折木「天使がそばにいるからな」(110)
豪農千反田家
時刻は夜
TVからガヤガヤと音が流れる部屋で
千反田えるは読書をしていた。
ぺらりぺらりと本を捲る音と
たまに自分で淹れた茶を啜る音が響く
本が好きな千反田えるにとって
それは普通の日常の一コマだった。
TV「夏の恋愛女子力アップ特集ー!」
TVの中の司会者が大きく声を上げる
TV「気になる異性ともっと仲良くなるマル秘テクニック!」
える「!」
「気になる異性ともっと仲良く」
このワードを聞いて
千反田の興味は本からTVへと移行する
TV「えー!そんなのあるんですかぁ?」
中の女優が大げさに聞く
それが女優の本心ではないだろうが
そこはマスメディアというものである。
TV「ズバリ!それはツンデレ!」
える「つ、つんでれ…?」
聞き覚えのない言葉だ。
TV「ストレート気持ちを伝えることも大切ですが」
TV「やはり異性との関係において大切なのは」
TV「駆け引き!」
える「おぉ!か、駆け引きですか!」
小さく声を上げて
いつの間にか正座してTVを聞く千反田
姿勢は前のめりになり、特徴的な大きな目はりんりんとしている。
TVはその後も「ツンデレ」について熱く語っている
える「これなら。これならば私と折木さんも」
える「もっと仲良くなれるのでしょうか」
える「私、気になります!」
TV「…!………!!」
える「ふむ…ふむふむ。」
純粋な少女がどんどん間違った知識を吸収していくなか
夜はふけていった。
次の日
折木「ふぁーぁ。」
大きな欠伸を一つついて背伸びをする
昨日深夜までTVを見ていたせいか眠気がひどい
折木「里志も伊原も来れないのか」
折木奉太郎はざっと古典部の部室を見渡し
視線を空へと移し独り言を呟く
福部里志は手芸部の用事
何やらまた道化師の様な服を作っているのだろう
井原摩耶花は漫画研究会の用事である
「氷菓」作成に関しても尽力しているのだ仕方ない
二人とも1週間ほど古典部に顔を出せないらしい
折木「薔薇色の日々を送る人たちは大変なものだな」
折木「俺のような灰色には遠い異世界のことのようだ」
自虐的に独り言は続いた
別に羨ましくはないのだ。決して。
折木「ということはしばらく千反田と二人きりか」
千反田えると言えば
容姿端麗 品行方正 成績優秀 さらに名家のお嬢様
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と言ったように
その地位と優しげな物腰、容姿から
男女共に憧れの的である。
しかし、皆は知らない
千反田えるのウラの顔を
このお嬢様はとてつもない知識探求の亡者であり
一度興味を持つと手が付けられないということを。
だが、興味さえ持たなければそこは名家のお嬢様
大人しいものなのである。
折木「ここ1週間は刺激しないようにしなければ。」
等と自分の中で考えうんうんと頷く。
そもそも謎や異変等はそう簡単に転がっている物ではない
メーテルリンクの「青い鳥」よろしく
幸せの青い鳥は案外近くにいると言うが
簡単には見つからない物なのだ。
だからこそ「謎」と言うものも価値がある。
それに毎日ではただでさえ、あのお嬢様のせいで崩壊している俺の「省エネ主義」が
さらに崩落してしまう。それは勘弁願いたい。
そうやって自らの掲げる主義の崩壊について思いを馳せていると
ガララッと
古典部のドアが開く
噂をすればなんとやら
お嬢様が部室へといらしたようだ。
折木「おぉ。千反田」
空中からを千反田へと視線を移す
折木「遅かったな。どうし…!?」
人が驚くと時が止まると表現するが
正にその時古典部の時が止まっていたように思えた。
そこにはいつもの黒髪を高い位置で二つに縛り
いわゆる「ツインテール」と呼ばれる姿の
千反田えるが佇んでいた。
青い鳥は他でもない
ここ古典部に住んでいたのだ。
先程も述べた通り千反田えるは
名家のお嬢様であり、その容姿はそれに恥じないものである。
「天は二物を与えず」と言うが
その言葉を否定するような生き物だ。
我が古典部には女子部員は二人
千反田えると伊原摩耶花である。
伊原は口うるさいが背は低く子供のような可愛らしさを持つが
千反田はそれに反した少し澄ました大人のような可愛らしさを持つ
しかしその千反田が「ツインテール」というな子供のような髪型をしている
それは普段とは違う違和感を感じさせ
何かアブノーマル、少し危険な魅力を醸し出していた。
俺が呆気に取られて
空想へと旅立っていると
千反田がいつもより大きな声量で
信じられないような言葉を言い放った。
える「う、うるさいですねっ!///」
える「別に折木さんには関係ないでしょ!///」
折木「」
千反田の言葉とは思えない
何なのだこれは、呪いの類か。
状況が掴めない
これは白昼夢なのだろうか
それとも昨日の寝不足が祟っているのか
とりあえず帰宅したら一番に睡眠を取ることにしよう。
成長期の睡眠は大切だと保健体育でも習ったような気がする。
そう考えながら我ながらベタに自らの頬を抓る
ひりひりと痛い
ということはこれは現実であるということだ
ならば対処しなければならない。
える「どうしたんです?ぼーっとして」
える「しっかりしてよね!」
折木「お、おう…」
少したじろぎながらもコンタクトを試みる
折木「とりあえずなんだ…座らないか?」
折木「立ちっぱなしじゃ足も疲れるだろ」
とりあえず椅子を引いて座るように促す
まずは見に徹することにする。
決して逃避ではないのだ。念のため。
える「あ、お気遣いありがとうございます。折木さん」
折木「へ?」
える「!」
える「じゃなかった///ごほんっ!折木さんにしては気が効きますね!」
そう言うと千反田は向かいの椅子へと腰をかけ、読書を始めた
何だ…
今普段の千反田が見えた気がしたのだが…
沈黙が流れる
先ほどの言動も気にかかるが
しばらく本を読みながら見に徹した結果
所々普段とは違う点が見えてきた
千反田は何故か顔が紅く
時々目線をこちらにうつしては逸らす
その度にツインテールがピコピコと揺れて
まるで小動物のようである。
不覚にも可愛いと思った。思ってしまった。
灰色が聞いて呆れる
しかし謎である。
髪型、言葉遣い、態度
どれを取っても普段の千反田えるという人物からは想像できない
特に口調、態度はいつものお嬢様らしい相手を気遣う
丁寧なものでなく違和感を覚え
態度にいたってはあの里志と伊原に
「大天使チタンダエル」とさえ言わしめた
優しげな物腰とは違う
これでは
これではまるで…
折木「堕天使か…」
詩的なようで
事実ただのブラックヒストリーを積み上げるように
呟くと千反田が口をあけた
える「そういえば今日お二人は?」
折木「あ、あぁ二人とも部活の用事だと」
える「そ、そうですか。なら二人きりですね」
千反田はそれを聞くと
少しウフフと笑う。
その笑顔はいつもの千反田そのものだった。
俺はその笑顔に少し見とれて
じっと千反田の顔を見つめる。
える「!」
える「な、なに見てるんですか!」
える「べ、別に二人切りだから嬉しいとかじゃないんですからねっ!」
える「勘違いしないでください///」
折木「」
俺は何か新しい扉を開きそうになった。
俺は自他ともに認めるめんどくさがりである。
「七つの大罪」で言えば「怠惰」だ。
それは俺の掲げる「省エネルギー主義」に準ずるものだ。
しかしそのまえに健康的な男子高校生であり。
一人の男なのだ。
目の前に可愛い女性に気持ちが揺らぐのも仕方ない
仕方ないのである。
だが伊達に「怠惰」を背負ってはいない
しかも色恋なんぞ俺が掲げる
「省エネ主義」には無縁のものである。
俺は千反田えるでは無いのだから
目の前のお嬢様の形をした「謎」を
探求しようとは思わない。
まぁ、気になりは…するのだが。
その後も千反田はちらちらと
こちらを見ては目を逸らし
たまに笑ったと思うと
こっちの視線に気づくと照れながら怒るという行為を
繰り返した。
これでは会話にならない
もとい埒があかない
省エネ主義者としては放っておくべきなんだろうが
もし仮にこの光景を里志が見れば
笑い転げる様が
容易に想像できる。
折木「はぁ。」
俺は一つため息をつく
誰かにもとい里志にからかわれて
「大天使チタンダエル」が
本当に堕天する前になんとかしなければ
折木「やらなくてもいいことならば、やらない」
折木「やらなけれいけないことなら手短にだ。」
俺は覚悟を決め。
「怠惰」は重い腰を上げた
まずは分析だ
普段の千反田とは違う点
まずはその髪型である。
千反田の髪は普段は下ろしており
結ぶとしても前に古典部で千反田家に集まった時以来
結んだ所は見ていない。
そして次に言葉遣いだ。
千反田えるは普段全て敬語で話す。
この二つの点から
どうもいつもとは違った雰囲気を覚える。
髪型と言えば…
俺はふと昔、姉とした会話を思い出す
…
折木家
伴恵「ねー奉太郎、この人可愛くない?」
姉は見ていた女性誌を開いて見せる
そこには若手女優の特集記事が載っていた
折木「んー?ふむ、よくわからん」
伴恵「何よ、わかんない男ねぇ」
伴恵「この女優さん髪型やキャラ変えてからイメージ変わって」
伴恵「すごく可愛くなったのよ?」
姉は可哀想な目でこちらを見る。なんと失礼な
折木「そもそも誰だか知らん」
折木「それに髪型ねぇ…」
伴恵「いいこと?髪は女の武器であり命なの!」
伴恵「好きな異性の前で女は髪型を変えて」
伴恵「ギャップを狙ったりするものなの!」
伴恵「できる男はそこで褒め言葉の一つ二つは出せるものよ」
なるほど女性と言うものはかくも狡猾な生き物だ
折木「そんなことしなくてもそのまま好意を伝えればいいだろ?」
伴恵「はー。そんなんだからアンタは奉太郎なのよ…」
折木「おい、失礼だろそれは」
折木「大体、姉貴は外じゃなくもっと内面をだな…」
伴恵「ふーん?久しぶりに合気道と逮捕術を喰らいたいのね?」
折木「」
…
後半はあまり思い出したくもないが
とりあえず昔の姉の会話から推理するに
千反田は何かしらのイメージチェンジを
図っているのだろう。
そしてその目的は
自惚れでなければ
俺との関係を良好にしたいのだ。
自分で考えていてとても恥ずかしいのだが
姉曰くできる男は褒めねばならぬらしい。
どう考えても俺はできる男にカテゴライズされる者ではないのだが
しかし大罪「怠惰」も一人の男
折木「やらなければいけないことは手短にだ」
そう頭の中で呟いて切り出す
折木「あー、千反田」
える「は、はぃ!」
折木「んー、そのなんだ」
折木「髪型…いつもと違ってその」
折木「か、可愛らしいな///」
それを聞くと千反田はさらに紅くなり
目をキョロキョロさせた
える「えぅ…あ、ありがとう…ござい…ます///」
何を恥ずかしそうにしている
一番恥ずかしいのはこの俺だ。
しかし千反田も千反田なりに
7つの大罪でいう怠惰な性格の俺と歩みよろうと
してくれているのだろう。
その方法はさておき、気持ちはうれしいとも思う
怠惰の罪に天使が与えてくれたチャンスだ
ここは主義の前に男を見せるべきだろう
える「!」
にやけていた千反田が
ハッと我に返り
慌てて取り繕うとする
える「じゃなくて///べっべつに!」
折木「千反田」
俺の言葉は千反田の言葉を遮る。
える「は、はい!」
折木「知ってると思うが俺は省エネ主義者でめんどくさがりだ」
折木「だがそんな俺でもこの古典部の活動によって少しは毎日が楽しく感じている」
折木「千反田に振り回されるこの生活も最近は良いと思うようになった。」
折木「千反田達には感謝している」
折木「だが俺は上手く他人に好意を伝えられるほど器用でもない」
折木「だけど憶えておいて欲しい」
俺は軽く一呼吸置いて切り出す
折木「俺はこの古典部が好きだ」
折木「それに千反田。お前とだって仲良くしていたい」
折木「だから頼む。俺の好きな、いつもの千反田えるでいてくれないか」
軽く告白めいたセリフを口にする。
顔が熱い
耳まで真っ赤なのだろう。
千反田は紅い顔ながらも
真っ直ぐにその特徴的な大きな目でこちらを見て
いつもの優しげな口調で話し始めた。
える「はい///」
える「私も!私もこの古典部が好きです」
える「そ、それに折木さんのことも…です///」
える「私、少し焦ってしまったのかもしれません」
える「ごめんなさい、私ひどい言葉を…」
千反田は少ししょぼんとしている
折木「い、いや良いんだ。分かったなら」
折木「それにギャップっていうのもたまには良い」
俺は慌ててフォローを入れる
千反田の笑顔を絶やしたくなかったのだ。
折木「いつもと違うもの見れたしな」
える「はい!ありがとうございます。折木さん」
千反田に笑顔が戻る。それは普段の千反田えるだった。
俺は照れ隠しに視線を窓の外へ移す
キーンコーンカーンコーン
それと同時に下校のチャイムが古典部の教室に鳴り響いた
折木「そ、そろそろ帰るか」
える「そうですね。戸締りをして帰りましょうか。」
千反田はにこやに笑い
俺も釣られて笑う
俺たちは片付けをして下校し
家路についた。
帰り道の千反田が何時もよりも可愛く見えたのは
きっと気のせいでは無いだろう。
怠惰が見つけた青い鳥は
省エネ主義者に青い春を運んできたのだった。
その夜
prrrr
折木「はい、もしもし折木です。」
伴恵「あ、もしもし奉太郎?久しぶり!」
折木「なんだ姉貴か」
伴恵「あー!なんだとは何よ!全く変わらないわねぇアンタ」
伴恵「そんなんじゃ未だ灰色の高校生活なんでしょ?」
伴恵「寂しい男ねぇ」
折木「いや、あいにくだがそうでもないぞ」
俺は少し笑って答える
伴恵「何?どういうことよ?」
折木「天使がそばにいるからな」
おしまい
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