「巨乳になるサプリ!?」 (34)
その日、俺は友人と久しぶりに会っていた。
「実はな、開発中のサプリについて、お前の意見を聞きたいんだよ」
友人は健康食品や化粧品製造メーカーのサプリメント開発担当だった。喋りながら錠剤の入ったピルケースを取り出して見せてくる。
「これは巨乳になるサプリだ」
時折雑誌やネットの広告で見かけるアレだ。
「へー。どれぐらい効果あるの?」
「飲んでから二時間程度でAAカップがDカップになる」
「マジ? すげーじゃん!」
この話が本当なら、今までの常識を覆して一大センセーショナルを巻き起こすような大発明だろう。
「ただ問題があってな」
友人は話の要を切り出してきた。
「男にしか効かないんだ」
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※ニュー速VIPでやってたスレの立て直しです
「なんだそりゃ!?」
「だから困ってるんだよ。何か上手い使用法は無いかと思ってさ」
誰が特をするんだよこんなサプリ。
「うーん、身も心も女になりたい人のための治療薬にしたら?」
俺のせっかくの思い付きに、友人は首を振った。
「薬は承認・販売までに時間が掛かりすぎる。サプリとして一般小売の流通ルートに乗せた方が手っ取り早く儲かるんだ」
しかし幾ら売れても会社員である友人には余り関係の無い話に思える。それを口にするとこう答えが来た。
「実は今の会社を辞めて、別の会社に移るか新しく会社を立ち上げようかと思ってるんだ。酷いんだぜうちの会社──」
延々愚痴が始まってしまった。新商品を開発しても給与や待遇にあまり反映されないのが不満らしい。
「で、これを手土産に出て行こうかと思ってな。上手い使用法を考えて金蔓になりそうなトコに売り込むんだよ」
「大丈夫なのかそれ。後で守秘義務や就労規定に違反だなんだってうるさいんじゃないのか?」
「大丈夫。俺の個人的な研究だし、こっそりやってるから。データ持って出てっちまえばこっちのもんさ」
友人は自信たっぷりにうそぶいた。
「でも誰が買うんだよこんなの」
「それをお前に考えてもらいたいんだよ」
「俺が!?」
突拍子もない話だった。そんなのは広告代理店にでも頼んだ方が良いに決まっている。しかし友人は首を振った。
「内緒でやりたいんだよ。こっそり開発してても、どこで横槍が入るか分からないし」
確かに、新しいものに対してやっかむ人間はどこにでも存在するものだ。会社と巧くいっていないなら妨害もあるかもしれない。
「俺は今後の身の振り方考えるのに集中したいから、使用法考えるのはお前に任せるよ。なーに、お前は面白いからナイスアイデア出てくるって」
「俺素人だよ」
「成功しなくても恨まないよ。それにお前、今ニートだし暇だろ?」
そう言って友人は、研究費という名目の幾ばくかの金と、サプリのサンプルを俺に渡してきた。
「たまには妹ちゃんにプレゼントでもしてやれ」
それほど金に困っている訳では無いのだが、どうやらこの頼みは友人なりの俺への気遣いらしい。なので受け取っておく事にした。
念のため、サプリの用法用量を訊いておく。
「一日二錠。それ以上飲んでも効果は無い。巨乳状態の持続時間は大体一日。人体に悪影響のある成分は特に含まれていない」
説明が終わると友人は、じゃ頼んだよ、と言って去って行った。
友人の頼みをどうしたものか、俺は思案しながら帰宅の途についた。
「ただいまー」
自宅の玄関ドアを開けると、スリッパの音を響かせて少女が現れた。
「おかえりお兄ちゃん! お疲れさまでした!」
端正な顔に満面の笑みをたたえた、ライトブラウンの髪の少女が出迎えてくれた。これが友人の言う俺の"妹"だ。
「ご飯もうすぐできるよ。今日は麻婆豆腐。お風呂沸いてるから先入る?」
両親が海外へ行ってしまったので今はこいつと二人暮らしをしている。家事万能で申し分の無いやつだ。
「お兄ちゃん……背中、流してあげよっか!?」
「せんでいい!」
「えへへ、遠慮しなくていいのに」
遠慮なく軽口も叩ける。一緒に暮らしていて退屈しない。
ただし、特徴が一つあった。
「じゃあぼくはご飯仕上げちゃうから、お兄ちゃんはもうちょっとお待ちくださいっ」
こいつは"妹"ではなく──弟なのだ。
弟は元々線が細く、女の子に間違われる事も良くあったが、ごく普通の少年だった。
変化があったのは俺と二人暮らしを始めてから。学校や外では今まで通りだが、家の中で女の子の格好をする様になった。
『お兄ちゃん、この方がかわいいでしょ!?』
ただそういう服装が好きだから、という理由かららしく、女性になりたい訳では無いと自ら病気や障害の可能性を否定した。それ以外にも特に悩みが有る訳でもなく、学校生活が辛い訳でも、いじめを受けている訳でも無いと言う。
なので俺は、ビジュアル系バンドにハマったりする学生特有の中二病みたいなもの、と思ってしばらく様子を見ていた。
結局、学校の成績は優良なままだし生活態度も女装以外特に問題も無いので、これは弟の個性、と放って置く事にして現在に至っている。
『そっか、仕事行くの辛そうだったもんね……よし! ぼくが自分を売って、お兄ちゃんを養うよっ!』
俺が無職になった時は、とんでもない事を口走って外に飛び出して行き、帰ってくるとまとまった金を手にしていた。
良く話を訊けば、以前から男の娘ファッション誌や写真集のモデルにならないかと誘われていてそれの報酬だ、という。
現在はモデル以外にもウェイトレス(?)などのアルバイトをして、結構な額を稼いで生活を支えてくれている。
アグレッシブかつ家庭的な妹系美少女──それが俺の弟だった。
「……やっぱりあいつがサプリの話でも頼りになりそうだよな」
頼もしい弟にも意見を聞くか、俺はそう考えて、独り言を漏らしながら浴槽から上がった。
「巨乳になるサプリ!?」
夕食の席で、弟に今日の出来事を話していた。
「うん、頼まれてな。ほら化粧品メーカーの」
「ああ、あの人が」
ちょっと前、近くまで来たから寄ってみた、と友人が突然家に訪問してきたことがあった。その時、ツインテールにミニスカート姿のこいつと会っているので互いに面識がある。
わざわざ家庭内の事情を説明するつもりも無いので、友人はこいつを"妹"だと思っているのだ。
「何か使い道ねーかなあ?」
「お兄ちゃん自分で飲んでみれば? モテモテになるんじゃない?」
「アホぬかせ。巨乳は好きだけど、自分がなりたいわけじゃねえよ」
麻婆豆腐を口に運びながら冗談交じりに話をしていると、弟は好奇心でもそそられたのか目を輝かせていた。
「……面白そうだね。ぼく、飲んでみたいかも」
「お前が!?」
「うん! 面白そうだし、飲んでみれば良い考えも浮かぶんじゃないかな?」
上目遣いでこちらを伺っていた。興味津々な様子だ。
しかしいざ飲んでみて、本当に女になりたい! とか言い出したらどうしようという考えが頭をよぎる。
「ダメ? ……お兄ちゃんの役に立ちたいのになあ」
俺が答えかねていると、少し寂しそうな表情でこちらを見つめてきた。俺はこいつのこの表情に弱かった。何しろ外見は可憐な美少女なのだ。
「別に俺のためってわけじゃ……試しに飲んでみるか?」
女性の体の不便さを知るのもこいつには良い体験かも知れない、俺はそう考えてる事にした。
「うん! えへへー」
弟は付け合わせの棒々鶏サラダを旨そうに頬張っていた。
食後、ソファーで二人並んで座りながら、巨乳サプリと水を用意した。
「じゃあ飲もうかな……えい」
「んっ!?」
突然、弟がサプリを手に取って俺の唇に押し込んできた。
「口移しで飲ませて」
こいつは時々こういうイタズラを仕掛けてくる癖があった。
「ん────」
そして顔を近付けてくる。くっきりと浮かんだ鎖骨が目に飛び込む。乳液の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
ふざけるのはやめろ──と俺は口を開きかけた。
「ふぁ……んぐっ!?」
「あ」
口を開いた俺は、誤って巨乳サプリを飲み込んでしまった。
「うわ! どうしよう!」
「……お兄ちゃんドジっ子だなあ」
「お前のせいだろ!」
「んー、じゃあぼくもドジっ子になる! んくっ」
言うや否や、弟はサプリを嚥下する。
俺は巨乳になどなりたくなかったが、こいつに飲ませてしまった手前、吐き出すのもなんとなく躊躇われた。
──二時間後。二人並んでテレビを観ていると、体が熱くなってきた。
「……ん、これは?」
「はあっ、お兄ちゃん……体があついよぉ……」
隣で身悶えする弟の胸元がみるみる膨らんでいった。
「はあ、はあ……おっきくなっちゃった……」
こいつは普段からパッド入りの部屋着を着ているが、今の胸は目に見えて円みを帯びていた。
「おお……これは」
「……でもお兄ちゃんの方がおっきい」
「げっ!」
言われて目線を自分の体に移す。そこには目の前の美少女のより遥かに大きいものが二つぶら下がっていた。
「このサプリの効き目は個人差があるみたいだね……えいっ!」
急に弟が俺の胸に掴みかかってきた。
「なんでお兄ちゃんの方がおっきくなってるのー! うー!」
「やめ……おうっ」
無茶苦茶に俺の胸を揉みしだいていた両手が、だんだんと執拗さを増す。
「やめ……やめろっ!」
「……このサプリ、胸や乳首は敏感になるみたいだね」
俺が強く言うと手を離した。確かにそういう効果はある様だ。
「じゃあ、今度はぼくのを……見て」
俺の返答も聞かずに、裾を捲って胸元まで露出して見せた。
男の掌に収まりそうな大きさの白い肌の乳房に汗がうっすら浮かんでいる。先端には桜色に突起した、哺乳瓶の吸い口大の乳首が付いていた。
「へー、お前の乳首でもこんなに大きく勃つんだな」
「お兄ちゃん……そんな事言わないで。なんか恥ずかしいよ」
俺がそう言うと下を向いて黙ってしまった。何となく気まずい。
「……えーっと、お前も感じやすくなってるのかなハハ」
雰囲気を変えようと、俺は弟の乳房に手を伸ばした。
「……っ!」
思った通り、こいつの乳房は俺の手にすっぽり収まった。肌が柔らかく俺の掌に吸い付いてくる。
「オッパイだけじゃなくて乳首もこんなに大きくなるんだな」
乳房を揉みながら乳首を摘むと、女の乳首の様に肥大してやや固くなっていた。
「……はあっ」
弟は切なげな声を上げて俯いている。いつもは白いうなじが紅に染まりつつあった。
「ああっ……ひうっ!」
被虐心をそそる風情に乳首を指先でしごく。何しろ美少女が俺の手で喘いでるのだ。見た目だけなら。
「……いやっ」
「悪い。痛かったか?」
「ううん、大丈夫。お兄ちゃん、もっとしていいよ」
──とは言うものの、何やらイケナイ事をしている気分になってきた。効果のほどを知るにはこれくらいで充分だろう。
「いや、もう終わりにしよう」
「えー……」
こいつは何故か不満そうだ。
しかし、自前のこのオッパイはどうしたら良いだろう。友人によれば効果は一日続くらしいが。
「参ったな、恥ずかしくて外歩けないぞ」
「女の子たちはそうやって視線に晒されて生活してるんだよ」
「確かにこりゃ大変だよな……でも男に巨乳はやっぱり困るよ。女とセックスする時に何て説明すりゃ良いんだ」
「ぼくは大好きな相手なら気にしないけど……お兄ちゃん、そういう相手いないの?」
「いないよ」
「そっかあ。えへへ」
こいつは何故か嬉しそうだ。
「じゃあお兄ちゃん、これから毎日このサプリ飲んでねっ」
「やだよ! 女の子と良い雰囲気になったら困るじゃないか」
「……それってこのサプリの売り文句に使えると思わない?」
悪戯っぽい微笑みを浮かべながら弟が言った。
「女の人がね、彼とか旦那さんのお出かけ前に飲んでもらうの。すると飲んだ男の人はどうなるかな?」
「そりゃ仕事や用事が終わったら、さっさと家に帰ってくるだろうな。万一オッパイがあると他人に知れたら決まりが悪い」
「浮気なんてできないだろうね。良い雰囲気になっても困るんだし」
なかなかに女性的な恐ろしい考えに思えた。しかし幾つか問題もありそうなので口にする。
「でも男が飲みたく無いって言ったら?」
「それでも早く帰らないといけなくなるよ。だって浮気はしない、今晩はお前と、え……えっちするって事なんだから」
「そういうもんか?」
「そういうもんなの。潔白なら飲みなさいって事だね」
有無を言わさない、押しの強い意見だった。
「でも『あなたにオッパイがあっても気にしないわ!』って女と浮気してる男はどうなんだ」
「それはもうお互いの信頼関係が崩壊してるって事だから、別れた方が良いんじゃないかな」
なんともドライな意見に思えた。そして自分の弟の口からこんな考えが出てきているのかと思うと、少し寒気がした。
「まあ、一つのキャッチコピーにはなりそうじゃない? 『浮気防止に巨乳サプリ』」
……なるほど、話題性はありそうだ。友人に悪くない提案を出来るかもしれなかった。
「売れるといいねー」
と笑って言いながらパッド付きの部屋着にバストを押し込んでいる弟は、ますます美少女にしか見えなくなっていた。
俺が営業や販売のアイデアをいくつか考えて友人のところへ持って行くと、じゃあ自前の会社作っていろいろ売り込んでみようか、という話になった。
「面白そうじゃないか。効果は確かなんだから、当たればデカいぞ」
「当面の資金繰りはどうする?」
「それは普通のサプリや健康食品で利益を出すよ」
巨乳サプリの主な販売ターゲットは浮気防止用に女性、女性になりたい男性、繁華街や風俗のオネエだ。
『裸になったら巨乳がボロロローン!? 浮気防止に巨乳サプリ』
『本物より本物らしく──胸に詰まった乙男の希望 巨乳サプリ』
『どうやら彼も飲んだらしい。胸がビンビン物語。夢のDカップ性感 巨乳サプリ(※バストアップには個人差があります)』
こんなキャッチコピーを付けて巨乳サプリは発売された。
発売当初はジョークグッズの一種と見られて目立たない存在だった。
ところが、動画サイトでサプリの使用効果をアップロードしはじめる人間が現れると、インターネットニュース界隈で話題となった。
そしてタブロイド誌や写真週刊紙が追随して特集を組み始め、テレビのワイドショーで取り上げられるまでになると、販売数が伸びて小売店でも品薄になっていった。
「社長、巨乳サプリの在庫の問い合わせが後を絶たないぞ」
「増産体勢の指示はしてあるから大丈夫だ。今はマスコミ対策に力を入れてくれ、本部長」
会社を立ち上げて友人は社長、俺は営業本部長になっていた。
メディアの格好の話題になると、様々な議論を呼び起こした。主に倫理的な面からが多かった。
男はパートナーの女性に肉体を変化させてまで従わなければいけないのか、男性へのセクハラ・モラハラ対策は、いやそもそも自然の摂理に反しているetc……。
「万全だ。各種団体や報道機関への根回しは済んでいる」
発売当初からフェミニスト人権団体、女装のコミュニティ等へ、サプリの無償提供やバックアップを行っていた。彼らの大きな発言力を利用して、反論を封じて世論の一定の支持を獲得することに成功している。
最もこれは長期に渡る売り上げ確保の為の、営業戦略の一貫だった。最低限の継続的な需要さえあれば商売は成り立つのだから。
「さすが本部長。宣伝費もかからないしこの調子で売上を順調に伸ばそうじゃないか」
「悪名も有名のうちだからな」
「お前の数々のアイデアは感心するよ」
「いや、家族の協力もあってな」
「家族って……ああ、妹ちゃんか。良かったらうちの会社に来てもらえよ。社長秘書か営業本部長補佐で迎えるぞ」
「……はは、まあ考えとくよ」
社長からの素敵な提案を笑って受け流しておいた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい。今日の晩御飯は酢豚だよ」
今日も美少女が俺の帰りを待っていてくれた。まあ弟なんだけど。
弟は居間でインターネットを閲覧していた様だ。
「お、何見てたんだ? エロサイトか?」
「違うっ! ぼくの動画コミュニティ! また再生数とメンバー数が増えたんだ」
俺はこいつに頼んで、動画サイトへ巨乳サプリ動画をアップさせていたのだ。ここから火が付いて売上も軌道に乗った。更にはこいつ経由で男の娘ファッション誌や出版社にもコネを作る事に成功した。
今や弟個人にもファンが付いている。動画再生数は伸び、以前家計を助けるために出版した写真集は定価の10倍のプレミア価格で取引されていた。
「ご飯の前に……お兄ちゃんにおっぱいチェックして欲しいな」
「ああ、良いぞ」
こいつも巨乳サプリを常用しており、効果や経過を観察するのが俺の日課になっていた。
キャミソールを捲り上げてブラを外すと、乳房が零れ落ちた。
「うん、大きさ良し、形良し、硬さ良し、今日も良いオッパイだ」
「うん……」
両手で丹念に揉みながらバストチェックをした。
「お兄ちゃんのおっぱいも見せて?」
「おお、ほら」
シャツのボタンを開いて出して見せた。
自社の商品を使わないと営業や対外的に差し支える事が多く、最近は毎日服用して巨乳化していた。
「お兄ちゃんのも今日も良いおっぱいだね……」
弟は俺の胸を舐めんばかりに顔を近付けて、うらやましげに弄んでいた。効果には個人差があるので仕方ないのだが。
「はいおしまい」
「えー、もう?」
「腹減ったよ」
「……わかった」
揉み合いを終わらせてブラとキャミソールを整えた弟は、台所へと向かっていった。
「お兄ちゃん、サプリの売上の方はどう?」
酢豚の豚肉を噛みしめながら返事をする。
「うん、報道やゴシップ記事で叩かれたりもするけど、売上事態は好調だぞ」
「そっか」
「購入者アンケートによると、旦那が不倫をしなくなって関係が修復されたとか、バストが出来た事で新たな世界に目覚めたとか」
「お兄ちゃんが仕事から家にまっすぐ帰ってきてくれるようになって、ぼく嬉しいよっ」
「ははは、家庭円満の効果もあるみたいだな。まあこのオッパイじゃなあ……」
業績も好調で兄弟仲も良い。しかしやはり男にとってオッパイがあるという事は、まだまだおかしいという風潮がある。セックスはしばらくご無沙汰であった。
「胸が膨らんでいて悩んでいる男性からは、男に乳房があってもおかしくないという啓蒙活動をしてくれ、という声もあるんだよな」
「そうだよね……他人と違うっていうのは大きな悩みだよ」
弟は箸を止めて真剣に考えているようだ。
「……でもビジネスチャンスでもあるね」
目の前の美少女の口から、人助けとビジネスが融合した話が展開されてきた──。
「社長、おはようオッパイ」
「副社長、ナイスオッパイ」
出会い頭に最近流行りの挨拶を交わし、社長である友人と打ち合わせを始めた。ちなみに俺は、業績好調の立役者として最近副社長に昇進した。
「メンズブラ等のインナーや巨乳用スーツ、シャツの売上は右肩上がりだ」
「さすがは副社長だな。素晴らしい結果だよ」
「いや俺の右腕のおかげさ」
「……ああ、うちに来てもらって正解だった」
弟の、これからは男の巨乳の為の服が必要だ、との発案を受けて衣料品産業にも参入した。ファッションデザイナーやコーディネーターに、男の巨乳の為の全く新しいファッションを創るように依頼したのだ。
美の世界で生きている彼、彼女らは感性が鋭くプライドが高い。そこを突いて『あなたの作品を待っている人間がいる。あなたこそ新しい美の体現者です』と言って依頼を受けてもらった。
更に弟のツテで出来たコネのある出版社に、男性向け巨乳ファッションを取り上げてもらった。こちらは雑誌への広告出稿とバーターにしたWINWINの関係だ。
ファッションショーや雑誌の効果は高く、男性向け巨乳衣料品は成功を収めていた。
「広報活動はどうだい?」
「最近、巨乳男性への痴漢やセクハラが問題になっている。新設される政府の有識者会議へ派遣する人材を選択中だ」
「うん。男の巨乳は、男性の自由と個性だからね。民主主義社会に於いて何人にも妨げられることがあってはいけない」
巨乳サプリ服用者は増え、マスコミ、出版、ファッション、美容などの業界で絶大な影響力を持つに至っていた。
「次回の選挙では、我々の支持する弁護士やジャーナリストを政界に送り込む予定だ。そうすれば万全だ」
「巨乳男性も、当社もね」
今では営利企業の枠を越えて、一大ムーブメントとなった巨乳男性の自由や個性を獲得するための活動も開始していた。
「ではその調子で頼むよ、副社長」
「はい、社長。巨乳バンザイ」
「巨乳バンザイ」
社長へ一通りの報告を終えた俺は、流行りの別れの挨拶を交わして副社長室へと戻った。
「あ、お兄ちゃんお帰りなさい」
副社長室に戻ると、ストライプのスーツに黒ストッキング姿の美少女が俺を待っていた。
「会社では副社長と呼べ。広報部長」
「すみません、副社長」
弟だった。こいつのアイデアや発信力を活かせると思い入社してもらったのだ。
"妹"が弟だったと知った社長は驚いたが、すぐにこいつの才能を認めて抜擢し、今や広報部長、そして俺の右腕同然だった。
巨乳男の娘アイドルとしての知名度も高くなっていた。試しに会社の公式ホームページに、こいつのブログを載せてみるとアクセス数が一桁増えた。会社にいるだけで宣伝効果は抜群だった。
「で、どうした?」
まだ同じ家に住んでいるので、出社までは一緒だ。一日の打ち合わせは大体その時に済ませている。
「衣料品部門の売上が聞きたくって来ちゃいました。副社長」
「ああ、それなら社長に報告してきたところだ」
俺はソファーに座りながら報告書を渡してやった。
「うん、上手くいってるみたいだね。良かったあ」
屈託の無い笑顔を向けてくる。今日は薄化粧で、エクステンションでロングにした髪をアップにしていた。どう見ても清楚な美少女だった。
「……でね、今日は、し、新商品の提案があるんだ」
「ん? ならデザイン部にでも……」
「ううん、お披露目はお兄ちゃ……副社長じゃなきゃイヤなの」
俺の隣に腰を下ろした弟は、ブラウスのボタンを外していった。
「見て……」
胸元をはだける。すると毎日のオッパイチェックの時より、幾らか大きいバストがブラジャーに包まれて表れた。
「あれ? お前こんなに巨乳だったっけ?」
「……副社長デリカシー無いなあ……これは巨乳男性用の矯正下着だよ」
「へー、良くできてるな」
手触りを確かめてみる。もにゅんもにゅん。
「うん、しっかり肩や背中から肉が集まって詰まってるな」
「あん、もっと……裏地とかも見てえ……」
めくって良く見ようとブラのホックを外すと、目の前の巨乳は、少し大きいくらいのいつものバストに戻ってしまった。
「ありゃしまった」
「んもー、そういう対応傷付くんだけどなー」
「悪い悪い。でも効果は充分にあるな」
「でしょ!? お兄ちゃんも着けてみなよ。えいっ!」
言うなり弟は、胸を露出してブラを振りかざしながら、俺の股の上に跨がってきた。
「おいおい、あと会社では副社長だ」
「……お兄ちゃんっ!」
息を荒くして、Cカップの胸を俺の顔面に押し付けながら、腰を振り出す。
「お兄ちゃん──ぼくお兄ちゃんが好きなの! 大好きなのっ!!」
「はあ!?」
慌てて胸から顔を離した。弟は力の籠った眼差しをこちらに向けている。
「お前、男が好きとかじゃないんだろ?」
「違うよ。お兄ちゃんが好きなの。お兄ちゃん以外には興味が無いの」
「……え?」
「お兄ちゃんにもっと見てもらいたいから可愛い格好をしたの。お兄ちゃんが好きだって言うからおっぱい大きくするために頑張ったのっ!」
「……お前」
「お兄ちゃんの力になりたくって、すっごい恥ずかしかったけど写真集とか動画も撮ったんだよ。もっと一緒にいたくて会社に入ったんだよ」
俺の胸に掌を当てながら苦しそうに言葉を続けた。
「ぼくはお兄ちゃんが好き。お兄ちゃんの為なら何でもしてあげられるよ?」
胸をまさぐっていた掌を、腹から臍、さらにその下へと、徐々に触れる場所が変えられていった。
そして両方の乳が俺の股の真ん中に置かれる。弟の乳房の重みと温かさが股間から感じられた。だが体温だけではない、熱くたぎるものも伝わってくる。
「しかし、俺は……」
上目遣いの弟は、潤いを湛えたままの目で、懇願するかのようにまくし立ててきた。
「お兄ちゃんを毎朝起こして、三食用意してあげられて、お兄ちゃん好みの中華料理が作れて、洗濯掃除を欠かさずできて、シャツやハンカチには必ずアイロンかけてあげられて……」
勢いは止まらない。
「仕事場でも一緒で、何でもお手伝いやフォローができて、仕事のアイデアを出せて、おっぱいがあって、お兄ちゃん好みの可愛い格好ができて……」
瞳が潤いを増す。
「いつでも一番近くにいて、お兄ちゃんの事を何でも知ってて……それで……それで……」
いつ見ても化粧を欠かさない麗しい顔を、だんだんと近付けて言う。
「今言った事の全部ができる、お兄ちゃんが大好きな……そんな恋人はいりませんかっ!?」
必死に恋心を訴えてくる泣きそうな顔の美少女を慰めるには──何もかもを忘れるしか無かった。
目の前に少しずつ、ライトブラウンの髪で睫毛の長い色白の美少女の顔が迫ってくる
──そして俺は全てを受け入れた。
やがて男性巨乳サプリブームに端を発する巨乳化男性向け商材は、驚異的な広がりを見せる。
メンズブラ、女装、男の娘、BL、男性同士の恋愛etcは、日本発のhentaiカルチャーとして重要な輸出コンテンツとなっていった。
「日本始まったな」という驚きの目で見られた全く新しい価値観は、やがて世界に浸透。先進国や人権に理解のある国家には、必ず巨乳サプリが販売されているという。
──しかし、日本の輸出総額に男性巨乳コンテンツが大きな割合が占める用になった頃、国内では深刻な少子化が凄まじい勢いで進んでいた。
理由は言うまでもあるまい。母性を象徴する巨乳は最早女性のものだけでは無くなったのだ。男性同士の恋愛、セックス、結婚、性の問題は日常のものとなった。
日本の問題は、当然世界中へと飛び火した。至るところで男性への性犯罪、セクハラは日常茶飯事。女性は必要とされず、社会的地位の低下を余儀なくされた。
更には男性同士の痴情のもつれ問題は、国連総会でも取り上げられた。男性の嫉妬は、決して記憶から消える事が無い。一度裏切られれば死ぬまで相手を許せない深い怨みを持つからだ。
結局国連憲章に「嫌な事は忘れよう」という条文が新たに加えられた。
それでも世界規模の結婚年齢の高齢化、生涯独身の人口増加、極少子超高齢化には大した効果を及ぼすことはなかった。
やがて世界の人口は減少し──人類は衰退した。
人類は破滅に向かっても、巨乳サプリの生産は続く。
「お兄ちゃん。今日もお兄ちゃんが大好きだよっ」
─完─
以上で完結です
ご覧いただき、ありがとうございました
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