老人「わしを弟子にしてくれんか!?」少女「へ?」(116)

あるさびれた剣術道場──

少女「ねぇお父さん! お父さんもチラシ配り手伝ってよ!」

少女「いっぱい宣伝して、入門してくれる人を見つけないと!」

剣士「あのなぁバカ娘、剣術なんつうもんは人にいわれて始めるもんじゃねえんだ」

剣士「こうやって腰をどっしり据えて、入門したい奴を待ってりゃいいんだよ」グビッ

少女「腰を……って寝てるじゃない! しかもまたお酒飲んでるし!」

少女「この間も久しぶりに入門希望者が来たのに、すぐ辞めさせちゃったし……」

剣士「一発ブン殴ったぐらいで逃げ出すような奴は、俺の弟子にはいらん」グビッ

剣士「なんたって人を殺す技術を教えるわけだからな」

少女「あ~もう! こんなんだから、お母さんに逃げられるんだよ!」

少女「じゃああたしだけで、行ってくるから!」

剣士「あいよ~」グビッ

近くの町──

少女「──ったく、もう……」ブツブツ

少女「ん?」



チンピラ「てめぇジジイ! んな棒切れ持って、どうする気だってんだ!?」

老人「わ、わしと勝負せい!」

チンピラ「ハァ、ボケてんのか? いいぜ、かかって来いよ」

老人「ほりゃあっ!」ブンッ

チンピラ「当たるかよ!」ヒョイッ

老人(や、やはり……衰えておる。いかんな、このままでは──!)

チンピラ「次はこっちの番だなぁ、ジジイ!」ガシッ

老人「好きにせい……じゃが、死なん程度に頼む……」

チンピラ「上等だっ!」



少女「ちょっと待って!」

少女「アンタ、若いくせにそんなおじいさんいじめて恥ずかしくないの!?」

チンピラ「ハァ? うっせぇ、引っ込んでやがれ!」

少女「おじいさん、この棒借りるね」パッ

老人「あ」

チンピラ「小娘、まさかお前が俺の相手するってか?」

少女「ううん、しないよ」

チンピラ「あ?」

少女「だってアンタじゃ、相手になんないし」

チンピラ「ンだと──」

ビュビュビュッ!

チンピラ「うっ……」

少女「今の三連撃、もし当ててたら自分がどうなってたかくらい分かるよね?」

チンピラ「は、はい……」ゴクッ

少女「じゃあ次にいうべきセリフも分かるよね?」

チンピラ「お、覚えてやがれっ!」ダダダッ

少女「よくできました~」

少女「おじいさん、怪我はなかった? はい、棒返すね」スッ

少女(さぁて、今日はどこでチラシ配ろっかな~)クルッ

老人「待ってくれんか!」

少女「ん?」

少女(もしかしてお礼くれんの!?)

少女(まいったなぁ~、お礼目当てで助けたわけじゃないんだけど)

少女(でもくれるっていうんだからもらわないと、おじいさんにも悪いし)

少女(来るものは拒まず、なんていうしねぇ)

老人「わしを……わしを弟子にしてくれんか!?」

少女「へ?」

少女「そんなこと、急にいわれても……」

老人「お願いじゃ! 一生のお願いじゃ!」ズザッ

少女「で、でも……」

老人「どうかわしを弟子に……!」

少女(う~ん、まいったなぁ)

少女(こんなおじいさんが、お父さんの猛稽古に耐えられるわけない)

少女(でも、こんなに頼まれて断るわけにも……ねぇ)

少女「おじいさん、弟子にするかは分からないけど……とりあえずついてきてくれる?」

老人「おお……ありがとう!」

剣術道場──

少女「ただいま~」

剣士「おう、ずいぶん早かったじゃねえか」

少女「あのさ、お父さん」

剣士「なんだ?」

少女「弟子になりたいって人を連れてきたんだけど……」

剣士「弟子にねぇ……どんな奴だ?」

少女「え~とねぇ……」

少女「あたしよりかなり年上」

剣士「かなり……ってことはもう成人か」

少女「でね、お父さんよりもかなり年上」

剣士「……なんだそりゃ」

剣士「ふぅ~ん、門下生になりたいってのはアンタか」

老人「わしを……強くしてほしいんじゃ!」

少女「お父さん……ダメかなぁ?」

剣士「金さえ払ってくれるんなら、だれだって入れてやるよ」

剣士「悪党だろうが聖者だろうが、ジジイだろうが……な」

剣士「だがよ、突然やってきた年寄りを歓迎するほど無用心でもねえつもりだ」

剣士「あとになってわけ分からん事件とかに巻き込まれるのもゴメンだ」

剣士「入門の動機くらいは、きっちり話してもらおうか」

老人「分かった……全てを話そう」

老人「わしが入門を希望する理由は……仇討ちなんじゃ」

少女「おじいさん……だれかを殺されたの?」

老人「わしは……盗賊に妹を殺されたんじゃ」

少女「妹さんを……!?」

老人「うむ……」

老人「奴は盗みはやるが、殺しはしない、というふざけたポリシーを持った盗賊でな」

老人「ある日の夜、わしの家に侵入してきたのじゃ」

老人「そして、妹に出くわし──突き飛ばしたのじゃ」

老人「盗賊はまさか突き飛ばしたくらいで死ぬとは思ってなかったんじゃろうが」

老人「結局、その時頭を打ったのが原因で妹は帰らぬ人となった……」

剣士「…………」

少女「そんな……」

老人「わしは血眼になって、盗賊の行方を探した」

老人「するとどうじゃ!」

老人「奴は盗賊時代の元手で実業者として成功し──」

老人「数々の慈善事業を行い、人々から慕われるようになっておった!」

老人「盗人猛々しいとはまさにこのことじゃ!」

老人「とはいえ、ああなってしまっては、もはや公に糾弾することはかなわぬ」

老人「だからわしは……密かに奴に果たし合いを申し込んだのじゃ!」

老人「果たし合いは一ヶ月後──」

老人「わしはなんとしても妹の仇を討たねばならん!」

老人「じゃが、奴は盗賊時代は名うての剣豪でもあったらしい……」

老人「さっきのチンピラにすら歯が立たんようでは、奴に勝つなど夢のまた夢」

老人「だから、この一ヶ月間でわしを強くして欲しいんじゃ!」

少女「うん……分かった!」グスッ

少女「妹さんの仇、討ちたいよね!」

少女「あたしたちが絶対におじいさんを強くするよ!」

少女「ね、お父さん!」

剣士「だるい」

剣士「お前がやれ」

少女「は?」

剣士「教えるだけなら、もうお前でもできるだろ」

剣士「お前が連れてきたんだから、お前がやれ」

少女「えぇ~……」

少女(でもお父さんが教えたら、ヘタしたらおじいさん死んじゃうかもしれないし……)

少女「分かった、いいよ!」

少女「おじいさんも、それでいい?」

老人「ああ、かまわんぞ」

少女「じゃあ一ヶ月しかないわけだし、今すぐ始めよう!」

少女「おじいさんは剣術やってたことってあるの?」

老人「若い頃に……多少はかじっておったな。今はあのザマじゃがのう」

少女「じゃあ剣の握り方とかはいいよね」

少女「まずは、素振りから始めよう」

少女「こうやって体の力を抜いて……こうっ!」ビュッ

老人「こうか?」ヒュッ

少女「うん、おじいさん、上手上手!」パチパチ

剣士「待て」

少女「どしたの、お父さん?」

剣士「なんだ、上手上手ってのは」

剣士「ガキのお遊戯でもやってんのか、このバカ娘が」

少女「で、でも、おじいさんにしては上手じゃない!」

剣士「剣に年齢は関係ねえって、いつもいってんだろ」

剣士「それに剣術は人殺しの手段、褒めて伸ばしたってろくなことはねえんだ」

剣士「剣を握るのがイヤになるほどしごくくらいで、ちょうどいいんだよ」

剣士「あと、爺さん」

老人「なんじゃ?」

剣士「なんじゃ、じゃねえだろ」

剣士「小娘といえど、こいつはアンタに剣を教える師匠なんだ、敬語を使えよ」

少女「ちょっ、お父さん!」

少女「おじいさんはあたしどころか、お父さんよりずっと年上じゃない!」

剣士「さっきいったばかりだろうが、剣に年齢は関係ねえって」

剣士「弟子にとって、師匠は神より偉い」

少女(神より偉いってことはないでしょ)

剣士「敬意を払う必要もない相手から教わっても、なんも身につかねえだろ」

少女「だけどお父さん──」

老人「いや、いいんですじゃ」

少女「! おじいさん……」

老人「あなたのお父さんのおっしゃるとおりですじゃ」

老人「それに一ヶ月しかないんですし、しごいてもらった方がいいですじゃ」

少女「おじいさんがそういうなら……」

少女(まったくお父さんってば……!)

少女(門下生とお母さんがあんなことになったからって……!)

老人「はっ!」ヒュッ

少女「ダメダメ、そんなんじゃ!」

少女「もっと腰を伸ばして! 腰が曲がってるのは仕方ないけど、できるかぎり!」

少女「さ、もう一回!」

老人「とうっ!」ヒュッ

少女「ああもう、そうじゃないったら!」ビシッ

老人「──あうっ!」

少女「あ、おじいさん、ごめんね! 痛かった!?」

剣士「いちいち謝るな、バカ娘!」

老人「も、もっと強くてもかまいませんぞ?」ハァハァ…

剣士「爺さんもいちいち感じてんじゃねえ!」

夜になった──

老人「いやぁ~……厳しい鍛錬でしたわい」ボロ…

少女「はいは~い、夕食ができたよ~!」

剣士「本当はメシの支度も、全部爺さんにやらせるもんなんだがな」

少女「だってあたし一人で準備した方が早いし、美味いし」

少女「お父さんだってその方がいいでしょ?」

剣士「まぁな」

少女「おじいさんも疲れ果ててるけど、さ、起きて! ご飯食べよ!」

老人「は、はい……」ヨロヨロ…

老人「うん、うまいですじゃ!」ガツガツ

老人「おかわりをいただけますかな?」スッ

少女「はぁ~い!」

剣士「弟子がおかわりなんてご法度──」

少女「いちいちうるさいよ、お父さん!」

少女「でもうれしいな、もうずっと長い間お父さんと二人きりだったからねえ」

少女「昔は四人で──」

剣士「俺もおかわりしとくか」スッ

少女「はいは~い!」

少女「でもマジメな話、おじいさんけっこう筋いいよ!」

老人「こりゃあ、ありがとうございます」

少女「明日からも、ガンガン修業つけてあげるからね!」

少女「絶対におじいさんを勝たせてあげるから!」

老人「……よろしくお願いしますじゃ」

剣士「…………」

翌日──

少女「おじいさん、起きて──って早いね」

老人「おはようございます」

少女「うん、おはよう!」

老人「まずはなにをするのですかな?」

少女「えぇ~とね、朝ごはん食べたら、準備体操して、軽~くランニングしよっか」

老人「分かりましたですじゃ!」

少女「ほらお父さんも起きて! 朝だよ、朝!」ゲシッ

剣士「あと5時間……」ゴロン

少女「ふざけないで!」ゲシッ ゲシッ

老人(おおっ、わしも明日はわざと寝坊してみるかのう)

少女「よぉ~し、おじいさん!」

少女「どっからでもかかってきてよ! あたしは反撃しないからさ」

老人「本当にいいんですかな? 練習用の剣とはいえ、もし当たったら──」

少女「当てられるものなら、ね」

老人「よぉ~し!」

老人「てりゃあっ!」ブンッ

少女「よっ」ガッ

老人「そりゃ!」ブオンッ

少女「とっ」サッ

老人「だりゃあっ!」ブンブンッ

少女「はっ」カンッ

老人「おお、まったく当たりませんな!」

少女「えっへっへ~、すごいでしょ、おじいさん!」

老人「す、すっごいですわい!」

老人(この子、とてつもなく強いのう! 若い頃のわしでもかなわんかもしれん!)

老人「ふぅ、ふぅ、ふぅ」

老人(結局かすりもせんかった……)

少女「だいたい分かったよ、どうすればおじいさんを強くできるか」

老人「へ? 今のだけで?」

少女「おじいさんさ、若い頃剣術やってたっていってたけど……我流でしょ?」

老人「そのとおりですじゃ」

老人(まさか今のやり取りだけで当てるとは……)

少女「だから素振りとかもすぐ上達したんだと思うけど……」

少女「やっぱり、力任せに振るくせがついちゃってるんだよね」

少女「若い頃はさ、それでもいいかもしれないんだけど」

少女「おじいさんくらい年とっちゃうと、それじゃキツイんだよ」

老人「なるほど……」

少女「ウチの流派のウリは、柔と剛を持ち合わせてるだけじゃなく」

少女「柔と剛の割合を自分の適性に合わせられるってとこなんだけど」

少女「おじいさんの体力を考えると、柔の割合を多くした方がよさそうだね」

老人「そうですのう、よろしくお願いします」ペコッ

少女「うん!」

少女「柔の剣は……剣も体も心も、やわぁ~らかくするの」

少女「ゆら~り、ゆら~り」

老人「ほう……」

老人(おおお……まるで今にもこの娘が地面から浮き上がりそうな……)

少女「──で、このまま流れるように、振るっ!」ビュアッ

老人「…………!」

老人(全然見えんかった……)

少女「一ヶ月で、せめて今のくらいはできるようにならないとね」

少女「ガンガンしごくからね、おじいさん!」

老人「頼みますわい!」

一週間経過──

老人「とろ~り、とろ~り」

老人「ほいさっ!」ビュンッ

老人「どうでしたかな?」

少女「う~ん、まぁまぁかな」

老人「まぁまぁ、ですか……」

少女「でもだいぶよくなってきたって!」

少女(あとなんで、とろ~りとろ~りなんだろ?)

剣士「…………」

少女「どんどん食べてねぇ~」

老人「おかわりですじゃ!」サッ

剣士「俺も」サッ

少女「いやぁ~作りがいがあるよ。あたし、剣術やめて料理で生きようかな」

老人「それもありかもしれませんな」

剣士「ふん、甘いぞバカ娘、家庭料理とプロはちがうんだ」

剣士「ここでならマズイもん作っても俺がキレたり、爺さんが泣くぐらいで済むが」

剣士「レストランでマズイもん作ったら、店が潰れるわけだからな」

少女「分かってるよ!」

少女「ところでさ、おじいさんの妹ってどんな人だったの?」

老人「う、うむ……」

老人「可愛げがあって……優しくて……よき妹でしたわい」

剣士「おい、仇討ちしようって人間にそんなこと聞く奴があるか」

少女「あ、ごめんなさい……」

老人「ハハハ、かまわんですよ。気にせんで下され」

二週間経過──

老人「とろ~りとろ~り」

老人「ほいやさっ!」ビュッ

少女「よしっ! だいぶいい! だいぶいいよ!」

少女「ね、お父さん?」

剣士「知らん」

剣士「お前が教えてんだから、お前が判断しろよ」

少女「ったくもう……口だけで、何の役にも立たないんだから」

少女「おじいさん、残り二週間は実戦訓練を中心にするよ!」

老人「はいですじゃ!」

しえん

少女「あのさ、おじいさん」

老人「なんですかな?」

少女「おじいさんのこと“じいちゃん”って呼んでもいい?」

老人「へ?」

少女「あたしさ、おじいちゃんっていなかったから」

少女「けっこうこう呼ぶの憧れてたんだよね~」

少女「減るもんじゃなし、いいでしょ?」

老人「あなたは師匠ですからな」

老人「わしのことをどう呼ぼうともかまわんですよ、もちろん」

少女「やったぁ!」

少女「ガンガンしごくからね、お兄さん!」

俺「うっ」

少女「じいちゃん、おかわりする?」

老人「お願いしますじゃ」スッ

剣士「おい、じいちゃんってのはなんだ」

剣士「何度もいうが、師弟関係ってのは──」

少女「うるっさいな!」

少女「お父さんなんか、じいちゃんになんもしてくれてないじゃん!」

少女「最近なんか、全然道場にいないしさ!」

少女「こうやって生活できてるのもお父さんが国からお金をもらえるほど」

少女「昔活躍したからっていうけど、いつまでも遊んでないでよ!」

少女「じいちゃんはお父さんじゃなく、あたしの弟子なんだよ!」

少女「だからあたしがどう呼ぼうが、あたしの勝手でしょ!?」

剣士「ふん……勝手にしろ」

>>43
老人「ガンガンしごくからのぅお兄さんwwふほほwww」
剣士「オラ立てよ^^^^^^^^」

お前「うっ(;ω;)」

三週間経過──

老人「とろ~りとろ~り」

老人「ほえやぁっ!」ビュッ

ガッ! バシッ! ガッ! バシィッ!

少女「いいよ、いいよー! よくなってきたよー!」

少女「でもまだ甘ーい!」ビシッ

老人「はうわっ!」

老人(た、たまらん……)ハァハァ

少女「もう残り一週間しかないんだからね! さあもういっちょう!」

老人「はいですじゃ!」

少女「おじいさん、この棒借りるね」

老人「あ」ビュビュビュッ

少女「は~い、今日の夕ご飯だよ」

老人「いただきますですじゃ!」ガツガツ

剣士「まあまあだな」モグモグ

少女「たまには褒めてよね、お父さん」

剣士「ふん」

剣士「ところで爺さんの仕上がりはどうなんだ?」

少女「そりゃもう、だいぶよくなってきたよ! もうあたしと出会った時とは別人!」

老人「これも師匠の腕がよかったからですわい!」

剣士「そうか」

剣士「ただしこれだけはいっておく」

剣士「剣ってのはしょせん先に一太刀入れた方がだいたい勝つ」

剣士「たとえ歴戦の達人だって、ド素人にうっかり心臓を刺されりゃ死ぬんだ」

剣士「せいぜい油断せんことだ」

老人「もちろんですじゃ!」

少女「よくいった、じいちゃん!」

剣士「あ~食った食った、寝るか」スタスタ

少女「おやすみ、お父さん!」

老人「それではわしも寝させてもらいますわい」ペコッ

少女「うん、おやすみ、じいちゃん!」

少女「さぁ~て、あたしも寝るかな」スッ

少女「…………」

元盗賊の実業家「俺の腹にはチタンが・・・」

剣士『剣ってのはしょせん先に一太刀入れた方がだいたい勝つ』

剣士『たとえ歴戦の達人だって、ド素人にうっかり心臓を刺されりゃ死ぬんだ』

剣士『せいぜい油断せんことだ』



少女(そうだよね……)

少女(じいちゃんは仇討ちのために修業してるんだよね)

少女(果たし合いは当然、剣で行われる)

少女(剣で行われる以上、どっちかはまちがいなく死ぬ)

少女(じいちゃんが死ぬことになるかもしれない……)

少女(いやいやいや!)

少女(そうならないよう、修業してるんじゃない!)

少女(あたしがじいちゃん信じないでどうすんの!)

果たし合いまで残り三日──

少女「よぉし、今日はこれまで!」

老人「ありがとうございます」

少女「決闘前に大怪我してもまずいし、残りの日は軽い練習で調整しよう!」

少女「最高のコンディションで当日を迎えなくちゃね!」

少女「大丈夫、じいちゃんのとろ~り剣なら絶対勝てるから!」

老人「…………」

少女「じいちゃん?」

老人「はいですじゃ! もちろん勝ってみせますですじゃ!」

老人「なにしろ妹を殺したにっくき仇ですからのう!」

少女「うん!」

少女「どんどんおかわりしてねぇ~!」

老人「うん、うまいですじゃ!」ガツガツ

剣士「まあまあだな」モグモグ

少女「あのさ、じいちゃん」

老人「なんですかな?」

少女「仇討ち……やめることはできないかな?」

老人「なぜ……ですかな?」

少女「いや……少し前にお父さんもいってたけど……」

少女「やっぱり剣と剣の戦いって、なにが起こるか分からないし……」

少女「もし、じいちゃんが斬られちゃったら、あたし悲しいしさ……」

剣士「なにいってやがる、バカ娘」

剣士「爺さんは、老後の健康のために剣術やってるわけじゃねえんだぞ」

剣士「果たし合いのことは最初から承知だったはずだろうが」

少女「そんなこと分かってるよ! 分かってるけどさぁ……」

老人「申し訳ないですじゃ……」

老人「わしは……どうしてもこの果たし合いだけはこなさなければならんのですじゃ」

老人「無念を晴らすためにも……」

少女「分かったよ……ごめんね、じいちゃん」

老人「いえいえ、お気持ちはありがたくいただいておきますじゃ」

果たし合い前日──

少女「よぉ~し、ここまで!」

少女「疲れを残したら元も子もないからね! 休息もりっぱな修業!」

老人「はいですじゃ!」

少女「じいちゃんは前よりずっと強くなったよ!」

少女「自信を持って!」

老人「もちろん、この一ヶ月のことは絶対無駄にはしませんわい」

少女「じいちゃん……」

少女「ねえ……あたしじいちゃんのこと、本当のおじいちゃんみたいに思ってたよ」

少女「大好きだよ、じいちゃん」

老人「わしもこの一ヶ月……」

老人「師匠と孫が同時にできたような気分でしたわい」

老人「わしには孫はおろか、子もおりませんでのう……」

老人「本当に……心が癒やされる一ヶ月じゃった」

少女「あとは妹さんの無念……晴らそうね!」

老人「……もちろんですじゃ!」

老人が死ぬに一票

少女「じゃああたし寝るね、おやすみ~!」スタスタ

老人「おやすみなさいですじゃ~!」

剣士「…………」

剣士「爺さん」

老人「はい?」

剣士「ちょっと話がある」

剣士「来てくれないか」

老人「…………」

──
────
──────



果たし合い当日──

少女「おっはよ~!」

老人「おはようですじゃ」

剣士「ん」

少女「お、珍しくお父さんも早いじゃん。雪でも降らなきゃいいけど」

剣士「うるせえ」

少女「じゃ、さっそく朝ごはんにしよっか!」

少女「じいちゃん……決闘は今日の正午に、向こうの河原で、だっけ?」

老人「うむ、あそこなら人通りも少ないからのう」

老人「邪魔が入ることなく、雌雄を決することができるはずじゃ」

少女「じいちゃん……死んじゃダメだよ」

老人「…………」

剣士「おい、爺さんはこれから決闘するんだ」

剣士「勝負に絶対はねぇ、死ぬかもしれないに決まってんだろ」

剣士「そんなことも分からねえのか」

少女「わ、分かるけどさぁ」

剣士「だったら、いらない言葉をかけるんじゃねえよ」

少女「……ごめん」

少女(じいちゃん……勝てるかなぁ)

少女(強くなったとはいえ、やっぱり体力面では不安があるし……)

少女(相手がどのくらい強いかも分からないし……)

少女(死なせたくないよ)

少女「あのさ……」

少女「仇討ちって、なにも自分の手でやる必要はないよね?」

少女「なんたって相手は物を盗んで、人を殺して、平気な顔してる悪党だし」

少女「だから……あたしに戦わせてくれないかな?」

剣士「…………」ピクッ

剣士「今さらなにいってんだっ!!!」

少女「!」ビクッ

剣士「たった一ヶ月一緒に暮らしただけのお前が」

剣士「爺さんの人生に首突っ込んでんじゃねえ!」

剣士「お前は以前、俺に爺さんは自分の弟子だとタンカを切ったな」

剣士「剣術やる奴なんてのは、大抵の場合戦いってもんに身を委ねるようになる」

剣士「本能的に自分の腕を試したくなるし、名声を得れば狙われるようになるからな」

剣士「つまり弟子をとるってことは──」

剣士「ある意味では戦いとは無縁の一般人を、戦いの世界にいざなうってことだ」

剣士「まして爺さんは、最初から今日決闘するという決意を固めていた」

剣士「いざとなったら、爺さんの代わりに自分が戦えばいい」

剣士「お前はそんな生半可な気持ちで爺さんを弟子にしたってのか!?」

少女「ちがう! ちがうけどさぁ……!」

老人「師匠、あなたのお気持ちはよく伝わりました」

老人「この老いぼれに、一ヶ月間、剣をお教え下さり本当にありがとうございます」

老人「しかし、ここからはもう、わしの仕事です」

老人「……では、行ってきますじゃ」ザッ

剣士「ああ」

少女「じいちゃん……」

──
────
──────



剣士「……正午だな」

剣士「今から河原に向かえば、ちょうど決着する頃だろう」

剣士「行くぞ」ザッ

少女「う、うん……」

少女(じいちゃん……)トクン…

少女(じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん……)ドクン…

少女(じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん、じいちゃん!)ドクンドクン…

少女(神様、どうか仇を討たせてあげて!)ドクンドクン…

河原──

若者「はぁ、はぁ、はぁ……」

若者(た、倒した……!)



少女「じいちゃん!」ダッ

剣士「…………」ザッ

若者「!」

若者(だれだ!? この人たちは!?)

少女「じいちゃん……!」ウルッ

少女「じいちゃん! じいちゃん! じいちゃぁん!」グイッ

少女「目、覚ましてよ!」

少女「起きてよぉっ!」ギュッ…

剣士「…………」

若者「あなたたちは……!?」

剣士「この爺さんと……縁があるもんだ」

若者「!」ザッ

剣士「そう警戒しなくていい。何もしやしねえ」

剣士「仇は……討てたようだな」

若者「はい……」

少女(え!?)

剣士「もし差支えがなければ……聞かせてもらえるか?」

剣士「アンタと……この爺さんの因縁について」

若者「…………」

若者「……分かりました、お話しします」

若者「ぼくは……幼い頃妹を家に侵入してきた賊に殺されました」

若者「以来、かすかに覚えてる人相、なぜぼくは殺されなかったのか、など」

若者「わずかな手がかりを頼りに、犯人を探し続けました」

若者「同時にガムシャラに剣の修業をしました。妹の仇を討つために……」

若者「そしてようやく、犯人を特定することができました」

若者「犯人は“盗みはすれど、殺しはせず”をポリシーとする盗賊だったのです」

若者「これで、ぼくが殺されなかった理由も分かりました」

若者「しかし犯人は──すでに盗賊をやめ、大実業家となっていた」

若者「その上、大勢の恵まれない人を救う……慈善事業のカリスマとなっていた」

若者「妹を殺した人間が……平然と人助けをしている」

若者「複雑な心境でしたが……ぼくはどうしても彼を許すことができなかった」

若者「かといって……大勢の人々に慕われる彼に、もはや手の出しようはありません」

若者「ぼくは復讐を諦めてかけていた」

若者「──そんな時でした」

若者「彼から……手紙が来たんです。果たし合いをしよう、と」

若者「もちろん罠だと思いました」

若者「正々堂々の一騎打ちなどありえない」

若者「おそらくは、自分の犯した唯一の殺しを知っているぼくを抹殺するためだと」

若者「でも、ぼくはこれが罠だろうとなんだろうと、どうでもよかった」

若者「妹を殺した犯人に、自分の憎しみの一端でもぶつけたい」

若者「そう思い……果たし合いに応じたんです」

剣士「……で、勝利した、というわけか」

剣士「その傷を見るに、なかなか手こずったようだな」

若者「はい……かなりの使い手だったと聞いていましたが、年老いた今もここまでとは……」

剣士(爺さん……)



……

………

老人「話とは、なんですかな?」

剣士「今は敬語じゃなくていい、そっちのが話しやすい」

剣士「アンタの師匠は俺ではなく、娘だしな」

老人「…………」

剣士「爺さん、アンタ死ぬ気だな?」

老人「……いつから気づいておった?」

剣士「最初からだ」

剣士「ああこの爺さんは死のうとしてる、って直感した」

剣士「さらに入門の理由を聞いた時、その直感はおそらく正しいと分かった」

剣士「盗賊について話すアンタは、犯人への憎悪というより」

剣士「むしろ自分の行いに悔いているような話し方だった」

剣士「んで、娘に妹のことを聞かれて、言葉に詰まったのを見て確信した」

剣士「爺さん、アンタは死んだ妹のことなんか全く知らない」

剣士「アンタこそが盗賊だ、と」

老人「……口が悪いだけの男ではないと思っとったが、さすがじゃのう」

老人「さすがは師匠の父親じゃ」

剣士「……で、アンタが娘と修業してる最中、色々調べさせてもらった」

剣士「妹の仇討ちのため、剣の修業をし、犯人を探していた若者のことも」

剣士「カリスマ実業家が突然引退し、行方をくらましたことも裏付けが取れた」

剣士「アンタがウチに入門した理由は──」

剣士「仇討ちのため力をつけた若者に、相応しい実力を身につけたかったからだな?」

老人「そのとおりじゃ」

老人「わしは盗賊をやってた頃、ある家に盗みに入った」

老人「その時、あの若者と妹に見つかってしもうたのじゃ」

老人「わしは若者の妹を突き飛ばし、逃げ、しばらくしてその子が死んだことを知った」

老人「盗みはすれど殺しはしない、という身勝手な矜持が崩壊した瞬間じゃった」

老人「その後、わしは罪を償うため……いや、自分の心を軽くするため」

老人「盗賊をやめて商売を行い、その金で慈善事業に熱中したが」

老人「いつまでたっても胸が晴れることはなかった」

老人「じゃがそんな時、妹の仇を探しているという若者のウワサを聞き──」

老人「わしはやっと、自分の罪を償う方法を見つけられた気がした」

老人「そして調査の末、彼こそがわしが殺した女の子の兄だと確信し」

老人「密かに果たし状を送ったのじゃ」

老人「しかし、復讐に身を捧げてきた若者を迎え討つには──」

老人「わしのせいで、人生を狂わされた若者の宿敵を務めるには──」

老人「わしはあまりにも弱くなりすぎておった」

老人「試しにそこらのチンピラに喧嘩を売ってみたら、まったく勝負にならんほどにな」

老人「だから……その時わしを助けてくれたおぬしの娘さんに……」

老人「弟子入りしたいと頼んだんじゃ」

老人「わしは……おぬしら父子を自分の過去の清算に利用しようとしたんじゃ……」

老人「すまん……!」

剣士「……気にすんな、爺さん」

老人「そして、今になって分かったことがある」

老人「……おぬしの心遣いには感謝せねばならん」

剣士「?」

老人「おぬしがわしをまったく指導しなかったのは」

老人「おぬしから直接教わってしまえば、わしは流派の正式な門下となる」

老人「そうなれば……わしが若者に討たれた時、おぬしは流派の長として」

老人「“流派の敵”である若者を殺さねばいけなくなる……」

老人「だからわしを、娘さんに任せたんじゃろう?」

剣士「……深読みしすぎだ、爺さん」

剣士「剣には殺し殺されがつきもの、親しい人間が死ぬことだって日常茶飯事」

剣士「バカ娘の教育に、死にたがってるアンタは格好の教材になると思っただけだよ」

剣士「自分が剣を教えた人間の死、なんてなかなか味わえるもんじゃないからな」

老人「ま、そういうことにしておくかのう」

老人「ところでこれはわしの勘じゃが、もうおぬしの妻は──」

剣士「…………」

剣士「俺の弟子に殺され、弟子は俺が殺した」

老人「!」

剣士「師匠(おれ)は寛大だから、と妻に関係を迫った弟子が、拒絶され妻を斬った」

剣士「上下関係をきっちりつけず、弟子になめられた俺のミスだった」

剣士「娘の中じゃ……今でも二人は駆け落ち中だ」

老人「……そうじゃったか」

老人「さてと、これは一ヶ月剣を習った代金じゃわい」ジャラ…

老人「ぜひとも娘さん……いや師匠に伝えてくれ。楽しかった、ありがとう、と」

剣士「ああ、伝えておくよ。安心して死んでこい」

………

……

少女「じいちゃん……!」グシュッ

若者「…………」

若者「ぼくは……間違っていたんでしょうか」

剣士「さあな」

剣士「仇討ちをして心の底から気分が晴れたって奴も知ってるし」

剣士「気分が晴れるどころか、罪悪感にさいなまれて自殺した奴も知ってる」

剣士「仇討ちをしなきゃならなくなった理由が、そもそも自分にあるっていう──」

剣士「大バカ野郎も知ってる」

剣士「この爺さんがアンタの妹を殺したのは紛れもない事実だ」

剣士「それは爺さんが慈善事業で何万人救おうが、消えることはねえ」

剣士「そして、この爺さんが死んで悲しむ人間がいるってのもまた事実だ」

剣士「間違いかそうでないかは──」

剣士「自分で決めな」

若者「は、はい……」

若者「君……」

少女「え?」グシュッ

若者「幸い、ぼくが死んで恨みを持つような人間はいない」

若者「もし君が望むなら、この場でぼくを──」

少女「ううん」ゴシゴシ

少女「だって……じいちゃん、こんなに満足そうに眠ってるんだもん」グスッ

少女「じいちゃんは……やりきったんだよ……」

少女「だから……もうこの話はここで終わり」

少女「それよりあたしは……じいちゃんをちゃんと弔ってあげたい……」グシュッ

剣士「──だ、そうだ」

剣士「行きな。この爺さんのことは、後はやっておく」

若者「はい……」

ザッ ザッ ザッ……

剣士「ほれ」ジャラッ

剣士「お前の剣士としての──初めての報酬だ」

少女「受け取れないよ……じいちゃん、負けちゃったんだし……」ヒック

剣士「あの爺さんはお前との日々を“楽しかった、ありがとう”っていってた」

剣士「その代金だと思え」

少女(じいちゃん……!)

少女「分かった……だったら受け取るよ」

少女「あたし、このお金で……じいちゃんに……立派なお墓作ってあげなきゃ……」

剣士「ああ、それがいい」





                                     おわり

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