ほむら「最近物忘れがひどいの」(203)

◆◇◆◇

―― 巴マミの部屋 ――

マミ「佐倉さんは昔から結構忘れ物が多かったような気がするけれど」

ほむら「ここのとこ異常よ」

マミ「そんなに?」

ほむら「ミルクをレンジで温めたことを忘れて、
    暖めなおすという行動を3回連続でやっていたわ……」

マミ(それ…… 私も勉強中にやっちゃったことあるけど)

ほむら「この前だって――」

 私は差し出されたケーキを突付きながら愚痴を垂れる
 厭な顔一つせずに、巴マミは話を聞き続けてくれる

ほむら「戦闘中の合図すらど忘れして……
    フォローが遅れれば、私が魔獣にやられていたかもしれないわ」

ほむら「全く、戦うことだけが取り柄みたいなものなのに――」

ほむら「ごめんなさい、今日は愚痴ばっかりになって……」

マミ「別に構わないわよ それで、暁美さんはスっきりしたのかしら?」

ほむら「すこしは……」

マミ「ならよし」

 胸の前で両手を叩き、ぽんっと小気味良い音が鳴る
 これでこの話は終わりという意味らしい

マミ「杏子のこと、頼んだわよ」

ほむら「どうして私が……」

マミ「友達…でしょ?」

ほむら「……友達? まさか、ただの利害関係の一致よ」

―― ほむらのマンション ――

ほむら「……貴女は扉の前に座って何をしているのかしら」

杏子「鍵、忘れた」

ほむら「今日は巴さんの所に行くって言っておいたでしょ」

杏子「……」

ほむら「何か言ったらどうなの?」

杏子「うっせーな…… 外は寒いからとっとと開けてくれよ」

ほむら「……はぁ」ガチャ

 ドアの前で真っ赤なマフラーに顔埋めている杏子を退くように促し、鍵を開ける

杏子「やっと部屋に入れるぜ」

ほむら「……杏子」

杏子「なんだよ?」

ほむら「帰ったらまずは手を洗いなさい」

杏子「なぁ、飯は?」

ほむら「適当に出前でも頼んでいいわよ」

杏子「今日は作らねーのか?」

ほむら「もう食材がないわ」

杏子「そっか」

ほむら「……」

杏子「……」チラッ

ほむら「もしかして、私の料理が食べたいの?」

 少し考えたふうな仕草をしたあと、
 何か良い悪戯を思いついた子供のような顔で杏子は答える

杏子「アタシは好きだよ、ほむらの味」

ほむら「……本当に出来合いのものしか作れないわよ」

杏子「いいよ」

ほむら「少し待っていなさい」

 杏子の菓子が所狭しと詰まった冷蔵庫から食材を探り当てる

ほむら(どうして私が杏子のご飯を作ってるのかしら)

 頭の内で悪態を吐きながらも、てきぱきと調理を開始する

ほむら(どうせならまどかのために料理を作りたかっ――)トントン

ほむら「痛ッ――」ザクッ

杏子「おい、大丈夫か?」

ほむら「少し手許が狂っただけよ これくらいの傷なら魔力で簡単に癒せるから」

杏子「んっ」

ほむら「ちょっと、何するのよ」

 血が滴る指を杏子が咥える
 波打つ鼓動に合わせて疼く傷口に、杏子の舌が絡みつく
 
杏子「んー」ペロッ

ほむら「止めてっ」バッ

杏子「なんだよ 突き放すことないじゃん」

ほむら「どういうつもり」

杏子「傷の手当て」

ほむら「だから魔法を使えば――」

杏子「お前の味、好きだって言ったろ」

ほむら「ッ……馬鹿言ってないで部屋で待っていなさい」

 額に手を当てて天井を仰ぐ―― 
 指先が先ほどにも増して疼いていて痛い……

ほむら「できたわよ」

 背の低いテーブルに向かい合わせに座る二人
 杏子は食事の前のお祈りを丁寧に唱えている

杏子「いい匂い…… ん、髪のところにゴミがついてるぞ」

ほむら「どこかしら?」

 「とってやるから」そう言って近づいてくる杏子
 髪に手を伸ばすと見せかけて――

ほむら「――あっ」ドサッ

杏子「ほむら」

ほむら「押し倒したりして、どうするつもり?」

杏子「……」ジリッ

ほむら「何か言いいなさいよ」

杏子「……」

ほむら「重いんだけど…… 退いてくれないかしら」

杏子「ごめん……」

 体を起こすと杏子は既に定位置に戻っていた
 視線を合わせないよう、自分の茶碗を見つめている様だ

杏子「……」パクパク

ほむら「それが賢明な判断ね」

ほむら「あのまま続けていたら、折角作った夕飯が冷めていたもの」

杏子「……」

ほむら「いただきます」

杏子「……美味しい」モグモグ

ほむら「……そう」モグモグ

――――

杏子「洗い物終わったよ」

ほむら「ありがと お風呂、先に入っていいわよ」

杏子「うん」

ほむら「……」

 杏子が浴室に入るの見届けてから、テーブルを部屋の隅に片付ける
 二人分の布団を押入れから取り出して床に並べて敷く

ほむら「ああもう、上着を脱ぎ散らかして…… 皺になるじゃ――」ポロッ

ほむら「ん――?」

 ポケットの中から、杏子に渡した部屋のスペアキーが転がり落ちる
 
ほむら「忘れたんじゃ…… ないじゃない」

杏子「さっきはごめん」

 布団に入り、電気を消してから直ぐにそう呟いた

ほむら「別に、怒ってないから」

杏子「うん」

ほむら「ちゃんと魔獣退治に協力してくれればいいわ」

杏子「……」

ほむら「それだけでいいの 私と貴女との関係はそれ以上でも以下でもない」
    
杏子「うん」

ほむら「分かったのなら早く寝なさい」

杏子「……おやすみ、ほむら」

ほむら「おやすみなさい」

杏子「……」

――― 回想 ―――――――――――――――――――――――


ほむら「美樹さやかのことは残念だったわ」

杏子「……」

ほむら「彼女は精一杯やったと思う」

杏子「折角友達になれたと思ったのに……」

ほむら「そうね」

杏子「なぁ、あのとき言ってたまどかって誰だよ」

ほむら「貴女には関係ないことよ」

杏子「関係ない……か」

ほむら「私は友達ごっこをするために貴女と一緒にいるわけじゃないのよ」

杏子「あたしは、ほむらのこと――」

ほむら「私は友達なんていないし、必要ともしていないわ」

杏子「……」

ほむら「これからどうするつもり」

杏子「何を?」

ほむら「もう愛しのさやかはこの街にはいないわ」

杏子「……なんだよ愛しのって」

ほむら「貴女がこの街にとどまる理由はないでしょう」

杏子「出て行けってか?」

ほむら「そういう意味で言ったわけではないわ」

杏子「この街は居心地がいいんだ しばらくはここに居座るつもり」

ほむら「そう」

杏子「でも、この部屋を出て行けっていうなら今すぐにでも――」

ほむら「こんな狭い部屋でよければご自由にどうぞ」

ほむら「ただし、これからも私の魔獣退治に協力すること」

ほむら「利害の一致というわけ」

杏子「うん」

ほむら「馴れ合うつもりはない」

杏子「ああ……」

ほむら「ただ、どうしても……」

ほむら「一人ぼっちが寂しいというのなら」

ほむら「その所為で、魔獣と戦うのがおろそかになるというのなら――」

杏子「……?」

ほむら「私が――」チュッ

杏子「お前、な、何して……」

ほむら「嫌?」

杏子「……」

ほむら「沈黙ってことは、拒否する気がないってことかしら」

杏子「……」コクッ

 柔らかい唇、弾力のある胸、艶やかな声
 頭に血が上り、眩暈がする―― 私は手を止めなかった

杏子「んっ…ほむら……」

ほむら「ちゅ……」

 寂しかったのは私のほうだった
 まどかのいない世界で、ただひとり生きていこうと決めていたのに

ほむら(私……何をしてるの……)チュ

杏子「ぁ……ん……」

ほむら(まどか…… まどかッ……)

 舌が触れ、唾を飲み込む音が聞こえた
 その感覚が私の理性を飲み込んでいく


――――――
―――

ほむら「ごめんなさい」 

杏子「あたしが拒まなかったから――」

ほむら「それでも、ごめんなさい」

杏子「……」

ほむら「こんなこと、するつもりじゃなかった」

杏子「卑怯だよ…… 謝るなんて」

ほむら「……」ポロポロ

ほむら「ごめ…ん…な……さい」グスッ

杏子「なんで、なんでほむらが泣いてるのさ……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――

ほむら「何してるの」

杏子「なんだ、起きちゃったか」

ほむら「それ、大事なものだって知っているでしょ?」

 杏子の手にはまどかから渡されたリボンが握られている

杏子「似合うかな」

ほむら「ふざけないで」

杏子「んだよ、そんなに怒らなくても――」

ほむら「いい加減しなさい」

杏子「……ごめん」

QB「暁美ほむら」

ほむら「キュゥべえ、どうかしたの?」

QB「巴マミが呼んでる」

ほむら「分かった、直ぐに向かうって伝えておいて」

杏子「……」

ほむら「貴女も一緒に行く?」

杏子「いいよ あたしは魔獣でも狩って来るさ」

ほむら「そう、いってらっしゃい」

杏子「ああ、行って来る」

―― 巴マミの部屋 ――

ほむら「態々呼び出したりして何の用ですか?」

マミ「ちょっとね、急いで伝えないといけないことがあって……」

ほむら「それは重要なこと?」

マミ「この街を離れることになったの」

ほむら「それは……急…ですね」

マミ「他所でベテランの魔法少女が不足していて――」

ほむら「伝えたいことはそれだけですか?」

マミ「え、ええ、それだけだけど」

ほむら「だったら私はこれで……」

マミ「素っ気ないのね」

ほむら「……」

ほむら「巴さんにはいろいろ助けてもらって感謝してます」

ほむら「この街で一緒に戦えなくなることは残念だけど、
    貴女の考えに水を差すようなするつもりはありません」

マミ「少しは引き止めてくれたほうが嬉しいだけどなぁ」

ほむら「……どうせ決意は変わらないんでしょ?」

マミ「冷たいわね」

ほむら「そういう性格なんです」

マミ「……」

マミ「貴女はそれでいいの?」

ほむら「突然なんですか 話が見えません」

マミ「そんな荒んだ生き方で満足できるの?」

ほむら「生きてさえいれば、それで十分です」

マミ「毎日毎日、寝て起きて魔獣を倒すだけの繰り返しで空しくならない?」

ほむら「私には……何もないから――」

マミ「そのリボン以外?」

ほむら「ええ」

マミ「まどか……ね」

ほむら「……」

マミ「その人が今の貴女をみたらどう思うかしらね」

ほむら「そんなことを考えても不毛です」

マミ「……」

ほむら「私には……これしかないから」

ほむら「この世界と供に生きていくだけなんです」

ほむら「他に話がないのなら、もう行きます」

マミ「ええ、それじゃ……」

マミ「佐倉さんのこと、頼んだわよ」

ほむら「……」

マミ「あの子、貴女に懐いているみたいだし」

ほむら「正直、迷惑――」

マミ「そんなふうには見えないけどな 貴方たち二人は
   なんだかんだいって、仲良くやっていると思うわ」

ほむら「……」

マミ「本当にどうして貴女なのかしらね……
   私のほうが付き合いも長いし、これでも師弟関係だったこともあったのに」

マミ「少し、嫉妬しちゃうなぁ」

マミ「貴女にとってまどかって娘が大切だってことは分かったわ」

マミ「でも、他に大切なもの持ってはいけない理由はなんなの?
   貴女を見ていると、なんだか自分を追い詰めているように思えるわ」

ほむら「私には、まどかしかいないの」

マミ「強情ね……」

ほむら「……私、そろそろ行きます さようなら、巴さん」

マミ「ねぇ、暁美さん……」

ほむら「……さよなら」バタン


――――
 これは私自身が科した使命だ
 まどかの世界を見届ける…… どんなことがあっても

 
 私の願いの結末が、この世界を作り出してしまった
 まどかに神になるなんていう業を背負わせてしまったんだから


 一人で戦い続けなければならないんだ
 それなのに、それなのに私は―― 

マミ「だめね…… もっと上手く話せると思ったのに」

QB「お節介焼きもここまで来ると大したもんだよ」

マミ「これだけは言っておかないとだめだと思ってね」

マミ「でも、だめだったみたいだけど……」

QB「暁美ほむらは頑固な性格だからね」

マミ「あんな風に自分を責め立てて生きていたら……長くは持たないわ」

QB「だろうね」

マミ「キュゥべえからも何か言ってよ」

QB「無茶だよ 何故か知らないけれど、ボクは嫌われているみたいだからね」

マミ「……そう」

マミ「ありがとね……キュゥべえ」

QB「どうしたんだい? 藪からスティックに」

QB「御礼を言うのはボクのほうさ いつもいつも魔獣狩りご苦労様」

マミ「辛いことの方が一杯だったけど、楽しかったな」

マミ「弟子は他の女に盗られて、後輩は先に逝っちゃたけど……」

QB「君の魔法少女生活はなかなかに幸薄だったね」

マミ「それでも、美樹さんと佐倉さんと暁美さんと一緒にいられて楽しかったわ
   私の部屋でケーキを切り分けて、紅茶を淹れて、他愛のない話をして――」

マミ「あのとき、死にかけていた私と契約してくれてありがとう」

QB「君が納得のいく時間を過ごせてなによりだ」

マミ「魔法少女になったときから、死ぬ覚悟はしていたつもり
   だから後悔のないよう、自分の信じた生き方をしてきた」

マミ「キュゥべえ、貴方と出会えてよかった 私に素敵な時間をありがとう」

マミ(暁美さん、佐倉さん…… 貴方達も悔いのないように、ね)

マミ「……あっ」カチャ

 マミの手からお気に入りのティーカップが滑り落ちる
 陶器の割れる甲高い音が部屋に響き渡った

マミ「やっちゃったなー これ、高かったのに……」

QB「やれやれ…… マミはこういう失敗さえなければ完璧なのに」

マミ「あれ…… キュゥべえ、いつからそこに?」

QB「さっきまで話していたじゃないか」

マミ「そ、そうだったかしら…… 最近物忘れが多いと思っていたけど
   ついさっきまで何を話していたか思い出せないなんて……」

QB「魔獣退治で疲れているんだよ」

マミ「うーん…… こんなんじゃ佐倉さんのこと、忘れ物が多いなんて笑えないわね」

QB(潮時……かな…… お疲れ様、巴マミ)

―――― 商店街 ――――

ほむら「巴マミ……」

 彼女の言いたいことは、分かっているつもりだ
 昔から彼女の面倒見のよさは知っている……

ほむら「友達……か」

 まどかは一人、この世界を見守っている 私だけがこの世界で呑気に過ごしてなんて、
 そんなことが赦されるわけがない それに、私は杏子に対してあんな酷いことを――

杏子「ほむら~」

ほむら「どうしたの、こんなところで」

杏子「いやぁ、パトロール中にいいもん手に入れてさっ」

ほむら「いいもの?」

 じゃじゃーんっと効果音をつけながら差し出すチケット二枚
 見滝原に近年出来た水族館の無料権のようだ

杏子「へへっ、八百屋のおっちゃんからもらった
   いつも利用してくれてる二人にサービスだって」

ほむら「そう、良かったわね 私は魔獣――」

杏子「ほむら、これから暇だよな 一緒に行こうぜ? な?」

杏子「本当はさやかとマミさんも誘いたかったんだけど、残念ながら2枚しかないんだよ」

ほむら(さやか……? 彼女はずっと前に――)

杏子「だから今日は二人で行こうよ 居候させてもらってる身の私からのプレゼントってことで」

ほむら「八百屋のおじさんからでしょ?」

杏子「いや、もうこのチケットはあたしのだから、あたしからのプレゼントだ」

ほむら「ふぅん……」

ほむら「まるでデートのお誘いね」

杏子「いや、そのつもりなんだけど?」

ほむら「だったら遠慮させてもらうわ……」

杏子「うわっ、ひでぇ…… あたしのこと嫌いか?」

ほむら「別に、好きとか嫌いとかそういうのじゃなくて」

杏子「だぁーもー、五月蝿いなー つべこべ言わずに行こうよ、な?」

ほむら「強引ね」

杏子「こうでもしないと、ほむらは魔獣としか遊ばないからだよっ」ヘヘッ

ほむら「……分かった」

杏子「やった! 全は急げだ、駅向かうぞ駅」

ほむら(テンション高…… ここ最近の彼女とはまるで別人じゃない)

ほむら(まるで美樹さやかの生きていたときみたい……)

―――― 見滝原水族館 ――――


杏子「なぁ…… ペンギンって食べたら美味しいのかな」

ほむら「どうかしら…… というかあれ、食べたいの?」


――――

杏子「ほむら…… アシカって食べ――」

ほむら「ショーを楽しみなさいよ……」


――――

ほむら(こんな風に遊びに来るのって久しぶりね……)

ほむら(でも、こんなことしてる場合じゃない
    私は一匹でも多く、この世界の脅威を取り払わないと――)

杏子「ほーむらー、なにくらい顔してんだよ……
   あたしとじゃつまらなかったか?」

ほむら「いえ、そんなことはないけど」

杏子「あっ…… このイルカのぬいぐるみ、さやかっぽい……」

ほむら(えっ? イルカのどの辺が美樹さやかっぽいの?)

杏子「うーん、一通り回り終わったかなー」

ほむら「そうね」

杏子「どれもこれも美味しそうだった」

ほむら「その感想は可笑しいわ」フフッ

杏子「やっと笑った」

ほむら「え?」

杏子「なんか今日一日ずっと楽しそうじゃなかったし」

ほむら「そんなことないけど……」

杏子「それなら良かった」ニシシ

ほむら(ああ、杏子ってこんな風に笑ってたっけ
    随分久しぶりにみたかな……素直に笑う杏子の顔……)

杏子「さて、あとはお土産コーナーでも見てくかな
   さやかには何買って行ってやろーかなー」

ほむら(またさやかの名前を口に出すなんて……)

ほむら「ねぇ、杏子 今日の貴方変よ?」

杏子「そんなに変か?」

ほむら「美樹さやかのことをそんに口にするなんて珍しいわ」

杏子「珍しいか? ほむらはあたしとさやかが
   友達になれるように取り計らってくれたりしてるじゃん?」

ほむら「それはずっと前の話でしょ」

ほむら「彼女が亡くなってからは話題に出てくることも少なく――」

杏子「は? 何言ってんだよ…… さやかが死んだ?」

ほむら「ええ、クラスの友達を守るために身を挺して――」

杏子「ほむらって、そういう冗談言うヤツじゃないだろ?」

ほむら「……冗談?」

杏子「んだよ……折角遊びに誘ったのにそんな与太話を聞かされるなんて思っても無かった」

ほむら「貴女、熱でもある?」

杏子「そっちこそ頭狂ってんじゃねーの?」

杏子「さやかとはやっと友達になれたのに……」
   友達になれたのに…… それなのに……」

杏子「そんな…… 死ぬわけないじゃん
   ほむらはあたしにそんな嘘ついて楽しいわけ?」
   
杏子「うぅ……あ……」ズキッ

 頭を抱え込むようにして蹲る杏子
 苦しそうにうめき声を上げている

ほむら「どうしたの杏子、大丈夫!?」

杏子「あ、あれ? ……あたし何してたんだっけ?
   商店街近辺で魔獣と戦ってて……」

杏子「ほむら……、えっと、いつから一緒に――
   なんで私たちは水族館なんかにいるんだ?」

ほむら「魔獣の仕業……幻惑系の魔法?」

杏子「幻惑? それは私の得意分野だ そんなヘマしないさ」

ほむら(だったらどうして……?)

―――― ほむらの部屋 ――――

ほむら「今日はゆっくり休みなさい」

杏子「うん…… なんか悪いな」

ほむら「この借りは戦場で返してくれればいいわ」

杏子「任せてよ」

ほむら「お粥でも作ろうか…… 食べられる?」

杏子「3人前くらいなら」

ほむら「それは食べすぎよ…… ちょっと待ってなさい」

杏子「ありがと」

――――

ほむら「キュゥべえ」

QB「呼んだかい?」

ほむら「アレはなんなの」

QB「アレっていうのは?」

ほむら「惚けないで…… 杏子のこと、彼女変よ」

QB「そうかな、昔からあんな感じで忘れっぽい子だったよ
   マミの家に遊びに行ったら、いつも何か忘れて帰っていたし」

ほむら「キュゥべえ、そんなことを聞いているんじゃないの」

QB「……潮時だね」

ほむら「どういう意味?」

QB「彼女のソウルジェムに限界が近づいている」

QB「契約のときに話したと思うけれど――
   あぁ、君はこの世界で契約した魔法少女じゃなかったっけ?」

ほむら「詳しく説明してちょうだい」

QB「単純なことさ、魔法少女としての寿命だよ
   それに伴って様々な異常を来たす事があるんだ 今の杏子みたいにね」

ほむら「ソウルジェムに魂を移し変えれば、いつまでも戦い続けられるはず――」

QB「それは君たちの世界、魔法少女が魔女として孵化する世界の話だろう?
   この世界では、君たち魔法少女はずっと少女のままだ。魔女になることはない」

QB「魔法少女は長くは生きられない 魔女になんて決してならないよ 
   少女のまま、その天命を全うするんだ」

ほむら「本当?」

QB「ボクは嘘をつかない」

QB「考えてもみなよ 魔法少女になったが最後、100年も200年も それこそ何千年も――
   ただただ魔獣を狩ることだけを強いられるなんて……人の精神が持つとは思えない」

QB「神が与えた慈悲か悪意か……君たちにも終わりが訪れるというわけだ」

ほむら「……」

QB「ボクとしては一人の魔法少女が何百年と戦ってくれたほうが楽なんだけどね」

QB「君にとって初耳だったようだけど、全ての魔法少女に言ってあることだよ」

QB「だけど、このことを記憶できる魔法少女はいない
   それがどうしてかはボクたちには分かってはいないんだ」

ほむら「なんなのよそれ……」

QB「まぁ通常なら、障害が起こる前に円環の理へと誘われるはずなんだけどね」

ほむら「それじゃあ杏子は――」

QB「長くはないよ 記憶の混乱が著しいし、本来なら既に導かれていても不思議じゃない」

ほむら「……何か私できることは」

QB「何もない…… 彼女はよくやったよ
   ボクが見てきたなかでも、魔法少女として非常に優秀だった」

ほむら「……」

QB「何かしてやりたいと思うのなら、少しは素直に接してやることだね」

ほむら「貴方がそんなことを言うだなんて……どういう風の吹き回し?」

QB「勘違いしないでほしけど、これはボクの考えじゃない
   巴マミがそういっていただけだ」

ほむら「そう……」

QB「用はそれだけかい?
   ボクは次の候補を見定めに行かなくちゃならないんだ」

ほむら「ええ、行っていいわ……」


――――
QB「これで杏子もお終いか」

QB「……」

QB「さてと、次の魔法少女はどんな娘かな……」

ほむら「お待たせ」

杏子「……」スースー

ほむら「寝ちゃったの?」

杏子(父さん、母さん……モモ……)ムニャムニャ

ほむら「……寝ているときは素直で可愛いのに」

 なんとくなく杏子の髪に手を伸ばし、指に絡める
 しばらくの間、くるくると指先で弄ぶ

ほむら(寿命だってさ……)

杏子「……う……うん?」

ほむら「起こしちゃった?」

杏子「……お腹すいた」

ほむら「食べる?」

杏子「うん」

杏子「熱ッ」

ほむら「慌てないでゆっくり食べなさい」

杏子「う゛ー」

 火傷した舌をちょろっと出して椀をにらみつけている
 そのしぐさはどことなく犬っぽくて可愛らしい

ほむら「食べさせてあげようか」

杏子「え゛っ」

ほむら「その不満そうな声はなんなの?」

杏子「ほむらがあたしに優しくするなんて珍しい」

ほむら「嫌なら食べさせてあげない」

杏子「すみませんでした」

ほむら「素直でよろしい」

ほむら「はい」

杏子「あーん」

ほむら「美味しい?」

杏子「うむ、庶民らしく粗野だが美味である」

ほむら「何様?」

杏子「風を引いたときは何を言っても許してもらえる様」

ほむら「なによそれ」クスッ

 思わず笑みが零れる
 杏子はその一瞬を見逃さなかった

杏子「うん、やっぱりほむらは笑ってたほうがいいよ」

ほむら「茶化さないの 残り食べさせてあげないわよ」

ほむら「それで、気分はよくなった?」

杏子「平気平気」

ほむら「よかった」

杏子「……」

ほむら「貴女が居なくなったら――」

杏子「貴重な戦力が無くなるもんな」

ほむら「……さ……し…い…」

杏子「なんだって?」

ほむら「な、なんでもない」

杏子「そっか」

杏子「……いろいろあったけど、まぁその、なんだ」

杏子「家族を失ったときは、何かもが終わったんだと思ったけど
   ほむらと一緒に暮らすようになって、さやかとも友達になれたし」

杏子「あたしの人生も、わりと楽しかった……かも……なんて……」

ほむら「何よ……もうこれでお終いみたいな言い方じゃない」

杏子「……」

ほむら「……」

杏子「まさか あたしが居ないと困るだろ?
   近距離戦に特化したあたしと、ほむらの弓でのコンビネーションは無敵だ」

ほむら「そうよ、頼りにしてるわ」

杏子「ああ、任せてよ」

―――― 翌日 ――――

杏子「居残り?」ゴホゴホッ

ほむら「魔法少女が風邪だなんて……笑えないジョークね」

杏子「普段だったら魔力で直ぐに直るのに なんでかなぁ」

ほむら「今日はゆっくり休みなさい」

杏子「う゛ー」

ほむら「駄々をこねないで」

ほむら「マミさんに会って、何か美味しいもの作ってもらってくるから」

杏子「うん?」

ほむら「それじゃ、留守番たのんだわよ」

杏子「あ……ああ……」

 マミさん……?

 聞き覚えのない名前だな

 ほむらにあたし以外に知り合いっていたんだ

 魔法少女の知り合い…… だったら協力関係を結んでるのか?
 
 その可能性は十分にありうる……よな……
 
 ということはあたしは――
 
 ただ寝ているだけで、ほむらの役に立ててないあたしのことなんて――
 
 必要のない存在…… 用済みになっちゃう?
 
 ほむらにとってあたしは――
 
 友達でもなんでもないだ
 
 だから……

―――― 巴マミのマンション ――――

ほむら「……」ピンポーン

 インターホンによる電子音が空しく響き渡る
 部屋に灯りは無い……どうやら留守のようだ

ほむら「居ないのかしら?」

**「そこに住んでいた人なら、昨日引っ越したわよ」

 突然後ろから中年の女性に話しかけられた

**「聞いていなかったの? あの子、しっかりしていたから、
   お友達に報告していなかったなんて意外ねぇ」

ほむら「そうですか…… 有難うございます」


――――
ほむら「昨日の今日で直ぐに居なくなるなんて……」
    キュゥべえの言っていたこと、確かめたかったのに」

ほむら(巴さん……)

ほむら「……杏子のために、何処かで美味しいもの買って帰らないと」

ほむら「何にしようかな」

 何を買っていったら喜んでくれるだろうか そんなことを考えて
 街中を散策しているとソウルジェムが震えだすのを感じ取った

ほむら(瘴気……魔獣が現れたみたいね……)

 マミさんがこの街を去った
 杏子は家で休んでいる
 つまり、今戦えるのは私だけだ



――――
ほむら「この辺りのはず……」

**「ちっ」

魔獣「 ―― 」

ほむら「誰か戦っている?」

ほむら(もう新しい魔法少女をキュゥべえが用意したの……?)

**「ぐ…あっ……痛ッ……」

ほむら「この声……まさか――」

魔獣「グシャアアアアア」

ほむら「杏子ッ 何やってるの」シュ

 弓を具現化し、魔獣の頭部と思われる箇所を貫いた
 不気味な断末魔を上げながら魔獣は霧散してゆく

杏子「ッ……余計なことしやがって」

ほむら「……」パンッ

 右手で一振り―― 私は杏子を叩いていた

杏子「な……!?」

ほむら「馬鹿……もう少し私の到着が遅かったらどうなってたと思う!?」

杏子「……問題なかったさ」

ほむら「問題ない? そうね、滞りなくあなたがやられていたわね」

杏子「……」

ほむら「そもそもその格好はなんなの?」

 普段着のまま、槍だけを具現化してる杏子を指差して私は問う

杏子「ハンデだよ」

ほむら「ハンデ?」

杏子「緊張感が足りなくてさ」

ほむら「その結果がそれ?」

 真っ赤に染まった上着―― 左腕の肘から先がなくなっている

ほむら「ふざけるのもいい加減にしなさい!」

杏子「……」ビクッ

ほむら「貴女……死にたいの?」

杏子「……」ゴホゴホッ

ほむら「……もういい、傷の手当てをして帰りましょう」

杏子「どう…し……て」

ほむら「何?」

杏子(雑魚一匹に苦戦するあたしに、どうして優しくするんだよ)ボソッ

ほむら「聞き取れない声でつぶやかれても分からないわ」

杏子「分からないんだ」

ほむら「言いたいことがあるならはっきり言いなさい」

杏子「……」

ほむら「だんまり?」

杏子「そっちこそ」

杏子「ちゃんと口に出して言ってくれないと――」

杏子「あたし、馬鹿だからわからないよ」ポロポロ

―――― ほむらの部屋 ――――

ほむら「……キューブ、ここにある分は全て使っていいから」

杏子「いいよ、このままで」

ほむら「そんなこといったって、片手だけじゃ――」

杏子「いいからっ!」

ほむら「……」ビクッ

杏子「いいんだよ、このままで…… 疲れたし、もう寝るよ」

ほむら「……うん」

杏子「……」

ほむら「おやすみ、杏子」

―――― 
ほむら「……」スースー

杏子(うん、よく寝てる)

杏子(ばいばい、ほむら)

 豆電球一つの暗闇の中、杏子はゆっくりと立ち上がって歩き出そうとしたが、
 足が縺れてバランスを崩してしまい勢い良く床に転んでしまった

杏子(痛ッ―― 起こしてないよな……)

ほむら「……猫って死ぬときは飼い主の前からいなくなるの、知ってた?」

杏子「その話は眉唾物だけどな」

杏子(もしかして最初から起きてのかな……)

ほむら「貴女もペットみたいなものだから、どこかに行っちゃうのかと思った」

杏子「また人を犬かなにかみたいに言ってくれてさ」

ほむら「私が拾った犬みたいなものでしょ それで、その犬はどこに行くつもりなのかしら」

杏子「ここじゃないどこか」

ほむら「貴女の家はここでしょ」

杏子「違うよ」

杏子「もう…… あたしの居てもいい場所じゃなくなったんだ」

ほむら「どうして」

杏子「分からないわけないだろ?

杏子「魔力が上手く練られない」

杏子「まともに変身も出来なかった」

杏子「ほむらが居なければ死んでいた」

杏子「もうあたしがここにいられる理由がなくなっちまったんだよ」

ほむら「……」

杏子「共闘関係は破綻したんだ もうお終いだ」ポロポロ

杏子「さよなら 今までありがとう 楽しかったよ」グスッ

 杏子は瞳に涙を湛えたまま、必死に笑顔を作って私に微笑みかけた

しえん(`・ω・´)

ほむら「待って――」

杏子「馴れ合うつもりはないし、友達も必要ないんだろ?」

ほむら「……」

ほむら「ごめん……」

杏子「……」

ほむら「行かないで!」

杏子「どうして――」

ほむら「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」ポロポロ


 私だって仲良く出来たらって思ってたけど
 それじゃあ私だけ幸せになったらまどかに対して申し訳なくって

 
 
 杏子が優しくしてくれるからつい甘えたくなって……

 でもその行為に甘えてしまったら、私はもう一人でやっていけなくなる――
 

 あの日、杏子に酷いことしてしまって 何度も何度も何度も後悔したの……


 私は一人で魔獣だけを狩っていればよかったのに――

しえん(`・ω・´)

ほむら「私のことなんて放っておいてくれればよかったのに」

ほむら「ワルプルギスの夜と戦ったときだって、貴女はまどかを庇って倒れるし、
    悪ぶった風を装って、人一倍仲間想いだし……」

杏子「おい、いきなりそんなに捲し立てられても……
   それにワルプルギスってなんだよ――」

ほむら「一人ぼっちは寂しいの」ガバッ

 杏子の上に覆いかぶさるように跨る

ほむら「今更遅すぎるよね…… 私が悪かったのに……
    ごめんね、杏子の気持ちに甘えてた……それなのに冷たく当たって」ポロポロ

 感情が昂ぶり、自分でも何を言えばいいのか分からなくなってしまう
 伝えなきゃいけないこと、謝らないとダメなことはたくさんあるはずなのに――

ほむら「うぅ……ひっく……ごめんね 私、酷い子だよね」グスッ

 ダメだ、これじゃ杏子に嫌われても当然だ……
 涙がとめどなく溢れてくる 涙は私の頬を伝い、杏子の額に零れ落ちた

杏子「……」

ほむら「謝って赦されるなんて思ってない…… でも、でも……
    ごめんなさい、ごめんなさい…… 私が私が――」ポロポロ

杏子「泣きすぎだよ、ほむら」

 杏子の手が頬に触れる 見慣れた微笑みを浮かべながら――

ほむら「だって……」

杏子「辛かったんだよな……ごめんな、力になってやれなくて」

ほむら「どうして杏子が謝るのよ 悪いの全部私なのに」グスッ

杏子「……うん、遅いよ」

杏子「もっと早く話しくれたら――
   って、それができたらこんなに思い詰めたりはしないか」

 杏子が私の頭を柔らかく撫でる

ほむら「う゛うっ…ひっ……ぐすっ あ゛あああぁああ」

杏子「……」ナデナデ

杏子「落ち着いたか?」

ほむら「うん」グスッ

杏子「そろそろ退いてほしいんだけど」

ほむら「嫌」

杏子「いやってお前――」

ほむら「ここを退いたら出て行くつもりでしょ」

杏子「あたしは役に立てないよ」

ほむら「ううん、傍にいてくれるだけでいい」

杏子「……」

ほむら「ダメ?」

杏子「ダメ…じゃないよ……」

ほむら「いいの?」グスッ

杏子「いいって言ってるのに、また泣く……」

ほむら「嬉しいから」

杏子「そっか」

ほむら「……」

杏子「やっとだ」

ほむら「……何?」

杏子「やっと、ほむらと友達になれた」

ほむら「友……達?」

杏子「違う?」

ほむら「私…友達とか良く分からないから」

杏子「あたしだってそうさ よく知らないよ でもさ――」

杏子「あたしは、ほむらのこと好きだよ」

ほむら「な…な……このタイミングで直球ね」カァァ

杏子「初恋なんてしたことないから分からないけど、
   父さんや母さん、妹と同じ位ほむらのことが大切に想ってる」

ほむら「聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた……」

杏子「ほむらはどうなんだよ」

ほむら「そんなこと……聞かなくても分かるはずだわ」

杏子「直接ほむらの口から聞きたいんだよ」

ほむら「あ……うぅ……す…す…きらいじゃないわ」

杏子「はっきりしないなぁ」

ほむら「す……好きです……」

杏子「ありがとう、あたしも大好きだよ」ニコッ

ほむら「す…少しは……照れたりしたらどうなの?」

杏子「ここで動揺しないのがあたしなんだ」

ほむら「ずるいわ……」

杏子「ところでさ、いつまでマウントポジションなわけ?」

ほむら「ご、ごめんなさい」

 慌てて杏子から飛び退こうとしたときだった
 
杏子「その前に――」

 私の頭を撫でていた手に力が入り、杏子の方へと引き寄せられる

杏子「……」チュッ

 洋画などでよく見かけるようなキス―― 柔らかな唇が頬に触れた
 完全に不意打ちだ……頭の中が真っ白になる……

杏子「仲のいい友達ってのは、キスしたりするもんなんだぜ?」ニヤッ

杏子(昔読んだ本に書いてあった知識だけどな……)

ほむら「な……な……」プシュー

杏子「それに、もっと凄いことをあたしにしたくせに……
   コレくらいで焦ってるなんて ほむら、かわいい」

ほむら「う……あ……あのときは本当に――」

杏子「もう赦したよ」

ほむら「……な…」

杏子「ほむらは自分のことを簡単に赦せるような性格じゃないし
   あたしはが赦してやらないとな…… 精神的に辛かったんだろ?」

ほむら「その……えと……」

杏子「でも、流石に口付けされながら他人の名前を呼ばれるのは嫌だけどさ」

杏子「声出てたし…… まどかってさ」

ほむら「あう……あ……」

杏子「全部聞かせてよ ほむらが何を見てきたのか――」

ほむら「……うん」

ほむら「全部……話す」

 
 
 二人して一つの布団に潜り込み、互いの過去について語り合った

 辛かったことも、苦しかったことも、全部を曝け出して……

 
 
 今まで一人で背負い込んできたもの全てを話すことによって、

 体が軽くなったような…… 気持ちが晴れたような気がした
 

 その日、私たちはようやく友達になれたのだ

―― 数日後 ――

杏子「ほむら遅いなぁ」

 ほむらは魔獣狩りに出かけている
 あたしは今日も一人で留守番だ 休んでいるのに体調が一向に良くなる気配は無い

杏子「左腕もほむらの魔力で元通りになったし、
   ソウルジェムも酷く穢れを溜めているって感じはないのに……」

QB「やぁ、杏子」

杏子「キュゥべえか…… 話し相手には丁度いいや」

QB「そうだね、ボクもちょっと聞きたいことがあったし」

杏子「なんだよ聞きたいことって」

QB「どうして君はまだ生きていられるんだい?」

杏子「……?」

QB「寿命は当に過ぎているはずだ
   普通の魔法少女なら、これほど魔力が衰える前に理へと還るはずなのに」

杏子「言っている意味が――」

QB「暁美ほむらの存在が君に影響を与えているとしか思えない」

杏子「……キュゥべえ、さっきから何の話を」

 「ただいま」と玄関からほむらの声が聞こえた

ほむら「あら、キュゥべえ、何か用なの?」

QB「ちょっと杏子と話をしていただけだよ」

ほむら「何の話をしていたの」

QB「言っても無駄さ、君たちには把握できない」

ほむら「杏子、キュゥべえと何を話したの?」

杏子「ああ…… えっと、なん……だっけかな……」

QB「ほらね」

ほむら「寿命の話ね…… キュゥべえが記憶できないといっていた――」

QB「……!?」

QB「暁美ほむら…… 君は憶えているのかい?」

ほむら「当然よ」

QB「イレギュラー…… 興味深いよ」

ほむら「……」

QB「もしかして君は本当にこの世界が
   終わりを迎えるまで戦い続けることができるのかい?」

ほむら「そのつもりよ」

QB「……面白い…面白いよ、暁美ほむら」

ほむら「……」

QB「君には期待してるよ」スッ

杏子「あいつ……何しに来たんだよ」

ほむら「……」

杏子「って、ほむら……いつの間に帰ってきたんだ?」

ほむら「ついさっきね」

ほむら(さっきの会話……やっぱり記憶に残らないみたいね……)

ほむら「今日は収穫が多かったわ」

杏子「へぇ……結構な数のキューブだな」

ほむら「この街には今、私たちだけしか魔法少女がいないから
    必然的に一人で狩る得物の数も増えるわ」

杏子「無理すんなよ」

ほむら「ええ、分かってる」

ほむら「帰りを待っている人がいるからね」

杏子「うん……」

杏子「言って少し恥ずかしくない?」

ほむら「凄く……ね」

杏子「でも、あたしも早く復帰しないとなぁ」

杏子「ずっとこの街を二人だけで守ってきたんだし」

ほむら「二人だけ……?」

杏子「この街には昔からあたしたち二人だけだろ?」

ほむら(ここのところ記憶の混濁は収まっていたのに)」

杏子「一日中家にいると退屈で仕方がないよ
   あーあ、どっか二人で遊びにいきたいなぁ」

ほむら「そうね……」

杏子「じゃ、そろそろ家に帰らないと」

ほむら「貴女の家は――」

杏子「きっと父さんが心配してるしさ」

ほむら「杏子……?」

杏子「……? えっと何話してたっけ」

ほむら「今度二人で遊びに行こうって話しよ」

杏子「そうだっけ……」

ほむら「……」

杏子「ところであなたはだれ?」

ほむら「――!?」

杏子「モモ……どこいるの?」

杏子「お姉ちゃんを置いていかないで!」

ほむら「杏子……しっかりして!」ユサユサ

杏子「……ん」

ほむら「大丈夫?」

杏子「うーん……あ…… おはよう……ございます?」

――――

ほむら「夕飯できたわよ」

杏子「いい匂い―― いただきます」ポロリ

杏子「……?」

ほむら「杏子?」

 杏子の箸を持つ手がぎこちない

杏子「あれ…なんでだろ……上手くつかめないや」ポロッ

ほむら「……食べさせてあげる」

杏子「ごめん、頼むよ……」

杏子(どうしちゃったんだ……あたし……)

――――
ほむら「今日も敷くのは一つだけいいかしら」

杏子「うん、同衾させていただきます」

ほむら「同衾って……添い寝でしょう?」

杏子「食べるから同衾でいいんだよ」

ほむら「杏子……?」

杏子「前にも言ったろ? ほむらの味好きだって」

 向かい合った形で杏子が私の首筋に顔埋める

杏子「いただきます」ガブッ

ほむら「痛ッ」

 鋭い歯が皮膚を突き破る感触――
 痛みから察するに、甘噛みといった強さではないようだ

ほむら「な、なにするの」

 血が滴り落ちて、シーツに真っ赤な染みを作る

杏子「ん、美味しい」

ほむら「悪戯にしては度が過ぎてるわ」

杏子「実はあたしは吸血鬼だったんだ」

ほむら「嘘」

杏子「うん」

ほむら「……何のつもりかしらないけど――」

杏子「手握っていい?」

ほむら「今日は甘えたがるのね」

杏子「なんだか怖くてさ」

ほむら「何が恐いのかしら?」

杏子「わかんない」

杏子「でも、最近のあたしって変じゃん」

ほむら「そうかしら」

杏子「そうだよ」

ほむら「……」

 手を握り合ったまま、今度は私の額に自分の額をぴったりとくっつける

杏子「好きだ」

ほむら「知ってる」

杏子「友達になれてよかった」

ほむら「私もよ」

杏子「……ほむらに出会えてよかった」

ほむら「うん」

杏子「ありがとう」

ほむら「……今生の別れの言葉みたいじゃない」

杏子「あたしはどこにも行くつもりはないよ」

杏子(あの時、家族が居なくなったとき……
   こんな風にまた幸せを感じることなんてできないと思ってた)

杏子「でも、こういうのは言えるうちに言っておかないと――
   まどかとほむらのおかげでだよ……こんなに充実した時間が過ごせたのは」

ほむら「私の方こそ、杏子が居てくれてよかった」

杏子「うん、もっと感謝してくれてもいいよ」

ほむら「調子にのらない」

杏子「えへへ」

杏子(もう長くないってことは馬鹿なあたしにでも分かってる
   だからせめて、今夜だけは幸せな夢を見せてよ……神様」

杏子「おやすみ、ほむら」

ほむら「おやすみ、杏子」


――――――
―――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 人はいつかは死ぬよ 魔法少女だってそれは同じさ
 
 物語は必ず主人公の死で終わるんだ
 
 映画や小説のハッピーエンドの先に待っているのだって死だよ
 
 最後まで描かないだけさ 全部が全部デッドエンドだ
 
 でもさ、たとえどんな悲惨な最期を迎えたとしても
 それまでの人生を満足できていれば、きっとそれだけで十分なんだとあたしは思うんだ

 
 死という運命は変えらない 
 もし、結末への道程が不変なものだったとしても、受け取り方しだいで

 その人の物語はハッピーエンドにもバッドエンドにもなりうるんだと思うよ
 
 あたし……?
 
 もちろんハッピーエンドさ こんなにも大切な友達がいるんだぜ?
 ただ、アイツ一人を置いていくことだけが心残りではあるんだけど――

 
 
 そっか、もうお別れの時間か

  
 
 さよなら ほむら 大好きだよ

 
 
 それじゃあ行こっか まどか

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まどか「あー、だるいわー」

まどか「死にかけの魔法少女のジェム砕くのも飽きたわー」

まどか「てか最近仕事サボってる気がするわー」

まどか「いや、気のせいだよねー、まだ3分くらいしか休憩してないよねー」

まどか「ん? うわ、やってもうた。なにあれ、ボケすぎワロスwww」

 目が覚めると、隣に杏子の姿は無かった
 まどかに導かれて、どこか遠くの場所に旅立っていったのだと直ぐに悟った

ほむら「杏子……」

ほむら「馬鹿……やっと友達になれたのに」

 首筋がズキズキと痛む―― 昨夜杏子に噛み付かれた箇所だ

ほむら「自分の存在をこんな形で残すなんてね……」

 きっと彼女はそのつもりで噛み付いたのだろう
 自分のことを忘れられないように、何かを残そうとしていたんだ

ほむら「こんなことされなくても、貴女を忘れることなんて絶対ないのに――」

ほむら「もっと、一緒にいたかった……」

ほむら「もっと早く素直になればよかった……」ポロポロ

 気がつくと涙が零れ落ちていた

ほむら「一人ぼっちは寂しいよ……」

 シーツの上に涙が吸い込まれ、染みとなって広がっていく……
 その直ぐ傍で、昨日は鮮やかな赤だった血の染みが、赤黒く色を変えていた

―――― 数日後 ――――

QB「すまないね、この街を一人で担当させてしまって」

ほむら「構わないわ…… 私の使命は魔獣からこの世界を守ることだから」

QB「次の候補は決まっているから、もう少しだけ辛抱だ」

ほむら「そう」

 キュゥべえの話を聞き流しながら、私は冷蔵庫の整理に励んでいた
 捕食者のいなくなった大量の菓子類を、ようやく片付ける気になったからだ

ほむら(食べ物を粗末にすると、怒られちゃうわね……)

ほむら(でもこの量を一人で食べるのは……)

 今度新しく魔法少女となった子と一緒に食べるのはどうだろう……
 などと考えをめぐらせていると、奥のほうにひときわ大きな箱を発見した

ほむら「何かしら……?」

 その箱はスーパーか何かのレジ袋に包まれているようだった
 丁寧に袋から取り出すと、何か小さな紙切れが足元にひらひらと舞い落ちた

ほむら「メッセージカード?」

ほむら「まさか……杏子から……?」

 可愛らしい動物のシールで封された手紙を、私は逸る気持ちを抑えて開く

ほむら「期待させておいて……なんなのよ」

 白紙だ 何も書かれていない……真っ白のメッセージカード――

ほむら「……箱の中身は何かしら」

 冷蔵庫に入れてあるくらいだから、きっと食べ物だろう

ほむら(……いついれたか分からないから、傷んでいないといいんだけど)

ほむら「なんで……冷蔵庫にマフラーが入ってるのよ……」

ほむら「本当に、意味がわからないわ」

 プレゼントのつもりだとしても、どうして冷蔵庫の中に入れてあったのか……
 記憶が混濁していて、ただただ奇怪な行動をとっただけなのかもしれない

ほむら「杏子の馬鹿……」

 真紅のマフラーに顔を埋める――
 その瞬間、杏子の香りが鼻腔を通り、私の肺を満たす

ほむら「なに……これ……杏子が使ってたヤツとお揃いかと想ったけど」

ほむら「プレゼントに自分のお古を送るって……まったく……」クスクス

 深呼吸―― 再び彼女の匂いを堪能する

ほむら「こんなに素敵な贈り物があるのなら、首筋に噛み跡を残す必要なんてなかったのにね」

 一人きりなり、静まり返った部屋に向かって私はつぶやいた

―― エピローグ ――


 摩天楼から見滝原の町を見下ろす 


 相変わらずこの世界には魔獣が蔓延っていて
 悲しみと憎しみばかりを繰り返す、救いようのない世界だ

  
 だとしてもここは、かつてあの子が守ろうとした場所なんだ
 大切な友達と供に戦った思い出の詰まった世界なんだ

 
 決して忘れたくない いつまでも憶えている
 そのはずなのに――
 

××「暁美先輩、私やりましたよー 一人で魔獣を倒せましたー」

**「××ったら、私たち二人でしょ?」

××「いや、**の援護がなくても、あたしひとりでも勝ててたね」

**「強がりをいっちゃって……」

 私は新しい魔法少女たちと供に街を守っている
 最近は後輩の面倒をみることが多くなってきた

**「暁美先輩、どうしたんですか? 暗い顔して」

ほむら「大丈夫よ さぁ、使い終わったキューブをキュゥべえに――」

××「それならさっき済ませたじゃないですか」

ほむら「そ、そうだったかしら……」

**「最近の先輩、ボケボケですね」

××「こらっ、失礼でしょ」

**「えへへ、ごめんなさい」

ほむら「……」

**「失礼ついでにお尋ねしますが、暁美先輩っていつも
   マフラーしてますよね……真夏だっていうのに」

 「リボンもずっと同じヤツだし」と後輩魔法少女が尋ねる

××「それについては私も疑問に想ってたんですけど……」

ほむら「大切な人からの贈り物なの」

**「それってもしかして恋人ってヤツですか!?」

ほむら「……秘密」

**「え゛ー」

ほむら「それに…… 実はね、このマフラーの下には
    吸血鬼に咬まれた跡があるの…… だから、それを隠すために――」

××「吸血鬼!?」

 後輩二人は互いに顔を見合わせて驚いている
 そして目顔で早く続きを話してほしいと訴えかけた

ほむら「ふふっ、冗談よ 私たちの相手は魔獣だけで十分よ」

**「冗談って…… 先輩キャラじゃないですよー」

QB「楽しく雑談しているところ申し訳ないんだけど、どうやら次が現れたみたいだ」

**「さっき倒したばっかりなのに……」

××「ぼやいていても仕方ないでしょ、倒しに行くわよ**」

**「りょーかいっ! 暁美先輩はそこで高みの見物でもしていてください」


 私を残し、二人は夜の帳の中へと消えていった

QB「優秀な人材が二人も手に入ってよかった」

ほむら「よかったわね」

QB「負担が減るんだから、君にとっても好都合だろ?」

ほむら「……」

QB「はぁ……最近はめっきり元気がないみたいだね」

ほむら「そうかしら」

QB「聞き役くらいならボクにだってできるよ」

ほむら「貴方が? 冗談じゃない」

QB「冷たいなぁ…… これから何千年と供に過ごしていくパートナーなのに」

ほむら「はぁ……」

QB「返事はため息一つだけかい」

ほむら「……キュゥべえ、あの後輩二人の名前ってなんだったかしら」

QB「忘れたのかい? 短くない付き合いだろう?」

ほむら「そのはずなのに……思い出せないの」

QB(イレギュラーといっても、やはり魔法少女には変わりなかったか)

QB「君の記憶力は他の魔法少女に比べて、随分よかったはずじゃないのかい?」

ほむら「……」

QB(期待はしていたけど……現実はこんなものだろう)

QB(うん、君もよくやったよ…… お疲れ様だ…暁美ほむら)

QB「あの二人の名前は ―――― だよ」

ほむら「そう……そうだったかしら」

ほむら(やっぱり…記憶があやふやだわ……)

ほむら「キュゥべえ、あのね…… 私ね、最近――」





ほむら「物忘れがひどいの」







―― おしまい ――

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年03月02日 (月) 01:08:24   ID: IEYPPWz5

いままで読んできたうちで一番悲しい話しだった

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