ロレンス「狼は夢をみる」 (27)
月のきれいな夜だった。
*短い
*香辛料
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「?」
「…あっ」
「す、すまんの。起こしてしまったかや」
「…ああいや」
「ちょうど腹の虫に起こされたところだ」
「休みをとるべきときにとることができるのも、いい旅人の条件だ。へんに飯をけちるもんじゃないな」
「……ではぬしはどうしてもよい旅人にはなれそうにないの」
「商人だからな」
「たわけ」
くつくつとホロが笑った。
「それで。どうした。寒かったか」
「……んむ、それもまあ、あるがの」
「?」
「……ほれ」
「小腹が空いておるなら塩辛いものでもどうじゃ。一杯わっちに付き合わぬかの」
「塩辛いもの?」
「むぅ」
「これのことか?」
そう言って軽くホロの頬を拭った。
「た、たわけ。くさい台詞を……ね、寝起きなんじゃ!茶化すでない」
「いって」
「まあ」
「んぷ」
「いいぞ。俺も寒かったしくっついた方が暖かいしな」
「……」
「ふん。どうせわっちの尻尾が目当てなんじゃろーが」
「分かってるならその尻尾を落ち着かせてほしいんだが」
「……っ。たわけっ」
「いたいって」
「む……」
そっと、耳ごと頭を優しく撫でると、大人しくなった。……元々寝惚け交じりなだけかもしれない。
「ふん」
「少しだけだぞ」
「かまわぬ。ぬしがしっかりとした旅人たるためにわっちも協力しんす」
「……ああ。ちゃんと休めるときには休まないとな」
「んむ」
くすぐったそうにホロが笑った。
「今日は月がきれいじゃ」
「ああ」
「んむ。…ほれ。ぬしのぶん」
「……どうも」
「くふっ。ぬしは可愛いのー。いつまでもこれには慣れぬのー」
「……」
「……生憎。ただの商人なもんで」
「くふふっ」
また笑った。
「怖い夢でもみたのか?」
「…………、くふ」
「夢ならいまもみておりんす」
「ん?」
「……ずーっと昔から……夢みていたような……いまは平和な毎日じゃ」
「……平和か」
「これでも、俺は毎日必死に生きているんだが」
「くふっ。そんなぬしを尻に敷いてわっちは平和に生きておる」
「いつになったら俺を隣に座らせてくれるのかな」
「いつかのぉ」
嬉しそうにとぼける。
「ときどき夢から覚める」
「……?」
「寒くて思い出す。だからこうして」
「……」
「わっちは夢をみておる。いまもこうして……」
「醒めぬよう。夢をみておるんじゃ」
「……」
「そうか」
「うむ」
くり返し、頭を撫でる。
とてもやわらかい亜麻色の髪。
人の姿の彼女はとにかく小さくて……頼りない。丸めれば耳だって、まとめて、その小さな頭は片手に収まる。
「……むぅっ耳を押さえるでないわ!」
「はは」
怒られた。
「よしよし」
「……むぅ」
「むー。……ふん。後にも先にも……わっちを子のように扱うのはぬしくらいのものじゃ」
「それは光栄だ」
「たわけ」
「ええたわけですとも」
「……くふふ。たわけ」
「はい。……ははは」
いつものように皮袋を手渡し合いながら、お互い、いつもよりくり返し舌を湿らせた。
「だが産まれたときから賢狼様だったというわけでもないだろう」
「そんな昔のことは忘れてしまいんす」
「じゃあいま夢をみているということも、忘れてしまえばいいさ」
「いまだけでも、忘れてしまえばいい」
「…………んむ」
「ああ」
「うたがあるんだ」
「うた?」
「ああ。商人に伝わる、まあ……まじないみたいなもんだ」
「夜こうした眠れないときは、うたう」
「……それは子守り歌ではないかや?」
「失敬な。勇敢な旅人のうただぞ」
「ぷっ」
「べつに笑うところじゃないんだが……」
「くふ、ふ……すまぬすまぬ。くふふっ……まあよい。聴かせてくりゃれ?」
「ああ」
「……音痴じゃのぅ」
「初めて言われたぞ」
「それはぬしが」
「その歌を聴かせるのはわっちが初めてじゃからじゃろ」
「う……」
「くふふ。たわけめ」
「いて」
「まあ、よい」
ホロは俺の胸に埋まるように丸くなり、目を閉じ、小さく微笑んだ。
「ぬしのうたでがまんしんす」
「そうしてくれ。残念だがここには俺しかいないから」
「んむ」
「ぬししかおらぬから」
「ああ」
「んむ」
「ぬしも、わっちしか聴き手はおらぬ。気にせず歌ってくりゃれ」
「ああ」
「ホロしかいないからな」
「んむ」
「では……お休みじゃ」
「ああ。お休み」
今日は月がきれいだ。
けれど狼はこちらを向いて、静かに寝息を立てている。
俺のうただけが静かに響く。
狼は今日も夢をみる。
「……おやすみ」
おしまい
寝るわ
読んでくれたひとさんくす
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