豊音「私、運動音痴なんだけど…」隠乃「いいからいいから!」(148)

豊音「あーあ。負けちゃったよー…」トボトボ

豊音「明日で東京ともお別れか。楽しかったなー」

豊音「みんなと一緒に麻雀、もっと続けたかった…」

豊音「…」クスン

豊音「…みんなに会わせる顔がないから思わずホテルから抜けだして来ちゃったけど…どうしよう。もうちょっとだけ散歩してから帰ろうかな」

豊音「…あ」

豊音「公園だ。行ってみよっと」

豊音「ふえー。東京は公園も広くておっきいねー」スタスタ

豊音「お花もきれー」

豊音「あ、チョウチョだ」

豊音「あ、ねこー」

豊音「あ、猫行っちゃった」

ワーワー

豊音「…ん?何かあっちの方で声が…」


穏乃「わーわー!」

セーラ「わーわー!」


豊音「あ、あれ…?あそこに居るのは、奈良の阿知賀女子の高鴨穏乃さんと、北大阪の千里山女子の江口セーラさん?なにしてるんだろう」

穏乃「えぐっちゃんパス!」ヒュッ

セーラ「おーまっかせろやー!せいっ!」ヒュッ

パスッ

セーラ「ゴール!」

穏乃「やりい!ナイッシュー!」

セーラ「えへへー。せやろ?せやろ?」

穏乃「ハイターッチ!」スッ

セーラ「いえー!」パーーンッ

豊音「二人でバスケしてる…のかな?」

穏乃「それじゃあ、今度は私がシュートねー」

セーラ「おー。わかったー。ほらシズ、パスや!」ヒュッ

穏乃「ナイスパス!そしてすかさずシュート!」ヒュッ

パスッ

穏乃「ゴーーーーーール!」

セーラ「いえーーーーーーーーー!」

穏乃「…」

セーラ「…」

穏乃「飽きたね」

セーラ「せやな」

穏乃「ワンオンワンはもう2時間くらいやったからお腹いっぱいだし」

セーラ「かといって、ツーオンゼロはもっとアレやったな」

穏乃「相手居ないとバスケはつまんない。それが良くわかったよ。それだけで今の私はさっきまでの私より一つ賢くなった」

セーラ「初めから分かっとくべきやったわ」

穏乃「ぶー。だってさー。人数が足りないんだもん!」

セーラ「…ま、しゃーない。ウチら散歩しとったらたまたま会っただけやし」

穏乃「このボールも、たまたま忘れ物が落ちてたんだよね」

セーラ「せやせや。たまたまそこに知り合いが居て、ボールとゴールがあっただけやしな」

穏乃「えぐっちゃん、結構強かったよ」

セーラ「シズも中々やったで。ま、ウチのがちょっと強かってんけどな」

穏乃「むっ!?私の方が一対一強かったでしょ!」

セーラ「けどシュートはウチのがぎょーさん入ったで。得点差でウチの勝ちや」

穏乃「なにー!?私の方が点数でも上の筈だぞ!」

セーラ「はあー!?ウチのが上や!お前足し算も出来んのか!」

穏乃「そっちこそ、年上のくせに!」

セーラ「ぐぬぬぬぬ…」

穏乃「ぐぬぬぬぬ…」

穏乃「こうなったらもういっぺん勝負だ!」

セーラ「望むところや!ベコベコに凹ましたる!」

豊音「あのー…」

穏乃「言ったな!?だったら、先に20点取った方の勝ちでもっかいワンオンワンを…」

豊音「すみませーん」

セーラ「おーおー。上等や無いか!そんなら先攻は譲ったるから…」

豊音「あのー…」

穏乃「よーし、それじゃあ勝負…」

豊音「ちょっといーですかーー!」

穏乃「うわっ!!?」

セーラ「おわぁ!?」

豊音「あ、よかった。気付いてくれたよー」

穏乃「!?」

セーラ「!?」

豊音「ん?」

穏乃セーラ((でかっ!!))

豊音「へ?どうかしました?」

セーラ「い、いやぁ…随分でっかいなー自分…と思うて。すまんすまん。なんか用やったか?」

豊音「あ、はい!あのあの、お二人、奈良の阿知賀女子の高鴨穏乃さんと、北大阪の千里山女子の江口セーラさんですよね?」

穏乃「ええ!?なんで私達の名前知ってるの!?」

セーラ「あー、そうやけど…それがどうかしたか?」

豊音「Aブロックの準々決勝、見ましたよー。二人ともチョー格好良かったです!」

セーラ「おー。あの試合見てくれてんな。ありがとな」

穏乃「あ、ああそっか!私達、そう言えばテレビ中継されてるんだった。そりゃ知ってる人も居るよね。凄い。ちょっとした有名人みたいだ」

セーラ「なんや、お前今更気付いたんか。どんくさいやっちゃのー」

穏乃「だってテレビなんか出たの初めてだし…」

セーラ「で?なんかようか?嬢ちゃん」

豊音「あのあの…えーっと…も、もし良かったら、お二人のサインなんか頂けないかなーなんて思っちゃったりなんかしてまして…えへへ」

穏乃「えええええ!?さ、サイン!?」

セーラ「おー。ええで別に」

豊音「わーい」

豊音「それじゃあ、このペンで、この色紙に名前書いてくれませんか?あ、豊音ちゃんへって入れてくれたらすっごく嬉しいです!」

セーラ「ええけど、なんでこんな公園歩くのに色紙なんか持ってるん自分?」

豊音「だって東京ですから!どこに芸能人が居るかわかりません!」

セーラ「せやろか…ま、ええわ。ほいサラサラーっと」カキカキ

豊音「おおおおお…」キラキラ

穏乃「え…あ…えっと、サインサイン…ど、どうしよう…書いたことないよ…」オロオロ

セーラ「普通に書いてやりゃええよ」

穏乃「そ、そっか。そうですね。はい…」カキカキ

セーラ「緊張しすぎやろ。ミミズののったくったみたいな字やで。ま、逆になんかそれっぽいか。けけけ」

穏乃「イジワル言わないで下さい!」

豊音「やったー!二人もすごい人のサイン貰っちゃったよー!」

セーラ「ん。喜んで貰って何よりやな」

穏乃「わ、私なんかのサインで良かったのかな?なんか逆にありがとうって感じ…」

豊音「いえいえー。本当にちょー嬉しいですよー。ありがとうございます」ペッコリン

セーラ「んー」

豊音「私たちはもう負けちゃいましたけど、お二人は頑張ってください。応援します。確か、明日準決勝でしたよね?」

セーラ「ん。ありがとな。まあ、次は白糸台相手だし、阿知賀はマズいかもなー」ニヤニヤ

穏乃「なにをー!?今度こそ私達が勝つ!」

セーラ「おーおーその意気や…って、『もう負けた?』なんやその口ぶり、自分らも参加校の生徒か?」

豊音「えへへ…実は。岩手の宮守女子の姉帯豊音と言います」

セーラ「へー。そうやったんか。奇遇やなー」

セーラ「岩手の宮守女子言うたら、アレやん。今年初出場のとこか」

穏乃「あ…和の清澄と対戦した…」

豊音「そうなんですよー」

セーラ「ん?あれ?確か姉帯豊音ったら、3年で…大将だっけ?」

豊音「あ、はい。一応」

セーラ「えー。凄かったって聞いとるで」

穏乃「え、3年!?す、すみません。私1年です。敬語を使いますんで、そちらはタメ口を使って下さい。恐縮しちゃいます…」

豊音「え?あー…う、うん。わかったよー」

セーラ「せやな。オレともタメやしな。敬語なんて硬っ苦しくて好かんわ。もっと砕けて話しような」

セーラ「…が、シズ?お前、なんでオレにはそんな事言わんかったん?え?知っとったやろ?オレが年上って」ツンツン

穏乃「い、いやぁ。えぐっちゃんはなんか、タメ口使って良いオーラが出てたから…」プニプニ

セーラ「こんにゃろ!」

豊音「えへへ。それじゃあ、私はそろそろ帰るねー」

セーラ「なんや。もう帰るんか?」

豊音「うん。二人の遊びの邪魔しても悪いし…」

穏乃「別に邪魔じゃないよ!」

セーラ「せやな」

豊音「いやいや。ありがとうございました。本当に、テレビで応援してますんで頑張ってください…」

セーラ「うーん。まあ、そう言うなら…」

穏乃「ちょっと待った!」

豊音「…高鴨さん?」

穏乃「シズでいいよ!」

豊音「じゃあシズちゃん」

穏乃「この後、姉帯さんって、まだ時間はありますか?」

豊音「?うん。私はどうせこの後も暇だけど…」

穏乃「だったら、一緒にバスケしようよ!」

豊音「えっ」

セーラ「おっ、そらええな!ナイスアイディア、シズ!」

穏乃「えへへへへ」

セーラ「どや?やってんか?トヨネ」

豊音「えー…でもでも…それはどうかなー…」

セーラ「ん?なんか渋っとんな。どした?」

豊音「私、運動音痴なんだけど…」

穏乃「いいからいいから!」

セーラ「せやな。トヨネタッパ有るから強そうやしな。どや?」

豊音「いやいやいや!私全然強くない!強くないからね!?」

穏乃「またまたー」

セーラ「大丈夫大丈夫。ほら、な?な?」グイグイ

豊音「あううう…じゃ、じゃあちょっとだけ…」

穏乃「やたっ!」

豊音(ど、どうしよう。私、バスケなんて体育でしかやったことないよー…)

穏乃「それじゃあ、まず準備運動に、軽くパス回しでもしますかー」

セーラ「せやな」

豊音「パ、パス…」

セーラ「おー。それじゃあ、いくでトヨネ。ほれ」ヒュッ

豊音「うわわわ…」オタオタ

豊音「うわっ」ドカッ

豊音「痛たたた…」

穏乃「姉帯さん!?」

セーラ「おわっ、すまんトヨネ!よそ見でもしとったか?いきなりパスして悪い…」

豊音「だ、大丈夫だよー…」ヒリヒリ

穏乃「もうっ!ちゃんと確認してからパスしないと駄目だよ!」

セーラ「いやわりーわりー。トヨネ、今度はちゃんと確認するから」

豊音「う、うん…」

穏乃「もうっ!」

セーラ「ほれ、それじゃあ今度こそ行くでー」

豊音「う、うん!こーい!」

セーラ「ほれ」ヒュッ

豊音(来た!お、落ち着いて落ち着いて…)

豊音「とうっ!」スカッ

豊音「ぐふっ!!」ドカッ

豊音「!!?!?!?!??!?」プルプル

セーラ「おおおおお!?トヨネ大丈夫か!?今、ものすごい勢いで腹にボールが吸い込まれていったような…」

穏乃「うずくまっちゃった…だ、大丈夫ですか?姉帯さん」サスサス

豊音「お、おながいだい…」

セーラ「う~む。今のはどう考えてもパスのキャッチし損ないだよな…」

豊音「うええ…痛いよー…」

穏乃「大丈夫ですか?」

豊音「う、うん。ありがと…」

穏乃「ほっ。良かった、怪我無いみたいだ」

豊音「め、迷惑かけてごめんね…続きやろう」

穏乃「はい!」

セーラ「よーし。なら今度はもうちょいっと緩いパス行くでー」ポーン

豊音「とうっ!」ガシッ

セーラ「ナイスキャッチ!」

穏乃「姉帯さんそのままシュートだ!」

豊音「う、うん!えいっ!」ヒュッ

ポ゚ーン

豊音「駄目でした…」

セーラ「おしーおしー」

セーラ「ってか、ほんまでっかいな自分。ゴールリングがめちゃくちゃ低く見えるわ」

穏乃「姉帯さん、ダンク出来たりして」

セーラ「おお、確かに」

豊音「えー?無理だよー」

穏乃「いいや、分かんないですって。ちょっとやってみせて下さいよ!ね?ね?」

セーラ「せやな。ほい、ボール」

豊音「うーん…じゃ、じゃあ、一応…」テクテク

豊音「むむむむ…」

穏乃「ドキドキ」

セーラ「ワクワク」

豊音「…せーの…」

豊音「えいっ!」ピョンッ

穏乃「おお!」

セーラ「すげえ!リングに届いた!」

豊音「…」シタッ

穏乃「…あれ」

セーラ「…あん?なんでボール入れんかったの?」

豊音「ジャ、ジャンプに必死でそこまで身体が動かなかったよー…」

穏乃「あらら」ガクッ

セーラ「いっぱいいっぱいか…もう一回挑戦してみ?」

豊音「う、うん…とうっ!」ピョンッ

ビチッ

豊音「あうっ」ゴスッ

セーラ「今度はリングにボールぶっけて跳ねっ返りを頭にぶつけやがった…」

穏乃「こ、これは…なかなかのなかなかだね…」

豊音「いたたたた…」

セーラ「アカン。バスケ止め。このままやったら怪我するわ」

穏乃「賛成」

豊音「なんかごめんねー?」

セーラ「えーよえーよ。こっちこそ悪かった」

穏乃「けど、そうしたら何しよっか」

セーラ「うーん。そうだなー」

穏乃「私はまだ身体動かし足りないんだけど…」

セーラ「オレも。なートヨネ。得意なスポーツなんか無いか?」

豊音「スポーツ?ダメダメ。さっき言った通り、私、身体は大きいけど運動音痴だもん」

豊音「宮守女子に転校してきてからも色んなスポーツ系の部活に誘われたけど、1回練習に参加したらほとんどの所にやっぱりいいやって言われたんだよー」エッヘン

セーラ「お、おう…」

穏乃「そうだ!じゃあ、腕相撲しましょう!」

豊音「腕相撲?」

セーラ「おお。それなら行けるか?エラい地味やけど」

穏乃「姉帯さん力有りそうだし!ちょっと勝負してみたい!」

豊音「腕相撲かー。それはあんまりやったことないなぁ。うん、いいよー」

穏乃「それじゃあ、はい、寝そべって、ここに腕置いて下さいねー。そんで手を握ってー」

豊音「うん」ギュッ

穏乃「おお。おっきい手だ」

豊音「ごめんね。さっきの運動で汗かいたから、手がヌルヌルしてるよー」

穏乃「それはお互い様です。それじゃあ、えぐっちゃん、審判頼む!」

セーラ「おうっ!それじゃあ行くで?レディー…ゴー!!」

穏乃「てりゃー!」ググググッ

豊音「えいっ!」クイッ

穏乃「」コテッ

穏乃「おお。しゅ、瞬殺されるとは…」

豊音「やったやった!勝った勝ったー!」ピョンピョン

セーラ「流石やなー。なら次はオレと勝負や!」

豊音「うんっ!」

穏乃「それじゃあ私が審判するね!レディー…ゴー!!」

セーラ「ふんっ!!」グイッ

豊音「えいっ!」クイッ

セーラ「」コテン

セーラ「…アカン。強すぎや」

豊音「わーい!また勝ったー!」

穏乃「うむむ…やっぱ力じゃ勝てないか…」

セーラ「くっ。力には自信有ったのに…」

豊音「えへへへ。私にも取り柄あったんだねー」

セーラ「…はは。敵わんわホンマ」

穏乃「ま、仕方ないよ」

セーラ「せやな。…おっと、そろそろ日が暮れるわ。もう帰らんとみんなが心配してまう」

穏乃「えっ?…あ、もうこんな時間だ!ヤッバァ。みんなに怒られる…」

セーラ「自業自得やな」

豊音「あ、そっか…私ももう帰らないと…」

セーラ「ん。そんなら、今日はこれで解散。ほな、またな明日。シズ」

穏乃「明日はウチが勝つ!」

セーラ「ははは。ま、頑張れ。負けんけどな」

穏乃「ぬぬぬぬ…」

豊音「あ…わ、私は…」

セーラ「ん?」

穏乃「あ…」

豊音「私は…その…明日帰るけど…」

セーラ「…ああ。そう言えばそうやな」

穏乃「姉帯さん…」

豊音「…け、けど…今日はすっごく楽しかったから…」

セーラ「…」

穏乃「…」

豊音「ふ、二人とも、頑張って…」ジワッ

豊音「…あ、あれ?」グスッ

豊音「あ、あれあれ?なんでだろ…涙出てきちゃった…」ポロポロポロ

セーラ「…」

穏乃「…」

豊音「あ、あははは…格好悪いな…。ごめん。ごめんね、二人とも。今、な、泣き止むから、ちょ、ちょっと待ってて…」

穏乃「えっと…あの…」

豊音「あ、あう…ううう…うええええ…な、なんで?なんでなんでなんで?せ、折角友達出来たのに、なんでこんなに悲しいの?」

セーラ「シズ」

穏乃「え?」

セーラ「よく聞いとけ」

豊音「そっか。別れるのが悲しいのかな。うう。もっと居たかったな。東京。それでそれで、もっとみんなと一緒に遊んで、騒いで、友達作って、麻雀やって…そういうのもっともっと、したかったな…」

セーラ「これが、負ける言うことや」

セーラ「どんなに良い奴でも、強い奴でも、頑張った奴でも、負けたら終わり。勝負の世界は厳しいなぁ」

穏乃「ちょ、えぐっちゃん!何も今泣いてる人の前でそんな言い方…」

豊音「ううう…悔しいなぁ。悔しいなぁ。悔しい悔しい。悔しくて、悲しいよ。なんで私はあの時、もっと頑張れなかったんだろう…なんで私はこんなに弱いんだろう…」

セーラ「せやな。悔しいよな。わかるでトヨネ。自分の弱さが嫌になるよな。なんであそこでああしなかったのか。悔やんでも悔やんでも悔やみきれん事だってあるよな」

穏乃「…」

豊音「ごめんね。みんな…ごめん。私がもっと頑張ってれば、もっといっぱい麻雀出来たのに…もっと…もっと…!!」

セーラ「去年までのオレもこんな感じやった。自分の不甲斐なさに泣いた時もある。頑張って稼いで、味方がミスして負けたせいでソイツを恨んだ年すら有った」

セーラ「悔しくて、悔しくて、頑張って頑張って、それでも勝てない壁も有った」

セーラ「そんで気付いたら、もう3年生。今年が最後」

セーラ「悔しいよな、トヨネ。当たり前や。勝てなかったんやもん。最後の夏が終わったんやもん。泣き止めなんて言わん。悲しむななんて言わん。後ろ振り向けばええ。思う存分悔しがればええ」

セーラ「負けて、その後清々しい顔して良い奴はな。思いっきり泣いて、悲しんで、後悔して、しまくって、その後立ち上がった奴だけや」

セーラ「だから今は泣け。そしたらお前の涙の分、いろんな人がその想いを背負って戦ってくれる。アンタらを倒した奴等や、オレたちが、アンタらを想いながら戦える」

セーラ「インターハイって、そういうもんや。誰かの想いを背負って戦う事、誰かに想いを乗せること。そういうのを勉強できる場でもあるんや。変に斜にかまえても、ええ事無いで」

豊音「…」

穏乃「…」

セーラ「そこんとこ、そこの一年坊にも教えてやってくれや。な?」

穏乃「…」

豊音「…うえ…」

豊音「うえええええええ…」

豊音「うええええええええええええええええええええん!!」

宮守女子宿泊ホテル

豊音「…」ソローッ

胡桃「こらっ!そこっ!」ビシッ

豊音「」ビクッ

胡桃「どこほっつき歩いてたの!もう真っ暗だよ!」

豊音「あう…」

塞「まあまあ。無事帰ってきたんだし」

胡桃「だって…」

豊音「ご、ごめんなさい…」

胡桃「まったく…心配したんだからね?」

豊音「ん…ありがとう。シロとエイスリンさんは?」

塞「部屋で待ってるよ。シロに支度させるの大変だったんだから」

豊音「ん…支度…?」

胡桃「…っていうか、うわ!豊音目真っ赤!何?どうしたの!?」

塞「ホントだ。ウサギみたい」

豊音「あ、これはちょっと…って、それはいいから、支度って何のことー?」

塞「あとで目薬貸してあげる…って、そうそう。熊倉先生がね。今日は最後の夜だし、みんなでご飯食べに行こうかって。それもちょっと高級なトコで」

豊音「ええ!?本当!?」

胡桃「うん。みんなで頑張ったから、そのご褒美って。…あはは。私はあの成績だったから、ちょっと心苦しいけど…」

豊音「ううん、そんな事無いよー。胡桃ちゃんが頑張ったのは、私だってよく知ってるもん。それに、もう一杯泣いたから…」

胡桃「え…」

エイスリン「ア!トヨネキタ!」

豊音「あ、エイスリンさんだー」

胡桃「泣いた…?」

塞「…なるほどね」

塞「どこほっつき歩いてるのかと思ったら、ねー。そっかそっか。悔しさを発散させる方法を探してたわけか」

胡桃「そっか…豊音、意外と負けず嫌いだもんね…本当に、私のせいで…」

塞「なーに言ってんの!アンタ居なきゃ、そもそもここまで来れなかったっての!」グイッ

胡桃「痛た…何言ってるの。そんな事…」

塞「有る!」

胡桃「…そっか。ん。ありがと」

塞「よしよし。普段そんだけ殊勝ならアンタも可愛いんだけどねー」ナデナデ

胡桃「そこ!頭撫でない!」

塞「いやですぅー」ナデナデ

胡桃「ぐぬぬぬぬ…」

エイスリン「トヨネ、オソイ!マッテタ!」

豊音「ごめんごめん。…エイスリンさん、元気になった?」

エイスリン「ン。ゴメンネ。シロ、ハゲマシテクレタ」

豊音「そっか…さすがシロ!」

白望「おなか減った。早くご飯行きたい」

豊音「えへへ…」

トシ「おやおや。豊音ってばなんでそんな服が乱れてるの」

豊音「あ、実はさっきまでバスケやってまして…」

トシ「…そっか。なら、シャワー浴びておいで。30分したらご飯行くよ。みんなには聞いたけど、豊音は何食べたい?」

豊音「ステーキ!」

トシ「はいよ。…えっと、塞がイタリアンで、胡桃がオムライス。シロはなんでもいいからいいとして、エイスリンはワカメを死ぬほど食べたいって言ってたから…うん。バイキングにしよう」ブツブツ

豊音「えへへー。お肉楽しみだなー」

白望「まだ時間あるなら、ロビーのソファーで寛いでるね」

エイスリン「ワタシモ!」

豊音「さって、それじゃあ私はシャワー浴びてきますねー」

トシ「あ、ちょっと待ちな豊音」

豊音「ん?っととと。なんですかー?」

トシ「ん…」

トシ「…」

豊音「?」

トシ(…あんた、プロ目指さない?)

トシ「…」

豊音「…先生、どうしたのー?」

トシ「…ふふ」

トシ(…って言おうと思ったんだけど…)

トシ「いや。ちゃんと温まってくるんだよ。夏とはいえ、夜風は身体に堪えるからね」

豊音「はーい」テクテク

トシ(…まだ、言っちゃいけない気がするねぇ)

トシ(本当は、特にこの子は、なるべく早い時期に進路を決めさせてあげるべきなんだろうけど…)

トシ(きっと、豊音はもっと世界を広げるべきなんだ)

トシ(今までずっと狭い世界で生きてきたあの子が、麻雀を通して広い世界の存在を知ることが出来た)

トシ(出会いに別れ、喜びに挫折に、勝利に敗北。エトセトラ、エトセトラ。優勝できなかったのは残念だったけど、きっと、豊音にとっては、このインターハイの経験は一生ものの財産となったはず)

トシ(それこそ、下手に優勝する以上の物を掴めたのかも)

トシ(…なんて、それは指導者としての負け惜しみだけれど)

トシ「…だから、迷え。豊音。悩んで悩んで、苦しんで、いっぱいいろんなものを見て回って、参考にして。そして決めた自分の将来に、頑張ってススメ」

トシ「そしたら麻雀だろうが、OLだろうが、お嫁さんだろうが。私はアンタの進みたい進路を、全力で応援してやるからさ」

トシ「ね?」

同時刻
千里山女子宿泊ホテル

セーラ「今帰ったでー」バタン

竜華「おー!おっかえりセーラー!」

セーラ「いやー。すまんすまん。ちょっと道草食っとったら大分予定の時間に遅れてもうて…」

怜「…ええよ。おかえり」ニヤニヤ

泉「…おかえりなさい。江口先輩」ニヤニヤ

浩子「お帰りなさい。待っとってました」ニヤニヤ

セーラ「…なんや?お前ら。なんか随分と今日は緩いな。いつもやったらこんなに遅くなったらお小言の一つぐらい」

泉「いえいえ。そんな滅相もない」ニヤニヤ

浩子「尊敬する江口先輩に若輩者のウチらがお小言なんて、なぁ?」ニヤニヤ

泉「はい」ニヤニヤ

セーラ「…?ま、ええわ。それじゃオレはシャワー浴びてくるから、それ終わったらミーティングを…」

怜「みんな、よく聞いとけ」

セーラ「怜?」

怜「これが、遅刻する言うことや」ニヤニヤ

セーラ「…は?」

泉「ですよねー。どんなに良い奴でも、強い奴でも、頑張った奴でも、見せしまったら終わり。外食産業の世界は厳しいなぁ」

怜「せやな。悔しいよな。わかるでセーラ。自分のアホが嫌になるよな。なんであそこでちょっと周りを確認しなかったのか。悔やんでも悔やんでも悔やみきれん事だってあるよな」ウンウン

セーラ「おい…まさか…」

浩子「さっきまでのウチもこんな感じやった。自分の不甲斐なさに泣いた時もある。頑張って、遅刻しないよう説得したのに堂々と遅刻してくる先輩を恨んだ時も有った。正に今とか」

セーラ「…」タラリ

怜「悔しくて、悔しくて、頑張って頑張って、それでも勝てない壁も有った」モミモミ

竜華「あんっ!?ちょ…怜。なんでそこでうちの胸揉むん?」

怜「超えられない壁代表」モミモミ

竜華「あふぅ!?」

セーラ「あ、あのぉ…」

怜「そんで気付いたら、もう10時。晩飯も抜き」ニコリ

セーラ「」パクパク

竜華「えーっと、く、くやしいよな、怜。当たり前や。今日は折角アンタがずっと前から行きたくて仕方なかった、洋食屋の予約をとっとったんやもの」

怜「竜華、カンペ隠さんでええから、もうちょい気持ち込めて言ってな」ヒソヒソ

竜華「よ、予約時間過ぎたんやもん。泣き止めなんて言わん。悲しむななんて言わん。後ろ振り向けばええ。思う存分悔しがればええ。…はぁ」

泉「…先輩。負けて、その後清々しい顔して良い奴はな。思いっきり泣いて、悲しんで、後悔して、しまくって、その後立ち上がった奴だけや」

浩子「だから今は泣け。そしたらお前の涙の分、いろんな人がその想いを背負って戦ってくれる。アンタらを倒した奴等や、オレたちが、アンタらを想いながら戦える」

セーラ「…」

怜「…せーの」ボソッ

怜竜華浩子泉「「「「インターハイって、そういうもんや。誰かの想いを背負って戦う事、誰かに想いを乗せること。そういうのを勉強できる場でもあるんや。変に斜にかまえても、ええ事無いで」」」」

セーラ「…」

怜「…」ニコニコ

セーラ「…」

怜「そこんとこ、そこの1年坊にも教えてやってくれや。な?」

セーラ「…」

怜「…以上」

セーラ「…うえ…」

セーラ「うえええええええ…」

セーラ「うええええええええええええええええええええん!!」

怜「あはは。泣くなって。ちょっとからかっただけやろ。怒っとらんよ。ああ、怒っとらん」

セーラ「なんでなん!?なんでみんなそんな事覚えとるん!?誰がどこで見とったん!?」

浩子「いや…たまたま通りがかって…」

セーラ「お前かぁああああああああああああああああああああああああ!!」

浩子「すみません。つい出来心で、録音まで…」カチッ

『だから今は泣け。そしたらお前の涙の分、いろんな人がその想いを背負って…』

セーラ「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!」

浩子「ちなみに、みんな欲しいって言ったのでWAVEファイルにしてクラウドのダウンロードファイルに…」

セーラ「もうやめてぇえええええええええええ!!!オレが!!オレが悪かったから!!オレが本当に悪かったからぁああああああああああああ!!!」

怜「」カチッ

『どんなに良い奴でも、強い奴でも、頑張った奴でも、負けたら終わり…』

セーラ「うわああああああああああああああああああああああ!!」

泉「」カチッ

『せやな。悔しいよな。わかるでトヨネ。自分の弱さが嫌になるよな』

セーラ「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

竜華「えっと…これやったっけ」カチッ

『えぐっちゃーん、もうワンオンワン飽きたー』

『んー?ならツーオンゼロでもするかー』

『なにそれ…』

セーラ「どんだけ最初からおったんねん気付いたんなら声かけろやあああああああああああああああああ!!」

浩子「おお、流石先輩。どんな時でもツッコミを忘れないとは関西人の鏡…」

セーラ「やかましいわあああああああああああああああああ!!」

怜「…おなか減った」

セーラ「うぐ」ピタッ

怜「あはは。冗談やよ」

セーラ「すみませんでした…」

怜「まあ、気にせんといて。レストランはまた今度行こう」

セーラ「けど…」

怜「ま、確かにくっさかったけど、意外と格好良かったで」

セーラ「すまん。怜…」

怜「…ん」

セーラ「…借りは返すから」

怜「頼むわ。ウチらは今年がラストや。負けられないもんな」

セーラ「…」

怜「セーラは、この重圧とずっと戦ってきたんもんな」

怜「…きっついな。けど、頑張ろうな」

セーラ「…おう」

怜「…」

セーラ「…」

泉「…」

浩子「…」

竜華「…ところで、ちょっとええ?」

怜「…ん?どしたん?竜華」

竜華「そろそろ出ないと、本当に間に合わんよ?」

セーラ「は?」

怜「あ、そうやったね」

泉「あ、そうだった。財布持ってこな…」スタスタ

浩子「あ、時計直しときますんで」

怜「あ、頼むわー」

セーラ「…は?」

怜「何ぼーっとしとるん?セーラ。ほら、そろそろ行くで。シャワーで汗だけ流して、着替えてき」

セーラ「はぁ?」

怜「はよせんと、置いてくよ?」

セーラ「え、だって…え?」

浩子「今まだ7時です」

セーラ「な…」

泉「予約は6時半でしたが…無理言って、8時に変更してもらったんですよ」

セーラ「な…」

竜華「いやぁ。遅刻は遅刻やから?ちょっとお灸を据えてやろかと…」

セーラ「な…」

怜「反省した?なら、時間はちゃんと守りなさいよ」

浩子「あ、ちなみにWAVEファイルは本当にあげましたんで」

泉「もう部員数を超えるDL数ですよ。…なんで?」

竜華「あ、音声にBGM付けたり、切り貼りして色々喋らせてるファイルが出回っとる」

浩子「…あっちゃー…」

セーラ「なんじゃそりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


終わり

読んで下さってありがとうございました
おやすみなさい

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