律子「2回目の朝は……」 (40)

彼女の名前は秋月律子。
765プロ所属のアイドルだったのだがプロデューサーとして転身し、今は三浦あずさ、水瀬伊織、双海亜美のユニット『竜宮小町』の担当をしている。

そんな彼女の朝は世間一般の普通のOLに比べると幾分かは早い。
今日はいつもより早く目が覚めてしまったようだ。
サイドテーブルに置かれた緑色の少し型遅れな2つのベルが付いた目覚まし時計に手を伸ばす。
寝ぼけ眼を更に薄目にして時間を確認し、二度寝をするか少し手の込んだ朝食を作ろうかと思案を巡らせていると

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「なんかうるさい…… 」

!?

何かの物音が聞こえたのかベッドから上半身を起こす。
目覚まし時計を元にあった位置に戻し隣に置いてある眼鏡を素早く取った。

「どろ…… ぼ……う?」

右手で眼鏡をかけながら左手で起き上がった時にめくれた掛け布団を胸元まで引き寄せる。
しばらく部屋の中を見渡した後、なんの気配も無い事を確認して安堵の表情で大きな息が肺から吐き出され

「なんで私の状況をリアルで実況してんの?」

!!

寝ぼけているのか? 誰かに話しかけているのか中空に視線を泳がせ

「寝ぼけてないし、今現在、実況してるあなたに話しかけてるの」

!!!

あの…… 私の声が聞こえているのでしょうか?

「声というか簡単に言えば『脳内に直接』 で判るかしら?」

それはもう。とてもよく知っています。

「で? なんで急に聞こえる…… 表現の仕方が分からないから聞こえる、で統一するわね。なんで急に聞こえるようになったの?」

それは私にも解りません。
大いなる意思、とか、ご都合主義的な何かではないですかね?

「その辺りは多分どれだけ考えても答えは出ない気がするわ…… 」

理解が早くて助かります。

「私と話をしてる時は実況しないのね」

こういったケースは始めてですので。私の方もそんな余裕が無い、というのが正直なところです。
第一、正確には実況では無いですよ。

「どういう事?」

説明するより体験した方が早そうなので。

彼女が起き上がった事で隣で寝息をたてるプロデューサーに掛かっていた布団がずれ、引き締まった上半身が露わになる。
少し寝癖のついた頭を見て優しく微笑みながら撫でてみる。

と言ったら隣にプロデューサーが寝てるでしょ?

「」

起き抜けにそんな妄想をしてしまい顔を赤くして頭を軽く振りながら溜息をこぼす。

「プロデューサーが消えた!」

さっきの現象の本質は

1.プロデューサーが現れた。

2.あまりにも異常すぎる現象であるにも関わらずあなたは驚かずに当たり前のように受け止めた。

3.プロデューサーの頭を撫でなかったし、顔を赤くしなかった。頭も振らず溜息も出ていない。

の3点ですが違いが解りますか?

「??」

面倒なので手間を省きます。

彼女はしばらく考えた後に全てを理解したようだが確認の為なのか、わたしに説明を求めて来た。

「!!」

「じゃあ説明して」

そんなおざなりな……
簡単にまとめると。
私はどんな物事にでも影響を与え、事実を改編する事が出来ます。完璧ではありませんが。

「プロデューサーが急に現れたのがそれね」

はい。
ただし貴女自身には無理な干渉は出来ないようです。

「だから、頭を撫でたりしなかったと…… 」

先程、実況と言われましたが言い得て妙なもので貴女から見れば行動を実況しているように感じる場合もあります。

「声が聞こえて泥棒と間違えそうになった時ね」

まぁ、それが私の仕事でもありますし、そうしないと先に進まないので。
あと、貴女の想像を超えるような事象には改竄されませんが、想像の範囲内であれば多少の融通は効きます。
事情によっては少し捻じ曲がって再現される事も。

「簡単に言うと?」

宇宙意志の反作用が影響してあまり変な事は出来ません。

「あなたの言い方からすると、あなたじゃなくて私が何でも好きに出来るみたいに聞こえるんだけど?」

ほぼそう思っていただいても差し支えはありません。
あなたを第三者からの視点でいつも見守っていますのでどんな事にも素早く対応! 文字通り24時間対応セキュリティです。

「逆に言えば常に監視されてるって事じゃない!」

私が口に出さなければ大丈夫です。

「はぁ……納得は出来ないけど言ってもどうにもならないのよね…… 」

他にも、私の口調は説明的で時折、やや難しい言い回しを好んで使用します。
仕様です。しょうがないです。

「……」

彼女は私の駄洒落に気付き笑い過ぎて呼吸を乱し酸素を取り込めないのか、言葉が出ない上に大粒の涙まで流してしまっている。

「全くそうなってないし。無理な干渉は出来ないんでしょ」

彼女の生まれついての性格からなのかプロデューサー業の中で身に付けたのか、強がっていても笑った事実に変わりはなく

「しつこい! あんなんで笑えるわけないでしょ! 笑ったとしても苦笑い!それも思いっきり引きつった感じのね!」

まぁ、真顔でしたしね…… そろそろ事務所に向かいますか。

「そういえば凄く長い時間喋ってた。早起きしたのに意味が…… 」

慌てて時間を確認すると寝起きで見た時と
長針、短針、秒針の位置が変わっていない。

「電池切れ!? こんな時に!」

電池切れではなく時間が止まっているんです。

「スタープラチ◯!」

伏せ字の意味がほとんど無いですね。
状況に応じて時間を止めたりも出来ます。

「今更驚いても仕方がない事ね…… 一瞬で事務所に到着とか出来ないの?」

ルール上、貴女へ何か影響を及ぼす事にならなければ可能だとは思われます。
ただし、私の話が長くなります。

「例の実況みたいなのかぁ……ご都合主義な割に万能でも無いのね 」

事務所までの道のり程度であれば原稿用紙で2枚、800字ほど。
興が乗ればドキドキわくわくの大冒険や
道すがら命を狙われまくるサスペンス
街の住民全員がゾンビや殺人鬼が登場するホラー
宇宙人と戦ったり仲良くなったりのSF等々、お好きなルートに導く事が出来ます。
時には貴女が望むと望まざるとに関わらず違う方向にシフトしてしまう場合もありますが……

貴女が私と話が出来ている利点の一つですね。

「!!」

「……そ、 その…… ら、ラブ的な…… 」

なんですか?

「なんでもないっ!」

貴女が誰かに好意を持った時点で恋愛系のルートには入っていますのでご心配なく。

「聞こえてるんじゃない! あと、人の人生の分岐点をルートとか言うな!」

生きているという事はそれだけで何かしらの物語を紡いでいるんです。
その物語が色々と複雑に絡み合って織り上がった物が貴女の人生になるのです。

今、ちょっと良い事を言いましたね。

「なんか凄くイラっとした。見えないはずなのに、もの凄いドヤ顔が想像出来る」

まぁまぁ、文字通り話が進まないのでお風呂にでも入って事務所に向かいましょう。

「よく考えたらお風呂とかトイレとか全部見られてるって事なのよね……今更だけど」

そこはそれ、納得していただかないと……お風呂から出ると、みたいに省略しますし。

「はぁ…… どうしようもないから諦めるけど、ちゃんと省略しなさいよ!」

そう言い残すと彼女は洗面所兼脱衣所に消えて行った。
(歯を磨きながら洗面所の鏡に写った自身の姿を角度を変えながら簡単にチェックしていく。
口をゆすぎ終わり眼鏡を外し洗面台の傍らに置く。
パジャマとブラ、ショーツを素早く脱ぎ、まとめて洗濯機に放り込む。風呂場に入り蛇口とシャワーの切替栓がカランの方になっている事をしっかり確認してから赤い印の付いた蛇口を捻りお湯に変わるのを待つこと十数秒。過去に何度か頭から冷水を浴びた経験が彼女をここまで慎重にさせているのだろう)

「ちょっと!」

なっ、なななんですかっ!?

「なんでそんなにびっくりしてんのよ。それにさっきまであんなに喋ってたのに急に静か過ぎて気持ち悪いんだけど」

そんな横暴な……ちゃんとおとなしくしてますからご心配なく。

「そう? それだったら良いんだけど」

(そう言いながらノンシリコンで少し高価なシャンプーの泡をシャワーで流し終え、コンディショナーを手に取り丁寧に髪全体に伸ばしていく。成分が浸透してからしっかり洗い流し、ボディーソープのボトルのポンプを数回押してスポンジに付けて泡だてる。
たっぷり泡を纏ったスポンジで首すじを丁寧に洗いそのままの流れで耳の後ろや二の腕、肘や手の先まで進めて行く。
顎の下を通過して156cmの身長にやや不釣り合いな85cmの)

ドンっ!!

ひいぃっ!

「なんか寒気がしたんだけど?」

そんな適当な理由で壁ドンしないでくださいっ!

「なんかアンタが黙ってるとろくな事が無さそうね」

(あそこから盛り上がってきて微に入り細に入り、ねっとりと官能小説のように丹念に体を洗う描写をする予定だったのに)

「ちょっと!! 聞いてんの!?」

ハイっ! 聞いてます!

はぁ、体も顔も洗い終わってますね……
はいはい、という事でお風呂からあがりました~

「なに? 急にやる気なくなった?」

存在意義を根底から揺るがされたら誰でもこうなりますよ……




「で、もうすぐ765プロに着く訳なんだけど」

ほら! 私がちゃんと仕事をしないとスッカスカになってしまうじゃないですか!

律子「それは悪かったと思うけど! アンタが駅までの道のりをF1みたいにとか、電車を降りてから競馬中継みたいに実況しようとしたりするからでしょ!」

わたしの声が聞こえる人なんて初めてなんですから多少は悪ノリしても良いでしょう。
あと、今更ですが貴女が頭の中で考えるだけでわたしにも伝わりますので公共の場では声を出してわたしに話しかけるのは控えた方がよろしいですよ?

「ちょっと! もっと早く言ってよ!」

一人で喋る彼女を見た周りの人達は特に関心も持たずに追い越し、すれ違い各々の目的地に向かい歩みを進めて行く。

「そういうフォローは助かるわね」

フォローしなくてもイヤホンマイクで電話中とか思うんじゃないですか?
隣人に興味を持たない無関心な時代ですから。

(今日は事務所に行っても竜宮小町の3人はオフだし書類整理だけだから気が重いのよね)

そう思いつつも事務員の音無小鳥も午前中は社長の所用で事務所に居ない。
他の765プロのアイドル達もオフであったりレッスン場やスタジオ、テレビ局に直行し午前中だけはプロデューサーと2人きりという事実に思わずニヤけてしまうのだった。
プロデューサーに何も無ければ、だが。

(アンタには好意がバレてるから隠さないけどニヤけてはないから! あとプロデューサーは今日1日、机から離れられないぐらいの量の請求書整理や衣装発注、マスコミ取材の日程調整の仕事が溜まってるのは調査済!
あと、最後の一文は何を意味するか知らないけどプロデューサーが遅刻するような事とかは無いからね)

それは嫌がらせですか?

(へ? 何が?)

そんな長文はわたしの仕事じゃないですか!

(私が知ってる事をアンタが私に説明しても意味無いじゃない)

まぁ、そう言われればそう……なんですかね?
あっ! プロデューサーさんが横断歩道の向こう側に居ますよ。手を振りましょうよ。

律子 フリフリ

なんですか? そのインディア……ネイティブアメリカンの挨拶みたいなのは?

(子どもじゃないんだからブンブン振れないでしょっ!)

貴女に気付いたみたいでこっちに来ま

ドンっ!!!

「えっ!?」

お~っと! ここで真横から信号無視で走って来たビッグスクーターがプロデューサーの側面から強烈な体当たり!
かなりスピードが乗った一撃だったのかプロデューサーの体がくの字に折れ曲がり華麗に宙を舞う!!
回転や捻りは無いものの手足をピンと伸ばした綺麗な体勢で踵、お尻、背中から後頭部と連続で地面に打ち付ける!
飛距離と着地は良かったんですが、その後のフォローまでには気が回らなかったようで体を捻じりながら転がって行きます。
これは減点対象としても少し厳しいかもしれないですね~。
なお、ビッグスクーターは転倒を回避してなんとか立て直し、そのまま走り去ったようです。
解説の秋月さんが駆け寄って安否を確認しています。
そちらの様子はどうですか?

「プロデューサー!! プロデューサー!!」

現場の秋月さん?

「うるさい! そんな実況してアンタ馬鹿じゃないの!? プロデューサー! しっかりしてください!」

スーツもボロボロになって、ひょっとしたら意識は無いのかもしれませんね。
出血が無いのがせめてもの救いでしょうか。

「!!」

人の人生は意外とあっさりと幕を閉じたりするものですよ。
逆に意外と

「あっ! あんたの力で生き返らせる事は出来ないの!?」

人が話しているのを遮るのはどうかと思います……
残念ですが生き返らせる事は出来ません。
だって

「じゃあ、時間を戻してっ!」

はぁ……出来なくは無いですが未来を変えるような大きな力を使うと……

「いいからっ! 出来るなら時間を戻してっ!」

よく考えてください。
この力を上手く使えばこの世界の全て、とまでは言いませんが好きなものを貴女の手中に収める事が出来るんですよ?
富や名声、地位や名誉までも。
765プロや竜宮小町が今以上に脚光を浴びるようにするなんて造作もない事です。
貴女のプロダクションを立ち上げる事さえも夢では無い。

「そんな力いらない! それにっ!」

それに?

「プロデューサーが居ない世界なんて意味が無い……」ポロポロ

そこまで否定され尚且つ、泣かれてしまうとは……
貴女が望むなら時間を戻して差し上げましょう。
ですが……プロデューサーが今日、何か途轍もない衝撃を受ける運命を変える事は出来ませんよ?

「……アンタはどうなるの?」

さぁ? どうなるかは判りません。多分、貴女にわたしの声が届く事は無くなると思います。

では、貴女の好きな時間に戻るとしましょう。頭の中に思い描いてください。

「……」


その前に少し。
貴女は今朝、プロデューサーがベッドに現れた時間に戻し、プロデューサーを部屋から出さないようにしてビッグスクーターに轢かれるのを回避しようとしているようですが。

「さすがにバイクは部屋まで来ないでしょ」

何度も言いますが、運命はそう簡単に変える事は出来ません。
先程もバイクに轢かれる運命とは言っていませんし。

「どういう意味なの?」

未来の事はわたしにも分かりませんが、あっ……過去ですね。

……ん? 過去に戻って今の時間に来るのですから現在でしょうか?

…………

とにかく……どういった形であれ、先程も伝えた『途轍もない衝撃を受ける運命』に変わりはありません。

「……衝撃……さっきの事故みたいに吹っ飛ぶの?」

恐らくは、ですが。
そう思って頂いて差し支えは無いはずです。朝も申し上げましたがわたしの声が聞こえるというのは初めてのケースですので色々と予測不可能です。

ベランダから無人のセスナ機が突っ込んで来たり、部屋を間違えてとある組織の黒服が手榴弾を投げ入れてきたり、上の階の本好き住人の部屋の床が抜けて落ちてきたり等が考えられます。
あくまで予想ですが。

「そんなの絶対私にも被害が及ぶでしょ!」

予想ですよ、予想。
それに貴女に干渉が出来ない延長線上、貴女自身には何の影響も無いはずです。
奇跡的に、みたいな?

「!!」

時間が止まっているとはいえこのままずっとという訳にもいきませんので時間を戻します。

「プロデューサーがベッドに現れた時間に戻して……」




眩い光に包まれ思わず目を閉じ、再び目を開けると視界は一変し寝室へと移動していた。

「これでプロデューサーは今は生きてるのね?」

今も、ですが。
話の都合上、貴女の服はパジャマに戻させていただきました。
その前に、過去に戻るというかなり凄い現象が起こった事についてもう少し驚いて欲しかったです……

「そんなのよりプロデューサーが生きてる事が……なに? 今も ってなんなの?」

そのまんまの意味ですけど?

「さっきのバイク事故で死んだんじゃないの!?」

何回か生きている事を伝えようとしたんですが貴女が話を遮るから伝えられなかったんです。

「あんな事故、絶対死んだと思うわよ!」

逆に意外と、の後には 長生きしたりもしますが。
だって、の後には 死んでいませんから。
と続けるはずだったのに貴女が私の話を遮るから途中で切れたんです。

ともあれ、過去に戻るという現象はやはり負担が大きいようです。
もう暫くするとわたしは貴女の前から消えるでしょう。

「この後、何が起こるの?」

全く判りません。過去に戻った代償なのか、今は貴女と話す事ぐらいしか……
残念ながら良いアドバイスは出来そうもありません。

「そう……」

あと、過去に戻る前に貴女が考えていた方法は無理があります。

「……アンタが『今日』って言ったのと『貴女に干渉出来ない延長で貴女自身には何の影響も無いはずです』って言い方で思いついた方法ね」

そうです。
しかしあれだけのキーワードで思い至ったのは流石、と言わざるを得ないです。

日付が変わるまでプロデューサーにずっと密着して離れない。
良い案ですが日付が変わるまで約20時間。
実現不可能な机上の空論です。

「どうにかしないと死なないまでもプロデューサーが大怪我をする事に変わりは無い訳か……」

ちょっといいですか?

「何か妙案でも有るの?」

いえ……ただ、今は本当に貴女と話すぐらいの事しか出来ませんので時間も流れていますよ、と。

「ん……ん? 律子?」

(ぷ、プププ、プロデューサーが起きた! アンタ! どうにか出来ないの!?)

だから、本当に話すぐらいの事しか出来ませんって。

「うわぁっ! ここは何処だ!? なんで律子が居るんだ!? 何故か裸だし! どうなってるんだ!?」

(しょうがないわね……上手く行くか保証は無いけど……)

「プロデューサー! 色々と気になる事はあると思いますけど後で全部説明します! 今は完全に目を覚まして私の話を聞いてください!」

「律子、パジャマか? 意外に可愛い系なのが」

「食いつくのはソコじゃなくて!」

パジャマも淡いグリーンで可愛いですよ。
袖や襟に少しヒラヒラが付いてるという意外性も尚良し!
海老フライ柄って何処で売ってるんですか?

(アンタは黙ってて! )

「なぁ、海老フライ柄って何処で」

「それはもういいんですっ!!」

「ここは律子の部屋なのか?」

「それも含めて後で説明します。とりあえず枕を退かしてそこに座ってもらえますか? ちゃんと掛け布団と一緒に移動してください!」

もう少しでプロデューサーのpが

(うるさいっ!)

「胡座をかいて座ってください。あと、 これから近くに行きますけど絶対に動かないでくださいね」

「なんか意味がよくわからんけど……」

「嘘や冗談では無く、真面目にプロデューサーに何らかの危険が迫っているんです。私のプロデューサー生命を懸けて誓います」

「律子がそこまで言うなら信じるよ。そこまで言わなくても律子の言う事なら信じるけどな」

そう言い終えると指示された通りの体勢になりまっすぐ彼女を見つめるプロデューサー。
その視線を真っ向から受け止め、ゆっくりベッドの上に移動し四つん這いでプロデューサーに近付いていく彼女。

彼の目前まで迫り一旦、正座をし直し大きな深呼吸を繰り返す事、数回。

「あの……目を……目を閉じてください……」

普段はこんなに近くに近寄る機会も少なく、更に言えば布団を掛けているとはいえ彼は全裸。
自分の寝室内に今まで無かったプロデューサーのやや男臭い匂いを感じ取れる距離まで接近し、彼の視線に耐えられなくなってしまった。

「あ、あぁ……わかった」

もう私の声も聞こえなくなるぐらいテンパっているようですね。

ほんの少しだけ彼の顔を眺めてから意を決したように頷くとゆっくりとベッドの上で立ち上がる。
ふわふわした足元の感触にヨロヨロとふらつきながら彼に接近する。
もう既に顔どころか耳まで赤く、よく見れば足場が悪い以前に足が小刻みに震えていた。

「……失礼します……」

そう言いながら彼女はプロデューサーの向かい側から彼の両肩に手を掛け、片脚ずつゆっくりと胡座をかいた彼の太腿を跨いでいく。
そのまま腰を下ろして行き対面座位……もとい、だいしゅきホールドの形になり細腕を彼の首の後ろに回す。

「あの……重くないですか?」

「えっ!? あっ! あぁ! だ、大丈夫! 全然大丈夫! 」

「じゃあ、ちょっと……あと、本当に絶対に目を開けないでくださいね」

そう言いながらプロデューサーの腰の後ろまで足を伸ばしてがっちり捕まえる。

完全版! だいしゅきホールド!

「ぷ、プロデューサーっ!! 好きですっ!! 付き合ってください!」

「…………」

「ちょっと! 聞いてるんですかっ!?」

「いや、聞いてるけど……急な展開過ぎて……冗談とかじゃなくて?」

「わ、私の事、嫌いですか?」ウルッ

「嫌いな筈があるもんか! むしろ好き過ぎてしょうがないぐらいだ!」

「プロデューサー殿……」

チュッ

「じょ、冗談ならこんな事はしませんよっ!」

「り、律子!」ガバッ

「えっ!?」

ドサっ

はいはい、プロデューサーは愛する元担当アイドルからの告白と、いきなりのたどたどしい口付けにのぼせてしまい気を失ってしまいました~

「///」

覆いかぶさられて照れない照れない。

「話をするぐらいしか出来なかったんじゃないの!?」

何かしらの対応の為に少しぐらいの余力は残しておきますよ。
居なくなる事は確定ですし邪魔はしないのでご安心を。
重そうなのでプロデューサーをどけて寝かせておきますね。ちゃんと布団を掛けて。

「なんで、横向きなの? 」

うつ伏せは危険、仰向けは薄くても保温力の高い羽毛蒲団では絵面がよくありませんので。武士の情けです。
私は武士ではありませんが。

「とりあえずは目下の危険は回避したと思って良いの?」

その件ですが非常に驚き、また素晴らしい方法だと思いました。
過去に戻り貴女の考えも読めなくなっていたので、どういう行動に出るか興味津々だったのですが。

「上手く行ったようで良かったわ。私の部屋で致命傷になり得る物理的衝撃を与えるのは無理だから……」

心理的衝撃を与えた、と。
貴女と話が出来なくなる前に面白い物が見れて良かった。

「これで駄目なら20時間密着をも辞さない覚悟だったわよ……」

そうそう、最後にひとつ。
事故の件ですがラブコメ路線でしたので軽い打撲と小さな擦り傷が出来ただけで軽く気絶しただけでした。
ギャグ漫画とかによくありますよね。
死ぬような目にあって確実に死んだであろうと思われたキャラが起き上がりながら「あ~、死ぬかと思った」とか。
今回の場合は某助手の万年丁稚のように記憶喪失になったりはしませんのでご安心ください。

「わからないわ。何を言っているか……」

考えるのをやめて現実逃避しないでください。

「じゃあ結局、私は何もしなくてよかったんじゃないの!」

それはどうでしょう?
過去に戻る前の世界と、今の世界とではこれからの展開が大きく異なります。

「じゃあ、こうなるように? 変な言い回しだったりしたのはわざとなの?」

貴女が気付かなければそのまま放っておくつもりでしたが……
会話を続けていく内に情が湧き、何箇所かはルート変更の分岐点を用意しました。
貴女と話していて楽しかった、というのが正直なところです。
普段は誰かと話をする事などありませんので。
会話のキャッチボールを通して予想通りの返答だったり、意外な返しであったり。
貴女のお役に立てたようでなによりです。

さぁ、そろそろ私も貴女の前から消える時が来たようです。

「そう……あの、ありがとう……」

もう少し貴女と話をしていたかったのですがね……
この後、裸のプロデューサーとどうなるのか? とか。
ルート的には

「待って! 私の人生だもの、自分で掴み取るわ。 仕事も恋も、ね。だからこれからの道程も自分で決める」

貴女らしい、と言えば貴女らしいですね。
では、また会う日まで……

「さぁ、とりあえずはプロデューサーを起こすとしますか! 」

(わたしの存在自体が消えるとは言っていませんよ、ふふふ)

おわり

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