デスコ「初めましてデス、おねえさま!」 (337)

初投稿です。魔界戦記ディスガイア4のssです。
リメイク版が出ましたが、時間的にはオリジナルの本編クリア、ドラマCDの時間くらいです。
当時の記憶を頼りに書いて行くので、キャラ崩壊や矛盾が生じる可能性があります。
初心者なので、至らない所、指摘などありましたらお願いします。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1391376322

広がるのは、阿鼻叫喚の世界。どんな暗闇よりも深淵にある場所――魔界。そして、その魔界の最深部にして、あらゆる罪人の集まる地――ここは地獄。

アタシがここに堕ちたのは、多分、一年くらい前。

時間の感覚が、アタシみたいな人間とは大きく異なる魔界だからか知らないけど、ここにはカレンダーなんて洒落たものはない。

だから、多分一年くらいと言っとく。

そう、一年くらい前、アタシはパパの作ったアタシの妹に殺されて、そうして地獄に堕とされた。

訳も分からないまま、無理矢理着せられたのは、青いジャージにペンギンみたいな顔した帽子。

有無を言わさず、色々な訓練をさせられて、そうして働きに出された。アタシはまだ14歳だったのに、朝から晩まで休むことも許されないまま。


悪夢だと思った。思いたかった。

目を瞑って、眠って――暗闇の中で目覚ましの音が聞こえるの。

そしたらあたしは目を覚まして、それで台所に向かって、冷蔵庫の中とか見て、

「あー、今日は帰りに買い物しなくちゃなあー」とかぼやきながら食材を探して、でもちょっと楽しく思いながら適当に朝ご飯作って。

出来上がったら、呼ぶのは癪だけど、でもたった一人の肉親だからってパパの研究室に行って、それで「朝ご飯で来たよ」ってツンとした表情で言って。
 
パパはパパで、よく分からないものを今日も作っていて、振り返って無精髭の生えただらしない格好で言うの。「おお、もうそんな時間か」って。

アタシは「いいから朝ご飯だって! 早く来てよ」なんてぷりぷりしながら、

でもやっぱり二人で食事をするのは少し楽しみで、エプロンを片付けながらテーブルに向かって、

パパはあくびをかみ殺しながらのろのろアタシの後を着いてくるの。

アタシの日常。アタシが過ごして来た、何も無い日常。でも、幸せだった。

そんな毎日が好きで、好きで、好きだと言うことを忘れてしまうくらいに、当たり前に過ごして――。

そうして目が覚める。視界に広がるのは、薄暗い世界。血の匂い。肉体を持った『悪夢』と言う世界から、アタシは逃げる事が出来ない。

お願いだから、覚めてよ。

アタシを現実に返してよ。

だれかアタシを助けてよ。

無邪気だった小さな頃は、きっとアタシがピンチになった時は、どこからともなく王子様が助けてくれると思ってた。

けど、ここには王子様どころか、同じ『人間』すら居ない。

誰もアタシを理解してくれない。目に映る化け物は、みんなアタシを責め立て嗤う。

助けてよ。

助けてよ。

誰か、誰か、誰か。

どれだけ願ったか分からない。けれど、ここは覚めない悪夢の地獄の中。『願い』なんてものも、この世界には存在なんてしてなかった。

そうして、いくつもの悪夢を繰り返して――。

死にたいと思った。死んだら目が覚めるとも思った。[ピーーー]ば、帰れる。元の世界に。アタシの現実に。

けど、アタシは死んでいた。死んだから地獄に堕ちたんだから。

認めたくなくて、これは悪夢だと喚き叫ぶ。

そうして、死ぬ事も出来ずに、夢と現実との境目も着かなくなった頃、アタシは狂った。

アタシは悪くない。地獄に堕ちる理由なんて無い。悪いのは誰? アタシをこんな目に遭わせた原因は?

理由が欲しい。誰でもいい、この悪夢を終わらせるためなら、人だっていくらでも殺せるのに!

そう思ったとき、声が聞こえた。

――そう、君は悪くない。悪いのは……。

悪魔じみた、男の声。けれど、久しく聞いたそれは、紛れも無く人間の声で、そして、アタシにとっての、なによりの救済の言葉。

――『ヴァルバトーゼ』。その悪魔を殺せば、アタシは悪夢から覚めることが出来る。

そして、

アタシは――。


思えば、アタシの悪夢はそこで終わっていたのかもしれない。

吸血鬼ヴァルバトーゼを倒しに行って、そこでアタシはものの見事にボコボコにされて、でも、アイツは助けてくれた。

アタシを、助けてくれると『約束』してくれた。

キザな奴。軽々しく、悪魔の癖にそんな言葉を口にして。

そんな風に思っていたけど、ヴァルバトーゼたちと旅をする中で、アイツがどれだけその言葉を大事にしているかを知った。

軽々しくなんてじゃない。アイツは、心の底から、アタシを助けてくれようとしたんだ……。

そう思ったとき、涙が出て来た。

みんなに泣き顔を見られたくなくて、あくびが出たフリをしたけど、嬉しかった。

嬉しくて涙を流すなんて、この悪夢を見始めてから、初めての事で。

ヴァルバトーゼと……ヴァルっちと出会ってから、全てが変わった。

会ったことも無い、グロテスクなシルエットの女の子がいきなり『おねえさま』なんて妹宣言してきたり、

死んだヴァルっちの元カノ(本人は否定してたけどね)が天使になって泥棒やってたり、

魔界大統領の息子が、涙ぐみながら喧嘩売って来たり、

そして――出会ってからいつものように、ヴァルっちと話すアタシに、がっかりイケメンのオオカミ男が突っかかって来たり。

楽しかった。この悪夢の中で、いつの間にか、アタシの中に『楽しい』って感情が生まれていた。

そうしてみんなと過ごすうちに、アタシも少しだけ思い始めて来たんだ。

『この悪夢も、もう少しだけ続いてもいいかな』って。

そして思った。『王子様』もいるのかもって。

そうしてアタシは今日も見る。

目が覚めたとき、この可笑しくて、愛おしい、仲間たちの居る『悪夢』を。

読んでくれている方が居ることが嬉しいです。


フェンリッヒ「おい、小娘! そっちに行ったぞ!」

フーカ「アンタに言われなくても、分かってるっつーの!」

絆創膏のついた木製バットを大きく振う。壮大な効果音と共に、殴りつけたパンプキンヘッドが地面に崩れた。

まあ倒したとは思うけど念のため、

フーカ「せいやっ! せいやっ! とどめにもいっぱあーっつ!」

バッドを二回振り下ろして、んでホームランをかました。後ろではパンプキンヘッドの手下たちが悲鳴を上げて――、その悲鳴が数秒後に轟音と一緒に掻き消えた。

デスコ「あれ、今のでひょっとしておしまいデスか? 張り合いがないデスね~……」

極太ビームを片手で放ち、あろうことかこれでおしまい? なんて残念そうに言ったのは、デスコ。正式名称、“最終兵器DESCO”。

アタシの、たった『二人』の妹のうちの一人。


小さな頃に『世界征服を手伝ってくれるような、強い妹が欲しい』とアタシがパパに言ったことが原因で造られた、世界を滅ぼすための超生物。

しかしアタシも若気の至りとは言え、とんでもないことを言ったものね。

まあそれを真に受けたパパもパパだけどさ……。

現在は強くてカワイイあたしに見合う、立派なラスボスになるため修行中の身。

この悪夢で出会った、大切なものの一つ。

フーカ「アンタも中々強キャラが身についてきたんじゃない? 姉としてアタシも誇り高いわよ~」

デスコ「ほ、ほんとデスか? そんなふうにおねえさまに褒められて頭なでなでされるだけで、デスコ嬉しくて死んじゃいそうデス!」
 

そんなかんじにアタシとデスコがじゃれてる後ろで、

アルティナ「おっと、モブザコの割には結構持ってますね~。いえ、これは強奪では無くあくまで徴収ですから」

なんて悪魔よりも悪魔じみたセリフを美しい顔で言っているのが、アルティナちゃん。

数百年前に人間界で殺された筈だけど、その清廉な魂を当時の天使長であったフロンと言う人に買われ、天使見習いとして転生した子。

そして、あのヴァルっちの初恋の女性。

フェンリッヒ「お前は本当に天使なのか? そこらの悪魔よりもよっぽど悪魔らしいぞ」

そんな風に後ろから呆れ半分に歩いて来たのは狼男のフェンリッヒ。うんまあそれにはアタシも同意。

現在は吸血鬼ヴァルバトーゼの執事で、昔は月光の牙と呼ばれる傭兵? をしていたとか。

ま、アタシには傭兵とか難しいことはよく分からないし、今じゃ閣下バカのガッカリイケメンだしね~。

フェンリッヒ「おい、小娘、キサマ今失礼なことを考えてないか?」

フーカ「え、いやいや、別に~……。フェンリっちのことガッカリイケメンなんて考えてないない!」

フェンリッヒ「やっぱりか、このクソ小娘! 少し油断をすれば……!」

フーカ「ひいいっ! ちょっとマジにならないでってば!」

デスコ「お、おねえさまはデスコが守るのデス! で、でもやっぱり怖いのデス~!」

フェンリッヒ「フェンリッヒさん、それよりもヴァルバトーゼさんに報告をする方が先なんじゃありませんか?」

ヴァルバトーゼ「ふん、まあいい……」

やんわりとアルティナちゃんが言ってくれたおかげで、どうにかこの場は切り抜けられた。

全く、ちょ―――――っと思っただけなのにフェンリっちたらムキになりすぎだって。

フェンリッヒ「閣下、リストに載っていた貴族パンプキンヘッドとその手下たち全て確認終えました。対象は1匹残らず沈黙しています」

フェンリっちの言葉にうむ、と仰々しく頷いたのが、アタシたちのリーダーにして、地獄のプリニー教育係、吸血鬼ヴァルバトーゼ。

別名、イワシバカ一代(アタシ命名)。

その小柄な身体からは想像出来ないほど、内に秘めた魔翌力は凄まじいらしいけど、とある事件がきっかけで今は魔翌力の源である血を吸わなくなってしまった。

そのせいか、力は昔の万分の一も無いらしい。

かつて『暴君』と呼ばれたその姿に戻そうと、フェンリっちは色々仕掛けているけど、悉く失敗している。

『約束』は果たされているってアルティナちゃんが言っているんだから、もう血なんか吸ってもいいとアタシは思うんだけど……。

ま、アイツの頑固とイワシバカは死んでも治らないでしょ。

すみません、×魔翌翌翌力 ○魔翌力で
続きは夕方くらいに出来るようにします。

ごめんなさい、なんか自動的に翌が追加されているので、脳内補完お願いします…。

リンク先までありがとうございます! saga入れ始めました。

あと15はアルティナ「フェンリッヒさん、それよりもヴァルバトーゼさんに報告をする方が先なんじゃありませんか?」

    フェンリッヒ「ふん、まあいい……」  です。すみません。

右手を振り、黒いマントを翻しながら、ヴァルっちは威風堂々と言う。

ヴァルバトーゼ「よくやった、お前たち! これでまた一つ、この腐りきった魔界の害虫を一つ取り除くことが出来た!
        しかしまだまだ改革には敵が多い! 魔界全土を再教育し終わるまで、全員、気を抜くな!」

フェンリッヒ「はっ、すべては、我が主のために……」

アルティナ「これも、魔界に天界の愛を伝えるための一環ですから!」

デスコ「ラスボスになるための訓練なのデス!」

フーカ「夢のスイーツ王国を創るために!」

フェンリッヒ「お前ら、誰一人閣下のお心を理解してないだろ!」

フェンリっちの言葉にアタシとデスコが笑って、続いてアルティナちゃんが堪えかねたように小さく吹き出した。

顔を真っ赤にしているフェンリっちの横で、ヴァルっちだけは何が起きているのか分からない顔をしていて、そこがまた面白い。

フーカ「あー、アンタたちと過ごしてると退屈しないわ」

デスコ「毎日楽しいのデス!」

アルティナ「そうですね、ふふっ」

フェンリッヒ「まったく、これは遊びではないんだぞ……。まあいい、今日の仕事はこれで終わりだ。一度屋敷に戻って、明日に備えるぞ」

ヴァルバトーゼ「うむ! 皆、今日もよくやってくれたからな! 特別に俺の厳選したイワシフルコースを披露してやろう!」

アルティナ「え、ま、またイワシですか……」

デスコ「い、いくら身体によくてももう一ヶ月連続は辛いのデス……」

フーカ「てか、他のものはないの? アンタ仮にも魔界大統領と同じ権限持ってんでしょ!?」

ヴァルバトーゼ「よし、帰るぞ! ……フフフ、イワシが俺を呼んでいるッ!」

フェンリッヒ「かっ、閣下、お待ち下さい!」

アルティナ「…………」

デスコ「…………」

フーカ「…………」

アルデスフーカ「「「……スルーしやがった」」」

フーカ「はーあ、やっぱあの病気は死ぬまで治らないね」

デスコ「ヴァルっちさん、ある意味可哀想なのデス……。血を吸えなくなったばかりに、取り返しのつかないイワシバカに……」

アルティナ「ま、まあほら! イワシが身体にいいことは事実ですし! 何かしら調理に工夫して味を変えてみましょうよ!」

フーカ「ま、そだね。仮にも居候させて貰ってる身だし」

デスコ「デ、デスコも及ばずながら手伝うのデス!」

そうして、いつものように、二人と笑いながら帰路につく筈だった。けれど……。

――見つけたぞ。

フーカ「……え?」

聞き覚えのある、しかし、思い出してはいけないと全身が伝える声が、アタシの頭に響いた。

――見つけた。

そんな、嘘、嘘だよ、そんな、アイツは、そんな……。

アルティナ「……さん? ……フーカさん?」


フーカ「えっ!?」

アルティナ「どうしたんですか、ぼーっとしちゃって。……なんだか、顔色が悪いですよ」

フーカ「そ、そう? うーん、ちょっとダイエットのし過ぎかな~」

心配そうに顔を覗き込んで来たアルティナちゃんに、取り繕うようにアタシは笑う。

横目で、声の響いた方を見る。そこには誰も、何も居ない。

居る筈が無い。そんは筈は無い。だから、そうよ、アレは、幻聴よ……。

デスコ「おねえさま……?」

フーカ「なんでもないわ、ほら、早く帰るわよ」



夜、アタシは、『あの時』を過ごしてから、幾度と無く目が覚めた。

身体が震え、息が荒くなる。冷や汗で水たまりが出来るんじゃないかと思うほどに、全身が濡れて。

恐怖、もう、忘れたと思ってたのに、みんなと会えて、強くなったと思ってたのに。

気がつくと、アタシはベッドを起き上がり、真っ暗な部屋の中で、胸を押さえ、息を切らしていた。


続きは夜頃に。ミスが多くて申し訳ないです。

嘘よ……。もう、忘れたと思ってたのに。あんなこと、ただの悪夢だと思った筈なのに。

アタシが過ごした悪夢の日々。それは濁流のように、アタシの頭に流れ込んで来た。

「違う! アレは……ただの、夢よ。」

何度もそう呟いていたとき、ふと、隣のベッドで寝ていたデスコが小さく言った。

デスコ「おねえ……さま……?」

フーカ「ッ! デ、デスコ? ごめんね、起こしちゃった?」

デスコ「おねえさま……どこか具合が悪いのデスか? 何だか、目が虚ろデス……」

そうか、アタシは今、虚ろな目をしているのか。そんなことも分からなかった。

アタシはデスコのはだけた布団をそっと元の位置に戻して、デスコの額に軽くキスをした。

フーカ「なんでもないわ、お休み」

デスコ「うう……ん、お休みなさい……デス」

再び静かに寝息を立てたデスコの頬を、そっと撫でた。温かい。今感じる、この熱。妹の存在。

アタシは、もう本気でこの世界を悪夢だなんて言えない。言ってしまえば、全てを否定してしまう。

大切な、妹の存在ですら。

けど、それでもアタシは思いたい。あの時見た、あの光景。あれだけは、悪夢だと思いたい。

フーカ「寝汗……すごいな。身体ベトベト。……シャワー浴びて来よ」

とにかく、身体を洗いたい。全身にべたついた感触があり、気持ち悪い。

灯りを持って、寝室を出る。時刻は、もう丑三つ時を回っているのだろう。

暗い廊下を、ランプを持って一人歩く。しかしほどなく、向こう側から足音が聞こえて来た。背筋がぞっと寒くなり、アタシは無意識に灯りを前に突き出した。

フーカ「だ、誰――」

ヴァルバトーゼ「何をしているんだ、お前は」

キョトン、とした顔で言って来たのは、ヴァルっちだった。アタシは全身の力が抜けて、そのまま床にへたり込みそうになる。

フーカ「びっくりさせないでよ」

ヴァルバトーゼ「俺の屋敷を俺が歩いて何が悪い」

フーカ「こんな時間に灯りも無しに出歩くなんて、吸血鬼じゃあるまいし」

ヴァルバトーゼ「……お前、俺が何か忘れたのか、それともワザといっているのか?
        今さっき書類の整理を終えたのだ。いくら有能とは言え、フェンリッヒ一人に任せておくわけにはいかんからな。お前こそどうしたんだ」

フーカ「アタシは……寝汗で気持ち悪くなっちゃったから、ちょっとシャワー使わせてもらおうと思ってね。いいでしょ?」

ヴァルバトーゼ「それは別に構わん。まあ、お前も元は人間の小娘なのだ。夜更かしなどせずに早く寝ろ。夜更かしは堕落の要因の一つだからな」

思わずぷっと吹き出した。

フーカ「悪魔のアンタがそれ言うの? ホント、変わってるわね」

そう笑うと、ヴァルっちの目がすっ、と真剣な目になり、思わず身体を引いてしまう。

ヴァルバトーゼ「忘れるな、悪魔と言うのは古来より人間を戒め、堕落を防ぐために存在するものなのだ。しかし今現在、この魔界は人間界以上に堕落した世界となっている。
        その根源とも言える奴は倒したが、依然、腐った貴族はまだまだのさばっているのが現状だ」

フーカ「難しい話はよく分からないって」

ヴァルバトーゼ「まったくお前と言う奴は……。まあいい、明日も朝早くから地獄の果てに巣食う堕落貴族どもの制圧にかかる。今のうちに身体を休めておけ」

フーカ「あ……」

アタシの横を通り、廊下の闇に消えて行くヴァルっちを見て、何だか少し胸が苦しくなって、無意識にヴァルっちのマントを掴んでいた。

ヴァルバトーゼ「……? どうした?」

フーカ「う、ううん、何でも無い、おやすみ」

ヴァルバトーゼ「ああ、おやすみ」

そうして、今度こそヴァルっちは暗闇の廊下に消えて行った。

フーカ「何やってんだろ……アタシ」
 
誰も居なくなった廊下を見て、アタシは胸を抑えた。

シャワールームで、アタシはじっと立っていた。頭の中では、色々な感情がぐるぐる回って気持ち悪い。

絶え間なく濡れた髪と身体から水が落ち、その音だけがずっと響いている。

苦しい、苦しい、苦しい。

何が苦しいのか分からない。何が辛いのか分からない。

思い出したくない声が、嫌でも頭の中に反射する。

指摘ありがとうございます。他にもこうした方がいいなどありましたらお願いします。

続きです。


――見つけた、見つけた、見つけた。

誰? 誰なの? 誰なのよ! もう、アタシを呼ばないで――!

視界が揺れる。身体が踊る。消えて行く感覚の中、それでもバシャバシャとなる水音だけは、暗闇の中で聞こえていた。

そして、




これは、夢だと分かる。

そういう感覚あるよね、見ている世界が、「ああ、夢の中に居るんだな」って感覚。

アタシはこの魔界に堕ちてから、何度もそう言う体験をした。

したんだよ。


身体を底から焼かれるような痛みを味わった夢や、骨ごと肉を咲裂かれるような痛みを味わった夢を。

鎖に繋がれて、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと痛い思いをした夢を。

泣いたし、叫んだし、助けてと思った。

けど、なんてことはないわ。だってこれは夢だもの。

また少し書けたので投稿します。

アルティナがヴァルバトーゼとフェンリッヒを呼ぶ際のことですが、ゲーム本編ではたしか最後まで「吸血鬼さん」「狼男さん」で統一していましたが、
発売された本編クリア後と思われるドラマCDの中では、距離が縮まったのか二人を
「ヴァルバトーゼさん」「フェンリッヒさん」と呼んでいたと思うのでこのSSもそれに倣っています。


続きです。





長過ぎるよ。本当に長い。夢ってどうやったら終わるんだろう。

死ねばいいのかな? 夢は死ねば終わるって、誰かに聞いたことがあるな。

でも、これだけされても死なないアタシってどうなんだろう。なんでコイツはアタシを傷つけるのだろう。

アタシに何か恨みでもあるの?

アタシがアンタに何かしたの?
 
ああ、やだ、本当、早く終わってよ。アタシ、ねぼすけにも程があるよ。学校、遅刻しちゃうよ。


あれ、それとも、これが現実なのかな……? あの幸せな、何も無い世界が、夢だったのかな。

パパも、友達も、アタシも、あの世界が丸ごと夢だったのかな。

ここで、こうしてずっと痛い痛いと叫んでいる女の子が、アタシの現実なのかな。


もう、分かんないよ。




……えさま! ……ねえさま!

何だろう、声が聞こえる。もしかして、夢が始まるのかな。それとも終わるのかな。

あれ、そもそもこの世界は一体どっち? アタシは一体誰?

……さま! ……えさま ……ねえさま!

どんどん、声が近づいてくる気がする。でも、不思議とアタシはその声を凄く望んでいる。

来て、早く、お願いだから、アタシを、早く――。


フーカ「見つ……けて」


デスコ「おねえさま!」

フーカ「デスコ……?」

ぼやけた視界の中に最初に映ったデスコを見ると、たちまち目に涙を浮かべてわっと泣き出した。

デスコ「よ、よかったデス~! おねえさまに何かあったら、デスコは、デスコはもう……!」

アルティナ「デ、デスコさん! 嬉しいのは分かりますが、あまり身体を揺さぶっては……」

首を動かすと、デスコの後ろにアルティナちゃんが立っているのが見えた。よむ見ると赤く目を腫らしている。

フーカ「何が、あったの?」

デスコ「何がじゃないデス!」

とたんに、デスコがくわっ、と目を剥いてアタシに詰め寄って来た。

デスコ「夜中にシャワーを浴びに行って、滑って頭を打つだなんて、そんなベッタベタな展開もうお腹いっぱいデス!」

フーカ「はあ?」

そう言えば頭と首に鈍い痛みがある気がするけど……。あまり記憶が無い。

混乱するアタシに、アルティナちゃんが説明してくれた。

アルティナ「朝方、フェンリッヒさんがシャワールームから音が続いているのを不振に思って、私の所へ尋ねに来たんです。
      それで確認しに行ったら……」

デスコ「もうもう! デスコは心配で心配で死んじゃいそうだったデス!」


続きはまた夜頃に。一度に投稿出来る量が少なくて申し訳ないです。

アルティナ「デ、デスコさん! 嬉しいのは分かりますが、あまり身体を揺さぶっては……」

フーカ「デスコ……」

何故だろう、目が覚める前まで、どうしようもない不安に駆られていたと言うのに。

アタシの為に泣いてくれた二人の姿を見ただけで、空っぽだった身体が満たされて行くような気がする。


気がする、けど……。







フーカ「……ねえ、アンタとアタシの関係って、何だっけ?」







デスコ「……え?」

アルティナ「フーカ……さん?」

フーカ「姉妹……で、いいんだっけ?」

アルティナ「……フーカさん! いくらなんでも冗談が過ぎますッ!」

フーカ「っ!」

霧の中に居たような感覚が、アルティナちゃんの叱責で我に返る。すぐにデスコを見た時、アタシの心は恐怖に潰されそうになった。


透き通るような赤い瞳が大きく開かれて、瞬きさえもしないその目から、ただ涙が静かに流れている。

アタシは、アタシは今、何を言ってしまったのだろう。

何よりも大切な妹に、かけがいの無い妹に、何を。

フーカ「デ、デスコ……。ご、ごめん」

ごめんって。喧嘩した小学生じゃないんだから。

フーカ「ごめん……」

もっと言える言葉があるでしょ?

フーカ「ごめんね……デスコ」

もう、やめてよ。その言葉を言うたびに、この子が傷ついてるのが分からないの?


フーカ「ごめ――」

デスコ「おねえさま!」

アタシの言葉を遮り、ぎゅっとデスコが抱きついて来て、そのまま、アタシに覆い被さった。

暖かい。不意に、涙がにじんで来た。

デスコ「おねえさま、デスコはおねえさまの妹デス。おねえさまの為だけに造られて、おねえさまの為だけに生きる。
    そのためだけに生まれてきた存在デス。……だけど」

ほんの少しの間があった。それを言うことを、躊躇っているように。アタシはデスコの背中を軽く叩いて、囁く。

フーカ「お願い、続きを、言って」

デスコ「……っ!」

一瞬、デスコの身体が固くなり、息を止めたように思えた。けれど、すぐに、言葉は続いた。


デスコ「もし……もしデスコのことを想ってくれるのなら……デスコおねえさまにデスコのことで、そんな顔をして欲しくないのデス。
    ……おねえさまの痛みは、デスコの痛みでもあるのデス」


もう色々限界だった。アタシもデスコを力一杯抱きしめた。

震える身体を誤摩化すように、力一杯、この小さな妹の身体を。

ああもう、姉としての威厳なんかゼロじゃない。でも、お願い、今だけは、今だけは妹に甘えることを許して。



デスコ「おねえさま、デスコは、おねえさまのためならどんなことでもするデス。どもまでも付いて行くデス。
    だから……お願いデス。一人で、全部抱え込もうとなんてしないで欲しいのデス」

そして、デスコは言ってくれた。暖かい笑顔で。透き通るような瞳を濡らして。

デスコ「おねえさま、辛い時は、泣いていいんデスよ?」

その言葉で、崩れ掛かっていた堤防は一気に弾けた。

ヴァルっちたちと出会ってから、初めてアタシは声を上げて本気で泣いた。

弱い姿を見せたくなかった。ずっと強いアタシで居たかった。

そうでなければ、この夢が終わってしまう気がして。また、悪夢の中に戻ってしまう気がして。

けど、アタシ強くなんてなかったんだなって分かった。妹に慰められて泣き出すくらいだもん。

涙とか鼻水とかで、もう顔がぐしゃぐしゃ。乙女の顔が台無しよ。

でも、もう構わなかった。デスコは、抱え込まないで欲しいと言ってくれた。泣いていいと……言ってくれた。


どれだけ、どれだけアタシがその言葉を望んでいたか。そして、どれだけ、アタシがその言葉に救われたか。

アタシは声が続く限り、涙が涸れるまで、妹の胸で泣き叫んだ。


その間、デスコはずっと、何も言わず、アタシを優しく抱きしめていてくれていた。

昔死んじゃった、アタシのママがしてくれていたように。


今回はここまでです。
続きはまた明日更新する予定です。


 

◆   ◆   ◆


静かに寝息を立てる姉の顔に、微笑みを浮かべ、デスコはベッドを降りた。
姉を起こさないよう、静かに部屋の扉を開け、外に出る。

アルティナ「あ、デスコさん」

デスコ「アルティナさん、外で待っててくれたんデスね」

デスコの言葉に、アルティナは苦笑を浮かべる。

アルティナ「お二人の間に入れる空気ではありませんでしたからね。……フーカさんは?」

デスコ「泣き疲れて寝てしまったデスよ。昨日も、きっとあまり眠れていなかったんデスね」

アルティナ「そう、ですか……」

デスコ「アルティナさん? どうかしたんデスか?」
 
僅かだが、表情を暗くしたアルティナの顔を、デスコが覗くように見上げる。

アルティナ「私はさっき、フーカさんに酷いことを言いました。まさかフーカさんが、デスコさんにあんなことを言うなんて思ってなかったんです。
      思ってなかったからこそ、フーカさんの身に何かが起きていることを考えるべきだったのに。……天使失格ですね。人を、ましてや大切な仲間を疑ってしまうなんて」

言葉の終わりを、怒りか、後悔か、声を震わせたアルティナの懺悔に、デスコは首を振った。


デスコ「アルティナさん。それは違うデスよ」

アルティナ「……?」

デスコ「デスコだって、おねえさまと喧嘩する時だってありますし、おねえさまのこと、疑ったりする時だってあるデス。そんな自分を後から凄く後悔するのデスけど……。
    でも、おねえさまは言ってくれたんデス。『姉妹なんだか当然じゃない』って」

アルティナ「…………」

姉の言葉を真似て不敵な笑みをデスコは浮かべるが、アルティナの表情は硬いままだった。そんな彼女の胸に、デスコはそっと小さな手を乗せた。

デスコ「アルティナさん、もしかしたら、デスコも、アルティナさんも、目指す所は違っても、お互いに完璧であろうとし過ぎるんじゃないデスかね?
    デスコはおねえさまの為に、おねえさまの望むこと全部叶えるって意気込んでたデス。おねえさまを傷つけてはいけない。おねえさまを守らなくてはいけない。
    すっと、それだけ考えてたデス。……でも、おねえさまが本当に望んでたことは、もっと些細なこと。普通の姉妹みたいに振る舞うことだったんデス」

アルティナ「普通の、姉妹……」

デスコ「でも、デスコは造られた兵器デス。自分のこれまでの行動を否定するつもりはないデスし、これからもおねえさまの為にはどんなことでもするつもりデス」

アルティナ「デスコさんは何を――」

デスコ「要するに、おねえさまの言葉を借りるのであれば、『いつまでも過ぎたことをグチグチ言うんじゃないの! その時自分がそうしたんだったらそれが正しいのよ!』、デス!」


静寂の後に、くすっ、と笑い声が漏れた。


アルティナ「……フーカさんらしいですね」

デスコ「それでこそ、デスコのおねえさまデス。アルティナさんも、自分が天使だから、と言うことに囚われないで、もっと自由にはきはきすればいいのデス!
    普通の友達だったら、きっと喧嘩も疑いもするのデスから」


息を吸い込み、アルティナは天井を見上げた。


アルティナ「……デスコさん、ありがとうございます」

デスコ「いえいえ、お礼を言われることは何もしてないデスよ。それに、こう言ってはなんなんデスけど――」

アルティナ「?」

デスコ「魔界で怪盗の如く金品を盗み回っていた時点で既に天使失格であるとは思うデスし」

アルティナ「あ、アレは正当なる徴収ですと何度も言ってるじゃないですか!」

顔を真っ赤にしてデスコを追いかけるアルティナの顔に、もう暗い感情は宿っていなかった。

小さな身体。生まれて間もない造られた生命。
けれど、彼女の存在が、こうして、壊れかけた心を、小さな絆を、直し、そして大きくする。

束の間の安息かもしれない。しかしそれでも、眠る少女の悪夢を、憂う少女の心の闇を、ほんのひと時でも、消すことは出来るのだ。

ベッドの上では、フーカが安らかな寝息を微笑みと共に立てていた。



続きはまた夜頃に。




ヴァルバトーゼ「む、来たかアルティナ、デスコ」
 
広間に出ると、既にヴァルバトーゼとフェンリッヒが待っていた。二人の姿を見つけ、デスコが慌てて駆け寄る。

デスコ「ごめんなさい、お待たせしましたデス、ヴァルっちさん。フェンリっちさん」

ヴァルバトーゼ「いや、いい。話はアルティナから聞いている」

フェンリッヒ「……小娘の容態はどうだ?」

どこか落ち着かない様子で尋ねたフェンリッヒに、アルティナがふふっ、と笑う。

アルティナ「今はゆっくり寝ているみたいですよ。フェンリッヒさん、心配してくれているんですね」

フェンリッヒ「っば、馬鹿言え! あの小娘はあれでも重要な戦力の一つだからな。奴が居なくなったら穴を埋めるのが面倒と思っただけだ!」

アルティナ「はいはい、そういうことにしておきます」

フェンリッヒ「そういうことではない! 俺は――」

ヴァルバトーゼ「デスコ、話がある」

余裕を含んだアルティナの言い回しに、フェンリッヒが詰め寄ろうようとしたが、ヴァルバトーゼがそう切り出すと同時に、広間が静まり返った。
 
ヴァルバトーゼの真剣な瞳に、始めからデスコは自分の瞳を合わせていた。黙ってヴァルバトーゼを見上げ、次の言葉を待っている。

ヴァルバトーゼ「さっきも言ったが、アルティナから僅かだが話は聞いた。……フーカは魘されていたそうだが」

デスコ「……そうデス」

ヴァルバトーゼ「何故魘されていたか、お前には分かっているのか?」

少しの間黙り、デスコは俯いた。言葉を選んでいるようだった。

デスコ「……おねえさまはと出会ってから、少しの間デスけど、時々魘されることがあったデス。
    でも、デスコはそのことを聞いても、おねえさまが答えてくれたことは無かったデス」

ヴァルバトーゼ「そうか……」

デスコ「でも」

そうデスコが言い、ちらりとアルティナを見た。アルティナもその視線に気付くが、目を合わせた瞬間、デスコは逃げるように顔を背けた。

ヴァルバトーゼ「どうした?」

デスコ「いえ……なんでもないデス」

俯き言ったデスコに、ヴァルバトーゼはもう一度、そうかと頷くと、傍にあった椅子に腰掛ける。

ヴァルバトーゼ「あいつも元は人間だからな。魔界に来て、魘されることもあるだろう。今日の遠征は中止にするか。
        アルティナ、デスコ。お前たちはフーカの看病をしていてくれ」

デスコ「分かりましたデス! ありがとうございますデス!」

アルティナ「では早速、お粥でも作りに行きましょうか」

そうして慌ただしくキッチンへと走り去った二人を見送り、フェンリッヒへ向く。

ヴァルバトーゼ「悪いがフェンリッヒ。お前は予定を立て直して貰えるか? フーカのことも考え、少し次の遠征まで少し時間を空けたほうがいいかもしれん」

フェンリッヒ「分かりました」

ヴァルバトーゼ「では俺はプリニーたちの教育に行ってくる。本業の方もこなさねばな」

フェンリッヒ「では私は自室で予定の組み直しに入ります」

ヴァルバトーゼ「うむ、頼んだぞ」

フェンリッヒ「はっ、全ては我が主のために……」
 
広間からヴァルバトーゼの跫音が消えると、フェンリッヒは頭を上げた。そして、デスコたちが走って行ったキッチンへと視線を向けた。


 
キッチンではアルティナとデスコの二人がエプロンを付け、並んで立っていた。
アルティナが付けているのは無地の白いエプロンだが、何故かデスコのエプロンには胸の中央に髑髏マークが描かれている。
作られた料理の前に立つ二人の表情はどこか暗く硬い。

アルティナ「まあ……たしかにこれでは」

デスコ「ご、ごめんなさいデス……。おねえさまにはデスコ自身の手作りを食べて欲しかったのデスが……」

アルティナ(プリニーさんたちがこのエプロンをデスコさんに渡した理由が分かる気がしますね……)

苦笑しつつも、落ち込んだデスコの背中を軽く叩く。

アルティナ「その気持ちだけで十分だと思いますよ。大丈夫、私がしっかりサポートしますから、もう一度作りましょう」

デスコ「……はいデス! デスコ、頑張るデス!」

アルティナ「じゃあもう一度……あら、お米がもうありませんわね」

デスコ「デスコ、倉庫からとってくるデス!」

アルティナ「あ、デスコさ――……行ってしまいましたか。まだこちらに一袋新品のものがあったのですが」

一度息を吐き、それから鍋の中に入れられた、お世辞を言っても炭止まりになりそうな物体に目を向ける。

アルティナ「まあ補充はした方がいいですし、お任せしましょう。しかしこっちの失敗作はどうしましょうか……。とりあえず蓋をして――」


プリニー「あ、あのー、今使用中ッスか?」


暗黒物質の廃棄を悩むアルティナの前に、数匹のプリニー達が現れる。慌てて失敗作の入った鍋をどかし、笑顔を作った。

アルティナ「え、ええ、今フーカさんにお粥を作ろうと……。どうしたんでしょう?」

プリニー「いえ、昼食は俺らの仕事なんで、今から仕込みをしようかと思ったんスけど」

アルティナ「あら、それは失礼しましたわ。……もう少し掛かると思うので、それまでこちらのお弁当を皆さんで食べていて下さい」

そうして天使に相応しい笑顔で、背に隠しておいた鍋を渡した。

プリニー「マジッスか! うう……俺らみたいな底辺にもこうやって接してくれるなんて、やっぱ閣下の恋人なだけはあるッス! 人格者ッス!」

アルティナ「こ、恋人じゃありませんよ! でも、それはきっちり残さず食べてくださいね!」

プリニー「はいッス! 美味しく頂くッスー!」

アルティナ「……少し良心が痛みますが、まあ訓練と思えばいいでしょう」



デスコ「戻ってきたデス! ……あれ? さっきの失敗作はどうしたデスか?」

アルティナ「ちゃんと片付けておきましたよ」

デスコ「ゴミ箱は空のままなんデスけど……どこにいったのデスかね?」

首を傾げたデスコに、アルティナは涼やかな笑顔で、

アルティナ「私、食べ物は粗末にしてはいけないと天界で言われてきましたから」

そう言いきり、デスコの持って来た米袋を受け取った。


数十分後、昼食係のプリニーたちが全員気を失い倒れている所を、教育係としてあたりを見回っていたヴァルバトーゼが発見したが、それはまた別の話。



アルティナ「あとは弱火で煮るだけです。お疲れさまでした」

デスコ「よ、よかったデスー! たかがお粥と侮ってたデス。でも、無事にここまでこれて良かったデス」

アルティナ「具材を入れなければもっと簡単に作れますよ。また今度教えてあげます」

デスコ「ありがとうございますデス。アルティナさんもおねえさまも料理がお上手で、デスコ羨ましいのデス」

アルティナ「わたしは仕事柄、簡素な料理を作ることはよくありましたし、フーカさんも早くにお母様を亡くされているようですからね。そう、ならざるを得なかったんでしょう」

デスコ「…………」

ほんの少しの沈黙を経て、鍋の火を見ながら、アルティナはデスコに尋ねた。

アルティナ「デスコさん、一つ、いいですか?」

デスコ「……なんデスか?」

アルティナ「どうしてさっき、ヴァルバトーゼさんがデスコさんにフーカさんについて訊いた時、私の方を見たんですか?」

びくっ、とデスコの身体が一瞬震えたのが、アルティナには見えた。アルティナは黙ってデスコの言葉を待った。

デスコ「それは……」

一度顔を上げ、しかしそれでも続きを言うことを躊躇っているデスコに、アルティナは腰を屈めて視線を合わせた。

アルティナ「デスコさん、お願いです。私も、友達として、フーカさんの為に出来ることなら何だってしたいんです」

数秒、二人の瞳に互いの顔が大きく映った。そして、アルティナの瞳の中の少女が、決意したように、ゆっくりと口を開いた。

デスコ「おねえさまが、魘されている時、時々、ある言葉を呟いていたんデス」

アルティナ「言葉……ですか?」

デスコ「……いえ、『名前』と言った方がいいかもしれないデス」

ドクン、とアルティナの心臓に強い衝撃が走った。

アルティナ「そ、それならその『名前』の人物が、フーカさんの悪夢の原因と言うことでは?」

デスコ「それは絶対にありえないデス!」

アルティナの質問に、デスコは目を剥いて返した。驚き、一歩身を引いたアルティナに我に返り、デスコが狼狽する。

デスコ「ご、ごめんなさいデス。でも、それだけは、それだけは絶対にないんデス」

アルティナ「な、何故ですか? その『名前』は一体なんだったのですか?」

デスコ「……その、『名前』は――」





フェンリッヒ「馬鹿な……」

口に出されたその『名前』を聞いた時、キッチンの入り口で一人、フェンリッヒは呟いた。
そして身を翻し、屋敷の入り口へと走って行く。



今回はここまでです。
続きはまた明日更新します。


◆   ◆   ◆


この荒れ果てた地と対称と言える高みに、かの世界は存在する。

どこまでも広がる水色の空。浮かび上がる柔らかな白い雲。辺り一面には、ユイエの花畑が広がり、素朴でも、清廉な香りが漂っていた。
ここは天界。生前徳を積んだ者が死後、安らかな時を得る安息の地。
その地の奥、小さなアクロポリスの中で、静かに紅茶に口をつける少女が一人居た。傍らには側近の天使兵が二人、主の姿をじっと見守っている。
少女は片手で飛び回る、白い蝶を弄びながら、傍らの天使兵に視線を向けた。

「ずっと立っていては疲れるでしょう? あなたたちもどうぞ座って。一緒に休憩をしましょうよ」

天使兵1「しかし……」

「ほら、紅茶が冷めちゃいますよ」

あどけないと言ってもいい、曇りの無い笑顔でティーカップを差し出され、二人は顔を見合わせた。しかし仕える主に差し出されたものを断るわけにもいかない。
おずおずと少女の座る席に付いた。しかし、主を守る天使兵として、彼女は言うべきことを話す。

天使兵1「恐れ多いのですが、しかし、あまり油断をしないで下さい。前大天使のラミントン様から、現大天使のあなたに主権が変わった今、こちらの秩序も魔界同様揺れています」

「ええ、そうですね」

天使兵1「あなたの尊い考えは、これまでの天使の思考とは異なるものです。悲しい話ですが、全ての天使の理解を得るには、時間が掛かることだと思います」

天使兵2「このようなことは、あまり、言いたくありませんが……」

「私を、大天使から失脚させようとしている方がいる、と言うお話ですか?」

少女の言葉に、二人の天使兵は言葉を失くした。
そんな二人に、少女は長い金髪を可愛らしく揺らし、暖かい笑みを送る。

「大丈夫です。そこに、一人と一人が存在すれば、そこには必ず思想の違いは現れます。大事なのは、どう、分かり合っていくのかですよ」

天使兵1「……そう、ですね」

天使兵2「……失礼しました」

「さあ、難しい話はおしまいにしましょう。本当に紅茶が冷めてしまいますよ?」
 
少女の言葉に、二人がくすりと笑い、一礼をした後、差し出されたカップに同時に口を付けた。


天界の奥、小さなアクロポリスの中、二人の天使兵が安らかな寝息を立てていた。彼女たちの伏せる机には、空のカップが三つ置かれている。
三つ目のカップを口にした少女は、二人の身体に薄いシーツを掛けると、アクロポリスの階段を下りた。

「ごめんなさい、悪い上司で。でも、ここからは一人で動きたいんです。こちらに向かおうとしている、無謀な狼男さんの為にも」
 
そして少女の影が、光と共に消えた。



◆   ◆   ◆


アルティナ「まさか……本当に、本当にその名を言ったのですか!?」

驚愕したアルティナの言葉に、デスコは頷いた。

デスコ「確かに言ったデス。魘された夢の中で、おねえさまは、その『名前』を、何度も」

でも、とデスコは歯を喰い縛る。

デスコ「そんな筈が無いデス! だって、それは、その『名前』は――アルティナさん、あなたの名前なんデスから!」

俯いて、デスコは苦しげに胸を抑えながら言葉を続ける。

デスコ「嘘デス、そんな筈はないデスよね? アルティナさんは大切な仲間デス、友達デス! ……だから、デスコは絶対に信じないデス。
    ……おねえさまが、その名前を憎しみを込めて呼んでいたなんて!」

アルティナ「デスコさん……」

震えるデスコの足下に、小さな水たまりが出来ていることにアルティナが気付いた。流れる涙を、アルティナに見せまいと、懸命に顔を隠しているのだ。

デスコ「デスコは、おねえさまが大好きデス。でも、アルティナさんも大好きなんデス! さっきは友達だったら喧嘩も疑いもするって偉そうなこと言ったデスけど、
    ……これだけは、これだけは疑うわけにはいかなかったんデス!」

その場に膝をついたデスコの身体を、アルティナは優しく抱いた。赤子をあやすかのように、静かにその背中を叩く。

アルティナ「ありがとうございます、デスコさん。私のこと、信用してくれているんですね」

デスコ「あ、当たり前デス。アルティナさんは、デスコの大切な友達なんデス……!」

アルティナ「……デスコさん、あなたに、一つ、昔話をします」

デスコ「昔話、デスか?」

突然の言葉に、デスコはきょとんと、鼻をすすりながら首を傾げた。

アルティナ「ええ、昔話です。でも、とても大切なお話です。あなたが今、私のものと言った、その『名前』に深く関わる物語です」

デスコ「それは――」


◆   ◆   ◆


フェンリッヒ「それが……」

「はい。それが、私と、かの魔王の物語です」
 
人気の無い、地獄の暗がりの中、少女とフェンリッヒの声がした。

「あなた方の仲間である、彼女にはとても酷いことをしたと思っています。改めて、謝罪に向かわねばなりませんね」

端的な少女のもの言いに、フェンリッヒは牙を剥き出しにし、少女の首を掴みを壁に叩き付けた。

「……っ!」

フェンリッヒ「それだけか? 貴様、あの小娘が今どのような状態にあるか、自分で語ったばかりだと言うのに、謝罪の一言で済ますつもりなのか!」

そう詰め寄るが、少女からの返答は無い。当然だ、首を締め上げているのに、言葉など出せるものか。
しかし、自分が今締め上げている少女の瞳から、抵抗の意思が、一片も感じ取れぬことに、フェンリッヒは更に強い怒りを覚えた。
まるで、このまま絞め殺されても構わないと言っているようで。そしてそれを望んでいるようで。

フェンリッヒ「クソッ!」

乱暴にフェンリッヒは少女を離し、地面に下ろした。

「この身で償えることは、どのようなことでもするつもりです。けれど、今すべきことは、彼を捕らえること――全てはその後に行います」
 
そう言った後、少女の気配は影と共に消え失せた。

続きはまた夜に更新する予定です。


◆   ◆   ◆

アルティナ「フーカさんが、何故その『名前』を言ったか、ここまで来てしまうともう想像するのは容易いかもしれませんね」

デスコ「じゃ、じゃあ、その『名前』はアルティナさんの名前では――」

アルティナ「ええ、勿論違いますよ」

肺に溜まっていた空気を吐き出して、デスコはその場に尻もちをついた。

アルティナ「ど、どうしたんですか、デスコさん?」

デスコ「良かったデス、それを聞いて、デスコ、凄く、凄く安心したデス……」

言われ、アルティナも無意識に頬を緩ませた。デスコに手を差し出し、そして言う。

アルティナ「ほら、折角出来たおかゆが冷めちゃいますよ。フーカさんに届けに行きましょう?」

デスコ「じゃあ、そいつがおねえさまの悪夢の原因と言うことデスか?」

アルティナ「断言は出来ませんが……。何せ、私が生まれるよりずっと昔の、お伽噺とも呼べる時代の者ですから。ですが、やはりなんらかの関わりはあると見ていいでしょう」

デスコ「……おねえさま」

アルティナ「ほら、そんな暗い顔をしていると、フーカさんが心配してしまいますよ」

そう背中を叩かれ、デスコは自分の頬をぺちぺちと叩いた。

デスコ「ありがとうございますデス! デスコ、おねえさまのためにも、もう泣いたりしないデス!」

そしてフーカの寝室の扉を開けた。

足音に気付いたのか、フーカが薄く目を開ける。

フーカ「あ、えっと……?」

アルティナ「おはようございます、フーカさん」

デスコ「おかゆ作ってきたデスよ! 自信作デス!」

フーカ「あ、ありがとう」

まだ意識がはっきりしていないのか、半開きの目を何度かこすり、辺りを見回しながらフーカが尋ねる。

フーカ「あ、あのさ、今日……何か予定があったよね?」

一瞬、デスコとアルティナが顔を見合わせるが、すぐにアルティナが説明する。

アルティナ「今日は魔界の果ての貴族さんの制圧に向かう予定でしたよ。フーカさんの体調を考えて、ヴァルバトーゼさんが中止にしてくれましたけど」

フーカ「そ、そっか。悪かったわね」

それから暫く無言の間が続いた。そしてどこか他所よそしい態度で、フーカはアルティナに尋ねる。


フーカ「あ、あのさ、ヴァルバトーゼって……誰だっけ?」


アルティナ「……ッ!?」

デスコ「おねえ……さま?」

そしてデスコがフーカの両肩を抑える。

デスコ「おねえさま! 本当にどうしちゃったんデスか!? ヴァルっちさんデスよ!? プリニー教育係でイワシバカのヴァルっちさんデスよ!」


息を粗くしたデスコが、フーカの瞳の中に浮かんだ感情を見て、言葉を失くした。
自分の姉が、自分に対して浮かべていた感情が、紛れも無く、恐怖を含むそれと言うことに気付いてしまった。
フーカと共に暮らすようになってから、フーカはただの一回だって自分にそんな感情を向けて来たことは無かったのに。

デスコ「お、おねえ……さま」

次の言葉が言えない。自分の目の奥に、涙が滲んでくるのを感じた。今さっき、もう泣かないと決めた筈なのに。

フーカ「……デ、デスコ!」

流れ出そうになった水が、姉の声で止まった。

デスコ「おねえさま……?」

フーカ「ご、ごめん、からかいすぎた。デスコの泣き顔が可愛くてつい」

そう笑うフーカの顔が、アルティナとデスコの二人には何よりも痛ましく感じた。
二人にはもう分かった。失っているのだ。ほんの少しずつ、しかし、確実に。

フーカは、自分の記憶を失っている。

◆   ◆   ◆

二人の姿を見つけたとき、アタシは始め、この二人が誰なのか、一瞬、理解が出来なかった。

そして、そんな自分に、一瞬でもそんなことを思った自分が、酷く、酷く恐ろしかった。

けれど、何よりも恐ろしかったことは、アタシに詰め寄ったデスコに、アタシの妹に、紛れも無く恐怖を感じたことに。

その赤い角と瞳に。額に付いた、大きな瞳に。後ろに揺れる、大きな触手に。

アタシは恐怖を感じた。

何てことを、そう思った時には、もうそのことをデスコは理解してしまっていた。

必死で呼んだ。離れて欲しくなくて呼んだ。

この子の名前を、妹の名前を。口にしないと、今にもどこかに言ってしまいそうで。

でも、その先の言葉を、もうなんて言っていいか分からないアタシに、アルティナちゃんは優しく微笑んで、作ったお粥を渡してくれた。

アルティナ「フーカさんは、疲れているみたいですね。大丈夫です。これを食べれば、たちまち元気復活! ですよ」

蓋を開けて、上がった湯気が目にしみる。

フーカ「……いただきます」

スプーンですくって、口に運ぶ。

フーカ「……あつっ!」

少し、火傷しそうな熱さに、目を瞑った。……でも、

アルティナ「あ、少し冷ました方がーー」

フーカ「……でも、美味しいよ」


美味しかった。本当に美味しかった。胸の奥が熱くなって、涙がぼろぼろ溢れる。

デスコ「お、おねえさま、熱すぎたデスか?」

デスコの言葉に、アタシはぶんぶん首を振る。そして、もう限界だった言葉を吐き出す。

フーカ「違うの、怖いの……」

言い始めると、もう、止まらなかった。

フーカ「どんどんどんどん、アタシの思い出が消えてっちゃうことが。皆のことをどんどん分からなくなっちゃう自分が、怖いの!」

アルティナ「……フーカさん」

フーカ「嫌だよ、アタシ、皆のことずっと覚えていたいよ。みんなとずっと友達でいたいよ。でも、どんどん分からなくなっちゃうの!」

思いの丈を、吐き出すように全部、全部。一度言葉にしたら、もう止まらない。次々と言葉が溢れて来て、アタシの制御を外れて行く。

フーカ「デスコ……ごめんね、アタシ、アンタの姉なのに。アンタのことも、分からなくなりそうなの……」
 
部屋の中が、しんと静まり返った。当然よね。幻滅するに決まってるわ。どこの世界に、妹を忘れる姉が居るのよ。

デスコ「おねえさま」


静寂の空間を、デスコの声が破った。


デスコ「おねえさま、何度も言いますけど、デスコはおねえさまの妹デス。おねえさまの妹として造られた生命デス。
    だから、例えおねえさまがデスコのことを忘れてしまっても、デスコは、おねえさまの妹なのデス」

アルティナ「……デスコさんの言う通りです。二人の関係は、もう生まれた時から、絶対に変わらない関係じゃないですか」

フーカ「でも、二人は、二人はどうするの? アタシが何もかも忘れちゃったら、二人のこと――何も、分からなくなっちゃったら」

ずっと訊きたくて、でも、答えを聞くことが怖かった言葉。

けれど、二人はそんなアタシの不安を振り払うかのように、声を揃えて、大丈夫と答えた。

デスコ「デスコたちが」

アルティナ「私たちが」



デスコ・アルティナ「「忘れませんから」」


 
――どれだけ、どれだけ強い衝撃が来たと思う? ああもう、ホント最近のアタシって泣いてばっかじゃないの?

もう、これじゃどっちが姉だが分かりゃしないわよ。

デスコ「おねえさま、忘れてしまうんだったら、作ればいいんデス。これまでより、もっと、もっと、も――っと楽しい思い出を作れば、きっと……それでいいんデス。
    デスコ、その為なら、何だってするデスから」

ぼろぼろ泣き崩れるアタシの頭を撫でながら、デスコはそう、言ってくれた。



今回はここまでです。
続きはまた明日更新します。

感想・指摘ありがとうございます。
少しまた書けたので、更新します。

ドアをノックする音が聞こえ、全員が目をやる。ヴァルっちとフェンリっちが二人同時に入って来た。

大丈夫、アタシは分かる。黒くて小さいのがヴァルっち。大きい方がフェンリっち。

……大丈夫、アタシには分かる。

部屋に入って来た二人の顔は何処か暗いように見えて、なんとなくだけど、アタシのことだな、と分かった。

ヴァルっちがアタシに目をやり、小さく頷く。

ヴァルバトーゼ「目は覚めたようだな、具合はどうだ」

フーカ「良好よ、何なら今から遠征行ったっていいわ」

ヴァルバトーゼ「フッ、それだけ軽口が叩けるなら一安心と言った所か」

そう言ったけど、実際は空元気って所かな。ヴァルっちが鈍感なヤツでここは感謝と言った所だけど――。

フェンリッヒ「…………」

ああ、やっぱりこっちは気付くんだよね。ホント目敏すぎだって。どこの姑かってのこのガッカリイケメンは。

けど特にアタシに何か言うことは無く、二人は部屋を見渡した。

そして、ヴァルっちがフェンリっちに視線をやり、フェンリっちが頷く。

ヴァルバトーゼ「皆集まっているようで都合がいい。これから重要な話をする。よく聞け!」

唾を飲み込んだのは、アタシだけじゃなかった。

ヴァルバトーゼ「フーカ、お前の悪夢の正体を掴んだ」

フーカ「ッ! 何で――」

アタシはそれを、今まで一度も、デスコにだって言っていなかったのに。

ヴァルバトーゼ「何でかはこの際どうでもいい」

アルティナ「ま、待って下さい、ヴァルバトーゼさん、フーカさんにはまだ――」

詰め寄ろうとしたアルティナちゃんの前に、デスコが手を出して制止した。

デスコ「ヴァルっちさんたちは、ちゃんと分かっているデス」

アルティナ「デスコさん……」

ああ、そうか。もう、皆、分かっているんだ。そう理解した時、無意識にくすりと笑みが溢れた。

どれだけ隠しても、結局、仲間にはバレちゃうのね。

アタシは黙って、ヴァルっちの言葉を待った。


けれどそのまま、ヴァルっちがベッドの脇に膝をついて、一体何をするんだろうと慌てたら、黙ってアタシに視線を向けた。

ああ、目線を合わせてくれたのか、と思った時には、不本意ながら嬉しさを感じた。

ヴァルバトーゼ「フーカ、俺はお前の抱えている悪夢の苦しみは分からんし、理解も出来ぬ。しかし、お前は俺の仲間だ」

またこの男は恥ずかしげも無くこんなセリフを吐いて。そう思った。でも、視線を逸らすことが出来ない。

ヴァルっちは、アタシの手を握って、確かに言った。

ヴァルバトーゼ「俺がお前の悪夢を晴らしてやる。ここに『約束』しよう」

フーカ「――!」

その言葉を聞いて、久しくその言葉を正面から受けて、頭の中に、初めてヴァルっちと出会った時の映像がフラッシュバックした。

ああ、そうだ、あの時も、コイツはこうして『約束』してくれたんだ。

くくっ、と思わず笑いがこみ上げる。

フーカ「全く、そんな風にぽんぽん『約束』を作っちゃうから、魔界の奥底で落ちぶれちゃうのよ」

ヴァルバトーゼ「ふむ、落ちぶれたのは間違いないな。しかし、俺は自分が今までにしてきた『約束』を、後悔したことは一度も無い」

そう言った後、アルティナちゃんに、ほんの僅かに視線を向けて、小さく呟いた言葉を、アタシは聞き逃さなかった。

ヴァルバトーゼ「……ただの、一度もな」

……全く、このイワシバカは。


フェンリッヒ「おい、小娘」

ドスの聞いた声でいきなり呼ばれて反射的に震え上がる。

フェンリッヒ「何をニマニマした気色悪い目で閣下を見ている。何か知らんがムカつくぞ」

フーカ「ちょ、ちょっとそれ仮にも病人に対する言い草!? いくら閣下大好きバカでももう少し言葉ってもんがあるでしょうが!」

フェンリッヒ「アホの小娘に見舞いの言葉など必要ない。病人なら病人らしく、大人しく寝ていろ」

ぽいっと投げられたものを見て、アタシは首を傾げた。

フェンリッヒ「……飲め。天界から取り寄せたものだから、人間である貴様にも効くだろう」

……え、アタシ、もしかして今薬貰ったの? フェンリっちに?

アルティナ「ふふっ、狼男さんも、相変わらず素直じゃないですね」

デスコ「これが俗に言うツンデレなのデス!」

フーカ「デ、デスコ、アルティナちゃん、逃げなさい! こいつきっとフェンリっちの皮を被った何かよ! そうに決まってるわ!」

そうアタシが叫ぶと同時に、ぴきぴきと額に立てていた青筋がぶちん、とちぎれる音が聞こえた……気がする。

……あれ、もしかして、やっちゃった?

フェンリッヒ「今すぐ寝るか俺に永眠させられるか好きな方を選べこのクソ小娘ッ!」

フーカ「ひいいっ、やっ、やっぱりいつものフェンリっち! ね、寝るわよ、今すぐ寝るってーっ!」

ばさっ、と布団の中に慌てて隠れたけど、アタシの心は笑ってた。

ああ、やっぱり楽しい。皆と、こうしてふざけ合ったりしているこの時が。

……失いたく、ない。

布団の中で、アタシはぎゅっ、と自分を抱いた。

続きはまた夕方か夜に上げるつもりですが、21時を回っても更新が無かったら、金曜日の更新はこれだけと思って下さい。
一度に更新出来る量が少なくて申し訳ないです…。

なんとかまた少し出来たので、更新します。
ここから少し流血などの描写が入ります。苦手な方はご注意下さい。


◆   ◆   ◆


布団の中でフーカが寝息を立てていることを確認し、フェンリッヒはヴァルバトーゼに頷く。
ヴァルバトーゼもまた周りの皆に目配せをし、部屋の外へと出した。

アルティナ「フーカさんの前では、話しづらいこと……なんですね」

アルティナの言葉に、空気が変わる。辿る道は違えど、皆もう知っているのだ。フーカの心が、少しずつ悪意に蝕まれていることに。

ヴァルバトーゼ「そうか、お前の上司は……いや、そうでなくとも天界の住人であれば知っている話か」

アルティナ「遠い昔の話とは言え、身内の恥を語るようで、今まで黙っていたのですが……」

ヴァルバトーゼ「構わん、全ての点と点は繋がった。俺たちが倒すべき敵も分かった。後は、ヤツを倒し、フーカの悪夢を晴らすだけだ」

そう威風堂々と言ったヴァルバトーゼだが、その気迫は心無しかいつもより薄い。

デスコ「……ヴァルっちさん? 何を隠しているんデスか?」

こと姉に関しては特にデスコは敏い。ヴァルバトーゼのマントを掴み言ったデスコに、ヴァルバトーゼは苦悶の表情の後に、歯を噛み締めた。

フェンリッヒ「閣下は何も隠してなど――」

言いかけたフェンリッヒを制止し、ヴァルバトーゼは短い息を吐いた。

ヴァルバトーゼ「やはり、嘘をつくことは俺の信条に反する。……話そう、どちらにせよ、皆には伝えなければならないことなのだ」

フェンリッヒ「……閣下がそう、仰るのであれば」



ヴァルバトーゼ「……フーカの記憶は、持ってあと二日と言った所だ」


アルティナ「……二日?」

何を言っているのか分からない様子のアルティナの横で、デスコが膝をついた。

デスコ「それだけで……それだけでおねえさまは、みんな、みんな忘れてしまうんデスか……?」

フェンリッヒ「天界の者から、フーカに掛けられた『呪い』を聞いた。このままならば、あと二日で、小娘の自我と記憶は完全に消えてなくなる」

アルティナ「そ、そんな……」

口を抑えたアルティナだったが、しかしフェンリッヒの言葉に、デスコは瞳に光を宿した。

デスコ「……フェンリっちさん、今、言ったことは本当デスか?」

フェンリッヒ「ああ、本当だ」

アルティナ「デ、デスコさん?」

異様な気を纏い立ち上がったデスコに、アルティナは戦慄を感じた。

                               ・・・・・・・
デスコ「アルティナさん、フェンリっちさんはこう言ったんデス。『このままならば』って。……どういうことか、分かるデスよね?」

はっ、とアルティナがフェンリッヒの方を向く。フェンリッヒもまた、デスコと同じ感情を、瞳の奥に宿していた。

デスコ「それまでに、そいつを殺して、おねえさまに掛けられた『呪い』を解けばいいだけデス……!」

アルティナ「…………」


混沌とした空気の中、ヴァルバトーゼが切り出した。

ヴァルバトーゼ「……俺たちはこれからエミーゼルの所に行ってくる」

アルティナ「エミーゼルさん……魔界情報局ですか!」

フェンリッヒ「そうだ、今ヤツがどこに居るのか分からない今、魔界中の情報を集める為にはそこに行くことが最善だ。
       腐りきった魔界政腐と言えども、あの小僧を一度死んだ扱いにするほどの情報操作能力はある。何かしら手がかりがつかめる可能性はあるだろう」

デスコ「ならっ! デスコも行くデス! 一刻も早く、おねえさまを苦しめるヤツの息の根を止めてやるデス!」

ヴァルバトーゼ「いや、お前とアルティナは留守番だ」

冷たく言い放ったヴァルバトーゼの言葉に、デスコは牙を向いた。

デスコ「――ッ! 何でデスか! デスコは今すぐにでもそいつを殺さなくちゃ、どうかしそうデス! それとも、デスコでは足手まといだと言うんデスか!」

アルティナ「落ち着いて下さいッ!」

アルティナが後ろからデスコ抑え、動きを止める。荒い息を繰り返すデスコに、アルティナは静かに諭す。

アルティナ「デスコさん、お気持ちはよく分かります。けれど、私たちがここを離れたら、誰がフーカさんを守るんです?」

デスコ「……ッ!」

ヴァルバトーゼ「そうだ、お前が足手まといだからここに残すのではない。お前の役目は、フーカを守ることだ」

デスコ「……分かりましたデス」

ヴァルバトーゼ「よし! 話は決まったな。俺はフェンリッヒと共に魔界情報局へ行く! お前たちはこの屋敷でフーカを全力で守れ!」

アルティナ「了解です! デスコさん、頑張りましょう!」

無理にアルティナが声を明るく言ったが、デスコは俯いたまま顔を上げない。

アルティナ「デスコさん、あの――」

デスコ「ヴァルっちさん」

俯いたまま、デスコがヴァルバトーゼに話しかける。

ヴァルバトーゼ「何だ?」

デスコ「デスコにも、一つ、『約束』して欲しいのデス」

ヴァルバトーゼ「……言え」

顔を上げ、デスコは言った。

ヴァルバトーゼ「必ず、おねえさまを、救って欲しいのデス」

悪夢の原因たる、ヤツを殺して、ではなく、姉を救え――それは、自身が殺したい故か、それとも彼女の優しさなのか。

その瞳の奥に宿る思いの底は、本人にしか分からないだろう。
しかし、彼は、吸血鬼ヴァルバトーゼはそのようなことは気には留めぬ。
仲間がここに『約束』して欲しいと言っている。ならば、彼が返す言葉はただ一つだった。

ヴァルバトーゼ「ああ、お前の姉を救う。ここに『約束』しよう」

そしてデスコとアルティナを後に、ヴァルバトーゼとフェンリッヒは屋敷を出た。

彼の悪魔を打つ為に。


◆   ◆   ◆

時は少し遡り、天界。

この地の統率者が変わった中、天界もまた、魔界同様小さな混乱が続いていた。
しかし、先刻の『それ』に、天界にはそれまでのものとは比べ物にならない戦慄が渦巻いていた。

その現場を見て、少女は両の拳を握りしめる。

『見せしめ』と言う言葉が真っ先に浮かぶような、『それ』。

――十人の天使兵が、十字架のもとに磔にされ、無残な骸にその姿を変えていた。
光を失った目は、彼方の虚無を見つめ、砕け散った無数の武具の破片は、ここに強大な悪意の存在があったことを示していた。

現場には、まるでそこだけ火事でもあったかのように、ユイエの花畑が枯れ果て、焦げ付いた土が顔を覗かせている。
円状に刈り取られた地面の中心に、天使兵たちのもので綴られたであろう、血文字が刻まれていた。

天界言語で、『制裁』。ただ、その一言が。
 
辺りには数十人の天使が集まり、その凄惨なる光景に、皆言葉を失くしている。

間もなく、現場のもとに、佇む少女を見つけた側近の天使兵たちが、彼女のもとに駆け寄って来た。

天使兵1「だ、大天使様。今までどこに」

しかし彼女はその質問に答えず、磔にされた彼女たちの下に歩き、虚空を見つめる天使兵たちの目を、一人ひとり、丁寧に閉じさせた。

「……下ろしてあげなさい。死して、このような恥辱を与えることは、彼女たちの魂を侮辱することになります」
 
言われ、すぐに二人の天使兵が磔にされた彼女たちのもとに駆け寄った。固定されたその掌から、太い楔をゆっくりと抜いて行く。
死して、それほどの時は経っていないのだろう、楔の抜かれた手からは、熱を失った血が流れ出た。

天使兵2「……こんな、こんなことがっ……!」
 
同志のあまりにも残酷な最期の姿に、彼女たちもまた、自身の顔を、怒りと悲しみと――憎しみに染めた。

並んだ十の骸の前で、少女は、瞳を瞑り、静かに手を合わせる。



そして、その瞳を開けた時に見せた表情は、

今回はここまでです。
続きはまた明日更新します。

すみません、74は、
デスコ「必ず、おねえさまを、救って欲しいのデス」
です。
。あとMac画面では正しく表示されているのですが、Windows画面では・・・の表示されている位置がずれているかもしれません。

更新はまた夜頃を予定しています。



天使兵2「大天使様……?」

振り返った少女の表情は、いつもと同じ、静かな笑み。しかし、その顔に、二人の天使兵は何故かぞくりと震えるものを感じた。
 
押しつぶされそうなほど重い空気。それに耐えられなくなったのか、同志の無念を抑えきれなくなったのか、側近の天使兵が、少女に瞳を向けた。

天使兵1「……大天使様、無礼を承知を伺います。……あなたは、彼女たちの命を奪った者を知っているのではないですか?」

天使兵2「お前、何を言ってーー」

もう一人の天使兵の言葉が、仲間の視線の先を見た瞬間に止まった。中央に磔にされていた天使兵の胸に、その肉体に刻まれた言葉。


――『傲慢なる我が知己、大天使に捧ぐ。』


天使兵1「私は……これを天使の仕業とは絶対に思いません! こんな身の毛もよだつ所行を成し遂げるのは、魔界の悪魔しか――」

天使兵2「それ以上言うな!」

もう一人の天使兵が、彼女の頬を叩いた。乾いた音の後に、訪れる一瞬の静寂。
しかし、この場にいた誰もが同じことを思っていたのは明白だった。

かつて、魔界と天界の二つの世界は、互いを繋げる唯一の道が、硬い門で閉ざされて以来、対称の道を歩んで来た。
天使は、悪魔を、悪魔は天使を、互いにとっての絶対的な悪と見なし、両の世界の確執は長きに渡り、強固なものとなっていた。

その悪しき体制を崩すため、天界より遣わされた一人の使者。それが、現在の大天使の過去の姿。
天界の主権がラミントンより変わった今、少女は更に魔界との交流を積極的に広げ、互いの存在の理解を深めようとしていた。

しかしそれは、少女が、悪魔との関わりがこの天界で最も深い存在であることを示していた。



『天使は、天使を傷つけてはならない』。


それは、天使が生まれて、最初に教えられる、最も重要な規則。
その禁忌の罰は、存在の消滅でしか償うことが出来ない。それ即ち、天使にとって最大の罪。

故に、誰もがこの所行を悪魔の仕業と思うのも無理は無い。
過去、仲間を傷つけたとされる天使は、大天使となった、その少女ただ一人だけだったのだから。

「全て、彼の思惑通りと言うことですか……」

群衆の中、少女は一人呟く。

この場に満たされているのは、悪魔への憎しみ。そして、生まれたのは、魔界との交流を持たせた大天使である少女への懐疑心。
彼女が目指した楽園は、刻まれた悪意と共に、今、儚く崩れようとしていた。


 ――大天使様! やはり魔界とは相容れません! これは天界に対する宣戦布告です!
 
一人の天使が声を上げ、他の者もそれに続く。

 ――同じ苦しみを奴等にも! 悪魔は殺すべきです!

 ――悪魔を殺し、魔界を滅ぼすこと! それが彼女たちの魂の救済に繋がる筈!

その言葉を皮切りに、群衆の声は高まって行く。

 ――そうだ、彼女たちの魂を救え! 復讐を!

殺せ、滅ぼせ。その言葉に混じり復讐と言う言葉が繰り返される。――何と異様な光景であろう。

少女の傍らに居た天使兵は、己の一言が何を招いてしまったか、それを理解し、血の気を失った。
もう一人の天使兵もまた、その光景に、見えているこの世界が歪み、強烈な吐き気を感じた。

拳を上げ、怒りに身を任せ、そして復讐と言う言葉を、あたかも誇り高き行為であるかのように叫び続けるその姿。
誰がこれを天使だと思うだろう。

二人の天使兵の耳が、群衆の声の渦に溺れ、そして音を失いかけた時だった。


「静かに」

嵐が渦巻くような騒音の中、その声は何よりも凛と、鋭く、そして深く彼女たちの耳に響いた。

気がつくと全ての音が消えていた。群衆は言葉を失い、風も、そして空気も、彼女の言葉を待つかのように、その動きを止めていた。

「彼の所行を憎むなとは言いません。彼の者を憎むなとも言いません。しかし、ここは彼女たちが眠りについた場所なのです。
 ……声高く復讐の誓いを立てては、それこそ、彼女たちの魂は救われません」
 
静かに諭す少女の言葉に、群衆の熱は少しずつ引いて行く。

「彼女たちの身体は、一時、私が預かります」

少女が両手を広げると、十人の天使兵たちの亡骸は、光に包まれ消えた。

「……彼女たちの亡骸は、しかるべき手続きを踏み、埋葬しましょう。葬送の場で、せめて安らかに逝けるように」 

そして静かに歩いて行く少女を避けるように、群衆たちが道を開ける。
我に返った側近の二人が、慌てて少女の後を追った。


天使兵1「大天使様!」

少女の前に回り込み、天使兵が膝をつき深く頭を下げた。

天使兵1「申し訳ございません! 大天使様の考えを、知っていながら、私はっ……!」

今にも、持った槍で自らの身体を貫くことさえするのではないかと言う彼女に、少女は膝をついて、その頬をそっと撫でた。

「顔を上げて下さい」

 そして言う。

「言った筈です。一人と一人が居れば、そこに思想の違いは必ず生まれる。大事なのは、どう分かり合うか。
 悪魔を憎み、忌み嫌う人たちもまた、その思想の一つなのです。そして、あなたが言ったことも、決して間違いではないのですから」

天使兵1「……しかしっ!」

「ですが」

少女がそう言い、天使兵の彼女は言葉を止めた。

「私は、どんなことがあろうとも、悪魔と、そして魔界との交流をやめるつもりはありません。私たちが、互いの存在を認め合うその日まで。そして、それからもずっと」

少女の言葉に、その志に、天使兵の彼女は涙を流し震えた。

天使兵1(ああそうだ、この尊い考えを持つお方だからこそ、ついて行こうと決めたのだ。――けれど)

彼女は、その姿が高潔であると同時に、酷く、そしてこれ以上なく哀しいものに見えた。

天使兵1(……あなたのその姿は、まるで、この天界の、全ての憎しみと悲しみを、その身一つに背負っているかのようだ)

今回はここまでです。
続きはまた明日更新する予定です。



◆   ◆   ◆


エミーゼル「お前達がボクの所に来るなんて何かと思ったらそういうことか」

ヴァルバトーゼ「ああ、すまないが、早急に奴に関する情報が欲しいのだ」
 
――魔界情報局、それはこの魔界に関するあらゆる情報を取りまとめ、そして住人に向け発信する機関。
先のヴァルバトーゼによる世直しの改革では、前魔界大統領ハゴスの計らいにより、息子エミーゼルの偽りの死亡報道を流すなどの情報操作を行った例もある。
アクターレが漁父の利と言わんばかりの出来事により現魔界大統領となってからは、エミーゼルはこの魔界情報局で密かにアクターレを失脚させる情報を収集しているらしい。

フェンリッヒ「お前の方はどうなんだ? すぐにでもあのアホを追放してやると言っていたが」

 フェンリッヒの言葉に、エミーゼルは苦虫を噛み潰したような顔をし、舌打ちをした。

エミーゼル「あいつ、アホの癖に意外と大衆を纏めるのが上手いんだよな……。出す政策もアホなのもあるけどまともなものも多いし、
      『庶民に優しい』とか『貧乏人の気持ちがよく分かっている』とかなんか評判だし……」

ヴァルバトーゼ「元はあいつも貧しい家の生まれらしいからな、そういう者の欲するものが何か考えられるのだろう」

エミーゼル「ふん、まあそいうのも含めて、いずれは全部奪ってやるさ」

ヴァルバトーゼ「それで……そいつのことだが」

エミーゼル「ああ、最近魔界で妙な男の目撃情報があったよ」

フェンリッヒ「妙な男? いくら魔界情報局と言っても、それだけの男の情報が入ってくるものなのか?」

エミーゼル「その男は『ある場所』に共通して現れたからな、目撃者も多かったんだよ」

ヴァルバトーゼ「ある場所?」

エミーゼル「お前達、今も堕落した貴族の駆逐に掛かっているんだろ?」

フェンリッヒ「ああ、そうだが、それが……――まさか!」

それを察したフェンリッヒに、エミーゼルがご名答、と頷く。

エミーゼル「そいつはお前達が暴れた場所で、毎回目撃されているんだ」

ヴァルバトーゼ「既に、見張られていたと言う訳か」

エミーゼル「何かをしている風では無かったらしいけどな。だけどこう頻繁にあるから、そろそろお前達に連絡ぐらいしてやろうと思ったんだけど――」


情報局員「エミーゼル様!」
 
突然情報局員の一人が場に駆けて来て、エミーゼルの前に出る。息切れを繰り返し、慌てた様子で、エミーゼルは首を傾げた。

エミーゼル「どうした、何かあったのか?」

荒い息を整え、ゴホン、と頷いた所で、情報局員はヴァルバトーゼとフェンリッヒの姿に気付いた。

荒い息を整え、ゴホン、と頷いた所で、情報局員はヴァルバトーゼとフェンリッヒの姿に気付いた。

情報局員「こ、これはヴァルバトーゼ閣下、フェンリッヒ様! ご無沙汰しております」

世直しの一件から、ヴァルバトーゼ一行が潰したーーもとい改革した場は、総じてヴァルバトーゼの配下同然のものにある。
無論それを工作したのはヴァルバトーゼ本人では無く、執事であるフェンリッヒなのだが。
エミーゼルもその改革に加担した功績(この場合は戦果と言った方が魔界的には正しいが)により、魔界情報局局長の肩書きを手に入れている。

エミーゼル「こんなやつらに挨拶なんていい、用件はなんだ?」

言われ、情報局員がああっ、と声を上げた。

情報局員「そ、それが今入って来た情報なのですが……悪いニュースと悪いニュースがございます。どちらからがいいでしょう?」

エミーゼル「どっちでもいい! さっさと言え!」

情報局員「ひいいっ! で、では悪さが軽い方のニュースから。いえ、これは魔界的には悪いニュースかは微妙な所なのですが、天界で大量殺人があったそうです」

フェンリッヒ「何だと!」

真っ先に反応したのはフェンリッヒで、頭には先刻邂逅した少女の姿が浮かび上がる。

情報局員「おっと殺人ではなく、この場合は殺天使でしょうか」

フェンリッヒ「それはどうでもいい! 誰が殺されたんだ」

フェンリッヒの気迫に情報局員が冷や汗を流しながら頭を振る。

情報局員「詳しくは分かりませんが、上級天使兵が十人と聞いています」

更新できた量と区切りが微妙なので、2~3時間くらい後にまた少し更新します。

更新再開します。予定より遅れて申し訳ないです。

ヴァルバトーゼ「魔界では日常茶飯事だが、天界となるとまずいかもしれぬな……」

エミーゼル「? どうしてだ?」

呟いたヴァルバトーゼに、エミーゼルが尋ねる。

ヴァルバトーゼ「そうか、お前はよく知らぬかもしれんが、天界では、『天使は天使を傷つけてはならない』と言う厳格な規則が存在するのだ。
        そしてそれは俺たち悪魔が思っている以上に天使にとっては重大なことらしい」

エミーゼル「ってちょっと待てよ! じゃあ今回の事件の犯人は――」

フェンリッヒ「誰であれ、俺たち悪魔の犯行と思われることは間違いないな」

エミーゼル「おいおい、じゃあ今回の事が原因で、天界との関係がまた悪くなるんじゃないのか?」

フェンリッヒ「……天界の治安も今不安定なものらしいからな。下手をすれば……」

フェンリッヒ(戦争になる、と言うのは考え過ぎか? いや、その可能性は十分にある)

そこでエミーゼルが気付き、情報局員に言う。

エミーゼル「おい、お前もう一つ悪いニュースがあるって言ってなかったか?」

言われ、情報局員が悲鳴を上げた。

情報局員「そ、そうです、実は、ヴァルバトーゼ様の屋敷を何者かが襲ったと言う――げぼぁっ!」

言葉を言い切るよりも前に、情報局員は顔面にフェンリッヒの鋭い拳を喰らい、壁に叩き付けられた。

フェンリッヒ「閣下!」

ヴァルバトーゼ「分かっている、急ぐぞフェンリッヒ!」

入り口へ駆ける二人の背中を見て、呆然と立ち尽くしていたエミーゼルは拳を握った。そして呟く。

エミーゼル「……ボクも、あいつらの仲間だったんだよな。……ああくそっ!」

そして右手に死神の鎌を握り、二人の後を追い掛けた。

◆   ◆   ◆

アルティナ「ヴァルバトーゼさんたちは、もう魔界情報局に付いた頃でしょうかね」

眠るフーカの前に、デスコとアルティナは二人、並んで椅子に腰掛けていた。

ヴァルバトーゼ達を見送ってから、デスコとアルティナの間に言葉は少なく、アルティナは気まずい空気の重さを感じていた。
少しでも互いの気分を和らげようと言葉を続けるが、会話になる前に消えてしまう。

アルティナ「ほんの僅かにでも手がかりが掴めるといいですね」

デスコ「……そうデスね」

生返事を返したデスコの瞳はただフーカだけを見つめている。
虚ろに沈んでいるようにも、激情に燃えるようにも見えるその奇妙な瞳が、アルティナに必要以上の不安を抱かせていた。

アルティナ「お、お茶でも淹れま――」

デスコ「そんなものいらないデス!」

言いかけたアルティナに掴み掛かるようにデスコが叫んだ。

アルティナ「……ッ!」

デスコ「……いえ、気が立っていたデス。ごめんなさいデス」

怯えた表情を見せたアルティナに、我に返ったが、しかしデスコの返答は短かった。
俯いて、歯を喰い縛るデスコに、アルティナは思う。


――思えば、今までは自分たちがいずれの道で仲違いをしても、最終的にその間を取り合っていたのはこの子だった。
けれど、今この子の目には、たった一人の姉しか――いや、もうその姉のことすらも見えていないのかもしれない。
 
……デスコさん、会ったこともない、その彼を憎み、殺したいと我を失っているあなたは今、一体どこを見て、何を考えているのですか?

思ったときには、すでに口にしていた。

アルティナ「デスコさん、あなたは今、考えていることは何ですか?」

デスコ「……何が言いたいんデスか?」

明らかに敵意を含んだ言葉を視線。しかしアルティナは言葉を続けた。

アルティナ「デスコさん、あなたは、フーカさんを守りたいのですか? それとも、ただ彼を殺したいだけなのですか?」


瞬間、寝室から音が消えた。次に音が現れたとき、デスコがアルティナの首を、四本の赤い指で握りしめていた。

アルティナ「デ、デスコさん……」

デスコ「アルティナさん、それは許さない……それは絶対に許せないデス。その言葉は……デスコのおねえさまを想う気持ちを侮辱していることになるデス!」

自分が思ったより、それは圧倒的な力だった。今にも首が折られ、息の根を止められてしまいそうな程強い力。
そして、自分の視線の上にある、少女の瞳の中に見える殺意。

けれど、アルティナは堪え、そして左手でデスコの頬を強く叩いた。

アルティナ「目を覚ましなさいッ!」

パン、乾いた音が響き、デスコの身体から力が抜けた。解放されたアルティナが何度か咳き込む。

デスコ「デ、デスコは……」

アルティナ「こっちを見なさい!」


アルティナの両手が、狼狽するデスコの顔を掴み、引き寄せた。まるでキスでもしそうなほどに、二人の距離が近づく。
二人の瞳の中に、互いの姿がくっきりと映る。

アルティナ「デスコさん! あなたが今、一番しなければならないことはなんなんですか! あなたは、風祭フーカさんの妹なんですよ? 
      そのあなたが、一番しなければならないことは、考えなくてはいけないことは、彼を殺すことだとでも言うんですか!」 

デスコ「デ、デスコが、デスコが一番にすること……」

アルティナ「そうです、デスコさんが、一番にしなければならないことです」

デスコ「デスコが、一番にしなければならないことは……おねえさまを……守ることデス」

目尻に涙を溜めながら、デスコはそう言った。その瞳の中に、さっきまであった暗い感情が無いことにアルティナは微笑み、そっとデスコの頭を撫でた。

アルティナ「……そうです、よく言えました」
 
そして悪戯っぽく笑うと、デスコの耳にそっと囁く。

アルティナ「フーカさんが起きない内なら、ノーカンにしてもいいですよ?」

デスコ「……ア、アルティナさん、意地悪デス! デスコはもう、絶対に泣かないって決めたんデス!」

アルティナ「ふふっ、そうでしたね」

そう笑ったアルティナを、デスコがじとっと睨む。しかし、そのすぐ後、ほんの少し顔を隠しながら、デスコが呟く。

デスコ「……アルティナさん、ありがとうデス」

その言葉は、アルティナは聞こえないふりをした。そして天使たる笑みで、手を叩く。

アルティナ「ではっ、気を取り直した所でーー」







「……アルティナさん?」
 奇妙な間が生まれた。突然に切られた言葉。デスコがアルティナへ視線を向けたとき、視界が突然赤く染まった。
 ぴしゃり、と自分の顔に、赤い水が撥ねたことに、デスコは数秒遅れて気付いた。そして、その水が、アルティナの胸から生まれていたことにも。

今回はここまでです。
続きはまた明日更新します。

遅くなりましたが、更新再開します。
ここから暫くの間はより酷い展開になるので、アルデスフーカの三人娘が大好きな方はご注意下さい。


デスコが、アルティナの胸を貫いた槍の姿を認めるのに、更に数秒の時を要した。
この場に何があったか、全てを理解する前に、デスコの自我が再び激情に飲み込まれそうになる。だが、アルティナはそれを断固として阻止しようとした。
今ここで、自分が意識を失ってしまえば、確実にデスコの精神に闇を落とすことになる。それだけは、彼女は止めなくてはいけなかった。

両の手を広げ、光の弓矢を創り出す。振り向きざま、背後の悪意に向け、『アルテミスの矢』を放った。
あらゆる悪意を貫き、滅する光の矢は、巨大な羽を纏いながら、屋敷の壁を瞬時に粉砕した。

アルティナ「ゼロ距離……。少しは喰らった筈ですね」

アルティナが膝を付き、手にした弓矢が砕け散る。そこでデスコはようやく意識を取り戻し、現状を把握した。

デスコ「アルティナさん! 大丈夫デスか!?」

胸を貫かれたアルティナには、今の一撃すら放つのに死力を尽くしたのではないか。デスコが彼女の身体を起こすと、既に床には多量の鮮血が広がっていた。

アルティナ「ええ、これぐらいはヒールで……」

懸命にそう答えようとしたアルティナの瞳と口が、そこで大きく開かれた。そして、次の瞬間、

アルティナ「う……あ、あぁあああぁああああああぁっ!」
 
獣のような悲鳴が、アルティナの口から生まれた。貫かれた胸を抑え、甲高く生まれる叫び声。

デスコ「あ、アルティナさん、どうしたんデスか! ひ、ヒールを使えば――」


「いいや、使った所で無駄であろうよ」




聞こえた、男の声。それは、初めて聞いたのにも関わらず、纏わり付く不快感をデスコの全身に感じさせた。
沸き立つ粉塵の中に、浮かび上がった影が、彼女たちの前に、ついにその姿を現した。

赤銅の肌に、無骨な顔。鼻元に蓄えられた、多量の髭。だが、デスコが何よりも驚いたのは、その男の背に生えたそれ。
その片翼に見えるのは、巨大な悪魔の黒き翼。しかし、対する位置に生えるもう片翼は、信じられないことに、アルティナと同じ、天使が持つ、白い翼だった。

そこでデスコはアルティナの話した『昔話』を思い出す。

かつて、天界を支配しようと、あらゆる画策を繰り広げた、一人の天使。
人間の支配者を言葉巧みに操り、魔界への侵攻を持ちかけ、その裏では一人の天使見習いの抹殺を計り、全ての罪を、大天使へとなすりつけようとした、彼の策士。

魔を忌み嫌い、自身の絶対的な正義の為に、その道を外れ、そして大天使に裁きを受けた、『お伽噺』の最後の悪役。

彼の所行は、天界の歴史の中で最たる罪となり、その名は『穢れた名』として、忌み嫌われるものとなった。

アルティナは言った。

 ――天界の、ひいては世界の為とは言え、私が行って来た『徴収』は、やはり穢れた行為ではあると思いました。私の名が表に立てば、それを私に命じた、あの方の立場をも悪くさせてしまう。
 だから、私はその名を、使ったんです。かの、最悪の天使――


「お前が……ブルカノなのデスか!」


 ――天使長、ブルカノの名を。

 
現れた悪意は、ぐにゃりとその表情を歪ませた。そして悲鳴を上げ続けるアルティナを、嘲るように嗤った。

ブルカノ「ううむ、穢れたる者の上げる断末魔は何とも心地いいものよ」

デスコ「なっ、何を言ってーー」

その時、デスコはアルティナの背から黒い瘴気が立ち込めていることに気付く。そして、思わず自分の口を抑えた。
美しく生えていたアルティナの小さな白い翼が、無惨にも黒く焼け焦げ、殆どの羽が焼け落ちていた。

デスコ「こ、これは……」

背に生える翼。それは天使にとっての、身体の魔力の大きさを示すものであり、存在の証。それが今、触れれば折れそうな程に焼き尽くされている。

ブルカノ「これでまた一つ、穢れたる者の力をこの私が浄化してくれたぞ」

そう言い放ったブルカノの手に握られていた、淡く虹色に光る球体。しかしそれは一瞬のうちに黒ずんだものへと変わり、ブルカノの内へと吸収されていった。

デスコ「ま、まさか、それはアルティナさんの!」

ブルカノ「ほう、棄てられた失敗作の割には察しがいいな。そうとも、これが天使の身体に存在する、天使の力の根源だ」

アルティナ「い、痛い! やめて、やめて、やめてぇえええ!」

ブルカノが言葉を続ける間にも、アルティナの背からは黒い瘴気が上がり続け、悲鳴を上げ続けるアルティナの喉はついに裂け、口からは共に血が吐き出された。

アルティナ「あ、アルティナさんっ!」

ブルカノ「『天使の力』を失った天使は皆そうなる。その証したる羽を焦がし、存在を咎人とされ、身体を内から焼き尽くされるのだ。
     そして、ついにはその苦痛に耐えきれなくなり、助けを求めるのだよ――殺してくれとな! だから私は天界でも『彼女たち』の願いを叶えてやったのだ! お望みどおり、この絶対神ブルカノ様が『救済』してやったぞ!」

その言葉にデスコの怒りは頂点に達した。普段は体内に隠している、いくつもの触手を現し、その先端をブルカノに向けた。

デスコ「お前ええっ! 今すぐ! それを返すデス!」

ブルカノ「返すぅ? 面白いことを言うな悪魔風情が。これは正当なる裁き、そして『救済』なのだよ!」

ブルカノが右手を突き出し、ギガファイアの呪文を唱える。反射的にデスコは構えた触手の先端から、迎撃の光線を放った。
二つのエネルギーが相殺し、その衝撃にデスコの構えが僅かに崩れる。だが、その一瞬で、勝負は決まった。

デスコ「あ……れ……? なん……デス……か、これは……?」


突然に感じた息苦しさ。息を吸おうとしているのに、酸素が身体に届かない。そして、息を吐き出そうとしているのに、口から生まれるのは、涎と泡の混じった鮮血だけ。
ブルカノの握った剣に、正面から身体を貫かれたことを、デスコは理解した。

ブルカノ「所詮は悪魔、神たる私には埃一つ付けられん」

ズプリ、と言う感触を腹に感じた時には、寝室の床に自分が串刺しにされていた。幾本もの剣が、次々とデスコの四肢を貫き、その身体を磔にして行く。
一刺しされるごとに堪え難い激痛がデスコを襲った。視線の先では、最早声を失くしたアルティナが小さく身体を痙攣させている。

ブルカノは倒れる二人を満足そうに見下ろし、そして視線を交互に動かした。

ブルカノ「さあ、断罪の時間だ。悪魔に心を奪われた穢れた天使か、造られた哀しき欠陥品か――どちらから救ってやろうか」
怒りを感じた。憎しみを感じた。しかし、何よりも、デスコの内からこみ上げるのは、悔しさだった。

このような突然現れた男に、相手の目的すら分からないまま、蹂躙されている現状。こんな下種に、何一つの抵抗も出来なかった自分の存在。

決めたのに。絶対に守ると、誓ったのに。

ブルカノ「……そうだな、まずはやはり、悪魔を模造した、貴様から救済してくれよう!」

鋭く降り掛かるブルカノの剣を視線の端に見て、デスコは呟く。

デスコ「おねえさま……ごめんなさいデス……」


フーカ「――何、謝ってんの、よおっ!」


降り掛かる剣の刃先が、自分の数センチ前で止まっていた。自分の首に突き刺さる筈だったその剣は、フーカの左手を貫き、静止している。

デスコ「お、おねえさまっ!」

ブルカノ「ほう、目を覚ましたか」

フーカ「あんだけドタバタやって、起きないわけがないでしょーが」

挑発的な視線をフーカはブルカノに向けたが、ブルカノから漏れたのは低い笑い声だった。

フーカ「な、何が可笑しいのよっ!」

「強がっている、強がっているなあ、小娘。言葉は強く出ても、足が震えているぞ」

フーカ「……ッ!」

デスコも、気付いていた。自分の前に、自分を守るために経ってくれた姉の姿。しかし、その足は、今にも壊れてしまいそうな程に震えていることに。

一歩、ブルカノがフーカに近づく。

フーカ「ひっ!」

無意識に上がった悲鳴を隠そうとしたが、既に手遅れだった。自分の意志とは無関係に、足は支える力を失い、膝から崩れた。その様にブルカノは薄汚い笑い声を上げる。

ブルカノ「そうとも、その身体に刻まれた恐怖は拭いきれまい。このブルカノが、懇切丁寧に教育してくれたからなあ」

ブルカノの赤黒い手がフーカの頬に触れたとき、フーカの中で、張りつめていた糸がぷつりと切れた。

フーカ「ひっ、あ、い、いやあああああああああああっ!」

蘇る、忌まわしき記憶。それと同時に、思い出すのは、激しい苦痛。刻まれた恐怖が、今フーカの元に、完全に巻き戻された。

今回はここまでです。
続きはまた明日更新します。

更新再開します。
もうしばらく酷い展開が続きますので、ご注意下さい。



◆   ◆   ◆ 


轟音で、アタシは目が覚めた。次にアルティナちゃんの身体が倒れて、それを妹が抱きかかえている姿が目に映る。

夢じゃない。現実に起きていたこと。けれど、アタシは動けなかった。

身体が震えて、手足が痺れて、心臓が痛くて。

最低だよね、アタシ。友達が、妹が殺されそうになっているのに、身体が動かないんだもん。

怖くて、声も上げられないんだもん。

身体を動かすことが出来たのは、妹が本当に殺されそうになる一瞬前。

アタシ、最低だよ。友達が、妹が、ここまでされているのに、こいつの前に立つことしか、出来なかった。一発殴ることすら出来なかった。

いつものアタシに戻れば、きっといける、きっと大丈夫。そう思っていたのに、言われて、初めて自分の足がまだ震えていることに気付いた。

気付いたときには、もう駄目だった。

あの醜い手で、ほんの一瞬、肌に触れられた。その一瞬で、アタシの心は、ヤツに負けた。

焼け付くような痛みが心臓に走る。身体じゃない、まるで魂を燃やされているような感覚。

ごめん、アルティナちゃん。ごめん、デスコ。

アタシ、やっぱり弱いよ。強くないよ。

もう、駄目だよ。


ブルカノ「身の程をわきまえろ人間ごときが。いや、もう半ば悪魔のようなものか?」

フーカ「何で……何でこんなことするの?」

アルティナちゃんの身体はもう僅かも動いていない。デスコの身体からはどんどん血が流れて行く。

フーカ「どうして、こんなことするのよぉっ……!」

分からない、だってアタシ、ただの人間だよ? この世界じゃ価値の欠片も無い、プリニーってやつと同等なんでしょ?

アンタが誰か分からないけど、アタシに構う必要なんてこれっぽっちも無いでしょ?

やめてよ。

もう、やめてよ。

何で、何でアタシに構うのよ!

ブルカノ「ふーむ、たしかに何も知らぬまま消滅するのは救う者としては後味が悪いな」

この期に及んでまだこの反吐が出るような行為を救いと表現する男は、アタシに向かい、下卑た笑いを浮かべて言った。

ブルカノ「教えてやろう、それはお前が非常に稀な存在だからだよ」

フーカ「…………?」


ブルカノ「全ては我が復讐ーー否! 制裁の為! 封印された私は多くの魔力を集める必要があった。一時展天界から逃れ、魔界に降り立った時、見つけたのがお前だ」

フーカ「ア、アタシが一体何だって言うのよ……」

ブルカノ「自覚していないことが余計に都合がよかったぞ。人間にも関わらず、その内に秘めた強大な魔力! 何よりも、お前は魂だけの存在だったからな」

段々と、分かって来た。以前、アルティナちゃんがアタシに言っていたのは――。

ブルカノ「魂だけの存在は脆い。そこに殻を持たないエネルギーがあるだけ、家の無いヤドカリのようなものだ。
     ならば取り込むのは容易い。我が偉大なる計画の糧とさせてやろうと思ったのだよ」

しかも、とブルカノはフーカを指差す。

ブルカノ「お前は『教育』をすればするほど、現実の境目を失くし、しかし内に秘めた魔力を強大なものとさせてくれたからなあ! 非常に使い勝手がよかったぞ」

――すべて、すべてその為だけに。デスコも、アルティナちゃんも傷つけられたと言うの?

悔しさに涙が滲む。こんな、こんな男に!

ブルカノ「あと一歩。魔力が飽和状態となった時に、その魂を喰らい、力を我がものとする筈だったのに……あの忌々しい赤毛の悪魔が……!」

フーカ「赤毛の悪魔……?」

ブルカノ「だが、かえって結果は良くなった。お前は悪魔ヴァルバトーゼに取り込み、その戦いの中で、私が思っていたよりも更に魔力を増やしてくれたからなあ。
     下界の言葉では、獲物は肥え太らせてと言うらしいではないか。待ち遠しかったぞ、この時を」

右手をブルカノが振り上げ、そこに巨大な斧が現れる。

ブルカノ「さあ、今こそ我が偉大なる魂の糧と――」

その時、バキリ、と言う不快な音が響いた。背筋が震えるほどの重圧。振り返ると、そこに見えたのは、紫の触手。

フーカ「デ、デスコ!」

デスコの触手がみるみる大きくなり、身体を貫いていた剣をその肉厚でへし折って行く。

デスコ「お、おねエさマは……デスコが守ル……のデス」

巨大な一つ目の怪物。ラスボスと形容するに相応しい、デスコの魔力を解放した姿。
クトゥルフ神話における、外つ神の姿を模した、全にして一、一にして全なる存在――『ヨグ・ソートス』。

けど、そんな身体で大量の魔力を使ってしまったら――。

フーカ「デスコ、駄目、止めなさい!」

デスコの伸ばした巨大な四本の触手。その二本はアタシの身体を守るように包み、残りの二本がブルカノの身体に飛びかかった。

デスコ「消し炭になれデス!」

デスコの叫び声と共に、耳が轟音が響いた。

けれど、しばらくしても、音の反響の中、不気味な程誰の声もしない。

フーカ「デ、デスコ! デスコ、大丈夫なの?」

触手の中でアタシは叫ぶ。反応が無い。いつもなら、技を放った後は、すぐに魔力を使い果たした反動でいつもの姿に戻るのに。

フーカ「ねえ、返事をして――」

パアン、と、弾ける音。そのすぐ後に、びしゃり、と顔を染める赤。アタシの目の前で、デスコの触手が、まるで風船みたいに一瞬にして弾けた。

フーカ「え……嘘……」


ブルカノ「さて、裁きを続けようか」

赤い海の中に立っていたブルカノが、何かをその海に投げ捨てた。

ばしゃん、と水音が弾けて、静かになる。アタシは、それに、震えながら目を向けた。

駄目、そっちを見ちゃ、駄目。

頭の中でそんな声がガンガン響く。でも、アタシはそれに従うことが出来なかった。

そして、そこには、背の触手を切り刻まれ、赤い人形となった妹の姿があった。

フーカ「いやあああああっ! デスコ、デスコ―ッ!」

血の海を叩き、アタシはデスコのもとへ走る。目の前が真っ赤になりながら、妹のもとへ。
 
ざくり、と言う感触。そして足に感じる痛み。片足を動かすことが出来ず、無様に転んだ。
 
刺された、と言うことに気付くのに、時間はそんなに掛からなかった。

 
何なのよ、こんな展開。訳が分からないわよ。

目の前で、もう生きてるのかも分からない妹を前に、その手を取ることも出来ないで、動けないアタシ。

あと一歩で届くのに、その先に進めない。

これが舞台なら、きっと悲劇ね。なんて下らない悲劇だろう。

フーカ「う、うあ……うあああ……デ、デスコぉ……」

お願い、お願いだから、目を開けて。お願いだから、返事をして。


ぴくり、とデスコの身体が一瞬動いた。足の痛みが感じなくなる程の衝撃が走る。

フーカ「デスコ!」

デスコ「おねえ……さま……――ッ!」

アタシとデスコの間に、太い足が落ちて来た。デスコの小さな手を、ブルカノが踏みつけたのだと分かった。

分かった瞬間、胃の中が逆流しそうになった。

ブルカノ「まだ生きていたか、模造品が」

胸の奥底から怒りがこみ上げた。だけど同じ位に、恐怖も感じた。

ブルカノがゆっくりと斧を振り上げる。まるで虫でも見るような目を、デスコに向けて。


ああ、やめて。

やめてよ。

お願いだから。

逃げてよ、デスコ。アンタ、こんな所で死んでいい子じゃないでしょ?

立派なラスボスになるんでしょ?

それで、アタシを、ずっと守ってくれるんでしょ?

 
いや、違うか。守らなくちゃいけないのは――


ブルカノ「死ね!」

 
――アタシの方だね。


デスコ「おねえさま!」

今まで感じたことも無いくらい、強い衝撃。振り下ろされた斧は、アタシの身体を深く切り裂いた。

ああ、でも、初めてじゃないかも。こんな衝撃を味わった記憶が一度だけ――。

そっか、アタシ、一度死んでるんだもんね。その時の衝撃に比べれば、まだ軽いほうかな。

ああでもこれって、ヴァルっちとの賭け、負けたことになっちゃうのかな。

フーカ「くっ……げほっ!」

数秒遅れて痛みが身体を走る。息も出来ないくらいに。

けど、痛みなんか、上等よ。この身体一つで、妹の死を遠ざけられるのなら、いくらでも身体を切ってやるわ。

デスコ「おねえ……さま……。どうして……」

今にも消えてしまいそうなほど弱いデスコの声。そんなデスコに、アタシが喋れるうちに、この声が届くうちに、これだけは、言っておく。


フーカ「バカね、アンタの姉だからに、決まってるでしょ? それ意外に、理由なんか必要ないわ」


だから、これぐらいは、カッコつけさせてよ。


「――そうだ、理由など必要無い!」


フーカ「――!」

耳に響く、頼もしい声。ああ、遅すぎるよ、全く。

朦朧とする意識を必死に耐えながら、アタシはデスコに覆い被さるように倒れた。

ヴァルバトーゼ「ギガファイア!」

ヴァルっちの右手から、細い炎の火柱が伸びる。受けようとしたブルカノが、耐えきれずにそのまま後方に吹き飛び、壁に叩き付けられた。

エミーゼル「お、おい、あれ、アルティナじゃないのか?」

この声……エミーゼル? ああ、アンタも来てくれたんだ。

エミーゼル「ま、まだ息はあるけど、なんか凄くヤバそうだよ!」

ヴァルっちが、エミーゼルに抱えられたアルティナちゃんを見て、それからアタシたちに目を向ける。

ヴァルバトーゼ「……ヒーラーを呼べ。すぐに、終わらせてやる」

そのぞっとするような威圧に、エミーゼルは一目散に駆け出した。

ブルカノ「ふうむ、ここは邪魔者が多すぎるな、一旦離れるとさせて貰おうか」

フェンリッヒ「生きてここから出られるとでも思っているのか、貴様?」

ヴァルっちと同じーーいや、それ以上の殺気を放ちながらフェンリっちが言う。だけど、ブルカノはその余裕の表情を崩さない。

アタシは、心底ぞっとした。何でかは分からない。けど、早く、早く、ヴァルっちたちの所に。じゃないと――!

ブルカノ「ああ、いとも簡単だとも。貴様らには決して辿り着けない場所、こやつらの処刑はそこでゆっくりと行おう」

ブルカノがゆっくりと両手を広げる。背に生えた天使の翼と、悪魔の翼が淡く発光する。

ヴァルバトーゼ・フェンリッヒ「「させるか!」」

アタシの目ではとても捉えきれないスピードで、ヴァルっちとフェンリっちがブルカノ前に飛んだ。

けれど、もうその時には遅かった。

視界が、真っ暗になって行く。黒い霧が、アタシとデスコの身体を包んだ。

早く、早く、せめて、デスコだけでも――。

傷の痛みも、意識と共に薄くなって行く。ヤバい、駄目、ここで落ちてしまったら、絶対に駄目!

だけど、光の無い世界では、もう自分の目が開いているのか、閉じているのかさえ分からない。

ヴァルバトーゼ「フ、フーカッ! デスコ!」

ブルカノ「さらばだ下等な悪魔共よ! あの忌まわしき娘を娘に裁きを加えた後に、貴様らもゆっくり相手をしてくれようぞ!」


最後にヴァルっちがアタシたちの名を叫ぶ声が聞こえ、そして、二人の声も、何も、聞こえなくなった。

一旦終わりです。
もしかしたら、また深夜に更新をするかもしれません。

ごめんなさい、次の更新は明日(今日)の昼、もしくは夜になります。

お待たせしました、更新再開します。

◆   ◆   ◆


あと一歩、届かなかった二人の手は、ブルカノの笑い声を残した空間の空を切った。
ブルカノと、そしてデスコとフーカを包んだ霧は瞬く間に無くなり、三人の姿は影も形も無く消えた。

ヴァルバトーゼとフェンリッヒの二人は、何が起きたのか分からなかった。
今、まさにここに居た筈の三人が一瞬にして消えた。しかし数々の修羅場を潜り抜けた経験が、僅かな時で、二人の頭に正常な判断を下す。しかし、

ヴァルバトーゼ「移動魔法……なのか?」

そう、冷静になったからこそ沸き上がる疑問。
魔界、そして天界に置いても、瞬間移動が出来る手段は限られ、その方法を用いることが出来る存在もほんの一握りだ。
強大な力を持った魔王でさえ、己の力では他空間に移動することが出来ず、時空の渡し人を頼ることも珍しくない。

何よりも、今まさに見たそれは、それらのものと、明らかに違うもの。
時空に穴が空いた訳でもない。ましてや魔法が発動されたと言う訳でもない。
一瞬の内に、ヴァルバトーゼとフェンリッヒの二人は、移動魔法では無い方法で、三人が消えた可能性を思考した。


初めに二人の頭に浮かんだのが、僅かな瞬間移動。
超スピードで二人と共にこの部屋より抜け出したーー否、そのような筈は無い。
魔力の大半を失っているとは言え、吸血鬼ヴァルバトーゼ、そして人狼フェンリッヒ、二人の目に捉えきれない早さで動ける存在など、この魔界に置いていまや居る筈が無い。
仮にブルカノにその力があったとしたら、逃げなどせずに、この場で全員を殺して終わる話だ。

ーー時間逆行の魔法。
かつて別魔界の魔王が、一度だけ使ったと聞いたことがあったフェンリッヒは、次にその可能性を浮かべた。
しかし、それは考えうる中で、最も最悪なもの。
時の流れに逆らい、別の時代へとその場から移動する究極とも言える魔法。

その可能性をヴァルバトーゼに言うが、しかし自ら首を振った。

フェンリッヒ「いえ、やはり、そんな筈は――」

ヴァルバトーゼ「ああ、それはない」

フェンリッヒ「か、閣下?」

ヴァルバトーゼ「時間逆行には、魔王一人の全ての魔力を注いでも足りぬほどの代価を必要とする。あのフーカとデスコを足しても、あの男一人ではとても足りまい」

フェンリッヒ「しかしならば奴はどこへ――」

エミーゼル「つ、連れて来たよ」

荒い足音と共に、エミーゼルとヒーラーが部屋に入ってくる。すぐにヒーラーが、倒れていたアルティナのもとへ駆け寄り、メガヒールの呪文を唱える。
その横で辺りを見渡したエミーゼルは、フーカとデスコの姿が無いことに気付いた。そしてヴァルバトーゼとフェンリッヒに鋭い視線を向ける。

エミーゼル「おい、フーカとデスコはどこに行ったんだよ!」

答えない二人に、エミーゼルが駆け出す。ヴァルバトーゼの胸ぐらを掴み、震える声で訊く。

エミーゼル「まさかお前……助けられなかったのか?」

フェンリッヒ「小僧! 貴様閣下に気安く――」

ヴァルバトーゼ「よせ! フェンリッヒ!」

エミーゼルに伸ばされたフェンリッヒ腕が、寸前で止まる。ヴァルバトーゼが顔を抑え、ただ一言返した。

ヴァルバトーゼ「……すまん」

エミーゼル「ふ、ふざけんなあッ!」

エミーゼルがヴァルバトーゼの頬を強く殴りつける。受け身もとらず、ヴァルバトーゼはその場に倒れた。

フェンリッヒ「小僧、貴様ッ!」

ヒーラー「お、お止め下さいエミーゼル様! フェンリッヒ様!」

二人の間にヒーラーが立ち、両手を広げる。

顔を赤くし、荒い息を繰り返すエミーゼルに、ヒーラーが治療は終えましたと静かに言った。


エミーゼル「……クソッ!」

ヴァルバトーゼに目も向けず、エミーゼルがアルティナのもとへ歩く。しかしそこでアルティナの姿を見て、エミーゼルは目を見開いた。

胸元の傷口は塞がっているが、未だ呼吸は荒く、頬が上気している。ヒールを受ければ、それが病気では無い、怪我である限り、どんなものでも回復は可能だ。
しかし今のアルティナの状態は、ヒールを受けた後にも関わらず、明らかに異常を巻き起こしている。何よりも、天使の証である背の翼が、焼け焦げたまま再生していなかった。

エミーゼル「お、おい、これ大丈夫なのかよ? まだこいつ苦しそうだぞ!」

ヒーラー「……これ以上は、私にはどうすることも出来ません。おそらく、アルティナさんは、『天使の力』を失っています」

――『天使の力』。その一言が、ヴァルバトーゼとフェンリッヒの頭に、一つの仮説を生み出させた。

ヴァルバトーゼ「おい、ヒーラー!」

気がつくとヴァルバトーゼが二人の目の前に立っていた。二人が僅かに戦き、無意識に身体を引く。

ヒーラー「な、なんでしょう」

ヴァルバトーゼ「お前は、『天使の力』についてどこまで知っている?」
 
突然の質問に理解が及ばない彼女に、フェンリッヒが簡潔にこの部屋で起こった出来事を話した。


フェンリッヒ「俺たち悪魔の中にも、戦いの際にその力を使って自分だけの異空間を創り出すことを可能とする者がいる。ならば天使もまた、そのようなことを出来るのではないか?」

ヒーラーが一瞬考え、そして、目に見えて分かる程に顔を青ざめさせた。その反応に、フェンリッヒが声を荒げる。

フェンリッヒ「何だ! 貴様、今何が分かった!」

ヒーラーが唾を飲み込む音が聞こえた。それを口にすることが、躊躇われるように、数秒の間、唇が震える。

ヒーラー「わ、私たち僧侶を生業とする一族は、ご存知の通り、天界から追放された堕天使を祖先としています。だからこそ、『天使の力』について、ほんの僅かですが、この魔界では詳しいほうだと――」

フェンリッヒ「それは分かっている、早く言え!」

ヒーラー「――ッ! そ、その力には、上位の天使には、その力を用いて、『聖域』を創ることが可能だと。そ、そして、それは『天使にしか入れない』絶対的な空間であると」


ヴァルバトーゼ「……馬鹿な」

 
五人が居る部屋の入り口で、その会話を聞いていた少女が居た。

「なるほど、聖域とは……どこで私たちの監視下から逃げていたのか、これで納得がいきましたね」

そう少女はひとりごち、人差し指を唇に当てる。

「天使でも無い、悪魔でも無い。そんな存在の創り出した聖域。天使には見つけられなかった筈ですね。そして、その空間に入り込める存在は――」

 少女の片翼が、黒い霧に包まれる。そして場が淡く発光し、その光が消えた時には、少女の姿はどこにも見えなくなっていた。

◆   ◆   ◆

突然に、光が見えた。光と言っても、それはその空間においての明るさであって、今見えている場所が明るいわけじゃない。

暗闇だった世界が、突然見えるようになっただけ。

アタシとデスコの身体が黒い霧に包まれて、そして何も見えなくなり、意識が途切れてから、どのくらい経ったのか――。

いや、多分、一瞬の出来事だったのだと思う。じゃなきゃ、もうアタシ、目を開けることすら出来てない筈だしね。

見えた空間は、ヴァルっちの屋敷のアタシの部屋じゃなかった。もう絶望すら感じ得ない。感じるのは、ひたすらな無気力。

疲れたのかもしれない。もう、指先一本も動かすことができない。この目も、今すぐにでも閉じてしまいたい。

けれど――……。


身体に、ほんの少しずつ、暖かいものが染み込んで行く。

アタシの血だろうか、デスコの血だろうか。

デスコの胸の上に、アタシの身体が被さっている。

ごめんね、重いよね。でも、ごめん、ホントに、少しも動けないの。


ドクン、ドクン、とデスコの心音が、アタシの心に唯一希望と絶望を持たせている。

この鼓動を聞き続けることがアタシの希望。止まってしまう恐怖が、アタシの絶望。

ああ、けれど、少しずつその音は弱くなって行く。

アタシの神経の全ては、この音だけを辿るようになった。だから、後ろから来た跫音なんて、これっぽちも気付かなかった。


背中に感じる衝撃。胃が圧迫され、変な声が上がった。

ブルカノ「辛かろう、辛かろう。もうじき楽にしてくれる。我が慈悲のもと、せめて二人仲良く葬ってくれよう」

ああ、もう、駄目なのかな。もう、死んじゃうのかな。

ブルカノ「だが、お前の罪深い魂は、我が内にて浄化の後に、その力を貰ってくれよう。神の一部になれることを、光栄に思うがよい」

それってどういうことだろう。すべて、消えるってことなのかな。

アルティナちゃんに、以前言われたことを思い出した。

アタシは、一度死んだ存在。だけど、この身体は肉体があるようで、実際は、剥き出しの魂があるだけなのだと。

だから、この身体が傷つくことは、魂が傷つくことと同じことだと。

そして、プリニーではない、魂が肉体となったアタシは、死ぬことが無いと。

魂が迎える死は、死ではなく、消滅だと聞いた。

消滅、それは、現世と冥界、両方の世界からその存在がなくなることだと、アルティナちゃんは言った。


――そう、ここで、アタシの世界も終わるってことだよね。

仮にこの魂が喰われたとしても、そこでは何も感じない、きっと虚無が待っているのね。

なんてエンディングだろう。

殺されて、虐げられて、奪われて、穢されて、やっと掴みかけた希望さえも、儚く消え去るなんて。

 
血が流れて行く。アタシと妹から生まれる、赤い湖が広がって行く。

アタシが消えるのは構わない。この身が二度と転生の出来ないものになったとしても。
 
今居る『アタシ』が何かを思い、感じるのは、生きているこの時だけなのだから。

だけど――だけどお願い。信じたことも無かったかみさま。世界なんて滅ぼすよりも、アタシの妹を助けてよ。

アタシの、何よりも、誰よりも大切なアタシも妹だけは――。

フーカ「助けて……お願い」

歪な斧に、きらりと反射する、アタシたちの虚ろな顔を最後に、アタシの視界は暗くなった。


一旦終了します。
続きはまた深夜に上げるかもしれません。

また少し投下します。
こんな時間になってしまい申し訳ないです。



◆   ◆   ◆


地獄の奥底にある、ヴァルバトーゼの屋敷。荘厳で巨大な屋敷は主の力を表すものだったが、今はその姿は半壊した穴だらけのものとなっている。

二階の一室で、ヴァルバトーゼたちの空気は非常に重苦しいもので包まれていた。

ヒーラー「これは……あくまで私の勝手な考えですが……」

言葉を話すことを躊躇う空気の中、しかしヒーラーは口を開いた。

ヴァルバトーゼ「何でも構わん、言え」

ヒーラー「……私には、そのブルカノと言う男が創り出した『聖域』は、『天使の力』だけで創られたものとは思えません。
     仮に、天使の力で創られたものなら、天界の天使兵の方々が見つけることは容易い筈です。私たち悪魔が、創られた魔族の空間に入り込むことがそう難くないことと同様に」

そこでフェンリッヒは、ブルカノの背についたものを思い出した。

フェンリッヒ「まさか、あの男に生えていた翼は……」

そう、ブルカノの背にあったのは、天使の白き翼と、悪魔の黒い翼。それは彼の存在が、天使と悪魔、どちらにも属さぬ存在であることを示している。

ブルカノの言葉が頭に蘇った。

 ――貴様らには決して辿り着けない場所、こやつらの処刑はそこでゆっくりと行おう。

決して辿り着けない。

ブルカノはそう高らかに言った。

天使でもない、悪魔でもない。

そんな希有な存在が、魔界天界に、他にいるだろうか。

だからこそ、誰も介入することの出来ない世界。


ヴァルバトーゼ「馬鹿な……! 何かッ! 何か方法は無いのか!」

ヴァルバトーゼの必死な声に、ヒーラ-は沈痛な表情を浮かべた。それは、もう、彼女が伝えられる言葉は全て終わってしまったと言うこと。

ヴァルバトーゼの頭の中に、時計の針の音が響いた。それは形を持った音ではなく、彼の頭の中で、彼だけに聞こえる死のカウントダウン。

今こうしている間にも、二人の命の灯火が削られて行く。

顔を抑え、膝を付いた。視界の端に、アルティナの苦しげな顔が映る。

ヴァルバトーゼ「俺は……俺はまた、『約束』を守れなくなってしまうのか……?」

主のその様に、フェンリッヒは拳を欠陥が切れる程握りしめた。絶対の忠誠を誓い、主の望むもの全てを叶えると、月に誓った。なのにこのザマは何だ!?

今の俺は、従者などではない! 仲間一人救えない、ただの役立たずでは無いか!


エミーゼル「ホントに……もう、何も無いのか……? もう、あの二人に会えないってことかよ……? なあ!」

エミーゼルの悲痛な叫び。それは、ヴァルバトーゼとフェンリッヒの内なる叫びでもあった。だが、もう自分たちに出来ることは何も無い。

どんな強大な力を持った相手でも、潰せる自身はあった。否、事実潰して来たのだ。だがそれは、偉大なる改革を成し遂げた、六人だからこそ出来たものだった。

しかし今、決して欠けてはいけなかったふたつのピースが、二度と手の届かぬ所へ消えかかっている。

どこへ打ち付けたらいいのかも分からない胸の苦しみをヴァルバトーゼが叫びかけた時、彼を、小さな声が呼び止めた。

アルティナ「ヴァルバトーゼ……さん」

ヴァルバトーゼ「アルティナ……! すまぬ、俺は……!」
 
俯いたその表情はアルティナには見えなかった。けれど彼女は、堪え難い痛みを感じながら、それでも、微笑み、そして話す。

アルティナ「全て……話は、聞こえていました。ヴァルバトーゼさん……。一つ、私に提案があるんです」

ヴァルバトーゼ「……提案?」

ええ、と言ったアルティナの声は、今にも切れてしまいそうな程に細く、弱い。しかし彼女は言葉を続けた。
自分にしか出来ない使命が、彼女には分かっていた。

アルティナ「あの……ブルカノが創り出した空間は、二つの力を持つものだけが行き来できる異空間……そうですね」

ヴァルバトーゼ「ああ……。俺に、俺たちにその場に到達する力は――」

アルティナ「ありますよ」

信じられない言葉が返された。その言葉に、ヒーラーさえもが目を開けそうになる。

ヴァルバトーゼ「……何だ! それは一体何なのだ!?」

そう言ったヴァルバトーゼに向け、アルティナは自分の首すじを爪で切り、見せつけた。そして言う。

アルティナ「……さあ、お飲み下さい」

ヴァルバトーゼ「なっ……何を巫山戯ているんだアルティナ!」

すぐに首の傷を塞ごうとしたヴァルバトーゼの手を、アルティナが止めた。無論払いのけようとすれば……いや、軽く押し返すだけでも落ちてしまいそうな程の弱い力だったが、ヴァルバトーゼにその手は拒絶出来なかった。


アルティナ「これは……冗談でも、酔狂な真似をしているわけでも……ありません。『今の私』と、そして、吸血鬼であるあなたにしか出来ないことです……」

一声ひとこえを、押し出すようにアルティナは必死に言葉を続ける。その様に、最早ヴァルバトーゼは何も返せなくなった。

アルティナ「私は今、『天使の力』の大部分を奪われていますが……この血には、まだ微かな力が残っている……。ヴァルバトーゼさん、あなたは人間の血を吸うことで力を得るのでしょう?
      ……そうです、今の私は、限りなく人間に近い天使。この血を飲めば、あなたの元には――」

そこでアルティナの腕が落ち、呼吸が更に荒くなる。胸を抑え、苦痛の表情を浮かべた。

ヴァルバトーゼ「ア、アルティナ、もう喋るな!」

アルティナ「いいえ、今、伝えなくてはいけないのです……。もうじき、私の血は完全に人のそれとなってしまう。その前に、この血をどうか吸って下さい。
      ……これは、賭けです。負ければ、あなたは天使の血に身体を壊されるでしょう。ですが、天使の血があなたを受け入れたら――」


フェンリッヒが無言でエミーゼルの襟を掴んだ。突然のことに驚き、声を上げたしたエミーゼルを無視し、そのまま部屋の入り口へと引き摺って行く。
ヒーラーもまた、フェンリッヒの意図を汲み、立ち上がり、その後に続いた。

エミーゼル「お、おい、フェンリッヒ! どうしたんだよ!」

何故か大きな声を出してはいけない気がして、小声でエミーゼルはフェンリッヒに訊く。そこで掴まれていた手が離され、エミーゼルの身体が床に落ちた。

エミーゼル「って! ……おい、いいのかよ。ひょっとしたら、アイツ、元の姿に戻るかもしれないんだぞ?」

フェンリッヒの沈黙は、そう長くは無かった。


フェンリッヒ「閣下は、たとえ相手がどう言おうが、自らがその『約束』を果たしたと思わなければ、どんなことにも譲歩はしない。それが、閣下の強さでもあり、あの方の誇りの高さでもあるのだ」

背を向けたフェンリッヒの表情は、エミーゼルとヒーラーの二人には見えず、そして想像も出来ない。

フェンリッヒ「あの女は、閣下の『誇り』を砕こうとしている。そこに閣下が、どれだけ悩み、苦しみ、しかし、それでも、あの女は、閣下が選択する道を知っているのだ。
       ……俺が分かっているように。そして、その姿を、閣下は誰にも見せたくあるまい」

エミーゼル「――!」

エミーゼルは、心の奥底では、フェンリッヒの従者としての姿勢にどこか疑問を抱いていた。
行動を共にしている間にも、人間の血を混ぜたイワシを何度も食べさせようとしていたし、死にかけた演技をしてまで、自分の血を吸わせようとしていた。とても従者のやることとは思えなかった。

けれど、今、分かった気がした。何ですぐにバレてしまうことを、主の誇りを侮辱するようなことをしていたのか。

逆だったのかもしれない。あえて、血を拒絶する主の姿を見て、その誇りを確かめていたのではないのか。

策士にしか見えていなかった彼の中に、エミーゼルは確かな『従者』の魂を感じた。

エミーゼル「……分かったよ、フェンリッヒ。ボクも、見ないよ」

フェンリッヒ「フン、当たり前だ。俺が許さないからな。……エミーゼル」



ヴァルバトーゼ「アルティナ……俺は、賭けに勝てると思うのか?」

アルティナ「あなたのその気高き意思と誇りが、天使の力に負けるとは、私は決して思いません」

ヴァルバトーゼ「…………」

アルティナ「……分かってます。どれだけ、自分が酷いことを言っているかなんて。でも、今じゃないんですか?」

頭の中に、フーカとデスコに交わした『約束』が響く。

そうだ、必ず、その悪夢を晴らすと、そして必ず助けると『約束』したのだ。


ヴァルバトーゼ「まだ、果たせるのか……?」

弱々しく問いかけたヴァルバトーゼに、アルティナは微笑む。

それは、慈愛を向ける天使の微笑みでは無かった。

かつて恋した、一人の吸血鬼に向けていた、あどけない少女の微笑み。


アルティナ「さあ――今こそ、全ての『約束』を果たして下さい」

 

ヴァルバトーゼの牙が、アルティナの細い首に、その歯を当てた。

今回はここまでです。
続きはまた明日(今日)の夕方か夜頃に更新予定です。

更新再開します。

◆   ◆   ◆

鈍く、甲高い衝撃が地を駈ける。
二人の少女を狙ったアポカリプスが、自らの首を飛ばしたのだ。
ブルカノは何が起きたのか分からなかった。

魔界に存在する大斧の中で、最強の硬度と威力を誇る魔斧。その切っ先が、粉々に砕かれ飛ばされていた。
しかし、この場に何が起こったか、正面に佇む存在を見たとき、全て理解した。

天使長であった自分が裁かれ、魔界へと墜ちた因子、彼にとって最も忌むべき少女。
大いなる憎悪と憤怒を込め、彼は少女の名前を呼ぶ。

ブルカノ「フロン……!」

かつて天使見習いとして、魔界と天界の繋ぎ手として、魔の地に送られた、天使フロン。
数多の時を越え、背中に生える二つの翼は彼女の身体を包み込む程に巨大になり、その姿は、現在のフロンの地位を、見るもの全てに理解させた。
清廉な光と共に、辺りには薄く発光する白き羽が舞い散っている。その中で、フロンは後ろに倒れる二人に、ギガヒールの呪文を唱えた。
翠の光が二人を包み、致命傷であった傷を瞬く間に塞いで行く。

二人の傷が完治したのを見届けると、フロンは静かにブルカノへ向く。憎悪を剥き出しにするブルカノと対照的に、フロンは至って冷静に口を開いた。


フロン「お久しぶりですね、私のことを覚えておいででしたか」

ブルカノ「私を陥れ、天使としての称号を奪い、魔道へと落とした張本人! どうしてそれを忘れることが出来ようか」

創り出された虚無の世界に響く声。フロンは首を振り、否定する。

フロン「あなたがラミントン様に裁かれたのは、私のせいではありません。あなたの強すぎる、歪んだ正義、そして欲が、あなた自身を滅ぼしたのです」

ブルカノ「戯れ言を! 天使長であった私に欲などと言う邪な感情は無かった!」

張りつめた空気の中、二人の視線が交差する。ブルカノはほんの僅かに視線をフロンの後ろに居る二人に写した。

ブルカノ「しかし驚いたぞフロン。まさかお前がこの聖域に入り込めるとはなぁ」

フロン「これも全てあなたの考えの内なのでしょう。何者も介入出来ないこの世界で、確実に私を討つ為に」

ブルカノ「こうも早くこの場に来るとは思ってなかったがな。いやはや、裁きの順を変えねばならないようだ」

フロン「私を、裁く気なのでしょうか」

ブルカノ「強がっても分かるぞフロン。いかなお前といえども、内に残った、かつての魔の力。それを掘り起こしこの聖域に入り込むには相当の力を用いただろう。
     未だその片翼に僅かに見える黒い瘴気が、それを物語っているぞ」


フロンの背に生える、二翼。その片翼から、ブルカノが指摘する通り、ほんの僅かに黒い瘴気が彼女の羽を焦がしていた。
しかしそれを繕うこともせず、フロンは蒼い瞳をブルカノに真っ直ぐに向けた。

フロン「……『制裁』。そう書かれましたね。何故、あの子たちの命を奪ったのか、聞かせてもらえますか?」

フロンの言葉にブルカノは笑い声を上げた。

ブルカノ「何故? 決まっておろう、我が絶対なる意思を奴等は否定したからだ!」

フロン「あの子たちは……私の考えに、大きく賛同してくれた数少ない子たちでした。どんな者にも、愛はあると、彼女たちは信じてくれた子たちでした」

ブルカノ「そうとも! 実におめでたい、下らぬ、そして危険な思想だ! 天界に生きる天使である以上、天使は悪魔を憎まねばならぬ。
     にも関わらず、彼奴らはお前の下らぬ思想に同調した。それは我が至高にして最善の思想と相反するもの。故に――私が『制裁』を下してやったのだよ」

フロン「……あの子たちの遺体は皆、背の羽が全て焼け落ちていました。あなたは――」

ブルカノ「そうとも、天使として失格した彼奴らの力は、全てこのブルカノの内にて浄化してくれたわ。
     あの頭が花畑の十人の――おっと、もう一人居たな。貴様が特に可愛がっていた、あの業欲の天使の力もだ」

――『天使の力』を失った天使は、その存在を天に対し偽りを持つ存在、即ち咎人とされ、内に残る天使の血が、身体を蝕み壊して行く。
魂を燃やされ、その身に死が訪れるその瞬間まで、地獄の如き痛みに襲われ続けることになるのだ。

かつて天使であったブルカノも、それを知らない筈は無かった。それが天使にとってどれだけ残酷な死であるか、知っていながら、あえて彼はその方法を選んだのだ。

しかし、フロンは凛とした表情で、ブルカノに問いかける。

フロン「私は、この職につくものとして、あなたに言わなければなりません。……己の罪を認め、天界に出頭し、あるべき場所で、然るべき裁きを受けて下さい。でなければ、私自身が、あなたをこの場で葬らねばなりません」

くくく、と低い笑いがブルカノから漏れた。

ブルカノ「フロン、勘違いをしているな。この場において、誰が、誰に、『裁き』を下そうとしているのか!」

地鳴りの音と共に、フロンが立っていた地面が隆起した。下から押し上げられたフロンは、瞬時に防御の姿勢をとる。しかしその姿勢が完全で無かったのは、フロンの視線が、攻撃された方向ではなく、自分の後ろに居たフーカとデスコの二人に向いたからだった。

フロン「くっ……!」

ブルカノ「この場は私が創り出した、私を神とする絶対の『聖域』! この場において、お前は我が胃袋の中にいるのと変わらんわ!」

そして、ブルカノが腕をほんの少し翻す。フーカとデスコの四方から鋭いイバラが飛び出し、二人を襲った。飛び上がったフロンがメガファイアの塊を投げつける。しかし燃え上がったイバラの灰の中から、瞬時に次のイバラが飛び出した。同時に無数の剣が地面からフロンに向かい飛ばされる。
己が傷つくことを顧みず、フロンはその渦の中で、メガクールの呪文を唱えた。フロンの持つ強大な魔力は、イバラではなく、二人の周りの空気を凍らせ、氷の結界を創り出した。鋭く伸ばされたイバラがその氷壁に飛ばされるが、触れた瞬間にそのイバラさえも凍り付き、オブジェの一部となった。
だが、そこで勝負は決まった。呪文を詠唱した、僅かな無防備な時間。その一瞬を、ブルカノは貫いた。

底より伸びた、巨大な剣――『グランソード』。それはかの超魔王が使ったとされる強大な技。その一閃が、フロンの身体を突き抜けた。

白き羽を、赤く染める、赤。

フロン「まさか……これほどとは」

無数の羽をまき散らしながら、フロンの身体は地面へ堕ちた。


地に伏せる彼女の頭を、ブルカノが踏みつける。そしてフーカとデスコを守る氷壁を睨みつけた。

ブルカノ「面倒なことをしてくれたが、最早この地に訪れることの出来るものはおるまい。お前を下した後に、ゆっくりと取り込んでくれる」

そして一振りの剣を掲げ、最高の笑みを浮かべた。

ブルカノ「さらばだフロン、永久なる眠りに就くがよい!」

ドスリ。剣が肉に突き刺さる感触とともに、黒い血がブルカノの顔を染める。

……黒?

それは天使の持つ美しい赤ではなかった。その血を生み出しているのは――。

「フン、この程度の剣で他者の命を奪おうなどと、支配者としてなってないな」

眼前にいた存在。フロンすら自分の目を疑った。この場に介入することの出来る存在は、封印され、故に魔道の力を得たブルカノ。そして、かつて堕天した故に悪魔の力をその内に一片残した自分しか居なかったのではないか。――何故、ただの悪魔に過ぎない彼がここに居るのか。

しかし、その背にぼんやりと見えた『羽』に、フロンは全てを理解した。
悪魔たる黒き翼に重なるように、その背に天使の白き翼がフロンには見えた。それは、彼女がよく知っている、清廉な魂を持った少女のもの。

ヴァルバトーゼ「――さあ、『約束』を果たしに来たぞ」

彼の暴君、ヴァルバトーゼの姿がそこにあった。



その姿は、先刻見た小柄な悪魔の青年のそれではなかった。背まで伸ばされた長い黒髪。自分と同じほどの長身。髪の間に見える紅い片目は見たものを貫く鋭さに満ちていた。

とても、今までに感じたことの無い威圧に、ブルカノは無意識に身体を引きかけた。しかし今や自分の力は超魔王の力にすら匹敵するのだ。かつて暴君と呼ばれた吸血鬼だろうが、何を恐れることがあろうか!

ブルカノ「下等なる悪魔が! 消え去れい!」

大地よりヴァルバトーゼに伸びるグランソード。一直線にヴァルバトーゼに向かったそれは、轟音と共に多量の土煙を上げた。

ブルカノ「ふははは! 悪魔が! 呆気なかったな!」

ヴァルバトーゼ「ああ、実にあっけない」

勝ち誇った笑みが、瞬時に崩れる。土煙の影の中、ヴァルバトーゼの影は一歩も動いていなかった。見えた光景に、ブルカノは驚愕する。

最大最強と言える魔剣グランソードの切っ先が、ヴァルバトーゼの指一本で止められていた。

ヴァルバトーゼ「超魔王が使役したとされる最悪の剣も、小物が使えばこんなものか」

ぴきぴきとひび割れるおとが聞こえたかと思うと、次の瞬間、ヴァルバトーゼの指先からグランソードが粉々に砕け散った。

フロン「これが……あなたの本当の力ですか……」

身体をよろつかせながら、フロンが身体を起こした。身体を貫いた傷はすでに無くなっている。


ヴァルバトーゼ「フン、その様子では助けなど必要なかったか」

フロン「……いいえ、助かりました。ありがとうございます」

視線をブルカノに戻し、ヴァルバトーゼはゆっくりと右手を上げた。

ブルカノ「な、何だ……! 何をする気だ!」

ヴァルバトーゼ「本来なら……幾千もの苦しみを貴様に味合わせたい所だが、生憎時間が無いのでな。一瞬で終わらせてやる」

無数の蝙蝠の羽ばたきと共に、ヴァルバトーゼの身体が闇に包まれ、天空に現れた瘴気が、巨大な暗雲へと渦巻いて行く。
巨大な翼を広げた、『魔帝・フルークフーデ』。幾百の時を経て、かの暴君の真の姿が再び世に現れた。
両の手から放たれた波動が大地を抉り、触れた全てを粉々に打ち砕いて行く。ブルカノが襲いかかる波動を見た次の瞬間には、彼の身体はその渦に包まれていた。

ヴァルバトーゼ「これが、完全なる支配だ!」

ブルカノ「がああああっ!」

ヴァルバトーゼが地面に降り立つのとほぼ同時に、ブルカノの身体が地に叩き付けられる。全身が引き裂かれ、口からは大量の血が噴き出した。

ブルカノ「が……馬鹿……な。我が、絶対の野望が……こんな、こんな所で……」

呻き声を上げるブルカノに、ヴァルバトーゼがさらに足を踏み出す。

ヴァルバトーゼ「まだ生きていたか……。俺の技も鈍ったものだな。今止めを刺してーー」

フロン「お待ち下さい」

ヴァルバトーゼが振り上げた右手を、フロンが止めた。

ヴァルバトーゼ「何だ? 何を待つことがある?」

フロン「もう……彼に何かをする力はありません。これ以上攻撃を続けることは止めにしませんか?」

ヴァルバトーゼ「貴様……何を言っているのか分かっているのか? こいつは貴様の仲間をも殺した奴なのであろう! どこに同情を寄せる必要がある!」

しかしフロンは引かない。真っ直ぐにヴァルバトーゼの瞳を見つめ、言った。

フロン「お願いします」

ヴァルバトーゼ「…………」

ヴァルバトーゼが黙った理由は、目の前の天使の瞳に映るそれが、自分には何か分からなかったからだ。
何者も壊せない強い意志。『約束』を守ると決めた自分と同じように。
それが慈愛なのか、それとも真逆の憎しみなのか。悪魔である自分には――否、誰であろうと、分かりはしなかっただろう。
それほどまでに、彼女の瞳の中に映る感情は深く、激しかった。

ヴァルバトーゼ「……お前には……二人を守ってもらった借りがある。それはこの先、俺がどのようなことをしても返せない借りだ」

ブルカノに背を向け、ヴァルバトーゼはフーカとデスコを包む氷壁のもとへ歩いた。

ヴァルバトーゼ「二人を放してくれ」

フロン「ええ……ありがとうございます」


ヴァルバトーゼの言葉に、フロンが頷き、二人を包んでいた氷壁が砕ける。その中で眠る二人の姿を見て、暴君の顔に、初めて安堵の表情が浮かんだ。
二人の身体を抱きかかえ、後ろに立つフロンに、互いに背を向けて言う。

ヴァルバトーゼ「天使フロン、俺は一足先に戻らせてもらう。後のことは、お前は決めろ」

フロン「ええ……すぐに、私も向かいます」

ヴァルバトーゼたちの身体が淡い光に包まれ、そして消える。静かになった世界の中で、ブルカノの呻き声が僅かに響いている。
苦しげな声を上げるブルカノのもとに、フロンはゆっくりと近づいた。

フロン「最後の質問です。このまま、天界で罪を裁かれることを誓いますか? 誓って頂けるのでしたら、あなたの傷を癒しましょう」

慈愛を持った優しげな笑みを浮かべ、フロンはブルカノに尋ねる。

ブルカノ「ち、誓う……だから、頼む……助けてくれぇ……!」

フロン「ええ、分かりました」

にっこりと笑うと、フロンはヒールの呪文を唱えた。翠の光が灯り、ブルカノの傷を塞いで行く。

フロン「では、私と共に、天界へと――」

ブルカノ「誰が行くかぁッ!」


飛ばされた剣戟を、フロンは無表情で避けた。荒い息を繰り返しながら、ブルカノは心底愉快そうにフロンを笑う。

ブルカノ「実におめでたい女だ! 最早あの悪魔もここには居ない! 我が傷を癒したことが貴様の敗因! 甘さを棄てきれぬ所が貴様の弱さだ!
     覚えておけフロン、どんなものにも愛はある、その考え方は、自らの身を滅ぼすことになるのだとな!」

吠えるブルカノの言葉を、フロンは哀しげな顔で黙って聞いていた。貴様の理想は間違っている、そうブルカノが叫んだとき、フロンは静かに頷いた。

フロン「ええ、どんな者にも、それが例え悪魔にだって愛はある――そんな私の思いは、間違っていたようですね」

ブルカノ「そうだ、ようやく理解出来たか!」

勝ち誇ったように笑うブルカノに、フロンは晴れやかな笑みを見せた。

フロン「ええ、今、やっと分かりました」

そして言う。

フロン「異形なる徒ブルカノ、あなたに愛は存在しない」

ブルカノ「ひっ!」

それはあの日溜まりを思わせる天使の姿ではなかった。その声は氷のように冷たく、その瞳は全てを切り裂くように鋭く。
かつて自分が知っていた、あの少女には存在しなかったものが、今たしかに彼女の内に秘められていた。

ブルカノの全身が震え、その身を引いた次の瞬間には、ブルカノの胸にフロンの細い腕が深々と突き刺さっていた。

ブルカノ「ぐあああッ! フロン、貴様ァッ!」

冷徹な仮面を崩すこと無く、フロンはブルカノの胸に突き刺した左手を抜き取った。黒ずんだ血が当りに散り、血の堕ちた地面からは腐臭と共に煙が上がった。

フロン「最早、血までも穢れましたか……」
 
自らの腕ごと袖口を焦がしたフロンの左手には、黒ずんだ球体が握られている。

ブルカノ「わ、私は、神になるべき存在だ! 穢れなどあるかぁ!」

最早言葉など通じぬ。目の前に居るのは、天使であった頃など欠片も残さぬ絶対悪。
しかし――どれだけ堕ちた存在であろうと、彼は昔、自分が確かに畏敬の念を抱いた天使長だったのだ。
僅かに目を伏せ、フロンは言う。

フロン「あの子と、そして、彼女たちの天使の力はここに返させて頂きました」

瘴気を上げるそれがフロンの内に吸収される。ほんの一瞬、フロンは苦悶の表情を浮かべたが、すぐにその顔は冷徹なそれへと戻った。

ブルカノ「それがどうした! 今更あのような天使共の力が奪われた所で、このブルカノは揺るぎもせん! これしきで、我が歩みを止められると思うたか!」

叫ぶブルカノに、フロンは告げた。氷の如き、冷ややかな声で。

フロン「いいえ、あなたはもう、如何なる世界も歩むことは出来ません。あなたの存在は、今宵、この時で終わりです」
 
そしてブルカノを真正面から見据える。その瞳の昏さに、ブルカノはかつて無い恐怖を感じた。

フロン「ありがとうございます。私との『誓い』を破ってくれて。これで心置きなく、私はあなたを葬れる」

かつて存在せず、今確かに彼女の内にあるもの――それは冷徹。
そう――九十九の慈愛と、たった一つの冷徹。それこそが、天界を統べる、天使の頂点たる資格。
小さな天使見習いであった、百の慈愛を掲げていた少女はもう居ない。そこに居たのは、罪人に裁きを下す、この世界における、唯一無二の、『大天使』。

フロン「大天使フロンがここに裁きを下す――哀れな悪魔ブルカノよ、今一度、その強欲に、自らの身を散らせなさい」

フロンが両の手を広げ、その身体が僅かに浮かび上がる。純白の光が淡くブルカノの身体を包んでいく。

ブルカノ「や、やめろ、それは、その力は……」

それは、慈愛と冷徹を知る、神に最も近い大天使にのみ赦された、この世で最も優しく、最も美しく、そして最も残酷な力。

罪人の存在を苦しみも無く一輪の花へと変え、未来永劫、転生すら赦さない概念へとさせる、『断罪の光』。

一筋の雷と共に、叫び声を上げる間もなく、ブルカノの肉体は消え去り、その姿は一瞬にして花へと変わった。


最早言葉すら発せぬ、ブルカノだった花に、フロンは話す。

フロン「あの時のような、チョコレートローズでは無いんですね……」

そこに咲いて居たのは、一つの醜いラフレシア。腐臭を放ち、害虫の集るその姿は、何よりも彼の天使の成れの果てに相応しい。

フロン「その姿のまま、朽ちるのを待つことは辛いでしょう。……これが、私があなたに捧げる最期の慈愛です」

ただ一言、フロンはファイアの呪文を唱えた。  ブルカノだったラフレシアに小さな火が灯り、そしてそれが広がって行く。
燃え盛るラフレシアを背に、フロンはもう振り返らなかった。彼の死を看取ることなどしない。彼女は、彼に最大の慈悲を与えたのだから。

フロン「さようなら、異形なる徒ブルカノ。あなたはあなた自身の造り出したこの世界の中、独りぼっちで逝きなさい」

フロンの身体が光に包まれ、そして消える。



後にはただ、花を燃やす火花が、微かに音を響かせていた。

今回はここまでです。
ようやくフロンを正式に出せました。
続きはまた明日更新予定です。

>>1
かにみそだったフロンちゃんも大きくなったのねぇ~、なんてしみじみしちゃうわ

>>147
ありがとうございます! まだ読んでいる人が居てくれて良かった…。
成長したフロンさんは絶対に出したかったので、そう言って頂けると嬉しいです。

>>148

書き込んだら気付きました。ありがとうございます!

少しだけ投下します。

◆   ◆   ◆

眠るアルティナの横で、エミーゼルは落ち着かない様子であちこちに目をやっていた。部屋の入り口から光が見え、三人がその場に戻った時には、アルティナの姿しか無かった。後は待つだけだと、エミーゼルと対照的にフェンリッヒは傍の椅子に腰掛け、ヒーラーはアルティナに濡らしたタオルを用意しに行った。

エミーゼル「お前ら気楽だな……。アイツが本当にそこに行けたかも分からないのに」

フェンリッヒ「……閣下が元の力を取り戻したのだったら、それこそ、不可能なことなど死者を蘇らせることくらいだ。あの方は確実に二人を連れて帰ってくる」

ええ、と頷き、ヒーラーがアルティナの額にタオルを掛ける。先刻と変わらず、むしろ酷くなったように、アルティナの顔に浮かぶ苦悶の表情は消えない。

ヒーラー「このようなものは応急処置にもなりませんが……。アルティナさんが人間から天使へ転生した存在で幸運だったと言うことでしょうか。
     純粋な天使であったならば、苦痛に自我を崩壊させていたかもしれません」

エミーゼル「アルティナも……元に戻るよな?」

不安げな声がエミーゼルから発せられる。フェンリッヒエミーゼルに顔を向けた。

エミーゼル「……お前らとはさ、最初はすげー色々あったけど、でも、最後は全員で力を合わせて『恐怖の大王』も、『神の一部』だって倒したんだ。
      悔しいけどさ、その戦いの中で、お前らと居れて、嬉しかったんだ。父上の背中を見ているだけだったボクが、誰も成し遂げたことのないような改革を成し遂げた一員になれて」

フェンリッヒ「……そうだな、俺も改めて閣下に付いて来て良かったと思った。まだ満足などするにはほど遠いがな」

エミーゼル「……だから、怖いんだ」

そして叫ぶ。

エミーゼル「怖いんだよ! フーカも、デスコも居なくなって、アルティナだってどうなるか分からない。ヴァルバトーゼだって……!」

俯き、その声が震えたエミーゼルを見て、フェンリッヒは短く息を吐いた。そして立ち上がり、エミーゼルの頭に手を置く。

自分でも似合わないとは思ったが、自然と身体は動いていた。彼にもエミーゼルの気持ちは分かった。いかに表面を取り繕おうが、ただ待つ者は辛いのだ。
しかしーー。

「閣下の力に不可能は無い。あの方は、どんなことがあっても『約束』を果たす。俺たちがすべきことは」

そこでフェンリッヒは言葉を止めた。その先を言うことは、果たして自分は悪魔として正しいのだろうか。
だが、仕える主の意思を想えば――今更のことだ。ふっ、と笑い、続きを言った。

フェンリッヒ「……『信じる』ことだけだ」

エミーゼル「……ッ!」


「ああ、その通りだ」


エミーゼル・フェンリッヒ・ヒーラー「!」

部屋に、響いた声に、全員が振り返る。僅かに黒い瘴気が舞い上がり、その中からヴァルバトーゼの姿が現れた。その腕の中には、眠るフーカとデスコの姿もある。


エミーゼル「ヴァルバトーゼ!」

フェンリッヒ「閣下!」

二人がヴァルバトーゼのもとにかけより、彼に抱えられた二人の少女の安否を確かめる。顔はやや紅潮しているが、目立った傷は見受けられない。

安堵の表情を浮かべたフェンリッヒは、流れるような所作で主の前に膝を付いた。

フェンリッヒ「ヴァル様……。ご無事で、何よりです」

ヴァルバトーゼ「ああ、待たせたな」

そして改めて主の姿を伺うが、その身体はやはり魔力を失った、プリニー教育係である小柄な青年のものだった。
フェンリッヒの視線に気付き、ヴァルバトーゼがくくく、と笑う。

ヴァルバトーゼ「やはり少量の血を呑んだ所では元の姿に戻れる時は限られていたようだな。またこの姿でやり直しだ」

そしてヒーラーのもとへ歩き、抱えた少女たちの身体を預けた。

ヴァルバトーゼ「傷は無い。だが、念の為にしっかり診てやってくれ。何があるかは分からん」

ヒーラー「かしこまりました、ヴァルバトーゼ様」

そして傍らに眠るアルティナに目をやり、膝を付いてその手を取った。しかしアルティナからの反応はない。手を握ったのは誰かーーいや、手を取られたことにさえ気付いていないようだった。
その様に、ヴァルバトーゼは歯を喰い縛る。

ヴァルバトーゼ「……アルティナ、お前は俺に道を開いてくれたと言うのに、俺は……何もしてやれん」

エミーゼル「そ、そいつの力はもとに戻らないのか?」

「――いいえ、戻りますよ」

中途半端で申し訳ありませんが、一旦終わります。
続きはまた明日に。もう少し多く更新出来るよう頑張ります。

更新再開します。

エミーゼル「お前は……たしか天界の!」

フロン「お久しぶりです、エミーゼルさん」

驚いたエミーゼルとは対照的に、フェンリッヒはフロンに鋭い視線を向けた、しかしフロンはそちらを見向きもせず、一直線にアルティナのもとへ歩く。
苦しげな呼吸を繰り返すアルティナに、フロンの表情がほんの僅かに同様のものを浮かべたが、すぐに天使の微笑みを浮かべ、ヴァルバトーゼの横に膝をついた。

フロン「お疲れさま、アルティナちゃん、あなたの力は私が取り戻して浄化したわ。……今一度、あなたに『天使の力』を与えます」

フロンの左手から、虹色の光が浮かび、それがアルティナの胸に溶けた。それと同時に、アルティナの呼吸は正常なそれへと変わり、頬の上気も引いて行く。そして、焼け落ちた翼が、ゆっくりとその輝きを取り戻して行き、天使の力が、完全にアルティナの魂と混ざり合ったことを分からせる。

フロン「……あなたが、私に後を任せたのも、私しか出来ないと分かっていたからなのですね」

ヴァルバトーゼだけに聞こえるよう、フロンが囁く。ヴァルバトーゼが拳を握りしめた。
力を奪い返す方法など持ち合わせては居ない。ならば悪魔である自分がすることは、ただ目の前の男を殺すことだけだった。あわよくば、それでアルティナの元にその力が還ればと想っていた。だが、やはりフロンの言う通り、どこか自分でも不可能だと思っていたのだろう。
フロンがアルティナの力を取り戻すことを期待していたことも、全く思わなければ嘘になる。

ヴァルバトーゼ「……どこまでも他力本願だな、俺は」

彼もまた、フロンと同じように、彼女にだけ聞こえるように返した。自嘲を浮かべたもの言いに、フロンは首を振る。

フロン「違いますよ、ヴァルバトーゼさん。あなたは、信じたのです。みんなが、助かる道を。再び、集まれる瞬間を」



アルティナが掠れるような声を上げ、薄らと目を開いた。寝起きのような、まどろみを浮かべた瞳の中に、初めにフロンの姿が映る。

アルティナ「フロン……様?」

フロン「久しぶりね、アルティナちゃん。今は、ゆっくり休みなさい」

そこで細かった目が大きく開かれる。

アルティナ「あっ、あの二人は! フーカさんとデスコさんはどこに!?」

ヒーラー「こちらです」

身体を起こして狼狽するアルティナに、ヒーラーが言う。ヒーラーの膝の上で眠る二人の姿を見て、アルティナはその場で泣き崩れた。

アルティナ「良かった……本当に……」

そしてフロンの隣に佇むヴァルバトーゼを見て、アルティナが心の底から安堵した表情を浮かべた。ほんの僅かに笑みを浮かべ、

アルティナ「賭けは、勝ったんですね。私が信じた通りです」

涙を拭うこともせずに、そう言った。

ヴァルバトーゼ「お前の上司が居たからこその勝利だがな」

しかしその言葉に、フロンは表情を固くさせた。その様に、フェンリッヒが追い打ちを掛ける。

フェンリッヒ「ああ、お前は今、自分にはそのような言葉を言われる資格は無いと想っているな。その通りだ!」


アルティナ「フェ、フェンリッヒさん! 何を」

顔を上げ、アルティナがフェンリッヒに詰め寄る。

アルティナ「訂正して下さい! フロン様を責め立てる理由が分かりません!」

フェンリッヒ「ふん、力を取り戻した途端に、随分元気になったものだな」

アルティナ「私のことは構いません、しかし何故ここでフロン様を侮辱しようというのですか!」

互いを睨み合う二人の間に、まるで羽が浮かぶようにフロンが入った。柔らかい所作でアルティナの頬を撫で、瞳を合わせた。

フロン「起こらないで、アルティナちゃん。彼の言う通りなの。わたしが、ブルカノの中に愛があることを信じなければ……ここまで酷いことにはならなかったのだから」

アルティナ「……っ、ですが! それは、大天使として、あるべき姿なのではないでしょうか……」

肩を震わせるアルティナに、フロンは優しく囁く。

フロン「大天使になって、一番大事なことは、いつかあなたにも分かるときが来ると想うわ。でも、今はただ、あなたの進む道を信じてね」

ぼろぼろと涙を流し泣き崩れるアルティナの背を――過去の自分の姿を、フロンがそっと撫でる。子供をあやすように慈愛に溢れた姿だったが、その様子は、同時に哀しさに未溢れているようにヴァルバトーゼは感じた。

しかし、暫くした後に、フロンは背筋を伸ばし、すっと立ち上がる。そして、全員を見回し、その顔つきを変えた。

フロン「皆さんに、大事な話があります」

部屋の中がしんと静まり返った。

フロン「単刀直入に言います。このままでは、風祭フーカさんの存在は、消えてしまうでしょう」

言葉の終わりから数秒、

ヴァルバトーゼ「フェンリッヒ、よせ!」

フロンに掴み掛かったフェンリッヒの腕を、ヴァルバトーゼが止めていた。しかしフェンリッヒの怒りは収まらず、牙を剥いてフロンに声を上げる。

フェンリッヒ「貴様ァッ! どこまで!」

ヴァルバトーゼ「落ち着けフェンリッヒ! 全てを知っているのはこのフロンだけなのだろう! それにフロンはこのままならば、と言った筈だ! お前らしくもない、冷静になれ!」

主の叱責を受け、ようやくフェンリッヒは我に帰り、そして、はっきりと刺された表情を浮かべた。

そうだ、このままなら――それはデスコにも言った言葉。あの時は、諸悪の根源たるブルカノを抹殺さえすれば、フーカに欠けられた呪いは消える。そう聞かされた話を信じていた。だからこそ、今、それを言った張本人から、その言葉を真っ向から否定する言葉を斬りつけられ、正気を失ったのだ。

――何を、やっているんだ俺は。

頭を抱え、床に座り込んだ友人の姿を痛ましく思いながらも、ヴァルバトーゼは気丈にフロンに続きを促した。短くフロンが頷く。

フロン「まず皆さんに認識して欲しいことは、フーカさんが通常の死者とは異なると言うことです。――アルティナちゃん、私は以前、あなたに話しましたね? フーカさんがどのような存在であるか」

暗い表情を浮かべながら、アルティナは俯くように頷き、話す。

アルティナ「……フーカさんは、通常のプリニーさんたちとは違い、河野中に実態の無い魂があるのではありません。剥き出しの魂に肉体を与えれた、非常に希有な存在です。
      本来、そのような措置をとられるのは、死後も魔界。もしくは天界において大きな功績を創ると認められた存在だけ――歴史においても、私が知る限り、それが認められた人間は数えるほどしか存在しませんでした」

そしてヴァルバトーゼに視線を送り、続きの言葉に躊躇いを見せる。その視線にヴァルバトーゼが気付くが、顔を変えず、構わん、と首を上げた。

アルティナ「……これを言うことは、私の本意ではありませんが……」

ヴァルバトーゼ「前例などものともせず、怠惰に面倒事を処理したのは魔界政腐、そしてそれは回り回ってフーカを苦しめていると言う訳か」

しかしその続きをやはり言えないでいたアルティナに変わり、ヴァルバトーゼが自ら口を開いた。

アルティナ「……そうです、以前、フーカさんにもお話しましたが、これは特別なようでいて、非常に危険なことなのです。
      プリニーさんであれば……このような言い方は適切ではありませんが、その魂に実態が無いため、いくら攻撃を受けても決して消滅することはありません。しかし魂に肉体を直に与えられたフーカさんは…」

そこはアルティナ今度こそ言葉を切った。その続きは誰も、言わずとも分かった。フーカの持つ、現実離れした力に隠れ、皆忘れていたのだ。


彼女が、元はただの14歳の少女だったと言うことを。

今回はここまでです。
続きはまた明日更新予定です。

更新再開します。遅くなり申し訳ありません。


フロン「傷つくだけだったら、回復魔法や、こちらなら魔界病院で治療を行うことが出来ます。しかし、今はもうそのような次元ではありません」

再び話を引き継いだフロンに、ヴァルバトーゼが視線を向ける。

ヴァルバトーゼ「どういうことだ?」

フロン「私がフェンリッヒさんにフーカさんについて話した時、私は彼女に植え付けられたものを『呪い』と言いましたが、それは間違いでした。フーカさんに掛けられたものは、『封印』だったのです」

エミーゼル「ふ、封印?」

フロン「フーカさんがブルカノに受けたものは……私の口から話すことは出来ません。誰も……少なくとも、彼女の同意無くして知るべきことではありません」

その言葉に、全員の顔が険しくなる。留守を守っていた三人が、僅かな時間にああも無惨に傷つけられたのだ。
フーカがどのような行為を受けたか、想像するだけで全員の胸が悪くなった。


フロン「私は、天界からブルカノを追う中で、彼が執着していたフーカさんが、あなた方の仲間に加わったことを安心していました。それに何より、あなた方と行動を共にしているフーカさんは、ブルカノに受けた陵辱など無かったように楽しく過ごしていましたから…。でも、それは私の思い過ごしでした」

アルティナ「まさか……その封印と言うのはフーカさんの……!」

アルティナの言葉に、フロンは頷く。

フロン「ブルカノはフーカさんが手元から離れる際に、その記憶に封印をかけました。結果、フーカさんは地獄に落ち、そして私の友人のもとで働く所から記憶が始まっています」

フェンリッヒ「あいつが前に使えていた悪魔……たしか名前は魔神エトナか」

フロン「ええ、彼の下からフーカさんを連れ出してくれたことは偶然でしたが、それでもエトナさんがフーカさんと出会わなければ……。本当に、エトナさんには感謝が付きませんね」

ですが、とフロンの顔は再び険しいものへと変わる。


フロン「ブルカノはヴァルバトーゼさんのもとで少しずつ力を増して行くフーカさんを見て、より興味を深めたようですね。そして先の改革では、ついにあなたたちは魔界政腐を打ち破り、実質、この魔界の支配者となりました。その功績に大きく関わったフーカさんは、彼の望む通りに成長したのでしょう。そして、先日彼はその封印を解いたのです」

そこでアルティナは昨日のフーカの様子がいつもと違っていたことを思い出した。まるで何かに怯えたような、そんな表情を浮かべていた。気付けなかった自分に、アルティナは唇を噛んだ。

フロン「フーカさんの記憶は少しずつ蘇り始め、そして、彼の姿を目の当たりにすることで、完全にその鎖は砕けてしまいました。全ては、彼の目論み通りに」

眠るフーカの元へ歩き、その頬をフロンがそっと撫でる。

フロン「『忘れてしまいたい』と、潜在的に、それでも強くフーカさんは望んだでしょう。その思いが、現実と悪夢の境界線を揺らがせ、フーカさんの記憶を少しずつ壊して行ったのです。……何も、無かったことにするために」

エミーゼル「じゃ、じゃあ、フーカの記憶が無くなって行くのは、ブルカノじゃなくて、フーカ自身がそうしているってことか!?」

フロン「本人に自覚は無いでしょう。けれど、人と言うものは、時に無意識に望んだことを、本人の意思なく身体が実行してしまうものなのです。けれど、フーカさんの場合は、これが最悪の結果を招いてしまいます」

フロンの言葉に、アルティナが口を抑えた。その青ざめた顔が、皆の不安を一層煽る。


フロン「フーカさんは、魂に肉体を与えられた存在です。けれど、その魂と仮初めの肉体を繋ぎ止めているものはなんでしょうか? ――そう、彼女の記憶なのです」

フェンリッヒ「な、馬鹿……な」

ヴァルバトーゼ「なら、フーカの存在が消えると言うのは……」

フロン「ええ、彼女が全ての記憶を消し去ってしまう時、それが、彼女の消滅の時です」

残酷なる一言が、この部屋に響く。『忘れる』こと。それは時に人を進ませ、生きる希望を与える、いわば防御機構のようなものだ。
だが、その行為が今、フーカの存在の灯火を儚く消そうとしているとは。


デスコ「……何か、何か方法は無いのデスか……?」


全員が沈黙した、重苦しい雰囲気の中、そう言ったのはデスコだった。
薄く開いた目で、フロンにそう弱々しく尋ねる。

アルティナ「デ、デスコさん、身体は大丈夫なのですか?」

デスコ「デスコは何ともないデス。けど、お姉様が消えてしまってどういうことなんデスか? ……お姉様は、全部、忘れてしまいたいって思ってるんデスか?」

フロン「……それがフーカさんの総意ではないでしょう。けれど、彼の残した傷跡はそれほどまでに深いのです」


改めて、これが何と残酷なことかとヴァルバトーゼたちは思った。
フーカがその傷を忘れてしまいたいと思うことは、自分たちと、そして何より妹であるデスコとの絆の記憶よりも深いと言うことなのだ。
そのことが、デスコの胸にどれほどの痛みをもたらしているのだろう。

ヒーラー「フロン様、ですがフーカさんの存在を繋ぎ止める方法はあるのでしょう? このままで、と言うならば」

ヒーラーの言葉に、全員の視線が再びフロンに集まった。

フロン「……ええ、彼女の存在を繋ぎ止める方法なら。けれど、フーカさんが無意識に自身の存在を棄却してしまうまでのリミットは残り一日ほど。その時間までに、遂行するのは酷く難しいことでしょう」

ヴァルバトーゼ「教えてくれ、天使フロン」

ヴァルバトーゼが、その凛とした瞳をフロンに合わせた。

ヴァルバトーゼ「いくら難しくとも、可能なのだろう。ならば、俺たちに選ぶ道は無い」


フロン「……昔、私の好きな人が、おかしなことになっちゃったことがあったんです」

突然フロンは、懐かしむような表情で、少し楽しげな表情でそう話し始めた。

ヴァルバトーゼ「……? 何の話だ?」

フロン「幼児退行って言うんでしょうか? もう赤ん坊みたいになっちゃって。そのままでも可愛かったんですけど、やっぱり元に戻さなくちゃって色々方法を探している時に、ある方法を見つけたんです。それは、魔王の血を元に薬を作ることでした」

ヒーラー「魔王の血……」

フロン「ええ、その後に知ったことですが、魔王の血、もとい同等の――もしくはそれに近い魔力を持つ者の血と言うのは、様々な儀式、薬に使えるものだそうです」


アルティナ「で、では、その方法を言うのは……」

フロン「ええ、強大な魔王の血を集め、フーカさんの存在を繋ぎ止める儀式を行うことです」

エミーゼル「おい今、『集める』と言ったよな。それってどのくらいなんだよ」

一つや二つならば、この魔界で足りるだろう。しかしフロンから放たれた言葉は、その様な考えをあっさりと切り捨てるものだった。

フロン「私の見積もりでは、十五の血が必要でしょう」

エミーゼル「十……五……? ちょ、ちょっと待てよ! いくらなんでもそんなに多くの魔王の血なんか――」

フェンリッヒ「いや、可能だ」

真っ先に言ったのはフェンリッヒだった。その瞳には確かな光が宿っている。フロンもその表情に、ほんの少し笑みを浮かべた。


フェンリッヒ「閣下!」

ヴァルバトーゼ「ああ、分かっている、急ぐぞ、お前たち!」

エミーゼル「い、急ぐってどこに――」

現状が掴めないエミーゼルに、アルティナが微笑みかける。

アルティナ「エミーゼルさん、今まで私たちが出会った人たちを忘れたんですか?」

あっ、とエミーゼルが言った後ろで、デスコがヴァルバトーゼに頭を下げた。

デスコ「ヴァルっちさん、お願いデス。今度は、デスコも連れて行って欲しいデス」

そんなデスコに、ヴァルバトーゼは頭を軽く叩き言った。

ヴァルバトーゼ「ラスボスを目指すものがそう簡単に頭を下げるな。お前の血も使うことになるかもしれんのだぞ」

デスコ「……はいデス!」

フェンリッヒ「閣下、では私は時空の渡し人に話をしに行って参ります」

フェンリッヒがそう足早に部屋を出て、エミーゼルもそれに続く。

アルティナ「では、私たちも行きましょうか」

ヴァルバトーゼ「ああ、時間も少ない。天使フロン、感謝するぞ」

フロン「あなたたちなら……きっとそうなると思いました。難しい、と言いましたが、きっと成し遂げられると思います。全ての血が集まったら、再びこの場へ。私が、その儀式を執り行います」

ヴァルバトーゼ「分かった。それまで、悪いがヒーラーと共にフーカを頼む」

フロン「……ええ、任せて下さい」

そして二人も部屋から出て行く。残ったデスコに、ヒーラーが首を傾げた。

ヒーラー「デスコさん、あなたも行くのでは?」

デスコ「……すみません、天使長さん……じゃなくて今は大天使さんだったデスね。大天使さんに、訊きたいことがあるんデス」

フロン「……何でしょう」

その瞳は、互いにとても哀しげなものだった。そして、互いの言うことが分かるように。

デスコ「フロンさん、おねえさまの存在を繋ぎ止めるって言ったデスよね。でもそれって、おねえさまの記憶はどうなるんデスか?」

その質問に、フロンは天を仰ぐ。そして短い沈黙の後に、デスコに向かい、静かに言った。

その真実に、デスコがどれだけ胸を引き裂かれるか、知った上で、フロンはその事実をデスコに伝えた。

フロン「もう一つ、……私は告白しなければなりません。私の罪を、フーカさんの妹であるあなたには」


そうして、フロンの口から、この悲劇の始まりが語られる。

今回はここまでです。
続きはまた明日(今日)更新予定です。

少しですが、更新します。


◆   ◆   ◆

……何から話しましょうか。そうですね、まずは私の思想から聞いてもらえますか?

その昔、私は当時の大天使であったラミントン様の命で、こことは別の魔界を治める魔王、クリチェフスコイの暗殺に向かいました。

けれど、私がその魔界に赴いた時には、すでにその魔王は亡くなっていて、お城に居たのは、その魔王の息子さんでした。

出会いは最悪と言って良かったですね。お互いの言っていることも通じないし、おまけにその息子――ラハールさんは、誰よりもワガママでオレ様至上主義でしたから。

私が愛って言うたびに、彼はそんなものは存在しないなんて言ってくるんですよね。だから、私決めたんです。

悪魔の中にも、愛はあるのか見極める為に、彼と行動を共にしようって。

……どうだったかですか? ええ、私の思った通りでした。


彼は、私の大切なものが無くなった時に、燃え盛る溶岩の中に身を投げてそれを見つけてくれました。

反逆した手下を庇った、その息子を見て、見逃したこともあります。

そして何より、一度存在を消された私のために、自分の身を散らしてまで、私を取り戻そうとしてくれたこともありました。

悪魔の中にも愛はある――薄らと私の中にあったものが、その時はっきりと形を持ちました。

魔王である彼が、愛を持つ存在であるならば、全ての悪魔もまた同様に愛を持つものだと。

……嬉しくて、舞い上がりました。それから私は一度堕天使として転生し、悪魔の皆さんに更に愛を深める行動をして来たんです。

愛にも、それは様々な形があります。純粋に向かう一途な愛もあれば、彼のようにはっきりと言葉に出せない不器用な愛もある。

けれど、存在はする、それが分かった時には本当に喜びました。


そうして、長い時を、魔界で彼と共に過ごし――私の贖罪は終わりを迎えました。


天使長の座に付いてから、時程無くしてアルティナちゃんの魂と出会いました。

ホントはいけないんですけどね。あまりにも、あの子の考え方が、昔の私にそっくりでしたから、無理を言って天使に転生させたんです。

彼女もまた、私の考えを受け入れ、そして大きく私に賛同してくれました。

嬉しかったです。

私の考えって、結構、同僚には疎まれるものでしたから。

一人でも共感し、賛同してくれる人が居ると、凄く、凄く嬉しいんですよね。

……だから、調子に乗ったのかもしれません。

かつて、私がどうしても、最後まで自分の思想を信じてくれなかった人に、もう一度、話を聞いて欲しいと思ったんです。

これでも、天使の中でも最底辺の位置に存在する天使見習いから、大天使の次位である天使長の一人になることが出来ましたから。

自分でも、成長しているつもりではありました。あの頃とは違うと思っていたんです。


私は、独断で『彼』に掛けられた無限の封印を解きました。

その昔、ラミントン様に裁かれた彼は、時空の彼方へ消え去ったとお伽噺には描かれています。

けれど、実際は違いました。

天界の奥、小さなアクロポリス。その手前に、無数のユイエの花の中に一輪咲くチョコレートローズ。それが、彼の悪役の姿でした。

幾千の時を誰と会話をすることも出来ず、枯れることも無く、朽ち果てることも無く。

ただ、彼はそこに『居る』。

それが、ラミントン様が彼に与えた罰です。


……ええ、とても、とても残酷だと思います。

私は、何よりも心を壊すことは孤独なのだと思います。独りであることは寂しいのです。

そんな彼に対し、哀れみも持っていたのでしょうね。

贖罪の意思を感じ取っているのなら、再び天使として一から彼に、天使としてあるべきものを見直してもらおうと思いました。


ですが、結果はあなたの知っての通りです。

封印を解かれた瞬間、彼は死にものぐるいで天界から逃れました。

けれど、私はそれでも構わないとも思いました。彼が天界を忌み嫌い、悪魔として生きるのであれば、それが彼の選んだ道ですから。

暫くの間、私は静観することに決めました。


……ええ、責めてくれてかまいません、そんな私の浅はかな考えが、フーカさんを傷つけることになったのですから。

私と、私の部下たちがどんなに手を尽くしても、天界からブルカノを見つけ出すことは出来ませんでした。

だからこそ、一番の心配であったフーカさんがあなたたちの仲間になった時には、心底安心したものです。

本当はエトナさんに事情を話して、私の元へ送られる筈だったのですが、その前にフーカさんが彼女のもとから離れてしまいましたから。

……いいえ、本当はヴァルバトーゼさんの元からも、すぐに連れ出そうと思いました。

けれど、彼らと行動を共にする、何よりも、デスコさん、あなたと一緒に居る時のフーカさんが、何より楽しそうに見えたのです。


だから、そのまま放っておいたと? ……そうですね、それもあります。

笑顔で居るフーカさんに、私の心は酷く揺れました。



――何故ならそれは、私の描いたシナリオには存在しないものだったからです。

今回はここまでです。
続きはまた明日更新予定です。

作者さんいるかな

SS速報VIP復活したんですね! 明日から再び投下します。
>>184
気にしてくれる人が居ることが凄く嬉しいです…!

投下します。まだ見てくれている人いるのかな…。


◆   ◆   ◆

エミーゼル「デスコ、どうした、顔色が悪いぞ?」

デスコ「……ッ! いえ、大丈夫デス。急ぎましょうデス」

フェンリッヒを戦闘に、ヴァルバトーゼ一行は時空の渡し人のゲート前に集まっていた。その一番後ろに立つデスコの表情は、大丈夫とは言ったものの、やはり暗く硬い。フーカを救う為の重要な出陣であるにも関わらず、その様子はどこか危なげにも見える。

エミーゼル「おい、デスコ、お前やっぱり休んでた方がいいんじゃないか? お前だってフーカの傍に居た方がーー」

デスコ「大丈夫デス。今度こそ、おねえさまは、デスコが、自分で助けてあげたいんデス……」

エミーゼル「そ、そっか。でも、あんま無理すんなよ? これから行こうとしているところは、生半可な力じゃ太刀打ち出来ない奴等が居る所なんだからさ」

デスコ「ええ、分かってるデス……」

デスコの耳には、エミーゼルの言葉もあまり届いては居なかった。頭の中ではただフロンとの会話が反響する。

どこで物語はこのように歪曲してしまったのだろう。ただ自分は、皆と、姉と、楽しく過ごしていたかっただけなのに。
けれど、もう後戻りの出来る道などない。進む道もまた一つしかない。どのような道を辿っても、行き着く先が悲劇であると言うのならば――

デスコ「デスコは、おねえさまが笑っていれば、それでいいのデス。……たとえ、その隣に居るのが、デスコじゃない誰かでも」

空間が曲がり、時空の扉が開かれる。五人の身体が、その向こうへと消えた。


◆   ◆   ◆

ヒーラー「フロン様……。もう、あれ以外方法は無いのですか?」

眠るフーカの頬を、慈愛の表情で撫でるフロンに、ヒーラーが尋ねる。彼女の耳には、まだデスコの絶望の声が痛々しく響いていた。

ヒーラー「ええ、これが唯一にして、最善の策。そして、私が最初から考えていたものです」

ヒーラー「フーカさんの記憶を、この世界に来る前のもの――つまり、『死の瞬間』以降の記憶を全て消し、『生前の風祭フーカさん』へと戻す。それが、あなたの考えていたシナリオですか……」

フロン「ええ、彼女が消してしまいたいと思っているものを、こちらで全て消してしまえば、それで解決です。けれど、記憶の消去と言うものは、簡単に出来るものではありません。ましてや、一部の記憶だけを完全に消し去ることなど。けれど」
 
フーカの髪をそっと掻き上げ、ヒーラーに目を向けた。

フロン「この子は一度死んでいます。現世と冥界における肉体の線引きがはっきりとされている。生前に培われたものと、死後に培われたもの。この二つは繋がっているようですが、そこには1と0の超えられない線が存在する。
    ……私にとっては、非常に都合がよかったです。フーカさんが生者であったならば、全ての記憶を壊さなければいけなかったでしょう。けれど、この子が死者であるからこそ、その間の記憶だけを消し去ることが出来る」

ヒーラー「ですが……それでは」

フロン「ええ、勿論、この世界で体験した記憶は全て――つまり、デスコさんは勿論、皆さんのことも、全て忘れてしまいます。先程、デスコさんに言ったように」

ヒーラー「…………」

まるで何事も無いように、フロンは言い切った。その言葉が、どれだけデスコの心を切り裂くか知っていながら、それでもフロンは伝えたのだ。
けれど、ヒーラーは、その様に、怒りでは無く哀しみを覚えた。

感情無く本人は言っているつもりなのかもしれない。けれど、その微笑を浮かべた瞳は昏く、目の下に見える僅かな隈。僧侶であるヒーラーには、その姿が見えている訳ではない。けれど、その言葉を口にすることが、どれだけフロンの心を壊したのか、それはありありと感じることが出来た。
そして、それを分かったからこそ、デスコもまた、彼女の言葉に身を裂かれながらも、その言葉を受け止めていたのだろう。

ヒーラー「……フロン様、何故、あなたはそこまで自分一人で抱え込もうとするのですか?」

ヒーラーの言葉に、フロンは目を瞑って首を振った。

フロン「……抱え込めてなんかいません。今私は、自分のエゴの為に、沢山の人を巻き込んで、物語を悲劇にしてしまった。これはもう、変えようの無い事実です」

フロンが右手をふわりと上げる。その掌の中に、美しく輝く虹色の珠が浮かんだ。

フロン「これが、その証です」

ぎゅっ、とフロンがその手を握り、光が消える。変えようの無い事実、それは、還らない命のこと。彼女の手の中に握られた、天使兵たちの魂の欠片が、何よりそれを物語っている。

フロン「私は、悲しみは上書き出来ると思ってました。フーカさんがどれだけ酷い目にあっても、私は最後に、ブルカノを制して、フーカさんの記憶を魂の根幹から消してしまえば、それで済むものと思っていたんです。……今思えば、なんて短絡的で、自分勝手なものでしょうね。けれど、それが最善だと思っていました。過ぎた時は戻ることは無く、フーカさんが穢された事実もまた消えることは無い。けれど、上書きは出来る」

ヒーラー「……あなたには、その力があるから、ですか」

その質問に、フロンは笑顔で返す。

フロン「『生者の記憶』の消去はたしかに困難です。一歩間違えれば、廃人にしてしまう危険もある。けれど、『死者』を相手であれば、大天使である私には、そう難しいものではありません」

笑って、そう言ったフロンに、しかしヒーラーは違和感を覚えた。

ヒーラー「……では、では何故ヴァルバトーゼ様たちにあんなことを? 何故、魔王の血を集めるなどと――」

そこでヒーラーは気付いた。否、気付いてしまった。

ヒーラー「まさか、フロン様、あなたは……」

フロン「本来、この子は地獄に堕ちるべき存在では無かった。いえ、命を落とす存在でもなかった筈です。もしその命を掬い上げられるとしたら……。それが、私が、この子に出来る、唯一の贖罪になるのでしょう」


ヒーラー「……それで、喜ぶ人がいると思っているのですか?」

僅かな沈黙を挟み、思った時には、既に口にしていた。フロンが、その言葉に傷つかぬ訳がないだろうに。
ほんの一瞬、フロンの身体が震える。しかし、晴れやかな笑顔を向けて、首を振った。

フロン「ごめんなさい、全部、忘れて下さい。あなたが十字架を背負う必要はありません」

ヒーラー「……何故、あなたはそうも――」

言葉は途中で途切れた。僧侶としての道を歩み始めたときから、自分の目を開いたことは一度として無い。けれど、それでも、眼前に佇む彼女の身体を包む哀しさは、もうずっと、痛い程に感じている。

ヒーラー「あなたの姿は……世界中の哀しみをその背に負っているかのようです」

フロンが立ち上がり、ヒーラーの頭を撫でる。

フロン「同じようなことを、側近の天使兵の方にも言われたことがあります。けれど、私はそこまで強くありません。私の手は小さく、そこで受け止めることの出来る哀しみも、憎しみも、ごく僅かなのです。出来ることなら、私は全てを受け止め、そして背負いたい」

ヒーラー「けれど、そうなっても、あなたはただ、黙って笑うだけなのですね……」

フロン「それが、大天使として、私に与えられた使命ですから」


静かな部屋の中、ヒーラーの嗚咽が微かに聞こえた。

今回はここまでです。
続きはまた明日に更新予定です。

見てますよ

>>194
あああありがとうございます! 嬉しいです。
次レスより更新再開します。遅くなって申し訳ないです

◆   ◆   ◆

エミーゼル「ここは……――っ!」
 
エミーゼルが言いかけた時、一筋の風塵がまった。視界が暗いのは、この魔界の時間が夜だからだろう。
その中で、橙色の朧げな光が無数に見える。それと同時にその光を放つ造形物の輪郭が、はっきりと見えて来た。
歪な塔がいくつも連なった、まさに悪魔らしいと言える造形の城。

フェンリッヒ「あれが魔王城です。この魔界を支配している悪魔の名は――」

フェンリッヒの言葉に、ヴァルバトーゼが軽く頷く。

フェンリッヒ「一度勝った相手とは言え、ここは奴のホームグラウンド。手下も多く居ることでしょう。用心して行きましょう」

ヴァルバトーゼ「ああ、しかし悠長に行く時間も無い。急ぐぞ」

ヴァルバトーゼが言い、全員が唇を結び頷く。

巨大な魔王城の麓に、五人の影が飛び込んだ。


アルティナ「これは……」

エミーゼル「え、なんだこれ……」

フェンリッヒ「まさか……罠なのか? いやしかし……」

デスコ「みんな、倒れているデスね」

ヴァルバトーゼ「むう……」

五人がそのような反応をしたのも無理は無い。魔王城に潜入した時から違和感を感じていた。見張りもおらず、衛兵一人として見かけない。
侵入が察知されているのかと警戒しつつ歩みを進めたが、いっこうに魔王城側に動きが見られなかったのだ。

そして通りがかった広間でこの様を見て、言葉を失くした。

魔王城の手下であろうプリニーたちが、皆眠りについていた。いや、それは眠りにつくと言う上品な言い方より、『酒をかっくらって寝ている」と表現する方が正しいだろう。
広間からはプリニーたちが呑み散らかしたであろう酒瓶が無数に転がっていた。


アルティナ「なんでしょう、今日は宴会でもあったんでしょうか?」

エミーゼル「いや、それにしたってこの様はどうも……」

ヴァルバトーゼ「……許せんな」

フェンリッヒ「閣下?」

ヴァルバトーゼ「誰だ! このプリニーを教育した者は! 使えるべき主の城で警備もろくにこなさず酒を呑んで寝ているとは! プリニー教育係として、俺はこんなプリニーが存在することが恥ずかしいぞ!」

デスコ「こ、こんな時でもヴァルっちさんはブレないデスね……」

アルティナ「ま、まあここは好都合と見るべきでしょう。早く玉座の間に行って目的を済ませましょうよ」

ヴァルバトーゼ「くっ……! いいか、魔王城のプリニー共! 全てのことが終わったら必ず再教育してやるからな! 覚悟しろ!」

プリニー「うう……ん……? な、なんだか寒気がするっす……むにゃ」

 「で、目的ってなんのことー?」

 「!」

突然聞こえた声に、全員が振り返る。

フェンリッヒ「馬鹿なッ……! ここまで接近するまで気配を感じさせないとは……!」

ヴァルバトーゼ「流石は魔王の腹心と言った所だな、魔神エトナ」

エトナ「あ、なんだバレてたんだ、流石殿下やアタシにまぐれとは言え勝っただけはあるねー」

暗闇の中から、赤毛の少女、魔神エトナが姿を見せた。


魔王ラハールの腹心であり、この魔界に置ける、実質的なNo.2。魔神を名乗っては居るが、その魔力は、魔王の持つそれに間違いなく匹敵する。
その力は、先に起きた『異常事態』に、ヴァルバトーゼたちも十分に味わっていた。

エトナ「で、何か用? そのサマだと、こっちに暑中見舞いを申し上げに来たって訳でもないでしょ?」

軽い口調に不敵な笑みを浮かべてはいるものの、その目は笑っていない。確実に向こうも警戒を含んでいることは、背に隠し持っている槍からも感じ取れていたが――

ヴァルバトーゼ「…………」

エトナ「……ま、無闇に他所の魔界にまで戦争しかけてくる奴じゃないわよね、アンタらは」

そう言って背に持った武器を下げた。

エトナ「大方、そこに居ないプリニーもどきの子絡みでしょ? 来なさいよ、殿下に用があるってんなら、玉座の間まで案内するからさ」

そう言い、背を向けて歩き出すエトナに、エミーゼルが慌てて続く。

エミーゼル「お、おお、何か前にあった時より物わかりが言いっていうか、意外に親切だな」

アルティナ「み、皆さん、早く行きましょう」

フェンリッヒ「……閣下、罠と言うことも――」

ヴァルバトーゼ「行くぞ。俺は信じる。仮にも、あの大天使の友人だ」

フェンリッヒ「……はっ、すべては、我が主のために……」

デスコ「ええ、行きましょうデス。どのみち、進まなければおねえさまは助けられないデス」


エトナ「殿下ー、起きてますか殿ー下ー?」

 玉座のまでエトナが緊張感の無い声で言う。しかし返事は無く、エトナは軽くため息をついた。

エトナ「ったくあのジャリガキ、魔王たるもの、早寝早起きはしないとか言ってる癖に、もうとっくに寝てんじゃない。あ、ちょっと待っててね、殿下起こしてくるから――」

そう言い、右手に持った紅い槍をくるくると回しながら、エトナの姿が玉座の間の奥にある扉へ消えた。
そして、

エトナ「起きろってんでしょがこのクソガキャ――――――ッ!」

ありとあらゆる兵器が奏でる破壊音が魔王城に響き渡った。

エミーゼル「お、おい、あいつ何してんだよ!?」

デスコ「寝込みを襲おうとしてるんデスか、流石は悪魔デスね」

アルティナ「って言ってる場合じゃありませんよ! もしその魔王さんが死んでしまったら――」

「うるさ――――――――いッ! このオレ様を誰だと思ってるかあッ!」

爆音と共に、奥の扉から棺桶の蓋が飛んで来た。

エミーゼル「うわっ、あぶなっ!」

すんでの所でエミーゼルがそれをよけ、壁に叩き付けられた棺桶の蓋が豪快な音を生み出した。続いて小走りでエトナが部屋から出て来て、ヴァルバトーゼたちの後ろに素早く身を隠した。

そして最後に出て来たのは、

「エトナ――――ッ! またお前かッ!」


青い二本の触覚、小柄な身体に赤いマフラー。――この魔界の支配者、魔王ラハールの姿がそこにあった。

ラハール「お前は毎回毎回、このオレ様を殺す気かッ!」

エトナ「人聞きが悪いですね、殿下。殿下の強靭な肉体なら、こんな攻撃なんともないはずでしょう? 事実傷一つ無い! 流石殿下!」

ラハール「む、ま、まあな。たしかにオレ様ともなればこのようなオモチャの攻撃など取るに値しないが、そう褒めるな」

エトナ「アホは扱い易くていいわー……」

ぼそっ、と呟いたエトナの言葉に、エミーゼルとアルティナは思わず苦笑いを浮かべた。

ラハール「む、お前らは確か、別魔界の……ヴァルバトーゼか」

そこでようやくヴァルバトーゼたちの姿を認識したラハールが、不敵に笑い、二本の触覚をぴんと伸ばした。

ヴァルバトーゼ「久しいな、魔王ラハール。挨拶も無く押し掛けるようで悪いが」

ラハール「フン、悪魔にそのようなものは無用だ。襲うなら寝込みでもなんでもいつでも構わぬ。オレ様は堂々と受けて立ってやる!」

ヴァルバトーゼ「流石だな、だが、生憎俺たちがここへ来たのは戦争の為ではない」

ラハールが訝しげに眉をひそめる。

ラハール「ではなんだ? 支配者と支配者が顔を合わせる時は、戦争が起こる時だけだろう」

アルティナ「いえ、平和の調印式などもあると思うのですが……」

エトナ「ったく、殿下鈍いですねー。なーんか今日のこの人たち、人数が足りないとか思わないんですかー?」

ラハール「む……そう言えばあのプリニー娘がおらんな」

ヴァルバトーゼ「ああそうだ。フーカの為、お前の血が欲しい」

ラハール「オレ様の血だと?」

そこでエトナがああ、と手を叩く。

エトナ「にゃーるほどねー。昔フロンちゃんと同じようなことした記憶があったわ。殿下が幼児化しちゃって……」

ラハール「オレ様が何だって?」

エトナ「や、なんでもないです、ハイ」

エトナ(流石にこれをきかせたら、殿下この世界を滅ぼすかもしれないしね。黙っとくのが一番だわ)


フェンリッヒ「時間が無いため簡潔に説明する。俺たちの仲間の小娘が、今非常に危険な状態にある。その治療をするために、『魔王の血』が必要なのだ」

ラハール「なるほどな、それでオレ様の下にやってきたわけか。……ククク、ハァーッハッハッハッハッ!」

デスコ「何がおかしいんデスか!」

掴み掛かったデスコを、ヴァルバトーゼが制止する。

デスコ「……ッ! ヴァルっちさん!」

ヴァルバトーゼ「魔王ラハール、事態は一刻を争うのだ。お前の血を譲って欲しい」

ラハール「別魔界の支配者ともあろうものが、小娘一人のためにご苦労なことだな、実に笑わせてくれる!」

フェンリッヒ「貴様、閣下に無礼な口を!」

ヴァルバトーゼ「……元より素直に渡してくれることは期待していない。悪魔なら、やはり正面から奪うだけだな」

ヴァルバトーゼが構え、それに倣い、他の四人も戦闘態勢に入った。

デスコ「おねえさまはデスコが助けるデス……!」

エミーゼル「ぼ、ボクだって少しは強くなったんだ!」

フェンリッヒ「我が主の道を阻むのであれば、何者であろうと倒す」

アルティナ「フーカさんのためです。お許し下さい、フロン様……!」

祈るような表情を浮かべたアルティナの言葉に、ぴくり、とラハールの表情が一瞬変わる。

ラハール(フロン――……)

視線を真っ直ぐヴァルバトーゼに向け、ラハールが挑発的な笑みを向ける。

ラハール「……言っておくが、以前のようなオレ様ではないぞ? 魔力も格段に上がっている。それでもオレ様と正面から挑むつもりか?」

ヴァルバトーゼ「ああ」

僅かにも視線を逸らさず、答えたヴァルバトーゼに、ラハールが黙る。

ラハール「仲間の為にか?」

ヴァルバトーゼ「そうだ。俺たちはフーカの為に、今ここに立っている」

ラハール「…………」

エトナ「……殿下ー?」

ラハール「……やめだ」

フェンリッヒ「何?」

姿勢を崩し、明らかにやる気を失くした素振りをラハールが見せつける。戸惑う五人の後ろで、エトナ一人が、やっぱりね、と小さく呟いた。

フェンリッヒ「貴様、馬鹿にしているのか!」

ラハール「フン、人間の小娘一人の為に奔走する奴など、支配者どころか悪魔として失格だ。そんな奴は、オレ様と戦う資格すらないわ」

そして腰元に差した魔王剣を、自分の手首に突き立てた。

エミーゼル「なっ! 何して――」

赤い血が腕を伝い、地面に流れて行く。ラハールが黙ってその手をヴァルバトーゼに突き出した。

ラハール「持って行け、オレ様もいつまでもお前たちのような奴等と関わっているほどヒマでは無い。必要な量を集めたらとっと帰れ」

ヴァルバトーゼ「…………」

僅かな沈黙の後、

ヴァルバトーゼ「すまん、感謝する」

そうヴァルバトーゼが頭を下げた。

ラハール「悪魔に感謝など無用だ。さっさと持って行け」

ヴァルバトーゼ「ああ、アルティナ、小瓶を」

アルティナ「は、はい」

ヴァルバトーゼの声に我に返ったアルティナが、慌てて用意しておいた小瓶の蓋を開け、その中にラハールの血を注いで行く。

アルティナ「……この位あれば、十分かと」

ラハール「なんだ、以外に少ないな」

アルティナ「ご協力、感謝します」

アルティナがヒールの呪文を唱え、ラハールの手首の傷を塞いだ。

ラハール「エトナ、お前もだ」

エトナ「あ、やっぱりあたしもやるんですね」

ラハールの言葉に、アルティナが目をしばたく。

アルティナ「な、何故他の血も必要だと?」

ラハール「決まっている。『魔王の血』が必要なのであれば、お前らの中の誰かの血でまかなえる。にも関わらず、わざわざ別魔界まで来ると言うことは、必要な数が一つや二つでは無いと言うことだろう」

エトナ「うわ、殿下が賢いとか、明日は雪と嵐とマグマと槍が群れをなしてふってきますねー!」

ラハール「馬鹿にしてるのか貴様!」

エトナ「あーもー冗談ですよっ、と」

そしてエトナもラハールと同じように、自分の手首を切り、アルティナに向けた。

エトナ「はい、こっちも取るんでしょ?」

アルティナ「……ありがとうございます」

エトナ「いいのよ、あたしも、間接的にとは言え、あの子を追いつめた原因なわけだし……」

エトナ(こんなことで、罪滅ぼしになるとは思えないけどさ……やっぱ悪魔だよね、あたし)

アルティナ「今、何か?」

エトナ「んーん、何でもないよー」




エトナ「んじゃ、治ったらあの子にもよろしくねー」

ラハール「フン、もう少し悪魔らしくなったら、その時は手を合わせてやる!」

ヴァルバトーゼ「ああ、感謝する、魔王ラハール、魔神エトナ!」

五人の後ろに、時空の扉が開く。

フェンリッヒ「渡し人がゲートを開いてくれたようです。次の目的地へ直接繋がっています」

ヴァルバトーゼ「ああ、分かった」

ゲートの向こう側へ全員の身体が消える直前、デスコが振り返り、大きく頭を下げた。
時空の穴が少しずつ小さくなり、やがて消えた。辺に闇が戻った時には、もうヴァルバトーゼたちの姿は見えなくなっていた。

静かになった魔王城で、エトナが頭の後ろに手を回して大きく伸びをする。

エトナ「やーれやれ、殿下も丸くなりましたねー」

楽しそうに言うエトナに、ラハールが顔を赤くさせて手を振る。

ラハール「ばっ、馬鹿者! あんな悪魔失格のやつと戦うだけ無駄だと思っただけだ! 成長したと言え! 成長したと!」

エトナ「はーいはい。分かってますって」

ラハール「……ところで、なぜお前がオレ様を起こす時に、あんな騒音がしたと言うのに、誰一人としてここに来ないのだ?」

エトナ「あー、プリニーたちならまた酒かっくらって寝てますから」

ラハール「…………」

エトナ「……アハっ☆」

ラハール「全員叩き起こせ―――――ッ!」


魔王城に、静かな夜は訪れない。

今回はここまでです。
やっとラハールとエトナも出せた…。
続きはまた明日(日付的には今日)の夜に更新予定です。

乙でした
ロザリーとかマオとか出てくるのかな

>>207
ありがとうございます!
流れ的にも分かってしまうと思いますが……今回も別魔界の魔王が出てきます。

次レスより更新再開します。

デスコ「……さっきとは打って変わってのどかな所デスね」

視界が開けて開口一番、デスコが目を擦りながら言った。

五人は開けた野原に居た。視界は明るい。青い空には太陽が高く昇っていて、小鳥のさえずりさえも聞こえる。平和と言う言葉が非常に似合う場所だった。

エミーゼル「これが魔界? こんな場所もあるんだなあ……」

アルティナ「素敵ですね、気候も暖かく、心地いいです」

そう手を叩いたアルティナの服を、デスコが、掴んだ。その視線はただ景色を見つめていて、アルティナは一瞬言葉を失ったが、

アルティナ「……是非、フーカさんが回復したら、みんなでピクニックにでもしましょうか」

デスコ「そう……デスね。そう……したいデスね」

笑いかけたアルティナに、デスコは精一杯、胸の奥の衝動を堪えて微笑み返した。


ヴァルバトーゼ「フェンリッヒ、ここはどこなのだ?」

フェンリッヒ「ここはヴェルダイムと言う辺境の魔界です。十数年前にこの地に降り立った魔王神ゼノンを名乗るものが一時支配していたらしいですが、その魔王も倒され、今は魔王が侵略する以前と同じ自然を取り戻しているとか」

ヴァルバトーゼ「ヴェルダイムと言うと……確かアクターレの故郷では無かったか?」

エミーゼル「あ、そう言えばアイツよく弟の話とかしてたな。そっか、ここか……。ふん、悪い所じゃないな」

ヴァルバトーゼ「まあ悪魔の俺に似合う景色でもない。事をすませて、とっとと次の場所へ向かうぞ」

フェンリッヒ「はっ、こちらです」



アルティナ「ところで、このような平和な場所に魔王なんているのですか? 先程言っていた魔王神ゼノン……と言うお方も倒されているのでしょう?」
 
首を傾げたアルティナに、フェンリッヒがいや、と首を振る。

フェンリッヒ「正しくは、『魔王神ゼノンを名乗っていた』名もなき魔王だ。俺たちがこれから向かう場所に、『本物の』魔王神ゼノンが居る」

アルティナ「ええっ! ほ、本物? と言うより、そんな魔王が居るのにどうしてここまで平和なんで――」

フェンリッヒ「見れば分かる、着いたぞ」

エミーゼル「え? ここが魔王神ゼノンの住処?」

エミーゼルが驚いたのも無理は無い。その建物は、魔王が住むと言うような城でもなければ、豪邸ですらなかった。そこにあったのは、少し大きめではあったが、どこにでもあるようなごく普通の民家だったからだ。

「こんな所に住む魔王がいるのかよ」
 
そうぼやいたエミーゼルに、フェンリッヒが意地の悪い笑みを浮かべて言った。

フェンリッヒ「そうだな、お前はここの魔王には会いたくはないかもしれないな」

エミーゼル「は、それどういう意味――」

言いかけた時、民家の扉が開いた。

「早くしろ、もう昼過ぎじゃ、このままでは『ぴくにっく』で昼食と言うものが取れなくなるであろう!」

「身支度に1時間も掛けてたのはお前じゃねえか!」

エミーゼル「うっ、この声は……!」

「馬鹿者! 女子と言うものは身支度に時間を掛けるものなのじゃ! それに……折角アデルと二人きりで出かけるのだから、万全の余を見てもらいたいのじゃ……」

「……馬鹿だな、お前はそんなことしなくたって、俺にとっちゃいつでも万全に可愛すぎる相手だぜ、ロザリー」

「くっ……バカアデルめ、そんなことをさらりと言いおって。でも……そんなところも余は……」

ヴァルバトーゼ「ふむ、悪いがこれ以上は待っていられないので、話をさせてもらっていいか?」

ロザリンド「えっ……」

アデル「なっ……」

デスコ「うわぁ、ヴァルっちさん、流石なのデス……」

アルティナ「懐かしのKYって言葉が浮かびましたよ?」

アデル・ロザリンド「な――――――っ!?」

ヴァルバトーゼ「いやしかし相変わらずお前達は仲が言いな。今日もこうして――む、どうした?」

ロザリンド「~~~~~ッ! 殺す! 殺す! 消し飛ばしてやるのじゃ!」

フェンリッヒ「か、閣下、一旦退避を! 凄まじい魔力です!」

アデル「よっ、よせロザリーッ!」


アデル「落ち着いたか?」

ロザリンド「うう……アデルの前であんな姿を見せてしまうとは、自制の効かない自分が情けない……」

アデル「気にすんなよロザリー、そんなお前も俺は大好きなんだからさ」

ロザリンド「あ、アデルっ……」


放っておけば、このような会話を延々繰り返しているバカップル――もとい、ロザリンドとアデルは、このヴェルダイムの地を救った勇者でもある。
この地の時間から十数年前――突如現れた『偽物の』魔王神ゼノンが、住民を悪魔に変え支配していた現状を打破するため、魔王討伐の冒険に出たのがこの赤髪の青年アデル。
そして、その過程、召喚師であったアデルの母が、アデルと魔王神ゼノンを戦わせるため、『アデルの名において魔王ゼノンを召喚する』と言うもとに召喚された者が、魔王神ゼノンの一人娘を名乗るこの金髪の少女であった。
ロザリンドと言う名を持ち、アデルからはロザリーと言う愛称で呼ばれてはいるが、その正体は真の魔王神ゼノンである。
記憶と共に魔王神たる名に相応しい力を取り戻したが、今はアデルとの平和な生活を望んでいるため、その正体を表に出さずに暮らしている。
ヴァルバトーゼたちとの出会いは、互いの為に、金銭を工面しようとした二人が、職を探しにヴァルバトーゼたちの魔界にやって来た所に由来するのだが――。

ヴァルバトーゼ「しかしお前達、家を買える程十分な金が貯まったのではないのか? だからこそ我が党を離れたのだろう」

アデル「そ、そのつもりだったんだけどな。なんていうか、こうしてロザリーとはいつでも一緒に居られるんだし、家族と離れるのも寂しい気持ちはあるしな。だから家を離れるのはもう少ししてからにしようと思ったんだ」

ロザリンド「堅実に貯金と言うやつじゃ!」

アルティナ「互いに支え合って生きる……。素晴らしい夫婦ですわ」

ロザリンド「だ、だから夫婦じゃないと言っておろう!」

エミーゼル「もうそこまでいったら否定することに意味なんか無いんじゃ……。うっ、甘ったるすぎて吐き気がしてきた……」

アデル「それより久しぶりだな! こっちに遊びに来たのか?」

アデルの言葉に、五人の顔が僅かに暗くなる。

アデル「あ……悪い、そうじゃないみたいだな。……もしかして、今日居ない、あのプリニーみたいな服来てた女の子が関係しているのか?」

ロザリンド「……どうやらそのようじゃの」

ヴァルバトーゼ「ああ、単刀直入に言う。フーカを助ける為に、『魔王神ゼノン』である、お前の血を譲って欲しい」

アデル「……ッ、お、おいお前! なんでそれを――」

フェンリッヒ「全魔界中継されていた映像を俺が見つけたからな」

さらりといったフェンリッヒの言葉に、ロザリンドの顔が今度こそ火が出るように赤くなった。


ロザリンド「ああああああの映像がまだ残っていたのかあ! アクターレの奴めええええっ!」

アルティナ「ああ、なんか過去のトラウマを抉ってしまったようですわ……」

ヴァルバトーゼ「悪いが、こちらとしては真剣な話だ。あまり猶予はない。一刻も早く魔王クラスの血を集め、フーカの為に治療の儀式をしなくてはいけないのだ」
 
その言葉に、ロザリンドの顔から火照りが消え、真剣な表情となる。

ロザリンド「……ふむ、よい目じゃ。余とアデルを受け入れてくれた時も、そのように真っ直ぐな瞳で見てくれたな。……アデル、野草を狩るためのナイフを持っていただろう、貸してくれ」

アデル「あ、ああ」
 
アデルから小さなナイフを受け取ると、ロザリンドが躊躇い無く、自分の手首を軽く切った。

ロザリンド「元よりそなたらには世話になったからな。これくらいお安い御用じゃ」

ヴァルバトーゼ「……すまない、感謝する」
 
ヴァルバトーゼが頭を下げ、アルティナが小瓶の中にその血を注いで行った。

ロザリンド「それと……」
 
ロザリンドが悪戯っぽい笑みを浮かべ、アデルに渡されたナイフを投げ返した。

アデル「うわっ、危ねえな」

ロザリンド「アデル、お主もじゃ。余に劣るとは言え、そなたもまた魔王に匹敵する力は持っておろう」

アルティナ「え、しかし儀式に人間の血は――」

ロザリンド「問題ない、こやつも悪魔じゃ」

 
ロザリンドの発言に目を丸くしたのはエミーゼルだ。

エミーゼル「ええっ! だってこいつデビルバスターやってたんじゃないのかよ!」

ロザリンド「何を驚いておる。そなたらとて戦争が起こったら問答無用で同族をばったばったとなぎ倒すであろう。まったくこれだからボンボンは……」

エミーゼル「~~ッ! やっぱりボク、こいつ嫌いだ!」

アデル「あーなんか悪いな。……じゃあ俺も、よっと。ほら、好きなだけ持ってきな」

アルティナ「ええ、ありがとうございます」


アデル「もう行くのか?」

ヴァルバトーゼ「ああ、あまり時間はないのでな。それに、これ以上お前たちの邪魔をするのも悪い」

ロザリンド「なっ……余たちは別に……いや、気を使ってもらってすまない」

アデル「おい、ヴァルバトーゼ、『約束』しろよ。あのフーカって子。絶対に助けろよな!」

時空ゲートを背に、ヴァルバトーゼが振り向き笑う。


ヴァルバトーゼ「当たり前だ、だが、お前とも『約束』しよう」

アデル「ああ、そしたらまた『六人』でここに遊びに来いよ! ホルルト村は良いとこだぜ!」

ロザリンド「うむ、その時は手厚い歓迎をしようぞ!」

ヴァルバトーゼ「ああ、さらばだ!」
 
時空ゲートの穴が塞がり、切り取られた空間は消え、再び小鳥のさえずりが聞こえ始めた。

ロザリンド「行ってしもうたな……」

アデル「まあ、またすぐ会えんだろ、アイツが『約束』したんだ。あの女の子だってすぐによくなるさ」

ロザリンド「……そうじゃな! では、余たちはぴくにっくとやらに行くとするかの!」

アデル「……馬鹿だな、ロザリー」

ロザリンド「な、なんじゃ、いきなり!」

アデル「これは『ピクニック』じゃなくて、『デート』って言うんだぜ」

 
穏やかな風が吹き、小鳥たちがさえずる地――ヴェルダイム。その中で、軽い爆発音が、可愛らしく響く。
ホルルト村は、今日も平和であった。

今回はここまでです。
ロザリーとアデルも出すことが出来た!

今更ですが、このSSは4の時間軸をもとにしていますが、それに加えて発売されている漫画・小説・ドラマCDなどの設定を参考にしているため、所々ゲーム本編のものと矛盾している部分があると思います。

続きはまた明日更新予定です。

更新再開します。遅くなって申し訳ありません。

◆   ◆   ◆

アルティナ「快く血を譲ってくれて良かったですね」

フェンリッヒ「まあ奴は安全牌だと思っていたからな。それに、アデルの方からも血を確保出来たのは大きい。数は多いに超したことは無い」

エミーゼル「これで四つか……。今度はどこなんだ?」
 
五人が歩いていたのは暗闇の中だ。人の気配は多く感じるが、視界が悪い。

フェンリッヒ「時空ゲートの照準が若干ずれていたようだな。しかし間もなく着く」

エミーゼル「――これは……!」

フェンリッヒ「これが三番目の目的地、『魔立邪悪学園』だ」
 
五人の眼前にはどこまでも、おどろおどろしい外見の学び舎の壁が続いていた。

 
魔立邪悪学園――そこは数多に存在する魔界の中でも、一際稀な魔界。魔界全体を学び舎とし、校舎は半永久的に増改築を繰り返している。 
この世界では、学び舎の頂点に立つ理事長を魔王とし、上級の悪魔を教え手――即ち『凶師』とする。

一般的に見て、善となる行為は悪魔にとっての悪であり、一般的な悪が悪魔にとっての善ではあるが、ここではそれが他の魔界に比べ、顕著に見える世界でもある。


アルティナ「魔立邪悪学園? とするとここは……」

デスコ「も、もしかしてあの……」

「ハァハァ……、つ、ついに我に改造されることを望みに――」

アルティナ「せぇえいっ!」

「ぐぼぁっ!?」
 
変態的なセリフを言い終わる前に、声の主は振り向きざま、アルティナの拳を正面から受けた。後方に数メートル吹き飛び、その身体が校舎の壁に叩き付けられる。

フェンリッヒ「おい、天使、いいのか?」
 
フェンリッヒが冷たい目をアルティナに向け、

ヴァルバトーゼ「ふむ、セリフを待たずして裏拳とは、お前も大分魔界に染まって来たようだな」
 
ヴァルバトーゼが関心した声を出した。

アルティナ「……はっ! つ、つい身体が拒否反応を……! ち、違います、身体が勝手に動いたんです!」

エミーゼル「それ、通り魔の供述みたいだぞ……」

「くぅ、わ、我はこんな所で諦めんぞ……。き、貴重な実験サンプルを目の前にして……」

デスコ「ひいいっ、起き上がったデス!」

アルティナ「こ、この声やはり……デスコさん! 私の後ろに隠れていて下さい!」


きっ、と起き上がる悪魔をアルティナが睨みつける。なおもこちらへ向かって来ようとする素振りを見せる相手に、アルティナは一瞬のうちに『アルテミスの矢』を構え、相手の胸に狙いを定めた。

アルティナ「こ、これ以上デスコさんに近づいて来るようであれば、容赦なく撃ちますよ!」

「その力……! そうか、お前は確か天使だったな! ハァハァ……、お、お前もサンプルに出来れば……」

アルティナ「ひいいいいいい! ま、マジで撃ちますよ! 脅しじゃありませんよ! ホントに一歩でも動いたら撃ちますからね!?」
 
涙目で叫ぶアルティナに、しかし相手はより興奮を覚えたように口からとめどなく涎を垂らした。

「貴重な……」

アルティナ「ひい!」

「素材を前にして……」

デスコ「あああああアルティナさん、怖いデス!」

「臆するなどで……」

アルティナ「かんっぜんに撃ちます!」

「研究者が務まるかあっ―――――――ぐげぇ!」

アルティナ・デスコ「!?」
 
二人に飛びかかった相手の上に、小さな影が落ちて来た。

「相変わらずだね。でも、魔立邪悪学園一の不良として、理事長の変態行為を見逃す訳にはいかないよ、マオ!」

マオ「ぐ……おのれ、またしても我の邪魔をするか、ベリルめ……」

フェンリッヒ「やれやれ、探すつもりが、向こうから出向いてくれたようですね、閣下」


そうフェンリッヒに呆れた目で見られた小柄の変態――もといマオは、ここ魔立邪悪学園の理事長、即ちこの魔界の魔王である。
元魔立邪悪学園理事長である父を持つ、魔王の息子的存在であったが、とある事件をきっかけに父と対立、魔王を倒す研究を始めた。
その後魔界に降り立った勇者アルマースを初めとする仲間と共に、魔立邪悪学園の裏で暗躍していた超勇者オーラムを下し、名実ともにこの魔界の魔王――つまりは魔立邪悪学園理事長の座を手にしたのだが――。

ラズベリル「トップがこれじゃあ、この魔界の行く末が心配だよホント」
 
そうマオの頭を両足で踏みつけながら言ったのは、マオの元級友である悪魔ラズベリルだ。
無遅刻無欠席、予習復習は当たり前の、自他共に認めるこの学校一の不良である。マオが理事長となった今も、彼の行動を逐一見張っては不良として制裁を加えているとの噂があるが……。

マオ「くっ……! いいからそこをどくのだベリル! 我にはあの二人を改造すると言う偉大な使命が――」

ラズベリル「まあだ、そんなこと言ってんのかい、嫌がる女の子を襲うなんて、サイテーの行為だよ」

ヴァルバトーゼ「ふむ、それには同意見だな」

エミーゼル「いくら悪魔でもないよねー……」

フェンリッヒ「全くだ、と言うより同じ悪魔と思われたくないな」

デスコ「とんでもない変態さんなのデス!」

アルティナ「近づいたら容赦しません!」

マオ「我の存在全否定か!? ……くっ、それでも我は諦めんぞ! 特に、貴様らの中でも、貴重なサンプルである三体は……む?」
 
そこでマオが起き上がり、五人を見渡す。


マオ「あの珍しい服を着ていた女はどうした? あの女も貴様らの中で改造したいランキングNo.3だったのだが」

デスコ「……ッ!」

ラズベリル「ありゃま、ほんとだ、あのフーカって子がいないね。……もしかしてアンタらがここに来たのも、もしかしてそれが原因かい?」

アルティナ「ええ、実は――」


ラズベリル「そうかい、そんなことが……」

マオ「フン、あまり面白い話ではないな、我ならもっと上手くやるぞ」

ラズベリル「マオ、言葉を選びな! デスコの気持ちが分からないのかい!」
 
マオがちらりとデスコに視線を向けると、慌ててデスコはアルティナの背に隠れた。アルティナもまたデスコを守るように、デスコの背に手を回す。

マオ「ふむ、まあ話は分かった。要するに貴様らはあの女を助ける為に、我の血が欲しいと言うことだな?」

ヴァルバトーゼ「そうだ、フーカの存在を繋ぎ止めるためにはそれしかない。頼む、血を譲ってくれ」
 
ほんの少し、考えるような素振りを見せた後、マオが意地悪くヴァルバトーゼに笑いかけた。

マオ「くれと言われて素直に渡すような悪魔はおるまい、何かを得ようとするならば、それなりの代価は必要であろう?」

ラズベリル「マオ! あんた何を言ってんだい! フーカって子は一刻を争うんだよ!? 素直に血くらいやればいだろう!」

マオ「ベリル、お前は黙っていろ」

ラズベリル「……ッ!」
 
魔王に相応しい眼光で射抜かれ、さしものラズベリルも声を失った。その行動からは想像は出来ないが、マオもまた内に強大な魔力を秘めた魔王の一人なのだ。


ヴァルバトーゼ「……確かにお前の言う通りだ。何も為さずして得られるものなどない。何が望みだ」

マオ「そうだな、悪魔らしく等価交換を要求するのであれば、やはりそいつ」
 
デスコの身体がびくりと震える。

マオ「デスコを我のもとに貰おうか」

アルティナ「なっ……馬鹿なことを言わないで下さい! デスコさんは私たちの仲間です、そんなことが許される訳無いでしょう!」

マオ「外野は黙っていろ。デスコに決めさせてやる。お前が我のもとへ来るなら、我の血を好きなだけやろう」

デスコ「デ、デスコは……デスコは……」
 
頭の中で、デスコを守るため、マオを地獄の彼方へ飛ばしたフーカの言葉が思い浮かぶ。

 ――アタシのカワイイ妹に何すんのよ!

 ――大丈夫よ、何度来たって、アタシが守ってあげるから。

いつも守りたいと思っていた姉は、いつの間にか自分を守ってくれるようになっていた。けれどその姉は今ここにはおらず、存在の消滅の合間を彷徨っている。
手を伸ばせば、救えるのだ。何より、フーカの存在を救った所で――。

デスコ「分かったデス、デスコ、マオさんの所に行くデス」

アルティナ「なっ……正気ですか、デスコさん!?」


エミーゼル「や、やめとけよデスコ! 何されるか分かんないぞ、下手したら、最悪何も分かんないくらい改造されて――フーカだって絶対に怒るぞ!」

デスコ「それも……いいかもしれないデス」

その時には、フーカは何も覚えてはいないのだ。グロテスクな化け物の妹など、初めから居ないほうがいいだろう。
もし、マオに改造されて、フーカへの想いも何も感じることが無くなってくれれば、それは好都合なのかもしれない。
 
小さく呟いたデスコの声は、誰の耳にも届かなかった。

デスコ「じゃあ、取引成立デスね。マオさんの血は貰うデスよ」

マオ「ああ、そうだな……」

アルティナ「デスコさん、駄目――」
 
差し出されたデスコの手に、マオが注射器を突き刺した。そして、

デスコ「……なにやってるデスか?」

マオ「無論、血液採取だが?」
 
その場に居た、マオ以外の全員の口があんぐりと開く。


アルティナ「え、あなたはデスコさんを自分もものにしようとしたんじゃ……」

マオ「ああ、だからしっかりと、デスコの血を我のものとさせて貰ったぞ。等価交換と言っただろう」

アルティナ「そ、そんな……」

マオ「ハァハァ……この血をもとに研究と実験だ……。うっ、想像しただけで涎が……!」

エミーゼル「全く、救いようの無い変態だな。ある意味尊敬するよ」

アルティナ「……では、こちらも血を貰いま――……やっぱりエミーゼルさんお願いします」

エミーゼル「なんでボク!?」

アルティナ「出来ればあの方に近づきたくないので」

ラズベリル「やれやれ……まったく、アンタってやつは」
 
呆れたように言ったが、マオを見つめるラズベリルの口元は、僅かに誇らしく笑っていた。



アルティナ「では、私たちはここで失礼しますね」

ラズベリル「おお、今度はフーカも連れて遊びに来なよ! アタイらが手取り足取りきちっと案内してやるからさ!」

マオ「うむ、次はこの血の実験を基に必ず改造してやるからな、楽しみにしていろ!」

アルティナ「絶対にさせませんからね! ……全く、失礼します」

時空ゲートの穴が塞がり、空間がもとに戻る。再び当りには騒がしさが訪れた。

ラズベリル「マオ、あんた、わざとだろ?」

マオ「なんのことだ?」

ラズベリル「とぼけんなよ、普段のアンタなら、血だけなんてみみっちいこと言わずに、全身まるごと要求しただろう。等価交換なんてカッコつけやがって」

マオ「フン、それはお前が研究者と言うものを分かってないだけだ」

ラズベリル「ま、そういうことにしといてあげるよ」

マオ「さて、我は早速研究を――」

ラズベリル「おっとさせないよ。まず理事長の職務を果たして貰わなくっちゃあね」

マオ「ベリル……貴様、我を阻もうと言うのか?」

ラズベリル「不良として、職務怠慢を見逃すわけにはいかないんでね!」

マオ「よかろう! そこまで言うなら、我はお前を倒して行く!」

ラズベリル「上等だよ! 校内一の不良を舐めんなよぉ――――っ!」


魔立邪悪学園は、今日も騒動に満ち溢れていた。

今回はここまでです。
魔王巡りの旅もあと二回……だと思います。
続きはまた明日(日付的には今日)更新予定です。

乙デス

>>230
ありがとうございます!

すみません、本日は忙しいため、更新出来ません。
明日の昼から夜に更新出来ると思います。

次レスより更新再開します。

◆ ◆ ◆

フェンリッヒ「次の目的地で、ほぼ全ての血を揃えられると思います」

時空ゲートを抜けた先で、フェンリッヒが言った言葉にエミーゼルが目を丸くする。現状で集まった血は合計で5。フェンリッヒやヴァルバトーゼの血を使うことになっても、まだ7つしか無い。この魔界にはそれほど魔王が居ると言うことなのだろうか。

エミーゼル「な、なんかここからでも、凄いプレッシャーを感じるんだけど」
 
藍色の岩石に囲まれた、草木の生えぬ荒野。薄暗い世界の中で、一つの巨大な城が見えた。

フェンリッヒ「あれが、四つ目の目的地、魔王の住む城です」
 
フェンリッヒの言葉に、ヴァルバトーゼはほんの少し、牙を出して笑った。

「よくぞ来たな、暴君ヴァルバトーゼとその仲間たちよ」

城の前にはすでに一人の魔王が立っていた。長身に、背まで届く燃えるような赤い髪。凍てつくような鋭い眼光は、あらゆるものを射抜くようだ。
かつて、ヴァルバトーゼと戦い、互角の勝負を繰り広げた宇宙最強魔王――

ヴァルバトーゼ「久しぶりだな、ゼタ」

ゼタ「ああ、待っていたぞ、ヴァルバトーゼ」

ゼタの姿がそこにあった。


宇宙最強魔王ゼタ――この魔界の時間軸から数年前に、とある者から自身の魔界崩壊の予言を受け、その阻止に全知全能の書を求め動いた魔王。
結果として魔界は崩壊し、自身は肉体を失い本の姿になってしまったのだが、それは過去の話。
今は自らの肉体を完全に取り戻し、かつての宇宙最強魔王の座に返り咲いている。

ヴァルバトーゼ「よく俺たちがここに来ることが分かったな」

ゼタ「何、予言を受けてな」

ヴァルバトーゼ「予言?」

ゼタ「そうだ、この魔界には全知全能の書と言うものが存在する。我はその書に予言を受けたのだ。近々、我が生涯唯一認めしライバル、ヴァルバトーゼがやってくるとな」

フェンリッヒ「この魔界にはそのようなものが……? 後で調べてみる必要があるな」

呟いたフェンリッヒの言葉をデスコが聞いた。一瞬俯いたが、今はまだと一人首を振った。

ゼタ「さあ、再び始めよう、第二界、宇宙最強魔王決定戦をな!」

そうゼタが高らかに言うと同時に、城の中から三つの影が飛んで来た。

「出番だね、ゼタ」

「微力ながら、支援します!」

「面白そうな話だしね」

そう言いゼタの横に降り立った三人の魔王――、背徳者サロメ、魔王ペタ、そして予言者プラム。


数多の魔界が密接に結びつくこの魔界では、他の魔界と異なり、多くの魔王が密集している形になり、群雄割拠している。
その中でも背徳者サロメ、予言者プラムは、魔王ゼタの魔界と特に近い魔界に拠点を持ち、支配している魔王である。
一方魔王ペタは、未来から父の助力にやってきた、魔王ゼタの娘である。見知らぬ娘がゼタの子を自称した時は、サロメの精神が崩壊しかけたと言う話だが、それはまた別の話。
今は誤解も解け――というより未来のゼタとの間に生まれた娘と言うことを知り、彼女の精神は幸福の絶頂にあるだろう。

ヴァルバトーゼ「ほう、お前の方にも仲間か」

ゼタ「そうだ、前回は貴様の持つ、仲間との絆の力に我は破れた。だが、今回は我も一人ではない。我が仲間と、貴様の仲間、互いの力をぶつけようではないか!」

プラム「ま、私はゼタの仲間になったつもりはないんだけど、短い付き合いじゃないしね」

サロメ「二度もゼタに膝を付けさせる訳にはいかないよ。今度は通るが私たちが勝つ」

ペタ「お父様の為です、お世話になった身ですが、容赦は致しません!」

プラム、サロメ、ペタ、そしてゼタの身体から凄まじいオーラが放たれる。大地は怯えるように振動し、天空では暗雲が渦巻き始めた。


ゼタ「さあ、始めるぞ!」

フェンリッヒ「くっ、話をする暇も無い! 閣下、ここは迎え撃つしかありません。戦いの中で奴等の血を奪いましょう!」

ヴァルバトーゼ「……仕方ない、あまり時間を掛けたくないが――」

デスコ「駄目デス!」

凄まじい波動が揺れ動く中、デスコの声が響いた。

デスコ「やめて下さい、ゼタさん! デスコ達には、そんな時間は無いんデス!」

ゼタ「時間だと?」

そこでゼタは一行の中に、以前戦った時には居た少女が一人欠けていることに気付いた。未だ自分たちを前に魔力を解放してすらいなかったことに違和感を覚えては居たが、まさか――。

ゼタの身体からオーラの波が消える。

サロメ「ゼタ? どうしたの?」

ゼタが戦闘態勢を解除したのを見て、他の三人も構えを崩す。

ゼタ「おい、ヴァルバトーゼ。あの小娘はどうしたのだ?」

ヴァルバトーゼ「……フーカは――」


プラム「へえ、そうだったの。いつも一緒にいるのに、不思議には思っていたけど」

人差し指を唇に当て、妖艶な仕草でプラムが言う。その横でペタが顎に手をやり、何か考えるような素振りを見せた。


ヴァルバトーゼ「頼む、フーカを救える方法はそれしかない。お前たちの血を譲ってくれ」

ゼタ「……フン、悪魔ならば頭を下げるような真似はよせ。なにより、お前は我が認めた唯一のライバルなのだ」

ヴァルバトーゼ「ゼタ……」

そして自分の手首を持っていた大剣で裂き、ヴァルバトーゼに突き出した。

ゼタ「持って行け、血などいくらでもくれてやる」

ヴァルバトーゼ「……! すまん!」

ゼタ「構わぬ、だが、一つ『約束』しろ」

ヴァルバトーゼ「……?」

ゼタ「その小娘が完治した時には、必ず貴様ら『六人』と、我と我の仲間と共に戦ってもらうぞ」

ヴァルバトーゼ「ああ、『約束』しよう」

プラム「まったく、素直じゃないわね、相変わらず」

ペタ「さすがお父様、器の大きさも宇宙一です」

ゼタ「フハハハハッ! そうとも、我こそは宇宙最強、魔王ゼタだ!」

サロメ「ふふっ、随分丸くなったものね。じゃあ、私たちもゼタに倣ったほうがよさそうだね」

そして次々に血を用意するサロメたちに、デスコの目が潤む。

デスコ「……ありがとう、ありがとうございますデス……!」

けれど、その涙がどのような感情によるものなのか、それを知るものは誰一人としていない。



エミーゼル「これで9……。あとは6つか」

エミーゼルがそう呟いた時、辺に雷鳴が響いた。一筋の雷光が大地に激突し、辺に粉塵が舞う。

砂煙の中に、一人の影が見えた。

エミーゼル「な、なんだぁ!?」

「フフッ、なんだか賑やかじゃねーか。まあいい、今日こそは決着を付けさせて貰うぞ、ぜ――ごほおっ!?」

完全に言い終わるよりも前に、現れた人物はゼタの強烈な拳を喰らい吹き飛んだ。ぴくぴくと痙攣するその男の頭を掴んで、ヴァルバトーゼの方に突き出す。

ゼタ「ちょうどよかった、腐ってもコイツも魔王の一人だ。血を持って行け」

エミーゼル「うわぁ……。あんな扱いされたらボクだったら泣くな」

そう言い捨てられたのは、破壊神アレクサンダー。雷を操る、強力な魔力を持つ魔王の一人で、ゼタのライバルを自称している猪突猛進な青年。
じつに四桁もの戦争と五桁もの刺客を送り込んで入るが、未だ正式に決着は着かず、度々ゼタに勝負を挑んで来る。

プラム「アレク、あなたも少し学びなさいよ」

アレクサンダー「くうっ、お、俺様は諦めねえぞ……。ゼタを宇宙最強魔王の座から引き摺り下ろすまではなあ……」

アルティナ「な、なんだかよく分かりませんが、折角なので血は頂いておきますね」



エミーゼル「じゃあ、これで10……。次はどこに行くんだって言うか、あと何カ所回るんだ? 早くしないとフーカが……」

フェンリッヒ「心配するな、次で最後だ」

エミーゼル「え、次で終わりなのか?」

フェンリッヒ「ああ、閣下の威光と統治を完全にさせるため、長年探していたのだが。……まさかこんな形で対峙することになろうとはな」

エミーゼル「……? よく分からないけど、ようやくフーカを助けられるってことだろ?」

フェンリッヒ「……そうだな」

俺たちが生きていればの話だが。

その言葉は、喉の奥に飲み込んだ。そう、これから対峙する相手は、今までのように、会話の成り立つ相手ではない。

仲間の内、全員を生還させることが、出来るのかも分からない。

しかしそれでも――。

フェンリッヒ「閣下なら、否、俺たちなら成し遂げられる筈だ」

そしてフェンリッヒが顔を上げる。五人の前に時空ゲートが開かれた。

デスコ「次で、最後。そう、デスね……。もうすぐ、終わりなんデスね。大丈夫デスおねえさま、デスコは、自分の命に代えても、おねえさまを助けるデス……」

デスコの虚ろな呟きは、ヴァルバトーゼだけが聞いていた。デスコから視線をゼタに写し、その瞳を合わせた。


ヴァルバトーゼ「……世話になったな。再戦は必ずする」

ゼタ「ああ、我もその時まで、無敗をここに『約束』しよう」

アレクサンダー「くっ……その『約束』、絶対に破らせてやるからな、覚悟しろよ!」

サロメ「じゃあ、短い間だったけど、あなたたちに会えてよかったよ。ゼタの成長も間近に感じることが出来た」

プラム「そうね、中々面白い見せ物だったわ」

ペタ「――では、みなさん、どうかお気をつけて」

アルティナ「ありがとうございました!」

アルティナが最後に頭を下げ、時空ゲートの扉が閉じる。再び世界に静寂が訪れた――と思われたが、

アレクサンダー「さて、邪魔者も居なくなったことだし、早速決着をつけさせてもらうぜ、ゼタ!」

サロメ「あれがあなたの言っていたヴァルバトーゼか。言っていた通り、不思議な悪魔だね」


ゼタ「そうだな、まったく変な奴だ。……それより」

アレクサンダー「……あれ、おい、ゼーター?」

ペタ「? なんですか、お父様、ペタの腕に何かついていますか?」

ゼタ「ペタよ、腕に痛みはないのか? しっかり傷は塞がっておるのか?」

アレクサンダー「おい、こっちこっちゼター?」

ペタ「え、な、なんのことですか?」

ゼタ「さっき血を渡す為に腕を切っていただろう! もう一度よく見たほうがいい! ヒーラーに――」

娘を抱きかかえ城へと走って行くゼタを、プラムが複雑な面持ちで見つめる。

プラム「……まさかゼタがこうなるとは、私も予言出来なかったわね」

サロメ「嗚呼、私との間に出来た子に多大なる愛情を注ぐゼタ……素敵よ」

アレクサンダー「~~ッ! 俺様を無視すんじゃねえ――――ッ!」


この魔界の騒動も、当分収まりそうに無い。


◆   ◆   ◆

地獄――ヴァルバトーゼの屋敷。フーカを膝の上に抱えていたフロンが、はっと顔を上げた。

ヒーラー「? どうしたました、フロン様?」

フロン「……たしかに、儀式の成功率は、その血の持ち主が強力であればあるほど高まります。……けれど、まさか……」

ヒーラー「フロン様? 一体何を……」

ヒーラーの視線に気付き、慌ててフロンは首を振った。

信じるしか無い。待つしか無いのだ。今自分に出来ることは、五人の勇者の無事を願い、そしてやるべき覚悟を決めるだけ。

フロン「それが、私の最後の仕事になりますからね……」

◆   ◆   ◆

エミーゼル「なんだか、時空ゲートがおかしくないか? いつもならすぐに目的の場所に行けるのに」

エミーゼルがそう言ったのも無理は無い。時空ゲートは対象の座標と、現在地点の間の空間を切り離し、直接A地点からB地点へ移動が出来るものだ。
しかし、今五人は、時空ゲートの中――奇妙にねじ曲がった空間を歩んでいた。解読不能な古代言語が朧げに発光する通路。その道の先は一点の光も宿さぬ闇が口を広げている。

アルティナ「時空ゲートに道が出来るなんて……。まさか、これから向かう先に居る者の影響ですか?」

フェンリッヒ「察しがいいな。そうだ、最後の目的となる奴の場所は、強力な魔力が充満している」

エミーゼル「時空ゲートに干渉を及ばすなんて、そんなことが出来る悪魔が……」

エミーゼルの背筋に震えが走った。しかしその横で、デスコは赤い目を、暗く濁らせている。

デスコ「誰でも関係ないデス。これが終われば、おねえさまを……」

ヴァルバトーゼ「…………」

戦闘を歩いていたヴァルバトーゼが、立ち止まり、四人に振り返った。

ヴァルバトーゼ「皆、ここまでよくやってくれた」

エミーゼル「どうしたんだよ、いきなり」
 


ヴァルバトーゼ「最後の奴は、俺たち全員でも、正直難しい。そして、今までのように、会話の成り立つ相手でもない」

アルティナ「……つまり、最終決戦と言うことですね」

ヴァルバトーゼ「そうだ」

デスコ「……構わないデス、いざとなったら、デスコは刺し違えても、そいつを倒してやるのデス」

吐き捨てるようにデスコがそう言った時、デスコの身体が僅かに後ろに飛んだ。デスコの身に何が起きたのか、デスコを含め、四人は分からなかった。
しばらくして、ヴァルバトーゼの突き出した右腕を見て、彼がデスコを殴り飛ばしたことを理解した。

あまりのことに、本来なら一番に口を出す筈のアルティナですら、言葉を失っていた。決して、仲間には手を出すことのなかったヴァルバトーゼが、デスコを殴り飛ばしたと言う事実に、現状を理解しても、頭がそれに追いつかなかったのだ。

殴られたことを理解したデスコが、目を血走らせてヴァルバトーゼに掴み掛かった。

デスコ「何を……するんデスか!」

牙を剥き出し、怒りを露にするデスコと対称に、ヴァルバトーゼは冷ややかな目でデスコを見下ろす。

ヴァルバトーゼ「何故殴られたのか分からないか?」

デスコ「分からないデス! デスコはただ、おねえさまの為なら、死んでもいいって――そう決意しただけデス!」

そう言い終わると同時に、再びヴァルバトーゼはデスコの身体に拳を入れた。

デスコ「がっ……!」

小さな身体がはね飛ばされ、異空間の床にバウンドする。

ヴァルバトーゼ「デスコよ、お前のそれは決意でもなければ、姉にたいする畏敬でもない。捨て鉢になっているだけだ」

デスコ「……っ、く……」

反論をしようとするが、鳩尾に拳を入れられたせいで、呼吸すらままならない。けれど、誰もデスコに駆け寄ることはしなかった。――否、出来なかった。この場の空気に、エミーゼルもアルティナも、恐怖し、動くことが出来なかったのだ。

ヴァルバトーゼ「デスコ、お前が何を抱えているのかは分からぬ。だが、己の命に代えてもと言う程度の心持ちで行くのであれば、俺はお前をこれ以上連れて行かない。足手まといになるだけだ。大人しく地獄に帰れ」

デスコ「……ッ! な、なん……なんでデスか……」

苦しげに身体を抑えながら言うデスコに、フェンリッヒが静かに言った。

フェンリッヒ「この先に居る魔王は、一人だからだ」

三人には、その言葉の意味が初めは分からなかった。だが、ほんの少しして、アルティナが気付く。続いて、エミーゼルもそのことに気付いた。

デスコ「……?」

フェンリッヒ「分からないか、デスコ。現時点で集まっている血は10。そして、次の奴から血を奪っても11。なら、残り4つの血はどこから出す?」

デスコ「それは……」

そこで、デスコはヴァルバトーゼの言葉を思い出した。ゲートへ向かう前、デスコの頭を叩き言った言葉。

――お前の血も使うかもしれんのだぞ。

フェンリッヒ「そうだ、残り四つの血。それは、閣下、俺、エミーゼル、そして――デスコ、お前の血だ」

デスコ「――!」

エミーゼル「まっ、待って! ぼ、ボクの血も使うのか?」

ヴァルバトーゼ「自身が無いのか?」

エミーゼル「い、いいのか。ボクなんかの血で……」

俯いたエミーゼルに、ヴァルバトーゼははっきりと言った。

ヴァルバトーゼ「ゼタに勝利した時、俺は言った筈だ。父を超え、魔界大統領に相応しき存在だと」

エミーゼル「!」

フェンリッヒを見ると、彼もまたエミーゼルに向き、小さく頷いた。

エミーゼル「そう……だよな。使えよ、いくらでもオレ様の血をフーカにやるさ!」

久しく聞いたエミーゼルのオレ様と言う言葉に、ほんの少し笑い、そして再びデスコに向いた。

ヴァルバトーゼ「分かったか、デスコよ。血はその者が死んでは意味が無い。フーカを助ける為には、俺たちの中の誰一人として、欠けるわけにはいかんのだ」

デスコ「……っ」

ヴァルバトーゼ「それが理解出来ないようなら、お前はただ死ぬだけだ。そうなっては、フーカを、お前の姉を救うことなど出来ぬ。帰れ」

何故、ヴァルバトーゼがデスコを殴ったのか。アルティナとエミーゼルの二人は理解した。平手は無く、拳で殴ったのも、悪魔だからではない。
それは――

デスコ「デスコは……」

エミーゼルに言ったように、かつてゼタに勝利した時、ヴァルバトーゼがデスコに向けた言葉が蘇った。

――どこの世界に出しても、恥ずかしくないラスボス。

けれど、今の自分はどうだろう。姉が遠く離れた存在になることに、自棄になり、自分を消してしまおうとすら思っている、ただのいじけた子供。
ヴァルバトーゼに認めてもらう資格はあるのだろうか。

殴られた頬と鳩尾がじんじんと痛む。けれど、彼は殴ってくれた。生まれて間もない子供だからでも、女だからでも、そんな理由で平手にすることは無く、拳を握り、殴ってくれた。
それは彼が悪魔だからではない。デスコを、自分を、ラスボスとして、自分の仲間として認めているからこその拳だったのだ。
それすらも分からないようでは、もう、ヴァルバトーゼと共に行く資格は確かに無いだろう。

デスコ「おねえさま……」

フーカの顔が頭に浮かぶ。笑った顔。怒った顔。そして、初めて見せてくれた、本当の泣き顔。

忘れたくない、そう慟哭したフーカに――そうだ、自分は言ったではないか。

――決して、自分は忘れないから大丈夫だと。

膝を抱えて、デスコが立ち上がった。その瞳からは暗い感情を消え、確かな決意が宿っていた。それは、さっきまでの捨て鉢な決意などではない。

誰一人欠けること無く、姉を救うと決めた強き意思。

その様に、ヴァルバトーゼはフッ、と腰に手を当て笑みを浮かべた。そして四人に背を向け、足を踏み出す。瞬間――異空間の道はひび割れ、その場にはあらゆる生命体が震え上がるような重圧がのしかかった。
ライラッタの雷が竜のように踊り狂い、嘆きの旋律が鳴り響く。世界を砕き奏でられるその唄は、さながら、偉大なる暴虐(グレートワイルダー)と言った所だろうか。

だが、誰一人として揺るぎはしない。眼前に見える、巨大な影に、五人の視線が向く。

ヴァルバトーゼが高らかに叫ぶ。

ヴァルバトーゼ「行くぞ! あれが最後の敵――超魔王バールだ!」

彼の超魔王が、星をも砕く彷徨を上げる。


全宇宙を揺るがす、史上最大の戦いが、今幕を開けた。

今回はここまでです。
余裕があればまた深夜にあげるかもしれません。

魔王巡りの度も、もうすぐ終わりです。
4のDLCでは可愛く登場したバールさんですが……このSSでは面接に来てないと言うことでお願いします。

遅くなりましたが、次レスより更新再開します。
こんな時間になってしまい申し訳ありません…。


◆   ◆   ◆

彼に、名は無かった。

彼の名を呼ぶものは誰一人としていなかった。
彼の姿を見たものは、一瞬にして灰になり、話を聞いたものも僅かな時に、塵埃と消える。

一つの月が昇るうちに、あらゆる生命は枯れ果てる。

二つの月が昇る夜には、その世界から音が消える。

三日目に、月は昇らない。

空と大地は逆転し、全ての存在は概念となり、その役割を終えるのだ。

彼の世界から、目は消え、耳は消え、声は消え、永劫なる闇が訪れる。

世界を、星を、宇宙を、黒き眠りへ誘う使者。

彼は如何なる存在にも干渉されず、如何なる場所にも干渉する。

彼は滅びることは無い。

その魂は、幾度の死を超えても、決して消えることは無く、次の肉体を求め、必ずこの宇宙に再来する。


彼に意思など無い。
 
彼に目的など無い。
 
彼に理由など無い。

言葉も無く、感情も無く、ただ、そこにある、災厄の形。

未来に、過去に、現在に、あらゆる時間軸空間に彼は存在し、そして必ず破壊をもたらす。


しかしいつからか、彼は自身の存在の意義を考えた。

命を奪い、世界を砕き、何故自分はここにいる?

何故自分は生まれたのか。

生命が生まれるのは、他者に望まれるから生まれるのだ。

だが、誰が自分を望んだと言うのだ。

誰が自分を欲したと言うのだ。


答えを知るにはもう、あまりにも長い月日が立っていた。

彼は宇宙の始まりから存在し、そして宇宙の終わりまで、永遠に生き続けるのだろう。

絶対鳴る破壊者に訪れたのは、限りない虚無と、そして絶望。



そして、いつしか彼は孤独を求めた。

何にも干渉されぬ、自分だけの宇宙を創った。

彼の肉体は永い安寧を、彼の精神は深い眠りを望んだ。

宇宙の終わりまで、その地で眠ることを願い。


そうして、更に長い月日が経った。
 
彼の恐怖は伝説となり、そして神話となり、眠りについた破壊者は、ついにその名を授けられた。


ある時は災い。

ある時は恐怖。

またある時は、神とすら呼ばれた、この大宇宙において、唯一無二の『調停者』。


命を、星を、そして時空すら死へと変える存在――名を、『暴虐の邪神』(バール)と、彼は呼ばれた。


青き筋肉質の身体。巨大な二本の角。闇と同化した漆黒の翼。それが、その邪神のあるべき姿。


だが彼は思う。――まただ。

この孤独な宇宙に、また彼の平穏を妨げる愚者が訪れる。


何故、自分を起こすのか。


彼は許さない。

眠りを妨げる者を、安らぎを妨げる者を。

彼は戦う。

彼がこの宇宙で、唯一欲する、孤独の為に。


◆   ◆   ◆

――咆哮。鼓膜が破けそうな程の鋭く、重い響きに、五人の肺が悲鳴を上げる。

フェンリッヒ「ぐっ……! 声だけで、なんと言う重圧……!」

フェンリッヒが思わず歯を喰い縛る。話には聞いていた。儀式のためには、この魔王の血が必要不可欠と言う話も。
大天使フロンはそう話した。

儚げな笑顔で、かつて一度だけ行われた儀式だと。その儀式を再現する為には、この魔王の血が必要だと。
何故彼女が泣きそうな顔をしていたのか、それは知る由もない。
だが、救う方法がそれしかないのであれば、実行するだけだ。自分に出来ることは、それしかないのだから。

しかし――。

フェンリッヒ「これは、予想以上だな……」

伝説の超魔王。主の支配を絶対のものとするために。
そう思い、調べていただけの存在だった。大げさな言葉で綴られた伝承を前に、フェンリッヒは鼻白んだ。
馬鹿馬鹿しい。こんな悪魔が存在する訳が無い。

所詮、伝説か。そう、思った。

フェンリッヒ「馬鹿は、俺か……」

すべてがリアルだと、今なら理解出来る。それほどまでに、次元の違う存在。


誰一人欠けること無く、フーカのもとへ帰る。

主の絶対の言葉すら、貫き通せる自身は無かった。

フェンリッヒ「――馬鹿か!」

叫び、フェンリッヒが駆ける。

今自分が感じるべき恐怖は、大いなる力に対する恐怖ではない。

仲間が死ぬ恐怖。そして、フーカを救えないと言う恐怖。

しかしその恐怖は同時に、守るべきものがある強さを彼らに与えるのだ。

フェンリッヒ「オオオオッ!」

フェンリッヒの腕が僅かに膨張し、その爪が硬化する。『俊迅強撃』――鋭い斬撃が、バールの身体を一閃した。

エミーゼル「お、オレ様だってやるさ!」

フェンリッヒの攻撃がバールの身体を捉えると同時に、エミーゼルが死神の鎌を構える。

エミーゼル「魂ごと、その身体、裂いてやる!」

握る鎌に宿るのは、命を狩る、死の魔力『ソウルアジェクト』。

アルティナ「限界まで打ち出します!」

その瞬間に、アルティナがかつて無いスピードで『アルテミスの矢』を引く。一本ではない。引いた瞬間に、次の矢を装填し、対象を射抜く。
バールの頭上から、光の矢の豪雨が落ちる。

ヴァルバトーゼ「さあ……処刑の時間だ」

刹那――ヴァルバトーゼが両手を鳴らし、大きく広げる。異空間から無数の赤い槍が伸びる。残虐なる処刑、『カズィクル・ベイ』。

デスコ「――これが、ラスボスの力なのデス!」

そして、ヴァルバトーゼの横で、デスコが咆哮と共に背の触手から破壊光線を飛ばした。

五人の魔力が超魔王の肉体を襲う。凄まじい爆発と共に、そのエネルギーの余波が、五人の身体に飛んだ。

アルティナ「くっ……」

上空を飛んでいたアルティナはその余波を大きく受け、数十メートル打ち上げられたが、数秒後に体制を立て直した。
弓を下ろし、短く息を吐く。
沸き立つ煙の中、沈痛な面持ちで、そのもとに倒れているであろう超魔王に眼差しを向けた。

アルティナ「……ごめんなさい。あなたにとって、私たちは悪逆なる異邦人以外の何者でもないでしょう」

ぎゅっ、と瞳を瞑り、唇を噛んだ。

アルティナ「愛する人のために、他者を傷つけるなんて、皮肉ですね……」

自嘲するような笑みを浮かべたアルティナだったが、その表情は僅かな時に崩れ去った。


アルティナ「……嘘」

そこに見えたのは、無傷と言える、超魔王の姿。その身体は揺るぎなく、仁王の如く両足で一歩もその位置から動いていない。

自分も、そして、ヴァルバトーゼたちも、最大の魔力を込めた筈なのだ。

命を奪う気ですら居た。そうでもしなければ、彼の超魔王を制するに至らないと分かっていたからだ。

だが――これは一体何の冗談だと言うのだろう。

自分たちは、魔界を治めた集団の筈だったではないか。

自分たちに適う者など存在しなかったではないか。

どんな強敵であろうとも――必ず、勝利して来たではないか。

しかしそんな言葉が薄っぺらい嘘のように、今そこに超魔王は微動だにせず君臨している。


悪夢としか思えなかった。そう震えるアルティナに、これは現実だと証明するように――、一振りのグランソードが、彼女の身体を貫いた。

今回はここまでです。
続きはまた明日更新予定です。

次レスより更新再開します。


ヴァルバトーゼ「――アルティナ!」

ヴァルバトーゼがそう叫んだ瞬間、彼の視界の外から強烈な拳が叩き込まれた。ヴァルバトーゼの身の丈はあろうその拳は、彼の身体を易々と吹き飛ばし、この世界の壁へと叩き付けた。

デスコ「ヴァルっちさん!」
 
デスコが気を取られた一瞬、その小さな身体を潰すように、もう片手が振り下ろされた。その影にデスコが気付いた時には、防御を取るにも、回避を取るにも遅すぎた。
 
――おねえさま。

全ての時が、スローモーションに動く中、視界に、フェンリッヒの背が見えた。

フェンリッヒ「がああああっ!」
 
衝撃。フェンリッヒが左手を突き出し、バールの腕を止めていた。二人の魔力が互いに反発しあい、その余波が雷光となり火の粉のように辺に飛び散る。

フェンリッヒ「ぼさっとするな! 忘れたか、一瞬の隙が命取りとなる!」

デスコ「で、でも、ヴァルっちさんが――」
 
フェンリッヒが咆哮を上げ、バールの腕を弾く。たった一回の攻撃を退けただけで、フェンリッヒの額からは汗が流れていた。

フェンリッヒ「閣下の心配など不要だ。お前はただ、自分を守り、姉を助けることを考えていろ」


ヴァルバトーゼ「くっ……中々重い拳だが――アルティナ!」
 
視線の先ではアルティナと、その身体を貫くグランソードが見えた。しかしアルティナは墜落することせず、空中でその姿勢を維持している。

ヴァルバトーゼ「待ってろ、今助けて――」

走りかけたヴァルバトーゼに、アルティナは黙って手を付きだす。来るなと言うように。

ヴァルバトーゼ「……アルティナ?」

絶望に飲み込まれそうになりながらも、しかしアルティナは懸命に自分の意識を保っていた。自分が死んだら――否、死ぬだけならまだいい。もし自分の身体を細切れにでもされてしまった時、今まで、数多の魔王託してくれた希望は全て灰となってしまうのだ。
今になって、フェンリッヒが何故自分に血を持たせていたか分かった気がした。儀式に使われるのは、ヴァルバトーゼ、フェンリッヒ、エミーゼル、そしてデスコ、四人の血。天使である自分の血はその儀式に使うことは出来ず、また自分がそれに値する力を持っているとも思えなかった。

心の奥底で、思っていたのだ。ならば、どうしても、どうしても犠牲が必要な時は自分が――。
他の四人を失っては儀式を行うことが出来ないが、それに必要の無い自分ならば、まだその屍を、礎として築けるのだ。

だが、それは叶わない。何故なら、自分は今、十の血を持つ守護者なのだから。一つでもその血を失ってはならない。死ぬことは許されず、自己犠牲などもってのほか。

――フェンリッヒさん、あなたはやはり優しいですね。優しくて、卑怯です。

アルティナ「こんなことに気付いてしまったら……絶対に、生きて戦うしかないじゃないですか……!」

これが悪夢などと馬鹿らしい。ならばフーカが味わったものは一体何なのだ。たった一人で孤独に戦ったあの少女は――最後の最後まで、妹を助けようと戦っていたではないか!
 
震える手を、胸を貫いたグランソードに回し、勢い良く引き抜いた。大量の鮮血と共に、堪え難い激痛が身体に走る。
しかし意識を失う前に、神業とも言える早さでアルティナは自らにメガヒールをかけた。傷が塞がり、朧げな視界がクリアになる。
視線の先に居たヴァルバトーゼのもとに降り立ち、軽くウインクをした。

アルティナ「これでも私は、あなたの党の一員なのですよ? 気遣いは無用です」

ヴァルバトーゼ「……フッ、俺としたことが、無粋な真似をしたな。――行くぞ!」

アルティナ「はい!」


二人が地面を蹴り、バールに突撃する。ヴァルバトーゼが腕を振り、鋭い長剣を振りかざした。同時にアルティナがブレイブハートの詠唱を唱える。

ヴァルバトーゼ「フェンリッヒ、デスコ、エミーゼル、下がれ!」

次元魔法の文字が円を作り、そしてそれがバールを囲んだ。ヴァルバトーゼの声に気付き、素早く三人がバックステップを踏む。

ヴァルバトーゼ「うおおおおッ!」

魔力を込めたヴァルバトーゼの剣戟を迎え撃つように、バールが右手に巨大なグランソードを握り、切り返す。しかしその腕が空中で止まった。

エミーゼル「そうはさせない!」

エミーゼルが死神の鎌を振り、ギガクールの呪文を唱えていた。凄まじい勢いでバールの半身が氷付けになり、その自由を奪う。
あれだけの攻撃が空振りになった次の瞬間であるにも関わらず、瞬時にヴァルバトーゼの攻撃のサポートに回ったエミーゼルを見て、ヴァルバトーゼは誇らしげな笑みを浮かべた。

エミーゼルの瞳にもまた、諦めの色など浮かんでいない。その瞳は、まさしく未来の魔界大統領に相応しき色を宿していた。

ヴァルバトーゼ「超魔王よ、ここに沈め!」

バールの身体を囲んだ次元魔法が、やがて巨大な光な柱となっていく。その柱ごと、次元ごと、全てを切り裂く究極剣義。

ヴァルバトーゼ「魔陣大次元斬!」
 
魔力を纏う、巨大な剣が光の柱を切り裂いた。轟音と共に、赤黒い血が世界を染める。同時に、超魔王の咆哮が轟いた。

デスコ「やっ、やったデスか!?」

さきほどまでとは明らかに違う。確かな手応え。――しかし、


バール「ooooooOooOooooOOnn!」

エミーゼル「くそおツ! 不死身かよ!」

身体の中心から血を噴き出させながら、それでも超魔王の進撃は止まらない。その身、次元を切り裂かれも尚、決して崩れぬ魔力を纏い。
絶対なる力。破壊のみを繰り返す、理性なき災いの権化。それこそが、超魔王が超魔王たる所以。

嘆きの唄と共に、五人の頭上から無数のグランソードが降り注いだ。

フェンリッヒ「くっ、散れ! 集中砲火に遭うぞ!」

 フェンリッヒのがそう叫んだ瞬間、しかし彼は視界の先に、異様なものを捉えた。

フェンリッヒ「なん……だ、あれは……」

大地より伸びるグランソードの切っ先。そして、強大な魔力を宿したバールの両腕。

フェンリッヒ「まさか……」

フェンリッヒの顔から、血の気が引く。

フェンリッヒ「皆、ここを離れ――」

その声は遅い。

 
かつて彼の前に立つ存在は、その姿を見ると同時に灰となったのだ。

故に、今、ここにこの五人が立っていたことも、奇跡に他ならないのだろう。

そこに、感情など無い。ただ彼が行うのは破壊のみ。


放たれた、無慈悲の殺戮――それ即ち、解析不能の恐怖(『エニグマクライシス』)。

今回はここまでです。
続きはまた明日更新予定です。

すいません、更新は明日の昼から夕方頃に行います。

遅くなりましたが、更新します

 
何が起きたのか。
一瞬の明転。次に暗転。視界を染める色が白一色に塗りつぶされた。それがバールの放った攻撃と言うことを理解することは、その直撃を受けても気付かなかった。
ただ、次の瞬間には、再起不可能なほどの破壊を受けた仲間たちの身体がそこにあった。
 
適わない。自分たちだけでは、確実に。しかし彼を絶望に突き落としたのはそれだけでなかった。
自分に寄り掛かり、生きているのかさえ分からないアルティナ。その身体が、赤い血に染まっている。しかしそれは彼女だけの血ではない。
砕けた瓶。流れる十の血。

アルティナが倒れたことで、瓶に欠けられた結界は儚く崩れ、攻撃の衝撃で全て砕けてしまったのか。
すべて、水の泡だ。再び別魔界へ飛び立つ時間も、力も、無い。何より、今ここから、目の前の超魔王を倒して進むことなど出来るのだろうか。
だが、彼は何より怒りに震えていた。僅かな時間ではあったが、彼の頭の中では激しい爆発が幾度も続いていた。
そして、十数秒の後に、その怒りの一端を、やっと口に出すことが出来た。


ヴァルバトーゼ「――何故、俺を庇った、アルティナッ!」
 
明転の後の暗転。それは自分に覆い被さるように、ヴァルバトーゼを守ろうとしたアルティナの姿。暗転の後には、アルティナの声すら聞こえなかった。ただ、凄まじい衝撃が彼を襲った。
ヴァルバトーゼの身体が、倒れている仲間の中で、一番傷が浅いのは目に見えて分かった。全ての力を込めて、ヴァルバトーゼの身体を自身の魔力で包み込んだのだ。必然――瓶を守っていた結界も、それに準じて保護を失ったと言うことだ。

ヴァルバトーゼ「何故……何故だアルティナ! 言った筈だ! 俺たちは誰一人欠けてはならぬ! 一人が死ねばそこで無に帰ってしまう! 何故命令を無視した!」
 
揺さぶるが、返事は無い。その無言が、ヴァルバトーゼには何より恐ろしかった。

ヴァルバトーゼ「フェンリッヒ、エミーゼル、デスコ――皆、返事をしてくれ……」

そこに響くのは、空しき虚無。

皆動かない。そして自分もまた、かろうじて動けるほどの力しか無かった。

終わりなのか。ここで、終わるのか。フーカを救えず、友を、仲間を、愛する女を、約束を守ることが出来ず、死ぬのか。

 
――否!

悲鳴を上げる身体を動かし、それでもヴァルバトーゼはアルティナを抱きかかえ立ち上がった。
その瞳には、地獄の支配者たる確かな焔が宿っていた。

ヴァルバトーゼ「俺は、『約束』を守る! 全てを賭けて、俺は誓った! それを破るわけにはいかん! 誰一人死なせはせん! 俺が、俺に約束したのだ!」

「――ほう、中々言うではないか。流石腐っても、オレ様に勝った悪魔なだけある」

ヴァルバトーゼ「!」

突然の声に、ヴァルバトーゼが上空を見上げると同時だった。

ラハール「獄炎ナックル!」

 焔を纏ったラハールが、バールの右翼を突き破る。獄炎ナックルが巨大な火柱を作り上げると同時に、その影から無数の青い弾丸が飛び出した。

エトナ「くたばりなー!」

そう楽しげにバールに向かい指差したのは、魔神エトナ。放たれた弾丸と思われたのはよく見ると、なんと数十匹のプリニーだった。

プリニー「ちょ、超魔王にオレらの特攻なんて意味ないッスよエトナ様ーッ!」

エトナ「いいじゃないの、超魔王に特攻したプリニーとして、永遠に歴史に刻まれるよ、アンタたち!」

プリニー「ひいいい~ッス! せめて華々しく散ってやるッス!」

プリニーがぶつかった箇所から、凄まじい爆発が巻き起こる。その威力はとても魔界最低辺に位置する存在から生まれたものとは思えない。

ヴァルバトーゼ「――ラハール、エトナ!」

エトナ「お久しぶりねー、ヴァルバトーゼ。割と苦戦しているみたいじゃない?」

ラハール「フン、オレ様に勝ったくせに、他のものに負けるなど絶対に許さん! とは言え」

ラハールが振り向き、爆煙の中のバールを睨みつける。

ラハール「まさかこのような場所で眠っていたとはな……しかし今度こそ逃がしはせんぞ!」

そんなラハールを、エトナは僅かに誇らしげな様子で見つめ、再びバールに視線を移した。

エトナ(さて、ちょっとはダメージ喰らっているといいんだけど……)

バール「Grrrrrrrrrrrrrr……!」

エトナ「ま、そー簡単には行かないわよね……!」

爆煙の中を、何事も無かったかのように足を進めるバールに、エトナの額から冷や汗が流れた。
バールの腕が、再び魔力を纏い始め、無意識にラハールとエトナは一歩引き、防御を構えた。

「まさか、また……、駄目だ、すぐに離れろッ!」

だがエニグマクライシスを目の当たりにしていない二人には、それが何か分からない。再びこの世界に、破壊の雷が落ちようとした時だった。

アデル「燃ゆる炎、爆ぜる火の粉、火竜の如し――飛翔爆炎脚!」

ロザリンド「撃ち砕け、クレストローザスッ!」

赤い炎を纏う、アデルの一撃必殺の蹴り。そしてその後方より、ロザリンドが、バールの後頭部へ氷結の花を連射した。

ヴァルバトーゼ「アデル、ロザリンド!」

マオ「――超魔王、素晴らしいサンプルだ!」

ラズベリル「不良心得2、母乱帝亜ッ!」

無数のビームがバールの身体を貫き、続きざま、バールの足下を囲むアポカリプスの紋様から火柱が上がる。

ヴァルバトーゼ「マオ、ラズベリルも!」

バール「GuoooooOooOOOooO!」

ラズベリル「チッ、まだぴんぴんしてんのかい!」

マオ「流石は伝説の超魔王と言うワケか……!」

「――ほう、ならば、この宇宙最強魔王親子があいてしてやろう」

ヴァルバトーゼ「!」


ゼタ「ゼタビィィィィィィィム!」

ペタ「ペタビーム!」

振り返ったヴァルバトーゼの脇を通り抜け、二本の赤いビームがバールの胸を貫いた。一拍の後に爆煙が上がり、辺一帯が火の海と化す。

プラム「まだよ! ホワイトレイジッ! 」

サロメ「加勢するよ、ゼタ! ブラックプリズン!」

アレクサンダー「決着に邪魔な野郎は全てぶっとばしてやる! ライジングボルト―――ッ!」


ヴァルバトーゼ「ゼタ、プラム、サロメ、アレクサンダー……」

目を見開いて固まっていたヴァルバトーゼの額を、ラハールがはたく。

ヴァルバトーゼ「なっ!」

ラハール「フン、何を惚けた顔をしている。皆、貴様らの為にわざわざ出向いてやったのだぞ」

ヴァルバトーゼ「皆が、俺たちの為に……?」

プリニー「倒れていた人たちには全員ヒールかけたッスよ!」

エトナ「オッケー、じゃあもうプリニー落としの弾になっていいよー」

プリニー「ひいいいいッス! そ、そんな、俺たち弾にならなくてラッキーと思ってたのに!」

エトナ「うっさいわね、ちゃんと帰ったら魔界病院で再生してあげるわよ。さ、いってこーいッ!」

ヴァルバトーゼ「何故、俺たちの為に来たのだ……?」

エトナ「はあ?」

エトナが振り向いて、ヴァルバトーゼをこれ以上無く奇妙な生き物でも見るように眉をひそめた。

エトナ「アンタねえ、何でって」

ヴァルバトーゼ「これは、俺たちの戦いだ! お前たちが手を出す必要は無い筈だ! なのに……何故……」

強がりではなく、本当に理解出来ていない様子のヴァルバトーゼに、ラハールはため息をついた。そして自分の頭を乱暴にかき乱し、そして言う。

ラハール「……もういい、貴様は言わないと分からんだろうからな。……いいか? 一度しか言わんからな!」

そして息を吸い込み、しかし顔を向けること無く、ラハールはヴァルバトーゼに言った。

ラハール「オレ様たちと、お前らは――『仲間』だからだ」

今回はここまでです。
続きはまた明日更新予定です。

熱い展開だ
ダークヒーローが来なくてよかった

>>277
ありがとうございます!
ダークヒーローは……普通に存在を忘れてましたね。普通にこの場にいたら即死すると想うので出しません。

遅くなりましたが、次レスより更新再開します。


ヴァルバトーゼ「仲……間……」

エトナ「へえー、殿下の口からそんな言葉が出るとは驚きですねー」

にやにやとエトナがラハールに後ろから抱きつき、慌ててラハールは首を振った。

ラハール「ち、違う、そ、そうだ、アレだ! これは『同志』と言う奴だ! バールを倒すための一時的な……その……戦略的なんちゃらというやつだ!」

エトナ「素直じゃないのは相変わらずですねー」

ラハール「うるさい! さっさと奴を倒すぞ!」

そんな風にじゃれあう二人を、ヴァルバトーゼはぼうっと見つめていた。仲間、その言葉が頭に静かに響く。

ゼタ「そういうことだ」

ペタ「皆、あなたの仲間です」

後ろからゼタがヴァルバトーゼの肩を叩き、ペタが静かに頷いた。

周りを見ると、アデルも、ロザリンドも、マオも、ラズベリルも、皆――不敵な笑みを浮かべ、頷いた。

フェンリッヒ「閣下……これが、あなたの作り出した、『約束』の力なのですね……」

ヴァルバトーゼ「――! フェンリッヒ!」

足を引きずりながらも、そう誇らしげに笑みを浮かべ、フェンリッヒが言う。

エミーゼル「お前が……強い奴を引きつける理由が分かった気がするよ」

フェンリッヒ同様、身体中を傷だらけにしながらも、楽しげにエミーゼルが言う。

ヴァルバトーゼ「エミーゼル……」

デスコ「ヴァルっちさん……やっぱり、ヴァルっちさんは、絶対に『約束』を守ってくれる人デスね」

ヴァルバトーゼ「デスコ、――アルティナ!」

デスコもまた、足を引きずりながら、それでもその小さな身体にアルティナを抱え、ヴァルバトーゼの前に膝を付いた。

デスコ「ヒールが尽きてしまったみたいデス。一番皆の中で傷が深かったデス……」

ヴァルバトーゼ「アルティナ……」

その間にも、バールの進撃は続く。しかしそれを決定的なものとしないのは、他の魔王が必死にバールの攻撃を逸らしているからだ。


アデル「くそっ! このままじゃいずれデカいやつが来るぞ!」

ロザリンド「構わぬ! 今は――あやつらのもとへ行かせぬことだけを考えるのじゃ!」


抱えられたアルティナの血はまだ僅かに流れ続け、呼吸もしているのか分からないほどに細く小さい。
ヴァルバトーゼを、愛する男を守り、そして全てを負った、一人の少女。

ヴァルバトーゼ「アルティナ、俺は……」

アルティナ「素晴らしい……ですね……」

ヴァルバトーゼ「! アルティナ! 気付い――」

アルティナ「本当に、あなたは凄い人……」

アルティナの目に、ヴァルバトーゼは映っていない。朦朧とした意識で、世界をぼんやりと見つめている。
その、曖昧な意識の中、けれど、一言一言、伝えるように、アルティナは言葉を紡ぐ。


アルティナ「あなたの、その誇り高き意志が……誰かを想う、その心が……結びつき、そして大きくなって行く……」

細い涙を流しながら、アルティナが右手を僅かに上げる。超魔王と戦う、彼の『仲間』を讃えるように。

アルティナ「『約束』。あなたのその想いが……こうして、素晴らしい仲間を築いたのですね……」

そして言った。ずっと想っていた。けれど言えなかった、たった一つの大切な言葉。



アルティナ「それが――私の愛する吸血鬼さんなんですね」



その言葉が、ヴァルバトーゼの頭を、心を、想いを貫く。

ここが戦場と言うことも忘れ、ヴァルバトーゼはアルティナの唇を、自分の唇で塞いだ。
時にして、僅か数秒。けれどその時間は、きっと人が味わう中で、何よりも長く感じる時なのだろう。

静かに唇を離し、ヴァルバトーゼは立ち上がった。


ヴァルバトーゼ「皆、力を貸してくれ。――俺の大切な仲間たちよ!」

デスコ「残っている魔力を、全部絞り出すデス!」

エミーゼル「頼むぞ、ヴァルバトーゼ!」

フェンリッヒ「我が力、全て閣下に捧げます!」


ゼタ「最終局面だ、ペタ、大丈夫か?」

父の言葉に、ペタが頷く。

ペタ「『全知全能の書』から、封印の術式は得ています」

ゼタが頷き、そして空中のプラムたちを見上げた。

プラム「彼らが……そう、決めるのね。分かったわ!」

サロメ「行くよ、私たちが隙を作る!」

アレクサンダー「けっ! まあ派手に決めてやるさ!」

三人が両手を広げ、そして叫ぶ。


プラム・サロメ・アレクサンダー「「「ペタ――」」」

プラム「クール!」

サロメ「ウインド!」

アレクサンダー「スター!」

魔法界の管理人に、対価を払うことで発動するオメガの呪文。更にその上を行く、テラ魔法。しかし更にその上がある。
魔力を極め、その法の管理人に、多大な対価を払い発動することの出来る、この世界に置いての究極魔法。

三人の背後に現れる巨大な影――ペタクールの管理人、ヒサメ、ペタウインドの管理人、フクカゼ、そしてペタスターの管理人、BBQ。

三者から放たれた強力な魔力の渦が、バールの身体に激突した。

バール「GooooOoOoooo……!」

バールの身体が傾き、荒ぶる悲鳴が世界に響く。しかし、その瞳が、破壊を忘れたわけではない。
ヴァルバトーゼ側が勝負を最終局面に持ち込んだのと同様、彼もまた、この戦争を終わらせようとしていた。


数多の大戦を経て来たこの魔王の集団ですら、かつてない戦慄が走った

そう、破壊の邪神が放つ、究極の死。全ての存在を、永久なる黒き眠りへ誘う呪文。
その砲撃が、着々と始まろうとしていた

ロザリンド「なん……じゃ、これは……。これが、生物の発する力なのか!?」

アデル「……ッ! あの三人が開いてくれた隙だ! 構わず行くぞロザリー!」

アデルが叫び、ロザリンドも歯を喰い縛り頷いた。

ラズベリル「いよいよ、ラストバトルだね、マオ!」

マオ「ならば我も最大の力を打ち込んでくれる!」

ゼタ「ペタよ、行くぞ!」

ペタ「はい、お父様!」

ヴァルバトーゼが目を開く。彼の翼が黒く開き、無数の蝙蝠が飛び散った。三人の魔力が完全にヴァルバトーゼのもとに吸収された。

それを合図に、六人が大地を蹴る。

アデル「怒れる烈火、大地を揺るがす、武神の如し――烈火武神撃!」

ロザリンド「眠りし闇、血の花を咲かせよ――ローズリーパレード!」

マオ「封印されし悪鬼……今ここに目覚めよ! ヴァサ・アエグルン!」

ラズベリル「最大級の悪夢を見せてあげるよっ! 不良心得3・漢凶保護!」

アデルが炎を纏った強力な拳を光の速さで打ち付け、巨大な光の羽を広げたロザリンドが、獄凍の花を狂い咲かせる。
マオの背後に現れた、巨大なデーモンが、四枚の紋章から、叛逆の雷を撃ち、ラズベリルの召喚した五つ首の蛇神が、破滅の瘴気を放つ。

その後ろから、二人の宇宙最強魔王が飛ぶ。

ゼタ「真オメガ――」

ペタ「タイム――」

ゼタ・ペタ「「ドライブ!」」

時空をねじ曲げ、時を超えた速さで、ゼタとペタが拳を打ち込む。
時空と時空の合間に出来る、僅か1コンマ――時の止まった世界。その狭間に立った二人が、同時に叫ぶ。


ゼタ「ゼタ――」

ペタ「ペタ――」

ゼタ・ペタ「ビィィィィィィム!」

時が動き出すと同時に、上がる巨大な爆発。その爆炎に照らされた、魔王と魔神が空を舞う。

ラハール「行くぞエトナ!」

エトナ「了解、殿下!」

ラハール「メテオ――」

エトナ「カオス――」

ラハール・エトナ「「インパクト!」」

二筋の流星が、炎の軌跡と共に超魔王に飛び込む。左右対称に攻撃を受けたバールの体制が、更に崩れた。

バール「Guoooooo……!」

しかし超魔王の攻撃が終わったわけでも、止まったわけでもない。
力は十分に蓄えられた。ここまでの攻撃を、無防備で受けながらも、しかし止まることの無い、破壊の呪文。


そびえ立つ超魔王に対極するように、剣を構えたヴァルバトーゼが向かう。


魔力など枯渇している筈だった。身体など動かすのも辛い筈だった。
しかし今――かつて無い程に、何とも分からぬ不思議な力が彼に漲っていた。

それは、友が、愛する女が、そして、多くの仲間が与えてくれた『絆』の力。

バール「AooooOOOOooOn!」

眼前に立つ、超魔王の咆哮。しかしそれは、孤独な、世界を嘆く、哀しみの唄。


ヴァルバトーゼ「超魔王バールよ。お前は強い、お前にたった一人で勝てる存在は、この大宇宙のどこにも存在しないだろう」

ヴァルバトーゼが静かに剣を振り上げる。

ヴァルバトーゼ「しかしそれは他者を知らぬ孤独な強さだ。孤独は愛するものではない、孤独は己の力を上げぬ」

そこでバールの瞳が――感情の無い邪神の瞳が、初めて『ヴァルバトーゼ』を捉えた。

ヴァルバトーゼ「愛するものが、守るべきものがあるからこそ――生きるものは強くなるのだ! それを今、貴様に『教育』してやる!」

バール「GuOoooOOOOOOooooooOOO!」

星を砕く咆哮。嘆きと、そして『怒り』の力。
その瞬間、グランドクロスを想わせる、宇宙を破壊する十字の光が、ヴァルバトーゼを包み込んだ。


如何なるものにも死は訪れる。死が訪れるものには、しかし次なる『生』が訪れる。

そう、この大宇宙に置いて『彼』意外の存在はその輪廻の中にあるのだ。

『彼』はそれを許されない。

『彼』は眠りを許されない。

故に哀しみ、そして嘆く。

放たれた嘆きの破壊。それは永遠の死。その命を、永久なる墓の下に埋めよう――『グレイブエタニティ』。

そして、














その光が、切り裂かれる。

バール「!」

ヴァルバトーゼ「――超魔王十字斬!」


死のクロスを切り裂く、対のクロス。

それは数多の数えきれぬ咎をその身に課せ、断罪を告げる大十字。
そして同時に、彼の眠れぬ者に、安らぎを送る、魔王の墓標。




宇宙を震撼させた、歴史に置ける最大の闘争に今、終止符が打たれた。

今回はここまでです。
続きはまた明日(日付的には今日)更新予定です。

魔王巡りの戦いも、あと少しで終わりです。

乙でした
エトナとベリルはいるけど、やっぱりアクターレの出る幕は無かったか
ここでアクターレのラヴダイナマイツを見せられてもアレだもんね


一応酉つけたら?

>>293
すみません、これ別のSSから貼付けたものです。

少し出来たので更新します。
もう少し続きます。

ラハール「終わったか……」
 
崩れ行く、バールを見ながらラハールが呟く。そしてヴァルバトーゼに向かい、転がっていた一つの小瓶を投げた。

ヴァルバトーゼ「!」

ラハール「さっさと血を集めろ。いつまたやつが起き上がるか分からんぞ」
 
そう、血に宿る魔力は、その者が生きている場合にしか宿らない。故にバールもまた死んだ訳ではない。

ヴァルバトーゼ「ああ、すまない」
 
倒れるバールの前に立ち、ヴァルバトーゼは傷口から流れる血を瓶に注いだ。

ヴァルバトーゼ「超魔王よ、礼を言う。お前が居たからこそ、俺はまた一つ、大切なものを掴むことが出来た。それは他の誰でもない、お前と言う強敵と戦ったからこそ得られた者だ。――ありがとう」

バール「…………!」

その言葉が何を示すのか。
生まれた時から、破壊を繰り返し、恐怖し、忌み嫌われた存在。
それは、暴虐の邪神が初めて感謝を唱えられた瞬間だった。

ペタ「ヴァルバトーゼさん、失礼しますわ」

ヴァルバトーゼ「ペタ、どうするのだ?」

ペタ「この方に封印を。内からも、外からも破れぬ強力なものを施します。……安らかに眠れるように」

ヴァルバトーゼ「そうか……頼む」

ペタ「はい」

そしてペタが両手を広げ、封印の呪文を詠唱する。
バールの身体を無数の紋章が囲み、そして包んで行く。

ペタ「願わくば、もう二度とあなたの眠りが妨げられないことを――」

――ああ、自分は、眠ることを許されるのか。

かつてない安堵が、『彼』の心に訪れる。

ペタ「――おやすみなさい、超魔王バール」

一瞬の発光。明転。そして視界が晴れた時、そこに超魔王の姿は無く、封印の紋章が刻まれていた。

ペタ「これで、本当に終わりです」

ヴァルバトーゼ「礼を言う、魔王ペタ」

「いいえ、戦いは終わりました。けれど、まだ本当の目的は終わっていません」

そう言ったペタの表情は、何故か暗い。哀しんでいるような、その想いを必死に堪えているような、そんな顔だ。

ヴァルバトーゼ「……ペタ?」

ペタ「何でもございません、行きましょう。あの人のもとに」


――地獄。

日は既に落ち、空には赤い月が浮かんでいた。

どこからか、プリニーの奏でる、赤い月の歌が聴こえてくる。

ヴァルバトーゼ「そうか、今日は赤い月だったな……」

ヴァルバトーゼが呟き、空を見上げる。

ラハール「フン、この世でもっともつまらん光景だ」

そうラハールが吐き捨て、同じように月を見上げた。

ペタ「もの哀しい歌ですわね……」

プラム「罪人の魂が洗われ、現世にて転生を果たす。希望の歌の筈なのに……確かにどこか哀しいわね」


デスコ(おねえさまも、もうすぐ……。でも、それがあるべき形なのデスね……)

少し外します。
>>292
すみません、書き込んだら気付きました。ありがとうございます!
この場でラヴダイナマイツを放たれたら超魔王もドン引きなので、それぞれの作品の主要キャラだけ出させて頂きました。
アクターレの血を使ったら(=アホ)になってしまうかもしれないので…。

ヴァルバトーゼ「戻ったぞ」

寝室の扉を開け、ヴァルバトーゼが言った。

フロン「お帰りなさい、きっと戻ってくると信じていました。相当、苦しい戦いだったのでしょうね」

傷だらけのヴァルバトーゼを見て、フロンが言う。

ヒーラー「すぐに手当を――」

ヴァルバトーゼ「いや、俺はいい。アルティナが一番重傷だ。コイツから頼む」

そうヴァルバトーゼが抱えたアルティナをヒーラーに渡す。すぐにヒーラーがメガヒールを唱えた。

フロン「皆さん、相当やられていますね」

フェンリッヒ「全くだ。俺たちの力もまだまだと言うことが分かったぞ」

ヒーラー「それで、魔王の血は……」

ヴァルバトーゼ「ああ、皆、ここに居る」

ヒーラー「?」

ヴァルバトーゼの言葉に、ヒーラーが首を傾げる。間もなく、寝室に十人が姿を見せた。

ヒーラー「――ッ!?」

フロン「これは……。凄いですね」

入って来た中の一人――一際若い魔王と、フロンの視線が交差する。

ラハール「フン、久しぶりだな、フロン」

フロン「ええ、ラハールさん」

十人がフロンに視線を向ける。好奇、敵意などをそれぞれ含んだ視線を一身に受け、フロンは静かに目を瞑り、息を吐いた。

フロン「ありがとうございます、一人の少女の為に、これほど多くの魔王、そしてその仲間たちが集まってくれたことは、未来永劫、歴史に残ることでしょう」

マオ「そのような歴史などいらぬ。魔王として恥さらしだ。さっさと儀式とやらをすませろ」

フロン「ええ、そうですね。時間も、あと僅かです。ですがその前に――」

フロンが視線をヴァルバトーゼに向けた。

私は、確かに十五の血が必要と言いました。けれど、あなたの血を使うとは、思いませんでした」

フロンの言葉に、ヴァルバトーゼは静かに眠るフーカのもとへ歩いた。

ヴァルバトーゼ「これは、俺が決めたことだ」

フロン「『約束』は、もうよろしいのですか?」

ヴァルバトーゼ「ああ、これも、『約束』のためだ」

フロン「そうですか」

フロンが小さく微笑む。ヒーラーに支えられたアルティナもまた、嬉しそうに目を細めた。そして小さく、自分だけに聴こえるように呟く。

アルティナ「けど、認めるのは一度だけですからね」

ヴァルバトーゼが、眠るフーカの首に牙を立てる。

フーカ「……ッ!」

ヴァルバトーゼ「すまないフーカ、一瞬で終わる」

ヴァルバトーゼの喉を、フーカの血が潤す。

この場に居る、唯一の人間。
 
その血を吸ったことで、彼の身体は再び暴君の魔力を取り戻した。

エミーゼル「それが、お前の本当の姿か」

デスコ「立派な姿デスね」

フェンリッヒ「……一時でしかありませんが、よくぞ、お戻りになられました」

フェンリッヒが膝を付き、主の帰還を讃える。
僅かな一時。しかし、それは彼が何よりも望んだ姿。すべては、儀式が終わるまでの幻想だとしても。

フロン「では、儀式を始めます。皆さん、血を、お願いします」

 員が頷き、それぞれの手首を切る。赤い血が、腕を流れ地面に落ちる。その中で一人、じっと震えていた少女がフロンに駆け出した。

ゼタ「ペタ、何を――」

ペタ「すみません、お父様。ですが、この方に一つだけ、聞きたいことがあるのです」

そして、その大きな赤い瞳をフロンに向けた。

フロン「どうかしましたか?」

ペタ「……私は、この宇宙の全てを記す、『全知全能の書』を見ました」

フロン「……!」

ペタ「そこには、今、あなたが行おうとしている儀式のこともありました」

フロン「……そうですか、知ってしまったのですね」

二人の声は、小さく、他の者には聴こえない。震える声で、ペタは訊く。

ペタ「……自らの命を、投げ出そうと言うことですか?」

その質問には答えず、フロンは静かに微笑みを浮かべた。

フロン「小さな魔王さん。このことを、黙っていてくれて、ありがとうございます」

そしてペタに背を向け、両手を広げた。

フロン「儀式を始めます。ペタさん、お願いします」


もうペタに言葉を紡ぐ余地は無かった。この人はもう決めてしまっている。それは決して揺らがぬ、固い決意。
初めて出会った自分が、動かせるようなものではなかった。
 
涙をぼろぼろながしながら、ペタも自分の手首を切った。

フロン「ありがとうございます。では――始めます」

フロンの足下、そして眠るフーカの周りに、紋章が浮かび上がる。同時に、魔王たちの腕から流れた血が、14の紅いクリスタルとなり、フーカの周りを囲んだ。
ヴァルバトーゼが小瓶を開け、最後の血――バールの血を飛ばす。
一際輝くそれが、フーカの胸元へ浮かんだ。

巨大な雷が部屋を駆ける。風が吹き、轟音が響き続けている。

ラズベリル「凄いよ、こんな魔法を見られるなんて……!」

マオ「長らく様々な研究をしているが、こんな魔法は初めてだ」

ロザリンド「壮大な魔法じゃ。流石、魔王クラスの血を十を超える数必要とするだけはあるのう」

アデル「頼む、成功してくれよ……!」

口々に皆がそう話す中で、しかし、一人だけその儀式に違和感を覚える者が居た。

ラハール(あの儀式――どこかで、いや、知っている?)

エトナ「殿下……?」

ラハールは目を見開き、その光景を見ていた。頭の片隅で、はっきりとしない、映像がフラッシュバックを続ける。

ラハール(オレ様は……あの儀式を――)

そして、彼の頭に、かつてない戦慄が走った。

ラハール「母……上……」

エトナ「……え?」

同時にフロンのもとへ、ラハールが駆け出す。

ラハール「フロン、貴様ッ!」

エトナ「ちょ、殿下!」

ラハール「貴様! 死ぬ気なのか! また、自分を引き換えに死のうと言うのかッ!」

エトナ「――まさか、駄目、フロンちゃん、やめなさい!」

他の者には、二人が何を言っているのか分からない。これは、フーカの記憶を一部消し、存在を繋ぎ止める儀式ではなかったのか。

その中で、デスコが、ペタが、ぼろぼろと涙を流していた。


フロンが振り返り、二人に微笑む。

フロン「二人には、とってもお世話になりましたね」

エトナ「何言ってんのよ! あんた、天使になって本当にボケちゃったの!?」

フロン「これは、私が背負うべき罪、そして、果たさなくてはいけないこと」

ラハール「巫山戯るな! お前は、母上と同じだ! お前も、あの時と同じようにオレ様を置いて行くと言うのか!」

フロン「ラハールさん……」

ラハール「これが、これが愛だと言うなら、オレ様はそんなもの一生認めんぞ!」

フロン「…………」

エミーゼル「あ、アイツら何を言ってんだ?」

そう言ったエミーゼルに、デスコは涙で震える声で話す。

デスコ「これは、おねえさまの記憶を消す儀式なんかじゃないんデス……」

フェンリッヒ「……なんだと? なら、これは……」

デスコ「おねえさまを、人として蘇らせる儀式なんデス……」

エミーゼル「……は?」

デスコ「デスコには、全部分かってたデス! 大天使さんが、自分の命と引き換えにおねえさまを助けようとしていることも――でもっ! デスコには、やめてなんて言えなかったデス! デスコは、デスコは――!」

アルティナが身体を起こし、フェンリッヒがフロンに駆け出す。

アルティナ「フ、フロン様! それは一体――」

フェンリッヒ「おい、大天使! 貴様、これは本当のことなのか!」

フロン「本当です。全ては、初めから決めていました。フーカさんを救う方法はただ一つ。魔界での全ての出来事を消し去り、そして人として蘇らせる。初めから、これだけだったのです」

そう、命を救うことは、簡単に出来ることではない。真に命を救うことは、一つの命を散らせることでしか、出来ることでしかない。
かつて息子を救う為に、命を投げ出した女性が居た。

けれど、命一つで命を救うことは出来ない。数多の魔王の血を集め、巨大な魔力があって、それは初めて成し遂げられる。
 
その女性の夫は、素晴らしき魔王だった。彼を慕い、着いてくる者は数多居た。

そして、息子が病に伏せた際、妻の言われるがままに、血を集めた。戦わずとも、彼に血を差し出してくれる魔王は多く居たのだ。

全魔界最強と言われた、かのクリチェフスコイが、何故、バールを倒さず、『封印』と言う方法を取ったのか。


それは、死んでは意味が無いから。儀式に使うその血は、生きているからこそ、魔力が宿る。




全ての線が繋がった。全ては大天使の描いた一つの脚本。

そこに、踊らされた魔王の物語。そして、それは最大の悪役の死を最後に、幕を閉じる――。

ラハール「巫山戯るな! オレ様は、許さん! 自己犠牲など、オレ様は――!」

ラハールの目に涙が流れた。それは、かつて自分が『死んだ』時に流してくれたのと同じように。
悔いが無いと言えば、それはおそらく嘘になるのだろう。涙を流し、愛を知った彼と、共に歩む道を望んでいなかったわけではない。

けれど、もう遅いのだ。自分が間違った決断をしてしまったあの時から――。

フロン「さようなら、ラハールさん、エトナさん。願わくば、次なる生で、あなたたちと出会えることを――」

ラハール「待――」

ラハールの腕が、フロンに伸ばされた時だった。


「――させないよ、フロン」


その場に、聴こえた声。

それは穏やかで、静かで、安らかな声。

フロン「ラミントン……様……!」

フロンの頭上に、ラミントンが姿を見せた。
フロンにその座を譲り、一線を退いた、旧大天使が、羽を広げた。

フロン「……っ、ラミントン様、お引き下さい、これは、私のまいた種なのです」

ラミントン「そうだね、けれど、これは私の招いた罪でもある。ブルカノを葬らず、幽閉と言う処置を施したのも私だ」

フロン「ですが……――ッ!」

言いかけたフロンの身体が飛ばされる。地面に叩き付けられたフロンが、短く悲鳴を上げた。

ラミントン「フロン、君はまだ若い。全ては、老兵が背負うべきなのだよ」

フロン「ラミントン様! あなたは――」

ラミントン「大天使ラミントンがここに儀式を行う! 我が魂と、十五の魔力を代価に、ここに風祭フーカの生を蘇らせる!」

フロン「――ラミントン様!」

巨大な雷が、フーカに、そしてラミントンに落ちる。






ラズベリル「終わった……のかい?」

朧げな、蛍のような光が舞う中、消えかかるラミントンの姿が見えた。

フロン「ラミントン様、どうして……!」

その身体を抱きしめ、流れる涙を拭うこともせずにフロンが繰り返し言う。

ラミントン「フロン、楽になろうとしてはいけない。投げ出してはいけない。これが君の罪だ。多くの死を背負い、それでも生きること。それが、君の進みベき道なんだよ」

俯き、ぎゅっと、唇を結ぶ。そしてラミントンの瞳を見つめ、はっきりと返した。

フロン「はい、ラミントン様……!」

ラミントン「さようならフロン、魔王ラハール、どうか、彼女を任せるよ」

ラハール「……フン、言われずとも、こいつはほっておくと何をやるか分からんからな」

そしてラミントンの身体が光に消える。後には、静寂が訪れた。

そして、













フーカ「あれ……アタシ、今まで、何、してたんだっけ……?」

朝の柔らかな日差しを受けて、少女は目を覚ました。




【次回予告】(読み飛ばし可)




ヴァルバトーゼ「ついに儀式を終え、フーカを救ったと思った我らに告げられた残酷な真実!」

アルティナ「まさか、地獄での記憶がすべて消えてしまうなんて……」

エミーゼル「けど、これがアイツにとってはよかったのかもしれないと思うと……」

ヴァルバトーゼ「なんと! こともあろうにアイツはイワシに関する全ての記憶を失ってしまったと言うのだ!」

エミーゼル「ってここでもイワシなのかよ!?」

ヴァルバトーゼ「このままではいかん! なんとしても、この俺が365日欠かさず教えたイワシの魅力を思い出させなくてはいかん!」

エミーゼル「そりゃそんだけ教えられたら嫌にもなるな……」

ヴァルバトーゼ「はっ! まさかアイツは魚偏に強いと書いて、『魚強(イワシ)』と読むことも忘れてしまったと言うのか!? 絶対に許せん!」

フェンリッヒ「それは忘れてもいいことだと思うのですが……」

ヴァルバトーゼ「俺は決して諦めん、そこにイワシがある限り!」


ヴァル・フェン・エミー・アルティナ「「「「次回! 魔界戦記ディスガイア4SS真・最終回! 闇を切り裂くその絆!」」」」


ヴァルバトーゼ「これで終わりにしてたまるか! まだお前には、伝えるべきことがイワシの魚群ほどあるのだ!」

フェンリッヒ「結局この場でもイワシでしたか……。やはり、流石我が主……」


デスコ「おねえさま、デスコは、デスコは……!」

と言うわけで今回はここまでです。
次回で、最後まで一気に投下したいと思います。
続きはまた明日更新を予定しています。

更新再開します。

◆   ◆   ◆


ジリリリリリ……! カタンッ!

布団の中から手を伸ばして、目覚ましを止める。時刻は五時半。あくびをあげて、目を擦る。

柔らかな朝日がカーテンの隙間からほんの少し差し込んでいる。カーテンを大きく開けると、部屋いっぱいに暖かい光が飛び込んで来た。うん、今日もいい天気。
 
さて、じゃあシャワー浴びたら、朝ご飯を作ろうかな。どうせパパはアタシが言うまでは何一つ口にしないんだから。

冷蔵庫を開けると、中は悲しいくらい食べ物が無かった。あー、今日は帰りに買い物しないといけないかも。ま、でも最低限はあるかな。今日のお昼は購買ですますかな。

幸い卵と、数本のウインナーと、小玉のレタスが一つだけあったから、もう今日はこれでいいやと思うことにした。

目玉焼きは出来上がるのが早くていい。レタスも洗えばすぐにサラダに出来るのは優秀だわ。

テーブルに並べたら、いつものように、パパの研究室に向かう。ノックはする必要が無い。したって気付かないんだから。

フーカ「パパ、朝ご飯出来てるから、食べなさいよ」

言って、またアタシは心の中で頭を抱えた。あー、もう何でアタシはこう素直じゃないかなあ。
 
ママが死んじゃって、アタシの家族と言えるのはもうパパしかない。たった一人の家族なのに、どうしてもっと仲良くしようと出来ないんだろう。

……一人?

風祭「おお、そんな時間か、ありがとう、フーカ」

フーカ「え、う、うん」

けれど、パパの態度が今までよりアタシを気にしてくれるようになった気がするのは、気のせいじゃないと思う。

風祭「じゃあ、頂こうか」

フーカ「う、うん、その前に顔洗って来なさいよ」

風祭「ああ、そうするよ」


フーカ「じゃあ行って来るわね。あ、帰りに買い物するから少し遅くなるから」

風祭「おお、車に気をつけてな」



「あ、フーカ、おはよっ!」

フーカ「うん、おはよう!」

「うん、元気だね、もう身体は大丈夫なの?」

フーカ「完璧よ! 一年も寝てたなんて嘘みたい」


そう、一年。アタシが意識を失っていた時間。

一ヶ月前、アタシは病院のベッドで目を覚ました。
何がなんだか分からなかったけど、驚いたのは、パパが泣きながらアタシを抱きしめたこと。パパの涙なんて、ママのお葬式以来見てなかったのに。

そうして、アタシは一日で理解するには、無理がある話を聞かされた。

こう見えても、アタシのパパは、世界的にも有名は博士だ。パパの技術で向上した機器は数えきれない。
 
そんなパパの技術を悪用しようとした人たちが、アタシを襲おうと……と言うか、襲ったらしいのだ。逃げている途中に、アタシはトラックに撥ねられて、生死の境を彷徨った。けれど、病院にも、アタシを襲った奴等が来ようとしたみたいで、安全のために、アタシは『死んだ』ことにされたと言うのだ。

『風祭フーカ』の葬式は恙無く行われて、ニュースにもなったらしい。そんな報道規制が行われて、アタシはこの世にいなくなった。

アタシが眠っていた一年間の間に、アタシを襲った奴等の組織は鎮圧されたみたいで、報道規制が解除されたようだ。

死んだと思ったアタシが帰って、泣いてくれた友達が一杯居た時は、アタシも涙が出た。

他愛ない会話を、続けて一ヶ月。アタシはこの日常が何より楽しい。

楽しい筈、なんだけど……。


放課後、教科書を鞄に詰めて、席を立つ。

「フーカ、今日はどうすんの?」

フーカ「あ、今日は買い物してから帰るから」

「そっか、じゃあ途中まで一緒に帰ろうよ」

フーカ「うん、オッケー」


「……でさ、アタシ言ってやったのよ、主役はあたし以外あり得ない! って」

フーカ「アンタも相変わらずよねー」

他愛ない会話、平和な日常。そう、何よりもアタシが好きだったもの。

けど……。

 

なんだろう、どうしてだろう。心に、ぽっかりと大きな穴が空いてしまったかのような気持ち。どうして……。

「フーカ?」

フーカ「う、ううん、なんでもないよ」

「? ならいいけどさ」

どうして、悲しい気持ちになるんだろう……。


フーカ「じゃ、アタシこっちだから」

「ん、じゃあね、フーカ!」

フーカ「うん、また明日。オーディション頑張ってね」

「ふふ、今日こそ主役の座を射止めてやるわ、主役はあたししか居ないんだから……!」

フーカ(何故か絶対に報われない気がするのは気のせいかしら……)

黄昏色に染まる坂道を、ぼんやりと歩く。二台の自転車がアタシのよこを通り過ぎた。
空はこれ異常なく綺麗な青色で、白い雲がゆっくりと泳いでいる。珍しく、都会には珍しい蝙蝠が数羽飛んでいた。

フーカ「へえ、こんな所にも飛んでいるんだ」

坂道を下って、商店街に行く。流石に人が多い。

フーカ「うわ、これは大変そうだわ――」

そうぼやいて、顔を上げた時――、

フーカ「え……?」

その中に、見えた影。

気がつくとアタシは走り出していた。


アルティナ「フーカさん、楽しそうですね……」

エミーゼル「うん、そうだな。忘れてたけど、アイツ、本当は人間の子供だもんな……」

フェンリッヒ「……我が党を去った奴のことなどいつまでも気に掛けるな。俺たちにはまだやるべきことが多々あるのだ」

アルティナ「……ッ! そんな言い方!」

ヴァルバトーゼ「よせ、アルティナ」

アルティナ「……ヴァルバトーゼさん」

ヴァルバトーゼ「お前の気持ちは分かる。しかし、フロンの言う通り、これが、アイツのあるべき姿なのだ」

アルティナ「けど……こんなの、残酷です。何よりもデスコさんが可哀想で……」

ヴァルバトーゼ「…………」


ヴァルバトーゼ「デスコ、また人間界を見ていたのか」

人間界の映像を見ることの出来る水晶の前で、デスコはじっと座っていた。その映像には、楽しげに笑うフーカが映っている。

デスコ「……ヴァルっちさん、今日は遠征、行かないデスか?」

ヴァルバトーゼ「今日は無い、休息も必要だからな」

デスコの横に、ヴァルバトーゼが座り込む。しばらく、静かな時間が流れた。やがて、デスコが、か細い声で、話す。

デスコ「ヴァルっちさん。デスコは前、おねえさまに言ったんデス。おねえさまが、デスコたちのこと、皆忘れてしまっても、デスコたちが覚えているから大丈夫って。そう、言ったんデス」

ヴァルバトーゼ「そうか」

デスコ「けど、デスコは、やっぱり悪い子デス」

デスコの両目から、細く涙が流れ、地面に落ちて行く。

デスコ「デスコは、おねえさまの笑った顔が大好きデス。そんなおねえさまの顔を見ているだけで、デスコは幸せな気持ちになってたデス」


ヴァルバトーゼ「そうか」

デスコ「けど、デスコ、気付いてしまったデス。それは、デスコがおねえさまの隣に入れるから、幸せだったのデス」

ヴァルバトーゼ「そうか」

デスコ「おねえさまが笑顔で居る為なら、どんなことだってすると言ったのに、デスコは、やっぱり悪い子デス」

ヴァルバトーゼ「……そうか」

デスコ「デスコは、デスコは……悪い子デス」

ヴァルバトーゼ「――当たり前だ」

デスコが顔を上げると、ヴァルバトーゼははっきりとデスコの瞳を見つめ言った。

ヴァルバトーゼ「お前は悪魔だ。欲望には忠実であるべきだ。言え、お前は、何を望んでいるのだ!」

デスコ「……デスコは――」


――知らないわよ、こんなグロい触手! アタシの妹なんかじゃないって!

――アタシの妹になりたいの? だったら、精一杯アタシに尽くしなさい。

――カラスが白いっていったら白いペンキで塗りつぶすんでしょ?

――ほら、しっかりしなさい、ラスボスになるんでしょ?



――アタシの妹に何すんのよ!



デスコ「デスコは……デスコはおねえさまの……おねえさまの隣に居たいデス……。他の誰でもない、デスコが、おねえさまの一番になりたいんデス!」

声を上げて、デスコは泣いた。
 
ずっと押し殺していた想い。ずっと縛り付けていた心。けれどもう偽ることは出来なかった。

デスコ「おねえさまの隣は、デスコだけのものなんデス!」

分かってる、それがフーカにとって、正しい道ではないことなんて。けれど、その想いはもう止めることは出来なかった。

好きで、好きで、好きで、片時でも離れたくないただ一人の人。

泣きじゃくるデスコの頭を、ヴァルバトーゼは静かに撫でる。

ヴァルバトーゼ「ならば行け。思うがままに行動しろ。それが、俺の知る、風祭フーカの妹だ」




◆   ◆   ◆

フーカ「ハァッ、ハァッ……!」

息が切れる。汗が額を伝う。それでも、アタシは走り続けた。
たしかに見えた、小さな影。あれは、あれは――。

気がつくと、人気の無い路地に居た。
日は沈みかけ、夕日の影に、世界は昏くなっている。

暗がりの中、そこに立つ、小さな影が、アタシに振り向く。

真っ赤なツノと、大きな瞳。
背中に見えるしっぽと触手は、コスプレと思うにはあまりにもリアルで。

グロテスク。そうとしか思えない姿。アタシが思う、カワイイとまったく逆方向のモノ。

けれど、

フーカ「あ……ああ……」

気がついたら、アタシの身体はその子をぎゅっと抱きしめていた。力一杯、絶対に、離さないように。
涙が溢れて来た。心の底から暖かい気持ちが溢れてくる。


なんで? どうして?

分からない。

けれど、ずっと探していたピースが見つかったように、アタシの中に、それははまった。

フーカ「うっ……ぐ……」

言葉が出て来ない、ただ、嗚咽だけが口から漏れる。
そんなアタシに、その子は言った。

同じように、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、それでも、とびきりの笑顔で、その子は言った。


デスコ「初めましてデス、おねえさま!」








――闇が、記憶を消してしまっても、一人と一人の間に生まれた、絆は消えない。




天使兵1「大天使様、葬送の準備が整いました」

フロン「ありがとうございます。……では、行きましょう」

天使兵2「……彼女たちの魂はどこに行くのでしょうか? 安らかに、眠ることができるのでしょうか……」

フロン「大丈夫です、それに、眠るのはほんの一瞬。すぐにまた、次の世界に旅立つでしょう」

天使兵2「……そうですね、きっとまた、あなたのもとへと来るでしょう」

フロン「その時は、必ず、感謝と、謝罪をしなければなりませんね」

ラハール「そうだ、その時が来るまで、もう二度とアホな真似をしないよう、ずっと見張っていてやるからな!」

エトナ「えー、それってプロポーズですか、殿下ー?」

ラハール「あ、アホか! オレ様はあの大天使との『約束』を受けているだけだ!」

フロン「ふふ、相変わらずですね、二人とも」








――絆は、他者と交わるほど、大きく、そして、強くなる。




アクターレ「坊ちゃん、実はまた魔界大統領の座が奪われちゃったみたいなんですけど……」

エミーゼル「ふざけんな! なんでそうなんども何度も奪われるんだよ!

アクターレ「いや、お恥ずかしい、ということで、ちょこーっとそちらさんの手を借りたいなーと」

エミーゼル「ったく……。まあお前からがやっている内が一番平和だからな、今度だけだぞ!

アクターレ「マジ感謝でーすっ! お礼にオレ様のスペシャルライブを!」

エミーゼル「しなくていいっ!」




 



――そして、新たな物語を紡いで行く。




デスゼット「全く、結局人間界にいたのは一ヶ月か! 心配して損したよ!」

デスコ「でも、結果的にパパの所に帰れるじゃないデスか」

デスゼット「ま、そこは感謝するけどね」

アルティナ「……思い出した訳じゃ、ないんですよね」

デスコ「……それでも、おねえさまは、選んでくれたんデス」









――その中で、選べる道は、いくらでもある。




ヴァルバトーゼ「フッ、すっかり調子を取り戻したようだな」

デスコ「はいデス! デスコ、いつでも行けちゃうデス!」

デスゼット「アタシが参加するのは今回だけだからな! これが終わったら、すぐにパパの所に帰るからね!」

アルティナ「まあ、今回だけでもとても頼もしいですわ」

フェンリッヒ「閣下、本日はアクターレがまた魔界大統領の座を奪われたそうなので、その原因調査を行います」

ヴァルバトーゼ「うむ、皆のもの、心してかかれ! 終わった後は、この俺が厳選した、再考のイワシを喰わしてやる!」

アルティナ「相変わらずですわね、ふふっ、変な吸血鬼さん」




――だから、アタシは選んだ。




「ちょっと、待ちなさいよ! アタシを置いて行くつもり?」






――アタシだけの、とびっきりの悪夢を。



 
デスコ「一緒に行きましょう、おねえさま!」

フーカ「当たり前でしょ、デスコ!」




この夢はもう、二度と覚めることはないだろう。


これにておしまいです。
初めてSSを書きましたが、親切にアドバイスをしてくれた方たちのおかげで、最後まで楽しく書けました。

ディスガイアのSSは少ないので、もっと増えて欲しい所です。
拙い話でしたが、この無駄に長い話をここまで読んで下さった方がいましたら、ありがとうございます、とても嬉しいです。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年03月05日 (水) 12:32:47   ID: fFh3ALby

待ってた甲斐があった

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