に準備は必要ない。会場スタッフと軽く打ち合わせ
をした後、あずささんと亜美真美、それからやよいと少し休憩をしていた。竜宮小町のふたりはもちろん、真美とやよいも
ずっとあちこちを走り回っていたのである。皆ややお疲れだった。



「結局春香ちゃん間に合いませんでしたね~」

「春香さん、今どこにいるんでしょうか~」

 あずささんとやよいが心配そうに口にする。先程の千早のパフォーマンスの前は繋がったのだが、それ以降は電話を
かけても応答がない。一体どうしたのだろうか。俺がもう一度電話をしてみようと携帯電話を取り出すと、控室のドアを
控えめにノックする音が聞こえた。



「は~い、今行きま~す」

 ドアの近くに居たあずささんが向かう。そしてドアを開けて、そのまま固まった。

「どうしたんですか、あずささ……………ん?」

 異変に気付いた俺も応対する。そして控室を訪れた人物を見て言葉を失った。



「もし。こちらは765ぷろの控室だとお聞きしたのですが………」

 そこにいたのは、目をまわして気を失っている春香を背負った961プロの四条貴音だった。聞きたい事は山ほどあるが
とりあえず春香を運んできてくれたので、俺は春香の看病をあずささん達に任せて貴音に話を聞く事にした。
そして冒頭の会話に戻る。



「……まさか自衛隊のヘリに乗って、パラシュートで降りてくるとは思わなかったよ。どおりでさっき電話した時、
 後ろでヘリの音がしていたわけだ」

「わたくしも何事かと思いました。外で月を眺めておりますと、突然迷彩柄の殿方と765ぷろの天海春香が降って
 きましたので。わたくしも18年生きて参りましたが、あのような面妖な光景を見たのは初めてでした」

 そう言って、くすくす上品に笑う貴音。知ってはいたが、改めて間近で見ると恐ろしく美人だ。彼女の話では、春香は
自衛隊の隊員と空から降りてきたものの、着地に失敗して街路樹に引っかかり、そのまま気絶してしまったらしい。
貴音は自衛隊員と協力して春香を引きずり下ろし、後の一切の面倒を引き受けてくれたそうだ。



「しかし会場に到着する為に自衛隊の協力まで取り付けるとは。天海春香はとても仲間思いの良い御方なのですね」

「アイツは営業だけなら最強のアイドルだからな。それにウチはメンバーの仲が良いのが強みだ。そしてそのメンバーを
 まとめているのは春香なんだよ」

 どこに営業かけているんだよとツッコミたくなるが、きっちり協力を取り付けるのは流石である。とりあえず自衛隊には
お礼しとかないとな。防衛省か?それとも練馬駐屯地か?



「めんばーの仲が良いのが強みですか……。わたくし達にもそのような絆があれば、こんな事にはならなかったのかも
 しれませんでしたね………」

 そう言って寂し気に笑う貴音。同じような笑顔を響もしていた。控室を訪れた時に少し話を聞いたのだが、彼女は
961プロをクビになりアイドルを辞めるそうだ。チェックのコートを羽織り、既に帰り支度をしている。



「……本当にいいのか?俺が言うのもあれだが、お前なら961プロじゃなくても十分アイドルとしてやれるぞ」

 千早に大差をつけられて負けたものの、四条貴音にアイドルとしての実力がないわけでは決してない。彼女の持つ美しい
歌声と独特の存在感は、この業界では何物にも代えがたい唯一無二のものだ。

「よいのです。元々場違いな世界であることは感じていましたから。それに対戦相手の如月千早にも、来て下さったふぁん
 の方々にも失礼な行いをしてしまいました。わたくしには、もうあいどるを続ける資格もございません」

 千早も言っていたが、やはり本調子ではなかったのか。その原因は何となく想像出来るが―――――



「響と美希の事はいいのか?響はまた3人で頑張りたいと言っていたぞ」

「仮にまた3人で活動する事になっても、美希にわたくし達の言葉は届かないでしょう………。今回の勝負に負けて
 はっきりと感じました。絆を持たないわたくし達は、共に精進することなど叶わないと。響には申し訳ありませんが、
 それもまた運命なのでしょう……」

 諦めている様子の貴音。彼女も今の星井美希を止められるものは誰もいないと思っているのだろう。
 

 いや、『思い込んでいる』のだろう―――――







「お前もウチが星井美希に負けると思い込んでいるようだな。全く、どいつもこいつも勝手に決めつけやがって……」

「い、いえ、決してそういうわけでは………」

 慌てて弁明する貴音。悪気が無いのは分かっているよ。普通に考えたら雪歩が星井美希に勝つなんて想像出来ないよな。



「ウチだって事務所の存続がかかっているんだ。星井美希にも簡単に負けるつもりはねえよ。それに響にも美希の事は
 頼まれているんだ。アイツの鼻っ柱をへし折ってやるよ」

 俺は笑顔で堂々と宣言してやる。確かに星井美希は強敵だ。現在のアイドル業界の中ではトップだろう。
しかしそれでも俺は想像出来ない。先程様子を見に行ったが、俺の予想を遥かに超えた『兵器』になっていた。


―――――今の雪歩が誰かに負ける姿など、全く想像がつかない―――――



 貴音は俺の言葉に唖然としていたが、やがて小さく微笑むと少し安心したように頬を緩ませた。

「美希と響の事をどうかよろしくお願いいたします。わたくしは皆様の活躍を陰ながら応援しております」

 そう言って、深々と頭を下げた。961プロをクビになった貴音は、もはや業界に自分の居場所を失っている。



「なあ四条、ウチでもう一度アイドルをやってみないか?このままお前を失うのは業界にとって大きな損失だ。ライバル
 事務所のアイドルとはいえ、お前がこの業界を去るのは俺としても惜しい」

「お気持ちはありがたいのですが、美希と響を見捨てておいて、わたくしだけが別の事務所であいどるをする訳には
 まいりません。道を違える事になってしまいましたが、あの子達は今でも大切な仲間ですので……」

 絆が無いとは言いつつも、こいつもまだ美希の事を諦めきれていないんだな。なら尚更引き留めなければならない。



「だったら次の勝負で美希を負かして、響と美希もウチに引っ張り込んでやるよ。そうしたらまた3人でやれるだろう。
 それにウチには春香や千早達だっているんだ。お前の欲しがっている絆くらい、あいつらならいっぱいくれるよ」

 そう言って笑いかけてやる。お前の前では着地に失敗して気絶するという醜態を晒した様だが、ウチの春香は本当は
スゴいんだぞ?それにアイツだけじゃない。ウチのアイドル達は皆良い子だ。お前達だってすんなり受け入れてくれるよ。
貴音は少し考え込んだ後、改めてまっすぐ俺に向き直る。その紫色の瞳に吸い込まれそうになる。



「少し時間を戴けませんか。わたくしも今後の身の振り方を考えたいと思っておりますので……」

「ああ、大事な事だからじっくり考えればいい。だが俺はお前の事も諦めないからな。お前はもっと活躍出来るんだ。
 それは俺が保証する。お前の為にも、この勝負絶対勝ってやるよ」

 そう言ってやると貴音は顔を赤らめた後に小さく頭を下げ、小走りに駆けて行った。いや、逃げて行った。……何か俺、
怒らせるような事を言っただろうか?



「………人が負けて落ち込んでいるのに、なに敵のアイドルを口説いているんですか……」

「うおっ、いたのか律子っ!!それに伊織も……」

 いつの間にか俺の背後には、律子と伊織が立っていた。じとっとした目で睨む律子と、怒りにぷるぷる震えている伊織。
何だか激しく誤解されているような気が………



「こんのヘンタイっ!!私達がいるのに浮気者っ!!サイテイよ薄情者―――――っ!!」

「加勢するぜいおりんっ!!」

「にいちゃんカクゴ→っ!!」

 その後ブチ切れた伊織と、騒ぎを聞いて駆け付けた亜美真美によって俺は袋叩きにされた。あずささんとやよいは
後ろでその様子を眺めている。律子も何か怒っているし、助けて下さいよ………



「これはプロデューサーさんが悪いですよねえ………」

「うっう~~っ!!女たらしは死ねです~~っ!!」

 あずささんもいつもの笑顔だが、怒っていらっしゃるようだ。それからやよい、やっぱりお前俺にきついよな……。
俺はお前をウチの事務所で一番可愛いと思っているのに、お前は俺の事を嫌いなのか………?

間もなく雪歩の準備もしなければいけない。それまで無事かな俺………


本日分終了です。また舞台裏になってしまい、本編が進まなくてスンマセンw
ジュピターがかなりいい加減な描写になりましたが(特に北斗☆)、どうかご容赦下さい。
それでは後もう少し、最後まで頑張りますっ!!

ではまた次回っ!!


やよいの辛辣さにワロタwwww

うっうーはやくかいてくれでーす

>「うっう~~っ!!女たらしは[ピーーー]です~~っ!!」

わろた


本日分いきまーす。
ああ、全然進まねえ……orz
最後まで暖かいご声援をよろしくお願いします。



 武道館の外は吹雪になっていた。テレビを見ると、先ほど大雪警報が発令されたそうだ。首都圏の交通機関は軒並み
ストップし、記録的豪雪により積雪も観測されている。ホワイトクリスマスなんてロマンチックなものじゃない。そして
建物内だからといって安心は出来ない。今夜、この日本武道館内でも『冬の嵐』が巻き起こる―――――!!

『皆様っ!!大変お待たせしましたっ!!765プロ対961プロアイドル三番勝負最終戦、『future』を開始しますっ!!』

 いよいよ最終決戦である。会場の盛り上がりもクライマックスだ。観客達は星井美希のイメージカラーのサイリウムを
準備する。あっという間に、観客席はフレッシュグリーン一色に染まった。続いて会場内にグリーンのレーザーが飛び交い、
ステージ上にはもくもくとスモークが焚かれる。その全てが緑系統の色で、近未来を思わせる幻想的な演出となっていた。



『先攻は961プロの『完全無欠の黄金アイドル』!!ぶっちゃけ私も待っていたっ!!現在最強にして最高のトップアイドル
 星井美希っ!!曲は『Day of the Future』それではミキミキよろしくぅ~っ!!』

 何だかあの司会不公平じゃないか?私情をアイドル紹介に挟むんじゃねえよ。後で絶対抗議してやる。しかし会場は
既に星井美希一色である。至る所でミキコールが起こり、男性ファンはもちろん、女性ファンも美希の登場を今か今かと
待っていた。そしてBGMが流れると、スモークの中から星井美希が姿を現す。王者の風格にふさわしい、金色を基調と
した露出の高い衣装だった。そして流れるような金髪。そのどれもがまるでそうあるべきのように似合っている。



「星井美希、参☆上っ!!みんな~っ!!今日はミキの為に来てくれてありがとうなの~っ!!」

 イントロでいきなりの美希のアピール。たったこれだけの言葉で、観客は今回のイベントの中で最大の盛り上がりを
見せた。完全に今回のイベントを私物化してやがる。これが現在と未来でトップを走り続けていると言わているアイドル
なのか。やがて曲が始まり、美希が勢いをそのままに歌いだす。四条貴音のようなオーケストラやバンドもなく、我那覇響
のようなバックダンサーもいない。彼女ひとりでのパフォーマンスのようだ。いや、誰も彼女について行けないのだろう。



 ♪Future star 今はまだ未知の夢♪

♪どれだけの 世界が広がる♪

♪Future hope 希望と光を紡ぐ♪

♪私はそう 走り出す 未来♪


 みずみずしい張りのあるある綺麗な歌声で、美希が元気に歌い出す。正直に言うと、技術面ではまだまだ未熟だ。ウチの
千早や四条貴音の方が高度なテクニックを持っているだろう。しかし美希の歌には、それを感じさせないほどの圧倒的な
感性の良さと、引き込まれる魅力があった。星井美希が歌うならそれでいい、いや、それでなければならないというような
有無を言わせない説得力がある。彼女の一挙手一動作全てが流行になり、最先端のトレンドになり、時代になる。
彼女だけが持つ天性の才能と未知の感性は、現在のアイドル達より頭ひとつ突き抜けている。



「彼女、また進化していますね……。物凄いスピードで成長していて、もう私も分析出来ませんよ………」

 横で見ていた律子が言葉を漏らす。竜宮小町のメンバーと、真美とやよいも彼女のパフォーマンスに釘付けだ。

「ああ、確かに驚異的なスピードで成長しているな。………だが早過ぎる。あれじゃあチキンレースをしているような
 ものだ」

「………?どういう意味ですか?」

 律子の疑問に俺は答えない。961プロの内情を知ってしまうと、星井美希が放つ輝きは美しいものではなく、もはや
俺には彼女が痛々しく映るのだ。



 ♪Good-bye every day いま晴れゆく 心照らす記憶たち♪

 ♪いつまでも忘れないわ あなたのこと♪

 ♪Good-bye lovelorn 声を合わせて 超えいく思いたち♪

 ♪叫び続けているのは 夢を現実にするため♪


 美希は歌いながら、ステージ上を所狭しと走り回っている。先程の響の様なアクロバティックなパフォーマンスはない
ものの、ステージ全体を使ったダンスパフォーマンスは響以上にスタミナを使うだろう。しかし彼女は息を乱すことなく、
むしろもっと広い所でパフォーマンスをさせろと言わんばかりのエネルギーを放っている。そしてダンスのテクニックも
一流だ。エネルギッシュ・キレ・アピールなどなど、どれをとっても非の打ちどころがない。元々運動神経が良いのだろう。
やろうと思えばバク転くらいは出来そうだな。



「うわあ、しんどそう………。真美あんなのやったら歌う前に倒れちゃうYO→」

「亜美もムリだな→。りっちゃん、竜宮小町はああいうパフォーマンスやめようね→」

「真美が出来ないって言ってるのを、アンタにやらせるわけないでしょうが。あんなの誰も出来ないわよ。体力自慢の
 春香と真でもへばっちゃうんじゃないかしら……」
 
 亜美真美がムリムリ言うのを、律子がたしなめる。確かにあんな激しいパフォーマンス、フルマラソン完走できる
くらいの体力がないと無理じゃないか?それにただスタミナがあれば良いというものでもない。高度なダンステクニック
も必要とされるはずだ。それをわずか15歳の少女が行っているなど、とても信じられない。




 ♪Good-bye memories この思い出 春風舞う陽だまりの♪

 ♪君と過ごしたMiracle 超えて行く♪

 ♪Good-bye daily life いつか過ぎ行く 思いのカケラたち♪

 ♪走り続けているのは 強くあり続けるため♪


 こうして会場をたったひとりで支配し続けたまま、美希のパフォーマンスは終了した。派手な仕掛けも演出も、会場に
流れる時間でさえも支配して、全てが彼女の引き立て役になった。美希は俺達を置き去りにして、遥か遠くへと走り切った
感じだ。





「みんな―――、ありがとうなの―――っ!!これからもミキの応援よろしくね――――っ!!」

 そう言って会場に投げキッスをする美希。ライブの盛り上げ方を感覚的に分かっているようだ。そして投げキッスの先に
いた観客がごっそりぶっ倒れる。星井美希のライブで失神するファンは珍しくない。だいたい1ライブにつき10人くらい
病院に搬送されるらしいが、今日は30人くらいいったかな?外は大雪だから、今日は救急車も来ないぞ。ステージから
美希が去った後も、美希のパフォーマンスの熱は冷めない。いまだに会場はフレッシュグリーン一色だし、彼女のワンマン
ライブと勘違いしたファンがアンコールまでしている。彼女はそれくらい、ステージに強烈な余韻を残していた。



「失礼しちゃうわねっ!!まだ雪歩のパフォーマンスが残っているのにっ!!」

 ぷんぷん怒る伊織。全く同感だな。司会まで美希寄りだし、完全にアウェーな気分だぜ。

「でも本当にアウェーにされちゃいましたねえ……。雪歩ちゃん、ちゃんとやれるかしら~……」

「うっう~………ステージがまだ緑色ですぅ~……。怖いですぅ~……」

 不安気な表情を隠せないあずささんとやよい。確かに、今のステージ上に乗り込む事は敵地に突っ込む事に等しい
だろうな。俺だって怖いもん。



「プロデューサーさんっ!!今どうなってますかっ!?雪歩はまだですかっ!?」

「落ち着きなさい春香。今は3番勝負の3回戦で、先攻の星井さんが終わったところよ。萩原さんはこれからだから」

 その時、舞台裏に春香と千早が現れた。もう大丈夫なのか千早?元気になって雪歩のパフォーマンスに間に合ってくれた
のは嬉しいが、無理するなよ。

「すっかり回復しました。酸素カプセルのおかげですね」

 すげえな酸素カプセル。雪歩のお父さんに交渉して譲ってもらえないだろうか。



「あの~、プロデューサーさん?私も間に合ったんですけど………」

 あん?お前は間に合ってねえよ。皆が忙しい時にひとりで全国ブラブラしやがって。しかもパラシュート降下に失敗した
挙句に961プロの四条貴音に助けてもらうとか、レッドカードものの大失態だろこの役立たずが。

「ひどっ!?誰のせいでこんな事になったと思っているんですかっ!!千早ちゃんのパフォーマンスの時は、私ちゃんと励ました
 じゃないですかっ!!」

 猛然と抗議する春香。ていうかお前随分久しぶりだな。そんな顔だったっけ?



「プロデューサーさ~ん………」

 涙目になる春香。ハハハ、冗談だよ。春香もよく頑張ってくれたさ。お前が全国営業を終えたばかりとは思えないくらい
元気で、疲れた表情を微塵も見せないからついつい意地悪してしまったんだ。お前はやっぱりウチの看板アイドルだよ。

「まあ、とにかくこれでようやく全員揃いましたね。後は雪歩と真が来れば、いつもの号令が出来ますね」

 律子がそう言って周囲を見回す。伊織、あずささん、亜美の竜宮小町のメンバーに加えて、真美とやよい、そして春香と
千早が笑顔でこちらを見ている。やはりウチの強みはチームワークだな。ひとりひとりでは星井美希には敵わないかも
しれないが、全員で立ち向かえば怖くない。



「ところで雪歩はいつ出て来るのよ。いい加減出し惜しみするのやめなさいよね。そろそろスタンバイしないと間に
 合わないじゃない」

 伊織が口を尖らせて文句を言う。安心しろ。さっき真から連絡が入った。今こっちに向かっているそうだから、
直に来るさ。

「―――――お待たせしました」

 そう言った直後、俺達の後ろから真が現れた。しかし様子がおかしい。どこから調達したのかビシッとタキシード服を
着こなしており、王子様というよりは執事の様なスタイルである。



「ま、真……?一体どうしちゃったの……?いつもに増してカッコいいんだけど………」

 真の異変に気付いた春香が駆け寄ろうとするも、俺はそっと制止した。気持ちはよく分かるが、今の真はこれが『正常』
なんだよ……。さっき俺が雪歩の控室に行った時は、既にこうなっていた。これは真の一種の『自己防衛』みたいなもんだ。

「じ……、自己防衛……?一体真は、何から自分を守っているんですか?」

 驚愕を隠せない様子の律子。他のアイドル達も皆言葉を失っている。お前達はしっかり自我を保ってくれよ……



「さあ、到着しましたよ雪歩様。ステージまで案内して差し上げますので、お手をどうぞ」

 真が片膝をつき、頭を下げた状態で片手を舞台裏入口の方へ差し出す。すると真の手のひらの上に、白魚のような指を
した真っ白な美しい手が伸びた。

「ありがとう『真』。お待たせしました皆様。そしてお久しぶり」

 そして真に手を引かれる形で、雪歩が姿を現した。雪の結晶をあしらった、白を基調とした衣装に女神のようなティアラ
をしている。露出の少ない衣装ではあるが、雪歩に抜群に似合っていた。そして神々しいオーラを放っている。



「ゆ……、雪歩だよね……?」

「ええ、久しぶりね。御機嫌よう『春香』。全国営業ご苦労様。後は私に任せて、貴女はゆっくり休みなさい」

 そう言って、美しい微笑みを向ける雪歩。ああ春香、お前の疑問はごもっともだ。俺も最初見た時、コイツ誰だと思った
もん。雪歩は元々かなり美人だ。自分に自信が無くていつもビクビクしているから分かりにくかったのだが、リミッターを
外してやったことにより、雪歩は自分に自信を持って堂々と振る舞うようになった。それでキャラまで変わってしまった
のはこちらの予想外だが……。今の雪歩に怖いものなど何もない。まさに『覚醒雪歩』だな。



「ホ……、ホントにあの雪歩よね………?そっくりさんじゃないわよね………?」

 伊織が恐怖の混じった声で再確認をする。まだ理解が追いついてないのだろう。雪歩はそんな伊織に笑顔で近づくと、
彼女をそっと優しく抱きしめた。

「よく頑張ってくれたわね『伊織』。貴女の悔しさは私が必ず晴らして上げるから、安心して全てを任せなさい。
 あずささんと亜美もお疲れ様」

「う……、ああ………、『雪歩お姉さま』………」

 雪歩に抱かれて、伊織がぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。………ヤバい、さっそく『白いアイドルのリセット』が
始まった。元々雪歩は真と並んで、あずささんに次ぐ年長者である。だから今まで呼び捨てにしていた伊織の方が不自然
だったのだが、いきなり『お姉さま』と来たか。伊織がキャラクターの崩壊を起こさないか心配だ。



「雪歩様。そろそろ準備を致しましょう。円陣を組みますので、どうぞこちらに」

 真が雪歩を誘導する。ちなみにコイツは、雪歩によるリセットから己のキャラクターを守る為にますますボーイッシュ
になってしまった。元々白いアイドルの特性は、他のアイドルの魅力をはっきり引き出す事である。それがこういう形と
なって現れたわけだ。………まあ異常事態ではあるが、方向性は間違っていないので放置している。



「ふふ、そうですね……。久しぶりに全員集まった事ですし、いつもの号令をしましょうか。それではみんな、手を
 貸して頂戴」

そう言って、雪歩がすっと手を差し伸べる。遠巻きに見ていた他のアイドル達も、おそるおそるその上に手を重ね始めた。

「「雪歩様……」」「ゆきほねえさま………」「雪歩さん……」

 前から双海姉妹、やよい、あずささんである。てかあずささん、貴女までリセットされないで下さい。順調に雪歩の影響
が現れ始めているな………。悪い影響にならなけらば良いのだが。



「え……、えと………、それじゃあいつもの号令しよっか?あは……、あははは………」

 戸惑いながらも、いつもの笑みを崩さない春香。お前は大した奴だなホントに……。しかしこんな状態で号令しても
大丈夫だろうか……。むしろさせない方が良いかもしれない。今の雪歩だったら、ひとりでも961プロを真っ白に
塗りつぶしてしまいそうだし。



「雪歩様………」

 横でぼそりとつぶやいた律子の頭に、俺はスパーンッ!!とスリッパでツッコミを入れた。お前までリセットされてどう
すんだよ、しっかりしろ馬鹿が。律子ははっと正気を取り戻すと、「失礼しました」と言ってメガネを掛け直した。

 俺はステージに目を向ける。会場内はいまだに星井美希の余韻が強く残っている。しかしそれも時間の問題だ。もうすぐ
外の吹雪に負けない位の『雪歩の嵐』によって、この日本武道館は真っ白に染め上げられる。クリスマスライブなんて
生易しいものではない。ここは音のない、何も聞こえないマイナス100度の世界になる。ウチと961プロはもちろん、
他の事務所のアイドルや観客達も道づれだ。誰も白いアイドルから逃れる事は出来ない―――――


本日分終了です。お待たせしました。次回、ようやく雪歩の登場ですっ!!
どうぞお楽しみにっ!!

>>413
>>415
>>416
黒やよい評判良いなw 俺としてはパラシュート春香にもっと注目して欲しかったのだがw
何だかやよいが怖くなってきたw


さて、本日分いきまーす。
いよいよクライマックスだが、ちゃんと盛り上がってるかな……?



 覚醒雪歩に動揺したまま、とりあえず手を重ねて円陣を組む765プロのアイドル達。しかし依然彼女達の間には、
妙な空気が流れている。

「せっかく全員集合しましたけど、止めさせた方がよくないですかあれ?真も変だし、伊織や亜美真美は雪歩に対して
 百合っぽくなっているし……」

 心配気な律子。う~ん、そうだな。どうにか正常な状態に戻せないだろうか……





「みんな、号令の前にひとつだけいいかしら」

 俺が何かを言う前に雪歩が発言した。皆が一斉に注目する。一体何を言い出すのだろうか。

「今日は12月24日、私の18歳の誕生日なの」

 周りの雰囲気お構いなしに、雪歩が淡々と言葉を続ける。その表情はどこか嬉しそうだ。



「いつもは自宅でお母様が作ってくれたケーキを食べて、お父様から素敵なプレゼントを貰って、組の皆さんと賑やかな
 パーティーをするのが慣習だったの。今年は誕生日なのに仕事が入ってしまって、いつものパーティーが出来なくて
 正直とても残念だったわ」

「雪歩様の誕生日パーティーは毎年素晴らしいですからね。今年はお父様もさぞかし残念だったのではないでしょうか」

 雪歩の言葉に真が続ける。そういえば雪歩は今日が誕生日だったのか。そりゃ悪いことしたな。そして俺はまた、あの
ヤ○ザに謝り倒さないといけないんだな……。今度は律子と社長にも同行してもらおう。



「でも今こうやってここに皆で集まって、事務所の危機を救う為に団結して力を合わせて、そして私がその役に立てるのは
 とても嬉しいの。こんな素敵な誕生日は初めてだわ」

 本当に幸せそうな顔で語り続ける雪歩。皆も優しい顔をして、その話を聞いている。

「美希ちゃんと勝負をする為に一所懸命レッスンをして準備も沢山してきたけど、それでもまだ不安な気持ちはあるの。
 やっぱり私はダメダメだから……。だから最後にもう一度、私に皆の力を貸してくれないかしら」

 そう言って、やや自嘲気味に笑う雪歩。今のお前のどこがダメダメなんだよとツッコミたくなるが、本質的な部分は
変わってなかったようだ。



「安心したっ!最初はびっくりしちゃったけど、やっぱり雪歩は雪歩だねっ!もちろん!その為に皆集まったんだからっ!!」

 いつもの調子で春香が笑いかける。雪歩の変化に戸惑っていた他のアイドル達も、段々元通りになってきた。

「それじゃあいくよ~っ!!765プロ~~~~~………、ファイッ!!」

「「「「「「「「「オ―――――――――ッッッ!!!!!!」」」」」」」」」

 良かった、いつもの765プロに戻ったようだ。ウチのライブはこれがないと始まらないからな。



「皆ありがとう。これでもう私は大丈夫よ。それではステージへ行ってくるわ。真、案内をお願いできるかしら」

「かしこまりました雪歩様。それではお手をどうぞ」

「ゆ……、雪歩お姉さま、そのお役目はぜひわたくしに……!!」

「「いや、わたくしが……」」「ゆきほねえさま……」「雪歩さん……」

 雪歩の案内役を奪い合うアイドル達。……やっぱりダメかなこりゃ。てかあずささん(以下略)



「大丈夫ですよプロデューサー。一種の熱病みたいなものです。少しすれば皆また元通りになりますよ」

 俺の横で千早が冷静にコメントする。そういえば、お前も春香もさっきから全然雪歩の影響を受けてないな。

「私と春香は、アイドルを志した最初の時から萩原さんとずっと一緒にレッスンを受けてきましたから。萩原さんの
 潜在能力の高さは私も薄々感じていましたし、それがあのような形になって表れたところで今更驚きませんよ」

 流石ウチの双璧を成すアイドルだな。もうお前だけが頼りだ。これ以上覚醒雪歩の影響を受けている真や伊織達を
見ていると、俺までおかしくなっちまいそうだ。



「ああ~……、お前達、その辺にしとけ。それじゃあこんなのはどうだ?」

 雪歩を巡って争うアイドル達に向かって、俺はひとつの折衷案を提示した―――――




***


『それではお待たせしましたっ!!アイドル三番勝負第3戦『future』対決後攻、765プロ『嵐を起こす白雪姫』萩原雪歩
 さんの入場ですっ!!曲は『Kosmos,Cosmos』!!それではどうぞっ!!』

「……何ですかあのキャッチフレーズ。『時をかける大和撫子』じゃなかったんですか?」

 俺の横でこめかみを抑える律子。司会も観客もやや失笑気味である。そりゃあ今までの雪歩からは想像がつかないよな。



「いいんだよこれで。もうあれは大和撫子なんて可愛らしいもんじゃない。お前も雪歩が起こす嵐で遭難するなよ」

「はあ………」

 司会の紹介でステージに登場する雪歩。その瞬間観客がどよめく。無理もない、舞台に雪歩の姿は無く代わりに765
プロのアイドルが全員ひとかたまりになって出て来たのだから。



「何で私までこんなことしなくちゃいけないのよ………。真と水瀬さん達だけでやればいいじゃない………」

「まあまあ千早ちゃん、おしくらまんじゅうみたいで楽しいじゃないっ!」

「ちょっと真っ!!ちゃんと歩幅を合わせなさいよっ!!雪歩お姉さまが歩きづらそうじゃないっ!!」

「伊織こそ雪歩様にくっつきすぎだよっ!!ちゃんと綺麗な輪っかになるようにしてよっ!!」

「雪歩様、何か不都合はありませんか→」「何かございましたら亜美めにお申し付け下さい→」

「ふわあ~、ゆきほねえさま、キレイですぅ~……」

「雪歩さん、間もなくステージ中央に到着しますよ。頑張って下さいねっ!」

 春香達は雪歩を囲むように手を繋ぎ、全員で案内役を行う事にした。雪歩は中心に隠れているので見えない。
所属アイドル全員で業界を戦ってきたウチらしいといえばウチらしい。これが765プロが指し示す『future』だ。
やがてBGMが流れる。



「ふふ、みんなありがとう。それじゃあ後は任せて。応援よろしくね」

 雪歩が礼を言うと、周りを囲んでいたアイドル達は一斉に舞台裏へ引き下がる。そして舞台上に雪歩の姿が露わになった。
その瞬間、観客席に小さなどよめきが巻き起こる。外見はいつもの雪歩と変わらないが、その内面からにじみ出るオーラが
段違いなのだ。カンが良い奴はこの時点で雪歩の変化に気付くはずだ。まあ、今の時点では2割程度ってところかな。
残りの8割はまだフレッシュグリーンのサイリウムを振ってる。さて、いつまでこの状態が続くかな―――――



 ♪Kosmos, Cosmos 跳び出してゆく 無限と宇宙の彼方♪

 ♪Kosmos, Cosmos もう止まれない イメージを塗り替えて♪


 曲のリズムに逆らう事なく、自然に流れるように雪歩が歌い出す。落ち着いた声で囁くように、しかし力強く荘厳に。
近年ではあまり聴かない、奥行きのあるやや低めの語尾が跳ねない歌唱法だ。そして指の先まで美しさを意識した、
女性らしい美麗な振り付け。力強さや勢いはないものの、表現力を極限まで高めてステージ上に独自の世界を作り出す。
何から何まで、先程の星井美希とは対極的なパフォーマンスだった。



 ♪ユラリ フワリ 花のようにユメが咲いて キラリ♪

 ♪光の列すり抜けたら二人♪

 ♪Access to the future Reason and the nature♪


 舞台上の雪歩は、堂々とはしているが強いアピールやサービスはしていない。元々自己表現の苦手な子である。覚醒して
もそれは変わらなかったようだ。しかし今の雪歩にそんなものは必要ない。ただ雪歩が楽しそうに、自分に自信を持って
パフォーマンスをしている。それだけで十分だ。ふと観客席に目を向けると、いつの間にかフレッシュグリーンの
サイリウムは姿を消して真っ暗になっていた。それどころか歓声も聞こえず、静寂に包まれている。
どうやら白いアイドルのリセットが始まったようだな――――――



 ♪つながるハートに伝わる鼓動が乗り越えたデジタル♪

 ♪マイナス100度の世界で何も聴こえないけど ほら♪

 ♪またボクとキミを導いたビーム♪

 ♪ステキな出来事を探してブーム♪


 俺は感じた。時間の流れが逆流するのを。そして体感した。アイドル業界が塗り替えられていくのを――――――
マイナス100度の世界なんて想像もつかないが、きっとこんな空間ではないのだろうか。理屈も常識も通用しない、ただ
ただ真っ白な、静寂に包まれた世界。今の観客席は、観客の居ないリハの時より静かだ。先程まで会場内を覆っていた、
星井美希が作り出した熱気も余韻も何もかもが白く塗りつぶされていく。急激な変化に平衡感覚すら失いそうになる。
じきにリセットは完了するだろう。さて、ここからが勝負だ。新雪に覆われた一面の銀世界のようなステージで、雪歩が
持つ武器は自身の魅力である清純派路線のみ。時をかけて甦った大和撫子の実力は、現代最強アイドルに敵うのだろうか。



 ♪Kosmos, Cosmos 跳び出してゆく 冷たい宇宙の遥か♪

 ♪Kosmos, Cosmos もう戻れない スピードを踏み込んで♪


 雪歩の歌がサビに入ったところで、突然会場が真っ白に光り輝いた。観客席が白のサイリウムで埋め尽くされていく。
今回のイベント用に販売していたサイリウムは、時間が経つと色が落ち、ただの白く発行するものを用意している。
一応一時間光るものだが、フレッシュグリーンやピンクやブルーなど、鮮やかな色を放つのは最初の20分程度で、残りの
40分くらいはほぼ白く光る不良品に近い安物。高木社長が「ウチは貧乏だから安いやつにしてくれ」と恥も外聞もない
フリをして黒井社長に懇願し、黒井社長が散々バカにしながらも了承したという経緯がある。まさかこの為の仕掛けだとは
気付かなかっただろうな。高木社長もなかなかの狸オヤジである。お目当てのアイドルの応援に使った後は捨てるだけ
だったサイリウムは、こうして雪歩の為に再び使われたのだ。



「765プロのライブでも、経費削減と使い回しの為にあのサイリウムを販売して雪歩の出番は後半にしてますけど、
 でもこんなに真っ白になるくらい使われたことはありませんでしたね………」

 予想はしていたが、ここまで上手くいくとは思っていなかったようで驚きを隠せない律子。元々この作戦を考えたのは
彼女である。ライブを少しでも盛り上げるために彼女がいつもしていた事を、今回のイベントに応用したのだ。流石は
竜宮小町を担当している敏腕プロデューサーである。律子がいれば765プロは安泰だ。



「出番を終えて白く変色してしまったサイリウムは、三番勝負の一回戦の分と二回戦の分もあるんだ。星井美希の時より
 何倍も数が多いぞ。それを全部使えば、星井美希とは比べ物にならないくらい白一色に染まるはずだ。それに白い光は
 他の色の光より強いんだ。フレッシュグリーンのサイリウムもかき消されてしまうさ」

「凄い……、本当に真っ白になっちゃった………」

 春香が観客席を見ながらつぶやく。会場は僅かな隙間もなく、真っ白に染まっていた。まるでここが大雪原と錯覚して
しまいそうな光景である。どうやら観客達も、すっかり雪歩のパフォーマンスの虜になってしまったようだな。



 ♪ヒラリ フラリ 惑星と巡る極彩色 ハラリ♪

 ♪語り継いだ物語と未来♪

 ♪Nexus for the future Season and the nature♪


 観客達は白いサイリウムを静かに振っている。大歓声や手拍子など、音のする応援は一切ない。雪歩の美しい幻想的な
パフォーマンスを壊してしまわないように、彼らは静かに見守っている。すっかり雪歩に魅入ってしまって声すらも出せ
ないのかもしれない。近年はヲタ芸なるものが流行し、騒々しい応援がアイドルのライブでは定番となっているが、
昔はこんな風に静かに応援するアイドルのライブだってあったのだ。特に雪歩のような清純派アイドルのライブでは、
野太い野郎の絶叫など聞こえなかった。別にそれがいけないとは言わないが、こんな風に皆で静かに応援するのも
いいじゃないか。静かに白く揺れるサイリウムを前に、雪歩のパフォーマンスはクライマックスを迎える。



「まるで心が洗われるようですね。これも萩原さんの影響によるものでしょうか……」

 千早が舞台の雪歩をうっとりと見つめながら言う。そうだな。雪歩の姿を見ていると、心が浄化されていくようだ。
俺も今なら何でも許せそうな気がする。

「い……、いつもいつもキツイ事言ってごめんなさいっ!!でも私はアンタの事が大好きだからっ!!恥ずかしくてついつい
 酷い事言っちゃうけど、ホントは大好きなんだからああああぁぁぁぁああ~~~~~んっ!!!!」

「うっう~~~~っ!!私もプロデューサーの事が大好きですぅ~~~~っ!!でもプロデューサーいつも私のことを子供扱い
 するから、ついついイライラしちゃって意地悪しちゃうんですぅぅぅうううえ~~~~んっ!!!!」

 いきなり訳の分からない告白をして泣き出す伊織とやよい。まだ雪歩のリセットの影響が残っているみたいだな……
こいつらも真みたいにトチ狂ってしまわなければいいのだが。



「殺意を憶える鈍感さですね。プロデューサーは萩原さんに存在ごと浄化されて、もう一度生まれ変わるべきだと思います」

 呆れ顔で静かに怒り出す千早。何故だ。

「ごめんなさ~い兄ちゃ~~~ん、兄ちゃんの机の引き出しにヘビのオモチャ入れたの亜美なの~~~~っ!!」

「真美も兄ちゃんのスリッパの中にナメクジ入れちゃったの~~~~っ!!ごめんなさ~~~いっ!!」

 亜美と真美も突如の懺悔と共に泣き出す。よ~しお前ら、後で職員室に来い。あれは本当にビビったんだからなっ!!



「いつからここは教会の懺悔室になったんですか……。でもあのパフォーマンスの前では、全ての罪を告白したくなって
 しまいそうです。そして清い心で全てを許してしまいたくなる。まるで雪歩は聖母マリアかキリスト様ですね」

「律子、実は俺もこの前タクシー代をチョロまかして音無さんとの飲み代に……」

「後できっちり請求しますからねっ!!音無さんにも伝えておいてくださいっ!!」

 あれ~、おかしいなあ。何でも許されるはずじゃなかったのか?しかしこれは予想以上の破壊力だ。ある程度予想は
していたが、覚醒した雪歩の実力がここまで凄まじいとは思わなかった。これは俺も覚悟を決めて、早めに『作戦』に
取り掛からなければならないな。俺は携帯電話を取り出すと、ある人物に連絡した。



「もしもし音無さんですか?少し早いですけど作戦開始です。社長もスタンバイ出来ていますか?……ええ、そうですか。
 それでは俺も今から向かいますので、準備をお願いします。では後ほど」

 俺は電話を切ると、律子にアイドル達を任せて舞台裏から駆けだした。

「プロデューサー、きっちり支払ってもらいますからね―――――っ!!」

 支払いから逃げているわけじゃねえよっ!!お前にもちゃんと説明しただろうがっ!!このまま何事もなく、順調に雪歩の
パフォーマンスが終われば765プロの勝利は間違いないだろう。後は白いアイドルの力の拡散を最小限に抑えるだけだ。
765プロを守る為にも、そして雪歩がこれからもアイドル活動を続ける為にも、俺達にはまだやらないといけない事が
あるのだ――――――


本日分はここまでです。いかがでしたでしょうか?もっと語彙が欲しい……っ!!
後はエピローグ的な話をつらつら書いていく予定です。どうぞ最後までお付き合い下さい。

それではまた次回っ!!

触発されてアイマスSS書き始めたよ
完結までがんばってくれおつおつ


エピローグがまとまらねえ……orz
と、言う訳で相変わらず長々と書いております。もう少しお付き合いください。
それでは本日分いきまーす。



【日本武道館・カメラ席】

カメラマン1「おい、ちゃんと撮れてるか!?萩原雪歩のライブッ!!」

カメラマン2「ああ、バッチリだっ!!これはアイドル史を塗り替える歴史的映像になるぞ……」

カメラマン1「これは伝説のライブになるぞ。新トップアイドル・萩原雪歩神話の始まりだっ!!」

カメラマン2「ちっ、そろそろテープが切れそうだ。おいっ、そっちまだストックないかっ!?」

カメラマン1「………」バタッ

カメラマン2「おいっ、どうしたっ!?聞こえないのかっ!?」

???「この映像を世に出すわけにはいかないピヨ………」

カメラマン2「な……、何者だアンタッ!?」

???「御免っ!!ス○ニング○ードキーック!!」

カメラマン2「どごはぁっ!?」バタッ

???「ライブ終了まで大人しく眠っているピヨ……」



***


「音無さ~ん、首尾はどうですか~?」

「あっ、プロデューサーさん。こっちはもう終わりましたよ」

「……何ですかその恰好?ひよこ色の忍者装束って、むしろ目立ってるんじゃないですか?」

「いや~、隠密作戦を遂行するくノ一ってイメージだったんですけどねえ……えへへ」

 アイドル達を律子に任せて、俺が向かったのは撮影クルーの所である。覚醒雪歩の映像を永久封印する為に、音無さんと
一緒にカメラマンを襲撃して回っているのだ。



「1カメ~5カメまではこれで制圧しましたね。後は天井から吊り下がっているクレーンカメラですけど……」

 視線を向けた先には、遠隔のリモコン操作で撮影しているクレーンカメラが作動している。

「ああ、それなら任せたまえ」

 すると高木社長が音無さんの後ろから現れた。その手にはトランプが数枚握られている。

「私は手品が趣味でねえ。トランプ投げは得意なのだよ」

 そう言うと、社長はクレーンカメラをめがけて勢いよくトランプを投げつけた。トランプは風を切り裂き、うなりを
あげてカメラのレンズに突き刺さる。たちまちカメラは白い煙をあげて完全に機能停止した。

「……殺傷能力あるんじゃないですかそのトランプ?もはや凶器ですよ………」

「はっはっはっ、面白いこと言うねえキミィッ!!これはただの紙で出来たトランプだよ~」

「そうですよプロデューサーさん。トランプで人が殺せるわけないじゃないですか~」

 ふたりで笑い合う社長と事務員。今更だが、この人達何者なんだろう。



「ところでプロデューサーさん、テープの代わりにカメラにミ○ワームかアワ・ヒエを詰めておこうと思うんですけど、
 どっちがいいと思いますか?」

 何でそんなもん持ってるんですかっ!?鳥のエサだからって、まさか食べてるんじゃないでしょうねっ!?

「……トップシークレットです☆」

 何で言いよどむんですかっ!!可愛くないからっ!!ドン引きだからっ!!

「じゃあプロデューサーさんの秘蔵DVDを代わりに入れておきましょう」

 な……、どうしてそれがこんな所に………!?

「『狙われたアイドル~白○液に濡れた禁断の枕営業~』……キミはウチのアイドルをどういう目で見ているのかね?」

「これは由々しき問題ですね……。減給はもちろん、解雇も視野に入れて考えないと……」

 いきなりシリアスモードに入る社長と事務員。ちょっ、公私混同してませんよっ!!あくまで成人男性が一般的に嗜む程度
ですからっ!!



「ホントですかぁ~?」

 うっせえぞクソ鳥っ!!事務所にいかがわしい本を大量に持ち込んでるお前の方がよっぽど問題だろうがっ!!

「……音無君?詳しく聞かせてもらっていいかい?」

「あ、あはは……あはは……。それより早く撤退しましょうっ!!作戦も終了したことですし、長居は無用ですっ!!」

 音無さんにごまかされながら、とりあえずテープを回収して俺達は退散した。これで覚醒雪歩のライブ映像は、完全に
闇へと葬り去られたわけだ。最近は通信技術の発達により、撮影した映像はそのままリアルタイムでテレビ局へ転送される
のだが、雪歩の映像だけは外の嵐によって通信障害が発生して送られなかったらしい。一応ジャミング電波も用意していた
が、必要なかったようだな。これも雪歩の力によるものだろうか。



「お疲れ様、雪歩。そして誕生日おめでとう」

 去り際に俺はステージに目を向ける。舞台上ではパフォーマンスを終えた雪歩が凄まじい大歓声を浴びていた。いつも
なら怖がってさっさと引っ込んでしまうのに、今日は笑顔で観客に手を振っている。その笑顔があまりにも美しすぎて、
ついつい見とれてしまった。吹雪のように激しく粉雪のように優しく、そしてぼた雪のように柔らかい、白く清く美しくて
儚げな雰囲気を纏った可憐な少女は、一歩づつ大人の女性へ成長していく。願わくばこれからも誰の足跡もついていない、
穢れのない新雪の上を歩んで欲しい。



***


『それでは投票が終了しました~っ!!アイドル3番勝負3回戦『future』対決の結果発表ですっ!!』

 雪歩のパフォーマンスに見とれて我を見失っていた司会も、正気を取り戻してようやく自分の仕事を再開した。……そう
いえばあの司会、さっき随分星井美希を贔屓していたわね。プロデューサー殿もいないし、私が抗議しておきましょう。

「いよいよ発表ですねっ、律子さん!」

 私の横では緊張した顔の春香と千早が、舞台上の電子掲示板を見つめている。春香は両の手の指を組んで、神に祈って
いるようだ。



「そんな事しなくてももう結果は見えてるわよ。それより二人とも準備しておきなさい。他のみんなも、雪歩以外は
 スタンバイしておくように」

 私の言葉に皆が一斉に振り向く。ちなみに春香達以外のアイドルは、パフォーマンスを終えた雪歩のケアを行っている。
……いや、ケアを奪い合っている。

「雪歩様。お疲れ様でした。レモンのはちみつ漬けでございます。どうぞお召し上がりください」

「ちょっと真っ!!そんな貧乏くさいものを雪歩お姉さまに食べさせるつもりっ!?雪歩お姉さま、今すぐウチの専属シェフを
 呼びますから、何なりとお食べになりたいものをお申し付け下さい」

「あらあら、困ったわね。うふふ………」

 ……ところで雪歩はいつ元通りになるのよ。早く治ってもらわないと、今後の活動に支障が出そうなんだけど。



「いい加減にしなさいアンタ達っ!!グランドフィナーレは今回のイベントの参加アイドル全員によるステージなんだから、
 さっさと着替えて準備してきなさ―――――いっ!!」

 私が怒鳴りつけると、真と伊織達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。全く、まだまだ子供なんだから……。

『それでは発表しますっ!!『future』対決の勝者は………、え?何だこれ?故障か?……少々お待ちください』

 いよいよ発表というところで、司会が中断する。何かトラブルでもあったのかしら。数名のスタッフが舞台に集まり、
何度か確認作業をする。やがてその作業が終了し、司会が信じられないといったような表情で発表しなおした。



『3回戦の結果は……、な……、何と 70 対 9900 !!765プロ、萩原雪歩さんの勝利ですっ!!』

 ウオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!と、地鳴りのような凄まじい歓声が観客席からあがる。雪歩の勝利
は予想してたけど、まさかここまで圧勝するとは思わなかったわ。30人足りないのは、先ほどの星井美希のパフォーマンス
で失神した観客だろう。しかし彼らを足しても、星井美希の投票数は雪歩に遠く及ばない。むしろ雪歩の圧巻のステージを
見て、それでもなお星井美希に投票したファンが70人もいたことの方が驚きよね……。彼らはおそらく親衛隊か狂信的な
ファンだろう。その信仰心には脱帽するわ。



「やったよ雪歩っ!!765プロが勝ったんだよっ!!これからもみんな一緒にやれるよっ!!」

「おめでとう萩原さん。私からもお礼を言わせて貰うわ。私の大事な仲間と居場所を守ってくれて、本当にありがとう」

 春香が雪歩に抱き着く。千早もその隣で称賛の言葉を送っていた。

「ちょ、ちょっと苦しいわ春香………い、息が出来ない……」

「は、春香っ!?ちょっと、首が決まってるっ!!雪歩オチてるからっ!!」

 ぐったりしている雪歩に気付いて、私と千早は慌てて止めに入る。春香も途中で気付いた様で、すぐに離れた。



「ごめんなさい雪歩っ!!しっかりしてっ!!目を覚まして~っ!!」

「萩原さんっ!!萩原さんっ!!」

「う、う~ん………。あれ、私一体……、何だか記憶があいまいですぅ……」

 春香と千早の懸命の呼びかけに、雪歩は息を吹き返した。………ん?『ですぅ』?

「よかった雪歩~っ!!死んじゃったかと思ったよ~っ!!」

「は、春香ちゃんっ!?どうしたの!?どうして泣いているの!?どういう事千早ちゃん!?」

 いまいち事情が理解出来ず、泣きつく春香に戸惑いを隠せない雪歩。そのおろおろした姿は、よく見慣れた彼女だった。

「はあ……、いつもの春香のドジだから気にしないで。萩原さんのおかげで765プロはアイドル三番勝負に勝ったのよ。
 ほら、会場を見て」

 千早が溜息をついて、会場に目を向けた。そこでは観客席から地鳴りのような雪歩コールが巻き起こっていた。



YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!
YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!
YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!
YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!
YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!
YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!
YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!
YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!
YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!
YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!! YU・KI・HO・!!


「………きゅう~」バタッ

「雪歩っ!?」「萩原さんっ!?」

 あまりの恐怖に耐えきれず、雪歩は再び気を失った。先程までの堂々とした溢れる自信や、神々しいオーラは感じられ
ない。どうやら覚醒雪歩は営業終了のようね。



「雪歩っ!?どうしたのっ!?何があったのっ!?」「どうしたのよ雪歩っ!?」

「ゆきぴょん大丈夫っ!?」「しっかりしてゆきぴょんっ!!」

「雪歩さんっ!!」「雪歩ちゃん?」

 やがて着替えを終えた真達が戻って来た。雪歩が元通りになったから、この子達も正気に戻ったようだ。どうやら
春香には後でお礼を言わないといけないわね。

「何でもないわよ。雪歩の面倒は私が見ておくから、あんた達はさっさとステージに行きなさい。もう他の事務所の
アイドル達は待ってるわよ」

 雪歩を気にかけるアイドル達を急かすように舞台裏から追い出して、私は雪歩の看病をする。せっかくウチが勝ったのに、
ライブのフィナーレにウチだけ顔を出さないわけにはいかないじゃない。

「ほら春香、千早。あんた達も行きなさい。こっちは大丈夫だから。千早は無理しちゃダメよ」

 私は近くにいた2人にも言う。特に春香、アンタが出ないとライブが始まらないじゃないの。



「あ……、私まだ着替えてない……。自衛隊さんの軍服のままだ………」

 今更気づいたようで青ざめる春香。全く、どうしてこの子はこんなにおっちょこちょいなんだろう。

「くくっ……、いいんじゃない春香………ふふっ……。そっちの方が面白いし目立つわよ………くくっ……」

 笑いをこらえきれない様子の千早。ちなみに彼女は先ほどのステージ衣装のままだ。

「すっ、すぐに着替えてきますっ!!まだ時間はあるはず………っ!!」

「無理よ。もうBGMが流れ始めているわ。腹をくくりなさい」

 プロデューサーとして、彼女の望みを却下する。アイドルたるもの、どんな状況でもファンを優先し、笑顔でサービス
する事を忘れるべからずっ!!

「そっ、そんなあ~……」

「さあ行きましょう春香っ!!みんながステージで待ってるわっ!!」

 ノリノリの千早に引っ張られて、春香は半泣きの状態で舞台へと連れて行かれた。今回のイベントの一番の功労者は春香
かもしれない。いや、やはり全員かしら。千早も伊織も雪歩も頑張ったけど、あずささんと亜美真美、そしてやよいも
必死になってこの一ヶ月サポートをしてくれた。やはりウチは全員でひとつのアイドルなのね。その絆が壊れない限り、
これからも彼女達はアイドル業界で輝き続ける事でしょう。



「みんな~、今日は来てくれてありがとうっ!!最後はここにいるアイドル全員で歌って踊るよ~っ!!曲は『READY!!』
 それから『CHANGE!!!!』それじゃあいってみようっ!!」

 あんなに嫌がっていたのに、ステージに立つと満面の笑みで元気よくアイドル達をまとめる春香。やっぱりあの子は
凄いわね……。876プロもMBMSスクールの候補生達も、全員ひとつになってのパフォーマンスが始まる。会場の
ファンも大喜びだ。今回のイベントは、歴代のアイドルのライブの中でも大成功の部類に入るだろう。ライブDVDが発売
されれば、ミリオンヒットは間違いないはずだ。貧乏事務所のウチも大儲け出来るに違いない。

「ライブDVDが発売されれば………だけどね」

 そう言って、カメラ席に目を向けた。その先には社長とプロデューサーらしき男性ふたりと、……あとひよこ色の忍者?
がそそくさと出て行く所だった。どうやら作戦は成功したみたいね。後は警備の目をかいくぐって脱出することが
出来るかしら。特に小鳥さん………



***


「負けちゃったな自分達。また最初からやり直しさー」

 舞台上に設置された電子掲示板を見て、響がつぶやく。

「……ウソなの………こんなのありえないの……ミキが負けるなんて………しかもたった70票だけなんて……」

 美希は自分が、貴音以上に圧倒的大差をつけられて負けた事がまだ信じられないようだ。虚ろな瞳でうわ言のように
ぶつぶつつぶやいている。



「いやあ~、あれは仕方ないさ~。今の萩原雪歩に勝てるアイドルはいないさー。だから美希も落ち込む事はないぞっ!!」

 なんくるないさーと言って、響は笑顔で美希を慰める。しかし美希は響の手を払うと、涙の溜まった目で睨みつけた。

「そんな簡単な問題じゃないのっ!!分かってるの響っ!?ミキ達が今まで頑張って来た作り上げてきたイメージやブランド
まで無くなっちゃったんだよっ!!あれだけきついレッスンを受けて、必死になってトップアイドルになったのにそれが
ゼロになっちゃったんだよっ!!もうミキ達トップじゃないんだよっ!?」

この敗北はただの敗北ではない。今まで美希と響が頑張ってアイドル活動を続けてきて、アイドル業界を緑系統の色に
染め上げていたのに、それが真っ白にリセットされてしまったのだ。キャリアも実績も失って、またスタート地点に
戻された事を、美希は肌で感じているのだろう。



「う~ん、でもゼロになっちゃったのは自分達だけじゃないみたいだぞ?向こうの如月千早や天海春香の影響力も真っ白に
 塗りつぶされたみたいだし、萩原雪歩もあっちでノビてるし、誰も勝者がいないみたいだぞ。だったらまた頑張って、
 最初からやり直せばいいさー」

 もちろん白いアイドルのリセットは響も敏感に感じ取っていた。しかし影響を受けたのは自分達だけではなく、全員
がゼロに戻ったと理解したので、なんくるないさーと楽観的に構えているのだ。



「ミキもう出来ないのっ!!また一から、あんな辛いレッスン受けられないのっ!!それにもうミキのファンの人はいないのっ!!
 またトップアイドルになっても意味ないのっ!!」

「いい加減にするさっ!!美希っ!!」

 泣きじゃくる美希を怒鳴りつけて、響は美希の頬に平手打ちをした。美希は突然ぶたれて、驚きの視線を向ける。

「ファンがいないだってっ!?70人も入れてくれたじゃないかっ!!たとえひとりでも自分を応援してくれるファンがいるなら、
 その人の為に頑張るのが真のアイドルなんじゃないのかっ!!萩原雪歩のあんなパフォーマンスを見ても、それでもあの
 人達は美希に投票してくれたんだっ!!自分はこっちが0票でもおかしくなかったと思うぞっ!!」

 呆然と響を見つめる美希。響の目にも涙が溢れていた。



「あんなハードなレッスン、自分だってゴメンさっ!!そりゃあトップアイドルになる為なら厳しいレッスンも我慢するけど、
 美希のレッスンは明らかに異常さっ!!あんなの続けてたら、いくら美希でも死んじゃうぞっ!!勝負に負けたのは悔しい
 けど、仲間を失うよりずっとマシさっ!!今日の負けは良い機会さっ!!美希は今後のアイドル活動をじっくり考えるさっ!!」

 響は一気に捲し立てた。本当は美希自身もずっと辛かったのだ。でも今のトップアイドルの立場が崩れるのが怖くて、
殺人的なレッスンを無理やりでも続けるしかなかったのだ。美希は何も言えないまま、ぽろぽろと涙を流し続けた。

「自分はこのイベントが終わったら961プロを辞めるぞ。貴音をクビにした黒井社長を許せないからな。でもアイドル
 は絶対に辞めない。どこか別の事務所に移籍して、また続けるつもりさー。自分を応援してくれるファンの皆を裏切る
 わけにはいかないからな。それがトップアイドルを目指した時に決めた自分の覚悟だ。たとえ一人でも自分のファンが
 いてくれるのなら、自分はその一人の為に最高のパフォーマンスを続けるぞっ!!」

 響は涙を拭い、笑顔で胸を張って宣言する。その姿は小さいながらも頼もしく堂々としていた。



「美希もアイドルを続けるならここを出た方がいいさ。不安だったら自分が面倒みてやる。美希は大事な仲間だからなっ!!
 ネェネの言う事は大人しく聞くさーっ!!」

 そう言って響は南国の太陽のような眩しい笑顔を美希に向けた。美希はまだ言葉が出ない。ステージ上ではフィナーレの、
アイドル全員によるパフォーマンスが始まろうとしていた。沢山のアイドル達が舞台上へ集まって行く。

「おっ、最後のライブが始まったな。それじゃあ自分は行ってくるけど、美希はどうするさ?」

「少し……休みたいの……。考えたい事もあるから………」

 下を向いて、美希はぽつりと返事をした。響はふうっ、と肩をすくめると、美希の後ろにいたジュピターに目を向けた。



「悪いけど、美希の事をお願い出来るか?傍についててやって欲しいさ。もし黒井社長が来て美希をいじめたら、美希の
 事を守ってやってほしいさー」

「いや、それは別に構わないけどさあ……☆」

「響さん、本当に961プロ辞めちゃうの?それでいいの?」

 北斗と翔太が心配そうに言った。この業界で961プロを敵に回してアイドル活動を続けるのは、決して楽ではない。

「ふふん、実はある事務所から勧誘を受けているさっ!!961プロよりレッスン環境は悪そうだけど、大事なのはどんな
 場所でも、自分がアイドルを続ける事さっ!!黒井社長なんか怖くないぞっ!!それよりジュピターも移籍を考えた方が
 いいんじゃないのか?」

「ふん、余計なお世話だ。俺達は俺達なりの考えがあるんだよ」

 響の心配を鼻で笑い飛ばして、冬馬が応える。



「確かにオッサンの実力至上主義には俺達もうんざりしているが、それでも961プロの資金力とレッスン環境は
 捨てがたい。今は我慢してここで力をつけて、将来的には3人で独立するつもりだ。オッサンは俺達の事を駒ぐらいに
 しか見てないんだ。だから俺達も、961プロを利用できるだけ利用し尽くしてやるさ」

「そっか………、じゃあみんなとはここでお別れだな………」

 響とジュピターの衝撃的な告白に、美希は目を白黒させて驚いている。自分の考えや目標を何も持たずに、黒井社長に
言われるがままに苛酷なレッスンを続けてきた自身と比較して、ただただ恥ずかしかった。



「明日からはライバルになっちゃうかもだけど、ジュピターの事キライじゃなかったぞっ!!それじゃあ皆元気で
 やるさーっ!!」

「うんっ!!響さんも頑張ってねっ!!僕達も応援しているからっ!!」

「チャオ☆響ちゃん☆またいつか、今日のステージみたいに共演出来ればいいね☆」

「それは二度とゴメンさ――――っ!!」

 そう言ってステージに元気いっぱいに駆け出していく響。そこにはアイドル達が勢揃いしていた。そして全員で歌い出す。



「ミキは……、ミキは一体どうすればいいの………?」

「そんなの俺が知るかよ」

 美希の問いかけを、冬馬はばっさりと切り捨てる。

「でもお前はひとりじゃない。我那覇だって、それからここにはいないが四条だっているんだ。迷っているなら助けて
 もらえばいい。周りは敵だらけだけど、あいつらくらいは信用して頼ってもいいんじゃねえか?お前達は仲間なんだろ?」

「響………、貴音ぇ………ごめん……、ごめんなさい………、すみません………、ゆるして………」

 冬馬の言葉に、美希は再び泣き崩れた。そしてここにいない二人に、ひたすら謝り続けた。



 こうして961プロ対765プロのアイドル三番勝負クリスマスライブは、765プロの勝利という結果で終了した。
この日、日本武道館でアイドル業界の勢力図が塗り替えられた事を知る者は館内に居た観客だけである。萩原雪歩が
起こした奇跡は、彼らの噂話に止まり世間に知られる事無く語り継がれるのみで、そのうち雪のように解けて消えていく。
清純派路線のアイドルは弱く儚い存在だ。奥ゆかしい大和撫子のような彼女達がアイドル業界から消えたのも、ある意味
必然である。一度リセットされたものの、現代で再びアイドル業界を席捲するのはまた元気で活発な、男勝りのイマドキの
女の子達だろう。清純派アイドルはボーイッシュ路線のアイドルと同じように、トップを争う事なく一定のエリアで活躍
を続ける。しかし争いを好まない彼女達はそれで満足なのだ。自分に自信を持ち、仲間達と楽しく活動が出来れば、
萩原雪歩はいつまでも幸せにアイドルを続けられるだろう―――――

 
本日はここまでです。ここまでがアイドル3番勝負編で、次回からエピローグになるのかな。
一応終わりが見えているのだが、まだしんどいです。最後までお付き合いいただけると幸いです。

それではまた次回っ!!

>>469
仲間が出来て嬉しいです。まずは完走目指して頑張りましょうっ!!
出来たら是非投下して下さいねっ!!



クオリティが安定してるなぁ本当、頑張ってくれ

最初の2レスくらいは乗っ取りかと思った

終わりが近いのが残念だな
おつおつ

乙!
最高に面白かった!

もうエピローグか……名残惜しい

エピローグ期待


ふう、エピローグにしては長くなりそうだぜ……
という事で本日分投下します。
今週中にはまとめたいな……



「あけましておめでとうございます~」

「ピヨちゃんあけおめ→」

「おめでとう小鳥。これ、水瀬家が毎年お参りしている商売繁盛の神社のお守りよ。事務所に飾っときなさい」

 年が明けて新年1月5日。今年初めて竜宮小町のメンバーが765プロの事務所に顔を出しました。あっ、申し遅れ
ました。私は音無小鳥。765プロの事務員をしています。



「おめでとうございます小鳥さん。ふぅ~、やっと事務所に帰って来れたわ~」

 そして竜宮小町に続いて、彼女達のプロデューサーである律子さんが入って来ました。クリスマスからお正月にかけて、
年末年始はアイドル達は大忙しです。もう去年の話になりますが、24日はアイドル3番勝負をして、25日は新春特番の
収録を終えた後に雪歩ちゃんの一日遅れのお誕生日会と3番勝負の祝勝会をみんなで行い、それから26日から三が日まで
ほとんどびっしり仕事が入っていて、アイドルの皆は事務所にも集まらずひたすらテレビ局などをハシゴしていました。
特にウチの人気アイドルグループである竜宮小町は、25日に会ったきりでその後はひたすらテレビの収録で、私は今年に
入って今日初めて会いました。律子さんも今年初出社です。売れっ子アイドルは大変ですね。



「プロデューサー殿はまだ帰って来ていないんですか?」

「はい。多分今日か明日には戻って来られると思うのですけど……」

「全く、この忙しいのにアイドル全員の面倒を私に押し付けて出張なんて、一体何を考えているのかしら……」

 律子さんがイライラしながら自分の席につく。竜宮小町は本日午前中だけオフです。久しぶりの半休で、朝から初詣に
行ってきて、後は午後まで事務所でゆっくりする予定だそうです。

「まあまあ、社長の命令ですしきっと何か理由があるのでしょう。それに春香ちゃんや千早ちゃん達も同行の必要のない
 仕事が多かったようですし、プロデューサーさんも律子さんの負担が軽くなるように配慮してくれたじゃないですか」

「それは……、そうですけど……」

 赤くなって言いよどむ律子さんを見て、ソファーに寝そべっていた亜美ちゃんがニヤリと悪い笑みを浮かべます。




「んっふっふ~。りっちゃんはにいちゃんに会えなくて寂しいんだよね~?」

「ち……、違うわよっ!!私はまたプロデューサー殿がどこかで遊んでいるんじゃないかと思って……」

「律子も物好きね。私は別にどうでもいいけど」

「あらあら伊織ちゃん。恋愛成就のお守りも買っていたみたいだけど、誰と成就するつもりなのかしら~?」

「べ……、別に誰だっていいでしょっ!!あずさだって安産祈願買ってたじゃないっ!!だ……段階飛ばし過ぎなのよっ!!」

 きゃあきゃあと騒ぐ竜宮小町のメンバーと律子さん。そうです、彼女達の意中の男性であるプロデューサーさんは、
27日を最後に社長の命令で出張中なのです。そして年が明けても、まだ一度も事務所へ帰って来ていません。
私は出張の理由を聞かされているのですが、面白くなりそうなのでもう少し黙っていましょう。



「忙しすぎてここ数日の記憶があいまいですよ。もうアイドル3番勝負から一週間以上も経つんですね………。
 あの一ヶ月も大変でしたけど、やっぱり年末年始は比較になりませんね」

「去年は竜宮小町と千早ちゃんがデビューしましたからね。他の子達も徐々にお仕事が増えていって、忙しさがピークに
 達したんでしょう。でも今年はもっと忙しくなりますよ」

「うえ~、これ以上忙しいと亜美死んじゃうYO→……。りっちゃん、もう少しお仕事減らせない?」

「バカねアンタは。今年は勝負の年なのよ。今頑張らないでいつ頑張るのよ。まだまだ全然足りないくらいだわ」

「そうよ亜美ちゃん。お仕事があるのはありがたいことなのよ~。今年もみんなで頑張りましょうね~」

 弱音を吐く亜美ちゃんを、伊織ちゃんとあずささんが窘めます。そうですよ亜美ちゃん、若いうちに頑張らないと歳を
取ってから色々と後悔するんですよ………



「でもひびきん辞めちゃったし、いおりんももっとラクしてもいいんじゃないの→?もうリベンジ出来ないYO→?」

「イヤな事思い出させないでよっ!!別にアイツに勝つために頑張っているワケじゃないんだからねっ!!」

「でも961プロの3人はどこに行ったのかしらねぇ~。あれから何の音沙汰もないけど~」

 あずささんの言葉にみんなが黙り込みます。アイドル三番勝負の翌日のスポーツ紙は、イベントの結果よりも大きい
見出しで『プロジェクトフェアリー解散っ!!』『星井美希電撃引退かっ!?』という文字が一面を飾りました。記事の内容は
アイドル3番勝負を終えて、今後の自分の新たな可能性を求めて961プロから羽ばたくというようなポジティブな表現で
書かれており、彼女達のイメージに傷がつかないように配慮されていました。………全く、黒井社長も不器用だけど
お優しいんですから。あの人もこういう所は昔と変わっていませんね。



「せっかくみんなで頑張って765プロが勝ったのに、負けた961プロの方が扱いが大きいってどういうことよっ!!
 おまけにライブDVDもカメラのトラブルで撮影出来てなくて発売されないみたいだし、ウチは損してばかりじゃないっ!!」

「イヤな事を思い出させないでよ伊織………。まあでも、今も少ない人員でキツいスケジュール回してやってるんだから、
 あのイベントで変に注目されて仕事が激増してたら本当に誰か過労死していたかもしれないわよ。一応事務所も吸収
 されずに済んだんだし、こうしてみんなで新年を迎える事が出来たんだからそれでいいじゃない」

 律子さんの言葉で、みんな一応納得しました。苦労したわりには損が大きかったですが、おそらくこれがベスト
なのでしょう。覚醒雪歩ちゃんを売り出すのは事務所もデメリットの方が大きいですしね。現状が一番楽なのですよ。



「あ―――――っ!!亜美が余計なこと言うからまた腹立ってきたじゃないっ!!我那覇響だっけ!?アイツの勝ち誇ったあの顔が
 むかついてむかついて夢にまで出て来るのよっ!!今度目の前に現れたらギッタギタにしてやるわよっ!!」

 ソファをゲシゲシ蹴って暴れる伊織ちゃん。せっかく掃除したんだから、あまりホコリを立てないで……。
でも良かったわね伊織ちゃん。あなたの願いはすぐに叶いそうよ。



「―――――へえ、てっきり怖気づいたと思っていたんだけどまだ戦うつもりはあるみたいだな。自分だったらいつでも
 相手になってやるぞっ!!」


 その時、入口付近から急に声が聞こえてきました。みんなが一斉に振り返ります。そこには無邪気な笑顔で八重歯を
覗かせた、元961プロの我那覇響ちゃんが立っていました。

「な……、何でアンタがココにいるのよっ!!何しに来たのよっ!!」

「あ――――っ!!ひびきんだっ!!あけおめ→」

「あらあら響ちゃん、お久しぶりねえ~。元気にしてた~?」

 突然の来訪者に驚きを隠せない伊織ちゃん達。その後ろで律子さんは固まっています。どうやら律子さんは、おおよその
事情を察したみたいですね。



「ちょ……、ちょっと待って……。社長から聞かされていたけど、もしかして近々面接に来る新人アイドルってのは……」

 こめかみを抑えながら律子さんが質問します。響ちゃんはニカっと笑って、

「自分だぞっ!!今年から765プロでお世話になるさっ!!ついでにさっき前の道で高木社長に会って、面接も合格したぞっ!!
 今日からよろしくなっ!!」

「「「「ええ~~~~~~っ!!!!????」」」」

 竜宮小町と律子さんがびっくりしています。私は知ってましたけどね。



「やった――――っ!!ひびきんこれからヨロシク―――――ッ!!あのカッチョイイバク転教えてYO→」

「ん~?お前は……、亜美だなっ!!あんなので良ければいつでも教えてやるぞっ!!でも亜美に出来るかな~?完璧な自分には
 楽勝だけど、普通のアイドルには難しいさー」

「ちょっと亜美っ!!何ソイツと馴れ合ってんのよっ!!ソイツは倒すべき敵なのよっ!!」

 響ちゃんにベタベタ甘える亜美ちゃんに、伊織ちゃんが怒ります。これは三角関係の予感かしら……!!

「自分達、この前のライブのフィナーレですっかり仲良くなったさっ!!お前は近づいて来なかったけど、亜美とあずささん
 とはもうトモダチだぞっ!!」

「そうだぜいおりん、亜美達トモダチだZO→」

「ごめんね伊織ちゃん……。でも響ちゃん良い子だし、なかなか言い出せなくて………」

 響ちゃんと肩を組む亜美ちゃんと、横で申し訳なさそうに謝るあずささん。まあ確かに響ちゃんは誰からも好かれる
ような子ではあるわよね……



「亜美とあずさの裏切り者―――っ!!竜宮小町は解散よ―――っ!!ソイツと組んで琉球小町でもやればいいじゃないっ!!」

 顔を真っ赤にして怒る伊織ちゃん。でも琉球小町って、何だか語呂が良いわね………

「まあまあ落ち着けデコリ。これからは一緒に頑張る仲間なんだから、過去の事は水に流して仲良くするさー。それに
 あの時勝ったのはお前達なんだから、それでいいじゃないか」

「誰がデコリよ―――――っ!!ほんっとイチイチ腹立つわねアンタッ!!私はい・お・り・っ!!しっかり覚えなさいっ!!」

 キーキー怒る伊織ちゃん。ああもう、ツンデレっ子は可愛いわねっ!!



「あれ?美希がデコちゃんデコちゃん言うから、てっきりデコリって名前だと思ってたんだけどな………。お~い美希、
 どういう事さ~?」

 そう言って、入口の奥に向かって呼びかける響ちゃん。すると響ちゃんの後ろから、もうひとり別の女の子が顔を
出しました。肩口までの茶色っぽいショートヘアーをした、スタイルの良い女の子です。……あれ?この子誰だろう?
どこかで見た顔なんだけど………。みんなの不思議そうな顔に気付いた響ちゃんは、ポンと手を叩いて説明した。



「ああそうかっ!!カツラ被ってないから分からないんだなっ!!コイツは星井美希さー。自分と一緒に、美希も今日から
 765プロでお世話になるぞっ!!ほら美希、挨拶するさーっ!!」

「星井……美希です……。よろしくお願いします……なの」

「「「「「ええ~~~~~~っ!!!!!!!!!!」」」」」

 遠慮がちに挨拶する美希ちゃんに、今度はもっと大きな声でみんなが驚きました。社長からは美希ちゃんも来るって
連絡は貰っていましたけど、まさかこんな大胆なイメチェンをして来るとは予想外でした。……ていうか、これが本来の
彼女の姿なのでしょうか。あの金髪はアイドルのイメージ作りの為にしていた仮の姿で、それを脱ぎ捨ててウチに来たと
いう事は、彼女に何か心境の変化があったのかもしれません。まあどのみち大型新人を2名も迎えて、今年もウチが
忙しくなる事は間違いなさそうです……



***


「うわ―――っ!!ホントだ―――っ!!確かによく見たらミキミキだ―――っ!!このナイスバディは間違いナイッ!!」

「あらあら、可愛らしいわね~♪前の金髪も外人さんみたいで素敵だったけど、こっちの髪型もよく似合ってるわよ~♪」

 美希ちゃんを挟んでソファに座り、亜美ちゃんとあずささんが質問攻めにしています。美希ちゃんは緊張しているのか、
961プロ時代に見せていたあの生意気な堂々とした態度ではなく、借りてきた猫のように大人しく小さくなっています。



「ちょっと律子どういう事っ!?我那覇響だけでも勘弁してほしいのに、星井美希まで765プロに入るのっ!?私絶対イヤ
 だからねっ!!あのクソガキ前に歌番組で一緒になった時、生放送中にこの伊織ちゃんをデコちゃんデコちゃんって言って
 散々バカにして笑い者にしたんだからっ!!私がどれだけ恥ずかしかったか知ってるでしょっ!?」

「あはは、そういえばそんな事もあったなー。あの時は自分も貴音も大笑いしたぞっ!!」

「アンタは黙ってなさいよ――――――っ!!」

 一方予定表の前では、律子さんを挟んで伊織ちゃんと響ちゃんがケンカをしています。とは言っても、一方的に
伊織ちゃんが怒っているだけですが。律子さんは頭痛を抑えるようにこめかみに指を当てて、私の方に質問しました。



「……小鳥さんはこのふたりが来る事を知っていたんですか?」

「え……、ええ。元々あのアイドル3番勝負は、勝った方が負けた方の事務所を吸収するという裏ルールがありましたから。
 律子さんも御存知だと思ってましたけど……」

「いや、それはあくまで961プロが勝った場合であって、まさかウチが勝っても961プロを乗っ取る事なんて出来ない
 から無効になると思っていました……。あの黒井社長が本当に自分の所のアイドルを寄越してくるなんて……」

「いや?自分達は別にあの時の対決に負けたから765プロに売られたわけじゃないぞ。あのイベントの日に961プロが
 負けたら面倒見てやるって、765プロの男のプロデューサーに誘われたから来たさー」

「「アイツが原因(元凶)かあ―――――――――っっ!!!!」」

 律子さんと伊織ちゃんは同時に叫んで、頭を抱えてうずくまってしまいました。全く、プロデューサーさんも罪な男
ですね。そして黒井社長も、随分悪者にされているみたいです。



「信じらんない信じらんない信じらんないっ!!どこまで節操がないのよあの変態女たらし大馬鹿色ボケプロデューサーッ!!
 帰ってきたらとっちめてやるわっ!!」

「待って伊織。その前に私が仕事を山ほど押し付けてやるから。こんな大型新人2人も一気に増やされたら、私もたまった
 もんじゃないわ。どうせあの男は『律子に任せておけば何とかなるだろう』とか思ってるんでしょうけど、そうは
 いかないんだからっ!!」

 ここにいないプロデューサーさんに向かって、呪詛の言葉を吐く伊織ちゃんと憤慨する律子さん。プロデューサーさん
は帰ってきたら無事で済むでしょうか………。それから律子さん、プロデューサーさんの声真似がお上手ですね。

「まあまありっちゃん、それからいおりん。もう決まったコトだし仲良くしようZE→。ひびきんにミキミキまで来たら、
 765プロは最強だZE!!真美とやよいっちも大喜びすると思うYO→」

「そうよ伊織ちゃん。お友達が増えるのは良いことよ~。律子さんも、お仕事に幅が出来てきっと素晴らしい事になると
 思いますよ~」

 美希ちゃんの頭を撫でながら、優しく説得するあずささん。この人の平和主義は、こういう時に助けられますね。頭を
撫でられている美希ちゃんは、少し恥ずかしそうにされるがままになっています。ついでに美希ちゃんの腰には、
亜美ちゃんが抱き着いています。ふたりとも、すっかり美希ちゃんにベタ惚れですね。



「私は認めないからねっ!!だったら私が961プロに移籍してやるわよ―――――っ!!」

 もはや自分でも何を言ってるのか分からない様子の伊織ちゃん。う~ん、どうしましょうかしら?律子さんも難しい顔
をしているし、ここは一番お姉さんである私が何とかしないとっ!!

「あ、あのね伊織ちゃ「水瀬……さん」

 私が言いかけた時、それまで静かだった美希ちゃんが伊織ちゃんの名前を呼びました。ソファーから立ち上がり、
伊織ちゃんの前まで歩いて立ち止まります。美希ちゃんの方が背が高いので、ふたりが向き合うと伊織ちゃんを見下ろす
形になります。

「な……、何よ………」

 やや怯えながらも、強気の姿勢を崩さない伊織ちゃん。流石竜宮小町のリーダーさんです。しっかり者ですね。



「あの時は……、すみませんでした……なの。反省しているから……許して欲しい……の。ミキ、これからはマジメに
 アイドルやりたいから……仲良くして欲しい……の……」

 ところどころつっかえながら、美希ちゃんは伊織ちゃんに頭を下げました。プライドの高い子だから謝り慣れてない
のでしょう。でも一所懸命謝罪しているのは伝わって来ました。響ちゃんも横に並んで、一緒に頭を下げます。

「自分からもお願いするぞ。美希はあの時765プロに負けて、いっぱい悩んで961プロを辞めて、またアイドルとして
 再スタートをする事に決めたさ。自分もそんな美希を応援してやりたいと思うぞ。前は色々失礼な事をしたけど、美希も
 自分も心を入れ替えて頑張るから、仲間に入れて欲しいさー」

 響ちゃんの声も真剣です。ふたりに頭を下げられて、その後ろでは亜美ちゃんとあずささんが見ていて、伊織ちゃんは
自分の立場が悪くなったことを自覚したようで、

「ふ……、ふんっ!!そんな事されたら、私が悪者みたいじゃないっ!!ま……、まあ亜美もあずさも怒ってないみたいだし、
 仕方ないから特別に許してやってもいいわよっ!!寛大な伊織ちゃんに感謝しなさいっ!!」

 と言って、ぷいっと目を逸らしてしまいました。ほっ、良かった。どうやらこれで一安心のようです。美希ちゃんと
響ちゃんも安堵したようで、頭を上げた時の表情は緩んでいました。



「……こんなので許してくれるなんて、やっぱりデコちゃんはちょろいの」

「な?自分の言った通りだろ?こういうタイプは単純だから、一言ワビ入れたらコロッと引っかかるさー」

「ちょっと今何て言ったのよっ!?」

 ……あら、ようやく一件落着したと思ったのに、また一波乱起きそうな気配が。



「だいたい同じトシなのに、クソガキ呼ばわりされる筋合いないの。それにミキの方が背も高いしおっぱいも大きいから、
 デコちゃんの方がガキだと思うな」

「私はまだ成長途中なのよっ!!アンタの方が異常なだけよっ!!あとデコちゃん言うなっ!!」

 アメリカ人みたいな大げさなリアクションで、両肩をすくめて溜息をつく美希ちゃんに伊織ちゃんが憤慨します。
確かに美希ちゃんの方がお姉さんみたいね。中身は伊織ちゃんの方がしっかりしてそうだけど。

「それに伊織には961プロのレッスンは無理だと思うぞ。毎朝5時に起きて、10キロランニングとか出来るか?
 完璧な自分達でもうんざりしたぞ」

「ああ、あれはキツかったよね~。ミキもダルかったの。貴音はいつも遅れるし、ジュピターはバカにしながら追い越して
 いくし。最初の頃は朝ご飯食べそこなった事も何回かあったの」

「え……、そんな事してたのアンタ達……。どこのオリンピック選手よ……」

 響ちゃんと美希ちゃんの会話にドン引きしている伊織ちゃん。うわ……流石に女の子に無茶させすぎですよ黒井社長。
そしてこの子達は、毎日そんなハードなレッスンを受けていたのね。ウチの事務所に来て退屈しないかしら……



「そういえば貴音ちゃんの姿が見えないわね~。一緒じゃないの~?」

 あずささんの何気ない一言に、響ちゃんと美希ちゃんの顔がさっと暗くなりました。あちゃ~、どうやら触れては
いけない質問だったみたいですよ、あずささん。

「貴音は……あの日のイベントから姿を消したきり、連絡が取れないぞ……。元々謎の多いヤツだったから実家も出身地も
 分からないし、会いたくても会えないんだ……」

「ミキがあの時引き留めていたら、こんな事にはならなかったの……。あの時、ミキ自分が一番偉いって調子に乗っていた
 から貴音の話も無視して、それで貴音怒っていなくなっちゃったの……」

 そう言って今にも泣きそうになる美希ちゃん。どうやら色々ワケありみたいね。



「961プロを辞めてまたアイドルをやり直すのは、貴音の為でもあるの。ミキが響と一緒に765プロで頑張っている
 所を見たら、貴音もミキの事許して戻って来てくれるんじゃないかなって思って……。だからミキ頑張るのっ!!」

 美希ちゃんは力強く宣言しました。響ちゃんはもちろん、竜宮小町の皆も優しい笑顔で見ています。律子さんだけは
やや難しい顔をしていますが。

「……ということは、四条貴音も最終的には765プロに移籍する予定になるのね。プロジェクトフェアリーが全員こっち
 に来るなんて、明らかにキャパオーバーよ……。まあこの子達を勧誘したのはプロデューサー殿みたいですし、後は彼に
 任せましょう」

 正直私もしんどいですけど、頑張りましょうねっ!!それにプロデューサーさんもちゃらんぽらんに見えて仕事は出来る人
ですから、あの人に放り投げても問題ないでしょうええそうしましょうっ!!



「ところで今日は竜宮小町しか来ないのか?初日だし、自分みんなに挨拶したかったんだけどな。それどころか社長も
 あの男プロデューサーもいないぞ」

「春香と千早は新春特番で、南極の初日の出リポートに行ってるから明後日まで帰って来ないわよ。真はバラエティの
スキー対決で長野に行ってるし、真美は876プロと合同で今日一日テレビ収録かしら。雪歩とやよいはオフね。
社長はよく分からないけど、プロデューサー殿は出張中だから、全員が揃うのはもうちょっと先になるでしょうね」

「南極って……、いくら何でも無茶しすぎなの……」

「いまいち事務所の方向性が見えないぞ……。自分達どうなっちゃうんだろう……」

 やや引いている様子の美希ちゃんと響ちゃん。元々南極には春香ちゃんがひとりで行く予定だったんだけど、
『千早ちゃんがオーロラをバックに歌ったらステキだと思いませんかっ!?』とテレビ局にゴリ押しして、本気で嫌がる
千早ちゃんを無理やり引きずっていきました。どうやら3番勝負のラストで、軍服姿でファンの前に引っ張り出された事を
まだ根に持っていたみたいね……。でも何だかんだ言って付き合ってあげているあたり、千早ちゃんも良い子ね。



「何だそうなのか。自分達は来週から仕事をする予定だから、それまでは正月休みだぞ。竜宮小町も今日はオフなのか?」

「私達は午後から雑誌の取材よ。もうそろそろ時間ね。律子、準備出来ているかしら?」

 響ちゃんの問いかけに伊織ちゃんが応えます。律子さんは少し考えて、

「今日は雑誌の取材だけよね……。あずささん、申し訳ありませんが3人だけで行ってもらえますか?私はやる事が
 出来ましたので。場所は△△町にある○○出版です。行けますよね?」

「はあ!?あんた来ないつもりなの!?あんたがいなかったら、誰が私達の面倒を見るのよっ!?大体あずさに道案内なんて出来る
 わけないじゃないっ!!」

「うるさいわねえ。今年からはある程度各自で仕事してもらわないと、こっちも回らないのよ。雑誌の取材くらい、
 いつも通りパパッと受けて来てパパッと終わらせなさい。仕事が終われば直帰していいから」

「でもあのあたり似た様なビルばかりで、私もちょっと自信がないですねえ……」

 突然の律子さんの予定変更に戸惑う竜宮小町。はて、律子さん何か急ぎの仕事があったかしら……?



「○○出版か?それなら先月行ったばかりだから、自分案内出来るぞっ!!それに△△町は自分のマンションのすぐ側だから、
 まず迷わないぞっ!!」

 その時、話を聞いていた響ちゃんが案内役を申し出てくれました。あずささんだけでは不安ですが、響ちゃんも一緒
だったら大丈夫でしょう。

「お近づきの印に、竜宮小町の面倒も見てやるぞっ!!それに自分も、765プロに移った事を出版社の人に挨拶しないと
 いけないから、一緒について行きたいさーっ!!」

「そう。じゃあ悪いけど、響お願い出来るかしら。正式な挨拶は後日改めてするから、今日はなるべく目立たないように
 軽い顔合わせ程度にしておいてね」

「やった―――っ!!ひびきんと一緒だ――――っ!!ついでに直帰だ――――っ!!早く行こうよいおりんっ!!」

 律子さんの言葉に大喜びの亜美ちゃん。伊織ちゃんは溜息をつくと、響ちゃんをくいっとあごで差しました。



「仕方ないわね……。コキ使ってやるから覚悟しなさい。じゃあさっさと行くわよ響。亜美とあずさも準備して」

「おお、ようやく名前で呼んでくれたな伊織っ!!ネェネは嬉しいぞっ!!」

「誰がアンタの妹になったのよっ!!さっさと行くわよみんなっ!!」

 伊織ちゃんがそう言うと、4人は事務所を出て行きました。



「あ……、だったらミキも一緒に………」

「あ~、アンタはいいの。私はアンタに用があるんだから。ちょっとそこに座りなさい」

「ミキに……?」

 伊織ちゃん達についていこうとした美希ちゃんを、律子さんが呼び止めます。美希ちゃんは不思議そうな顔をして
こちらを振り向きました。もう、律子さんったら。フェアリーの事はプロデューサーさんに丸投げするって言ってたくせに、
ちゃんと気にかけているじゃないですか。


本日分投下終了です。ちょっと遅くなったのでサービスしときましたw
もう一章くらい書けそうな予感。もう疲れたよママン……

それではまた次回っ!!

>>505
>>506
突き抜けようとして失敗した感じがするw
読み返してみるとちょっとぶっ飛んでたw しかし特に反省はしていない。

>>507
>>509
>>511
期待させるようなエピローグになるよう頑張りますっ!!
どうぞ最後まで暖かく見守って下さい。

琉球小町ワロタ
おつおつ



「まずはもう一度確認したいんだけど、アンタ本気でウチでアイドルとして再スタートする覚悟はあるのよね?」

 律子さんが真剣な声で確認を取ります。美希ちゃんはやや怯えながらも、頷きました。

「もちろんなのっ!!その為に961プロ辞めてまで、こんなボロい小さい事務所に来たのっ!!」

「ボロい……?」「小さい……?」

 律子さんが低い声で怒ります。私も聞き捨てなりませんね。確かにボロくて小さい事務所ですけどっ!!



「し……、失言だったの……。と、とにかくこれまでとは全く違う環境で、自分を見つめ直したいのっ!!ミキ、今まで
 何の目標もなくアイドルやっていたから、今度はちゃんと自分で考えてキラキラしたいのっ!!」

 何とか弁明しつつも、必死で自分の想いを伝える美希ちゃん。どうやらこの心境の変化が、彼女の外見にも影響を
与えている様です。

「そうなの?私はてっきり765プロに誘われた響に誘われて、そのまま考えなしにホイホイついて来たように
思うのだけど。アンタ達の計画では四条貴音も来るんでしょう?だったら環境はまたそんなに変わらないと思うわよ」

 うわあ……、律子さん厳しいですね……。この歳の女の子なんて、ノリで生きているような所も結構ありますよ。
律子さんはしっかりしていましたけど、私もいい加減でしたよ?



「確かに響に誘われたのも大きいけど……、でも再出発の事務所に765プロを選んだのは、他にも理由があるの………」

「他の理由?何よそれ?」

「萩原雪歩なの……」

 律子さんの追及に、美希ちゃんはぽつりと返事をしました。そうですよね。『黄金アイドル』とまで呼ばれた彼女だったら
ウチよりもっと良い事務所にも行けたでしょうに、あえてウチに来る理由なんてそれしかありませんよね。雪歩ちゃんの
影響は、美希ちゃんまで変えてしまったようです。言うならば『覚醒美希ちゃん』でしょうか。

「あのイベントで負けてから、ミキがどうして負けたのかずっと考えてたの。でもどうしても分からなかった。確かに
 雪歩は美人だけど、あの時点ではミキの方が人気も実力も勝ってたはずだったの。如月千早に歌で負けたのならまだ
仕方ないって諦めきれるけど、いつもサイドでライブしていて地味な仕事ばかりしている雪歩に負けたのは、どうしても
納得出来ないの。だから同じ事務所で雪歩の事を近くで見れば、少しは分かるかなって思ったの」

「なるほどねえ。ずいぶん自意識過剰じゃないって言いたくなるけど、アンタだったら許されるセリフよね……」

 呆れつつも苦笑する律子さん。確かに正直な子ですね。




「ねえ律子、ミキはどうして負けたのかなあ?ミキは雪歩に絶対敵わないのかなあ……」

「『律子』……?」

 再び鋭い視線を向ける律子さん。美希ちゃんは後ずさり、「……さん」と付け足しました。律子さんは溜息をつくと、

「まあ雪歩はちょっと特殊なアイドルでね、こちらが調整してあげれば最強のアイドルになれる子なのよ。でも普段は
 アンタの言う通り、サイドメインで地味な仕事しか出来ない気弱な子だから、アンタとそんなに差は無いわよ。悔しい
 けど、アイドルとしてはアンタの方がよっぽど優秀よ」

「じゃあどうしてミキはそんな雪歩に負けちゃったの?ミキあの時全力でやったよ?雪歩は超能力でも使えるの?」

「そんなの使えないわよ。あれが本気を出した時の雪歩の実力よ。ただ本人が嫌がるから普段はセーブしているけどね。
 う~ん、どう説明すればいいんだろう……とりあえずこればっかりはアンタが直接、雪歩本人を見ないと分からないかも
 しれないわね。私の口からは何とも言えないわ。自分で答えを見つけなさい」

「分かったの……律子…さんは厳しいの……」

 やや残念そうな顔をしながら、美希ちゃんはそれ以上の質問をしませんでした。律子さんはこれで話は終わったと席を
立つと、ロッカーからTシャツとジャージを取り出しました。



「まあ、アンタの考えはよく分かったわ。それじゃあ私もプロデューサーとして協力してあげる。とりあえず、まずはその
 痛んだ身体のケアから始めないとね。マッサージしてあげるから着替えてきなさい」

「え……?ここでするの………?」

「アンタを呼び止めたのはこの為よ。更衣室は向こうにあるから。それに私は柔道整復師の資格だって持っているんだから
 きっちり直してあげるわよ。伊織達にもやっているから安心しなさいっ!!」

 そう言って笑いながら、また別のロッカーからやや大きめのヨガマットを取り出す律子さん。彼女がマッサージを学ぶ
ことになったきっかけは、以前パソコンを見ながらプロデューサーさんが「プロデューサーが担当アイドルのマッサージ
をするのは別に不自然ではないよな……」とぽつりと漏らしたのを聞いて、危機感を持って光の速さで免許を取得した
のでした。プロデューサーさんも邪な気持ちだけで言ったとは思わないのですが………。でもおかげで、疲れた時には
律子さんにマッサージしてもらえるので助かっていますけど。



「スゴイの……。律子…さんって、何でも出来るんだね………」

「私がアンタくらいの時は、アイドルと学生と事務員と、ついでに実家の商店の経営も手伝っていたわよ。しかもどれも
 手を抜くことなく全部成功させたわ。今は事務所経営の手伝いと竜宮小町のプロデューサーしかやってないけど、
 その気になればまたアイドルに戻ってアンタを負かしてあげてもいいわよ」

「ひいい……、勘弁して欲しいの……これ以上コテンパンにされたら、ミキもう立ち直れないの………」

 余裕の笑みを浮かべる律子さんに本気で怯える美希ちゃん。律子さんがアイドルをしていた頃は『アイドル暗黒時代』と
呼ばれていて、アイドルが全く売れない時代だったから彼女は活躍することなくひっそりと引退しましたけど、今の時代
だったら間違いなく天下を獲れていたでしょう。才能と技術に溢れた彼女のポテンシャルはズバ抜けているのです。
私も律子さんがアイドル時代の頃から随分助けられました………



「さあ、ちゃちゃっとやるわよっ!!小鳥さんもさっきから手が止まってますよっ!!お正月なんだし、私は今日は手伝い
 ませんからねっ!!」

 律子さんに追い立てられて美希ちゃんは慌てて更衣室へ着替えに行きました。私も早く片付けないと。ああ、午前中から
バタバタしていたから全然進んでないよう………



***


「イタイッ!!い~た~い~の~っ!!」

「我慢しなさいっ!!それでも黄金アイドルなのっ!?」

 響と765プロに挨拶に行ったら、何故か竜宮小町のプロデューサーにマッサージされることになったの。ミキも
どうしてこうなったかよくわからないの。



「助けて事務員さんっ!!イタイのっ!!ミキ死んじゃうのっ!!」

「ごめん美希ちゃん今話しかけないでっ!!気が散るからっ!!」

 さっきまでニコニコしながらミキ達の様子を見ていた優しそうな事務員さんは、今は鬼の形相でキーボードを
音ゲー並みのスピードで連打しているの。誰もミキを助けてくれないの……



「ああもうっ!!じっとしてなさい!死にはしないからっ!!そもそもどうしてこんなになるまで放っておいたのよっ!!今は
 まだ大丈夫だけど、アンタこのままの状態でレッスン続けてたら18までアイドル出来なかったわよっ!!」

「だってマッサージとかストレッチとか面倒くさかったし、ミキカンペキだったから必要ないと思って……」

「自己管理も出来ないくせに何が完璧よっ!!偉そうなこと抜かしてるんじゃないわよっ!!961プロではそれで
 良かったかもしれないけど、ウチでは私が許しませんからねっ!!」

「なの――――――っ!!」

 ギリギリギリッ!!と、関節からありえない音が聞こえてくる。ミキこのマッサージが終わる頃には、廃人に
なってると思うな……



***


「ふう、一通り終わったわ。ちょっと立って軽く動いてみてくれない?」

 30分後、額の汗を拭いながら律子がマッサージを終えた。呼び捨てにしたら怒るけど、心の中では常に呼び捨てなの。

「もう立てないの……ミキ黄金アイドルじゃないの……黄土色になっちゃったの……」

 叫び疲れて動けない。961プロでレッスンした時以上にだるいの。

「いいからさっさと立つっ!!大丈夫、血が巡ってきたらスッキリするからっ!!」

「なの―――――っ!!」

 律子がそう言って、ミキの両脇を抱えて無理矢理立たせる。女同士だけど、もっと優しく扱ってほしいの。



「何するのっ!!セクハラってレベルじゃないのっ!!パワハラのレベルも越えてるのっ!!」

 涙目で律子に抗議する。すると律子はニコニコした顔で、

「うんっ!!だいぶシャッキリしたみたいね。さすがあたしっ!!」

 と、満足そうにジガジサンした。ミキもう一度抗議しようとしたけど、その時自分の身体の変化に気づいたの。

「あれ……?身体が軽い……。あんなにイジめられたのに、とっても快適なの……」

「人聞きの悪いこと言わないの。とりあえず全身の凝りをほぐして乳酸抜いといたから。ちょっと動いてみなさい」

 律子に言われるまま、とりあえず軽く柔軟してみる。スゴいのっ!!こんなにスッキリしたのは本当に久しぶりなのっ!!
今なら全国ツアー完走出来そうなのっ!!



「スゴいの律子っ!!信じられないっ!!律子は天才なのっ!!」

「『律子』……?」

「…さん。とにかくミキ元気になったのっ!!ありがとなの―――――っ!!」

 そう言って律子に抱きつく。ミキ、律子はマッサージ師に転職した方が絶対儲かると思うなっ!!

「ちょっと、苦しいから離れなさいっ!!わかったからっ!!でもアンタもよく頑張ったわね。このマッサージを受けて
 最後まで気絶しなかったのは、アンタが初めてよ」

 デコちゃんと亜美は最初の5分で気絶して、あずさも仕上げの全身マッサージで失神したらしい。いくらプロデューサー
だからといっても、程度があるって思うな。



「でも左足のつけねから腰にかけての緊張は取れなかったわね。あんた昔事故とかでケガしてない?」

「ここは昔からなの。何度かトレーナーの先生にも診てもらったことあるけど原因が分からなかったから、あまり負担を
 かけないように気をつけてるの。まあちょっと動かしにくいだけで特に問題ないから、気にしなくていいよ」

 アイドル目指してレッスンを始めたときから、左足が動かしにくい時が時々あった。でもダンスには特に問題ないから、
そのままにしていたの。ミキのテクニックさえあれば十分カバー出来るし。

「う~ん、どうもこれはマッサージではとれないみたいね。別の治療法を試してみようかしら……」

 律子はぶつぶつ言いながら考え込むと、携帯電話を取り出した。



「もしもし私だけど。ごめんねお正月なのに。ちょっとあんたに診てほしい子がいるんだけど事務所に来てくれるかしら。
 ……ええ、ええそれでお願い。じゃあ待ってるからよろしく」

 律子は手短に電話を終えると、レッスン後のストレッチの指導に入ったの。

「律子…さん、誰を呼んだの?」

 何となく気になったので聞いてみる。またあんなイタイ目に遭うのはイヤなの。

「お灸の先生よ。大丈夫、そんなに痛くないから。私より腕利きの先生だから安心しなさい」

「だったら最初からそっちの先生を呼んでほしかったのっ!!律子のいじわるっ!!」

「さんをつけなさいって言ってるでしょうっ!!こっちも呼びたくても呼べない事情があったのよ。でもちゃんと
 治せないのはイヤだし、この際だから徹底的にやっちゃいましょう」

 律子はテキパキと自分の分のヨガマットを準備する。いかにもデキる女ってカンジなの。



「先生が来るまで30分くらいかかるから、それまでストレッチの勉強よ。今後は毎回、レッスン後にこのストレッチで
 身体をしっかりケアすること。さもないとまた私の地獄のマッサージするからね」

「ひっ、分かったの……これからはしっかりストレッチも頑張るのっ!!」

 今日一日で、ミキすっかり律子に逆らえなくなっちゃったの。最強アイドルとまで言われたミキだけど、何故か律子には
敵わない気がする。律子も昔アイドルだったみたいだけど、同じ時代で戦わなくて良かったって心から思うの。



***


 30分後、律子が呼んだお灸の先生が来たの。そして現在、早速診てもらっているんだけど、

「えっと……、律子さんから聞いたんだけど、左足に緊張があるの……?どんな感じなのかな……?」

「よく分からないの……」

「そ、そうだよね……わからないよね……」

「……」

「……」

 律子が呼んだお灸の先生は雪歩だったの。正直言って超気まずいの。雪歩に会うために765プロに入ったんだけど、
いざ本人を目の前にすると勝負の時の事を思い出して、やっぱり緊張するの。仲良くしないといけないのは分かっている
けど……。雪歩の方も同じ気持ちみたいで、さっきからびくびくしてる。どうしてミキこんな子に負けたんだろう?



「いや~、ごめんね雪歩。せっかくのオフなのに来てもらって」

「べ、別にいいですぅ。初詣にも行ったしおせちも食べたし、ちょうど暇していたから大丈夫ですぅ……」

 ちなみに律子はこの気まずい空気を感じても知らんぷりしてるの。デリカシーのない女なの。

「ああもう、美希も雪歩もいい加減に慣れなさいっ!!これから同じ事務所でやっていくんだから。雪歩も竜宮小町のみんな
 は美希とちゃんと仲良くなってたわよ」

「は……はいい……」

 律子、それは逆効果なの。それに竜宮小町と雪歩は別なの。何でこんなので複雑なオトメゴコロを持つ女の子達の
プロデューサーが務まるんだろう。



「じゃ、じゃあ美希ちゃん。シャツ脱いでくれるかなぁ……」

「え……?」

 雪歩って、そっちの人だったの……?そういえば王子様とか呼ばれている菊地真といつも一緒にいるような気がする。
仲良くなろうとしてくれるのは嬉しいけど、ミキにそっちのシュミはないの……

「ちっ、ちがいますうっ!!お、男の人はまだちょっとこわいけど、そんなつもりで言ったんじゃありませ~んっ!!」

 真っ赤になって慌てて否定する雪歩。そして持ってきた大きな鞄から、慌ててお灸セットを取り出したの。

「シャツの上からだと効果ないから……っ、シャツが焦げちゃうから……っ!!」

「あれ?腰に当てるんじゃないの?ちょっとまくればいいんじゃない?」

 雪歩の言葉に律子が疑問を持つ。すると雪歩はミキの肩のあたりを軽く撫でて、

「腰の緊張が足に影響しているように見えますけど、多分肩から来ていると思いますぅ……。肩から背中にかけていくつ
 がお灸を据えれば、おそらく良くなると思いますぅ……」

 雪歩はおそるおそる自分の意見を口にする。今までミキを診断した先生も、そして律子もみんな原因は腰だと言ってた
のに、雪歩の意見は全然違ったの。自信なさげに見えるんだけど、ホントに大丈夫かなあ。



「ふ~ん。どおりで腰を何度もグリグリやっても変わらなかったんだ。ま、あんたがそう言うならそうなんでしょう。
 それじゃあお願いね」

「はい、わかりましたぁ」

 そう言って、雪歩は妖しいニオイのする薬草をいっぱい並べて調合し始めた。何だかメチャクチャ本格的なの。……あれ?
ていうか律子、もしかして誤診?ミキあんなにイタイ思いしなくても良かったんじゃ……

「私だってたま~に間違える事くらいあるわよ。でも大丈夫っ!!雪歩は確実だから。ほらさっさとシャツ脱ぎなさい」

「ヒドイの―――――っ!!訴えてやるの――――――っ!!」

「ほら暴れないのっ!!さっさと脱ぐっ!!」

「いや―――――んっ!!」

 律子は強引にごまかして、ミキのシャツをはぎ取った。やっぱりセクハラなのっ!!



「ふわあ……美希ちゃんキレイですう……」

「ホント素材だけは一級品ねアンタ……。何だか私まで変な気持ちになってきたわ……」

 上半身裸になったミキを見て、顔を赤らめる雪歩と律子。ホントにそっちの人じゃないよね……?

「ぶふぅっ!?」

 ふと振り返ると、事務員さんが鼻血を出してデスクに突っ伏していたの。鼻をパソコンにでもぶつけたのかな。



「放っておきなさい。あれはいつもの発作みたいなもんだから。それよりさっさとうつぶせになりなさい。いつまでも
 見せびらかしてるんじゃないわよ」

 人を裸にしておいてひどいの。でもこのまんまじゃカゼひいちゃうから、言われた通りにさっさと横になる。すると
肩から腰にかけて、雪歩がお灸をいくつか乗せていく。熱いものだと思っていたけど、ぽかぽかして気持ちいいの。

「10分ほど置くからじっとしててね。熱かったら言ってね?」

 雪歩はそう言って、とても優しい笑顔を向けてくれた。その顔があまりにもキレイで、言葉が出なくて首を縦に振るしか
なかったの。あの3番勝負の時に見せた、見る者全てを虜にするようなキレイな笑顔。貴音も美人だったけど、雪歩はまた
別の種類の美人さんなの。オトナっぽいというか、お母さんみたいな優しさがあるというか。ミキまだまだコドモだから、
負けちゃったのかなあ……



「雪歩×真……、雪歩×美希……。修羅場……っ!!ぶふぅっ!!」ドクドク……

「こ……、小鳥さんっ!?大丈夫ですかあ~?」

「放っておきなさい雪歩。小鳥さんの仕事(妄想)のジャマしちゃダメよ。あれがあの人の生きがいみたいなもんだから。
 でもあんた達はあんな大人になったらダメだからね」

 律子はそう言って、コンビニのおにぎりのビニールカバーを見るような目で事務員さんを見てたの。ホントに765プロ
はよく分からない人が多いの。男のプロデューサーはまだ会ってないけど、普通のヒトだったらいいな。


本日分終了。美希の口調でなのなの言ってると、俺何やってるんだろうって気になってくるorz
しかもイマイチなりきれてないし、北斗より難しいぜ。
もう少しお付き合い下さい。

ではまた次回っ!!

>>546
このSS一番の自信作かもしれんw 最後まで応援お願いしますっ!!

おいついたか…
SS速報まで手が回らずに今まで放置してた自分に腹が立つぜ!

ひさびさというか初めて芯の通った「対決」モノを見させて頂きました
しかももうすぐ完結するし言うことなし、最後まで頑張って下さい

色の説明は面白かった、竜宮の組み合わせはいままでずっと
製作の下世話な都合としか思えなかったけど、
このSSで何とか納得できたのが収穫です、+に捉えたほうが精神衛生上宜しいですし

まだまだ感想あるけど長文過ぎるのでコレぐらいで



白いアイドルが終わったら、次は黒いアイドルに続くんだろ?


これが終わったら黒いアイドル編に続くんだよな?

新旧緑のアイドル編はよ


さて、ラスト2いきまーす。
今日明日に分ける予定だったが、明日の分が思いのほか早く仕上がったので本日中にまとめて投下します。
とりあえず今日の分をまず投下して、校正してから明日投下する予定だったものを22時頃に再投下します。
今日までお付き合い戴いた人、応援してくれた人に感謝の思いを込めて……

それでは最終回(前編)どうぞっ!!



「スゴイの……、ホントに治っちゃったの……」

 10分後、お灸をどけた雪歩に「動いてみて」と言われたので試しに軽く柔軟運動してみたら、ずっと取れなかった
左足から腰にかけての緊張がすっかり取れていた。ミキもう諦めていたから、ホントにびっくりしたのっ!!

「スゴイの雪歩っ!!すっかり治っちゃったのっ!!どうして雪歩はこんな事出来るのっ!?」

 ついつい嬉しくて、ミキ雪歩に抱き着いちゃった。律子もスゴかったけど、雪歩はそれ以上なのっ!!今までの先生は
全部ヤブだったんだって思うなっ!!



「昔、よく真ちゃんが筋肉痛起こしていたから何か力になれないかなって思って勉強したの。家でもお父さんの部下の人に
 たまにやっていたから、自然と身についたと思う……。それより美希ちゃん、服着て……」

「いいのいいの女同士なんだから♪ありがとなの雪歩―――――っ!!」

 さっきの気まずい空気はどっか行っちゃった。雪歩も照れながら、何だか嬉しそうなの。

「こらこら美希。小鳥さんがそろそろ死にそうだから離れなさい。雪歩もイヤならひっぱたくくらいはしなさいっての」

「律子は空気が読めないの。ミキ達せっかく仲良しになったのに、どうして無理矢理引き離そうとするの?」

「だからさんをつけなさいって言ってるでしょうがっ!!ああもう、さっさと服着なさいこの露出狂娘がっ!!」

「あはは……、お茶淹れてきますね。お灸をした後に飲んだら効果的ですから……」

 律子に引きはがされると、雪歩は給湯室へ行った。そして少しして湯呑みを4つ持って戻って来たの。そのまま律子と
雪歩とミキの3人で、こじんまりとしたお茶会になったの。



「ちょっと変わった味だけど、美味しいの……。雪歩はお料理も上手なの?」

「びわ茶っていうの。体にいいんだよ。春香ちゃんがよくお菓子を持ってきてくれるから、何かお菓子に合うものがない
 かなって探していたら、自然と身についたの」

「自然と身についたってレベルじゃないんだけどね。飲茶からアフタヌーンティーまで、雪歩はお茶の事なら何でも
 知ってるわよ。それに雪歩はお料理だって上手なんだから。こう言っちゃ何だけど、春香より……」

 横から律子が口をはさむ。雪歩は飲んでいたお茶を噴き出しそうになって、何とかこらえて、

「ダ…ダメですよ律子さんそんなこと言っちゃあ……っ!!ウチはお父さんの部下の人がいっぱいご飯を食べるから、
 お母さんのお料理を手伝っていたらそうなっただけで、私春香ちゃんみたいな可愛いクッキーとか作れないし……」

 わたわたしながら否定したの。何だか春香って、頑張っているのは分かるけど色々残念な感じがするの。
とりあえず765プロにこれからお世話になるからには、この事実は春香には黙っていた方が良さそうなの。



「ま、そういう事にしておきましょう。ところで雪歩、受験勉強の方ははかどっているの?もうすぐセンター試験よね?
 まああんたなら大丈夫でしょうけど」

「ウソ……、雪歩大学行くの……?だったらアイドルなんてやってる場合じゃないのっ!!」

 そういえば雪歩は高校三年生だったっけ?センター試験って確か1月の中旬くらいだよね。こんな所でミキ達とお茶
飲んでる場合じゃないのっ!!

「大丈夫だよ美希ちゃん。美希ちゃんにお灸している間も参考書読んでたし。それに息抜きも大事なんだよ」

 参考書?そういえば寝そべってるミキの横で、雪歩はヨガマットに本をを5冊くらい広げて、ペラペラとページを
めくっていた。何をしているのか気になっていたんだけど……



「ああ、あれが雪歩の勉強法なのよ。私も信じられないんだけど、この子一気に5冊くらい本が読めるらしいのよ。しかも
 速読で。おまけに内容全部理解しているし、流石に私でもあれは真似出来ないわ」

「そ、そんな大したものじゃないですよぅ……。元々本を読む事は好きだったし、みんなに勉強を教えてあげているうちに
 自然に出来るようになっただけで……」

 そんなスーパーマンみたいな勉強法、自然に出来るようにならないの。ミキなんて文字見ただけで頭が痛くなってくる
のに。おまけに雪歩はスゴく頭も良くて、日本の大学で入れない所は無いらしいの。今している勉強は、アメリカの大学も
試しに受けてみろってお父さんに薦められて、ついでに勉強しているみたいなの。そういえば、さっき読んでた本は全部
英語だったの。



「ねえ律子…さん、雪歩ってひょっとしてスゴいヒトなの……?」

「ええ、ウチのアイドル達の中では圧倒的にハイスペックよ。全盛期の私でも、雪歩には敵わなかったでしょうね」

「そ…、そんな事ないですよぅ……。私なんて全然ダメダメだし、美希ちゃんの方がよっぽど凄いですよう……」

 だったらそんなダメダメな雪歩に負けたミキは何なの?お茶を出した後のびわ茶の葉っぱくらいの存在価値しかないの?

「雪歩はやろうと思えば何でも出来る子なんだけどねえ……。ただこうやって、自分はダメだダメだって思い込んでいる
 から、全然その力を発揮できないのが弱点なのよ。美希気付いてた?さっきのお灸もこのお茶も、そしてあの超人的な
 勉強法も、雪歩は全部誰かの為にって思って身に付けたの。自分の為じゃないのよ」

 そういえばそうだったの。みんなの役に立ちたいという思いだけで、雪歩はプロ級の知識と技術を身に付けているの。
いつだって自分の事しか考えてなかったミキにはちょっと理解出来ないの。だから貴音も、ミキの前からいなく
なっちゃったのかな……



「いえ、トップアイドルを目指すなら美希の方が正しいわよ。ファンの為に頑張る事は大事だけど、やっぱり私達も最後は
 自分の為に頑張るべきなのよ。そうじゃないと本気になれないし、技術も知識も中途半端になっちゃうでしょ。誰かの
 為に頑張るという行為は美しいけど、でもそれって最終的にはその誰かに責任を押し付けることになっちゃう危険性
 があるしね。雪歩は出来た子だからそんな事しないでしょうけど」
 
 律子がもどかしそうに雪歩を見る。これが律子がさっき言ってた「こっちが調整してあげれば最強のアイドルになれる」
というワケか。雪歩はスペックがスゴく高いケド、自分に自信を持って自分の為だけに頑張れないから、いつまでも地味
で目立たない仕事ばかりしているみたいなの。それでもブラックジャック並みのお灸でミキを治してくれたから、十分
スゴイんだけど。




「ねえ雪歩、ちょっと聞きたいコトがあるんだケド……」

「な……、何かな美希ちゃん……?」

 ミキの真剣な言葉に、雪歩はやや怖がりながら返事をした。別に怒っているワケじゃないけど、これだけは聞いて
おかないといけないの。これからミキが雪歩と一緒にやっていく為にも。

「雪歩にとってアイドルって何なの?雪歩は自分の為にアイドルをやってないの……?」

 だったらミキはそんな雪歩を許せない。ミキは自分の為に頑張って、絶対に勝ちたかったから全力で勝負したのに、
雪歩は「誰かの為に」なんて他人任せの気持ちであの3番勝負を戦っていたの?そんな雪歩にミキは負けちゃったの?



「ち……っ、違うよっ!!」

 すると雪歩は今日一番の大きな声で、はっきりと否定したの。律子もびっくりしているの。

「確かに私は誰かの為にって理由を付けてしか何も出来ないけど、でもアイドルになりたいっていう気持ちだけは、自分の
 為だけのものだよっ!最初はダメダメな自分を変えたくて765プロに入ったんだけど、でもアイドル活動を続けていく
 うちにだんだん楽しくなってきて、今はずっとアイドルを続けたいって思ってるのっ!」

 さっきまでのおどおどした口調とは違う、はっきりとした言葉で雪歩が続ける。

「765プロがなくなっちゃうかもしれないって聞いた時は、みんなの為にも私が頑張らないといけないって思ったの。
 でも私が一番嫌だった。この事務所が無くなって、みんなと離れ離れになるのが嫌だったの。私はここに来てアイドルに
 なれたし、何よりこの事務所が大好きから。だから辛いレッスンも頑張ったし、美希ちゃんとも勝負出来たんだよっ!」

 雪歩はミキの目を見て、はっきりと言い切った。さっきまでろくに目も合わせてくれなかったのに、ちょっとコワイの。
ミキはふぅっ、と溜息をついて、律子の方を見た。



「律子…さん。ミキが雪歩に負けたワケが、ちょっとだけ分かった気がするの。みんなの為にやってもあれだけスゴイのに、
 そんな雪歩が自分の為に頑張ったらミキが敵うわけがないの。コテンパンにされてトーゼンなの」

「そ…、そんな事ないよぅ……。美希ちゃんの方が私なんかよりよっぽどスゴイよぅ……」

「ケンソンしなくていいの。でも雪歩が本気でやっていてくれてたって分かったから良かったの。だからミキ、負けても
 悔いはないの」

 慌てる雪歩を制止する。大人しい地味なコだと思ってたけど、雪歩はとんでもないアイドルだったの。雪歩の事を
ノーマークだったあの頃のミキを怒ってやりたいの。



「まあアイドルをしている理由も、人それぞれって事よ。ちなみに私は完全に仕事って割り切っていたけどね。ちまちま
 した学生バイトよりよっぽど稼げるし、引退した後も元アイドルという肩書はオイシイしね」

 そう言って悪い笑みを浮かべる律子。動機がフジュンなの。何だか黒井社長みたいなの。

「でも雪歩の自信のなさはちょっと病的よね。アンタもウチの事務所に来てアイドルやって長いんだから、そろそろ
 慣れてもらわないと困るわ。社長やプロデューサー殿は今のままゆっくり成長していけばいいって言ってるけど、私は
 もっとアンタを前面に売り出したいんだからねっ!!」

「そ…、そんな事言われてもぉ……」

 律子に迫られてたじたじの雪歩。確かにミキも、雪歩がひっそりとアイドル活動しているのは納得いかないの。



「だったらミキが雪歩をトップアイドルにしてあげるのっ!!ミキと一緒にユニット組んだら、雪歩もキラキラ出来るって
 思うなっ!!」

「あら、それは面白そうね。真がヤキモチ焼きそうだけど、美希に教わる事も多いでしょうし社長に言ってみようかしら」

「そそそそんなの無理ですよぅ~っ!!私みたいなちんちくりんが美希ちゃんの横に並んでもみっともないだけですぅっ!!」

 大慌てで拒否する雪歩。いいアイデアだと思ったんだけどな。でも雪歩にはいつかリベンジしたいと思ってるし、一緒に
グループとして活動するよりは、ライバルとして競った方がいいのかな。これからゆっくり考えるのっ!!



「ただいま戻りました~。あれ?律子いたのか。それから雪歩もどうしたんだ?今日はオフだろう?」

 3人でわいわいしていると、事務所のドアが開いて男のヒトが入って来た。どうやらプロデューサーみたいなの。
あまり高くないスーツを着ていてイマイチパッとしないけど、ちょっとだけ恰好良いかな。ミキ的にはギリギリ合格点なの。

「ようやく帰ってきましたねプロデューサー殿。今までどこほっつき歩いていたんですか?」

「あけましておめでとうございますぅ、プロデューサー」

 満面の笑みで出迎える雪歩と、悪態をつきながらもどことなく嬉しそうな律子。プロデューサーはふたりに新年の挨拶
をすると、後ろにいたミキに気付いた。



「あれ?星井美希も来ていたのか。移籍の挨拶か?」

「え……、どうして分かったの?ミキ今ウィッグ付けてないのに……」

 ちなみに雪歩も、最初ミキの事を分からなかった。961プロではキャラ作りの為に徹底的に秘密にしていたし、響の
紹介なしで一発でミキの正体を見抜いたのはプロデューサーが初めてなの。

「そりゃあその生意気そうな顔見たら分かるよ。それに俺は最初からヅラじゃいかって思ってたしな。でもずいぶん丸く
 なったみたいだな。ちょっとは真面目にアイドルする気になったのか?」

 シツレイしちゃうのっ!!でもちょっとカオ見ただけでそこまで分かるなんて、このプロデューサー只者じゃないの……



「はは、まあ美希もこれからよろしくな。そういえばお前に会わせたい奴がいるんだった。おい、入って来いよ」

 そう言ってプロデューサーは入口の向こう側へ声をかけた。すると遠慮がちに、ひとりの女の子が入ってきたの。


 ミキが会いたくて会いたくてたまらなかった、銀髪の女の子が入って来たの―――――


「失礼致します。本日からこちらでお世話になる四条貴音と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
 そしてお久しぶりですね。あけましておめでとうございます―――――――美希」

「貴音ぇぇぇぇぇぇぇええええええええ――――――――っ!!」

 昔961プロで一緒に過ごしていた時に何度も見せてくれた、あの優しいキレイな笑顔で貴音が笑っていたの。ミキ
もう嬉しくて嬉しくて、貴音の前にいたプロデューサーを吹っ飛ばして抱き着いちゃったのっ!!



「ごめんね貴音ぇ……、ミキがバカだったのぉ……、だからもうどこにも行かないでぇ……」

「良いのですよ美希……、わたくしも別れの挨拶もせず、勝手に去って申し訳ございませんでした……。響は一緒では
 ないのですか?」

「今はココに居ないケド、響もさっきまで一緒にいたよ……。また3人で頑張ろうね……」

「そうですね。ですが今度はふぇありーだけではありません。765ぷろの方々とも一緒に、皆で頑張りましょう……」

「うん……、うん……」

 ミキも貴音もぽろぽろ泣きながら、ふたりで抱き合ったの。いつか貴音に会いたいって思ってたけど、まさかこんなに
早く会えるとは思わなかったの。ミキ、765プロに来て本当に良かったのっ!!



「プロデューサー、しっかりして下さいっ!!」

「ああダメね。こりゃ完全にノビてるわ。雪歩、悪いけどソファーに運ぶから手伝ってくれない?」

「きゅう~……」

 ミキ達の横では、壁に頭を打ち付けて気絶したプロデューサーを律子と雪歩が看病していた。とりあえず後で謝っとこう。でも今は貴音の方が大事だから、悪いけど後回しだよっ!ありがとプロデューサーッ!!大好きなのっ!!


ギャーッ!!ラストのラストで久々に改行ミスったーっ!!もう嫌だ俺orz
とりあえず前半終了です。それでは22時頃に後半投下しますので、どうぞお楽しみに。

>>575
そんな大層なもんじゃないですよw でも少しは良い影響を受けて下さったのなら、書き手としてこんなに嬉しい事は
ありません。感想は随時受け付けております。批判でも何でもお聞かせくださいませ。

>>577
>>579
勘弁してくれw おまけに黒いアイドルって、真には悪いけど創作意欲が沸かねえよw
そういえば以前、黒井社長もののSSを一本ここに投下したっけなあ。あれが「黒いSS」と言う事でw

>>580
そんな事言って、次は赤青黄紫オレンジピンクと書かせるつもりだろう?そんな体力ありませんw
でもいつか律子もので一本書いてみたいな。あくまでプロデューサー視点でだが。

雪歩完璧すぎね?どんだけだよww

続き待ってます

ここで黒井社長と言うとあれか

黒井社長「行くぞっ!!青二才っ!!」

かな? 違ってたらごめんね

最後まで頑張りやー

4つ目の湯呑みって誰のだい?

真一番好きなんだがなぁ
ちと残念だが最後まで応援してる


ちょっと遅くなりました。では後編スタートです。

>>600
しかし自分に自信がないので、その才能を発揮できないという残念さw
多分こんな人って、いっぱいいると思うんだ。

>>601
正解。前作を読んだ人なら分かると思いますが、俺のSSとにかく長いんだ……
しかも語彙が少ないから似た様な表現が繰り返されるし、テンポが悪い。
初投稿で改行ミス、文字規制、誤字脱字などが多いが、GWの暇つぶしにでも
探して読んでくれたら嬉しいです。

>>602
小鳥さんの分です。雪歩は事務員さんの分もちゃんと用意できる良い子なのです。

>>603
誤解しないでw ただ「黒いアイドル?」ってタイトルでは、何だか書く気が起きないのw
俺も真は好きだぜ。実は雪歩より好きだぜw



「いてて、美希のヤツ思い切り突き飛ばしやがって……」

「大丈夫ですかプロデューサー。もう、しっかりして下さいよ」

 律子からもらった氷袋を頭にあてて、俺は何とか意識を取り戻した。俺達の視線の先では雪歩と美希と貴音が、貴音の
持ってきた某テーマパークのクッキーを食べながら楽しそうに女子会を開いている。俺も混ぜてくれよ。

「しかし驚きました。まさか浦安に居たなんて……。でも言われてみれば、確かにしっくりきますね」

「ああ。木を隠すには森の中というわけではないが、あの容姿でドレス着て電飾行進にでも乗っていたら、もうどこに
 居るか分からないぜ。浮世離れした子だとは思っていたが、マジで夢の国の住人だったよ」

 俺が長期出張で向かった先は、千葉県浦安市の某テーマパークだった。目的は四条貴音の獲得である。そう、貴音は
千葉に居たのだ。浦安にある某テーマパークの伝説的なキャストの娘、それが彼女の正体だった。



 貴音の母親はその美貌と才能で、世界中の某テーマパークが激しい獲得争いを繰り広げたらしい。結局彼女は日本人の
これまた恰好良い男性と結婚し、日本に居を構える事になったが、今でも要請があれば世界へ飛び出す忙しい人だそうだ。
そして貴音はそんな母親の容姿と才能を受け継ぎ、既に将来そのテーマパークでキャストをする事が決まっていた。貴音は
まだ幼いながらも母親以上にキャストとして才能があるようで、グループ全体で大事に育てられてきた。彼女の経歴が謎に
包まれていたのは、それが大きく影響しているのだろう。

「しかしよくそんなスゴイ子を連れて来る事が出来ましたね。黒井社長もそうですが、世界中のネズミを敵に回すような
 ものじゃないですか。大手の961プロならともかく、ウチみたいな弱小事務所なんて逆らったらあっという間に
 消されてしまいますよ」

「いや~、苦労したよホントに。一週間毎日通って、でも話も聞いてくれないから客として入場料を支払って中に入って、
 電飾行進が始まったら必死に呼びかけて、そんで警備員に叩きだされてというルーチンを毎日繰り返したよ。もう俺、
 あそこのブラックリストに載ってるだろうな」

 最後の方なんて、ネズミと黄色いクマとガチョウに袋叩きにされたぜ。お前ら夢の国の住人のくせにそんなことして
いいのかよっ!!と抗議したが、ヤツら一切の容赦が無かった。あんなに可愛らしい恰好をしているのに、軽くトラウマに
なっちまったよ。俺ももうしばらく千葉には行きたくない。



「まあ今朝方、我那覇響と星井美希が事務所に挨拶に来たって社長から連絡があったから、それが決め手になったかな。
 貴音のお母さんもまだまだ現役だし、お父さんも貴音の意志を尊重してくれたからこうして連れて来る事が出来たんだ。
 正月潰した甲斐があったってもんだよ」

「もう、あんまり無茶しないで下さいね。こっちも大変だったんですから。おまけにこれからはプロジェクトフェアリー
 の面倒も見ないといけないんですから、プロデューサー殿に倒れられたら困りますよ」

 仕方ないですね、と苦笑する律子。ああ、このクソ忙しい年末年始に全部任せて悪かったな。これからもっと忙しくなる
と思うが、お互いに頑張ろうぜ。



「……ところで俺のデスクに血が飛び散ってるんだが、一体何があったんだ?」

「ああ、気にしないで下さい。いつもの小鳥さんの発作ですから。放っておいても大丈夫でしょう」

「……なあ律子、新年を迎えたわけだし、そろそろ小鳥さんには引退してもらわないか?彼女ももうすぐ大台に乗るわけ
 だし、俺としては結婚でもして田舎で静かに余生を過ごして欲しいんだが」

 新しいアイドルを迎えたわけだし、そろそろスタッフも一新したいんだよな。765プロの輝かしい未来の為にも、粗大
ゴミは処分した方が良いと思うんだ。



「聞こえてますよプロデューサーさん。そんな事言うなら、今回の出張費全額自腹で支払ってもらいますからね。夢の国の
 入場料、お高くついたでしょう?」

「てめえ汚えぞコラッ!!大体いいトシこいて、いい加減に自重しろっていつも言ってるでしょうがっ!!ウチの子達に悪影響を
 与えたら、俺が差し違えてでもアンタをクビにしますよっ!!」

「何ですって―――――っ!!どうせプロデューサーさんの事ですから、電飾行進が始まるまで中で遊んでたんでしょうっ!?
 そんなのに経費が落ちるワケないじゃないですかっ!!」ピヨピヨピヨッ!!

「ああもうふたりともいい加減にしてくださいっ!!ケンカするなら、この前タクシー代ごまかして飲み代に使ったという
 お金、今すぐここで支払ってもらいますよっ!!」

 ヒートアップする俺と音無さんを律子が止める。そ、それは勘弁してくれ……。今本当にスッカラカンなんだ……



「さ、仕事しよっと……」

「お、俺も書類を片付けないとな。フェアリーの仕事も確認しないといけないし……」

 律子から逃げるように俺達はそそくさとデスクに座る。ウチのスタッフで一番怖いのは律子だ。社長も敵わない。

「ま、そのお金はいつかきっちり返してもらいますからね。今年はウチも色々と物入りになるんです。あの子達の為にも
 しっかり節約していかないとっ!!」

 そう言って、満面の笑みを浮かべる律子。あ、やっぱり見逃してくれないのね……。俺は溜息をついて応接室のソファに
目を向ける。そこでは雪歩達がまだ楽しそうにおしゃべりをしていた。人見知りの激しい雪歩だが、美希達となら上手く
やれそうだな。貴音も近寄り難いイメージではあるが意外と庶民派だし、すぐに他の皆とも打ち解けるだろう。



***


「へえ、あの雪歩がそんな事を言ったのか。少しは3番勝負の効果があったのかな」

「ええ、私もびっくりしましたよ。あの雪歩があんなにはっきり言うなんて。しかも対戦相手の美希にですよ?ちょっと
 前だったら考えられないことです」

 俺は律子から、先ほど雪歩が自分の思いをはっきりと宣言したという話を聞いた。雪歩はいつも「皆の為に頑張りたい」
とか「私なんかでよければ」など、自分自身の意見を口にしないので、彼女がアイドルという仕事をどのように考えている
のか俺も気にはなっていた。雪歩は頭も良いし、才能豊かな女の子だ。将来的には実家の建設会社を継ぐことも考えている
だろうし、海外の大学にも興味を持っているかもしれない。気弱で恥ずかしがり屋の彼女は、無理にアイドルをしなくても
いくらでも自分の将来に選択肢があるのだ。だから雪歩がアイドルを続けたいとはっきり言ってくれた事は、俺としても
嬉しかった。



「何も変わっていないように見えて、雪歩も成長しているのでしょうかねえ。武道館であんなパフォーマンスをした後も、
 相変わらず大人しいし、仕事に対する積極性や貪欲さは微塵も感じられませんが」

「まあそう言ってやるな。雪歩はあのままで良いんだよ。白いアイドルっていうのはあれがデフォの状態なんだ。だから
 俺達もゆっくり見守ってやるしかないのさ」

 俺はコーヒーを飲みながら、たまった書類を片付ける。おっ、春香と千早は明後日帰って来るのか。春香はともかく千早
は大丈夫かな。生まれて初めての海外旅行が南極とは、あいつらも気の毒だな。今度は暖かい国の仕事でも取って来て
やろう。



「また『色』の話ですか。私はそんなものがアイドルの資質に関係しているとは思えないですけどね。どんな仕事だって
 最後は自分の努力次第です。自分に足りない所があるなら、頑張って勉強して身に付ければいいだけの話です。生まれ
 持った性格や向き不向きは確かにあると思いますが、それに人生まで左右されるのは納得が行かないですよ」

「はは、律子らしいな。お前は『才能・技術型』の緑色のアイドルだったからそう思うんだろう。しかも自分の才能に
 驕ることなく、努力を惜しまずに技術を磨いていたらしいじゃないか。だからますますそう見えるんだろうな」

「ウチは父が一代で大きな商店を築き上げた家でしたから。私も努力する父の背を見て育ったので、才能なんてものには
 最初から期待していませんよ」

 やや照れながらも言葉を続ける律子。結局はアイドルの色なんてものは、育った環境によるものなのかもしれないな。



「雪歩も同じだろう。あいつの家は大きな建設会社で、オヤジさんや大勢の部下が毎日朝から晩まで泥だらけになりながら
 ヘトヘトになるまで働いているんだ。そんなオヤジさん達を見ながら育って、雪歩は自分も何か力になりたいと
 思ったんだろうな。だから自分の事は常に後回しにして、人の役に立ちたいという今の性格が形成されたんだろう。
 何故それで男を怖がるようになったのかはよく分からないが……」

 まあ昔からあんなヤ○ザみたいな連中が頻繁に出入りしていたら、逆にトラウマになっちまうかもしれないか。
ちなみに雪歩のお母さんは普通の綺麗な主婦だった。いかつい極妻みたいなのを想像していたが意外だった。お母さんに
似て良かったなっ!!雪歩っ!!



「雪歩は常に人の役に立ちたいって考えているから、人一倍他人の気持ちに敏感だ。人見知りはするが、人そのものは嫌い
 じゃないんだろうな。それに優しくてまじめな子だから、常によく気が付く。あいつがクセがなくて、誰と組ませても
 自然に違和感なくパフォーマンス出来るのはそれもあるんだろう」

「ソロだとまだ全然ダメですけどね……。どうしてサイドであんなに活躍できるのに、メインに据えたらその半分の力も
 出せないのか、未だに不思議で仕方ありませんよ」

 実は最初は、竜宮小町のメンバーに雪歩を加えるという構想もあった。しかし雪歩はクセの強い伊織だけでなく、
春香と千早といったような対極にあるようなアイドルどちらと組ませてもその能力を発揮するし、またそんなふたりの間を
取り持つ事も出来るので、事務所の判断でその汎用性の高さを優先して見送った。雪歩を入れれば、どんなアイドルでも
組み合わせることが出来る。サイドのアイドルとしては、雪歩は既に完成されているのだ。



「それに見てみろよ。フレッシュグリーンの美希とえんじ色の貴音にも、雪歩はもうあんなに馴染んでいるだろう?俺は
 あいつらがひとつのグループだって言われたら、そのまま信じてしまうぞ」

 3人で並んで楽しそうに話している雪歩を見て、俺は素直な感想を述べる。元々プロジェクトフェアリーは強烈な個性を
持つ女の子達を注目度優先で組み合わせたグループだったので、常に強いカラーのぶつかり合いがあって一体感のない印象
があった。その不安定さが刺激的でファンには新鮮だったのだろうが、結局は早々に解散させてソロ活動で売り出す戦略
だったに違いない。



「言われてみれば、美希も貴音もすっかり丸くなっちゃいましたね。近寄り難いトップスターだったはずなのに、雪歩が
 一緒にいるだけで一気に親近感が沸いてきましたよ。折角大型新人を迎えたのに、これでいいのでしょうか……?」

「そうだな。でも美希も貴音も、牙まで抜かれたわけではないさ。美希もすっかり印象が変わってしまったが、魅力も実力
 もまだ光るものは持っている。765プロへの移籍にあたっていくつか方針転換が必要かもしれないが、基本的には
 あいつらが持っているものはそのままにするつもりだ。それに貴音に変な事させたら、俺は今度こそネズミに殺され
 ちまうかもしれないしな」

 そう言って、律子とふたりで笑い合う。一見放任主義に見られがちかもしれないが、素直に個性を伸ばしてやるのがウチ
の事務所の方針だ。それにもし彼女達の個性が暴走するような事があっても、雪歩と真がいれば十分カバー出来る。雪歩が
中和し真が引き締めれば、アイドル達はそう簡単に迷走する事はないだろう。カバーする本人達は迷走しまくっているが。



「全く、贅沢な事務所ですよねホントに。他所のアイドルは毎日必死で慣れないレッスンを積んで、芸名をつけてまで自分
 を殺してキャラ作りを頑張っているというのに。何だかバチがあたりそうですよ」

「まあそう言うな。他所は他所、ウチはウチだ。お前だって現役の頃から事務所の事務とか経営を手伝っていたから、
 今のプロデューサーという仕事があるんだろう?他所の事務所だったら、自分の所のアイドルにそんな事をさせないぞ。
 そんな余計な事を考えないで、ダンスの練習でもしてろって追い出されるのが普通だろうが」

「それもそうですね。自由な事務所には自由な事務所なりに良さがあるということでしょうか。でも今年からは一気に
 3人も増えたわけだし、締める所はビシバシ引き締めていきますよっ!!目標は前年比150パーセントの利益を出すこと
 ですっ!!目指せ全員トップアイドルッ!!」

 無茶言うなよ。俺も社長も死んじまうよ。でもフェアリーの3人に加えて、雪歩が少しでも自信を持ってくれたら不可能
な数字ではないかもな。俺もいっちょ頑張ってみるかな。



「おっともうこんな時間か。飯でもどうだ?あいつらもついでに誘おう。歓迎会はみんな揃ってから改めて行う事にして、
 今日は軽くあいつらの最近の趣味でも聞いてみるか」

「いいですね。それじゃあ私も準備します。あの子達も呼んできますよ」

 そう言って、律子は席を立つ。俺も書類を片付けて準備をする。目指せ全員トップアイドルか……。フェアリー3人の
加入は、ウチのアイドルにも良い刺激になるだろう。美希は既にトップアイドルと言われていたし、響や貴音も申し分ない
実力の持ち主だ。ウチのベテランである春香や千早、そして竜宮小町も彼女達から学ぶことは沢山あるはずだ。そして俺も
プロデューサーとしての手腕が問われる。選択肢は広がったが、料理できなければ意味がない。美希達がウチに来て、
輝きを失ったなんて言われたら可哀想だからな。俺達スタッフも頑張らないと。



「いきますよプロデューサー。寒いですから早くして下さいよ~っ!!」

「ありがとなのプロデューサーッ!!ゴチになるの~っ!!」

「貴方様、夕餉は決まっているのでしょうか?わたくし、△△町にある□□らぁめんが食べたいのですが……」

 事務所の扉の前では、既に律子と美希と貴音が待っていた。というか貴音、またラーメン食べるのかよ。お前昼も食った
だろうが。音無さんも誘おうかと思ったが、頭から煙を噴いて倒れているのでそっとしておこう。残業お疲れ様ですっ!!
やれやれと溜息をついて、俺は傍にいた雪歩の鞄を持ってやった。



「持ってやるよ。美希にお灸してくれたそうだな。ありがとな」

「そ、そそそそんな大したことないですよぅ……。私は出来る事をしたまでですぅ……」

 頭を優しく撫でてやると、雪歩は真っ赤になった。いつも通り真っ白なコート、真っ白な手袋、そして真っ白な帽子を
被っているので、赤くなるとよく目立つ。



「そうだ。お前はこれからも、自分に出来る事をやればいい。だから今年はトップアイドルを目指してくれ。ひとりで
 武道館を真っ白に染め上げたお前がトップアイドルになれないわけがない」

 白いアイドルの強烈な力を使わなくとも、雪歩はトップアイドルに十分になれる才能を持っている。お前はウチの事務所
の一番の秘蔵っ子だからな。いつかまた、あの自信満々な雪歩を見たいものだ。

「そ……そそそそんなの無理ですよぅ……。私なんかがトップアイドルになんて……」

 わたわたと手を振る雪歩。まあゆっくりやっていけばいいか。左手に荷物、右手に雪歩の手を取って、俺達は律子達の
元へ歩き出した。雪歩の手は手袋越しでもよく分かる、白魚のような細く長い指をした華奢で温かい手だった。


end



あとがき

以上でP「白いアイドル?」終了です。今まで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。
前回のSS黒井社長「行くぞっ!!青二才っ!!」が18万字超という書くのも読むのもダルい大長編になったので、今回は
出来るだけ短くやろうとしたのですが、結局11万字超というラノベ一冊分くらいの文字数になってしまいました。
相変わらず蛇足、捕捉など無駄の多い所があり、読んでてイライラする所もあったと思いますが今後簡潔にテンポ良く
書けるように精進します。最後まで読んでくれた読者のみなさんありがとうございました。特によくコメントをくれた
(大阪府)と(不明なsoftbank)は多分同一人物だと思う。他にもROMってる人もいると信じて、本当に励まされました。
今回は書き溜めを一日分だけ作っての投下だったので、皆さんの応援がなければ続けられなかったと思います。本当に
ありがとうございました。

*雪歩について*
今回は雪歩メインに作ったのですが、実はアイマスの中では千早と響が好きですw 雪歩はちょうど真ん中くらい。
ただ、動画とかでパフォーマンスを見ていると雪歩が一番キレイだったので、雪歩の動画を探しているとSSを書いて
みようと思い立ちました。俺がアニマスから入った新参者で、もっと他にも素晴らしい動画があったかもしれませんが、
一番のお気に入りは雪歩ということで。職人に恵まれているのかな。ゆりしーでもあずみんでもどっちでも良いです。
ニコニコの話とかすると荒れるので控えておきますが、このSSで最も影響を受けたのは、

アイドルマスター 「Kosmos, Cosmos」 (雪歩 Fantastic UFOria Ver.)

という作品です。アイドル3番勝負の雪歩のイメージはこの動画を参考にしました。行き詰った時はよく見てましたw
fftq氏にも感謝。また雪歩動画作って下さい。ちなみに雪歩の衣装は、この動画を元に作られた他のPのver.2の動画の
衣装を参考にしています。優しくも冷たい印象のある、儚げな雪歩のイメージにぴったりだと思います。俺の語彙の少ない
文章で分かりにくかったら、この動画を見てイメージして下さい(無責任)w

それではまたいつかっ!!最後に読者の皆様、応援してくれた皆様に改めて感謝して、このSSを終えたいと思います。
……今度こそ、どっかのまとめサイトに載らないかな(切実)。

あらぁ、遂に終わっちゃったねぇ。
ここ1ヵ月はこのSSが毎日の楽しみだったくらい面白かったよ。

前の黒井社長のSSもすっごくおもしろかった。

まあ、これ以上は野暮だから何も言わん。乙でしたー。

…欲を言えば違うアイドルでまた何か書いてほしいなーってwww

次回は真を期待してるぜ!
全力で乙!良いアイドルたちだった!

乙!

関係ないけど、あずさ×隣に…に勝てるアイドルがガチで舞×ALIVEぐらいなんだろなー
皮肉にも生と死と言う
という妄想をした

乙!

>>1の次回作に期待しつつ、黒井社長のSSのほうも読んでみるか

俺も響大好きだー
話も読みやすくて楽しかった!!
次回作も待ってるのっ☆

めちゃくちゃ面白かった。黒井社長の方も2時間で一気に読んできてしまったぜ……
自分もなんかSS書いてみたくなった。
次回作も楽しみにしてる!!

お疲れ様でした
完結おめでとうございます!

アニマスしか知らなかったのですが、このSS読んでPS3のアイマス2を買ってしまいました
満足するまでプレイしたいと思います!
色のイメージの説明はアニメの復習ゲームの予習に大変ありがたかったです

曲ありきのアイマスだと勝手に思っているのですが、ライブシーンが臨場感あってとてもよかったと思います
これだけの人数が出るのに台本形式にしないのもすごいなあと

さまざまな形で刺激を受けました
これ以上は野暮なのでやめておきますね、いい作品をありがとうございました!


ROMってたけど毎回楽しみに更新待ってた
……いやあ、ぶっちゃけアイマスそれほど詳しくないんだけど、それでも楽しかったよ



こんなテーマに正面から取り組んで短期間で完結させるとは乙すぎる
あんまりよいしょすると周りに引かれて良くないんだけど、言いたい
アイマス二次の一つの指針のようなものがこの作品にはあると思う

色の捉え方とアイドルの解析はホント面白かった
真の位置づけの捉え方はマジで唸らされた、次回作に期待してます

面白かった乙、これはまとめに載る


ちなみにまとめに載ったら俺は赤字で頼む



せっかくだからもう一回読み返すかな

>>633 早く死になさい


何やらむずがゆい反応が多いなw 

今回の話も結構独自の解釈が強めだから、アイマスの世界観やキャラを壊すなとお叱りを受けるかと思っていましたが、
皆様寛大な心で読んで下さったようでありがたいです。もっと批判してくれてもいいんだぜ?
とりあえず最初の三原色の講義のところで、亜美真美を一緒くたにして4人なのに3人と書いた所が反省点です。
素で気付かなかったw GW中はこのまま置いておきますので、引き続きご意見ご感想を戴けると今後のSSの参考に
なります。批判でも何でも、野暮だなんて遠慮せずにどんどん聞かせて下さい。よろしくお願いします。

>>624
多分このSSの一番の読者はあなたか不明なsoftbankさんでしょうw 前作も読んで下さったようでありがとう
ございました。野暮だなんて遠慮せずに、もっと色々聞かせて下さい。

>>625
今、真メインでプロット作ってます。意外と何とかなりそう。投下は未定ですが、頑張ってみるぜっ!!

>>626
876勢はよく知らないのだが、Alive良い曲ですね。隣に…と対を成す曲とは、何やら色々インスピレーションが降りて
きます。ところで「舞×ALIVE」で動画探したらプロレスゲームの動画が出て来たんだがw

>>627
>>628
3作目ともなるとそろそろ設定がカブって来そうですが、飽きられないように頑張ってみます。とりあえずそろそろ
美希に良い思いをさせてあげたいな。嫌いじゃないんだが、どうしてもかませ犬にしてしまうのでw
ちなみに実は、今回のSSと黒井SSの間に、真美メインの短めのやつを一本VIPに投下した事があります。
失敗作なので恥ずかしいから秘密にしておきますがw

>>629
あのクソ長いSSをたった2時間で読むとは……。薄めのラノベ2冊分弱くらいあったと思いますがw
黒井SSについても感想頂けると嬉しいです。SSは是非書いてみてくださいっ!!読む方とはまた違った楽しさが
ありますよ。

>>630
震えがとまらないんだが……。こんだけ色々書いといて言うのも何ですが、俺実はアイマス持ってないです。そんな
俺が書いたSSを読んでアイマスを買って頂いたというのは、何だか妙な責任感を感じますw しかしこれだけ皆さん
に愛されているのですから、きっと楽しいゲームなのでしょう。俺も買おうかな。まずはPS3からですがw
ついでに台本形式のSSはいつかチャレンジしてみたい。しかし俺の性格上、向いてないみたいです。あのテンポ
の良さは魅力的なんですが。それから暖かい応援をありがとうございました。

>>631
俺もアニマスしか知らないから、全然OK。そういう人にも楽しんで戴けたのなら良かったです。
しかし残念ながら、どうやら俺の笑いのセンスはイマイチのようだ……。パラシュート春香とか貴音の実家設定とか、
自信あったんだけど反応がイマイチでしたorz 黒やよいが妙にウケてたのが不思議。

>>632
指針だなんて大げさなw アイマスにはもっと素晴らしいSSが沢山ありますよ。しかし高い評価を戴くのは素直
嬉しいです。今後の自信になりました。ありがとうございました。真のイメージは蒼星石ですね。翠星石が伸ばし
まくった木の枝をちょきちょき切って整える感じです。後ちょっとマニアックな話になりますが、ブレイブルー
という格ゲーのキャラクターカラーの中に、陰影の濃いバージョンがあります。スタイリッシュで恰好良くなります。
黒い影響を受けたアイドルはこんな感じかなと。

>>633
今回も取り上げられなさそうだ。赤字にしてあげられそうにはありませんw

>>634
序盤短く投下しすぎましたね。書きながら投下が初めてだったので、ストックケチってました。スンマセンw

>>635
自重します。しかし書き手としては、一度くらいは取り上げられてみたい……っ!!

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