「何者だ!」「オナラです」「よし通れ!」(34)

「待て! 貴様オナラではないな! オナラがそんなに茶色い訳が無い!」

「いかにも。拙者はオナラではない」

「貴様は、まさか……」

「拙者の名は、浣ウンコ」

「げえっ!」

「快適な腸内環境の為に! 推して参る!」

 拙者、姓は浣(かん)、名は羽(う)、字はウンコ(うんこ)と申す。浣ウンコと名乗る事が多いな。
 乱れた腸内環境を正して糞帝国(ふんていこく)を助けんが為、義兄弟達と立ち上がった。

 しかし、糞を我が物にせんとする悪玉、粗相孟出(そそう・もうでる)の企みで義兄弟とは離ればなれとなり、拙者は粗相に囚われてしまったのだ。不甲斐ない事よ。

 拙者は粗相に気に入られた様で、配下にならないかと誘われた。もちろん断ったものの、拙者は客としてもてなされ、囚われとはいえ不自由無い生活を送った。
 とはいえ――糞の為に義兄弟達と共に快適なトイレライフを過ごす――拙者の願いは只これのみ。粗相の下で宿便として悶々とした日々を過ごしていたのだ。

 そんなある日の事。

「兄者が生きているだと!」

 兄者――義兄弟の兄貴分、流備便所君(りゅうび・べんじょくん)。
 市井の出だが、元を辿れば糞帝国の皇族に列なる由緒正しき白磁陶器の水洗便所であるという。
 仁に厚く、便秘に苦しむ人々を救いたいと願う志に打たれ、拙者は兄者と義兄弟の契りを結んだのだ。
 以来、数多の試練を共に乗り越えてきたが、粗相の企みの一件の後、兄者の消息は分からなくなっていた。

 その兄者が無事だった――聞けば、粗相の魔の手から逃れて再起を図っているという。

 ――こうしてはいられない。
 兄者の下へ返してくれと、拙者は粗相に嘆願をし続けた。だが返事はのらりくらりと要領を得ないものばかりで時だけが無駄に過ぎて行く。このままではカチカチウンチ君になってしまう。

 肚を決めた拙者は、粗相の監視を秘かに脱け出し、兄者の旗下へと参ずるべく駆け始めた――。

「どうしてこうなった……」

 兄者の所へは、5つの関所を通らなくては辿り着けぬ。だが拙者には通行証を用意する暇が無かったのだ。
 そこで拙者は一計を案じた。
 ――オナラを装って通過しよう。

 結果は……失敗だった。
 最初の関所で見破られ、力ずくで突破する為にフン戦するハメとなった。

 これではいけないと、次の関所では茶色い顔色を黄色く塗って、再びオナラに変装をする。

「誰だ!」

「オナラです」

「たわけ! 黄色い固形のオナラがあるか!」

 これも駄目だった。実力行使で切り抜けるべく、フン闘せざるを得なかった。

 黒を白と出来ぬように、茶色い固体で無色透明の気体を装うなど無理だったのだ。拙者の考えはなんと浅はかであったのか………。

 ――思案に耽っているうちに、第3の関所が見えてきた。

 ――ええい! ここまで来て悩んでも仕方あるまい! 堂々と通るのみ、小細工など不要よ!
 そう自分に言い聞かせ、拙者は関の門を潜ったのだ。

「ほう、貴殿があの名高いウンコ殿か! どうぞお通り下されい!」

 関所の守将の態度は拍子抜けするほどあっさりしたものだった。聞けばこの将、便器という名だそうだが、粗相の専横にはウンざりしているという。

「なれど今日はもう遅い。宿を用意するので、ウンコ殿の武勇伝を聞かせて貰えませんか?」

 拙者は一刻も早く進みたかったが、機嫌を損じても不味いと思い、便器の申し出を受ける事にした。まあ今日はゆっくり休むとしよう。

 宿舎に招かれると、そこには1人の先客がいた。

「拙僧は不浄(ふじょう)と申します。無双の勇者、浣ウンコ将軍にお会いできて光栄です」

 先客は僧侶であった。便器の知人であり所用で訪ねてきた所だと話し掛けてきた。
 拙者も挨拶を返し、ここへ立ち寄った理由などを語るうちに話が弾む。

 ――どれくらい経ったろうか。いつの間にか便器が茶を持ってやって来ていた。

「さあさあ、お疲れになったでしょう。まずはお茶をどうぞ」

「いただこう」

「食物繊維入りで体に良いですよ」

 ひとしきり語り合って丁度喉が渇いてきた所だった。水分と食物繊維は快便に欠かせない。勧められるままに、拙者は食物繊維入りのお茶がたっぷり注がれた湯飲みを手に取った。

 すると――何やら視線を感じる。

 視線の主は不浄であった。熱い眼差しをこちらに向けて何かを訴えかけているかに見える。
 不浄の汚れの無い瞳が、拙者の心に何か引っ掛かるものを生んだ。
 ――そうか!

「便器殿、この茶は?」

「……え? ええ。ですから食物繊維いっぱいのお茶ですが」

「……食物繊維には2種類ある。すなわち水溶性食物繊維と、不溶性食物繊維」

「は、はあ……」

「このうち不溶性食物繊維は、摂りすぎると便が固くなったり腹が張ったりで、却って便秘の原因となる」

「む……」

「多くの女性やダイエッターの陥る罠よ。だが拙者の目はごまかせんぞ。この茶は」

「……」

「不溶性食物繊維が特濃! 拙者を便秘にせんと謀ったなっ!」

「ばれちゃあ仕方ない。そうよ、貴様を便秘にしてここで食い止めるつもりだったのよ!」

「おのれ便器! 汚い奴め!」

「貴様にはここで消えて貰う。路傍の一本糞として野ざらしになるが良い!」

 言い終わるや否や、便器は拙者に襲いかかってきた。しかし予想出来た反応だったので軽く身をかわす。

「クソッ! 散れい、浣ウンコ!」

「フンッッッ!」

 再度便器がこちらに向かって来たのを見て、拙者は奴を一刀で切り捨てた。
 それで終わった。

「不浄殿、助かり申した」

「いえ。便器の謀を知っていながら、奴には逆らえずあの様な仕儀に。お許し下さい」

「理由はどうあれ、御坊は拙者の命の恩人でござる。かたじけない」

「語り合ううちに将軍のお人柄に心服致しました。今後のご武ウンをお祈りします」

 こうして命拾いした拙者は第3の関所を後にしたのだ。

 関を出てしばらくすると夜が更けてきた。
 雨露をしのげる寝床が無いか探していると、1件の庵が目に止まる。戸を叩いて一夜の宿を頼むと、庵の主である老爺は快く中に入れてくれた。

「ほう、将軍は流便所君殿の下へ……なれば1つ頼みがあります」

「拙者にできる事なら何なりと」

「この先の関に、儂の息子の御飯(ごはん)がおります。御飯へ手紙を届けて下さらぬか」

「お安い御用よ。承った」

 翌日、手紙を携えて庵から第4の関へと進んだ。一宿一飯の恩は返さなくてはならぬ。

 もうすぐ関が見えようかという所で、前方から男が拙者に呼び掛けてきた。

「御免。貴殿は浣ウンコ殿か?」

「いかにも」

「それがし、この先の関を預かる暴食(ぼうしょく)様の配下、御飯と申す者」

「うむ」

「暴食様はウンコ殿が関を通られると聞き及び、是非もてなしたいと言っております。ご同道願えませんか」

「よし。案内を頼む」

 道すがら、御飯への手紙を言付かったのを思い出し手渡した。御飯は早速に目を通している。

 手紙を読み終わった彼の顔は、先程と全く違っていた。

「正直に手紙を届けて下さるとは、ウンコ殿は誠に義理堅い御仁ですな」

「いや、便はそこそこの固さを保つ様に心掛けている」

「この時勢、他人に手紙を頼んでも、便所紙にでもするのか捨ててしまう輩ばかりです」

「けしからん! そんな事をしたらトイレが詰まってしまう!」

「父の手紙には、将軍は好人物ゆえ便宜をはかる様にとありました」

「御父上の御恩に報いただけなのに有難い。なんという幸ウンよ!」

「……実は暴食様は、宴の席に火を付けて将軍を焼き味噌にするつもりなのです」

「やはりな。話が出来すぎていると思ったわ」

「それがしが抜け道にご案内します。先をお急ぎ下さい」

「かたじけない」

 御飯に伴われて間道を行き、途中で残りの道順を教えて貰って別れた。

 道程半ば辺りまで行くと兵士らしき集団と、その頭目らしい身なりの男がいた。

「貴方はもしや浣ウンコ将軍では?」

「そうだが」

「おお! 勇将の誉れ高い浣ウンコ殿に出会えるとは! 私はこの先の関を預かる暴食でございます」

 この男が──。

「ウンコ殿が来られると聞き、一席設けておもてなししようと使者を出したのです」

 口ぶりから察すると、拙者が奸計に気付いているとは思っていない様だ。

「が、どうやら行き違いになったようですな。ぜひお立ち寄り下され!」

「……ではご厚意に甘えよう」

 会ってしまっては仕方ない。秘かに討ち果たすケツ意を固め、暴食についていく事にする。

「私は美味いものに目がありませんでな。宴には酒肴を揃えてあります」

「ほう、例えば?」

「なれずしや塩辛、それに……」

「──焼き味噌、かな」

「え?」

「貴様の計略に気付かぬ浣ウンコと思うてか」

「いや、私はただ」

「あの世で焼き味噌をたらふく食らうがよい! フンッッッ!!」

「おもてな、死ーーッ!」

 暴食が倒れると兵達は慌てふためいて逃げ出した。。たわいもない事であった。

 こうして拙者は第4の関を抜けたのだ。

 さて、残る関所もあと1つとなった。
 もうすぐ兄者に会えると思うと、抑えられない興フンが洩れそうになる。

「誰だ!」

「拙者、浣ウンコ! まかり通る!!」

「ぐえーっ!」

 第5の関を突破し、粗相の勢力範囲の外へと急いだ。もうすぐだ、兄者──。



「待てえ────い! 浣羽──ッ!」

 そんな拙者の感慨を破る呼び声が後ろから一つ。
 この声は──。

「貴様……これ以上は行かせんぞ!」

 やはりこの男か。
 夏肛門炎上(かこうもん・えんじょう)──粗相の右腕にして、括約した戦は数知れぬ軍随一の将。
 普段は物静かなその男が、今日は猛り狂っていた。

「孟出に無断で出奔し、五関を破り将を斬った事、許し難い!」

「やむを得ぬ理由があっての事よ」

「その様な言い草が通ると思うか、貴様」

「ならばどうする。拙者を連れ帰るか」

「その必要は無い……ここで斬る!」

 今、拙者の前に最後の門が立ちはだかった……。

「むう……流石は夏肛門。その武、実の引き締まる思いぞ」

「ここで食い止める!」

 打ち合う事、既に数十合。攻防は伯仲して全く決着のつく気配が無い。
 なれば突破して逃げきらんと試みるも、阻まれてままならぬ。このままでは体力が尽きてしまう。

「お────いっ!」

 どこか遠くから声がした。新手だろうか……だとしたら疲労困憊の拙者には最早なすすべも無い。

 万事休すか──。

「おーい、兄者! 助けに来たぜ!」

「おお、腸飛!」

 声の主は義兄弟の弟分、腸飛コーラック(ちょうひ・こーらっく)だった。
 義兄弟が散り散りになってから行方が判らなかったが、無事だったとは。

「探したぞ兄者。大変な事になってたみてえだな」

「腸飛、顔が赤いぞ。酒でも飲んできたのか」

「もともと俺の顔はピンクの小顔だぜ、兄者」

「そうであった」

「さあ! 義兄弟の絆を見せてやろうじゃねえか!」

「おう! 我ら産まれた日は違えども」

「願わくば同年同月同日に流されん!」

『フンッッッ!!!』

「ば、馬鹿なアアッ──────!」



そして────

「おお! ウンコ! コーラック!!」

「兄者──!」

 こうして拙者達義兄弟は再会した。

『我ら産まれた日は違えども、願わくば同年同月同日に流されん』
 あの日、キンモクセイの香る白磁陶器のトイレショールームで交わされた『陶園の誓い』──その盟約に従って。
 便秘で苦しむ人々を救う為に。
 排便の事を笑って話せる世にする為に。
 今日も我らは戦い続ける──。


「拙者、浣ウンコ! 快適な腸内環境の為に! 推して参る!」


──民明書房刊 裸浣腸(らかんちょう)著・糞国志演ガチョ【浣羽便秘行】より抜粋



~浣~

以上で完ケツです
この様な糞スレをご覧いただきありがとうございました

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