【艦これSS】鈴谷「艦娘母艦?」提督「そうだ」【架空戦記】 (190)

※注意※

・架空戦記風の艦これSSです
・独自解釈あり
・地の文てんこ盛り
・オリジナル兵器及び提督以外のモブ軍人が登場します

※あと鈴谷は俺の嫁


その他いろいろ、よろしければどうぞ


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1393760599



「艦娘母艦?なにそれ?」

「読んで字のごとくお前たちの母艦となる艦(フネ)だ。移動する鎮守府と言っても良い」

ある日の呉鎮守府の一室。
秘書艦である航空巡洋艦の鈴谷が漏らした疑問に提督は真剣な表情で答えた。
普段とは違う引き締まった空気に、流石の鈴谷も息をのむ。
手癖が悪く、鈴谷の冗談にもノってくる軽い性格で、これが本当に海軍少将かと疑いたくなるような提督だが、この姿を見る限りどうやら肩書きは本物らしい。

「今まで遠方への進出には各泊地から徴用した輸送船を用いていたが、今度から軍艦に準じた母艦が各鎮守府に配備される事になった」

「それって……!」

嫌な予感がした。
怨念染みた深海棲艦に対抗する為に生まれた艦娘にはある弱点がある。
大戦期の軍艦の御霊を宿した艤装を適性のある少女が操る事でその軍艦に匹敵する戦闘力を発揮出来るのが艦娘システムの特徴だ。

基本的には宿した艦のスペックがそのまま適用されるのだが、唯一航続力だけは大幅に低下してしまう。
いくら軍艦並みの性能を発揮出来ても、操るのはただの少女である。
体力にも限りはあるし、何より人間サイズで造られた艤装ではスペースにも問題がある。
半ばファンタジーに足を突っ込んだ存在である艦娘であっても無理なものは無理なのだ。



この制約故にこれまでの戦いは地道な足場固めの連続だった。
艦娘の航続力が限られている以上、適度な前線基地が必須だったのである。
進出先が海のど真ん中で、前線基地が設営出来ない場合は防水区画を増設した輸送船が拠点として使われていた。

「改造輸送船は防御が弱く、戦闘力は皆無と言っても良かった。これまでは泊地近海だったから特に問題は無かったが、今後の戦いを考えると改造輸送船では不都合だ」

「それで、少しでも戦闘力のある艦を母艦に?」

「そういう事だ」

「でも大丈夫なの?確か護衛艦とかは殆ど歯が立たなかったんでしょ?」

自衛隊の護衛艦や各国海軍の艦艇は艦娘が配備される前の戦いで軒並み海の藻屑と化していた。
生物サイズで神出鬼没な深海棲艦が相手では長距離誘導ミサイルも速射砲もほとんど意味をなさなかった。
『打撃を受ける前に撃ち落とす』がモットーの近代艦艇と深海棲艦の相性は最悪で、結果、生き残った数少ない艦艇も防御が脆弱過ぎて使えないとして各地の港に繋がれている有り様だ。

「その点については問題ない、今度配備される母艦はお前たちと同じ大戦期の設計思想に基づいて造られている。防御についても考慮済みだ」

「ふーん、……ねぇ提督、一つ聞いても良い?」

「なんだ?」

「次の鈴谷たちの進出先って、一体何処?」



尋ねながら鈴谷はある種の確信を抱く。
次の作戦は間違いなく今までにない規模の大作戦になる、と。
激戦と謳われた沖ノ島の戦いや北方海域決戦でさえ各鎮守府の艦娘は改造輸送船を母船として凌いだと言う。
それは進出点が前線基地のグアムやアッツから近く、改造輸送船でもある程度の安全が確保出来たからだ。
グアム基地やアッツ基地が機能していなければ沖ノ島や北方海域への出撃など夢のまた夢だった筈である。

提督は鈴谷の質問に一瞬目を見開き、やがて肩を竦めてみせた。

「……相変わらず妙な所で鋭いな。 次の進出先は……、サーモン海のガダルカナルだ」

「が、ガダルカナルぅ!? ちょっ、それ本気で言ってんの!?」

提督の口から漏れた地名に鈴谷は目を剥いた。
それだけでは収まらず、鈴谷は提督の軍服を掴むと前後に激しく揺さぶった。

「こんな事で嘘を言ってどうする?それと襟を掴むんじゃない!」

「あっ、ごめん」

「まあ気持ちは分からんでもない、太平洋方面はニューギニアこそ奪い返したが、その大半が深海棲艦の勢力圏内だからな」



中部太平洋の戦いは資源輸送に支障を及ぼさない程度、即ち沖ノ島海域の奪回をもって停滞していた。
その先は拠点となる基地も無く、偵察すらままにならない事からそれ以上の進出は厳禁とされ、インドネシアからオーストラリア大陸に抜ける南方戦線と、
千島列島からアリューシャンへと抜ける北方戦線でもって外堀から埋めに掛かっている状態だった。

「ガダルカナルは南方の外堀埋めの一環だ。ここを叩くことでオーストラリア大陸との交易路を確固としたしたものにする」

「戦略とかは良く分からないけど、ガダルカナルねぇ……」

ガダルカナルは先の大戦での激戦地である。
鈴谷たち艦娘の元になった多くの艦船が没した悲劇の地。
それがガダルカナルを含むあの海域だ。

「俺だって乗り気はしないさ。とにかく、そう言う訳で本日は母艦の受領に向かう。分かったな?」

「ほーい、了解しました~」






「見えたぞ、あれがウチの艦隊の母艦だ」

「アレって、まさか……」

見えてきた艦影に鈴谷は目を見張った。
艦橋の前には三基の連装砲塔が並び、艦橋の後ろには大きく一本に纏められた誘導煙突がそびえ立っていた。
ゴチャゴチャした前部に対し、後部はスッキリしていて、平らな航空作業甲板が艦尾まで続いている。

「これって、最上型の……」

「ん?分かるか?」

「鈴谷を誰だと思ってんの?最上型の艦娘だよ?」

自分が装備している艤装の元になった軍艦である。
教えられた訳でも調べた訳でもないが、なんとなく分かってしまったのだ。

「そうだ、これは最上型をモデルに造られた艦娘母艦だ。航空巡洋艦仕様なのは後部で艦娘の発進、収用を行う為らしい」

「護衛艦で言うところのヘリの代わり、って事?」

「だいたいそんな感じだ」



後部を航空作業甲板とする思想は戦後の護衛艦にも引き継がれた設計思想だ。
後方への攻撃力が大幅に低下する武装配置だが、艦娘を効率的に運用するにはやむを得なかったのだろう。

「ふーん、それにしても巡洋艦なんだね?前線まで出張るのに大丈夫なの?」

「戦艦型や空母型の母艦もあるにはあったんだがな。 元帥や大将の連中に持って行かれた……」

「あー……」

提督の言葉に鈴谷は全てを理解した。
多くの艦娘を束ねる提督だが、所詮は少将。
良いモノ、良い装備は上に取られるのが常なのだ。

「ところでさ、提督?」

「なんだ?」

「この艦の名前、何て言うの?もしかしてすず……」

「それは無い」

「…………」

言い掛けた鈴谷を提督は間髪入れず斬り捨てた。
鈴谷が恨みがましい視線を向けてくるが、それすら提督は無視する。

「コイツの名前は……」







「コイツの名前は『武甲』。『曇取』型艦娘母艦二番艦『武甲』だ」






とりあえずここまで

艦これの各面のスタート地点はどうなってるんだろうとか考えた結果、
「母艦があって乗り付けてるんじゃね?」とゆーありきたりな発想に落ち着いたので書いてみた。

現用艦ではなく航空巡洋艦がモデルなのは趣味です。
主砲で応戦しながらの発艦とか燃えるよね?


名前は県内の山から百名山や二百名山を見てテキトーにとりました。
なにぶん地の文が長いのでゆるゆる~っと書いていきます。
と言うか暫く台本形式でしか書いてなかった弊害が……orz


とりあえずこんなとこらで、それではノシ

読みはぶこう? クモトリ?

>>10
そうです。
県内の武甲山(ぶこうさん)と県境の曇取山(くもとりやま)から

そのうち横鎮や他の鎮守府の母艦も出すかもだけど、とりあえず暫くは『武甲』だけです。
まあ、舞台セットの代わりとでも思って下さい。


「両舷第一戦速、針路そのまま! これより艦娘発進訓練を行う!」

『武甲』の習熟訓練は翌日から始まった。
外見こそ最上型だが各部は現代に合わせた仕様となっている。
それでも今までに無い新兵器である。訓練は必須と言えた。

「うへ~、ここから撃ち出されるの?」

カタパルトの上に設けられた台車に乗りながら鈴谷は足元を覗き込んだ。
航空作業甲板である最上甲板に設けられたカタパルトは高く、海面はかなり下にあるように見えた。

「うっかり落ちたら怪我しそうデスネー。ミステイクは許されませんヨー?」

そう声をあげたのは戦艦娘の金剛だ。
鈴谷と同じく第一艦隊配属の艦娘だが、今日射出される予定なのは鈴谷だけなので声音はかなり軽い。
主砲を四基も備えた艤装すら着けず、観客に徹している。

「ダメですよ金剛さん。明日は我が身、あそこから発進するのは私たちも同じなんですから……」

長い銀髪が特徴的な艦娘――翔鶴が金剛をたしなめる。
こちらは矢筒に飛行甲板型の防循と、制式装備一式を備えている。
今日は見学だけの筈だが、性格なのだろう。



「安心しろ鈴谷、万が一に備えて回収要員は準備してる」

「そうでち!いざと言う時はゴーヤが拾ってあげるから、安心して溺れるでち!」

「縁起でもないこと言わないでくれない!?」

冗談なのか本気なのか、『武甲』と並走しつつ手を振る潜水艦娘の伊58を鈴谷はキッと睨み付けた。
今すぐ上甲板の魚雷発射管から魚雷をぶちこんでやりたい衝動にかられたがここはグッと我慢。

「良いか?足にしっかり体重をかけとけよ? 射出されたら足から着水して艤装を始動しろ。着水前に始動するんじゃないぞ?」

「オーケー、オーケー、覚えてたらそーする……」

提督からの有難い説明だが、大半が耳に入らない。
と言うか取説片手に言われてもちっとも説得力が無い。

「一番カタパルト、射出準備完了!いつでも行けます!」

「発令から3分20秒か……、初めてならこんなものか? よし、30秒後に射出する!一番カタパルト、射出用意!」

懐中時計を片手に提督が宣言をするように発令する。
カタパルトの脇に設けられた表示盤がカウントダウンを始め、射出がもう間も無くである事を物語る。



(あーもう!こうなったらヤケクソじゃん!)

こう見えて鈴谷も立派な艦娘である。
常に危険と隣り合わせなのは理解しているし、くぐってきた修羅場も一つや二つではない。
とにかく今はやるべき事をやるまでだ。

提督をどつき回すのも、ゴーヤに魚雷をぶち込む事も一旦忘れて、鈴谷は腰を落とす。

「射出五秒前! 3、2、1……」

カウントダウンと共に表示盤にシグナルが点る。
ロボットアニメの発進シーンのようだと鈴谷が思った次の瞬間、カウントが0になる。

「……0、射出ッ!!」

バシュっと言う音と火薬の匂いがして鈴谷の乗る台車が押し出される。
カタパルトの終端で止まる台車に対し、鈴谷の体は慣性のまま前へと射出され……、刹那、重力に囚われ海面へとダイブする。

「ッ!!」

荒々しい着水により巻き起こった水柱に全身を叩かれながら、鈴谷は半ば無意識のうちに機関を始動させる。
かなり荒々しい発進ではあったが、艤装は大丈夫だったようで、間も無く鈴谷の体は浮かび上がり、白波を立てて航行を開始する。

「やっ……」

「やりましたね、鈴谷さん!」

鈴谷が声を漏らすより早く、ワッと歓声が湧いた。
見ると『武甲』の航空作業甲板だけでなく、上甲板や魚雷発射甲板から艦娘たちが顔を覗かせていて、そのいずれもが鈴谷に声援を送っていた。
どうやら第一艦隊以外の面子も射出訓練を見守っていたらしい。

「みんな……」

少々照れくさくもあったが、そうしなければならないような気がして、鈴谷は大きく手を振ってみせた。






一人が成功すると後は早かった。
予定では鈴谷だけで終わる筈が、我も我もと射出訓練を名乗り出る艦娘が現れ、
左舷の二番カタパルトも用いての大訓練が始まった。

それと同時に『武甲』の各所では新たな訓練も始まっている。

「第三戦隊一小隊及び第五航空戦隊は鈴谷を旗艦として『武甲』を目標に対艦訓練を開始しろ。
同時に『武甲』の対艦・対空戦闘訓練を行う」

「第一艦隊全艦単縦陣!対艦戦闘用意!」

「総員戦闘配置!」

鈴谷と『武甲』艦長から戦闘準備が発令され、艦娘と乗組員が慌ただしく配置に着く。
第三戦隊一小隊、金剛と比叡の二人が鈴谷の後ろに続き、第五航空戦隊の翔鶴と瑞鶴が、駆逐艦の五月雨を連れて更にその後ろに並ぶ。
旗艦を先頭に一本槍になって突っ込む攻撃態勢だ。

対する『武甲』の方も戦闘準備を整えている。
艦橋後部の前檣楼に設けられたレーダーは早くも第一艦隊の動きを捕捉し、そのデータに基づき前甲板の三基の連装主砲が僅かに仰角を上げる。


先手を取ったのは鈴谷率いる第一艦隊の第五航空戦隊だった。



「瑞鶴、行ける?」

「私はいつでも行けるよ、翔鶴姉!」

「行くわよ、第一次攻撃隊、発進!」

空母娘の翔鶴と瑞鶴が一斉に矢を放つ。
放たれた矢は仕込まれた呪によって艦載機へと姿を変え、大空へと舞い上がる。

「提督さんの艦だからって遠慮は要らないわ!思う存分やっちゃって!」

機種ごとに編隊を組んで『武甲』へと向かっていく攻撃隊に瑞鶴が発破をかける。
物騒な物言いだとは思ったが、これも訓練だ。
やるからには本気でやらねば訓練にならない。
鈴谷は隊内無線のインカムを掴むと無線越しでなくても聞こえる程の大声で下令する。

「翔鶴さんと瑞鶴さんは引き続き第二次攻撃隊の準備を、金剛さん、比叡さんは射程圏内に入り次第砲撃開始!
五月雨ちゃんは雷撃戦の準備をして鈴谷と突貫! 良い?」

「「「了解(デース)!!」」」

全員の返答を聞きながら、鈴谷は目標である『武甲』がいる方を見た。
翔鶴たち五航戦が放った第一次攻撃隊が今まさに攻撃を仕掛けようとしていた。





『方位二八五より戦爆連合接近!その数八〇!』

「対空戦闘用意!」

伝声管越しの見張員の絶叫にも似た報告が終わるより早く、提督の命令が『武甲』艦橋に響く。
既に戦闘準備を整えていた『武甲』艦長は待っていましたとばかりに射撃指揮所への直通無線に飛び付いた。

「こちら艦長、主砲砲戦目標は接近中の敵編隊! 弾種は三式で最初から斉射で行け!」

『こちら射撃指揮所、目標は敵編隊。弾種は三式で最初から斉射で行きます』

「高角砲と機銃は編隊がバラけてから追って指示する。良いな?」

『高角砲指揮所了解』

『機銃指揮所了解』

「航海長、速力最大まで上げろ、本艦針路二八五」

「了解。速力最大戦速、針路二八五、とーりかーじ!」

『武甲』の艦首波が一際大きくなり、舵がきられる。
左前方、九時半の方向に見えていた編隊が『武甲』の正面に移動する。
『武甲』は五航戦の攻撃隊に対し、正対する形となったのだ。



「敵編隊、主砲射撃圏内に入りました!」

「主砲、撃ち方始め!てぇーっ!!」

仰角をかけた三基六門の20.3センチ主砲が哮え、前甲板にめくるめく閃光が巻き起こる。
近代艦艇の速射砲ではまずお目にかかれない主砲斉射だ。
装填されていたのは勿論訓練用の模擬砲弾だが、艦隊配備後初の砲撃を『武甲』はした事になる。

「これが主砲の斉射か。流石に腹に響くな」

「20.3センチでも護衛艦と比べれば大口径砲ですからね。これでやっと鈴谷さんたちと並んで戦えますよ」

キビキビと動くクルーを頼もしげに見ながら艦長はニヤリと笑う。
『武甲』の乗組員は大半が海自の護衛艦で勤務していた海の男たちだ。
部品の共通化が図られているとは言え、その動きに迷いは無い。

「確か艦長も以前、護衛艦に乗っていたんだよな?」

「はい、『しらね』に乗っていました。もっとも第一次観音崎沖海戦では真っ先に深海棲艦(ヤツラ)にやられてしまいましたが……」

「…………」



第一次観音崎沖海戦は海上自衛隊が初めて深海棲艦と交戦した戦いであり、多数の護衛艦戦力を失った戦いでもあった。
迎撃にあたった護衛艦の実に八割が未帰還と言う大敗だった。

「本艦は奴等に通用すると思うか?」

「通用するように仕上げるのが我々の役目です」

「そうだったな。すまん、今の言葉は忘れてくれ」

「第一斉射炸裂!艦爆2機、艦攻4機、撃墜判定!」

見張員の報告に提督は再度上空の編隊を見た。
焼夷弾の代わりに塗料をぶちまけた模擬三式弾により撃墜判定を受けた艦載機は発煙筒を焚きながら戦場を離脱する。
それでも五航戦攻撃隊は70機以上が残っている。三式弾の効果は薄かった様だ。

「戦闘機を20機としても50機か、ちょっとキツいか?」

「三式弾が炸裂した位置が下過ぎましたね。まだまだ研鑽を積む必要がありそうです」

思わず唸る提督と艦長の目の前で攻撃隊は二手に分かれた。
海面スレスレへと舞い降りる艦攻隊と上空から仕掛ける艦爆隊だ。

「さぁ艦長、忙しくなるぞ」

「任せて下さい。本艦の機動性を生かした現代版の盆踊りで引っ掻き回してみせますよ」

そう言うと艦長は被っていた制帽を目深に被り直した。






主砲による三式弾こそ奮わなかった『武甲』だが、高角砲と機銃は自動化された護衛艦のものを流用していることもあり、絶大な効果を発揮した。
それでも数々の実戦を潜り抜けてきた五航戦攻撃隊を完全に阻止するには至らず結果として『武甲』は大破、行動不能判定を受けた。
初の対空戦闘訓練だったが、黒星を貰ってしまった形だ。
普通なら判定が下った時点で訓練は打ち切られるが、今回は対艦訓練も兼ねている為、そのまま訓練を続行する事になった。


「提督から命令、仕切り直して対艦訓練続行だってさ」

「そう来なくちゃデース!私たちの見せ場も無く終わるのは真っ平ごめんデース!」

「第三戦隊一小隊の力、提督に見せつけてやります!」

通信を受けた鈴谷からの命令に金剛は腕を捲りながらブンブンと回してみせる。
その後ろに続く比叡も乗り気だ。
高い練度を誇る正規空母二隻分の空襲を一隻で受けたのだから仕方ないと言えば仕方ないが、ここで終わっては面白くない。

「んじゃ、いっくよ~っ!全艦突撃!」

鈴谷が背中に背負った檣楼に信号旗が揚がる。『我二続ケ』、突撃の合図だ。
意気揚々と『武甲』へと突っ込んで行く第一艦隊の中で、瑞鶴だけが渋い顔。

「戦闘続行って、折角私と翔鶴姉が決めたのに……、提督さんったら一体何を考えてるのよ!?」



「瑞鶴、落ち着きなさい。開幕空襲で大破判定が出たのに仕切り直す、って言う事はこの対艦訓練は事実上の二戦目って事よ。この意味が分かる?」

「提督さんが私たちへの敗けを認めた、って事?」

「そうよ。決して私たちの戦果を蔑ろにした訳じゃないの」

「う~、なんか納得出来ないけど納得しとく……」

まだ凝りがあるようだが、瑞鶴は近接戦闘時の攻撃準備を開始する。
翔鶴もまた、艦隊戦支援に特化した編成を作るべく、艦爆の矢を取り出した。

その頃、翔鶴たち五航戦の前を行く砲戦部隊は今まさに射撃を開始しようとしていた。
『武甲』を最初に捕捉したのは最近更なる改造を受け、新型電探を装備していた比叡だ。

「お姉さま、32号電探に感です! 11時方向、距離三〇〇(3万メートル)!」

「比叡、ナイスアシストネー!五航戦シスターズのように一撃で決めてやりマース!」



もうあと5千メートルも詰めれば金剛たちの装備する艦娘用46センチ砲の射程圏内だ。
主砲の射程も電探の探知圏内も元の軍艦からはずっと短くなってしまったが、人のサイズに縮めている以上、これは仕方ない。
縮尺率で言えば寧ろ射程は延びている位だ。

必殺の雷撃を見舞うべく、前に出てきた五月雨が鈴谷に尋ねる。

「鈴谷さん、提督の艦って射程どれくらいでしたっけ?」

「えっと、よく分かんないけど二万メートルはあるんじゃない?
あっ、でも、鈴谷たちのサイズに当てるにはもっと寄らないとって、言ってたかも?」

「と言う事は私たちがアウトレンジ出来ると言うことデスネー?俄然ヤル気が出てきたデース!」

そうこうしている間にも状況は刻一刻と変わる。
双方は真っ向から正対し、互いに引き合うように距離を詰めている。
待ち望んだ報告が比叡から飛び出たのはそれからキッチリ60秒後の事だった。

「お姉さま、距離二五〇、射程圏内です!」

「第三戦隊一小隊、全砲門、ファイヤーッ!!」




金剛と比叡の主砲が轟然と哮えた。





書き溜めてあった訓練パート前半まで投下。
ここから先はある程度書いてからの投下になります。

訓練結果などを見れば分かりますが、このSSは某ジパングよろしく主人公の艦が無双する作品ではありません。
ガンダムで言うところの『ホワイトベース』と考えて頂ければ幸いかと。
今回からモブ軍人が出てきましたが、彼らもあくまでモブですのでご安心を。


寧ろカタパルト射出される艦娘がガンダムよろしく戦う戦記を目指しています。
うん、良いよね、カタパルト射出って……



『第一艦隊発砲!三戦隊の斉射です!』

「初弾から斉射か、金剛さんも手厳しいですな」

「遠慮と言うものを知らんからな、あの二人は」

「ですが二度も黒星は貰いませんよ。 航海長、面舵だ。未来位置からずらしてやれ!」

金剛たち第三戦隊の発砲は『武甲』艦橋からもハッキリと視認出来た。
間も無く最初の砲撃が降りそそいで来るだろう。

「本来、このような事態は避けるべきなんだがな……」

「提督?」

「この艦はあくまで艦娘母艦だ。艦娘たちの拠点として、最後まで前線基地であり続けなければならない」

「母艦が敵の戦艦に撃たれる。確かに考えたくない事態です。が、何事にも備えは大事です」

「そうだな」

どちらの言い分も一理ある。
艦娘母艦が『移動する鎮守府』である以上、無茶は厳禁であり、過度なリスクは回避すべきである。
が、万が一に備え、いざと言う場面にも対応するのが提督以下、『武甲』乗組員に求められる資質だ。
何より今日は訓練なのだ。
最悪を想定してナンボであると言えよう。



そんな会話をしているうちに『武甲』が艦首を右へ振る。先程の面舵が利き出したのだ。
直後、左舷前方に赤と緑の水柱が纏まって噴き上がった。
金剛と比叡の第一斉射が『武甲』の至近に着弾したらしい。

色が着いているのは弾着観測をし易くする為の工夫で、金剛は赤、比叡は緑の染料をそれぞれ仕込んでいた。

「散布界が殆ど無い。これが“艦娘”の砲撃戦か!」

舌を巻く艦長の言葉に第一斉射をかわした事への喜びはない。
あるのは畏怖にも似た感嘆だけだ。

「艦長!次は当てにくるぞ!」

金剛と比叡なら修正もそれこそ一瞬だろう。
それが出来る能力が彼女たちにはあるし、その実力は皆が認めている。

「射撃指揮所!まだ撃てんか!?」

『ギリギリ射程には入ってますが、散布界もありますし、この距離では正確な照準は無理です!』



散布界とは撃った砲弾が着弾時にバラける事を言う。
バラける範囲は射撃距離に大きく左右され、大砲にもクセがある事から、訓練とデータの蓄積が鍵となる。
金剛たちの射撃が正確なのもこの為で、彼女たちはこれまでの戦いでその両方が体に染み付いているのだ。

一方、『武甲』はと言えば、竣工したばかりで乗組員の練度も低く、データの蓄積も無い。
現状では正確な長距離射撃は不可能と言えた。

『それに現在主砲に装填されているのは先の対空戦闘訓練で装填した三式弾です。まずは三式弾をどうにかしないと……』

「しまった!撃ち残しが残っていたか!?」

砲術科から上げられた情報に艦長は目を剥いた。
対空戦闘訓練の時に装填しておいた三式弾の事をすっかり失念していたのだ。

「……いや、艦長、寧ろそれは都合が良いかもしれんぞ?」

実戦ではあってはならないミスにざわめく艦橋に冷静な声が響く、提督だ。

「はい?」

「こう言うのはどうだろうか?」

「……なるほど、やってみる価値はありそうです」






「ッ!? 『武甲』、発砲しました!!」

艦隊の先頭で『武甲』の発砲を見た五月雨が叫ぶ。
駆逐艦娘の五月雨は距離がありすぎて攻撃出来ないので、見張り役をしていたのだ。

「なっ!?まだ2万メートルはありマスよ!?比叡、距離は!?」

「1万9千メートルです!お姉さま!」

思わぬ報告に慌てたのは金剛と比叡だ。
『武甲』のスペックからして砲撃開始まであと数分はあると踏んでいた為、驚きは大きい。

(スペック上だとこの砲撃はたぶん射程ギリギリ。それでも撃ってきたって事は何か策が……)

「『武甲』第一射、来ます!」

「っ!?」

鈴谷の思考は五月雨の絶叫に書き消される。
直後、鈴谷たちの頭上で砲弾が炸裂し、六つの巨大な花火となって花開いた。

「なにこれ!?信管の調整ミス?」

「違うわ瑞鶴!これは……三式弾よ!」



「三式弾……? ッ!?比叡さん!今すぐ電探をしまって!」

「えっ?電探って……きゃあっ!?塗料がっ!!?」

鈴谷が叫んだ時には遅かった。
訓練用三式弾がばら蒔いた焼夷弾代わりの塗料が降り注ぎ、艤装や服、さらには肌に付着する。
焼夷弾は通常の砲弾と違い、貫通力を持たない攻撃なので主砲や船体など装甲が張られた部位にはなんの影響もない。
が、それでもこの攻撃は致命的な損害を第一艦隊にもたらした。

「飛行甲板に火災発生判定!発着艦不可能です!」

「32号電探が損傷判定!?あわわっ!?これじゃあ照準が……!」

「くっ!テートクたちの狙いは目潰しネ!?」

空母の飛行甲板や電探は主砲や船体と違い、防御力を持たない。
特に電探はデリケートで、焼夷弾程度であっても容易く壊れてしまう。

『武甲』は広範囲に被害が及ぶ三式弾を使うことで照準の問題をクリアし、更に鈴谷たちから電探と言う目を奪ってみせたのだ。

(あーもう、これじゃあ正確な遠距離射撃は無理じゃん! 翔鶴さんも中破判定貰っちゃうし……!)

「はぁ……、覚悟を決めるしか無いかぁ~」

溜め息をつきつつ、鈴谷は次の戦術に切り替える。
遠距離射撃が封じられてしまった以上、打てる手は一つしかない。

「金剛さんに比叡さんも、一旦射撃中止!速力最大戦速!接近戦に持ち込むよ!」

「了解っ!!」

手数と機動性を活かした接近戦でケリを着ける為、鈴谷たちは増速すると、『武甲』へと向かうべく舵をきった。






「それで?結果はどうなったんですの?」

鎮守府に隣接する寮の一室、鈴谷とその姉妹艦に充てられた部屋に少女の声が響く。
鈴谷はベッドの上で体育座りをした状態で、少女――艤装も制服も全く異なるが姉妹艦の――三隈に目線だけを向けた。

「ん?まあ、勝つには勝ったよ。 ただ、向こうは今日が初の演習な訳じゃん?なんと言うか……ねぇ?」

「勝った気がしない?」

鈴谷が口ごもると三隈とは反対の方向から苦笑が漏れた。
三隈と同じ制服を纏った一番艦の最上だ。

「なんか戦術で勝って、戦略で敗けた、ってカンジ……」

結果だけを言うと、第一艦隊は勝つには勝った。
が、その内容はと言うと、遠距離砲戦はおろか近距離砲戦でも決定打が出せず、
接近雷撃戦でようやく魚雷をぶち当てて終了と言う綱渡りの様な戦いだった。

練度で言えば第一艦隊は圧倒的に勝っていた筈だ。
事実、艦隊戦に入る前の開幕空襲では『武甲』を圧倒し、撃破判定を与えている。
本来ならあそこまでもつれ込むような戦いでは無かったのだ。



「それは仕方ないよ。『武甲』には提督が乗ってたんでしょ?戦略は提督たちの得意分野だからね」

「それは分かってるけどさ……」

聞くところによると三式弾による電探潰しの発案者は提督だったらしい。
『武甲』の艦長から聞いた話なので確かだろう。

「なら尚更だよ。それに上で指揮する提督が臨機応変な戦略が立てられる人なのは良い事だと僕は思うよ?」

「でも鈴谷、いちおー秘書艦だし、旗艦だって務めてるのに……」

鈴谷は抱え込こんだままの膝に顔を埋める。
艦娘としてこの鎮守府に配属になって早数ヵ月、旗艦としての自信もようやくついてきただけに、今日の結果は情けなかった。

「大丈夫、鈴谷は良くやってるよ。それは僕たちが保証する」

「そうですわ。それに私たちもまだまだ発展途上の身、『武甲』と一緒に皆で強くなっていけば良いのですわ」

「最上……、三隈……」

いつの間にか寄ってきたのか、顔を上げるとすぐ隣に最上と三隈の姿があった。
姉妹艦と言うだけで実際の姉妹ではないが、その姿は頼りになる“姉”そのもののように鈴谷には思えた。
だからだろう、気付くと自然とその言葉が出ていた。

「うん、ありがと、頑張る……」



「あら?もうこんな時間ですわ。早く行かないと食堂が閉まってしまうかも」

三隈の声につられて時計を見ると時刻は9時を過ぎていた。
寮の消灯時間は22時で、食堂などの施設はその30分前には閉まってしまう。
勿論、鎮守府は24時間対応なので本庁舎まで行けば24時間営業のコンビニもある。
が、消灯時間を一秒でも過ぎると、当直に見付かった際、有り難いお説教を貰う羽目になる為、早めに済ませるのが鉄則だった。

「ホントだ。鈴谷、僕たちは食堂に行くけど、鈴谷はどうする?」

「あっ、悪いんだけど今日はパスさせて? 熊野に出す手紙書かないとなんだよねぇ~。ゴハンはコンビニで何か買うから……」

鈴谷が言うと、最上はチラリと備え付けのデスクに目線をやる。
紙の上の方で文が止まった便箋と、鈴谷愛用のボールペンが転がっていた。

「そっか、うん、分かったよ。それじゃあ鍵閉めお願いね」

「ほーい」

バタン。

「さてさて、ササッと書いちゃいますか~」

三隈を連れて出ていく最上を見送ると鈴谷はベッドから這い出た。
そのまま机に向かうと、挨拶の言葉しか書けていなかった手紙の続きに筆を走らせる。
昼は筆が進まなかったが、今度は書けそうな気がした。






『宛 南方海域艦隊所属、重巡洋艦『熊野』さま


拝啓熊野さま、いかがお過ごしでしょうか?
……うん、やっぱ無理だわ。他人行儀過ぎてマジ鳥肌立つんですけど。

と、言う訳でヤッホー熊野。鈴谷だよー!
スモールランドだかショートランドに島流しになったみたいだけど元気してる~?
熊野が一人だけで南の島行っちゃうから最上と三隈が寂しがってたんだよ?
キチンとお土産買ってこないと後が怖いかもね~。

呉は相変わらずだけど、今度、艦娘たちの母艦が配備されたの。
訓練が終わったら熊野たちの居るそっち方面に出撃するかもなんだって。
もしかしたらその時に会えるかもなんで、その時は案内ヨロシクね!
鈴谷としては美味しくお茶出来る喫茶店とか見付けといてくれると嬉しいかも。

それじゃ、次に会える日を楽しみに待ってます。
じゃーねー!

呉鎮守府司令部直属 航空巡洋艦『鈴谷』より』






――数日後、ショートランド基地


「まったく、これじゃあ次期作戦の内容が駄々漏れですわ。鈴谷も相変わらず適当なんだから……」

サーモン海に程近い、ショートランド基地で呉鎮守府から届いた手紙を読みながら、少女――重巡洋艦娘の『熊野』は溜め息をついた。
驚くべきはこんな内容にも関わらず封筒には呉鎮提督の検閲済みの印が捺してある事だ。
呉鎮の提督が気をきかせたのか、はたまたズボラな提督だったのか、鈴谷が司令部付らしいので後者かもしれない。

(いえ、そんな訳はありませんわね……)

紅茶を一口含みつつ、熊野は湧いて出た疑惑を直ぐ様切り捨てた。
鈴谷は一見すると何処にでも居そうな最近の娘で、かなり軽薄そうに見える。
が、実際にはやる事はキッチリやっているし、人当たりも面倒見も良い。
同じ戦隊を組んでいた時は熊野が旗艦だったが、熊野は鈴谷にやらせた方がもっと上手く行くと常々思っていたくらいだ。
その鈴谷を重用しているのだから呉鎮の提督の見る目は確かなのだろう。

「はぁ、やはりインスタントの紅茶では味気ないですわね。内地の喫茶店の紅茶が恋しいですわ……」

「熊野さんッ!!」

二度目の溜め息と共に残りの紅茶を飲み干し、鈴谷への返事を書こうと熊野が万年筆を執ったところで、
司令部に一人の艦娘が駆け込んできた。

「あら、能代さん。どうかされましたの?」

ショートランド基地の戦力増強の為に派遣された阿賀野型二番艦の能代だ。
阿賀野型は開発されたばかりの新型で、四姉妹のうち三人がここ、ショートランドに配属されている。
大本営がいかにこの基地を重要視しているかの表れと言えた。

「沿岸警備の駆逐隊から、深海棲艦襲来の緊急信が入りました!」

「ッ!!」

能代の言葉の意味を熊野は直ぐに理解した。
サーモン海深部に巣くう深海棲艦の攻勢が今、始まったのだ。
ショートランド在泊艦隊旗艦の熊野の決断は早かった。

「直ぐに出ますわ!提督や大本営に緊急信を、青葉さん、阿賀野さん、矢矧さん以下主力の艦娘にも召集をかけて下さいな!」

「了解です!」




三式弾による電探潰しは仮想戦記の華(キリッ!


と言う訳で訓練パートの後半と、状況説明回です。
最前線ではサーモン海決戦が始まりましたが、内地はまだ通常営業です。
なので今回出てきた熊野さん以下ショートランド組の次の出番はまだ先になる予定です。
熊野さんガンガレ、超ガンガレ。

まあショートランドの艦娘たちが秋イベントのドロップ艦な時点でお察しですね。
書いてて陽炎小説二巻と同じ流れになりそうとか思ったのは公然の秘密。


自衛艦を始めとする近代兵器が通用しない相手に、旧式の三式弾とか20cm主砲が通用しちゃうって世界がどうもよくわからん。
他のSSで、駆逐艦が12.7cm主砲の砲撃で戦艦を撃沈しちゃうとかいうトンデモ話があったんだが、それと同じ違和感がある。
艦娘だけの閉じた世界なら例え空母に46cm主砲積んでも話として楽しめるのだが、中途半端に近代兵器の話を組み込むと齟齬が生じると思うんだけどね。

>>36
艦娘母艦が二次大戦時の兵器っぽい理由ですが、まずこの艦は深海棲艦に撃ち勝つ為の艦ではありません。
襲われても耐えきる、或いは逃げきる事を目的とした艦です。

だから戦艦との撃ち合いは『あってはならない事』ですし、艦娘(=深海棲艦)と真正面からやり合えば撃沈(判定)は確定です。

暴論を言ってしまえば、虎の子たる艦娘を乗っけるんだから沈みさえしなければそれで良いのです。
もっと言ってしまえば、地上に基地を設けられるなら完全に要らない子です。
そっちの方が沈まない分、拠点としてはずっと安心ですし。


沈まなければ良いのだから最悪不沈対策を施した輸送船でも良く、これは冒頭の鈴谷と提督の会話内で登場しています。

『でも大の大人の軍人が艦娘におんぶにだっこじゃ情けない。だから火器ぐらいつけようぜ!』

が発祥の理由と言う政治的な意味合いの強い艦でもあります。
ようは現代版ドイッチュラント級装甲艦で、現用艦を流用しなかったのは単に防御力が不足しているからです。
作中の『雲取』型は最上型に外見こそ似ていますが、防御力と生存性を高めに設計していて事実上別物です。

兵装については艦娘用兵器の製造ラインを流用した間に合わせの品です。
もしかすると妖精さん的な不可思議パワーが含まれてるかもしれませんが、現状そこまで強化するつもりはありません。


以上、辻褄合わせの感が凄いですが、ご納得頂けたでしょうか?


この日、『武甲』以下呉鎮守府艦隊は実戦訓練を兼ねてウィークリーの定例任務を遂行すべくアルフォンシーノ海に繰り出していた。
ウィークリーの定例任務とは海域平定後も自然発生する深海棲艦を狩る為、週一回の割合で発令される任務の俗称だ。
新しい海域を深海棲艦から解放する為の攻略作戦ほど難易度は高くないが、これも鎮守府と艦娘たちに与えられた重要な任務である。


『こちら綾波です。第19駆逐隊全艦、発艦完了しました』

「こちら『武甲』艦橋、発艦完了了解だよ~。 提督ぅ、護衛隊の準備、オッケーだってさ」

駆逐隊司令である綾波からの報告が鈴谷を介して提督まで上げられる。
提督は小さく頷くと隊内無線を手に取った。

「第19駆逐隊に発令、綾波以下第19駆逐隊は輪形陣を展開し、本艦周辺の警戒にあたれ」

『了解、第19駆逐隊は輪形陣を展開し、『武甲』周辺の警戒にあたります!』

無線を受けた綾波がまず増速し、『武甲』の前へと出る。
次に残った二人――磯波と敷波が左右後方に散開し、『武甲』を中心とした簡易的な輪形陣が完成した。
本来ならもう一人、『武甲』後方に警戒役を配置したい所だが、現在の第19駆逐隊は三名しか居ないのでこれが限度だった。



「ねぇ提督、ホントにこんなんで大丈夫なの?」

北方海域特有の荒波の中を行く三人の駆逐艦娘を交互に見やりながら、鈴谷はと尋ねた。
見慣れた駆逐艦娘の背中も『武甲』の艦橋から見ると豆粒どころか米粒のようで、彼女たちには悪いが頼りなく感じてしまう。

「タンカー護衛の応用だからな。どれだけ効果が上がるかは俺にも分からん。が、今は綾波たちを信じて任せよう」

「何も無いよりはずっとマシな筈だ」と言う提督に鈴谷は小さく頷く。

編成を変えて何度か行われた演習の結果、艦娘母艦の特性と運用法がなんとなく見え始めていた。
まず対空戦闘だが、初戦こそ黒星を貰ったものの、乗組員の習熟度が上がるに連れて撃墜・撃退率が上昇し、ほぼ問題の無い域に達していた。
深海棲艦との戦いと言う未知との戦闘で、対空迎撃システムだけは通用する兆しがあったのは人類にとって正しく僥倖と言えた。

対空迎撃すら儘ならないようでは深海棲艦の艦載機によるアウトレンジ攻撃を人類は一方的に受けるだけになる。
このような状況下では艦娘母艦の移動する鎮守府と言うコンセプトはそもそも成立しなかった筈だ。
いや、発想自体出なかったかもしれない。

とにかく、『現用兵器でも対空戦闘には効果アリ』との戦訓が得られたのは大きい。
この辺りの技術は艦娘にも反映され、艦娘の対空迎撃能力向上にも大きく貢献した。
エアカバーを持たない戦艦娘による突入作戦が平然と行われるようになったのもこの為だ。




「本艦で深海棲艦本体ともやりあえるなら皆さんに余計な苦労をさせずに済むんですけどね」

『艦長さん、そんな気に病まないで下さい。綾波たちは大丈夫ですから』

「そーそー。それに技術的にも費用対効果…だっけ?的にも無理そう、ってのが上の判断だったんでしょ?」

無線越しの綾波の言葉に相槌を打ちながら鈴谷は提督に目配せをする。
提督は小さく頷くと、艦長の肩に手を置いた。

「そうだ、『この艦だけでは奴等に勝てない』これが俺たちの、いや、軍の出した結論だ。
綾波の言う通り、艦長が気に病む事ではない。辛いだろうが堪えてくれ」

「はっ、すいません」

「いや、艦長の気持ちは良く分かるぞ。俺だって出来るのならこの手で奴等の鼻先をぶん殴りたいくらいだからな」

「ハハハ、それが出来れば爽快でしょうな」

提督と艦長の会話は冗談めいていたが、それが提督以下、『武甲』全乗組員の本心なのは鈴谷たちにも良く分かった。
分かったからこそ鈴谷も綾波も黙って任務に戻る。
沈黙を破ったのは先行していた第一艦隊からの入電だった。



『こちら第一艦隊旗艦、翔鶴です。『武甲』応答願います』

「こちら『武甲』だ。翔鶴、どうした?」

翔鶴からの無線に提督はマイクを素早く取る。
歴戦の艦娘らしく翔鶴の声は落ち着いていたが、それがかえってトラブルを予感させた。

『第三群と交戦後、敵影をロストしました。予定航路から外れてしまったみたいです』

「またか……」

目印のない海上の移動はただでさえ方向感覚を失い易い。
更に悪いことに艦娘は小回りが利く為、深海棲艦の戦いは変針の連続となる。
戦っているうちに敵中枢への突入路を外れる事も多く、気付いた時には航路から大きく逸れてしまう。
こうなると修正は不可能で、こうなった場合は即時撤退が許可されていた。

『すいません、提督……』

「いや、翔鶴たちが無事なら良い。それで?どのくらい逸れたか分かるか?」

『はい、座礁した大型商船が見えるので、恐らく南東方面かと』

艦娘が航路を逸れたと認識するのは大抵このような目標物を発見した時である。
定期的な討伐が必要な海域には一般商船の進入が禁止されているので、座礁船が増える事は原則あり得ない。
その為、島以外にも座礁船や遺棄された石油採掘基地が目印代わりとして採用されている。



「南東だな?分かった、直ぐに回収に向かう」

『お願いします』

「本艦はこれより第一艦隊の回収に向かう。針路は……」

翔鶴との交信を切り、提督が第一艦隊との合流を指示しようとした、その時だった。
周辺監視にあたっていたレーダー係が艦内無線で緊急信を送ってきた。

『電測室より艦橋、対水上レーダーに感3!こちらに接近中です!』

「水上レーダーに感、だと?」

思わぬ報告に『武甲』艦橋に緊張が走る。
誰もが息を呑む中、提督は一言、鈴谷に問う。

「鈴谷、当海域で第一艦隊以外に作戦行動中の味方は?」

「無いよ。今日居るのはウチだけ」

「電測室、方位と速力は?」

『方位330度、推定速力は35ノット以上です』

「敵、だな……」



全員の考えを代表するように提督がポツリと呟いた。
現状、当海域に居る味方は第一艦隊だけで、彼女たちはずっと南の座礁船ポイントで待機している。北には敵しか居ない。
偶然迷い込んだ民間船かもしれないが、3隻同時はあり得ないし、35ノット以上と言う速力も不自然だ。

「第一艦隊が討ち漏らした敵でしょうか?」

「或いは敵の増援かもよ?」

どちらもありそうな話だった。
が、今はそんな議論をしている時間は無い。

「幸い、第一艦隊が居るのは敵の反対側だ。しかし、回収時に襲撃を受けるのは避けたい」

「それでは?」

「総員戦闘配置、交戦準備を整えつつ第一艦隊の回収を続行する。速力35ノットまで増速、艦隊針路135度。
それと第一艦隊に敵艦隊発見の旨と本艦の現在位置を打電しろ」

「回収を続行しつつ現在位置を打電、ですか?」



驚いたように艦長は目を見開く。
回収を邪魔されないように、この場で交戦する気でいたからだ。

「五航戦の攻撃範囲内まで敵を誘致し、味方制空権下で敵と交戦する。異論あるか?」

「なるほど、それなら納得です。 総員戦闘配置、速力35ノット、艦隊針路135度!」

「んじゃ、第一艦隊に打電するよん!」

巡航速度で航行していた『武甲』が最大戦速近くまで増速する。
警戒にあたっていた綾波たち第19駆逐隊も『武甲』にあわせて速力を引き上げる。

「鈴谷、悪いがお前にも出てもらうぞ。敵艦隊の構成を探りたい」

「瑞雲を出せば良いんだね?りょーかい!鈴谷にお任せ!」






「瑞雲隊、発進!」

腕に装着した航空甲板からフロート付きの水上機、瑞雲を放つ。
索敵の他、空母娘の艦載機には及ばないが、制空・爆撃も可能な万能機だ。
鈴谷が瑞雲の発艦を済ませたところで綾波たちが合流する。

「すいません、鈴谷さん」

「良いって良いって、手数は多いに越したことは無いからね」

頭を下げようとする綾波に鈴谷は軽い口調で答えた。
今は母艦が襲撃を受けようかと言う場面だ。駆逐艦娘たちに丸投げなどしては巡洋艦娘の名が廃る。

「敵襲、なんですよね? 戦艦とか居るんでしょうか?」

おずおずとした様子で磯波が小さく手を挙げた。
気の小さい彼女は敵の編成が気になるらしい。

「んー、それは見てみないと分からないけど、たぶん戦艦は居ないんじゃない?」



「えっ?どうして分かるの?」

「戦艦が居るにしては速力が速すぎるんだよね」

「!」

レーダーによる解析によると敵の推定速力は35ノットを越えている。
深海棲艦は艦娘より火力や防御力が高い代わりに速力が犠牲になる節がある。
鈍重な戦艦クラスの深海棲艦では瞬発的に35ノットは可能でも連続での追撃は不可能だ。

「同じ理由で正規空母も除外、軽空母も空襲が無いから居ないかな?いても重巡以下だと思うよ。
おっと、瑞雲からの報告が来たね。なになに……重巡リ級1に駆逐艦2、かぁ……」

「すごい、ぴったりです!」

「ま、ざっとこんなもんじゃん?」

『本当は全部提督の受け売りなんだけど……』と言う言葉は心の中に仕舞い込む。
上の推論は艦橋を出る直前に提督と艦長が話していた内容だ。
聞き耳を立てていて正解だったと言えるだろう。



『こちら『武甲』艦橋、鈴谷さん応答願います』

無線から鈴谷に代わり、電信員を引き継いだオペレーターの声が響く。
鈴谷は素早くインカムを口元に寄せると、良く聞こえるように返事をする。

「はーい、鈴谷だよー。感度良好でーす!」

『感度良好了解、それでは提督からの命令を伝達します。鈴谷および第19駆逐隊は単縦陣にて『武甲』に続行、射程に入り次第砲撃開始、以上です』

「単縦陣で続行、射程に入り次第砲撃ね?了解しましたぁ!」

復唱しつつ、鈴谷はチラリと綾波たちを見た。
綾波たちも無線をしっかり傍受していたようで、単縦陣を形成すべく動き出していた。

戦闘開始は間近に迫っていた。





実戦突入前で一旦切ります。

前回議論になった対空戦闘ですが、今回説明のあった通りです。
つまり、『システム的には圧倒可能、あとは使う人の技量次第』と言う訳です。
前回は実際の艦を用いた初の訓練ですから、乗組員側にも不手際があったのでしょう。
三式弾で照準が甘かったりしてますし


この設定を活かすと、作中でも言及された敵制空権下への水上部隊突入にも説明がつきます。
なるべく矛盾点を作らないように進めますが、何かありましたらご指摘下さい。


追いついた、面白いな
てっきり艦載機もミニサイズで戦力そのままだと思っていたが違うのか?
それなら現代対空システムとの戦力比較も納得できそうなんだが

>>53
実はその点、二通りの解釈があると思って、敢えて明確にしてません。

艦これ世界の艦娘(深海棲艦)の艦載機について纏めると、

“『人間サイズ』の艦娘から発進して、『実機同然』の火力を発揮する”

と言う頭おかしい兵器です。
(※艦娘が艦同然の攻防力を持っている為、艦娘に打撃を与えられる艦載機もまた実機同然と考えられる)

解釈としては二通りあって、
 1)サイズはせいぜいラジコンだけど、火力や耐久が実機レベル
 2)発進後に原寸大まで大きくなる。収容時は逆で縮む
となると思います。

1)の場合ですと機銃で撃ち抜くのは難しいとご理解頂けると思います。
レーダー探知しようにも鳥とこれ等を区別するだけで大変です。(最近の空港にはバードストライク対策であるみたいですね)
対抗するには最新の迎撃システムとかなりの訓練が要りそうです。

2)の場合、通常なら現代の対空システムに軍配が上がります。
これで負けたのなら乗員の練度がお粗末だった、或いは浮き足だっていた、となります。


どっちにしても訓練は必須ですので敢えて『訓練不足』としか説明しませんでした。

「豆粒大の艦載機が軍艦に大穴を開けて堪るか!」と言う人は極度の練度不足。
「現用システムで対応出来ない大きさなら納得」と言う方は、これまでと勝手が違い過ぎて対応に穴が開いた。
どちらか二通りで解釈してください。

私の方から「こっち!」と強制はしないつもりですし、どちらともとれる形で描写しますので。


「レーダーで細かい物を検知出来るの?」と疑問に思われる方は「鳥レーダー」若しくは「鳥探知レーダー」で検索して見てください。

USエアウェイズ1549便不時着水事故(通称:ハドソン川の奇跡)以降、バードストライク事故対策として交通量の多い空港に設置が始まっています。
民間利用が始まっている技術ですので、軍事利用も可能でしょう。
文献では「群れを探知」とあるので個別の鳥までの判別は出来ないかもですが、まあフィクションですので……
とりあえず「そんなレーダーもあるんだー」くらいの認識で良いと思います。

「艦載機ミニサイズ派」の方はこちらをご想像下さいませ。


「主砲砲戦用意!目標、敵リ級重巡」

「一番二番主砲は零式弾、三番は三式弾を使え」

『武甲』艦橋に二つの命令が響く。
零式弾は時限信管により炸裂し、弾片を撒き散らす対空砲弾である。
装甲を貫通する力は無く、本来なら対艦戦闘に用いるような砲弾ではない。
が、艦娘相手での演習の結果、徹甲弾より零式弾や三式弾の方が有効と判断されていた。

徹甲弾は威力・貫通力に優れ、当たれば大損害を与えることが出来る。
反面、ピンポイントで命中させる必要があり、小回りの利く深海棲艦相手ではまず命中は望めない。
対して零式弾や三式弾の対空砲弾は威力は弱いが被害半径を大きくする事が出来る。
特に零式弾は焼夷弾をばら蒔く三式弾と違い、弾片による破壊効果を狙った弾であり、『武甲』では零式弾が多めに搭載されていた。

「敵艦隊、更に接近します!距離、一万八千メートル!」

「敵さん、だいぶ無茶して追ってきてますね。37ノットは出てますよ」

37ノットは巡洋艦でも全開に近いスピードだ。
軍艦の機関は高速での運転にも耐えるようは出来ている。
カタログスペックより速く航行する事も出来るが、それにも限度がある。



ジリジリと差を詰められる中、『武甲』にとって待望の報告がやって来た。

『提督、第一艦隊の攻撃可能圏内に入りました!』

「よろしい、第一艦隊の五航戦に発令。攻撃隊、即時発艦せよ」

『了解、五航戦に発令します』

電信員が答え、五航戦への命令が電波に乗って放たれる。
あとは翔鶴たちが上手くやってくれることを願うだけだ。

「これでなんとかなりそうですな」

「ああ、あとは艦載機が来るまで上手く……」

『敵重巡発砲!』

「なにっ!?」

言いかけた提督の言葉を割くように見張員の声が響く。
咄嗟に敵艦隊の方を見ると、先頭を行く重巡リ級から砲煙が上がっているのが見えた。



「提督!」

「落ち着け!最大戦速で撃った弾など早々当たらん!」

上ずった声を上げる艦橋クルーに提督は努めて冷静な、良く響く声で断言した。
相手は最大戦速な上、射程も恐らくギリギリだ。
海は荒れているし、初弾から貰う可能性は低い。

頭上からの音が極限まで大きくなった直後、『武甲』の前方100メートル地点に水柱が数本、纏めて立ち上る。
至近弾だが全部が前に落ちているあたり、照準はまだ甘い。
挟叉では無いので、まだ慌てるような時間ではない。

『敵との距離、一万五千メートル!』

「速力第三戦速!針路90、とーりかーじ!」

距離が一万五千をきったところで艦長は減速と転舵を命じた。
第一艦隊回収のため、南東を向いていた『武甲』の艦首が左に振られ、真東に向かう。
『武甲』が舵をきっている間も三基の主砲は重巡リ級を捉えたまま離さない。
準備は全て整った。

「撃ち方はじめーッ!!」



轟音一声、艦長の大音声は巻き起こった主砲斉射の轟音にかき消される。
直後、敵の第二射が着弾するが、転舵により位置関係は大きく変わっており、これは盛大な外れ弾となった。

「鈴谷、撃ち方始めました」

「19駆逐隊、転舵!敵駆逐艦に向かいます!」

後部見張りから後続する艦娘たちの動きが伝えられる。
駆逐艦二隻を第19駆逐隊が担当し、鈴谷は『武甲』と共に重巡リ級を叩くつもりのようだ。

『第一射、弾着!』

「効果はどうだ?」

『三式弾のみ命中するも効果僅少!重巡リ級は発砲を継続中!』

「一発で手傷を負わせるのは無理か……!」

演習の時のように電探や測距儀の破壊を狙っての三式弾だったが、第一射目は上手くいかなかったようだ。
提督が再度重巡リ級に目をやった刹那、重巡リ級から発砲炎とは違う炎が吹き上がった。

「今のは!?」

『鈴谷の砲撃です!鈴谷の第一射が重巡リ級に直撃したようです!』






「へっへーん!どんなもんだー!」

初弾から命中弾を出した鈴谷は得意気に歓声を上げた。
伊達や酔狂で天下の呉鎮の秘書艦をやっている訳ではないのだ。

(まぁ、『武甲』が正確な射撃諸元をくれた、ってのも大きいんだけど……)

心の中で独語しつつ、鈴谷はチラリと自身の艤装に装備された22号電探を見た。
艦娘たちの艤装程度の大きさでは複雑なデータ解析を行うのは難しい。
より正確な測距が出来る32号電探の増産が叫ばれているが、大量生産には向かず、呉鎮守府でも比叡が装備しているのが唯一だ。
小型である程度強力な33号電探が今度配備されるらしいが、それだって今は無い。
そんな中で、母艦である『武甲』から正確なデータを貰えるのは素直にありがたかった。

「さぁさぁ、更に追撃をかけましょうかねぇ!」

『ーーッ!』

二撃目、三撃目を狙う鈴谷に対し、重巡リ級が主砲の一部を向け、すぐさま撃つ。
初弾から直撃を与えた鈴谷を強敵と見たらしい。



『鈴谷を援護しろ!第二射てぇーッ!!』

無線越しに聞こえる艦長の声と共に、『武甲』の主砲が哮える。
照準を修正した第二射は一射目より近くで零式弾・三式弾を炸裂させ、重巡リ級の頭上から大量の弾片と焼夷弾が降り注ぐ。
入れ違いにリ級の砲撃が着弾。
狙いを変えた直後の為か鈴谷には当たらなかったが、『武甲』の後甲板に閃光と爆煙が吹き上がった。

「提督!?」

『航空作業甲板に一発貰っただけだ!致命傷じゃない』

思わず叫んだ鈴谷に提督から間髪入れずに返答が入る。
『武甲』の後部は艦娘の発進・収容スペースの為、対空兵装以外の武器はない。
後部に居住区のある艦娘も出払っている為、戦闘力に直接影響は無いが、だからと言って繰返し被弾して良い訳ではない。

「でもっ!」

『砲撃の手を止めるな!綾波たちの援護はどうするんだ!?』

「くっ!」

提督からの叱責に鈴谷は唇を噛んだ。
こうしている今も第19駆逐隊は突貫しており、鈴谷たちの援護射撃を必要としている。
砲撃を緩める訳にはいかなかった。

「鈴谷の部屋まで燃やしたらタダじゃおかないからね!」

『そこまで鈍った覚えはないから安心しろ』

階級差など微塵も感じさせない軽口が、この時ばかりは頼もしく感じられた。






「距離九〇(9千メートル)きりました!綾波ちゃん、まだ接近するの?」

「まだまだ!六〇まで行きます!」

インカムから聞こえる磯波の問いに綾波は即時に切り返す。
一斉転舵により第19駆逐隊の先頭は磯波になっている。
先頭で撃たれる磯波としては生きた心地がしない。
駆逐艦が装備する5インチ砲は重巡の8インチ砲や戦艦の16インチ砲に比べれば豆鉄砲も同然だ。
それでも防御力が紙とまで言われる駆逐艦には十分に致命傷になり得る。

「六〇って、じょ、冗談ですよね?」

「無理無理、諦めなって、こうなったら綾波って止まんないし……」

「そんなぁ~……」

敷波の言葉に磯波は涙目になりつつ突撃を継続する。
普段おっとりしている割にいざ戦場となると豹変する者が多い駆逐艦娘だが、綾波もその一人だった。
そのくせ、一目見ただけでは普段のおっとりさんにしか見えないのだから曲者である。
敷波は慣れてしまったようだが、磯波には無理そうだった。



「距離八ま……っ!きゃあっ!?」

「磯波ちゃん!?」

八千メートルをきろうかと言う所で、遂に敵弾が磯波を捉える。
被弾の瞬間を目撃し、声を上げる綾波たちに対し、磯波はどうにか気を落ち着けながら応える。

「一番砲塔、被弾しました。使用不可能です」

手に持っていた長身10センチ高角砲の天蓋が引き裂かれたように割れていた。
初期装備の12.7センチ砲と違い、半自動装填機構を備えた優れた武器だが、こうなってしまっては使い物にならない。

「他は!?発射管や機関は大丈夫ですか!?」

「そっちはなんとか……」

各部をチェックしつつ磯波は答える。
主砲を粉砕した敵弾だが、誘爆を引き起こしかねない魚雷発射管や、航行に即支障が出る機関部には被害は受けなかった。

「でも主砲がやられたんじゃ撃ち返せないだろ?アタシが前に出ようか?」

「…………大丈夫です」



一瞬の思巡の後、磯波はキッパリと言い切った。
確かに反撃は出来なくなったが、駆逐艦娘の主兵装である魚雷発射管は生きている。
何より敵前で陣形を乱すのは愚策中の愚策だ。

「…………」

磯波の語気に綾波たちも察したのだろう。
呼び掛けが絶える代わりに後方から聞こえる砲声が一際大きくなった。

『これ以上、磯波を撃たせはしない』

そんな二人の決意が滲み出ているように磯波には感じられた。
そして……、

「距離、六〇!」

堪えていたものを吐き出すように磯波が叫ぶ。
間髪入れず、綾波は二つの命令を続けて発令した。

「19駆逐隊針路90!左雷撃戦用意!てぇーッ!!」





『武甲』を追跡してきた深海棲艦との戦いは、第19駆逐隊の三人が放った魚雷が命中した時点でほぼ決していた。
磯波たちが放った魚雷は重巡リ級に付いていた駆逐艦二隻を撃沈、リ級を丸裸にしていた。
形勢不利と見たのかリ級は退避を始めたが、直後にやって来た五航戦攻撃隊の集中攻撃を受け、間もなく轟沈。
『武甲』以下、呉鎮守府艦隊の勝利と相成った。

「終わりましたな」

「そうだな。 それで?我が方の損害は?」

艦長の言葉に相槌を打ちつつ、提督は尋ねた。
『武甲』の損害もそうだが、艦娘たちの安否が何より気になった。

「はい、航空作業甲板がやられた他、二番カタパルトの損傷が報告されています。
が、後部はほぼ無人でしたので怪我人が数名出た程度で済みました。
続いて艦娘たちですが、第19駆逐隊の磯波さんが敵の砲雷撃により中破と判定されています」



「磯波を至急収容し、医務室で手当てをしろ。磯波が抜けた分は鈴谷にカバーさせる」

「了解です」

オペレーターが答え、提督の司令を鈴谷たちに伝達する。
磯波が無事に収容されたと言う報告が届いて、提督は初めてどっと息を吐いた。

「分かっていたつもりだが、やはりキツいものがあるな」

「はい、鈴谷さんや磯波さんたちの援護が無ければ海の藻屑になっていたのは我々の方でした」

今日の敵はリ級一隻に駆逐艦二隻とかなり規模が小さかった。
それでも呉鎮守府艦隊は少なくない打撃を受けている。

「母艦と艦娘の運用法を今後更に検討しなくてはならないな」

提督が漏らした言葉に『武甲』乗組員は誰もが頷いていた。






「ウィークリーしゅーりょー!やっと母港だー!」

『武甲』艦橋に鈴谷の歓声が響く。
あの後、北方海域での定期掃討任務は順調に終わり、『武甲』は母港である呉に帰還しようとしていた。
第一艦隊及び『武甲』護衛隊として参加した艦娘にも大した被害はなく、唯一中破判定が下された磯波も怪我に関しては完治間近だ。
歓声を上げたくなる気持ちも分からないでもない。

「帰ったらゆっくりティータイムと洒落こみたいネー」

「んー、私はまずお風呂かなぁ……。翔鶴姉は?」

「えっ?そうねぇ……、どうしようかしら……」

鈴谷以外の面子も気持ちはだいたい同じようで、この後に待っている休みに思いを馳せているようだった。
少々緩すぎる雰囲気に『武甲』の艦橋クルーも苦笑いしている。

「まだ航海中なんだが……。どれ、ちょっと一言……」

「提督、大本営からの通信です」

「大本営から?」



入港間際の通信に提督は眉を寄せた。
定例の通信なら呉に入港し、鎮守府に帰ってからでも良い筈だからである。

「…………なっ!?」

手渡された紙を一読するなり、提督の表情は一変した。
流石に気が付いたのか、クルーだけでなく艦娘たちも振り返る。

「どうかしたの?なんか悪い知らせ?」

すぐ近くにいた鈴谷が提督の脇まで寄ってくる。
そのまま電文を覗き込もうとして、提督に肩を掴まれた。

「ちょっ!?提督!?」

「…………鈴谷、落ち着いて、良く聞けよ?」

「?」

一語一語、言い聞かせるような口調に鈴谷は違和感を覚えた。
違和感は嫌な予感に変わり、間もなくその予感は現実になった。







「ショートランド在泊艦隊が消息を絶った」






ひゃっはー地獄のサーモン海決戦の始まりだー!
いや、今まさに5-5で決戦してる最中ですけど(白目


と言うわけで初戦闘終わりー。
いや、架空戦記的戦闘表現結構使っちゃったけど大丈夫かこれ?
気付いたら鈴谷さんでも綾波さんでもなく磯波さんが主役張ってた気がするけどまあ良いか。

ではでは


「えっ……」

何を言われたのか、鈴谷は理解出来なかった。
もし理解出来ていたら、鈴谷はこの時点で気絶していたかもしれない。
いや、出来る事ならすぐにでも気を失いたいくらいだった。
だが、出来なかった。
軍に属する艦娘として、呉鎮守府の秘書艦として、それだけは出来なかった。

「消息を絶ったって、ショートランド在泊艦隊って確か熊野さんや矢矧さんの居る……」

声を震わせる翔鶴の問いに提督は無言で頷く。
ショートランド在泊艦隊はサーモン海への前線基地であるショートランド泊地に派遣されている巡洋艦中心の遊撃艦隊だ。
なにかときな臭いサーモン海の監視役兼一番槍として、南方方面艦隊の中でも特に期待されていた部隊だった。

「ショートランド近海まで侵攻した深海棲艦を撃退し、逆にルンバ沖まで追撃に出たらしいんだが、
そこで『未知の深海棲艦を発見した』と言う無線を最後に通信が途絶した」

「未知の深海棲艦、ですか?」

「そ、それじゃあ、その深海棲艦が熊野さんたちを……?」

そう呟く綾波たち駆逐艦娘の顔は真っ青だった。
戦場では勇猛果敢に戦う艦娘だが、それ故に戦場の恐ろしさは嫌と言うほどよく分かっている。
逆に恐さを理解出来なければ、その先に待つのは死だ。



「そんな……、そんな事って……」

とうとう立っていられなくなり、鈴谷はその場に膝をついてしまう。
敵地で通信途絶、これだけでも事態は悪いのに、更に未知の敵が絡んでくるとなると状況は絶望的だ。
艦隊全滅と言う最悪の事態も十分あり得た。

「…………」

鈴谷以外の艦娘もショックは大きく、かける言葉が出ない。
ショートランド転属前の熊野は第七戦隊の一員として呉鎮守府に所属していた。
その為、この場にいる全員が面識があり、姉妹艦の鈴谷ほどではないが、深い親交を結んでいた者も多かった。
それは艦娘だけでなく、一部の『武甲』クルーも同様だ。

「……いや、そう決めつけるのはまだ早いぞ。鈴谷」

艦内が重苦しい雰囲気に呑まれかける中、それを打ち破るように力強い声が響いた。
提督だ。

「提督?」

「最初に言っただろう?落ち着いて聞いてくれって。
実はな、情報部が解析した結果、熊野が所持していたスマートフォンのGPS信号が無線交信途絶後も12時間後まで確認された」

「oh、スマホの位置情報ネー?」



宇宙空間から測定出来るGPSは、深海棲艦と戦う現代ではかなり信頼出来る情報源だった。
島に設けられた基地局や、海底に敷設されたケーブルが深海棲艦による被害を受ける中、
破壊される恐れのない人工衛星を使える為で、更なる精度向上が叫ばれていた。

そう言う訳で一時期、『偵察衛星で深海棲艦の拠点が分かるのでは?』と、かなりの期待が集まったが、
深海棲艦の拠点が文字通りの深海であることが判明し、この計画は破棄されている。

「そうだ。そして、最後にGPS信号が発信された地点はガダルカナル島の内陸部だったんだ」

「内陸部って、どうしてそんなところに……?」

「大本営では熊野たちが撃沈を免れる為にガダルカナル島に上陸したものと見ている。
その後、GPS信号も絶えてしまった為、生存を絶望視する声もあるが……」


「…………生きてるよ」


ポツリと呟くような声だったが、その声ははっきりとしていた。
全員の視線が声の主――鈴谷に集まる。



「熊野はちょっとやそっとの事で諦めたりなんて、絶対にしない。
島だろうとジャングルだろうと、生きて救援を、鈴谷たちを待ってる筈。うぅん、絶対待ってる!」

それは確信に近かった。
第七戦隊の僚艦として、姉妹艦として、そして何より親友として、熊野の事をよく知る鈴谷だからこそ断言出来た。
いや、そうであって欲しいと言う希望的観測は多分に含まれていた。
含まれていたが、その言葉には確かに力があった。

「はい、私もそう思います!」

「私も同感ネー!」

比叡と金剛がまず頷き、それは他の艦娘やクルーにも伝播した。
絶望感に満ちたお通夜染みた空気は完全に払拭され、逆に溢れんばかりの闘志が、メラメラと燃え上がりつつあった。
頃合いを見計らって提督が再度切り出す。

「そこで今回の本題だ。大本営はショートランド在泊艦隊から通報のあった未知の深海棲艦の驚異を大とし、
この新種と思われる深海棲艦を含む、サーモン海の深海棲艦泊地撃滅作戦を採択した」

「!」

「主力は横鎮艦隊だが、我が呉鎮守府もこの『武甲』を司令部として前線に進出し、作戦に従事する。
先に述べた通り、敵はショートランドを襲撃する程までに肥大化している。これ以上あの海の敵泊地を放置する事は出来ない。
無理を承知で君たちに行って貰いたい。何か質問はあるか?」



言いきってから、提督は艦娘たちを見た。

『来るべきものが遂に来た』

誰もが息を呑む、そんな中で、真っ先に動いたのは翔鶴と瑞鶴だった。

「…………」

翔鶴と瑞鶴は互いに目配せし合うと、提督の前に立った。
それから、翔鶴だけが一歩前に出ると、屹然とした口調で提督に進言する。

「提督、五航戦から意見具申します。
本作戦に併せてガダルカナル島に退避中と思われるショートランド艦隊の救助作戦を速やかに実行すべきと思います」

「…………」

一瞬、『武甲』艦橋が静まりかえった。
一拍の間が開いて、次の瞬間、艦娘たちがワッと提督に群がった。

「三戦隊一小隊としても具申するネー」

「19駆逐隊としても具申します!」

「みんな……!」



反対意見どころか救助作戦の実施と参戦を希望する呉鎮守府の面々に、鈴谷はそれ以上、言葉が出てこなかった。
誰もが元同僚の生存を信じ、動こうとしている。
それだけで感極まってしまったのだ。

「……皆の意見は分かった。だが、二つほどこちらから確認しておきたい事がある」

「?」

提督は、そう言って艦娘たちを手で制すと、普段と同じ、いや、普段以上に低い声で問い返した。

「当然だが、本作戦の主旨は深海棲艦の泊地撃滅にある。その上での救助は困難を極めるが、理解出来てるか?」

「はい!」

即答だった。

「深海棲艦との戦いであろうと、救助作戦であろうと、必ず生きて還ってきて貰いたい。二重遭難や特攻は絶対に許さない。これは?」

「理解しています!」

これも即答。
提督はゆっくりと全員の顔を見て、それからわざとらしく溜め息をついた。

「…………お前らには負けたよ」

「それじゃあ……!」

「具申のあったショートランド艦隊救助作戦を採用とする。
ただし、これはあくまで呉鎮守府としての作戦であり、敵泊地撃滅が作戦の本分だ。それだけは勘違いするなよ?」

「はいっ!」

『武甲』艦橋にこれまで以上に力強い声が響き渡った。





「あっ、お帰り、鈴谷。大変な事になったね」

「お帰りなさいませ、鈴谷さん。ああ、基本的な荷造りは私ともがみんの二人で済ませておきましたわ」

「うん、ありがと、最上、三隈」

呉に入港し、鈴谷が巡洋艦寮の最上型の部屋に戻ると、最上と三隈が荷物を整えて待っていた。
サーモン海への出撃は既に鎮守府で留守番をしていた艦娘たちに伝わっており、近海警備と船団護衛要員を除く全艦娘に出撃準備が発令されていた。

「あっ、えっと、二人とも熊野の事は……?」

機密でもなんでもないのに鈴谷の語尾は小さくなった。
呉鎮守府の独断とも言える救助作戦だったが、大本営も有力な巡洋艦戦力を全滅させるのは惜しかったらしい。
『武甲』が呉に入港した直後、追加任務と言う形で改めて呉鎮守府に捜索命令が下っていた。

「勿論聞いてるよ。助けに行くんでしょ?」

「敵は新種だと伺いましたわ。準備は念入りにしないとですね」

「…………ごめんね」

鈴谷が漏らした言葉に最上と三隈の荷造りの手が止まる。
二人は一瞬だけキョトンとして、すぐに笑顔をうかべた。



「なに謝ってるのさ、鈴谷が謝る事じゃないよ」

「そうですわ。仮にその場に居たのが私たちだったとしても同じ事をしていたと思いますし……」

言いながら、最上と三隈は鈴谷を抱き寄せた。
抱き寄せすぎて少し苦しいくらいだったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
鈴谷の耳元で最上が囁くように優しく言う。

「それに、妹を放っておくような、薄情な姉にはなりたくないしね」

「妹って、姉妹艦だけど鈴谷たちって他人じゃん……」

茶化すように言ったつもりだったが、出てきたのは詰まったような鼻声だった。
鈴谷の中で堪えてきた感情が、徐々に溢れつつあった。

「他人かもしれないけど、それでも僕は姉で、鈴谷たちは妹なんだよ。だから……」

「今だけは泣いて下さい。ここには私たちしか居ませんから」

「…………っ!」

もう我慢出来なかった。
軍に属する艦娘だからとか、呉鎮守府の秘書艦だからだとか、色々あって今まで堪えてきたが、もう限界だった。

鈴谷は泣いた。
みっともないくらい思いきり泣いた。
最上と三隈は鈴谷が泣き止むまで、抱き寄せたまま、放すことは無かった。





――同じ頃、サーモン海


「なんで決戦が始まろうって時期にあたしたちは鼠輸送なんかしてるのよ」

「しかもタンカー護衛の合間ですからねー。たまげたなぁ……」

曳航しているドラム缶を睨み付けながら駆逐艦娘の曙がボヤくと漣が同意するように大きく頷く。
彼女たち第7駆逐隊は、所属地であり産油地近くのリンガ泊地から前線のラバウル基地までタンカー護衛に従事した後、
ショートランド艦隊失踪後、補給の絶えていたコロンバンガラ島までの鼠輸送を行った帰りだった。

護衛対象であるタンカーやばら積み貨物船を母船代わりにして交代で警戒する船団護衛と違い、鼠輸送は艦娘自身が荷物を運ぶ必要がある。
鼠輸送と言っても何千人もの守備隊が居た二次大戦のソレと違い、早期警戒と情報収集を行う特殊部隊への補給であり、運ぶ量はずっと少ない。
少ないが、力仕事であり、他の遠征任務よりキツい事から、駆逐艦娘たちからは嫌われていた。
嫌われていたが、他に手段もないので最前線以外でも行われていて、安全が保証できない航路、
例えば本土近海では軍の早期警戒基地と化した父島や硫黄島が鼠輸送の対象となっていた。



「しょうがないじゃない、決戦だろうと平時だろうと、島で監視任務をしてる人たちの物資を絶やす訳にはいかないんだし」

そう言ってたしなめたのは二人と同じ、駆逐艦娘の陽炎だ。
彼女は曙たちと違い、第18駆逐隊所属だが、リンガ所属でサーモン海に不慣れな第7駆逐隊の案内役として同行していた。

「じゃあ、あんたがドラム缶担ぐ? あんたの装備はあたしが貰ってあげるから」

「いい、遠慮しとく」

曙からの提案を、陽炎はスッパリ断った。
ドラム缶を運ぶ為に一部の武装を解除している第7駆逐隊と違い、陽炎だけはフル装備だ。
これは陽炎が案内役であると同時に護衛も兼ねているからだ。
万が一、敵が襲来!と言う事態になれば陽炎が反撃を担当し、第7駆逐隊を逃す盾となるのだ。

「そう言えばトラックの人たちは大丈夫でしょうか?」

「トラック?ああ、四航戦ね。あれだけ戦力があれば大丈夫だと思うよ?」

潮と朧の言葉に曙たちは船団護衛でラバウルに入港する際、すれ違った艦隊を思い出す。
大本営からのサーモン海討伐に応じ、トラック基地から早速駆け付けた機動部隊だ。
軽空母の隼鷹・飛鷹に、航空戦艦の伊勢・日向を持つ四航戦は正規空母こそ持たないが、それに匹敵する航空兵力を有している。

『敵機動部隊発見』の報を受け、トラック基地の母船である改装輸送船共々、今朝がたラバウルから出撃して行った。
第7駆逐隊が鼠輸送に従事している最中に『我、敵機動部隊主隊と交戦中』の無電が送られてきたから、そろそろ戦いも終わってもいる頃だろう。



「ん~、あの後特に無電も無いし、多分大丈夫なんじゃ……ん?」

「あれ?」

言いかけた陽炎がまず眉をひそめ、続いて第7駆逐隊の面々も顔をしかめる。
妙な信号を陽炎たちのアンテナが受信したのだ。

「な、なんでしょう?この信号……?」

「しっ!静かにして潮!これ、モールス信号よ!」

「モールス信号!?」

曙の言葉に潮たちは目を丸くする。
驚く漣たちに対し、陽炎は幾分か冷静だった。

「確かにモールスね。えっと、トトトツーツーツートトト……、SにOにもう一つS………SOS!?」

「SOSって、救難信号じゃない!」

数あるモールス信号の中でも最も有名でかつ緊急度の高い信号が現在進行形で放たれていた。
ただ事ではないと判断した陽炎は無線封止を解除して最大出力で交信を試みる。



「こちらコロンバンガラ島輸送隊の陽炎よ! 救難信号を受信したわ。貴船の名前と現在位置願います!」

意外にも応答は直ぐに返ってきた。
無線越しでも分かる程、遭難船のクルーは切羽詰まっていた。

『こちらはトラック基地所属の艦娘母船『さんふらわあおたる』です! 現在本船は深海棲艦艦載機の猛攻撃を……』

「もしもし?もしもし!? 『さんふらわあおたる』応答して!?こちらコロンバンガラ島輸送隊の……ッ!!」

「…………切れたの?」

曙の問いに陽炎は頷くだけで答えとした。
顔を真っ青にしながら、潮が誰にともなく問い掛ける。

「艦娘母船って、四航戦と一緒に居た船ですよね?」

「たぶん、その船だと思う」

「でもおかしいですね?母艦と違って母船は戦闘力を持たないから安全圏で待機してる筈なんですけど……」

「うっかり空襲圏内に入っちゃったんじゃないの?或いは四航戦が討ち漏らしたとか……」

疑問を漏らす漣に曙はそう言ったが、言った曙自身、納得はしていなかった。

防水区画を増設して、不沈性を高めているとは言え、改装輸送船は無力だ。
軍艦設計の艦娘母艦でも基本は逃げの一手なのに、母船がそんな馬鹿な真似をするとはとうてい思えなかった。



討ち漏らしも然りで、母船が後方にいる場合、艦娘はいつにも増して索敵を重視し、確実に敵を殲滅する筈だ。
母船の喪失は継戦能力を失うだけでなく、最悪艦隊の帰還も危うくなる。
それは母艦の配備が追い付かず、未だに母船に頼っている四航戦自身が分かっている筈である。
現に、四航戦は無電で、敵に数度の反復攻撃をした旨を発信していた。
見逃しや討ち漏らしがあったとは考えにくい。

「とにかく、議論は後よ! ここまで来れば後は曙たちだけでもラバウルまで帰れるでしょ?」

「あたしたちだけって、あんたはどうする気なのよ!?」

「決まってるじゃない、救援に行くのよ。フル装備で来てるの、私だけだ……へぶっ!?」

さも当然とばかりに陽炎が言うのと、曙のチョップが陽炎の脳天に炸裂したのはほぼ同時だった。
コブを押さえて蹲る陽炎に曙だけでなく第7駆逐隊全員から罵声が上がる。

「ちょっ、あんたバカじゃないの!?一人で救援って死ぬ気!?」

「曙の言う通りですね。今の陽炎さんはまさしく『バカなの?死ぬの?』状態ですよ」

「無茶な事言わないで下さい!自分を粗末にしちゃダメです!」

「機銃くらいはあるし、朧たちも対空戦闘ならやれるよ! ……たぶん」

若干一名、語尾に力が無かったがここまで言われてしまっては流石の陽炎も折れざるを得ない。
結局、空のドラム缶だけを捨てて全員で救援に向かう事になった。








結果だけを述べると艦娘母船『さんふらわあおたる』号は空襲に耐えきれず沈没した。

陽炎と第7駆逐隊から成るコロンバンガラ島輸送隊が駆け付けた時には空襲は終わっていたが、
同隊は乗組員の救助に尽力し、引き返してきた四航戦と共に救命ボートを牽いてラバウルに帰還した。
その為、人的被害は最低限に抑えられたが、それでも戦死者0とはいかなかった。

また母船を撃沈されたことで、四航戦の行動に大きな支障をきたす事になり、即戦力と考えられていたトラック基地艦隊が無力化された他、
『さんふらわあおたる』を襲った敵機が何処から飛んで来たのか?大本営のみならず各司令部で大紛糾を巻き起こす事になった。

とにかく、そんな中で呉鎮守府は出撃準備を整え、『武甲』の甲板とカタパルトの修理完了を待って、呉を後にしたのであった。





おかしいなぁ、リクに応えて少し短めのパートを挟むつもりだったんだけどなぁー
なんでもがみんとくまりんこの見せ場を食わん勢いになってるんですかね……(白目


兎に角、色々と独自解釈を盛り込んだんで解説!

1)救助作戦
ズバリ、ドロップ艦ですね。
元ネタの秋イベントはガダルカナル島が舞台モチーフなので、ドロップ艦の皆様に上陸して貰いました。
出現ステージが違うとか、能代みたいな海域ボーナス艦も居るけどそこはお目こぼしを


2)GPS
スマホがあるんだから、あると考えたらこうなりました。
たぶん、マップ移動中のアイコンとかもGPS使ってるんですよ。たぶん

なお、精度を上げようにもロケットを造る資源が手に入らない模様


3)鼠輸送
タンカー護衛は分かるんですよ。
タンカーは普通の大きさだろうし、長期航海も船に乗せて貰えば解決ですよ。

でも、艦娘自身がドラム缶引っ張ってく鼠輸送はそうもいかないと思うんですよ。
で、出した結論が『運ぶ量を減らそう』とこうなった訳です。
深海棲艦相手じゃ大部隊の守備隊は簡単に孤立しそうですからね。
コマンドチームが潜り込んで情報収集してる程度で良いんじゃね?と

まあそんな感じです。


4)未知の深海棲艦&何処から艦載機が?
秋イベントで皆さん苦しんだあの御方の登場です。
砲台で艦娘を撃ち抜き、空母を水葬しても地上から悠々と艦載機飛ばしてくる姫様です。
史実のヘンダーソン飛行場オマージュも含まれますが……
ああ、嫌な事件だったなぁ(白目




おかしいなぁ、リクに応えて少し短めのパートを挟むつもりだったんだけどなぁー
なんでもがみんとくまりんこの見せ場を食わん勢いになってるんですかね……(白目


兎に角、色々と独自解釈を盛り込んだんで解説!

1)救助作戦
ズバリ、ドロップ艦ですね。
元ネタの秋イベントはガダルカナル島が舞台モチーフなので、ドロップ艦の皆様に上陸して貰いました。
出現ステージが違うとか、能代みたいな海域ボーナス艦も居るけどそこはお目こぼしを


2)GPS
スマホがあるんだから、あると考えたらこうなりました。
たぶん、マップ移動中のアイコンとかもGPS使ってるんですよ。たぶん

なお、精度を上げようにもロケットを造る資源が手に入らない模様


3)鼠輸送
タンカー護衛は分かるんですよ。
タンカーは普通の大きさだろうし、長期航海も船に乗せて貰えば解決ですよ。

でも、艦娘自身がドラム缶引っ張ってく鼠輸送はそうもいかないと思うんですよ。
で、出した結論が『運ぶ量を減らそう』とこうなった訳です。
深海棲艦相手じゃ大部隊の守備隊は簡単に孤立しそうですからね。
コマンドチームが潜り込んで情報収集してる程度で良いんじゃね?と

まあそんな感じです。


4)未知の深海棲艦&何処から艦載機が?
秋イベントで皆さん苦しんだあの御方の登場です。
砲台で艦娘を撃ち抜き、空母を水葬しても地上から悠々と艦載機飛ばしてくる姫様です。
史実のヘンダーソン飛行場オマージュも含まれますが……
ああ、嫌な事件だったなぁ(白目



うわぁ、二重投稿とか……orz


「次の作戦だが、サンタクロース諸島海域に突入する横須賀鎮守府艦隊の補佐だ」

「サンタクロース諸島、四航戦の艦娘母船が撃沈された海域ですね?」

尋ね返した翔鶴の言葉に提督は大きく頷く。
ここは『武甲』の艦橋下部に設けられた作戦室。
そこに戦隊司令を務める艦娘たちと『武甲』艦長が集められ、作戦会議が開かれていた。

「確か母船を沈めたのは艦載機だったよね? 敵の空母機動部隊がうようよ居るって事?」

「空母機動部隊も確認されているが、母船をやったのはそれ以外の航空兵力だそうだ」

進出先が進出先なだけに議題は先の海戦でトラック基地所属の艦娘母船を撃沈した敵の航空部隊の話に集中した。
そこそこ強力な四航戦でも痛い目を見ている以上、敵の正体をしっかり掴んでおく必要があった。

「空母機動部隊以外の航空兵力、デスか?」

「ああ、大本営が出した結論はそうなった」

「機動部隊じゃないって、それならどんな敵なんですか?」

駆逐艦娘の五月雨が皆の疑問を代弁するように尋ねる。
五月雨は呉鎮守府でも古参の艦娘で、現在は司令部付の扱いになっている。
その為、駆逐隊には属していないが、駆逐艦娘の代表としてこの場に参加していた。



「それは分からん。巨大な潜水空母か、或いは島陰に隠れていた迎撃専門の空母かもしれん。
熊野たち、ショートランド艦隊の報告にあった未知の深海棲艦ではないか?と言うのが有力な見方だ」

「つまり、何も分かってないって事じゃん」

呆れたように鈴谷が肩を竦める。
が、提督は表情を崩すことなく、言葉を続けた。

「そうだ。俺たちは敵について何も分かってない。
が、サーモン海に敵がこれらを含む強力な航空兵力を展開しているのは紛れもない事実だ。
そこで今回は防空能力を重視した空母機動部隊を編成したい。何か質問はあるか?」

宣言するように言ってから提督が作戦室を見回す。
手を挙げたのは意外にも一歩引いた位置で話を聞いていた『武甲』艦長だった。

「一つだけ、宜しいでしょうか?」

「ああ、構わないぞ」

「では、お尋ねします。敵の強力な航空兵力が予想されるとの話でしたが、本艦の護衛はどうなるのでしょうか?」

「!」



艦長の言葉に艦娘たちはハッとした。
防空能力を重視した機動部隊を編成すると、有力な戦艦娘や巡洋艦娘は機動部隊に随伴する事になる。
そうなると『武甲』の護衛には軽巡以下の艦娘、最悪駆逐艦娘しか残らない。

「本艦の防空能力は強力です。が、予想される敵の大空襲を凌ぎきれるかと言うと疑問符をつけざるを得ません。
ショートランド泊地が使えない今、本艦が前線に出る事に異議はありません。
ありませんが、『武甲』を第二の『さんふらわあおたる』にはしたくないのです」

「…………」

艦長の言葉に鈴谷たちは、先の海戦で陽炎が撮影したと言う『さんふらわあおたる』の断末魔の姿を思い出す。
船体に大穴が開き、上層構造物を徹底的に破壊された元フェリーの姿は悲惨で、衝撃的だった。
深海棲艦の猛攻を普通の艦船が受けるとどうなるか、改めて思い知らされたような気がした。

「艦長の懸念はもっともだ。そこで、今回の編成はこのようにしようと思う」

皆一様に口を閉ざす中、提督はおもむろに紙を取り出すと、それを海図台の上に広げた。
帽子に隠れて表情までは見えなかったが、鈴谷にはなぜか提督が笑みを浮かべているように思えた。
真っ先に紙を覗き込んだ艦長が息を呑む。

「ッ!? 提督、この編成は……!」

何事かと思って、鈴谷たちも編成表を覗き込み、目を疑った。
意外すぎる編成に誰もが唖然とする中、鈴谷は秘書艦としてなんとか声を絞り出す。

「てーとくぅ、これ、本気なの?」

「言っただろう?我々の役目は横鎮の補佐だ。ならこれくらい大胆な編成もアリではないかね?」

そう問い掛ける提督の顔は、悪戯を成功させた子どものようだった。






――一週間後、サンタクロース沖


その日、合流してきた呉鎮守府艦隊を見た横須賀鎮守府の艦娘たちは全員、我が目を疑った。
呉鎮守府艦隊のど真ん中にあり得ないモノが鎮座していたからである。

「なんですか?あれ……」

「えっと、私には艦に見えますね……」

真っ先に疑問の声を漏らした空母娘の赤城に第四戦隊所属の愛宕が答える。
その見た目通り、ちょっとやそっとの事では動じない彼女たちも、今回ばかりは動揺を隠しきれなかった。
何故なら……、

「見える、じゃなくて本物ですよ、愛宕。アレは間違いなく呉鎮の艦娘母艦、『武甲』ですわ」

高雄の言う通り、『武甲』の姿がそこにあった。
それも呉鎮守府艦隊の中央部、輪形陣のど真ん中にだ。

もちろん彼女たちもただ驚いていただけではない。
歴戦の猛者らしく呉鎮守府の目論見に気付いた者もいる。加賀と長門だ。



「考えましたね、呉鎮の司令部」

「ああ、母艦自らが艦隊に同行することで、母艦の護衛戦力の確保と、強力な防空網の構築を両立させるとはな……」

長門たちの読みは正確だった。
艦娘母艦は敵の空襲をある程度凌げるよう、防空能力が高めに設計されているのは何度か述べた。
これは艦娘の艤装より演算能力の優れた最新の防空システムが使えるからで、スペースを広くとれる通常艦が唯一優っている点でもあった。

主力艦隊の防空力強化と、母艦の護衛戦力強化、相反する二つの要素を、呉鎮守府は母艦を主力艦隊に同行させることで解決しようとしたのだ。
そして、その工夫は呉鎮守府の主力艦隊の編成にも現れている。

「護衛は比叡と第七戦隊の最上型の二人か、艦隊戦は最初から考えてないな」

「ええ、戦艦は比叡さん一人ですから、完全に索敵と航空戦に的を絞った編成と言えるかと。
ただ、肝心の航空戦の主力を張るのが五航戦なのが少し心配ですが……」

「その点は心配ないだろう。五航戦は呉鎮の主力と伝え聞くし、何より先行するのは我ら横須賀鎮守府艦隊だ」

今回の戦いにおける主力は彼女たち、横須賀鎮守府の艦娘たちだ。
横須賀鎮守府は長門たち第一戦隊や赤城ら一航戦の他に、重巡部隊の第四・第五戦隊、重雷装艦を持つ第九戦隊など、有力な艦隊を多く持つ。
その為、全鎮守府の中でも切り札とされ、大規模な作戦では横須賀鎮守府が主力となるのが通例だった。



今回も同様で、呉鎮守府は彼女たち横須賀鎮守府艦隊のエアカバーや対潜哨戒を重点的に担う事になっている。
『武甲』が前線に出て来れたのはその為で、長門の予想通り、呉鎮守府では端から有力な敵艦隊との艦隊決戦は切り捨てていた。
逆に激戦が予想される横須賀鎮守府ではラバウルから母艦を動かさず、指揮に専念する事になっている。

「ウチと呉で運用が正反対になった訳ですか……」

二人の話を聞いていたのか、高雄が話に入ってくる。
艦隊旗艦を務める事も多い彼女だが、母艦を防空艦とする戦術には思い至らなかったらしい。
諭すように加賀が言う。

「艦娘母艦は新しい兵器よ。黎明期の空母がそうだったように運用法が定まっているとは言えないわ」

「なるほど、柔軟な発想が求められているんですね……」

思えば、深海棲艦との戦いは今までの常識を打ち破る戦いの連続だった。
呉鎮守府の決断が吉と出るか凶と出るかは分からないが、これも黎明期ゆえの試行錯誤なのだろう。

「少なくとも呉鎮が我々の補佐に全力を挙げているのは事実だ。私たちも期待に応えられるよう、全力を尽くそうではないか」

「はい!」

長門の言葉に、横須賀鎮守府艦隊の艦娘たちは力強く頷いた。





敵の機動部隊が確認されているサンタクロース諸島海域だが、その出現地は奥地と報告されていた。
このまま進撃しても良いのだが、あまりにも大所帯で目立つので、大事をとって一旦艦内に収容する事になった。
主力艦隊を収容し、警戒の駆逐艦娘を発艦させた『武甲』は対潜警戒を密にしながら海域深部へと針路をとる。

『五月雨です。3時の方向に潜望鏡らしきモノを確認しました。どうします?』

「了解、こちらのソナーでも捕捉してるよ。音紋からしてカ級だね」

オペレーター席が定位置となりつつある鈴谷が、五月雨とソナー班から上げられた情報を素早く取り纏める。
横須賀鎮守府の艦娘も預かっている状況で先制攻撃を受けては堪らないので対処も早かった。

「五月雨、敷波を援護に送った。二人で速やかに撃沈しろ。
残りの警戒隊は他にも潜水艦が居ないか、更に用心しろ。魚雷を撃たれてからじゃ遅いぞ!」

『了解!』

このように、『武甲』は何度か敵潜水艦の接触を受けた。
が、警戒隊との連携もあって被害を受ける事なく予定の海域まで進出した。



「提督、もうすぐポイントS地点だよ」

「警戒隊は?」

「引き続き、輪形陣で周囲を警戒中。潜水艦の報告は無いよ」

「宜しい、横鎮艦隊と第一艦隊に発令、発艦開始を許可する」

「了解! 待機中の艦娘に発令っ!横鎮艦隊と呉第一艦隊は直ちに発艦せよ! 繰り返すよ、横鎮艦隊と呉第一艦隊は直ちに発艦せよ!」

艦橋からの命令が下ると、後部の航空作業甲板はにわかに騒がしくなった。
両舷に設けられた一番・二番カタパルトでそれぞれ艦娘の射出発艦が行われる。
右舷側の一番カタパルトから射出されるのは呉第一艦隊だ。

「七戦隊、最上型一番艦最上、出るよ!」

最初に飛び出たのは護衛戦力となる最上だ。
カタパルト射出後は母艦から速やかに離れる必要があるので、速力が速い者から射出されるのが基本だった。



「ヨッと! オッケー!大丈夫だよー!」

着水し、機関を始動させた最上が各部のチェックを終え、大きく丸を作る。
射出訓練を念入りに行っていた事もあり、その時には二番艦――三隈の射出準備が既に整っている。

「もがみん、射線上に入らないで下さいね?」

『安全距離は取ってるよ!衝突なんてしないって』

何の因果か、最上と三隈は衝突する事が多い。比喩ではなく物理的な意味で。
その為、この二人が発艦する時は誰もが衝突事故を起こさないかヒヤヒヤしていた。
発艦さえ済ませてしまえば最上と三隈は正反対の位置で哨戒にあたる為、射出時だけが悩みの種だった。

「進路クリア!三隈さん、何時でも行けます!」

「七戦隊三隈、参りますわ!」

最上が離れた事を念入りに確認した射出班が三隈にゴーサインを出す。
射出までの秒読みが始まった。



「くま……」

カタパルト脇のシグナルが点灯。
三隈は気持ち身を屈め、射出に備える。

「りん……」

バシュっと言う音と共に足下から衝撃。
宙に打ち出された三隈は着水に備え、体勢を維持。
艤装のスターターに手をかけるが、まだ起動はしない。

「こ!」

そして着水。
体のバネを使って上手く衝撃を逃し、機関始動。
勿論、先に発艦した最上や警戒隊の位置を確認する事も怠らない。
ある一点を除けば、お手本のような発艦手順だ。
カタパルト上の台車に乗りながら瑞鶴が呟く。

「三隈ってさ、しょっちゅう『くまりんこ』って言ってるけど、『くまりんこ』っていったい何なんだろうね?」

「瑞鶴、あまり詮索するような事を言ってはダメよ。三隈さんに失礼でしょう?」

「えー、でも翔鶴姉は気にならないの?」

「なりません」

(ごめん、鈴谷スゴく気になるんだけど……)

(俺もだ……)

(私もです……)

艦橋で姉妹の会話を聞いていた鈴谷以下クルー全員が目を逸らす。
モニター監視と艦内放送を連動させていた為、瑞鶴と翔鶴の会話は艦橋のみならず艦内全域に筒抜けになっていた。
勿論、その前の三隈の掛け声もだ。

三隈の謎の掛け声「くまりんこ」。
この時の艦内中継が原因で呉鎮守府七不思議の一つとして長く語り継がれる事になるのだが、今の鈴谷たちは知る由もなかった。





秋イベントのE3マップ戦です。
E2までは熊野さんたちが然り気無く攻略済みなのでE3マップからです。
決して手抜きじゃありませんよ(白目

そして今回の呉鎮守府は航空戦オンリーで行くようです。
E3マップと言うより史実の南太平洋海戦(サンタクルーズ沖海戦)のような気もしないでもない。
まあ主力は横鎮ですから、頑張れ横鎮、負けるな横鎮(小並感


なぜ、収容から再発艦までが短いのか?
それはもちろんただ射出シーンが書きたかっただk(爆撃


このカタパルトしゃしゅつって、ガンダム系の発艦シーンと同じ感じでいいんよね?

まぁ文章からしてそうとしかよめんのだけど


海域最深部を目指す横須賀鎮守府艦隊に別れを告げた呉第一艦隊は、『武甲』を中心とする輪形陣を形成すると針路を南にとった。
先の海戦でトラック基地の母船を沈めた敵の攻撃隊が南から来ていた為で、いざと言う時には呉艦隊が盾となって敵を誘致する手筈になっていた。

「最上、三隈から瑞雲隊の発進を確認しました」

「鈴谷、五航戦の彩雲はどうだ?」

「翔鶴さんは全機発艦済みだよ。瑞鶴さんはあと二機で発艦完了だって」

「宜しい。彩雲の発艦が終わり次第、五航戦は直掩隊と第一次攻撃隊の準備にあたれ」

艦隊後方に位置する翔鶴と瑞鶴がにわかに騒がしくなる。
まずは艦隊防空の為、素早く準備を整えた艦戦の矢をそれぞれ3小隊分、計18機打ち上げる。
放れた艦戦の矢は上空で戦闘機に姿を変え、小隊を組んで旋回し始める。

「翔鶴姉、直掩機の発艦、終わったよ!」

「じゃあ次は第一次攻撃隊ね。準備が出来たらまた呼んで?」

「了解!」

直掩機を上げると次は攻撃隊の準備だ。
索敵機から『敵発見』の報告が入り次第、すぐに飛び出せるように翔鶴も瑞鶴も最終調整に余念がない。



一心不乱に攻撃隊の準備を整える五航戦に対し、『武甲』の方は幾分か余裕があった。
ポツリと艦長が呟く。

「意外と大きいですね。烈風は……」

「ああ、紫電を見た時もずんぐりしてるように見えたが、烈風はそれ以上に大きいな」

「あれ?提督たちって烈風見るの初めてだっけ?」

双眼鏡を覗きながら口々に感想を述べる艦長と提督に鈴谷は首を傾げた。
五航戦の艦戦隊が零戦から紫電改と烈風の混成に置き換わってから2週間は経っている筈である。

「こうやってマジマジと見るのは初めてですね。呉で対空戦闘訓練をやった時は余裕がありませんでしたから」

「俺も、こうして実戦の場で見るの初めてだ」

「そう言われればそうだっけ?」

思い返してみれば鈴谷自身、烈風を見たのは演習の時以来のような気がする。
その後の出撃はウィークリーの掃討任務だけで、その時の鈴谷は第19駆逐隊と共に『武甲』護衛隊としての参加だった。
敵の別動隊と交戦した時に五航戦からの援護を受けたが、戦闘中に味方の機体をじっくり見るような余裕はない。

そんな訳で今日、『武甲』のクルーはようやく味方の新鋭機をじっくり眺める機会を得た訳だが、それも長くは続かなかった。



「っ! 提督、三隈2号機から報告だよ。『我、敵艦隊を発見す。敵は空母を含まず』」

「三隈2号機の索敵線は?」

「180度、真南だよ!」

打てば響くような答えに提督は思わずニヤリとした。
空母を含まない点が気になるが、叩いておくに越したことはない。
戦場での決断はスピーディーさも重要だ。

「宜しい。五航戦に発令、第一次攻撃隊発か……」

『電測室より艦橋、対空レーダーに感!方位010、機数1、敵の索敵機と思われる!』

「なんだって!?」

完全に先手を取ったつもりでいた『武甲』クルーはその報告に目を剥いた。
『攻撃隊発艦せよ』と言う命令が喉まで出かかっていた提督だが、すんでのところでその言葉を飲み込み、代わりに叫ぶ。

「っ!? 近くの直掩隊は!?」

「瑞鶴さんの直掩隊だよ。もう向かってる!」

鈴谷の言葉に双眼鏡で後方を見ると、二個小隊6機の烈風が翼を翻して敵機に向かって行くのが見えた。
だが……、



「瑞鶴さんより入電。『敵の索敵機を撃墜するも無電発信を確認、発見された模様』だって……」

「くっ……、了解した」

直掩隊からの報告は提督たちが望んだものではなかった。
出来ることなら見つかる前に、最悪でも無電を打たれる前に撃墜したかったのだが、失敗したのだ。
更に問題だったのは、敵の索敵機が飛んで来た方角だった。

「三隈2号機の索敵線は真南だ。時間的に見て往路だから、南に敵艦隊が居るのは間違いない。
それに対して敵の索敵機は艦隊後方の010、ほぼ真北から来た。つまり……」

「北にも別動隊が居る。そう見て間違いないと思います」

「ちょっと待ってよ! もしかしたら行きで見落として、南の艦隊に帰る途中だったかもしれないじゃん!」

悲観的な見方をする首脳陣に鈴谷が別の見解を述べる。
それでも艦長は首を横に振った。

「私もそう思いたいですが、ここは敵地です。別動隊が居る可能性の方が高いかと……」

「でもっ!」

「悪いが二人とも議論はそこまでだ。
鈴谷、敵の索敵機が水偵だったのか艦上機だったのか、瑞鶴に問い合わせてくれ。それで全てがハッキリする」

「……分かった」



一瞬、ヒートアップしかけた鈴谷だが、提督に言われては仕方がない。
気を落ち着けながら隊内無線を取ると、瑞鶴を呼び出す。

「瑞鶴さん、鈴谷だよ。ちょっと良い?」

『なに?攻撃隊なら提督さんの号令待ちだよ』

呼び掛けに応えた瑞鶴の声音はいつもより高圧的だった。
一度は『攻撃隊発艦』の命令が出かかったのに、思わぬ邪魔で待ったがかかったのでイライラしているのだろう。

「さっき墜とした敵の偵察機の件で提督が一つだけ確認したいんだって」

『……続けて』

「敵の偵察機が水上機タイプだったか、艦上機タイプだったか分かったら教えて欲しいんだけど……」

『ちょっと待ってね……』

そう言って、瑞鶴の声が途絶える。
恐らく迎撃にあたった直掩隊に問い合わせているのだろう。

常に交戦している戦闘機隊曰く、異形の存在である深海棲艦にも艦載機と水上機の区別はあるらしい。
熟練者は一目で分かると言うが、鈴谷にはさっぱりだ。



少し間が開いてから瑞鶴から答えが返ってきた。
その声はさっきより低くなったように鈴谷には思えた。

『……さっきの偵察機ね、艦載機タイプだったらしいわ』

「艦載機!?」

艦載機とは原則、空母から飛び立つ航空機を指す。
索敵機が艦載機だったと言うことは敵に空母が居る証明になる。
そして南の敵艦隊には空母は居ない。

「決まりだな」

「ええ、北に別動隊が居ます。それも空母を伴った有力なヤツが……」

艦長たちの嫌な予感が的中してしまった。
三隈2号機が発見した艦隊とは別に、もう一個、それも空母を伴った艦隊も呉鎮守府艦隊は相手にしないとならないのである。

『提督、どうしましょうか? 北に攻撃隊、出してみます?』

「いや、それはダメだ」

流石に聞いていられなくなったのか、翔鶴も無線を入れてくる。
が、提督は即座にその意見を退けた。

『ダメって、どうしてさ?』

「北に別動隊が居るのは確かだが、詳しい位置が分からん以上、索敵しながらの攻撃になる。
空母を含む艦隊相手にそんな博打は打ちたくない」



『では……?』

「五航戦に発令する。当初の予定通り第一次攻撃隊は南の敵前衛艦隊に向かわせろ。
その代わり第二次攻撃隊の発進は取り止めだ。以降は迎撃戦に専念する」

『っ! ……了解』

無線越しだが、翔鶴と瑞鶴が唇を噛んだのが分かった。
空母は基本、攻める為の艦であり、受けに回ると弱い。
例え被弾が無くとも、迎撃でジリ貧になり、攻撃力を奪われる可能性もある。
そう言う意味では提督の下した決断は堅実だが、過酷なものだった。

無線を切る提督に鈴谷は冷めた目線を向ける。

「提督ぅ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ、安心しろ。俺の計算じゃ敵の空襲は多くても第二波までだからな」

「えっ?」

「お忘れですか鈴谷さん?この海域に居るのは我々だけではありませんよ?」

「あっ……」

言われて鈴谷はようやく思い出す。
つい先刻、別れたばかりの味方の存在を。
そして今日の呉鎮守府艦隊に与えられた役目を。
提督が今度こそ口元をつり上げる。

「南の敵艦隊と北からの索敵機について、ラバウルの司令部へ最大出力で発信しろ。万が一、受信し損ねると大変だからな」

「了解、最大出力で、だね」

意図を察した鈴谷もニヤリと笑うと、“司令部宛の”電文作成に取りかかった。




「!」

僚艦の赤城と共に攻撃隊の準備に取り掛かっていた加賀は突如受信した暗号電文にその手を止めた。
見ると赤城や長門だけでなく四戦隊も受信しているようで、皆聞き耳を立てていた。
歴戦の横須賀鎮守府だけあって、二度繰り返し打たれた暗号が終わる時には解読は終わっていた。
暗号の内容からそれが意味する事を悟った加賀は小さくため息をつく。

「私たちの前に機動部隊が居る。そう言うことですか」

『ええ、そして敵の第一次攻撃隊はこちらには来ない』

呟きに答えた赤城は上空を見上げる。
横須賀鎮守府艦隊の上空は低い雲に覆われていて、見通しが悪く、敵の索敵機が来た形跡もない。
見付かったのは呉鎮守府艦隊だけと見て間違いないだろう。

「索敵機からの報告はまだなの?敵が居るならもう見付かっても良い筈よ」

どうしょうもない苛立ちが加賀の中に生まれる。
元々支援艦隊としての出撃であったが、味方を、後輩を囮にするのはいい気分ではない。
相方に芽生えた感情に気が付いたのか、赤城がたしなめる。

『気持ちは分かるけど、落ち着きなさい。私たちがやることはあの子たちが致命傷を負う前に敵を叩く事よ』

「分かってるわ。分かってるけど……」

『! 索敵機からの報告が来たわ。方位100、空母を含む機動部隊よ!』

愛宕から吉報が舞い込んだのはまさにその時だった。
愛宕の偵察機は敵艦隊の編成だけでなく、敵が攻撃隊を放った直後である事や、上空警護が薄くなっている旨などを子細に打電してくる。
全ての準備は整った。

「長門さん!」

『だいぶ待たせてしまったな。一航戦に発令、攻撃隊発艦せよ!』

長門の号令と同時に、加賀は一機目の矢を放った。





『第一次攻撃隊ですが、軽巡1と駆逐艦2がの撃沈確実、重巡2が大破です』

第一次攻撃隊の戦果報告が上がったのは、敵前衛艦隊への攻撃終了からキッチリ五分後の事だった。
戦果を取り纏めた翔鶴に、提督は確認するように尋ねる。

「3隻撃沈に2隻大破か……。 撃滅とは言えんが、追撃能力は喪失したと俺は判断するが、翔鶴はどうだ?」

『私も同意見です。特に大破したリ級の速力低下は激しかったそうなので、振り切る事は容易と判断します』

「……分かった、ありがとう。迎撃戦の準備に戻ってくれ」

翔鶴との通信を切ると提督はドッと息を吐いた。
第一次攻撃隊で攻撃を打ち切ると決めたのは提督だが、五航戦の攻撃隊は期待通り、いや、それ以上の仕事をしてくれたらしい。

「やったじゃん、提督ぅ~」

「ああ、だが、問題はこれからだ」

気を取りなおして、提督はモニターを見る。
『武甲』の対空レーダーは既に敵影を捉えていて、その全てが呉鎮守府艦隊を目指していた。



「電測室、敵機の数は分かるか?」

『敵が密集形態を採っているので多少前後するかと思いますが、現在98機を捕捉しています』

「約100機か……」

レーダー員の言葉を反芻しつつ、提督は上空の直掩隊を見た。
当初は6小隊18機で担当していたが、第二次攻撃を中止した結果、倍の12小隊36機を確保していた。

「マリアナ沖のアメリカ機動部隊に倣ってみるか?」

「ふむ、『マリアナの七面鳥撃ち』ですか。アリかもしれません」

「七面鳥って、それってVT信管ってゆーのが必要じゃなかったっけ? 『武甲』はともかく、ウチらにそんな装備は無いよ?」

提督らの会話に鈴谷は瑞鶴たち空母娘から聞き齧った話を思い出す。
近接信管と言って敵を探知すると勝手に爆発する便利な代物らしいが、艦娘用のそれは未だ開発の目処が立っていない。
高性能電探と共に艦娘たちが声高に配備して欲しいと叫ぶ、筆頭候補だった。

「勘違いされがちですが、『マリアナの七面鳥撃ち』はVT信管のみの成果ではありません。寧ろ割合的には低いくらいです」

「そうなの?」

「一つで戦略を覆す兵器なんて核ぐらいだよ。よーく見とけ、二次大戦で米軍が確立した鉄壁の防空システム、その真骨頂をな……」





艦これで挟み撃ちとか実装されたら死ねるよね?(挨拶)

と言う訳でE3海域前哨戦です。
呉鎮艦隊と横鎮艦隊の関係はお互い同士で道中支援と決戦支援してる感じで。
ゲーム中で支援が不発に終わっても弾薬使ってますからね、こんな解釈になりました。

『提督の決断Ⅳ』とかやったことある方なら戦況の理解は容易かと
発見してない敵からワラワラと飛んで来る艦載機……(白目
索敵と先制は大事にしたいですね。


>>106
はい、大丈夫です。
と言うかそのイメージでお願いします。


雲間からは青々とした海原に延びる白い筋がハッキリと見えていた。
か細い五つの筋は見慣れた艦娘の航跡だが、輪形陣の中央から延びる航跡だけは比べ物にならない程太い。
敵艦隊中央に大物――通常艦船が居る証拠だ。

敵艦隊はこちらに気付いていないのか、六つの航跡に乱れは見られない。
直掩機がしっかり張り付いて居るのかと考え、艦隊上空を見るが、それらしき機影はない。
見張が間抜けなのか、あるいはこちらの姿が雲に隠れているのかもしれない。
どちらにしても好都合だった。

先頭を行く指揮官機は後続する味方攻撃隊に『全機突撃』を発令しようとして……、次の瞬間、上空から降ってきた弾幕に撃ち抜かれた。

「!?」

機体に衝撃が走ったと思った時には既に手遅れだった。
重力に捕らわれ墜ちていく指揮官機の前を、見慣れた濃緑色のプロペラ機が降下していく。
背後で二度、爆発音が起こり、バックミラーが真っ赤に染まる。

「ッ!!」

その時になってようやく指揮官機は直掩隊の待ち伏せに気が付いたが、最早機体は言う事を聞かなかった。
『全機突撃』はおろか警告を発する暇もなく、指揮官機は先に散った二機同様、大空に花火のような火球を残して爆散した。




「おお!ドンピシャだ!」

雲から飛び出た翔鶴戦闘隊第三小隊が見たのは、眼下に群がる敵の攻撃隊だった。
先に戦闘隊長率いる翔鶴第一小隊が仕掛けた事は無線で聞き知っている。
その為だろう、密集形態を採っていた筈の敵編隊には幾つか乱れが見受けられた。
もしかすると、一小隊は指揮官クラスの敵機をやったのかもしれない。

「敵編隊がバラける前に仕掛ける!三小隊かかれッ!」

レシーバーに向かって叫ぶと同時に操縦桿をグッと倒す。
水平飛行をしていた紫電31型、通称紫電改二が急降下の体勢に入る。
エンジンの唸りと風切り音が一段と大きくなる。
高度計の値がみるみる低くなっていくが、紫電改の機体はビクともしない。
零戦よりずんぐりとした機体を持つ紫電改はその分頑丈に作られているのだ。

三小隊は太陽を背にして敵編隊の後方、編隊の乱れが少ない所を目掛けて急降下していく。
敵編隊の後部は何が起きたのか良く分かっていないようで、上空への警戒もまだ緩かった。



(貰った!)

敵機の姿が大きく膨れ上がった、その瞬間に引き金を引く。
両翼の20ミリ機銃と12.7ミリ機銃から放たれた曳光弾の筋が吸い込まれるように敵機を襲う。
直後、機銃弾をもろにくらった敵機は真っ二つに裂けて墜ちていく。
小隊長機に続く二機の銃撃も敵機を捉え、一機は爆散し、もう一機は操縦席を撃ち抜かれたのか煙も噴かずに墜ちていく。

この時になってようやく敵編隊は三小隊に反撃を開始したが、三小隊はそのまま急降下で離脱する。
以前はこの後、編隊の乱れた敵機に対し旋回戦を挑むのが常識だったが、この戦法は味方の被害も増える両刃の剣だった。
これは機体強度の弱い零戦が急降下による一撃離脱を苦手としていた為だが、
機体強度と降下速度が上がった紫電改や烈風の場合、その心配はない。
よって、機体更新後の部隊は攻撃の正否に関わらず一撃離脱に徹するのが鉄則となっていた。

『小隊長、敵機三機撃墜確実です』

「オーケー了解した。この調子で畳み掛けるよ!」

『了解!』

僚機から応答が返ってきた時には急降下を終え、水平飛行に戻っている。
敵編隊を捕捉するため周囲を見回そうとした所で再度無線が入る。
が、今度の相手は聞き慣れた僚機でも、母艦である翔鶴でもなかった。

『……こちら『武甲』電測室。翔鶴三小隊へ、貴官から見て10時方向、針路200に敵編隊が居ます。高度は4000、迎撃にあたって下さい』

言われた通りの方向を見ると、なんとか攻撃を続行しようと編隊を組む敵機の姿が見えた。
思わず小隊長は口笛を鳴らす。

「……話し半分に聞いてたけど結構便利じゃん。 翔鶴三小隊了解、これより迎撃に向かう!」

無線に答えながら、小隊長は機首を敵機へとめぐらせた。





『翔鶴第三小隊、敵群αに向かいます』

「宜しい、では続けて瑞鶴第五小隊を敵群γに向かわせろ」

『了解、瑞鶴第五小隊を敵群γに向かわせます』

『武甲』艦橋のモニターには対空レーダーが捉えた機影が緑の光点と赤の光点で映し出されていた。
三機で小隊を組む緑の光点が味方の直掩機で、赤の光点が敵機である。

緑の光点には所属を示す記号が振られていて、どの小隊が何処に居るのか、門外漢の鈴谷でも一目で判別出来た。
所属はおろか敵味方の判別すら出来ない艦娘用電探とは比べ物にならない精度に鈴谷は暫し呆けてしまう。

「はぇ~、これ、スゴいじゃん……」

「コレが当時の米軍の秘策ですよ」

「このレーダーが?」

「正確に言えばレーダーを使った味方機の誘導、即ち管制だな。空港の管制塔をそのまま艦にぶち込んだと考えれば良い」

「これじゃあ負けるのも訳ないね……」



提督たちの解説を聞きながら鈴谷は自然と呟いていた。
艦娘は二次大戦の艦が元になっている為、アナログな部分が幾つかあり、例えば空母娘の発艦作業などは個人の技量に左右される。
講義などで聞く過去の大戦の話も同様で、鈴谷などは悪く言えば古臭い印象を持っていたのだが、
今見ている光景は映画の中などでみる近代戦そのものだった。

「流石に米軍でも当時のレーダーは鈴谷さんたちの装備するレーダーと大差ありませんから、敵味方の判別は人がしてました。
が、今の防衛システムの基本になったのは間違いありません」

「レーダーを探知機としてだけでなく、戦場を俯瞰的に見て適切な判断を下す為のツールとして活用した所に先見性があったんだ。
こうやって戦場を視覚化してしまえば、例え命中率の悪い艦砲であっても……」

『接近中の敵群β、味方迎撃網を突破します』

言いかけた提督の言葉を電測室からの艦内無線が遮る。
が、提督はちょうど良いと言わんばかりにニヤリと笑ってみせた。

「敵群の位置と高度は?」

『方位030、高度2900! 60秒後にポイントF2を航過する見込み』

「比叡と最上に発令、ただちに射撃開始。目標はポイントF2、高度2900となせ」



「りょーかい! 比叡さんと最上に発令だよ!目標はポイントF2、高度は2900。用意出来次第、対空射撃開始」

『ポイントF2で高度2900だね?了解だよ』

『比叡了解です。でも本当に良いの?ポイントF2って、雲があって良く見えないんだけど……』

先程から出てくるポイントとは艦隊の針路を基準に呉鎮守府内で事前に決めた座標の事だ。
通信の簡略化と誤認防止を兼ねる暗号として今回の作戦から試行されている。

「無駄弾は撃たせんから安心しろ。外すような事があってもその時は俺が責任をとる」

「じゃあ外したら特上寿司ね?」

「ちょっと待て、何でそこで鈴谷がそれを言う?」

『特上寿司!? 準備は出来たけど、ここはわざと外した方が良いのかな?』

「全部丸聞こえだぞ、オイ」

『冗談ですよ。さて、それでは……』

冗談めかした口調は真面目なそれに戻り、一拍の間が空く。
そして……、




『撃ちます!当たって!』

『いっけー!!』


照準を整えた比叡の46センチ三連装砲と、最上の15.5センチ三連装砲が同時に火を噴く。
艦娘用の対空砲弾では今現在最も有効な三式弾の斉射だ。
どちらも熟練なだけあって、放たれた三式弾は真一文字に指定されたポイントF2で炸裂し、

ちょうどそこに突っ込んできた敵編隊をのみ込んだ。

「よしっ!良いぞ!電測室、良くやった!」

「そっか、レーダーで正確な進路を割り出しちゃえば後は網を張れば良いんだもんね」

これもレーダーによる管制の恩恵と言えた。
戦場を視覚化したことで光学観測より進路予想の精度を飛躍的に向上させる事が出来るのだ。
歓声に湧く『武甲』クルーと艦娘たちに提督は更に発破をかけた。

「さぁ、敵さんはまだ他にもいるぞ! 呉鎮守府の連携術、とくと奴らに見せつけてやれ!」

「了解!」





「提督、海域最深部に突入した長門さんから入電だよ。
『ワレ装甲空母級を含む敵機動部隊の撃沈を確認。当海域の敵を撃滅したものと認む』だって」

「そうか、横鎮艦隊がやってくれたか!」

鈴谷が受信した横須賀鎮守府艦隊からの報告電に、提督の顔に喜色が浮かぶ。
前衛艦隊から報告が行ったのか、呉鎮守府艦隊はその後も受け身の戦闘を強いられていた。
敵の空襲を一手に引き受ける形になった訳だが、横鎮艦隊はその隙を上手くついたらしい。

「今日一日、敵を引き付けた甲斐があったな」

「その代わり私たちも無傷とは行きませんでしたがね……」

無念さを滲ませる艦長の言葉に提督は無言で艦娘たちを見た。
現在、艦隊の先頭で逃げ去る敵機に最後の砲撃をしているのは金剛だ。
当初先頭艦を務めていた比叡は度重なる空襲で中破と判定される損害を受け、『武甲』艦内に収容されていた。
『武甲』同様、護衛対象とされた五航戦の翔鶴と瑞鶴に損害は無いが、護衛の最上や三隈は比叡程ではないが損傷している。



「攻撃隊を取り止め全戦闘機隊で迎撃しても被害は抑えきれんか……」

「んー、でも最小限で済んでる気がするよ?鈴谷たちだけだったら大破艦出てたかも」

戦場に慣れた鈴谷の目から見ても今日の空襲は熾烈だった。
『武甲』と言う目立つ獲物が居た為、やり易いと思われたのかもしれない。
実際には鉄壁の防空網を敷いて待ち構えて居た訳なのだが。

「とにかく、敵機動部隊は長門さんたちがやっつけたし、これで……」

『提督ー!緊急事態ネー!』

鈴谷が一息つきかけた所に金剛の絶叫が割り込む。
既に終わったつもりになっていた空気が一気に張りつめる。

「どうした!?なにがあった!」

『敵機の様子がおかしいネー!』

「敵機の様子?撤退したんじゃないのか?」

意外な返答に提督が鸚鵡返しに呟くと、別の声がその疑問に答えた。
金剛と一緒に前方に出ていた三隈だ。



『撤退はしていますが、南に逃げていきますわ』

「南?鈴谷、確かか?」

「うん、レーダーでも確認したよ。確かに南に逃げてる」

鈴谷が二人の報告を肯定すると、艦長が眉を寄せた。
敵機の行動が明らかにおかしかったからだ。

「どう言うことでしょうか?敵機は北東に展開していた敵機動部隊主隊から飛来した筈では?」

「いや、それ以前にこの海域の敵空母は全滅している。逃げ帰る場所などない筈だ」

「……あるんじゃないかな?帰る場所」

「なに?」

ポツリと呟いた鈴谷に全員の視線が集まる。
視線に気付いていないのか、鈴谷は記憶を辿るように言葉を続けた。



「ほら、トラック基地の母船を沈めたって言う未知の敵、確か南から攻撃隊を飛ばしてきたんだよね?」

「!?」

「もし、鈴谷たちの知らない航空戦力を持つ敵が南に居るなら、母艦を失った敵機はそこに逃げるんじゃない?」

「そうか!それなら確かに辻褄が合います! と言うか私たちが南に布陣した理由がそれでしたね……」

鈴谷の言葉に膝を叩いた艦長が一転して顔をしかめる。
熾烈な空襲があったとは言え、当初の作戦内容をすっかり忘れていたのだ。

提督が隊内無線に向かって怒鳴る。

「翔鶴か瑞鶴、どちらでも良い!今すぐ彩雲隊に敵を追尾させろ!」

『もうやってます!』

返答と同時に翔鶴と瑞鶴から彩雲が二機ずつ放たれる。
機数こそ少ないが咄嗟の判断としては上等だ。

「通信室、五航戦の彩雲からの映像を中継できるか?」

『やってみます!』

少し間が空いて、艦橋のモニターに夕方の雲海と複数のごま粒のような物が映る。
彩雲隊が追跡している撤退中の敵機だ。
その雲海が一気に晴れた時、ソレは遂に姿を現した。

「えっ?なにアレ? どう見ても島の上に居るよね?」

「くそっ、そう言うことか……」

彩雲隊から送られてきた映像。
そこには島の上に展開する異形の存在に敵機が離着陸している姿がはっきり映っていた。




四月の部署異動で書く時間減りまくりワロスwww
すいません、だいぶ間が開いてしまいました。
サンタクロース海域はまだ前哨戦なのに、先が思いやられますが、なにとぞご理解を


とりあえず飛行場姫さまのご登場です。
艦娘のドンパチ成分薄めでお送りしましたが、次回以降は一心不乱の大海戦!


になるよう頑張ります。


「……映像の島はどこだ?」

『彩雲隊の位置情報から判断するにガダルカナル島と思われます』

「ガダルカナル?それって……!」

「ええ、熊野さんたちショートランド在泊艦隊が消息を絶った島です……」

通信室から返ってきた言葉に鈴谷が息を呑むと、沈痛な面持ちで艦長が答える。
ショートランド艦隊の失踪と未知の深海棲艦の報告、そしてガダルカナル島。
鈴谷たちの中でバラバラだったピースがはまりつつあった。

『oh……、それじゃああのモンスターが熊野たちを……?』

『…………』

全員に持たせている携帯端末で映像を見たのだろう、呆気にとられたように金剛が呟く。
最上や三隈、それに五航戦の二人などは声すら出ない。

誰もが声を失う中、提督がふと眉を寄せる。

「ん? 鈴谷、島の中央部を拡大投影してくれないか?」

「えっ?どうしたの提督?」

「良いから。画面向かって右側、化け物の居る西側を頼む」



珍しく有無を言わせない口調の提督に鈴谷は言われた通りに画面を拡大する。
引き伸ばされた場所はジャングルで、未知の深海棲艦がすぐ脇に居る以外何もないように見えたのだが……。

「ッ!? もしかして、今の……!」

「見えたか?」

「うん、見えた。間違いなく砲炎だった」

今度は鈴谷もはっきりと目撃した。
ジャングルの中に煌めく焔を、未知の深海棲艦目掛け、砲撃が撃ち込まれる瞬間を……。

「しかし提督、ガダルカナル島のレンジャー部隊はだいぶ前に撤退した筈です。今、あの島に我々の味方は……」

「熊野たちだよ」

「!?」

鈴谷が呟いた言葉に艦長は目を見開く。
そして、全てを察したのか目を伏せた。



「まさかショートランド艦隊がガダルカナル島に上陸したのは……?」

「ああ、熊野たちは生き延びる為に上陸したんじゃない。ヤツに最後の一発まで叩き込む為に上陸したんだ」

もちろん轟沈を避ける為でもあったのだろう。
が、待避の為だけなら、敵の巣食うガダルカナル島に上陸する必要はない。
熊野たちは最後まで命令を忠実にこなす事を選んだのだ。

「しかしそうなると……」

「そろそろ限界だろうな。色々な意味で……」

ガダルカナル島内陸部で完全に消息を絶ってから既に10日近くが経過している。
ショートランド艦隊全員が生きて上陸していたとしても物資弾薬も体力も限界の筈だ。
増してや、ゲリラ戦を展開しているとなると彼女たちも無傷で済む訳がない。
一刻も早い、救援と救助が必要だった。

「今すぐ助けに行こう!このままじゃ、熊野たちが!?」

絶叫に近い鈴谷の叫びが艦橋に響く。
だが、提督の口から出た言葉は鈴谷の望んだ物ではなかった。

「……今は無理だ」



「なんで!?熊野たちを見捨てるつもりなの!?」

「鈴谷さん!抑えてください!」

きっぱりとした拒絶の言葉に、鈴谷は殴りかからん勢いで提督の胸ぐらを掴む。
艦長が慌てて止めに入るが、鈴谷はそれすら振りほどく。
明らかに軍規に反する態度だったが、提督はその事には一切触れず、苦虫を噛み潰したような表情で答えた。

「……昼の戦いでの消耗が激しすぎるんだ。
比叡や最上たちも治してやらんとだし、何より直掩機と弾薬が底をつきかけている」

「っ!?」

「見たところヤツは強力な航空戦力を有している。恐らく一個機動部隊以上の戦力だろう。
直掩隊の稼働率が下がっている今、ヤツに突撃するのは死にに行くようなものだ。
お前たちの命を預かる者として無謀な命令は下せない」

一語一語、まさに絞り出すような声だった。
その言葉は鈴谷に言い聞かせると言うより、自分自身に言い聞かせているように鈴谷には聞こえた。
同時に、一度は吹き飛んだ冷静な思考力と判断力が鈴谷の中に戻ってくる。

「あっ……、その……ごめん……」

提督にとっても熊野は元部下である。見捨てるような真似はしたくないと言うのが本音だろう。
だが、提督は鈴谷たち艦娘や『武甲』のクルーの命を預かる立場にある。
責任のある身として、現状がそれを許されなかった。



「いや、俺の敵戦力の見積りが甘かったんだ。お前が謝る事じゃない、寧ろ当然の意見だ。俺の方こそ悪かった」

そう言うと提督は震える鈴谷の肩に手を回し、その背中を軽く叩く。
対する鈴谷は、色々な感情がごちゃ混ぜになって声が出てこない。

「彩雲隊に帰投命令を、それと艦隊針路をラバウルにとれ。呉鎮守府艦隊は本海域より撤退する」

提督が決定を告げ、艦内がにわかに騒がしくなる。
攻める戦いは終わり、生きて帰る為の戦いが始まる。帰りと言えど油断は出来ない。

「ガダルカナル島の敵について司令部に報告を入れてくる。艦長、後は任せたぞ」

「了解致しました」

「…………」

艦長に告げ、提督は艦橋下部にある執務室に向かう。
本来なら秘書艦である鈴谷も同行しなければならないのだが、鈴谷はいまだに動けずにいた。
提督はそんな鈴谷を見やり、踵を返した。

「すまんな、熊野たちを助けてやれなくて……」

去り際にそう呟いた提督の表情を鈴谷は見る事が出来なかった。





――その日の深夜、ガダルカナル島沖


「アレね、呉鎮守府艦隊が見つけた敵は……」

その巨躯は月明かりしかない深夜でもハッキリと見て取れた。
今までの深海棲艦とは明らかに違う異彩を放つ姿に、陽炎たち第18駆逐隊の艦娘は息を呑む。
普段は感情が顔に出ない相棒の不知火も、目を見開いている。

「例えるなら飛行場ですね。母船が太刀打ち出来なかったのも納得です」

「…………」

サンタクロース海域掃討戦の終盤に見付かったガダルカナル島に巣食う敵の存在は瞬く間に全軍に知れ渡った。
ゲリラ戦を仕掛ける味方の存在を含め、大本営は提督らと同じ判断を下したらしく、直ぐに討伐令を発令。
サンタクロース海域掃討戦の後詰めとして控えていた艦隊に即時出撃命令が下ったのだ。

「それにしてもこんな出来合いの艦隊で出撃だなんて、上の連中は何を考えてるのよ?」

三番艦を務める霞がチラリと後続する艦娘を見る。
第18駆逐隊はラバウル基地の所属だが、この艦隊は舞鶴鎮守府艦隊を名乗って居た。
これは舞鶴鎮守府所属の第三戦隊二小隊、つまり榛名と霧島を主力としていたからで、艦隊旗艦は榛名が務めていた。



この二人は当初、サンタクロース海域での航空戦を想定し、蒼龍と飛龍からなる二航戦と組む予定で待機していた。
それが空母が使えない夜間奇襲に変更になった為、水先案内を兼ねた陽炎たち第18駆逐隊と共に出撃することになったのだ。

「いくら歴戦の三戦隊でもサーモン海は初めてなんでしょ?ホントに大丈夫なのかしら?」

「初めてだから私たちが案内してるんでしょ?ボヤかないボヤかない」

「……榛名から電文。『18駆逐隊は三戦隊射撃開始まで前方警戒にあたれ』だって」

陽炎がたしなめるのと、霰が命令電文を受信したのはほぼ同時だった。
事実上の突撃命令に空気が張りつめる。

「どうやら三戦隊は接近射撃を試みるようですね」

「当然ね。遠くから撃ってショートランド艦隊に当てたらそれこそ目も当てられないわ」

今回の作戦において、ガダルカナル島にショートランド艦隊が上陸している事は周知の事実となっていた。
榛名たちの練度を考えると、味方撃ちなどあり得ない事だが、熊野たちの潜伏地点が特定出来ない以上、細心の注意を払う必要がある。
敵に痛打を与える上でも接近するのが今の時点では正解だと思われた。



「とにかくやるわよ!18駆逐隊針路120、最大戦速!」

号令と同時に陽炎は一気に加速する。
不知火、霞、霰の三人がその後ろに続き単縦陣を形成する。

月は出ているが、この海域はガダルカナル島以外にも島が密集している為敵の捕捉は容易ではない。
駆逐艦娘である陽炎たちは電探を持たないので、索敵は自らの目だけが頼りだ。
交戦距離の近い夜戦で敵の先制攻撃を受けるのは死と同義。故に見落としは絶対に許されない。
訓練で口酸っぱく言われた事であり、ラバウル基地配属以後、イヤと言うほど痛感した金言だ。
それだけに陽炎たちが敵影を捕捉するのに時間はかからなかった。

「見つけたわ!11時方向に敵! リ級を含む水雷戦隊よ!」

「18駆逐隊、左砲撃戦用意! 連撃で行くわ!」

「了解!」

霞の報告通りの位置に敵を視認した陽炎は素早く主砲を構える。
連撃とは主砲や副砲を時間差で発砲し、弾幕でもって敵を制圧する射法だ。

従来は主砲や魚雷、果ては高角砲まで動員して一点集中攻撃を仕掛ける射法が多用されていたが、
これは威力が絶大な代わりに命中に乏しく、無駄弾に終わりやすい欠点があった。

「18駆逐隊、撃ち方始めッ!」

発令と同時に主砲発砲。
呉の綾波や五月雨たちと違い、陽炎たちの装備する主砲は旧式の12.7センチ砲だ。
それでも、近距離で絶え間無く撃ち込む連撃なら打撃力不足を補う事が出来る筈だ。
必殺の魚雷戦に持ち込めないのは痛いが、三戦隊の発砲まで暴れまわる事は十分に可能だと陽炎は考えていた。





陽炎たちの砲炎は後続する榛名たちからもハッキリと視認することが出来た。
ガダルカナル島内陸に居る敵への砲撃準備を整えつつ、榛名の視線を18駆逐隊に送る。

「18駆逐隊は敵艦隊と交戦状態に入ったようですね。霧島、測距は終わりましたか?」

「距離、速度、風速共に万全よ。何時でも行けるわ」

榛名の問い掛けに頼もしい言葉が返ってくる。
ふと、榛名の脳裏にトレードマークのメガネをクイッと持ち上げてドヤ顔をしている霧島の姿が浮かぶ。
実際に見た訳ではないが、恐らくこのビジョンは間違っていないだろう。

「準備完了了解しました。それでは霧島には三式弾による砲撃をお願いします。
零式通常弾と徹甲弾は榛名が担当します」

「こちら霧島、信号了解。三式弾を使用します」

短い信号を交わし、二人は弾庫から弾薬を取り出す。
今回の敵は今までに確認された事のない未知の深海棲艦だ。
そこで尖兵である榛名たちにはあらゆる攻撃手段を試し、敵の弱点を探る任務も任せられていた。
榛名たちは今夜、金剛型では扱えない九一式徹甲弾を除く全ての弾を敵に撃ち込むつもりでいた。



「そろそろ頃合いですね。三戦隊二小隊、撃ち方……」

「待って榛名!標的付近に新たな敵影視認したわ! あれは……護衛要塞級よ!」

「なっ!?」

砲撃開始直前に舞い込んだ報告に榛名は目を見開く。
未知の敵があまりにも目立っていた為、今までに見落としていたのだ。

「敵要塞は砲撃を狙ってるわ!早急に目標変更することを具申します」

「……霧島はそのまま標的に対し砲撃開始。護衛要塞は榛名が担当します」

「ッ!?榛名!?」

今度は霧島が声を上げる。
敵要塞は見える限りでも三基はある。一人で対応出来る数ではない。
が、榛名の決意は固かった。

「三式弾では護衛要塞は抜けません。ここは榛名がやります」

「………無茶だけは厳禁ですからね?」

「はい、榛名は大丈夫です」

「…………」

きっぱりと、普段と同じ言葉を普段と同じ口調で言い切るともう霧島もなにも言わなかった。
増速する霧島に対し、榛名は右に大きく転舵すると、その主砲を護衛要塞たちに向けた。
護衛要塞は目標を目指す霧島を狙い撃ちにしようと、照準を定めている真っ最中だった。

「勝手は、榛名が許しません!」

榛名と共に四基の主砲が轟然と哮えた。
戦いの結果がどうなるのか、見当などつく訳がなかった。




今日はここまで
またもや間が開いてしまった……


陽炎ちゃん再登場。
今度は不知火や霞、霰と言った正規メンバーです。
まあ第一陣なんで撤退フラグまんまんなんですが……。
然り気無く霧島さんが史実の報復と言わんばかりに飛行場姫さんを殴りに向かいました。もちろん偶然です。
榛名のヒロイン属性が悪いんや。霧島ネキとかそう言う意図は無かったんや。
ではまた次回。



「ッ! あれは……」

「酷すぎますわ……」

帰ってきた舞鶴艦隊を見て最初に漏れた言葉がそれだった。
先頭を行くのは霧島で、アーム式の四基の主砲の内、二基が跡形もなく吹き飛んでいて、巫女装束を基にした制服も煤けて真っ黒になっていた。
怪我自体は軽そうだが、霧島の表情は疲れが濃い。
もっと酷いのは旗艦の榛名で、こちらは自力航行も覚束ないのか18駆逐隊に曳航されている有り様だった。
巫女装束はもはや原型をとどめないただの布切れと化していて、それすらも血でぬれたのか紅くなっている。
榛名を曳航する第18駆逐隊も大なり小なり損傷し、艤装から黒煙を噴いていた。

「鈴谷、三隈、榛名を市内の病院まで頼む。それと霧島、悪いが海戦の結果を……」

「司令部まで報告に向かえば宜しいのですね?分かりました、伺います」

出迎えた提督に促され、艤装を降ろした霧島が司令部棟へと足を向けると、榛名が血相を変えてと立ち上がろうとする。

「ッ!ほ、報告でしたら旗艦である榛名が……!」

「はーい、そー言うことは自分のカッコ見てから言おうね~。三隈、そっち押さえて」

「分かりましたわ」



すかさず鈴谷と三隈が榛名を担架に押し付けるとそのまま担ぎ出す。
榛名はあの二人に任せておけば良いだろう。

「榛名は……!榛名は大丈夫です!」

「どー見ても大丈夫な訳あるかぁ!怪我人なんだから大人しくするぅ!」

「あうっ!? きゅう……」

「鈴谷さん、その怪我人に手刀を叩き込むのはどうかと思いますわ」

訂正、もしかするとダメかもしれない。

「三隈はともかく、鈴谷に任せたのは失敗だったか?」

「あの~……」

「ん?」

背後からの声に振り返ると残された第18駆逐隊の四人が所在なさげにこちらを見ていた。
格好悪いところを見せてしまったなと思いつつ提督は向き直る。



「えっと、君は確か18駆逐隊の……」

「はい、ラバウル基地所属、陽炎型一番艦の陽炎です」

「今回は悪かったね。本来なら我々呉鎮守府が行くべきだったのだが……」

陽炎たち前線基地所属の駆逐艦娘は鼠輸送から拠点防衛、水先案内までありとあらゆる場面で活躍する貴重な戦力だ。
ラバウルやショートランドなどの前線基地は彼女たちによって支えられており、いたずらに前線に投入して損耗していい戦力ではない。
呉、横須賀両鎮守府艦隊が後退したため、急遽彼女たちに出て貰ったが、まずはその点を謝りたかった。

「いえいえ気にしないで、私も久々に派手に活躍出来たし……」

「そんなこと言って、不知火に獲物横取りされてたじゃない」

「…………とにかく、あの海峡ですが敵の数が半端じゃなかったわ」

「あの海峡……、鉄底海峡か?」

提督が聞き返すと陽炎はコクリと頷いた。
鉄底海峡、先の大戦で多くの艦艇が沈んだ文字通りの激戦地だ。
それだけに艦船の怨念とさえ言われる深海棲艦も大量発生しているらしい。



「飛行場を砲撃しようとすると海峡内の敵がみんな寄ってくるのよ」

「榛名たちの攻撃が失敗したのも事前の掃討が足りなかったからだと思うわ」

「確かに、アレは攻撃前に海峡の敵を叩くか、二個艦隊以上の投入が必要だと不知火は考えます」

「……同感」

「二個艦隊か……」

陽炎たちの話を聞きながら提督は腕を組む。
普通に考えれば呉と横須賀の艦隊を投入すれば済む話だ。だが……、

「……何かあったんですか?」

表情に出てしまったのか陽炎が顔を覗き込んでくる。
一瞬考えてから提督はやおら口を開いた。

「……恐らくラバウル基地の司令から話があると思うが、敵の新型戦艦が確認された」

「敵の新型戦艦!?」



「サーモン海で潜入調査を行っていたオーストラリア軍がな、ガダルカナル島の奥地で発見した」

「まさか、その対応も私たちに?」

「ああ、横須賀鎮守府艦隊が対応にあたることになった」

不知火の言葉に提督は小さく頷く。
深海棲艦の新型戦艦を確認したオーストラリア政府は艦娘戦力の充実した横須賀鎮守府艦隊の出撃を要請。
要望を受け入れた政府命令により横須賀鎮守府艦隊は敵新型戦艦の討伐に投入される事になったのだ。

「とにかく、今回はありがとう。ガダルカナル島の敵飛行場は我々が叩いて見せる。無論、熊野たちの救出もな……」

そう言うと提督は司令部棟へ向かうべく、踵を返した。






その日の午後、呉鎮守府の艦娘たちは『武甲』作戦室に居た。
霧島たち舞鶴艦隊が持ち帰った情報をもとに作戦会議が開かれる事になったのだ。
全員が集まったのを見計らって提督が切り出す。

「まず今回の敵だが姫級装甲空母と類似する特徴があることから飛行場姫と呼称する事になった」

「飛行場ですか。なにやら本当に二次大戦のガダルカナル戦染みて来ましたね……」

「今回のウチらの任務はその姫ってのを撃滅すれば良いの?」

「端的に言えばそうだ。それに熊野たちの救出が加わる」

鈴谷の問い掛けに提督は頷くと、スクリーンに拡大投影したガダルカナル島近海の海図に指示棒を伸ばす。

「三戦隊二小隊の護衛にあたった第18駆逐隊の報告により、ガダルカナル島沖合のサブ島周辺に三個ないし四個艦隊ほどの敵艦隊が確認された。
この敵艦隊を撃滅若しくは撃破しなければ飛行場姫の撃破はおろかガダルカナル島に近寄る事すら困難であると推測される」

「海峡の敵艦隊をやっつけてから飛行場姫を倒すって事?
でもそれじゃあ島に着く頃には弾薬とか不足するんじゃないかな?」

「ああ、最上の言う通りだ。一個艦隊で全てを済ますのは難しい」



ガダルカナル島制圧には最低二個艦隊の動員が必須要件である。
これは提督だけでなく舞鶴艦隊の報告を聞いた全鎮守府の長が下した判断だった。
提督の話から何かを察したのか眉を寄せた翔鶴が更に問い掛けてくる。

「一個艦隊?それでは他の鎮守府の艦隊も投入されるのですか?」

「いや、それはない。知っての通りサーモン海で確認された敵の新型戦艦への対応もあって、本作戦に投入される戦力は我が呉鎮守府だけだ」

「それでは二個艦隊の編成は無理ですわ。
今、投入出来る呉鎮守府の艦娘はここに居る11人だけですし、夜戦に不向きな翔鶴さんたち五航戦だって居ますのよ?」

「落ち着いて下さい三隈さん。提督は確かに戦力と言いましたが、呉鎮の戦力は艦娘だけではありませんよ」

三隈を諌めたのは意外な人物だった。
三隈だけでなくその場に居た艦娘全員の視線が声の主、『武甲』艦長に集まる。

「あの、艦長さん?一体何を言って……って、まさか!?」

「今回ばかりは背に腹は代えられませんからね。本艦もお供させて頂く事になりました」

言葉はサラリとしていたが、艦長の表情は固かった。
前回のサンタクロース沖の戦いは遠距離での航空・防空戦であり、ある程度の安全性を見込んだ上での前線投入だった。
だから『武甲』艦長も鈴谷たち艦娘も理解はあったし、納得していた。



だが、今回の状況は前回よりもはるかに過酷だ。
戦闘は航空戦ではなく通常艦艇が苦手とする深海棲艦との艦隊戦で、しかも敵本拠地への夜襲である。
戦力、地の利ともに敵にあり、この状況で通常艦艇が突っ込むのは無謀としか思えなかった。

「ちょっ、母艦突っ込ませるって提督正気なの!?」

「だから先に海峡内の敵艦隊を叩き、これを無力化するんだ。
『武甲』が参加するのはその後、最終フェーズである飛行場姫への艦砲射撃だけだ」

「で、でもっ……!」

「無論、成算も無しに言ってるんじゃない。舞鶴艦隊の戦訓に基づいた作戦だ」

「舞鶴艦隊? 榛名と霧島が何か掴んだのデスか?」

今まで黙って話を聞いていた金剛の目が光る。
この辺りの落ち着きは流石歴戦の三戦隊旗艦と言ったところか。

「うむ、今回の敵である飛行場姫なのだが、艦砲射撃、特に三式弾が有効であると言う証言が三戦隊二小隊から上がっている。
敵さんも律儀なもんで、その辺もしっかり飛行場しているらしい」

「そう言えば『武甲』も三式弾を搭載してましたね……」

「三式弾の有効性は舞鶴艦隊の報告のみで信憑性に乏しい面はある。
が、俺は試す価値はあると思う。何より戦力の出し惜しみはしたくない」

「…………」



提督の言葉に皆、一様に黙りこくってしまう。
確かに提督の言葉にも一理はある。

飛行場姫撃滅に割ける戦力が呉鎮守府だけと決まった今、出せる戦力を更に惜しむのは愚策でしかない。
が、それを考慮に入れても通常艦艇である『武甲』の投入は賭けの要素が高すぎた。
最悪の場合、『武甲』どもども呉鎮守府首脳部が全滅する可能性もあり得るのだ。

「……艦隊構成は? 構成はどう割り振るの?」

「鈴谷さん!?」

「大丈夫、鈴谷だって納得はしてないから。ただ腹案があるなら全部聞いておきたいだけ」

「聞きたい、ってそれは事実上の承認と同じじゃ……」

三隈は更に言いかけてその言葉をのみ込んだ。
手持ちの戦力から考えると提督の案以外あり得ないのだ。
呉鎮守府と同程度の規模を誇る横須賀艦隊は新型戦艦討伐に向かい、他の鎮守府は他海域の防衛もあって、主力艦隊の投入を控えている。
唯一戦力になりそうな舞鶴艦隊の三戦隊二小隊は先の強行偵察で損傷し、ドックの中だ。



「第一艦隊は鈴谷を旗艦として七戦隊の三人と護衛の五月雨、それに艦砲射撃の主力を担う三戦隊一小隊だ」

「本艦に付けていただける護衛艦は?」

「19駆逐隊をつけるつもりでいる。五航戦はラバウル基地の艦娘と共にショートランド沖で待機し、往路と帰路の上空援護を担って貰う」

「なるほどね。確かにショートランド沖ならガダルカナル島まで余裕で攻撃隊を出せるわ」

提督が一気に説明すると感嘆したように瑞鶴が声を上げる。
瑞鶴たち航空母艦は夜戦では単なる的だ。
後方で支援に徹するのは正解だろう。

「ちょっと待って瑞鶴、相手は巨大な飛行場なのよ?
運用している敵機も多そうだし、一時的に制空権を取るのが精一杯じゃないかしら?」

「それで構わん。今回の航空支援は基本的に襲撃が失敗して敵飛行場が健在な状態。
つまり敵空襲下での撤退を余儀なくさせられた時だ。我々が逃げ帰る時間を稼ぐだけで良い」

「っ!」

キッパリと言いきった提督に翔鶴たち空母娘だけでなく、全員が息を呑んだ。
提督は第一艦隊と『武甲』と言う呉鎮守府が持てる火力を総動員して一晩でケリをつけるつもりなのだ。

鈴谷が念を押すように強い口調で問う。

「提督、本気なの?」

「ガダルカナル島に居る熊野たちの体力を考えると短期決戦しかない。寧ろ一刻を争う状況だ。
危ない橋だと言うのは十分理解している。しているが、どうか協力して欲しい」

そう言うと提督は頭を深く下げた。
それは鎮守府の長としての命令ではなく、一人の人間としての願いであった。

「…………」

時を刻む針の音だけ暫し作戦室に響く。
その沈黙を破ったのは最後まで反対に回っていた三隈だった。

「……はぁ、私の負けです。そこまでされては流石に断れませんわ」

そう言いながら三隈が肩をすくめると、今度は最上が苦笑する。

「だね。賭けの要素は大きいけど、戦力が僕たち呉鎮守府だけになった時点で似たようなモノだし」

「テートクの無茶ぶりは今に始まった事じゃありませんからネー?」

「まあ、熊野たちの事情もあるし、今回は提督さんに付き合ってあげるわ」

「お前たち……!」



三隈が折れてしまえば後は早かった。
言葉を詰まらせる提督に鈴谷がいつもの調子で話しかける。

「ちょい待ち提督!そこから先は作戦を無事に成功させてから聞くよ。だからうっかり向こうで沈まないでよね?」

「ああ、勿論だ。熊野たちも含めて、全員でラバウルに帰ろう」

「おーっ!」

艦娘たちの威勢の良い声が作戦室に響く。
こうして呉鎮守府第一艦隊と艦娘母艦『武甲』によるガダルカナル突入作戦は採択されたのだった。




今日はここまで
ついに母艦を投入しての艦隊戦です。
ゲーム的には砲撃による決戦支援にあたりますが、これって考えてみると主力艦隊に匹敵する決死隊なんですよね。
安価スレやゲームなら生還判定厳しめのイベントでしょう。

さて、翻って舞台のモチーフである秋イベントE4マップですが、私はこのマップを見て疑問に思ったことがあります。

それは、『なぜ海域を大回りしてから敵飛行場に向かうのか?』でした。

出した結論は二次大戦の第三次ソロモン海戦の戦訓に鑑み、最初から敵艦隊との遭遇戦を見越していたから、となりました。
深海棲艦は米軍以上に神出鬼没ですから事前の掃討が大事と判断したのでしょう。
次回はいよいよ呉鎮守府艦隊が夜戦マップ攻略に乗り出します。
生暖かく見守って頂ければ幸いかと思います。
どうかよろしくお願いいたします。



追伸、今回の春イベントですが、我が呉鎮艦隊は弾薬切れによりE4マップ攻略で一旦終いとしました。
いつになっても夜戦マスは鬼門だと、大破した大和を見ながらつくづく思いました。

轟沈は未だに出してませんがダメコン発動が多すぎて心臓に悪いです。
なぜか毎回五月雨が発動させるのでもっと心臓に悪いです。
皆様も確認と慢心はダメ絶対で、それでは


――――その夜、ガダルカナル島沖合


『提督より第一艦隊全艦へ、各艦の装備及び艤装状況を知らせ』

『武甲』から第一艦隊に武装の最終チェックが発令される。
敵泊地への夜間強襲作戦である今回は一つのミスが命取りになる。
機関部や兵装だけでなく、可燃物の投棄や注排水設備などダメージコントロールの確認も念入りに行われる。

「旗艦鈴谷! 20.3センチ砲二基に三式弾と32号電探、連撃装備だよ」

「二番艦最上、20.3センチ砲二基と三式弾、応急修理女神もバッチリだよ」

「三番艦三隈、もがみんと同じく主砲二基に三式弾と応急修理女神搭載ですわ」

「駆逐艦五月雨、10センチ高角砲に応急修理女神です」

先にチェックが終わったのは鈴谷たち前衛隊だ。
応急修理女神とはダメージコントロール装備の一種で、海に投げ入れると膨らんで予備の艤装になる装置だ。
艤装の注排水機能が主で、戦線離脱時に用いる応急修理要員と違い、発動後も戦闘継続が可能なのが、応急修理女神の特徴だった。



『念のため聞くが、魚雷を積んでいる者は居ないな?予備魚雷を含め、今回は搭載禁止だからな?』

「分かってるよ提督ぅ~。鈴谷たちだって発射管誘爆で轟沈なんてしたくないしぃ~……」

「誘爆の恐ろしさは私も鈴谷さんも良く分かってますわ」

提督が再度問い掛けると鈴谷は眉をひそめ、三隈が肩をすくめた。
この二人の艤装の基になった巡洋艦は発射管の誘爆が撃沈の遠因となっており、その恐ろしさを候補生の頃から叩き込まれてきたのだ。

そんな訳で本作戦に於いて呉鎮守府では魚雷の装備を禁止していた。
魚雷は確かに強力な武器だが弾頭が露出している為、被弾に弱い。
今回は近距離遭遇戦になるのが目に見えている為、提督は不満を漏らす鈴谷たちをおさえて魚雷を降ろさせたのだ。

『すまんすまん、どうしても気になってしまってな』

「んもー、提督は心配しすぎじゃん?応急修理女神も積んでるんだから大丈夫だって」

「いや、女神積んでない鈴谷が言っても説得力無いからね?」

「仕方ないじゃん!旗艦は電探積まないとだし!ねぇ最上、女神と電探交換しない?」

『こらこら止めないか。戦闘が始まる前から仲間割れをするんじゃない』

「うがー!これで鈴谷が沈んだら化けて出てやるー!」

「化けて出るとは穏やかじゃないネー」



鈴谷が不満を爆発させたところで別の声が割り込んだ。射撃隊の金剛だ。
チェック項目の多い三戦隊も確認が終わったらしい。

『金剛、比叡、艤装は大丈夫か?』

「ノープロブレム、問題ないネー!」

「はい、機関部も46センチ砲も問題ありません!」

金剛に続いて比叡も力強くガッツポーズをしてみせる。
提督は第一艦隊全員の顔を見、それから大きく頷いた。

『第一艦隊に発令、第一艦隊は鉄底海峡に突入し、同海域の敵艦隊及び飛行場姫を撃滅せよ。皆の武運を祈る!』

『総員、第一艦隊に敬礼!』

艦長の号令が響き、『武甲』艦上の乗組員全員が鈴谷たちに敬礼する。

「第一艦隊、抜錨!」

鈴谷たち第一艦隊は答礼を返しながら出力を上げ、『武甲』を追い越していく。
目指すは鉄底海峡。
二次大戦最大級の激戦が繰り広げられた海域に呉鎮守府艦隊が足を踏み入れた瞬間だった。





「旗艦鈴谷より、電探に感! 艦隊速力29ノット!全員索敵を密にして!」

「了解!」

鈴谷が装備した32号電探が敵影を捉えたのは『武甲』を発艦してから45分後の事だった。
機関が唸りを上げ、靴の立てる白波が大きくなる。
鈴谷たち第一艦隊は旗艦鈴谷を先頭に海峡内を突き進んでいく。

「鈴谷さん、敵影視認しましたわ!方位140、距離九〇です!」

「全艦、砲撃戦用意!金剛さん、星弾お願い!」

「任せて下サーイ! 第一砲塔、ファイヤー!」

最大仰角をとった金剛の第一砲塔から三発の照明弾が打ち上げられる。
星弾と呼ばれるこの砲弾が上空で炸裂すると、辺りは真昼のような明るさになった。
星弾により闇から引きずり出された深海棲艦が反応するより早く、鈴谷の命令が飛ぶ。

「第一艦隊全艦撃ち方始め! 目標の選定はみんなに任せた!」

「えっ!?鈴谷さん!?」



あまりにも無茶苦茶な命令に五月雨が声を上げる。
目を白黒させる五月雨に、鈴谷は20.3センチ砲を乱射しながら発破をかけた。

「ほらほら、五月雨ちゃんもさっさと撃つぅ!」

「えっ、あっ、はいっ!」

見ると撃っていないのは五月雨だけだった。
最上や金剛たちは自由射撃命令を予想していたのか、各々で敵に狙いを定めて手当たり次第に撃ち始めている。
フラグシップと思われる重巡リ級に主砲を叩き込みながら比叡がボヤく。

「まったく、鈴谷ちゃんも無茶言うなぁ~」

「その割りには三隈には落ち着いているように見えますわ」

比叡の砲撃に、三隈が加わる。
二人から集中砲火を受けたリ級は火だるまになって海面下に没していく。

「私だって伊達に修羅場潜ってませんからね。それに……」

「それに?」

「金剛お姉さまの前で無様な姿は晒せません!」

啖呵を切りながら比叡は次の標的にその主砲を振り向けた。





一方の『武甲』ではもう一つの作戦が始まっていた。
提督は『武甲』をサブ島の島影に隠れるように停泊させると、綾波たち19駆逐隊に周囲の警戒を命じた。
入れ違いに伝令が艦橋に入ってくる。

「提督、陸戦隊及びレンジャー部隊、総員搭乗しました」

「宜しい、これよりケ号作戦を発令する。後部甲板員、大発降ろせ!」

航空作業甲板の一段下にある上甲板から10隻の上陸舟艇が降ろされる。
軍内部では二次大戦時のソレに倣い大発と呼ばれる舟艇には、元陸自を含む陸戦のエキスパート200名が搭乗している。
彼らはガダルカナル島内陸でゲリラ戦を展開していると思われるショートランド艦隊を捜索し、彼女たちの撤退を支援する任務を帯びていた。

「大発隊、発艦完了しました!」

「よし、大発隊の上陸を見計らって抜錨、島に沿い微速前進で敵飛行場姫を目指す」

「了解!」

今度は飛行場姫への砲撃に備えて準備が始まる。
物音をたてないように、それでいて忙しなく動くクルーたちを見ながら艦長が息を吐いた。

「堪りませんな、敵中での停泊は……」

「流石の艦娘母艦も大発の運用は想定外だからな。やむを得まい」



「第一艦隊の皆さんが敵の目を引き付けていなかったらまず無理な芸当でした。
……もしやこれを想定して迂回航路による敵の殲滅作戦を?」

「狙った訳では無いが、考慮に入れていなかったと言えば嘘に……」

『19駆逐隊敷波から『武甲』へ、軽巡ヘ級を含む水雷戦隊が接近中だよ!』

「っ!」

提督たちの会話は敷波がもたらした敵発見の報告により遮られた。
敵の本拠地から近い為、第一艦隊だけでは敵を引き付けきれなかったのかもしれない。

「敷波、方位と敵水雷戦隊の針路、出来たら速力も教えてくれ!」

『えっと、方位は300、針路90、速力は25ノットぐらい!』

「方位300で針路90、だと?」

敷波からの報告を反芻しなから、提督は眉を寄せる。
敵艦隊が後方から来たのも気になったが、何よりその針路は『武甲』に向かうものではなかったのが、気にかかった。
寧ろこの針路で進んだ先に居るのは……、



「提督、もしかすると敵の水雷戦隊は本艦に気付いていないのかもしれません」

「俺もその可能性を考えていた。あの艦隊はたぶん、第一艦隊を目指している。恐らく挟み撃ちを狙っているのだろう」

推測だが、敵の狙いにほぼ間違いは無いだろう。
第一艦隊が突入した鉄底海峡は混戦状態であり、例え一隻の増援であっても、第一艦隊には脅威になる。

「提督、本艦で奴らを叩きましょう。 第一艦隊がやられてしまっては元も子もありません!」

「…………宜しい、本艦及び第19駆逐隊に発令、左雷撃戦用意、目標、敵水雷戦隊!」

新たな命令が飛び、艦内がにわかに騒がしくなる。
信号を受けた綾波たちは脚に装着した魚雷発射管の安全装置を外し、艦長は魚雷指揮所への直通電話を取る。

「水雷長、聞いたか?雷撃戦だ!準備でき次第、二・四番管の魚雷をお見舞いしてやれ!」

『了解です艦長! 助かりましたよ、あと10分遅かったら魚雷を投棄していた所でした』

魚雷の投棄命令は『武甲』と第19駆逐隊にも発令されていた。
が、大発の発艦作業が優先された為、一時的に延期になっていたのだ。今回はその延期が功を奏した。



『艦長、雷撃準備整いました!』

「二番・四番発射管発射始め!続けて次発装填急げ!」

「提督、綾波さんから信号です。『19駆逐隊、魚雷発射完了』」

綾波型は本来、魚雷発射管は三連装二基を装備しているが、呉鎮守府の19駆逐隊は四連装二基に換装している。
『武甲』が三連装二基なので、合計30本の魚雷を放った計算になる。
『武甲』の魚雷は酸素魚雷ではないものの、音響追尾機能を有しており、命中率は艦娘のソレを大きく上回る。
火力の高い、19駆逐隊の酸素魚雷と合わせれば十分威力を発揮する筈だ。
そして……、

「……3、2、1、じかーん!」

カウントダウンがゼロになるのと同時に、敵水雷戦隊から多数の水柱が噴き上がった。
直後、先頭を航行していたヘ級が火柱に包まれる。
『武甲』の音響魚雷と、敷波の酸素魚雷が同時に命中し、火薬庫をぶち抜いた瞬間だった。





「……どうやら派手にやりあっているようですわね」

突如響いた轟沈クラスと思われる爆音に熊野は一人ごちた。
熊野たちが居るのは防空壕だか地下壕の残骸だ。
飛行場姫との交戦で航行性能を失った熊野たちはこの残骸で風雨を凌いできたのだ。

「今回はどうなるのかしら……」

上陸前、殿となって重傷を負った青葉と、上陸後の戦闘で負傷した阿賀野を見やりながらポツリと呟く。
昨夜突っ込んできた味方は飛行場姫に砲撃を加えたようだが、相討ちになって帰っていった。

今日はどうだろうか?
上陸から10日以上が過ぎ、物資弾薬共に限界が近い。
いや既に限界だ。
食糧こそ、かつてレンジャー隊が使用していたベースキャンプから拝借していたがそれも備蓄が底をつこうとしていた。
命からがらガダルカナル島に上陸したが、このままでは本当に“餓島”になってしまう。

そんなことを考えていると、壕の入口で見張りをしていた能代の声が響いた。

「熊野さん!見て下さい!」

「どうされましたの?」



「とにかく見て下さい、あれ!」

「っ!?」

能代が指差した先、ガダルカナル島の海岸に、小さな白い筋が数本、延びてきていた。
明らかに航跡だ。

「艦娘かしら?」

「いえ、違いますね、舟です。沖合に母艦が居るので恐らく上陸舟艇かと」

「母艦!?」

能代に言われて沖合を見た熊野は我が目を疑った。
艦娘でさえ接近が困難な現在のガダルカナル島沖に通常艦艇が居る。
それだけでも十分驚きだったのだが……、

「あれは、もしかして鈴谷の言っていた……」

「熊野さん?」

かつての最上型航空巡洋艦のようなシルエットに熊野は見覚えがあった。
出撃前に親友から届いた手紙に、ご丁寧にも添えられていた写真に写った姿と、それはまさしく一致していた。

「それでは、あれは呉鎮守府の……」

熊野が漏らした呟きは最後まで響く事はなかった。
母艦より更に沖、サブ島周辺で深海棲艦と交戦していた艦娘から爆炎が噴き上がったのだ。
炎に包まれた少女を見て、熊野は絶叫した。

「ッ! 鈴谷……、鈴谷ああぁぁぁぁ!!」




今日はここまで。
E5終わりました。谷風出ました。
なお弾薬が本格的にレッドゾーンに突入した模様。


「鈴谷!」

「鈴谷さん!」

「おーけーおーけー、だいじょーぶ、大丈夫だから……」

背後から聞こえる最上たちの声に手ぶりで応えながら鈴谷は自身の艤装を見た。
通信マストは折れ曲がり、ブレザー風の制服はあちこちが破れていた。
水偵や瑞雲を格納したアーマーガードなど見るも無惨に大破している。
肩から提げた主砲が無事な辺り、恐らくこの辺に被弾したのだろう。

「うっわー、ここって魚雷発射管のあるところじゃん……。降ろしといて良かったぁ~」

水偵格納庫と一緒に吹き飛んだ魚雷発射管を見て、鈴谷は背筋が凍るのを感じた。
提督の厳命で降ろした魚雷だったが、降ろしていなかったら間違いなく誘爆を起こしていた筈だ。
そうなれば、今頃鈴谷は海底に直行していただろう。

「機関部……は問題なし、電探は生きてるけど火力三割減かぁ、中破ってところかなぁ?」

中破ならまだ即轟沈の恐れはない。
これは長年の艦娘運用から判明した現場での簡易判定術だ。



「鈴谷さん、本当に大丈夫なんですか?」

主砲を敵に向けつつ、増速した五月雨が鈴谷の脇に並ぶ。
火力を重視した今回の編成で駆逐艦の五月雨が居るのはこのような事態に備えての事だ。
鈴谷や金剛たちに何かあった場合五月雨は護衛役として護送する役目を任されていた。

「大丈夫大丈夫、それに丁度反転ポイントだし、何かあったらソッコー『武甲』まで逃げるから、ね?」

「…………」

そう言って鈴谷は笑顔でウィンクしてみせる。
実際には笑顔はひきつっていたし、脂汗だって浮かんでいたのだが、五月雨は敢えて見なかった事にした。

「……分かりました、本当にマズかったら言ってくださいね?無茶は厳禁ですよ?」

「うん、分かった、ありがとう」

元の序列に戻っていく五月雨を見送ってから、鈴谷は辺りを見回した。
近距離遭遇戦となる夜戦では斉射速度の遅い戦艦より、弾数の多い重巡が脅威になる。
そしてこれまで、第一艦隊は重巡や雷巡、駆逐艦を中心に撃沈破してきた。
その作戦は上手く進んだようで、あれだけ海峡に居た敵も残るは飛行場姫手前の戦艦二隻と護衛の駆逐艦だ。



「ま、その戦艦に艤装撃ち抜かれちゃ意味ないんだけどねー……」

「イイエ、意味なら十分ありマース!」

「えっ?」

「撃ちます!当たって!」

鈴谷の声をかき消すように金剛と比叡の主砲が一斉に咆哮する。
鈴谷を砲撃し、次弾を装填しようとしていた戦艦たちはこの砲撃に対応することが出来なかった。

「~~~~!」

三戦隊一小隊の二人から集中砲火を浴び、敵戦艦の動きが更に鈍る。
畳み掛けるなら今しか無かった。

「鈴谷さん!今ですわ!」

「七戦隊目標、敵戦艦!撃ち方始め!」

金剛たちの放つ46センチ砲の砲声に20.3センチ砲のソレが加わる。
全員から砲撃を集中された戦艦は最初こそ雄叫びを上げながら反撃してきたが、やがて沈黙した。



「敵戦艦、撃沈確実です!」

「鈴谷、海峡内にまだ敵は居るのかい?」

「んー、電探見た感じだと居ないみたい、後は飛行場姫の取り巻きぐらい?」

「おかしいですわ。 確か、事前の作戦会議では敵は三個ないし四個艦隊と……」

「でも居ないモノは居ないしー……」

電探の捉えた情報を読み解きながら鈴谷は答えた。
実際は『武甲』と19駆逐隊が島陰からの奇襲で一個艦隊を撃破しているのだが、鈴谷たちは知るよしもない。

「取り敢えず海峡内の掃討はこれで……」

「鈴谷!護衛要塞の砲撃が来マース!」

「ッ!」

金剛の絶叫が響くと同時に第一艦隊の周囲に水柱が噴き上がる。
海峡内の艦隊が撃沈破されたのを見て、飛行場姫の周囲に展開した五基の護衛要塞郡が砲撃を開始したのだ。
敵の16インチ砲弾が巻き起こす水柱で海水を頭から被りながら鈴谷は叫ぶ。

「第一艦隊目標、敵飛行場姫及び護衛要塞郡! 準備出来次第撃ち方始め!」



一応砲撃開始の命令を下したが、先手を敵に取られた手前、そうは問屋がおろさなかった。

「うわわっ!?待って待って!」

「この水柱では狙いがつけられませんわ!」

そうなのだ。
五基の護衛要塞の絶え間無い砲撃により、水柱が邪魔をして照準がつけられないのだ。
唯一鈴谷だけは32号電探によるレーダー照準が可能だったが、艤装の中破で火力が下がっている。

「くっ!このままじゃ皆……!」

「ッ!見て下さいお姉さま!敵が!」

比叡の言葉に飛行場姫の方を見た鈴谷たちは目を疑った。
先程まで月明かりの中でボンヤリと見えるだけだったその姿が、スポットライトを浴びたように光の中に浮かび上がっていた。
その光は先の星弾の比ではなく、射すような光の矢となって飛行場姫と護衛要塞郡を照らし出していた。

「これは探照灯!?一体誰が……」

「鈴谷さん!『武甲』です!『武甲』が探照灯照射を!」

「なっ!?」

五月雨の指差す先、光源を作り出している艦のシルエットを見た鈴谷は思わず絶句した。
後部甲板がまっ平らな見慣れた母艦――『武甲』が探照灯を照射しながら20.3センチ砲を振りかざし、飛行場姫目掛け突っ込んでいた。





「艦長、探照灯照射だ」

「照射、でありますか?」

提督の低い声に艦長は思わず我が耳を疑った。
艦長は一瞬、提督の方を振り返り、それから飛行場姫とその取り巻きに滅多撃ちにされる第一艦隊を見た。
先陣を切る鈴谷は海峡内在泊艦隊との交戦で被弾したのか艤装から黒煙を噴いている。
ここからではよく見えないが他の五人も大なり小なり傷付いているだろう。

「…………」

探照灯、即ちサーチライトの点灯は夜戦に於ける最終手段だ。
星弾とは比べ物にならないその明るさは味方の命中率を上げる代わりに自艦に敵の攻撃が集中する諸刃の剣だった。
二次大戦で探照灯を照射した艦はいずれも集中砲火を受け撃沈されている。

「敵の目を一時的に引き付けるだけで良い。敵が撃ってきたらすぐに消す」

「……分かりました。右舷探照灯、照射始め! 航海長、弱めに面舵だ」

「了解、おもーかーじ!」

覚悟を決め艦長が探照灯照射を命じる。
新月であっても10キロ先で新聞が読める照度を誇る光の筋がサッとガダルカナル島を照らす。
その光は飛行場姫とその護衛要塞をハッキリと照らし出す。



「主砲、撃ち方始め!目標、敵飛行場姫!」

「てぇーっ!」

照射であらわになった飛行場姫に三基六門の20.3センチ砲が轟然と哮える。
目眩く閃光が前甲板に巻き起こり、音速を越える速度で砲弾が敵目掛けて飛んでいく。

「よーい、だーんちゃく、今!」

飛行場姫に直撃弾炸裂の閃光が走り、直後、閃光は巨大な爆炎となって天を焦がす。
初弾命中だ。

「~~~~っ!」

照射と砲撃のダブルパンチを受けた飛行場姫と護衛要塞の反応も早い。
第一艦隊への砲撃を中止すると生意気にも探照灯を照射してきた『武甲』に全砲門を向ける。

「照射止め!面舵一杯!速力最大戦速!」

敵の16インチ砲が旋回しているのを見た艦長が矢継ぎ早に命令を下す。
即座に照射が打ち切られ、『武甲』は増速しながら艦首を右に振る。
事前に弱く舵を切っていた為、回り始めるのは早かった。

「敵弾、来ます!」

「総員衝撃に備えろ!」

艦長が艦内放送のマイクに向かって怒鳴った瞬間、を直撃弾炸裂の衝撃が『武甲』の船体を揺るがした。





「『武甲』に直撃弾です!」

「あーもー!言わんこっちゃない!」

五月雨の報告を聞きながら鈴谷は髪を掻きむしる。
海水やら硝煙やらで只でさえボサボサになっていた髪が更に酷い事になっているのだが構っている余裕はない。

「鈴谷、僕たちも加勢しよう!」

「そうですわ、被害が増える前に敵を倒しましょう!」

「こーなったら破れかぶれだ! 七戦隊目標、敵護衛要塞。三戦隊目標、敵飛行場姫。撃ち方始め!」

言いたい事は山ほどあったが、それでも鈴谷は艦娘で、艦隊旗艦だった。
制服はぼろ布同然になり、艤装も顔もいぶされて真っ黒だったが、鈴谷たちは戦闘を継続する。

いや、鈴谷たちだけではない。
敵の直撃弾を受けた『武甲』もまた戦闘を継続すべく主砲を振りかざしていた。

「砲術長!ありったけの三式弾と零式弾をヤツにぶちこんでやれ!」

「……これで次の作戦での本艦の弾薬はゼロだな。もっとも次の作戦があれば、の話だが……」



そこから先は壮烈な殴りあいだった。
三隈の20.3センチ砲が護衛要塞の砲台を吹っ飛ばしたかと思うと、別の護衛要塞の16インチ砲が、最上の煙突を粉砕する。
金剛の第二砲塔を根元から吹き飛ばした飛行場姫は、比叡の放った三式弾により顔面を撃ち抜かれる。
『武甲』の護衛をしていた綾波や、第一艦隊に付き従っていた五月雨などはほぼ零距離まで接近して10センチ砲の猛射を浴びせている。
敵味方、艦娘も母艦も深海棲艦も、誰一人として無傷な者は居なかった。
互いに死力を尽くして撃ち合った。



互いに死力を尽くし、やがて砲声が途絶えた。






どれだけの時間が過ぎたのだろう?
一晩中撃ち合っていた様な気もするし、30分程度だったような気もする。
気が付いた時には、五基の護衛要塞は沈黙し、飛行場姫は炎に包まれ、崩れ落ちようとしていた。

「…………勝った、の?」

「そのよう……ですね」

なんとも実感の湧かない勝利だった。
飛行場姫は派手に爆発する事も、断末魔の悲鳴を上げる事もなく、炎の中に消えていく。

『こちら『武甲』、聞こえるか?俺だ』

そこへ唯一無事だった五月雨の無線機に提督からの通信が入った。
艤装の排水作業に手こずる五月雨に代わり、鈴谷が無線機を取る。



「提督じゃーん、ちぃーっす」

『その声は鈴谷だな?派手にやられてたようだが大丈夫か?』

「えっ?あっ、うん、大丈夫だよ?ただ航空作業甲板と通信機と制服が大破しただけだからさ……」

『それは大丈夫とは言わん。他の皆はどうだ?』

「五月雨と磯波が艤装の排水中で、後は……みんなから聞いて」

そう言うと鈴谷は無線機をホイと放り投げた。
たまたま無線機をキャッチした最上が涙目になりながら訴える。

「見てよ提督!煙突が吹っ飛んだせいで全身真っ黒だよぉ」

「私もです~」

最上同様、煙突に大穴をあけた綾波があとに続き、次に金剛が無線機を取る。

「二番砲塔が夜空のスターになってしまいマシタ。でも航行には問題ナッシングデース」

「私と比叡さんは特に大きな損害はありませんわ。ところで飛行場姫の方は……?」

『ああ、それなら島に上陸した捜索隊から報告があった。飛行場姫は完全に破壊されたとの事だ。よくやった、ご苦労だったな』



どうやら作戦は成功したらしい。
地上部隊が確認したのなら間違いないだろう。
ホッと胸を撫で下ろしつつ鈴谷は気になっていた事を尋ねた。

「それでさ提督、ショートランド艦隊の方は……」

『そちらも捜索隊が保護した。そろそろこっちに大発で戻ってくる頃なんだが……』

「鈴谷ーっ!」

「!」

久しく聞いていなかった声が無線を遮る。
振り返ると大発に乗った地上部隊に混じって、茶色いブレザー姿の少女が手を振っていた。
セーラー服のパパラッチ少女や揃いの制服に身を包んだ軽巡姉妹の姿も見える。

「熊野!無事だったんだ!」

「当然ですわ! ……それにしても鈴谷も皆さんも、暫く見ないうちに随分とシュールな格好になりましたわねぇ」

勝利を収めた艦隊とは思えない鈴谷たちの身なりを見て、少女――熊野が目を丸くする。
まるで他人事のような熊野の言葉に三隈は頬を膨らませた。



「そう言う熊野さんだって人の事は言えませんわ。お洋服がボロボロで遭難者丸出しの格好ですのよ?」

「これは、その……。そ、そう!さばいばるですわ!“さばいばる生活”とやらを一度やってみたかったのです」

「なにそれ、屁理屈じゃーん」

軽口を叩いているうちにようやく実感が湧いてきて、鈴谷も熊野も、果ては大発の隊員まで笑みをこぼす。
飛行場姫の撃滅と孤立したショートランド艦隊の救助と言う二つの作戦目標を、呉鎮守府艦隊は無事、達成したのだ。

鈴谷が合流してきた大発に乗ると熊野がそっと耳打ちする。

「今回は本当に助かりましたわ。ありがとう、鈴谷」

「うぅん、こっちこそ、迎えに行くのが遅れてゴメンね。それと……」



おかえり、熊野……。






明るくなりだした空が還るべき母艦の姿を浮かび上がらせる。
よく見ると後部マストがひしゃげていたり、主砲が鉄屑の山と化していたり、鈴谷たち艦娘に負けず劣らず酷い事になっていたが、概ね原型をとどめていた。

艦内で制服だけを着替え、艦橋に向かうと提督が満面の笑みを浮かべて待っていた。

「艦隊が帰投しました。おつかれ~!」

「うむ、ご苦労だった」

「提督、大本営から本作戦の終結が宣言されました。どうやら横須賀艦隊も敵新鋭戦艦の討伐に成功した模様です」

「そうか、終わったか……」

大本営の宣言、それはサーモン海討伐と言う巨大な作戦が終わったことを意味する。
長駆、内地から母艦を繰り出しての遠征もこれで終わりだ。

「さて、それじや、帰ろっか、鈴谷たちの鎮守府に!」

「ああ、帰ろう。 両舷前進、これより本艦は母港に帰投する」

「両舷前進、速力18ノット!」

長い夜はこうして夜明けを迎えた。
眩いばかりの曙光の中、鈴谷たちを回収した『武甲』は速力を上げ鉄底海峡を後にする。

サーモン海での呉鎮守府の戦いはこれで一旦終わる事になる。
この戦いは新たな戦いの幕開けであり、彼女たちは再びこの地に舞い戻ってくる事になるのだが、今はまだ知るよしもなかった。






と言うわけで秋イベントことアイアンボトムサウンド編完結です。
艦これで地の文満載の戦記小説風味と言う実験色の濃いSSでしたが、いかがでしたしょうか?

文体が文体ゆえに似たような場面がチラホラ出てしまいました。
普通の架空戦記と違い、敵側の描写(台詞など)が限られた物になってしまったのは反省点の一つです。
多人数で運用する軍艦と違い、一個人でカタがつく艦娘の掛け合いの薄さも気になる所です。

軍事的ギミックとして母艦と言う舞台を用意してみましたが、もて余した感があります。
まだまだ改良の余地がありそうです。




さて、今回は最初と言うことで一から私の方で設定を組み、キャスティングをしましたが、
「この艦娘を見たい」「こう言うシチュエーションが良い」と言うご意見がありましたらお寄せください。
出来る範囲内で戦記風に仕立ててみようと思います。


皆様の良き提督ライフを祈りつつ、それでは

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