ID:5wn6+BGl0の代行
代行感謝ー
憧「私のこと抱いてよ」セーラ「は?」
の続き
長いしだらだらした感じになっちゃったけどどぞー
憧との、身体だけの関係が日常に馴染んできた頃、
冬の寒い季節のこと。
両親が外出中の俺の家に来た憧と、
一緒に作った夕飯を一緒に食べながら話す。
セーラ「最近はマジメに麻雀やってるか?」
憧「さぁ、…どうかな」
セーラ「しっかりやれや」
憧「…まあ、うん」
セーラ「歯切れ悪いな、どした?」
憧「正直なとこ、最近は牌を見たくないんだよね」
憧は箸を持ったまま、ため息をついた。
セーラ「は?なんでや?」
憧は結果こそ振るわなかったが、秋の大会は善戦した。
インハイの頃のような輝きは取り戻せへんかったけど、
でもそれでも、新子憧らしさをそこに見つけることが出来た。
正直結果に対する物足りなさは感じていたけれど、でもそれでも
少しでも元気を出して、やる気を出してくれたことが嬉しかった。
憧「秋は誤魔化せてた、いろんなこと。あんたのおかげで」
こうして、「おかげ」と言われることに少し喜びを感じる。
あぁ、無駄じゃなかった。そう思うだけで報われる気がする。
セーラ「そうか、それで?」
憧「でも、最近ダメなんだ。前みたいになってる、集中できない」
セーラ「理由聞いてええの?」
憧「…わかんない」
セーラ「お前さ、結局いつも何も言わへんよな」
憧「怒ってんの?」
セーラ「別に怒ってはないけど」
憧「聞きたい?」
セーラ「必死こいて聞かせてくれって言う気はない」
憧「あっそ。じゃあ言わない」
セーラ「でも忘れんなよ、お前とこうして会うんはお前のためやねんで」
恩を着せたいわけじゃない。
でも、最近ずっと感じていたことがある。
それを今ぶつけるべきか…少し迷って、口に出した。
憧「…わかってるわよ」
セーラ「いや、最近のお前は多分あんまわかってない」
憧「わかってるってば!」
セーラ「気持ちがよくて、憧の気が晴れるなら、別にそれでええよ、でも」
憧「なによ?」
セーラ「最近のお前は気さえ晴れてないような気がするんやけど」
憧「…別にちゃんと気は晴れてるから」
セーラ「ほななんで牌が見たくないん?」
憧「それは…」
セーラ「お前のために、って頑張ってる俺がアホみたいやろ」
こんな言い方したらアカンってわかってるのに、
こんな風に言えば憧が反発するってわかってるのに、
言葉での追求をやめることが出来なかった。
憧「じゃあアホなんでしょ、頑張ってるなんてふざけないでよ」
だからほら、こうして反発してくる。
お互い、きっとこんなことが言いたいわけじゃないのに。
なのに、口から零れてくるのは皮肉ばかり。
セーラ「はぁ?何が言いたいんや」
憧「あんただって楽しんでるんでしょ?私のことめちゃくちゃにして楽しいんでしょ?」
セーラ「…お前なぁ」
憧「自分ばっか与えてる、みたいな言い方しないでよ」
セーラ「ふざけんなよ、憧…お前が言い出したことやろ!」
憧「だから?そうかもしれないけどあんただって便乗して楽しんでるでしょ!?」
セーラ「楽しいか…楽しいね」
憧「…なによ?」
笑いがこみ上げてくる。憧はそんな風に思っていたんか。
憧に何でもしてあげたいと思ったのは自分が認めた相手やったから、
だから憧の望みは叶えてあげたかった。
元気を出して欲しかった。
また、前のような闘争心を見せて欲しかった。
そのための、憧の望みが「抱いて欲しい」だったからそれを叶えた。
求められるから受け入れていた。
放っておけないから受け入れていた。
全ては、憧のためやったのに。
事の最中に他人の名前を呼ばれても我慢して諦めたのに。
時間がなくても憧の為にやりくりしたのに。
今日だってほら、こうして家に呼んだのに。
全ては、憧のためやったのに。
セーラ「…お前、本気で俺が楽しんでるとでも思ってるんか?」
憧「当たり前でしょ!?恥ずかしいこと言わせてニヤニヤしてたのは誰なのよ!?」
セーラ「お前がそういうの好きやからやろ」
憧「はぁ!?」
セーラ「お前そういうの言わされたりすんの好きやん」
憧「そんなわけないでしょ!」
セーラ「俺は、お前に喜んで欲しかったしお前に元気出して欲しかった」
憧「恩着せがましいことばっかり言わないで!」
セーラ「例えそう言われても、俺はそう思ってる」
会って身体を求めるだけじゃ何も変わらない。そう思っていた。
でもどこかで、変わらなくてもいいとも思っていた。
現に、何の変化もないまま惰性的な関係になろうしている。
いろんなことを置き去りにして、気付かないフリをして
変わらなくていい、ずっとこのままでもいいなんて。
こんな関係はもう止めようとは
言い出せない、言い出さない理由。
ほらやっぱり、蓋をし続けたせいで
見えないフリをし続けたせいで
こんな風に、歪が出来て、爆発しそうになっている。
お互いがホントのことから目そらしてきたから、
その結果がこれや。
会って身体を求めるだけじゃ何も変わらない。そう思っていた。
でもどこかで、変わらなくてもいいとも思っていた。
現に、何の変化もないまま惰性的な関係になろうしている。
いろんなことを置き去りにして、気付かないフリをして
変わらなくていい、ずっとこのままでもいいなんて。
こんな関係はもう止めようとは
言い出せない、言い出さない理由。
ほらやっぱり、蓋をし続けたせいで
見えないフリをし続けたせいで
こんな風に、歪が出来て、爆発しそうになっている。
お互いがホントのことから目そらしてきたから、
その結果がこれや。
*
?「ねぇ、セーラ、こっち見なさい」
あぁ、なんやこれ、なんでこんなことを思い出すんやろ…
思い出したくもない、忘れていたかったこと。
?「セーラ?ほら、もっと見て、こっち」
そこにいるはずのない人の声が聞こえる。
目の前には憧がいるのに、聞きたくもない声が聞こえてくる。
なんで、こんな…くそ
セーラ「こんなことして、何になるんですか」
?「別に、何にもならないよ。いちいち理由求めなきゃ何も出来ないの?」
セーラ「そら、そうですよ、こんなこと…」
?「そんなこと言ってるからお前は甘いって怒られんだよ、いい加減気付けば」
セーラ「でも、俺は」
?「まあ、何を考えるのも思うのも自由だけど身体の自由はないからね」
セーラ「…はい」
?「素直でよろしい。…ほら、わかったら脱いで」
寒気がする。正しいような正しくないようなことで丸め込まれて
先輩という部活内での絶対的な力で捻じ伏せてくる。
抵抗は出来ない、しちゃいけない。
部に居場所をなくすことになるから。
麻雀だけをしたくて推薦で進学したのに。
こんなことで、居場所を失いたくなんてない。
何を思うのも自由だと言われたけれど、そんなことを考えるヒマなどなかった。
ただひたすら与え続けられる波に身を委ねることしか出来なかった。
そんな関係が、先輩の卒業まで何ヶ月か続いた。
誰にも知られちゃいけない、二人だけの秘密。
吐き気がするほどの嫌悪感に満ちた秘密。
誰にも言えなかった苦しみを伴う秘密。
なんでこんなときに。
なんで憧と言い合いの真っ最中にこんなことを思い出すのか。
*
憧「セーラ?」
セーラ「あぁ、すまん、ちょっと思い出したことがあって」
憧「なに?」
セーラ「いや、…秘密や」
憧「なにそれ感じ悪い」
それをお前が言うか。
とのツッコミは控えておこうか。
セーラ「すまんって。それより、…やっぱりさっきの訂正」
憧「なにが?」
セーラ「お前が牌を見たくない理由、
てか俺らがこうしてる理由をちゃんと聞きたい」
憧「…やだ」
セーラ「聞かせて欲しい。正直、別に聞かなくてもいいとか
お前が言いたくないならそれでいいとか思ってたけど」
セーラ「でも、今はその話が聞きたい。どうしても」
憧「それはどういう心境の変化なわけ?」
セーラ「思い出したことに関係してる、かな」
嫌な思い出。思い出したくもなかった思い出。
でも、思い出してしまったから。
あの声も、あの顔も今は全部すぐに思い出せてしまう。
あのとき、こう言えば良かったとかこうすれば良かったとか
全部後になって後悔したから。
そんなこと、全て頭のどこへ行ってしまっていたのに。
でも、思い出したからには、後になって聞いておけばよかったと
後悔をしないようにしたい。同じ轍を踏みたくはない。
それはすなわち、言わなくていい、話したくなったらでいい
なんて言って逃げていないで、ストレートに「聞きたい」と言うこと。
今までの俺の逃げは憧にとっては優しさだったかもしれない。
何も話をしなくても望みを叶えてくれる都合の良さもあったかもしれない。
でも、それも今日で終わりにしよう。
そうすれば、少しくらいは前に進むことも出来るやんな?
前に進む、が何を指しているのか。
それはまだよくわからへんけど。
憧「なら、それを先に話して」
セーラ「…それでもいいけど、やっぱお前が先やろ」
憧「…けど、」
セーラ「憧、ゆっくりでいい。少しずつでいいから、聞かせてくれ」
あんなことを思い出したせいで嫌な気持ちになった。
でも先に進めそうな予感がある。
これは、あの人に感謝すべきか。
いや、感謝なんかするもんか。
このタイミングでいろんなことを思い出させてくれた
自分自身を褒める。ただ、それだけや。
食事をさっさと終えて片づけをして、二人で俺に部屋に行った。
憧はベッドの上、俺はベッド下に座った。
テーブルの上には湯気が立ち上るマグカップが二つ。
憧が飲みたいって言うたココア。
さっきから憧は無口で、「うん」とか「そう」とか相槌ばかり。
きっと何を言うべきか、何から言うべきか悩んでいる。
そもそも本当に話すべきか悩んでいるかも。
セーラ「さて…まあ夜は長いからなぁ」
憧「だよね…あのさ、」
セーラ「ん?」
憧「もし泣いたら、……抱きしめて欲しい」
セーラ「…わかった」
すでに泣きそうな顔でそう言われて頷かへんやつなんかいるんか。
そんな気持ちを込めて、ベッドの上にある憧の指先に触れた。
憧「ありがと」
憧は微笑むと、軽く咳払いをしてから話を始めた。
◆
あたしには好きな人がいた。
幼馴染で、体力バカで、山が好きで、向こう見ずで、
いろんなことに突っ走る癖があった。
そういう無邪気で裏表のない素直な穏乃、シズのことが好きだった。
シズには好きな人がいた。
転校生で、都会っ子で、可愛い服を着て、強気で
それでいて誰からも好かれるいい子だった。
シズはそういう可愛らしくて優しい和のことが好きだった。
もちろんあたしも和のことは好きだった。
シズの好きとは違うけど、でも、大切な友達だった。
シズは自分が和に抱いてる感情を上手く説明できなかった。
「モヤモヤして、よくわからない。憧教えて」って。
だから、あたしは教えてあげた。
「それは和を好きだってことなんじゃないの」って。
今思えば自分で自分の首を絞めるようなことを言ったと思う。
あの時あんなこと言わなければ…何度そう思ったか知れない。
でも、シズだっていつまでも子どもじゃない。
あたしが何も言わなくたって、
いつかは自分で自分の気持ちに気付いたと思う。
それが早かったか、遅かったかだけの話。
当時からシズはあたしによく和の話をした。
こんなことがあった、こんなことをしたって和の話ばかり。
あたしだって一緒にいたから知ってるのに。
なのに、嬉しそうに頬を赤らめて和の話をするシズ。
小学生ながら、それが辛くないわけはなかった。胸が痛かった。
なにより和を嫌いだったわけじゃないから
いろんな意味でしんどかったのをよく覚えている。
でも、それでもシズと一緒にいられることは嬉しかった。
二人は阿知賀の中等部を選んだ。
あたしは別の中学を選んだ。
二人には麻雀のためだと言った。
でも、理由はそれだけじゃない。
二人と一緒にいるのが辛かった。
シズに和のことを相談されるのは、もう嫌だった。
もう何も聞きたくなかった。
それにこれ以上こんな状態が続けば、
和のことを嫌いになりそうだった。
そんなのは嫌。和は何も悪くないのに。
だから、距離を作った。
離れてしまえば辛くなることもないだろうって。
寂しさは最初だけだった。
和とのことに胸を痛める必要がないだけとても楽だった。
だから、別々の中学を選んで正解だと思っていた。
結果はあんまり付いてこなかったけど
ただひたすら麻雀に打ち込んだ。
他の事なんか考える間もないほど、それはもうひたすらに。
そんなとき、和がまた転校したっていう噂を聞いた。
シズはどうしているだろう…。寂しがっているのかな。
好きな人がいなくなっちゃったら辛いんだろうな。
でも、シズのことだからもうすっきり忘れてるかも…
なんて、電話一本で済むことを延々と考えたりもした。
いっそ会いに行こうかとも思った。
だけど会いに行ったら慰めたりしなくちゃいけないかもしれない。
そんなことしたくないから、結局あたしは何も出来なかった。
それでも日々は流れていくから、シズのことも、和のことも
あたしの中では気に留めつつも存在自体は小さくなっていった。
そして、あの夏。
TVの中に和を見つけた。
懐かしさが蘇り、TVに釘付けになった。
…そしたら、シズから電話があった。
なんて、なんて、嬉しいんだろう…。
泣きそうになりながら、シズの向こう見ずさに笑って
でもその全然変わっていないところに安堵した。
同時に、小さくなっていたシズの存在が一気に大きく膨らむのがわかった。
結局小さくなっていただけで、それがなくなったわけじゃなくて、
いつかは膨らむ運命にあっただけなのかもしれない。
◆
憧「ごめん、無駄に長いね…」
セーラ「いや…大丈夫やで」
憧「もうちょっと端折った方がいいのかな」
セーラ「憧の思ったまま、話せばええやん」
憧「うん…」
セーラ「でもちょっと休憩する?」
憧「そうね、じゃあ少し…」
セーラ「えっ、ちょ!」
憧がベッドの上から下にいる俺に抱きついてきた。
驚いて仰け反ると引き戻される。
憧「…少しだけ」
セーラ「お、おう」
小さな声でそう言われては、離れろなんて言えない。
憧に抱きしめられながら、憧が達するときに「シズ」と
呼ぶことを思い出していた。
好きな人を、思いの届かない人を思っていたのか。
なんとなく想像はしていたことだけれど
実際聞かせられるとなんとも複雑な気持ちになるざるを得ない。
…けどやっぱり、そのことを憧に言おうとは思わない。
一口だけ口をつけたココアからはすっかり湯気が消えている。
完全に冷めてしまう前にもう一口…
と、思ったけど憧が離してくれそうにはなかった。
◆
あの夏、阿知賀の麻雀部は動き出した。
「和と再び戦うために」
「和と再び遊ぶために」
あたしたちはその目標に向かって、全国を目指した。
何よりこの目標に力を注いでいたのは言うまでもなくシズで。
二人になったときに聞いた。
憧「ねぇ、シズ…シズってまだ和のこと…」
穏乃「あ、あはは…変かな?まだその、好き、なんて」
頬が赤い。照れてる。可愛いなぁ。なんて。
憧「ううん、変じゃないじゃん」
穏乃「憧にそう言ってもらえると嬉しい。憧はやっぱ親友だよ」
嬉しいけど、残酷だよねそういうのって。
それでも何も勘付かれたくなくて、笑って誤魔化した。
憧「でしょ?あたしはなによりシズの理解者だし」
穏乃「うんうん!憧とまた麻雀ができて幸せ」
憧「そう…あたしも、幸せ」
穏乃「別に付き合うとかそういうのは考えたことないけど、でも」
憧「でも?」
穏乃「気持ちくらい…伝えてみたいなぁって」
憧「うん、頑張りなよ。シズなら大丈夫」
微笑んで頭を撫でると柔らかい笑みを浮かべて、
穏乃「ありがとう!」
って言うんだ。あたしの気持ちも知らずに、ありがとうって。
一緒にいられて嬉しいのに。和はもういないのに。
なのに、いない相手に会うためにこんなに努力してるなんて。
それも、自分の恋敵なのにね。
でもしょうがないよね、あたしも和に会いたいんだもん。
だって、友達だからさ。
そんな複雑な気持ちを抱えたまま、
あたしたちはインターハイ本選出場を決めた。
まあ、複雑だとか思ってたのはあたしだけだろうけど。
全国でも順調に勝ち星を挙げて、準決勝まで駒を進めた。
もうすぐきっと和に会える。
嬉しさと寂しさと切なさがごっちゃになっていたけど
でも、目の前には越えなきゃいけない高い壁があったから
そのことはあまり考えずに済んだ。
そして準決勝、先鋒戦で園城寺さんが倒れて
あたしたちは慌ててロビーへ出て行った。
そこで、和と再会した。
全くの偶然だったけど、なんだか必然だったような気もした。
和は少し背が伸びて可愛らしさに美しさも加味されて
いわゆる美少女に成長していた。
シズの生き生きとした顔がすごく印象的だった。
「決勝で会おう」なんて約束までしちゃって。
いや、和と遊ぶためにはそこまで行かなきゃいけないけど
でも、なんだか好きな人の前でいい格好したがるヤツに見えた。
そこがまたシズらしくて、ガキっぽくて、可愛かった。
あたしの中でシズに対する気持ちは一層愛おしさが増したのに、
同時にシズの和へ対する気持ちも増していた。
あぁ、なんて面倒くさいんだろう。
本音が零れてきていた。
◆
セーラ「なんつうか…胸が痛いな」
憧「まあね、楽しい話ではないわね」
セーラ「なぁ、ほなお前あのとき…」
準決勝中堅卓
闘争心むき出しの瞳も、がっつり向かってくる姿勢も
そういう辛い気持ちを秘めていたのか。
憧「ううん、麻雀になるとそんなの全部忘れちゃうから」
セーラ「そういうもんか?」
憧「少なくとも、インハイが終わるまではそうだった」
セーラ「…そうか」
憧「だから別の中学でも大丈夫だったんだよ、麻雀しかしてなかったし」
セーラ「お前は強いのか弱いのかわからへん」
憧「弱いよ、弱いから強がってたのに、強がることすら今は出来ない」
◆
結論から言えば、インハイ後、シズと和は付き合い始めた。
シズの告白が受け入れられたから。
まさか、と思った。
だって和がそれを受け入れるなんて思ってもいなかったから。
でも、二人は幸せそうで見ていて微笑ましいほどに仲睦まじかった。
そして、二人には散々感謝された。
和「憧、穏乃から聞いたんです。穏乃の気持ちを後押ししてたって」
憧「あぁ…うん」
したかったわけじゃないけど。
和「ありがとうございます、私は諦めかけていましたし…叶うはずないって」
憧「そっか、よかったじゃん」
和「憧のおかげです、本当にありがとう」
憧「…ううん」
うまく、笑えなかった。
いつもなら上手く誤魔化せるのに。
なのに、全然笑えなかった。
穏乃「憧のおかげだよ、憧、ありがとね」
そんな無邪気な顔で笑わないでよ、辛いじゃん。
憧「私は何もしてないよ」
穏乃「ううん、憧がいなかったら…告白なんて出来なかったよ」
憧「ふふ、じゃあラーメンおごりね」
穏乃「うっ…でも嬉しいからおごるよ!」
憧「ありがと、シズ」
やっぱり、うまくは笑えない。
泣かないように耐えるだけで、精一杯。
二人は普段会えない分、マメに連絡を取り合っていた。
あたしと一緒にいるときに、和からメールが届くのも珍しくはなかった。
シズは笑顔で「~だってさ!」なんて言いながら返信する。
そばにいるあたしに出来ることは何もないし
ただただ辛い気持を押し殺して「そっか」って笑うだけ。
夏休みが終わって、秋の大会に向かって
本格的に部が動き出した。
団体戦にエントリーはできなかったけど、
個人戦でそれぞれ頑張ろうと晴絵は言った。
その頃から、私は麻雀に身が入らなくなりだした。
今までは麻雀さえ打っていれば嫌なこと全部忘れられた。
シズのことだって、忘れて打ち込めたのに。
なのに、それができない。
いつもやっていることができない。
つい余計なことを考えてしまう。
シズを気にしたり、和のことを考えたり。
好きな人に恋人が出来たくらいで何をそんなに苦しむ必要があるんだって
自問自答するけど答えなんか出てこないし考えてしまうのはどうしようもない。
みんなにも心配をかけた。みんなは優しいから、
「どうしたの?」「何か悩み?」と聞いてくれる。
でも、そんなの理由なんて言えない。言えるわけない。
やる気も何もかもなくなって、部活もサボりがちになった。
穏乃「憧、憧は私のためにいろんなことしてくれたよね」
憧「…何もしてないって」
穏乃「だから、今度は憧のために私が何かしたいんだ」
憧「別に、何もないよ」
穏乃「またそうやって投げやりになって!ねぇ、私を頼ってよ」
憧「…シズに出来ることはないよ」
穏乃「でも、」
憧「ごめん、ちょっとしばらく放っておいて」
穏乃「憧…わかった、わかったよ」
そうやって心配してくれるシズを拒絶した。
心配されればされるほど自分の殻に閉じこもった。
なにか出来ること?
じゃあ和と別れてあたしと付き合ってよ。
そんなこと、言えるわけないじゃん。
何も出来ることなんかない。なら、もう構わないで欲しい。
だけど、
自分だって告白しなかったくせに。
言えたのに言わなかったくせに。
関係が壊れるのを恐れて何も言わなかったくせに。
あたしにだって、いけないところはあったのに。
なのに、シズや和を責めることでしか心を保てなかった。
そんなとき、千里山で練習試合をすると聞いた。
晴絵が絶対参加しろってうるさく言った。
あたしを変えるきっかけにでもしようと思ったのかもしれない。
嫌々参加して麻雀を打ったけど、でもやっぱりダメだった。
集中できなかった。あぁ、ダメだって思った。
だから席を立った。
どこか空いている場所はないかな、終わるまで昼寝でもしよう。
なんて、考えながら空き部屋に入った。
◆
セーラ「ここでようやく俺の登場か」
憧「…うん」
セーラ「ありがとう、話してくれて」
憧「ううん、まだ。まだもうちょっと付き合って」
セーラ「おう、いくらでも」
憧「その前に、もう一度休憩」
休憩、の言葉を聞いて憧を抱きしめる。
憧「わかってんじゃん」
セーラ「2回目やしな」
憧「…ほんとごめん」
セーラ「何を今更」
憧「だよね」
◆
あれは冗談のつもりだったなんて言ったらセーラは怒る?
でもなんでもする、なんて言ったのはセーラだよ?
わかったようなことを言って、暑苦しいあんたを困らせたかった。
抱いて、とそう言えば困って「アホか」なんて言って
ちょっと説教されたりして、それで終わると思っていた。
けど、セーラはアドレスを聞いてきた。今日泊まれ、なんて。
本当にびっくりした。正直焦った。
そんなことになるなんて思ってもいなかったし。
でも、家の住所と時間が書かれたメールも送ってきた。
着実に話は進んでいた。やっぱり怖かった。
そんなことをしてやる気が出るわけない、元気が出るわけない。
シズを想う気持ちが、その苦しさが
好きでもない人に抱かれることで紛れるはずがない。
そう思ったけど、余裕ぶって「出るかもね」なんて言ってしまった。
撤回なんて出来ない。そんなの、悔しい。
それにセーラはもう本気になってしまってる。
やっぱり止めようなんて言えない。
何より、セーラが本気になったのはあたしの為なんだ。
「お前の為に」と言ってくれたのはやっぱり嬉しかったのか。
たった2回対局しただけなのに、なのにあんな風に思ってくれて、
無茶な願いを真剣に叶えようとしてくれている。
それが、嬉しかったのかもしれない。
あたしなんかのことをそんな風に思ってくれる人がいることが、
嬉しかったのかもしれない。
だから、みんなには大阪に残ると告げた。
反対はされなかった。
ここ最近ずっと腫れ物扱いだったからか、
「気晴らしでもするといいよ」と玄は言った。
シズのことはやっぱり少し気になった。
多分、「一緒に帰ろうよ」って言って欲しかったんだと思う。
でも、何も言わなかった。
「憧がそうしたいならそれでいいよ」って。
当然か。だってしばらく放っておいてくれってあたしが言ったんだから。
引き止めて機嫌を悪くするくらいならって考えたんだと思う。
自分勝手すぎるよなぁ、あたしって。
だからこんなことになっちゃったんだよな。
好きでもない人に、大切な初めてをあげるなんてことに。
制服のままでいるのは嫌だったから適当なお店に入って
服を買って着替えた。
約束の時間が刻一刻と近づいていく。
すっぽかそうかと一瞬考えたけど、
セーラに「ビビッたんか」とか言われるのだけは嫌だった。
もはや意地だけであたしはセーラの家に向かい、チャイムを押した。
頭の中にチラつくシズと和の姿。
玄関のドアを開けたセーラと目が合う。
次の瞬間、シズも和も私の頭の中からは消え去った。
◆
憧「この先はもう話す必要ないよね」
セーラ「うん、もういい」
憧「でも驚いたなぁ」
セーラ「え?」
憧「セーラにも彼女がいたことあるんだなって」
セーラ「あぁ…」
憧「絶対無いって思ってたし」
セーラ「ひどいなぁ、…けどまあ、彼女が居たことはないで」
憧「え?でも、経験あるって…確かに手慣れているようだったしさ」
セーラ「まあ、…それは今置いとこうや」
憧「嫌よ、話して」
セーラ「アカン、あとで」
憧「あと?絶対よ?」
セーラ「あぁ、わかってるって。あ、それより…この何ヶ月間かのこと聞かせて」
憧「え?」
セーラ「何を思って、俺を呼び出してた?それが聞きたい」
憧「あぁ…うん、えっと」
◆
セーラの優しさと包容力はあたしのことを確かに元気付けてくれた。
そんなことをしてやる気が出るはずないって思っていたのに。
そんなことで寂しさや苦しさが紛れるはずないって思っていたのに。
あたしは確かに元気になって、やる気も出ていた。
シズへの気持ちはいまだ健在ながら、その苦しさは少しマシになっていた。
「何も言いたくなければそれでいい。」なんていう
セーラの優しさが心地よかったし、嬉しかった。あたしはそれを欲してた。
回を重ねるごとに羞恥心がどこかへ行ってしまうような感覚で
恥ずかしいことも恥ずかしくなくなって
欲望のままにセーラに抱かれることを望んでいた。
最初の後悔も日に日に薄れていったし、会うのが楽しみですらあった。
あたしが何も言わないことにはあたしたちは何も先に進まない。
会って身体を求めるだけじゃ何も変わらないし
ずっと立ち止まったままになってしまう。
そんなことだって考えもするけど、だけど
立ち止まったままでもいいじゃん。先に進む必要なんてないよ。
ってそういう風に考える自分もいた。
セーラがそのことをどう思っているかは知らない。
迷惑だと思われているかも。そう考えたこともある。
でもセーラは絶対にそんなこと言わない。
ただひたすらに「憧の為に、憧の為なら」と接してくれる。
心に傷を負っているあたしにはそれがたまらなく嬉しくて、
甘え続けてばかりいた。
あたしたちの関係はひどく不安定で普通じゃないのはわかってる。
セーラにとってはただのセフレっていうか、遊びみたいなもんだと思う。
でもあたしにとってはそうじゃない。
精神安定剤、なんて言い過ぎだけど、でも
あたしがまた麻雀に向き合うためには必要な関係だった。
セーラという拠り所があったからこそ、秋季大会に打ち込めた。
インハイの時の様な輝きを取り戻すことは叶わなかったけど
今出来る精一杯の力を出せたと思う。
シズやみんなもあたしの変化を喜んでくれた。
また一緒にインターハイを目指そうって手をとってくれた。
みんなにどれだけ迷惑をかけていたか、今更ながら思い知った。
だけど、こんな気持ちもそう長くは続かなかった。
◆
セーラ「けど、今は牌を見たくないって?」
憧「…そう」
セーラ「なんで?」
憧「さぁ」
セーラ「こんだけ喋ってそこ隠すのはないやろ」
憧「それはそうだけど…あ、」
セーラ「なんや?」
憧「ねぇ、あたしたちって対等な関係?」
セーラ「どうかな、違う気がするけど」
憧「そうだよね、セーラはそう思ってる」
セーラ「え?」
憧「あたしは対等とは言わなくても、
セーラからただ与えられるだけの関係じゃないって思ってた」
セーラ「それはつまりどういうこと?」
憧「初めはそうだったと思う。あたしが望んだことだったし」
セーラ「うん」
憧「でも、最近はそうじゃないって。あたしがセーラに何かしら、
どんなつまらないことだったとしても、」
憧「何かを与えられていると思ってた。だから、
セーラが、自分ばっかりがあたしに何かを与えているつもりなのが嫌だった」
セーラ「それで怒ったん?」
憧「うん…寂しかったんだよ。あぁ、結局そうなんだって」
セーラ「…お前が楽しんでるとか言うから」
憧「それは言い過ぎたかも。ごめん、でもさ…」
セーラ「わかるよ、言いたいことは。でも、俺らの考えに違いがあったんやろ」
憧「そうだよね、でもあたしはそれが寂しいの」
セーラ「…なんて言えばいいかわからへん」
憧「別になんも言わなくていいよ」
セーラ「…じゃあ、憧が牌を見たくない理由を話せ」
憧「はぁ…わかった」
セーラ「ただ一つ言えることは、」
憧「ん?」
セーラ「俺は迷惑と思ったことは一度もないで」
憧「…バカ」
憧「あたしはね、気付いちゃったの」
セーラ「え?」
憧「自分の気持ちに気付いちゃったの」
セーラ「おい待て待てわからへんな」
憧「気付くだけなら別にそれでよかったんだよ
あぁ、そうなんだって納得も出来るし」
憧「心当たりが全くなかったってわけでもないしさ」
憧「だけどさ、それだけじゃないから面倒で辛いんだよね」
セーラ「おいこら、ちゃんと説明せぇ」
すっかり冷めたマグカップの中のココア。
憧はそれをゴクリと飲んで、「もう冷たいね」と呟く。
憧「待って、とりあえず聞いてよ」
セーラ「ん、…それで?」
憧「こう、自分の中でせめぎ合いがあるわけよ」
憧「それってホントにホントなの?とかさ、
いや、まだあっちが片付いてないじゃんとかね」
セーラ「…」
何が言いたいねんこいつは。
ってイライラしたらあかん、聞ける話も聞けなくなってしまう。
我慢我慢…。
憧「片付いてもいないのに、いや、片付け方もよくわからないのに
新しいことに手を出しちゃっていいのかって」
憧「1つずつ片付けていく方がいいんじゃないかとか
それでも、同時進行でもいいじゃんとか思ったりして」
憧「結局どうしたらいいのかわかんなくて、辛い」
セーラ「…この抽象的な話いつまで続くん?」
憧「もうちょっとだけ、たぶん」
セーラ「わかった」
なら、もうちょっとだけ付き合うか。
正直何のことやら全くわからへんのやけど。
憧「この辛い気持ちのせいだと思うんだ、牌を見たくないのは」
セーラ「お前さっき、俺のおかげでよくなったって言うたやん」
憧「まあそうなんだけどさ、今はそのときとはまた違っちゃってるんだよ」
セーラ「なんじゃそら」
憧「今は牌を見るとさっき言ったせめぎ合いが起こるの。
お前はどうしたいんだ、どうするんだ、どうするのが一番なんだって」
憧「そしたらもう麻雀に全然集中できない。」
セーラ「そうか、…うん」
憧「晴絵には怒られるし、部活内の腫れ物扱いが復活気味だしさ
ぜんっぜんダメなの。やる気も何もかもなくなっちゃう」
ったくまた自分とこの監督を下の名前で呼び捨てかい。
今度雅枝って呼んで、…いや、殺されるな、うん、間違いない。
セーラ「で、そのせめぎ合いとやらは何と何がせめぎ合ってんの?」
憧「それはまだ言わない」
セーラ「は?いやいや、それが一番大事なとこやん」
憧「まあ、いいから聞いててよもう」
セーラ「うぅ、わかった」
いかんいかん、せっかちすぎたか。
憧「けどせめぎ合いはさ、ここ半月ぐらいでだいぶ変わったんだよね」
セーラ「えぇ?」
憧「そのせいで余計辛いの、自分の感情の変化に付いてけない」
憧「きっとセーラが聞いたらそんなしょうもないことって言うと思う」
憧「でもさ、しょうがないんだよ。あたし弱いからさ」
セーラ「……」
憧「強く見えてるだけでやっぱりすごく弱いんだ」
セーラ「うん」
憧「でも、それがあたしなんだよ。ごめんね、セーラ」
寂しそうに笑って、また冷めたココアを飲む。
その笑顔がなんだか、俺の心を締め付ける。
あれ、なんやこれ…なんでこんなに苦しいんやろ。
憧「この話はさ、ちゃんと具体的にしようと思ったんだけど」
憧「でもやっぱ、今は出来ない…許して」
セーラ「…アカンって言ったら?」
憧「そうだなぁ…でもやっぱり内緒」
セーラ「じゃあ、1つだけ」
憧「ん?」
セーラ「最近のお前さ、気が晴れてないような気がするって言うたやん?」
憧「…さっきそんなこと言ってたね、セーラ」
セーラ「それは…現在進行形で辛いことがあるけど、でもそれは」
セーラ「この関係があっても、紛らわすのが難しいのか?」
憧「…かもね」
セーラ「…じゃあこうして会ってることに意味はあるんか?」
憧「あるよ、ないわけないじゃんか」
セーラ「でも、…でもなんか」
憧「もう、こんなことしたくない?」
セーラ「いやそういうわけじゃ…」
憧「なら、いいじゃん。あたし、セーラが必要なんだ」
セーラ「いい…のかなぁ」
憧「会って欲しいんだよ、あたしが。それでいいでしょ?」
セーラ「ああ、ええよ。わかった」
うーん。結局何も分からない。
憧は自分の中のせめぎ合いのせいで麻雀に集中できないって言う。
それは俺と寝るだけじゃ解決はできない。
でも、そのせめぎ合いが何なのか全然分からない。
見当も付かない。なのに、教えてはくれない。
憧が、俺に求めているものが全然分からない。
それでも望まれれば叶えてしまう。
それを憧は優しさと言うけど…本当にそうなのかまるでわからない。
いつやったか、船Qが言うてたっけ。
『先輩は優しすぎるんですよ、良い意味でも悪い意味でも』なんて。
これがそういうことなんかな…いや、わからへんけど。
セーラ「せめぎ合いか…」
ため息とともに、言葉が出てくる。
憧「え?」
セーラ「いや、俺も昔話でもするかなって」
憧「あぁ、さっきのやつ」
セーラ「そう。憧にだけ話をさせるのも悪いしな」
憧「言いたくないなら別に…」
絶対に言えって言うたのは誰やねんって。
でも、その不器用な優しさに感謝する。
セーラ「ええの、ええよ。話させて。
まあ、面白くもなんともない話やけど」
◆
◆
憧「ねぇ、セーラ」
セーラ「んー?」
憧「あたしが余計なこと頼まなきゃ、セーラはそのこと思い出さなかったのかな」
セーラ「さぁな」
憧「…ごめん」
セーラ「謝ってほしくて話したわけじゃないから気にすんな」
憧「そうだけど…」
セーラ「もう終わったことや。だから話した。憧は気にせんでええって」
セーラ「それに、憧も話してくれたやん。辛かったやろ?」
憧「…まあね」
セーラ「ほら、おあいこやん」
憧「そう?」
セーラ「そうや。そういうことにしとこ」
立ち上がって、ベッドに座る憧を見下ろした。
憧「なに?」
笑いかけてからわしゃわしゃと髪を撫でると
憧「ちょっと!乱れるじゃん」
って慌てて、可愛いなぁ。
ん?
可愛い?
誰が?
え?
憧…が?
可愛い?
何で?
え?
すまん、まだ続くけど寝かせてくれ
眠さが限界やー
支援などなどありがとございました
残ってた!ごめん、保守ありがとう申し訳ない
一時間くらいしたら残りの分さっさとあげちゃうよ
まあ、あの、完結はしないんですけどね…
>>115
憧「それで、それを思い出したからあたしにちゃんと話せって言ったの?」
セーラ「うん、そうやで。急に思い出して焦ったわ」
憧「あの時か」
セーラ「そう。でな、俺思ったんや。後悔したくないって」
憧「後悔?」
セーラ「あのとき、こう言えば良かったとかこうすれば良かったとか
全部後になって後悔したから」
セーラ「何も聞かないこととか、言わなくいてもいいって言うことは
優しさになるけど、でも、それだけじゃあかんなって」
セーラ「後悔せんように、ちゃんと聞こうって思ったんや」
憧「そっか、そうだったんだね…うん、セーラは正しかったと思う」
セーラ「ほんま?」
憧「うん、きっとそういう時だったんだよ。
あたしはいい機会を得たくらいに思ってるし」
セーラ「話してスッキリ出来た?」
憧「できたよ、長い話に付き合ってくれてありがとう」
セーラ「こちらこそ、ありがとう」
もう一度髪を撫でる。
憧「…うん」
あれ、文句言わへんの?
しおらしいなぁ、可愛いなぁ。
ん?
え?
可愛い?
だから、誰が?
憧?
え?
いや、そら憧は可愛いやろ。女の子って感じやし。
俺とは正反対やし…うん、可愛いよ。
でも、いや、なんていうか…あれ?
何を焦ってんのや俺は。
今更可愛いって思ったからなんやねん。
散々色んなことしてきたやろ、恥ずかしいことだっていっぱい。
やのに、なんでこんなことでいちいち動揺なんか…。
憧「セーラ?」
セーラ「…ん?」
憧「そろそろ寝ようよ」
セーラ「あぁ…もう遅いな」
時計の短針は真ん中よりも右にある。
憧「だいぶね」
冷めたココアはまあ…いいか、明日片付けよう。
寝ようと言われたら確かに眠くなってる。
電気を消して寝る準備。
だけど、憧がここにいるのはちゃんと理由があるから、
だから一応確認。
セーラ「…する?」
何を、なんて聞くなよ?
憧「したいの?」
あぁ、イラっとするわぁ。
セーラ「さぁ?」
憧「ま、ベッドに入ったら考える」
セーラ「なんじゃそら」
憧「…早く」
シャツの袖を引っ張って俺にベッドに入るように促す憧。
セーラ「うん、ちょい待って」
ゴソゴソと憧がいるベッドの中に入った。
暗闇の中、至近距離で向かい合う。
いつもなら、どちらからともなくキスをして、そんで、
気付いたら汗だくか、息を切らしているか。
色んなことを忘れるために夢中になるんや。
何もかも、考えられなくなるくらいの快楽を求めて。
なのに、今日はそうはならない。
向かい合って、見つめあう。
暗闇に目が慣れてくると、憧の顔がはっきり見える。
可愛い憧の顔。…そう、こいつはやっぱり可愛いねんな。
生意気やし、タメ口やけど、でも可愛いねんな。
…だ、だからなんやねん。
だからどうしたっていうんや。
な、なにを焦ってんの俺は。アホか。
セーラ「…俺の顔ばっかり見てどうするん」
憧「こっちのセリフ」
セーラ「キス…する?」
なんだか恥ずかしいセリフな気もするけど
でもこのままずっと見つめあってるなんて変やし。
キスはいつだって、始まりの合図。
憧「ううん、しない」
セーラ「え?」
憧「でも、セーラの顔は見ていたいかな」
セーラ「なんで?」
憧「さぁね」
セーラ「憧、お前さ」
憧「何?」
セーラ「俺のこと好きやろ」
からかうつもりの、軽口。
「そんなわけないでしょバカじゃないの」
って言われると思ってた。そう言って欲しかった。
でも、憧は
憧「うん、好きだよ」
なんて言った。
自分支援
真剣な顔で、目を逸らすことなく、じっと俺の目を見てくる。
俺は一瞬言われた意味が分からなくて固まった。
「は?」とか「え?」とかそんな言葉さえ出てこない。
憧「好きだよ、セーラ。おやすみ」
憧はまたそう言って、俺の鼻先に口付けた。
ベッドの中でゴソゴソと動いて俺に背を向ける。
俺は固まったままその背中を見つめる。
小さくて、細いその背中は震えているように見えた。
けど、やっぱり固まったまま動けもせず、言葉も出なかった。
言いたいことや聞きたいことがいっぱいあったのに
何も出来なかった。
ふと気付いた時には、憧の寝息だけが部屋に響いていた。
俺はそのとき初めて言われた意味をきちんと理解し、
恥ずかしくなって顔が赤くなって照れた。
頭を抱えて、そんなはずないとかおかしいとか考えて、
ありえない、からかわれただけ、そうに違いない。
そんな無茶な結論をつけて、静かに目を閉じた。
◆◆
結局、セーラには「ホント」のことは言えなかった。
言おうって思ったんだけど、言えなかった。
だから、寝る間際、あんなことを言ってしまった。
あれじゃきっと全然伝わってない。
あいつのことだから、きっと冗談だって思ってる。
冗談なら、いいのにね。
笑って「バーカ」って言ってやるのにね。
でも、そうじゃないんだ。
あたしは、ホントに…。
セーラに言えなかったこと、あたしが最近、気付いたこと。
優しいセーラを好きだと自覚してしまったこと。
会えば会うほど嬉しさと虚しさが募る。
だって、セーラにとっての自分は大した存在ではないから。
会ってセックスをするだけの関係。
あたしの為だと言ってくれるし、優しいけど
でもそれだけ。セーラが求めてるわけじゃない。
所詮、一方的な想いだから。
だから最近は会っても気は晴れなかった。
会いたいのに会いたくなくて、でも会ってしまう。
変化を求めれば会えなくなるかも知れない
そう思うと変化を恐れた。
ずっとこのまま、このままでいい。と逃げた。
以前よりもより強く、ここで二人、
ずっと立ち止まっていたいと願うようになっていた。
でもやっぱり、シズへの気持ちは変わらなかった。
だから、混乱した。
シズとセーラ。どっちも好きになってしまった。
こんなの変だ、おかしいと思ってもやっぱりどっちも好きだった。
せめぎ合いは、ここから始まった。
でもそんなせめぎ合いも、割とすぐに変化を見せた。
セーラに言えなかったこと、最近変わったこと。
最初はシズへの気持ちとセーラへの気持ちが同居してた。
どっちを選ぶんだ、でも、シズのことだってなにも片付いていないのに
セーラを好きなんて気持ち変だよと思っていた。
あたしの気持ちは、両者どちらへもほとんど同じ大きさだった。
牌を見るとどうしても二人のことを考えてしまう。
だから、牌が見たくなくなった。
それらがせめぎ合って辛くて麻雀から逃げていた。
でも、その逃げの気持ちがシズかセーラというせめぎ合いではなく、
セーラが好き、でも、シズも気になる
というようなセーラを中心に据えたせめぎ合いに変化していった。
あたしはどうしてもそんなその自分の気持ちの変化についていけなかった。
だから、余計に辛くなる。
そしてそんな弱い自分が嫌になっている。
自分がシズよりもセーラを好きでいるようだという事実を
受け入れられなかったのかもしれない。
何年も思い続けた人よりもたった数ヶ月の付き合いしかない
セーラの存在が日に日に大きくなっているという事実を
あたしは受け入れたくなかったのかもしれない。
朝起きたら、なんて声をかければいいんだろう。
昨日のやつは冗談だよ、
からかってごめんねって言えばいい?
それとも、昨日の意味、わかるよね?
なんて意味深な問いかけをしてもいい?
…もしくは、何もなかったことにしてはぐらかそうか?
そんなこと言ってないって誤魔化す。
どれが正しいかなんて今は分からない。
ねぇ、セーラ。
あなたはあたしをどう思ってるの。
好き?嫌い?それか、そのどっちでもない?
答えを聞きたいけど、やっぱり聞きたくない。
だからやっぱり、…なかったことに、しちゃおうか。
◆◆
これで書きためを全部吐き出しました
昨日で全部あげるつもりだったんですが、
途中で寝ちゃってすいません
次で終わらせる予定ですが
まだ全然書けていないので週末にでも
支援、保守ありがとうございました
では
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません