スクィーラ「ラインハルト・ハイドリヒ?」 (37)

アルカディアに投稿している作品を投下します。新世界よりとDies iraeのクロスです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1392289636

今日もまた苦痛と回復のサイクルが繰り返される。無限地獄の刑を言い渡されたスクィーラは自分の身体に襲い掛かる想像を絶するレベルの激痛と苦痛に苛まれていた。

 バケネズミの隠されてきた真実を知り、神の名を騙って自分達を虐げる町の人間達に戦いを挑んだ。

 が、結果は敗れた。切り札であった少年の愧死機構は自分達バケネズミに大して働き、それを察知され、奇狼丸の捨て身の作戦により少年は命を落とした。

 裁判の傍聴席の人間達の自分を嘲笑う声が頭から離れない、自分達バケネズミに対する人間達の蔑みの視線が目に焼きついている。

 スクィーラの抱く無念、悔しさ、怒り、憎悪が呪力によって蝕まれ、破壊されていく過程で受け続ける苦しみと痛みを幾らか和らげていた。

 最後まで自分達バケネズミをケダモノとしか見れない渡辺早季、朝比奈覚。

 特にこの二人に対する怒りは日に日に激しさを増していく。

 この刑を受けて数日の間はただひたすらに襲いかかる苦痛の嵐に叫び声を上げ、涙を流していたスクィーラ。

 だが日が経つにつれて自分の中に宿る人間達に対する憎悪、憤怒が受ける苦痛を少しづつではあるが上回りはじめたのだ。

 呪力により受け続ける苦しみと激痛を町の連中に対する怨念に変換している。

 自分の全細胞、全神経を呪力によって蹂躙され続けるスクィーラの精神は憎しみと怒りによって保たれている。

 並みのバケネズミであればとうの昔に発狂して精神が崩壊しているに違いない。

 「この世のいかなる生物も味わったことのない苦痛と恐怖の刑」とはよく言ったものだ。

スクィーラは心の中で、町の人間達に対して嘲笑していた。

 スクィーラにとって、町の人間達が自分に与えるのは「この世のいかなる生物も味わったことのない
苦痛と恐怖の刑」などという大それた刑罰などではない。

 現に今のスクィーラの精神は崩壊してもいないし、発狂もしていない。

 スクィーラに呪力を送り続けている拷問官はスクィーラの目が死んでいない、恐怖に怯えていない
ことが腹立たしいのか、呪力を強め、スクィーラの身体中の細胞を暴走させる。

 自分の身体がグロテスクに変形していく過程での激痛と苦しみは今までよりも一層激しくなる。

 しかしそれと同時に人間達に対する怨念、怨嗟、憤り、憎しみは増していく。

 例え自分が今とは違う生物にされようと、どんなに拷問しようと、絶対に自分は折れたりはしない


 スクィーラ胸には神栖66町の者達に対する地獄の業火の如く燃え広がる赫怒の念が確かにあった。

 休む間もなく続けられる拷問であるが、スクィーラは自分の身体に奏でられる蹂躙と激痛の協奏
曲が暴走している時に不可思議な言葉が聞こえてきた。

 それはここ数日の間に続けられている言葉だった。

 最初は何を言っているのかが聞こえなかったが、今はハッキリを何を話しているのかが分かった、そしてこの言葉は自分に語りかけていることも知った。


 例えば、己の一生がすべて定められていたとしたらどうだろう

 人生におけるあらゆる選択、些細なものから大事なものまで、選んでいるのではなく、選ばされているとしたらどうだろう。

 無限の可能性などというものは幻想であり人はどれだけ足掻こうとも、定められた道の上から降りられない。

 富める者は富めるように。貧しき者は飢えるように。善人は善人として、悪人は悪人として。

 美しき者醜き者、強き者弱き者、幸福な者不幸な者


 ――――そして、勝つ者負ける者。


 すべて初めからそうなるように……それ以外のモノにはなれぬように定められていたとしたらどうだろう。

 ならばどのような咎人にも罪はなく、聖人にも徳などない。

 何事も己の意思で決めたのではなく、そうさせられているのだとしたら?



 ただ流されているだけだとしたら?



 問うが、諸君らそれで良しとするのか?

 持てる者らは、ただ与えられただけにすぎない虚構の玉座に満足か?

 持たざる者らは、一片の罪咎なしに虐げられて許せるか?


 否、断じて否。

 それを知った上で笑えるものなど、生きるということの意味を忘れた劣等種。人とは呼べぬ奴隷だろう。

 気の抜けた勝利の酒ほど、興の削げるものはない。運命とやらに舐めさせられる敗北ほど、耐え難い苦汁はない。

 このような屈辱を、このような茶番劇を、ただ繰り返し続けるのが人生ならよろしい、私は足掻き抜こう。

 どこまでも、どこまでも、道が終わるまで歩き続ける。遥か果てに至った場所で、私は私だけのオペラを作る。ゆえに、諸君らの力を借りたい。

 虐げられ、踏み潰され、今まさに殺されんとしている君ら、一時同胞だった者たちよ。

 諸君らは敗北者として生まれ、敗北者として死に続ける。その運命を呪うのならば、私のもとに来るがいい。

 百度繰り返して勝てぬのならば、千度繰り返し戦えばよい。千度繰り返して勝てぬのならば、万度繰り返し戦えばよい。

 未来永劫、永遠に、勝つまで戦い続けることを誓えばよい。

 それが出来るというのならば、諸君らが"術"の一部となることを許可しよう。

 永劫に勝つために。獣のたてがみ――その一本一本が、諸君らの血肉で編まれることを祝福しよう。

 今はまだ私も君らも、そして彼も……忌々しい環の内ではあるものの。

 これから先、ここでの"選択"が真に意味あるものであったと思えるように

 いつかまたこの無限に続く環を壊せるように

 さあ、どうする。諸君ら、この時代の敗北者たちよ。私に答えを聞かせてくれ。







 戦うか、否か――。

 「た、戦う……!」

 スクィーラは自分に語りかけてくる何者かの問いかけにそう答えた。

 今の自分……いや、バケネズミ達はこのまま人間に蹂躙される側で終わるのか?

 他のバケネズミ達は自分達が人間であったことを知らずに一生人間達に酷使されるのか?

 自らの人生に希望も未来も持てず、人間達に生殺与奪権を握られたままでいいのか?

 自分達のコロニーは神である人間達の好きなようにさせていいのか?

 否、断じて否。

 そんな未来は認めない、そんな一生は認めない、そんな結末は決して認めない。

 スクィーラは謎の言葉を聞き、益々人間達への怒りを募らせていった。

 ミノシロモドキに記録されていた自分達の真実に気がつかなければ自分は一生町の人間達を神を崇め、種族の未来など考えられなかっただろう。

 念入りに計画し、人間達に反旗を翻したはいいものの、人間達に最終的には敗れた。

 こんな結末は受け入れたくない、こんな結果は認めたくない。だが今の自分の状況を変えるのは不可能だろう。

 スクィーラは呪力によって弄ばれ続ける自分に対しても怒りと悔しさを滲ませる。

 拷問を受け続ける日々が更に一ヶ月程続く。自分の身体は最早バケネズミの原型を留めてはいない身体になっているだろう。

 自分が何者なのか、それすらも分からなくなる程思考回路が鈍っていた。

 しかしそんな中でハッキリと分かることがあった。

 町の人間に対する途方もない憎しみ、怨念、爆発しそうな程の怒りは確かに自分の身体に刻まれていた。

 何の生き物になったのかは自分でも分からない、町の人間達から見ればおぞましき「何か」に映ることは確かだろう。

 しかしそんな姿になっても町の人間達に対する感情は聊かも揺らいでいなかった。

 例え違う生き物になってしまおうと、脳をいじられようが、細胞をいじられようが人間達に対する怨嗟の念は確かに存在していた。

 生きているのか死んでいるのかも実感が沸かない、自分の手足が存在しているのかも、周りの景色が何なのかも分からない。

 しかしそんな状況の中でさえ「憎しみ」は死んではいなかった。

 今の自分に残っている思考はただそれだけなのだが。

 どう足掻こうと今の自分に何かできる筈もない、呪力がある人間達と自分達バケネズミとの差は歴然としている。

 本物の、正真正銘の「神」でもない限りこの状況は覆せまい。

 そんな絶望的な状況の中でも「怒り」、「憎しみ」は決して絶やさなかった。

 それがなくなれば「負け」となるだろう。苦痛からの解放という名目で「死を望む」など絶対にしない。

 自分の存在意義、それは町の人間達に対する純粋なまでの殺意の塊となることだった。

 そんな中自分の意思に語りかけてくる声が聞こえた。今までの声とは違う、もっと優し気な……、自分を労わるような……哀れむような声だ。

 この声は聞き覚えがあった。そう、自分もよく知っている古い馴染みの声にそっくりだった。

 そしていい終えると、スクィーラは自分の「意思」が消えていくのを感じた。

 気がつけばスクィーラは見知らぬ場所に蹲っていた。どこかは知らない、だが周囲を見渡してみればどこかの玉座らしき場所だった。

 それにしてもなんと荘厳な場所だろうか。この場所にいるだけで押しつぶされる程の圧迫感だ。

 自分のような者には不釣合いな場所だと言える。

 赤いカーペットのような絨毯が玉座の場所にまで伸びている。どこかの宮殿だろうか?

 だがそもそも自分は確かに消えた筈だ、なぜこのような場所にるのだろうか?

 自分は二足歩行で立ち、服も着ている。

 バケネズミ以外の生き物に姿を変えられたと思っていたが、今の自分は拷問を受ける以前のままの五体満足の姿だ。

 解放されたのか? それはありえない。自分は町の人間達を大勢殺した。そんな重罪人である自分が釈放などされようか?

 だとすればここは「死後の世界」というものだろうか? スクィーラがそう考えていると、玉座から声が響いてきた。

 「成程……卿がスクィーラか?」

 それは何と重く、何と神々しき響きだろうか。言葉の重みそのものが町の人間達とは比べ物にならない。

 言葉一つだけでも押しつぶされてしまいそうな感覚だ。

 スクィーラは玉座の方角に目を向ける。玉座に「ソレ」は確かに座っていた。

 単なる人間が玉座に座っているなどという次元ではない、威厳、佇まいの何もかもが凡百の人間とは一線を画している。

 長く伸ばされた金色の髪の毛は眩いばかりの輝きを放っていた。見慣れない服を着ているものの、そんなことなどスクィーラにとってはどうでもよかった。

 「こちらへ参れ」

 その一言だけで玉座の方まで歩いてきた。戸惑うことなく、躊躇いもなくスクィーラは玉座の男の言葉に従った。

 この男は一体何者なのだろうか? 単に玉座に座しているだけにも関わらず、自分の命が握られているような感覚だった。

 町の人間達にこれ程の存在の者はいなかった。いや、そもそも金色の髪の男が「人間」であるかどうかすら怪しい。

 この男を「人間」などとういうカテゴリーに置けるのかどうかすら分からない。

 だとすればこの男は……。

 「貴方様は……、「神」でございましょうか……?」

 町の人間達に対する憎しみも、怒りも忘れ去ってしまう程に玉座の男の放つ圧倒的なまでの存在感。自分に掛かる重力が何倍にもなったかのような感覚。

 間違いなく今の自分は玉座の男を恐れている。自分の体に存在する全細胞が目の前の男には逆らうなという警告を発していた。

 この男が「神」というのならばスクィーラ自身も納得がいく。

 無意識の内に玉座の男に向けて深々と頭を垂れるスクィーラ。

 違う、余りにも違う。この男は自分とは何もかもが違いすぎる。

 「ふっ……、そう見ても構わぬが。卿の魂、中々に面白いのでな。カールが拾ってきてくれたそうだ」

 「魂……?」

 男の言葉にスクィーラは自分が本当に死んだのではないだろうか?という疑念が生まれる。

 この玉座の間にいること、自分が五体満足であることなど、捕らえられて拷問を受けていた状況から考えれば説明が付かない。

 「卿は「戦い」を望むか?」

 「……はい」

 玉座の男の言葉に、スクィーラは答える。

 自分が拷問を受けている時に語りかけて来た言葉はこういう意味だったのだろうか? スクィーラ人間達の勝利に終わるという「結末」を認めなかった。

 語りかけてきた言葉の中の問いかけにスクィーラは「戦う」ことを望むと答えた。

 「卿は「人間」として認めて貰いたかったのだろう?」

 「ええ、私達バケネズミの現状を打破する為に町の人間達に戦いを挑みました……、しかし結果は敗れました! 私は悔しい! 我等バケネズミはこのまま永遠に人間達に酷使されることを! 我等は同じ人間である筈なのに!!」

 スクィーラの中に溜まっていた町の人間達に対する嫌悪、憎悪、憤怒の感情と戦いに敗れた後悔の念と合わさり、一気に爆発する。

 「私は総てを愛している。無論卿もだ、スクィーラ。我が愛は破壊の慕情、そこに例外などない。卿も我が総軍の一つとなるがいい、卿の部下達の魂も全て回収済みだ」

 スクィーラは玉座の男の言葉に胸を打った。この男の言葉に嘘などないとスクィーラは確信した。根拠至々の話ではない、真実玉座の男は心からそう言っているのだと直感で理解できたからだ。

 「戦わせて下さい……! 我等の……我等バケネズミの誇りを守るために……!」

 玉座の男は町の人間達のような「偽りの神」ではなかった。神として敬うならば、従うならばこの男を迷わず選ぶ。

 男が自分を見つめる眼は町の人間達のように蔑みの目ではなかった。

 「いいだろうスクィーラ。グラズヘイムは間もなく卿のいた町に顕現する。卿も我が総軍の一つ、獅子の鬣の一本となりて戦いに参ぜよ」

 「喜んで……!」

 自分達の未来が変わるのなら……、例え悪魔にだろうが魂を売る。自分達は「人間」なのだ。ただ、その思いを胸に戦うとスクィーラは誓った。

 スクィーラは上空千メートルに浮かぶグラズヘイムから、地上にある神栖66町を睥睨していた。

 自身が神と呼ぶに相応しき存在から授かった「力」を存分に発揮したく、胸が躍っていた。

 そう、自分達バケネズミを存分に虐げ、搾取し、恐怖と絶望と死の象徴であった町の人間達に思い知らせてやらねばならないのだ。

 スクィーラはそんな神を称する存在に戦いを挑み、そして敗れた。

 敗れたスクィーラは裁判にかけられ、延々と続く呪力による無限地獄の刑を受けることになったのだ。

 その時のスクィーラの無念たるや到底言葉などで表現しきれるものではなかった。

 五百年にも渡る自分達種族の苦しみの歴史を捕らえたミノシロモドキを通じて知った時の衝撃は今でも忘れられない。

 自分達は非能力者の人間の子孫であり、五百年前に科学技術を持つ集団によりその姿形を醜いバケモノに変えられた。

 これまでの自分達の生は一体何だったのだろうか?

 ミノシロモドキに記された真実を知るまではひたすらに神に忠誠を誓い、神の為に働くことこそが自分達の役割だと信じていた。

 しかし真実はどうだ? 自分達は元は人間であり、先祖の犯した罪でこうして醜いケモノに作り変えられ、今日に至るまで延々と抑圧され続けてきた。

 呪力を持たないから、それだけの理由でこんな姿になったというのか?

 スクィーラは自分達がこのまま紛い物の神達に踊らされたまま終わるということを当然良しとはしなかった。

 当然だろう、こんな真実を知れば町の人間達を心の底から神などと敬うことが出来るだろうか?

 断じて自分達は消耗品の家畜などではない。

 スクィーラが町の人間に反旗を翻す決意をしたのはミノシロモドキの真実を知ってから数十分後のことだった。

 そして悪鬼の少年、メシアを用意し、緻密かつ用意周到な計画を十年以上にも渡って練ってきた。

 全ては自分達の未来の為、偽りの神に抗う為にだ。

 が、同じバケネズミである奇狼丸の裏切りとも呼べる行いにより、スクィーラは敗れることとなった。

 長年に掛けて作り上げた計画が奇狼丸一人によって脆くも崩れることとなってしまった。

 全てが終わったと思った

 自分達バケネズミの未来はそこで潰えたかに思えた。

 が、思わぬ助けの手がスクィーラに差し伸べられることになる。

 そう、町の人間と比較することすらおこがましいと思える程の隔絶した『存在』に。

 黄金の化身を思わせる金色に輝く髪の毛、その場にいるだけでその男の周囲の全てが陳腐な装飾品とすら思えてくる存在感、
言動の端々から感じる重厚感、彼が目の前に存在しているだけで自然と地べたに額を擦り付けてひれ伏したくなる。

 何もかもが違いすぎるのだ。例えばこの男が自分に「[ピーーー]」と言えば何の躊躇もなく即座に命を捨てているだろう。

 本物の、正真正銘神の化身としか思えない玉座に座る黄金の男に救われたスクィーラ。

 そしてその男から『力』を授けられたスクィーラ。

 そう、その力を使って自分達の未来を切り開かねばならないのだ。

 この力は正確に言えば玉座の男の隣に佇む黒衣の影法師から贈られた物であるのだが。

 「スクィーラよ、私は卿がこの世界を作り変える光景が見たいのだ。わかり易く言えば卿の世界は牢獄のようなものだろう。
私は卿を見込んで、この世界に終止符を打つ大役を任せたいのだ。出来るか?」

 「元よりそのつもりです。貴方達から贈られたこの力、存分に使わせていただきます」

 下界に広がる神栖66町を見据えながら背後にいる黄金の男に言うスクィーラ。

 「獣殿、彼をこのグラズヘイムの一員としてお迎えにならないのですか?」

 「ああ、カール。私はこの者が歪んだ世界を壊す瞬間が見たくてな。我等がこれからしようとしていることと何の差がある? 我等と同じく牢獄に囚われている
者こそ、我等の持つ苦しみも理解できているというもの。この者がこの世界でシャンバラを築く姿も、目的を果たした我等の姿と重なるとは思わんか?」

 「その通り。真に惜しい人材ではありますが、獣殿がそう言うのであれば」

 「それでは行って参ります」

 「健闘を祈るぞスクィーラ」

 後方の神に別れを告げたスクィーラはグラズヘイムから飛び降りる。そしてそのまま町目掛けて凄まじいスピードで急降下していく。

 そう、その力を使って自分達の未来を切り開かねばならないのだ。

 この力は正確に言えば玉座の男の隣に佇む黒衣の影法師から贈られた物であるのだが。

 「スクィーラよ、私は卿がこの世界を作り変える光景が見たいのだ。わかり易く言えば卿の世界は牢獄のようなものだろう。
私は卿を見込んで、この世界に終止符を打つ大役を任せたいのだ。出来るか?」

 「元よりそのつもりです。貴方達から贈られたこの力、存分に使わせていただきます」

 下界に広がる神栖66町を見据えながら背後にいる黄金の男に言うスクィーラ。

 「獣殿、彼をこのグラズヘイムの一員としてお迎えにならないのですか?」

 「ああ、カール。私はこの者が歪んだ世界を壊す瞬間が見たくてな。我等がこれからしようとしていることと何の差がある? 我等と同じく牢獄に囚われている
者こそ、我等の持つ苦しみも理解できているというもの。この者がこの世界でシャンバラを築く姿も、目的を果たした我等の姿と重なるとは思わんか?」

 「その通り。真に惜しい人材ではありますが、獣殿がそう言うのであれば」

 「それでは行って参ります」

 「健闘を祈るぞスクィーラ」

 後方の神に別れを告げたスクィーラはグラズヘイムから飛び降りる。そしてそのまま町目掛けて凄まじいスピードで急降下していく。

 「町の人間共よ!! 我等バケネズミを苦しめてきた償いをしてもらうぞぉ!!!!」

 地上の町目掛けて落下しながら咆哮するスクィーラ。

 それは巨大な猛獣の轟吼を思わせる程の響きであり、確実に下の町にまで届いているに違いない。

 そしてついに町の中心部である広場に両足で着地するスクィーラ。

 着地時の衝撃により自分の周囲数メートルが陥没する。

 「な! 何だぁ!?」

 「こ、こいつはスクィーラだ! そんな馬鹿な!?」

 広場には数十名程の町の人間がいた。今の時間では自分が死んでから一年程の歳月が流れているらしい。

 バケネズミの反乱による打撃からようやく回復してきたという所だろうか?

 町の人間達も一年前のバケネズミの反乱時にバケネズミに対する恐怖を植えつけられたに違いない。

 自分達に従っていた家畜に手を噛まれたのだ。

 「お久しぶりです町の神様方。いや、最早貴方達は神などではない、神になった気でいるだけの無力な人間様ですね」

 スクィーラは周囲の人間達を見回しながらゆっくりと近づく。

 「バ! バケネズミめ!! [ピーーー]!」

 案の定、恐怖に駆られた町の人間の一人がスクィーラを呪力で殺そうとしてくる。スクィーラも自分に呪力が降りかかってくるのを感じた。

 が、呪力でスクィーラを拘束することはできず、スクィーラは容易く呪力による『縛り』を引きちぎる。

 「そ! そんな馬鹿な!?」

 「ありえない! 呪力を振りほどくなんて!!」

 町の人間達の間で動揺が広がっている。

 無理もないだろう、呪力が通用しないバケネズミの相手などしたことはないのだから。

 「それでは私の番ですね」

 そう、町の人間達に絶対的かつ絶望的なまでの力の差を思い知らせる為にわざと呪力を受けたのだ。

 そして神より授かった力をスクィーラは解放する。

 スクィーラの口から呪いの響きを思わせる程のおぞましく、聞く者に恐怖を与える歌声が紡がれていく。

 『かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか
  Wo war ich schon einmal und war so selig

  あなたは素晴らしい 掛け値なしに素晴らしい しかしそれは誰も知らず また誰も気付かない
  Wie du warst! Wie du bist! Das weis niemand, das ahnt keiner!

  幼い私は まだあなたを知らなかった
  Ich war ein Bub', da hab' ich die noch nicht gekannt.

  いったい私は誰なのだろう いったいどうして 私はあなたの許に来たのだろう
  Wer bin denn ich? Wie komm'denn ich zu ihr? Wie kommt denn sie zu mir?

  もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたい
  War' ich kein Mann, die Sinne mochten mir vergeh'n.

  何よりも幸福なこの瞬間――私は死しても 決して忘れはしないだろうから
  Das ist ein seliger Augenblick, den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.

  ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ
  Sophie, Welken Sie

  死骸を晒せ
  Show a Corpse

  何かが訪れ 何かが起こった 私はあなたに問いを投げたい
  Es ist was kommen und ist was g'schehn, Ich mocht Sie fragen

  本当にこれでよいのか 私は何か過ちを犯していないか
  Darf's denn sein? Ich mocht' sie fragen: warum zittert was in mir?

  恋人よ 私はあなただけを見 あなただけを感じよう
  Sophie, und seh' nur dich und spur' nur dich

  私の愛で朽ちるあなたを 私だけが知っているから
  Sophie, und weis von nichts als nur: dich hab' ich lieb

  ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ
  Sophie, Welken Sie

  創造
  Briah―

  死森の薔薇騎士
  Der Rosenkavalier Schwarzwald』

 スクィーラが呪歌を終えると、神栖66町は闇に飲まれた。

 深く、暗く、闇く、底なし沼の中を思わせる暗黒が町全体を覆い尽くした。

 中に存在する生きとし生ける存在の全ての精気生命を搾取し、略奪する黒き魔界。

 そんな闇一色の空間の上には血の色を思わせる朱色の満月が不気味に輝いていた。

 あたかも人間の持つ血を全て絞り尽くし、それをエネルギーにしているかのように

 「がぁ!?」

 「ち、力が……! 抜けていく……」

 スクィーラの創造した空間の中にいる町民達は地面に次々と倒れていく。

 「どうしたのですか? 『神様』方? まだこんなものは私の力の一端に過ぎないのですがねぇ」

 思わずスクィーラは自分の口元を歪める。

 散々自分達バケネズミを弄び、搾取し、気にらなければ皆殺しにしていた町の人間達が地べたに這い蹲りもがいている。

 それがたまらなく爽快だった。

  「貴方達には学んでもらいましょうか……。我等バケネズミの五百年にも渡る苦渋の歴史というやつをね……」

 スクィーラは自分の身体の至る所から魔界の木々を思わせる杭を発射する。

 「グベェ!?」

 「ぎゃぁぁぁ!!??」

 その杭は周囲の町民の悉くを打ち抜いていった。

 「ハハハハハハハ!!!!!!」

 死森の薔薇騎士の創造を解除したスクィーラは猛獣の咆哮を思わせる哄笑を上げた。

 そしてスクィーラは凄まじいスピードで町内を駆け回る。

 一年前のバケネズミの反乱の際に生き残った人間は意外に多かった。

 そしてその悉くを屠り、殺してくスクィーラ。

 前方に二十名前後の町民が必死に逃げている。

 「逃げられると思いか?」

 そしてまたスクィーラの口から呪いの歌が紡がれた。

 『ものみな眠るさ夜中に
  In der Nacht, wo alles schlaft

  水底を離るることぞうれしけれ。
  Wie schon, den Meeresboden zu verlassen.

  水のおもてを頭もて、
  Ich hebe den Kopf uber das Wasser,

  波立て遊ぶぞたのしけれ。
  Welch Freude, das Spiel der Wasserwellen

  澄める大気をふるわせて、互に高く呼びかわし
  Durch die nun zerbrochene Stille, Rufen wir unsere Namen

  緑なす濡れ髪うちふるい
  Pechschwarzes Haar wirbelt im Wind

  乾かし遊ぶぞたのしけれ!
  Welch Freude, sie trocknen zu sehen.

  創造
  Briah―

  拷問城の食人影
  Csejte Ungarn Nachatzehrer』

 詠唱を終えると、スクィーラの足元から暗黒を思わせる影が生き物のように地を流れていき、前方の町民の動きを
止める。

 「う、動けない!?」

 「た、助けてくれ……!」

 スクィーラの放った影から一歩も動き出せずにいる町民達に近づくスクィーラ。

 「た、助けてくれ……!」

 「我等バケネズミの命乞いを聞いた貴方達が、我等の命を助けてくれたのですか?」

 「ひぃ!?」

 そう言うと、スクィーラは命乞いをしてきた壮年の町民を暗黒の影の中に引きずり込む。

 「た! 助けてくれぇ!! 死にたくない!!」

 「後悔は地獄でしなさい」

 スクィーラはそう言うと、残りの町民全員を残らず影の中に引きずりこんだ。

 「さてと、残りの者達も始末していきますか」

 スクィーラは暗黒の影を更に広げていき、町全体にいる町民達を片っ端から捕らえ、暗黒の池の中に沈めていった。

 暫く歩いているとスクィーラは一人の女を見つけた。

 「あの女は……!」

 そう、忘れもしない。裁判の時にスクィーラの魂からの叫びを嘲笑したあの女裁判長だ。

 影に捕らえられた女裁判長は必死でもがいていた。

 「お、お前は!?」

 「お久しぶりですねぇ、貴方の笑い声が未だに耳から離れませんよ……」

 女裁判長を拘束していた影を解除するスクィーラ。

 「ハァハァハァ……! た、助けてくれ!」

 「おやおや? 一年前とは立場が逆転しましたねぇ?」

 女裁判長の惨めな姿を見てスクィーラは笑いを堪えるのに必死だった。

 「神を称するのならこの状況を打開したらどうですか? 目の前にいるバケネズミ一人に怯える神など滑稽でしかありませんねぇ! ハハハハ!!!!」

 「な! 舐めるなぁ!!」

 女裁判長は呪力でスクィーラを[ピーーー]と試みる。

 が、聖遺物の使徒としての力を得た今のスクィーラに効果などあるわけがない。

 自分に与えられた力……、黄金の男に仕える使徒達の持つ力の幾つかがスクィーラに譲渡されている。

 数万にも及ぶ人間の魂の霊的装甲は到底町の人間の呪力で崩せるようなものではない。

 「散々我等が恐怖していた呪力がこんなものですか……。こんな程度でよく神など名乗っていたものですね」

 「あ、ああ……!!」

 自分の持つ呪力が通じないことに恐怖する女裁判長。

 ガタガタと震える女裁判長を見下ろすスクィーラは嘆息する。

 「貴方には創造の力を使う価値すらありません。形成程度で十分でしょう」

 スクィーラはたった一言、詠唱した。

 『形成
  Yetzirah』

 するとスクィーラの手から無数の目に見えない程に細い糸が伸び、そしてそれは女裁判長の身体を絡めとる。

 「な!? これは!?

 「ああ、これは辺獄舎の絞殺縄と言いましてねぇ……。私が持っている力の中では特に取るに足らない力ですよ。ですが貴方程度を[ピーーー]のなら
これで十分でしょう」

 「や! やめて!? ぐぇぇぇぇえええええ!!??」

 スクィーラは糸を操作すると、女裁判長の身体を締め上げ始めた。

 この辺獄舎の絞殺縄は鉄すらも両断する鋭利さを誇る強度の糸であるが、本来は絞殺用の代物だ。

 じっくりと数時間かけて女裁判長の全身の骨を砕いていく。

 自分が味わった地獄の苦しみを存分に味わって貰いたいのがスクィーラの考えだ。

 そしてスクィーラは自分の目の前に佇む一人の女を目にする。

 「渡辺様……」

 「スクィーラ……、これは貴方がやったの?」

 狼狽した様子で尋ねる渡辺早季。

 スクィーラが生きていた中で最も馴染みのある人間だった少女だ。

 夏季キャンプでの出会いが始まりであり、それを機にこの女と縁を持った。

 「私が生きていたことが驚きですか?」

 「ええ……。貴方達バケネズミが一年前にしたことを覚えてる? 何の罪もない町の人々を大勢殺したのよ!?
あんなに酷いことをしてまだこんなことをするの? 姿形に違わず心もケダモノね!」

 スクィーラに向かって吼える早季。

 「貴方達だとて我等バケネズミの命を虫ケラ同然に消してきました!! それで我等が何の疑問も恐怖も抱かないと思
っているのですか!?我等を踏みつけにしておいて被害者気取りのつもりですか!?」

 「当然でしょ!! 呪力も持たない貴方達バケネズミは使い捨てにされるのは当たり前よ!! ええ、そうよ。呪力
がある私達と貴方達とじゃ格が違うわ!! 先祖のしてきたことを反省も後悔もしていない被害者気取りの貴方達バケ
ネズミが思い上がらないで!!」

 所詮こんなものだろう。自分達バケネズミの境遇など端からこの女に理解できる筈もない。バケネズミの命を消費す
ることに関して何の疑問も躊躇も持たない。

 「ええ、確かに私達は貴方達バケネズミを役に立たなければ始末するわよ。だけどだからどうしたの? 最初からバ
ケネズミと人間が対等になれるわけがないし、貴方は単に支配者になりたい一心で町に反乱を起こしただけでしょう
!? 身の程をわきまえずに身勝手な欲望で町の人たちを殺してきたケダモノの癖に!!」

 「貴方は町の委員会に命を狙われたでしょう……? 自分の命を狙った者達にそこまで肩入れする理由は何ですか?」
 
 「決まってるじゃない。あんな委員会でも薄汚いバケネズミよりはマシって意味よ」

 「そうでしょうね……。元は人間であった我等の過去の歴史を見ても貴方は眉一つ動かさないでしょう。所詮は呪力
を持っているだけの神様気取りでいる女にはバケネズミの何たるかなど分かる筈もないですからね! 渡辺様、いや渡
辺早季!! 貴様と貴様等呪力使いは本日を持って日本列島から滅びる!! 新人類という癌細胞をこの国から私が残
らず消し去ってくれるわ!!」

 そう、これは自分独自の創造であり、黄金の男から渡された能力の中で最大の力を持つ。

 これこそが神栖66町、並びに呪力使いである新人類をこの国から一掃する絶対的切り札。

 スクィーラはかつてない程に気力と魂をこの詠唱に込める。

 『神を埋葬する墓掘り人たちの叫び声を、まだ我々は聞いていないのか?
  Horen wir noch Nichts von dem Larm der Todtengraber, welche Gott begraben ?

  神の死骸が腐敗している臭いを、まだ我々は嗅いでいないのか?
  Riechen wir noch Nichts von der gottlichen Verwesung ?

  あらゆる殺害者中の殺害者である我々は、どうやって自分を慰めたらよいのか?
  Wie trosten wir uns, die Morder aller Morder ?

  世界がこれまで所有してきた最も聖なるもの、最も力強いもの、それが我々の小刀によって血を流しているのだ。
  ――  誰がこの血を我々から洗い流してくれよう?
  Das Heiligste und Machtigste, was die Welt bisher besass, es ist unter unseren Messern verblutet,
  --- wer   wischt diess Blut von uns ab ?

  どのような水によって、我々は自分を洗い清めることができよう?
  Mit welchem Wasser konnten wir uns reinigen ?

  創造
  Briah―

  神は死んだ
  Gott ist todt 』

 自分の有する最も強力かつ激烈、凄烈、絶大な創造が瞬時にして日本列島を覆い尽くした。

 それは神を称する者達へ贈る最大級の呪いだった。

 この創造の中にいるだけで呪力を消失する。元の人間に戻るのだ。

 呪力を持つ人間達の存在そのものを根絶やしにしたいというスクィーラの渇望が国全体を飲み込む程に広がったのだ。

 「え……? な、何!!??」

 「渡辺早季、これで貴様も単なる人間の女になったわけだ」

 「そ! そんな馬鹿な!?」

 スクィーラは同様する早季を尻目に、黄金の男から受け取った能力の一つである拷問器具を形成する。

 「鉄の処女、アイアンメイデンです」

 「な!? 何をするの!? 離しなさい!!」

 スクィーラは地面にへたりこんだ早季を強引に立たせると、大きく扉を開いたアイアンメイデンの中に放り込む。

 アイアンメイデンはその名の通り、入れた者の血を残らず吸い尽くす目的で作られた中世時代の拷問器具だ。

 扉にびっしりとついた鉄の棘が入った者の身体中に突き刺さる。

 「嫌!? 開けて!! お願い!!」

 「我等を軽んじた罰です。地獄の業火に焼かれながら後悔しなさい!!」

 懇願する早季の願いを一蹴したスクィーラは、アイアンメイデンの扉を勢いよく閉める。

 「ぎゃ!? ぎゃあぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」

 早季の絶叫が鉄の処女から響き渡る。

 「クハハハ!!!! 呪力使いは皆殺しにしてやる!!!」

 早季の絶叫を聞いて溜飲を下げたスクィーラは町の生き残りを探し始めた。

 すると遠くで走っている若者の姿がある。よく見れば朝比奈覚ではないか。

 スクィーラは素早く辺獄舎の絞殺縄を形成すると、走る覚の首目掛けて糸を走らせる。

 「ぐげぇぇぇ!?」

 覚は首に巻きついた糸に引っ張られて勢いよく転倒する。

 そしてスクィーラは一瞬で覚との間合いを詰める。

 聖遺物の使徒としての力は純粋な身体能力も飛躍的に向上させていた。

 「お! お前……はぁ!?」

 「お久しぶりです朝比奈様……」

 スクィーラは酔いしれていた。自分達バケネズミを蹂躙し、搾取してきた町の人間達が消えていくのを。

 呪力という歪みそのものを浄化するという自分の使命にどこまでも……。

以上で終了です。ご感想を書いてくれれば幸いです。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年03月02日 (月) 17:34:24   ID: Oo53WXFQ

秀作だった

2 :  SS好きの193さん   2015年07月08日 (水) 22:46:54   ID: wiLTQC8Z

正に一方的に殴られる痛さと恐さを教えてやろうか!?ですね(誉め言葉)

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