翔太郎「フィリップがいなくなって一週間か……」 (152)

~風都の街中~


翔太郎「…」トボトボ

翔太郎「フィリップが消えて一週間…今のところガイアメモリの事件は起こってない…」

翔太郎「もし起こったとしても、アイツが遺してくれたロストドライバーがあるから俺一人で戦える…」

翔太郎「…でも…」

翔太郎「…はー…」

翔太郎「まだ事件が起こらねーといいんだがな…」

翔太郎「…あ、ミックの餌が無いんだった」

翔太郎「…買いに行くか…」


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俺の相棒、フィリップが消えて一週間。
ミュージアムを統べていた園咲一家も、そしてその後を引き継いでガイアインパクトを起こそうとしていた財団Xもいなくなった。
照井は怪我が大分マシになったが、まだ完治していないくせに連日風都署に泊り込んでいる。
組織の長がいなくなったミュージアムの残党は浮き足立っていて、放っておけばいつ新たなガイアメモリ犯罪の組織が生れてしまうかも分からない。
その前に園咲家の運営していた会社に一斉にがさ入れをして大規模な検挙を行っているのだ。
屋敷はほぼ全焼だったけど、それでも隠し切れないガイアメモリ犯罪の証拠が多数見つかって、それで捜査令状がやっと取れたと照井は言っていた。


亜樹子はそれに少し不満そうだが、あまり口には出さないで毎日事務所に来る。
ペット探しの依頼を取ってきては俺に押し付けてくる。
それは俺が引きこもって一人で考え込まないよう、亜樹子なりに考えてのことだと思う。

一方の俺は、つい一昨日、園咲若菜が入院している病院へ行った。
若菜姫が入院している場所は警察の極秘事項だが、照井が上に内緒で俺が面会できるよう取り計らってくれた。
彼女は俺が加頭から助け出した後、ずっと意識が戻らないまま眠り続けている。


彼女の目が覚めたら俺は、フィリップは生きている、なんて嘘をつかなければならない。
上手くつける気もしないが、相棒の最期の頼みを無碍にするわけにもいかないのだ。
若菜姫には申し訳ないが、あと少しだけ眠っていて欲しい、と思った。
こんなことは誰にも言えないが。



~雑貨店前~

サンタ「あれ~?翔ちゃんじゃない!」

翔太郎「サンタちゃん。何でここにいるんだよ」

サンタ「ふふふ…聞いて驚いてよ。つい昨日からここの雇われ店長になっちゃいました★」

翔太郎「へー」

サンタ「んん?反応薄いぞ~もっと驚いてよ!」

翔太郎「悪ぃ悪ぃ」

サンタ「それで、本日のお求めは何でしょーか」

翔太郎「あー猫の餌なんだけど、その猫が結構グルメでさ…安物は食べねーんだよ。いいやつない?」

サンタ「それなら、じゃーん!これです!レジェンド・デリシャス・ゴールデン缶!うちで一番の高級だね」

翔太郎「明らかに高そうだな…ま、それでいいや」

サンタ「まいどあり~★」


翔太郎「ただいまー」

亜樹子「あ、翔太郎くん。翔太郎くんにお手紙届いてるよ」

翔太郎「手紙?」

亜樹子「うん。津村真理奈さんから。この人って、確かティーレックスのメモリを使ってた……」

翔太郎「ってことは刑務所からか?もうあの事件も一年くらい前だし、真理奈もある程度は落ち着いてきたのかもしれないな。どれどれ……」


翔太郎「……」

亜樹子「どうしたのよ、なんか難しい顔して。まずいことでも書いてあった?」

翔太郎「いや、ガイアメモリの後遺症もだいぶマシになって、元気でやってるって内容なんだけど……三日前、真里奈の所に知らない男が面会を求めてきたんだと。仮面ライダーの正体が知りたいって」

亜樹子「え?何で?」

翔太郎「なんでもそいつの職業は三流週刊誌のライターで、仮面ライダーの謎に迫る記事を書きたいから取材してるって言ってたらしい。ガイアメモリ関係の事件の当事者に一通り聞いて回ってるって……でも真里奈はなんか胡散臭い奴だったから、何も教えなかったって手紙に書いてある。雑誌名も会社も何も言わなかったらしいし、一応気を付けてね、だって」

亜樹子「え~なんかやばそうじゃん……」

翔太郎「すっかり有名になってたんだなぁ。しかしこの怪しい奴も、自分が探してる仮面ライダーがもういないなんて、思ってもないだろうよ」

亜樹子「……」

翔太郎「あ……悪い」

亜樹子「もー、なんで翔太郎くんが謝るのよ。それよりホラ、ミックに餌あげといてよ。かなりお腹空いてるみたいだからさ」

翔太郎「……そうだな」



事務所のソファの上でくつろぐミックの床に、餌を入れた皿を置いてやると、ぐるぐると低く唸りながらミックがゆっくり降りてきた。
皿に鼻を寄せて匂いを嗅ぎ、品定めをするように一口頬張ると、暫く口を動かす。
しかも心なしか俺を睨みながら。
腹が減っていたのだろうから、これでまずかったら相当のご立腹になるのは間違いない。


翔太郎「あのーミックさん、お味はどうでしょうか……?」


恐る恐る尋ねると、ミックはやがて独特のしゃがれた鳴き声を出し、また餌を口に含んだ。
どうやらお気に召したようだ。

また出費がかさむな……。

およそハードボイルドからかけ離れた悩みに溜め息を吐きながら、真里奈からの手紙を思い出していた。


仮面ライダーの正体を探る謎の男。
男が本当に記者だとして、もし俺の正体がバレて記事にでもなったら、こうやって探偵なんてやってられなくなるかもしれない。


それに何より、フィリップの事まで調べられるとまずいことになる。
死んだ筈の園咲家の長男が、実は蘇っていてガイアメモリの開発に携わっていた、なんて事で騒がれたくはない。
この街のために、そして家族のために戦い、消えていったアイツは、俺の相棒で鳴海探偵事務所の探偵の一人、その肩書きだけでいい。


どうにかして謎の男を追わなくては。
あの男は、確か過去のガイアメモリ犯罪の事件の関係者をあたっている、と真里奈の手紙にはあった。


そう言えば最近、近くの公園であいつがいたっけ……。
もしかしたら謎の男と接触しているかもしれない。
思い当たった俺は早速公園に出向くことにした。



~公園~

翔太郎「あ、いたいた」

翔太郎「よう、またダンスの練習か?」

弾吾「探偵さんか。なに?用?」


公園の片隅でダンスの練習をしているこの少年は、稲本弾吾。
コックローチ・ドーパントの事件で出会ったダンス小僧だ。
あの時揉めてた千鶴とは今もコンビを続けており、学校が終わると、よく人前でのダンスの練習のために公園や広場で練習していて、最近は事務所の近くの公園にその場を移していた。
今日は弾吾一人のようで、千鶴の姿は見えない。


弾吾は音楽を流していたコンポのスイッチを切り、汗をタオルで拭きながら俺の方を向いた。


翔太郎「いやちょっと聞きたい事があってな」

弾吾「聞きたいこと?」

翔太郎「最近、仮面ライダーのことで何か尋ねられたことはないか?」

弾吾「うーん、俺は別に……あ、でも千鶴が聞かれてたかも」

翔太郎「本当か」

弾吾「ああ。今、完ペキに思い出した。前に千鶴が言ってたんだ。胡散臭い記者の人が仮面ライダーのことを聞いてきたって。でも探偵さんのことは話してないって言ってたぜ。一ヶ月くらい前?」

翔太郎「ふうん……千鶴ちゃんは今どこに?」

弾吾「今日はあいつ、日直の係で遅いんだ。まだ暫く来ないと思うぜ」

翔太郎「そっか。んじゃ、また時間を置いて来るよ」


弾吾「……何かあったのか?深刻そうに見えるけど。ていうか、あの時の変な奴は一緒じゃないの?外人みたいな名前の」

翔太郎「……変な奴じゃないし外人じゃねーぞ、フィリップな。……あいつは、留学してるんだよ」

弾吾「へぇーすげーじゃん。俺もダンス留学したいんだよね。留学ってどこ?やっぱアメリカ?」

翔太郎「え、あー……そうそう。アメリカ、だったかな……」

弾吾「アメリカか~いいな~」

翔太郎「……じゃ、またな」


そそくさと会話を打ち切って、弾吾から離れる。
やっぱり仮面ライダーを探る謎の男がいるようだ。


……という事実より、俺は弾吾との会話で言葉に詰まってしまった自分のことしか考えられなかった。
ちょっとあいつの名前が出ただけでこれだ。
若菜姫が目を覚ます、その先が思いやられる。


でも、フィリップがいなくなったことを忘れられるわけがない。


文字通り二人で一人、俺たちは戦ってきた。
くじけそうな時も辛い時も怖くて投げ出したい時でも、アイツが一緒にいることを感じられたから戦えたんだ。
アイツがいるから、俺も戦える。
そうやって戦いを乗り越え、事件を解決するたびに、その事をますます強く実感させられていった。
それはアイツも同じだったと思う。
誰も完璧ではないのだから。


通常ダブルは変身を解除しても、ドライバーを装着していれば俺はフィリップの意識を感じられる。
だけどフィリップが消えた時、ドライバーを装着していたのに、いつもあったその感覚がどこにもなかった。
あったのは、俺が一人になったのだ、という孤独だけだった。
あの感覚はもう二度と味わいたくない。



翔太郎「…は~…いかん、また考えすぎだ」

翔太郎「とりあえず、千鶴ちゃんが戻るまで他の所へ聴き込みでもするか。此処からなら……あの店に行くか」



~和泉和菓子店~

優子「いらっしゃーい!あら、探偵さん」

翔太郎「久しぶり。ちゃんと店の手伝いしてるんだな」

優子「当たり前じゃない。もうギャンブルは懲り懲りだよ」


愛想良く笑ってくれる彼女、和泉優子は、風都名物風花饅頭の元祖である和泉和菓子店の看板娘だ。
彼女は以前、マネー・ドーパントが催していた闇カジノ『ミリオンコロッセオ』にのめり込んでしまい、それを心配した両親の依頼で俺たちは事件を解決した。
出会ったばかりの頃はかなりスレていたが、今ではすっかり看板娘の貫禄を見せている。


優子「ちょうど新作のお饅頭があるんだけど、よかったら食べてく?」

翔太郎「お、じゃあいただこうかな。でもその前に、一つ」

優子「なに?」

翔太郎「仮面ライダーの正体を探ってる男が来なかったか?」

優子「んー……そう言えばあのミリオンコロッセオのこと聞きに来た人が結構前にいたね。でもあたし、実際に仮面ライダーと会ったことないって言ったら、すぐ帰っちゃった」

翔太郎(そういや彼女の前ではダブルに変身しなかったな……。しかし謎の男がここまで調べてるのは何でなんだ?うーんさっぱり分からね~。せめて何かキーワードになりそうなものは……って、検索できるアイツもいないのに何を考えてるんだ、俺は)

優子「どうしたの?顔色悪いけど」

翔太郎「……いや、何でもない。ありがとな。んじゃ」

優子「あ、ちょっと、新作のお饅頭は!?……行っちゃった」



~公園~

千鶴「だいたい弾吾が言った通りだよ。探偵さんの正体以外にも、仮面ライダーがどんな風に戦ってたか聞かれたかな」

翔太郎「ふ~ん……」

千鶴「でもあの人、本当に記事にするつもりなのかな」

翔太郎「今ん所は何ともだな。何か別の目的があるかもしれねーし……あ、そうそう、聞きに来た奴ってどんな男だった?」

千鶴「若い人だった。探偵さんと一緒くらいかな。それで右の眉毛辺りに古傷みたいな跡があったの。だからかな、ちょっと怖かった」

翔太郎「なるほどね……」

千鶴「ねぇ、探偵さん、さっきから元気ないね」

翔太郎「……そればっか言われるぜ。そんなに元気なさそうか?」

千鶴「なんか、事件で会ったあの時とは雰囲気が違う感じがして。だって探偵さん達のお蔭で、私はこうやってまた弾吾とダンスが出来るようになったし、仮面ライダーが事件を解決したって噂を聞く度に、探偵さん達のこと思い出してたんだよ。近くの和菓子店で働いてるお姉ちゃんも、仮面ライダーに助けられたって話してた」

翔太郎「……」

千鶴「街のヒーローが元気なかったら、そりゃ心配するよ」

翔太郎「ヒーローねぇ……」



翔太郎(俺はただ無鉄砲に事件に首突っ込んで、がむしゃらにやってきただけだ。頭もよくねーし、特殊体質も無くて、フィリップがいなかったらとっくにどこかでくたばってた。それでも相棒でいるために、アイツが消えるまではなんとか強がれたけど、今はそんな強がりすら出来てねぇんだ……)


~二日後、鳴海探偵事務所~

翔太郎「結局、昨日は猫探しの依頼が入って、ヘトヘトになっちまって捜査も何も出来なかったなー」

翔太郎「謎の男が仮面ライダーを探ってるのは間違いないが、顔も分からないんじゃ意味無いし、一昨日の感じだと聴き込んだ奴には名乗ってなさそうだし」

ミック「?ー」

翔太郎「ん?あ、やべっ。餌切らしてた!」

ミック「にゃぁぁああ」

翔太郎「わ、悪い悪い!今すぐ買いに行かせていただきますミックさん」

翔太郎(スミロドンと何度もやり合ったせいか、思わずびびってしまう……)

翔太郎(しかし、考えたらミックの方が辛い筈だよな。なんせ園咲家の人間はもう誰もいねぇんだから)

翔太郎(ま、猫なんて何考えてるのか分からないけど……今の俺じゃ、ああやって変わらずに偉そうに出来るミックにはかなわねぇな)



~一時間後~

翔太郎「ついつい店で話し込んじまった」

翔太郎「しかしサンタちゃんにも謎の男が来ていたとは……」

翔太郎「驚きなのは謎の男自身の情報をサンタちゃんでさえ掴めてないことだ」

翔太郎「もしかしたら手強いやつかもしれない……」

翔太郎「……あれ?」

翔太郎「今、前にある店に入っていってたのってもしかして……」


~洋菓子店「Bell equipe ASAKAWAka」~

翔太郎「お邪魔しまーす」

麻衣「いらっしゃいませ。……あ!あなた亜樹子さんの事務所の……」

真紀子「あら、あの探偵さんと知り合いだったの麻衣ちゃん」

麻衣「片平さんもですか?」

真紀子「ええ、息子がちょっとお世話になってね…」

出迎えてくれた女性は二人とも、それぞれ別の事件で関わった人だ。
浅川麻衣はこの洋菓子店のオーナーである浅川勇三の娘で、現在パティシエ修行中。
スイーツ・ドーパントに父親と一緒に誘拐されていたが、事件が解決をした今でも一生懸命お菓子づくらに励んでいる。


一方の片原真紀子は敏腕のフラワーコーディネーター。
アイスエイジ・ドーパントこと息子の片平清を庇い、連続凍結事件の犯人のふりをしたせいで危うく照井が手をかけそうになったのは、未だに思い出すとヒヤヒヤする。
今も精力的に仕事をしながら、息子の刑期が終わるのを待っているそうだ。


翔太郎「お久しぶりです。俺にしたら二人が知り合いな方がびっくりだけど」

真紀子「この店にはよく来るの。そう言えば麻衣ちゃん、あなたまたSweets Sweetsにとりあげられたんですって?」

麻衣「ええ、今年の風都人気パティシエランキングも四位に上がったんです。一位の父にはまだまだ及ばないですけど」


麻衣「探偵さん、今日はどうしたんですか?」

翔太郎「いや、たまたま店に入る真紀子さんを見たからつい。でもせっかくだから亜樹子用に何か買っていこうかな」

麻衣「それだったら……この苺のミルフィーユなんてどうです?最近、女性の方に人気なんです」

翔太郎「へ~確かに美味しそうだ」

真紀子「……ねぇ。何かあったのしら」

翔太郎「え?」

真紀子「ほら、外が騒がしいから」

麻衣「本当ですね。皆、何故か慌ててるようですけど」

翔太郎「……俺、ちょっと見てきます」

麻衣「じゃあ、ケーキは用意しておきますね」

翔太郎「お願いします」


翔太郎(……まさか、とうとうドーパントか?)

翔太郎(……)

翔太郎(取り敢えず、周りが逃げてる何かの方に行ってみるしかないな)


俺の当たって欲しくない予感は的中してしまった。
俺がいた店から少し離れた場所には、明らかに人間ではない容姿の怪人がいた。
白い、獰猛な恐竜のような見た目に、口や指先には鋭く大きな牙や爪が生えている。
あんなもので切られたら一溜まりもないだろう。
現に辺りにある建物の壁や車には、大きな裂傷がいくつもつけられていた。


怪人は次々と近くにあるものを切り刻んでは道路に投げ捨て、車が通れないようにしているようだ。
俺は反射的にその前に飛び出していた。


???『お前……』


怪人が俺の姿を見て無茶苦茶に切り刻んでいた手を止める。
というより、俺の手のロストドライバーを見て動きを止めたようだ。
俺はそれを見逃さなかった。


翔太郎「これがなんなのか分かるってるみたいだな。さしずめ、ミュージアムの残党ってところか?」

???『……』

翔太郎「まぁ、んなこたどうでもいいや。やることは一つだからな」


ロストドライバーを腰に当てて装着すると、俺は久し振りにジョーカーのメモリを取り出した。


『ジョーカー!』

翔太郎「……」


俺はメモリをドライバーに挿そうとした。
だが、それは出来なかった。



翔太郎「……」

???『……ふふ、どうした?睨めっこがしたいのか?』

翔太郎「……!」

翔太郎(な、なんで……)

翔太郎(……くそ!)

翔太郎(なんで…メモリが挿せない…)

翔太郎(なんで…ロストドライバーを使えない…)

翔太郎(なんで、一人で戦おうとすることが出来ないんだ俺は……!?)

翔太郎(これじゃフィリップが消える前と同じじゃねーか…)

翔太郎(俺は……)


ガキィィイイン!


翔太郎「!て、照井!?なんで此処にお前が!?」

アクセル『その話は後だ。それより、敵を前にしてぼうっとするな!』



???『…今は君らと戦う気分じゃない…』


ドーパントはそう言うと、その大きな爪で地面のコンクリートを物凄い勢いで削り壊し、たちまち凄まじい量の粉塵を起こした。
姿をくらまして逃げる気だ。


アクセル『くそ!』


アクセルはすぐに擬似メモリのスチームを取り出し、エンジンブレードに装填する。
しかしさすがにスチームの勢いだけでは土煙を払いきれず、ようやく辺りが見える頃にはドーパントの姿も消えていた。
変身を解いた照井は、真っ先に俺を見た。


照井「……無事のようだな」


それだけだった。
照井は俺を責めなかった。
たったそれだけのことで、こいつなりに俺を気に掛けているのが痛いほど伝わり、自分の不甲斐なさが情けなかった。
そんな葛藤に気付いているのか否か、照井はこちらにやってきた。


照井「左。この後、予定があるか」

翔太郎「あ、ああ、いや、ねーけど…」

照井「だったら、事務所に戻って待っていて欲しい。話したいことがある」

翔太郎「…分かった」

照井「俺はまだここでいろいろやる事があるから、二時間くらいみておいてくれ。頼んだぞ」




翔太郎「……」

翔太郎「あ、そうだケーキ…っていうかミックの餌……!!」




~鳴海探偵事務所~

照井「…その顔はどうしたんだ、左」

翔太郎「いや、あははは、ちょっとミックさんの機嫌を損ねてしまってな…」

照井「ミック、さん?」

亜樹子「ぶふっ」

翔太郎「…っ」

亜樹子「ぷーくすくす」

翔太郎「おい笑い隠しきれてねーぞ」

亜樹子「いやだって、猫にあんなコテンパンにされてる人間、初めて見たんですけどー!あはははは!あーおかしー」

照井「….では早速、本題に入るぞ」

照井「俺が今追っているのは、ミュージアムの幹部、三好理人だ」

亜樹子「みよしりひと。え、誰それ?」

照井「ミュージアムは園咲琉兵衛、冴子、若菜がその頂点に君臨していたのは知っているだろう。そしてその下につく幹部も、園咲の親族、大体は分家の連中が占めていた」

照井「だがその中でこの三好理人は、園咲家の血縁者ではない人間でありながら、琉兵衛の直属の部下として、高い地位にいた男なんだ。ちなみにこれがそいつの写真だ」

翔太郎「…なんか、一見すると上に媚びへつらうのだけが上手そうな、小物くさいおっさんだけど」

亜樹子「あーまさにそんな感じ」

照井「だが実力があったのだろう。琉兵衛に才を認められ、五年前からガイアメモリ製造工場の建設、管理、運営の大部分を任されている」


照井「君たち、一年近く前に、第二風都タワーの建設計画があったのは知っているか」

翔太郎「知ってるも何も、その計画のせいでミュージアムに狙われてた楠原みやびの護衛をしてたぜ」

照井「なら話が早い。その建設予定地にはガイアメモリの製造工場があったが、あそこに工場を建設し、管理していたのも、元は三好だ。議員の楠原みやびが関わって厄介な事態になったから、園咲冴子に任せたようだが」

照井「そして禅空寺一族の事件」

亜樹子「香澄さんと出会った事件だよね。お祖父さんが遺した土地を、ガイアメモリの製造工場用の土地として売ろうと目論んでたなんて、今思い出しても腹立つわー」

照井「その時、禅空寺俊英に取り入った…というより裏で操っていた岩瀬朝美。彼女は三好の部下であるのが判明している」



※注
禅空寺一族の事件ってなんすか?って方がいるかと思いますが、小説『Zを継ぐ者』のお話です。









照井「そして三好理人は高い地位にいただけじゃない。大きな組織には派閥が付き物だ。ミュージアにもそれはもちろんあった」

照井「園咲琉兵衛たち本家のグループ。園咲の分家のグループ。そして三好のグループの三つだ。」

照井「奴のグループは園咲と血縁の無い、実力での成り上がり連中が多く、実務を担う者が多くいた、力のあるグループだったんだ」

照井「人員も確保していた三好は、かねてから裏でミュージアムからの独立を考え、いろいろと準備していた」

照井「その一つとして資金を得るために、封印されていたシュラウドの研究データを秘密裏に財団Xに売り渡している。その結果あのT2ガイアメモリは製造されたわけだ」

照井「ミュージアムがガイアインパクトに向けて大きく動いていた時も、琉兵衛の目が向かないのをいいことに、独自できな臭い動きをしている」

照井「だから俺はミュージアム崩壊後、三好が真っ先に行動を起こすと踏んでいた。そして今日、やっとやつの隠れ家を見付けて捜査していたのだが、さっきのドーパントが急に襲ってきて、戦いになったんだ」

翔太郎「なるほど。じゃあ、あのドーパントはお前から逃げてたのか」


照井「そして三好理人は高い地位にいただけじゃない。大きな組織には派閥が付き物だ。ミュージアにもそれはもちろんあった」

照井「園咲琉兵衛たち本家のグループ。園咲の分家のグループ。そして三好のグループの三つだ。」

照井「奴のグループは園咲と血縁の無い、実力での成り上がり連中が多く、実務を担う者が多くいた、力のあるグループだった」

照井「そうして人員も確保していた三好は、裏でミュージアムからの独立を考え、いろいろと手をこまねいていた」

照井「その一つとして資金を得るために、封印されていたシュラウドの研究データを秘密裏に財団Xに売り渡している。その結果あのT2ガイアメモリは製造されたわけだ」

照井「ミュージアムがガイアインパクトに向けて大きく動いていた時も、琉兵衛の目が向かないのをいいことに、独自できな臭い動きをしている」

照井「だから俺はミュージアム崩壊後、三好が真っ先に行動を起こすと踏んでいた。そして今日、やっとやつの隠れ家を見付けて捜査していたのだが、さっきのドーパントが急に襲ってきて、戦いになった」

翔太郎「なるほど。じゃあ、あのドーパントはお前から逃げてたのか」


>>34は重複しました。
あちゃー。


照井「あのドーパントも、誰なのかは大体の検討を付けている」

翔太郎「マジかよ!悔しいけど、ゆ、優秀過ぎるぜ…」

照井「…と言いたいが、分かっているのはこの写真だけなんだ」

亜樹子「こいつ……翔太郎くんと同い年くらいじゃない?顔の系統も似てる気がする」

翔太郎「えーそうか?全然違うだろ」

亜樹子「ていうかこの鋭い目付きとか雰囲気とか…むしろイケメンや!」

翔太郎「はぁ~!?…べ、別にイケメンなんて軽い言葉で評価されるなんざ、こっちからごめんだぜ。俺が求めるのはハードボイルド、ただ一つだからな!」



照井「…」

照井「そいつは、恐らく三好お抱えの探偵、もとい工作員なのは分かっている。だがミュージアムや、三好のグループの下っ端には存在すら知られていない」

照井「三好グループの中でも上のやつだけが、かろうじてその存在と、そしてこの写真を持っている程度だ。こいつは恐らく、三好の取って置きの『切り札』なんだ。仲間にさえ隠しておきたいほどのな」

亜樹子「こんな若いのに、随分気に入られてたんだね」

照井「あぁ。俺の推測だが、三好が建設に携わったガイアメモリの製造工場がある土地は、かなり汚い工作や圧力によって、本来の所有者が土地を放棄せざるを得ない状態にして奪われたものばかりだ。その工作を担っていたのが」

翔太郎「こいつ、ってわけか……くそ、胸糞悪ぃぜ」

翔太郎「…」

翔太郎「……む?」

亜樹子「目付きマネしても写真のこいつのがイケメンだよ」

翔太郎「うっせーな!いや、そうじゃなくて、今気付いたんだ」



翔太郎「こいつの、ここ」

亜樹子「…傷のこと?」

翔太郎「そう。どこにある?」

亜樹子「いやどこにって、どう見ても右の眉毛じゃん」

翔太郎「だよな!」

亜樹子「…それがどーしたのよ?」

翔太郎「若い男…右の眉毛の傷….」

翔太郎「たぶん、こいつが例の、仮面ライダーのことを探ってる男だ」

照井「…なんだそれは。それは本当か」

亜樹子「本当だよ、りゅーくん。一昨日の真里奈さんからの手紙にあったやつだよね?」

翔太郎「あぁ。あれから俺は過去の事件で出会った人たちから、ちょっとばかし情報を集めてたんだ。誰かにこの写真を確認するまでは分からないけど…」

翔太郎「……こいつと三好はミュージアムからの独立を目論んでたんだろ?だとしたらその独立は、ミュージアムが多少なりとも弱ってる時を狙うと思うんだよな」

亜樹子「確かに…だから、仮面ライダーがどれだけミュージアムと戦えるか知るために、聴き込み調査してたってこと?」

翔太郎「そ。でもここまでミュージアムをぶっ潰したのはさすがに想定外だったと思うぜ。だからこそ、つい五日前も真里奈に面会してまで情報を集めようとしていた。俺たちの力をもう一度正確に知るためにな。今度は、仮面ライダーを倒すのが目的だろうが」

照井「…筋は通るかもしれんな」

翔太郎「すぐに確認してくる。もしこいつが例の謎の男なら、手掛かりはある」

亜樹子「え、でも、こいつ自分の名前とか名乗ってるの?」

翔太郎「そうじゃない。こいつは、刑務所で服役している奴にも面会しているんだ。刑務所での面会には免許証や保険証みたいな身分証がいる」

翔太郎「もちろん、本人の身分証でなく偽造したものを使ったかもしれねぇが、ちゃんとした身分証の偽造はきっと簡単じゃない。調べればなにか手掛かりが出る可能性はある」

亜樹子「お…お~!なんか今の翔太郎くん、むっちゃ探偵っぽいよ!さすがお父さんの弟子!」

照井「では確認が取れ次第、俺が刑務所から面会の記録を貰ってくる」

翔太郎「了解!」




~翌日、鳴海探偵事務所~

翔太郎「結果は?」

照井「面会の記録では、奴はどこも猪木恵の名を使っていた。この猪木の名義貸しを担当していた業者が、幸運にもすぐ見付かったんだ。なかなか口は割らなかったがな」

翔太郎「…それで?」

照井「本名は、本田明(ほんだあきら)。警察のデータベースに問い合わせたところ、一件だけ前科がある。お蔭で身元がある程度は判明した。これが写しだ」

翔太郎「どれどれ…。あ、同い年だコイツ。風花北中学校を卒業後の学歴なし。前科は…殺人!?」

照井「その調書はこれだ」

翔太郎「うお、準備いいな」

翔太郎「……日常的に虐待を加えてきた父親を刺殺。家庭環境の考慮、本人の自首、そして反省の態度が窺えたってことで、だいぶ刑期が軽くされたってわけか」

照井「今の所、本田の情報はこれくらいだ」

照井「…それでだ。君に依頼がしたい」

翔太郎「本田の調査だな」

照井「あぁ、警察は三好で手一杯なんだ。ミュージアムの一斉検挙も裏が取れていないものがたくさんあるし、ガイアメモリの犯罪だと俺の課以外の連中は不慣れだからな。人手を割くことができない」

翔太郎「だろうな」

照井「それに本田が動いているのなら、三好は確実に何かを企んでいる。なんとしても、本田が動きを見せているうちに居所を掴みたいんだ」


~翌日、鳴海探偵事務所~

翔太郎「結果は?」

照井「面会の記録では、奴はどこも猪木恵の名を使っていた。この猪木の名義貸しを担当していた業者が、幸運にもすぐ見付かったんだ。なかなか口は割らなかったがな」

翔太郎「…それで?」

照井「本名は、本田明(ほんだあきら)。警察のデータベースに問い合わせたところ、一件だけ前科がある。お蔭で身元がある程度は判明した。これが写しだ」

翔太郎「どれどれ…。あ、同い年だコイツ。風花北中学校を卒業後の学歴なし。前科は…殺人!?」

照井「その調書はこれだ」

翔太郎「うお、準備いいな」

翔太郎「……日常的に虐待を加えてきた父親を刺殺。家庭環境の考慮、本人の自首、そして反省の態度が窺えたってことで、だいぶ刑期が軽くされたってわけか」

照井「今の所、本田の情報はこれくらいだ」

照井「…それでだ。君に依頼がしたい」

翔太郎「本田の調査だな」

照井「あぁ、警察は三好で手一杯なんだ。ミュージアムの一斉検挙も裏が取れていないものがたくさんあるし、ガイアメモリの犯罪だと俺の課以外の連中は不慣れだからな。人手を割くことができない」

翔太郎「だろうな」

照井「それに本田が動いているのなら、三好は確実に何かを企んでいる。なんとしても、本田が動きを見せているうちに居所を掴みたいんだ」


ま、また連投……
何度も更新して確認したと思ったのに……
しかも他スレを読んでたらそこに誤爆…….
不慣れで読みにくくなってしまい申し訳ないです。




翔太郎「よし。んじゃ早速、本田の昔の住居とかあたってみ」

照井「待て」

翔太郎「あ?まだ何かあるのか」

照井「大アリだ」

照井「…よもや、昨日のことを忘れたとは言わせないぞ。君はドーパントを前にして、変身することが出来なかった」

翔太郎「……それは」

照井「俺を襲ったのは少なくとも三好グループの誰かだ。本田を調べる君も当然狙われる」

照井「君は、ロストドライバーで、一人で、ドーパントと戦えるのか?」

翔太郎「…んなもん、その時になればなんとか」

照井「今までそういう行き当たりばったりでなんとかなっていたのは、フィリップがいたからじゃないか」

翔太郎「……それはつまり、アイツがいなけりゃ俺が役に立たないポンコツだってか?」

照井「そうじゃない。……君は今まで、フィリップと二人で事件を解決してきた。そのやり方が身体に染み付いているんだ」

照井「それが悪いわけじゃない。フィリップだって、君がいるからこそなんとかなったこともあったはずだ。実際、君たちはそれで上手くやってきたと思うし、俺もそれを信用していた。でも今はもう、そのやり方は出来ないんだ」

翔太郎「……」

照井「ピンチになってもフィリップは助けに来ない。君が何かを託したところで、フィリップのようには俺は察してやることが出来ない。そしてドーパントに出会えば君は、そのロストドライバーで、一人で、戦うしかない」

照井「それでもやれるのか」



翔太郎「……」

翔太郎「正直、本当は変身なんかしたくない」

翔太郎「あの時、ロストドライバーを使えなかった……これから一人でずっと戦っていくことが、アイツなしで事件に立ち向かっていかなきゃいけないことが、どうしようもなく怖くなって」

翔太郎「でも、失敗するかもしれなくても、自信がなくても、凄く怖くても……やっぱ街を泣かせる奴はほっとけねぇよ。一人でも悪に喰らい付くのが仮面ライダーだって言ったのは、俺だ。それにアイツはこんな俺に、自分の好きな街を託してくれた」

翔太郎「いつまでも……こんな風に怯えて立ち止まってるワケにはいかないんだ。本当は分かってんだよ。アイツが託したこのロストドライバーがある限り、俺はこれを使って戦わなくちゃいけない」

翔太郎「……だから、次にドーパントに会った時、必ずこのロストドライバーで変身してみせる。必ずだ。それでなんか文句あるか」

照井「……」

翔太郎「……ないなら行くぜ」

照井「……」



照井「……結局、痩せ我慢を強いるようなやり方になってしまったな」

照井「もしも君だったら、もっと上手くやれたんだろうが……」

照井「……そんな事を俺まで考え出すワケにはいかないな……」


翔太郎「…はー…」

翔太郎「あんなハッタリみたいなこと言ったけど…アイツの名前が出るだけで本当は体調が悪くなる…」

翔太郎「……はー……」


~アパート前~


取り敢えず照井から貰った本田の資料に載っている、逮捕時に暮らしてたアパートに来た。
外観は見るからに安いボロアパートだ。
調書では中学を卒業してすぐここにきて、一年ほど暮らし、そして殺人によって逮捕。
殺人罪では軽い懲役五年を言い渡されて服役。
とすれば、今から六年ほど前には出所している。


資料自体が古いから、本田の部屋にはとっくの昔に新しい人が住んでいた。
どうやらここには戻らなかったようだ。
せめて本田が居た頃から住んでる人がいないか、一軒一軒聞いて回ってはみたが、なかなかいない。


翔太郎「次でラストか」

翔太郎「すみませーん、ちょっとお伺いしたいことがあるんですがー」

???「……なんですか?」

翔太郎(おお、なんかボロアパートらしからぬ華やかな美人だ)

翔太郎「あの、不躾で申し訳ないんですけど、11年以上前にここに住んでませんでしたか?」

???「私、ここに12年くらい前からいますけど……あれ?探偵さん、ですよね?」

翔太郎「え?なんで俺を?」

???「やっぱり探偵さんですよね。私のこと覚えてませんか?ほら、電波塔の道化師の時に……」

翔太郎「……」

翔太郎「え、もしかしてゆきほさん!?ジミー中田の、ファンだった!?」

ゆきほ「そうですよ、酷いですよ忘れるなんて」

翔太郎「ははは…ちょっと雰囲気が違ったから…」

翔太郎(いやいやいや、眼鏡とって、髪にパーマあてて少し明るくなって、服もお洒落なワンピース着て、なにより笑顔でにこにこしてたら気付かねーし!)

翔太郎(つーか美人だ……美人だったことに気付かなかったとは……なんかショック……)


ゆきほ「私、高校卒業してすぐ就職して、それからずっとここに住んでるの。もうすぐ引っ越すつもりだけど」

翔太郎「もしかして、ジミーと?」

ゆきほ「ええ、一緒に暮らそうと思って」

翔太郎「へぇ~本当に良かったな、ゆきほさん」

ゆきほ「いい年になのに、こんな風になるなんて自分でもびっくり…ところで今日はどうしてここに?」

翔太郎「あ、そうだった。ここに住んでた本田明って男のこと、何か知らないか?この写真のやつなんだけど」

ゆきほ「この人?知ってる知ってる。ここ安アパートだから、ワケありな人も多くて…でもこの人、ちょっと違ってた」

翔太郎「違ってた?」

まきほ「ええ。私より年下なのに凄く落ち着いてて。あと柄の悪そうな子たちがよく遊びにきてたけど、ゴミ出しとかはきちんとしてた。むしろ他の人のゴミをちゃんと分別してたことがあって、私もそれを手伝って、その時に少し話したくらいの仲だけど」

翔太郎「…どんな話をしたか覚えてる?少しでもこいつのこと知りたいんだ」

ゆきほ「うーん…こういうの困りますよね、とか、そういうことしか…」

翔太郎「そっか…」

ゆきほ「あ、でもそう言えば、ずっとここに暮らす気ですか?って聞かれたわ。私は、給料が安いからしょうがないって答えたけど」

ゆきほ「それで本当にいいんですか?って。こんな陰気臭い、日の当たらない所でいいんですか?って聞かれて…何も言い返せなくなってしまったと思う」

ゆきほ「それくらいかしら」


翔太郎「結局、あまり情報は得られなかったが…まぁ、捜査なんてこんなもんだ」

翔太郎「次はアルバイトしていた所だ。えーっと、どこだっけ…T・ジョイ風都」

翔太郎「…っつーことは」


~映画館『T・ジョイ風都』


あい「お久しぶりです、探偵さん」

透「…お久しぶりです…」ボソボソ

翔太郎「…透も受付で大丈夫なのか?」

あい「大丈夫ですよ!彼は映画に詳しいから、例えばお客さんが目当の映画が満席だったときに、その映画と似てるタイプの映画をお勧め出来るし、対応が凄く丁寧なんです」

透「…それに亜樹Pのお蔭で、前よりは人前で話せるし….」ボソボソ

翔太郎「確かにスケッチブックに書いてた時と比べたらマシか」

あい「それに実は、彼目当てのお客さんもいるんですよ」

翔太郎「え!?どういうことだよ?」

透「…事件の後から新しく製作してた自主映画はけっこう前に完成して、それをちゃんと上映してもらうために、いろんなバイヤーさんに駄目元で観てもらいました。あの頃は大変だった…」ボソボソ

透「…でもその中のバイヤーさんの一人に気に入ってもらえて、ミニシアターでの単館上映に漕ぎ着けたんです。それでけっこう評価が貰えたから…」ボソボソ

あい「マニアにしたら若手のホープでしょ?だからたまにここにもファンの人が来るんです」

翔太郎「なるほどな。さすが亜樹子が育てた映画監督だけあるぜ。プロに売り込むほど根性鍛えられたってわけだ」

透「…確かに亜樹Pがいなかったら、こんなこと出来なかった。バイヤーさんには、次回作も絶対上映させるから任せて欲しいって言ってもらえたし…恩人?だと思う…」ボソボソ

翔太郎「疑問符つけたくなる気持ちは分からなくもないぜ」

あい「ところで、探偵さんは何か用ですか?」

翔太郎「そうそう。ここで11年前までバイトしてた人間について、聞き込みしててな。ここのマネージャーを呼んでもらえないか?」

あい「分かりました。ちょっと待っててくださいね」


映画館のマネージャーに話を聞いたところ、彼は本田明のことを覚えていた。
映画が好きだからこのバイトも選んでいたということで、実際に社割を使ってよく観ていたという。
勤務態度は真面目で仕事も出来るし、シフトも文句なく出てくれる。
当時はまだマネージャーとして新人だったこともあり、少し前まで中学生だった本田相手にちょっとした愚痴を言えるほど信頼していたのだそうだ。
それくらい、本田明にはその辺りの少年と違う聡明な落ち着きがあった。


ーー映画って華やかでいいですよね。

本田はよくそう言っていたという。

ーー観られるためにあるって、羨ましい在り方じゃないですか?

ーーだから俺、動物園も好きですよ。近くの野鳥園もわりと行きます。

ーー檻の中でかわいそうだって言う人もいるけど、その代わりみんなが見てくれるんだったら、それもいいんじゃないかなって思うんだけど。


その後、逮捕されてからは何も音沙汰はない、とマネージャーは言っていた。


~風都野鳥園~

正直、ここで本田の居所を掴むための情報が得られる気はしないが、可能性のある場所は回らなければならない。
それに話を聞けば聞くほど、俺の中の本田という男のイメージは最初にあったものと変わっている。


最初、照井から情報を貰った時は、自らの利益のためにどんな非道も行える極悪人で、同情の余地も無いほどの冷徹な人間を勝手に想像していた。
だが単純に悪と決め付けられる人間など、そうそういるはずがないのだ。
俺は本田を見誤っているのではないか?
奴は単なる三好のお抱えの工作員なのか?
それを知るためにも、さらなる調査が必要だ。


翔太郎「んで、凪ちゃん。俺が探してるのはこいつ。見たことある?」


そう言って目の前の島本凪に写真を手渡す。
この風都野鳥園の飼育員である彼女は、事件を乗り越え笑顔を取り戻し、相変わらず子どもたちに人気のお姉さんだ。
照井もたまにここを訪れていて、彼女を気に掛けている。
その時は珍しく押しの弱い奴が見られるという話だ。


凪「あ、知ってます。木田さんですよね」

翔太郎(木田?偽名か…また微妙な偽名だな)

翔太郎「その木戸ってやつとは、知り合いなのかい?」

凪「えぇ。木戸さんは二ヶ月くらい前までよく来てました」

翔太郎(二ヶ月前…今から二ヶ月前なら、若菜姫が突然、フィリップへの態度を変えてきたくらいだな)

翔太郎(ミュージアムがガイアインパクトに向けて始動し始めたのはその頃…その頃に三好もまた秘密裏にいろいろとやり出してる、と照井は言ってた)

翔太郎(それで本田は忙しくなり、そのままここには来なくなった)

翔太郎「木田について知ってることがあったら、何でもいいから教えて欲しいんだけど」




凪「うーん…」

凪「木田さんは、いつも羨ましそうに鳥たちを見てました。でもそういう人はけっこういるんです。子どもに限らず大人も、空を飛べることが羨ましいって思う人はたくさんいるから」

凪「でも木田さんの羨ましいは違ったんです。空を飛べることじゃなくて、みんなに目を輝かせて見られていることが羨ましいって、そう言っていました」

凪「…そんなことを言った人は初めてで…」

凪「……あ!そう言えば、その話をした時の一度だけ、木田さん女性と来てました」

翔太郎「え、本当か!?」

凪「はい。彼女さんだったと思います。でも一年前の一回きりで、後は一人でしたけど」

翔太郎「そ、それって誰か……は知らないよな。なにか女性の特徴を思い出せるか?」

凪「いえ、その彼女さんのこと知ってたんです。私、博物館とか美術館とかに行くのが好きなので、風都博物館にもよく行くんですけど、女の人がそこの博物館のスタッフの人だったから」

翔太郎「風都博物館?」

翔太郎「…」

翔太郎「いや、まさか」

翔太郎「まさか彼女のわけないよな……」

>>50で木戸と木田がごっちゃになってますが、木田です。
なんで木戸なんて書いてたんだ…


~風都博物館~

轟響子「ちょっと!それ貴重な標本なのよ!押収するなら押収するで、ちゃんと運搬や保存の方法を考慮してるんでしょうねぇ!?」パシーン!

真倉「うぎゃぁあ!わ、分かってますよ!だからこうやって一週間以上かけて、慎重に慎重を重ねて運んでるんじゃないですかぁ」

轟響子「ふんっ。どーだか。……確かに、館長は犯罪組織の長だったわ……でもここの標本たちはそんな犯罪に関わってるワケないのよ。もし返却された時の状態が悪かったら、あなたたち警察を訴えますからね!」パシーン!

真倉「いだーい!」



翔太郎「……」

翔太郎「響子さんが元カノとかいろんな意味でついてけねぇぜ本田明…」



響子「確かに木田玲(あきら)とは知り合いだったわ。でも付き合うまではいかなかったわよ。猛アタックしたんだけど」

翔太郎(響子にも偽名か。と言ってもほぼ本名だが)

翔太郎「えーと…二人はどこでお知り合いに?」

響子「彼、此処によく来てたの。私って悪い男を好きになるのよね。彼が此処に佇んでる時の雰囲気に目を奪われて…そこからガンガンに攻めて、その飼育員の人が言った通り、彼と野鳥園に行ったのよ」

翔太郎(…園咲琉兵衛にゾッコンだったのを見ていたからこそ、理解できるぜ。その趣向が本物だとな…)

翔太郎「木田について、知ってることは何でも教えて欲しいんだ。何かないか?」

響子「知ってることね…」

響子「そう言えば彼はいつも長袖の服とズボンを着てた。夏でもそうだったわ。だから聞いたの、長袖なんて暑くないのかって。そしたら彼、古傷がたくさんあるんだって言ってたわ」

翔太郎(…仕事による傷か、昔受けた虐待による傷か、ってとこか)

響子「ーーこんな風に醜くて汚いものは、ただ在るだけで隠されて、陽の目を見られない」

翔太郎「…え?」

響子「私が聞いた後にぽつりと呟いてた。かっこいい台詞だろ?って彼は笑ってたけど、私、妙に頭から離れなかったわ…」

翔太郎「……」

響子「あとは…そう、児童施設にいたって」

翔太郎「施設?」

翔太郎(そう言えば…資料によれば三歳から施設に入ってたな。そこに10歳までいて、その後に父親にまた引き取られた…まだそこまで遡れてなかったが)

響子「そこにたまに物をあげてるみたいだった。昔お世話になったところだけど、いつも貧乏で大変そうだからって」

翔太郎「…優しい所あるんだな」

響子「優しいっていうか、不思議よね。凄く冷たくて、どんな犯罪だってやれそうな顔もすれば、まともなものに強く憧れる、弱さを抱えたような顔もしてた」

響子「…彼はあまりに私がしつこいんで、一回だけデートしてくれたけど、その後からは此処に来てない」

響子「彼は此処を好きだったのに…行けないようにしてしまったのは私だろうから、少し申し訳ないわね」

響子「憧れのアイドルみたいに、ずっとこの標本たちを見てた。生まれ変わったら野鳥園の鳥か標本になりたいなんてことも言ってたかしら」

響子「この世じゃ日陰で生きなきゃいけないから、来世はこういう生き方をしてみたいって……」


~鳴海探偵事務所~

翔太郎「ふぅ、今日はわりと遅くなっちまったな」

翔太郎「ただいまー」

翔太郎「…亜樹子も帰ってるか」

翔太郎「……。あーあ、一人の事務所は慣れねーぜ」

翔太郎「独り言は増えるしろくなことがねぇ」

翔太郎「……」


~ガレージ、ホワイトボード前~

翔太郎「…そういや、アイツが此処に来たばかりの頃は、俺が帰っても検索に夢中で返事しないもんだから、俺は慌ててガレージに飛び込んでばっかだったな」

翔太郎「なんさ組織が狙ってるんじゃねぇかって警戒しまくってたし」

翔太郎「事務所の扉を開ける音が聞こえたら、必ず誰が来たか確認しろよって口をすっぱくして言ったもんだ」

翔太郎「そうしたら、ある日あいつが帰ってきた俺に、『おかえり、翔太郎』って言ったんだよな~」

翔太郎「『検索したら、同居している人間が家に戻った場合は、おかえりと挨拶を返すのが礼儀だと書いてあったから』って…」


フィリップ『でも考えてみれば、僕のこの状態では、おかえりばかりしか言えないね。僕もただいまを言える状況を経験したいな。今すぐ外出していいかい、翔太郎!』


翔太郎「あれから暫く外に出たいとグズりだして、仕方ないから五分だけ外に出したんだよな」

翔太郎「しかも玄関の扉の前で五分だけ突っ立ってるだけっていう条件で」

翔太郎「ま、アイツはただいまを言えたことで満足してたけど」

翔太郎「…自由にぶらつくことも出来なかった街を、好きだと思うことが出来るなんて」

翔太郎「すげーよ、お前は……」

翔太郎「……」

翔太郎「……おかえり、か……」

翔太郎「…俺はただいまばっかで、おかえりはアイツにあまり言ったことがなかったな…」

翔太郎「……」


~翌日~

翔太郎「あ、電話だ。…照井からか」

照井『今いいか』

翔太郎「ああ。俺も報告したかったからな」

照井『そうか。こちらはまだ三好の足取りは掴めないが…三好のグループ連中は大方捕まえる事が出来そうだ』

翔太郎「おお、やるじゃん」

照井『もっとも溝口刑事のお蔭だがな』

翔太郎「溝口?」

照井『覚えてないか?九条刑事の…と言えば分かるだろう』

翔太郎「あぁ、九条綾さんの恋人の。でも今から一年以上前に亡くなってるんじゃなかったか?」

照井『あぁ、だが彼は独自にミュージアムを捜査していた。なにせ内通者がいたのだから、公には出来かったのだろう。その捜査資料が見付かったんだ』

照井『…というより、譲ってもらったのだがな。二日前、服役中の九条刑事から手紙があったんだ』

照井『彼女はもう街を憎む心が消え、とても穏やかな気持ちで彼のことを思い出しながら、罪を償っていると記してあった。そして溝口の捜査資料のことを教えてくれたんだ』

照井『資料は郵便局の私書箱サービスを使って隠していたから、内通者も見付けられず残っていたわけだな。独力でここまで捜査することが出来るとは、頭が上がらない。今も生きていれば、どれだけ力になったか』


照井『もっとも、肝心の三好の足取りだけが全く掴めない』

照井『こちらの手を読まれているようだ。まさか内通者がいるとは思えないが…』

照井『そっちはどうなんだ』

翔太郎「んー、こっちも本田の居所はさっぱりだ。出所後の足取りが分からないからな。もらった経歴から辿ってる最中。今日はあいつが昔いた児童施設に行ってみるつもりだ。…ただ」

照井『なんだ』

翔太郎「本田明、なーんかただの非道な極悪人って気がしねぇんだよな。……さっきお前、手を読まれているようだ。って言ってたよな?」

照井『そう言ったな』

翔太郎「本当に読めてるのかも」

照井『…どういう意味だ』

翔太郎「少なくとも本田は切れ者だって意味だよ。話を聞いてたら、そんな気がするんだ。ただの勘だけど」

照井『だとしたら、そんな本田を従えている三好も、相当頭が冴えているのかもしれないな』

翔太郎「…」

照井『話は変わるが、もう一つ判明したことがある』


照井『俺たちを襲ったドーパントのメモリが分かった』

翔太郎「本当か?」


街中で遭遇した時のことを思い出す。
白い恐竜のようなドーパントで、口や手には大きく鋭い牙と爪が生えていた。
ドーパントとの戦闘は、メモリの能力を知っているかいないかで大違いだ。
単身での変身に不安もある俺には必要な情報になる。


照井『九分九厘、間違いない。あれはファングメモリだ』

翔太郎「はぁ!?ファング!?どういうことだよ。た、確かに俺の所には今、ファングがいねぇけど…」

照井『落ち着け。ファングはファングでも、フィリップが使っていたものじゃない』

翔太郎「へ?」

照井『T2ガイアメモリだ。しかも試作品と考えられる』

照井『そしてそれは一度…ツインローズが三好の手から盗み出しているものだ』

翔太郎「な、なんかワケ分からなくなってきたぞ」

照井『……捜査三課の相模という刑事が、ツインローズから取った供述の中に、三好の名が出ていることに気付いて情報をくれた』

照井『窃盗犯は三課の担当だ。まだ超常犯罪捜査課が設立されていなかったせいで、忘れられていたようだ。まぁ、それは置いておくとして』

照井『三好は表向きは会社の社長だ。義賊であるツインローズは金持ちの社長である彼に目を付けた』

照井『本来は三好の持つ絵画を狙っていたらしいが、その絵画のある部屋の中に、やけに厳重な仕掛けの施された小箱があったので、ついでに盗んでいった』

照井『その小箱に基盤と挿入部が剥き出しの、プロトタイプのT2ガイアメモリがあったらしい。三好が財団Xにシュラウドの研究情報をリークしていた事情を考えれば、その礼の一つだったのかもしれない』

照井『メモリのスイッチを鳴らしたところ、ファングというガイアウィスパーを出していた、と供述している』

照井『しかしそのメモリは後日、ツインローズの手から盗まれた』

翔太郎「警察も捕まえられなかったツインローズから?」

照井『そうだ。間違いなくツインローズから盗んだのは三好だ。盗みのプロから盗むことが出来るなんて、とんでもないやつだな』

照井『とにかく、メモリの能力が分かれば太刀打ちしやすいだろう?』

翔太郎「確かにな。ありがとう。……それにしてもアイツがいないと、教えられてばっかだな」

照井『ふん。馬鹿を言うな。君が無能なら、俺が本田を任せるワケがないだろう』

翔太郎「……お前も妙に優しいしな」

照井『?聞き取れなかったのだが』

翔太郎「いやいや、独り言だから」

照井『とにかく、本田の捜査は気を抜くなよ』

翔太郎「そっちこそ。じゃーな」


>>62に出て来た相模刑事は、アクセルのVシネに出て来た優しそうな上司の刑事、と言えば観た方は分かるかと。
この時点では照井とは面識ないのですが、これくらいの連携はしてたんじゃないかなということで。


~児童擁護施設前~

翔太郎「やっと建物が見えた。あそこだな」

翔太郎(しかし不思議な偶然だぜ。まさか霧彦と雪絵さんの兄妹がいた施設に、本田明もいたとはな)

翔太郎(霧彦はもういないし、雪絵さんは記憶が戻らずじまいのままだから、本田のことは聞くに聞けねぇんだけど)

翔太郎(しかしなんか騒がしいな
。人も多いし)

翔太郎(……それに敷地の中にある広場に、祭りで見掛けるような出店がある。一体どうなってんだ?)

翔太郎「あ、施設に入り口のところにのぼりがある」

翔太郎(地域交流会?……なんかよく分からねぇけど、今日はご近所も参加する行事を開催してるってことか)



尾藤「おいおいキョドリ過ぎだぜ、坊主。不審者かと思っちまったじゃねぇか、紛らわしい」パチーン

翔太郎「あっだぁ!?び、尾藤さん!?…じゃあ、この屋台って尾藤さんもやってるんすか?」

尾藤「おう、俺の仲間が呼び掛けたんだ。そいつはこの施設出身の奴でな。毎年こうやって同業者連中を集めてやってんだよ。俺もようやくシャバに戻れて、久々の参加だ」

翔太郎「へぇ~。そんなことやってるんですね」

尾藤「ま、こういう施設は地域の善意が不可欠だからな。ホレ、今日のプログラムだ。いろいろやるからゆっくり見てくといい。もっともそんな暇はなさそうだな」

翔太郎「お察しの通り、聞き込みしに来たんで。でもプログラムは貰っときます」



尾藤「それにしても、ちょっと見ない間に顔付きが変わってるじゃねぇか」

翔太郎「え?そう、ですかね…変われてねぇなぁって思うことばっかですよ」

尾藤「…坊主、今度飲みに行くか」

翔太郎「そんないきなり!?いや尾藤さんが言うなら、俺は全然いいっすけど…本当にいいんですか?」

尾藤「あぁ。今のお前とならな」

翔太郎「…じゃあ、それ楽しみにしてます。今はまだ追ってるヤマがあるんで、カタがついたらまた連絡します」

尾藤「おう、よろしく頼むぜ」



翔太郎「……」

翔太郎「尾藤さんに褒められると、なんかおやっさんに褒められた時と同じ気持ちになるな」

翔太郎「粗相はしないように気を付けねぇと……」

翔太郎「そういや一応プログラム貰ったけど、何があるんだろ」

翔太郎「今建物の中でやってるのは、児童劇団と施設の子どもたちの共同の演劇……つうかこの児童劇団、老けさせ屋の時のとこじゃねぇか!」

翔太郎「懐かしいな~。事務所に来た時の、お母さんの後藤良枝さんと、その娘なのにお婆ちゃんになったみゆちゃんのツーショット…あのインパクトは忘れられねぇぜ。この劇には出てるのかな…」

翔太郎「しかもこの劇の後にやるのは……」



リリィ白銀「私のマジックショーでーす☆」

翔太郎「うわびっくりした!!」


リリィ「探偵さん、お久しぶりです!会えるなんてびっくり」

翔太郎「俺もだよ。今日は此処でマジックショーやるんだ」

リリィ「毎年おじいちゃんとボランティアでやってたんです。もうおじいちゃんは引退したから、今日は私一人でやりますけど」

翔太郎「そうか。あの事件からは一人で頑張ってるんだな……」

翔太郎「…大変じゃないか?」

リリィ「確かにずっとおじいちゃんとやってたから、まだ一人でお客さんを盛り上げるのは難しいし、緊張するし、不安もあるけど…」

リリィ「やっぱりマジックが好きだから。それに、私のマジックを見たいって待っていてくれる人たちもいるんです」

翔太郎「……待ってくれている人たち」

リリィ「えぇ。おじいちゃんとやってる頃から見てくれてる人はもちろんですけど」

リリィ「たとえば、今日はツイてないな~って落ち込んでる人が、私のマジックを見れば楽しい気分になるかもしれない」

リリィ「そういう人たちも、私のマジックを待ってくれている人なんです」

リリィ「そしてその人たちがまたマジックを見に来てくれると、今度はその人が私を笑顔にしてくれる力になるんです」

リリィ「同じようなことやってる探偵さんなら、この気持ちは分かると思うんだけどな」

翔太郎「俺が…?」



翔太郎(確かに…今まで事件に関わった人たちにたくさん会って、その人たちが前を向いて生きているのを見てきた)

翔太郎(俺はただ探偵として、事件に突っ込んでただけだと思ってたけど)

翔太郎(……もっと大きな意味があると思っていいのかもしれない)

翔太郎(俺とアイツが守った、この街に生きる人たち)

翔太郎(俺たちが関わった事件の後でも、当たり前だけどその人たちのこれからは続くんだ)

翔太郎(……)


翔太郎「さて、気を取り直して施設の人はっと…あ、あそこに何人かいるな」

翔太郎「すみません。今日、本田明について話を伺いたいと連絡した者なんですけど…」

泪「あ、探偵さん。こっちこっち。話は施設長に通してあるから」



そこで奥の廊下から声を掛けてきたのは、城島泪だ。
ジュエリー・ドーパントの事件で幼馴染みの上杉誠に執着され、悪女の振りをせざるを得なかった彼女。
この施設に連絡を取り付けた時、電話で応対してくれたのがなんと彼女だった。


愛すれば愛するほど壊したくなるという上杉を間近で見ていた彼女は、自分は人を大切に育むような仕事がしたいと思い、この施設で働くことにしたのだと言っていた。
ジュエリー・ドーパントの事件の時はまさに悪女という出で立ちだった彼女だが、子どもたちから親し気に声を掛けられている姿を見ると、同じ人間とは思えない。
こっちの方が本当の彼女なのだろう。
そもそもあの時悪女として振る舞っていたのも、もう一人の幼馴染みであり、恋人であった武田智のためだったのだから。



翔太郎「地域交流会で忙しい時なのに、申し訳ないな」

泪「いいのいいの、探偵さんの頼みを聞かないわけにはいかないでしょ?」

泪「失礼します。施設長、探偵さん来ましたよ」



そう言って彼女が案内してくれた応接間には、一人の老人がいた。
目尻の皺の深さは人のよさを感じさせる人だ。



山城「どうも、施設長をしてます山城です」

翔太郎「お電話した左翔太郎です」

山城「取り敢えず、お掛けになってください」

翔太郎「すみません、こんな忙しい時に」

山城「いえいえ、他のスタッフに任せきりで、私は見てるか楽しむだけなんですよ」



山城氏の話し口調は落ち着いていて、どこか知性を感じさせるところがある。
子どもたちに対しても、理念を持って接しているのだろうことが想像出来た。


そして山城氏は快く本田のことを話してくれた。


本田明が施設に来たのは、彼の両親が離婚したためである。
母親は離婚届だけを残して消えていて、父親は離婚が成立するとすぐに当時3歳の本田を施設へ預けた。

彼はとても頭が良く、聡明で、わがままも何も言わなかったし、ぐずることもなかった。
だが誰かと特別に仲良くするようなこともなかったらしい。
そして仲の悪い子もまたいなかった。
施設の職員とも、全ての人と等しく距離を置いていた。


山城「頭が良いために、誰とも喧嘩をしなくてもすむ距離を見付けていたんでしょうね。そしてそれは、誰ともある程度の仲で済ますことだった。子どもらしからぬ処世術ですよ」


しかしそんな聡明な本田が、異様に気にすることがあった。
それは周囲の人の目だった。

ーー施設の子だ。

本田はそう言われるのが大嫌いだった。
小学校に通い出すと、それがきっかけでよく喧嘩をしていた。
小学生なんて、少しでも気に入らなかったり、気の弱そうな奴には平気で悪口の言える年頃だ。
飛び抜けて頭も良く、運動もできて、見た目も良かった本田。
そんなやつに唯一つけられる難癖が、施設の子、だったのだろう。


喧嘩をした本田のために、山城氏はよく学校へ出向いた。
本田はいつも泣くことも暴れることもなく、淡々と理詰めに相手の非を説明していて、教師でさえたじたじにしていた。



ーー俺は間違ったことはしてない。施設だからってバカにするあいつらの方が間違っているんだ。

ーー毎回毎回、悪口を言ってきて、こっちがたまに手を出したらすぐ先生に言う。先生も施設に入ってる俺をすぐ悪者にする。

ーー施設のことだけじゃない。俺の親のことも知っててバカにするんだ。あんな親に育てられたやつは、ろくな風にならないんだって。

ーー俺は父さんみたいに悪いことをせず生きていこうとしてるのに、どうして俺にはどうしようもないことで、みんなバカにしてくるんだ!?


学校からの帰り道、本田はいつもそんなことを山城氏に訴えていた。


そうして10歳まで施設にいた本田を、やがて父親が迎えに来た。
本田は嫌がったが、親が迎え入れるということを拒否する権限はないのが現状で、彼は渋々父親と暮らすことになった。
それからも、本田は山城氏と手紙のやり取りをしていた。
誰とも距離を置いていた本田ではあったが、山城氏に対しては他の人より少しだけ、心を開いていたようだ。
山城氏の知性の深さが、聡明な本田明少年にとって心地の良いものだったのに違いない。



山城「しかし、父親に引き取られてからの明くんとの文通から察するに、彼は徐々に自分の望まぬ道へと進んでしまっているようでした」

山城「父親の暴力と、育児放棄のネグレクト。食事を用意しないばかりかお金も与えず、その日の食事が給食のみという日もあったようでした」

山城「また学費も納めていないということで、明くんはよく教師に呼び出されていたようです」

山城「近所の人から児童相談センターへの通報が数回ありましたが、父親は面倒を見ていると言い張って職員を追い返していました」

翔太郎「……想像を絶しますね」

山城「ええ」



本田はやがて悪い仲間とも知り合うようになった。
多くは父親の知り合いやその子どもだったらしい。
しかし彼はあくまで上辺の付き合いにとどめ、決して道を踏み外さぬように踏ん張っていた。



ーー父親の知り合いとも、距離を置けるよう上手く付き合っています。

ーー俺は頭が良いということで、不良連中の計画にちょっとアドバイスしてやるだけで、奴らは感謝して、そのまま放っておいてくれるんです。

ーー俺は絶対に負けたくありません。

ーー生まれた環境のせいで悪人にはなりたくないし、こんな風に陰に隠れてずっと生きていくのは嫌です。

ーーだって俺には何の非もないのに、どうして他の人と同じように生きていけないんだろう。

ーー中学を卒業したら、父さんとは離れて暮らすつもりです。

ーーそれまでは辛抱して頑張ります。



その手紙の内容通り、本田は中学を卒業すると、街の小さな工場で働き始め、アパートで一人暮らしを始めた。
すると今度は父親がアパートに押しかけ、本田の給料をせびり始めた。
金を渡さないと暴力が始まる。
また、本田が逃げ出さないよう監視するかのように、柄の悪い連中が遊びに来たと称して尋ねるのをやめなかった。
本田は追い詰められていった。
そうしてとうとう父親を殺したのだ。


父親を殺して服役している間、本田は山城氏に対して一度だけ手紙を出した。



ーーやっぱり俺は逃げられなかった。負けてしまいました。

ーー本当はこうなると分かっていました。必死に頑張ってきたつもりだけど、やっぱりダメだった。

ーーもう、全てを受け入れて生きていきます。

ーーあなたには感謝しています。体調には気を付けて



そんな短い手紙が一度きり。
山城氏は一度だけ面会に行ったが、本田は何を話しかけても一言返すだけだった。
完全に心を閉ざしてしまったのだ。


山城「彼が出所してからは一度も会っていません」

山城「ただ半年に一度、いろいろと物を郵送して寄贈してくれるんですよ」

山城「もう手紙もやり取りしてくれませんがね…何度か郵便物の発送元の住所に送ってみましたが、返事はないし」

翔太郎「そうですか…最後に送られたのはいつですか?」

山城「一ヶ月前です。それがこれですよ。はいってたものはこちらでまとめておきました。ダンボールも、何かと使うことがあるので残してありましてね。幸い伝票が貼られたままなので、住所も書いてあります」

翔太郎「気を遣ってもらってすみません。拝見させていただきます」


翔太郎「へぇ、本が多いんですね」

山城「彼は好きでしたからね。たぶん自分が読んだ本も入れてるんですよ。でも他にもほら、サッカーボールとか、グローブとか、遊び道具も入れてくれてるんですよ。こういうのはすぐボロボロになってしまいますから、助かるんです」

翔太郎「…でもヒュームとかカントとか…これって哲学書ですよね?子どもが読みます?」

山城「それはたぶん私あてですよ。私が哲学を好きなことを明くんはよく知ってましたから。私は文系でしてね。弟は根っからの理系で脳科学者だったのに、こういうのは不思議なものです」

翔太郎「へ~凄いですね、弟が脳科学者なんて……」

翔太郎「……」

翔太郎「…あ」

山城「どうかしましたか」

翔太郎「山城?山城さん、ですよね?」

山城「ええ、それが何か」

翔太郎「もしかして、山城諭さんとは……」

山城「おや、弟をご存知なのですか?」

翔太郎「え、あ、えぇ、まぁ……」

翔太郎(間違いない。フィリップから家族の記憶を消した脳科学者、山崎諭の兄…言われてみるとけっこう似てるな…雰囲気はだいぶ違うが)

山城「恥ずかしながら、弟とは反りが合いませんで、何十年と音信不通で会っていなかったのですよ。再会するのが、まさかあいつの葬式になるとは思わなかったなぁ」

翔太郎「……そうですか。お察しします」

山城「諭とはどこで?」

翔太郎「あ、いやその、ちょっとした事件で話を伺うことがあって」

山城「そうでしたか。不思議な縁ですね。あぁ、そうそう。伝票にあった明くんの住所はこちらにメモしておきましたから」

翔太郎「そんなわざわざ、ありがとうございます」



~マンション前~

翔太郎(しっかしいろんな人と再会するもんだなぁ…懐かしい気持ちになるぜ)

翔太郎(…でもあの人たちに会った事件のことを思い出すと、どうしてもアイツのことまで思い出さなきゃならないからな……)

翔太郎(ふぅ……。自分で落ち込んでる暇はないぞ、俺)

翔太郎(貰った住所は此処だ。普通のマンションって感じだな。もっとも本田の本当の住所かどうかは分からないが……)

翔太郎「郵便受けの名前はどうかな……あった。本田明。マジか!」

翔太郎(うっし、ビンゴだ。しかし本田なら偽の住所を書いていると思っていたんだがな…)

翔太郎(……取り敢えず照井に電話しとこ)

ピッピッ

プルルルル、プルルルル……


翔太郎(んー出ないな。たてこんでるか?留守電に残しとくか)

翔太郎「照井、俺だ。本田の住んでるマンションを見付けた。今から部屋に行ってみる。留守だったら管理人さんに頼んで部屋に入れてもらうつもりだ。また進展があれば連絡する」

翔太郎(よしっと)

翔太郎(留守の場合は、幸い照井からもらった本田の事件書類はあるし、これで管理人さんを説得すりゃ部屋の中まで入れてもらえるだろ。最悪刃さんにでも来てもらうかな)



~本田明の部屋の前~

翔太郎(あ、そうだ。一応住所のメモの写真も照井に送っておかねーと)

管理人「じゃあ、鍵を開けましたのでどうぞ。刃野刑事と知り合いの方だから、特別ですよ」

翔太郎「ありがとうございます。んじゃ失礼します」

翔太郎(まさか刃さんと管理人さんの面識があるとはね。本田は留守だったけど、そのお蔭で刃さんに電話一本してもらって部屋に入れる。あの人も顔が広いもんだな~)

翔太郎(さてと……)


ぐるりと部屋の中を見回す。
部屋は2LDKでわりかし広い。
金には困っていないのだろう。
ある程度の値の張りそうなインテリアが置かれていて、整理整頓が行き届いている。
本棚は小難しい本がびっしり並んでいて、そこには山城氏の元にも送られたヒュームやカントの他の哲学書もあった。
哲学に限らず様々なジャンルの専門書もあるし、娯楽小説も置いてある。
その中にはパペティア・ドーパントとして呪いの人形襲撃事件を起こした、堀之内慶應のベストセラー『少女と人形の家』も並んであった。

何か今の本田の居所の手掛かりになるものはないだろうか。
部屋にあるデスクの引き出しを開けてみる。
手帳かメモか、何かしらのヒントがあれば……。



???「探偵さん、ヒントなんてもう要らないよ」



はっと後ろを振り返る。
そこにはぐったりとした管理人をフローリングの床にどさりと放った一人の男がいた。
鋭い眼差しと、右眉毛の傷。
改めて見ると、亜樹子の言った通り、確かに俺と少し似ている顔立ちかもしれない。

探し回っていた本田明が、そこには立っていた。


本田「駄目じゃん、探偵さん。ちゃんと一部屋一部屋、きっちり確認しとかないと……そんなんだから俺に人質取られちまうんだな」


そう言って懐からナイフを取り出した本田は、よっこいしょとその場に屈むと、ぐったりと横たわる管理人の首元にかざした。




本田「ま、そこの椅子に座ってよ、探偵さん。…って、みんなそう呼んでるよな。なんかシャクだし、左さんでいい?」

翔太郎「……」


言われた通りに椅子に腰掛けながら、目の前の薄ら笑いを浮かべる本田を見る。
初めて写真で見た時の印象とも、ついさっき本田の話を一通り聞き回った後に思い浮かべていた想像とも、どこか違う。
その目はギラギラと光っていた。
山城氏が受け取った最後の手紙にあるような諦観など、そこには感じられない。


彼はナイフの刃で、管理人の首元をぺちぺちと気まぐれに軽くたたいていた。
仰向けに倒された管理人の胸がゆっくりと上下に動いているのを確かめ、俺は改めて本田と向き合った。


本田「ちょっと待っててもらっていいか?そろそろもう一人の仮面ライダーさんも、三好さん捜しの手が空くはずだから」

翔太郎「……どういう意味だよ」

本田「さっき俺が匿名で、三好さんやその取り巻きの潜伏先を通報して教えてあげたんだ。もうすぐそこに着くと思う。もっともみんな死んでるけど」

翔太郎「……」

本田「あれ?驚かないんだな」

本田「……あーあ、せっかくバイラス・ドーパントにやられた連中の身体から抽出した毒素を改良しまくって、一週間以上も眠らせた上に殺せるとっておきの毒をミュージアムに作ってもらって、やっとその薬をお披露目できたのに……」

翔太郎「……」

翔太郎「なんとなく思ってたんだよ。三好はお前の操り人形に過ぎないんじゃないかって」

翔太郎「三好の立場が偉くなったのは五年前。お前が出所したのは六年前……」

翔太郎「お前が三好の下についてから、三好の評価は高くなったんじゃないのかって」

翔太郎「写真の三好は小物臭かったから、ってだけの……ただの勘だったけど、ずっと頭からその考えが離れなかった」

本田「その通り。あいつは俺がいないと何にも出来ねぇ男だよ。偉そうな振りをすることしか芸がなかった。そういうワケで俺に逆らえない奴だから、都合が良かったのさ」


状況はだんだん飲み込めて来たかもしれない。


三好は警察の捜査の目を惹きつけるために、あえて残しておいただけの存在だった。
なにせ園咲琉兵衛の一家がいない今、次のトップとなりうる男だから、警察は血眼になって探そうとするだろう。
しかしその捜査の撹乱の目的は、本田が無事に逃げのびるためではなかった。


そもそも俺たちが関わってきた事件の犯人だった人々を、全て猪木恵名義で巡っていたのも明らかに不用心だ。
本来の本田なら、もっといろんな人間の名義を借りるなりして、より足の付かないやり方を選んだのではないか?
仮面ライダーの聞き込みだって、仮面ライダーの正体を知りたがる怪しげな三流週刊誌の記者を名乗るよりは、過去の事件の特集を組むからとかなんとか理由をつけ、大手の新聞社の記者として、適当な名刺でも用意しておけばそもそも不審がられずに済んだのではないか?


つまり本田は、警察の目をかいくぐりなおかつ、仮面ライダーである俺に気付かれたかった。
だからこそ警察は三好やミュージアムの残党の捜査で手一杯であり、出所してから六年も所在不明で、足取りを掴める保証のない本田へ捜査の人手を回せないよう仕向けた。

そして仮面ライダーの正体を知りたがる存在を不安に思い、正体を知っている人たちが俺に連絡をして、俺が動き出すようにさせた。
本田が仮面ライダーの聞き込みを始めたのはおそらく千鶴に聞き込みをしたころから、大体一ヶ月くらい前からだ。
その時の俺たちはミュージアムのことで手一杯だったから、もし早くに探られてることに気付いても、手が回らなかっただろう。


本田「左さんはさすがに気付いてるのかな。あんたが此処に来るのを、俺は待っていたことに」

翔太郎「……何が目的なんだ?新しいガイアメモリ犯罪組織を作るために、邪魔者の仮面ライダーは消したいってことか?」

本田「……」

本田「探偵のお仕事は、謎を解くんだろ?」

本田「俺はけっこう左さんのこと評価してる。その持ち前の勘ってやつのお蔭で解けた事件もあるみたいだし」

本田「そもそも勘ってものがあるのかどうかって話だけど、俺はあると思ってるよ。人間は自分が意識的に自覚するより、かなり多くの情報を感覚しているってる。それを集めたものが、いわゆる勘だって説もある」

本田「さっき左さんが言ってた動機は、いわゆる一般論ってやつだろ?あんたの勘は、本当にそれが俺の動機だって示してるのか?」



本田が抗議するように、またナイフの側面で管理人の首をぺちぺち叩きだす。
それを見るたびにひやりとするが、今は動揺している場合でない。


この状況を何とかしなくては。
照井と連絡がつかなかったのが、三好の潜伏先に急行しているせいだというなら、しばらくあてには出来ない。



翔太郎「確かに、俺はさっきの動機が真実だとは思ってない」

翔太郎「……」

翔太郎「動機かは、分からないが」

翔太郎「お前は、まるで醜い傷のように人から隠され、陰で生きるのが嫌だった。生まれた時から、そんな風に生きる道しか与えられなかった人生が嫌だったんだ」

翔太郎「それが嫌なんだとしたら……もしそんな日陰の場所から逃れようとするなら……」

翔太郎「……陽の当たる場所に出る……そういうことなのか……?薄暗い日陰から、明るい日なたへ出て行こうとしてるってことか……?」

翔太郎「それが、俺たち仮面ライダーを倒すことと繋がるとしたら……」

翔太郎「……お前が代わりに、仮面ライダーになろうとしてるってことか?」

翔太郎「俺たちを倒して、街を救う仮面ライダーという場所を手に入れる……それが、動機なのか?」



本田「……」

本田「……あはははっ」


本田「理解されるとは思ってない。けど、左さんは俺のことを調べてくれたみたいだから、まだ他の人よりは分かってくれると思ってる」

本田「それにこんな俺でも陽の当たる場所へ行けると思ったのは、そもそもあんたらのお蔭なワケ」

翔太郎「俺たち?」

本田「そう。最初に仮面ライダーを調べたのは、ミュージアムとどんだけ渡り合えるかってのを知るためだった。その時はミュージアムから離別して、新しい組織を作ろうと思ってたから」

本田「でも調べてくうちにその仮面ライダーに変身する能力が、元はミュージアムのもので、ガイアメモリを使ってるってのを知った時、俺は希望を見付けたような気持ちだった」

本田「薄暗い陰にあるはずの力でも、使いようによっては陽の当たる場所に立つための力になる」

本田「だったら俺だってそれが出来るはずだ。俺は裏世界の薄汚い工作員ではなく、仮面ライダーとなってここから這い出てやる」



本田の目に宿っていたぎらぎらとした光。
そして今まで聞いてきた本田の話と今の本田の違い。
その正体が俺は分かった気がした。


本田は一度は薄暗い、陽の当たらない場所で生きることを受け入れていた。
そうしてずっと望まない世界で生きていった。
でもそんなところで生きる中で、不意に自分がその望む場所へ行ける可能性を見付けた。
本田は今、その可能性に全てをかけているのだ。


翔太郎「……お前は間違ってるぜ、本田明」

翔太郎「そんなんじゃ、お前の望むものは絶対に手に入れられない」



ぴくり、と本田が反応した。
彼はゆっくりと立ち上がると、少しずつ俺の方にやってくる。
反射的に俺も椅子から立ち上がろうとすると、本田はそこで一気に距離を詰め、あっと言う間に俺の首元にナイフをあてた。



本田「どういう意味だ?俺が左さんを倒せないって意味?」

本田「確かに、正々堂々と仮面ライダーのあんたと戦ってやってから殺そうとは思ってるけど、別に今からでもすぐ殺せるぞ」

本田「それとも、そう意味じゃないって言うなら、参考までに聞いておく」



ナイフの側面がぺちぺちとあてられる。
ひんやりとした感触に生きた心地がしないが、これくらいでへこたれるほど軟弱な根性ではない。


それに仮面ライダーが救うのは、この街の全てだ。
それは街を泣かせる悪人だって同じこと。
最後まで喰らい付いて、そいつのこれからを見付け出す。
それは善人にも悪人にも変わらない道だ。



翔太郎「お前が望む陽の当たる場所ってのは、三好やその取り巻きを無残に殺して得るような、そんな血にまみれた場所なのか、本田」



その言葉に、ナイフを当てる本田の手が止まった。



本田「……」

翔太郎「……そんなやり方で得た場所は、お前が今までいた場所と何が違うって言うんだ」

翔太郎「お前は間違ってる。もし本当に陽だまりの場所へ行きたかったなら、お前は三好の下でやってきたことを警察に自主するべきだった」

翔太郎「そしてまた罪を償い、真っ当な道を探すべきだった。自分の心でその道を選び、従うべきだった」


本田「……」


翔太郎「…….お前には同情の出来る過去がある。もっとまともな家庭にいれば、世の中の役に立てる偉い人間になれたと思う」

翔太郎「でも間違っているものは、どんな理由があろうと間違っているままなんだ。お前が手に入れようとしているものも、それは間違ったものだ」

翔太郎「頭の良いお前なら本当は分かってるんだろ?こんなやり方じゃ欲しいものは手に入られないって、気付いてるはずだ」

翔太郎「お前には、お前がいられる陽の当たる場所が、すでにあったんだからな!」



本田「……何が言いたいんだ?そんな場所が俺にあったって?」

翔太郎「お前が、どうして自分が育った児童施設の伝票には、本当の住所を書いてたのか引っかかってた」

本田「……」

翔太郎「もちろん、一ヶ月前の住所が本当だったのは、俺をおびき寄せるため、で説明がつく」

翔太郎「でも施設長の山城さんは、伝票に記載されてた住所に何度か手紙を出したけど、返事も何もなかったって言ってた……しかしそれはつまり、受け取られてはいたってことだ」

翔太郎「お前はあの施設への贈り物には汚い嘘をつけなかった」

翔太郎「何故なら、あそこはお前が汚したくない場所だったからだ……違うか?」

本田「……」

翔太郎「お前はそうやって、ちゃんと自分の場所を守っていた。見付けていたんだ。そこにあったんだよ。それなのにお前は」



本田「もう時間だな」

翔太郎「は?」

本田「もうあの刑事さんも、三好さんが囮だって気づいた頃合いだろうってこと」

本田「…場所を変えるか。ちょっと眠ってもらうぜ。俺がちゃんとファングメモリでドーパントになって運んであげるから、安心しなよ」

翔太郎「……!」



そう言ってナイフしまった本田は、すぐさまスタンガンを取り出していた。



本田「……今更引き返せるワケないんだよ」

本田「俺が仮面ライダーになってやる」


~廃工場~

照井「くそ!」

照井(三好も取り巻き連中も死んでいる……しかもこの肌に現れている異様な斑点……一体どんな毒を…….)

照井(しかしだとしたら、あの通報は残る本田の仕業か……あいつが今まで捜査を撹乱し、警察の目を三好に向けさせていた……)

照井(…そう言えば電話があったな)

照井(左からか。メールも着てる)

照井(……)

照井(電話に出ない……警察が此処に誘導されている状況を鑑みると、嫌な予感がする)

照井(本田がファングメモリを持っているなら、俺一人で行くしかない。ドライバーの無い人間がいくらいても足手まといだ)



照井「刃野刑事」

刃野「はっ。なんでしょ課長」

照井「此処の指示は任せた。あの死体からの細菌感染もあり得る。迂闊に近辺に捜査員が近づかないよう、現場の保持には注意しておくように」

刃野「了解しました。それでは……オラァ!俺が此処を今から取り締まるから、お前ら言うこと聞けよ!迂闊に死体に近付くなよ!分かったか!」



照井(……)



~マンションの部屋~

照井(管理人がいないから、とりあえず本田の部屋の前まで来てみたが)

ガチャリ

照井(空いてる)

キイィィ……

照井「……!」

照井「おい、大丈夫か」

管理人「……」

照井(脈有り。呼吸正常。瞳孔拡張なし)

照井(気を失っているが無事だろう)

照井(後で此処を連絡するとして、何か左と本田の手がかりはないのか……)

照井「……!」

照井(この椅子の下に落ちている腕時計……)

照井(間違いない。左のメモリガジェットの一つ、バットショットだ)

照井(画面が表示された状態になっている…….もしやこれは、今二人がいる場所を示しているんじゃないか)

照井(左が自ら自分に付けたのか、本田に付けたのか)

照井(あるいは本田によってこのマーカーがどちらかに付けられているのか……)

照井(どちらにせよ、罠があろうが行くしかないということだな)

熱くなってキタ━(゚∀゚)━!


>>88本当ですね、ご指摘ありがとうございます。
バットショットはカメラだった……。





気が付くと、ひたすら真っ白な世界にいた。


翔太郎「…あれ?」


同じく白い床に大の字になっていた上体をひょいと起こす。
此処は、どこか見覚えがある場所だ。
でもどこだったっけ……。
頭の歯車が空回りしているかように上手く動かない。



???「翔太郎。お久しぶり」



そこでふと声がしたので見上げてみると、隣で俺を見下げている馴染みの顔があった。



翔太郎「フィリップ。お前もいたのか。なぁ、此処どこだ?」

フィリップ「推察するに、君の精神世界じゃないかな」



フィリップは唇に指を当てるお決まりの癖をしながら、そう答えた。
俺の精神世界?
もしかして変身解除が上手くいかなかったのだろうか?
しかし戦闘していた覚えもなければ、そもそもさっきまで何をしていたかも思い出せない。
頭を捻りながら立ち上がると、横には俺より少し高い目線があった。



翔太郎「あれ?もしかしてお前、背ぇ高くなってる?」

フィリップ「今気付いたのかい翔太郎。僕が君の背を越したのはけっこう前の話だよ?」

翔太郎「うっそぉ!マジか……マジで!?」

フィリップ「マジだよ。そんなに驚くことかな」

翔太郎「驚くっつーの!はぁ~身長で負けた俺が、お前に勝てるとこなんてあるのか?…….あ、いかん。自分で言った言葉が胸に刺さる」

フィリップ「何ブツブツ言ってるのさ」



まったく、と呆れた様子のフィリップは、そこでふと真顔になった。



フィリップ「本田明、どうするつもり?」



フィリップのその言葉で、ようやく俺は思い出す。
そうだ、俺、本田に気絶させられたんだ。
意識を失う前に、こっそりスパイダーショックで自分にマーカーを付けておいて、椅子の下にこっそり落として来たのだが、本田にバレていないか心配だ。
バレてさえいなければ、照井は気付いてくれるのだ。



翔太郎「本田は正々堂々と倒すって言ってたからな。迎え撃つしかねぇだろ」

フィリップ「どうだかね。連れられた先になんらかの罠を仕掛けている可能性は考えられる」

翔太郎「いや、あいつはそんな卑怯な事をしねぇさ。確かに道を踏み外し、三好たちを殺したが……これはあいつにとって、臨んだ場所を手に入れる、汚したくない戦いのハズなんだ」

フィリップ「それは君の必殺技の勘ってやつだね。だが……こういう時の君の勘は必ず当たる」

フィリップ「一体何故なんだろう?僕がどんなに検索し考察し辿り着いた真実も、ここぞという時の君の勘には負けてしまう……」

フィリップ「君には不思議な何かがある。それは照井竜の特殊体質だとか、僕の地球の本棚のような、確かな名前の与えられないもの。しかし確実に君が持っている、強い力なんだ」



翔太郎「な、なんだよ急に、お前。褒めても何にも出せないぞ!」

フィリップ「褒めてなんかない。真実を述べたまでさ。本田明の動機だって、僕や照井竜ではきっと分からなかったことだ」

フィリップ「君は凄いんだ、翔太郎」



フィリップはただ真っ直ぐ俺を見ていた。
その目を見ていると、俺は何故か胸がざわざわとして、泣きたいような気持ちになった。
なんでただフィリップを目の前にしているだけなのに、俺はそんな気持ちになるのだろう?
必死に理由を探したが、頭の中にぽっかりと穴が空いているように、答えは見付けられなかった。



フィリップ「とにかく今の君がやるべきことは、本田明のガイアメモリを破壊し、彼に罪を償わせ、そして彼が本当に望む場所へ導くことだ」

翔太郎「でも本田のメモリってT2ガイアメモリだろ?メモリブレイク出来るのか?」

フィリップ「試作品だから恐らく出来る。本来のファングよりも力は劣っているだろう」

フィリップ「とはいえ、ロストドライバーでは苦戦するだろうが……アクセルが駆け付けるまでもたせれば、君にも勝機はある」

翔太郎「そうか……」



フィリップは顎に手をあてがい、うろうろと辺りを歩き回った。
恐らく作戦を考えているのだ。
俺はそれをぼうっと見ていた。
考えるのは俺には向かないし、さっきからまだ頭の調子が悪いのだ。



フィリップ「そもそも相手はロストドライバーを使う君の情報を持っていない」

フィリップ「君もロストドライバーを使い慣れてないが、相手のメモリがファングであることを知っているのはこちらの有利だ」

フィリップ「僕の持つファングメモリから察するに、ファング・ドーパントは単純に爪や牙と圧倒的な身体能力で戦う、近距離格闘型」

フィリップ「注意するとすれば、ファングジョーカーは肩の辺りに着脱可能なショルダーセイバーがあったよね。恐らくドーパントも着脱出来る牙があり、遠距離から攻撃出来る技を持っている」

フィリップ「君が使うメモリはジョーカーが一番いい。ジョーカーメモリは格闘技術と身体能力を上昇させるからね」

フィリップ「とにかく戦いを長引かせるんだ。アクセルとの共闘もその目的だが、あと一つ、勝利の可能性を思い付いた」

翔太郎「可能性?」

フィリップ「あぁ。僕たちが初めてファングを使った時、制御出来なかったよね?二回目の変身で君が助けてくれたから、理性を保ちながら戦えるようになったんだ」

フィリップ「あのT2ガイアメモリのファングも強力な精神汚染作用があるかもしれない。だからこそ、試作品止まりで正規品は作られなかった……そう考えることもできる」

翔太郎「だとしたら、本田は長時間は戦えないってことか」

フィリップ「あくまで可能性だけど、有り得るハズ。これは僕の勘、だね」



翔太郎「これだけ考えりゃ、ファング・ドーパントとの戦いはなんとかなりそうだな。後はこの精神世界からどうやって出るかだけど……」

フィリップ「……」

翔太郎「俺の精神世界ってことは、俺に問題があるのか?」

フィリップ「……」

翔太郎「起きろ俺!目を覚ますんだ!うぉぉぉおおおお!!」

フィリップ「翔太郎」

翔太郎「おおお!!……おお?なんだよ、フィリップ」

フィリップ「今の君にはきっと分からないと思うけど、僕の言葉をよく聞いて欲しい」

翔太郎「?どうした、急に真面目になって話とか」



フィリップ「……翔太郎」

フィリップ「僕らが関わってきた事件はいつも苦しくて、大変だったね。バイラス・ドーパントやイエスタデイ・ドーパントの時のように、やりきれないこともあった」

フィリップ「でもどんな辛い事件の後にも、最後には必ず希望があった。そして君は実際、事件に関わった人たちと再会して、その希望の先を見てきた」

翔太郎「フィリップ……?」

フィリップ「君に辛い役目を背負わせた僕が言うのもおこがましいことだ。でも……」

フィリップ「そうやって希望を守り抜いた君なら、きっともっと大きな奇跡が起こせる」

フィリップ「これからどれだけ君が傷付いて苦しんでいくの分からない。僕の想像を超えた孤独を抱えていくのだと思う」

フィリップ「でも君ならば、その苦しみに耐え、その先にきっとある奇跡に出会える」

フィリップ「それがどんなものなのか、僕には分からない。だけどそう信じてるんだ」

翔太郎「……」

翔太郎「なぁ……今、思い出したんだけど……」

翔太郎「……なんで、最初に『久しぶり』って言ったんだ、お前……」

翔太郎「……なんで、俺がロストドライバーを使って戦う前提なんだ……」

翔太郎「……なんで、俺はそれを受け入れてるんだ……」

フィリップ「……なんでだろうね」

フィリップ「でも大事なのはそんなことじゃない。それにもうすぐ時間切れだ」

翔太郎「じ、時間切れって」

フィリップ「さっきの僕のアドバイスはくれぐれも忘れないように」

フィリップ「そしてどうか挫けないでくれ、翔太郎」

フィリップ「……僕の相棒」



翔太郎「フィリップ!?おい!フィリップ!!」

翔太郎「……」

翔太郎「……」

翔太郎「……やってやるよ」

翔太郎「俺は、一人で戦ってみせる。これから、ずっと……」

翔太郎「そしてお前の言った、その奇跡ってやつを……絶対に見届けてやる」

翔太郎「だから……」

翔太郎「安心してくれよ、相棒」


俺が目を覚ますと、さっきと同じように俺は大の字に寝そべっていた。
と言っても俺の目にな青空が映り、背中には地面の土の感触が伝わってくる。
ゆっくりと上体を起こすと、風が俺の頬を撫でた。
つられるようにそこに触れると、一粒の涙がつたった跡がある。



翔太郎「……」



しばらく無心で目を瞑った。
さっきのは夢だったのか。
単なる夢にしては、夢のアイツがあまりにアイツらしかった。
でも今は、そんなことに思いを馳せるワケにはいかない。



覚悟を決めて前に広がるを見渡す。
さきほどから感じるこの風は潮風だ。
ちょっと向こうには海があり、耳をすませば波の音も聞こえる。
周りの足元を見渡すと、地面には雑草が立派に成長していて、あまり手入れのされていない土地のようだ。
それから背後の方を見て、遠くにそびえ立つ巨大なビルに気が付いた。



こんな整理のされてない土地に建てられているにしては、あまりにも巨大なそのビルは、見覚えがあった。
俺とフィリップが出会った場所。
そしておやっさんが死んだ場所。
全ての始まり、ビギンズナイトのがあった小さな島。
此処にきたのは、死んだ人が次々と蘇るという死人還り事件で、睦月安紗美さんから死んだ姉についての調査を依頼された時以来だ。
今はもう無人島になって久しい。



この場所に連れられたということは、本田は俺たちのことを調べ尽くしているようだ。
しかし俺を放ったらかしにしておいて、奴は今どこにいるんだ?
とりあえず立ち上がり、ひとまずビルの方へと歩いてみた。




ビルの方へと近付いてみると、ところどころ割れている窓や、恐らくビギンズナイトの時のあの爆発によって煤けた跡や、鉄骨が剥き出しの部分が見えてくる。
こんなにボロボロになっても、建物って崩壊しないもんなんだなぁ、と半ば感心してしまった。
ビルの正面玄関の前が見えてきたところで、そこから一人の人影がぬっと現れてきた。
本田だ。
巨大なビルによって太陽を遮られたその場所に、彼は立っていた。



本田「申し訳ないね、ほったらかしにして。この施設の中に入ったことがなかったから、ちょっと探検してみたくなっちまってさ」





本田はそう言いながらズボンのポケットに手を突っ込み、こちらに歩み寄ってきた。
その瞳にはやはり、あのギラギラとした光がある。



本田「何のメモリで戦うつもり?俺がファングなら、やっぱりジョーカーかな?」



そう言って悠然とポケットに突っ込んだ手を出し、ファングメモリを翳す。それは照井やアイツの言った通り、基盤と挿入部が剥き出しになっていた。
やはり、試作品のT2ガイアメモリで間違いないらしい。



本田「……俺はあんたをぶっ潰す。正々堂々、完膚無きまでに、倒す」



翔太郎「……俺は負けるワケにはいかない」



本田の気迫にせっつかれるように俺の口を出た言葉は、少し弱気と取れる言い方だった。
実際、厳しい戦いになるのは明らかだ。
だがそれだけが全てではない。



翔太郎「最初にドーパントのお前と会った時、俺は変身することが出来なかった」

翔太郎「でもあの時に見逃してくれて、本当に助かったぜ」

翔太郎「今の俺は……こいつで戦える」



そう言って、俺は懐からロストドライバーを取り出した。
そして一つ、大きな深呼吸をついて腰に装着する。
本田は何も言わず、黙って俺を見ていた。



翔太郎「これで戦うって初めに決めた時は、アイツに託されたことから逃げちゃダメだって気持ちだけだった」

翔太郎「でも今は違う」

翔太郎「俺とアイツが関わってきた人たちが、この街にはたくさん生きている」

翔太郎「その人たちのこれからも、俺は俺の手で守りたい」

翔太郎「もちろん、アイツとの最期の約束も守りたい」

翔太郎「そしてアイツが言ってた、その先にきっとある奇跡ってのを、俺は見届けてみたい」

翔太郎「そのためにお前と戦う」

翔太郎「……だから、負けるワケにはいかない」



俺が懐からジョーカーメモリを出すと、本田も左腕の袖を捲った。
コネクターの紋様があるその手首には、他にも古い切り傷や、小さな火傷の跡が見えた。
響子さんに聞いていた通りだ。


『ファング!』

『ジョーカー!』



本田がガイアメモリをコネクターに挿し、白い肌を持つ恐竜のような外観に、獰猛な牙や角や爪が至る所に生えた、ファング・ドーパントに変身する。
そして俺はその姿を睨みつけながら、ロストドライバーにメモリを挿した。



翔太郎「行くぜ、……俺」

翔太郎「変身!」



あの独特のメロディがドライバーから流れると同時に、俺の身体が超合金のボディを持つ仮面ライダージョーカーに変わっていく。


アイツのいない、初めての変身。
初めての戦い。

俺は絶対に負けない。



俺の変身が終わるや否や、ファング・ドーパントが走り出してくる。
そしてあっという間に距離を詰めるながら、右手を大きく振り上げ、そして俺を目掛けて勢いよく振り下ろした。
咄嗟に上体を仰け反って避ける。
爪が空気を裂く音がはっきりと聞こえた。
そして息をする間もなく、今度は視界より下から左手で掬うようなクローがやってくる。
反射的に腕で防御すると、キィィイン!という甲高い金属音と、大きな火花が生じた。
重たい斬撃と鋭い痛みに、あっさりと腕のガードが解けてしまう。
想像以上のパワーにたたらを踏んでいるうちに、ドーパントの渾身のクローをまともに喰らって、軽く吹っ飛んでしまった。
受け身も取れずに地面を転がる。


ジョーカー『ぐぁっ!……くっそぉ、一撃が重たくて受け止めきれない……っ』


なんとか身体を起こそうとしたところで、いつの間にか目の前にはあの白い影。
はっと横に飛び退くと、俺がいた場所にファングのクローが炸裂し、地面に鋭い爪痕が残った。
街で出会った時にも見たあの痕だ。


あの爪の一撃は危険過ぎる。
現に先ほどガードした腕の痛みがまだ取れない。
ちらりと下に目を向け自分の腕を見ると、超合金と化したハズのボディの表面には、はっきりと裂傷が出来ていた。


翔太郎(だからって、いつまでも怯んでるワケにはいかねぇぜ)


ファングはまたも自ら攻撃を仕掛けてくる。
息をもつかせぬと言わんばかりの猛攻だ。
これはやはり、時間を伸ばしたくないということか?
そう考えながら、少し腰を落とし、足を肩幅ほどにやや前後で開いて、ボクサーのファイティングポーズのように腕を上げ、最初の一撃を待ち構えた。


そしてファングが振り下ろしてきた右手をギリギリまで避けず、ほんの僅かに上体を反らして交わした。
最初に避けた時よりも身体のバランスを崩さなかったため、勢いをつけていたファングは若干前のめりになり、こちらに無防備な姿を晒す。
そして左のクローが来る前に、思いっきり右腕を振り上げ、ファング・ドーパントの顎にアッパーをあてた。



ファング『くっ!』



アッパーで軽くよろめき、未だ隙だらけのファング・ドーパントのボディに、さらにブローを放つ。
だがドーパントは一歩後退っただけで、すぐに態勢を直し、袈裟懸けに爪で振り払ってきた。
それを後ろに飛び退いてかわす。



翔太郎(ジョーカーでは、攻撃力があまりないのか……)



一回メタルにメモリを変えてみるか?
しかしファング・ドーパントの動きは素早い。
堅固なメタルでも、あの一撃は耐えられないだろう。
やはりジョーカーでこつこつと、ヒットアンドアウェイをやっていくしかない。



それに、照井は間違いなく此処に来る。
さっき本田と会う前に確認したが、俺が自分に付けたマーカーは外されないまま、ちゃんと機能していた。
それにファング・ドーパントは精神汚染で自滅する可能性があるのだ。
だとしたら俺は、とにかく負けなければいい。



とは言うものの、実際それはかなり厳しい。
ファング・ドーパントの攻撃の勢いは止まらないどころか劣る気配すらないのだ。
それに俺の攻撃が当たっても向こうはあまりダメージを受けていない。



対する俺は殆どかすったような攻撃でも、喰らった一撃は裂傷として残っており、確実にダメージが蓄積されている。
それに最初に腕でまともにガードしてしまったせいで、パンチに力が入らない。
状況は明らかに俺の劣勢だった。



戦闘を開始してから十分も経っていないというのに、俺は攻撃をかわしきれなくなっていた。
超合金と化した皮膚の表面には爪痕が縦横無尽に走っている。
今はダブルになっているからこそのこの爪痕であり、変身を解除すれば恐らく俺は血塗れになっているだろう。



ファングはやはり短期決戦を仕掛けている。
それは分かるのだが、絶え間無く流れるようなクローの連続は、確実に俺にダメージを与えるばかりだ。
今も必死に、張り巡らされる斬撃の合間を掻い潜って辛うじて避けては、たまにカウンターを放つ、というのを続けている。
だがそろそろこのパターンも破綻しそうなほど、俺の身体は限界に近づいていた。



それに俺は、どうにもジョーカー・メモリの能力を引き出しきれていないようだ。
今の俺は、ただ単にサイクロンジョーカーからサイクロンを抜いた、半分だけの力。
だが本当ならそんな筈はない。
風都タワーを崩壊させたNEVERによるテロ事件。
あの戦いの中で俺はおやっさんの幻に託されたロストドライバーを使い、仮面ライダージョーカーとして戦った。
そして本来ならサイクロンジョーカーの半分しかない筈の戦闘力で、俺は次々と強敵のドーパントを撃破した。
あの時の俺は、まるで何かに導かれるかのように拳を放ち、蹴りを喰らわせていた。
その時の感覚が、今はどうしても思い出せないのだ。





100いくとは……。
もう少々お付き合い下さい。





ファング『その程度なのか?』

翔太郎『……』



突き出すような右手のクローを、思いっきり仰け反ってかわし、後ろに跳躍して距離を置く。
とうとう手を出せなくなってきた。
攻撃を当てようとして失敗すれば、こっちは変身解除するかしないかの瀬戸際のダメージを、簡単に与えられてしまう。
シャクだが照井が来るまで逃げ続けた方がいい。
とにかく攻撃をかわしてやる。
どこもかしこもが痛む身体にゲキを入れ、もう一度しっかりと構え直した。



するとそこでファングは初めてこちらに向かわず、落ち着いた様子で俺と向かい合った。



ファング『いくら待ったところで、もう一人が来るまでに間に合うかな?』

ジョーカー『……』

ファング『発信機に気付かないワケないだろ。でもあえてそのままにしておいたんだ。あの刑事さんの行動パターンを考えれば、一人で此処に来てくれるのは計算済みだし』

ファング『それともファングメモリを使ってた左さんは、このメモリに強力な精神汚染があるのも勘付いているのかな?』

ジョーカー『……』

ファング『図星って顔だ。ま、その姿じゃ顔なんて分からないんだけど……きっとそんな顔をしているに違いない』



図星だ。
とことん図星だ。
ジョーカーになっていなけりゃ、恐らく冷や汗がだらだら流れてるレベルの図星だ。


ここまで全て、アイツの手の内だったのか。
俺の考えを知ってなお戦っていたのは、それでも勝てるという自信からだったのだ。


ーー完膚無きまでに、倒す。


そしてあの言葉通り、圧倒的に俺に勝つためなのだ。



俺の魂胆なんて本田にはバレバレだった。
でも、だからどうだと言うんだ。
こいつは正々堂々と戦っている。
何か罠を仕掛けているワケでもない。
だとしたら、俺は今のまま、最善と思う方法で突っ走るしかない。
考えるより先ず行動。
馬鹿らしいがそれが俺のポリシーだ。



ならば今度は俺からだ。
覚悟を決めてファング・ドーパントに向かう。
待ち構えていたかのように、左から横薙ぎにクローがやってきた。
それが当たる寸前で踏みとどまり、クローをかわすように身体を回転して、その勢いのまま回し蹴りをこめかみに喰らわせた。
人間に元からある弱点は、ドーパントの身体でもどうしようもない。
さすがに効いたのか、相手が仰け反っているうちに、今度はボディにパンチを何発か喰らわせる。



そこでファング・ドーパントは、ぐっとふらつく足を踏み堪えた。
そして視界より右上から、大きく振り上げていた腕が凄まじい速さで振り下ろされてきた。
もうガードは出来ない。
俺は攻撃を避けて一旦距離を置くため、思いっきり横へ飛び出すように避けた。



しかしヤツはクローが空振るや否や、今度は左手で肩の辺りに生えている刃を掴んだ。
そしてあろうことかそれを外し、俺に投げつけてきたのだ。


飛び道具があるかもしれない。
あの精神世界の中で、アイツがそう言っていたことをすっかり忘れていた。
防御する間もなく、俺はその一撃をまともに喰らってしまった。



ジョーカー『ぐぁぁああ!?』



ごろごろと地面を転がる。
自分の身体を見ると、大きな一文字が胸の辺りに深々と刻まれていた。
なんとか変身解除までは持ち堪えられたが、喰らったダメージは大き過ぎる。
立ち上がろうとしても、あまりの痛みに態勢を立て直せない。



ファング『もう立てないみたいだな。安心しろ。すぐ楽にしてやる……』



ファングは自らの爪同士をゆっくりと擦り合わせ、俺の方にやってきた。
悠然とした足取りだが、隙も油断も見えない。
俺にトドメを刺すまでは気を抜くつもりはないようだ。
俺はごくりと唾を飲み込み、近付いてくるファング・ドーパントの白い影を見詰めた。



まだだ。
まだ負けるワケにはいかない。
屈するワケにはいかない。
どんなに絶望的でも、トドメを刺されるまで、俺も諦めず戦わなければならない。
最後まで喰らい付くのだ。


やっとミュージアムを倒せたんだ。
こんなところであっさりくたばっちまったら、俺はアイツに本当に顔向け出来ない。
まだ若菜姫に、あいつが生きているという嘘をつくことさえ出来ていないのに。
まだ何も、アイツに託されたことが出来ていないのに。



肩で息をつきながら、俺はなんとか立ち上がってみせた。
しかし構えすら取れない。
意識が朦朧としているのか、視界が少し霞んでいた。
誰が見ても、恐らく俺が負けるとしか思えない状況だろう。



だが俺はまだ、一発逆転の切り札、ジョーカーで勝負をしているんだ。



ファング・ドーパントは少しだけそんな俺を見ていた。
何故かは分からない。
無様な姿だと思っているのか、それとも何か他のことを感じているのか。
本田は何も言わなかった。



ファング『……』



ギラリ、と右手の刃が光る。
それがゆっくりと振り上げられる。
俺はゼェゼェ言いながらそれを見上げているだけだった。
そして、その一撃がまさに放たれるという時だった。



ふっと、遠くから聞こえる波の音が止んだ。



俺の身体は突然、ゆっくりと動き出した。
不思議と驚かなかった。
何かに動かされるように、俺は一歩足を前に出していた。
身体中にあった激しい痛みもない。
視界もクリアだった。



上から振り下ろされるヤツの右腕は、何故かのろのろと遅くなっている。
俺はその軌道からそれるように身体をずらした。
そしていつの間にか、右腕を突き出していた。
力を入れている感覚はまったく無かったが、俺の手はしっかりと拳を握っている。
まるで引き寄せられるように、拳はドーパントの鳩尾から少し横にずれた場所へと向かっていた。
ここだ、と思った。



ずしん、と確かな重たい感触が伝わってきた拳に伝わった時、ようやく俺の耳に音が戻ってきた。


ジョーカー『うぉぉおおおおおおお!!』



そこで俺は、自分が腹の底から声を出して叫んでいたことと、ファング・ドーパントが綺麗に吹っ飛ばされたことに気付いたのだった。



はぁ、はぁ、と息をつきながら右手を見た。
確かな感触がまだ残っている。
身体中の痛みが思い出したように復活してきたが、頭は妙に冴えていて、ちっとも気にならなかった。



さっきまでがらんどうだった胸に、静かな昂揚感が満ちてくる。
真っ暗な洞窟の先から光が見えたような感覚。
まだ戦える、という気持ちが溢れてくる。



前を見ると、ファング・ドーパントが殴られた腹の辺りを庇いながら立ち上がっていた。



ファング『な、なんで……そんな力がまだ残っていたのか?』

ファング『いや違う。威力はそこまで無かった。だが、喰らった場所が悪かった……』

ファング『……』

ファング『考えてる時間はなさそうだな』



言うや否や、ファングはまた爪を擦り合わせ、こちらに突進してきた。
突進のスピードそのままに、左から掬うようなクローが放たれる。
まともに動けないハズの俺は、しかしその攻撃をかわしていた。
と言っても、実際には殆ど動いていない。
薄皮一枚の極限の距離でかわしたのだ。
そして俺は、そのすぐ次に来る右手からの一撃に備えてさえいた。



やはり頭は終始冷静に受け止めていた。
俺自身にしてみれば、何もかもが静かなスローモーションの中で起こっていた。
俺は何かに導かれるように、どう身体を動かせば攻撃を避けられるのかも、どこにどんな風に攻撃を当てるのが一番ダメージを喰らうのかも、瞬時に分かっていた。
そして分かると同時に、勝手に身体が動いていたのだ。



あの時と同じだ。
NEVERと戦った、あの時と同じ。
決死の覚悟で、一気にあの風都タワーへ登っていった時と、同じ感覚だ。



ファング・ドーパントがしゃにむになって繰り出した右手の一撃。
俺の顔面に迫ってくるそれでさえ、何の恐怖もなく見詰めていた。
無音でスローなこの世界で、その爪は、俺の顔のすぐ横を通り過ぎていった。
空を裂く音すらもう聞こえない。
その爪先を見送ってやることもなく、思いっきりカウンターのストレートを顔の真正面に叩き込んだ。



吹っ飛ばされ、地面に転がるドーパント。
また音が戻ってきて、世界のスピードも早くなる。



ジョーカー『やっと分かってきたぜ……このジョーカーメモリの力が……』



ジョーカーメモリはダブルのハーフチェンジの時、特段の能力は無く、単なる身体能力と格闘技術の上昇効果しかない。
あともう一つ、俺の感覚から言えば、フィリップが使うソウルサイドのメモリにあるそれぞれのクセのようなものが、ジョーカーをセットしている場合は軽減される。
要はトリガーやメタルよりも戦いやすい、凡庸性のあるメモリということだ。



つまりダブルである時、ジョーカーメモリは必然的に本来の力を、ソウルメモリの制御の方に使っていたとすれば?
そして本来のジョーカーの能力が極限まで身体能力と格闘技術を向上させるものだとしたら?
とは言え、身体能力の上昇はダブルよりメモリが一つ少ない分、限界がある。
しかしそれを補ってあまりある格闘技術の上昇効果が、こうして現れているのだ。
そう考えれば、NEVERとの戦いを乗り越えられたのも辻褄が合う。


相手の技の流れ、クセを見切り、さらにはその動作の中に生まれてくる隙や弱点を見出す。
どんなに強固な身体を持っていようと、パンチを放ったり、蹴りを繰り出すその体勢の中には、必然的に筋肉や装甲の隙間が現れる。
また、そもそも動作には重心があるものだ。
極限まで格闘技術を向上させたジョーカーは、その隙間と重心を見つけ出し、パワーのない一撃でも何倍もの威力を与えられるというワケだ。



さすがは俺の相棒だぜ。
ジョーカーメモリは、まさに近距離格闘のためにあるメモリ。
ファング・ドーパントにはうってつけのメモリだったのだ。



ファング『くそ!なんで……』

ファング『お前はあんなにボロボロだったクセに……なんで……』

ファング『なんで倒せないんだぁぁああ!!』



立ち上がったファング・ドーパントの様子が、明らかにおかしくなる。
そして突然、肩にある刃を抜き取ると、がむしゃらに投げてきた。
咄嗟に避けると、今度は反対の肩の刃も投げてくる。
そもそも的外れな方向に飛んでいったそれは、そこにあった岩をあっという間に真っ二つに割っていった。



なんの考えも見受けられない攻撃。
とうとうメモリの精神汚染が作用してきたのだ。
戦い始めておよそ20分程度。
あまりに強力な副作用だ。
ファングのT2ガイアメモリが正規品まで作れなかったのも、納得できる。



ファング・ドーパントは手を止めず、ついには背中にある刃をも抜き取ろうとした。
しかし明らかにそれは着脱可能なタイプの刃ではなく、なかなか抜けない。
やがてブチッ、と肉の裂ける嫌な音。
無理矢理引き抜いたそれは、結局またもあらぬ方向に飛ばされていった。



ファング『俺は俺は俺は俺は俺は!ここまでやってきた!何度も計画を練って!三好どもを殺してまでな!』

ファング『俺はもう負けない!俺を日陰に追いやろうとするもの全て、ぶっ潰してやるんだ!!』

ファング『それはお前もだ……お前もだ仮面ライダァァアアア!!』



ばっと飛び出してきたファング・ドーパントは、無茶苦茶に爪を振り回す。
しかしそこまで集中しなくても、メモリの能力を理解した俺は余裕でかわせる。
そしてがむしゃらな攻撃の中、僅かな隙を縫うように、渾身のストレートを叩き込む。
ドーパントはあっさりとまた地面を転がった。



ジョーカー『本田、もう止めろ。もう戦うな。それ以上は精神汚染で苦しむだけだぞ』

ファング『ふぅぅううう、????』

ジョーカー『……本田……』


もはや言葉すら返ってこない。
獣のような唸り声だ。
実際、地面に手を付き、四つん這いの体勢になっている。
かなりファングの記憶に飲まれているようだ。



ファング『がぁぁあああ!!』



人とは思えない咆哮を発し、一気に突進してくる。
しかしファング・ドーパントは、俺の所まで走り切ることはできなかった。
突如として赤い影が物凄い勢いで俺の横を横切ると、ドーパントを吹っ飛ばしたのだ。
悲鳴を上げるドーパントとは裏腹に、その赤い影は、むくりと身体を起こしていた。



アクセル『これでも急いで駆け付けたのだが……どうやらかなり遅刻してしまったらしい』



バイクモードを解除したアクセルの声は、少し呆れたようであり、どこか明るさもあった。





>>112の唸り声が?に文字化けしてますよね……
好きな呻き声を当てはめて下さい


は…汎用性


>>114
ご指摘の通りです……
なんの違和感も無く凡庸性ってやってた……
汎用性です!


アクセル『もしかして、俺は必要なかったか?』



アクセルが地に伏しもがくファングの状態に目を留めてそう言ったが、俺は首を振った。



ジョーカー『いや、ちょうど良かった。俺一人のマキシマムドライブじゃ、メモリブレイクできる自信がなかったんだ。どう頑張っても、メモリ一個だとダブルより元の攻撃力は劣るみたいでな』

アクセル『……なら、急いで来た甲斐があった』



言うや否や、アクセルはエンジンブレードを構える。
ファング・ドーパントは唸りながらも体勢を四つん這いに立て直していた。
その姿に、アクセルが困惑したような声を出した。



アクセル『なんだあれは。あれは本田ではないのか?』

ジョーカー『精神汚染が進行してんだよ。早いとこ助けてやらないとマズイかも』

アクセル『なるほど……』




チャキッと、エンジンブレードを鳴らし、アクセルは改めて戦闘体勢を整える。
まったく、この警視さんは飲み込みが早くて助かるぜ。
そう思いながら、俺も手首をスナップさせ、腰を落とす。



それから俺たちは互いを見遣ることなく、一斉にファング・ドーパントの元へ走り出した。



凶暴化したファング・ドーパントは、先ほどより大分速い動きでぬっと右手を出して来た。
俺はあと一発を喰らえば即アウトだ。
精神を研ぎ澄まし、必要最低限の動作で左に避けると、その横っ腹に思いっきり蹴りを入れる。
攻撃を受けたドーパントがふらつく先には、既にアクセルが待ち構えているのが見えていた。
ガツン!と重たいエンジンブレードの一閃をまともに背に受け、たたらを踏むうちに更に一閃。
火花が視界に飛び散る。



そうやって何度もコンビネーションを重ねていくうちに、ドーパントは全く手を出せず、防戦一方になっていた。
俺も照井も、たぶんお互いに感じている。
明らかに戦いやすい。
アクセルとの共闘がここまでスムーズにいったことは、今までなかったと思う。
これも恐らく、ジョーカーメモリの力。
どうすればアクセルが攻撃しやすいのか、あるいはどんな攻撃を仕掛けたいのか、俺に仕掛けて欲しいのか。
それが言葉で伝えられる以上に俺には分かるのだ。



ジョーカー『うぉおお!』

アクセル『はぁああ!』



最終的には、何の合図もかわさず、俺たちは息ぴったしで同時に攻撃を繰り出していた。
俺の渾身のストレートとアクセルのエンジンブレードの鋭い突き。
ファング・ドーパントの身体は軽く吹っ飛んでいった。



アクセル『驚いたぞ、左。それがジョーカーメモリの力なのか』



なにやら感心した様子で、アクセルはマジマジと俺の姿を見ていた。
そう言えばジョーカー単体の姿は見たことがなかったかもしれない。



もうファングにはかろうじて立ち上がる力しか残されていないようだ。
唸る声にも力がない。
俺とアクセルはお互いに顔を見合わせ、頷いた。
無言のまま、アクセルはブレードにエンジンメモリを差し込み、俺もマキシマムスロットにジョーカーメモリを装填する。
ファング・ドーパントは本能的に次の攻撃がトドメであるのを察知して、足を引きずりながら逃げようとしていた。



本田明。
この世の理不尽さによって、暗い日陰に追いやられた男。
聡明な頭を持ち、誰よりも真っ当な道を歩みたいと願っていたのに、どうしようもなく道を踏み外した男。
奴の境遇を思えば、あまりにもやりきれない。
だが俺に出来るのは、今、奴の理性を蝕んでいる精神汚染の苦しみから、一刻も早く救うことだけだ。



『エンジン・マキシマムドライブ!』

『ジョーカー・マキシマムドライブ!』



アクセルは足を広くとり、腰を深く落として、エンジンメモリから解放された全エネルギーを、エンジンブレードの刃に纏わせる。
一方の俺も、ジョーカーメモリの力がマキシマムスロットによって、一時的に全て解放されるのを感じた。
そのエネルギーを全て右手に集中させる。
そして俺たちは逃げようとするファング・ドーパントの元へ走った。



アクセル『っはぁぁあああああ!!』

ジョーカー『っうぉぉおおおおお!!』



アクセルがエネルギーを纏ったブレードで、ファング・ドーパントをAの字に斬り伏せる。
そんなアクセルとドーパントを挟むようにして俺は、思いっきりストレートを叩き込む。
さしずめ、ライダーパンチと言ったところだろうか。
そうして二つのエネルギーがぶつかった瞬間、爆発が起こった。



ファング『がぁぁぁああああああああああああ………!!』



長い長い断末魔。
やがてその声が途切れ、視界を覆っていた粉塵が消えた時、大仰に仰け反っていた目の前のドーパントの身体からガイアメモリが放出され、空中で跡形もなくバラバラになった。
続いて、ドーパントの身体は本田明の姿へ戻っていく。
本田は、そのままゆっくりと膝をつき、地面に倒れていった。





カチャリ、と音がして、地面に伏したままの本田の手に手錠が掛けられる。
その音で意識を戻したのか、本田はゆっくりと目を開け、顔を上げた。
ふらふらと彷徨っていた目線が俺を捉えた時、奴は少しだけ笑ってみせた。
照井は変身を解いていたが、俺はまだジョーカーのままだった。
本田に対してどんな顔をしてやればよいのか、俺には分からなかったのだ。



本田「……途中から、意識が無かったんだけど……やっぱりダメだったか……」



そうボヤく声は、とても穏やかなものだった。
きっと本田は、自分の建てた計画が失敗に終わるのをどこかで望んでいたのだろう。
それは俺が指摘した矛盾を、本田自身がよく分かっていたからに違いない。



本田「やっぱり、本当のヒーローってのは違うんだな……諦めがついたよ……」



照井は黙って本田を見ていたが、やがて口を開いた。



照井「お前の罪は重いぞ。三好とその取り巻きの殺害容疑。それに土地取引の不正行為の数々……」

本田「それはどうかな」

照井「……なんだと?」

本田「俺が土地取引の証拠を残してるワケないだろ……三好の殺害に使った毒だって、全部三好名義でミュージアムに用意させたし……毒の注射だって俺が行った痕跡は全て消してる……」

照井「……」

本田「取り締まりは意地でも黙秘してやるぜ……俺の罪状は、ガイアメモリの不正使用……ただそれだけだ」



薄く笑いながら本田が照井を睨む。
普通なら証拠隠滅がそこまで出来るものかと思うが、本田なら話は別だ。
きっと奴の言う通り、もうどこにもそれらの証拠は残されていないのだろう。
照井も奴の余裕の態度にその可能性を察したのか、思わず本田の胸倉を掴んでいたが、その手はすぐ力を緩めた。
俺が止めたからだ。


ジョーカー『もし、お前の言う通り証拠が何も残っていなくて、ガイアメモリの不正使用の罪だけで済んだとしよう』

ジョーカー『だとしたら、お前はそこから本当に試されるんだ』

本田「……試される?」

ジョーカー『そうだ。今度こそ本当の陽の当たる場所へ行けるかどうかのな』

本田「……」

ジョーカー『本当の陽の当たる場所を選び取れたなら、そこでお前は生きていけばいい。……俺は、お前がそんな未来を歩んでいいと思ってる』



その言葉に、照井が何を言っているんだと言わんばかりに俺を睨んでいるが、無視した。
俺は本気でそう思っている。
本田の過去を思うと、そんな道を与えられてもいいんじゃないかと思う。



本田によって苦しめられた人がたくさんいるのも知っている。
三好たちも殺されたのを知っている。
でも、それでも、こいつが今まで苦しみ悲しみ絶望しながら生きてきた時間を思うと、これはこいつに与えられたチャンスなのかもしれない。
もし証拠が見付からなくて、ガイアメモリ不正使用の罪だけで済むのなら、それが苦しんで生きてきたこいつに相応しい、償いの期間なのかもしれない。



ジョーカー『まぁ、証拠が見付からなかったらっていう条件付きだけどな。言っとくけどこの刑事は優秀だぜ』

本田「……」

ジョーカー『それに出所した後は楽じゃないハズだ。きっとまた悪い奴がお前に絡んでくる。三好グループの生き残りや、お前の工作のせいで土地を奪われた人が、どうにかしてお前を探し出して、殺そうとしてくるかもな』

ジョーカー『それでも覚悟があるなら、屈することなく生きてみろよ』

ジョーカー『そしてもし、お前が道を踏み外したなら……また俺が絶対にお前を探し出して、ぶちのめしてやる』



本田「……凄いね、左さん。それ、俺のことを信じてるって言ってるのと、ほぼ同じだと思うんだけど」

ジョーカー『え?』

本田「あれ、無自覚?尚更凄いって、それは……」

本田「……」

本田「まぁ、俺がどうなるかは天に委ねるよ……死刑になろうと、軽い懲役になろうと……せっかく見付けた居場所を忘れるほど、馬鹿じゃないし……」

照井「……悪いが、お前のことは全力で捜査させてもらうからな」

本田「そりゃそうですとも……それが刑事さんのお勤めってもんですよ」



本田は結局、穏やかに笑っていた。
そしてふっと意識を手放すように目を瞑る。
さすがにメモリブレイクのショックは大きかったのだろう、気絶したようだ。
俺はそれを見届けて、変身を解除した。
身体中傷だらけの上、まだ塞がっていない傷から出血が止まらない。
照井はギョッとした様子で俺を見た。
俺が戦えていたから、ここまで酷い傷だとは思っていなかったようだ。


照井「おい、大丈夫なのか、その傷」

翔太郎「大丈夫大丈夫、なんか意識がぼーっとするけど」

照井「……それだけ傷付けた相手を庇おうとする神経は、やはり理解できんな」



ふぅ、と溜め息をついた照井は腕時計を見た。
もう風都署の連中には連絡してあるらしい。
この離れの島に来るまではまだ少し時間がかかりそうだ。




照井「変身、できたんだな」



潮風に目を細めながら、照井がそう呟く。
やっぱり心配してたんだな、こいつ。
そんな心配をしていた照井を想像すると、なんだか妙におかしい気持ちになったけど、顔には出さず俺は頷いてみせた。



翔太郎「あぁ。完全に吹っ切れたワケじゃないけどな。たぶん……ずっとアイツのことは引きずると思う」

照井「……」

翔太郎「でも他のどんなことが上手くいかなくても、戦うことからはもう逃げねぇよ。今回の事件を捜査していくうちに、たくさんの理由を見付けたからな」



俺の言葉に照井は、そうか、とだけ言って言葉少なに目を伏せた。
今回の事件のこいつがいつになく親切だったことは、俺でも分かる。
照井は照井なりに、アイツのいない現実に向き合い、俺を心配しているのだ。
それは亜樹子もそうだろう。
俺だけが一人、悲しみに暮れるワケにもいかない。



そんなことをしみじみと思いながら、俺も海と空の狭間を眺めていると、不意に照井の方から電子音が聞こえた。
ビートルフォンの着信音だ。
ズボンのポケットから取り出し、照井が訝しげな顔で電話に出る。
しかしその顔は、一瞬で驚愕の色に染まった。



照井「分かった。本田を送り次第すぐ向かう」

翔太郎「一体どうしたんだ?」

照井「……園咲若菜が目を覚ましたらしい」



どきり、と心臓が跳ねる。
若菜姫がとうとう目を覚ました。
こんな事件の後に早々と、とはタイミングが悪い。
一難去ってまた一難とはまさに今のこのことだろう。



照井「君はその怪我を直してから面会しにこい。また俺が取り計らっておく」

翔太郎「……そーだな」



俺の動揺を知ってか知らずか、照井はビートルフォンをしまいながらそう言う。
それに頷きながら、俺はぐっと拳を握った。



一先ず、本田明による事件は終わった。
この怪我が治るまでは、大人しくしていよう。
まだまだ戦いは続くのだ。
そしてアイツのいない、俺のこれからも、ずっと。





事件としてはここまでですが、まだちょっとエピローグを書いて終わりにします。
もう少しお付き合いいただければとおもいます。



~五日後、雑貨屋~



サンタ「いらっしゃーい!あ、翔ちゃんじゃん。元気してた~?」

翔太郎「ん……まぁな」

サンタ「あれ?ちょっとブルーな感じだけど」

翔太郎「そんなことねーよ。それよりまたあれ頼む。あのー、レジェンドなんとか缶」

サンタ「レジェンド・デリシャス・ゴールデン缶ね。例の猫さんはお気に召してくれたみたいで。毎度あり~」



缶詰の入った紙袋を片手に、店を出る。
街の中を見上げれば、そこにはどこからも修繕工事中の風都タワーが見える。
前まではいつ工事が終わるか分からなかったが、どうやら一年後に工事が完了する目処が立ったようだ、と事務所に遊びにきたウォッチャマンとクイーン&エリザベスが教えてくれた。
今回の事件でほったらかしにされたのをひどく怒っていたが、本田明のことは全く知らない様子だったので、仕方がないだろう。



ミュージアムの残党の一斉検挙も落ち着き、捜査体制は徐々に縮小されている。
今は本田明の余罪の立証に照井が躍起になっているが、なかなか厳しそうだ。
奴は完全黙秘していて、本当にガイアメモリ不正使用の罪だけで起訴することになるかもしれない。
三好とその取り巻きの殺害は、追い詰められた三好が企てたような状況証拠ばかり残っているらしいし、土地取引の不正はまったく足がつかないと言う。



だが照井には申し訳ないが、それならそれが本田の償うべき時間だ、という俺の考えはかわらない。
それに本田にとって、出所するその後こそが正念場なのだ。



そして、俺の正念場もこれから。



翔太郎「照井が用意してくれた面会時間もそろそろだな」

翔太郎「……」

翔太郎「こればっかは上手くいく自信が無いぜ……」

翔太郎「……」



暫くの間、ただ街に吹く風を感じて風都タワーを見上げていた。
そして俺は、ようやく足を一歩、前に踏み出した。




~一年後、砂浜~



翔太郎「……おい。おーい!」

フィリップ「あぁ、翔太郎」

翔太郎「『あぁ、翔太郎』じゃねーよ!なんでいきなりこんなとこで検索し始めてんだ!」

翔太郎「お前がついさっき戻ってきた後、どこか行きたいところはあるか?って聞いたら、あの時キャッチボールした浜辺がいいって言うから連れてきたのに」

翔太郎「あ、でも一応ボールは浜の中から探し出してきたぞ」



フィリップ「……僕が姉さんから身体のデータを貰う前、つまりエクストリームメモリの中で君を見守り始めるまでの間に、君には何があったのか、検索してたんだ」

翔太郎「……あぁ、本田の事件だろ」

フィリップ「うん。なかなか厄介な相手だったようだね」

翔太郎「俺は実際あんま活躍してねーけど。照井の方が大変だったと思う」

フィリップ「ほう。君が彼にそんな言葉を掛けるとは予想外だな」

翔太郎「いや、あん時からアイツ妙に優しいっつーか、アイツなりに俺のこと気に掛けてるみたいだったからなー。心配を掛けてたのは事実だし」

翔太郎「……」

翔太郎「……お前さ、その事件の時に俺の意識の中に出てきたような記憶ある?」

フィリップ「僕?姉さんにデータを貰うまでは記憶がないけど……」

フィリップ「……でも、そういえば夢を見た気がするな。君が僕より背が小さいのにやっと気付いて、何故かやたらと悔しがってる夢だったような」

翔太郎「いやばっちし覚えてんじゃねーか。ていうか、そこだけ!?覚えてるのそこだけなのか!?」

フィリップ「うん」

翔太郎「マジかよ……はーぁ、よりによってなんでそこだけ覚えてるのかね……」




翔太郎「……あ!」

フィリップ「またどうしたんだい、翔太郎」

翔太郎「あ、いやーその、あの事件の時、ふと思ったことを俺も思い出した」

フィリップ「?それはなんだい?」

翔太郎「あー……えっとな……」

翔太郎「いや本当に全然改まって言うことでもなんでもないんだけどな」

翔太郎「……おかえり、相棒」

フィリップ「……」

翔太郎「いやいや、あのな、まぁくだらないことなんだけどな、俺、ただいまばっか言っててお前にかえりってあんま言ってなかったなーみたいな、な?そういうな?」

フィリップ「なんでそんなに君は照れてるんだい?」

翔太郎「照れてねーし!全っ然、照れてねーし!何故なら人として当たり前の挨拶だからな!俺は当たり前のことをしたまでだからな!」

フィリップ「君が照れる所はよく分からないけど……それじゃあ、僕からも一言」

フィリップ「ただいま、相棒」

翔太郎「……」

フィリップ「あ、今度は目が潤んでるんじゃないかい?」

翔太郎「いや潤んでない!むしろドライアイだ!そんくらい乾いてるからな!」

フィリップ「パソコンを使わない君がドライアイになるのかい?」

翔太郎「うっせー、なるときゃなるんだよ。……それよりも、どうする?キャッチボール、するか?」

フィリップ「そうだね。亜樹ちゃんには時間を潰して来いって言われてるし」

翔太郎「お前の留学おかえりパーティやるからな」

フィリップ「あぁ、本当に楽しみだよ。久しぶりにゾクゾクするねぇ。……だからちゃんと時間を潰さなきゃ」

翔太郎「そうだな。よーし、見てろよフィリップ。今日は本気だぜ。俺の渾身のフォークを受けてみな……!」

フィリップ「ふふふ。君の投球フォームのクセから、変化球の種類、軌道、球速、コントロール力、すべて検索済みさ。受けて立つよ……!」



そうして僕と翔太郎は砂浜で本気のキャッチボールをした。
周りからは若干奇妙な目を向けられているようだけど、僕たちは一切気にせず、夢中になってボールを投げ合っていた。



ねぇ、翔太郎。
さっきはあんなこと言ったけど、本当は僕、あの夢のことを全て覚えているよ。
僕がなんて言ったかもちゃんと覚えてる。
いつかきっと、君なら奇跡が起こせると言ったことも。

そして君は本当に起こしたんだ。
だって君は、若菜姉さんの心を動かした。
嘘をつき通せなかったことを君が悔やんでいたのを、僕はよく知っている。
でもね、本当の若菜姉さんは、僕の死を受け入れ、それ以上のことを成し得る強さを持っていたんだ。
姉さんはそのことを、君の姿から思い出した。
僕を失いながら、姉さんを訪ね続けた君の姿から。

消える前にも言ったけど、君の相棒であることは、やはり僕の誇りだ。
しかしそう思うと、妙に胸がムズムズしてしまった僕は、何故だか思いっきり遠くへボールを放り投げてしまった。
翔太郎がくそー!と言いながら走っていく。
すまない翔太郎!と声を掛けながらも、僕も随分と彼らしいことをするようになってしまったなぁ、とこっそり笑った。

僕たちのこれからも、この街にちゃんとあったんだね、翔太郎。




おしまい


読んでいただいてありがとうございます。
初めてのSSだったので、100を越すほど書くとは思わなかった……。


翔太郎たちが過去にかかわった人たちを、各事件から一人ずつ出していこう!
という目標を立てて書いていたのですが、プロットもろくに考えず書いていたので、けっこう人を出せなかった事件があります。
みなさんどの回かお気付きでしょうか?


バイオレンス・ドーパントの回、バード・ドーパントの回、ナイトメア・ドーパントの回、あとエターナルのVシネとMovie大戦COREです。
丼ドーパントも入れられるかも……。

言い訳すると、バイオレンスだけは上尾捕まってるし佐伯素子は始末されたしで無理かなとなり、エターナルはNEVERで一まとめでいいかなと。
でも他は完全にミスです。
猛省してます……。

エナジー・ドーパントのでる最終回はサンタちゃんの店でカウントしてます。




誤字脱字や連投が多くて申し訳ないです。
ゲスト出しまくる話なんて、需要あるかなと思っていましたが、いろんなレスをいただいて励みになりました。
それでは!





いろいろご指摘ありますように本編との矛盾があります。
映画関連のとこは特にうろ覚えで書いてしまったので……。
もし次にSSを書くことがあれば、ちゃんと考えてからにしないとダメですね。
書いていく中で勉強になりました。







照井は君と呼んでたと思ってしまってて……重ね重ねすみません。
あとどうでもいいですが、三好理人は「ミスリード」から、本田明は「ほんめいだ」をちょっと入れ換えて命名しました。
別にミスリードも何もなかったんですけどね。
あとがきで作者らしく言ってやろうと思って悩んで名前を考えたのに、言うの忘れてたので……。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年02月08日 (日) 22:21:16   ID: ndIOHPXg

このSSはいいねぇ。
特にジョーカーの考察がいい。
ゾクゾクしたよ!

なんて上から目線で書いちゃったけどすごく面白かったです!
ダブル好きだからこういうSSは純粋に嬉しい!

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