兄「ヤマネコケンってあれだろ。一万もらえる場所」
弟「そ。手ぶらで行って簡単な手続きするだけで、その場で一万円ゲット」
兄「うっさんくせええ話」
弟「でも、政府公認の施策だとさ。ウワサじゃ近々、全国民に義務化するとか何とか」
兄「ハァ? この国借金まみれなんだろ? なんで金ばらまきたがるんだか」
弟「まーそれについちゃネット新聞ニュースで散々グダグダ説明してるけど」
兄「オマエは行ったの?」
弟「いんや。近所のヤマネコケン、まだ地元のホームレスが集まってるし」
兄「はー、『全国民』ねぇ。で、そのヤマネコで手続きったって、何すんだよ」
弟「それがオレん友達、なんも教えてくれないの」
兄「はぁ? なんで」
弟「知らね。なんか全員クチそろえて」
弟「『行けば分かる』って」
弟「やべ。もうこんな時間」
兄「遅刻しやがれ留年しやがれ俺みたいになれ」
弟「嫌だよバカ。とっとと職探せタコ」
兄「あ? コラ」
弟「いってきまーす」
弟(んー……いちまん。一万かぁ)
弟(そろそろ小遣いヤバイし)
弟(今日あたりオレもヤマネコケンとやらに行ってみようかな)
犬「ワワワン!!」
弟「おお、びくった。今日はお前起きてんだな」
犬「ワウ! ワウン! ワン!!」
弟「今日は構ってるヒマねーの。じゃあな」
犬「ワンッ! フゥッ」
【教室】
弟「セーフ」
友「よう」
弟「よう。お、クツ変わってる」
友「すげーよく分かったな。すげーよお前、すげー気持ち悪い」
弟「いやお前のはボロ靴だったし」
友「でもそんなの普通誰も見らんだろ」
弟「ていうかお前そんなもん買う金あるんだったらジュース代返せよ」
友「おう忘れてた。いいぜ、今のオレすこーしリッチだからな」
弟「なんでさ」
友「やっと行ってきたんだよ。例の。あのー。あれだよ」
弟「ヤマネコケン」
友「ヤマネコケン! そこで一万もらってきたんだわ」
弟「あっそう。じゃ次の休み時間にとっととジュース代返せよ」
友「なにこいつ冷てぇ」
【休み時間】
弟「120円。120円」
友「チャイム鳴るなりがめつい奴」
弟「あるうちに返せ。そしてお前にはもう貸さねえ」
友「へーんだ今はオレの方が金持ってるもんねえ。……あー残念。細かいのないわ」
弟「ほんとか?」
友「マジだよ! ほら!」
弟「今日中に返してもらうから、ちゃんと昼休みに崩しとけよ」
友「このヤロー、オレも暇じゃねーんだよ。今度返すよ」
弟「いま返せ。あ、いや、じゃあ、分かった、金は返さなくていい」
友「マジで?」
弟「そのかわり、ヤマネコケンっつーとこで何すんのか教えてくれ」
友「えっ?」
弟「ヤマネコケンだよ。オレも近々、一万貰いにいくからさ。要領教えてくれよ」
友「ええー……何するって言われてもな」
弟「覚えてる分でいいから」
友「いや、普通にこう、なんか書いて、はい終わり、みたいな」
弟「何を書いたんだよ」
友「いや、普通のお役所手続きっていうか、名前とか、住所とか……」
弟「ホームレスも来てんのに、そんなの意味あんのか?」
友「知らねーよオレに聞くな。で、それ書いたら……ハイって封筒渡されて……」
弟「渡されて?」
友「渡されてって、それで終わりだよ。別に面白くも何もねーよ」
弟「建物の中どんなだった? 個室?」
友「ンなんいちいち覚えてねーよ。普通の役所みたいな感じだろ」
弟「はあ」
友「気になるんなら行けばいいだろ。行きゃ分かるって!」
弟「あそう。情報提供不十分だったからジュース代チャラはナシな」
友「えぇなんでだよ!!」
【昼休み】
弟(……ソッコー消えやがって、あいつちゃんと売店行ってんだろーな)
弟(……。今日の日直はイインチョか。あんまり話したことないけど……)
弟(だからこそ、はぐらかしたりウソついたりはせんだろ)
弟「あのー委員長」
委員長「!! な、なに?」
弟「委員長はもうヤマネコケン行った?」
委員長「ヤマ……? ああ、ヤマネコケン、うん、行ったけど?」
弟「そんとき、中どんな感じだった? 具体的に何したの?」
委員長「え? ええっと……普通だったよ」
弟「普通?」
委員長「うん。行けば分かるよ」
弟「あーやっぱ皆ソコはぐらかすんだな」
委員長「はぐらかすもなにも……別にホント大したことないし……」
弟(ふうん。イインチョが言うんなら、ホントに大したことないんかな……)
【放課後】
弟「おい」
友「ん、なんだ? アーッジュース忘れてた!」
弟「は? 昼休みどこ行ってたんだよ」
友「外で遊んでたわ! ちなみに昼飯食ってない」
弟「くたばれ。……あー、じゃあ一緒に飯でも食いに行こうぜ。今日部活ないだろお前」
友「なんで知ってんの!? お前もしかしてオレマニア!?」
弟「前に曜日教えたことも覚えてないのかアホ」
友「知るか。あー飯? 食いに行こうぜ、どっかいい場所ある?」
弟「ウチん近くの例のラーメン屋がいま割引やってる」
友「行こう行こう」
弟「お前いま金持ちなんだろ。何かおごれよ。ギョーザとか」
友「えっなに、お前が誘ってるんだよな。お前がおごってくれるんじゃねぇの?」
弟「何が『えっなに』だアホ。最低でもジュース代くらいは返してもらうからな」
友「あってめーそれが目的か!」
【外】
弟「あー。これ。ここ」
友「なんだよ。あー、ヤマネコね」
弟「ヤマネコケン。お前が入ったのもここ?」
友「いんや、別のとこ」
弟「ここと似てた?」
友「えー覚えてないわ。似てんじゃないの?」
弟「お前つい最近一万もらってきたんだろ」
友「だから何だよ、お前だっていちいち役所の建物とか覚えんだろ」
弟「そうだけど、昨日今日の出来事だったら記憶に残ってるもんじゃねーの?」
友「ま、どーでもいいじゃん。早くラーメン食いに行こうぜ」
弟「中で何やってんのかね」
友「だからただの書類手続きだけだって。気になるなら今ココ入ればいいじゃん。待つから」
弟「えっ。いやいい。まだ金あるし。ラーメン行こうぜ」
友「おお」
弟「はー食った食った」
友「てめぇ割引なんかやってなかったじゃねーか!」
弟「だからそれはもういいだろ。どうせ金持ってたんだし」
友「オレの……貴重な財産を! 最終的に240円も損した!」
弟「そのうち半分はもともと俺のだから」
友「違った280円の損だわ!」
弟「ところでさ」
友「なんだよ!」
弟「ほら。これ。ここ」
友「はぁー何だまだ言ってんのか。ヤマネコがどうしたんだよ」
弟「ヤマネコケン。少しはなんか思い出した?」
友「だからそんなのどうでもいいだろが! とっとと入りゃいいじゃねーか!」
弟「いや。今日は乗り気じゃないからいいや」
友「一体ヤマネコケンの何がお前を惹きつけちゃったんだよ……理解に苦しむわ」
弟「だって中で何してんのか気になるじゃん」
友「お前な、例えば住所変える時なんかも、役所に行く前にイチイチ同じこと言うわけ?」
弟「あ。オレこっちだから。またな」
友「あーもうよく分からん奴……」
犬「ワワワン! ワン!!」
友「おうわ!?」
弟「おお。ちょうど起きてたみたいだな。ってお前ビビリすぎだろ」
友「い、いきなり吼えられたら誰だってビビるわ! うわーこの……この犬ヤローめ」
弟「お前そんな犬苦手だったっけ?」
友「別に苦手じゃねえけど……ああーでも、何となく苦手って感じではあるわ」
弟「こりゃいいことを聞いた。わざわざお前を連れ出した価値はここにあったわけだ」
友「てめー何たくらんでやがる! あこら逃げんな」
弟「じゃーなーまた明日ー」
【家】
弟「ただいまー。オカエリー」
弟(兄貴今日はバイトの日だったか)
弟(……)
弟(ヤマネコケンねぇ。深く考えすぎか?)
ピッ カタカタカタカタ ウィーーーーン
弟(ネットで口コミ的な下調べしようにも……)カタカタ
弟(ほら。ほとんど話題にも挙がってないんだよなー、とっくに旬過ぎてて)
弟(……なんかヤマネコケン行ってない奴は情弱扱いされてる始末だし)
弟(行けば分かる。行けば分かる……ってまともな回答もこれしかねえし)
弟(公式ページも、政令のコピペと能書きと……お役所マップと不十分な手続き案内……だけ)
弟(だけ? って……別にこれでも十分か? やっぱ考えすぎ?)
弟(オレがおかしいのか? それともヤマネコケンが?)
弟(『おかしい』?)
弟(オレは、このヤマネコケンが『おかしい』って考えてるのか……?)
【バイト先】
兄「……おっこんな時間。すいませーん」
社員「ん? あー時間ね。カード切ったらアガっていいよ」
兄「うす」
ピー ピッ
兄「最近ヒマっすね」
社員「んん。なんかこの間からウチの……というか業界全体の売り上げ落ちてきちゃってね」
兄「もういまどき流行んないすかね」
社員「さぁねえ。このままいくと、もしかしたらココもたたむことになるかもしれんね」
兄「えっまじすか」
社員「いや、もしかしたらだよ。まだ先の話。でも君は早く定職に就いた方がいいかもね」
兄「あー……そうっすね……。あっじゃ、お疲れ様っす」
社員「はいお疲れー」
バタン
<原付>
ブロロロロロロrrrrrr――
兄(ふう)
兄(この分じゃ今月分もまた給料下がりそうだな)
兄(早いうちに職見つけろったってなぁ……)
兄(俺みたいなクズ雇ってくれるとこなんてどこにも……)
兄(!)
兄(くそが、信号運ついてねえな)
ブルルル
兄(ん? あれは……何とか拳……ヤマネコケンか)
兄(こんなとこにも建てられてんのか。一万吐いたら用済みのスポットが)
兄(そんなんに税金使うくらいなら俺にくれって言いてーわ。あ、くれんのか。いちまん)
兄(どうせ義務化? とかされるんなら今日のうちに行っとくか? 軍資金たくわえに)
兄(おっと青。いっか今日は。スカンピンになったとき頼りゃいいや)
ブロロロロロロrrrrrr――
【雀荘】
メンバー「いらっしゃいませー」
兄「どーも」
メンバー「ただいま南入中です。お飲み物は?」
兄「アイスありありで」
メンバー「はい。アイスありあり入りましたー……どうぞ」
兄「あんがと。今夜は賑わってるね」
メンバー「ええ。近くにヤマネコケンができた影響もあるんでしょうね」
兄「あぁ、やっぱアレ最近できたんだ。もう行ったの?」
メンバー「はい、昨日さっさと一万円貰いに行きましたよ」
兄「ふうん、中どんなだった? 面倒くさかった?」
メンバー「いえ、簡単な手続きで済みました。行けばすぐ分かりますよ」
兄「そうかい。ギャンブルやる連中にはありがたいボーナスだろうな」
メンバー「まぁ大抵の人はその日のうちに溶かしちゃいますけどねぇ、はは。あっ卓ご案内です」
兄「はーいよ」
【雀卓】
兄「ロン。マンガン」
下家「あら。2チャと3チャ入れ替わったか」
上家「ラストー」
ジャラジャラジャラジャラ
対面「これで3ラス目だわ。そろそろフトコロ冷えてきた」
上家「一万円も使い果たしましたかい?」
対面「なんの話だい?」
下家「おたくヤマネコケンって知らんの?」
対面「なんだいそりゃ。――へえ、ただで一万もらえるの」
下家「誰でもオーケーよ。24時間開いてるから、これ終わってからでも行ってきたら?」
兄「……時間、いつでも開いてんすか? ヤマネコケン」
上家「そうよ。何か知らんけどココと同じ24時間営業。はは。お兄さんもまだ?」
兄「はぁ。今度行こうかと」
下家「もらえるうちにもらっとき。はいじゃ次いこ、点棒もどしてもどして」
兄(……フツーそんな公的施設? って時間に厳しいもんじゃねーの?)
兄(しかもいつも金を扱ってんだろ? 夜に強盗なんか入ってきたらどうすんだ?)
兄(いや、それ言うならコンビニなんかも同じか……)
下家「番だよ」
兄「あ、すんません。その牌チェックで……」
兄(くそ、ぼーっとしてた。あれをチェック牌にしちゃったなら方針変えるか) コト
対面「ロン! さんまんにせん!!」
兄「!?」
上家「うひょー危ない」
下家「ただの染めと思ったら、その色全部アタリかあ」
対面「は、初めてこんなのアガった!」
兄「……はー」
兄(ついてねー。マジついてねぇ。てか今ので一気に手持ちがやべえ)
兄(俺もやっぱ今日の帰りにでも寄ってくか。一万もらいに)
兄(例のなんちゃらケンに)
完全に投下時間ミスったわ流れはええ
書き溜めがないんで落ちたらSS速報で
【ヤマネコケン入口】
兄「着いた。よっと」
ブルルrrrrブルン
兄(無駄にでけえ。マジで何のためにあんのか分かんねえ)
兄(でも見かけはただのヤクショっぽいな)
兄(電気……ついてんな。中に誰かいんのか?)
兄(入り口はあのドアか)
コンコン ガチャ
兄「すいませーん」
兄「……すいませーん」
兄「誰もいねえ。どうゆうこっちゃ……ん?」
[ こちらの用紙に身元証明の記入をお願いします ]
兄(あーなるほど。電光掲示板か。無人用? の)
兄(まだ先にドアがあるな。あとで奥に入らないかんのか? 面倒くせえな)
兄(はっ、横長の待ちソファー? 並ぶやつとかいんのか?)
兄(さてとっとと記入記入)
兄(お。ペン立てがある。朱肉も下敷きマットもある。このへん普通っぽい)
兄(記入欄は……名前・住所・連絡先……備考欄)
兄(備考欄……噛み砕くと『家持ってるか持ってないか』ってな欄がある)
兄(ホームレスはここにマークしていくんか。なんだ、結局人口調査的なアレか)
兄(げっ印鑑いるのか。あ、拇印でもいいのか。まぁそりゃそーか)
兄(……)
兄(はいできあがり) ぴっ
兄(これどこに置きゃいい……あ、あった投函ボックス) ぽいっ
[ 次の部屋にお進みください ]
兄(掲示板のメッセージが変わった。用紙入れたら反応するシステムか?)
兄(全く、くだらねーとこはよくできてやがる……)
ガチャ
兄(!)
兄(これは……)
兄(また似たような部屋か?)
兄(誰もいねえ)
兄(んで、まーた電光掲示板かよ)
[ 現金の受領に必要な書類にご記入をお願いします ]
兄(で。また記入用紙紙とドア)
兄「……」
兄(次のドア、開いてんかね)
兄「……」
ガチャ
兄「!!」
兄(開いてやがんの! 馬鹿らし!!)
兄(しかも……また似たような部屋が待ってんじゃん! なんだこれ!)
兄「……」
兄「やめだ」
兄(面倒くせえ。一気にやる気失せた)
兄(誰もいねーし……昼間は誰かいんのか?)
兄(もういいや今日は。せっかく最初の部屋でめんどくさい記入したけど)
兄(もっと簡単にぱっぱ終わるもんだと思ってたぜ。今の俺はちょいイラついてて眠いんだよ)
兄(もう帰るわボケ)
【外】
兄(あーくそ時間損した。今日寄るんじゃなかったな)
兄(帰ってとっととメシ食って風呂入って寝るか)
ガチャン ブルルルルル ブロロロロロrrrrrr
【家】
兄「よう。ただいま」
弟「おー。ちょっと聞いてくれよ、ちょっとやべーかも」
兄「なんだよ」
弟「『ヤマネコケン』ってさ、中がどうなってんのか分かんねーんだよ」
兄「ああ?」
弟「誰も詳しく教えてくれねーの。マジで誰も。どうでもいいことなのに。不自然すぎ」
兄「はぁ? ンなもん今日行ってきたわ」
弟「えっ?」
兄「なんか誰もいねーの。似たような部屋が延々続いてんの」
弟「あ、マジかよ。ネットでそんな情報チラっとあったわ、完ぺき無視されてたけど。で?」
兄「で? って後は知らんわ。途中でめんどくさくなって帰ってきた」
弟「は? じゃあ一万もらってきてねーの?」
兄「ねーよタコ。今日は疲れてんだよ、どけ風呂入る」
弟「……ふーん」
弟「なあ」
兄「ああ? んだよコラ」
弟「ちょっと詳しく頼むわ、ヤマネコケンの件」
兄「くっだらねぇ帰れ」
弟「いや偶然ダジャレになったけどさ、ちょっと詳しく聞きてんだよ」
兄「今日がゲンが悪いし明日もはええんだよ」
弟「いやーそこんとこどうしても頼む」
兄「るせえなタコ」
弟「頼む。今週の家事当番、全部やっから」
兄「マジで? や、気持ちわりぃわ、何なのお前」
弟「いやー気になんだよ」
兄「はーバカじゃね?」
弟「いーから。部屋の中ってどうなってたん?」
兄「はぁ? 部屋? なんか電光掲示板みたいなのがあって――」
弟「ふんん。それで?」
弟「――それマジ?」
兄「はぁ? 何度も同じことほざいてんじゃねーボケ」
弟「超うっさんくせええじゃん。何かの詐欺じゃね?」
兄「知るか」
弟「そんな特殊な構造になってんなら何で話題に上がんねーの?」
弟「そもそもそんな単発手続きの施設が、そこらに乱立してんのもおかしいし」
弟「ていうかそんな大金扱ってんなら誰かいろよ」
兄「知るか俺に聞くなタコ」
弟「実はネットで気になってんだけどさ」
弟「大手企業の社長やセレブの著名人にとっちゃさ、一万なんてはした金じゃん?」
弟「でもそいつらも、わざわざ手続きしに行く傾向があるみたいなんよ」
弟「なんか行かないと流行に遅れるって言うか……恥っていうか……」
弟「ヤマネコで手続き済ますのが一種のステータスになってる……ぽいんだよ」
弟「その影響もあって要するに……ものすごい勢いで広まってる、みたいな」
兄「うざってぇなー。何が言いてえんだよ」
弟「……」
兄「広まってて何がおかしいんだよ。どうせアレ、義務化? されるんだろ」
弟「……うん」
兄「千札五千札だってあっちゅー間にキャラ替えしたろ? それと似たようなもんだろうが」
弟「いやそれとこれとは別モンだろ」
兄「あーもーどーでもいい。もう俺は寝るわ。あともうなんかないな」
弟「ある。犬」
兄「あ?」
弟「最近、少し犬が苦手になった奴が増えた」
兄「……あ?」
弟「そんだけ。もうオレも何言ってんのか分かんね。寝るわ。おやす」
兄「おう」
バタン
兄(……あー。道理でウチの職場ピンチになってるわけか。ま、オレにゃどーしよーもねーけど)
【学校】
弟「よう」
友「よう。ヤマネコケンどうだった? 愛しのヤマネコちゃんは」
弟「あ? まだ行ってねーよ」
友「かーっ、お前そのうちネタにされるぜ」
弟「なんでだよ」
友「『こいつまだヤマネコ行ってねえええwwww』とか」
弟「どういう理屈だよ、脳みそ溶けてんじゃねーのそんなんほざく奴」
友「多分アレだ、いまどきケータイ持ってない男子的な」
弟「くだらねー」
友「いやそうは言うけどよ。実際お前、一万もらえるチャンス残してる訳じゃん?」
弟「あーなるほど。カツアゲなんかの的にはなるかもな」
友「それ。早めにちゃっちゃと回収してたがいーぜ」
弟「ご忠告どううも」
弟「……」
友「~♪」
弟「お前ってさ。今までなんか、金さえ払えば何でも話してくれたよな」
友「何だよいきなり人を乞食扱いしやがって」
弟「いや。何でヤマネコケンの中のこと、教えてくれないんかねえ」
友「はああ? まーだコイツ。あのな、オレにとっちゃとっくに済んだ話題なんだよ」
パチン
友「!?」
弟「500円。玉。で手を打てよ。教えろ」
友「えっ」
弟「今までのお前なら、この額で心が動かなかったことはないはずだろ?」
友「えっ……いや。お前、どうしたんだよ」
弟「は?」
友「なんでそこまで必死になんだよ。たかだか役所で金もらいに行くだけの話だろが」
友「はは、ちょっとおかしいんじゃねーのお前!」
弟「……いや、お前こそ真に受けてんじゃねーよ」
友「何ぃ」
弟「せっかくこの500円に飛びついてたら、新しいネタが誕生してたんだけどなーあ」
友「はぁ? てめーオレをからかいやがって!」
弟「ところで話ゃ変わるけど。あこれは回収しとこう」
友「ああやっぱり欲しかった500円!」
弟「小坊のとき、オレらで初めて読んだエロ本のタイトル――アレなんだったっけ」
友「話変わりすぎだろ!」
弟「いやー最近それに似た本売ってんの見つけたんだけど。思い出に買おっかなーて」
友「マジで? マジで??」
弟「タイトルなんだったっけ? タイトルは――」
友「『脱ぎ脱ぎオーダー』! 『脱ぎ脱ぎオーダー』だよ!」
弟「ああ、ああっ、それそれ。そんなんだった。でも残念、違うっぽかったわー残念」
友「NOooo!!」
弟(うん……多分こいつ、間違いなくオレの知ってるダチだわ。間違いなく……多分……)
弟「委員長」
委員長「!! な、なに?」
弟「委員長は一万円、何に使ったの?」
委員長「えっ? ……え、ええと……服とか……」
弟「服? 制服以外の委員長とかイメージできねー」
委員長「別に大した服じゃ……」
弟「あっ、ところでさ」
委員長「なに?」
弟「ヤマネコケンってずっと変な部屋続いてたよなー。なんだったんだアレ」
委員長「えっ、もうお金もらってきたの?」
弟「昨日ちょっとね。あんなヘンテコな場所だったんなら、昨日教えてくれても良かったじゃん」
委員長「え……と。ごめんなさい……」
弟「ああいや、そういうんじゃなくてさ。なんで教えてくれなかったのかなーって」
委員長「え……と。あはは、何でだろ。うん……ごめんなさい……」
【放課後】
弟「……なぁ」
友「今度はなんだよ」
弟「お前ってさ。最近なんか変わった?」
友「あ、分かる? この靴買ってからさー、見ろ! この軽快な足取り」
弟「一万もらってからさ、なんか変わったことある?」
友「だからこの軽快な」
弟「足取り以外で。できたらマジで答え欲しいんだけど」
友「はー。いい加減オレもうんざりだぜ? どうせまたヤマネコ絡みだろ!?」
弟「は? 誰もそんなこと言ってねーけど? ってかごまかさねーで答えろよ」
友「べっっつにぃ? なーんも変わってないけど?」
弟「犬嫌いになった」
友「あー? 犬? まさかこの間の? ありゃ不意打ちでビビっただけだって!」
弟「お前、ていうかお前、犬好きだったろ? なんで急に苦手になったんだよ」
友「別に急にじゃねーけど……そうだな……何となく苦手になってんな。なんでだろな」
【帰路】
弟「……」
弟(……気になる点二つ)
弟(一つ目。誰もヤマネコん中の手続きについて詳しく教えてくれないこと)
弟(誰もだ。周りの奴らも、ネットの奴らも。はぐらかし、ひた隠し、無関心)
弟(その実は似たような部屋が続いての手続き? そんなん役所じゃなくても聞いたことねー)
弟(二つ目。犬が苦手になる)
弟(アイツは間違いなく犬派だった。長い付き合いだから、ヘンだと思うのはオレだけだ)
弟(それにネットでも、調べたらやっぱり犬派が敬遠され始めてるぽい)
弟(別に、急に猫派が増えたっつー訳でもなく)
弟(……で。それだけ)
弟(ヤマネコについて詳しく話さない、犬が苦手になる。それだけ)
弟(あとはなんにも変わんねえ。びっくりするくらい何も変わんねえ)
弟(あんまり変わんねえもんだから、オレがおかしいんじゃないのって錯覚しちまう)
弟(あーくそ。思考停止に逃げてしまいてえ)
【家】
弟「ただいま……」
弟(……今日も兄貴バイトだったか)
弟(今日あたり行ってるんだろうな。一万もらいに)
弟「……」
弟(お。皿洗ってある。夕飯の準備も)
弟(今週オレがやるっつったのに)
弟(あーでも寝ぼけてたから多分忘れてたな)
弟(でも兄貴は変なとこで気持ち悪いからな……気持ち悪い気遣い……)
弟(……)
弟(一応)
弟(メール送っとくか)
弟「……」
弟「送信。と」
弟「ふう。なんなんだよ。くそ」
<メール>
弟<もうヤマネコケン行ったん?>
兄<いまから入るとこ>
弟<よかったら中、写メって送って>
兄<撮影禁止。罰金とか。めんどくさい>
弟<部屋、入るごとにメールして>
兄<部屋ん中圏外。いちいち外出るのめんどくさい>
弟<じゃあ帰ってきたら詳しく教えて。絶対教えて。
オレ、この件じゃ兄貴しか頼れないんだわ。すまん頼む>
兄<わかった>
弟「……」
弟「お。また返信きた」
兄<まかせろ>
弟「……」
弟「お。また」
兄<最初の部屋。やっぱ人いない。身元証明とかの用紙。
昨日せっかく書いたのリセットされてるっぽい。
内容は昨日話したのと一緒>
弟(はは。いちいち外に出るのめんどくさいんじゃなかったのか)
兄<次の部屋。やっぱ人いない。金もらうのに必要な書類らしい。
なんかサインだけでオッケーだった>
兄<次。人いない。何か政治関係の宣伝とか。
パンフみたいなの取るだけでいい。はよいちまんよこせ>
弟(パンフ……? ま、一万やるから宣伝させろってことで辻褄合うか? それとも無理矢理?)
兄<次。ちょっと大事。代理関係。まだ一万もらってない人限定。
けがとか病気とか、どうしても自分のアシでこれない人の代理に、一万多くもらえる。
もらっとくか? ただし身分証明とか厳しい>
弟(代理。自分のアシでこれない人の代理……果たしておかしいのかコレ……?)
弟(代理……まぁ誰にでも一万貰える権利はあるけど……不自然さを隠す迷彩にも見えなくはないし)
弟(何よりケガや病気の人って、なんつーか……後でどうにでもなるような人たち?)
弟(いやどうにでもなるって何がだよ意味分かんねえ。とりあえずメール送るか)
弟<めんどくさいんならいい。ていうかもう一万もらえなくてよくn
弟「……」
弟(せっかく調べてもらってんのに、水差すようなことは書けねーわな)
弟<めんどくさいんならいい。代理はいい>
兄<了解>
弟「……」
弟「……遅いな。お」
兄<つぎでさいごっぽい。あとドアあけるだけ。とりあえずはいるぜ>
弟「!!」
弟<ちょっと待って待って。そこ何があんの?>
弟「……」
弟「……」
弟「…………」
弟「また雀荘にでも行ってんのかねー」
弟「……」
弟「……」
弟「くっだらね」 ポイッ
弟「ネットでネタ探すか」
ピッ カタカタカタカタ ウィーーーーン
弟「……」
弟「……」
弟「…………あ」
弟「マナーモード消してたかな」
弟「……」
弟「お。返信」
兄<たいしたことなかった。くだらねえ。雀荘行く>
弟「……」
弟「たいしたことなかった?」
弟<たいしたことなかったって?>
弟「……」
弟「……」
弟「ちっ。まただんまりかよ」
弟「どうなってんだよ。たく」
弟「……――」
【深夜】
兄「ただいぁー」
弟「! ……おかえり」
兄「話は明日。今日超ボロ負け。イラついてんだよ」
弟「ヤマネコケン」
兄「あ?」
弟「ヤマネコケンはどうだったんだよ」
兄「あ? 大したことなかった。以上」
弟「またそれか。なぁ、今回はマジで頼むわ」
兄「じゃ俺も、今回はマジで勘弁だわ。どけ風呂入る」
弟「中に何があったんだよ」
兄「どけ。知るか」
弟「おい」 兄「あ?」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
兄「!?」
弟「オモチャだよ」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
兄「お前それやめろ」
弟「なに? ビビってんの?」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
兄「やめろ」
弟「なんで? 聞き慣れたもんじゃねーの? だってこれ」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
弟「兄貴のバイト先で造ってるもんなんだしさ」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
兄「やめろ。消せ」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
兄「消してくれ」
弟「……」
<ワワワン! ワ>ポチッ
弟「ヤマネコケンってなに」
弟「一番奥のドアの先さ。何があった?」
兄「……さぁ」
兄「……行けば分かる……」
弟「行けば分かる? 本当は自分も分かってないじゃね?」
兄「……」
弟「ねえ。『何された』の?」
兄「……」
弟「それともさ。変な言い方になるけどさ」
兄「……」
弟「アンタさ」
弟「俺の兄貴なの?」
兄「……」
兄「…………」
兄「くだらね」
弟「!」
兄「厨二病こじらせんのも大概にしとけ。俺は今日疲れてんだよ」
弟「……」
弟「明日になったら話す? ヤマネコのこと」
兄「いや。明日も、明後日も、この先ずっと無理だな」
弟「なんで?」
兄「分かんねぇ」
弟「いまさらそれが通ると思ってんの?」
兄「知るか。分かんねーもんは分かんねーんだよ」
弟「あんなにメール送ってくれたのにどうして話せない」
兄「うるせえなあ。そんなに気になるんだったら、自分の目で確かめりゃいいじゃねーか」
弟「だからそれじゃ振り出しに戻っちまうだろ」
兄「この話はやめやめ。もう俺には済んだことなんだよ」
弟「オレには済んでねーよ。オイ待て、待てって!」 バタン
弟(おかしい。異常だ)
弟(兄貴が。兄貴まであんなになるのは)
弟(一体何をされたんだ。別人になったかのようだ)
弟(いやあるいは別人に。別人に)
バタン
弟「 ハァ ハァ 」
弟(もう確定的だ)
弟(ヤマネコケンはやばい)
弟(一万の金で釣って、誰かが、なんかしようとしてる)
弟(しかもここまで日常に介入して。自然にみえるように手を凝らして)
弟(どうなるんだ。このまま、もし国民全員がヤマネコケンに入ったら)
弟(いや全員じゃなくても、ある程度の人数が……まとまった人数がそろったら)
弟(ヤマネコケンに入ってない連中はどうなってしまうんだ? オレはどうなる?)
弟(でももう、どうしようも。どうしようも)
ガチャ
兄「よう」
弟「!!」
兄「風呂。空 い た ぞ」
弟「!?」
兄「あ? どした? 顔が真っ青じゃねえか」
弟「い。いや。分かった。後で入る」
兄「あ? おい、どこ行くんだよ」
弟「ちょっと外で頭冷やしてくる」
バタン
弟「ハァ ハァ 」
弟(やばい)
弟(味方がいねえ。みんな一万もらっちまってる。誰か。誰かいないか)
弟(誰か――)
弟「!!」
犬「クウウン」
弟「いつもんとこにいる犬か」
犬「クウン」
弟「お前」
弟「首輪どうした」
犬「クウン」
弟「そっか。野良になったか」
弟「よし。こっちこい」
弟「……」
弟「犬か」
弟「……」
弟「よしお前」
弟「ついてこい」
犬「ハッハッハッ」
弟「行くぞ。ヤマネコケン」
【ヤマネコケン】
弟「……」
犬「……」
弟「『ペット立ち入り厳禁』」
弟「関係ねえ」
弟「行くぞ」
犬「キュウウン。クウン」
弟「ダメか! お前ダメなのか!」
弟「お前連れてきた意味ねーじゃん!」
犬「クウン……」
弟「はは。よしよし」
弟「なんかお前のおかげで、逆に変な勇気わいてきたぜ」
弟「もういいヤケクソだ」
弟「お前はここで待ってろ」
弟「オレ一人で行く」
眠れなかった人ごめんなさい
そして自分もいま猛烈に眠い
ガチャ
弟「最初の部屋」
弟「……へえ。こんなところか」
弟「電光掲示板ってのはアレか。で用紙がこれと」
弟「身元証明……はっ。何が身元証明だよ。こんなん何の意味もねえ」
弟「ホームレスもアリで拇印でいいなら、海外から来放題じゃねーか」
弟「次の部屋だ」
ガチャ
弟「受領証明? モノもねーのにいきなり受領にサインを強要かよ」
弟「常識的に考えたら順番めちゃくちゃだろうに」
ガチャ
弟「で、政治関係のパンフね。普通これが最初だ。アピールするなら第一印象にだろ」
弟「そしてここらで真意が図れる。出口までの距離稼ぎだわ。何のために?」
弟「一体何が奥に待っているんだかね」
ガチャ
弟「そして代理。今にして思えば無理気味な尺伸ばしもいいとこだな」
弟「代理が可能だったら、いっくらでも悪用できるじゃん」
弟「書類審査する人間もいないのに、ホームレスの代理とかどうすんだよ。あと外国人」
弟「で。この時点で結構奥に入ってしまってるけど」
弟「まだドアがある」
弟「……」
ガチャ
弟「のぞくだけ!」
弟「……!!」
弟「……」
弟「短い通路」
弟「すぐ突き当たりにあるのが」
弟「さいごのドア」
弟「……」
弟「さいごのドアか……」
弟「通路に」
弟「入ってみるか」
弟「……」
弟「このドアが」
弟「さいごのドア」
弟「ここ開けたら多分」
弟「引き返せないんだろうな」
弟「でもここ開けたら一万円もらえるし」
弟「どうせ全国民に義務化されてしまうんだし」
弟「もういろいろ考えるの面倒くさくなってきたし」
弟「もうオレも皆の仲間入りしていっか。いいの? オレ?」
弟「ちょっと待てないか? いや待ったところで何すりゃいいの?」
弟「そうだ。このドア、鍵穴がついてる。こっからちょっと覗いてみるか」
弟「一応これ見てから中に入ろう。そうしよう。何か見えるかな。何か――」
ポチッ
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
弟「!?」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
弟「あ」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
弟「びびった」
<ワワワン! ワ>ポチッ
弟「ふうう」
弟「この土壇場で……」
「ワワワン! ワン! ワワン!!」
弟「!?」
「ワン! ワン!!」
弟「こっちは本物の声だ」
弟「入り口に置いてきた犬! 入ってきとる!」
犬「ワン!」
弟「おー、もうここまできやがった」
犬「ワン! わふっ!! ワンワン!!」
弟「あーこいつ、多分さっきのわんこボイスに反応しやがったんだ」
弟「よっしゃ」
ポチッ
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
犬「ワンワン! ワン! ワン!」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
犬「ワンワン! ワワン! ワワワワウン!!」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
弟「わんわんお!」
犬「ワンワン! ワワン! ワン!」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
弟「よっしゃノってきた! 準備はいいか! 開けるぜ!!」
犬「ワワン! ワン!」
弟「オラッ!!」
ガ チ ャ
弟「!!」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
犬「ワンワン! ワワン! ワワワワウン!!」
<ワワワン! ワン! ワワン!!>
弟「うるさい」
<ワワワン! ワ>ポチッ
犬「ワン! わふっ」
弟「……」
弟「どうなってんだこりゃ」
犬「わふっ。ふすっ」
弟「ヤマネコケンの――」
弟「反対側に出ちまった。外じゃねーか」
弟「さっきの通路は?」
弟「あれっ」
弟「無え。どこいった。ねえ」
弟「ヤマネコケンが。消えちまった」
弟「おい消えたぞ、犬」
犬「わふっ。クウン」
弟「いや、確かにココあったよなあ。なんか建物」
弟「夢みてーだ。きれいさっぱり消えちまった」
弟(……)
弟(もし)
弟(この世にあるヤマネコケンを)
弟(こうやって全部消滅させていったら――)
弟「よし、犬」
弟「とりあえずメシおごってやる。あんまり金ねーけど。ついてこい!」
犬「ワン!」
END
ごめんなさいもう限界です寝ますおやすみ
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