店長「お客様は神様です!」(55)

── コンビニ ──

男「なんだその態度は!? こっちは客だぞ!」

店員「テメーみたいな奴は客でもなんでもねー!」

店員「とっとと出ていきやがれ!」

男「なんだと!」

男「お前みたいな無礼な店員ははじめてだ!」

店員「そりゃこっちのセリフだ!」

男「訴えてやる!」

店員「訴えられてやる!」

店長(……やれやれ、またか)

店長「もしもし、お客様」ススッ…

男「お、アンタが店長か!?」

男「この店の教育はいったいどうなってるんだ! えぇ!?」

店長「このたびはお客様にご迷惑をおかけして、大変申し訳ありません」

店長「お詫びにこのタウンワークを、無料で差し上げます」スッ…

男「えっ、無料!?」

男「しょうがない、許してやるか」

男「フンフ~ン」スタスタ

店長「またお越し下さいませ~」

店長「やれやれ、君はお客とケンカをしすぎる」

店長「今月だけで、これでもう五回目だ」

店長「ムカつくお客に文句を言いたくなる気持ちも分かるが、少しは我慢しないと」

店員「だけど店長!」

店員「ああいうのはこっちが遠慮すると、どんどんつけあがりますよ!」

店員「だいたい客だからって、そんなに偉いんですか!?」

店員「こっちは物を売る、あっちは金を払う、これでイーブン」

店員「神様じゃあるまいし、なにもこっちが必要以上にへりくだることはないですよ!」

店長「まぁ君の言い分も分かるけどね」

店長「しかし、店とお客じゃ、お客の方が立場が強いってのが現実だ」

店長「例えばさっきみたいなお客が逆恨みして」

店長「ネット上に匿名でウチの悪口をあることないこと書いて大騒ぎになったら」

店長「ウチの店にとっては大ダメージだ」

店長「仮にウチが悪くないのが分かっても、私は本社から責任を問われるだろうし」

店長「下手したら君をクビにしなきゃならない」

店長「あっちは不特定多数、こっちは看板出して商売してるわけだからね」

店長「自分はここにいますって宣伝してる軍隊と」

店長「どこにいるか、何人いるかすら分からない軍隊の戦いみたいなもんだ」

店長「どうしてもこっちが不利なんだよ」

店員「まあ……それはたしかに……」

店長「とはいえ、我慢我慢じゃストレスは溜まるばかり」

店長「ストレスが溜まれば心も体も調子が悪くなる」

店長「君だって、たかがバイトでストレスなんか溜めたくないだろう?」

店員「別にそんなことは……。まあ、溜まらないに越したことはないですけど」

店長「だからさ」

店長「発想の転換をしよう」

店員「発想の転換?」

店長「いっそのこと、徹底的にお客を神様扱いしてみないか?」

店員「客を、神様扱い……?」

店長「そう」

店長「物事ってのは、やらされるより、進んでやる方がストレスが少ないもんさ」

店長「イヤなことでも、これが自分の役目! って開き直ると案外楽しかったりする」

店長「あっちが神様扱いを望むなら、いっそこっちから神様扱いしてやるのさ」

店長「そうすれば、お客に対してへりくだることについて」

店長「屈辱感みたいなものをさほど感じなくなるはずだ」

店長「そうなれば、君もハッピー、お客もハッピー、私もハッピーだ」

店長「……どうだい? やってみる価値はあるだろ?」

店員「まあ、かまいませんけど」

店長「決まりだね」ニヤッ

店長「じゃあさっそく開始だ。次に店に入ってきたお客を神様扱いしよう」

店員「分かりました」

店長「いいかい? こういうのは生半可じゃダメだ、徹底的にだ」

店員「は、はい」ゴクッ…

店員(店長の目……本気だ!)

シ~ン……

ガーッ!

客(立ち読みして、トイレ借りて、ジュース買って帰ろ)

店長「いらっしゃいませーっ!」バッ

店員「いらっしゃいませーっ!」バッ

店長「お客様は神様です!」

店員「おお、ついに我が店に神様が降臨なされた!」

客「え、え?」

店長「ささ、どうぞどうぞ! 汚い店ですが、くつろいでいって下さい!」

店長「なんでも好きなものを食べて下さい!」

店員「漫画や雑誌も揃えてますよ! なんでも読んで下さい!」

店員「立ち読みに疲れたら、椅子も用意しますので!」

客(え、なにこれ? なんかのキャンペーン? 一万人目の客とかああいうやつ?)

客「じゃ、じゃあ……漫画を立ち読みします」

店長「さあさ、どれになさいます?」

店長「週刊少年ジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピオン?」

店長「ヤングジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピオン?」

店長「あるいは月刊? 別冊?」

店長「はたまたビッグコミック系?」

店長「まんがタイム、まんがタウンを始めとした、4コマ雑誌も豪華ラインナップ!」

店長「単行本もビニール破ってかまいませんよ!」

客「えぇ~っと、じゃあ──」





客「     漫     画     ゴ     ラ     ク     」

店長「おおっ、漫画ゴラク!」

店員「店長! 今日からこのコンビニでは、漫画ゴラクを聖書といたしましょう!」

店長「うむ、聖書決定!」

客「あの、読んでいいですか? なんなら、買いますけど……ボク」

店長「いえいえいえ、そんな! 買うなんて絶対ダメです!」

店長「神様であるお客様からお金をいただくなんて、バチ当たりもいいとこ!」

店長「賽銭ドロボーと同レベルの鬼畜所業ですよ!」

客「そ、そうですか。なんかすみません」

店長「あなたが立ち読みしてる間、祈らせてもらいますがかまいませんね!」

客「ど、どうぞ」

店長「アーメン、ザーメン、ツタンカーメン」

店員「ナムアミダーブ、ナムアミダーブ」

店長「ナマムーギ、ナマゴーメ、ナマタマーゴ」

店員「ピカチュー、カイリュー、ヤドラン、ピジョーン」

店長「ソーケンビチャ、ドクダミ、ハブチャ、プーアール」

店員「アルヒー、パパトー、フタリデー、カタリーアータサー」

客(ずいぶんサービスがいい店だなあ)ペラペラ…

客「読み終わったので、ジュース飲んでいいですか?」

店長「どうぞどうぞどうぞどうぞどうぞ!」

店長(さあ、お客様はいったいどんなジュースを手に取るのか……!)ドキドキ…

店員(緊張の一瞬だ……!)ワクワク…

客「これにしよう」ゴトッ





客「   コ   カ   コ   ー   ラ   ゼ   ロ   」

店長(あ、意外と無難……)

女「ちょっと~、さっきからレジ待ってんだけど」

会社員「早くしてくれ! 私は忙しいんだ!」

土木作業員「しゃべってねえで、ちゃんと仕事しろよ!」

店長「!」ビキッ

店長「うるせぇぇぇぇぇっ!!!」

店長「お客様は神様なんだ!」

店長「多神教じゃねえ……こちとら一神教よ! 浮気はしねぇ!」

店長「てめぇら如き三下を相手してるヒマはねーんだよ!」

店員(て、店長……)

店員(アンタ今、輝いてるぜ……!)

女「神様ですって……!?」

会社員「私は無神論者だが、まさか神様が実在したとは……」

土木作業員「ゆ、許してくれよぉ……悪気はなかったんだよぉ……!」

店長「どうしますか、お客様? あの不届き者たちを」

客「どうしますって……別にどうもしなくていいです」

店長「おおおっ! なんという優しさ!」

店長「右の頬をぶたれたら、全身を叩かせるようなマゾと紙一重チックな愛!」

店長「敵も味方もいないところでメガンテを放つような究極の自己犠牲!」

店員「やっぱお客様ってスゲー!」

女「あのう、神様……」

女「あたし、大学で宗教学を専攻してるんですけど」

女「もしよろしければ、神話を作らせていただけませんか?」

会社員「なるほど、神話か! たしかに神様には伝説がつきものだ!」

土木作業員「そりゃあいいな!」

店長「うむ、神様と言えば神話!」

店員「是非お願いするよ!」

女「神様」

女「神話の元にするので、今日何やってたかを簡単に教えていただけますか?」

客「えぇ~っと、野良猫の鳴き声で目が覚めちゃって」

客「バナナ食って」

客「鼻ほじって」

客「コンビニに来ました」

女「ふむふむ」カリカリ…

女「出来たわ!」

女「神様が神であることを証明する神話──世界創世記が!」

獣の声

聖人はまぶたを開いた

聖人は口に含む

黄色く細長い果実

鼻の中に生命が生まれた

聖人は指でそれらを鼻から取り出し

取り出された生命は

星となり土となり水となり木となり獣となり

人となった

聖人は歩く

やがてたどり着く

昼も夜も明かりが灯る小さな村

村人は聖人を崇めた

聖人は神となった

店長「いい!」

店長「実にいい!」

店員「お客様によって世界が作られたって知って、泣けてきた……!」ボロボロ…

女「ありがとうございます」エヘッ

会社員&土木作業員(ちくしょう、自分だって神様の役に立ちたい!)

会社員「あ、あの!」

会社員「私は広告会社に勤めてまして!」

会社員「神様のことをみんなに知ってもらうために大々的に宣伝します!」

土木作業員「お、俺も!」

土木作業員「このコンビニを神殿に建て直す!」

店長「みんな、ありがとう! よろしく頼むよ!」

客「あのう」

店長「なんですか、神様?」

客「お腹空いたんで、おにぎり食べてもよかですか?」グゥゥ…

店長「どうぞどうぞ!」

店員「味はどうします?」





客「                  梅                  」

店長「おでんはいかがですか?」

客「      は      ん      ぺ      ん      」

店員「デザートもありますよ!」

客「      エ      ク      レ      ア      」

店長「甘い物の後はお茶で!」

客「      伊      右      衛      門      」

客「なんか申し訳ないですね。こんなによくしてもらっちゃって」モグモグ…

店長「かまいません、かまいません!」

店長「お客様は神様ですから!」

店員「人類が今こうして存在して、俺がバイトをやれているのも」

店員「みんなお客様のおかげなんですから!」

客(そうなのか……そいつは知らなかった)

客(ここは本当にいいコンビニだなぁ)

客(でも、なにか大事なことを忘れているような……なんだろう?)



そして、一年の月日が流れた……。

── 神殿 ──

店長「70億人の信者諸君!」

店長「聖地コンビニへようこそ!」

店長「この私が、大神官の店長!」

店員「俺は神官の店員だ!」

女「あたしは神話語り手!」

会社員「私は伝道師!」

土木作業員「俺は神殿守護者!」

ワァー……! ワァー……!

「ビッグ5だ!」 「神に仕えし五人の大幹部!」 「オーラが違うぜ!」

「あの五人には、今やアメリカ大統領も頭が上がらないって話だ!」

店長「まもなくお客様こと、神様が降臨なされる!」

店長「諸君らは神様のお言葉を、砂漠で手に入れた水の如く」

店長「一滴たりともこぼさぬよう拝聴せよ!」

店長「聖書である漫画ゴラクを読みながらな!」

ワァー……! ワァー……!

店長「では、神様どうぞ!」

客「こ、こんにちは」ザッ

「あれが神様だ!」 「生で見られるなんて感激だわ!」 「神々しすぎる!」

ワァー……! ワァー……!

客「…………」

客(そうか……)

客(そうだったのか……)

客(ボクは神になったんだ)

客(あのコンビニに入った瞬間から)パァァァ…

客「そこのタバコを取ってくれんかね」

店員「フッ・・・好きなのを持っていきな・・・」

客「・・・いやだから あの青いのを取ってくれと言っているんだ」

店員「俺がお前の為にそんなことをする義理があるのか?」

妹「なによあんた!その態度! お客様は神様って教わらなかったの!?」

店員「生憎・・・俺は神など信じていないのでね」

パァァァ……

「神様が光り輝いてる!」 「黄金の光!」 「奇跡だ!」

店長「おお、神様すごい……」

店員「ま、まぶしい……! まるで太陽みたいだ!」



客「皆の者よ」フワァ…



女「宙に浮いた!?」

会社員「これが神様の力なのか!」

土木作業員「ありがたやありがたや~!」



客「神であるボクのために、こんなに大勢集まってくれてありがとう」

客「おかげでボクは、コンビニに入った時のことをようやく思い出した」

客「今の今までずっと忘れていた……大切なことを」

店長「神様、思い出した大切なこととは……いったい?」

客「店長」

客「ボクはあなたのコンビニに入った時からずっと──」

客「トイレを借りたかったんです」

客「もう我慢の限界です」

客「ここで出します」





かくして世界中に散りばめられた、神の水。

神の水は人々の悪しき心を浄化し、争う心を鎮め、自然を蘇らせ、

人類と地球に真の平和をもたらした。



                         店長「お客様は神様です!」 完

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