菫「銀の竜の背に乗って」(247)
ID:tSUG0+av0の代行でー!
ツンツン
――あの……生きてますか?
ツンツン
――どうしよう、ほっといたら狼に襲われちゃうし……
ペロ
菫「っ……?」
「目……覚めました?」
菫「うあっ」
尭深「ひあっ」ズサ
ペロペロ
菫「ここは……? なんだこいつ、羊?」
尭深「はい、うちの子たちです。ごめんなさい、お顔が汚れてしまったようで」フキフキ
菫「えっと、渋谷……?」
尭深「……? 以前どこかでお会いしましたか?」
菫「お前、何言ってんだ。!!っ、いつつ……。どこだここ?」
尭深「オクタマーの森です。もしかして記憶が……」
菫「ちょっと待て。なんだか話が見えてこないぞ。私はなぜこんなところにいる?」
尭深「それは私に聞かれましても」
菫「???」
尭深「珍しい格好ですね。外国からのお客様ですか?」
菫「いや……お前と同じ高校の制服なのだが……。ん?」
菫(こいつこそ中世の牛飼いのような服装だ)
菫「渋谷。冗談はやめろ。このイタズラの黒幕は誰だ? 淡、照のどちらだ」
尭深「な、なぜそこで王の名が……」ドサリ
菫「王? そういう遊びなのか?」
尭深「こないで……私は何も見てない何も聞いてないっ!」
菫「お、おい」
菫「これイタズラじゃないのか?」
尭深「そんな大それたことできません……! その上王の名を語るなど、」
菫(周りを見る限り、どこぞの山道)
菫(私の前に沢山の羊と犬笛を首にかけた渋谷。似合ってるな)
菫(やりすぎ、というより異常だ)
菫(……夢?)
菫「……」ホッペムニー
菫「痛い」ナミダメ
尭深「あの……じゃあ私はこれで、」ガシ
菫「待て」
尭深「ひ」
菫「落ち着け。……少し記憶が飛んでしまっててな。もしよければだが、私を連れて行ってくれないか?」
尭深「」ポー
尭深「あ、あ、はいっ。こんな私でよければ」モジモジ
菫(ここ、日本だよな……杉とかいっぱい生えてるし)
菫(しかし、道がてんで舗装されてない。奥多摩にもこんなところが、)
尭深「あの」
菫「ん?」
尭深「お名前、お教えしてもらっても」
菫「……」
尭深「ももも申し訳ありませんっ、立場をわきまえず失礼なことを」
菫「弘世菫だ」
尭深「菫様……?」
菫「……」ムズムズ
菫「さん付けでいいよ。別に私は差別主義者じゃないし」
尭深「ありがとうございます! 私、渋谷尭深っていいますっ」パァー
菫「お前そんなキャラだったか」
尭深「え? ――あ、ご存知でしたよね。失礼しました」
菫(かわいいなこいつ)
「ワンワン」
尭深「ん? どうしたのセーコ」
セーコ「ワン!」
菫「その犬セーコっていうのか」
尭深「はい。私の相棒です」
セーコ「クゥン」
尭深「ごめん、どうしたの」
セーコ「ワンワン!」
尭深「へ?」
菫「言葉わかるのか?」
尭深「菫さん、少し急ぎます」グイ
菫「え? わああっ」
ダダダダダ…
???「ふぅーむ、なるほどなるほど~」
菫「どうしたんだいきなり!」
尭深「今は走ってください」
菫「……っ」
尭深「本当に何も知らないんですか?」
菫「何が」
尭深「いえ、……」
セーコ「バウ!」
ゴオオオオオオオオ
菫「なんだこの風きり音――」
尭深「うそ、なんで、」
菫「あれは、……竜?」
尭深「伏せてくださいっ!」
クロチャー「がおーがおー」ヒュン
菫「うあ」ドサッ
クロチャー「あら? よけられちゃいました」バサバサ
菫「なんだあの、竜、本物?」カタカタ
尭深「っ……、菫さん」
菫「夢だ、これは絶対ぜったい夢だ」
尭深「菫さん、気をしっかりしてください」パシン
菫「夢じゃ、」
尭深「私が時間を稼ぎます。菫さんは逃げてください」
菫「逃げる? 馬鹿言うな。こいつの早さを見たろ。人間の足じゃ無理だ」
尭深「それでもっ! 今は私に任せてください!」
クロチャー「ちょいとおもちのお嬢さん。私は君には興味ないよ。私の目的は後ろのすっこんでるあなた」
菫「わ、私?」
クロチャー「うん。あなた、嘘つきだから殺すね」
菫「何を言って」
尭深「早くっ!!」
ガサガサ
菫「なんで、私が、何をしたって言うんだ」ハァハァ
菫「竜って、ファンタジーかよ、クソッ」
ゴオオオオ
菫「まただ」
菫「だけど、これだけ木が密集してれば、入っ」
クロチャー「ふぁいあーっ」ボボボボボボ
メキメキメキ
菫「」
クロチャー「観念するのですっ」ガシリ
菫「あっ」
クロチャー「安心してください。さっきの子には手を出していません。だから、」
クロチャー「八つ裂きがいいですか? 消し炭がいいですか? それとも丸呑み? 選んでください」
菫「い、や、助けて、」ポロポロ
クロチャー「……」
クロチャー「泣き虫」
クロチャー「私はあなたを尊敬していた」
クロチャー「毅然としていて、戦場で死を間近にしても眉一つ動かさなかった」
クロチャー「だからおねえちゃんとの交遊を認めたのに」
菫「おねえちゃん……?」
クロチャー「信じてたのに。菫ちゃんは絶対に裏切らないと思ってた」
菫「勘違いしてる」
クロチャー「あ?」
菫「私は、竜に知り合いなんていない」
クロチャー「……っ」
クロチャー「うそつきうそつき! 私からおねえちゃんを奪っておいて、よくもそんなこと言えるよ!」ガオー
クロチャー「私のたった一人のお姉ちゃんなのに!」
菫「……」
菫(この感じ、どこかで……)
菫「姉……宥?」
クロチャー「やっぱり知ってるじゃんかあっ」
菫「宥は竜じゃない」
クロチャー「はあ?」
菫「宥は旅館の娘で、仲のいい妹と暮らしている普通の女の子だ」
クロチャー「へえ……お姉ちゃんを馬鹿にするんだ」
菫「馬鹿になんてしてない」
クロチャー「私達はね、プライドが高いんだよ。別に悪いことだと思ってない。人間と同列なんて虫唾が走る」
クロチャー「だからお姉ちゃんがただの人間だなんて侮辱、許さない」
菫「そうか……わかった」
菫「私は、この世界の住人じゃないんだ」
クロチャー「また意味わかんないこと言って。そんなことで誤魔化しても許してあげない」
菫「……変わらないことがある」
菫「私は宥が好きだ」
クロチャー「っ、」
クロチャー「それが最後の言葉?」
菫「もし、宥に伝えられるなら、『好きでした』って伝えて欲しい」
クロチャー「――きない、」
クロチャー「それができないんだよ! お姉ちゃんが捕まって、菫ちゃんが助けてくれると思って、」
クロチャー「出発の日にっ、菫ちゃんいなくなっちゃってっ、ひっく、いっぱいさがじだのにっ」ボロボロ
クロチャー「お゛ね゛え゛ぢゃあ゛あ゛あ゛ん゛ あ゛い゛だい゛よ゛お゛お゛お゛」
菫「!!、うるさっ」
クロチャー「うわぁああああああん」ボボボボボ
菫「うわっ! 火を吐くな!」
・
・
・
菫「落ち着いた?」
クロチャー「うん」スンスン
菫「とりあえず降ろしてくれないか? この体勢つらいんだ」
クロチャー「誓ってくれる?」
菫「誓うって?」
クロチャー「この世界の住人じゃないってこと。嘘じゃないなら、誓えるよね」
菫「ああ。けど私には、いっさいそれを証明するものがない」
クロチャー「私の目を見て誓ってくれれば信じる」
菫「わかった……」ジッ
菫「私は嘘をついてない。この世界とは、」
菫「……」
菫(本当に無関係だろうか)
クロチャー「……菫ちゃん?」
菫(信じたくは無いが何かの間違いで違う世界に来てしまったようだ)
菫(絵に描いたようなファンタジーの世界)
菫(しかしながら、元いたところと少なからずリンクしている)
菫(そして『この世界』にも弘世菫がいたのだ。間違いない)
菫「……」
菫(宥が――捕まった……?)
菫「……」
菫「……」
菫「宥は連れ攫われてどのくらい経つ?」
クロチャー「二週間、だよ」
菫「そうか」
菫(この世界でも宥は宥)
菫(この竜、たぶん玄さんだろうが、大事な姉を攫われたんだ。狂乱してもおかしくない)
菫「私に協力できることはあるか?」
クロチャー「!! 手伝ってくれるの?」
菫「ここの私がそう約束したのだろう?」
クロチャー「そうだけど……。あなたは関係ないよ」
菫「反故にするのは、もし元の私が戻ってきたときによろしくない。それに宥を助けだすのに理由はいらない」
クロチャー「すみれちゃ~」ウルウル
菫「また泣き出すのは勘弁してくれ」
クロチャー「う、うん。さっきはごめんね」
菫(『もし』かあ、自分で言ってて悲しくなるな)
スタッ
菫「やっぱり地上が一番だよ」
ガサガサ
尭深「すみr――わあああっ」ステン
菫「探しにきてくれたのか。ありがとう」
尭深「あの、もう大丈夫なのですか?」
菫「和解したよ。利害の一致……というよりは宿命みたいなものだけど」ハハハ
尭深「そうですか……」ビクビク
クロチャー「ふあああ。つかれたのです」
しゅるしゅるしゅる~ ぼぼん
玄「やっぱりこっちのほうが楽だね」
菫「あ!? 人間にもなれるのか?」
玄「む、竜人族は元々こういう姿形だよっ。ほら、尻尾もこんな長い耳も人間にはないでしょ?」
菫「あ、本当だ。コスプレみたい」サワサワ
玄「あ~/// て、そんなに触らないで、 あああ~~」
菫「尻尾弱いんだな――っ!?」
菫(ということは宥もこの耳と尻尾がついてるのか。……すっごいかわいいぞ。やばいやばいyばあああばば)
玄「邪まな妄想はやめるのですっ!」
菫「うわあ がんばろう」
玄「聞いてないし……」
尭深「お二人とも今日のご予定は?」
菫「ええっと、」
玄「野宿です!」
菫「家帰らないの?」
玄「飛んで行くの無理~。体力的に」
菫「不便だなぁ」
玄「また馬鹿にして!」
菫「いや、そういうわけじゃ、」
尭深「よろしければ、うちにいらっしゃいませんか?」
玄「いいの?」
尭深「ええ。私、一人で暮らしてて……お客さんなら大歓迎です」ニコ
玄「ありがと~」ムンズ
尭深「ひゃっ! なんで胸をつかむんですかっ」
玄「これはねぇ、竜人族のお礼のモミパイの儀なんだよ(大嘘)」モミモミ
菫(ふむ、姿は違えど私の世界の玄さんと本質的には変わらないな)
玄「ふぃーっ、久しぶりの栄養補給だじぇ」ホクホク
玄「そうだ……、これどうぞ」
菫「なにこれ、名刺?」
玄「松実玄です。通名ですがよろしくです」
菫(漢字なのか……。この世界の文化は一体どうなってるんだ)
菫「アチガ竜道師範代……? この肩書きは?」
玄「アチガ国で竜道の先生をやってるんだよ!」フンス
菫「その竜道ってのは?」
玄「ありゃ、知らない?」
菫「うん。聞いたことない」
玄「竜人特有の転換力を人間さんに教えるための教室だよ。火を出したり、肉体を強めたり」
菫「魔法みたいなものか」
玄「人間の中ではそういう言葉を使うかも」
菫(ものすごいところに迷い込んでしまったようだ)
尭深「!っ」
アオーン
尭深「そろそろ日が暮れます。狼たちが山を降りてくる前にうちへ急ぎましょう」
菫「流石に玄さんがいれば大丈夫だろ」
玄「んーっと、狼さんたちには危害を加えられないのです」
菫「なぜ?」
玄「竜人の思想の根っこは、原初的な自然崇拝だから簡単に殺生を行えないの。守れても自分の身だけ」
菫「……人間に対してはいいのか」
玄「彼ら――菫ちゃんも含めてだけど、人間は業が深いからね。最も身近な隣人であり、私達の忌戒の例外なんだよ」
菫「歪な世界だなあ」
◇◆◇◆◇◆
尭深「ここが我が家です」
菫(予想はしていた)
菫(いわゆる洋風で古式な木材オンリーの一軒家。バンガローに似ている)
菫(そこに当たり前にくっついている『渋谷」の表札)
菫「うーむ」
尭深「あ、あの! 中は綺麗にしてますので、大丈夫ですよ」
菫「あ、別にそういうわけじゃないんだけど」
菫(漢字文化のくせに生活様式は中世ヨーロッパ準拠なのか)
玄「お邪魔しまーす」ガチャリ
菫「おい、家主がまだだ」
尭深「いいんですよ。彼女らは特別ですから。……私、この子たちを小屋へ連れていきます」
尭深「おいでセーコ。菫さんも先にどうぞ」
菫「……わかった」
バタン
玄「ベッドベッドー」ドフン
菫「こら」
玄「?」
菫「尭深の許可なくベッドを使うな。ここは君の家じゃないんだぞ」
玄「知ってるけど、どういうこと?」キョトン
菫「君だって招き入れた客が好き勝手に家のものに触れればいい気はしないだろう」
玄「そりゃあね」
菫「だったら、」
玄「勘違いしてる、菫ちゃん」
玄「私は竜人。菫ちゃんたちは人間。地位も権利も何もかも違う」
玄「尭深ちゃん何も言わなかったでしょ? 竜人を家に上がらせるなんてとても名誉なことなんだ」
玄「もちろん礼はするよ。狼払いの印を彼女に授ける。少なくとも尭深ちゃんはそれを期待をしていると思うな」
菫「……」
玄「彼女は必死におもてなしをすると思うよ」
菫「私の世界の玄さんはそんなこと言わなかった」
玄「世界の構造が違えば、当たり前だと思うけど」
菫「とってもいい子で、人のために自分を犠牲にしても他人の幸福を喜ぶような、」
玄「なにそれ、バカみたい」
菫「……」スッ
玄「叩くの?」
菫「正直我慢できないんだ。その性根が死ぬほど気に食わない」
玄「……ふーん」
尭深「菫さん!」
尭深「な、なにしてるんですか、それ、遊びですよね、手をあげるなんてこと」
玄「ほら、やめなよ。説教なんてうんざり。特に人間の言葉なんて――」
菫「」ブチッ
バチーン
玄「ふぇ……」ジワ
玄「うわああああん! 菫ちゃんにぶたれたーーー!!」
尭深「」ゾッ
尭深「なんてことを……、神よ、私はいったいどうすれば」
菫「私の大切な人を馬鹿にするな」グイ
玄「ひっ」
菫「私が知ってる玄さんの顔でそんなことをほざくな」
玄「うぅぅっ」
菫「わかったか」
玄「私が元気になったら、どうなるかわかんないんだから……」
菫「もう一度言ってみろ……」ゴゴゴゴ
尭深「もうお止めください! 手を離してください」
菫「……」スッ
玄「尭深ちゃ~~」
尭深「よしよし」
玄「怖かったよぅ」グスグス
菫「はぁ」
菫「すまなかった。我慢できなかったんだ」
尭深「竜人に手をあげるなんて普通じゃありません。良くて腕をとられ、最悪即処刑です」
菫「そうか……。私には生き辛い世界だ。ここから出て行く。短い間だったがありがとう」
尭深「外は危険です。狼たちがいますよ」
菫「私がこの場に残るほうがよっぽど危険じゃないか?」
尭深「いえ、彼女はもう」
玄「zzz……」スヤスヤ
菫「……寝つきいいな」
尭深「少しだけ、魔法を使わせてもらいました。精神を落ち着かせる、安眠のおまじないです」
菫「みんな魔法が使えるのか。すごいなこの世界は」
尭深「力の差はありますけどね、私にはこれが限界です」
菫「便利だな。科学が発展しないわけだ」
尭深「そうは言っても、無尽蔵に使えるわけではありません。代償が必要になります」
菫「代償……」
尭深「人の運命力……言い換えると魂とでもいいましょうか」
尭深「使った魔法が強ければ強いほど自信の寿命は短くなる」
菫「ほう」
尭深「玄様が使った火炎の魔法は人間が使えば寿命が3分の1ほど削れます」
菫「この子は泣きながら火を吐いていたが」
尭深「竜人は寿命という概念がないのです」
菫「なるほど」
菫「そうなるとわからないことがあるのだが」
尭深「はい」
菫「この子の姉が誘拐されたらしい」
菫「それだけ竜人と人間に性能面の差があれば不可能ではないか?」
菫「力技でどうにかなる相手ではないだろう」
尭深「……」
尭深「……確かにそれは不可解ですね」
尭深「ただの憶測の域ですが――」
尭深「竜人と人間に間には非常に複雑怪奇な取り決めが存在します」
尭深「玄様の姉であれば政治材料として優秀で国同士の取引に使われた可能性も――」
菫「……どうした?」
尭深「口が過ぎました。私の様な者が声に出していい言葉ではありませんでした」
菫「そうか……。これ以上聞くのはやめておこう」
玄「おねぇちゃん……」zzz
菫「寝ている間はかわいいな本当」ナデナデ
尭深「やはり菫さんはこの世界の住人ではなさそうですね。頭を撫でるのもずいぶん畏れ多い行為ですよ」
菫「元いた世界にこの子そっくりの――というよりは写し身のような子と知り合いでな」
菫「友人の妹なんだ。会ったばかりは警戒されてたが、今では甘えてもらってる」
菫「私に妹ができたみたいで嬉しかったよ」ナデナデ
尭深「こうしてみると、人間と変わらないですね。私と同い年ぐらいに見える」
菫「寿命がない竜人とやらは不老不死なのか?」
尭深「不死ではありません。修復不能の傷を負えばもちろん死にます。ただ外見は人間で言う成人を迎えてからは変わらない、らしいです」
菫「尭深は詳しいね」
尭深「……調べましたから」
菫「……?」
尭深「お夕飯の支度をしてきます」
菫「玄さんはどうする?」
尭深「寝かしてあげてください。朝までは起きれないはずです」
◇◆◇◆◇◆
その日の夜
ホー、ホー
「寝てるよね……」
ギッ
「菫さんも……、うん」
「ごめんなさい」
「ごめんなさいごめんなさい」
「でも、あなたたちが悪いんだから、私の家族を奪った、竜人たちが……」スッ
「地獄で、会いましょう」ヒュ
菫「ストップ」ガシ
尭深「あぅっ」
尭深「――嘘、おまじないが効いてないの?なんで、」
菫「しっ」
尭深「うぐ」
菫「騒がないで。万が一にも玄さんが起きちゃうから」
尭深「ふぅうっ」ポロポロ
菫「泣くならやらない」
菫「冷静になれ。今ならまだ『何もしていない』だろ?」
尭深「……」ポロポロ
菫「……」
菫「……話を聞こう。それで気が済むなら」
尭深「……」
・
・
・
・
ギュ
菫「すまない。これも保険なんだ」
尭深「……殺されても文句言えませんから……腕を縛るぐらい、なんてことはないです……」
菫「……」
菫「なぜ、玄さんを?」
菫「さっき、家族が、って言ってたな」
尭深「親が、殺されたんです。竜人たちに」
菫「……そうか」
尭深「父と母が、街へ下りたとき、りゅ、竜人が乞食をいじめてて、」
尭深「正義感の強い父は注意をしたつもり、だったのに、」
菫「もう言わなくていいよ」
菫「……」
菫「それをやったのは玄さんなのか?」
尭深「!」ビクッ
尭深「……違います」
菫「すまなかった」
尭深「なんで、菫さんが、謝るんですかっ」
菫「自分でもわからない……けど、人事じゃない気がしたんだ」
菫「竜人に代わり、私が謝罪する」
尭深「そ、そんなことで、私が、」
玄「……もういいよ」
尭深「!!っ」
菫「起きてたのか」
玄「私が謝る」
玄「その包丁で一回切っていいよ。たぶん死なないけど、許してもらえるならそれでいい」
菫「やめろ」
玄「その手、ほどいてあげる。……私は何もしないから」
尭深「」スッ
菫「尭深!」
玄「……」
尭深「ふ、」
尭深「ふざけないで……」ポロポロ
尭深「返してよお父さんとお母さんを」
玄「ごめんなさい。私は顔を知らないから転生は使えない」
尭深「っ、」ギリ
ザク
玄「痛っ」
ドロ
菫「あ……あ、」
玄「……ごめんね。出て行くよ。いこ、菫ちゃん」
尭深「――ぁああ」
尭深「っぅあああああぁぁぁあああ」
玄「……」
バタン
玄「……」スタスタ
菫「おいっ、待て!」
玄「……」
菫「腹の傷を見せろ、止血だけで、も、」
玄「あの程度、ほら、どうってことないよ」ポンポン
菫(傷が、ない)
菫(腹に10センチは切れ込んでたぞ)
玄「いいかな」スッ
菫「これが……」
菫(竜の力)
玄「……ふー」
玄「本当難儀だよ」
玄「……てっきり好かれていると思ってた」
玄「人間はずるい。利益があれば盲目になれて、私達の前では両手をこすりあわせてゴキゲンとりばっかしていて、」
玄「お金がもらえれば親も売るような血も涙もない連中だと思ってたのに」
玄「腹の底ではあんなこと思ってたんだね、みんな」
菫「あいつは特別だ。親が殺されてるんだ」
玄「だったら言えばいいじゃん! 親が殺されました、転生でもなんでもしてください、ってさあ!」
玄「……菫ちゃんが起きなかったら、舌を引っこ抜いて磔にしてた」
菫「……」
玄「おねえちゃんが菫ちゃんのことが好きになった理由がわかったよ」
菫「え?」
玄「私の力を見たくせに平気でほっぺた叩くし、包丁持った尭深ちゃんを落ち着かせようと必死になったり、」
玄「終いには、竜人に代わって謝罪? ドがつくレベルで馬鹿正直で平和主義だよね」
玄「偽善だって言われたことない?」
菫「……ある」
菫「自覚もしている。ただ玄さんに言われるとは思ってなかったな」
玄「菫ちゃんの知ってる私は、どんだけ毒がないの」アハハ
菫「率直で聡明な子だ。君のお姉さんも」
玄「おねえちゃんも人間大好き平和大好きだからね。それであれだけ想ってくれるなら惚れない理由はないか」
菫「……」
玄「どしたの? 急にだまっちゃって」
菫「いや、少し思うことがあってな……、それにしても私はいいのか? あれだけ怒ってたのに何もしないで」
玄「菫ちゃんを怪我させればおねえちゃんは悲しむ。それは私も悲しい」
菫「そういうところはそっくりだ。私の知っている玄さんに」
玄「そうなんだ。会ってみたいな、もう一人の私に」
菫「絶対驚くよ。仲良くなれるかはしらないけど」
玄「だったら善は急げだよ。この国の城下町に行こう」
菫「宥が先だろう?」
玄「菫ちゃんは一応ここの住民となってるから、国外へ行くにはまず許可証が必要。この前のも失効してるはずだよ」
ぼぼん
クロチャー「歩いてくと一日はかかる。背中乗って」
菫「まじか」
クロチャー「びびってないで、ほら」ヒョイ
菫「うあ」
クロチャー「適当に掴まっててね。いくよー」バサバサ
菫「ひいいいい」
菫(高いところやだあ)
・
・
・
クロチャー「どう、なれた?」
菫「う、うん」ガクガク
クロチャー「寒かったら暖房つけるよ」
菫「え? 暖房?」
クロチャー「ふん゛ん゛-」ポカポカ
菫「あ、背中あったかくなってきた」
クロチャー「加減が難しいの。昔乗っけた人を黒焦げにしちゃったんだ」
菫「へ、へぇー……」
菫「……」
菫(……竜人か)
クロチャー「尭深ちゃんのこと、気になる?」
菫「ああ、あいつも私の知り合いにそっくりで、親しい間柄だったから」
クロチャー「大丈夫、あの子は強いよ」
クロチャー「気の迷いで自殺はしない」
クロチャー「運命の明暗ぐらいは把握できるからね、なんせ竜人だから」フンスッス
菫「私の未来はどうなってる?」
クロチャー「菫ちゃんは……全然わからない」
菫「おい」パシン
クロチャー「た、叩かないでよっ。卑怯だよ!」
菫「すまん。つっこんでおかないといけないと思って」
菫「で、なぜわからないんだ?」
クロチャー「菫ちゃんの体を流れる気がまったく読めないんだ」
クロチャー「体の構造はここの世界の菫ちゃんと変わらないんだけど――」
クロチャー「『あなた』のほうがずっとずっと絶大な運命力を持っていて、それが防護壁となって、」
クロチャー「かなーり奥まで侵入しないと読み取れない、みたいな」
菫「侵入って」
クロチャー「侵入。精神構造への探索。やる?」
菫「……遠慮しとく」
クロチャー「そろそろ日の出だ」
菫「ん」
クロチャー「太陽を隠してごらん。この国の全てがあるよ」
菫「あっ」
菫「綺麗」
クロチャー「お褒め頂有難う。私の第二のホームへようこそ」
菫(天を突く尖塔が立ち並んでいる)
菫(ゴシック建築が際立ち鋭角のそれが魔法と竜という要素を引き立てる)
菫「はは、完璧だな。漢字さえなければ」
クロチャー「いくぞー! 急降下ー!!」グイーン
菫「ちょ、待っ、わあああああああああああ!!!」
◇◆◇◆◇◆
あわい城
淡「おそいでござる!」
照「本日は来客の予定はございませんが」
淡「スミレだよー。そろそろだと思うんだけどー」
照「菫なら単独救出作戦実行中ですよ」
淡「ああそっか。テルーには言ってなかったね。というか誰にも言ってなかったわ」
照「?」
淡「知りたい?」
照「ええ、まぁ」
淡「教えてあげなーい」クルッ
照「……」イラッ
淡「」ピクッ
淡「…………あっ、この感じ、クロかな。ということはー」
◇◆◇◆◇◆
城下町
菫「……」ポケー
玄「お腹すいたねぇ。何食べる?」
菫「……食欲ない」
玄「食べないとおもちがおっきくならないよ。私好みのね」
菫(返すのめんどくさい……)
玄「役所が開くのが、えーっと九時だから、あと二時間は暇になっちゃう」
菫「わかった。適当に食べ歩こう」
玄「お金はいっぱいあるから奢られるのです!」
菫「はいはい」
玄「お金ーお金ー♪」ジャラジャラ
菫「ほー、意外と精巧にできてるなこの通貨」クルッ
菫「む?」
通貨の裏面<やっほー
菫「ああ!?」
玄「どったの?」
菫「いや、ここに彫られている顔がどうにも知り合いのような気がして」
玄「女皇淡のこと?」
菫「今なんて、」
玄「女皇だよ。女の人が皇帝を名乗るときは、女帝か女皇って」
菫「じゃなくて、名前名前!」
玄「淡」
菫「ふー、落ち着け私。友人が姉妹揃って竜なんだ。今頃驚くことは、」ブツブツ
玄「その人も前の世界の友達?」
菫「友達というよりは、部の後輩なのだがな」
玄「ブの後輩か。よくわからないけど、菫ちゃんのほうが偉かったんだね。だけど残念! 彼女はこの国の皇帝なのだ!」
玄「そもそも菫ちゃんはこの国の兵士で、そのうえ皇帝の近衛も任命されてたし、完璧に上下逆転しちゃってるね」
菫「あいつの近衛兵だとぉ」ワナワナ
玄「なにやら遺恨がありそうな感じだけど聞かないでおこう」
菫「淡……まさか王だとは……政治とか絶対無理だろあいつ」
菫「……」
菫「……ん?」
菫「淡、淡か……。何か思い出せそう」ウーン
玄「頑張れ菫ちゃん!」
菫「ちょっと黙ってて」
玄「ごめん」ションボリ
菫(この世界に来る前、確か私は)
菫「――っ、」
「オジサン!ケバブ五人前!」
「アイヨ!」
玄「ほーい、朝ごはん到着なのです」
菫「淡に会いに行く」
玄「あわいいあわいいう?」フガフガ
菫「この世界に来る寸前の記憶を思い出したんだ」
菫「原因は淡が関係しているはず」
玄「ほーあんあー」モグモグ
玄「いる?」ゴックン
菫「ああ、一本くれ」
玄「ほっほまっへ、もういっほんかっへくる」モグ
菫「……」モグモグ
菫(なんで捕まったの玄さんのほうじゃなかったんだろ)モグモグ
菫(宥と旅したかったな)ゴクン
玄「おまはへー」
菫「うん……行こうか」
・
・
・
玄「ここがお城だよ」
菫「なぜ金色なんだ」
玄「知らないよー。女皇の趣味じゃない?」
菫「じゃあ、あいつが施工主か?」
玄「建設から丸二年の歴史も風情もクソもないお城でございますよ」
「おい貴様ら!」
玄「わわっ」
「皇帝のお膝元でなんたる逆賊の物言い。しょっぴかれてもおかしくないぞ……、ん?」
「もしや弘世様?」
菫「そうd」玄「がおー!」
「!!っ、そちらは竜人の御方でしたか! とんだご無礼を」
菫「こら」ペシ
玄「痛っ、……むーっ」ナミダメ
「た、叩いた……!?」ドンビキ
玄『ちょっと菫ちゃん!』
菫「うわ、なんだこの声」
玄『頭の中に直接送りつけてるんだけどさ、いやそんなことはどーでもいいや』
玄『そういう態度は元の菫ちゃんの信用を失っちゃうし、竜人全体が嘗められちゃうんだ』
玄『わかった? イエスなら首を縦に』
菫「……」コクン
玄『とりあえずフォローお願い!』
菫「……いやあ、こんなところに虫がいてな。払おうとしたらつい頭に。すまないな玄さん」
玄「あははー、気にしてないよー。でも次間違えたら腕貰うからねっ」
「」ゾクッ
玄(よしよしびびってる)
「きょ、今日は何用ですか? 弘世様は長期のお暇をもらったと耳に入っておりましたが」
菫「急用でな。女皇淡に会いたい。話があるんだ」
「淡様にお会いになるには、前日からの申し伝えが必要でして、休暇中の弘世様にも適用されます」
菫「どうしても今すぐに会「その必要はねーんだぜー!!」ババーン
淡「カントー国の美少女キング! 知らぬはドブ這うネズミ以下! 老いて子を売る子々孫々! その名も~~~」
淡「大星、あ~わ~い~~~」デデドン!
菫「……」
玄「……」
淡「あれ?」
照「……」パチパチ
…パチパチ オー アワイサマダー
パチパチパチ ワーワー ビショウジョダー カワイー
淡「静まれー。しーずーまーれー」
玄「……」
玄「茶番」ボソ
菫「うん」ボソ
淡「……おい照、あの二人テンション低い。処刑しろ」
菫「な!?」
淡「なーんて冗談だよスミレ。親友と竜人サマをそんな簡単に殺せるわけないじゃん」
淡「テルー、本気にしないでね。ほら剣を鞘に戻して」
照「……」カチャリ
菫(この世界では私と照の関係はあまりよろしくなさそうだな)
照「菫」
菫「な、なんだ」
照「作戦はどうした。怖気づいてのこのこ帰ってきたか」
菫(作戦……宥の救出のことか)
菫「……それは、」
淡「タンマタンマ。それは私が説明するよ。ここで立ち話もなんだし、お城おいでよ。朝食は?」
玄「まだなのです!」
菫「さっき食べ」玄「まだなのですのだ!」
菫「……」
淡「決まりだね。ほいじゃ門兵君、開けたまえ」
「了解しました」
◇◆◇◆◇◆
菫「でかい(確信)」
玄「ほえー、やっぱりここは大きいねー」
淡「フフーフ。お気に召してもらえてなにより」
菫(付き添いが照だけ……あいつも近衛の一人なのか)
菫(あの鈍くさい照が、ねぇ……)
照「……」
照「お前、誰だ?」
菫「……」
玄『菫ちゃん!』
菫(わかってる)
菫「誰? 何を言ってるんだ照」
照「菫は私を苗字で呼ぶ」
玄『今のは鎌かけ! いつも下の名で呼んでるから大丈夫だよ』
菫「姓で呼ぶのは会った当初だけだったろ」
照「そうだったか……」
菫「おかしなことを言うな。悪いものでも食ったか」
照「剣の誓い」
菫「??」
照「忘れたか? 皇帝閣下に仕える者は誰もが暗唱できなくてはならない言葉。師団長ともあろうお方が剣を携えてないので気になってな」
玄『ごめん、こればっかりは……』
照「お前が偽者だろうが本物だろうが、誓いを忘れている時点で既に反逆者だ」カチャリ
菫「っ、」ビクッ
照「剣が怖いか。菫になりきるならば覚悟を持て」
淡「……」
照「試してみよう」
トン
玄「危ないっ――……あり?」
菫「はぁーっ、ハァー」
照(なんだこれは、身体がいうことを聞かないっ)
玄「硬直魔法?……菫ちゃんが、何かしたの?」
菫「はぁーっ、ふ――」グラ…
玄「菫ちゃん!」ダキ
淡「思ったとおりだ。寸分も狂いはなかった」
玄「淡ちゃん、どういうこと?」
淡「その前に」チョン
照「くはっ、おぇっ」
淡「大丈夫? 息できる?」
照「だ、大丈夫です。それよりもこの偽者の始末を」
淡「これは本物だよ」
照「しかし、今こいつ魔法を使えましたよ!?」
淡「そうだよ。このスミレは魔法が使えるスミレ。ある意味本物よりも本物なのさ」
菫「あわ――、お前――、知って――」ヒュー、ヒュー
淡「呼吸がままならないのは、初めてで身体がびっくりしてるからだよ。落ち着けば治る」
玄「ゆっくり息すって……吐いてー。息すって……吐いてー」
照「……」ザッ
淡「テルー?」
照「退け竜人」グイ
玄「あ、ちょっと!」
照「少し痛いぞ」
ドン
菫「っ、ふっ、……ふぅー。いや、助かった」
照「立てるか?」
菫「ああ」
淡「あゝ、友情って感じ……」キラキラ
照「よろしいでしょうか、納得のいく説明を」ギロ
淡「やーん、テルーこわーい」
ごはん
◇◆◇◆◇◆
淡「どこから話せばいいかな」
菫「時間はある。この件の根底からでいい」
淡「そうだね。あ、クロ、おかわりいる?」
玄「もらう!」モグモグ
淡「おーい配膳係、クロに追加で」
淡「……ちょいと複雑な話なんだ。だから噛み砕いて説明させてもらう」
淡「大元はクロのお姉さん、ドラゴン・ユーチャーが攫われたとこから」
菫「それは知っている。私は宥の救出作戦実行初日に行方不明になったのだろう?」
淡「そう。それが入れ替わりが起きた日だね。重要なのはその前、つまりは作戦計画中」
淡「犯人はお隣の国さ。スパイが一日で情報つかんできてさ。あの日は本当忙しかった」
淡「うちとしてはお抱えの賢竜をパクられたんだ。戦争もんだよねぇ。でも私は穏健の象徴として祀り上げられてるからちょいーと厳しいなってことで、」
淡「スミレによる単独潜入&奪回の計画が建てられた」
淡「国は一切の不干渉で、捕まったさいは感知せずってやつだね。取引も応じず処遇は御国にすべて一任」
菫「本当か、それ」
淡「信じるかはしらないけど、立案者はスミレ自身で実行者も他の人間おしのけて自分じゃなきゃ駄目だ、って」
菫「いや、わからなくもない」
淡「実績はあるし、作戦でもっとも適任だとは思った。渋々だけど私も了承したし、あとはバックアップの用意するだけ」
菫「だったら意気込んだ私はなぜ消えて、まるで非力な私がここにいるんだ」
淡「実行二日前ね、スミレの顔に死線が見えたんだ」
菫「運命の明暗とかいうやつか?」
淡「もっと具体的な――完全に破滅だけが待っているような、かな。人の気の流れでその人の今後の良し悪しがわかるってはなしは?」
菫「玄さんから。正直なところ信じられないが……」
淡「占術学ではかなーり古式だからね。でも試験的な根拠はある。だから私も絶対の信頼をよせている」
淡「あの結果は異常だったね。100パーセントだよ。作戦中にスミレが死ぬ運命は確実だった」
菫「……」
菫「それで私は、」
淡「もちろん言っても聞かなかったよ。『宥が死ぬよりずっとマシ』……ユーチャーにとったらお互い様なのにねぇ」
淡「初日、朝、私はスミレを説得しにわざわざ出向いた。超有能の部下を失うのは国の不利益だし
淡「ま、説得むなしくダメだったよ。だから最終手段に出ました」
菫「……お前が、」
淡「うん、わかったと思うけど、スミレを入れ替えたのは私、そしてスミレの世界の私」
淡「……怒ってる?」
菫「……いや、」
淡「なぜ、入れ替えたかと言うと、それが最適だったから」
淡「そして私は確信した。新たな救出作戦を成功させることができるのは今ここにいるスミレなんだよ」
玄「……?」モグモグ
照「……」
菫「……」
菫「私が……? 絶対に無理だ。だって、」
淡「だって、身体は鍛えてないし、戦ったこともない。だから絶対戦場じゃ役に立たない。……本当にそうかな」
淡「前のスミレとは決定的な違い。それは異常な魂の残量と蛇口の大きさ。――君、本当に人間?」
◇◆◇◆◇◆
淡「いやー、まさか泣かれるとは」ハハ…
照「あんな軟弱者、次の作戦には不要です。しかし、淡様、作戦が不成立であったならばなぜおっしゃってくださらなかったのですか」
淡「かなり勝ち目薄の賭けだったし、もしあっちのスミレがこなかったら彼女は死亡として公表しようと思ってたのさ」
淡「それにね、申し訳ないと思ってる。今まで普通の女の子だったわけじゃん」
淡「テルーもほっとしたんじゃないの? 元のスミレは今すごい安全な世界にいるよ」
照「なっ……! 別に私は、」
淡「はいはい、本当お堅いな」
淡「……」
淡(『宥に会いたい』か)
淡(のほほんと暮らしてきてある日、わけわからん世界に放り込まれたんだもんねぇ。しょうがないか)
淡(にしても)
淡(……あの力、付き人としてものすごく欲しいなぁ)ニヤニヤ
◇◆◇◆◇◆
城下町
玄「菫ちゃん!」
菫「……」
玄「菫ちゃんってば! 待ってよ」
菫「……」ポロポロ
玄「!!」ギョッ
菫「私、どうしたらいいんだろう」
玄「えーっと、んーっと、……そうだ! おいしいものでも食べに……あ、さっき食べたばっかりか」
菫「もうやだよ。宥に会いたいよ」
玄(ど、どどどどうしよう。慰めることなんてやったことないよっ)
玄「落ち着こ? ほらほら人の目もあるし、」
菫「うぅ……」シクシク
「あら、こんな道の真ん中で女の子泣かしちゃだめよ?」
玄「私が原因じゃないのです!」プンスコ
「――あなた竜人? 珍しいわね、人間にかまってあげるなんて」
玄「別に、かまうとかじゃなくて、私の友人として慰めてあげてるのですよ」
「ま、事情はわからないけど、ちょっとうちの前でやられると迷惑なのよね」
玄「だって。菫ちゃん、行こう」
「菫……? 弘世菫さん?」
菫「そうだけど……」
久「あなたの部下がよく飲みにくるの。私、竹井久。そこの酒場のオーナーです」
菫「竹井……久」
久「うん。初めましてで……いいわよね。会ったことないはずよね……」
久「嫌なことあったらお姉さんがお話聞いてあげるわよ?」
菫「お姉さんて……。同い年だろ」
久「そうだったかしら? 初対面なのに知られてるってことは中々ここの評判も上がってきているみたい」
久「よかったらどう? 師団長様には一杯サービスだけど、そちらの竜人様にもね」
玄「おまけですか! まぁでも……」ジュルリ
菫「はぁ……まったく」
・
・
・
久「なるほど。にわかには信じられないけど、その思考の限界が人間の限界なのかもね」
菫「勢いでしゃべっちゃったけど口外すべきではなかったかも……」
久「大丈夫よ。私こう見えても口堅いし」
菫「……」
久「そんな信用ないかな。あなたの世界の私はどうだった? 慈悲深い聖女?」
菫「」ヒクッ
久「ちょっと笑わないでよ」
菫「直接会話したことはないが……、ものの二三分で女を落とす、すさまじいたらしだと聞いたな」
久「うわ~、とんでもないやつね」
菫「自分で言うかなそれ」
玄「ぷはぁー。姉さんもう一杯!」トン
菫「昼間だぞ。もう少し抑えなさい」
玄「いいじゃんよー」
久「そうよ、じゃんじゃん飲んじゃって。竜人は酔い知らずだから上客なのよね」
玄「ここ、個人賭博の許可は出てる?」
久「もち。今は店の人間が私しかいないからトランプしかできないけど、どう?」
玄「やろうやろう!」
菫(暴飲暴食、ギャンブラー、おっぱい星人。完璧なコンボだ。元の世界に帰って玄さんに教えたら卒倒するかもな)
玄「菫ちゃんは?」
菫「いや、手持ちの金がないから遠慮しておく」
玄「ならば私の熱い駆け引きを見届けるのです!」
菫「……魔法の使用は?」
久「ダウト。そんなことしたら竜人が負けることはないわ」
菫「どうやって禁ずるんだ?」
久「それはこれ、自身に対し、禁術をかける。一時的な魔法使用の制限って感じかな」
久「ほら額に青い線が浮き出たでしょ? これが制限中の印。まあ、完璧に封じ込めるってわけじゃないから、あとはそいつの信用ね」
玄「ゲームはテキサスホールデムでいい?」
久「OK。強制ベットは二枚、賭け金は青天井でいいわよ」
・
・
・
久「レイズ」
玄「コール」
久「はい、オープン。あら、また私の勝ちね」
玄「ぅうう……」
菫(だんだんルールがわかってきた)
菫(まず手札が配られ、それが二枚。そして山から五枚を共有札として場に出す)
菫(最初の手札から勝負に行くか決める。そして三枚が捲られ、賭け金を上げる、変えない、降りるを選択する)
菫(次に四枚目をオープン。ここで選択肢を与えられ、勝負が発生しなければラストの一枚も同様に行う)
菫(相手の手札を読みつつ、降りるか勝負か判断する。……基本的なところは麻雀と変わらないな)
久「コールで、そっちは?」
玄「もちろん勝負」
ばばーん
玄「ああ^~もう金が飛ぶう~~」ヘンタイモチドラゴン
菫(そして玄さんがものすごく弱い)
菫「もうそのへんにしといたら? お金大丈夫?」
玄「結構へっちゃった……」ジャラ…
久「どうするー?」
玄「最後、もう一回だけ……取り返さなくちゃ」
菫「……」
久「止めなくていいの?」
菫「彼女の財布だ。私がどうこう言う資格はないだろう」
久「……ふーん」
玄「菫ちゃん! ディーラーお願い」
菫「……ああ」
玄「むむむ」
菫(わかりやすいブラフだなー。……Jのペアか。いい手だ)
久「チェック」
玄「おおお~~? ずいぶん消極的ですな~」
玄「そういうことならレイズ!」
菫「……」
菫(強気な姿勢を見せるのはまずいんじゃないか? そういう作戦で実は豚のように見せかけてでも本当は強い手で……)
玄「かかってくるのです!」
菫(……そんなわけないか)
場札 ダイヤ10 ハート3 クローバー5 ??? ???
菫(この手なら1・K・Q・10のペアが竹井さんの手札に無ければ玄さんが勝つ)
久「コール」
玄「降りない……。なるほどなるほどー」
菫(竹井さんからしてみれば降りれば大した損害なく終わる。故にこの勝負は敗色濃厚)
玄「……勝負です。レイズ!」
場札 ダイヤ10 ハート3 クローバー5 ダイヤJ ???
玄「なるほどなるほど~~っ」フンフン
久「少し考えさせて」
玄「降りるなら今だよっ」フンス
菫(トリプル確定。Q以上のペアが敵)
久「玄さん、あなたの持ち金はいくら?」
菫「!!っ」
玄「これだけど……」ジャラ
久「だったらその分だけレイズするわ!」
玄「お、オールイン!?」
久「そう。何か問題が?」
玄「う……」
菫「玄さn、」
久「部外者の口出しはダメよ」ノンノン
玄(脅しだ。絶対これは脅し。どうせ10のペアかJを一枚持ってるかなんだ)
玄「コール。全てオープン」
菫「……」ペラ
玄「………」
玄「……………………!!」
場札 ダイヤ10 ハート3 クローバー5 ダイヤJ ハート4
久「本当、悪待ちって楽しいわ」バラ
久手札 スペード2 ダイヤ6
玄「そんな手札で、勝負するなんて……」ワナワナ
久「ごめんなさいね、よく勝てるのよ、これ」ジャラ
玄「」
菫「……あっ」
菫「酒代は?」
玄「あ」
玄「ここってツケとかー……」
久「ないわよ」ニコ
玄「ふぇえ」
久「そうねぇ、お支払いできない場合は兵隊さんのお世話になっちゃうけど」
玄「ふぇえええっ!」
菫「本当にツケは無理か?」
久「うちはこう見えて手堅い商売を心がけてるからねー」
菫「それはちょっとずるいぞ」
菫「勝負に全賭けを要求したならこうなることもわかってただろう?」
菫「乗ったこの子が悪いとはいえ、すこしばかり厳しいんじゃないか?」
久「んー、そうかしら。それって責任転嫁ってやつ?」
玄「いますぐお金持ってくるよ! だからちょっとの間待ってて欲しい」
久「ダメね。逃げて帰ってこない場合もある」
玄「りゅ、竜人はそんなことしない!」
久「人間も竜人も同様。法規で表向きは平等に扱ってるんだから私もそれに従うわ」
菫「通報する以外に道はないのか?」
久「そうね、どうしようかしら」
久「……」ジー
菫「どうした?」
久「あなた綺麗な顔してるわね。前の世界ですごいモテたんじゃない?」
菫「へ?」
久「代金の支払い、あなたの身体、てのは?」
菫「」
菫「ほ、本気?」
久「ええ。たった一晩私と寝てくれればいい」
菫「それはちょっと……」
久「あなた、『まだ』なの?」
菫「そ、そそそういうこと言うなよ!」
玄「?? 一緒に寝るだけでしょ?」
菫「あのなぁっ」
久「流石に初めてをお友達の代わりに支払えってのは酷よねぇ」
玄「初めて一緒に寝る???」
菫「少し黙ってなさい」
久「まぁ私も師団長殿に目をつけられるってのもよろしくないし、譲歩します」
菫「おお」
久「賭けましょう。あなたの処女とこの子の酒代を!」
菫「譲歩してないじゃん……」
久「何言ってんの。あなたが勝てば酒代チャラよ。おいしいじゃない」
菫「それはそうだけど……」
玄「菫ちゃんファイト!」
菫「誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ」
久「どうする? 断ればこの子が竜人初の逮捕者になっちゃうかもね」
玄「臭い飯やだぁ~~」
菫「特別階級が牢に入れられるわけないだろう」
久「わかんないわよー。いまの皇帝になってから賄賂効かないらしいし」
菫「へぇ……、て感心してる場合じゃない。とにかく、しょ、処女じゃないとダメなのか?」
久「ええ。他にあなたから奪いたいものはないし」
久「……だったら+αでこちらも上乗せしてあげる」
菫「α?」
久「ドラゴン・ユーチャーの情報」
玄「――、」ガタッ
玄「姉の何を知っている」
久「落ち着きなさい。今あなたは禁術で制限されているわ。ただの女の子だということ忘れてない?」
久「暴力は使えないわよ」
玄「だったら今すぐ――」グググ
久「残念。私も魔法で上乗せさせてもらったわ。賭け事には徹底してるの」
菫「その情報は――一体どのようなものだ?」
久「大したことないわ。ただ現状彼女の待遇についてぐらいかしら。所詮αだしね」
玄「この人怪しい! 菫ちゃんっ、今すぐつかまえ、」ガクン
久「うるさいわねぇ」
菫「!?っ、おい! 玄さんに何をした!」
久「睡眠魔法よ。ほら」
玄「zzz……」
久「大人同士話しましょ。ちょっとこの子がいると話がまとまらなくてかなわないわ」
菫「……わかった。さっきの勝負受けよう」
久「あなたは物分りが良くて助かる」
菫「ただし」
久「?」
菫「禁術は無しだ。勝ったところで好き勝手されるのはフェアじゃないからな」
久「あなた、この世界の住人じゃないのでしょう? 元々魔法なんて使えないのだから一方的に不利になるだけよ」
菫「それはどうだか。誰も使えないなんて言ってない」
久「……なるほどね。いいわ、その条件で受けましょう」
久「ゲームは?」
菫「ババ抜き」
久「は? それって挑発?」
菫「なぜそうなる。恥ずかしながらトランプのルールをあまり知らなくてな。ババ抜きならシンプルで初心者にも勝ちの目があるだろ」
久「ま、いいわ。私にとっちゃ大して失うものなんてないしね」
久「逆にそんな運否天賦で自分の初めてを差し出すだなんて気が知れないわ」
菫「いいんだ。これがベスト、だと思う」
久「歯切れ悪いわね。それじゃあ二本先取でいい?」
菫「ああ。玄さんが起きる前に始めてしまおう」
・
・
・
玄「むにゃむにゃ」
玄「ここは……どこのベッド?」
玄「……」
玄「……」
玄「……」
玄「……そうだった。怪しい女店主にサマポーカーで毟られて……」
玄「こうしちゃおれんのです」
久「――そいつらがユーチャーについてるわけ」
久「これが知ってる全ての情報。あなたが身体を賭けるぐらいの価値はあったんじゃない?」
菫「ありがとう。ずいぶん気が楽になったよ」
ガチャ
玄「あっ、いた! おのれ~~~」
菫「玄さん行こう。今終わったところだ」
玄「え、でも」
菫「いいんだ。じゃあな竹井さん」
久「久でいいわよ。また来てね」
菫「……久、今度はちゃんと資金を持ってくるよ」
久「うん、これからもうちをご贔屓に。玄さんもバイバイ」
玄「?、??」
玄「ねーねー何教えてもらったの? ねー」
菫「宥は無事だってこと。隣国の行商人から又聞きした内容だけど、それなりに信頼できるんだって」
玄「ほんと!? 良かったーっ。早く会いたいなぁ」ルンルン
玄「でも、それだけの話にしては意味ありげな感じだったけど……」
菫「それ以上でも以下でもないよ」
玄「そっか……」
菫「決めたよ。淡の作戦に協力する」
玄「いいの?」
菫「ああ。大事な宥を助けるのに私が必要なら喜んで請け負う。それに元の世界へ帰る条件として提示されちゃったもんな」
玄「私は信じてました!」
菫「ははっ、調子いいな」
菫「それじゃあ出向いてやろう。淡の元へ」
玄「さっきぶりだね。へたれじゃない菫ちゃんの根性を見せてびびらせてやろう!」
菫「それを言わないでくれ」
続く
保守ありがとうございました。次で終わらせます。
後日です。一月以内には
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