ボーイ・ミーツ・トンデモ発射場ガール
あらすじ
上条当麻は不良に襲われているところを、ひとりのお嬢様に助けられた。
佐天涙子は伸びない能力に向き合うため、ひとりのお嬢様に助けを求めた。
常盤台中学が誇る空力使い(エアロハンド)、"トンデモ発射場ガール"がヒロインのお話。
このスレはArcadiaでこれまで連載してきた同名のSSの最新話を投下していくスレです。
ここで書きたまり次第、加筆修正を行って、Arcadiaに投稿するというスタイルをとっています。
これはこのようなやり方が、最も更新速度を速められるとの判断に基づいています。
どちらの規約にも反していないと私は判断していますが、何か問題が有りましたらご指摘願います。
まとめて読めるところ
Arcadia(ttp://www.mai-net.net/)
ボーイ・ミーツ・トンデモ発射場ガール【とある禁書目録・超電磁砲】【再構成】
ttp://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=etc&all=19764&n=0&count=1
前スレ
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1392442751
プロローグの改稿がようやく終わりました。
長らくお待たせしてすみません。
以降、こちらに新しい部分の投下を行っていきます。
更新速度はまったりだと思いますが、末永くお付き合いくださると幸いです。
とりあえずは、理想郷にだけ上げてある二話分をまずは投下しようと思います。
「――――ということで、5分ほどで準備して。いいわね?」
「あーはいはい。話はそれだけ?」
「ええ。そちらこそ聞きたいことないの? 失敗しないように何か確認事項とか――――」
「ないわね。それじゃ」
電話の向こうでさらに何かを言おうとするのを無視して、麦野は通話をオフにした。
「ったく。言われなくてもギャラの分くらいは働いてあげるわよ」
「言葉の割に、珍しく超やる気ですね、麦野」
「そう?」
少し、高揚が態度に透けて出ていたらしい。鋭い絹旗の指摘にとぼけた声を返して、麦野は自省した。
麦野を含めた『アイテム』のメンバー達四人。
彼女達が待機しているのは、ゆったりとしたボックスカーの中だった。
スピーカーから聞こえてきたのは彼女たちの上司からの仕事の指示で、
もう間もなく、彼女たちは与えられた仕事のために動くことになる。
その指令は、麦野を除く三人にとっては不可解なものだった。
そんな仕事は珍しいこともないから誰も文句は言わないが。
内容を簡単に言うと、ある施設を破壊しまわっている能力者を撃退すること。相手は発電系能力者らしい。
不可解な点というのは、注文内容に「相手の素性の詮索は無用」とあること。
仕事の依頼主は相手の能力のことをかなり正確に理解していて、
まるでその相手が誰なのかを知っているようにさえ思える口ぶりだった。
なのに、こちらから消しに行くこともせずに、ただ攻め込まれるのを待ち、
『アイテム』に迎撃を依頼している。
……まあ、事情を知っている麦野からすれば納得の行動ではあるが。
『絶対能力進化<レベル6シフト>』はかなり上位のプロジェクトとはいえ、
さすがに学園都市の『顔』を消し飛ばすのは無理だろう。
「ねー麦野。ギャラはどう分けるの?」
フレンダの声に、麦野は思案する。だいたいこういう時の配分は、シンプルな取り決めがある。
しかし、今回はそれをあまり歓迎できない事情があった。
「いつも通り仕留めた人の総取り……って言いたいところなんだけど、
ちょっと私にターゲットを譲って欲しいのよね。
襲撃はこっちのビルの可能性の方が高いんだったわよね。
だから、そっちに私と滝壺が行くわ。フレンダと絹旗は反対側」
「まあ、それは別に構いませんが。でいくらで手を打ってくれるんです?」
「私が仕留めたら6割貰っていくわ。残りを滝壺が2割、あんたたち二人で1割づつ」
「えーなにそれ! 譲るかわりに1割ってひどくない?」
「いくら欲しいわけ?」
「じゃあ2割!」
「1.5割ね」
「横暴だー。私達んとこに来たら全額貰ってくからね」
「それでいいわ」
口を尖らせるフレンダの相手をそこで打ち切って、麦野は腰を上げた。
彼女たちの上司が依頼先から仕入れた情報だと、15分もすれば『敵』が来るらしい。
僅か先の未来に思いをはせて、麦野はニヤリと笑みを浮かべた。
この件については、自分はただ仕事を引き受けた掃除屋の立場に留まらない。
あの口うるさい上司が把握しているのか知らないが、誰が来るのかを、麦野は知っている。
絹旗あたりも、敵が誰かまでは分からずとも、自分がそれを知っていること自体には気付いているかもしれない。
口出ししてこないので、麦野からは特に何も言わなかったが。
「さて、それじゃさっさと終わらせて帰りましょう」
その麦野の号令で、『アイテム』のメンバー達はワゴンを後にした。
先頭をゆっくりと歩きながら、麦野は押さえがたい戦意を表情の奥に押し込めていく。
ようやく、お膳立てが出来たのだ。
野試合などではなく、誰かに望まれた形で公然と第三位を倒す、その下準備が。
絶望に塗れた御坂美琴の表情を思い出しながら、
麦野は襲撃予定の場所、樋口製薬の研究所に足を向けた。
――ただ、彼女も、そして依頼主たちも、誰も予想していなかった。
御坂美琴の他にも、侵入しようとする者がいることは。
夕日が林立するビルの奥に消え、人工の明かりが街を照らすその時間帯。
渋滞で込み合う大通りに面した歩道を、佐天と白井の二人は疾走していた。
白井はスティック状の携帯端末を常に耳に当て、佐天はその後ろを付き従いながら、
白井が立ち止まるたびに白井の肩に触れる。
それは二人が向かっているとある研究所へ、最短でたどり着くための努力だった。
「初春! 次は?!」
『そのビルの『厚み』は裏手まで50メートルです。まっすぐ素通りしてください』
「了解」
佐天は電話越しにやり取りされるその声を傍で聞き、白井に向かって手を伸ばす。
その感触を肌で感じ、白井はすぐさまに能力を発動した。
もう何度目か分からない、一瞬の視界のブラックアウト。
テレポートの感覚にようやく佐天は慣れつつあった。
瞬きをする前とでガラリと変化した視覚情報を大急ぎで処理しつつ、佐天はひたすら白井の後を追う。
『白井さん、そこから300メートルは障害物無しです』
「そう。走る距離が長いのは休憩と捉えるべきですわね」
『行き止まりが、ちょうど研究所の側面の壁になります。
そこからは、白井さんのほうでもよく様子を見てください』
「ええ、分かっていますわ」
高密度に形成された学園都市の街中では、自動車の実効的な時速は30キロを下回る。
その中で、文字通りの直線的なルートを時速80キロ近くで駆け抜ける白井達は、
超高速移動していると言っていい。
そんな風に二人が今、こうして夜の学園都市を走ることになったのは。
「御坂さん……きっといます、よね」
「私たちにできるのは、それを信じることだけですわ」
つい数時間ほど前に、御坂美琴にそっくりな、とある少女に邂逅したことがきっかけだった。
「初春。そちらに変わりは?」
『ありません。こちらは三人ともさっきのままです』
初春は春上とともに、詰所である風紀委員の第117支部から白井たちに連絡を取っている。
そして初春が口にした三人目、それが件の少女。御坂美琴のクローンである妹達<シスターズ>の一人だった。
彼女は先程、白井たちもいた頃に宣言したとおり、
初春たちに暴力を振るうこともなく、静かに隣で待機しているらしい。
病み上がりの春上、バックアップが専門の初春を後方に残し、そこに御坂のクローンをとどめておく。
そして白井と自分が実働部隊になるのは、佐天にとっては決まりきったことだった。
「佐天さん、飛びますわよ!」
「はい!」
這い上がる様々な感情を演算に使う脳から必死に追い出しながら、白井は前を見続けた。
目的意識がギリギリのところで理性を押し止めていてくれているが、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
――――数時間前。白井たちは、第七学区の公園で、『妹達』の一人に出会った。
言ってしまえば、見た目が美琴と瓜二つというだけの少女。それくらいなら驚くには値しないはずなのだ。
外見を偽装する能力や技術なんて、学園都市にはありふれているのだから。
だから普段なら、風紀委員として何かと事件に首を突っ込む悪癖のある自分とて、
警備員あたりを呼んでそれで終わりにしたことだろう。
そうなる、はずだった。もし初春が、少し前に美琴から電話を貰ったことを思い出さなかったならば。
春上たちを救うためにテレスティーナを退けた、その前の日。
初春は夜、電話越しに美琴とおかしな会話を交わしたのだった。
何に必要なのかわからない符牒<パス>。そのデコードを手伝ってくれという依頼だった。
あの時の美琴に感じたどこか不自然な、何かを隠すような態度。
それと目の前にいた少女を結びつけて考えた初春の直感は、残念ながら、まったくもって正しかった。
「――っとと」
「佐天さん、大丈夫ですの?」
全力疾走したままのテレポート。
それは、転移後の様子まで脳裏に思い描いてある白井にとってはもう何でもないことだが、
佐天にとっては大変な作業だ。
だが白井が気遣うと、気にしないで、というふうに佐天は首を振った。
その表情には、消えない戸惑いが貼りついていた。
きっと電話の向こうの、初春や春上だってそうだろう。あまりに、資料が物語る事実が、非現実的すぎた。
曰く。
この学園都市には、約一万人の御坂美琴の妹達<シスターズ>が存在している。
そして、これまでに約一万人の妹達が、実験の過程で死亡、処理されている。
こんなもの、まるで実感を伴わない事実だ。あの10031号というナンバーを振られた彼女を見ても。
だって、そんなに簡単に人が死ぬなんて。そんなに簡単に人間の複製<コピー>を作るなんて。
白井は独り、唇を噛んだ。戸惑いを隠せない友人たちとは、少しだけ違っていた。
自分だけは、気づけたはずだった。様子のおかしいお姉さまの姿を、ずっと見続けていたから。
だが自分は深くは踏み込まなかった。関わるべきか、見守るべきかを逡巡していた。
そして、その判断が、たぶん間違っていたことを白井は思い知らされたのだ。
「この壁……」
『そうです。これを越えたら、目的の製薬会社の敷地内です』
風雨に晒され僅かに黒ずんだ塀。上には簡素ながら鉄条網が張ってあるし、監視だってされているだろう。
だが、そういうものを白井は平気ですり抜ける。
コストの関係から、テレポーターを想定したセキュリティは張っていないらしかった。
それでも、進入するのには二の足を踏まずにはいられなかった。
この施設が美琴のクローンの量産プラントだと言っても、見た目は完全に善良な研究施設なのだ。
そこに入り口以外から、許可を取らずに忍び込むのだ。それも風紀委員の一員たる、この白井黒子が。
「佐天さん」
「はい」
「迷いはありませんのね?」
「大丈夫。さっさと御坂さんのところに、行きましょう」
背負うものが少ないからだろうか、まっすぐな瞳で佐天が瞬時に返事をした。
その決然とした様子に自分も背中を押される。
風紀委員である分、見つかったときに自分の方がより重い処罰を受けるのは確実だ。
だけど、その多寡など些細な差だろう。
産業スパイそのものの行為なのだから、佐天だって見つかれば拘束されるに決まっている。
それを分かっていないのかと問い直そうとして、白井はやめた。
佐天は、そういうことをきちんと理解できる、聡い友達だ。それでも、ここにいる。
「佐天さん、手を」
「はい」
出された手を、白井は握った。
市街に張り巡らせられたカメラによる監視網、その間隙を縫って、二人は学園都市の優しい世界から、姿を消した。
カツカツと、ローファを響かせながら、布束はガードマンに付き添われて通路を歩く。
電子機器から発せられるオゾンと酸化物の臭い、それに混じって漂う、培養プラント特有の匂い。
いつもの制服の上から白衣を着て、こんな薄暗い室内を歩くと、決まって『彼女』の顔が思い出される。
初めて日の光を浴びて、「世界とは、こんなにも眩しいものだったのですね」とつぶやいた、
布束砥信の実験動物<モルモット>。
10001号と銘打たれた彼女の顔はもう、思い出せない。
二万人いる彼女たちの無個性な顔の中に埋もれてしまった。
そういうふうに作るのが目的ではあったけれど、その目的が完璧に果たされていることに、
あの日の布束は疑問を持ってしまった。
だから、今ここにいる。
小さな音と共に開いた扉の向こうでは、慌ただしく職員たちが駆けずり回っていた。
「あなたが……布束砥信さんですか?」
「ええ。はじめまして。御社の学習装置<テスタメント>の監修を担当しました布束です」
「はじめまして。
すみません、『量産型能力者計画<レディオノイズ>』の頃から関わっているとお聞きしていたので、
こんなに若い方だったとは……」
対峙した瞬間の動揺をそんなふうに言い訳して、中年の研究者が手を差し出してきた。
軽く握手を交わし、当たりを見回す。その視線の意図に気づいて目の前の研究者が説明を加えた。
「ちょっとしたトラブルがありましてね、研究所の全設備と研究データを他所へ移す必要がありまして……」
「私は何をすればいいのですか?」
「ああ、いえいえ。こちらに控えていてくだされば結構です。何分我々もこんな大規模な移送は初めてで……」
歯切れの悪い言い回しを続ける研究者の言葉にじっと耳を傾けていると、不意に血相を変えた男が入ってきた。
「失礼します! 所長」
「なんだ? ……ちょっと失礼」
布束の前から少し移動し、入ってきた男の耳打ちを聞いて、
所長らしいその研究者も覚悟を決めたような顔になった。
「分かった。では急ぎつつ、手はずどおりに」
「はい」
布束は、もちろんその様子が示すのが何か、よく理解していた。
自分がこの施設に立ち入ったのが15分前。その瞬間は、
この施設の出入口でセキュリティが甘くなる瞬間でもある。
御坂美琴が、侵入したのだろう。
そしてもうこちら側がそれに気づけるほどに破壊活動が始まったということでもある。
「布束さん、それではこちらにご案内します。
学習装置<テスタメント>の搬送もしばらくすれば始まりますので、
その時にまたアドバイスをいただければ……と」
「そうですか。わかりました」
まだ、自分が動くべき時ではない。
素直に布束は案内に従った。
同時刻、同施設にて。
美琴は姿を潜めつつ、内部からセキュリティ情報にハックをかけて、自分たちの身の安全を確保していた。
隣では、かばうように当麻が立って周囲を警戒している。
当麻はいつもの私服の上から白衣を着込んでいた。そんな変哲な格好をした理由は、
似たような人間が施設内をうろついていたから。
どうやら、スキルアウトらしき連中を人足として雇って物資の運搬をやらせているらしい。
そちらを襲撃する手もあるにはあるが、根元を叩くほうが先だ。
二人が侵入しようとしているところは、運搬口から少し離れた、施設深部への通路だった。
その先には多分、何百人かの妹達が待機していて、
そして彼女たちの育成、いや培養プラントがあるはずだった。
そこまでたどり着いたほうが安全だと美琴は考えていた。
妹達は、クローンでない人間を殺傷することを強く忌避する。
だからこちらなら見つかっても当麻は殺されたりはしないだろう。
「……できた」
「そうか」
障害物の向こうで時折聞こえる足音に緊張を隠せない当麻が、硬い顔で返事をした。
プシュ、という音と共に機密の高い扉がロックを解除された。
素早く美琴がそれを開き、二人は体を滑り込ませた。
「アンタは足音を立てないようにしながら、降りてきて」
「お前は?」
「私はアンタの先行くから」
怪訝な顔をした当麻に、美琴は多くを説明しなかった。どうせすぐにわかるからだ。
すぐさま現れた階段の前で跳躍すると、美琴は階下へと一気に飛び降りた。
「ちょ、おい――」
「シッ!」
声を上げようとする当麻に釘を指しながら、美琴は付かず離れずの距離を先行する。
生物系の研究施設と思えない無骨な作りの地下が、建物の外見以上の規模で広がっていた。
居住空間としては二階ぶんくらいある高い天井の廊下、
そこに連なるのは乗用車が楽に乗り入れられる広い入口を持った部屋の数々。
閑散としているのは、施設の運び出しが済んでいる証拠か、あるいはもとから何もないのか。
美琴は見えない磁力線を手のひらに束ね、それをつかんでふわりと降り立った。
そしてすぐさま、人気のないその廊下を駆け抜ける。
「御坂、ちょっと」
こわばった顔で、息を切らせているくせに疾走をやめない美琴に追い詰められたものを感じて、
当麻は思わず声をかけた。
その声が聞こえないほど離れてはいなかったが、
美琴は当麻の声に耳を貸さず、さらに歩を早くする。
当麻はそこで、ようやく美琴の様子がおかしいことに気づいた。
早く事態を解決してしまいたい、そんな感じの焦りが美琴の態度に透けていた。
慎重さよりも拙速に重きを置いた歩みで、ためらいなく美琴は深部へと向かう。
大型のトラックの間をすり抜け、大量の資材を乗り越える。
自分たちがいるのは、実験室で作った製造プロセスと実機のプラント運転の間をつなぐ、
実証試験用のパイロットプラントを設置するスペースなのだろう。
あるけども人の気配に全く出くわさないのをいいことに、
美琴が足音を警戒するのもそこそこに、さらにペースを上げた。
そして当麻の方を見ることもなく、角を曲がり視界から消える。
さすがに、その行為を見とがめないわけにはいかなかった。
警戒感が薄いのもあるが、何より、美琴の態度が危うかった。
「御坂。急ぐ気持ちはわかるけど、もう少し――」
小走りに角を曲がって、思ったより近くにあったその背中に声をかけたところで、
当麻は先の言葉を紡げなくなった。
美琴が、全く人気のなかった廊下で、じっと『誰か』を睨みつけているから。
「ごきげんよう」
そこに居たのは、私服姿の、若い女が二人。ひとりは自分よりは年上だろう。
だが研究者という風にも見えなかった。
もう片方は、私服というか、野暮ったいジャージ姿で、こちらは同い年くらいだった。
「アンタは……」
「え?」
その人を知っている、という感じの口ぶりで美琴が呟いた。
「……知ってるのか?」
「顔はね。どうも、色々『物知り』な人みたいよ」
「ま、そうね」
すらりと背が高く、胸を強調するような服を着たその女性は、余裕のある態度で肩をすくめた。
「どういうつもりでここにいるわけ?」
「どう、って。私は不審者が入れば追い払うようにっていうバイトを引き受けているだけよ。
そちらこそどうしてこんなことをしているのかしら、不審者さん?」
「……理由なんて、私が言わなくたって知ってるでしょうが」
「まあそうね。私が教えてあげたんだったものね?
別に礼を要求するつもりはないけど、その分遠慮はしないわよ?」
そう嘯くその女を、美琴は睨みつけた。
忘れた訳がない。妹達が投入されている実験を知らせたのがそもそも、この女だ。
情報提供という意味では、確かに恩があるとも言えなくはない。
だけど、コイツは、真実を知った自分を見て、面白そうに笑ったのだ。
礼を言う気にも、そしてこの場にいる時点で味方だと思う気にも、到底なれなかった。
「……邪魔だからどいて」
「お仕事だからね。そういうわけにはいかないのよ。だから、仕方ないわね」
あまり残念そうにも見えない笑顔を浮かべて、その女は組んでいた腕を下ろした。
そして、後ろに控えていた当麻に、視線をやった。
「あの日の彼氏だっけ? ここまで付いてきてくれるなんて、女冥利に尽きるじゃない」
「……」
「どれくらい使い物になるの? 別に2対1でも構わないけど、できればサシがいいんだけど」
「そっちの後ろにも一人いるけど?」
美琴には、正面切って戦う気はない。ここを壊しさえすればいいのだから。
だが、口先で牽制し合って互いの実力を図るのは、必要なことだった。
「アッチは私のバックアップ。直接手は出さないから。そうね……これ、使っときなさい」
小さなパスケースを、女が後ろの少女に向かって投げた。
不器用な手つきでそれを受け取り、慣れた仕草で、手の甲に中身を少し乗せた。
それを見届けて、女――麦野沈利は重心を軽く落とした。
「さ、逃げられると仕事にならないし。――灰も残さずプラズマに変えてあげる」
それが戦いの、合図だった。
狙い通りに美琴を自分の方に呼び込めたことにほくそ笑みながら、麦野は美琴と、後ろの雑魚の始末をどうするか、プランを描き始めた。
襲撃者が訪れず、することのなくなったはずの残りのメンバーのことは、脳裏には少しも浮かばなかった。
フレンダと絹旗は、階段の上から慎重に侵入者を見下ろす。
「……ターゲットは一人と聞いていましたが」
「自信満々で一人って言ってたクセにぃ、あんのやろう」
臨戦態勢を保ちつつも、話が違うことに絹旗とフレンダは文句を言ってやりたい気分だった。
そして侵入者の二人も戸惑っている様子だった。
まあ、自分たちのような能力者の掃除屋に出会ったのが初めての連中が決まってみせる表情だ。
「あなたがたは、何者ですの?」
ツインテールの少女が、そう尋ねた。
しかし制服を着ているのは冗談なのだろうか。それも、超有名校、常盤台のなんて。
もう片方は特徴のない制服だった。
とはいえ、こちらも研究施設に侵入した人間の装いとしては極めて不自然だ。
「何者って、ねえ。言う意味あるの?」
「何がおっしゃりたいの?」
「結局始末されちゃうのに、教える意味あるのって言いたい訳よ」
「……」
白井は、金髪の少女のとぼけた態度に対して、警戒心を深めた。
相手はスキルアウトのような暴力に溺れた不良とは違う。
「おしゃべりは超そこまでにしてください。あちらと連絡が付きませんし、さっさと済ませるべきでしょう」
「え? つながんないの?」
「どうも上が予想していた以上に忙しいようですね」
もう一人の、ショートパンツからスラリと白い足を晒し、
半袖のジャケットから生えたフードを目深にかぶった少女が端末を畳みながら階段の淵に歩み寄ってくる。
「我々は雇われ稼業の人間です。受けた仕事は侵入者の排除。
捕縛と追跡は仕事に入っていませんので、逃げてくれれば追いませんよ」
「あ、それいいね! 頑張らずにギャラをゲット!」
こんな異常な事態の中で、明るく振舞うその少女に、白井と佐天は困惑を隠せなかった。
さっぱりわからないのだ。こんな場所に、自分たちと同年代の女の子が、それも敵としているなんて。
「どうしてあたしたちの邪魔をするの?」
「……そちらと似たような状況だと思っていましたが」
何かを言おうとしたフレンダを遮るように、フードの少女、絹旗最愛が返事を返した。
「私たちは金銭目的ではありませんわ。
そちらこそ、ここで何が行われているか分かっていて、お金のためにこんなことをしますの?」
ギャラをゲット、というフレンダの言葉を、白井は聞き逃していなかった。
たんに金銭目的で、このような非人道的な実験に加担しているのなら、彼女たちの相手をする理由なんてない。
不意に見つかったからと、時間を割いて言葉を交わしたこと自体が無駄だった。
「別に何してるかなんて知らないけどねー。興味もないし」
それは、自分が加担しているのが悪事であろうと薄々分かっていながら、
それに全く頓着していない、というポーズだった。
「白井さん」
「ええ。話し合う時間はありませんわね」
美琴を見つけて、無事に戻るまで、自分たちは引き下がれないのだ。
まだ何も成し遂げていないこんなところで、足止めされるわけにはいかない。
だが、別段話し合いをする気も、友好的な態度を取る気もないのは、フレンダ達にとっても同様だった。
「あ、やる気? なら先手は打っても文句ないよね?」
警戒は怠っていなかった。だが、フレンダ達の方が、きっと戦いに関しては上手。
無造作に手にもったペン状の何かを、フレンダが放り投げた。
「――っ!」
「佐天さん!」
直後。光が走り抜けて、佐天と白井のいた場所を、爆風が吹き飛ばした。
じっとりと首筋を伝う汗を不愉快に感じて、光子は空を見上げた。
どのくらい時間が経っただろうか。空を見上げると、夕日がいくらか傾いていた。
もっと長い間、何もできずに立ちすくんでいた気がしたのに。
時の流れは、こういう時には持て余してしまうくらい遅かった。
帰らなければ、と理性が訴える。
一人歩きすべき時間ではなくなるし、きっと黄泉川家でインデックスがお腹を空かせていることだろう。
だけど、そうしたくなかった。
このまま夜の繁華街でも、当てもなくぶらつけば、心に空いた隙間を埋めてくれるかもしれない。
でも、自分の知っているところに戻れば、いずれ当麻に見つかる気がする。
会いたくなかった。どんな顔をして会えばいいのかわからない。
恨めばいいのか、泣けばいいのか。
でも、光子の心の中に渦巻く気持ちは、どれも刃の向きが当麻にではなく自分に向いていた。
もう、自分は当麻に会えないと思う。
あれは自分の見間違いだったかも、なんて考えはもう何度も吟味した。
だが、何度思い出したって、光子の前で寮から出ていったのは当麻で、
そして付き従っていた女の子は、美琴だった。
自分に嘘を言ってまで、当麻は美琴と過ごすことを選んだのだ。自分はそれに何を言える?
当麻に会っても、泣くことしかできないだろう。
美琴に会うことは、考えたくなかった。自分の怒りの刃は、彼女には鋭く向けられているから。
「……合鍵、なんて」
当麻とすれ違う直前まで、もしかしたら使うかもしれない、
なんて思って鞄に忍ばせていたそれが、急に汚らわしく思えた。
だってその部屋から、美琴と当麻は出てきたのだ。
ずきんと、その事実を認識して心が痛んだ。初めてキスをしたのは、あの部屋だった。
初めて彼氏に手料理を振舞って、喧嘩をして、キスをした。
インデックスが現れたのは、なんとも言い難い思い出だが。
それを、美琴に汚されてしまった。
そこは当麻の部屋であり、上がり込んでいい女は自分だけのはずだったのに。
カツ、とローファで小石を蹴り飛ばした。そして、近くの家の塀を見上げた。
このまま、合鍵を投げ捨ててしまおうかと、そう考えた。
「……部屋に、返しましょうか」
思いとどまったのは、育ちの良さから来るものだった。
ポストに入れておこうかとも考えたが、結局、
部屋番号を確認しに上がらないとどこに入れたらいいかわからない。
それなら、一言書いたメモと一緒に、当麻の部屋の新聞受けからでも、鍵を返してしまえばいい。
とぼとぼと寮のエントランスをくぐり抜け、八階を目指す。
常盤台の制服を着ているせいだろう、向けられる視線が奇異に染まっていて、鬱陶しい。
人目から逃げるように当麻の部屋へ進む。けれど。
「――お、そこにいるのは、たしか婚后」
「カミやんの彼女か」
今から出かけるところという雰囲気の兄妹が、そこに居た。
どちらの顔も見覚えがある。兄の方は、当麻の隣人で、悪友だ。
妹の方は、たまに自分の学校に研修に来る。
「土御門さん。……ごきげんよう」
「上条当麻に会いに来たのかー?」
舞夏の何気ない言葉に、光子は何を返していいかわからなかった。
隣では、軽薄な装いの兄が口をつぐんでいた。
「まあ、そんなところですわ」
「……舞夏。ハンカチ忘れたからとってきてくれ」
「えー、自分でやれ」
「どこにあるかわからないからにゃー。舞夏がどこに仕舞ったかわからんぜよ。勝手に漁ると怒るし」
「出すときに散らかすからだってのをどうしてわからないかな。まあいいや、ちょっと待ってて」
じゃあね、という感じで光子に笑みを送って、舞夏は部屋に戻っていった。
光子は土御門に相対したまま、それを見送った。
「……私に、何か」
「んー、まあ俺に何か聞きたそうな顔をしてたからにゃー」
「……」
そんな思わせぶりな態度をとるということは、つまり。
……別に再確認する必要はないのだ。
当麻が美琴と一緒にいたことは、ほかでもない自分で確認したのだから。
「土御門さん、昨日の夜は当麻さんとご一緒でしたの?」
事情を知らなければ戸惑いを覚えそうな質問を、前置きなしで光子は突きつけた。
だが土御門は、動揺することもなく、ただ何かを悟ったように頷いた。
「いや。昨日はカミやんとは会ってない」
「――――そう、ですか」
「婚后さんこそ、昨日はここに来なかったか? カミやんの部屋が騒がしかったけど」
「いえ」
もう、充分だった。
せめて、ここに来た用件だけは済ませよう。
「なあ、その鍵、どうするんだ?」
「え?」
会釈して、通り過ぎようと思った矢先。土御門が光子の手を見ながら、そう尋ねた。
「……私には、もう持っている資格がありませんから」
「返すのか。なあ、一回くらい、部屋を見てみたらどうだ」
「どうしてそんなことを勧めますの?」
「間違いかもしれないから、だ」
「間違い?」
間違いを犯したのは、不義を働いた当麻のほうだ。
今ここで確認したことが、勘違いな訳がない。これ以上何があるというのか。
だけどそれを言い返すより前に、舞夏が部屋から出てきて、ハンカチを土御門に渡した。
「お、サンキュ。それじゃ買い物に繰り出すぜい!」
「遊びに行く時のテンションで買い物に付いてこられてもなー。それじゃ婚后、またな」
「ええ」
「ま、部屋見て考えることをカミやんの友人として勧めるぜい。それじゃあな」
ひらひらと手を振って離れていく土御門に、光子はどう返していいかわからなかった。
その、去り際に。
「これからもカミやんをよろしくな」
軽いようでどこか真剣な響きの、そんなお願いをして階下に消えていった。
「……」
わからない。というよりは、明らかにおかしい。
土御門と今確認したのは、当麻が、自分以外の女を部屋に連れ込んだという事実だったはずだ。
もう、当麻をよろしくなどと言ってもらえる立場に自分はないはずだし、
自分だって当麻のしたことを許して受けいられれるとは思えなかった。
だから、今日で、二人の関係はおしまいだと思っている。
だからこんなに苦しくて、眩暈すら覚えているのに。
でも、もしかしたら。
期待をしそうになる自分の心に恐怖を覚える。そうやってまた落ち込むなんて、嫌なのに。
予定通りに、自分の足は前に進む。ほんの数歩、それで当麻の部屋の目の前にたどり着いた。
鍵に手を触れることがどうしてもできなくて、意味もないのに、インターホンを鳴らした。
返事はなかった。当たり前だ。
家主は今、ここにはいないのだから。美琴と、どこかに出かけてしまったのだから。
光子の長い溜息が、人気のない廊下にかすかに木霊する。
この鍵穴に合鍵を通したとして、何がわかるだろう。
美琴のいた痕跡があるかもしれない。ないかもしれない。でも、それだけだ。
悩むくらいなら開けてばいい。それが怖いなら、扉についた小さな口から、鍵を放り込んでしまえばいい。
そう思いながら、意を決して、鍵に手をやった。
「……?」
そうして、ふと気づく。
扉の隙間からかすかに覗いた、銀色の何か。
注視するまでもなく、それはくしゃりとなったアルミホイルだった。
まるで何かを漏らさないよう塞ぐかのように、扉の隙間にしっかりと詰めてあった。
「なんですの、これ」
部屋の修理だとか、そんなふうには見えない。
とはいえ、別にこれを何かの事件などと結びつける必要はない。ただのアルミなのは、見ればわかった。
……だけど。
光子は鍵を取り出し、一瞬、その先を戸惑いに揺らしてから鍵穴へと突っ込んだ。
この夏を迎えてから、光子は今までと全く違う人生を歩んでいる。
インデックスと出会い、魔術師たちから彼女を守り抜いた。
間接的とはいえ、春上たちと知り合い、学園都市の暗部から彼女たちを救い出した。
どちらの時にも、ふとしたきっかけが、日常を塗り替えていった。
小雨がアスファルトの匂いを変えていくように、そのはじまりは何気ないものだ。
嗅覚と言えるほど、異変に鋭い感性を得たわけではない。
だが光子は、そこに当麻の光子に対する裏切りだとかを超えた何かを感じて、鍵を回した。
鍵はなめらかにその力に答え、ロックを解除した。ノブも扉を開くことに抗いはしなかった。
アルミがカサカサと擦れる音を立てながら、扉はあっさりと開いた。
そして廊下を見つめて、光子はギョッとした。
一面の、銀。もっとも銀よりはくすんだ色をした、ただのアルミホイルの色だ。
それが、床と言わず、壁、天井にまで貼り付けられている。
部屋に入る前、自分の過ごした当麻の部屋が変容していることを、光子は恐れていた。
だがこんな意味じゃない。こんな異様な変化を、光子は予想していなかった。
そして何より。
「え――」
「――どなたですか、とミサカは鍵を使ってこの部屋に入ったあなたに問いかけます」
自分と同じ、常盤台の制服。茶色がかった肩までの髪。
当麻と一緒に、ここから出ていったはずの御坂美琴が、そこに居た。
いや、見た目は美琴だが、この違和感はなんだろう。
「御坂さん、ではありませんわね」
「肯定します。それともう一度質問をくり前します。あなたはどなたですか」
「常盤台の婚后光子ですわ。ここに住んでいる上条当麻さんの――」
その先を光子は言い淀んだ。二人の関係がここで終わってしまうと、そういうつもりで来たから。
だけど、事態はそんな光子の絶望とは違う様相を見せてきた。
「――恋人です」
そう、言い切った。
美琴に酷似したその少女は、わずかに表情を驚きに変えて、呟いた。
「言動から推察してはいましたが、やはり上条さんには恋人がいらしたのですね、
とミサカはお姉さまにわずかに同情します」
「……貴女は、当麻さんとどういうご関係ですの?」
お姉さま、という響きが美琴を指すのだろうと想像しつつ、光子は最も大事なことを確認した。
「事情があって他に行く所のない私を、昨日と今日限りで泊めて下さいました。
お姉さまも昨晩はここにいました。
ただ、上条さんは私たちにこの部屋を貸してすぐ別のところにお泊まりに行かれたので、
部屋で共に過ごしてはいません、
とミサカは上条さんの恋人に対する弁明としてベストなものを探しつつお答えします」
「その事情というのは、何ですの?」
「それをお教えすることはできません、とミサカは事実の開示を拒否します」
「秘密にするのは、当麻さんと御坂さんがここから出ていったことと関係はありますの?」
「イエスでありノーでもあります。
お二人が共に行動されていることと事情は起源を一にしますが、
上条さんたちに指示されたから黙っているというわけではありません」
「……そもそも貴女は誰ですの?」
「その質問にもお答えできません。上条さんにいただいた愛称ならばお答えできますが」
御坂妹と申します、と無表情に答えながら、その少女はまたも黙秘した。
光子はそれを冷ややかに見つめながら、じっと考えを巡らす。
「アルミで部屋をシールしたのは、どうして? ……電磁波対策ですの?」
「ええ」
「どうしてこんなことを?」
「お答えできません。ただ、私はずっとここの中から出ないように言いつけられています、
とミサカはできる限りの事情をお伝えします」
扇子を開いては閉じ、いつもの優雅さを欠いたまま、光子は御坂妹を睨みつける。
容姿は、あまりに美琴に似すぎている。学園都市の科学技術は底なしだから、
全くの他人でも美琴そっくりに変装できないとは言い切れない。
だけど、きっと彼女は、そういう存在じゃない。
「どうあっても、何も仰らない気?」
「はい。申し訳ありませんが」
「痛い思いをしても?」
「拷問という苦痛を与えるのが目的の行いに対し、どの程度までこのミサカが耐えられるかは未確認です。
ですが、死ぬほど痛い、という程度でしたら別段どうということもありません、
とミサカは否定的な回答を行います」
「……」
もちろん、光子には苦痛を与えて情報を吐かせる術など持ち合わせていない。
虚勢を張っているだけかもしれないが、それ以上確かめることもできないのは事実だった。
「教える気のない人に何を聞いても無駄かもしれませんけれど」
ポケットから携帯を取り出す。同時に一面銀世界のこの部屋では、まともに電波が入らないだろうことに気づく。
「御坂さんと当麻さんは、危険なところに向かっていますの?」
「……答えることは、できません」
「そう。意外と、わかりやすい人ね、貴女は」
御坂妹の逡巡で、感づいてしまった。また、当麻は行ってしまったのだ。
光子と一緒にインデックスを助けたように。今回は、自分じゃなくて、美琴が隣にいるみたいだけれど。
それ自体は、すごく嫌だ。どうして自分に声をかけなかったのか。それどころか、秘密にしようとしたのか。
問い詰めて、たくさん怒らないと気が済まない。
光子は御坂妹に背を向けた。
室内では電波が届かない以上、電話をするには外に出ないといけない。
そしてこの少女は室内に居なければならない。
まったく、どうして恋人の家にこの少女を残して、自分が出ていかないといけないのか。
「どうされるのですか、とミサカは問いかけます」
「貴女は教えてくれないみたいですから、他の人に聞くんですわ。
もう一度確認しますけれど、ここにいるのは当麻さんたちの提案ですのね?」
「はい」
なら、言うことはない。こんな異様な光景を作り出してまで、
当麻たちはこの少女をここに留めることに決めたのだ。
その判断を覆す理由は光子にはない。
「そう。わかりました。私が言うのもなんですが、それなら中にいらっしゃればいいわ」
「あなたは?」
「決まっています。当麻さんが誰かのために動くなら、私もそれに付き従うだけ」
返事を聞かず、光子は携帯を手に、御坂妹の残るその部屋を後にした。
足取りは、この部屋にたどり着いた時の迷いに満ちたものとは、もう違っていた。
おかしなことだと思う。常盤台のエリートと言ったって、自分はただの女子中学生。
なのに、当麻がいるというだけで、危険な目に合いに行くのを、
ためらわない自分がいるのを、光子は自覚していた。
「当麻さんは、どうしてこんな莫迦ばっかりなさるのかしら」
その愚痴っぽい独り言に、安堵が篭っていたのは否定できないが。
毅然としたストライドで、光子は一歩を踏み出した。
パタリと閉じた、扉の向こうを御坂妹はじっと見つめる。
「……」
一瞬だけ開いた、わずかな隙間。
そこから御坂妹は妹達の思考の海、ミサカネットワークにアクセスしていた。
得られたのは断片的な情報のみ。だが、どうやら一人、美琴の知り合いに拘束された個体がいるらしい。
白井黒子、初春飾利、佐天涙子、春上衿衣。
彼女らの誰かは婚后というあの少女と知り合いだろう。特に白井は同じ常盤台の生徒なのだ。
取り残された室内で、御坂妹は悟っていた。
直感なんてものを信じるには、あまりに自分達は非人間的な存在なのに。
婚后という名のあの女性は、きっと真実を手にするだろう。
そして、危険を承知で、恋人のところへ向かうだろう。
瞳の輝きが、当麻にそっくりだったから。
そして自分は、それを止められない。当麻を止めずに、光子を止める理由がないから。
「戸惑いを感じて停滞したままで、それでいいのでしょうか」
そう、禍々しいほどに銀色の世界で、ひとり呟く。
ネットワークからも、人からも断絶した彼女に、答えは出なかった。
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以上『ep.4_Sisters 06: 彼女たちの邂逅』でした。
とある製薬会社の研究所。
佐天と白井が相対している敵の片方、中学生か高校生と思しき金髪の少女が無造作に何かを手放した。
佐天はとっさに心のギアを入れ替えられず、それがただ落下する様をぼうっと見送る。
地面へと向かうそれは、ちょっと太めの万年筆みたいなものだった。
先端はペンじゃなくて、少し鉤状に曲げられた金属針が取り付けられている。
重心がその鉤の近くにあるのだろう。地面に針を向けて、まっすぐと落下した。
落下予定地点には、あとから誰かが貼ったのであろう、テープのようなものが一直線に走っている。
その先を目で追うと、可愛らしい人形が場違いに鎮座していた。
そのミスマッチさが、ようやく脳裏に警鐘を鳴らした。
どんな手かは知らないが、これはあの金髪の少女からの、攻撃の始まりなのだ。
ペン状の何かがその先端をテープに触れさせる。
バシュッという音とともに、テープ、否、導火線が火花を立てて弾け、
人間の全速力よりずっと速いスピードで火種を人形へと運んだ。
「――っ!」
「佐天さん!」
強張る空気。その一瞬の緊張の後、花火に似た導火線の燃える音とは違う、けたたましい音が佐天の耳に届いた。
――バ、アァァァァァァン!
思わず身構えた佐天の前で、爆発が突然掻き消えた。
そしてすぐその認識が誤りだと気付く。爆発だけではなく、目にした風景が一瞬前とすべて違う。
そしてすぐそばで聞こえるはずの爆音は離れて聞こえた。
今日一日で慣れ親しんだ感覚だった。おそらく、白井が助けてくれたのだろう。
「テレポーター? やっぱ、聞いてない相手だよね」
「そのようですね。イレギュラーな事態なのか、上が超怠慢だったのか、どちらか知りませんが」
呑気ともとれるような声色でそう話し合う敵を横目に、佐天は少し離れた爆心地を観察する。
置かれていたはずの人形が跡形もなく消えて、黒い焦げが辺りを彩っていた。
まき散らされた白煙は二人のもといた位置にまで及んでいる。
もしあそこにとどまっていたらきっと無事では済まなかったのは間違いない。
火傷程度で済めば幸運なくらいだ。
つまりは、それくらいの非道を、相手は平気でやるということだった。
「佐天さん! 相手にしていては埒があきませんわ。先へ進みましょう!」
「はい!」
目の前の二人に遭遇してから、戸惑いに揺れていた白井の表情が、再び鋭さを取り戻す。
佐天も、ようやく事態に気持ちが追いつきつつあった。
キッときつい目線を相手に向けそうになって、自制した。
安易な敵意は慎重に押し込めるべきだ。
だって、この二人をゆっくり倒してから先に進む、というのは得策じゃない。
佐天たちは、美琴に合流するのが目的なのだ。
美琴に、人として越えてはならない一線を越えさせないために。
そして美琴一人では見つけられないような、より良い答えをみんなで探すために。
そのためには、この二人に構ったところで時間を浪費するだけだ。
白井があたりを見渡し、先へと進むための経路を導き出す。その腕に佐天がそっと触れた。
爆発がその場を襲う直前、再び二人は姿をかき消した。
爆炎渦巻くそこを、フレンダは冷静に見つめ結果を確認する。
体が吹き飛んでバラバラになるほどの爆薬ではないから、火と煙が晴れれば結果はじきにわかる。
だが、あまり期待はしていなかった。
相手の能力は、こういう設置型爆弾に対してアドバンテージがあるからだ。
「フレンダ。足止めを。近接戦闘に持ち込んでくれればこちらで超撃破します」
「てか絹旗じゃテレポーターの相手は無理だよ、ねっ!」
文字通り忽然と二人が消えてしまったのを確認し、
フレンダはとんとんと重心を確認するようにペン型の着火装置を弄ぶ。
そして手近な所以外にもあちこち火種を撒いた。
フレンダは仕込んだトラップで相手と戦うスタイルを得意としている。
それは基本的には、テレポーターと相性が悪い。
相手がどこに現れたかを視認してから導火線に着火する限り、後手しか取れないからだ。
だがそれに嘆くでもなく、不敵な笑みをフレンダは浮かべる。
交通の便のよい平地が限られた学園都市特有の、ビル風に高く積み上がった実験用プラント。
さながら剥き出しのコンクリートと鉄骨、ダクトがなすジャングルを、
絹旗とフレンダは自分の庭のように駆け巡った。
爆音と爆風があちこちを赤く染める世界。
そんなものを一秒程度のコマ送りで変化させながら、白井は施設内を突き進む。
「全く、趣味の悪い仕掛けですこと!」
白井が毒づきながら眺めるその先では、火花が爆弾へと届こうとしているところだった。
その設置型の罠という悪辣さも不愉快だが、それだけではない。
爆弾がどれもこれも、ファンシーなぬいぐるみに仕込まれているのだ。
幼児向けにデフォルメされたキリンやパンダのような動物や、毛糸で編んだ洋装の少女の人形。
年は自分よりは上であろうあの少女の趣味としてもどうかと思うし、
さらにそこに爆弾を仕込むという感覚がどうにも悪趣味すぎる。
「白井さん! 爆発来ます!」
そんな佐天の声が耳に飛び込むや否や、言葉の意味を理解するより先に白井はテレポートを発動する。
その反射はぬいぐるみが最期を迎えるのに先んじて、二人を数十メートル先へと瞬間移動させた。
「テレポート、まだ続けられますか?」
「大丈夫ですわ。ただペースが」
気遣う佐天に短く答えを返す。
白井の『飛距離』は最大で80メートル程度。
安定的に繰り返せる距離でも50メートル程度はある。
だがそのポテンシャルを発揮できず、
さっきから30メートルに満たない短い転移が続いていた。
理由はそれより長距離の見通しがなかなか立たないから、そして、
ゆっくりと次のポイントをさがす暇が与えられないせいでもある。
限られた時間の中で次を決定し、
自分が能力を発動させると同時に視覚と聴覚への入力データがぷつりと断絶したのを感じる。
そうして次のポイントに降り立ったその瞬間。
「――くっ!」
運悪く、爆発が重なった。次のポイントにまだ目星がついていない今、すぐにテレポートを再発動させることはできない。
「任せて!」
テレポートとテレポートの間にある、白井の息継ぎの瞬間。
それが自分の働き時とわきまえて、佐天が白井をかばうように爆発の前に身をさらす。
そして手にした渦を、爆弾に向けて叩きつける。空気を震わせ迫り来る爆風を、佐天の圧縮空気が押し返した。
そうして被害はもとより、視界の悪化を最小限に抑え、白井の能力をサポートする。
「次、行きますわよ」
「はい!」
白井は佐天のそれに驚くことも褒めることもせず、テレポートを発動した。
それは、佐天を自分の背中を預けられる能力者として認めた証だった。
苦虫を噛み潰したような顔で、フレンダは敵を見つめる。
「ねーちょっと絹旗、今のあれ、電撃使い<エレクトロマスター>じゃなかったよね?」
「ええ。使われたのは高圧縮された空気。
素直に考えれば空力使い<エアロハンド>でしょうか」
「結局事前にもらってた情報は、ひとつも合ってない訳?」
「そのようですね。あの女には超失望させられました」
彼女たち『アイテム』を取り仕切る上役の女性から聞いていた話では、
迎え撃つのは高位の電撃使いの単独犯、とのことだったのだ。
それがどうだ。蓋を開けてみれば、
相手はどう見積もってもレベル4はあるテレポーターと、レベル3はあるエアロハンド。
「乗っ取られ対策でわざわざリモコン式爆弾を避けたのに、意味なかったじゃない!」
「で、どうです。超仕留められそうですか」
いつもどおりぶーぶーと不平を垂れるフレンダに取り合わず、絹旗は必要なことだけを淡々と確認する。
「大丈夫、ちゃんと追い込んでる。もう二三手あれば狩れる」
「そうですか。ですがフレンダ」
「何?」
無表情な絹旗の声に、わずかに咎めるような響きを感じて、フレンダは振り返った。
「あちらの反撃を超計算に入れての話ですか?」
フレンダには見えなかった。合成火薬の炸裂ほどではなくとも、
優に人間を吹っ飛ばせるレベルの空気弾が、こちらに向かって降ってきていることが。
「白井さん、次のターン、二秒ください」
「? 何を――」
「逃げてるだけじゃジリ貧ですよ!」
その言葉の意味を理解して、白井はテレポートを発動する。
たどり着いた先はまだ破壊が及んでいなかった。二秒の安全は確保できそうだった。
「――ふっっ!」
虚空に向かって拳を握り締め、佐天が空気を手元に引っ張る。
ボッ、という鈍い音をたてて空気が歪み、渦を鈴なりに作り出す。
その10発程度の渦を、佐天は敵の二人に向かって投げつけた。
「オッケーです!」
渦が敵に向かう軌道に乗ったのを見届けた佐天がそう叫ぶのを聞いて、白井は再び飛ぶ。
互換から入力される情報の不連続な変化。そして、敵のいる場所から、爆弾の爆発とは異なる破裂音がいくつも響いた。
「やりましたの?!」
爆風で霞んでよく見えない。首尾を知りたくて佐天に尋ねる。
「……」
「佐天さん?」
佐天は、喜びとも落胆とも違う、厳しい顔をしていた。
感情の揺れを抑制した声で、一言返事が返された。
「防がれました」
「防がれた? ……それは、能力で?」
「はい。多分、体にまとった、空気の壁で」
そう、佐天は肯定した。
これまで手をだしてこなかったパーカーを着た少女が、
爆弾魔のメルヘン女のほうの前方に立ち、爆風をブロックしていた。
それはつまり、相手の能力もまた、空力使いということだろう。
同能力者の対決は、互いの手が読みやすいだけに創意工夫と経験がものを言う。
それを薄々感じ取って、佐天は危機感を覚えていた。
どちらも佐天には、まだまだ足りないものだからが故に。
爆風の切れ目で、絹旗は髪の長い渦巻少女と目線が合ったことに気がついた。
「うー、絹旗、ありがと」
パンパンとスカートを払い、隣にいるフレンダが尻餅を付いた体を素早く起こした。
その間にも導火線の準備や、施設の破壊は忘れてはいないようだった。
「私の『窒素装甲<オフェンスアーマー>』と相性のいい能力で助かりました。
やはり空力使い、渦を操る能力のようですね。フレンダ、詰みまで後何手ですか」
「絹旗が防いでくれるなら変わらないよ」
絹旗はフレンダの答えにわずかに首をかしげ、疑念を伝える。
相手のあの渦があれば、爆発は防がれてしまうだろう。だから止めようがないのではないか、と。
「こういうタイミングでね、行けるって確信した能力者の裏を書くのが最っ高に快感なわけよ」
フレンダは明確には答えず、ただ笑みを浮かべて絹旗を見つめ返すだけだった。
立体的な工場内部をかけ登り、白井と佐天は高さにして5階程度のところまでたどり着いていた。
「佐天さん、多分、もう少しですわ」
中央管制室は、そう遠くないところに来ている。
佐天たちが遭遇した妹達のひとりの言によると、
施設はどれも中央部を電気的に破壊することで無力化されているらしい。
だから、美琴がいるならきっとそこだろう。
「いい加減、しつこいっ!」
繰り返される爆撃にそう文句をつけながら、佐天は渦を投げつける。
方向だとか、開放のタイミングを変えてはいるのだが、爆弾を操作している方には中々届かない。
佐天の渦は、空気であるが故に当然無色透明だ。それは敵に渦の場所を悟られないための利点なのだが、
あいにくと空気の流れを読める空力使いが相手ではまるで意味をなさない。
一つ一つ、パーカーの少女に被害を食い止められている。
「佐天さん、手を!」
そして、焦燥を晴らすことができないまま、白井のテレポートが完了した瞬間。
「チェックメーイト」
爆発は起こらず、金髪の少女の楽しげな声が、二人の耳に届いた。
ただ導火線が走り抜ける音だけが、佐天たちの耳を通り抜けていく。
――――直後、世界が揺らいだ。
「えっ?」
突然に地面が自分たちを支えることをやめた。
綺麗にナイフで切ったみたいに、自分たちの立っていた鉄骨の階段がバラバラに壊れ、
佐天たちと共に落下を始めたのだった。
「ただの導火線じゃなくて、本来これはドアや壁を焼き切るツールだったって訳よ」
そんな道具を、ただの導火線かのように使うため、
フレンダはこれまで厚い壁に走らせたものだけに点火してきたのだ。
それは、敵を陥れるためのひとつの布石だった。
佐天たちが厚みの薄い簡易の鉄階段に降り立つこの瞬間を、フレンダはずっと待っていたのだった。
「白井さん!」
「こんなものっ!」
どうってことはない。白井の能力に、地面のあるなしなんて関係ない。
「これで終わりと思った訳? 視線を誘導したかっただけだよん」
白井たちが壊れやすい通路を使ったのはこれが初めてではない。
今ここを狙ったのには、ちゃんと理由、というか続きがあるからだ。
ゴールが近く、また地面までが派手に高くなってきたこのタイミングでなら、
施設構造を知るフレンダにとって、次に白井が飛ぶ場所を読むのはわけもない。
だから、次の目標をテレポーターが睨みつけるタイミングに合わせて、
ちゃんとスタングレネードを投げてあるのだった。
かぶったベレー帽で光を防ぐ準備をしたのと同時に、カッと、強い閃光が周囲を満たした。
「あっ?!」
白井は唐突な光に、視界を完全に奪われた。そしてそれは、このタイミングでは致命的なダメージ。
テレポーターにとって、空間把握能力は生命線だ。
それは音や匂い、直前までに自分が感じていた速度とか速度などでも限定的には察せるが、
実際に「見える」ことに比べればはるかに劣る。
まして、床が崩落中のこの瞬間に、絶対に手放してはいけないものだった。
あっけなく白井の空間認識は混乱をきたす。演算式に代入すべき座標の情報が、
11次元どころか3次元のレベルで完全にぐちゃぐちゃになった。
白井は自分の顔が強ばったのを自覚した。
目の見えない状態で、地上5階の高さで自由落下状態になるというのは、
飛び慣れている白井にとっても恐怖を誘うものだ。
「く……っ!」
能力が、まとまらない。焦りが焦りを呼び、どうしようもなく空回る。
もはや自分にはどうもならない、そう白井は思い始めていた。
とはいえ安易な絶望は白井の好みではない。
自分の能力に頼りすぎたテレポーターが、哀れ一人で墜落死、
とならないことを、白井は予想していた。
「白井さんっ!」
隣に響く力強い声。自分が心にこの方だけと決めた相方ではないが、信頼できる仲間がいるのだ。
佐天が、白井の胴を抱え込むように抱きしめ、足元に作った渦をぐっと踏み込んだ。
線の細い白井だから、自分より重いことはあるまい。
佐天の心配は自分の渦の威力ではなく、踏み込む足の負担の方だった。
自分の体がいつもの倍くらいの慣性を持っているせいで、高速移動に体が軋む。
それに必死に耐えながら、佐天はすぐ階下の足場に着地した。
こちらの床は、破壊できないくらい頑丈そうだ。
そこにきちんと足を下ろし、ようやくうっすらと視覚を取り戻しつつある白井を立たせてやった。
これでようやく仕切り直しができる、と佐天が軽く息をついた。
地に足の付く安心は、空力使いにとっても大きいものだ。
だがそれは、この場においては油断でしかない。
「ほい、チェックメイト。ちゃんと言ってあげたのに」
そんな余裕のある声に、佐天は顔を上げた。
少し離れたところで、髪を弄びながらニヤリと笑みを浮かべるフレンダの隣に、絹旗がいなかった。
そして自分たちの背後で、空気が不自然に『固まる』のを佐天の感覚が感じ取った。
「くっ……はああぁっ!!!!」
理屈より先に、手のひらが渦を集めた。
パーカーの少女、絹旗が音も無く忍び寄り、細腕を白井に向かって振りかぶる。
依然として危機に気づかない白井の頬の間に拳が届くより前に、佐天は渦を、敵対する少女にぶつけた。
――刹那。佐天の渦は、絹旗が纏った『窒素装甲』に傷一つ付けられず、ただ白井を、吹き飛ばした。
「あ……か、はっ」
視界を奪われた上での完全な不意打ちに、白井はなすすべなく地面に叩きつけられる。
そして2メートルほど転がった。
突然の事態に、再び頭を混乱が占める。
今自分を吹き飛ばしたのは、佐天の渦ではなかったか?
「ひっどーい。お仲間だけ痛そう」
「正しい判断ですよ。まだ、痛みを感じられるんですから」
そんな声が、すぐ近くから聞こえてようやく白井は理解できた。
おそらく、佐天にも、こんな乱暴な方法で自分を吹き飛ばすしか、できなかったのだ。
「その威力と速さならレベル3、いや4でしょうか。いずれにせよ相性が悪かったですね」
その言葉を、佐天は否定できそうもなかった。
佐天は集めた渦の威力で相手を吹き飛ばすことしかできない。
空気を固める能力を持つ相手に対して、打つ手がなかった。
「さて、じゃあ詰みまで行ったから、ちゃんと狩っちゃおう。
絹旗、ギャラは半分こでいい? さくっともらって遊びに行こうって訳よ」
「――あなたたちは」
「ん?」
その、軽薄なフレンダの声に、佐天はカチンとなった。
「どうしてこんなことをするの?」
白井を庇うように、絹旗に立ちはだかる。そして少し離れたフレンダをキッと睨みつけた。
「自分が、どんなものに協力してるかわかってるの!?、学園都市の生徒としておかしいって思わないの!?」
こんなふうに、美琴を傷つけた連中に従い、こんなふうに、白井を傷つけて。
そんな佐天の義憤に対し、フレンダはめんどくさそうに手を振った。
「あーいいからいいから。雇い主の目的とか、消す相手が善人か悪人かとか、
そいつが歩んできた人生とか、結局んなもんはどーでもいい訳よ」
「そ、んなっ……」
あっけらかんとしたフレンダの態度に、佐天が言葉を詰まらせる。
その様子を馬鹿にするように笑いながら、フレンダは最後の仕掛けに取り掛かった。
絹旗に任せても取りこぼすことはないだろうが、相手と能力が近い分、
仕留めるまでにはまた手数がかかるだろう。それよりは自分のほうが早いはずだ。
左手のペン型着火器と、右手のぬいぐるみを、フレンダは無造作に投げつけた。
テレポーターは無力化済み。空力使いは、二人を抱えてこの数の爆弾からは逃げ切れない。
これで、終わりだった。
「恨みつらみは別のところでゆっくりやってね。それじゃ」
絹旗が軽く距離を取り、そして、閃光と爆音が、佐天と白井を包み込んだ。
結果をまともに確かめることもせず、フレンダは爆風に背を向けた。
「一丁上がりー、っと。さぁ何買おうかな」
脳裏にあれこれ欲しいと思った商品を並べながら、出口までの道を見通す。
ずいぶん壊したから、帰りも道をよく考えないといけない。
最悪、絹旗におぶってもらえば少々危険な道でも大丈夫だが。
そこまで考えて、ふと、違和感に気づいた。
仕込んだ爆弾の数のわりに、音と熱が、少ないような?
投げつけた爆弾は威力が飽和するくらいあったはずだ。だけど、どうも物足りない感じがする。
だが、足取りを変えることはなかった。相手には、防ぐ手段がないのだ。死んだに決まっている。
そう、思ったところで。
「フレンダ!」
離れたところから、絹旗が鋭い声で注意を促した。
反射的に目をやると、赤く光った球体が、自分に迫ってくるのが後ろ目で見えた。
本能的な恐怖を感じ、戦場に慣れた反射神経があっという間に身を地面に投げ出し、伏せの体勢を作らせた。
直後。
――フレンダの爆弾そのままの音と熱が、うずくまったフレンダの体を襲った。
「っつつ、あ――。い、一体何」
チリチリと皮膚が焼けているような感覚。熱波に髪が傷んでやしないだろうなと考えつつ、
とりあえず大きな外傷はないことをフレンダは確認した。
「今まではタイミングがなかったけど」
煙が晴れた。もっとたくさんの爆弾を発動させたはずだから、
こんなに早く見通せるはずはなかったのに。
その先には、自分たちに向かって立ちはだかる空力使いの少女と、
回復してきたのか、体を起こしつつあるテレポーターの少女がいた。
「こんなチャチな爆弾を止めるくらい、別に難しくない」
そう言い切る佐天を見て、フレンダは、いたずらに爆弾を投げつけたのが、失策だったことを悟った。
佐天の周りには、爆風を『食った』と思わしき赤熱する渦が、いくつも宙に浮いていた。
お洒落とは程遠いジャージ着の少女が、粉薬を手の甲に乗せ、唇をあてて舐めとった。
それとほぼ同時に、年上の女の方が手をかざし、当麻と美琴を睥睨する。
「さ、逃げられると仕事にならないし。――灰も残さずプラズマに変えてあげる」
その声が響いてすぐ、能力が発動する直前に美琴は何かを感じ取って、当麻を突き飛ばした。
「――っぶない!」
「おわっ!」
直後、二人が固まっていた当たりを、直径50センチはありそうな極太のビームが貫いた。
周りの空気を熱しているからか、ボウ、と鈍い音を立てながらそれは二人のそばを通り過ぎ、
背後にあった壁にビームの太さそのままの大穴をぶち開けた。
その一撃だけで、美琴を最大限に警戒させるに十分だった。
「ずいぶん派手にやる気なのね」
「派手? 意外ね、こんな程度でそう思うのかしら?」
再び女が手をかざす。今度は、当麻の方も何が起こるかを理解したようだった。
二人してさっと体をひねり、ビームを回避する。馬鹿正直な照準のおかげで、
ビームはあっさりと二人の元の位置を素通りした。
普通、これだけ太いビームというのは収束が悪く、エネルギー密度が低いことを意味するものだが、
このビームはそんなやさしいものではない。十分な厚みのある施設の壁に、平気で穴を開けるのだ。
「気を抜くんじゃないわよ!」
美琴はそんな当麻に、鋭く注意を促す。この女は、今のところは甘い攻撃しかしていない。
おそらく奇襲で勝つ気はない、ということなのだろう。
だが、殺意はひしひしと伝わってくる。
それは攻撃的な意思というよりは、殺害という行為への抵抗のなさだった。
だったら、こちらも加減なんて必要ない。どうせ死なせるくらいのつもりで攻撃しないと、
相手のリアクションを稼ぐことすらままならないだろう。
「――ふっ!」
手近にあった金属製のタンク数台を、美琴は電磁場を操作して引き抜いた。中身もあるのかそれなりに重たい。
一人のジャージの少女の方に何か指示を飛ばすその横顔に、美琴はタンクを投げつけた。
麦野は焦るでもなく、鋭い放物線を描いて飛んでくるタンクを一瞥する。
そしておもむろに手をかざすと、たったそれだけで、タンクは相手に届く前にボロボロと崩れ、消滅した。
さながら、何らかのバリアでも貼っているかのよう。おそらくは、先程のビームと根は同じ。
「ちょっと。まさか今のが『超電磁砲<レールガン>』だなんて言わないわよね?」
「当たり前でしょ」
挑発というよりは純粋な落胆すら感じられるその響きに、美琴は端的に事実を返す。
今のは電磁場を感覚的に変化させ、手の延長みたいにして投げただけだ。
簡単な代わりに、レールガンのようにプロジェクタイルを音速まで加速するのは到底不可能。
とはいえ手数を簡単に増やせる点では、レールガンより優れているところもある。
美琴は10ほど手近な金属物をかき集め、四方から再び、敵の女二人に投げつけた。
「だからヌルいって言ってるのがわからない?」
美琴のそれが近づくより前に、麦野はビームを放ち、一つ一つを迎撃する。
その過剰な破壊力は、金属物をあっさり貫通した上で、美琴に襲いかかった。
直前。美琴が、すぐそばのパイプを引きちぎり、目の前にかざす。
――ボワァァン!と音を立てて、パイプが爆発し、もうもうと白煙が立ち込めた。
すぐに消えていくそれは、明らかに水蒸気のもの。冷却水をビームにぶつけたということだろう。
その意味を、麦野は咄嗟に考える。これはもう一人の男の方の身を隠すための方策か、それとも――
ハッと、麦野は上を見上げた。そこには、壁にくっつきこちらを見下ろす、美琴の姿。
「きついのが欲しいってんなら、いくらでもくれてやるわよ」
そう言い放つ美琴の額の先で、パリッと電界がはじけた。
麦野に向かってまっすぐ、室内で、人工の稲妻が降りおろされる。
死にはすまい。だが、ギリギリの威力まで強くした一撃だ。
美琴の能力によってあっさりと絶縁を破壊された空気が、不自然なほどまっすぐに、雷を麦野へと届ける。
その先端が、麦野に触れそうになった刹那。
「バーカ」
まるで恐れるように、麦野の体を避けて地面に墜落した。
「なっ」
かわした?!と美琴は愕然となる。強制的に曲げたらしかった。レベル5の、御坂美琴が操る電撃を。
もとより低レベルの能力者の訳がないとは分かっていたが、それにしても、これは。
美琴は向かってくるビームを避けるため、
寄り添った壁を蹴り飛ばし宙に身を投げ出しながら、驚きを隠せずにいた。
「飛んじゃってどうするの。狙い目だけど?」
「御坂っ!」
小馬鹿にしたような麦野の言葉にも、慌てた当麻の声にも取り合わない。
何の取っ手もない空中で電気力線を束ねて、曲芸のように空中で軌道をねじ曲げる。
ビームが美琴の傍をかすめていった。
電磁場で大きなものを引き寄せられるのと逆に、自分を壁に対して引き寄せることなんて簡単なことだ。
身をひねり、地面に着地する姿勢を整えながら考える。
どうも、敵は一発の攻撃力は大きいが、同時照準の数は多くない。
構造物の投擲も雷撃も防がれていて打開策こそ見つかっていないが、それはあちらも同じ。
むしろ美琴が心配なのは、当麻の方だった。
わずかな時間の隙間に、麦野が当麻を、見つめた。
「っ! 何ぼさっとしてんのよ!」
はっきり言って、当麻は足手まといだ。万が一狙われたら、美琴がカバーするのは難しい。
慌てて、麦野の照準が当麻に向かないよう、天井から鉄パイプを投擲する。
だがそんなもの、麦野にとっては防ぐことなど造作もない。
お座なりな美琴の攻撃に、むしろ麦野は興ざめしていた。
「彼氏が殺されちゃうかも、なんてビビりはいらねェんだよ。
人質とって勝ったなんて、後でイチャモンつけられたら面白くねェしな」
舌打ちをして、麦野は当麻に視線を移す。
「手を出せば容赦なく殺す。余波で死んでも文句は聞かない。嫌なら逃げ回ってなさい」
「言われてはいそうですかって聞けるかよ」
「……アンタ。一人で先行って」
「え?」
両者の攻撃の手が、止まった。そして美琴がストンと当麻の隣に降りてきた。
「ここで足止め食らっていいことなんかない。一対一なら、倒してからって手もあるけど」
もう一人の能力者が、まだ一切アクションを起こしていない。
ぼうっとして人畜無害そうな見た目のくせに、美琴はどこか不気味さすら感じていた。
「私は別ルートから行くから。そしたら、とりあえずアンタが襲われることはないでしょ」
「けど、それじゃお前が」
「あのオバサンの狙いは私だから、どのみち構ってやんないといけないわよ」
そんな打ち合わせを内緒にするどころか、美琴は相手に聞こえるような声で言ってやった。
「余計な心配すんじゃないわよ。アレが第何位かまでは知らないけど、どうせ私よりは下なんだから」
美琴は、この女が自分と同じ七人のうちの一人だと、ほぼ確信していた。
これまでのこの女の口ぶり、そしてレベル4の範疇に収まらないだけの能力の規模から考えた、結論だった。
そして、見え見えの挑発をしてやった美琴の言葉で、ぶちっと、相手の女――麦野の中で何かが切れる音がした。
猪突猛進するほどまでに冷静さを失ったりはしてくれなかったようだが、
これで敵の狙いはこちらに絞られるだろう。
「序列を決めてんのは能力研究の応用がもたらす利益の大きさだろうが。そりゃあ負けるさ。
こちとら二万人もクローン作ってもらえるほど高尚な能力じゃねェからな」
心をえぐる言葉。それに、美琴は取り合わなかった。
もう、できるだけの後悔はした。あとはただ、行動するしかないのだ。
「……」
「電撃使いってのは、なんでも出来る便利な能力さ。
テメェは一番おりこうさんなんだろうが、たかが『超電磁砲<レールガン>』で、
あたしの『原子崩し<メルトダウナー>』に勝てるなんて夢は見ねェこったな」
そんな口上を言い切ると、ゆらりと、麦野が動いた。
「みさ――」
「行きなさい!」
美琴は鋭く当麻にそう叫び、今にも動こうとする麦野を油断なく見つめた。
そして一瞬後、当麻が自ら走り出すまでもなく、雷撃と光撃の乱舞が凄絶に始まった。
柔らかなソファに座り、背後で置時計の秒針が立てる音を数え初めて300度目。
ちょうど五分を告げたところで、そっと布束は腰を上げた。
美琴に手渡され、頭に叩き込んでおいた見取り図を頼りに進み、布束は一人、
妹達の脳へと知識をインストールための『学習装置<テスタメント>』の管制室にたどり着いていた。
そっと、ポケットの中身を確かめる。
ひとつは、これから使うもの。あるデータを保存した、メモリディスク。
もうひとつはできれば使いたくない。非力な自分が抑止力を得るための、野蛮な武器。
どちらも問題なく自分の手元にあることを確認して、布束はメモリの方をそっと抜き出した。
この『学習装置』の生みの親たる布束だ。目の前に存在する大型コンソールの持つ機能はほぼ理解している。
操作に不安はない。物理的にここまでに厳重なセキュリティを敷いている分、この装置の保護は甘かった。
システム作成者としての上位権限をそのまま使って、布束はシステムにアクセスする。
この瞬間をもって、布束は学園都市のプロジェクトに抗う、犯罪者となった。
ただ。
――これは本来、私たちが負うべき罪。
美琴はきっと、そう遠くないこの施設のどこかで、戦っているのだろう。
それがなければ、こんなにスムーズにここまでたどり着けはしなかったはずだ。
だけど、本当はそんなことを、彼女がする必要はなかったのだ。
待機時間に僅かな焦りを覚えつつ、美琴の顔を思い出す。
自分達が作り出した妹達と同じ顔でいながら、
布束ははっきりと妹達とは別の人間として美琴を捉えていた。
表情の数が、人としての躍動感が、妹達とは違うと思う。
それが個性と呼べる差異なのか、それとも布束が作り上げた妹達の精神構造の不完全さなのか、
布束には判断できなかった。
こんなことが起こってしまったことについて、美琴に罪はない。
幼い頃に、卑しい大人の善意を信じて、彼女は遺伝子マップを提供しただけだから。
だから、彼女に罰を押し付けてはいけない。精算を彼女にさせてはならない。
そしてさらに、美琴に付き従う当麻のほうには、本当に罪がない。なにせ全く無関係な人間だったのだから。
なのにどうしてここにいるかというのは、はっきり言って不可解ですらあるけれど、
美琴と、昨日知り合ったという妹達の一人を、不幸の谷底から救いたいという意思は、伝わってきた。
それが少し羨ましい。
今ここで、自分がヘマをして捕まったら、
きっと自分もまた学園都市の暗部に囚われ、昏い人生を送ることになるだろう。
そうなったときに、自分をそこから救い出そうなどと想ってくれる人はいまい。
「……データのデコードは完了。あとは」
その内容を、たった今『学習装置』の中にいる、あの妹達の一人にインストールするだけ。
あとは彼女が覚醒しミサカネットワークに接続すれば、
自動的にそのデータは、妹達の全員に広がるだろう。
その命令を布束はコンソールに入力する。
既に彼女を使用者として受け入れているシステムは一切抵抗をすることなく、それに従った。
「これで、もう」
誰にも止められない。布束は心の中でそう呟いた。
ミサカネットワーク内では、20000体の妹達が互いに同格の権限を持っている。
一人が受諾した命令は全ての個体が受諾することになる、そういうネットワークなのだ。
少なくとも、布束が知るプロジェクトでは、そうなっていた。
けれど現れたのは、おざなりなアラーム音と、無情なエラーメッセージ。
全く想像していなかったそのリアクションに、布束は体を硬直させ、呆然とディスプレイを眺める。
「な、んで」
何がいけなかったのかと考えを巡らせるより先に、そのメッセージが原因をわざわざ教えてくれた。
書かれていたのは、『上位個体20001号のものでないコード』という表示。
「上位個体、20001号……?」
そんなもの、聞いたことがない。このプロジェクトは、きっかり20000号で打ち止めではなかったのか?
あまりに上手くいきすぎた潜入と、それをあざ笑うかのような対照的な事態に、布束は呆然とする他なかった。
これで『ep.4_Sisters 07: 同能力者対決』おわりです。
ここまでは理想郷には投下済みだったんですが、最後にちょっとだけ、最新部分上げますね。
美琴と別れ、当麻は一人、最短ルートを突き進む。
とはいえそう広くもない施設内のこと、当麻からは常に、美琴と麦野の打ち合いの光が視界に入っていた。
意図的に当麻がそういうペースを保ったというのもある。
当麻が中央管制室に入ったところで、さしたる破壊能力があるわけでもないし、
ハッキング能力だってこれっぽっちもない。
敵のジャージの少女の方がバックアップ要員だと言われていたが、当麻の立場もまさしくそれだった。
故に、付かず離れず、美琴の戦いを見つめる。必要なタイミングで、介入するために。
だがここまでその意図は果たされずにいた。
美琴が未だ健在なのも理由の一つだが、何より、あまりに3次元的な美琴の動きに、
地を這う当麻が追従できないというのが大きかった。
「……くそ、なんであれで引き離せないんだ?」
美琴の動きはとんでもない。人が曲がれないような角を平気で曲がり、
手をかける所のない壁を平気で駆け上がる。
その変則的な機動は容易に美琴の姿をくらませる。
少なくとも当麻にとっては、美琴の姿そのものはめったに捉えられない。
チラチラと映る特徴的なTシャツの色で断片的に居場所を把握するのがやっとだった。
なのに、敵の攻撃は。
「――御坂! 下だ!」
「っ?! っく、この……っ!」
滞空する美琴に、極太のビームが迫る。それをまた、磁力で自分を壁に引き付けることで美琴は回避する。
「バカ! 私のことはいいから自分の心配しなさい!」
飛んでくる罵声を聞きながら離れた美琴と視線を合わせる。
その瞳に本気の心配が浮いているのを見て、当麻は心の中で馬鹿野郎とつぶやいた。
当麻が叫べば、相手に位置がばれる。そうなれば当麻とて安全とは限らないだろう。
そういう心配を、美琴はしているのだ。
自分の身がとんでもなく危険な目にさらされているのを、まるで無視して。
「そっちこそ、狙われてるぞ!」
「うっさいわかってるわよ!」
天井に貼り付き、地上を逆さまに見上げながら、美琴は当麻と同じ疑問、
いやすでに確信に変わった一つの事実に思い当たっていた。
――これだけ動き回っても、きっちりターゲットを取られてる。
そしてまた一撃が、壁をぶち破りながら美琴に肉薄する。
「おいおい、逃げ回ってばっかかよ!? コッチまで一向にまともな打撃が飛んできてねェぞ!」
そんな麦野の嘲りに取り合わず、美琴は軽く移動してビームを避ける。
カスっただけでもアウトのとんでもない攻撃力。
だが連射性能はそこまで脅威でもないし、照準だって、
どうもこの相手本人の精度はそこまで高くはないように感じる。
美琴は再び視界に入った敵のうち、ジャージの少女の方に目をやった。
目線が、これ以上ないほどにはっきりと錯綜する。もう何度目かわからない。
この少女は、美琴がどれほど高速で、トリッキーな動きをしているときでも、
片時たりともこちらから目を外すことはなかった。
「あいつを先に、なんとかしないと」
それが、数分ほど戦ってみて分かった教訓だった。ビーム砲の方は、逃げる分にはどうにかなる。
電磁場の変化に敏感な美琴には、ビームが届くより前に、
それがどこから来るのかというのが、おぼろげながら感覚的に理解できるからだ。
それを脅威たらしめているのが、ジャージの少女の方。
照準を担っているのはこちら、というのが美琴の予想だった。
読心能力<サイコメトリー>か、透視能力<クレアポイアンス>か。
こっちの女の能力はちゃんとはわからないが、何か危険な匂いがする。
「ふ……っ!」
天井を引っぺがし、フリスビーの要領でジャージの少女に投げつける。
重たすぎる質量はカーブの軌跡を忘れたように、まっすぐと少女へ向かった。
「見え見えだっての」
飛来する鉄板に、無意味と思えるようなしぐさでただ身構えたジャージの少女。
そこに美琴の一撃が届くより前に、レーザービームが鉄板を消し飛ばした。
美琴はそれを視界の端で確認しながら、地上に降り立った。
近くに見えたツンツン頭に呼びかけて、遮蔽物の多い一角で合流する。
「お、おい。声出しちゃ場所が」
「バレてるわ。っていうか、あっちは私をどんな状況でも追跡可能っぽいわね」
「マジかよ」
「……たぶん、追跡してるのはあのビーム女のほうじゃなくて、おかっぱ女のほうだと思う。
アイツを止めないと思うように勧めないわ。こっちを仕留めるまであちこち遠回りさせる気なんでしょうね」
だからと言って、美琴がおかっぱ女を倒そうとしても、もう片方がそれをきっちり防いでくるだろう。
二対一の状況のまま相手の弱点を突くのは、容易ではなさそうだった。
ならば、どうすべきか。美琴は頭に浮かんだプランを当麻に相談すべきか、逡巡する。
このバカは、きっと拒みはしないだろう。そんな予感がある。それが心配でもあった。
「あれ、防げる?」
その一言で、当麻はすべて察したらしかった。
自信があるのがわかる、はっきりとした首肯が帰ってきた。
「問題ない。それが超常の現象なら、どんな能力だろうが魔術だろうが防げる」
「手品<マジック>なんてアンタ防げないでしょうが」
くだらない冗談を飛ばす当麻を苛立ちを乗せた目で睨みつけてから、立ち上がった。
自分の雷撃をはじめ、様々な能力を防いできた当麻だ。今は、信じるしかない。
「じゃ、今からアンタに、おかっぱにアタックかけてもらうわ。
私はあっちのオバサンを引っ張っていって、足止めする。
万が一、狙われたら自己責任で対処する。それでいい?」
「わかった」
「言っとくけどアンタが確実に止めてくれなかったら、かなり分が悪くなるわよ」
「……まあ、なんとかする」
当麻が腰を低くして、走り出す姿勢を取る。
駆けの要素の強い選択肢。
だが、あらゆる能力を無効化する当麻というジョーカーは、手の内をさらす前に友好的に使うべきだ。
そう判断して、美琴は当麻と視線を交わす。
「それじゃあ、行くわ――――よっ!」
合図とともに、二人は駆け出した。
さすがに一日で70レスすると投下だけでも時間かかりますね。
今日はここまで。
原作と違う美琴vs麦野戦を書けるといいんですが。
すごく今更だけど絹旗&フレンダと戦闘中に黒子が佐天を呼び捨てしてたのはただの脱字だったのね……
当時は二人の仲が戦友に格上げされたものを表しているものだと勝手にほっこりしていた
生存報告。
引っ越し等があって年度末進行に忙殺されてます……。
>>40
黒子は仲良くなっても佐天さんにはさんづけしそうな気がしてる。
誤字脱字でごめんなさい。
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