やはり俺はどの学校でもぼっちである。 (246)
『もし八幡が雪乃と葉山と同じ小学校に通っていたら』という設定のIFです。
時系列は原作の5年前になります。
八幡たちは12歳の小学6年生、小町は10歳の小学4年生です。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1367336241
プロローグ
小学校。それは子供が初めて社会に触れ合う為の場所だ。
室内では日々勉強に励み、クラスメイトと競い合うように先生へ挙手をして問題に答える。
屋外では友人と一緒に駆け回り、石で躓き転んで泥だらけになっても特に気にせずに遊ぶ。
多くの友人に囲まれながら、沢山の温かい眼差しで見守られながら、幼い少年少女らは6年間の時を『学校』という小さな社会の枠組みの中で過ごす。
しかし学校とは、社会の縮図である。
下級生は上級生に逆らうことは許されず、上級生はさらにその上級生に逆らうことは許されない。
同級生でも多様な個性がぶつかり合えばたちまち争いの火種が生まれ、些細なことでそれは瞬く間に業火へとその勢いを変化させる。
燃え盛る炎は周囲に拡散し、そこから容易に断ち切ることのできない悪循環が次々と純真無垢な彼らに忍び寄る。
そしてそれに触れて変わってしまえば、もう元には戻れない。
真っ白なキャンパスに一滴でも絵の具を垂らしてしまえば、その染みが消えることは無いように。
――人の心は、いとも容易く悪意に満たされ堕ちていく。
1.とにかく、比企谷八幡には友達がいない
「起立、礼、さようなら」
教室内に響き渡る日直の号令を合図に、周りのクラスメイトたちはランドセルを背負ってぞろぞろと教室から姿を消していく。
彼らの会話に耳を傾けると、「修也の家でスマブラやろうぜー」「野球すっからグローブとバット持って空き地集合な」「あたしこのあとピアノ教室なんだー」という他愛のない会話を拾うことができる。
彼らの浮かべる表情はみな同じような満面の笑みで、いまこの一分一秒を心の底から楽しんでいるようだった。
「お兄ちゃん、いっしょに帰ろー!」
そんな事を考えていると、教室の入り口後方から声が聞こえた。
ゆっくりとそちらに視線を向けると、そこには妹である小町が両手を大きく振って存在をアピールしている。
「ああ、今行く」
ランドセルの中に教科書を詰め込み、金具を止めて椅子から立ち上がる。
右肩にランドセルを背負い、小町の元へ近づいていく。
「じゃ、帰るか」
「うんっ!」
ガイルSS増えて嬉しいわ
ゆいゆいは出ないんですかね
小町と並んで廊下を歩きながら、俺達は昇降口へと向かう。
昇降口に着いた俺は自分の名前の記された下駄箱へ脱いだ上履きをしまい、中から靴を取り出し床に落とす。
踵の潰れた靴をスリッパの様に履いて、小町がやってくるのを待つ。
その最中、俺は視界の端に髪の長い黒髪の少女の姿を捉えた。
長い黒髪は腰まで届き、肌は透き通るように真っ白。
体躯は華奢で、袖の短いワンピースからすらっと伸びる細腕は、強く握ったら簡単に折れてしまいそうな儚さを感じる。
彼女の名前は、雪ノ下雪乃。
この小学校で男子に一番人気の女子で、噂では毎日のように男子から告白されては振り、告白されては振りということを繰り返しているそうだ。
そしてどうやらその噂話は本当なのか、それともまた他の理由があるのかは不明だが、雪ノ下の表情はとても浮かない面持ちだった。
俺自身女子から告白をされたことが一度もないのでその苦悩は分からないが、それでも毎日他人から何度も告白されるというのは、彼女にとっては苦痛でしかないのだろう。
俺なら一喜一憂するけどなぁ、……って落ち込んじゃうのかよ。
なにその陰湿な告白ドッキリ。告白された直後に「は?嘘に決まってんじゃん、さっきの罰ゲームだから勘違いしないで。きもちわるい」とか言われたら人間不信になる自信がある。……女って怖い。
雪ノ下は上履きを脱ぎ、それを片手に持つ袋の中に仕舞おうとして、その動きを止める。
「……はぁ、…………今度は外靴なのね」
そんな短い溜め息と共に、雪ノ下は手にしていた上履きを床に落としてそれを再び履く。
「お兄ちゃんおまたせー!」
と、そこで小町がとてとてと小走りで俺の元へ駆け寄って来た。
「……なんだ、遅いぞ小町。どうしてそんなに手間取ったんだ?」
「うー、ごめんねお兄ちゃん。だってなんか小町の下駄箱の中にラブレターが入ってたんだもん……」
しょんぼりと眉を『ハ』の字に曲げて、小町は水色の便箋を俺へ渡してくる。
その差出人を確認すると、便箋の裏にミミズがのたうち回ったかのような線の汚い字で『川さき大志』と書かれていた。
……なんかそんな名前の神社があったよな、たしかCMで聴いた記憶が……。
「今月に入ってもう3通目だよー……。小町はお兄ちゃんがいればそれでいいのになぁ……」
「はいはい、そいつは嬉しいなー」
「むぅ、小町は本気なのにー!」
小町の軽口を適当にあしらい、俺は小町の顔をじっと見つめる。
肩辺りまで伸びた髪にくりっとした丸い瞳、ちらりと覗く八重歯がチャーミングな我が妹。
こんなに可愛い小町は、友達のいない俺とは正反対で友達がとても多い。
加えて小町は男女のどちらとも隔たりなく接するので、女友達だけでなく男友達も結構いる。
そのせいか男子からの注目度は高く、この様に好意を寄せられることもしばしば。
そんな妹を持つ兄としては少し鼻が高いのだが、それと同時に上手く形容できない感情が胸の中で渦巻く。
……とりあえずアレだ、この『川さき大志』とやらは見つけ次第キツイお灸を据えてやるべきだろう。
小町に近づく男は許さない! たとえそれが親父でもな!
最近異様にしつこく迫り来る親父の魔の手から小町をどうやって守り抜くかを考えながら昇降口を出る。
大空を見上げると、雲一つない快晴と燦々と照りつける太陽が眩い。
グラウンドに付近に植えられた木々からは蝉の大合唱が鳴り響く。
季節は夏。臨海部に位置する千葉市の夏はとにかく暑い。
日中はそんなでもないのだが、海が近くにある影響で湿度が非常に高い。
さらにヒートアイランド(テレビで最近覚えた)の影響もあるため夜になっても気温が下がらず、熱帯夜の日々が続きやすい。
そしてさっき日中はそんなでもないと言ったな、あれは嘘だ。
その理由は今日の気温が物語っている。
本日の最高気温は34度、猛暑日と言っても差し支えない暑さだ。
とても7月上旬の気温とは思えないほどの汗ばむ陽気、地球さんは疲れてるんですかね?
「お兄ちゃーん……暑いよー……」
「まだ校舎を出て3歩しか歩いてねぇじゃねぇか。もっと頑張れ小町」
「やだー! 小町歩きたくないー!」
「あーもう騒ぐな鬱陶しい!」
「お兄ちゃんおんぶしておんぶー!」
「やだよ。んなことしたら余計暑くなるだろ?」
「えー、だってお兄ちゃん普段本を読んでばっかりでクールだから涼しいかなーって」
「……あのな、心が冷めてても体温が低いとは限らねぇよ」
俗説で『手の冷たい人間は心が温かく、手が温かい人間は心が冷たい』とよく言うが、その例外はあまり聞かない。
でも何故か俺は手が周りより冷たすぎて、その説を無視して『コールドマン』に認定されたっけ。
……子供って残酷、俺もまだ子供だけど。
ただ読書(宮沢賢治とか)が好きな子供だけど。
「ぶーっ、お兄ちゃんのケチ!」
「はいはい、俺はケチですよー。家に帰ればアイスあるからそれまで頑張れ」
「うぅ……、辛いなぁ……」
地面からゆらゆらと立ち昇る陽炎に負けないくらい、小町は不安定な足取りで前に進む。
そんな小町の後ろ姿を見守っていると、俺の鼓膜が近くから響く嫌に耳に付く嘲笑を拾う。
「きゃはは!ねぇねぇあの子どうすると思う?」
「さぁ?きっと上履きで帰るんじゃない?」
「いや、もしかしたら裸足で帰るかもよ?……やば、お嬢様なのに裸足で帰るなんて超ウケル!」
体育館裏から飛び出してきた三人組の女子は、俺達の目の前を横切って走り去っていった。
その姿を確認出来なくなると、俺は小町に対して小さく呟いた。
「……小町、お前ちょっと先に帰ってろ」
「およ?どしたのお兄ちゃん?」
「少し急用が出来てな。家まで一人で帰れるか?」
「むぅ、小町をバカにしないでよね!それくらい一人でよゆうだもん!」
「そうか、それなら安心だな」
俺の挑発でぷんすかと怒った小町の頭を俺は優しく撫でてやる。
すると小町はあっという間に穏やかになり、気持ちよさそうに目を細めた。
「えへへっ、じゃあ気をつけてねお兄ちゃん♪」
「ああ、お前も帰り道には十分気をつけろよ」
「うん。じゃあ小町、先に帰ってるねー」
小町と手を振って別れた俺は、ひとまずあのさっきの女子三人組が飛び出してきた体育館裏へと向かった。
>>4さん 結衣の出番は今のところ未定です。とりあえずメインは八幡と雪乃と葉山なので
とりあえず今回の投下はここまでです
次回の投下は一週間以内を目安に書き溜めておきます
あと別のスレで俺ガイルの安価SSもやってます
【安価】比企谷「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」雪ノ下「その2ね」
【安価】比企谷「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」雪ノ下「その2ね」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1364852635/)
そっちがメインなので、こちらの更新速度は不規則です
それでは今回はこの辺りで失礼します
小学生編かー
どっちかって言うと高校生編が読みたいなぁ
>>18
小中高大社会人まで書くつもりだろうから我慢しろ
>>18さん >>19さん 高校生編はもちろん構想に入っていますが、中学、大学編は構想外でした。少し検討してみますね。
とりあえず書き溜めが出来たので、そろそろ投下します。
もうしばらくお待ちください。
体育館裏は周辺が木々で囲まれており、陽の当たらないじめっとした空間が広がっていた。
そして陽が当たらないせいか、さっきまでいた場所よりも気温が低くやや肌寒く感じる。
俺は半袖で露出した両腕を軽く擦りながら歩いて行くと、そこである物を発見した。
「これって靴……だよな?」
体育館の曲がり角に隠れた部分に、二足の靴が無造作に置かれていた。
靴の中には砂利が大量に詰められており、それをひっくり返すと地面に小さな砂山が出来上がった。
「……はぁ、つまんねぇ真似してんじゃねぇよ」
俺はもう片方の靴の中に入った砂利を取り除くと、砂埃で汚れた中を持っていたハンカチで拭う。
ハンカチはあっという間に土色に染まったが、代わりに靴の中は綺麗になった。
これならこの靴の持ち主がこれを履いても靴下が汚れることはないだろう。
「さてと、そんでこいつは一体誰の靴なんだ?」
俺は足の甲が当たる部分の靴の内側を覗きこんだ。
するとそこには、黒のマジックで『雪ノ下』という名前が記されていた。
「(……まあさっきの信号機ガールズの会話から想像はついてたけどな)」
ちなみに信号機ガールズとは、先程の女子三人組のことである。
先頭を走っていた女子のランドセルの色が水色、次に飛び出した女子のランドセルの色が黄色、最後の女子のランドセルの色が赤だったので『信号機ガールズ』。
なんの捻りもない、容易に思いつく上に覚えやすい名前だ。
しかし女子の顔はよく見えなかったので、ランドセルがないと判別が難しい。
「(……まあこんなクズみてぇな真似をするヤツを覚えてやる気は毛頭ないけどな)」
俺は二足の靴を持って昇降口へ向かって歩き出す。
そこへ行けば、おそらくこれを探し求めている少女がいるはずだ。
もしいなかったとしても、そこで待っていればそのうち来るだろう。
やや駆け足気味で、俺はこの靴の持ち主の元へと急いだ。
昇降口へ戻ると、俺はそこで「大名行列かよ」とでも言いたくなるような大量の人の群れを発見した。
わらわらぞろぞろ邪魔くせぇ……。
俺は人混みは嫌いだ。
だって人ゴミだぜ?俺は真っ当な人間だからゴミの中に含まれたくねぇもん。
しかし俺の眼前には大量の人、人、人。見ろ、人がゴミのようだ! 実際、大半の人間はゴミクズみてぇな性格だし、ムスカ
大佐の発言はあながち間違いではない。
なんでラピュタの雷落ちなかったんだよ、生産者だけ残して滅べよ人類。
消費なら俺に任せろ、無駄を徹底的に追求して浪費しまくってやるから。
そんな馬鹿な事を考えながら、俺は人の流れに飲み込まれないように江戸時代の平民よろしく道端に移動した。
あんな大群に一人で真っ向から立ち向かえるのは無双ゲーの操作キャラのみだ。
ばったばったと群がる敵を薙ぎ払い、斬り伏せ蹂躙する。一度でいいからやってみたい。
そのうちヘッドギア型のコントローラーが完成して、現実と区別がつかないくらいの臨場感に溢れたゲームが発売されたら絶対買う。
でも劇場版コナンみたいなデスゲームはお断り。
ミスったら現実で死亡とか、仮想世界まで俺に厳しかったらもう生きてく自信ないぞ。
「隼人くん隼人くん、このあとフットベースやんね?」
「いやー、すまん。今日は塾があるから無理なんだ」
「え?隼人くんって塾行ってるの?」
「うん、先週から通い始めたんだ。今日と土曜日曜を合わせて週3かな」
「はー、やっぱ隼人くんはさすがだわ。学校の勉強だけじゃなくて他でも勉強するとかマジパないわー」
「いや、そんなことないさ。俺の通ってる塾にはここの生徒も結構いるし」
「へーそうなんだ。ちなみにどんな人がいるの?」
「そうだな……、俺の隣のクラスの伊勢原くんとか小田原さん、あとは同じクラスの藤沢くんとか雪ノ下さんだね」
「ふーん、そっか。雪ノ下さんもいるんだ……」
「ん?下田さん、どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。隼人くん、塾頑張ってね!」
「うん、ありがとう。頑張るよ」
さっきの群れの中で一際異彩を放つ男子を、俺はすれ違いざまに横目で見ていた。
あの男子の名前は葉山隼人、俺の隣のクラスに所属している校内の生徒職員誰もが知る超有名人だ。
近所のスポーツ少年団ではサッカーチームのキャプテンを務めるなど運動神経抜群、学業もこの前行われた学力調査テストで県内トップ50に名を連ねるほどの頭脳明晰っぷり。
冷静沈着で小学生とは思えないほど落ち着き払った性格で、常にグループの中心にいる周囲の纏め役だ。
……てか、サッカー得意で頭が良いとかコナン君かよ。
たしか父親が弁護士で母親が医者だって聞いたな、加えて葉山は容姿も端麗である。
なんかこう……、上手く表現出来ないけどとりあえず死なないかな。
なんだそのハイスペック、神様はどうしてこうも人類に対して不平等を強いるのか。
あれだけ色々なモノに恵まれていたら、人生薔薇色どころか光り輝いて見えるんだろうなぁ。……そのまま失明してしまえばいいのに。
俺は昇降口に辿り着くと、この靴の持ち主である雪ノ下の姿を探した。
しかし雪ノ下の姿はここにはなく、遠くでさっきの集団の喧騒が聞こえてくるだけで辺りは静寂に包まれていた。
「……、たしか上履きを履いてまたどっかに行ったよな」
雪ノ下はここで外靴に履き替えようとして自分の外靴がなくなっていることに気が付き、仕方なく上履きを履き直して何処かへ行ってしまった。
となると、彼女は校舎内を歩き回って自分の外靴を探していることになる。
だがその目的の品は俺が既に発見し、こうして手に抱えて持っている。
早く雪ノ下にこの靴を渡さないと、ヘタしたら俺が『雪ノ下の靴を盗んだ変態野郎』という事になってしまうので、出来ることなら靴は彼女の下駄箱の中に戻して帰りたかった。
しかしまたイタズラされる可能性を考えると、ここは雪ノ下に直接渡す方が安全だろう。
そうあれこれと考えながら下駄箱の側面部分に背中を預けて待っていると、誰かが廊下を歩く音が耳に届いた。
音の鳴る方へ視線を向けると、そこにはやや俯きながら歩く雪ノ下の姿があった。
「……、」
雪ノ下は俺の存在に気がつくことなく、上履きを履いたまま外へ出ようとしていた。
……おいおい、影薄過ぎじゃねぇの俺? だからかくれんぼやっても夕日が沈むまで誰も見つけることが出来ねぇのか。
なら俺はかくれんぼマスターだわ、だから小倉くんは二度と俺をかくれんぼに誘うんじゃねぇぞ。
もし仮に俺を誘うんだったら探偵並みの索敵能力を備えてから誘うんだな。
そうでなければ俺を見つけ出すことなんか不可能だからな。
ステルスヒッキー(自称)の異名は伊達じゃねぇから。や、マジで。
過去の苦々しい思い出を掘り起こして精神に僅かなダメージを負いながら、俺は雪ノ下の背中に声を掛けることにした。
「……あー、ちょっといいか?」
「……、なにかしら」
俺に呼び止められて雪ノ下はその場に立ち止まり、首だけ回してこちらを向く。
……ああ、なるほど。確かにこの容姿なら他の男子共が惚れるのも頷ける。
高級な陶器のように白く美しい肌、整った端正な顔立ち。
彼女が並の男子では到底手が届くことはないであろう高嶺の花であることは容易に想像がついた。
しかし、そんな彼女が俺に向ける双眸は仄暗く、触れたら凍傷になりそうなくらい冷たく感じた。
それは言外に、「私に話しかけるな」と拒絶しているようだった。
……だが、俺は女子に嫌われることはや10年。それに似たような視線は体中が風穴だらけになるんじゃないかってぐらい浴びてきた。
その程度の視線じゃ、俺の精神を抉るには程遠い。
だが成長の見込みはありそうなので、あと5年もすればきっと野生の獣も萎縮するような瞳を開眼するだろう。
俺は開眼するなら写輪眼がいいな。
あれで葉山の動きをコピーすれば俺も運動神経抜群、成績自体も俺自身は悪くない(県内トップ100)し、顔だっていいほうだからモテモテになれるかもしれない。
ただ小学校では悪評(すべて誤解)が広まり過ぎて到底不可能なので中学校に期待。あー、早く卒業したい。
そしてこの間わずか2秒。ぼっちの思考スピードは常人のそれとは隔絶しているため、短時間で様々な情報を展開、統制、整理することに長けている。
だから探偵やってる人間って多分ぼっちが多いと思う。
探偵は考えるのが仕事みたいなもんだし、案外俺は探偵に向いているかもしれない。
とまあそんなさっきから続くコナン君の件はいい加減に終えるとして、俺は雪ノ下に彼女の外靴を差し出した。
「この靴、お前のだろ? 体育館裏に落ちてたぞ」
「っ! ……、」
雪ノ下はそれを見るやいなや、両眼を見開いて驚愕の表情を浮かべた。
そして俺の方へ徐々に近付いてくると、雪ノ下は目にも留まらぬ速さで俺の手から靴を奪い返す。
「……あなた、どういうつもり?」
雪ノ下は外靴を胸の前で抱き抱えて、嫌悪感剥き出しの瞳を俺に向けた。
女子に落し物を届けただけなのにこの反応、ホントに報われねぇなおい。
「どういうつもりもなにも、俺は落し物を本人に届けただけだが?」
「……ふんっ、そんな見え透いた嘘に私が引っかかると思っているのかしら」
「おい、なに言ってんだお前?」
大丈夫かこの女? なんか勝手に話を進めて聞く耳を持ってねぇんだけど。
「正直に白状しなさい。あなたは私と話したいが為に私の外靴を盗んだのでしょう?」
「……は?なんで俺がお前と話す為にお前の靴を盗まなきゃなんねぇの?馬鹿なの?」
俺は女子のリコーダーに興味はあるが、女子の外靴には一切興味はない。
……念の為に言っておくが、興味はあっても決して手は出してなどいない。
あれは想像するだけでいいのだ、実際に行動に移したらただの性犯罪者だしな。
その辺の分別はわきまえている。窃盗、ダメ、ゼッタイ!
「……あくまで白を切るつもりなのね。あなたみたいなタイプの人間は初めてだわ」
「おい、だからお前は一体何を……?」
雪ノ下はどうも俺が靴を盗んだ犯人だと思い込んでいるらしかった。
まあよくよく考えてみれば、『見知らぬ男子が自分の靴を持っている』という時点で既にアウトである。
言い逃れしようにも俺にはアリバイを証明出来る人間がいないので冤罪確定、こんなことなら靴を置いて帰ればよかった。
「はぁ……」
なかなか口を割ろうとしない俺に、雪ノ下は深い溜息をついてこちらをギロリと睨み付けた。……うわっ、おっかねぇ……。
そして雪ノ下はまるで汚物を見下すかのような冷酷さを瞳に込めたまま、ゆっくりと桜色の唇を開いた。
「あなた、私に好意を抱いてほしかったら、せめて真正面から正々堂々とぶつかってきなさい。人の物を盗むような下劣な人間を、私が好きになるはずがないじゃない」
「……おい、なんで俺がお前に好意を抱いている前提で話が進んでんの?」
「違うの?」
雪ノ下は小首を傾げてきょとんとした表情を浮かべる。
なんだろう、スゲー可愛いんだけどそれ以上にこの顔を殴りてぇ……っ!
……でも女子の顔を殴ったら男として、というか人として最低だからやめておこう。
なんでも暴力で解決出来るのはジャイアンくらいだ。
でも劇場版ジャイアンはめっちゃ良い奴、普段とのギャップで格好良さが三割増し。俺も映画に出たら格好良くなれるのだろうか。
「ちげぇよ、その自意識過剰ぶりはさすがにひくぞ」
「そう、てっきり私のことを好きなのかと思ったわ」
「ないないない。俺はお前とは初対面だが、今後俺がお前に好意を抱くことは絶対にねぇ」
「ふぅん、ならどうしてあなたは私に靴を届けたのかしら?」
「だからそれはさっきも言っただろ。体育館裏に落ちてたから届けてやったんだよ」
俺はズボンのポケットから汚れたハンカチを取り出して、それを雪ノ下に見せつける。
「見ろこの砂で汚れたハンカチを。お前の靴の中に砂が入ってて、それを拭いて汚れたんだぞ」
「……、」
雪ノ下は無言のまま抱き抱えていた靴をひっくり返して、靴の先端をとんとんと叩いた。
するとまだ奥の方に残っていたのか、ぱらぱらと砂粒が床へと舞い落ちていく。
「……、どうやら嘘ではないようね」
「ああ、俺は嘘は大嫌いだからな」
「そう。……それであなた、名前は?」
「人に名を訊ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀だろ」
「……そうね、これは失礼」
雪ノ下はこほんっと咳払いをして喉の調子を整え、ワンピースの裾を少し摘み上げて小さく頭を下げた。
「私は6年3組の雪ノ下雪乃よ」
「そうか、俺は6年2組の比企谷八幡だ」
「比企谷くん……、ね」
「ああ、漢字で書くと比較の比に企画の企、谷の谷で比企谷だ。間違ってもヒキタニとか呼ぶんじゃねぇぞ」
「馬鹿にしないで頂戴、それくらい言われるまでもなく理解出来るわ」
「そうかよ、なら余計なお世話だったな」
「ええ、まったくよ」
雪ノ下はそう言って靴を地面に落とし、上履きから外靴に履き替える。
脱いだ上履きをしゃがんで掴み上げて袋の中に仕舞うと、雪ノ下は垂れてきた後髪を手で払いながら立ち上がった。
「それじゃあ私はこれで」
「ああ、じゃあな」
去って行く雪ノ下の後ろ姿を見送り、俺はポケットに汚れたハンカチを丸めてぶち込んで帰路についた。
――これが、俺と雪ノ下雪乃の初めて出逢いだった。
今回の投下は以上です。もう書き溜めが尽きてしまった……。
次回の投下は一週間以内を目安に頑張ります、過ぎてしまったら申し訳ないです。
ではこの辺で失礼します。
なんか思いのほか書き溜めが溜まったので少し投下します。
けれど量はそんなにありません。
そしてGWが終わるので、今後は更新が遅くなる可能性が高いです。
出来るだけ1週間以内に一度は投下する予定ですが、期日を守れなかった場合は申し訳ないです。
ではいきます。
2.いつでも雪ノ下雪乃は孤高である
翌日、4時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
教壇に立つ赤羽根先生は教科書を閉じると教壇のすぐ脇に置かれている先生の机に腰を下ろした。
「よーし、お前ら給食の時間だぞー。給食当番は配膳の準備をしろー」
担任の赤羽根先生の指示を受けてクラスメイトはそれぞれ動き始める。
教室の壁にぶら下がっている袋から白衣を取り出す者、机の向きを変えて他の机と組み合わせて食事の準備をする者。
手を洗いに教室から出て行く者、配膳台を廊下から運んでくる者。
皆それぞれが自分の役割や目的に応じて行動している。
俺は自分の机の向きを変えて席から離れる。
今週の俺は給食当番なのだ。
ぶっちゃけ他人の為にメシを配ってやるなど面倒くさいことこの上ないのだが、キチンと役割分担されているのでやらないわけにもいかない。
「(……まあ俺の担当は食器を運ぶだけなんだがな)」
俺は壁に掛けてある袋から白衣を取り出し、それを素早く着て配膳室へと向かう。
配膳室前にいる給食係のおばちゃんに消毒スプレーを手に吹き掛けられ、それをよく手に馴染ませてから中へ入る。
言っておくが、今のは決して俺が汚いから消毒スプレーを吹き掛けられたとかじゃないから。食中毒対策だから。
頼むから消毒スプレーをパクってきて休み時間に俺に吹き掛けるのはやめてくれ。「菌タッチ」よりたちが悪い。
そんなトラウマを掘り返して素早く埋めながら、俺は車輪付きのコンテナから食器の入ったカゴを引っ張り出す。
それを両手でしっかりと握って自分の教室に戻っていく。
その途中、俺は廊下で雪ノ下とすれ違った。
「……あら比企谷くん、こんにちは」
「おう」
雪ノ下は俺と同じように白衣を着ていた。
そして衛生的な問題なのか、雪ノ下の長髪は後ろで一括りにされていた。
「その格好、あなたも給食当番なのね」
「ああ。なんだ、お前もなのか」
「ええ、そうよ」
「そうか、まあ頑張れよ」
「ええ、あなたもね」
短い会話を雪ノ下と交わして、俺は自分の教室へと戻る。
配膳台の上に持ってきたカゴを置き、食器を取り出して空になったカゴを後ろのロッカーの上に置く。
これで俺の仕事は終わった。
あとはクラスメイトが給食を食べ終わった後に、使用済みの食器の入ったカゴをコンテナに運び入れるだけだ。
なんて楽な仕事なんだろう、この仕事を割り振ってくれた担任の赤羽根先生には感謝の気持ちで一杯である。
黒縁メガネがキラリと光る赤羽根先生に心の中で両手を合わせて拝みながら、俺は白衣を脱いで袋に仕舞い、壁に引っ掛けて自分の席に戻る。
どうよこの無駄のない洗練された動き。
あまりの無駄のなさっぷりに、前回同じ給食当番の女子から「ねぇ、なんでヒキタニくん給食当番サボってんの?」とか言われる始末。
おい誰だよヒキタニくんって。このクラスにヒキタニくんなんて苗字の生徒は存在しない。
だから俺は仕事をサボっていると誤解されないように、給食当番をやる時は誰よりも早く、そして目立つように仕事を終えることを心がけている。
そうすればその光景を見た同じ当番の子が「あ、もう仕事終わってる人いるじゃん。やば、私も急がないと」とかいう感じになって急いで仕事に取り掛かり、結果的に給食の準備が早く終わることになる。
俺の起爆剤としての効果ハンパねぇ。
お前らが他のクラスよりも昼休みが長くなるのは俺のおかげなんだからな、ちゃんと感謝しろよ。
そんなことを考えながら、俺は自分の席に座って待機する。
そして待つこと数分、俺よりやや遅れてやってきた他の給食当番が配膳台の上に続々と料理の入った鍋や容器を置いていく。
配膳の支度が整うと、今日の日直である女子が班全員が揃ったグループから順に指名して給食を取りに行かせる。
俺の所属している(してやっている)グループは俺の前の席に座っている男子がまだ戻ってきておらず、最後になるまで呼ばれることはなかった。
「わりっ、遅くなっちまった」
その男子がようやく戻ってくると、俺の隣に座る女子が席から立ち上がる。
「もー、戸部くん遅すぎ」
「メンゴメンゴ」
「まったく……。ねーゆいちゃん、そろそろうちらも並んでいいー?」
「え? あ、うん。いいよー」
日直の女子の許可が出たので、ようやく俺達も列に並ぶ。
俺が並ぶのはもちろん最後尾。前後を挟まれて会話されるくらいなら、まだ前だけで会話される方がマシだからな。
こいつらのくだらん会話で飛び交う見えない唾が俺の給食に入る可能性は少しでも避けたいし、ここは妥当な判断だろう。
俺は最後の一枚であるおぼんを取り、給食当番からおかずの載った皿を受け取る。
「(……ふむ、今日はイカを和えたサラダに、詳細不明のフライ、ご飯、牛乳、それにカレーか。男子が喜びそうなメニューだな)」
給食当番からカレーとご飯を受け取り、牛乳を掴んで席に戻る。
その帰り際に鍋の中を見たらカレーは少しも残っていなかった。
「(……チッ、おかわりはなしか)」
給食当番が白衣を脱ぎ、袋に仕舞って壁に掛けて席に着くと、教壇の上に立っている日直の女子が両手を合わせた。
「えー、それでは――」
日直の女子が「いただきます」と言おうとした所で、その言葉は教室後方から響いたノックの音で遮られた。
「ごめんなさい、少しいいかしら」
「食事前にごめんね、あんまり時間はとらせないから」
控えめに扉を三度小突く音とその声は、俺のすぐ背後から聞こえた。
振り返ると、そこには白衣姿の雪ノ下が立っていた。
そしてその隣には、カレーの鍋を持って爽やかな笑顔を浮かべる葉山がいる。
その姿を確認すると、クラス中のあちこちからざわざわというどよめき声と、甲高い黄色い歓声が同時にあがった。
非常に短くて申し訳ないですが、今回の投下はここまでです。
ではこの辺で失礼します。
……まあ、こんなに騒騒しくなるのも無理はないか。
この小学校きっての美少年と美少女が突然目の前に現れたのだ。
綺麗なモノに異常に反応する小学生にとって、こういう反応をみせるのはごく当然のことである。
だが俺は葉山の姿を見て嫉妬することはあっても興奮することはないし、同じく雪ノ下の姿を見てもなんとも思わない。つーかさっき会ったばっかりだし。
「えっと……どうしたのかな?」
日直の女子が控えめに二人へそう訊ねると、雪ノ下の隣にいた葉山が一歩前に出て口を開く。
「実は給食センターの手違いでうちのクラスのカレーが人数分不足しているんだ。だから申し訳ないんだけど、ここのクラスの余っているカレーを少し分けてもらえないかな?」
そう言って白い歯を見せてはにかむ葉山。
その直後、教室の至る所でバキューン!という何かが撃ち抜かれる音が聞こえた気がした。
おい、誰だ今狙撃したの。殺人とか洒落にならんぞ。
まあそんな冗談はともかく、葉山の一言でクラス中の大半の女子はカレーの器を持って葉山の前にずらっと並ぶ。
さながらその光景はアイドルの握手会である。ジャニーさんが葉山のことをスカウトに来るのも時間の問題だな。
……けどその前に、葉山は『余っているカレー』って言ってたんだがな。
ほんとに女子って話をちゃんと聞いてねぇよなぁ、その上すぐ勝手にその話をねじ曲げて自分で勝手に解釈しちまうし。……あ、でも鍋にはカレー残ってねぇんだっけ。
「隼人くん、あたしのカレー持ってって!」
「う、うちのカレー持ってっていいよ!」
「隼人くんの為ならわたしのカレー全部あげちゃう!」
「ちょ、ちょっとみんな待って。落ち着こう、落ち着いて」
一斉に差し出される器から苦笑いを浮かべて半歩下がる葉山。
おいおいすげぇな葉山のやつ、俺なら半歩どころか3歩は下がるぞ。
3歩進んで3歩下がる。おいそれ動いてねぇ。なんなら俺の場合もう一歩下がるまである。
「実はここに来る前に他のクラスへお邪魔して、ある程度カレーは集めているんだ。でもそれでもあと一人分足りなくてさ……」
「それでここのクラスからは、その足りない一人分のカレーを分けて貰いたいんだ。こんなに大勢の人がカレーを分けてくれようとしてくれるのは嬉しいんだけど、少し人数が多すぎるかな」
葉山が柔らかな口調でそう言うと、詰め寄っていた女子は冷静を取り戻したのか、差し出していた器を引っ込める。
そして急にボソボソと「アンタが渡しなさいよ」「嫌よ、だってカレーだし」といった会話が聞こえ出す。
……何だかんだ言って、女子でも食欲には勝てねぇんだな。
そんな様子を後ろで見ていた雪ノ下は小さく溜め息をつくと、葉山の肩を軽く叩いて意識を自分へ向けさせる。
「ん? なにかな雪ノ下さん」
「葉山くん、この様子ではいくら待っていても埒があかないわ。そろそろ教室に戻りましょう。それに給食の時間は限られているのだから、これ以上食事の開始時刻を遅らせるのはあまり良くないと思うの」
「それはそうだけど……。でも、それだと一人分足らないよ」
「ええ、そうね。でも、それは誰かがカレーを食べなければいいだけの話ではないのかしら」
「それは……」
……なるほどな、確かに雪ノ下の言うことも一理ある。
確かに各クラス40名近い生徒がいる中なら、1人くらいはカレーが嫌いな人間もいるだろう。
人の味覚は人それぞれ。見た目がそっくりな人間でも、その内面がまったく一緒のことがないように、皆が皆カレーを好きとは限らない。
だが、もし教室に戻ってクラス内にカレーが嫌いな人間がいなかった場合はどうするのか。
その点を、雪ノ下はしっかりと考慮しているのだろうか。
「……なにかしら?」
「ん?」
「人の顔をジロジロ見ているようだけれど、私の顔になにかついているのかしら?」
「え? あ、いや。そんなつもりじゃ……」
腕を組み、冷ややかな目で俺を見下してくる雪ノ下。
これは椅子に座っている俺と立っている雪ノ下という位置関係から彼女は見下しているのであって、本当は見下してなんかいないと信じたい。
……だけど昨日のあの態度じゃ、たぶん見下されてるよなぁ。
ま、そんな態度や視線には既に慣れてるからどうでもいいけど。
「じゃあどういうつもりで私の事を見ていたのかしら?」
「え、えっと、それは……」
雪ノ下の口撃は止まることも休まることも知らず、連続で猛追してくる。
俺は急いで反論の糸口を探すために脳内をフル回転させたのだが、周囲の「おい、なんかヒキタニくんが雪ノ下さんに喋りかけてるぞ」「やだ、なにあれキョドっててきもーい」とかいう雑音が俺の思考を鈍らせる。
そのせいか、俺は視界に入ったカレーの容器を掴んで、それを雪ノ下に差し出してこう答えた。
「……か、カレーが足りねぇなら俺の半分やるよ。…………そ、そんなにいらねぇし」
いらないわけあるか、カレーは俺の好きな献立ランキングでぶっちぎりのトップなんだぞ。
なのになんでそんなこと口走ってんだ俺、しかも発言内容が自分でもよく分かんねぇし……っ。
一方、俺からカレーの容器を差し出された雪ノ下は一瞬だけ驚いたように瞳を丸くすると、すぐに目を細めて鼻を鳴らし、淡々と冷たい声音でこう告げた。
「それは随分とユニークな提案ね。……けれど、あなたの施しなんて必要ないわ」
雪ノ下は器を俺に押し返すと、腕を組んで葉山の方へ向き直る。
「葉山くん、カレーが足りないのなら私が我慢するわ。それならこの問題は解決されるでしょう?」
「そ、それはそうだけど……、それだと雪ノ下さんの」
「いいから、はやく戻りましょう。あなた、さっき自分で「あまり時間はとらせない」って言っていたじゃない」
「……そうだね、わかった」
「えっと、それじゃあみんな食事前にごめんね。とりあえず問題は解消したから俺達は自分の教室に戻るよ」
そう言って葉山は教室中へ背を向けて歩き出す。
雪ノ下は既に廊下へ出ており、先程まで着用していた白衣と帽子を脱いで丁寧に折りたたんでいた。
俺なら丸めて袋にぶち込むのに、几帳面なやつだな。
「ありがとね。それじゃ」
そして葉山は教室の入口付近で首だけ振り返り、アイドル顔負けの爽やかな笑顔を浮かべ、さらに白い歯を輝かせて去って行った。
再び湧き起こる黄色い歓声の大合唱。
その女子特有の高い高周波に俺は思わず顔をしかめる。
……まったく、俺の周囲の音を拾うことに長けた高性能な耳の調子が狂ったらどうするつもりだ。
周囲の音を拾うことが、ぼっちの俺が学校にくる数少ない楽しみなんだぞ。
この俺の耳は、学校での様々な会話や音を拾い集めてくれる。
楽しい話、つまらない話、面白い話、悲しい話、嬉しい話、ただの愚痴、呼吸音、心音、机や椅子が動く音、ノートを走る鉛筆の音、黒板をチョークが叩く音……などなど、大人数が活動する際の独特の音を見境無く拾ってくれる。
……いや、さすがに心音は無理。かわりにしーん音なら聞き取れるけど。
しーん音は俺が皆の前で何かを話そうとする際に聞き取れて、そのおまけで冷ややかな視線も付いてくる。
誰だそんな最低なセットメニュー考えたの、そんな心が冷めるメニュー誰も頼まねぇよ。冬に出されたら身も心も凍死する自信があるぞ。
いかん話が脱線しすぎたな、そろそろ戻らねぇと。
……こういう時ってなんて言うんだっけ、…………閑話休題? ああ、閑話休題だ。
閑話休題
それで俺の鼓膜は、現在進行形で反響する様々な音によって揺らされている。
未だに鳴り止まない女子の黄色い歓声。
それを注意する赤羽根先生の戸惑い混じりの声。
クラスの男子どもが雪ノ下の容姿に対してひそひそと呟く声。
それらに混じって、明確な悪意の込められたかすかな話し声。
「……やっぱ雪ノ下サンって調子乗ってない?」
「……あー、それわかるー。なんであんな態度なん?」
「……なんかこっちが見下されてる感あるよね。なんかアタシ、ああいう態度マジでイラつくんだけど」
「……うちもうちもー」
「……あ、そういえば雪ノ下サンって隼人くんと幼なじみらしいよ」
「……え、ウソマジ? なにそれ初めて聞いた」
「……ホントホント。なんか隣のクラスの子が言っててさー」
「……うわ、なにそれ。なんか色々と恵まれすぎてて余計ムカつくんですけど」
「……家はお金持ちでお嬢様で、隼人くんみたいなカッコイイ幼なじみいるとかないわー、超ウザイんですけどー」
「……ねぇ、これはもう少しスゴイオシオキしなきゃダメじゃない?」
「……だよねー、靴とか隠しても全然効果ないしね。なんか昨日のもダメだったっぽいし」
「……じゃあ次はどうする?」
「……それはまた昼休みに話そうよ、なんかせんせー前で色々言ってるし」
「……そうだねー、じゃあまたあとで」
……あの女子ども、さっきまでの騒音に紛れたつもりなのだろうが、この俺の耳を誤魔化すにはまだ百年早いな。
周囲の人間観察を日頃の日課にしている俺の情報収集能力舐めんなよ。クラス内の事情はたぶんこの中の誰よりも知ってる。
けどその情報の中に出てきた人物の名前と顔が一致することはないんだけどな。なんならクラスメイトの名前と顔が一致しないまである。
だってあいつら俺と視線が合うと絶対に顔を逸らすんだもん。
なに俺ゴルゴーンなの?目と目が合う瞬間石化しちゃうの?それなら仕方ないなー(棒読み)。
その後、赤羽根先生の一喝で静まり返った教室内に、日直である女子の「い、いただきます!」という元気な声でようやく食事が始まった。
俺は班のメンバーと一言も会話をすることもなく黙々と口へ料理を運ぶ。
そして食器の上がすべて空になると、俺はおぼんを持って椅子から立ち上がり、ロッカーの上に置いてある食器の入っていたカゴの中に食器を片付ける。
カゴを配膳台の上に移して席に戻ると、俺は机の中から学校の図書室で借りた本を取り出す。
この本はあと数ページで読み終わるので、今日の昼休みは図書室へこの本を返しに行って新しい本を借りるとしよう。
俺は午後の行動の計画を練りながら本を読み進める。
そして本が読み終わると同時に顔を上げると、俺の周囲にはすでに誰もいなかった。
配膳台の上にはまるで教室内の俺みたいにぽつんと寂しく沢山の食べ終えた食器の入ったカゴが置いてあった。……え、嘘だろ?いつのまに給食終わってたんだ?
とりあえず俺は慌ててカゴを掴んで配膳室へと急ぐ。
配膳室の前では給食係のおばちゃんが妙ににこやかな笑顔を浮かべて立っていた。
あ、これ内心で怒ってる顔だわ。だって目が笑ってねぇもん。
俺は愛想笑いを浮かべてその横を通り過ぎ、コンテナにカゴを片付けると全速力で教室へと逃げ帰る。
そのとき背後から飛んできた「次はもう少しはやく持ってきてねー」という声が妙に冷たかった。……ごめんなおばちゃん。
教室に戻り、配膳台を廊下に片付けた俺は読み終えた本を持って図書室へと向かった。
今回の投下はここまでです。
次回はメガネをかけたあの子がちらっと登場予定です。
続きは一週間以内に来れたら来ますね、それでは。
俺の小学校での昼休みの過ごし方は2パターンしかない。
1つ目は教室内で机にうつ伏せになって寝ること。
小学校の授業内容はろくに聞いていなくても、テストでなかなかの点数が取れるほど簡単だ。
なので授業中は必ずと言っていいほど眠くなる。
しかし授業中に寝ることは関心意欲態度を悪くさせる原因になるので、寝るわけにはいかない。
なので俺は休み時間や昼休みに睡眠を取ることにしている。
ちなみにこの方法、海外の企業では積極的に取り入れられ「シエスタ(昼寝)」と呼ばれているらしい。学校の図書室に置いてある新聞を読んだらそう書いてあった。
ただしこれには欠点があり、この方法は雨が降っているときには使えない。
なぜなら雨が降ると、晴れの日は外で元気に遊んでいたクラスメイトが行き場をなくし、教室内をウロウロと動き回ったり、ぺちゃくちゃおしゃべりをするからだ。
しかもそれに飽きると教室内で掃除用の箒と丸めたプリントを使って野球を始めて盛り上がるからうるせぇうるせぇ。睡眠妨害もいいところである。
だから雨の日だと俺は静寂を求めて図書室へ行く。
今日みたいに晴れた日でも安らぎを求めて図書室へ向かう。
……まあ今日は本を返しに行くのが一番の目的だけどな。
そしてそれこそが、俺の休み時間や昼休みの過ごし方の2つ目である。
……べ、別にクラスに居場所がないからとかそんなんじゃねぇから。
ただ俺は純粋に本を読むのが好きで、まわりを本に囲まれてると落ち着くから図書室に通ってるだけだし。
そんなことを考えながら、俺は静かな廊下を早歩きで進む。
『エ』の字型の校舎の右下端の2階、職員室の丁度真上にあたる場所がこの小学校の図書室だ。
6年生の教室は渡り廊下を挟んだ向かい側、『エ』の字型で言うなら右上の部分になる。
小学校の校舎は3階建てで、『エ』の字型の上の横棒部分は1階が1・2年、2階が3・4年、3階が5・6年の教室になっている。
一方、『エ』の字型の下の横棒部分は1階が理科室と家庭科室と保健室と職員室、2階が図工室と放送室と図書室、3階が音楽室とパソコン室だ。
校内の地図を頭に思い浮かべながら俺は渡り廊下を渡りきり、階段を降りて2階へ向かい、右に曲がって直進する。
すると見えてきたのは教室と同じ形をした引き戸型の扉だ。
閉じているそれを横に動かして、俺はその部屋の中へ足を踏み入れる。
入った直後、俺の視界に飛び込んできたのは自分の身長より高い沢山の本棚の群れだった。
その本棚には近代小説に海外の作家の小説、図鑑に事典に自伝、漫画にライトノベル(小説と漫画を合わせたやつらしい)が隙間なくびっしりと詰まっている。
読書が好きな俺から言わせてもらえば、ここは宝の山である。
しかし今の世の中はPSPとかDSとかの携帯ゲームが大流行し、本を読む小学生は年々減少しているらしい。
その影響か、図書室にいる人数はわずか3人しかいない。
まず1人目は図書室の隅で冷めた目をしながら読書をしている赤いメガネをかけた女子。
顔に見覚えがあるからおそらく俺と同じ6年生だろう……たぶん。
彼女のいる場所は三國志とか幕末とかいった歴史系の本が多く置いてある場所だった。
ああいうのを好む女子を歴女というのだろうか。
俺も歴史には興味はあるが、今は小説とかを読む方が好きだ。歴史は中学校に進学してから学べばいいだろう。
中学校という未知なる環境での生活を想像しながら、俺は視線を移動させる。
次の2人目は紫がかったストーレートの黒髪の女の子。
背丈が小さく、おそらく1年生か2年生ぐらいだろう。
その子は入口付近の椅子に座って、様々な風景を撮り集めた写真集のような物を眺めていた。
女の子の近くには『カメラの歴史』と書かれた図鑑が置いてあるので、あの子は写真撮影にでも興味があるのだろうか。
写真はなぁ……俺あんまり好きじゃねぇんだよなぁ。
だって集合写真とかに俺が写ると「おい、誰か分かんねぇけどこれ見切れてんじゃん(笑)」とか「なんか私の背後の人の顔がブレてて怖いんだけど。ってかこれ誰?」とか言われるし……。
今までに行った遠足とかの集合写真は全部そんな感じだから、逆に記録をこのまま伸ばしてみようかなとか考えてみたりするまである。
そんな野望をひそかに抱きながら、俺は入口から図書室のカウンターへと向かい、本を返却する。
そのあと近代小説のコーナーから宮沢賢治の「よだかの星」を掴んで適当な席に着く。
そしてその席の対角線上の位置には、3人目の女子がいた。
長い黒髪の彼女は窓際の席に座り、その背後に陽の光を浴びて静かにページをめくっている。
「……、」
というか、顔をよく見たら雪ノ下だった。
雪ノ下の目の前にある机には文庫本が数冊積まれており、その背表紙はすべてローマ字で題名が書かれていた。
短くてすみません、今回の投下は以上です。
あと来週から中間テストなので、ちょっと更新が未定です。
ではこの辺りで失礼します。
すみません、ようやく一段落がついたのでこっちも更新を再開します。
明け方には再開出来るかと思います。
もうしばらくお待ちください。
おいおいマジかよ、日本語に訳されてねぇ小説読むとか雪ノ下のやつハンパねぇな。
なんなのお前、頭の中にインテル入ってるの?サイボーグなの?未来から来てスカイネットと交戦するの?
そんな事を考えながら雪ノ下のことを見ていると、不意に彼女は視線を文庫本から離してこちらを見る。
しまった、気付かれた。
「……はぁ」
雪ノ下はそう短く溜め息をつくと、文庫本を閉じて椅子から立ち上がった。
そして俺の元へ歩み寄ってくると、雪ノ下は腕を組みながら不機嫌そうに眉をひそめて話しかけてきた。
「……比企谷くん、あなたは『ストーカー』って言葉を知ってるかしら? それはちょうど今のあなたのしている行動を指す言葉なのだけれど」
身を抱くように自分で両腕を掴みながら、雪ノ下は俺へ氷の様に凍てつく瞳を向ける。
それは完全に汚物を見るような目だった。もしかしなくても疑われている。
「おい待て雪ノ下、誤解だ。俺はストーカーじゃねぇから」
「そう。ストーカーではないのなら……変質者?」
雪ノ下は可愛らしく小首を傾げるも、喋っている内容は全然可愛くない。
なにこの落差、緩急つきすぎてバット振ってもボールに当たらねぇよ。
雪ノ下のゆっくりとした動きから投げられる豪速球を、俺はなんとか捕球して投げ返す。
「あんまり意味変わんなくねぇかそれ? むしろランクアップしてる気がするんだが……」
「……つーか、俺はただお前が英語の小説読んでてスゲーなって思いながら見てただけで、お前の跡をつけるようなことは一切してねぇから。図書室に来たのも本を返す為だし」
「そう、それはごめんなさいね。あまりにもあなたがこの空間で浮いて見えたものだから、つい口が滑ってしまったわ」
「口が滑って俺を馬鹿にするとかやめろ。昨日今日知り合ったばかりの相手からそんなこと言われると流石に傷付くぞ」
「知り合った……? 比企谷くん、私はあなたのことは何も知らないのだけれど」
「は? 昨日と今日、こうして顔を合わしてんだから知り合った内に入るだろ」
「……比企谷くん。あなたのその意見だと、人間は道行く人と数回すれ違っただけでその人と知り合いになるということになるのだけれど」
「? 知り合いってそういうんじゃねぇの?」
なんかこの流れだと小難しい話になりそうだな……。
会話の端から漂う空気からそんな予想をすると、雪ノ下は俺の反対側に置かれている椅子に座る。
そして雪ノ下は静かに目を閉じて、俺と正面から向き合った。
「比企谷くん、まずあなたが自分とは異なる人間と遭遇したとき、見えるものは内面と外面のどちらかしら」
「そりゃ普通に考えて外面だろ。だって他人の心の中なんざ誰にも見えないからな」
「そうね、それで正解。けれど化粧や特殊メイクで外面はいくらでも偽ることが可能なこのご時世、その外面が本物だという確証はあるかしら」
「……、ないんじゃねぇの?」
……なんだなんだ? なんか話がごちゃごちゃしてきてよく分かんなくなってきたぞ。
「そう、確証はないの。だからその外面が偽物である可能性を含んだ人間といくら出会いや会話を重ねたとしても、それで本当に相手を知ったということにはならないのよ」
「人間の本質というものは己の魂――簡単に言えば内面に隠されているの。だから真の意味で知り合いになるには、外見的特徴は一切関係ないのよ」
腕を組みながら、自分の考えを淡々と話す雪ノ下。
しかしその声とは裏腹に、雪ノ下の表情は妙に明るく感じる。
……なんか妙に嬉しそうだなこいつ。
「えっと、つまり……なんだ? 外面なんて気にせずに心を割って会話をすることが出来て、初めて人はその相手と知り合いになったっていうことか?」
「ええ、概ね正解よ。外面なんて気にせず、真正面から自身の本音を相手とぶつけ合う事を何度も何度も繰り返して、そこでようやく人と人は『知り合い』と呼べる関係に至るの」
そこで一度言葉を区切り、雪ノ下は肩に掛かった長い黒髪を手で背後へ払って再び口を開く。
「だから昨日今日しか会話をしていない私とあなたの関係は、知り合いでもなんでもない赤の他人なのよ。ご理解いただけたかしら」
「お、おう」
「その曖昧な返事は理解できなかったと見て問題無さそうね」
はぁ、と小さな溜め息をつく雪ノ下。
なんか勝手に失望されてるんだが……。
「い、いや待て雪ノ下、俺をみくびるな。一度にまとめて話された内容をすぐに全部理解するなんて真似は出来ねぇけど、あと2分もすれば完璧に理解出来るから」
俺は自分で言うのもなんだが、かなり聡明な小学生である。
他人と会話をする機会が皆無なので常日頃から頭の中は考え事で埋め尽くされており、それを日々解き明かしては次へ、解き明かしては次へという事を繰り返しているのだ。
それゆえ言語処理能力は高いと思われる。
……まあ少し処理能力が高過ぎて、最近は女子同士の会話に字幕映画みたいなテロップが見えるようになった。こんな特殊能力いらねぇ……。
そんな俺の言い訳を聞いて、雪ノ下は花が咲くような美しい微笑みを浮かべてこう告げた。
「そう。期待せずに待ってるわ」
「そこは期待しとけよ……」
上げて落とすとか、なにお前ジェットスターかよ。
「? あなたに期待できる要素なんてあるのかしら」
「こいつ……っ」
首を傾げてきょとんとした表情を浮かべる雪ノ下を、俺は目を細めて威嚇するように睨み付ける。
だが雪ノ下はまるで獲物を狙う時の肉食獣の様な冷酷さを秘めた瞳で俺を睨み返してきた。
「……なにか?」
「いっ、いや、なんでも……ない」
「そう」
……うわ怖っ、何この子本当に俺と同じ小学生? 思わず全力で土下座する勢いだったぞ。
恐怖のあまり両腕に鳥肌が立っているのを確認しながら、俺は雪ノ下から顔を逸らす。
そしておっかなびっくりちらちらと横目で雪ノ下の表情を伺う。
怖いもの見たさっていうのはこういう事を言うんだな、納得。
そんな俺の中で怖い者の雪ノ下は、何かを考えこむように顎に手を当てて静かに瞳を閉じていた。
そのおかげで、雪ノ下のまつ毛は意外と長いとか超どうでもいいことを知ってしまった……って、やばっ。
ゆっくりと閉じられていた瞼が開き、澄んだ瞳で雪ノ下は俺を見る。
「……まあ、けれどそうね。あなたは今まで私に近寄ってきた人間とは異なるようだから、…………少し……ほんの少しだけ、期待してあげるわ。感謝なさい」
そう言って雪ノ下は椅子から立ち上がると、先程まで自分が座っていた席に戻って読書を再開する。
――この時俺は、雪ノ下雪乃という少女がどんな人間なのかを少しだけ理解できた気がした。
今回はここまでです。
次回は一週間以内を目安に頑張ります。
コメントに書き込まれたキャラが本編に登場する可能性が微レ存……?
それとこちらもよろしくお願いします。
【安価】比企谷「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」由比ヶ浜「その3!」
【安価】比企谷「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」由比ヶ浜「その3!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1368280790/)
それではこの辺で失礼します。
3.いつでも、葉山隼人のまわりには人がいる
俺が雪ノ下雪乃という人間を少しだけ理解できた気がした日から数日が過ぎたある日の学活の時間。
教壇に立つ赤羽根先生がチョークを握り、黒板に大きく『班決め』という文字を書いた。
「えー、今日の学活の時間は来月に行われる林間学校の班を決めてもらうぞー」
そんな先生の声に反応して、周囲のクラスメイトがひそひそと騒ぎ始める。
「なぁなぁ、班オレと一緒に組もうぜ」「おう、いいぜ。あ、高坂もさそっていいか?」「かまわねぇよ、あいつがいるとにぎやかになるしな」
「ねぇねぇ、もう服とか買った?」「えー、まだあたし買ってなーい」「じゃあ今度の日曜日買いにいこうよ、うちもまだ買ってなくて」「なになに?なんかおもしろそーな話してるー」
ひそひそ声から徐々に声は大きくなっていき、気が付けばざわざわきゃいきゃいうっせーうっせー。
なにお前ら、檻に入れらた動物園の猿かよ。
頬杖をつきながら耳障りな声が鼓膜を揺らし続けること数分、その音は次第に小さくなっていった。
何事かと思って辺りを見渡したら、教壇に立つ赤羽根先生が無言のまま眼鏡を怪しく光らせていることに気が付いた。
そして教室に静寂が訪れると、赤羽根先生は左手首につけた腕時計をちらっと見て溜息混じりにこう呟いた。
「はい、お前達が静かになるまで3分かかりました。こんなまとまりがないようじゃ、林間学校には連れていけそうにないなぁ」
でた、朝礼や全校集会で言われるお決まりの台詞。
でも何故だろう、赤羽根先生だと迫力に欠けて別になんとも思わない。
やっぱりああいうのは校長とか学年主任の人が言うから重みがあるのであって、まだ若い赤羽根先生が言っても効果は薄い。
男子の何人かは「えー」という驚きの声をあげているが、女子からは「マジでー?」みたいな心底どうでもよさそうな声があがっている。男子ってやっぱり馬鹿だよなぁ。
「センセーそりゃないっしょ!? 俺ら『リンカーンガッコー』チョー楽しみにしてるんすよ!?」
「戸部、『リンカーンガッコー』じゃなくて『林間学校』な。森林の林に時間の間、で学校と書いて林間学校。リンカーンだと昔のアメリカの大統領になっちゃうから」
「そうなん? やっべ、センセーマジ頭いい! マジソンケーしちゃうわー!」
「はいはい、おだててもなにも出ないぞー」
ははは、と乾いた笑い声をあげて中途半端に髪の長い男子の言葉を受け流す赤羽根先生。
あんなアホの対応をしなきゃならないなんて先生も大変だな。つーかなんで6年生なのにあそこまでアホなのだろうか。
もっと新聞とか本読め、色々と知識身につくから。
そんなことを考えながら窓の外を眺める。
本日も夏特有の巨大な入道雲が青空に浮かび、太陽がギラギラテカテカと輝いている。
教頭が外にいたら眩しくて顔を直視出来ないな。まあ教頭の頭はハゲじゃなくて剃ってるみたいだが。
「えー、班を決めるにあたっていくつか注意点があるからよく聞いておくように」
それから赤羽根先生は班決めの注意点を話し始めた。
「まず班は5人1組であること。ただし男女は必ずしも一緒にならなければいけないわけではないからな」
「そしてその班で飯盒炊飯でカレーを作ったり、オリエンテーリングをしてもらう」
「そのこともちゃんと頭の中に入れて班を作らないと、男子ばかりの班ではカレーが作れなくてごはんだけ、みたいなことにもなるかもしれないぞ?」
「まあ注意点は以上だ。他になにか気になる点はあるか?」
赤羽根先生が教壇から見下ろすように全体を見渡すが、特に誰も手を上げたりはしない。
まあこういう場面で手を上げるのってけっこう勇気がいるんだよな。
そんでヘタなこと言うとなんかまとわりつくような視線を受けるし。
なんなのあれ、発言くらい自由にさせろっての。
「……なさそうだな。よし、それじゃあ班作り開始!」
誰も手を上げないことを確認した赤羽根先生がそう告げると、教室が再び活気を取り戻す。
「よっしゃ、高坂かくほ!」「おいバカやめろっての!くっつくな!」「赤城ー、キモいぞー」「はぁ!?なんで俺がキモいんだよ!?マジ意味わかんねぇ!」
「さがみーん、あたしらと一緒に組も~」「いいよー。あ、ゆっこも呼ばなきゃ。ゆっこー」「はーい、今いくよー」
「ねぇねぇ戸塚くん、あたしらと一緒に組もうよー」「え?あ、えっと……その……ご、ごめん。ぼくもう結衣ちゃんたちといっしょに組んじゃったから、3人組だといっしょには組めない……かな」「そっかー、ムリに誘っちゃってごめんねー」
「あ、やっべ!俺てっきり隼人くんと組めると思ってたからクラスで決めてなかったわ!っべ!ちょ、誰か俺と組む人いねーの!?」「おーい戸部ー、俺らんとこ来いよー」「あ、マジで?そこ空いてる感じ?超ナイス!」
あっという間に班は決まっていき、気がつけば半分以上がすでにまとまって集まり、林間学校についてあれこれ話し合っていた。
それを俺は机に顎を乗せながらぼけーっと眺める。
クラス内で孤立している俺をわざわざ誘ってくる人間などいるはずもなく、人っ子一人寄り付かない。
俺の周囲に見えないバリアでも展開されてんじゃないのって疑うぐらい誰も近づいてこない。台風で言うなら目のど真ん中だ。
誰だセンターなら目立つとか言ってたやつ、誰も見向きもしねぇぞ。どういうことだ。
「(……ま、いつも通りの平常運転なんですけど)」
台風が接近したら京葉線とか総武線は止まるのに、比企谷線はまったく止まる気配がない。
それもそのはず、比企谷線は人知れず地下を走っているのだ。
だから台風の影響とかは受けないが、その前に乗客が1人もいないので廃線の恐れあり。
とまあそんなくだらないことを考え始めてしまうほどに暇である。
こういった場面でぼっちが選択する行動とはなにか?
それはかの武田信玄公がこう唱えている。
『動かざること山のごとし』――少々のことでは動ぜず、ずっしりと構えていればよい。
つまり動かない。ただその場で待機し続けること。それがぼっちがとるべき行動だ。
そしてそうすれば、人数不足のグループが仕方なく俺に声をかけてきてくれるはずだ。
このクラスは全部で40名。班は5人1組なので出来る班は8個。
誰からも誘われない俺は必ず最後まで残り、あとは5人組になれなかったグループに俺が強制的に拾われてグループが完成する。
自動で班が決まるとかなにその親切設計。わざわざ「いーれーてー」みたいな薄ら寒い会話をしなくていいとか便利だな。やっぱりぼっちは最高だぜ。
なのでこのまま窓の外でもぼーっと眺めていようと思ったが、それは俺の目の前に二人の女子が現れたことによって叶わなかった。
「ひ、比企谷くん。少し、いいかな?」
「ん? ……あ、ああ」
目の前に立ったのは全体的に華奢な体型をした女子だった。
短くてすみません、今回はここまでです。
続きは一週間以内に来れたら来ます、それでは。
色素の薄い肌、肩に触れるか触れないかのぎりぎりまで伸びた髪、ぱっちりと開かれた目は丸く、どこか幼い印象を受ける。
「実はぼくらの班、5人組を作るのに1人足らないんだ。だからその、もし比企谷くんがよければだけど、ぼくらの班に入ってくれない……かな?」
「え、あ、……えっと」
目の前で両手を合わせて頼み込んでくる名前も知らぬ女子。クラスメイトなのに名前も知らないとは何事か、とか言ってはいけない。
ぼっちは交友関係がないひとりぼっちだからぼっちと呼ぶのであって、交友関係がない=関わりの薄いクラスメイトの名前など覚えていないのだ。
まああっちも俺の名前をちゃんと覚えていないからおあいこだろ。
ヒキタニくんなんて生徒はこの学校にはいないし、ヒキガエルくんもヒキニクくんもキモガヤくんもいない。てかヒキニクくんとか酷すぎるだろ、ミンチにされてんじゃねぇか。
だが目の前の女子はちゃんと俺の名前を覚えている。
これはどういうことだ。天変地異の前触れか?
あまりにも突拍子のない出来事に、俺は視線を縦横無尽に動かして盛大に困惑する。
なにこの状況。え、なにこの状況。
俺が突然女子に話しかけられて、しかも名前もちゃんと覚えられてて、さらに班に誘われるとかどういうことだ。
――混乱する思考の中、ふと先程の言葉が脳内でリピートされる。
『だからその、もし比企谷くんがよければだけど、ぼくらの班に入ってくれない……かな?』
……って、『ぼく』? 女子なのに『ぼく』だと……?
俺の聞き間違いでなければ、ついさっきこの女子は自分自身の事を『ぼく』と称したハズだ。
いや、でもこんな可愛い子が男なわけねぇしな……。
けど今は女子でも自分を『オレ』とか言っちゃう時代だから、そういう女子もいるのか……?
あれこれ頭を悩ませるが、答えはそう簡単に出るはずもない。
ここで「お前って女?」とか聞ければ楽なのだが、今そんなことを訊くのはただの馬鹿がすることだ。
それに6年生に進級してからもうすでに3ヶ月以上経過しているし、いまさらそんなことを聞ける雰囲気ではない。
だからここは思考を放棄することを選択する。
知らなくていいことは世の中には沢山ある。だから深入りしてまで知ろうとする必要はないだろう。
だから目の前のこいつは女子。とりあえず女子で仮定しておくとしよう。
「比企谷くんってすごく料理が上手だから、いっしょの班に入ってくれるととても心強いんだけどなぁ……」
「そ、そうか?」
「うん。この前の調理実習のときに比企谷くんが作った卵焼き、すごくおいしそうだったもん」
「あー、……あ、あれは偶然上手く出来ただけだ。別に俺は料理が上手なわけじゃねぇって」
性別不明な女子の突然のヨイショに、俺は若干噛みながらも日本人特有の謙遜を発動する。
さっき料理は上手じゃないと言ったが、俺は料理はそれなりに得意な方である。
それは両親が仕事で家を空けることが多く、俺が小町や自分の夕食を作る機会が多いからだ。
最近は小町も料理を手伝うようになってきたが、それでもまだ刃物は危ないので持たせていない。せいぜい卵を割るのをやらせるくらいだ。
「そうかなぁ。ぼくにはそうは見えなかったけど……」
ならばなぜ、俺は自分の料理の腕前を隠すような真似をしているのか。
それは親父による英才教育が物語っている。
親父は日頃から常に「絶対に慢心するな、謙遜して生きろ」と口が酸っぱくなるほど言ってくるのだ。
親父いわく、「慢心すれば身を滅ぼす。その昔、李徴という人間がいてだな、そいつは幼い時から優秀で非常にプライドが高かった。だが李徴は…………やっぱ説明すんの面倒くせぇ。八幡、『山月記』を貸すから自分で読め」だそうだ。
……親父、いくらなんでもそれは適当すぎるし、投げやりになるくらいなら話そうとすんな。
けど『山月記』は結構面白かったから特別に許す。
俺が女子との会話そっちのけでそんなことを考えていると、赤羽根先生がこちらに歩み寄ってくるのに気が付いた。
赤羽根先生は俺達の前に立つと、眼鏡の奥の瞳を優しそうに細めて白い歯を光らせる。
「どうだ戸塚、班は決まったか?」
戸塚と呼ばれた目の前の女子は隣に立つ先生を見上げながら、ふるふると首を横に振る。
「え、えっと、まだあと1人足らなくて。それで比企谷くんをさそっているんですけど……」
「なんだ比企谷、戸塚と同じ班は嫌なのか?」
「いや、別に嫌なわけじゃないんですけど……」
嫌ではない。むしろ嬉しいし喜ばしいことだ。
ぼっちである俺が他人から必要とされることはまずない。
孤独ゆえに周囲から弾かれ、拒まれ、理不尽な悪意を突き付けられるのが平常運転。
だからこうして誘われるのは、柄ではないがとても嬉しいことなのだ。
なんなら両手を挙げてグラウンドを走り回ってもいいレベル。まあもちろんそんなことはしないが。
それに現状、目の前の障害物が巨大すぎてそれどころではない。
俺は戸塚の背後に隠れるように立つ女子と、その後ろに控えてる大人しそうな女子2人を順番に見る。
戸塚の隣にいる女子は黒髪をサイドで団子状に纏めているのが特徴的だった。
だがそれ以外は特に特徴のないごく平凡な女子だ。……少しだけ、クラス内の女子より胸が大きいのを除けば。
後ろに控えている女子2人組も同様にこれといった特徴がない。
服装は派手ではなくむしろ地味だし、夏場だというのに着ている服は半袖ではなく長袖だ。肌の露出も少なく、手の甲などに日焼けのあとなど見当たらない。
「……その、女子ばかりの班に入るのは少し気が引けるだけです」
そう、それこそが返事を渋る第一にして最大の理由。
戸塚と呼ばれた女子に誘われた班の人間は全員(戸塚を女子と仮定した場合)が女子なのだ。
そんな女の花園に男である俺が一歩でも足を踏み入れてみろ。
周囲からは白い目で見られ、陰口を叩かれ、『あの4人かわいそー、ヒキタニくんといっしょの班とかチョーサイアクじゃん』となること請け合い。だから誰だよヒキタニくんって。
「そうか?でも女子3人と比企谷を加えた男子2人なら、先生はバランス的に丁度いいと思うけどな」
「……は?え、ちょっと先生なに言ってるんですか?女子は4人ですよね?」
「ん?お前こそなにを言ってるんだ比企谷。女子は由比ヶ浜と中原と宮前、男子はお前と戸塚じゃないか」
「…………は?」
いやいやいや、いったいこの眼鏡はなにを言っているんだ。
戸塚が男?そんな馬鹿な話あるわけねぇだろ。エイプリルフールはもうとっくの昔に終わってますが?
戸塚はどこからどうみても女子だ(確証はないが)。
きめ細やかな肌、さらさらな髪、長い睫毛に小動物のような丸い瞳。
こんな可愛らしい容姿をもつ人間が男というなら神様は頭がイカれていると思う。
「ひ、比企谷くん。ぼく、男の子……だよ? み、見えないかなぁ……」
「え」
訂正、神様は頭が完全にイカれいてた。
そして仮定が本人の発言で見事ひっくり返された。
なんだよこれ、世界のバグか?頭がポンコツな神様と世界のバグが生み出した奇跡の産物か?
「比企谷、戸塚を女子だと勘違いしてしまう気持ちはわからんでもない。先生も最初に戸塚を見た時は女子だと信じて疑わなかった」
衝撃の事実に茫然とする俺の鼓膜に同情するような赤羽根先生の声が届く。
大人ですら勘違いしてしまうほど女の子らしい容姿をした男の子。
間違いねぇ、神様はアホだ。それも重度のアホ。痴呆が始まっていてもおかしくないレベル。早く次の世代に位を譲れよ、いつまで権力にしがみついてんだ。
実際に見ることは出来ないし、その前にちゃんと存在しているのかすら怪しい存在に毒を吐き続ける。
でも神様って天国にいるらしいから天罰がくだりそう。むしろ吐いた毒がそのまま戻ってくる可能性まである。
「さ、さいちゃんは女の子みたいだけど、ちゃんと男の子だから!ほらっ!」
神迎撃用の言葉を脳内で厳選していると、戸塚の背後にいる女子が大声をあげてそう主張する。
お団子ヘアの女子は戸塚の両肩をがっしりと掴んでぐいぐいと前へ押し付けてくる。
おいやめろバカ近い近い近いなんかいい匂いがするっ!
「ゆ、結衣ちゃん、いたいよ……っ」
「あわわっ!? ご、ごめんさいちゃん!」
肩を締め付ける力が強かったのか、戸塚は痛みに耐えかねて抗議の声をあげた。
それに気がついた結衣ちゃんとやらは慌てて手を離し、戸塚の両肩をさすり始める。
『痛いの痛いの飛んでけー』ってか。そんなんで怪我が治ったら病院とかいらねぇっての。
冷めた目でその光景を見ていると、突然肩を優しく叩かれる。
「なあ比企谷、班がまだ決まっていないならこの班でもいいんじゃないか?先生は比企谷がこの班と一緒なら、林間学校を楽しく過ごせると思うんだがな」
「は、はぁ……」
赤羽根先生は葉山並に爽やかな笑みを浮かべて優しく諭してくる。
本能に染み付いた習性でつい条件反射で曖昧な返事をしてしまうと、それを聞いた戸塚が何かを期待するように瞳を大きく見開く。
「じゃ、じゃあ……っ!」
「……、」
「ほら、比企谷」
「……、わかりましたよ」
どうやら完全に逃げ道は封鎖された。もう大人しくこの要求を受け入れるしか手段がなさそうだ。
俺は髪の毛をがしがしと掻いて、目の前に立つ戸塚を横目で見ながら口を開く。
「……えっと、……その、なんだ。…………よ、よろしく頼むわ」
「うん。こちらこそ、よろしくね比企谷くん!」
花が咲くような笑顔を向けられ、あまりの眩しさに目を逸らしてしまう。
……くっ、これで男子とかどういうことだ。そんじょそこらの女子より女子っぽいじゃねぇか。
そんなこんなで、俺の林間学校での班が決まった。
短くてすみません、今回はここまでです。
続きは一週間以内に来れたら来ます、それでは。
さて、こっちも更新しないとですね。
今回はあーしさんと川なんとかさんがちらっと登場しますよ。
もうしばらくお待ちください。
それから一週間後の学活の時間。
広々としているのにも関わらず猛威をふるう太陽の影響で、蒸してクソ暑い体育館内に6年生3クラスが一斉に集まっていた。
額から汗を流しながら見つめる先には、マイクを握った校長がぺらぺらとマシンガントークを炸裂させている。
おい誰か盾持って来い。そろそろ校長の連続射撃を止めないと熱中症で誰かぶっ倒れるぞ。
もはやサウナと言っても過言はない体育館に俺達が集合させられたのは、1学期最後の学年集会と林間学校の説明を行うためだった。
なんでも今日は現在進行形で生徒の体力を奪っている校長のありがたいお言葉の後に、林間学校の最終日前夜に行われる肝試しのグループを決めるそうだ。
クラス以外の人間と交流を深めるのも大切とかなんとか赤羽根先生は言っていたが、クラス内の人間とすら交流を深めていない俺にとってみればどうでもいい話である。
そもそもクラス内外を問う以前に友達がいねぇし。
……まあ他クラスとの合同体育の時、強制的にペアを組まされている奴ならいるけど……。
「――えー、ではこれで私の話は終わりにします」
ようやく長くくだらない話が終わり、校長がペコリと頭を下げて先生らが並ぶ列へと戻っていく。
「校長先生、ありがとうございました。では続いて林間学校最終日の前夜に行われる肝試しについての説明に移りたいと思います」
学年主任の城廻先生がそう告げると、周囲がざわざわと騒ぎだす。
おい、こんな光景一週間前にもあったぞ。なにこのデジャヴ。
「赤羽根先生、よろしくお願いします」
「はい」
城廻先生に名前を呼ばれた赤羽根先生は片手に黒塗りのファイルを持って俺達の前に立つ。
しかし赤羽根先生が目の前に立ったのにも関わらず、ざわつきは止みそうにない。
……あー出るなこれ。間違いなくあの台詞が出るわ。
そんな予想を立てながら待つこと数分、いつまで経っても説明が始まらないことに疑問を感じたのか、周囲のざわつきは次第に静まっていく。
そして生徒が完全に沈黙したのを確認すると、赤羽根先生は腕時計をチラッと見てこう告げる。
「はい、お前達が静かになるまで5分かかりました。今は休み時間じゃないんだ、時間のメリハリはキチンとつけないとダメだぞ」
出たー、迫力に欠ける赤羽根先生のお叱りの言葉だー。
「林間学校は普段の学校生活とは勝手が違うんだ。ちゃんと先生の話を最後まで聞いていないと、林間学校の当日に苦労することになるからな」
人差し指を立てて軽く説教をすると「はーい」という気の抜けた大勢の返事が体育館内に木霊する。
その返事に満足したのか、赤羽根先生はうんうんと頷いて肝試しについての説明を始めた。
「各クラスの担任から簡単な説明があったとおり、林間学校の最終日前夜には肝試しが予定されている」
「今日はその肝試しを行う際のグループを作ってもらうぞ」
「人数は5~8人。それは同じクラスの子でも別のクラスの子でも構わない」
「そしてグループが出来た所は近くに立っている先生にそのグループにいる人間の名前を伝えること」
「それが完了したグループはその場に座ってグループ決めが終わるまで自由にしてていいぞ」
「説明は以上。質問は………………なさそうだな。ではグループ作り開始!」
赤羽根先生の一言で列はあっという間に崩壊し、体育座りをしていたクラスメイトはあちこち散らばっていく。
「なぁ高坂、肝試しもいっしょでいいよな?」
「別にいいけどよ……男だらけの肝試しとかやりたくねぇぞ俺?」
「だいじょうぶだって!お前には幼なじみがいるだろ?」
「……ああ、麻奈実な。でもあいつ櫻井とく」
「高坂ー!あたしそこに入っていいよねーてか入るからよろしくー!」
「きょ、きょうちゃん。わ、わたしもっ!」
「な?」
「……なんかいらんのもついてきたケドな」
「沙希、あーしらはいっしょでいいっしょ?」
「いいんじゃないの。別にあたしはどこでもいい」
「そ。それじゃあとは姫菜と…………あ、ねぇねぇそこのお団子ヘアの子、ちょっといい?」
「へ?あ、あたし?」
「お団子ヘアの子って言ったら目の前にはあんたしかいないじゃん。バカなの?」
「ご、ごめん……」
「まあ別にいいけど。とりあえずあんた、名前は?」
「え、えっと、由比ヶ浜結衣……です」
「ふーん。じゃあ結衣さー、あーしらのグループ入るの決定ね」
「……ほぇ?」
「あーし三浦優美子、となりにいるのが川崎沙希ね」
「え、えっと……」
「……どうも」
「あ、ど、どうもです」
3クラスが一斉に集まっていることもあってか、周囲から聞こえる騒音は先週に比べて格段に上がっていた。
全方位を囲まれた俺に襲いかかるのは檻にぶち込まれた猿の大合唱。
非常に耳障りで仕方がない。
……とくにあの1クラス分くらいの人数が集まっている集団。
「隼人くん、あたしらと一緒にグループを組んでください!」
「いやいや、うちらと組もうよ隼人くん!」
「ちょっとみんななに言ってんの?隼人くんは私たちと組むって決まってるから」
「はぁ?なに言ってんの?」
「隼人くん、違うよね。隼人くんはわたしらといっしょのグループだよね?」
「え、えっと……少し落ち着こうかみんな。冷静に、冷静になろう。ね?」
「ちょ、隼人くんモテすぎっしょ。マジうらやまだわー」
「戸部もからかってないで助けてくれよ……」
「隼人くん!あたしらだよね!?」
「いいや、絶対にうちらだから!」
「私たちに決まってんの!」
「わたしら以外ありえないから!」
「「「「そうでしょ隼人くん!?」」」」
「えっと、うん。それはどうかなぁ……」
隣のクラスの葉山が集団の中心に立ち、周囲の女子から多数のアプローチを受けていた。
その多勢に押されて流石の葉山も苦笑い。
しかしその光景をみても同情の感情は一切湧き上がってこないし、むしろ殺意の波動に目覚める勢いである。
とりあえず死ねばいいのに。
「フッフッフッ……」
胸の内でみっともない嫉妬の炎を燃やしていると、前方から不敵な笑みを浮かべて誰かが歩み寄ってくる。
……あー、誰だっけなーこいつ。
黒縁メガネに指ぬきグローブはめて、このクソ暑いのにコートを羽織って顔面汗まみれの男子。
ざい……ざい…………財津くん、だっけ?そうだ、在郷くんだ。
やあやあ在門くん、貴様に用はないからとっとと帰れ。つかこっち来んな。
「……待たせたな、――八幡ッッ!」
「いや別に待ってねぇし」
「まあまあそんなつれないことを言うな八幡。我と貴様の仲ではないか」
「お前と仲良くなったつもりはねぇし、これからも仲良くなるつもりはねぇよ」
「なん……だと……!?貴様ァ!あの地獄のような時間を共に駆け抜けた日々を忘れたと言うのかッ!?」
「ただ合同体育の時にペア組まされただけだろうが」
「…………な、なぁ八幡。もう少し俺のノリに合わせるとかしてくれないの?」
「なんで急に素に戻るんだよ。やだよ、俺まで同類に見られちゃうだろうが」
この妙に芝居ががった口調でひたすらにウザい男子の名前は材木座義輝。クラスはたしか1組だ。
こいつの口調がなぜこんななのかは俺にもよくわからん。
とりあえずウザい。俺はこいつ以上にウザい人間と遭った試しがないほどウザい。
ウザさ世界一を競う世界大会(ウザリンピック)があったら余裕で優勝出来るレベル。
優勝の副賞で禁錮刑に処されてしまえばいいのに。
葉山と材木座という最悪コンボに俺の精神のやさぐれ度が急上昇の動きを見せる。
だがそのグラフはとある人物を視界に捉えることで直角に急降下する。
「なんだか楽しそうだね、比企谷くん」
眩い笑みを浮かべながら心地良いソプラノ声で俺を癒し、材木座の隣に君臨したのは天使……じゃなかった、戸塚彩加だった。
今回はここまでです。
材木座さんが中二病全開なのは気にしたら負けです。
中二病じゃない彼は材木座じゃないので。ただのモブに化すので仕方なくです。
次回は一週間後です、それでは失礼します。
>>1です。
一ヶ月近く放置してすみません、最近はなにかと忙しくて安価スレの方も更新が滞りがちになってしまいまして……。
来週の月曜日はバイトも学校もないのでその日に再開予定です。もう暫くの間お待ちください。
「いやいや、全然楽しくねぇから戸塚。むしろ今の気分は最悪だ」
「そうなの?僕にはそうは見えないけどなぁ……」
「……は、ははは八幡八幡、こちらの可憐な御仁の名はなんと申すのだ!?」
何の前触れもなく外界へと舞い降りた天使こと戸塚に動揺を隠すことが出来ない材木座は俺の二の腕を掴んで激しく揺さぶる。
「うるせぇキョドるな気持ち悪い。あと腕掴むんじゃねぇ、ベタベタするんだよお前の手」
しかもこいつの手には手汗を大量に吸った指ぬきグローブが装着されており不快感がハンパない。
おいやめろ、俺の腕を掴んでいいのは小町か戸塚だけだ。
「てかこんなクソ暑い中でグローブとコート装備とか頭おかしいからな?見てるこっちの身にもなれよ、暑苦しくて仕方がねぇから」
「あ、ホントだ。すごく暑そうだけど……だいじょうぶ?」
小首を傾げて材木座の身を案じる戸塚のその姿勢は慈愛に満ちた教会とかにいそうな……なんだっけ、…………ああそうシスターだ、シスターを連想させる。
「……ふ、フヒヒww、……女子に身を案じられる時がついに我にも……ッ!」
一方迷える子羊どころかさまよう豚の方がしっくりくる材木座はというと、バーナーで炙られたのだろうか、頬を赤く染めてぼそぼそと小さく呟いていた。きもい。
「……フッ、我が身に纏うこれらは前世より引き継ぎし十二の神器である特殊装甲(オーバーアームド)なのだ!それに苦痛など感じぬわッ!」
「顔面汗まみれで言っても説得力皆無だぞ。鏡見ろ鏡、そろそろ現実見ようぜ、な?」
「ほむん。しかし我が羽織るこの外套は瘴気を遮断する代わりに自動で発動する大量の発汗作用が玉に傷なのだ。……だが、我の身体から滴り落ちる液体は母なる海と同質であってだな。その雫に一度触れればその――」
……なんか話が長くなりそうな悪寒。
「戸塚、逃げるぞ。ここは危険だ」
「え?でもまだ話のとちゅうだよ?」
「あいつは放っておいても問題ないからいいんだよ。いいから行くぞ、戸塚」
「う、うん」
べらべらとくだらない設定を喋る材木座から逃げるように、俺は戸塚の腕を掴んでこの場から離脱した。
「――魔を完膚なきまでに殲滅する祓魔の効果があって、さらにその魔を宿していた媒体は……っては、八幡!? 何処へ姿を消したのだはちまぁぁぁぁん!!」
背後から叫び声が聞こえたような気がしたが気のせいだろう。
戸塚の手を引いて体育館の壁際まで移動した俺は、そこで掴んでいた細腕を離す。
……本当に細い、小町の腕より細いってどういうことだよ……。
「ねぇ比企谷くん、さっきの男の子って誰だったの?」
体育館の壁に背中を預けて床に座ると、戸塚が隣にちょこんと座って下から覗き込むような形で訊ねてきた。
「戸塚、世の中には知らなくていいことがごまんとあるんだ。あいつとは関わりを持たないほうが身のためだぞ」
「そんなこと言ったらダメだよ比企谷くん、差別はよくないよ」
「いや、別に差別してるわけじゃないんだが……」
そう差別ではない。俺はただ戸塚に悪影響を及ぼす可能性がある存在を隔離しようとしてるだけだ。
「じゃあどうして僕には教えてくれないの?」
「それは今言ったように世の中には知らなくていいことがごまんとあるからであってだな……」
そう、世の中には知らなきゃよかったことが無数にある。
たとえばサンタクロースは世界中の子供にプレゼントを届けていないとか、とある食べ物の着色料には虫が使われているとか、歯磨き粉を使うと口の中がスースーするのは歯磨き粉に含まれる薬品の影響で舌が火傷してるからとか。
特に最後の真実を知った直後は歯磨き粉をゴミ箱に投げ捨てた記憶がある。……まあ一発で入らなくて拾って捨て直したけど。
そんな驚愕の事実を思い出していると、不意に左手を小さな両手が優しく包んだ。
「……比企谷くん」
弱々しくもぶれない芯を感じさせる声が耳に届く。
「なんだ」
「なにかを知ることってダメなことなの?……じゃあ僕が比企谷くんのことを知ろうとすることも、ダメなことなの?」
「それは……」
「僕はもっと知りたいんだ。比企谷くんのこと」
左手にかかる力が強くなる。
「比企谷くんが好きな食べ物とか、好きな色とか、好きな本とか、好きなテレビ番組とか」
純真な瞳が見つめてくる。
「もっともっと、比企谷くんのことを知りたい。僕も僕のことを教えるから、比企谷くんにはもっと僕のことを知ってほしいな」
「戸塚……」
その笑顔があれば世界は平和になるんじゃないかと想像してしまうほどの威力が秘められた微笑みに心が激しく揺さぶられる。
おいなんだこの胸の高鳴りは。
……おかしい。戸塚は男だ、男のはずだ。男で間違いないはずなんだがこの可愛さの前ではもうどうでもいい気がしてきた。
とつかわいすぎてヤバイ。主に俺の理性が。なんでこんなに可愛い子が男なんだよ神様のバカ野郎!
「それで……あのね?比企谷くん、さっきの男の子から名前で呼ばれてたでしょ?だから僕も比企谷くんのこと、名前で呼んでみたいなぁ……なんて」
顔を赤らめて恥じらう姿は筆舌に尽くしがたいほど素晴らしく、俺が言えるのはとにかく可愛いとつかわいい。
もし誰かと付き合うとしたら戸塚か戸塚みたいな女の子がいいです、はい。
タキシード姿の俺とウエディングドレス姿の戸塚を妄想していると、突然頭上に影が差した。
その影の主が誰なのかを判明させる為に視線を上げると、そこには腰まで伸びた黒髪が綺麗な女子が立っていた。
「比企谷くん、あなたはこんなところでなにをしているのかしら。グループが結成された人間以外は座ってはいけないはずだったのだけれど」
淡い水色のワンピースを着て、雪のように白い腕を組みながら俺達を見下す雪ノ下がそこにいた。
今回はここまでです。
短い上に更新時間が遅くてすみません。
次回の更新は未定ですが、今月中にはなんとか……。
それでは失礼します。
来週の月曜日と火曜日はバイトが休みなのでどちらかの日に更新します。
もう暫くの間お待ちください。
「それとも比企谷くん、あなたの足腰はたかが数分も保たないほどに虚弱かつ脆弱なのかしら。仮にもあなたは男子でしょう?筋力が衰えるにはまだ早いと思うのだけれど」
「……久しぶりの会話なのにいきなり暴言から切り出すとかやっぱお前すげぇわ」
俺がこうして雪ノ下と会話をするのは先々週の図書室以来のことだった。
その日以降は廊下で偶然遭遇したりするものの、すれ違いざまに俺が雪ノ下に小さく会釈して華麗にスルーされることがあっただけで会話はしていない。
てかスルーすんなよ。あと視線が合った直後に逸らすのもやめてくれ、地味に傷つくから。
「……、あなたに褒められても全く微塵もこれっぽっちも嬉しくないからやめて頂戴。ひどく不愉快だわ」
「いやいや別に褒めてねぇし」
むしろ呆れているまである。
普通は久しぶりに会話する人間には「あら比企谷くん、こんな壁際で一体なにをしているのかしら?」みたいな当たり障りの無い切り出しを選択するべきだろ。
それなのになんでこいつは喧嘩腰かつ上から目線で話しかけてくるんだよ。
お前はもう少し慎みを覚えようぜ、な?
控えめで謙虚でお淑やかになれば大和撫子七変化……ってちげぇ、それは深夜に偶然見たアニメのタイトルだった。
「……、」
そんな事を考えながら雪ノ下に生暖かい視線を送ると、雪ノ下は口を一文字に結んで鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。
その眼光は鋭利なナイフを連想させ、触れたらすぱっと切れそうな錯覚すらある。ハッキリ言って超怖い。
出来る事なら素早く雪ノ下の前から逃走したいところなのだが、雪ノ下の放つ無言の圧力の影響か左腕が妙に重く感じる。……ってなんで左腕だけ?
疑問を感じて左腕に視線を向けると、俺の左腕は戸塚が両手でがっしりと掴んでいた。
「ひ、比企谷くん……」
雨に打たれる捨て犬のような目を向けながら俺の名前を呼ぶ戸塚。
おそらく高圧的な態度の雪ノ下に恐怖を感じているのだろう。
確かにこいつは小学生とは思えないほど怖いもんな。
口を開けば暴言が飛び出すし、向ける視線はナイフのように鋭い。黙っていれば文句なしに可愛いんだけどなぁ……。
俺は戸塚を庇うように雪ノ下の目の前に立つと、腕を組んで睨み返す。
「おい雪ノ下、その高圧的な態度やめろ。戸塚が怯えてんじゃねぇか」
「別に私は威圧しているつもりはないのだけれど」
「お前に自覚がなくてもまわりから見ればそう見えるんだよ」
「……っ」
「そもそもまず口を開いた途端に暴言が飛び出す時点でアウトだ。お前は喧嘩のたたき売りでもしたいのかよ」
「……、私は暴言を吐いているわけではないわ。ただ素直に感じたことを言葉に変換しているだけよ」
「気持ちを偽らないのは素晴らしいことだと思うが、それでも限度ってもんがあるだろ」
俺は嘘をつくのは大嫌いだが、大嫌いな嘘でも身の安全のためにつかなければいけない時がある。
例えば家で食器を割ってしまったとき、母親にバレて怒られないようにこっそり紙に包んでゴミ箱に捨てたりするとか。
道端に落ちてた500円を交番へ届けずにそのままネコババするとか。
花壇に誤って入ってしまい足跡がついたのを先生へ告げずに知らんふりをするとか。
馬鹿正直な人間以外は必ず嘘をつく。一生の内に一度も嘘をつかない人間はごく少数だ。
そして雪ノ下雪乃という女の子はそのごく少数なのだろう。
彼女と出会ってまだ日は浅いが、それでも少しはこいつのことを知ったつもりだ。
――雪ノ下雪乃は自分に正直で決して嘘をつかない。
それは俺が会話をするたびに浴びせられた数々の言葉の暴力が確かな証拠だ。
「お前も逆の人間の立場になって考えてみろよ、いきなり『雪ノ下さんって貧弱だよね』とか言われたらお前はどう思う?」
「社会的に抹殺したくなるわね」
「いちいち発言が怖いわ!てかお前はそういうとこが問題なんだよ……」
そしてその暴言は周囲の人間との間に亀裂を走らせる。
言葉を口にするのは簡単だが、その言葉が与える影響というのは計り知れないほどに大きい。
指導者の一言は大衆を動かし、将軍の一言は戦局をひっくり返し、神の一言は世界を変える。
些細な言葉が良くも悪くも多大な変化を起こすのだ。
雪ノ下の場合はすべてが悪い方向へ変化しているみたいだけどな。
「私のどこに問題があるというのかしら。敵が目の前に立ち塞がる場合は殲滅するのが普通でしょう?」
きょとんと首を横に小さく傾けながら、雪ノ下は疑問を投げ掛ける。
だからお前は発想が極端過ぎるだろ……。
「どこの戦闘民族出身なんだお前は。別に殲滅だけがすべてじゃないだろ、戦略的撤退という言葉を知らねぇのかよ。敵から逃げることも時には重要なんだぞ」
雪ノ下は容姿も頭脳も優れたお嬢様。男子の憧れの的であると同時に女子の憎悪の対象だ。
それゆえに雪ノ下が好奇の目に晒されるのは日常茶飯事、恨まれることは年がら年中。
この前の放課後に偶然見てしまった靴隠しの現場はそんな女子達の憂さ晴らしによるものなのだろう。
「……そうね、戦局次第では撤退を選択することも重要かもしれないわ。でも……」
そこで、雪ノ下の言葉が途切れる。
顔は俯き、表情は垂れた前髪に隠れてよく見えない。
小さな両肩は小刻みに震え、固く握り締められた拳がワンピースの裾に皺を作る。
「……逃げてばかりでは何も変わりはしない。いくら後ろを振り返ったところで答えが見つかるわけがないわ。なぜなら答えは前に進んで初めて得られるものなのだから」
「それは……そうかもしれねぇけど……」
「それに、逃避によって自分を曲げてまで他人と馴れ合うくらいなら、私は永遠に孤独で構わないわ」
「…………自分を曲げてしまったら、他人に迎合するために妥協してしまったら、それはもう私ではなくなってしまうから」
そして雪ノ下の口から告げられた悲痛な言葉は、俺の心に暗く巨大な影を落とした。
短いですが今回はここまでです。
それと本編に登場している京介や赤城はあくまでモブキャラなので本筋には絡んできません。
次回の更新は……まだ未定です。
書き溜めが溜まり次第報告します。
すみません、書き溜めは全然出来ておりません
とりあえず保守のために書き込みました。
それから何分くらい過ぎただろうか。
気がつけば体育館内で立っている生徒は殆どいなくなっており、体育館の中央部分には俺と同類の人間が周囲をキョロキョロ見回しながら立ち往生していた。
「ひ、比企谷くん、……大丈夫?」
左側にいる戸塚が心配そうに潤んだ瞳で下から俺を覗きこんでくる。
だからなんでこんなにいちいち仕草が可愛いの?戸塚は男だよね?
これはもはや世界の七不思議に追加してもいいレベルの謎だろ。
もう世界の七不思議じゃなくて八不思議だよ。八だけにその謎は俺が解明してもいいんですよね?
「ああ、すまん。大丈夫だ」
そんなしょうもないことを考えながら俺は床から立ち上がる。
まだ俺と戸塚はグループが決まってねぇし、いつまでも床に座っているわけにもいかない。
「そっか、ならよかった」
「お、おう」
戸塚から天使の如き微笑みを向けられて心臓が高鳴るのを自覚しながら、俺は体育館中央へ歩き出した。
「――待ちわびたぞ八幡ッッ!!貴様一体今の今までどこを彷徨っていたのだ!?孤独感に苛まれて我は死を覚悟したのだぞ!?」
「うるせぇ黙れ喋るな口を開くな息すんな」
「……、(フッ……ならば思念を飛ばして貴様の脳内に直接語りかけるまでよ!)」
「戸塚、行くぞ」
「え? あ、う、うん」
「……、(ば、馬鹿な……!?なぜ我の思念に応じないのだ!?八幡、はちまーん!!)」
体育館中央に着くやいなや空気を読まずに登場した材何とかを適当にあしらい、俺は周囲の人間を観察し始めた。
冴えないゴボウみたいな眼鏡男子、眼鏡で根暗っぽい男子、瓶底眼鏡の女子、呪われた日本人形みたいに前髪の長い眼鏡女子、……って、眼鏡率高すぎだろ。視力悪い奴多すぎぃ!
グループ決めからあぶれた周囲の全員の顔を確認しても、眼鏡をかけていないのは俺を覗いて13人中2人だけだった。もっと目は大事にしろよ……。
眼鏡をかけていない1人は俺の隣にいる大天使戸塚だ。伊達眼鏡とかも似合いそうだが、何もないままでも超可愛いからそのままの君でいてください。
ちなみに残りの1人はというと……。
「……、」
不機嫌そうに眉をひそめ、腕組みをしながら凛と立つ雪ノ下だった。
ああ、やっぱりお前も決まってなかったのね。雪ノ下ってあんまり友達いなそうだもんな。
……いや、いないというよりは距離を置かれているって言った方が正しいか。
もしかしてさっき俺達の所に近づいてきたのは仲間に入れてもらいたかったのだろうか?
まぁ全然知らない奴と組むよりは、多少顔馴染みのある奴と組んだ方が気は楽だからな。
だが雪ノ下曰く、俺と雪ノ下は知り合いではなくただの赤の他人であるらしい。
そうなるとあいつの友達判定とかめちゃくちゃ厳しそうだな。ヘタしたら数年経っても知り合いのままの可能性まである。
ちなみに俺の友達判定は俺のフルネームと誕生日を完璧に覚えていればそれだけで『オトモダチ』だ、わぁ簡単。
けどそれなのに俺に友達はいませんとかどういうことなの。いやまぁ『オトモダチ』とかいらんけど。
「もうこれだけしか残ってないんだね。……比企谷くん、どうしよっか?」
「どうするも何もなぁ……。どうしようもねぇんじゃねぇの?まぁ時間切れまで待っとけば先生が勝手に決めてくれんだろ」
「先生に任せちゃうの?」
「それが一番手っ取り早いし諍い……あー、言い合いにならずに済むからな。先生に任せとけば間違いはねぇよ」
「そっか。比企谷くんがそうするならぼくもそうするね」
「お、おう」
……ハイ、再び最高の笑顔頂きましたー。だからもうホントになんで戸塚は男なんだよ世界は間違っているだろなんなんだこの世界は一度俺と戸塚を残して滅べよマジで……!
間違っている世界に俺がかつてないほどの激しい憎悪を募らせていると、
「ねー、そこにいる黒髪の子。あーしらのグループに入んない?」
突然、そんな声が耳元に届いた。
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続き頑張って下さい!!