前世の願いと今世の宿命 (30)
オリジナルです
〜序章〜
—宿命とは過去の行いが現在のありようを決めてしまうもののことをいう—
21世紀を迎えて、幾年かの時が過ぎた、2003年3月
今日は合格発表の日
午前10時丁度に玄関前の設置された大きな掲示板に受験番号が張り出される
期待と不安を胸に抱いて、まだ雪がちらつく北海道の寒空の下、俺は道立龍鳳高校の校門の前に立っていた
多くの受験生が俺の横を通り抜けて行き、その中で俺だけがそこで止まり、苛立ちながら彼女を待っていた
俺「あいつ、遅いんだよ…もうすぐに10時になるだろうが」
俺がそう愚痴を溢している内に、後ろから俺の名前を呼ぶ声がした
女「翔ー!」
振り向くと懸命に走ってくる彼女がいた
俺「早く来いよ」
桜「ちょっと待ってよ!」
ようやく彼女は俺の下に着くと、息切れをしながら膝に手をついた
吐く息は白く、そしてすぐに大気中に消えて行く
俺「10時過ぎたぞ。桜」
桜「ごめんね。ちょっと寝過ごした」
俺「許さん」
桜「ごめんって」
俺「わかったから。もう受験番号貼りだされているから行くぞ」
桜「うん」
桜は俺の小学校からの同級生で、中学1年から付き合い始めた
合格圏内行くか行かないかの俺は、桜を追うために必死で桜の指導のもと、勉強に時間を費やし、
とうとう今日と言う人生の節目を迎えた
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俺の不安そうな顔を見た桜は俺の手を握ってくれた
桜「大丈夫。翔は勉強頑張ったもん。絶対受かってる」
俺「おう。ありがとう」
桜「もーう。そんな自信なさそうな翔見たくない!」
俺「わかったよ!行くぞ!」
俺は桜の手を引いて、人混みを分けるようにして掲示板が見える場所に移動した
一度目を瞑り、深呼吸してから目を開いて掲示板を見る
受験番号は0113
俺「0110、0111…0113…!やった…!!」
桜「え、翔番号あったの!?」
俺「あった!やった!」
桜「おめでとー!!あたしもあったよ!」
俺と桜はその場でハイタッチした
桜は俺の頭を撫でる
桜「よく頑張りました」
俺「やめろや。こんなところで」
桜「照れちゃって可愛いー」
軽く桜の額を指で弾いた
桜「いたっ。もう。でも、本当に頑張ったね」
俺「桜の教え方がよかったんだよ」
桜「でしょー」
俺「自画自賛するな」
桜「へへ」
俺「じゃあ、ファミレスでも行って二人で合格祝いでもしちゃおうか」
桜「うん!」
俺達はその場を後にし、まだ咲いていない桜並木の道を手を繋ぎながら歩いた
咲くことはまだないけれど、入学の頃には大きな芽をつける
そして、それが咲くころには春風が吹き、それに乗って花弁が舞う
ファミレスに着くと、席について、なんとなくメニューに目を通す
桜はデザートの所ばかりに目が行っていた
俺「最初からデザートかよ」
桜「だって、まだ11時だよ?ご飯の時間じゃないよ?」
俺「確かにそうだけど、でも、来たからにはな」
桜「ならドリア頼むかな。それに加えて、苺パフェ!」
俺「お前、絶対デザート食いたいだけだろ?」
桜「しょうがないでしょ。甘いもの食べたいんだから」
俺「なら、俺はドリンクバーつけて、ハンバーグにしよ。デザートはいらないわ」
桜「じゃあ、注文するね」
店員を呼び、桜が注文する
そこでドリンクを入れるために、席を立ち、アイスコーヒーを注いだ
桜「翔は本当にコーヒー好きだよね。しかもブラック」
俺「しょうがないだろ。上手いんだから」
桜「ちょっと頂戴」
桜はコップを持って、口に移すと、顔を渋くしてむせかえす
その様子が可愛くて、微笑ましかった
桜「よくこんなの飲めるね…。苦いよ…」
すぐ口に残るコーヒーの苦みを水で和らげる
俺「甘党だな。本当に」
桜「女の子で甘いもの嫌いな人はあまりいないんだよ」
話している内に料理が運ばれてきて、料理を口にした
桜はドリアが食べ終わり、頼んだ苺パフェを食べ始めると幸せそうな顔になった
黒い長い髪が邪魔で、それを耳にかける仕草は俺をドキッとさせる
その姿をずっと眺めていると、桜は顔をこっちに向けて、俺を見た
桜「何じろじろ見てるの?」
俺「いや、本当に美味そうに食べてるなって」
桜「あ、食べたくなったんでしょ?」
俺「いや」
桜「ふーん。でも、ちょっと食べてみてよ」
俺はガラス製の器と銀の長いスプーンを渡された
スプーンで苺ソースがかかったクリームを一口食べる
鼻から抜ける苺の香りが嗅覚を刺激した
桜「おいしい?」
俺「うーん、甘いかな。でも、苺ソースがうまい」
桜「でしょ?じゃあ、あたしに返して」
笑顔で俺の手元からパフェを奪い去る桜
それに笑みを浮かべてしまう俺
こんな些細な事でも互いに幸せを感じていた
高校受験も無事成功し、この先なんの躓きも無く、共に二人で歩んでいけると俺達は思っていた
でも、この時、遠い昔の人生と同じ人生を辿っていることにまだ気付かないでいた
どうして俺達がは巡り合い、付き合うようになったのか
全てが宿命だと知った時、それに抗う
【第一章】
〜出会いと告白〜
俺は一人っ子で厳格な道議の父親の下、過干渉で厳しい家庭で育った
母親もいつしか父親に感化されたのか、口も出れば手も出るようになり、躾は暴力で行われていたに等しい
両親は父が道議である故に世間体を第一に考え、自分の子どもが何も問題を起こさない様な良い子に育てたかったらしいが、
中学になると父親との喧嘩を口火として、親に対して反抗的になり、両親との関係に歪が生じ始める
進学校の龍鳳高校に合格した際にはすこし緩和されたものの、またすぐに関係は悪くなった
小学校から勉強も素行も悪くなく、中学は両親との関係が悪かっただけで、学校生活には、問題なかった
身長が高いことと、リーダー気質で、学級委員長や生徒会長を率先してやること以外これといって長所はない
桜は母子家庭で、俺と同じく一人っ子
母親が水商売をして生計を立てていた。才色兼備で、温厚な性格で優しさに溢れ、男の理想の女性像のような子だった
俺と桜との関係は小学校から始まり、中学ではクラスも一緒で、気兼ねなく話せる仲だった
なんの部活にも所属しなかった俺は毎日帰宅だけする毎日を送り、桜はバスケ部に入部していて、日々練習に励んでいた
そんな桜と俺がどのようにして付き合うようになった
それは中学1年の夏で一学期も終わりに迫った7月中旬
北海道も本格的な夏を迎え、日差しが強い日が続いていた
学校でも制服が夏服に変わり、皆が薄手の服装で登校するようになっていた
ある日の朝、いつも通りに登校し、教室に入って席に着く
なにげなく机の中に手をいれると、折りたたんである便箋なようなものが入っていることに気がついた
それをそっと取り出し、皆に見られないようにして目を通した
『今日、放課後に、今は使っていないF組まで来てください。お願いします』
この一文だけが書かれているだけで、他には宛名もなにも無かった
ホームルームを終えた俺は指定された、今は利用されていないF組の教室に入り、机の上に腰を落とした
足をばたつかせ、手紙の差出人であろう人物を待っていた
しばらく過ぎて、まだ微かにざわついている廊下の中から軽い足音が近づいてくる
俺はただただ前にある黒板を眺めていた
すると、後方のドアが開く音がしたので振りかえると、そこには桜がいた
桜はすこし間をおいた後、俺の名を呼んだ
桜「翔」
俺「うん?どうした?」
桜「あの机に入ってた手紙読んで来てくれたんだよね?」
俺「そうだよ。あの手紙の差出人って桜?」
彼女はゆっくりと首を縦に振り、次第に彼女の頬が赤く染まっていく
外でも雑音が鳴る中、俺達二人だけの空間は静寂に包まれていた
俺「てか、ドア閉めてこっち来いよ」
桜「うん…」
桜はドアをしっかり閉めた後、俺の前に立ち、俺の顔を見た
白い肌のせいか、先ほどよりもさらに頬が赤くなっているのが手に取るように見て分かった
桜「あのね、今日呼びだしたのは翔に言いたいことがあったから呼んだんだ」
俺「うん。そうだろうな。何もなしには誘わないからな。普通」
桜「今、翔は彼女とかいるんだっけ?」
俺「いないよ。別に特別カッコイイ訳でもないから」
桜「そんなことない!翔はカッコイイよ!」
俺「何大きい声出してるんだよ」
桜「あ、ごめん」
桜はスカートの裾を手で掴みながら、顔を少し伏せていた
極度の緊張をしているのだろう
桜「でも、翔は気付かないだけで、女の子は翔の頼れるところとか評価してるよ」
俺「え?そうなの?なんか照れますね。それ」
桜「軽く流さないの!」
俺「ごめん」
桜「でね…あたしが今日翔に伝えたかったことは…」
そう言いかけて、しばしの沈黙
俺も言葉を発することをせず、ただただ桜を見つめていた
この時すでに俺は桜に落ちていたのかも知れない
彼女を前にして俺の心臓の音が相手にも伝わってしまうのではないかと言うくらい高鳴っていた
そして、彼女の口が開かれ、沈黙が破られる
桜「あたしは翔の事が小学校の頃から好きだった。今も変わらずずっと好き。だから、付き合ってほしい」
俺の人生の中での初めての告白は桜からされた
予想外であったが、素直に彼女でよかったと思えた
俺「あの…」
桜「待って!今すぐ答えが欲しいわけじゃないの…。すこし慎重に考えてから答えを聞かせて…。じゃああたし部活の時間過ぎているからもう行くね!バイバイ!」
そう言い放つと、鞄を持って一目散に教室から出て行った
今の彼女の突然の告白の台詞と、先ほどの彼女の姿が脳裏に焼き付いてしまっているせいで俺はその場から動けずにいた
なんとなく窓際に移動し、また机の上に座る
窓から雲ひとつもない空を眺めながら、そこを自由に飛びまわる烏や雀を目で追っていた
そして、彼女の声が耳の中でひたすら鳴り響いていた
俺はしばらくしてから教室を後にした
もうその頃には廊下静まり、他の生徒も下校していた
その廊下を歩く俺の足音は、静けさを更に強調するように共鳴していた
家に帰り、制服のままベッドに倒れこむ
何も考えないでいると桜ばかりを無意識に考えるようになっていた
もう俺は気付いていたんだ
答えはあの時既に出ていた事に
ただ心では言おうと思っていたのだが、瞬時に言葉がでなかっただけだ
今思えば、俺も小学校から気にはしていた
桜のさっきの告白によって、俺の心はその時よりも彼女によってさらに揺り動かされていた
俺はベットの中で自分の気持ちをある程度整理したところで、机に向かい、鞄に入っていたルーズリーフを一枚出して、ペンを取った
翌日
俺はいつもより早めに出た
教室になるべく早くに到着するためだ
到着すると、すでに生徒玄関は開けられていて、外靴から上靴に履き替える際に、自分のクラスメイトの出席番号が書かれた下駄箱を確認し、胸を撫で下ろした
まだ、クラスには誰も来ておらず、俺が一番だったからだ
昨日帰ってから机に向かって書いた手紙を桜の机の中に、誰にも見られないようにする為、一番に来る必要があった
俺は間違えないように教壇の机の上にある席順が書かれた紙見て確認してから、桜の机の中に手紙を入れた
ここでようやく緊張から解き放たれ、自分の椅子に寄り掛かり、安堵の息を吐いた
すこし時間が経つとぞろぞろと他のクラスメイトが登校してきた
皆、俺が一番に早くに登校しているのが珍しかったらしく、「なんで翔こんなに早く来ているの?珍しいね」と何人にも言われた
普段は一番か二番に遅いから、そう言われてしまうのも自分ながら頷けてしまう
ホームルームが始まる10分前に桜が登校していた
俺はなるべく意識しないようにしていたが、結局無理で目で追ってしまう
周りに悟られまいと、平然を装ってはいたものの、やはり手紙に気付いてくれるかが気になっていた
でも、前の席の男子や横の女子はこの時、俺が桜を見ていたのをなんとなく気付いていた様で、のちのち話題の種にされるのは避けられなかった
彼女が席に着くと、鞄を下ろし、周りの友達と話しこんでいた
まだ気付かない桜
俺はなんだかじれったくなってきて、体がむず痒くなるような苛立ちを覚えた
そのままホームルームが終わっても手紙に気付くことはなく、時は過ぎていった
一時間目の数学が始まり、なんとなく黒板に書かれた問題を解き終わったので、周りを見渡すと桜が机の下で何かを手にしている姿が見えた
視力が良い俺は、その手元にあるのが自分の手紙だと確認できた
その瞬間、何故か期待と不安が一気に押し寄せてきた
なにも表情を変えない桜
彼女は手元にある紙をまた丁寧に折りたたんで、筆箱の中に入れ、次に彼女は俺の方を見た
合う視線
向こうはすぐに逸らして、前をすぐに向いてしまったけれど、俺はそのまま固まった様に彼女を見つめていた
先生「おい、翔!」
その声で俺は前を向く
先生「お前はどこを向いているんだ。前を見ろよ、前を!」
俺「あ、すいません。ついついボケーっとしてました」
先生「たくっ。次横向いていたら夏休みの宿題は皆の倍な」
俺「それは勘弁してください」
それで教室はちょっとした笑いに包まれた
授業が終わると、桜が俺の方にやってきた
それを見ている周りの目線がかなり痛い
桜「ねえ、翔」
俺「どうした?桜」
桜「あの手紙…」
俺「俺しかいないだろ。放課後、昨日の場所で」
桜「うん…」
桜は顔を曇らせていた
きっとどのような答えが返ってくるのかが不安なのだろう
俺はその彼女の気持ちを察した
俺「そんな顔するよ。泣くような答えではないから」
桜「え?」
俺「後は放課後。じゃあな」
俺はトイレに用も足す気もないのに、席を立った
そこに数人の男子が後を追ってくる
A「なあ、翔。すごい噂になっているぞ。桜との事」
B「昨日桜に告白されたのは事実なのか?」
C「もしそうならなんでお前なんだ!くそ!」
俺「しらねぇよ。俺じゃなくて桜に聞いてくれ」
そいつらを払いのけ、トイレに向かった
空気を入れ替える為、窓を開けると、涼しい風が頬を撫でた
俺は壁に寄りかかり、深呼吸して、自分の感情を落ち着かせた
今日、俺は告白の答えを出す
それを彼女に告げた時、すべてが始まる予感がした
次のチャイムがなり、俺は走って教室へと戻った
時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に放課後を向かえた
俺は早めにF組に向かい、他の生徒の注目をさけようとしたが、それは無理な話だった
また机に腰をかけて、彼女を待つ
告白されるために待たされるのと、答えを伝えるために待つのとは湧いてくる感情が違った
前者は特に告白されるかどうかは不確かだったので、変に気持ちが昂ることはなかったが、
後者は待っている時間が長く感じられ、早く伝えたい衝動に駆られた。
時計を見ると15分は過ぎていた
俺はなんとなく遅いと思いながらも桜を待ち続けた
その5分後、教室のドアが開く
しかし、その後方では野次馬がかなり居た
まったく雑音にしか思えなかった
桜が来たので、俺は窓側に行き、手招きをする
なるべくドアから離れさせて、会話が聞こえないようにするためだ
そして、話せる距離に桜はやってきた
俺「おう」
桜「翔、遅くなってごめん」
不安そうな顔で、俺とは目を合わせない
俺「ちゃんとこっち向きなよ」
桜がゆっくり顔を上げて、俺と目を合わせた
俺「答え言っていい?」
桜「うん…」
桜は今にも泣きそうな顔をして、手を下で祈るようにして握っていた
俺「いいよ」
桜「え?」
俺「昨日の答え。いいよって言ったの」
桜「いいよって事は付き合ってくれるの…?」
俺「そう。俺も小学校の時から気にはなっていたから」
桜「嘘…。本当に?」
彼女の潤んでいた目から数滴の雫が零れおちる
俺はそれを指で拭った
俺「何泣いてるんだよ」
桜「だって、嬉しいんだもん。しょうがないでしょ」
俺はその素直な桜を単純に可愛いな、愛おしいなと思えた
今まで触れられなかった彼女の一面に触れ、俺は桜をもっと知りたいと思えた
優しく頭を撫でると、彼女は笑ってくれた
俺「てか、俺でいいの?」
桜「え、なんで?」
俺「だって、これと言って良いとこないと思うけど…」
桜「あるよ!頼れるとことか、優しいとことか。それに背高いからかっこいいなって思ってたんだよ。小学校の時も学校纏める会長やってたでしょ。あれを見ていて、憧れたのかな」
俺「お前、面と向かってそんな恥ずかしいことは言うなよ」
俺は顔から火が出るくらい恥ずかしかった
桜「翔が聞くから、答えただけ」
俺「それもそうだけどさ…」
桜「じゃあ、あたしと付き合って下さい」
俺「はい」
この日から俺と桜は付き合うことになった
翌日から予想通り、俺達の噂で学校中は持ちきりとなるが、人の噂も七十五日で、
二学期が始まってしまえば噂をする奴はほとんどいなくなった
こうして、喧嘩も多少しながらも順風満帆に関係は進んでいき、気付けば高校入学を目前に控えていた
〜出会いと告白〜
『完』
〜二人を繋ぐもの〜
4月入学式
俺は朝、初めて高校の制服に袖を通し、鏡の前で髪を整えて、家を出た
その際に、久しぶりに父親から声をかけられた
父「翔」
俺「うん?」
父「入学おめでとう。俺はいけんが、母さんがいくから」
俺「ああ、そうか。ありがとう」
父「くれぐれも問題は起こすなよ。恥かくのは親なんだからな」
俺「分かってるよ。耳にタコができるくらいその台詞聞いているから。じゃあ」
父「たくっ」
目に映る雪解けで濡れた道路。雪の隙間から見える川の流れ。屋根から滴る水滴。
北海道の桜はまだこの時期は咲くことはないけれど、春の匂いがした
駅の前に着くと、俺は桜が来るのを待っていた
入学する前の最後のデートの時に、一緒に学校に行こうと約束していたのだ
到着してから数分で桜が来た
桜「翔、ごめん。待った?」
俺「いや、今日は大丈夫。ギリギリだけど」
桜「え、嘘。厳しすぎるよ、翔の馬鹿」
俺「はは、嘘だよ。じゃあ行こう」
定期で改札を通し、満員の電車に揺られながら、学校の最寄り駅に到着
あの桜並木の通学路を通り、学校へと向かった
学校に着いて、玄関の扉を開けると、靴をいれる各学年とクラスのロッカーがあり、クラスの札の下にクラス分けの紙が貼られていた
俺と桜はA組から順に目を通す
H組まであり、各クラス40名だ
桜「あ、あたしの名前あった」
桜はE組に名前が書かれていて、俺の名前はなかった
桜「あーあー、翔とクラス違うのか…。寂しいな」
俺「可愛いこと言うなよな。抱きしめたくなるだろ」
桜「ここではダメ」
俺「わかってるよ馬鹿」
俺は結局G組だった
そのまま階段を上り、一年の教室は二階だった
E組の前で別れて、俺も自分のクラスの教室に入る
席は出席番号順で、10番だったので二列目の後ろの方だった
席について、周りを眺めるが中学の知り合いはいない
話す相手もなく、暇を持て余していたところ、声をかけてくれた一人の男子がいた
彼は裕也という名前で、高校からはかなり距離がある地域から来ていた
「はじめまして、裕也って言います。俺遠くから来てるんで、知り合いいないんですよ。名前聞いてもいいですか?」
いきなり話しかけられ、すこし戸惑うものの、すぐに笑顔になる
俺「翔です。結構近くから登校してきてるので、裕也君の地域とは遠いんだな」
裕「翔君か!カッコイイ名前で羨ましい」
俺「そんなことないよ」
裕「裕也なんて在り来たり過ぎて…」
俺「そんなことないさ。俺なんか名前負けしてるよ」
裕「ははは」
俺は入学早々、友達が出来た
裕也との関係はこの先も続いていくことになる
校内放送がかかり、新入生一同は体育館へ移動
一つの大きな体育館には後ろに保護者席、前には入学生が座る椅子が各クラス二列ずつで8つ同じものが並んでいて、
壇を前にして右には先生、左には来賓が座っていた
体育館の目の前で待機している俺達はアナウンスによりA組から入場だった
全クラスの生徒が席につくと、ありがたい話が続き、眠気が襲う
なんとなく左の方を向くと桜の姿があった
やっぱり真面目だからちゃんと静聴していた
そして、皆が待ち望んでいたクラスの担任が発表される
桜のクラスは英語の女性教師で、俺のクラスは筋骨隆々の体育教師だった
教室に戻り、担任の挨拶、そして土日を挟んで次の月曜日から二泊三日の研修旅行の説明が行われた
龍鳳高校ではこの研修は恒例で、どういう学校でどういう部活があるのか、
そして、どのような授業が行われるかなどといったオリエンテーションを主として行われるものだ
その日すべてが終わり、教室から出るが、母親はもういない
でも、これが俺の家庭では普通だった
E組の前に行くと、桜の母親がいた
中学の時、桜の家に遊びに行ったときに会っているので面識があった
若いし、仕事上見た目は派手なのですぐに分かる
俺「桜のお母さん」
桜母「あ、翔君。元気にしてた?」
俺「元気ですよ!」
桜母「桜追いかけて入学してくるとか、やるー」
俺「もう、からかわないでください」
桜母「これからも桜と仲良くしてやってね」
俺「はい」
桜の母親は笑いながら、俺に別れを告げて、帰っていった
桜には会わなくてもいいのかと疑問に思ったが、それを口に出すことはしなかった
桜が教室から出てきたので、そのまま一緒に学校を後にした
月曜日
俺達新入生一同は研修へと向かった
泊まるのは他の高校もよく利用する閉校となった研修専用の宿泊施設
主にオリエンテーションは体育館で行われ、その後は遊ぶだけで、夜に軽く授業があるだけだった
部屋は出席番号で区切られていて、同じ部屋になった人と親睦を深める
もちろん男女の部屋の行き来は禁止で、階を挟んで分けられていた
なので、桜と話せたのはオリエンテーションの合間だけだった
俺「桜」
桜「あ、翔。どう?楽しい?新しい友達出来た?」
俺「楽しいし、友達も出来たよ。桜は?」
桜「めちゃくちゃ楽しい。友達もたくさん出来たし」
俺「E組はなんか良いメンバー揃ってるよな。個性派もいれば、美男美女もいるし」
桜「美女はあたしでしょ?」
俺「自分で言うなよ」
桜「いいでしょー」
俺達の下に、裕也が来る
俺「おう、裕也」
裕「どもども。てか、ここでクラス委員とも決めるらしいぞ」
俺「マジか」
裕「翔は学級委員長やる?」
俺「立候補はしようと思う」
裕「マジか。そういう仕切り役だったの?」
俺「小中ではね」
ここで、裕也が桜に挨拶をした
裕「はじめまして、俺裕也って言います」
桜「あ、桜です。はじめまして」
裕「クラスは?」
桜「Eですよ」
裕「Eか!覚えたぞ」
俺「何興奮してるんだよ」
三人で話し終わった後、裕也に聞かれて当然のこと聞かれる
裕「桜ちゃんと翔はどういう関係なの?」
俺「付き合ってるよ」
裕「マジかよ。羨ましいわ…。普通にめっちゃ可愛いのな…。奪っていい?」
俺「ダメです」
そして夜
各クラスが別々の部屋で、話し合いが行われた
自己アピールやクラス委員を決める時間だ
俺は高い身長をネタにしてみたが、いまいちだった
その後の委員決めは結局、委員長に立候補したのは俺だけで、その時はいい反応を貰えた
こういう所は父親に似ているかと思うと、すこし気が悪かった
どうしても父親の良いところを見つけようとしても荒ばかりが目につく
だから、考えるのをずっとやめていたが、この時不意に考えてしまった
こうして、長いようで短かった研修は終わり、来週から平常授業が始まった
5月になると、桜は予言通り見事に花を咲かせ、美しく、風にのって舞い散っていた
それを桜と二人でゆっくりと眺めながら登下校していたんだ
夏になれば虫が出てきて、暑くなればなるほど蝉はうるさく鳴く
桜と二人でいった海で、水平線に沈んでいく太陽を眺めながら、浜風に当たっていた
そして、夏休みに入ると裕也と桜の友達を含めた4人でキャンプを行った
必ず焼く側と食べる側に分かれるバーベキュー
それが終わってからの花火は皆がはしゃいでいて、この時、裕也の今までにないくらいの楽しそうな顔をみた
いつもどこかお茶らけていて、お調子者の裕也だが、情に厚い最高の親友だった
寝むれずに川のそばで座っていると、テントから桜が出てきて俺の隣に腰を下ろした
桜「寝れないの?」
俺「ああ。熱帯夜で眠れたものじゃないよ」
桜「でも、ここら辺は比較的涼しいじゃない?」
俺「比較的にな。どちらにしろ俺には絶対的に暑い」
桜は俺の肩に寄り掛かる
それを抱きしめる俺
しばらくお互いに黙ったまま、川の流れる音を聞いていた
その後に二人でした線香花火は今年の夏の終わりを告げているようだった
二学期の秋
秋と言えば文化祭
その文化祭で裕也に桜をボーカルとして、一緒に有志でバンドを組まないかと話を持ちかけられた
俺は休み時間の間に桜を呼びだして全てを話すと、やってみたいと意欲を見せたので、そのことを裕也に報告
ボーカル桜、ギター裕也、ベースはG組の男子で、ドラムは俺
曲は桜が好きだったJUDY AND MARYの『Over Drive』を演奏することに決まった
少ない練習でやれることはやり、万全とはいかないないものの、それなりの形にしあげて俺達は体育館の舞台に立った
舞台上を強く照りつける灼熱のライトが温度を異常に上げていた
演奏が始まり、今までにみたことがないくらい全力で、そして、大声で桜は歌っていた
終わると、みんなで手を取り合い、上にあげ、観衆からは温かい喝采が送られた
文化祭が終わると、みんなで打ち上げに行き、バンドは有志限定だったので解散となった
大きなイベントが終わり、気付けば紅葉していた葉は落ち、裸になる木々
それは冬の到来の知らせ
気温も氷点下となり、雪が降っていた12月24日
この日は桜と6時からデートだった
俺はこの日の為に貯めていた貯金を下ろし、予め頼んでおいた商品を受け取るために6時になる1時間前にジュエリーショップへと向かった
そこで商品を受け取り、待ち合わせ場所に直行する
到着すると、すでに桜が待っていた
俺「あれ?今日は早いね。6時前なのに」
桜「いつも待たせているから、早めにきたの。今日はどこ連れて行ってくれるのかな?」
俺「ついてくれば分かるさ」
桜「じゃあ、手繋ごうよ。寒い」
俺「良いよ」
俺は冷たくなっていた桜の手を温めるようにやさしく握り、とある洋食屋に向かった
その洋食屋は人気があまりない通りの一画に位置していた
味や雰囲気は評判がよく、オシャレで、小さい時に一度だけ訪れたことがあった
俺「はい。到着」
桜「ここ?」
俺「そう。初めてだろ?来るの」
桜「うん。でも名前だけは聞いたことあるかな。有名だよね」
俺「らしいね。おいしいからさ」
桜「じゃあ、中に入ろう」
俺「うん」
中に入ると、クリスマスイヴなのか男女の二人組が目立っていた
若い女性のウェイトレスが出てきて、席に案内してくれた
厨房には店長の思われる白髭を生やした恰幅のいい中年が立っていた
メニューを開いて、互いに食べたいものを頼んだ
もちろんこの日は特別な日だから、すべて俺の奢り
料理が運ばれ、たまに窓辺を見ながら楽しい時はすぐに過ぎて行った
食事を終え、桜を送り届けるために電車に乗る
駅について、家に向かって歩きだしてから少し経って、俺は道中で桜を呼び止めた
俺「桜」
桜「うん?どうしたの?翔」
俺「渡したいものがあるんだよ」
桜「渡したいもの?何?」
俺は紙袋からリングの入った黒い箱を取り出して、桜に渡した
桜はゆっくりと蓋をあけて、中身を確認する
すると、すぐに驚きの表情に変わった
桜「え?これ何?」
俺「シルバーリングだけど」
桜「これ高かったんじゃないの?」
俺「いや。それにもう一個あるんだよね」
俺はもうひとつの箱を取って開けて見せた
桜「同じものが入っている。ペアーリング…?」
俺「ああ」
俺が買ったものは二つのリングがクロスしたデザインで、交差するリングは二人の想いという意味が込められているもの
内側にはお互いの名前が彫られている
桜「ありがとう…。ものすごく嬉しいよ…」
俺「もう付き合って3年以上経つからな。そろそろ形として表すのもいいかなって」
桜「そうだね。どうしよう…。嬉しいよ」
俺は桜の持っている箱を取り、中からリングを出した
俺「左手出して」
桜「はめてくれるの?」
俺「ああ」
俺は白く細い薬指にそれをはめた
桜「次あたし」
桜も同様に俺の左手の薬指にそれをはめた
俺「なんか変に満足してしまった」
桜「はは。新婚さんですね」
俺「そうだな。俺はまだ年齢的に結婚できないけど」
桜「現実的だなー。いいじゃん。もう結婚したことにしちゃおう」
俺「わかったよ。お嫁さん」
お互いにはめたリングの上に雪が落ちてきては、溶けて消えて行く
俺と桜は頭の上に積もる雪も気にすることなく、再び手をつないで歩きだした
クリスマスがすぎれば正月があっという間に来て、そして、学校が始まる
裕也とも冬休みには遊びにいったりしたが、なんせ距離があるため、なかなか会う機会がなかった
3月下旬までの2カ月もいつもと変わらず、平和に学校生活を過ごしていった
4月
俺も桜も裕也も、なんの問題もなく、進級して2年生になった
しかし、5月の初めにそれは突如としてやってきた
〜二人を繋ぐもの〜
『完』
〜夜の涙〜
2年になり、文系と理系でクラスが分かれた
事前に1年の終わりに自分で希望を出して、クラス分けされるのだ
AからDまでが文系クラスで、残りのEからHが理系クラスとなった
俺は理系でF、桜は文系でB、裕也も俺と同じく理系だった
だが、理科の選択が違った為、裕也はEでクラスが分かれてしまった
授業が始まると、1年とは違い、進むスピードも速くなり、それなりに要領よく勉強を
進めることが要求された
1年次の成績はそこそこで、下げないように縋りついていたが、2年になってからはすこし自信を喪失していた
そんな中、桜は要領がいい
そこが俺とは違う
そして、5月の初め
それは忘れることが出来ない、特別な金曜日のことだった
放課後いつものように桜とともに帰宅していると、いつもに増して真剣な顔の桜
桜「ねえ、今日このままうちに真っ直ぐきてくれないかな」
俺「え?別に構わないけど、大丈夫?お母さんは?」
桜「今日は早くから仕事でいないの。だから大丈夫。気にしないで」
俺「そうか。わかった。なら行こう」
桜のこの時の顔の陰には、哀しさが見え隠れしていた
桜も去年同様、綺麗に咲き、風が吹いては舞い散り、この年の桜は儚さ故の美しさを強く感じさせた
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