菫「荒野より君に告ぐ」 (142)
菫「冷たい別れ」の続きです。
残酷な描写あり。
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照(これは……!)
エントランスに駆けつけた照は目を疑った。
大階段の踊り場は瓦礫の山と化し、半壊した騎士像へ天井の一部から日の光が差していた。これだけ瓦解しているのに、三階建ての龍門渕邸の構造で邸全体が崩れなかったのは奇跡だと思った。
崩落事故とは考えづらい。それにしては被害が大きすぎる。
そして散乱するいくつかの死体。
ハギヨシ「……!!」
先行するハギヨシは死体一つ一つの衣服を確認し、手を握って何かをつぶやいた。
照「半竜! おい!」
ハギヨシ「……」
照「いったい何が起きている? この有様はなんだ!」
ハギヨシ「あなたのお仲間……ではないようですね」
照「爆発系は扱うことはできない。——……!」
照「巨弾槍……?」
青空の真下には陥没したような大穴があった。近づいて覗き込むと中心に黒光りする“柄”が見えた。
照「なぜ巨弾槍がここにある!? お前ら——」
ハギヨシ「、」ギリッ
照「軍部の連中に一杯食わされたな」
ハギヨシ「衣様——!」
照「待て!」
ハギヨシ「あなたは後で殺します」
照「ならばそれまで、」
照はふいに近づいて、視線を一切狂わすことなく、
照「共闘しろ。敵は同じだ」
即死の間合いで言い放った。
信用を得られるかだなんてわからない。それでも、照はハギヨシの信念に命を賭けた。
殺し、殺され合った二人の戦士に信頼などと云う体のいい石橋ができるはずはない。
しかしそれ以上に、互いの心の臓をもぎとりあったからこそわかる、いわば共鳴という名の思考のシンクロがあった。
ハギヨシは震えた。
敵を欺くためここまでするのか、それとも本気で言っているのか。
冷静な判断を下せば、今この瞬間に空手のこいつを縊り殺す他ない。一度騙されれば二度目はないからだ。だが、照の目から放たれる意志は本物であり、欺瞞で満ちていたはずの心は揺り動かされた。
宮永照は勝利に拘る。故に第三者の排除を最優先した戦線協定を結べと言うのだ。その言葉が真意だろうが、虚偽だろうがおかしくはない。
照の思惑が掴めねば、どちらにしても彼女の任務に対する思想と矛盾はしていなかった。
一瞬の思考迷路、
ハギヨシ「いいでしょう」
ハギヨシは照の眼を信じた。
◇◆◇◆◇◆
純「衣様、こちらへ!」
衣「とーかぁ…………、はじめ……」
純「くっ」グイ
衣「あぅ」
純「大人しくしてください!」
咲「どこへ行くんですか?」
純「!っ、」
咲「あなた方に動かれては困ります」
純「俺達はお前の標的じゃないんだろう!?」
咲「しかし、逃げられてはこちらの作戦にも支障が出るはずです」
純「……!」
咲「それでも逃走を選ぶのであれば……」
菫「『動くな』」
咲「——」
凍りつきそうなほど抑揚のない声で菫は唱えた。
衣「解……除」
それがこの世界で発した衣の最後の言葉で、うなだれると誰のかもわからない手首を落とした。
純「衣様……?」
純「……ああぁ、」
菫「宥!」
拘留の解けた菫は足を滑らせながら、制止した咲に脇目も振らずうずくまる宥に駆け寄る。
菫「しっかりしろ、」
宥は虫の鳴くような声で、「うん」と言った。
大切そうに抱きしめる玄の首には焼け焦げた痕があった。赤く膨れた箇所をさすると菫の脳裏にこの世界に来てからの玄と過ごした記憶が蘇る。
『ほんと!? 良かったーっ。早く会いたいなぁ』
それは初めて出会った山中でも、竜人の力を知った夜でもなく、玄の玄らしい一面が垣間見えた瞬間。
竹井久とのトランプの一戦後、宥の無事を聞いて無邪気にはしゃぐ玄がいた。
——姉に会いたい。
玄の願いはただそれだけだった。撫でられて頬を染める玄、酔いが回って姉の自慢話を聞かせる玄、それらは幸せを求めた純真純白な少女以外の何者でもなかった。
なぜ今、ナガノにいるのかと、そんな疑問さえどうでもよかった。
一日前まで、自分の妹のように可愛がっていた玄が死んだのだ。
菫「これじゃ意味ないだろ」
ぽつりとつぶやく。
こんな残酷なことがあってはいけないはずなのに、止めることのできなかった無力な自分に肩を震わせる。
菫は立ち上がり、ゆっくりと振り返ると暗器を腰から抜き出した。
人殺しなんて一生自分には関係ないと思ってた。
それでもやらなくちゃならない。
目の前には完全に停止した咲がいる。まじまじと見ると菫の知っている咲よりも少しだけ幼い。
思い出らしいものはなく、元いた世界で三度しか会ったことはない。交わした会話も片手で数えられるほど。
だけど、いい子だと思った。純粋無垢で、菫の思い描く理想の妹像だ。
なんだ。玄と変わらないじゃないか。
だったらなんで玄を殺すんだ。生首渡されて喜ぶ姉がいるはずないだろ。そんなこともわからないのかよ。
玄を失い、照の生存を知らない菫は、すべての不条理を咲へぶつけようと決めた。
狙うは首筋。「やってくれ」と純が叫んだ。
心臓の高鳴りが唇まで伝わってきて、それを押さえつけるように血が出るほど噛み締めた。
四秒——
腕を振ることはできなかった。
矛先が赤の他人であれば今頃そいつの首からは鮮血が噴出し、返り血に染まった菫が躊躇無くめった刺しにしていただろう。
止まった刃に映った自分と目が合い、よじれた声を漏らす。
菫「できるわけないだろ……っ」
根性無しだと笑う奴は人間じゃない。
平和な世界の道徳を植え付けられた菫にとって、知り合いの殺害は一線を越えていた。
暗器を床に叩きつけ、呪文のように妹の名を呼び続ける宥の腕を掴んで無理やり立たせた。
失意の眼差しを向けてくる純へ顔を背けたまま言った。
菫「逃げるぞ」
純「……、」
菫「私には無理だ」
純「衣様を頼みたい」
菫「……あ?」
純は抱きかかえた衣を菫に無理やり押し付ける。
困惑する菫をよそに、純は投げ捨てられていた暗器を拾い上げると咲へ、
菫「待——!!」
首のねじ切れる音がした。
二人が一足一刀の前合いとなったとき、咲の胸元から木の根が生え、純の首元へ巻きつきそして締め上げたのだ。
自立できなくなった純の肉体は、踵を立てながら半回転して受身もとらず倒れこんだ。
咲「——解析から解除にここまで時間がかかるとは思いませんでした」
咲「いいです。それ」
ああ、こいつは、
咲「もう油断はしません」
正真正銘の悪魔だ。
『伏せろ菫』
突如響き渡る照の念話。
驚くよりも先に、荒涼と化した菫の思考は冷静にその言葉の指示に従い、宥の体を床に押さえつけた。
頭上を通り過ぎる三本の飛針。
咲は微動だにせず、純の肉体を苗床に蔓を急成長させて飛針を受け止めた。
役目を果たした蔓が枯れ落ちる。
照「——お前」
咲「……」
照「咲、……?」
咲「初めまして」
遅れて駆けつけたハギヨシは状況を把握し、
ハギヨシ「衣様!」
壁際に退散していた菫から拾い上げる。
菫「みんな殺された」
ハギヨシ「透華様は……?」
菫「死んだんだ! みんなっ!」
咲「仕方ありませんでした」
ハギヨシ「何を、」
咲「作戦上の犠牲です。そもそもあなた方は排除命令が出ているので問題ありませんが」
ハギヨシ「貴様」
照「お前ら全員黙れ!!」
ハギヨシ「——、」
照「そうか、転生術ではなく死霊術か」
咲「はい」
照「今すぐその身体から消え去れ」
咲「それは不可能です。完全に根付いてしまいましたから」
区切りを狙い、ちらりと周囲をうかがう。
意識はなく深い呼吸を繰り返す天江衣、そいつを抱く半ば激昂状態にある半竜の執事。
魔法回路を酷使して、顔中に青い線が這った菫、
何かを抱えたまま菫の力で立たされている宥。
何か。
髪。
黒い。
血。
照「宥のそれ、く」
菫「玄さん、だよ」
照「誰が」
菫「…………咲」
照「……」ブルッ
照「——わかった。……半竜」
ハギヨシ「あなたの指図は受けません」
照「だめだ。今すぐ菫達を連れてここから離れろ。お前は勝てない」
ハギヨシ「嫌だと言ったら?」
照「無理強いはしないが、私達には天江を連れて行く義務はない。まだ息があるそいつを置いていくぞ」
ハギヨシ「く、……」
照「主君を想うなら死に際まで添い遂げろ。守るべき者が死んでから勝手に死ね」
咲「……」
咲「冷静ですね」
菫「『止まれ』」
咲「効きません。解析は終わりました」
菫「っ……!?」
照「足手まといになる。お前も行け、菫」
菫「駄目だそんなの」
照「私が負けるわけないだろ。現に半竜との死合いで生きてた。お前が私を信じていたかは知らないがな」
菫「念話を送ったとき、反応なかったから——」
咲「申し訳ありませんが、行かせるわけにはいきません」
ずるずるずる
巨弾槍が空けた大穴の淵から伸びてきた極太の蔓が、菫を飲み込もうとした。
ハギヨシ「剣の誓いを立てます。宮永照」
間を置かずに床を蹴り、蔓の大元を足を下ろすと踏みちぎる。
咲「——そうですか」
照「お前の相手は私だぞ」
殺気を纏わずふわりと跳び寄って、押した。
咲は抵抗しなかった。軽い体は踏みとどまることも魔法で薙ぐこともしない。全てを悟った表情で、照と視線をずらさず巨弾槍で貫かれた穴に仰向けで落ちていった。
照には逃げ出す選択肢もあった。
しかし、決着をつけねばならぬことも、同じ血を分けた姉妹として理解している。
宮永照を死地へ向かわせる意志は、騎士の名分でも一族の責任でもない。
照「弘世菫」
照が一歩踏み出し、何も無いところへ踏み入れ、
照「生きて帰れ」
消えていった。
菫「照……」
ハギヨシ「急ぎましょう」
菫「……」フラ
ハギヨシ「待ちなさい」
菫「私は、どうすればいいんだよ」
ハギヨシ「宮永照は『生きろ』と」
菫「お前、さっき私たちと殺しあったのに、」
ハギヨシ「なりふり構ってはいられなくなりました」
菫「だ——」
菫「誰を信じていけばいい……」
宥「菫さん、玄ちゃんがね、」
菫「……」
宥「また虫さんで遊んで、私ちゃんと怒ったんですよ? あんな野蛮なことして」
菫「玄さんは死んだ」
宥「注意したら、菫さんのとこに夜泊まりに行くって家出して、迷惑でしたよね、」
菫「……止めてくれ」
ギュ
宥「あぅ」
菫「ごめん、宥。私が悪かった。全部私のせいなんだ。だから少し、眠って。お願い」
宥「……——」
ストン
菫「案内してくれ」
ハギヨシ「抱きかかえて走れますか?」
菫「いける。魔法でどうにかなる」
ハギヨシ「……この廊下のつきあたり、衣様の自室の床に隠し扉があります」
ハギヨシ「ついてきてください」
再び、菫の体から色素が抜け落ちていった。
穴は深く、地下牢まで続いていた。
先に落ちていった咲とさほど時間を置いて降りたわけでもないのに、照が着地したときには六感で捉えられる物影はどこにもいなかった。
微かな日光で、周囲の視界はそれほど悪くはないが、一旦奥まで進んでしまうと追うことは難しい。
六感に映らない生物は基本ありえない。それを可能とする方法の一つに、先ほどのハギヨシが行った攻性迷彩でこちらの感覚を誤魔化すという幻術魔法がある。
しかし生前の咲には精神・肉体干渉系の青魔法を使いこなすことはできなかったはずだ。
その人間が使う魔法の得手不得手は人体に依存し、魂はエネルギーにしかなりえない。死霊術でどれだけ高位の魔法使いの命を消費しようと、得られるのは多少の燃費改善程度だ。
咲は植物が好きだった。理由の一端として、彼女が育てる花はどれだけ劣悪な環境でもきちんと咲かせることができたからだ。
何事もなく平和に勉学に励めば十指の一人になりえたほどに、咲の生命付与魔法は天才的だった。
最悪の状況を考える。
こちらの意図を読み取ったうえで、決戦を選ばず菫達を追いにここから逃げ出したという線もありえないことはない。
結局、とんでもなくヘタクソな“走査”を使ってみることにした。
咲「あ」
照「なるほどな。何かを適当な蔓を生やして、そいつに隠れていたつもりか」
咲「このままでは一日かけても見つからなそうなので、やめました」
照「助かる」
咲「全員でかかってくればいいのに」
照「それでは面白くないだろう」
咲「……私がですか?」
照「私がだ」
沈黙が流れる。
咲「……ふ」
咲「冗談かと思いましたけど、違うようですね」
照「ああ」
咲「あなたがそういった態度を示すのは、私が妹だからですか?」
照「そうだな」
咲「中身は違いますよ」
照「中身か……」
咲「個を維持するのに、最低限必要なものはと聞かれれば、それは魂であると答えます」
咲「あなたもそうでしょう?」
照「それは頭で理解はしているが、切っても切れないものぐらいある。お前にはそれが解るか」
咲「人間は不揃いな因子の集合体ですから、右向け右で全てが素直に言う事は聞かないでしょうね」
照「そうだな。軍のトップの人間であろうと気持ちの揺らぎは存在するようだ」
咲「……」
咲「……ここで座談を繰り広げるのは、何か理由が?」
照「それが今の会話全てだ。私はお前と喋ってみたかったんだ」
咲「罠でも張っているのかと思いました」
照「……なるほど」
咲「?」
照「お前、愛玩用か? 少々私情が見られる」
咲「その質問には——……、いえ、お答えします」
咲「私の器満たしている魂の三割ほどは、同い年の女性です」
咲「人間の行動学を刷り込まれる以前に、私には本能として感情を読み取り、自身にも感情を作ることはできます」
照「戦士としては不安定だな。お前の創造主は?」
咲「原村和様です」
照「あいつか。所詮はガキだな」
咲「曖昧さこそが人間の強みです」
照「へぇ、」
照「それじゃあ雑談終わり。ありがとう、満足した」
三椏の花弁のような下品な色合いが、周囲を舞った。
パイロテクニクス。
玄が使えて照が使えぬ道理はない。重すぎる代償を払えば人間にも使役できる。
照「死んだ人間は生きてちゃいけないんだよ、咲」
詠唱、螺旋展開、着火、寿命の半分を消化し、風を呼ぶ。
照の周囲1メートルを除き、豪火で燃やし尽くした。
照「『灰は灰へ』」
塵は塵に。魂は元いた場所へ。
◇◆◇◆◇◆
隠し穴を抜け、一階の調理場裏へ出る。
ハギヨシ「ここから西に抜ければ広い商交通路に出ます。南下してすぐに国境です。あなたなら無理にでも通れます」
菫「お前はどうするんだ?」
ハギヨシ「あなた方を逃がす算段をたてます」
菫「どういうことだ、一緒に逃げるのだろ?」
ハギヨシ「追っ手は彼女だけではない。私の感知域限界にいくつかの影があります。おそらく、軍部の——」
菫「だとしても、そいつはどうする!」
ハギヨシ「連れて行って欲しい」
菫「ふざけ——、」
宥「菫さん」
菫「起きたのか、……」
宥「菫さん、連れて行きましょう。衣ちゃんを仲間はずれにするのは可哀想ですよ」
菫「『眠れ』」
宥「…………どうかしたんですか?」
ハギヨシ「無意識で打ち消しているようです……」
菫「っ……、どいつもこいつも! 好き勝手言って! 少しは私の言う事ぐらい聞けよっっ!!」
宥「衣ちゃんも、遊びに入りたいよね?」
菫「卑怯だよ……。そんな目で、言われたら……」
宥「……」
宥「玄ちゃんも遊びたいって」
菫「……っ、」
ふざけんな
菫「——わかった。連れて行く」
ハギヨシ「感謝します」
宥「ありがとうございます」ニコ
菫「絶対死ぬな。じゃないと、こいつが悲しむ」
ハギヨシ「……はい」
菫「宥、歩けるか?」
宥「はい」
ハギヨシ「失礼します」
不可避な死の予言に菫は顔を背けた。
ハギヨシの顔には死の運命線で埋め尽くされていた。それを知った上で「絶対に死ぬな」とほざいたのだ。
菫「行くぞ」
衣を担ぎ上げ、宥の手を引いて森へと向かう。
◇◆◇◆◇◆
妹の体を前にしてここまで残酷になれたのは二日前の小蒔が行った幻術魔法のおかげだろう。
覚悟は人を変える。死別した妹の幻想を目にして、嗚咽を上げ女々しく涙を流す照とは違った。
照「……」
照「死んでないだろ?」
ゲシ
咲「くぉっ……」
照「お前は私の妹なんかじゃない。私にはもう妹はいない。殺してやるよ」
照(弔い合戦だ。玄)
玄の敗北の理由、それは情報の差にあった。
玄は竜人の中でも驚異的な火炎魔法を得意とし、戦いの中では霞や初美にもひけをとらない。
一般兵であれば火炎魔法は対策のしようがなく、例え打消しの魔法を唱えようとも焼け石に水で、次の詠唱前に喉が焼かれてしまう。
だがその豪火を防ぐほどの高位魔法を使役できれば、話は変わる。
事前に術者の情報さえあれば——、特に玄は火炎魔法以外に戦場で有効な魔法は持ち合わせておらず、対策済みの高位魔法使いには一対一で勝利することは難しい。
故に照のパイロテクニクスは効果があった。
人間が仕える魔法ではない、そんな思い込みが針の穴を通した。
咲「『来い』」
炭化した右頬を懸命に動かし、咲が詠唱する。
照は防衛本能に従い、まばたきよりも早く咲から距離を置いた。どこから攻撃されてもおかしくない。『来い』だけではどの系統の魔法かもわからず、カウンター型の超攻魔法の線もありうる。
六感を張り巡らせてる間、他の五感を咲へ向け続ける。そして、地下牢全体が軋み上がり、咲がうずくまるすぐ後ろの壁から根が突き出た。
照(っ、)
比重の崩れた石壁は流れるように崩壊を始め、根全体が咲を包み込むと引きずり込んでいく。
根が咲を連れ去っていった先は龍門渕邸と隣り合う崖。
照「逃がすか」
ここで根に触れてしまえば思う壺であるが、一度地上へ戻りそこから龍門渕邸を抜け出し谷へ向かっては悠長すぎる。
宝剣を呼びつけ、すぐさま後退していく根へ突き刺す。
剣は緑色に鈍く輝き、刃が触れることなく木の根を引き裂いていく。生死の理をまったくもって無視するその威力に、現在の所持者である照でさえ、恐れを感じてしまう。
既に姿の見えない咲へ剣が到達することは難しい。しかし、何もしないよりはマシだ。
照「がっ」
剣を避けて、根は照の首元へ巻きつく。庇護の力が逆流し、血管が緑色に変色、それでもこちらを殺そうと根は締め上げた。
照(もう一発ッッ)
唾液を燃料へ転換。歯を火打石に見立てて奥歯が折れるほど強く噛む。
蝋燭の火のような弱弱しい朧火にも根は正確に反応した。術者のトラウマは魔法にも影響は出るのだ。
根がひるむ。照を掴んだまま、逃げるように穴の中へ入り込んでいった。
龍門渕邸目下、垂直にそびえる河蝕崖の腹が破裂した。
ミミズのようにうごめく木の根と、それに足と首を掴まれた照が勢いよく飛び出す。
赤魔法と宝剣の庇護に耐えられなくなった木の根は、崖下へ照を投げ飛ばそうとした。
振りかぶるように木の根が大きく曲がった瞬間、照は、周りとは違う不自然に太くなった木の根を見つけた。
照「あそこか」
宝剣との契約解除を唱え、
照「いつか回収する」
投げた。
不安定さから狙いがずれるが、太くなった根を元より断ち切った。
根は湯気のように散開し、中から自己修復中の咲が現れる。
咲「……っ!」
照「殺すと言ったろう」
空中へ投げ出された二人の落下が始まった。
息を練り、飛針を咲の眉間を狙って投擲。
咲は体をねじり、首の可動域限界を使って飛針を避けようとする。だが、全くの無傷は不可避だと照は確信していた。
頭を弾いた。
そして崖下へ流れる濁流へと二人は同時に着水した。
◇◆◇◆◇◆
ガサガサ
菫「宥は飛べないのか?」
宥「幼い頃に怪我をして、それ以来飛ぶのが怖くて、……です」
菫「そうか」
宥「……前に話しませんでしたっけ? それと、どこへ行くんですか?」
菫「……」
宥は破壊された。
菫と【菫】の違いに気付けないほどに。
幼い頃夢中だった勇者とお姫様の御伽噺は、二人が幸せに暮らすエピローグを挟んで幕を閉じる。
まさかそんな遠足気分で救出任務に赴いたわけではない。しかし、頭の端っこで自分がヒーローになる姿を想像していた。そんな自身の認識の甘さに吐き気がした。魔法が使えるようになって、天才だとはやし立てられた結果がこれだ。
少なからず自分がこの国に踏み入ったせいで沢山の死者が出た。
夢であればいい。菫の精神だって既に限界を迎えているのだ。
いっぱい死んだ。
いっぱい。
菫「私が悪かった。全部私のせいだ」
宥「え、!? どうしたんですか、急に」
菫「やりようがあったはずだ。もっと違った未来があったんだ」
宥「あの、」
菫「——私は、無力だ」
アオオオーン
菫「!!っ」
菫「走れっ!」
宥「へ——」
菫「くそっ、あいつらこんなところまで」
宥「あっ、あ」
菫「そんなに私を殺したいか」
玄の首を大事そうに抱える宥はずいぶんと走りにくそうに見えた。
でも、それを捨てろだなんて言って、宥はうなずくだろうか。いや——。
もう一度、一瞥くれると、宥の下半身は玄から流れ出た血で赤黒く染まり、その光景は狂人の様であった。
このままでは狼達に追いつかれる。
菫「宥。それを、」
次の言葉が出てこなかった。
宥に玄の死を認識させることはどれほど困難で苦痛を伴うか、想像せずとも理解は容易い。
宥「?、なんでしょう?」
菫「置いてくれないか? 走るのに……邪魔だから」
宥「何を?」
何を。
玄の首以外に何があると言うのか。
菫「——なんでもない」
ハッハッハッ
菫「!?」
菫(数が……昨日よりも、倍、いやもっとだ)
菫「……」
菫(私は、多分ここで死ぬ)
菫「少し、下がってくれ」
宥「お、狼さんが……」ガクガク
菫「ゆうっ!!」
宥「っ」ビクッ
菫「できるだけ時間稼ぐから、逃げて」
宥「すみ、」
菫「逃げろって言ってるんだ」
菫「『逃げろ』ッ」
宥「……はい」
菫の読み通り、宥を追う狼はいなかった。
読みと言っても直感で、なぜなのかはっきりとはわからない。完全に術者に操られているのか、それとも魂の代償への契りなのか。ただ菫にとってそんなことはどうでもよくて、殺意を向ける狼達は牙の生えた糞袋と変わりなかった。
バウッ
群れの中で最も若い一匹が飛び掛ってきた。
菫「『ファイト』、」
菫「『戦う、君の唄を』」
覚醒した蛇の本能に従い、小石を蹴り飛ばす。
狼の頭が破裂した。
菫「『戦わないやつが笑うだろう』」
菫「……いい歌だ。宥の母親が好きだったらしい」
キャオオン
鉄砲玉を失った狼の群れは、一つの生き物のように、息を合わせて菫へ襲い掛かる。
菫の指先の届く範囲が致死圏内となった。
薙いだ拳で一匹の首を抉りとり、逆の腕でもう一匹の頭を掴んで握りつぶす。
頭のない一匹を投げ飛ばして、地から足が離れた二匹を叩き落すと、その内一匹は踵で踏んで、もう一匹は頭だけ蹴りあげた。
トマトみたいだな、と菫は思った。
菫は赤い瞳孔をちらつかせ、髪の先まで完全な白へと変化していた。
魔法も使わずに目にも留まらぬ身のこなしで狼を駆逐するその姿は、人間を脱していた。
二秒後、今度は五匹殺した。
狼達は東横桃子の怨念を肩代わりして、逃げることもせず、得体のしれない何かへ牙を剥き続けた。
畜生程度の頭脳では、波状攻撃以上に画期的な戦法を生み出すことはできず、ただやみくもに飛び掛る以外に襲う方法はなかった。
一匹、また一匹、絶対的な捕食者を前に命が消し飛んでいく。
それでも菫に傷一つ負わすことができなかった。
また五匹殺した。
果敢に挑んできた老いた一匹の脳漿を飛び散らせたとき、菫の口から黒い霧が漏れた。
それは竜人がときたま吐く重金属を含んだ黒煙だった。
——楽しい。
場違いな高揚感に身が悶える。
積み重なったストレスと死への恐怖に、菫は感情と身体のすべてを先祖返りさせていたのだった。
四十匹を殺した。
臓物と糞尿の臭いで嗅覚がイカれたが、体中を返り血で染まった菫にはどうってことはない。
菫「どうしたぁっ! 来い!」
怖気づき始めた狼達に一喝する。
その姿に今まで存在しなかった優越感と淡い軽蔑の笑みを向けた。
油断。
菫「——!」
足元に電流が走る。振り向くと下半身を失った一匹が懸命に菫の足首へ噛み付いていた。
菫「くそ、」
ふくらみきった始祖のプライドが、予想外の出来事に菫を激昂させた。
それを機に半径を100メートルまで拡大していた六感がふつりと切れたのだ。
一匹が気付いた。これは好機に違いない。
菫が一矢報いたそいつを踏み抜いた時、猛襲する二匹の存在に反応することはできなかった。
菫の片腕は牙でもがれ、首筋に爪が走った。
バランス失った菫は膝から崩れ落ちた。
菫(ああ、)
宥「菫さん!!」
菫(馬鹿だな、逃げろって言ったのに)
突然の乱入者に、狼たちは身体を強張らせた。
宥は菫を抱き起こすと首に唇を当てて魔法を唱える。
宥「やだっ、血、止まってぇ」
宥が行う懸命の処置もむなしく、菫は傷口から血を流し続けた。
菫(……気を取り直したのかな)
宥「死なないでください、」
菫(はは、修復魔法、あまりうまくないんだ)
狼達は宥を見て、脅威無しと判断した。
後ろ脚を屈める。
同胞を虐殺された狼達は、二人を同じ目に合わせてやろうと思った。
宥「誰か助けてっ!!」
偶然にも宥の叫びは玄が咲を前に発した言葉と同じで、そのとき玄には絶望しか待っていなかった。
雨が、降る。
今日分終了
完結目標はGW中です。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
元の世界
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宮永家前
淡「……ひぐっ」
玄「淡ちゃん、ここにいたら風邪ひいちゃうよ?」
淡「テルが、許してくれるまで、ここにいる」
玄「じゃあ入ろう」
淡「……テル怖い」
玄「……」
ストン
玄「だったら私もここにいるよ」
淡「風邪ひく」
玄「それは淡ちゃんも一緒じゃない」
淡「私はいいんだもん。罰だよ。サキを送っちゃった罰」
玄「だからそれは偽菫さんに騙されたからで、」
淡「……元を辿れば全部私が悪い」
玄(それは否定できない……)
淡「さっきのテル、今までにないぐらい怖かった」
淡「きっと私のこと嫌いになっちゃったんだ……」
玄「淡ちゃん」
ほっぺむにー
淡「にほほへ」
玄「もちもち」
淡「なにをするっ」ペシッ
玄「なんか久しぶりだったし、ね」
玄「そういうウジウジした淡ちゃん、ぽくないよ。いつもお姉ちゃんと弘世さんとの間で邪魔してるほうが自然だよ」
淡「邪魔してねぇし! 運命のキューピッドだし!」
玄「……キューピッド。ふーん」
淡「……邪魔してないもん」ウジウジ
玄「……」
玄「私は二人とも、ちゃんと帰ってこれると信じてる」
淡「わ、私だって、無事に帰ってこれると思ってるよ!」
玄「うん、でも、ほとんど確信なんだよ。弘世さんにはお姉ちゃんを残してどっか行くなんて、そんなのダメ」
玄「私は許さないと思う。お姉ちゃんを悲しませる弘世さんなんていらない」
玄「だから絶対帰ってきてもらわなくちゃ」
ようやく、菫へのわだかまりの正体がわかった。
なるほど。
自分は菫が好きなのだ。
玄「ほんと、許さないんだから」
ちょっと更新
菫「ここが松実館か」と繋がりがあるので、玄と淡は面識ありという設定で進めます。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
魔法世界
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
雷が落ちた。
いつの間にやら降り始めた雨の中、神の一撃の如き紫雷が、さほど遠くはない木に落ちた。
音の圧だけで宥はのけぞり、菫を上にして倒れこむ。
「消えなさい」
最強の生物が降り立つ。
その威圧に狼達は震えた。
「今すぐ」
言葉が理解できるわけではない。が、その竜人の存在が示していた。
ある種の神である。
狼達は桃子の最後の命令を果たすことはせず、何事もなかったかのように各々の住処へと戻って行った。
「あ、ああ、そんな、」
宥「霞様、と菫——さん?」
霞「——っ!!、どきなさい!」
【菫】「私はどうすれば、」
霞「無くなった腕を捜してきてっ!」
菫(……夢か? 私がもう一人いるぞ)
霞「息がある、よかった」
菫(あったかい……。それと、すごく眠い)
霞「ちょっと血が出すぎちゃってるけど、これなら助かるわ」
宥の抱えたそれに気付く。
霞「——宥ちゃん、」
・
・
・
【菫】「ありましたっ。霞様、」
霞「ええ、」
【菫】「“私”の容態はどうですか」
霞「大丈夫」
【菫】「良か
言いかけて腕を落とした。
霞「何をしているの!! 断面から菌が入ればどれだけ大変かぐらいあなたもわかっているでしょう!」
【菫】「玄」
宥「はい」
宥「玄ちゃん、死んじゃった」
【菫】「何言ってんだよ」
霞「……諦めなさい」
【菫】「諦めろ、だって?」
霞「早く腕をこちらへ、繋がらなくなるわよ」
【菫】「っ、くろっ」フラ
霞「言ってわからないのかッ!」
【菫】「なぜ? おかしいでしょう!?」
霞「あなた、兵士よね? 仲間の死にしょぼくれてる暇なんかないわよ」
【菫】「玄はただの国遣賢竜です、あいつは、あのバカは、兵士のはしくれでさえなかった」
霞「一度でも対外戦闘を行えば、そんな妄言吹き飛ぶわ。捕虜制度なんてあってないようなもの」
【菫】「なぜそこまで冷静でいられるんですか!?」
一瞬、意識がとんだ。
ぬかるんだ土に顔から落ちて、口の中に獣の皮が潜り込む。
そいつを唾液と一緒にだらしなく垂らし、体勢を立て直すとようやく何がおきたかわかった。
霞による鼻先への裏拳。決壊するように鼻の穴から血が溢れる。
霞「ふざけんじゃねーわよ……っ」
霞の額に青筋が走る。
霞「私と露子はね、八踏衆最後の二人で、親友として永い付き合いだった」
霞「——生前、露子に言われたわ、もしもがあればこの子達をよろしくって。……知ってた? 玄ちゃんも宥ちゃんも、年少の頃はカゴシマで過ごしてたの」
霞「玉遊びも語学の勉強も、虫相撲だってした。私はこの子たちの母親のつもりで接してた。たった一年だけどね。だから、」
たった一瞬、声が震えた。
霞「——……私以上に悲しむな。知った風な口も聞くな」
宥「け、喧嘩は……」オロオロ
【菫】「口が過ぎました」
霞「鼻血止まらないなら治してあげるからこっちに来なさい」
【菫】「…………宥、教えてくれ」
宥「えっと」
霞「今宥ちゃんは催眠状態にしている。精神が崩壊寸前だったわ。まともな受け答えは期待しないで」
宥「……菫さんが助けに来てくれて、そしたら龍門渕さんいなくなって、それで——」
宥「咲ちゃんが、玄ちゃんの首を持ってきたの。ぽいって」
【菫】「咲……!? 勘違いじゃないか?」
霞「こっちの菫ちゃんの記憶をできる限り読み込んでみたの、……おそらく、照ちゃんの妹さんを誰かが死霊術で再生し、そして玄ちゃんを襲わせたみたい」
【菫】「——……淡様が!」
霞「無理やり一般人の脳から念号を使ってはっちゃんを向かわせた。あなたが行っても遅すぎる」
霞「照ちゃんが、妹さんと戦っている。助けに行きなさい」
【菫】「……」
霞「聞いてる?」
【菫】「……聞いてます」
霞「私はこの子たちとそこの木の後ろにいる天江衣を連れて帰るわ」
【菫】「よろしくお願いします」
霞「決心はついた?」
【菫】「躊躇しません。やり遂げます」
霞「幸運を」
霞(玄ちゃんの首、手を加えられていてやけに魂の残留が多い)
霞(もしかしたら——)
◇◆◇◆◇◆
谷底の川は深く、流れは急だった。
照(重いっ)
小剣と針を全て外し、いくらか軽くなった身体で空気を求めて水面へと泳ぐ。
酸素を得て、喉に入った水を吐き出すと周囲を見回した。
咲は——
いた。対岸の浅瀬で膝をついて咳き込んでいた。
それを確認すると、照は近くの岩によじ登り胡坐をかいて一息つく。
照「おいっ」
咲「!、」
相当水を飲んでいたのだろう。こちらに気がついた咲は、余計苦しそうにえづいた。
照「下手くそ。泳げないのか」
咲「……」
睨み返した咲の額は頭頂へ向かって皮膚が削り取られていた。飛針のダメージは安くは無かった。
照は岩を蹴って、浅瀬へ飛び乗る。
照「立て。終わってない」
軽い挑発のつもりだったが、咲は見て分かるように怒りを露にした。
咲「がァッ」
咲は剣を引き抜き、わき腹を狙った渾身の一閃を放つ。
臆することもなく、照は流れる刃の側面に拳を当て、一気に捻り上げる。
螺旋の力を借りて最小の力で上方へ払いのけた。菫が得意としていた『白刃流し』である。
続けて、よろめく咲の腹へ寸勁。踏み込みは甘かったが、体重の軽い咲には十分だった。
ごぼっ。
吹き飛ばされ、仰向けで内容物を吐く。
菫には感謝しなけねばならない。日々の訓練が活きた。
魔法も剣も用いぬ徒手戦における菫は化け物である。いつかは彼女を越えてやろうという気概がここにきて発揮されたのだ。
寸頸は内蔵を破壊した。魔法回路を切り刻み、咲は立ち上がることさえできなかった。
照「玄は最後になんと言っていた」
咲「……」
一歩詰め寄る。
咲「『姉に会わせてほしいと』」
照「それが、あれか」
咲「……そうです」
また一歩詰め寄った。
照「お前は私に会えて嬉しかったか?」
咲「…………いいえ」
照の動きが止まる。
這い蹲る咲に影が覆いかぶさる形で、照は笑みを向けた。
照「私は、少しだけ嬉しかったよ」
咲は、照がこちらへ屈みこんだのだと思った。
死を意識し、目を閉じた。
——。
三秒たっても、何も起きない。
砂利の擦れる音がして目を開けると、照が目の前でうつ伏せに横たわっていた。
咲「何をしているのですか」
照「……限界だった、みたいだ」
咲「何で」
腹の下の砂利が赤く染まっていることに気付く。
雨で増水した川の小波が照の身体から血を奪っていく。
照「昨日の、傷、さっき開いて、」
咲「……」
咲「いいんですか? 殺しますよ」
照「そうして、くれ」
咲「……!」
照「作戦は、完了した。お前の、……負けだ」
咲「私が本気を出せば追いつけます」
照「龍が来た」
その言葉の意味を理解することはできなかった。
理解する前に、憎悪に満たされ飛来した矢が咲の首を撥ねたからだ。
派手に血を撒いて、咲の肉体が転がる。
照「遅いぞ、菫」
【菫】「照、死ぬな! バカヤロウ! おいっ、おい!!!」
照————!!!
…………………………
……………………
………………
今日分終了
次かその次ぐらいで終わります。
オマケは時間があれば書きます
◇◆◇◆◇◆
1時間後、単騎にて中央府に突入した初美が軟禁状態の淡を発見。宥救出の旨を報告。
2時間後、淡が和へ対座し宣戦布告。カントーとナガノ、戦争状態へ。
2時間後、和が無条件降伏。すぐさま人質としてカントーへ連行。その際に一切の部下を含まず。
7時間後、作戦立案部及び企画部の解散を命令。淡独断で戦犯者一覧を作成。【菫】と合流し、臨時政府を立ち上げる。
8時間後、カントー脳位陣へ報告書の作成命令。作戦企画部長を淡が直接処刑。
8時間後、玄の全ての遺体を回収。両陣営の暫定死亡者一覧が淡の元に届く。淡、玄の遺体と初の対面をする。
——宥救出から18時間後
霞「ナガノ、どうするつもり?」
淡「さあ」
霞「さあ、って」
淡「もう少し独りにさせてほしい」
霞「ダメ。具体的な方針を聞くまで帰らない」
淡「……領姫は軟禁する。死ぬまで。処刑はしない」
霞「そう」
淡「ナガノは併合して、自治領としてある程度様子を見る。二三年ほどかな」
淡「それでこの件は全員の体裁を保ち解決。文句ある?」
霞「ないわ」
淡「じゃあ、帰って」
霞「玄ちゃんの葬式に出てからよ」
淡「ああ、それなら玄も喜ぶ、はずだ」
霞「……」
淡「まだ何か?」
霞「さっき、目を覚ました菫さんを呼んだわ。魔法が使えるほうのね」
淡「……だからなんだ」
霞「言いたいことがあるそうよ」
淡「そんなの、直接言わなくたって」
霞「そうね、でも大事なことかもしれない。——入りなさい」
ガチャリ
菫「……」
淡「用件は」
菫「私がこの世界へ来たとき、玄さんが言っていた」
菫「転生術、そいつを詳しく聞きたい」
淡「——黙れ」
霞「……」
淡「禁忌だ。説明する必要はない」
霞「死者の肉体を素体とし、残留した魂を呼び起こす、秘術」
淡「カスミも黙れってんだよ」
菫「私はそれを玄さんに使う」
淡「言っただろ。禁忌の秘術だ」
菫「お前、」
淡には次の言葉がわかった。
菫「玄さんと親友だったんだろ。なぜ、」
淡「——ッ」
淡「うるさいうるさいうるさい!!」
淡「お前が、一国の王であるがために何が必要か知ってるか!?」
淡「『無感情』だよ!! 自分を殺さなくちゃやってけねーンだよっ!!」
霞「転生術はこの国の法で最厳罰と決められているの」
淡「……一度でも頼ったら、ずっと依存しちまう」
淡「クロが死んだのを聞いて、それでも私は絶対泣かないんだって決めた。——だけど!」
淡「……無理なんだよっ、あいつが、笑った顔でっ、夢に出てきて、」
淡「くそっ……!」
菫「……ひとつ約束があったはずだ」
菫「作戦が成功した報酬、なんでも言う事を聞く」
菫「私の我侭を聞いてくれ」
淡「それでも法を覆すことはできない。それに、現状そいつを完遂できるやつなんていない」
淡「クロだってでまかせだ。あいつはクワガタ一匹生き返らせるのがやっとだ」
菫「私ならできる」
淡「なんだよその自信はっ。カスミでさえ難しいんだぞ。それに魂だって足りない」
菫「竜人の、でも?」
淡「スミレは勘違いしてる。竜人の魂は無尽蔵に湧く泉。だけど器の大きさは決まっていて連続に使うには制限がある」
菫「だったら私のを使う。容量なら竜人よりも上だ」
淡「カスミぃ、入れ知恵したのお前か」
霞「聞かれたから」
菫「罰はなんだ?」
淡「何のだよ」
菫「転生術のだ」
霞「そうね、最も軽くて国外追放ってところかしら。“菫さん”ならそれで済むわ」
淡「財は全て国が没収。地位も名誉も全て」
菫「じゃあそれでいい」
淡「お前はこの世界の住人じゃないだろ」
菫「ならばもう一人の私の全てを奪えばいい」
淡「それは——」
菫「あいつは罰を受けるべきだ。役立たずの罰を」
◇◆◇◆◇◆
照(……)パチリ
照「ここは」
【菫】「城まで戻ってきた。作戦は終わった」
【菫】「半死のお前を担いで、途中で小蒔様が迎えに来てくれた。ギリギリだったんだぞ」
照「……そうか。宥と菫は?」
【菫】「ああ、二人とも無事だ。身体の異常も治って以前のままだ」
照「一応は成功ということか」
【菫】「……そういうことになる」
照「宥は、」
【菫】「事実を受け入れた」
【菫】「精神も安定していて、食事もできる」
照「玄を失った損害はあまりにも大きい。お前は、この結果をどう見る」
【菫】「……察しろ」
照「言葉で聞きたい」
【菫】「玄は、死ぬべきなんかじゃなかった……」
【菫】「しかし、原因を辿ればあいつのミスであるとも言える。あいつはスパイに『虫』をしこまれ作戦の概要が筒抜けだったらしい」
照「……ふむ」
【菫】「でも、あいつは16だぞ……? これからだってのに……」
咲「ぅううん」ムニャムニャ
照「!?」
咲「——あっ、お姉ちゃん!」
照「お前、生きていたのかっ」ガタッ
グラ
【菫】「危ないな、急に体を起こすな」
照「だって——、」
【菫】「そうだよ。私が向こうから連れてきた。本物の咲だ」
照「向こうの世界……?」
咲「は、初めましてでいいのかな、宮永咲です。よろしく、えっと、お願いしま……す」オズオズ
照「……」
咲「……」
照「……」
咲「……」
照「寝る」
咲「ええ!?」
【菫】「お前……、まったく」
ガチャリ
【菫】「あいつも疲れているんだ、また後で、話相手でもしてくれ」
咲「……はい」ズーン
【菫】「頬赤かったのわかった?」
咲「いえ、」
【菫】「嬉し恥ずかしくなるとそうなる」
咲「あっ……そうなんですか!」パァア
【菫】「色々あったからな。気持ちの整理がついてないし、びっくりしたんだ」
咲「はい、じゃあまた後で」フリフリ
【菫】「咲はいなくなったぞ」
「ああ」
【菫】「気配まで消して……」
菫「さあ。自分でもわからない」
【菫】「私は、お前に礼をせねばならない」
菫「……」
【菫】「それと謝罪も」
菫「荷物をまとめろ。いや、それも取り上げられてしまうのか」
【菫】「……どういう意味だ」
菫「この国から出て行け。それが願いだ」
【菫】「詳しく話せ。一体どんな意図があって、」
菫「玄さんを転生させる」
【菫】「誰がだ」
菫「私が」
【菫】「お前、死ぬぞ」
菫「私は死なない。玄さんも生き返る。不幸なのはお前だけだ。ざまあみろ」
【菫】「まさか、作戦参加のあてつけか? ……私にはわかるぞ。お前は死んで、玄は生き返らない」
菫「例えそれでも、いい」
【菫】「餓鬼が……」
菫「なんとでも言え。決定事項だ」
グイ
【菫】「お前! お前の世界はどうなるんだ!」
菫「考えてない」
【菫】「宥が待ってるんだぞ! 私はお前を無事に帰さなくちゃならないんだ!」
菫「またてめぇ本位かよ……!」
【菫】「こんなことに巻き込んで悪かった。そして宥を助けてもらったことも感謝する」
【菫】「分かってくれ、お前の世界の玄は生きているんだぞ。……あいつもお前が好きだ」
菫「離せ。これは私がやらなくちゃいけない。この世界の宥が悲しんでいるんだ」
【菫】「狂ったか……!? お前と宥は何の関係もない!」
菫「自分の女をとられて激昂してるのか。餓鬼はどっちだ」
【菫】「なんだとッ!!」
首を片手で締め上げる。
【菫】「私にだって我慢の限界がある」
菫「びびってんのか、やってみろよ」
霞「はい、『ストップ』」
菫・【菫】「!!」
霞「究極の同族嫌悪ね。見てて呆れるわ」
霞「……あなたたち、自分のことが嫌いなの? あ、動いて良いわよ」
菫・【菫】「「そんなことはない!」ありません!」
霞「コンプレックスの塊なのかしら……」
霞「ごめんね、この子が言ったとおり決定したの」
【菫】「淡様が許すはずは……」
霞「罰則ありきでの強行よ。あなたは身代わりとしてこの国にいられなくなる」
【菫】「術者は誰です」
霞「この子と私」
【菫】「関鹿安保にひびが入りますよ」
霞「私は、超法規外存在として、カゴシマ国柱の役奴を手放します」
霞「小蒔ちゃんに譲渡したわ。これからは隠匿あるのみ」
【菫】「馬鹿な……」
菫「そんなに自分の名誉が大事か」
【菫】「違う!」
霞「挑発は止めなさい」
【菫】「運命線は……?」
霞「まだ確認はとれない」
【菫】「術式の途中で、危険を感じれば中止することは可能ですか?」
霞「ええ」
【菫】「…………」
【菫】「……」
【菫】「頼みます」
霞「ふむ」
【菫】「玄をよろしくお願いします。私は、彼女達以外に何もいらない」
霞「やはりあなたは綺麗だわ」
【菫】「魂経路のバイパスとして宥を置いてください。可能ならば淡様も」
霞「流石に淡ちゃんの立場を考えたら無理ね。宥ちゃんも、精神が持つか……」
【菫】「……っ」ジワ
霞「?」
【菫】「私は、本当に何もできない」
霞「そんなことないわよ。あなたはあなたしかできないことが沢山ある」
霞「ただ、魔法に関しては難しいだけ」
【菫】「そいつの言うとおり、私は、」
霞「おいで」
ギュ
【菫】「宥も玄も大好きなんです。二人を救えなくて何が、何が師団長だ、」
菫「先に行ってる」
霞「うん、私もすぐ行くわ」
【菫】「この役立たずを叱ってください……」
霞「そんなことしないわよ」
霞「私以上に悲しむなって言ったとき、私も気が気じゃなかった。ごめんなさい、玄ちゃんはあなたの大切な一人だものね」
【菫】「くっ、あ」
霞「泣いていいわ」
【菫】「ぁぁぁぁああああああああああぁぁぁあああ」
霞「あなたのその、男の子みたいな泣き方、好きよ」
【菫】「なんで、魔法使えないんだよっ……!」
霞「……」
霞「……転生術でももしかしたら失敗するかもしれない」
霞「以前の玄ちゃんに戻るかは確約できない」
【菫】「それでも、望みがあるのならっ……!」
霞「全力を出すわ。待っててほしい」
・
・
・
霞「さて」
菫「ああ、始めよう」
霞「変わったわねあなた」
菫「そうか?」
霞「ええ、始祖の影響かしら」
菫「わからない、だがこれでいいと思う」
霞「……」
菫「どうした」
霞「ま、丁度いいわ。それも抜いてあげる」
菫「?」
霞「あなたって自分のこと嫌いでしょ」
菫「別に」
霞「だからあれだけ——こっちの菫さんに喧嘩売ってた」
菫「クズにはあんな態度で十分だ」
霞「やたらめったら女の子に手を出すから?」
菫「それもある」
霞「それも、ねぇ……」
菫「あなたも醜悪な自分を見たらそんな気になるはずだ」
霞「菫さんほど、まともな人間はいないと思う」
菫「本気か?」
霞「ええ、私も惚れたわ」
菫「……悪趣味」ボソッ
霞「自分を否定してることにならない?」
菫「だから一緒にするなっ!」
霞「あなたはね、玄ちゃんが死んだことに怒ってるの。それを全て菫さんのせいにして気を保っている」
菫「説教なんてやめてくれ」
霞「じゃあやめる」
菫「……」
霞「あなたも、……やっぱり同じじゃない」
菫「少し言葉が足りないぞ。何が言いたいのかさっぱりだ……」
霞「否定されたがってる。てだけ」
菫「あ?」
霞「……ふっ、こんなくだらない問答はお終い。じゃ、出すわよ」
二人がいる蔵の奥、冷気を帯び布で巻かれた球体が現れた。
初美「お待たせですよー」
霞「ありがとう。状態は?」
初美「かなり早い段階で凍らせたので腐敗はありません。私ができるベストコンディションです」
霞「ありがとう」
初美「じゃ、頼みますよー。玄を、」
霞「あなたは関係ない。この件に関わってない。いい?」
初美「……はい」
霞「はっちゃん、ごめん」
初美「いいんですよー。変態ババアがいなくなってせいせいします」
霞「あらあら」
初美「……時々は顔見せてくださいよ。じゃ」
そう言い残して蔵を出て行った。あっけない決別に、初美の表情は歪んでいた。
菫「いいのか?」
霞「ええ。あの子、私と一緒に辞めちゃいそうだからね」
菫「気が変わる前に、か」
霞「そういうこと」
二人で2メートルを越える球体の布を剥がしていく。
菫「玄さん……」
気泡一つない氷の真球の中に裸の玄が寝かされていた。
髪は短く、火傷だらけで片腕もない。首の切断面は繋げられていたが、色合いが異なっているせいで「まるで寝ているようだ」という表現が使えないぐらいに痛ましかった。
霞「あなたの世界ではこの状態の人間を蘇生することは可能?」
菫「不可能だ。クローン技術を使えば定かではないが」
霞「正直私も自信が無くなったってきたの」
菫「何をすればこんな風になるんだ。腕が……」
霞「緑魔法の生命付与で腐らされたのね。かわいそうに……」
霞が氷の表面を撫でる。
霞「さて、始めましょう。あなたの防壁を全て取り除いて。そして私の進入を許可しなさい」
菫「了解」
解呪の魔法でここ二日で得た全ての攻性防壁を消滅させた。
霞『聞こえる?』
菫『聞こえる』
霞『あなたほんと無防備ね。これなら私が何やっても文句言えないわよ』
菫『あなたはそんなことしない』
霞『ふふふ。そうね、もっとびびってもらったほうが面白かったんだけど、まぁいいわ』
菫『最初はどうすれば?』
霞『ちょっと待って。氷を溶かして頭部に触れるから』
右腕から青白い電流が氷に繋がる。蒸気をたてながら3分の1ほど溶かしたところで霞はゆっくりと玄の頭に触れた。
霞『身体の制御借りるわ』
菫の肉体も霞の乗っ取りにより腕を出す。
霞『今からあなたの魂を変換し、この子の魂に似せて作り補完します。そしてこの子の魂と融合させ、99パーセントまで高める』
菫『完全には戻らないんだな』
霞『生き物は常に変化している。それを考慮すれば、問題ない』
菫『しかしこの状態じゃ、どこまで復元できるんだ?』
霞『良くて10歳前後の肉体しか再組成できないかも』
菫『記憶は?』
霞『脳のダメージによる、としか言えないわね』
菫『やることは変わらないんだろ?』
霞『ええ、全力で臨ませてもらうわ』
霞(この命果てても)
◇◆◇◆◇◆
咲「あれ、あれー?」
咲(一人で戻れるかと思ったけど、このお城大きすぎるよー)
咲「こっちだったよーな」
ヒョコ
「——っ!」
咲「あ!」
「やば」
咲「淡ちゃん!」
淡「っ、」ダッ
咲「なんで!? なんで逃げるの!」
淡「ううっ」
咲「あわ——」ドテ
咲「いたた」
鼻血ダラー
咲「あ、血!?」
淡「……もう」
スッ
咲「良かったー、私見て逃げ出したから嫌われてるのかと思ったよ」エヘヘ
淡「血、これで拭きな」
咲「ありがとう」フキフキ
ダラダラポタポタ
淡「あー結構深く切れちゃってるんだ」
淡「ちょっと動かないで」
ポワワー
咲「止まった!」
淡「治したんだよ」
咲「魔法?」
淡「魔法」
咲「——すごい! もう一回やって! もっかい!」
淡「ダメだよ。一応代価はあるんだから」
咲「そっかぁ」シュン
淡「……ハァ」
咲「なんで逃げたの?」
淡「いや、うん……。なんか走りたくなってさ」
咲「淡ちゃんが帰ってきても一度も顔合わせてくれなかったじゃん」
淡「それはしょうがないだろ。緊急事態だったんだ」
咲「それは、そっか……」
淡「この世界はどうだ?」
咲「ちょっと不便なところがあるけれど、私が思い描いてたファンタジーとそっくり」
淡「それはよかった。良かったらこのままずっといてもいいよ」
咲「それは流石に……」
淡「あはは、マジにすんなよ」
咲「もうっ」
淡「テルにはもう会った?」
咲「うん、まだおしゃべりはしてないけど」
淡「ま、そうだろうな……」
咲「?」
淡「今から私はナガノの臨時政府へ顔を出してくる。サキはいつまでここに居られる?」
咲「学校もあるし、明日までかな」
淡「じゃあ、これでお別れだ」
咲「帰ってこれないの?」
淡「うん、ごめんね」
咲「大変だね」
そうだな。大変だ。
先代連中を皆殺しにしてから、覚悟していた。
多忙な毎日、眠れない夜、部下の監視、仲間の死——
水面下でばたつかせてもがき続けるのだ。これからずっと。
咲「淡ちゃん?」
淡「ん、ああ」
咲「私の世界の淡ちゃんと全然雰囲気違う」
淡「へー、どんなん?」
咲「すっごい自由人!」
淡「私もよく言われるけど」
咲「そうは見えないけどなぁ」
淡「ふふっ、会ってすぐだしね。私はもう行くよ」
咲「うん。あっ、また私達会えるかな」
淡「——誰かがそれを許してくれるのであれば」
咲「わかった! また淡ちゃんにお願いしてこっちに来るよ!」
淡「ほーい」
淡の覚悟が揺らいだ。咲とは絶対に会いたくなかった。
初めての親友との再会は、練り続けた感情を瓦解させるには容易すぎる。
咲が見えなくなったところで壁に身体を預け、目閉じて肩を落とす。
嫌なことを考えた。もし、自分が理由をつけて転送をしなければ咲はずっとこの世界にいてくれる。
何でもいい。能力を失ったとかやり方を忘れたとか、そんな幼稚な言い訳で彼女をここに拘束できるのだ。
転送のために用意した魔方陣を破壊しに行こうか本気で考えた。自動起動の、淡が組んだ最高傑作をだ。
このままにしておけば、自分のいない間に咲は帰ってしまう。
心の依り代が欲しかった。友達が欲しかった。
玄も咲も、なぜ自分の前から消えていってしまうのだろう。
一瞬の思考の末、その答えに気付き、胃の中の物を戻しそうになる。
原因は自分だった。
——疫病神。
実父に言われた、最後の言葉だった。
中断
◇◆◇◆◇◆
霞『……!』
菫『どうかしたか?』
霞『いえ……』
菫『誤魔化さず言って』
霞『記憶は、危ないかもしれない』
菫『私だって覚悟している。……気にしないでくれ』
霞『肉体も思ったよりも損傷が激しい。もしかしたら5歳児の身体でもいけるか……』
菫『乳飲み子に?』
霞『ええ、これは宥ちゃんにとって残酷なことかもしれない』
菫『それなら私が連れて帰ろう』
霞『平気で言う割りに本気なのね。あなた母乳でないでしょう?』
菫『こちらの世界には人工の母乳がある』
霞『……もしかしたらお願いするかも』
菫『……、』
霞『胸部切開するわよ。目を離さず魂を送り続けて』
霞『……肺にも……』
菫『だめか……?』
霞『いける。魔法使い十指が二人もいて、女の子一人助けられないようでどうするの』
菫『はは、私も仲間入りか』
霞『ええ。あなたの特異性には脱帽したから——』
シュン
菫『!!、おいっ、今の!』
霞『傷口が少しだけ塞がった……』
菫『これなら……!』
霞『頑張って玄ちゃん』
菫『玄さん、もう少しだ』
霞『……今から、先ほどの説明通り、修復と体組織転換の複合を繰り返すわ。生物として自立できるようにね』
菫『ああ、全て理解している』
霞『詠唱呪文も?』
菫『できる』
霞『一度教えてできるなんて、非凡なんてものじゃないわよ』
菫『私のことなんてどうでもいい。やろう』
霞『……手を出して。詠唱は私に続けて』
蔵の中は白光に包まれた。
◇◆◇◆◇◆
淡(この感じ、始まったか)
淡(そろそろ行こう、このままじゃ本気で魔方陣壊しちゃいそうだし)
淡「……」
淡(私はずるい)
淡(親友を取り戻すために、部下の処遇を犠牲にした)
淡(これで私は部下の不始末という軽い汚点ですむ)
淡「……卑怯者だ」
淡(クロだって生き返るのか、わからないのに!)
淡「今なら止められるかもしれない」
淡「……ッ」
「淡様、お時間です」
淡「待て。すぐ戻るから」
「急用ですか、ならばナガノの使いに念号を」
淡「すぐ戻るって」
「……お供します」
淡「いいよ、子供じゃないんだから」
「そう言わずに」
淡「鬱陶しいな、いつもだったら引き下がるのに」
「……淡様」
淡「何? 話なら後でいいでしょ?」
「どうかお待ちください」
淡「……ああ」
淡「そういうことね」
淡「これじゃあ私、悪者じゃん」
「そういうつもりでは……」
淡「いやいいよ。悪者で結構! でもさ、私はこの国を考えてんのさ」
淡「竜人一人で狂っちまうような国なんて終わってるよ」
「……」
淡「クロって人気あったんだね。まぁそっか。かわいいし人懐っこいし、人間馬鹿にしてるけどなんだかんだで言う事聞くし」
淡「『あいどる』ってやつだ」
淡「私もなりたかったなー」
「部下の粗相をお許しください」
淡「私も、部下も、平等でなくてはいけない。特権階級なんて一番嫌いなんだ」
淡「誰もが法に裁かれなければいけない」
淡「私が定めたことに私も則る」
「……っ、」
淡「今すぐ私の前から消えてくれ」
「命令ですか」
淡「イエス」
「……失礼致します」
淡(カスミ、まさかクロとユーの乳母だったとはな)
淡(一度もそんな話聞いたこと無かったぜ。あいつもひでーやつだ)
淡(……もし、カスミが抵抗すれば——)
淡「部下を守るために私がカスミとやり合うのか、なんか馬鹿馬鹿しいな」ボソ
淡(スミレもまじもんの目ぇしてたし、これは分が悪い)
逃げろよぉ、アワイ
淡「またてめぇかしつこいな」
今立ち止まれば、全てがうまくいく。許せばいいじゃないか、転生術の一つや二つ。
淡「それがダメだって言ってんだろ。特例なんて認めてねーんだよ」
本気でそれだけで国が滅びると思ってんのか?
淡「先代のクソが実証してんだろ。どれだけ反乱分子作ってると思ってんだ」
いいのかよおめー、
友達クロだけじゃねーか
淡「うるっっせえええんだよーーーー!!」
淡は何年ぶりかもわからない自身の転送を行った。
昔一度、遊びで飛んだとき、計算の手違いで小指がどっかいってしまったのだ。
あれは本当に怖かった。血だらけで泣き叫んで、城の人間総出で探し回った。
一応は修復してくっつきはしたが未だに反応が鈍い。
そんなトラウマを吹き飛ばし、転生真っ最中の蔵の前に出た。
取っ手を握る。
淡の脳内がこれからの動きを計算しつくした。カスミを飛ばし、スミレの強制解呪。
いける。これで誰もこれ以上は不幸にならない。
あの感謝すべきボケを元の世界に戻してババアは復職だ。
力を込める。
引いてもいないのに、向こう側から両開きの扉が開いた。
一人が出てくる。殺意は消え去り、年相応の少女へと戻った菫。
もう一人は、穏やかな表情で、後ろに隠れる誰かの手を握る霞。
霞の袴の横から長い黒髪が揺れた。
「あわいちゃんだー」
デストロイの季節は終わった。
菫が淡の肩をぽんと叩くと、横を通り過ぎていく。
霞が何かを囁き、少女から手を離すと、菫の後に続く。
「なんでないてるのー?」
淡「な、泣いて、ねーよばーか」
「ばかじゃないもん、くろはばかじゃないもんっ」ポコポコ
淡「ぁっ」
鼻水が、しょっぱかった。
◇◆◇◆◇◆
一日後
初美「お土産は持ちましたかー?」
咲「はい、こんなに色々持たせてもらって、なんとお礼を言えばいいか」
初美「それ、ちょー効く媚薬だから瓶から下手に出しちゃダメですよー」
咲「へ!?」
菫「なんてもの持たせるんだ……」
咲「……」チラ
菫「ん?」
咲「……///」
照「!?」
小蒔「びやく? とはなんでしょう」
初美「好きな人への愛の印ですよー」
小蒔「ははぁ……、私も欲しいです、びやく」
初美「姫様には早いですよー」
初美「じゃ、別れの言葉を代表して、菫さん」
菫「わ、私!?」
初美「あのババアがいれば勝手に仕切るんですけどねー。まぁ年功序列ってやつです」
菫「初美さん、あんた103歳だろ」
初美「見た目の問題ですよー」
菫「」イラッ
照「おいどうした」ニヤニヤ
菫「むぅ、しょうがないな」
菫「……今までの人生の中で一番冒険をした。楽しいことではなかったが、」
菫「宥を救えたことを誇りに思う。君達にもまた会いたい」
咲「そういえば、菫さんと宥さんは?」
初美「あーそれはですねぇ……」
咲「霞さんも、どうしていないんですか?」
照「……」
初美「しいたけです」
咲「しいたけ?」
初美「三人で仲良くしいたけ狩りに行ってるんですよー。今日の夕飯ですからねー」
咲「そういうことだったんですかー」
照・菫(納得するのか)
小蒔「しいたけ……」ポワー
初美『姫様も納得しないでくださいねー』
小蒔『あ、当たり前じゃないですかっ!』
小蒔「照さんは、ほら、咲さんになにかないんですか? お別れの、」
照「!?」
菫(地雷踏みに行くなぁ)
照「私は別に」プイ
咲「え……?」ウル
照「うっ」
照「……」
照「仲良くしろ」
咲「仲良く?」
照「帰ったら“私”と仲良くするんだ。それだけでいい。以上」
初美「いや〜、短いながらも美しい言葉です」
照「おちょくってるのか」
咲「——うん! 絶対お姉ちゃんと仲良くするよ!」
照「///」
初美(やべぇ、なにこの、)
照「おい」
初美「邪推しすぎですよー」
小蒔「……菫さん」
菫「うん?」
小蒔「もう、魔法使えないみたいですね」
菫「ああ」
咲「そうなんですか!?」
菫「玄さんの転生術で魂が人並みになって、それで保険のために霞さんに禁術をかけてもらったんだ」
照「解呪不能の強楽門か」
菫「そう——ま、元の世界じゃ必要ないさ」
咲「私は、もったいないと思うなー」
菫「こらこら。……そのおかげかもしれんが、私も精神のふらつきは無くなった。我ながらよくここまで持ち直したよ」
照「小蒔のおかげでもある」
菫「ああ。看病してくれてありがとう」
小蒔「お力になれて光栄です」
照「……そろそろだ」
淡製の魔方陣が青く光る。
照「菫、ありがとう」
菫「何言ってんだ、作戦のほとんどはお前の功績だ」
照「いや、お前がいなければ、」
二人は白い影となり、空へ昇っていった。
照「誰も救えなかったはずだ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
元の世界
菫が瞼を開けると、格子状に溝が延びる天井が視界に入った。
菫「……」
菫「夢?」
菫「あはっ、病院だろここ。まさか、そんなことないよな」
「夢じゃないよ」
菫「ぬわおっ!?」
照「病院ではお静かに」
菫「……耳がある」
照「何言ってんだ」
菫「いや、本物——あっちも本物か」
照「ナースコール押しとく?」
菫「いや、頭は大丈夫なんで」
照「……戻ってきてからどのくらい寝てたか知ってる?」
菫「え、わからないけど」
照「一週間」
菫「本当か!?」
照「昏睡状態というよりは爆睡状態だったけど、ほら、」
菫「あ」
宥「……」スヤスヤ
照「宥さん、ずっと東京にいてね、菫が起きるまで帰らないって」
菫「心配させちゃったんだな」
照「それとこっちも」
菫「!!?」
淡「……zzz」
菫「こいつ、食事摂ってるか?」
照「とまあこんな感じである」
菫「とまあ、じゃないだろ! 淡、痩せすぎだろ!」
照「大丈夫、ちゃんとご飯は食べてるから。……淡、責任感じちゃってさ、アホ菫が咲を連れて行ってから全然寝れてなかったんだ」
菫「本当に大丈夫なのかよ……」
照「先生は命に別状はないって言ってた」
菫「はぁー……、いつもは能天気なクセして……」
照「原因は私の態度にもあった。咲が連れてかれて、ちょっとね……」
菫「ま、みんな元気にしてて良かった」
照「いやいやだから元気にしてなかったから」
菫「無事でって意味だよ」
照「それは、私の台詞だ」
菫「……」
照「お前、救出作戦に参加して、腕をもがれたらしいじゃないか」
菫「それ、咲が?」
照「ああ。向こうの私も片耳がたこ八郎状態で帰ってきて……いったいどうなってるんだ」
菫「たこ八郎とは少し違うぞ」
照「そんなことはどうでもいい。とにかく、お前は自分のことを大切にしろよ。宥さん、気がおかしくなりそうだったんだぞ」
菫「ああ、」
宥の頭をそっと撫でる。
菫「決めた。大学の合格、辞退する」
照「は——、は!? 何言ってるの!?」
菫「医者目指す」
照「やっぱナースコール押そう」ポチー
菫「あ、こら」
<238の弘世さんでーす
<ハーイ
「あ、お目覚めですね」
菫「ええ、ご心配をおかけしました」
「そういうのはこの子達に言ってね。どう? 気分は」
菫「特に不自由は」
照「こいつ、ちょっと頭おかしくなったみたいで、CTスキャンかけてくれませんか」
菫「だから問題ないって言ってるだろ」
「とりあえず今後の検査項目に含まれてるけど、急ぎ?」
照「大学行かないとか言い出して」
菫「考えた末の結果だよ」
「それは……うーん、親御さんと相談することね。普通は事故に合って生きるか死ぬかってところで、ようやく助かってそういうこと言う人いるけど、」
「あなたの場合、心労でしょ? 勉強疲れでこんなことになったのにまだ続ける気?」
菫(そういう設定なのか。勉強疲れで一週間寝込むか普通)
菫「夢の中でですね、大事な人を救ったんです。自分が手術までして」
「医者の道は知ってるとは思うけど苦労しかないわよ」
菫「それでもです」
照「せっかく大阪の大学受かったのに……」
菫「またそっちの大学受ければいいだろ」
照「軽く言うなぁ」
「……弘世さんが起きたこと、先生に伝えてくるわね。他に連絡入れたい人は?」
菫「あ、自分でします。ありがとうございます」
「そう、じゃあまた後でね」
菫「はい」
照「……私ちょっと花を摘みに」
菫「ん、」
バタン
菫「携帯携帯……、そういえばどこに行ったんだろ」
宥「私のでよければ」
菫「ありがとう……起きてたのか」
宥「うん、二人とも喋ってたから入れなくて」
菫「……」
宥「……」ポロ
菫「心配かけてごめん」
宥「ほんとだよぉ……。もう一人の菫ちゃんがいなくなったのに菫ちゃんが帰ってこなくて、」
菫「ごめん」
宥「……」
菫「大丈夫、なんともないよ」
ギュゥ
宥「もう、私の前から消えないでっ。勝手にいなくなったりしないで」ポロポロ
菫「約束する」
宥「それと、無茶するのも絶対いや」
菫「わかってる」
宥「私のために立ち止まらないでください」
宥「私の望みはあなたがこの星に居続けてほしい。どんなにときが流れても、笑っていたい」
菫「……」
宥「ちょっとくさかった、ですか?」
菫「違う。これは、」
菫「——『誓いは嵐に千切れても、君の声を忘れる日はないだろう』」
菫「愛しています。松実宥さん。最後まであなたに添い遂げたい」
宥「私なんかでいいんですか」
菫「『後悔など何もない』……ちょっと違ったかな」ハハ
宥「合ってますよ」ニコ
淡(やべえこれちゅーする流れだ。起きるタイミング見逃した)
淡(あ)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
魔法世界
※【菫】→菫表記にもどします
くろ「ドナドナドーナーどーな〜」
宥「子牛をのーせーてー」
くろ「ドナドナドーナーどーな〜」
菫「荷馬車がゆーれーる」
宥「菫さん音痴」
菫「君らが上手すぎるんだ」
ガタンガタン
菫「そろそろアチガか」
宥「……はい」
菫「春は桜でいっぱいらしいな。楽しみだ」
宥「……」
菫「……」
菫「なぜ、私についてきた」
宥「私は、あなたの副官だからです」
菫「そんな役職、とうに消えた」
宥「言わなきゃわからないですか?」
菫「……わからないな」
宥「じゃあ、言いませんっ」
菫「ふーむ」ジー
宥「///」カァア
菫「耳が赤い、ということはなにやら羞恥心を感じている。いったい何に対してだろう。私は全くわからない」
宥「いじわる……」
くろ「おねーちゃんをいじめるなー!」キック!
菫「ぐほっ!? ……身体は三歳児の癖になんという戦闘力。将来が楽しみだぞこの」ガシ
くろ「うおおおおお離せええええええ」ブランブラン
宥「こらっ、二人とも荷台で遊ばない!」
菫「ほらお前のせいで怒られてしまった」
くろ「ごめんなしゃい」シュン
宥「菫さんもです。まったく……」
・
・
・
くろ「スピー」
菫「長旅で疲れたんだな。よしよし」ナデナデ
宥「この子、」
菫「うん」
宥「なぜ私と淡様のことは覚えていたのでしょうか。他の記憶は何一つ無かったのに」
菫「それは、なぜだろうな。姉と友人だからじゃないか」
宥「菫さんのことも……」
菫「もう一人の私のせいかもな。たぶん、優先しなかったんだ。あいつは私のことが大嫌いだから」
宥「そんなこと、ないと思います。口ではそういっても本心じゃないはずです」
菫「言われてみればそうかもしれない。あいつが私をカントーから追い出したのは意味がある気がする」
宥「生きて欲しかったんだと思います。危険な任務から遠ざけるために——とか」
菫「流石にそこまで考えているようには見えなかったなぁ」
菫「……つまりは、ツンデレってやつだ」
宥「ツンデレ?」
菫「つんつんしてるけど、実はでれでれ」
宥「?」
菫「しかし待てよ……。それだと自分の写し身に惚れていることになるな。気色悪っ」
宥「ツンデレとは、ややこしいものですね」
菫「素直になれない阿呆のような気もするし、可愛げのある多感な乙女のようでもある」
菫「……ふむ、やはり気色悪い」
宥「ふふっ」
菫「なになに?」
宥「菫さんはもっと自信を持ったほうがいいですよ」
菫「自信だらけでうざがられているが」
宥「殻を被ってます。私の前であっても」
菫「……そうだな、私は嘘つきで臆病者だ」
菫「あちらの世界へ飛んでいろいろと気付かされたよ。偽善は良くない」
宥「元々それほど善を感じませんが……」
菫「きついこと言うなよー」
宥「はて」
菫「……本音を言おう」
菫「宥、君が好きだ。君のためならこの命、喜んで差し出そう」
宥「……嫌です」
菫「あれ?」
宥「私のために命を差し出すなんてこと、言わないで」
宥「できるだけ長生きしてください。私に微笑み続けてください。私だけを見てください。……竜人は嫉妬深いんです」
菫「いいだろう」
菫「——信条の剣の下、我は貴方に智火を灯し続ける限り永劫の愛を誓おう」
菫「剣の代わりに私の手でいいかな」
宥「よ、よろしいっ」
菫「さすれば指きりげんまん、などいかがでしょう。わが主よ」
宥「主ではなくてお妃がいいです」
菫「そうと決まれば、」
小指を絡ませる。
菫は知ってか知らずかその行為は竜人の婚姻の儀であった。
そして、二人は初めての接吻を交わした。
空気の読める三歳児はタヌキ寝入りで事の顛末を見届けた。
よくわからないけど、全てが綺麗に収まったと思う。
「きおく」とやらを失ったが、それでも、この結末に不満はなかった。
ただもう一度、もう一人の紺色長髪と会いたいと、心のどこかで願った。
終わり
長々と読んでいただきありがとうございました。
最初に作った大筋通り話が書けて良かったです。明日おまけ書いて完全に終わりです。
魔法世界、四年後の春、アチガ
菫「それでは新春地域交流淡雀大会の決勝を始めます。ご覧になられる方は、食べ物買っていってください。そうしないと見れないですよー」
「おーいねーちゃん、酒ねーの?」
菫「あー今切らせちゃってますねぇ。……憧ちゃーん、蔵から持ってきてくれない?」
憧「はーい。少々お待ちください」
菫「ほらほら、立ち見でもちゃんとお金もらうよー」
「しゃあないなぁ、餅パン一個ちょうだい」
菫「まいどー」
淡雀……四年前からカントーを発端に流行りだしたテーブルゲーム。ルールは麻雀と同じ。
菫「決勝卓の選手紹介〜。地元最強雀士、松実宥。応援席には妹がかけつけております」
くろ「おねえちゃんがんばれー」
菫「二人目は大国カントーからはるばるやってきた、カントー国統合師団長、宮永照。……ええっと、強いです……」
「なんだその紹介はー! やる気だせー!」
菫「……っ、三人目は、……元カゴシマ国柱の、い、石戸霞ー」
???「おかーしゃん、負けないでー」
菫「っ」ビクリ
菫「そして最後は私でーす。頑張りまーす」
???「おとーしゃんもふぁいとー!」
菫「っっ」ビクビクッ
宥・霞「……」ゴゴゴゴゴ
淡「なんか面白いことになってるな」
穏乃「だったら淡様も参加すればよかったのにー」
淡「そういうなよ。私が考案(パクった)したゲームなんだから私が優勝しちゃうだろ? つうか、お忍びだからまずい」
穏乃「転送で牌のすり替えしてるだけじゃないですか」
淡「は……何言ってんの……?」
穏乃「私のカウンターで全部相殺してますよあれ」
淡(やばい、私の威厳がっ)
淡「ま、まぁそれは置いとくとして、なんでシズノは参加しなかったの?」
穏乃「近衛の私が淡様から離れてどうするんですか!」
淡「む。確かにそうか」
穏乃「……しかし久しぶりに帰ってきたけど、やっぱりヨシノの桜は綺麗ですね」
淡「ああ……」
淡(……スミレたちも久しぶりだ)
淡「にしても、あいつあんなキャラだったか?」
穏乃「菫さん?」モグモグ
淡「あ、いつの間に何か食ってるし! 片方よこせ!」
穏乃「嫌ですよ! これ経費じゃ落ちないんですからっ」
淡「わかったよ。後で私の財布からも出すから」
穏乃「それなら」ハイ
淡「で、そう、スミレ。なんか軟派になった」
穏乃「以前の固いしゃべり方じゃ子供受け悪いですし」
淡「やっぱりシズノってスミレと付き合いあったんだ」
穏乃「体術の師匠ですよ。二年前までずっと教えてもらってました」
淡「……まじか」
穏乃「町役場で役長を兼ねてたので最近はどうなんでしょう。忙しそうですね」
淡「だな」モグモグ
穏乃「照さんって毎年来てるんですか?」
淡「うん。ちゃんと一年前から休暇申請出して、毎年来てるよ」
穏乃「へー。あっ、そろそろ始まります」モグモグ
淡「……」
淡(カスミが連れてきた『あれ』、どう見ても)
???「おかーしゃーん」フリフリ
淡(何かとのハイブリッドだよなぁ)
菫「よーし、頑張るぞー(棒)」←何か
時は遡ること八時間前
菫「締め切りまであと何分?」
宥「二十分ですね。今年は参加者が五十人までいきましたよ」
菫「へぇ、年々増えてるな。これである程度の予算の回収はできそうだ」
宥「菫さん、今年は……」
菫「ん? ああいいよ。今回はお手伝いの女の子雇って、私達は暇っちゃ暇なんだ」
宥「やったぁ」ピョンピョン
菫「私の登録も頼む。玄も世話がいる年じゃないしな」
くろ「私も出たい!」
菫「ちゃんとルール覚えたらな」
くろ「覚えた!」
菫「本当かぁ〜? じゃあ問題だ」
くろ「うん」
菫「自分が親の番、三本場で場は南。手牌は南南12456789p345mでツモ3p。リーチあり一発なしドラなし、宣言は?」
くろ「んーっと、リーチいっつー……ピンフはつかないから、えっと」
菫「まぁ、点数計算は憧ちゃんに任せるか。あの子なら余計な口出しもしないし」
宥「良かったねっ」
くろ「うん!」
菫「さてと、ちょっと参加費の勘定してくる。呼ぶときは直接念話で」
宥「はい」
ゴゴゴゴゴゴ
菫(なんだこの感じ……)
宥「菫さん」
菫「ああ、一応ここも金が集まってるわけだからな。押し入りかもしれん」
ギィ
菫「!?」
宥「あ、あなたは……!」
くろ「おばちゃんだー」
霞「お久しぶりね」ババーン
宥「か、霞様!? お久しぶりです。お元気でしたか? ——その子は?」
霞「紹介するわ」
霞「『すみれ』よ」
菫「ん?」
すみれ「あぅ」ガシ
霞「ちょっと恥ずかしがりやさんでね、ほら、初めましてーって」
すみれ「はじめまして『すみれ』です」ペコ
菫「ん? んん?」
そのとき菫の脳裏に四年前の記憶が蘇る——!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
菫「こ、これが男性器」ボロン
霞「見たことないの?」
菫「ええまぁ」
霞「約束は果たしてもらうわよ」
菫「あのう、私には永遠の愛を誓った女性が」
霞「いいじゃない、一夫多妻で。私は側室で結構よ」
菫「そういう問題では……」
霞「カントーにいたらこんなことできなかったわね。らっきー」
菫「らっきー!?」
霞「大丈夫。『終わったら』戻してあげるから。——それまで楽しませて。ね、約束でしょ?」ニコリ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
菫(ま、マジでデキてしまうとは)
宥「……」ゴゴゴ
菫「ひっ」
宥「霞様、もしやご参加ですか?」
霞「ええ。こちらのほうにもようやく淡雀が広まってきてね。この子が私の勇姿を見たいって言うものだから」ホホホ
宥「ではこちらに署名と参加費を。それにしても、すっごく似てますね、菫さんに」
霞「それはそうよ、だって菫さんの遺伝 菫「あああああああ、そろそろ締め切り迫ってるんでお早めにどうぞー」
すみれ「このしとがおとうしゃん?」
霞「そうよ」
菫「ぬあああああああああああ」
宥「……」
宥「……ふふ」
菫「っ、」ゾクリ
宥「どういうことなのか後でゆっくり聞かしてくださいね」ニコォ
菫「」
そして現在
菫(ここでベストな選択肢は……)チラリ
菫(霞様の顔をたてなければならない。つまりは一位。そして宥を僅差で二位。照はボコボコにする。私は三位で落ち着く)
菫(この状況を穏便に済ますにはそうするしかない)
宥「よろしくお願いします」ゴゴゴ
霞「よろしくね」ニコリ
照「……」ペコ
菫「さて、進行は憧ちゃんに 霞「賽ふるわよ」
菫「はい」
菫「親番は照からです、おーい、憧ちゃ 照「カン、カン ツモ嶺上開花」
菫「はい」ジャラ
霞「あらあら」ジャラ
菫(空気読めよおおおおお!)
照「……」ニヤ
そういう流れで一時間後
菫「飛び……です」
照 46800
霞 28000
宥 27600
菫 -2400
霞「照ちゃん強いわねぇ」ニコニコ
照「風が教えてくれた」
菫(何言ってんだこいつ)
憧「決着〜〜〜! なんと優勝は三年連続で宮永照選手! 今年は米俵三俵が贈られまーす」パチパチ
宥「……楽しかったです」
菫「本当か?」
宥「あと、菫さんのことも信じます」
菫「そのへんは……うん、頼む」
霞「教えてあげなさい」
菫「え」
霞「だって今後に響くものね」
宥「……はい」
◇◆◇◆◇◆
淡「さあて帰るか」
穏乃「はい!」
淡「友達にお別れは言ったか?」
穏乃「ええ。憧のやつ、来年こっちの採用試験受けるそうですよ」
淡「むふふ。そっかぁ、あの子いいと思ってたんだよねぇ」
穏乃「あ、照さんは?」
淡「あいつならもう少し滞在する」
穏乃「……」
淡「帰るぞ?」
穏乃「会っていきましょうよ。玄さんに」
淡「いやじゃ」
穏乃「強情ですねー」
淡「うるさいぞ。ちょっとは前代近衛のテルを見習え」
穏乃「だって淡様がー」
淡「まったく、いつまでたっても友達感覚なんだから」
穏乃「そんなことないですよ!」
淡「いーや、シズノは学習が必要だな」
穏乃「ええー!? また学習部屋行きですか? 嫌ですよお」
淡「命令は絶対!」
穏乃「ぶー」
◇◆◇◆◇◆
菫「よっ」
照「ん、菫か。運営お疲れ」
菫「今回の賞品は奮発したんだぞぉ。味わって食えよ」
照「ああ、明々後日のうちの夕食に出てくるだろ」
菫「城の人間達によろしく。水田開発は菫がやりましたってさ」
照「よくやるよ、お前」
菫「ま、趣味だ」
照「……宥は、どうだ」
菫「いい塩梅だよ」
照「最近ではなくて、先ほどのアレだ。霞に何か吹き込まれてたろ」
菫「あー、それはな。……——子供が欲しいって」
照「子供? 霞の連れ子に関係あるのか?」
菫「あれ、私の子だ」
照「……なるほど。お前は下衆だ」
菫「そういう自己完結はやめてくれ。約束事の結果なんだ」
照「霞の安保を越えた侵犯行為はそういう……。しかし、どうやって?」
菫「子作りの方法か?」
照「……うん、あ、やっぱりいい。聞きたくない」
菫「私の恥部に男根を転換で生やしたんだ」
照「言わなくていいって言ったろ。変態野郎」
菫「これまで内緒にしてたから、誰かに聞いてほしくてな。もちろん今は無いぞ。終わったら戻してもらった」
照「だからやめろ……」
菫「それを霞様がさ、宥にまだ手を出されてないのかーって」
照「は? 出してないのか? 宥、処女?」
菫「驚くことないだろ」
照「お前、他に手を出してないよな」
菫「剣の誓いを立てた。死ぬまで私の女は宥唯一人」
照「真顔で言うな。恥ずかしくないのか」
菫「はっ、何を今更」
照「それもそうだな、で? それで宥も欲しいって?」
菫「うむ。さっそく転換魔法を教わってた」
照「……」
菫「他人の性事情を聞いて楽しいか?」
照「お前から喋り始めたんだろ!」
菫「いいねぇ、こういうやりとりは懐かしいよ」
照「私は疲れる……」
菫「ああ、そういえば淡様と穏乃来てたろ。二人は?」
照「二人は日が暮れる前にアチガを出られるよ」
菫「穏乃の様子はどうだ? やっていけそうか?」
照「私の後任として十分だ」
菫「照さんの太鼓判を押されちゃあ、先生として鼻が高いぜ」
照「……」
照「……お前、戻る気はないか?」
菫「どうやって?」
照「時代は少しずつ変わっている。その気があれば法も変えることはできるだろう」
菫「いや、いい。私はここが好きだ」
照「……即答か。そんな気はしていたが」
菫「ここに骨を埋めるよ。役長って立場も悪くない」
照「だったら、来年も頼むぞ。私はこの大会が楽しみなんだ」
菫「ああ。——そうだ、今日はどこに泊まるんだ?」
照「……決めてはいないが」
菫「うちへこい」
照「邪魔にならないか?」
菫「ふふふ……、実は泉脈を掘り当ててな。旧役場を改装して旅館にしてみたんだ」
照「手広いなお前……」
菫「今年の頭に開業したばかりだぞ?」
照「割引は効くか?」
菫「その言葉は予想していなかったが……、いいよ。半額で」
照「世話になろう」
菫「おおきにー」
照「名は?」
菫「なんの?」
照「旅館だよ」
菫「ああ、——」
菫「『松実館』だ」
おまけ終わり
また何か書いたとき読んでもらえたらうれしいです。
書いてて楽しかったです。おわり
菫「ここが松実館か・・・」から繋がってると思うと鑑賞深いな
元世界の菫さんと宥姉のなれ始め読みたい
>>137
ありがとうございます!
お聞きしたいのですが、魔法の土台はMTGからですか?饗宴と飢餓は「饗宴と飢餓の剣」からですよね
それと、石灯籠聖龍と八踏衆と強楽門の元ネタってなんですか?
いろいろ聞いてすいません
>>139
魔法の土台というより、世界の土台がMTGからな感じです
一応意識して、魔法を五色分けして友好色対抗色なんかも考えたんですけど、丁度今ラブニカブロックですし、そこまですんのもアレかなと
淡なんか、能力も性格もヴェンセールです。だから五大系統から完全に逸脱した魔法っていう設定はよく考えたらおかしい。普通に白青の魔法です
巴の石燈篭聖龍は鹿児島の「いづろ」からきてて、ただ単に出身地で神代系列との差別化をとりたかっただけです
原作だと分家の中でも血が離れてそうだし、それで神代一族への奉仕として仕事しにきているという設定で……、つまりは特に考えてないです
八踏衆は四ヶ月前のメモ帳に書いてありました↓
霞と露子が制定した、いわゆる特権階級。
150年前のカゴシマは男尊女卑の激しい神権政治で国の長に女性が就くことはありえなかった。
月初めの祭礼では三十人で満杯の中部屋で、カゴシマ神柱に向かって礼をする三伏の儀を執り行う。
その際、部屋に入り一礼、そして六歩進んで左右に分かれて座っていく。
自然と歩幅の大きい成人男性が前列を占めることになる。それに込められた男尊女卑の意味以外は形骸化していったが、無意識に男性優位に政治が回るよう刷り込まれていった。
そこで当時竜人の中でもアホみたいに才覚のあった霞と露子が疑問に持ち、実力主義の建前の下に、性別問わず才能・力のあるものが八歩進める(=八踏み)権利を作って前列へ行けるよう提唱した。
もちろん反発を買いまくったので、腹黒おばさんは色々手回しして敵を闇に葬りつつ、提唱から一年で制定にこぎつける。
霞さんが女性初の国柱となったとき、肥大化した八踏衆は廃止。これまた反発が起きたので反乱分子を島流しとか色々やった。
実際、若い頃の霞さんは権力の虜で、男尊女卑に不満があったことよりも自分本位に生きていただけだった。
露子さんは自由人で、友人の霞さんに言いくるめられて参加してた。制定に成功した際は「楽しかった」の一言。
ここまでメモしてたのは、これで一本おまけが書きたかったんだと思います。でも、神権政治とか三伏の儀とか今の自分ではよくわかりません
そもそも神権政治において男尊女卑が自然発生する理由が何だったのか思い出せません
強楽門は享楽から来てる(と思います)
元々が精神破壊魔法で死ぬまで快楽を得続ける、北斗有情破顔拳みたいな。応用して、霞さんが菫さんに魔法回路を閉じて、一生魔法が使えない身体にした
長くなりました。説明下手くそですいません。とにかく設定はなんとでもとれるように結構いい加減に作ってます
だからつっこまれたら「わっかんねー」としか言えないやつばっかりです
>>138
途中まで書いて投げっぱなしです
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