上条「とある罪人は竜と踊る?」 (94)
・「とある魔術の禁書目録」のキャラクター×「されど罪人は竜と踊る」のストーリーのクロス
・「されど罪人は竜と踊る」の設定を知らなくても話が分るように努力します
・「されど罪人は竜と踊る」側の設定も改変してます
・上条、垣根、一方通行中心
・厨二、鬱、グロ、カニバ要素あり
・地の文あり、不定期更新
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郵便受けに入っていた手紙の差出人を見た瞬間、上条当麻の顔は引きつった。
「才人工房……?」
語尾が疑問形だったのは、今見ている現実を直視したくないからだ。
才人工房、そう呼ばれる店は上条の記憶にある限りたった一つで、記憶が混濁していなければ、
最新鋭かつ最高値の咒式具の販売をしている店のはずだ。
そして、封筒に押されている『請求書在中』という文字。
嫌だ、見たくない。
しかし現実から目を背けても請求書は消滅してくれないので、十秒程の現実逃避の後、恐る恐る封を開ける。
目を細めて横目で見た請求書に印字されていた数字は――やっぱり見なければよかったと後悔するものだった。
鈴科式法珠の最新型が一つ、プラス魔杖剣への取り付け代金。
一月の稼ぎが軽く吹き飛ぶお値段である。
上条の体がわなわなと震える。
「……あの、クソ野郎……っ!」
絶対に文句を言ってやる。そう心に決めて、上条は事務所の扉を開けた。
――『上条当麻&垣根帝督咒式事務所』の扉を。
咒式士。
咒力と呼ばれる力を持ち、魔杖剣と呼ばれる演算装置の力を借り、自分の望む物理現象を引き起こす存在のことだ。
そんな咒式士の中でもかなり高位である上条と垣根であれば、稼ぎががっぽりなのではないか? といわれるとまったく違う。
有力な依頼は、高名な駒場咒式事務所やオティヌス咒式事務所に吸い取られ、こちらに回ってくる依頼など雑用じみたものばかり。
雑用の依頼料は雑用並みのものでしかなく、つまり慢性的に金がない。
だというのに相棒――と呼ぶのも苦々しいクソ野郎は、躊躇わず高価な装備その他を買い漁ってくれるわけである。
確かに魔杖剣の中核である法珠をグレードアップすれば、戦力として有意義ではあるのだが。
有意義であれば何でもしていいわけではない。
費用対効果というものを考えていただきたい。
「おいこらバ垣根!」
「人の名前も正しく呼べねぇほど老化が進んだか?」
怒鳴り込んだ上条を迎えた垣根は、冷蔵庫を磨いていた。
「言葉を発する前と後に生まれてきてごめんなさいと付けろ。なんっなんだよこの請求書は!」
「囀ってんじゃねぇよ右手の付属品。寝る前と後にどうか本体と入れ替わりませんようにとお願いしてろ。
いい出来だぜ最新の鈴科式法珠。咒式の発動時間が平均7パーセントは縮む」
「だからって共同経営者に断りもなく大金を使うなっての! 馬鹿か、馬鹿なんですか!?」
垣根は悪びれなく冷蔵庫を磨いている。
上条には一切理解できないが、垣根は超弩級の家電製品マニアなのだ。
名前まで付けて家族のように扱っている。
そして、その冷蔵庫も問題だった。
「ところで垣根さん、その昨日の夜までは事務所になかったはずの巨大冷蔵庫はなんのつもりでせうか?」
取っ手の付いた両開きの冷蔵庫は、間違いなく業務用で相当値が張るはずだ。
「カブトムシ04と名付けた。素晴らしいだろ、この辺とか俺が入れそうだ」
「……それ買ったの、お前のポケットマネーだよな?」
「もちろん経費だ。事務所の税金対策をしてやってるんだぜ?」
上条の喉から絹を裂いたような悲鳴がほとばしった。
五分後、請求書と冷蔵庫のダブルパンチに撃沈した上条は、何とか回復を果たした。
そんな上条を気にすることもなくカブトムシ04を隅々まで磨き上げる垣根を見ていると、怒りを通り越して憎しみを覚える。
これは、なんとしても復讐してやらねばなるまい。
上条は頭をフル回転させて、垣根に対する嫌がらせの方法をはじき出す。
まずは挑発。
「……さっきお前、そのカブトムシに入れるって行ったけど、さすがに無理じゃないか?」
「カブトムシ04だ。いや、入れる。こいつには無限の可能性がある。常識は通用しねぇ」
「賭けるか? 100円な」
垣根の瞳がぎらりと光った。
「乗った」
そしてカブトムシ04の両開きの扉を全開にすると、体を屈め、後ろ向きに冷蔵庫の中に入り込んでいく。
奥行きが足りないことに気付くと、横向きになってものすごく足を折り曲げて何とか入りきる。正直気持ち悪い。
「どうだ? 見事に入っただろ」
「いや、扉を閉めなければ入ったとは認めない」
「じゃあ閉めろよ」
垣根は上条と促すと、今度は肩の関節をいじって横幅を縮める。
確かにそれなら入るだろう。そう思いつつ上条は恭しく扉を閉めた。
そして取っ手にかんぬきのように、垣根の魔杖剣を刺し込む。
「よし、100円寄越せ」
「ああ、ここに置いたよ」
言葉通り、垣根にも聞こえるように音を立てて硬貨を置いた。
冷蔵庫の中でもぞもぞと動く気配がする。
しかしあの体勢では扉を開くほど力を入れられないだろう。
また、仮に出来ても、魔杖剣でしっかり封をされている。
「開けられねぇ。出せ」
上条は安らかな笑みを浮かべながら、垣根に宣言した。
「そこからの出場料は、100円となっております」
冷気を逃がさないようにぴったり閉ざされているはずの冷蔵庫から、怒りのオーラが噴き出す。
垣根の圧倒的怒気により、ミリ以下の単位の隙間がこじ開けられたらしい。
「……分かった、テメェが置いた100円はくれてやる。出せ」
垣根が怒りを押し殺している様子が非常に心地よかった。
が、法珠と冷蔵庫合わせて多額の金を吹き飛ばされた上条の心は、プラスマイナスゼロ程度では癒やされない。
「いえいえ、出場料はいただきましたが、扉を開ける料金の1000円は別でございますことよ」
みしっ、と金属製の冷蔵庫が鳴る音がした。
「あれ? せっかくのカブトムシ04を壊しちまう気か? 大事そうに磨いてたのに? まぁ俺には関係ねぇけど?」
冷蔵庫の内部で凄まじい葛藤が生じる。
一方の上条は、鼻歌でも歌いたい位いい気分だった。
しばらく待つと、地の底から轟いているのではないかと思うくらい低い声が答える。
「……椅子に引っかけてある俺の上着に財布が入ってる、取れ」
淑女に従う執事の如く丁寧に、言われた通りお金様を取り出し、懐に収める。
財布の中身が上条のものよりも潤っていて、再度怒りの炎が燃え立ちそうになった。
「…………出せ」
「残念、俺のやる気を引き出すためにさらに10000、」
言おうとした瞬間、凄まじい轟音と同時に冷蔵庫の上部が吹っ飛んだ。
そこから垣根が肩から上を覗かせ、咒式で作り出された、白色の未元物質が上条に襲いかかる。
どうやら予備の魔杖短剣を持ったまま冷蔵庫に入ったらしい。
持ってなければもっと弄くれたのにな。上条は溜息を吐くと右手で未元物質を打ち消した。
「ムカつくぜ。その手はよ」
「生まれつきですので。――ぶふっ!」
上条は笑いをこらえきれず噴き出した。
未知の生き物が誕生していた。
冷蔵庫の上部から頭を覗かせ、体を業務用冷蔵庫にした異形の巨人。
その表情が怒りと殺気に染まっていることも、アンバランスすぎて笑いを加速させる。
「素敵すぎるよ垣根、確かに常識は通用しねぇ。今のお前は、俺には眩しすぎる」
「テメェェェエエ!! カブトムシ04の無念、今ここで晴らしてやる!」
「カブトムシさんの上部を破壊したのは垣根の未元物質ですけど?」
怒りを新たにした垣根が二度三度と未元物質を放ってくるが、全て右手でいなす。
そして、魔杖短剣内の咒弾が尽きた頃。
コンコン、と。扉をノックする音がした。
事務所入り口の扉ではない。それにあそこには呼び鈴が設置してあったはず。
もっと近い扉。つまり、上条と垣根がいるこの部屋の扉だ。
騒いでいて気付かなかったらしい。いつの間にか扉が開いており、白衣を着た女がその扉を叩いていた。
「随分楽しそうなことをしているわね」
「急に訪ねてしまってごめんなさい」
冷蔵庫魔人から人間に戻った垣根と共に、居住まいを正して女を迎える。
女は芳川桔梗と名乗った。そしてこの事務所に依頼に来た、とも。
なにかやんごとない事情でもあるのだろうなと思う。
そうでなければ、あんな様を見せられて依頼しようとは思うまい。
上条なら間違いなく回れ右をして違う事務所に駆け込んでいるところだ。
研究者だ、というのは一目で分かった。
それを差し引いても飾り気のない女。しかし、その姿が妙に似合っている。
芳川は、鞄の中から取り出した一枚の写真を、応接室の机に置いた。
写真には一人の少年が写っていた。
手にした魔杖剣を真剣に見つめる、黒髪で黒い瞳をした痩身の少年。
「こいつは」
隣に座る垣根が身を乗り出した。当然だろう、この少年のことは、たいていの咒式士が知っている。
博士号をいくつも持つ天才的な咒式具開発者であり、数知れぬ特許を所有する、木原総合咒式社の頭脳。
上条や垣根の魔杖剣にもこの少年によって開発された技術が相当数含まれているはずだ。
「鈴科。1年前に誘拐された我が社の研究員である彼の、身代金交渉に立ち会って欲しいの」
――数年前
「司教をd四へ」
少年の、まだ変声期を迎えない声が宣言する。彼の細い指が、チェルス将棋の象牙の駒を動かした。
少年に相対するのは、若き枢機卿であるアレイスター。
「塔をd一へ。君は何故、チェルス将棋が好きなのかね」
男にしては長く優美で、性別を窺わせない指が、黒珊瑚の駒を動かす。
二人の年齢差を見れば、アレイスターが少年にチェルス将棋を教示しているように見えるだろう。
しかし状況は全くの逆だ。
少年――鈴科は、若干10歳で22歳以下が参加するチェルス将棋の世界大会を制している。
また、咒式士としても才を発揮し、既に“到達者”と呼ばれる十三階梯に至っている。
「兵士をg八へ。ここで、兵士が竜になります。
……考えたこともなかったですが。おそらく、縮小された世界の如き盤面を、解析し尽くすのが好きなのでしょう」
「成程。君にとって、盤上とは世界なのか。……どうやら、あと十三手で私の負けのようだ」
負けを認めたアレイスターが、投了の証として王の駒を倒す。
「どうやら、私はチェルス競技者にはなれないな」
少年は肯定も否定も出来ず、曖昧にアレイスターの言葉を流した。
「現代の棋士の多くは、演算能力を高めた咒式です。当たり前のように記録されたあらゆる手筋を記憶し、手筋を読みます。
むしろ、演算能力を拡大する訓練を受けたことのない猊下の打ち筋が、あれほど読み辛かったことに感嘆します」
「何故だと思うね」
アレイスターの問いかけに、少年はしばし考え込んだが、やがて首を横に振った。
「では、それは次に会うときまでの宿題としておこう」
次。アレイスターの告げたその言葉に、少年の目にわずかに光が灯る。
枢機卿という天上人に等しい男と、再び会えるという、隠しきれない喜びだった。
アレイスターは目を細める。そして、少年に問いかけた。
「私と共に世界を見てみないか?」
「それは、――十二翼将になれということですか」
少年は息を呑む。
それから、先程とは比較にならない喜びが、少年を染めた。
十二翼将といえば、アレイスター枢機卿に従う到達者級の能力者として名が知れている。
その一人として。
人中の龍、アレイスター枢機卿が、その翼で眺める世界を共に見ることが出来たら。
いったいその盤面はどれだけ広いのだろうかと。地平線を越えてなお果てなく広がる世界を、少年は幻視した。
だが。
急激に、その喜びがしぼむ。
その華奢な双肩にのしかかる重みを自覚して。
「――木原社の人々が、困り、ます」
アレイスターの瞳に、淡い悲しみが滲んだ。
少年は、己というものを知っている。
己の頭脳の開発する先端技術によって、木原社の社員や家族、実に数万人にも及ぶ人々の生活が支えられていると知っている。
その重みで、少年の翼は飛び立つことなく、あの檻に似た箱形の研究施設に縛り付けられているのだ。
そして、その選択は少年の覚悟であり、アレイスターが手を回してどうにかする類いのものではなかった。
「君の成長を楽しみにしている」
「……はい、猊下」
「先程の宿題、考えておいて欲しい」
「その時は、またチェルス将棋を指してください」
「約束しよう」
選択は果たされた。そういうことなのだろう。
二人ともそれを悟り、少年は枢機卿に背を向ける。
「斜めに進む司教の駒が、それぞれ違う色の枡目に位置している場合、二つの駒が交差することは決してない、か」
少年の去った部屋で、アレイスターは黒と白の駒を指先で弄んでいた。
「どうか因果律よ、あの少年を守りたまえ」
祈りに似た言葉が、アレイスターの唇から漏れる。
「あの子は強大な咒力、そして虐げられ、苦しもうとも光を願う心を持っている。それが歪む様は見たくは、ない」
しかし――アレイスター枢機卿が、鈴科と呼ばれた黒髪の少年と出会うことは、二度となかった。
今日はここまでです
自分でもされ竜の設定をどう書いたらいいのか分らないので、
不明な点がありましたらできる限り答えていこうと思います
ストーリーは2巻の「灰よ、竜に告げよ」です
ご存じの方がいたら嫌な予感しかしないんじゃないかと思います
ゆっくりと書いていこうと思いますのでよろしくおねがいします
乙
2巻好きだから期待している
アナピヤ編でなくてよかったよ…
>>22
アナピヤに似た能力を持ってる子がいた気がしますね
あまりageるような内容でもないと思うので、投下の最初だけageようと思います
咒式はイマジンブレイカーでぶち殺せるんでしたっけ
翼将の一人がどう考えても根性な気がする
>>24
され竜世界に幻想殺しのようなものはないので、設定改変に該当します
幻想殺しのない上条さんや未元物質のない垣根はなんだか寂しかったので
前回はギャグ調でしたので未元物質と渡り合わせてしまいましたが、戦闘ではどう扱うか考え中です
とりあえず触れることで咒式を妨害したりとかそういう力は持っている予定です
>>25
削板=シザリオスのしっくり感は異常ですね
され竜をご存じの方ばかりのような気がしますが、一応咒式についてアバウトな感じに補足します
不足、間違いなどがあったら指摘お願いします
咒式士(じゅしきし)
咒式を扱う人。特に、咒式で戦闘する人を攻性咒式士(こうせいじゅしきし)という
咒式は軍事、医療、産業、算術、様々な分野で使われていて、人口の半分ぐらいは咒式士
一~十三までの階梯(レベルみたいなもの)がある。数が増えるほどすごい
十三階梯は到達者とも呼ばれる
咒式には系統があり、どの系統に向いているか・使えるかは個人差
電撃は得意だけど肉体強化はほとんどできない、など
咒式
人工的にプランク密度を作り出して基本物理定数を変異させる…らしい
要は、咒式士の望む化学現象を引き起こす力
咒式の発動には基本的に次のものが必要
・咒力(じゅりょく)
魔力のようなもの。ほぼ先天的に決まる
・咒弾(じゅだん)
咒式を発動させるのに必要な物質が入っている
・魔杖剣(まじょうけん)
咒式の発動のための道具。銃器に似た構造の機関部と刀身で構成される
演算の補助と、咒弾の発射という役割がある
咒式発動の流れ
1.「こういう化学反応をする」というのを演算する
2.咒式組成式(咒式の設計書のようなもの)があらわれる(青い燐光)
3.魔杖剣の引き金を引き、咒弾を発射する
4.咒弾の中身が、組成式通りに化学反応し、咒式の効果があらわれる
そして>>1の注意書きに追加です。書き忘れていました
・「とある魔術の禁書目録」のキャラクターがわりとよく死にます
次から投下します
「二人とも、鈴科のことは知っているようね」
上条と垣根の反応を見て取り、芳川はゆっくりと頷いた。
「まあ、さすがに。鈴科博士は二重の意味で有名ですからね。咒式具開発者としても、茶の間を賑わせた存在としても」
もう一年になるのか。そのことの方に上条は驚いた。
将来有望な御曹司が誘拐されたという悲劇性から、マスコミがこぞって取り上げ、連日連夜映し出されていた。
そういえば、ある時期を境に、報道が急に止まったような気がする。
きな臭さを覚えて、上条は少しだけ顔を歪めた。
「情報のすり合わせをする時間はないから、一通りのことを説明するけれど。
名前は木原鈴科。年齢は17歳。もとは捨て子で、8歳のときにその演算能力を買われ木原病理の養子となった。
誘拐は16歳の時ね。ウルムンという国に技術を教えに行った際、誘拐された」
ここまでの情報は上条の記憶と完全に一致している。
芳川が、上条と垣根の理解度を確認するように視線を向けてきたので、頷き、続きを促す。
「誘拐した組織は、ウルムンの反政府組織〈曙光の鉄槌〉――いえ、当時は〈曙光の戦線〉と名乗っていたかしら。
誘拐から三ヶ月後、警察が鈴科の身柄の確保と、曙光の戦線の謙虚を計画し、
身代金受け渡しを計画したのだけれど、失敗した」
芳川の顔に沈痛の色が浮かぶ。
上条としても、警察の交渉失敗は初耳だった。なんと言葉をかけたらいいか分らない。
「だが、木原社はその後も粘り強く、水面下で曙光の戦線との交渉に当たっていたんだぜい」
「……誰だ!」
急に聞き覚えのない声が割り込んできた。
装備している魔杖剣に手を添えながら上条たちが振り返ると、金髪にサングラスという出で立ちの男が、扉に寄りかかっていた。
「彼は大丈夫よ。今回、交渉のために木原が雇った専門家」
「土御門元春だ。お見知りおきを」
「説明は、私よりも彼に任せた方が良さそうね」
「といっても今の芳川先生の説明でほとんど終わっているんだがにゃー。
結論を言うと、今朝になって、曙光の鉄槌との取引の合意に成功した。
四日後の五月二十一日、鈴科博士と身代金二十億円との交換をすることになる」
「に、二十億!?」
途方もない金額に、上条が素っ頓狂な声を上げる。
孫かその次の代くらいまで遊んで暮らせる額だ。
「それで? その交換の話に俺と上条がどう関わる?」
垣根が切り込む。土御門はわざとらしくサングラスを押し上げた。
「木原社の保安部門には、十一階梯までの咒式士しかいない」
咒式士には一から十三までの階級があり、一般的に九階梯以上で高位咒式士として扱われる。
それを思えば、十一階梯の咒式士を護衛として擁する木原社は上等の部類だろう。
が、確かに反政府組織との交渉の場では頼りないのかもしれない。
故に、この事務所に白羽の矢が立った訳か。
“到達者”とも呼ばれる最高位、十三階梯である垣根帝督と、
十二階梯、そろそろ十三階梯に手が届きそうな上条当麻。
「つまり護衛、と」
垣根がつまらなそうに鼻を鳴らした。
「その通り。我々にはあなた方が必要なの。報酬は十分に用意するつもりよ」
大きな話なので、ちょっと相談します。
そう言い残して、奥の事務室兼物置に垣根とともに移動し、顔をつきあわせる。
「……不幸な予感しかしない。おかしいって、こういうのこそ駒場やオティヌスの仕事だろ」
「いや、駒場は市からの委託をよく受けていて警察寄り、警察を通さない交渉には向かねぇ。
オティヌスはオティヌスで今度は暗部側に近すぎるし、こういった案件を任せるには人格的な問題が大きすぎる」
「俺たちぐらいがちょうどよかったと」
「そうなるな」
なるほど、そう考えれば納得は出来る。
そして、我らが咒式事務所は現在切実な問題を抱えていた。
「……事務所の財政は逼迫している。誰の責任とは言わないが」
「なんとなく言ってる気がするな?」
「幻聴だ。……この状況で、木原社という上客からの依頼を断る余裕はない」
「いいんじゃねぇの、受ければ」
戦闘狂の気もある垣根は、既に乗り気だった。
どうやら結論が出たようだ。
「それで、受けていただけるのかしら」
応接室に戻ると、芳川が問いかけてくる。
大丈夫、ただの交渉の立ち会いだ。危険だが裏はない。ないったらない。
自分を全力で納得させつつ、上条は商人の笑顔で肯定した。
市の外れにある廃工場。小さな窓枠から入り込むか細い光だけが内部を照らしている。
廃工場を隠れ場所にしていた男は、いつの間にか取り囲まれていたことに気付き取り乱した。
だがもう遅い。逃げ場はない。
取り囲む褐色の肌をした男たちの中から、一人だけ異彩を放つ“白”が前に出る。
髪も、肌も、あり得ないほどに白い少年。しかし、その白が与える印象に一切の清廉さはなかった。
歪み、腐敗した、白濁の白。
ただその目ばかりが燃えるように赤い。
男は、あり得ないものを見たかのように双眸を見開く。
「おいおい、鬼ごっこはもォ終わりかァ?」
「ひ、……ひ、ぁ、死んだ、死んだはずでは」
双眸は一気に絶望に染まっていた。
自分が死よりも惨い扱いを受けるだろうことを悟る。
いっそ自害した方がましだと、護身用の剣が入っている懐に手をやった。
が、何かしらの力によって、手を弾かれ、叶わなかった。
「死なせねェよ。まだオマエは死なせねェ。最後まで、骨の髄まで、俺達の役に立ってもらう」
「あ、ああぁああ、許、ゆるひ」
「――許すものか」
愉快そうな笑みを浮かべていた白い少年から、一気に表情が消えた。
代わりに溢れ出す絶大な憎悪。
色素の抜け落ちた右手が、男の顔を掴む。
指先に青い燐光が宿っていた。咒印組成式が展開されてる証だ。
直後、室内を肉が焦げる悪臭が充満する。
同時に、男の凄まじい絶叫と、のたうち回る鈍い音が響く。
この陰惨な仕打ちを見ても、周囲の男達はぴくりとも動かなかった。
「連れて行け。時期が来るまで生かしておけよ」
二人が進み出て、顔面を焼かれた男を両脇から掴み、持ち上げ、引き摺っていく。
室内を静寂が満たした。
「エツァリ、テクパトル」
しばらくの静寂の後、白い少年は背後に呼びかける。
「オマエ達の命を使うぞ」
それを受けて、二人の男が即座に膝を付いた。
「元より」
「覚悟は出来ています」
少年の右の指先に再度燐光が点る。先程の数倍、いや数十倍の莫大かつ複雑な組成式だった。
続いて左手を掲げる。その手にあるのは、二体の生物。
八本脚を蠢かせる獰猛な蜘蛛と、長い体を捩らせる猛毒の蛇。
燐光が空間に放たれ、エツァリ、テクパトルと呼ばれた男の体と、蜘蛛、蛇を包む。
組成式は光の糸となって、まるで繭のようだった。
その内側で二人の男が緩やかに消え、人ではない何かが組み上がっていくのが分かる。
あとは、孵化する時を待つばかり。
「ぎゃは、ははははははははははははははははは!!! ぎィあはははははあはははァ!!!」
おぞましい哄笑が廃工場の中に響いた。
まるで黒板を爪で引っ掻いたように、生理的に嫌悪感を覚える声音だった。
白い少年の口は裂けるように開き、笑みを形作っている。
しかし何故か、それは喜びとはほど遠く見えた。
世界を呪うように、
そして祈りのように。
歪んだ哄笑は長く響く。
「これが最初の呼び声だ」
「さァ――復讐を始めよォか」
今回はこれで終わりです
組織が分り辛いので補足します。元は二つの組織がありました
〈曙光の戦線〉
〈開放への鉄槌〉
どちらもウルムンという国の反政府組織です
1年位前、〈曙光の戦線〉が鈴科博士を誘拐
数ヶ月前、〈曙光の戦線〉が〈開放への鉄槌〉を吸収合併して〈曙光の鉄槌〉に変化
人質交渉をする相手は〈曙光の鉄槌〉となります
短編集からの展開ってどの話でしょうか
トラウマ話が多すぎてどれのことか分からないです
次から投下します
―― 一年前。
目が覚めた瞬間、鈴科と呼ばれる少年を襲ったのは鈍い頭痛だった。
次いで、硬く質の悪い寝台に横たわっていたせいで、全身に痛みが走る。
最悪の気分だった。
いや、自分のおかれている部屋に、鉄格子が嵌まっているとなれば、最悪を通り越している。
何者かに捕らえられ、監禁されているのは明白だった。
記憶は、ウルムン国内を移動していたあたりで途絶えている。
肌で感じる温度や湿度から考えて、この場所もウルムンである可能性が高い、と判断する。
「……チッ」
情勢が不安定なのは分っていたが。まさか技術屋の自分が巻き込まれる事態になるとは。
素直に自国の政治家だけ狙っていろというのだ。
室内を眺めていると、鉄格子に小窓があり、その内側に食事が差し入れられているのを見つけた。
現金なもので、食事を認識した瞬間、体が空腹を訴え始める。
(……食事に毒が盛られている可能性、は薄いな。目が覚める前にいくらでも殺せたはずだ。
有り得るとすりゃあ自白剤の類だが……警戒してても仕方がねェな)
ここから出られない以上、いつか食事に手を付けざるを得ない。
ならば、下手に警戒して断食するよりも、食べて体力を温存した方がマシだろう。
黒パンと、薄い塩のスープ。
見ただけで、ウルムンという国の窮状が分かる粗末さだ。
スープに浸してなお硬い黒パンに悪戦苦闘しながら、時間をかけて胃に収めていく。
食事を終えた後は、泥のような退屈が少年を襲った。
意外にも、少年を尋問したり、拷問したり、そういうことをする輩は現れなかった。
ただ退屈なままに時間だけが経過する。
もし少年がぐうたら眠り続けるとか、そういった生活への適性がなかったら、発狂しかけていたかもしれない。
一日の大半を寝台で横になって過ごし、気がつくと食事が差し入れられているので食べる。
一応、日数は壁に刻んであるのだが、特に意味が感じられないのでそろそろやめてしまおうかと思っていた。
そんな矢先、一人の少女がやってきた。
「あれ? 今日は起きてるの? ってミサカはミサカは驚いてみる」
正確には、毎日やってきていたらしいのだが。眠っていたせいで会わなかった。
少女は黒パンと塩スープの入った盆を斜めにしないように、器用に驚く。
それが、彼と、少女の出会いだった。
出会わなければよかったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
「いや-、毎日毎日あなたが寝ているものだから、ひょっとして眠り姫さん?
ってファンタジーなことを疑っていたかも、ってミサカはミサカは伝えてみたり」
「なンなンだよそのウザってェ口調は」
久しぶりに人の声を聞いたら懐かしさぐらい覚えると思っていたのだが。
怒濤の如き少女の言葉に、気が滅入るのが先だった。
顔をしかめる鈴科を気にすることなく、少女は鍵を取り出し、鉄格子についた小窓を開ける。
そして空の盆と、持ってきた盆を交換する。慣れた仕草だった。
それから、壁にもたれて座り込む。
「……出て行かねェの?」
「せっかくあなたが起きてるから、少し見ていたいな、ってミサカはミサカはお願いしてみたり」
「好きにすりゃいいけどよ」
どうせ、鉄格子の外に干渉することなど出来はしない。
少女を気にしないよう努め、いつものように味気ない食事を開始する。
黒パンの堅さにも、もう慣れた。
黙々と口に運ぶ少年を、少女はじっと眺めていた。
「……ちょっと意外かも、ってミサカはミサカは気持ちを素直に述べてみる」
少女が、ぽつりと喋る。
久しぶりの人との会話である。つい、返答してしまった。
「意外?」
「うん。キハラっていう外国の貴族様なんでしょ? こんな食事を普通に食べてるのが意外、って答えてみたり」
「――キハラ、ねェ」
そう、確かに、少年の名は“木原鈴科”として登録されているだろう。
しかし、8年程その姓を名乗っても、自分が木原であると自覚できたことはなかった。
最初の2、3年は、それこそ必死だったと思う。
引き取られて、生活は向上して、責任を感じて、どうにか馴染むようにと、馴染めるようにと。
しかし、それは出来なくなった。気付いたからだ。
鈴科という存在に必要とされているのはその頭脳だけであり、木原とは単なる所有者だと。
激昂し、反抗し、絶望し、やがて、“諦め”た。
ふと、あの日の選択を思い出す。
悔いて――いるのだろうか、自分は。
「どうしたの?」
考えに没頭していると、少女が不思議そうに首を傾げていた。
「……何でもねェよ。俺は貴族と言っても、元は孤児だからな。
こォいう飯も食ったことはあるし、こォいうモンすら食えなかったことがある」
8歳までいた孤児院は、それなりにクソったれた場所だった。
院長は明らかに補助金を着服していて、そのツケを払うのは決まって孤児だった。
「じゃあミサカと一緒ね! ってミサカはミサカは思わぬ共通点を面白がってみたり」
「オマエも孤児か」
「うーん、ゲンミツにいうと違うんだけど、身寄りがないのは一緒かな?」
「へェ」
曖昧なことをいう少女に、こちらも曖昧に返事をする。
こんな国だ、様々な事情があっておかしくない。
暇つぶしの話し相手というだけの少女。踏み込むべきではないだろう。
鈴科が食事を終えると、少女は再度鍵を開けて盆を受け取った。
「お粗末さまでしたー、ってミサカはミサカは謙遜してみたり」
「粗末って点は否定しねェぞ。……ごちそォさま」
最後の部分をぼそりと告げると、少女が満面の笑みを浮かべた。
太陽のような笑顔だ。ウルムンの砂漠の太陽とも違う、暖かさを持った。
「じゃあ、また明日ね、ってミサカはミサカは名残惜しさを覚えつつ立ち去ってみる」
盆を手に背を向ける少女。鈴科はしばらく逡巡した末、声をかけた。
「おい。オマエ、名前は。ミサカでいいのか?」
振り向いた少女は、もう一度笑ってこう言った。
ラストオーダー
「ミサカは〈打ち止め〉だよ、ってミサカはミサカは名乗ってみたり!」
「……どっちだよ」
ウルムンを訪問するにあたり、言語や、多少の風習を調べていたが、命名規則までは知らなかった。
故に、少女の名前が、自国の言葉でとても人名とは思えない意味を持っていたとしても、
この国では普通なのだろうと、軽く考えた。
何も知らなかったし、知ろうともしていなかった。
――この時は。
急にしんと静かに、冷たくなった部屋の中で、鈴科は寝台に横たわった。
「ワケのわかンねェガキ」
食事を届けに来たあたり、誘拐した組織の一員なのだろうが。
そうと思えないくらい、脳天気な子供だった。
しかし、まあ、別に、不快ではない。
明日も、食事を届けに来るのだろうか。
満腹にはほど遠かったが、腹が多少満たされたことによる、心地いい眠気に抗わず目を閉じる。
眠りに落ちる瞬間、目の裏に、少女の笑顔が浮かんだ――気がした。
(あンな、打算も、裏も、邪気もねェ声をかけられるのなンざ。……一体、何年ぶりだ?)
今回は以上です。
ほのぼのですね。
打ち止めの口調がかなり難しいです。
二ヶ月経ってしまうので保守
区切りのいいところまで書けたら投下します
年内目標
投下します
「さて、これから何する?」
芳川と土御門がいなくなった事務所で、方針を決めるべく垣根に問いかける。
ソファにだらしなくもたれた垣根が、手をひらひら振りながら答えた。
「……ひとーつ、芳川桔梗の話の裏を取る」
上条も続ける。
「ふたーつ、曙光の戦線について調査」
「みっつ、咒具の整備と消耗品の補充」
「まずは馬場だな。垣根頼む」
馴染みの、この街ではそこそこ有名な情報屋の名前を出した。
顧客との連絡は全て通信を介していて、素顔を見た者はまったくいないらしい。
竜が襲っても平気なシェルターの中にいるとか、
自分の存在そのものを量子化した意識だけの存在で、街の全てを見ているとか、様々な噂があるがほぼ眉唾だ。
「いいぜ、久しぶりに締め上げてやるよ、じゃあテメェは警察当たれ」
「へいへい。……っと、駄目だ」
「あぁ?」
「今日、インデックスと買い物してご飯食べる約束があるんだ」
「あの暴食シスターか……。まぁいい、そのついでに消耗品は買って来いよ」
「了解。ってあれ!? いつの間にこんな時間!?」
時計に目をやった上条が飛び上がる。
アナログ式の長針と短針は、約束の時間を過ぎていることを示していた。
不幸だ。癖になっている言葉が無意識に口をつく。
「急な依頼で時間感覚が吹っ飛んでた……。俺、行ってくるからあと頼んだ!」
「幸運を祈るぜ。テメェと財布のな」
事務所を飛び出して走りながら、上条は携帯咒信機でインデックスの番号にかける。
出てくれ、と祈った。あの少女はこういう機械の製品の操作が苦手なのだ。
呼び出し音が鳴り始めたことにひとまずほっとしながら、待つ。
たっぷり機械音が十数回繰り返されるのを聞いた頃、少女の焦った声が聞こえてきた。
『は、はい? こちらインデックス!?』
「インデックス! 俺だ、上条当麻」
『とうま?』
「ああ。悪いインデックス、急な依頼人が来て遅くなった。これから向かう所なんだ」
しばらく、沈黙が落ちた。
『……まったく! とうまのことだからそんなことだろうと思ったんだよ。
屋台でいろいろおごってくれたら許すかも』
「はは、お手柔らかにな」
少女の声色には呆れと、少しの寂しさが混ざっていた。
通話を切って、上条は速度を上げる。
しかし、やっとたどり着いた待ち合わせ場所に、少女の姿はなかった。
「……インデックス?」
待ち合わせの場所にしていた時計台のある広場は、何度も来たことがある。
迷ったり、場所を間違えたりということはまず考えられない。
念のため時計台の周囲をぐるりと回ったが、白い修道服の少女の姿はなかった。
携帯咒信機も、今度は何度コールしてもつながらない。
別のことに気を取られているのだろうか。
「ひょっとして屋台の方に行ったとか?」
広場の一角と、そこから伸びる道には、食事や装飾品をはじめ、様々な屋台が並んでいる。
上条と食事をする予定だったインデックスは腹を減らしていたはずだ。
我慢しきれずそちらに行ったのかも知れない。
上条はきょろきょろと周囲を見回し、白い修道服を探しながら、小走りで向かった。
「――ん?」
その、視界の端に。
「あ、いた」
見慣れた修道服が映った。白の布地を金糸で彩り、裾はくるぶしまでを隠す。
穢れなさそのものを体現する純白だ。
フードからのぞく、この地方では珍しい銀の髪。間違いない。
「おーい、インデックス、待たせ……って」
駆け寄ろうとした上条は、数メートル離れたところで足を止めた。
近付いて初めて分かったが、インデックスは、誰かを介抱しているようだ。
邪魔をしないよう注意しながら、ゆっくりと近付く。
そして、息を呑んだ。
インデックスの傍らには、一人の少年がいた。
地面に座り込み、ぐったりと石壁に体を預けている。
白。
肌から髪まで。インデックスも北方生まれで色素が薄いが、その比ではない。
徹底的な、色素全てが抜け落ちてしまったような、異様ともいえる白だった。
そして赤。
瞳だけが血色そのものの赤だ。
その目に宿る光は暗く、表情も苦しげに歪んでいる。
体調が悪いのは間違いないだろう。
しかし、少年は何故か少女の介抱を拒絶しているようだ。
「――だから、放っておけ。時間をおけば治る」
「もう! だから、せめて休めるところに行くんだよ! 動けなくてもそこのベンチとか!」
「うざってェ……」
近付く上条に、先に気付いたのは少年の方だった。
赤い瞳が上条を捉える。
「オマエ、このおせっかいなガキの連れか」
「……? あっ、とうま!」
「ああ、そうだ。待ち合わせしてたんだけど、遅くなっちまって。――ごめんな、インデックス」
「だったら、さっさと連れて行ってくれ。うるせェンだ」
「失礼なんだよ!」
「ええと、俺から見てもかなり具合悪そうだし、横になれるところ行った方がいいと思うぞ」
「オマエもおせっかいなのかよ……、――っぐ」
呆れたように溜息をついた瞬間、少年が顔を歪めた。
白い指が、食い込んでしまいそうなほど強く胸元を掴む。
「ああっ言わんこっちゃないんだよ! ほら、とうまも来たしお医者さんの所に行こう?」
インデックスが少年の隣にしゃがみ込み背中をさする。
そして上条の方を見た。運べる? と目で問いかけていた。
「あ、ああ。運ぶぞ。知り合いの医者もいるし」
上条は頷き、インデックスの隣に膝をつく。
しかし、伸ばした手は少年に撥ね退けられた。
「いい、って、言ってン、だろォ、が……」
言いながら、少年は大きく上を仰いだ。
忙しなく苦しそうな息を吐く。
「わがままばっかり言わないんだよ! お医者さんがいやならついていてあげるから!」
「違、ェ」
インデックスが少年の腕を掴み引っ張るも、少年は意地でも動こうとしない。
「とーうーまー!」
業を煮やしたインデックスが再度上条に訴える。
一度はね除けられた手前、躊躇していた上条が、実力行使に出ようとした時――。
「あれ?」
少年の容態が回復していた。
忙しなかった呼吸は、次第に穏やかになっていく。
蝋のようだった顔色も少しだけマシになっていた。
最後にひときわ大きく長い息を吐くと、胸元を掴んでいた手をゆるめた。
インデックスはその間、固唾を呑んで少年を見ていた。
「よくなった?」
「あァはいはい、良くなった良くなりましたよどォも」
「本当に本当?」
「見りゃ分かンだろォが」
「よかったんだよ!」
少年のいい加減な返答を気にすることもなく、安堵の笑みを浮かべる。
その笑顔を、少年ははっとしたように、しばし身じろぎもせず見つめていた。
インデックスが慌てる。
「どうしたの? また具合悪くなった?」
「……いや」
「慣れてる感じだったけど持病なのかな? 続くようならお医者さんで見てもらったほうがいいんだよ?」
「いいンだ。原因は分かってるし、治るよォなもンじゃねェ」
上条とインデックスが、同時に疑問符を浮かべる。
少年は指で自分のこめかみを小突く。
「食欲だの満腹感だの、そォいうのを司るアタマの部分が殆どイカレてるンだ。
極限まで飢えた後に、普通なら食わねェよォなモンを食ったからな。
そのせいでたまに、食事をした後に気分が悪くなるが。放っときゃ治るンだよ」
「いや、すぐに治るにしたって苦しいだろ? 薬かなにかでなんとかならないのか?」
「……仮に出来たとして、治す気は、ねェ」
少年は裾を払って立ち上がった。
時間を置けば治るというのは嘘でないらしく、危なげなく二本の足で立っている。
「……世話になったな。お人好しもイイが、おせっかいはほどほどにしろよ」
少年の痩身は、すぐに人混みに紛れて見えなくなってしまった。
「大丈夫かな?」
心配そうにインデックスが呟く。
「治ったみてーだったけど、また悪くなるんだろうなあ」
しかし、少年にそのつもりがない以上、上条達はなにもできない。
「あの人、壁際のかげの所で、一人でうずくまってたんだよ……」
「……、」
「慣れてるみたい、だったんだよ」
「面倒見られるのが嫌だってんだ。仕方ねーさ」
沈むインデックスの頭に、ぽんと右手を置いた。
「ほら、屋台回ろうぜ。飯奢る約束だっただろ?」
「……おごられてあげるんだよ」
以上です
投下が間に合えば良かったんですが、無理そうなので保守します
近いうちに必ず
インデックスとの約束を果たすべく、屋台の並びに近付いたはいいものの。
二人はすぐに足を止めてしまった。
「……すーっごく、混んでるんだよ」
上条の遅刻に加え、白い少年の介抱(と言えるか分からないが)に時間をとられ。
気付けば、昼飯時の、最も混雑する時間帯にさしかかっていた。
人が密集し、屋台の並びに近付くだけでも人混みをかき分けなければならない。
至る所に長蛇の列が出来てしまっている。
とはいえ、屋台は回転が速い。視覚から受ける印象ほどには、待たずにすむだろう。
いくら空腹とはいえ、耐えられない、ということはないはずだ。
……上条だけならば。
…………隣で、腹を空かせている少女さえいなければ。
インデックスは、石畳の地面に膝を付き、人混みを絶望的なまなざしで見つめていた。
白い修道服の裾が土埃で汚れているが、気にする余裕もないらしい。
ぐう、とタイミングよく空腹を訴える音が、インデックスの腹から鳴った。
「おなかが、減ったんだよ……」
これから並んで待つなど耐えられないと、顔にでかでかと書いてある。
(これはまずい、まずいですよ)
上条は焦った。今は悲嘆に暮れている少女だが、そのうち上条の遅刻について思い出し怒り始めるに違いない。
そうすれば食わ……いや、噛まれる。
(仕方ない、あそこ行くか)
気は進まないのだが。
たとえ昼飯時だろうと、まず間違いなく空いているだろう屋台のアテがあった。
「よっし!」
案の定、“アテ”は、この昼飯時でありながら、列を成すこともなく通常営業していた。
インデックスを引き摺りながら、これで噛まれずにすむとぐっと拳を握る。
列がないといっても、客足が少ないというわけではない。
どういうわけか皆一様に、品物を受け取ると代金の硬貨を投げ渡すように払って、そそくさと去ってしまうのだ。
まあその理由は、一度その屋台で買い物をしてみればすぐに分かる。
上条も、可能ならば他の客にならいたかったのだが、生憎財布の中には五千円紙幣しかなかった。
(不幸だ)
溜息をつく上条の鼻を、揚げ物特有の香ばしい匂いがくすぐる。
インデックスも、その匂いを感じてか顔をほころばせていた。
「ポロック揚げ! ポロック揚げなんだよ!」
そのうきうきした声が届いたのか、屋台の店主が顔を上げた。
「おや、あなたがたですか。お久しぶりです」
頭の動きに伴って、肩程まで伸びた茶色の髪が揺れる。
「ん……ああ、確かに久しぶりかもな、元気してたか、ミサカ」
「はい、あなたの街のミサカです。いつでも絶好調ですよ、とミサカはぐっとサムズアップします」
言葉通り、ぐっと親指を立てながら、ミサカは油に浮かぶポロック揚げをひっくり返す。
「インデックス、いくつ頼む?」
「全部! 全部食べさせるんだよとうま!」
純白の修道服を纏ったシスターは、今は神よりも揚げ物のきつね色の輝きに魅了されているようだ。
「はいステイステイ。これから他の店も回るんだからセーブしなさい。五つ頼むよ」
「むう~」
自分の分が二つと、インデックスに三つ。
五千円紙幣を受け取ったミサカは、紙袋に揚げたてのポロック揚げを入れて手渡してくれる。
受け取ってすぐ立ち去りたかったが、おつりがまだだ。
受け取った紙袋は即座にインデックスに奪い取られ、さくさくとした衣を頬張って幸せそうな笑みを浮かべている。
「それでは恒例の、ミサカ占いのお時間です」
獲物を見つけた、と言わんばかりに少女がほくそ笑む。
「それ、いい加減廃業しない?」
「? これがミサカの本業ですが」
「俺の前世が靴紐だとかいう占いを本業にするのはやめろ」
「おお、あの時の占いはまさに神がかっていました。間違いなく当たっていますよ、とミサカは保証します」
「捨てろそんな神!」
屋台に人気がないのも、この、少女が趣味でやっている占いが原因だ。
上条の前世を靴紐だと占ったり、基本的にネガティブな予言しかしなかったり、とにかくアレな占いである。
ポロック揚げの味は上等で、店を任されている少女の容姿は可愛らしい。
これで占いさえなければ……ともっぱらの評判だ。
「あなたに関しては、とりあえず悪いことを並べておけば当たるのでミサカの占いの的中率向上に貢献してくれていますよ、とミサカはお礼を述べます」
「やっぱりデタラメ並べてるんじゃねーか!」
「では占いましょう。ふむふむ、このポロックの色、艶、形……」
上条の猛抗議を無視し、先程ひっくり返したポロック揚げをすくい上げ、金網に移しながらぶつぶつと何か分析している。
そして上条におつりを手渡しながら、言った。
「今週のあなたの運勢は、九割方悪いです。特に今週は注意。四日後に死神と出会うかも。
地面をよく見るべきでしょう。アンラッキー図形は正方形。アンラッキーカラーは赤と白」
占いというより呪いだった。
短くて申し訳ないですが今日はここまでです
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