雨宿り (219)

立つかな

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今から書いていく文章は「僕」と「彼女」との思い出を描くものです。

そこにドラマチックな出来事もなければ、込められたメッセージ性もない。

読んでくれる人はいないかもしれないけれど、形にしたいので私はこれを書きます。

次から書いていきます



今日も1日が終わろうとしている。

やるべきことはもう残ってなく、後は布団に入って眠りに落ちるばかり。

布団を敷いて、1日の内で僅かしかない自由な時間に読書をする。

朝起きて、学校に行って、帰って来てからは予習に追われ、気が付いたら日付が変わる。
そんな生活を初めて3か月目。

人間、やればできるもんで睡眠時間がなくても、1日中勉強していてもどうにか生きていけるらしい。

けど、その代わり僕は感じることがなくなった。

美味しい物を食べても、泣ける映画を見ても、ハッピーな音楽を聞いても、好きな読書をしていても
僕は何も感じなくなった。

人間は外的ストレスが過ぎると感情を閉ざして自衛する。

今の僕はそうなっているのかもしれない。

変化のない、単調な毎日。

楽しみのない、苦痛な毎日。

眠気が来るまでのお供である読書も、娯楽と言うよりかは手慰みに過ぎない。

つらつらと字を追っていると、滅多にならない携帯が鳴る。




深夜1時に?非常識ではないか。
さては学校の友達が、予習したワードをメールで送ってくれとか泣きついてきたのだろう。

携帯を開くとそこには学校の友達ではない人の名が。

『今なにしてるの?』

驚いた。

彼女からメールが来るなんて初めてじゃないだろうか。

いや、そりゃこっちからメールをしたら返信は来ていた。
けど、彼女から能動的に送られてきたことなんて記憶にない。

僕は少し戸惑いながら彼女にありのままを伝える。


『今は読書してるよ』


このメールに、何の意味があるのか測りかねながら返信する。


すると携帯がまたすぐに鳴った。
これも珍しい。
いつも返信は遅いのに。


メールを確認すると『今電話してもいい?』と書かれていた。

彼女が電話?おいおい偽物か?
電話なんて多分したこともないんじゃないか?
彼女からかけて来るなんてのは絶対に今までなかった。




僕は今までの彼女とは違う態様に疑問を抱きながら、不安になりながら
『大丈夫だよ』と返信した。

すると程なくして携帯が震える。今度は今までと違う震え方。

緊張しながら通話ボタンを押す。


「もしもし」

『もしもし』

「急にどうしたの?」

『え?う~ん……久しぶりに何してるのかなって』

「そっか、君は今何してるの?」

『今?お散歩中』


散歩?深夜1時に?
カーテンを開けて外を見ると、梅雨入りしたばかりの激しい雨が地面を叩いていた。


「雨降ってるけど…」

『うん』



「なんでこんな時間に?」

『えー?ちょっと歩きたい気分だったから』


深夜1時に、雨降りの中、女性が歩きたいと思う気分……


失恋


多分そうなのだろう。


彼女の電話からは雨が地面を叩く音が響いている。


「外って店の中とかにはいないの?」

『うん』

「傘は?」

『もってない』


傘も差さずに雨に濡れるなんて失恋には御誂え向きだ。

けど彼女のことが心配になった。

こんな夜中に女性1人なんて。


「今どこにいるの?」

『××。歩いて家まで帰ってるんだ』


なんと僕の家から歩いて行ける距離だった。

彼女は僕が近辺で一人暮らししていることは知らないはずだ。

なら、なんでピンポイントで僕に電話したんだろうか。

これも運命っていうやつなのか?そんなわけない。




「ごめん、車はないからすぐにはいけないけど、傘を持ってそっちに行こうか?」

『え…?』

「だってそこからあなたの家まで歩くのなんて無理でしょ。とりあえず今から行くから待っててね」

『うん、わかった』


電話を切ってパジャマから服に着替える。

生憎、男の一人暮らしの家なんかに傘が二本もあるわけない。
そういうわけで1本しかない傘を差して、僕は出来る限りの早歩きで目的地へと向かった。

歩いている最中も考える。

なんで僕に?なぜ今?なにがあった?なにがしたい?

色んな疑問があったが、触れるのは憚られた。

これで失恋だったとか言われてもどうすることもできない。

とりあえず、いつも通りに接してみよう。

そう決めて、先程彼女が言っていた場所が目に見えてきた。

本当だ。こんな雨の中、傘も持たずに軒先に佇んでいた。



「ごめん、遅くなって」

「ううん」


見ると彼女の髪から服から全てがびしょ濡れだった。

6月とは言え夜は冷える。このままだと彼女は風邪を引くだろう。


「なんで歩いるの?タクシー呼ぼうか」

「ううん、歩きたい気分なの」

「けどここから歩いたら2時間はかかるんじゃないかな」

「それでもいいの」

「えーと……とりあえず服をなんとかした方がいいと思うけど……とりあえずファミレスで温かい物でも飲む?」

「ううん、ファミレスもいい」


なら何がしたいんだ。

彼女が軒先から歩き出す。


「あ、濡れるから」

「もう濡れてるから今更傘差しても一緒だよ」

「そっか」


そう言って僕も傘を閉じる。

女性が濡れてる横で、男が傘を差してるなんて人に見られたら何事かと思われる。
まあ誰も見てないだろうけど。



僕は悩んだ。

男の一人暮らしの家に、恐らく失恋したであろう女性を連れ込んでもいいのだろうか。

それは何となくフェアではないし、それに女性を家に上げるのも抵抗感がある。

けど、彼女はここから自分の家まで歩くと言った。
それにファミレスとかも駄目だと言う。

仕方ない、か。


「じゃあとりあえず僕の家に来る?着替えも何とかするし、とりあえずその格好を何とかした方がいいよ」

「うん、じゃあそうしようか」


彼女は特に躊躇することもなく承諾する。

おいおい、仮にも男の一人暮らしだぞ。
もうちょっと警戒すべきではないか。

何となく彼女が心配になった。

そういうわけで深夜2時前、二人の男女が傘も差さずに濡れながら歩いていた。
傍から見たら病気を疑われそうだ。

その道中、今は何をしているのか聞かれたため、
今年の4月に大学院に進学したこと
勉強が大変なこと
1人暮らしで家事も大変なこと
毎日が単調に、あっという間に終わることを彼女に説明した。




彼女は今、何をしているのだろうか。

けど藪蛇になったら困る。

僕は彼女には何も質問できず、ただただ彼女の質問に答えるしかなかった。

歩くこと10分、なんてことないワンルームマンションが見えてきた。


「ここが今の家」

「そっか」


2階に上がって鍵を差し入れる。


「あ、ごめん。少しだけ片づけたいからちょっとだけ待ってて」

「うん」


彼女を玄関前で待たせて布団を畳み、ぐるっと部屋を見回す。

うん、綺麗好きでよかった。

ものの1分ほどで彼女を招き入れることができた。


「ごめんお待たせ、どうぞ」

「お邪魔しまーす」




「とりあえずこれで拭いて」


バスタオルを彼女に渡す。


「あ~…どうしよう。シャワー浴びる?」

「ううん、拭けば大丈夫」

「あ、なら着替えを出すよ」


僕の伸長は180㎝オーバー。
女性に合う服なんてあったっけ?

チェストを開けて、何とかなりそうな服を探す。

下はクロップドパンツでいいかな。
上は…濡れて冷えてるだろうからロンTでいいか。


「はい、これを着て。着替えは……あ、僕がトイレにいるから、着替え終わったら声かけて」

「うん、ありがとう」


そういうわけで僕はトイレに籠城。

流れで家に呼んじゃったけど、どうすればいいんだろう。

タクシーを呼ぶべきか?
始発まで慰めればいいのか?

寝るのは論外だな。明日学校どうしよう……

色んな考えが出てきたけど、彼女がうんと言ってくれないとどうしようもない。
仕方ない、彼女に委ねるか。



考えがまとまったところで外から彼女の声が。
どうやらもう出てもいいらしい。


「ごめんね」

「いや、別にいいよ」


下は…うん、9分くらいになってるけどダブダブではない。
上は袖が余ってるけど。


「寒いのならパーカーとか出そうか?」

「うん、出来たらお願い」


パーカーを押し入れから出して彼女に渡す。

あー……藪蛇を恐れたら間が持たない。


「本がいっぱい」


彼女がメタルラックの本棚を眺めながら言う。


「読書は元々好きだったから。後は勉強の本が最近増えて」

「そっかーかしこいんだね」

「いや、賢くないから勉強してるんだよ」

「そんなことないよ」


そんなことあるんですよ。



このまま流れに身を任せても仕方ない。
僕も明日があるんだから早急に問題解決しよう。


「で、どうする?濡れた服も着替えたし、傘を貸そうか?」


作戦1、そのまま帰っていただく。
勿論送り届けるけど。


「うーん、傘がないと不便でしょ?」

「学校にはバイクで行くからいらないよ」

「服は?」

「また今度返してくれたらいいよ」

「そっか……でも、帰りたくないな」


どうすればいいんだ。

理由を聞いたら重たい話が出て来るかもしれない。
それは避けたい。


「けど、いずれ帰らないとダメでしょ?」

「そうだけど…今は…」


帰りたくないと。


「そっか」



さてどうするか。
朝まで一緒に起きていてもいいし、なんだったら今からバイクを走らせて僕は実家で寝てもいい。

後は……


「優しいんだね」

「え?」

「何も聞かないんだね」


そう僕は優しい、自分に。だって何を聞かされるか分かったもんじゃない。

けど彼女はそんな僕の態度を善意解釈したらしい。

唐突に彼女の目から涙が溢れる。


失恋か、家族関係か、犯罪に巻き込まれたか……

彼女が気にならないよう、僕は離れたチェアに腰掛けて、視線を外す。


「……ごめんね」


何に?家にいること?泣いてること?


「ううん。気にしてないよ」


けどこういう時、男はどうすべきなんだろう。

弱みに付け込むとか?
そんなことするくらいなら僕は死ぬ。

汚れて生きる人生に価値はない。




とりあえず、彼女と同じ目線、ラグの上に腰を下ろす。

彼女の右手がラグに置かれている。
左手は涙を拭くのに必死そうだった。

その右手は、なぜか求めている気がした。

彼女が驚かないように、傷つかないように、少しだけ僕の左手を近づける。

彼女の手は逃げない。

更に近づける。

まだ逃げない。

恐る恐る、彼女の手に僕の手を重ねる。

すると彼女はくるりと手のひらを返して、僕の手を掴んできた。

そっか、人肌が恋しかったのか。

ますます失恋の線が濃厚になって来た。


僕は何も言わず、彼女の手を黙って握り続けた……続けた……続けた……

沈黙がつらい。

僕はコンポにIPODを差して音楽を軽く流す。

これで少しはマシになった、と思う。





けれど、どれだけ待っても彼女の涙が枯れることはなかった。

どうすれば泣き止むんだ?

泣いた子には頭を撫でてあやす。

僕のちっぽけな脳はそんな答えしか返してくれなかった。

空いていた左手を彼女の頭に置く。

拒否はされなかった。

女性は親しい人以外に髪を触れるのを嫌がるらしい。
僕はそんなこと知らなかった。

左手をゆっくりと動かす。

大丈夫、泣かなくてもいいから。そう念じながら。

けど超能力者じゃない僕の念は届かない。

彼女は人肌を感じて安心したのか、ますます涙を溢れさせる。

もう僕の頭は思考停止していた。

泣いている理由も分からない、解決法も分からない、泣き止まない。

後は惰性に任せて頭を撫で、手を握り返すことしかできなかった。




「ごめんね」


気が付くと彼女が泣き止んでいた。


「どうする?今日は泊まっていく?」

「…うん、できれば」

「別に僕はいいよ」


余談だが、僕は女性に一晩中抱きしめられたけど一線を越えなかったほどの人間だ。

それを友達に言うと「人間としては間違ってないけど、男としては間違っている」と言われた。

男は下半身で物事を考えないといけないのか?なら僕は男でなくてもいいや。

そういうわけで、僕には過去の実績に基づいた確かな自信があった。

先程仕舞ったばかりの布団を敷き直す。


「あなたの寝ないの?」


さすがに付き合ってもいない男女が同じ布団で寝ると言うのは問題があるだろう。


「いや、僕はいいよ」

「私は気にしないよ」


僕が気にする。




「あー……あんまり他の男にそう言うこと言ったらだめだよ。勘違いされちゃうから」

「誰にだって言わないよ」


それは暗に僕だけだと言うことだろうか。


「……僕だって男だよ」

「分かってる」

「我慢できなくなる」

「我慢しなくてもいいよ」


けど、付き合ってもいない男女が体を重ねるのは間違っている。

潔癖症で、頑固で、融通が利かない僕はそう思ってる。


「一度だけなら、嫌だな」


そう、失恋の痛みを紛らわせるためだけの人形にはなりたくない。


「私は、一度じゃなくてもいいよ」

「明日も?」

「明日でも」

「来週も?」

「来週でも」


そう言われたのなら仕方ない。

惚れていた女性にそこまで言われたのなら。



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彼女と出会ったのは高校1年。

確か、クラスも一緒だったはずだ。

けど、出会った瞬間恋に落ちたわけじゃない。

僕はその後、別の人と付き合い始めたし、彼女がどうだったかは知らない。

そして僕の付き合いは高校2年の終わりまで続いた。
その間、僕は付き合っている人に夢中だったし、他の人が気になることもなかった。

けど、その人とも別れて、僕は彼女に惹かれていった。

そして告白し


そして振られた。


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朝、目が覚めると隣りには彼女が寝ていた。

今まで単調だった日々に変化が起きた。それもいい方向に。

僕は彼女の寝顔を見ながら幸せに浸っていた。

けど時間がそれを許さない。

というか、この人はいつまで寝るんだろうか。
起きなくてもいいのだろうか。

彼女を揺さぶって眠りから引き上げる。


「おはよう」

「……おはよ」

少し恥ずかしげに布団で顔を隠す仕草が可愛い。


「今日、予定は?」

「…特にない」


仕事とかしてないのかな。


「そっか、僕は今から学校行くけど。どうする?」

「じゃあ待ってる」

「そっか、じゃあ学校に行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」


人に送り出してもらうのなんて何年ぶりだろう。

僕は小さく「行ってきます」と言って玄関をくぐった。


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学校から帰って来ると、彼女が本当にいた。


「あ、おかえり」

「うん、ただいま」


もしかしたら、一晩だけの関係だったのかもしれないと思っていたから少し意外だった。


「それで、どうする?」


その先は言えなかった、「帰るの?」なんて聞いたら急かしているみたいだから。

どうやら彼女は家にはいたくないらしいし。


「とりあえず帰ろうかな。着替えもないし」

「そっか。ならバイクで送ろうか?」

「そうしてくれたら助かるかな」


そういうわけで、彼女をバイクの後ろに乗せて彼女の家まで。

大体の場所は知っていたけど、詳しくは知らなかったから彼女にナビをしてもらいながら到着。





「もう家が近いからここまででいいよ。送ってくれてありがと」

「どういたしまして」

「またお家に行ってもいい?」

「もちろん」

「泊まりでも?」

「うん」

「そっか、ならまた行くね」

「うん」

「じゃあね」

手を振りながら彼女はそう言って、下ろした場所から歩いて行った。

じゃあ彼女の家はどこなんだろう。

やはり家庭環境に問題があるのか?

けど、わざと離れた場所に停車させた彼女は知られたくないのだろう。

ならば詮索すべきではない。

そういうわけで、彼女が向かった場所とは違う方向に向けてバイクを走らせた。

また帰ったら予習が待っている。



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彼女が僕の家で生活を始めるまで、そう時間はかからなかった。

2週間もしないうちに、彼女の化粧品やら服やらが僕の部屋を占領し始めた。

いや、いいんだけど。元々、物は少なかったから。

けど、もうちょっとこう整理するとか……


付き合い始めて分かったことがいくつか。

彼女は仕事をしているらしい。といっても正規雇用ではない。

いわゆる契約社員だと思う。

けど働いている時間は長く、朝出かけて帰って来るのは夜だった。

それと彼女の性格。

見た感じでは天然を装った子だと思っていたけど、実はそうでもなくサバサバしていた。

それは僕にとっては僥倖だった。
自称天然は疲れる。




同棲を始めると、いくつかの暗黙のルールができていった。

料理は彼女が早く帰ってくればやる。
それよりも早く予習が終われば僕がする。

食費は割り勘。
掃除などは基本僕がする。
煙草は換気扇の下で吸う。

などなど。

男が料理するのは結構珍しいらしい。
だから彼女はそのことに驚いていたし、いつも美味しいと言ってくれた。

僕も僕で、彼女が料理出来ることに驚いた。

最近の若い子は女性でも料理できないことが多い。

バイト先で後輩の女の子にレモンの輪切りを頼んだら、包丁を使ったことがなくて怖いからハサミでやっていいかと聞かれた。

頭ごなしに否定するのは僕は嫌いだ。

だから僕はうんと頷いた。

そしてレモンが一つ潰れた。

まあそんなこともあってか、女性=料理ができる、とは思ってなかった。

けど、彼女はレシピを見るときもあるけど、ちゃんと料理が出来ていた。
時間はすごくかかるけど。

他にも色々な発見があったけどそれはまた今度。




そいうわけで、僕は勉強に、彼女は仕事に忙殺されつつ、
休みの日にはデートをすると言うタスクが僕のスケジュールに加わった。

と言っても僕は金がなく、予習もあるから彼女を満足させられているかは微妙だった。

そんな日々を送っていると彼女が祭りに行きたいと言い始めた。

祭り……行きたくないな。
人混みは嫌いだし、屋台はボッタクリだし。

けど、我が儘を言わない彼女からの提案。
日頃満足にデートしてあげられていないせめてもの償いとして僕は承諾した。



電車に乗って祭りの会場まで。

大きな道路が歩行者天国となっており、その両端には屋台がずらり。


「何食べたい?」

「う~ん、たこ焼きとお好み焼きと唐揚げと…」


彼女はよく食べる。
それは昔言われていたから知ってはいたけど認識が甘かった。

確実に僕よりも食べる。けど体系はスリムだから不思議だ。

とりあえず、屋台を見て回ろうとの彼女の提案に僕も賛成した。



すると一つの屋台が目に入った。
ラーメンバーガー。


「ねえ、ラーメンバーガーだって」

「あ!美味しそう」

「本当?僕も美味しそうと思った」

「ほんと?じゃあ買う?」

「うん」


こういう些細なことでも、好みが合うのは嬉しい。

行列の最後尾に並び、順番を待つ。

列が進むにつれて屋台に貼り付けられたメニューが見えてきた。


「3種類あるみたい」

「え?何があるの?」

「んーと…醤油、塩、味噌だって」

「本当のラーメンみたい」

「そうだね。で、どれが食べたい?」

「え…全部?」

「けど全部食べたらこれだけでお腹膨れるよ?」

「うーん」

「なら食べたくないのは?」

「……味噌…かな」

「なら醤油と塩を買って、半分にしよう」

「うん」



そういうわけで、店員に醤油と塩を1つずつ注文する。

商品を受け取って彼女に聞く。


「どっち食べたい?」

「じゃあ塩」


そういうわけで塩味の方を彼女へ。

僕も醤油味を食べてみる。

うん、美味い。豚骨が効いてて普通にラーメンみたいだ。


「おいしい?」

「うん」

「なら醤油も食べてみる?」

「うん」

「あーん」

「あーん」

「どう?」

「うん、おいしい」

「塩とどっちが好き?」

「私は塩かな」

「ならそっちは君のね」

「じゃあ一口食べて」

「あーん」

「おいし?」

「うん。どっちも美味しいね」


塩味も中々。





二人して歩きながらラーメンバーガーを完食する。

二人で手がベタベタになったと笑い合った。

次なる屋台はイカ焼き。彼女の要望だ。

酒は飲めないのに酒のアテが大好物の彼女。

僕は別に食べたくなかったから彼女が一人で完食。

その後も唐揚げを二人で食べたり、たこ焼きを食べたりと、彼女は祭りを楽しんでいた。



「おーい」

すると突然、名前を呼ばれて振り返る。

そこには学校が同じ友達が女性と一緒にいた。


「あ、来てたんだ」

「ああ、彼女が行きたいって言うから」


なるほど、僕と一緒だ。



すると隣にいた女性が話しかけてきた。


「初めまして」

「あ、初めまして」

「いつも彼氏がお世話になっています」

「いや本当に、もうちょっと真面目に勉強させた方がいいですよ」

「え?」


そこで彼女さんが彼の方を見る。


「いやいや、ちゃんとしてるって。おい、そういうことを言うな」


その後も他愛もない話を2、3交わしていると、彼女さんが申し訳なさそうに言った。


「彼女退屈なんじゃない?」

「え?」


そう言えばどこいった?

てっきり後ろで待ってるかと思って振り返ると、そこには人込みがあるだけだった。


「え!?」




「彼女、さっきあっちの方に言ったよ?」


そういって彼女さんが俺の背後を指さす。


「あーなんかごめん」


彼氏の方が謝ってくる。


「いやいや、けど僕も彼女探さないといけないから。
 あ、深酒しないように。明日も学校なんだから。それでは彼女さんも失礼します」


仲睦まじそうに歩いて行く二人を見送って、僕もさっき教えて貰った方に歩き出す。

人ごみの中を彼女を探しながら歩く、歩く、歩く。

僕は身長が高いけど、彼女は女性の平均より少し高い程度。

これだけ人がいるなら早々簡単には見つけられない。

携帯にも出ない。

どうしよう、家で待つべきか、警察に行くべきか。

焦りがどんどん大きくなってきたとき、一人の女性が後ろから近付いてきた。

顔を見ると彼女だった。


「あ、よかった。見つかった。どこ行ってたの?」

「ちょっと…」

「そっか、どこか行くのなら言ってほしかったな」

「ごめん」




けど不自然だ。なぜ僕が通り過ぎた方から彼女はやって来たのか。


「なんでこっちから来たの?僕がさっき通ったとき見なかったけど」

「うん、あなたは私に気付かないで素通りしてった」

「あ、ごめんね。でも僕がいるってよく分かったね」

「見てたから」


はい?


「なんで見てたの?」

「……探してくれるかなって」

「君を?そりゃ探すよ。彼女がいなくなったんだから」

「……仲良さそうだったね」

「ああ、院の友達だよ」

「…なんか居づらかった」

「友達としゃべってただけだよ?彼女さんとは初めて会ったし」

「それでも私は居づらかった」

「だからどっかいったの?」

「…探してくれるかなって」


なんだそれは。
つまり探してほしくて姿を消して、慌てふためく僕を見て満足して出てきたのか。

馬鹿げている。




「そっか、ごめんね。じゃあ次どこ行こうか」


けど僕は怒らない。怒るのは苦手だ。
エネルギー消費が半端ないし、相手に何かを求めるのは嫌いだ。



その後も屋台をめぐり、一通り見終わったから電車に乗って帰ることにした。

駅に向かって歩きながらおしゃべりしていると、目的の入り口を少し通り過ぎてしまった。


「あ、通り過ぎた」

「あ、じゃあもどろっか」


そう言って彼女がUターンして歩き出そうとしたところ


「あー、一方通行なんでこっちには行けませんよ」


警備をしていた警察の人に彼女が止められる。


「あの階段から駅に行きたいなら、ぐるっと回ってきてください」


階段はすぐ目の前にある。
彼女が尋ねる。


「え?けどすぐそこですよ」

「けど駄目なものは駄目なんですよ」

「いや、けどそこの人も反対方向に歩いてるじゃないですか」

「あー本当ですね。けど駄目なんです」

「けど」




「もう行こう」


僕はそう言って彼女の手を取った。

お役所仕事はどこにだってある。
それが悪いことだとは思わない。

黙って付いてくる彼女の手を引き、左折を1回。
計4回してぐるっと回ってきたら済む話だ。
口論している内に着く。

交差点を更に左折。あと2回。

次の交差点に差し掛かり、また左折しようとしたところで、彼女は僕の手を振りほどいて直進し始めた。


「どこ行くの?」


彼女は答えない。

そのまま彼女はズンズンと歩いて行く。

確かにこっちの方にも駅の階段があるけど……彼女はそちらには向わなかった。

彼女は歩き続け、仕舞いには祭りの屋台も途切れ、普通の住宅街を進んでいく。

歩いている方向は僕の家がある方向。
もしかして歩いて帰る気か?

出来ないこともないけど何時間かかるんだ。

けど、祭りで人通りも多い中、彼女一人をほって帰る訳にもいかない。

僕は黙って彼女の後を付いて行った。



すると彼女が急に立ち止まる。

どうしたんだろう。

距離を空けて僕も立ち止まる。

すると彼女が泣き始めた。

おいおい、なぜ泣く。

もう意味が分からない。

友達としゃべっていたらかくれんぼを始め、警察と口論し、何時間もかかる帰路を歩こうとし、
最後には泣き始めた。

もう僕の理解を超えていた。

僕はさっき、怒らない人間だと自己評価を下した。
だからと言って不機嫌にならないわけではない。

その解消方法として怒らないだけで、僕は不満を内に溜め、限界値を超えると冷めてしまう。

今が正にそう。

僕は彼女の自分勝手さに冷めてしまった。




けどそうしていても始まらない。

とりあえず彼女の手を握り、どうしたのかと尋ねる。


「…迷惑かけた」

「ん?」

「君に…迷惑かけた」


いや、正に今かけてるから。


「それで、自己嫌悪…」


なるほど、全然分からん。

なぜそうまで感情の赴くままに行動出来るんだろう。

僕にとって、彼女は子供に思えた。

とりあえず彼女が泣き止むのを待ち、どうするのか尋ねると、やはり歩いて帰りたいとのこと。

僕は電車かバスに乗りたいです。

けど、無暗に彼女を刺激するのは得策ではない。

唯々諾々と彼女に従う。




「ねえ、なんか話しして」

「はなし?特にないよ」


ちょっと冷たかったかな。けど、同棲していて今更何を話せと言うんだ。
芸人じゃないんだから、笑える小話なんて用意していない。


「怒ってる?」

「怒ってはいないよ」


冷めただけ。


「あ、一つだけあった」

「なに?」

「今度、昔の友達と飲みに行こうってことになって。それが二人とも女なんだけどいい?」

「うん」


嫉妬したりしなかったりよく分からない。


「昔の友達っていえば、Aには最近会ったりしてるの?」


共通の男友達のことを彼女に聞いてみる。


「ううん、前はちょっと会ったりしてたけど。最近は全然」

「もう遊んだりしないの?」

「うん、あっちも仕事忙しいみたいだし」

「そっか。あ、男友達でも遊びに行っていいからね。その時は僕に内緒で行ってほしい」

「なんでそんなこと言うの?」



何かいけなかっただろうか。

僕は、気にせず友達付き合いをしてほしいと言っただけだ。

逆に止める権利なんて僕にはない。

だってそうだろ?父親でも、夫婦でもない、
たかが彼氏が人の行動を制限できる権利なんてどこにあるんだ。

彼女はまた沈黙を始めた。

けどこればっかりは直せない。

僕は人にお願いしたり、強制したりしたくない。

恋人だからって何を言ってもいいわけじゃない。

優しくして、というのなら優しい人と付き合えばいいし、
嫉妬して、というのなら束縛欲の強い人と付き合えばいい。

人に何か求めるのなんてのは傲慢だ。



その後も僕らは黙ったまま、1時間以上も歩いて家に着いた。

彼女は黙ってお風呂に入り、布団に入った。


僕も黙って風呂に入り、布団の隅に入った。

今日は疲れた、色々と。


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昨日は仲直りしないまま朝が来た。

隣りを見るとまだ寝ている彼女。

起こさないようにそっと抜け出して、仕度をして学校に向かう。

僕らはこれで終わるのだろうか。



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学校を終え、家に帰って来てからも勉強。
授業は予習の復習であって何ら意味を感じない。時間の無駄だ。

前期セメスターも終わろうかという今は色々な課題が出される。
その内の1つであるレポートをしていると行き詰まった。

教科書を見ても載ってない。
けど後回しにするのも鬱陶しい。

仕方ない、学校の図書館でするか。

そこでふと思った。
今日は彼女は帰って来るのか?

付き合って早々に僕の家に転がりこんできた彼女。
理由は家に居たくないから。

なら僕の家にいたくないのであれば、また別の所に行くかもしれない。



彼女に一通のメールを出す。
「今日はこっちに帰って来るの?」


それが分からないと晩御飯も用意できない。



ノーパソを鞄にいれ、バイクに乗って学校へ。

友達とすれ違ったから挨拶をする。


「どうしたの?この時間に学校に居るの珍しいね」

「レポート」

「そっか」


適当に会話して、友達とは別れて校舎の中へ。
図書館に籠って目的の資料を探す。
入室してから30分である程度見つかった。




僕の携帯はなぜか図書館だと圏外になる。

煙草を吸うついでに、彼女からの連絡が来ていないのか確認するために外へ出た。

煙草を吸いながら携帯を操作する。

着信メールはなし。けど電話着信が入っていた。
僕は彼女に電話してみた。

繋がらないかも知れないとも思ったが、彼女は電話に出てくれた。


「もしもし?」

『…もしもし』


すごい。
もしもしだけで「私、不満なんです」という感じがすごい伝わってくる。


「メール見た?」

『…見た』

「で、どうするの?」

『…………』

「何か不満があるの?」

『……別に』

言葉の意味分かってる?「別に」の後には「ない」が続くんだよ?




僕は女性特有の、言外の意味を含ませる話し方が嫌いだ。

してほしいならそう言えばいいし、嫌ならばそう言えばいい。

言葉は思いを伝えるツールであって、それを放棄している言葉に意味はないだろ。


「ねえ、何か言いたいことがあるなら言わないと分からないよ?」

『…………』

「別に、別れたいなら何も言わなくていいよ。
 けど、別れたくないなら話し合いや対話をやめちゃダメでしょ」

『………』

「どうするの?」

『今、仕事終わったから迎えに来てほしい』


僕、今はヘルメット1個しか持ってないんだけど。
一旦取りに帰らないと駄目なんですけど。


「わかった、今学校に居るからちょっと時間がかかると思う。
 だからコンビニとか明るいところで待ってて」

『わかった』


通話を切り校舎に戻る。




すると、さっきもすれ違った友達とまた会う。


「どうしたの?」

「ちょっと用事できたから帰らなくちゃ」

「え!?30分しかいなかったじゃん」

「ほんと、わざわざ来たのに」

「もしかして彼女?」

「うん」

「そっか、じゃあまた明日ね」

「うん」


友達に別れを告げて、図書館で荷物を片付けて一度帰宅する。

そのまま荷物をヘルメットに持ち替えて彼女の職場まで。

とりあえず、近場までついたから彼女に電話する。


「もしもし?」

『もしもし』

「今××に着いたよ」

『あ、じゃあそこまで歩いて行く』

「わかった」


しばらく待っていると、コンビニから彼女が出てきた。


「お仕事お疲れさま。家に帰るの?他の場所に行く?」

「家に帰る」

「どっちの?」

「あなたの」

「わかった」




彼女を乗せて自宅まで。

位置関係でさっき出たばかりの学校を通り過ぎる。

僕は今日1日で何度ここを通ればいいんだ。

家に着き、彼女とともに部屋の中へ。

さて、とりあえず話し合いをしますか。


「で、何が不満なの?」

「…………………………」


話しづらい時ってあるよね。

僕は一度間を置くために、キッチンにいって煙草を吸う。

5分ほどかけて1本吸い終わる。

僕は何も言わず彼女の前に座り、膝に置かれていた手をとる。

すると彼女がまた泣き出した。
泣き虫なのかな?


彼女が涙声で、途切れ途切れに話し始める。


「なんで……男友達と遊びに行けとか言うの?」


結局それが気にくわなかったのか。


「別に行けとか強制はしないよ。ただ、僕に気を遣って遊びに行かなくなるのは嫌だな」

「あなたは嫉妬とかしないの?興味ない?」




馬鹿言うな。興味もない彼女のために一日3往復も同じ道を走るわけがない。


「君のことは好きだよ。それに嫉妬もする。むしろ嫉妬深いかもね」

「じゃあなんで」

「だって言われたらモヤモヤするよ。それなのに止める権利なんてない。
 それなら黙って行って、黙って帰って来てほしい」

「なんで止める権利がないの?」

「僕は誰かに考え方とかを強制されるのが嫌なんだ。だから、僕も他人にはしない」


そう、僕はほっといてほしいから、他人を放っておく。
自分の価値感を押し付けられたくないから、押し付けるなと僕が押し付ける。

トートロジー。


「とりあえず、僕は君に興味ないわけじゃないし、もちろん愛してる。
 それに当然嫉妬だってする。
 けど、それとは別に僕は誰かに自分の考えを押し付けるのが嫌なんだ。
 だから、君は君の思った通りにしてほしい」


多分、彼女は冷たい人だと思ったことだろう。

よく言われる。
その考え方は冷たいって。




けど、一人の人間として相手を尊重すれば、無暗矢鱈と命令したりできないはずだ。

例えば、彼女が「あの赤い風船が欲しい!」と言ったとする。

そこで僕は青の風船を持って行って「君にはこっちの方が似合うよ」とか言うとする。

僕は大きなお世話にしか感じない。

彼女が赤だと言うのなら、似合う似合わない、良い悪いは無視して赤をとってくればいいんだ。

それで悪いことが起きれば自己責任。子供じゃないんだからさ。

それにこれは相手を尊重しているってこと。

だから僕にとっては、これが愛情表現。


「……わかった」


彼女は、一応頷いて見せた。




これは、あなたの考え方は分かったけど、納得はしていない、と言う意味での「分かった」だろう。

ま、言わないのなら僕は知りませんが。

その後は二人で料理をして、ご飯を食べて一緒の布団で寝た。

僕はこういう形でしか愛せない。

僕はこういう考えしかできない。

合わないのなら別れるしかない。

今のところ、彼女はそこまで感じていないらしい。

よかった。


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死にたくなるくらい、しんどいテストが終われば夏休み。

僕は一体、何回夏休みを経験すればいいんだろう。

けど夏休みだからと言ってはしゃぐこともない。

お金はないから旅行とかもできない。

それに、課題はないけど勉強はしなきゃならない。

だから、学校に行かなくてもよくなっただけで、毎日勉強しなきゃならないのは変わらない。

夏休みになってからは暇もできたことだから、彼女のお弁当を作り、彼女に朝食を食べさせて
仕事に送り出し、勉強をして、夜になったら夕食を作って彼女を迎えるのが日課になった。

言うなればお母さんみたいなものだ。

まあ時間がある方が炊事をする感じだったし、料理は嫌いじゃないから別にいいけど。

けど、彼女は突然仕事を辞めた。

詳しくは聞いてないけど、仕事の内容がハードだったかららしい。

まあ別にいいんじゃないかな?

彼女の仕事なんだし、彼女のやりたいようにやればいい。




彼女も仕事を辞め、僕も家にいることから一緒にいる時間がぐっと増えた。

お金が無くて、どこかデートに連れて行ってあげたりはできないけれど、それでも僕の傍でニコニコ笑ってくれる彼女がいることで幸せだった。


のんびりとすぎる夏のある日、彼女は熱を出した。

今まで仕事で気を張り詰めていたから、気が緩んだせいかもしれない。

丁度その時は、彼女が実家に戻っているときだった。

だから、親がそれなりに面倒を見てくれるのだろうと思っていた。

しかし、夜にメールしたところ彼女は何も食べていないとのことだった。

病人が食事抜きはだめだろ。

そういうわけで、今まで作ったことがなかったお粥を、レシピを見ながら作った。

それを届ける際中に、コンビニでスポーツドリンクとゼリーも買った。

それらを持って彼女の家へ。

いつも彼女を下ろす場所にバイクを停めて、彼女に連絡を入れる。

未だに彼女の家がどこにあるのかは知らない。

しばらく待っていると、彼女がやってきた。




「体調はどう?」

「しんどいかな」

「そっか。これ、お粥とか」

「ありがと~」

「じゃあ悪化したら駄目だから、早くお家に入って」

「……一緒にあなたの家に帰ったら駄目?」


病人をバイクに乗せるのはどうなんだろうか。しかも今は夜。
冷たい風が身体に障るかもしれない。

けど、実家に居ても彼女が看病されることは期待できなかった。


「今日は夜だから体に障るよ。それにメットもないし。
 だから、明日の日中に迎えに来るね」

「うん、分かった」


何とか彼女も納得してくれた。

そういうわけで、彼女を見送った後、僕は一人で家に帰ってきた。



作り過ぎて余っていたお粥が今日の夕食。

レンジで少し温めて、自作のお粥を食べてみると少し水気が少なかったようだ。
味見したときは問題なかったのに。彼女に渡したのは大丈夫だったかな。


次の日、僕は約束した通り、彼女を迎えに行き、彼女を僕の家に連れてきた。

僕は彼女のためにおかゆやうどんなどの病人食を作ったり、氷枕を作ったり、
プリンやスポーツドリンクを買いに行ったりと、甲斐甲斐しく彼女の世話をする。

その甲斐あってかなかってもか、彼女は4日後には平熱に戻った。



すると、今度は僕が熱を出した。

彼女の風邪が移ったのか、気が緩んだのか……

すると彼女は僕のことを心配してくれた。

してくれたけど、今日は元々予定がある日だった。

予定の内容は家族とお出かけ。仲悪かったんじゃないの?

だから、彼女は僕を気にしつつも、家族とのお出かけのために出て行った。




病気の時は体だけじゃなくて心も弱る。

僕は何をおいても彼女を優先したが、彼女は看病をしてくれなかった。家族とお出かけを優先した。

しょせん、僕なんて彼女にとってその程度の価値しかないのだろう。

厚着をして汗を流し、細目に水分補給をし、ふらつく体で簡単なものを作って食べる。


夜になると彼女が帰ってきた。

彼女は僕のために食事を買って来てくれていた。


一応、僕のことも頭にはあったみたいだ。

それを食べて眠りにつく。

結局、彼女の家庭環境はどうなっているんだろうか。
よく分からない。


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何日かすると僕の熱も引いた。

彼女も僕の家に泊まったまま。

僕は教科書を読みふけり、彼女は仕事を始めてないから僕の傍でダラダラ。

彼女はよく寝る。

多分、放っておいたら何時間でも。
この前は12時間寝ていた。

ある日の昼下がり、僕が勉強をしていたら、彼女は暇すぎて押し入れの布団の上で丸まっていた。

本当に寝子みたいだ。

しばらくすると、彼女が目を覚ます。


「…寝てた?」

「30分ほどね」

「そっか~。勉強楽しい?」

「楽しくない」


苦痛でしかない。けどやらないといけないことだからやる。




「暇だったら一緒に勉強する?」

「うん」


彼女でも読めそうな入門書を一冊手渡す。

彼女は押し入れに入ったまま、僕が渡した本を読み始めた。

僕と一緒のことがするのがうれしいらしい。
僕も嬉しい。

しばらく教科書を読んで彼女を見たら、本を閉じて目も閉じていた。


「は!……寝てた?」

「うん」

「そっかー読書してると眠くなるよね」


なりませんが?あなたは食事以外は眠たそうですが。




「教科書どう?」

「ここまで読んだ」


そう言って彼女が僕の下に寄ってきて教科書を見せてくれる。

はしがきの2ページ目だった。

2ページって……しかも、はしがき。
僕ですら読んだことないよ。


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僕は人のことを信じてない。
そう言うと詐欺にでもあったことがあると思われるかもしれない。

厳密に言うと、人の好意を信用していない。
心のどこかでは僕のことを人は嫌っているのだろうと思いながら生きている。

自意識過剰甚だしい。

他人なんて僕のことをそんなに見てない。

けれど僕はそう考えてしまう。

そんなことになったのは、誰もが通るであろう経験のせい。

僕はさっきも言ったように高校に入って彼女ができた。

しかも、二人とも3年間も片思いし合い、すれ違い、高校に入ってやっと結ばれた。

しかも告白はどちらもせず、気が付いたら二人一緒にいるようになっていた。

この年になってもなんてロマンチックな恋だったのだろうと思う。

しかし、その恋も高校2年の終わりに終焉を迎えた。



理由は彼女に好きな人ができたから。

僕はすごいへこんだ。

高校が別の友達が、部活帰りにいつも様子を見に来てくれるくらい情緒不安定だったらしい。

同じ高校に通う友達が、いつ教室で暴れ出すか冷や冷やするほど荒んでいたらしい。

その失恋を、僕は半年近く引き摺った。


あるとき、彼女との失恋の愚痴を聞き続けてきた共通の友達が、彼女に話を色々聞いて来てくれた。

曰く、新しくできた彼氏はよくないらしい。

曰く、僕とよりを戻したいらしい。

それを聞いてすっと冷めた。



もちろん、その後も彼女を引きずったけど、けどよりを戻したいとは思わなくなった。

付き合ってる時はあんなに好きだと言ったのに、別れる前日まで好きだと言っていたのに、
次の日には別れを告げられ、少ししたらよりを戻したいと言う。

好きと言う感情はそれほどまでにも軽い物なのかと絶望した。

それがあって僕は人を信じられなくなった。


もちろんあれから月日が経って、人が一生で一人しか好きになる訳じゃないって納得してるけど、
それでも僕は人の好意が信じられず、人は僕のことを嫌っているのだろうと思っている。


それは今の彼女についてもそうだ。

彼女と付き合い始めて3か月くらいが経った。

それでも僕は思う。
彼女は僕のことを嫌いなんじゃないだろうか。



もちろん、冷静に考えたら否定だ。

嫌いな人と付き合う人なんていない。
それは分かってる。

けれど僕の場合はそれが妥当しない、嫌われているのではないかとどうしても思ってしまう。

それに彼女と付き合い始めた切っ掛けが切っ掛けだ。

彼女は恐らく失恋から僕のところに来た。

なら弱ってなかったら僕と付き合うことは選ばなかったのではないか?
僕は寂しい心を埋める相手として選ばれただけじゃないのか?

どうしても彼女の好意を信じきれずにいた。

煙草を吸おうと箱を開けると空だった。
買い置きがあるかと思ったけどそれもなかった。

仕方ない、買いに行くか。




「今からコンビニ行くけどなんか欲しいものある?」

「あ、なら一緒に行く」


彼女は一緒が大好き。

ならばと彼女と手をつないで近くのコンビニまで。

僕は煙草だけを買った。

彼女はデザートをいくつか。
さっき夕食食べたよね?

コンビニを出てまた手をつないで歩く。

気になっていたことを彼女に聞いてみた。


「ねえ」

「なに?」

「付き合い始めた日、なんで雨の中歩いてたの?」

「え?……ちょっと嫌なことがあって……」

「失恋?」

「ううん」



本当かな。けど彼女の嘘は何となくわかる。
これは嘘じゃないっぽい。


「ならなんで?」

「うーん…内緒」


言いたくないのか。

なら聞き出すことは憚られる。


「そっか、あのね?」

「うん?」

「僕は人の好意を信じることができないんだ」

「そっか」




「もちろん、君のことは好きだし、君が僕のことを好いてくれているのは分かる。
 けど、不安に思ってしまうんだ。
 面倒だったら別れてくれていいけど…できたら好意を明確に表現し続けてほしいんだ」

「そっか。  うん、好きだよ」

「ありがと」


彼女がなぜあの日、僕に連絡してきたのか、何があったのか、
それは未だに分からない。

けれど、彼女が今は僕を好いてくれている。

それだけで十分だ。


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僕は勉強、彼女は横で寝てたり携帯を弄ったりする日々が続いた。

けどある日、彼女がこんなことを言ってきた。


「そろそろ次の仕事探そうかと思う」


そっか。やっと元気が出てきたのかな?


「うん、頑張ってね」

「けど何をしたらいいのか分かんないんだけど」

「したいことでいいんじゃない?」

「したいことがないの」

「そっか、じゃあ好きな物に関する仕事とかは?」

「ん~~」


僕らは音楽と言う共通の趣味があった。
だから彼女に提案する。




「CD屋とかは?音楽に囲まれて仕事できるし、特別な技能もいらないし楽じゃない?」

「CD屋……CD屋……うん、いいかも」

「なら探してみよっか」


僕は自分のノーパソで、彼女自身も実家から持ってきたデスクトップ(僕のバイクで運んだ)で探す。


「あ、これなんていいじゃない?」


僕が見つけた応募要項を彼女に見せる。
場所はここから近く。これなら僕の家からでも、彼女の家からでも自転車で行ける。
それにそれなりの大手。


「あ、いいかも」


どうやら彼女も気に入ってくれたらしい。


「じゃあここにしようかな」

「うん、いいんじゃないかな」


その数日後、彼女はそこで働くことが決まった。

前より職場が近いから、彼女自身も自転車で行けるし、迎えに来いと言われた場合には僕も楽になった。

いいことだ。


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僕は雨男だ。

そんな非科学的な話は信じられないと思う。

でも本当にひどい。

晴天の日にバイトに入り、終わって帰ろうかとしたらそれまで晴れていたのに雹が降ってきたことがある。

僕がバイクに乗ると高確率で雨が降る。

ゼミが終わり帰ろうとしたら雨が降っていた。

けどバイトがあるから止むのを待ってられない。

僕は友達に別れを告げて雨の中バイクを走らせた。

家に着くと雨が上がっていた。

後日、友達に会うと、「あいつが家に着いたら雨が上がるはずだからちょっと待とう」と言い合って、本当に止んだから笑いながら帰ったらしい。

まあそんなことがあるくらい僕はよく雨に合う。




一方、彼女は晴れ女。

そんな二人が一緒にいるとどうなるか。

二人一緒のときは晴れであることが多い。

けど、彼女をバイクで駅まで送って行ってる最中は晴れているのに、彼女が駅に入ると雨が降る。

帰りに迎えに行くと、僕一人の時は雨が降っているのに彼女が出て来ると晴れる。

などなど、そんなことが多々あった。

彼女は、いつも僕のマンションの上空をみると鈍より曇っていると言っていた。

本当かな。

まあけど、彼女がいれば晴れ。洗濯物も乾くし僕も心も晴天快晴。

いいこと尽くめだ。


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今日は僕の誕生日。

以前から、彼女が欲しがっていたペアリングを買いに行くことに。

ショップに入り、二人で何がいいか選ぶ。

ペアリングはこれで人生3回目。
女性ってペアリング好きだよね。

僕はあんまり。
だって2回も永遠の愛は裏切られてるんだから。

まあそんなこと言って反感を買うこともない。

店内をぐるっと1周して僕は一つ気に入るのを見つけた。


「どう?何かあった?」

「う~ん、迷うなあ」

「ねえ、これなんてどうかな」


そう言って、僕は見つけたペアリングを彼女に見せてみる。




「あ、かわいい!」


僕が見せたのは、2つのリングがクロスしているもの。

男性のはリングの一つはシルバー、もう一つはブラック。

女性のはシルバーとピンク。シルバーのリングにはジルコニアがはめ込まれている。


「じゃあこれにする?」

「うん!」


店員を呼んで試着する。

二人に合ったサイズをそれぞれ測り、女性のは僕が、男性のは彼女が購入する。


家に着いて彼女に聞く。


「指輪、今つける?」

「つける!」


僕が持ち歩いていた紙袋から指輪を取だし、女性用のを彼女の薬指に。


「えへへ。あ、じゃあ私もはめてあげる」


彼女が僕の指にも指輪をはめてくれる。


リングは完全、永遠を意味する。

本当にその通りなら僕は悩まなくてもいいのに。
そうなら彼女を信頼しきって全力で愛せるのに。
別れを予感して恐怖しなくてもいいのに。

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夏休みも終わり、僕は学校へ、彼女も仕事へという生活スタイルが戻って来た。

そんなある日、僕はピンチに陥った。

お金がない。

1人暮らしを始めるにあたってそれなりの資金があった。

けど、授業料は免除されたけど入学金を払ったり予定外に彼女が出来たりと出費が増えた。

それに対して当てにしていた収入が入らないこととなった。

どう考えても生活ができない状況になった。

こうなったら奨学金を借りるしかないと相談をしたが、この場合には緊急性がないから無理だと言われた。

1人暮らしを辞めて実家に戻るしかない。

僕は彼女に素直にお金がなくてこの暮らしを維持できないことを伝えた。

すると彼女は何とかしたいと言ってきた。

そりゃ、僕もできるならオママゴトのように君との甘い生活を続けたかった。
けど、お金がないならどうしようもない。




彼女はどうしようもないのかと聞いてきた。

奨学金は来年の7月になれば入ってくる。
それまで何とかなれば安定して生活することはできる。

いわば借金での生活なんだけど、院生は結構、奨学金を借りる。

僕もいずれは借りようとは思っていた。

すると彼女はこういった。


「あなたの自分の携帯代とか払ってくれるなら、家賃は私が出すよ」


僕はありがとうとは言えなかった。

彼女が稼いだお金は彼女のものだし、僕の無計画性が招いたことで彼女に迷惑を掛けたくなかった。

けど、彼女も彼女でこの生活を続けたいと言ってくれた。

それに奨学金が入ったら返せばいい。それまで貸すだけだから、と。

僕はどうしようか迷ったけど、彼女の提案に甘えさせてもらうことにした。

彼女と一緒にいたかったし、実家だとどうしても勉強する場所の確保が難しくなる。

だから僕は方々にお願いして、なんとかお金を貸してくれないかとお願いした。



すると、月々出来る限り貸してくれると言ってくれる友達がいた。

僕は何度も礼を言ってお金を貸してもらえることとなった。

そのことを彼女に言うと、なら家賃は私が出すねと言ってくれた。

すごく申し訳なかった。そしてすごく感謝した。

僕は自分の経費だけをなんとか確保し、家賃は彼女の給料から出してくれた。



ある日、僕が家で勉強をしていると、早上がりだった彼女の帰りが遅かった。

また、ふらふら遊びにでも行ってるのかと思ってると、仕事終わりから2時間後に彼女が帰って来た。


「ただいま~」

「おかえり、遅かったね」

「見て見て~」


そう言って彼女はスーパーの袋をガシャガシャいわせながらこちらにやって来た。



そう言って彼女はスーパーの袋をガシャガシャいわせながらこちらにやって来た。


「どうしたの?」

「じゃーん。お肉が安かったので買ってきました。 豚肉とー、鶏もも肉とー、牛肉です!」


僕は泣いてしまった。

我慢しようと思ったけど無理だった。
彼女に見られたくなくて下を見たけど彼女はすぐに気付いたようだ。


「なんで泣いてるの?」


余りに情けなくて。

いい年こいて、お金にもならないどころか、お金をかけて勉強をして。

それなのに、彼女は仕事を頑張っていて、それが終わってわざわざ買い物までしてきてくれて。

しかも寒い中、わざわざ遠いスーパーまで行って。




「……ごめんね」

「謝らなくていいよ。一緒に食べよ?」

「……ごめんね」

「ううん」

「……ごめん」

「いいよ、気にしないで」



僕は情けなくて仕方なかった。

そんな僕を支えてくれた彼女をすごく愛おしく感じた。

このことは、何年経っても忘れられないこととなった。



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僕は耳かきを一人ではできない。

恐くて入口辺りをコチョコチョする程度だ。


ある日、風呂から上がって彼女が耳かきをしていた。

だから僕もしてくれとお願いした。

彼女の膝枕に頭を乗せて耳かきをしてもらう。


「うわ!いっぱい詰まってる!」


まあもう4年くらいちゃんとはしてないからね。


「あ、大物が……とれた!見て見て!」


彼女が僕に見せてきた。

本当に大物だった。

僕は最近、耳が悪くなったと思ってたけど、これが取れて聞こえが良くなった。

耳かきをしていなかったのが原因みたい。




それ以来、耳かきは彼女の仕事となった。


後、僕は腰が悪くて足の爪が切れない。

頑張ったらできるけど、無理をして自分で切ると腰を痛める。

だから、これも彼女にお願いするようになった。

彼女は猫が好きだ。
それと、僕は猫っぽいらしい。

だから、爪を切ってとお願いすると
「後ろ足の爪を切りましょうね~」
と馬鹿にされる。

二人だけのお決まりのジョーク。

それがなんだか親密さを表すものの様でうれしかった。


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学校が冬休みに入った。

僕は彼女に聞いた。


「今度友達を呼ぶんだけど、友達を泊めていい?」

「誰?」

「BとC」


二人とも、僕と同じ大学出身。

Bは男で違う大学院、Cは女で同じ大学院に通っている。


「え、Cも来るの?」

「まあ一応、院に進学した友達はこれだけだから」


正直に言おう。

僕は別にCを好きでも嫌いでもない。ただ、あっちが僕を友達だと思って話しかけて来るから返事をしているだけ。

けど、皆と会える機会もそうない。それに情報交換などもしたかった。




「泊まるのはBだけだし、しかもずっとBいるし」


けど彼女はCが嫌いらしい。

女のくせに、僕の男友達とのグループにいるのが男好きに見えるらしい。


「大丈夫、好きなのは君だけだし。それにあれを女だとは思ってないから」

「…わかった」


彼女から承諾はもらった。

一応言っておくと、彼女は家賃を出すと言ってくれていた。

けど、それは僕の資金がなくなってから。

で、今月は僕が出している。

それに、もとはと言えば家賃は同棲当初に折半にする約束だった。
けど、彼女が仕事を辞めてその話は有耶無耶になった。

だから、元々僕の家だし、それに家賃だって僕が払った。

だから、僕は正当な権利主張だと思っていた。




友達が来る当日。

僕はBをバイクに乗せ、Cは自分でバイクを運転し、僕の家に到達した。

すでに食材や酒は買ってある。

鍵を開けて玄関に上がると、帰る予定だった彼女がまだいた。



僕は二人を待たせて部屋に入った。


「あれ?まだいたんだ。もう来ちゃったよ?」

「うん」

「まだ帰る用意するのに時間がかかる?」

「………」


僕はいらっとした。

約束では、彼女は今日は実家に帰る手筈だった。

そして、それをもう友達にも今日は僕の家で大丈夫だと言っている。
Bに至っては他府県から来てくれている。

それなのに、彼女の我儘で二人を振り回すのは許せなかった。




「ねえ、今日帰るって約束だったよね?」

「……」

「どうするの?ここにいるの?」

「………」

「わかった、もういい」


僕は彼女との対話を辞めた。

外に出て、待っていた二人に謝る。


「ごめん、彼女がなんか帰る気ないみたい。だから、僕の家はちょっと無理みたいなんだ」


急な出来事にどうしようとなった。

そこで、Cが私の家でもいいと言ってくれた。

女の家に男二人が夜に上がるのはどうかとも思ったが、母親の許可は出たらしい。

早速三人で移動した。

Cの家で両親に会い、あいさつを済ませたら両親は早々に退場していった。




僕は慣れない台所で料理をして、3人でCの部屋で飲みながら色々な話を朝までした。

帰りがけ、父親が僕らを見るとむっとしてた。
後で聞いたところによると、男だから帰るもんだと思っていたらしい。

そんなことは知らずに、僕らは朝6時に解散をした。

この時間だからまだ彼女は寝ているはずだ。

僕は起こさないようにそっと鍵を開けて、家の中へと入った。

彼女は普通に寝ており、その姿を見て僕はむっとした。

なんで普通に寝てるんだろう。

けど怒ったところで仕方ない。

僕も寝る準備をして、彼女とは出来るだけ離れて布団に入った。




目が覚めると彼女は仕事に行っており、僕は勉強することにした。

けど、夜になっても彼女は帰ってこなかった。

僕は心配になってどこにいるのかをメールで聞いた。

すると、実家に戻っていると彼女から連絡があった。

いや、帰ってほしかったのは昨日なんだけど。

けど、多分このまま放置したら僕らは別れるのだろう。

それは嫌だった。

だから、僕は今から会えないかと彼女に聞いた。

彼女も大丈夫だと言った。

急いで用意をしてバイクを走らせる。

彼女をメールして呼び出す。



出てきた彼女と二人で近くの公園まで行く。


「なんで昨日は帰らなかったの?」

「…Cを上げたくなかった」


え?一度いいって言ったよね?

女を上げたくないってのは分かるけど、男の連れもいるんだし、万が一なんてありえない。

大学生のときも男3人の中C1人で皆一緒に寝たとかあったし、今さら間違いが起こることなんてありえない。

それを説明したけど、彼女は納得してくれなかった。


「けど上げて欲しくないの」


まあそこまで言われたらどうしようもない。

彼女とC。比べるまでもない。


「わかった、じゃあ今度からは上げないね」


この約束は結構、後々面倒だった。
一緒に勉強もできなくなったし学校や勉強の相談もできなくなった。

けど、僕は律儀に守り続けた。

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彼女はすごく分かりやすい人だ。

あるとき、一緒にお風呂にはいりながら晩御飯はどうしようかと聞いたら、
「彼女は今日は軽いものがいい」と言った。

あの彼女がだ。

だから僕は「何か間食した?」って聞いた。


すると彼女に「ばれた。でもすごい!あなたってなんでも分かるんだね」と言われた。


つまり、何が言いたいかと言うと顔を見れば何を望んでいるのかだいたい分かるし、嘘もすぐわかる。

そんなとき彼女はよく、僕に「あなたってエスパー!?」と可愛いリアクションをしてくれる。



そんなこんなでクリスマスも迫って来たある日。

彼女が仕事から帰ってきた。

いつもは鞄をフローリングにおいて、片づけるのは布団を敷く直前くらいになってだ。

僕は物を地べたに置くのが大嫌いだ。足の踏み場のなくなるし、それに汚らしい。

だから、彼女にも物はちゃんと仕舞うように言い続けてきたけど、彼女はそれを即座には実行しない。

布団を敷くときなど、必要に迫られたときに実行する程度だった。

けどその日は帰って来てすぐに鞄を押し入れに仕舞った。


「お帰り」

「ただいま~」

「今日もお疲れさま」

「あなたも勉強お疲れ様」


態度もなんか浮ついている。




「何か隠してる?」

「え!?ばれちゃった?実は…」


そう言って彼女は鞄を取だし、中から包装された箱を取り出した。


「もうばれちゃったから渡すね。クリスマスのプレゼントだよ」

「え!?」


そこまでは予想してなかった。


「開けてもいい?」

「うん」


包装を開いて、中を開けるとそこにはジッポが入っていた。

ジッポ……

彼女は僕にジッポをプレゼントしてくれた。




あれだけ煙草をやめてくれと言っていたのに、喫煙道具をなぜプレゼントするのだろうか。

その理由は簡単だ。
僕が昔の女性からもらったジッポを使ってたから。

ライターはよく無くす。
それで、買うのももったいないと思い、残っていたオイルライターとジッポを使って煙草を吸うようになった。

それを見て、彼女はなぜジッポを持っているのかと尋ねてきた。
ケチな僕がジッポなんかに金を使うわけがないと思ったようだ。
鋭い。

だから僕は正直にもらい物だと言った。

すると彼女は嫌だと言った。

いや、物に罪はないだろう。

その人のことはもう好きでもないし、今はジッポしかないから代用しているだけ。

ライターがあればそれで良いと言ったが、彼女はジッポを買うから使えと譲らなかった。




100円ライターをケチるために、1万以上するジッポを買い、オイルライターを買う。

明らかにマイナスだ。

だから僕はもう一度、ライターを使うからいいと言った。
けど彼女は納得しなかった。

そんなやりとりがあったのに。

けど彼女からのプレゼント。
嬉しくないわけがない。


「ありがとう」

「使ってみて!」


彼女に急かされて箱をジッポを取り出す。

すると、シンプルなシルバーのジッポが入っていた。
刻印やデザインも何もない。

シルバー一色のジッポ。


「あれ!?」

「え?どうしたの?」




「白じゃない!」


うん、白じゃない。シルバーだ。


「お店で見たときは白だと思ったのに」


僕はジッポを傾けてみた。


「ほら、電気とか反射したら白く見えるからそれでじゃない?」

「そっか、あなたは白が好きだから気に入ってくれると思ったんだけど」

「交換お願いする?」

「うーん、してくれるかな」

「レシートがあれば、どうせ同じ値段くらいの物を買えば、店としては損失出ないし、してくれると思う」

「どうしよう」

「僕はこれもシルバーもシンプルでいいと思うよ」

「だいじょうぶ?」

「うん、すごい嬉しいよ」

「よかった~」


けれど困ったことが一つ。


「ごめん、僕はクリスマスのプレゼントを用意できそうにないんだ」


そう、友達に貸してもらっている今、彼女にプレゼントする余裕がない。


「いいよ」

「ごめん、来年奨学金が出たら何かプレゼントするから」

「うん、楽しみに待ってる」


本当に不甲斐ない奴でごめんね。

ありがとう、愛してる。


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クリスマス。

恋人がいれば重要なイベント。

今年は僕も頑張らないといけない…けどお金がなかった。

それに勉強に追われていた。

彼女は別に頑張ってくれなくてもいいと言ってくれた。

ちょっとケーキを買って、美味しい物を食べて、それだけでいいのだと。

彼女を幸せにできないことに不甲斐なさが込み上げてきた。
そんな細やかなことで幸せだと言ってくれた彼女がもっと愛おしくなった。


クリスマスイブ、彼女の仕事が終わってバイクを走らせる。

目的地はイルミネーション。

彼女と寒い中バイクで走り、寒い中イルミネーションを見た。


「きれい!」

「うん」


寒い中、彼女と手をつなぎながら淡い光を眺めた。




「また来年来ようね」


彼女がそう言う。


「うん」


来年のクリスマスの約束ができた。


その後、お腹が減ったから食事にしようとなった。

すると、当てにしていたお店が閉まっていた。

予約もしてない。

予約くらいすればよかったのに。


「ごめんね」

「ううん、あなたも忙しいの知ってるから」


そんな僕を責めずに許してくれる彼女。

帰りがけにケーキ屋さんに寄った。

クリスマスイブともなると、ケーキが売れに売れるらしい。

夜遅くに行っても種類が少なかった。
僕が彼女に聞く。


「どうしよっか」

「うーん、欲しい物もないしいっか」


本当に散々だった。




「本当にごめん、なら明日一緒にケーキ屋さんに行こう?」

「うん」


そういうわけで、スーパーでちょっとパーティーっぽい物を買ってその日は僕の家で食事するだけとなった。

23歳ともなれば、普通は社会人だ。
ならデートを楽しんで、いいレストランで食事をし、ケーキを食べ、洒落たクリスマスプレゼントを贈るのだろう。

僕は何一つしてあげられなかった。

早く社会人になって、彼女にこの感謝を伝えたい。


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クリスマス当日。

彼女は今日のために仕事を休みにしてくれていた。

それなのにデートも連れていけない。

けど、落ち込んでいても仕方ない。

昨日の約束を果たそう。


「じゃあ昨日行っていたケーキ屋さんに行く?」

「うん」


と言うわけで寒空の中バイクに乗ってケーキ屋さんまで。

クリスマスということで数多くのケーキが用意されていた。
よかった、昨日みたいに品切れになってなくて。

二人でどれがいいか色々いいながら購入するケーキを決める。

いくつかのケーキを買って、とりあえず僕の家へ。




家に着いて彼女に聞く。


「ケーキ食べよっか。紅茶淹れる?」

「うん」


紅茶を淹れて彼女とささやかなティーパーティー。

クリスマスがこんなに湿気てるなんて、本当に申し訳なく思う。

それでも彼女は嬉しそうに僕の傍にいてくれた。

本当に僕にはもったいない彼女だ。


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今日も今日とて情けなくなる出来事があった。

年の瀬が迫る日、彼女がパソコン用テレビチューナーを買ってきた。

僕の家にはテレビがない。

けど、彼女は僕と過ごす正月に、一緒にテレビを見て過ごしたいと思ってきて買って来てくれた。

日々の食費や消耗品だけでなく、こんなものまで買って来てくれて本当に申し訳ない。

彼女は「これで一緒にテレビが見れるね」と何でもないかのように言っていた。

僕の家には初め勉強道具と少しの家財しかなかったのが、
彼女があれやこれやを買って来てくれていた。

調理器具とかも買って来てくれた。

本当にありがと。


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新年を迎えても僕らは愛し合っていた。

正月はちょっと贅沢をして良い物を食べたりした。

それに、彼女が御雑煮を作ってくれた。
僕は今まで実家にいるときには食べなかったから、彼女のが初めて。

すごく美味しかった。


「美味しいよ」

「本当?」

「うん」

「よかった~」

「また食べたいな」

「わかった!また作ってあげるね」


来年の正月の約束ができた。




バレンタインには彼女からチョコを貰った。
手作りじゃないけど、忙しい彼女がわざわざ選んでくれたもの。

すごくうれしかった。

その後のホワイトデーには僕もお返しとしてアップルパイを彼女に上げた。
といっても僕の母と一緒に作ったから僕のプレゼントというのは微妙だけど。

それでも彼女は「ありがとう」「美味しい」と喜んでくれた。

その後の彼女の誕生日は、以前買った指輪をすでにプレゼントしていたから免除してもらった。

学校も、前期よりも厳しい日程でのテストを終えると春休みに入った。

あいかわらず、僕は勉強、彼女は仕事、二人は同棲していてラブラブな日々が続いた。




4月になり僕は進級した。

彼女は仕事を続けていた。

初めて彼女と過ごす桜の季節。
夜に二人で夜桜を見に行ったりもした。


5月6月と変化のない、けれど幸せな日々が続いた。

たまに喧嘩、というか僕が冷めてその態度に彼女が泣いたりもしたけれど、それでも僕らは幸せだった。


そして7月。

待ちに待った奨学金が入金される日。

僕は今まで借りていたお金を礼を言いながら友達に返した。

そして、今まで一番お世話になった彼女にも家賃を返した。

本来なら折半すべき家賃を半年分、彼女は払っていなかった。
そして、彼女は今年6か月分を払ってくれた。

本来なら相殺して終わりなはずだ。

けど、まあそれはいっか。




そして、僕は去年渡せなかったクリスマスプレゼントを買うことにした。

彼女に何がいいかと聞くと、服がいいと言った。

彼女は服のセンスがない。

いや、僕目線だから世間一般からすると、センスはあるのかもしれない。

一例をあげると、デロデロのグレーのロンTにアメリカで売られているようなアイスクリームがでかでかと書かれている服だったり、
クリーム色で一面に小さなチェリーがプリントされているTシャツだったり。

僕にはセンスがないと思った。


「あなたのセンスで服を選んでほしいの」


そう言うわけで、二人で百貨店に。

あれやこれやを見て、僕が好きな服を何点か購入した。
結構なお金が飛んで行った。




「ふふ、これであなた好みの私になった」


これ以降、彼女はお洒落に目覚めた。

僕を連れては服を買いに行ったりもしたし、僕がプレゼントすることもあった。

そして、本当に彼女はどんどんおしゃれになっていった。


けど、少し不安もあった。

他の男の目に留まるんじゃないか、って。

だから、ダサいままの彼女の方が良かったのかもしれない。


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月日は流れてまた夏休みがやって来た。

ある日勉強していると、どう考えて教材が足りないと感じた。

去年はお金がなかったから、本来買っているべき教材ですら持ってなかった。

けれど奨学金もあることだし、教科書をケチって勉強しないってのは本末転倒だ。

というわけで教科書を買おうと考えた。

それで、学校の生協で買おうと考えたが、僕は生協カードを持っていない。
あれがあると1割引き。

だから、僕はCに生協カードを貸してくれとメールした。

すると、Cからいついるのかと聞かれたから、明日だと答えた。

すると、明日は学校には行かないからどうしようと聞かれた。



だから僕は、今日学校から帰る途中に、彼女の帰路の最中にある僕の家に持ってきてくれないかとお願いした。

すると、Cはいいよと言ってくれた。


その後に彼女も帰って来て、二人でご飯を食べているとインターホンが鳴った。

僕は玄関に行き、扉を開けるとCがいた。


「こんばんは。はい、生協カード」

「ありがとう」


これで用件は終わった。

けれど、Cが勉強の質問を始めた。

そろそろ夏休みも終わろうかとしていて、後期セメスターで出されていた課題について聞かれた。

僕もその課題については疑問に思うところがあった。

けど、1,2分で終わる話じゃない。

どうしよう……

わざわざ僕の都合でCを呼んだんだ。

だから、Cの要望にも応えたかった。




「じゃあ今からファミレス行く?」

「あ、うん。それだと助かる。けど、彼女さんは?」

「あ~どうなんだろ」

「私は別に一緒でも構わないけど。
 っていうか去年みたいに問題になるなら一緒に来てくれた方がいいんだけど」

そりゃそうだ。


と言うわけで僕は一旦部屋に戻り、彼女に聞いてみた。


「今からちょっとCと勉強しにファミレスまで行くんだけど、君も一緒に来ない?」

「行かない」


まあCの事を嫌いだって言うのなら行きたくないよな。


「わかった、じゃあちょっと行ってくるね」

「うん」


そういうわけで、僕は勉強道具をもってファミレスへ。




勉強の話をしたり、進路のことを話し合っていると朝の4時になっていた。

やることもやったから解散することに。

僕は閉じそうになる目を必死に開けながら家へとバイクを走らせた。

なんとか無事故で着き、鍵を開けて中に入る。

すると彼女の姿がなかった。

僕はびっくりした。

こんな時間に連絡するのも憚られたけど、
布団が敷いてあったことからここを出て間もないのではないかと思った。

彼女に電話すると出てくれた。


「もしもし?」

『……もしもし』

「今どこにいるの?」

『……実家』



「なんで?」

『寝ないで待ってたのに、あなたが帰ってこなかったから』


確かに朝帰りはよくなかった。

なんとなくこのままいくと別れるのではないかと思った。

それは嫌だ。


「今から会えない?」

『別にいいけど』

「じゃあ今から行くから。着いたら連絡するね」

『うん』


僕は電話を切って、再びバイクに乗って彼女の下へ。

9月とは言え、朝方のバイクは結構寒かった。

彼女の家の近くにつき、メールを入れる。



すると、彼女が家から出てきた。

そのまま僕の方へ来、ちらりと見てから通り過ぎて行った。

また歩きたい気分なのかな。

僕はバイクを置いて彼女の後についていく。

近くのマンションの大きなガレージを彼女が横断していく。僕も従う。

ガレージの端にある椅子に彼女が腰かける。

僕は彼女の前に立って謝った。

けれど、一応の弁明として、僕の我儘でわざわざ僕の家まで赴いてくれたこと、
勉強の質問で僕も疑問に思っていたから勉強の相談をする必要があったこと、
いたのはファミレスだから人目があったこと、
喋っていたのは勉強に関することだけだったこと
を説明した。



けれど彼女は嫌だと言った。

彼女はとことんCが嫌だと言った。

もう会ってほしくないとさえ言った。

けれどそれは無理だ。
学校に行けば会うし、あっちから寄って来た時にどうすればいい?

彼女がダメだって言うからもう喋らないでおこう、とか言うのか?
それとも、嫌いだからもう話しかけるなとか?

学校の狭いコミュニティー内でそんなことになれば他の奴にも迷惑がかかる。

だから僕は、彼女にそれはあまりに現実的ではないと言った。

けれど彼女は嫌だと言った。

仕方ない。妥協案を探すしかない。



僕はあいつのことが別に好きでもなんでもない。
けれど学校生活を送る上で接触を避けることはできない。

けど彼女は会って欲しくないと言う。

だから、僕はCとは二人っきりでは合わないと約束した。

これなら実行可能だし、彼女の心配もなくなるはずだから。

この案に対して彼女は頷いてくれた。

僕は彼女を抱きしめた。


「ごめんね、心配させて」


彼女はいっぱい泣いた。


Cを家に上げない、二人っきりで会わない。

別に好きでも嫌いでもないCついてここまで約束事が増えるなんて。

けど、彼女は本当に嫌だったんだろうな。

今なら分かるのに。



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奨学金が出て気持ちも金銭的にも余裕がでて、僕は今までできなかったデートを彼女とするようになった。

勿論それまでもしていたけど、お金のかからないことしかできなかった。

けど、今はお金があるからそれなりのことができる。


一緒にケーキ屋に行ったり、スイーツバイキングに行ったりもする。

僕がまだ、彼女に片思いしていた大学生のことにも行ったことがあるバイキング。

僕は顔が強面だけど、大の甘党だ。

そして彼女はよく食べる人で甘い物も好き。


けれど彼女は当時、甘い物ばかりを食べる僕にびっくりしたらしい。

僕は僕で、彼女が大食いだと言われたので、見た目からはそう見えなくてびっくりした。
カレーを食べ、サンドイッチやパスタも食べた後に彼女はケーキも食べていた。

けど、僕はそれを見てもまあ普通だと思った。
付き合ってからは本当に食べる人だと知ったけど。
猫をかぶってたのかな。




「そう言えば」

「ん?」

「あなた、昔に来たときにココアに生クリーム入れてたよね」

「うん」


生クリームは僕の大好物。自分で泡立ててそのままボールからスプーンで食べることもある。


「あのときはびっくりした」

「なんで?」

「だって、甘い物ばっかり食べて口直しするって言ったのに、甘いココアに甘いクリーム入れて飲むんだもの」


ここにくると、彼女はこのことを度々言う。

付き合い始めてからくると、以前とは内装が変わっていた。

けど、僕と彼女の思い出の地。僕にとって大切な場所。




他にも色々と美味しい物を食べに行ったりもした。

後は居酒屋にも行くようになった。

僕はお酒が好きだ。けれど、お金がなかったから家で料理しながら飲むしかなかった。

けど、余裕ができてからは居酒屋にも行くようになった。

彼女は逆にお酒が飲めない。
缶チューハイを1/3飲んだだけで酔っちゃう日もあった。

だから、居酒屋に行っても彼女がお酒を飲むのは1杯くらい。

後はソフトドリンク。

飲めない日には1杯目の半分だけ飲んで、後は僕に渡すなんてのはしょっちゅうだった。

焼き鳥屋や創作料理店など色んな居酒屋に行った。

彼女はどこに行っても美味しい美味しいと言っていた。




けど、おもしろいことに、年々と舌が肥えてきているらしい。

服がオシャレになったように、僕に似た嗜好になっているらしい。

最近では、外で食べたご飯に「このお店よりあっちの方がおいしかった」
などと、一丁前に言ったりもする。

まあ塩が薄いとか醤油辛いとか具体的じゃないとこが彼女らしいけど。

色々なものを食べ、色々な経験をして、色々な思い出を作っていく。

けど、僕は写真をとられるのが嫌いだ。

他人とか風景を撮るのは好きなんだけど、自分の顔は見たくない。

だから、彼女にプリクラをとろうと言われたら断って来た。

今にして思う。

日々の出来事を日記につけ、見た物を写真に撮っておけばよかった。

彼女との思い出が増えると、失くしていく彼女との思い出も出て来る。

一つもなくさないように記録していけばよかった。


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2年生の夏休み。

付き合い始めて初めて花火大会に行くことに。

僕は人込みが嫌いだ。
だから今まで行かなかったけど、彼女をどこかに連れて行ってあげたいと思うようになった。

だから、隣の県で行われる花火大会に二人していくことに。

開始時刻から逆算して、夕方5時に電車に乗ろうと話し合った。
彼女は賛成してくれた。

時間的には余裕がある、はずだった。

けれど、最寄駅についたら人、人、人。

しかも花火がみられる場所に行くには線路を越えなければならなかった。

そうすると、人込みで中々進まない。

一般観覧ができる広場に着いたときには人が溢れ返っていて入ることができず、
見晴しのいい路上にも先客がたくさん。




どこで見ようかと話し合っていると花火が始まってしまった。


「もっと早く来たら良かったのに」


彼女が不満げに言う。

いや、時間的には余裕をもって出たし、人込みの流れや線路による渋滞までは予想できないよ。

というか君も5時出発に賛成していたよね?

けれどそれを言うと彼女は怒るだろう。


「ごめんね」と謝り続けた。


どこか見れる場所はないかと辺りをうろつく。

すると、一本路地に入ったところは人も少なく、それなりも空が開けていて花火を見ることができた。

そこに止まって彼女と花火を見る。


「……きれー」

「うん、すごい綺麗だね」

「それに音がすごい」

「うん、近くのビルに反射して帰って来てるね」




二人で感想を言い合いながら花火を眺める。

オレンジ、青、緑、赤。

色々な光が夜の空を彩る。

最後には怒涛のラッシュ。

いくつもの花火が連続で打ち上げられ、空一面がパッと明るくなる。

視界に映っている限りを花火が埋め尽くす。

「わー!わー!」

彼女も大興奮のようだ。


花火も終わり一段落。




「すごかったね!」

「うん、綺麗だった」

「また来年来ようね!」


彼女がそう言った。

来年も一緒に来よう。僕はそう思った。


その後は彼女が楽しみにしていた屋台を見て回ることに。

けど、彼女は未だに不満があるようだ。

何度謝ってももう少し早く来ればよかったと言い続けていた。

さすがに僕もイラっとした。

繋いでいた手を放した。




しばらく歩いていると彼女が泣き始めた。

何を泣いてるんだろ。

けれどせっかくのデートがこれでは駄目だ。

僕は謝り倒してなんとか彼女の機嫌を取り続けた。

すると、彼女も機嫌を直し、食べたかったイカ焼きやたこ焼きを頬張る。
よくバケツに入ってる種で作ったたこ焼きなんか食べれるね。

彼女との花火大会は少し悪い思い出になってしまった。


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まだまだ続く夏休み。

彼女の妹と一緒に観光地を巡ったりもした。
3人で抹茶を楽しんだり、寺などを見て回った。

彼女は妹がいても僕と手を繋ぎたがっていた。
恥ずかしいから無理だったけど。

彼女はその後、「手を繋いでくれなかった!」と可愛く怒っていた。

彼女は僕のことを天然だと言うけれど、僕はそれを断固否定していた。
しかし妹さんも、僕を見て天然だと言い始めた。

彼女の家族では僕は普通に会話にでるらしい。

彼女の家と僕の一人暮らしをしている家はさほど遠くない。

あるときは彼女のお母さんが僕を見かけたらしい。




彼女が買ってくれたお買い物袋を持って、主婦の様に買い物をしている姿を見られたらしい。
彼女のお母さんはそれを見て可愛いと言っていたらしい。
恥ずかしい。

他にも、彼女の家は4人家族なのに、お母さんはケーキを5切れ買ってきたらしい。

自分でも不思議だったらしいけど、どうやら僕もカウントされていたみたい。

だから彼女がケーキ一切れを僕の家に持ってきた。

彼女の家の人と本当に家族になれたらいいな。


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大学院2年目は1年目よりも忙しくなった。

勉強の質も高度になったし、範囲も広い。

だから、1年目よりも勉強にとられる時間が増えた。

その結果、奨学金で金銭的な不安は解消されたけど、あまり満足に彼女とデートしたりは出来なかった。

けど、たまに喧嘩になる以外は本当に二人は思い合っていた。


彼女と過ごす2度目のクリスマスイブ。

今年はどうやら隠し通せたらしく、彼女からは服を何点かプレゼントされた。

僕は以前から腕時計にしようと思っていた。

彼女は最近、ますますおしゃれになった。
けど、未だに腕時計の一つもしていない。

大人の女性として時計の一つでもしていた方がいいだろうと思い、僕は腕時計と決めていた。



けど、プレゼントするなら、どうせなら喜んでくれるものがいい。

だから、以前からネットで探して何点かは絞り込んでいた。

そして、その中から彼女が選ぶ……はずだったんだけど、なかなか決まらなかった。

今年も僕はクリスマスプレゼントができなかった。
本当に駄目な奴だ。

だから近いうちに決めて、実際に目で見て気に入ったら購入しようと約束した。


今日は何をしようかと聞くと、彼女は去年約束していたイルミネーションに行きたいと言った。

家の近くでやっている小規模なイルミネーション。

それでもいいと彼女は言ってくれた。

去年はバイクで行って、寒くて死ぬかと思ったから電車で行った。

そして去年も見たささやかなイルミネーションを今年も二人で見た。

来年も見れたらいいな。



その後は近くのカフェで暖まり、ケーキを食べ、他のお店で食事をして帰ってきた。

全然お金もかかってないし、サプライズなんかもない。

けど、彼女は僕といれるだけでいいのだと言ってくれた。

僕はそう思ってる。君がいれば何もいらないと。



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年が明けてお正月。
彼女は雑煮を作ってくれなかった。

まあ正月も3が日までしか休みがなくて忙しい人だ。

だから仕方ない。

また来年作ってねとお願いしたら、うんと言ってくれた。


冬休みが終わると少し学校があり、その後はすぐに試験となった。

後期のセメスターは前期の日程に比べていつも厳しい。

僕は、彼女にお願いをして実家に帰ってもらった。

彼女はどうやら実家とは関係は悪くないらしい。

むしろ、家族仲はいいみたい。

日曜は絶対に家族で出かけて、外食して帰って来る。

そんな家族。




彼女を家に帰し、泣きそうになりながら必死に勉強する。

けれど、3日目の科目が全然終わらない。

僕は絶対に間に合わないし、単位も落とすかもしれないと思った。

1人、心細くなった。

僕は彼女に泣きついた。

帰って来てほしい、と。

彼女はすぐに僕の下へ来てくれた。

家に帰して2日で彼女を呼び戻した。

なんて自分勝手なんだろ。

それに引き替え、なんて彼女は僕を思ってくれてるんだろ。

僕は彼女に甘えていたのかもしれない。




そんなこんなで、隣で彼女が眠る中、僕は不眠不休で勉強をした。

彼女は電気が点いていても普通に寝られる。
僕は、電気が点いてたり物音がすると寝てられない。

本当に男女逆のようだ。
彼女は繊細なんて言葉とは程遠かった。


彼女の支えもあって、単位は全部取ることができた。


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以前言っていた腕時計がやっと決まった。クリスマスから1月くらい経ってしまっている。

店頭販売をしている店を探すと少し行ったところにあるらしい。

彼女とバイクでお店まで。

店頭に並ぶ商品を見て、お目当ての物があるかを探す。

すると、彼女が欲しいと思っている時計を発見。

店員さんに言って試着させてもらう。

どうやら彼女の手首に丁度の長さらしい。

彼女は外見、痩せているように見える。
身長を考慮して体重を見ると、確かに痩せている。

けど、二の腕だったり足がちょっとぽっちゃり。

だからベルトが入らないかもと思っていたから「あ、入ったね」って言ったら

「もう!当然でしょ」って怒られた。

けど、君のぽちゃぽちゃの手首だと怪しいかと思ったんだ。





結局、直接目で見ても彼女はその時計を気に入ったらしい。

盤面の周りにはジルコニアが散りばめられている。
ベルト部分も一本のベルトではなく、ブランドの文字の形をしており、一部にはジルコニアが。

わざわざ高く買う必要もないからネットで買った。

後日届いた時計を遅れすぎたクリスマスプレゼントとして彼女に送った。

彼女は「ありがとう!」と本当に喜んでくれ、それからは毎日それを着けて仕事へと出かけた。

身に付けている服も、指輪も、時計も僕が選んだもの。

僕好みの彼女。

彼女がすごく愛おしい。




僕は彼女の好意を疑うようなことはなくなった。

完全に彼女を信頼していた。

だから、昔に比べてドキドキするような気持ちは減った。
けど、一緒にいて安心する。

これからもずっと一緒にいられる。
愛し、愛され過ごしていくんだと思えた。

そんな幻想を見ていた。


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彼女の身内に不幸があった。両親とかではないけど、それなりに近しい人。

彼女は僕の隣で寝ていた。

朝方、彼女の携帯が鳴る。

彼女が起きて、そのメールを確認する。

僕に泣きながら不幸を伝える。

僕は泣いてしまった。

彼女が泣いているのを見て伝染してしまったのかもしれない。
彼女がつらいのに頑張っているのを見て、心苦しくもなった。

彼女には一切の不幸から僕が守り、甘い蜜だけを吸って生きていて欲しいと思っていた僕にとってはつらかった。


泣いている僕を見て彼女は言った。

「優しいんだね」



彼女は会ったこともない人の不幸を悲しんでくれる優しい人だと思ったようだ。

けどちょっと違う。僕は悲しむ君を見て辛くなった。

彼女はこの悲しみに抗っていた。

それを思うと胸が苦しくなった。

彼女はそんなことがあって、葬式とかに参列した以外は仕事を普通につづけた。

なんて強い人なんだろう。

見た目からはそう感じなかった。
普段の生活からはそう思えなかった。

けど、本当に彼女は強い人だった。

僕なんかよりもよっぽど。

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2度目のバレンタインには、なんと彼女の妹さんからもチョコを頂いた。

だから、ホワイトデーにはケーキをお返しした。

彼女の家は、彼女を除くと3人。

だから、妹さんにだけ買うのはなんか悪いと思った。

だから、3人×2つずつの計算で計6個のケーキをお返し。
結構痛い出費だ。

ついでに彼女とも食べるケーキも買って財布はもっと軽くなってしまった。

彼女からケーキを貰った。市販品のを。

僕はバレンタインのお返しに、今度はケーキをお返しした。手作りの。




僕は少々、女性らしい仕草が多いようだ。

みんな想像してほしい。
服を見に行って、低いところに陳列されている商品を手に取ろうとする。

自分ならどうする?
男ならヤンキー座りじゃないけど、普通に足を揃えずに、そのまま曲げて取るだろう。


僕は膝を揃えて屈む。着物を着た人が座るときのように。
彼女はそれを見て「女の子みたい」といつも言っていた。

別に嫌味でもなんでもないらしい。そういうところも好きだと言ってくれた。

他には手持ちのバッグを持つときには手で持たず、肘の辺りにかけて腕を軽く曲げていたりするのも女々しいらしい。

彼女は僕が何をしても「かわいい」と言ってくれた。

天然だとも言われた。

けれど、彼女に言われるとすごい嬉しかった。




彼女の誕生日にはまた服を一緒に見に行った。

結構、彼女が着れる服も増えてきた。

今度、彼女のファッションショーをしようかな。
彼女も組み合わせが分からなくて困ってると言っていたから。



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大学院3年目、最終学年は忙しいのは前期だけ。
後記は単位を普通にとっていたら少しだけ学校に行くだけで終わる。

僕の通う大学院は少し特殊で、卒業したら国家試験を受ける。
だから、来年が試験本番ということになる。


彼女と迎える2度目の桜の季節。

昨年は街路樹として植えられていた桜を見ただけだった。

けれど、今年は勉強の余裕があったことからライトアップされている桜を見に行った。

二人でまだ少し冷える春の夜に、淡く色づくピンクの葉を見て回る。

彼女と一緒に季節を感じる。

それが嬉しかった。


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彼女と付き合い始めて2年が経過した。

この頃からだろうか。
彼女は僕の家で大半を過ごすけれど、実家に帰ることも増えた。
身内の不幸があったことから家の用事をする必要があったことが理由だ。

けど、別にそれで二人が愛し合わなくなったわけじゃない。

彼女とは会えない日には毎日メールしたし、内容も会いたいとか愛してるとか愛の言葉ばかりだ。

僕は一人暮らしなんだから、こちらに来てくれて同棲していたらずっと一緒にいられるのに。

そう思っていた。

だから、夜にバイクを走らせて彼女を迎えに行くということをしなくなった。

僕は安心しきっていた。

二人の将来は約束されていると誤解していた。

努力をしなかったら続かないのに。


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比較的スムーズに前期セメスターを終えると人生最後の夏休みを迎えた。

去年約束していたとおり、花火大会にも行った。

去年見た場所で再び彼女と花火を見た。

これが恒例行事となったらうれしいな。

他にも色々とデートをした。

市内の観光地に行ってみたり新しいお店を巡ったりもした。

毎季節ごとにはよく百貨店に行って服を見たりしていたから、この時にも見に行った。

人生最後の夏休みは彼女との思い出を増やしていった。



そんなある日、僕の誕生日がやって来た。

彼女は僕に財布をプレゼントしてくれた。

以前から、財布の汚れが気にはなっていた。

使っていたのは白の合皮の財布。だから、汚れが目立つようになっていた。

けど、僕は勿体ない精神にあふれた人間だ。

財布ってのはお札と小銭と幾ばくかのカードが入れば十分だ。

だから、汚くてもそれらの役割を果たしている財布を買い直そうとは思わなかった。

そんな中、彼女は財布をプレゼントしてくれた。

正直、僕の趣味ではない。



僕は彼女にプレゼントするとき、必ず彼女の意見を聞く。
プレゼントして喜んでほしいからだ。

けれど、彼女はサプライズを優先する。

その結果、彼女からもらったもので本当に自分の趣味に合致するものはあまりない。

去年のクリスマスにもらったセーターは今年の冬活躍したけど。

しかもその財布が高い。

馬皮を使った物だ。

2万くらいしか持たない僕が、5万の財布を使う。

意味が全く分からなかった。



けれど、彼女はこう言った。

「馬皮は長く使えるし、使ったら風合いも出て来るから」

先のことも見据えてこれを選んでくれたらしい。

物についてあまり知識もない彼女。

多分、あちらこちらの店頭を見て回って、店員にも聞いて選んでくれたのだろう。

僕のためを思って選んでくれた財布。

僕の趣味ではないけど、それでも嬉しかった。


「ありがと、すごく嬉しいよ」

「ほんと?」

「うん、ほんとだよ」


財布、ありがとう。

この財布に見劣りしないような男になるから、少しだけ待っててね。


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紅葉が色づく頃、僕は今まで忙しかった反動からか、授業の日程が緩い今は気が抜けてしまっていた。

だから、彼女とよく遊んだし、彼女に時間を割いたりもした。

だから、彼女と紅葉を見に行こうと言うことになった。

彼女が休みの日に、お昼からおでかけをした。

色々な紅葉スポットを二人で歩く。

一番のメインはライトアップ。

二人で寒い中、2カ所のライトアップを見に行った。

別に紅葉なんてなんでもいいんだけど、彼女と二人でデートできたのが嬉しかった。

寒い中、手を繋ぎ合っていられるのが嬉しかった。



彼女はライトアップされた紅葉の綺麗さに感動していた。


「また来年来ようね!」

「うん」


また彼女との約束が増えた。

来年も見に来よう。


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僕は結婚が嫌いだ。

まず信じられない。

男と女なんて何があるもんか分かったもんじゃない。
僕の親族はことごとく離婚していた。

だから、僕にとっては離婚するのは当然だと思っていた。

それに結婚をすると専業主婦という寄生虫が発生する。

そんなわけで僕は結婚なんてしたくもなかった。

それは彼女にも言っていた。

彼女はその度に泣いていたけれど、僕は嘘吐きにはなりたくなかったから予め言っていた。

誤解がないように言うと、もちろん彼女とはずっと一緒にいようとは言っていた。
だから、事実婚が僕にとっての理想形だった。

けれど、彼女は結婚に憧れていた。

だから、どうしてもしたいのならば僕を捨ててくれと言っていた。



それはさておき結婚。

大学の同期がこの度、結婚式を迎えることとなった。

年の瀬迫るこの時期にやるとは……。

新郎は僕と同じ大学、新婦とも何度か会ったことがあった。

結婚式は他府県で行われる。

辛いことにまだ冬休みじゃない。



しかも、学校の人間関係でイザコザがあった。

大学院での生活は本当につらい。

金にもならない。誰にもその苦労を共感されない。
けれど本当に血反吐を吐きそうなほど勉強しなければならない。

それを3年間友達と共にやってきて、もう少しすれば卒業式だ。

だから、最後くらい皆で仲良く卒業したかった。



だから、授業が終わって冬休み前にちょっと早い忘年会を設定し、喧嘩している二人を仲裁した。
けど結果は平行線。
問題解決までには至らなかった。

そして時間をみると夜中3時。

あと3時間もすれば高速バスに乗って結婚式に行かなければならなかった。

だから話し合いは中途半端なままお開き。

僕は家に帰って、寝過ごすのが恐くてゆっくりと荷造りをしたり、お風呂に入ったりして時間を潰した。

そして電車に乗り、高速バス乗り場まで。

繊細な僕はどんだけ疲れていても、静かな場所じゃないと寝られない。

よってバスでも寝られなかった。

隣の席にはB。

後ろの席にはC。

新郎と僕らは同じゼミだから、皆で出席することに。



Bとは勉強のことや、新郎との思い出話に盛り上がった。

目的地について、歩いて式場のホテルまで。

僕らは遠方者ということでホテルの部屋も用意してもらっていた。

片や僕らは院生で絶賛、借金まみれ。

片や、一番僕らの中でぼーとしていた新郎が社会人となり、結婚して、立派な結婚式を挙げていた。

なんだか情けなくなった。

まあそんなこんなで閉じそうになる目を何とか我慢し、風呂に入ったりして時間を潰した。



結婚式開始の時間だ。



僕らは3人連れだって結婚式から参加した。

並んで座り、新郎新婦を待つ。

僕とBは、新郎を見たら笑ってしまうかもしれないなどとふざけていた。

神父が入ってきて緊張が高まった。

そして新郎入場。

あのぼーとした奴が、家はゴミを片付けられず汚かった彼が、
真っ白なスーツをして凛とした姿で立っていた。

笑うことなんてできなかった。

僕は彼を見て、差をまざまざと感じた。

彼の眼は少し潤んでいた。

新郎がバージンロードを歩く。



その後に新婦登場。

お父さんと新婦が入って来た。

彼女の家と、新郎は仲が然程よくなかった。
結婚も反対的だった。


そんな新婦の父親から、新婦を受け取り、腕を組み、バージンロードを歩く二人。

そして二人は大勢の人がいる前で、永遠の愛を誓い合った。


その後は一通りの式を行い、先に参列者が外に出て、出て来る夫婦に和紙でできた花を降らせる。

その中を二人は歩いて行った。




この後は少し時間を置いて披露宴。

僕たちは新郎の大学の友人という括りで一つの円卓に着いた。

円卓の中には懐かしい友人もいて、近況報告などで盛り上がった。


時間も来て、新郎新婦の入場。

二人とも、結婚式と同じ白い衣装で出てきた。

その後はスピーチが一通り続いた。

その後、新郎新婦のあいさつ回り。

まずは新郎の職場の方々、続いて僕ら大学の友人の席へ。

歩いてきた二人に一番近かったのは僕だった。

「おめでとう!」

僕は二人に言った。



僕は二人に言った。

新郎は、それまでキリッと一人の男として、大人としての顔をしていた。

けど、僕の言葉を聞いて、昔よく一緒にいた頃のいたずらっ子のような顔をして「おう!」と言って僕に手を差し出してきた。
僕はその手を強く握り、二人で握手した。


その瞬間、僕は泣いてしまった。

理由は分からない。

けど、彼が立派な大人なったことがなんだか悲しかったのかもしれない。

もしくは彼の苦労を知っているからかもしれない。

新郎新婦の付き合いは長い。

その間、彼らは何度も別れ、何度も付き合い直した。

去年の夏にも二人は別れを迎えていた。




新郎とは遠方で簡単には会えないことからよく長電話をした。

大体、平均2時間くらい。女子か。

しかも決まって僕が忙しいときに彼は電話してくる。
料理の最中とか、テスト前とか。

だから彼はよく電話を切るとき「また忙しそうな時をねらって電話するわ」とジョークを言っていた。


そんなわけで彼が別れたことも僕は知っていた。

そして、僕は去年の末に電話したときに彼女は作らないのかと聞いた。

すると、彼は彼女以外は考えられないと言い切った。

僕は馬鹿げていると思った。

彼女が別れを切り出したのは、彼が結婚する用意をできなかったから。

早く結婚したい彼女は彼とは別れて他の男性との出会いを求めた。

それを知っていた僕は、そんな女性を愛する彼が憐れにも思えた。

けど、今年になって二人はまた付き合い直し、結婚にまで至った。




そんな経緯を知っている僕は、彼の苦労を誰よりも知っていた。

だから、彼と握手した瞬間に色々な思いがよぎり、思わず泣いてしまった。


そして、新婦からも感謝の言葉を言われた。

二人の喧嘩をよく仲裁したこと、婚姻届を出した日に夫婦同時に、別々の祝福のメールを送ったこと、
それを新婦である彼女はすごい嬉しかったと言ってくれた。

本当に幸せそうだった。




僕らの席への挨拶も終わり、次へと挨拶に行く二人。

その後は写真撮影やお決まりのお色直し、スライドショー、新婦から両親への感謝、
新婦からの感謝の言葉、代表として新郎父からのスピーチなどを終え、盛大な披露宴は終わった。


その後、僕ら3人は用意されていた2次会まで時間を潰していた。

すると、学生の頃より少し太った、私服を来た新郎と合った。

彼に挨拶し、少しの間会話する。

僕は彼に、大人になったんだな。差を開けられた感じがする。と素直に感想を述べた。

しかし、それを聞いた新郎はそんなことはない。何も変わっていないと平然と言った。

僕も社会人になって、結婚をする立場になればそう言えるのだろうか。




その後、用事があって新郎は席を外し、僕らは2次会開場の最上階にあるラウンジへ。

お酒を3人で飲みながら、思い出話や勉強、進路について話した。

その後、新郎新婦も来たが、二人ともそれぞれの職場関係者の席に着いてしまい、待てど暮らせどこちらに来られそうになかった。

だから僕らは先に部屋に戻ることにした。
明日は新郎新婦、僕ら3人で遊ぶことも約束していたし。

ラウンジから出ると、夫婦がそろってこちらに来てくれた。

新婦から披露宴の感想を求められ、食事が美味しかったこと、案外スピーディーだったことを述べると、
新婦は食事にこだわったこと、スムーズな披露宴を心がけていたから要望通りでよかったと安心していた。

少し会話をして、また明日と夫婦に別れを告げる。


僕はBと同じ部屋だった。

スーツを脱いで、ベッドの上で横になっていたら40時間ぶりの睡眠に落ちて行った。


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結婚式の翌日は新郎達に観光案内をしてもらった。
最後には新郎と僕ら3人の大学同期4人だけで居酒屋に。

久しぶりの再会に話は尽きない。

けど時間は待ってくれない。

帰りのバスの時間がやってきて、話も途中で終えて僕らはバス乗り場まで。

別れの言葉を言い合い、僕らはバスに乗り込んだ。

明日は明日で学校がある。

しかも、課題があるから帰ったら用意をしないと。

結婚。

僕は絶対にするものかと思っていた。

けど、僕は彼女との結婚をしたいと思うようになった。


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彼女と3度目のクリスマス。
僕らは少し贅沢をすることにした。

お寿司屋さん。

僕は行ったことあるけど、彼女は回らない寿司屋は未経験らしい。

そのお店自体は僕の母が、お祖父ちゃんに良く連れて行ってもらっていた店らしい。
僕も記憶はあまりないけど、昔小さいころに連れて行ってもらったらしい。


3代続けての来店。

彼女は初めてのカウンター式のお寿司屋さんに緊張気味だった。

御座敷に通されてメニューを見る。

まずはお酒を頼んで乾杯。

なんだか大人になった気分。いや、成人はしてるんだけど。



その後、大人ぶって一品料理をあれこれ頼んだ。
彼女はどれもこれも美味しいと喜んでいた。

もちろん握りも美味しかった。

二人で飲み食いすると結構な値段となった。

行きはタクシーを使ったけど、帰りは歩きたいと彼女が言った。

二人で歩いていると、ショッピングモールに着いた。

彼女が見たいと言ったので二人で中へ。

すると、彼女が最上階へと向かう。

そしておもむろにゲームコーナーへ。

手を引かれてやって来たのはプリクラ。

彼女がチラリとこちらを見る。

「撮りたいの、駄目?」




僕は写真が嫌いだから断って来た。

けど、今さら不細工な僕を見ても彼女は嫌いにならないだろうと思った。
だから、僕は「いいよ」と了承した。


彼女は喜び、二人で中へ。

プリクラなんて、人生で2回しか撮った事ない。
しかも最後に撮ったのはもう10年くらい前なんじゃないだろうか。

システムもよくわからぬまま彼女の隣でソワソワ。

写真を撮ると宣告されてテンパっていると、知らぬ間に写真を撮り終っていた。

その後は二人で落書きコーナーへ。

クリスマス、初プリクラ、そんなことを書いて出来上がったプリクラを見る。

「あなたの仕草が女の子みたい」

またか。慣れないから素が出てしまった。

写真に写る二人は愛し合っていた。



こんなにいいものなら、もっと早くから撮っておけばよかった。

その後はケーキとお酒をかって自宅に帰った。

残念ながらプレゼントは双方用意していない。

もう3回目なんだからそろそろいいんじゃないか、と僕が言ったら彼女もそれで良いと言ってくれた。

来年のクリスマスの頃には試験結果が出ている。
どちらにしようと勉強で忙しいということはなさそうだ。

だから、僕はちょっと凝ったクリスマスをしようと思った。


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正月は今年も一緒に過ごした。
大晦日でも仕事があった彼女をバイクで迎えに行った。

その前に、酒屋でちょっといいお酒を入手して。

二人で帰って来て、僕が用意した料理を食べながらお酒を楽しむ。

新年を迎えて、今年もよろしくと言い合った。

今年も来年も、ずっと一緒だと信じていた。




3日目も過ぎた頃、彼女が初売りバーゲンに行きたいといったから二人で百貨店へお買い物に。

彼女の服などを見て、地下の食品売り場を覗く。

すると、お雑煮の材料が売っていた。

「あ、材料売ってるよ?買って帰る?」

彼女が僕に聞く。

けど正月3が日も終わっている。
彼女も仕事が始まって忙しそうだ。

だから僕は今年はもういいよ、また来年作ってねとお願いした。

はやく、久しぶりに彼女のお雑煮が食べたいな。


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年が明けて1カ月だけの学校が終わった。

試験も数が少なく、全然苦労することなく最終学年を終えた。
単位は多分取得できてるだろう。

学校も終わり、あとは国家試験に向けて勉強だ。

2月には3度目のバレンタイン。彼女からは初めて手作りのケーキを貰った。
忙しい彼女がわざわざ手作りをしてくれた。
すごく愛おしかった。

僕も手作りケーキをお返しした。

彼女の誕生日には、僕が貰った財布以上の金額を出した。

服、靴、小物などをプレゼント。



仕事にの日、彼女は僕が買ったスカーフをトレンチに合わせようとしていた。
けど結び方が分からない。

だから僕が彼女に結んであげた。


「またスカーフの結び方も練習しないとね」

「本当だね。んじゃ仕事行ってきます」


どんどん大人っぽく、綺麗になっていく彼女を僕は愛していた。




勉強に追われる日々を過ごしながら、成績結果が出て見てみると卒業単位を満たしており、
3月になると長かったような、短かったような、とりあえず辛かったことは確実である大学院を卒業した。

僕は成績優秀者に選ばれた。

けど、そのころになって来るとナーバスになってくる。

最難関といわれる国家試験に受かるだろうか。

寝ても覚めて勉強する日々となった。

だから、彼女にお願いして試験が終わるまでは基本実家で過ごしてもらい、たまに泊まりに来る程度にしてもらった。




デートで桜を見に行ったり、美味しい物を食べに行ったりもしつつ、その他は勉強で忙殺される日々。

そして試験当日を迎えた。

日程は4日間で中日に休みがある。

僕はプレッシャーから寝られなかった。食べられなかった。

僕はほぼ5日間、栄養剤とチョコと煙草くらいしか口にしなかった。

死にたくなるほどつらい5日間を終えた。
手応えは十分あった。



あとは結果をドキドキ待ちながら、落ちていた場合に備えて勉強を軽くすることとなった。

彼女は試験期間中も僕の健康を心配してくれていた。

多分、彼女がいなかったら辛くて試験も受けられなかったし、何より院も卒業できなかっただろう。

僕は、彼女がいたから強くあり続けられた。

本当に彼女には感謝しても足りない。


寂しくて死にそうな僕は、彼女にまた一緒に住もうと行った。

彼女はうんというものの、中々重い腰を上げなかった。

化粧品がないから泊まれないなどと何度も断られた。

だから、化粧品を実家と僕の家に2つ用意してはどうか、とか色々行ったんだけど、
彼女はちょっと泊まりに来てはまた実家に帰ると言う生活を送っていた。



僕は、寂しがりな彼女が同棲しないことに少し違和感を感じ、不安にも感じていた。

けれど、彼女は大の猫好きで、実家で猫を飼い始めたことから中々来ないのかもしれないと一人納得をしていた。

今となってはそうじゃなかったのかも知れないと思う。


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彼女は仕事が休みの日か前日に泊まりの用意を持ってきて、3日から1週間泊まってはまた実家に帰っていった。

僕は久しぶりの暇を満喫していた。

軽く勉強をし、彼女がきたらデートをするという怠惰な日々を送っていた。

それでも彼女とは毎日メールをしていたし、よく「寂しい」「会いたい」とメールをしてきた。

けど、僕は「もう遅いから明日ね」とか「泊まりに来れば?」というだけで迎えには行かなかった。




二人は付き合って3年を終え、4年目に入った。

僕は今まで、付き合ってた期間が一番長くて2年半だった。

だから、3年に入ったときに彼女は「私が一番長いよね!」
と喜んでいた。

大丈夫、もうこの記録は誰にも塗り替えられないよ。


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試験を終えて1月経った頃、1次試験合格の通知が。
僕が不安だった1次が受かった。
だから、下手をすると下手をするかも知れない。

期待をし過ぎると傷つくから、できるだけ意識しないようにはしてたけど。


夏になり、恒例の花火大会に行くことに。

その日は暇でやることもないから、なら早い時間から行こうとなった。

すると今までは細い路地から見るだけだったが、今回は見晴らしのいい一般観覧の広場に入ることができた。



3度目にしていい席をゲット。

「よかったね」と彼女も喜んでくれた。


けどそこで最悪の事態が。

雨が降ってきた。

さすが雨男。本当に最悪のタイミングで降ってくる。

開始ぎりぎりまで雨は止まない。

けどさすがは僕の女神。晴れ女。彼女が本領を発揮した。
のかは分からないが雨が止んで、花火大会続行のアナウンスが。

彼女とよかったと言い合った。



すると1発目の花火が左側から上がる。

すると、2発目が右から上がる。

この花火大会は2カ所から上がる。

以前まで見ていた場所は、左側は見えるが右側は見えなかった。

だから、単純計算で2倍の花火を楽しめる。

「わ~!!」

左右から上がる花火に彼女も喜んでいた。


圧巻だったのは怒涛のフィナーレ。

左右から一斉に打ち上げられる花火が空一面を覆い、ぱっと夜の闇を散らす。

視界一面の閃光。


花火大会が終わりを告げた。



「すごかったね!」

「うん」

「来年も早い目に来ようよ」

「うん、そうしよう」


その後、この広場に入ってからは場所取りのため露店に行けなかったから、彼女が屋台を見たいと言った。

二人で露店が並んでる通りまで行くと……屋台の数は数えるほどしかなかった。

「あれ?全然ないよ」

彼女がびっくりしている。

「本当だね」



何故今年になって急減したのだろう。

1回目に来たときにはここで喧嘩した。
2回目に来たときには仲良くここでイカ焼きを頬張った。

そんな思い出が無くなってしまったかのように感じて寂しかった。

数少ない露天を見て、彼女はかき氷だけを食べて帰ることに。

なんだか最後で悲しい思い出になってしまった。

来年は露天も増えていると良いな。



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4回目の僕の誕生日。

彼女は僕にぬいぐるみを買ってきた。

いい年した大人にあげるもんじゃない。

なんでこんなプレゼントになったかというと、僕は今年はいらないと言い続け、欲しい物をリークしなかった。

そんなある日、以前結婚式に参列した夫婦の家に遊びに行ってきた。
その家の中や車の中でぬいぐるみを抱く癖を妻に見られて「あげようか?」と問われたと笑い話をした。

それを聞いて彼女は抱き枕のような柔らかい素材のぬいぐるみを買ってきたそうだ。

なんでも幸せを呼ぶ兎らしい。

試験結果ももう出る。

この幸せの兎さんが合格をもたらしてくれるのかな。

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試験結果発表の日。

結果はネットで見れる。

僕は時間までソワソワしながら待っていた。

合格したらどうしようか。
色々なことが頭をよぎった。

親に感謝の印を送りたい。

勿論、彼女にも今までの感謝を伝えたい。

結婚だって……



結果は不合格だった。

何度も見直した。

けど僕の数字はなかった。



試験が1年目で受かるなんて甘い考えは持っていなかった。

けど、1次が受かっていたから期待もあった。

その落差がつらい。

とりあえず母にメールを入れた。

すると母は「また来年がんばろっか!」と送って来た。

それまで耐えていた涙が溢れた。

いい年こいて、社会人になれていない僕を責めるのでもなく、次があると希望を見せてくれた。

僕は来年こそは絶対受かると気持ち強めた。



そして彼女にも報告。

彼女も僕の合格を待ってくれている。

けど駄目だった。

彼女には「試験だめだった。ごめんね」と送った。

本当に申し訳なかった。社会に出るのが1年は遅くなった。

早く彼女に楽な生活をさせたいと思っていたのに。

彼女は仕事の休憩中に電話をしてきた。



『もしもし?』

「もしもし…ごめんね」

『ううん…泣かないで?』

彼女の優しさがより一層、申し訳なさを掻きたてた。

『1人で大丈夫?』

「うん」

試験に落ちた僕が我が儘を言って彼女を呼び寄せることは憚られた。

彼女からは来年頑張ろうと励ましてもらった。


その日からは軽くやっていた勉強を本気でするようになった。
もう落ちられない。


そんなある日、彼女からメールが。

「何をしてるの?」

「勉強だよ」というと「偉いね」と来た。


偉くない。働いている君の方がよっぽど偉いよ。


だから僕は「あなたと幸せになれるように、来年こそは受かるから頑張るね」と送った。

すると彼女から返信が。

「牛丼をカウンターで食べながら泣いちゃったじゃない!いつまでも待っているよ」

とのメールが。
彼女の愛情の深さに僕はただただ感謝した。



その後も勉強をしながら、彼女とたまに会う日々が続いた。

試験に落ちたショックから、彼女に寂しいから同棲してほしいと思った。

けど、試験に落ちた僕がそんな我が儘を言うのは憚られた。

だから、試験に落ちた悲しみから、一人では寝られない日々が続いた。

詳細な試験結果が届いた。結果は少し合格点まで足りなかった。
この位おまけしてくれと本気で思った。



けど、彼女には「来年には受かるから」と強気で接した。
これ以上、心配を掛けたくなかったから。

彼女が休みの日にはデートをしたりした。

観光名所に行き、二人で美味しい物を食べた。

景色を見て、紅葉が綺麗だろうから、また秋になったら来ようと約束した。
それに、去年行った場所にも行こうと約束した。


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彼女が何の連絡もなく僕の家に来た。

いつもは行ってもいいか聞いてからくるのに。

僕は彼女が来てくれたことからいつも通り喜んだ。

けど、彼女が突然泣き出した。

覚悟をした。


ずっと彼女が僕と同棲を再開しなかったこと。

最近は忙しいと言って中々泊まりに来なくなったこと。

メールがそっけなくなっていたこと。

思い返せば色々とサインはあった。

けど僕は見落としていた。

彼女を信頼しきっていた。




彼女は僕とは体を重ねたくないと言った。


元々僕らはそれほどする方でもなかった。


そりゃ勿論悲しかった。僕はあまり欲はないけど、それでも愛している彼女と出来ないと思うと辛かった。

けど、彼女がしたくないと言っているんだ。

「したいときにだけすればいいよ」

と心にもないことを言った。

この時、僕は他の男ができたのかと思った。

多分そうなんだろう。今でも正解は分からないが。



けど、彼女は僕を好きだといった。

けど、したくないと言われて僕は悲しかった。

彼女は僕にギュッと抱き締めてほしいといった。

僕は、恐々と抱き締めた。

その後、二人で食事に行き、彼女を実家まで送り届けた。

彼女は僕にキスをしようとした。

けど、ヘルメットが邪魔でできなかった。

僕は、キスしたくなかった。それをヘルメットのシールドのせいにした。



笑いながら「残念。ヘルメットが邪魔で無理だね」と言って、
僕は彼女に「早く入りな」といって別れを急かした。

彼女は手を振った。

僕は手を振りかえせなかった。



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3日後、彼女が休みの日に遊びに来ないのかとメールを送信した。

すると、その返事は9時間後。日付も変わった頃にやって来た。

彼女は持ち帰った仕事をしたり寝ていたと説明した。

本当は、他の男と会っていたのかも知れない。

何となく僕はそう思った。


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彼女との距離が急にできてしまって、落ち着かない。
けど勉強をしなければならない日々が3日続いた。

心の中では終わりが見えていた。

彼女に体は重ねたくないと言われてからも、彼女は普通にメールをしてきた。

僕は恐くて敬語でメールをした。

僕は敬語がクセでたまに出る。

それは話し相手と距離を置きたいから。
近いと怖いから、傷つくのが。



彼女に「なんで敬語なの」と聞かれた。

僕は「意味はないよ」と言った。




日付が変わり、今日は彼女が休みの日。

彼女から電話が来た。

終わりが、来た。



「もしもし」

『もしもし』


彼女の鼻声が聞こえてきた。

ああ、駄目なんだ。

『あのね……別れてほしいの』

僕はうんとは言えなかった。


「なんで?」

『一度距離を置きたいの。あなたが好きなのか考え直したい』

「…他に好きな人でもいるの?」

『そういうのはいない』


僕はてっきり男ができたのかと思った。



けれど、僕のことを考えなおしたいと言われた。

僕は単純に、彼女が僕との付き合いに悩んでいるだけだと思った。


「僕は……別れたくないな」

『ごめん……』

「そっか、じゃあ仕方ないね」


仕方ないんだ、彼女が手を放した以上、僕がどんだけ手を伸ばしてももう繋がれない。


『友達のとして会えないかな』

「それは…無理かな」


そんなことをすれば気持ちが残ってしまう。


『メールは…?』

「………」


答えられない。メールだってしたいし、会いたい。けど…




『ねえ、メールは?』

「メールすると、辛くなるから」

『そっか……あなたは泣かないんだね』

「実感が湧かないんだ。湧いたら泣くよ」


彼女は泣いてほしかったんだろうか。


『そっか、それじゃあね』

「うん」


3年半の付き合いはたった1本の電話で終わった。

けど、彼女は僕のことを考え直したいと言っていた。

もしかしたら、やり直したいと思ってくれるかもしれない。

馬鹿な妄想が僕を埋め尽くしす。


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次の日、勉強をしているといきなりチャイムが。

新聞か宗教の勧誘かな。

ドアを開けると彼女が…元彼女がいた。

僕は息が止まってしまった。

嬉しくて……驚いて。

彼女は髪を切っていた。

失恋したからか。それとも新しい男の趣味か。

僕はチェーンを外して彼女を招き入れる。




「どうしたの?」

「置いていた荷物を取りに来たの」

「そっか」


もうここには戻ってこないのか。

彼女は今まで僕の家に置いていた荷物を片付け始めた。

二本ささっていた歯ブラシの1本は捨てられた。

他にも消耗品は捨てた。

押し入れの中の服や彼女が実家から持ってきたチェストを整理する。

僕はその間、勉強していた。

彼女を見ると辛いから。



30分ほどして彼女が帰ろうかと用意をしていた。


「荷物、持って帰れそう?」

「無理みたい」


彼女が、付き合っていた頃のように笑った。

心臓がギュッと締め付けられた。

息が満足にできない。

「そっか」

持っていこうかとは言えなかった。
そうすると彼女は荷物を取りにはもう来ないことになる。



「また今度の休みに取に来てもいい?」

「うん」


彼女が玄関に行く。

扉を開けて外に出る。

開いた扉の間から僕に手を振る。

僕は彼女を抱きしめたかった。

行かないでくれ、捨てないでくれと泣きつきたかった。

けど、できなかった。

迷ってるうちに扉が閉まってしまった。



少しの間放心し、まだ外にいるんじゃないかと思って外に出た。

付き合っていた頃もこういうことがあった。
彼女が気を惹きたいときにやっていた。

もしかしたら


外には誰もいなかった。


僕は左手首に赤い線を数本入れた。



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彼女が来ると言っていた日の前日。

僕はもしかして彼氏と会っているのかもしれないと皮肉な考えから、邪魔しては駄目だと思って夜遅くになってメールを入れた。


すると、明日はいけないとメールが来た。

返事は日付が変わってからだった。

本当に会っていたのかも知れない。彼氏と。


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彼女の荷物は僕をイラつかせた。
これを見ると期待してしまう。また普通に泊まりに来てくれるのではないかと。


彼女が直接荷物を取に来て1週間が経った。

僕はメールを入れた。

「荷物取りに来ないの?」

すると彼女から返信が。

「今度の休みに取に行きます」

彼女からのメールは敬語だった。

僕は自分の馬鹿さ加減に死にたくなった。



仮にも恋人から敬語でメールが来たら気持ちも冷めるだろう。
あのとき、僕が普通に接していれば……もしかしたら

荷物は結構な量が残っていた。

「車だそうか?」

僕は彼女に会いたかった。だから「お願い」と言われるのを望んだ。

けど彼女は「お父さんに頼むので結構です」と断られた。

僕は勇気を出して返信した。

「やり直す気はもうないの?」

返事はこなかった。

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彼女が荷物を取りに来る前日、僕はメールを入れた。

「明日何時に来るの?」

すると彼女からは昼3時を予定していると告げられた、丁寧語で。

僕はその時間、外出するからゆっくりとやっていいからとメールしておいた。

日付が変わり、今日は彼女が荷物を取りに来る日。

僕は頭がおかしくなりそうだった。

彼女と長い時間過ごしたこの狭い1ルームはどこもかしこも彼女を思い出させた。

一緒の布団で寝た。偶には愛し合った。

コンポで好きな音楽を二人して聞いた。

本を見ると彼女が押し入れの中で昼寝をしたことを思い出す。

良く僕が彼女のために、たまに彼女が僕のために料理をしたキッチン。

彼女が買って来てくれたまな板や計量カップ。

彼女はいつも一緒がいいとせがんだお風呂。




この部屋にいるのは無理だった。

僕は寒空の下へと出た。

あてどもなく歩く。

けど気付く。

こっちは彼女とよく行ったから行きたくない。

こっちもそう、あっちもそう。

ほとんどが彼女との思い出の場所だった。

僕は1歩の動けなくなった。

何も考えず、出来る限り思い出のない場所を歩く。

それでも彼女との思い出が浮かぶ。

4時間くらい歩いた頃だろうか。

もう行く場所もない。体力もない。


僕は家に帰り、眠れない夜を過ごした。


彼女が来ると言っていた時間が迫って来た。

けれど、その直前に時間を遅らせてほしいと言われた。

僕はそれを了承し、一睡もしてなかったことから気が付いたら寝てしまっていた。


次の目覚めると彼女が来る直前になってしまっていた。

僕は外に出た。

本当は彼女に会いたかった。
けど出ていくと約束をしてしまった。

僕は行くあてもなく歩いた。
そしてよく彼女と通った公園に座る。

外は雨が降っていた。

さすが雨男。
けどこのまま降り続けばいい。

そうしたら荷物を取りに来ないかもしれない。


けれど彼女が来るであろう時間になったら雨が止んだ。
さすが晴れ女。


僕が家を出てから1時間が経った。
携帯が震えた。

『終わりました。
 長い間ありがとう。』

僕は家に帰った。出来る限り遅く歩きながら。
そうしたらまた雨が降ってきた。
僕はびしょ濡れになった。

覚悟を決めて家の中に。



彼女の靴がない、服がない、チェストがない、化粧品がない部屋がそこにはあった。
ポストには彼女が3年半も使った合鍵が一つ入っていた。

僕は泣いた。

今まで泣かなかったのに。

手首に赤い線を何本も、何本も入れた。

死にたい。死にたい。




時間が経って落ち着いてきた頃、僕はやっぱりこのまま諦められないと思った。

傷つくのを覚悟で彼女に「電話してもいい?」とメールをした。

するとすぐに返事が来た。「別にいいけど」と。

今でもいいかと聞くと大丈夫だと言われた。

僕は痛む心心臓のあたりを左手で掴みながら電話をした。




「もしもし?」

『もしもし』

「今どこにいるの?」

『家族とショッピングモール』


そのショッピングモールは彼女の元職場で、初めて二人でプリクラを撮り、よく遊んだ場所だった。

僕はてっきり彼氏の車で荷物を運んだかもしれないと思っていた。
だから家族といると聞いて安心した。



「今大丈夫?」

『うん。少しくらいなら』

「ごめんね、けどやっぱり諦めきれなくて」

『うん』

「……好きな人いるの?」

『…うん』


涙が溢れた。

ちょっと前にはいないと言ったじゃないか。

あんだけ僕に愛してると、好きだと言ったじゃないか。

あれだけ一緒に幸せになろうと言ったじゃないか。



「付き合ってるの?」

『うん』


はは、僕はやっぱりエスパーだ。
彼氏がいるとは薄々予測していた。

なら僕とはもうしたくないと言ったのは、新しい奴とやったからか。

「僕と付き合ってる時から付き合ってたの?」

『それは絶対にない』

二股ではないと。けど浮気はしていたのだろう。



「〇〇〇から告白したの?」

『ううん、あっちから』


彼氏のいる女をとるとかどんだけ屑なんだ。殺したい。


「〇〇〇は好きだったの?」

『ちょっと前から気になってた』


もうこうなったら何もできないだろう。
もう彼氏がいるなんて。



「……そっか。ごめんね、今更こんなこと言っても仕方ないんだけど」


涙をもう止められなかった。


『うん』

「本当に今までありがとう」

『うん』

「院での生活はすごくつらかった。だから、卒業できたのは君のおかげだ。本当にありがとう」

『うん。×××ちゃん、来年試験頑張ってね』


付き合っていた頃から、彼女は僕の名前をちゃん付けで呼んでいた。
そのままの呼び方に嬉しさが、懐かしさが、悲しさが押し寄せた。




「〇〇〇がいないなら受けたくない」

『そんなこと言わないで。幸せになってね』

「〇〇〇がいないなら幸せになんてなれない」

『………』

「〇〇〇、僕はまだ君のことがまだ好き。誰にも渡したくない」

『…うん』


彼女の声にも涙が混じる。


「ずっと一緒にいたかった。一緒に幸せになりたかった。
 結婚だってしたかった」

『結婚はしたくないって言ってたじゃない』

「だってまだ学生だったし、言ってできなかったら嘘吐きって言われるかと思って」

『………』

「ごめんね、こんなこと今言っても意味ないよね?」


彼女は返事をしなかった。




「あのね?前に会えないかって、メールできないかって聞いたよね。
 あのときは嫌だって言ったけど、出来たら僕はしたい」

『うん』

「また…友達として会ってくれる?」

『うん、また美味しい物食べに行こう』

泣くのなら帰って来てくれ。

「メールしてもいい?」

『うん、また愚痴を聞いて』

彼氏との愚痴を?

「……電話を切りたくない」

『ごめん、家族が待っているから』

「……じゃあ君が切って」

『ばいばい』

「…うん」

電話が切れた。




僕はカッターナイフを手首に突きたてた。

別に死にたいわけじゃない。

ただのストレス解消。

僕はこの家にはいられないと思った。

近くにある実家にはたまに食事をするだけだった。
長年泊まってなかったからか、今じゃよそ者のような気がしていた。

母に電話した。今から帰っていいかと。母は待っていると言ってくれた。

数日過ごせる荷物を持って家を飛び出した。


実家に着いて母と食事をとる。

誰か人がいてくれるだけで落ち着く。

けれど心の穴は全然埋まらない。

彼女のことが忘れられず、食事は喉を通らず、睡眠も2時間程度。

親は心配そうだった。



ラーメンバーガーをまた食べることはできなかった。

彼女の作ったお雑煮は2度と食べられなかった。

野外フェスに一緒に行こうって言っていたのに一度も行けなかった。

毎年行っていた花火大会はもう行けない。

クリスマスは彼女を喜ばせられないまま終わった。

紅葉を見に行けなかった。

来年の試験が終わったら大き目の部屋を二人で借りると言ったじゃないか。

試験が終わるまで待つと言ったじゃないか。

ずっと一緒だと、好きだと言ったじゃないか。

少しでも言ったことと違っただけで嘘吐きと僕を罵ったじゃないか。

考えるから距離が欲しいと言ったじゃないか。
僕のことなんて初めから眼中になかったんだろ。

彼女との約束が嘘に変わった。僕を傷付ける鎖となった。

彼女との思い出が張りぼてに見えた。全てが寂しさを紛らわせるためだけに利用されたように感じる。




彼女に電話をして数日が経った。

もう駄目だ。これ以上、我慢は無理だ。

もう一層のこと徹底的に絶望させられ、彼女を憎みたいと思った。

彼女にメールを送る。

「会いたいんだけど」

仕事が終わったであろう時間に返信が来た。

『ごめん』


友達としても会えないのだろうか。

けど分かったことがある。

彼女はもう彼氏と同居しているのだろう。
そうでなく実家に帰って来ているのなら僕の家とは近いのだからいいと言っているはずだ。

それに彼女は僕とはもう会わないのだろう。




彼女は、彼氏に振られた痛みを忘れるために僕と付き合い、よりいい人ができたから乗り換えた。

僕は利用されただけだった。

彼女は一時的な雨宿りとして僕を選んだ。

けど僕みたいな小さくて、破れてしまっている傘よりいい傘を見つけた。

だからその傘へと飛び込んでいった。
雨とともに付き合い、雨とともに別れた彼女。


残ったのは、破れた傘を差し、雨に濡れる僕一人だけだった。


終わり


誰も読んでないだろうけど、「彼女」も読んではくれないけれど
「僕」と「彼女」が一緒にいたことを残したかった。

もう「彼女」には会えないけれど、声も聞けないけれど
「僕」の思いが届いたらと思って書いた。

「僕」の物語はここまで。

じゃあね、ばいばい

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