如月千早という同級生 (53)

リスペクト:佐久間まゆという転校生
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彼女はいつだって1人だった。

朝、学校に来るときも。

授業中のグループワークのときも。

昼休みにお弁当を食べるときも。

体育の時間の準備運動のときも。

放課後、合唱部でみんなと唄ってるときも。

どんな時も彼女は1人だった。

彼女の名前は如月千早。

超がつくほどの美人だ。

長い艶やかな黒髪。

そこからたまに見える白いうなじ。

切れ目の目。

抱きしめたら折れてしまいそうな細い身体。

優秀な成績、そして結構運動も得意だったりする。

そして聞く物全てを魅力するのではないかという歌声。

どれをとっても、世の男性は放っておかないだろうし、女性でさえその魅力には惹かれることに違いない。

でも、彼女はいつだって1人だった。

理由はいろいろ考えられる。

事務連絡のときぐらいしか教室では声を聞かないだとか。

声が聞こえる部活のときは、人にも自分にも厳しいというか、厳しすぎるとことか。

女子から人気の男子にも好かれてるのに、それをうっとおしそうにするとことか。

他にもいろいろあると思うけれど、要約すると『可愛げがない』の一言に尽きると思う。

だから人を魅了してやまないはずだろう彼女は、いつもいつでも学校生活のどの場面だろうと1人なのだ。

「あっ!すいません!ボーッとしてて!……え!」

「いえ私もよそ見してて……、!」

如月さんだった。

ふらり、と立ち寄ったCDショップ。

別に何か欲しい物があったわけでもなく、そう、ほんとなんとなく気が向いたから。

そして、

「へ、へぇ。如月さんそういうの聞くんだ?」

「え、ええ」

同じクラスなのに、同じ部活なはずなのに、こんなぎこちなく会話なのかと自分でも笑えてくる。

「あれ?」


続かない気まずい会話に耐えきれなくなって、如月さんが持ってるCDを眺める。

そしたらそこには……。


「それって◯◯さんの?」


そこには僕の好きな指揮者のCDがあった。

最近出てきはじめたからなかなか知ってる人もいないし、そもそもこんなクラシックを聞いてるのなんて僕くらいだろう。

でも、まさか如月さんも知ってるだなんて。

困惑とかすかに喜びの表情があった。

「うん。……でも驚いたなぁ、その指揮者の知ってるのこの辺だと僕くらいだと思ってたから」

「私もそう思ってたわ。それだとちょっと前のCDだけれど、これとかは……」

「ああ、聞いたよ。その曲の……」

さっきの気まずい空気はどこへやら。
話が弾む、弾む。
そこから場所を変えて、公園で時間も忘れて話した。

如月さんのことを『可愛げがない』と勝手に思ってた自分を恥ずかしい。

だって僕と話した彼女はとっても可愛かったのだから。

彼女はいつだって1人だった。

朝、学校に来るときも。

でも最近は、僕と登校することもある。

授業中のグループワークのときも。

でも最近は、席が近いからか僕と一緒にすることが多い。

昼休みにお弁当を食べるときも。

でも最近は、部室で色んなCDをかけながら2人で食べたりもしてる。

体育の時間の準備運動のときも。

さすがにそこは男女別だから一緒には出来ないけれど。

放課後、合唱部でみんなと唄ってるときも。
また部室で色んな2人っきりで色んなCDを聞いたりしてる。

2人っきりで。

いつだったか、いつもの通り部室でCDを聞こうと思ったのだが長年使われた機材だからか使えない時があった。

「如月さん、ダメだ。ちょっと今日は動きそうにもないや」

「そう……」

残念そうな如月さんの声。

今日は如月さんが好きだという曲をかける番だった。

どうにかしてあげたいけれど、文系の僕にはこういうとこの知識は乏しい。

「2人で聞くにはこうするしかないわね」

「えっ?」

「こっちに来てもらえるかしら?」

どうするのだろうか、と思いつつ如月さんの言う通り近づいてみる。

「座って」

「うん」

「私とおんなじ体制になってもらえる?」

言われるままに壁を背に如月さんの横に座ってみる。

「ほら?」

如月さんが僕の耳にイヤホンの片方を突っ込んできた。

「こうすれば2人で聞けるでしょう?」

始めて見るイタズラっ子のような千早さんの笑顔が無性に可愛かった。

茜色に染まる教室の中で。

放課後の静まりかえった教室の中で。

この2人っきりの教室の中で。

音楽が響いてくる。

ヤバイ。

あんな如月さんの顔を見たから、それとも肩越しに感じる意外と温かい体温のせいなのか、それともこの漫画のようなシチュエーションのせいなのか。

曲が全く入ってこない。

如月さんもなのかな、って横目で見てみると目をつぶって何ともなさそうに聞き入ってた。

実際何ともないんだろうなぁ。

僕はこんなにドキドキしてるってのに。

帰るときも、帰り着いてからもドキドキは収まらなかった。

それとは裏腹に頭の中に如月さんの顔がくっきりと浮かび上がってくる。

いやそれだけじゃない。

如月さんがみんなが思ってるよりもずっと親しみやすくて、ずっと優しくて、ずっと可愛いってことも。

僕は。

僕は。

どうしたいんだろう?

如月さんを彼女にしたい?

恋人になってもっと親密になりたい?

……。

……。

……!

どうしたいかなんて、最初から答えなんて出てたじゃないか。

言う言葉や、着ていく服、食事、場所。

全部決まった。

言葉はシンプルに。

服は清潔感を大事にチャキっとしたので。

食事はちょっと高めの良いところを。

場所は僕と彼女が話すきっかけになったあの指揮者のコンサート!

言う言葉や、着ていく服、食事、場所。

全部決まった。

言葉はシンプルに。

服は清潔感を大事にチャキっとしたので。

食事はちょっと高めの良いところを。

場所は僕と彼女が話すきっかけになったあの指揮者のコンサート!

そんな計画を立てて、あとは誘うだけになった放課後。

僕は未だに彼女を誘えずにいる。

早く誘わないと予定が入ったりするだろうに、1ヶ月前に誘う予定が1週間前になってしまった。

誘う機会が無いわけじゃなかった。
ただただ僕が意気地なしだけだった。

今日言わなきゃ、もうダメだろう。
そんな気持ちで挑むそんな誘うだけ、の放課後。

「ね、ねぇ!如月さん!」

本当は部活の後、すぐに音楽室で言うつもりだったのだけれど、なかなか切り出せずに帰り道まできてしまった。

「どうしたの?」

如月さんが振り返る。

「あっ、あのさ……」

「おぉう!千早、ここにいたのか!」

「プロデューサー、どうしてここに?」

誰だ?
というかプロデューサー?
プロデューサーって?

「いきなり来るなんてどうしたんですか!」

「いや、すまんすまん。今日のレッスンが変更になってな」

「そんなの携帯のほうにしていただければ、来てもらわなくてもよかったのに」

「……。千早、携帯を見てくれ」

「はい?……あっ!」

「おやぁ?ちーちゃん、どうしたのかなー?」

「す、すいません。というかその、あの、そんな恥ずかしい名前で呼ばないでください!」

「おいおいちーちゃん、恥ずかしい呼び方って何のことだ?」

「だから!その、『ちーちゃん』って言うのやめてください!」

「はっはっはっ、すまんすまん」

「全く、もう」

「そうそう千早、大事な話があってだな。来週の日曜日に歌の仕事が飛び込んできたんだがどうだ?」


いやその日はちょっと予定が。


「本当ですか!」


だよね。


「ああ。本当は三浦さんが受けてた仕事なんだが、どうもダブったらしいんだ」

「あずささんのプロデューサーさんがダブルブッキングをするって珍しいですね」


三浦さん?あずささん?
それってあの最近テレビとかによく出てる三浦あずさのこと?

「最近はあずささんも忙しくなってきたからな。……どうだ?日が近いし、何か予定が入ってたりしないか?」

「いえ大丈夫です。そのお仕事全力で頑張ります」

「期待してるよ」


あっ。


「だからそうやって頭撫でたり、子供扱いしないでください!」

「ははっ、すまんすまん。……ところでそちらの彼は?」

「彼は同じ部活なんです。帰り道が同じ方向なので、一緒に帰っていたんです」

「なるほどな。おっと失礼、私こういうもので、如月千早担当プロデューサーの……」

そこから先のことはあんまり覚えていない。
笑顔を浮かべて、握手をした。
何か喋ったような気もする。
そして如月さんは彼の、プロデューサーの車に乗って行ってしまった。
そして僕の手には渡せなかったチケットだけが残った。

その日から如月さんを学校で見ることがどんどん少なくなっていった。
そしてその代わりどんどんテレビの中で見ることが増えていった。

いつだって1人だったあの彼女はもうおらず、今やこの学校では知らない者は誰もいない、みんなのアイドルになった。


僕だけが知ってたはずの笑顔は、もうみんなが知ってる笑顔になって。

僕だけが知ってたはずのあの指揮者の名前はみんな知ってて。

如月さんが忙しくなって、放課後の日課も無くなって。

それは僕の目を覚ますには充分だった。

この気持ちは言わなくてもいいし、むしろ言わないほうがいいと思う。
でも。
如月さんに嫌な役を押し付けて、何が『好きだ、付き合ってくれ』なんだろうな。
そもそもアイドルに恋人なんて、論外だろうよ。
でも僕はそれでも如月さんに告白したかった。

「如月さん、ちょっといい?」

この前と同じセリフなはずなのに、なんでだろ?今日のほうが落ち着いて言えた気がする。

「ええ、大丈夫よ」

良かった。
じゃあ始めるか。
この放課後の音楽室で。

「僕は、如月さんのことが、如月千早さんのことが好きです。付き合ってください」

言えた。

「……ごめんなさい。私は今はアイドルに集中したいの。だからごめんなさい」

知ってた。
けれどもこの答えじゃない。
この答えじゃ諦めきれない。
だって、これは僕が好きになった如月さんの答えじゃない!

「如月さん。僕は『アイドルの如月千早』さんに告白したんじゃない!僕が告白したのは、あの音楽室で一緒に音楽を聞いてた、あの『如月さん』に告白したんだ!」

「……ッ!」

「だからアイドルとか関係なくて、ちゃんと答えを聞かせて欲しいんだ」

「……私、は」

「『アイドル』として振らないで。『友だち』として振って。お願い」

恋人になってくれ、って言いに行ったのに友だちだろうは無いだろうけれど。
でもそれがさ、『如月さん』への恋の終わらせ方には1番なんだろうね。

「私は、今好きな人がいるの。だからごめんなさい。あなたとは付き合えないわ」


振られたのに笑うってのは相当気持ち悪いだろうな。
でも、如月さんの本当の気持ちを聞けて良かった。

「あのプロデューサーって人?」

「ええ」

「そうだろうね。だってあのプロデューサーさんと会った時の如月さん、今まで見たこと無い顔いっぱいしてたもん」

「ふぇっ!私そんな顔してたかしら?」

「うん、してたよ?……可愛かったな、あの如月さん」

「もうからかわないで!」

久しぶりにするなんてことない会話が楽しくて、終わらせたくなくて。

でも、時間は進むわけで。


「それじゃあ、私行くわね」

「お仕事お疲れさま。……頑張ってね」

「……ええ!」

そう言って如月さんは仕事に行ってしまっと。

最後の『頑張って』の意味伝わったかな?
伝わってたら嬉しいな。

今日は帰っちゃおうかな?
だって、この音楽室は無くにはちょっと防音が弱すぎるから。
勝てない勝負だったとしても、泣いたっていいよね?

そんな如月さんが今度結婚するらしい。
世界でも知らぬ者がいない歌姫となった如月さんの横に立つのは、やはりあの時見たプロデューサーさんだった。
悔しいような、でも今まで見たことのない素敵な笑顔だった。
祝電の始まりは、『如月さんの同級生の』でいいかな?

これで終わりです。
拙い作品で申し訳ありません。
読んでくださってありがとうございます。

如月千早の生誕祭にこの作品を。

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