エレン「クリスタって小さくて可愛いよな」(145)
うん
僕の目の前でとんでもない光景が繰り広げられている。
「ほら、あーん」
クリスタが僕の前。エレンの隣に「座っていいかな?」と来たときの
ちょっとした高揚感は急転直下で右肩下がり。
「あー……ってもうっ!」
「ははっ、ん~今日も味が薄いなぁ」
「エレンの意地悪」
幼馴染が膝の上に向かい合わせになるように女神を乗せて
食べさせあっている。なんて現実味のない光景だろうか。
正直目を背けたいけど、ミカサの居るほうから聞こえる「みしみし」という音が怖くて
視線を動かせない。
「ごめんごめん。ほら、あーん」
一体なにが起こってるのかわからない。
ただ見たままを表現するのなら所謂「イチャイチャ」している状態だけど、
それが僕の中でエレンと繋がらない。
「おいクリスタ、頬についてるぞ」
「えっ? どこ?」
だっておかしいじゃないか。
こういう事は恋人同士とかがやるようなことだ。
それもかなり親密で周囲の目を気にしない程に色惚けた。
昨日までは普通だった。エレンとクリスタが会話してるのだって二言三言、
とても付き合っているようには見えなかったし。事実そんなうわさが流れた事なんてなかった。
「……ここだよ」
「んっ……もう、馬鹿」
なのになんで今日この二人は当たり前みたいに食堂の、
全訓練生の前で平然とキスをしてるのだろう。
隣から聞こえてくる音は「みしみし」から「べきべき」に変わっている。
さっさと自分の分を食べきってこの場から去りたい。
というのが僕の本音なのだけど「どういう事か聞け」という
周りの、特に隣からのプレッシャーを感じてそれすらままならない。
一番付き合いが長いからこそ聞きづらい物があるんだなぁ、と少し現実逃避。
「あ、あのさぁ……」
自分の唾を飲む音がこんなに大きく聞こえるなんてと驚きながら、
「あぁ、ここで間違えたら僕死ぬのかな」なんて諦めた考えと共に
僕は正面の二人に声を掛ける。
「ん? なんだアルミン」
返事をしたのはエレンだった。
肩に頭を預けるようにしたクリスタに抱きしめられながら、
昨日までと同じように極普通に。
「えぇっと、……その、状況が飲み込めないんだけど……。
二人って付き合って、るのかい?」
友人の女性関係を聞くのになんで僕は
こんなに緊張しているのか不思議になる。
今まで僕は茶化しながら笑いながら楽しくする類の話題だと思っていた。
なのにこの状況はまるでずっと仲間だと思っていた友達が
裏切り者かもしれなくて、その本人に正面から切り込んでいるような。
なんかもう、違う。浮いた感じが無さ過ぎるよ……。
「あぁ、まぁ」
「うん。そうだよ」
二人はあっさりと肯定した。
と同時にあちこちから「うわぁぁっ!」という叫び声とか、
「くそっ! エレン死ね!」という恨み声とか、「
よしっ、俺にもチャンスが!」っていうジャンの声とかが上がってきた。
特にクリスタは訓練生の間では人気だ、
かくいう僕だって憧れてた部分があったのは否定できない。
だからざわめくみんなの気持ちもわかるし、
この状況を信じられないという思いも理解できる。
「嘘」
けど、彼女ほど目の前の光景を信じたくないと
思っている人間はこの中には居ないと思う。
誰かって? そんなの決まってるじゃないか。
「そんなの……、嘘」
エレンの口から真実を聞くまで我慢していた
のであろうミカサは、重苦しく苦々しげにやっと口を開いた。
その声は小さかったけれど、しかしどよめき立つ食堂内の全員が
思わず黙ってしまうほどに迫力があった。
「嘘だよねエレン」
質問と言うよりは「そうであって欲しい」という願望を口にする。
その顔は、とても必死で、悲愴と言うほか無かった。
「ごめんねミカサ。嘘じゃないの」
それに答えたのはクリスタだった。
そのバツの悪そうな表情に、どこか優越感が見え隠れする
気がするのは穿ち過ぎだろうか。
いや、ここでエレンよりも早くクリスタが答えたことと内容が
クリスタの心中を少しだけ表現している。
「エレンを手に入れたのは私」という勝ち誇った感情を。
それは僕達がいままでの生活で知ったと思っていたクリスタ像から
かけ離れた物だった。
「あんたに聞いてない!」
ビリビリと、静寂が支配する食堂に怒鳴り声が響く。
痛い。咄嗟に浮かんだのはその単語だった。
ミカサの気持ちをずっと知っていただけに、とても心に痛い。
「ま、まぁミカサ落ち着いて」
今にも殴りかかりそうなミカサを宥めながら、
「でも、本当にどうして急に?」と荒れる彼女の代わりに質問をする。
するとエレンは「ちょっといいか」とクリスタを降ろして真剣な表情になった。
「ずっと黙ってたけどさ、実は前から付き合ってたんだ俺達」
深呼吸をしてから、はっきりと。
ミカサと僕に向かってエレンはそう言い切った。
「嘘」
「嘘じゃない」
「信じたくない」
「信じてくれ」
暴れなくなった代わりにその場に蹲って耳を塞いで
嫌々と頭を振るミカサに近づいてエレンは言い聞かせるように繰り返す。
「いつからだい?」
「もう、半年くらいになるかな」
思っていたよりも長かった。
「私から告白したの。そしたらエレンがいいよって――」
「黙れ! 嘘つき女! エレンがそんなこと言う訳ない!」
馴れ初めを照れたように話すクリスタに、
再び怒鳴りつける。
「ミカサ落ち着け!」
「どうしてエレン! 私は、私は」
「……こうなるからしばらく隠していようって」
「なるほどね……」
おもむろに周囲を見渡す。
泣き崩れているミカサと宥め賺してるエレン、
エレンといつの間にか付き合っていたクリスタ。
そして僕。
このエリアだけ隔離されたように距離感がある。
みんなは興味はあるけど巻き込まれたくないと
思い切り顔に書いてあり、遠巻きにこちらを伺うだけ。
僕は一体どういうスタンスで居ればいいのだろうか。
エレンとクリスタの味方につくべきか、
それともミカサの方につくべきか。
それが僕にはわからない。
さっきから質問をし続けているのも、まるでそれが僕の役割みたいに周りが見ているからで。
「ねぇ、エレン」
溜息を吐く。いくら考えても、人と人の関係に明解な答えなんて無い。
ただそれでも一つだけ聞かなくちゃいけない。
「ミカサの気持ちには……」
いままでエレンはそう言った事に興味ないと思っていた。
戦うこと、巨人の事に一杯で意識したことないと。
だからミカサの気持ちに気づいていないんだと。
でも、そうじゃないなら。
「それは……」
もしずっと前から気づいていたのなら。
それはずるいと思う。
「……わりぃミカサ。俺にとってお前は、やっぱり家族なんだ」
その発言に、ミカサは何も答えなかった。
ただ恨みがましげにクリスタを睨んで、それから次に僕を睨んだ。
なんで僕が睨まれなくちゃいけないんだろう。
「……ミカサ?」
「っ!」
エレンの心配げな声、とうとう耐え切れなくなったのか
ミカサはその場から走り去ってしまった。
「やりすぎだよ」
自然と責める様な口調になってしまう。
「ごめんなさい。ただ、もう私も隠すのが嫌になって、いっそ……」
そのクリスタの言葉を最後に、沈黙のままみんな解散していった。
―――
「どうしたアッカーマン! ここ数日の体たらくは!」
訓練の最中教官の怒号が空気を振るわせる。
「……」
うな垂れた様に教官の叱責を受けているミカサの成績は、
あの日以降下がる一方だった。理由は考えるまでも無い。
「教官。私は……」
「なんだ、言い訳があるなら言ってみろ!」
「……いえ、なんでもありません」
「ならさっさと訓練に戻れ」
「はい」
力なく、ふらふらと訓練に戻る彼女に以前の力強さは無く。
けれどかける言葉が見つからないまま、数日が経っている。
エレンも流石に避けられているようで、今日までミカサは
ほとんど誰とも口を聞いていないようだ。
なんか急にめちゃくちゃお仲痛いんですけど……
「くそっ、エレンの糞野郎」
背後から毒づく声。
振り向けばいつの間にここまで近づいてきたのか、
ジャンが顔を歪ませてすぐ後ろに立っていた。
「おいアルミン、どうにかなんねぇのか?」
何のこと? と聞こうとして、すぐミカサの事だと気づく。
「どうにかって言ってもね。これに関しては自力で立ち直ってもらわないと」
他人が横からどうこう言って直る類の物ではない。
しかも好きな人に恋人ができたという経験は僕にはないのだ、
お前になにがわかるといわれてしまえばそれまでの話。
「けど、あのままじゃミカサが可哀想じゃねぇか! 見てらんねぇよ!」
「……」
ジャンの言いたい事もわかる。
けれど、可哀想という思われる事を多分ミカサはとても嫌がるだろう。
可哀想と言われる事は、とても惨めだ。それだけは僕にもわかる。
「でも……」
放っておけないと思うのもまた素直な気持ちだ。
エレンの事を責めるつもりは無い。
繰り返すけれど僕がどうこう言う事じゃないからだ。
だけどこのままだとミカサは壊れてしまうかも知れない。
それは嫌だ。できるならば居心地の良かった三人に戻りたい。
「そうだね、少し声を掛けてみようか」
「おう!」
一人離れたところで覇気無く鍛錬を続けるミカサに
ジャンと連れ立って近づいていく。
「……えっと」
「大丈夫か? 最近元気ないみてぇだが」
なんて声をかけたらいいのか、
そう逡巡しているとジャンが躊躇い無く声をかけた。
どうやら声をかけたいけど一人では行き辛いってだけだったのかも。
「なにが?」
「なにが……って」
困った様にジャンがこっちを見る。
……あぁ、こういう時の為か。
僕は「エレンの事だよ。あれからずっと元気ないからさ」と代弁する。
「お、おうそうだ。みんな心配してるぜ。
さっき教官にもどやされてたしよ」
普段あんなに息巻いてるくせにこういう時に
若干おどおどしてしまう辺りジャンが影でヘタレ呼ばわりされてる理由がわかる。
「……ふふっ」
しかしミカサは僕等の言葉を聞いて。
じっとこちらを見ながら予想外に微笑んだ。
「ミ、……カサ?」
空元気とか、誤魔化しの笑いじゃないという事はすぐにわかった。
「大丈夫、私はいつまでも落ち込んでたりしない」
「だ、だけど急に成績が落ちて調子も悪そうだったじゃねぇか」
「それは寝不足。この所徹夜続きだから」
そういってまたクスッと笑った。
不気味な……笑み。悪魔の様な、と表現すればいいだろうか?
氷の塊を服の襟から入れられたような悪寒が背中を襲う。
「それに考え事とか、やらないといけないことが多くて」
訥々と言葉を口にするミカサに、
得体の知れない物を感じて僕は一歩後ろに下がる。
「そ、そうか……。じゃあもうエレンの事は……」
「大丈夫だから。二人とも心配してくれてありがとう」
嘘だ。本能的にそう思った。
「……ミカサ」
「なに?」
「本当に、吹っ切れたの?」
あれほど強く長く想い続けてきた気持ちを
ほんの数日で消せるほど人の心は単純じゃない。僕はそう思う。
「おいアルミン、何回も聞くことじゃねぇだろ。
本人が大丈夫って言ってるんだからよ、なぁミカサ」
「そういうこと。もういい?」
「あぁ、すまなかったないきなり」
「……ごめんねミカサ」
「べつにいい」
ジャンに言われるがままに別れる際。
ミカサの瞳は離れた位置に居るエレンとクリスタに向けられている気がしたけれど、
それも背中を押すジャンの所為でキチンと確かめる事はできなかった。
だからその瞳の奥に渦巻く「ナニか」に気がつくこともできなかった。
(血痕死体……)
>>57
おいやめろ
―――
事件が起きたのはそれからまた数日後のことだった。
エレンはいつもクリスタと隣り合っていて食事を取るのが当たり前になって
すっかりバラバラに食事を取るのが当たり前になってしまった僕等三人。
この日僕はジャン・コニーと机を囲んでいた。
「いたっ!」
「大丈夫か!?」
突然聞こえてきた悲鳴に近い声。
そして次いで聞こえてくる聞きなれたエレンの声。
見るとクリスタの手をエレンが握り締めていて、
その指の隙間から手首にかけて紅い液体が流れているのが見えた。
「いま医務室に連れて行くから! 誰か掃除は任せた!」
バタバタとクリスタを抱えてでていくエレン。
騒然とする食堂。僕は再び感じる冷たい感覚に慌てて二人が座っていた場所に向かう。
「これは……」
「手紙みたいだな」
そこに落ちていたのは乾いてない真っ赤な血の滴った手紙。
「……どれ」
一緒に覗き込んだライナーが果敢にも手紙を拾おうとする。
「危ない」と言う間もなく、その端を摘んで持ち上げると
すぐにその手紙の異変が目に映った。
「カミソリに見えるがアルミンどう思う?」
「僕にも同じに見えるね……」
「あぁ、悪質な嫌がらせだな」
言いながら床に雑に落とし、周囲を見渡す。
「この中にこれをやった奴が居るって事か」
その台詞を聞いたと同時。
一つの視線を感じて振り向く。
振り向いた先には、反対側の扉から今まさに出て行こうとするミカサの背中。
「……ミカサ」
「なんだって?」
聞き返されるけれど、相手にしている余裕がなくなった。
「ちょっとごめん!」
こっちを見るライナーを無視して、
僕は慌てて消えたミカサを追いかける。
嫌な予感が外れてればいい。もし、当たっていたなら
友人として人として、正さなくてはいけない。
君は間違っているといってあげなくちゃいけない。
「大丈夫だから」
扉をでてすぐの場所。
ミカサは僕が来るとわかっていた様で、
目が合ってすぐに一言そう言った。
「……どういう意味だい?」
全然大丈夫じゃない。君はおかしい。
言ってやるつもりの言葉がでてこない。
その真っ暗闇の瞳に吸い込まれたように。
「アルミンに手伝ってもらわなくても大丈夫、私一人でできるから」
あぁ、ミカサはどうやら僕を味方だと思っているのか。
あの時ジャンと一緒に声をかけたからか?
「一人でできるって……、やっぱりあの手紙はミカサなんだね」
「そう」
平然と答えた。
「なんでって聞くのは野暮かな」
僕もできるだけ平然と答えるけれど、鼓動は激しく脈打っている。
まるで平静じゃない。
「そんなの勿論エレンの為」
自分の為の間違いだ。自分勝手な行動をエレンの為と言う言葉で誤魔化している。
「本当はあんなやり方趣味じゃないけど、エレンにバレたらいけないから」
「バレたらいけないって?」
「バレたら嫌われるでしょ?」
そこまでわかっているのにエレンの為と言うのか。
僕は見誤っていた。
それはもう色んな事を、見落として見過ごしていたらしい。
もっと気を使えばよかったんだ。僕が入る話じゃないとか言って
幼馴染二人の、僕にとって誰よりも大切な二人の事なのに見てみぬ振りをしたから。
だからこんな事になってしまったのだろうか。
「ミカサ。君は人を傷つけたんだよ。
その自分勝手なエゴで」
「……違う。エレンを毒する虫を追い払いたいだけ」
「クリスタは人だ。それにエレンの意思も無視してる」
「エレンは私と一緒に居るのが一番」
話にならない。
なにが彼女をここまで変えてしまったのか、
それとも変わってないのか。いままでその機会が無かっただけで、
ずっと前からミカサが内包していた素なのか。
僕にはわからない。幼馴染の事なのにわからない。
エレンがクリスタと付き合ってる事にも気づかなかったし。
「ミカサはどうしたいの?」
食堂のざわめきが落ち着いてきている。
もう少し時間が経ったらここにも人が流れてくるだろう。
そしたら、最悪誰かに助けを求めて数でミカサを取り押さえる事もできるかも知れない。
少なくとも僕には彼女を止められない。
「また前みたいに、三人で一緒に居たい」
「……それは僕もそう思うよ」
思うけど。なんで同じ事を思ってるのに
こんなにも離れて感じるのだろう。
友達と、親しい人間といつまでも一緒にいたい。
それは当たり前の感情なのに、なんでこんなにもいけない事なんだろう。
「でしょ? 大丈夫、私がすぐに元通りにするから」
笑顔。喜色満面の笑顔。
怖いくらいに純粋な笑顔。
――あぁ、そっか。
ミカサも純粋なんだ。エレンと同じように、
エレン以上にまっすぐで純粋すぎるんだ。
だから、混じりっけの無い感情は極端に走るのか。
「あの女が居なければ、そもそもこんなことにはならなかったのに」
唾棄するように言う。
「……クリスタを殺すつもりかい?」
「殺しはしない」
嫌な言い方だ。
「ねぇミカサ」
「なに?」
落ち着け僕。言葉を選んで……。
「僕は君の味方にはなれない。君が言った事は全てエレンに伝えさせてもらう」
全部言えなかった。頬に突き刺さった拳の所為で。
「がっ……!」
僕とミカサの間には如何ともしがたい実力差がある。
特に運動能力に関しては一際。
「……そう、じゃあ口封じしないと」
ミカサにしたら軽く小突いたつもりかも知れない。
少なくとも全力では殴っていないだろう。
けれど僕の心を折るには十分で、逃げようにも膝が笑って立つ事もできなかった。
あとできるのは、話すくらいかな。
「君は間違っている……。例えクリスタを力技でどこか遠くを追い払っても、
エレンが君の気持ちに答えてくれる事は無いよ」
蹴られた。這い蹲る僕の腹部めがけて飛んできた足は、
僕に対応できる速度を超えていて、回避はおろか防御も出来ない。
「げほっ……。君は卑怯者だ! 正面から告白できずに見ているだけで!
結果エレンと付き合えたクリスタに嫉妬して暴れてる子供だ!」
踏まれた。かろうじて身体を支えていた腕、床についていた手の甲を。
嫌な音がしたから折れたかもしれない。
「アルミンにはわからない!」
「わかりたくもないよ! いまの君の気持ちなんて僕はわかりたくない!
エレンを自分の物にしたいなら逃げずに正面から立ち向かえよ!」
「っ!」
拳が振り上げられる。
僕の顔めがけて、今度こそ全力で。
当然僕に防ぐ手立ては無く、今度こそダメかなと思った。
「……?」
けれど拳はいつまで経っても落ちてこなかった。
「みっともないよ。あんた」
なぜなら、振り上げた拳を誰かが掴んでいたから。
「……」
つかまれた手首。そして掴んでいる本人を
無表情に見比べるミカサ。
「あ、アニ……」
一体いつ、どのタイミングで現れたのかはわからないけど。
確かにそこにはアニが居た。
「馬鹿馬鹿しい。こんなことしてなんになるのさ」
呆れたように言いながら、
しかしミカサの手首を握る腕には強い力が込められていた。
「なに?」
「なにじゃないよ。まったく、なんで私がこんな……」
ぶんと掴んでいた手を強く引いて、足元を鋭い蹴りで払う。
それをミカサは軽々と跳んで避け距離を取る。
「こんな馬鹿につき合わされなくちゃいけないのかな。ったくキャラじゃないよ」
頭を掻いて愚痴るように言ったあと、
ミカサに向かって構えるアニ。
――どうやら僕は助かったようだ。
「大丈夫かアルミン」
床に突っ伏しているので見えないけれど、
別の方向から聞こえてくる声がライナーの物である事はわかった。
アニも、ライナーが連れて来てくれたんだろう。
「ごほっ……うん、なんとかね」
「悪いな遅れて、アニの奴さっさとどっか行っちまって探すのに手間取った」
「ううん、来てくれただけで嬉しいよ」
「すまん。だが情けないが俺だとミカサを止められないんでな」
多分ライナーは僕がミカサを追った後を着いてきてたんだろう。
そして隠れて会話を聞いていて、アニを探しに行ってくれたんだ。
なんの助けも求めていないのにここまでしてくれたんだ、
それだけで本当にありがたい。
「チッ」
「なに苛々してんのさ」
ライナーに支えられ、どうにか身体を起こして二人を見る。
あからさまに不愉快そうな顔のミカサとつまんなそうな顔のアニ。
「……大丈夫かな」
「アニなら、なんとかしてくれるだろ。
しかしうちの格闘術ワンツーが女子ってのは
男として情けねーなぁ」
僕を気遣ってか、わざとらしく軽口を叩いてみせるライナーに
僕も自然と笑みを浮かべる。痛みですぐ消えたけれども。
「ふっ!」
見詰め合ってしばらくミカサが仕掛けた。
なんの衒いも無い正拳。それをアニは外側に回るように避けて、
手首と肘を掴んで捻りあげようとする。
それをミカサは空中で前転をするようにして流し、
アニの腹部に向かって蹴りを放つもこれもまた回避。
お互いまた距離を置いて止まり、今度はアニが仕掛ける。
離れた位置で見ているからギリギリ視認できるものの、
至近距離でやられたらあっという間に勝負が決まるような一撃を
お互い一進一退回避したり防いだりしながら戦っている。
「……エレンは?」
「多分まだクリスタと医務室だろうな。
まったく羨ましい奴だぜ」
「そっか」
できることなら。エレンの知らないところで終わらせたい。
ミカサのやったことは許されないけれど、
しかしバレて、エレンに本当に嫌われてしまったら
ミカサは今度こそどうなるかわからない。
いや、そんな建前は置いて単純にあの二人が
完全に仲違いする所を見たくないだけなのかもしれない。
「あんたさ、また三人でって言ったらしいね」
正面からお互いの手を組んで膠着したタイミングで、
おもむろにアニは口を開いた。
その表情にさっきまでの飄々とした態度は無く、
見ているこっちが怖くなるほど険しい顔だった。
「それが?」
対するミカサも、同様。
正直この場から逃げ出したくなる。
「その癖あんたは簡単にアルミンに殴る蹴るであそこで転がってる。
正直に言いなよ、あんたはエレンが居ればそれでいいんだろ?」
嘲笑するような物言いだった。
挑発する様でもある。この状況でこんな言葉をミカサに叩けるのは
アニだけだろう。
「……そう。そうだ! 私はエレンが居ればそれでいい!」
ミカサがアニの顔面目掛けて額を振り下ろしガンと鈍い音がした。
「他になにもいらない! エレンさえ居ればそれでいい!
邪魔する奴はみんな居なくなってしまえばいいんだ!」
いままで冷静さをまだ保っていたミカサが大声で叫ぶ。
でもそれは、怒鳴っているというより、悲鳴に近かった。
「居ればそれでいいってんなら! 祝福してやんなよ!
自分のものにしたいんだろ! いつまでも女々しく逃げるな!」
頭突きで鼻血を出しながら、アニも負けじとミカサのこめかみに肘鉄を入れる。
「なにがわかる! 私のなにが!」
先程までの高度な技術での格闘は、
打って変わってただの殴り合いの喧嘩になった。
「わかるよ。私も好きだった」
そしてそれはアニの一言でピタリととまった。
両者ともに顔を腫らして、息を荒げて、
鼻や口の端から血を流して。
見詰め合っていた。
「でも、私はなにも言わなかったし。
だからクリスタにどうとも思わない、
抜かれたのは、自分が遅いからなんだ」
鼻から流れる血を手の甲でぬぐいながら、アニは語る。
騒ぎに人が集まってきたのも気にせず。
「認められないって、騒ぎ立てて暴れるほど
あんたなにかしたのかい? エレンが乗り換えたって言うなら話は変わるけど、
そうじゃないんだったら。結局あんたが悪いんだよ」
説教している。アニがミカサに。
「マジかよ……」ライナーがぼそっと呟いたのが聞こえた。
「それでも諦められないなら、
みっともない努力してないで振り向かせる努力を頑張りなよ」
ミカサは何も返さない。
僕の時と違うのは、やはり立場の違いか。
境遇の違いか。性別の違いか。
「私は……どうすればいい?」
やがて、俯いいたまま地面に向かってポツリと呟いた。
「そんなの、本人に聞きな。そこまで面倒見切れないよ」
アニは言いながら後方を指差した。
集まった人の中、指差した先に呆然としたエレンが居た。
そしてアニは「もういいだろ?」とライナーに言い放ってどこかへ行ってしまった。
「……エレン」
「ミカサ……」
―――
あの後どうなったのか僕は知らない。
エレンに「少し二人きりで話させてくれ」と言われて
ライナーに支えられながら医務室へ行ったから。
あの場に居た他の人達も一緒にライナーに帰らされ、
二人がどんな会話をしたのか、どんな風に和解したのか
僕だけじゃなく二人以外の誰もが知らない事になる。
「ほら、あーん」
ミカサが望んだ未来にはならなかった。
「あー……ってもうっ! またっ!」
僕が望んだようにもならなかったし、
元通りにもならなかった。
「エレン、私もあーん」
「いやいやいや……」
「はぁ……馬鹿ばっかりだね」
ただ、いつものメンバーが三人から五人になった。
「お、なんだアルミンこっちをじーっとみてるけど」
「ううん、なんでもないよ」
そう、なんでもない。
これから先、どうなるかわからないし。
この光景がどう変わっていくのか知らない。
「あ、わかったアルミンもエレンに食べさせて欲しいんでしょ」
「えぇっ!? なんでそうなるの!?」
「……」
「ちょっと! 誤解だからその目で僕を見ないでよ」
「あんた、そういう趣味だったんだね」
「違うってば!」
「ほれアルミンあーん」
「エレンもやめて!」
でも、いまはなんとか保つ平穏を楽しみたい。
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_,,-','", ;: ' ; :, ': ,: :' d⌒) ./| _ノ __ノ
まじでマイクロソフトの自動インストールやめろよ
後でって言ってるんだからあと何分とか出すのやめろよ
そして最後の最後で書き込めなくなってなんでだよと思ってたら
●が勝手にログオフしてたでござるの巻き
あ、なんか途中からかなり勢い任せで掻いたんで
色々ごめんなさいします
長い間ありがとうございました
これクリスタが納得するわけねーだろ
>>139
あーそういえばそうだな
なんかもう勢いだわ
このSSまとめへのコメント
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