キョン「すまない、長門。これは返すよ」  長門「そう……」 (160)

声まで震わせて、長門は睫毛で目の表情を隠す。

「だがな」俺は大急ぎで言った。

「実を言うと俺は最初からこの部屋の住人だったんだ。わざわざ文芸部に入部するまでもないんだ。なぜなら----、」

ハルヒと古泉と朝比奈さんは「何言ってんだこいつ」みたいな顔で俺を見ている。
長門の顔は髪に隠れてよく見えない。かまわない。安心しろ長門。
これから何が起ころうと俺は必ず部室に戻ってくる。

「なぜなら俺は、SOS団の団員その一だからだ」

 Ready?

 O.K.さ、もちろん。

 俺は指を伸ばし、エンターキーを押し込ん

ハルヒ「ポチッと」

キョン「え」

ハルヒ「押しちゃったわよ。デリートキー」

キョン「は?」

さて、プロローグにしては長すぎるな。しかし、以上のことは本当に単なるプロローグに過ぎなかった。
本題はここから始まる。



 あらかじめ言っておく。











 これは、俺にはちっとも笑えないことだった。

ハルヒ「ジョン! わたしたちこれからどうする?」

キョン「……」

俺はエンターキーを連打した。だがしかし画面にはもう何も映し出されていない。

古泉「どうかしましたか?」

みくる「わわわわわ、わたしどうすれば……」

キョン「……おいハルヒ」

ハルヒ「な、なによ」

キョン「なんでデリートキーを押した?」

ハルヒ「あんたがグズグズしているからじゃない」

キョン「いいか、あれは緊急脱出プログラムだったんだぞ。俺は元の世界に戻りたかったからエンターキ

ハルヒ「いいこと? 私はね、あんたを元の世界に戻す気なんか、これっっっぽっっちもないんだからねっ!!!」

ハルヒの極上のスマイルが飛んできた。




やれやれ

キョン「長門、紙返してくれるか」

長門「え……」

キョン「どうやら俺はもう元の世界に帰れないらしい」

長門「そ、そう……」

俺は長門から紙を返してもらった。入部届。

みくる「わわわわわわわたしはどうすれば……もう戻っていいいですか?」

ハルヒ「黙りなさい。これより、第一回SOS団全体ミーティングを開始します!!!」

キョン「オラアッ!!!」ガシッボカッ

ハルヒ「オゴッガヒイイイイイイイイ!!やべで……たずげ……で……」

キョン「おら俺の怒りはこんなもんじゃねえぞおおおおおおおあああああああ!
顔面ぶっ壊して手足もいで100人で輪姦(まわ)したあと孕んだガキごと子宮引き摺り出して肥溜めにぶちこんでやらあああああああああ!」

みくる「ふええ……あの人こわいですう……」ブルブル

古泉「やれやれ……涼宮さん、残念です、好きだったのに」

長門「ユニーク」

キョン「オラッオラッおらああああああああ!!!!」ボコガスグチャ

ハルヒ「」

ハルヒはいつの間にか動かなくなっていた

俺は奇妙な充足感とともに、部室を後にするのだった





この先、いったい俺はどうすればいいんだ。
緊急脱出プログラム。長門の残したやり直し装置。

 Ready?

俺はエンターキーを押そうとした。
しかし俺が押そうとした瞬間、あいつは別のボタンを押しやがった。
しかもよりによって「デリートキー」だ。

もう画面は何も映っていないどころか。
テーブルの上にあると邪魔だからといって、
ハルヒはそのパソコンを隣のコンピ研に献上しにいっちまった。

どうやらもう俺が元の世界に戻る方法はないらしい。最終期限は今日で締め切りらしいしな。
あっちの長門は今頃どんな顔をしているんだろうな。

ハルヒ「みくるちゃんは書道部をやめてこの部に入りなさい」

みくる「ええええ、そんな……」

ハルヒ「わかった? それと古泉くんも、もちろん入部するわよね?」

古泉「もちろんです」

ハルヒ「ジョン。どうしたの。冴えない顔して」

キョン「……」

ハルヒ「なにか不満でもあるの?」

キョン「……なあ」

ハルヒ「な、なによ」

キョン「もう俺は元の世界に戻れないんだよな?」

ハルヒ「たぶん……」

キョン「なら仕方ない、か……」



なあ、元の世界。少しくらいは待てるだろ? 
元の世界に戻るまでいや戻れるかわからないが、ちょっとくらい待機しててくれてもいいよな。

せめて----。


ここにいる長門を味わってからでも遅くはないだろ?

キョン「ってことでパァアアアアア! っとやろうぜ!」

古泉「そうですね。結成記念として何かジュースやつまみでも買ってきましょう」

キョン「ヒューーーー! 俺も行くわ」

長門「わ、わたしも……//」

つーことで今俺はファミリーマートに来ている。
文芸部の活動資金を使ってポテチやピルクル(朝比奈さんが好きらしい)
カップヌードル、そば、スパイシーチキン、カレーライス、ソーセージパン
など、たくさん買い占めた。

もちろん荷物運びは俺と古泉だ。
長門は隣で頬を紅潮させ、本を大事そうに抱えながら歩いている。
可愛いな、長門。
ハルヒと朝比奈さんは部室でなにかしているらしい。なにかってそれは俺にもわからん。
まさかな、ここのハルヒも着せ替えの趣味を持っていたりとか……まあそれはないか。

キョン「待たせたな」

ハルヒ「おかえり。どれどれ。私これもらうわ」

ハルヒが味噌味のカップヌードルを取った。

みくる「お湯沸かしますね」

朝比奈さんはコンロでお湯を沸かしながらストローでピルクルをチューチュー飲んでいる。

キョン「長門、スパイシーチキン。ほれっ」

長門「……ありがとう//」

古泉「なかなか可愛らしいお方で」

キョン「あんまりじろじろ見るな。減ったらどうする」

古泉「これは失礼を」

キョン「お前はハルヒが好きなんだろ。あの喜ばしい顔を見てみろ」

俺がそう小声で言うと、古泉はニッコリと嬉しそうに微笑んだ。

キョン「それでこれから具体的にどうすんだ?」

俺はパンを口に含みながら訊いてみた。

ハルヒ「これからは毎日、学校がある日はここに集まるわよ」

キョン「毎日って……お前は光陽園学院だろ。勉強のほうは大丈夫なのか」

ハルヒ「ばっちりどんどんよ」

キョン「……そうかい」

ハルヒ「私は古泉くんと一緒にくるから」

古泉「そうですね」

なんだこのニヤケ顔は。この世の全ての幸福がこいつに降り注いだみたいな笑顔をしてやがるぞ。

ふいに俺の脳裏に、喫茶店を出たときのこいつの言葉が蘇る。







――――――羨ましいですね

べらべらとしゃべっていたせいでいつのまにか時間が急速に進んでいた。

ハルヒ「じゃあ今日はこのくらいでお開きにしましょうか」

キョン「そうだな」

ハルヒ「また明日くるわ。みんなまた放課後ここに集合しなさい!」

そんなことを言ってハルヒと古泉は部室を後にし、
朝比奈さんも明日来ます、的なことを言って部室を後にした。
そしてこの部室には長門と俺。二人きりになった。

キョン「あいつらを……ここに連れてきてよかったか」

長門「……」

長門は顔をほころばせ耳を赤らめながら小さく頷いた。

長門「……また……くる?」

ん?

キョン「どこに?」

長門「わたしの家」

長門「どうぞ」

キョン「ありがとう」

長門の淹れてくれたお茶を飲みながらコタツで暖まる。
長門の家に来たのはこれで二回目だ。

キョン「にしてもなんでまた俺を家に……」

長門「寂しいから……」

キョン「そうか……」

ここの長門は本当に女の子という感じだな。
一言一言しゃべるたびに顔に朱が差し込む。極度の照れ屋さんだ。

長門「何か作るから待ってて」

キョン「料理できるのか」

長門は自信に満ちた笑顔で頷いた。

テーブルに出てきたのは、さばの味噌煮、和風ハンバーグ、ポテトサラダ、いか豆腐、etc....。
どれも言葉にならないほどうまく長門の料理の腕を実感させられた。

キョン「いつも自分で料理しているのか」

長門「たまに……」

長門はエプロン姿かつ女座りをして俺の目をじっと見ている。
自分の作った料理の味に心配があるのだろうか。問題ない。全部旨いさ。
その証拠に俺はガツガツという音が出るほど長門の手料理を高速で咀嚼している。

キョン「長門は食べないのか」

長門「あまりお腹空いてない……」

キョン「でも食べないと体に悪いぞ」

長門「……」

長門を心配する朝倉の気持ちがなんとなくわかった。
放っておくと長門さんはロクな食事をしないからとかなんか朝倉は言ってたよな。
まあ俺はあいつには悪い思い出しかないから金輪際出会いたくない。
何が出てくるかわかんねえしな。

キョン「もうそろそろ夜も遅いし帰るよ」

長門「……そう」

キョン「手料理ありがとな」

長門「……うん」

キョン「……また明日きていいか、ここに」

長門「……」









長門は笑顔で頷いた。

夜の帰り道。
最終期限が切れるまでもうあと三時間くらいだろうか。


しかしもう決めちまったんだ。いや決まっちまったんだ。
これは俺の意思ではない。ハルヒの意思だ。
`ここ`のハルヒがそう決めたからには従うほかない。
あいつはそう望んだんだ。
俺はこの`道`を行くしかないらしい。しかしそれは本当に正しいことなのか。

今の俺にはわからない。
ここでの生活も悪くないと思っている自分がここにいる。





俺は今、正しい道を歩んでいると言えるのか?

次の日。
俺は後ろから刺された。







朝倉「ねえ、風邪は治った?」

背骨をペン先で、刺されるように突かれる。この痛みに何か既視感があるのは気のせいか。

キョン「治ったよ。俺は正常だ」

朝倉「そう、ならよかった」

俺は恐れていた。もしかしたらこいつに殺されるのではないか、と。
ありえないとは言えない。俺はこいつに殺されかけた覚えがあるからだ。
そしてそのとき俺を助けてくれたのは……、


長門


ここにはいない長門。


長門……

朝倉「なに? また長門さんの家に行ったの?」

キョン「行ってねえよ」

朝倉「よかった」

キョン「何がだ」

朝倉「ふふ、なんでもないわよ」

キョン「あっそう」

ビュッと窓から風が吹きすさび悪寒が走った。

放課後、レポートの宿題を終わらせるやいなや俺は猛スピードで文芸部室に直行した。
仕方ないだろ。ほかに行く場所がないんだから。

扉を開けるとそこには長門がいた。

キョン「遅くなって悪かったな」

長門「……待ってない」

キョン「朝比奈さんもまだ来てないのか」

長門「……」


コクリッと頷く。

キョン「今日はいったい何をするつもりなんだろう―――アイツは」


ドンッ

「待たせたわね!」

ヤツがきた。

光陽園学院特有の黒。
まさかその制服のままこの部室に来たんじゃないだろうな。

ハルヒ「別にばれなかったわよ。先生らしき人には出会わなかったし。
んまあ、下校する人たちにはちょっと変な目で見られたりしたけど」

偶然なのか……? それとも……

古泉「涼宮さんがこのまま行くと言ってきかないものですから」

そうかい。

キョン「それで今日は何するつもりなんだ?」

ハルヒ「何かやりたいことある?」

キョン「ねえよ」

長門「……わたしはある」

ぬ!?

長門「わたしはみんなと一緒に遊びたい」

キョン「遊びたいっていうのは……」

頬を赤らめながら長門は続ける。

長門「それは……ん……と……」

ハルヒ「遊びっていのうはあれね。ゲーセン行ってゲームしたりとかアパレルショップに行って服みたりとか
デパート行って試食したりとか……」

長門「……そう」

長門は大きくうなずいている。

なるほどな。俺があの世界でやっていたこととほぼ同じだ。しかしここにいるのは皆一般人。ふむ。

キョン「よし今日は遊び倒すか」

朝比奈さんが部室に来てSOS団全員が部室に集合した。
そして皆で近くのゲーセンに向かい遊び倒した。

その中でもモグラたたきをしていた長門が印象的だ。
モグラが顔をひっこめてから叩くという反応の鈍さ。
まあそんな恥ずかしそうな長門を見ているのはなんというか眼福にあずかるものだった。
あっちの長門ならモグラたたきの機械ごとぶち壊しただろう。

ハルヒと古泉はなんとかカートとかいうアクションレースゲームをハンドルを握ってやっていたし、
その隣では朝比奈さんがUFOキャッチャーに夢中になっていた。

そのあと俺たちはアパレルショップに行って、ハルヒ、長門、朝比奈さんに服を選んで試着させた。
ハルヒに赤のカーディガンを試着させたら抜群に似合っていた。
長門にはニーハイ、朝比奈さんにはピンクのフレアスカートが。
古泉と俺がニヤニヤ顔になっていたのは言うまでもない。
俺は`日常的`な遊びを楽しんだ。一般人、実に良い響きだ。

ハルヒ「じゃあ今日はこれで。とっても楽しかったわ。また明日会いましょう」

古泉「僕もとても楽しい一日を過ごさせていただきました。それでは」

キョン「じゃあな」

みくる「また明日」

長門「……」

長門は胸の前で小さく手を振って三人を見送った。

キョン「いくか」

長門「……」

俺と長門は寄り添ってマンションに向かった。

長門の家で豪華手料理を頂き、そしてテレビで放映されていたお笑い番組を見て二人で笑いあった。
また長門の笑う表情がものすごく可愛らしくて俺は理性を失いかけていた。


俺はもう元の世界のことをすっかり忘れていた。
ここの世界に馴れ親しんでいる自分がいた。
そしてここの世界の方が断然面白いのかもしれないと思っている自分がいた。

現に俺はエンターキーを押さなかった。
その事実が俺から元の世界の記憶を加速度的に奪い去っていった。



そうだ、最初から宇宙人、未来人、超能力者なんていなかったんだ。


存在してなんかいなかったんだ。

キョン「長門、」

長門「なに?」

長門は首を横に傾けた。

キョン「今度一緒に二人でどこか、その……出掛けに行かないか」

長門「二人で……?」

キョン「そうだ。二人っきりで」

長門「……うん」

キョン「約束だ」

ゆびきりげんまんをした。
長門の白い小指はとても柔らかかった。俺はその感触を二度と忘れまいと誓った。

次の日、金曜日。
俺の後ろでは奇怪な笑みを広げる朝倉が鎮座していた。
まあ殺されることはないだろう。さすがに……。

朝倉「長門さんに手をだしたりはしてないわよね?」

キョン「当たり前だろ。何度も言うがしてないからな」

朝倉「ふーん、なんか怪しい気がするのよね」

キョン「俺を疑っているのか」

朝倉「別に。ただ心配なだけよ」

嫌な予感がする。それも普通ではないなんか嫌な予感が。



不意にあの時の朝倉の言葉が蘇った。

―――でも、あなた。長門さんと付き合うんなら、まじめに考えないとダメよ。





―――――――――――――――でないとわたしが許さないわ。

授業が終わり、部室に向かった。
長門だけだった。
それから2時間ほど長門とおしゃべりしていたが、あいつらが来る気配はなかった。
その間、何を話していたか手短に言うと、明日一緒に夜遊ぼう、というようなことを話していた。
一緒に……そう二人っきりで。

明日は終業式&クリスマスイブだ。

聖なる夜。それを二人っきりで過ごしても別にバチは当たらないだろ?

今日は長門の家には行かずに自分の家に帰宅した。
明日のデートにそなえるためだ。
通知表が気になるところだが、まあ大丈夫だろう。たぶん……。

明日長門とどこを巡るかは部室で決めた。
こんな経験は恐らく後にも先にもこれが最後かもしれない。
だからこそ思う存分楽しむ必要がある。ハルヒならきっとそうするさ。ハルヒ……。

俺は最大の質の睡眠を要求し眠りについた。

次の日。クリスマスイブ。

俺は担任岡部から通知票を拝領し、その成績の悪さに驚愕した。
帰ったらママンに殺されるかもしれん。
谷口はと言うと、その場で吐きやがった。よほど悪かったらしい。
oh....谷口。また来年一緒のクラスになれることを祈る。

ホームルームが終わり俺はいったん帰路についた。
夜の八時に長門のマンションの入口で待ち合わせることになっている。
ああやばい、この心臓の高鳴り。長門と一緒にデート。
長門を楽しませてやらないと。俺にはそれしかできない。

午後七時三十分。早く来すぎたようだ。
インターホンで長門を呼ぼうとしたがやめた。
こうして待っていた方がなんかデートな感じがするからだ。

午後七時四五分……四六分……、時計の針が刻み進んでいく。
それと連動するかのように心臓が激しく鼓動する。




そしてその時、俺の隣に……アイツがきた。

朝倉「ここで何をしているの?」

キョン「あ、いや、別に……」

朝倉「もしかして長門さんを待っているつもり?」

キョン「いや……」

奴の顔を直視できない。くっそ、こんなときに……。

朝倉「許さないわよ」

その瞬間、朝倉の手がポケットの中に入れられた。

それを見たとき、俺の足はすでに動いていた。

俺はマンションの玄関に入った。
後ろを振り向いている暇はない。俺はいつのまにか走っていた。
向かいからおばさんが出てきたおかげで、玄関のロックを解除することなく入ることができた。
急いでエレベータのボタンを押す。タイミングがよかった。あのおばさんがエレベータを使ったからか。
エレベータの扉が閉まる瞬間、近づいてくる朝倉の顔があったような気がする。
やばい、これは緊急事態だ。俺の何かがそう告げていた。
もしアイツが階段を猛スピードで駆け上がっていたとしたら……。
くそ、エレベータを使ったのは失敗だったのかもしれない。
ようやくエレベータが口を開ける。
俺は急いでそこから体を投げ出した。

もうすぐだ。708号室へ。

―――――――――――――――許さないわよ

エレベータから出るとそこには708号室から出る長門がいた。
空は完全な暗闇と化していた。

キョン「長門!」

俺は廊下に出て扉を閉めようとする長門を抱き部屋の中に入った。
ドアをロックする。

長門「……どうしたの?」

俺は土間に座り込み白い息を吐いた。脈がものすごい速さで打っているのがわかる。
殺されるところだっ―――

「開けなさい。長門さんを傷つける人は私が許さないんだから」

鈍い音がドアの外から響いてくる。しかもその音が時間の経過と共に激しさを増してくる。

長門「どういうこと……」

キョン「俺にもよくわからないんだ」

俺は慌てていた。長門を連れてリビングに移動する。
ドアを叩く音は鳴り止まない。
それどころかドアをぶち破るような音さえ聞こえてくる。
やばい。殺される。今度こそ。

キョン「くそっ、どうすりゃいいんだ!」

長門は震えていた。

「絶対に許さないわ」




比喩ではなくドアがぶち破れる音がした。
冷たい風が入ってきた。

朝倉涼子がそこにいた。

鋭い刃先がシーリングライトに照らされて輝いている。

朝倉「長門さんを傷つける人は私が許さない。排除するわ。そうでしょ、長門さん?」

長門はコタツの前で驚愕の表情をしていた。何が起こっているのか把握していないような。
俺も一緒だ。何が起こっているのかわからない。

朝倉「じゃあ死んで」

朝倉が視界から消えた。と思ったら――――

俺の腹から血が流れて出ていた。
しゃがんだ体勢で柄を握っている朝倉がいた。
「ぐはっ!」
思いっきり柄を引っこ抜き、血が飛散した。
何が起こってんだ。あたり一面が血の池と化す。
俺は腹を両手で抱えてぶっ倒れた。
「許さないわ。殺さないと。私はあなたを排除するためにきたのよ」
長門、すまねぇ……くそ……
「やめて!」
な、長門……。
視界の隅に長門が映っている。しかし血が体内から体外へと放出される感覚。
意識が朦朧としてくる……。
「長門さん、どいて。さもないとあなたも……」
「やめ、ろ……」
だめだ。体が……ああ……終わっ―――
「長門さん、あなたも死にたいのね」
刃先が長門に向かって飛んだ。

………――――――――――――

「なにしてるっさ」

長門に向かって飛んだ刃を誰かが握っていた。
閉じていくまぶたを最後の力を振り絞って開ける。
視界に緑色の髪をした人がいた。
「暴力はだめにょろよ」
「あなたは誰なの? 誰の許可を取ってここへ?」
聞き覚えのある声だ……ああ
「それはひみつっさ」
「あなたも私に殺されたいのね」
「それはどうっかな。その前にあたしが怒髪で突いちゃうからねっ」
握った刃を押して朝倉が吹っ飛んだ。緑色の髪がなびく。
「しっかりして!」
長門の悲愴な顔が映っている。ああ、もう限界かもしれない。
何がいったい―――

「キョンくん、もう帰らないとだめにょろよ。
あっちの世界の私によろしくね。それとみくるにも!
ここは私がなんとかするからっさ。
まさかこんなことになるとは`あっちのみくる`も予想していなかったみたいさ」

「つ、つるやさん……」

「ふふっ。心配することはないにょろよ。
まだあっちの世界でやらなければいけないことがキョンくんにはたくさん残っているんだからっさ!」

ひどい頭痛がしてきた。
まぶたが完全に閉じられる。何もかも遮断された。これは夢なのか―――

「メリークリスマスイブっさ!」

目を開けた。
しかしそこに映し出されるものは真っ黒。
俺は死んだのか。ここはどこだ。体がものすごく軽い。
声が聞こえてくる。俺を心配するような声。
後頭部に何かを感じる。
ハルヒの声が聞こえた。
ハルヒ……お前こんな声を出すのか―――
体を強く揺すられる。
視界が開けた。色を含んだ光景が網膜に映し出される。
ここは……――――――――――――

「キョン! しっかりしなさい!」
「キョンくん! ふぇえええ」
おい、ハルヒ……そんなに体を揺すらないでくれよ……
「涼宮さん、救急車が来ました」
「キョン!」
ハルヒがこんな顔で俺を心配しているなんてな……
稀少価値がぁ……
だめだ、また視界があ……―――
「キョン! 死んじゃいや!」

白い天井が見える。自宅の俺の部屋ではない。
朝か夕方か、透明感のあるオレンジ色の光が天井同様白い壁を彩っていた。
「おや」
「やっとお目覚めですか。ずいぶん深い眠りだったようですね」

俺の体は病院服に包まれていた。腹に触れたがそこに傷はなかった。
北高に身を包んだ古泉。どうやら俺は元の世界に戻ってきたらしい。
記憶が曖昧だ。何が起こったのか。
別の世界で朝倉に殺されそうになってそこで鶴屋さんが――――――
だめだ、そこから先の記憶があやふやだ。
どうやって別世界からここに戻って来たんだ。
謎だ。まあ謎はたくさんある。隣に超能力者がいたりとかな。
「なにをそう微笑んでいらっしゃるのですか?」
「なんもねーよ」

その後何があったのか、話すと長くなる。それはまた別の機会にな。
病院で目を覚ましたときの日付が21日。
そして今は12月24日だ。クリスマスイブ。
病院でずっと俺を心配していた団長さん。ハルヒ。やっぱり俺はここの世界のほうがいい。
ハルヒはハルヒでしかない。あっちのハルヒはやっぱりパチモンさ。
俺はこっちのハルヒのほうが好きさ。この想いが変わることはもう二度とない。神に誓う。
ハルヒだけじゃない。朝比奈さんも古泉もそして……。
あの世界の長門の顔が脳裏に浮かぶ……。ゆびきりげんまん……。
あの小指の感触……一緒に二人でクリスマスイブを……計画も綿密に立てていた……
一緒にレストランで食事をした後にイルミネーションを楽しんで……


あの約束は……


俺はそんなことを考えながら通知表が入ったかばんを肩にひっかけ部室に歩を進めていた。

「おっ、キョンくんっ!」
「つ、鶴屋さん!」
「今日はハルにゃんの特製鍋パーティーっさ! わたしもあとでいくにょろよ」
「鶴屋さん」
「どうしたっさ?」
「あなたが僕をこっちの世界に連れ戻してくれたんですよね」
「なんのことだい?」
「あなたが僕、いや長門を朝倉涼子の凶刃から守ってくれた」
「んんん?」
「知らないんですか?」
「いったいなんのことを話しているんだい?」
「……」
ではあれはなんだったんだ? あれはたしかに鶴屋さんだったはずだ。間違いはない。
しかもあっちの鶴屋さんはこっちの鶴屋さんによろしく、とも言っていた。朝比奈さんにも。
しかしそれ以上の記憶は……いやこの記憶も本物かどうかわからない。ああ、頭がこんがらがってきた。蘇った記憶はここまでだ。
その真偽も明らかでない。しかしここの鶴屋さんはそのことについて見覚えはないという。なんなんだろうね。

「とりあえずキョンくん、あとで部室に行くからねっ!」
「は、はい……」
もうこれ以上掘り下げないほうがいいのかもしれない。
いつかきっと明らかになるさ。

俺は部室の扉を開けた。
「キョン。何していたのよ」
「わりぃわりぃ」
部室にはハルヒただ一人。しかも珍しくポニーテールをしている。
テーブルの上のカセットコンロには土鍋がのっけられていた。さらに肉、魚、野菜類がテーブルに置かれていた。
「遅れてすまねえ」
「別にいいわ」
「なあ、ハルヒ」
「なによ」
ハルヒは腕を組んで仁王立ちしていた。光を富んだ鋭い瞳がこちらに向けられる。
「いつもありがとな」
「い、いきなり何よ!」
「なんもねーよ」
俺はかばんをテーブルに投げ出してハルヒのポニーテールを凝視した。
「抜群に似合ってるぞ」

しばらくして古泉、朝比奈さん、長門、鶴屋さんが集合し、ハルヒ特製鍋パーティーが開催された。
ハルヒの特製鍋は旨かった。誰が食べてもそう言うさ。
その後、ハルヒがミステリアスツアー第二弾として雪の山荘に行くことを宣言したり
(しかもその山荘で年を越すらしい)、
鶴屋さんの別荘を無料で利用させてもらえることになった云々などハルヒの饒舌が飛んで来る、飛んで来る。
しかしそれは今の俺にとってこれ以上ない薬だった。


って。ハルヒの放った言葉をさかのぼる。
鶴屋さんの別荘が無料で利用できるだと? 鶴屋さんはいったい何者なのか。
もちろんそんなこと知る由もない。神のみぞ知る(God knows……)

実家で開催されるパーティーにどうしても出席しなければならないという鶴屋さんと別れ、
SOS団の面々はケーキ屋に向かった。
ハルヒが予約していた特大のクリスマスケーキを受け取ってから
目指した場所は長門のマンションである。
一人寂しく聖夜を過ごす長門をおもんぱかったわけではなく、
一人暮らしの長門の部屋ならケーキ食いながら
バカ騒ぎを楽しめるという条件のよさがものを言った。
防音処理の行き届いた長門の部屋で古泉の用意した各種ゲームに興じている間、
俺たちの誰もが楽しそうに見えたのは真実だ。
ノートパソコン二台を繋いでプレイしたトーナメントは長門の独壇場で、
ツイスターゲームではハルヒと押し合いへし合いするハメになったが。

午後十一時ぐらいか。
その後、思う存分長門の家で楽しんだ俺たちはもう夜が遅いということで帰路につくことになった。
マンションの外でハルヒ、古泉、朝比奈さんと別れる。
そして俺は再び長門の家にお邪魔した。
「またきてよかったか、長門……」
無口な対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド ・インターフェース。
しかし長門は長門だ。
「長門、これから一緒にどうだ? 二人でどこか散歩にでも」
「……」
長門はコクリと`大きく`頷いた。はっきりとした意思表示で。
俺はハルヒが好きだ。朝比奈さんも。なんだかんだいって古泉お前もな。
そして……。
目の前にいる私服姿の長門を目に焼き付ける。どこかで見たニーハイだ。
俺は手を差し伸べた。そこに長門の小さくて白い手が乗っかる。
「行こうか」

あともう少し時間が経てばメリークリスマスだ。
しかしクリスマスイブ延長っていうのも悪くない。
白の地面を踏みしめる。
聖なる夜。それを二人っきりで過ごしても別にバチは当たらないだろ?
神々しいユキ。
手をつなぐ。
握り返してくる白い手から温度が伝わってくる。
機械なんかじゃないさ、長門は。
俺はその手を強く握り締めた。
隣を見ると、そこには頬と耳を赤く染めた長門の笑顔があった。

(終)

保守ありがとうございました。
書き溜めしていなかったのでぶっつけ本番でした。
矛盾などありましたらすいません。

みなさんおつですたー。

涼宮ハルヒシリーズに栄光あれっ。谷川流さんにも栄光あれー!

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom