凛母「今年も24、25は店番手伝いお願いね」凛「うん、わかった」 (63)



花屋にとって、クリスマスシーズンは書き入れ時だ。
うちも多分に漏れず、24日と25日は毎年夜遅くまで店を開けている。

母の日、敬老の日、バレンタインデーにホワイトデー、近所の学校の卒業式がある前当日。
一人娘の私はここぞとばかりにこき使われる。



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・アイドルマスター シンデレラガールズの渋谷凛のSSです

・「Merry X'mas, xxx 」
「Merry X'mas, xxx 」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1386399704/)
と少しだけ関連性が有ります



予定を確認しなおして……
あ、そうだった。

「25なんだけど、ラジオの収録が夜まであるから」

「当然把握してるわよ。
 スタジオからタクシーで帰ってこられる?」

「うん、歩いて帰るのは危ないからそのつもりだったよ」

「なら10時には戻ってこれるでしょ。
 毎回悪いけど、お誘いがあっても断って頂戴。
 
 去年と同じで、お店を11時まで開けておくことにしたから、
 ラスト1時間と閉店処理だけでも手伝って欲しいの」

「了解。その後は今年も父さんとデート?」

「もちろんよー。次の日の仕事のついでだけど」

「わかってるよ。ゆっくり楽しんできてね」



25日は両親の結婚記念日だ。正確には入籍日で、式は開かなかったらしいけど。

だから毎年、26日の仕入先との折衝にかこつけて、
ちょっとお高いホテルのディナーを予約して2人でお祝いし、そのまま夫婦水入らずで一夜を過ごす。

26日は店を閉めて、私は大抵祖父母と一緒にお留守番。

「記念日はまとめちゃったほうが都合がいいから」
なんて言っているけれど、大方ロマンティック思考と利便性の折り合いをつけた結果なんだろう、と思う。


この記念日を除いて、両親はほとんど定休日を作らず、
小さなこの店を切り盛りしている。

だからその夜だけは、2人きりでゆっくり過ごして欲しい。




高校生の頃からの付き合いが続いて結婚をした両親。

「特筆するような事はない、普通のお付き合いだったわ」
なんて母は言うけど、

父いわく「運命を感じたんだ」って。
なんだか羨ましい。


母方の祖母が父の事を気に入ってあれこれと恋路の応援をしていた、とも聞いた。

花屋の息子か……と祖父が難色を示したらしいけれど、
祖母の手によって外堀をしっかり埋められていたから結局円満に行ったんだとか。

それもあって、書き入れ時には良く祖父母が応援に来てくれる。




父と母は今でもすごく仲がいい。
娘の私が呆れるぐらいには、ね。


私にもこんな相手がいつか現れるんだろうか?
運命の相手と呼べるような相手が、いつか。



……運命なら、あった。

あの日プロデューサーに出会った時に。
私の『今』が、大きく形作られたあの日に。

あれはきっとまごうことなく、運命の出会いだった。



でもきっと、それはすでに通り過ぎてしまっていて、今は残滓だけを胸に抱えている。



彼にとってのトクベツだっただろう時期に、私はそのトクベツに気付かなかった。
今はきっと、いろんな人が増えて、二人でいる時間も減ってしまって。

それでもトクベツに思われていたいだなんて、おこがましい事は伝えられなくて。


気づくのが遅すぎたんだ。
『一緒にいて欲しい』とずっと願うこの気持ちが、親愛なんてとっくに超えていたことに。



ずっと前だけ見て走り続けていれば、ついて支えてくれていたから。
立ち止まったその時に、初めてその大きさに気づいて、

彼の周りには私なんかより魅力的な人がいっぱいいる事を知っているから、
自分の抱えるこの思いが到底届くハズがないってわかって。



今になってやっと自分の気持ちに気づいた私には、
もう皆と同じラインには立てそうにないから。

潰して殺して、今まで通りの接し方を心がけている。


---


母は、なんというか、難しい人だ。

気性は比較的穏やかだけれど、生活の所々できびしい面を見せる。

父に似て無愛想な私に礼儀作法と根性を叩き込んだのは、
間違いなくこの母の教育の賜物だと思っている。



門限は午後8時、放課後は何も無ければ家業の手伝い。

小学校の頃から変わらずのルールで、
アイドルになった今でさえ課されている我が家の決まりだ。


大事な一人娘だから、まっとうな人間に育てたかったのだろう。
店の跡継ぎとして育てたい、と言う気持ちがあったのもわかる。

だから、他の家庭との違いに戸惑いながらも、母に従い、受け入れてきた。

規則正しい生活を心がけ、
接客や品出しを手伝いつつ、花に関する様々な知識を蓄え、
両親の望む私に。

見えないところで反抗してやろうって気持ちも少しはあったけどね。
長い髪で隠せるからとピアスを開けてみたりなんかして。

気づいてはいたんだろうけど、
他のところできちんとしていたから黙認してくれていたようだった。


だけど、小さな不満が少しずつ積み重なっていって、
一度だけ、母の言いつけを大きく破った事があった。


---


15歳の秋。

店番を放り出して、どこへともなくただ歩いて、
夜遅くまで家に帰らぬつもりで目についたカフェに飛び込んだ。


そしてそこで、プロデューサーに出会った。




その後は、よくわからない事だらけの時間が続いて、
今でもどうしてこうなったのかきちんとは分かっていない。


まず、出会ったばかりの知らない男に「アイドルになりませんか?」と言われて、
あろうことか二つ返事で了承した私は何を考えていたのだろうか。

「君を一目見て、運命を感じたんだ」
なんて恥ずかしいセリフを吐かれて、

「ふーん……ま、悪くないかな」
なんて恥ずかしい返しをした記憶がある。

間違いなくどうかしていた。



その後で、母に反抗して家を出てきたことも忘れて、

「大事な話があるから」
なんて電話をしてプロデューサーと一緒に家に戻った。

そのままの勢いで、母にアイドルをやってみたい、なんて宣言して、
プロデューサーもプロデューサーで絶対にトップアイドルにしますから、
なんて調子のいいことを言っていたっけ。


知らない男を連れてきて訳の分からない事を言い始めた私は、
何か悪いものに騙されているようにしか見えなかったんじゃないか、と思うのだけど。




驚いたことに、母も母だった。
最初こそ不審がってプロデューサーを追い出しかねない雰囲気を纏っていたのに、

いつの間にか
「娘をよろしくお願いします」
なんて言っていて、
後から顔を出した父を逆に言いくるめる側に回っていた。


私が正気にかえったあたりで、プロデューサーが
「娘さんを私に(預けて)ください」だとか何とか、誤解されそうな事を言っていたよね、確か。

その言葉が出た時点で「あ、終わったな」なんて思っていたから、
正直なところ母の言葉には耳を疑ってしまった程だ。



兎にも角にも、私はアイドルになってしまった。

アイドルになったからには中途半端には終わりたくないと、
必死でがんばったっけ。

そのせいで自分の気持ちに向き合う暇がなかったと言ったら、ただの言い訳だろうか。
そうだよね、変な言い訳はやめておこう。

---

アイドルになったことで、母の厳しい教育方針はより強まっていった。

誰の受け売りだったか忘れたけれど、
『アイドルは仕事じゃなくて生活態度』なんて言葉を引っ張り出してきて。

レッスンや仕事が済んだら必ず連絡。
夜遅くなってしまった場合は、必ず信頼できる人に家まで送ってもらうこと。



今まで以上に門限や連絡に厳しくなったし、
少しの変化でも気にかけるようになった。



それにくわえて、放課後や休日に、仕事やレッスンがない時は、
ほぼ毎日店の手伝いに駆り出されるようになった。

今まで以上に本腰を入れて業務を身につけさせられる。


「たとえ12時の鐘がなっても、魔法が解けてしまったとしても、
 人生は続いていくのよ。
 もしアイドルとして上手く行かなかったら、ウチで働けるようにしとかなきゃね。
 
 そうね、12時がすぎても、迎えの王子様が来るようにしとかなくっちゃ」

という言葉はきっと、母なりの愛情の現れだったのだろう。




なんだかんだで上手く行ってそこそこ忙しいアイドル生活を送っているけれど、

仮にアイドルがだめになったとしても生きていく手段があるというのは、
精神的に大きな支えとなったのは間違いない。


そのおかげもあってか、
私は他に何も気にすることなくアイドルを続けられたし、

振り返らず前だけを向いて、ひたすらに走り続けることが出来たんだと思う。
……勿論プロデューサーの支えが大きかったことも忘れちゃだめだけどね。


---

母の心配ぶりは、どんな時にでも現れた。

プロデューサーが仕事の後に家まで送ってくれた時、
母は必ずと言っていいほどプロデューサーを夕飯に誘っていた。


父に店を完全に任せて、擬似三者面談に近い食卓。
その日あった出来事から、私の仕事一つ一つの評価まで、
根掘り葉掘り、プロデューサーに問いただす。



色々心配してくれるのはわかるけどさ……。
私だけのプロデューサーじゃ無いんだから。


嬉々として話すプロデューサーもプロデューサーだけどね。
本人の前で褒め殺しをするのはやめてほしいな。



食事の後にも、こそこそと2人で話をしていたり。
嫉妬されちゃうよ、なんて。

お互いラブラブな両親だからそんなことはありえないとは重々承知だけど。


一体何をそこまで話しているんだろう……
アレンジメントの営業とかかな?



確かに需要は多そうな業界だけどね。
私用でも、私の出るLIVEやイベントのたびに「
渋谷様」名義のフラワーアレンジメントが大抵ホールに並んでいるし。

アレを見るたび、なんだかくすぐったい気分になる。

わざわざ用意しなくても、と思ってたけど、
「あれ実はその時の在庫の寄せ集めなのよね~」なんてバラされてちょっとがっかりしたり。

その話は置いといて、とにかく母の心配ぶりと、
プロデューサーへの信頼の大きさはなかなかのものだった。

---

12/25

隠して押しつぶしたはずの心だけれど、
美嘉には多分気づかれている。

あの子は自分の恋愛を棚にあげて他人の恋路に熱をあげる子だから、
それでもこっそりやってるつもりなんだろう。

多分卯月あたりとこそこそ電話でもして。

最近二人が妙にそわそわしてるのは自分たちのことだけじゃないはずだ、多分。



せっつかれて一緒に買いに行ったプレゼントは、本番前のゴタゴタのせいで結局2人きりになる機会がなく、
今日のうちに渡すことは出来なかった。

さすがに卯月と未央の前では渡せなかったし、
午後からはプロデューサーとは別行動で、
夜のラジオ収録が終わるまで暇は無いし、終わったら即座に家へと急がなければ。



渡せなかった事に安心している私がいることも事実だ。
叶わないであろう思いを込めたプレゼントを、渡せる気なんてしないよ。


明日は私もプロデューサーもオフだから、
明後日の朝にでも早めに出て机の上に置いておこう。
簡単な書き置きだけ添えて。

きっと誰かと過ごすであろうクリスマス休暇を終えたプロデューサーに、
素のままで会って渡す勇気なんてないから。


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午前中にPassionPさんとデートをしてきたらしい美嘉の惚気話を聞いて、
突発のゲストを交えていつもより盛況だったラジオ放送を終えて。

帰ってきた時にはすっかり夜は更けて、
クリスマスも終焉を迎えたのか客入りもなく、
後は店じまいをして両親を送り出すだけの時間。



心なしか浮足立つ父と母を見ながら、閉店処理を黙々とこなしていく。

時々こっちを見てにやにやしているのはなんでなんだろう?
よくわからない。



閉店処理を終えて家の中へと入る。

しっかりよそ行きの格好をした母を見て、
いつもお疲れ様、今日は楽しんできてね、と口には出さずに思う。

おばあちゃんたちが来るまでの間、何をして暇を潰そうか。
部屋に戻ってみると、主人の帰りを唯一大人しく待っているはずのハナコが居ない。



「あれ、ハナコは?」
「昼にペットホテルに預けに行ったから居ないわ。
 明日の仕事の後に連れて帰ってくるから」


ふーん、珍しい。今年に限ってなんだか用意周到だ。
私の暇つぶし相手がいなくなったのはちょっと困るけど、何か考えがあってのことだろう。

明日はおばあちゃん達とゆっくり話すかな。



「そうだった、アンタもさっさと着替えなさい。
 とっておきの、よそ行きの服を来ておいで」

「えっ」

「ほら、早く」

えっと?
……今年は私もついていくの?

「ちがうわよ、そこは夫婦水入らずって決めてるんだから」

そうだよね。
でも、お祖母ちゃん達にしか会わないんだったら普段着で大丈夫じゃないのかな。



「ああ、今日は二人を呼んでないわよ?
 他の親類が来ることも無いからね」

へっ?
まさかの一人お留守番なの?
唐突すぎて頭が追いついてない。

いつもの方針から180度ずれてる気がするんだけど……


「大丈夫よ。
 ちゃんと、12時を過ぎた頃に迎えが来るから」



……!?


嘘、でしょ。
母が言っていることが信じられない。
にやにやしながらとんでもないことを宣ってくれたものだ。

大体、迎えってなんなの……?



家族でなく、それでいて母が(恐らく)信頼している人。
思い当たるのは、たった一人だけで。


でもそれはありえないことだってずっと頭の中で否定していて。

その上、仕舞いこんでいた感情が飛び出しそうになって、
抑えようとして精一杯でその後の言葉を何も聞けなかった。



12時まで後15分というところで、母と父が連れ立って出かけて行った。
混乱していた頭もようやく落ち着いて、

一つの、とても甘い、とても頭の悪い仮説が今や脳内に居座っている。



私が馬鹿で鈍感だっただけで、



最初から、惹かれあっていた。




考えたこともなかったけれど、そういうことなのかも知れない。

なんとか必死で否定しようとしているけれど、
そうじゃないと、説明がつかないことが多すぎるのだ。

母の今日の言葉とか、思えばこれまでの態度だって。



……とっておき、か。
姿見の中の私とにらめっこしながら考える。


出会った時の服装はどうだったかな。
一番反応の良かった私服はどれだったっけ。

思い出しながら、一つだけ外せないものがあったとふと気づく。



どこにしまったんだっけ。
アクセサリーをしまった引き出しを引っ掻き回し、目当ての物にようやく到達。


箱に綺麗にしまっておいたアイオライトのネックレスを、手鏡を見ながらつける。
ちょっと考えて、上からマフラーを巻いて、一応隠しておく。




盛大な勘違いだったら嫌だから。
誕生日にもらったこのアイオライトのネックレスは、

今のところ、あの人以外に見せる気はないのだ。




もうすぐ12時。早まる心を抑えて、じっと待つ。



時計の針が、天頂で一つに重なる。

車が止まり、ドアの開く音。
急いで階段を駆け下り、もしものために箒を手元に引き寄せてから、
呼び鈴を押される前に玄関の扉を開く。





「遅くなったけど、Merry X'mas,凛。迎えに、来たよ」



12月26日、午前零時すぎ。
街にかかっていたクリスマスの魔法がすっかり解けてしまった頃。


花束を持ったプロデューサーが、私の前に現れた。





~fin~


忙しくてずいぶん遅れてしまいましたが、一番好きな子のクリスマスSSです。

もっと書きたいことは一杯あったのですが、
年明けてからもう一度ちゃんと凛のSSを書きたいと思っています。

乱文すぎてちょっと反省。
年納めに何とか間に合ってよかった。

色々と嬉しいレスありがとうございます。

茄子さんのを書く、と何度か宣言しておりますが、年内に書けなくてごめんなさい。

書き溜めは粛々と進行中です。だいぶ重たいですが。

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