ドイツで人種差別で襲われた日本人男性 「一緒に働きませんか?」 (92)

私を殴った人へ、私と一緒に働きませんか-。ベルリンの街角で見知らぬ
男から人種偏見の暴力を受けた日本人男性が、一風変わった広告を現場近くの地下鉄駅に出した。
「憎しみに憎しみを返しても仕方ない。何か建設的なことをしたかった」。憎しみを捨て、人種の偏見を
乗り越えたい。

 男性は、十四年前からこの町で暮らすソフト開発者の山内斉(ひとし)さん(43)。静岡県富士市で
小中高校時代を過ごし、東北大に進学。二〇〇〇年に渡独し、現在は独企業で働いている。

 昨年九月の深夜、職場近くのバス停で三十~四十歳の白人の男にからまれ、右目を殴られた。
男はドイツ語や英語で「中国人か日本人か韓国人か知らないが、おまえらが大嫌いだ」などと叫んで
いた。眼鏡は割れ、目の周りが腫れたが、視力に異常はなかった。

 日独の友人は「運が悪かった」と慰めてくれた。でも山内さんには「男が再び誰かに暴行するのを
止めたい」との思いが強く残った。男の憎しみをなくすには「一緒に働くのが一番良い」とも考えた。

 頭に浮かんだのは自身が携わる子ども向けの算数教材の翻訳ボランティア。米国の英語教材を
ドイツ語に訳す仕事なら、襲撃時に両方の言葉を口にした男に手伝ってもらえると考えた。
 広告はベルリンの繁華街クーダムの地下鉄駅ホームの床に二カ月間掲示された。「親愛なる襲撃者へ
あなたの憎しみを止めるため、子ども用教材の翻訳の仕事を提供します」。そんな内容のドイツ語と
連絡先を載せ、右目に眼帯をした事件直後の自分の写真も添えた。

 もし男が名乗り出て、翻訳を手伝ってくれるなら報酬も払うつもりだ。

 これまでに翻訳ボランティアの希望者が二人現れたが、男本人からの連絡はまだない。それでも「彼は
広告を見たんじゃないかな」と連絡を待ち続けている。「自分の力で暴力や人種差別をなくせるとは思わ
ないが、一人の気持ちなら変えられるかもしれない」

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