赤沢「このお守りを買えば現象による死を回避できる?」(152)

千曳「ああ、そうだ。こういうオカルト話は嫌いかな」

赤沢「いえ……そういうわけではありませんが。
   ほんとうに効果はあるんですか?」

千曳「効果は折り紙つきだよ。
   その道では他に並ぶものがいないと言われている
   祈祷師に直接お祈りをかけてもらったものだからね」

赤沢「へえ」

千曳「それで、買うかい?」

赤沢「まあ気休め程度にはなるでしょうし……
   買いますよ、いくらですか?」

千曳「ひとつ4万8000円だ」

赤沢「高っ!」

千曳「うむ、分かってる。
   たしかに中学生の小遣いにしては高いかもしれない」

赤沢「高いなんてもんじゃないですよ」

千曳「君の小遣いは月にいくらだ?」

赤沢「必要な時に親からもらうようにしてるので、
   定額のお小遣いはありませんが……
   だからといって4万8000円も親に貰えませんよ」

千曳「そうか……じゃあ買わないということか」

赤沢「はい、遠慮しておきます」

千曳「残念だな……このお守りを買わないとなると……
   次に現象で死ぬのはもしかしたら君かもしれないな……」

赤沢「……」

千曳「いや、もしかしたら……君のご両親かもしれない」

赤沢「りょ、両親が……?」

千曳「そうだよ、君だって分かってるだろう。
   現象は自分の家族にも影響が及ぶということを」

赤沢「それはわかってますが……」

千曳「このお守りさえあれば、卒業まで安心して過ごせるんだがなあ」

千曳「この恐ろしくて理不尽な現象から身を守れるんだから、
   ひとつ4万8000円くらいなら安いものだと思うんだが……
   そうか、いらないか……」

赤沢「ちょ、ちょっと待ってください!」

千曳「何かね」

赤沢「……本当に効果あるんですか、それ?」

千曳「ああ、もちろんだ。さっきも言っただろう。
   綾辻行(あやのつじゆき)という高名な祈祷師に頼んでお祈りを捧げてもらったんだよ」

赤沢「はあ」

千曳「その依頼料が思ったより高くついてしまってね、
   このお守りも4万8000円という値段で売らざるをえないんだよ」

赤沢「しかしお祈りなんかで現象による死を回避できるとは……」

千曳「お祈りなんか、とは何だね。
   綾辻行氏はその霊能力により日本を裏で動かしてきた一族の末裔だぞ。
   昭和天皇が87歳まで永らえたのもこの一族のおかげであるとかナントカ」

赤沢「怪しいなあ……」

千曳「君はうたぐりぶかい子だなあ……
   榊原くんはすぐに信じてくれたのだが」

赤沢「えっ、恒一くんが?」

千曳「ああ。今と同じような話をしたら
   君のように疑ったりせず、すぐにお守りを受け取ってくれたよ」

赤沢「ホントですか……?
   東京出身の都会っ子がそんな話すぐに信じるとは思えませんけど」

千曳「いやいやいや、それは田舎者の偏見だよ。
   むしろ都会っ子のほうがこういうことを信じるんだよね」

赤沢「そうなんですか?」

千曳「ああ。都会の生活というのは君にも想像できるだろうが……
   大気汚染、騒音、受験戦争、渋滞、満員電車、凶悪犯罪……
   心と体をすり減らしてしまうような環境の中にありながら
   近所付き合いや地域のつながりは薄くなり、他人と支え合うこともできない……
   だから都会に住む人々は、祈りや風水で日々の荒んだ心を癒しているんだよ。
   それは榊原くんも例外ではない」

赤沢「へえ~、そうだったんですか」

千曳「それで、君はどうするんだい?
   榊原くんも買ったこのお守り……買うかい?」

赤沢「そうですねえ……
   ひとつ4万8000円ですよね、うーん」

千曳「お父さんやお母さんに出してもらえばいいじゃないか。
   可愛い娘を守るためなら、それくらいの出費は
   親にとってなんともないと思うがねえ」

赤沢「はい、分かりました。
   とりあえず親に相談してみますね」

千曳「ああ、いい返事を期待しているよ。
   私も一教師として、生徒を失いたくはないからね」

赤沢「ところで先生、そのお守りが一つあれば
   私の家族全員が守られるんですか?」

千曳「いや、家族一人につきひとつお守りが必要だ。
   君は何人家族だったかな」

赤沢「私と両親の3人家族です」

千曳「そうか、じゃあ3つ必要だね」

赤沢「そうすると結構高くついちゃいますよね。
   えーと、4万8000×3で……14万4000円ですか」

千曳「分かった。それなら3つセットで買ってくれれば12万円に値下げしよう」

赤沢「えっ、いいんですか?」

千曳「ああ、君にだけの特別サービスだ。
   他の人には値下げしたということは内緒だよ」

赤沢「ありがとうございます、先生。
   家に帰ったら早速両親に話してみます!」

千曳「フッフフ」

赤沢家

赤沢「パパ、ママ、ちょっと話があるんだけど」

パパ「なんだね泉美」

赤沢「実は……今年も現象がある年だったでしょう?
   この前もゆかりが死んでしまって」

パパ「ああ。あれは痛ましい事故だったな」

ママ「泉美は気をつけるのよ……あなたに死なれてしまったらママはもう……」

赤沢「うん、そのことなんだけど……
   実は演劇部の顧問の先生がお守りを売ってくれるんですって」

パパ「お守り?」

赤沢「ナントカっていう祈祷師にお願いして作ったお守りで、
   それさえあれば現象で死ななくて済むんだって」

パパ「お守りねえ……」

ママ「ホントに効果あるの?お守りだなんて」

パパ「まあ、無いよりはマシかも知れないが。で、いくらなんだ?」

赤沢「12万円」

パパ「高っ!」

パパ「たかがお守りに12万も出せるか」

赤沢「お願い、パパ、ママ!
   私、このお守りで卒業まで無事に過ごしたいの」

ママ「でもねえ、お守りなんてほんとに効果があるのかどうか」

赤沢「あるわよ、パパやママは知らないかもしれないけど
   東京ではお祈りや風水が普通に使われてるんだって。
   決して胡散臭いオカルトなんかじゃないのよ」

パパ「うーん……」

赤沢「それに12万円っていうのは今だけの特別価格なの!
   もともとひとつ4万8000円だっったのを
   千曳先生が特別に値下げしてくれたのよ。
   このチャンスを逃したら2万4000円分損してしまうのよ」

ママ「まあ、そんなに」

赤沢「お願い、このお守りがあれば
   パパもママも1年間無事に過ごせるんだから、ねっ」

パパ「わかったわかった、まったく仕方ないな」

ママ「そうね、大事な家族を守るためですものね」

赤沢「わあい、ありがとうパパ、ママ!」

パパ「はっはっは」

翌日

赤沢「♪~」

小椋「おはよう、泉美ー」

綾野「おっはよー」

赤沢「おはよう」

小椋「あれ? カバンに何つけてるの?」

綾野「お守りじゃん。やっぱり現象対策なわけ?」

赤沢「まあね」フフン

小椋「ふーん、泉美がそんなの信じてるなんて意外だったな」

綾野「ワラにも縋るってやつだね」

赤沢「そんなんじゃないのよ。
   このお守りは本当に効果があるやつなの」

小椋「えー、マジで?」

赤沢「ええ、千曳先生に売ってもらったの。
   なんかね、高名な祈祷師にお願いして作ったんだって」

綾野「へえ~」

小椋「なんか胡散臭いよね。ホントに意味あるの?」

赤沢「あるわよ、恒一くんだって買ってるんだし」

小椋「えっ、榊原くんも?」

赤沢「ええ、やっぱり東京育ちは私達みたいな田舎者と違って
   物の本質というものをいち早く見抜いていたのよ」

小椋「ほほお」

綾野「こういっちゃーん」

恒一「なあに、綾野さんとその他」

綾野「こういっちゃんも千曳先生からこのお守り買ったの?」

恒一「ああ、買ったよ。ほら」

綾野「おお、ホントだ」

赤沢「実は私も買ったのよ、恒一くん」

恒一「そうなんだ、これで僕らはもう大丈夫だね」

赤沢「そうね、恒一くん///」エヘヘ

小椋「ふうん……榊原くんが買ってるなら、私も買おーかなあ」

綾野「私も、こういっちゃんが買ってるんなら……」

小椋「で、これいくらするの?」

赤沢「4万8000円よ」

小椋「高っ!」

赤沢「でも高いだけの価値はあると思うわ。
   これがあれば卒業まで無事に過ごせるわけだし」

小椋「それはそうかもしれないけど」

綾野「こういっちゃんも4万8000円でこれ買ったの?」

恒一「え? あー……」

恒一(実は特別サービスで500円で売ってもらったんだけど……
   このことは内緒にしておけって言われてるからなあ)

恒一「うん、僕も4万8000円で買ったよ。やっぱり命には変えられないからね」

綾野「そっか、うーむ」

小椋「でも命の値段だと思えば、むしろ安いくらいかもしれないわね」

赤沢「そうよ、死んじゃったら元も子もないんだから。
   買っておくに越したことはないと思うわ」

綾野「そうだね、じゃあ放課後千曳先生のところに行ってみる」

小椋「私も」

榊原「さすがに無能のそしりを受けても仕方がないことはあるね」

見崎「そうね。あんなもの信じるなんて」

その後

勅使川原「なあ知ってるか? 千曳がお守り売ってるらしいぞ」

望月「知ってる知ってる、それがあれば現象の死から守られるって」

王子「しかし、ホントに効果あるのかねえ」

猿田「日本で一番スゴイ霊能力者に頼んで作ってもらったらしいぞな。
    なんでも富士山を自由に消したり出したりできるとか」

中尾「マジかよすげえなそれ」

風見「赤沢さんや小椋さんたちももう買ったみたいだね」

木村「でも一個4万8000円もするんだろ? たけえよ」

川堀「確かに高いけど、それで自分の身と家族が守れるんなら……」

水野「俺、もう親にお金もらってきたよ。放課後買いに行く」

前島「うーん、俺も早いうちに買っといたほうがいいかなあ」

高林「お守りがないままビクビクして過ごすよりは、あったほうがいいかもね」

米村「そうだなあ、ないよりはあったほうがいいよなあ」

和久井「それで本当に死ななくて済むならむしろ儲けもんだよ」

勅使川原「だよなー。俺も親に金貰って買いに行くわ」

後日

千曳「10万、20万、30万……」ピッピッ

赤沢「千曳先生~」

千曳「おっと……な、なんだ君か……」

赤沢「部活が始まってもいらしゃらないので呼びに来たんです。
   何をされてるんですか?」

千曳「い、いや何でもないよ。
   ところでみんなお守りはちゃんと身につけているかな」

赤沢「はい、バッチリです。
   あれさえあれば、もう誰も死ななくて済むんですよね」

千曳「ああ、そのはずだ……君の対策係としての仕事もなくなってしまうね」

赤沢「なくなったほうが平和でいいじゃないですか」

千曳「それもそうだ、ハッハッハ……」

赤沢「じゃあ先生、部活に……」

千曳「…………」

赤沢「どうしたんですか? 先生」

千曳「クラスのみんなにお守りはちゃんと行き渡ったんだよ……な」

赤沢「はい、クラスのみんなにも、そのご家族にも。
   それがどうかしたんですか?」

千曳「いや……お守りを作ってもらう際に言われた
  綾辻行氏の言葉が気になってな」

赤沢「綾辻行ってくだんの祈祷師ですか。
   何を言われたんですか?」

千曳「いや、たいしたことではないんだよ。
   気にするほどのことでもない」

赤沢「はあ」

千曳「さあ、部活に行こう。
   もう誰も死ぬことはない、1年間平和に過ごせるんだ。
   部活にも精を出せるというもの……」

赤沢「はい、みんな張り切ってます。
   ですから先生もご指導よろしくおねがいします」

千曳「任せておきたまえ、はっはっは……」



鳴「この数日後、再び惨劇が起こるとはこの時は誰も
  予想していなかったのでした。
  それは当然です、千曳先生から買ったお守りがあれば
  みんなもう死なないのだと思っていたのですから。
  しかしそれは災厄が止まるという意味ではなかったのです」

1ヶ月後

勅使川原「おい、どういうことだよ千曳先生!」

風見「説明してもらいましょうか」

杉浦「あのお守りさえあれば、誰も死なないんじゃなかったんですか?」

高林「フェアじゃないですよ千曳先生」

小椋「どうしてまた人が死んでるんですか……?」

中島「これは災厄のせいなんですか? それともただの事故なんですか?」

和久井「納得の行く説明をしてください!」

綾野「このお守り、ホントに意味あんの!?」

水野「そうだよ、ちゃんと説明しろ千曳!
   なんでうちの姉ちゃんが死ななくちゃいけねえんだ!
   死んだ時も肌身離さずあんたのお守りを身につけてたんだぞ!」

赤沢「先生、もしかして私たちのこと……騙していたんですか?」

千曳「…………」


鳴「そうです、水野くんのお姉さん……水野沙苗さんが
  エレベーターの落下事故によって亡くなってしまったのであります。
  このせいでクラスのみんなの千曳先生に対する不信感は爆発してしまいました」ベンベン

千曳「うっ……ううっ……」

恒一「先生?」

千曳「すまないっ……すまないみんなああっ!うあああああああっ!!!」

赤沢「お、落ち着いてください先生!」

千曳「くそおおっ……私はみんなを守りたかった……
   もう誰も死なせたくなかっただけなのにいいいっ!!」

赤沢「先生、泣かないで……落ち着いてくださいっ」

千曳「私には誰も守ることはできないのかーっ!」ガンッガンッ

望月「千曳先生……」

勅使川原「わ、悪かったよ……言いすぎたよ、ごめん」

杉浦「すみません先生……私達もパニックになってしまって」

小椋「そうだよ、先生は私達を守ろうとして
   このお守りを作ってくれたんだよね……」

綾野「うん……」

風見「……先生、一応説明してもらえますか?
   どうしてお守りを持っていたのに水野のお姉さんが亡くなったか……」

千曳「ああ……」

千曳「実はこのお守りを作ってもらう時に
   祈祷師の人に言われていたことなのだが……
   このお守りで現象による死を回避できることは間違いないんだ」

赤沢「それならどうして……」

千曳「ああ、なんというか……このお守りの効能は絶対的なものではなく相対的なものというか……
   つまりその……持っている人がプラスで持っていない人がゼロとすると
   もちろん災厄はゼロの人のほうに振りかかるわけだが……あー……なんというか……全員がお守りを持つと……
   つまり全員がプラスの状態になると、それは等しくなって……要するにみんなゼロになるのとおなじになるわけで……
   だから災厄はみなに等しく降り掛かってしまうというか」

勅使川原「えっ? よく分かんないんだけど」

杉浦「つまり、全員がお守りを持った状態だと
   効果が相殺されてしまって意味がなくなる、と?」

千曳「まあ簡単にいえばそういうことだ」

王子「それじゃあもうこんなお守り、持ってても意味ねーじゃねえか」

中尾「返品するから金返してくれよ」

川堀「馬鹿かお前、今そのお守りを手放したら今度はお前が死ぬぞ」

小椋「てゆーか今のままだとまた誰が死ぬか分からないってことでしょ!?」

和久井「ええっ、ど、どうすりゃいいのさ」

千曳「安心したまえ。この壺があれば現象による死を回避できる」

勅使川原「つ……壺?」

千曳「ああ、この壺だ……どっこいしょっと」ドスン

恒一「で、でかいな」

千曳「これは中国の雲南省に住む水島努(シュエタオドゥ)という
   とある寺院の仏僧に作ってもらった特別な壺でね。
   この壺を家の真ん中に置いておき、毎晩壺の中に
   お経を唱えていれば、あらゆる不幸から身を守れるんだ」

王子「おおお、これで助かるんですね」

綾野「あー良かった……」

川堀「どうなるかと思ったけど、これでもう安心だな」

千曳「しかし心苦しいのだが……
   これをただで配るというわけにはいかないんだ。
   作るのにもタイヘンな費用がかかってしまったし、
   水島努氏にもかなり負担をおわせてしまったからねえ」

赤沢「で、いくらなんですか?」

千曳「ひとつ250万円だ」

恒一「たっ……高い!」

望月「でもこれがあれば助かるなら……」

杉浦「ちょっと待ってください」

千曳「何かね?」

杉浦「先ほどのお話がもしこの壺にも当てはまるとしたら……
   クラス全員が壺を買ってしまうと意味がなくなるのでは?」

高林「ということはつまり……壺の効果を発揮させようと思ったら
   このクラスの誰か一人は壺を買えない……ということ?」

千曳「残念だが……そうなるねえ」

和久井「そんな……」

米村「誰か一人を見捨てろってことかよ」

多々良「そんなこと……」

川堀「……」

赤沢「先生! 300万まで出します!」

勅使川原「あっ、ずりい! じゃあウチは320万で買います!」

王子「親父の退職金前借りさせて400万出すんで売ってください!」

水野「姐さんの生命保険が下りたら払いますから500万で買います!」

千曳「はっはっは、落ち着きたまえ」

鳴「このあと壺はオークション状態になり
  みんなが競って値を吊り上げていったのです。
  最高落札額は赤沢さんの820万円、
  次に風見くんの800万円、その次が多々良さんの750万円。
  壺一つに馬鹿らしいと思われるかもしれませんが、
  これが命の値段だと思えば安い……とみんな自分に言い聞かせて落札したのでした。
  さて、最後まで落札出来なかった一人が壺を買えないということになり……」ベンベン


千曳「さて、これでみんなに壺は行き渡ったね。
   毎晩この壺の中にお経を吹き込むんだよ、そうすれば助かるからね」

「は~い」

千曳「お金を沢山払うのは大変かもしれないが、
   家族の方とよく相談して支払ってくれたまえ。
   まあ女子に限っては……放課後図書室に一人で来てくれれば相談に応じるが」

有田「えっ、安くしてくれるんですか」

勅使川原「なんで女子だけなんですかあ~」

千曳「さて、それじゃみんなの無事を祈ってるよ」

中尾「…………」

恒一「先生、中尾くんだけ壺を買えてないんですが……」

千曳「申し訳ないが、仕方が無いよ。
   やはりこういう時にはお金がモノを言うんだからね」

中尾「くそっ、金のないやつは死ねってのかよ……」

望月「それが資本主義社会だよ中尾くん」

勅使川原「お前のこと絶対忘れないからな、中尾」

中尾「うるせー! くそう、このままじゃ次の犠牲者は俺じゃねえか!
   やだよー、死にたくねえよー!」

恒一「落ち着いて、中尾くん……」

中尾「ちくしょー、例のお守りを買うだけでも手一杯だったのに……
   そのうえ壷一つに最低250万円だなんて……買えるわけねえよ。
   どうすりゃいいんだよお……」

恒一「そうだ、誰かに壺を売ってもらうっていうのは……」

中尾「誰が売ってくれるってんだよ……このままじゃ俺は……俺の家族は……」

勅使川原「そういや、壺に吹きこむお経ってどんなお経がいいんだ?」

望月「南無妙法蓮華経でいいんじゃない?」

勅使川原「ちゃんとお経を唱えないと死んじまうからな~」

望月「そうだね~あははは」

中尾「ちっ……ちくしょおおおおおおお!!」ダダダッ

恒一「中尾くん!」

赤沢さんの家はセルシオ乗ってたが、800万だと1台買える値段じゃないか?

中尾家

中尾「はあ、はあ、はあ……」

ママ「あらお帰り。どうしたの、そんなに血相変えて」

中尾「母さん……この家っていくら貯金あるんだよ……」

ママ「貯金~? んなもんないわよ、子供二人も私立学校に入れちゃうとねえ。
   あんたの高校の学費だって必要だし」

中尾「それじゃあこの家にあるもん全部売っぱらっちまおうよ!
   そうでもしないと、俺たち……災厄で……」

ママ「何言ってるのよ、あのお守りがあればもう災厄は……」

中尾「違うんだよ、もう意味ないんだ!
   みんな新しく壺を買ってんだよ! 250万!
   でもウチにどんだけ金があるのかもわからなかったし……
   俺だけ買えなくて……それで……」

ママ「そ、そんな……じゃあ次に死ぬのは……」

中尾「そうだよ、俺達なんだよ! うわああああああああ」

ママ「お、落ち着きなさい! 何か他に手立ては……」

中尾「ねえよ、壺を買えなかったらもうおしまいなんだよお!
   うちには金がないから助からないんだよおおおおおお」

ママ「そのお守りも壺も、千曳先生が売ってたものなんでしょう?
   なら他にも道具を用意してくださってるんじゃないかしら。
   それを買えば……」

中尾「でも金ないだろ……」

ママ「大丈夫よ。この家を売りましょう」

中尾「なっ、何言ってるんだよ!
   この家は死んだ父さんが立ててくれた大事な家だろ!
   それを売っちまうなんて……」

ママ「いいんだよ、父さんだって許してくれるさ。
   こんな家より家族の命のほうが大事に決まってる」

中尾「母さん…………」

ママ「まだこの家も新しいからね、
   売ればきっとまとまったお金になるはずだよ。
   だからあんたは明日、千曳先生のところに相談に行きなさい」

中尾「でも……家を売ったら、俺達どうなっちまうんだよ」

ママ「あんたはそんな心配しなくていいの。
   全部母さんに任せておきなさい、今は私が一家の大黒柱なんだから」

中尾「母さん!」ヒシッ

ママ「息子!」ダキッ

翌日

千曳「1000万、2000万、3000万……」ピッピッ

中尾「千曳先生、いますか?」

千曳「おっと……な、なんだ君か……」

中尾「実はその、例の壺の件について相談に来たんですけど」

千曳「ああ、それか……本当に残念なことなのだが、
   君に売るわけにはいかないんだ……
   誰かも言っていたように、全員が壺を所有してしまうと
   効果がなくなってしまうからねえ」

中尾「他にはないんですか、壺の他には……
   お金なら用意できますから」

千曳「ううむ……なくはないが……
   これはちょっと普通の人に渡せるものじゃないんだよ。
   まあ、そのぶんご利益も素晴らしいが」

中尾「それ買います、ぜひ売ってください!」

千曳「そうか、そこまで言われてしまうとなあ……
   仕方がない、売ってあげよう」

中尾「本当ですか、ありがとうございます!」

千曳「どっこらせっと……この仏像なんだ」ドスン

中尾「仏像……ですか」

千曳「ああ。鎌倉時代の仏師である秘栄和阿楠(ぴえいわあくす)の作だ。
   秘栄和阿楠は、当代一と謳われたほどの腕の持ち主だったのだが、
   晩年には霊術というか、神術に夢中になってしまっていてね。
   彼が自らの手に神を宿らせて彫った仏像がこれなんだ」

中尾「おお、なんか凄そうですね」

千曳「秘栄和阿楠の死後、この仏像は多くの人のもとを渡ってきた。
   国内で言えば足利尊氏、徳川家康、東條英機、野茂英雄……
   さらに海外では毛沢東や李承晩もこれを所有していたという」

中尾「なるほど、歴史上の偉人もこの仏像に宿った力で……」

千曳「そういうことだ。
   だがしかし、万人にこの仏像の利益が働くわけではない」

中尾「というと?」

千曳「ある種の霊感が必要なのだ。
   その霊感を持っていないと、この仏像も意味を成さないんだよ」

中尾「普通の人に渡せるものではないというのは、そういうことですか」

千曳「ああ、そうだ」

中尾「僕、霊感あるでしょうか」

千曳「ふむ、ちょっとためしてみるか」

千曳「ちょっとこの仏像の胸のあたりに手をかざしてみてくれ」

中尾「こうですか?」

千曳「そうだ。掌が温かくなってこないか?」

中尾「…………」

千曳「どうだ、温かくなったか?温かいだろう」

中尾「おお、そう言われてみるとなんだか温かくなってきた気がします!」

千曳「そうか! それは仏像に流れるスピリチュアルエナジーが
   君とシンクロした証拠だよ! おめでとう、君はこの仏像に選ばれた!」

中尾「ホントですか! 僕スピリチュアルエナジーとシンクロできたんですか!」

千曳「素晴らしいよ……この仏像は君のために生まれてきたんだ。
   よし、この仏像を君に売ってあげよう!」

中尾「ありがとうございます、で、いくらなんですか?」

千曳「3000万円だ」

中尾「さっ、3000万……
   分かりました、ちょっときついですけど……買います!
   それで家族と僕が助かるなら!」

千曳「その言葉を聞きたかった」

後日

恒一「よかったね、中尾くん」

望月「すごいねえ、鎌倉時代の仏像だなんて」

中尾「ただの仏像じゃないんだぜ?
   俺のスピリチュアルエナジーとシンクロしたんだからな」

勅使川原「なんだよスピリチュアルエナジーって」

中尾「そりゃスピリチュアルなエナジーだよ。なんかこう、精神的な?」

勅使川原「ふーん」

中尾「ま、お前らは壺に向かってお経でも唱えてろってこった」

勅使川原「ったく、調子に乗りやがって」

望月「でもよかったじゃない、これでもうクラスの誰も死なないんだから」

勅使川原「赤沢もお役御免だな」

赤沢「そうね、これで一安心だわ」

ガラッ
小椋「…………」

赤沢「由美、おはよ……どうしたの?」

小椋「あ、兄貴が……」

赤沢「え……お兄さんがどうしたの?」

小椋「ショベルカー……2階……首チョンパ……」

赤沢「ど、どういうこと? 落ち着いて話して……」

小椋「あ、兄貴が死んじゃった……」

勅使川原「え、ええええええええ!?」

恒一「そんなバカな! もう災厄は起こらないんじゃ……」

望月「ま、まさか中尾くんが仏像を買ったせいで!?」

中尾「ふざけるなよ、なんで俺のせいなんだよ!」

望月「だってこのタイミングで起こるってことは
    もうそれしか考えられないじゃないか……」

中尾「お、俺は関係ねえからな!」

小椋「ううう……」グスッ

赤沢「ちょっと黙ってなさいよバカ男子ども」

恒一「とにかく千曳先生に聞きに行こう、なぜ小椋さんのお兄さんが亡くなったか」

赤沢「そうね……」

最初は恒一もグルかと思ってたが、この反応は……

図書室

千曳「なるほど……また犠牲者が出てしまったか」

赤沢「どうしてまた……
   やはり壺にも効果はなかったんですか?」

千曳「いや、壺の効果は間違いない。
   小椋くん……君のお兄さんは、もしかしてお経を唱えるのを
   サボってしまったのではないかな?」

小椋「あっ、そういえば最近まともにやってなかった……」

恒一「なるほど、そのせいで」

千曳「残念だった……私の言うことをきちんと徹底してれば
   お兄さんが亡くなることもなかったのに」

小椋「はい……」

千曳「しかしマズイことになったな」

赤沢「マズイこと?」

千曳「今の小椋くんの家の状態は……いわば風穴が開いてしまったようなものだ。
   お兄さんの死によって、災厄が付け入る隙が生まれてしまった。
   もう壺があっても死を回避することはできなくなってしまったというわけだ……」

小椋「そ、そんな……またうちの家族が死ぬってことですか!?
   いったいどうしたらいいんですか……!?」

千曳「だが大丈夫。この御札があれば」

小椋「お、御札?」

千曳「護符の一種だ。これを家に貼っておけば、
   死が家に入り込むのを防ぐことが出来る。
   たいへん貴重なものだが、特別に売ってあげよう」

小椋「ありがとうございます、1枚貼ればいいんですか?」

千曳「いや、まず君のお兄さんがいた部屋の四隅……
   それから玄関、窓、風呂やトイレなどの水まわり、
   あとリビングなど人が集まるところ、軒下、屋根裏、寝室……
   これくらいに貼っておけば大丈夫だ」

小椋「たくさん必要なんですね……でも買います!
   家族を守るためですから」

千曳「1枚20万円だ。
   あと、4日ごとに新しいものに張り替えなければならないからね」

小椋「分かりました、なんとかしてお金を用意します。
   私も部活やめてアルバイトやります!」

千曳「ああ、その意気だ。
   ともにこの理不尽な現象を戦い抜こう!」

小椋「はい、先生!」

恒一「がんばってね、小椋さん」

中学生が出来るアルバイトなんて……

その夜

恒一「是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪
   即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶般若心経」

恒一「よっし、今日の分のお経は終わり」

恒一「次は怜子さんがお経を唱える番だったな」

 ブーッブーッ
恒一「あっ、父さんから電話だ。もしもし」

パパ『おう、恒一か。インドは暑いぞ~』

恒一「前にも聞いたよ。で、何の用?」

パパ『ああ、ちょっと生きてるかどうかの確認だ。今年は災厄がある年なんだろ』

恒一「そうなんだよ、でももう大丈夫なんだ。千曳先生っていう先生が色々売ってくれてね、
    最初はお守りだったんだけどそれは意味がなくなっちゃって、今度は壺を買ったんだよ。
    それは250万円だったんだけど、みんな値を吊り上げててさ、僕は400万円で買ったんだ。
    その壺に毎晩お経を唱えていれば災厄を回避できるんだけど、友達のお兄さんはそれを怠けちゃって
    死んじゃったんだ。そしたら千曳先生はその友達に御札を20万円で売ってくれて、でもそれは
    4日ごとに新しく張り替えなきゃならないみたいで大変だからその友達もバイトして頑張るって。
    あと3000万円くらいするすごい仏像を買った友達もいるんだ、なんか霊力が宿ってるんだって。
    お金はいっぱいかかっちゃったけどでもこれで卒業までみんな死ななくて済むんだよ」

パパ『恒一、お前それ詐欺だぞ』

恒一「えっ?」

恒一もアホの子だったか

恒一「何言ってるんだよ父さん……」

パパ『馬鹿かお前は。
   何が壺だよ、そんなもん買わされやがって。
   災厄があって不安なのは分かるけどなあ、
   そこにつけこまれてどうするんだよ、バカ息子め』

恒一「だ、だって……ホントに災厄は止まってたんだよ」

パパ『止まってないだろ、今友達の兄が死んだっつってたじゃねえか』

恒一「それはそのお兄さんがお経をサボってたからだって先生が」

パパ『アホか、そんなもんその教師のこじつけに決まってるだろ。
   典型的な霊感商法じゃねえか』

恒一「そ、そんなことないよ!
   千曳先生はとってもいい先生なんだよ、
   僕たちを守ろうと色々用意してくれたんだから」

パパ『じゃあ警察に言ってみろ。
   絶対その教師逮捕されるから』

恒一「分かったよ、明日警察行ってくる。
   千曳先生が無罪だっていうことを証明してみせるよ」

パパ『はいはい』


鳴「この数日後、千曳先生は逮捕されてしまったのであります」ベンベン

ここに来てまさかの急展開

鳴「彼は今までの3年3組の生徒に怪しげな物品を売りつけて
  とんでもない額を荒稼ぎしていただけではなく、
  なんと『現象』の正体も彼だったというのだから驚きです。
  そう、千曳先生は生徒の不安を煽って金を使わせるため
  毎年毎年事故に見せかけて3年3組の関係者を殺していたのでありました。
  千曳先生はただの詐欺師でなく、前代未聞の大殺人鬼だったのであります。
  その後、彼に騙された人たちは支払ったお金の返還を要求しましたが
  千曳先生はすべての収入を競馬で擦ってしまっていたため、
  お金が戻ってくることはなさそうだという、なんとも残念な結末と相成りました」ベンベン


勅使川原「しかし、災厄が全部あの千曳の仕業だったとはな」

望月「よく今まで誰にもバレずに殺人ができたよね」

恒一「ほんとうに恐ろしいよ、あの人は。人は見かけによらないね」

中尾「俺の3000万……3000万……」

勅使川原「千曳のやつ、いくら稼いだんだろうなあ」

望月「さあ……でも一生遊べるくらいは稼いでたはずだよね」

恒一「それを全部競馬に使うなんて」

勅使川原「人間として最低だな~」

恒一「今年だけでもいくら稼いだんだろ」

勅使川原「誰か計算してくれ」

まさか夜見山岬君も千曳先生が

望月「そういえば榊原くん、気胸はもう完治したの?」

恒一「え、ああ、もう大丈夫だと思うよ」

望月「そうかな、油断は禁物だよ、いつまた再発するか分からないからね」

恒一「そう言われると不安になってくるな……」

望月「でも大丈夫だよ、僕いいもの知ってるから」

恒一「良いものって?」

望月「この孔座水(あなざすい)っていう水なんだ。これさえ飲んでいれば
   体の中の悪性物質が洗い流されて病気とは無縁の体になれるんだよ!」

恒一「えっ、本当に!? それはすごい!」

望月「うん、毎日これを2リットル飲んで癌を治した人もいるんだ」

恒一「すごいなあ、それどこに売ってるの?」

望月「普通の人には買えないんだ。でも榊原くんには特別に紹介してあげるよ。
   今度市民会館でセミナーがあるから、一緒に行こう」

恒一「うん、ありがとう望月!」

鳴「 気をつけろ うまい話にゃ 裏がある。
  語り部は私、見崎鳴でお送りしました。それではみなさん、また来週~」ベンベベベベンベベンベン

        お            わ               り

おしまいです

さようなら

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom