極悪人「レイプしてやろうか?」  お嬢様「ええっ!?」 (127)

勉強の影響でスローペースかもですけど頑張ろう。
出てくる登場人物には、その内名前が付きます。


「・・・・・・―んで、レイプってなあに?」

「・・・は?」

レイプ。そう発言したのは、この極悪人である俺の目の前にいる小国のまだ幼い姫だった。
月夜の明かりに煌く碧い双眼と、そよ風に靡くブロンドの美しい髪が印象的な娘である。
スタイルはというとまだ少女ということもあり、発達すべきところはまだ未発達だ。
お忍びでこんなちっぽけな場所まで来たのだろう、護衛もつけず、何とも無用心で、俺にとってはかっこうのカモというわけだ。

「早く教えてよ。気になっちゃうじゃない」

少女は俺の腕にしがみついて、叫ぶように言う。
ここで騒がれるのも面倒だ。
いくら人気がないとは言え、誰かがいないとも限らない。

「じゃあ、お嬢ちゃん。俺の隠れ家にご招待しよう・・・君の好みに合うかはまた別だが・・・」

俺は紳士的に礼をしながら言う。
そしてさり気なく、彼女のか細い手を取り、隠れ家へ向かった。
彼女の手は、例えるなら絶対零度の世界に、暖かさを持ってくる太陽のようだった。





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草の生い茂っている茂みを、彼女をおぶって十数分ほど歩いた。
薄く明るい月光に照らされた俺と少女は、メルヘンチックな世界に迷い込んでしまった錯覚を覚えるほど、この森は深く、人気がない。
時折動物が鳴き、視界を虫が横切る。それだけだった。
涼しい風が、俺たちをゆっくりと撫でるようにふいている。

「まだ・・・着かないの?私眠くって・・・ふはぁ~・・・っ」

彼女は欠伸をして、俺の背中にぴったりとくっついた。
ほのかに彼女の暖かい温度が伝わる。
俺は心の中で、そりゃ眠たいだろうな、と思った。
今は午前を0時位を少し回ったところだ。
王宮暮らしのお嬢様なら、もう夢の世界で、空を飛んだりしてる時間帯だ。

「もう着くよ。・・・ほら、見えてきた」

「・・・ん」

俺の声に、少女は小さく声を上げた。
石造りの質素な家で、窓からはロウソクの柔らかな光がチラチラと揺れている。

・・・ロウソクは消したはずだ。
なのに、ロウソクの明かりはそれを否定するように揺れる。
つまりは、誰かがあの隠れ家にいるということ。

「・・・―あのアマ・・・」

俺はお嬢様に聞こえないように呟いた。
お嬢様にはあまり汚い言葉を聞かせたくない。
先程こんな少女に向かって"レイプ"なんぞ言ってしまったのは、完全に失態だ。

「・・・なかなか、隠れ家って雰囲気出てて・・・好きだよ。私」

「お褒めに預かり、光栄です」

なかなか高評価を得たらしい。
少女はブロンドの髪を微かに揺らして、微笑んだ。

隠れ家のドアを、一定のリズムでノックした。
この暗号が伝わらなかったら、この家の中にいるのはあの"アマ"ではないってことだ。

「はいはい、今開けるぞ」

僅かに扉が開いて、女が顔を覗かせた。
そして俺と少女を見るなり目を丸くして言う。

「どこでひっかけてきた。かなり・・・"イイ"じゃないかその子・・・。ジュルッ」

「小国のお姫様だよ。敬意を払うべきなのにヨダレを出してどうするんだ」

俺の指摘に、口元からだらしなく垂れていた涎を手で拭って、俺たちを家の中に招き入れた。
元々この隠れ家は俺の家だ、つくづく態度のデカい女である。

―――

ある程度の大きさのある机をかこんで、俺、お嬢、女、という順で座った。
椅子が足りるか心配だったが、足りたらしい。

「・・・お名前をまだ聴いていなかったね、お姫様」

「ん?名前?・・・」

「私も興味がある」

お互いに名前も言ってなかった身だ。
考えれば、よく俺についてきたものだ、名前すら名乗っていないのに。
名前を聞くときは、自分から名乗るのが決まりだ。
俺は頭を下げて、自己紹介を始めた。

「俺はクライド。職業は・・・・・・まあ、伏せておきましょう」

「私はリリアン。クライドと同じく、職業は伏せておく」

少女は少し考える素振りを見せた。
まさか今更になって、俺たちが極悪の人間だと気づいたのだろうか。
そこまで名が知れ渡っているとは思えない。
だが、万が一知っていたとしたら、この少女を生かすわけにはいかない。

「・・・まさか、お兄さん達ってさ」

造形の整った唇が、ゆっくりと開く。



「お仕事・・・ないの・・・?」



彼女から出たのは、出来の悪いギャグのオチのような言葉だった・・・。

「じゃあ、次は私?ちょっと長いからあまり名乗るのは好きじゃないんだけど・・・」

予想はしていた。
小国とは言え、立派な国のお嬢様。
さぞかし立派な御名前がついているに違いない。

「私は、アドルファーティ=エウジェーニア。親しい人は"ニア"って呼ぶけど、好きじゃないかな。誰かとかぶってる気がしてさ」

随分と立派な名前だ。
アドルファーティ・・・"この世界"では「煌」や「輝き」・・・というようなイメージがある。
そしてエウジェーニア、これは諸説あるが、最も筋が通っている学説は「世界」。
まあ、この世界では名前に意味を込める人はあまりいない。
「輝き、煌きの世界」・・・あまり意味は通ってないように一見そう見える。
貴族と同じ立場になって物事を見るのは苦労するものだ。

「まあ、何とでも呼んでね」

エウジェーニアはそう言うと、彼女には少し高めの椅子から降りて、ベッドに駆け寄る。

「・・・ふわ・・・・ぁッ、今日はもう眠いから、また明日"レイプ"・・・って意味、教えてね?」

「レッ・・・・!?」

リリアンが案の定絶句する。
俺は恐らくエウジェーニアが寝たら、きっと酷い目に合う。

俺はしばらく気が気でならない状態で、エウジェーニアが眠るまでの十数分の間過ごすこととなった。


今日はここまでです。
ここまで書き溜めてましたが、もうストックがありません。\(^o^)/

簡単に紹介。

極悪人(男)→クライド 20代後半
極悪人(女)→リリアン 20代前半

お嬢様→アドルファーティ=エウジェーニア 10代前半

今の世界とは別の世界で、一種のパラレルワールドです。
ビルは建ってないし、未だに剣と弓とかで戦ってる時代です。

エロ描写苦手なのに書いちゃうのはなぜなんでしょう)^o^(

太陽がゆっくりと登り、ちょっと肌寒い位に感じていた気温が、温まっていく。
朝、食料を貯蔵してある棚から、何か食べ物はと物色していると、エウジェーニアが目尻をこすりながらやってきた。

「おふぁよ・・・・・・」

「おはよう御座います」

「・・・トイレ・・・」

億劫そうな声でそう言うので、俺はトイレのある方向を指差した。
そうするとお姫様は、考えられない一言を口にした。

「・・・一緒に入って」

「え・・・?」

エウジェーニアは、さもそれが当然であるようにすらっと言った。
リリアンは現在近くの村で食べ物を盗みに行っている。
となると、このお姫様は、俺を指名しているのだろう。
こんな悪いタイミングでリリアンが帰ってきたらただじゃすみそうにない・・・。
そんなことを考えているうちに、エウジェーニアに手を取られ、トイレの前まで来てしまっていた。

「ん・・・ちょっと二人じゃ・・・狭いかな」

「そ、そりゃあそうでしょう。トイレは普通一人でするものですからね」

エウジェーニアが"じゃあ一人でする"と言ってくれるのを期待して言ってみたが、次の瞬間にはその目論見は思いっきり粉々にされていた。

「へぇ・・・、そうなの・・・・・・もうちょっと、つめてくれる?」

「・・・・・・」

俺は無言になり、黙ってエウジェーニアの言うとおりにした。
少しドアの方につめてあげると、エウジェーニアはなんの前触れもなく、下着を脱いだ。
躊躇すら微塵もない、恥じらいすら微塵もない・・・。

「・・・んっ」

小さく彼女が力む。
そのすぐあとに、チョロチョロと・・・音がした。
俺は無慈悲な極悪人、こんなことでは慌てない。
・・・しかし、お姫様や貴族はトイレのたびに使用人をトイレに入室させるのか?
貴族とはやはり解せないものだ。

「・・・終わった」

「ふぅ・・・」

何やら色々と体の中を埋め尽くしているみたいな感覚がして、ため息がつきたくなった。
溜息をついても、あまり変わらなかったが。

「・・・ねえ、クライド。聞きたいんだけどさ」

狭い個室の中、エウジェーニアは下着を履きながら続けた。

「クライドのさ、腰のあたりがもっこりしてるのって・・・なんなの?」

「・・・!」

エウジェーニアが言う、腰のあたりとは恐らく股間だ。
不覚にも、俺の異常な性癖が露骨に顕になっている。
ギンギンにそそり立った、元気な息子が今にも飛び出しそうだ。

「・・・なんか、顔が真っ赤だけど・・・もしかして何か病気?」

「いえ、違いますよ。時間が経てば治ります」

俺は紳士的な態度を忘れずに、性欲を無理やり頭から追い出した。

「いいよ、無理しなくても。脱いでみて」

「えっ」

非常にまずい。大胆すぎる。
あまつさえ、この娘はまだ10代なのだ。
・・・まさか、小国とは言え、貴族の家柄であるアドルファーティは、かなり淫乱な家系なのだろうか・・・。

「前に、お兄様もこれと同じような病気にかかってたの。そのときは、私が治してあげたんだ」

俺の読みは当たりなのだろうか、貴族のイメージをぶち壊されたようで俺は悲しかった。
アドルファーティ家は相当な淫乱家であるらしい。
先ほどの話に加えて、ズボンと俺の下着をスルスルと脱がしてゆく、異常に慣れた手つきがそれを物語っている。

「わあっ・・・。お兄様のとは全然違う」

エウジェーニアは口に手を当て、驚いた様子で言った。
・・・マズいなぁ、あまり長居してリリアンが帰ってきてしまっては・・・。
俺の焦る顔が、辛そうに見えたのだろう。
エウジェーニアは頼もしそうに言ってくれた。

「私に任せてよ!こう見えても、お兄様には"才能がある"って言われたんだ!・・・・・・とりあえず最初は・・・・・・んっ」

「・・・!」

硬く、まるで海老反りになった息子が、少女の小さな口に入ってゆく。
粘性のある唾液と、舌使いが快感を加速させる。

「むぅ・・・んむ・・・・・・」

「エウジェーニア・・・様・・・」

「・・・んはっ。・・・私のことは様付けで呼ばなくていいよ。・・・なんかこそばゆいしさ・・・・・・んむっ」

それだけを言うと、少女はまた"治療"を再開した。
亀頭を舌でゆっくりと撫で回すように舐り、吸い上げる。
エウジェーニアの小さな口では、息子を根元まで咥えるのは難しいらしい。
だが、それを補うようなテクニックが、彼女にはある。
優しく咥えていたかと思えば、顔を前後にストロークさせる。
その絶妙な感覚がたまらなく快感である。
俺の息子は、僅か数分で絶頂の前触れを起こしていた。

「・・・むぅっ、ちゅぅ・・・じゅるぅっ・・・・・・!」

一気に吸い上げられる、それと一緒に、俺は果てる。
息子が大きく脈打ち、白濁液を幼い少女に容赦なく注ぎ込む。
少女は驚きに目を見開きながらも、口に注がれた液体を飲み干そうとしている。

「ん・・・・んくっ・・・・・・・・・んぅ・・・」

小さく声を上げて、口の中に充満した白濁液を、エウジェーニアは飲み干した。
口に残る後味が気になるようで、えづくように彼女は咳をしている。
俺はというと、自責の念に冷や汗をかいていた。
・・・なんてことをしてしまったのだろう、これでは俺が遊ばれているみたいじゃないか。

「クライド・・・相当辛かったでしょ?お兄様の3倍くらいは出した気がするよ・・・」

「・・・すみません。エウジェーニアさ」

様と言い終わる前に、俺はエウジェーニアの小さな人差し指で妨げられる。
俺は先ほどの言葉を思い出した。

「クライド、様はやめてって・・・。私あんまりそういうの好きじゃないからさ」

エウジェーニアは少し不機嫌そうに俺の唇を人差し指で押さえながら言った。
まだ10代の子供だ、あまりしっくりこないのも頷けるかもしれない。
はっきりとは貴族の立場に立ったことがないから解らないけど。
俺としてはどうしても呼び捨てが嫌だったので、こう言ってやることにした。

「・・・わかりました。エウジェーニア"さん"」

さん付けで呼ばれたのは初めてだったのか、エウジェーニアは深く感心したようだ。
にっこりと太陽が光をばらまくように笑いながら、エウジェーニアは言った。

「なかなか、いい響き!さん付けっていうのも悪くない・・・かな」

上機嫌にトイレから飛び出すと、"今日の朝ごはんはなんだろな~"と歌いながら、エウジェーニアは猫のように部屋を走り回った。
俺はというと、少女に対するイメージと、清楚な貴族のイメージを両方共完膚無きまでに破壊されて、気持ちよさで嬉しいようで、イメージを壊され悲しいような気持ちだった。

リリアンが両手に荷物を持って帰ってきた。
袋に詰まったものは果物や、パン、それに生肉などの品だ。
どれも全部店先に並んでいるのを気づかれぬように盗ったのだろう。

「ここら一帯の村は警戒心が薄い。都市に比べたら割と簡単だ」

意味ありげな微笑を浮かべて、リリアンは両手の荷物を木製のテーブルに置いた。
本日の朝食の食材も来たので、お嬢様エウジェーニアも大喜びだ。

「それでは、エウジェーニア。朝食にしますか」

「うん!・・・それはそうと、クライドやっと私のこと様とか、さん付けせずに呼んでくれたね」

それはちょっとした心境の変化だったが、説明する義理もない。
リリアンの前ではなおさらだ。

「今日は私が作るのか?それともお前か」

「俺でいいさ」

「いつも悪い」

リリアンに料理はさせられない。
炭と化した肉や食材を平気で皿に盛り付け、これが料理だ、という女なのだから。
俺は我慢出来るが、お嬢様に炭を食べさせるのは俺が嫌になる。

俺は部屋の隅に備えられた簡単な台所に立って、食材を切り始めた。
献立は肉を炒め、卵を焼く"ベーコンエッグ"的なものだ。

「うっわぁ~・・・・・・すっごくいい匂いする!」

「そうだな・・・。クライドはああ見えて料理が得意なんだぞ」

「へぇ~!」

リリアンに言われると普通の人に言われるより10倍くらい説得力が違う。
そう考えながらも、手はテキパキと作業をこなし、3人前の朝食ができた。

「どうぞ。貴女のお口に合うかは保証できませんがね」

「いや!見てても十分おいしそうって分かる!」

「ん・・・ありがとうクライド」

女性陣は俺が席に着く前に食べ始めてしまったが、別に気にすることじゃあない。
俺の分の朝食も机に置くと、俺は席についた。

「うんまあーい!!クライド凄い才能持ってるんだ!」

「うむ、質素だが実に美味だ」

そう褒めちぎられると、作った側も嬉しく感じるものだ。
特に味付けはしていないのだが、ちょっとしたおまじないをかけてある。
母親によく言われたことだった、料理にそう念じるだけで、美味しくできるんだとか。
半信半疑で結構前にリリアンに夕食を食べてもらった時は、褒められて嬉しかったのを覚えている。

「ごちそうさまでした!」

元気よく言うと、例のごとく高めの椅子からピョンと飛び降り、リリアンの膝の上に収まるように座る。

「リリアンがこんなにいっぱい"買ってきてくれた"からいい朝ごはんだったよ。ありがとう」

エウジェーニアはそう言うとまだ食事中のリリアンに構わず抱きついた。
相当なついているようだ。
本来ならば微笑ましいのだろうが・・・。
俺たちにはあまり嬉しくない"単語"があったせいで、何か引っかかるものがあった。
"買ってくれた"・・・俺たち極悪人の盗人としては、あまり気持ちのよくないワードだった・・・・・・。

朝食をとって数時間ぐらいが経過して、太陽は高く昇っている頃。
俺はエウジェーニアに赤ずきんを連想させるようなフードをかぶせて、外出することにした。
ゆくゆくは奴隷市場の競りに出すエウジェーニアなのだが、それまでの間くらいは"素晴らしい世の中"というものを知っておいてもいいのではないか。
簡単に言えば俺の回りくどい情けだということである。
そんなエウジェーニアは露知らず、身支度を進めていた。

「エウジェーニア、そんなにいりませんよ。村の市場に行くだけですからね」

俺は苦笑しながら言う。
カバンに詰め込まれていたのは、自分のお小遣いであろう金貨。
そして自分の家から持ってきたのであろうと思われる、カンテラ、それにそれなりに分厚い本だ、なんの本かまではわからない。
別にどこかに冒険しに行くわけでもない、ただ近くの村の市場を見せてやりたかっただけだ。

「えー・・・、じゃあ、これだけ持ってく」

エウジェーニアは不承不承といった感じで、女の子が抱きかかえるくらいの大きさがあるテディベアを指差した。
・・・そういえば、こんなものも持ってきていたな。
とある筋では有名な職人が幾年かの月日をかけて作り上げた一品、とエウジェーニアが朝に豪語していたものである。
エウジェーニアのお気に入りで、吸い込まれるような透明感のある色の目をしている。
先ほどの冒険セットよりはマシだろう。

「それでは、行きますか」

「うん!」

「私も行くか」

壁にもたれかかっていたリリアンが静かに言った。
わざわざついて来なくてもよいのだが、別に隠したいことがある訳でもないので、俺はすんなりと承諾した。
傍から見れば家族のようなメンバー構成だ。

・・・家族。

恐らく、俺とリリアンは同じことを思っているだろう。
俺たち二人とも、家族とは予期せぬ別れをしたからだ。
家族が生きていれば、俺はこんな闇の人生を歩んでいなかったのかもしれない。
普通に家庭を作り、子供を育て、仕事をする。
親が酷く殺された、"あの日"が無ければ―・・・。
そんな心に永久凍土の氷を溶かすかのように、エウジェーニアは無邪気に笑っていた。

スレタイの「ええっ!?」がマスオさんの声で再生されたので
読むのやめますゴメンナサイ。

>>17 ワロタ



村の市場にやってきた。
リリアンが朝食の食料を盗んできたところとはまた別の市場である。
見る限りでは人もそれなりにいるようだ。
肉、魚、野菜などの専門店が並び、店主が大声で売り文句をまくしたてる。

「クライド・・・ここすっごい・・・・・・!なんか、元気湧いてくる!」

「エウジェーニアは、市場に来たことはないんですか?」

「私のお父様が一度連れてってくれたらしいけど、覚えてないかな」

エウジェーニアがその幼い見かけに似合わず、遠い目をして思いを馳せるように言った。
俺は何か盗めるものはないかと、店の商品を品定めしていた。
あの店にはめぼしいものはない。
あっちの店も特にいいものはない。
すべての品が採れたてで新鮮だが、俺は魚屋でもないし、肉屋でもない。
エウジェーニアが喜びそうな品を探しているのだ。

「クライド、あれはどうだ」

リリアンが耳打ちで教えてくれたのは、市場には珍しい、作り物を出品している店だった。
木で作られた小物類のものを以外に、いくつか銀製の首飾りや指輪が並んでいる。
大した値段ではないが、買うのにはもったいない。

「私がエウジェーニアを連れて行くから、そのスキに頼んだぞ」

「任せとけ」

エウジェーニアには聞こえない、裏の会話。
俺は首飾りに目標を定め、ゆっくりと例の店に近寄った―・・・。



「さあ、エウジェーニア。どこか回りたいところはあるか?」

「ん、リリアンに任せる!」

「・・・そうか、じゃあ何か甘い物を売っている店でいいか」

「大賛成!」

私とエウジェーニアは手を繋ぎ、最も人が集まる市場の中心部に出向いた。
・・・カモだらけ。
ある人は財布を無防備にもポケットに突っ込み、ある人はカバンの口が開いている。
“盗ってください”と言わんばかりだ。
私は早速頂戴することにした。
まるで旋風が、そっと人を撫でるように。
しなやかかつ、俊敏な動き。
私の手元には、目標の財布がおさまっていた。

「リリアン、ここ?」

エウジェーニアの足が止まり、ある菓子店を指差した。
鼻腔をくすぐる菓子類特有の甘い匂いが、エウジェーニアの興味を引いたのだろう。

「そのようだな、どれどれ、ちょっと寄ってみるか」

店主は温和そうな男と女だった。
夫婦で経営を営んでいるのだろう。

「あら、いらっしゃいませ」

女の方がペコリと頭を下げ、にこやかに微笑んだ。

「このクッキーを5つほどいただきたい」

「5つですねぇ。・・・・・・はい、25ゴールドです」

一つ5ゴールド・・・か。
3ゴールド位に負けてもらえればいいのだが。
思い立ったが吉日、私はすぐに交渉を始めた・・・。

「3ゴールド」

私はそれだけを店主に言った。
店主は即座にそれを理解したようで、温和な笑みを崩さずに言う。

「4ゴールドではダメでしょうか・・・?」

「3」

三本の指を立てて、少し強めに言うと、店主は渋々頷いて、3ゴールドに負けてくれた。
これで、10ゴールド得をした。

「なかなか、可愛いお子様をお連れですねぇ・・・。サービスで一つおつけしますわ」

店頭に並んでいたクッキーの中から一つ取り出して、女の店主はエウジェーニアに手渡した。
小国の王の娘とは言え、気づかれるか心配だったが、気づかれずにやり過ごせてなによりだ。

「やったあ!どうもありがとう!」

それだけでエウジェーニアは大はしゃぎだった。
もらったクッキーを早速ほおばり、エウジェーニアは今にも狂喜乱舞しそうなほどに浮かれていた。
・・・奴隷市場の競りまであと15日位か・・・。
私には、目の前で少女が微笑んで私に抱きついてきても、良心が芽生えて、気が変わるなんてことはない。
残り15日の間、目の前の少女には天国を見せてやる。
そこから奴隷という地獄に引きずり下ろすのだ。

「さて、クライドのところに戻ろうか」

「わかった。・・・ところでなんでクライドは私たちと来なかったの?」

「プレゼントがあるらしい」

「本当!?」

こうも有頂天になってくれると、地獄に落とした時の楽しみが増すだろう。
奴隷市場に競りに出された時、彼女が私たちをどう思うだろうか。
裏切りに怒りを覚えるのか、はたまた恐怖に涙するのか。
とても楽しみだ・・・。
表情には出さない暗黒の笑みを、密かに浮かべ、ふと邪魔になった黒い髪を手でかきあげる。
少しだけ強い風が、私の黒い髪とエウジェーニアの美しいブロンドの髪を靡かせた。

「いらっしゃあい!置物やアクセサリーはいかが~!」

中年女性が声高々に客寄せをしている。
市場には珍しい作り物を出品している店なので、客はそれなりに集まっているようだ。
仕事がやりやすくなる。
俺の盗みの師匠から教わった、自らを“影”とする技。
気配を完全に消し、可能な限り僅かな動きで盗む技。
鍛錬の最中に師匠に殴られたのは今ではいい思い出だ。

人ごみにするりと身を忍ばせて、首飾りに手を伸ばす。
今の俺は“影”に等しい存在で、俺の存在に気づく者は、この喧騒の中にはいない。

首飾りを掴み取ると、俺はまた影のようにその場を去る。
まるでそれが至極当然かのように、売られていた銀の首飾りはその場から姿を消した。

(チョロいもんだな)

エウジェーニアとリリアンはどうしてるだろうか。
エウジェーニアの正体に気づく奴はいないとは思うが・・・。
あまり日が経つと王の搜索の手が伸びる。
奴隷市場が開かれる残り十数日まで、悟られてはならない。

集合場所に戻ってみると、リリアンとエウジェーニアが談笑しているのが見えた。
僅か1日弱ですっかり懐いているようで、エウジェーニアからは満面の笑みが人々の横切る影の間から垣間見える。
彼女らは少し遠く離れた俺に気づいたのか、こちらに向かって手を振っている。
俺もそれに応え、小さく手を挙げる。

――少し肌寒い秋の日、市場は変わらず熱気に満ちていた・・・。


「エウジェーニア、目を閉じてください」

市場から帰り、隠れ家。
チャリ、と首飾りが小さく音を立てて、エウジェーニアの白く細い喉に付けられる。
まるで精巧に作られた人形を着飾っているようだ。
銀の首飾りの中心部分の蒼色の宝石が、ロウソクの柔らかな火を明かりを受け、煌く。

「開けていいですよ」

宝石と同じ、碧い瞳が開かれる。
エウジェーニアはしばし銀の首飾りを見つめた後、何とも盛大に騒いだ。
それほど嬉しかったのだろう、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、キラキラと輝く首飾りを笑みを浮かべて眺めたり・・・。
小さな虫のような、見ていて飽きない、いいリアクションを見せてくれる。

「なんかはしゃいだらお腹空いちゃったな・・・」

「それでは、ご飯にするか」

リリアンが椅子から立ち上がり、まるで“私が作ってやろう”とでも言うように言った。
前も言ったが、それは俺とエウジェーニアに対して非常に不利益なのだ。
だが、リリアンのしたり顔を見て、俺はやめろと言えなくなった。
自信に満ち溢れている、多分俺が何を言おうとも、“私が作る”の一点張りだろう。

俺は訪れると確定した悲劇が、こうも人生を悲観的なものにさせるのか、と十二分に思った。
エウジェーニアは相変わらず笑顔で、楽しそうに食事を待っているのを見て、俺はその内考えるのをやめた。

コテハンが無くなってたで・・・。

王の側近従者→ダロンドー・ベレンガリア (20代後半)←クール美人(!)

王→アドルファーティ・イスカリオット (40代前半)←CV:若本規夫(ぶるぁ゛あ゛!)




キャラ名をつけると
それを覚えないといけないから
更新がたまにだと読むのがツライ

>>27 これ以上新キャラは増やさないつもりです。ご迷惑おかけしました。
更新の件は、勉強の関係です。サーセン。


口に残る苦味。
今日の料理は前例にないほど、とても不味い。
当の本人は平然とその料理を並べ、ニコニコと笑っているから恐ろしい。

「・・・で、どうだ。今日はうまくできたと思うんだが」

自覚のない悪意ほど、憎いものはない。

「・・・・・・ああ、いいんじゃないか」

嫌々そう呟いたが、リリアンは気にもせずにただ満足気な笑みを浮かべているだけだ。
エウジェーニアは大丈夫だろうか?彼女の皿を横目から覗いてみた。
・・・彼女の皿は未だに黒い焦げた食材で7割程度埋まっている。
まるで刑罰、今までの悪事に当然の報いかのように起こった刑罰だ。

「ん・・・ぐゥ・・・」

エウジェーニアが喉元を潰されたかのような声を弱々しく放つ。
体が拒絶して受けつけないのを、無理やり飲み込んでいるのだろう。
その必死の努力に俺は心中で泣いていた。

(・・・これは肉・・・?黒すぎて何なのかわからん・・・)

本来ならば、肉をフォークで刺しても“サクッ”という擬音は出さないだろう。
この極限まで焦げた肉は違うのだ。
エウジェーニアも真っ黒に焦げた肉に取りかかっている最中で、苦虫を噛み潰すような顔をしながら一口かじる。

「・・・・・・」

その場に流れる気まずい沈黙。
リリアンは相変わらず、笑みを浮かべている・・・・・・。
食べ終わるまで、解放されることはなさそうだ。

別の意味で満腹となった俺たちは、ゆったりと流れゆく時間を感じながら寛いでいた。

そんな平穏に水を差すように、“来訪者”は前触れもなく訪れる。

「・・・クライド、外」

リリアンが窓から小さく顔を覗かせて言う。
俺もリリアンと同じく窓から外を覗くと、地味なフードを被った男が近づいてきていたのが見えた。
視線を四方八方に巡らしたが、他に不審な人物はいなかった。
どうやらあの男一人だけのようだ。

「リリアン、エウジェーニアを地下倉庫に隠してくれ」

「わかった」

いきなり抱きかかえられたエウジェーニアが、四の五の言う隙すらも与えず、リリアンはエウジェーニアと共に地下倉庫へ消えていった。
それほどの大きさもない倉庫だが、人間二人位は入ることができる。

男は既にドアの前に立っていた。
何時ぞやの、“一定のリズム”でノックされるドア。
・・・警戒は解かない。
いつでも腰に忍ばせてある短剣に手がのばせるように、身構えて扉を開けた。

「・・・やあ、私だクライド君」

俺はその声に聞き覚えがあった。
その声を聴く者を威圧し、震えさせる・・・、かつて“暴力の声”、その異名で呼ばれた、「アドルファーティ王」その人である。

「アドルファーティ王・・・、どうしてここへ?」

「・・・私の娘が元気でやってるか見に来ただけだ」

素っ気なくそれだけ伝えると、アドルファーティ王は視線を隠れ家の隅々へ巡らせた。
まるで蛇が獲物を探すように、まとわりつく様に、ゆっくりと視線を巡らせた。

「リリアン、出てきていいぞ」

その言葉とほぼ同時に、リリアンは地下倉庫からチーターの如き素早さで飛び出した。
手中には、窓から入ってくる日光を受け、煌く短剣が逆手で握られている。

「素早いが・・・まだ・・・・・・!」

王が語尾を荒げ、身構えた。
リリアンと、王の距離、僅か十数センチ。
下手に動けばリリアンの短剣が、容赦なく王の体を貫くだろう。

「・・・なッ・・・!?」

リリアンが驚嘆の声を上げ、そのまま前のめりに姿勢を崩す。
どの方向に動いても確実に、短剣で仕留められた筈である。
彼女の一撃必殺の刃が、王によっていとも簡単によけられたのだ。

「今の私の術は、幻影の術。・・・お前が今まで捉えていた“私”は“虚空の私”だ・・・・・・そして」

王の手に握られた宝石に彩られたナイフが、リリアンの首にピタリと当てられる。

「・・・ッ・・・はァ・・・ッ!」

金属が持つ特有の冷酷な冷たさを首筋に感じて、リリアンは思わず緊張の糸を切らし、大きく息を吐いた。
膝をつくリリアンを尻目に、王は自慢のナイフをゆったりとした動作で鞘に収めた。

「・・・さて、“ニア”に会いたいのだが」

「・・・お父様?」

エウジェーニアが地下倉庫から、ひょいと顔を出した。
お父様、と呼ぶ声音には若干淀みを感じる、恐らく連れて行かれることを思っているに違いない。

「ふ・・・、なにも連れて帰りはせん。元気にしてるか見に来ただけだと言ったろう」

「そうなんだ!・・・よっこいしょと」

安堵したように言ったエウジェーニアは、首に輝く首飾りを気にしながら地下倉庫から出てきた。
リリアンはというと、ようやく立ち上がり、手の甲で額に浮かんだ冷や汗を拭っている。
アドルファーティ王の“暴力の声”のあだ名はともかく、実力は未だ衰えていないようだ。

「あの首飾りは?随分と綺麗だな」

「買ってあげたんですよ、相当気に入ってくれたようですし、あげた甲斐がありましたね」

首飾りを褒められたエウジェーニアが嬉しそうに首飾りをアドルファーティ王に見せていた。
傍目から見れば、とてもいい親子なのだが、王の企みを知った俺はそうとは思わない。

「・・・クライド、マズいんじゃないのか?知っての通り王はエウジェーニアの父のはず・・・何故そこまで親しい?」

リリアンがこっそりと耳打ちで話しかけてきた。
すっかりと平静を取り戻して、普段通りの冷淡な目つきをしている。

「いろいろと、事情があるのさ」

リリアンには後で深い事情を話すことにして、俺は王と一緒に外に出た、内密の話があったからである。
もうじき地獄へ落とされる当の本人、エウジェーニアの前で取引の話をする理由もメリットも皆無だった。

―――

「それで、後どれくらいで売りさばけるのだ」

「市場が開くのはあと十数日後です。市場が開いたらもう心配はいりません」

“市場”というのは、エウジェーニアを売りさばく舞台となる奴隷市場のことだ。
元々、エウジェーニアを市場へ売る作戦の司令官は、アドルファーティ王本人なのだ。
何故親が子を売るのか、簡単にまとめるなら、アドルファーティ王の持つ小国には財がないからだ。
この計画は、エウジェーニアという“生贄”を元に、小国に住在している人々を救う、小国の起死回生の計画なのだ・・・。

「・・・そうか、今、手下の捜索隊が出動している。今はあさっての場所を探しているようだが、数日以内にはここ一帯が捜索隊で騒がしくなる。用心しろ、クライド」

「ご忠告感謝します。・・・怪しまれないうちにお帰りになるのをオススメしますよ」

「フッ、このアドルファーティ・イスカリオット・・・。自制しろと言われたのは久しぶりだ・・・ハッハッハ・・・!」

何が可笑しいのか、王は悪魔のように笑う。
人間とは思えない邪悪な笑い声に、俺も思わず戦慄した。
“暴力の声”と呼ばれる所以・・・声ひとつで意のままに感情を操作する、その片鱗を垣間見た気がした――・・・。

“暴力の声” アドルファーティ王が帰り、日が落ちた頃。
昼間に動き回っていたエウジェーニアはベッドで熟睡中で、起きる気配を見せない。

「・・・クライド、奴・・・アドルファーティ王とは一体どういう関係なんだ」

ここぞとばかりに話題を持ちかけたリリアンの表情は、冗談などの部類が通じるような余裕はないように見える。
俺は王と俺の関係を全て話すことにした。

リリアンにも内密にしておいたのだが、アドルファーティ王と俺の関係ができたのはしばらく前だ。
俺の能力を買ってくれたアドルファーティは、その頃小国を作り上げたばかりだった。
資金も少なく、国の権力も小さい、このままでは弱る一方という状況下にあった。
元々下克上式に作られた国だ。
王は次々と陰謀によって失脚し、国民はそれに振り回される形になっている。

そんな国政の中、俺はアドルファーティ王に会ったのだ。
やつは俺を一目見て極悪人と判別した。
極悪非道の行為を躊躇もなく、後悔もなく行う俺を、闇の手下として雇ったのだ。
王が殺せといったものは確実に殺し、足のつかないようにする。
時には有名な大臣を暗殺することもあった、そのぶん報酬は他のクライアントとは桁違いだった。
小国には確かに資金はない、しかしアドルファーティ王自身のポケットマネーは莫大だったということだ。

・・・と、ここまで言ったところで、リリアンが俺の会話を制して言った。

「待てクライド、何故王は小国に資金を入れないんだ、奴は金を持っていたのだろう?」

当然、その疑問が浮かぶだろう、俺も浮かんだ。

「ヤツが言うには、堅苦しい法のせいなんだとさ」

「・・・そういうものなのか」

理解できたようなできていないような複雑な表情をしながら、リリアンは首を少しだけかしげた。
法については俺もよく把握していないところが多いので、あまり説明することはできない。

「・・・とにかくだ、やつと俺は手を組んでいる。この仕事が終われば、金もそれなりに入る」

「ふん、あまり信用できそうなやつではなさそうだがな」

「一流の仕事をこなせば、大金を払ってくれる気前のいい客さ」

話すことも段々と億劫になりつつあった頃、瞬間的な強い光が、窓からつよくさしこんだ。
雷だった。
数秒後に雷鳴が聞こえるところを見ると、距離は近くはない。

「・・・エウジェーニアが起きたらまずい、今日はここまでだ」

「ああ・・・・・・、とりあえずあの王が波の悪党ではないことはわかった。これ以上説明はいらん」

「そうか」

・・・激しい雨が、地面と隠れ家の屋根を、叩きつける。
時折空に青の稲妻が走り、雷鳴を轟かせている。

「・・・ひっでぇ雨だ」

「そうだな、しばらくは降り続けそうだ・・・」

俺たちは二人して窓の外をぼっと眺めていた。
山の向こうまで続く、黒く澱んだ曇天の空。
先程まで太陽が顔を出していたとは思えない。
たまに強い嵐のような風にのって、雨つぶが窓を叩いている・・・。

「・・・」

静寂を妨げているのは、激しい雷雨に伴う、激しい雨音と、腹のそこまで響くような低い雷鳴だけ。
俺たちはただただ、外の代わり映えしない景色をぼんやり眺めている。
この激しい雨・・・、俺たちにとって色々と思い出すものがあった。

まだ幼い身を染める、赤い赤い真紅の血が、滝のような雨が流していく。
目の前に転がる、見知った顔の遺骸を見て、俺は泣き崩れていた。

雨が何もかもを流していくと思っていた。
この涙も、血も、思い出も。
小さなあの頃の俺は、手に、雨で流れつつある血のついた白銀の包丁を握り締め、森の中を必死で駆けていった。
そして、どれほど走ったろうか。
小さな俺は持ち主のいないこの隠れ家を見つけた。
見つけた当初隠れ家は、廃れるに身を任せた、ただの廃家だった。

古ぼけた木の扉を開けると、奥の隅の方で震えている女の子を見つけたのだった。

「ひ・・・・・・っ」

女の子は小さく震えながら、顔を上げた。
今にも泣きそうな表情で、恐る恐るこちらに目をやっていた。
小さな俺は、それを見てなぜか目に涙が浮かんだ。
手に持った刃物を落とし、その場に崩れてもう一度泣いた。
涙が枯れるまで泣きつづけて、無意識のうちに眠った。

「・・・あなたも、私と同じ?」

目が覚めたら、暖かいベッドの上にいた。
暖炉は暖かな火がともっていて、薪がくべてあった。

俺には女の子の言っていることがすぐにわかった。
“あなたも私と一緒で、人を殺したのか”、その暗喩だった。

「・・・僕も、多分君と同じ」

「そうなんだ・・・・・・やっぱり、そうだったんだ・・・・・・ふふっ・・・」

「君も・・・?」

「・・・うん、私も・・・お母さんをいじめてたお父さんを・・・包丁で刺した」

どこか悲しい顔をする女の子を見て、小さい時の俺はなんて馬鹿なことをしでかしたんだと思った。
そして俺はこの世界を憎んだ。
俺たちに悲しいことをさせる世の中に、その住人全員に殺意が湧いた。

「・・・私たちって、バカだよね・・・」

自嘲気味に笑いながら、女の子は言った。
世間的に許すことのできない殺人を犯したのだ。
良くて長期の投獄、普通ならどんな幼子でも人を殺してしまえば斬首刑だ。
極悪の罪を犯した罪悪感が、女の子にそう言わせたのだろう。

「バカじゃないよ」

「・・・えっ」

俺の予想外の返しに驚いたのか、女の子は声を上げた。

「バカなんかじゃない。僕たちは正しいことをしたんだよ」

不思議と、言葉が次々に出てくる。
あの時の感覚は今でも忘れられない。
俺をはやし立てる激情が、俺の口を使って自分に“正しいことをした”と言い聞かせるようだった。

「僕達は、人を殺した・・・。だけどそれは・・・仕方ないことなんだよ、きっと・・・!」

言葉足らずなあの時の俺は、次々とどうでもいいことを喋っていた。
喋りつくして、俺は女の子の手を取る。

「・・・一緒に、正しい悪党にならないか?君と僕で・・・」

「・・・ふふっ、うふふ・・・っ!」

女の子の顔には先程までの悲しげな表情が消えていた。
楽しげに笑う女の子が、あの時の俺にはなんだか綺麗に見えた。

「それで、君の名前は・・・?」

「・・・・・・リリアン、あなたは?」

「僕は、クライドっていうんだ」

遅すぎた自己紹介。
それすらも可笑しくて、今なら蹴ったら転がる石ですら、笑ってしまいそうなほどに、愉快だった。
つまり、この最悪な状況を楽しんでいるということを示唆していた。
二人でなら、どこまでも悪党になれる。

翌日二人で、隠れ家の補修をした。
二人で使えそうな木材を集めて、手を釘で刺さないように注意しながら、包丁の柄の部分で釘を打った。
寒い夜には二人で体を暖めあい、ときには二人で悪事を働いて、二人で師匠に悪党の技を学んだ。

悪党の技を学んでいる最中の頃だった。
鍛錬を続けていた若い俺とリリアンの前で、師匠は俺たちにそれぞれ短刀サイズぐらいの木刀を渡した。
そして静かに告げた、“殺し合いを見せてみろ”と。
木刀で切られたら敗北という単純ルールでの試合だった。
青あざ位は出来るかもしれないな、と俺とリリアンは顔を合わせた。

外に出て、木の柵で囲まれた闘技場に、俺とリリアンは向かい合い、木刀を構えた。
天候は快晴で、太陽は観客のように俺たちを見下ろしている。
俺はチラリと師匠を横目に見た。
師匠は、何かを渇望する目で俺たちをしっかりと見据えていた。
何を望んでいるのかは理解できない、だが、今理解する必要もない。



「始め」

戦いの火蓋が切って落とされる。
両者ともに全身の筋肉をリラックスさせ、四方八方からの攻撃に対応できるようにする、師匠の教えの一つだ。

「ふっ」

リリアンが小さく息を吐いて、宙高くジャンプした。
長くポニーテールに結われた黒髪が、その軌跡を描く。
太陽の逆光を利用した、真上からの襲撃。
だが、クライドは狼狽えない。
クライドは脚部の筋肉に力を込めて、左に回避。
着地した隙をついて、脇腹に“突き”を入れるつもりだった。

「次の動作がバレバレだぞ、クライド」

リリアンが不敵に笑みを浮かべて、“消え去った”。
目の前から忽然と姿を完全に消えた。
視覚では彼女を捉えていないが、クライドは感覚で捉えていた。
クライドが回避した地点の真上に彼女はいる。
空中で“移動”したのである、リリアンが得意とする技の一つだった。

「もらった・・・!」

リリアンは勝利を確信する。
逃げようとすれば、その動作中に首を掻っ切って試合終了だ。
どこに逃げようが私の術中にはまっている、勝ちはもらいだろう、・・・と。

八方塞がりのクライドは、予想外の行動に出る。
空中のリリアンをにらみ、タイミングを見計らって木刀で受け流したのだ。
結果、彼女は着地を強いられる羽目になる。
大きく膝をついた着地、隙はとてもデカかった。
クライドは無言で木刀を突き出した。

「んぐッ!む・・・ぅっ・・・」

声を必死で殺した断末魔だった。
突き出された木刀は見事リリアンの心臓部を背後から貫く形になっていた。
勿論実際に貫いているわけではない、実際のナイフであれば、間違えなく心臓部を貫ける場所に木刀を突き出したのだ。

「ハハ、なかなか強かったな、リリアン」

「・・・くっ・・・負けたか」

「ハハハッ・・・!」


懐かしい思い出だ。
まだこの世に生を受けて二十数年だが、色々なことがあったせいで、今ではとても懐かしく感じる、奇妙なことではあるが。

「・・・懐かしいな、リリアン・・・この雨の日、この隠れ家で出会ったこととか・・・」

「・・・すぅ・・・すぅ・・・」

「寝てるのかよ・・・」

ゆらゆらと船をこぐリリアンを見つめていたら、ふとバカな欲望にかられ、その白い頬にキスをしてやった。

「・・・んぅ・・・・・・すぅ・・・」

(何やってんだろうな、俺・・・)

雨は一向に止む気配を見せなかった。
遠くまで続く、灰色の雨雲は、澄み渡る青空を覗かせることなく、延々と広がり続けている。

「・・・すぅ・・・」

(まだ寝てるのか・・・)

いい加減代わり映えしない風景を見るのも飽きてきた。
何か暇を潰せるものは無かったかと視線を巡らすうちに、暖炉の火が消えかかっていることに気づいた。
秋とは言え、そろそろ肌寒くなってくる季節だ、暖炉の火が消えるのはあまりよろしくない。
俺は長時間座っていた椅子から立ち上がり、背伸びをした。

「・・・よいしょっ・・・と」

全身をほぐす様に背を伸ばしたあと、暖炉の脇まで歩み寄る。
木が燃え尽きて炭になった匂いが、微かに漂っている。
俺は暖炉の脇に並べてあった薪を抱えて、火にくべた。
パチ、パチン、と木が炎で燃えてゆく音と共に、しだいに火が活気を取り戻す。

(ふぅ・・・なかなか暖かい・・・)

今まで微睡んでいて気づかなかったのか、随分と体は冷え切っていた。
暖炉から伝わる暖かみが、体に浸透する感覚が、結構心地よい。

“チャリリィー・・・ン”

壁の鈴が唐突に鳴った。
これが意味するのは、この隠れ家に何者かが接近していることを意味する。
この隠れ家に続く、俺が意図的に作った“獣道”には、いくつかのトラップがある。
だがその罠にかかった本人には直接被害は出ない。
代わりに、俺たちには“接近しているぞ”という情報だけが伝わる仕組みだ。
この接近警報には、思わずリリアンも飛び起きた。

「・・・・・・」

「お目覚めか、寝ぼけてないよな?」

「・・・当たり前だ」

若干回答に間はあったが、リリアンのことだ、今寝ぼけていてもすぐ目覚める。
まだ目覚めないエウジェーニアを俺は起こさないように地下倉庫に運び、戸を閉める。
勿論俺もエウジェーニアを隠し通すために少し窮屈な地下倉庫に身を潜ませていた・・・。

たまーにクライドからリリアンに視点が変わるんだよなぁ・・・



“シャリィーン・・・”

最後の罠にかかったようだ。
依然として目標はこちらに向かってきているらしい。
私は、出窓からゆっくり顔を覗かせた。

(・・・紅のローブ・・・?)

派手なようで、自然の色に溶け込むような色だった。
不思議と存在感を感じさせるが、集中していなければ見逃してしまうような矛盾を、私は奇妙なまでにハッキリと感じ取った。
遠目からでは性別は解らないが、ガッシリとした体格ではないようだ。
そして、その足取りは迷うことなくこの隠れ家に向かっている。

(クライドの知り合いだろうか)

とにかくその人物と私は対面しなければならない。
不審な素振りを見せず、部外者ならば帰ってもらおう。

“トントントン・・・”

扉がきっちり3回ノックされた。
仲間が使う、暗号の“ノック”とは全く違っていた。
このドアを叩いているのは、間違えなく“部外者”だ。
敵意を見せなければ、このまま引き取ってもらおう、今は殺して口封じという手段は敵でもない限り避けたい。

私はすっかり冷たくなったドアノブを握りしめて、扉を開いた。

「こんばんは・・・、こんな天候の中、申し訳ありません」

女性だった。
とても艶やかな声で、男に耳元で甘言すれば愚直な男どもはなんでもやってのけるだろう。
私は平静を保ち、丁重に切り出した。

「何か御用でしょうか?」

女は紅のフードを外して、素顔を見せた。
深い赤色で、肩までサラリとのばしてある髪。
白く透き通る肌には、容易には触れられそうにないほどに鋭い切れ長の目をした女性だ。
冷たい第一印象を与えるような表情を少しも和らげることなく、女は私のあとに続ける。

「私の名前はベレンガリア、とあるお方の使いで、人を探しております。・・・年齢は10代前半で・・・―」

ベレンガリアと名乗った女は冷たい表情のまま、身振り手振りで特徴を教えてくれた。
だが、私の耳には入っていない。
“人を探している”、その言葉で、私は瞬時に来訪者を敵と判別したからだ。
この悪天候の中、わざわざ森の中を歩き回って、人を探しているというのだ。
エウジェーニアの父に仕えている側近か何かだと結論づけるのは想像に難くない。

「・・・」

腰に忍ばせた短剣に、ゆっくり手を伸ばす。
怪しまれないように、自然な動作で、冷たい短剣の柄を掴む。
その冷たさには、今まで数々の人間の血を浴びてきた獰猛さと、触れれば迷わず敵を裂く冷酷さがあった。

―そして、この女は、ここで死ぬ。

私は躊躇いなく短剣を突きの構えで振った。
小ぶりな銀の軌跡が、蝋燭の火で反射し、描かれる。
鋭く必殺の一撃。

「ッ!」

女は感が鋭いのか、常人では有り得ないスピードで感づいていた。
だがこの速度ではいくら気づいたとて、対処は不可能だ。
相手が気づいたときには、既に刃は相手の喉元にある・・・。

その瞬間、手に違和感。

「なにッ?」

大きく突き出された腕が、絡め取られるように掴まれた。

「ふっ!」

そのまま、力のベクトルを利用され前方に大きく放り投げられる。
身をくすぐるような浮遊感と、上下が逆さまになった世界で、私は急いで体勢を立て直した。
足から衝撃を逃がすように着地して、そのまま相手の方に向き直る。

「やっぱりクロだったわね・・・」

ベレンガリアが言い放つのを、私は無言で見つめ返した。
相手に答えを返そうなんて思わない。
次に相手がどう動くか、どのような反応を返せば物事を有利に進められるか。
思考は単純に勝つことだけを考える。

「・・・犯人は貴女だけかしら?それともグループ犯・・・?」

相手の考えは甘い。
一方的に話す相手に、微かな呼吸の乱れを感じた。
今、あの女は時間を稼いでいる・・・、自分が快復し、有利に事を運ぶ状況を自ら作り出している・・・。

(次のひと呼吸のうちに、やつの脇腹を抉る・・・)

呼吸の僅かな隙を突き、相手の行動力を削ぐ。



分割です

「はっ!」

その瞬間には、私の腕が嘶く馬が駆けるように速く動いていた。
服が裂ける。
短剣越しに、相手を切り裂いた感覚が残る、だが致命傷ではない。
彼女は身をひねって、軽傷程度で済ませていたのだ。

「・・・」

周りを叩きつけるような雨の音と、遠く轟く雷鳴だけが、静寂を濁していた。
無言で相手がどう動くかを頭の中ではじき出し、隙を伺おうと相手を睨む。
そんな睨み合いがどれだけ続いただろうか・・・。

「そらぁッ!」

「!!・・・」

ベレンガリアは、自分の傍にあった木製の椅子を持ち上げ、こちらに力任せに投げてきた。
この程度、簡単に避けることは造作もない。
私は左へ回避する、本来なら私を捉えるはずの椅子は凄まじい音と共に地面へ叩きつけられた。

「はァッ!」

息を吐いて、大きく踏み込む。
相手の懐に入り込むと、私は足と脇腹を数箇所切り刻んでやった。
ベレンガリアが身につけていた真紅のローブのように、彼女の肢体から鮮血が溢れ出る。

「んぐ・・・・・・くあぁッ!・・・」

相手が無様に膝をついた。
私はこれを冷酷にチャンスと捉え、相手の背後に回る。
喉元を菊一文字に切り裂いて、トドメだ。

「じゃあな、メス犬」

柄にもなく、別れの言葉を言いたくなった。
私と戦い、これ程手こずらせた奴はいなかった。
その煩わしさに、別れを言いたくなったのだ。

「あ・・・がぁッ・・・ぃ・・・!」

喉元を短剣で容赦なく切り裂く。
柔らかな肉を深く切り裂いた感触が、いつものように手に残る。

喉を切られたベレンガリアは、すがるようにもがいていた・・・。
・・・幻覚でも見ているのだろうか。
まるで餌に釣られ捕らえられた猫のように、彼女は私に凄惨な最期を見せてくれた。

「くぁ・・・・・・ひ・・・・・・ぐッ・・・・・・・・・」

喉元を切り裂いても、人間というのは思いのほか生きていられるようだ。
呼吸が出来ず、ゆっくりと息絶えるその姿はまさに豪華絢爛たる姿が散る美しさに似ていた。

(・・・美しい)

彼女の喉元から、ワインのように鮮血が飛び散り、真紅のローブが更に赤く染まる。
一種の舞だった、華やかに散るその姿は例えるなら、散りゆく薔薇。
輝き、命が徐々に失われてゆくその過程が、たまらなく美しく、狂おしいほど愛おしい。

「・・・・・・ァ・・・・・・」

やがて言葉を発しなくなった“それ”は、ただ痙攣を起こしている有機物に成り下がった。
私が今まで感じていた高揚感がスッと消え去り、幸福感に酔っていた自分が一瞬で覚める。

(派手にやってしまったものだ)

目の前の凄惨な死体を見る。
虚ろになった目が動かないまま、虚空を見つめていた。

灰色の雨天の空は更に暗く染まりつつある。
太陽が沈みつつあるのだろう。

(死体を始末しなければ)

誰も手をつけない人形のように奇怪な体勢で絶命したベレンガリアを抱え上げる。
彼女の体型が幸いしてか、女の私でも、どうにか持ち上げることができた。

「・・・っしょ・・・」

大雨が降り続ける外へ、彼女を放り投げる。
グシャリと、水浸しの地面に叩きつけられ、無残にも彼女の美白は泥にまみれる。
そこからベレンガリアを隠れ家の裏手まで引きずり、大人一人程度の大きさの穴に捨てた。
元々死体置き場として掘り進めていたのだろう、早速役に立ったわけだ。
雑ではあるが泥をかけ、死体を隠蔽する。
その後、室内の血だまりを痕跡が残らぬよう入念に拭き取った。

「終わったか」

地下倉庫にいるクライド達に声をかけると、ゆっくり戸を開けてクライドが顔を出した。
エウジェーニアはまだ眠っている。

「殺したのか?」

クライドは私の目を見て言う。
確認とも、“殺した”ことを責めるともとれない声音だった。

「ああ」

私は生返事を返すと、雨でぐっしょりと濡れた衣服を脱ぎ捨てる。
水の滴る肢体があらわになった。

「・・・そいつ、名前は?」

「ベレンガリア」

その名前を聞くやいなや、クライドの表情が複雑なものへ変わる。
恐らくアドルファーティ王の側近なのだろう。
側近を私が殺したとあっては、計画の進行に触るのだろう。

「殺しちまったか・・・」

「ああ、顔を確認したいなら家の裏手に埋めてあるから見にいけばいい」

「そうさせてもらおう」

クライドは単身、豪雨の外へ消えていった。


(まさか殺してしまうとはな・・・)

俺は湧き出る焦燥感を完全には隠せなかった。
彼女、「ベレンガリア」を殺したのはやむを得なかったこと。
アドルファーティ王に“殺すな”と言われていたわけでもない。

(元奴隷で、今は王の側近・・・出世したもんだ)

俺はそう考えながら、黙々と地面を掘り下げた。


天候は未だよくなる兆候を見せない。
太陽も落ちたのか、辺りは暗闇に飲まれている。

(・・・これか)

ショベルに違和感を感じて、ショベルを手放すと、泥に埋もれた美人を見つけた。
死してなお生前と変わらぬ美しさ、元奴隷だった経歴も理解できなくもない。
確かに「ベレンガリア」本人である。
喉元に深い裂傷が見えた、恐らくそれが致命傷になったのだろう。
生前の苦痛の表情が見てとれる。

(これで50万ゴールドがパーなのか)


この仕事を受けることになった訳。
それを語るには数ヶ月前まで遡らなければならない・・・。

―数ヶ月前

俺は仕事を探し、月に数回程度開かれる奴隷市場に来ていた。
絶望に染まり光のない目でこちらを見つめる者、ここから出せと阿鼻叫喚する者もいる。
いつ来ても賑やかな場所だ。

「マスター、いるか?」

俺は市場の奥の方に声をかける。
しばらく経って、男がボロ布のカーテンの向こうから姿を現した。
頬に大きく傷跡が残るその顔が、俺を見て不気味に笑った。

「おお、クライドか・・・仕事の件か?」

大概俺は仕事をもらいにここに来ていることをコイツは知っているのだ。
最初の内はからかわれたりしたものだが、今では余計な会話一つない。

「そうだ、何かあるか?マスター」

「うーむ、最近一流のお前に合う仕事が一件あったような・・・待っててくれ」

マスターは小さな本棚からボロボロの本を取り出して、ページをめくる。
目的のページを探し当て、俺に本を差し出した。

「小国の王、アドルファーティ=イスカリオットは知ってるな?」

「ああ、前に色々あって仲はいい」

「そいつからの依頼だ。・・・なんでも身内のアドルファーティ=エウジェーニアを奴隷に出したいらしい」

俺は一瞬戸惑った。
エウジェーニアと言えばアドルファーティ王実の娘。
それを嬉々として奴隷に差し出すのは如何なものか、なぜそのようなことをするのか動機がわからなかった。

「詳しいことは奴に聞け、すぐそこに居る」

「すまん、助かったマスター」

「後で一杯奢りだぞ」

マスターは気怠そうに言って、踵返し奥の方へ消えていった。
それから程なくして、女達の甘い喘ぎが聞こえた。
嫌な時に呼び出してしまったなと少し後悔した。

―――

「王がこんなところにいらっしゃるとは、随分変な光景ですね」

「・・・、クライドか」

「仕事の依頼の方、詳しく聞かせていただけますか?」

「他言無用だ。これは我が国の存命に関わるのだ。人に漏らすな」

特に隠すようでもなく、アドルファーティ王は続けた。
ここは前も話したので省くが、アドルファーティ王が治める小国は経済的危機に陥っている。
その打開策、一時凌ぎではあるが娘のエウジェーニアを奴隷として売り捌き、経済回復を図るという。
あまり上手い策とは思えないが、彼なりの考えがあってのことだろう、深くは追求しない。

「・・・成程。あなたがこの依頼にかけているのがよく解りました」

「そうか、・・・理解したところで、もう一つ提案がある」

王はまだ何か企んでいるらしい。
先程よりも低いトーンで、王は続けた。

「・・・我が側近、名はベレンガリア。此奴も一緒に捌いてもらいたい」

王は悪びれる様子もない様子で言う。
一体どれほど身内を売れば気が済むのやら・・・。

「勿論無理にとは言わんよ。・・・可能ならの話だ。可能ならな」

「珍しいですね、普段ならそのようなことは仰らないのに」

「此奴は強いぞ。異形の武術を極めている」

王が静かに笑った。
脇に置いてあったワイングラスに口をつけ、優雅に飲み干す。

「本人は知らないと思っているだろうが、此奴は元奴隷だ。・・・そして元飼い主がかなりの重鎮なのだ。政治界のな」

恐らくその“飼い主”とやらと癒着し、ゆくゆくは利用して小国の領土を広めたいのだろう。
その土産として、ベレンガリアとやらを渡すのは、王の性格上理に適っていると言えた。

「それでは何故貴方は“可能なら”と仰ったのです?初めから失敗を視野に入れていらっしゃるのですか?」

「我が娘エウジェーニアを元から奴に差し出すことになっているからだ。契約としてはそれで十分なのだ」

「・・・そういうことですか。こちらも最善を尽くしましょう」

「期待しているぞ」

王の微妙なプレッシャーを受けて俺は阿鼻叫喚の奴隷市場を後にした。
そういえば、マスターに一杯奢るのを忘れていたな、ふと思い出したがどうでもよかった。

そして今に至る。
俺は動かぬベレンガリアに視線を向けた。
泥に薄汚れ、生前の美麗さは見る影もない。
無言で泥をかぶせると、俺はその場をそそくさと立ち去った。

隠れ家へ戻ると、エウジェーニアが起きていた。ベッドに小さく座っている。
まだ寝ぼけているのか頭がグラグラと船をこいでいる。

「お目覚めですか」

「うん・・・・・・」

返事にも活気が見られない。

「・・・」

リリアンは相変わらず窓から空を見上げていた。
空は未だに一面暗い灰色。見上げてて何が面白いのだろう。

「リリアン、明日は遠出だ」

遠出が意味するのは“奴隷市場”へ出向くということだ。
予定が少し狂った。
予期せぬ来訪者、それを殺めてしまっては小国の捜索隊の手が確実にこちらに伸びてくる。
その前にここを発ち、少し早いが奴隷市場にエウジェーニアを売り捌く。
これだけでも十数年は働かず暮らしてゆける報酬をもらえるのだ。

「・・・まだ時期尚早ではないか?」

そう問いかけるリリアンに、俺はリリアンの耳元で耳打ちした。

「小国の捜索隊が来る前に出発だ。もたもたしていたら俺たちの命が無い・・・」

エウジェーニアを誘拐した事実がバレれば、俺達はその場で殺される。
俺とリリアンで多数の兵士を相手にするのは困難である。数の差もあれば、戦闘能力の違いもある。
俺達は元々影の中を音もなく動く、殺しの中でも暗殺を主とする。初めから戦闘を目的とした訓練を行っている兵士とはまた別である。
戦えば間違えなく道半ばで死ぬ。

「・・・そうか」

雨はくどく降り続けている。
ふと寒さを感じたのか、リリアンは俺に肩をよせていた。

のろのろと更新していきますー 待ってた人ごめんなさい あんましいないとおもうけど

「夜ごはーん!!」

エウジェーニアがごねる様に叫んだ。
無理もない。時は既に夕刻を過ぎて、夕飯時に差しかかっている。

「私がやろう」

「いや、俺がやる」

二つ返事で止めた。昼時の悲劇を繰り返すわけにはいかない。
エウジェーニアも「うんうん!」と強く頷いている。昼時の惨事を考えれば無理もない事だった。
リリアンもせめて“人間が食べることができる”食事を出すように努力して欲しいものだ。

調理を始めた。
今朝リリアンが盗み取った肉を、包丁で切っては焼く。今は手馴れたものだ。
よい加減に焼いた肉に、生の野菜を数種類トッピング。そのまま歯ごたえのあるバケットに挟み、ボリュームがあるサンドイッチができた。
それを三つに切り分けて、リリアン、エウジェーニアに配当する。これにて調理は終わりだ。


「うぇ・・・トマトだ・・・・・・タマネギも・・・」

エウジェーニアは好き嫌いのせいか不平を漏らしたが、これは彼女にとって“最後の晩餐”。
彼女が果たして明日の晩餐には“まともな食事”にありつけているだろうか?・・・否。
奴隷市場に“売れ残った奴隷”は、必要最低限の食料しか与えられない。肉などなおさらだ。

「クライドぉ・・・、わざと私の分だけ野菜多くしたー?!」

「してませんよ」

酷い言いがかりだ。量の差こそあれ、意図的に多くしたつもりはない。
俺が「好き嫌いはしないほうがいい」と言うと、エウジェーニアは頬を膨らませてちびちびとサンドイッチを咀嚼した。
嫌いなだけで、食べれないわけではなさそうだ。

(最後の晩餐なんだから、残さず食べたほうがいいしな・・・)

「クライドは料理上手いんだ」

「少しの間一人暮らしが続きましたからね」

「ふーん・・・・・・リリアンとお似合いじゃない」

リリアンと俺はそう言われて互いに顔を見やる。
俺は堪えきれず「ぷぷっ」と抑え目に吹き出した。

「人の顔を見て笑うのはやめろクライド・・・」

「ははは、悪いリリアン」

久々に食卓の場で笑った気がした。

あけましておめでとうございます。
新年早々ノロウイルスを患いましてお部屋が酷い有様です。



降りしきっていた雨も、気づかぬ間に上がっていたようだ。
凍りつくような月がほのかにぼんやりと光り、星達が夜空を彩っている。綺麗だった。
とある詩人は、この夜空を“神の芸術作品”と比喩し、宿で謳ったそうだ。
その心境も理解に難くない。そんな詩を聞きながら飲むウィスキーは贅沢なほどに上手いだろう。

昼間あれほど寝たせいかエウジェーニアは、就寝時間帯になっても元気だった。
なんにせよ、彼女にとって最後の自由だ。好きにさせておこう。

「お月様が綺麗だね―・・・」

エウジェーニアが窓から見上げて言うと、リリアンが口をはさんだ。

「城からいつも見えるのではないのか?」

「確かにお城からも見えるよ、お城の方が断然景色もいいよ。だけどさ」

「・・・」

「私がお月様を見上げるときは、・・・―いつも独りだった」

「・・・そうか」

「だから、こうしてリリアンとクライドとか・・・みんなと一緒にいながら見るお月様って、お城から見るより綺麗なんだよ。分かるかな・・・」

随分と感慨深いことをいうものだ。
エウジェーニアのような価値観をした国の統治者はなかなか居ない。
将来いい姫君になっただろう。・・・だが、この娘の人生は世界のどの谷よりも急な坂を落ちてゆくのだ。

「ねえ!外、行かない?」

エウジェーニアが座っていた椅子から元気よく飛び降りて提案した。

「・・・どうする、クライド」

万一埋めてあるベレンガリアの死骸が見つかっては“予定”を更に早めることになる上、捜索隊の件もある。
まだこの付近にはいないと思うのだが、それは俺の単なる思い込みに過ぎない。
外出のリスクはかなり高いものだ。

「・・・はぁ」

エウジェーニアの俺を見つめる碧い双眼が俺に“少しぐらい大丈夫だ”と思わせてしまうのは何故だろう。
俺は溜息を吐いて「わかりました」と了承した。

「ですが、貴女は家出してる身です。王の配下の者たちが貴女を探していてもおかしくないですから」

「わかってるよー!みんなと一緒にお月様を見たいだけだって。そんなに遠くへは行かないよっ」

「・・・」

リリアンが何か言いたげな顔をしていたのでエウジェーニアに悟られないように近寄ると、リリアンは耳元で呟いた。

「いいんだな、クライド?」

「警戒はしておけよ」

俺もそれに耳打ちで返した。
リリアンは一先ず理解してくれたようで、小さく溜息をついて、渋々といった様子で頷いた。

外に出た。
この季節の夜はやはり少々肌寒い。
しかしそこには、普段にもまして美しい風景が顔を覗かせていた。
青白い月は優しい光を放って地面をやんわりと照らし、草木がそれに応えるように風にさわさわ揺らめいている。
虫の声が一つの合唱になって、静かに響いていた。
遅い昼頃から夕暮れ辺りまで続いたひどい雨のせいか、地面はまだ湿っていた。
草に付着した雨つぶが、月の光でダイヤモンドのようにキラキラと輝いていて、美しい。

「やっぱり綺麗!」

満面の笑みで月を見上げる少女は、金輪際月を見上げることはできないのかもしれない。
遠い昔に良心を置いてきた俺とリリアンには、可哀想とも思えない。

「ねえクライド、肩車して」

「・・・えっ」

一瞬の躊躇。しかしねだるエウジェーニアには勝てない。
身を屈めて肩車してやると、エウジェーニアは大いにはしゃいだ。
「月に手が届きそう」など「空が近い」とか。
“あんな王”から生まれてきたのか。と思う程、子供らしい。

(・・・あの王は絶対肩車なんかしそうにないしな・・・)

「わあっ!?」

両肩にあった重みがフワリと消え、刹那鈍い音がした。嫌な予感がする。
地面に雑に横たわるエウジェーニアは、頭を抑えて呻いている。
手の力を緩めてしまったのかエウジェーニアを落としてしまったらしい。
直様駆け寄るが、どうせ大丈夫だ。それほど高い位置から落ちたわけでもない。

「・・・いててて・・・」

「大丈夫ですか?」

「・・・どうせ大丈夫だろ、とか思ってるんでしょ?!そうでしょ?クライド!」

エウジェーニアは問い詰めるようにまくし立てた。
小さな頬を一生懸命に膨らませて、“怒っている”とアピールしている。

「まあ、そうですね」

「もう!いいよ、次からリリアンにしてもらうから」

「私はやりたくない。・・・投げ飛ばしてしまいそうだ」

秋夜の虫の合唱が聞こえる、冷たく光る月の下、俺達は3人笑いあった・・・。
そして、これがエウジェーニアの“最後かもしれない”自由だった。

お待たせしてすみません 待っている人も少ないと思いますが頑張ります。



あの日、奴隷市場でアドルファーティ王は俺に言った。
「俺がこれほど下手に出ると思うか?」と。
そして「お前には追加で依頼がある」と、王は笑みを浮かべて告げる。

「我が娘を・・・―」

その追加オーダーを受けたのは、俺にしぶとく絡みついていた、ほんの少しの良心―――。

――――――

「・・・・・・」

真夜中に目が覚めた。
不思議と自然に目が覚めたせいか、眠くはない。

「すぅ・・・」

横に寝返りを打ってみると、エウジェーニアの寝顔が薄暗い中見てとれた。
安らかな寝顔だ。
金色の長い毛髪が月光に照らされ、黄金のように輝いていた。
腰まであるサラリとした輝く髪に、触ってみたいという欲求に駆られる。

(・・・何考えてんだ、俺は)

静かにベッドから抜け出し、肌寒かったので、かけてあった一枚毛布を羽織る。
吐く息がみるみる僅かながら白くなっているのがわかった。
手持ち無沙汰な俺はとりあえず窓辺にあった椅子に腰掛け、外を眺めた。
夕刻の雨天が嘘のように、雲一つない満天の星空が広がり、相変わらず美しい風景だった。

「・・・寝ないのか、クライド」

「・・・ん」

丁度リリアンも起きたらしい。
美しい漆黒の髪を、サラリとかきあげ、彼女愛用の宝石で装飾された小さな黒のリボンで髪をポニーテールに結んでいた。
リリアンも嫌に目覚めが良かったのだろう、眠れず、ずっと布団にくるまっていたらしい。

「・・・どうしてこうも早く目が覚めてしまうのだろうな」

俺と同じく一枚か二枚程度毛布を羽織り、となりの椅子に腰掛けたリリアンが呟くように投げかけた。

「緊張、なのかもな」

俺はそれに曖昧に答えを返し、テーブルに頬杖を付いて外を眺めつづけていた。

「クライド・・・」

「ん?」

「・・・外に、出ないか?」

時刻は真夜中、外も冬ほどではないが寒い。
外に出る必要なんか微塵もないのに、俺はその酔狂に微笑みながら頷いてしまった。

やはり真夜中の秋はいつにも増して肌寒く感じる。
吐く息も室内より白く、はっきりと見えた。

「・・・」

リリアンは無言で月を見ていた。
彼女の瞳には、どのように月が写っているのだろうか。
朧げに月を写している彼女の瞳からは察せない。

「クライド」

刹那、リリアンが普段よりも口調を強くして俺の名前を呼んだ。

「・・・私は、怖いんだ」

「え・・・」

俺とリリアンは数々の契約を遂行した、その中には、命を落としそうな局面も何度かあった。
そんな百戦錬磨のリリアンが、「怖い」と胸の内を明かしたのだ。

「互いに切磋琢磨し、いつもお前と共に術を学び、盗み、共闘してきた。これからもそうありたいと、・・・心から思う」

俺は口を挟めなかった。
彼女が見せる、真直ぐ一筋な深い朱色の双眸が、俺にそれをさせなかった。
俺は黙って、リリアンに続けさせることしか出来なかった。

「・・・今回の依頼は何か違う、お前が、消えてしまいそうで・・・怖い」

「・・・」

「・・・お願い・・・いや、約束だクライド・・・私の元から行かないと、約束してくれ・・・」

次第に涙ぐむ彼女の声に、いてもたってもいられなかった。
俺の体が無意識に動き、両腕がそっと広げ、彼女の華奢な体を優しく抱きしめた。

「約束する、今まで上手くやってきたんだ。これからもそうするさ」

「クライド・・・・・・」

月の光の祝福の中で、俺達は口づけを交わした。

「・・・ん・・・」

リリアンの唇が、小さく震えていた。
普段冷静沈着を保っている彼女が、ここまで怯えるのは一度も見たことがなかった。
そもそも彼女が“ニヒル”という仮面を身につけたのはいつだろうか・・・。
口づけを交わした数十秒間、遠く、暗く霞んでいる“あの日々”が走馬灯の様に目まぐるしく浮かぶ。

「・・・お前には、まだ言ってないことがある」

「え・・・?」

「エウジェーニアは、必ず俺が助ける」

王とあの時、密かに交わした、追加契約。
“アドルファーティ王の娘、エウジェーニアの奪還”。
成就すれば、全てが円滑に動く。

「・・・上手く、いくのか?」

震えた声音で、リリアンは尋ねた。
正直な所、この界隈で一流の人間であっても成功率は極めて低いと言わざるを得ない。
今の時代最高峰の権力者の側近から“人”を盗むのだ、宝石の類ならば幾分か成功率は高まるが・・・。

「・・・ああ、必ず」

それでも、震えるリリアンの前に本音は口に出せなかった。

「私も、なにか手伝えないか・・・?」

「大丈夫、これは俺が引き受けた依頼なんだ。自分でカタをつける」

一歩計画が道をそれてしまえば、死に直結する。
不確定要素の増加は計画が不安定になる可能性が増大する。だからこそ、俺単独で赴くのだ。

「・・・家に戻ろう。寒くなってきた」

見上げれば、たくさんの蛍が浮かび上がってる様な星空は、薄らと雲を纏わせていた・・・。

ありがとうございます。
そろそろペースを上げられるといいのですが、英検2次試験がどうなるかわからんので微妙です。



「・・・」

意識が微睡みから、乱雑に引きずり出される様に覚醒する。嫌な目覚めだった。
窓から柔らかくさしこむ初霜月の早朝の日光が、夜を越えたことを明確に物語る。
運命を決する決戦の日にしては、何とも晴れ晴れと清々しい空に俺は不快感を覚えた。

(今日で運命が決する・・・。俺が失敗すれば、神父の祈りすら届かぬ地獄へ落ちる・・・)

手が小さく震えていた。
武者震いだと思い込みたいが、それには程遠い程、心が怯えている。

「クライド・・・・・・?」

震える掌を、そっと包み込む穢れ無き純白の天使の如く俺の目に映る、華奢な両手。
顔を上げると、リリアンが女神の様に優しく微笑んでいた。

「・・・リリアン、お前いつから・・・」

俺の問いかけに答えることなく、リリアンは悲しげに微笑む。

「・・・やっぱり、怖いのか」

「・・・ああ。でも、俺のやることは変わらない」

どれほど恐怖に圧殺されそうになろうとも、俺はやり遂げなければならない。
罪滅しのためではない。俺に残った最後の良心のため。
そして願わくば、俺の消し去りたい忌まわしい“記憶”が抹消されることを望んで。
今でもなお頭に怨霊の如く憑いて離れぬ親の断末魔を、忘却の彼方へ捨て去りたいのだ。
熱心な若者を真似て神に信仰を捧げようとも、俺の頭からは絶望が絶えることはないだろう。
今さら“慈悲深い”神様を崇めようとて、重罪人の俺にどんな救いを差し伸べるのか。
否、俺には救う価値すらない・・・。

「・・・」

「大丈夫、お前ならやり遂げる・・・私はそう信じてる」

俯く俺に、リリアンは高志有勇の言葉を投げかける。
臆して震える手を、まるで遠い昔母がしてくれた様に優しく握りしめて。
今更怖気づく俺に、叱咤も嫌味の言葉もない。・・・ただ手を握って、微笑むだけだった。
これでは一人の男として情けがない。女性に励まされているようでは、まるで・・・。

(餓鬼じゃないか・・・)

「さあ、急ぐのだろう?早くエウジェーニアを起こして出発しなければ追っ手が来る」

「ああ、・・・・・・それから」

「なんだクライド、まだ何か・・・・・・んっ・・・・・・!」

彼女の唇に、お礼とばかりにそっと口づけする。

「心配させて、悪かった。帰ってきたら、続きでもしよう」

「ふっ、その時は、エウジェーニアも一緒にか?・・・ふふふっ」

「ははっ、そうだな、二人とも面倒見てやるよ」

いつからだろうか。恐怖から来る震えはいつの間にか消えていた・・・―。

「エウジェーニア、起きろ」

少々手荒に毛布を剥ぎ取り、リリアンは呼び掛けながらエウジェーニアの体を揺さぶった。
冬季に地下に潜って冬を越す昆虫の様に、エウジェーニアは薄らと感じる肌寒さに背を丸めている。

「うぅ~・・・・・・ん・・・・・・」

乱雑に起こされたのが少し不快に感じたのか、眉を顰めて渋々という様子で身を起こした。
まだ完全に覚醒したわけではないらしく、頭をフラフラとさせ船をこいでいる。
・・・まだ今はいい。時間は少しだがある。
目の前に映る光景に苦笑しながら、机の上ですっかり冷え切ってしまった、ひときれのバケットを口へ運ぶ。

「はい、朝食です。質素ですが」

あまり本格的な朝食を作る準備も時間も無かった。
エウジェーニアの目の前にスライスしたバケットをヒラヒラと蝶が舞うのを真似てちらつかせる。
このように何事も気に留める事無く触れ合えるのも最後かもしれない。

「むー・・・っ・・・」

エウジェーニアは、左右にヒラヒラと揺れ動くバケットを見つめ、小さく唸る。

「クライドのくせに、何か生意気よっ」

癪に障ったのか、不機嫌に語尾を荒げて俺の手からバケットを荒々しく奪い取ると、ひとかじりして咀嚼する。
何の味気も無いただの冷たいパンだが、不平漏らすことなく食べている。
貴族として公然の場に躍り出ても恥じる事のない教育をきちんと受けている。
それ故に、これから目の当たりにする“現世の闇側”は彼女にとって断腸の思いにあたるほど、苦しく辛い記憶になる。

「もうすぐここを発ちます。あまりのんびりはできませんよ」

「あー!そうだった、出かけるんだっけ!」

急かされたエウジェーニアは、残ったひとかけらのバケットを口に放り込む。
身支度も欠かさない。
陽の光を浴び、金色に煌く、長くしなやかな髪を後ろに結ぶ。
彼女の挙動を追いかけるように、黄金のポニーテールに結われた髪は、宝石の様に美しい。

「そうだそうだっ!お着替えもしなきゃ!」

見れば彼女は寝巻きの格好だった。
寝巻きで外出するのは、どうやら王族の娘として教育を受けた彼女には当然に恥なようだ。

「はいっ!お待たせ。・・・どうかな?似合ってる?」

「・・・とても」

素直な賛辞の言葉が口から漏れた。
白の一片の穢れもない、純白の布地に、飽きさせる事のない、金に輝く装飾。
まさに王族の娘と呼べる、豪華絢爛たる装飾の施された衣服を着こなす少女がそこにはある。

『私はかの永久の栄光に輝く誇り高き偉大なる王、アドルファーティ=イスカリオットの娘!』

「・・・?」

「私の決まり文句!お父様に覚えろーって散々教えられたんだ。相手を怖がらせるようにって」

随分と威圧的な挨拶である。“あの王”らしいが。
“初めて会釈を交わす相手には優位に立たせない”、威圧を得意とする王が成せる一方的外交。
相手にアドバンテージを握らせることなく、小国は領土を着実に広げていったのだ。
尤も、今の危機的状況では他国を威圧したとて、進軍され滅亡するのが目に見えている。
かの昔“暴力の声”と自軍に讃えられ、世界に名を知らしめ、恐れられた彼とて不死ではない。

「さ、私は準備できたから、早く行こうクライドっ」

「・・・・・・」

俺は今から、少しの間とはいえこの無垢な天使の微笑みを、絶望の色に染め上げてしまうのだ―・・・。



途中から第三者視点の描写になってます。気分転換でした。ごめんなさい


外は先程見た時と変化はなく、碧空の夜明けの空が雲一つなく眼前に広がっている。
勇者の出陣を祝福するなら兎も角、俺の様な罪深き人間には不似合いである。

「今日もいい天気だねー・・・ちょっと寒いけど」

確かに、頬を切り裂く様に冷たい風が吹き抜けている。
しかし今の俺には、緊張と恐怖で暑くなった身体の火照りを覚ますのには丁度いい風であった。
エウジェーニアの小さな華奢な手を、しっかりと握り締める。
まるで小さな祝福に縋る、“ルンペン”のように。

「・・・気をつけろよ。クライド」

「ああ、また帰ってくるさ。・・・必ずな」

俺が戦場へ赴く誇り高き剣士だったら、さぞ昂っていたことだろう。
家で帰りを待つ妻の為に、また必ず生きて再会しようと、豪傑の心に誓えるのならば、どれほど気楽だろう。
生憎、俺はそのような誇りを持ち合わせてはいない。
あるのは、暗闇の中でただひたすら繰り返された、両親の最後だけだった。

「さっ、早く行こう、クライド!」

元気に急かすエウジェーニアが、俺の瞳に悲しく映る。
今更、悪の限りを尽くした俺に謝罪なんて、できようものか。
謝罪の言葉は、奈落の底に落ちた時、気の狂った悪魔にとっくり聞かせてあげようではないか。

(―・・・行くか)

冷たく通り抜ける風を尻目に、脚を前に進めた。
その脚はまるで、重い具足を履いているかのように、重たかった。

――――――

一人隠れ家に残ったリリアンは、クライドの姿が見えなくなるまで佇んでいた。
どれほど肌を裂くような風が彼女に容赦なく吹きつけられようとも、彼女は一心に見送った。
今の彼女には戦場へ赴く兵士を待つ妻の気持ちが手に取るように理解できる。
また生きて会えるだろうか、その一点が彼女の思考を占領していた。
不安という旗下のもとで、彼女の心は突き動かされていた。

(私には、ただ無能に待っているだけしかできない人間とは違う・・・。)

何のために、闇に忍び、気配を殺す技を、血が滲む様な努力で掴み取ったのか。
彼女が次に起こすアクションは既に決定している。

(お前は一人ではないぞ、クライド・・・!)

刻一刻と、最愛の彼に死が迫っていて何もできないのは、ただの傍観者である。

(傍観するのはもう御免だ―・・・!)

昨日ベレンガリアを殺め、真紅の血を吸った短剣を手に取り凝視する。
刀身の鈍い輝きが、鋭い切れ味を彼女に連想させる。

(あの日、私が親に突きたてたナイフも、このような光を放っていたな・・・)

当時はなんとも冷酷な代物であろうか、と畏怖の象徴に成り果てていた。
リリアンはクライドと同じく、彼女の肉親をその手で殺めている。
初めて人を殺した感覚は、今でも彼女の脳裏にしっかりと刻まれていた。

(だが、今クライドを救えるのは皮肉にもこの禍々しい短剣だけだ)

彼女の決意は、彼と同じに揺るがなかった。
いくら不確定要素を持ち込みたくはないとはいえ、今回の契約は単独では遂行不可能だ。
複数の複雑なエリアに分かれた標的の住居。そしてその構造を完全に理解している護衛複数人。
失敗は目に見えている。クライドは目の前に不自然に転がった幸せを掴み取ろうと、見え透いた罠に落ちようとしている。

(行くか・・・ッ!)

自らを奮い立たせ、仕事支度を整えた彼女は、颯爽と隠れ家を飛び出していった。
―・・・もう、見送るものは誰もいなかった。

「クライド~、まだ着かないの~?」

俺達が隠れ家を出てから、早二十分余が経過していた。
隠れ家から徒歩で行くには少し遠い道のりではあるが、馬車を使用することはできない。
人目を引くことは、エウジェーニア捜索隊の注意を引くことと同義なのだ。
結局のところ、馬車というのは都と都を行き交う交通手段だ。
都から少し離れているここのエリアでは、一日に一回程度の割合でしか通り過ぎないのだ。
それに彼らの通り道はバラバラで、運良く遭遇出来たとしても先客がいる可能性が高い。

「馬車が使えないなんて本当不便だね~・・・、こういう所に馬車を通らせるべきなのに」

(なかなかいいこと言うなこのお姫様)

「あっ、今褒めたでしょ?分かるよその顔!」

軽い身のこなしで、ヒョイと俺の顔を覗き込むと、エウジェーニアはにこりと笑った。
元気よく動き回る彼女の軌跡を、長い金髪が遅れて追いかけた。

「お父様は、私に色んな事を教えてくれたんだ。例えば、今みたいに人の心を読む・・・読心術とか」

こんな子供に読心術を身に付けさせるとは、あの王らしい。
王の位につく家系とはいえ、呑気に構えていれば、あっという間に喉元を喰らいつかれる。
信頼していた、執事、メイド・・・、そのどれもが敵側に回る可能性を秘めているのだ。
特に小国のような弱い国はそうである。
“弱者のうちは油断など言語道断である”と国を統治していた古の英雄はよく言ったものだ。

「まぁ、今はぜーんぜん使う機会がないんだけどねー・・・」

「そのうち、増えますよ」

「・・・そういうもんなのかなぁ。なんか嫌だよね、そうなっちゃったらさ」

彼女が教わった読心術とは、初見から人を疑ってかかれ、と教えているようなものだ。
用心に越したことはない、という方針は理解できないわけじゃあない、しかし掌を固く握り締めたままでは、親交を交わす握手もままならない。

「今はまだ、人を信じることができるほど余裕がないかもしれませんが、いずれ領土が広がれば、人と仲良くなることだってできますよ」

「・・・ふふっ、なんかクライド、お父様の側近の人みたいだね」

「側近、ですか?」

「そ、名前はベレンガリアって言うんだけど。私はあまり近づきたくなかったなぁ」

「・・・」

ベレンガリア“だった”人物は既にリリアンが葬っている。
彼女とはあまり親しくないようで何よりだ。

「あ、見えてきた。あれですよ」

「え・・・?あれは・・・・・・」

「あなたにはしばらく眠っていてもらいます」

「ちょっと、クラ・・・あがッ・・・!?」

少女だからといって容赦はしなかった。
寸分の狂いもなく、手刀の形で首を打つ。
それだけで、彼女は愛らしい人形に変貌した。

(・・・エウジェーニアだけには、こんな物見せたくない)



「助けてよぉッ!ここから出してぇ!パパ・・・、ママァ・・・ッ!」

相変わらず、奴隷市場は聞くも耐えない独特の喧騒で満ちていた。
クライドは、心に耳栓をすることで、何食わぬ顔をしてこの市場を闊歩できていた。
そうでなければ、彼の中に残っている僅かな良心すら微塵もなく消えてしまっていた筈だ。
ここは来る人を“無”にする、魔性の館だった。
昼夜問わず、ここは薄気味悪いセピア色に統一されていて、視界がセピアのフィルターをかけたような錯覚を思わせていた。

「マスター、用がある」

ガラクタで散らかった粗雑なカウンターに、クライドは声をかける。
身長の低い小太りの男が毛のない頭を掻き毟り、こちらに振り向いた。
彼こそがこの阿鼻叫喚の魔性の館、奴隷市場を支配する男、“マスター”その人である。

「その肩に担いでいる可愛い娘さんを売りに出すのか?」

マスターがその疲弊しきった顔を、笑みの形に歪めた。
それは少女が浮かべる笑みとは、あまりにもかけ離れている。
悪を極め、合理的に判断・行動する人間が唯一浮かべる、サタンの微笑みであった。

「いいや、少しの間保護していてもらいたい」

「保護・・・、か。お前も変わったな、クライド」

「変わった・・・?」

「ちょっと前まで、お前はとてもいい目をしてた、この世すべての悪を見てきたような、いい目をな」

人の心を持たない、ただのこの世に物質として成り立ち、クライアントの仕事を淡々とこなす便利な“人形”が、以前のクライドだった。
殺し、盗み、誘拐殺人・・・、クライドが遂行してきた悪の全ては、この奴隷市場のマスターの目を惹き、クライドは雇われた。
闇の世界に忠誠という綺麗事は存在せず、契約書上での協力関係の承諾が、クライドとマスターを結びつけていた唯一の証である。
ただ人の心を捨て、機械の様に行動する様を、マスターは嘸かし便利に思っていたことだろう。

「だが、今のお前は更にいい目をしてる、悪を為す善人という、矛盾した事象にお前は迷っているな」

「・・・何が言いたい」

「お前の道を為せ、クライド。恐らく俺とお前はもうこれまでだ」

「・・・」

「この仕事の先に待ってるのは、“死”か“幸せ”だけだ。―・・・どちらも俺は好かんのさ」

「・・・そういうことか」

「そうだ、だが、縁を切るからと言っても、たまには顔出せよ。特別いい奴隷に相手をさせよう」

「お断りだ、クソ野郎」

「ハハッ、じゃあ、そのお嬢ちゃんは俺が責任もって預からせていただくよ」

「手を出したら承知しないからな、マスター」


(・・・さて、用事は済んだな)

“マスター”が管轄する奴隷市場は、何者の干渉も受けぬ、国とはまた違ったスタンスにある。
強力な国の政治上重要人物がバックについており、奴隷市場にとって“害のある組織”は次々とその名を消していった。
クライドは奴隷市場にエウジェーニアを保護させることで、エウジェーニアの安全を確立した。
死地へ赴く彼は、市場を旅立つ路の途中、振り向きざまに奴隷市場を見上げた。
混沌が支配する市場は、朝日を浴びて何故かクライドの目に神々しく映っていた。

――――――

歩みを進め、しばらく経った頃だった。
目的地の屋敷の途中には、深い森がある。クライドは丁度其処で歩みを止めたのだ。

(・・・・・・)

深く生い茂る草花や、空を埋め尽くす様に生え渡る木々。その木が織り成す木漏れ日は何とも不思議と心地が良かった。
全てが終われば、ここに来てピクニックに興じるのも悪くはない。
だがクライドがその脚を止めたのは、そのような感傷的な妄想に浸るためではなかった。

天空へと葉を伸ばす木から数人、“降ってきた”。
腰に細身の剣を帯刀し、森林に溶け込むような暗い緑色のローブに身を包んだ、“暗殺者”の風貌である。
荒く猛々しい戦士の様な殺気ではない、洗練され研ぎ澄まされた鋭い殺気をクライドは感じ取っていた。

「お前がクライドか?」

数人の中の男が、依然殺気を放ったまま問いかける。
自然とクライドの利き腕が、腰に控えた短剣の柄に手を伸ばしていた。
この返答にYESかNO、どちらで答えようとも最後に待っているのはどちらかの死のみであると、クライドは安易に想像できた。
“存在するようで存在していない”影の扱いを受ける暗殺者は、その姿を人目に晒すことをタブーとしている。
その姿を現すのは、己が忠誠を誓う主君のみであり、暗殺を是とする集団ならば、集団の頭のみが主君の目に触れることが許される。

「答えろ」

男が応答を急かす。
見た限り、この暗殺者達は何らかのグループであることは間違えない。
彼らが姿を見せるということは、YES、NOどちらで答えようが、何らかの攻撃を行う可能性がとても高いと言えた。

「・・・そうだ、クライドは俺だ」

クライドがそう答えると、男はそれを小さく鼻で笑い、身構える。

「命を貰うぞ」

数人それぞれが剣を抜き放ち、クライドの周囲を取り囲む。
退路を断つ基本的な戦術である。
クライドは逃げ道を失い、とうとう短剣を二つ両手にとった。

「かかれッ!」

ここら辺めちゃくちゃかもしれません。



暗殺者の集団は迷いなく、クライドめがけて飛びかかる。
それぞれが驚異的な身体能力を持っている。尚且つ全員の心体が完璧に一致していた。
相当の訓練や修行を重ねなければ、この境地は視覚に捉えることはできない。

「・・・」

しかし、激しい訓練にかつて身を置いたクライドには見切ることができた。
世界中が彼に牙を剥く。その混沌とも呼べる世界を生き延びるために学んだ、暗殺の技術。
影に溶け込み、豹の様な俊敏さで相手を撹乱するその業は正に“真の暗殺者”であった。

「何っ!?」

「消えた・・・!」

クライドは、自分を見失い狼狽える暗殺者たちを、数メートル“上から”眺めていた。木の枝に足を付け、口を失った鴉の様に沈黙を守りながら。
しかし、相手も自分と同類の暗殺者。ここに留まっていればすぐ気づかれるだろう。

(まずは、あの男からだな)

クライドは安全に敵を排除出来るパターンを数秒の内に考慮して、あくまで合理的な答えをはじき出した。
クライドはするりと猿の様に木の枝から軽々飛び降りる。
相手の頭上から飛び降りたクライドは、落下の力を最大限に利用して、敵の脳天を目がけて短剣を突き出す。

「が・・・ッ!」

断末魔はひどく呆気ないものだった。敵の意識を瞬時に霧散させ、声を上げさせる隙を与えなかったのだ。
クライドは深く刺さった短剣を引き抜くと、短剣にベタリと付着した血を振り払う。
緑豊かな大地に鮮血が飛び散り、草花を大量の朱色が染めてゆく。

「いたぞ!」

暗殺者とは思えぬ巨体の持ち主が声を上げた。
その声に周りの敵が駆けつける。
各々クライドを視認すると、その身をあらゆる場所へ隠し、奇襲をかけるべく備える。
ここまでクライドの作戦通りに物事が進んでいた。

「はぁッ!」

気合の一声を発し、巨体の男がクライドに斬りかかる。
細身の剣が風を切り裂き唸りを上げ、クライドの胴体を捉え切り裂いた。

「・・・!?」

まるで幽体の様に、剣は空を切った。

「幻術かッ!」

薄らとクライドの幻影が消えてゆく中浮かび上がる複雑な魔法陣。
己が身の複製を生み出す幻影の中でも位の高い術であることは明白であった。

「魔翌力を辿れ、必ず近くにいるはずだ!」

暗殺者には発生した魔翌力の源を辿ることができる術があった。
極めればその魔術を唱えた者がどこへ逃げたかだけでなく、風貌すら割り出すことも可能になる。
彼らは全員その術を極めた者であり、魔翌力を辿るのは容易である。

「・・・?ダメです、辿れません、・・・隠蔽の術式を使ったんでしょう」

「なんだと・・・?異なる魔法の二重詠唱・・・、何者だ、アイツは・・・」

「並みの魔術師ではありませんね」

魔法を二重に使用することは難解である。
同じ魔法を二重詠唱するならば兎も角、別々の効果を持つ魔術を同時に使用できる魔術師はそういない。

「・・・、我々では敵うまいよ。撤退だ」

リーダー格の男が笑みを含めながら部下たちに命令を下した。
一人、また一人とその森から姿を消してゆき、最後には何もいなくなった。
クライドが屠った死体の血の一滴も残さず、彼らは消えていった。

魔翌力ってなんぞ・・・魔力ですすみません

(森から殺気が消えた・・・)

身が押しつぶされそうな圧力的な殺気が嘘のように消えていた。
森の中にいくつも点在していた、切れ味の鋭い刃物のような殺気が痕跡を残す事無く消えていた。
クライドは周囲の安全を確信した上で、深く草木が茂った草むらから、ゆっくりと姿を現した。
体にまとわりつくクモの巣がクライドをたまらなく不快にさせ、少し腹立たしい面持ちでまとわりつく巣を手で払う。

(・・・俺が殺した男の死体が消えている)

クライドが屠った男の死体が消えていた。
血の一滴も残さずに、どうやったのかは知らないが持ち去っていったのだ。
暗殺者達のグループには、例を見ない強い秘匿性がある。
グループの存在の露呈、イコール破滅、という方程式が自然と作り上げられており、未だ誰がどのようなグループを雇用しているのかは不透明である。
その考えから、彼ら暗殺者達が仲間の死体を持ち帰ったというのは至極当然のことといえた。
ただ、唯一彼らの姿を見たクライドはこうして生存している。いずれ彼らとはまた殺しあわなくてはならない。

(あいつらがどこに雇われているのか、それさえわかれば・・・)

「あの者達は、"大臣"に雇われた暗殺団だ。もうこちらの動きを察知しているようだな」

「ッ!?」

凛とした、慣れ親しんだ女性の声がした。
それだけではなく、今までそこに無かった気配が、灯火に火が灯るように自然と現れたことがクライドには驚愕だった。
すぐさま踵返せば、そこには艶やかに微笑むリリアンの姿があった。

「すまんな、ついて来てしまった」

クライドは驚きを隠せずたじろいだ。
一番巻き込みたく無かった彼女が、何故ここにいるのか。
驚愕で言葉も出ないうちに、リリアンがゆっくりと口を開いた。

「さあ、早く行こう。それとも今更怖気づいたのか?」

悪びれる様子もなく言う彼女を見て、驚きが怒りに転化するのに、さほど時間は要さなかった。
何故何のためにこの感情が湧くのか、クライドにはわからなかった。
彼女のためと偽っておきながら、不安な心情を吐き出したいだけかもしれない。

「・・・ふざけるな、何のためにお前を置いてきたと思ってるんだ・・・!」

腸が煮えくり返るような怒りは彼女に向けてのものではないのは明白だった。
リリアンもそれを見透かしているようで、小さく笑いながら応える。

「ふふっ・・・、わからないな。“言葉にしてくれなくては”」

「・・・、お前に死なれたら困るからだよ」

「それではお前を死なせてしまった私はどうなる?」

気づけばリリアンの目に、静かな怒りがこみ上げていた。
クライドの知らぬ間に立場が180度変わっている。

「私もお前と共に戦おう。なに、死ぬときは一緒だ。今であろうが、数十年先であろうがな」

「・・・負けたよ。ついてくりゃいい」

ここの>>1なら大丈夫だと思うが
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>>80 忠告ありです 一ヶ月開けないよう頑張ります

進み始めたクライドたちは森を抜け、緩やかに続く丘を進んでいた。
時折吹き抜けるそよ風が、綿毛を天高く飛ばしてゆく。
二人の目が飛ばされてゆく綿毛たちを自然と追っていた。

「・・・、急がないとな」

自分に言い聞かせたのだろうか。リリアンがそよ風に髪を揺らし呟いた。
確かに急がねばならない。それこそ、馬を使えればとクライドは思っているところだ。
普段人の往来がない道を通るのは骨の折れることであった。
竹や雑草が無造作に生えた中を踏み分けながら進んでゆく。しかし依然進路を阻み続ける自然に、クライドもフツフツと煩わしさを感じていた。

「クソっ、全部火で燃やしてやろうか・・・」

「それもいいかもしれんな、やってみるかクライド?」

「冗談だって。本気にするなよ」


そんなやりとりをしながら、鬱蒼と茂る竹や草をかき分けつつ進む。
二人の衣服が長袖でなかったとしたら、このエリアを出る頃には満身創痍の状態に違いなかった。
時折尖った木の枝が、身体に引っかかる。傷になることはあまりないが、兎に角痛かった。

「ふう、木の枝が多くてかなわない・・・。あちこちに引っかかって痛い」

「それはお前が山の歩き方をわかってないからだよ、リリアン。こうやって右足から・・・、痛ッ!」

そろりと前に出したクライドの脚が、いくつもの木の枝に引っかかる。
リリアンはそんなクライドの様を見つめて、クスクスと静かに笑う。

「随分と格好の悪い歩き方だな、ふふっ」

「・・・・・・」

ふたりは進む。草をかき分け、足をすすめる。
死地に赴くというのに、何故だか道中心の浮き上がるような感覚をふたりは覚えていた。

火は既に西に沈み始め、青いはずの空はいつの間にか鮮明な朱色へ染まり始めている。
クライドたちの目前にようやく広々と広がる目的地の都市が見えてきた。
馬を使用できれば昼には着いたが、逃走用の俊馬の手配で精一杯だったのだ。
俊馬はとても高価で、一匹が一般市民の生涯収入に相当するのだ。
勿論手配したのは、アドルファーティ王である。彼の選んだ馬ならばクライドに文句は無かった。

「あの街か、随分と大きい都市だな」

リリアンがそっと呟く。

「あの街のほとんどの市民が金持ちだ。金のない市民は入る事すら出来ないとさ」

都市の近くに点在する家々は、都市に住むことが叶わなかった者が住んでいる。
家の煙突からゆっくりと煙が登っているのが分かる。都市に住むことが許されない者に用意された皮肉じみた土地には人が住んでいた。

「よくあのような場所に住めるものだな。私にはとても耐えられない」

リリアンの目つきが鋭くなる。
あんな場所に住んでいては都市の住人にコケにされるのは必然だろう。

「―・・・、決行は深夜。宿を取る暇はない、この都市の入口にアドルファーティ王が手配したスパイがいるはずだ」

「・・・む、そうか。だが、話を聞いている限りだと、私たちの服装では街にすら入れないのではないか?」

リリアンの言うことは的確に正論という的を射抜いていた。
今のクライドたちの格好は見るからに“疲弊しきった旅人”であった。
見るからに貧乏な者は街にすら入れないのである。貧乏人を皮肉るシステムなのだろうが、それと同時に外敵からも身を守れている。

「お前の分はあるか分からないが、ちゃんと貴族御用達の服装はスパイに用意させてある」

リリアンが来ることは計算外、彼女の分の服が用意できているかは怪しかった。
彼女の侵入経路を計画しなければならないだろう。結局全ては顔すらあわせたことのないスパイにかかっていた。

都市の門付近に、ひとりの落ち着きのありそうな初老の男が沈む太陽を見届けるように空を見上げている。
その風貌はアドルファーティ王から聞いた通り、貴族の服に身を包んでいた。
暗い緑色を基調とした落ち着きのある美しいデザインに、首元に光る宝石が施されたネックレス。
男はこちらに気づき、空から顔を背け、クライドをまっすぐと見据えた。

「お前の名は?」

ひどく疲れきったような声をしぼり、男は口を開いた。

「クライドだ」

男はわかっていたかのように表情を変えず、彼が脇に抱えていた小包をクライドに手渡す。
小包の中身はクライドには予想できた、貴族の服である。小包の大きさから一人分しか用意できなかったようだ。

「連れを寄越してくるなんて聞いてなかったんでな、一人分しかない」

「ああ、分かってる。それで・・・」

「言わなくてもわかる。その連れの侵入経路だな・・・ふむ」

男は少し考え込むようにうつむく。
無理は承知のクライドであったが、リリアンが侵入できそうなルートは皆無のようだった。

「ひとつだけ。これはお前の連れが女だったからできるんだがな。・・・娼館経由で街に入れ」

一瞬の沈黙。

「娼館・・・、私がか?」

男は今まで変わることのなかった表情を少し和らげて、クライドから視線を外しリリアンを見据えにこりと笑う。

「やるしかあるまい」

(・・・くっ、なんで私が・・・こんな低俗な場所に・・・)

時刻は夕暮れを少し過ぎた頃合。娼館は既に異様な賑わいを見せていた。
時折漏れる甘美な女性の声が、堪らなくリリアンを不快にさせる。
意を決して、リリアンは入口の扉を開け放つ。
艶かしい女と男が絡み合う特有の臭いと、甘い喘ぎが娼館を満たしている。

「お前が新しい女だな、客は山ほどいる。早速相手してもらえ」

バーのカウンターもどきに腰掛けているオーナー風の男がリリアンを見るなり冷ややかな目で告げた。
ここに来ることは既に承知されていたようで、客も用意されていた。

「・・・ヒッヒ、上玉じゃねえか。さあ、早速」

見るに耐えない太く肥えた男が、リリアンの細い腕を引っ張り、部屋へ向かう。

(・・・クライドが潜んでる部屋は確か・・・、というか、そこだけしか空き部屋はないはずだ・・・)

鋭い目が細くある部屋を見定める。肥えた男は案の定待ちきれない様子でその部屋へリリアンを連れて飛び込んだ。

「・・・くっ」

部屋の扉が閉まるやいなや、肥えた男は妙に手馴れた手つきでリリアンの服を剥ぐ。
白く美しい肢体が間も無く露になり、肥えた男の興奮を煽る。

(身体を見られるのは何とも思わないが・・・、クライド、どこにいるんだ・・・)

リリアンの脳裏に一瞬、不安が襲いかかる。
もしクライドと打ち合わせた部屋と違っていたら。リリアンの貞操はこの超えた男に散らされる無様にも散らされるのだ。

○分割○

「くそ、我慢できねぇ」

(ふん、最初から我慢などするつもりなどないのだろうに)

男が着ている服を全て脱ぎ捨て、毛むくじゃらの肥えた腹を顕にする。

「あっ、はぁ・・・っ」

拒絶する暇すらなくその巨体がリリアンをベッドに押し倒し、形の整った乳房が揉みしだかれてゆく。

(ク、クライド・・・、まさか本当に・・・ッ)

最悪の事態がだんだんと現実味を帯び始めてくる。それと同時に、彼女の心が恐怖に少しずつ満たされてゆく。

「ん、あぁっ・・・、あぅ・・・っ」

無口な彼女の口から、意に反して喘ぎ声が漏れ始める。意に反して体が火照る様に熱くなる。
体の全てが命令を無視して、この肥えた男の為すがままにされろと言う。
今すぐにでもこの気色の悪い男を突っぱねて逃げ出したいリリアンであったが、腕がまるで他人の物の様に力が入らない。

「く、あぁッ・・・!」

肥えた男の前戯がだんだんとエスカレートしてゆく。
乳が玩具のように揉みしだかれ、吸われて・・・快感に転化する。
転化した快感は彼女の口から甘い喘ぎ声となって紡がれて、身体を駆け巡る。

「そろそろ、ここもいい具合じゃねえのか・・・」

肥えた男の指が、リリアンの秘部をゆっくりと撫でる。今までにないビリビリとした電撃のような刺激がリリアンを襲う。

「は、あぁっ、そこは・・・やめろ・・・ッ・・・、アイツ以外・・・触れさせない・・・」

荒い呼吸の中、リリアンは必死に拒否の言葉を絞り出した。
肥えた男はその顔を一瞬こわばらせ、また元の歪んだ笑みを浮かべる。

「ほー、じゃあ、ここならいいんだな」

男の指が下へ伸び、リリアンの肛門を弄り始める。また違った快感が、彼女を快感の波がさらってゆく。
固く閉じられた穴に、指がぐにぐにと押し付けられる。違和感を感じつつも確かに快感がそこにあった。
とても甘く官能的な刺激がリリアンの全身を撫で、愛でるように駆け巡る。それは電気が身体を駆け巡る感覚に似ていた。

「あぁ、ッ!ん・・・ぐ・・・ぅッ」

「力抜けよ、じゃねえと痛えぞ」

「あ、や、やめ・・・っ、・・・あ・・・っ!入ってくぅ・・・ッ、あ・・・あぁあッ、ん・・・ッ!」

下腹部内部に違和感を感じつつも、確かに快感がリリアンを襲っていた。
この下衆な男に弄られてよがるリリアンは、自分を恥じながら、快感に声を上げ、目を固くつむる。

(私も、ここまでなのか・・・。クライド・・・すまん・・・)

後悔の念に合わさって、背徳感のあるエクスタシーが彼女を揉み洗うように襲う。
頭の思考がだんだんと単純化してゆき、リリアンの口からはだらしなく唾液が垂れる。

「ひ、あぁ・・・あっ、・・・ひぁっ、んぅ・・・ぁ」

ハッキリとしていた意識が次第にボンヤリと霧を帯び始めた様に、不確かになる。
快感が押し寄せるたびに、彼女の頭の芯まで、こそばゆい感覚が伝わってゆく。
次第に身体はその感覚を求め始め、まるで麻薬を求めるように、彼女の腰がゆっくりと動き始める。

(くっ、こ、腰が勝手に・・・っ。こんなのおかしい・・・!)

「はぁ、とりあえず抜いてもらおうか。ほれ、口で舐めな」

肥えた男がリリアンの腕を乱雑に引っ張り上げて、顔立ちの整ったリリアンの顔の前に股間を顕にする。
その臭気とグロテスクな外見に、リリアンは思わず顔をそらした。
その素振りを気にも留めず、肥えた男がリリアンに汚らわしい肉棒を純白のしなやかな身体に押し付ける。
肉棒は身体をなぞり、小刻みに震えながら更に膨張してゆく。

(・・・クライドのと違って、かなり気持ち悪いな・・・)

「ほらどうした、それぐらいやらな・・・・・・ぐッ!!」

目を開けたリリアンが見たのは鮮血。
首を短剣で一突きされた肥えた男は、溢れ出る血液にゴボゴボと断末魔の様な声を上げて、痙攣しながらベッドから転がり落ちた。
室内の明かりを背にして、そこには貴族の服に身を包んだクライドがちょっとした笑みを浮かべて立っていた。

「・・・クライド・・・」

リリアンの口からずっと求めていた名前が零れる。それと同時に彼女は自分が解放されたのだと知った。
今まで恐怖にどこか固く緊張していた身体がほぐれ、力なくベッドに背を預ける。薄ら涙が浮かんでいた。
力を持たない者が強者にねじ伏せられる恐怖がリリアンには身にしみて理解できた。文字通り骨の髄まで。
彼女の手に、短剣があったなら。現実とは強者が支配する弱肉強食の世界だったのだ。
クライドはリリアンの寝転ぶベッドにゆっくりと腰掛けて、安心しきったようにため息をはいた。
リリアンは身を起こして、それに寄り添う。

「悪かった。・・・怖かったよな」

クライドの呼吸は乱れていた。額にもこの時期に似合わず汗が浮かんでいる。

「俺が遅れたばっかりに・・・」

自責の念からであろうか、ばつが悪そうに謝罪の言葉を並べる。
それは謝罪ではなく、ただの後悔だったのかもしれない。
やはり彼女を連れてくるべきでなかったのだと、彼の心は後悔で満たされていた。

「クライド・・・、まだ、時間はあるか?」

こちらを見つめるダークブルーの色をしたリリアンの双眸に、クライドが映る。
今のクライドには、無気力に肯定の返事を返すほかなかった。

「んっ、・・・ちゅうっ・・・ふぁ、ん・・・っ」

室内に静かに響く淫靡な水音。ふたりは唇を互いに貪り合う。
頭の芯が痺れる様な幸福感が頭を埋め尽くし、クライドがリリアンの胸を弄ぶたびに、リリアンの唇から甘美に響く喘ぎ声が漏れる。
心も身体も全てが彼のためにある。リリアンはそう錯覚してしまうほど、薬物が与える様な幸福感を感じていた。

「はぁ、むぅっ、ちゅ、ん、く・・・、あむっ」

舌と舌が絡み合い、唾液がだらしなく垂れ落ちる。
お互いそのようなことに気が向かない、ふたりは愛を感じ合うように、ほどけぬよう絡み合ってゆく。

「んぅ、んむっ・・・・・・・・・、っは・・・」

ようやく彼らは唇を貪ることをやめ、柔らかなベッドに身を預けてゆく。
服を脱ぎ捨てたクライドは仰向けに寝転がると、リリアンの顔がゆっくりとクライドの下腹部へ近づいた。

「咥えれば、いいのか・・・?」

「・・・ああ、でも、なんだって今こんなことを・・・」

「・・・っ、お前が気落ちしてるからだっ、・・・むぅっ」

固く反り返った肉棒が、リリアンの口に含まれてゆく。熱くなった股間に、唾液の適当な温度がクライドに心地よさを感じさせていた。
時折邪魔になった髪をかきあげながら、リリアンはゆっくりと頭を上下にストロークさせる。

「ん、んぶっ・・・、む、ちゅぅ・・・、じゅるっ」

吸い上げるたびに部屋には水音が反響する。
股間にこみ上げてゆく快感を、クライドは押しとどめることが不可能だった。

「む、うぐ・・・っ!」

無意識の内に彼女の頭を股間へ押さえつけて、そのまま果てる。
とめどなく溢れ出す生命の奔流が、リリアンの口内へ注ぎ込まれてゆく。
苦味か、はたまた無味なのか。リリアンの口内に独特の臭いが充満してゆく。

「っ、うぶぅ・・・っ」

唇から一筋、白濁液が垂れ落ちる。
リリアンは独特の臭いに眉をひそめながら、ゆっくりと生暖かい粘性のある液体が食道をつたわせ、飲み干す。
クライドがようやくリリアンの頭部をガッチリと固定していた腕を離し、大きく息を吐いた。

「・・・はぁ、すまない、リリアン。腕が勝手に・・・」

「っ、はぁ、・・・く、・・・出すなら出すと、言え・・・、驚くだろう・・・、はぁっ・・・」

「嘘だろ・・・、おさまらない・・・」

「・・・ふふっ、まだまだやれるというわけか」

―ここは何処だろう?
深く遠く、光の届かぬ眠りから、ようやくエウジェーニアは目覚めた。まるで100年もの間眠っていたかのようだった。
うなじがひどく痛み、意識は未だハッキリと明確でなかった。
微睡みから目覚めた少女は、兎も角、ベッドから体を起こすことにした。
すぐそばの窓から、柔らかな月明かりが差し込んでいる。
鈴虫がのんびりと合唱を奏で、涼しそうな綺麗な月の出た夜であった。

「お目覚め?」

成人した女性の声がエウジェーニアの耳に届いた。
声のする方を目で辿ってゆくと、煌々と光を放つキャンドルの傍らに、赤毛の女性が座っていた。

「・・・ここは・・・」

エウジェーニアはその女に問うたわけでもなく、ただつぶやいた。
記憶が途切れとぎれでバラバラになっていた。
覚醒してみれば見知らぬ部屋のベッドの上。
まるで荒唐無稽のおとぎ話のストーリーに迷い込んだようだった。

「ここはどこかは言えないけど、安心して。ここにいる限りアンタが殺されるということは無い。そしてアタシはアンタの敵でもないってね」

赤毛の女性はしゃべり終えると、テーブルに置いてあったワインを気付けに一杯という様に口に含んだ。

「ん、アンタも飲むかい?コレ」

赤毛の女性が白い歯をこぼし、グラスをエウジェーニアに差し出した。
赤毛が口づけたグラスに、ワインが一口分ゆらゆらとグラスをただよっている。

「うん」

エウジェーニアはまだ10代も前半である、しかしながら酒への興味はそれなりにあった。
以前自分の父に何度も頼んでみたが、一度も許可された覚えは彼女にはない。

「ふふん、アンタにはまだ早いってば」

父が言うように赤毛の女性は鼻で笑った。
赤毛の女性の目にはエウジェーニアがただの青い子供に見えたのだろう。
グラスを傾け、残りの一口を飲み干すと、赤毛の女性はグラスを置いた。

「アタシはエッダ。・・・暫くアンタの子守をしろって言われたんだ。よろしくね、エウジェーニア」

「私は、あなたのことドケチって呼ぶことにするわ・・・」

「まあまあ、こんなもん大人になれば浴びるほど飲めるんだから。拗ねないでよ」

「え、あなた盗人なの?」

エウジェーニアは驚きのあまり声を上げた。
盗人と言えば、小賢しい悪党と父からよく言い聞かされてきた彼女にとって、興味を引くにはとても十分なことだった。
目を蘭々と輝かせ、エウジェーニアは話に耳を傾けた。

「ああ、そうさ。風のように現れて、風のように去る!・・・今まで捕まった試しは一度もないよ。いつだったかなあ・・・、2ヶ月くらい前にデカい仕事があってね・・・」

新しく注がれたワインを片手に、エッダは酒気を帯びつつ武勇伝を語る。
エウジェーニアにはとても有意義な時間で、彼女から聞く武勇伝は何とも興味をそそられた。
水も漏らさぬ天下無敵の城砦からありったけの金貨を盗んだことや、食い逃げ、盗人では普遍であるスリ等の悪行を、さも面白くエッダは語るのだった。

「ま、アタシは凄腕だってことさ。分かったろ?アタシの凄さ」

得意満面に真実と虚構を織り交ぜた武勇伝を語り終えると、エウジェーニアは手をたたいて頷いた。
彼女の中で一生忘れることのできない夜になったろう。

「あはは、うん!」

「機会があればあんたの親父さんの城からも色々と盗んでやるよ、ハハハ」

そう笑うと、十分にグラスに注がれたワインをエッダはあっという間に飲み干した。

「さてと、私はそろそろ寝かせてもらうよ、明日もアンタのお守りがあるからね。ほら、つめてつめて」

「ちょっ、えっ、・・・一緒に寝るの?・・・」

「当たり前だろー、なんだいアタシに床で寝ろって言うの?」

エッダは、さも当然であるかのような顔をして、ベッドに潜り込んだ。
元々二人寝ることを前提にしていたのだろう、エウジェーニア一人には惜しいほどの大きなベッドだった。
エッダが傍らに備えてあったチラチラと揺れる蝋燭の炎を消すと、辺りは薄暗くなり、月明かりに照らされ朧気に周りが見える程度になった。

「よいしょ」

ふたりは互いに向き合って、何を話すわけでもなく目線を合わせていた。
突然目の前のエッダの顔がほころぶ。

「ふふっ、・・・よーくみたら可愛いね、あんた」

「な、何言ってんの」

「アタシは男に全っ然興味がない・・・、アンタみたいなのは食べちゃいたいくらいさ、ヒック」

「もう、飲みすぎたんだね、エッダったら」

エッダは笑うだけで答えなかった。エウジェーニアにはそれが自然な応対だと何故か素直に思えた。
「本当に飲みすぎたよ」と一言だけつぶやいて、エッダはエウジェーニアに寄り縋った。
その体から、手から伝わる体温は、ワインに酔いしれているからか、エウジェーニアには暖かいを通り越して熱かった。

「・・・・・・ぐぅ・・・」

いつの間にやら、エッダは寝息を立てて眠りについていた。エウジェーニアをその手に抱いたまま、幸せそうな寝顔を浮かべて。
まるでその情景は母と子であった。エウジェーニアは久しぶりに他人の体温を感じながら再び眠りに落ちていった。

「くっ、あ、あぁっ、ひあっ、んぅっ・・・!」

目の前の女は、ただ喘ぐ。快感に身をもだえさせ、美しく長い黒髪を振り回す。
部屋の灯は消え、高い窓から入る月明かりだけが、紗幕を通したように彼らを照らしていた。
クライドは快感に震えているだけである。騎乗位の体制であったから、動く必要が無かったのだ。

「はぁっ、う・・・くぅっ、はぁ・・・っ!」

リリアンの口元からはだらしなく唾液が垂れ、快感に目の焦点は定まらずにいる。
上下に彼女が動くたび、その胸が激しく揺れる。もちのようなその肌に、クライドは本能的に手を重ね弄び物にする。

「あ、クラ、イドぉ・・・ッ!やめ、・・・ひぃっ!」

彼女の言葉は、無意識に下腹部にこみ上げる射精感にかき消された。彼にはどうする事も出来ない、このまま中で果てるのだ。
秘部から溢れる膣分泌液は、淫らな音を立て、クライドの快感を更に煽る。
クライドの口から思いがけず快感に飲まれうめき声に近い声がこぼれる。
それを合図に、今までゆっくりとこみ上げていた射精感が突発的にこらえきれなくなる。

「だ、出すぞ・・・」

「え、あぁっ、いい、ぞっ・・・!はやく、来てぇっ!」

絶頂を懇願する声に、クライドは射精感の封殺をやめた。
抑えることはもはや不要だった。彼女の望むまま、こみ上げてきたものすべてを彼女の中で思い切りぶちまける。
体が跳ねるような快感が、クライドをまるで小舟が大海原に飲まれるように飲み込んだ。

「あ、ひいぃっ!ひ、ぁ・・・っ・・・、く・・・ぁ・・・ぁっ!」

正に天に登る心地であった。リリアンは快感から身体を身震いさせ、息も荒くクライドの上に横たわった。

「はぁ、っ・・・はぁっ・・・、ん・・・ぁっ、・・・満足した、か・・・?」

クライドに身を預けた彼女が、ふと問いかける。クライドは頷くだけで何も言わなかった。

エロ描写苦手だったんで練習したかったんです 精進します


―薄暗い街の裏路地、秋にもかかわらず、ジメジメとした湿気が、クライドの不快感を煽っていた。
そんな彼の背後には寄り添うようにして、リリアンが追随している。
その身にはクライドの用意した高級服がきっちりと着こなされていた。これで街中での行動も怪しまれないというものである。

「“上がる”ぞ」

「ああ」

クライドは短く指示すると、その場に身を屈め、足にひしと力をこめた。
彼の驚異的な跳躍は、同じ人間であるかどうかすら疑わせるものがある。軽々と跳躍し、二階建ての屋根へ造作もなく着地した。
リリアンもまた彼を追ってしゃがみこみ、驚異的な跳躍を見せた。

「あれか、分かりやすくて助かるな、全く」

クライドは遠くに視認できる、大豪邸の域を超えた建物を見つめてため息混じりに言い捨てた。
あれが標的の家だ、と理解するのに1秒とかからない見た目をしていることに、クライドは感謝したい気分だった。
この手を金持ちは、周りに自らの経済力を誇示し、チラつかせ、配下を増やす。経済力を誇示するに好都合だったのは家の外観だったのだ。

「入口で世話になったスパイが侵入経路を手はずしていることになってる。うまくいってることを祈るしかねえな」

「寝返ったりなんてことはしないのか?」

「仮にもあのアドルファーティ王に忠誠を誓った男だ。あんなヤツの方に寝返るとは到底思えない」


大国の王の側近なる人物は、金に糸目をつけないことで有名だった。
自らの敵となりうる人物・集団は、金で買収するか、彼が買収した兵たちによって殺されるか、兎も角金を武器に使う陰湿な男だった。
有象無象のスパイなぞは、彼が金貨数千枚を渡せばすぐ転がるのである。アドルファーティに忠誠を誓ったスパイを除いては。
それがアドルファーティが王である由縁である。部下ひとりひとり、末端の兵士にまで自ら御前に立たせ、忠誠を誓わせるのだ。
その時彼が部下かける言葉にはカリスマ性があるという。彼に声を冠する渾名がついているのもこの影響を受けていた。
彼に忠誠を誓った者は、金で寝返ることはないと、クライドは確信していたのだった。

「さあ、行くか」

クライドが自らを奮い立たせるようにつぶやくと、ふたりは屋根伝いに走り、側近の家を目指した。

辺りはすっかりと真夜中の静けさを纏っていた。住宅から灯は消え、月明かりだけが頼りだった。
だがクライド達は闇を往く人間、月明かりがあればそれで十分であった。
音もなく住宅の屋根から屋根へ飛び移り、裏口を目指していた。

「・・・、あれか」

リリアンが静かな声音で呟いた。
正面玄関とは打って変わって質素なつくりの出入り口があった。質素とはいえ、十分豪華なつくりではあった。
前には庭園が広がっていて、迷路のように入り組んでいた。
庭師によって毎日綺麗に整えられているのだろう、ほのかな月明かりを受けて花や樹は美しく情景に映えていた。
鎧に身を固めた警備兵が見回っているが、スパイの情報は間違いではなかった。
庭園に装飾の意味合いを込めて建っている柱に身を預け居眠りしている者もいれば、雑談に興じている者もいた。
国家の重鎮を警備しているとは言い難いずさんな警備体制であった。

忍び込む算段がつくと、ふたりは跳んだ。
この門を飛んで越える奴などいるはずもない、門はしっかりと施錠し、見張り番をつけてある。そんな油断が彼らの致命的なミスだった。
いともたやすくクライドとリリアンは高い門壁を飛び越え、敷地内に入り込んだ。

「大臣は俺達が来るのを知っている。こんなに容易く入らせてくれたんだ、罠があるに違いない」

森の中での暗殺者達の襲撃を思い出す。リリアンによれば彼らは大臣の駒だ。
事前にクライド達の動向を察知していれば、何らかの罠を敷くことは定石と言えた。
リリアンは何も言わず小さく頷いた。

人目を引かぬよう、庭園を一気に疾駆する。邪魔な樹を音も無く飛び越え、歩哨達に悟られぬよう駆けてゆく。

近くで見ると見る者を威圧するかの様に、その豪邸は佇んでいた。
これほど住居が集まっている中、途方も無いほどに広大な敷地の中心にそれは存在している。
白塗りの壁を基調として、標的の大臣の言う一種の"凝った趣向"が散りばめられている。クライドたちにはさっぱりであった。
しかし美しいステンドグラスはとても見事である。彩りもあざやかなデザインは腕利きの職人によるものだった。
ふたりは歩哨の目につかぬよう身をかがめ豪邸を見上げた。どこから踏み込むか、本能的な勘から見定めるのである。

「クライド、煙突はどうだ。煙も出ていないし、忍び込むならうってつけだ」

「ん・・・」

暫しの熟考の末、クライド達は煙突から忍び込むことに決めた。
煙突は一つではなかった。どれも煙は出ておらず忍び込むことが可能である。
スパイから大臣の私室の位置は把握していた。どの煙突から忍び込むかは迷う事無く決まった。
煙突は大人一人より少々大きめのスペースがある。リリアンがそっと覗き込むが底が深いのか下までは見えない。

「先に俺が行く、ロープを」

ロープをクライドはリリアンに手渡した。先端に金属製のアンカーがついており、壁や屋根に引っ掛けて使うものだ。
またロープも当然ながらちょっとやそっとの事では千切れない、刃物でなければ切断すらできない程耐久性がある代物であった。
リリアンはアンカーを屋根に取り付けると、煙突へロープを垂らす。ロープはかなりの長さがあり下まで届かないことはまずありえなかった。
クライドはロープを握ると煙突をするすると降下する。現代のラペリング降下に見る動作であった。


(・・・下から月明かりの反射を感じる。もうじきか)

そう思ったのは煙突を降りてすこしの程であった。煙突は深いわけでなく、中が見えにくくなっているだけのようであった。
外からは蝋燭の灯も伺えなかった。そしてこれほど夜が深まった時間帯である、降下先には誰もいないことはほぼ間違いない。
無論大臣が罠を仕掛けている可能性をクライドは捨てていなかった。だがしかしこうして気配を殺し降下しつつある中で彼は他人の気配をまったく感じずにいた。
程なくしてクライドは燃え尽きた漆黒の薪をつぶしながら足を地につけた。ロープを2、3回程度引っ張りリリアンに合図を出し、暖炉から周囲を見渡した。
ここがどういった部屋なのかクライドには想像に難かったが、高級な家具や壁に立てかけてある鹿や猪の剥製は見事である。
広さは大体30畳程度。館内でも外観から鑑みれば小部屋の部類である。

暫く待ってからリリアンは暖炉へ降りてきた。暖炉から覗いている部分のロープを隠すと、リリアンは短剣を引き抜いて身をかがめた。
ここまでは順調であった、外の歩哨に見つかることもなく無事に館内へ忍び込むことが出来た。
本番はここからであるということは、既にふたりとも苦いほど理解していた。館内へ入り込むだけならば二流の盗賊でもできることだ。
大臣の命を奪うとなれば話は別、成功の確率も低く行使するのは恐れを知らない愚か者ぐらいであった。

暖炉の真正面には白塗りを基調とし模様の描かれた美しい扉がある、木製だ。
ふたりはドアに近づくと、こちら側から鍵が掛かっているのが見てとれた。クライドが最小限の音で開錠してリリアンが扉を開けた。
合図も無く行動するふたりの波長はまさに阿吽の呼吸。長年手を組み"仕事"をしてきた彼らに備わっていた独自の感覚である。

開けられたドアの傍ら、リリアンの対角線上には何故か重装備に身を固めた歩哨が立っていた。
しかし驚くことは無い。ドアに近寄った際にクライドとリリアンは既にその気配を感じ取っていたからである。
そして無音とも呼べるこれらの動作に歩哨が気づけるわけがなかった。短剣を手にしたリリアンはすぐさま飛びかかった。

「むぐッ・・・!!」

首に突きたてられたナイフに歩哨は驚愕する暇すらなかった。断末魔の絶叫もリリアンに口を封じられ満足に出せぬまま彼の意識は霧散する。
その所業は例えるなら魚を慣れた手つきで素早く捌く魚屋だ。ふたりにとっては殺しも魚を捌くことと同程度の意味合いしか持たない。魚屋が魚を捌くときに罪悪感など感じないように、彼らもまた罪の意識を感じることはなかった。
音を立てぬように先程の部屋へ歩哨を引きずり込み、適当な物陰に隠すとクライド達は部屋を音も無く去った。

通路は非常に単純な構造であった。複雑でない分彼らにはアドバンテージになる。
大臣の部屋位置の大まかな部分は既に把握している彼らは迷うことなどない。
あまりに上手く事が運んだこともあってか罠など無いのではないかと薄々クライドは思い始めていた。それでも警戒するに越したことはないということはこの環境下では事実である。
移動中も神経をめぐらせ、気配を探すことは怠らない。失敗は命取りだ。

(む・・・?)

部屋に一つ気配があった。気配はまさに大臣の部屋からである。

(とうとう、ここまできたか)

リリアンもクライドと同じく気配を察知した様子を見せる。普通の部屋とドアの大きさなどには変化は無いものの、ドアノブだけは純金製である。
位置的には大臣の私室にあたる。室内の気配は一つ。複数人いないようでは罠の可能性は薄いはずである。

「・・・」

リリアンの顔を見る。いつになく引き締められた顔に彼女の覚悟が窺える。リリアンもまたクライドの顔を見つめて頷いた。準備が整った、と告げている。
冷たい純金のドアノブを握り、ゆっくりと開く。窓際の豪華なベッドに、丸く太った人影が横になり布団に包まっているのが僅かにあいた隙間から見える。
躊躇う必要はどこにもない。無音を保ったままドアを開ける。

(何もいない・・・罠はなかったのか・・・?)

先陣を切ったクライドに続いてリリアンが部屋に入った矢先である。
腕が何も無い空間に固定される。否、掴まれた。

「ッ・・・!?」

「くっ、クライドっ・・・!」

何も無い空間が揺ら揺らと陽炎のように揺らめくと、漆黒のローブに身を包み深くフードを被った数人の男達が現れた。

遅くなりました。


焦燥がクライドを蝕むように覆った。津波が小さな小島を飲み込んでしまう様にさして時間はかからない様に、焦燥が彼を支配するのも時間を要さなかった。
歪な笑い声に顔をあげる。そこには、すやすやと寝息を立てて眠りについていたはずの大臣が立ちはだかっていた。
丸々と太った身体全体を、鮮明でめまいを覚えるような朱色のローブが包んでいた。腰には細身の剣を帯剣している。
何だコイツの醜く禍々しい雰囲気、そして風貌は。悪寒すら感じる程の第一印象に、思わずクライドはそう思わざるを得なかった。
今まで生きていて今日ほど貴族でなくて幸せであったと思うことは無い。こんな禍々しい人間とかかわりを持つくらいなら、自害するに違いないからだ。

「ふっほっほ・・・馬鹿な連中だァ。じッッッつに馬鹿な連中だ!この私を暗殺などと、笑わせるわ!しかもとびきりの美女まで連れてくるとはな!」

醜い口元から苛立たしさを使嗾する様に、次々と言葉が溢れる。その一言一言は峻烈なほどに怒りを煽るばかりである。
大臣は目を細め顎をさすると指を鳴らして高らかに告げる。

「その女をこちらに連れてこい、この男の前で“楽しんで”やる」

クライドは腕を振りほどこうと、必死にもがく。“もしかしたら”偶然に拘束から逃れられるかもしれない。既に彼らは“もしかしたら”に頼るほど危機的状況であった。
まさに藁にも縋る思いでとにかく腕を暴れ馬の様に動かす。リリアンはその間に、屈強な部下の男達に連れられ大臣の前に平伏していた。
早く、早く抜け出さなくては。この掴まれている腕を振りほどきさえ出来れば。その一心でクライドは兎に角暴れ踠いた。
大臣が剣を抜く。細身なそれは月明かりを受け冷たい月光を照り返す。
必死にもがきながら「離せ!」とリリアンは叫ぶ。その悲痛な叫びも夜の深い闇に飲まれるようにして消えるばかりであった。
二人でここまで育ての親無しで生き存えてきた彼らの命運も、空飛ぶ鷹が弓矢に射られ堕ちる様に尽きたのだ。

「あ・・・」

大臣が剣をひと振りすると服の裂ける無残な音が嫌に耳へこびり付くようにして裂けた。
月明かりが大臣とリリアンを照らす。純白の白き柔肌が裂け目から顔を覗かせている。それを見て大臣は子供が浮かべるそれと同じ満面の笑みを浮かべたのだった。
クライドにさらなる焦燥感がのしかかる。圧殺されんばかりの焦燥は彼を叫ばせるには十分なものだった。
なんて非力なんだろうか。もしも自分が一騎当千の騎士であればこの程度造作もないに違いない・・・!クライドはそう思わざるを得なかった。
クライドとリリアンを拘束しているのは同じ自分たちと同じくプロフェッショナルの暗殺者だ。
拘束を解く方法は勿論クライドもリリアンも知っていた。・・・結局のところは同じ暗殺者には通用しないのだが。

(・・・ん?・・・相手が“同じ暗殺者なら”・・・通用しない。・・・俺はほかの暗殺者に比べ特異な性質、魔術を持ってる・・・)

全ての点と線が、繋がった。

大臣の部下達は感情の一つすら表に出さなかった。ただただ冷たい絶対零度の無表情を貫き通しているだけであった。
そんな彼らが“驚愕”の感情を示すのは、とんでもなく厄介なことに違いない。
クライドの両の手がほのかに朱色が鮮やかな光を纏う。その瞬間「ふっ!」とクライドがまるで腹の底から息を吐き出すかのように鋭い吐息を吐いた。

「ぐっ、ぐあぁッ!」

クライドに絡みついていた部下達の腕が鮮血が、まるで強風の中雨が吹き荒れるようにあたりに散らばりながら“吹き飛んだ”。
強風といった表現はまさに的を射ている。彼の周りに突如人知を超えた熱風が出現し、部下達の腕を風のパワーを以て吹き飛ばしたのだ。
腕は無様に床に転がり、部下達は苦痛に悲鳴を上げ、一瞬で舞台は阿鼻叫喚の地獄へと早変わりした。
「ふーッ・・・」頭が痛む、魔術特有の副作用であった。溜息を吐いて追い払う。
大臣は勝ち誇り優越感に満ちていた。幾度となく味わう甘美な感情であった。しかしながらそんな甘美な感覚は、一人の男により瞬時に崩れ去った。

「き、貴様ッ・・・!・・・殺れ!早く!何をぼさっとしているのだ!殺れ!」

部下に命令を下すその姿は、無様という他なかった。部下もリリアンを解放し、クライドに襲いかかって良いものかと困惑気味である。
冷静さに事欠いた命令であった。今、彼らがこの場で剣を引き抜いて襲いかかろうが、クライドには必勝すると確信していた。
「はッ!」とうとう一人の愚か者が飛びかかる・・・。クライドはそれを一瞥し“その場を動かなかった”。
この俺の動きについてこれないのだ。仲間の恨み、晴らさせてもらうぞ・・・。部下は勝機を確信し覆面の下、笑みを浮かべた。
素早い攻撃であったのは事実であった。だがクライドには“避ける必要を感じなかった”のだ。
回避からの攻撃に転じるより、確実に勝利を掴む戦法。彼の頭脳がはじき出した、絶対勝利の戦法。それは、

「な、なにィ・・・!」

部下が斬りかかった。この男は自分がどれだけ近づけば相手に致命傷を与えるか、自分が最も簡単に獲物を仕留めることができる距離を知っていた。
それにサバを読むなんてことは、プロフェッショナルである彼がするはずもないことであった。
なら、“なぜ斬れない”?いや、“なぜ斬った感覚がない”?・・・、男の疑問は最もであった。確かに剣の軌跡はクライドの腹部を大きく切り裂いていたからだ。
男が目にしたのは幻術の一部分であった。クライドはすでにその場所からはいなかった。
「死ね」男の耳元でクライドが呟いた。腰から短剣を抜き放つと、男の背中に短剣を深々と突き立てる。男にはなぜクライドが背後にいるのか驚愕する間もなく激痛が身体を駆け抜けた。
突き立てた短剣に今度は力を込め、男の背中をそのまま縦に大きく切り裂いた。吹き付ける鮮血がクライドに降りかかり、彼の顔面を真っ赤に染めた。
クライドの白銀の髪が血を吸い、まるで絹が染料を吸うように朱く染まる。それは彼の中の暗い記憶、自らの育ての親を殺した日の様であった。

「くっ・・・。ハァッ!」

床の石畳を蹴り上げ、もうひとりの部下が高く跳躍し襲いかかる。またもやクライドは一瞥したまま動かなかった。
奴はどう動く、同じ暗殺者ならやりようがあったものを・・・。予想外の事態にこの男も冷静さを欠いている。
どう動こうが自分はプロだ、今までどんな局面だって乗り越えてきたじゃあないか。殺れる、絶対に殺れる。根拠のない自信が、男の頭を埋め尽くした。
「・・・!」根拠無き自信はすぐに崩れ去る。クライドの見せた幻術は、一体どんな光景だったろう。男は絶望のあまり驚愕の言葉すらでなかった。
男はそのまま地に転がった。落下の衝撃で、ようやく男は先程の光景は幻だと知る。・・・そこで男の意識は霧のように霧散した。

誤字あるかもです

「はっ・・・!はっ・・・!こ、この無礼者が!そ、そうだ。コイツの命がどうなっても良いのか?ふふ・・」

リリアンの喉元に剣先があてがわれる。その状況下でも「・・・ふっ」とリリアンは微笑んだ。
それにも気づかず、大臣は形成を逆転した面持ちで先程の優越感を思い起こす。そうだ、この私の手法にこの愚か者は手も足も出せないのだ・・・!慌てることはない・・・・・・・・・。
その優越感は虚偽に塗り固められた自信からくるものであったのは言うまでもない。「動くなよ・・・」と大臣はほくそ笑み告げた。
「もう“いいか”?私も大臣の“ゴッコ遊び”に飽き飽きしてきた」リリアンが笑いを堪えきれない様に言った。大臣はその言葉にカッと目を見開き。リリアンの楽しげな表情を睨みつけた。
いや落ち着け、これは私を焦らせようとする虚勢に過ぎない。私が状況を握っている・・・、惑わされてはならない・・・。

「はははっ、なかなか演技派だったな。最後に笑わなきゃあ合格だったんだが」

「ふふっ、何様のつもりだ、クライド」

「ええい黙れ!貴様ら今の状況が理解できていないのか?舐めた態度をとればすぐこの女の喉を・・・・・・はぐッ!?」

大臣の鳩尾にリリアンの鋭い肘鉄が入る。実に愉快痛快で、滑稽な光景である。
言葉にならないほどの激痛に大臣は前かがみになり、悶える他なかった。
大臣の手から逃れるのは赤子の手をひねる様に簡単なことである。リリアンも同じ暗殺者、拘束から逃れる方法は無論知っていた。
「こ、殺さないでくれ。・・・金か?名誉か?なんでも差し出そう・・・」大臣は無様に転げ回り命乞いをした。
その姿にクライドは一瞬哀れみを覚えるも、その感情はすぐに消え去った。

「いいこと思いついた。リリアン、そいつを縛りあげて、ベッドにくくりつけてやれ」

彼の顔は無邪気そのものだった・・・

「むぐっ!んーーーーッ!」猿轡越しのくぐもった声が虚しく室内にこだました。
大臣の姿はまさに無様であった。無様以外に表現が見つかるはずもなかった。
目隠しに猿轡。その上両の手を拘束され恐怖のあまり失禁し、くぐもった嗚咽を飽きることなく奏でている。
大臣をようやくふたりがかりでベッドの支柱に括りつけ、クライドは暖炉脇にあったごく普通の薪を大臣の足元に並べていた。
その際終始笑みを絶やさなかった。子供がまるで大人たちに悪戯するように無邪気な笑みを浮かべ、黙々と薪を大臣の足元へ並べた。
「魔女裁判って知ってるか?リリアン」クライドがリリアンに問いかけた。リリアンは少し考え込んだ後、

「ふむ、・・・確か魔女の疑いのかかった人間を焚刑にしたり、拷問するとかいう・・・」

「リリアン、俺が思うにコイツは邪悪な“魔女”だよ。いや・・・女じゃないから何と呼ぶべきかな」

リリアンはようやく合点がいったように微笑んだ。「・・・ふふ、読めたぞ。“魔女裁判”をしようと言うんだな」と笑みを浮かべてクライドの顔を見つめた。
二人は顔を見合わせ、例に漏れず無邪気な笑みを交わす。薪も並べ終わった今、彼らのやることはただ一つである。
大臣は猿轡で言葉もロクに発することはできなかったが、今から行われる“魔女裁判”とか言うやつが、自分をひどく苦しめるのだということだけは理解できた。
「ゃへろ・・・!ゃへ・・・!」喉が枯れるまで叫ぶとはまさにこの事であった。ちょっとばかりの良心が芽生えてくれるのを信じ、大臣は懸命に拒絶の叫びを上げ続けた。
「ははは、大臣様聞こえませんよ。もっと大きな声で喋っていただかないと」とクライドは笑を絶やさず丁寧に述べた。リリアンもその酔狂に興が乗ったのかクライドに続けて言った。

「そうですわァ大臣様。ちゃあんと大きな声でお願いしていただかないと」

「ははっ、何だお前そんな口調でも喋れたのか」

「まあ、失敬な。ふふっ」

ああ、もういくらこいつ等にお願いしても無駄なんだ・・・、神様、どうか私をお救いください。罪深き彼らにどうか刑罰を!
魔女ならぬ魔王の願いは天に在す神には届かない。届くはずもない。
少しすると、大臣の耳が次第に炎特有の乾いた音を掴んだ。呼吸をするたびに煙が阻害してくる。思わず大臣は「ガフッ・・・!」と猿轡の状態で咳き込んだ。
そしてなにより大臣を恐怖に陥れているのは、足裏を焦がす炎の熱だった。
「ぅうひれふえ・・・!ぅるひへぇ・・・!」ここまで絶望的な状況に陥ってもなお、大臣は“許してくれ”と命乞いをする。クライド達は逆に感心してしまった。
許す気等毛頭なかった。リリアンとクライドは律儀に深々と頭を下げ、嗚咽にまみれた部屋を出た。誰も入れないように、施錠の魔法をかけて。


後日彼らは大臣が焼死体として発見されたのを街の噂で聞いた。

クライド達が帰路に着く頃、もう一方のエウジェーニアは。
「・・・きて、お・・・、早く・・・!」少女が再び微睡みから目覚めた時、そこには凄惨を極める血に塗れた光景が広がっていた。
エウジェーニアは突然の惨劇に悲鳴すらも出ず、転がっている死体を怯えながら、いっぱいに見開いた目で見つめるだけであった。
ある死体は壁にもたれかかる様に、ある死体は喉を切り裂かれ大量の血を床に撒き散らして事切れていた。
「やっと起きたね、全く」そこには浴びる様にして返り血を浴びたエッダの姿があった。手には血まみれのサーベルがしっかりと握られている。
その姿は少女にとって異様な風貌でありながら、一級品の絵画の様に繊細で美しく、少女の瞳には写った。

「な、何があったのエッダ・・・」

「・・・ふん。やつら、ここを攻めに来たのさ。とんだ愚か者どもだよ」

「全く、せーっかく風呂に入ったばかりだったってのに」とエッダは掌で返り血を拭いながら言い捨てた。
ふとエウジェーニアは窓の外を一瞥した。未だ外は暗闇が世界を包む真夜中である。
耳を澄ませば、怒号、悲鳴、断末魔が微かに聞こえるのが分かった。それらは少女の頭を圧殺するかの様にプレッシャーとしてのしかかる。
「人の死を見るのは初めてかい?」屍に怯えるエウジェーニアの様子を見かねてエッダが声をかけた。何も言葉が出ず、少女は頭を頷かせるしかなかった。

「アンタの親父さんも人を殺して国を築き上げてきたんだ。覚えときな、世の中綺麗事だけじゃないってさ」

「・・・」エウジェーニアは口を噤ませ、弱弱しく震えながら頷いた。血の異様な臭気の中、彼女は吐き気を抑えるのが精一杯できることであった。
少女は覚束ない足取りでベッドから立ち上がった。突然の非日常はエウジェーニアに重くのしかかり、壁を支えにしなければ満足に歩けない程、少女はショックを受けていた。
無理に動けば吐いてしまいそうなほどの不快感がエウジェーニアの身体全体を疾駆していた。エッダは「大丈夫かい?」と彼女なりの気遣いで複雑な微笑を浮かべ、手を差し出した。

「エッダは……」

「ん?」

「エッダは何故人を殺せるの」少女が壁にもたれた、一体の屍を見つめながら問いかけた。エッダは少し困惑した様子であった。
自分が今まで殺してきた人々は何の理由で死んでいったのだろうか。エッダは今まで考えたことすらなかった。生き延びるために必要不可欠な事、そうとしか思えなかった。
エッダはしばしの間黙思すると「悪者だからね、あたしは」とだけ答えた。それ以外に上手い言い方が彼女には見つけられなかった。

「ガキを探せ!この近くにいるはずだ!」

「いいか、殺すなよ。必ず生きて捕らえるんだ!」

ドアの向こう側から複数人の重苦しい足音をふたりは聞いた。向こう側からは一歩歩みを進める度に、ガチャッ。と鋼鉄同士がぶつかり合う騒音が響く。甲冑を着込んでいるようであった。
「いいかい、隠れてなよ」エッダはエウジェーニアに語気を荒げて言い放った。少女は自らの自重を壁で支えながら、フラつく足取りでベッドのしたへと潜り込む。
しばらくして凄まじい怒声と共に荒々しくドアが蹴り破られた。「なんだ、女じゃねえか!」何も通さぬ様な鋼の甲冑を着込んだ男が興奮したように叫ぶ。その兜からは表情を伺えなかった。
エッダは口元に滴る返り血を舌で舐め取ると「フン」と鼻で笑い、両手でサーベルを握り締めて「アタシとヤりたきゃあ、腕の一本でも取ってみなッ」と傭兵どもを挑発した。

「らしいぜ野郎ども!アイツとヤりたきゃ腕一本だ!」

「ヒャッハァッ!」叫び声をあげ、傭兵の一人が鎚鉾を振り回しエッダに肉薄した。エッダは傭兵を睨みつけ、一気に踏み込む。
「ふんッ!!」素早く鎚鉾が振り下ろされる。直撃すれば肉を抉られ、致命傷となるだろう一撃である。しかしエッダは造作もなく軽々とその一撃を回避し、代わりにサーベルの鋭い一撃を傭兵の甲冑、脇腹部分に叩き込んだ。
鋼鉄が切断される聞いたこともないような轟音と共に、切り口からは紅の鮮やかな鮮血が迸る。「ぎゃあぁオッッ!!」味わったことのない苦痛に傭兵は断末魔を上げ、地に倒れる。
「あぐッ…!?」突然腹部に強烈な衝撃を受け、エッダは思わず声を上げた。一人目を切り倒した所で、もうひとりの傭兵が突進してきたのだ。
そのまま壁に叩きつけられ、前後からの強い衝撃に、エッダは咳き込み身動きが取れなくなった。床に組み伏せられると「ひん剥いてやるッ!」と傭兵が動物の様に叫び、篭手に包まれた両手がエッダの服をビリビリと乱暴に引き裂いた。豊満な胸が惜しげもなく現れると、男は狂人の様に笑った。
エッダは「くそッ!」と悪態をついて、右手に辛うじて握っていたサーベルを、傭兵の背中に思い切り突き立てる。「はぐぁッ!?」予想もしない激痛と反撃に、驚愕と断末魔が混ざり合ったような声を上げ、エッダの柔らかな肢体にもたれるように絶命した。
衝撃の余韻が強く残る身体に鞭打って、無理矢理にエッダは起き上がる。残る傭兵は一人だけであった。

「やるじゃねえか、姉ちゃん。でもよォ、これで勝ったらお前は俺だけのモンだぜッ、ヒヒヒッ!」

「フン、どうだかねぇ」エッダは不敵に微笑を浮かべ、サーベルを固く握りしめた。

鼓膜を突き破るような剣戟の音と怒号が響き渡る。
一度気を緩めれば死ぬ、そんな光景を目の当たりにしたエウジェーニアは息を殺すことも忘れ、その戦いを呆然と眺めていた。
「せやぁッ!」力強い気迫と共に、エッダが全身全霊を込めサーベルを振るう。しかし傭兵はいとも簡単にその一撃を剣で受け止め、流れるように剣を弾き返した。
サーベルがあらぬ方向へ弾かれ、エッダの身体はサーベルに引っ張られる様にしてバランスを失う。隙を見た傭兵が「ぅらあッ!」と咆哮し、剣を凄まじいスピードで突き出した。
縺れそうになった足を、力を振り絞り踏みとどまらせる。エッダは体制を立て直すと、鋭く素早い突きを直撃の瀬戸際で回避した。その瞬間、意外にも傭兵は「頂いたッ!」と喜びに喚く。
一度は回避した剣があろうことか軌道を変え、エッダの腕めがけて斬りかかった。咄嗟の判断でエッダはサーベルを刀身で攻撃を防ぐものの、傭兵の一撃はエッダの腕に軽度の切創を与えた。
腕に走る痛みに少し顔を歪ませ、エッダは床を蹴って傭兵から飛び退いた。強い、何なんだコイツは。エッダの表情に焦りが浮かぶ。
元々エッダは盗賊、傭兵の様な戦闘集団と殺し合うのは避けるべきことである。エッダ自身もこれほどの傭兵を切り倒したことに驚きを覚える程の戦果だった。
流石に限界か、次で勝負が決まる。エッダは滴る返り血と汗が混じった物を拭い、鋭い眼差しを傭兵に向けた。
「なかなかやるじゃねえか。“そそる”ねぇ」傭兵はおどけた様に言ってみせた。エッダはそれに応えることなく相手をしっかりと見据える。
荒い呼吸を整えてサーベルを構えなおすと、エッダは覚悟を決め相手へ肉薄を仕掛けた。
「ハッ、来たな…。これで終わりにしてやるよぉッ!」傭兵はエッダの初発の攻撃を軽くあしらい、腕をもぎ取ろうと剣を振りかざす。サーベルによるガードは間に合わない。

「そらッ!」

「うおッ!?」エッダが傭兵の腕を蹴り上げる。予想し得ない攻撃に傭兵の剣は手を離れ空中を舞った。
間髪いれずにエッダはサーベルで思い切り傭兵の胴をなぎ払った。鍛え上げられた鋼鉄はサーベルに一刀両断され、傭兵は“ふたつになった”。
勢いよく吹き出す血しぶきを浴び、臓物に塗れたエッダはその場にクタリと座り込み、「はぁー…」と深くため息をついてベッドの下を見つめた。

「もう大丈夫、出てきなよ」

「…」

「疲れちゃったよ、もう」エッダはうわ言のように呟いて、血だまりの上にビシャリと音を立て倒れた。

「あ、エッダ……。…大丈夫?」

「ああ、…別に死ぬような怪我しちゃいないよ。ただ疲れただけさ」

「…っ」エウジェーニアは恐怖を堪えて横になったエッダへ抱きついた。
もしも運命が味方しなかったら、女神さまが微笑んでくれなかったら。彼女が殺されるのを目の前で見ることになったんだ…。IFの世界を考えてしまい、どうしてもエウジェーニアは抱きつかずにいられなかった。
啜り泣くエウジェーニアを抱き寄せ、エッダは「言ったろ、世界ってのは血なまぐさい戦いの積み重ねさ」と言葉をかけた。

「私、決めた…」

「…ん?」

「争いなんて起きない、平和な国を必ずつくらなきゃって」

そこには小さな少女の揺るがない決意があった。

極悪人「レイプしてやろうか?」お嬢様「えっ!?」


お嬢様「してくれるの!?」

極悪人「えっ」


ごめん

「何…?奴隷市場が襲撃に?」驚愕のヒヤリとした感覚がクライド達を蹂躙する様に駆け巡る。
彼がその悲報を聞いたのは暗殺を終え帰路の最中であった。たまたま耳の早い情報屋を見かけたので、挨拶してみればこれである。
奴隷ビジネスは様々な上流階級の人間が利用する、非合法でありながらも、安全が確立され儲けは良かった。悪人には願ったり叶ったりの職業であった。
ビジネスを潰しにかかろうものなら顧客の反感を買うのは必然といえた。背景に顧客の存在があることで、彼らの安全は保たれていたのである。
…一体誰が?駆け足気味の帰路の中、頭にツタが絡み付く様な焦燥に襲われながら、脇目もふらずに市場を目指す。



「奴ら、もういないみたいだね」エッダが湖の様な血だまりから身を起こして言った。延々と響いていた怒号もいつの間にか消えている。まるでこの空間がこの世から切り離された様に、静かだった。
全身に血糊がはりついて気分が悪い、早く風呂に入れないものか。とエッダは浮かべた微笑みの中思った。これほど血を浴びたことは今までで一度たりとも無い。
疲労でいうことを聞かない身体を鞭打って、無理矢理立ち上がると、エッダはドアに鍵をかけて服を脱ぎ去った。服に張り付く返り血が堪らなく不快だった。
その白き肢体は血を浴びて真紅のルビーの様な美しさを放っていた。時折体を伝う血や汗がこそばゆい。
エッダは「ふーぅ……」と深い溜息を吐いて、壁にもたれて座り込んだ。

「そのうちクライド達が来るハズさ…。ここでおとなしくしていたほうがいいよ」

「うん、エッダはゆっくり休んでて」

エッダは思わず破顔し「頼もしいねェ、そりゃ」と呟いた。外は何者にも負けぬ程の輝きを帯びた太陽が、ゆっくりと地平線から顔を出そうとしていた。
窓からゆっくりと日光が差し込むと、血が美しく輝きを放つ。所詮は日光の反射なのだろうが、今の彼女らには、どんなものより価値のある宝石に見えて仕方がなかった。

「たまには遊びに来なよ。ここにも」

「あははっ、エッダなら夜中にこっそり私の家に“遊び”に来そうだけどね。盗賊だもの」

「ふふん、そりゃ名案だね。そんときゃ、いつかお邪魔するよ」

『あはははは…!』血にまみれ、生臭い血の臭気の中。彼女たちは静かに笑いあった。まるで、古くから付き合っていた親友の様に。

空が白み、太陽は天高く上り始めていた。草花の様な植物が光を受けより一層青く映えている。
その頃、街の人々は突然の大臣の訃報を聞き、その場はひどく騒然としていた。明日はわが身か、隣人か。大臣が亡くなった事は誰も気に留めていないようであった。
国王の住まう宮殿では、名のある富豪や官僚が緊急招集され、彼の死を悼んだ。
その場の全員が、彼の死を悼むことはなかった。
大臣の次の座を勝ち取るのは誰になるのか、彼らはそれが気にかかり仕方が無かったのである。
「・・・して、前大臣が死去した今、新たな大臣を立てねばならぬ。誰か推薦、立候補するものは居らぬか?」大国の王がしわがれた声で言い、周りを見渡した。
挙手する者は誰一人と居なかった。・・・結局いつもと同じなのか、と大王は幻滅し、ため息を吐こうとしたそのときであった。
男は威圧するような大王の視線を受けながら「申し上げます」と挙手した。恐れなど微塵も無い滑らかな動作である。
「・・・良かろう。貴様が推薦する者は誰だ」少しばかりの期待を寄せ、大王は僅かに口角を上げ言った。

「はい。小国の王、アドルファーティ王を推薦いたします」

「・・・」大王が眉をぴくりと動かした。周囲の富豪や官僚がざわつく。大王すら、アドルファーティという懐かしい旧友の名が出でてくるとは想定外であった。

「何故だ?」

「彼の戦時中の勇ましい活躍は、貴方がよくご存知のはず。彼ほど、この大国建国に尽くしてきた人物がいるでしょうか?・・・・・・しかしその英雄的活躍にも関わらず、彼は小国という僻地に"何者か"が押さえ込んでいるのです」

「ふむ・・・」大王はどこか納得した様子で眼を瞑る。立派に伸びた髭をなでながらひとりでに頷き「よかろう」と快諾した。
周囲のざわめきが大きくなる。「静粛に!」と大王の側近が声を張り上げ告げた。
大王はアドルファーティに多大なる恩があった。それを考慮すれば、彼が小国の王などに押し込められているのは確かに何者かの陰謀であった。
彼が大国の大王の名を冠する所以となった、大戦の最中のことである。
今は緑あふれる野原が、どんよりとした曇天の下、腐りかけの屍の異臭や咽る様な煙にまみれていた戦乱の刻であった。
優れた知将であった大王はその才能を遺憾なく発揮し、着々と敵城を瞬く間に制圧していった。時に津波の様に攻め込めば、時にじっと堪え相手を焦燥させる。その知略はまさに国を統治する王たる素質の一つであった。
その姿は焼け野原を嵐のように騒々しく、一陣の風となりて見る者の血を滾らせた。彼に賛同する国は日に日に増えてゆき、遂には誰も見たことのない兵士の群が出来上がり、大国の基盤となったのである。
しかし物事が想定道理に運ばないのが世の理である。ある日の事、規模が小さい頃の大王軍は野営のため小さな森へ入った。
皆長距離の進軍のせいか疲弊が積み重なっており、その晩は誰一人酒を飲み交わさなかった。見張り番も疲労からフラフラとどこか頼りない様子を見せていた。
疲弊しきった軍に奇襲をかけるのは敵軍側としては定石といえた。見張り番は音も無く殺害され、森には火を放たれた。大王軍は瞬く間に逃げ道を絶たれたのである。
万事休す、道半ばで尽き果てるか―・・・。大王の脳裏に悔恨の念が浮かんだ時であった。
大柄の男が「王、あきらめてはなりません」と頼もしい声で告げた。何者だと大王は顔をあげると、美しい白銀の甲冑を着込んだ若き日のアドルファーティ王が居た。
「別の隊が活路を開いております。殿は私共でお受けいたしましょう。さあ、お逃げください」その声音のなんと頼もしい事か。母に抱かれるような安心感を覚えるような、そんな声音である。
大王は「そなた、名は何と言う」と安らかな声で言った。このような人物が我が軍に居たとは、と驚きと歓喜の念が混ざり合っていた。是非名前を聞いておきたいと強く思ったのだ。

「アドルファーティ・イスカリオットと申します。早くお逃げください。あまり時間がありませぬ」

「・・・うむ、恩に着る。御主の名、消して忘れぬ。生きて帰れば褒美を取らせようではないか」

「光栄に御座います」アドルファーティはさっと頭を下げ言った。大王は剣を抜くと勇ましく外へと歩んでゆく。
そこからは、語るのも惜しい勇猛の戦であった。アドルファーティ王が広がる敵兵士の人海をモーセの様に切り開いてゆく。
怒号飛び交う戦場の中であるのに、アドルファーティ王の喊声は不思議と天空を突き破るかのように轟いた。
鋼に身を包んだ敵は、恐怖し、泣き崩れ、錯乱して敵味方を見境無く切り殺す程の者を出すほどであった。形勢は眼に見えるように変わっていた。
かくして窮地を脱した大王軍は数多の国を統合し、大国を築き上げたのであった。しかしその後、アドルファーティ王は華々しい表舞台から姿を消したのである。
「お待ちください、大王様」回想に耽る大王を呼び覚ます様に、名のある官僚の一人が言った。死去した元大臣の支持派の男であった。

「何か不服か、アドルファーティ王では。彼は十分に建国の一翼を担ってくれていた男だ。小国などに留めておくような価値の無い男ではない」

「彼は凶暴なのです!素性もわからぬ者を大臣の座になど・・・」

「黙れ!見苦しいにも程がある!」大王は官僚の声をぴしゃりと遮り言い放った。官僚は思わず萎縮し、出過ぎた真似をしたと、顔から血の気が失せてゆく感覚を感じながら思った。
大王は側近を呼び、羊皮紙とペンを取らせた。しばらくして自らの名前"フェルディナンド・オールウィン"を綴り、信用の出来る配達人に小国へ向け馬を走らせた。

「・・・!」クライド達は思わずその光景を見て絶句した。目の前に広がる光景はただただ鮮血の紅であった。奴隷達の死体に混じり、傭兵らしき甲冑を着込んだ男達の死体も見受けられる。
咽返る程の異様な悪臭を受けながら、惨劇を無言で物語る奴隷市場へクライド達は踏み込んだ。
突然の襲撃であったのだろう、まぐわいの最中背後から切り殺された死体や、カウンターの傍らに倒れ、ジョッキを持ったまま動かない死体もある。
奴隷達の曇りきって、今は何も映す事の無い瞳は絶望と全てに対する銷魂の念にまみれていた。一歩人生を踏み外せばクライドらもここで死体となっていたかもしれない。
そうした死体を見るたびに・・・エウジェーニアを見つける事が怖くなってゆく。無残な死体となった彼女に対面したらどうだろう?
数多くの死体が転がる中、彼らを踏み分け進むのはひどく難儀であった。時折足元をぐにゃりとした感覚が襲い下を見ると、脚だったり頭部だったりが転がっている。
苦痛に顔を歪ませた奴隷と思わしき少女の切り落とされた顔は生前から変わらない表情である。

奴隷市場の奥の方へさしかかった。コの字型の廊下が伸びていて、市場に住む商人であったり、盗賊などが暮らしている区画だ。
クライドはリリアンと手分けして一室一室を調べる事にした。一室は小さいのだがここにはかなりの数の部屋がある。
震え声を悟られない様に気を確りと持って「また後で落ち合おう」とだけクライドは告げた。リリアンはコクりと頷いて廊下の暗がり奥へ消えた。
クライドは早速部屋の調査に取り掛かった。まず、最初の一部屋。
施錠はされていないようで、ゆっくりとドアノブを回してドアを開ける。中には盗賊と思わしき男と15、6程度の女が全裸で転がっていた。腹部や背部に大きな切創がある。
脇には傭兵の屍が転がっている。相打ちであったのだろう。鈍い銀色に輝く鋼鉄の鎧はわき腹が裂けてしまっている。
エウジェーニアが居ないと分かると、すぐさまクライドは他の部屋にあたった。

一方でリリアンも同じく部屋の調査に当たっていた。どんな時も冷静さを欠かさないのが彼女の長所であったが、今は話が別だ。
堪えきれない焦りが冷や汗に浮かぶ。出来る限り心頭滅却に努めるのが今の彼女に最大限できることだった。
廊下は窓が一つも無いので、朝だというのに真夜中の洞窟のように湿気がありとても暗く、兎に角亡霊が出没しそうな程に不気味であった。各個室には窓が付いているのか、締め切ったドアの隙間からは微かに日の光が漏れているのが救いだ。
本来この廊下は蝋燭で明かりを得ていたのだろう。一定感覚で蝋燭台が壁に取り付けられていて、どの蝋燭も溶けきっている。暗がりに目の効くリリアンだからこそ分かった事であった。
一室一室をくまなく探してゆく。かき分けた死体達の中にエウジェーニアがいないという保障などどこにもない。しかしクライドと同じくリリアンは希望を捨てなかった。
「エウジェーニア、返事をしろ!」焦燥が呼びかけの言葉を紡いでいた。


「ん・・・・・・」人のぬくもりを背に受けながら、エウジェーニアは目を覚ました。布団をはぐり身を起こすと、朝の冷気に全裸のエッダは呻いて布団をふんだくる。
誰かに呼ばれた気がした。聞き慣れた、求めていた声に。
部屋の外がどんなに惨い状況になっているかは、安易に想像がつく。出たくはない。
不思議な事に、彼女の足は無意識に扉へ向かい一歩また一歩と歩を進めていた。それを拒絶する感覚すら微塵もない。
声の主に会いたい。きっとよく知る人だろうから。

扉の傍らへ立つと、少女の鼻を微かな悪臭がかすめた。
残飯を何週間もの間放置したかのような腐敗臭に思わずエウジェーニアは眉を歪ませる。ただでさえ酷い死臭が窓一つない廊下のせいで、余計に酷くなっていたのだ。
しかし行かなければならない。躊躇逡巡の間もなく少女は"魔界"へ踏み込んだ。
「う・・・っ・・・!」扉は、いわゆる浮き世と魔界を隔てる壁であった。部屋から一歩踏み出せば屍が彼方此方に転がる地獄絵図、正に屍山血河である。
死臭は更に強烈になる。嗅覚を持ち産まれたことを彼女は後悔するほどであった。決して針小棒大の表現ではなかった。
目の前の惨状に硬直していると、何処からともなく微かに足音が聞こえる。待ちわびた懐かしい声が「エウジェーニア」と呼びかける声が反響して耳に届いた。
「リリアン!」今までにこれほどの大声を出した事が、彼女にはあっただろうか。
希望と感謝と、かき消されていた恐怖感が彼女の頬に涙を伝わせた。
暗がりの中、曖昧模糊としたシルエットが浮かび上がる。こちらに駆けてきている。転がる屍をもろともせずに、駆けてきている・・・!
暗闇に目が慣れてゆくにつれ、ぼんやりとしたシルエットがはっきりと見て取れるようになる。揺れる長い黒髪がエウジェーニアの顔を思わずほころばせた。
「エウジェーニア・・・!」彼女だ。夜空の様な墨染めのローブに抱きすがる。

「無事だったのか・・・、良かった・・・・・・!」

「っうぅ・・・、・・・リリアン・・・っ。やっと会えた・・・」リリアンの暖かさは正に母親のそれであった。幼少の頃微かに記憶に残る包まれるような暖かさだ。
突如として「ごほん・・・」とわざとらしい咳払いが再会の刻を遮った。目を向けると、エッダが自慢の赤毛をかきあげて「あたしはお邪魔だったかな」と不貞腐れるように言う姿があった。
「・・・エッダ、・・・お前も生きていたのか。嬉しいぞ」壁に背もたれるエッダを見つめ、リリアンは興味の無い様に呟く。
盗賊と暗殺者。やる事は違えど似たもの同士である。エッダの人柄の良さもあり彼女らは友人に似た関係であった。
背中を預けるには何かが足りないが、気の合う仲間である。だからこそリリアンはこの様に振舞う事ができた。
「絶っ対そう思ってないな。・・・まあ、あたしとしちゃあ、アンタとまた会えた事自体が驚きだけどねェ。」どこか宙を見る表情でエッダは言った。
「知ってたのか?」あまり知られたくないとクライドから話を聞いていたリリアンは驚愕した。話が大きくなれば本来巻き込むはずも無かったリリアンも早い段階で巻き込んでいただろう。結局の所、それも無駄に終わり彼女も同行した訳であった。
「当然でしょ、仲間ん中じゃあ有名さ。"デカい"仕事請けたってね」エッダは得意顔で言い放った。
よくよく考えれば彼女らは盗賊。内緒話に聞き耳を立てるのはお手の物なのだ。
大臣の暗殺の依頼なぞまともな頭があれば誰だって断る仕事であった。それに生きて帰るものは極々少数。ここ数百年、そのような人物は一人も現れなかった。
その逸材がついに現れたとなれば、酒の肴にはもってこいの話題であるに違いなかった。エッダも嬉しそうに「後で近くの酒場にきなよ」と笑っている。
「じゃあね、エウジェーニア。アンタも酒場に顔出しなよ!一杯だけ、奢ったげる」深い廊下の闇に消える間際に、エッダが振り向きざま二人に手を振り言った。
少女は闇に消えるエッダを少し寂しそうに見つめた。それを胸のうちに秘め、「あはは、絶対だよ!」笑って応えた。
「・・・・・・さあ、エウジェーニア、クライドが待ってる。帰ろう」
「うん!」少女は頷くと、手を引かれて死体達が転がる廊下を一歩一歩と歩き出した。先程感じたひどい感覚はとうに消えうせている。
その様子は地獄に天界からの一筋の光が、遍く悪魔達をかき分け進むようで、妙に神々しいものであった。

帰ったら色々なことをしたい。お酒を飲んでみたい。
きっと一杯飲むこともできずにベロンベロンに酔っちゃうんだろうけど。
帰ったらこんなこともしたい。お出かけして、またみんなで笑いたい。今度は御父様も連れて。
きっと楽しいはず。想像するだけで楽しい気分になる。
まだまだ挙げたらきりがない。退屈だと思っていた私の周り、今はこんなに楽しい事で溢れてる。


全員が再会し、帰路の道中のことである。エウジェーニアは禍々しく恐ろしい廊下で、クライドと再会したことを思い出す。
再会の第一声が「すまない」だったっけ、・・・確かに戸惑ったなァ。クライドに殴られたと思ったら見知らぬベッドの上だったし。
それからクライドたちが隠していた事、全部話してくれた。自分達が人殺しの暗殺者だってこと、私を守るために大臣を殺した事・・・。そして私と出会ったのは偶然じゃなく、御父様に頼まれたからだってこと。
回想に耽り、エウジェーニアは偶然じゃないこの出会いに、思わず哀惜が身体にじんと染みるような感覚を覚えた。彼らが少女から掩蔽していた事実は受け止めるには大きいものであった。
でありながら少女は彼らと歩む事を選択した。微塵の後悔も無ければ、躊躇もない自信の選択であった。
ふと少女は二人の顔を見上げる。傾いた日が燃えるような色合いで、皆々の顔を照らしていた。秋季の冷たい風が腕をなでる。
風が茂る草木を同じ様に撫でてゆくのをエウジェーニアは目で追うと、今は見慣れた小さな木造りの家が見えたのであった。
「長かったな、クライド」夕日に赤く照らされ、美麗な黒髪がサッと靡く。リリアンは顔をクライドに傾けて微笑みながら言った。
「ああ、本当に長かった」釣られてクライドもリリアンを見て笑う。二人の間に佇むエウジェーニアも、微笑ましい光景に微笑を浮かべた。
そして数瞬の刻が過ぎ、微風がふらりと彼らをあおぐ。ようやく我が家に彼らは帰ってきたのだった。

1日程離れていた隠れ家は、まるで一年越しに見た様な懐かしさを感じさせた。
木の壁を覆う苔、薄白く汚れた窓・・・目に付く全てが懐古の情を擽る様である。
「・・・ん?」クライドがふと妙な点に気づき首を傾げた。誰も居ない筈の隠れ家、暖炉に火をくべてある筈がない。
煙突からは予想に反し、煙が上がっていた。暖炉に"誰かが"薪を放らない限り、一日の間火がもつはずがなかった。
数時間の間に誰かが暖炉に薪をくべていたのは明らかであった。窓から室内の様子を覗う事は出来ない。しかし大柄な男の影が室内で揺れているのが見てとれる。
クライドはサッと後ろに目をやった。リリアンの鋭い眼光が"忠告など無用だ"と語るようであった。エウジェーニアもリリアンの背後に庇われるようにして隠れている。
全神経を傾注し、ゆっくりと隠れ家に歩み寄る。足音は無い、時折吹く微風が木を揺らす音だけが静寂を乱している。
腰に備えた鞘から鈍く夕日を受け光る短剣の刀身が現れる。右の掌に短剣が吸い付く様な感覚である。
頬を切る様な風が吹いた。壁まで無音でたどり着いたクライドが、ドアノブを音も無く回した。「・・・・・・」彼の口が何か囁いたのを彼女らは見た。半ば呼吸に近い囁きは"幻術"の類の呪文である。
クライドの脳が瞬時に"身を分ける"イメージを鮮明に描く。その途端に彼の分身が目の前に姿を出現させた。
幻影が静かにドアを開ける。クライドは壁に張り付いたまま目を瞑り動かない。自ら幻影の視覚を脳内に"投影"するには、本体の視覚を抑制するしかないのだ。
「・・・ふッ、ふふはは・・・」開けられた扉から、言いようのない笑い声が聞こえた。クライドも釣られたように、ふと笑い目を開けた。この威圧的な声の持ち主は唯一人であった。

「まるで長年お会いできなかったかのようですよ、アドルファーティ王」

「貴様たちがこうして帰って来た事、嬉しく思うぞ」時が少し経ち、隠れ家の一角である。
壁の蝋燭台の火がゆらゆらと揺れる中、アドルファーティ王の振る舞いは何処に居ても変わらぬものであった。
「私達が現れなかったらどうするおつもりで?」クライドが丁重に問いただす。アドルファーティ王は目を閉じ、小さく笑った。
「今朝、大国からの早馬が来た、大王様の玉簡を持ってな。内容は大臣推薦状、之の意味するところは一つしかあるまい」微笑を浮かべたまま王は語り終えると、赤黒いぶどう酒を一飲みする。
あまりにも出来すぎた出来事に思わず「初めからこれを狙っていたのか?」とリリアンが口を開き問う。敬語でないことを気にも留めず、アドルファーティ王は微笑を崩さずに頷いた。
クライド、リリアンにもぶどう酒が注がれた。少量含んでみると、まろやかで美味である。普段酒場で飲む一品と違い値の張りそうな代物であった。
エウジェーニアが「私にもちょっと頂戴よォ」とリリアンやクライドに強請るも、実親の前では流石に飲ませる訳にもいかなかった。
「私は小国を離れる事となる。大国の大臣とあればこの辺境の地で座っているわけにもいくまい」
少女の動きがぴたりと止まる。数秒の間の後「ここを離れるの、御父様・・・?」と弱弱しく震えながら訊いた。
父の決定は絶対、今まで父の意見が覆された事は一度も無かった。アドルファーティ王は「うむ」と短く応えるだけであった。
「そう、なんだ・・・」悲しげに言い終えると少女は小さく下唇を噛み締める。王はそんな姿を見てまたもや笑う。
ぶどう酒を一口、広がるような深みの味わいをゆっくり嗜んでから王は「何もお前に私と一緒に来いなどと言っている訳ではない」とグラスに入ったぶどう酒を眺め言った。
「・・・え、どういうこと・・・?」
「私がここを離れれば小国を治める者は居なくなる。ここは小国といえど大国領内なのだ。無秩序は要らぬ戦乱を招く根源よ」ふと薄く汚れた窓から上り始めた月を見上げ、王は言う。
少女は発言の意図が分からず「つまり、どういうことなの?」と尋ねた。王は月を見上げたまま微笑み答える。
「これから小国の未来を担うのはお前だ、ニアよ。市民数百人の命、今はお前の手中にあるのだ」
クライド達はその言葉に驚愕した。年端もゆかぬ少女が今、王女となったのである。
少女もそれは同じであった。「私にはまだ無理だよ!いっぱい学ばなきゃいけないこともあるし、私一人でなんて・・・」
「そう、学ばなければならない事は山ほどあるぞ、ニアよ。私が小国を離れるまで暫く時間もある。その間に学ぶとよい。それに側近もつけよう。心配は無用だ」
驚愕に暫くぽかんとしていたクライドとリリアンに、白羽の矢とばかりに王は「お前達の事だ」と指をさす。
「な・・・ッ、側近?!」リリアンが半ば狂乱に近い声で言った。クライドも驚きに「マジかよ・・・」と敬語を忘れ呟いた。
数秒の後、外から騒々しく馬車の走る音を彼らは聞いた。「ん・・・、迎えか」王はそう呟くと席を立ち、深い紅のマントを靡かせ外に出た。
「それでは任せたぞ!よいなお前達!・・・・・・それからニア」
「う、うん!何?!」
「酒は程々にな」馬車に乗る王が彼らに向けて笑うと、瞬く間に馬車は去っていった。

場所は密かに在り続ける隠れ家とは打って変わり、小さな町の賑やかな酒場である。
まだ小夜を少し過ぎた刻で、酒場は今一番の盛り上がりを見せていた。
昼は農作業に精を出した男手が、酔いが深まる度に金を次々と注ぎ込む。この辺りはそんな人間で溢れていた。
そのお陰もあってか、この酒場は不況知らずであった。不況ゆえに酒を飲む事もある。
クライドはこの酒場に馴染みがある。リリアンは酒場に足を運ぶことが皆無で、クライドに連れられた日以来、聞くことの無かった騒がしい喧騒を懐かしんでいた。
「ちょっとここ怖いね」過度に賑やかな光景を見て少女はクライドの足にしがみついた。最初は自分もこの騒がしさに威圧された事を思い出し、懐かしい気分になる。
町人もさることながら、この酒場は裏社会の人間にも使われていた。
喧嘩っ早いゴロツキが酒を飲めばたちまち争いが起こる。喧嘩を仕掛けられた当人は良い迷惑だろうが、周りからはその場を盛り上げるイベントに過ぎない。
「ハハハ、クライド!お前もとうとう子供連れてきやがったなァ!」粗雑に作られたでこぼこの木のジョッキを片手に、客の一人が叫ぶ。火照った顔は酔っ払いである事を無言で物語っていた。
「アンタも早く"いい人"見つけろよベンジー。あまり年食うと寄りつかなくなるぞ」
「だぁーはっはっはッ!」と馬鹿笑いする知人の声を聴きながら、丁度三人分の空席のあるカウンターへ座る。隣には見覚えのある赤毛の女性がいた。
「お、やっと来たねアンタたち。アンタらが来るまで、何度客から愛の告白聞いたか教えてあげよっか?」エッダが白い歯をこぼして言う。
彼女の傍らには空になった数本のワインボトルが無造作に置かれている。エッダの酒豪ぶりは"酒場潰し"と実に有名であった。
「エウジェーニアもちゃんと来てるね、約束通り最初の一杯はアタシが奢ったげよう!」エッダが赤い顔で言うと、指をパチリと鳴らした。
そのフィンガースナップを聞くや否や、客と談笑していた酒場のオーナーが突然倉庫の奥へと消えていった。
「お前、何を頼んだんだ?」リリアンが訝しげな顔で尋ねる。
「んふふ、見てからのお楽しみ。ただ、値が張るとだけいっとこう」エッダの表情はどこか得意げである。
暫く待っていると、エウジェーニアの前に色鮮やかなボトルが姿を見せる。
「お待ちどう、貴族にもまだ出してない最高級の"蜂蜜酒"だぜ。お嬢ちゃんには勿体ねェくらいだ」
酒場の主人はクライドを一瞥すると「とんだ甘ちゃんになったもんだぜ」と呆れ声で呟いてまた客との談笑に戻っていった。
「ここのオーナーの蜂蜜酒は最高だって聞いたことあるでしょ?折角初めてなんだから、奮発したのさ」
クライドはそうだったろうかと首をかしげ記憶を探る。
・・・そういえばと思い出したのは、この酒場では蜂蜜酒を自作しており、作られた蜂蜜酒は程よく甘く、どうしてかするすると喉を通ってゆく・・・、という噂であった。
この酒場で作られた蜂蜜酒は貴族も愛用する一品で、注文が絶える事はなく、売り上げに大きく貢献しているのであった。
クライドの記憶違いでなければ、確かに値の張る一品であった。"普通"に暮らす平民には手も出ないであろう。
「ここの蜂蜜酒は特に値が張ってさァ、アタシの財布もうスッカラカン!だから後は奢ってね、お二人さん!」
「お前なァ・・・」とはいえこうして皆が集い酒を飲める事は二度と無いと思っていたことである。最高級の酒を振舞ってくれたエッダの心遣いに免じて、とクライドは自分を納得させた。
少し経って、クライド達の手元にもそれぞれ酒がなみなみと入ったジョッキが渡される。宴の準備は整った。

「今日までの命に!」クライドがジョッキを持ち上げる。
「私達の幸運に!」リリアンも続けてジョッキを持ち上げる。
「かんわいい~エウジェーニアに!」ジョッキの中身を少量あたりに散らしながら、エッダもジョッキを持ち上げる。
「えー・・・っと。大好きなみんなに!」小さめのジョッキを精一杯持ち上げ、少女は満面の笑みをこぼす。

『乾杯!』それぞれのジョッキが、心地よくぶつかり合う。宴の幕が今上がった―――。

これで終わりです
ちょっとリアルで忙しく終了宣言できませんでした。

最初から見返してみると、設定立てないで書くと本当グシャグシャになるなっていうのがよく分かりました。
初めの方ではエウジェーニアは死ぬほうがいいなーと思ってたんですが、急に方向転換したあまり、辻褄が合わないとことかあったりします。
そして何よりこんな短く稚拙な作品に時間をかけすぎちまいました。一年一ヶ月です(笑)

少ないと思いますがこんなSSを見てくれた皆さんや、コメントくださった方本当ありがとう御座います。
今度は安価SSスレでもたてよーかな、と思ってます。その時はどうぞ宜しくお願いします。

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