侍「一刀両断で罷り通る」 (444)

 

 寛永元年(1624)

 —— 江戸柳生屋敷


「お待ちしておりました」

「ほう、但馬守殿の嫡子自らが出迎えとは豪勢な事だな」

「小野先生のお出迎えとあらば是非にと某が父に懇願した次第。僭越ながら柳生但馬守宗矩が嫡子十兵衛三厳が案内つかまつります」

「殊勝な事である」

「それではこちらに」

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 寛永元年の春、小野次郎右衛門忠明先生は、同じく将軍家剣術指南役を仰せつかった柳生但馬守宗矩殿のお屋敷に招待されました。


  "小野と柳生"


 立場こそ同じなれど、その関係は決して良好とは言えるものではございません。

 小野先生の門下の者たちは、これを罠として諫言奉ったのですが小野先生は言うに及ばずとにべもなくはね除けるばかり


 せめて護衛の者をと、申したのですが"余計な事を致すな"と御一人で御出向かれたのです。

宗矩「お待ちしておりましたぞ」

忠明「柳生一門勢揃いでわしを打ち負かしたくて仕方なかったのであろう」

宗矩「何をおっしゃる。某を含め柳生一門は純粋に次郎右衛門殿の剣技の妙をしかとこの眼に焼き付けたいと」

忠明「そのわりには尾張殿(兵庫助利厳のこと)は殺気を抑えきれぬ様子。いや、但馬守殿に向けられてるのであろうか」

兵庫「一刀流の小野殿は口"は"たつご様子」

宗矩「兵庫、無礼であるぞ」

忠明「構わぬ。体裁を取り繕い"剣"を"権"に変えようとするどこぞの某よりは」

宗矩「いいえ、剣禅一如を掲げる柳生新陰流当主として兵庫助の無礼お詫びいたす」

忠明「わしは詫びをもらいに来たのではない。さっさと用を済ませよう」

宗矩「では此方に、次郎右衛門殿の控室を設えております故」

忠明「いらぬ心遣いだ。わしはこのままで構わぬ」

宗矩「ほう、さすがは一刀流と言ったところ。なればまず某の伜である十兵衛に稽古のほどを」

忠明「誰でも構わぬ」

宗矩「……十兵衛、殺しても構わぬ」

十兵衛「出来ることなら既にやっている」

 

 小野先生にこの時の事を尋ねたおりに"十兵衛三厳、但馬の伜なのが悔やまれる"とだけ仰りました。


 しかし、小野先生は後に弟子入りを申し込みに来た十兵衛殿をにべもなく追い返しになられたのです。小野先生に深い思慮があっての事でしょう。


 その三年後、十兵衛殿は但馬守殿より勘当される事と相成りました。

十兵衛「小野先生には打ち込む隙がございません」

忠明「むべなるかな」

宗矩「十兵衛下がれ」

兵庫「やはり十兵衛では役不足か……」

忠明「なれば纏めて掛かってくるが良かろう」

兵庫「なに?増長が過ぎるのではありませぬか次郎右衛門殿」

忠明「それは十兵衛が良く知るのではないか?」

十兵衛「叔父上、柳生の面子を守るならば辞めた方が良いと存じまする」

兵庫「十兵衛、やはり御主は叔父上の伜だな」

忠明「判断を下すは但馬殿。さて、どうする」

宗矩「後悔はござるまいな」

 


 もちろん、小野先生は傷一つもつけずにお帰りになられました。


 しかし、柳生の強かなことよ。

 この事は、小野先生が柳生屋敷に乗り込んで試合を申し込み卑劣な手段で無体を働いたと世間に歪めて伝えたのです。

 このため、小野先生は謹慎を申し渡される事と相成ったのでございます。

「柳生のお侍は弱いだな」

「嘘だ!柳生がそんなに弱いはずがないんだ」

「じゃあ、この爺さんが嘘をついてるって言うのかよ」

「そうに決まってる」

爺「これこれ、喧嘩をしてはなりませぬぞ?柳生は決して弱くはない。ただ、小野先生は凄絶極まる修行の末に剣の道を極めたのです。いかに柳生と言えども小野先生に敵わないのは道理」

「じゃあ、じゃあ!小野先生はどう言う修行をしたのさ」

爺「日も暮れてきた……その話はまたの機会にいたしましょう」

「絶対だよ!おいら達また来るからさ」

乙。珍しい感じのSSだな。超期待。



十兵衛と兵庫は従兄弟な。お互いを何と呼び合ったかは微妙。

>>10
兵庫は石舟斎の孫なんですよね

年齢的にも上だし兵庫は一応尾張柳生の当主なので叔父上と呼称させました。

あと一応、十兵衛の皮肉も意図してたり

「爺、また来たよ」

爺「ほう、これはまた沢山お連れになられましたな」

「この爺さんがお江戸の柳生が弱いって言ったんだよな」

「でも、本当に強いのは一刀流だって父ちゃんが言ってたぞ」

「でも、でも十兵衛は強いんだよね?」

「馬鹿!片目のヤツが強いわけないだろ」

爺「これこれ、喧嘩はいけませぬ。それに勝負は仕合の流れ、時の運が強く絡むものなれば真に強き者はその時々で変わるものでござる」

「じゃあ、なんでお爺は小野先生の話ばかりするのさ」

爺「爺はただ、小野先生の生きざまを伝えるべく思い、話している次第。そろそろ始めましょう……これから語るは小野先生の苦難の日々、なれどその日々こそが小野先生の礎でござりまする」

 一章 伊東一刀斎


 天正十九年(1591)この時、安房国の里見家より一人の若侍がご出奔なされました。

 名を"神子上典膳"

後の小野次郎右衛門忠明先生でございます。


 勇猛で剣の腕は里見家では並ぶ者なし、精悍を絵で描いたような若人で、里見家では有望な家臣と期待されておりました。

 しかし、里見家の度重なる危難に辟易し出奔する事に相成った次第。

 これを機に小野先生は、剣術の鍛錬と己の見聞を広めるために廻国修行に出たのでございます。

忠明「暗くなって来たな……仕方あるまい。今宵の寝床の宛をつけねば」


  オイソッチニイッタゾ ニガスナ


忠明「あれは、この山を根城にしている盗賊の類いか。声から察するに二十人に僅か足りないくらい、相手にするのは面倒だな」

忠明「ふむ、あれに見えるは樵小屋か。彼処でやり過ごすとしよう」

 


 安房国より出て十里ほど西のとある山中にて、不穏な殺気を撒き散らす賊党を見た小野先生は樵小屋にて身を隠し、一夜の宿として過ごす事になりもうした。


 墨で塗り潰した様な暗闇と不気味な静けさに包まれた山中の気まぐれで入った樵小屋

 この場所で、奇妙な出会いをする事になったのでございます。

忠明「む、先客が居たか。何奴だ」

?「…………」ガクガク

忠明「答えろ」

?「…………」ガクガク

忠明「む、童ではないか。何故ここにいる」

童「…………」ガクガク

忠明「怯えているか。安心しろ童を斬るつもりはない」

童「…………」ガクガク

忠明「もしや、口が聞けぬのか?」

童「…………」コクッコクッ

忠明「唖か。なぜここにいる。親とはぐれたか?」

童「…………」フルフル

忠明「違うか。では、ここに住んでおるのか?」

童「…………」フルフル ソッ

忠明「童には似合わぬ刀だな。まさか、盗んで来たのではあるまいな?」

童「…………」ガクガク

忠明「なぜ盗んだ。生きるためか?」

童「…………」フルフル

忠明「何やら訳があるようだな。もしや、野盗の類いから盗ったか」

童「…………」ガクガク

忠明「ふむ、そうか」

童「…………」ガクガク

忠明「怯えるな」

童「…………」コクッ

忠明「朝までは無事でいられるだろう。その後は自分で逃げる術を考えろ」

童「…………」コクッ

忠明「寝る事だ。寝ている間だけは怯えずにいられるだろう」

 


 小野先生は、さぞかしお困りになられた事でございましょう。

 旅の途次で、たまたま野盗から身を隠すために入った樵小屋にて年端も行かぬ童と出会う。

 しかも、その童は野盗から刀を盗み身を隠している。

 もし、野盗が樵小屋に押し入り童と小野先生を見つけてしまったら知らぬ存ぜぬでは通りますまい。

 しかし、小野先生は子供を斬るのは寝覚めが悪いと童に理由を訊くに留まり悠々と眠りになられたのです。

 そして、一夜開けて小野先生がお目覚めになられた時に童の姿はおりませんでした。

 


 朝靄に包まれた山中は、厳かな気に包まれておりました。

 日の光が木々の合間より射し込み、穏やかな風もなんとも心地よく、昨晩の不穏な出来事を忘れさせる様な爽やかさを感じた事でございましょう。


 小野先生は、昨晩の童の事は頭の片隅に追いやり山道を進まれておりました。


 その時でございます。爽やかな雰囲気に似つかわしくない下賤な声が山中に響いたのです。

「やっと捕まえたぞ。散々逃げ回りおって」

童「…………」ガクガク

「よくも斬りつけてくれたな。父と母の仇を討ったつもりだったか?」

童「…………」ガクガク

「残念だが、そんななまくら刀では傷ひとつつかんわ」

「本当の刀の切れ味を教えてやる故おとなしくしておるのだぞ?」

童「…………」ガクガク

忠明「童一人捕まえるのに大人がこれだけでご苦労な事だな」

「なんだ?お前は」


   ズバッ


忠明「本当の刀の切れ味とはこういうものぞ。分かったか童よ」

童「…………」ガクガク

「て、てめぇ良くも頭を」

忠明「どうも調子が悪いな。あと半分斬ったら逃げるとしよう」

 


 一刀両断とはまさに、小野先生は野盗に近付くやいなや頭から真っ二つに斬り捨ててしまったのでございます。

 もちろん、残りの野盗も黙ってはおりませんでした。

 それぞれ、刀を抜き放ち小野先生に躍りかかったのでございますが、むべなるかな。


 宣言通り半分を屍に変えると童を連れて逃げて行ったのでございます。

 野盗は、小野先生の壮絶な姿に恐れをなしたのでございましょう。


 追ってくる事はありませんでした。

忠明「追うものはないようだな。危険は去ったであろう」

童「…………」

忠明「お前が唖になったのは親が殺された時か」

童「…………」コクッ

忠明「目の前で殺されたのか」

童「…………」コクッ

忠明「酷いことをする。しかし、恐れで口が聞けなくなったくせに一人を斬りつけて逃げ出すとは無茶をしたものだ。肝がすわっておるのか愚かなのか」

童「…………」ペタン

忠明「今さらになって腰を抜かしたか」

童「…………」

忠明「麓までは背負ってやる」

忠明「しかし、困ったな。お前をどうしたら良いものか」

童「…………」

忠明「お前を拾ってくれる様な気の良い輩などなかなかおるまい。唖だからな」

童「…………」グゥ

忠明「腹が減ったか。世話のかかる童だ」

童「…………」

忠明「ちょうど良い。あの家で何か食い物を貰うとしよう」

  ドンドン

忠明「もし、誰かおりませぬか」

  ガタッガタッ

「へい、なんでございましょう」

忠明「失礼、少し食い物なぞ分けてはもらえぬだろうか。」

「旅の御方でございますな。どうぞどうぞ、大した物は出せませぬがお入りくださいませ」

忠明「申し訳ないな」

「いえいえ、近場に旅籠がないせいかたまに旅の御方が食べ物を求めて参られるのでございます」

忠明「なるほど」

「どこから参られたので?」

忠明「安房より」

「それはそれは、お子連れで大変でございましたでしょうに」

忠明「いや、この童は故あって道中拾ったのだ」

「ほう、その理由とは」

忠明「知らぬ方が良い」

「要らぬ事をお聞きしましたな。ささ、こんな物しかございませぬが召し上がりください」

忠明「かたじけない」

童「…………」ペコッ

「ほほう、礼儀正しい童でございますな」

忠明「うむ、馳走になった」

童「…………」ペコッ

「いえいえ、お粗末なもので恥ずかしい限り」

童「…………」

忠明「ん、どうした」

童「…………」

忠明「こやつは唖で口が聞けぬ。手振りからすれば書くものを求めている様子、筆と紙はないか?無ければ炭でも構わん」

「なるほど。しかし、私は読み書きができませぬで筆などは……炭ならばただ今用意いたしまする故お待ちを」

忠明「かたじけない」

童「…………」ペコリ

忠明「お前、字がかけるのか」

童「…………」コクッ

忠明「ふむ、では賤しからぬ身分の家で育ったわけか」

「どうぞ、お使いください」

童「…………」ペコッ サラサラ

忠明「ほう、なかなか良い筆捌き」

童「"ごちそうさまでした"」ペラッ

忠明「唖故に書いて伝える事を思いついたか。なかなか賢い」

「なんて書いてあるので?」

忠明「馳走になったと礼を書いておる」

「ははぁ、真に良きお子でございますな」

忠明「ならば、この童を貰い受ける気はないか?これからの旅路、童を引き連れ歩く気はない」

「そんなそんな!私にはその様な甲斐性はありませぬ。故に嫁もなく一人で暮らしておるのでございます」

忠明「そうか」

  ガタッガタッ


忠明「世話になったな」

童「"ありがとうございました"」サラサラ

「いえいえ、大したおもてなしもできませぬで」

忠明「では、行くぞ」

童「…………」コクッ

「どうぞ、道中お気をつけて」

忠明「そういえば名を訊いていなかったな」

童「"こすけともうします"」サラサラ

忠明「こすけ?字はどう書く」

童「"とらにじょりょくのじょでこすけにございます"」サラサラ

忠明「うむ、とりあえずは連れて行ってやるが身の振り方を思案しておけ。良いな虎助」

虎助「…………」コクッ

 


 旅をいたせば奇妙な縁の巡り合わせを感じると申します。

 此度、童がたまたま腹を減らし小野先生が気まぐれで麓の猟師小屋に立ち寄る事にいたしたのも、童と意志を通わす術を得るための縁と考えられましょう。

 しかも、この唖の"虎助"と名乗った童との縁は何事もないと思われるこの時から続いて行くことになるのでございます。

 さる御方との出会いも虎助との関わりから連なる縁でございました。

 


 まず、小野先生と虎助は常陸国の鹿島へと歩みを進めました。

 常陸国の鹿島と言えば、剣聖と名高い塚原卜伝様が若き頃より天真正伝香取神道流を修め、鹿島神宮での千日にも及ぶ参籠で神託を得て一の太刀を得たとも伝わり、剣の道を歩む者の聖地と言える土地にございます。


 常陸国へ向かうには、上総国を越えて今で言う東海道を北上致すのが常道でございましょう。

忠明「そろそろ上総国に入るか」

虎助「…………」ハァハァ

忠明「ふむ、年端も行かぬくせに俺の足に良くついてくるな」

虎助「…………」ハァハァ

忠明「虎助、そういえばお前はいくつになる」

虎助「…………」パッ

忠明「九つか」

虎助「…………」ハァハァ

忠明「追いついたか。では行くぞ」

虎助「…………」ハァハァ タッタッタッ

虎助「…………」ゼェゼェ

忠明「よう着いてきたものだ」

虎助「…………」ニコッ ゼェゼェ

忠明「喉が渇いたが道中でくんだ水では心配だな」

虎助「…………」ゼェゼェ

忠明「虎助、お前毒味せよ」

虎助「…………」コクッ ゴクゴク

忠明「妙な感覚はないか?」

虎助「…………」コクッ

忠明「そうか、ならば良い。まだ日が高い食い物を買ってすぐに発つぞ」

虎助「…………」コクッ

忠明「もし、少し良いか」

「それどころじゃねぇだ!あとにしてくれ」タッタッタッ

忠明「妙に村の者が慌ただしい。なんぞあるのやも知れぬな」

虎助「"さっきすぎた辻のむこうのお家に人がたくさん入っていきました"」サラサラ

忠明「そうか、妙だな」

「旅の御方でござりましょうか」

忠明「いかにも」

「ならば早う立ち去りなされ。この村は今は殺気立っております故」

忠明「何故だ」

「ここ数日働き手の若い嫁や子供が拐われる事象が多発しておりましたが、どうやら廃寺を根城にしている賊党が犯人のようで」

忠明「またもや賊党か」

「今まではこの村に害は無かった故に野放しにしておったのですがここ数日の出来事が起因して追い払おうと村長の屋敷に男衆が集っておるのでございます」

忠明「お主はなぜ行かぬ」

「私は独り身で下総の生まれでございますので。それに、恥ずかしながら生来の臆病者で……ヘヘ」

忠明「それもまた生きる法だ」

「それでは私は失礼いたします」

忠明「女・子供を拐い売っているのであろうな。関わらぬが吉だが」

虎助「…………」クイックイッ

忠明「どうした」

虎助「"すけだちなさってください。みこがみ先生のうでならたかくかっていただけます"」ペラッ

忠明「うむ、お前はなかなか強かでもあるな。だが剣の腕は実際に剣を振るわねば磨かれぬと言うのが俺の持論だ。やってみようではないか」

  ガタガタッ

忠明「突然すまぬ。某、安房国里見家元家臣の神子上典膳と申す者にござる」

「里見家?そのお侍様がなんの用でございますか」

忠明「その方が村長か」

村長「へぇ、そうでございます」

忠明「うむ、故あって里見家より出奔し廻国修行に出てこの村に到着したは良いが不穏な気配を察知し事情を聞けば何やらただ事ではない様子」

村長「どうやら事情は全て知っている御様子」

忠明「うむ、そこで提案がござる。某がその賊党全て斬って捨てて参る故に多少の報酬を願いたい」

村長「ほう、なるほど」

忠明「腕には自信がある。敵の数にもよるがまず一刻あればその方らの怨み晴らしてみせよう」

「どうする村長」

「わしは突然現れた旅の者に任せる事なぞ出来んぞ」

「しかし、相当な自信だぞ」

村長「わしらは戦をしたいのではございませぬ。拐われた者共を取り戻したいのでございまする」

忠明「それは諦めろ」

「諦めれるわけないだろう」

忠明「ただ人拐いをしているのではないと少し考えれば分かるであろう。甲斐か美濃か常陸か、もしかしたら京かも知れぬ。わざわざ探し出すか?無理な話だ。ならば根元を叩いてこれ以上の事がないようにすれば良い」

村長「みな、道理でわかっていても納得できぬのでございますよ」

忠明「納得出来ずともそれが奴等の法である。むざむざと現実を理解しに行くより人に任せる方が良いのではないか?」

「てめぇ、さっきからずけずけと言いやがって」

忠明「戦の経験はあるか?人を斬った事は?」

  ザワザワ

忠明「ないであろう。敵は場数を踏んでおるぞ。そこにどれほどの差が生まれるか」

  ザワザワ

村長「……わかりました。神子上様お願いいたしまする」

忠明「この童を置いて行く。もし、俺が戻らなければ誰ぞ養子にしてやってくれ……唖だが賢いヤツだ。では行ってくる」

 


 小野先生は苛烈なお人でございますが、決して心が冷たいお人ではございません。

 苛烈な性分なればこそ秘めたる思いは熱いのでございます。

 この時のにべもない御言葉にも"怨みつらみで無用な傷を負うな"と言う小野先生なりのお心遣いが含まれていたのでございましょう。

忠明「ここが賊党が潜む廃寺か」

忠明「しかし、妙だ。気配を感じられぬ」

忠明「相当やるのか……それとも」スタスタスタ

忠明「もしや」

  ドゴッ

忠明「やはり、誰もいない」

  ビュッ

忠明「む、矢だと?」サッ

「出てこい!もはやお前は助からんぞ」

忠明「なるほど、村に入った時のきな臭さの理由が分かった」

「十五人で囲んでいる。観念して死ね」

忠明「死ねだと?お主らは吐いた言葉は飲み込めぬと言う事を知らぬらしい」

「ふ、諦めたか。射て!」

  スパッ

忠明「力量の差を量れぬらしい」スタスタスタ

「射て、射て、射て!」

  ズバッ

忠明「狙いが全く定まっいない。弓とはこう射つものだ」シュパッ

「うがッ!」バタッ

忠明「このまま一人ずつ殺しても構わぬが面倒だ。纏めて掛かってこい」

「くそ、全員でかかれ!」

  ズバッ ズバッ ズバッ

忠明「馬鹿め、お主ら纏めて掛かったところで俺が斬れるか」キンッ

忠明「面倒な事になったな。村に戻らねば」

 


 小野先生にかかれば十や二十の賊党など大根を斬るが如し、ただ不可解なのはなぜ賊が小野先生を待ち伏せていたかでございます。

 そこには卑しくも愚かな算段が含まれていたのでございました。

 しかしながら相手が悪い。小野先生の猛る剣を止められる者などそうそう居るわけがない。

村長「上手くいったな」

虎助「…………」キョロキョロ

村長「小僧、お主の父親は返ってこぬぞ。わしの策謀に嵌まって今は屍とかしているであろうな」

「くっくっくっ、ヤツめ偉そうな口をききおって。ざまぁみろ」

「しかしだ、この小僧は真に唖の様子。売れるのか?」

村長「こういうのを欲しがる輩もおるのよ」

虎助「…………」ガクガク

村長「状況を理解して怯えだしたか。悪く思うなよ?今はそういう世の中故な。おい、誰かこの小僧を縛っておけ」

「見た目はやりそうに見えたが存外簡単だったなぁ。俺の芝居がうまかったかなぁ?」

  ドスッ

忠明「馬鹿が、大根役者め。大根は斬られて死ね」

「がはぁ、そんな……なぜ生きて……」バタッ

忠明「むべなるかな」

  ガッ バタンッ

忠明「お主ら、よくも俺を虚仮にしてくれたな」

村長「ほう、お早いお帰りでございましたな」

忠明「その童を離して斬られるか。その前に斬られるか選ばせてやろう」

村長「はて?何をおっしゃってるのでございましょう」

忠明「今さらしらをきったところで何にもなるまい。愚かな人売り共は死にさらせ」

「うぉおおおおお」

  ズバッ

忠明「お前ら全員この様に真っ二つにしてくれる」

 


 小野先生は苛烈なお人でございまする。故に、お心に熱い情を秘しておられます。

 ともすれば、小野先生がお怒りにならればどうなるのでございましょう。

 そこには、まるで火を吹き恐ろしき形相で佇む不動明王が降臨なされるのでございます。

 嘘八百で数人連れで訪れる旅人を騙して喰らう魔の村は、瞬く間に酸鼻極まる血の池と変わるのでございました。

村長「そ、そんな」

忠明「我関せずと旅人に重大な出来事が起きていると語る男、妙に落ち着いている村長、何よりも女・子供の影が無さすぎる」

村長「く、来るな!この小僧を殺すぞ」

虎助「…………」ガクガク

忠明「この村はきな臭過ぎるのだ。だが、まさか村自体が人拐い共の巣窟とはな」

村長「来るなと言っている」

  ガブッ

村長「うぎゃっ」

虎助「…………」タッタッタッ

村長「こ、小僧ッ!」

忠明「剣の稽古にもならぬ役立たずは死ね」

村長「ひ、た、助け」

  ズバッ

 


 魔の村を作り上げた人拐いの下賤な輩共は小野先生によって誅戮されたのでございます。

 小野先生と虎助は誰も居なくなった村をあとにし北上を致す事と相成りました。

 次に目指すは下総国、房総半島もいよいよ終わりを迎え常陸国も近くなってきたおりに運命的な出会いをいたすことと相成るのでございます。

忠明「何やら騒がしい」

虎助「…………」クイックイッ

忠明「ん、あの人だかりはなんだ」

虎助「…………」タッタッタッ

忠明「おい、待て」

  ザワザワ

忠明「何事だ」

虎助「"なにやらひともんちゃくあったようです"」ペラッ

忠明「なるほど、だが関わる事もあるまい」
  ザワザワ

「だ、誰か助けてくれ!あ、あんた!そこの子連れのお侍さん頼むよッ!こ、殺されちまう」

忠明「物騒な事を言う。すまぬな、関わるつもりはない」

  ドスッ

「そ、そんな……」バタッ

?「手間のかかるヤツや。わいの気がたってる時に喧嘩売るような真似すんなや阿呆が」

忠明「酷いことをする」

?「酷い?何を言うとるんや。こないな肉人形なんぞ殺されて当然やで」

忠明「この男はなにをした」

?「身ぐるみ置いて行けなんぞ舐めくさった事を言いよった」

忠明「やれやれ、また賊の類いか。因果応報と言うヤツだな」

?「ほう、なんぞ話が分かるみたいやな。酒でも飲みに行くか?」

忠明「虎助、行くぞ」

虎助「…………」コクッ

?「ちょお待てや。なに無視くれとるんじゃ」

忠明「もう話しかけるな。お前からはそこの屍よりも下卑た匂いがする」

?「おい、なんと言った」

忠明「話しかけるなと言った」

?「ほう、お前もどうやら肉人形のようやな」チャキ

忠明「ならばお前は下卑た豚だな」チャキ

?「ここまで気にくわん奴は初めてや。ぶち殺してくれるわ」ヒュッ

  ガキン

忠明「む、剣だけは振るえるらしいな」

?「まさかワイの抜き打ちを止められるなんざ思わんかったわ」

忠明「豚にしてはやるではないか」

?「よう言うたわ。殺し甲斐がある肉人形やで!」

忠明「豚に殺されるほど弱いつもりはない」

 


 その男が何をしたと言うわけではございませぬ。

 ただ、小野先生と往来で因縁をつけた男を斬り捨てた浪人者は突然の斬り合いを始めました。

 驚くべきは浪人者の剣の腕、小野先生と渡り合うほどの男は天下広しと言えどもなかなか居らぬものでございましょう。

 凄絶な斬り合いは半刻にも及んだのでございます。

?「しぶといヤツやで」ハァハァ

忠明「息を切らすなどいつぶりか」ハァハァ

?「あかん、仕切り直しや」チャキン

忠明「むべなるかな」チャキン

?「おい、名はなんと言う」

忠明「神子上典膳」

?「ワイは小野善鬼や。神子上典膳、次に会うた時は必ず斬るから覚えとけや」

忠明「ふん、豚の名なぞいつまでも覚えておれるか」

善鬼「ほざけ」タッタッタッ

忠明「小野善鬼、気にくわぬヤツだ」

虎助「…………」クイッ

忠明「大丈夫だ。だが、少し疲れた」

虎助「…………」キュポッ

忠明「気がきくではないか」ゴクゴク

虎助「…………」

忠明「ふぅ、日も暮れる。旅籠に行くか」

虎助「…………」コクッ

 


 小野善鬼と名乗る浪人者は、姿を消しました。

 ただ、小野先生のお心には深く小野善鬼の名が刻まれた様でございます。

 と言うのも、旅籠に着いてからの小野先生は上の空でひたすら剣について思案を重ねていたのでございます。

忠明「…………」

虎助「…………」

忠明「…………」

虎助「…………」チョンチョン

忠明「なんだ」

虎助「"けんじゅつをおしえてくださりませんか"」ペラッ

忠明「急にどうした」

虎助「"実はせんせいにけんを教えてもらいたくついてきたのでございます"」ペラッ

忠明「ほう、初めて訊いたな」

虎助「…………」

忠明「…………」

忠明「良かろう。ただし、明日からにいたそう。今日は疲れた」

虎助「…………」コクッコクッ

忠明(気をつかっておるのか?まったく童らしくないと言うか垢抜けてると言うから)

 


 虎助がいかように小野先生のお心を測ったかは知り得ぬとて、虎助のこの行動が小野先生の安らぎとなったのは言うまでもありません。

 何事も過ぎて良い事もなく深い思案も行き過ぎれば迷いに通じて、それが決死となることもありまする。

 なんとなく拾った唖の童、虎助との間に小野先生は微かな絆を感じ始めた事だろうと存じまする。

忠明「うむ、さっそくと言いたいところだが最初から真剣を振っての稽古は上手いとは言えぬ。俺がお前に木剣を作ってしんぜる故に手頃な木を取りに行くとする」

虎助「…………」コクッ

忠明「だが、薪を拾いに行くのではないのだからただ行っても面白くない。故に普通に歩く事は禁じる」

虎助「…………」キョトン

忠明「剣の勝負は間合いを測り得意の間合いにいかように近づきまたは誘き寄せるかに掛かっている。相手が押すなら向かい打ち、引くなら飛び込むが術がなければ話にならぬ。そこでお前には地より足を離すような歩き方を禁じる。いかようにして歩くかは己で考え工夫しろ。」

虎助「…………」コクッ

虎助「…………」ハァハァ

忠明「まだ息があがるのは仕方ない。だが、動きが不自然で挙措に違和感がある。敵に悟られぬ動作を意識しろ」

虎助「…………」コクッ

忠明「よし、お前にはこれくらいで丁度良いだろう。戻るとするぞ」

虎助「…………」コクッ

忠明「俺は先に行く。日が沈む前に旅籠につかなければ飯はないものと思え」

虎助「…………」コクッ

忠明(本当に賢い。考え方も理にかなっている。素直で聞き分けも良い。だからこそ不憫に思うな)

 シャッ シャッ シャッ シャッ

忠明「木剣などいつぶりに作ったか」

 ガタッガタッ

虎助「…………」ハァハァ

忠明「遅い」

虎助「…………」シュン

 ゴトッ

忠明「お前の木剣だ。わざと柄を太くしてある。手に馴染ませろ」

虎助「…………」サラサラ

虎助「"ありがとうございます。いっしょうけんめいはげみます"」ペラッ

忠明「うむ、さっそくだが遅れた罰だ。日が沈むまで二刻はあるが、日が沈むまで素振りをしろ。」

虎助「…………」コクッ

>>62

×日が沈むまで二刻あるが日が沈むまで素振りしろ

○日が沈んでから一刻経った故、二刻経つまで素振りしろ

でお願いします。前の台詞と矛盾するので

 ブンッ ブンッ ブンッ

忠明「なるほど、俺の型を真似して振っているか」

 ブンッ ブンッ ブンッ

忠明「しかし、あれでは二刻は持たぬであろうな」

 ブンッ ブンッ ブンッ

忠明「俺もまた剣の道を極めたわけではない。小野善鬼、ヤツとの出会いは機運だったのかも知れぬ」

 ブンッ ブンッ ブンッ

忠明「俺の剣を見つめ直すか」

 ブンッ ブンッ ブンッ

忠明「虎助、俺は先に寝る。あと半刻だ。終わったら汗を拭いて休め。」

虎助「…………」ハァハァ コクッ

 ブンッ ブンッ ブンッ

 


 小野先生と虎助の足は止まりました。

 虎助の剣の稽古を始めたと言う事もありましょうが、この旅で初めて小野先生が歯ごたえがあると感じた敵と出会った事もあるのでしょう。

 虎助を鍛える半面、小野先生も自らの剣を見つめ直す稽古を開始なされたのでございます。

 七日ほどの滞在でございました。

今日はここまで。歴史物は人気ないだろうなぁと思って始めたのでコメントは期待してなかったんですがやっぱりあると嬉しいですね。

拙い文章だし間違いもままありますがお付き合いください

 ブンッ ブンッ ブンッ

忠明「うむ、朝から殊勝な事だ」

虎助「…………」ペコッ

忠明「良い、続けろ」

虎助「…………」コクッ

 ブンッ ブンッ ブンッ

忠明(筋が良いと言うほどではないが、教えられた事を聞き入れる素直なところが上達に繋がっている)

 ブンッ ブンッ ブンッ

忠明「そのまま続けていろ。俺は少し出掛けてくる。帰って来たら打ち込みの稽古をつけてやろう」

虎助「…………」ニコッ

忠明「手を止めろとは言っていない」

虎助「…………」コクッ

 ブンッ ブンッ ブンッ

忠明(俺もまた道の途中にいる。新たな境地に踏み入るには師が必要なのかも知れぬな)スタスタスタ

 


 旅をするならば路銀が必要となりましょう。

 いつの世も志だけでは何事もならぬのが世知辛いところでありまする。

 小野先生は、銭勘定と言った手合いはからっきしでございまして、そこもまた小野先生の魅力でございまするが、一刀流の台所の方々には頭が痛い所でしたでしょうな。

 さて、路銀が尽きかけた事で稼ぎの宛を求めたは良いが小野先生は武を体言なさる人でございます。商売事などははなからする気はなく、盗賊退治や用心棒の仕事はないかと町に探しに行くのでありました。

忠明「もし、用心棒なぞ雇う気はないか」

「用心棒?こんな田舎に用心棒なんぞ要る様な仕事をしてる奴はいねぇよ」

忠明「そうか、すまぬな」

「あんた仕事を探してんのかい?」

忠明「いかにも」

「どんな危ない仕事でもするかい?」

忠明「条件によってはな」

「だったら向こうに見えるお屋敷に行くといい」

忠明「用心棒が要る様な仕事をしてる奴はいないと」

「普通に暮らしてる奴はな?だけど、お役人は違う。あのお屋敷の千葉様にゃちょっとした困り事があるらしい」

忠明「千葉?ここら辺で千葉と言えば名族だが……。うむ、かたじけない」

「何者だ」

忠明「某、剣の道を極めんがため廻国修行をしている神子上典膳と申す者にござる。賢かしらな事ながらお困りな事があると聞きお力になれるのではと」

「その様なことはない!もし、あったとしてもお主の様な素性の知れぬ輩には頼まぬ!帰れ!帰らねば打ちのめすぞ」

忠明「分かった。では、帰るとする。だが、お前ごときでは俺を打ちのめすなぞできぬわ」

「なんだと?浪人者のくせに生意気な!」ブンッ

 サッ ガスッ

「ぐ、な、何をする」

忠明「何をする?身の程知らずに灸を据えたまでだ」

「き、貴様!叩き斬ってやる」

?「なんの騒ぎだ。喧しいぞ」

「い、犬飼先生」

犬飼「なぜ地面に伏しておるのだ」

「そ、そこの浪人めが無体を」

犬飼「無体だと?」

忠明「無体、な。増長が過ぎる阿呆め」

犬飼「この者は某自ら鍛えた自慢の弟子だ。そこらの浪人風情に容易くやられる様な鍛え方をしていない」

忠明「それは真か?そのわりには容易くすっ転んだがな」

犬飼「いや、お主が強すぎる。わしには分かる。名をお聞かせ願いたい」

忠明「神子上典膳」

犬飼「わしは犬飼弥五郎と申す。ひとつお聞きしたいがそこもとは何用で参られた」

忠明「端的に言うが路銀に困り仕事を探してたおりにこの屋敷で困り事があると訊いた」

犬飼「ううむ、なるほど。いや、もしかしたら……うん。わしが案内いたそう」

犬飼「いやはや、まさか元は里見家におられたとは」

忠明「犬飼殿も里見家とは関係が?」

犬飼「わしの父、犬飼源八は里見家に仕えておった」

忠明「犬飼源八と言えば八犬士伝説の?」

犬飼「あれは父上達の武辺咄を面白おかしく伝わっただけだ。わしはそんな家が嫌になってこの千葉家に兵法指南として仕えておる」

忠明「なるほど」

犬飼「こちらでお待ちくだされ。お屋形さまに話を通してくる故」

忠明「心得た」

 ガラッ

犬飼「お待たせしましたな」

忠明「いえ」

犬飼「うむ、お屋形さまより下知を承ったところ神子上殿に任せる。もちろん褒美もとらせるとのこと」

忠明「心得た。して、何をいたせば」

犬飼「実は、近頃若い浪人共が徒党を組んで悪さを繰り返している。目的がない、童の駄々と変わらぬのだ」

忠明「そやつらを斬り伏せて参れば良いのですな?」

犬飼「いや、宰領のみで良い。さすれば瓦解するのは見えておる」

忠明「心得た。しかし、なぜ浪人共が徒党を組んでその様な事をいたす」

犬飼「先ほども言ったが理由がないのだ。目的もなく、志もなく暴れまわっておる。童の駄々……いや、悪戯の様に楽しんでおるのだ」

忠明「馬鹿の集まりか」

犬飼「若いおりは誰しも馬鹿はするが、そういう問題ではなくなった。一ヶ月前、お屋形さまの娘である雪野さまが拐われて酷い姿で帰ってきた」

忠明「なるほど、仇討ちか。しかし、それではなぜ皆殺しにせなんだ」

犬飼「事を大きくすれば権威に関わる。それにこの騒ぎが起き始めたのはその宰領が来た時からなのだ」

忠明「流れ者か」

犬飼「何やら腕がたつらしく当方からも人をやってるが満足に帰って来たためしがない。しかし、その者さえ討てば」

忠明「明日、その者の首を持ってまた来る」

犬飼「一人でやるのか!?」

忠明「足手まといなどいらぬ」

 


 小野先生と悪辣の輩はつくづく縁があるようでございまして、旅に出ており既に両手では足りぬほどの賊を屍と変えて参りました。

 この話をすれば、小野先生の事を仏が遣わした悪鬼征伐の使者と申すものも居る事でございましょう。

 しかし、小野先生はそれを聞けば否と申されるでございましょうな。

 剣の道には理はあれど大義はない。人を生かすのが剣なれば、人を殺すのも剣でございます。

 此度も小野先生は、ただ理に従って剣の腕を振るいになさられるのでございます。路銀のため、そしてなんとなく後ろで匂いたつ鼻持ちならぬ輩の影を斬るために。

忠明「帰ったぞ」

 ブンッ ブンッ ブンッ

虎助「…………」ペコッ

忠明「まだやっていたのか」

虎助「…………」コクッ

忠明「殊勝なヤツだ。旅籠の女将から干し柿を貰った。体を拭いて食え」

虎助「…………」コクッ

忠明「ずいぶん大事に木剣を使っている。寝る時も抱いて寝ておるがそんなに気に入ったか」

虎助「…………」コクッ サラサラ

虎助「"たからものにございます"」ペラッ

忠明「ふむ、だがそれが折れるまでの稽古をせねばならぬぞ」

虎助「…………」コクッ

今日はここまで。読んでくださってる方は小野忠明をどう思ってんだろ?と思ってきてます

気に入ってくれてたら嬉しいんですが……

小野忠明のかっこよさが伝わって良かった。確かに新陰流の存在で一刀流は影が薄いイメージがありますが坂本竜馬をはじめとする幕末の志士には一刀流の系譜の剣士が多いところがロマンを感じるところがありますね

この後も小野先生がかっこよく書ける様に努力しますのでお付き合いください。

 


 翌日、さっそく小野先生は浪人退治へとお出掛けになられました。

 根城の目星は犬飼殿から訊いてはいたでしょうが、あくまでも目星でございますれば確実に事を成すために調査をいたす必要があったのでございます。

 一方で、虎助は稽古にますます励んでおりました。

 小野先生が自ら拵えて下さった木剣をずいぶん気に入っていたのでしょう。

 気がつけば素振りを繰り返す日々でございました。

 ブンッ ブンッ ブンッ

虎助「…………」フゥ

虎助「…………」ニコニコッ

 ドタドタドタ

虎助「…………」キョトン

「ん、坊主一人か?」

虎助「…………」コクッ

「そうか、困ったなぁ」

虎助「…………」ギュッ

「まぁ、いいか」

虎助「…………」ブンッ

「おっと、あぶねぇ」

虎助「…………」ブンッブンッ

「まぁまぁ、そんな物騒な事をすんじゃねぇや」

虎助「…………」ギリッ

「ちょっと坊主には付き合ってもらうぜ」

———
——


忠明「おあつらえ向きの場所だな」サッ

「おい、頭はいるか」

「いるが、二日酔いで機嫌が悪い。あんまりいらない事を言うんじゃねぇぞ」

「わかってる。俺だってまだ死にたくねぇや」

忠明「宰領はいるのか。上手く誘い出せれば良いが」サササッ

「それより、なんだその小僧は」

「へへ、頭の手を煩わせる野郎をやっちまおうと思ったら拾ったんだよ。こいつぁつかえるぜ」

忠明「童を一人連れ込んだか。こちらの動きを嗅ぎ付けられたか?仕方あるまい、早々にけりをつける」

 タッタッタッタッタッタッ

忠明「怨みはないが死んでもらおう」

「な、誰だてめぇ」

 ズブッ

忠明「見張りが一人とはざるだな」

 ダンッダンッダンッ

忠明「大変だ!お役人がここを嗅ぎ付けたぞ」

「な、なんだと!て、てめぇら早く出ろ」

 バタバタバタバタ

忠明「真に馬鹿の集まりだな」

「だ、誰だてめぇ」

忠明「雑兵に用はない。宰領は誰だ」

「あん?頭に用だと」

「構わねぇや!こいつ殺せ」

「待てや。お前らが何人かかろうと勝てる相手やない」

忠明「やはりお前が関わってたか」

善鬼「神子上、まさかお前がここに来るとはな」

忠明「やはり豚の始末は早めにつけるべきだったな」チャキ

善鬼「今度こそ斬り捨てたるわ」チャキ

 ガキンガキンガキン

忠明「どうした、剣筋が鈍いぞ」ググッ

善鬼「ほざけ、おのれなんぞ眠ってても斬れるわ」サッ

忠明「何故この様に不毛な事をしている」

善鬼「理由なんぞあるかい。ワイはつまらん事が嫌いなんや」

忠明「暇つぶしと言うわけか。愚かなこと極まりないな」シュタタタ

善鬼「阿呆でなけりゃ剣なぞ握らんわ」シュタタタ

 ガキンガキン ガキン

 


 小野善鬼は、恐るべき剣の使い手と言えましょう。

 常人ならば受ける事などできようもない小野先生の剣を受けてみせるのでございます。

 またも、小野先生と善鬼との仕合は長引く事になろうと思われたところでございました。

善鬼「埒があかんな」

忠明「そうか、俺はお前を斬れるがな」

善鬼「やっぱりおのれは気にくわんやっちゃ。このまま斬り合っても面白くない。ひとつ工夫させてもらうで」

忠明「いくらでもするが良い。それでも俺がお前を斬る事実に変わりはない」

善鬼「ほざけ。おい、あの餓鬼つれてこいや」

忠明「人質か。浅はかだな」

「へへ、これ見ても言えるか?」

忠明「虎助!?拐かしたか」

善鬼「ワイが指示したわけやあらへんで?大した期待もしてへんかったが面白くなりそうやな」

忠明「何を言っている。お前を斬れば済む事だ」

善鬼「さっきの澄ました顔はどうしたんや?汗も流れて来とるで」

忠明「黙れ、豚が」

 ガキン

善鬼「おかしいなぁ?鈍うなっとるぞ」

 


 むべなるかな小野先生と言えども人なれば親しき者の窮地にお心を乱されたのでございます。

 小野善鬼なんと卑怯。

 小野先生と善鬼、お互い力が拮抗していただけに僅かに心を乱された小野先生の方が押されだしました。

 小野先生は倒れるか。血水にまみれ倒れるのか。


    否

善鬼「しぶといなぁ神子上典膳」ググッ

忠明「お前に斬られて死ぬならば、腹かっ捌いて死んだ方がマシだ」ググッ

善鬼「口のたつやっちゃ」

忠明(虎助が唖なのが仇なしたか。いちいち気になる。くそ」

虎助「…………」パチッ ジタバタジタバタ

「く、騒ぐな餓鬼!」

忠明(虎助!?目を覚ましたか)

 ズルッ

忠明「な、しまった!」

善鬼「神子上典膳破れたり!」

 ズバッ

「ぐあっ!」バタッ

?「善鬼、見つけたぞ」

善鬼「なんやと!?」

忠明「隙を見せたな」

 ズバッ

善鬼「うぐ、おのれ」

忠明「浅かったか」

?「善鬼、うぬの負けぞ!神妙にいたせ」

善鬼「わざわざ追っかけて来た言うんか。一刀斎先生よぉ」

景久「うぬ、わしの汚点だ。なればわし自ら片付けねばなるまい」

忠明「一刀斎、だと!?」

景久「いかにも、わしは伊東一刀斎景久。そこな浪人、小野善鬼はわしの弟子でござる」

 


 小野先生の窮地に現れたるは、生ける伝説とも言うべき御方にござりました。


 "伊東一刀斎景久"


 一刀流の剣士にすれば神の様な御方、諸国の剣士にとっても剣聖と崇め奉られる様な大剣豪にございます。

 その一刀斎様が現れたのは驚くべき真実故、それは弟子である善鬼の悪業を止めんがためにございました。

 そして、これが小野先生の剣の道しるべともなるべき事だったのでございます。

善鬼「腹のたつ事やが先生もおったんならワイに勝つ術はあらへん。退かせてもらうで」

忠明「待て、善鬼」

景久「待たれよ。あの傷ではそう遠くへは行けぬであろう」

忠明「なぜ貴方の様な御方があの様な下賤な輩を弟子になされたのか」

景久「場所を移すといたそう。童が怪我をしておる」

忠明「そうだ、虎助」

景久「すまぬ。わしが浪人を斬った時に浪人が不意に力を込めたらしい。どこぞ骨を折って気を失ったと見える」

忠明「この童は強い子にございます。心配はないでしょう」

景久「そこもとの子か」

忠明「いえ、弟子にござる」

今日はここまで。一章もそろそろ終わりになると思われます。ぐだらないよう頑張ります。

忠明「ふむ、腕が折れておるが大事ないでしょう」

景久「ならば良かった。わしの不注意だったすまぬ」

忠明「いえ、一刀斎先生ならばこれくらいで済んだのでしょう。他の者ではこれくらいでは済みますまい。それより、善鬼の件をお聞かせ願いたい」

景久「うむ、あやつはわしが京で拾ったのだ。親を無くしており悪童として悪事を働き暮らしておったらしい」

忠明「伺い知れますな」

景久「わしは最初、ヤツを斬るつもりであった。童と言えど悪事が過ぎておったのだ。だが、斬れなんだ。あやつの剣の才は天賦の物である」

景久「欲が出たのだ。こやつならば我が剣を受け継ぎ後世へと繋いでくれるのではないかと」

忠明「ふむ」

景久「しかし、結果はあの通りだ。確かにわしの剣は綺麗な物ではない。生きるために人を斬る剣である。だからこそ、慈しみや人が生きる上での常道を強く感じなければならぬ」

忠明「剣鬼となるは一つの境地と言えまするが修羅となるのは外道でございます」

景久「いかにも。だが奴は剣を振るうのみの畜生となった。いたずらに快楽のために剣を振るう」

忠明「正義云々の大言壮語を吐くつもりはございませぬ。俺はヤツを斬ると決めた。一刀斎先生、某の同行をお許しくださりませぬか」

景久「そこもとを見て機運なりと思った。善鬼に匹敵する才が備わっているだろう。是非ともわしの剣を受け継いでもらいたい」

忠明「懸命に励みまする」

景久「して、この童はいかがいたす」

忠明「連れて行きまする」

景久「危険な旅だぞ」

忠明「それを承知でこやつは着いてこようといたすでしょう。それに一度剣を教え始めたからには徹底的に叩き込まねば気が済みませぬ」

景久「良い性分じゃな。そこもとの名をきかなんだ」

忠明「神子上典膳正明と申しまする」

景久「うむ、神子上典膳正明。お主を伊東一刀斎景久の弟子と致す」

 


 一刀斎様と弟子となられた小野先生は、はからずも兄弟子となった善鬼を討たんがために旅をいたすことと相成ったわけでございます。

 小野先生の剣は一刀斎様のご指南により研鑽される事でございましょう。

 "善鬼、天命尽きたり"

 一刀斎様と小野先生、そして虎助は善鬼の足跡を追い西へと向かう事に相成ったのでございました。

爺「今日はここまで」

「えー!続きが気になるよう」

「でも帰らないと父ちゃんに殴られちまう」

「お爺さん!明日もお話してくれる?」

爺「ええ、良うございますよ」

「じゃーねー」

「また明日なー」

爺「お気をつけて」

「ねぇねぇお爺さん、小野先生はなんで一刀斎様について行くのかな?」

爺「そうですな……きっと、一刀斎様の背中に魅せられたのでございましょう」

「背中に?」

爺「強きお人は、背中で物を語るのでございますよ」

爺「虎助もまた小野先生の背中に魅せられたのでございましょうな……」


 一章 伊東一刀斎・完

 

「爺さん!また来たよ」

爺「ようおいでなさった」

「早く話しておくれよー」

爺「まぁまぁ、そんなに急かしなさるな。少々、血生臭い話になりますが良いですかな?」

「母ちゃんの説教よりましだよ」

爺「それではお話いたしましょう。」

 二章 地蜘蛛の兵衛


 天正二十年(1592)、この年は太閤秀吉公が唐へと出兵なされた年でございます。

 諸国の有力な大名が次々と出兵なされた影響でございましょうか、不当な行いをする輩が国を乱す事がおおございました。

 故に、その様な輩の鎮圧のために名だたる兵法家が自ら賊退治に乗り出す事も少なくはございませぬ。


 一刀斎様と小野先生もそのせいか思うように足が進まずに善鬼の足跡を見失い美濃で足踏みをしておったのでございます。

虎助「…………」タッタッタッ

忠明「どうだった。大事ないか」

虎助「…………」コクッ

景久「うむ、では宿を探して休むといたそう。今後の思案もある」

虎助「"宿の手配はしておきました。先生といっとうさいさまは先にお休みください"」ペラッ

景久「ぬ、虎助は真に気がつくものよのう。うぬが居らなんだらわしらは今まで野に伏し寝ている日々であった事だろう」

忠明「よう、やった。ならば某は善鬼について探って参りまする。虎助は一刀斎先生に従い宿に行っておれ、素振りは忘れるな」

虎助「…………」コクッ

忠明「それではのちほど」

景久「この様な情勢だ。気をつけて行け」

景久「虎助、ずいぶん典膳になついておるがあやつは好きか?」

虎助「…………」コクッ

景久「そうかそうか。あやつはぶっきらぼうな様で面倒見が良いところがある」

虎助「…………」コクッコクッ

景久「わしより虎助の方がよう知っておるか」

虎助「…………」ニコッ

景久「虎助、剣の稽古は楽しいか」

虎助「…………」コクッ

景久「うむ、お前は賢い子だし考えている事も分かる」

虎助「…………」キョトン

景久「だからこそ典膳のあとを追う事はやめる事だ」

景久「着いてくるなと言っているのではない。典膳の才はわしが見てきた剣士の中で群を抜いている。だからこそ、あやつの背なを追いかけてきたお前は己の未熟さを感じる」

虎助「…………」

景久「さすれば無茶をする。お前が若ければ若いほどな」

虎助「…………」

景久「お前が大成する時にあやつは雲の上の存在となろう。そして、焦り起こす行動は死を招く」

虎助「…………」

景久「剣の稽古も続けると良い。共に旅もしよう。だが、お前にはお前の道があるのだ。言ってること分かるな?」

虎助「…………」フルフル

景久「お前が賢いからこそこういう話をした。話半分で良いが心に留めておきなさい」

虎助「…………」コクッ

 


 この時、虎助はどう思ったかは本人しか分からぬ事なれど一刀斎様の言う事はごもっともでございます。

 時は豊臣の世、天下統一されて久しいと言えど危険は常につきまとう。

 小野先生の様に天賦の才があるお人に付き従うのであれば苦難も多くそして、苛烈でございましょう。

 小野先生ならば容易く乗り越える壁も他の者は乗り越えれず死の淵に落ちる事になるやもしれぬ。

 一刀斎様のお言葉は、それを意図しての事でございました。

「ふぅむ、見かけませんでしたなぁ」

忠明「そうか」

「見かけたとてこの様な御時世でございますれば似た様な輩は掃いて捨てるほどいますからなぁ」

忠明「たしかにな。すまない、世話になった」

「いいえ。そうそう!地蜘蛛衆にはお気をつけて」

忠明「地蜘蛛衆?なんだそれは」

「最近、関ヶ原の辺りに現れると言う盗賊でございます。幾度かお侍さまが討伐に出たのでございますがえらく強いらしく何べんも返り討ちに」

忠明「わかった。気をつけよう」

忠明「地蜘蛛衆か。善鬼に関わりはないとは限らぬ。頭の隅には留めておくか」

 タッタッタッタッタッタッ ドンッ

?「あたたた、すみません」

「待ちやがれ女」

「逃げようったってそうはいかねぇ」

?「ゆ、許して!許してくださいまし」ガクガク

忠明「穏やかではないな」

「なんだおめぇは」

「邪魔しようってんなら殺しちまうぞ」

?「お、お侍様助けてくださいまし」ガクガク

忠明「お前らを斬り捨てても良いが盗人を助けるのもしゃくだ」グイ

?「痛い痛い痛い痛い痛い!!」

?「は、離して!痛い!!」ジタバタ

「や、やめねぇか!痛がってるだろう」

「そ、そうだぞ!怪我したらどうするんだ」

忠明「なんだ、お前ら。まるでこの女を心配してる様な口振りだな」グイグイ

?「いったい!いったいってばッ!離せよ離しておくれよ」ジタバタジタバタ

忠明「もう少し捻れば折れるな」

「て、てめぇ!」ブンッ

忠明「腰が入ってないな。そんな殴り方で当たると思ってるのか」ドスッ

「うぐッ」ドサッ

「あ、ああああ……すいませんでしたぁ!」

忠明「ふん、やはりな」

?「離せって!離せってば」ウルウル

「じ、実は、その女はスリであっしらもグルなのでございます。で、でも!脅されてやった事で」

?「て、てめぇ!簡単に吐きやがって」

忠明「お前は黙っていろ」グイ

?「痛いよ、痛いんだって!そんなに強く手首を捻らないでおくれよ」

忠明「そんな事だろうとは思った。お前達が走ってくる姿を遠目で見ていたがこの女は振り返りもせずにまっすぐに大して焦っている様子もなく、お前らには女を追いかけている素振りはなかった。賢しらな事を考えたものよ」

「ま、まさかそこまでお見抜かれてるとは」

忠明「見抜かぬヤツは馬鹿だ。それにしてもいつまで地に伏してるつもりだ。仲間を連れてさっさと去ね」

「は、はい!」

?「あ、くそッ!つかえねぇ野郎共めーー」

忠明「お前は黙れ」グイ

?「痛いんだってば!本当に折れちまうよ」ジタバタ

忠明「折れる前に返すか折れてから返すか」

?「か、返す!返すってば」ドサッ

忠明「相手が悪かったな」パッ

?「うう、本当に折れるかと思ったよ」グスン

忠明「これに懲りたら二度とやらぬ事だな」

?「……ふんッ、うるせぇやばーか」ボソッ

忠明「おい」

?「な、なんだよ」ビクッ

忠明「お前の仲間は本当に二人だけか」

?「そ、そうだよ」

忠明「そうか。ならば良い」

?「なんだよ!なんか気になるじゃねぇか」

忠明「気にするな」

?「気にするなって言われたら余計に気になっちまうだろう!」

忠明「騒がしい女だ」

?「いいから教えろよ」

忠明「二軒先の家に何者かが潜んでいる。目的は知らんが殺気を感じる」

?「ま、まじかよ」

忠明「それではな」スタスタスタ

?「お、おい!そっちで待ち伏せされてるんじゃねぇのかよッ!?」

 ズバッ ズバッ

忠明「さっきまではな」スタスタスタ

?「つ、つぇええ」

———
——


景久「どうであった」

忠明「いまいち成果はあがりませなんだ」

景久「うむ、そうか。善鬼め上手く足跡を消しおる」

忠明「あと、善鬼との関わりは不明でございますが地蜘蛛衆と称す輩共が巷を騒がしている様子。一応、お耳に入れておくべきかと」

景久「地蜘蛛衆とな?」

忠明「心当たりがあるのでございますか?」

景久「京で善鬼を拾ったと言ったがその時のあやつの仲間の中に"兵衛"と言うヤツがいた。年の頃で言えば十七か十八くらいであったがその者の渾名が"地蜘蛛"であった」

景久「背に蜘蛛の様な形をした痣があるからそう呼ばれていたらしいが」

忠明「もしや地蜘蛛衆の頭は」

景久「うむ、その兵衛かもしれぬ。だとすれば善鬼を匿っているか行く先を知ってる可能性がないわけではない」

忠明「ならば調べる可能性がありますな」

景久「だが、慎重にいかねばなるまい。美濃で幅をきかせているくらいだ。相当の手練れ揃いであろう」

忠明「目立った動きはせぬように心掛けまする」

景久「わしも動いてみよう」

 


 美濃と言えば、信長公の舅であり一介の油商人から一国の主になった蝮・斎藤道三の治めた国で有名でございましょう。

 美濃国は大地が肥沃で国が富んでおりまする。故に、兵が大変強うございます。

 道三が、あと十年早く美濃を手に入れておれば天下の趨勢は今と大分違った事でございましょう。

 その美濃兵が賊退治で返り討ちにあうとなればいかに小野先生や一刀斎様と言えど油断はなりますまい。

 地蜘蛛衆、いったい如何なる奴らなのか。

忠明「虎助、まだ起きておったのか」

虎助「…………」コクッ

忠明「早く寝ろ。子供のうちは寝る事も稽古だ」

虎助「…………」コクッ

忠明「俺も一刀斎先生もしばらく忙しいだろう。稽古はしばらく見てやれぬがしっかりやれよ」

虎助「…………」コクッ

忠明「では俺は寝る」

虎助「…………」クイクイ

忠明「なんだ」

虎助「"わたしはみこがみ先生のようにはなれぬのでしょうか"」ペラッ

忠明「お前はお前だ。お前意外の何者にもなれぬ。ならばお前はお前の道を行け」

虎助「…………」

———
——


忠明「先生、早いお出掛けでございますな」

景久「うむ、少し足を伸ばして尾張の知り合いに話を訊いてくる。隣国であれば何か情報を掴んでおるかもしれぬ」

忠明「わかりました。某も先日と同様に調べてみまする」

景久「気をつけろよ。向こうに嗅ぎ回っているのがバレたら厄介になる」

忠明「はい」

景久「ところで虎助の様子はどうだ」

忠明「変わった様子はありませぬが」

景久「そうか。あれは良い子だ。出来るだけ良い道を歩める様にしてやるのも我らの勤めだ」

忠明「心得ておりまする」

忠明「虎助、俺は出かけてくる。一刀斎先生は尾張にお出掛けになられた故しばらく戻らぬだろう」

虎助「…………」コクッ

虎助「…………」クイクイ

忠明「なんだ」

虎助「"なにかお手伝いはできませぬでしょうか"」ペラッ

忠明「お前に出来ることはない」

虎助「…………」シュン

忠明「出来る事と出来ぬ事を見極める事が大事である。若い時分には難しい事だがな」

虎助「…………」

忠明「諦める事を覚えろと言うのではない。己には己に合ったやり方があると言う事を知れと言う事だ」

虎助「…………」

忠明「お前にはまだ難しい話か」

虎助「…………」コクッ

忠明「当たり前だ。俺もたまに納得いかない時がある。それで悩む事もまた修行なのかも知れぬな。では、行ってくる」

綺麗事はいい
虎助は子供だ。一人になりたくないのだ。
忠明よ、虎助の親になり、身を落ち着かす事の出来ないお主こそ、半端者じゃ

 


 "出来る事と出来ぬ事を見極める"


 それは諦めを覚えろといった事ではない事は小野先生がおっしゃっておりまする。


 "己には己に合ったやり方があると言う事を知れ"とも小野先生はおっしゃいました。

 つまりは、己と向き合う事こそ歩むべき道を標す道標となると言う事を意図してのお言葉なのでございましょう。

 ただ、年の頃で十の童には難しい事でございます。

 それよりも虎助は、完璧に見えた小野先生がふと見せた屈託とも言えるべきものに深い親しみを感じたのでございました。

忠明「日陰者を知るのは日陰者か。丁度良い輩を見つけるか」

 タッタッタッタッタッタッ

「ま、待ちやがれ!俺の金返せーー!!」

「へへッ!おめぇ見てぇなのろまに捕まるかよ」

   ガッ

「うわッ!!」ズシャア

忠明「馬鹿ばかりだな」

「て、てめぇ何しやがる!」

忠明「黙っていろ」ゲシッ

「あ、あんた助かったよ!」

忠明「金は返してやる。代わりにこの男は俺が貰うが良いか?」

「ああ、素っ首ぶった斬って捨てるなり手足ちょん斬ってドブに捨てるなりどうとでもしてくだせぇ」

忠明「うむ、心得た」

「ちょ、ちょっとお待ちになってくださいよ!う、うう、嘘でしょ?」

忠明「さて、お前にはちと用がある」

「あ、あっしを殺しても何にもなりませんよ!」

忠明「安心しろ。お前なぞ斬るつもりはない。訊きたい事があるだけだ」

「よ、良かった……」

忠明「お前、地蜘蛛衆について何か知らぬか」

「へ?今、なんとおっしゃったんで?」

忠明「地蜘蛛衆について何か知らぬかと訊いている」

「か、か、勘弁してくだせぇ!名を語るだけでも恐ろしい事です」

忠明「…………」チャキ

「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ!あっしは語れませぬが地蜘蛛衆についてちょいと知るヤツがおります」

忠明「それはどこのなんというヤツだ」

「どこにおるかはわかりませぬ。あっちこっち塒を変えておりますんで、名は"お邑"と言う女でございます」

忠明「お邑か」

「へぇ、ずいぶん男勝りなヤツで頭もなかなかキレるヤツで。人から訊いた話だと地蜘蛛衆の頭領の妾だったとかなんとか」

忠明「お邑か、わかった。探ってみる事にしよう」

「帰ってもようございますか?」

忠明「ひとつ。あの辻を行った辺りに旅籠があるがあの辺りで何かあったらお前の仕業と思いお前の首と胴を切り離しに行くからな」

「ち、近づくなと言う事でございますか」

忠明「犯人が誰であれだ。つまり俺が言いたい事がわかるな」

「な、仲間を集めて見廻りさせてもらいます!」

忠明「うむ、銭は払ってやる」チャリン

「お邑?いや、見かけちゃいねぇなぁ」

忠明「そうか、手間をとらせた」

「あんたお邑に関わるのはやめた方が良いぜ?あの女は底意地が汚ねぇし良い噂を聞かねぇからよ」

忠明「ならばますます会わねばならぬ」

「変わったお人だねぇ」

  マテ、コノアマァ ダレガマツカ

「ん!?ありゃお邑じゃねぇか!」

忠明「なに!?どっちへ行った」

「東の辻へ走って行ったが」

忠明「わかった」タッタッタッ

「あ、ちょっと!色恋かね?いや、それはねぇか」

———
——


お邑「チッ、袋小路かよ」ハァハァ

「お邑!今日こそは逃がさねぇぞ」

「頭がなんとしてもお前を連れて来いって言ってんだ!」

お邑「へッ!誰があんなガマ面野郎の所に行くかよ」

「このクソ女!」

「口のへらねぇ女だ!頭がご所望じゃなけりゃぶっ殺してやんのによぉ」

お邑「お前らみてぇなどんくさい野郎共にアタシが殺されるわけねぇだろうが」

「言わせておけばこのや……」グイ

忠明「退け、邪魔だ」

「な、なんだてめぇは」

忠明「その台詞は聞き飽きたぞ」

「ひ、ひぃぃぃ!つえぇぇ」

忠明「失せろ。さもなくば斬り殺す」

「ひゃあああああ」タッタッタッ

忠明「お前がお邑か」

お邑「あ、あんた!昨日のお侍じゃねぇか」

忠明「お前がお邑だったか。お前に訊きたい事があって探しておった」

お邑「アタシに訊きたい事だって?それなりの礼は出せんのかい」

忠明「質による」

お邑「で、何に着いて聞きてぇんだよ」

忠明「地蜘蛛衆について」

お邑「アンタ正気か!?」

忠明「当たり前だ」

お邑「アンタもしかして馬鹿かい?地蜘蛛衆を調べてどうしようってのさ」

忠明「小野善鬼と言う男を探している。もしかしたらヤツと関わっておるやもしれん」

お邑「もし、その小野なんとかと地蜘蛛衆が関わってたらどうすんのさ」

忠明「善鬼の居場所を吐かせる」

お邑「吐かなかったら?と言うか奴等の塒に乗り込む気かよ」

忠明「でなければ話は訊けんからな。あと、吐かなかったから殺す。いや、絶対に吐かせるが」

お邑(確かにコイツは強いみてぇだがでも無茶ってもんだろ。でも、コイツの強さを逃すのはもったいねぇなぁ)

お邑「よし、教えてやるよ。その代わりにアタシの言う事をひとつ訊いてもらうよ」

忠明「良かろう」

———
——


お邑「此処はさ、蝮衆って言って地蜘蛛衆が現れる前にここら辺を仕切ってたチンケな盗賊共の塒だ」

忠明「どこの賊も考える事は同じか」

お邑「蝮衆のくせに頭がガマみてぇなヤツでさ。それはおいといてアタシここの頭に気に入られちまってよ。それが嫌で塒を変えて逃げ回ってたんだけどしつこくてさ」

忠明「殺してくれば良いのか?」

お邑「向こうは二十人近くは居るんだぞ!?話つけてくるだけで良いって」

忠明「良いだろう。では、行ってくる。それはそうと」

お邑「なんだよ」

忠明「逃げるなよ」

お邑「しっかし、偉い自信持ってる野郎だなぁ」

 ガタガタッ バタッ ドタッ

お邑「お、ずいぶんな調子で暴れてるじゃねぇか。まぁ、死にはしねぇだろうが腕の一本や二本は無くなって」

「お、お助けーー!」

お邑「あ、ありゃ熊狩りの弥平次じゃねぇか!?面が酷く腫れてたぞ!」

忠明「おい、お前もこっちに来い」

お邑「え、嘘!?なんで怪我ひとつしてねぇんだよ」

忠明「何をやっている。早く来ないか」

お邑「ちょ、ちょっと待てよ」

「うぅ、いてぇいてぇよぉ」

お邑「なんだよこりゃ」キョロキョロ

忠明「おい、本当にこの女に覚えはないのか」

「これっぽっちありません。だから許してくだせぇ」

忠明「だそうだが」

お邑「あ、えっと、そんなわけねぇって!アタシはこのガマ面忘れねぇぞ」

忠明「話が噛み合っていないな。おい、本当の事を話せ」チャキ

「ひぃぃぃ!?す、すいません!そ、その女の事は良く知ってます」

忠明「だろうな。良いか、今後一切この女に関わるな。今回はお前らがあまりにチンケだったから抜かなんだがもしこの女に関わる様な事があれば」チャキ

「関わりません!輪廻永劫関わりませぬ!!」

忠明「ならば良い」

今日はここまで。歴史物は書くの難しいなぁ……

雰囲気出るように頑張ります。

>>129
忠明はあんなんでも自分なりに虎助に気を使ってるんですよ。許してあげて下さいwww

忠明「約束は果たしたぞ」

お邑「あ、あんたなにもんなんだよ!たった一人で蝮衆をあんなにしちまうなんて」

忠明「何者でも良かろう。さっさと地蜘蛛衆の事を話せ」

お邑「い、いや!そいつは無理な話だ」

忠明「俺に手間をかけさせておいて話をせぬでは通らぬぞ」チャキ

お邑「ちょ、ちょっと待てよ!アタシだって伊達や酔狂で地蜘蛛衆の情報を握ってんじゃねぇんだ。素性の知れねぇ奴においそれと話せねぇよ」

忠明「お前にはお前の事情があると言うわけか」

お邑「そういう事だよ」

忠明「ならば場所を移すといたそう。どこで誰が訊いているか分からぬ。あまりこちらの情報を垂れ流しにするのは上手くない」

お邑「ど、どこに行くんだよ」

忠明「我らが滞在している旅籠だ。我が師の知り合いがいるから幾らか融通が訊くし信用もできる」

お邑「わ、わかった。その前にひとつ訊きたいんだけどよ」

忠明「なんだ」

お邑「本当に地蜘蛛衆に勝てんのか?頭領を……アイツを殺せんのか?」

忠明「必ずしも戦うとは限らぬ。だが、立ちはだかるならば斬り捨てて罷り通る」

お邑「わかった。じゃあ、行こうか」

———
——


お邑「へぇ、ずいぶん上等な所に泊まってんじゃないか」

忠明「虎助、おらぬか」

お邑「誰かいるのか?」

忠明「俺の連れだ」

お邑「いないのか?」

忠明「留守を頼んでおいたのだが」

『神子上様、ちとようございますか?』

忠明「女将か、構いませぬ」

  ガラッ

忠明「女将、虎助を知りませぬか」

「虎助坊っちゃん、こちらへ」

虎助「…………」トテトテ

忠明「虎助、その傷はどうした」

お邑「なんだ、アンタの子供かい」

忠明「いや、故あって拾ったのだ。そんな事よりいかにしてそんな傷をつくった。お前には留守居を言い渡したはずだぞ」

虎助「…………」ビクビク

「実は盗人が入り込んだようで大したものは盗まれておりませんが、虎助坊っちゃんは先生の物が盗まれたかもしれないと追いかけたのでございます。盗人に追いすがって物は取り返したは良いが手酷く殴られたようで」

忠明「愚かな事をしたものだ。子供が大人に勝てると思ったか」

虎助「…………」シュン

忠明「迷惑をかけました。手当てまでしていただいて、虎助に代わって礼をいたしまする」

「いえいえ。あんまり虎助坊っちゃんを叱らないであげてくださいまし」

忠明「後先考えずに飛び出したか」

虎助「…………」コクッ

忠明「馬鹿め。少し考えれば分かる事のはずだぞ。ただのチンケな盗人で良かったが地蜘蛛衆に関係する奴であれば俺や一刀斎先生にどれだけ迷惑をかけたか」

虎助「…………」シュン

お邑「そんなに怒ってやるなよ。こんな小さい子供が大人に食って掛かったんだ。しかもアンタのためだよ?健気じゃねぇか」

忠明「お前には関係のない事だ。とにかく自分の愚かさ恥じて反省しろ。わかったら下がれ」

虎助「…………」コクッ

忠明「さて、話をしてもらうぞ」

お邑「アンタは子供の接し方がなってねぇな。あんな喋る余裕もないくらい厳しい言い方をしなくても良いじゃねぇか」

忠明「あやつは唖だ。それより早く話してもらおう」

お邑「冷たい野郎だな。その前にアンタの素性を」

忠明「俺の名は神子上典膳、伊藤一刀斎景久先生の弟子として廻国修行をしておる。故あって小野善鬼と言う男を討たんがために探しているのだ」

お邑「伊藤一刀斎の弟子か。どうりで鬼の様に強いはずだよ。……こりゃ、本当に叶うかも知れねぇな」

お邑「地蜘蛛衆について話してやる」

忠明「それが目的だからな」

お邑「地蜘蛛衆ってのは野伏や盗賊や伊賀者までいる集団さ。元はそこいらに盗賊となんら変わんなかったんだが、一人の男が頭領になって変わった」

忠明「もしや兵衛と言う男か」

お邑「調べてるじゃねぇか。そうだよ……兵衛は残忍な野郎だ。女・子供も殺す。大して目的もねぇのにだ」

忠明「そんな輩は必ずいるものだ」

お邑「しかも偉く強い。ここだけは定かじゃねぇが元・根来忍者らしい」

忠明「ほう、なるほどな」

お邑「地蜘蛛衆は何がしたいのかわかんねぇ。盗みをしたかと思えば気まぐれに人を殺して回るだけの時もある。一つだけ分かる事は誰も好いちゃいねぇって事さ」

忠明「程度が知れる連中だな。地蜘蛛衆の事はもう良い。最近、地蜘蛛衆に接触したヤツはいないのか」

お邑「それはわからねぇが、最近兵衛が地蜘蛛衆から離れているらしい」

忠明「キナ臭いな。奴らの塒に心当たりがあるか?」

お邑「ないわけじゃねぇが……」

忠明「出来るだけ教えてくれ」

忠明「最後に一つ訊きたい」

お邑「ん、なんだよ」

忠明「なぜそんなに地蜘蛛衆の事を知っている」

お邑「調べたのさ」

忠明「何故だ。訊いたところによればお前は兵衛の女だったとかキナ臭い噂が広まっている」

お邑「アタシが?そんなわけねぇよ。つまんない話さ。この御時世よくある事だよ」

忠明「仇討ちのためか」

お邑「そんなところだ」

忠明「そうか」

お邑「もう良いかい?」

忠明「どうせ塒を探すのだろう。泊まって行け。俺は少し出かける」

お邑「礼のつもりかい?まぁ、遠慮しねぇけどさ。ところで何処に行くんだい?」

忠明「野暮用だ」

お邑「よう、虎助って言ったっけ?」

虎助「…………」コクッ

お邑「大丈夫かい?痛かっただろう。あの男は冷たいヤツだねぇ」

虎助「…………」フルフル

虎助「"おろかな事をしたわたしが悪いのです"」ペラッ

お邑「そんな事はないよ。アンタは褒められるような事をしたのさ」ギュッ

虎助「…………」

お邑「あの男はもっとアンタに優しくするべきなのさ。なのに褒めも慰めもしないでさ」ナデナデ

虎助「…………」

お邑「アンタはあの男にどうして従ってるのさ」

虎助「"先生は命のおんじんでありあこがれのお人です。先生の役に立っておんをお返ししたいし先生みたいになりたいのです"」ペラッ ニコッ

———
——


「あのガキ!ぶっ殺しておけば良かった!!くそッ、棒っきれで散々叩いてきやがって」

「こんな棒きれ担いで侍気取りか!あーむしゃくしゃしやがる」

忠明「もし、少し良いか?」

「あ?なんだおめぇは!!今の俺に話しかけるんじゃねぇよ」

忠明「うちの弟子が世話になったようだ」

「あ?何を言ってやがる」

忠明「不肖の弟子だが世話になった礼は師が返さねばな」

「お前もしかしてあのガキの」

  バキッ ドコッ ガスッ

忠明「礼はたっぷり受け取ったな。すまないが、この木剣は返してもらう」

———
——


忠明「帰ったぞ」

お邑「なんだ、土産のひとつもねぇのかよ」

忠明「客分のくせに図々しいヤツだな」

虎助「…………」

忠明「反省はしたか」

お邑「おい、あんまり言ってやるなよ!まだ小さいんだからもっと優しくしてやれ」

忠明「お前が愚かな事をしたのは恥ずべき事だ。師の言い付けを破るなど断じて許しがたい事である」

虎助「…………」シュン

忠明「故に、明日からの鍛錬をより厳しくする」

虎助「…………」

忠明「良いな」

虎助「…………」コクッ

忠明「そこの道で拾った。自分の物くらい自分で管理しろ」カランッ

虎助「…………」ニコッ コクコクッ

お邑「血がついてる。もしかしてあんた」

忠明「何を笑っている」

お邑「素直じゃねぇんだな」ニヤニヤ

 


 小野先生は常に本心を隠しておられると言いますか、言葉足らずなところがございますが決して冷たいお人ではございませぬ。

 虎助に叱ったのも親心からの事でございましょう。


 さて、お邑と言う地蜘蛛衆と因縁浅からぬ女の協力を得て小野先生はいよいよ本格的に地蜘蛛衆の実態を調べる運びと相成ったわけでございます。

 聞く限りでは地蜘蛛衆は危ない集団との事

 さて、一刀斎様が未だ帰らぬ時に小野先生はどういたすのか。

お邑「地蜘蛛衆の塒がわかったぞ」

忠明「ふむ、そうか。して場所は」

お邑「関ヶ原烏頭坂。いつ作ったのか土を掘り起こして地面の下に塒を作っていやがった。猟師が入り口を見つけたらしい」

忠明「地蜘蛛の名にふさわしいな。わかった。準備をして向かうとしよう」

お邑「何をしてるんだい?今すぐ向かわなくて良いのか」

忠明「一刀斎先生に手紙を書いている。五日後帰る事になっているがもしもの場合がある故に、居場所を知らせておく必要があるからな」

お邑「意外に慎重なこったな」

忠明「準備は怠らぬのが兵法の常だ。虎助」

虎助「…………」トテトテ

忠明「お前にこの手紙を渡しておく。俺が二日経っても帰らなければ中をあらためてその通りにしろ」

虎助「…………」

忠明「そう、不安そうな顔をするな。お前は自分の師を信じれぬか」

虎助「…………」フルフル

忠明「ならば言う通りにしなさい」

虎助「…………」コクッ

忠明「よし、では行くとしようか」

お邑「おう、悪いがアタシは近くまでしか案内できねぇからな」

忠明「構わぬ」ガラッ

虎助「…………」チョコン

お邑「……虎助、ごめんな」バタン

———
——


忠明「ここらか」

お邑「もう少し先だ」

忠明「うむ、慎重に行こう」

お邑「……ああ」

忠明「お前は仇討ちのために地蜘蛛衆を調べたんだったな」

お邑「そうだけど、それがどうしたよ」

忠明「誰が殺された。父か母か」

お邑「二人とも殺された」

忠明「そうか。別に同情をしたわけではないが兵衛の首を手土産に出来る様に努力はしてやろう」

お邑「ふ、期待しねぇで待ってるよ」

忠明「伏せろ」バッ

お邑「ど、どうした」

忠明「足音と気配から察するに五人か」

お邑「地蜘蛛衆か?」

忠明「わからぬ。が、用心にこしたことはない。やり過ごすぞ」

お邑「なぁ」

忠明「なんだ」

お邑「お前が追ってるヤツはお前に何かしたのか?絶対にやらなきゃなんないのか?」

忠明「別に善鬼は俺に何かをしたわけではない」

お邑「じゃあ、なんでこんな危険をおかしてまで追うんだ?」

忠明「知らん」

お邑「はぁ?知らんってなんだよ」

忠明「何故だと訊かれても明確な答えは俺にもわからん。だから剣に訊くとする事にした」

お邑「剣に訊く、ねぇ。アタシにはさっぱりわかんねぇや……」

忠明「わかってたまるか。よし、行くぞ」

お邑「……ああ」

忠明「ここから地蜘蛛衆の塒までどれくらいある」

お邑「あ、あとちょっとだよ」

忠明「ふむ、そうか。お前はここで引き返せ。案内はもう良い」

お邑「え、もう良いのか?場所をちゃんと教えたわけじゃねぇぞ」

忠明「お前の役目は俺を誘き寄せる事だろう」

お邑「な、何を言ってるんだよ!アタシは……」

忠明「構わぬ。むしろ助かった。さぁ、行け」チャキ

お邑「……くそッ」タッタッタッ

忠明「出てこい。伊賀者」

  ザッ ザッ ザッ ザッ

「よく我らが追ってる事に気付いたな神子上典膳」

忠明「むべなるかな。」

「なぜ、お邑を逃がした。お主を裏切ったのだぞ」

忠明「知っててアイツの言う事に従った。面倒を省いただけだ」

「ほう、訊いた通りのヤツよ」

忠明「お前らは俺と談笑をしに来たのではないのだろう」

「おお、そうだ。お主を連れて来いと言われている」

忠明「そうか」

「ずいぶん素直だの。観念したのか?」

忠明「ちと、大仰だな。案内は一人で良いわ」チャキ スラッ

———
——


お邑(くそッ、アイツは気付いてやがったのか)タッタッタッ

お邑(それなのになんで従ったんだよ)タッタッタッ

お邑「……クソ」

お邑「いくらアイツが強くても罠に自ら飛び込んだんじゃ勝ち目ねぇじゃねぇか」

お邑「仕方なかったんだ……仕方なかったんだよ……弥太郎を……弟を人質にとられてんだからよ」ウルウル

お邑「アタシは馬鹿だよ」ポロポロ

お邑「アイツには虎助が居て……虎助にはアイツが必要なのによ……」ポロポロ

 


 なんと、お邑は敵の手の者だったのでございます。

 しかし、お邑を憎しと怨むべきではないでしょう。哀れなり、お邑は弟を拐かされ仕方なく従っていたのでございます。

 地蜘蛛衆、なんたる卑劣な事か。

 そして、敵の罠と知った上で飛び込んで行った小野先生の安否はどうなるのか。

 いえ、案ずるにはまだ早い。きっと、小野先生のことでございますから何か考えがあるのでございましょう。

 そう信ずる事が小野先生への敬意と存じまする。

虎助「…………」ペラッ

"お前に頼みたい事がある。急ぎ尾張へと走り、一刀斎先生にこの手紙を見せろ。俺の事は心配するな。しかし、今回はお前の助け無しではどうにもならぬ。しっかり頼むぞ"

虎助「…………」キッ

  ブンッ ブンッ ブンッ

虎助「…………」コクッ

  ガラッ

「おや?虎助坊っちゃん何処かへお出掛けですか?」

虎助「…………」コクッ

「そうでございますか。おやおや、刀をお腰に差されて一刀斎様や神子上様のようでございますな」

虎助「…………」ニコッ

虎助「…………」ペコッ タッタッタッ

———
——


「頭、神子上典膳を連れてきました」

兵衛「いや〜ご苦労ご苦労」

忠明「…………」グッタリ

兵衛「ずいぶん手加減無しでやったんだなぁ?あれ、おめぇらもずいぶん人数減ってねぇか?二十人から揃えて伊賀のヤツをやったんだが」

「半分どころか大半を斬られてしまいました。まさか我らがここまで手こずるとは」

兵衛「なるほど、善鬼が執着するはずだな」

忠明「うぐ……はぁ、ここが蜘蛛共の塒か……」

兵衛「よう、神子上典膳。俺が地蜘蛛の兵衛だ」

忠明「一目でわかった。意地の汚い顔をしている」

 


 事態は二転三転と致します。

 小野先生の労した策を成すため虎助は一人、尾張の一刀斎様の元へと走る事に相成りました。

 一方、小野先生は地蜘蛛衆に捉えられて地蜘蛛衆の頭領である兵衛と顔を会わせたのでございます。

 不敵に笑う兵衛の顔を頭に刻み付けて、小野先生も不敵に笑みを返す事でしょう。

 それは兵衛に対してではなく、裏で糸を引いてる善鬼に向けて


 二章 地蜘蛛の兵衛・完

今日はここまで。自分が生んだキャラクターだから当たり前なんだけど最近、虎助が可愛くて仕方ないですwww

ヒロインポジでお邑を入れたはずなんだけどな……

 三章 地蜘蛛退治


兵衛「よう、神子上典膳。気分はどうだい?」

忠明「気分はどうかだと?良いわけがないであろう。四六時中、醜い阿呆面の畜生がそばにいるのだからな」

「口の減らぬヤツだ!素っ首撥ね飛ばしてやろうか」チャキ

兵衛「まぁ、落ち着けや。素っ首撥ね飛ばしたらお前も善鬼に首無しにされるぞ」

「うぐ、命拾いしたな」

忠明「命拾い?俺がお前の様な畜生に殺されるわけがないであろが。身の程を知れ」

「貴様ァ!」

 ズバッ

兵衛「お前、駄目だ。うるさいし臭いし不愉快だ」グチャッグチャッグチャッ

 グチャッグチャッグチャッグチャッ

忠明「おい、それくらいにしろ」

兵衛「あ?見るに耐え兼ねたかね」

忠明「ここにいるのは俺だ。無用に血肉が飛び散っていてはただでさえ居心地が悪いのに更に悪くなる」

兵衛「そりゃそうだ。まぁ、勘弁してくれや。刃が肉に食い込む感触が愉しくて仕方ないのよ」

忠明「趣味の悪い事だ」

兵衛「趣味の悪い?お前は人を斬って楽しかった事はないのか?」

忠明「ない」

兵衛「またまた冗談を言う。今まで何人殺した?何人も殺したんじゃねぇか?剣士は人を殺すのが楽しいから剣を振ってんだろ」

 


 狂っている。

 侍は、一つ"たが"が外れていなければ勤まらぬと言う者もございます。

 まさにその通りだと思いまする。誰しもが大なり小なり目の当たりにする死の影、その死の影が当たり前の様に蠢く巷に立つ事の多い侍なればこそ、そう言った"死生観"が麻痺していなければ怯みを生み死の影に引き摺りこまれるのでございます。

 ただ、この地蜘蛛の兵衛と言う男はそれが狂い過ぎている。

 それは善鬼よりも逸脱している。

 整った顔立ちをくしゃりとして破顔う姿が薄気味悪く感じてしまうほどでございました。

忠明「お前の様な外道と一緒にするな」

兵衛「あたたたた、手痛い事を言うねぇ。俺も何とはなしに感じてんだけどよぉ?どうしても忘れられねぇのよ」

忠明「お前と話していると胸くそ悪い」

兵衛「そりゃそうだ」

忠明「なぜ、俺を捕まえた。善鬼は何を企んでいる。ヤツは何処にいる」

兵衛「さぁね、俺は楽しい事になるってアイツが言うからお前を捕まえただけだからよ。アイツが何を企んでるかなんて興味はねぇしな」

忠明「そうか」

兵衛「あとなアイツはいつも楽しい巷にいるぜ」

忠明「楽しい巷にいるだと?」

兵衛「じゃあな」スタスタスタ

忠明「善鬼は近くにいると言う事か?ならばいつまでも手をこまねいていられぬか……」

「ほら、ちゃっちゃと歩け」ドカッ

忠明「声だけは無駄に大きいな」

「ふん、囚われの身で何を言おうと負け惜しみにしか聞こえんわ。お前はこのガキの様に黙ってろ」ガチャ ドカッ

?「あっ」ズサッ

「じゃあな、神子上」スタスタスタ

忠明「…………」

?「うぅ……ぐすっ……」ポロポロ

?「うぅ……痛いよぅ……苦しいよぅ」ポロポロ

忠明「おい、童。泣くな」

?「うぅ……ご、ごめんなさ……ひっく……」ポロポロ

忠明「やれやれ、虎助がいかに楽な童か思い知るな」

?「ね、ねぇちゃあん……おいら……もうイヤだよぅ」ポロポロ

忠明「おい、童。名はなんという」

?「え……ぐすっ……名前?」グスン

忠明「そうだ。名を名乗れ」

?「ぐすっ……弥太郎……」グスン

忠明「良いか、弥太郎。泣けば物事が解決するというものではない。だから泣くな」

弥太郎「う、うぅ……うわああああん」ポロポロ

忠明「虎助ならば泣き止むのだが何故だ……」

忠明「やっと泣き止んだか。半刻も泣きわめきおって」

弥太郎「ご、ごめんなさい」シュン

忠明「弥太郎、お前はいくつになる」

弥太郎「……十二歳」

忠明「十二ならばそろそろ元服しても良いくらいだぞ。俺が知ってる十歳の童の方がしっかりしている」

弥太郎「ごめんなさい」シュン

忠明「お前に家族は?姉のみか」

弥太郎「うん、姉ちゃんだけだよ。父ちゃんと母ちゃんは殺された」

忠明「どこもかしこも似た様なものだの」

弥太郎「姉ちゃんに会いたいよぅ」

忠明「お前はなぜ奴らに捕まった」

弥太郎「父ちゃんが怖い人たちの仲間をやっつけたんだ。そしたら家にまで来て父ちゃんと母ちゃんを殺した。姉ちゃんはおいらを連れて逃げてくれたけどおいら鈍くさいから途中で転んで捕まった。姉ちゃんは上手く逃げたみたいだけど」

忠明「もしや、お前の姉の名はお邑と言うか」

弥太郎「え、おじちゃん知ってるの!?」

忠明「まぁな(なるほど、そういう事情であったか。どうりで虎助に優しくしろだのうるさく言ってきたわけだ)」

忠明(虎助に自分の弟の姿を重ねたか。しかし、これならば最上の形で策がなるやもしれぬ)

弥太郎「ねぇねぇ、姉ちゃんは元気だった?」

忠明「ああ、息災だ」

弥太郎「良かった。姉ちゃんは助けに来てくれるのかなぁ……おいら、また姉ちゃんと一緒に暮らしたいよぅ」

忠明「一緒に暮らしたい、か(虎助も親を恋しく思う事があるのか?あやつは唖故か自分の思いを表に出さぬ節がある。童とは本来こういうものなのかもしれぬな)」

弥太郎「おじちゃん、おいら一生このままなのかな?」シュン

忠明「安心しろ。必ずやまた陽の目を見れる」

 


 地底の牢で出会いましたのは弥太郎と言う童でございました。

 驚くべきは、お邑の弟だと言う事でございます。お邑は、弥太郎を助けるために小野先生を裏切ったのでございました。

 小野先生は弥太郎と言う童に虎助の姿を重ねておりました。

 小野先生に芽生えた親心と言う物がそうさせたのでございましょう。

 虎助は一人、尾張へひた走っておりまする。小さい身体をいっぱいに使って小野先生のお力になるために必死で

今日はここまで。弥太郎は十二歳ですがこの時代は数え年を年齢とするので見た目は年齢よりずっと幼かったりするんすよね……

だから十歳くらいの子供を想像して下さい。

 タッタッタッタッタッタッ

虎助「…………」ハァハァ
 タッタッタッタッタッタッ

虎助「…………」ハァハァ

 ガッ ズサッ

虎助「…………」ムクリ

虎助「…………」タッタッタッ

「待て小僧」

虎助「…………」ビクッ キョロキョロ

「見えぬで怯えておるか」

虎助「…………」キッ

「ほう、木剣を手にして勇ましい事よ。だが、安心せよ。一応、手を出すつもりはない」

虎助「…………」キョロキョロ

「どこへ行く気だ」

虎助「…………」

「どうした、答えぬか」

虎助「…………」パタパタ

「んぅ?もしやお主は唖か」

虎助「…………」コクッコクッ

「まさか、お主の名は虎助と言うか」

虎助「…………」コクッ

 ザッ シュタッ

「一刀斎様より話は訊いていた。しかし、ここまで何用で来たのだ」

虎助「…………」

「警戒しておるか。今の某に疑念を晴らす術はない。故に、一つだけ答えよ。それは大事か?」

虎助「…………」コクッ

「わかった。半刻ほど待っておれ」

 


 突然虎助の前に現れた男、風貌からして忍びの者でございましょう。

 虎助の事を知っている様子、もしや敵の罠なのか。

 地蜘蛛衆には伊賀の忍びも居るとの事でございますれば無いとは言いきれない。

 しかし、虎助は逃げる事をせず忍びの言う通りに待っているのでした。

 虎助が賢い童こそなれば待っているのでございます。

「真に待っているのか?恐れて逃げ出したのではないか」タタタタタタ

「いや、待っているだろう。あれは聡い子だろう」タタタタタタ

景久「然り。お前の言う通りならば、一人にされて待っていろと言われれば逃げるのが常なればこそ害意がないことに気付くはずだ」スタタタタタタタ


「おったぞ」

景久「虎助!わしだ、一刀斎だ」

虎助「…………」タッタッタッ

景久「妙な胸騒ぎがして予定よりも早く切り上げて帰路についた。こやつらはわしが道中故あって借り受けた甲賀者だ」

虎助「…………」ペコッ

「さっきは脅かしてすまなんだな」

景久「して、なにがあった?典膳ではなくお主がここまで来たと言う事は奴に何かあったか」

虎助「…………」コクッ

景久「ふむ、あやつからの文か」ペラッ

虎助「…………」ペタンッ

「疲れてへたったか。無理もない」

景久「なるほど、あやつめ虎穴に踏み入ったか。ならば急がねばなるまい。しかし、良くやったぞ虎助」

虎助「…………」ニコッ

景久「これより関ヶ原は烏頭坂に向かう。誰ぞ虎助を背負ってやってくれ」

「某が。ささ、背に乗るがよい」

虎助「…………」フルフル ピョンピョン

景久「ハハハ、我らと旅をしてきたから自然と鍛え上げられたか。よし、では無理せず着いてこい。お前らは先に行くのだ」

「「御意」」サッ

景久「行くぞ。虎助」

虎助「…………」コクッ

 


 忍びは、一刀斎様が借り受けた甲賀の者でございました。

 さすがは一刀斎様と言うべきでございましょう。遠路はるばる情報を得に行くのみならず強力な味方を従える。

 なんと頼もしい。

 地蜘蛛衆よ。腸に天賦の才を備えた剣士を抱え、外からは剣聖が迫るこの状況、竜車に向かう蟷螂の斧と思い知れ

忠明「どれくらい経ったか。もう一日は経っただろうが」

弥太郎「やっぱり無理なんだ。おいらたち助からないよ」

忠明「なぜ心を強く持てぬ。諦めた時に人は死ぬ。お前は死した様なものだぞ」

弥太郎「ご、ごめんなさい」

忠明「どうやらお前は甘やかされて育ったらしいな」

弥太郎「……うぅ」シュン

忠明「すまぬ。俺はどうやら童を相手にいたすのは向かないようだ。今更それを知るとは皮肉だな」

弥太郎「た、たしかにおじちゃんちょっと怖い」

忠明「これみよがしに言うてくれるな」

弥太郎「ご、ごめんなさい」シュン

「お前ら何を騒いでいる。やかましい」

忠明「今のお前の声の方がよっぽどやかましいぞ」

弥太郎「…………」ビクビク

「いつまでも元気なヤツだな。普通なら病んでもかまわんものだが」

忠明「生憎その様に軟弱な仕上がりにはなっていないのでな」

「小憎たらしい口ばかりききおるわ。口ばかりたつお前が真に同胞を斬ったとは思えん」

忠明「ならば試してみるか」

弥太郎「や、やめてよぅ……おいら怖いのは嫌だよぅ……」

「ふん、情けない童よのぅ。真にあの男の倅か」

弥太郎「……うぅ」シュン

忠明「おい、あまり童をいじめてやるな」

「なんだ?情でも芽生えたか?」

忠明「どうでも良い。それより俺がこの牢に入れられて何日経った」

「それを知ってどうするんだ?誰も助けに来やしねぇし明日には塒を移す事になってる」

忠明「移す?どこへだ」

「教えるか。せいぜい臍噛んでいきんでろ」

忠明「むべなるかな」

「まぁ、せめてもの慈悲だ。三日経ったぞ」

忠明「三日、か」

「もはや助からぬ故に、日にちなど知ったところで意味がないのにぁ」スタスタスタ

忠明「思ったより経っていた。我らを移すか塒自体を移すかは予測していたが」

弥太郎「…………」

忠明「そろそろ瀬戸際か。覚悟を決めねばならぬか」

弥太郎「ねぇねぇ、おじちゃん」

忠明「なんだ」

弥太郎「おいら、そんなに情けないかな」

忠明「ああ、十二にしては挙措動作に落ち着きがなく臆病だ。年よりもずっと幼く見える」

弥太郎「……うぅ」

忠明「童とは本来そうなのかもしれぬ。しかも、状況が状況だ」

弥太郎「ううん、おいらは昔からなんだ。おいらもわかっているんだよ」

弥太郎「実は、おいらの父ちゃんは風魔の忍者だったんだ」

忠明「なに?それは真か!?」

弥太郎「うん、風祭って言う風魔の中でもけっこう立派な方だったんだよ。でも太閤さまに北条を滅ぼされて風魔衆も散り散りになった」

忠明「なるほど」

弥太郎「おいら達は卍谷に逃げてきたんだ。父ちゃんと母ちゃんはおいらと姉ちゃんを守るために頑張ったし姉ちゃんも苛められないように頑張った」

忠明「お邑はくの一であったか」

弥太郎「くの一ってほどじゃないよ。父ちゃんは忍者の技を教えるの嫌がってたし」

弥太郎「おいらは鈍くさいし臆病だから風魔谷に居る時からそれが原因で苛められてた。だから姉ちゃんは父ちゃんから教えられなくても一生懸命忍びの技を学んでた」

忠明「姉を守ろうとは思わなかったか。情けないとは気付いておったのだろう」

弥太郎「怖いのは嫌なんだよう……痛いのは嫌なんだよう……」

忠明「その弱い心に打ち勝つためにも忍びの技を学ぶべきではなかったのか?逃げるだけなら畜生でもできるぞ」

弥太郎「そんなこと言われても嫌なものは嫌なんだよぅ」グスン

忠明「俺の知っている虎助という童はお前より幼いが己を鍛えてるぞ」

弥太郎「……え」

忠明「目の前で親を殺され唖になりながらも親の形見の刀を盗賊から取り返して逃げ仰せて見せたり盗人を追いかけてなぶられながらも盗まれた物を奪い返したりもした」

忠明「剣を教えてくれと俺に請うたのも俺に恩を返すためと言うのもあるだろうがそれ以上に親を助けれず唖になった自分を恥じたからこそ強くなろうとしてるのだと思っている」

弥太郎「そう言われてもおいらには無理だよ」

忠明「臆病を悪だとは言わない。それもまた生きる法だと言える。だが、怠惰は悪だ」

忠明「諦めた時に人は死んだ様なものだと言ったがそれはつまり怠惰だからだ」

弥太郎「…………」シュン

忠明「生きる術を考えず工夫せず時が経つのを待ち誰かが手を差し伸べるのを待つ様では己もだが大事な者も死ぬかも知れぬぞ」

弥太郎「おいらが頑張らないと姉ちゃんも死ぬかもしれないの?」

忠明「無いとは言えぬな」

弥太郎「そんなの嫌だよぅ」ポロポロ

忠明「お前は情けない自分をわかっている。ならば簡単だ。そんな自分を払拭する術を考えて動け」

弥太郎「おいらに出来るかなぁ」ポロポロ

忠明「出来る出来ないではない。やれ」

弥太郎「……うん」ポロポロ

忠明「まずは泣かぬ様に努力しろ。泣けば少しだけ心が弱くなる。そうなれば隙が増える」

弥太郎「わかった」グシグシ

忠明「ふぅ、童の相手がこんなに大変だとは思わなんだぞ」

弥太郎「ねぇ、おじちゃん」

忠明「なんだ」

弥太郎「せ、先生って呼んでも良い?」

忠明「なに?」

弥太郎「だ、ダメ?」ビクッ

忠明「勝手にしろ」

———
——


「なんも起こらねぇじゃねぇか。頭は面白い事になるらしいとは言ってたけどよぉ」

「牢に入れておるのだ。面白い事など起こりようはずもない。どうせ善鬼とやらの戯言であろうよ」

「なーんだ、つまんねぇなぁ」

「そんな事より行かなくて良いのか?明日には塒を移すのだぞ」

「なに塒事移さなくても良いのになぁ?まぁ、いいや。ほんじゃな」スタスタスタ

「やれやれ、いい加減に殺せば良いものを面倒だのぅ」

  サッ グィ

「うぐぅ……な、何奴だ……」

お邑「お前らが捕まえてる男の居場所を吐きな」

「お、お主……あやつの仲間なのか……」

お邑「早く言いやがれ!早くしないとてめぇの首をへし折るぞ」

「わ、わかった!牢だ!!この部屋を出て二回角を曲がった所の一番奥の牢に入れてある」

お邑「鍵は?鍵は持ってねぇのか!?」

「も、持ってる!」

お邑「早く出しやがれ」

「わ、わかった。だから落ち着け」ジャラ

お邑「よし、悪いがお前には眠っててもらうからな!」ガスッ

「うがっ」

お邑「やっぱそのままってのも後味悪ぃからよ……弥太郎も助けなきゃいけねぇしな……」ジャラ

 タッタッタッタッタッタッ

「う、うぐぅ……あの女め……殺してやる」ムクリ

 タッタッタッタッタッタッ

お邑「おい、神子上!どこだ」

弥太郎「この声、姉ちゃん!?」

お邑「弥太郎もいるのか!?こっちか」

弥太郎「姉ちゃん!」

お邑「弥太郎……良かった」

忠明「気持ちはわからんでもないが早く出してくれ。さすがに待ち飽きた」

お邑「お、おう」ガチャン

忠明「ふぅ、さすがに胆を冷やした」

お邑「弥太郎!」ギュッ

弥太郎「姉ちゃん、怖かったよ」ギュッ

「こ、この糞女……殺してくれるぞ!」ヨロヨロ チャキ

 タッタッタッ ボキッ

「うがぁ」バタッ

忠明「無粋なヤツめ」

忠明「俺の刀は持って来てないのか」

お邑「そんな暇あるかよ」

忠明「仕方ない。こやつの粗末な刀を貰うとするか」

お邑「あ、あのよ……騙してすまなかった」

忠明「何がだ」

お邑「な、何がってアタシが騙さなかったら捕まらなかったかもしれねぇのに」

忠明「ふん、それも俺の策だ。それにお前は助けに来るだろうと踏んで騙されてやったのだ」

お邑「な、なんでアタシが助けに来るって」

忠明「お前に貸しを作ってやったからな。お前は借りを返さずにはいられないと思ったし虎助が居て運が良かった」

お邑「それはどういう事だよ」

忠明「虎助に弥太郎の影を重ねたのだろう」

お邑「なんでも見抜きやがって……いけすかないヤツ」プイ

忠明「ふん、それより外にお前以外に人影はなかったか」

お邑「いや、見なかった」

忠明「さすがに間に合わなかったか。致し方ない。脱出するぞ」

弥太郎「はい、先生」

お邑「せ、先生!?弥太郎!お前いつから神子上の弟子になったんだよ」

弥太郎「さっきだよ!おいら強くなって姉ちゃんを守るために先生の弟子になったんだ」

忠明「何をしている。さっさと行くぞ」

———
——


「なるほど、地の底に住んでおるのか」

「いかが致す。忍び込んで神子上殿を助け出してくるか?」

景久「おい、塒は見つけたか」

「一刀斎様、見つけましてございまする」

景久「ふむ、でかした」

「いかがいたしまするか」

景久「典膳に知らせる必要がある。わしが居ることが分かればあやつが中で暴れるだろう。そういう考えでわざと虎穴に踏み込んだのだ」

「なるほど。しかし、いかにしてしらせまするか」

景久「敵にわかっても構わぬ。些細な事でもあやつはわしらの存在に気付いて直ぐに行動を起こすであろう」

「ふむ、思案のしどころだな」

 タッタッタッタッ

虎助「…………」ハァハァ

景久「虎助、追いついたか。どうやって典膳に知らせるか思案しておるのだ」

虎助「…………」クイクイ

景久「ん?何か良い案があるのか」

虎助「…………」ミブリテブリ

景久「なるほど、穴蔵から炙り出すと言うわけか」

「どういう事でございますか?」

景久「うむ、要は小火を起こして穴蔵に煙を入れる。聡い典膳ならばわしらの策と気付くだろうし敵は焦り穴蔵から飛び出すであろう」

「なるほど、それは妙案」

景久「うむ、即座にその案が思いつくとは良くやったぞ虎助」ナデナデ

虎助「…………」ニコッ

「真に良い童よ。卍谷に欲しいのぅ」

虎助「…………」フルフル

「わかっておる、わかっておる。神子上殿の弟子なのだったな」

虎助「…………」コクッ

「神子上典膳、いったい如何なる男なのですか?」

景久「苛烈な男よ。他人に厳しく己にも厳しい。故に、心が強く剣も強い」

「会うのが楽しみでござりまするな」

景久「ならばさっさと助けるとしようか。出てきた敵は片っ端からわしが斬り捨てる」

「御意」カチンカチン シュボッ

———
——


  ズバッ

忠明「ふん、他愛ない」

お邑「ずいぶん景気よく斬りやがるな。大丈夫かよ」

忠明「出会ったのなら逃げても追いかけられる。面倒になる前に消すのが吉だ」

弥太郎「先生カッコイイ!」

お邑「や、弥太郎!?」

忠明「行くぞ」

お邑「ちょ、ちょっと待てよ。なんか煙たくねぇか?」

弥太郎「確かになんか目が痛いよ」

忠明「む、もしや一刀斎先生か。虎助が連れて来たか」

お邑「まさか虎助に渡した手紙はもしもの時に虎助を預ける宛へのじゃなかったのか!?」

忠明「当たり前だ。予定を変えるぞ。蜘蛛共を斬り兵衛を捉える」

お邑「えらい生き生きした顔しやがって」

 


 遂に地蜘蛛衆廃滅の策は成りました。

 虎助の妙案により燻り出された地蜘蛛衆は正に蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、やっとの事で地上に逃げ仰せたかと思えば剣神・建御雷之男神のごとき神威を剣に宿らせた伊藤一刀斎様が待ち受け片っ端から斬り伏せる。

 一方、地底では修羅のごとき強さを持って蜘蛛に己の愚かさを知らしめている小野先生がおりまする。


 同情すら覚えましょうこの状況でございますが、何やら薄気味悪い地蜘蛛衆頭領兵衛の顔がちらつくのでございます。

「な、なんだ火事か!?」

忠明「否」

「お、お前は神子上」

 ズバッ

忠明「地獄から漏れだした障気である」

弥太郎「先生、強ーい!悪いヤツなんかやっつけちゃえ」

お邑「こ、こらッ!あんまり騒ぐんじゃないよ」

忠明「出口はこっちか。まずはお前らを逃がす。外へ出たら一刀斎先生がいるはずだ。事情を話せ」

お邑「お前はどうするんだ?逃げないのか!?」

忠明「蜘蛛共を踏み潰す。それに兵衛には用があるからな。行くぞ着いて参れ」

「神子上典膳ッ!騒ぎに乗じて逃げ出すつもりか」

忠明「逃げぬ馬鹿などおるか。邪魔だ」

「逃がす馬鹿もおるか!死ね」

 ズバッ

忠明「一対一で俺が斬られるか」

 ミコガミガニゲタゾー アッチダー

忠明「ちっ、後少しのところを。まぁ、いいだろう。お前らは下がって隠れていろ」

お邑「わかった。弥太郎あそこに隠れるよ」

弥太郎「うん」

「神子上典膳!逃がさぬぞ」

忠明「俺を捕まえた時より人数が少ないな?」

「ふん、お前などこれだけいれば十分だ!」

忠明「準備は良いと言うわけか。ならば、伊藤一刀斎が弟子・神子上典膳正明推して参る!」

———
——


 ズバッ ズバッ ズバッ

景久「ふむ、思ったより出てこないか」

「凄まじい剣技よ。すべて一刀のもとに斬り仰せておる」

「それだけではない。既に十人以上斬っておるが息切れ一つしておらぬぞ。刀も刃こぼれすらしておらぬし」

「あれが瓶割刀か。いやはや凄まじいの一言に尽きる」

景久「すまぬな。うぬらを借り受けたは良いが対した働きをさせてやれぬ」

「あいや、一刀斎様の剣を見れるだけで我らには過ぎたるものでございまする」

景久「大したものではないさ」

今日はここまで。風魔を出したのは本当は風魔の小太郎が活躍する話を書きたかったけど挫折したからってのは秘密ですwww



>>195
「竜車にむかう蟷螂の斧」の使い方が適切でないような…駄目出し御免!

>>220

この二人にかかってくるのは竜車に向かう蟷螂の斧だぞって事で使ったんですけど確かにもう一文なきゃ適切じゃなくなりますね……

指摘ありがたいっす

虎助「…………」ソワソワ

景久「落ち着かぬ様子だの」

虎助「…………」

景久「大丈夫だ。今の世にあやつと相対して勝る者などそうそう居るわけではない。安心せい」

虎助「…………」コクッ

 ハヤクソトニデロ ハヤクシロ

「や、やっと外だ!ったくいったいなんだってんだ」

景久「ふむ、今度は雁首揃えて出てきたか」

「な、なんだてめぇ」

景久「何が起こってるか知りたいか?」

「まさか、てめぇがやったのか」

景久「教えぬよ」

 ズバッ ズバッ ズバッ

景久「さぁ、来なさい」

———
——


忠明「他愛ない」

「く、くそ!やってられるか!!逃げろ」

忠明「何が蜘蛛か。蟻の様に脆弱ではないか」

お邑「お、おい!逃がしちまっても良いのか?外で待ち伏せされてたらどうすんだよ」

忠明「この小火は一刀斎先生の策だろう。ならば、行くも地獄だ」

お邑「お前らおっかねぇな。剣を振るだけなのにここまで違いが出るもんかね」

忠明「談笑をしている暇はない。さっさと兵衛を捉えて胸くそ悪い穴蔵から抜け出すぞ」

お邑「へいへい、わかったよ」

お邑「弥太郎、こっちおいで」

弥太郎「もう大丈夫?悪いヤツらいない?」

お邑「ああ、もういないよ。だからこっちおいで」

弥太郎「うん!」

忠明「兵衛は何処にいるんだ。この騒ぎに乗じて逃げたか?」

お邑「そうかもしれねぇな。だったら早く抜け出そうぜ。弥太郎にはあんまり酸鼻な光景は見せたくねぇよ」

忠明「ふむ、仕方ない。行くか」

お邑「弥太郎、行くよ」

弥太郎「う、うん」

お邑「どうした?」

弥太郎「なんか、あっちに誰か居たような」

お邑「ん?何処だ?」

弥太郎「あ、ほらそこに」

 



 兵衛「もーらった」ビュン



 

弥太郎「姉ちゃん!危ないッ!!」

 ズバッ

お邑「や、弥太郎!?」

忠明「どうした」

兵衛「あーあ、ガキの方を斬っちまった。ガキの肉は柔らか過ぎるから斬っても楽しくねぇんだがなぁ」

お邑「や、弥太郎!大丈夫か弥太郎!」ユサユサ

弥太郎「姉ちゃん……怪我、ない?……大丈夫?」

お邑「大丈夫、大丈夫だよ。だからしっかりしろ」ポロポロ

弥太郎「良かった……おいら、姉ちゃんに守られるだけじゃなくて……姉ちゃんも守りたかったんだよ」

お邑「喋るな……良いから喋るなよ……」ポロポロ

弥太郎「先生……おいら……少しだけ、強く……なったかな……」

忠明「ああ、立派だった」

お邑「血が、血が止まらねぇよ……弥太郎」ポロポロ

兵衛「おいおい、泣かせるじゃねぇか。やっと助け出せたと思った弟と死に別れるはめになるなんてよう」

お邑「黙れよッ!ぶっ殺すぞ」

兵衛「わかるよー気持ちはわかる。だけどそれが叶わないのが世の中なんだよなぁ」

弥太郎「せん、せ……姉ちゃん……を……守って……悪いヤツを……やっつけ、て」ガクッ

お邑「弥太郎!?弥太郎ッ!!兵衛てめぇ!!!」

 ドスッ

お邑「うぐ……なん、で」

忠明「お前ではヤツを殺せぬ。それに騒がれても気が散る」

兵衛「わぁ、冷たいヤツだねぇ神子上よぉ。さすが人斬り野郎だよぉ」

忠明「少しだけ眠っていろ」

お邑「…………」ドサッ

忠明「一つ訊きたい」

兵衛「なんだよー善鬼の事か?俺はアイツの居場所を吐く気なんてさらさらねぇよ」

忠明「構わん。あやつは必ず見つけ出して斬る。そんな事よりお前はいかにして斬られたい」

兵衛「はぁ?斬るのは好きだけど斬られるのはちょっとなぁ」


忠明「そうか。ならば、斬られた意識すらない様に一刀で殺す」チャキ

 



兵衛「そりゃちょっと了承できねぇなぁ!」ビュン


    ズバッ


忠明「お前の答えなどいらぬわ。と、二つ割れたお前に言っても仕方がないか」チャキン

 


 哀れ、地蜘蛛の兵衛一刀両断。


 薄気味悪い笑顔を浮かべたまま、頭のてっぺんから股ぐらまで竹を割る様に真っ二つに、まさに凄絶な死に様と言えましょう。

 後に、小野先生はおっしゃっておりました。

 "会心の一撃は人生に二度しか経験していない。しかも、おおよそ万全の心境とは言えない状態でだ"と

 まさに、この時の一撃は会心の出来でございましょう。

 怒りと悲しみとお邑の思いと弥太郎の言葉を乗せた一刀でございましょう。

景久「ふむ、来たか」

忠明「一刀斎先生、ご迷惑をお掛け致しました」

景久「迷惑などあるものか。して、その兵衛は」

忠明「申し訳ありませぬ。斬りもうした」

景久「ふむ、そうか。その女と童は」

忠明「姉弟でござりまする。黄泉と現、いずこに居ようとも」

景久「ふむ、せめてその童は丁重に葬ってやろう。済まぬが近くの寺にこの童の亡骸を運んでくれ。我らもすぐに行く」

「御意。神子上殿こちらへ」

景久「安心せい。わしが借り受けた忍びぞ。信頼できる」

忠明「そうでしたか。すまないが頼む」

「任せてくだされ」

景久「その女は」

忠明「某が背負いまする」

虎助「…………」トテトテ

忠明「虎助、ようやってくれた。お前に任せて良かった」

虎助「…………」コクッ

景久「ふむ、では行くか」

忠明「…………」

「一刀斎様、神子上殿とはいつもああなので?」

景久「いや、いつもは抜き身の刃の様に鋭い。恐らくあの童の死が多少堪えておるのだろう」

「虎助殿もおりますれば仕方ないかと」

景久「そうだの。それもまた人の道の上にはあり得る事だ。だが乗り越えてこそ剣を振る事に重みが出てくる。それが分からぬあやつではないだろう」

 


 人とはいずれ死ぬものでございます。

 どの様な志を持ってどの様な道を歩もうとも人なれば有象無象の区別なく等しく訪れる死、それをどう受け止めるかによって己が歩む道の答えが変わってくる。

 幼き弥太郎の死を姉のお邑はどう受け止めるのか。

 そして、奇しくも虎助と同じ位の童と出会い他愛ない事なれど童との接し方について学んだ小野先生はどう受け止めるのか。

 いずれにせよ最後に見せた弥太郎の無垢な笑顔は、付き合い深さに関係なく忘れられるものではないでしょう。

お邑「弥太郎、不甲斐ない姉ちゃんでごめんな」

お邑「アタシはお前を守ってやれなかったよ。ごめんな」

お邑「でもさ、アイツが……神子上典膳がお前の仇を討ってくれたよ。父ちゃんと母ちゃんの仇もさ」

お邑「アイツはすげぇな。お前が先生って呼ぶ理由もわかった気がするよ」

お邑「なぁ、弥太郎。姉ちゃんはお前まで居なくなったらどうやって生きていけば良いんだよ。一人っきりじゃ寂しくて駄目だよ……弥太郎」ポロポロ

お邑「弥太郎……うわああああん」ポロポロ

———
——


忠明「…………」

虎助「…………」トテトテ

忠明「虎助か。どうした、疲れているはずだろう。寝れぬか」

虎助「…………」コクッ

忠明「そうか」

虎助「…………」チョコン

忠明「お前に弟弟子が出来たかも知れぬのだがな」

虎助「…………」

忠明「いや、俺には弟子を取るのは早いのか」

虎助「…………」フルフル

忠明「俺は、未熟だ。悔やむばかりだ」

虎助「…………」

忠明「弥太郎と接する事でお前が如何に我慢してるか気付いた。もっと我が儘を言ったり甘えたい年頃だろうに」

虎助「…………」フルフル

忠明「遠慮せずとも良い」

虎助「…………」サラサラ

虎助「"先生のお側においてもらえるだけで幸せなのです。これ以上面倒を見てもらってはばちがあたります"」ペラッ

忠明「ふん、お前は大人びていて可愛いげがないヤツよ」

虎助「…………」ニコッ

忠明「俺は、弥太郎が斬られた時にお前の姿が重なり血の気が引く思いがした」

虎助「…………」

忠明「色即是空とは良く言ったものだ」

虎助「…………」

忠明「剣の道に立つからこそ縁を無碍にしてはならぬのだな。その事が今日ようやくわかった」

虎助「…………」

忠明「ふむ、お前には少し早いか。つまらん話をするよりか寝た方がずっと良い。俺は寝るからお前も寝ろ」

虎助「…………」コクッ

———
——


お邑「弥太郎、あの世で父ちゃんと母ちゃんに親孝行しろよ」

忠明「お邑、お前はこれからどうする」

お邑「さぁ、行く宛もねぇしな……尼にでもなるかな」

忠明「ならば我らの旅について来い。訊けば風魔の血筋だと言うではないか」

お邑「そうだけどアタシみたいなヤツがアンタらに着いて行ってもなんの役にもたたねぇよ……」

忠明「役に立つか否かは俺が決める。弥太郎にもお前を守れと言われた」

お邑「…………」

忠明「それに、虎助がおるのだ。童の扱い方はお前の方がなれているであろう」

忠明「どうなんだ。着いて来るのか否か」

お邑「昨日の今日で気が気かねぇヤツだな……まぁ、お前が着いて来て欲しいなら着いて行ってやるよ」

忠明「ふん、俺は弥太郎と虎助の事を思って言ったまでだ」

お邑「お前、おっかないヤツの様で本当はぶきっちょなだけなんだな」

忠明「ほざけ」スタスタスタ

お邑「あ、待てよ!神子上先生」

忠明「お前が先生と呼ぶな」

お邑「良いじゃないかよ先生!」

忠明「お前を弟子にとった覚えはない」

お邑「別に弟子になった覚えもねぇよーだ(ありがとうな。アンタなりに気をつかってくれたんだよな)」

今日はここまで。お邑ちゃん可愛くなったかな?

虎助がメインヒロインに居るからお邑はサブヒロインくらいになれば良いなぁとwww

景久「典膳、ここに居たか」

忠明「先生、ちょうど良い。お邑を旅に同行させたいのですが」

景久「ふむ、唯一の家族を無くし行く場所もないとなれば無碍に断る事も出来るまい」

お邑「ありがとうございます」

景久「それに、旅も終わりが見えてきた」

忠明「どういう事でございますか」

景久「今朝、この文が投げ込まれていた。典膳、お前宛にだ」

忠明「ふむ、もしや」ピラッ

『やっぱり面白い事になった。おんどれはつくづくわいを楽しませてくれるわ。しかし、決着を着けんまま居るのも気持ちが悪い。そろそろ決着つけようや。下総国小金原でおんどれを待ってるで』

忠明「ふん、どこまでもいけすかんヤツよ」グシャ

 


 善鬼からの文は果たし状でございました。

 しかも、名は出さずとも小野先生に対するものでございます。

 場所は下総国小金原。

 下総国と言えば小野先生が善鬼と二度に渡って斬りあった場所でございますれば因縁とも言えましょう。

 善鬼が設えたものでなければ感慨深いものがあったものを。

 一行は新たにお邑を加えて美濃から返し下総国に向かう事に相成ったのでございます。

「弥太郎かわいそうだねぇ」

「兵衛のヤツ許せねぇな!おいらが居たらすぐにやっつけれたのによ」

「お前に出来るかよ!小野先生だからやっつけれたんだよ」

爺「そうですよ?悪人と言うのは真に恐ろしいものでございます。常人の考えでは思い至らないところも多々ありますれば挑む様な事は努々なさらぬように」

「うぅ、わかったよ」

爺「ささ、今日はもうお帰りなさい」

「わかった!またねー」

爺「お気をつけて」

爺「さてさて、よいしょ」

侍「先生!見つけましたぞ」

爺「おや、見つかってしまいましたか」

侍「なぜこの様なところまで」

爺「もう死んだ身なればどこへ行こうと勝手」

侍「某はそれが不思議でなりませぬ!なぜ死した事にして旅をなされます」

爺「齢を重ねれば感傷的になるものですよ?旅の一つや二つしたくなるのです」

侍「まだ先生に教わりたいのです!」

爺「お前に教える事はもうありません。さぁ、もうお帰りなさい。もう夜だ」スタスタスタ

侍「先生!お待ちくだされ」タッタッタッ

 三章 地蜘蛛退治・完

「爺さん!また来たぜー」

「早くお話してよ」

爺「そう、急かしまするな」

侍「先生!!」

「先生?このおじちゃんだれー?」

「なんだよーおっちゃん邪魔すんなよ」

侍「ええい、散れガキ共!某は先生に用があるのだ」

「横入りするなよ!あっち行け」

「そうだそうだ」

爺「これこれ、話をいたしまするから静かに座って訊きなされ」

侍「ガキ共!散れと言っておろうが」

「あっち行けよおっさん!」

「このおっちゃんやっつけようぜ」

侍「むぅ、生意気なガキ共め!某をなんだと思って」

爺「話を訊くなら静かに座って訊けと言っているだろう!」クワッ

侍・童達「「「」」」ビクッ

爺「おほん……よろしい。でははじめましょうか」ニコッ

 四章 虎助とお邑


 天正二十年の秋は、良き日和が続き色づく木々も例年より鮮やかに感じられるほどでございました。

 善鬼より果たし状を受け取り下総国小金原に向かう道中、いよいよヤツに手が届くと分かると旅に趣きを感じられる様になり、お邑と言う仲間も増えたせいか賑やかな旅と相成ったのでございます。

 ズバッ

忠明「その様な腕で一刀斎先生に挑もうとは笑止」

お邑「かぁ、お前は化け物かよ!こいつまがりなりにも新陰流の剣士なんだろ?」

忠明「だそうだが、たかが知れるな」

景久「いや、新陰流は弱いわけではない。あの上泉伊勢守様の興された流派なのだ。という事は、お前の腕が並大抵ではないと言う事だ」

お邑「ほぁ……やっぱりお前すごいんだなぁ……」

忠明「お前はいちいち驚くな」

お邑「だって本当にすげぇんだもんよ」

景久「思わぬ足止めを食った。この分では山越えは無理か」

忠明「では、少し道をはずれ野宿といたしましょう」

虎助「…………」クイクイ

忠明「どうした」

虎助「"あちらにひらけた場所がございます"」ペラッ

忠明「ふむ、では行くか」

お邑「そっちに行くのか?だったら下におりた方が良いぞ」

忠明「なぜだ」

お邑「水の匂いがする。多分、沢か何かがあると思うぞ」

景久「ほう、よくぞわかったな」

お邑「一応、風魔の血筋だからな」ドヤァ

忠明「なるほど、風魔は山野に長けた忍びだったと訊く。その血がなす技か。良くやったぞ」

虎助「…………」

景久「ふむ、確かに川が流れておる」

お邑「お、魚もいるぞ!取っつかまえて焼いて食おうぜ」

忠明「ふむ、火を起こすか。薪を拾ってこよう」

虎助「…………」クイクイ

忠明「お前が行ってくるか」

虎助「…………」コクッ

お邑「じゃあ、アタシも行くよ!虎助一人じゃあぶねぇだろ」

虎助「…………」フルフル

お邑「強がんなよ。もう暗くなるし迷ったら大変だぞ?」

虎助「…………」フルフル

景久「やれやれ、じゃあわしと行くか」

虎助「…………」コクッ

忠明「先生は休まれてくだされ。虎助とは某が」

景久「よいよい、ただ待つのも退屈故な。行くぞ虎助」

虎助「…………」コクッ

お邑「アタシ嫌われたかな?」

忠明「お前は粗野だからな」

お邑「う、うるせぇな!ってなに脱いでんだよ」

忠明「水浴びついでに魚をとるのだ」

お邑「だ、だからっていきなり脱ぐなよ!」

忠明「脱がずに川に入る輩が居るか。何を検討違いの事を言っている」ジャバジャバ

お邑「……うぅ」

忠明「初秋とは言えさすがに水が冷たいな」

お邑「あ、当たり前だろ」チラッ

忠明「何を背を向けて突っ立っている。お前も働け」

お邑「あ、アタシも脱いで水に入れってのかよ!」

忠明「そうは言っていない。朝まで居るのだから少しでも居心地が良いようにする工夫はいくらでもあるだろう」

お邑「……お、おう」

忠明「こんなものか」バシャバシャ

お邑「さ、魚取ったんなら早く着ろ!」

忠明「馬鹿か、このまま着たのでは気持ちが悪いだろう」

お邑「ほ、本当に気がつかねぇヤツだな!」

忠明「お前は検討違いの事ばかり言うな。顔を赤くしてまで言う事か」

虎助「…………」タッタッタッ

景久「これこれ、あんまり急ぐと転ぶぞ」

お邑「こ、虎助〜!お前の先生どうにかしろよ」ギュッ

虎助「…………」キョトン

忠明「虎助、火を起こせ」

虎助「…………」コクッ

お邑「あ、待てよ!アタシも手伝うよ」

景久「お主、お邑に何かしたのか?」

忠明「いえ、何も」

 


 女が居れば花があるとは言いまするが、言い得て妙だと思いますな。

 お邑が居るだけで面白おかしくと言いまするかどこか場を包む雰囲気が柔らかくなった様に思いまする。

 勝ち気で粗野な所もありまするが、明るく器量も良い。

 目鼻立ちが良く、美しいとまではいかないまでも愛嬌がある。もし、この様な境遇に無ければ嫁ぎ先など引く手あまたでございましょう。

 お邑とはそういう娘でございました。

今日はここまで。言わばお邑回に入りましたよ。お邑をメインヒロインに昇華させるのは難しそうなのであざとく行きますwww

あと、読んでくださってる方にショタ好きが紛れ込んでるみたいですねぇ(ゲス顔)

虎助を大事にしてやってくださいwww

虎助「…………」コクッコクッ

お邑「虎助、おねむか?おいで、地面に寝たら体が痛くなっちまうからよ」

虎助「…………」フルフル

お邑「なんだよ。照れてるのか?自慢じゃないが柔らかいぞー」

虎助「…………」フルフル

忠明「虎助、寝ろ。あそこの木陰が幾分マシなはずだ」

虎助「…………」コクッ トテトテ

お邑「……アタシ、虎助に何かしたか?」

忠明「さぁな」

景久「照れているのだろう。女人と触れ合う事になれていないだろうからな」

お邑「……そうかな」

忠明「お前も寝ろ。先生もお休みください」

景久「うむ。そうさせてもらおう」

忠明「だいぶ涼しくなったな。肌寒いくらいだ」

お邑「お、おう」

忠明「お前も早いうちに寝たほうが良い」

お邑「う、うん」

忠明「…………」

お邑「…………」ソワソワ

忠明「…………」

お邑「…………」ソワソワ

忠明「なぜ、寝ない」

お邑(目を瞑るとお前の裸が浮かんで来そうだから寝れねぇなんて言えねぇよッ!)

お邑「あ、えっと、もうちょっと温まってからにしようかと思ってよ」

忠明「そうか、勝手にするがよい」

お邑「お、おう」

お邑「あ、あのよ」

忠明「なんだ」

お邑「なんで虎助を拾ってやろうと思ったんだ?」

忠明「最初は適当に親を見つけてやって置いて行くつもりだった」

お邑「本当か?だったらなんでこんな所まで連れて来たんだ!?」

忠明「ふむ、何故かと訊かれれば答えに困るな。一つにヤツに剣を教えるのが面白かったのがある」

お邑「へぇ、確かにアイツは素直だし頭が良いから教え甲斐がありそうだもんな」

忠明「あとは、あやつといると一線を越えずに済みそうな気がするからだ」

お邑「一線?」

忠明「人を斬るのみの修羅に堕ちてしまうのではと恐ろしく思うことがたまにある。その時にヤツを見れば不思議な事にその恐れが覚悟にかわる」

お邑「お前でも恐いことってあるんだな」

忠明「当たり前だ」

お邑「なんでそんなに強くなりたいんだ?」

忠明「単純だ。俺が男であり侍だからだ」

お邑「はぁ?」

忠明「大名に生まれれば天下を夢見るだろう。寺に生まれれば徳を説き人を導く事を夢見るだろう。だが、俺は安房国に生まれて剣を取った。だから俺は剣の道を夢見た。女のお前には分からぬだろうが男とはそういう風に出来ている」

お邑「わかんねぇ、わかんねぇけどやっぱりお前は凄いな」

忠明「それまでに神子上の家の事を考え燻っていた事もある。いまいち煮え切らない自分に辟易した事もある。謙遜をするわけではないが、乱世に生まれた英傑や剣聖と比べれば俺はまだまだだ」

お邑「お前でまだまだならそこらへんで彷徨いてる野武士の阿呆共は立つ瀬がねぇだろうよ」

忠明「ふん、そんな阿呆共は畜生よろしく暮らせば良いのだ」

お邑「アハハ、確かにそうだな」

 ガサガサッ

忠明「お邑、声を潜めろ」

お邑「え、なんだ?」

 ガサガサッ ズドドド

忠明「危ない」ガバッ

お邑「きゃっ」ズテン

 フゴーフゴー

忠明「猪か。うむ、捕らえたら豪勢な飯がくえるな」

お邑「……///」

忠明「お前は隠れていろ。俺はあの猪を捕まえる」

お邑「……///」

忠明「おい、どうした」

お邑「ち、近い///」

忠明「何がだ」

お邑「ち、近いっての!」

 ブヒー ズドドド

忠明「ちッ、お邑避けろ」

お邑「な、なんなんだよ!」ゴロゴロ

忠明「ふん、畜生風情が意気がりおって」

 フゴーフゴー ズサッズサッ

お邑「あ、あぶねぇって」

忠明「黙ってみていろ」

景久「何事だ?」

お邑「神子上の野郎が猪捕まえて食うって!先生も止めてよ」

景久「あぁ、大丈夫だろう。あやつは細身に見えてなかなか膂力があるヤツだ。あれくらいの大きさの猪ならば容易いだろう」

お邑「そりゃあ、一回裸見たから知ってるけどよ」

景久「ん?見たのか?」

お邑「あ、いや、えっと……///」

景久「まぁ、良い。わしはもう一度寝る。朝の飯が楽しみだの。お主らもあまり戯れず早く寝るのだぞ」

お邑「た、戯れてないよ!」

忠明「ふん、意外としぶといヤツであったわ」ズルズル

お邑「だ、大丈夫かよ」

忠明「どうって事はない」ズルズル

お邑「もう、あんまり無茶すんなよ」

忠明「無茶なつもりはない」

お邑「けっこうでけぇなぁ。干し肉にすれば十日は食えるぞ」

忠明「ほう、そういう考えはなかった」

お邑「革も虎助が寝る時に寒さしのぎになりそうだ」

忠明「そうか。だが、明日にしろ。今日はコイツを枕代わりにして寝るからな」ドサッ

お邑「え、寝るのか?」

忠明「そろそろ寝ておかねば明日もたんだろう。お前も寝ておけ」ゴロン

お邑「お、おう」

お邑「おーい、寝たのか」ボソッ

忠明「…………」ゴロン

お邑「」ビクッ

お邑「な、なんだよ……寝てんじゃねぇか……」

お邑「しかし、良く寝れるな。アタシなんか興奮しちまって寝れねぇのによ」

お邑「…………」

お邑「この猪柔らかそうだな。だけど、普通こんなん枕に寝れねぇだろ。どんだけ胆がすわってんだよ」ゴロン

お邑「…………///」ドキドキ

お邑「な、なんだよ……くそぅ……コイツの隣に寝ただけなのに体が熱くなりやがる」

お邑「…………」

お邑「はぁ、アタシなにやってんだろ」

今日はここまで。話があざとすぎたかもと反省してます。ごめんなさい

ちなみにお邑は生娘設定ですよ!生娘!

ごめんなさい

———
——


虎助「…………」チョンチョン

お邑「こらッ!」

虎助「…………」ビクッ

お邑「ばっちぃからあんまり触るんじゃないよ」

虎助「…………」ムゥ

お邑「な、なんだよその膨れっ面は」

忠明「虎助、退け。捌いて喰う故お前は火を起こせ」

虎助「…………」コクッ

お邑「なんだよ!アタシの言うことは訊かないくせに」

忠明「お前は童と戯れるのだけは一丁前で働く事をせぬな」

お邑「だ、だって……あんまりにアンタらがてきぱき働くから付け入る隙がねぇんだよ」

忠明「だったら付け入る隙を見つけろ」

お邑「アンタらは要らない所まで剣術にかぶれてるから見つけろって方が無茶なんだよ!アタシだってちゃんと仕事やらせりゃできるんだからな」

忠明「だったら」チャキ

お邑「な、なんだよ」

忠明「捌け」

お邑「あ、アタシが!?斬るのはアンタと先生の得意分野だろうが!」

忠明「仕事を与えれば出来ると言っただろう。やれ。出来ぬのか?」

お邑「や、やるよ!やってやるよ!こんな猪ちょちょいだよ」

忠明「早くしろよ」

お邑「んぎ、んぎぎ」

景久「危なかっしいのう」

お邑「あれ、上手く皮が剥げねぇなぁ……んしょんしょ」

虎助「…………」ソワソワ

忠明「虎助、飯の前に稽古をつけてやる」

虎助「…………」コクッ チラッ

お邑「わっ!血が……くそっ」

 コツン

虎助「…………」ビクッ

忠明「よそ見をするな。上の空で剣を握る事ほど愚かな事はない」

虎助「…………」コクッ

お邑「んしょ、んしょ……はぁ、やっと皮が剥げた」

景久「典膳のヤツも意地が悪いのう。あれでは並みの嫁では勤まらぬな」

忠明「よし、型が良くなってきたぞ」

虎助「…………」ハァハァ

お邑「やった!上手く捌けたぞ」

忠明「やっとか。よし、飯としよう。汗を流して参れ」

虎助「…………」コクッ

お邑「どうだ!上手く捌けてるだろう」

忠明「遅い、一刻もかかったではないか」

お邑「しょうがねぇだろ!なれてねぇんだからよ」

忠明「大言壮語はほどほどにしておく事だな」

お邑「うぅ、なんだよ!ムカつく野郎だな」

景久「これこれ、早く済ませて発つとしよう。言い争いはその後でも良かろう」

忠明「おい、何を膨れっ面をしている」

お邑「……別に」ムウ

景久「やれやれ……虎助、先に行くとするか」

虎助「…………」コクッ

忠明「早く来い」

お邑「言われなくても行くよ!うるせぇ野郎だな」

忠明「なんだ、その言い種は」

景久「まったく、典膳も典膳だがお邑も気が強いのう」

虎助「…………」コクッ

景久「虎助よ、お主もだぞ?」

虎助「…………」

景久「お主、典膳を取られたなぞ思っているのだろう」

虎助「…………」

景久「おおよそ、自分が典膳のために役に立つよう働いて傍にいるのにお邑が容易く典膳の傍に居るのが気にくわない」

虎助「…………」コクッ

景久「やれやれ、手のかかる事だ」

お邑「ほんとあの神子上某は増長慢が過ぎるんじゃねぇのか!?」

景久「あやつは竹を割った性分なだけだろう。あまり食ってかかるな」

お邑「だけど!……頑張ったんだから少しくらい誉めてもバチは当たらねぇだろうよ」ムウ

虎助「…………」

お邑「虎助はアイツに誉められた事あるのか?」

虎助「…………」

お邑「二、三回程度か?」

虎助「…………」コクッ

お邑「冷てぇ野郎だな!アイツには情がねぇのかよ」

虎助「…………」フルフル キッ

お邑「な、なに睨んでんだよ」

虎助「"先生のことをわるく言うのはゆるしませぬ"」ペラッペラッ

お邑「そ、そんなに怒らなくても良いだろうよ……」シュン

景久「こらこら、喧嘩をするでないわ。そんな事をしてる暇があるなら足を動かせ。典膳のヤツは十間は先に行っているぞ」

お邑「はぁーい」

虎助「…………」フンス

お邑「なぁ、虎助。アタシのこと嫌いか?」

虎助「…………」プイ

お邑「ごめんよー虎助ぇ」プニプニ

虎助「…………」プイ

忠明「何をやっておる。早く来ぬか!」

虎助「…………」タッタッタッ

お邑「あ、待てよ!そんなに急いだら足を滑らせて谷に落ちちまうぞ」

虎助「…………」タッタッタッ ズルッ

お邑「虎助ッ!」バッ

景久「しまった!」

忠明「どうしました」

景久「足を滑らせた虎助を助けようとしてお邑もろとも谷に落ちてしまったのだ」

忠明「手間のかかるヤツらめ」

景久「わしが目を離してる隙に」

忠明「先生のせいではございませぬ。しかし、困りましたな」

景久「この谷はそこまで深くはない。迂回すれば行けるであろう」

忠明「では、某が行きまする」

景久「わしも行こうぞ」

忠明「いえ、先生はお先に山を降りてくだされ。あの二人の子守は某がいたしまする」

景久「うむ、わかった。あまり遅ければ人を集めて探しに来よう」

忠明「それには及びませぬ。それでは麓の宿場にて」タッタッタッ

 


 運が悪かったとしか申せませぬでしょう。

 虎助は聡い童なれば普段から何事も慎重にする節があるのでございますが、たまたまお邑と喧嘩し注意が散漫となったのでございます。

 斯くして、お邑と虎助は谷底に落ちてしまったのでございます。

 果たしてお邑と虎助は無事なのでございましょうか。

お邑「いてててて」

お邑「思ったより浅くて助かった。枯れ葉が布団みてぇになってたのが幸いしたかな?」ズキン

お邑「痛ッ、腕が折れてやがるな。そういえば虎助は!?」

虎助「」

お邑「虎助、虎助!?大丈夫か」ユサユサ

虎助「…………」パチッ

お邑「良かったぁ……死んだんじゃねぇかと思ったじゃねぇかよ……」グスン

虎助「…………」

お邑「怪我は?怪我はねぇか!?」

虎助「…………」コクッ

お邑「そうか、なら良いんだ。しかし、困ったなぁ。昇るには急だし迂回する道を探すしかねぇか」

お邑「まだ昼前で助かったぜ。これが夜だったらさすがに参ったよ」

虎助「…………」シュン

お邑「なに、浮かない顔してんだよ。しょうがないって!だけど次は気をつけろよ?」

虎助「…………」コクッ

お邑「ささ、行くぞ!早く上に登らねぇと神子上の野郎に何されるかわかんねぇからな」

虎助「…………」コクッ

お邑「うーん、あっちかなぁ。いや、もしかしてこっちか」

虎助「…………」

お邑「だ、大丈夫だって!アタシはこれでも風魔忍者の娘だぜ?安心しろよ」

お邑(痛ぅ、足も痛みだしたなぁ)

虎助「…………」

お邑「どうした?そんな心配そうな顔してよ」

虎助「…………」フルフル

お邑「お前の師匠に比べちゃ頼りねぇかも知れねぇけど安心しろって」

虎助「…………」コクッ

お邑「さっきはごめんな?アタシだってアイツが強くて頼りになるのはわかってるし本当は面倒見が良いってのもわかってんだよ」

虎助「…………」コクッコクッ

お邑「ただ、なんて言うか……アイツが完璧過ぎて……欠点のひとつでも見つけてやらねぇとアタシは傍にいちゃいけねぇんじゃねぇかみたいなさ」

お邑「アタシ駄目だよなぁ。神子上の事もだけどさ……虎助、お前の事が時々弥太郎に見えちまう事があるんだ」

虎助「…………」

お邑「だから、お前に要らないお節介をやいたりしてさ。ごめんな?迷惑だったよな」

虎助「…………」フルフル

お邑「お前は優しい子だなぁ。弥太郎も優しいヤツだったんだぜ?」ナデナデ

虎助「…………」クイクイ

お邑「ん?どうした」

虎助「…………」

お邑「お、あっちに開けた場所があるな!よくやった」

虎助「…………」ニコッ

お邑「あれは樵小屋か?ちょうど良いや。ちょっと休んで行こうぜ」

虎助「…………」コクッ

 ガサガサッ ガサガサガサッ

お邑「な、なんだ?また猪か!?」

「おーやっぱり女がいるじゃねぇか」

「なぁ?女の声がするって言っただろ?」

「女なんていつぶりだろうなぁ」

お邑「ちッ、運の悪い。虎助、アタシの後ろに隠れろ」

「なぁなぁ、早くやっちまおうぜ」

「そうだなぁ!我慢出来そうにねぇもんよ」

お邑「けッ!誰がてめぇらみてぇなとんまに捕まるかよ」

「おーおー活が良いねぇ」

「やっぱり女は活が良い方がやるとき楽しいもんなぁ」

お邑「虎助、合図したらあの樵小屋に走れ。アイツらお前に興味はねぇみたいだから助かるかもしんねぇ」ボソッ

虎助「…………」フルフル

お邑「言うこと訊けって。アタシは大丈夫だからよ」

「なーに内緒話してんだよぉ」

「あー俺、もう我慢できねぇや」

お邑「虎助、走れッ!」

虎助「…………」キッ

お邑「虎助ッ!なにやってんだよ」

「あー?なんだこのガキ!棒っきれ構えて侍のつもりかよ」

虎助「…………」ブンッ

「あっぶねぇなぁ!このガキ」ガシッ

お邑「虎助ッ!てめぇ虎助を離せよ」

「おめぇは黙ってろよ」

お邑「痛てぇな!離せよ!虎助を離せってば」ドサッ

「女の身体って柔らかいなぁ……」ビリビリ

お邑(虎助が!誰か、一刀斎先生ッ!神子上助けてくれよッ!)

お邑「神子上……」ポロポロ

 ガスッ

「ぐあっ」バタッ

忠明「どこまでも手間のかかるヤツらだ。しかし、どうしてこうも小悪党共は俺の前に現れる」

 


 小野先生は、いつも来て欲しい時に来て下さる。

 まるで悪鬼に苦しめられる民を救わんがために悪鬼征伐のために天が使わした持国天の如くでございます。

 バキッ ボコッボコッ ドカッ

忠明「阿呆共が。このまま熊の餌にでもなってしまえ」パンッパンッ

お邑「み、神子上ぃ」ウルウル

忠明「虎助、立てるか」

虎助「…………」コクッ

忠明「怪我はないな」

虎助「…………」コクッ

忠明「よし、次は」

お邑(多分、冷たい事を言われんだろうなぁ)

忠明「お前が叫ばなければ気づけなかった。良くやった」

お邑「あ、え!?おう」

忠明「足を挫いておるな。腕も折れてる」

お邑「ちょ、ちょ!?か、背負わなくて良いって!」

忠明「耳元で騒ぐな。虎助、行くぞ」

虎助「…………」コクッ

 


 小野先生の背なに背負われているお邑の頬は赤く染まっていた様に思われます。

 詮索すべき事ではないのでございますが、いや、それを申すのは野暮でございますな。

 まぁ、お邑も年頃の娘という事でございます。


 さて、小野先生と虎助、お邑が麓の宿場に降りる頃には既に夕刻となっておりました。

 先に山を降りていた一刀斎様のもとには驚くべき知らせがもたらされていたのでございます。

いつもより早いですが今日はここまで。お邑ちゃん着物破かれて肌が露ですねぇ。どこが露かはご想像にお任せします(ゲス顔

お邑「あ、あのよ」

忠明「なんだ」

お邑「そろそろ下ろしてくれても良いんじゃねぇかな?」

忠明「ならば下りろ」

お邑「お、おう」

虎助「…………///」アセアセ

お邑「虎助、どうした?」

虎助「…………」アセアセ

お邑「ん?着物がどうし……あッ!」ピト

忠明「なぜくっつく」

お邑「い、いいからッ!」

忠明「なぜだ。理由を話せ。動き辛くて仕方ない」

お邑「は、話せねぇよ(うぅ……こんなんじゃ恥ずかしいところ見られんじゃねぇか)」

忠明「話せ。いや、離れろ」

お邑「む、無理だ!(くっついてんのも恥ずかしいけど……まぁ、悪くねぇし)」

お邑「ま、また背負ってくれよ!やっぱり足がいてぇ」

忠明「お前から下ろせと言ったのだろう」

お邑「いいから!」

虎助「…………」ハァ

景久「おお、無事であったか」

忠明「先生、遅くなってしまい申し訳ありませぬ」

景久「いや、構わぬ。が、少々厄介というか面倒な事になった」

忠明「善鬼の事でございまするか」

景久「いや、違う。ここでは話せぬ。とりあえず宿に行こうぞ」

忠明「わかりました」スタスタスタ

お邑「あ、ちょっと待てよ!そんなに早く歩くなって」

虎助「…………」

———
——


 ガラッ

景久「お待たせいたした」

?「いえいえ、あまり急ぎではござりませぬ故。して、そちらは?」

忠明「神子上典膳にござる」

?「ほう、ではあなたが。なるほど、良い面魂だ」

忠明「先生、この御方は」

景久「うむ、この御人は服部石見守殿だ」

忠明「服部石見守、と言えば今は名古屋城に在陣中である徳川殿の伊賀同心でござるな」

半蔵「いかにも。しかし、ここには服部半蔵正成として我が殿より下知をもらい訪ねて参った次第」

忠明「なにか違いが?」

景久「徳川の将としてではなく徳川の忍びとしてと言う事であろう」

半蔵「いかにも」

忠明「なるほど。して、我らになんの用が」

景久「うむ、わしから話そう。実は徳川殿がわしを兵法指南として召し抱えたいらしいのだ」

忠明「なんと」

景久「しかし、わしは善鬼を打ち倒さねばならぬ。それに今さら誰かに仕えようなどとは思えぬのだ」

半蔵「そこで一刀斎殿は典膳殿を推挙なされたのでございます」

忠明「なるほど」

半蔵「返事はごゆるりとでございませぬ」

忠明「お断りします。これにて失礼」

半蔵「は!?」

景久「言ったでござろう。にべもなく断るだろうと」

半蔵「しかし、あそこまですっぱり言われるとは」

景久「あやつの剣はいずれ某を超えるだろう。なればこそ、いつまでも流浪の身に置いておくわけにもいかない。故に師である某からお待ちいただくよう願いたい」

半蔵「もちろん。実はかねてより一刀斎殿は苛烈なお人柄と訊き及んでおりました。家康からも三顧の礼をするつもりでと。ですが、こうして会え弟子を推挙してくださるとは」

景久「某も老いたのでござる。以前の様に意気がってはおれませぬ。まぁ、典膳は老いてもあのままでござろうな」

景久「遠路はるばる来たところ申し訳ない。典膳に考え直す様に伝えておきます故」

半蔵「気長に待つといたしましょう。三河者は待つ事にはなれておりまする故。それではそろそろ」

景久「うむ、"石見守"殿によろしくお伝えくだされ」

半蔵「洒落の効いた事を申される。それでは御免」シュッ

景久「やれやれ、何よりもあやつを説き伏せるのに苦労をするな」

景久「しかし、わしも嘗められたものよ。狸めが何を考えておるのやら」

 


 まさに青天の霹靂と言えましょう。

 天下を平定するより以前の徳川家康公より一刀斎様に兵法指南のお誘いが来たのでございますが、一刀斎様は断られ代わりに小野先生を推挙なされたのです。

 しかし、小野先生はにべもなくお断りになられました。小野先生らしいとも言えましょうが、小野先生には善鬼を討つという目的があるのでございます。

 なれど、小野先生の才を埋もれさせるのはもったいないと一刀斎様は猶予をもらえる様に願い出たのでございました。

?「どうであった」

半蔵「老いても化け物でございます。柔らかい表情を作っている様で常に抜き身の刀を突き付けられている様でございました」

?「さすがは一刀斎と言ったところだ」

半蔵「それに、某が石見守様ではないと見抜いていた様でございます」

半蔵「もとより隠せるとは思ってはおらぬ」

偽・半蔵「一刀斎には断られるとは言われましたが弟子をやると」

半蔵「弟子をだと?どのようなヤツだ」

偽・半蔵「気で人を殺める手段があるとすれば某は今ごろ屍でございました。そのくせ、抑える気も隠そうと言う気もさらさらない」

半蔵「面白い。柳生の若造よりマシなようだ。うむ、用は済んだ帰るぞ」

———
——


お邑「あーあ、典膳の野郎早く戻らねぇかな。こんなんじゃ外にでれねぇよ」

虎助「…………」ツンツン

お邑「どうした?」

虎助「"今まで言うこときかなくてごめんなさい"」ペラッ ペコッ

お邑「いいよ。アタシも弥太郎の代わりみたいにお節介かけてごめんな?あの野郎共にお前が向かって行った時に思ったよ。虎助は弥太郎じゃないし弥太郎より強い子だなってさ」

虎助「"めいわくじゃないからおせっかいしてください"」ペラッ

お邑「ふふっ、かわいいヤツだなお前は」ギュッ

虎助「…………///」

お邑「しかし、なんでアタシの言うことシカトしたんだ?ちょっと悲しかったんだぞ」

虎助「…………」

お邑「言えないか?なら、良いけどさ」

虎助「"先生をとられると思ってくやしかったのです"」ペラッ

お邑「ふふ、大丈夫だよ。アイツはお前を大事に思ってるけどさ……アタシの事なんて……」

虎助「…………」フルフル

お邑「アタシの事も見てくれてるかな?」

虎助「…………」コクッ

お邑「そうだと良いな……」

 ガラッ

忠明「やれやれ、面倒は重なるな」

お邑「随分、長い話だったじゃねぇか。何かまずい事でもあったか」

忠明「いや、話はすぐに終わった。面倒事ではあったが済んだから良しとする」

お邑「それにしては遅かったぞ。なぁ」

虎助「…………」コクッ

忠明「これを買っていた」ドサッ

お邑「これ……着物!?」

忠明「お前にだ。そんな格好のお前を連れ歩いて先生の品位を落とすわけにはいかぬからな」

お邑「き、着てくる!」ドタドタ バタンッ

忠明「あいつ足を痛めてたはずだぞ」

虎助「…………」コクッ

 ガラッ

お邑「アタシの着物に気付いていたって事はお前見たのか?」

忠明「何をだ」

お邑「あ、アタシの……その……」

忠明「ああ、見た」

お邑「ば、馬鹿///」バタンッ

忠明「なぜ顔を赤くした」

虎助「…………」ガクッ

今日はここまで。ちなみに、石見守は"いわみのかみ"と読みます。

関係ないけどお邑ちゃんが一気に乙女化したけど大丈夫かな?と不安に思っとります。

 ガラッ

お邑「どうだ?似合うか」

忠明「良いか剣を握る時に力み過ぎるからこういうすり減り方をする。力みは隙を作りすぎる力を抜け」

虎助「…………」コクッ

お邑「おい!こっち見ろよ」

忠明「なんだ」

お邑「なんだじゃねぇよ!」

忠明「喧しいヤツだ」

お邑「本当におめぇってヤツはよぉ」

 ガラッ

忠明「先生、随分遅くなりましたな」

景久「まぁな。まったく、お前は気のつかんヤツだ」

お邑「本当だよ」

忠明「なぜお前が同意する」

景久「典膳、考え直す気はないか」

忠明「今はまだ」

景久「今を生きるのは世の常だとて、お前はもう少し先を見ろ」

忠明「先生は善鬼を討つ役目がある故に引き受けぬとおっしゃいました。しかし、善鬼を討つのは某ではならぬと自負がありまする。つまりは先生の御言葉は方便。ならば答えは一つ」

景久「やれやれ、お前のそれも方便であろう。だが、そうさな。うむ、そうであろな」

忠明「むべなるかな」

景久「なればこそだ。善鬼はお前が討てば良い。わしももとよりそうするためにお前を弟子とした。なればこそ、わしの魂を受け継ぐお前がただの露として消えるのは良しとしたくない」

 


 一刀斎様も若かりし頃は、小野先生と似たような御気性だったと伺っておりまする。

 自信家で実直、そして苛烈で他人にも己にも妥協を許さない。

 "瓶割刀"の逸話がそれを物語っていましょう。

 愛しき女との逢瀬、それは裏切りの愛、哀しみと怒りの中で敵を斬り伏せて、最後に瓶ごと敵を一刀のもとに斬り倒した。

 時には濁流に身を打たせ、時には清流で身を清め、凄絶とも言える人生の中で魂を研ぎ澄ませてきた。

 その魂を受け継ぐに足る弟子が現れたとあれば、その弟子には更にその魂を昇華させてほしい。

 そう思うのは間違いでございましょうか。

 小野先生も、後に弟子にそう思った事でございましょう。

 おそらく、でございますが。

景久「あと五日もあれば小金原に着く。三日ほど休んで行くとしよう」

お邑「助かります」

景久「おや?着替えたか。似合っているな」

お邑「さっすが一刀斎先生だよ!どっかの剣狂いの野暮侍とは違うぜ」チラッ

忠明「どうした」

お邑「どうしたじゃねぇよ……」

景久「ほう、典膳が見立てたか」

お邑「うん。ま、まぁ悪くないよな」

虎助「…………」コクコクッ

お邑「まぁ、良しとしてやるよ」

景久「嬉しそうに笑いおって、健気だのう。」

 


 小金原までは目と鼻の先と言ったところでございましょう。

 いよいよ善鬼に刃が届くとなれば、そこはかとなく旅の終わりが近づいて来たように思われまする。

 幾度となく見てきた酸鼻な光景も振り返れば過去でございますれば、未だ振り返るべきではございません。

 今までより激しい戦いが待ち受けているのやもしれませぬ故、過去を見るのは全てが終わってからでも遅くはないでしょう。

「いよいよ善鬼との戦いかなぁ」

「善鬼の事だから助っ人を用意してるかもしんねぇぞ?」

「続きが気になるよぅ」

爺「続きはまた明日。ささ、帰ってお休みくだされ」

「「「うん、またねー」」」

侍「先生」

爺「ふふ、年をとると話一つをするのも疲れますな」

侍「なぜ、小野先生の話をなされまする。確かに柳生がちやほやされるのは某も気に入りませぬがそれは技を持って証明すれば良いと小野派の忠常先生もおっしゃっておったではありませぬか」

爺「然り」

侍「それでは何故」

爺「私が伝えたいのは小野先生の魂なのですよ」

侍「魂とは剣に、つまりは一刀流に宿っているのではございませぬか」

爺「いいえ、一刀に宿っているのです。その一刀の軌跡を知らねば小野先生の魂を知る事などない」

侍「いくらお父上であるとは言えそこまで執心されるのは何故なのですか!?」

爺「父……確かに父でしょう。ですが、それ以上に神仏と並ぶほど尊い御方なのでございます」

侍「それでは貴方はまるで」

爺「隠れて話を訊いておりましたな?」

侍「え、あ、いや……」

爺「ふふ、話はまだ続きますれば他言は無用。野暮侍と言われたくはないでしょう」

侍「むむ」

爺「さぁ、帰りなさい」

侍「忠也先生。某はまだ貴方に学びたいのに」

 四章 虎助とお邑・完

「お爺さん来たよ」

「げ、あのお侍もいるぞ」

侍「黙れ、今日は某も話を聞きに来たのだ」

「本当かよ?次、邪魔したらけちょんけちょんにしてやるからな」

侍「生意気な童共よ」

爺「童は元気でいるのが一番でございますれば口がたつくらいがちょうど良いのでございますよ?」

「早く続きを話しておくれよー」

爺「まぁまぁ、そう急かしなされまするな。今回は少し爺は気が思いのでございまするが嘘を言うのは逆に不敬でございまする故。包み隠さずお話いたしましょう」

 五章 鬼忌十幻


 ついに小金原に足を踏み入れましたところでございました。

 小野先生はおそらく、善鬼が居ることを感じていたのでございましょう。

 研ぎ澄まされた小野先生の気はより鋭くすれ違っただけでも肌が粟立つ感覚を覚える様でございました。

景久「これ、少し気を抜け。これではやり辛くて仕方ない」

忠明「申し訳ありませぬ。しかし、善鬼がいると思うとどうも」

お邑「確かにピリピリしてなんか肩が凝るんだよなぁ」

忠明「近頃、血が沸くような感覚になる。まるで親の仇が目の前にいる様な感覚だ。そうなればどうも気がたつのを抑えられぬ」

お邑「おー怖い怖い。おめぇはちょっと落ち着けっての」グイ

虎助「…………」キョトン

忠明「なぜ虎助を担がせる」

お邑「肩車っつうんだよ。どうだ虎助、楽しいだろ」

虎助「…………」キョロキョロ

景久「ふむ、お邑を連れて来て良かったか」

お邑「そうしてれば本当の親子に見えなくもねぇな」

忠明「そうか」

虎助「…………」キョトン

お邑「おめぇはもうちょっと虎助に優しくしてやれよ」

忠明「俺は虎助に優しくないか」

虎助「…………」フルフル

お邑「なんつぅかさ。触れ合いって言うか師匠と弟子みたいな感じじゃなくて親子みたいにさ」

忠明「俺にはわからん」

お邑「かぁーこれだから剣一辺倒のヤツはよぉ」

景久「なんだかわしの耳にも痛い話だの」

お邑「せ、先生は違うよ?典膳のヤツがもうちょっと優しくしてくれりゃさ……アタシもその……」

忠明「なんだはっきり言え」

お邑「う、うるせぇな!今のは訊かなくていいんだよ」タッタッタッ

 ドンッ

お邑「おっと!すまねぇ」

?「いやはや、私もよそ見をしておりました故」

忠明・景久「「」」ゾクッ

忠明「虎助、下りろ」

虎助「…………」コクッ

景久「お邑、其奴からすぐに離れろ」チャキ

お邑「え、どうしたんだよ二人とも」

忠明「ここまで生気を感じぬ輩ははじめてだ。お主、何者だ」チャキ

お邑「ど、どうしたんだよ!そんなおっかねぇ顔して」

 ズブッ

お邑「……え」

?「あいや、手がすべりました」

景久「お邑!」

忠明「おのれ」タッタッタッ シュバッ

?「ほうほう、さすがは話に訊いた神子上典膳殿でございますなぁ」

忠明「手応えはあった。なぜ斬れぬ」

?「そういう法でございますれば」

景久「お主、幻術を使うか」

?「ほうほう、さすがは一刀斎様でございますなぁ」

忠明「さては善鬼の手の者か」

?「そうと言えばそう。違うと言えば違う」

忠明「嘗めくさりおって」ヒュン ヒュン

?「ほうほう、血気盛んでございますなぁ。しかし、よろしいのですかな?そこな娘を放っておいても」

景久「まずいぞ。早く手当てせねば命に関わる」

忠明「くそが」ギリッ

?「ほうほう、それではお暇いたすとしましょうか。私は鬼忌十弦(おにきじゅうげん)と申しまする。お見知りおきを」

忠明「待て」

景久「追うな。幻術師なれば野武士を斬るのとはわけが違う。それに今はお邑を手当てしてやるのが先だ」

忠明「……虎助、お邑を見ていろ。俺は医者を探してくる」

虎助「…………」コクッ

忠明「善鬼」ギリッ タッタッタッ

景久「鬼忌十弦。幻術を使うとは厄介な」

 


  "鬼忌十弦"

 柿色の法衣を身に纏い、青白く生気をまったく感じさせない肌の男、眼窩は窪み奥に光る目はギラリとしてただただ薄気味悪い。

 十弦の刃はまず、お邑に向けられました。

 はじめから計画のうちにあったのか、はたまた偶然かは知る由もない。

 いや、知る必要もない。わかっている事は、ヤツを斬らねばならぬと言う事でございます。

 ただ、幻術師なれば一筋縄では行くはずもないのは道理でございますれば。

「傷は深いが致命傷は免れていた。もう少しずれていれば助からなかったでしょうな」

景久「ふむ、まずは一安心か」

「しかし、しばらくは動けぬでしょう」

景久「あいや、助かった。これは心ばかりの礼だ」

「こんなにいただけません!」

景久「良いのだ。手厚い治療感謝いたす」

「いえいえ、それではこれで」

景久「ふう、典膳」

忠明「はい」

景久「何を考えておるかは分かる。だが、ならぬ。無策で行けばお主は負ける」

忠明「はい」

景久「わしも幻術師と名乗る輩とは幾度か立ち合った事があるが、幻術とは非常に厄介だ。剣とは心を研ぎ澄まし相手を心と剣とで斬ってこそ成る」

忠明「はい」

景久「だが幻術師は心を乱す。剣士にとっては非常に厄介な相手だ。とくに若い自分はどうしても心が左右され易い」

忠明「なれど、ヤツはヤツと善鬼は必ずや斬りまする」

景久「その気負いが敵だ。己の義憤に揺さぶられたその気負いでは心はならぬ」

忠明「しかし」

景久「ヤツはわしが斬る。お前は頭を冷やし心を整えろ。修羅にはなるな、剣鬼たれ」

忠明「はい」

今日はここまで。幻術師は出したいと思ってました。宮本昌孝先生の『剣豪将軍義輝』の影響です。いや、鬼忌十弦はどちらかと言うと山田風太郎の『伊賀忍法帖』の果心居士に近い感じですが

虎助「…………」

忠明「沈鬱な顔をするな。沈鬱な顔をすれば気を病ませる。気とは他者に移るものだ。病んだ気お邑に移り体を病ませる。だから気丈でいろ」

虎助「…………」コクッ

忠明「いや、すまない。今の言葉はおそらく己に言い聞かせたのだ」

虎助「…………」

忠明「ここまで心を乱されるとは思わなんだ」

虎助「…………」

忠明「お前はこういう思いをした事があるか?」

虎助「…………」コクッ

忠明「そうか、そうだろうな」

虎助「…………」コクッ

 ガラッ

忠明「先生、どうでしたか」

景久「いや、まるで雲か霞かを掴むが如くだ。善鬼の事ですら一気に靄がかった」

忠明「つまりは」

景久「うむ、鬼忌十弦あやつを倒さねば善鬼とあいまみえる事は叶わず逆に言えばヤツを倒せば善鬼は現れる。ヤツは鬼忌十弦を一線としておるのだろう」

忠明「一線とは?」

景久「ヤツがわしに付き従っている時、度々わしに挑んできた兵法家をヤツが相手にしてきた。その時にも一線を引きその一線を越えるまでは遊び、越えてからは本気の勝負をした。」

忠明「どこまでも気にくわぬヤツめ」

景久「あやつが歪んだのは生まれのせいもあるだろうが、わしの不徳のいたすところもある。剣の才ばかりに目を取られ根本を見逃した」

忠明「だからこそ、討たねばなりますまい。そして討つ役目は俺が必ずや」

景久「うむ、だからこそ鬼忌には手をだすな」

忠明「保証はできませぬ」

景久「幻術師とは我々の様な剣士とは根本的に違うものだ。善鬼は腐っても剣士、いかなる戦いになろうとも得る事は必ずある。しかし、幻術師相手ならば寧ろ何か失う事があるかもしれないのだ。良いな、鬼忌十弦とはわしがやる故にお主は動くな」

忠明「わかりました」

景久「うむ、では休め」

忠明「少し、夜風で頭を冷やしてから」

 ガラッ バタンッ

 


 いくら言葉で訊こうとも、己の心が頭を振らぬなら理解したとは言えませぬ。

 人の心は理屈を越えた強い衝動とも言うべきものに一番動かされるものでございますれば。

 小野先生は戦っておりました。

 自分が真に戦うべきは善鬼であり鬼忌十弦ではない。わかってはいても、お邑のあの姿を思い浮かべれば激情にかられてしまう。

 とても、お辛い事でしょう。その姿をほくそ笑んで見ている者がいると思うと呪わずにはいられませぬ。

 ガラッ

景久「お邑の様子はどうだ。かわりないか」

虎助「…………」コクッ

景久「うむ、落ち着いてるようだの」

虎助「…………」コクッ

景久「実は徳川家康公よりわしに奉公の話が来ていた」

虎助「…………」

景久「だが、わしよりも若く先の長い典膳を推挙した。その方がヤツのためにも良いと思ったからだ。その際に、お邑を典膳に嫁がせお前を養子とさせようと思案しておったのだ」

虎助「…………」

景久「お邑は気は強いが器量良く機微を良く察する。あやつの事を好いてるようだしのう。典膳の様な堅物にはお邑みたいな女が一番だ」

景久「お前は聡く、剣に大しても典膳への憧れから努力を惜しまず励んでいる。ヤツの跡を継ぐには申し分ない」

虎助「…………」フルフル

景久「謙遜するな。いつぞやお前に言った事も間違いではないが男子三日会わざれば刮目して見よとも言う。お前はその言葉通りにもなるだろう」

虎助「…………」

景久「お前達と旅をするうちに親心が芽生えたのだろう。なればこそ、典膳に無茶な戦いを強いたくはない。幻術師とはそれほど危険なのだ」

虎助「…………」

景久「しかし、ヤツは行くだろう。行く様に仕向ける動きが何かあるかもしれん。だから、虎助」

虎助「…………」

景久「いざというときはお前が典膳を導くのだ。お前ならそれができる」

虎助「…………」

景久「頼んだぞ」

———
——


忠明「心をどこに置いて良いか分からなくなった。迷った剣で何が出来ると言うのだ」ギリッ

忠明「善鬼を斬るために我が剣を鍛えて来てまんまとヤツの思惑に嵌まるとは」

忠明「ヤツがほくそ笑んでると思うと憤怒に我が身が焼かれる思いだ」

『ほうほう、随分お怒りになられておられる』

忠明「この胸くそ悪い声は鬼忌十弦か」

十弦「こわやこわや。殺気で我が身は引き裂かれましょうや」

忠明「殺されに来たか猿楽師め」

十弦「ほうほう、猿楽師とは言い得て妙でございますな」

忠明「お前は俺を虚仮にしに来たか」

十弦「否、このような宵に一人歩きは無粋でございますれば相手にと」

忠明「それを虚仮にしてると言うのだ」ヒュン

十弦「こわやこわや。私は貴方と仲良うしたいのに」フワッ

忠明「気色の悪い猿楽師めが」

十弦「猿楽とは虚を笑うもの、虚を転じれば幻と成るものでございますれば」フワッフワッ

忠明「やはり駄目だ。俺はお前を斬らねば気がすまぬ。悪戯にお邑を刺しておいてふざけた風体を晒すお前を俺は見逃せぬ」

十弦「ほうほう、やはりやはり。なればそうなさい。どちらが死すとも構わぬよう観仏の元でお待ちしておりますよ」フワッ

 


 窪んだ眼窩の奥深くで光る目がまとわりついて鬱陶しい

 嗄れた声で紡ぎ出す言葉が耳障り

 生気が失せた青白い肌のくせに妙に油が乗っているのが気色悪い

 何もかもが小野先生の神経を逆撫でする様で、それがまた気色悪くもある。

 小野先生は必ずや、ヤツと戦いに行くでしょう。

 それが、鬼忌十弦の幻術によってしても

 ブンッ ブンッ ブンッ

虎助「…………」

 ブンッ ブンッ ブンッ

虎助「…………」

忠明「虎助、一旦手を止めろ」

虎助「…………」ピタッ

忠明「一刀斎先生から教わった事を俺がお前に教えるのは早いかも知れぬが教えよう。一刀とは即ち己である。敵を斬る時は一刀をもって斬る事のみを考えよ。二刀三刀とあっては己が二人三人居ることになり矛盾が生じる」

虎助「…………」

忠明「つまりは己の全てをこめて勝負を決する事で相手の命に敬意を払うという事だ。相手がどのような輩であれ命というものは等しく尊いのだ」

虎助「…………」フルフル

忠明「違うと申すか」

虎助「…………」フルフル

忠明「ではなんだ」

虎助「"わたしにはまだ早いです"」ペラッペラッ

忠明「早いうちから心得とけ」

虎助「…………」フルフル

忠明「嫌だと申すか」

虎助「…………」コクッ

忠明「なぜだ」

虎助「"わたしにはまだまだ学びたいことがあるからです。だからいかないでください"」ペラッペラッ

忠明「止めても無駄だという事はわかっているだろう」

虎助「…………」コクッ

忠明「ならば師としての……いや、親としての言うことを訊け」

虎助「…………」

忠明「帰らないとは言ってない。それではな」

 


 侍とはいかなる生き物か、剣士とはいかなる生き物か、一概に言えるものではありませぬ。

 ただ、小野次郎右衛門忠明というお人は己の心に反した事を決して由とせず時には一刀をもって断ずる生き物でございますれば


 虎助もそれはわかっている。わかっているからこそすがり付いて止める様な事は出来なかった。

 一刀斎様が言った導くとはどういう事なのか。

 今ここで、小野先生を止める事ではないのか。

 それを理解した時に虎助が小野先生を見送った時の遠い背中が近くなるのでございましょうか。

十弦「ほうほう、ようおいでなさった」

忠明「ああ、来た」

十弦「それはもう重畳」

忠明「一つ訊く。お前は善鬼に何を言われてお邑を刺した」

十弦「面白い事をしたら良いと。故に私は閨での物語を作ろうと思い立ったのでございます」

忠明「ほう」

十弦「愛しき女を傷つけられ怒る剣豪の哀れな踊りを笑う猿楽師の物語。やれ楽しや、やれ楽しや」

忠明「ふん、お前には才がない」

十弦「これは痛いところを突かれた」

忠明「もう良い。死ね猿楽師」チャキ

十弦「ほうほう、それはまたご無体な」

 ヒュン

十弦「ほうほう、鋭い鋭い」フワッ

 ヒュン

十弦「ほうほう、危ない危ない」

 ヒュン

十弦「でも駄目だ」

忠明「手応えはある。なのになぜだ」

十弦「虚を転じて弦にしておるのでございますれば。ほれ、貴方が斬っておるのは大根でございますよ。良く斬れる包丁をお持ちで」

忠明「つくづく虚仮にしおって」ヒュン

十弦「剣をもって天下を彷徨くのではなく包丁をもって厨を彷徨いたらいかがかな?」

忠明「洒落もきかぬ猿楽師めが」ヒュン

十弦「ふむ、思ったよりつまらない」フワッ

忠明「ほざけ」ヒュン

十弦「幕を閉ざしましょうや」

 ズブッ

———
——


 タッタッタッタッタッタッ

虎助「…………」ハァハァ

 タッタッタッタッタッタッ

虎助「…………」ハァハァ

虎助「…………」キョロキョロ

忠明「ぐうう」ヨロヨロ

虎助「…………」タッタッタッ

忠明「よく……ここがわかったな……」ガクッ

虎助「…………」

忠明「やはり乱れた剣では斬れなか……った……」バタッ

虎助「…………」グイ ズルッ

虎助「…………」ズルズルッ

虎助「…………」ポロポロ ズルッ

虎助「…………」ズルッズルッズルッ

景久「虎助!?それは典膳か」

虎助「…………」コクッ

景久「貸せ、わしが運ぶ。お前は医者を」

虎助「…………」コクッ グシグシ

虎助「…………」タッタッタッ

景久「馬鹿者、不忠なヤツめ」

忠明「せん……せい……あやつは……虚をついて……幻と……」

景久「喋るな。お前は心を思うように乱されヤツの幻術に弄ばれたのだ。未熟者めが」

忠明「……はい」ガクッ

景久「これではお主に善鬼の相手は任せられぬではないか。ヤツを斬った後に瓶割刀と共に一刀の秘伝を授けようと思っていたのを」

 


 未だに受け止めれぬ事実でございます。

 小野先生は、鬼忌十弦の幻術に破れてしまったのでございます。

 小野先生の心を乱して虚を生ませ、幻に転じて技と成す恐るべき術の前に倒れたのでございます。

 悔しかろうと存じます。憎かろうと存じます。

 深々と抉られた傷の痛みよりも重く苦々しい情念に精悍なお顔が歪んでおられました。

虎助「…………」グスン

景久「もう泣くな。とりあえずは大丈夫だそうだ。あとはこやつの精気次第だろう」

虎助「…………」グスン

景久「人とはいつまでも未熟なものだな。わしも改めてそう思った。にべもなく鬼忌十弦をわしが斬れば良かったのだ」

虎助「…………」

景久「しかし、後悔してもしょうがない。善鬼は典膳に斬らせるが、未熟なこやつでは事はならぬだろう。故にわしの技をこやつに伝える」

虎助「…………」キョトン

景久「だが、こやつはこんな状態だ。だからお前が見て伝えろ。わしの剣を継ぐのは典膳であり、典膳の剣を継ぐのはお前なのだからな」

虎助「…………」コクッ

景久「伊藤一刀斎景久、最後の敵は幻術師・鬼忌十弦。ヤツを斬って一刀の全てを神子上典膳に伝える」

今日はここまで。この展開は正直迷いました。

———
——


十弦「ほうほう、こわやこわや。尋常とは思えませぬ。明星がごうごうと音を立てて落ちてくる私はきっと死んでしまうでしょう。ねぇ、一刀斎殿」

景久「然り」

虎助「…………」トテトテ

十弦「不肖の弟子の仇討ちでしょうかな?それもまた良い物語」

虎助「…………」キッ

十弦「そこな童は明日の剣豪ですかな?いやはや、世はどれほど巡るのか」

景久「典膳の仇を討とうなどとは思っておらんよ。わしがヤツにつける最後の稽古ぞ」

十弦「ほうほう、さながら私は木剣で叩かれる木偶でしょうかな」

景久「虎助、剣を」

虎助「…………」ソッ

景久「剣を握るに非ず。剣は己なれば、無いものの様に軽く」スラッ

十弦「満点の星の中でごうごう、ごうごうと」ゾクゾクッ

景久「視野は広く感覚は研ぎ澄ます。しかし、足の動きと呼吸は本能のみにまかせ柳がそよぐ様にしなやかに」

十弦「言葉が見つからない!素晴らしい物語だ。語るに惜しくなるほど」フワッ

景久「描くのはただ一筋で良い。それのみが感覚を支配するように意識する」チャキ

虎助「…………」ゴクリ

十弦「これほど御方が居ようとは!」フワッ

 


    ズバッ


景久「剣と体、剣と心、剣と技をもって振るう。これを一刀とする」

十弦「うふ、うふうふ。虚など見つかるどころか私が虚でしたか」バタッ

 


 息を飲む事すらおこがましい、汗をかくことすら白々しい。

 研ぎ澄まされた空気の中で、それだけが許された事のようでございました。

 何気なくしてみせた事こそが剣聖たる所以でございましょう。

 剣を振るうのではなく、己を振るう事こそ一刀である。

 実戦的で机上ではまったく語ることの出来ない一刀流の唯一の口伝でございます。

景久「虎助よ、刻んだか」

虎助「…………」コクッ

景久「なれば良い。これでわしは心置きなく剣を置くことが出来よう」

虎助「…………」

景久「寂しそうな顔をしているな。その様な顔をしてくれる者がいるならばわしの人生も存外悪いものではないと思えるな」

虎助「…………」

景久「さて、あとは善鬼のみぞ。早く不肖の弟子が目を覚ませば良いのだがのう」

虎助「…………」コクッ

景久「帰るとするか。干し柿なんぞ買って行くとしようぞ」

虎助「…………」コクッ

 


 鬼忌十弦を討ち果たしました。

 それと時を同じくして、まるで鬼忌十弦の術が解けたかのようにお邑が目を覚ましたのでございます。

 しかし、喜ばしい事ばかりではございません。いよいよ禍根を断つ機会が巡って来たのにも関わらず、それをすべき御方は深い傷を負い眠ったままでございます。

 一刀斎様が十弦を討ち、善鬼を討ったとあっては小野先生の面目も立たず剣への志を奪う事にもなりかねない。

 今はただ、早く目を覚ますのを祈るばかりでございましょう。

 ガラッ

景久「ん?お邑、目を覚ましたか」

お邑「先生、すまねぇ。迷惑かけちまったな」

景久「傷はまだ痛むだろうがその分ならばすぐに回復するだろうな」

お邑「先生、この馬鹿はなんで寝てるんだ?」

景久「その馬鹿は、お前が刺されて頭に血を昇らせて下手をこいたのだ。まったく未熟だ」

お邑「こいつが……そうか……馬鹿だなぁ」グスン

虎助「…………」ソッ

お邑「干し柿か。虎助、ありがとう」ナデナデ

虎助「…………」コクッ

景久「あとは典膳の回復を待つのみ、か」

お邑「頭に血を昇らせて下手こくってお前らしくねぇなぁ。もともとはアタシが用心しなかったせいなのによ」

お邑「アタシが倒れて心配してくれたのか?不安だったのか?」

お邑「お前がこうなっちまったのに言う事じゃねぇけどさ。なんか嬉しいなぁ……お前はアタシの事なんて何とも思っちゃっいねぇって思ってたからよ」

お邑「なぁ、お前は善鬼を倒したらどうすんだ?帰っちまうのか?どっかの家に仕えるのか?アタシも着いて行って良いか?アタシは」

お邑「いや……それはお前が目を覚まして善鬼をぶっ倒してから言うよ」ナデナデ

 ブンッ ブンッ ブンッ ブンッ

虎助「…………」

 ブンッ ブンッ ブンッ ブンッ

「偉い気合いの入りようやないけ」

虎助「…………」バッ

善鬼「久しぶりやないけ餓鬼」

虎助「…………」

善鬼「神子上のヤツは息災にしとるか?」

虎助「…………」キッ

善鬼「せやったなぁ。アイツはぶっ刺されて寝込んどるんやったなぁ」

虎助「…………」ブンッ

善鬼「おっと!師匠バカにされて頭に来たか?アイツは随分好かれとんのう」

善鬼「ワイかて少し戸惑っとるんや。まさか、ヤツがこない簡単に倒れて眠りこけよるなんてなぁ」

虎助「…………」ギリッ

善鬼「しかし、ヤツは必ず目を覚ましてワイの前に現れる。そう思うんや。アイツは最後までワイを楽しませてくれるってなぁ」

虎助「…………」

善鬼「三日後、ワイとヤツが二回目にやり合ったあの寺で待つ。そう伝えろ。正式な果たし状や」

虎助「…………」コクッ

善鬼「万全な状態なんて贅沢は言わへん。そろそろこの遊びも終いにしたいんでなぁ」

虎助「…………」

 ブンッ ブンッ ブンッ ブンッ

 


 突如、善鬼はのらりくらりと我が物顔で現れ終わりにしようと申して来たのでございます。

 猶予は三日。

 しかし、小野先生は未だ目を覚ます気配がない。

 虎助は、この事を一刀斎様に伝えるのでございましょうか。

 虎助の目には覚悟の炎が燃え上がった様に思いまする。

「うわぁ、いよいよ善鬼と決着かぁ」

「小野先生、早く目を覚ましてよぉ」

侍「うむぅ……」

爺「どうしましたかな」

侍「腕前が同等なれば僅かな傷すらも気を散らす事になり命取りになりまする故」

爺「然り。その理を覆す事が出来るかどうかが勝負の命運を握る事となりましょう」

侍「果たして出来るのでしょうか」

爺「うむ、それは……おや?」

「アンタたち早くおいで!早く帰るんだよ」

「かあちゃん?どうしたのさ」

侍「何やらただ事ではない様子」

爺「いかがなされましたかな」

「アンタは旅の……実は米を売りに行った十人からの大人が殺されてるのが見つかったのさ」

侍「なんと!?」

「どうにも野盗か野武士がここらに潜んでるらしいんだよ」

爺「ふむ、なるほど」

「だから子供らを外においとくのは危なっかしくてね。さ、アンタたち帰るよ」

「「「はぁーい」」」

侍「先生、行きましょうぞ。先生が居れば野武士など」

爺「いいえ、それはなりません」

侍「なぜです!」

爺「まだ、話は終わっていない」


 五章 鬼忌十弦・完

今日はここまで。いよいよ、終わりが見えて来ました。長かった様な短かった様な……あと少しお付き合いください。

侍「先生!」

爺「おや、ずいぶん早いのですなぁ」

侍「某、納得行きませぬ!なぜ野武士共を誅勠されに行かれませぬ」

爺「言ったでございましょう。まだ、話は済んでおりませぬ」

侍「話など野武士退治が済んでからで良いではありませぬか!!」

爺「ならぬのですよ。小野先生の魂を伝えるのは私にしかできぬ事でございますれば」

侍「先生は老いて臆されただけだ!小野忠明先生がもし存命でございますれば、にべもなく行かれる事でございましょう!!某は行きまする。例え今生の別れとなるとしても……御免」タッタッタッ

爺「そうでしょうなぁ。くだらぬと一笑に付して行かれるでしょうな」

「お爺さーん!!」

爺「ようおいでなされました」

「ごめんよ。みんなも誘ったんだけど出るなって言われてるらしいんだよ」

爺「お前様はよろしいので?」

「おいらは親無しみたいなもんだからさ。かまいやしないんだ」

爺「つかぬことを訊いてしまいましたな」

「別に良いんだよ。それより早く話しておくれよ!おいら小野先生みたいになりたいんだ。だから小野先生のお話訊きたいんだよ!!」

爺「そうでございますか。それではお話いたしましょう。小野先生の苛烈な旅の幕引きでございます」

 終章 一刀両断


 三日とはあまりにも短い時間でござりました。

 小野先生は、傷が病んだのか未だに目を覚まさず善鬼との約束の刻限までひたすら刻は流れるばかりでございます。

 虎助はあれからひたすら小野先生の傍に佇み祈る事しかできずにおりました。

お邑「虎助、握り飯食うか?美味いぞー」

虎助「…………」フルフル

お邑「お前どうしたんだよ。典膳の傍に三日も付きっきりで飯も食わねぇでさ」

虎助「…………」

お邑「確かに心配だろうけどさ。血色は良くなってきているし医者の言うことじゃもう心配する必要もないって言うじゃねぇか」

虎助「…………」

お邑「頼むよ。お前も倒れたらアタシ泣いちまうよ」

虎助「…………」

お邑「なぁ、虎助。典膳が父ちゃんならアタシは虎助にとって何かな?」

虎助「…………」

お邑「さすがにそこまでは認めてくれてない、か」

お邑「なぁ、虎助。お前なにか隠してねぇか?大事なことをさ」

虎助「…………」

お邑「小さい体のお前が抱えれる事は限りがあるんだぞ?無理しねぇでアタシや先生に話せよ」

虎助「…………」

お邑「なんでちょっと前みたいにアタシの言うことを訊かなくなったんだよ。アタシのせいで典膳が倒れたからか?」

虎助「…………」ハッ フルフル

お邑「じゃあ、なんなんだよ。言ってくれよぅ」ギュッ

虎助「…………」フルフル

お邑「どうしたんだよ……」

虎助「…………」スタッ

 スタスタスタスタスタ バタンッ

 ブンッ ブンッ ブンッ ブンッ

景久「ずいぶん鋭い剣を振るようになったな」

虎助「…………」ピタッ

景久「ただ、わしはあまり好きではないな」

虎助「…………」

景久「わしは典膳の雷の様に鋭く猛々しい剣も好きだが、お前の流星の様に美しい線を描く剣も好きだ。それが今の剣は典膳に近づけようとしている風にしか見えぬ」

虎助「…………」

景久「良いか。お前はお前の道があるのだぞ」

虎助「…………」コクッ

景久「やれやれ、師に似て頑固というか融通がきかぬというか」

 ブンッ ブンッ ブンッ ブンッ

虎助「…………」ハァハァ

景久「虎助、お前が何を秘しているか何をしようとしているかは問わぬ。しかし、お前はなんのためにそうしようと思った?典膳の役に立ちたいが一心でか?」

虎助「…………」フルフル

景久「ではなんのためだ」

虎助「"みこがみ先生の弟子としてのきょうじからでございます"」

景久「矜持か。難しい言葉を使う。お前は典膳につきまとう童ではなく典膳の弟子である一人の剣士になろうとしているのか」

 


 いよいよ善鬼との決闘の刻限となりました。

 しかし、小野先生は目覚めておりません。小野先生もまた人でございますれば、病んでいるならば仕方ない。

 それでも善鬼との決着は誰かがつけなければならぬ。

 つけなければならぬのでございます。

お邑「先生、虎助は?」

景久「行きおったわ」

お邑「行った?いったいどこにだ?」

景久「おそらく善鬼のところへ」

お邑「そ、それって……なんで止めなかったんだよ!?虎助が死んじまうじゃねぇかよ!!」

景久「止める事など出来るわけがなかろう」

お邑「なんでだよ!」

景久「何故行くと訊いたら典膳の弟子である矜持のためだと言いおった。あやつは一人の剣士になろうとしておる。止められぬさ」

お邑「剣士ってヤツはなんで……そんなにッ!……痛ッ」

景久「これこれ病み上がりなのだから体を大事にせぬか」

お邑「典膳を……典膳を叩き起こして……」

 ドタドタ ガラッ

お邑「おい!典膳、起きろよ!起きろってば!虎助がお前の代わりに善鬼と戦いに行ったんだよ!!このままほっとけばアイツ死んじまうよ」ポロポロ

景久「おい!やめないか」グイ

お邑「なんだよ……アタシの気持ちなんか全然わかってくれねぇくせにアタシが倒れたら怒って無茶したバカとかさ……弟みたいに思ってたガキが男になろうとしてたりさ……」ポロポロ

景久「お邑……」

お邑「アタシはどうしたらアンタらの傍に居て良いんだよ」ポロポロ

———
——


善鬼「いよいよや。この楽しかった遊びも終わる。こない楽しかったのはワイの人生初めてやで」

 スタ スタ スタ スタ スタ スタ スタ

善鬼「来たか!待っとった!!待っとったで神子上典膳ッ!」

虎助「…………」

善鬼「あぁ!?ガキィなんでおんどれが来た!!神子上典膳はどないしたんや」

虎助「…………」チャキ

善鬼「まさか、アイツはまだ眠りこけとるんか!?くそッ!あのダボ幻術師が出過ぎた真似しくさりよってッ!」

善鬼「無しやッ!幕引きはアイツやないとアカンねん!!無しや無しや!!」

虎助「…………」チャキ

善鬼「なんやねん……なに睨み付けてくれとんねん……剣むけて何をしようちゅうんや!おんどれがワイと殺りあうっちゅうか!!」

虎助「…………」コクッ

善鬼「糞ガキがぁ!ワイをここまで嘗めくさったヤツは初めてや……ええで、ブチ殺したるわ」

虎助「…………」チャキ

善鬼「ガキがチャンバラごっこで済まされると思うなや!」

虎助「…………」フゥ タタタタッ

 


 虎助は、誰にも告げず善鬼のもとへ向かったのでございました。

 もちろん戦うために、でございます。

 一刀斎様は気付いておられた様でございますが、止める事は出来なかった。

 小さな体に、敬愛する小野先生と偉大な一刀斎様と旅してきたという誇りをいっぱいに宿して矜持を芽生えさせ、お邑の優しい情愛を胸に秘めて覚悟を決めた男になろうとしている一人の童を妨げるなど許されぬのでございます。

 例え、相手が凶悪な男であろうとも挑む事とした虎助を止める事など決して許されぬのでございます。

虎助「…………」ガキンッ

善鬼「意気込んでたわりにはへっぴり腰やないけ」グググッ

虎助「…………」サッ

善鬼「言うたよなぁ?チャンバラごっこではすまさへんてなぁ」

虎助「…………」ハァハァ

善鬼「まぁ、普通なら受けてるだけでもほめられたもんや。でもそれじゃあかんねやッ!」ブンッ

虎助「…………」ガキンッ

善鬼「それじゃワイは楽しないねん!」ドカッ

虎助「…………」ゲホッゲホッ

善鬼「話を訊けやッ!返事をしろやッ!」ドカッバキッ

 ズサァ

虎助「…………」ゲホッゴホッ

虎助「…………」ガクガク

善鬼「今さらになって震えが来たか。遅いっちゅうねん」

虎助「…………」ゴンッゴンッ

善鬼「あ?木に頭打ち付けて気狂いでもしたか」

虎助「…………」ヨロヨロ

善鬼「…………」

虎助「…………」チャキ

善鬼「恐れを拭い去るために己に活を入れたか。ガキ……お前は神子上の代わりになんかならへんがチャンバラごっこ言うたのは取り消したるわ」チャキ

虎助「…………」ニコッ

善鬼「確か虎助言うたな。お前、ええ剣士になるわ。まぁ、ここで殺すけどな」

虎助「…………」タッタッタッ ブンッ

善鬼「甘いわ」ガキンッ ドカッ

虎助「…………」ズサァ タタタ ブンッ

善鬼「剣士やから剣しか使わへんか?それは阿呆がする事や」サッ バキッ

虎助「…………」ハァハァ ゲホッゲホッ

善鬼「神子上の真似しとんのやろ?真似で倒せる思うたか?それは間違いじゃボケ。己をもっとらんヤツには誰も斬れへんねん」ブンッ

虎助「…………」ガキッ バキンッ

善鬼「剣、折れてもうたな。ほいだらしまいにしよか」

虎助「…………」サッ

善鬼「木剣かい……諦めの悪いやっちゃなッ!!!」

 


 今の虎助に"退く"などと言う言葉は浮かばぬ事でございましょう。

 殴られ血を吐き、肉が斬れて血を流し、瞼が腫れて視界が狭まり、親の形見であった剣が折れても尚、木剣を取り出して飛び付き離れ懸命に打ち込む。

 目を覆いたくなる様な風貌になっても、ひたすらに

今日はここまで。虎助が頑張ってます。ショタ好きには辛いですかねぇ(ゲス顔)

続きは月曜日に
ラストスパート頑張ります。

お邑「先生、やっぱりアタシ虎助のとこ行く。虎助を見殺しになんてできねぇ……弥太郎の二の舞は嫌なんだ」グスン

景久「そうか」

お邑「侍とか剣士ってさ……面子とかが大事なんだろうな。でも、アタシは女だから……好きなヤツが居なくなる方が我慢なんねぇよ」

景久「お主は良い女だの」

お邑「えへへ、典膳がもらってくれなかったら先生に嫁ぐよ」

景久「ぬかせ」

お邑「じゃあ、行ってくる」タッタッタッ

景久「わしはあのような童でもあの決死な覚悟を大事にしてやりたいと行かせてしまった。わしは冷たいかの」

景久「思えばこの旅もわしの無用な面子を守らんがためにお主らを巻き込んで始まった」

景久「あ、いや……年を取ると愚痴っぽくなっていかんな」

景久「この期に及んで少しお主らを巻き込んだ事を後悔している。いや、典膳お主は良いとして虎助には要らぬ世界を見せすぎたと思っている。それでも、虎助の成長に喜びここで寝込んでおる。あとはお主が起きて善鬼を討てば万々歳なのだがな」

景久「世の中、そう上手くはいかんか。まったくわしの弟子は不肖の輩ばかりだよ」スタスタ

 ガラッ

景久「典膳、早く起きろ」

 バタンッ

忠明「…………」パチッ

———
——


虎助「…………」ハァハァ

善鬼「よう、頑張ったやないけ。たかだか幻術師に刺されたくらいで病んで寝込みおった神子上よりは十分に根性あるわ」

虎助「…………」キッ

善鬼「ほう?そないボロボロになってもワイを睨むか。おんどれみたいなヤツは嫌いやないで。せめてもの手向けや」

虎助「…………」

善鬼「殺したら適度な寺に頼んで葬ったるわ。このご時世、墓に入れるなんて幸せな事やで?」

虎助「…………」ガクッ

善鬼「虎助、さいならや」チャキ

?「まて!!」

善鬼「あぁ?誰や」

?「たかが童相手に少々やり過ぎなのではないか?」

善鬼「なんやねんお前」

?「わしは犬飼弥五郎と申す」

善鬼「知らへんな。それにな……ワイはこのガキに一応敬意を払っとんのや」

犬飼「敬意だと?その様には見えんのだがな」チャキ

善鬼「なんや、おっさんワイとやるっちゅうんか」

犬飼「さすがに見捨ててはおけぬからな」

善鬼「まぁ、ええわ。せやけどすぐに終わっても知らんでぇ?」

犬飼「努力するとしよう(この気はわしが今まであった中で神子上典膳殿にならぶ強さだ)」

虎助「…………」ハァハァ ズルズル

虎助「…………」ドサッ ハァハァ

犬飼「うぐ……やはり強い」

善鬼「なんやねん。くそほども楽しないわ」ガキンッ

犬飼「すまぬな!わしも敵うとは思って戦っておらぬのだ。ただその童の面魂がわしが前に知り合ったさる御方と似ておるのでな」ガキンッ

善鬼「そうかい」ガキンッ

犬飼「(そうだ。あの童、どことなく神子上典膳殿に似ておるのだ)」ガキンッ

善鬼「もう、ええわ。帰る」ズバッ

犬飼「ぐあっ」ガクッ

善鬼「やれやれ、興が削がれたわ」

虎助「…………」ハァハァ

善鬼「すまんのう虎助。せっかくお前のお陰で美徳っちゅうもんを思い出したのにそこのおっさんのせいで綺麗さっぱり消えてしもうたわ」

虎助「…………」

善鬼「あーあ、楽しみにしてきたのになぁ」


"もう帰るのか。豚めが"


善鬼「…………」ゾクゾクッ

 スタ スタ スタ スタ スタ スタ スタ

善鬼「おいおい!久しぶりに肌にさぶいぼたったわッ!!」

 スタ スタ スタ スタ スタ スタ スタ

善鬼「ハハハッ震えまできよった!さすがにワイが見込んだ男やで神子上典膳ッ!!!」

忠明「むべなるかな」

 


 ついに、ついに小野先生が現れたのでございます。

 小野先生のお声は低く、すっかり血色が良くなられたお顔は涼しげで精悍でございます。

 それだけではございません。言い表す言葉が見つからないほどの凄味とも言いましょうか、そういう気迫に包まれておりました。

忠明「実際にまみえるのは久しいな」

善鬼「せやなぁ!お前のお陰でずいぶん楽しい思いをさせてもらったで?虎助のヤツにもな」

忠明「ふむ、そうか」スタスタスタ

虎助「…………」ポロポロ

忠明「虎助、情けない姿を見せてしまったせいかお前に無理をさせたな。しかし、もう大丈夫だ。傷が痛んでつらいだろうが見といてくれ」

虎助「…………」コクッコクッ

忠明「うむ、すぐに先生も駆けつける故な」

虎助「……せ……ん……せい」ヨロヨロ

忠明「お前、声が」

虎助「……ま……けな……い、で」

忠明「当たり前だ。もう負けてたまるか」

善鬼「なぁ、もうええんか!?もうすんだんか!?」

忠明「ああ」

善鬼「ほいだら殺ろうや!!」

忠明「おい、うるさいヤツめ」

善鬼「すまんのう!お前の顔見たらなんだか興奮してしまってな!なにやら自分が抑えられへんねや」

忠明「そうか。俺はすっかり落ち着いているがな」

善鬼「そうかい!まぁ、ワイと斬りあったらおんどれも興奮するやろッ!」チャキ

忠明「いや、腹がへって仕方ないのだ。すまないが、このあと何を食うか考えるので精一杯だ」チャキ

善鬼「ほざけッ!」タッタッタッ

———
——


お邑「くそ……虎助、どこ行ったんだよ」ハァハァ

景久「お邑」

お邑「先生!先生も虎助を助けに来てくれたんだな」

景久「いや、それはもう必要なかろう」

お邑「な、なんでだよ!」

景久「お主でも肌に感じるとは思うがの」

お邑「はぁ?いったいなんだって……」ゾクゾクッ

お邑「か、体の芯が熱くなるのに肌が粟立つ……これってこの先に」

景久「ああ、あやつだ。あのバカ弟子が負けて死にかけて自力で剣を悟りおったわ」

お邑「も、もう!ば、ば、ばっかやろぉ」ポロポロ

———
——


善鬼「そうや!この感じや」ガキンッ

忠明「どの感じか分からんが」ガキンッ

善鬼「ほざけほざけッ!やっぱりおんどれに目をつけといて良かったわ!」ガキンッ

忠明「俺は迷惑した。詫びろ阿呆が」ガキンッ

善鬼「お前と斬り合ってから誰を斬っても楽しなかったんや!傷が病んだ拍子に斬られて死ぬなんざなしやで」ガキンッ

忠明「すまないな。傷が病んだとて斬られる気は毛頭ない」ガキンッ

善鬼「相変わらずの減らず口やで」ガキンッ

 


 善鬼はまるで古い朋輩に会ったかの様にはしゃいでおる様でした。

 善鬼にとって小野先生は莫逆の友であり、仇敵でもあるのでしょう。

 善鬼の剣は猛々しく奔放でございました。

 対して小野先生は、涼しい顔を崩さず善鬼の剣を受け続けておりました。

 いつもの荒々しくも洗練された剣筋でございません。

 傷が病むのか。否、でございましょう。なぜなら善鬼の顔に次第に苛立ちが浮かんで参ったのです。

善鬼(なんやねん。涼しい顔してさばきよって。まるでワイの剣を受けるのなんて雑作もないみたいやないけ)

忠明「どうした、終わりか」

善鬼「ほざけ。ガキの相手して疲れただけや」

忠明「そうか。世話をかけたな」

善鬼「おんどれこそ全然攻める気がないみたいやないか。傷が痛むか?それとも負けるかもしれへんと怯んだか」

忠明「負ける?うむ、そうさな。最早、誰にも負ける気がしないな。もちろん己にもだ」

善鬼「ほう、ほいだらその自信崩したるわ(まるで一刀斎みたいな事を言いよって!なんやムカつくわ)」ブンッ

お邑「虎助!」タッタッタッタッタッタッ

虎助「…………」ニコッ

お邑「ひ、ひでぇ怪我じゃねぇか!大丈夫か」

虎助「……だ……いじょ……うぶ」

お邑「お、お前声が!!」

虎助「…………」コクッ

お邑「そうか……良かったなぁ……」ポロポロ

虎助「……あ、りが……とう……ご……めん、な……さい」ナデナデ

お邑「良いんだよ、良いんだよ。あとは、あのバカが勝つだけだからな」

虎助「…………」コクッ

景久「うむ、虎助よ。ようやった」

虎助「……は……い」ニコッ

お邑「で、でも大丈夫かなぁ……典膳のヤツさっきから受けてばっかりだぞ」

景久「問題ないだろう」

お邑「そうなのか?」

景久「あやつめ、起きてすぐに剣を取りすぐに片付けて帰ると言いよった。いかなる達人も負けて死にかければそこに恐れや怯みが出てくる。なのにあやつは涼しい顔してすぐに出ていきおった」

お邑「アイツ、どうしたんだろう」

景久「さぁな。ただ、今のあやつの剣は澄み切っている。わしでもあんな剣が振るえるかどうか」

お邑「わかんねぇけど、アイツが起きて剣を振ってるのがなんか嬉しく仕方ねぇよ」

景久「ずいぶん惚れてるのう」ニヤニヤ

お邑「そ、そうだよ!悪いかよ///」

善鬼(どこを狙っても斬れる気がせぇへん!なんでや)

善鬼「なんでや!!」ガキンッ

忠明「剣が荒れて来たぞ」ガキンッ

善鬼「じゃかぁしいわッ!」ガキンッ

忠明「夢うつつの中でいろんな感情が支配した。恐怖や苛立ち、後悔、己の未熟も恥じた」ガキンッ

善鬼「そうかい!」ガキンッガキンッ

忠明「葛藤の渦に巻き込まれていた夢枕に虎助が現れたのだ。その時にな、こやつと師として父として情けない姿のままでは居られぬと思った。不思議な事だ。その様な不純な道理で剣を悟るとはな」ガキンッガキンッ

善鬼「くそッ!くそッ!」ガキンッ

忠明「さて、もう良いであろう?」ガキンッ

善鬼「何がもう良いやねんッ!」ハァハァ

忠明「お前の剣の底が知れた」

善鬼「負け犬がほざくなやッ!!!」

忠明「もう、負けぬさ。どんな理由であれ己を知り、己に勝つ者が勝つ事がわかったのでな」

善鬼「何を説教たれとんねん!おんどれはワイの先生か!」

忠明「アホか。俺は虎助の先生だ」

善鬼「だったら偉そうにほざくなッ!」ブンッ

忠明「それもそうだな」サッ

善鬼「楽しない、楽しない!こんなん一刀斎先生の稽古やないけッ!!」タッタッタッ

 


     ズバッ  


善鬼「た、たった……一刀で……ワイが」ガクッ

忠明「むべなるかな。敵と相対するなら一刀で斬るのが当たり前だ。一刀斎先生に学んだだろうが阿呆な兄弟子め」

今日はここまで。今日で終わらなかった……

明日には終わると思います。よろしくお願いします。

 


 後に小野先生はこうおっしゃっております。

 "敵を知り己を知れば百戦危うからずと言うが、剣士たるもの敵と相対すれば自然と立ち居振舞いから敵を知るものである。重要なのは己を知る事であり、己を知りたくば稽古も日々の生活も怠惰を許さず真摯に向き合うしかない"

 全てに対して苛烈なまでに実直に向き合い続けた小野先生が達した境地、そこに自然と善鬼との差が出来たのでございましょう。

 一刀両断とは己の全てをもって断つ事にございますれば。

忠明「善鬼との禍根をこの地で断つ、か。感慨深い物であるな」

犬飼「うぐ……」

忠明「もしや犬飼殿か」

犬飼「これは、神子上殿。ずいぶん久しゅうござる」

忠明「なぜそこもとが」

犬飼「そこな童を庇おうと無茶をした次第でござる。どことなく神子上殿に似ておった故につい体が動きましてな」

忠明「なぜそこまで」

犬飼「犬飼家の家宝に"信"の字が浮かぶ宝玉がござる」

忠明「なるほど八犬士伝説の宝玉にござるか。いや、これは手厚く礼を申さねばなりますまい」

犬飼「とは、やはり」

忠明「うむ、虎助これへ参れ」

虎助「……は……い」ヨロヨロ

忠明「我が息子にござる。名は虎助」

犬飼「なるほど、道理で面魂が似ておる。良い士になる事でござろう」

忠明「某の自慢の子にござる」

犬飼「うむ、この様な子はなかなかいない。大事に育てなされよ。某はこれにて」

忠明「行かれるか。此度は誠に忝のうござる」

犬飼「いやはや、同じ安房国生まれで里見家に仕えていたとあらばそれはもう縁にござる。縁が結ばれれば信を持って通ずるのが犬飼家の家訓。礼には及びませぬ」

虎助「……ありが……とう……ございま、した」ペコッ

犬飼「うむ、励まれよ」

景久「見事な一刀であったぞ」

忠明「先生、先生の宿願果たしましてございます」

景久「うむ、ついにこの時が来たな。これを」

忠明「これは、瓶割刀ではございませぬか」

景久「わしの魂を引き継ぎより一層励め。瓶割刀はわしの魂としてお主に引き渡す」

忠明「謹んで佩させていただきまする」

景久「やれやれ、わしは弟子に恵まれぬと思ったぞ。まぁ、愚痴は言うまい」

忠明「一刀斎先生の名に恥じぬよう一層に励みます故、ゆるりと隠居なされよ」

景久「うむ、余生は静かに暮らさせてもらおう。この小金原での」

景久「そうそう、お主ら親子はきちんとお邑に礼を言えよ。お邑はお主らに心をすり減らしておったのだからな」

お邑「え、あ、いや……アタシは」

忠明「うむ、お邑」

お邑「え、あ……はい」

忠明「息災か」

お邑「あ、まぁ……元気だよ」

忠明「そうか。うむ、心配かけたな」

虎助「……ありが……とう」ペコッ

お邑「い、いいんだよ……アタシはアンタらが元気で居てくれりゃさ。しっかし、気疲れたしたぁ」

忠明「俺も腹がへった。帰るとしよう」

虎助「……は……い」コクッ

 


 それは旅の終わりでもございました。

 思えば、様々な縁が絡みあった旅であったと言えましょう。

 唖の童と出会い、剣聖・伊藤一刀斎様に師事し、お邑と言う悲運にあっても強く生きる女と出会い、数多の敵と出会い、小野善鬼と言う仇敵と出会った。

 多くの激闘を征して、悲しみや苦悩を乗り越えてきた苛烈な旅で得たものは生涯決して忘れられぬものでございます。

 これこそが、小野先生の剣の礎であり小野次郎右衛門忠明と言う御人を物語るものでございます。

忠明「虎助、傷の具合はどうだ」

虎助「も、問題ございません」

忠明「うむ、なれば行くとするか」

 ガラッ

景久「行くのか」

忠明「はい、直接伺おうと思っておりまする」

景久「うむ、この手紙を持て。わしからの推薦状である」

忠明「忝ない。それでは一刀斎先生、どうぞ息災で」

景久「うむ、お主らもしっかりやるのだぞ」

忠明「では行くか」

虎助「…………」コクッ

忠明「返事をせい。長い間、言葉を発してなかったせいか吃音の癖があるのだ。早く治す様に努めろ」

虎助「は、はい」

景久「そういえばお邑はどうした」

忠明「朝から見かけておりませぬ」

景久「うむ、そうか。あやつは決着をつけずに終わってしまうのかのう」

忠明「なんの事でございましょうか」

景久「お主は……まったく」

忠明「虎助もなぜその様な目で見る」

虎助「い、いえ」シラー

忠明「良いわ。それでは失礼いたしまする」

虎助「お、お世話になりました」ペコッ

 ガラッ バタンッ

景久「ふむ、そこはかとなく寂しい気持ちになるな。お邑よ、しっかりやれよ」

———
——


お邑(うぅ、何をウジウジしてんだよアタシは……はっきりきっぱり言えよ良いじゃねぇかよ)

忠明「お邑か。お前、そこで何をしておる」

お邑「ひゃっ!?」ビクッ

忠明「落ち着かぬヤツめ」

お邑「う、うるせぇな」

虎助「せ、先生」

忠明「なんだ」

虎助「か、厠に行きとうございます」

忠明「そこらへんでしてこい」

虎助「は、はい」トテトテ

お邑「こ、虎助!?どこ行くんだよぅ」オロオロ

虎助「が、頑張って」トテトテ

お邑「もう、こうなりゃ自棄だ!」

忠明「おい、お邑」

お邑「は、はいぃ」ビクッ

忠明「お前はこれからどうするのだ。美濃に帰るのか」

お邑「あ、いや……アタシは……」

忠明「まだ考えてはいないか」

お邑「いや、決めてる。アタシは……」

忠明「そうか。お前を共に家康殿のもとへ連れて行こうと思っていたのだが仕方あるまい」

お邑「え、ちょっと待てよ!いまなんて言った」

忠明「言う必要があるか?」

お邑「頼むよ!言ってくれよ!!」

忠明「お前を共に家康殿のもとへ連れて行くと言ったのだ」

お邑「そ、それはアタシをその……」モジモジ

忠明「何を気持ち悪い動きをしている」

お邑「あ、アタシを嫁に……///」

虎助「お、お待たせしました」トテトテ

忠明「うむ、では行くか」

虎助「は、はい」

お邑「ちょっと待てよ!まだ肝心な事を訊いてねぇぞ」

忠明「うるさいヤツだな」

お邑「良いから答えてくれよ!」

忠明「お前はその挙措動作を改める努力をしろ。でなければ俺が恥をかく」

お邑「そうなんだな!アタシを……そ、その嫁に……って事なんだよな///」

虎助「は、母上。せ、先生先に行ったよ」クイクイ

お邑「え、あ……って虎助いまなんて言った!?」

虎助「お、おいてくよ」トテトテ

お邑「待てよー二人とも!もう一度言ってくれよー」ニヤニヤ

 


 一刀斎様は小金原に残り、小野先生と虎助とお邑は徳川家康公のお誘いを受けに下総国を離れたのでございます。

 あとの事は皆様の知っての通りでございますれば、語るほどの事ではございませぬでしょう。

 小野先生の強さは、この苛烈な旅において磨かれたのでございました。

爺「さてさて、いかがでございましたかな?」

「すっごい面白かったよ!ところで、なんで虎助はしゃべれるようになったの?」

爺「うむ、虎助自身が成長した事によって過去の忌々しい柵を乗り越えたのでございましょうな」

「虎助もかっこいいなぁ!おいらも虎助や小野先生みたいになりてぇ!!」

爺「ほうほう、それはようございますな。励みなされ」

「うん!頑張るよ」

爺「さて、物語が終われば爺は去るのみでございますれば」

「お爺さん行っちゃうのかい?」

爺「ええ、皆様によろしくお伝えくだされ」

「寂しいなぁ……そうだ!お爺さんの名前教えておくれよ」

爺「私の名にございますか。私の名は」

———
——


侍「うぐ、下賎な奴らめ」

野盗・頭「一人で乗り込んで来たお前は愚か者よなぁ」

侍「貴様!我が命が散ろうとも貴様らだけは許さぬ」

野盗・頭「ほざけほざけ青侍が!そんなボロボロで何が出来るっていうんだ」

侍「一刀流の剣士を嘗めるな!」ブンッ

野盗・頭「おっと、あぶねぇ!剣がヘロヘロだから避けるのが簡単だなぁ」

侍「くそッ……某は小野忠明先生のようにはなれぬのか……」ガクッ

"すまぬがどうしてもらえませぬかな?"

下っ端「ダメだ!ダメだ!引き返しやがれ糞爺」

爺「ふぅむ、困った。これから小金原に向かわねばならぬのですが」

侍「伊藤先生!」

野盗・頭「あぁ?あの爺さんが先生だと?なんの冗談だ」

爺「どうしても通してくださらぬのですかな?」

野盗・頭「ああ、ダメだな」

爺「そうですか……ならば、伊藤忠也改め神子上虎助、一刀両断で罷り通るッ!」チャキ

 


 これにて長き物語は終わりでございます。

 いかがでございましたでしょうか。

 小野先生の魂を感じられましたかな?もし、感じていただけたならこれ幸い。




 それでは、また何処でお会いいたしましょうぞ。


 完

終わりでございます。歴史物なので不安な事ばっかりで大変でした。振り返ってみればもっと密に書けば良かったと思うところがあったり簡単なプロットだけじゃなくがっつり下書きしとけば良かったなと思ったりしましたが終わったので不問としますwww

あとは蛇足説明をちょこっと書かせていただきます

読んで下さった方々、本当にありがとうございました。

・蛇足説明・

一刀流【いっとうりゅう】

戦国時代の末期に鐘捲流の流れを汲む伊藤一刀斎景久によって創始された剣術。一刀斎自身は一刀流を自称してはいない。小野忠明が将軍家に召し抱えられた事により世に知られて行く。小野派、伊藤派、中西派など様々に枝分かれし幕末の志士の多くが一刀流の系譜である剣術を学んでいる(例:坂本龍馬)

小野次郎右衛門忠明【おのじろえもんただあき】

安房国(現千葉県南房総市)に生まれる。里見義康に仕えていたが後に出奔し伊藤一刀斎に師事する。兄弟子になる善鬼(小野姓は俗説)と決闘して勝利、一刀流を継ぎ一刀斎の推挙により徳川家の指南役となり神子上典膳から小野次郎右衛門忠明と改名する。苛烈な人柄で知られており、稽古中に相手の腕を折ったり得意気に剣を語る主君に厳しい言葉を言ったりしている。また、柳生宗矩に招待されて出向いて柳生十兵衛と対峙した時に十兵衛が「小野先生には打ち込む隙がありません」とひれ伏して言ったと言う逸話がある。

伊藤一刀斎景久【いとういっとうさいかげひさ】

一刀流の創始者。一般的に伊豆国伊東の生まれ故に伊藤姓を名乗ったとあるが定かではない。鐘捲流を学んだが早くに修めて、「増長なのでは?」と疑った師匠の鐘捲自斎を破り放浪の旅に出る。有名な「瓶割刀」の逸話では14の時にとある神社の主から宝刀をもらい受けてその刀で八人の盗賊を斬り、最後の一人が瓶に隠れたので瓶ごと叩き斬ったと言う。ちなみに一刀斎の逸話は何故か一対多数の逸話が多い。

虎助/伊藤忠也【こすけ/いとうただなり】

伊藤派一刀流の一世。小野忠明の弟とも言われていたが、実子である。ちなみに1607年生まれなのが史実だが物語の都合上、作者がそれより早くに生まれさせている。史実では忠明が「師の一刀斎を越す才覚」と評し師の伊藤姓を名乗らせて瓶割刀を与えた。

小野善鬼【おのぜんき】

初めは大阪淀川の船頭だったが、伊藤一刀斎に敗れて一番弟子になり上総国で弟弟子となった小野忠明と下総国小金原で決闘して敗れた。この物語では京都で拾った設定になってるが作者がファンである宮本昌孝先生の「海王」での設定を拝借しているので史実とは異なる。

・オリジナルキャラクター蛇足説明

お邑【おゆう】
忠明一行が美濃で出会った娘。年齢は18歳。日に焼けた褐色の肌をしており、美濃では盗みなどをして暮らしていた。風魔の忍だった父と母がいたが殺され、弟も地蜘蛛衆と言う盗賊団に殺される。勝気な様に見えて意外に乙女。忠明の頼りになる強さや意外な優しさのギャップに惹かれて恋をする。ちなみに生娘である。"生娘"である。

弥太郎【やたろう】
お邑の弟。臆病だが優しい性格をしている。忠明に憧れをもっていたが兵衛に殺される。


地蜘蛛の兵衛【じぐものひょうえ】
善鬼が京でやんちゃしていた時の仲間で美濃で盗賊団をしていた。人斬りに快楽を見出だしていてお邑の弟の弥太郎を殺した張本人。

鬼忌十弦【おにきじゅうげん】

忠明が唯一負けた相手。幻術を使って相手を翻弄して短刀で刺す戦法を使う。もとは猿楽師だったようで挙措動作が一々大袈裟、声は若いが見た目は老人に見える。モデルは山田風太郎先生の「伊賀忍法帖」に出てくる果心居士。

犬飼弥太郎【いぬかいやごろう】

下総国千葉家に指南役として仕える。もとは里見家を救った英雄として語り継がれる八犬士のうちの一族犬飼家の出で嘘八百をならべる自分の家に辟易して出奔した。だが、実のところ家が嫌いな訳ではなくただの力試しでもある。

こんな感じですかね。しばらくは適当に軽いSSを書いてネタが思いついたらまた歴史物を書きたいですね。

次は風魔の小太郎か関口弥太郎を主人公にしたいなぁ……

それでは本当にありがとうございました。

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