杏子「ケーキを売るのも楽じゃない」(229)

続きものです

杏子「さて、はたらくか…」
ttp://punpunpun.blog107.fc2.com/blog-entry-2978.html
ゆまと教会でひっそり暮らしてた杏子が
さやかにバイト先紹介してもらう話です。

代行どうもです。
続けます

杏子「なぜだ…」

杏子「全然売れねえぞ、おい!」

杏子「お…いいところに、親子連れが…」

杏子「いらっしゃいませ~。チーズケーキはいかがですか?」

親子「……」


む、無視された…。

くそっ。くそっ。

私は私とゆまのくいぶちを探すため、

さやかの叔父さんがやってるケーキ屋に厄介になっている。

店頭で売り子を務める全くケーキが売れない二日目のバイト。


杏子「うぁあああ、今日まだ5つしか売れてねえ~~」

しかも、ご近所さん、お得意さんらしき人ばっか。

杏子「アタシ、商売の才能ないのか?」

時計は15時半を回ったところで、店の中から人影が現れた。

さやか叔父「どうだ新人、売れ行きは?」

杏子「……」

オッサンには合わせる顔がなかった。

叔父「安心しろ。俺が立ったら、2つしか売れなかったぞ」

そりゃアンタ、人殺してそうな顔してるからな。

杏子「売れない分は、アタシが買い取るよ。全部は無理だけど給料分ぐらいは…」

叔父「んなことしなくてもいい。それより、ちょっとこっちに来い」

店の奥に、通されるとそこには『ゆま』と、さやかの叔母さんの姿があった。

杏子「なっ!?」

フリフリのスカート。ドレスアップしたゆまの姿が、そこにあった。

ゆま「キョーコ! どう?似合う?」

杏子「お…おう、いいんじゃないか?」

めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか…。

私の数十倍似合ってると思うぞ。

叔母「うふふ、サイズが合うか心配だったけど、ぴったりみたいね」

叔母さんはゆまの頭に手をおいて、頭を撫でている。

ゆまは、くすぐったそうに笑っていた。

……完全に馴染んでやがるな。


杏子「で、どうすのさ? こんなもん着せて」

ゆま「あのね、ゆまもキョーコのお手伝いするんだよ」

叔父「まあ、そういうことだ。うまくやれよ」

杏子「って、ガキはまずいんじゃなかったのか?」

叔父「まずいのは、学校に通わせないで働かせてることだ」

叔父「この時間なら、学校も終わってるだろうよ」

叔父「近所には親戚の子に手伝ってもらってるって言っときゃ問題ない」

そっか、そういや昨日一緒に働いてた『さやか』だって中坊だもんな…。

でも、オッサンだって朝はゆまが店に立つこと反対してたはずだ。

こんなガキを働かせること、快く思う人間じゃなかった。

杏子「まさか、ゆまが駄々こねたのか?」

それに、ゆまの服どうしたんだ? どう考えてもサイズが…。

叔父「……」

叔父「姉貴想いの出来た妹さんじゃねえか。お前の手伝いがしたいんだとよ」

ゆまの方をみやると、笑顔をこちらにむけてきた。

妹……か。

私は今になって妹がいたことを思い出した。

ゆま「どしたの、キョーコ?」

杏子「いや、なんでもねえ」

生きてりゃ多分こいつとぐらいか……

自分の意見を曲げて、ゆまの願いを聞き入れてくれたオッサンに感謝した。

杏子「ありがとな、オッサン!!」

叔父「ああん!?」

杏子「じゃなかった、店長…」

オッサンの眼光は、そんじょそこらの魔獣なんかと比較にならないほど鋭い。


さすが人殺しの目は違うな。

いや、さすがに人は殺してないだろうけど…

叔父「そこに、リヤカーがあるだろ?」

叔父「ケーキが積んであるから、ゆまと一緒に持っていけ」

杏子「リヤカーでケーキを?」

叔父「豆腐屋が似たようなことやってんだろがっ!」

豆腐屋とケーキ屋を一緒にすんなよ……。

杏子「いいのかよ?ケーキがぐちゃぐちゃになるかもだぞ」

叔父「そこは、お前がなんとかしろ。言っとくが、客にヘタなもの出したらぶっ殺すぞ」

む、無茶だ……。

叔父「ゆっくりでいい。時間はたっぷり使って、構わないから」

杏子「店はどーすんだよ?」

叔母「私が見ておくから大丈夫よ」

叔母さんがにっこり微笑む。

そういや、この人がもともと売り子やってたんだっけ?

アタシがやるより、よっぽど売れそうだな。美人だし。

……ちきしょう。


ゆま「いこう、キョーコ!ゆまもお手伝いするよ」

いい笑顔じゃねえか…。

私の役に立てることがそんなに嬉しいんだろうか…。

杏子「しゃあねえな、行くかっ!?」

リヤカーを引くのは造作もない。

たとえそれがケーキを10個も20個も積められようが私は普通の人間じゃない。

台車も思ったより安定して、

これならケーキを崩してオッサンにどやされることもないだろ。

叔父「…いけるのか?」

杏子「そのつもりで、ケーキ積んだんだろ?」

叔父「……よし、行ってこい」

しかし10分後私は後悔することになる……

杏子「帰りてぇ……」///

メイド服のような格好で、リヤカーを引く姿は想像を絶するほどシュールだった。

そう。道行く人に、振り返らない者がいないくらいに……。

ゆま「どうしたのキョーコ?」

恥ずかしくて死にそうな私と違って、清々しい顔で隣で車を引くゆま。

くそ…お子様が…。

通行人相変わらず、異形なものを見る目でこちらを見てくる。

ケーキを買うどころか、近寄ってきさえしない。

当然だ。こんなの見たら、私だって引くわ。


売りあげてこいとは一言も言ってなかったオッサンだけど

さすがに収穫0で帰ったらがっかりするだろうな……。

店先じゃ全然売れなかった…。

せめてこいつだけは、なんとしても……


そんなとき、前から見知った顔がやってきた

さやか「おっす、アンタなにやってんの?」

杏子「見ての通り、ケーキを売ってんだよ」

さやか「いや……見てもわかんないけど。ていうか、そっちの子は?」

杏子「こいつは、千歳ゆま。まあ、アタシの妹みたいなもんだ」

ゆま「だぁれ?」

さやか「こんにちわ。あたしはさやか。お姉ちゃんのお友達だよ」

さやかは、しばらくゆまを見ながら何か考えているようだった。

さやかにはまだ私たちがどんな暮らしをしてるか話していない。

その辺りまで深く突っ込んでこないのは、さやかなりの気遣いだと思う。

あんまり詮索されたくなかったので、そろそろ行こうと、取手を引いた。


さやか「待って。ケーキ売るならいい場所があるよ」

杏子「本当か?」

さやかの案内でたどり着いたのは、開けた団地のスーパーの周辺。

いろんな露店が出ていて、主婦や学生が出入りしていた。

ケーキ屋や和菓子店などの類がなかったのは幸いだった。

さやか「坂がきつくなかった?」

杏子「へへ、どうってことないさ」

リヤカーで運んだケーキもひっくり返った様子はなかった。

さやか「アンタ意外と力持ちだったんだね、見なおしたわ」

さやかに褒められると、なんだか背中がこそばゆくなった。

杏子「ホントは、力持ちなんかじゃねえよ…」

なんとしても団地でケーキを売ると決め込んだ私は

自分の持っている強みが何なのかを考えた。

杏子「よし、とりあえずやってみるか」

露店の空いたスペースにリヤカーを止めて、箱から1つケーキを取り出す。

さやか「で、どうやって売るの?」

杏子「まあ見てな」

プラスチックの使い捨てフォークと小皿をを近くのスーパーで購入してきた。

ナイフで円形の大きいサイズのチーズケーキを1くちサイズに切り分けると、

小皿に乗せ、1つ1つをフォークで突き刺した。

さやか「試食?」

杏子「うん。味は確かなんだ。一人ぐらいは買ってくれる奴がいんだろ」


ゆま「ゆまこれ知ってる…すごく美味しいんだよ」

ゆまが目を輝かせている。

杏子「ああ。昨日食ったやつだな」

7,8個のケーキの小塊を乗せた皿をゆまに手渡した。

杏子「ゆま、そこら辺歩いてる奴らに配ってくれるか?」

ゆま「なんて言って配ればいい?」

杏子「うーん。ふつうに、食べて下さい…で、いいと思う」

ゆま「わかった!!」

ゆまは、さっそうと皿を持ってかけていった。

ゆまの手から、通行人にフォークが手渡される。

それは主婦であったり、子供だったり、帰宅中の小学生だったり…

みんな幸せそうな顔をしていた。

さやか「アンタは配らないの?」

杏子「いや、あの可愛さには勝てんだろう?」

無邪気にフリフリのスカートをなびかせて、

親子連れに向かってかけていく姿は微笑ましかった。

さやか「ふふ…たしかに」


私は……『もの』を配るのが嫌いだった。

出来ればもう二度とやりたくない……


教会に人が来なくなってから、

自分たちにできることはないかと教本持って、

近くの家を1件1件、妹と一緒に巡回した。

浴びせられるのは決まって冷ややかな視線だった。


親父は正しいことしか言ってないのに…

少しでも話を聞いてくれれば、誰もが間違ってないってわかるはずなのに。

ゆま「これ、どうぞ」

おばさん「ありがとう…美味しいわ」

オッサンのチーズケーキは、確実にみんなを笑顔にしていた。


杏子「なんでこんなにも違うんだろな…」

さやか「?」

しばらくさやかと一緒に、ゆまの姿を眺めていた。

さやか「ねえ、杏子。あたしには姉弟とかいないんだけどね」

さやか「たまに妹がいたみたいな、夢をみるの」

杏子「なんだそれ?」

さやか「妹…じゃないんだけど、その子はいつも私の隣にいてくれて…」

さやか「つまらない私の話を、嬉しそうに聞いてくれるんだ」

杏子「そいつはゆまに似てんのか?」

さやか「わかんないな。あたしの中でも曖昧だから…」

そのさやかの話は、私の中でも引っかかった。

なんでだろうな。

ゆまは、早速ひと皿目を配り終えてきた。

ゆま「みんな、美味しかったって」

杏子「そうか…そうだろうな」

さやか「いいの? 結局だれも買ってくれなかったけど」

杏子「構わないさ。オッサンは一言も売ってこいなんて言わなかったし」

もとから売らせるつもりのないものなんだろう。

いや、私は売る気満々だけどな。

ケーキを食べる人たちの笑顔を見てたら、なんかしんみりしちまった…。

私はまたケーキを切って、ゆまにそれを手渡した。

ゆま「キョーコもくばりにいこうよ!」

杏子「アタシがいたら、みんなケーキなんて食ってくれないっての」

さやか「んなわけないって。ここはあたしがみとくから、行ってきなよ」

ゆまは強引に私の手をつかんで、ランドセルを背負ったガキたちの中心へ向かう。

ゆま「ほら、キョーコ」

ゆまに尻を叩かれるように、ガキの前へ進み出た。

杏子「こ、これやるよ」

私は小皿を男の子の前に差し出した。

緊張で顔が強ばっていたと思う。

子供は怖じながらもフォークに手を伸ばし、それを口へ運んだ。

その表情が、緊張から、驚き…

そして幸せへと変わっていく様子を間近で見れた。


男の子「ありがとう、お姉ちゃん」

胸の奥にじわりと熱いものが込み上げてくる。

その笑顔が、あまりにも温かく……切なかった。


教本を弾き飛ばされ、罵声を浴びせられた日のことが鮮明に浮かんだ。

お前の父は嘘つきだ!と罵られた日々。

少なくとも人にものを差し出して感謝されたことなんてなかった。

人を笑顔にしたことなんて、一度もなかった。

感謝されることがこんなに嬉しいなんて、私は知らない。

知らなかった……。


杏子「モモ…」


思わずその名を震えながら口にしていた。

罵声でも、嘲笑でもない。そんな言葉を口にされたのは、初めてだ。

……それを聞くこともなく、死んでいった妹のことを思うと切なくて。

杏子「ごめん……。ごめん…」

妹の記憶が鮮明に思い出された。

一緒に教会の敷地で遊んだこと。

1杯のスープを少し多めに分け与えてやったこと。

りんごひとつ、まともに買ってやれなかったこと。

ゆまやガキの前で泣くまいと、唇を思いっきりか見つけても、頬を伝う涙は止まらなかった。

ただ死ぬ前に一度、美味いものを食わしてやりたかった。

オッサンの作った絶品のチーズケーキを味あわせてやりたかった。

こんなに美味いものがあるんだ、と胸を張って。

そんなことで気が晴れるわけがないけど、少しでもあの子が幸せだったと笑ってくれるなら

それでよかったのに。

すぐにさやかが駆け寄ってきた。

さやか「ちょ、ちょっと…どうしたのさ」

杏子「いや…ちょっと…」

近くの椅子の上に腰をかけ、膝を貸してくれた。

ゆまたちの方を見るのはきまりが悪かったので、

さやかのお腹の方を向いて横になった。


いい匂いがした。

膝がふんわりと柔らかく、髪を撫でる指先が悔しいぐらい心地よくて…。

冬の風が体温を持っていくが、首から上が、ものすごく温かかった。

私が落ち着きを取り戻すと、さやかは心配そうに訪ねてきた。

すいませんご飯を食べてきます。
落ちてたら、立て直します。

保守ありがとうございます。
続けます


さやか「いったいどうしたのさ、突然?」

杏子「……」

さやか「いや、あたしが悪かった。今のなしで」

杏子「ごめん……」

さやかに聞いてもらいたいという気持ちと、

話してどうするんだという気持ちが私の中で混同していた。

さやかは、私のことを『友達』と言ってくれた。

友達なら、こんなどうしようもない話でも、語り聞かせるのが当たり前なのか?

距離が縮まるようで…、あまりにも境遇が違いすぎて遠ざかるようで……。

私には友達との距離のとり方が、わからなかった。


でも、もう少し……もう少しだけ、

こいつの膝の上で厄介になりたいと願う自分がいたのは確かだ。

ゆまは、私が横になっている間、ケーキを配り続けてくれていた。

私が起き上がると、すぐさま寄ってくる。

ゆま「キョーコ……ごめんなさい」

杏子「どうしてお前が謝るんだ?」

ゆま「だって…ゆまが無理やり杏子を引っ張ったから」

杏子「そんなことで、怒ったりしないから…ありがとな」

ゆまの心配そうな顔が、にっこり笑顔に変わった。



20箱近くあったケーキはおおよそ半分に減っていた。

……いくらなんでも配りすぎだぞ、おい。

「すいません」

背後から、主婦に声をかけられた。

主婦「ここで美味しいケーキを売ってるって聞いたんだけど」

杏子「は、はいっ!」

客だ!

主婦「種類は何があるのかしら?」

杏子「すいません、うちはチーズケーキしかなくって」

主婦「あら?そうなの」

杏子「でも、ここらへんのケーキ屋より、絶対美味しいって保証しますんで!」

主婦「じゃあ、おひとつ貰おうかしら」


おばさんの後ろに、小さい影がくっついているのが見えた。

忘れもしないその顔は、私に『ありがとう』と言ってくれた男の子だった。

目が合うとニコッと笑って、私に手を振ってくれる。

私は気恥ずかしくなって視線を逸らしたが、

別れ際に『またな、坊主』というと、そいつはまた手を振ってくれた。


さやか「売れたね」

杏子「あ、ああ……」

それから、群れるように客が寄ってきた。

6箱売れた時点でも、客の勢いが途絶えなかった。

こんだけ人に囲まれたのは初めてだ。

面白いようにケーキが売れていく。


残り少なくなったのでチーズケーキのバラ売りにしようと、

本店と同じ値段をつけて販売した。

30分もしないうちに、10箱分のケーキは全て売り切れた。


ゆま「やったね、キョーコ」

昼間に全く売れなかったのが嘘みたいだ。

杏子「うおぉ、33,400円! こんだけあれば、しばらく遊んで暮らせんぞ!」

さやか「いや、無理だから」

杏子「とにかくこれも二人のおかげだ。ありがとう、ゆま。さやか」

さやか「別にあたしは何もしてないよ」

対称的に、ゆまは手放しに喜んでいた。

ゆまのこういうところが好きだ。見てて気持ちいい。

3人で工房へ帰ると、店先にオッサンが立っていた。

空っぽのリヤカーを見て、オッサンは少し慌ててるようだった。

叔父「おい、どうしたんだこれ?」

杏子「半分は、配った。残りはこれだ」

私は、売上をオッサンに手渡した。

叔父「……」

そのなんとも言えない顔を見て、私は大満足だ。

やっぱ、はなから売れるなんて思ってなかったんだな。

オッサンに続いて、叔母さんが中から顔を出した。

叔母「杏子ちゃん、ゆまちゃん、それにさやかちゃんまで。おかえりなさい」

さやか「おばさんこんばんわっ!」

叔母「まぁ、あれだけあったケーキ全部を?」

杏子「いえ、申し訳ないんですが、売上は半分しか…半分は試食に回したんで」

私はこの人が少し苦手(決して嫌いではないのだけど)だったので

いつも敬語になってしまうのだ。

ゆま「ゆまがくばりすぎちゃったのがいけないの」

叔母「半分でも上出来よ! すごいわ。ゆまちゃんもご苦労様」

叔母さんがゆまの頭を撫でる姿を見て、私もどこか安心した。

店頭にあるケーキを覗いてみた。

私がいた時よりも、若干売れている気がするが…まだたくさん残っていた。

……とても褒められたもんじゃないじゃないか。

結局店としちゃ赤字には変わりない。

叔母「さあさ、晩御飯にしましょう。さやかちゃんも食べていきなさい」

杏子「え…?」

ゆま「ゆまたちも食べてっていいの?」

叔母「もちろん。ゆまちゃんたちにも是非食べてって欲しいわ」

いいのか?

最近、人の世話になりすぎている気がするぞ。

叔父「おい、新人。お前はまだ店の片付けがあるからな。残れ」

杏子「うっす」

さやかたちは、先に家の中に入って、私とオッサンがその場に残された。

叔父「どこまで行ってきたんだ?」

杏子「見滝原の団地の周りだ。さやかが案内してくれた」

叔父「団地!?」

オッサンの瞳に驚きの色が露呈していた。

杏子「まずかったか?」

叔父「いや。…そうか。あんなところまで」

叔父「にしちゃ、お前、随分涼しい顔してるじゃねえか?」

杏子「力仕事は得意分野だからな」

叔父「みたいだな……。お前、本当はロボットか何かじゃないだろうな?」

……ぎく。このオッサン、思った以上に鋭いな。

何がいけなかったんだ?

ああ…このリヤカーか、こんなに重かったんだな。


杏子「ゆまやさやかにも手伝ってもらったから。一人で引いてたわけじゃないよ」

叔父「まあいい。無茶だけはするな」

大した力を使ったわけじゃないが…危うく正体がバレるとこだった。

でもオッサンにその言葉をかけてもらえたことが、私には嬉しかった。

杏子「ああ、せいぜい気を付けるよ」

杏子「私からも言いたいことがある」

叔父「なんだ、新人?」

なんて伝えればいいんだろうな。

男の子に『ありがとう』と言われたことを、オッサンに報告したかった。

そのとき人から感謝されたことが嬉しかったと、伝えたかった。

それは、オッサンの力があったからで…

杏子「あ、ありがとう」

叔父「は? 何の礼だそりゃ?」

でも私の昔のことなんて、この人は知らなくて…。

私にゆまとは違う妹がいたことも…

そいつは、私が体験したようなことを知らないまま死んだことも…。

きっとこの気持ちを上手く言葉にすることなんてできないんだ。

杏子「いや、アンタはアタシにチャンスをくれたから…」

杏子「ケーキが売れなくて凹んでたアタシを気遣ってくれたんじゃないのか?」

本当に言いたいのは、そんなことじゃない。

私の『ありがとう』は、そんな気遣いに対するものじゃない。

嬉しかったこと…。喜びを与えてくれたこと。

そんな大事なことを、伝えられないのが、少し悔しくて…。

叔父「買いかぶりすぎだ。お前の妹がうるさいから、家から追い出したかっただけだ」

叔父「第一、オレは売れるなんてこれっぽっちも思ってなかったからな」

この人もたいがいだな……。

いつかオッサンと本当の気持ちをまっすぐに語り合える日が来たらいい。


少しだけそう思った。

机の上には、何年ぶりだろうか…美味しそうな家庭料理が並んでいた。

すげぇ…うまそうだ。

ゆまも私も目を丸くしていた。

ゆま「美味しそうだね、キョーコ」

杏子「あ、ああ…」

本当にもらっていいのか? 

さやか「どうしたの、杏子?」

杏子「あんまり、こういうの慣れてないから…」

叔母「うふふ。いっぱい食べてってね」

前に一度この人の焼いたパンを食わせて貰ったが、絶品だった。

そんな人の手料理が、不味いはずがない。


私は肉を頬張りながら、どうやったらもっとケーキが売れるのか、

今日は何が行けなかったのかを頭の中で考えていた。

帰りにオッサンから二日目のバイト代を受け取った。

手元に現金が1万以上ある……。

踊りだしたい気持ちをなんとか堪え、妄想が膨らんだ。

これでリンゴを買ったら、枕元を果物屋に出来そうじゃねえか。

大好きな麩菓子を山のように積み上げることも出来るだろうよ。

たい焼きを糖尿病になるぐらい食べるのも悪くない。


ゆま「キョーコうれしそう」

杏子「ああ。これだけあれば、なんでも買えるぞ」

ゆま「ほんとう!?」

杏子「そうだ、ゆまは何か欲しいものあるか。買ってやるよ」

今日、こんなに浮かれてるのもおおかたゆまのおかげだ。

こいつが客引きしてくれなければ、私はケーキを売ることは出来なかった。

ゆま「ゆまはキョーコが喜ぶものなら、なんでもいいよ」

なんて無欲な…。

私は結局考えた末に、リサイクル店と雑貨屋でコートと新しい毛布、サイフを1個ずつ購入した。

それから、駄菓子を大量に。

ゆま「ありがとう、キョーコ」

杏子「安もんだけどないよりマシだもんな。朝と夜は冷えるから、もう風邪ひくなよ」

「こんばんわ」


振り向くと、そこには一人の魔法少女の姿があった。

マミ……。

マミ「お久しぶり、佐倉さん」

ゆま「マミお姉ちゃん!」

ゆまがマミの方へ駆け寄る。



杏子「…うっす」

この間、ゆまがグリーフシードを集めるのに世話になって、マミには借りがある。

残念ながら手持ちが少ないから、返すことができない。

マミ「大荷物ね」

ゆま「あのね、これキョーコが買ってくれたんだよ。ふかふか、あったかいの」

杏子「そういうわけだ。この前はゆまが世話になったみたいで…ありがとうな」

マミ「…そう…よかったわ」

よかったわというのは、アタシが非合法な手段でものを手に入れるのを辞めたことを言ってるのか。

それとも、ゆまと円満に暮らしていることを言ってるのか…。

何を考えてるのか計りかねたけど、マミは嬉しそうだった。

杏子「今は借りを返せないけど、いつか必ず返すから」

私とマミは、全く違う性質を持っている。

だからマミの世話になるつもりなんてなかった。

マミ「……佐倉さん、あなたはまだ…」

『他人の為に力を使うことを無駄だと思っているの?』という言葉が、その先に続く気がした。

私は、まだ自分の答えを出せずにいた。

けど、この数日で私は少しだけマシになれた気がしていた。

さやかやオッサン、あのおばさんのおかげだ。

そのおかげで言葉だけはすらすらと出てきた。

杏子「アタシは、この力を自分が正しいと思ったことに使う。それ以外に使ったりしないよ」

言ってから気づいた。私はオッサンの言葉を借りていた。

……まだこんなんじゃダメだな。

でも、誰かれかまわず他人に首をつっこみたがる危うさを私は知っている。

それをしたところで、決して誰も褒めてくれないことも。

……私は二度とマミのようにはなれない。

人を守ることが自分の使命だなんて、とても思えない。

そんなことをしても報われることはないのだから……。


マミ「よかった…」

それなのにマミは私の言葉を聞いてうっすらと笑っていて。

そこにいたのは、かつての恩師で…

全てが変わってしまった今でも、なぜか二人の距離にそれほど開きがないような気がした。

杏子「いいのかよ、こんな答えで」

マミ「ええ。その子といるあなたを見てたら、やっぱり佐倉さんは佐倉さんなんだなって…」

マミ「頑張ってね…」

杏子「い、言われなくたって」///

マミ「佐倉さんさえよければ、今度ゆまちゃんと一緒に遊びにきて」

マミ「温かい紅茶とケーキを用意して待ってるわ」


マミの気持ちを裏切ってしまったのは私の方なのに……。

こいつはそんなこと微塵も責めるつもりなんてなかったんだな。


杏子「やっぱりかなわないよ、アンタには…」

銭湯から帰ってきた私とゆまは、新しい毛布にくるまって横になる。

あったけぇ~~。

毛布を買ったのは大正解だったな。

ゆま「ねぇ、キョーコ…」

ゆま「キョーコは、ゆまのために下げなくていい頭を下げてるの?」

ゆまを仕事場において欲しいと頼んだときのことを言ってるんだろうか。

……余計なことを言ってくれたな、オッサン。


杏子「なんだ、オッサンがいったこと気にしてんのか?」

ゆま「キョーコは、ほんとうはやりたいこととかあるんじゃないの?」

そんなもの、あるはずない……。

好き勝手やって暮らしていただけで、先のことなんて考えてなかった。


何度も死にそうになった経験がある。

私たちは消耗品で……きっと大人になることなんてできやしない。

未来なんて考えたって、仕方ないんだ。

そんな思考が意識のどこかで取り巻いてて……。

杏子「アタシはなんもないよ」

あったとしても、何の意味があるってんだ。

杏子「アンタはどうだい?ゆま。夢とかないのか?」

でも…そんなこと、ゆまには言いたくない。

こんな小さなガキの未来が、既に終わってる代物だなんて…

私は信じたくなかった。

矛盾してるのが自分でもわかった。

ゆま「わかんない。ゆまはキョーコといられれば、それでいいから」

その答えを聞いて私はほっとしていた。

もし、花屋になりたいとか…オッサンみたいなケーキ屋をやりたいとか…

そんなことを言われていたら私は、どう言ってやるべきだったんだろう。



あの人なら…なんて答えるんだろうな。


私の頭の中には、オッサンの顔が浮かんだ。

全てを知ったあの人が、叶うはずのない夢を持った子供になんて答えるか、気になった。

~翌日~

昨日よりは売れ行きが少し伸びた気がする。

店頭で、試食をすることで客が寄ってくるようになった。

ちゃんと、オッサンに許可もとってある。

それでも昨日みたいに爆発的にケーキが売れるなんてことはなかった。

人の通りが多いわけではないし、客の半分はお得意様みたいなもんだし。

杏子「いや、それは言い訳だな」

この前、さやかと店に並んだときは、もっと売れてたはずだ。

杏子「となるとやっぱ、原因はアタシにあるんだな」

杏子「さやかにあって、アタシにないものか…」

……いっぱいありそうだな…。


お互いボーイッシュなノリがあるものの、あいつは実に女らしい。

杏子「昨日膝枕してももらったときなんて……」

いい匂いしてたもんな……。

あの時のこと思い出すと、気恥ずかしいけど…

今日もバッタリ合わないかな……なんてどこかで思ってしまう。

杏子「いけね、いけね」

それどころじゃねえよ。売らなきゃ。

自分の仕事しなきゃ。



そういや、さやかの叔母さんも

昨日ちょっと店にたっただけで、ちゃんと売ってたよな。

あの人はベテランだし、美人だから反則な気がすっけど、

やっぱ感じの良さがピカ一だよな。うん。

多分、私にないのはそこだ。


杏子「よし、ちょっと鏡の前に立って練習してみるか」

店の中にある、大きな鏡の前にたった。

杏子「いらっしゃいませ、こんにちわ……」

………。

なるほど、こりゃ酷い。

さやかのを見よう見まねでやってたが、

無理に笑おうとして、顔が引きつってやがる。

杏子「これで売れるわけねえ…」

あまりのひどさに愕然としたけど、

とりあえず原因がわかっただけほっとした。

それから、十回ぐらい鏡の前で挨拶をしてみたが

思うように笑顔を作ることができなかった。

むしろ、やればやるほどひどくなっていく気がする。


叔父「おいっ!?」


杏子「オッサン!?」///

やべ、全然気づかなかった。

叔父「やけに声が聞こえるから来てみれば…なんだそりゃ」

杏子「挨拶の練習だよ…見りゃわかんだろ」

私は自信なさげに答えた。

叔父「なるほど。お前もまともに挨拶出来ない組か」

なんだよ、挨拶出来ない組って…。

叔父「しかしそれじゃ、店に立たせられねえな…」

杏子「く、クビか?クビなのか?」

叔父「馬鹿野郎、んなことぐらいで辞められてたまっか」


叔父「オレも付き合ってやるよ。もっぺんやってみろ」

杏子「うっす」



何度やっても引きつった姿が映されるだけだった。

叔父「無理に笑わんでいい。とにかく挨拶だけしてみろ」

杏子「わかった」

機械的に言葉をしゃべるだけ。

さっきよりマシだけど、これでケーキを買いたいと思う奴はいないだろう。

叔父「声が低いな。八百屋をイメージしてみろ」

杏子「いいのかよ?ケーキ屋だろ?淑やかさがなくなるぞ?」

叔父「知ったことか!大体淑やかさなんて、お前のイメージに合わんのだわ!?」

さらりとひでえこと言われたような気がするが、全くその通りだ。

八百屋…八百屋…。


杏子「らっしゃい! なんにする? トマト、キャベツ?今日は椎茸が安いよ!」

おっ…いいんじゃねえか?

女性らしい淑やかさはないが、いきの良さがあって、私らしいんじゃないか。

杏子「どうよ、オッサ…」

叔父「うちはいつから八百屋になった!イメージだけだこのたわけがっ!?」

ゴンッ!!

く、くそおやじが……。

それからオッサンのトレーニングのかいあって、

無視される回数がかなり減った。

明らかに客の反応が変わったのがわかる。

何より違うのは、お得意さんと思われる客以外にもケーキがよく売れるようになったことだ。


これで当分安泰だろう。

さやかに出来て、私に出来ないことがあるんだと思い知らされた。

いつか淑やかな営業で、客寄せしてオッサンをぎゃふんと言わせたい気もするが、

店の売上が伸びれば、そんなことにこだわる私じゃない。

オッサンたちには世話になりっぱなしだからな。


夕方近くになると、ゆまが制服に着替えて側にやってきた。

今日もリヤカー抱えてケーキ販売にいくつもりだ。


杏子「どうでもいいけど、この時は普段着で行かせてくれよな……」

人々の視線が気になって仕方ない。

ゆま「ゆまは、好きだよ、キョーコかわいいもん」

お前の方がかわいいんだよ、ちくしょう。


今日も拠点は、あの団地だ。

昨日は配りすぎた感はあるが、オッサンに言わせれば

『どうせ余るんだから、全部タダで配るつもりでやてこい』

と太っ腹なことを言っていた。

店を大きくすることよりも、ケーキを食ってもらうことが好きなんだろうな。


チーズケーキの他にも、今日はクリームたっぷりいちごのケーキを持ってきた。

メインはチーズケーキだけど、選べたほうがいいって客もいるだろう。


早速切り分けると、ガキどもがたかりにやって来た。

小学生「ケーキちょうだい、おねえちゃん」

ゆま「わわ、ちょっとまって…」

ゆまがゆまより小さいこどもに囲まれて悪戦苦闘していた。

それを微笑みながら見てたオバチャン達が、ケーキを買いにきてくれた。



客足が一旦途絶えると、リヤカーの側で一人の『女の子』がケーキを見て佇んでいた。

年はゆまと同じぐらいか……。

杏子「どうしたんだ?」

声をかけると、一瞬驚いたようだが、

まるでこちらが声をかけてもらうのを待っていたかのような期待の眼差しを向けてきた。

女の子「あ…あのっ!」

女の子「ケーキってどうやって作るんですか?」

杏子「へ?」

女の子「ケーキです!私、お姉さんみたいな美味しいケーキ作ってみたいんです!」

杏子「ちょ、ちょっと待て」

女の子「なんです?」

杏子「そのケーキを作ったのはアタシじゃなくて…」

怖そうな、オッサンだぞ…。夢を壊しそうだから言わねえけど。

杏子「と、とにかくアタシはケーキとか作れないんだ」

女の子「そうなん……ですか?」

残念そうな顔。

せめてケーキの作り方ぐらい教えてやれればいいけど……全然わかんねえ。

とりあえず、オッサンに聞いてみる……いや、でも怒られるかな。

職人気質のオッサン相手に、アタシが中途半端な覚悟で「ケーキの作り方教えてくれ」

なんて言った日には、またげんこつ食らいそうだ。


そうだ、さやか。

あいつケーキ作れるって言ってたな。

今度教えてもらうか。

杏子「作り方勉強しておくよ。でも、あんまり期待しないでくれ」

女の子「わかりました」

今日の路上の売上は、4万程度。

昨日よりも若干増えたな。この調子でどんどん売上を伸ばしていきたい。


叔父「おう、帰ったか新人。どうだ?」

杏子「まあまあだな。ほら、売上だ」

叔父「ほう……昨日のはまぐれじゃねえってことか」

杏子「そりゃそうさ。なんたって、ゆまがいるんだから」

ゆま「ん?」

叔父「なるほどな。よし、飯にするから早く片づけろ」

杏子「うっす」

オッサンが中々上機嫌だったのは、気のせいじゃないだろう。

私も今日は営業スキルアップという収穫があったので、気分が良かった。

ゆま「じゃあ、ケーキくばってくるね」

杏子「一人で行けるのか?」

ゆま「だいじょうぶだよ。」

ゆまは箱を抱えて、近所の家にニコニコと駆け込んでいった。




叔父「お前ら、いったいどういう関係なんだ?」

私とゆまのことを言ってるのか?

杏子「姉妹」

叔父「隠さんでもいい。本当は予想が付き過ぎてる」

まあ、オッサンも初めからわかってたことだろう。



今更ゆまとの馴れ初めを語ったところで、問題ないか…。

杏子「あかの他人さ。アタシもゆまも親がいなくって、あいつが勝手について来た」

叔父「ついて来た?お前ら知り合いじゃなかったのか?」

杏子「出会ったのは最近。ほんとたまだまだよ」


杏子「あいつが野暮ったい事情に巻き込まれてて、助けてやったら、なつかれた」


叔父「なつかれたのか? お前が?」

なんだよ、悪いか?

叔父「…くふふ……ハハハハ」

オッサン?

叔父「なるほどな。そいつは災難だったな」

おい、笑っているぞ…あのオッサンが。

この人も、笑うんだな。

なんか、すごい珍しいものを見た気がするぞ。

叔父「なんだって、お前みたいな無愛想なガキを選んだか」

杏子「まったくだ。アンタには言われたくないけどな」

叔父「……」

3日目のバイトを追えて、恒例の食卓に呼ばれた。

労働を終えた後のこの時間が、一番ほっとする。

叔母「杏子ちゃんは、何か好きなものある?」

杏子「えっと、出してくれればなんでも食べますよ」

しまった…なんか失礼な言い方だったな。

杏子「全部料理美味いっすから」

叔母「あら、ありがとう。ゆまちゃんは?」

ゆま「ゆまは、ここのチーズケーキが大好き!」

それ違うだろ…。

オッサンが一人鼻をかきながら「ふん」とご飯を口に含むだけだった。

あれで喜んでるんだろうな……。

でもナイスだぞゆま。後でまたケーキたんまりもらえる。

食事の後、ゆまが叔母さんの後に続いて、食器を洗いにいった。

杏子「そういや、気になってたんだけどさ」

杏子「ゆま、あいつ日中は何してんのさ? 迷惑かけてるんじゃない?」

叔父「いや、それはねえよ」

杏子「?」

叔父「うちは家内が裁縫屋を兼業してるんだ。ゆまにはそこで手伝って貰ってる」

杏子「え…そうなのか?」

それは初耳だ。あのおばさん、器用なんだな。


叔父「つっても、家の中でやってる内職みたいなもんだ。時間が空いたときに受注してる」

叔父「今はネットなんかでオーダーできるから。便利になったもんよ」


ゆまが手伝ってる……か。

邪魔になってなきゃいいんだけど…。

叔父「ゆまにはオレが言ったこと黙ってろよ」

杏子「なんでだ?」

叔父「知らん。ゆまがお前には内緒にして欲しいんだとよ」

その理由が私にはさっぱりわからなかった。

帰り際、報酬をオッサンから受け取った。

叔父「ほれ、今日のバイト代とケーキだ」

焼きたてのケーキをオッサンから手渡されて、少し悪い気がした。

杏子「いっつも悪いな」

ゆま「いいにおい…」

悪いと思いつつも、これは私の楽しみでもあるので、やめられるとがっかりするだろう。

雑貨屋で買ったサイフの中に、バイト代を入れようと、封筒を開けた。

杏子「おい、これ万札じゃねぇか?」

叔父「とっとけ。お前はそれに見合うだけの働きをしてる」

杏子「いや、貰いすぎだって。時給1000円超えてんじゃねえか」

バイト雑誌じゃ、夜勤でもしない限りせいぜい900円が関の山だった。

叔父「じゃあ、ゆまが働いた分だと思え。そいつのお陰で売れてんだろが?」

杏子「給料はアタシの分だけだって取り決めだろ」

それに、ゆまの面倒もみてもらって、ケーキももらって…

その上、飯まで食わしてもらってるわけで…。

全然釣り合う気がしない。

私が腑に落ちない顔をしてると、オッサンの手が頭の上に置かれた。

うおおおお、めっちゃねてました。
保守してくれてた人すいませんでした。

続けます

叔父「同情で給料上げてたんじゃ、うちはもたないからな。正直金はない」

叔父「でもお前らが来てからちゃんと売上が上がってんだ。これは正当な報酬だ」

叔父「いいから受け取れ」

杏子「でも、飯とか、いろいろもらってるし」

叔父「あれは、こっちが好きでやってることだ。仕事の報酬と混同するな」

叔父「お前はあのクソ重たいリヤカー抱えて、2kmも往復して…」

叔父「さらに短時間でちゃんと売上も上げてくる」

叔父「普通ならヘトヘトで商売する気力もなくなるだろうよ」

叔父「そんなもん誰にもできることじゃねえし、お前みたいな小娘がやることじゃない」



叔父「お前にしか出来ないことなんだ、新人」

オッサン……。

この人は私が魔法少女だってことを知らない。

ちょっと力を使えば、あのリヤカーが重い物だってこともわからないぐらい楽勝に引くこともできる。

裏技を使ってるみたいで後ろめたい気もするけど、それでもいいんだ。

オッサンの言うように、これは誰でもできることじゃない。

私が魔法少女だったから、この人の力になれたんだ。

オッサンは、ちゃんとそれを認めてくれた。

杏子「なあ、一つ頼みがあるんだけどさ……」

廃屋同然の教会の裏に、小さな植え込みがある。

除草はたまにしてるけど、

手入れが行き届いてるわけじゃないから見た目は良くない。


小さな手を引いて、私は家族の墓標の前に立っていた。

3人を分けるわけには行かなかった。分ければよかったかもしれない。

オヤジの前に立つと、『この魔女が!』と嫌な声が聞こえる気がして…。


ゆま「これが、キョーコのかぞく?」

杏子「そうだ。母さんと、父さんと、妹」

ゆま「……こんなちかくにいたんだね」

家族が何故死んだのかは、ゆまに話してない。

杏子「みんなただいま」

杏子「それとモモ…おみやげだよ」

オッサンの店で金を出して買ったチーズケーキを広げた。

-------------------------------------------
~ケーキ工房~

叔父「金?タダでくれやるって言ってんのに、どうして?」

杏子「いいんだ。金を払って買うことに意味があるんだよ」

-------------------------------------------

杏子「姉ちゃん、今お金持ってて…信じられないだろうけど…」

杏子「これ、モモの為に買ってきたよ」

杏子「甘くて、すごくおいしいんだ…」

円形のケーキを切り分け、それを銀紙で包んで墓標の前に備えた。

わかってる……。

こんなことをしても何の意味もないことぐらい。

食い物を粗末にするなんて、愚か者がすることだ。

死んだ妹が生き返るわけないし、あの子の笑顔が見れるはずがない。

生きているうちに、私が、私の力で、守ってやるべきだった。


モモは帰ってこない。


頬を伝う涙は、冬の冷たい空気に冷やされ、凍り付くのではないかと思えた。

後ろからゆまの声が聞こえた気がする…。

なぜ、こんなどうしょうもない私に、ゆまはついて来たんだか。

せっかくのケーキがしょっぱくならないように気を配るだけの、せこい奴だ。

杏子「まったく、なんで…アンタまで泣いてるのさ」

ゆま「わかんないよ。キョーコ」

ぐすんと鼻を垂らしていたから、ティッシュでふいてやる。

杏子「また風邪引いちまう前に戻るか…」



その時、背後から声が聞こえた。

はっきりと。私の耳にとどいた。

杏子「モモ!?」

振り返ると、そこには誰もいなくて…。


ゆま「どうしたのキョーコ?」

杏子「いや……。なんでもないよ」

そうゆまに伝えた。


『ありがとう……お姉ちゃん』

頭の中で、しばらくその声が反芻して、

私にしては珍しく優しい気持ちになれた。


教会の中で二人して残りのケーキを食べながら、

私は可愛い妹の話をゆまに語って聞かせていた…。


おわり

完全寝落ちしていました。
本当にすいません。

最後まで付き合って頂いた方、途中まで支援してくれた人
マジすいません。

苦情や質問があれば受けます。
目は冴えわたりました。


叔父ってモデルとかあんの?完全オリキャラ?


ちょっと長すぎたかも

>>224
オリキャラのつもりでかいてたんですが、
CLANNAD古河パンのオッサンのイメージが書いてて強くなってます。
あそことできるだけ設定被らないようにやってます。

>>226
ほんとすいません。

強面でリアルなジャムおじさんみたいなの想像してたわ
にしてもオリキャラで叩かれんかったのは珍しいな、乙

>>228
あくまで内面だけです。
外面は海外の傭兵部隊のような屈強な男のイメージで。
シティハンターに出てきそうな感じの。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom