上条「足して2で割るくらいがちょうどいい」 (122)
・書くのは半年ぶりなのでリハビリも兼ねてます
・進行はゆっくり、量は不確定
・一応完結はさせる予定
・大規模規制オソロシア
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上条(いやー、今日も一日平和だったなぁ)
上条(試験はスレスレで赤点を免れたし、自販機に金を呑み込まれることもなかったし)
上条(不良に因縁つけられることもなかったし、鴉に糞を落とさ……れはしたけどそれはきっちり避けられたし)
上条(へへ、ついに上条さんも不幸を返上するときが来ましたか)ルンルン
上条「……っと、あの後ろ姿は」
上条(最早見慣れたサマーセーターにざっくりとしたセミロングの茶髪、見間違いようもねぇ)
上条(さぁてどうする? いつもなら即座に回れ右して裏道に迂回するところだが……)
上条(いや、今日のツイてる上条さんなら大丈夫、な気がする! 根拠みてえなもんはねえけど)
上条(いいぜ、むしろこっちから声をかけるかってくらいの気持ちで——やり過ごす!)ダッ
————タッタッタッ
上条(よしっ、この勢いなら相手が振り返る前に追い抜け——)
御坂「……ッ」バッ
上条(ってぇ、物音に過敏すぎるんじゃありませんかぁ!?)
御坂「あれっ、当麻?」
上条(くっ、見つかった以上は仕方ねぇ! 予定変更!)
上条「よっ、よぅっ! やっぱりビリ……じゃなかった、御坂だったか」
上条(そう、俺は決して無視しようとしたわけではなく、声をかけようとしていたのだ)
御坂「…………」
上条「お、お前も今帰りなのか? って、常盤台の学生寮はこっちじゃねえよな」アセアセ
御坂「…………はぁ」
上条「ど、どした? なんか、いつもより大人しいっつうか、元気がねえっつうか」
御坂「べ、別に、そんなことないけど? と、ミサカは小首を傾げてしらばっくれます」
上条「あれ、そっか? ならいいんだけ…………ど……」
上条(——んん?)
御坂?「…………」
上条「な、なぁ、今お前……」
御坂?「そういえば、最近全然雨降ってないわよね、と、ミサカは社交辞令の常套句ではぐらかします」
上条「…………」
御坂?「ん、どうしたの? きょとんとしちゃって、と、ミサカは——」
上条「おまえ、いつもつけてるゴーグルはどうしたんだ?」
御坂?「は、はぁ? いったい何のことよ? と、ミサカは眉根を潜めて問い返します」
上条(……カマかけには引っかからないか。これじゃどっちとも判断がつかないな)
上条「……つまり、なくしたってことでいいのか?」
御坂?「何を言ってんのかさっぱり意味不明なんだけど? と、ミサカはおでこに人差し指を当てて目を瞑ります」
上条「…………うーむ」
御坂?「ねぇ、どうかしたの? あんた今日ちょっと変よ? と、ミサカはまじまじと見つめます」
上条「いや、それはむしろ、俺が聞きたいことなんだけど……」
御坂?「私? 私は、普段どおりのつもりなんだけど。と、ミサカは腕を組んでそっぽを向きます」
上条「ああ、何か今のはすごく似てたかも」
御坂?「似てたって、どこのどいつによ? と、ミサカは交友関係の調査に乗り出します」
上条「…………」
御坂?「ちょっと、黙ってちゃわからないんだけど? と、ミサカは髪の先を抓みつつ畳みかけます」
上条(……な、なんなんだ? 自分の言動に気づいてないってことは、ねえよな)
御坂?「ま、いっか。あんたがわけわかんないのは今に始まったことじゃないし、と、ミサカは溜め息を吐き出します」
上条「何気にすげえ失礼なこと言ってませんかねぇ」
御坂?「あっ、そんなことよりさ、あんたどうせ暇でしょ? と、ミサカはさり気なくスケジュールを確認します」
上条「暇って決めつけんな!上条さんだって時にはイギリス行ったり一大宗派の刺客と死闘を繰り広げたりと——」
御坂?「ハイハイ、人の世話を焼く程度には時間があるのよね? と、ミサカは下手な言い訳をぶった切ります」
上条「てめえ、信じてねえな! 一応証人だっていんだぞ!」
御坂?「信じてあげるから、ちょっとばかし買い物に付き合いなさいよ。と、ミサカは相手の都合を無視して話を推し進めます」
上条「無視すんな! つーか、いったいどういう風の吹き回しだよ?」
御坂?「吹き回しって? と、ミサカは質問の意味を再度尋ねます」
上条「だから、お前の側からデートに誘ってくるなんて————うわっ」
御坂?「べ、別にデートじゃないわよっ! と、ミサカは拳をぶん回して反論します」
上条(あ、あれ、マジわかんなくなってきたぞ、妹じゃ……ないのか? 本人か?)
御坂?「ただ、買い物が多いから男手があると助かるかなーって、そう思っただけ! と、ミサカは露骨な乙女アピールをしてみせます」
上条「自虐すんなよ。つーか、お前、本当に本物の御坂なんだな?」
御坂?「……あんた、本人と妹たちとの見分けもつかないわけ? と、ミサカはあからさまな舌打ちをかまします」チッ
上条「い、いや、普段はそんなことないけどよ」
御坂?「ハハーン……、と、ミサカはしたり顔で鼻をならします」
上条「な、なんだよ」
御坂「あんた、普段は妹と私をゴーグルの有無だけで見分けてるんだ、と、ミサカはこめかみをひくつかせます」
上条「い、いや、そうだけど、多分なくたって見分けられるけどな?」
御坂?「目が泳いでるわよ? と、ミサカは腕を組みつつ顎をしゃくります」
上条「ホ、ホントにホントだぜ。ほら、ふとした時に出る仕草とか、態度とかで」
御坂?「面白い、だったらしっかり見分けてもらおうじゃないの。と、ミサカは不敵に微笑みます」フフン
上条「お、おう」タジタジ
御坂?「ちなみに、もし外れたら今日の夕飯あんたの奢りだかんね♪ と、ミサカは今宵のメニューにあれこれと頭を悩ませます」
上条「外れること前提かよ! つーか早えよ!」
御坂?「嫌だったらきっちり当ててくりゃいいのよ。と、ミサカは招くように催促します」ホレホレ
上条「い、いや、上条さん的には万が一にも出費が嵩むときついと言いますか」
御坂?「だっさいわねぇ、ケチな男はモテないわよー? と、ミサカは唇の端を微妙に歪めます」ニヤ
上条「ぬっ」カチン
御坂?「んー、だったらこうしましょう。と、ミサカは思いつきを前振りします」
上条「な、なんだよ」
御坂?「だーかーらー、ちゃんと当たったら私がご飯奢ったげるわよ。と、ミサカは現実的な妥協案を示します」
上条「……む」
御坂?「確率2分の1、ううん、判断材料が多い分あんたの方が有利よね。と、ミサカは指をくるくるしながら相手を挑発します」クルクル
上条「……つうか御坂さんはあれですか、上条さん家のエンゲル係数どんだけかわかってんですか」
御坂?「そんなの知ったこっちゃないわよ、と、ミサカは興味のないことを横にうっちゃります」
上条「身も蓋もねえ。わかった、その条件を飲む」
御坂?「おっけー、だったらさっさと当ててくれる? と、ミサカはミサカは外れることを期待してお目目をキラキラさせてみる!」
上条「さり気なくもう一人混ぜんなコラァ!」
御坂?「いや、体型からして違うし、と、ミサカは突っ込みに無難な突っ込みで返します」ビッビッ
上条「あぁ、すまん、咄嗟に返しちまった」
御坂?「あんたってつくづく考えるより先に行動するタイプよねー、ていうか突っ込み気質? と、ミサカは今までの思い出を端からなぞります」
上条「なぞらんでいいなぞらんでいい」ビッビッ
御坂?「ま、いいわ。早くしてくれない? と、ミサカは待ちくたびれそうな雲行きを打ち払いにかかります」
上条「そう急かすなって。……んー、単純に妹の人数分で割るなら、御坂本人の可能性は数十分の一の確率なんだよな」
御坂?「……あんたが試験の選択問題にどうやって臨んでるかわかったわ。と、御坂は行き当たりばったりな生き様に呆れてみせます」
上条「うっせーほっとけ。……そうだ、一番確実な方法を思いついたぜ!」
御坂?「念のため断っとくけど、超電磁砲ぶっ放せっていうのはナシだからね♪ と、御坂は二元論的な判断材料を完全封殺します」
上条「…………」
御坂?「…………」
上条「やっぱり駄目か」
御坂?「あんたねぇ、人の能力なんだと思ってんの? と、ミサカはその短絡思考っぷりに頭を痛めます」
上条「そ、そこまで言うこたぁねえだろ」
御坂?「ていうかさ、仕草とか態度にアレぶっ放してるのが入ると思うわけ? と、ミサカは不本意な提案になおも異を唱えます」
上条「わかったわかった。じゃあ他の手を……」
御坂?「ほらほら、時間が押しちゃってるわよー。と、ミサカは焦らせて判断力の低下を目論みます」
上条「何つう卑劣な——あっ、そうだ、御坂」
御坂?「な、何よ、急にマジな顔しちゃって。と、ミサカは雰囲気の変化に戸惑います」
上条「……あのよ」
御坂?「…………」ゴク
上条「……スカート捲ってくれない——」
——ドスッ!
上条「ぐはぁっ!」
御坂?「アッ、あっ、あんたの脳味噌はどうなってんだゴラァ! と、ミサカは顔を赤らめながら激しく糾弾します!」
上条「み、鳩尾入った……」プルプル
御坂?「誰が公共の場でんな恥ずかしいことできるかっつーの! と、ミサカは全身を怒りに戦慄かせます」
上条「いや、だって、そうしたら一目瞭然——」
——ゲシッ!
上条「あいたぁ!」
御坂?「いっ、一目瞭然になるほどッ、見せた覚えはないわぁッ! と、ミサカは容赦なくッ、背中を蹴りつけますッ」ゲシゲシ
上条「いてっ、落ちつい……いてぇっ!」
御坂?「はぁっ、はぁっ、ったく、いきなり何言い出すかと思えば、と、ミサカは思考回路の迷走具合に苦虫を噛み潰します」
上条「ま、待て待て、普段の御坂なら短パン履いてるだろうと思ってだな」
御坂?「あんたの見分けはゴーグルと超電磁砲と短パンだけかぁっ! と、ミサカは思いきり声を荒らげます」
上条「いや、だってさ。お前、普段から自販機にハイキックとかかましてるだろ」
御坂?「無意識的か意識的かで恥ずかしさの度合いが違うのよ! と、ミサカはもじもじしながら目についた小石を蹴りつけます」
上条「そ、そういうもんなのか。てっきり見せパンだとばっかり」
御坂?「そもそも、私だって短パン履いてないこともあんだからね! と、ミサカは考え違いの是正を試みます」
上条「へぇ、そうなんだ。それで今日は?」
御坂?「だ、だから今日は履いて……って、何言わせんのよ! と、ミサカは肩をいからせて威嚇します」ガルルルル
上条「わ、わかったよ、他の方法を考える」
御坂?「つーかアンタ、私以外の女にまでんなセクハラかましてんじゃないでしょうね? と、ミサカは顔をしかめつつ相手を見下します」
上条(ま、マジわからん。御坂に成り済ました妹か、そう引っかけようとする御坂なのか)
上条(目だけで判断するなら、うん、紛れもなく妹の目なんだが)
上条(いやいやしっかし、カラーコンタクトを使っている可能性も)
上条(けれど、さっきの流れるような正拳突きは、紛れもなく御坂本人の)
上条(でも待てよ、そういえばこいつ。会ってから電撃を一度も放ってないぞ?)
上条(——仮に妹だとしたら、そもそも何で本人に成り済まそうと思った?)
上条(逆に、もし御坂だとしたら、何で妹だと疑われるような真似をする必要がある?)
上条「…………」
御坂?「な、何ジロジロ見てんのよ? と、ミサカは遠慮のない視線に一歩後ずさります」
上条「……いや」
上条(ちっくしょー、考えがまとまんねー)
御坂?「ん、何? やっとわかった? と、ミサカは些細な表情の変化を読み取ります」
上条「……一つ、こっちから提案なんだけど、いいか?」
>>15訂正
誤:上条(けれど、さっきの流れるような正拳突きは、紛れもなく御坂本人の)
正:上条(それに、さっきの流れるような正拳突きは、紛れもなく御坂本人の)
プロローグはここまで
明日以降本編です
御坂?「確かに、話すだけなら歩きながらでも出来るわね。と、ミサカは独りごちます」テクテク
上条「時間がもったいないし、どっちにしても買い物にはついていくわけだしな」テクテク
御坂?「なんだ、ほんとに暇だったのね。と、ミサカは肩をすくめます」
上条「少々の用事じゃ断れねえからな。風斬の件では危ないところを助けられちまったし」
御坂?「カザキリって? と、ミサカは耳慣れぬ代名詞に関心を持ちます」
上条「端的に言うと、この間の学園都市侵入者騒動」
御坂?「あー、そんなこともあったわね。と、ミサカは記憶を辿ります」
上条「つか、あの時のお礼言いそびれてたな。俺としちゃそっちの方が重要だ」
御坂?「べ、別にいいわよ、大したことしてないし。と、ミサカはそっぽを向きます」
上条「だとしても、こっちの気が済まねえんだよ。だからさ」
上条「ありがとな、御坂」ニコッ
御坂?「……ど、どういたしまして。と、ミサカはぶっきらぼうに返します」
御坂?「で、そろそろ目的地に着くわけだけど? と、ミサカは保留中の案件を問い質します」
上条「いや、それが、考えれば考えるほどわかんなくなってくる」
御坂?「やれやれ、あんたの優柔不断っぷりも筋金入りね。と、ミサカは半ば諦めたように首を振ります」
上条「逆だよ、御坂とも御坂妹ともそれなりの付き合いだろ? なまじ二人を知っているだけに——」
上条(そう。知っているだけに、判断がつかない)
上条(——いや、違う)
上条(御坂と御坂妹、いくらクローンだからって、性格的には対極にある二人)
上条(喋り方にしても、素振りにしても、ほとんど完全に真似るなんてことが可能なのか?)
上条(そうだよな、普通に考えれば二人の性質を併せ持つ御坂なんて存在するはずも——)
???「あら、お姉様?」
御坂?「げっ、黒子!?」ギョッ
上条(……おっ?)
黒子「やっぱり、お姉様ですの! と……おまけもついてましたか」
上条「先輩をおまけ呼ばわりとか、お前はどーいう教育を受けてんだ!」
黒子「あら、上条さんよりは大分マシだと思いますけど?」クス
上条「ぐぬぬ……」
御坂?「何であんたがこんなとこにいんのよ。と、ミサカは空気の読めない後輩に不快感を示します」
黒子「んまぁ、相変わらず素っ気のないお言葉」
御坂?「まさか後をつけて来たんじゃ——」
黒子「いえいえ、ただの偶然ですの。初春と風紀委員の巡回業務ですの」
上条(うん、これはもう確定だな)
黒子「と、そういえば」ジロ
上条「……な、なんだよ」
黒子「いつぞやはお姉様がお世話になったようで、この場を借りてお礼を申し上げておきますの」ペコ
上条「……意外とそういうところは律儀なんだな」
黒子「意外とは余計ですの」
御坂?「あれ、ねぇ、あんたたち顔見知りだったの? と、ミサカは二人を見比べます」
上条「まあ、色々あってな」
黒子「心ならずもお姉様を助けていただいたようですし、無碍にはできませんからね」
御坂?「ふぅん、まぁ仲違いするよりはよっぽどいいけどさ。と、ミサカは納得します」
上条「それより白井」
黒子「なんですの?」
上条「サンキュな、めっちゃ助かったぜ」ニッ
黒子「…………はい?」キョトン
上条「おい、お前本物の御坂だろ」ビシッ
御坂?「え、あ、ええ? 何でいきなり————あぁっ!!」
上条「白井と面識のないはずのあいつが御坂と全く同じ反応をするはずがねぇ!」
上条(それに、あの御坂が妹たちのことを白井に伝えてるとも考えにくいしな)
御坂「ず、ずるいわよ! こんなの反則よ! と、ミサカは猛烈に抗議——」
上条「わかってるって、横槍ってレベルじゃねえし、飯の話はなしでいい」
御坂「へ……」
上条「こんなんで飯奢ってもらっても後味悪いだけだしな」
御坂「い、いやに物分かりがいいじゃない。と、ミサカは予想外の対応に訝ります」
黒子「あのぅ、横槍とか飯とか、いったい何の話なんですの?」
御坂「あんたが気にすることじゃないわよ。ほら、仕事中なんでしょ? と、ミサカはしっしと手を振ります」
黒子「……釈然としませんの」
御坂「結構あっさり引いてくれたわね。と、ミサカは去っていく彼女を見つめます」
上条「まあそれはそれとしてだ。なんで妹の喋り方なんか真似てんだよ?」
御坂「それは……、ごほん、こっちにだって色々都合ってもんがあんのよ。と、ミサカは——」
上条「都合ってどんな都合があるってんだよ? 誰かに妹のフリをするようにとでも頼まれたのか?」
御坂「い、いちいちうっさいわね。あんたには関係ないでしょ、と、ミサカは突っ撥ねます」
上条「気にするなって言われると気になっちまうもんだろ」
御坂「そんなことより買い物よ。あんたと違ってこっちは門限あるんだから、と、ミサカは手首を握り締めます」
上条「うわっ、ちょっと、そんなに引っ張るなよ」
御坂「ほらほら、早く行くわよ! と、ミサカは手を引いて歩き出します」
上条「あぁ、うん。似合うんじゃないかな」
御坂「ホント? じゃあ——このジャケットは? と、ミサカは一回転しながら質問します」クルリン
上条「あ、ああ、それもよく似合ってる」
御坂「……アンタ、さっきからそれしか言ってないじゃない、と、ミサカはじと目を送ります」ジー
上条「んなこと言われても、俺、ファッション雑誌とかろくに見たことねえし」
上条(つか、お世辞抜きで素材がいいと何でも似合って見えるんだよな、よっぽど奇抜でもない限り)
御坂「こっちだって、そこまで期待してないわよ。と、ミサカは本音を漏らします」
御坂「一口に似合うって言ったって、色々あるでしょ? 可愛らしいとか、大人っぽいとか、と、ミサカは重ねて説明します」
上条「語彙力がなくてホントスミマセン」ガックリ
御坂「何落ち込んでんのよ、もぅ。と、ミサカは呆れ顔を作ります」
上条「じゃ、じゃあよ、ミサカが良いと思ったやつで三つくらいに絞ってくれないかな。そしたら、心置きなく選べるから」
御坂「……んー、まー、妥当な落としどころかしらね。と、ミサカは渋々試着室に向かいます」
御坂「フンフンフフフーン♪」ルンルン
上条「…………」
御坂「あっ、ねえ、荷物重いなら半分持つけど? と、ミサカは不安そうに尋ねます」
上条「いや、問題ない。買い物の金額に驚いてただけだから」
御坂「え、そぉ? これくらい普通だと思うけど。と、ミサカは首を傾げます」
上条「6桁に届きそうな買い物を即決その場の勢いで済ませちまうとか小市民かつ小心者の上条さんには一生できそうにないですよハイ」
御坂「ふぅん、そういうもんなんだ? と、ミサカは相槌を打ちます」
上条「んー、なまじお前を間近で見ちまってるからなぁ」ジロジロ
御坂「な、何の話? とミサカは尋ねます」
上条「常盤台がお嬢様校だって事実が頭から抜け落ちるってこと」
御坂「それどーいう意味よ! と、ミサカは地面を蹴りつけて憤慨します」
——チリーン
店員「いらっしゃいませー!」
御坂「二名お願いします」
店員「はい、二名様ご案内ですー。奥の窓際の席にどうぞー」
御坂「ほら、突っ立ってないで行くわよ。と、ミサカはちゃっちゃと先行します」
上条「あ、ああ。ホントにファミレスなんかで良かったのか?」
御坂「形式ばったとこよりこっちの方がいいの」
上条「こっちに気を遣ってるわけじゃねえと」
御坂「ないない、ていうかここって、アンタと私が最初に出会った場所なんだけど。と、ミサカは説明します」
上条「……え、マジで?」
御坂「……覚えてないの? と、ミサカは眉を潜めます」ヒヤッ
上条「い、いや、そういや、薄らと記憶に残ってるような」
上条(つぅか、御坂みたいなのと遭遇したら色々な意味で覚えていないはずないんだが……)
上条(って、そうか。記憶を失う前にここで会ったってことか)
御坂「だいたい、アンタはお嬢様に幻想抱きすぎなのよ。と、ミサカは健全な男子の考え違いを正します」
上条「そ、そうかぁ?」
御坂「絶対そう。私のクラスメイトだって、ファストフードとかしょっちゅう利用してるわよ? と、ミサカは流暢に答えます」
上条「へぇ、お嬢様校だと、もっと何つうか、レストラン! 的なところで飯食うのかと」
御坂「高級店じゃマナーにうるさいし、私語もろくに出来ないでしょ。と、ミサカはメニューを流し読みしながら答えます」パラパラ
上条「なるほど」
???「おい、あれ、常盤台の制服じゃね?」
上条(……うん?)チラ
御坂「…………」
???「うぉ、本当だ。おい、お前声かけて来いよ」
???「ばぁか、向かいの席よく見ろ、男連れだぞ」
???「うへ、何だよ、お嬢様校の生徒が不純異性交遊かよ」
上条「……色々言われてるけど、いいのか?」
御坂「くだらない幻想は即ぶち壊すに限るわ、アンタがいつもやってることと同じ、と、ミサカはばっさり切り捨てます」
御坂「うん、この新メニュー、なかなかいけるじゃない♪ と、ミサカはフォークにパスタを絡ませます」クルクル
上条「…………」ジー
御坂「……な、何じろじろ見てんのよ。と、ミサカは抗議します」パクッ
上条「いやぁ、食事の仕方がさまになってるっつうか、お嬢様みたいだなと思って」
御坂「そりゃあ、私だって一通りの礼儀作法は身につけてるわよ? と、ミサカは慎ましく胸を張ります」エヘン
上条「慎ましやかな胸の間違いじゃ」ボソ
御坂「何か言ったかしら? と、ミサカは水が入ったコップを持ち上げます」ガタッ
上条「いえ、なんでもございません」
上条「つうか、それだけにいつもの姿との落差がだな」
御坂「時と場所を弁えてるって言って欲しいわね、と、ミサカはケチをつけます」
上条(曲がりなりにも御坂のこと、少しはわかったつもりになってたけど)
御坂「んー、デザートはどれにしよっかな、と、ミサカは頭を悩ませます」パラパラ
上条(自分の知らない面がこんなにたくさんあったんだな)フッ
——夜道
御坂「別に、見送りなんていらなかったのに。と、ミサカは唇を尖らせます」
上条「おまえが強いのは重々知ってるよ。お前が俺をお節介だって知ってるくらいには」スタスタ
御坂「だったら——」
上条「たとえレベル5だろうと、怒ったり泣いたりする女の子に違いはねえだろ?」
御坂「泣いたり……って、あ、あの日のことはいい加減に忘れなさいよ! と、ミサカは指差しながら要求します」
上条「そう言われてもなぁ。どうにも、俺の中ではしおらしい御坂の印象も強くってさ」
御坂「だ、だって、そんなの、しょうがないじゃない。妹たちの件じゃ本当にまいってたんだし、と、ミサカは言い訳します」
上条「一人で抱え込むからだろ。俺でも白井でも他の友達でも、もちろん学園の教師だっていい、誰かに相談すりゃ良かったじゃねえか」
御坂「か、簡単に言わないでよ。否応にも厄介事に巻き込むことに——」
上条「お前と親しいやつだったら、むしろ巻き込まれたいと思ったんじゃないか?」
御坂「……バカね、親しいからこそ躊躇するんじゃない。と、ミサカは俯きます」
上条「有体に言って、肩肘張りすぎなんだよ。お前は」
御坂「うぐ……」
上条「その反応なら、薄々自覚してるってことだよな」
御坂「よ、余計なお世話だっつーの! 私から見りゃあんたのお気楽さ加減の方が謎だわ、と、ミサカは言い返します」
上条「なるようになるが俺の信条だからな。まぁ、また何かあったら、今度こそちゃんと相談してくれよな」
御坂「…………」
上条「っと、寮が見えてきたな」
御坂「……ン……タは…………いつだってそうやって」
上条「あん?」
御坂「——えたく、なるじゃない」ボソ
上条「なんだよ、聞こえねえぞ? もっとはっきり」
御坂「——ッ、何でもないわよっ! と、ミサカは怒鳴りつけます」
上条「な、なんでいきなり不機嫌になんだよ……」
——常盤台女子寮前
御坂「送ってくれてありがと。一応、お礼は言っておくわ。と、ミサカは申し伝えます」
上条「いや、いいよ。んじゃあ俺はこれで——」
——ギュッ
上条「……へっ?」ガクッ
御坂「……ま、待って! と、ミサカは引き止めます」
上条「って、どうした? 荷物は全部渡したよな?」
御坂「……そ、そういうんじゃなくて、と、ミサカは言葉を濁します」
御坂「……その、さ」
上条「ああ」
御坂「か、帰る前に一つだけ、頼み事していい? と、ミサカは質問します」
上条「別にいいけど、何だ?」
御坂「その……ええっと」
上条「そんな切り出しにくいことなのか?」
御坂「それは、まぁ、そうなんだけど、と、ミサカは適当に誤魔化します」モジモジ
上条「……何で照れてんだ?」
御坂「……あ、あのさ」
上条「お、おう」
御坂「頭、撫でてくれないかな? と、ミサカは要望します」
上条「………………ハイ?」
御坂「…………///」カァァ
上条「……あ、あー、ええっと?」
御坂「……だ、駄目、かな、やっぱり、と、ミサカは——」
上条「い、いやっ、いやっ!そんなことは」ブンブン
御坂「……じゃあ、いいのね? と、ミサカは念押しします」
上条「つ、つーか、むしろ僕なんかがそんな大それたことしていいのかな、なんて思ったり、ははっ」
御坂「……あ、あんたにしか頼めないわよ、こんなこと。と、ミサカは心情を包み隠さず打ち明けます」
上条「んな、なななッ!? み、御坂さん、もしかして熱でもあるんでせうか——」
御坂「い、いいからっ、早くイエスかノーで答えなさいよ! 五秒以内! と、ミサカは時間を区切ります」
上条「わわっ、ちょっ、タンマ! って、早くも数えはじめてるしっ!」アタフタ
上条「そ、それじゃあ、今から撫でるからな」
御坂「……」コク
上条「ホ、ホントにだぞ、ホントに撫でるからな」
御坂「な、何度も念を押さなくたってわかってるわよ、とミサカは頬を膨らませます」
上条「撫でてる最中にいきなりビリビリとかやらんでくれよ?」
御坂「……どんだけ私ってあんたの中で信用無いわけ? と、ミサカは唇を尖らせます」
上条(そうだな、右手を使えばある程度安心できるか)
御坂「…………」ゴク
上条(い、いやに緊張してるなコイツ。……人のこと言えんけど)ドギマギ
上条「よ、よし、いくぞ」
御坂「……う、うん」
上条(な、なんか調子狂うな)
御坂「……ま、まだなの?」オズオズ
上条(こんな小さくなっている御坂を見てると、あれだ、変な気持ちになっちまうっつーか)
上条(い、いかんいかん。ここは、スフィンクスを撫でるような心地で)
上条(ええい、ままよ!)バッ
——クシャ
御坂「……ッ」ビクッ
上条「…………」ワシワシ
御坂「…………」
上条「こ、こんな感じで、いいか?」ナデナデ
御坂「……————」
上条「…………御坂?」
御坂「…………」コクン
「あ、ありがと、もう大丈夫だから。と、ミサカはたどたどしくお礼を述べます」
おもむろに美琴が身を低くし、置いていた手から逃れた。
上条は照れ隠しに頭を掻きながら、少女に視線を戻す。
「そ、そっか。よ、よくわかんねえけど、役に立てたなら良かった」
一見してざっくばらんな美琴の髪は、比べるのも失礼極まりない話だが
整髪料でガッチガチに固めた自分の髪とは比較にならないくらい柔らかだった。
シャンプーと、仄かな汗の香りが鼻腔に残っている。
自分は今どんな顔をしているだろうか。
鏡を見るまでもない。締まりのない顔をしているに違いなかった。
「うん、十分過ぎるくらいよ。と、ミサカは強く肯定します」
向けられた笑顔の眩しさに心臓が跳ねる。
上条は、引き込まれるように美琴の姿に見入っていた。
突っかかってくるばかりだったはずの少女が、月明かりの下ではこの上なく魅力的に見えて——
(——って、明日大雪が降るんじゃないだろうな! 割とマジで!)
咄嗟に天を仰ぐが、そこには雲一つない星空が広がっているだけだった。
朝から続いた不幸回避に続いて、黙っていれば可愛いお嬢様とのデート。
更には青少年の憧れである恋愛チックなイベント。
普段が普段なだけに、こんなラッキーがいつまでも長続きするわけがないという何とも後ろ向きな確信。
しみったれた卑屈さを嫌というほど自覚させられ、頭を抱えて悶絶する。
そんな上条を前にして、美琴は
「ほらほら、あんたもとっとと帰らないと、前みたいに不良に絡まれちゃうわよ。と、ミサカは注意を促します」
腰に手を当てて姉のように窘める。いかにも勝気な、彼女らしい仕草を目にして、上条の口元に苦笑いが浮かぶ。
二つも年下のくせにと思わないではなかったし、喋り方のことももちろん気になっていたが、それ以上に安心した。
御坂美琴はちゃんと、笑えるようになっているのだ。
突っ走り気味な自分の行動が、不幸を呼んでいるはずの右手が、彼女を笑顔にする力の一端を担えた。
上条にとってこれ以上幸せなことはなかった。
そのはずだった。
「ああ、そうだな、そろそろ退散すっか」
「うん……おやすみ。——当麻」
目が自然と見開かれる。微笑みを湛えながら自分の名を呟く美琴は新鮮で、どこか儚げで。
言い知れぬ保護欲を掻き立てられた。
そして、なのに、一つの小さな疑問が脳裏を掠める。
何故なのだろう。
初めて向けられるその表情を前にして、既視感を覚えたのは。
微かな余韻から細い記憶の糸を辿ろうとする前に、唐突にその糸が断ち切られる。
背後で最終バスの到着を告げるクラクションが鳴り響いていた。
やっぱ、ダメだったか。
一人の少年が立ち去ったすぐ後で、囁きにすら足りぬ声が吹く風に散らされた。
少女は、こぼれ出した言葉が思いのほか、多くの意味を含んでいたことに気づく。
頭を撫でてもらったこと。
結局何も言い出せず仕舞いだったこと。
そのくせ、吹っ切ることも出来ていないこと。
最後の最後まで、自分の気持ちが変わらなかったこと。
「ま、私のキャラじゃないしね。と、ミサカは自らの心に折り合いをつけます」
素直になれない自分の性格を、憎らしく思わないではない。
だが、『御坂美琴』は弱音を吐いてはならない。
名門常盤台のエース。
230万分の1。
学園都市最強のレベル5。
第三位、超電磁砲。
血の滲むような努力を積み重ね、這い上がり、勝ち取った自分だけの現実。
多くの脱落者を踏みつけて獲得した自負を捨てることは許されない。
ここが学園都市である限り。
しかしながら、厳重に管理された領域内に唯一人、枠に囚われない少年がいる。
だからこそ、その一挙一動が、無造作に、時に癇に障るほど、少女の芯を揺さぶってくる。
(しょうがないじゃない。もし打ち明けたら、今度こそあいつは)
脳裏にとある日の光景が過ぎり、体が自然と戦慄く。
自分の至らなさをかつてないほどに呪った日。
決して許されぬ宿業を死で購わんとした日。
己が身を裂かれるより辛いことがあるのだという現実を突き付けられた日。
廃墟と化した街の一角。散らばる瓦礫。暗闇の中で対峙する二人の少年。
凶悪無比な能力で破壊の限りを尽くす白髪の少年。
吹き飛ばされ、何度地に叩き伏せられ、それでも歯を食い縛って立ち上がる、見知った少年。
無残に裂けたワイシャツとスラックス。着ている学生服以上に痛めつけられた体。
少女は思い出す。
学園一位との戦いに勝利し、そのまま前のめりに崩れ落ちる上条当麻の姿を。
束の間の安堵が最悪の予感に打ち消され、心臓を鷲掴みにされたような怖気を覚えたことを。
救急車が到着するまでの数分間はとても長く、苦しかった。
量産化された妹たちを用いたレベル6育成計画。
雁字搦めの状況を何とか打破しようと不眠不休で駆け抜けた日々。
その時感じたどんな絶望よりも、その数分間は彼女の身に重くのしかかってきた。
布を押し当ててもなお止まらぬ血。
弱々しい呼吸音。
反して自分の鼓動ばかりが大きくなっていく。
手足が細かく震え、嫌な汗が至る所から噴き出し、肌着をじんわり湿らせていく。
早く、早く来てよ。何もたもたしてんのよ。
目尻に溜まるばかりの涙を制服の袖で幾度となく拭う。
遠くで聞こえ始めたサイレンの音が、なかなか大きくならないことに苛立ちを隠せない。
私のせいで、万が一にも。
嫌だ、嫌だよ。お願いだから、死なないで。
初めて実験を生き延びた妹と一緒に病院まで付き添い、一心不乱に祈り続けた。
非常灯のみが灯る薄暗い廊下で、緊急手術中の赤いネオンを見上げては俯き、歯を食い縛る。その繰り返し。
ゲコ太によく似た医者が学生寮に戻るよう勧めてくれたが、てこでも動く気はなかった。
寮にいるはずの黒子は、自分の不在を上手いこと誤魔化してくれているだろうか。
誰にも頼るものかと思いながらも、どれだけの人に迷惑をかけてしまったのだろう。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。体も心も、疲労はピークに達していた。
けれども眠ってしまったら、自分のことを一生許せなくなる気がした。
「もう、心配いらないよ」
精密検査の結果を聞き、知らず知らずのうちに涙が頬を伝っていた。
その熱さを自覚した瞬間、初めて素直に、自分自身の心と向き合うことができた。
助かったんだ。
助けて、くれたんだ。
滑稽なほど必死になって抑えつけていた感情が、決壊する。
くしゃくしゃになった顔を両の手で覆いながら、少女はつくづく思い知らされた。
私は、あいつのことが——
瞬きと共に現実が戻ってくる。
束の間少女の口元に笑みが浮かび、そして消えた。
あんな思いをするのは、二度と御免だ。
胸に当てていた手を静かに下ろし、蘇った暖かな気持ちを置き去りにするかのように、寮の方に向き直る。
(門限、過ぎちゃうわね)
一歩踏み出すたびに、日常が遠ざかっていく錯覚に陥る。
実際、それは間違いではない。
時計は針を刻み続けている。緩慢に、無慈悲なまでに。
『たすけてよ……』
いつしか呟いた、誰にも吐露できなかった弱音。
たった一人の少年だけが掬い取ってくれた心の悲鳴。
かつて救われた過去が後ろ髪を引く。
助けを求めてはならないと強く自覚しながらも。
彼に頼り、縋ってしまいたいという気持ちが今もってわだかまっている。
その弱さが何より許せない。
女々しい御坂美琴など、御坂美琴ではない。
彼が傷つくことを許容できない自分がいる。
彼と対等でいたい自分がここにいる。
私は彼を知っている。
目を瞑ってもはっきりと姿を思い浮かべられるほどに、上条当麻の存在は大きくなってしまっている。
この先何が起ころうとも、それだけはずっと変わらないのだという確信がある。
お人好しで、向こう見ずで、不躾で鈍感で、根拠のない自信に満ち溢れていて。
ぶっきらぼうだけど優しくて、いつだって誰かを助けようと走っている。
地獄の沼に沈みかけていた自分も、そうして救われた。
『お前は笑っていいんだよ』
澄みきった微笑みと共に向けられたその一言が、自分を日常に引き戻してくれたのだ。
ただ一言でいい。
たすけて。
そう口にするだけで、彼はいつかのように手を差し伸べてくれることだろう。
どんなにボロボロになろうと。
たとえ、奈落の淵に足を躍らせることになろうと。
それが、上条当麻という少年だから。
だからこそ、今度ばかりは頼るわけにはいかない。
彼は、きっと今まで、己の身を危険に晒しながらも、数多くの命を掬いとってきた。
そんな彼を殺してはならない。
それ以上に、彼に殺させてはならない。
自分が慕う彼には、常に救う側でいて欲しい。
それが自分の身勝手さからくる感情だったとしても、その気持ちを大事にしたい。
寮の玄関を目前にして、美琴は決然と、伏せていた顔を上げる。
「——アンタには悪いけど、このまま黙って潰されるつもりはないから」
一人で立ち向かうために掻き集めたありったけの勇気が
(と、ミサカは恐怖をひた隠しにして精一杯の虚勢を張ります)クスッ
他ならぬ自分の声で蹴散らされそうになる。
ツリーダイヤグラム。
筋ジストロフィー。
2万人の妹たち。
忌まわしき過去は、未だ私を手放そうとしない。
本日は以上になります。
地の文の区切り方が思い出せない。
蛇足ですが、時系列にはアニメの第二期が終わった直後の番外といったところです。
10月7日。
しぶとい残暑も少しずつ遠ざかり、緑地公園では街路樹の葉先が山吹色に変わりつつある。
道路の両脇に並ぶ花壇ではコスモスの白い花が咲き乱れ、その上を数匹の赤とんぼが滞空していた。
「やっと、秋らしくなってきたな」
上条当麻は学生鞄を背に、ゆったりとした足取りで帰り道を進む。
下校ラッシュで鮨詰めになるバスよりは、少し時間がかかっても心地よい涼風を感じながら歩くほうがいい。
ひらりひらりと頭上に落ちてきた銀杏の葉を、学生鞄を持っていない方の手で払いのける。
噴水周りに設置された大きめのベンチでは、大勢の学生たちが思い思いに座談していた。
仲良く並んで歩く女子グループとすれ違いざまに聞こえてきたのは、七不思議に名を連ねそうな怪談ネタだ。
夜な夜な酔っ払いの巨乳美人が男子生徒を襲うとか、そんなうらやまけしからんネタ誰が考えたのだろう。
というかむしろ自分も被害に遭いたい。
「と、いかんいかん」
くだらない考え事をやめ、公園の敷地を出る。
直後、大型のクレーン車が三台、縦列になって商店街方面へ向かうのが目に入った。
(ったく、あいつも派手にやってくれたもんだ)
ローマ正教の『神の右席』の一角、前方のヴェント。
顔全体に万遍なく差し入れられたピアスで狂気を添え、長い鎖つきの十字架を舌にぶら下げるというホラーな容貌。
一週間前、彼女の襲撃より学園都市が誇る防衛機構はそのほとんどが沈黙した。
のみならず、警備員(アンチスキル)の7割が戦闘不能に追い込まれていたことが事件後に発覚している。
『アンタはローマ正教を完全に敵に回した』
ヴェントの言葉を反芻し、深く溜め息をつく。
後に『0930』事件と名付けられた前代未聞の侵入者騒動には上条も深く関わっていた。
自分の与り知らぬところで勝手に話が大きくなっている感は否めない。
それでも大量の負傷者が出たことに違いはなく、今頃学園内の病院の大半がてんてこ舞いだろう。
しかも彼女の狙いが自分の暗殺だったと知らされては、責任を感じずにはいられない。
襲撃時には四か所の大型施設の倒壊を始めとして被害に遭った建築物も数知れず。
今もあちらこちらで各種工事車両が忙しなく働いている。
上条のすぐ横でも、不自然に傾いた電柱を直そうと空へアームを伸ばす空中作業車が見受けられる。
被害の規模が甚大なだけに復旧にはそれなりの時間を要するだろう。
かくいう上条の学区内でも大規模修繕工事の余波で交通網が混乱している。
ひいては、通勤・通学バスの本数も普段の半分近くに減らされ、より混雑するバスが出来上がるというわけだ。
「い、いや、面識どころか電話で話したこともない」
「ふぅん、ならその名に聞き覚えがあるのはどういう——って、他にいくらでも情報ルートがあるか」
「そんな大層なもんはねえよ。んで、その、体の方は大丈夫なのか?」
ヴェントと戦っている最中、彼女が妙に苦しそうにしていたことを思い出す。
突然息が乱れたかと思えば大量に吐血したりもしていた。
そんなボロボロの女の子の隙を突きまくって勝ちを拾ったというのは正直男としてどうなのか。
これで重大な後遺症が残ったとか子供が産めない体になったとか言われた日には、一生立ち直れないかもしれない。
いかにも申し訳なさそうな上条の様子に、ヴェントはふっと口元を緩める。
「こうして出歩ける程度にはね。天罰術式の破壊と同時に魔翌力の循環不全も収まったし——それより、お湯の方は大丈夫なのかなー?」
「……あ、いっけね!」
ヴェントの言葉に促され、上条が慌ててキッチンに向かう。
案の定、ポットの口からは沸騰した湯が漏れかかっていた。
「ホーント、忙しない男ね」
急いで火を消し、食器棚から降ろした二組のティカップに沸騰したばかりの湯を手早く注ぐ。
続いて流し台の下の収納棚からイギリス土産の茶葉を取り出す。
冷凍庫から取り出した氷をポットに二つ入れ、完全に解けきったところで茶葉を大匙二杯投入。
一分後、濡れタオルでカップの取っ手を掴み、しっかり温まったカップの湯を捨ててから改めてポットの紅茶を注ぎ直す。
「おいヴェント、ミルクと砂糖はどうする? あと、スライスレモンも用意できっけど」
「んー、ミルクだけお願い」
「わかった」
どうせならシルバートレイがあれば完璧だったのだが、貧乏学生のワンルームにそんな気の利いたものはない。
木目のお盆に淹れたての紅茶と牛乳パックを乗せ、テーブルの方に戻る。
ミルクを注ぎ終えたカップに早速ヴェントの手が伸びるのを見て、火傷に注意するよう一言添える。
鷹揚に頷いたヴェントが取っ手に細い指を絡ませ、可愛らしく口を窄めてふーふーと息を吹きかける。
(って、いかんいかん。さっきから何見惚れてんだよ、俺は)
学園都市が受けた被害の甚大さを考えれば、本来和気藹々としていられるような相手ではない。
それこそ目を離した瞬間に殺されてもおかしくは——
「あらっ、美味しーぃ! アンタ、男のくせに心得てるじゃない」
「い、いや、これくらい大したことねえけど」
手放しで褒められるのが想定外だったのか、上条の顔が紅潮した。
「あらぁ? なになに? もしかして照れちゃってんのー?」
「て、照れてねえよっ!」
「あっはー、耳まで赤くしちゃってー、きゃっわ(↓)いー(↑)!」
「照れてねえって言ってんだろっ! そ、それよかさっきの話の続きだけど」
「やぁーん、それで誤魔化したつもりなのかなー? もっとタラシかと思ってたのにぃ、上条クンったら意外と奥手——」
「話の続きだけどっ! 魔翌力の循環不全ってのは一体なんなんだ」
「んもぅ、強引なんだからぁ」
妙に艶めかしい声が鼓膜に纏わりつき、それを振り落とさんと上条がぶんぶんと首を振る。
しばしの間、ヴェントはその様子をにやにやと眺めていたが、おもむろに佇まいを正す。
「で、循環不全だっけ? 呼んで字の如しよ。普通の人間だって呼吸や血流が乱れりゃ体調が悪くなるじゃない?」
「だったら、どうしてそんな危険な術を使ったんだよ。少しは自分の体を大事に——」
「あーはいはい、術自体が危険なわけじゃないわ。邪魔が入ったからあーなっただけ」
「邪魔?」
「アレイスターが降ろしたキモ天使よ。アイツが学園都市に力場を固定……あー、なんてったっけ、あんたらがAIMなんとかって呼んでるやつ」
「AIM拡散力場か」
「それそれ、その領域を広げることで学園都市に展開していた天罰術式を圧迫したわけ」
「なるほど、つまりそれを仕掛けられたまま術を使い続けると」
「あの時の私みたく強烈な反動に襲われる。科学の町らしくたとえるならー、稼働中の家電を外から更に熱するイメージかなー」
「熱暴走で術者の回路がショートしちまうってわけだな」
「頭の回転はそれなりみたいね。天罰術式みたいな広範囲魔法のオンオフは、家電のように簡単にはいかないけど」
要するに、再度発動させるためにはそれなりの下準備が必要だということだと納得する。
「って、待てよ? お前のいうアレイスターってやつは、その弱点を的確についてきたわけだよな」
当時の状況を思い返すように、ヴェントが宙を見遣る。
「そうよ。魔術に造詣が深くないやつにそんな対抗手段は絶対に思いつかないわ。相手の正体見たりっ、てところね」
「でもさ、それだけの力があるなら——」
何で表に出て場を収めなかったのだろうか。
紅茶の苦みを舌で感じながら、上条は思考に耽る。
何か目的があって、敵のみならず、味方にも手の内を晒したくないということだろうか。
それとも、誰にも心を許そうとしない猜疑心に満ちた人物なのだろうか。
「可能性としてはいくつか思いつくけど、一つだけ確実なのは、アンタが体良く駒にされちゃってるってこと」
「……そう、なのか?」
「少なくとも、ローマ正教は学園都市とアンタが繋がっていると思っているわ」
その辺の事情は、上条にはよくわかっていなかった。
というより、真剣に考えたことがほとんどなかった。
割とその辺はどうでもよいことなのかもしれない。
素性もわからぬ誰かが自分を利用した結果、困っている誰かが救われるのならば。
しかしながら、いずれはそうした関係が崩れないとも限らない。
善意や正義感を利用され続けた挙句、知らぬ間に引き返しようがない泥沼に嵌り込んでいたとしたら。
(ぶっちゃけ、前回は結構な綱渡りだったしな)
ヴェントとの戦闘の際には、巻き込んでしまった人たちも大勢いた。
幻想殺しで庇わなければ命を失っていただろう人も。
そしてそれは、今自分の目の前で意外な一面を覗かせている少女も同じことだ。
もしあの時、仲間が助けに来なかったら、最悪の結末を迎えていた可能性は否定できない。
悪い可能性を振り切るように、TVに視線を移す。
明日の天気予報は曇り時々雨。降水確率100%。植木の水やりは必要なく、洗濯物は干せない。
「まぁ、俺の問題は俺の手でどうにかするさ。それでさっきの話だけど、お前が本部に戻って折檻されるってことは——」
「アンタも私の力は思い知ってるでしょー? 体調さえ十全なら、私に意見できる奴なんてそういないわよ」
「言い換えれば、極々少数いるってことか」
「組織の内情まで事細かに教えてやる義理はないわよねぇ?」
「あのなぁ、こっちはお前のこと心配して」
「傷が癒えないまま長時間飛行機に乗るとかぁ、ちょっとした拷問よねぇ?」
「……ああ、そうか。だけどさ、何も学園都市に留まる必要はねえだろ?」
「私がどこにいようが私の勝手でしょー」
「……百も承知だろうけど、お前指名手配されてるんだぞ」
「はっ、あんなの形だけよ。本腰入れて探すことなんかできやしないんだから」
「え、何でだよ?」
「天罰術式の効果についておよそのことは知ってんでしょ? ここに来るまでに人相書きを一枚も見なかったのがその証明」
手を振って否定するヴェントに上条が「そうか」と合点する。
天罰術式を用いたのは作戦失敗や逃走も織り込んでのことだったのだろう。
相手に敵意を向けた者がことごとく戦闘不能になっていることは襲撃時に勘付かれたはずだ。
その場合、広域指名手配などもっての外だと理解するのが自然な流れだ。
顔を知る者が増えたところで、いたずらに被害が拡散するだけなのだから。
一つ懸念があるとすればアレイスターという謎の人物の存在。
ヴェントの話と襲撃時の状況を総合すると、彼が上条と、上条の持つ幻想殺しを知っているのはまず間違いない。
その上で天罰術式に対して効果的な対策を講じた彼ならば、天罰術式が破壊された可能性に行きつく可能性も低くない。
では、既に学園の上層部全体にまで彼の持つ情報が行き渡っているだろうか。
上条は、それはほぼないだろうと考えていた。
ヴェントが指摘するように、アレイスターが情報を内外に極力漏らさぬよう努めていると仮定する。
その場合、今回の件でも適切に過ぎる対応はなるべく控えたいはずなのだ。
何故なら天罰術式の特性について触れれば、それが再現できるか否かなど、事細かに説明する必要があるからだ。
未知であるはずの敵について詳しい情報を流せば、不審に思った誰かがその情報の出所を探ろうとするかもしれない。
最悪、内通者の存在が疑われるようなことになれば、そんな事実がなかったとしても結束を失うだろう。
(しかし、情報を秘匿するとなると、取れる手段は限られてくるよな)
あるとすれば、アレイスターが手駒として使える者たちで構成された捜索部隊を放つくらいか。
大量のピアスと舌の十字架で異貌を象っていたヴェントが、まさかこの制服美少女さんだとは誰も気づけまいが——
「だ、誰が美少女だっ!」
突然の怒鳴り声に上条が反応し、テーブルの下に膝を強かにぶつけ、弾みでカップの中から紅茶が舞い散る。
「いっだぁっ! 熱っ!」
「って、何やってんのよもぅ! ええっと、ハンカチは」
ヴェントが胸ポケットから水色のハンカチを取り出し、上条の腕に飛び散った紅茶を手早く拭う。
「あっと、ご、ごめん。つか、口に出てたか?」
「ったく。その齢でおべっかなんて使ってると、ろくな大人にならないわよ」
「いや、おべっかなんて……無意識に出た言葉だし——うわっ!」
慌てて屈んだ上条の頭上を、投げつけられたティースプーンが通過する。
「ちょ、褒め言葉なんだからそんなに怒ることないだろ!」
「う、うっさい!」
どこか恥ずかしそうに、膝上のスカートを握り締めて威嚇してくるヴェントに、上条はやれやれとばかりに頬を掻く。
「なんつうか、もうまるっきり別人だよな。やっぱ女の子が顔にブスブス穴開けるもんじゃねえよ。何のファッションか知らねえけど」
「ファッションなわけないでしょ! あれは術者に対する不快感や敵意を強くさせ、天罰術式の効果を増幅させるためにやってんのよ!」
何だ、お前の趣味じゃなかったのか。
喉まで出かけた言葉を飲み干し、テーブルに零れた紅茶を無言で拭き取る。
「大概の人間は自他を問わず容貌で人を差別する。醜いとか怖いとか思ってもらえた時点で気絶してくれるんだからやらない手はないでしょう」
「って、嘘だろ? そんなちょっとした印象だけでも発動しちまうのか? 天罰術式って」
「この国には『天に向かって唾を吐く』って慣用句があるらしいじゃない? それと同じよ。天使の霊装を纏った私に悪意や敵意を向けた者には天罰が下る」
「……えげつねえな。話だけ聞いてるとほとんど無敵じゃねえか」
「噛み砕いていうと、お店にマナーのなってない店員がたまにいるわよね。柔らかい物の上に重い物置いたり、小銭を落とすように渡してきたり」
「あぁ、いるいる」
大人の上条さんは、単にお前の顔が怖くて思考が停止したからじゃね、などとは言わずに相槌を打つ。
「他にも、混雑している電車内で足を豪快におっ広げて優先席に座ってる人とか。大抵の人が『何だこいつ』って思うわよね」
「だろうな」
「その時点で術式が発動し、数秒後には意識を失うわ」
何それ怖い。
「……じゃ、じゃあ、何か。顔をろくに見ていなくても、その存在に不快感を認めただけで?」
「許せないとか、止めなきゃとか思った時点でアウトでぇす。天使に対しては戦うことすら許されないってわけ」
「何だそりゃ、洒落にならねえだろ」
「こっちも洒落のつもりはなかったわよ。変な幻想抱かれちゃ困るから言っとくけど」
あの日、三人殺してるし。
あまりにあっさりとしたヴェントの告白に、上条の背筋が泡立った。
「あの日、って、前回の侵入騒ぎで?」
うまく動こうとしない唇で、上条は辛うじて言葉を紡ぐ。
「ええ、そうよ。これでも実働部隊に所属してるわけだし、手を汚す機会は決して少なくないのよねぇ」
ヴェントの表情は、先ほどとほとんど変わっていない。
取り繕う必要がないくらいには、汚れ仕事をこなしているということだろうか。
思考がぐるぐると頭の中を回る。
はったりではなく、本当に殺してしまったのだろうか。
だとしたら、一体彼女は誰を殺したのだろうか。
まさか、自分の知り合いが死んでいるなんてことは——
「ちなみに三人とも学園の理事よ。下調べした情報に違わず、どいつもこいつもクソみたいな連中だったわ」
「クソって、お前なんで……、なんでそんなに平然としていられるんだ?」
「んなもん慣れよ、慣れ。アンタだって自分の血を吸おうとする蚊に容赦なんてしないでしょ?」
「人間と虫を一緒にすんなよっ! これからもそうやってローマ正教の言いなりに——」
「そういうアンタは、学園都市のことをどれだけ知ってるつもり?」
前髪を掻き上げるヴェントの射抜くような視線に、上条が口を噤む。
両目に狂気を湛えていたテロリストの面影は、欠片もない。
学園都市。
記憶喪失以前の自分が今いる場所にどういった印象を抱いていたか、たまに疑問に思うことがある。
脳医学や薬物投与を前提とした時間割り。
独自技術を用いたロケットや監視のための人工衛星。
それだけでも、外の人間から見れば相当にいかれている。
さらに御坂妹たちの件があってから、上条の中での認識はより一層悪いものになっている。
その迷いを見透かされた感じがして、口調がややぶっきらぼうになる。
「……胸糞悪くなる実験をする連中が少なからずいることくらいは、知ってるさ」
「ハーン、そんでまだここに居座ってんの? なんだぁ、アンタもうとっくにマゾに目覚めてたんだー」
「目覚めてねえっ! 俺には、ここを離れられない事情があんだよ」
「それってさー、自分の命より優先することなわけ? やっぱりアンタ、相当いかれてるんじゃない?」
ヴェントに諭されるまでもない。
新薬や新理論、その他、世間で認められていない技術を更新し続ける研究者たち。
能力開発を受け続ける以上、知らぬ間に危ない橋を渡らされている可能性だってゼロではない。
だが、それでも、上条の友人たちや恩師は、そこで生活しているのだ。
「俺の周りには、学園都市にしか居場所がないやつもいる。お前が消滅させようとした風斬だってその一人だ」
「風斬……ああ、あの化け物か」
「化け物じゃねえっ! 俺の大切な友達だ」
「あー、ハイハーイ、そうだったわねー」
(……こ、こいつ)
「なるほど。友達、ね。そいつらを置いて自分だけ逃げるなんてデキ(↑)マセーン(↑)ってわけ」
妙に挑発的なヴェントに、上条が何だよとねめつける。
「あーあ、何かぁ、興醒めしちゃった」
深々と溜め息をついたヴェントが、胸の前で腕を組む。
「アンタは曲がりなりにも私を止めてみせた。なのによりによってその理由が、アンタが無知だったからなんて」
「無知だ? そりゃいったいどういう意味だよ」
「大切な人を失う痛みを理解してもいない甘ちゃんの言葉に動揺しちまった自分がどんだけ情けないかって話」
「馬鹿いえ。失うのが怖かったからお前と戦ったんだろうが」
「想像したことと体験したことは明らかに別物。絶賛記憶喪失中のアンタならよく知ってるでしょ?」
「……ッ、お前、なんでそれを」
「はぁーーーーっ!」
どうしようもない、とばかりにヴェントが息を付き、横目で上条を見据える。
「一週間前にも似たようなこと言ってやったと思うんだけど、アンタ自分がどんだけ危険視されてるかいー加減自覚したら?」
「……危険視って、俺はこの右手以外はごく普通の高校生だぞ?」
「ごく普通!」
ヴェントが鼻で笑う。
「清められた聖遺物を触れただけで消滅させちまう存在なんてさぁ、力を持つ魔術師たちからすりゃ悪夢以外の何物でもないんだよねぇ」
「……っ」
「んなおっかない存在の情報収集を怠る馬鹿がどこにいるってーの? おはようからおやすみまで監視されていても不思議じゃないよ?」
素晴らしく説得力のある説明に上条は言葉を失う。
というか、もしかしてローマ正教さん、今頃すごくおかんむりなんじゃないだろうか。
若干蒼褪めた上条に、ヴェントはどこか可笑しそうに口元に手を当てる。
「なんかー、こんな甘ちゃんを目の敵にしているうちらもどうかとは思うけど、……でも、アンタらだって大概よねぇ?」
「一緒にすんな! 誰かを傷つけるような命令に従うことは」
「『樹形図の設計者』なんて得体の知れないもんをありがたがって、いいように踊らされてるじゃない」
ギクリ、と上条の肩が強張った。
その固有名詞には、正直あまりいい思い出がない。
御坂美琴の妹たちを生み出し、死に追いやったのも、元は『樹形図の設計者』が演算の末に導き出した確率によるものだ。
上条の変化に気づいているのかいないのか、ヴェントは淡々と言葉を紡ぐ。
「って、つまりなぁに? お互いを目の敵にしてんのは単なる同族嫌悪ってワケ? ハーン、本格的にやる気無くすわねぇ」
腕を組んで勝手に納得しているらしいヴェントに、上条がカップを置いて訪ねる。
「お前は、学園の何を知っているってんだよ」
「色々」
悪びれるでもなく、誇るでもなく、ヴェントはただ窓の外の空を見遣る。
「……前回の襲撃である研究所に潜入した時、いくつかの資料を目にする機会があったんだけどさぁ」
双眸に嫌悪の色がちらりと過ぎり、すぐに消える。
「皮肉なもんだと思わない? それぞれ独自の体系をなしていがみ合っている魔術と科学の、求め行きつくモノが恐ろしく似通っているなんてね」
いきなり話が飛躍し、上条は着地点を見失う。
「いったい何の話だよ」
「たとえば呪殺と狙撃。私は科学に疎いから、銃の構造とか照準なんかについてはよくわからない。けど、どちらも遠くにいる人間を殺めるためのものだってのはわかる」
「……ああ、それが?」
「じゃあ何故そうする必要があると思う? 遠距離から敵を[ピーーー]一番の利点っていったい何でしょうか?」
「それは、使用者の安全確保のためだろ。近づかれる前に敵を倒さないと、自分の身が危ない」
「はいはーい、模範誤解答ありがとー」
「当然——って、誤解答かよ」
「一番重要なのは精神的な配慮よ。呪いや狙撃は罪悪感を紛らわすのに都合がいいの」
「つまり、殺したことを実感しにくいってことか?」
「まともな感性の持ち主なら故意であれ事故であれ、生き物を殺したり傷つけたりしたときには罪悪感を覚えるわよねぇ」
「……そりゃ、まぁな」
「恐怖した表情、命乞いの言葉、刺した時の、殴った時の生々しい手応え、耳をつんざく断末魔、返り血の温もりと臭気、込み上げる吐瀉物の味」
「……見てきたかのように語るのはマジで止めてくれ」
「だけど、呪殺や狙撃はそれらをうまいこと曖昧にしてくれる。帳消しとまではいかないけど、相手が悶え苦しむところを見なくて済む」
殺したという事象は残るかも知れないが、そうしたという意識はほとんど残らないだろう。
人間は複数の情報を関連付けて記憶を構築する。情報は糸だ。糸が多ければ多いほど複雑に絡まり、より強固に結び付く。
逆に、情報が少なければ少ないほど解けやすい。つまり、忘れやすい。
「戦争の歴史で、銃が弓や剣に取って代わった最たる理由がそれよ。みんな傷つくのが怖いし、傷つけるのも怖い」
その意見については上条も同感だった。
無人警護ロボットも、そして二万人の軍用クローンも。
自分の代わりに矢面に立ってもらい、傷つくことを避けるために作り出されたものだ。
「魔術も科学も日進月歩である一方、思想の違いから多くの派閥に分かれていったわ」
以前にインデックスが、似たようなことを言っていたことを思い出す。
今現在関係があまりよろしくないローマ正教とイギリス清教も、元は同じ十字教を信仰していたのだ。
「そして、進む道を違えた他勢力に対抗するためには、抑止力となり得る武器を保持する必要がある。だけど——」
一息置いて、ヴェントが続ける。
「だけど、自分の手に余る力を持てば常にリスクが付き纏う。各魔術結社も力の管理にはかなり苦労しているわけ」
「各国が冷戦時代に作った核兵器を持て余すようなもんか。あれも維持するだけで相当金かかるみたいだけど」
「そうそう、いい喩えね。その点、実に効率がいいやり方だと思わない? 一人の人間の頭に禁書を詰め込むなんて」
「……っ!」
宙に浮いていた話が突如として身近に着弾し、息を飲む。
禁書目録(インデックス)。
上条の不幸が霞んでしまうくらいに重いモノを背負わされた少女。
イギリス正教の『必要悪の教会(ネセサリウス)』に属し、目で見た物全てを覚える完全記憶能力を有する。
そんな彼女は、これまで多くの魔術師たちから命を、自身が記憶する10万3000冊の魔道書を狙われてきた。
「手法に対する反感さえ抑え込めるなら有効な手段よね。いざという時の処理も簡単だし」
現在上条と協力関係にあるステイル・マグヌス、神裂火織の両名も、インデックスと同じ組織に所属している。
かつて二人はインデックスの命を救うためと称して記憶を消し、禁書目録を管理する片棒を担がされていた。
その事実が上条の献身によって明るみになった後は、上条とインデックスを守るため陰に日向に動いてくれている。
「『必要悪の教会(ネセサリウス)』もエグいことを考えつくもんだと、初めて聞かされたときにはひどく感心したものよ。まぁもっとも」
ヴェントが紅茶を一口含み、ゆっくりと瞑目する。
「強力な戦力を管理し、飼い馴らすことに関しては、学園都市も負けてないみたいだけどね」
「……なんだって?」
飼い馴らした戦力というのは、以前に戦った学園一位のことだろうか。
まさか一万の妹たちを死に至らしめた少年にも、インデックスに施されていた『首輪』のような枷が施されていたのだろうか。
個人の尊厳と意志を踏み躙り、一つの道具として扱うためのシステムを。
そんなシステムがもし本当に存在したのなら、いずれ他の誰かにも適用されるのではないか。
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