姫「お願い……助けてぇっ……!」(151)
キンッ! キンッ!
ある王国の城の中庭で、剣を交える音が響き渡る。
一人は王国の親衛隊長、もう一人はこの国の姫であった。
隊長「姫、今日はこのくらいにしておきましょう」
姫「うん」
隊長「しかし、姫の上達ぶりはすばらしい。もうすぐ私も抜かれてしまいそうです」
姫「やっぱり分かる? 私って天才かもね」
姫の自画自賛は、あながち過信というわけでもなかった。
彼女は武芸の才能に長けており、特に剣術はすでに城内でもトップレベルにあった。
父である国王も、せがむ彼女に一軍を与えたほどである。
(といっても、国内のパトロール部隊のような小規模なものであるが)
執事「いやはや、姫様はお強くなられて……。
男子のお世継ぎ様が早世されてしまったので、国王様も頼もしいでしょうな」
大臣「ふん。少数とはいえ、女に兵を任せるとは国王陛下もどうかしておる。
まったく……」ブツブツ
稽古を終えた姫に、兵士が駆けつけてきた。
姫「どうしたの?」
兵士A「ノース地方のビレッジ村を、山賊の集団が占拠したという情報が!」
姫「山賊ですって!? ふふっ、面白いじゃない。腕が鳴るわ」
姫「隊長、さっそく出撃するわよ!
急がないと、またあいつらに手柄を取られてしまうわ!」
隊長「はっ!」
姫のパトロール部隊の実質的な長は、親衛隊長である。
国王から姫を守るよう、姫には内密に命じられていることはいうまでもない。
ビレッジ村──
山賊たちは村長の家でたむろしていた。
山賊A「ケッ、もぬけの殻とはな。殺しが楽しめるかと思ったのによ」
山賊B「まぁいいじゃないっすか。適当に金品奪い取ったらズラかりましょう。
自警団のヤツらが来るとヤバイですし」
見張り役の山賊が駆けつけてくる。
山賊C「この村に兵隊が向かってきてますぜ!」
山賊A「なんだと!? まさか自警団か?」
山賊C「いや、ありゃあ姫が作ったとかいうパトロール部隊です。
ご丁寧に隊列整えて向かってきてます」
山賊A「ビビらせんじゃねぇよ。
あんな小娘のために作られた、お遊び軍隊なんざ怖かねぇ。
ちっと世の中の厳しさってのを味わわせてやるか」
ビレッジ村の外──
隊長「静まり返っていますね……」
姫「私たちが来たって気づいて、逃げちゃったのかしら?
せっかくここまで来たのに張り合いがないわね」
隊長「姫、いかがいたしましょう?」
姫「突撃よ、突撃! もしかしたら、まだ残党がいるかもしれないし」
隊長(少し危険な気もするが……)
「よし、全軍突撃っ!」
馬に乗った姫と隊長を先頭に、村の入り口に突撃をかける。
しかし、入り口には罠がしかけられていた。
山賊A「それ、引っ張れっ!」
グイッ!
入り口部分に埋められていたロープがピンと張られ、
姫と隊長が乗っていた馬をつまずかせた。
姫「きゃあっ!」ガクン
隊長「姫っ!」バッ
隊長は馬から飛び降り、姫の下敷きになることにより、姫を落馬から救った。
ほとんど捨て身で地面にダイブした隊長のダメージは大きかった。
隊長「うぐっ……! 姫、ご無事ですかっ……」
姫「た、隊長っ!」
兵士A「ま、まずいっ!(騎馬の二人だけ突出してしまっている!)」
兵士B「二人に追いつけっ!」
山賊A「こうもあっさりかかるとはな。平和ボケしすぎだぜ、アンタら。
よし、おめぇら、姫を狙え! とっつかまえろ!」
山賊D「うひょ~、剣なんか構えちゃって可愛い~」
山賊E「へっへっへ、まだガキだがこりゃ上玉だぜ」
姫「くっ……甘く見ないでよね!」
ザシッ! ザンッ!
山賊D「ぐわぁっ!」
山賊E「ぎゃっ!」
姫は二振りで、山賊二人を斬り倒した。
山賊B「な……ウ、ウソだろ!?」
山賊A(おいおい、マジかよ。姫が剣術をかじってるってのは知ってたが、
一流の腕じゃねぇか!)
姫「さぁ、かかってきなさい!」
姫はさらに3人を斬り倒す。
山賊A(チッ、後ろの兵士たちが追いついてきたら面倒だな)
「おもしれぇ、俺が相手してやらぁ」
姫(どうやらコイツがリーダー格ね。コイツをやっつければ、なんとかなりそう)
山賊A「そりゃあっ!」
棍棒で殴りかかる山賊A。が、姫はひらりとかわし、棍棒を叩き斬る。
姫「(よしっ!)さぁ、どうやら私の勝ちね」
山賊A「それはどうかな……?」ニヤ
山賊Aはあらかじめ右手に握っていた砂を、姫の目めがけて投げつけた。
姫「!」
(し、しまっ──!)
山賊A「ようし、姫さえ捕えちまえば、こっちのもんだ!」
トスッ
山賊Aの首に矢が刺さった。
山賊A「がっ……!」ドサッ
狙撃手「命中ゥ~♪」
姫「───!(いったい何が起こってるの!?)」
兵士A「あ、あれは……!」
兵士B「自警団の連中だ! いったいいつの間に……!」
山賊B「こ、これって──」
山賊C「俺たち囲まれてるんじゃ……」
姫を包囲していたはずの山賊たちは、いつの間にか別の集団に包囲されていた。
副団長「よぉ~し。王国軍の奴らが、いい目くらましになったな」
団長「一気にカタをつけるぞ」
自警団はあっという間に、残る山賊たちを片付けてしまった。
副団長「ふん、あっけねえもんだ」
団長「大丈夫か?」
隊長「いつつ……君たちには助けられてしまったな。ありがとう」
姫「ふ、ふん。いつもいつも、私の手柄取りのジャマしてくれちゃって!
あんな連中、あなたたちが来なくても私一人でもやっつけられたわ!」
団長「………」
団長「手柄……か。
姫という身分にありながら、民のために東奔西走しているアンタを
これまで少なからず尊敬していたが、とんだ見込み違いだったらしい」
姫「な、なんですって!」
団長「しかも助けられたのに、礼をいおうともしない」
姫「あなたたちがいなくたって勝てたのに、なんで礼なんか──」
団長「俺たちに、じゃない。アンタを落馬から救ったのはだれだ?」
姫「!」
団長「今のままじゃ、アンタのやってることは一生ままごとだよ。
──じゃあな」
自警団団長は部下たちを連れて、退却していった。
姫たちも城に戻った。
負傷してベッドに横たわる隊長に、姫が謝る。
姫「ごめんなさい、私のせいで……」
隊長「いえ、姫様にお怪我がなく何よりです。
私の怪我も大したことなかったので、今日一日休めば復帰できます」
姫「──にしても、腹が立つわ! いつもいつもなんなのよ、アイツらは!
私が駆けつけた時には、大抵アイツらが終わらせてるんだもの!
今日もジャマされちゃったし……」
隊長「彼らは『自警団』といって、
あの団長が各地から腕利きを集めて結成した私兵集団です」
隊長「サウス地方にちょっとした要塞のようなアジトを構えており、
ほとんど自給自足のような生活をしながら、
この国の治安を自発的に守っている組織です」
隊長「団長の出自は不明ですが、副団長はなんとあの──」
姫「もういいわ。聞きたくない」ガタッ
隊長「す、すいません」
姫(ままごとだなんて……このまま黙ってなんかいられない!)
その日、姫は悔しさのあまりなかなか寝つけなかった。
団長『とんだ見込み違いだったらしい』
団長『助けられたのに、礼をいおうともしない』
団長『今のままじゃ、アンタのやってることは一生ままごとだよ』
目をつぶると、あの時の悔しさがよみがえる。
姫(私だって……ちゃんと私なりに色々と考えて……!)
姫(なんであんなこといわれなきゃならないのよ……!)
姫(悔しいよ……でも何も言い返せなかった……)
翌日──
いつも早起きで元気に起きてくる姫が、一向に部屋から出てこない。
執事(いやはや、姫様はどうされたのか……)
執事(親衛隊長の話では、昨日山賊相手に苦戦したということだったが……。
まだ落ち込まれてるのだろうか……?)
執事(うぅむ、心配だ……。せめて食事くらいはしてもらわんと……)
執事(スイマセン……。姫、開けますよ!)コンコン
執事「し、失礼します……」
ガチャッ……
姫はいなかった。
城 謁見の間──
執事「国王様、姫様がいなくなってしまいました! 申し訳ございませんっ!」
国王「な、なんじゃと!? ……ゴホッ、ゴホッ!
くっ……兵を動員して探し出さねば……ゴホッ、ゲホッ!」
大臣「陛下、それはいくらなんでも姫君を甘やかし過ぎではないですか?」
国王「な、なに?」
大臣「小規模といえど、姫君は一軍を預かる身です。
それがこんな失踪騒ぎを起こし、あげく捜索に兵を動員したとあっては、
兵たちに示しがつきませんよ」
国王「では……どうしろというんじゃ」
大臣「放っておきましょう。ま、あのお方のことだ。
どこかでのんきに遊んでいるんじゃないですかね、ハハ」
国王「わ、分かった……大臣がそういうならそうしよう……ゴホッ」
執事(なんということだ。クソッ……大臣め。
国王様がご病気を患ったとたん、どんどん強気に出てきている。
いったいなにを考えているんだか……)
自警団アジト──
団員たちは昼食を取っていた。
副団長「昨日はよかったなぁ。村人の被害が一人も出なくて。
みんな俺らの指導通り、村を捨てて避難してたみたいだな」
団長「ああ、本当によかった」
副団長「でもよ、お前ちょっと姫さんにキツくいいすぎたんじゃないか?」
団長「………」
すると、二人のところに見張り担当の門番がやってきた。
団長「どうした?」
門番「あの、アジトの門の前に団長を出せ! と騒いでる輩がいまして……。
いくら帰れといっても聞かないんです」
副団長「なんだよそりゃ?」
団長「行ってみるか」ガタッ
自警団アジトの門──
門番「アレです」
甲冑「俺はここの団長と一騎打ちで勝負したい! 団長を出せっ!」ガチャガチャ
団長「………」
副団長「オイオイ、なんだありゃ。チビのくせに、鎧だけはやたら豪勢だな。
無視した方がいい。きっとただのイカレ野郎だ」
狙撃手「ここから肩でも撃ち抜いて、追い返すってのはどうです?」
団長「いや、受けてやろう。門を開けろ」
門番「は、はい」
副団長「大丈夫かよ、もし罠だったら──」
団長「もしアレで罠のつもりなら大したもんだ」
門番「じゃあ、開けますよ。お気をつけて!」ガタンゴトン
アジトの門が開かれ、中からは団長と副団長の二人が出てきた。
甲冑「………!」ビクッ
副団長「安心しろよ、タイマンだ。俺は手出ししない」
甲冑「よ、よし……いざ尋常に勝負!」チャキッ
団長「来い」チャッ
甲冑「──ってりゃああっ!」
ビュオッ!
副団長(速いっ! コイツ、強いな……!)
甲冑「うわっ……」トトッ
一撃目を振り下ろした甲冑がよろける。
すかさず、団長は甲冑の剣を叩き落とした。
勝負あり、である。
副団長(あれ、あんまり強くなかった……)
甲冑「……俺の負けだ。好きにしろ」
団長「慣れないものを着てくるべきじゃなかったな。重い鎧に着られてるぞ」
副団長「ん?」
団長「ままごとの次は、チャンバラごっこでもしたくなったか?」
甲冑「……バレてたのね」ガチャッ
甲冑は兜を外し、正体を明かした。
副団長(姫さん!?)
姫「なんで分かったの? 甲冑を着て、声だって頑張って変えたのに」
団長「声を変えたって……少し鼻声にしただけだろうが。
背丈も同じだし、剣のクセも全く同じだった」
副団長(それなのに全く気づかなかった俺っていったい……)
姫「………」
団長「城の人たちには無断で来たのか?」
姫「………」コクッ
団長「だろうな……。どうする、このまま帰るか?」
姫「………」フルフル
団長「……とりあえずアジトに寄ってくか?」
姫「………」コクッ
自警団アジト内──
自警団とは、団長が行き場のない者や、腕利きを集めて作った組織である。
いってしまえば、寄せ集め所帯だ。
ゆえに華々しい活躍にもかかわらず、国の上位層からは煙たがられている。
まして姫が一人で訪ねてくるなど、前代未聞の事件であった。
ガヤガヤ… ワイワイ…
「おいおい、姫様が来たってよ!」 「え、マジ?」 「なんでなんで?」
「団長と一騎打ちしたって」 「すげーなオイ」 「あたしも見たいわ」
副団長「お前ら、見世物じゃないぞ! 散れ、散れっ!」シッ シッ
団長「気を悪くしないでくれ。悪い奴らではないんだが──
なにせ上流階級とは無縁の奴らばかりでな」
姫「へ、平気よ、このくらい」
副団長「おいおい、ここに一人いるだろ? 上流階級がさ」
団長「お前は元、だろ」
団長の部屋──
女僧侶「紅茶でよろしいですか? 姫様(ホンモノだぁ……)」ドキドキ
姫「う、うん……」
(こんな清楚な人もいるんだ。本当に色々な人がいるのね、ここ)
団長「──さてと。アンタ、俺にいいたいことがあって来たんだろ?」
姫「……そうよ! 昨日は散々好き勝手いってくれちゃって!
私だって、ちゃんと国民のことを考えて……!」
団長「なにもアンタのやってること全てが間違ってるといったわけじゃない」
団長「高貴な身分であるアンタが、自分たちのために駆けつけてくれる。
それだけで勇気づけられる人間は大勢いるだろう。
城でふんぞり返ってる連中なんかより、俺はよっぽどアンタを尊敬している」
団長「──ただし」
団長「今この国にどのくらい野盗や山賊の類がいるか知っているか?
大きなグループがいくつあって、どこを縄張りにしてるか知っているか?」
姫「そ、それは……」
団長「アンタが助けに来てくれて喜ぶ国民の姿は見たことはあっても、
今まさに悪党どもの脅威に晒されてる国民の姿はほとんど見たことないだろ?」
姫「───!」
団長「おそらく、これまで負傷なんて数えるほどしかしてないだろう。
それが全部、自分の剣術が優れてるからと思ってないか?」
姫「………!」
団長「あの隊長がいなかったら、今頃アンタは墓の下にいるかもしれないな。
あの人はアンタの安全に相当気を配ってるはずだ」
姫「………」
姫はうつむいたまま、全く言い返すことができなかった。
姫「わ、私は……」
団長「なにも責めてるわけじゃない。
ただ……俺は似たようなことをやってる身として、
もう少しだけアンタに目を覚まして欲しかっただけだ」
団長「それだけ剣の腕と勇敢さがあるのに、やってることがお気楽道楽、じゃ
もったいないからな」
団長「……すまない。他人に説教できるほど教養なんかないのに、いいすぎた」
姫「なによ、急に謝っちゃったりしてさ」
姫「でも……少しは勉強になったわ。今日は来てよかった」
団長「今から城に戻ると、もう夜だろう。近くまで送っていこう」
姫「……ありがとう」
団長が姫を送って行くというと、団員の格好のネタになった。
「団長、姫と駆け落ちですか!?」 「ヒューヒュー」 「逆玉っすね!」
「団長が次期国王かよ!」 「そうなったらこの国滅亡だな!」 「ピーピー」
狙撃手「うらやましい~」
女僧侶(年はちょっと離れてるけど、たしかにお似合いかも……。
なんていうか、並んでる姿が絵になっているのよね)
副団長「オイオイ、姫さんと駆け落ちとか、さすがにまずいだろ~。
まぁもう二度と帰ってこなくていいぞ。俺が新団長になってやるから」
団長「バカ、城まで送って行くだけだ。もう少し話もしたいしな」
姫「………」カァァ…
アジトを出た二人は、城下町近くまでたどり着いた。
団長「この辺でいいか?」
(てっきり姫捜索隊が組まれてると思ったが……全く出会わなかったな)
姫「うん、ありがとね」
姫「──で、一つお願いがあるんだけど……聞いてくれる?」
団長「聞けることならな」
姫「また……あなたたちのアジトに行ってもいい?
あの賑やかさがちょっと楽しかったし、もっと色々勉強させてもらいたいし、
あなたから剣術を習ってみたいし……」
団長「……かまわない。ただし、今度からは無断で来るのはやめろ。
ウソでもいいから、なにか理由をつけてから来るんだ」
姫「うん、分かった」
姫「あと最後に質問があるんだけど」
団長「なんだ?」
姫「あなたはなんで自警団を結成──」
団長(殺気──!)
団長「──構えろっ!」ザッ
姫「えっ!?」
ザザザザッ!
近くの茂みから、黒い影が4つ飛び出してきた。
暗殺者A「よく気づいたな。命をもらい受ける」ジリジリ
姫「なに、なんなの!? この人たちっ!」
団長「来るぞっ!」
4人の暗殺者が、二人の周囲を回り始める。
姫「速い……!」
団長「動きに惑わされるな。飛びかかってくる瞬間だけを、落ち着いて待て」
姫「はっ……はいっ!」
ババババッ!
4人の暗殺者が一斉に飛びかかってきた。
キンッ! ザンッ!
姫は落ち着いて暗殺者Dの鉄爪攻撃を受け止め、反撃で胸を切り裂いた。
暗殺者D「ぐあっ!」
団長は、暗殺者が飛びかかる瞬間に自らも飛び、空中で二人を斬り捨てる。
暗殺者B「げぇっ!」
暗殺者C「ギャアッ!」
暗殺者A「ちぃっ……!(せめて姫を殺──)」ダッ
姫(来るっ!)
残る暗殺者Aも、姫を狙ったところを、背後から団長の剣で貫かれた。
暗殺者A「ぐえぇっ……!」ドサッ
姫「な、なんだったの……こいつら……」ハァハァ
団長「さぁな」
姫「山賊たちの仲間かしら? ほら、私たちどっちも恨みを買ってるでしょ」
団長(いや、ちがう……。コイツらはかなり訓練された暗殺者だ。
目線からして、ターゲットは俺ではなかった……。
城に帰ってくるであろう彼女を待ち伏せていた……?)
団長(クソッ……一人くらい生かしておくべきだったな)
団長「おい」
姫「なに?」
団長「明日から、外出は絶対一人でするな。あの隊長なら信頼できるはずだ。
アジトに来る時も彼と一緒に来るんだ。いいな」
姫「えっ、なにもそこまでしなくても──」
団長「絶対だ。でなきゃ、もうアジトには入れない」
姫「もう……分かったわよ」
城に戻った姫を、国王たちがたしなめる。
国王「まったく、心配させおって……どこに行っておったんだ?
無事に帰ってきたからよかったようなものの……」ゴホッ
姫「ごめんなさい、お父様」
大臣「本当に、ご無事で何よりでした……。
これも日頃から姫君が剣術修業を重ねていたからでしょうな」
姫「ふふっ、ありがとう大臣」
執事「部屋にあなたがおられなかった時は、心臓が止まりそうでしたよ。
さ、お疲れでしょう。今夜は早くお休み下さい」
姫「うん、そうするわ、執事。本当にごめんなさい」
翌日──
城の中庭で、姫は隊長に昨日のことを相談した。
隊長「──自警団アジトに行ってたんですか!? たった一人で!?
ここからじゃかなりの距離があったでしょうに……」
姫「うん」
隊長「まったく、いつもながら姫様の行動力には驚かされますよ」
姫「それでね、私これからも時々あそこに行きたいの」
姫「でも私、山賊や野盗に恨みを買ってるでしょ?
だから、行く時は隊長にもついてきて欲しいんだけど……」
隊長「もちろん外出に同行するのはかまいません。全力でお守りします。
しかし、自警団のアジトに行くというのは……。
城内には彼らを嫌っている人間も大勢いますし」
姫「うん……分かってる。特に大臣なんかは大嫌いでしょうね。
だから、まだ隊長にしか話していないわ」
隊長「………」
姫「私、これまで国民を私がずっと守っていると思ってた。
この剣で守れてるって思ってた」
姫「でも……真実はちがった。私はずっと国民に守られていたのよ」
姫「襲われた村や町に私が駆けつけると、みんな喜んで“ありがとう”といってくれる。
本当は山賊たちに襲われた苦しみや悲しみの方が大きいはずなのに。
でも、私はそんなこと知らなかった。知ろうともしなかった」
姫「隊長だってそう。私をリーダーに立てて、ずっと守ってくれてたんでしょ?
隊長がいなかったら、私なんてとっくに死んでたかもしれない。
でも、私は隊長に守られていたことなんか知らなかった」
姫「いえ……本当は知ってたけど、見て見ぬフリをしていたのかもしれない。
それを認めたら、私は私でなくなるような気がしていたから……」
姫「私は……もっと学びたい。本当の意味で国民を守れる人間になりたい!
でもそれはお城の中にいるだけじゃ、なかなか難しくて……。
だから……」
隊長「……分かりました、姫。
姫の剣術は、今や城内においてもトップクラスですし、
武者修行という口実でもつければ、週一度くらいはなんとかなるでしょう」
姫「ありがとう、隊長っ!」
隊長「それに私も武人のはしくれとして、彼らの活躍には一目置いていました。
彼らと交流することは、きっと姫を大きく成長させるでしょう」
姫「よかったぁ……隊長がオーケーしてくれて」
隊長(しかし妙だな……。姫の性格ならばいちいち私などに相談せず、
昨日のように一人でアジトに行ってしまいそうなものだが……)
一週間後──
姫は週に一度、武者修行をしたいと国王に申し出た。
国王「ふむ、ウェスト地方へ武者修行か。
たしかに、もう城内にはお前の相手になれる者が少なくなってきたと聞いておる」
姫「うん、すごく強い人がいるって聞いたの」
大臣「ところで、姫お一人で行かれるのですかな?」
姫「いいえ、隊長と一緒に行くわ」
隊長「私が姫を全力でお守りいたします」
大臣「……そうか、それならば安心だ」
執事「姫、くれぐれもお気をつけて……姫にもしものことがあったら私は……」
姫「大丈夫よ。国一番の剣士がついてくれてるんだから」
姫と隊長は、もちろんウェスト地方には向かわず、自警団アジトへと向かった。
自警団アジト──
見張り台の門番が、姫と隊長を発見する。
門番「うおっ、姫!?(……ともう一人、強そうな兵士がいるな)」
姫「こんにちは、また来ちゃった。開けてもらえるかしら?」
門番「あ……はい、開けます!」ガタンゴトン
アジトの門が開かれる。
姫「ありがとう」
隊長(すごいなコレは……。前に見た時よりもアジトが増築されている。
仮に王国軍で攻め込んだとしても、たやすくは落とせんだろうな)
姫「さ、入りましょう、隊長」
隊長「え、私も入っていいんですか?」
姫「もちろんよ。親衛隊長なんだから、ちゃんとついてきてくれないと」
隊長「は……はい!」
「姫がまた来たって!?」 「おおっ、本当だ!」 「やっぱ可愛いなぁ~」
まだ二度目の訪問だというのに、姫はすっかり人気者になっていた。
姫もまた、すっかり自警団のノリに適応してしまっていた。
狙撃手「今日は俺が弓教えてあげますよ、弓」
女僧侶「一緒に祈りを捧げませんか?」
芸人「いやいや、ぼくが声帯模写を」
盗賊「いや、この俺がピッキングの極意を──」
副団長「オイオイお前ら、姫さんを変な道に引き込もうとするなよ」
姫「ん~……じゃあ今日は弓を教えてくれる?」
狙撃手「よっしゃあっ! さっそく射撃場へ行きましょう!」
隊長(スゴイな……私は姫の適応力をあなどっていたかもしれん)
団長「隊長殿」スッ
隊長「!」
団長「少し話があるんだが、よろしいだろうか」
団長の部屋──
隊長「──姫が狙われてる!?」
団長「あれはかなり訓練された暗殺者だった……。
生かして黒幕を吐かせるべきだったが、そんな余裕はとてもなかった」
隊長「なるほど。で、君が姫に私を一緒に来させるよう助言したわけか。
──姫にはそれを?」
団長「教えてないし、彼女は昔退治した山賊の残党かなにかだと思っている。
もし教えて、彼女が城のだれかに相談して、それが黒幕だったら最悪だからな」
隊長「たしかに……。くそっ、なんということだ……!」
団長「彼女はいい子だ。近い将来必ず、この国にとって必要不可欠な存在となる。
どうか守ってあげて欲しい」
隊長「もちろんだ。親衛隊長の名にかけて、姫に手出しはさせん!」
団長(王国軍には珍しく誠実な人だ。この人のような兵士がもっと多くいれば、
自警団などなくてもよくなるかもしれないのに……)
すると、副団長が酒ビンを持って部屋に入ってきた。
副団長「よっ、お二人さん。堅苦しい話はそこまでにして、一杯どうだい」ゲフッ
団長「ったく……飲めるわけないだろう、隊長殿は職務中だぞ」
副団長「ハハッ、そりゃそうか。赤ら顔で城戻ったらまずいもんな。
ところで隊長さん、あのクソヤロウはまだくたばってないのかい?」
隊長「……日々職務に励んでおられる」
副団長「真面目な人だね、アンタも。別に悪くいっても怒りゃしないよ。
俺とアイツの縁はとっくの昔に切れてるよ」
隊長「国王陛下がご病気になられてから、急激に発言力を増してきている。
城内にも彼を支持する一派ができてきたしな。
正直いって、最近は臣下としての礼に欠いていると感じることもある」
副団長「──ったく、いつまでたっても相変わらずだな。あのタヌキは……。
いったい何を企んでいるのやら……」
夕方、姫と隊長はアジトを発った。
姫「今日は狙撃手に弓を習ったの。
城でも少しやったことはあるけど、難しかったわぁ」
姫「狙撃手ってスゴイのよ。的の真ん中に百発百中。
動かない的なら目をつぶってても当てられるとかいってたし。
でも私も的に当てるくらいなら、なんとかできるようになったけどね」
姫「隊長は、団長の部屋にずっといたけど、なにを話してたの?」
隊長「……え、ああ、私も彼も剣の使い手ですからね。
剣の道とはかくあるべきか、話し合っておりました」
姫「へぇ~」
姫「隊長と団長って、どっちが強いのかな?」
隊長「試合形式なら私もおくれを取るつもりはありませんが、
実戦経験ではやはり彼の方が上でしょうね」
姫「ふぅ~ん……」
その後も、姫と隊長は武者修行という名目で、週に一度自警団アジトに通い続けた。
~
ガキンッ!
姫「くっ……! 私の負けね……」
団長「アンタは一対一に慣れすぎてて、少し視野が狭いな。
だからフットワークで揺さぶると、すぐにスキができる」
姫「視野……」
団長「いきなり今までのスタイルを変えるってのはなかなか難しいだろうが、
今度から後ろも見るくらいの気持ちで戦ってみるといい」
姫「後ろ……ねぇ」
隊長(ほう、姫様をあっさりと負かすか……やはり強いなあの男)
~
~
キンッ! キンッ!
姫「ふぅ……」
副団長「いやぁ~お強いですね。さすがは姫さん」
姫「副団長の剣筋は面白いわね。トリッキーな感じで勉強になるわ。
隊長のキレイな剣とも、団長のワイルドな剣ともちがう。
やっぱり変なことばかり考えてると、そうなるのかしら」
副団長「姫さん、ナチュラルに毒吐きますね……」
~
女僧侶「これが祈りの姿勢です」サッ
姫「こ、こう……?」スッ
女僧侶「えぇ、とても美しいですわ」
姫「こうすれば、私もあなたみたいに清楚になれるかな……?」
女僧侶「姫様は今のままでも十分清楚でございますわ。私には分かります」
~
~
カチャッ
姫「やったっ! とうとう開いたわ!」
盗賊「おおっ、すげぇ! 姫様にはピッキングの才能がありますぜ!
これならもう、城下町のどの家にだって空き巣に入れますぜ」
姫「入らないわよ!」
~
芸人「ぼくはこうやってノドをいじくれば、大抵の声は出せますよ」クイッ
芸人「私は姫様を絶対にお守りいたします!」
姫「すご~い、隊長そっくり!」
隊長(私はあんな声だったのか……)
~
~
狙撃手「自警団に入った理由……ですか?」
姫「うん」
狙撃手「俺、元々はまぁ……殺し屋みたいなことをやってたんですよ。
金をもらって標的を撃ち殺すって感じの」
姫「そうだったんだ……」
狙撃手「で、ある日の標的が団長だったんです。
しかし、それまで百発百中だった俺の矢が──初めてかわされたんです」
姫「ウソ、あなたの矢をかわしたの!?」
狙撃手「しかも、矢が飛んできた方向から俺のいる場所がバレちゃって、
団長がものすごいダッシュで俺に向かってきましてね」
狙撃手「あ、終わった。殺される! と思いましたよ。そしたら──」
団長『いい腕だった。どうだ、自警団に入る気はないか?』
狙撃手「っていわれましてね。……で、勢いで“入ります”っていっちゃいました」
姫「へぇ~」
~
またある日、姫と副団長は二人きりになっていた。
副団長「すっかり姫さんは自警団のアイドルですよ。
週に一度のこの日を、みんな楽しみにしてます」
姫「ありがとう」
姫「ところで最近、みんなに聞くようになったんだけど……。
あなたも自警団の初期メンバーなのよね、なぜこの自警団を作ったの?」
副団長「う~ん、難しい質問ですね。
俺なんて、ただ単に権力から逃げたかったってだけだったんで」
副団長「──姫さんは、俺が大臣の息子だったって知ってますか?」
姫「えぇっ!? いえ、全然……」
副団長「ハハハ、隊長さんも話してなかったか。
じゃあ、俺とアイツ(団長)の出会いについて少し話しましょうか」
~ 10年前 ~
城下町──
城下町ではパレードが行われていた。
馬車に乗った国王とまだ幼い姫が、国民に向かって手を振っていた。
団長(少年)は、町の丘の上からそれを眺めていた。
団長(少)「あれがお姫様かぁ……。やっぱり可愛いなぁ……」
すると、副団長(少年)率いるグループが現れた。
副団長(少)「オイオイ、なんかきったねぇのがいるぜ!」ザッ
団長(少)「!」
少年A「ホントだ、ありゃ浮浪児ですよ!」
少年B「めでたいパレードの日に、なんであんなのが町にいるんだか……」
副団長(少)「お前みたいなクズに、姫様を眺める権利があると思ってんのか?
おい、ちょっと来いよ」グイッ
団長(少)「や、やめて……」
ドスッ! バキッ! ドゴッ!
団長(少年)「うぅ……げぇっ」ゴホッ
少年A「そ、それ以上やったら、ヤバイんじゃないですか?」
少年B「死んじゃいますよ……そいつ」
副団長(少)「別に死んだっていいんだよ。だって俺、大臣の息子だし。
さすがに人を殺したことはねえけど、ま、どうにかなるだろ」
副団長(少)「それより、これ見ろよ。家から持ってきたんだ、すっげえだろ」ズシッ
団長(少)(剣……!)
副団長(少)「父さんもこういうクズは美観を損ねるから、
町から一掃すべきって、いっつも耳にタコができるくらいいってるしな。
へへへ……剣なんて初めて持ったぜ。俺かっけぇ~」
少年A「マ、マジでやるんですか?」
少年B「さすがにそれはマズイんじゃ……」
副団長(少)「よし、お前を姫様のパレードを見た罪、で処刑する!」
団長(少)「見てしまって、ご、ごめんなさい……。助けて下さい……!」
副団長(少)「ちっ、けっこう重いな、これ……。ようし、動くなよぉ~?」ヨロッ
団長(少)「い、いやだぁぁっ!」
ドスッ! バキッ! ドゴッ!
団長(少年)「うぅ……げぇっ」ゴホッ
少年A「そ、それ以上やったら、ヤバイんじゃないですか?」
少年B「死んじゃいますよ……そいつ」
副団長(少)「別に死んだっていいんだよ。だって俺、大臣の息子だし。
さすがに人を殺したことはねえけど、ま、どうにかなるだろ」
副団長(少)「それより、これ見ろよ。家から持ってきたんだ、すっげえだろ」ズシッ
団長(少)(剣……!)
副団長(少)「父さんもこういうクズは美観を損ねるから、
町から一掃すべきって、いっつも耳にタコができるくらいいってるしな。
へへへ……剣なんて初めて持ったぜ。俺かっけぇ~」
少年A「マ、マジでやるんですか?」
少年B「さすがにそれはマズイんじゃ……」
副団長(少)「よし、お前を姫様のパレードを見た罪、で処刑する!」
団長(少)「見てしまって、ご、ごめんなさい……。助けて下さい……!」
副団長(少)「ちっ、けっこう重いな、これ……。ようし、動くなよぉ~?」ヨロッ
団長(少)「い、いやだぁぁっ!」
ブンッ! ブウンッ! ガキンッ!
副団長(少)「……ととっ、ちょこまか逃げるんじゃねぇよ! クソッ!」
団長(少)「うわぁっ! ひいぃっ!」
ザシッ!
副団長(少)「よっしゃ、足をかすめた! へへっ、これでもう逃げられねえぞ」
団長(少)「た、助けてぇ……」ガクガク
副団長(少)「死ねぇっ!」ブオンッ!
団長(少)「うわあぁぁぁっ!」
ガンッ!
団長(少年)が無我夢中で放った拳が、剣を振りかぶった副団長(少年)に命中した。
副団長(少)「がへっ……!?」ガクッ
団長(少)「(当たった……?)うっ……うわあぁぁぁっ!」ダッ
団長(少年)は馬乗りになると、副団長(少年)の顔面をがむしゃらに殴った。
ドカッ! バゴッ! ガスッ!
少年A「なんだアイツ、メチャクチャ強いぞ!」
少年B「に、逃げよう! もう、俺ついてけねぇよ!」
しばらくして、気絶していた副団長(少年)が目を覚ますと、
横には団長(少年)が座っていた。
副団長(少)「うぐっ……なんで、お前まだいるんだよ……。
しかも剣で襲ってきた相手を、助けるのかよ……?」
団長(少)「君が斬りかかってきた時、とても怖かったから……。
殴ってる最中、きっと君も怖いんだろうな、と思ったら……。
それに起きた時、だれもいなかったら、イヤだろうし……」
副団長(少)「意味わかんねーよ……クソッ……」
副団長(少)(あの二人は……逃げちまったか……。
剣で素手に負けて、子分に逃げられて、あげく情けをかけられて……)
副団長(少)(超よえーじゃん……大臣の息子……)
副団長(少)「おい」
団長(少)「?」
副団長(少)「俺の負けだよ……」グスッ
~
副団長「──とまぁ、このように戦いを通じて友情が芽生えたわけです」
姫「そうだったんだ……」
(戦いっていうか、副団長が一方的に絡んでボコボコにされただけのような)
副団長「その後アイツとつるむうち、すっかり考え方が変わってきましてね。
権力に目がくらみ保身しか考えてない大臣に、嫌悪すら覚え始めました。
そして俺は飛び出したんです」
副団長「──で、そのうちに、俺たちは俺たちでこの国を守ろうぜ!
って感じで盛り上がって、小さいながらも自警団を結成したんです」
副団長「もう大臣の中じゃ、俺は勘当どころか“最初からいなかった”ことに
されてるはずです。
城の中でも俺の話題はタブーになってるでしょうね、きっと」
姫(たしかに……今まで城にいて一度も聞いたことなかったわ)
姫「でも……私もいわゆる権力側の人間なのよね」
副団長「何をおっしゃる。姫さんはあんな欲ボケダヌキとはちがいますよ。
天と地、月とスッポン、です」
姫(スッポンって何かしら……すっぽんぽん?)
副団長の話を聞いた姫は、すぐに団長の部屋に向かった。
姫「……ちょっとお話、いい?」
団長「どうした?」
姫「今、副団長にあなたと出会った時のことを聞いたの」
団長(アイツめ……)
姫「あなたは……どうして自警団を作ったの?」
団長「………」
団長「俺は……どこでどう生まれたのか分からない人間なんだ。
ある時点より前の記憶がない」
姫「え?」
団長「俺を拾った老夫婦は、リバー川の下流で死にかけてた俺を偶然発見したらしい」
姫(なんだか昔読んだ童話の『ピーチタロウ』みたいな話ね)
団長「一年ぐらい育ててもらったが、まもなく二人とも死んでしまった」
団長「一人残された俺は、リバー川をさかのぼるように歩いた。
なんの根拠もないが、そうすれば家族に会えると思ったんだ。
そうしたら、この国にたどり着いていた」
団長「しかし、どこで生まれたかも分からない薄汚い子供に居場所はなかった。
とにかく一日一日を必死で生き延びた。
もう家族を探すどころではなくなっていた」
団長「それから数年が経ったある日、アンタのパレードを見ていたら……
という話に繋がるわけだ」
姫「そうだったの……」
団長「出会い方こそ最悪だったが、副団長には本当に感謝している。
文字の読み書きやその他の教養は、全部アイツに教わったからな」
団長「そしていつしか、国の目が届いていない人たちを俺たちで助けよう、
権力や地位がない俺らでも力を発揮できる組織を作ろう──
と考えるようになった」
姫「……私もっ」
団長「?」
姫「私もやる! 私も頑張って、この国を守れるようになるっ!」
団長(……やはり、この方は俺が見込んだ通りの人だったようだ)
姫の成長はめざましかった。
これまでは剣術修業に夢中で城の会議になど参加することはなかったが、
積極的に参加するようになった。
大臣「辺境の村や町の治安維持に兵力を割くですって?
バカバカしい! これまで通り個々に自衛させてればいいんですよ!
この城と城下一帯こそ、この国の象徴なのですから!」
姫「じゃあ大臣。聞くけど、年間山賊の被害がどれくらいあるか今すぐいえる?
いつ山賊が来るかもしれない村に住む気になれる?」
姫「それに、そもそもなんで彼らは山賊や野盗に身を落とすはめになったのか、
少しでも考えたことがある?」
大臣「い、いや……それは……」
国王「うむ……ワシらも城やその周辺にばかり目を向けすぎていた。
姫、おぬしの提案、善処する必要がありそうじゃな。ゴホッ、ゴホッ」
「姫もいうようになったな」 「頼もしいよ」 「言葉に窮する大臣なんか久々だ」
大臣(くっ……小娘がァ!)
城 姫の部屋──
執事も姫の成長を喜んでいた。
執事「いやはや、最近は会議であの大臣をコテンパンにしているようで。
私など、正直申しまして胸がスッとしております」
姫「城内の口喧嘩の勝敗なんてどうでもいいわ。
私は剣以外のことも強くなって、この国の人たちを守りたいの」
執事「姫……。男子のお世継ぎ様が亡くなられ、
この国の将来を不安に思ったこともありましたが、今は全くありません。
姫様ならば、この国を背負って立つことができます!」
姫「男子の世継ぎ……お兄様……。ちょうど私が生まれる直前くらいに
亡くなられたんだっけ……」
姫「お父様も触れられたくないみたいだし、あえて聞かなかったけれど……。
執事、お兄様について知っているなら少し教えてくれる?」
執事「はい……あれは不幸な事故にございました」
執事「国王様は幼い若を連れ、馬車で各地を巡行しておられました。
しかし……ある狭い山道に差しかかった時、馬車が転倒してしまい──
なんと若は激流のリバー川の中に投げ出されてしまいました」
執事「もちろん国王様は手を尽くして、若を探されましたが、
あの激流に呑まれてしまえば大人とて助かるのは難しい。
結局、ご遺体すら見つかりませんでした……」
執事「しばらくして、国王様はやむなく若君は死亡したものと公式発表しました」
執事「国王様は大変後悔し、それまで定期行事だった巡行を行わなくなりました。
それが今日の治安悪化につながった、という意見もあります」
執事「そしてまもなく姫様がお生まれになりましたのも束の間、
今度は王妃様が急逝し、ご不幸が続いた国王様のお体も日に日に……」
姫「……ねぇ執事」
執事「はい?」
姫「もし……もしもよ。お兄様が今もどこかで生きてたら、どうなってると思う?」
執事「は、はぁ……そうですなぁ……。
きっと姫様に負けず劣らずの、立派な方になられているのではないかと」
姫「ありがとう、執事」
団長『俺を拾った老夫婦は、リバー川の下流で死にかけてた俺を偶然発見したらしい』
執事『なんと若は激流のリバー川の中に投げ出されてしまいました』
姫はなかなか寝つけなかった。
姫(団長ってもしかしたら……。時期だってかぶるし……)
姫(でも、ありえないわよね)
姫(リバー川の上流から下流なんて、いくらなんでも長すぎる)
姫(もうたしかめる術はないけれど……)
姫(もし、団長が私のお兄様だったら──)
姫(……嬉しいな)
翌日──
城の中庭で姫と隊長が談笑していた。
隊長「なんだか今日はご機嫌ですね、姫」
姫「やっぱり分かる? ふふっ」
隊長「それにしても、自警団と知り合ってから姫は輝きを増されました。
彼らのところに行くようにしたのは、やはり正解だったようですね」
姫「次は三日後よね? あ~あ、早く行きたいなぁ」
隊長「ハハハ、私もですよ。しかし、これ以上頻度を増やすと怪しまれます。
さ、剣の稽古を始めましょう」
姫「うんっ!」
──しかしこの日、悲劇は起こってしまう。
ワー…… ワー……
もうすっかり夜も更けた頃、にわかに城内が騒がしくなった。
剣の稽古で疲れ、ぐっすり眠っていた姫も目を覚ます。
姫「なに……なにかあったのかしら……? 火事……?」
バタンッ!
姫の部屋に、隊長が飛び込んできた。
隊長「謀反ですっ! 姫、お逃げ下さいっ!」
姫「む、謀反!?」
隊長「大臣です! 大臣の手勢が陛下を捕え、すでに城の大部分を制圧しています!
まもなくここにも兵が来るでしょう!」
姫「そ、そんな……」ガタガタ
隊長「国王陛下が捕えられたため、国王を支持する兵たちは身動きができません!
姫様の部隊だけでなんとか脱出します。さ、早くっ!」
姫「わ、分かったわ……」
かろうじて返事はできたが、姫の頭の中は真っ白になっていた。
隊長と姫は部隊を率いて、城外への脱出を図る。
しかし、次々に襲いかかる大臣軍によって兵士は次々に倒れていった。
兵士A「姫……!」ドサッ
兵士B「ぐあっ……くそぉ……!」バタッ
城の近くにある森まで逃れた時には、隊長と姫は二人きりになっていた。
隊長「ここまで来れば……なんとか……」ハァハァ
姫「でも……どうしてこんなことに……」ハァハァ
隊長「大臣には、元々この国を手に入れようという野心があったのでしょう」
(──にしても、まさか陛下がご存命の時に謀反を起こすとは……。
おそらくこのところ急成長した姫が、力をつけるのを恐れたのだろう……)
姫「! ──隊長、後ろっ!」
ドスッ!
隊長「ぐあっ……!(不覚──!)」ドサッ
隊長の脇腹には、鉄爪が突き刺さっていた。この爪攻撃に、姫は見覚えがあった。
姫(あ、あの時の人たちと一緒……!)
暗殺者E「死んでもらいますよ、姫君……ククッ」
姫(じゃ、じゃあ……大臣はあの時から私を狙って……!)ガタガタ
暗殺者E「ククッ、国一番の剣士といえど、不意を突かれればこの程度」ジリ…
隊長「だれがこの程度、だと……!?」ムクッ
暗殺者E「な!?」
ズシャッ!
暗殺者E「がふっ!」
隊長の一閃で、暗殺者の首が飛ぶ。しかし、暗殺者は一人だけではなかった。
さらに4人の暗殺者が襲いかかる。
隊長(姫は動揺なさっている……戦わせるわけにはいかん!)
「姫……! 私の後ろにっ!」チャキッ
姫「た……隊長……」ガタガタ
隊長の傷は内臓にまで達していた。
しかも、隊長の基本に忠実な剣と、暗殺者たちの変則的な動きの相性は最悪だった。
隊長「うおおおおっ!」
ザンッ!
暗殺者I「ぐがぁ!」ドザッ
どうにか4人とも倒したが、隊長も全身に深手を負ってしまっていた。
姫「あ、あぁ……た、隊長っ!」
隊長「姫……様……どうやら、私はここまでのよう、です……。逃げ……て……」
姫「ダ、ダメよぅ、一緒に……一緒に!」
隊長「ひ、め……あなたに、お仕えでき……楽しかっ……」
姫「あ」
姫は自ら剣を取り、山賊や野盗と戦ってきた人間である。
人の生き死にの場面には幾度となく出くわしている。
ゆえにすぐ分かってしまった。
隊長は死んだのだ、と。
「こっちで音がしたぞーっ!」 「姫かもしれない!」 「捕えろーっ!」
森の外から大臣の追っ手が迫っている。姫には隊長の死を悲しむ暇などなかった。
姫(逃げなきゃ……)
姫(逃げなきゃ──)
姫(逃げなきゃっ!)
姫(私を守ってくれた隊長や、みんなのためにっ……!)
姫は走った。ひたすら走った。夜通し走り続けた。
明け方──
自警団アジトにいつもの朝が訪れていた。
門番「交代だ」
夜門番「ういーっす」
門番(ふぅ~……いい朝だ。今日はなんかいいことがありそうだな)
いつものように、見張り台に立つ門番。
すると──
門番(なんだぁ……だれか近づいてくるぞ……? 朝っぱらから……)
門番(えらいよろついてるな……怪我人か? ん、しかも女じゃねぇか!)
門番(いや、あれは──あれは……!)
門番(姫じゃねえか!)
門番はすぐに門を開け、疲労困憊の姫をアジト内に迎え入れた。
これから朝食というところだったアジト内が一気にあわただしくなった。
「姫が来たって!?」 「えらい疲れてるみたいだ!」 「城でなんかあったのか!?」
姫「………」ハァハァ
団長「呼吸が落ち着いたらでいい。聞かせてくれ。何があったのかを」
姫「………」ハァハァ
団長の顔を見た途端、姫を支えていた何かが崩れた。
姫「うっく……ううぅぅぅ~~~……」ポロポロ
姫「夜中に……大臣がっ……! お父様……つかまっ……隊長が来て……
私、逃げ……みんな……隊長も死ん……私……走って……!」ポロポロ
姫「私の……私のせぃ……うぅぅ~~~……!」ボロボロ
ほとんど言葉になっていなかったが、団長は何があったのか理解できた。
姫「ううっ、っ~~……」ボロボロ
姫「お願い……助けてぇっ……!」
団長「かしこまりました、姫」
姫「!」
これまで姫に対してぶっきらぼうな口調だった団長が、初めて敬語で接した。
臣民として、姫に対する心からの敬服。
武人として、隊長の遺志を継ぐという意思表示。
姫「え……?」
団長「ご安心を」
団長「我々自警団一同、姫のために動きます」
団長「隊長殿の無念……我々が必ず晴らします!」
姫「ありが、とう……」ポロポロ
団長の胸の中で姫は泣き崩れ、眠ってしまった。
団長「……副団長、今すぐ全員集めてくれ」
副団長「分かった」
すぐさまアジト内の全員が、団長のもとに集まった。
団長「聞いてくれ」
団長「昨夜、城で大臣の手によるクーデターが発生した」
団長「国王の安否は不明だが、姫は先ほどこのアジトに逃れてきた」
団長「俺はなんとしても、このクーデターを阻止するつもりだ」
団長「俺にみんなの力を貸してくれっ!!!」
オオオオオオオオオオッ!
アジトが沸き上がった。
副団長「あのクソヤロウが……テメェのどこが国を治められる器かっての……。
この手で首を叩き落としてやる……!」
狙撃手「ふん……久々の大仕事だ。弓がうずくぜ」
盗賊「城への侵入は元プロの俺に任せてくれよ」
女僧侶「久々に腕がなりますわね……!」バキボキ
芸人「ぼくも──って、え!?(バキボキって……)」
城 大臣室──
大臣「ちっ、姫は逃がしたか……。まったく使えん奴らだ」
護衛「しかし、厄介な親衛隊長を仕留めることができましたし、
姫の部隊全員の死体を確認しています。もはや再起は不可能かと。
国王も幽閉してある以上、王を支持する面々も我々に手出しはできません」
大臣「ふん……まぁな。あの小娘が今更どう動こうが、この状況は覆せん」
護衛「──にしても、本来は国王が死んでから実行する予定でしたが、
ずいぶんと予定を早められましたな」
大臣「あの小娘だ。女とはいえやはり王家の血をひいているというべきか。
このところ急速に成長し、人心を引きつけるようになってきた」
大臣「あれ以上のさばられると、城内に姫を支持する派閥ができてしまい、
クーデターどころではなくなってしまうからな」
大臣「あとはうまい具合にあの病弱国王を操縦し、私が全権を握る。
ようやく私がこの国の支配者となれるわけだ」
護衛「その時は──」
大臣「約束通り、お前を軍団長にしてやる。クックック……。
腕はいいが非情な性格が災いして上に立てなかったキサマもまた、
ようやく日の目を見られるというわけだ」
護衛「ありがとうございます」ニヤッ
自警団アジト──
団長「姫は?」
副団長「女僧侶たちが寝かせてやったよ。ぐっすり眠ってる」
団長「そうか」
団長「やることは二つ。国王の奪回と大臣の捕縛あるいは殺害、だ」
副団長「しっかし、国王は生きてるのかねえ?」
団長「大臣とてそこまでバカではないだろう。
王を殺したのでこれからは私が王です、が通用する国柄ではない」
副団長「ま、そりゃそうか」
団長「大臣は城の守備は、自分の息がかかっている者だけにしているはず。
つまりこの戦い、実質的な敵は大臣の手勢だけだろう。
しかしそれでも、まともにぶつかれば俺たちは100パーセント負ける」
副団長「いかにして、大臣と兵士たちを引き離すかがポイントってことか」
時間を経てば経つほど、大臣側の防備が整い不利になる。
一通りの作戦を立てた自警団は、さっそく出撃することにした。
すると、疲労困憊で熟睡していたはずの姫が起き上がってきた。
姫「待って、私も行く!」
団長「ダメです。姫にもしものことがあれば、
あなたを命懸けで守った隊長殿に顔向けができなくなります。
このアジトで待っていて下さい」
姫「ここで私が行かなければ……あなたたちだけを戦わせたりしたら、
私のやってきたことなんて本当にままごとだわ!
お願い、絶対足手まといにはならない! 連れてって!」
団長「……分かりました。姫にはかないません。ただし絶対に死なないで下さいね」
(きっと隊長殿もこういう時、断り切れなかったんだろうな)
姫「ありがとう!」
正午過ぎ──
城に向かってくる軍勢があった。もちろん、すぐに大臣に報告がなされる。
大臣兵A「大臣、城近くの平原に小規模ながら部隊が集結しております。
この城に攻撃をしかけてくるつもりかと」
大臣「なんだと? そいつらは何者だ?」
大臣兵A「自警団の連中と思われます」
大臣「自警団!? なぜ、あの野良犬どもがわざわざこんなところに……。
──そうか。なるほど姫め、自警団とつながっておったか」
大臣「ふん、かまわん蹴散らせ! 叩きつぶせ!
野良犬どもに正規軍の恐ろしさを思い知らせてやるのだ!」
大臣兵A「し、しかし……自警団には大臣のご子息が──」
大臣「バカめ! あれは私の失敗作だ、息子でもなんでもない。
ちょうどいい機会だ、見つけたらついでに殺してしまえっ!」
大臣兵A「……はっ、では出撃いたしますっ!」
城から、大臣の兵たちが次々と出撃する。
団員A「うひょ~出てきた、出てきた」
団員B「俺たちゃ、ほとんどろくな生まれじゃねえが、逃げ足だけは速いぜ!」
団員C「よし、みんな散れっ! 死ぬなよ!」
ワアァァァァァァ!
大臣兵A「な、なんだぁ……奴ら逃げていきやがる」
大臣兵B「俺たちの勢いに恐れをなしたんだろうぜ。ええい、逃がすか。
追いかけて、ひっ捕えろ!」
大臣兵A「ここで手柄立てときゃ、あとでいい地位につけるかもしれないしな」
すると、新しい報告が入ってきた。
大臣兵C「大臣っ! 城西門から、すさまじい数の矢が飛んできていると報告が!」
大臣「矢だと……? どうせ自警団だろう、下らんことをっ! こちらも弓で応戦しろ!」
大臣兵C「は、はいっ!」
さらに報告が入る。
大臣「ええい、今度はなんだ!?」
大臣兵D「はっ、先ほどから拷問にかけている──」
大臣「ああアレか、もう拷問の必要はない。
姫のいる場所は自警団のアジトだと分かったからな。
といってもあの傷では、放っておいてもくたばる。その辺に捨てておけ」
大臣兵D「はっ!」
護衛「クククッ、にわかに騒がしくなってきましたな」
大臣「しょせんは野良犬の遠吠えよ。すぐに収まる」
城西門──
ヒュヒュヒュヒュヒュ……!
無数の矢が大臣軍に降り注ぎ、かなりの打撃を与えていた。
大臣弓兵A「く、くそっ! 矢の雨あられだ!」
大臣弓兵B「こりゃあ、かなりの数の弓使いが潜んでるぞ」
この無数の矢の正体は、狙撃手率いる自警団の弓部隊だった。
狙撃手「うはははーっ!
一度こうやって思う存分、矢を撃ってみたかったんだよなぁー!
サイコーッ!」
ビュビュビュッ!
狙撃手は矢を同時に十数本つがえ、しかもそれを連射していた。
団員D(一人で50人……いや100人分くらい撃ってるよ、この人……)
団員E(それでも敵兵以上の命中精度だし……恐ろしや)
団員F(完全に目がイッちゃってる……)
城の裏口──
団長、姫、副団長、女僧侶、盗賊、芸人の6名が集結していた。
ガチャッ
盗賊「開いたぜ。へへっ、ちょろいちょろい」
姫「……みんな、大丈夫かしら」
副団長「心配するな、姫さん。
大臣の本隊を引きつける部隊は逃げるのが得意なのばかりを選んだし、
狙撃手たちは大臣の弓部隊にやられるほどヤワじゃない」
団長「では手はず通りに、大臣のところには俺と副団長で向かう、
地下牢の国王救出は姫と盗賊、女僧侶と芸人はかく乱を頼む」
副団長「……やっぱり姫さんに俺か団長がついた方がいいんじゃないか?」
姫「大丈夫よ。私はほとんどの兵士に勝てる自信があるし、
大臣の性格なら、お父様のところより自分の近くにいっぱい兵を置くだろうし」
副団長「まぁ、あのバカならそうするだろうな」
団長「侵入するぞ」
芸人「昔、城下町の演説で声を聞いたことがあってよかったよ。スゥ~……」
芸人「私は大臣だっ! 全兵に次ぐ、今すぐ城下町に集合せよっ!」
芸人「繰り返すっ! 今すぐ城下町に集合せよっ!」
芸人「繰り返すっ! 今すぐ城下町に集合せよっ!」
姫(すごい、完全に大臣の声だ……!)
芸人は女僧侶といっしょに城内を駆け回る。
「大臣の声だぞ!」 「城下町に敵が来てるのか?」 「すぐ城外へ出ろっ!」 ダダダッ
団長「これで少しはラクになるだろう。俺たちも行くぞ。
姫、死ぬなよっ! 盗賊、姫を頼むぞ!」
姫「うんっ!」
盗賊「分かりましたっ!」
城 大臣室──
大臣「私が町に向かえ、と命令を出しまくっている、だと!?
バカな、そんな命令は出していないぞ!」
大臣兵D「し、しかし現に……」
大臣「敵の罠に決まっているだろうが! このボンクラどもめ!
さっさと私になりすましている奴をひっ捕えろ!」
大臣兵D「はいっ!」
護衛「どうやらネズミが入り込んだようですな。
国王を奪われると、少々やっかいなことになりますが……」
大臣「ふん、あの老いぼれはさっき発作を起こしておったからな。一歩も動けん。
それよりネズミたちが私を襲ってきても、大丈夫だろうな……?」
護衛「ご安心下さい。私の部下が、この部屋の周囲を固めております。
それに私の剣術は、親衛隊長が死んだ今この国でナンバーワンです。
自警団如き、たとえ100人来ようと返り討ちにしてみせましょう」
大臣「………」
城 地下牢──
盗賊「くっ……番兵がいますぜ。しかも5人も……」ヒソヒソ
姫「大丈夫。私に任せて」ヒソヒソ
盗賊「えっ? ちょっ」
姫は盗賊に剣を預けると、番兵たちの前に姿を現した。
姫「みんな」
番兵A「うわっ、ひ、姫っ!? な、なんでこんなところに──!」
番兵B「と、捕えないと……」
番兵C「あ、あぁ、だが──」
番兵D「………」
番兵E「俺たちは……」
もちろん、番兵たちには大臣の息がかかっている。
大臣の命令に背けば、自分はおろか家族の命すら危うい。
しかし、武器を持たずに身を晒した姫の姿に、手を出せなくなってしまっていた。
彼らとて、姫を赤子の頃から見てきた人間なのだ。
番兵A「我々は……姫に手出しをすることはできません。
陛下はこの奥の牢屋にいます。どうかこの国をお救い下さい……!」
姫「ありがとう、みんな……」
番兵A「しかし、我々は鍵を持たされていませんので……」
盗賊「姫、牢屋の鍵くらい俺が開けますぜ」
姫「ちょっと待って、私にやらせて」カチャカチャ
姫は懐から針金を取り出すと、国王が捕らわれている牢屋をピッキングしてみせた。
姫「やった、できたわっ! どうだった、師匠?」
盗賊「お、おみごと……!(こりゃあ、すげぇ才能だ……!)」
しかし、元々病弱な上、粗末な牢に閉じ込められていた国王は衰弱しきっていた。
国王「ん……おおっ……! 姫よ、無事じゃったか……!」ゴホッゴホッ
姫「お父様、しっかりして!」
盗賊(これじゃ連れ出すのは難しいな……)
国王「すまん……ワシがふがいないばかりに……!
大臣の野心を抑えられず、つけいるスキを与えてしもうたわ……」ゴホゴホ
姫「もう大丈夫よ、私がここにいるわ」
国王「ふっ……姫、顔に書いてあるぞ。本当は戦いたいんじゃろう?
この城のどこかで、大切なだれかが戦っているんじゃろう?」
姫「!」
国王「ワシは情けないことにこのありさまで、しばらくは一歩も動けぬ。
姫、ゆくがいい。ワシは大丈夫じゃ……」
姫「ごめんなさい、お父様……。私には、もう少しだけやることがあるの」
姫「盗賊、お父様をお願い!」ダッ
盗賊「えぇっ!? お、お願いって──」
盗賊「あ……の、国王様、肩でもお揉みしましょうか?」
国王「う、うむ……頼む……」ゴホッゴホッ
城内廊下──
団長と副団長は、襲いかかる敵兵を倒しつつ大臣を目指していた。
「ぐあっ!」 「こいつら強いぞ──ぐわっ!」 「ギャアッ!」
副団長「はぁ、はぁ……。芸人たちがかく乱したとはいえ、まだけっこう数がいるな」
団長「大臣のおこぼれに期待してるような連中とはいえ、正規兵だ。気を抜くなよ」
副団長「だれが抜くかよ──ん? あそこにだれか倒れてるぜ」
団長「老人、だな……。助けられるか分からんが……手当てをしてみるか」
倒れていたのは、姫の執事だった。
副団長(ひどい傷だ……。これはもう、助からねえ……)
副団長「俺の記憶が正しければ、たしかこの人は城の執事だったはず。
姫の逃走先を知ってる可能性があるから、拷問されたんだな……」
執事「うぅ……」
団長「(気休めにもならないだろうが……)応急手当ての心得はある。
じっとしていてくれ」
執事「──若っ!? 若ではありませぬか!?」
団長「?」
執事「ゲホッ、ゴホッ。わ、私は昔、あなたのお世話をしておりました……!
おおっ……まさか本当に生きておられたとは──!
姫をっ……姫をどうか……」
団長「若……? 副団長、分かるか?」
副団長「ん……。あぁ、多分だが……国王の息子のことだろう。
姫さんには兄さんがいたんだよ」
副団長「たしか俺と同じぐらいに生まれた人だったはずだ。
でも子供の頃に死んじまったから、俺も見たことはないけどな」
団長「死んだ?」
副団長「あぁ……事故にあってリバー川で水死したって話だ……」
団長「………」
団長「執事殿……。残念ながら、人違いだ。俺は自警団の団長だ。
しゃべるとますます苦しくなる。すぐ手当てするから──」
執事「!」
執事「そ、そうでしたか……あ、あなたが、あの……!
自警団の噂は城にも届いておりましたが、実際に拝見はしてなかったので……。
とんだ、失礼を……ゴホッ。どこか面影があったもので……」
団長「しゃべってはダメだ」
執事「ひ、姫を……どうか……」
団長「……分かった。必ず姫は守る。約束する。
隊長殿の分も、あなたの分も、そして姫の死んだ兄の分も……必ず」
執事「あ、ありが……と……ぅ……」
団長「………」
副団長(死んだか……。姫さん、アンタの執事は執事の鑑だったぜ)
団長は執事の目を閉じてやると、立ち上がった。
団長「急ごう」
城内──
その頃、かく乱作戦をしていた芸人と女僧侶は兵士5人に囲まれていた。
大臣兵D「大臣の声を真似るとは器用な奴もいたもんだな。だが、もう終わりだ」
芸人(くそっ……ここまでか。でも、女僧侶だけはなんとか逃がさなきゃ──)
女僧侶「芸人さん、さがっていて下さい」スッ
芸人「え?」
女僧侶「はぁっ!」バッ
大臣兵D「と、跳んだ!?」
女僧侶「はっ!」 「よっ!」 「とぉーっ!」 「えいっ!」 「せりゃっ!」スタッ
眉間、顎、ノド、ミゾオチ、股間。
女僧侶は5人にそれぞれ一撃ずつ入れ、打ち倒してしまった。
芸人「こ、これはいったい……?」
女僧侶「大丈夫、殺生はしておりません」
芸人「いや、そういうことじゃなくて……」
(自警団最強は団長でも副団長でもなく、もしやこの人では……)
城西門──
大臣側の兵が追加されたことにより、弓矢合戦は自警団側が押されていた。
団員D「くそっ、もっと敵をここに引きつけなきゃいけないのに!」
狙撃手「……ここまでか」
団員D「狙撃手さん、諦めたらダメです! ここで敵を引きつけないと、
城に入った団長や姫たちが危なく──」
狙撃手「ちげぇよ」
団員D「え?」
狙撃手「手加減するのはここまでか、って意味だよ。
俺の愛弓に負担がかかるからやりたくなかったが、しかたねぇ。
──三倍速っ!」
ビュババババババッ!
団員D(速っ!)
狙撃手「ボヤボヤすんな。俺が本気で連射したら矢なんていくらあっても足りねぇ!
敵が撃ってきた矢も全部拾って持ってこい!」
団員D「はっ……はいっ!」
再び城内──
団長と副団長は、大臣室の目前まで迫っていた。
しかし、暗殺者たちが二人を待ち受ける。
副団長「あいつらが、前に姫さんとお前を襲った──!」
団長「暗殺者どもだ」
副団長「ちっ、大臣も悪趣味なのを飼ってやがるぜ……」
暗殺者J「待っていたぞ、野良犬ども」
暗殺者K「この爪で切り裂いてやる」
暗殺者L「ここから先へは通さん」
暗殺者M「キサマらを片付けたら、姫の番だ」
団長「動きに惑わされるなよ」
副団長「分かってるよ。奴らのことはお前から聞いてるからな」
暗殺者たちは巧みな連係プレイで攻めてきた。
互いの体で死角を作り、死角からすばやく飛びかかる。
副団長「コンビネーションか……」
副団長「ふん、俺と団長だって十年来の付き合いなんだ。
俺たちのコンビネーションも見せてやろうぜ」
団長「コンビネーション? 俺とお前が? あったか、そんなの?」
副団長「いや……ないけど」
団長は一度戦った際、すでに暗殺者たちの弱点を見抜いていた。
むろん、副団長にも教えてある。
変則的な動きに付き合わなければ、純粋な攻防技術は稚拙である、と。
ズシャッ! ザシュッ! ビシュッ! ザンッ!
「ぐえっ!」 「げぁっ!」 「ぐうっ!」 「がはぁっ!」
二人は巧みな個人技で暗殺者たちを斬り倒した。
大臣室──
バンッ!
団長と副団長がなだれ込むと、大臣はおらず、護衛が一人いるだけだった。
団長「大臣はどこだ?」
護衛「ネズミがずいぶん頑張っているというのでな、念のため避難してもらった」
(ふん、あの臆病者め……。私がいれば安全だというのに……)
団長「大臣を逃がすわけにはいかん。副団長、頼む」
副団長「分かった、任せろ。お強そうなボスは頼んだぜ」ダッ
副団長は部屋から出て行った。
護衛(クククッ、大臣は秘密通路を使ったのだ。見つかるものか)
団長「クーデターの片棒を担いだのはお前だな?」
護衛「その通り。私は兵士としてはまちがいなくこの国でナンバーワンなのだが、
いかんせん周りがそれを認めようとしなくてな」
護衛「大臣が王になれば、私は軍団長になれる」
団長「だが、お前たちのクーデターはもう頓挫しかかっているぞ?」
護衛「おそらくキサマが自警団の長だろう? キサマを殺し、姫を殺せば、
あとはどうにでもなる……!」
両者、すばやい踏み込みから斬り込む。
ガキンッ! ギリッ…!
しばらく鍔迫り合いをした後、間合いを取る。
団長(コイツ、口だけじゃないな……強い……!)
護衛(なんだと! こんな野良犬が、私の一撃を防いだだと!?)
ガキッ! キンッ! ガキンッ!
団長も護衛も一歩も引かぬ、激しい打ち合いが展開される。
刃と刃がぶつかり合い、火花が幾度となく散る。
一瞬でも気を抜けば、即致命傷であろうハイレベルな戦い。
団長(速さはやや俺が勝るが、力比べでは不利だな……)
護衛(まさか、こんなゴロツキが私の互角の力量だと!? あ、ありえんっ、断じて!)
護衛が大きくないだ一撃を、軽やかにバックステップでかわす団長。
団長の突きを、豪快に打ち払う護衛。
一進一退。
団長「やるな……」ハァハァ
護衛「お、おのれぇ……!」ゼェゼェ
この時点で、護衛のプライドはズタズタだった。
王国ナンバーワンの兵士が、軍団長にも手が届こうという男が、
自警団などという野良犬集団のリーダーと互角に剣を交えるなど──
──あってはならない。
絶対に!
護衛「ぬおおおおっ!」
一気に決着をつけるため、大きく剣を振り上げる護衛。
しかし、これこそ団長が待っていた瞬間だった。
団長「俺の勝ちだ」
ザンッ!
瞬時に懐に入られ、護衛は腹部を大きく切り裂かれた。
護衛「がはぁ……ぐぅぅ……バ、バカなぁ……!」ゴホッ
団長「アンタの顔に出ていたよ。
こんな奴との勝負は一秒でも早く終わらせねば、ってな」
護衛「ぐっ……ぐぞぉ~……!(あ……悪夢だ……!)」ガハッ
力量がほぼ五分五分な以上、もはやここからの逆転はありえない。
なにもアクシデントが起こらなければ……。
ガチャッ
姫「団長っ!」
部屋に、姫が入ってきた。
団長「姫っ!?」
護衛(──しめたっ!)ダッ
護衛は力を振り絞り、姫を後ろから捕え、首に剣を突きつけた。
護衛(深手は負ったが、まだ助かる傷だ……この場さえ乗り切れば……!)
「クククッ……動くなっ!」ゴフッ
団長(しまった……!)
護衛「よぉじ……ぐっ、じ、自害しろ! さもないと、姫を殺すぞォォォ!」
(キサマが自害したら、姫も殺すがな……!)
団長「くっ……!」
姫「大丈夫よ、団長」
姫「足手まといにはならないっていったでしょ?」
団長「ひ、姫……?」
護衛「おい……勝手にしゃべるんじゃない! 小娘が!」ゲホッ
姫「後ろを見るくらいの気持ちで、だったわよね。
もっともこの場合は見るまでもなく、後ろに敵がいるんだけど……」
グサッ!
護衛「──はうっ!?」
姫は持っていた針金で護衛の太ももを突き刺すと──
姫「ええいっ!」
──後ろに組みついていた護衛を、力を使わず背負い投げのようにブン投げた。
ドゴンッ!
脳天から床に落ちた護衛は、元々重傷だったこともあり、ピクリとも動かなくなった。
姫「はぁ……はぁ……」
団長「(ちょっと驚いたが)いい投げでした、姫。お怪我はありませんか?」
姫「うん……。でも、来る途中で執事を見つけて……」
団長「俺が彼を看取りました。彼は最期まであなたの身を案じていましたよ」
姫「うん……」ポロッ
団長「姫、もう大丈夫ですよ」ギュッ
姫「うん……!」ギュッ
団長は力いっぱい姫を抱きしめた。姫もそれに甘えた。
城 秘密通路出口──
兵を二人従えた大臣は、秘密通路を使い、城からの脱出を図っていた。
大臣はすでに、クーデターに見切りをつけていたのだ。
大臣「ええい、なにもかもメチャクチャだっ! 自警団どもめ……!
こうなったのも、あの小娘のせいで計画を大幅に早めてしまったせいだ!」
大臣「こ、こうなったら亡命だ。亡命してやる。
私はこの国の機密事項をいくつも知っている」
大臣「どこの国も、私の情報はノドから手が出るほど欲しいだろうし──」
「よう」
大臣「!?」
副団長「久しぶりだな」
大臣「キ、キ、キサマは……!」
副団長「これも、血の繋がりってやつなのかねぇ……。
俺にはアンタがどう逃げるか、不思議となんとなく分かっちまってさ」ニヤ
大臣「おい、お前たち、アイツを殺せっ!」
副団長「来いよ……」ギロッ
大臣兵E「ヒッ!」
大臣兵F「ウワッ!」
大臣兵E&F「うわぁ~!」ダダッ
二人の兵は副団長の迫力に押され、逃げ出してしまった。
大臣「ひぃぃっ! ま、待て! 頼む、息子よ!」
副団長「お前には団長の手にかかる価値も、姫さんの手にかかる価値もない。
きっちり法に乗っ取って裁いてやる価値すらない」
副団長「俺がこの手で始末をつけてやる」ジャキッ
大臣「や、やめろっ! キサマ、実の父親を殺す気か!?」
副団長「姫さんを……いや、国を殺しかけたアンタがよくもまぁ、ほざくもんだな」
大臣「そうだ、我が愛する息子よ……。お前も私と一緒に亡命しよう!
な!? 私の政治力とお前の剣術が合わされば、きっと──」
副団長「……もうしゃべるなよ」
大臣「ま、待っ──」
「ギャアアアアアアッ!」
クーデターの主要人物を失ったことで、大臣軍の指揮系統は崩壊した。
まもなく、容態が回復した国王の号令によって、国王派の軍が動き、
大臣の手勢は完全に駆逐された。
こうして大臣のクーデターはわずか一日足らずで鎮圧される結果となった。
もちろん、この快挙は王国軍だけでは達成できなかっただろう。
夜を徹して走り続けた姫と、彼女のために立ち上がった自警団の面々がいたからこそ、
王国は救われたのだ。
その日のうちに、国王は城内の臣下を集めた。
国王「このたびの大臣の謀反……全責任はワシにある」
国王「ワシが力足らずだったばかりに、大臣の野心の芽を食い止められず、
結果、大勢の優秀な部下を死なせる事態となってしまった……」
国王「彼らにはいったいなんと詫びていいのか、言葉すら見つからぬ」
国王「もはやワシも病を患っているから、などと甘えてはおる場合ではない。
彼らの死に報いるためにも、ワシはこの国を立て直す!」
国王「どうか皆にも、協力してほしい……!」
ワアァァァァァァァッ!
国王「そして、ワシは今回活躍してくれた自警団のメンバーを正式に王国軍として
迎え入れたいと考えておる」
国王「クーデターを即座に鎮圧できたのも、彼らの協力があってこそ!」
姫「お父様、その件なんだけど……」
国王「む?」
姫「さっき『もうここに用はないから』って、みんなアジトに帰っちゃったわ」
国王「な、なにぃ!?」
アジトに戻る自警団のメンバーたち──
彼らは一部怪我人こそ出たものの、国王の号令による援軍が早かったこともあり、
犠牲者を出すことなく戦いを終えることができた。
芸人「“声変えたまま叫びまくるのは、やっぱりキツかったなぁ。
声がガラガラになっちゃったよ”」
女僧侶「私も久々に運動したので、疲れてしまいましたわ」
芸人(ホント、あなたは強かったよ……)
女僧侶「でも姫様のこれからが少し心配ですわね。気丈に振る舞われていたけど、
きっと徐々に悲しみが押し寄せてくるはず……」
盗賊「大丈夫、姫様は強いぜ! なにしろ俺の一番弟子だからな」
狙撃手「バカ、姫は俺の一番弟子だ。いやぁ~姫にも見せたかったなぁ。
大勢の弓部隊に三倍速で立ち向かう俺の雄姿……」
狙撃手「おかげで、俺の愛弓はボロボロになっちまったがな」トホホ
団員D(いつか姫にも三倍速を伝授するつもりかな……この人)
団長「副団長」
副団長「ん?」
団長「……お前には辛い役目をやらせてしまったな」
副団長「気にするなよ。家を捨てた時から、いつかこうなる気がしてたしな。
俺が家を飛び出せば目を覚ましてくれるかと、少しだけ期待してたが……」
団長「………」
副団長「ところで死んじまった執事の話、覚えてるか?」
団長「国王の死んだ息子の話か」
副団長「アレなんだが……実はリバー川に落ちた息子は水死したことになってるが、
実際に死体が見つかったってわけじゃないんだ。もしかしたら──」
団長「よせよ。俺みたいなゴロツキが姫の兄貴なんかのわけないだろう。
姫だって悲しむ」
副団長(俺は喜ぶと思うがねえ……)
団長「姫は……もう大丈夫だ。本当に強くなってくれた」
副団長「……ま、俺はお前についてくだけさ。今後ともよろしく頼むぜ、団長」
クーデターから一ヶ月後──
自警団アジトでは、いつものように門番が見張りをしていた。
門番(ふぅ……最近姫、来ないなぁ。まぁ、あんな事件が起きた後じゃ
色々忙しいだろうけど……ん?)
門番(馬車!? しかも兵隊大勢連れて! な、なんだ!?)
馬車から下りてきたのは、めずらしくドレスを着た姫だった。
兵士「では姫様、夕刻頃にお迎えに上がりますので」
姫「うん、ありがと」
姫「門番、お久しぶりー! 開けてもらえるー?」
門番「は、はいっ! 開けます、開けます!」ガタンゴトン
姫「自警団アジトに行くのはいいけど、警護をつけろってお父様がうるさくて……。
ごめんなさいね、騒がせて」
門番「いえいえ、みんな喜びますよ!」
自警団アジト内──
「姫様、お久しぶりー!」 「やっぱ可愛い~!」 「気品に満ちあふれてますよ!」
「待ってました!」 「よっ、我らがアイドル!」 「もう来てくれないのかと……」
姫「今日は久々だったから、おめかししてきちゃった。どう?」
芸人「最高ですっ!」
女僧侶「お美しいですわ、姫様。あでやかで、それでいて儚い、一輪の花のようです」
狙撃手「ヤバイ、俺のハートが姫に狙撃されそうなんだけど。というか、された」
盗賊「本当におキレイですぜ! 師匠として鼻が高い!」
副団長「もう軽々しく姫さん、なんて呼べませんね、ハハ(呼ぶけど)」
姫「ね、団長」
団長「は、はい」
姫「感想を聞かせてよ」
団長「……とてもキレイです」
姫「ふふっ、ありがとう」
姫「団長。私がここに逃げてきた時から敬語になっちゃったけど、
あれは私を姫として認めてくれたからってことでいいの?」
団長「えぇ、あとは亡き隊長殿の遺志を継ぐという意味でも……」
姫「ってことは、姫である私のお願いを聞いてくれるのよね?」
団長「!? ──まぁ、聞けることなら」
姫「じゃあ……これからは時々、団長のこと“お兄様”って呼んでいい?
そして団長はそう呼ばれたら、ちゃんと兄として振る舞うこと」
団長「!」
姫「……ダメ、かな」
団長「………」
団長「いいですよ」
芸人「えぇ~!? なんで団長だけ……ずるい」
狙撃手「俺にもお兄様って呼んで下さい! お願いしますっ! お願いしますっ!」
盗賊「師匠の俺だって、兄になる権利がありますぜ!」
姫「だ~め。団長だけ」
副団長「くくくっ……」
姫「じゃあさっそくだけど、お兄様、剣の稽古をつけてくれる?」
団長「えぇ、と。その格好でやる気か? だれかに服借りて、さっさと着替えてきな」
姫「はーい」
女僧侶「でもたしかに……あの二人、本当の兄妹のような雰囲気を出してますわね」
芸人「ん~……いわれてみると、それはあるかもね」
狙撃手「ないない! 血生臭い猛禽類と美しい白鳥が、兄妹だなんてありえねぇ!」
盗賊「オイ、団長を猛禽類呼ばわりかよ(合ってるけど)」
副団長「ま、俺はアリだと思うぜ……あんな兄妹も」
姫「今日こそお兄様に勝つんだから!」
団長「大きく出たな。妹だからって手加減はしないぞ。負けても泣くなよ?」
姫「そっちこそ!」
この後、国王は全盛期のリーダーシップを発揮し始め、
クーデターで弱まるかと思われたこの国を立て直していく。
姫は変わらず自ら剣を取って、臣民を守るために日々奔走する。
そしていつしか国内有数の剣士の一人として数えられるまでになった。
自警団もまた、王の懇願で王国軍内の独立部隊のような組織となり、さらに発展。
団長と副団長を始め、メンバーは国中の信頼を得ることになる。
彼らの力は一つとなり、治安をみるみるうちに改善していき、
この国は空前の発展を遂げることになるのだった。
~おわり~
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