女帝「反乱軍ですって!?」(145)
ある朝、帝国のトップである女帝は大臣の報告を聞いていた。
大臣「……以上が、現在の我が国の収支報告となります。
財政的にはなんら問題ありません」
女帝「うん、ありがとう」
執事「女帝様」
女帝「なに?」
執事「しきりにうんうん頷いてましたけど、ホントに理解できてます?」
女帝「も、もちろん!」
執事「じゃあ、私に説明してみて下さい」
女帝「ごめんなさい」
すると突然、部屋に兵士が飛び込んできた。
兵士「女帝様、大変ですっ!」
女帝「ど、どうしたの!?」
兵士「反乱軍が城に攻め込んできましたっ!」
女帝「反乱軍ですって!?」
執事「………」
執事「お前たちは、いったいなにをやっていたんだ!」
兵士「も、申し訳ありません! なにしろ敵は強く……!
まもなく敵はこの部屋にやってくるでしょう!」
女帝「くっ……なんてことなの……」
兵士に続き、鎌を持った農民が飛び込んできた。
農民「もう、この帝国の圧政には耐えられないっす!
反乱っす! 革命っす! 俺が国を変えてやるっす!」
女帝「帝国に逆らうなんていい度胸じゃない!」
女帝も剣を抜いた。
大臣「すいません、私は執務に戻ってよろしいでしょうか?」
女帝「あ、どうぞ」
農民「俺の鎌で、成敗してくれるっす! 喰らえっ!」ブオンッ
執事「女帝様っ!」
女帝「きゃああっ!」
鎌は女帝の前で空を切った。
女帝「う、うぐぐ……この栄光ある帝国が滅びてしまうとは……。
む、無双……」
執事「無念ですよ」ボソッ
女帝「む、無念……」ドサッ
執事「ああ……女帝様ぁっ!」
農民は鎌を天に掲げ、誇らしげに宣言した。
農民「女帝は滅びたっす! これからは俺たち農民がこの国の支配者っす!
農民の、農民による、農民のための国にするっす!」
こうして女帝の死とともに帝国は崩壊し、新たな時代が始まろうとしていた。
農民「えぇと、こんなもんでいいっすかね?」
執事「悪いな、忙しいのに」
農民「いえいえ、俺も面白かったっすから」
女帝「迫真の演技だったわ」
農民「女帝様、ちゃんと大臣様や執事さんのいうことを聞くんすよ。
お二人を困らせちゃダメっすよ」ナデナデ
女帝「うんっ!」
農民「じゃあ、これ」
女帝「チョコレート!?」
農民「町で買ってきたんすよ。あとで食べて下さいっす」
女帝「ありがとう!」
兵士「では、私もこれで……」
執事「ああ、ありがとう」
農民に続き、兵士も出て行った。
執事「………」
執事「女帝様」
女帝「なに?」
執事「昨日、今朝はちょっとしたイベントがあると聞いていましたが、
なんなんですか、今の茶番は」
(私もついノッてしまったが)
女帝「ひどい、茶番だなんて……!」
執事「すいません。私の乏しい語彙力では、
今のやり取りを表現する他の単語が浮かびませんでした」
女帝「私もたまには帝国っぽいことがしたくなってね。
だから昨日のうちに、農民と兵士に頼んでおいたの」
執事「今のが帝国っぽいこと、ですか……?」
女帝「帝国といったら、圧政と反乱でしょ」
執事(えぇ~……)
執事「どこからそんな知識を得たんですか?」
女帝「本で読んだの」
執事(きっと、なんかの小説だな……)
執事「でも圧政というわりに、農民のあの口調は許容するんですね。
なになにっす、っていうやつ。他の国じゃ絶対許されませんよ」
女帝「たしかにちょっと無礼だったかもしれないけど……。
撫でてくれたし、チョコくれたし、許してあげる」
執事(安い君主だなぁ)
執事「しかし、一国の君主が下々の者からもらったものを
毒味もなしに食べてはいけません。私が毒味しましょう」サッ
女帝「あ」
執事は女帝からチョコレートを奪い取った。
執事「では、一口」モグッ
女帝(え……これってまさか……間接キス!?)
執事「うん、もう一口」モグッ
女帝「え?」
執事「これはなかなか……」パクパク
女帝「ちょっ……」
執事「ちょうどいい甘さでデリシャスです」モグモグ
女帝「あ、あぁ……」
執事「すいません、ほとんど食べちゃって。
こんなちっぽけなのをお渡しするのはかえって失礼なんで、全部食べますね」モグッ
女帝「………」
女帝「なんで、全部食べるのぉ!」
執事「あ、すいません。つい……」
女帝「な、なんでぇ……」ポロッ
執事(えぇ~……)
「す、すいません。あとで新しいの買ってきますから……」
女帝「新しいのじゃダメなの!」
女帝「農民がくれて、執事がかじったやつが欲しかったのに!」
執事(よく分からないが、こだわりがあるのか……)
執事「ならば、圧政者らしく私を死刑にして下さい」
女帝「え!?」
執事「女帝様が今お持ちのその剣で、私の首を叩き斬って下さい」
女帝「く、首を……」
執事「首がイヤなら、手でも足でもかまいません。
少し時間はかかりますが、血が流れて死ぬでしょう。
女帝様のチョコレートを食べた罪、この命で償います」
執事「さぁ」
女帝「うっ……」
執事「さぁ!」
女帝「で、できないよ……そんなこと……」
女帝は剣を床に落とした。
女帝「ご、ごめんなさい……」
執事「分かればいいんです」
執事「しかし、いくら帝国っぽいことがしたくとも、
我が帝国はとても小さいですからね」
執事「領内にあるのはこの城と、さっきの農民が暮らしている町だけです」
執事「帝国どころか、国と呼べるかも怪しい規模です」
女帝「………」
執事「しかも、この帝国は三つの強国に囲まれております」
執事「北には強大な騎士団を抱えるナイト共和国、
東には、魔法の研究が栄えているメイジ共和国、
西には屈強な猛獣を兵として扱うサバンナ共和国」
執事「いずれもこの帝国より大きい都市を、いくつも持つ大国です」
執事「元々は三国ともにこの帝国から独立した国家で、
今でも三国を束ねているのは帝国ということになっていますが、
そんなしきたりはもはや形骸化してますしね」
執事「帝国っぽいことといえば他国侵略ですが、
どの国に戦争を仕掛けても一瞬で勝負はつくでしょう」
執事「なにせ、我が帝国の兵力はさっきの兵士含め10名足らずですから」
女帝「んもう、そんなこと分かってるわよ……!」
女帝「しょうがないじゃない、私がこの国を作ったわけじゃないんだし。
でもせっかくだから、帝国っぽいことをしたかっただけよ」
女帝「………」ショボーン
執事(まずいな、落ち込まれてしまった)
執事「……仕方ありませんね」
執事「じゃあ、町に重税の取り立てにでもいきますか?」
女帝「うん、そうする!」
執事「では食事を取ったら、町に取り立てに向かいましょう」
女帝「楽しみだわ。帝国領民に私の恐ろしさを骨の髄まで味わわせてやらなきゃ!」
女帝「あ、あとチョコレートも買ってね」
執事「はいはい(町でチョコレートを買う君主をだれが恐れるというのか)」
女帝と執事は、帝国領内の町を訪れた。
町民「お、女帝様と執事さん!」
町民「これから仕事なんですが、見学していきませんか?」
女帝「ダメダメ、今日の私は暴君モードなの。
残念だけど、あなたたちと馴れ合うつもりはないわ」
執事(暴君モード……初耳だな)
町民「はぁ、そうなんですか」
女帝「だから今日は重税を取り立てに来たの」サッ
女帝「ちょーだい」
町民「………」
町民「くそぉっ……このお金だけは……!
持っていかれたら家族は食えなくなってしまうんです!
でも仕方ありません……持っていって下さい」チャリン
女帝は小銭を手に入れた。
女帝「どうもありがとう!」
執事(どうもありがとう、女帝様に付き合ってくれて)
町民「じゃあ、私はこれで」
女帝「お仕事頑張ってね」
執事「今度来た時は見学させてもらうんで」
女帝「見て見て、さっそく税を取り立てたわ!」
執事「さすがです、おみごと!
すぐにも、領民が激怒して反乱を起こしますよ、きっと」
女帝「うん、私には才能があるのかも!」
執事(ダメだ、この方には暴君の素質がまるでない……)
執事(いや、なくていいのか)
執事(知らず知らずのうちに、私も女帝様のペースに飲まれてるな……)
八百屋「おお、これはこれは女帝陛下に執事さん」
八百屋「いい野菜が入ってるんで、ぜひ持っていって下さいよ」
女帝「八百屋さん、今日の私はいつもの私じゃないの。
重税を取り立てる泣く子も黙る暴君なのよ」
八百屋「な、なるほど……」
八百屋「……じゃあ、年貢としてこの大根持っていって下さい!」
女帝「やった!」
女帝は大根を手に入れた。
執事「……よかったですね」
(ようするに、もらえればなんでもいいんだな)
女帝「うん、城に戻ったら執事の大好物、ふろふき大根作ってあげる」
執事「ホントですかっ!?」
(ありがとう八百屋! ナイス八百屋!)
その後も二人は容赦なく税を徴収し続けた。
~
老婆「じゃあ、このお人形をあげましょうかね」
女帝「わっ、可愛い!」
執事(高そうだけどいいのかな……)
~
農民「さっきはどうもっす! 芋がいっぱいあるので、どうぞっす!」
女帝「うん、これはいい芋だわ」
執事「いい晩ご飯になりますね」
~
町長「ふぉっふぉっ、じゃあこの町を全て差し上げましょう」
女帝「えっ、いいの!? さすがにそれはまずいんじゃ……」
執事(あなたが国で一番偉いでしょうに……)
町医者「では、包帯をあげましょう」
女帝「執事が怪我したら巻いてあげるから、なるべく早く怪我してね」
執事「かしこまりました(絶対イヤだ)」
~
木こり「斧を持ってかれたら仕事ができないんで……。
切り株くらいしかあげるものがないなぁ……」
女帝「じゃあ執事、お願いね」
執事(これ持って帰るの!?)
~
少女「あたしの絵本あげます!」
女帝「ぜひ読ませてもらうね」
執事(もう税でもなんでもないな。というか、切り株重すぎ……!)ヨロッ
女帝と執事の鬼のような徴税に逆らえる領民は、誰一人としていなかった。
帝国城──
女帝「だいぶ税が徴収できたわね」
執事「そうですね……」ドスン
執事「ところで、この切り株はどうするつもりですか?
すんごく重かったんですけど」ハァハァ
女帝「う~ん、そうねぇ……。じゃあ森に戻してきてくれる?」
執事「え……?」
女帝「やっぱり切り株は森にあった方がいいかなぁ~なんて」
執事「え……?」ギロッ
女帝「ご、ごめんなさい。椅子にするから、椅子にするから」
執事「助かりました。あやうく私が反乱軍になるところでしたよ」
切り株を運ばせたお詫びとして、女帝はふろふき大根を作った。
女帝「はい、どうぞ」
女帝「たっぷりあるからね」
執事「いただきますっ!」
執事「うまい……うまい……!」モシャモシャ
女帝「もっと味わって食べてよ」
執事「す、すいません。でも、手が止まらないんです!」モシャモシャ
執事「うますぎるっ!」モシャモシャ
女帝「ふふ、ありがとう」
執事(切り株を運んで疲れ切った体に、大根の味が染みわたる……!)
帝国城 寝室──
執事「どうでしたか、今日は?」
女帝「うん、とても楽しかった」
執事「そうですか。それはなによりです」
女帝「いつかまた、やってもいい?」
執事「かまいませんが……切り株とかをもらうのは止めて下さいね。
私は明日、両腕を動かせないでしょう」
女帝「分かったわ」
執事「では、おやすみなさいませ」
女帝「おやすみなさい」
帝国の長い一日が終わりを告げた。
かつて、この帝国は世界中から恐れられた大帝国であった。
ところがおよそ700年前、当時の皇帝は帝国の解体を決意した。
領土や権力の膨らみすぎを懸念しての判断と伝えられている。
皇帝は三人の優秀な部下にそれぞれ領土を託し、国として独立させ、
帝国はいわば三国にとっての象徴として落ち着くことになった。
この三国こそが、帝国を囲む三強国、
『ナイト共和国』『メイジ共和国』『サバンナ共和国』である。
ある日、帝国の町で祭りが行われた。
女帝も執事と大臣たちと町を訪れ、祭りを楽しんでいた。
大臣「女帝様、楽しんでおられますかな?」
女帝「うん、とっても!」
執事「さっきからいくら祭りだからって食べすぎですよ……。
太っても知りませんよ?」
女帝「いいじゃない、私痩せてるし」
執事「特に胸は発展途上中ですしね」
女帝「うるさい」
農民「あ、お城の皆さん、こんなところにいたっすか!」
女帝「あら農民、どうしたの?」
農民「あっちで町長が、めったにやらないスーパー町長ダンスを披露するそうっすよ!」
女帝「なにそれ、見たい!」
執事「行きましょうか」
大臣「………」
女帝「大臣はいかないの?」
大臣「私はけっこうです」
大臣(ずっと前、あれを見てトラウマになったからな……)
町長「ふぉっふぉっ……では始めましょうかな。
スゥゥゥパァァァ町長ダンスッ!」
町長「ほあーっ!!!」
スーパー町長ダンスは凄まじかった。
女帝「どうなってるの、これは……」
執事「関節がありえない方向に曲がってますが……目の錯覚ですよね?」
農民「こりゃ、すげえっす……」
八百屋「ひどくひん曲がったきゅうりみたいだ」
町民「これが幻のスーパー町長ダンスか!」
(幻になるわけだ……)
木こり「人間技じゃない……」
少女「ママーッ! 町長さんがすごいことになってるよーっ!」
町医者「まさに人体の神秘……! 医学の常識を超越している……」
老婆「おやおや、町長もまだまだ元気だねぇ」
そして最後は女帝の挨拶で締めくくる。
女帝「え、えぇと……」カチンコチン
執事(さすがに緊張してるな……)
「頑張ってーっ!」 「しっかりー!」 「ゆっくりでいいですよーっ!」
女帝「……こほん」
女帝「今日はとても楽しかったわ。町長のダンスは怖かったけど……。
いっぱい食べて、踊って、笑って……」
女帝「私はまだまだ君主として未熟かもしれないけれど……」
女帝「これからも頑張るので、よろしくお願いしますっ!」ペコッ
「応援してます!」 「こちらこそ!」 「いつでも町に遊びに来て下さい!」
執事(君主の挨拶っぽくはないけど……ま、いっか)パチパチ
大臣「さてと、夜も更けたことだし城に戻るとしようか」
執事「そうですね」
帝国城 寝室──
女帝「執事」
執事「はい?」
女帝「前に私、帝国っぽいことをしたいっていったけど、もうやらないわ」
執事「おや、どうしてです?」
女帝「あんなにいい人たちに向けて圧政をするなんて、とんでもないもの。
私は暴君じゃなく、みんなに慕われる君主を目指すわ」
執事「女帝様がそう感じられたなら、きっとそれは正しいのでしょう。
少なくとも私は全力であなたを応援しますよ」
女帝「ありがとう」
執事「では、おやすみなさいませ」
女帝「おやすみなさい」
帝国から独立した三国、ナイト共和国、メイジ共和国、サバンナ共和国。
最初こそ、三国は帝国を中心にまとまり、理想的な関係を築いていた。
しかし、力をつけた三国はいつしか傲慢になっていった。
そして今や、三国にとって、帝国などあってないような存在と化していた。
唯一の幸運といえば、帝国には確かな平和があることであるが、
この平和も決して盤石なものではなかった。
ある朝、執事は新聞を読んでいた。
執事「またか……」
大臣「どうしたのかね?」
執事「サバンナ共和国とメイジ共和国の国境で小競り合いがあったんですよ。
この間もナイト共和国の騎士団がわざと他二国との国境線に槍を投げつけるなんて
事件がありましたし……」
執事「このままじゃ……」
大臣「まちがいなく戦争だろうな」
執事「しかも、来月はこの帝国に三国首脳が集まる、五年に一度の大会議です。
なにもこんな時に……」
大臣「いや、むしろこの時期だからだろう」
大臣「三国はいずれも他の二国を疎んじている。
どの国も来月の大会議で大義名分を作り、戦争を仕掛けたいのだろう。
だからこうやってチマチマ火種を用意しておるのだ」
執事「たしかに……大会議が近づくと三国はいつも険悪になりますしね」
執事「しかし、あの三国に戦争なんてやられたら……」
大臣「この帝国も巻き込まれ、滅亡するだろうな」
執事「……ですよね」
女帝の部屋を訪れる執事。
執事「女帝様、来月はこの城に三国首脳が集まり、五年に一度の大会議があります。
初めてのことで大変でしょうが、頑張って下さいね」
執事「たしか、前回の会議は父君である先代皇帝が出られたんですよね。
まだ私が城に務めるようになる前のことですが……」
女帝「うん……」
執事「あ、いや……」
(しまった、亡くなられた両親のことを思い出させてしまったか?)
女帝「戦争……起こるの?」
執事「え?」
女帝「いくら私でも分かるよ。
今度の大会議を、三つの国が戦争のきっかけにしたいことくらい」
女帝「あの三国の仲の悪さは、今まで戦争がなかったのが不思議なくらいだもの」
執事「女帝様……」
女帝「執事、教えて!」
女帝「戦争を止める方法はないの!?」
執事「なにをいってるんですか……戦争なんか起きませんよ。
これまでも起きそうで、ずっと起こらなかったじゃないですか」
執事「今回もきっと大丈夫──」
女帝「はぐらかさないで!」
執事「!」
執事「……ないです」
執事「700年前ならいざ知らず、今の帝国にはなんの力もありません。
戦争を止めるだけの権力も、武力も……」
女帝「………」
執事「おそらく会議では、各国首脳が軍事力を自慢し合ったり、
領土を始めとした諸問題にケチをつけあったりするにちがいありません」
執事「みるみるうちに会議はヒートアップします」
執事「やがて、どこかの国がいうでしょう。“戦争しかない”と」
他の二国ももちろん受けて立つでしょう」
執事「そしてこの三国の象徴たる帝国から、首脳たちは号令を発します。
他の二国を滅ぼせ、と」
執事「こうなったらもう、神ですら戦いを止めることはできません。
拮抗した実力を持つ三国による、戦争の幕開けです」
女帝「そうなったら……どうなるの……?」
執事「何千、何万と人が死ぬでしょうね。
数十年、下手すれば百年以上決着はつかないかもしれません。
あちこちに地獄絵図が広がるでしょう」
女帝「町の人たちは……」
執事「………」
女帝「教えて……」
執事「この帝国もまちがいなく戦火に巻き込まれるはずです。
下手すると、最初の戦場がここになるかもしれません。
そうなれば……」
女帝「そうなれば……?」
執事「………」
女帝「みんな、殺されちゃうの……?」
執事「……はい」
女帝「どうしてなのっ!?」
女帝「なんであんなに大きく豊かな国同士が戦わなきゃいけないの……?
仲良くすればいいじゃない!」
女帝「なんで町の人々が殺されなきゃならないの……?
悪いことなんて一つもしてないのに……」
女帝「元々あの三国は、この帝国から独立したんでしょう……?
なのに、なんで私はなにもできないのっ!?」
女帝「どうしてなのっ!?」
女帝「教えてっ!」
女帝「教えてよ……執事」
執事「……すいません」
女帝「こっちこそ、ごめんなさい……」
執事「いえ、あなたの疑問はごもっともです。
にもかかわらず、なにも答えられない私が悪いんです」
女帝「………」
女帝「じゃあ、私は自分にできることをする」
執事「え?」
女帝「今のうちに、町のみんなを避難させてくる!」ダッ
執事「えぇっ!?」
帝国領内の町──
農民「ふんふ~ん」
女帝「あっ、農民!」
農民「おや、どうしたんっすか、怖い顔して。もっとスマイルっすよ!」
女帝「来月、この国で大会議があるの、知ってるでしょ?」
農民「もちろんっす。この帝国を囲む三国がやってくるっすよね?」
女帝「多分分かってるとは思うんだけど……。
きっと会議をきっかけにして、あの三国は大きな戦争を起こすの……。
そしたらこの帝国も巻き込まれてしまうわ、だから避難してっ!」
農民「………」
農民「……女帝様はどうするっすか?」
女帝「私が逃げるわけには……」
農民「ハハ、じゃあ俺だけが逃げるわけにはいかないっすね。
これでも俺、この国も女帝様も大好きなんすよ。
だから、逃げませんっす」
農民「俺は最後の最後まで、畑を耕すつもりっすよ」
女帝「こ、これは命令なのよっ!」
農民「聞けない命令もあるっすよ。じゃあ、農作業があるんでこれで……」スタスタ
女帝「あっ……」
他の人間も同様だった。
町民「逃げるのは無理ですね……。自分の命も大切だけど、この国も好きですから
もちろん女帝様のこともね」
~
八百屋「俺はこの国が滅ぶ時まで、八百屋であり続けますよ。
ところでいい人参があるんで、持っていって下さい」
~
町長「ふぉっふぉっ……この国と町がなくなる時は、ワシもなくなる時ですじゃ。
生まれも育ちもこの町ですからな……」
町医者「戦争になれば、多くの怪我人が出るでしょうな。
ならば私はここにいなくてはなりません」
~
老婆「私は最後までここに残りますよ……ごめんなさいね」
~
木こり「この国の森にはいい木がいっぱいあるんですよ。
見捨てるわけにはいきません」
~
少女「だいじょーぶ、あたしが女帝さまを守ってあげるから!」
帝国城──
女帝「なんでよぉっ!」
女帝「なんでみんな、逃げてくれないの……!」
執事「それだけこの国とあなたが愛されているということですよ」
女帝「………」
女帝「……だったら」
女帝「私が正真正銘、だれもが認める暴君になれば、
みんな避難してくれるかもしれないってことだよね?」
女帝「私がメチャクチャすれば、みんな帝国に愛想を尽かして
逃げてくれるかもしれないよね?」
執事「……そうかもしれませんね」
執事「しかし、私はそんなあなたはとても見たくありません」
女帝「!」
執事「どうしてもやるとおっしゃるのであれば、
前にいったように私を極刑にしてからおやり下さい」
女帝「そ、そんなこと……」
執事「あなたにはできませんよね?」
女帝「………」
執事「この土壇場で皆を裏切って、どうするんですか……!」
女帝「ごめんなさい……!」
女帝「でも……私、どうしていいのか……!」
執事「いくら悩んでも答えが出るものではありません。
とにかく、今夜はおやすみ下さい」
女帝「うん、分かった……」
帝国城──
大勢の兵隊が押し寄せてきた。
10名からなる帝国兵たちは瞬く間に全員殺された。
そして、敵兵は女帝たちがいる部屋になだれ込んできた。
敵兵「死ねっ!」グサッ
大臣「ぐわあぁっ!」
敵兵「あとはお前らだけだ……」
執事「くそっ、町の人々はどうしたんだ!」
敵兵「全員殺したよ。町には火を放った……なにもかも燃えているさ。
すぐお前らもあの世に送ってやる!」
敵兵の槍が、執事の胸を貫いた。
執事「がふっ……! じょ、女帝様……申し、訳あり……」
女帝「し、執事ーっ! 執事ーっ!」
「いやぁぁぁっ!」
帝国城 寝室──
バタンッ!
執事「どうしましたかっ!」
女帝「ゆ、夢……」ハァハァ
執事「ものすごい悲鳴でしたが、なにがあったんですか!?」
女帝「ううん……ちょっと変な夢を見ただけ……」
執事「そうですか……」
女帝「ねぇ……もう少しだけ、ここにいてくれる?」
執事「かしこまりました」
執事「私には女帝様を守る力もなければ、逃がす力もありません。
三国首脳を説得することもできません」
執事「しかし……最後まであなたのおそばにいますから……。
なにもできない私ですが、それだけは必ず果たします」
女帝「ありがとう……」
執事「どういたしまして」
女帝「執事の顔を見て安心したら、眠くなってきちゃった……」ウト…
女帝「ふぁ……」ウトウト…
女帝「すぅ……」
執事(ふぅ、今度は悪夢を見ることはなさそうだな。
おそらく戦争の夢かなにかを見たんだろう……)
執事(どうにかして、不安をやわらげてあげたいものだが……)
翌朝、女帝はいつも通り起きてきた。
女帝「昨日はありがとう。おかげでぐっすり眠れたわ」
執事「それはなによりです」
執事「三国とて戦争が起これば、自国も無事では済まないことは理解しているはずです。
大丈夫、戦争なんて起こりませんよ」
女帝「うん……。今は三国を信じるしかないよね」
執事「さ、今日はいかがいたしましょう?」
女帝「勉強でもしようかな」
執事「ではお食事が済み次第、図書室に向かいましょう」
女帝「うんっ!」
しかし、それからの一ヶ月間──
女帝や執事の祈りも空しく、帝国に入ってくるニュースは不穏なものばかりだった。
『ナイト共和国、またも騎士団による挑発行為』
『サバンナ共和国、猛獣軍団を率いて国境にて威嚇行為』
『メイジ共和国、魔法兵らが大規模な魔法実験』
三国とも、帝国での大会議を発端とし、開戦しようとしているのは明らかだった。
そして、ついに誰もが恐れる大会議当日となってしまった。
帝国城 会議室──
女帝「いよいよね……」
大臣「おそらく三国とも、ある程度の軍を率いて帝国領に入るでしょう。
会議には私と執事も同席いたします。
護衛として、兵士一名にもついてもらいます」
女帝「うん、分かった」
執事「……兵士、いざとなったら頼むぞ」チラッ
兵士「が、頑張りまーすっ!」ガタガタ
執事(悪いけど、全く頼りにならないな)
大臣(さて、いよいよか……。どうなるか……)
ナイト共和国陣営──
ナイト共和国の元首は大統領である。
大統領「ふん、いつ来てもさびれた国だ。
名目上のこととはいえ、こんな国が栄光ある我が国の宗主国などと
プライドを大いに傷つけられてしまう」
騎士団長「まったくですな」
大統領「もっとも、今日でこの国も見納めだがな。会議が終われば戦争だ。
手始めに騎士団を率いて、この帝国の町を滅ぼせ。
騎士たちのいいウォーミングアップになるだろう」
騎士団長「はっ!」
メイジ共和国陣営──
メイジ共和国の元首は首相である。
首相「ふふふ……帝国解体をきっかけに誕生した三国が、
ついに雌雄を決する時が来たのですね」
首相「これまで戦争は起きそうで起きませんでしたが、今日はちがいます」
魔法兵長「はい、魔法兵団の力を思い知らせてやりましょう」
首相「会議が終わったら、まずはこの帝国の町を焼き払いなさい。
開戦の狼煙代わりになるでしょう」
魔法兵長「おおせのままに」
サバンナ共和国陣営──
サバンナ共和国の元首は軍団長である。
軍団長「猛獣どもは?」
部下「みんな腹を空かせてますよ。調教部隊の準備も完了しています」
軍団長「よし、戦争が始まったらこの帝国の人間をたらふく食わせてやれ。
こんなちっぽけな国、もう用はないからな!」
部下「お任せを!」
帝国城 会議室──
最初に到着したのは、ナイト共和国の大統領と騎士団長だった。
大統領「おやおや、帝国の方々はもう席についておられましたか。
待たせてしまったかな?」
大臣「いえいえ。さ、どうぞお席に」
大統領と騎士団長が女帝に近づいていく。
大統領「ハッハッハ。ずいぶんと、顔が強張っておりますな。
まぁお嬢さんはそこで座っていればいいのですから、楽なものでしょうな」
女帝「い、いえそんなことは……」
大統領「まだ若いのに一国の君主とは大したものです。
年齢に合わせ、椅子ももっと小さい方がよろしいのではないかな?」
騎士団長「ふっ……今日はジョークが冴えてますな、大統領」
女帝「………!」
大統領たちの態度に、宗主国の君主への敬意は微塵もなかった。
執事(このヤロウ……!)
執事は憤っていた。
彼はたしかに女帝を心の中でよく小馬鹿にする。
が、同時に尊敬してもいる。
未熟ながらも毎日君主として務めを果たしている女帝を軽々しく扱われたことを、
どうしても許すことができなかった。
執事「ぶっ、無礼ではありませんか!」
女帝「!」
大統領「!?」
騎士団長「!?」
大臣「!」
兵士「!」
執事「我が帝国は貴国の宗主国であり、女帝様はあなた方の統治者なのです。
その方に対し、そのような軽口を叩かれるとは
あまりにも無礼ではありませんか!」
女帝(し、執事……)
執事(やってしまったぁ~~~~~!)
大統領「………」
大統領「これはこれは、申し訳なかった。無礼があったことをお詫びいたします」
(ふん、生意気なことを……)
大統領「おい、騎士団長」パチン
騎士団長「はっ」
執事のもとに、騎士団長が近づいてきた。
バキッ!
執事「がふっ!」ドサッ
騎士団長「失敬、手が滑りました」ツカツカ
執事は騎士団長から裏拳をプレゼントされた。
女帝「ちょ、ちょっとあなた──!」
執事「い、いいんです、女帝様……。
一国の首脳がたかが執事に指摘されて謝罪したんです。
女帝様がこれ以上なにかいえば、敗者に鞭打つことになりますから」
女帝「………」
女帝(ありがとう、執事……)
大統領(なにが敗者だ。この帝国は、騎士団によって今日で滅びるんだよ)
執事(これが精一杯だ……。我ながら情けない……)
しかし、大臣と兵士は執事に向けてさりげなく親指を立てていた。
執事もハンカチで鼻血を拭きながら、彼らに親指を立てた。
まもなく、他の二国のトップも到着した。
彼らもやはり、女帝に対して敬意を払うことはなかった。
帝国陣営──
女帝「………」
大臣「では、三国ともに揃いましたので、大会議を開始いたします」
ナイト共和国陣営──
大統領(いよいよ戦争の始まりか……)
騎士団長(今日から我が騎士団の栄光の日々が始まる……!)
メイジ共和国陣営──
首相(この大会議も今日が最後となりますねぇ……)
魔法兵長(魔法こそ最強の武力だと世に知らしめてやる)
サバンナ共和国陣営──
軍団長(ふんっ、どいつもこいつも我らの餌に過ぎん!)
部下(猛獣ども、もうすぐ大暴れさせてやるぞ)
大統領「──さて」
大統領「さっそくだが、他の二国に申し上げたい」
大統領「我が国が誇る騎士団は世界でもっとも誇り高く、勇猛果敢である。
貴国らの軍隊など、まったく問題にならん」
大統領「貴国らを平定しようと思えば、いつでも平定できる」
大統領「ただし……我が国に主要都市のいくつかを差し出し、
なおかつ毎年貢ぎ物を捧げる……というのであれば、
今後も変わらぬ付き合いをしてもよい、と考えている」
執事(なんつう始まり方だよ……)
軍団長「ハッハッハ、大した自信だな。ナイト共和国」
軍団長「だが、我らの国でも同じことがいえるのか?」
大統領「なんだと?」
軍団長「キサマらの騎士団など、我らの国に組み入れたとしても、
とても危なっかしくて戦場には出せん。
なぜなら、猛獣軍団の方が騎士団より圧倒的に優れているからな」
大統領「ほう……?」ピクッ
軍団長「完璧な訓練を施された猛獣の俊敏さ、勇猛さは騎士の比じゃない。
もし戦ったなら、騎士のノロマな剣や槍など軽々とかわし、
鍛えた牙と顎で、鎧ごと騎士を噛み砕くだろうよ」
大統領「これは面白い冗談だ。我が騎士団が、ケダモノにやられるなどと……」
軍団長「ケダモノだと……?
どうやら、アンタは訓練された猛獣の知性を知らんようだな。
無知とは哀れなものだ。いや、ある意味幸せなのかもしれん」
大統領「ふん、そんなもの知りたくもない」
軍団長「メイジ共和国の魔法兵団とて同じことだ。
のんびり呪文を唱えている間に、魔法兵は喉笛を噛みちぎられてるさ」
首相「ふふふ……これは聞き捨てなりませんね。
魔法は術者次第では村や町を丸ごと消し飛ばすことも可能です」
首相「鈍重な騎士団や知恵のない獣など、まとめて葬り去れるでしょうね」
大統領「ご大層な話だが、魔法兵など敵ではない。
基本的な接近戦ができぬ連中など、我が騎士団の神速の突撃によって
瞬く間に打ち砕いてしまえる」
首相「神速の突撃……? ずいぶん笑わせてくれますねぇ。
近づく前に魔法兵に焼き尽くされる滑稽な騎士の姿が目に浮かびますよ」
軍団長「どちらにせよ、接近戦に自信はないというわけだ。
ノロマな騎士団では無理だろうが、猛獣軍団の前ではただの餌だな」
首相「ふふふ、ケダモノなど魔法に怯えてすぐ逃げてしまうでしょうね」
大統領「我が騎士団の突撃の前には、ケダモノの爪や牙など通用せん」
軍団長「ふん。キサマらの国の軍隊など、敵を餌とし進軍する猛獣軍団になすすべなく
食われていくだろうよ」
大会議は会議などという生易しいものではなくなっていた。
三国首脳が口角泡を飛ばし、軍事力を誇示し合い、
各々の国が抱える問題点に難癖をつけ合う。
子供の口喧嘩にも似た、強国同士の意地の張り合い。
まもなく始まる戦争の前哨戦として、三国とも他の二国を口でやり込めたいのだ。
いやむしろ、この口論もまた戦争と呼べるのかもしれない。
いうまでもなく、帝国の人間は蚊帳の外である。
口を挟む余地など全くなかった。
会議開始から一時間後──
大統領「やはり、貴国らとは分かり合えぬ運命にあるようだ。
戦争しかあるまい。我が国の騎士団の恐ろしさを知らしめてくれよう」
首相「ふふふ、やれるものならどうぞおやりになって下さい。
二国とも魔法兵団によって蹂躙される定めなのですから」
軍団長「勝利するのは我がサバンナ共和国だがな。
ナイト共和国とメイジ共和国、ちょうどいい餌場になるだろう」
大統領(騎士団長に命じて、まずはこの帝国を滅ぼすとするか)
首相(予定通り帝国の町を焼き払い、魔法の恐ろしさを見せてあげるとしましょう)
軍団長(帝国の人間どもを、猛獣たちの前菜にしてやる)
会議は終わった。
三国首脳が、それぞれ命令を下そうとする。
その時だった。
女帝「──待ってっ!」
執事(女帝様……!?)
女帝「わ、私はこれでもあなたたち三国を束ねる帝国の皇帝です……。
会議の最後に、私の話を聞いてもらいたいの」
大統領「ほう」
首相「面白い、うかがいましょうか」
軍団長「ふむ」
女帝「……ありがとう」
女帝は席から立ち上がった。
女帝「わ、私は……あなたたちに戦争をして欲しくない……」
女帝「この帝国が巻き込まれたくないということも、もちろんあるけど、
私はあなたたちにも傷ついて欲しくないの……」
女帝「あなたたち三国が戦争をすれば、どこが勝つにせよ、
大勢の人が死ぬに決まっている……!」
女帝「私は帝国皇帝として、それを見過ごすわけにはいかない!」
女帝「だから……だからっ……!」
女帝「戦争をしないで、欲しいの……!」
息を切らしつつ、女帝は席についた。
執事は女帝が紡いだ言葉の数々に、感動を覚えていた。
執事(勇気を振り絞られましたね、女帝様……)
執事(殺気立つ強国の指導者たちに臆することなく、自分の意見を述べる。
並の人間ではできることではありません。少なくとも私は無理です)
執事(お約束した通り、私は最後まであなたのおそばにおりますよ)
大統領「たしかに、女帝様のおっしゃる通りだ」
首相「ふふふ、たしかに戦争はよくありませんねぇ」
軍団長「うむ、戦争が始まれば大勢が死ぬことになる」
すぐさま三国首脳は、そばに立つ各々の軍の最高司令官に命じる。
大統領「騎士団長、騎士団をすみやかに帝国から撤退させよ!
むろん、二国に対する挑発行為は、今後厳禁とする!」
騎士団長「はっ!」
首相「魔法兵長、兵団も同じく撤退させなさい。
我が兵団は、今後国内の治安維持を第一に動くのです」
魔法兵長「おおせのままに」
軍団長「猛獣軍団と調教部隊に帰国命令を出せ!
国に戻り次第、ヤツらに存分には肉を与えてやれよ」
部下「お任せを!」
日頃から厳しい訓練をしているだけあって、三国の行動は迅速だった。
三国の軍隊ともに、あっという間に帝国から撤退した。
また、各国首脳と司令官も女帝に挨拶すると、それぞれの国に帰っていった。
ここ数ヶ月で極限まで達した緊張は、わずか半日であっけなく雲散霧消してしまった。
女帝「みんな、帰っちゃったわね」
執事「えぇ……」
執事(これで、本当に戦争は回避されたのか……?)
執事(いや、和解したと見せかけて奇襲をかける、なんて常套手段だ。
危機が完全に去ったわけではない……)
執事「終わりましたね、女帝様。本当にお疲れ様でした」
女帝「うん……でも、本当に大丈夫かな?」
執事「まだ、なんともいえませんが……」
執事「彼らもやはりここで戦争を始めることはリスクが大きいと、
判断したのではないでしょうか」
執事はいつどこの国が戦争を始めるか、内心ビクビクしていたが、
何も起こることはなく日は沈み、夜になった。
女帝「おやすみ、執事」
執事「今日は特にお疲れでしょう。ゆっくりお休みください」
女帝「うん、ありがとう」
執事「では、失礼いたします」
執事(今日は本当に長かった……)
執事(しかし、いったいなぜ戦争は回避されたんだろうか?)
執事(あの会議での彼らの殺気が演技だったとはとても思えない……)
執事(いったい三国にはどんな戦略があって、会議を戦争のきっかけにしなかったのか。
気になるが……まさか本人たちに聞けるはずもない)
執事(考えて結論が出るものでもないだろうし……)
執事(私も寝るとするか)
執事(それにしても、あの大会議は参加するだけで神経がすり減った)
執事(せっかくだから、兵士や大臣にも一言声をかけてから眠るとしよう)
まず、執事は兵士のもとに向かった。
執事「今日はお疲れだったね」
兵士「えぇ、生きた心地がしませんでしたよ。
はっきりいって、今日自分は死ぬと思っていましたし」
執事「私もだよ」
兵士「しかし、最後に女帝様が彼らに自分の意見をいってくれたので、
帝国の人間としてはスッキリしましたよ」
執事「ああ。私でさえ、女帝様が口を開くことはないと思っていたからな」
兵士「では、自分はもう少し城内の警備があるので……」
執事「頼むよ。ではおやすみ」
次は大臣がいる部屋に向かった。
部屋のドアはわずかに開いており、まだ明かりがついていた。
執事(よかった、まだ起きていたか)スタスタ
すると、部屋の中から大臣の独り言が聞こえた。
大臣「ふぅ……忙しい一日だった」
大臣「これで、また五年間は平和が保たれるというわけか」
執事「!?」
執事(今の独り言、どういうことだ……!?)
一瞬迷ったが、やはり執事は自分の好奇心を抑えることができなかった。
部屋のドアを開く。
ギィ……
大臣「!」
執事「大臣……盗み聞きをするつもりはなかったのですが、聞いてしまいました」
執事「今のは……いったいどういう意味ですか?」
大臣「しまったな。大きな行事の後で、気が緩んでいたらしい」
執事「………」
大臣「……まぁ、いいだろう。いずれは君にも話すつもりだった。
そこへかけたまえ」
執事「……失礼します」ガタッ
大臣はゆっくりと息を吐いた。
大臣「さてと」
大臣「君も気になっていたのだろうね」
大臣「なぜ、不可避だったはずの戦争が、回避されたのか……」
執事「当然ですよ。だれもが今日、戦争が始まると思っていたでしょう。
今まで起こりそうで起こらなかった戦争が、今日こそ始まってしまう、と……」
大臣「君はなぜだと思うね?」
執事「自分なりに考えてはみましたが、答えは出ませんでした。
会議は子供の喧嘩のような有様で、あとはもうゴーサインを待つだけ
という状態でしたし」
大臣「だが、戦争は起こらなかった」
大臣「女帝様が戦争をするな、と訴えたことによって……」
執事「えぇ、女帝様は本当によく勇気を振り絞られたと思います。
三国首脳があの言葉で心を打たれて戦争をやめた、というのは
さすがにないでしょうが……」
大臣「あるんだよ」
執事「え?」
大臣「戦争を回避できたのは、会議の最後に女帝様が不戦を訴えたからに他ならない」
大臣「紛れもなく、女帝様のお力によるものなのだ」
執事「おっしゃる意味が……」
執事「たしかに私は強国のトップたちに向けて、
堂々と自分の意見を述べた女帝様のお姿に感動すら覚えました」
執事「しかし、発言自体は……こういっては失礼かもしれませんが、
勃発寸前の戦争を止めるほどの説得力があったとは思えません」
大臣「君のいうことは正しいのかもしれない。だが……説得力など関係ないんだ」
大臣「女帝様が、三国首脳に向けて命令とも取れる言葉を発した。
この行為にこそ意味があるんだ」
執事「どういうことです?」
執事「大臣の言葉からは、三国の首脳は女帝様にいわれるがままに動いた、
というように聞こえるんですが」
大臣「その通りだ」
大臣「女帝様に命じられた以上、彼らが戦争を起こすことはできない。
この命令の効力は……だいたい五年ぐらいといったところか」
執事「バ、バカな……! そんなことが……」
執事「つまり、三国の首脳は女帝様のご命令には絶対服従ということなんですか!?」
大臣「少しちがうな」
大臣「あの命令は首脳に同席していた騎士団長ら軍司令官にも有効だった」
大臣「もっとはっきりいってしまうと──」
大臣「ナイト共和国、メイジ共和国、サバンナ共和国の全国民は、
この帝国の皇帝に命じられたら絶対に逆らえないんだ」
大臣「700年前から……ずっとな」
執事「なっ……!(なんて力だ、まるで神じゃないか)」
大臣「この力は、700年前の皇帝が三国の独立を承認するのと引き換えに、
得た能力とされている。神から授かったという説もある。
以来、歴代皇帝は例外なくこの力を備えているという」
大臣「おぞましい能力だよ」
大臣「当時の皇帝は大きくなりすぎた帝国を危惧して、帝国を解体したんじゃない。
優秀な三人の部下に国を与え、競わせ、そして強くなった三国を
自分の手足のように操りたかったがために、独立させたのだ」
大臣「命令の効力は五年……」
大臣「大会議は帝国と三国が一堂に会する場などではない。
皇帝が三国首脳に、新たな命令を下すための行事に過ぎない」
大臣「だが、700年前の皇帝の思惑とは裏腹に、歴代皇帝は穏健な方ばかりで、
これまで帝国皇帝によって大きな戦争が引き起こされることはなかった。
むろん、私がお仕えした先帝も穏やかな方だった」
執事「ちょっと待って下さい」
執事「ならばなぜ、大臣は女帝様にこのことをお教えしなかったのですか!?」
執事「大臣が女帝様に“大会議で戦争をやめろといって下さい”といえば、
簡単に戦争は回避できたじゃありませんか!」
執事「あなたは悩み苦しむ女帝様を、見て見ぬふりをしていたのですか!?」
大臣「その通りだ」
執事「!」
大臣「皇帝に自身の力について教えるのは成人してから、という決まりになっている。
それに……」
大臣「私が今のように助言をして、女帝様が戦争を止めたとしよう」
大臣「だが、それはいったいだれの命令だ?」
執事「!」
大臣「あの力は巨大すぎる。まさに神から授けられた力だ。
だからこそ、臣下が立ち入るなど絶対あってはならない。
絶対不可侵の領域なのだよ」
大臣「たとえ女帝様がどんなに平和を望んでいたとしても──」
大臣「我々が助言をし、女帝様に命令させるなど、絶対にあってはならないのだ」
大臣「命令を下すのは、女帝様自身でなければならず──
そしてその命令は、女帝様の心から出でたものでなければならないのだ」
執事「たとえこの国が滅んでもですか? 大勢の人が死ぬことになってもですか?」
大臣「そうだ」
大臣「逆に、女帝様が三国を率いて世界中を侵略する、という決心をされたとしても」
大臣「私は止めないだろう」
執事「そ、そこまでの覚悟を……」
大臣「むろん、あの三国はこの力のことを知らない」
大臣「この力のことを知るのは、歴代皇帝とごく一部の側近のみ。
歴代の側近は内政はともかく、この力に関しては一切助言をしてこなかった」
大臣「だから、先帝夫妻が不運な事故で亡くなられた時、
私は平和が終わる時が来たのかもしれないと覚悟をしたよ」
大臣「女帝様はまだ成人ではないので、この力についてお話しすることはできない」
大臣「しかも、参加した君ならば分かるだろうが、あの大会議で意見をいうのは
並大抵の胆力ではできないことだからな」
大臣「だが、女帝様はあの場で“戦争をするな”といってくれた」
大臣「だからこうして、我々は昨日と変わらぬ平和な夜を享受することができる」
大臣「そして私は、女帝様が会議の最後に自分の口で意見をいえたのは、
きっと君のおかげなのだろうと思っている」
執事「私の……ですか?」
大臣「ナイト共和国の連中が女帝様を侮辱した時、君は彼らに抗議をしてみせた」
執事「あれがですか? ただ殴られただけですけど……」
大臣「いや……あの行為がなかったら、女帝様は終始黙ったままだったにちがいない。
そうなれば、今頃この帝国は火の海になっていただろう」
執事「………」
大臣「疑問を解くはずが、かえって混乱させてしまったようだ」
大臣「さて、ずいぶん話が長くなってしまった。そろそろ眠るとしよう」
執事「あの……私は女帝様の身の回りのお世話や教育のため、
この城に雇われましたが……」
執事「もしかして、私の役割ってメチャクチャ重要なのでは?」
大臣「ああ、世界の運命を左右するくらいにな」
大臣「君がその気になれば、女帝様を傀儡にして、三国に侵略戦争をやらせて、
世界を征服することすら可能かもしれない」
大臣「だが、私は君ならば信頼できると思って話したまでだ」
(独り言を聞かれてしまった、というのもあるが)
大臣「あとは君次第だ。おやすみ」
執事「は、はい……」
翌日、女帝はいつものように目を覚まし、いつものように執事に挨拶をした。
女帝「おはよう、執事」
執事「……お、おはようございますっ! 女帝様!」
女帝「ど、どうしたの!?」
執事「え!?」
女帝「汗をものすごくかいてるし、言葉が震えてるけど」
執事「ハ、ハハ……私はいつも通りですよ、いつも通り!」
女帝「………」
この日、女帝と執事は町を散策するなどして過ごしたが、
執事はいつものように振る舞うことができなかった。
夜になり、自分の寝室に向かう執事。
執事(ダメだ……。女帝様の近くにいるだけで、大臣の話が頭にチラついて
緊張してしまう……)
執事(とはいっても、女帝様が背負われている過酷な運命や、
この帝国や三国の命運の一端を私が握っているということを考えると、
どうしても恐ろしくなってしまう……)
すると──
執事(なんだ? 私の寝室のドアに手紙が挟んである)
執事(この字は……女帝様だ!)ピラッ
執事(いつの間に……)
執事へ
直接いうのがどうしても恥ずかしかったので、手紙にしました。
昨日、会議前に他の国からバカにされた時、本当は泣きそうになっていました。
とても怖くて、悔しかったんです。
でも、執事がすぐに彼らに怒ってくれたから、泣かずに済みました。
本当にありがとう。
あと私のせいで騎士団の人に殴られてしまって、本当にごめんなさい。
今日の執事は少し様子が変だったけど、殴られたところがまだ痛かったんですか?
調子が悪かったら、遠慮せず言って下さい。
私、いっぱいふろふき大根作るから。
私は執事が大好きです。
おやすみなさい。
執事(……私はなにをやっていたんだ)
執事(女帝様に余計な心配をかけてしまって……)
執事(私は三国を操る力を持つ女帝様に仕えているんではなく、
心優しい君主である女帝様に仕えているんだ)
執事(女帝様がどんな力を持っていようと、関係ない。
私にできることは──)
執事(いつものように、女帝様のおそばにいることだ)
翌日──
女帝(やっぱり手紙なんかやめとけばよかったかな……)
執事「おはようございます、女帝様」
女帝「お、おはよう」
執事「ハハハ、なんだか昨日と逆ですね」
執事「手紙、拝見いたしました。ご心配をおかけして申し訳ありません。
私はもう大丈夫です。昨日は少し風邪をひいておりまして」
女帝「そうだったんだ……よかった」
執事「ただし、ふろふき大根を食べないと、再発しそうなんですが……」
女帝「分かったわ。今夜作ってあげるから」
執事「ありがとうございます」
大臣(ふふふ、女帝様と執事は、なかなかいい主従関係なのかもしれんな。
帝国の未来に幸多からんことを……)
世界有数の規模と軍事力を誇る、だれもが恐れる三強国。
そして、この三国に囲まれている小さな帝国がある。
帝国を名乗るにはあまりにも小さい、人々から忘れ去られた国家。
帝国には平和があるが、平和と呼ぶにはあまりにも危うい、
いつ壊れてもおかしくない平和だ。
しかし、女帝や執事のような君主と側近がある限り、
この地の平和は守られていくことだろう……。
おわり
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません